極東の城塞 (アグナ)
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天災、妨げる城塞
神殺しの日常


『神域のカンピオーネス』
皆さんも是非、購入を!!


……あれ?


 ──闇だった。

 

 僅かな光のみが部屋を照らし、その薄い光だけがこの部屋を部屋であるという証拠となっている。

 

 時刻は現在朝八時。にも関わらず陽光は一切、この部屋には照らされない。

 人は情報の八割から七割を視覚で得る生命である。

 自分が何処に居るのか、それを最も手軽に、かつはっきりと得られる手段が目で見ること。

 

 未知は恐怖だ。とても怖い。だから人は古来より光を求め、闇を畏れた。

 犬猫と違い、鼻や耳から得られる情報は視覚と比べて余りに微弱。無いと困るが無くなったからといって喪失感にこそ繋がるだろうが、恐怖に陥る事は無い。

 そしてその事実が感覚器官としての重要性を示している。

 古来から魔眼やら邪視やら視覚機能に纏わる特殊な能力が存在するのがその証明。目はやはり、他と比べて特別なのだ。

 

 ならば、それを度外視するが如く光を遮り、眼を閉ざすは何者か。

 さながら陽光を浴びれば死ぬとばかりに日の光を阻み、拒む様はさながら吸血鬼だが、部屋の主にその特徴は存在していない。余人に比べて特別なのは自分も他者も認めるところだが、日の光を浴びれば灰になるという弱点は有してはいない。

 というより、寧ろ日の光所か太陽の熱に焼かれても早々死なない強みが存在するほど。では、何故日の光を拒むか。

 

 ──それは現代日本のように優れた法治国家かつ恵まれた環境であるからこそ生じる怠惰の具現、人の七罪が一つ、そう……日の光を拒む唯一無二の人種、日々を汗水流して労働に吹ける勤労者共を鼻で笑って踏ん反り変える穀潰し(クソ野郎)──。

 

「って、真っ暗じゃないですか! というかもう朝ですよ朝!? カーテン閉めてシャッターも閉めてゲームに耽るとか、もう学校の時間でしょうが!!」

 

「ぎゃあああああああ!! 目がッ! 目があああああ!?」

 

 部屋を開け、入室三秒で状況を確認した少女、姫凪桜花は即行動。

 完璧に閉じられた部屋のカーテンとシャッターを全開にし、薄暗い部屋で貫徹ゲームという引きこもりに昇りつつ日という直射日光を当てた。

 太陽の熱にすら耐えてみせる超人ボディはしかし穀潰し(ニート)の弱点、太陽の光に当てられ、精神的ダメージで重症を負う。

 

「さあ、朝ごはんはもう出来てます。早く着替えてください……ってそれより前に顔洗う! 全く、本当に何にもしてないじゃないですか! 学校遅刻は間違いないですがそれでも行かないよりはマシです! さあ!さあ! ハリー! ハリー!!」

 

 着流し。日本の古き文化、簡単な和装に身を包む少女はしかし、まるで母親のような態度で接する。

 そして穀潰し、もとい少年、閉塚衛(とつかまもる)も同世代の少女に向けるものではない、まるで保護者に反旗を翻す馬鹿息子のように応じる。

 

「いいんですぅー、これでも一応は王様だしぃ。身分上最低限労働はきっちりきっかり務めてますし? 一応人類史上最も過酷な労働を担う人材であるからして、たかだか学校ぐらいはサボっても別に問題は……」

 

「それとこれとは話が別です! 貴方学生、今日は学校! ならば通うが道理です! それに王様といってもそれで通じるのは私たちの世界での話。普通に言っても部屋の主(ニート)ですという受け取り方までされませんよ!」

 

「それでいいです。学校だるい。部屋万歳。ニート最高。だって、人間だもの」

 

「ダメです! あと、さり気無くニートの理由に相田○つをの名言を使わないでください! 名言ですよ名言!」

 

 それから、本来の名言は七転八倒と前置きがあり、人が失敗するのは当たり前、なにせ人間だからという失敗に対する励ましの言葉である。

 断じて怠惰を承認させるための言い訳ではない。

 

「もう、いつもいつも、やる気が無いとすぐコレです! 全く! 全く!!」

 

「人間だもの。」

 

「もう良いですって!!」

 

 早く迅速に準備だけしてください! と颯爽と去る少女。

 ある事件を境に親の目を抜け一人暮らしという名の楽園(エデン)に鞄片手にやってきた姫凪桜花(ひめなぎおうか)は毎日のようにほっとけば日々をゲーム漬けで引き篭る衛の面倒を飽きもせず焼いている。

 態々、自らの遅刻を選んでも連れ出す辺り面倒見が過ぎるような気がしなくも無いが。

 

「あー、うー……ああああ」

 

 意味も無い音を口から垂れ流しながら非常に緩慢な動作で準備を開始する衛。

 これが母であれば粘り強くこっちが引き篭っていれば諦め、父であれば鉄拳制裁という展開が待ち受けているだけなので、どちらにしても痛みを我慢すればこちらの勝ちだ。しかし彼女となると話は別。

 まずこの後、一時間ぐらい待った挙句、またやってきては行動を促し、また一時間ぐらい待つという無限ループが始まる。

 諦めの悪さは筋金入り。ともすれば、何の間違いかなってしまった神殺し(・・・)とやらである俺たち(・・・)に匹敵するだろう。

 

「何で面倒にこうも一生懸命になれんのかねえ」

 

 傍から見れば日常において毛ほども役に立たないニートである。

 にも関わらず社会義務に関わらせるため、己が利益には全くならない面倒を態々自ら背負い込むのか、何時ぞや同好の士である甘粕に問いかけた所、残念なものを見る目で、今時鈍感主人公とか流行らないですよといわれた。

 

 ──おのれ甘粕(社畜)のくせに。王様権限で今以上の苦労を背負わせてやろうか。沙之宮に言えば嬉々として協力してくれるだろう。

 

「……取りあえず、顔、洗おう」

 

 こっちが折れるまで向こうはどうせいつも通りに根気よく我慢比べに付き合うだろう。そうなれば結局いつも負けるのは俺だ。

 神様を殺す度胸と、それを以って手に入れた莫大な力も一人の少女の前では全く役に立たない辺り厄ネタ以上の勝ちなど無い。もとより面倒ごとは嫌いなのだ。

 

「神殺しとか中二乙。表社会じゃ欠片も役に立たない身分じゃねえかバーロ」

 

 そんなこんなで堕落王こと今代七人目の覇者。

 神殺し(カンピオーネ)こと、閉塚衛の日常は今日も平凡極まりなく回っていく。

 

 イタリアの剣バカやヨーロッパの火薬庫(バルカン半島の王様)のように戦闘狂でもイギリスの冒険者や中東の傍迷惑とも違い厄ネタ好きじゃあないのだ。降りかかる火の粉は全力で払い除けるがそれ以上の労働はしない、まして自ら動くことなど。

 

「不動の王……ってヤダ。なんか格好悪くないか?」

 

 『堕落王』なぞ、破壊と混乱を好むドジっ子みたいな呼び方をしやがって。おのれ賢人議会と変なところで嫌な敵意の向けられ方をされる英国の秘密結社。

 ぶつぶつと各方面に文句を良いながらも桜花の言葉通り、顔を洗って支度する。その様は賢妻のヒモたるロクデナシ夫のようだと後に匿名忍者Aは語ったという。

 

 ……至極どうでも良いことだが、その後A氏は満遍の笑みを浮かべる上司に普段以上の労働を課せられたそうだが、全く本筋には影響しないどうでもいいことなので閑話休題。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「政治家のスキャンダルとか芸人の爛れた恋愛事情とか、毎日毎日後ろ向いたニュースばかり飽きもせず、テレビ局ってか報道機関ってのは暇なのかねえ」

 

 丁寧に盛り付けられた野菜とシンプルだが焦げが絶妙な辺り腕が垣間見える秋刀魚の焼き魚を箸突きつつ、今日も今日とて、めでたいニュース三・後ろ向きニュース七で地を往く朝のニュース番組を見てボソリと衛は率直な感想を口にする。

 因みに本日の目玉はどこぞのテロリストによってイタリアの世界遺産が吹き飛ばされてうんぬんという内容。

 

「はむ……物騒ですねぇ。なんでああいう方々って破壊行為でしか意思表明できないんでしょうか」

 

 話せば誰だって分かり合えますと物語の正義の味方張りの綺麗ごとを言う桜花。

 基本を性善説で物事を考える彼女にとっては生粋の悪人など居ないという思いか。まあ綺麗ごとだが、そんな彼女だからこそ、このクソニートと根気良く付き合っていけるのかもしれない。

 ぶっちゃけ言えば暴力でモノを通そうとする連中は我侭以外の何者でもなく、率直にそれを言うと彼女相手だとまた面倒くさい話になる。なので……。

 

「アレだ。世の中、常人ならともかく道理の通じねえ馬鹿がいるんで大方、そのせいで彼らも暴力に訴えずにはいられなかったんじゃないのか? ほら、苦渋の決断って奴?」

 

 例えば己の意一つで何処かの傍迷惑な神様宜しく世界を八転ぐらいさせる奴。

 まあつまりは俺らみたいな弱きは強きに勝てずという基本ルールを無視した迷惑の代名詞みたいな連中。

 

「それでもです。諦めることは何時だってできます。暴力はホントにホント、最後の手段。どうしても通さなきゃいけない意思を通すためやむなく取る手段でなければなりません(・・・・・・・・・)。だから諦めるのは全部やった後、やりきってみければどんな無理でも結果は……」

 

「それ。あんまり口にすんなよ? 俺らみたいな例外やたまに居る才人気質(主人公)どもならともかく常人には嫌われる理論だからな?」

 

 不可能を前にそれでもと立ち上がれる人間はそれ自体が恵まれている。余人にとって不可能は諦めるものであり、挑むべきものではないのだから。当たり前のルールを守り、平凡に生きて普通の幸せを感受する。

 

 それが真っ当であり、寧ろ天才たちの考えは極少数派。まして自分などは例外中の例外だろう。そして例外は正しいことではなく、少数派の意見はそれが大多数にとっては共感できない意見であることを指す。

 

「ま、特別と幸せは別ってね。不可能に対して血の滲む努力で超えるより、普通の連中の方が正しくて、そっちの方が幸せってね」

 

 元々、自分もそっち側の人間だった。

 

 小難しいことは頭を使うことが好きな奴がやればいい。俺ら凡人は目の前の即物的な快楽と最低限の社会義務さえ守ればそれだけで日々満足。小さな幸せがあればそれでよく、巨万の財も莫大な権力も願いや憧れを抱いても本気で望む奴は居なかった。

 

 何事も身丈程度。日々に小さな幸せがあれば満足でそれで良い。だからこそ―――。

 

「………ああ、だからこそ(・・・・・)があったからオレは凡人(そこ)から洩れたわけか」

 

「え? 何か言いました?」

 

「なんでもないさ。それより急かした割には食べるの遅いぞ?」

 

「何を……って早い!? もう食べ終わったんですか!?」

 

「はっはっは、困ったなー。食べるの遅い桜花のせいで今日は遅刻確定だなあ」

 

「ご、ゴメンなさ…………って既に貴方のせいで遅刻は確定です! 責任転嫁!!」

 

(オレ)がルールだ。だって俺、王様だし?」

 

「表身分はただの学生です!」

 

「そりゃあ凡人ルールですぅ。こっち(・・・)側のお前には通じません。残念でしたザマーミロー」

 

「ウザイ! この人ウザイ!! 変なところで偉ぶって!」

 

「だって偉いもん」

 

 朝から元気に騒々しい、二人は今日もいつも通りに変わりなく、世界最強の神殺しと呼ばれ畏怖される超人と日本が誇る壮絶な武人、撃剣世話係という武の頂に立つ者より才媛と期待される魔人ではなく、何処にでも居る普通の少年少女にしか見えなかった。

 

 




改行弄り(2019/10/04)


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閉塚衛

注)作者は神話についてきちんと調べますが、ぶっちゃけ原作のアレほど正確かつ詳しく書ける自信が皆無ですので、ガッチガチな神話のうんちくを期待している方はどうか生暖かい目で見ていただけるとありがたいです。




「頭が痛いとは正しくこのことですよねえ」

 

 積み上げられた資料から一つの……丁度、数時間前にイタリアの《赤銅黒十字》という魔術結社から提出された資料のコピーに軽く目を通し、正史編纂委員会がエージェントの一人、甘粕冬馬はため息を吐いた。

 

「いやはや、王が生まれること事態前代未聞なのにそれが二人目とは。ウチの重鎮(爺婆)たちは早速、どちらに付くかで揉めているよ。因みに優勢は閉塚くんだね」

 

「でしょうねえ。経験(キャリア)も戦歴も新参者の王より遥かに優っていますし……書面通り(・・・・)に受け取れば、ですが」

 

 そんな彼と会話を繰り広げるのは『正史編纂委員会』が東京分室室長にして次期委員会トップを担うとされる才媛、沙耶宮馨。

 委員会重鎮四家が沙耶宮家の次期当主でもある。

 

「最も彼らが型に嵌められる様な存在でないことを僕達は重々承知している。その辺りを理解していない方々が勝手に始めた陣営争いだけれど……」

 

「無視は出来ないと。特に閉塚くんの場合、姫凪さん繋がりでどうしても九州方面が優遇されていますからねえ。権力者の多い京都方面に集う重鎮方からすれば面白くないんでしょう」

 

「特に偉ぶっているわけでもないのに勝手に劣等感を感じる辺り、本当に面倒くさい」

 

「……の、割には楽しそうですねえ」

 

「そう見えるかい?」

 

 にやりと笑う馨に甘粕は過労を予感し壮絶に嫌そうな顔をする。

 

「我が国に生まれた『二人目の王(・・・・・)』。特ダネも特ダネ、さぞ僕達委員会も含め、『民』も『官』も混乱するだろうね。そうすれば色々と整理する(・・・・)のに丁度良い機会とは思わないかい?」

 

「………」

 

 馨の言葉に甘粕は頭痛がする思いだった。

 ──そう、彼女は生粋の快楽主義者。加えて嘘付きであり、悪戯好きであり、女ったらしである。……因みに彼女の性別は女であるが、見格好を男物の服で着飾ってある辺りに察せられる部分はあるだろう。これが恐ろしく似合っているので初見ではパッと見、美少年にしか見えないが。

 

「どちらにせよ、兼ねてから組織の整理はしようと思っていたんだ。『二人目』が誕生したのは都合が良い。それに幸い、我らが一人目の王様は好戦的な性格の持ち主ではない。こっちで上手くバランス取りさえできれば日本を舞台に東西決戦! なんてことにはならないはずだ」

 

「……そういうの口に出すと現実に成りかねませんよ。確かに専守防衛が専売特許ですが、逆にいうと攻め込まれると容赦はしない性格をしているということです。こっちに無くとも向こうがその気であった場合はそれこそ本当に東西決戦になりかねません」

 

「そうならないためにも変な気を起こしそうな輩をさっさと整理するのさ。僕としては既存体制を維持するより、いっそ新しく構築する方が早い思うし、何より」

 

「何より?」

 

「―――そっちの方が面白いだろう?」

 

「ハア……」

 

 ニヤニヤとする沙耶宮に嫌な予感が当たりそうだとため息を吐く甘粕。

 とはいえ、どちらにせよ、動くにも動かないにも一波乱あるのは間違いない。神殺しが同じ国に同時に存在するなど前代未聞。どうあれ、混乱は免れない。ならばこの機会を好機と捉え、少しでも風通りを良くしておく方がマシである。

 少なくとも事態を好転させるために利用した方が得策だ。

 

「ですが、そういきますかねえ。こちらはともかく向こうはどうも既に《赤銅黒十字》と随分と親しいようですが、ほら。愛人の件とか」

 

「エリカ・ブランデッリか。まあ、大丈夫じゃないかな。向こうも向こうで才媛だ。どれくらい『やれるか』はまだ分からないけど。少なくともイタリアの王との折半を上手くした辺りいる方が都合が良いと思うよ。向こうもまずやる事は自分たちの陣営を作り始めることだろうし、そうすれば……」

 

「成る程。とことん利用する気でしたか」

 

「そういうことさ」

 

 下手に王に介入されるより政治(そういう)方面で有能な副官が動き回ってくれた方が返って都合が良いと沙耶宮は言う。何より、平和的だ。

 

「ついては君には今以上に色々なところに駆け回ってもらわなければならないけど──」

 

「……残業手当はどれ位で」

 

「──君は運が良いね。我らが王は不敬を労働で返せと寛大な処置をくれたのだから」

 

「はっ?」

 

「興味深い話を聞いたよ。我らが王をロクデナシ呼ばわりした挙句にヒモ扱いしたそうだね」

 

「…………………え」

 

 サーっと青褪める過剰労働公務委員(危険手当、生命保険過多)。

 そう、それは先日の秋葉原でのこと、共に趣味の最中、リラックスしていたがゆえに冗談交じりでポロッと呟いてしまった感想。

 慈愛溢れる聖女のような笑みで沙耶宮はポンと優しく甘粕の肩に手を置き、聖女の笑みのまま悪魔の一言を言う。

 

「手当ては、また(・・)上乗せしておいて上げたよ。精々、頑張ってくれ」

 

 どっかのオフィスの一室で悲哀を誘う憐れなサラリーマンの悲鳴が響いた。

 

 

【グリニッジの賢人議会に提出されたクレタ島の事件に関する報告書】

 

 先日より、続くクレタ島を中心とした嵐の原因は調査の結果、嵐に纏わる『まつろわぬ神』によるものであると判明した。

 

 この七日七晩振り続ける豪雨、暴風、雷……そしてこれらと並んでクレタ島での異常な作物の成長とそれが起こした島全体の密林化から現在、クレタ島を中心にその近隣では二柱の『まつろわぬ神』が激突していると思われる。

 

 当局の現地調査員の報告より嵐の神をギリシャ神話が主神、ゼウス神。

 島全体を密林化し、ゼウスと相争う神は、名前こそ不明なもののその権能と曰く山羊の造形から何らかの『蛇』に纏わる豊穣神であると考えられる。

 

 今後の被害拡大も考えられるため、引き続き厳重な警戒と監視体制を維持し、万が一の場合は近隣の神殺しへ討伐依頼を行なうことも念頭に調査を続行する。

 

 

 

【王立工廠より提出された七人目の王に関する資料より抜粋】

 

 アルマテイアはギリシャ神話に名高きゼウス神を育てた山羊です。

 彼女は豊穣に纏わる女神であり、伝承に曰く、未来における破滅を予見されたウラノスはいずれ神々の王となるゼウスをクレタ島はイーデー山の洞窟に捨て、それを見たアルマテイアは捨てられたゼウスを憐れに思い、乳と果実を持って彼を育てました。

 この功績より、後にアルマテイアはゼウス神より星座に、山羊座に召し上げられたとされます。

 

 アルマテイアは神話に曰く、ゼウス神を育て上げた功績として原初のユニコーンとしてその存在を昇華したとされます。

 またゼウス神が他にナイル川を初めとした土地や川を育て、ゼウス神の他にも神ディオニューソスを初めとした神を育てたことより神々の母ともいえる存在でした。神々を育て、土地に豊穣を齎す角を象徴に持つ豊穣の神。

 それこそがアルマテイアという地母神であり、七人目の神殺したる閉塚衛が殺害せしめた神です。

 

 

 

【正史編纂委員会より提出された閉塚衛に関する資料】

 

 現在、その手に二つの権能を収める七人目の王が保有する第一の権能『母なる城塞(Blind garden)』は攻守二つの姿を持つ権能です。

 

 女神アルマテイアより簒奪したこの権能は豊穣を司る稲妻を以って強力な結界を張り巡らせ、あらゆる外界からの干渉を遮断する能力を持ちます。

 また、結界内での土地そのものを支配下に置き、動植物を眷属として使役する能力を持つため、この権能は守りの形態を取れば忽ち堅牢な城塞の如き守りを再現することを可能とします。

 

 攻撃によれば女神アルマテイアを神獣として使役し、神速を持った雷の攻撃を可能とします。

 他にも、稲妻の神獣となったアルマテイアの本質は鎧であり、その身に纏わせることで先の城塞化と同じように極めて限定的な己の身を守りぬく絶対防壁を築くことも可能であり、この権能の本質が守りにあることは論ずるまでも無いでしょう。

 

 かの女神より簒奪したこの権能が豊穣の他に雷の形を持つのかについてはゼウス神縁の神である他に、日本では稲妻とも書くように豊穣と雷が極めて親しい関係にあることが上げられます。

 雷が落ちた土地では豊作が確認されることが多く、そのため雷は神々に対する畏怖と共に恵みを齎すものとされることが多く、稲(日本の豊穣の証)の妻という言葉が残ったといいます。

 アルマテイアの権能が雷を司る形として顕現するのはこのことに関わっているからだと我々は推察します。

 

 また七人目の王、閉塚衛は今代の王と比べ極めて温厚な王であることは既にこの資料に目を通す方々には既知のことでしょう。

 第一権能が守りの権能であることから示すようにかの王は常に専守防衛を心がけた存在であることは周知のこと。それはクレタ島調査にて鉢合わせたかの『黒王子』との一件より判明していることですが、しかし忘れてはならない。

 彼もまた神を殺害せしめた王であることを。

 専守防衛とはそれ即ち、無力に非ず。彼もまた神殺し、無用に手を出せば眠れる獅子に噛まれることを忘れてはならないのです。 

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「あん?」

 

「どうしたんですか? 衛さん。突然首を傾げて……」

 

「いや……」

 

 学校帰り二人は秋葉原は電気街……俗に言うオタクたちの聖地にいた。

 趣味をゲームとする衛が行きつけの街であり、また桜花にとっても『正史編纂委員会』の分室があるため時たま訪れる縁ある街だ。

 

「なんか、センサー(・・・・)に引っ掛かってな。どっかに神獣か何かが出現したかもしれない」

 

「委員会からは特になんの連絡もないですけど……でも、それならことがことですね。何処に出現したとか分かりますか?」

 

 キリっと戦いの気配に堅い表情を取る桜花だが、それに反して衛は解せないという顔で戦いに挑む気を見せない。

 

「さっきの気配……神器か? 今は収まったから辿れないが……つーか、これもしかして同族の気配か? 噂の剣バカが攻めてきたとか?」

 

 ムムッと暫く衛は感覚を研ぎ澄ますかのように瞑目し額に皺を寄せていたが、やがてふっと、脱力して軽く伸びした後。

 

「──ま、いっか。ことがことなら向こうから勝手に面倒ごとが舞い込んでくるだろう。それより軽く軽食でも食おう。飯には早いが腹が減った」

 

「はっ? ……って、全然大丈夫じゃないです!? 騒乱の気配がするなら収めなくては!」

 

「無理無理。俺を誰だと思ってる? 天下無敵の傍迷惑、問題に飛び込めば問題をさらに大きくする歩く天災、神殺し(カンピオーネ)だぞ? こういうのは経験則上、問題が起きてから動いた方が良いんだよ。起こらないなら起こらないに越したことないし、関われば返って悪化する、なんてことにならないようにしないとな。神殺しは起きた問題に関わった方が面倒は少なくて良いんだよ」

 

「とか言って本当は面倒くさいだけなんじゃないんですか?」

 

「それもある」

 

「寧ろそれしかないって顔じゃないですかぁ!」

 

 キリッと無駄なキメ顔を浮かべつつ、イイ笑顔で言う衛。

 不覚にもちょっとカッコいいと一瞬思ってしまった桜花は僅かに頬を赤らめながらもツッコミを入れる。

 

「全くもう、全くもう! 少し格好良いなと思ったのがバカみたいじゃないですか」

 

「クソニートに格好良さは求めんでくれ。平時ぐらい(おら)ぁ『普通』で居たいのさって、アレ? このギャルゲー、甘粕が勧めてきた奴か」

 

 桜花との会話もそこそこに嬉々として愛らしい女の子たちのイラストが描かれたゲームパッケージを手に取る衛。

 その姿は神殺しと呼ばれる人類最強の一人であるようにはとてもではないが見えない。

 

「……むー」

 

「へえ、内容は不遇の姫と新撰組の副長が生まれ変わりとされる少年ね。姫様と特別な力を持つ主人公とはまた有りがちな……」

 

「むー、むー」

 

「ふむふむ、プラチナブロンドの美少女がメインヒロインとは……この絵師、まさかあのラノベの絵師か!」

 

「むぅぅぅぅ」

 

「へえ、敵勢は復活した英雄か……カエサルとか戦記ものでどうやって倒す気だよ。しかも英国のエドワード黒太子まで、百年戦争の英雄様に加えてリチャード王もか。日本側は、殆どローマに組み込まれてんじゃねえか……。しかし腹黒ヒロインか。悪くない」

 

「むー! むー!」

 

「痛って、ちょ、叩くなよ。何だよ」

 

 『年代記軍勢(クロニクル・レギオン)』と名付けられたギャルゲーにしては厳ついタイトルのゲームに衛が目を通していると桜花がバンバンと背中を叩いてくる。

 

「神獣が出たとか言う割には暢気さんですね。それにそんなイラストの女の子ばかり見て」

 

「だから俺が動くと返って面倒になるって言ってるだろ。免罪符であることは否定しないが幾らか本心であるのも事実だ。神殺しっていう奴は問題を見つけて突っ込むと十中八九面倒ごとになる。英国のアレクが代表格だろう」

 

 イギリスに拠点を持つ神殺し、黒王子ことアレクサンドル・ガスコインは研究者気質の冒険家という性格からしょっちゅう遺跡や珍しい神器に関わっては神様関係の事件を引き起こすことで有名で、気質こそ戦闘狂のヴォバン侯爵と比べると優しいほうだが傍迷惑さでは流石に神殺しといわれるほどには事件を巻き起こしている。

 

「だから自分からは動かない。大体、人死やら災害に繋がるんならさっさと甘粕辺りが俺らの目の前に現れてるって。なんで、そうなるまでは俺もただの一般人。それ相応の日常を過ごすだけさ」

 

 ひらひらと気まぐれな猫のようにいつもの調子で来馴れた街をぶらつき出す衛。しかし、数歩歩いてふと、何かに気付いたように振り向いて、

 

「……なんですか?」

 

「もしかして、お前の不機嫌って、神様がらみの事件うんぬんじゃなくて、構ってくれなくて不貞腐れてるとか?」

 

「なっ!?」

 

 突然、ずばり本心を突かれた桜花は思わず驚きを口にする。

 この街に来てからというものゲームに目を向けるばかりで一緒に出かける桜花に全く構ってくれなかったため、問題を棚上げする態度よりもそちらに対して不機嫌だった桜花。それを、この朴念仁は神殺し特有の野生で当てて見せた。

 ……普段、彼女の本心は全く気付かないのにこういう時だけ察知するのが早い。

 

「……ほほう。ほほーう、いやあ悪い悪い気付かなくてホントゴメンな。大丈夫大丈夫、お前さんが一緒だってことちゃんと覚えてるから」

 

「ちが、違います。私は別に……!」

 

「そっかー。じゃあ仕方ないなァ。電気街はこの辺りに昭和通りでお茶でもするか。桜花は甘いもの好きだったろう、丁度向こうはスイーツ店もそこそこ多い。このままデートとシャレ込もうか」

 

「デっ!?」

 

「任せろ! 俺はニートだが、エスコートぐらい務めてみせるさ。教材(ギャルゲ)はめちゃくちゃやり込んだからな!」

 

 フフンと自信有りげに桜花の手を引きて、こちらの答えも聞かず歩き始める衛。

 さり気無く手を握られた桜花は不意討ちにいよいよ顔を赤らめ、電気街の住民は己の庭に現れた場違い(リア充)の気配に殺意と殺気を露わにする。

 

 随分と殺伐とした衆目の中、楽しげに笑う衛と黙して付き従う桜花は平和な日常を過ごすのであった────。




2019/10/07(改行弄り)


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魔都にて、相対する

僕はね……女性キャラを動かすの、苦手なんだ……。
(訳・キャラ崩れしてたらごめんなさい)

エリカってイマイチ掴み難いキャラなのね、
作者の得意な人間性的に。


「全く、本当につれない人なんだから」

 

 既に見送った背にイタリアはテンプル騎士団に縁のある魔術結社《赤銅黒十字》にて才媛と名高い若き《大騎士》エリカ・ブランデッリはふう、とため息をついた。

 極東生まれ極東育ちの八人目の覇者は容姿端麗、眉目秀麗かつ文武両道、才色兼備な彼女でも手こずる相手(あいじん)だった。

 

「いい人でしたね護堂さん」

 

「あら? アリアンナも彼に惚れちゃった? でもダメよ、彼の愛人たるはこのエリカ・ブランデッリを置いて他にいないんだから。まあでも……」

 

 草薙護堂。

 平和主義者を謳うくせに根っこでは戦いを、真剣勝負を好む八番目の王。

 何よりどうも彼は朴念仁でありながらもその実、女性に対する扱いが上手い……というより無自覚に女心を射抜くことに長けている。有体にいって「女誑し」

 

「口ではやりたくないだの、乗りたくないだと言う癖してその場のノリに直ぐ流されるんだから。戦いも女の扱いも……」

 

「ご不満ですか? でもエリカさま、楽しそうです」

 

「あら? そう見える?」

 

 そう、確かに時たま朴念仁な所やことが進むまでイマイチ乗り切らない態度に思うところが無いわけではないが、あれほど甲斐のある(・・・・・)男の子もそうはいまい。ただ……。

 

「真っ向からの真剣勝負ならばともかく、脇が甘すぎるのは問題よね」

 

 特に女性相手だとそれが顕著だろう。絶対に無いとは思うが色恋を拗らせた挙句、コロッと刺されて……何てことが、

 

「それはないわね。それも含めて飲み干してしまう懐の深さはあるし、それに」

 

 神殺し(カンピオーネ)

 人でありながら神たる『まつろわぬ神』に抗い、剣を向け、その果てに彼らを殺し、神力を簒奪せしめた覇者。

 その身がつまらぬ乱痴気騒ぎで命を散らす何ていうことは在り得ないのだから。

 

 しかし、だからこそそれとは別、自身に関することで次なる懸念事項が浮かび上がる。

 

 女誑しで、懐が深くて、その上、覇者としての資格持ち。

 となれば魅了される女性がエリカだけに止まらないのは疑うべくもない。

 

 現にこの短い接触で彼女の従者たるアリアンナが親愛の情を覚えているのだ。ともすれば向こう(日本)でも彼の魅力に取り付かれた女性が現れるだろうことだろう。

 

 まあ、それは良い。

 王たるものそれぐらいの器はあるだろうし、複数の女性を囲うのは古今東西、王として何ら不思議なことではないが、

 

『このエリカをおいて本気(・・)で他の女の子に熱を上げるのは……看過できないわよね』

 

 浮気は良いが本気は許さない。

 彼が一番に愛する人はこのエリカ・ブランデッリをおいて他には無い。

 

 中空に王冠が如き金色の髪が舞う。堂々と、何ら疑うことも恥じることもなく己と己の寵愛が一番だと言い切る彼女はさながら女王の如く。

 才媛と、その名に相応しい才と自信、気品とカリスマ。それらを衣服と纏った彼女の様はともかく華麗であった。

 

「《剣》のこともあるし、一々海を跨がねば彼との愛を確かめられないなんて、私は織姫や彦星のように思い人に対して我慢強くないの」

 

 例え地獄の巷でも、愛する人が居るならば火の中、水の中と。

 そもそも神々の宿敵たる男子について往く者としてまた共に戦う騎士として、その程度の覚悟など彼が初めて成した神殺し、東方の軍神と戦う頃より既に持っている。

 

「ということでアリアンナ。日本行きのチケットの手配を頼めるかしら。ああ、貴女の分もね。私は少しやるべき手続き(・・・)で忙しいからお願いね」

 

「え? 私もですか?」

 

「ええ、暫く(・・)向こうで過ごす予定なんだから当然でしょう? 護堂もそうだけれど、日本には既に神殺しがいる。その点も含めて身の回りでやらなきゃいけないことは多いもの。賽も投げてしまったし、ね」

 

 賽は投げられた、かのカエサルの言葉だが、そう、彼女は文字通り賽を投げたのだ。他ならぬゴルゴネイオンという特級の賽を。既に護堂の他の覇王が統べるその土地に。

 

「『堕落王』閉塚衛。当代七人目の王、か」

 

 唇を人差し指でなぞりながら脳裏に描くのは最愛の少年と同じ王たる人物。

 

 ──地中海に浮かぶ神秘の名残深き場所。

 ミノア文明、或いはクレタ文明と呼ばれる文明栄えたギリシャ・ローマ文明に置ける世界の中心。そこで誕生した七番目の王冠。

 

「最古にして最高の女神アルマテイアを殺し、天空神ゼウスと分けた王。経歴も戦歴もまだまだ新参の護堂と比べると格上、それに黒王子との交友関係もある。だとすれば日本の魔術結社も多くはこちらに傾いているはず」

 

 そこにゴルゴネイオンという災厄を持ち込むなど愚行の極み。

 しかし、このままイタリアで神器(それ)を扱うには不足している。先の戦いにてイタリアに君臨する『剣の王』は傷を負い、今は養癒中なのだから。

 

 それに護堂はまだまだ新参。王としての箔が不足している。

 そう言った意味でも最古の女神との戦いは都合が良い……多少の悪印象を刻み付けるにせよ。

 

「早い話、護堂がイタリアに来てくれれば良いのだけれど、まだまだ日本から身を引くつもりは無いみたいだし、そうなるとどうしても行動拠点は日本になる。これが西洋圏ならば都合も効いたけれど東洋だと《赤銅黒十字》の影響力は流石に低い」

 

 となると、どうしても日本で活動するにはその手足……とは行かなくても動きやすいよう身辺整理(・・・・)する必要がある。

 

 しかし向こうの多くは既に誕生し、戦いを重ねている『堕落王』に傾いているはずだ。既に出来た体制を崩すのは意外と困難であり、まして向こうにも護堂と同格の王が健在、ならば多少過激にでも間隙を作らなければ、すぐさま護堂が容易く飲み込まれてしまう(・・・・・・・・・)だろう。

 

「全く、本当に……退屈させないんだから」

 

 今後の苦労を思い、苦笑するエリカ。

 各方面の対応も含め、やることなすこと山済みである。

 そしてそれらは彼の相棒たる己にしか出来ないことだ。

 

 ──愛する男の子のために影で苦労を背負うエリカは意外と献身的な性質なのかも知れない。

 ……もっとも鮮烈に華麗に面白く生きる──そんな彼女が愛人にその影を踏ませることなどあり得ないが。

 

 

「我が求むるはゴルゴネイオン。まつろわぬ身となった我に、古き権威を授ける蛇」

 

「―――ご同輩も面倒を持ってくるなあ。乱痴気騒ぎは余所でやれ、丁度余所(イタリア)に居たんじゃないのかよ……」

 

「……ほう、その気配。当代の神殺しか。まさか一つの国に二人の王が存在しているとは、長き歴史の中でも早々あった話ではないと思うが」

 

「今まで無かったってだけの話だろ? ま、俺も知ったのはつい数時間前なんだが」

 

 未熟な神殺しに賽が託されてから数日後。

 まだ日輪が天を統べる頃、日本が誇る最大の都市、東京の地で二人の人物が向き合っていた。

 

 片や十代前半、天使のように愛らしい顔立ちをした薄手のセーターとミニスカート、銀髪を覆う青いニット帽などを身につけた少女。

 恐らくは十人いれば十人が振り向く女神を思わせる美少女である。

 

 ……問題があるとすれば『女神』とは比喩では無いことか。

 

 片や十代後半、シュッとした顔立ちから痩身の体付き。眠たげに細められた目と覇気には欠けるが、美男子とまで言えないもののおよそ欠点の無い少年が居た。

 

 ラフなカジュアルシャツに適当なズボンを合わせた洒落っ気の無い出で立ちだが、それが返って少年の性質に合っているのか、下手なオシャレより余程、似合っている。

 

 前者が圧倒して人の目を奪うだろうが、後者もまた格落ちすれど前者には見合うだろう見た目だ……しかし人目を集めるだろうこの二人は人が流れる行く往来の通りに在って全く誰の目にも止まらなかった。

 

 当然である。

 真に『女神』たる己が一つ煩わしいと思えば彼女を目に止める凡百の人間など居なくなる。その身は天上に住まう神々が身ゆえに。

 

 しかし凡百の人間と言うには目前の少年は文字通り格が違う。

 

 天上に住まう神々に唾を吐きかけ、傲岸不遜に神をその牙で喰らう獣。

 彼ら『まつろわぬ神』にとって永劫交わらぬ宿命の敵、『神殺し(カンピオーネ)』。それが少年の正体であるがゆえに。

 

「ぶっちゃけ言うと別にアンタに声をかける理由は無かったんだよな。どうも今回、火種の原因は新参の方にあるし、だったら責任は向こうのもの。しかもこうして相対してみるにアンタとの縁は向こうにある。完全に外様である俺が出張ってくる必要は無かったんだが……」

 

「ふむ、珍妙なことを言う。その身が神殺しならば我々との縁は既に交されている。即ち、不倶戴天。一切交わらぬ仇敵として」

 

 神殺しは魔王である──。

 人でありながら人に非ず、地上の諸人全てが抗う力を有さず、黙して従わざるを得ないがゆえに。そして、至高の神々にその牙を向けるがために。

 

 そう、両者は決して交わらない。神は身の程知らずに誅罰を。神殺しは獣が如く衝動に任せ戦いを。しかし……。

 

戦狂い(ウォーモンガー)どもと一緒にするな。こっちは生粋の日本人。法治国家に生まれた争い知らずの日和見でね。無関係の火事場に突っ込む性格はしちゃいねえ。それも相手が手傷(・・)を負った怪我人ならば尚のこと」

 

「確かに《蛇》を取り戻しておらぬ不完全な妾では汝の相手をするには些か手厳しいものがあろう、だが……」

 

 刹那、華奢とも称せるその身から桁違いの覇気が立ち上る。

 一騎当千の英雄でもこうはならない。神威、神たるその身が真であると人とは外れた決定的に違う(・・)気配が少年を圧倒するように立ち上る。

 

「武力と勝利は常に妾の僕ならば、《蛇》を取り戻さずともあなたに討たれる道理は無いと知れ」

 

 夜闇そのものを思わせる瞳と月光に揺らめく月が如き銀髪。

 都市の守護者にして夜の支配者、その名も知らぬ女神の力の一旦が発露する。

 

 だが、その神威を目して尚、少年には戦意の欠片もなかった。

 まるで柳のように神威を受け流すばかり。

 これだけの神威を前に平常で居られるのも驚異的だが、何より神殺しであるはずのその身に未だ戦意を漲らしていない時点でもはや異常だ。

 

 訝しむ女神に少年はやや気だるげに応じる。

 

「どこぞの女神様曰く、俺は歴代でもアメリカの王に匹敵する変わり者らしいぜ? 戦士と言うより守護者。決定的な一線を超えない限り、決して暴力を向けない沈黙の王者と。ま、気取ってみたが売られた喧嘩にも、俺個人に振られた喧嘩にも、俺は乗る気にならないのさ、なんせ戦嫌い(チキン)なもので」

 

「守護者か……成る程、合点が言った。獣に見合わぬ大樹が如き振る舞いはそのためか。その身は覇者ではなく王者にあったか」

 

「ま、そういうことで喧嘩は買わんし応じない。そっちが東京(ここ)で暴れまわるのも正直言えば対岸の火事でね。テレビの向こうの悲惨な事件に一々感情移入するほど俺は出来た人間じゃないのさ」

 

 畑違いとはいえ同じ穴の狢。

 少年もまた歴代神殺しに漏れぬロクデナシである。

 

 守護者を謳いながらもその目が見詰めるは常に身内。その外に居る人間には何の関心も持たない。だが──それは逆に内に対する強い情念を表す。

 

「今日現れたのは顔合わせ兼、警告だ。東京には同士が多くてね。どいつもこいつも夏の祭典以外は引きこもってる奴ばっかりなんでまあ、お前たちのような奴らの戦にも巻き込まれないと思うけどな……巻き込んだら殺すぞ」

 

 火が灯る。沈黙する大樹はしかし次の瞬間、鮮烈な闘志へと一瞬で転じた。

 神威に劣らぬ絶対的覇気。覇気に欠ける凡百と変わらぬ少年はこの一瞬で弱きを守る王者になった。

 

「昔っからの性分でね。戦いは嫌い、面倒も嫌い、悪意を向けるも苦手とどうにも争いごとが苦手な性質で、殴られても喧嘩売られても不満や痛みは覚えても反撃する気はどうにも起きない。だけど……友達が殴られているシーンを見せられると、本人の意思抜きに殴り返したくて堪らなくなる。

 

 ──だからさ、俺に手を上げさせないでくれよ?

 手を上げる時は大概、俺、似合わずに憤怒してる(カッ飛んでる)から」

 

 ──普段優しいものこそ怒ると怖い、とは日本で言われることがある。

 それは豹変に対するギャップ的な恐れも含まれるが……それは暗に怒った時の爆発力に寄るものだろう。

 

 普段から怒りやすいものには平時、小さなことにも怒るからこそ消費するエネルギーが小さい。怒りと言う感情は人を喰う。誰かを怒鳴りつけることは先天的な精神の欠乏がない限り怒れる本人にも多大なストレスを与えるのだ。

 必然、怒りやすい人とはどうしても精神に掛かる負荷が大きく、怒りの振り幅、激情の差違は小さくなる。

 

 しかし、普段怒らない人間とはそうではない。激情は胸に秘めれば秘めるほど何処までも大きく、広がるもの。

 そして一度、そこに火が灯ればその爆発力たるや比較できるものではない。

 

 懐が深い人間ほどその懐分だけ爆発力が生じる。

 ならば自分に対する悪意すら、受け入れ気に留めないほどの嫌戦の徒が一度、激情と共に剣を取ったらどうなるだろうか……その怒り、その激情は……神すら律せるものではない。

 

「しかし同時に汝の怒りを試してみたいという思いも戦を司る身であるがゆえに覚えなくも無い、が。民草の庇護に尽力的な心優しきものを態々、憤怒の炎に放り込むことも無しか。どちらにせよ、まずは異国の地であった神殺しとの縁が先か。汝との戦はいずれの時に取っておこう。その時こそ、その身に宿る最古の女神、妾と共にその格を比べあおうぞ。さらば、我が祖母(・・)の力を宿すものよ」

 

 バサリ、と鳥が羽ばたくような音と梟の羽根を残響に女神は次の瞬間、無に帰すように姿を眩ます。

 

 そうして、意識の外へ消えていた往来の足音が戻るのを感じて少年、閉塚衛はその身を弛緩させ、いつもの平々凡々たるただの少年へと戻る。

 

 

 

「ハァー、緊張した。ここでおっぱじめるんじゃないかと冷や冷やしたぜ。だから『まつろわぬ神』とはあんまり相対したくないんだ」

 

 《蛇》を取り戻してなかった不完全性こそに感謝すべきだろう。

 アレが完全に力を取り戻していればこちらの言葉に耳を傾けることなく、まつろわぬ性のまま人々に天災として猛威を振るっていただろう。

 

 だが、アレはまだ完全ではない。その一点を理由に警告を敢えて言いにきた衛の判断はどうやら間違っていなかったらしい。天敵、宿敵であるがゆえに敵のことは敵以上に理解できてしまうのだ。

 

「さて、後はお役所仕事だけだ。ま、そっちは甘粕さんや沙耶宮の領分。イタリアの結社とやらの折衷は任せてこっちはいつも通り引きこもりますか。問題を持ち込んだのも新参だが、解決するのも新参ってことで今度は楽が出来そうだ。買ったばかりのゲームが即日プレイできるとは俺の運も向いてきたってことかな。んん、素晴らしい!」

 

 面倒ごとが降りかかったのに珍しく自分の手で解決しなくいいという幸運に思わず鼻歌を歌いながら帰路に着く衛……普段の彼ならばこのような『フラグ』を立てるようなマネはしなかっただろう。

 彼もまた神殺し、外から見れば平常でもその身はやはり宿命の敵を前に何も感じ入ることが無いなどとそんなことは無かった。

 緊張や感情、それから宿命として僅かながらの戦意を抱いていた彼は、それらから開放されて些かテンションが高かった。高かったゆえに立ててしまうのだ。

 

 普段の彼なら『フラグ』と呼び、ジンクスとして立てないよう心がけるそれを。

 

 そして………。

 

 

 

 

 

『─────』

 

 二人の神殺しと《蛇》の気配。

 それに釣られて欠けた女神もまたその力を欲さんと蠢き始める──。




改行弄り(2019/10/11)


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女神襲来

FGO、Zeroイベ復刻ですね。
初日に輝く貌のセイバーを手に入れたせいかイマイチやる気が湧かない……。
或いは既にクリア済みのイベントだからか?

なんにせよ片手間に更新っと。


──衛がアテナと邂逅している頃。

 

 時を同じくして東京駅から北陸新幹線に揺られ約二時間半、前田家加賀百万石と有名な加賀藩が治めた土地、石川県は金沢市。その中でも古き伝統を今に語り継ぐ街並み、文化財の一つにも数えられる観光名所ひがし茶屋街。

多くの外国人含む観光客が嘗ての文化を堪能する傍らで、彼らは密会を開いていた。

 

「おのれ……沙耶宮の女狐め!」

 

「あの王を座位につけてから九州の連中はつけ上がるばかり! 所詮は山暮らしの猿共に過ぎんだろうがッ!」

 

「それだけに飽き足らず、王の威光を脅しに我らから次々と中央集権を称して権利を剥奪しおってからに」

 

「所詮は新参者の王! 一体我らが何百年の歴史を誇っていると思っている!! ポッと出の王風情に奪われる筋合いはないわ……!!」

 

「王に尻尾を振る売女どもめ…!!」

 

 彼らは正史編纂委員会に属する『官』の人間。

 正史編纂委員会という組織そのものを成立させた沙耶宮家を初めとした重鎮四家を頭に据える一派である。

 

少なくとも、表向きは。

 

 というのも今の呪術界ひいては裏社会における権利の殆どは『官』。

 即ちは、国家に尽くす公務委員としての顔も持つ正史編纂委員会が持っており、そのため少なくとも日本の呪術界に属するものの多くは正史編纂委員会と共にならなければ生きてはいけない。在野の呪術者である『民』として生きにくい業界になっているのだ。

 

 そのため、内に不平不満を持っていても権利諸々の多くを掌握する正史編纂委員会に従わざるを得ないというのが今の呪術業界の現状だ。

 ましてや、極東に王が誕生し、それがバックにあると考えれば今まで『民』を気取っていた強情なものらもある程度協調性を見せなければ成らなくなっている。

 

 しかしそれを気に喰わぬとするものらが居た。

それが彼ら『官』でありながらも正史編纂委員会とそれを率いる王に不満を持つ家格の高いルーツに武家を持つものたちである。

 

 『公家』と『武家』の仲の悪さは歴史からして言うに及ばず、正史編纂委員会を率いる沙耶宮家を筆頭に『公家』を多くに構成される委員会に対して『武家』がモノを申すのはある意味、当然の帰結であった。

 

 特に実戦呪術の使い手が多かった(・・・・)彼らは如何な神を殺す偉業を遂げた神殺しであろうとも討伐することが可能だと本心から考える者たち。

 

 つまりは沙耶宮馨ならば「足を引っ張ることしか考えていない連中」甘粕に言わせれば「ただのバカ」と侮蔑されるだろう者たちである。

 

「最近ではまたも我らの土地に誕生した新たな王を仰ぐ西洋の白人共が我らの神州で幅を利かせ始めたというではないか!」

 

「やはり神殺しなど所詮、災厄を持ち込むばかりの疫病神に過ぎぬ!」

 

「我らが総力を持って誅罰せしめん……!」

 

 罵詈雑言──委員会に対する積もりに積もった不満がここぞとばかりに爆発する。

 

 特に若い衆、世間を知らぬ身の程知らずたちは「罰」と称して仕切りに王をも愚弄する。それを止める者は無く、本来は諌めるべき「大人」たちはそれでこそ武家に連なる武士(もののふよ)、と火に油を注ぐばかり。

 

 ──そんな熱狂する周囲よりほんの少しばかり醒めた……本当に少しばかり冷静な列席者の数人が意見する。

 

「しかし、罰をと言っても一体どうするのだ? 如何に我々が優れた呪術の使い手とは言え、相手はあの神殺し。呪の一切を無効化するという獣であるぞ。アレではまこと、我々の攻撃は通じんだろう?」

 

「西洋の薫陶を受けた王については知らぬが、九州を統べるあの若造めは王の中でもこと守りに富んでいると聞く。武力を持って尚、征することが出来るかどうか……」

 

 冷静な見解は流石、歳を重ねた武家老のものだったが、熱狂する者たちには届かない。

 それどころか、それら諫言、不安に対して怖気付いたか、それでも戦国を生き抜いた武士の末裔かと怒声が飛ぶ。

 怒号飛び交う会議の場。

 混沌する会議に、列席者達でも重鎮に位地する者がそれらの混乱を一喝で諌める。

 

「静まれぃ! 冷静に具申する者らの意見を圧することなどそれこそ委員会共のやっていることと同じぞ!」

 

 既に七十を越えた老人のものとは思えぬ声の大きさと通りは騒ぎ立てる者たちの声を黙らせる。

 そして静まり返った場に一つ、満足げに肯いた後、彼は不敵な笑みを浮かべ、懐から一つの呪具……一見して神道の祭具「御幣」に見える代物を取り出す。

 

「お前たちの不安もよく理解できる。だが、これを見よ」

 

「それは? 何らかの呪具のようですが一体……?」

 

「これこそ我が家に秘されてきた委員会連中も知らぬ秘宝よ。これはな──かつて道摩法師が手にしていた呪具の一つよ」

 

「なんと! 道摩法師の!?」

 

 皆一様に驚愕を浮かべている。

 ──道摩法師、多少、歴史をかじった者、或いは小説などの物語を好むものならば一度は聞いたことがあるだろう。

 かの高名な陰陽師安倍清明と並び称される彼のライバル。

 またの名を蘆屋道満……と。

 

「くく……この「御幣」は道摩法師が安倍清明を呪わんとして《蛇》の神力を封じ込めた呪具よ。これを霊脈に潜り込ませれば瞬く間と呪力を吸い、何処かの女神を呼び寄せよう。その女神を以って我等は今こそ王を討たん!!」

 

「おお、それがあれば!!」

 

「正しく勝利の女神を、というわけですな……!!」

 

 一同は嬉々として呪具を持ち込んだ老人を褒め称え、己が勝利を確信したように笑みを浮かべる。

 現界した女神が果たして自分らの言うことを聞くかなど頭に無いかのように。

 

 まあ、それも当然か。

 そもそも神殺しをどうにかできると確信している者らに『まつろわぬ神』の脅威が如何ほどのものであるかなど理解できるはずもなし。

 

 不平不満を言うばかりで今まで行動してこなかった彼らは所詮、零落した(・・・・)歴史のみの武家が末裔。

 本当に恥知らずなのはどちらか彼らは終ぞ知らなかった。

 

 ────そう、終ぞ(・・)

 

「──池田屋を襲撃した新撰組の気分ってこんな感じでしたんでしょうか、なんて。それはともかく、直接出張ってきて正解でした。まさか女神に縁のある呪具が持ち込まれようとは。馨さんが私に頼んできたのは偶々でしょうが、この上なく最良の判断でしたね」

 

 鈴、と澄み切った声。

 身の程知らずの反逆者たちはその声に忘我するように静まり返る。

 

 そうして──現れる招かれざる客にして、いつかの新撰組のように謀議をする者らを討たんと彼女は現れた。

 

 亜麻色の髪を桜の意匠の簪で押さえ、その身に纏うは喪服を思わせる菱形と桜のデザインで彩られる黒い和服。

 華奢ともいえる少女の身に凛々しい顔立ちはその手に持つ打刀と相まって女武者を想起させる──彼らは彼女を知っていた。

 

 紛れも無い、彼らが猿と見下す九州の術者たち。

 その中でも若手筆頭。

 高千穂の土地が平成に生み出した剣の達人。

 清秋院の『媛巫女の筆頭』と同じく「神がかり」を体現する世界有数の巫女……!

 

「な、何故貴様が此処にいる、『刀使の巫女』姫凪桜花……!?」

 

「愚問です。貴方方に誅罰を齎すためですよ。ご老公」

 

 純粋な剣の腕ならば清秋院恵那を上回るという撃剣会らの凄腕をして天才と呼ばれた魔人が王の障害を払わんと剣を構えた──。

 

 

 

………

 

……………

 

…………………。

 

 

 

「静観ならば何も言わなかったでしょう。恭順ならば臣として迎えたでしょう。鞍替えするというならば黙して受け入れたでしょう……ですが、歯向かうというならば話は別だ。その切っ先、無傷で引き下げられると思うな」

 

 己の首丈と水平になるように刀を構え対峙する──いわゆる霞の構えで愛刀を構えた、桜花は普段の様子とは、余りに乖離した言い様で言った。

 

 

 ──彼女は性善説でものを考える暴力や争いを嫌う善人だ。

 暴力でモノを語ることを良しとせず、根気よく言葉で分かり合おうとするが、しかし、か弱いということは断じてない。

 寧ろ、彼女は他ならぬ暴力の天才だった。

 

 達人をして隔絶したと言われる、武侠にして神をも殺した中国の神殺し・羅翠蓮。

そんな彼女に比するという日本が誇る帝都古流を修めた武道の達人をして天才と称されるほどに桜花は剣術に優れていた。

 

 それつまり暴力(ぶじゅつ)に訴えればそれこそ彼女に手を付けられるものなどそう居ないだろう。彼女はそれをよく理解している。

 

 幼き頃から大人たちにも引けを取らない剣の使いだった彼女は自身が、か弱き被保護者ではなく民草を守る庇護者に属する強者であることを漠然と理解していた。

 ゆえにその武技は極めれど向けるものに在らず。

 常に弱きを守るため強きに振るうものだと自戒した。

 

 ……彼女自身、誰かに守って、支えて欲しいと思うことがなかったわけではないが、それについては閑話休題。

 後に現れる一人の例外にして彼女の王との出会いに纏わる話だ。

 

 だからこそ彼女は二重の意味で暴力剣を使わない。

 一つは剣など使わずとも人は理解できると信じているから。

 

 そしてもう一つは──強すぎる(・・・・)己が暴力剣を使えば、その結果は見えているからという人によっては傲慢ととれる理由から彼女は剣を抜かなかった。

 ……例外事項を除いて。

 

「ええ、本当は暴力こんなものなんか使いたくありませんでしたよ。本当に……ですが、貴方方はやってはいけないことをした。静観するでもなく恭順するでもなく鞍替えするでもなく、不遜にも我が王に裏切りの刃を向ける? 庇護されながら裏切りを以ってして恩を仇で返す? そんな行為、私が許すはず無いでしょう」

 

 静かな声音にしかし激情を抑えて桜花は言う。

 

 ──これが挑戦であったならばまだ救いはあった。

 

 それは相互了解の下、対等に行なわれるもの。

 絶対強者たるものは、ただそれだけで挑まれるに値する存在であり、ゆえにその挑戦を事情なくして拒むことなどあり得ない。

 生まれつき徹底して「強者」であった彼女にも理解できる話だ。

 

 だが、彼らは裏切った。

 差し出された右手を払い除けるのでもなく、友好の意を表す相手に刃を以って不意討ちをしようとしている。

 

「戦の作法も忘れた零落者共め。構えろ、真っ向から切り伏せる真剣勝負こそが、せめてもの慈悲であると知れ」

 

 武人として殺してやると、彼女が吼えたと同時、傲慢な反逆者たちの堪忍袋の緒も切れた。

 

「小娘が言わせておけば……!!」

 

「その鼻、へし折ってくれる!!」

 

 若い衆の中でも取り分け王に「罰」をと吼えたものたちがそれぞれ、剣を、呪符を構えて戦意を見せる。

 だが……刃を見せた瞬間、それを見取った彼女が動いた。

 

「フッ──!」

 

 限りなく無音に近い足捌きに僅かな気合を乗せ、彼女は即座に往く。

 

 ──一手。

 

 消し炎刀を得物とする短髪の男、得物を振り上げた瞬間に手元に向けて無呼吸で突きを放つ。

 対人の際、視界を奪うことに重きを置かれた霞の構えからの突きは振り上げることも振り下げることもせずにただ僅かな高さを調整するだけで構えられた手先に飛ぶ。

 最速の太刀は最短の道で駆け抜け剣を振り下ろす間もさえ与えず男の手の腱を切り飛ばした。

 

「い、つぅ!?」

 

 切られた片手を抱えて、男は蹲った。

 

 ──二手。

 

 腱を切られた痛みと一瞬で成された技巧に対する驚愕とで蹲る男に桜花はいっそ深く踏み込み、呼吸が感じ取られるほどの距離に肉薄する。

 そのため男の影に潜り込んだ桜花に呪術をかけようとした術者は男の影に彼女を見失い、組み上げた呪術は行き先を失う。

 その隙に彼女は素早く目配せをする。

 

 一人、式符。

 一人、指揮棒タクト。

 一人、無手。

 

 そうして術者の得物を見分け、まずは式符の男から襲撃した。

 

「ごふッ!」

 

 ──三手。

 

 身隠し兼盾として利用した短髪の男の腹部を蹴り付け、式符の男目掛けて蹴り飛ばす。

 蹴りつけられた男は息詰まった悲鳴を上げながら式符の男へと吹き飛んだ。

 剣を振るうために鍛えられたであろう肉体が吹き飛んでくるなど、男としてはやや痩身に過ぎる式符の男には鈍器が襲い掛かってくるに等しい。

式符の男は驚きながらも慌てて身を引く。

 

 そうして式符の男が注意の削がれた隙に彼女は低い姿勢から二歩の距離をつめて式符の男を強襲。

 下から掬うように……その際、刃から峰に返しつつ……式符を構えた男の手を跳ね上げる。さらに続けざま、式符を奪い、それが迦楼羅天に纏わる呪符であると見取るや否や、術を奪って無手の男に喰らわせる。

 

「なっ、ん!?」

 

 ──四手。

 

 唵蘇(オン)迦楼羅(ガルダヤ)婆訶(ソワカ)──。

 燃え広がる迦楼羅の浄化の炎を前に無手の男は焦り攻性呪術を変更し、防御のための術を練る。攻勢呪術からの変更により、一時的に無手の男を脅威から外した桜花は猛然と指揮棒タクトを構える女へと迫った。

 

 西洋かぶれなのか、女は頬に汗を浮かべつつ、異国の言語で呪文を唱えると中空に三つの氷柱を形成する。

 そして氷柱は術への号令とともに獲物を仕留めんと飛び出した。

 銃弾もかくやと音の速度を越える氷柱は最早、槍だ。

 

 子供が振るっても十分と鈍器になる氷柱は音の速度で放たれれば当然、凶器であり当たれば文字通り蜂の巣にされるだろう。

 しかし、桜花は刀を奔らせ一つ、二つと軌道を逸らし、氷柱の凶器群を簡単に凌ぐ。

 

「嘘でしょ!?」

 

 癇癪じみた悲鳴を上げる女。

 仕留めるための一撃がこうもあっさりと対応されたことに、彼女は現実を認められないのだ。最後の三つ目に至っては刀から手を離した右手の裏拳で退けられた。

 

 凌いだ切った桜花は驚愕に硬直した女の襟元を掴んで引き倒し、刀の柄先を首元に叩き付けて落す。

 

 以って──五手。

 身内を全員倒され、唖然とする無手の男に正拳突きを喰らわせて終。

 

「終わりました。そちらは来ないのですか?」

 

「馬鹿な……!」

 

「四対一だぞ!? それを一瞬で……!」

 

 ヒュン、と剣を払いつつ、つまらなさ気にする桜花に一同は驚愕する。

 強い、強いと聞いていたが、碌な行動すら許さずにしかも、切りつけることなく制圧するとは。

 技量の差が明確なものであったとはいえ、技らしい技も見せずに終わらせられてしまうなど誰が思うか。

 

「……はあ、武家の血も堕ちたものですね。全員が全員というわけではないのが救いですが、なんにせよ。若手とはいえ今ほどの使い手が標準ならば大人しく投降することをおススメします。彼らも何れは次代を背負う使い手、凡夫であろうと無傷で制圧しようと心がけましたが──次は血を見ますよ」

 

 手元で刀を遊びながら剣呑な光を瞳に宿す桜花。

 その威圧と彼女の刃に映った己の姿に老いた権力者達は身を縮める。

 

 そもそも、彼らは表立って反抗できないからこそ、こうして影で謀略に耽るものたち。

目の前で圧倒的な暴力を見せられれば、この通りだ。

 

 そういう意図も含めて彼女は彼らを無傷で制圧したのだが……。

 力量の差を刻み付ける効果は十分にあったようだ。

 

「この手の反乱は首を挿げ替えれば済みます。言っていることは分かりますね?」

 

 先までの血気盛んさは何処へやら、今や戦慄で静まり返る場で桜花は凛と告げ、眼先に反逆を目論んでいた武家衆のリーダー格らしい人物に刀を向けた。

 曰く《蛇》に纏わる呪具を持ち込んだ老人は恐怖を浮かべて叫ぶ。

 

「い、嫌だ! 死にとうない! ワシはまだ死にとう無い!!」

 

「事ここに至って誰も切らずに厳罰だけ、で済む話ではありません。衛さんならば聞いたところで気にすらしないでしょうが委員会としての秩序としての責任があります。お覚悟を……」

 

 王が許すからと言って、甘い罰に留めるのは組織の面子に関わる。

 親しきものにこそ礼儀あり、と元よりまだ教育の余地がある若手ならばともかく、組織を率いる年長者たちには責任がある。

 責任者の立場である者たちの反逆は責任者としての終わりを迎えなければならない。

 

 ……見せしめ、という意味もあるが今後、もう二度と同じような輩が現れないようにも、沙耶宮ら一派は既に彼らを見捨て(・・・)ていた。

 

「始めに言いましたよ──構えてください、真剣勝負で散ることこそ、貴方に対する最後の慈悲です、と」

 

「お、おのれぇ!!」

 

 懐から取り出した小太刀を振りかぶり、飛びかかる老人。

 それを前に桜花は一度、短く瞑目した後、

 

「……御免」

 

 斬、と一刀の下に斬り捨てた。

 

「ひ、ひぃぃぃ!」

 

 舞い散る血飛沫に爺婆たちは悲鳴を上げる。

 そして口々にお助けを慈悲をと命乞いをした。

 

 反逆を目論んでいながら事ここに至って尚、我が身を案ずる浅ましさ。

 その無様さに思わず桜花は……。

 

「──本当に、堕ちた」

 

 あまりの様に切なさにも似た胸の痛みを覚えつつ、彼女は刀についた血を払って踵を返す。

 ──制圧も見せしめも済んだ。後の領分は組織の領域。

 ゆえに仕事を終えた彼女は緊張を解き、帰路に着こうとして……。

 

「……え?」

 

 ゾクリ、と嫌な寒気を覚えて振り返る。

 ……そこにあったのは血に濡れた黒い「御幣」。

 

 まるで老人の血を浴びたことに喜悦を抱いているかのごとくカタカタと不気味な光を纏って脈動している。

 

「──しまった……!」

 

 元の任務遂行を心がけるあまり、老人に曰く「道摩法師」縁の品というそれを軽視した。否、人斬りを意識しすぎたか……!

 不覚と、破壊のための一手を打つ前にそれは現れる────。

 

 

 

 

 ──本来、彼女は目を覚まさなかった。

 彼女は旧き女神。零落した《蛇》にして豊穣の母、神々の母。

 最古の神話群に名を連ねながらも神々の王に討たれ、沈んだ者。

 

 遙か遠き極東の地にて、本来はとある狐神に通ずる道摩法師の《幣》の呪力に感応し、彼女は縁無きこの地に降誕する。

 

 

 ──彼女が望むは怨敵への復讐。

 

 

 我が顕神した姿である《蛇》を殺した忌々しき《鋼》の神々。

 

 

 「運命」の母たる己を追い落とした愚かしい英雄神どもへの復讐。

 

 

 

「く、く、クハハハアハハハハハハハ!! 感じるぞ、感じるぞ。欠けた蛇。私と同じく旧き時代の《蛇》の気配を……! 今こそ、母として人の世に返り咲く時よ!」

 

 因は三つ。

 

 一つ、この地に欠けた《蛇》、ゴルゴネイオンが存在したこと。

 二つ、膨大な呪力を身に宿す獣と神が三人も存在したこと。

 三つ、依代と成り得る後天的(・・・)に神がかりの力を得てしまった(・・・・)巫女がいたこと。

 

 よって目覚める。

 旧き時代の女神────『まつろわぬ神』が!

 

 

 

「──我が名はダヌ! 生命と死を統べる運命の母なり! この世に蔓延る《鋼》ども! 我が名を我が怨嗟と復讐と共に永劫その身に刻み付けろ!!」

 




桜花ちゃんの『刀使の巫女』に関しては何も言わなくていい。
パクリじゃないから事実だから。偶々、同じになっただけだから(逸らし目)

ともあれ『まつろわぬ神』降臨。
観光客を傍目にサシで女神と出会ったしまった桜花ちゃんの運命やいかに。

──尚、今回は一回も登場しなかったオリ主(笑)も次回は活躍します。


改行弄り(2019/12/26)


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まつろわぬ者達、神を弑逆する者達

やあ、私だ。

ドルオダでハイランカーにボッコボコにされていた、私だ。

先に言わせて貰うなら我が主人公は別に神話解体はしない。
何故ならばそういう権能の持ち主ではないからだ。

後、作中の解説は「そうとも考えられる」というものであって、
それが真実であるとは限らないので要注意。



以上、ガレスちゃん使いより。

それはそうと、もっとカンピオーネ!の二次増えないかな……。
ぶっちゃけ、自分で書くより読むほうが(※削除されました)


 神とは何か。

 

 神話学者、宗教学者、哲学者に心理学者と、様々な学者が識者が知識を持つ者がその存在に問いかけた。

 

 ある者は人の創造主であると。

 ある者は霊的存在であると。

 ある者は信仰により生まれる、と。

 

 多くの──それこそ国、民族、宗教、人格、性格、人それぞれが定義する意見は様々で未だそれに関する答えは無い。

 が、歴史の裏側。

 魔術や呪術という秘法を知る者たち。

 表社会では決して語り継がれない神秘を今に受け継ぐ者たちはそれに関する一つの解を持っている。

 

 曰く────神とは天災であると。

 

 ──太陽の神は灼熱で大地を染めた。

 

 ──海の神は津波に大地と民を沈めた。

 

 ──冥府の神は生を穢し、死を蔓延させた。

 

 ──裁きの神は大小の罪を差別無く裁いた。

 

 ──天空の神は天変地異を引き起こした。

 

 そして、創造神は天地の道理を変えた。

 

 その形、その概念、その信仰は数あれど、地上に現れ、人々に抗えない災いを齎し、神話より昔日に在りし日へ戻らんと、再び地上にて神威の限りを尽くす天災。

 現世を放浪する実在化した存在(かみ)……。

 

 それを人は『まつろわぬ神』と呼んだ。

 

 神──文明が栄え、霊長の長にまで上り詰めた人類種であろうとも、その存在には立ち向かえない。

 百年と生きる武術の達人も、『天』と『地』を修めた魔術師も、道理に当てはまらぬ超能力者も……。『運命』と言う枠に生きる生命である以上、その道理には逆らえない。

 

 人より上の法則に人は如何なる手段を以ってしても抗うことは出来ないのだ。

 出来ることは祈るだけ、命を差し出すか、祈りを捧げるか、はたまた身命を賭けた言霊を交すか、それによって助かるかは神のみぞ知る。

 どだい、人では神に抗えない。

 

 ────一匹の獣、その理に喧嘩を売った王者を例外として……。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

 大地が、母の帰還に際して共鳴する。

 

 大地に流れる血流、霊脈がその偉大なる存在の再誕に歓喜の唄を謳う。

 降臨に際して荒ぶる呪力は『聖騎士』や大魔術師の位階にあるものですら操れる枠を既に凌駕し、呪術を齧った分際ならば当に意識を失っているであろう。

 さながら呪力の暴風とでも形容すべきそれに煽られながら桜花は中心点から目を逸らさない。

 

 否、逸らせない。

 

 何故なら人であるゆえに。

 ──その(・・)存在から目を逸らせない。

 

 実り豊かな稲穂を思わせる黄金の髪。

 

 麗らかな果実を思わせる紅玉(ルビー)で彩られた王冠。

 

 男女の区分無く、人ならば縋りたくなるような母性の塊とも言える豊満な肢体。

 

 身体を飾るは大地の豊かさを示す緑と純潔の白で彩られたロングドレス。ドレスのスリットは大胆に上腿まで露出させており、やや太陽に焦げた褐色の健康的な肌を覗かせている。

 

 絶世の美人である──常人ならば見惚れ、忘我するだろう。

 だが、呪力のうねりを感じ取れる者、或いは神の声を聞く神官の資格を持つ者ならば彼女に対し、憧憬ではなく戦慄と畏怖を覚えるはずだ。

 目眩さえ感じる……その多大な神気に。

 

「『まつろわぬ神』………!」

 

 桜花はその名を口ずさむ。

 

 ──其は地上に天災を齎す者。

 人には抗うことの出来ない天地の道理である。

 

 脳裏に思い出すは彼女の運命が動き出した過去のことだ。

 バルカン半島に住まうある『王』の儀式に組み込まれ、その儀式の最中に出会った鋼の英雄を求める運命の女神の姿。

 望まざる『神がかり』を体得した日の出来事。

 

「一対一で向かい合ったのは何年振りでしょう……しかし、流石は『まつろわぬ神』! まるで勝ちの目が見えませんね……!」

 

 やはり人の身であれを倒すことは不可能か。

 ……或いはこの確信こそが私が『彼ら』に届かぬ訳の一つかと、恐れを壮絶な笑みで取り繕いながら桜花は言葉を紡ぐ。

 

「地母神ダヌ……その神話を私は知りませんが聞いたことはあります。確かインドの神話叙事詩に語られる《蛇》に属する女神ですね」

 

「んん? 我が名を知るか……ほう、東の果ての神を奉じる巫女か汝は?」

 

 ダヌと高らかに名乗りを上げた女神は初めて、目前に居る桜花に気付いた。

 神たる視点の高さを持つその身は一々人の子を見分けない。

 ゆえに己が名を神ならざる身で不遜に紡いだ彼女を初めてダヌは認識する。

 

「ええ、お見知りおきを、女神ダヌ。神前で無作法ですが、私は姫凪桜花。高千穂山にて修験の道を積み、今は王の剣として、この極島に蔓延る神殺しに寄り添う者です」

 

「……ほほう。奉じるものは我々ではなく神殺しと言うか。不遜だな、だが許そう。我は全ての母ゆえに。しかし、ふむ……汝、変わっているな。極東に座す身でありながら汝が奉じるのは遥か北の、それも運命を司る女神の類か」

 

「……神々の母を名乗るだけあって。その慧眼、お見事と」

 

「ふふ、この程度は児戯の類よ」

 

 『神がかり』をしたわけでもなく、ただ視るだけで桜花の奥底に息づく神力を見通すダヌ。

 生命を司る彼女はその目で息づく生命の気配さえ見分けるということか。

 

「時が許せば巫女たる汝に箴言の一つでも送ってやらんこともないのだが……しかし今の我は忙しい。《鋼》を討つ為に我は一刻も早く、この地に在る《蛇》の神格を取り戻さなければならないのだから」

 

 そう言って遥か彼方……ここから数十キロと離れた東京の方角を見るダヌ。

 剣を向け、女神を前に不遜にも神殺しの巫女を名乗る桜花を前に見逃すというのは恐らく『まつろわぬ神』の中でも群を抜いた慈悲と言えるだろう。

 これが武神か英雄神の類であれば神敵として当に桜花を裁くため剣を向けていたであろうから。

 しかしその慈悲に与るわけには行かない。

 ここで彼女を見逃し、彼女が力を取り戻した場合、如何なる災厄を人の世に齎すか知れたものではないから。

 

「それはさせられません。偉大なる女神よ」

 

「……ほう、巫女よ。我が道を塞ぎ、通さぬというか。人の身の分際を知れよ?」

 

 明確な敵対宣言。

 にも関わらず女神は相変らずに静かだ。

 

 その言は大海を知らぬ子に優しく忠告するように。

 つまりは桜花を障害とすら認識せず、ただただ慈しむべき存在と慈悲を向けるのみ。

 

「己が領分は弁えている心算です偉大なる女神よ。我が身では貴女を討つことはおろか、足止めすら限られた時の間にしか許されないでしょう。しかし……貴女の行動を許すことは人にとっては大嵐が如き天災になりえる。許されるのならば、真に母を名乗り、子を慈しむべきとするならば、その身を幽世に潜め、御身の寵愛を授かれれば幸いですが」

 

「如何に愛おしい子の頼みでもそれは聞けぬな。我は《蛇》を取り戻し、全ての母であった頃の我を取り戻さねばならない。そして何より厚顔無恥に我から神格を奪い、零落を味わわせてくれた《鋼》の者共に怨嗟の音色を聞かせてやらねばならぬからだ」

 

 穏やかであったダヌの雰囲気が一変して苛烈なものへと変わる。

 ただ相対するだけで感じる死の気配。

 生命の母である彼女は同時に冥府の母でもある。

 

 神々の母、全ての母神を名乗るとはそういうことだ。

 《蛇》とは即ち『死と再生の神』の概念。

 地母神に属する女神が持つ属性として極めてポピュラーなものである。

 

「──であるからに、二度目の慈悲だ。引くが良い、巫女よ。汝は神殺しの主を頂く許されざる大罪を背負うものである。しかし人の娘である以上、汝は我が娘も同然。万の生命を統べる我は汝の罪も許そうや」

 

 正真正銘最後の警告。

 これに逆らうこと即ち神に逆らうも同然。

 

 背くならば……桜花はその結果を知りながらも恐怖を戦意で掻き消しながら生命の母として、庇護者としての彼女に決別を告げる。

 

「その慈悲に多大なる感謝と祈りを……ですが、この身は王を奉じたその日より例え煉獄に焔に焼かれようとも共に覇道を駆け抜けると誓った身、即ち貴女に庇護される道理はない。まこと不遜ながら……貴女を止めます『まつろわぬ神』!!」

 

「我が慈悲によく吼えた……ならば巫女よ、貴女には冥府を統べる母として煉獄の焔に焼かれるより前に静謐なる死という慈悲を与えるとしよう」

 

 以って、これより言葉は不要。

 地母神ダヌ、旧き女神が神殺しの巫女に慈悲と裁きの刃を振り下ろす。

 

 

「大地の母の声を聞け。宿業に縛られし我が子に恵みと慈悲を与えたまえ!」

 

 

 ──開戦の狼煙は余りにも大きな地を揺さぶる轟音と共に上げられた。

 

「ッく……地震!? 倒壊するか……!」

 

 極めて近い場所を震源として突如発生した震度は人が観測できる最大震度七。

 最早、立っている事さえ許さない震災は人に限らず、地上に拓いた文明全てに平等に与えられる。

 猛々しい音を立て、歴史ある街並みは地震を前に次々と例外なく倒壊していく。

 

 それは彼女が襲撃したこの茶室も例外ではなく数十人と収容する客間に崩れていく木の土台と屋根が降り注ぐ。

 桜花は優れた体幹で常人ならば当に崩れ落ちているであろう揺れを前に耐え切り、素早く落下物を縫いながら転げ出るようにして建物から離脱する。

 その際、『まつろわぬ神』出現に伴い、諸共気絶した不届き者共の安否を気にするが構っていられる余裕は無い。

 

 外に飛び出す──すると、そこには歴史の名残感じる文化遺産としての風景は消え、さながら被災地を思わせる地獄に変わっていた。

 

 建築物はほぼ全てが倒壊。

 通りには崩れた木材やらなにやらが散乱し、突如とした災害に対する悲鳴と怒声が響いている。

 声の中には倒壊した建物に巻き込まれた人々を救助せんとする声や逆に建物崩落に巻き込まれた者たちの助けを呼ぶ声が響いている。

 

「なんて……ことを……!」

 

 凄絶な光景に沸々と怒りが込み上げる。

 女神に喧嘩を売ったのはあくまで桜花ただ一人。

 ことの次第に一切関係ない諸人を巻き込みことは彼女の信念、強者の道理に反する。

 

 しかし……神は人の理を解さない。

 

「む? ちと派手にやり過ぎたか。とはいえ、大した身のこなしよな巫女よ。か弱き身で武の何たるかを理解しておるのか。か弱き女人が嫌いと言うわけではないが、強き女は好ましい」

 

「その身を強者と心得ていながら弱きにその力を向けるのですか……!」

 

「フッ、我は神なる身ぞ? 我が子一人にその責は負わせん。平等に、その不遜へ応えよう」

 

 先ほどまで居た建物の丁度、屋根に位地する空中でダヌは桜花を見下ろしながら優美な笑みで言う。

 個人であれ、集団であれ、人が人として牙を立てたというならば、人という種の全てに責を負わせよう言いたいらしい。

 昨今は平等平等と煩いが、これほど理不尽な平等があるか……!

 

「この風景こそ貴女が天災である証……! 行きますダヌ。我が刃を以って人の痛みを知りなさい!」

 

「ふふっ、可愛いな。付き合おう、遥か極東の巫女よ……」

 

 宣誓と共に駆け抜ける。

 まずは空中に立つ彼女の間合いを積めなければならない。

 地上約十数メートル。

 桜花の刀が届く距離では到底無いが……怪我の功名と言いたくは無いが幸い、足場には恵まれた。

 

「はあああァァァ──!」

 

 タンッタンッ! と、森を飛び回る猿のような身軽さと器用さで瓦礫の山を蹴りながら一瞬の内に女神に肉薄する桜花。

 そのまま気合と共に相棒の打刀を振り下ろす。

 

「器用よな」

 

 しかし、打刀が捉えたのは肉の感触に在らず。

 甲高い金属音と共に刀の軌道上に王冠と同じ紅石の装飾を頭に据える金色の杖が刀を押し留めていた。

 

「森の獣を思わせる器用さよ。汝、さては自然に身を委ねる身か?」

 

「ええ、高千穂山にて修験道を歩む身でしたからね。山々を駆け抜けることに関しては森の天狗よりも速いと師に褒められましたよッ!」

 

 軽口を叩きながら、その言葉が真実であると示すように地に倒立する木材の僅かな踏み場や、今にも崩れそうな瓦礫の山を足場に桜花は怒涛の攻めに転じる。

 

 三次元的な攻めは極めて卓越。

 通常武芸に想定されていない空中という場を己のフィールドと使いこなす。

 行動の中には空中で身を整えながら猛禽類もかくや、という攻めも織り交ぜられており、重力を無視するような軽快な動きは間違いなく二足歩行で地を歩む人間に出来る最上限の身軽さだろう。

 

「我に切っ先を向けるだけはあるか……一角の戦士は何処の時代にも居るものよな」

 

「………ッ!」

 

 だが、怒涛の攻めを以ってしてもダヌは崩れない。

 練達な杖術で刀を弾き、逸らし、時には反撃すら返してくる。

 

 およそ武術戦では体験できないであろう左右斜めのみならず上下の攻めすら組み込まれた異端の武技をまるで手馴れているかのように捌いた。

 神話においては率先して戦う伝承を持たないはずのその身は、しかし神である以上、そもそもが人より上なのだ。

 例え戦場に立たぬ女神であってもその武技は達人を凌ぐ──まして、

 

「これでも我にも武術の心得はあるのだぞ……?」

 

 旧き時代の女神はあらゆる神話において頂点に君臨した者。

 後に社会的地位を男性に奪われるまで女性の権威はあらゆる国々で総じて高いものであったという、神官や賢者などの重職はそれこそ女性の仕事であった。

 

 必然、旧き女神は今で言う各神話群に君臨する主神の地位に在った。

 つまり……。

 

戦い(ぶじゅつ)もまた、女神(われ)の領分よ」

 

 悠然と告げる女神を傍目に桜花は瓦礫の一つを蹴り上げた。

 そして、瓦礫が女神に到達するより早く蹴り上げた瓦礫に先んじて到達し、瓦礫を足場に桜花は直線に突撃する……と、見せかけ、桜花は上空へと跳躍。

 そのまま身動きの効かないはずの空中に器用に身を整えて、滑空した。

 兎を奇襲する鳶の様に迅速な空中突撃を見せる。

 

 しかし頭上と言う人体の構造上、反応がしにくい位地からの攻撃にもダヌは笑みを崩さず、重量と重力の乗った桜花の突きに容易く反応する。

 杖で受け、そのまま刀ごと桜花を力任せに押し返し、大地へと叩き付けた。

 

「ッく……ああァァ!!」

 

 苦悶の悲鳴を洩らす桜花。

 だが、女神の手番はまだ終わりではない。

 

「無機物と還された我が子らよ。その恨みと怒りを我が力を糧とし、晴らすが良い」

 

 ダヌがカカッと杖を鳴らす。

 すると崩れた建築物群……それら建築物の素材となっていたであろう壊れた木材たちが女神の行動に感応するようにその身を揺らして……。

 

 刹那──さながら投槍のように桜花へと突撃する!

 

「なッ……これは!」

 

「ハハッ、命を散らせどその息吹きは未だ健在よ。道具とされた無念を晴らすがよい」

 

 雨霰と飛び交うのは木の槍。

 ダヌの起こした地震より以前に、手折られ加工されたはずの木材たちはまるで蘇ったかのように明確な意思を露わにし、己が命を手折った人間に報復せんと飛び交う。

 自動車を思わせる突撃は質量こそ自動車には及ばないものの、柔い人間にとっては十分な脅威だ。

 

「刀で受けるには重過ぎますか……!」

 

 二度三度、刀で切り落として見せたが、それでは得物の身が持たないと桜花は判断する。

 受け方を防御から回避へと変更。

 巧みな足捌きにて次々に襲い掛かる猛威を回避し振り切り凌ぐ。

 

 その立ち振る舞いは見事なもので一度目の回避が次の回避の道を塞がぬよう計算されつくしているため包囲しても抜けられる。

 

「成る程。無作為な突撃は仕留めきれんか……ならばやり方を変えよう」

 

 そう言うや否やダヌは杖を手放し、あろう事か己が右手で左手首を引っかき、傷を付けた。

 不明な行動に首を傾げる暇も無く、ダヌは裂傷により滴る血を手短な位地にある木材に振りかけ……。

 

「生まれ、育ち、熟し、繋ぐ……我が司るは生命の流転。我が血を食み、繋ぎ生まれよ次代の恵み! 先代を犯し、破壊した者たちに復讐を遂げるが良い!!」

 

 呪文を唱える──斯くて齎された変化は劇的だった。

 血を受けた木材は一度、ドクンと大きく脈動し、次瞬には生前に立ち返るが如く大地に雄々しい太く丈夫な根を張り巡らせ、見る見るうちにただの木材から巨大な木へと変貌していった。

 成る姿は元の木材となった木の原型ですらない。

 全く別の……余りにも神聖な巨木への変態。

 

 ……驚異的な変貌を見せる木を、桜花は絶え間ない山岳の霊気と武術鍛錬によって体得した『験』で以って見て取った。

 

 これは……!

 

「まさか神獣!? 木に神気を与えて神木へと再誕させたのですか!?」

 

「然り、己が意を示す自由さえ許されぬまま散るには惜しかろうが。今一度の自由を我が眷属として許そう……さあ、存分に振るえよ!」

 

 女神の眷属、神獣として再誕した神木は自由に歓喜するように脈動した。

 植物であるとは思えぬ迅速さで気の根っこを伸ばし、杭のように次々と桜花目掛けて打ち出す。

 

「そんな攻撃……!」

 

 串刺しにせんと突きかかる根の槍と飛び交う木々。

 しかしそれでも桜花は健在だった。

 僅かな振動、大気を突き進む空気の流れ、もはや野性でしか追いきれない前兆を確かに感じ取りながら彼女は次々に往なしていく。

 挙句、飛び交う木はただの足の踏み場に利用される始末。

 知恵を持つのか、聞かぬと分かった神木が杭の攻めから、鞭のように根っこを撓らせ、叩き付ける攻撃に移行しても……やはり、逃れられる。

 

 先と変わらぬ動きの冴え。

 卓越した桜花の技量にダヌはさも楽しげに、そうでなくてはとばかりに笑う。

 

「ふふ、これでも捉えきれぬか。まあ、其者は地を歩む者ながら空を自由に駆け回る獣の性をも取り込んだ身。なればこそ、地に在る彼らでは追いきれぬのも道理よな。──では、もう一手間加えるとしよう!」

 

 血を振りまく。

 血を振りまく。

 血を振りまく。

 

 そうして都合三度。

 飛び散った女神の血は木々の破片に付着し、死した生命を次代の生命に繋ぐ。

 そして新生……神木は速やかに誕生し、その数はあっと言う間に数十を越える。

 

「無茶苦茶な……!」

 

「ははははははははは! 何時まで逃げ切れる巫女よ!!」

 

 戦慄と愚痴に舌打つ桜花。

 死と隣合わせの舞踏はさらに苛烈を極める。

 一つ一つが知性を持つ神木は桜花の行き先を塞がんと根を伸ばし、包囲を進める。

 時には飛び交う木々とも連携し、一手、また一手と逃げ道を塞いでいく。

 

 早い、追いつかれる……!

 

「だったら……! おん、ちらちらや、そわか!!」

 

 窮地を逃れんと唱えるは飯縄権現の真言詠唱。

 飯縄山は山岳信仰を発祥とするかの天狗の力。

 かつては邪法と畏れられた天狗の術だが──江戸時代、徳川の治世下にて再び信仰を取り戻した飯縄権現は人々を災いから救う存在となった。

 

 信仰を唱えれば三熱の苦より脱する慈風を与える……即ちは災い鎮守の術理。

 

「む……!」

 

 人への復讐をなさんと躍起になって桜花に襲い掛かっていた神木の動きが鈍る。

 荒ぶる木々の魂は天狗の慈風により治め、奉じられ……人の世を静かに見守る本来の領分へと神木らを引き戻す。

 

 女神は想定外の声をあげるが、その慢心は笑えない。

 恐るべきは鎮魂の所業を成した桜花にある。

 

 ──仮にも()木。

 

 しかも女神の眷属である。

 神獣と成った神木らを一息で治めた桜花の手腕。

 ただ人が早々真似できるものではない。

 

 ともすれば出力だけで限られた巫女媛が到達する秘奥『御霊鎮め』が齎す結果に届いているやも知れない──。

 戦いの最中にそんな高等呪術を操る桜花が、女神の思惑を超えたことにこそ、賞賛はあるべきだろう。

 

「よし……参ります!!」

 

 完全に動きを止めたわけではないがコレで十分。

 専守防衛に努めていた桜花は攻撃に転じる。

 動きの鈍い木の根らを足場にダヌへと再び接近。

 

「──ふむ……どうやら些か汝を見誤っていたようだ。成る程、我に刀を向けるだけあって大したものだ。森林を駆け抜ける身の使い、軽やかな武技の冴、そして極めて清廉として術の音色……出会いが違えば汝を我が巫女と召し仕えさせるも吝かではなかったであろうよ」

 

 見る見るうちに迫る桜花を前にしかしダヌは泰然とするのみ。

 再び杖を召喚するわけでも眷属に命を下すでもなく、ただただ名残惜しそうに桜花を見詰める。

 その様に……嵐の前の静けさのような、嫌な予感を直感した。

 

 刹那の判断──桜花は悪寒を是とし、接近を停止させた。

 

「母として、偉大なる母神として輝ける生命を摘むは心が痛むが……是非もなし」

 

 そうして────。

 

「昏き時、幽玄の狭間に満ちよ。生命を覆い隠し、旅人を迷わせよ。いざ、冥府の旅路へ導こう」

 

 唱えられる詠唱。

 それによって齎されたのは……余りにも大きな変化だった。

 

「なっ……!」

 

 ──絶句する。

 

 刹那の合間に大地が陰る。

 地を燦々と照らす太陽の輝きは瞬く間に暗雲に閉ざされ、地上には白い霧が蔓延し、さながら深夜もかくやとばかりに夜が齎される。

 

 だが、それだけに留まらない。

 

「大地が……」

 

 霧が満ちるや否や次々に太陽が隠されたにも関わらず大地が干上がっていく。

 ……まるで霧に水気を奪われるようにして。

 

 さらには先ほどまで権勢を誇っていた神木たちは次々に枯れ果て、腐り落ち……異様な匂いを生む……これは毒か?

 

「この力は……死ですか!」

 

「さよう。生命を流転させ、死を呼んだ。我は全ての母ゆえに……!」

 

 言葉と共に桜花は呪力を循環させる。

 そうでなければ一瞬の内に命を持っていかれかねないと確信して。

 果たして、それは当たっている。

 

 ──ダヌという女神は同名で二柱存在する。

 一つはケルト神話に登場する「豊穣神ダヌ」。神話として残された記述が少なくヌァザ、ダグザなどの母である説や、ダグザの三娘の一人である説など記述が曖昧な女神である。しかし極めて旧い出生の女神であろうことからインド・ヨーロッパ語族から伝来した旧き神であると……インドのダヌと同じ存在であるとされている。

 また女神の母という顔も持ち「運命の母」としてモリガン、バブド、マハという運命の三女神を生み出したとされる。

 

 もう一つのダヌはインド神話に記されるダヌ。他ならぬ尤も旧き女神。

 「ヴリトラの母」と呼ばれるだけに留まらず、アスラ族……「神々の王」インドラと敵対するものたちとして描かれる一族の母であり、アスラ族の神々の殆どは彼女によって齎されたとも言われている。

 

 両者は元々は同じ存在であり、極めて旧い時代の女神である。

 そしてそんな彼女と最も縁が深いものといえば……川。

 ケルト神話のダヌもアスラのダヌもどちらも川に縁がある存在として語られている。

 

 古来──巨大な権勢を振るった文明は川に隣接するよう敷かれている。

 恒常的に水を摂取できる事こそ文明が栄える一端であるから。

 故に豊穣を司る神格は水に通じる事が多い。

 

 ダヌが河川の縁在る神格なのも、旧き時代に川と豊穣が隣接した概念だったからであればこそ。

 

 だが、問題はそんな女神が何をしたかである。

 豊穣と真逆の結果を齎したこの所業が繋ぐ意味とは。

 

(夜を呼び込んだ……ではない。日を覆い隠した? それに大地を……旱魃というよりこれは……大地の腐敗………)

 

 日を覆い、大地を殺す力。

 さらには霧……水を示唆する権能の力。

 豊穣を司る《蛇》の性質と合わせ考えれば自ずと答えは導き出せる。

 桜花はダヌという女神、その詳細を知らずともその力の源に届きかけていた、即ち……。

 

(水にて成す死の概念。つまりは水害にまつわる力! ならば司るのは川か雨……水の恵みで豊穣を齎す女神であり、同時に水を以て災いを齎すのがこの女神の本質ですか)

 

 大地に実りを齎す水は古代から現在まで。

 豊穣を司る象徴として「神の恵み」と敬われてきた。

 

 だが同時に度が過ぎた水量は人々に災いをも齎した。

 例えばノアの箱舟の発端となった大洪水。

 それは起源をメソポタミアの神話にまで遡り、ギリシャ神話にも同じ記述が見られる大洪水による大いなる災いは多くの神話において確認できる伝承だ。

 

 水とは豊穣であり、同時に大いなる災いであるのだ。

 ゆえに生命と死を司る《蛇》に属する女神はその多くが水に纏わる伝承を抱えている。

 ならばこそ、ダヌもまた水に纏わる権能を振るうのだと考えられる。

 

(古代文明における豊穣が、雨、川、湖によって齎されるものならば死はその反乱。水害によって齎される事象……)

 

 加えて、過剰ともいえる英雄神、《鋼》に対する恨みを考慮すると……。

 何となくだが、ダヌとは如何なる女神かが見えてくる。

 

「さて……巫女よ。これはどう凌ぐ?」

 

「………あ」

 

 思考の海に没していた桜花はダヌの声に現実へと引き戻される。

 同時に桜花がダヌの本質に辿り着きかけたのを知ってか知らずか……ダヌはその本性を見せる。

 

 巻き起こる膨大な呪力。

 呪力は腐乱した大地より沸き立つ霊脈を発端としたものだ。

 大地が侵されたと同じくしてこの地に流れる霊脈もまた腐敗した。

 

 澱んだ呪力はダヌによってかき集められ、一つと纏り始める。

 

「汝には静謐なる死を与えるといった。その言葉を真実としよう。生きていれば賞賛を、では……さらばだ! 巫女よ!!」

 

 ──膨大なる死の呪詛。

 錬気活性では受け流せないほどの病を桜花はその渦に視た。

 

 ダヌの言葉は真実だ。

 アレは受ければ最後、人間である以上、絶対に生存の許されない死の具現。

 下手をすれば瞬く間に神殺しであれ死ぬ。

 

 そして呪詛である以上、回避しようが無く、基点となっているのがこの金沢の大地であるために逃れうる手段は一瞬の内に澱んだ霊脈、この土地から抜け出す必要がある。何より問題なのが……。

 

「大地そのものを侵す死の権能……私を殺すためにこの地に生きる全ての人間を犠牲にする気ですか!?」

 

「それも言ったはずだ。孤独は冷たく、愛しい子を一人冥府に静めるを我は良しとせん。我は慈悲深いゆえに。そして我は平等である。大地が死せるのだ。その恩恵を受けた者、受ける者、共に沈むが道理であろう?」

 

「………っ!」

 

 嗚呼──そうであった。

 女神とは、『まつろわぬ神』とは。在るだけで人の世に天災を齎す人類に抗う統べ無き天災。

 場合によっては神の慈悲すら、人にとっては天災となりえる。

 

「……だったら!」

 

 人々を守るにはアレを防ぐか、或いは打ち消さねばならない。

 そして桜花はそのための手段をたった一つだけ持ち合わせている。

 正真正銘最後の切り札。

 自爆覚悟のジョーカー。

 

「──私が学んだこと。それは愛し、愛されること……」

 

 ──『神がかり』。

 世界でも限られた巫女のみが使うことが出来る最上位の巫術。

 それを発動するための歌を桜花は紡ぎあげ……。

 

 刹那──天と地に響き渡るような言霊が絶大な呪力を以ってして落ちてきた。

 

 

 

「母なる愛は幼子を守る盾! 実り豊かな大地を統べる母神の唄は幼子の泣き声を遠ざけ、閉ざし、安らぎ齎す子守唄……眠る幼児を母神は愛で包み込む! ここに絶対無敵の揺り篭を象らん!!」

 

 

 

 霹靂咆吼────。

 壮絶な轟音と共に落ちた落雷は一瞬の内に大地を蝕む病を殺し、霊脈を正し、死の呪詛を焼き払った。

 

 圧倒的である。

 

 振るわれたのは人智及ばぬ絶対的な、それこそ『まつろわぬ神』に順ずる権能。

 旧き女神と同じく豊穣に縁を持つ雷の守り。

 

 果たして女神は……壮絶な笑みを浮かべる。

 

「──ハ、成る程な。そこな巫女の危機に駆けつけたか、我が宿敵」

 

「お前、俺の身内に手ェだしたな……?」

 

 日を覆い尽くされた大地で尚、輝く光源。

 

 ──其れは人だった。

 

 バチバチととんでもない量の電気を帯電させながら、ダヌを睥睨する一人の男。

 神を前に不遜な敵意を向ける者。

 

 ────神殺し(カンピオーネ)、閉塚衛。

 今代に存在する七番目の覇者は確たる怒りを瞳に浮かべながら堂々たる振る舞いで女神が君臨するべき大地に立っていた。




はは、オリ主が活躍するといったな、アレは嘘だ!
……はい、すいません。
思いの他長くなって収まらなくなっただけですはい。

次回でまつろわぬダヌ戦は終わりますんで主人公の活躍に乞うご期待あれ!



改行(2019/12/30)


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神殺し

なんかお気に入りが凄いことになっている件。
突然増えたが……どういうことだ……?

さて、いよいよ主人公の出陣だぜ。
東京では護堂くんがアテナと。
金沢では我が主人公が。

日本の明日はどっちだ…!?


 弱者が強者を喰らう──。

 物語においては華とされるものだが、現実には原則として起こりえない。

 

 小魚が群れを成して大魚から身を守るように。

 草食獣が機敏な足で以て肉食獣から逃げるように。

 そして人が村を創り、街を築き、文明を造ったように。

 

 元来、被捕食者側は殺し合いに秀でた肉食獣に敵わない。だからこそ自然の摂理として身を守る非捕食者側は戦い、立ち向かうのでは無く、如何にして肉食獣の目から逃れるか、身を守って往くかという発想の下、進化の道を辿ってきた。

 弱肉強食は森羅万象が描かれた時からの自然界における絶対遵守の法則である。

 それは人類すらも例外では無い。

 

 ゆえに強肉弱食……不自然なる反転現象は有り得ざるがために人が描く幻想(ユメ)として物語上でのみ成立を許されている法則だ。

 物語の消費者たる現実の人間が「これは物語である」と認めるのが何よりの証明。多くのドラマをフィクションとして認める諦観が、無言の内に真実を語っている。

 

 だからこそ──神に逆らい、殺害せしめる。

 そんなものは挑戦ですら無い無謀として語られるのである。

 

 そも神とは前提として人より優れたる存在。

 人が理解できない現象として名乗り、人が敵わない道理の理由となり、人々が人々を超えうる存在として認め、定めた法則こそが神という名であり、存在である。

 

 ゆえに大原則として人間では神には及ばない。

 何故ならば他ならぬ人々が自ら認め、定めたのだから。

 

 如何なる才能、如何なる努力、如何なる知力の限りを尽くしても定められたルールを超えることは敵わない。

 武芸百般、冥府魔導……いずれの達人にしても所詮は人の延長。

 そして人の延長線に居る限り運命には逆らえないのだ。

 

 ならばこそ──彼らは例外として数えられる。

 

 武勇と知勇と勇気の限りを尽くし、極限難易度の大偉業を成した者。

 ゼロに近い可能性を手繰り寄せ、法則(うんめい)を跳ね返した桁違いの戦士たち。

 

 死よりも苦しい飢餓の中で、それでも生に執着する出来るほどの執念。

 

 自己を何者をも凌駕すると信じ切り天地に勝る者なしと豪語する自信。

 

 如何なる絶望、窮地にあって尚、己は死なずと信じて疑わぬ楽天思想。

 

 神をも恐れぬ好奇心と飽くなき探究心で以て全てを暴かんとする不遜。

 

 己こそが正義であると信じ込み、神の正義に背を向け抗い続ける傲慢。

 

 一念鬼神と人ならざる領域を望み、窮極にまで自己を研ぎ澄ます怪物。

 

 人と同じ形を取り、人と同じ道理を解し、しかして己こそが至上無二と疑わずに絶対遵守の法則を歯牙にもかけずに踏み越え者。

 あらゆる大前提を覆し、人類の延長で在りながら人類を遙かに凌駕せしめた個人。

 そんな者は、もはや人間とは呼べまい。

 法則に反する恐ろしき者である。

 認めがたく許されざる者である。

 人にありながら人に在らぬ怪物──個人の我と情熱が招く窮極の傲慢。

 同じ人すら抗い得ない、神すら殺す存在はもはや人とは呼ばぬから。

 

 ゆえに人々は語る、恐れと共に。

 ゆえに人々は拝す、畏れと共に。

 

 彼らこそ神殺し(カンピオーネ)──法則(運命)に相反する魔王であると。

 

………

……………

……………………。

 

 帰宅し、ゲームの起動スイッチを押す。

 そんないつもの日課をこなしていた時であった。

 

 凶報は突如として日常に舞い込んだ。

 

『閉塚さん、大変です! 『まつろわぬ神』が現れました!』

 

「ん、甘粕か。言われなくても知ってるよ」

 

 携帯電話の向こう側から響く焦燥の声に衛は緩慢と応じる。

 異郷より現れた件の神とは既に顔を合わせた。

 ゆえに己のやるべき事は終わったと考えている衛は、いつものようにゲームプレイングへとその意識を九割がた画面の向こうに飛ばしている。

 

 正史編纂委員会より定期的に「ご機嫌取り」の一環として渡される金銭を元手に本日買い漁ったゲームを起動する片手間、甘粕に言葉を返す。

 

「つーか、さっき会ってきた。今更、対処を頼まれる理由はないぞ」

 

『なっ! ……そうでしたか。流石は神殺しというべきですねェ。宿敵に対する対応が早い』

 

「偶々だよ。こっちの索敵範囲に引っかかったんでな。というわけで俺はさっき買ったばっかの初回限定版店舗特典付きのコイツで高みの見物させてもらう」

 

『通り名を裏切らない自堕落ぶりですね。全く羨ましい限りです。金沢に続き、こちらはこちらでアテナが現れたと各所から連絡が入り対応に困って……』

 

「ん? 金沢? どういうことだ?」

 

『え?』

 

 互いに疑念の声を挙げる。

 そして両者は事ここに至って、話が噛み合っていないことに気づいた。

 衛は件の神をアテナだと認識し、甘粕は新たに現れた神にまつわる話だと誤認した。

 

 だからこそ続く言葉で衛は己の失態を悟った。

 

『……ですから、東京に出現したアテナに続き北陸方面に現れたもう一柱の『まつろわぬ神』についての話では?』

 

「……甘粕。それ初耳だわ」

 

『何ですって!?』

 

「チッ、迂闊だな! アテナの他にもう一柱いやがったか……!」

 

 痛烈な舌打ちをしながら衛は己が第一権能を発動し、精査する。

 通称・城塞とも呼ばれる衛の第一権能。英国の魔術結社『賢人議会』に曰く、『母なる城塞(ブラインド・ガーデン)』と名付けられた権能の本質は如何なる攻撃をも通さぬ地母神の防壁というべきものだが、城塞と名乗るだけあってその機能は防御のみに限らない。

 

 大地の霊脈を通して土地に結界を築く、大地の霊脈を通じて土地の異変を感じ取るなど守りに関しては汎用的に効力を発揮するのだ。

 実際、衛も日頃はセンサーという呼称で自身の身の回りの異変をすぐさま察知できるようにしている。

 本気を出せば日本全域に感知網を巡らせ、国内で起こる異変を感知し、速やかに危険を排するべく行動を起こすことも可能だ。

 

 全宇宙を統べた神、ウラノスの目で以てしても見出すことが出来なかった庇護を約束する堅牢なる地母神の城塞はこと守りに関しての能力に隙は無い。

 

 失態を自覚した衛はすぐさま、大地を通じた感知領域の範囲を拡大し……。

 日本に現れたもう一柱の脅威を捉えた。

 

「位置は北陸、金沢の辺りか? ……どうも俺にしては珍しく事が穏便に上手く行き過ぎるとも思ったが。首都でこんだけの騒動が起きてるのに俺が何のトラブルにも巻き込まれないとは珍しいと思ってた矢先にこれかよ」

 

 己の間抜けさに思わず乾いた笑いを漏らす。

 

 ……神殺しとは、神と同じく身じろぎ一つで騒ぎを起こす宿痾を持つ。

 運命によって定められた神の道理に背いた者に平和な日々を送ることなど許されない。強者の宿命として神殺しは、神殺しとなった瞬間から波乱の下に生涯を送ることを定められているのだ。

 運命は反逆者に容赦はしない。

 彼らに災いを常に齎し続けるのだ。

 

「オーケー。現状は完璧に把握した。あとはこっちで適当に対応するんで、こっちの方は任せろ。例によって街は幾らか滅茶苦茶になるだろうがそこんところは許せよ──っと、うるさッ!?」

 

 『まつろわぬ神』との激闘を予感しウンザリしながら、衛はこれから戦いの犠牲となるだろう北陸の街に対する形式美的な謝罪を口にしようとし、

 ──突然、耳元でけたたましく鳴り響いた警報に思わず携帯電話を引き剥がす。

 

「何事だよ……あ?」

 

 携帯電話の画面に浮かぶ文字は「緊急地震速報」。

 それが伝えるのはこれから向かわんとする北陸で起こった災害だ。

 

「金沢で震度七の地震……おい、まさか……!」

 

『……こちらも来ました。どうやら大地に属する神、地母神か何かの仕業か既に派手に暴れているようですね』 

 

「みたいだな……ったく、迷惑を考えろクソが。何を目的に暴れているかは知らんが、人様の土地を荒らしてといてタダじゃあ済まさねえぞ。……あとついでに俺の至高の時間を邪魔しやがって……ッ!」

 

『……私怨の比重が多いですねェ』

 

 明らかに後者の理由の方が呪詛混じりなのを聞き取って甘粕は呆れる。

 この王は確かに神を殺すほどの覇者ではあるが、同時に怠惰なロクデナシでもある。

 基本的に目に見えた大義などよりも私情の方が優先順位が高いのだ。

 

「つーか、なんでコイツは一人勝手に暴れてんだ? まさか連中特有の突き抜けた発想で大地を侵す人間共に天誅をだの、示威行為として手始めに大地を揺らしただの、馬鹿げた理由で暴れているんじゃ無いだろうな……」

 

 神の思考と発想は往々にして人間には理解しがたい者。

 今までの経験則から衛は嫌そうに暴れる神の動機に予測を立てる。

 

 過去には「旅人が行く道行きの困難さを忘れ、愚かにも神の加護を忘却した人類に再びその過酷さと道程を護る神の偉大さを思い出させる」などと言って、既存の移動手段を片っ端から排し、文明を後退させようと目論んだ神も居たのだ。

 アレは極めつけの部類であったが……ともあれ、往々にして『まつろわぬ神』がその権能を以て暴れる理由など碌なものでは無いのである。

 

「まさかとは思うが、実はもう一柱『まつろわぬ神』が顕現していてソイツと戦っているとかじゃないだろうな……?」

 

『それは流石にまさかでしょう。一度に三柱もの『まつろわぬ神』が出現したなんてきたらそれこそ悪夢も悪夢ですが、その場合は現状以上の大騒ぎになっています……ですが、確かに衛さんのいう通り、相手も無しに無作為に力を振るうとは珍しい。単なる災害を化生した神が現れたのか、それとも力を振るう理由が…………あ』

 

「……どうした? 心当たりでもあったのか? 管理している神器があったとか」

 

『あ……ああ、いや、ですが確かに彼女は……だとすれば、もしかして…………!』

 

 何か思い当たることがあったのかブツブツと何事かを呟く甘粕。

 心なしか、その口調には恐れにも似た色が滲んでいた。

 ……やがて、思考が纏まったのか甘粕は慎重に言葉を切り出す。

 

『……閉塚さん、いいですか? 落ち着いて聞いて下さいね?』

 

「何だよ、急に。多生苛ついてはいるが俺はキチンと落ち着いてるぞ?」

 

 甘粕の慎重な様に思わず衛は心外だと口を尖らせる。

 別に愛国心など無いにせよ、自分の住まう馴染みの国に手を出されて多少、苛立つ部分もあるが、怒気を覚えるほど『まつろわぬ神』に昂ぶりを覚えている訳では無い。

 元来、率先して闘争を望む質では無いのだ。

 なので多少のおいた程度で正気を失うほど自分は激情家じゃない。

 

 言外に衛はそう思ったが、しかし──甘粕の懸念はそうではなかった。

 元より、現在自国の守護を担う王の気質が戦闘狂からかけ離れたものであることは、正史編纂委員会という組織全体において周知の事実。

 平時は怠惰かつ穏便な年相応の青年であることに疑いは無い。

 

 問題は──甘粕の想像通りならば神の所業が、衛の基準においておいた程度では済まないという点だった。

 

 甘粕は知っている。

 今、『まつろわぬ神』が出現したであろう場所にはとある少女が訪れていることを。

 甘粕は知っている。

 少女の性格を考えれば、少女が『まつろわぬ神』に立ち向かわんとすることを。

 そして甘粕は知っている。

 このおおよそ闘争とは無縁そうな非好戦的な青年が……こと身内と定めたる人物の理不尽に対しては義憤と激情を露わにし、ことを撃滅するまで止まらない苛烈な王であることを。

 

 だからこそ甘粕は唾を飲み込み、覚悟を決めて自分の予測を伝える。

 願わくば守戦の王が冷静であることを。

 頼むから暴走しないでくれと。

 

『……現在、北陸方面には姫凪さんが向かっています』

 

「────…………」

 

『元々、馨さんを始めとした現在の正史編纂委員会の体制を良く思わない不穏分子が確認されていたため、これを事前に対応すべく姫凪さんに協力していただいていたんです。もしかしたら、此度の『まつろわぬ神』の出現は件の不穏分子が関係している可能性があるかもしれません。その場合、姫凪さんの性格を考えるにもしや被害を食い止めるため交戦を──閉塚さん?』

 

「……は」

 

 笑う。幾分か嘲笑を孕んだ笑い。

 それが誰に対するものであったかは分からない。

 だが、もしもこの場に甘粕がいれば思ったことだろう。

 

 こうも──戦慄を覚えさせる笑みがあるものかと。

 殺意が膨れ上がる。闘争心に火が点る。

 周囲に生命が在れば、変調を来すほどの圧が空間にのし掛かる。

 バチリ、と衛の内心を示すが如く。

 無意識下に静電気が衛の体を這い回った。

 

 そして怠惰な顔から穏やかさが消え失せ、激情が迸った。

 

「──旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は風となり詩となりて衆生を導く伝令の言葉を告げる」

 

 それは力を解放するための呪文。

 衛は何の躊躇も迷いも無く、内に秘めた尋常ならざる呪力を解放し、言霊を口ずさんだ。それは様々な顔を持つ旅路に加護を齎す神、まつろわぬヘルメスより簒奪させめた第二の権能。

 賢人議会より『自由気ままに(ルート・セレクト)』と名付けられた第二の権能が問答無用に発動する。

 

 『ちょ、閉塚さ──ッ!!?』

 

 もはや甘粕の声など置き去りに王は目的を遂げるべく行動を起こす。

 そう、彼は怠惰で非好戦的な守戦の王。

 自ら挑むことを良しとせず、戦を厭い、煙たがる者。

 なれど一度、自らが線引いた領域が侵されたとき──彼は苛烈に変貌する。

 

 仲間を、友人を、知人を──自らの隣人たる誰かを。

 傷つけ、虐げる存在を許しはしない。

 全ての理不尽を粉砕すべく、覇者たる本性が目を覚ます。

 

 ──ヘルメスの権能。その力は距離の縮地。

 

 神や神殺しが行使する『神速』と呼ばれる技能が「移動時間を短縮することによって目的地点まで一瞬で移動する」時間短縮にまつわる力であるならば、こちらは「距離という概念を歪めて、移動距離を短縮させる」力である。

 速く動くことに主眼を置くならば『神速』には劣るが、速く目的地点に到着する事に関しては『神速』に勝る移動の権能である。

 制約として遠距離を移動するためには「交通」の要となる駅や空港などの移動拠点とも言うべきターミナルでなければならないなどと縛りは存在するが……。

 

 国内を動き回る程度ならば、発動に何ら問題は無い。

風が舞い上がる。そして次瞬──周囲の景色は一変していた。

 暗い自室から金沢上空に、一瞬にして衛は躍り出る。

 

「ッ……!」

 

 上空から見下ろせる風景は端的に言って、被災地だ。

 群を成すビルは悉くが土煙を上げて崩れ落ちており、それによって齎された大被害に今も人々の怒声と悲鳴が街中に飛び交っていた。

 加えて建築物の大規模な倒壊と道路の地割れにより、事故を起こした車両が道路上などで炎上し、それが火種となって各所に火災という二次被害がばら撒かれている。

 老若男女問わず、街で暮らしていた人間全てに降り注いだ理不尽な悲劇に、衛の瞳は不機嫌に揺れ、いっそ元凶への怒りを燃やした。

 

 そして金沢の街を旋回するように街の様子を見渡す瞳が、遠く、ガラクタのような街並みを舞台に、元凶たる『まつろわぬ神』を前に命を燃やさんとする桜花の姿という状況を捉えた時点で──赫怒の色へと変わる。

 

 「母なる愛は幼子を守る盾! 実り豊かな大地を統べる母神の唄は幼子の泣き声を遠ざけ、閉ざし、安らぎ齎す子守唄……眠る幼児を母神は愛で包み込む! ここに絶対無敵の揺り篭を象らん!!」

 

 雷撃が落ち、災禍の街を照らす──以って此処に死たる病みは飛散し、母なる守りが弱きものたちを一切平等に守護する。

 その最中に女神は空を仰ぎ見て、神殺しは大地を睥睨する。

 

 交錯する瞳。女神は強かに笑い、神殺しは勃然と見る。

 

「──は、成る程な。そこな巫女の危機に駆けつけたか、我が宿敵」

 

「お前、俺の身内に手ぇだしたな……?」

 

 喜悦と激怒が交錯し、神と獣は宿敵の姿を捉えた。

 

 ──ゆえに此処に決戦を。

 林檎を投げれば地に落ちてくるように。

『まつろわぬ神』と神殺し。

 どちらかが命を落す時まで雌雄を決するが天地が定めし道理ゆえに。

 

 

 

「衛さん!?」

 

 雷を伴って現れた衛に思わず声を上げる。そしてその声を聞いたのか、衛は不機嫌そうに桜花を見て、その隣にふわりと降り立った。表面上はいつもと変わらない彼だが、渦巻く膨大な呪力と両脚に身につける蒼天のような具足が神殺しとしての閉塚衛であることを喧伝するように在った。

 

 そうして降り立った衛は―――ポコリと、桜花を叩いた。

 

「痛い!? いきなり何するんですか!?」

 

「何するんですか、じゃねえよ。お前今「神がかり」使おうとしやがったな? アレは使うなってあれほど言っただろうが」

 

 どうやら不機嫌は『まつろわぬ神』のことだけではなく桜花の行動にもあったようだ。―――特殊な理由で『神がかり』を手にした彼女のそれは日本に居るもう一人の『神がかり』の巫女、清秋院恵那とは些か事情が異なる。

 

 使えば身も焼く(・・)。諸刃の剣。文字通り自滅も覚悟した切り札も切り札である。実際、嘗て一度だけ披露したときには死に掛けたし、衛の力が無ければ下手をしなくても死んでいた。その折に衛に珍しく強い口調で言われたのだ「二度と使うな」と。

 

「で、ですが『まつろわぬ神』を前にして手札を隠している余裕は……」

 

「知るか。アレを倒せてもお前が重症じゃあ本末転倒じゃねえか」

 

「私だって剣士です。『まつろわぬ神』に対抗するためならば怪我なんて」

 

「怪我じゃすまないだろうがアレは。城塞がなかったら死んでたんだぞ? 俺は神を殺しちまったが中身は平々凡々なままでね。友人の死に目なんか見たらオルフェウスよろしく蘇えらせられる権能を入手でもしようと暴れ狂う自信があるね」

 

 一度、大切な者の死を看取った。『彼女』は人で無く神であったが、優しく温厚で、死の間際ですら最後まで衛のことを考えて逝った。その時の胸の空白はどす黒い感情に任せ、かの神に復讐を遂げた今でも晴れていない。その虚無、その痛み、二度も味わうつもりはさらさら無い。

 

「大切な身内が傷付くところを自傷であろうが見たがるものかよ。それが女であるなら尚のこと。ヒーローは男の特権だ……男女差別うんぬんの不満は後で聞くんで大人しく護られてくれよ、ヒロインさん」

 

 ゆえに……アレは殺す。『まつろわぬ神』、人に災いを齎す禍。友人を傷つけられて黙っていられるほど衛は優しくない。否、友人を傷つけられたからこそ、神すら殺すと牙を向くのだ。

 

「……ってどうした? 黙りこんで……どっか怪我したか」

 

 桜花をして黙り込んでしまうほどの怪我を負わされたのかと衛の怒りに拍車が掛かる、が対する桜花は頬をやや赤らめて、半眼に口を尖らせながら言う。

 

「不意討ちです」

 

「は?」

 

「卑怯です。横暴です。普通こういう場面でそういうこと言いますか…」

 

「何言ってるんだお前? やっぱ怪我したか?」

 

「分からないんならいいです。はい、大人しく護られるので、大言壮語を吐いたならキチンと有言実行してくださいね私の勇者(ヒーロー)さん」

 

「おうさ、任せろ……!」

 

 疲れたような呆れたような、だがちょっと嬉しそうという複雑な感情で桜花は衛に激励を送る。その激励を背に衛は再び天へと駆け上がる。そうして十数メートルの距離を置きつつ、ダヌと同じ視点に立つ。

 

「親しい者との逢瀬は済んだか? ―――汝とこうして出会ってしまった以上、雌雄を決せねばなるまいよ。《蛇》取り戻すまでならば見逃すも吝かではなかったが、こうなっては是非もなし、今生の別れを済ますまでは我も剣は向けまい」

 

「その親心ありがとよ、名前も知らない女神様。既に知っているだろう通り俺は神殺し、閉塚衛だ―――さっそくだが、死んでくれ」

 

 全ての母を自称するだけあってその笑みは真実、慈愛に満ちた穏やかなものであった。だが、その慈愛を一蹴するように普段の衛からは想像も出来ない恐ろしく冷たい声で応じる。そして、唱える。女神を討つ為の言霊を。

 

「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」

 

 放電。壮絶な電力が人のみである衛から放出される。黄金の雷光は天地に響く轟音を立てて、次の瞬間一つの形を取っていく。

 

 山羊だ。全長をして約二十メートル高さ十メートルを超える巨躯。絶え間なく放電しながら実体を持たぬ巨大な山羊が蹄を鳴らしながら衛の傍らに君臨した。

 

「ぬ? その権能……そうか汝は我と同じ旧き女神を仕留めた神殺しか! 成る程、ならば尚のこと……決して負けられぬよなッ!!」

 

 慈愛の表情は消え、獰猛に吼える女神ダヌ。宿敵を見出した女神に最早、加減は無い。女神の呪力が吹き荒れる。身の程を知れとばかりの膨大な猛りは雷撃により生命を取り戻した大地を速やかに病ませて往く。

 

 それだけに飽きたらず、地上を暗闇に変えた暗雲はいっそ黒さを増し、ゴロゴロと雷の気配を漂わせる。嵐の気配に度を越えた湿気で空気は澱み、霧もまたその濃さを増す。

 

「往くぞ! 神殺し、一手で散るなど興を削げる無様は見せてくれるなよ!!」

 

 叫ぶと同時。病んだ風が吹き荒れる。常人ならば一息で重体、二息で死せる病の呪詛だ。《蛇》の神格たるダヌは死もまた統べる。死の概念を濃縮した風は病と言う形で現出し、桜花に振るわんとした死の呪詛である。

 

 ―――病とは目に見えぬ脅威である。古の人々は病を時に神の仕業と考え、畏れたという。日本にも疫病神という言葉があるように医療技術が拙かった時代では病める事即ち死であったのだ。時にもののけ、時に妖怪、時に悪鬼と、民間信仰に寄り添う形で古代から病は神の齎す災禍としてあった。聖書においてすら世紀最悪の世界流行(パンデミック)黒死病(ペスト)などが恐ろしき死神として神格化されている。

 

 病める事、即ち死。神殺しであろうと身体は人。病めるし重篤に死ぬ。病とは未だ人が神を見る数少ない信仰概念の一つである。身の程を知るがいい、神ならざる不信仰者。神代の息吹は未だ健在なり!

 

「―――遅ぇよ」

 

 だが、それを一刀両断するように黄金の光が闇を切り裂いた。

 

「なにっ!?」

 

 黒い颶風を切り裂いて黄金が女神の下へと駆け抜ける。神速の一撃をダヌは辛うじて反応し、避ける。病みの風は既に無く、雷光が霧の中に在って燦々と輝いている。

 

 そして一度で終わらない。轟! 轟! 轟! と猛り吼えて雷光は突き進む。雷放つは山羊の化身。攻撃に顕身した城塞の権能は主の命を聞き届け、大地を病みに落した女神に怒りの露わに咆哮する。

 

『Kyiiiii―――!!』

 

「ぐう……!」

 

 迫る迫る迫る。神速を伴う一撃は生易しい回避は許されない。神速の雷は対応困難。にも関わらずそれが機関銃かくやという怒涛の勢いで撃たれるのだ。如何にその身が強大な女神であれ、ダヌを持っても簡単に跳ね除けられるものではない。

 

 ……加えて此処に相性があった。ケルト、インド神話に名を連ねる女神ダヌであるが、インド神話におけるダヌは時に息子ヴリトラと共に討たれることがある。誰もが知るだろう神々の王、最古に類する英雄神インドラの手によって。

 

 インドラに討たれる宿命にあるヴリトラとその母たるダヌ。その縁が神話より出でたまつろわぬダヌにも及ぼしているのだ。インドラはその武名を雷に縁付けられる神だ。その属性は《鋼》。《蛇》たるダヌには極めて有利に働く。ヴリトラ諸共攻撃されたという神話も相まって、雷という武器は女神ダヌに対して相性の良い武器となる。

 

「なんたる威力! その力忌々しいが賞賛しよう! その威光はかの英雄神に匹敵するものであると!! だが……その力はインドラめと違い《鋼》に在らず!!」

 

 そう、女神アルマテイアより簒奪した力はダヌと同じく《蛇》の力。豊穣を齎す雷こそがこの権能の本質だ。ゆえに―――相性が良い、とはダヌにも通じる。

 

 雷がダヌを射抜かんと突き進む……刹那、漂う霧がダヌを守るように結集する。雷は構うものかと突き進むが濃霧に触れた途端に勢いを失い、さながら枯れ落ちる花の如く雲散霧消してしまった。

 

「雷を消した……いや、減衰させたのか。生命を流転させて死を招く……地母神に纏わる力……!」

 

「応とも! その力、受けてしまえば脅威だが、それが我と同じ《蛇》に類する力ならばやりようはあるとも」

 

 悠然と微笑むダヌだが、その内心は穏やかではない。雷……いや、この場合は稲妻か。それはダヌが武器とした病と同じく、最も親しい信仰としてあったものだ。アメリカの偉大なる科学者によって人の手に収まるものとしてその信仰を衰えさせたものの、神という存在の力を示す象徴として古来から雷は信仰されてきた。

 

 日本でも強力な《鋼》の武神で建御雷神。学問の神にして祟神の姿を持つ天満大自在天神こと、菅原道真など強大な力を持つ神は雷に伝承を持つ。ダヌの属するインド神話では先に上げたインドラが。世界で最も有名なギリシャ神話では神々の王ゼウスが強力な雷を武器とする。雷とは”神鳴り”。この超自然現象は未だに多くの信仰を得ている。

 

(稲妻を司る地母神。来歴は間違いなく旧い、それも武神としての側面も備えておったな……?)

 

 雷は力の象徴。絶対的な力の信仰として多くの武神に取り込まれた。ならばあの権能は旧き時代の女神、それも武神としての顔も備えた多くの信仰を得た地母神……!

 

「とはいえ、思考に浸る余裕はないか!」

 

 唸りを上げて迫る稲妻は未だ以って勢いを落すことは無い。寧ろ、霧に消えると分かってからは回転率が上昇し、一息の間に二十数の稲妻が濃霧の防壁に突き刺さるほど。単純な威力に任せたゴリ押しは守らねば殺傷に足るゆえ守りを取らされているダヌにそれだけで優位に働く。

 

「だが、知っているか。神殺し、攻撃に注力しすぎると痛い目を見るぞ?」

 

「ッ!?」

 

 濃霧の奥でダヌは笑い、杖を呼び出す。そして一振り。杖の呼びかけに応じるように濃霧の彼方、衛に突き上げるような地震が襲い掛かる。例えるなら大型の直下型地震。轟音を伴った揺れに思わず衛は驚愕と共に地を見下ろす。空中に浮いている衛は地震の影響を受けないが、桜花は違う。既に姿無く、恐らくは巻き込まれないように離れた位置で事の推移を見送っているのだろうが、それでも彼は意識を逸らした。その力は常に護るために、それが衛の強みであり、弱みでもあった。

 

「ハッ、余裕だな! 神殺し!!」

 

「ッ、しまった!」

 

 いよいよ『まつろわぬ神』の性質を露わにしている彼女にもはや情け容赦はない。神殺しを仕留めるため桜花のみならず、この地に集う人々全てに対して天災となりえるそれをただの囮と使ったダヌは、さらに死を振りまく。

 

 光を遮る霧が渦巻く。女神の号令に伴い死の呪詛を纏った霧は地に満ち、生命の一切合切を塵殺するために病の毒で大気を満たす。

 

「チッ、いよいよ『まつろわぬ神』の本領発揮か……アルマ!! 諸共に吹き飛ばせやァ!!」

 

『Kyiiiii―――!!』

 

 主の声に雄々しい嘶きで神獣アルマテイアは応える。神獣の姿は掻き消え、稲妻にその姿を顕身する。次の瞬間、稲妻が大地を走った(・・・)。蛇行するようにして地面と平行に街々を駆け抜ける雷光は速やかに病める霧を一掃してゆく。

 

「手元が疎かだぞ!!」

 

 そしてその隙こそを女神は穿つ。『神速』かと誤認するほどの速度で衛に肉薄するダヌ。成る程、稲妻を携え、その怒涛の威力のみで圧倒する神殺しは強い。が、一辺倒にも見える攻撃は一つの逆転を露見させている。……即ち。

 

「分かるぞ神殺し! 貴様……稲妻(それ)しか攻撃手段を持ち合わせていないな!?」

 

「………!」

 

 見惚れるような強気な笑みを浮かべ言い切るダヌに衛は無言で厳しい表情を取る。ダヌの言葉、それは真実であった。二つの権能が内、一つは『旅』の権能。その力の利便性と汎用性は女神アルマテイアの稲妻の権能ばりに優れているが、直接的な攻撃に使えるものではない。

 

 天を駆ける力、遠くへ一瞬で移動する力と移動に関するものであれば幾らでも応用が利く。しかし、移動においてのみ汎用性を発揮するその権能では直接的な攻撃には繋がらない。

 

 そして唯一の攻撃手段である城塞の権能は基本を守りとした権能である。生と死を司るために高い不死性を保有する女神であって尚、脅威と断じる稲妻は十分に攻撃手段として応用できるものの、出来ることは稲妻を放つことのみ。神速怒涛の稲妻とはそれのみでも十分な脅威となりえるが、決戦するほどの威力を持ち得ない。要は決め手に欠けるのだ。

 

「神々すらも煙に巻け、言葉豊かな伝令者ッ!!」

 

 ダヌは衛を仕留めんと得物の杖を振り下ろす。神殺しの中でも最も、肉体技を不得手とする衛ではその土俵に立つことは難しい。ゆえに逃げる。第二権能『自由気ままに(ルート・セレクト)』は遠方に一瞬で移動する、天を駆ける能力だけではなく、限定的な空間転移すら可能にする。

 

 原理は遠方に一瞬で移動する能力と同じく距離の概念を歪めて発動する。A地点からB地点までの移動距離を縮め、さも一瞬で移動するように見せる技だ。『神速』と異なり、駆け抜けるのではなく、到達する技であるため、『神速』を見切るような優れた術者でも妨害することは出来ない。

 

 欠点として、移動先地点を予め予想した攻撃に対処は出来ない。最長移動距離は三十メートルそこら。AとBを繋ぐ距離を歪めて移動するため、AとBを設定していないと発動しない。もう一度、使うときは今居るA地点とB地点を再度設定しなくてはならないなどとある。

 

 開幕から衛が立ち位置を変えなかった理由はそこが衛の設定したA地点であるから。そこから一歩でも動けば再びそれを起点に設定しなければならず、その間に咄嗟の移動は出来ない。不意討ちに備えた能力が不意討ちに使えなくなることを避けるため、衛は立ち位置を変えなかったのだ。

 

「旅に類する権能か! 見えんな……その力、瞬間移動か! だが、果たしてそれは連続して使えるか!?」

 

「いや、一瞬あれば十分だ……!」

 

 杖が空を切るなり、すぐさま反転して背後に現れた衛を追撃する。……どうやら視線の動きで移動先を悟ったか。対応が早い……だが、追撃するには遅い。

 

「幼子を護る揺り篭となれ! 母なる者よ、汝は無敵の盾である!!」

 

 槍のように杖を突き刺さんと振るダヌ。だが、その一撃が届くより早く神速の稲妻は守りを構築していた。稲妻から鎧へ。雷光纏った衛に杖の一撃は通らず重い手ごたえが返ってくる。

 

(速い……! 駆けつける速度も顕身も! これは行動一つ一つが『神速』で構築されておるのか……!)

 

 稲妻の威力もそうだが、守りも堅牢……否、守りが堅牢ゆえに攻撃に移ると桁違いの出力となりえるのだろう。加えて、神獣アルマテイアの行動の速さだ。稲妻こそが本来の形であるゆえに肉体の制約を受けないその行動は一つ一つが『神速』。それも蛇行などを見るに相応の柔軟性も兼ね備えている。コントロールが難しいのが『神速』の特徴だが、使うものが人でもなければ肉体も持ち合わせていないのだから弱点が無いも同然。遺憾なくその性能を発揮する。

 

「攻撃に注力すると痛い目を見る……その言葉そっくりそのまま返してやる!」

 

「……ッ、ぬかった!!」

 

 いっそバチバチと帯電する衛。直接、杖にて攻撃したがため両者の距離は極めて近距離。加え、濃霧の霧から脱し、攻撃に訴えた以上、再び稲妻を減衰させる死の濃霧を展開するには一瞬以上の時間が必要で―――攻撃防御を一瞬で成す、神速怒涛の稲妻は一瞬が在れば十分だ。

 

「とばっちり受けた金沢市諸君の分も含めて……喰らっとけや女神!」

 

 放電。それも超至近距離での一撃だ。ダヌも流石は『まつろわぬ神』で、咄嗟の行動で回避をするが、もう遅い。無傷で難を逃れるには近すぎた。

 

「ぐっ、つぅあああああああああああああああ!!」

 

 一体に響く轟音と凄まじい絶叫。極近距離で女神ダヌは衛渾身の稲妻に直撃した。

 

「ッはぁ……はぁ……はあぁ、どうだこれで……」

 

 今すぐ崩れ落ちたい誘惑に駆られるほど衛は肩で息をしながら手ごたえに確信しながら女神を見る。一瞬に見出した勝機に賭け、全力の呪力を叩き込んで加えた一撃だ。攻撃手段が稲妻しかないとはいえ、その稲妻で十全に致死に足る威力は出せる。攻撃は単調で一辺倒になりがちだが、当たればそれで十分なのだ。

 

「―――まこと、忌々しい稲妻よな……よもや、ここまで追い詰められるとは……」

 

「―――しぶとい。くたばっとけよ、これだから《蛇》は嫌いなんだ……」

 

 しかし……そんな一撃を以ってしてもダヌは依然、健在である。とはいえ、流石のダヌも無傷とは言わず、その左半身は醜く焼け爛れている。片方に被害を傾けることで致死を免れたのだろう。全てを包み込むような母性を感じさせる美貌は汚れ落ち、万人が万人、見ればさぞ嘆き悲しむであろう。そんな重体において尚、笑みは優美に美しく、額に流れる汗ですら、彼女を引き立てるための魅力のように映る。

 

「とはいえ、今の一撃は痛かったぞ。……ふふ、ご覧の通りだ。やれやれ、無粋な男だ」

 

「悪いな。敵対者に容赦が出来るほど俺は優しくできちゃいない。やるんなら徹底する、やらないならトコトンと、二極に振り切れてるもんでね」

 

「成る程な。此処と決めた場面で後先考えない全力を発揮する……ふふ、古今、怪物退治の英雄は勝機に全霊を以って挑むモノ……神を殺した汝もまたその資格を持ちうるか」

 

 ダヌは重症で、衛は全力で息が上がっている。傷の加減はどうあれ、共に五体満足。ダヌは半身が焼けたとはいえ、豊穣を司るものとして完治とまでは往かずとも動かせる程度には回復できるはずだ。だが……。

 

「《鋼》を討つ。そのために我は舞い戻ったが……ふ、はは、なあ神殺し。名はマモルと言ったか」

 

「……あん? 今更、名を呼んで何を……」

 

「気が変わったぞ……汝は我を全力を以って仕留めんとした。その気概、なんと見事なものか。人は決定的場面でも躊躇うもの、なまじ中途半端に知恵を持つが故、完璧を勝機にあって疑心する。だが、勝機に全力を傾け、躊躇わず飛び込む汝は、戦士たるものの資格がある。我は全ての母であるがゆえに。この可能性を見間違うことは無い」

 

「……どういうつもりだ?」

 

 突然になって敵を賞賛しだす女神に衛は訝しむ。この期に及んでまさか命乞いか? ……それこそまさか。『まつろわぬ神』たるものがそんな無粋の極みをするわけがない。悪寒が背を通り過ぎる。静かな、いっそ穏やかな女神の態度が次の瞬間の災厄を予測させる。それはさながら嵐の前の静けさ。次の瞬間の噴火を待つ、緊張の静けさ。

 

「その可能性―――試したくなったぞ。神殺し、閉塚衛。旧き母神より簒奪した無敵の盾を持つものよ、汝がまこと、諸人を守る守護者であるならば、我が一撃、見事防ぎきって見せるがいいッ!!」

 

 叫ぶやいなや地震が大地を染め上げる。金沢に存在する人の文明を一瞬にして拭い去った脅威が再び牙を向く……否!

 

「これは地震じゃない……? 何か来る……女神、お前は!?」

 

「ダヌと呼ぶがいい。当代の神殺し!! さあ覚悟せよ。これぞ我が神名を賭けた全力ぞ!!」

 

 ―――唐突だが、ダヌという名前は雨を指す意味の名である。旧き時代より在るかの女神は水に対して由縁を持つ。《鋼》を鍛え、それに討たれる《蛇》の属性を持つ女神だ。だが……彼女が司るのは雨ではない(・・・・)。神話に曰く、インドラ神はヴリトラを討ち、雨期の恵みを切り開いた。ダヌは存在を「ヴリトラの母」と呼ばれながらも彼女を記した伝承は極めて少なく神話においても、時としてヴリトラはカシュヤパ仙の憎しみより出でたものとされている。では、彼女はいったいどういった女神なのか。アスラ族が一派ダーナヴァをも構成したほどに影響を与えた彼女は……。

 

 そうして、真の脅威が顕現する。彼らの戦闘区画(バトルフィールド)、ひがし茶屋街直ぐ近くを流れる河川、浅野川。そこに、衛は脅威の正体を見た。

 

「洪水……!?」

 

 考えられない量の水は周辺の建物を粉砕し、流れ……物理法則を無視した勢いで天を駆け抜け、ダヌの下へと集う。ダヌの身体が瞬く、刹那、その身は流水に消え、膨大な水量はやがて一つの形を取っていく……それは、

 

「………龍」

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAA!』

 

 雷鳴かくやと轟く咆哮。悠然と天に浮かぶ龍。……それはさながら彼女と彼女の夫たるカシュヤパ仙が生み出したとされるインドラの敵対者。かの神々の王にすら討伐して尚恐怖を刻んだ最強の《蛇》。

 

「確かインド神話にはヴリトラとかいう龍が居たな。《鋼》が《蛇》を討つ伝承はごまんと存在している。日本人御用達のスサノヲとヤマタノオロチみたいにな。そしてインドにも全く同じ形式の伝承がある。それこそが、ヴリトラを討つインドラ。《鋼》が《蛇》を討つ神話形態……ペルセウス・アンドロメダ型神話って言ったっけ?」

 

 竜蛇とは地母神が落剥した姿だ。であれば、もはや疑うべくも無い。その母たる彼女のもう一つの正体、それこそが……。

 

「河川の女神、ヴリトラにその姿を落とした《鋼》を鍛える《蛇》の女神。それがお前ってか……女神ダヌ?」

 

『GYAAAAAAAAAAAAAA!』

 

 返答とばかりに咆哮する女神ダヌ、否、ヴリトラ。神獣アルマテイアの巨躯をも凌ぐ身に顕身した彼女はしかし、未だ水を取り込み続けている。

 

「伝承になぞれば海の泡で潰せるだろうが……その場合は晴れて水の恵みが降り注ぐんだよなァ。で、これって街壊滅フラグだよな?」

 

 暴走する河川の水量を取り込み続けるヴリトラを見れば事態の推移は予測できる。ヴリトラは太陽を遮り、恵みを閉ざす雲であったとも旱魃の化身であったとも言われる。インドラ神はそれを倒し、ことの真相はどうあれ水を大地に齎した。

 

 衛は神話の真実に興味は無い。果たしてヴリトラが旱魃であったのか雲であったのか氷であったのか、それを見出すのは退屈知らずの学者の仕事だ。だが、神話の流れとして共通しているのはヴリトラが倒されることによって水の恵みが齎されること。

 

「大地の豊穣、河川を作る権能か……神話通りに倒したら今度は金沢の土地が湖にでもなりかねんよな……」

 

 倒せでは無く、防ぎきってみよ。そういうことかとダヌの言葉に衛は納得し、頭を抱えた。

 

「それってつまり、内包する水量ごと吹き飛ばすか。河川一つ作る流水を防ぎきって見せるかしろってことかよ……」

 

 ダヌは余力を注いだ状態……即ち死に体。全力の一撃などを行なえば恐らくそれで力尽きる。単純に倒すだけなら彼女が全力を使い切る一撃を旅の権能で回避すれば良いだけ。しかしそれを行なえば金沢は何十万人といる人口諸共、河の底というわけだ。

 

「性格悪すぎるだろあの女神……!」

 

 城塞の権能の本質は攻撃には無い。先ほどダヌに放った渾身の影響で呪力も後先考えずに放出することは出来ない。あの水量を蒸発させ、ヴリトラを消滅させるほどの一撃はもう放てないのだ。

 

「問題は水の行き場だ。水量を防ぐことは出来るが……」

 

 ひがし茶屋街を守る城塞を展開しても他の区画に流れ込んでは被害を防いだとはいえない。しかし金沢全域に城塞を張り巡らしたところで内々にヴリトラが存在するのだから金沢市外部の街は守れても内部は凄惨たる光景になるだろう。火力が足らない、守ってもその後が無い。何より街には人が居て、桜花が居る、後退などあり得ない。

 

「さあ、どうするどうする、時間はないぞ?」

 

 ヴリトラが身を縮める。口を閉ざし、全身に力を入れ、今にも渾身の一撃を吐き出そうと、噴火直前の火山のようにその瞬間を待っている。急かすように言葉を紡ぐが……。

 

「幸いなのは水が川から持ち込んだものであることか。ダム見たいに、一箇所に纏めて後で川に戻せば……一箇所に纏める?」

 

 第一権能『母なる城塞』は守るための結界だ。鎧のように身にまとって攻撃を防ぐことも、はたまたドーム状に展開して攻撃を防ぐことも可能。身を守る城砦は稲妻、無形ゆえにその姿を変貌させることは自由自在。駆け巡る思考。何とか防ぐ手段は見えた。だが、持つか? 全力の攻撃を受け止めつつ、その水量全てを抑える(・・・)ことが?

 

「イメージはダムか? オーケー幸い何度か見学したことはある。山に囲まれた巨大な土地に水の流れをせき止めるコンクリートの城塞。いや、あんなんじゃなくて良い、ただ水量を留めておける空間があれば……ならいつものドーム状の結界でどうにでもなる。後はコントロールと根性となけなしの呪力で……いけるか? いいや往く!」

 

 どの道、下がれぬ袋小路。ならば挑む。幸い勝算はある。勝算なき戦いよりはよっぽど上等だ。やることは単純明快。ヴリトラの一撃ごとあの水量を押し留める……!

 

「最後の最後で結局、精神論(これ)か! 命懸けの勝負はどうしてこう、実力差以上に気合の勝負をご所望するかね!?」

 

 泣き言を洩らしつつ、衛は言霊を唱える。

 

「母なる愛は幼子を守る盾! 実り豊かな大地を統べる母神の唄は幼子の泣き声を遠ざけ、閉ざし、安らぎ齎す子守唄……眠る幼児を母神は愛で包み込む! ここに絶対無敵の揺り篭を象らん! ―――正真正銘、決戦だ……こいよ女神ダヌ!!」

 

「Gi、A、GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 絶対城塞が現れる。それは衛の眼先、ヴリトラの進路を塞ぐようにして展開される。そしてその城塞に挑みかかるように吼え、蓄えた水量その全てを呪力と神力と共に撃ち放った。押し寄せる濁流はそれだけで街一つ滅ぼす龍のよう。これが神、これが天災。圧倒的力を以って人の世を簡単に乱し滅ぼす神威。

 

「うおォ、あ、がああああああああああああああああああ!!」

 

 ならば―――それに挑むはどれ程の恐れ知らずか。圧倒的暴威の流動。叩きつけられる呪力の波濤、しかし、絶対城塞は無傷。戦争に例えられる神殺し随一の火力持ちヴォバンの全力にすら耐え切った城塞は女神の全力を前にもやはり健在であった。しかし、耐えるだけでは終われない。

 

「どォ、せいいィ!!」

 

 展開した城塞壁をそのままヴリトラを囲む(・・・・・・・)ようにして展開する―――攻めるもダメ、守るもダメ、退避もダメとくれば最早手段はたった一つ。その脅威を押し留めるしかない!

 

「ぐっ、きっつぃな威力もそうだが時間経過で受け止め続ける水量も増し増しになるからな……!」

 

 いうなればこれは洪水を防ぐための治水だ。氾濫する水を治めるための作業。衛自身はダムと認識しているがやっていることは調整池のそれに近い。例に取るなら東京都。盆地であるゆえ大雨が降れば水に溺れかねない東京では、地下に調整池という空間を作り、一時的に水を溜める池として機能させるという。それにより水は地上に溜まらず、地下の調整池に流れ、被害は押し留まる。衛は内にも外にも絶対無敵となる城塞を利用し、それをドーム状にヴリトラを囲むようにして展開することで押さえ込もうとしているのだ。

 

「と、ま、れェ!!」

 

 水が外に流出しないよう、渾身の力で抑え込む衛。あと少し、もう少しだけ……!

 

「ダメか……!?」

 

 だが、ダヌに与えた一撃が祟っている。呪力の残りは既に空に近い。この後の維持を考えれば、これ以上の呪力放出は守りきった後の破滅を意味する。自身の敗北を予感して奮起するがこれ以上は……。

 

 ―――ああ、しかし。攻撃した側の衛が消耗を強いられたのならば、その全力を受けた側は命を繋いでいたとしてもそれ以上の消耗を強いられているが道理だ。

 

『ふむ。限界よ……我の敗北よな……』

 

「あ……」

 

 殆ど水に染まった城塞内。そこには既に龍は無く疲れたようにして笑う女神が居た。

 

『見事、体力勝負は汝の勝ちだ。汝の渾身、中々鋭かった。お蔭で祟ったな』

 

 焼け焦げた、重体に等しい傷を負った左半身から崩壊を始める女神。それが決戦の終わりを告げる証明であった。

 

『志半ばで終わったが……汝のような戦士と仕合えたのは唯一の幸運かな。インドラめとの決戦を思い出したぞ。忌々しい、だがそれでこその我が宿敵か……』

 

 その言葉を聞いて、衛はゆらりと力を抜く。無論、水を逃がさぬように完全に脱力するわけではないが、気張っていた緊張を解し、文字通りの全力で息も絶え絶えながら……女神を睨み、己の勝利を宣言する。

 

「ぜぁ、ハァ、見たか、この、……これでェ、俺の勝ちだ……!」

 

『ふ、は、ははは、あはははははは!! 満身創痍で良く言うものだ! 見ているがいい! 次に我と出会ったその時こそ、貴様(・・)の命運が尽きた時と知れよ? 精々長く生きろ! この我と再び雌雄を決するまではな!!』

 

 大笑を上げながら再戦を高々に宣言する女神ダヌ。胸がすくような気持ちの良い笑い声は虚空へ消えてゆき……女神ダヌは消滅した。

 

「二度とゴメンだ畜生……」

 

 残った衛はもはや聞こえないだろうその返答を、うんざりとした表情で告げる。




一万と五千文字……。
一気に書ききったから指が痛ぇ。

実際、書いていると思うけど、
常時一万文字書いているようなss作者ってなんなの?
人間やめてるの?

明日は腱鞘炎確定だな……。
ともあれ、原作一巻の時系列終わり! 以上! 解散!!

いや? まだ続きますけどね?


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暫し日常へと

FGO五十箱突破記念に投稿(関係ない)。
珍しくペースが上がらん。ガルパイベも捌いている所為か?
或いはプリコネの育成か……。

そして、誰かシルヴァリオ・ヴェンデッタの二次をと思う日々。
なんなら戦神館でもよろし(燃えゲー好き)
私にはあのキャラの濃さは書けないのだ……。

と、私の欲望はさておき、原作一巻辺り終。
この後、幕間を二つぐらい挟んだら狼さん編へ。


「もう暫くは働かんぞ俺は」

 

「それが白昼堂々、秋葉原(ここ)に居る理由ですか?」

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず―――東京は秋葉原にある趣味人(オタク)御用達の虎穴(とらのあな)に今頃は学校に居て然るべきはずの学生一人と絶賛労働中の国家公務員が居た。他ならぬ閉塚衛と甘粕冬馬である。先日、東京と金沢で行なわれた神話対決終結から土日を挟んだ月曜日のその日、本来の学生の義務と公務員の労働を放棄した二人は悠々と己の趣味に没頭していた。

 

「素晴らしい。何て晴れ晴れしい気分だ。サボりで得る休日ほど甘美なものは無い。そうだろう? 甘粕くん」

 

「流石は我らが王、民の気持ちに多分な理解が御有りですねェ~」

 

 おぬしも悪よのぅ、いえいえそちら程では、と。今にもあくどい笑いが聞こえてきそうな雰囲気のまま片方は純愛系のクッソ甘ったるい恋愛モノを、もう片方は可愛らしい少女二人が書かれた主に百合(そっち)系の本を手に取りニヤニヤする、これがまつろわぬ天災に立ち向かう王と裏社会の秩序を司る公務員の姿なのだから世も末である。

 

「と、それはともかく、真面目な話。こんな所にいて宜しいので? 閉塚さんの成績の程はこちらも知っていますが、出欠席の方は姫凪さんが黙っていないでしょう?」

 

「ん、あいつは色々用があって学校にもウチにも来てないよ。ほら、金沢での事後処理があるだろ? だから今日は沙耶宮の方だ。甘粕が今現在進行形でサボれる理由に繋がっている」

 

 そう。『まつろわぬ神』が出現したことでうやむやになりつつあったが、元々は不穏分子の一掃こそが目的であり、桜花が金沢に出向いた要因だ。事後処理は本来、正史編纂委員会の現地員が行なう予定であったが、不穏分子らの持ち込んだ呪具が原因で『まつろわぬ神』が発生したことから不穏分子の評価が改められ、桜花も参加することとなった。

 

 こと戦闘において『まつろわぬ神』か神殺しでも出現しない限り、桜花は日本最強を名乗れる達人である。特に派閥の縛りもないため動かしやすく、沙耶宮との友好も深いため借り出されていた―――最も切り札は使い切っただろうから桜花に仕事が回ってくるか、果たして疑問だが。

 

「成る程、そういえば『まつろわぬ神』の一件で完全に忘れられていましたが元々は不穏分子の一掃でしたねえ。一応、組織を代表してそちらに御迷惑をかけたことを……」

 

「迷惑うんぬんならこっちの方が倍だ。一々謝罪はいらないさ。ああ、でもそれでもするなら九州のご老公たちに言ってくれ。桜花はそっちが元鞘だ」

 

 呪術界を統べる正史編纂委員会とはいえ、全てが全て、正史編纂委員会に属するわけではない。『民』などが正しく代表例だし、あくまで独立した組織としてあり続ける所もある。高千穂峰に住まう山岳信仰を元とする修験道の一派……桜花が所属していたところも正にそれだ。

 

「古神道よりの修験道、いえ元々は古神道を歩んでいたんでしたね」

 

「ああ。ほら、霧島山にあった霧島神宮を初めとした霧島六社権現は何度も焼失した影響で場所を変えたろう。桜花の一派は旧大社の場所に残ったものたちで、今は霊峰高千穂峰を中心に組織された修験の一派さ。今の人から見れば修験道にしても旧いに変わらんが、裏の連中から見たら比較的新興の組織だな」

 

 余り歴史的背景や政治事情に興味を持たない衛であるが、流石に身内ごととあって大まかには事情を把握しているらしい。

 

「あの辺りは昔から霊峰として山岳信仰の中心地でしたからね。天孫降臨の伝承地でもあり、修験道こそが本来の形なのでしょうし、ある意味、今残っている一派が正道と言えないこともありません」

 

「一応、正史編纂委員会としては現在の霧島六社権現の方が正当なんだろ。ま、向こうもその辺は気にしていないから良いんじゃねえ? 前に檀翁にあった時、「信仰の形は自由なり、その形の真偽など我らが奉ずる、いと高き者らが気に留めることではないでしょう。所詮、形など人が定めたゆえに」なんて言ってたし、祈りの所作こそが真に大事なのだとよ」

 

「……流石、やれ正道邪道と流派の違いや権益の問題で騒ぎ立てる方々に聞かせてやりたい言葉です」

 

「さて、あの人は仙人に近いからな。世捨て人っていう言葉が現代には合うかな? 俺が言っても降りてこないだろうよ……ま、孫娘を口実にすれば或いはだけど」

 

 話題の御仁は檀行積(だんぎょうせき)。他ならぬ桜花が所属している元鞘の首魁であり、信仰に興味を向けない現代っ子の衛をして礼を払う齢九十のご老公である。己に厳しく、旧きを重んじ、しかし現代に理解を示す九州屈指の山伏だ。姫凪の母方の祖父でもある。

 

「そういうわけで桜花は不在。俺は晴れて自由の身ってわけさ」

 

「成る程、後が怖そうですが……まあ頑張ってくださいと。では?」

 

「ああ、(アニ○イト)に行くか」

 

「ええ」

 

 そういって相変らず趣味に自由なサボり魔二人。昨今、外国人にも注目を浴びているがため、往来に立ち止まる外国人や地方から来たであろう人々を避けつつ、迅速に目的地へと歩く。その間、話題はやはり八人目の王に関するものに変わる。

 

「ところで東京といえば、こっちはこっちで大変だったみたいだったそうだな?」

 

「ええ、『まつろわぬアテナ』の影響で停電が。後処理は変電施設のうんぬんとで誤魔化しが効きましたが……って、その話はしましたっけ?」

 

「サークル経由の情報さ。知っての通り東京にも友人は多いし。FPSやってる最中に電源落ちたと悲鳴が耳に幾らでも入って来たんだよ」

 

「サークルっていうと『女神の腕』ですか。まさか、コミケの一サークルが世界屈指の魔王に従えられた手先だとは誰も思わないでしょうねェ」

 

「おいコラ。人が所属するサークルに物騒な曰くをつけんじゃねえ。本当にただのサークルだったんだよ……ただいつの間にかこうなった」

 

「何をどうしたら秘密結社(こう)なるのか是非ともご教授いただきたいですねえ~」

 

 衛を筆頭に集まった趣味人(オタク)たちのサークル『女神の腕』は日本で名高き趣味人の祭典(コ○ケ)で有名所として挙げられるサークルだ。主に同人ゲームを取り扱っており、クオリティが企業ばりに高いことで有名である。後、神話に対して造詣が深いことも。

 

 ―――まさか、神殺しの旗下、直属の魔術結社モドキとは誰も夢にも思うまい。

 

「知らねえよ。気付いたらこうなってた。本場の知識を得た趣味人(オタク)趣味人(オタク)ゆえに何処までも突っ走って行ってしまうんだろ? ほら、日本のHENTAI文化が世界にも伝播しているってことじゃね?」

 

「嫌な伝播ですね……」

 

 日本文化のあんまりな伝わり方に流石の甘粕も顔を顰める。それは衛も同じらしく憮然とした顔で居る。この話題は静かにフェードアウトした。

 

「まあ身内話は良い。ともかく、八人目だ。率直に言って甘粕はどう見るよ」

 

「さて……まあ、好青年と」

 

「ほう……。好青年ね。その割には随分と女関係で爛れている、と資料にはあったようだけど?」

 

「少なくとも女難の相がある毛は否めませんねェ。早速、武蔵野の巫女……万理谷祐理さんも絆されていたご様子で」

 

「おいおい、あの夜叉姫が? マジかスゲエな尊敬するぞオイ」

 

「……そういえば貴方の天敵でしたか」

 

 日本で稀少な『媛』と呼ばれる巫女、万理谷祐理。彼女と衛とは確かに面識を持っていた。主に桜花の繋がりで。まあ他にも最古の神殺しとの一件でも縁がある。そして……相性うんぬんで言うなら猫と鼠の関係であった。勿論、衛が鼠で彼女が猫だ。

 

「気質を考えるに天敵も天敵ですね」

 

「ああ、ヒキニートにはキツイ生真面目な娘だ。桜花はアレでなんだかんだ相手を尊重して、信じて動くまで促すだけの見守るタイプだからな。アレだ、包容力がある」

 

「それ、駄目人間製造機という奴では?」

 

「そうとも言うかもしれない」

 

 いけしゃあしゃあという駄目人間(ニート予備軍)。戦歴や能力ではなく気質と性格で『堕落王』と字を送られた王というだけはある。嫌な褒められかたである。最もコレが褒めなのかは定かではないが。

 

「そうか、あの夜叉姫が……なんだ、夜叉じゃなかったのか」

 

「人によるでしょうそれは。特に貴方方の友好を詳しく知るわけではないですが彼女が夜叉となるなら十中八九原因が閉塚さんにあるというのは私でも分かりますよ」

 

「不敬だぞこのやろう。沙耶宮にまたチクろうか?」

 

「止めてください死んでしまいます」

 

 先日の悪夢が蘇えったのか甘粕は大仰な態度で身を震わせる。どうやら国家公務員も大変なようだ。安月給で過剰労働。可哀想に。

 

「誰のせいだと思っているんですか、誰の」

 

「さて、俺は知らん」

 

「……という話が逸れまくってますね」

 

「ああ、お互い休みでかなり気が抜けている証拠だな。……ま、いいさ。実のところ八人目がこの国を統べようが正史編纂委員会が向こうを王に迎えようが俺の知ったこっちゃない。動向を聞けって沙耶宮の奴に聞かれてんなら委細任せる好きにしろって伝えて置けよ。俺は面倒はゴメンだし、身内に手が出されなきゃ動くつもりも無いしな」

 

 ひらひらと手を振り興味ないとの態度を取る衛。ただでさえ、政治に興味を持たず加えて放任主義も相まってそういった組織の運用に興味を示さない衛は身内以外に関心を示さない。

 

「では、そのように。それにしても相変らずですねえ」

 

「そう? 別に権益とか興味ないし、何なら外国の友人ところに身を寄せてもいいしな。アキバから離れることにさえ目を瞑れば衣食住揃った引きこもり環境さえあれば地の中水の中ってね」

 

 引きこもりという単語と『堕落王』の名も加わり、よく不精と称される衛だが、実はフットワークが軽いということを甘粕は知っていた。好きか嫌いか、興味があるかないかという二極端を基本的な行動原理とする衛は環境さえあるならば日本でも外国でも構わないという性格をしている。

 

 ようは細かいことに頓着しないのだ。よく言えば懐が大きく、悪く言えば大雑把。加えて、趣味人……オタクに限らず……一つのことを邁進する者ら、変人らに好かれる妙な人徳がある。本人がどうあれ、基本を庇護者としてあるあり方、何事をも好きか嫌いかで受け入れる気質は、他者から押し付けられることを良しとしない己の道を往く者に好まれるのだろう。

 

「だから(そっち)は正史編纂委員会のご自由に。邪魔だってんなら出て行くさ」

 

「それは逆に困るんですが……実際、それを危惧する声もありますしね。特に英国方面との繋がりが強いじゃないですか、閉塚さんは」

 

「アリス嬢とアレク先輩(・・)か? 一応、恩人だしな。つーか、それだけで? 疑り深いなあ全く。そもそも俺はどこかに帰属しているわけでもないんだが……」

 

 さも親しげに衛が呼んだ二つの名前は英国に身を置く『賢人議会』元議長という重鎮アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァールと魔術結社『王立工廠』率いる神殺し(カンピオーネ)、『黒王子』ことアレクサンドル・ガスコイン。甘粕とて詳しくは知らないが、どうやら衛が神殺しとして再誕した折、初めて関わった呪術界の人物らであると正史編纂委員会は記している。

 

「恩人とは?」

 

「神殺しは成り行きだったからなあ。右も左も分からない頃に出会ったのが丁度、騒ぎに遅れて駆けつけたアレクだったってわけ。その後、なんやかんやあって盟を結んで今の友好へってね。アレク不在時、代理で『まつろわぬ神』の案件を片付ける役目も兼ねてアリス嬢とも」

 

 基本受け身な気質の衛だ。よっぽど相手に問題が無ければ例え神殺しでも問題は起きない。まさにそれを証明したのがアレクと、居合わせたアリスであった。『堕落王』と名を贈ったのも他ならぬこの二人である。

 

「身内びいきと取られても良いけど、アレクもロクデナシだが、クソ爺と噂に聞くサルバトーレ・ドニよか全然マシだろ。俺、どうにも戦闘狂に好印象は持てないんでね。まだ傍迷惑の方がマシだ」

 

 バルカン半島を統べるかの王と一件あったのは周知の事実だが、顔に明確な嫌悪が浮かんでいる辺り、その相性の悪さが分かる。守りの王である衛と好戦的な王とでは相性もとことん悪いのだろう。態々、口に出す程度には。

 

「なんで、新たな王に関してはよっぽどじゃない限り放置だ。聞く限り女のために騒動の原因を持ち込んだんだろ? なら俺的には無問題。これが戦いの高揚を得るためとかふざけた理由なら助走つけて殴りに行くけど……」

 

「それは分かりかねます。ですがまあ取りあえず、どちらも動かないということですか」

 

「向こうは知らんがこっちは様子見だな。機会があれば顔合わせぐらいはするかもだが……。ま、暫くは有給休暇さ。桜花が戻ってくるまで三日はある、その間、休日をかみ締めさせてもらうさ……ふふ、一体幾つのゲームが捌けるかな?」

 

「楽しそうですね。ていうか休暇じゃなくてサボりですよねそれ?」

 

「問題ない。もう直ぐ卒業だし、大学適当に済ましたら俺は晴れて自由の身だ。就活の二文字は俺にはないしな!」

 

「駄目人間、此処に極まれり。ですか」

 

 その後も、のんびりだらりと互いに言い合う駄目人間たちは秋葉原の街を流離う。似通った趣味を理解するもの同士、会話も盛り上がりながら鬼無き休日を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 ―――因みに。後日、サボり魔二人は晴れてその罪状が晒され、衛は四時間にも及ぶ説教とご機嫌取りで提案した桜花とのデートに、甘粕はエリカ・ブランデッリによって動きつつある内部情勢、特に『民』に関するものたちへの調査に借り出される嵌めになる。果たして前者が罰なりえるのか甚だ疑問だが。




今回は短め、身内周りを少しと。
まあ短めというかこれぐらいが本来なのですが。
前回が可笑しいのだ……。







では、私は周回に戻るとしよう……(駄作者)


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嵐の前の休息
幕間・王を知る


まだだ(FGO周回)ッ! まだ終わっちゃいねえ…!
……失礼、ただの私事です。

今回はオリ主は出ません。ただの説明回です。
さて、私の文才(うで)で再現できるか……?


 衛らが丁度、鬼の居ぬ間にサボりをかましている頃、東京を襲った『まつろわぬアテナ』を見事迎撃せしめた八番目の神殺し、草薙護堂はつかの間の休息に心身ともに休まって―――いなかった。

 

「あら? 思いのほか肌寒いわね……。護堂、もうちょっと寄ってくれるかしら? 寒さを凌ぐには人肌で暖め合うのが早いでしょう?」

 

 そういって撓りかかってくるのはエリカ・ブランデッリ。自称、護堂の愛人を名乗る少女である。王冠を思わせる金髪に外国人特有の素晴らしいプロポーションを誇る彼女は口元に小悪魔的な笑みを浮かべつつ、護堂の片腕を取る。そうしてそのまま腕ごと護堂の身体を引き寄せ、顔と顔が接するほどの至近距離で、

 

「公共の場で何をしていらっしゃるんですかエリカさん! それに草薙さんも!」

 

 咎める声。エリカとそれから護堂を怒鳴りつけた彼女は万理谷祐理。『媛』と呼ばれる高位の巫女であり、『まつろわぬアテナ』の一件より知り合った少女である―――此処は私立城楠学院高等部……その屋上。お弁当を傍らに彼らは集まっていた。

 

「違う! これはエリカが勝手に……ていうかお前少し離れろよ! その、こういうのは不健全だと思うんだが!」

 

「ふふ、この程度のスキンシップ、向こう(イタリア)じゃ子供の馴れ合い同然よ? それにこれは春風の寒さを凌ぐための行為……正当な理由に基づいた理にかなった行為だと思うけど?」

 

「何処がだ!? 大体、寒いなら何で態々、屋上に来たんだよ!?」

 

 何がとは敢えて言わないが、むにむにと腕に当たる感触。思春期も真っ只中の非常によろしくない状況である。だが、離れられない。というのも純粋に腕力を競うならエリカに軍配が上がる。『怪力』の権能を持つ神殺しである護堂だが、それを発動させる条件にエリカの力は満たしていない。そのため振りほどくには自前の腕力が頼りなのだが……結果はごらんの通りだ。我ながら悪魔に遊ばれる己が情けない。

 

「いい加減にしてください、昨日といい今日といい! そのような破廉恥な行為……注意したはずです!」

 

「それに対する回答を昨日もしたはずよ? 私たちは恋人同士の仲。愛を確かめ合う行為の一体何処が破廉恥なのかしら? 日本の文化にはまだ疎いから」

 

 と、いいながら雌豹の如く獲物を逃がすまいといっそ腕を抱き寄せるエリカ。どうでもいいが当たっている。さっきよりさらに。しかも極至近距離で接している所為でなんか甘い匂いまでしてくる始末。

 

「離れてくれエリカ。こういうのはホント、よくないと思うんだ!」

 

「―――謙虚は日本人の美点と言うけれど、もう少し積極性があってしかるべきだと私は思うわ。まあ、その辺りはこれからに期待ね」

 

 流石にマズイと感じた護堂の否に大人しく引き下がるエリカ。物凄く聞き逃せない不穏を呟いた気がするが今いいだろう。

 

「それで? 用ってなんだよ、こんな人気の少ない場所まで俺たちを呼び寄せて」

 

 エリカが言ったようにまだまだ肌寒い季節。特に今日はいつもに比べ駆け抜ける風も冷たい。外で食事と言うにはあまり環境が適していないため屋上の人も疎らだ。そして此処に護堂らが揃っているのは他ならぬエリカの一声によるものだった。

 

「そうね。時間も限られているし、護堂と愛を確かめ合うのは放課後でもいいでしょう。それと、今日の用事は貴方にあるのよ万理谷祐理」

 

「……なんでしょうか? エリカさん」

 

 まだ知り合って日も経っていないことと、慎ましい大和撫子と情熱的なラテン系少女では些か組み合わせが悪いこともあって両者の言葉は護堂から見て些か険悪だ。と言っても態度の堅い祐理と違い、エリカは軽いものだが。

 

「アテナの一件、『堕落王』は如何なる見解を示しているのか聞いておきたくてね。正史編纂委員会に所属している貴方なら何らかの情報を持っているんじゃないかと思ったのよ」

 

「成る程……そういうことでしたか。ですが、すいません。正史編纂委員会の事情は私も存じておりません。甘粕さんならばかの王に関する情報も持っているでしょうけど……」

 

「アマカス、確かアテナの一件で動いたっていうエージェントだったわね……。やっぱり日本の組織に直接、顔を通した方が早いかしら? でも交渉をするにしても幾つか手札は欲しいところよね……ねえ、他に何か知ることはないかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 護堂を傍目に勝手に知ったるかと話し始めた二人に待ったを入れる。二人の視線が同時に護堂の方へと向く。

 

「どうしたの護堂?」

 

「どうかなさいましたか草薙さん?」

 

「いや、二人とも何の話をしてるんだよ?」

 

 全く事情についていけなかった護堂が至極、初歩的な質問をするとああ、という顔をしたエリカが答えてくれた。

 

「護堂の立ち位置についての話よ。ほら、日本には既に七人目の神殺し(カンピオーネ)、『堕落王』閉塚衛が存在するでしょう? つまり今、日本には護堂も合わせて二人の神殺しがいることになる。だから色々とハッキリ(・・・・)させないといけないの。まあ、伝え聞くかの王の逸話を聞く限りは大事にはならないと思いたいけれど、相手も神殺しである以上どうなるかは読めないし、準備をしておくことに越したことはないわ」

 

「俺は、その『堕落王』? って奴と喧嘩する気はないぞ。それなのに何の準備が必要なんだよ?」

 

 首を傾げる護堂……神殺しになる前は一般人だったゆえの弊害だろう。呪術界に関する事情を護堂は詳しく知りえないのだ。すると、エリカは一つ、指を立てて教え子に知恵を授ける教師のように今度は丁寧に語りだした。

 

「いい? 日本には元々、『堕落王』が神殺しとして呪術界を治めていたの。だけど護堂が『まつろわぬウルスラグナ』を殺し、神殺しとなったことで、今の日本には仰ぐべき王が二人居るという状況なわけだけど……」

 

「それの何処がいけないんだ?」

 

「いけない、という言葉より上手くないという言葉の方が適切かしら。元々の統治者が居る場所に新たな統治者が現れた……組織として混乱するのは当然でしょう? 頭が二つもあるんだから」

 

 神殺しは魔王である―――それぞれの国はそこに属する神殺しに隷属するのが当然なのだ。人類を代表して天災に抗う彼らを王として崇め、その戦いを全力でサポートするのは最早義務と言っていい。そうでなくとも絶大な力を持つ彼らの庇護下にあるとなれば、それだけ発言力も高まる。

 

 『堕落王』の場合は正に正史編纂委員会がそれに当たる、否、当たっていたというのが正しいか。

 

「だからまずはその辺りをハッキリさせないといけないでしょうっていう話よ」

 

 どちらが長となるのか……それによって立場も変わってくる。最悪、護堂は『堕落王』という王の下につかなければならなくなる。隷属するなど護堂の望むところではないしエリカ自身、仰いだ王が別の王に跪くなど在ってはなら無いと思っている。同盟を結ぶにしてもあくまで対等で在らねばなるまい。

 

「外交交渉の前に少しでも有利な条件を引き出すために手札を揃えておくのは基本も基本よ。私の方でも情報を集めているんだけれど、どうも集まりが悪いのよね。組織立った隠蔽、というよりは単純に表に出ることが少ないからか……守りの王というだけはあるってことね」

 

「ふーん、その『堕落王』? って奴はどういう奴なんだ?」

 

 事情は何となく分かったが、相手の情報は不明瞭だ。エリカ自身、情報が少ないというが護堂はそれ以上にかの王について情報を持ち合わせていない。それに、『堕落王』の名乗りもそうだが、守りの王……という言葉に感心を持った。

 

「あら護堂? もしかして戦いのための対策を」

 

「まさか、草薙さん!?」

 

「違う! 単純に気になっただけだって! 同じ神殺しだと俺はドニの奴しか知らないかったし、できれば仲良くしたい相手だっていうなら気になりもするだろ」

 

「ふーん、まあそういうことにしておきましょうか。『堕落王』ね、といっても私も詳しく知っているわけではないのだけれど……万理谷は? 詳しくなくとも自国の王として性格ぐらいは知っているでしょう?」

 

「はい、一度だけお会いしたことがございますから」

 

「へえ、万理谷は会った事があるのか……どういう奴なんだ?」

 

 この中で恐らく一番、詳しいだろうと思っていた万理谷の思いがけない言葉で護堂もエリカも関心を寄せる。すると、祐理は困ったような表情で己の印象を言葉にする。

 

「不敬と思いましたが、その……不精の方であると私は思いました。桜花さんや甘粕さんなら否というかも知れませんが……」

 

「不精って……」

 

 神殺しといえば迷惑を考えずに火種に飛び込みさらに迷惑を広げる傍迷惑という印象を持っていた護堂としてはその対極にあるような不精の神殺しという言葉にいまいち相手のイメージを抱くことが出来なかった。が、エリカはそうではなかったようで成る程と肯いている。

 

「噂通りの御仁というわけね」

 

「噂?」

 

「ええ、そもそも『堕落王』という字自体、かの王の気質に応じて当てられた名乗りだとね。曰く、神殺し屈指の穏健派、明確な騒ぎが起こるまでは決して行動せず、内々に引きこもるような仙人のような性格の持ち主とね。とはいえ、『まつろわぬ神』が現れれば真っ先に代表して民を守るために討伐に動くという。神殺しとしてはアメリカの王、『守護聖人』と名高いジョン・プルートー・スミスが近いのかしら?」

 

 気質、極めて受動的。『まつろわぬ神』相手ですらやる気を見せない嫌戦の徒と、エリカはおよそ信じられないような逸話を語る。その言葉を聞いて、護堂は驚くと同時に、一種感動を抱いていた。

 

「お、おお。そんな奴がいるのか。カンピオーネなんてどいつもこいつも碌でもないなんて印象を持ってたけど、そんな平和主義者の仙人みたいな奴もいるんだな……」

 

「仙人……?」

 

 感心する護堂を傍目にエリカの評に微妙な顔で首を傾げる祐理。……一度、会った者としてあれが果たして彼らのイメージに乗っ取った仙人であるか疑問である。まあ、ある意味、仙人に似通っているには違いないが。

 

「尤も、その護堂が感心した平和主義者の仙人でも無理なものは無理みたいだけれどね」

 

「へ? 何がだよ」

 

「今朝のニュースを見たかしら? ほら先日から連日放送しているじゃない? 石川県を震源とした北陸地震のニュース」

 

「ああ、事前に予兆も何もなかった唐突に起こったあれだろ? 震度七にも関わらずけが人は多かったけど幸い死者は居なかった奇跡の―――ってまさか……?」

 

「ええ、そのまさかよ。どうやらアテナ以外にも『まつろわぬ神』が出現していたらしいわね。『堕落王』がこれを迎撃してこと無きを得たみたいだけれど。私も情報を集める最中に知ったことよ。アテナの騒ぎでこっちも混乱していたから情報が遅れてしまったみたい」

 

 つくづく騒ぎに愛されているというか、やはり神殺しの宿痾か、問題に巻き込まれることには事欠かないらしい。しかも、先日の地震がそうであるならば東京以上の凄惨な被害を出したことになる。

 

 こちらも大規模停電と高層建築物溶解という怪事件で巷をにぎわせ、経済的損失を大きく齎したが、ニュース通りならば大規模災害と言うことで特に震災の中心地となった富山県の被害は目も当てられないものだと聞いている。

 

 ひがし茶屋街は殆ど壊滅。加賀藩は前田氏が居城、金沢城は半壊。他にも曰く、作業中の工場からもれ出た化学物質の影響で体調不良に陥るやら、地震の影響で河川の流れが変わるやら、眉唾ものだが、太陽が消えた……などというオカルト話まである始末。

 

「神々の戦いで何も壊さずに済む、なんてことは無理という良い一例ね。特に護堂は平和主義者なんて自称なんだから素直に認めればいいのに」

 

「自称じゃない! 俺は平和主義者なんだ! 誰が好き好んで出鱈目と戦うようなマネをするか、アレは仕方がなくであって……」

 

「あら? 真に平和主義者を名乗るのなら仕方がなくがあっていいのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

「エリカさん、草薙さんだって望んで被害を出したわけではないでしょうし、そこまで言わなくてもよろしいのではないでしょうか」

 

 旗色が悪い、と思っていると護堂を擁護するように発言する祐理。―――被害を出したときこそ鋭く叱責、もとい説教をした祐理であるが反省した相手に同じことをいつまでも引きずるほどの陰湿さは持ち合わせていない。キッチリ反省したならば次に活かせば良い……果たして活かされるかどうか甚だ疑問であるが。

 

「万理谷……分かってくれるのか」

 

 度々批判される平和主義者というポリシーを擁護してくれた祐理に護堂はキラキラと恩人を見るような目を向ける。

 

「護堂さんも反省しているようですし。日々の生活態度が相変らず破廉恥極まるものだとしてもそこはきちんと分かってますから」

 

「そうか、ありが―――いや、分かってない! 俺は断じて健全だ! 大体さっきみたいなことは元はといえばエリカから……」

 

「私のせいにするの護堂? 私は遠く離れた頃を思い、ようやく出会えた恋人との再会に宿して、寂しさを紛らわそうとしているだけのに……そう、釣った魚にエサをあげないというのね護堂は」

 

 しくしく、と泣く(振り)をする悪魔。すると、擁護に回っていたはずの祐理がいつの間にかカッと覚醒したように態度を変え、般若面を背後に幻視するほどの剣幕で詰め寄る。

 

「エリカさんにも原因はあると思いますが、だからと言って安易に流される護堂さんに一切責任がないわけではありません! 元はといえば貴方が簡単に応じてしまうことが問題なんです! それに愛人なんてとても不健全極まりない関係を持っていることこそが日々のふしだらな振る舞いに繋がっているんです!」

 

「だからエリカは愛人じゃないって! それはこいつが勝手に言っていることであって―――」

 

 夜叉姫の怒涛の勢いに護堂は何とか弁明を返すが旗色が悪い。『堕落王』をして天敵と言わしめる彼女の剣幕は如何な神殺しであっても対応しきれない。特に事実無根とは言え、傍目から見れば彼女の意見が正論極まりないがために。そして押しに押される護堂を追撃するようにエリカはまるでハリウッド映画の主演女優のような見事な演技で火に油を注ぎ込む。

 

「酷いわ護堂。あんなにも熱烈に愛を交し合った中なのに貴方はもう忘れてしまったというのね。私は貴方に純潔も心も捧げたというのに」

 

「護堂さんッ!!」

 

 地獄の鬼も裸足で逃げ出す気迫に護堂はたじろぐ。―――古来、男性が弁説で女性に勝てることは少ない。特にこれが外交やら交渉やらが全く関係ない極めて私的な事情であるならば尚更のこと。『まつろわぬアテナ』から既に四日。されど護堂に安息の気配は無く……。

 

「……勘弁してくれ」

 

 俺が何をしたって言うんだとの悲鳴は夜叉姫と優美に微笑む悪魔の前に儚く散っていった。―――彼が解放されたのはそれから十分後。昼休みが終わる頃。休み時間にも関わらず全く休めなかった彼はその後、授業に全く身が入らなかったという。




だから女性キャラは書くのが苦手だと……。
マジ尊敬するわ完璧に再現する人たち。
性格知っててもだから書けるというわけじゃあないだろうに。


さて、次回も幕間です。
本編を望む人には悪いですがもう少し付き合いをば。


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大戦序曲~ティタノマキア~

閃の軌跡最終章、楽しみだなー。
……まだⅡ中盤だけど。

いやあ、受験が悪いよ、受験が。
アレの所為で私、三十ぐらいのゲームストックを溜めてしまったのだから。
その所為で二年、三年ペース遅れでクリアしていくという自体が発生してしまった。
まだ、正田崇卿のワールドボックスが開封できていないのだ……おっふ。

相変らずの意味の無い前書きはともかく、幕間はこれにて終了。
次回からは通常運転に戻します。狼さんこっちですよっと。

あ、時間軸的には護堂くんとアテナが戦い終わって一、二時間後ぐらいです。


 朝焼けと共に都市はその顔を変えていく。夜を照らす欲望の輝きは日の明かりと共に沈み、代わりに街を雑多な人の歩みが満たしてゆく。一時の快楽に耽る退廃的な魔都は気だるげな過去も未来も見ない、現在だけを見据えたつまらないものへと様変わり。日々の希望も、絶望も無く、停滞した雰囲気だけが漂っている。

 

 安定を得たからこそ、人は始まりよりも退化した。希望も無く、絶望も無く、「当たり前」という言葉だけに満ちた高度文明は神々の時代を、そして人の世に移り変わる黎明期を見たアテナをして酷く醜いものであった。

 

「しかし、所詮は敗者。疾く消えるが道理よな。勝者を認めず、決まった道理に逆らうことほど醜悪なものはない」

 

 極東の中心点。先ほどまで己が戦場であり、己が敗北したその都市を遥か上空より女神は睥睨する。夜は終わった、日は既に地平より顔を現している。ならば、勝負の慣わしに乗っ取って、少年に免じ、出て行くのが敗者としての責任である。

 

「神と神殺し。雌雄を決すること、それ即ち妾か草薙護堂か、どちらかの命が尽きるのが道理と言うもの、こうして命を拾うとは、つくづく珍妙な男よな」

 

 脳裏に思い描くは死線を交わした宿敵の顔。《蛇》を取り戻し、嘗ての神性を取り戻した智慧の女神アテナを見事、撃退せしめた男。にも関わらず、その命を奪わず、見逃した。

 

「珍妙といえばもう一人の方もか。かの男も同じ土の上で妾とは異なる旧き女神と戦を繰り広げたようだが……あちらは殺害せしめたか。正道か否かで問えば妾と決した草薙護堂こそが邪道だが、さて……」

 

 ―――古代ギリシャの慣わしに乗っ取るならば衛の方が遥かに正しい。騎士道が生まれるより遥か前の戦場において弱きは徹底的に排他され、強きものこそルールであった。殺されれば身ぐるみを剥がされ、持ち物が無機物であれ、生物であれ、同じ人間であれ、奪われるが道理。男も女も老人も子供も、一切合切。

 

 アテナが知る戦とはそういうものだ。弱いから? 笑止。そんなもの言い訳にならない。法律も秩序も存在しなかった頃において、全ては「奪われるほど弱いお前が悪い」となる。それが当然の倫理だ。

 

「しかし、最早時代は流れ、人々は愚かしくも我ら神々の神威すら忘れている。ならば戦の作法も変わるが道理か。或いは貴方が単純に変わり者であったというだけか。まあどうあれ、敗者である妾には既に関係の無い話だ」

 

 或いは、縁が続いているというならば。その宿命が、決着を望んでいるというのならば。

 

「次は無いぞ、草薙護堂。再び戦場で相見えたならば、その時に……」

 

 と―――智慧の女神が立ち去ろうとした時だった。

 

 

「ふは、懐かしい気配を感じてきてみれば……久しいな愛娘。壮健そうで何よりだ」

 

「――――――――――――――――――」

 

 驚愕、忘我、空白。女神アテナをしてまるで事故に合う寸前の人間のように。もしくは不測の事態に意識を白くするように。余りにも無防備な姿を晒す。

 

 その声。聞いただけでも確信する。理解する。幻聴か、否、幻聴であったならばどれほど良かっただろうか。忌々しき記憶―――傲岸不遜に世界を見据え、神々すらも見下した全ての父。神々の王。天空(デウス)より転じた名を持つ天空神。

 

「貴方か……忌々しき我が父よッ!!」

 

「はは、感動の再会に感情を抑えられぬか。しかし娘よ、忌々しきとは心外だな」

 

 成層圏。惑星(ほし)の輪郭が見える宇宙と空との間に黄金はあった。トーガの上から黄金律にて構成された完璧なる肉体。絶世の美男というべき容姿に微笑まれればあらゆる女がそれだけで見惚れることだろう。そうでありながら荘厳と発せられる威圧には男すら威容の前に忠を誓おう。見よ、これこそが神々の王。世界で最も知名度の高い神話において最高と呼ばれる位を頂く神である―――!

 

「しかし幼いなアテナよ。その躯、当に蛇を取り戻し嘗ての美貌が見られると喜び勇んできてみれば……だが、それも悪くない。悪くないぞ、愛娘よ」

 

「ハッ、そういう貴方は相も変わらずといった様子だ。地上に顕現し、まつろわぬ宿業に流されたか? 何時にも無く、何時にもなくらしい(・・・)ではないか、簒奪の王よ」

 

「言うではないか、小娘。ならば再び我が愛に抱かれる栄誉でも得てみるか?」

 

「戯言を、不覚を二度も取れると思うか、傲慢だぞ我が父よ……!」

 

 両者の視線に壮絶な神威が散る。草薙護堂に遅れを取り、手傷を負わされようともアテナはアテナ。三位一体は紐解かれたが、その神格は未だ健在。例え神々の王であれ、易々と首を取れるものではない。それを示すかのように同格(・・)の神威がぶつかり合っている。

 

「―――待て、父よ。その()は一体なんの冗談だ……?」

 

 ふと、アテナが呟くように言う。愚弄ではない。智慧の女神として、本心から、全くの純真にその疑問を口にする―――弱体化しているアテナと神々の王が同格だと?

 

「ざま、とは口が過ぎるぞ娘よ……」

 

 その言葉は静かであったが怒りと屈辱に満ちている。それはアテナに向けたものか? 否、神々の王はアテナを見てない。その視線はアテナの背後、極東の島国に向いてる。その様子にアテナは智慧の女神としての頭脳を回し、堂々たるゼウスの若い姿(・・・)を見て、その結論に辿り着く。……思い出す、もう一人の神殺しから感じた祖母(・・)の気配。彼女と同じく旧き時代を生きた女神の気配を―――。

 

「はは、はははは! ふっ、そうか。不覚を取ったのは貴方も同じであったとは。いやはや神々の王であれ『獣』の手綱を握るは困難らしいな!」

 

 刹那。雷撃が襲い掛かった。天空、空よりも高き場所にも関わらず十全以上の威力で奔ったそれは神速の勢いでアテナの身体を蹂躙せんと迫るが、呪力を込めた手刀でこれを迎撃する。

 

 雷といえばゼウスの象徴とも言える武器だ。ケラウノスと呼ばれる雷霆は曰く、世界を一撃で葬り、全宇宙さえも焼き尽くすことが出来るという。恐らくはアテナが使うアイギスの盾すら貫通しうる絶滅必死の一撃である。それを神という規格であれ、素手で迎撃することなど到底できない―――出来ないはずだった。

 

「やはりな」

 

 バチン! という撃音。アテナは払った己が手が白煙を上げながらも無傷である様を見て、小さく肯くと共に己が見識に狂いが無いことを確信する。対するゼウスはまるで仇を見るかのような憎悪で娘を見た。

 

「嘗ての神威と比べれば霞のようだな今の貴方は。察するに不完全か、大地に育てられる以前、匿われた頃の貴方、というわけだ」

 

「小娘が、我が神話を語るか」

 

「語るとも。今の(・・)貴方は私の父ではない。その雷、ケラウノスに相違ないがまるで勢いがない。妾と同じく貴方も欠けた状態でまつろわぬ身として放浪し、そして欠けたものを取り戻すこと叶わなかったらしい」

 

 ―――ギリシャ神話の最高神ゼウス。女神や土着の神々の権能を取り込む(・・・・)ことでその権威を絶対とした覇者。しかし、かの神も最初期から絶大な力を持っていたわけではない。

 

 嘗てギリシャ神話に君臨した王、大神クロノスは己が子が何れ王位を簒奪する脅威となりうることを悟り、その予言に逆らうため次々に子の命脈を絶とうとその身を飲み干さんとした。しかし、幾度かを経て、次々に消えていく子らの姿に嘆いたレアーは次に生まれた子をウラノスとガイヤに懇願し、彼らの助言の下、クロノスの目から離れた洞窟で子を産んだ、それこそゼウス。何れ神々の王となる赤子だ。

 

 そうしてレアーはゼウスを生んだ後、ガイヤに託し、自身は産衣にゼウスの代わりに赤子に見立てた石を詰め、何も知らないクロノスに差し出す。クロノスはこれに一切の疑問を抱かず飲み込んだという。

 

 ゼウスはこうして生まれながら死せる運命を逃れた。孫息子たるゼウスを預かったガイヤをそれをイーデー山に連れて行き、無事に育てるよう託した―――それこそが養親、神々の王の母となった女神アルマテイアであり……最も始めにゼウスが簒奪した(・・・・)女神であった。

 

「始まりの母に振られたか? 察するに『獣』をも慈しんだな我が祖母は」

 

 アテナは事情を察して笑う。成る程、実に痛快だ。

 

「であるならばアレの特質性にも得心が行く。守る者、ゆえにこそ神々であれ、早々血が滾らせぬということか」

 

「口ぶりからしてあの下賤の小僧を知るか、愛娘よ」

 

「然り、父よ。宿縁こそ結ばれぬもののその顔は見たとも。成る程、貴方とは遥か対極にある男よ。なればこそ、交わらぬが道理よな」

 

 攻守逆転。正しく事態はその様相を見せている。微笑と余裕を浮かばせるアテナと苦々しく怒りを浮かべる王。神話において両者の立場は明確だが、現世においてはそうではないらしい。

 

「そして納得も言った。先ほど、私が《蛇》を取り戻した、と言ったな。ならば貴方の目的も察しがつく、不遜にも嘗ての姿を取り戻した私から再び智慧を奪おうとでも姦計を練ったか、父よ」

 

「ふん、我が力。取り戻すに必要は旧き《蛇》の神格よ。父に親孝行すら出来ぬとは全く不甲斐ない娘よ」

 

「ハッ、まんまと神殺しに抜かれたのはお互い様だろう父よ」

 

 両者の間に親愛の情は欠片も見れない。当然だろう、奪ったものと奪われたもの。社会的地位が女性と男性とで入れ替ったことにより地位が逆転した影響と受けた両者だ。まして受けた陵辱と屈辱と無念をアテナとなった彼女は忘れていない。対するゼウスも力衰えようと神々の王として君臨した頃の傲岸不遜は忘れていない。

 

 よって両者に生じるは親愛には最も遠い敵意の感情。ギリシャ神話屈指の神である両者には拭いがたい断絶が生じている。

 

「チッ、まあ良い。もはや、《蛇》もことのついでよ。娘の戯言に態々、反応するでもない」

 

「ほう、ついでと言ったか、今の貴方には他の目的があると?」

 

 パッと思い浮かぶ動機。それは極東にあるもう一人の王との決戦だろう。あの王に出し抜かれ屈辱を覚えさせられたならば雪辱、復讐と再び挑む理由に十分。

 

「宿縁に決着をつける心算か父よ」

 

「ふん、宿縁だと? 吹けば飛ぶ『獣』に用はないわ。あの時、父が遅れを取ったのはあの女が愚かにもその立場を捨てたからに過ぎぬ。庇護無くば『獣』なぞ一ひねりよ……しかし、しかし、だ。娘よ、その『獣』がこうも父が治めた地上を自由気ままに徘徊するとは目障り極まりないものであるとは思わんか?」

 

「……なに?」

 

「娘よ。お前も覚えていよう。我ら神、人の増長を嗜め君臨するものよ。ゆえにかつては地上に戦乱を呼び、嵐を呼び、その増長と命、天空(せかい)の管理を行なってきたが……今の世はどうだ。人は増長に増長を重ね、愚かにも神と並んだと不遜に吼える。『獣』どもは王を名乗り、我らが統べた地上を侵している。それも今代は八つもの『獣』どもが奔放に彷徨っているという話ではないか」

 

 そう言ったゼウスは眼下に広がる惑星(ほし)の全てを見通すが如く睥睨する。地上を跋扈する『獣』は八つ。

 

 最も古き狼王(サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン)

 魔導武侠の教主(羅 翠蓮)

 歴史改変者(アイーシャ)

 恐れ知らずの冒険家(アレクサンドル・ガスコイン)

 素顔隠す仮面の冥王(ジョン・プルートー・スミス)

 人類最強の剣鬼(サルバトーレ・ドニ)

 惰性に生きる無敵城塞(閉塚 衛)

 ―――そして千変万化の義侠(草薙 護堂)

 

「愚かしい、汚らわしい、実に不愉快だ。『獣』が生きていることもそれを容認する人間共にも、ゆえに神々の王として父は天罰を加えねばならぬのだ」

 

 神は絶対である。宇宙を統べ、世界を統べ、生命を統べる。我は全ての父なれば全ては父なる神(ゼウス)の世界である。ゆえに、そこに汚点が在ってはなら無い。世界の秩序を乱す『獣』は全て悉く消え去らなければならない

 

「だが、その様でどう傲慢を打ち崩す。今の貴方にそれが出来ると?」

 

 流石は神々の王というべき宣言にしかしアテナは冷静に言葉を紡ぐ。神として神殺しを駆逐するは当然の道理。しかし、王座に無いゼウスにそれができるのかと。

 

「忌々しいがそれは叶うまい。あの小僧一人殺すのならばともかく、残り七つを滅ぼすとあらば今の父では不測だ。だからこそ、この地を見に来たのだ―――《運命の担い手》に愛された英雄が眠るこの地にな」

 

 そのもの曰く、最強の『鋼』。魔王を駆逐する「魔王殲滅の英雄」なり。王らが多く揃う時代に出現し、その全てを駆逐してきた英雄神。

 

「なんだと? ……父よ、貴方は何を知っている、否―――まさか」

 

 ゼウスの口から知らされた事実にアテナは驚愕する。同時に父が何故姿を顕したのかも理解した。まさか、まさか、この男は―――!

 

 

 

 

「―――幾度も戦場に立たされ、縁も無き魔王共を滅する役割にも疲れようが。その宿業、父が受け継ぐことにより解放してやろう―――名も知らぬ英雄殿?」

 

 堂々不敵にゼウスは宣言する―――最強の《鋼》。我が手を収めると。

 




というわけで本作ラスボスのラスボスゼウスくんでした。
個人的にコイツのほうがよっぽど魔王じゃね?と神話を読むたび思うこの日。
何せ、土着信仰や女神様を取り込んで強くなっていったからネ!

カンピオーネ!二次で一番扱いに困る某最強の《鋼》の取り扱い。
色々考えた結果こうなりました。本作はオリ主が主人公だしね。

それをお伝えするための幕間だったのだ……。
ということで暫くはゼウス君は出ません。

次回より元気な三百歳越えても元気な狼おじいちゃん。
『カンピオーネス』でも判明した出鱈目さ加減が再現できるか、それが問題だ。


乞うご期待!(期待しても面白いとは言っていない。)


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鳴り響くは乙女の恋歌
巫女の過去、嵐の気配


今回はシリアスムードで。
自分、重い過去書くのが何故か好きでね……。

アレか、呪われたい症候群か?
くっ、中二心が疼く……社会人になる前に治るのかこれ?


 己が『強者』である―――物心付き始めた頃、私は自覚した。

 

 森と川、湿った香りと程よい寒さ。霊峰より吹き付ける霊気は神秘の時代とまでは行かないけれど世間から隔絶した雰囲気を未だ纏っている。その山は既に暴かれ、嘗ての神話性は残滓と消えたが、未だ麓には御山を信仰する修験者、神主、僧侶が集う。

 

 ―――其は高千穂峰。日本誕生の神話が発祥地。九州に存在する屈指の霊峰である。

 

 呪と剣。天狗の法と共に古き神話を伝える一族に私は生まれた。来歴にして三百年。或いは袂を分かつまでの歴史も加えればそれよりも古くより御山を信仰し続ける山岳信仰、修験道の一派。それが普通じゃないことを自覚するにそう時間は掛からない。

 

 他の子たちが学校で友達と遊んで勉強して、程よい世俗を楽しんでいる間、私はひたむきに呪と剣を極めた。巫女としての才には差ほど恵まれなかったが、私は優れた呪と剣の腕を秘めており、師らからよく褒められた。また、それを見込んだ祖父が態々、東京から「その道の達人」を呼び寄せてくれ、磨く機会に事欠かなかった。

 

 その日々は、他人から見れば子供に酷な……と言われるかも知れないけれど個人的には充実していた。麓の森で狐狸たちと足を競うのは楽しかったし、剣での試合も嫌いなものではなかった。負ければ悔しいが勝てば嬉しかったし、何より、褒められるのは嫌いじゃない。

 

 そうして五年、十年と日を送るたびに私の時間は普通と断絶していった。決定的だったのは確か小学生高学年の頃。思春期特有の、といったら少し語弊があるが、まあ、男の子が女の子にちょっかい出したくなるぐらいの時期。教室内である女の子が複数の男の子に虐められていた。

 

 当時の私に力加減など分からない。だから私は虐める男の子たちから女の子を救うという義務感に攫われ、本気(・・)で彼らを撃退してしまった。無論、呪術は使わない。それが他人に見られていいものじゃないということは学校暮らしが始まって直ぐにきちんと分かっていたから。―――でも、普通じゃないという意味は本心では理解していなかったのかもしれない。もしかしたら、子供心に理解したくなかったのかも。

 

 結果は簡単。私の圧勝。男の子たちは全治数ヶ月の大怪我。両親にはこっ酷く怒られたし、以降クラスでは怖がられた。……救った女の子にすら。

 

 それで悟った。私は『強者』だ。普通じゃない。暴力が嫌いになったのもきっとこの頃。自分より弱い人には暴力を振るわないと誓った。たとえ強者でなくても正当な理由が無ければ使わないし、本当にギリギリまで言葉での理解を訴えることを心に決めた。

 

 それともう一つ。自分が『強者』であることを心の底に刻み付けた。私は普通じゃない。普通じゃない私は弱い彼らを守る存在であると。鍛えた剣は、呪術は、まだ見ぬ誰かを救うために振るおうと。それから天才と持て囃された才をさらに鍛えた。例え大人でも私に勝てないほどになるまで。ついには同世代ならば恵那ちゃんぐらいしか敵わないほど熟練していた。

 

 ―――誰かを守るための呪術と剣。そう定めてさらに数年。丁度、国内で『刀使の巫女』と名が通り始めた時だった。己が『強者』である、という矜持を木っ端微塵に砕かれたのは……。

 

 

………

……………

………………。

 

 

 嵐が吹いていた。

 

 疾風怒濤と称せるそれは辺り一帯に問答無用に吹き荒れ、儀式場(・・・)から離れた街道、近くの村……所構わず、問答無用に襲う。叩き付けるような豪雨。木造建築などあっという間に吹き飛ばす暴風。空を隠す暗雲に、背筋を震わすほど巨大な雷鳴。

 

 アメリカ大陸をよく襲撃するハリケーンとて、ここまでの規模は稀だろう程の巨大な嵐がまさか……たった一人の魔王が意図によるものだと果たして誰が知りえようか。

 

「くく、くくく……大言壮語かと思えば中々どうして、一体何時以来だ? このヴォバンをただ人のみで楽しませるほどの武芸者は、面白い、面白いぞ! 巫女よ!!」

 

 狼の遠吠えもかくやと獰猛に笑い叫ぶは神殺し(カンピオーネ)、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。恐ろしき神殺し魔王。現在、五人と存在する王の中でも最長の命を誇るバルカン半島の王である。

 

 ()に恐ろしきは神殺しという身でありながら数百年と言う長い時を生きたその生き汚さだろう。神殺しにも定命はある、とはいえ神殺しは伊達ではなく数百年生きること自体はそう珍しいことではない。では何が恐ろしいかといえば神殺しでありながら数百年生きているという事実だ。

 

 前述後述で矛盾するようだが、話は簡単だ。神々との戦、同族との戦い、それを経て尚、生き続けるという困難さ。そのために神殺しは定命を終える前にその多くが没するという。しかし、ヴォバンは違った。己が欲の赴くまま強敵との戦いを愉悦し、暴虐の限りを尽くしてきたにも関わらず現代にまで生存しているという事実、過去には国すら敵に回した程の傍若無人の振る舞い。神殺しは魔王である―――その印象を誰よりも世界に示した王は、未だ勇者すら届かぬ高みで現代に君臨していた。

 

「惜しいな。『ジークフリート招聘の儀』に使うには惜しい。いっそ我が手でその命を簒奪するも一興か……」

 

 嵐を従える王は眼下で膝を突く桜花を前に喜悦の滲んだ声音で呟いた。その言葉を聞いて桜花もまたかの王についての逸話を思い出す。曰く、死者の魂すら繋ぎ止める権能。勇士の死後を陵辱する従属の力を。

 

 だが―――今の桜花はそれ所ではなかった。

 

「そんな……」

 

 声音に宿る絶望。今までの人生で一度も抱いたことのない暗闇がそこにはあった。全力で剣を振るった、切り札の呪術も切った、己が最強と呼べる『強者』の矜持を使い切った。しかしそれでも、魔王は健在だった。

 

 無論、無傷ではない。恐らくは、イタリアに君臨する「最高の騎士」と名高いパオロ・ブランデッリがこの場にいれば驚嘆しただろう。何故ならば、ヴォバンを相手に未だ生存しているから。

 

 ヴォバンが強者との戦いを望んだがゆえ考案した魔の儀式『ジークフリード招聘の儀』。行なえば関わった巫女姫らは無事では済まないだろう儀式の全容を知った桜花は攫われた身の上でありながらヴォバンに剣を向けた。悪名高いヴォバンを知り、気の趣くままに極東という遠き地から簡単に攫われるという恐怖を味わいながらも。

 

 大した胆力だし、勇気だ。さらにはヴォバンに剣を向け既に半刻、神でもなければ神殺しでもない、媛たる格があるわけでも特別な神器を扱うわけでもない。にも関わらず純然たる実力でヴォバンと競い合うその技量。恐らく才能比べならば間違いなく剣術にて神殺しを遂げたサルバトーレ・ドニと比肩する怪物(フェノメノ)だ。

 

 それでも、相手が悪かったといわざるを得ないだろう。相手は最古の怪物。『賢人議会』でさえ、その全容を知らない魔王である。嵐の権能も、死者を徒に遊ぶ権能も―――最古の王が保有する力の一端に過ぎない、例えば……。

 

「刀か、さして名があるわけでも無かろうによく通る。このヴォバンの肉体に純然たる技量で傷を付けるか。くく、くくく……」

 

 狼。かの魔王の肉体は異形であった。人型であるが、その肉体は度が過ぎるほど筋骨隆々、全身は銀色の体毛が覆いつくしている、その姿は正に民間伝承、神話に語られる人狼そのもの。狼を従え、自らも狼に顕身する権能もヴォバンは保有していた。丸太のような腕を振るえばそれだけで余人は吹き飛ばされるだろう。加えて強靭な筋肉繊維で構成された体は恐らく鋼並に堅く、並みの武器では通すことも困難。

 

 ……だがその身体には無数の切り傷がある。浅く、傷と言うには神殺しの身であることを考慮すれば小さいも小さいが、ただ人の剣がヴォバンの肉体に幾度か届かされた。その事実が桜花がどれ程隔絶した才能の持ち主かを語っている。

 

「反抗的なものは嫌いではない。醜く追従するだけの狗よりも遥かにこのヴォバンの好みに合っている。特にそれが跪くを良しとしない狼の牙を持つならば尚のことな。東洋人の娘、お前は良いぞ、素晴らしい。このヴォバンの肉体に八度もその剣を届かせたのだからな!」

 

 呵呵と笑うヴォバン。その声には隠し切れぬほどの喜悦があった。強き者と戦う。例えそれが戯れによる全力に程遠い戦いであっても人が此処まで食いついてきたその事実にこそ、ヴォバンは笑う。だからこそ……。

 

「そう、だからこそ喜べ娘よ。お前もまた我が従者の一人として末席に加えてやろう」

 

 傍若無人の神殺しに気に入られる。それは寧ろ、生存の道を閉ざしていた。それが戦いであるならば抜け目無く、慢心なく、油断なく、貪欲なまでに勝利を手にする。それこそが神殺し(カンピオーネ)。『獣』と称される覇者である。

 

「あぁ……」

 

 此処に『強者』の自負が砕け散る。慢心したつもりはない。油断したつもりはない。例え、刺し違えても、その覚悟で挑んだ。全身全霊、人生を賭けた一戦。だが、結果は相手を本気にさせるでもなく、一矢報いるでもなく、ただ戯れの戦いで圧倒されただけだった。

 

 ―――誰かが見ていれば、井の中の蛙とはいうまい。ただ相手が悪かったのだ。そう言葉を掛けただろう。しかしこの場にはただ二人、ヴォバンと桜花の二人しか居ない。

 

 背後では既に聞こえ始めた『ニーベルンゲンの歌』。彼女の奮戦は虚しく散り、ヴォバンの思惑通り儀式は滞りなく終わるだろう。唯一変わったことといえば死の従者が一人増えただけ。彼女の戦いに意味はない。

 

「ふふ、では終生まで足掻いて見せるが良い。運がよければ我が手から逃れうるかも知れぬぞ?」

 

 そんなことは微塵も許さないだろうに、ヴォバンは敵を奮起させるような言葉を送りながら戯れの戦を再開する。だが、猫の戯れが鼠は戯れにならないように。魔王の遊びは余人にとっては修羅の巷。生き残ることを許さない戦場である。

 

 まして、『強者』の矜持は此処に砕かれた。世界の広さを知らなかった彼女は此処に無念と絶望に浸りながら命を散らすだろう。

 

 ―――振り下ろされる腕。次の瞬間の死を諦観した顔で見上げながら桜花は静かに助けられなかった者たちへの後悔と期待を寄せてくれていた一族に詫びを想いながら命の鼓動を……。

 

「む……」

 

「え?」

 

 命散らす寸前で、殺戮の腕は止まっていた。ヴォバンは疑念の声を上げ、桜花は想定外の生存に呆然と声を上げる。助かったというのだろうか? ……その一縷の希望は、死よりも恐ろしき絶望に落とされる。

 

『嗚呼―――聞こえます。聞こえます。私の英雄、私の恋人、私の愛する人を讃える歌の音が』

 

 その声は切なくなるほどの情愛が込められいる。まるでオペラの一幕。愛する人へ送る恋歌のように凛とした女性を思わせる声音でありながらどうしようもなく心書きたてる悲恋を嘆く言霊。空気を震わし、戦場に鳴り響く、女性の愛。

 

『ジークフリート。私の、私だけの恋人……悪竜を殺戮せしめた英雄様!』

 

「これは……これは……!」

 

 魔王の口が更なる喜悦に歪む。喰い気のある前菜に期待を寄せる本命の神(メインディッシュ)。そこに更なる神(デザート)まで加わったのだから!

 

「この気配は……」

 

 散々と感じ始めた神威の気配? これが『まつろわぬジークフリート』、否、その彼を恋慕する女の声。神話を知るものならば疑いもない。彼を想い、恋歌を歌う女神は一柱。英雄譚(ヴォルスング・サガ)に謳われるヒロインを置いて他に無い―――。

 

『無念なるは我が肉体を持ってあの方の前に立てないこと。しかし、あの方ならきっと私に気付いてくださるわ。モノの差違などでは、我らの愛を別てない!』

 

 そうして、中空。虚ろに浮かび上がる女神の姿。ミスリルの鎧と銀色の髪。潤むように輝くアメジストの瞳は思わずため息を吐いてしまうほど魅力的だ。北欧由来の神である影響か、色白の肌と華奢とも言える線の細い体。まるで妖精のようだ。

 

 両手には背丈を越える騎乗槍(ランス)と鎧と素材を同じくする盾。銀の髪を飾るは天駆ける鳥を模した翼の飾りがついた冠―――神話の戦乙女(ワルキューレ)の如く。

 

 初めて目の当たりにする神威を前に桜花は思わず忘我する。異なる神を崇めるものであるにも関わらず頭を垂れたくなるような衝動が胸を差す。神殺しを相手取った時の威圧的な畏怖と異なる絶対的な神性を前にした畏怖。

 

 次の瞬間、目が合う。会ってしまう。

 

『お労しい、可哀想に。その身、勇士なれど女の身であるならば、そこな神殺しの王を前に抗うは相当な恐怖であったでしょう……同朋を守らんがため勇気で武装すれど晴れぬものだったでしょう』

 

 哀れむように慈しむように、女神の言霊はするりと桜花の胸に入り込む。安堵と、縋り付きたくなるような慈愛を前に桜花は甘美な音色に先ほどまでの闘志が、絶望が、恐怖が、後悔が消えてゆく。そのまま身を任せて酔いたいほどに。

 

 だが、悪寒が消えてくれないのだ。まるで希望から絶望へ転ずる瞬間を今か今かと待ち焦がれる悪魔の笑いが聞こえるのだ。果たして、それは現実となる。

 

『さあ―――私に抱かれて眠りなさい。安心して。無体は働かないわ。その身体は私がしかと受け止めましょう』

 

「ぁ……」

 

 途端。暗転、否、視界の全てが白に染まる。同時に急速に己が内より崩れていく感覚。神殺しや神に相対するよりも恐ろしい……自分が喪失していく実感。

 

 桜花の胸元。そこに光輝く文字がある。これこそが北欧が大神の智慧。苦行の果てに見出した神々の魔術、ルーン文字。その中でもかの神に教えを受けた系譜の神のみが振るう『原初のルーン』と呼ばれるもの。『忘却』を司る文字が刻まれている。

 

 ―――曰く、英雄を破滅に導く『運命』の乙女。古今の英雄譚、英雄の悲劇の要因となるのは常に『死神』に縁の持つ『運命』の女神だという。

 

 ゆえに破滅は此処に。乙女の愛によって一人の少女は此処に消滅(・・)するのだ。

 

「い……やだ」

 

 死など生易しい。自分が自分でなくなる感覚。刻まれた『忘却』のルーンによって作られた空白に「より強大な気配」が入り込んでくる。犯される、自分の心が、自分の魂が、自分の人生が……。

 

 『強者』の矜持は砕かれた。人間性は此処に奪われかけている。終生ならざる終焉。自身という存在に引かれる幕引き。―――最後に、彼女は普通の少女に戻る。

 

「消えたくない……こんな終わり方、やだ……よぅ」

 

 ゆえに―――。

 

たすけて(・・・・)……」

 

 

 

 ―――そうして彼女は消える寸前に呟き……。

 

 

 

 

任せろ(・・・)……!」

 

 白い地平の彼方に、雷光を見た。

 

 

 

 

 

 季節は梅雨。六月の終わり頃。湿気による蒸し暑さが鬱陶しい、寝苦しい夜。

 

「嫌な気配だな……」

 

 ピリピリと肌に触る緊張に衛は思わず呟いた。見上げるは夜の空。星が輝ける夜天にはしかし黒い雲が差している。数日後には雨の天気予報が出ているが、それとは別の、遥か彼方の空に同朋の気配を感じ取っていた。

 

「一雨来るか」

 

 それが天気に関するものでないことなど今にも噛み付きそうな顔をする衛を見れば誰だってわかるだろう。

 

 今彼がいるのは神奈川は鎌倉市。鎌倉時代、などと歴史の教科書などでも紹介される日本の歴史に記される重要な地。外国向けの観光ガイドなどにも紹介される「古都」である。

 

 その一角に作られた一軒家(・・・)、衛が一人暮らしする住居であった。……何も彼は生来、ニート気質だったわけではない。ニートになるための下地証明、それがこの家屋だ。ぶっちゃけた話。衛の家はお金持ちである、息子の一人暮らしに一軒家を用意する程度には。生来の怠け気質に金持ちがミックスしたためこうなった(ニート)のだという真実がここにはあった。

 

 地下一階+二階建て。一階は二階の一、二部屋分ぐらいを潰してガレージとしてある仕様で、地下には彼の趣味(オタクグッズ)の数々が収められており、二階だけでも四人家族が広々と暮らせる程度の大きさであり、贅沢の極みがここにある。

 

 しかしいつもの地下室ではなく衛がいるのは意外にも庭だ。道路側に面した表から反対位地にある、ウッドデッキで地繋ぎとなっている部屋。そこから出られる軽いドックランばりの広さを誇る青々とした芝が覆う庭先に、衛はウッドデッキから降りて空を見上げていた。

 

「凶の方角は東京か。また二人目がやらかしたか、それとも……」

 

 疑念に見せかけた確信。正に衛の声音はそのようなものだった。犯人を嫌う余りにそうであって欲しくないという思いがそうさせているのだろう。庭先に刻まれた魔法陣。呪術者避けに張った山羊星座を象った結界陣を見下ろす。これは神殿化。自宅を神域として昇華する第一権能の応用法だ。

 

「一難去ってまた一難。起きるまでは動かないが俺のスタンスだが、お前(・・)が相手なら話は別だぞ……」

 

 瞬間、バリッと雷が衛の身体を奔る。主の敵意に反応して第一権能が僅かな呪力で現出したのだ。これほど、彼が敵意を見せるのは珍しい。

 

「……らしくねえ。どうも気が立って仕方がないんだよなァ、これが」

 

 はあ、と息を吐き緊張を解きながら自室へと戻るため身を翻す。どうも調子が出ない。嫌な気配が付き纏って晴れないのだ。

 

 気を取り直してゲームでも、と相変らずを装うように欠伸交じりに室内に入れば、珍しい人影があった。

 

「ん? なんだ、桜花か。珍しいなこんな夜更けにッ……!?」

 

 瞬間、桜花が倒れこむようにして衛の胸元に飛び込む。不意を突かれた為、受け止めきれず衛は腰を床に打ってしまった。

 

「あいたァ!? ちょ、桜花。お前一体……?」

 

 予想外の行動と腰の痛みに抗議する様に抱きとめた桜花に文句を疑問と文句を叩きつけようとして……いつもと違う、桜花の機微に気付く。

 

「衛、さん……」

 

 言葉は余りに弱弱しく、肩は小刻みに震えている。泣いているのか部屋を照らす僅かな月明かりに光が反射している。

 

「おおおおい、ど、どどうした?」

 

 情けないというなかれ、神殺しとはいえ人生経験不足気味のニートである。まして親しい彼女の涙など久し振り(・・・・)に見てしまったのだ。普段の口煩く明るいものでも戦に趣く気丈なものでもない態度(それ)にうろたえるのも無理は無い。

 

「昔を、夢見てしまいました。少しだけ、少しだけ、胸を貸してください」

 

「―――――ん、りょーかい」

 

 静寂の部屋に小さな嗚咽が響く。声の主を抱きとめながら「嫌な気配」も相まってどうしようもなく専守防衛を心がける衛をして、怒りと闘志が内心を染め上げる。

 

桜花を泣かせた(この)貸しは高くつくぞ……ヴォバン侯爵(クソジジィ)

 

 来る嵐の気配に、衛は静かな宣戦布告をする―――何処かで嗤う声が聞こえた。




ぐああああ……不幸少女はダメだろ!?(自業自得)

主人公の相棒として似た価値観を強者というフレーズで設定したはいいが、どう主人公と親愛の情を培ったのだろうかと考えに考えた結果、何故か此処に不時着した。

すまない、不幸系女子が好きな中二病で。
僕は……屑だ……。(屑兄さん並感)


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餓狼の脈動。女神についての考察

もうすぐお気に入り1,000件だひゃっほう!
という嬉しさとやべえプレッシャーがというダメージ。

すまない……メンタル貧弱ですまない。
十話越えたのも久し振りなんだ……(エタ作者)


ともあれ投稿。
感想・評価、または「ひゃはあ、心折れろやァ!」という一撃を入れる批評……は待ってないけど宜しくネ!




 ―――或いは、生まれる星すら違ったならば、その老人にも隠居と言う選択肢があったのかもしれない。望む全てを手に入れ、多分な畏怖を受け、数世紀をまたにかけて生きた。常人ならばもう十分と往生するだろう。しかし、彼は飢えていた。どれ程のモノも、どれ程の畏怖も、どれ程の寿命も彼の飢えを満たすに能わず。

 

 何故ならこの身はカンピオーネ。神すら喰らった覇者の星なれば、その身を満たすは誕生の快楽。即ち―――飽くなき神と神殺しとの闘争なり。

 

「クラニチャールの孫娘か。確か―――四年前の儀式で顔を合わせたか。ふむ、しかし……君の顔には覚えが無いな。君頃の年代は成長が早すぎるのだよ。私ではなくとも早々顔を合わせないものは同じ感想を覚えるだろう」

 

 だから物覚えの悪い老人と思わないでくれたまえ―――響く声は明晰。学者の知的染みた言い分にも似ている。御歳三百年(・・・)を越える老人の声としては聞きやすく実にハッキリした物言いであった。容姿も実にそれらしく大学で教鞭を取っている老教授と、そういわれても全く違和感を覚えないだろう。

 

「無理もございません。あの時の私はまだ幼く、候とお会いした時間も十分とありませんでしたから……どうかお気になさらぬよう」

 

「そうか。それは結構。何分、別に面白い些事が前後したからだろう。どうにも記憶が曖昧でね」

 

 老人―――サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵に今まさに謁見している少女、リリアナ・クラニチャールは騎士の如く、儀礼的に返す。その返答を聞いて、ヴォバンはワイングラスを片手に小さく肯き……自らの言動で思い出した過去にクツクツと喜悦を浮かべる。

 

 その様を見て、魔術結社《青銅黒十字》に属する今年十六歳の少女リリアナは過去の出来事を追憶する。

 

(そういえば極東の巫女と候の小競り合いがあったのだったな……)

 

 ヴォバンを王と崇める己が祖父の命に従い、推参した四年前の『ジークフリート招来の儀式』。あの時、皆が怯え竦む中、たった一人、目の前の恐ろしき魔王に挑んだ勇者が居たのだ。名は確か……。

 

「さて、知っていると思うが私は短気な性分でね。さっそく話を始めさせてもらおう、態々君をミラノから呼び寄せた件についてだ」

 

 ハッ、とヴォバンの声にそれかけていた思考を元に戻す。

 

「君は一から説明する必要は無いだろう。四年前の儀式。まつろわぬ神を招来させるそれを、私はもう一度行なおうと思うのだよ」

 

 この言葉に、リリアナの身体が堅くなる。まるで今日の夕食を決めるように、少なからず巫女や魔女らの犠牲を払ったあの儀式をもう一度執り行うとヴォバンは言い切った。

 

「あのときは……まあ結果だけを見るならば悪くない。サルバトーレの奴めにはしてやられたがそれ以外でも興味深いものは見れた。巫女を従者に加えられなかったのは残念だが、あの若造との闘争は実に面白いものだった」

 

 そう、あの儀式は奇しくもヴォバンが思い描いていた結果より斜め上に着陸した。儀式開始前にヴォバンに剣を向けた巫女の存在。イタリアの新参、六人目の神殺しサルバトーレ・ドニの乱入。そして―――六人目と時期を僅かに遅らせて誕生していた七人目の神殺しと儀式に呼び寄せられた『ある女神』との三つ巴の戦い。

 

 残念ながら本命のジークフリートは七人目と『女神』を相手取っている間にサルバトーレに掠め取られたが、もとより戯れ。まつろわぬ神との闘争を望んで行なった儀式だ。着地点は想定と違っていたがアレはアレで悪くない。悪くないのだが……。

 

「同時に私はこうも思ったのだよ。結局、儀式自体は失敗しているとな。初志貫徹とはあの若造の国の言葉だったかな? つまりはそういうことだよ」

 

 淡々とヴォバンは滅茶苦茶を口にする―――つまり、目的は果たしているが儀式が失敗したのでもう一度行なうと……。巫女や魔女を犠牲にする儀式をただそれだけの理由で行なうというのだ、この魔王は……!

 

「あと三月もすれば招来の儀に必要な星の配列、地脈の流れが四年ぶりに整うらしい。その辺りの知識は私も疎いのだが……詳しいものに確かめさせたのでな、カスパール」

 

 言って、ヴォバンはリリナアを……その背後を見た。悪寒が背を奔る―――ぽっと幽鬼染みた様相で、突如として大騎士たる己の背後を取った不気味な気配にリリアナは思わず振り返って、嘆息した。

 

 死相―――端的に言って、その人物は死んでいた。黒衣を纏った老人、その顔は蒼白色で瞳には生命の輝きを見出せない。表情も虚ろに抜け落ちており、ヴォバンの声掛けにも淡々と機械的に応じるのみ―――これこそ―――これが、

 

(侯爵の『死せる従僕』たち!)

 

 死者の魂を縛り、己が従属とするヴォバン侯爵の権能―――『死せる従僕の檻』。間違いない、この老人の死者もまたヴォバンに死後を縛られたものなのだろう。

 

(―――なんと、惨い)

 

 恐らく、老人はヴォバンに逆らったのだろう。悪逆非道のかの王に。そうして戦い、敗れ、死した。ゆえにこそ……老人を従属と加えることが出来たのだろう。魔王に立ち向った老人の勇気には騎士として敬意を覚える。だが、そんな勇者の結末が死後、魔王に奴隷と使役されることであるとは……。

 

 リリアナはイタリアの名門クラニチャールの血を引く騎士。このような王に仕えることなど本来ならば否と唱えたいところだが、残念なことにイタリアを統べるサルバトーレ・ドニは現在、万全とはとても言いがたい。その庇護は望めない。

 

 加えて、彼女が属する結社は、というよりも祖父はヴォバン侯爵の信奉者。結社の重鎮たるものの決定は絶対であるがゆえ、騎士とて、騎士であるがゆえに命令には逆らえない。

 

「クラニチャールよ、四年前の儀式で最も優れた巫力を見せたのか誰か、覚えているか? ああ、優れた巫力を示した者だぞ? 私に歯向かったあの娘ではない」

 

 神ならざる人の身で、異能を宿すとはいえ『まつろわぬ神』を招来するなど分不相応にも程がある。ゆえにあの儀式では数十人の巫女や魔女のうち、その三分の二が精神に異常を覚え、心に傷を負った―――幸いリリアナは内の三分の一に属したために無傷、そして、かの王がいう優れた巫力を見せた者も、また。

 

「あの折、私は気付かされた。量より質。有象無象を何十人と集めるよりも選りすぐったを揃えるべきであったなと」

 

 エメラルドの邪目がリリアナを射抜く。『ソドムの瞳』、眼光自体が権能として機能している老王はリリアナの本心に眠る叛意を見抜いた上で、面白げに問いを投げる。

 

「あの娘や若造と同じ東洋人だったな……その名と素性、覚えていないかね?」

 

「………」

 

 一息の沈黙。この時、リリアナは躊躇う。何故ならば、この身は騎士。言った瞬間、降りかかるであろう少女の危険を考えれば、言うべきではない。しかし同時に騎士であるために、仕えた主に偽りを進言するわけにもいかない。また、ヴォバンが乗る気である以上、ここで知らぬ存ぜぬと通しても勝手にヴォバンは目的に辿り着くだろう。

 

 ならば、いっそ此処はこの件に深く関わり、無用な犠牲を出さぬように力を尽くすべきだ。娘の不幸には胸を痛めるが……しかし別の打算もあった。彼女が住まう極東には、他ならぬヴォバンの儀式を台無しにしたうちの一人……七人目の王が居る。民を守ることに心を向けるという変わり者の王の実力は儀式の折、確かめている。ゆえに……。

 

「名はマリヤ。日本人、東京の出身だと申しておりました―――しかし、極東の島国には候と覇を競い合った七人目の王がおります。無辜の民をかの地から攫うとなれば、あの王が黙っていないでしょう。臣下の身にて無礼でありますが……ご再考を」

 

 雷を操り、それのみでヴォバンと戦った七人目の神殺し。その強さは百戦錬磨のヴォバンですら突破できなかった最堅の守り。しかもそれは四年前時点での話。かの王の勇戦は時折耳に入って来る。権能も増やしているだろう。実際、『賢人議会』を通して得られる資料にはヘルメスを殺し、二つ目の権能を手にしていると聞く。

 

 他にもこれはまだ噂程度だが、極東で女神を弑逆し、三つ目の権能も手に入れたとの話もある。どうあれ、四年前より手ごわくなっているのは間違いない。不確定情報として極東にはもう一人『王』が誕生しているとの噂も聞く。事実ならば如何にヴォバンとて安易に手を出せるものではない。

 

 だが―――ゆえにこそ(・・・・・)

 

「その心配は無用のものだ。何故ならば、私が直接出向くからだ」

 

「……候自ら、ですか?」

 

「ああ。ふむ、思えば海を渡るのは久し振りだな―――そうだな、諸々の手続きは君に任せよう、供のものは居た方が便利だ。それと、若造への言葉は要らぬぞ。何、老人のささやかなサプライズ、という奴だよ」

 

 全く笑えないサプライズ宣言に流石のリリアナもたじろぐ。

 

「お、お待ちください! 言葉も無く日本に渡るなど、宣戦布告と取られかねません。ここはかの王に候の来訪を事前に―――」

 

「要らぬよ―――サプライズついでに雪辱を晴らしておこうかとも思っているのでね。何、一度失敗した儀式を再び行なうのだ。清算するなら纏めてやった方が早いだろう?」

 

 清算、その言葉にリリアナは殆ど確信同然の嫌な予感を覚える。まさかこの魔王は―――。

 

「一度は突破できなかった無敵城塞。破ってみるのも一興だとは思わないかね?」

 

 儀式も含めて全ての清算を。闘争に餓える狼は極上の獲物を前に舌なめずりするようにして喜悦の笑みを浮かべる―――嵐が、来る。

 

 

 

 

「インドの神話はバラモン教っていう宗教と深く関わりがあるんだよ」

 

 神奈川某所にある高校。そのテラスのようになった、ガラス張りで外の景色を見ることが出来る食堂での談話だった。

 

「詳しく語ると休み時間を使い切るんでざっくり言うと、バラモン教はアーリア人って民族が信仰していたゾロアスター教の後身みたいなモンでね。ゾロアスター教自体、いろんな宗教に影響を与えているが、その元型を一番多く残しているのがバラモン教だ」

 

 窓際に一番近い人気席。そこを占有するのは三人の生徒だ。一人は閉塚衛、一人は姫凪桜花、一人は―――『サークル』仲間の友人、春日部蓮(かすかべれん)

 

「例えばインドのカースト制度。コレなんかもゾロアスター教の流用なんだぜ? バラモン教……今じゃヒンドゥー教か、はこれを始めとして結構多くをゾロアスター教から引き継いでいる。分かりやすい例を言うなら神様か。大将がやりやった『まつろわぬダヌ』と敵対するインドラ。これもゾロアスターに神と数えられる神様なんだぜ?」

 

 まあ、こっちでは悪神だけど、と付け加えながらホットのブラック珈琲をずびずびと音を立てて飲む蓮。聞く側二人も一息つくように手元の飲料に口をつける。

 

「で? 俺としては神様の薀蓄は良いからダヌについて聞きたいんだけど?」

 

「はいはい、宿敵相手でも興味なしか、流石は我らが大将。器がデカくて何よりだよ」

 

 ハッと楽しげに笑う蓮。自己申告で曰く快楽主義者の彼の琴線に触れたのだろう。まあそんなことはどうでも良くて……。

 

「早く話せ。休み時間が無くなるだろ?」

 

「衛さん、そんな急かさなくても物事には順序がありますし」

 

「っかー、さっすが嫁殿! 話を分かってくれて助かる。そちらの婿殿にもよろしく言ってくれや」

 

「誰が婿だ……」「誰が嫁ですか!!」

 

「息バッチリ。お似合いだぜ?」

 

 呆れたように、或いは顔を赤くして言い切る二人。因みにどっちがどっちとは態々説明するに無粋だろう。分かりやすい両者の反応に蓮はケラケラ笑う。

 

 ―――これは蓮のみ知ることだが、両者この調子なので詳しい事情抜きでクラスメイトは、その辺りの事情を心得ている。そもそも入学からして別々のクラスにも関わらず衛さん衛さんとどこぞの娘が付き纏っていれば嫌がおうにも両者の関係は察することが出来る。ゆえに両者のクラスメイトらは生暖かな視線で全く進展しないこの馬鹿共を見守っている。

 

「知らぬは本人ばかりってね」

 

「何の話だ?」

 

「さてね♪ ともあれ、話を続けるぞ」

 

 外国の神話に詳しくない桜花とそもそも興味のない衛。その両者の知識を補完するのがいつの間にか衛の旗下の呪術サークル……ということになっていた『女神の腕』メンバーである蓮の役目だった。

 

「さて、短気な大将に倣って結論からいうならダヌって女神は元々(・・)インドで崇拝されていた河川の女神である。ていうのが俺らの見解だ」

 

「ん? 元々? どういうことだ?」

 

 蓮の言い回しに疑問を覚えた衛が即座に問う。

 

「言っただろう? ヒンドゥー教もとい、バラモン教っていうのはゾロアスター教が元ネタだってさ。そこで問題、そのゾロアスター教をインドに持ち込んだのは誰でしょう? ヒントはゾロアスター教を崇めていた民族だ」

 

「殆ど答えじゃねえか……アーリア人だろ」

 

 先ほど他ならぬ蓮自身が口にしたことをそのまま返す。

 

「正確にはインド・アーリア人だけどな。ま、そこら辺はいいか、本筋にはあんまし関係ないし、余計な説明で時間を削ると大将怒るし」

 

「別に怒りまではしねえよ……」

 

「で、だ。歴史をまともに学んでんなら宗教の伝来には基本的に民族移動が関わってくるのは理解してるだろう。インド・アーリア人もその口でね。元々、定住者がいた土地に押し寄せたんだなこれが。ぶっちゃけいえば侵攻行為だ。全てが全て戦で解決ってわけじゃあなかったらしいが、インド神話に深く関わる古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』のインドラ神の武勇伝に反映されていることから分かるだろう?」

 

 異なる文化、思想の導入は決して全て平和的に行くとは限らない。紛争絶え間ない中東を例に取れば分かりやすいが異なる信条を抱く者同士が分かり合うのは難しいことだ。今でこそ無いが過去、日本にも仏教やキリスト教伝来に関するいざこざが多数あったということは周知の事実であろう。

 

「インドラの武勇伝に反映ね。つまりそういうことか?」

 

「そそ、ダヌって女神は元々、インド神話に登場する神じゃない。いや、本来のインド神話に登場していたって意味じゃあ正しいか。ともかく、バラモン教導入以前よりその地で信仰されてきた河川の女神が女神ダヌだ。そして、新しいバラモン教にとっては元来の信仰は邪魔だろう?」

 

「だから敵対者としてやられ役に、っていうことですか?」

 

 神妙な顔で桜花はおずおずと言う。

 

「そういうこと。そんな観点から見てインド・アーリア人もといインドラにとってはヴリトラは厄介な敵対者であったが、原住民たちには案外英雄だったのかもな。河川の女神に由来する竜。ハッ、分かりやすい《蛇》の神格だろうに」

 

 英雄譚に語られる竜の多くは曰く、《鋼》と通称される英雄神や剣神に屈した女神の零落した姿である、とは地母神ひいては《蛇》の神格を知るものならば常識である。ヴリトラとはダヌの零落した姿であり、原住民らの希望であったと蓮は言う。

 

「だが、結果は神話の通りに。墜ちた女神はインドラ神によって破られ、阻む者は消えインド・アーリア人の栄華が始まる、と。そういうことだな。因みにヴリトラ含むダヌの子供たちはダーナヴァと呼ばれる一族でね。神話的観点からこいつらがアーリア人と敵対していた定住者の暗喩とされている―――インド・アーリア人はこれをアスラと呼んだ。面白いのはこのアスラって言葉、ゾロアスター教に記される善神の名が語源と考えられていることだ」

 

 痛快な皮肉だと蓮は笑いながら語る。善悪二元論で教えを唱えるゾロアスター教は善神と悪神、二つの勢力が合い争うことが記されている。

 

 善神を最高神アフラ・マズダー、悪神を大悪魔アンラ・マンユ。

 

「初期の神話だとアスラはインドラの敵対者として記されるもののそれほど悪役的扱いを受けていたわけじゃないんだぜ? ゾロアスター教が周流となっても絶大な支持を受け続けたミトラ神と並ぶ大人気の神様、天空神にして司法の神ヴァルナの眷属だ。なんていわれてた時期もあったぐらいだし」

 

 アフラ・マズダーから転じたアスラの名。善神の名を元にしたインドラの敵対者は当初から悪役としてあったわけではない。

 

「でも言ったろう? インドラってのは元々、悪神。インドラが属するデーヴァ神族のデーヴァって言葉の語源は悪神仕えのダエーワっていう悪魔から流用したものだ。まさか自分たちが崇める英雄様を悪魔崇拝よろしく扱うわけにはいかないだろう?」

 

 アスラ=ゾロアスター教、善神の名。デーヴァ=ゾロアスター教、悪魔の名。自らが悪魔を崇拝していますなどといえないように。自分たちの神々という呼称が悪魔の呼称であったなどと言えるはずもなし。だから……。

 

「悪と善が入れ替ったのさ。アスラっていうのは神々の王インドラに歯向かう魔族。デーヴァはインドラを代表した天に在りし神々の事だってね。とんだ皮肉だな、被征服者が持つ名は元を善の神とし、征服者が崇める神は元を悪魔にするんだからな」

 

 愉快愉快と笑う蓮。相変らず悪趣味な奴、との目線を二人は送る。因みにデーヴァの語源に関してはラテン語のデウスと同じ起源なのだが……蓮は好みの問題から此処を語らなかった。

 

「あ、ダヌがヴリトラに格落ちした理由は付け加えるともう一つ。インドラと敵対していた《鋼》に討伐される《蛇》って関係以外にもあってね。教典『リグ・ヴェーダ』でも頻繁に出るがどうもインド・アーリア人にとって河川っていうのは重要なものだったらしくてね。ま、水が乏しかった連中だから水には特別な思い入れがあったんだろう、でそのせいかは知らんがインド・アーリア人は自らが興した地を「七つの川の地」と呼んでいたみたいだな。河川に思い入れがあるなら現地信仰されている自分たちと違う河川の女神なんか、許すわけ無いだろうさ」

 

「成る程な……」

 

「納得しました」

 

 長々と語られたダヌの来歴についての話に納得がいったと肯く両者。それはなりよりだと蓮は続ける。

 

「ダヌから転じたヴリトラは障害を始めとして「阻む者」という意味合いを持つ竜でね。さて、そんなヴリトラと来歴を近くするダヌから奪った権能……大将らしいぴったりの形になりそうだとは思わないか? 今からレポート書くのが楽しみだぜ」

 

「俺は全然嬉しくないけどな……思い出したくないことをよくも、ああ……また権能が増えた。平凡から遠くなる……」

 

 フッと遠い目をする衛。そう、堂々と正面から女神を打ち倒したため、衛は新たにその権能を入手していた。まつろわぬダヌの権能、未だ掌握には至っていないが蓮の言う通りらしい(・・・)ものとなるだろう。

 

「元々、大将は平凡から遠かったろ。ま、頑張ってくださいよ魔王様。俺らもその王道は応援するからサ! あ、ダヌの権能、試運転終わったら報告よろね」

 

「誰がするかよ。暫くはダラダラする予定なんだ俺は」

 

「どうかねえ。案外、新しい権能手に入れたってことで使う機会が早々に来るかもしれないぜ?」

 

「不吉なことを言うなよ……」

 

「でも案外当たっているかもしれませんね。衛さん、実際最近ピリピリしているようですし、私自身も嫌な予感を感じています。もしかしたら何か良からぬことが起こる前兆かもしれません」

 

「神殺しの野生と巫女の直感か。当たるかもな」

 

「……えぇー」

 

 相変らず人生楽しそうに笑う蓮と蓮のふざけた言い分に用心を促す桜花。基本ニートな衛としては全く嬉しくない自体であり……思わず気の抜ける声が出る。そんな学生生活の一コマであった。




ざっくばらんに語る、まつろわぬ神ダヌの設定。
あ、「そうも考えられる」であって、「そうである」わけではないのであしからず。一応神話はきちんと調べていますがウチの主人公は神話を暴き立てるというコンセプトのキャラじゃあありませんしね。

今回はフラグ回でした。


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両王、敵を見る

最近台風ばっかりですね。
今週もまた二十五号がどうだのと。
お蔭でゲームか、ゲームか、ゲームしかやる事がないですよ。
……あ、いつも通りだ()




 東京都・青葉台。

 

 そこに公立図書館の皮を被った《正史編纂委員会》管理下の魔導書や呪文書を専門に管理する図書館が存在していた。扱うものはどれも一般には公開されていない代物ばかりで閲覧することが出来るのは委員会関係者含めたごく一部のものだけ。世に出回らない禁書、稀覯本の群れに圧倒されながら万理谷祐理は甘粕冬馬を待つ。

 

 彼女がここに居る事情はいたってシンプルだ―――先日、甘粕にある本の鑑定を依頼されていた。本、と言っても此処にある魔導書らと類を同じくする『特別品(スペシャル・ワン)』ともいえる一品だ。通常の鑑定士では見れないだろうし、ゆえにこそ『媛』と数えられる卓越した巫女である彼女の霊感を頼ってきたのだろう。

 

「いやあ、お待たせしました。こちらが件の本でしてね。強力な呪文が守護しているせいか、無理に見ようとするとどうも嫌な事態になるので誰も鑑定できていないしだいで」

 

 暫し待っていると祐理が居る二階の閲覧室に甘粕が戻ってくる。なにやら不吉なことを口にしながら差し出したのは革で装丁された薄めの洋書だ。

 

「嫌な事態……ですか?」

 

「ええまあ。例えば部屋の隅で蹲って他人には見えないエンゼル様と会話したり、アババババと言った奇声を上げたりと……ぶっちゃけ言って精神に異常をきたしてしまうんですねこれが」

 

 ―――訂正、不吉ではない。危険である。

 

「そんな危険な本を人に鑑定させないでください!」

 

 さらりと告げられた鑑定依頼の理由に祐理は強い口調で言う。精神に異常をきたす本と知って、進んで鑑定するものなど相当な変わり者か命知らずをおいて他に居まい。勿論、彼女はどちらでもない。

 

「大体、内容が分からずともそれだけ強い呪文によって守られているのならば、それだけでもかなり強力な魔導書であると分かります。鑑定する必要は無いと思いますが……」

 

 寧ろ、厳重に封印すべきだろう。触らぬ神に祟りなし。魔導書とは物品によっては自立で動くような危険なものもある。まず間違いなく強力な魔導書であると分かる以上、何かの拍子に「中身」が独りでに発動しても可笑しくない。

 

 そんな言外に告げられる祐理の言葉にしかし、甘粕は苦笑で返す。

 

「そこは人の欲は恐ろしいというか、よくある詐欺の常套手段と言うか。何てことの無い魔導書モドキにあえて強力な呪詛やら何やらを仕込むことで魔導書に価値を持たせるなんて、詐欺臭い手口もありましてね。何、祐理さんならば中身を見ずとも鑑定できるでしょうから安全ですよ」

 

 呪文は見る(・・)と発動する。しかし祐理の持つ『霊視』は視る(・・)ものだ。直接中身を見るのと違い、この世ならざる場所、生と死の境界にある俗に言うアカシックレコード……アカシャの記憶を通して「今起こっている事象」或いは「起こりうる未来」を観測する技能だ。ゆえに魔導書をこうして見るだけでもその中身を視ることは可能なのである。甘粕もそういった事情から祐理に依頼を持ってきたのだろう。

 

 通常、『霊視』にて知識を狙って呼び込む率は魔女(西洋における巫女の呼称)でも良くて一割程度。しかし祐理のようなずば抜けた巫女ならば、望んで『霊視』を扱うことが出来る。

 

 甘粕が机の上に本を置く……タイトルは『Homo homini lupus』。本の痛み具合からして百年以上は経過しているだろう代物だ。

 

「本物ならば十九世紀のルーマニアで私家出版された魔導書となります」

 

 曰く、エフェソスの地で密かに信仰された『神の子を孕みし黒き聖母にして獣の女王』の秘儀について記した研究書。読み解いたものを『人ならざる毛深き獣』に変えてしまった(・・・・・・・)という。

 

「当時のエフェソスは地中海交易が盛んでしたから。その影響でキリスト教も早くに伝来しました。ところがエフェソスの地には既に一つの一大信仰が存在しています」

 

 それこそ『神の子を孕みし黒き聖母にして獣の女王』。キリスト教によって取り込まれた嘗ての地母神の成れの果て、或いはその目を逃れるための変質。事情は逆だが、日本でも聖母マリア象を仏に偽装させることでキリスト教弾圧から逃れ出る例もある。主流の信仰に偽装する形で本来の信仰を潜ませる例は探せば幾らでもある一例だ。

 

「『人ならざる毛深き獣』―――熊か狼あたりが定番ですね。特に、狩猟に強い縁を持っていましたし」

 

 ウンチクを披露する甘粕。語るのは嫌いじゃないのか何処か楽しげですらある。が、祐理が気になったのはそこではない。

 

変えてしまった(・・・・・・・)? 読み終わった時に姿形が成り代わったということですか? それだと、魔導書というより呪いの本のような……」

 

「おお、鋭いですね。正解です。言い切ってしまうとこの本、本物なら次々に狼男を増殖させる呪詛が込められた呪いの魔術書なんですよ。だから、本物ならばかなりのレア本なんですよ!」

 

 ―――訂正、危険ではない。超危険な代物だった。

 

「凄く危ない本じゃないですか! それとそんなことを嬉しそうに語らないでください」

 

 ゲテモノ好きなのか目を輝かせて語る甘粕にまたも文句を言いながらも、祐理は古書と向き合う。―――生真面目で請け負ったことに責任を持つ性分なのだろう、何だかんだと文句をつけながらもキッチリ依頼を済まそうとする。

 

「―――――」

 

 雑念を捨て、心を空に。何が見えるか、何を知るか、その内容自体は当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。そもそも『霊視』自体、それは狙って発動するものではないのだ。それを意図して行なえる時点で祐理の巫力は、さすが『媛巫女』というものだった。

 

 ―――鬱蒼とした森の奥に潜む魔女。彼女らを崇める森の動物達。取り分け狼、熊、鳥はその中でも力ある存在である。この書を読み解くものは魔女の下僕に近づいていく、それこそ並の魔術師では抗えない程に。ゆえにこの書の本質は呪いの書ではなく……。

 

「読み解く者の姿形を変えるのは呪いではなく試練。資格がない者が紐解くのを防ぐための仕掛けなんだと思います」

 

「ははあ、つまりコイツが本物だと? いやはや一目で見抜くとは……頼んだこちらが言うことではないですが流石」

 

 感心するように肯く甘粕。彼とて《正史編纂委員会》に務めるエージェント。呪術に関する知識も豊富だ。ゆえにこそ『霊視』の困難さは彼もまた把握している所だが、

 

「今回はたまたまわかっただけです。次もわかるとは限りませんから……。こういう時に頼るのは止めてくださいね」

 

 注意を入れる祐理。確かに彼女は『媛巫女』として卓越した能力を持つが、そもそも『霊視』自体、当て(・・)にする技能ではないのだ。これは神の託宣に類する技能。頼ること自体がそもそも間違っている。と、いまいち聞いているか分からない甘粕に嘆息しかかった時である。

 

「え?」

 

 空間が、闇に覆われる。霊視した狼、魔女の魔導書。そして甘粕に図書館。その全てが視界から消失して真っ暗な闇に変わり、空気もじめじめしたものへとなっている。

 

「幻視……? あの魔導書を視たから?」

 

 闇の奥底で何かが蠢く。それはネズミのようだ。鼠は徐々に大きくなり、やがて規格外のサイズに成長する。その頃には既に種族の垣根さえ無視している。その造形、正しく狼。否、二足で直立する姿は人狼か。

 

 何故こんなものを視るのか―――疑問だらけの祐理を無視するように幻視は続く。ゆっくり人狼は歩んでいき、やがてこの闇……洞窟と思われる場所から地上へと出でる。そこで見つけた大蛇を踏み潰すように殺戮して、さらには天に輝く太陽に手を伸ばす。

 

 掴み取る。天に輝く陽光をさも簡単に人狼は掴み取ってしまった。挙句、太陽を飲み干して―――気付いたときには人狼は人間の老人に姿を変えていた。

 

 長身痩躯、秀でた額と知的な面差し―――見た目と相反する獰猛な笑みを浮かべてエメラルドに輝く双眼。忘れない、忘れるものか。古きカンピオーネ。まだ歳若い人生で知る限りの最大の恐怖、その要因。

 

「―――ヴォバン侯爵!? そんな、貴方が何故!?」

 

 恐怖のまま蒼白の表情で闇に意識を失う刹那、彼女を守るように、或いは別け隔てる境界の如く、黄雷が盾のようにして彼女と魔王との間に現出する。

 

 ―――其は山羊。旧き女神。クレタ島にて君臨した全ての母にして女王。生命と死を司り、時として戦場にも姿を顕した女。その名を少女に、山羊に落として尚、神々の母としてあり続けた女。ゆえにこそ神々の王すら豊穣の権能を彼女に返納した―――。

 

「あ………」

 

 雷が輝く。強大な光の本流は瞬く間に祐理の意識を白へと染め上げていき……彼女の意識は今度こそ、闇へと落ちていった。

 

 

 

 

「ん……?」

 

「どうしました衛さん?」

 

 夜。珍しく居間でバラエティ番組を視聴していた衛はきょろきょろと周囲を窺うように見渡す。その姿を不審に思った桜花は食器を洗う手を止め、声をかけた。

 

「いや今なんか視られた気が……?」

 

「神殺し特有の直感でしょうか? 私は何の気配も感じませんでしたが……」

 

「ふーむ。そりゃあそうだろ。俺も周囲に何の気配も感じないし。大体、此処は俺の神殿だぜ? 確かな気配があるなら既に捕捉してるさ。いや、そうじゃなくて。今のは何ていうか鏡越しに見られているというか、顕微鏡通して遠くから見た……みたいな」

 

「魔術か何かによる遠見ですか?」

 

「いやそれなら問答無用に自動で跳ね除けてる……んんん?」

 

 疑問が晴れず、首を傾げる衛。ふむ、と一つ手を顎に当てて考えつつ、ここ最近の嫌な予感を思い出した。

 

「一応、探ってみるか」

 

 言うや否や衛は呪力を解放した。無意識下ですら発動している鎌倉近隣の異常を感知する結界。その感知網を拡大する。軽い精査のつもりで使っているが、その範囲は南関東全域をカバーするほど強大なものとなっている。

 

 衛としてはふと感じた違和感の元を突き止めるため、軽く行なったに過ぎない。だが、それが招いた結果は衛をして意図しないものへと誘った。

 

 

 

『ほう……これは手間が省けた。巫女に続いて貴様と……ふふ、久しいな若造』

 

 

 

「―――ガッ!!?」

 

「衛さん!?」

 

 バチンッと突然、衛が弾かれたようにして顔を上げ、同時に膝から崩れ落ちる。突然の異変に思わず桜花は駆け寄るが衛はそれを手で制する……気だるげないつもの雰囲気は既に飛散している。怒りに歪む顔と苛烈なる気配、既に衛はカンピオーネとしての顔を発露していた。

 

「ッのやろう……人の領地に無断で入り込んでやがったなオイ、クソジジイが」

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。四年前、衛が初めて相対した同族にして不倶戴天の仇敵。衛の結界は確かに、かの魔王を捕捉した。

 

 そしてヴォバンもそれに気付いたのだろう。恐ろしいことに、僅かなその気配を察知し、呪詛返し宜しく返礼と呪力を乗せて返したのだ。予期せぬ挨拶に衛は思わず頭痛で倒れそうになるが怒りが意識を繋ぎ止めた。

 

「衛さん、まさか……うそ……?」

 

 ハッと目を向けると桜花が動揺したように衛を見る。その表情には確信に近い疑念と彼女には似合わない不安と怯えが浮かんでいた。

 

 衛の言動、それから憤りで自体を把握したのだろう。そう、基本的に他人に無関心な衛が明確な怒りを浮かべ、「クソジジイ」と罵る相手など彼女が知る限り一人しか該当しない。恐ろしき最古参の魔王。桜花にとって敵う事の無い絶対強者の代名詞。

 

 一瞬、衛は真実を告げようか迷うが、態度に出してしまった以上、隠しても無駄だと結論し、ため息をするかのように息を吐きながら語る。

 

「らしいな。目的は知らんが既にアイツは日本に居る。詳しい場所は弾かれたんで感知できなかったが、少なくとも関東(地元)のどっかにはいんだろ。……『サークル』経由でさっさと場所を暴き立てて……俺が討ちに行く」

 

「衛さんが? でも、そんな……だって」

 

「俺が行くしかねえだろ。新参の方はよく分からないし、案外そっちが目的かもしれんが、どうあれ挑発してきた以上、少なからずやる気満々だ。誰かが撃退しないと東京が冗談抜きに灰燼となっちまうだろうし……」

 

 幸い二度目だ―――と安心させるように言うのだが、桜花の態度から不安と恐怖を取り上げることは出来ない。確かに衛は一度、ヴォバンと合い争い撃退している。が、それは幾つもの偶然が重なり合った結果でしかなかった。それでも生まれたばかりの新参が最古参の魔王を撃退したことは凄まじき偉業だが……今度は自力でアレをどうにかしなくてはならない。その場合、万が一にでも衛が破られれば……。

 

「わ、私も……!」

 

「やめとけ。他の神殺しやまつろわぬ神ならともかく、アレが相手だと話が違う。それと今のお前ははっきり言って足手まといだ」

 

「……ッ!」

 

 歯に着せぬ物言いで静かに言い放った衛の言葉に桜花は拳を握りこみ、悔しげな態度で黙り込む……言い返さないのはそれが真実だから。或いはこれが他の強大な神殺しやまつろわぬ神ならば、衛も手を借りたかもしれない。

 

 だが相手はヴォバン侯爵。嘗て桜花に絶望を与えた魔王だ。普段も神との戦いにも飄々とやる気を示すことの余り無い衛であるが、それでも彼もまた神殺し。勝負事にはとことんシビアだった。特に、勝負前から既に諦めている(・・・・・)人間を勝負どころに連れて行くことなど、衛はしない。

 

「お世辞にも安心しろとは言えないが……ま、待っとけ」

 

 衛は立ち上がって、それから立ち尽くす桜花の頭を乱雑に撫でる。そしてポケットから携帯を取り出して、『サークル』に連絡を入れながらその場を後にする。……向うはヴォバンの下、最古参の魔王との戦場だ。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「わた……しは………」

 

 一人残された桜花は悔しさに拳を握り締め、無力に身を震わせる―――何より、衛に来るなと言われて……安堵している(・・・・・・)己に腹が立つ。あの魔王が齎す災いを知っている、あの魔王が及ぼす災いを知っている、それに誰かが傷付くことも嫌というほど知っている。なのに、身が竦むのだ。会いたくないと心が叫ぶのだ。足が動かないのだ。

 

「私は……なんて、弱い……!」

 

 ああ何故、大切な恩人と供に戦場を駆け抜ける勇気さえ、ないのか。この身にもっと力があれば、もっと勇気があれば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ふふ』




次回、戦闘……になればいいなァ(願望)

ウチのオリ主とヴォバン。神殺しでも屈指の仲の悪い二人でございます。
何せ専守防衛と戦争大好きですからね。それはもう凄い仲の悪さです。
加えて、身内大事なオリ主の身内泣かせた上トラウマを植えつけたとなれば、もうこれ戦争しかないっしょ。まあ、自分から挑むとかフラグなんですが。

因みに原作でもチロッと出た『神の子を孕みし黒き聖母にして獣の女王』に関しては勝手にこちらでアルテミスと解釈して書いております。何で、違和感覚えたらゴメンネ!

原作の扱いがよく分からなかったのだ……。あと、本筋には関係ない話しだし(言い訳)。


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大嵐の攻城戦

澄み渡る蒼穹。のんびりと漂う白い雲。

降り注ぐ日差しは暖かく、時折通り過ぎる風は涼やか。

秋の日、というには些か暑く感じる陽気に私は叫ぶ。

「台風何処だよッ!!」と……。



尚、九州には上陸している模様。
九州にお住まいの皆様、どうかお気をつけて。



「『サークル(うち)』には唯一、他の組織に優る強みがある」

 

 カタカタ、タンッタンッとリズミカルに奏でられるキーボードの打音。幾つかものモニターと、頭に被るヘッドホンと備え付けのマイク。見た目はさながら情報を巧みに処理するオペレーター。

 

 春日部蓮は一人、自作した高性能のPCで各員『サークル』メンバーと画面上で情報を交わしながら独白のように独り言を呟く。

 

「カンピオーネは基本、どいつもこいつも意識無意識に問わず人を率いる素質を持ってる。襲来したヴォバン侯爵はアレで使いやすい信者を抱えてるし、大将の先達、『黒王子』センパイなんかは自前で『結社』を組織している」

 

 伊達に彼らは魔()と呼ばれていない。イタリアに誕生した『剣の王』、極東に生まれた二番目の王と彼らも何だかんだで人を率い、統べるに足る素質を持ち合わせている。王道か覇道か邪道か、道の違いはあれど、彼らは戦士であり王でもあるのだ。

 

「そして大将……『堕落王』も然り。《正史編纂委員会》もそうだが、何より『サークル』なんかは正に大将が王様である証明みたいなもんだ」

 

 マウスを弄る。表示した画面には数百にも及ぶ連絡先……これぞ『サークル』こと『女神の腕』のメンバー。その所属総数である。

 

「『サークル(うち)』はイタリアの大手みたく大騎士が揃っているわけでも、英国の『賢人議会』みたいに魔導に優れたわけでも、『黒王子』の結社みたいに研究者が揃っているわけでもない」

 

 元々は趣味人(オタク)の集い。日本で年に二度行なわれるお祭り騒ぎに参加するためだけのものだった。それが『堕落王』誕生を期に、メンバー内に身分を隠して参加していた本物の呪術者や、その道の人間であった者達を中心にいつの間にか『呪術サークル』として成立していた……それが『女神の腕』の始まりであった。

 

「しかも全員が全員『裏の事情』を知っているわけではないと来た。所謂、ガチモンやグレーゾーンの連中以外にもただ単にオタクとして参加している奴もごまんと居る。しかもそいつらもそいつらで友人つながりで誘ったりと……」

 

 人数は多いが精鋭に欠ける。それが『女神の腕』を結社としてみた時の弱点。そもそも『サークル』と呼称している時点で結社と呼べるほどの組織力が無いのが現状であった、だが……では役立たずかと言えば否である。

 

「なんで、大将をリーダーとした俺含む中間統率者で構成された組織……っていうよりかはその本質はネットワークのそれに近い、しかもイベントごとになると途端にフットワークが軽くなるお蔭で国内外の同士(オタク)、身分や立場を無視した同好の士という繋がりによって、網目状に、世界各国に張り巡らせられた……な」

 

 ミッション:人探し。『サークル』メンバーのみが閲覧できる専用のサイトにヴォバン侯爵と、彼に同行している少女の姿写真を掲載する―――衛からの要請を受けた蓮が国内空港の監視カメラを調べて手に入れたものだ。と同時に、『裏の事情』を弁えたもの、グレーゾーンを往くものたちにはヴォバン侯爵と少女に関する詳細なデータを。

 

「情報精査。このジャンルでは、ウチの『サークル』って世界一だと思うんだよねえ、これが……」

 

 程なくして閲覧したメンバーからの情報提供(リーク)が届く。外国の空港で見かけた、街中で見かけた、某日本の高級ホテルに泊まっていた。一般人から一国の重鎮まで趣味を共有しているものならば立場を問わない情報網はヴォバン侯爵の動きを露わにしていく。

 

「何だかんだで人のいい奴ばかりだから、嘘は無いのが有り難い」

 

 目撃時間や距離、時差から思われる移動距離や現在地。雑多な情報をつなぎ合わせながらそれらの全容を露わにしていく。並行して『裏』に通じるメンバーから送られる詳細な情報を使い、精密さを挙げていく。

 

「ほうほう、《青銅黒十字》の大騎士リリアナ・クラニチャールね。確かあそこのご老人はヴォバン侯爵の熱烈な信奉者(シンパ)だったな。エリカ・ブランデッリと同じ『魔剣』をかの高名な聖ラファエロより賜った俊英だとか」

 

 イタリアに住まう騎士、聖ラファエロ。曰く、『剣の王』サルバトーレ・ドニの師である彼女から魔剣イル・マエストロを賜ったという俊英。《青銅黒十字》が魔王の従者に遣わす騎士として彼女以上の者は居まい。加えてもう一つ、面白い情報があった。

 

「へえ、神様招聘の儀式にも参加していたのか。で、此処のところの行動は「ある日本人の巫女」の調査っと……ははん」

 

 忙しなく手先を動かしながらヴォバン侯爵の目的を察してニヤニヤと笑う蓮。快楽主義者たる彼は被る被害、損害を度外視して楽しそうな騒ぎを好む。なので、絶対に大将が許さないだろう案件と察し、結果起こる乱痴気騒ぎを予見し、愉悦する。

 

「ホテルを後にしたのが、つい一時間前。監視カメラで移動した方向と通過時間、それらを地図で見合わせながら事前に仕入れた万理谷祐理の位地、予測される行動パターンを組み合わせれば……」

 

 東京・青葉台、住所―――――。

 

「ビーンゴ」

 

 《正史編纂委員会》が管理する呪的資料を保存する図書館。夜明け少し前に連絡を受けた蓮が捜索から数十分。時刻は丁度、勤労精神逞しい社会人たちが大規模な通勤移動を行なう時。

 

「騎士ちゃんが居る以上、侯爵は既に巫女ちゃんの位置を知ってるだろうからねえ。察するに先回りか? なら、こっちもそうさせてもらうってね」

 

 そう言いながら蓮は携帯を手に取る。そして……。

 

「無断で来日した魔王様発見のお知らせだぜ、大将?」

 

 これより起こるだろう人智を超えた戦争を予見しながら、核ミサイル程度には危険な戦に必要な最後のスイッチを、赤いボタンを見かけた物好きのように、呆気なく押した。

 

 

 

 

 曇天。その日は朝から薄暗かった。その上、小雨まで降るのだから憂鬱な朝の通勤時間に追い撃ちとばかりに影を落す。学校へ、会社へと気だるい面向きで道を往く。

 

 しかし……閑静な住宅街が多い青葉台にそれら道を往く人影は無かった。というのも『サークル』に何人か居る結界術士を使い、既にここら一帯の人避けを衛は済ませていた。

 

 本来は日本にある呪術組織《正史編纂委員会》がするべき諸事だが、諸々の手続きを面倒くさがった衛はヴォバンの探索を依頼すると供に人避けも『サークル』に依頼していた。

 

 結果はご覧の通り。日本に住まう『民』に属するメンバーらの手によって既に青葉台からは人の影がなくなっていた。後は携帯電話のナビを使い、『サークル』から送られてきた目的地に向うだけ。

 

「―――お邪魔しますっと」

 

 律儀に正面から挨拶をしつつ、図書館に入るとギョッとした目を向ける何人かの職員を見かける。彼らとて《正史編纂委員会》に属する身。突如として人避けの結界を諸共せず、図書館に現れた青年の姿をキチンと知っていた。

 

「『堕落王』―――閉塚衛様!? 御身が一体何故ここに!?」

 

「ちょっとした用事さ。それから貴方方も避難をした方がいい。もうじき此処は戦場になるからな」

 

 ひらひらと何ともやる気に欠ける所作で衛は言う。どうにも、見ず知らずの人間とコミュニケーションを交わす能力は彼には備わっていないようだ。

 

「それは一体どういう―――」

 

「ことの詳細は事態が動けば自ずとわかんだろさ。あ、ついでに沙耶宮か甘粕か、どっちでもいいから「万理谷祐理を守った方が良い」ってことと「ヴォバン侯爵来襲」って情報を伝えといてくれ。なるべく速くな、そう時間はない」

 

「なっ―――はっ―――!?」

 

 突如とぶつけられた規模の大きな案件に職員は呆気に取られる。だが、そんな職員にそれ以上の言葉をかけることなく、勝手に知ったるかといった風に職員の横を素通りしながら図書館二階の閲覧室まで衛は登っていく―――。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

“なんだ……? 人の気配が無い……?”

 

 万理谷祐理の気配を卓越した野性の勘で嗅ぎ分けたヴォバン侯爵が訪れたのは東京都目黒区にある青葉台。『死せる従者』の一人である魔女に人探しをさせた結果、彼女は此処にある図書館からヴォバンの気配を探り当てたとのことだった。

 

 だが、訪れたそこは都心の一角にも関わらず余りにも人通りが少なかった。ヴォバンは特に気にした様子はないが、王の従者であり騎士たるリリアナは余りの人気の無さに疑念を抱く。

 

「……クッ、纏めて用事を済まそうかと思ったが、これは順番に様子を済ませる必要がありそうだな。無聊の慰めに足る楽しみが増えたことに感謝するべきか、面倒だと悔やむべきか」

 

 くつくつと笑うヴォバン。まるで事情を察したような態度だ。問うようにリリアナは視線を向けるがヴォバンは一瞥し、一言「今に分かる」と言ったまま、ズンズンと道を歩んでいく。何やら嫌な予感がしてきた……。

 

(―――これは人払いの結界……まさか、まさか……)

 

 秘した来日ということで無論、かの王に察せられぬよう工面はした。目の前の魔王が些事に拘らない大雑把さを持ち合わせる所為で完全に秘すことは不可能であったが、少なくとも四年前の事態を考慮して、可能な限り耳に届かぬよう務めた。

 

 しかし……この結界は明らかに事前に用意されたもの。街から人を消すなどと、そんなことを態々する理由など、現状一つしかない、そしてそれを行なえるだろう人物の名も。

 

「此処だな」

 

 キリキリと胃が痛み出しているリリアナを余所にヴォバンは《正史編纂委員会》が管理する図書館。それを見上げ、眼前の自動ドアを資料を見に来た学者のような自然さで呆気なく通って、内部に侵入し―――――歓迎とばかりに駆けつけた雷光を見上げた。

 

「ハッ―――――」

 

 実に楽しげな笑み。殺到する雷光は既に目前。回避する暇を与えぬ不意討ち速攻。そんな熱烈な歓迎を前に最古参の魔王は笑い、笑い、そして……。

 

「挨拶だな若造」

 

 何処からとも無く無音で現れた騎士が己が身を挺してヴォバンを守る。直撃する雷撃。優れた魔術師でも用意に操れぬ高火力の雷撃を受けた騎士は死人めいた身を焦し、そのまま黒炭となってボロボロと消えた。

 

「それはこっちの台詞だ、クソジジィ」

 

 突然、目の前で起きたジャブというには余りに苛烈なやり取りに呆気に取られるリリアナは頭上から投げられた言葉にハッと見上げる。

 

「御身は……!」

 

「そちらの騎士は初めましてか。暴虐自由な魔王の従者、まことに同情するよ。だが、安心するといい、今日でお役ゴメンだぜ? 何しろ、魔王様は命日を迎えるからな」

 

「四年前、亀になることしか知らなかった若造がよく吼えるものだ。それに『王』たる身でありながら相変らず幼稚な反応だな」

 

「亀の甲羅すら打ち砕けなかった口だけの傲岸不遜な犬っころよりマシだろ、駄犬。それに本性を取り繕うための上辺だけの礼節には興味ないな」

 

 早くも交わされる挑発の嵐。両魔王は一側面でよく似た性質を秘めていた。即ちは敵は徹底して排する。両者の違いはそれを成す感情が喜か怒かの差違でしかない。

 

「殺し合う前に一応聞いておいてやる、何が目的だ」

 

「何、君も知っているだろう儀式を暫し前に思い立ってね。『ジークフリート招聘の儀』。嘗てアレを失敗したことに未練を覚え、こうしてもう一度行なうために趣いた次第だよ。……こちらも一応聞いて置こう。こちらに住む巫女、万理谷祐理の身柄を寄越したまえ。一度、矛を交えた宿敵として、それを以って矛を収めることを約束しよう」

 

 特に隠し立てすることなく目的を晒すヴォバン。その言葉にいっそ場の緊張が高まっていく。最早―――行き着く先は一つしかあるまい。

 

「へえ、卑しい犬同然に勝手に掻っ攫っていくと思ってたんだが……?」

 

「嘗ての君の奮戦に対する私なりの報酬という奴だよ。私の目的はあくまで未練を果たすことでね。此度は無聊の慰め、ただの戯れだよ。君との戦から四年、退屈は相変らずだが餓えるほどではない。最も……餓えを癒すに値する獲物が目の前にいるならば別だがね」

 

 刹那、チリッと……緊迫が大気を震わせる。

 

「上から目線にさっきから随分と。一々、副音声で「弱いなりに頑張った若造に年上からのささやかなご褒美だ」と、聞こえるんだが?」

 

 『怒』の色が混ざっていた衛の言に険悪が混ざる。衛が目を細め、ヴォバンが喜悦を浮かべる。いよいよ爆発寸前の風船のように膨らんだ緊張の中、ヴォバンはいっそ、ニヤリと笑みを深め、壮絶な毒を含めた言を楽しげに口にする。

 

そう言ったのだが(・・・・・・・・)聞こえなかったかね(・・・・・・・・・)?」

 

「―――――オーケー、死ね。クソジジイ」

 

 元より和解など有り得ない。言うや否や群狼と死者と嵐が。大地を統べる雷光が。人間には許されざる強大な呪力と共に吹き荒れる。

 

「騎士としての追従は不要だ、クラニチャール。君は例の巫女を捕らえたまえ。こちらでの用件を終えたならば直ぐに取り掛かるゆえな」

 

「いいや、此処で死んどけ……クソジジィ!!」

 

 神殺しと神殺しの戦が始まる。最早、余人が混ざる余地などなく人智を通り越した魔人の戦を前に出来ることなどリリアナには無い。魔王らの言葉を背に受けながら撒き添いにならぬよう飛翔術にて即座にこの場を離脱する。

 

「やはり、こうなってしまったか……!」

 

 背を向けた魔王らの仲の悪さは四年前から知るところ。だからこそ、ヴォバンが密かに来日すると決めた瞬間から出来るだけかの魔王と居合わせぬよう心掛けた。

 

 しかし、両者共に魔王。神すら殺めたカンピオーネ。同じ大地に揃った以上、何も無いなどとそれこそ奇跡の産物だ。自らの不足にため息を吐きながらリリアナは曇天の空を駆け抜ける―――。

 

 

 

 

 攻め手と守り手。両者が両者の役割を演じたがゆえに戦闘は開始早々に膠着状態へと陥った。

 

「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」

 

「往け、我が死せる従僕共。そして、駆り立てろ猟犬共」

 

 『母なる城塞』の言霊を謳い上げ、現界する山羊の神獣アルマテイア。雷を身とする無形の山羊に対してヴォバンは『死せる従僕』と『貪る群狼』。二つの権能を簡単に使用して、立ち向かった。

 

「同時使用かよ……相変らず滅茶苦茶な」

 

 呆れたような衛の呟き。権能の同時使用はそれこそ歴戦となればなるほど当然のように使用してくる。神殺しの権能は限定されているようで極めて柔軟。持ち主が望むとおりに姿を変える事はままあるし、応用もまた然り。

 

 衛の場合は半独立して動く神獣アルマテイアはその性質上、別の権能を併用してもフィードバックは少ない。権能とは一つでも手に余る神の力。如何に神殺しといえど権能の併用は中々の負担だ。しかし―――最古参の一角はそれを容易くやってのける。

 

 ―――オオオオゥゥゥゥンンンンンッ!!

 

 雄叫びを上げる『狼』。ヴォバンの権能によって呼び出された灰色の群狼は生態系に生きる狼と違い、その健脚にして獰猛。さして距離の無い階段を瞬く間に詰め、二階に位置取る衛との距離を消す。さらには猟犬を巧みに使い、その隙間を縫いながら剣を槍を弓を引く、『死せる従僕』。生前はさぞ名のある騎士だっただろう残滓か、その行動は俊敏にして秀逸。一瞬の内に包囲網を完成させる。

 

 逃げ道の無い袋小路。しかし、元より衛は回避も逃亡も選ばない。何故ならば―――。

 

「……手下を差し向けるだけとは随分余裕だな、お前が来い」

 

「様子見と言う奴だ。すぐに終わらせては興ざめというものだろう?」

 

 衛の全身を覆う稲妻の輝き。女神アルマテイアより簒奪した無敵城塞は攻撃の一切を遮断している。元より、ヴォバンの『劫火の断罪者』をも防ぎきった堅牢な守りだ。獲物を駆り立てる役以上を担えぬ『狼』は勿論、卓越した技巧者である『死せる従僕』では火力不足。ゆえに守りは崩せない。

 

「とはいえ詰まらぬのも事実か、ならば足すとしよう」

 

 瞬間。天を衝くような轟音と共に図書館の天井が文字通り吹き飛んだ。さらに続くは衛の操る稲妻もかくやという雷。大気を鳴らす轟音と衝撃が衛を襲う!

 

 権能―――『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』。気付くと亡き天井から覗く曇天の空には雷光と暴風、そして叩き付けるような雨が降っている。

 

「無駄だ―――!」

 

 稲妻を操る、というならば利は衛にある。それのみに特化した権能と嵐を司る権能では役者が違う。総合的破壊力で有利なのは間違いなく後者であるが、ジャンルでの競い合いなら特化している方が上を往く。さらに大火力でも打ち破れぬ堅牢な守りはそう簡単には崩せない。

 

「堅いな―――だが、そうでなければ未練を晴らしに来た意味が無い!」

 

 くくく、と笑うヴォバン。彼の感情が猛るにつれ、嵐もまた勢いを増していく。降り注ぐ雷の雨霰。猟犬の牙。名騎士らの怒涛の攻め。一同に襲い来る脅威を前に城塞はいまだ健在。最古参の魔王の怒涛の攻めすら物ともしない。

 

 攻めるヴォバンに守る衛。己が得意とする領分で振り切れている両者だからこそ此処に膠着が生まれていた―――時に同族にすら「戦争」と称されるほどの高い火力を持つ権能が多いヴォバンとそのヴォバンをして遂に突破できなかった堅牢極まる守りを持つ衛。対極に位置し、尚且つそれに特化する両者だからこそお互いがお互いを突破できない。

 

 ゆえに此処で互いの有利を決定付けるのは使い手の技量だった。ヴォバンは歴戦ともいえる経験と同族の中でも取り分け鋭い野性の勘で。衛は戦いの中でも泰然とした冷静さと攻め手の隙を見出す戦眼で。

 

(相変らず攻め続けることに隙が無いな……)

 

 悠然と構えるヴォバンに思わず衛は歯噛みする。『狼』と『死せる従僕』、手先で操る『疾風怒濤』。本人は戦場で慢心する貴族のように隙だらけだが、だからこそ……隙が無い(・・・・)

 

 何故ならば、最古参の魔王が防御する素振りもなく漫然と構えているのだ。これほどあからさまな罠はあるまい。ヴォバンと戦うのは二度目。そのため衛がヴォバンを知るようにヴォバンもまた衛を知る。

 

(城塞と稲妻は同時には使えない……攻撃に転じた瞬間、一発でやられるなこれは)

 

 そう、汎用性が高く、それでいて堅牢な無敵城塞唯一の弱点。それは攻撃と防御の両者を同時に行なえないことだった。攻撃に転じれば縦横無尽の神速を以ってこの軍勢を一掃することも可能だろう。なんなら、ヴォバンごと焼き尽くすことも。

 

 しかしその間、衛と外脅威を隔てる守りは失われる。そうした場合、衛は非常に危険な状態に陥る。何せ衛は武道も魔道も嗜んでいない。生粋の守り気質と権能使いに特化しているため、相手を傷つける技術を持ち合わせていないのだ。

 

 これは女神ダヌとの戦いでも指摘されたことだった。肝心要の無敵城塞こそが最強の攻撃にして守り。そして同時にそれを行なえない以上、守りに徹するほか衛に手立てはなかった。

 

 同時に―――対するヴォバンも打てる手立てが少ないことに鼻を鳴らした。『ソドムの瞳』『疾風怒濤』『貪る群狼』『死せる従僕の檻』『劫火の断罪者』―――それ以外にも戦争に特化した権能を多く持つヴォバンだが、そのヴォバンをして衛の守りの手管は認めるところだ。

 

 古今、攻城戦に用いられる手は究極的に二つだけ。守りの要となるモノを無力化するか、兵糧攻めの持久戦か。或いはこれらを突破する奇策があれば話は別だが、ヴォバンはそのような手を好まないし、第一守りのスペシャリストがそれを見逃すはずが無い。

 

 では、どうするか? その思考は一瞬だった。数多の神と神殺しと矛を交え喰らい生き延びてきた当代最古参の魔王―――その王道は実に明快、真っ向から敵の全力を撃ち滅ぼす、堂々たる戦争である!

 

 『狼』が消える。変わりに悠然と構えていた老人の姿が様変わる。これぞ『貪る群狼』のもう一つの使い方。自らも人狼という異形に転身する能力。図書館を粉砕しながら狼の姿となったヴォバンは体長にして三十メートル前後。神獣アルマテイアの全長をも凌ぐ巨大さだ。

 

 ―――オオオオオォォォォォォォォォンンンンン!

 

 咆哮轟いた瞬間、諸共が音の衝撃で吹き飛ばされた。図書館は言うに及ばず王命に従い武器巧みに操っていた騎士らごと悉くを吹き飛ばす。

 

「傍迷惑なクソジジイめ……!」

 

 周辺に齎された大被害に苛立ちも相まって毒づく衛だが、いよいよ人狼に造形を変えたとなればヴォバンも遊び抜きで来る。油断すれば……衛とて危うい。

 

『さあ、往くぞ若造。その守り、このヴォバンが見事破って見せよう―――!』

 

「ハッ、四年前の再来だ。同じくして、悉くを守り抜いてやる―――!」

 

 戦意高らかに吼えた二人の戦いは更なる苛烈を極める。巨大化したヴォバンを前に鎧状にしていた城塞を半球体、ドーム状に展開する。巨体になろうと守りは突破されない自信がある。

 

 しかし我が身で受けるにはあの力は強大にして強靭。攻撃を通さずとも吹き飛ばされかねない。そうした場合、敵に少なからず隙を作ってしまう可能性がある。

 

 身を覆った守りに不足無くとも手元を誤れば、一瞬の隙すらヴォバンは見逃すまい。そう考えての形状変化である。

 

 ―――オオオオォォォォォンンン!!

 ―――オオオオォォォォォンンン!!

 ―――オオオオォォォォォンンン!!

 

 叩く、殴る、蹴り付け、噛み付く。たったそれだけの攻撃行為。しかし三十メートルを越える巨体と神々すら喰らう餓狼の攻撃だ。守りは顕在、されど結界は軋み、表面にスパークを瞬かせながら無傷とはいっていない事を示唆している。

 

(守り続けてもジリ貧だな。それこそ手元の呪力の削り合いになる……だが)

 

 これは意外なことであるが、呪力の量を比べた時。ヴォバンと衛に大差は無い。ともにやることは単純明快、絶対的な火力で押し通るか、絶対的な守りで打ち破るか。特化している分、呪力の高さもそれを賄うにふさわしいものとなっているのだ。

 

 単純な呪力の削りあいに戦いの様相を変えた場合、勝負は時の運と両者の権能の運用、やはり技量の差に寄る。十全な守りのみを要求される衛と隙を逃がさぬ巧みな攻めを要求されるヴォバンとでは僅かに衛が有利、事実四年前はそれで勝利し―――だからこそ現状が恐ろしくもある。

 

(歴戦の神殺しが通じなかった同じ手を使う?)

 

 有り得ないと断ずる。確かにヴォバンと言う魔王は全てを全て、持てる自身の力を以って真正面から打ち砕く、よく言えば正道の、悪く言えば単純な戦い方だ。そして単純ゆえに隙は無く、単純ゆえに対抗策もまた単純なものになる。

 

 そして単純さを押し通らせる(・・)からこそヴォバンと言う魔王は恐ろしいのだ。度合いでいったら単純に堅いという衛もそうだ。ゆえの対極、ゆえの不倶戴天。ベクトルが真逆なだけであって二人の手管はとても似ていた。

 

(……だったら必ず用意しているはずだ)

 

 真正面から守りを打ち砕く術を。懇々と狙っているはずだ。渾身の一撃を叩き込むその隙を。だからこそ、現状相手に付き合わさせられている(・・・・・・・)はマズイ!

 

 だが―――だったらどうする? 身の守りを解けば丸裸同然。二、三の攻撃はヘルメスの靴で回避できるかもしれないが『次』が無い。かといって守り続ければ、それ即ち敵の思う壺だ。守らされている以上、ここらで攻撃か或いは別の変化をつけなければ相手の土俵で踊らされ続けるのみ。

 

(手元の守りを解かず、尚攻撃ないし状況変化に転じられる手―――)

 

 考えて、考えて、考えて―――ふと、脳裏に過ぎったのは此処まで来るのに使った携帯のナビゲーション。

 

(防御したまま、攻撃、目的地、移動、案内、履歴……履歴?)

 

 瞬間、全く別の知識、断片的に浮かび上がったそれらを繋ぎ合わせる電撃的な閃きが脳裏に浮かぶ。

 

「これだ―――!」

 

 試すのはぶっつけ本番。しかし、いける(・・・)という確信があった。

 

『何ッ!?』

 

 攻撃一辺倒のヴォバンに驚愕が浮かぶ。次の瞬間、振り上げた腕が空白を掠る。目標とする結界を打つ堅牢な感覚が戻ってこない。だが動揺は一瞬。何故ならば原因は一目瞭然だったからだ。

 

『形状を変えたか! だが、それで意表と突けると思ったか!?』

 

 ドーム状から鎧状に。神獣アルマテイアの守りを変化させたゆえに生じた攻撃の外れ。しかしそんなものはこけおどしにすらならない。目標が消えたわけでもないのだ。目測を正せば、先ほどの再演にしかならない。

 

 ―――オオオオオオォォォォォォォンンンンンンッ!!

 

 戦いは巨人対人の様相となった。ならば後は単純な結末だけ。如何に守りに長けた使い手であろうと、攻撃を通さない守りであろうと、

 

『さあ、空を舞うがいい。鳥の気分を味わわせてやろう!』

 

 その場に踏みとどまり受け切ることは不可能―――!

 

 ―――オオオオオオォォォォォォォンンンンンンッ!!

 

 二度目の雄叫び。同時にヴォバンが突貫する。人狼らしい二足歩行の突撃。大きくなればなるほど普通は動きが鈍くなるはずだが、この神殺しには道理が適応されないらしく、実に俊敏な動きでの突撃だ。巨体も相まって、なるほど喰らえば確かに受けきれない。ゆえに―――。

 

「我、地上を流離う者! 天上に言霊を届ける者! 冥界すら下る者! 我が伝令の足は疾く目的地へと赴き、縦横無尽と地を天を冥界を歩み往く―――!」

 

 女神アルマテイアに続き、殺しせしめた『まつろわぬヘルメス』の権能。その言霊を叫ぶと同時に衛は知覚範囲を拡大した(・・・・・・・・・)

 

「ぐっ!?」

 

 強烈な頭痛。普段、衛がセンサーと呼ぶ感知網。それは大地を統べる女神だからこその能力だ、大地の異変を感知し、それらから大地を守るための能力。守りの結界から発展させた応用法だが、戦いに(・・・)持ち込んだのはこれが初。

 

 ヴォバンの苛烈な一撃から身を守る鎧を維持しながら感知網を広げるのは中々の負担らしく、中々辛いフィードバックを代償とするが。

 

「目論見通り、これならいけそうだ―――!」

 

 さながらラリアット。巨木もかくやと迫るヴォバンの前足が衛に直撃する―――寸前、衛の姿がヴォバンの前から完全にかき消えた(・・・・・)

 

『何だと―――――!?』

 

 その衝撃たるや先ほどとは比べ物にならない。攻撃が当たらなかったどころではない完全に、残滓なく、衛の姿が何処にも無いのだ―――!

 

「そら返すぞ―――!」

 

 そして、決定的な隙を見逃すほど神殺しは甘くない。驚愕落ち着かぬヴォバン。その隙を縫ってヴォバンの胴体部に現れた(・・・)衛は堅牢なる鎧を身に纏ったまま全力を込めた拳を叩き付けた。

 

『ガッ―――!』

 

 隙だらけの胴体に一撃を叩き込まれたヴォバンは苦悶の声を上げた。予想外の一撃に思わず怯んだヴォバン。その隙に衛は次々に拳打を叩き込んでいく。

 

 一発、二発、三発、四発、五発―――!

 

 胴体から後ろ足へ。後ろ足から背へ。背から眼先へ。眼先から頭蓋へ。頭蓋から顎へ。点々と前触れ無く移動する様は神出鬼没。もはや早いではなく瞬間瞬間に現れる衛の移動法―――その技法、歴戦たるヴォバンは思い至り、愕然とする。

 

『ク、ククク、ハハハハハハハハハハ!! その移動法、覚えがあるぞ! 瞬間移動(・・・・)! そのような権能を隠し持っていたかッ!!』

 

 最古参の魔王たるヴォバンに続く古参の魔王。中華の地に住まう神殺しの魔人、羅濠教主。嘗てイギリスの地にて彼女と相対した時に彼女が見せた超絶的な移動法、瞬間移動。極短距離を瞬間的に移動する魔術だが……権能を用いたものにせよ、これほど連続して鮮やかに行なうものなどヴォバンは彼女以外に見たことが無い!

 

 これこそ、衛の見出した手。ヘルメスの権能、近距離の瞬間移動は移動元と先を予め定めていなければ使用できない権能だった。戦闘中、一々設定しながら使うには使い勝手の悪い権能だが……ここで城塞の知覚結界が役に立つ。

 

 知覚範囲を広げ、異変を感知するこの能力を以って、衛は戦場となっているこの地を中心とした周辺全てを常時(・・)知覚している。本来、人間の五感にて一々、位地を把握し、設定し、移動する。この過程を知覚結界を以って克服したのだ。

 

 無論、負荷は相当なものとなる。状況の機微に対する瞬発力や先に述べたヘルメスの権能が生きるとメリットは多いが、周囲の状況を余さず知覚し続けるなど相当以上の集中力を強いられる。保って、数分。しかも初の運用ということもあって長くは持たない。

 

『ふ、ふはは、ハハハハハハハハハ! 楽しませてくれる!!』

 

 呵呵大笑とするヴォバン。その間にも衛は絶えず瞬間移動を駆使してヴォバンを殴る殴る殴る。その拳術は術と呼ぶには稚拙極まるものだった。武道を嗜まない上、争いごとが苦手な衛だ。仲間を傷付けられ、報復に喧嘩を行なうことが過去にはあったにせよ、基本戦いには不慣れなのだ。一重に守るといっても喧嘩だけが手段ではない。

 

 手を尽くして守り抜く。傷つけたものは苛烈なまでの報復を。それが衛のモットーでありスタイルだ。喧嘩は二、三積んでも、だから殴り殴られが得意とは限らない。

 

 だが、この状況においては寧ろ不慣れであることが功を奏していた。普通、殴り合いになれたものは拳を振るう時、加減をする。これは何も相手をより甚振るためではない。全力で殴れば己の拳も傷付く。

 

 ボクサーなどのスポーツ選手などが手に緩衝材を仕込んでいるのが拳を痛めないためであるように喧嘩慣れしてものほど得物である拳が使い物にならなくなる事態を防ぐため程よい加減をするのだ。

 

 しかし衛はそんなことは知らないし、また出来ない。殴ることは拳を握りこみ全力をとして行なうこと。だからこそ加減はしないし拳を痛めるなどとは頭の中に存在していない。

 

 通常、ただでさえ頑丈な神殺し。それも狼に転じたヴォバンの巨躯を全力でぶん殴るなど下手をすれば腕ごと使い物にならなくなる行為であるが、衛には鎧がある。これは内と外とを隔てる絶対の守り。これを通して殴る限り拳を壊すほどの衝撃が手元に戻ってくることない。

 

 ―――詰まる所、ボクサーのつけているグローブのような役目を鎧は果たしていた。しかもグローブと違い完全な遮断を。

 

 ゆえに衛は容赦なく加減なく限界なく、全力で殴り通せる!

 

「もう一発!」

 

 ここでヴォバンの巨大さが仇となる。人間大、それも瞬間転移を駆使する優れた機動力を持つ相手では流石のヴォバンもこの姿のままでは不利だ。動きは悪くないが的が大きすぎて回避しきれない、攻撃の面では逆に的が小さく狙い打てない。

 

 正に形勢逆転―――と思うほど衛は楽観していなかった。そして事実、形勢逆転と言うには時期尚早だ。何故ならヴォバンはこの技を見たことがある(・・・・・・・)。しかも戦いの中、実際に打ち破って見せた。

 

 根底にある仕組みは異なれど、技術が同じならば……同じ対応法で潰すことが可能!

 

 ―――オオオオオオォォォォォンンンンンッ!!!

 

 ヴォバンの呪力が猛る。瞬間、暴風が暴雨が落雷が―――権能『疾風怒濤』が真価を見せた。

 

「くぅうう!!」

 

 絶え間ない攻撃の波動。暴風は嫌がおうにも足を止めさせ、もはや霧同然と視界を染め上げる豪雨は知覚を妨害し、落雷が逃げ場を潰していく。

 

 轟! 轟! 轟! 轟! 轟!

 

『ハハハハハッ! いいぞ、いいぞ!! 逃げ惑え! 次なる一手を見せてみるがいい!!』

 

「チィ、調子に乗るなクソジジイ!!」

 

 笑うヴォバンに初めて衛は鎧を解除し、攻勢に映る―――かなりリスキーではあるが、瞬間移動が可能である以上、咄嗟の移動もいまやお手の物。これは持続可能な間にヴォバンを倒すしかないと確信したのだ。

 

 これ以上の長期戦はこちらの不利。先ほどまで呪力の削りあいを演じていたヴォバンだ。一度負けた舞台を演じるとは、とどのつまり、その舞台で勝てると踏んだ策があると言うこと。相手の舞台が不利である以上、流れが自分に引き寄せられている間に決めるしかない―――!

 

「全力疾走! 駆け抜けろォ! アルマァァァ!!」

 

『Kyiiiii―――!!』

 

 大気すら発熱させる膨大な呪力が流れ出る。それらは刹那に稲妻へと転じ、主の勅命に応えんと稲妻となった神獣アルマテイアが駆け巡る。

 

『グッ、おおぉぉ!?』

 

 神速、にも関わらず縦横無尽。それ正しく電光石火とヴォバンの体表を削るように駆け巡る。その熱量は豪雨を溶かし、暴風を突きぬけ、落雷すら届かない。疾く、疾く、ひたすら疾く、と急くような怒涛の攻撃にヴォバンも苦悶の音を上げる。

 

「クソ! しぶといッ! いい加減くたばれクソジジイ!!」

 

 だが、最古参は伊達ではない。乾坤一擲の押し込みをヴォバンは『貪る群狼』に渾身の呪力を供給することで耐えていた。

 

『ハハハハハハハハハハ! なるほど四年前とは比べ物にならん! 面白いぞ……ならばこそ、相応の返礼で応えなければ名が廃ると言うもの!』

 

「ッ!? 来るか!!」

 

 愉快と笑う声と共にこれまでに無い膨大な呪力のうねりを衛は察知する。衛は攻撃から防御へ。神速で鎧の守りを構築する。衛の一撃に応えるとヴォバンは言った。

 

 ―――来る、返し手が。最古参の魔王が見せる全力の返礼が。

 

 ヴォバンの姿が人間に戻る。『貪る群狼』を解除した? 強靭な肉体無き今ならヴォバンを倒せるか―――その思案は次の瞬間に肉体ごと吹き飛ばされた。

 

「良い気分だ! さあ、吹き荒れろ風よ! 大地諸共打ち据えろ雨よ! その威容を示すがいい雷よ!!」

 

「う、おおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 ハリケーン。脳裏に浮かんだ単語は正にそれだ。日本国内で何度か観測される竜巻。それとは比肩にならない大嵐が城塞を鎧と纏った衛をその守りごと上空へ打ち上げる。人体を容易く打ち上げる猛り狂う上昇気流は、殆ど全壊に等しい図書館を完全に粉砕したに飽き足らず、周囲の住宅街……その住宅ごと(・・・・)上空へ打ち上げた。

 

「本気の『疾風怒濤』ってか! 笑えねえぞオイッ!!」

 

「何、自ら手繰ればこんなもの(・・・・・)だ。四年前には見せたことが無かったか。いやいや、実の話、こうして手ずから操るのは久しぶりだ」

 

 上空に打ち上げられた衛の悪態に悠々と返すヴォバン。雷鳴轟音吹きすさぶ中、よくも耳に届いたと下らない感心を衛は抱くが、その余裕はいよいよ以って消えた。

 

「嘗て君に防がれた『劫火』の権能。アレは実は戦闘用ではなくてね。とはいえ、威力は私も自負していた。それを見事防いで見せた君の守りは間違えなく同族でも屈指のものだ。それほどまでに守りに長けたものは我が人生においても片手で数えるほどだ」

 

 ヴォバンが認めた。その事実をしれば彼を知るもののみならずあらゆる魔術師が驚愕に目を剥くことだろう。最古参、百戦錬磨の神殺し。その中でも取り分け戦闘に長ける王の言葉なのだから。

 

「だからこそ、それを真っ向から破って見せようと君と戦った四年前から決めていたのだよ」

 

 いつの間にか二人称は変化している。この瞬間、ヴォバンはこの同族を初めて対等(・・)の者として見た。だからこそ―――。

 

「四年前の再現だ。さあ、この一撃は果たして守りきれるか!!」

 

 ―――最古参の魔王、その本気が現出する。

 

「がぁ!? アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 刹那、衛を中心として台風が起こった。

 

 台風、と一言聞けば日本人は風雨激しい有り触れた災害を思い出すだろう。しかし知っているだろうか、この災害が核兵器何千発分の威力を秘めていることを。自然の猛威、それは科学を得た現代とて超越したエネルギーを秘めている。

 

 風伯、雨師、雷公。嵐の三神。これを殺して得た権能『疾風怒濤』。ヴォバンの感情により天候の顔色を変えるのみだったこの権能は―――それら天災を一個人の手に収めた力だ。ヴォバンが本気でその猛威を振るえば地球規模での天候操作すら可能。

 

 ゆえに―――人工的な台風の精製など容易い。そして、流石に鉄壁を誇る衛の守りを以ってしても全方位(・・・)から襲い来る規格外の攻撃力に晒されて尚、振り切れた防御は持ち合わせていなかった。

 

 平衡感覚が乱される。さながら気分はドラム式の洗濯機に叩き込まれたよう。正し、洗濯に使われる水は風の勢いに煽られ銃弾が如く。暴風は我が身を締め上げる巨人の腕の如く。絶えず直撃する稲妻は碌な受身も取らせぬ空中で容赦なく衛を打ち据える。

 

 余りにも馬鹿げた火力と容赦の無い攻撃の嵐。共に打ち上げられた家を始めとした被造物は打ち上げられて数秒とかからず微塵と化した。これまさに天の災害。

 

 無敵を誇った城塞は遂に砕け散る。嵐の攻城戦を征したのはヴォバン侯爵であった。悲鳴は暴風と轟雷の中に消え、衛は彼方へと吹き飛ばされる―――勝敗は決した。

 

 

 

 

 そうして……眼が覚めると日本本土の全体像が目に入った。否、日本どころではない。具体的には青い惑星(・・・・)が見えていた。

 

「子を育てるは……母の、愛。……乳を、与え、蜜を、与え……子の未来を、ゆめ、見て……母はその腕に抱かん……」

 

 呼吸が出来ない(・・・・・・・)上、全身が激痛で最早患部が分からぬほどの重症。それでも衛は残された僅かな気力で言霊を紡ぐ。それは嘗て全焼同然、真っ黒焦げの両腕さえ治療した権能『母なる城塞』の治療術。それを行なうための言霊だ。

 

 ドクン、と心臓を起点として静電気規模の稲妻が体表を這う。すると、少しずつだが傷が癒えていく。その治りの遅さ……一瞬で重症から復活する権能を以ってしての鈍足さが衛の重症具合を示している。

 

「やべえ、今回はマジに死にかけた……つーかよく無事だったな俺」

 

 厳密には無事じゃないのだが。一先ず衛は生きている今に感謝するように、ホッと息を吐いた。あんまりここで息を吐くのはよくないのだが。

 

「さて、漏れなく落下中な訳だが……」

 

 チラリと青い惑星……地球を見て上を見る―――空、青広がっているはずのそこには果ての無い黒い景色。率直に言って宇宙(・・)

 

 現在地―――成層圏(・・・)。高度五十キロメートルに位地する光景的には殆ど宇宙(・・・・)

 

「色々滅茶苦茶に慣れてきたけど……こういう時、俺は何といえばいいのだろうか……」

 

 ヴォバンの嵐に飛ばされ飛ばされて……どうやら文字通りの上空に打ち出されたらしい。あの老人の強さに畏怖すべきか出鱈目具合に呆れるべきか。まあ、どちらにせよ、ヘルメスの権能がある以上、落下死することはあるまい。

 

 呪力は幸いまだ多少残っている。とはいえ、傷が酷いので直ぐに復帰することは出来ないだろう。このまま日本の地上が見えるまで取り合えず自由落下に任せるしかない。なので、やることの無い、衛は呼吸が殆ど出来ないという最悪死ぬかもしれない状況で一言、

 

「地球は、蒼かった……」

 

 何処かの偉人の台詞をパクリながら、暫し空の旅に甘んじるのであった。




作者は理系じゃないので科学は詳しくなかったりする。
なので、専門家にとってはそうじゃないということもあるかもしれませんが、そこはそれふわっふわした作品と言うことでお許しをば。

そして、戦いはまだ終わらない。
クッソ誰だ! ただでさえ長い戦闘描写を連続させるプロット書いたのは!!

……私でしたね。(後悔)


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終わりを告げる戦乙女

すまぬ。風邪でくたばっておったのだ……。

今回は繋ぎ回。戦闘まで行くと収拾付かなくなるので。
主人公も今はまだ空の旅行中だからネ!




「ぐ……ぬぅ……」

 

 埒外の強風によって崩壊した街並み。その被災地の中心点にあるはヴォバン侯爵。片膝をつき、重い息を吐く様は正しく疲労困憊だ。流石の最古参の魔王も無敵城塞を破るため披露した『疾風怒濤』の消費呪力は少なくなかったらしい。

 

 手負いの狼、現状ヴォバンに似合う言葉はそれで間違いあるまい。ただ、手負いであることと弱っていることはイコールとはならないことを念頭に入れる必要があるが。

 

「……仕留め損なったか。まあ良かろう。目的は果たした。何処まで飛ばしたかは知らぬが早々に戻ってくることはあるまい」

 

 空の彼方を睨み、フンと鼻を鳴らす。無敵城塞は確かに破った。しかしそれによってかの魔王が死んだとはヴォバンは欠片も思ってはいない。とことん生き汚いのが神殺しであり、その死体を確認できない以上、生きていると考えるのが妥当である。ましてやアレは地母神に類する権能を有している。『死と再生の神』の不死性は諸々の知識に興味のないヴォバンも知るところだった。

 

「―――さて」

 

 四年前の汚名は晴らした。無敵城塞を砕いた以上、ヴォバンが衛に果たすべき用事は済んだといえよう。或いは、このままあの王の帰還を待ち雌雄を決するも吝かではないが……。

 

「悪くは無いが良くも無い。このヴォバンが同じ目的を二度も果たせぬなど笑い沙汰にもならん」

 

 あくまで本命は『まつろわぬ神招来の儀』であることを忘れてはならない。流石に二度目となれば如何にヴォバンとて初志貫徹の心意気だ。闘争を求め、戦う事を生きがいとする以上、儀式自体は蛇足であるが、そうと決めて二度も頓挫したとなれば、己のプライドが許さない。問題はアレが先んじて遠ざけたであろう巫女の居場所だが……。

 

「クラニチャールの娘を辿れば、どうにでもなろう。もっとも、あの娘が忠実に我が命を遂げていればの話だが」

 

 ヴォバンは勿論、リリアナが内心に抱いている反抗心を心得ている。その上で面白いと傍に仕えさせているのだ。彼女がヴォバンに反逆しようとそれはそれで構わない。その場合は死の従者が一人増えるだけだ。

 

「或いは、我が猟犬共で狩り立てるのも一興か」

 

 どちらにせよ、暇は持て余している。拙速に事を運ぶことは重要だが、元より蛇足。遊興に耽るも悪くないだろう。時間を掛ければあの王が戻ってくる。目的を果たすことは重要だが、しかしあのまま闘争に酔うも良かったというのも事実。

 

「クッ、いかんな。どうも心の猛りが治まりを知らんと来たか」

 

 儀式か闘争か。半ば、思考が戦に固まりつつあることを自覚し苦笑しながら首を鳴らす。結局のところ、ヴォバンが求めるものは戦いなのだろう。

 

「―――どうかね。王の仇を討つというならば、一向に構わんぞ? 不燃焼なのは私も同じ。君ならば不足は無く、そして何より……そう時間も掛かるまい」

 

 そうだろう、と振り向いた先に入るのは第三者。この場には居ないはずの少女。かの王に続く『四年前』に因果を持つもう一人の舞台役者。

 

「嘘……そんな……」

 

 崩壊した街に君臨する魔王を見て、絶望に瞳を揺らす桜花、その人である―――。

 

 

 

 

 ―――彼女が神奈川県にある衛の家を出て行ったのは彼が出陣してから一時間ほど後のことだった。

 

 迷いはあった。他ならぬ恩人からの戦力外通告。彼女が己よりも強いと定める少年の言葉だ。足手まといになるとも考えたが、それでも向おうと決めたのは一重に敵の強大さをよく知っているからだ。

 

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。恐らく神殺しの魔王という名前がこれほど似合う王は彼を置いて他にあるまい。潜った死線の数は神殺し随一のものであり、単純な強さ比べをした場合、世界最強は誰かとすればヴォバンは間違いなく該当する。

 

 如何なる不条理においても勝率がゼロにはならないところが神殺しの恐ろしいところではあるが、それでも群を抜いているのは間違いなくヴォバンである。実際に相対したからこその評価でもある。

 

 それゆえ一度は勝利した衛は神殺しとして瞬く間に知れ渡ったし―――だからこそ二度目が続くとは限らない。それほどまでに別格なのだ。最古参の神殺しは。

 

「もしもし……蓮さん、こんな時間にすいません」

 

 電話する先は春日部蓮。『女神の腕』に所属する二十七人の統率員の一人である。桜花は《正史編纂委員会》に身を置く者だが、本家本元はあくまで九州の『民』だ。協力姿勢を示す祖父の意向と個人的な友好から沙耶宮に協力することは多いが、本来、『女神の腕』は他結社である。

 

 しかし、衛の側近を務める彼女は『女神の腕』にもある程度、顔が通じている。何もかもとは言えないものの融通を利かせる程度には。まして連は同級生でもある。何だかんだで公私混同は余りしない男であるが、己の快楽と『サークル』には忠実だ。王の身に万が一がある可能性があれば、彼女に協力することを惜しむことは無いだろう。

 

『はいはい、夫婦仲よろしいことで』

 

 果たしてコールは三回以内で蓮が応答する。相変らず邪推した言い回しだが今は放置だ。

 

「やっぱり蓮さん経由で連絡していましたね。それで、衛さんは今どちらに?」

 

『王様なら今頃、侯爵様の所だろうさ。位置は掴んだし、先回りも手回しも済んだからな、いやあ、片や夜明け前に、片や早朝に連絡とか。嫁さん含めて人使い荒いねぇ』

 

 批難するような言葉とは裏腹にケラケラ笑う蓮。基本楽しいことが第一な彼にとって変化に富んだ状況を簡単に引き起こす神殺しの臣は悪くない立ち位置なのだろう。

 

「仕事が早いですね、場所は?」

 

『東京の青葉台。察するに置いていかれたか? まあ、王様の気質を考えたら道理だろうな』

 

 バッサリと事情を暴いた蓮の言葉に苦いものを感じながらも桜花ははせ参じるべく言葉を紡ぐ。

 

「衛さんは何時頃に?」

 

『三十分ぐらい前に場所は伝えた。だから今頃は目的地で場合によってはもう戦ってんだろ……参戦する気かい?』

 

「……当然です。あの人一人に戦わせるわけには……!」

 

『ま、相手は最古参の魔王だからなァ。雀の涙程度の助力もあるだけマシかも知れないが、王様の臣下としては意向に逆らうのもどうも、ねえ?』

 

 桜花の参戦を拒否したのは他ならぬ衛である。元々、身内を傷つけられることを極端に嫌うこともあるが、それでも彼もまた神殺し、戦況を見誤ることは無い。ゆえに不要といえば真実、不要なのだ。そしてそれは桜花も蓮も心得ている。

 

「現在進行形で情報を洩らしている人が言う言葉ではありませんね……」

 

『いや、まあ、ねえ? ほら馬に蹴られるのはゴメンだし? それに……友好に順ずるままに王の意思を通すこともできないことはないからサ』

 

 途端、まるで悪戯に成功したような口調で笑う蓮。その声に桜花は嫌な予感を覚える。

 

『そっちの移動手段は察するに電車だろう? 或いは《正史編纂委員会》の車を呼んだか? まあどっちにしても悪いな。早々辿り付けやしないぜ?』

 

「それはどういう―――」

 

 意味深な蓮の言葉、それは丁度鎌倉の駅に着いたとき判明した。電車の運行を告げる電光掲示板、そこに記されていたのは……。

 

「東京県内全車運休、小田急線一部運休……って、蓮さん! 貴方……!」

 

『俺の仕事じゃねえぞ。そっちの組織の意向だな』

 

「《正史編纂委員会》の……? 何故こんな……」

 

『俺らの行動に察したか、現地で王様が告げ口したか。ともかく、東京全域に避難勧告が出てるのさ。それに加え、都心及びそこに通じる各駅に通達して外からの進入を拒んでいる。都心で魔王が激突するかもしれんからな。俺らとは規模が違う人避け……流石は国家直轄』

 

 豪華だねえと、暢気に笑う蓮だが対して桜花は唖然とする。これだけの大掛かりで人避けを行なうなど数年前の《正史編纂委員会》では考えられなかった。如何に魔王同士が激突するかも知れないとはいえこれ程の規模で人避けをするなどと……。

 

『驚いているのは察するが原因の一端は俺らの魔王様だぜ?』

 

「え? 衛さんが?」

 

 桜花の驚愕に答えを返すのは蓮だった。

 

『応さ。日本は今まで王を有していなかったからな。欧州と違って対応が遅れて居たって言うのが少し前までの話だ。実際いただろ? 神殺しの異名を信じない或いは軽んじる馬鹿たちが』

 

「……同じ組織に属している身として申し訳ありません」

 

『別に非難はしてないさ。事実としてそうだったからな。だが、王様が日本に根を降ろし君臨してから数年。まあ日本も魔王様を有するってことがどういうことか理解し始めてきた。とはいえ、まだまだご老人どもの腰は重く、しかも二人目って言うイレギュラーまで起こったから混乱は止んでないけどな』

 

 蓮の語り口は明朗快活―――だが、ここに第三者がいれば恐ろしくも思うだろう。何故なら蓮が語る先は他結社の事情である。あくまで衛旗下『女神の腕』に所属する蓮は《正史編纂委員会》とはさして親交深くない。にも関わらずこれほどまでの事情通。これこそが『女神の腕』が持つ、強みであった。

 

『だけど、そのご老人どもをして先の金沢の一件は効いたらしい。何よりあっちは人的被害(・・・・)が出たからな』

 

「あっ……」

 

 その言葉に忸怩たる思いが込み上げる。そう、人死にこそ奇跡的に起きなかったが、まつろわぬダヌとの戦いは多数の無関係な怪我人を生み出した。

 

『目に見えて痛い目見ないと行動できないのは日本人の悪いところだよなァ。ま、島国で閉鎖された環境だ。色々な些事を対岸の火事と受け取る悪癖はある意味、民族性によるんだろうさ』

 

「じゃあ、あの戦いが原因で……」

 

『今度は死者が出ない、なんて保証はないからな。人死にの処理は面倒だぜ? 特に絶対に真実が露見できない場合、処理方法はかなり限られる。幾らなんでも人間一人の存在を完全に忘却させられるほど《名伏せ》の巫女は万能じゃないだろうし?』

 

 《名伏せ》とは《正史編纂委員会》に属する所謂、隠蔽工作を担当するものたちだ。一般人も混ざる『女神の腕』は例外的であるが、基本、呪術界の事情は表の住民であるものたちには隠されるものだ。危険であることや神殺しという一個人の絶対戦力による横暴があることなど隠す理由は様々だが、少なくとも呪術自体大々的に披露するものではない。

 

 そういった事情から万が一に現場に居合わせてしまったものたちから目撃証言を消すため、記憶ごと封じるのが《名伏せ》の巫女の役割であった。彼女らの力は優れているが、血を分けた家族、人生の大半を共に過ごした親族の記憶を封じて弊害を出さないなどということは流石の彼女達でも不可能だろう。

 

『まあ、それでも大胆な口封じ(・・・・・・)で言葉は封じるだろうが、何百何千規模で出来るはずもなし。だからこそ、多少陰謀なんだのと後で騒がれることがあっても、いっそ事前に強引な人払いをした方が得だろう?』

 

 詰まる所、この都心全域に掛けられた大規模の避難勧告は『先の手間』をとった結果と言うわけだ。それ自体に不満は無い、見知らぬ他者とはいえ死んで良いなどと思い訳がない。しかし……タイミングが絶妙に悪い。

 

「なるほど……貴方が容易く口を滑らしている理由が分かりました。どうあれ、私が着く頃には事が終わっているからですね?」

 

『悪いね。こっちもこっちで王様の臣下でね。忠義心はさらさら無いが、同時に反抗心もさらさら無いのさ。意向に忠実な程度にはうちはどいつもこいつも弁えてるさ』

 

 電話口でも分かる肩を竦める所作。そう、これは何ら可笑しいことではない。『女神の腕』にとって桜花は彼らの王にとって大切な人物だ。だが、だから彼女に協力的かといえば否。彼らの主はあくまで衛なのだから。

 

『言うように勝つにしろ負けるにしろ嫁さんが着く頃には終わってるだろうぜ。それでも行くなら止めはしないさ。こっちの義理は果たしたからな』

 

 友人として言葉を託し、臣下として意向も果たす。まだ成人もしていないのに、この難物さ。将来はさぞ腹黒い人物になるだろう。

 

「そうですか……いえ、十分です。有難うございました」

 

『礼はいらんさ。嫁さんからすれば随分と意地悪している自覚はあるからね』

 

「それでも隠さず真実を語るだけ有り難いです」

 

 蓮は再三の話だが別の結社所属。本来は情報すら桜花に教える必要は無いのだ。それでも態々、真実を告げる辺り、彼の性格が垣間見える。

 

『そうかい。じゃ、後はそっちの事情だ。細かい処理はこっちで効くが生憎うちは戦闘系が居なくてね。ことの次第を見守るだけだ』

 

「承知しています。では、失礼します」

 

『はいな。バイバイっと』

 

 そうして切れる電話。場所は知った。移動手段は見事、身内によって封じられたが……遅れようが終わってようが、付いて行くと決めたのだ。

 

「ふっ―――」

 

 跳ぶ。風を纏って疾走する。電車はこのザマだし、車もまた交通経路が混乱しているだろうから無しだ。東京全域に避難勧告が出てるとなれば道路も渋滞しているはずだろうから。ならば後は最も原始的な移動手段に頼るほか無い。

 

 幸い、己の両足は山を駆け抜ける天狗にすら匹敵する疾風。少なくとも交通ルールに縛られる自動車よりかは迅速に目的地に到着できるはずだ。

 

「衛さん―――」

 

 どうか御武運を―――風に溶けて祈りは消える。それが無意味だと知るのは数時間後のことであった……。

 

 

………

…………

………………。

 

 

 ―――そして、今に戻る。見るも無残な光景。人為的な自然災害により崩壊した街に君臨する一人の魔王。だが、そこに自らが仕える王の姿は無く、それが最悪の現実を示している。

 

「あ……ぁ……」

 

 言葉にならない声。視界がゆがむ、足が震える。身内の死など体験したことが無い桜花は身近な死と親愛なる王の敗北という二つの衝撃に打ちのめされ、いつもの快活さも戦時の気丈さも失っていた。

 

「ふむ―――」

 

 そんな様子を見て、ヴォバンはつまらなさ気だ。或いは王の仇を取るため、激情に奮い、立ち向かってくるとも思ったが、どうやらその様子は無く、弱弱しい彼女に戦意の欠片も見当たらない。

 

「心折れているか。まあ、それも良かろう。些事が一つ無くなっただけだ。つまらないが、それだけでもある」

 

 ならば成すべきことはただ一つ。巫女の拿捕、及び儀式への再挑戦だ。かの魔王が帰還するよりも早くこの目的を達成する。

 

「ならば此処には用は無い。所詮、貴様はそれまでだったということだ」

 

 嘗て、矛を交えた強者に失望の滲んだ言葉を洩らす。そう、人間の中では恐らく最上位に位置したであろうこの少女との戦いはヴォバンをして暇を晴らす戦となりうると考えていた。我が身に数度刻んだ刀傷。それは純然たる実力によって成された偉業だから。凡百の騎士とは話が違う、同族やまつろわぬ神とまでは行かずも十分な戦いになるであろうと。

 

 しかし、それが過大評価であったということにヴォバンは失望したのだ。ヴォバンが珍しく認めた人間の強者に―――だから気付けなかった。否、気付くのが遅れたと言っていいだろう。彼女を取り巻く空気が……尋常ならざる張り詰めを得たという事実に。

 

「―――誉れの高き者たちは、かくして遂げた」

 

 それは言霊。神気孕む凍てついた言葉。

 

 ―――私も共に戦います、と連れて行ってと何故言えなかったのだろう。それこそ愚問だ、簡単な話、怖かったのだ。己の悉くが破られる絶望に、力が届かぬ現実に叩き伏せられることが。敗北自体は何もさして問題じゃない。負けることは今までにもよくあったし隔絶した力を前に歯噛みすることだって。

 

 だけど、大切な場面で、大切な相手を、守れないという絶望、誰かを守るというちっぽけな自分の矜持が果たせないことが怖かった。自分の不備で誰かを失うことが怖かった。もう二度と、小さかった日に悟ってしまった孤独を味わいたくなかった。

 

 結局のところ、私に才はあっても勇気は見合ってなかったのだろう。身体に精神が追いついていない。甘えられる誰かが傍に居たから、初めて卓越した才人ではなく、一人の少女として見てくれた人が居たから。己の誓いを忘れていたのだ。

 

 己は強者。普通じゃない。

 それを忘れていたからこそ、誓った矜持を忘れてしまっていたんじゃないのか―――?

 

「世の人々は悲しみと嘆きに打ちひしがれる。かくて幕は悲嘆によって引かれ王者の饗宴は幕を閉じる」

 

 ああ、この身にもっと力があれば、勇気があれば、踏み出す一歩があったならば。

 結果はこうはならなかったんじゃないのか―――?

 

「いつの世も歓びは悲しみによって終わるものなのだから」

 

 現実は歌劇ではない。アンコールは通用しない。

 ゆえに王の帰還はあり得ない饗宴の幕は閉じ、夢の時間は終わりを告げる。

 

「その後には何も残らず、誰も知らない。演者は悲劇に幕を下ろしたがため、伝えるものは此処には無い」

 

 いつも足りなかった。後一歩が。

 才能は足りてるのに怪物(きょうしゃ)足り得ないのは踏み出す勇気がなかったから。

 弱き誰かのため守ると誓ったのに、守りきれないのは絶望に立ち向かう勇気がなかったから。

 

「ただ騎士や婦人や身分のよい従者たちだけが、愛する一族の死を嘆き悲しむ様のみを残響に」

 

 力ならざる強さ。それさえあれば何も取りこぼさなかったのに。

 決して離さなかったのに、そのたった一歩が己には無いのだ。

 後悔が胸を満たす、悔恨が絶望を思い出す。

 

 ―――私に触れ合うものは皆、私を置いて居なくなってしまうのだ。

 

「物語はここに終わりを告げる―――」

 

 ならば、せめて、かくも夢のような日々を見させてくれた彼の無念を晴らさねば。

 己は『強者』ゆえに。

 才能は足りている。修練も足りている。魔王に立ち向かう力を自分は余さず持っている。

 だから―――足りないのは心だけ。これが、私の復讐(後悔)を阻むというならば―――!

 

「これぞ―――ニーベルンゲンの災いなりッ!!」

 

 この胸に勇気ならざる火を灯そう。

 王の輝きは闇に飲まれた―――ならば、幕を上げるは復讐譚。

 死に呪われる運命の乙女は悲劇の幕を開くのだ。

 

『それが、貴女の選択かしら?』

 

 慈しむような声。―――どうでもいい。

 嘗て聞いた絶望。―――どうでもいい。

 消失を誘う破滅。―――どうでもいい。

 

「ごめんなさい……」

 

 もはや誰に謝っているのか分からず、彼女は最後に悔いを残す。

 乙女は涙と共に闇へと降り―――

 

 

 

 ―――第二幕が幕を上げる。

 

「嗚呼―――分かりますともその無念、その絶望、愛おしき者を失い明日の光明さえ見えぬそれを私は誰よりも理解していますとも。だからこそ、貴女の気持ちは切なくなるほどに理解できる」

 

 銀髪。莫大な神気を放ちながら桜花の姿が変質する。その身に纏うは傷一つ無いミスリルの鎧。手にするは騎乗槍(ランス)と盾。絶世の美貌に宿す、憂いを帯びた瞳の輝きはそれだけで万人を狂わせるだろう。されど、その身は守られる者に在らず、その貌は戦士の強さを浮かべている。

 

 ―――神祖という言葉がある。これは零落した地母神の姿であり、神々に使える巫女らの先祖に当たる存在であるが、桜花はそれに近しい存在であった。否、されたというのが正しいであろう。

 

 生贄、取り分け神を地上に降ろす儀式において人身御供とは最大級の生贄となる。力ある巫女や霊力に富んだ乙女を、嫁に送る、犠牲にするなどは世界各地で見られる最もポピュラーな神降ろしだ。嘗てヴォバンが挑んだ「ジークフリード招聘の儀」もまた、多くの魔女ら巫女らが狂的な域で祈りを捧げることで『まつろわぬ神』の降臨を可能としたし、代償にその殆どが心を失った。

 

 なんの因果か、嘗てある神の「器」にされた桜花もその例に漏れない。巫女としての才は元々、多く恵まれたわけではない桜花が『神がかり』という奇跡の術を手繰れるのも遡ると原因は此処にあるのだ。心臓の真上、胸に刻まれた『原初のルーン』。これこそが女神との縁になり、神なる力を供給し、彼女を『神がかりの巫女』へと押し上げているのだ。だが、それは大きな代償を伴っていた。

 

 結ばれた縁は『犠牲の器』。女神が地上に招来するための「器」が桜花であり、ゆえに桜花は力を使えば使うほど女神と強固な縁で結ばれていく、それこそが彼女の『神がかり』の力の源であり、何れ至ってしまうだろう破滅である。女神の力を使うほど、女神に自我を奪われる(・・・・・・・)

 

 加えて、この女神はヴォバンも、そして衛も倒してはいないのだ。儀式と神殺しに引きずられ、呼び出された『まつろわぬ女神』はその脆弱な縁ゆえに儀式終了と共に消失し、桜花は事なきを得た。だが、それは時限爆弾を背負ったようなものだ。何れ、『まつろわぬ女神』が真に『まつろわぬ女神』として降臨する日を先延ばしにしたに過ぎない。そして、桜花はその時限爆弾のスイッチを絶望と共に押したのだ。

 

 ―――だからこそ、彼女はようやく、見合った「器」と縁を得て、地上に肉体を持つ『まつろわぬ神』として降臨する。『運命』に呪われた彼女、悲劇のヒロイン、愛した男のために復讐譚の幕を開いたワルキューレの血縁。

 

「ほう―――これは、これは……」

 

「お久し振りでございますね。我らが仇敵、この時代で最も古き王よ。再会を祝して我が神名を再び告げましょう」

 

 美麗に微笑む『まつろわぬ女神』。ビリビリと肌を触る緊張にヴォバンは第二開戦を予見して獰猛に一層笑みを深くする。 

 

「―――我が名はクリームヒルト。この身となった乙女の無念、切なくなるほど理解できますわ。ゆえに、その後悔を私が遂げましょう。貴方諸々、地上の魔王を一掃いたしますわ。それを以って契約を遂げ、私はあの方にお会いするのですわ……!」

 

 その名は『ニーベルンゲンの歌』を飾る、竜殺しの英雄ジークフリードと対をなすヒロイン。同時に秀麗なる英雄譚を復讐の悲劇へと誘った運命の乙女。

 

 ニーベルンゲンの災い此処に在り―――乙女の絶望を引き金に『まつろわぬクリームヒルト』が現界する。




ヴォバン「王の仇といえば奮起するべ」
桜花「衛さんが死んだ……?」
衛「あ、旅客機発見。あれ? 機長がポカンとしている?」

勘違いって怖いね。()

戦乙女って北欧の概念大好きです。
こう、なんか、戦うヒロイン、格好よくない?
それでいて不幸な身の上だと助けたくならない?

そんな馬鹿げた私の妄想が爆発した結果が今回です。
お膳立てはこれにて終了。次回で原作二巻辺り終了……!



に、なればいいなァ(願望)


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役者たちは揃う

始めに言っておく、前回の後書きは嘘になりました。
誰だよ、今回で章終わりだって言った奴? 私でしたね。

いやあ、舐めてたわ。
戦闘シーンの配分………誰だよ戦闘シーンが連続するプロット立てたのは?
それも私でしたね。

これが、因果応報!?(いいえ、自業自得です)


 ―――その日は凄まじい嵐だった。朝食を食べながら、八人目の神殺しである草薙護堂はニュースで流れるその“ありえない”台風とやらについて語る天気予報士の困惑振りを見ていた。

 

「まるで生きている、意思があるみたいに自ら集合するような動きって……まさか、これ」

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「あ、いや。なんか変わった台風なんだなってさ」

 

「そうだね。みんな大騒ぎだしね、なんでも過去に類を見ないものだとか、全世界でも観測されたことが無いだとか、どのニュースでも大騒ぎだし、学校も休校になっちゃうし……」

 

 うんうん肯くのは護堂の妹である草薙静花。護堂が通っている高校の付属中学に通う女子中学生である。ニュースの内容は正に彼女が言う通りで、どのニュースもありえないを口癖のように報じている。が、護堂が言いたかったのはそういうことではなかった。

 

(―――まさか、これ。神様がらみじゃないだろうな……?)

 

 しかめっ面で思うはなんかの手違いで遂げてしまった神殺しという偉業。ゾロアスター教に在りし軍神『まつろわぬウルスラグナ』を殺したことによって得た神殺し(カンピオーネ)という王座と権能という規格外の力だ。

 

 ただの高校生であった護堂はこれにより神々と護堂と類を同じくする神殺したちの非日常に巻き込まれるようになったのである。そして、先日。その、護堂が初めて出会い、戦った同族、サルバトーレ・ドニから連絡があったのだ。

 

 曰く「最古参の神殺し、ヴォバン侯爵が日本にいる」。

 

 護堂はヴォバン侯爵についてそう、詳しくは無い。時折エリカや他の「そういう方面」の相手が槍玉に上げるから覚えてしまっていた。今代最古の神殺しであり、魔王の代名詞とも言うべき人格者であると。

 

「また変なことに巻き込まれるのはゴメンだぞ……」

 

 先日のアテナの件といい。懲り懲りである。幸い、今日は天候も合って学校は休み、これを期に大人しく家で唐突に訪れた休日を過ごすべきだろう……と護堂が内心、思っているのを嘲笑うかのように、外が嵐という以外はいつも通りの草薙家に一本電話が掛かってくる。

 

「こんな時間に電話……?」

 

「ああ、座ってて構わないよ、僕が出よう」

 

 そう言って席を立とうとするのは静花。だが、彼女が電話先に出るよりも先に既に草薙兄妹と共に起床していた祖父であり、現状の保護者である草薙一郎が電話に出た。

 

「誰からだろう、学校からかな?」

 

「………」

 

 小首を傾げている静花に対して、護堂は嫌な予感が現実になりつつあるのを全く嬉しくない神殺し特有の野性の感で、

 

 ―――というより始めに驚き、護堂を見て、「やれやれ仕方の無い奴だ」と苦笑し、電話を置いた後、「気をつけていきなさい。後、怯えている女性は繊細だからね、優しくして上げると良い」と物知り顔で護堂の肩を叩いた祖父の態度で誰からの電話かがはっきりしてしまったのだ……あの赤い悪魔がかけて来たと。

 

「……ねえ、おじいちゃん。誰からの電話だったの?」

 

 心なしか冷えた口調で問う我が妹。その声に祖父は。

 

「何、可愛いお嬢さんじゃないか。遠路遥々日本まで追ってきて、しかし、雷が恐ろしいとは、意外な欠点があるものだ。もっと気丈なお嬢さんかと思ったら存外に。さ、早く行って安心させて上げなさい。向こうのメイドさんが迎えに来るらしいからね」

 

 その一言で全てに察しがついた。それは妹も同じであるらしく目を吊り上げて、まるで怨敵を糾すように、

 

「またエリカさん?」

 

「あー、多分。そうじゃ、ないかなァ?」

 

 嗚呼、さらば平和な一日。どうやら神殺しの宿命は護堂を逃がしてくれないらしい。内心でエリカに「お前が雷苦手ってどういう冗談だよ!」「ていうかもう少し言い訳ぐらい考えてくれ!」などと愚痴りながら数分後、現れたメイドさんこと、アリアンナの運転で護堂はエリカの住んでいるマンションに向った。

 

 因みに、憂鬱な気持ちですっかり忘れていたアリアンナの運転技術(・・・・)を前に思わず食べたばかりの朝食をリバースしそうになったので気分は二重の意味で最悪の極みに陥った。

 

 

………

…………

………………。

 

 

「ハァイ、護堂……ってどうしたの? 顔色が随分悪いけれど?」

 

「誰のせいだ、誰の……」

 

 だいぶグロッキーな護堂と彼の咎めるような眼差しに納得がいったのかエリカは一つ肯いて、

 

「急ぎのことだったから仕方がないのよ。それに護堂のことだからてっきりタクシーを呼ぶかと思ったのだけれど、使わなかったの? そう思ってアリアンナにも念のためお金を渡しておいたのに」

 

「な、に……?」

 

 その言葉に動揺する護堂。そうだ、何故タクシーという手段を使わなかったんだ! 出先に車に乗ったアリアンナさんがいた所為で反射的に乗り込んでしまったが、お茶を濁してタクシーで向うだのと言い訳が付けられたではないか。

 

「まあ過ぎたことは良いわよね。事態も急ぐし、先に用件を伝えるわね」

 

「そうかよ、で? なんだよ急ぎの用件って」

 

「私も掴んだのはついさっきのことなのだけれど、どうも今、この日本にヴォバン侯爵が来日しているらしいの」

 

「ヴォバンってドニの奴の近所に住んでいる大魔王とかいうのだろ。昨日、ドニの奴から聞いたよ」

 

「サルバトーレ卿から? 護堂、いつの間に親しくなっていたの?」

 

「親しくない! 別に親しくないぞ!!」

 

 笑顔で剣を向けてくる傍迷惑と親しいなんてとんでもない、と護堂は激しく首を振る。

 

「そう、まあ良いわ、話をヴォバン侯爵に戻すわよ。で、理由を知ったのはさっき、知り合いの呪術師からなんだけれど、なんでも《正史編纂委員会》が東京全域に避難勧告と人払いをかけたそうなの、命令したのは《堕落王》閉塚衛」

 

「えっと、俺と同じもう一人の日本の神殺しだよな?」

 

「ええ、実質、《正史編纂委員会》の盟主ね。尤も、彼の場合は直轄というより同盟繋がりっていうのが正確なんだろうけれど」

 

「同盟?」

 

「彼には既に直轄の結社があるらしいのよ。私も日本に来て、情報を集めるうちに知ったのだけれどね。『女神の腕』っていう呪術サークルがかの王直轄の魔術結社みたいね。私も調べてみて初めて知った名だから、英国の《黒王子》アレクサンドル・ガスコインのように自ら立ち上げた組織なんじゃないかしら?」

 

 エリカが言うには『女神の腕』こそが直轄の結社にして《堕落王》が統べる本来の結社であるらしい。ただ日本の神殺しであることと、日本に神殺しがいなかったこと、それから彼の側近が《正史編纂委員会》の所属であることの三つから彼は《同盟》という形で《正史編纂委員会》の庇護者として君臨しているらしい。

 

「……それは分かったけど、その《堕落王》とヴォバン侯爵ってのにどんな関係があるんだよ……ってまさか」

 

「まあ普通に考えれば分かるわよね。戦い好きの最古参の魔王と民の庇護に熱を上げる温厚な王、それが同じ大地に二人揃ったのだから。それに此度の件はかなり唐突だったことからヴォバン侯爵は何も日本側に伝えていなかったのでしょう、つまり……」

 

「こっちから見れば喧嘩を売られたようなもんだってことか?」

 

「実際、《正史編纂委員会》に呼びかけて人払いをさせたのも《堕落王》だっていうしね。それにヴォバン侯爵と《堕落王》の両者には因縁があるから、戦う理由は十分以上に揃っているわ」

 

 因縁とやらについては良く分からないが、少なくともこの日本の地で最古参の魔王と七番目の魔王が激突しようとしているのは間違いないだろう。護堂は思わず、手を握りこむ。

 

 自分の故郷で勝手に喧嘩を始める二名の王に対して、憤りのような感情を覚えるのだ。特にヴォバン侯爵。喧嘩を売るも同然に押し入ったような来日の仕方がそもそもの原因であるみたいだし、前提として戦う気満々で来る時点でお察しだ。喧嘩を売られた方である《堕落王》には思うところがあるが、それにしたって売られた喧嘩をはいそうですかと簡単に買う《堕落王》にも護堂は不快感を覚える。

 

「それで? 用件はそれを伝えるだけか?」

 

「まさか、これからが本題よ、それにそろそろ……」

 

 と、エリカが外に目を向けたその時だった。ピンポーンと来客を告げるチャイムが部屋に響く。エリカが目配せするとエリカが雇うメイドのアリアンナが自然と出先に向う。幾度かの話し声を経て、現れた来客は―――。

 

「あ……護堂さん……」

 

「万理谷! なんで此処に…?」

 

 万理谷祐理。《正史編纂委員会》に所属する『媛巫女』であり、護堂の同級生である少女と意図せぬところで出会うのであった……。

 

 ―――役者は集う。東京で巻き起こる嵐の騒乱は終局に向けて着々と進んでいく。

 

 

 

 

 雷鳴が轟く。都合、七度。億ボルトに簡単と迫る落雷がたった一人に向けて降り注ぐ。だが、その一撃もまた伝説の『雷切り』を成すが如く、大地に衝撃を伝播するよりも早く中空で裂かれて(・・・・)いた。

 

「くくく、良いぞ、悪くない……!」

 

 此度の騒乱の原因たる魔王、ヴォバンは己が攻撃が破られたことに哄笑する。出演者の途中退場に不燃焼なままに戦を中断されたヴォバンは新たに参列した出演者の技量に満足するように肯く。

 

 ―――『まつろわぬクリームヒルト』。それはジークフリート登場する『ニーベルンゲンの歌』において所謂、悲劇のヒロインとして登場する女だ。イースラントの女王ブリュンヒルデの義妹にしてグンター王の妹である。そして彼女こそ、物語に幕引きを告げた乙女である。

 

 ジークフリートの最後とはグンター王の側近であったハーケンによる唯一の弱点であった背を攻撃されたことによる暗殺劇。だが、その悲劇を引き起こした原因こそクリームヒルトにあった。

 

 どちらの夫が優れているか、ブリュンヒルデとクリームヒルトはその些細な口論の末に一つの過ちを犯すのだ。女王ブリュンヒルデとグンター王、その婚約に際し、本来グンターが成しえなければならなかった婚約条件をジークフリートが彼に扮して、成していた事を。そう、グンターはジークフリートの手を借りてブリュンヒルデと婚約を成したのだ。その真実を、口論の際、クリームヒルトは口にしてしまう。

 

 かくて、悲劇の幕は上がる。己がプライドを傷つけられたブリュンヒルデはジークフリート暗殺を決意し、英雄はこの凶刃に倒れる。そしてこの暗殺を期にクリームヒルトは英雄の死に嘆き悲しみ、復讐を決意する。そして見事、復讐は成しえるのだが、その壮絶な復讐劇は登場人物全てに及び、物語は悲劇的に閉じられる。

 

 そう。正しくクリームヒルトという女は物語を幕引く復讐の戦乙女なのだ。ヴォバンの前で披露されるのは正しくそれ。振るう刃は呪力の流れを立つ絶滅の一。如何なる強大な権能が立ちはだかろうとも絶滅必至の一撃は容易く破ってしまうのだ。

 

「―――とは、既に四年前に十分と味わったはず。神々を殺害せしめる獣の勇士よ。取り分けその中でも最も古き獣は他に手段を無いとするのですか?」

 

「何、懐かしい顔ぶれに随分と会うものでな。些か遊びに走りすぎてしまうのだよ。まあ、老人の戯れと許せ。詫びに……その命、権能としていただこう!」

 

 言うや否や変貌。『貪る群狼』、それを用いた人狼化である。ただし、人型である時とサイズを同じくしたまま。敵は神獣アルマテイアと異なり、人型。巨大化するメリットは余り無いゆえに。四足で歩む獣に転じたヴォバンはまるで太陽を喰らう獣の如く、宙を駆ける桜花を『器』とした女神―――クリームヒルトを追走する。

 

「なるほど、足比べということですか。ふふ、ですが、我が夫をおいてこの身に触れること能わず。不遜にも我らに牙を尽きたてんとする獣よ。乙女の無念に貫かれて果てるが良い!」

 

 光もかくやと天駆けるクリームヒルトと餓えた獣同然に追うヴォバン。それはさながら北欧神話に記される一幕のように。夫の死に泣き復讐を誓った戦乙女(ワルキューレ)と、遥か気高きものを引きずり降ろす傲岸不遜な畜生王(フェンリル)。逃げるものと追う者という単純な構図はしかし、周囲に破滅的被害を齎す。

 

 右往左往と追跡を逃れつつ、騎乗槍(ランス)からの一撃を放つクリームヒルトにそれらを回避しつつ、離れず猛追するヴォバン。破滅の一撃が大地を濡らし、狼の進軍が地表を削る。もはや、そこが住宅地であったなどと誰が思う。文明が悉く淘汰された地で両者の戦いは拮抗している。

 

 ―――だが、戦いの行方は徐々に、徐々にヴォバンへと傾いていっている。

 

「くっ……」

 

 グオオオオォォォォォォォォォォンンン――――戦場に鳴り響く獣の戦意の叫び(ウォークライ)。衛との戦いで幾らか消耗しているはずだろうに。これで二連戦、しかしヴォバンの動きに疲れはあれども隙はない。手負いの狼は万全であるよりも恐ろしいのだ。その凶暴性が後先を考えぬ境地へとあるがゆえに。

 

 やがて、獣の牙が掠め始める。瓦礫の山、ビルの残骸、それら足場を駆使して、大口を開けながら跳躍を繰り返すヴォバンの速度は既に肉体技で称される神速の域。常人ならば新幹線が通り過ぎるのを見るようなもので、その姿を残像としか捉えられない。

 

 追いつかれ始めたクリームヒルトにとってそれはさながら砂奥に潜み、獲物の落下を待ちわびる蟻地獄のようだ。だからこそ、逃げ続けるのを不可能と悟ったクリームヒルトは次なる一手を繰り出す。

 

「さあ、偉大なりし英雄の仇を討つものたちよ。破滅の刃を一時私に貸した給え! 祖国を殺す征服の剣よ、その刃を我が仇敵に向け給え!! 英雄を殺した者共へ、私は災いを導き給う!!」

 

 槍を掲げて言霊を謳う。乞い願うは復讐の恋歌。他ならぬジークフリートの無念を雪がんがため乙女の祈りは破滅を呼び込む―――戦場に雄々しい戦士の雄叫び(ウォークライ)が響き始めたのは直後のことだった。

 

『何?』

 

 ウオオオオォォォォォ―――。ウオオオオォォォォォ―――。と、戦列を組んで駆け抜ける騎馬隊。

 

 ―――さあ、神の鞭を畏れるが良い。これぞ、復讐誓った乙女が国へ齎した災い。ヨーロッパをまたに駆け、皆を恐怖のどん底に突き落とした征服の軍勢―――。エツェル王率いるフン族。キリスト教徒に『神の災い』と畏れられる精強無双の軍勢なり。

 

 ヴォバンとフン族騎馬隊が激突する。始めの一列は簡単に散った、続く二列は噛み砕かれた、繋ぐ三列は無残と吹き飛ばされ、四列目にして動きが止められる。

 

『ぬう、ぐぅぅ……!?』

 

 壊滅的な前列の姿にも恐れることなくヴォバンに槍を突き立てるフン族騎馬隊。その、一見してなんてことのない槍の一撃がまるで毒のように全身を脱力させる。

 

 それもそのはず、クリームヒルト。その神が如何なる者かと問われれば、彼女は『死』を司る『死神』ゆえに。

 

 北欧神話観を下地に受け取る『ニーベルンゲンの歌』においてもワルキューレというものたちの役割は『死』によっているのだ。ワルキューレ―――大神オーディーンに仕える戦乙女であり、死後の英雄の魂を来るラグナロクに備え運ぶもの。

 

 修羅道かくやという北欧神話観において死は恐れるものではなく、戦いによる死は栄光であり、その死後に現れるワルキューレは正に死せる英雄にとって祝福なのだ。しかし、如何に言葉煌びやかに語ったとてワルキューレの降臨は死神が己の死を告げることに等しい。必然的な結果として彼女たちは『死神』として扱われるのだ。

 

 これは彼女たちが戦の流れを決定付ける運命を司っている影響もあるのだろう。北欧世界に置ける『死神』、戦乱に在りし戦乙女。それがワルキューレという神格だ。

 

 だからこそ、総じて北欧神話に語られる彼女たちの神話は悲劇で終わる。死を司る彼女たちが英雄らの近づくというのは総じて死を告げる構図として成立してしまうがゆえに。事実、彼女たちの恋愛劇が悲劇ならざる終わりを迎えた例は無い等しい。

 

 そんな北欧神話の世界観を下地にしている『ニーベルンゲンの歌』の物語幕引きに関わる復讐の乙女クリームヒルトもまたその残滓を受け継いでいる。キリスト教が説く復讐が招く破滅的な終わりが示す復讐の無常さと警告と共に―――。

 

 『死神クリームヒルト』―――それが悲劇の乙女が持つ神格であった。

 

『……これは衰弱の力か! 生命力を削る権能!!』

 

「その通りですわ。獣の王よ、私が率いる破滅の軍勢。その槍の勲を特とご覧あれ!!」

 

 史実における征服侵攻をモデルとして登場したフン族軍勢は史実も物語でも悉く国を滅ぼしている。正に死神が統べる破滅の軍勢としてはこれ以上ない役者であるといえよう。クリームヒルトと同じくして終わりを司る軍勢はいと長き時を生きた王を破滅させるため、槍を振るう、振るう、振るう!

 

『舐めるなよ―――このヴォバンを!!』

 

 だが、それで終わるならば生き汚い神殺しの中において別格とまでは言われず。ゆえに破滅の軍勢を前にしても容易くヴォバンの命は陥落しない。

 

 オオオオオオォォォォォォ―――!

 オオオオオオォォォォォォ―――!

 オオオオオオォォォォォォ―――!

 

 戦場に響き渡る獣の咆哮。クリームヒルトが『破滅の軍勢』を呼んだようにヴォバンもまた己が『群狼』を呼び寄せる。その数、十数体なれど、精強にして巨躯。ヴォバンが選んだ敵にしか使わない配下の群狼の巨大化である。その強さ、『まつろわぬ神』が呼び寄せる神獣に等しい。

 

「往きなさい! 獣どもに死の終わりを―――!」

 

『ハハハハハハ! 素晴らしい!! 踏み砕け! 噛み砕け! 全てを―――!』

 

 それは最早、戦闘ではなく、戦争であった。木っ端の如く踏み砕かれるフン族騎馬隊。かと思いきや、次の瞬間、獣の喉元に投擲された槍が突き刺さる。噛みつかれ鮮血散らして原型を無くすものたち……その仇を討たんと畏れ知らずに突撃した騎馬兵は巨石さえ砕け散るだろう勢いで槍を振るい、獣の巨人の見事、足を砕いた。

 

 軍勢と軍勢同士の激突が齎す被害は波動となりて周囲に広がり、懇々と拡大を続ける―――。

 

 

 

 

 ―――その惨劇を止める者はおらず、ただただ戦場は拡大して往く。

 だからこそ―――黙っていられない者たちがようやく遅参する。

 

「さて汝は契約を破り、世に悪をもたらした。主は仰せられる―――咎人には裁きをくだせ。背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出し、血と泥と共に踏み潰せと。我は鋭く近寄り難き者なれば、主の仰せにより汝に破滅を与えよう!」

 

「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」

 

 戦場を横合いから殴りつける二体の獣。その突撃は両軍勢を壊滅させるに相応しき火力をたたき出す。嵐に揉まれるが如く、常軌を逸した暴力を前に破滅も獣も滅び去った。

 

「―――クハハ、戻ってきたか若造。さて、では第二ラウンドと往こうか?」

 

「悪いが、それに付き合うのは俺じゃねえよ。面倒な性の相棒を取り戻さなきゃあいかんようでね。お前の相手は代わりがいる、だろう呉越同舟のコウハイ(・・・・)君」

 

「そうだ、お前の相手は俺がする……神様を呼びたいなら、戦いたいなら他でやれッ! 万理谷を悲しませた責任は取ってもらうぞ!」

 

 かくして役者は此処に揃う。

 最後の役者の遅参を以って、嵐の悲劇は終焉へと向う。




護堂サイドとちょこっとだけとクリームヒルトとヴォバンの戦闘。
これで大体書きたいことは書き終わった。
ようやく、今度こそ、やっと、次回で終わりだ……。

二人の合流を書きつつ、最後の戦いですっと。

あ、護堂と衛の二人については後日談で詳しく書くので、次回は余り触れません。
せいぜい、合流ぐらいかな?


あ、暇つぶしにキャラ設定とか活動報告に書いてみるので、
「短ッ! 内容薄い!」と今回の話で退屈を持て余してしまった方は無聊の慰めにでもどうぞ。設定に付いても暇を見ては随時更新でもしていこうかな……。


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我らが運命は別たれず

カンピオーネ二次、増えろ……増えろ……!

ハッ! 失礼、欲望が流出してしまったようだ。
心なしか長かった気がする。

P.S
全く関係ないが、落第騎士の英雄譚十五巻発売中
そのせいか、昨日何故かルシード・グランセニックっぽい主人公が活躍する二次の夢を見た。誰か書いてくれ……。


 エリカの住まうマンションに訪れた万理谷祐理。彼女が語るは四年前にオーストラリアで行なわれた「ジークフリート招来の儀」。そこで行なわれた非道を聞いて、座して待つほど護堂が温厚な性格をしていなかった。

 

 嵐の中、護堂を含む四人は万理谷と共に同行していた。甘粕の運転する車に乗り込み、戦場となっている東京の青葉台に向け、車を走らせていた。

 

「平和主義者って看板を下ろす日もそう遠くない日なのかもしれないわね、護堂? まあ、護堂のは元々エセが付くのだけれど」

 

「エセじゃない! 本当の平和主義者だ! ……それにあんな話を聞いて黙っていられるか」

 

 からかうエリカにぶすっとした表情で応える護堂。万理谷祐理は護堂にとって大切な友人だ。そんな彼女がヴォバンの身勝手な欲望のために危機に晒されているなど到底許せるものではない。

 

「護堂さん……」

 

 そんな護堂に心痛めるような表情をする万理谷。彼女は他人を大事にするためか、我が身を余り省みない悪癖を持っていた。自身の所為で同世代、それも神殺しとはいえ親しい友人を戦場に送ることが、申し訳ない無さが良心を痛める要因となっていた。

 

「しかしまあ、とんでもない被害ですね」

 

 三者三様、今回の件に護堂が絡むことに対し、護堂含め様々な意見が出る中、運転手を務める甘粕はチラリと窓の外に目を向け呆れたような感想を洩らす。現在、首都高速渋谷三号線。ヴォバンが呼び込んだ台風の所為か車通りは全くなく……首都高から見下ろす光景は凄惨なものであった。

 

 暴風に吹き飛ばされていく看板。それなりの年数が経っていそうな家屋は半壊しており、ビルの窓ガラスは叩き付けるような雨風に一部割れているのが見える。さらには工事現場から吹き飛んできたのか鉄棒が建築物に刺さっていたり、車が横転して家に突っ込んでいたりと酷い光景が広がっていた。

 

「お恥ずかしい話、『女神の腕』に助けられた形ですねえ。青葉台近隣の人々は私たちが対応するより早く退去済み。とはいえ、《正史編纂委員会》の行動よりも早くに対応されるとそれはそれで組織の威信がどうだのという問題が発生するのですが……」

 

「へえ、やっぱり『堕落王』と《正史編纂委員会》は全く同じ行動をしているわけではないのね?」

 

 甘粕の一言にキラリと狐の聡さもかくやという風に目を光らせて反応するエリカ。彼らの関係が同盟に近いとは知り合いの《民》の魔術師を通して知っていたが、実際の組織の人間が言うこととではやはり確信の度合いが違う。

 

「どういうことだ?」

 

「簡単よ。二つの組織は足並みこそ揃えているものの、主導権はやはり『堕落王』にあるということよ」

 

 問いかける護堂にエリカが応じる。

 

「今回の件、《正史編纂委員会》と『堕落王』では行動に時差があるわ。私がヴォバン侯爵来日の件について知ったのは今朝の話。そして私がヴォバン侯爵を知る頃にようやく《正史編纂委員会》が動き出しているのよ。でも、この大嵐……ヴォバン侯爵が保有する嵐の権能『疾風怒濤』によるものと思われる天候異常が起こったのはそれと同じ時間なのよ」

 

「それがどうしたんだよ?」

 

「天候異常が起こったのは今朝六時終わり頃から。ヴォバン侯爵の来日を《正史編纂委員会》が知っていたならば、『堕落王』との戦いで生じるであろう被害に対して、それよりも早く先手を打っているはず。なのに、避難勧告が実際に出されたのは天候異常が起こった後……『堕落王』と《正史編纂委員会》の行動には時差がある」

 

 そう、ヴォバン侯爵と『堕落王』。この両者に因縁があることは本人住まう日本の組織である以上、予め心得ているはずだ。彼らの不仲も含めて。仮に本人が語らずとも彼らの因縁に纏わる万理谷がいる以上、何らかの形で組織は二人の関係を知っているはず。

 

 ゆえにヴォバン侯爵が来日した時点で両者の間で行為に順ずる諍いが起こることを予想するのはそう難しい話ではない。まして、実際に『堕落王』は万理谷が狙われていると《正史編纂委員会》に報告していたらしい。

 

「でもその情報が出回ったのは天候異常が起こる直前、しかもその時になってようやくヴォバン侯爵が国内にいると知れ渡っている。ていうことは……」

 

「《正史編纂委員会》の行動が『堕落王』より遅い……ああ、主導権ってそういうことか」

 

 要するにエリカが言いたいのは『堕落王』が号令によって《正史編纂委員会》がようやく動き出したということだ。……恐らく『堕落王』は何らかの手段でヴォバン侯爵来日を予め知っていた。だからこそ、今朝方、《正史編纂委員会》に忠告することが出来たのだろう。そして忠告が《正史編纂委員会》に知れ渡る頃に王同士の戦闘は開始されている。詰まる所、組織の行動と個人の行動がかみ合っていない。情報伝達速度、戦闘開始時間、全て『堕落王』が先行しているのだ。

 

 主導権を握られているとはそういうこと。国内の事件なのに国の組織である《正史編纂委員会》よりも早く情報を入手し、悉く対策を講じてこの件に通じている。先ほど甘粕がぼやいた『女神の腕』の人払いの件も含めて、行動が早すぎる。成る程、組織の威信も形無しである。《正史編纂委員会》は『堕落王』に助けられている形になるのだ。これでは対等も何もない。

 

「全体的にワンマンが過ぎる辺り、よくも悪くもやっぱり『堕落王』も神殺し(カンピオーネ)っていうことでしょうね。……それにしても『女神の腕』か。日本に来て初めて聞いた組織だけれど、思った以上に優秀みたいね」

 

 今回の件。『堕落王』一人で全てをこなしたには規模が大きすぎる。特に情報。ヴォバン侯爵の来日はどうやら何者かの行動により伝達が遅らされていた形跡があるという。にも拘らず『堕落王』はそれを知り、かつ《正史編纂委員会》に伝えるほどの時間があった。

 

 加えて、戦地となった青葉台周辺は既に《正史編纂委員会》が人払いをするよりも早く人払いが済まされていたという。これを一人でこなすには権能の力が必要だが、『堕落王』にその手の権能は確認されておらず、必然、《正史編纂委員会》ならざる組織が代わりに動いたと考えられる。

 

「貴方達も中々、苦労(・・)しているんじゃないかしら?」

 

「ははは……ええまあ。何分、王を含め優秀すぎる(・・・・・)気がありまして。こちらとしては借りばかり作ってしまい困っているのですよ」

 

「それは大変ね」

 

「ええ全く」

 

 ウフフ、ハハハと何処か空々しい笑い方をするエリカと甘粕。両者間に生じる微妙な空気を察して護堂と万理谷は居心地の悪さを覚える。

 

「そういえば、その『堕落王』が既に動いているんならもう、ヴォバンってじいさんと戦っているってことだよな?」

 

「そうね。つまり護堂が横から参戦すれば最悪三つ巴の戦いになるってこと。ホント、平和主義者の看板下ろしたら?」

 

「下ろさない! それに俺はそのじいさんに一言言ってやるだけで喧嘩をするなんて一言も……」

 

「儀式の話を聞いて随分と凄い顔をしていたような気がするけれど?」

 

「……いや、誰だってあんな話を聞いたら不機嫌にもなるだろ。それにじいさんはともかく、俺は『堕落王』って人とやり合うつもりなんて無い。一応、守るために行動してるんだろ」

 

 行動が結局戦いに行き着いているのは気に喰わないが正当性があるのはどうみても『堕落王』だ。戦いに参ずるからといって別に両者共々殴りつけたいわけではない。ただ、何の関係もなかった万理谷を過去、『儀式』に巻き込んだことも含めて、一つ責任を取らせなければ気がすまないというのが今回、護堂が動いた動機である。

 

「護堂がそうでも向こうがそうじゃないとは限らないわよ。二人には因縁があるし、戦いの邪魔をされれば、『堕落王』も黙ってはいないと思うわ。結果的に三つ巴に……」

 

「―――それは、余り考えられないと思います」

 

「え?」

 

 エリカが言う推測に否を唱えたのは以外にも……万理谷祐理その人だった。余りの唐突さに運転しながら聞き耳を立てる甘粕も驚きを露わにしている。

 

「考えられないって、どうして分かるんだ万理谷?」

 

「その、私も多く語ったわけではないんですが、あの方はとても身内を大切にしていて、けれど、それ以外には余り興味が無いように思えました。ヴォバン侯爵との戦いも結局、桜花さんを助けるための行動でしたし……」

 

「桜花、ね。度々聞くけれど、もしかして『堕落王』の側近かしら?」

 

 万理谷の意見、というより『媛巫女』としての印象に口を挟んだのはエリカだ。『堕落王』を語るに際して万理谷の口から度々出る桜花なる存在。察するに彼に通じる術者だろうが、どうやら四年前の事件にも関わっているようである。とならればエリカが気にするのは当然といえよう。

 

「桜花さんは彼の友人、でしょうか? すいません、恵那さんならばもう少し詳しく語れるのでしょうけど……私から見てもかなり親しい関係であると思いましたよ?」

 

「そう、貴方からはどう見えるのかしら甘粕さん?」

 

「さて、王について邪推するのは畏れ多くてとてもとても……」

 

 エリカの言葉をしれっと流す甘粕。……どうやら『堕落王』と《正史編纂委員会》は思ったより磐石とはいえないらしい。その感触を確認できただけでも今回の件は十分な戦果(・・)を得たといえるだろう。

 

(少なくとも『二人目』を捩じ込む間隙(・・)は既に存在するということね)

 

 ならば、少し本気で調べてみるべきだろう。キーとなるのは『女神の腕』、それから『桜花』という少女か。いっそ、件の『ジークフリート招来の儀』まで遡って調べるのも手かも知れない。

 

「―――ん?」

 

「どうされました護堂さん?」

 

 エリカと甘粕。両者の間で交わされる言外の情報戦を傍目に完全な部外者となっていた護堂は窓の外に目を向け……ふと、何か聞こえたような気がした。その反応にいち早く応じたのは同じく蚊帳の外だった万理谷。

 

「いや、なんか聞こえないか?」

 

「私は何も……え?」

 

 ビュウビュウと車体を煽る風、暴風に吹き飛ばされ建物等に当たるモノの激突音、打ち付けるような雨の音にだんだん近づく悲鳴……悲鳴?

 

「……おおおぉぉぉわああああああああ!?」

 

「―――なっ!?」

 

 どこか気の抜けるような悲鳴。単純に予想外の結果に驚いた、そんな時に発せられるような類の悲鳴であった。走行する四人を乗せた車両、その上空から落ちてくる悲鳴と人影に……それが見覚えのある人物であることも含めて……甘粕は驚愕を口から洩らし、同時に直撃コースから逃げるよう、慌ててハンドルを切った。

 

「うわっ!」

 

「きゃあ!」

 

「あべしッ!?」

 

 急ブレーキと共に車は振り回され、働いた慣性に護堂含む三人の乗客は短い悲鳴を洩らし、頭上から落下者は首都高速道路のアスファルトに直撃しながら風変わりな悲鳴を上げる。

 

「痛たた……まさか上空で交通事故に巻き込まれるとか、誰が予想できようか。……旅客機に轢かれる(・・・・・・・・)なんて、割りと人類初の経験じゃね?」

 

 口にするは領外の非常識。人は空を飛べず、空中での交通事故といえば飛行機同士の激突が主だろうに、まるで生身で激突したという風に語る人間。否、果たしてアスファルトに上空数十メートルから落ちて来てなお無傷な人間を人間と呼べるのだろうか。

 

 護堂はその言動からして常識に不在している男を見る。若い日本人男性だ、年は自分とさして変わるまい。否、僅かに大人びている印象から三つ四つは上かもしれない。

 

 痩身痩躯で鍛えられた印象はなく、極めて一般的の様相。顔はシュっとした二枚目風味だがどこか覇気にかける雰囲気に中和されており、端的に言って何処にでもいる少年に格を落としている。衣服が所々、まるで災害に巻き込まれたようにボロボロという特徴を省けばこれと入って特徴の無い男だ。……発せられる領外の呪力量さえなければ。

 

「まさか……!」

 

 目を見開き驚愕を露わにするのはエリカだ。そう、この人間が保有するにはありえない呪力量。しかしまつろわぬ神と言うには神々しさはなく、ならば、該当するのはこの世で一種の人間しかありえない。

 

「……あー、衛さん? どういうことか説明をしてもらっても?」

 

「うん? おお、甘粕じゃん。なんでこんな所にいるんだよ? ていうか……」

 

 初めて、護堂と非常識の住人との間に視線のやり取りが交わされる。不思議と、戦意は起こらない。相手が極めて異例の温厚な人物だとは聞いているが、相対して尚、大小の際無く戦う気が起こらないとは成る程、異常だ。だが代わりに油断ならないという感情が胸に飛来する。

 

 そう、例えるならば熊か。こちらから踏み入らなければ向こうは向こうの世界のままに過ごすのだろうが、一度禁じられた域に立ち入ればとたんに噛み砕かれかねない危険性。殴りかかれば倍返し所か、撃滅するまで止まらない苛烈さ。普通に接する分にはさほどの問題が起こらないだろうがお互い(・・・)譲れぬ一線を越えれば力尽きるまで終わらない戦いになる……。そんな直感を護堂は働かせた。

 

 そして相手も同じか、護堂に目を向け何処か納得するような表情を浮かべる。甘粕が決定的な名を口にするより前に二人は神殺し特有の野生の感で両者の素性を知りえていた。そう、彼こそが……。

 

「へえ―――初めましてでいいかい? 御同輩(・・・)。一応、自己紹介しておくと俺が『一番目』の王、名前は閉塚衛だ。ゆっくり、語り合ってみたいもんだが……どうやらお互いにまずは別件(・・)を終わらせることこそ重要だと思うが如何に?」

 

 同国の両王、相対する―――。神殺しらしい非常識な遭遇こそが日本に君臨する二人の神殺し、草薙護堂と閉塚衛のファーストコンタクトであった。

 

 

 

 

「ま、そういうわけでお互いに手を取りつつ、まずは人様の領地に土足で踏み入った駄犬を蹴散らすって言う話になったんだが……予定変更、みたいだな」

 

 既に衛の視界にヴォバンなど入っていない。眼先、そこにいるのは様変わりした相棒と見覚えのある女神。衛が不在した僅かな間に事は中々、動いたようだ。

 

「さて、後輩君? 悪いけど先約より優先しなくちゃいけない用事が出来たようで、押し付けるようで悪いが、あのクソジジイを任されてくれない?」

 

 近くもなければ遠くも無い。まるで二人の関係を表す微妙な距離で共にある両者。衛は先ほど出会ったばかりの後輩にヴォバンの相手を任せると言う。押し付けられた護堂は小さく肯き、特に嫌な顔もせず応じる。

 

「別にいい。俺は元々あっちのじいさんに話があってきたんだ。用事も一人で済ませる予定だったし、閉塚……さんもそっちの優先したいことをすればいいと思う」

 

「……ふうん。ならこっちはそうさせてもらおう。後、さんは要らないさ。最もそっちが先輩扱いしたいならば好きにすればいいけど」

 

「別に先輩扱いしたいわけじゃない。ただ年上を呼び捨てにするのは落ち着かないってだけだ」

 

「じゃあこっちは後輩君と。別に親しいわけでもなし。まずは共通の目的を果たす、ビジネスライクに行こう」

 

「異論はない、です」

 

 ヴォバンを、女神クリームヒルトを、傍目に交わされる両者の会話。敵意はなく、隔意はない、が同時に親しくも無い。同族の知り合い、されど知り合い以上の一線を越えないという意思が二人にはあった。端的にいって、仲は悪くは無いが良くも無い。それが二人の相性を示していた。

 

「ほう、それは愚弄か若造。よりにもよって誕生して間もない新参に、このヴォバンの相手を勤めさせるだと?」

 

「言っただろう、先約以上の用事が出来たと。本来ならば素敵に不敵に余計なこと(・・・・・)をしてくれただろう、お前をぶっ殺しているとこだが……お前の命程度、相棒に優先しない。業腹だが、まずはこっちが優先だ」

 

 そういって、睨み付けるは女神クリームヒルト。まず間違いなく桜花の肉体を器に降臨しているだろう『まつろわぬ神』。

 

「どうやら今回は『ジークフリート招来の儀』じゃなくて桜花自身の縁に繋がれて降臨しているのか……だったら、今度は、今度こそお前は殺す、クリームヒルト」

 

「ふふ、見覚えがあると思えばあの時の神殺しですか。こうも今世で知己に再会するとは成る程、貴方方には変わった縁があるようですね」

 

 衛を知る者がこの場にいれば、いつもとは違う静かな戦意を露わにする衛に疑問を覚えたところだろう。だが、この場に彼の知己はヴォバンと女神のみ。そして二人はその異常にさして反応することは無い。

 

「あんたがヴォバンってじいさんだな。何の関係もなかった万理谷を変な儀式に巻き込んだって言う」

 

「いかにも。しかし、仮にも王を名乗るならば、相応の態度と言うものがあろう。若造にも通じる話だが、些か君たちの言動は幼稚に過ぎるというものだ」

 

 護堂の言葉に応じるヴォバンの態度は何処か緩慢で居て拍子抜けしたものである。……それが、護堂という障害を毛ほども気に留めていないゆえのものであることに気付き、その態度がまた、彼の癇に障る。

 

「しかし、うむ。どうやら君が連れてきた気配は私が望む者のようだ。その一点に関しては感謝しよう……では、巫女を渡したまえ。何、私は先の二戦で少なからず満足しているのだ。巫女の譲渡を持って君の命は見逃そうではないか」

 

「……ふざけんな」

 

 静かに、されどマグマの様な赫怒を言葉に乗せる。話をつけるということであったが気が変わった。この目の前の老人は、よりにもよって万理谷をまるでモノのように扱った。その一点、護堂がヴォバンを敵と見なすには十分だった。

 

「お前が何処で神様と喧嘩しようが勝手だけど、それに万理谷を巻き込むなよ! 万理谷は一人の人間で、女の子なんだぞ、道具みたいに呼ばれる筋合いはないんだ! それをよくわかんない儀式を行なうために使うだとか、連れ去るだとか、勝手なことをいうなッ!」

 

「ほう……小僧ごときがよく吼える。ならばどうするというのかね?」

 

「決まっている。第一、万理谷を悲しませたお前は……一発殴ってやらないと気がすまない!」

 

「……くく、よく言った小僧。ならば特別にこのヴォバン手ずから相手を務めてやろう。来るが良い、貴様の奮戦で若造の代わりと無聊の慰めをしよう」

 

 四者既に言葉のみで終わらせる気など無い。衛は取り戻すために、ヴォバンは戦うために、クリームヒルトは神であるがために、護堂は万理谷のために……この場の誰一人とて譲る気も引く気もさらさら無い。行き着く先など、決まっている。

 

「―――負けたら尻拭いはしてやるよ、先輩としてね」

 

「そっちこそ、負けるんじゃないぞ」

 

 最後に、衛と護堂。二人の間で視線が交わされる。仮にも相手こそ違えど手を組み、同じ戦場を駆け抜ける戦友としてお互いを発破して……最後の戦いの幕が上がる。

 

「返してもらうぞ、桜花を……クリームヒルト!」

 

「こっちだ……!」

 

 右と左。両者同時に跳んだ。互いの相手を倒すがために、衛とクリームヒルト、護堂とヴォバン侯爵。負けられない理由を背に死線を両者は駆け抜ける……。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「アルマティアッ!!」

 

 主の意を汲み、稲妻の神獣が駆ける。山羊の造形を捨て、稲妻となったアルマティアは《神速》を以って刹那と掛からずクリームヒルトの懐へと到達する。

 

「野を駆ける獣が、王族たる私に牙を剥くなど不敬なッ!」

 

 だが、敵は『まつろわぬ神』。例え、武勇に関する逸話無くともデフォルトで人間を凌ぐ超人的な技能を持つ怪物。ゆえに《神速》で駆け抜けるアルマティアを正確に視認しながら迎え撃つことなど造作もなかった。

 

 騎乗槍(ランス)を振るう。迎撃の突きは正確に稲妻先端、仮に姿かたちがあるならば眉間に当たる部分を正確に狙い撃ち……だが、得物に手ごたえは戻らなかった。

 

「ああッ!」

 

 左半身に直撃する衝撃と痛み。アルマティアの突撃を浴びたクリームヒルトは悲鳴を上げる。……そう、《神速》の雷獣、アルマティアは《神速》中であろうが自在に方向転換が可能。迎撃に躍り出る騎乗槍(ランス)を回避し、射抜くなど造作も無いことだ。

 

「チッ、浅い……いや、手を抜いたか。ええい、やりにくい!!」

 

 だが、直撃にも関わらず手に入れた戦果はミスリルの鎧を僅かに焦げさせただけ。『まつろわぬダヌ』すら半死に追い込んだ超火力を保有する稲妻の一撃とは到底思えない惨状だ。理由は本人が一番、知っている。そう、他ならぬ衛が加減した(・・・・)のだ。

 

「軽すぎる一撃ですね……。戦士ならざる私を馬鹿にして!?」

 

 その攻撃に怒りを覚えたか、今度はクリームヒルトが突撃を喰らわそうと動く。速度たるや光の如く。元より体術に優れない衛では対応不可能、回避困難。しかし彼には絶対的に信頼する無敵城塞が存在した。

 

「幼子を護る揺り篭となれ! 母なる者よ、汝は無敵の盾である!!」

 

 言霊を唱える。刹那、《神速》の稲妻は主を守るため最速で鎧を構築する。これこそがこの権能の恐ろしさ。攻守一体、どちらか片方のみにしか集中できないが、どちらにおいても最速最強、ゆえに破ること難しき無敵の城塞である。

 

 粉砕するにはヴォバンとてその呪力の大半を使わねばならず、破壊こそ成功して見せたものの、未だ衛自身に致死の傷を届かせられなかった脅威の堅さを誇っている。まして、彼女の一撃は強力なれど、ヴォバンのそれには及ばず……必然、城塞を破ることなど不可能である―――常識的に考えれば。

 

「チッ……破滅の力か……!」

 

 だが―――何と言うことか、傷一つ付かぬはずの鎧に槍が侵食を可能としている。突き立てられた騎乗槍(ランス)は恐ろしいことに少しずつ、少しずつ、鎧に食い込んでいる!

 

 これこそ、『死神クリームヒルト』の力であり、恐ろしさだ。如何に堅く、如何に強固であろうとも、それが呪力による守りであれば容易く断ち切り、必滅の運命を落す。悲恋の呪いは伊達ではなく、英雄殺しの女は最強の城塞すら破滅の定めを通し抜く。

 

 実のところ、城塞頼りの守りの戦いを得てとする衛と何者をも突破するクリームヒルトとの相性は最悪に近い。体術を不得手とする衛は接近戦に弱く、対するクリームヒルトは接近戦もこなせる上、何より守りを突破する手段を有する。

 

 四年前、時間切れによるクリームヒルトの消滅がなければ危うい戦いであったのだ。少なくも、アルマティア頼りの戦いで倒せるほどクリームヒルトは容易い相手ではなかったのだ。

 

 ……しかし、人は成長する。男子三日会わざるば活目して見よ……四年の歳月を経た神殺しに一度通じた技が通じるとは限らないのだから!

 

「旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は速やかなる風となりて伝令の足を向ける」

 

「何ッ! その力は……!?」

 

 第二権能『自由気ままに(ルート・セレクト)』。その言霊を唱えた衛は世界を流離う旅人の権能を発露する。そして、そのまま即座に頭上に瞬間移動した。

 

「喰らっとけ!!」

 

「ガッ―――!」

 

 上空から突撃をしたクリームヒルトの頭上を取る。それは彼女の背後を取る事に等しい。ましてや予想外の力で驚愕に固まったクリームヒルトの無防備な背中に出現することなど容易く、衛は鎧の堅さをそのまま得た拳を瓦割りの要領でその背に叩き付ける。

 

 まるでハンマーに殴られた衝撃で、クリームヒルトは重力も相まって地上へと叩き付ける。息が詰まった様な悲鳴を洩らし、地面にのめり込むクリームヒルト。その隙を衛が見逃すはずはなく―――。

 

「粉砕しろ―――アルマティア!!」

 

『Kyiiiii―――!!』

 

 一分の合間なく、主の意に神獣は応える。鎧から稲妻へ。潤沢な呪力を叩き込まれたアルマティアはクリームヒルトを焼き払うため駆け抜けて……。

 

『衛さん―――』

 

「あ………」

 

 直後、耳に響いた幻聴にその勢いが途絶えた。一瞬、ほんの一瞬だけ起こった空白。様変わりする戦場でそれは命取りとなり得た。

 

「来なさい! 征服の軍勢!! 我が乙女の復讐を阻む因縁に終わりを告げるために!!」

 

「しまった……!」

 

 ウオオオオォォォォォ―――!

 ウオオオオォォォォォ―――!

 

 戦場に響き渡る勇猛なる叫び。虚空よりクリームヒルトの号令に呼ばれ、フン族騎馬隊が出現する、その数、ざっと見て二百機以上!

 

「有象無象が……散らせ! アルマッ!!」

 

 突撃してくる騎馬兵軍勢に対し、衛は即座に対応する。今度こそ一分の隙もなく告げられる命令をアルマティアは忠実に守る。稲妻に転じるやいなや、地を駆ける山羊のような低空軌道で速やかに軍勢後列にまで勢いを貫通させ、ジグザグと戦術隊形を取るフン族の騎馬軍勢を蹂躙した。しかし、そうして軍勢を相手取っている間にクリームヒルトは空中へ抜け出していた。

 

「クソッ………!」

 

「ふふ、どうやら想いを募らせているのはこの娘だけではないようですね。その理性をも食む感情の猛り……私にも覚えがあります。お優しいことね神殺しの勇士よ。その性根、嫌いでなくてよ?」

 

「抜かせよ……!」

 

 余人ならばポカンとして見るだろうに、魅力的な笑みで微笑むクリームヒルト。応じる衛は憤りを無理矢理治めたような極めて乱雑な返しだ。

 

 ―――そう、忘れてはならない。あの身は神ならど、あの器は桜花自身であるということを。『まつろわぬ神』を殺す、その意は欠片もぶれてはいない。しかし、ただあの女神を殺すだけではもう一人犠牲が出るのだ。他ならぬ姫凪桜花、その人である。

 

 女神降臨の『器』として今は意識無き桜花の肉体を使って顕現している以上、クリームヒルトを殺すことは『器』である桜花を殺すことに等しい。助けに来たのに、取り戻しに来たのに、それでは本末転倒もいいところだ。

 

 ゆえにクリームヒルトを殺すためにはまず、彼女を桜花の肉体から追い立てるか、或いは桜花の中に存在するクリームヒルト本体を正確に穿つしかない……だが。

 

(どうやる!? 幾らコントロールの効くアルマティアでもそこまでの正確無比な攻撃は―――!)

 

 端的に言って不可能だ。例え『自由気ままに(ルートセレクト)』と併用しても、その未来が見えない。クリームヒルトだけを殺すビジョンが衛にはないのだ。

 

 ジリ貧だ。戦いこそ現状成立しているものの、決め手がない衛とあるクリームヒルトでは何れ、差が付く。しかも、脳をチラチラ掠める相棒の幻影のせいで攻め手も弱まる始末。これほどやり難い戦いなど過去には経験したことが無かった。

 

「しかも今回は時間切れなし……クリームヒルトを殺さなきゃ桜花の奴も助からない―――ヤバイな。過去類を見ない無理ゲーだ」

 

 背に冷たい汗が滲む。吐き出す呼吸が重苦しい。状況の不利が形勢に影を落し始める。攻撃が許されない衛と攻撃し放題のクリームヒルト。決められない衛と決めきれるクリームヒルト。両者の戦いが傾き始めるのは間もなくのことであった。

 

 

 

 

 ―――一方、もう一つの戦の形勢も傾きつつあった。

 

「どうした!? 大言壮語を吐きながら、そのザマとは。口先だけか小僧!!」

 

「く……おぉ! この……!」

 

 噛み付く、噛み付く、噛み付く。そのたびに護堂は傍目には無様としか言い様がない転がるような回避で岩をも砕く牙を凌ぐ。発現するは『貪る群狼』。総数数百匹にも昇る獣の群れが着々と護堂を追い詰めていく。

 

 護堂の権能、『まつろわぬウルスラグナ』より簒奪した『東方の軍神(ザ・ペルシアン・ウォーロード)』は状況に応じて姿形を変えるウルスラグナという神の特性をそのままに発現する権能……詰まるところ幾らかの条件に応じて能力を発現させる。

 

 例えば、巨大な建築物など、大きなものをターゲットにした時に召喚できる『猪』の化身。例えば、一定以上の傷を負った際に得られる『駱駝』の化身。例えば、自身より遥かに腕力、力を保有する敵と相対した時に使える『雄牛』などなど。

 

 それぞれ設けられた条件に対して使用が可能となるのだ。現在のところ、使えそうなのは『雄牛』か『白馬』。使い勝手の良い『猪』は周囲一体が更地に化した事でターゲットに出来そうな大きなものが無く、使えない。

 

「でも、これ! どうしろってんだ!?」

 

 選ぶとしたら『白馬』だろう。『雄牛』も悪くない気がするが、ともかく敵が多すぎる。簡単な体術……具体的には達人クラスの使い手を何とか相手取る程度の体術は衛と違い、使えるものの、サルバトーレの剣術みたいな規格外の技量じゃない。この数を一度に相手取るには『雄牛』だけでは心もとない。

 

 答えは明白。手もある。なのにこうして受け一手なのは神殺しとしての直感によるものだった。……あの『狼』に『白馬』はマズイ。

 

「だああああ!!」

 

 凌ぐ、躱す、回避する。掠める絶死をギリギリでやり過ごす。だが、綱渡り染みた方法など歴戦の王相手に長くは続くはずもなく、必然、このままやられ続けるか勝負に出るかを選ばざるを得ない。だから……。

 

「―――我が元に来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え。駿足にして霊妙なる馬よ。汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

 謳う呪文は『白馬』の権能。嵐の空、その東方に暁の輝きが灯る―――!

 

「ほう! 天の焔、太陽の権能か!!」

 

 護堂の一手に歓喜するようにヴォバンが声を上げる。第二太陽と見紛う巨大な馬の姿を取ったフレア。民衆を苦しめる大罪人にのみ降り注ぐ焔の裁きは気まぐれ一つで群衆に災禍を招く魔王を狙い澄まして墜ちてくる!

 

「なん……それは……!?」

 

 だが、必殺と成り得るそれは……悪寒の通りに機能しない。墜ちてくる太陽を迎え撃つように不敵な笑みを浮かべたヴォバンが身を転じる。同時に周囲にいた数百の狼は姿を消して……代わりに一頭の巨大な狼が姿を顕す―――衛との戦いで見せた『貪る群狼』の顕身姿である。だが、これにはまだ隠された能力が存在していた。

 

 ―――オオオオオオオオォォォォォォォンンンンン!!

 

 猛り響く巨大な咆哮。太陽に立ち向かうように大口を開け、ヴォバンは落ちてくる『白馬』に挑みかかり……巨大な顎が焔を喰らい、閉じる。

 

「何でもありかよ……」

 

 思わず呆れた声が漏れる。半ば、効かないと確信したのはこういうことかと。詳しい理由は分からないがあの『狼』は太陽を喰らう力を保有しているらしい。エリカか祐理か、ここにいれば何かを感じ取ったかもしれないが。

 

「……エリカはあの娘の相手をしているからなァ」

 

 道中、突然に訪れた予想外は衛との遭遇だけではなかった。彼と合流し、いざ、ヴォバンの元へ往こうとした時、立ちふさがる影があった。―――リリアナ・クラニチャール。エリカの知己にしてヴォバンの配下として動いている少女だ。

 

『あの娘……リリィの相手は私に任せて、どうせ義務から無理矢理付き合っているだけだろうし。この際、あの娘も味方につけましょう。ほら、私と彼女は堅い(・・)堅い(・・)、とても裏切れない絆で結ばれているから、仲良く出来ると思うの』

 

「なんか、含みのある言い方だったけど」

 

 絆と言っていたが、あれほど信用のない『絆』という響きを護堂は聞いたことがない。学校の文化祭のスローガンだってまだ説得力があるだろう。

 

「甘粕さんは万理谷を守るため残ったし、万理谷もだ」

 

 元々、ヴォバンを二対一で倒す算段だったのだ。しかし、予想外の来客の所為で結果は一対一、一対一の戦い。……神殺しを初めて成した時とて傍にエリカが控えていたことを考えると、本当の意味で一人で戦うのはもしかしたらこれが初めてかもしれない。

 

『どうした小僧。今ので手詰まりか?』

 

 人型だったら冷笑すら浮かべているだろう嘲りの声……形勢は勿論不利。直感は敗北を訴えている。それでも、それで諦めるならば神殺しなどと言う人類史上最も諦めが悪い獣になどなっておらず、ゆえに。

 

「まだまだ……いくぞッ!!」

 

『ハハ、そうでなくてはなッ!!』

 

 走る。無意味であろうと、不可能であろうと。関係ない。まだ動ける。まだ戦える。勝ち筋を見出すため、足掻くだけだ。何より―――万理谷を泣かせた落とし前をまだつけていないのだから……!

 

 

☆  ☆

 

 

「く、は…ぁ……クソが……!」

 

 三十七度目。見出した隙に、アルマティアに命令を下し、攻撃する。しかし結果は最初と変わらず、脳裏に飛来する影に攻め手は弱まり、ミスリルの鎧を突破することすら敵わない。ゆえにそれは反撃を許すことと同義であり……。

 

「そちらも限界が近いようですね……さあ、その苦行から解放してあげましょう。潔く、ヴァルハラへと赴きなさい!!」

 

「誰がッ!」

 

 騎乗槍(ランス)が振るわれる。その一撃、無敵城塞を貫通しうるそれを守りきることなど不可能だ。だからこそ取らされる手段は回避一択。ヴォバンとの戦いで見出した権能の合体。ヘルメスの『瞬間移動』とアルマティアの知覚結界を組み合わせた。常時発動型の瞬間移動。それを使用し、衛は三十七度目の反撃をやり過ごす。

 

 都合二戦目。それもヴォバンに一度、全力の無敵城塞を破られたお蔭で少なくないダメージを負っている。加えて呪力も余裕はない上、ヘルメスとアルマティアの合体権能が衛の集中力を圧迫していく。

 

 正に壁に追い詰められた鼠。窮鼠猫を噛めれば良いのだが、肝心の猫が友人の鼠を取り込んでいるのだから噛もうにも噛めず、よってジリ貧。追い詰められるだけ追い詰められ、サンドバックのように攻め立てられるだけ。

 

「本格的にヤバイな。いい加減、反撃の一つでも考案できれば良いんだが……」

 

 しようと思えば出来るだろう。相手は手ごわいが勝機を見出せないほどではない。戦闘開始から既にそれなりと経過しているが見出した隙は三十七。倒せない道理はないのだ。だが、あの神を殺すことは即ち―――。

 

「しかし―――成る程、これほどの勇士。か弱き人の子である以上、この娘を足手まといと断ずるのは全く以って正論ですね」

 

「何?」

 

 ふと、女神が言葉を口ずさむ。こと此処にいたって一方的な結果に勝利を確信しているのだろうか。生粋の戦士でないがゆえにクリームヒルトに油断が生じる。

 

「ふふ、我が依代となった娘の嘆きを聞いたのですよ。健気な者です、共に戦場を往きたい、背を預ける戦士足りたい。嗚呼―――その切なる思い儚いほどに理解できる」

 

「――――――」

 

 そういうことか―――内心を占めたのは納得の感情だ。

 

 彼女―――桜花は衛から見ても、お世辞抜きに強い少女だ。卓越した剣技、練達の末の呪術、神と相対しても挑める気概。少なくとも誰にでも出来ることではない。勇気がいるだろう、決意がいるだろう、まして付き添うは乱世に生きる覇道の王。衛とて、もはや自分が普通から乖離した怪物であると理解している。

 

 だが、彼女は平気で微笑むのだ。『普通』の友達として、『普通』の友愛を。友と言うならば無論、衛は一人ではない、私的には甘粕も沙耶宮も、『女神の腕』の面々も等しく彼の友人である。だが、しかし隣に立ち、彼と共に歩む戦友は桜花を置いて、例外はない。

 

「一緒に行くぞ……なんて、言えば良かったな」

 

「うん?」

 

 少しだけ、後悔。冷静に、足手まといだなんだといって、結局の本心は大切だから、傷つけたくなかったからだ。相棒を十分に評価している癖、肝心な場面でおいていくのはそういうこと、女神ダヌとだって単騎で時間稼ぎが出来るのに置いていったのはそういうこと、『神がかり』を使わせないよう言ったのもそういうことだ。

 

「まァ―――そういうわけで、こうして反省してるんで……」

 

 そういうことだった、だから……今度は……。

 

「助けてくれると有り難いんだが? 相棒。信じさせてくれよ、お前の強さを」

 

 苦笑するように、反省するように。クリームヒルト、否、姫凪桜花に何も取り繕わない言葉を投げた―――。

 

 

「          」

 

 

 この身を犯す、『忘却』のルーン。それは女神との縁にして己を『器』と記し付ける起点なのだ。これがあるゆえ、彼女は『私』を見失わず、これがあるゆえ、『私』は彼女から力を引き出される。こと、運命の女神が刻んだ印は強力堅固。結んだ絆は必ずや約束された破滅へと導くだろう。だからこそ、彼女と『私』はその終わりに、逃れられないニーベルンゲンの災いに堕ちる―――。

 

 

「        嫌だ」

 

 知らない、そんなことは知らない。『私』の願いは、『私』の祈りは、『私』の望みは約束された破滅なんかじゃなくて、もっと暖かくて、もって何気ない、そんな当たり前の―――。

 

 

「う、ああ……」

 

 

 白い、地平。自我と忘我。意識と無意識の境界線。大神が与えたルーンは強力無比。数多の英雄達もそれを授かり、多大な功績を積んでいったという。ゆえに原則、人には反抗不能。神が与えた知恵は、神に選ばれたものにしか抗えない。

 

 だが、ここに例外と言うものが存在した。歴史が進み、文明が栄え、争いが過去の者と忘れられても、常人ならざる才人、規格外の天稟を持つものは往々にして顕れる。それら運命に愛された『英雄の相』の持ち主というもの。まつろわぬものではない、或いは存在する神に選ばれた才能の持ち主……不可能を可能にする者。

 

 

「南無―――大天狗小天狗十二天狗有摩那(うまな)数万騎天狗」

 

 

 『助けてくれ』―――『私』が彼に嘗て投げた言葉、頼られたい『私』が彼に言われたかった言葉。

 

 

()ず大天狗には、愛宕山(あたごさん)太郎坊・比良山(ひらさん)次郎坊・鞍馬山(くらまやま)僧正(そうじょう)坊・比叡山(ひえいざん)法性(ほうしょう)坊・横川覚海(よこかわかくかい)坊・富士山陀羅尼(だらに)坊・日光山東光(とうこう)坊・羽黒山金光(こんこう)坊・妙義山(みょうぎさん)日光坊・常陸筑波(ひたちつくば)法印・彦山豊前(ひこさんぶぜん)坊・大原住吉剣(すみよしけん)坊―――」

 

 

 桜花が使う呪術。其は天狗の妙技。風を操り、火を操り、内なる『験』を以って時に災い禍つを治め清めるもの―――謳う呪文は最大最高位の呪術。曰く、唱えれば日本各地より天狗集いて悪魔を妖怪を怨敵を調伏するという禍つ祓い、利福法。

 

 

「総じて十二万五千五百。所々の天狗来臨影向(らいりんえいごう)、悪魔退散―――諸願成就!」

 

 

 心臓。重なる形で別のものが存在している。ルーンを通じて一本の線が、内なる神気が悲劇に見舞われた乙女が、ニーベルンゲンの災いが視えた―――助けてくれ、と待ち望んでいた声が聞こえたのだ。ならば、良い。もう良い、十分だ。その言葉を聞くために、その言葉を入れるように自分は強く、強くなりたかった。でも、十分。その言葉でもう十分だから……もう

 

 

貴女()はいらない―――私は彼の元に行くんだ! オンヒラヒラケン・ヒラケンノウソワカッ!!」

 

 

 瞬間、ピシッと何かが割れる音がした。

 

 

 

 

「衛さんッ!!!」

 

「ッ!!!」

 

 クリームヒルトが叫んだ『声』に衛は即座に応対した。追い詰められた現状も、危機に瀕した今も忘れて、その『声』にのみ意識を傾ける。

 

 ―――ミスリルの鎧。その左胸が薄く輝いている。

 視える、感じる、アレが『縁』だ!!

 

「おお、おおおォォォォォ!! アルマッ!!」

 

「くっ、馬鹿な―――人の子に!?」

 

 一世一代、その瞬間にアルマティアはやはり応える。嘗てない速度、《神速》を以って攻め入った稲妻は寸分違わず、内より生じた抵抗で身動きが取れないクリームヒルトを打ち据えた。会心の一撃、ミスリルの鎧を破壊して、その奥の―――『忘却』のルーンを見取った。

 

「見つけたぞ、元凶!」

 

 刹那、防御も攻撃も放り出して、ヘルメスの権能に任せるまま身を躍らせたのは何事か。神殺し、閉塚衛は肉弾戦に応じられない。その力はない、そのスタイルは衛が好むものではない。戦いは誰かを守るためだけに。抗いがたい暴力から、力無き民草を庇護する黄雷で在りたい―――殺した『彼女』への誓いは忘れていないから。

 

 ならば、これはどういうことか、無茶無謀を通す神殺しではあるが、一切合切傷つけあいを、その術を持たない衛が何の策もなくクリームヒルトに接敵するなど!

 

「愚かなり……まつろわぬ神を舐めるな!」

 

 人の子の思わぬ抵抗で動けぬクリームヒルト。されど、その身は神なれば、如何に超人といえど神殺しならざる人の身で抗うには及ばず。例え五体が封じられようとも、その身には切り札が残されていた!

 

「槍よ、槍よ、我が怨敵に災いの禍つを与えたもう! 我が復讐は確と成れり! 英雄殺しの罪は一族総出で購うべし!!」

 

 因果変成、槍が穿つ。それは運命を司る乙女にして『死神』たるクリームヒルトだからこそ成せる技。槍に死の『縁』を乗せる。特上の呪詛である。クリームヒルトの手から槍が離れる。敵を滅するため、復讐を成すために、『縁』によって衛の死に繋がれた槍はピンと張った糸に引き戻されるが如く、寸分違わず衛の心臓に飛びついて、

 

「―――我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ。さあ、簒奪者よ、恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える!」

 

 キン、と絶死が弾き飛ばされた。左手、衛が握るは一つの短剣だった。奇形である、まるで斬ることを想定されていないような蛇のように波打つ刀身。握る柄は芸術品が如く鎌首を凭れる竜を模している。熱い、呪力の猛り。熱持つ左手は死の『縁』こそを断ち切った―――否。

 

「なんだ!? その力は……!?」

 

 槍は凍り付いていた。死の呪詛をそのままにまるで封じ込められ、阻まれたように、その因果は、半ばで妨害する別の呪力によって流れを断たれていた。

 

 これぞ女神ダヌより簒奪せしめた第三番目の権能。河川を司るかの女神はあらゆる《流れ》を司り、女神より生まれた邪竜は全ての繁栄を阻むものなれば。

 

 その力は―――ありとあらゆる流れを寸断する封印の一斬、傷つけず、ただ封じる。衛が手にした新たな力であった。

 

「さあ、返してもらうぞ、俺の相棒を!」

 

 短剣が振り上げられる。桜花の抵抗、想定外に対する動揺、よって生じた致命的な空白―――既に勝敗は決していた。

 

「おお、おおおお、おおおおおおおお!?」

 

 短剣がクリームヒルトの胸元を、『器』の証たる『忘却』のルーンを違わず刺し貫く。権能封じという特性を持つ短剣は刹那、効力を発して、その輝きは遂に潰えた。よって『縁』を失った桜花は『器』たる資格を失い、クリームヒルトはその身を外界に晒す。

 

「―――神殺しぃぃ!!」

 

「失せろ。悲劇の幕も、別れも、俺たちには必要ない」

 

 我らが運命は別たれず―――嘗て、何処かで誰かを助け、絆を繋いだ黄雷が駆け抜ける。神殺し、此処に成れり。悲劇の歌はこれにて終幕。




「心なしか長かったな」、そう終わったとは言っていない!

いい加減にしろよマジで、まだクリームヒルトしか倒せてないじゃん!
バカ、私のバカ!

はい、と言うことでもう一話挟むことになりました。
ただし今回と違い、もうただの余分ですが。

後、どうでもいいけどハーメルンの執筆本文って一万五千文字越えると文字数の多さによる情報量多寡で反応が遅くなるんですね。知りませんでした。


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そして嵐は去る

殆ど蛇足回。
いやホント、前回で終わっていた予定ですからね……。
前半はどうでも良い穀潰しのヘタレシーン。
後半は孤軍奮闘していた護堂くんとの共闘。


ところで東京レイヴンズ十六巻、遂に発売!
さあ、以って夜光編完結、物語は今へと戻る……。

……あれ? なんか宣伝っぽい?


「流石に、二連戦は、ちょいキツイ……」

 

 確かな弑逆の感触にようやく衛は息を吐き、意識を失ったままの桜花を横抱きに地上へと降り立った。そして、そっと桜花を降ろすや否や、ドスンと尻餅を付くようにして膝から崩れ落ちた。

 

「後輩君は……ってまだやってんのか。あのジジィ、タフ過ぎるだろ……」

 

 目を向ければ衝撃波を伴う強烈な咆哮と共に巨大な狼と猪が取っ組み合いをしている。恐らく片方は『二人目』の召喚した神獣か何かだろう。さながら怪獣大決戦の様相で一歩も譲らず争っている。

 

「となると、もう一戦か……ヤダヤダ、後輩君に任せきりじゃダメかねこれは」

 

 正直言って既に満身創痍だ。身内を盾にされるという嘗てない事態。使った集中力はヴォバン戦以上だったし、初の権能も使用したため残った呪力は殆どない。

 

「それに……」

 

 目を向ける。眼先には浅い息で呼吸し、素人目にも衰弱しきっていると分かる少女、桜花の姿。無理もないだろう、神の触媒にされた挙句、それを自力で破ろうとしたのだ。結果的にはそれが隙に繋がり神殺しを遂げる契機になったが、人の少女にとって払った代償は軽くない。

 

「……コイツもコイツで呪力は空っぽか。まあ当然だな」

 

 『器』とされた桜花はいわば、自動車に旅客機のエンジンを乗せられたような状態だった。そうなれば当然、身体(機体)の方はエンジン(まつろわぬ神)のスペックについて往けず自損する。しかも、その状態から力技でエンジンを吹き飛ばそうとしたのだから呪力も体力も底を尽きるのは当然だ。このまま、放置すれば間もなく衰弱死するのは間違いない。だが―――救命手段は残っている。

 

「子を育てるは母の愛。乳を与え、蜜を与え、子の未来を夢見て母はその腕に抱かん」

 

 言霊を唱える。すると衛の手を覆うように薄く紫電が瞬く。『母なる城塞』の応用法が一つ、活性の力だ。生命を司る稲妻、それを用いた自己治癒はそれが外傷であれ病気であれ、問わず完治させてしまう。ヴォバンによって大怪我を負った衛が一命を取り留めたのもこの力あってこそだ。

 

 また、過去に桜花が無理な『神がかり』の代償に両腕を全焼した時も、この権能の力を使い、完治したという実績もある。例え死に伏すほどの衰弱からとて回復することが可能であろう。そう……ただの衰弱であったのなら。

 

「熱ッ、なんだと? これは……!」

 

 活性の力を用いようとした瞬間のことだ。まるでそれがスイッチであったかのように炎が上がる。それは桜花の周囲を取り囲むようにして巻き起こり、思わず衛は後退した。

 

「呪詛? ……いや、ルーンか! あの女神余計な置き土産を!」

 

 桜花の胸元。殆ど輝きを失い、文字自体崩れかかったルーンが最後の足掻きとして輝きを放つ。周囲に浮かび上がるは炎を意味するルーン文字。それは嘗てオーディーンが禁忌を犯したブリュンヒルデを封じ込めたように、炎の円は意識無き巫女の再起を封じている。

 

「衰弱と隔離の呪いか。……我が槍を恐れるならば、この炎を越すこと許さぬってか? 邪魔臭い」

 

 ワーグナーの一節を神話に当て嵌めるよう口にし、衛は舌打ちをする。炎を跨ぐこと自体は何てことはない。所詮は討たれた女神の残滓。手元の呪力を回せば破ることは簡単だ。問題は桜花自身に駆けられた衰弱の呪いの方だ。

 

「活性の権能が弾かれた……つくづく女の使う呪いほど面倒くさいものはない。しかも使用者が運命を司る死神、約束された破滅に導く戦乙女なら尚更か」

 

 どうやらただでさえ少ない呪力をもう少し使わなければならないようだ。第三番目の権能、あらゆる力を封じ込める権能封じの権能を使用する必要があるだろう。何せ伝説を悲劇で終わらせた女の呪いだ。破るためには相応しい手段が必要である。

 

「……何だこれ」

 

 『それ』に気付いたのは丁度、権能を使うため左手を掲げようとした時だった。左手の甲に浮かび上がるルーン文字。英語スペルの『X』を模した文字がいつの間にやら刻まれていた。女神の残滓か、と警戒するが、寧ろこれは……。

 

「簒奪した権能……いや、だが」

 

 仄かな熱を放つルーン文字は確かに普段、衛が武器と振るう権能と同じような力を感じる。しかし問題はその力の源を桜花に感じること。それから、妙に桜花が「近く」感じられることだ。まるで彼女越しに力を得ているような。

 

「変則的な権能の獲得っていうことか?」

 

 訝しげにルーンを眺める衛。しかも何らかの契約をしているが如く、桜花を囲った炎と心なしか共鳴しているようにも見える。

 

 ―――これは後に知ることであるが、これは衛と桜花。両者が協力し、『まつろわぬ神』を『調伏』したことにより得た極めて変則的な権能であった。

 

 クリームヒルトに抵抗する際、桜花が使用した呪術は最上位の禍つ祓い『天狗経』という呪術だ。曰く、唱えれば日本中に住まうありとあらゆる天狗が集い、術者の幸いを約束するという呪術だが、これには極めて強力な『調伏』の力も存在していた。

 

 そんな呪術の助けを得ての神殺しは変則的な形となっていた。つまるところ、クリームヒルトを殺害し、彼女の呪力を奪う際、直後に彼女を祓い退けて見せた桜花にも呪力が流れ込んでいたのだ。これは一重に彼女自身が『まつろわぬ神』に憑依される形として神として君臨していた影響もあるのだろう。

 

 まして彼女はクリームヒルトとルーンという『縁』によって繋がりを得ていた。よって権能は桜花をも巻き込み『眷属』という形で形成された。第四番目の権能とは……衛と桜花で分け合うという前代未聞のものであった。

 

 或いは真なる女神として『簒奪の円環』を廻す彼女ならば真実を知るやも知れない『城塞とは内に囲う者あるから存在する守りの力。誰かを守るために、極めて深い絆を結ぶ当代随一、「王」の資格を有する貴方だからこそ形取れる権能である』と。

 

「っと……なるほど、これが炎を越す資格ってことか」

 

 契約の証たるルーンに呪力を流し込んでみれば途端、衛を避けるように炎が掻き消える。詳細を知るまでには至らないが、女神の残滓はこの権能を嫌うようだ。

 

「後は衰弱の呪いを取っ払うだけだが……」

 

 ふと、そこで気付く。女神ダヌから得た権能封じの力。これは呪力の流れを一切断ち切ることで効力を封印する力だが……果たして衰弱状態の彼女はこれを使われて無事でいられるか、と。衛は途端に苦虫を噛んだような顔をする。

 

「とはいえ、このまま活性を使っても弾かれるだけ、か」

 

 ふむ、と顎に手を当て思わず思案に耽る。時間を掛ければ彼女が衰弱死してしまうが、手段を選ばねば最悪それより早く命を散らすことになるだろう。

 

「もういっそ力任せに呪力を注ぎ込んで呪いごと吹き飛ばすとか? 実際、俺の力は生命を司るし、呪力耐性を高めれば崩壊しかけの呪い程度、容易く吹き飛ばすことができるだろうし」

 

 現状、それが最善の手にも思える。術式自体は術者の死によって破綻しかかっているのだ。桜花の身体に残された女神の残滓さえ洗い流せばそれだけで衰弱の呪いは尽きる。まして生命を司る活性の力だ。少しばかり過剰に注ぎ込めば十分。

 

「……問題は外からじゃあ取っ払えないことか」

 

 謎のルーンによって炎の内部に入り込むことは出来ても、炎自体は効果を発揮し続けている。内部に保護する存在、一切の干渉を閉ざすと。破るためにはそれこそ内側から吹き込んで掻き消す……し……か?

 

「いや、出来る………待て。いや、出来ない」

 

 頭に過ぎった手段に衛は可能と口にして……直後、思いついた「別の問題」がため、否定の言葉を口ずさんだ。

 

「いやいや。いやいやいやいや……待て、ステイ。落ち着け……確かに内側から直接吹き込んでやれば間違いなく何とかなる。なる、けど」

 

 これは神殺しにも通じる話だが、神殺しはそれを成した時点で通常の人間種から転生する。骨格は鋼のように、身体能力は高められ、桁外れの呪力とそれに対する抵抗を得る。そのため彼らは外から使われる呪術や呪詛に対して異常なまでの抵抗力を有している。だが、それでも破るための手段がないわけではないのだ。

 

 例えば、今の桜花の状態のように神殺しも外から使われる呪術や呪詛に対してのみ耐性を持ち得るのだ。ならば手っ取り早い話、神殺しに呪術、呪詛を通したいのならば内側から使ってやればいい、例を取るなら、口移し、とか。

 

「ちょっと待て。いやいや、寝ている相手にそれは流石にちょっと……」

 

 誰に弁明するわけでもなく一人でワタワタする日本を代表する神殺し。傍目から見てそれはもう情けない慌てようである。とても先ほどまで激戦を繰り広げた戦士には思えないほどに。

 

 余談も余談だが―――今年で十八を迎える衛だが、これまで女性との「そういう方面」での関わりは皆無に等しい。何せ趣味がアキバ系。しかも自身が神殺しであることと、身内を大事にする性質が相まって懐に入れるほど関わり深い人物など殆どいない。それが祟ってか、「そういう方面」の経験はないも同然、しかも趣味人(オタク)とあって、「そういう方面」は常に重いものと映る。端的に言って、夢見がち(ロマンチスト)であった―――育んだ絆と相互の了承があってこそと。

 

 或いは、何処かの赤い悪魔(ラテン系民族)が聞いていれば、失笑してしまうほど。

 

「それに目覚ました時、傷つけたら嫌だし。まァ百歩譲って平手打ちを受ける分には問題ない。だけど、泣かれたらかなり効くし……」

 

 とはいえ、それも身内を大切にしすぎるからであろう。口にする言い訳が基本、相手を慮ったものである辺り彼の本性がよく分かる。

 

「解呪して速攻で活性化を……無理だよなあ。衰弱している状態で仮にも『封印』を解けば綱渡りの現状から均衡は崩れ、衰弱死する可能性が高い。俺の権能は既にある力を活性させるのであって癒すわけじゃないからな」

 

 衛の権能は言わば抵抗力を底上げし、持ち前の力で病と傷とを吹き飛ばす力だ。活性させるべき力なくば意味は成さない。一を十に出来ても、零を一には出来ないのだ。

 

「この状態で運ぶのは不可能。いっそ誰か連れてくるか? いや、それにしても仮にも『まつろわぬ神』の残した術を突破する使い手なんて『サークル(うち)』は勿論、《正史編纂委員会》にだって数少ない……」

 

 つまるところ、言い訳を重ねたところで助けるためには「腹を括る必要がある」

 

「………………………………マジか」

 

 桜花を見る。……厳密には彼女の唇辺りを。元々、普段は快活に。荒事となれば凛々しい姿を見せる今は古き大和撫子のような少女だ。こうして改めてみてみれば紛うこと無く美少女であると断言できるほど。衰弱の極致に合って尚、黒髪は濡れたように美しく、肌は染み一つない白磁の如く。すらりとした顔立ちは作りの良い小顔で、なるほどクラスメイトの女子に羨ましがられるのがよく分かる……。

 

「違う、そうじゃない……!」

 

 何故か思考が頓珍漢な方向へとんで行くのを自覚して慌てて思考を放棄する。というか、人が死にそうな時に何を考えているのだろうか?

 

「そうだ。これは救命処置、人工呼吸的な。致し方ないことであり、冷静に考えれば俺が黙っていれば済む話……!」

 

 幸い目撃者は不在。行為を知るのは自身のみ。ならば優先すべきは命であり、己の下らぬ感傷など些事に過ぎない……理論武装、完了。

 

「……バレたら土下座だな。うん」

 

 最後に内心、既に土下座モードで桜花に謝りつつ。衛は言霊を口ずさみ、活性の呪を口内に練り、そのまま―――桜花に、キスをした。

 

 

 

 

 ―――オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!

 

 遂に決着の瞬間は訪れた。首筋に深々と牙を突きたてられる『猪』。両者一歩も引かぬ怪獣決戦を征したのは『貪る群狼』を携えたヴォバンであった。断末魔の悲鳴を上げて消えていく『猪』。……万策、此処に尽きる。

 

「クッ、新参とはいえ、やはり神殺し。中々良い時間であったぞ」

 

 人型に姿を戻したヴォバンの第一声がそれだった。流石の彼も三連戦。『猪』相手に負った傷も相まって、五体満足といえど疲労は隠せず、随所から血を流している。だが、眼前の護堂の傷はそれ以上であった。

 

「く……そ………!」

 

 刀傷、刺傷、裂傷……『駱駝』も『雄牛』も使いきり、最後の『猪』まで使った。満身創痍な上、最後の手札まで使い切ったのだから最早、護堂に手は残されていない。正に万策尽きたというべきだろう。

 

 惜しむべきは準備不足。己が切り札とする神話を紐解き、その神格を引き裂く『剣』の言霊を用意していなかったことだろう。最古参の王を前に、切り札落ちで挑むには無謀であった。さらに付け加えるならば共にあるべき相棒(エリカ)の不在。これもまた祟った要因として上げられるかもしれない。

 

「なるほど、アテナに、サルバトーレめを降したというだけはある。後二年あれば、或いは若造めに並ぶ王として大成しただろうに」

 

 それは己と死闘を演じた相手への賞賛だった。経験が足りなかったと、未熟と称しつつも、或いは相応しい宿敵となりえた可能性への。

 

「では詰みだ……悪いが時間を掛けている暇はなくなったのでね。どうやら向こうの決着も尽いた様だ」

 

 ヴォバンの言葉を聞いて気配を探ってみれば……近隣、同族とその宿敵との呪力圧が消え去っている。それが示すところは即ち、決着したということだろう。どちらが勝ったかは分からないがヴォバンの言からは『一人目』が勝利したように窺える。

 

「ぐっ……まだだッ!」

 

 ならば、同じく日本に君臨する王として負けるわけにはいかなかった。同じ国の同族として負けるもの癪だが、何より、ここでヴォバンに負ければ、万理谷の涙を肯定することになる。彼女を悲しませ、苦しませた敵を前に、膝を屈することがどうしてできようか、だが同時に内心を締める苦々しい確信。

 

 ―――勝てないな、こりゃあ

 

 思わず舌打ちが漏れる。戦士としての護堂は決して馬鹿ではない。神を殺し、それによって得た直感と戦闘脳は冷静に相手と己とを比較し、勝率をたたき出していた。何より、やはり痛いのは『剣』の言霊の不在。相手ともども満身創痍だが、手札の有無が祟っている。

 

「護堂!」

 

「護堂さん!?」

 

「ほう―――獲物が向こうからやってきたか」

 

 と、背後で声が聞こえる。見れば駆け寄ってくるはエリカと万理谷、遅れて銀髪をポニーテールで纏め黒と青(ネラッズーロ)の衣装に身を包む少女、リリアナ・クラニチャールも付き添う。そして状況を見るや否やエリカとリリアナ。二人は僅かに目配せをすると、ヴォバンに剣を向けつつ、戦線に加わる。

 

「二人とも下がっていてくれ! 危ないだろ!!」

 

「まさか。忘れているの? 私は、エリカ・ブランデッリは貴方の騎士よ。貴方の盾として剣として、どこまでも共に戦うわ。それに今こそ活躍を魅せるべき場面でしょう?せいぜい私の剣に見惚れると良いわ」

 

 不敵に言うのはエリカ。護堂と共にならび性質ながら軽口交じりに不遜な言い回しをする辺り、子の局面でも全くらしい(・・・)

 

「先ほどは御無礼を、草薙護堂。此処で人生を共に尽きるつもりはありませんが、今この時のみ騎士として汚名を返上いたしましょう。我が剣にかけて」

 

 エリカに背を預けるようにリリアナもまた戦列を共にする。構えるはエリカのクレオ・ディ・レオーネと対をなす魔剣イル・マエストロ。イタリアが誇る才媛二人は護堂を守護する騎士として護堂を庇うように並び立つ。

 

「護堂さん」

 

 再び、下がるように言おうと口を開きかけた時、凛とした声が気勢を削いだ。万理谷である。

 

「私の、私などのために怒ってくださったこと、そして、こうして侯爵に立ち向かってくださったこと。感謝してもしきれません。ですから、今はせめて、こうして共に戦わせてください。私一人が犠牲になるなどとはもう言いません―――今度は共に立ち向かうために」

 

「万理谷……」

 

 真っ直ぐと交わされる視線。その強い決意に思わず護堂は言葉を見失った。見るとこちらに視線を向けるエリカはウインクを、リリアナはすっと小さく肯いた。

 

「……これで負けたら、漏れなく全員地獄行きだな」

 

 苦笑するように笑い、立ち上がる護堂。

 

「その時は、その時。地獄でも何でも付き合うわよ」

 

 こんな状況でも軽やかに笑うエリカ。

 

 勝率など殆ど皆無。肝心の神殺したる護堂は満身創痍で立ち向かうべきは最古参ゆえに桁違いの地力を有する王。こちらもこちらで青息吐息だが、手傷を負った獣の方が遥かに恐ろしいとは先の戦いからよく分かっている。

 

「ふむ―――最後の算段はついたかね?」

 

 冷笑を浮かべることなく問うヴォバン。その顔には油断は決して存在せず、同族の王に対する惜しむこと無き闘気が満ちている。

 

「最後じゃない。まだ負けちゃあいないし、何より……諦めたつもりもない!」

 

 どんな劣勢においてもしかし貪欲に勝利を求める―――それこそが神殺し(カンピオーネ)ゆえに。草薙護堂は神殺しである、その命尽きるまで自ら敗北を語ることなどありえない。勝利の軍師を下した最新の王は吼える。

 

「くくく、成る程、良いだろう。ならばその奮戦を最後にしてやろう、さあ来るがいい! 未だ勝つというならば、その克己心を砕くまでだ」

 

 だからこそ先達としてヴォバンもまた溢れんばかりの闘気を示す。三戦越えて、未だその力は揺るがず。最古参に相応しい圧倒的な力を有する王もまたその挑戦を引き受ける。これより始まるは最後の戦い、此度の騒乱に蹴りを付ける為に踏み出して―――。

 

 

 

「―――無粋を承知で横入り御免、約束通りに尻拭いだッ!」

 

 

 

 地を駆ける雷撃。ヴォバン目掛けて繰り出されるは彼に並ぶ桁違いの呪力が含まれた稲妻だ。其れは顕身した神獣アルマティアによる《神速》の攻撃。完全に不意を打った一撃はさしも連戦を重ねたヴォバンでは流石に回避しきれず、直撃する。

 

「グッ、オオオオ!? おのれ……若造!!」

 

「応とも! 再会だなクソジジィ、さっき分、のしつけて返してやる!」

 

「ぬぅ、グウウウウウオオオォォォォォッ!!」

 

 怯んだ隙に一発、二発、三発と。崖を自在に駆け回る山羊のように、無形の神獣は稲妻たるその身をヴォバンに叩き付ける。その主、護堂やヴォバンに並んだ傷だらけの青年、『一人目』たる王が姿を現す。

 

「よォ、後輩君もとい色男! 青臭い青春劇とは見せ付けるねェ!」

 

「アンタは……! 閉塚!」

 

「遂に呼び捨てと来たか。まあ構わんが。邪魔するようで悪いが、手を貸すぞ。少年少女の決意に泥を塗るようでロマンチストとしては業腹だがな!」

 

 閉塚衛―――日本に住まう七人目の王にして護堂の先達。ヴォバンと先に合い争いそして、私用と称してクリームヒルトとの戦いに身を投じていた青年。

 

「いや、いい。正直助かる……助けるけど、なんかアンタ様子が可笑しくないか?」

 

 気勢を削がれたが実際問題、その手助けは蜘蛛の糸に等しかった。護堂は素直に感謝を述べつつ、妙にテンションが振り切れている青年に思わず首を傾げる。果たしてこの青年はこんな性格をしていただろうかと。

 

「あぁ!? 知らねえよ畜生! 間が良いんだが悪いんだがクソッタレ、明日から顔合わせづらいじゃねえかどうしてくれんだこの野郎!! それもこれも元はといえばテメエの所為だろうが、なあクソジジィィ!!」

 

 口調、極めて粗野。状態、極めて興奮状態。明らかに始め合った時の泰然とした雰囲気は幻のように消え、当り散らすように雷撃、雷撃、雷撃。半ば自棄染みた攻撃であるが、流石に戦歴に恵まれた神殺しとだけあって、狙いだけは正確無比。例え、事前あった出来事のせいで色々、かっとんでいても戦闘の理性は機能している。

 

「と、それと………ほれ!」

 

「うおッ!?」

 

「護堂さん!? 閉塚さん、何を!?」

 

 突然、何かを思い出したように衛は反転。雷撃を護堂に放った。完全に意識の外から放たれた一撃に護堂は真っ向から稲妻を浴び、その奇行に一番傍にいた万理谷悲鳴染みた抗議の声を上げる。

 

「って……あれ? 何ともない……それに」

 

「生命司る俺の権能、その活性の力だ。ついでに、お前から感じるよく似た気配(・・・・・・)の眼も覚まさせてやった。動きは俺たち(・・)で抑える。お前が討て」

 

 先ほどと一転して口早に、それでいて冷静に言い切る衛。用件を伝えるや否や再び怒涛の雷撃を放ちつつ、戦線に復帰する。

 

「『堕落王』の『母なる城塞』……! 回復能力まで備わっていたのね」

 

 見ると服はボロボロのままだが、目立った傷は全て消えている。それを見てエリカは戦慄するように、感心するように驚きの声を上げる。

 

「傷もそうだけど……この感覚は……」

 

 ドクン、ドクンと脈打つ心臓。絶え間ない生命の波動、それに伴い何処かから声が聞こえてくる。―――奮起する声、力を求める声、救済を求める声、義憤する声と。例え神殺したちによる人知れぬ激闘を知らずとも、列島を襲う脅威、嵐と言う名の災いに対する群衆の声が護堂に向って降り注ぐ、丹田から込み上げる熱。同時に思い当たる、一人目の王が残した「眼を覚まさせてやった」という言葉の真意を。

 

 そう、これこそが―――護堂の中に眠る新たな化身の力!

 

「―――義なる者たちの守護者を、我は招き奉る。義なるものたちの守護者を、我は讃え、願い奉る。天を支え、大地広げる者よ。勝利を与え、恩寵を与える者たちよ。義なる我に、正しき路と光明を示し給え!」

 

「ぬ? ―――これは!?」

 

 込み上げる新たな力。それに飲まれるぬよう制御しながら護堂はその力を発露する。神獣アルマティア。その稲妻に混ざる形で別の稲妻がヴォバンを殺到する。

 

 第九の化身『山羊』。ウルスラグナより簒奪した権能の掌握が進んだ結果得た新たな力の正体だ。群衆の声、あの老人を魔王を討てと虐げられし者が叫んでいるのだ。それは生者の声だけではない。『死せる従僕』として囚われたもの。ヴォバンの手によって殺戮され、あの世にも召されぬ悲運の魂ら。それらもまた、嘆きと怒りの残響を奏でている。総じて皆が言う―――嵐を討て、と!

 

「オオオオオオオ!? まだ余力を残していたかッ! 良いだろう、諸共に吹き飛ばしてくれる!!」

 

「俺がさせるかァ!!」

 

 その新たな力をヴォバンが喜悦の笑みを浮かべ、この逆境においてすら傲岸不遜に吼える。残された呪力を使い、雷を、雨を、風を、嵐を呼び込み、『疾風怒濤』の一撃を持って対抗する。だが、それをさせじとその威力を心得る衛が動いた。

 

「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ。さあ、簒奪者よ、恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える!」

 

 左手に宿す奇形の短剣―――ダヌとの戦いで得た呪力の流れを阻み、あらゆる力を封じる第三番目の権能。衛はそれを殺到する天災目掛けてぶん投げた。瞬間、天を衝くような轟音と膨大な呪力が激突する魔震。吹きすさぶ嵐は姿を消し、曇天より暗き雲が天を染め上げる。

 

「我が権能を封じたかッ!? それが貴様の切り札―――! だが、それがどうした! 我が嵐のみが取り柄ではないぞ!!」

 

 『疾風怒濤』の権能が封じられる。予想にしない事態にもされど最古参はうろたえず。次の瞬間には次の一手に動いていた。変貌していく人型、そう、この王には護堂の『白馬』を喰らい、衛の結界すら軋ませる『貪る群狼』の人狼形態が残っている。

 

「いいや、これで詰みだ。反撃なんてさせるもんかよ。こっちはいい加減、お前の馬鹿さ加減にはウンザリしていてね。というわけで、任せた!」

 

「―――はい、任されました」

 

 そうして衛は本当の切り札を切った。

 

「何!? 貴様は―――!?」

 

「再びお眼にかかれましたね。ヴォバン侯爵……貴方が四年前の雪辱を誓ったように、私にも晴らすべき雪辱があるため、ここに推参仕りました。お覚悟を!」

 

 刀を携え、現れる真の切り札……姫凪桜花。人の身には有り得ざる呪力の猛りを刀に乗せ、ヴォバンの懐に踏み入っていた。

 

「嗚呼、なんと哀しきことであるか。勇猛なる勇士は血の海に倒れている。その誉れある剣は振るわれず、果敢なる盾は機能せず、その一撃は不意を打つべく放たれている。嘆かわしき哉、貴方は暗殺されたのだ。ならば私は、その殺害に復讐すべく剣を振るおう―――!」

 

 刹那、刀に浮かび上がるは無数のルーン文字。同時にただの名刀は、神すら断ち切る復讐の妖刀へと成り果てる。第四権能……未だ全容知らぬその力は主が受けた傷に比例して威力を、呪詛の効力を高める復讐の剣。即ちは、ダメージの返却。

 

「ぐっ、おのれ……!」

 

 刀が振るわれる。途端、身を襲う激痛に溜まらずヴォバンは膝を付く。当然だ、如何にヴォバンとて衛に向けて、ほぼ全力で振るった『疾風怒濤』の一撃。それを浴びて、立っていること等、不可能だ。よって此処に遅延が起こる。『貪る群狼』の発動遅れ、ヴォバンが動けなくなった隙を―――。

 

「これが最後―――我、地上を流離う者! 天上に言霊を届ける者! 冥界すら下る者! 我が伝令の足は疾く目的地へと赴き、縦横無尽と地を天を冥界を歩み往く―――そら、一世一代のチャンス、年長者からの施しだ。往けよ、後輩ッ!」

 

「人と悪魔―――全ての敵と敵意を打ち砕く。それこそ我なり!」

 

 訪れた勝機を、神を殺した貪欲なる者が見誤るはずもなく、ヘルメスの権能にて桜花の手を取り、衛が勢力圏(・・・)から離脱する。そして零に等しい時間差で護堂は残された呪力をほぼ全て削ぎこみながら言霊を唱える。

 

「グオオオ! オオオ、オオオオオオオオオオォォォォォォォォ!?」

 

 黄金の雷が地上一切を染め上げる。衛が封じたことにより使えなくなった『疾風怒濤』、それらが呼び寄せた雷雲を触媒に降り注いだ一撃がヴォバンを直撃する。億ボルトを越え、強烈な熱量を伴う雷は人狼に転ずる間もなく浴びたヴォバンの身を焼いていき―――。

 

『チィ―――ここまでかッ!!』

 

 憤怒すら窺える、一言。光が完全にヴォバンを覆い隠す刹那、大気の呪力が僅かにブレた―――光無くなる頃、ヴォバンの姿は何処にもなかった。




っく、後四十分ぐらい足りなかったか(23日投稿)

これにて原作二巻辺り終了。
次回エピローグやってようやく終わりだぜ。
長かった、本当に。
もう二度と戦闘シーン連続とかやんないわ。


第四権能に関してはまた後日、適当な日に詳しくということで。


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雨降って地固まる…?

ラノベ作家の作者たちのツイッターを見ると僅かな文章からも教養の高さが垣間見えますよね。特に榎宮祐先生とか(親ばかも凄いけど)
ああ、いうの見ると何故ブレイクするのかよく分かる気がする。

つまり何が言いたいかって言うと、
ライトノベル作家スゲエ、ということです。


by教養もヘッタくれもない前書きを書く趣味二次創作家より


 東京、千代田区の三番町。そこに《正史編纂委員会》を取り仕切る四家が一つ、沙耶宮家別邸が存在した。そして書斎にいるのは二人、この別邸の主たる《正史編纂委員会》東京分室室長、沙耶宮馨と懐刀の甘粕冬馬だ。

 

「いやあ、前回もそうだけど今回も凄いね。ご老人たちの何人かは被害を聞いて本当に倒れたそうだよ」

 

 朗らかに言ってのけるのは沙耶宮馨。手元には今回の事件に関する報告資料が存在した。

 

「そりゃあそうでしょう。結論から言って神殺しが三人と『まつろわぬ神』が一柱。東京の一角で大決戦を繰り広げていたんですから」

 

 困りましたねー、と棒読みで同調する甘粕。双方が話題と取るのは言わずと知れたヴォバン侯爵襲来の顛末である。―――ことは既に三日前のこと。東京の一角を舞台に壮絶な戦いを繰り広げた王たち。その決着は最古参の王を撃退するという結果に終わった。

 

 これを以って衛はまた新たな戦歴を積み、共闘とはいえ、最古参の王とも渡り合った草薙護堂の評価もまた国内で上がっている。だが、それはそれとして戦いの後には後始末と言う仕事がある。二人が態々、東京分室ではなく沙耶宮邸に集まっているのもそれが関係していた。

 

「舞台となった青葉台は文字通り吹き飛んだ(・・・・・)上、その周辺にある同目黒区の東山や上目黒も住宅が何棟か崩壊し、さらには陸上自衛隊三宿駐屯地も同様の被害を受けて一時大混乱に陥ったとか。舞台となった目黒区青葉台を周辺にとんでもない被害ですねぇ」

 

「しかも近くにあった山手線は渋谷駅とお隣、恵比寿。東急東横線は祐天寺から同渋谷駅にかけて線路が一部吹き飛ばされて現在まで超ピッチで復旧中。中心地である青葉台を中心に落雷(・・)が多数落っこちた影響で停電+電線が焼け落ち、こっちも同様に復旧作業中、と」

 

「目黒の川が何本が氾濫を起こしたようですよ?」

 

「事件後の交通不良も含めると諸々で三桁に届く億単位だそうだ」

 

「ああ、京王井の頭線も断線しているみたいですね。渋谷から駒場東大前辺りまで」

 

「というより青葉台近くの交通は壊滅状態だね。青葉台の住宅街みたく全滅じゃあないところがせめてもの情けと考えるべきかな?」

 

「首都高もやられてましたからねえ」

 

 電車、車という交通の要に加え、警察庁第三方面本部を始めとし、既に挙がっている陸上自衛隊三宿駐屯地及び、目黒の航空自衛隊含む自衛隊目黒基地は半壊。日本経済大学の東京渋谷キャンパスを始めとして学校も幾つか同様の被害を受けた。因みに挙げた経済大東京渋谷キャンパスは半壊ではなく全壊だ。同じく全壊した産能能率大学代官山キャンパスと仲良くなれそうだ。

 

 さらに始末に終えないのはエジプト大使館やセネガル大使館、渋谷のギニア大使館もまた同様に被害を受けているということだ。青葉台にある二つの大使館は住宅地同様に壊滅、ギニアの大使館は半壊の被害で済んでいるが全く良くない。漏れなく国際問題である。

 

「セネガルとギニアからは早速、どういうことだと問い合わせが相次いでいるそうだよ? いやあ外交官も大変だ」

 

「魔術結社多くあるエジプト辺りは憐憫の抗議文が届いていたそうですね。別筋で聞いた話ですが、以前かの国もヴォバン侯爵によって……」

 

「憐憫の抗議文って、なにそれ読んでみたい」

 

「後で取り寄せますよ」

 

 アッハッハ、と笑う二人だが、その笑いはもうどうとでもなれという笑うしかない笑いだった。なるほど、ご老公が何人か倒れても仕方がない凄惨たる被害だ。ニュースは引っ切り無しに取り上げているし、ネットもまた大騒ぎ。

 

「さて、甘粕クン。カバーストーリーはどうするべきだと思う?」

 

「普通に「超局地的嵐が~」で良いんじゃないですか? いっそ、どっかの国が作った気象兵器がどうのと、ネットに匿名で書き込んで見るとか」

 

「いいね、それ。陰謀論者がいかにも好みそうじゃないか。表向きには」

 

「ガス爆発とか」

 

「爆発の被害じゃあないねえ」

 

 神殺しがどういうものか。二人は日本が誇る代表的な神殺しのお蔭で嫌と知っていると思っていたが今回の被害で日本に住んでいた『一人目』の王がどれだけ稀有な存在かを痛感していた。

 

「しかし、我らが先王には多大な借りを作ってばっかりだね。『女神の腕』が動いてなかったら今回、人的被害も馬鹿にならなかったはずだ」

 

「そこら辺幸いでしたね」

 

 そう、被害を考慮してくれる王というのが彼を扱う上で組織として最も貴重な存在であると思い知ったのである。そんなこと知らんと暴れまわる二人の王のお蔭で。

 

「流石は有言実行で専守防衛を務めるだけあると喜ぶべきかな? まあ、彼の身内にいざこざが存在していない限りは、と付くけど」

 

「過去の出来事であろうが一度傷つけられれば、相手が存命である限り徹底して報復するとも分かりましたからね。何分、争いごとを嫌うだけあって有事の際、衛さんがどういった行動を取るかはデータに欠けますからね。『賢人議会』ならばその辺りも詳しいんでしょうが」

 

「他国で誕生した王の弊害だね。しかもその間に自分で組織を立ち上げちゃったもんだから僕らの入る隙間もなかった上、先行してやらかす(・・・・)馬鹿が何人か居た所為で印象も悪かったからね。考えるとよくもまあ『同盟』出来たものだ」

 

 感心するように馨は言う。こうして改めて口にすると『一人目』がどれだけ温厚で稀有な王かがよく分かる。そして、にも関わらず彼に関する知識を《正史編纂委員会》が思いの他有していないことも。

 

「甘えすぎ、ということもあるんでしょうが一番は……」

 

「『女神の腕』かい? 噂通り、情報の取り扱いは世界でも五指に入る結社だね。間違いなく。ヴォバン侯爵襲来の件も完全に《正史編纂委員会》は出遅れたのに彼らは事前に動けたし、これで内外問わず組織力の印象的な上下付けが済んでしまったわけだ」

 

 ここから見える結果は《正史編纂委員会》と閉塚衛は『同盟』しているのであって、仲間ではないということだろう。甘粕や沙耶宮、それから桜花と友人である恵那辺りまでならば身内と見て個人的に動いてくれそうではあるが、やはりそれでも繋がりが薄いと考えてしまう。

 

「よくも悪くも他人に超絶無関心ですからねぇ、衛さんは。テレビの向こうの悲惨な事件にも素で「それで?」という反応する勢いで」

 

「流石に自ら人死にをさせる行為には出ないし、一応考慮してみせる行動はするけれどやっぱりその辺りは他の王と同じく身内以外は例外なしのようだから」

 

「金沢の件ですね。桜花さんは多少響いていたようですが、衛さんは平時変わらず。衛さんもまた『王』であるということですか。まあ本来、そこら辺を考えるのは私たちの仕事なんですが……ああ、こういうことですか?」

 

「そういうことだね。僕らも無意識で彼に求めすぎていたようだ」

 

 ヴォバン侯爵、襲来。この件でよく分かったのは沙耶宮や甘粕含み、大小の差違はあれど『一人目』の王の存在に甘えすぎていたことだろう。致命的なのはこの一点。それに比べれば周辺被害など大したことではないと言い切れるほど。

 

「認識の誤差は時に仲たがいの原因を作る。このタイミングで気付けたのは本当に幸いだったよ」

 

「その辺り衛さんは知っていたのかもしれませんね。真っ先に自分の組織を頼る辺り特に。いやまあ、自分で創った組織ですから使うのは当然でしょうが、同じ『同盟者』としては不甲斐無いというしかありませんね。国内の問題ですし」

 

「彼の組織に国籍という考えがあるかはともかくとして、僕らからすれば外国の組織だ。つまるところ、僕たちは自分たちの問題にも関わらず外様にことの始まりから終わりまで頼り切っていたというわけだ」

 

 情報の取り扱いは世界随一。そう称するのは彼らもまたその恩恵を与ったことがあるからに他ならない。国内で起こる『まつろわぬ神』の案件。『一人目』が関わった事件の隠蔽工作の裏には彼ら『女神の腕』が影として存在していた。

 

「さて、このまま行くと借金が果たして幾らになると思う?」

 

「もう既に微妙な状態ですけどねぇ。力の差はこれ以上となく見せ付けられましたし、主導権は最早、あっちに傾いています。情けでこちらに渡されているものの、外の組織から見れば下に見られるほど支えられてますし」

 

「うん。それが一番の問題だ。僕らが此処にいるのも即ちそこに帰結する」

 

 以前、新たに誕生した『二人目』を利用し、組織の整理を行なうと馨は言った。その政策は現在も裏で動いており、風見鶏と不穏分子らのあぶり出しは済み、順調に整理は進んでいる。しかし、

 

「行動が遅すぎたね。これは貧乏くじを引いたかな?」

 

「どうします? 今からでも『二人目』に付きますか?」

 

 馨は憂うような顔で言い。甘粕は逃げを口にする。そう―――甘えすぎていたのもわかった。頼りすぎているのもわかった。だからこそ、借りを返済するためにも組織の風通りをよくするよう行動を起こすのは良い。

 

 だが果たしてそれを以って今までの借りを返済できるだけの組織力を発揮できるかといえばそれは否だろう。身動きが未だしにくいことを考慮しても国内の問題を他人任せも同然に済ませていたという結果は既に消せるものではない。

 

 これで内外問わず力の上下が出てしまった。貧乏くじとはそういうこと。一度出た結果から脱却するには相当以上の労力を有することになる。まして組織の能力で劣ってしまう以上、彼の組織とは別の視点から『一人目』と援助できる体勢を作る必要があるのだ。

 

「まさか。それをすればいよいよ以って致命的だし、何より僕個人として嫌な逃げようで趣味じゃない。僕は追うのも追われるのも嫌いじゃないが、逃げるなんてとてもとても。君もそういう口だろう?」

 

「いやあ私としては逃げたい気分なんですがね……。でもまあ、王だのなんだと色々ありますが、それを差し置いても同好の士を失うのは気分的に嫌ですねえ」

 

「その言葉が聞けて良かったよ。では、失点を返していくとしよう。これまで以上に働く破目になるけど頼むよ」

 

「まずは即急に組織を整え、次いで『二人目』との関係も表しに、『女神の腕』という情報操作に卓越した組織を相手に王に有用性を示しつつ、組織の立場を作っていく……口にするのは簡単ですけどこれとんでもなく難しくありません?」

 

「うん、難しい。だからこそ出来ることからさっさと片付けていくべきだ。組織の再編は今一番やりやすいだろうし、まずは此処から片付けよう。幸い、というべきか目端の効く聡い連中は既に『二人目』に言い寄っているからね。これを期に一気に組織図を塗り替えようか」

 

 状況は前以上に厄介だ。それこそ甘粕が言うよう『二人目』に身を寄せ、非道と取られようとも一度、形だけでも対等な関係として関係を再構築したくなるほどに。しかしそれは関東で舵を取る馨の趣味じゃないし、甘粕もそこまで非道になりたくはない。

 

 甘えないと口にしたばかりで申し訳ないが、幸い仰ぐべき王は温厚。『女神の腕』も権力とは皆無の組織であるから向こうからの口出しはない。第一、不利有利もこっちが考えていることであり、向こうは全くといって気にしていないだろう。

 

 だが、それは《正史編纂委員会》と『女神の腕』に限っての話。別の組織から見れば『同盟』にも関わらず完全に《正史編纂委員会》が足元に縋り付く形になっているし、そんな組織は足元を見られて当然だ。その辺り察しがいいものは既に『二人目』に乗り換えだしている。正しくどこもガタガタ。我ながら酷い状況だ。笑ってしまうほどに。

 

「……もういっそ、僕も『女神の腕』に入ろうかな?」

 

「それやったら色々お終いですけどね。その時はお付き合いしますよ」

 

「まあ最終手段の一つとしてとって置こうか。まずは動いてやってみて、それでも駄目なら仕方がない。では駄目になる前に地道に点数稼ぎをしていこうか」

 

「休みが欲しいところですけどねえ」 

 

 舞台役者が大物だと裏方も寝ていられない。受難の日々は暫く続きそうだと二人は同時に苦笑してから行動を開始する。点数稼ぎの前の整理整頓。もはや、時間は掛けられまい。幸い、移り変わりの激しい風見鶏もまた、今は『二人目』の王に擦り寄っている。相手方には優秀な才女エリカという宰相もいる。

 

「向こうとも一度会合の場を持つべきだね。それと『女神の腕』とも」

 

「さてエリカ嬢はともかく『女神の腕』が応じるかどうかまでは。あそこ機密性が高いですからね。お家芸が情報操作だけあります。ついでに主と似通って、概要は知れどそれ以上のことは私たちも詳しくありませんからね」

 

「君でも影は踏めないかい?」

 

「踏めないというより個人的印象を言うならば『無い』というのが正しいでしょう。聞く限りハッキリとした組織としてあるのではなく相互補助団体であり個人の友好という糸で繋がったネットワークですから。本人に聞いて、幹部ないしはそれに順ずる人間を紹介してもらったほうが早い気がしますよ」

 

「では、それで行こう。とはいえ、まずは再三のことだけど片付けるところから始めよう。形を整えないと会議も何もないからね」

 

「そのように」

 

 そう言って二人は解散した。甘粕は馨の懐刀として諸々の実働を。馨は各方面と連絡を取り合いながら駆け引き及び今回の一件で出た被害に関する事務作業を。余りにも栄えすぎる舞台役者を傍目に、その流れに付いて行く為、舞台裏のスタッフもまた必死に行動するのであった―――。

 

 

 

 戦いは終わった。『二人目』とは既に後日再び会う事を約束し、限界を超えた疲労を癒すために家に帰ろうかという道中のこと。嵐が去った空の下で二人の男女が無言で路を行く。

 

「………」

 

「………」

 

 ―――さて、舞台裏の者たちが仕事で修羅場同然になっている頃。一通りの事件を終えた主役の一人である衛もまた修羅場の真っ只中にいた。落ちる沈黙、それは衛と桜花、二人の間に作られたものであった。

 

「………」

 

「……ふう、衛さん」

 

「ッ!」

 

 息を吐き、衛の名を口にする桜花を前に衛は引き攣った表情でビクリと震える。その様子に最古参の魔王や『まつろわぬ神』と激戦を得た魔王の貫禄は無く、ただひたすらに情けない。が、かといって堂々とする胆は衛であれ持ち合わせていない。特に大切な身内が相手だと、この魔王は途端に弱くなってしまうのだ。

 

「……そこまで弱気な反応をされると「された」側として複雑ですが。少なくとも私は気にしていませんよ。死にかけたのは自業自得ですし、それを助けて頂いた私が貴方に言うべきことなど感謝か謝罪か二つしかありませんし」

 

「それは違うだろ。『まつろわぬ神』に関してはこっちの不手際だ。それに第一、お前が俺を不安に思わなければ起きなかった事態だからな。普段の振る舞いが悪い俺に責任がある。後……お前の内心まで気が回らなかったのは友人としての失態だな」

 

 桜花の言葉に衛が即座に返す。その様変わりは劇的で、先ほどの弱気は何処へやら口調も視線もハッキリしている。

 

 瞳は何処までも誠実に、普段とは打って変わった表情だ。身内を大切にするがゆえの礼儀。親しきものにも礼儀ありとは国境の垣根を越えて同じ趣味を愛する多くの友人と、それらを組織する組織の長として相応しいものだった。

 

 こういうところを見るとこの人もまた『王』なんだな、と桜花は内心思った。

 

「いえ、それでも勘違いをして『まつろわぬ神』を呼び込んでしまうという愚行は誰かに押し付けられるものではありませんし、押し付けるものでもありません。何せ、そうなると分かって個人の私情で災いを呼び寄せたんですから。仮にそれを以ってヴォバン侯爵を撃退していてもどのような被害が起こったか。ですから謝るべきは私です」

 

 しかし礼儀ありとするならばこちらこそキチンとしなくてはいけないとも桜花は思う。『まつろわぬクリームヒルト』の襲来。それは桜花自身が乞い願ったからこそ起こってしまった最悪であり、ことの次第を広げてしまった原因でもある。

 

 街を壊したことに付いてはあの場に集い戦った皆の責任であるが、少なくとも不用意に『まつろわぬ神』というガソリンを注ぎ込んだのは桜花であり、彼女を置いて責任者はいない。起こりうると分かって引き金を引いたのは彼女なのだから。

 

「謝るべき相手はもっと他にいますが、まずは貴方に謝らせてください。―――この一件、我が身の不徳が成したところなれば、親愛なる君に多大な迷惑をかけた事、本当に申し訳ございません」

 

「……謝罪、しかと受け取った」

 

 三つ指をついて丁寧に謝罪する桜花に対して、衛もまた複雑な感情を追いやり、謝罪される側としての了承を返す。これにて両者の「礼」はしかと交わされたことになる。

 

「それと命を助けてもらったことに感謝を。……ということですから、気に病むほどに気にしなくてもいいんですよ? 仕方がない救命行為だったんですから」

 

「……いや、それにしてもアレだろ。ここは人として、というか男として無視してはいけない責任と言うか、筋は通しておくだろう的な」

 

 転じて緩くなる雰囲気。しかし、衛的には薮蛇だった様子でみるみるうちに小さくなっていく様子が幻視できる。原因はハッキリしている、救命行為、口付けに関してである。

 

 衛がここまで恐縮する原因は寝ている相手に了承も、「そういった関係」も無いにも関わらずキスしたこともそうだが、衛が権能を流し込むため桜花にキスをした直後に彼女の眼が覚めたことにもあった。

 

 起きた直後、桜花はパニックになった。我が事ながらあれほど取り乱すとはと思うが、何せ起きてみればどこぞの童話同然、眠り姫を起こすような状況だったのだ。そりゃあパニックにもなる。……色々な意味で。

 

 だが、その反応を相手はどうも自分が思っている以上に悪く受け取ったらしく、あの場では別件を最優先に収めていたがいざ、事が終わるなりこれである。

 

「……まあ、でも一応ファーストキスだったんですけどね?」

 

「うがッ!?」

 

「……今時、進んでますから別にキス一つで嫁に行けないのだのどうのと騒ぎませんけど、一応私は呪術の名門、令嬢なわけでして」

 

「はうあッ!?」

 

「……しかも付き合ってもいない殿方相手ともなれば外聞も宜しくないですし」

 

「ぐはッ!?」

 

「……意外とお嫁にいけないかもしれませんね」

 

「………(返事がない。ただの屍のようだ)」

 

 桜花が言葉を紡ぐたび、さながら切りつけられたかの反応を返す衛。最後の一撃に関しては致命傷だったらしく胸を押さえて崩れ落ちた。……今にもクスリと笑いそうな桜花の表情を見ていれば気にしていないことは明らかだったが、平時とは程遠いほど余裕がない衛は気付けなかったようだ。

 

「まあでも、救命処置(・・・・)ですし。仕方がない(・・・・・)ことです」

 

「すいまっせんしたー! マジで本当にッ!!」

 

 最後の一撃が良心を抉る。刹那、それはもう見事な、流れるような動きで土下座を敢行する衛。甘粕辺りが見ていればその美しさに爆笑しながら十点満点の評価を送ろう。果たしてそれが名誉かどうか定かではないが。

 

「悪いと思ってくれているんですか?」

 

「当然だろ、救命とか理由になん無いだろ女子的に。いや、まあ助ける手段がアレしかなかったというのもあるけれど、人として男として、やらかして無責任は駄目だろう」

 

 身内を大切にするから何処までも誠実に、言い訳をせずひたすらに謝罪を。それは口に出せば簡単なことだが、素直に実行できるものがどれだけいよう。そういった意味でも衛はやはり誠実だった。

 

「そうですか、じゃあ責任取ってくれますか?」

 

「そりゃあ、もう出来ることだったら何でも」

 

「じゃあ大丈夫ですね」

 

「……うん? 何が……ッん!?」

 

「……ん」

 

 流れるような会話の中に混ざった違和。それに気付いた衛は思わず首をかしげたがそれを掻い潜って反応されるよりも早く、桜花は衛に顔を近づけ……キスをした。

 

 驚愕で固まる衛。そのまま数秒、永遠に続くかのような錯覚を感じながらも続けて、やがて、唇同士が離れるや否や衛は、

 

「な、何してんのォ!?」

 

 見事にパニックに陥っていた。

 

「何って責任ですよ? とってくれるんでしょう?」

 

「当然、そこはきちんと。……じゃなくて、今のどこがッ!? どういう因果でああなるわけ!?」

 

「行為の通りですよ。それともこれでも分からないほど鈍感ですか?」

 

「…………いや、え?」

 

 再度停止する衛。今度は別の驚愕で固まったようだ。なのでこの際、ハッキリ口にする。

 

「第一、嫌いな人と今の今まで同棲同然に過ごすわけないじゃないですか。しかも相手は私の命を二度も救ってくれた恩人。加えて年頃の同級生さんですよ? 察せ無くてもひょっとして、ぐらいの勘違いの一つぐらい起こして欲しかった所です」

 

 ―――こういう形で暴露する羽目になるとは思わなかったが、不思議と悪い気分ではなかった。というより、過去を乗り越え、もはや気にならなくなったというのが正しいか。返事を思えば今でも不安だし、罪悪感に託けているようで良心も痛む。

 

 だが、口にしたかった。第一、男としてとまで言ったんだから応えてほしい。責任とか下らない言い訳じゃなくて、本心から。育んだ絆が嘘じゃ無いというならば。

 

 四年前。一人孤独に死せる筈だった。神と魔王。人ならざる強大を前に抗う術など無く、その声は、その叫びは届かないが道理のはずだった。助けてと、そんな都合の良い救いなど有り得ないはずだったのだ。

 

 だから―――応えた黄雷の輝きは今の瞳に焼き付いている。『まつろわぬ神』も最古参も魔王も恐れることなく、見ず知らずの少女の叫びにたった一人、命も顧みずに駆けつけた一人の少年。その雄々しい背中を今も覚えている。だからこそ、隣に立ちたいと思ったのだ。だからこそ、助けになりたいと思ったのだ。

 

 つまるところ帰結するのはたった一つの思い。義理とか、恩義とか、そんなものは後付けの理由に他ならない。即ちは……。

 

「―――好きです、衛さん。他ならぬ貴方のことが。四年前より、私の命を助けていただいたその時からずっと、お慕いしておりました」

 

 仄かに赤らむ頬、はにかむような笑みとそれに反するような何処までも静謐な瞳。口にした思いと共に衛は初めて圧倒されていた。それは申し訳なさやら良心の痛みとかではなく、一人の少女に向けられた真っ直ぐな思いに。

 

「……それ、今言うの卑怯くさくない?」

 

「思いましたけど、でも、これが私の本心です。包み隠さず語る本当の」

 

 真っ直ぐと射抜くような視線。それを向けられた衛は思わず肩を落とすように脱力し、内心で一つ覚悟を決める。―――これは駄目だ、逃げられない。

 

 もとより、逃げる選択肢などないが。こうなれば己もきちんと応えなくてはなるまい。ぶっちゃけ口にするのは酷く躊躇われる。桜花と違い、こちらはそこまで大層なものではないから。

 

「そうかい……ならこっちも返事を返さなくちゃならないな」

 

 思い浮かぶ返答に我ながら苦笑する。身を捩り、僅かに緊張する桜花には悪いが、元より好き嫌いで地を往くロクデナシだ。強い思いの桜花と違い、なんと軽く浅慮な理由か。されども告白された側の責任だ。どれだけ陳腐な回答であれ、返すことにこそ意味がある。

 

「俺も桜花のことは好きだよ。第一、嫌いなら直ぐ傍に置かないし、何より年頃の男子としては今時見かけない大和撫子の女子なんて美人さん、ましてそれが気が同級生ならば嫌いになる理由なんてないだろ。……ああ、ホント。お前に比べりゃ陳腐も陳腐だが、俺はお前が好きだ、桜花」

 

 ああ口にするのは柄ではない。ほら、今にも顔が熱くて死にそうだ。でも、それでもその返答に満足してくれたのだろう。桜花は目を見開いた後、桜咲くような笑みで、

 

「じゃあ―――これから改めて宜しくお願いしますね? 衛さん」

 

「今までとあんまし変わらないだろうケドな。まあ、宜しく桜花」

 

 なにやら気恥ずかしい思いのまま握手を交わす二人。赤くなる互いの顔にお互い苦笑を洩らす。手に触れる熱さと胸に射す思い。より深い絆を得て、今回の事件はようやく幕となった。さて、このあといよいよ気まずいぞ、なんて情けないことを思いながら、衛は空を見上げる。

 

 ―――嵐は去った。美しい青空が彼らの明日を示すように輝いて見えた。




無理だ……書けない……!(訳:恋愛とかマジ無理ッスわー)


そんなわけで結果書かれた一人称だか三人称だか分からん地の文と私の妄想。
イチャラブとかピュアな恋愛とか私には無理だわー。
人間関係廃れ過ぎてるし、一人が好きな間抜けですし。

ともあれこれで今章終了。次回二つほど幕間挟んで次章へ行きます。
せっかくなんで次回予告風を最後に書いておきました。酒呑ちゃんイベントの影響で暇な人はどうぞ。


※因みに作中で使った三つ指を付くとは比喩表現であって現実でやるとマナー違反なのでご注意を。


次回予告(風)

「アーサー王が出現しただァ?」

 それは一本の電話から巻き起こる次なる騒乱の気配。英国に住まう『賢人議会』が重鎮、アリス・ルイーズ・オブ・ナーヴァラルより齎された知らせ。タイミングが悪いことに不在である英国の神殺し、『黒王子』ことアレクサンドル・ガスコインに変わり、衛は日本を渡り英国へと向う。

 一方、神殺しアレクもまた雪降る山脈で一人、この次第の元凶を幻視し、闘志を燃やしていた。暗躍するは宿敵たる神祖グィネヴィア。『最後の王』求むる彼女が呼び起こした神の名は―――。

 そして……。

「私は私の目的のためにお前はお前の目的のために、手を組もうではないか」

「ええ、その提案は私としても喜ばしいことですわ。是非にその御力ををお貸しくださいませ、ゼウス様」

 様々な思惑が交錯する中、遂に最源流に類する『鋼』が目を覚ます―――。


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幕間:会合
幕間:その権能の名は


正直言って作者がやりたかっただけの回。
飛ばしてオーケー、だからこその同日連続投稿。

会話オンリーですので物好きな方のみどうぞ。


女神の腕(プラトニック・デディケーション)

 

蓮:というわけで報告の通り我らが王は『まつろわぬ神』を鎮め、新たな四つ目の権能を得たというわけだが。

 

紳士シャーロキアン:極東でも相変らずお元気そうで何よりですな。

 

石油王:ハッハッハ。それについては既に私は知っていたよ。何せ我が母国エジプトの日本大使館が犠牲になったそうじゃないか。知り合いの魔術師が首謀者の名を聞いて頭を痛めていたよ!

 

雪:それは笑い事なのですか? まあ宜しいですが。時に新王との交流に関してはどうなのです? 蓮。先々月の報告会で不干渉と聞いておりましたが?

 

アメリカンでナイスガイ:確かに聞いたぞ! 後、稀代の女殺しともな! 我と仲良くできそうではないか。このアメリカが誇る……。

 

オルレアンの乙女:モテ話は余所でやるが良い。筋肉達磨。そんなことよりも蓮。私としては私の桜花とニート王との告白イベントに付いて……。

 

蓮:お前ら……少しは話題を纏めろよ。全員バラッバラじゃねえか。

 

紳士シャーロキアン:皆、趣味人ですからな。

 

オルレアンの乙女:一緒にしないでくださいます? それより桜花が何処まで

 

石油王:お前さん、そればかりだな。

 

雪:色々な意味で仲が宜しいですからね。お二人は。私としても興味はありますが、そちら風に言うならば「馬に蹴られたく」ありませんので。

 

アメリカンでナイスガイ:見るが良い。この筋肉を! 日本の文化たる『バ○』を読んで我が未熟を悟り、再び鍛え直したのだッ!!

 

蓮:誰も聞いてねえ! つか聞けえ! 勝手に話を進めんな! あー、もう! 何で俺がまとめ役に回んなきゃいけねェんだよ!?

 

紳士シャーロキアン:報告主が自動的にまとめ役になるシステムですから。少しは私の心労を理解してくれましたか?

 

雪:そういえば少し前までは貴方が報告をこなしていましたか。

 

石油王:英国の王子殿の世話になっていたからな我らが王は。それでどうだ? 一国を治めるようになり貫禄の一つでもついたか?

 

蓮:まさか、早々アレが変わるものかよ。大体、桜花の件に関しても大掛かりな事件が無いと進展しないヘタレだぞ。

 

オルレアンの乙女:み、乱れる桜花……ふ、ふふふふふ。

 

アメリカンでナイスガイ:筋肉が暴走だ!! 暴徒と化している!!

 

雪:我々の知らない世界にトリップしてますね。

 

紳士シャーロキアン:何時もの事でしょう。平和の証拠です。

 

石油王:嫌な平和だなそれ。で、だ、蓮。話を戻すと今回は結局なんの話し合いだ? お前が何の意味も無くこの暇人のあつ……ネット会議を開くはずが無かろう。世界同時チャットの所為で通信料が馬鹿にならないからな。

 

蓮:話逸らした連中がそれをいうんじゃねェ! ……会議自体は簡単だ、新たに掌握した第三と第四権能。その情報開示に関する話し合いだ。

 

石油王:ふむ、確か第三は権能封じ、第四は受けたダメージに応じて桜花くんを強化するっていうものだったかな?

 

蓮:簡単に説明するならその通りだ。ただ知っての通り神殺しの権能は割りと適当で大雑把だからな。今後、別の応用法、力が見つかっても不思議じゃねえよ。

 

雪:秘すというならば第三権能では? 権能封じともなれば神々との戦いでも十分な切り札となるでしょう。ヴォバン侯爵の『嵐』を断つともなれば恐らく権能の威力関係なしに干渉するもの……伏せ札として十分だ。

 

紳士シャーロキアン:ですが、既に新王に見られているのでしょう? それにヴォバン侯爵にも。後者に関しては周囲に言いふらすような性格をしていませんが新王は。その辺りどうなのです、蓮殿。

 

蓮:新王に関しては先の報告の通りだ。稀代の女たらしで表面上はただの好青年。だが理由さえあれば暴れまわる我が王に何処か似た奴だ。

 

石油王:女性関係にヘタレな部分と好戦的な部分に関しては違うがな。しかしそれはアレだな。ヴォバンやイタリアのサルバトーレと同じタイプか。

 

雪:そのようですね。理由が必要とはいえ、戦を好む性質は神殺しならばあって当然のものかと。寧ろ、我らが王や別の興味で動く黒王子が例外だ。

 

紳士シャーロキアン:片や親しきものを守るため、片や知的好奇心を満たすため、“勝利”を目指す動機が他の方々と幾分異なりますからな。

 

雪:我が国に住まう魔人殿についても要は見合う強者としか戦わないというものですからね。

 

蓮:ま、その誰かのためと知的好奇心で神様殺しちまうんだから他の連中と団栗の背比べだろ。それと伝え忘れたが、権能情報の流出関しては新王よりエリカ・ブランデッリの方がヤバそうだ。イタリアの俊英、聞いたことあんだろ。

 

石油王:ほう、あの才女を口説き落としたか。なるほど、女たらしとは伊達ではないようだ。

 

オルレアンの乙女:エリカ・ブランデッリ! 聞いたことがあるわ!

 

紳士シャーロキアン:おっと、お目覚めか。

 

オルレアンの乙女:身長164cm! バスト87! ウエスト58! ヒップ88! 今も、そして将来も楽しみなモデル体型の小悪魔系女子!!

 

石油王:うわあ……。

 

蓮:うわあ……。

 

紳士シャーロキアン:ふむ……凄まじい情報収集能力ですな。

 

雪:褒めるべき点ではないかと………待ってください。本当にどこでその情報を手に入れたのですか? というか彼女の個人体型を網羅しているとはもしや私の……。

 

オルレアンの乙女:勿論知っていますわよチャイニーズ。貴方はバス

 

雪:殺します。

 

蓮:おいぃ! 今なんかゾクって来た!!

 

石油王:純然たる殺意を感じたな。

 

紳士シャーロキアン:雪殿。余り老骨の肝を冷されるな。

 

オルレアンの乙女:身長157cm! バスト73! ウエスト50! ヒップ77! エリカちゃんに比べてスリーサイズは見劣りするものの、腰まで流れるような白髪と灰色の瞳は貴方が着こなす空色のチャイナドレスとマッチして清楚かつ高貴な雰囲

 

蓮:こいつッ!? 平然と暴露しやがった!!?

 

雪:精、気、神―――これら三宝、経て我が身を竈と転じたり。器とするは我が丹田。以って練れり、これぞ内丹。天地万素を汲み上げる極意なり。

 

石油王:やめ、ヤメロォー! リリーはただのオタクだぞ!? お前の『遠当て』なんぞ喰らったらガチで死ぬ!

 

紳士シャーロキアン:ふむ、大丈夫でしょう。流石に彼女もその辺りは分かっている筈。とはいえ、鍛えていない身体で直撃すれば肋骨程度ならば折れますな。

 

蓮:駄目じゃねえか!!

 

アメリカンなナイスガイ:筋肉か? 筋肉が必要か!? うおおおお筋肉百倍!!

 

蓮:誰も言ってねえ!

 

オルレアンの乙女:bnse58pj@;。

 

紳士シャーロキアン:おや、直撃を受けたご様子……まるで崩れ落ちたかのような適当押しですな。特に「@;。」は右手からすり落ちるように倒れたということを示すようで。

 

雪:悪は去りました。

 

石油王:こわッ!

 

蓮:加減したよな? 死んでないよなァ!?

 

雪:それよりだいぶ逸れた話を戻しましょう。第三が権能封じ、第四が桜花さんと分け合った変則的なカウンターでしたか。つまるところ、貴方が危惧するところは新王ではなくブランデッリの娘が外に洩らす可能性ですね?

 

蓮:平然と話を戻しやがった……。

 

紳士シャーロキアン:後で手間ですがシャルル殿に一報入れる必要がありそうですね。

 

石油王:流石にアイツでも死者蘇生は……。

 

蓮:いや死んでないだろ? ないですよねェ?

 

雪:切り札として残すには第三ですが、希少性は第四ですね。何より分け合うという形での取得は私が聞く限りは聞いたことのない話だ。ともすれば世界中の魔術結社が目を付けかねない異例。王はともかく桜花さんはただ人だ。守る意味でもこちらを隠蔽するべきかと。

 

蓮:駄目だ。話を聞いてくれねえ。

 

石油王:意地でも通す気だな。

 

紳士シャーロキアン:仕方がありますまい。一連の事件はシャルル殿に何とかしてもらいましょう。しかし、第三権能、第四権能とは。相変らず名前に拘りのないお方だ。

 

雪:寧ろ拘るほうが珍しいのでは。ああ、別にこれは我が国の魔人殿を馬鹿にしているわけではないのであしからず。

 

石油王:『賢人議会』が名付けたり、俺らが名付けたりだからなうちの王様は。で? どうするまた命名してみるか? 第三は知らんがこの流れは第四を伏せる流れだろう? なら、内々で呼び名決めたほうが良いだろう。番号で呼べば消去法でどの能力か分かっちまうからな。このチャットも万全だが完全じゃないし。

 

蓮:まあ、良いんじゃないか? 勝手につけてもうちの王は何にもいわなそうだし。

 

雪:チャットの件で一つ。蓮、今回はいつも以上にログをきちんと抹消しなさい。間違っても私の個人情報が流出した場合、命は無いという覚悟で後処理を頼みますよ。

 

蓮:それもうただの脅しですよね!?

 

紳士シャーロキアン:ふむ、恥じるほどのものではないと存じ上げますが。寧ろ、女性としては十分なプロポーションでは?

 

石油王:そういうことじゃねえんだと俺は思うぜ、英国紳士。

 

忠弐描:おはよう卿ら。呼んだかね。

 

蓮:………おい、今回は誰だ?

 

石油王:お前らの言うところの某黄金卿じゃないのか? ハサンの奴が少し前に勧めていたし。

 

紳士シャーロキアン:そもそも彼が所謂燃えゲージャンルに嵌り込む要因を作ったお方ですからね。ハサン殿は。

 

雪:他愛無し。

 

蓮:雪さん機嫌、戻ったのか?

 

雪:何のことでしょうか?

 

忠弐描:ふふ、何。そう喜ばなくても良い。卿らの思いは熟知している。新たな権能に名を与えるものがいなくて困っていたのであろう? 私に任せるが良い。

 

蓮:凄まじく不安だな。

 

雪:前に『自由気ままに(ルート・セレクト)』に『冥府交通(マクスウェルズ・デーモン)』と名付けようとしていましたか。

 

石油王:ラノベに嵌ってた頃だな。

 

紳士シャーロキアン:ああ、確かとある何とかという……。

 

忠弐描:フッ、しかし恋人と成す双翼の権能か……双翼の権能………『天地に響け、我らが恋歌(エターナル・ロマンシア)』などとはどうだろうかッ!?

 

蓮:今回は何の影響だ?

 

紳士シャーロキアン:さて、私はその辺り詳しくありませんので……。

 

石油王:順当にいって怒りの日からの逆襲譚じゃねえのか? コンマつけている辺りそれっぽい。

 

雪:現在のキャラ的にラテン語か何かが飛び出すと思っていました。ほら『恋人たちに困難無し(ニヒル・ディッフィケレ・アマンティー)』など、実にそれっぽいではないですか。

 

忠弐描:え

 

紳士シャーロキアン:確か……「恋している人間はどんな困難であろうと乗り越えられる」というラテン語の格言でしたかな?

 

石油王:マルクス・トゥッリウス・キケロの名言だな。それで良いんじゃねえの? ほら、新たに成立したカップルの今後を祈って、ということで。

 

蓮:ああ、変にルビ振っただけの格好付けた奴よりマシか。よし、雪さん。採用で。

 

雪:あら? 適当に言ったものだったのだけれど、いいのかしら?

 

石油王:他が酷かったからな。

 

忠弐描:馬鹿な、このような、このような不条理が……ああ、マリィ私は貴方の下に跪きたい……。

 

紳士シャーロキアン:マリィ? サークルの新しいメンバーですかな?

 

蓮:違うだろ、多分キャラクターのことだ。てか、黄金のモノマネは?

 

石油王:ラテン語命名のショックで水銀化したんだろ。

 

忠弐描:私は、私の思慮が足りなかったばっかりに……くっ、永劫回帰して鍛え直すべきか。

 

アメリカンなナイスガイ:鍛える? 筋肉だな!

 

蓮:まだログインしてたんかい!

 

雪:はあ、方針は固まったようで。名前はともかく、流れ的に第四を伏せる形で宜しいですね?

 

紳士シャーロキアン:そのようですな。ならば第三を大々的に喧伝すべきでしょう。権能封じの力ともなれば、かなりの注目を浴びますでしょうから、こちらに目線を向けさせ、第四を伏せる形で。

 

雪:では、そのように。

 

石油王:待った。忘れられているエリカ嬢に関する対応はどうするんだ? 新王はともかく明確に結社に属する彼女ならば自分ところに洩らすだろうし、その経由で世界的に知れ渡る可能性があるが。

 

雪:戦の流れから聞くにそう、長い時間、それも詳しく見せたのではないのでしょう? ならば能力の詳しい概要を知るまでには届いていないはずです。例えば力のエンチャントなど。近く遠い推察も浮かぶでしょうし。

 

蓮:だな。経過で対応を考えよう。今は第四、もとい『恋人たちに困難無し(ニヒル・ディッフィケレ・アマンティー)』を伏せる方向で。

 

雪:了解しました。

 

石油王:おう。

 

紳士シャーロキアン:分かりました。

 

忠弐描:永劫の敗者に甘んじるか? 否、断じて否! 次こそは……!!

 

アメリカンなナイスガイ:見よ! この弾けんばかりの上腕二頭筋!

 

蓮:おつかれー。

 

雪:では。

 

石油王:また変化があったら連絡くれ。

 

紳士シャーロキアン:何れまた。暫く振りにオフ会でも開催したいものですね。

 

 

《雪さんがログアウトしました》

 

《石油王さんがログアウトしました》

 

《紳士シャーロキアンさんがログアウトしました》

 

忠弐描:自然に従え……そうだ、純然たる格言、ことわざをただ技名にすることこそ真に中二病の極意……!?

 

アメリカンなナイスガイ:見るが良いこの腰の……む? いつの間にか人がいな

 

 

《蓮さんがログアウトしました》




以上、『女神の腕』幹部らの会議風景でした。
因みにメンバーは今後出るかはしらない。気分しだい。
なので一応、

・蓮
幹部の一人、日本人。快楽主義者

・紳士シャーロキアン
幹部の一人、イギリス人。シャーロックホームズのファン。ミステリ好き

・石油王
幹部の一人、エジプト人。石油王、エジプトの魔導結社に所属。

・雪
幹部の一人、中国人。実は天然。武術家、八極拳の使い手。

・アメリカンでナイスガイ
幹部の一人、アメリカ人。筋力だけならエリカ張りにある。素で。

・オルレアンの乙女
幹部の一人、フランス人。脅威のハッカー、別名:盗み見の百合(ピーピング・リリー)

・忠弐描
幹部の一人、アラブ人。カッコいい名付け親=中二病だと思っている。

以上、メンバーの概要でした。
次回は草薙くんとオリ主回です。それから次章になります。


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宰相会談

ようやく確保できたぜ執筆時間。

アレでも何か、よう実の二次を殴り書きしたりカクヨムの様子を見に行ったりしていた記憶があるような無い様な……。

まあ、細かいことは気にしない気にしない。
ガルパのイベで忙しくなるだろうし、ここらで話を進めておきたい(進むとはいっていない)

後、戦極姫5、面白い。兵を集めて圧殺、最高。
私はね、敵と戦うときは二倍以上の戦力を持ち込むんだ。


「顔合わせ?」

 

『ええ。沙耶宮さんに取り合わせ願いたいと頼まれまして。既に先方、草薙さん……というかエリカ嬢からも了承を得ているそうで。それと出来れば『女神の腕』からも一名人員を出して欲しいと……』

 

 それはヴォバン襲来事件より数日後のある日。珍しくゲーセンという野外に繰り出していたニート、もとい日本が誇る『一人目』の王である閉塚衛は出先で甘粕からの電話に応対していた。

 

『っていうか聞こえてます? そちらの声が周りの音で全然聞こえないのですが……』

 

「仕方ないだろ、ゲーセンだもん。しかもリズムゲームブース。ていうか現在最高難度の『騎士の夜』に挑んでる最中なんだけど?」

 

 衛は某コミケ発の有名な弾幕ゲームの音楽アレンジを導入したリズムゲームに挑戦中だった。

 

『そうですか……ん? ちょっと待ってください。今電話に出てますよね?』

 

「ああ、そうだな。それが?」

 

『携帯、片手で持ってますよね?』

 

「だから、なんだよ?」

 

『え? 最高難易度の『騎士の夜』ですよね?』

 

「うん」 

 

『まさかとは思うんですが……片手で』

 

「当然だろ。寧ろそれ以外でどうやるんだよ? これタッチパネルタイプだぜ?」

 

『マジですか、嘘ぉ。どんな音ゲー達人(ゴリラ)ですか……』

 

 衝撃的な事実に軽く口調が崩れる甘粕。リズムゲームに触れたことがあるならば衛が言っていることがどれだけ無茶苦茶かがよく分かる。少なくとも初心者程度が出来る絶技ではないことは間違いない。実際、衛は気付いていないが後ろのゲーマーたちがパシャパシャ撮ってたりする。

 

『ていうか今更ですが出先とは珍しいですね。普段はコンシューマー派でしょうに』

 

「ああ、ちょっと偶には外出たい気分だったって言うか……アレだ。衝動的にリズムゲームがやりたく……」

 

『桜花さんですか』 

 

「おっとォ!?」

 

 コンボが途切れる。GOOD表記。後ろで「あぁー……」という如何にも惜しいと副音声で聞こえてきそうな同士たちゲーマーの声。

 

『図星ですか。察するに何かありましたね?』

 

「いやいや、別に何にも? 俺と桜花はいつも通りですとも」

 

『そういえば……ヴォバン侯爵が来襲した先日の事件、桜花さんも珍しく戦場に馳せ参じていたとか』

 

「なっ……い、いやあ、流石の俺もクソジジイ相手じゃ手こずりそうだったから……」

 

『身内に過保護な人の言葉とは思えませんねェー。桜花さんといえば祐理さんと同じく四年前のヴォバン侯爵が執り行った儀式に居合わせていましたね。衛さんとの縁は丁度、その頃からだったとか』

 

「……何が言いたい」

 

『吊り橋効果』

 

「チィ、聡い奴め……!」

 

 思わず毒づく衛。因みに電話中にも片手を動かしつつ、一GOODに抑えながらも見事『騎士の夜』クリア。スクロールも適当に、衛は甘粕と会話を続ける。衛は見ていないが、その適当で選ばれたのは先の曲と同じコミケ発の某ゲーム音楽アレンジ。『最終鬼畜妹』。背後で歓喜が響く。

 

『アッハッハ、そうですか。あの衛さんが決意しましたか。それは目出度いですねェ……爆発しろ裏切り者め(ボソ)』

 

「聞こえてるぞ」

 

『で? 告白はやはり桜花さんですか? 衛さんが受けるとすると確実に逃げ場を消された場合に限るでしょうし? 問題は何処までいったかですかねえ。桜花さんはアレで肝が据わっていますし、意外といく所までいっていたり、そこのところ是非お聞かせ願いたいです』

 

「下衆の勘繰りっていうんだよそういうのを」

 

『いやあ、一応組織の人間としましては王のお目出度い話となるとお目出度いだけでは済ませられませんから。国内での勢力図とか政治とかに関わる重要案件なので。管理する立場といたしましてはどうかお聞きしなければならないと』

 

 先日、遂にと言うべきかようやくと言うべきか付き合い始めた衛と桜花だが、甘粕の言う通り、何もこれは目出度いだけの話ではない。

 

衛と暫定とはいえ婚約者候補となった桜花の立場はつまるところ神殺しの妻、即ち王妃である。

 

 そうなれば九州に住まう一介の巫女である桜花の立場もこれまでとは全く異なるものへと変わる。最も、人付き合いの悪い『一人目』の王の側近であったことから元々、本人の意思に関わらず相応の発言力を有していたのだが王妃となれば話は別だ。

 

 王妃とは、王の伴侶……主従ではなく親族、しかも王妃ともなれば王に対して直接の発言権を有する数少ない存在になったということだ。それも仮とはいえ《正史編纂委員会》に身を置く巫女が、だ。

 

国内の『官』の呪術者たちは黙って居まい。必ず彼女と親しくなろうとアプローチをかけてくる筈だ。

 

 既に周知のように《正史編纂委員会》と衛は両者が両者『同盟』という結びつきで手を繋いでいるのであって完全な味方とは言い難い。今回のヴォバンの件でもそれはハッキリと分かる。

 

 あくまで関係は利害の一致から。少なくとも身内と称して守る対象に入るのは電話先の甘粕であったり、沙耶宮であったり、恵那であったりと個人であり、その守護は組織に向いていない。

 

ならば必然、より強い結びつきを求めるのは当然であり、桜花は正にそれに適した人材に成り得たということだ。

 

「というのが言い分で、言葉から個人的な喜悦が滲み出ているように感じるんだが?」

 

『いやあ気のせいですよ。こちらはただネタが欲しいだけです……あ、勿論、組織のためのネタですよ。ええ、他意は在りませんとも』

 

「寧ろ他意しかないように聞こえるだけど?」

 

『自意識過剰ですねェ。そんな恋人付き合いだけで大げさな。恥ずかしがり過ぎですよ』

 

「そうかー、俺の自意識過剰かー」

 

『はい』

 

 アッハッハと白々しい両者の笑いが響く。勿論内心は、「デバガメめ……!」「リア充め……!」という両者が両者それぞれ羞恥と嫉妬から来る怒りで濡れているが。

 

「話は変わるが、その『会談』だっけ? なんでウチの面子が必要なんだ? ウチの……というか俺のスタンスは相変らず勝手にそっちでやってくれなんだが……」

 

 衛の言う『会談』。それは兼ねてから《正史編纂委員会》そして護堂の騎士であるエリカが水面下で動き、ようやく形となった会合のの事だ。

 

 『一人目』と『二人目』。両者の思惑がどうあれ、現在日本には二人の王がいる。それによる弊害は既にエリカが語った通り、組織の頭となる人物が二人も居れば否が応でも混乱が起きるというものだ。

 

 そこで、その辺りの事情をハッキリさせるため両者が組織……というよりエリカと沙耶宮はその方針を話し合う『会談』を行うことを双方で合意したのだ。

 

 舞台には当事者である衛や護堂。そしてその補佐、政治的なやり繰りを務めるエリカ、沙耶宮が参加することが決まっている。その他にも話し合いには甘粕、万理谷、桜花といった側近らも参加する予定だ。

 

 だが、両王、というよりエリカと沙耶宮が方針を話し合うというならば『女神の腕』の存在は無用に、寧ろ邪魔になるように思える。加えて、『女神の腕』の方針は衛の方針そのものであり、ひいては今まで通りの専守防衛、そのために必要な行動に留めるというのがスタンスなのだが。

 

『いえ、そこは恥ずかしながら組織の政治がアレコレと。ぶっちゃけ言ってしまうと私たち……《正史編纂委員会》は今回の事件でかなりの部分助けられてしまいましたからね。それについては本当に有り難いことです。ですが、組織としては個人のお礼じゃ済まされないところもありまして……』

 

「……ああ、面子の問題か」

 

 何せ、国内問題を国外同然の組織が気付くより早く対応し、尻拭いまで務めたのだ。此処で、何の組織としての礼も見せず終われば、それこそ完全に面子は丸つぶれだ。ゆえに形はどうあれ、正式なお礼を組織に対して行なわなければならないのだ。衛は意図を察して面倒くさそうに呟く。

 

『お恥ずかしながら。それに今回の件を踏まえ、また王直轄の組織ということもありましてここらでお目通りした方が後々、便利と言うこともあり、今回は『女神の腕』の方々にもご参加願いたいという話になりましてね』

 

「そういうことなら了解。話が出来る奴でいいんだろ? 一応、日本で取り仕切っている奴連れてくからそういうことで」

 

『まこと、王にはお手数をお掛けしますことを……』

 

「あー、そういう堅苦しい礼は良いんで。ていうか壮絶に似合ってないぜ? 甘粕サン」

 

『ですよねー、私としてもこういうのは苦手なんですが、そこもそれ、組織の面子といいますか』

 

「管理職は大変だねえ。……沙耶宮に煩いのがいれば俺の名前で黙らせて良いと伝えてやってくれ」

 

 電話の向こうでひらひらと手を振る素振りが幻視できるほど、如何にも適当と言う素振りだが、こういった事情に興味がないだろうにも関わらず平気で名前を出して良いという辺り彼の性格が滲み出ている。

 

『相変らず過保護ですねェ。無意識なのか意識してなのか』

 

「ん、まだ何かあるのか?」

 

『いえいえ、持つべきものは温厚且つ寛大な神殺しであるなっと』

 

「神を殺している時点で温厚も何も無いと思うけどなー」

 

『それ、他ならぬ貴方が言うことですか?』

 

「甘粕が振ってきたんだろう」

 

 伝えることを伝え終わったがためか、いつも通りのダラダラとしたやり取りに移行する二人。少なくとも会話の内容は重要案件だったのだが、政治はどうでもいいと部下に放り投げている衛と優れた上司が請け負っているため身体を動かすだけで済む甘粕とではやはり、芯から考えるほど重要な事柄ではないのだろう。

 

 何とも気の抜ける会話だが、こうして衛は『会談』に参加することを確かに了承し、長らく一部の者たちしか知らなかった、衛直轄の組織『女神の腕』も初めて表舞台へと上がるのだった―――――。

 

 ―――因みに、片手間に挑んでいた続く二曲目は見事、フルコンボ達成。背後で感心するような歓声が上がったそうだ。

 

 

 

 

 双方の了承を経た結果、『会談』は丁度、衛が了承した三日後に行なわれた。場所は七雄神社。芝公園と東京タワーが程近い場所に存在する神社で、大通りにこそ面しているものの細道を抜けなければ見つけられない知る人が限られる神社だ。

 

「お初にお目にかかります。私は《正史編纂委員会》東京分室室長を務めております、沙耶宮馨です。本日は私達のお招きに頂き―――」

 

「えーと、そういう堅苦しいのは苦手で、その、それに俺の方が年下ですし……」

 

 エリカとそして祐理を連れ立って、訪れた護堂がまず最初に見たのは既に面識のある《正史編纂委員会》のエージェント、甘粕冬馬。それに加えて、見覚えのない……グレーのシャツにネクタイ、男物のスラックスと所謂『男装』姿の人物が護堂らを迎え入れる。その名を沙耶宮馨と名乗る人物は護堂の返答に『ではそのように』と軽く応じた後、『会談』の舞台となる社務所へと先導していく。

 

「偉そうにしろとまでは言わないけれど、誰かれ構わず下手な態度を取っていると甘く見られるわよ?」

 

 開口一番、年下と言って遠慮した護堂にエリカが諫言する。

 

「俺はただの一市民なんだ。仰々しいのは苦手なんだよ」

 

「護堂はもう少し自分を自覚すべきだとは思うけど。神を殺しせしめた戦士が一般人の筈ないじゃない。この間のヴォバン侯爵の件でも散々暴れまわったのに」

 

「あれは……! その仕方がないっていうか……大体、俺はそこまで酷くなかったぞ! 今回の件に関しては」

 

「あら? 少しは自覚が出てきたのね。『今回に関しては』なんて……少し前の護堂ならそれすら付け加えなかったでしょうに、これはいい傾向と見るべきでしょうね」

 

「ああ、いや、違……」

 

 自分の失言に小憎たらしい悪魔の笑みを浮かべてエリカが言う。……確かに『今回に関しては』なんて付け加える辺り、いつもいつも尋常ならざる破壊活動を齎していることを自覚し始めているのかもしれないと護堂は無意識下の自分の判断に戦慄する。

 

「甘粕さん、閉塚さんはどちらに? まだ来ていらっしゃらないのですか?」

 

「もう既に中ですよ。桜花さんとそれから『女神の腕』を連れ立って先ほどに」

 

 一方、そんな護堂とエリカのやり取りを傍目に祐理は四年前の恩人にして一度だけ面識を持ったもう一人の王について甘粕に聞いていた。さして隠す様子も無く応じた甘粕の言葉に答えたのは聞き耳を立てていたエリカだ。

 

「『女神の腕』……『堕落王』直轄組織の人員ね。どういった人だったか教えてもらっても構わないかしら?」

 

 今回の件より以前より、《正史編纂委員会》や閉塚衛とその直轄『女神の腕』について無論、エリカは独自に調べを進めていた。一応、その成果として先導する沙耶宮馨の家、例えば沙耶宮家など《正史編纂委員会》を取り仕切る中心となっている家を纏めて『四家』と呼ぶことや公家が中心の組織であること、さらには大騎士クラスの使い手が何人か存在していることなどと情報を仕入れていた。

 

 しかし、『女神の腕』については全くと言うほど情報が掴めなかったのだ。そも、欧州では名は愚か、存在すら聞き覚えの無かった組織であり、友好的な《正史編纂委員会》ですら実態は知らないという組織だ。如何に敏腕と称せるエリカであろうと、彼らの影を踏むことは出来なかった。

 

 ゆえに興味と情報収集を兼ねて甘粕に問いを投げたのだ。対して、甘粕は特に隠す素振りも無く率直な意見を口にした。

 

「どういった人ですか? ふむ、驚いた。というのが一つ。それから成る程、という納得が次に思った感想ですかね? まあ『裏』に関わるものならではの見落としと言うか、そもそもその可能性は考えてなかったというか。情報操作がお家芸ならば考えて然るべきだったのですが……ともかく会ってみれば分かりますよ」

 

 いまいち煮え切らない感想にエリカだけではなく護堂や祐理も、思わず顔を見合わせながら首を傾げる。はて、驚いたとは一体……? その疑問を口に出すより早く、先導していた沙耶宮がクルリと振り返り、

 

「さあ、この先です。どうぞ、既に『一人目』の王にはお待ちいただいて居りますので」

 

 社務所入り口から靴を脱いで入り、廊下をそのまま進んでいくと一番奥の襖まで沙耶宮先導の下、案内される。

 

「―――来たか、何日振りだな後輩くん」

 

 襖を開けるとそこには三人の男女……その内の一人、先になし崩しの共闘を演じる羽目になった日本に住まうもう一人の王『堕落王』こと閉塚衛が肩を竦めながら足を崩して畳の上に居座っていた。

 

「話し合いだろ、ま、取り合えず座ろうぜ……っと、思ったんだが沙耶宮。これ、どっかの料亭かなんか取った方が良かったんじゃないか? いまいち格好のつかない畳じゃ『会談』だし、それにそちらのお嬢さんに正座は辛いだろってな。まあ、その辺りの礼儀を気にするわけじゃあないんで、崩して全然結構だが……」

 

 お嬢さんというところでエリカを見る衛。確かに日本人文化の畳での重鎮会談は正座を要求するため外国人には辛いだろうし、言い方の差違あれ、床に座って『会談』というのも格好がつかない。

 

「それについては申し訳ない。何分、色々な面で急な会談だったものでね」

 

「そう急ぐもんでも……一応あるのか? まあいいや、普段から言ってるけどその辺りはそちらさんの領分だし? 俺が口出すことでもないだろ」

 

 肩を竦めながら言う衛。少なからず親しげな口調から二人の仲が悪くないことが窺える。また、両者気安い点からある程度、知り合っている関係なのだろうと。二人の関係から両組織の繋がりに関して、エリカは目ざとく観察する。

 

「そのお心遣いに多大な感謝を。そして応じて下さった事に改めて感謝いたします、我らが王よ」

 

「止めろ、鳥肌が立つ」

 

「では、いつもの通りに。面倒くさがらず来てくれて感謝するよ閉塚くん?」

 

「言っておくが俺はただ聞いてるだけだかんなー」

 

 ぶらぶらと手を振り、衛はいよいよ手を後ろに衝き、足を伸ばすように崩してリラックスの体勢を作る。欠伸混じりな辺り本当に興味がないのだろう。

 

「『会談』やんだろ、ほら。座った座った」

 

「衛さん、マナーが悪いですよ?」

 

「今更だろ。寧ろ却ってやり易い。下手に口出されるより領分を弁えてくれている方が周りをフォローする身としちゃあな……おっと紹介忘れてたな。俺は春日部蓮でこっちが姫凪桜花。桜花は違うが俺は『女神の腕』所属で、まあ一応、日本での組織のアレコレを取り仕切る幹部ってことになる。宜しく」

 

 衛の態度を注意する亜麻色の髪に桜意匠の簪を飾り、黒い和服に身を包む少女、姫凪桜花。

 

 黒髪に人好きそうな顔立ちをした、学生服に首からヘッドホンを提げる少年、春日部蓮。

 

 桜花はともかく、この場のほぼ全員が初対面であるだろう蓮はククッとどこか楽しげにしながら自己紹介をする。それに対し、それぞれ別々の理由で護堂、エリカ、祐理は驚きを覚えた。

 

「成る程、確かに驚きね。『女神の腕』、盲点だったわ。まさか呪術者でない……幹部が存在するなんて、それも同じ学生」

 

「学年的に先輩だけどな。それと別に全員が全員俺と同じわけじゃないぜ? 俺はあくまで情報担当。他のやつはキッチリ魔術だって使えるし、中には神獣を片手間に屠る奴だって居る。まあ人様々ってことさ。人材はともかく人員は様々な方向に特化した連中が何人も揃っているんでね」

 

 エリカが驚いたのは言ったように目の前の蓮……『女神の腕』幹部を名乗る男から全くと言っていいほど呪力を感じなかったこと。即ち、彼が呪術者でないことにである。無論、魔術結社の中には呪術者ならざる人員を抱える結社も少なからず存在するが、あくまで末端や別の役割を負った者に限る。幹部クラスの人間は当然、ある程度の呪術心得を持ち合わせている。

 

 だが、目の前の少年からはその気配が一切感じない、どころか武術の心得さえ見受けられない。正真正銘の素人。しかも身分は年変わらぬ学生と来た。

 

「いやあ、道理で尻尾を掴めない筈です。呪術界隈から探ったところで出て来るはずありませんでした。しかも表向き、というか本当にただの学生が一組織の幹部を務めているんですから。そりゃあ尻尾も掴めませんね」

 

「だから言ったろ、元はただのコミケ用サークルだって」

 

「そのままに受け取るはずないじゃないですか」

 

 呆れたように言う甘粕に何を今更と衛は言う。ただこれで一つハッキリしたことがある。『女神の腕』。その構成員は正真正銘に身分の格差が一切ない、一つの共通目的の下に集った者達の集まりであるということだ。

 

 そして護堂と祐理が驚いたのはエリカと違い蓮ではなく、桜花の存在にだった。護堂は神殺し特有の、祐理は知己ゆえに有り得ないその変化に驚いたのだ。

 

「桜花さん。まさか、その気配は一体? まつろわぬ神を……」

 

「久し振りです祐理さん。それと、勘違いですよ。これは衛さんの力です。あの時、少しだけ披露したでしょう?」

 

 言われてはっと祐理は思い出す。そういえば彼女はヴォバン侯爵襲来事件の終盤、人の身にも関わらずヴォバンを見事押さえつけ、勝利への道筋をつけた。

 

 元々、桜花が卓越した使い手にして特別な事情を抱えていたことを知っていた祐理はその偉業に気づくのが遅れてしまったが、そうだ。幾ら彼女でも単騎掛けでヴォバンとやり合うにはそれこそ『神がかり』が必須。しかしあの時の彼女はその力を使っていたようには思えない。つまり……。

 

 そこまで考えてふと、『霊視』する。大欲を抱きし悪竜、その竜を見事退治し英雄譚を作り上げた一人の勇士の姿。しかしやがて栄光は失墜し、英雄は悲劇の中に没する。後に残るのは失った悲しみと奪われた憎しみに燃える復讐の乙女―――。

 

「クリームヒルト……」

 

 はっと思わず無意識に口にした名に祐理は口を手で覆う。

 

「流石だね。一目で見抜くとは。それにしてもクリームヒルトは……確か四年前に」

 

「今度はきちっとやったってことだ」

 

 神の名を聞き、視線を送った沙耶宮に対し、相変らず姿勢の悪いまま応じる衛。何とも適当な報告だが、つまるところ『一人目』の王はこれで三つの権能を保有したことになる。

 

(……いや、あの短剣も含めれば四つか。多分、春先に出現したって言う女神から奪った権能だと思うけれど、名前は確かダヌ。インド神話の女神だったわね)

 

 そう、あの戦いでエリカは衛をきちんと注視していた。当然、嵐を封じ込めた権能についても。まつろわぬアルマティアより簒奪せしめた稲妻の権能に空間転移、恐らくは『旅』に類する権能、そこに加えて今の二つ。

 

 少なくとも四つの権能を衛は有していることになる。権能の種類は神殺し同士の戦いの勝敗を分ける直接の要因にはならないが警戒は必要だろう。多くの権能を有しているということはそれだけ多くの死線を潜り抜けたということなのだから。

 

「じゃ、顔合わせも済んだことだし。改めて『会談』を始めようぜ」

 

 場の空気を見合わせて衛がパンと一つ柏手を打つ。衛らと向き合うように護堂たちが、その間を取り成すように沙耶宮たちが。さならが円のようにしてそれぞれ座る。

 

「さて、まずは一つ。先の戦い、ヴォバンについてだ」

 

 と、意外なことに話し始めたのは一番この会談に興味がないと公言して憚らなかった衛。その目は正面、護堂を捉えていた。

 

「こっちだけで処理するつもりだったんだが、迷惑掛けて悪かったな。色々不測の事態が重なってね。最後はともかく押し付けた形になったことはまず謝罪させてくれ後輩君」

 

「別に気にしちゃ居ない。あのじいさんには俺も言いたいことがあったし、何より……仲間が大事って言うのは、理解できない話じゃない」

 

 これまた意外に謝罪を述べる衛に護堂が困ったように応じる。何処と無く神木を前にした荘厳な強大さ、今まで出会った神殺しでも別種の油断ならぬ気配を漂わせていた王からの素直な謝罪は護堂にして不意を衝かれるものだった。

 

 また、件のヴォバンを押し付けたことに関しても、甘粕や沙耶宮、時折話題にする祐理からも察せられる。この男、身内に甘い傾向があるのだろう。どうでもいいと言いつつ律儀に頼みごとに応じている辺り正にそうだし、押し付けた件についても、傍に控える桜花の身を案じるものだった。

 

 その態度は護堂をして理解できるものだったし、共感できるところは多々ある。

 

「でもそれなら何であのじいさんと喧嘩なんかしたんだ?」

 

「ああ、それね。個人的な私怨と……まあ、本題がこれな訳だが」

 

 空気が変わる。つまるところこれこそ本題。自らが一番初めに口を開いた理由だった。

 

「どうせ薄々察してるだろうが、俺は別に戦いが好きなわけじゃない。寧ろ嫌いだ、俺個人に売られた喧嘩ならとっとと逃げる程度には。だがな、俺は俺が傷付く分には一向に構わんが……身内がやられると血が上る体質らしくて、今回のクソジジイ、ヴォバンに関してもそこに帰結しているわけだ。つまりだな……」

 

 叩き付けるような圧ではない。刺すような殺気でもない。例えるなら聳え立つ山。ただあるだけで見るものを威圧するような、そんな緊張が場に満ちる。演じるは他ならぬ衛。神殺し衛としての本性が垣間見える。そう、どんなに見た目が性格が態度が、荒事向けのものに見えなくても、この男は確かに神を殺しているのだ。

 

「同郷だろうがなんだろうが……頼むから俺の身内には手を出してくれるなよ? その場合、俺は俺を抑えられる自信がない」

 

 ゾクッと響く言葉に思わず護堂は息を呑んだ。僅かに垣間見える衛の本性、敵対者に対する一切容赦無き苛烈さを感じ取り、護堂は戦慄する。この男、潰すといえば全力で、そう全力……で叩き潰すであろうと……それこそ相手が滅び去るまで。

 

 ドニやヴォバンとはまた違った苛烈さに改めて油断ならぬ男と心に刻みつけながら同時に護堂も威圧に言葉を返していた。

 

「それに関しては俺も同じだ……」

 

「………」

 

「俺も、俺の仲間が傷つけられれば……例えあんたが身内にとってどんなに良い人間だったとしても俺はあんたを許さない」

 

「……威勢がいいな、後輩君」

 

 エリカは無意識に臨戦体勢を整える。それは桜花や甘粕、沙耶宮もだ。それほどの緊張が場に満ちて……。

 

 衛が瞑目する。そして目を開き、やがて何を思ったかふうと息を吐いた後。

 

「ま、そういうことだな。お互い不干渉といこう。不便があれば手は貸すが、それだけだ。俺が《正史編纂委員会》と結んでいるように『同盟』と往こうぜ。それから国内の組織版図だのなんだのはそっちの好きしていい。勢力争いに興味はないし、ただ九州に関しては悪いがこっちで握らせてもらうぜ。身内の故郷があるんでね」

 

「俺もそれで構わない。仲間が困っているならともかく勢力の争いに興味がないのはこっちも同じだからな」

 

 緊張が解れる。空気が弛緩する。衛と護堂が握手をし、両者の立場が明確になったことでようやく二人は互いに互いを圧する気を解いた。 

 

「全く、やっぱり平和主義者の看板を降ろした方がいいんじゃないかしら? 意の沿わないようだったら戦う気満々なんてとても平和主義者の発想じゃないもの」

 

「はあ、肝が冷えたぜ。ま、興味深い会話だった。なるほど、同じ神殺し同士の会話はこうなるわけか」

 

「意外と余裕ですねェ、春日部さん」

 

 反応は三者三様だった。エリカは呆れ、祐理は安堵のため息を。沙耶宮は肩の力を抜き、甘粕はほっと一息。桜花はふうと息を吐き、蓮はくつくつと笑う。そうして一触即発の雰囲気を奏でた王二人に口々に不満を口にした。

 

「いや、そんなことはない。少なくとも俺はただ話し合いをだな……」

 

「お前はお前らしいな蓮。あ、俺の用事はもう終わったから。後はお前の好きにしていい」

 

 エリカの言葉に護堂が苦虫を噛み潰したような表情をし、用事を済ませたらしい衛は完全に会談に対する興味を失ったらしく、蓮に委細を放り投げて再びだらけ始まる。

 

「じゃ、王同士の会話も終わったみたいだし、後はこっちの話だな」

 

「そういうことだね。じゃあまずはお互いの立場に付いて確認していこうか」

 

「異論はないわ。妥協点、着地点を定めなければ始まらないものね」

 

 ゆえにここからは互いの組織の『宰相』同士の会話だ。『女神の腕』所属の春日部蓮、《正史編纂委員会》所属の沙耶宮馨、そして護堂の騎士……《赤銅黒十字》のエリカ・ブランデッリ。各々が目的、スタンスを語りながら言外での情報戦も交え、国内での活動及び方針を明確にしていくのだった……。 

 

 『会談』は四時間にも及び。丁度、夕日が見え始めた頃に解散となる。こうして同郷に生まれし王と王の会談は互いの意思を明確に示して終わりを告げた。




頭が良い人の会話とか苦手なんだけど(問題発言)
特にキャラを崩さないまま、やるとすっごく難しい。
お蔭で夜に書き始めたのに気付いたら早朝になってたし……。
政治的会話を端折った理由はお察し。

甘粕と衛の会話は楽しかったけど。

さて、これにて幕間終了。時間掛かって申し訳ない。
何分リアルが……HTLM、Web作成……う、頭が……!

次回から三章。こちらは完全にオリジナルですね。
時期的には護堂がペルセウスとやり合っている頃。


英国編突入です。(すぐに投稿されるとは言っていない)


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『鋼』の英雄
蠢く策謀


やあ、相変らず更新ペースが駄々下がっている駄作者ダヨ。
執筆しだすと半日近く掛かるから休日しか更新できないでござる。

書き溜め? 途中で書くのを止めると前と後ろで矛盾したりキャラがおかしくなるので無理なのだ。自分、不器用なもので。中途半端にやめるとやる気も消し飛ぶし。

以上、作者の言い訳終了。
英国編開始、デス!



 どこかにある人里離れた夜の森。人が手付かずの自然が支配する領域、そこで人ならざる超常の力を有する両者が相対していた。

 

 片や完璧の比率で構成される肉体をギリシャの古き服装、トーガで包む若い男。片や白人の十二、三かの年頃と思わしき少女。金の髪は緩やかなカーブを描き、その身には黒いドレスを身に纏っている。両者共に想像を絶する美男美女である。

 

「『鋼』の神を探索する神祖とは汝であろう? グィネヴィアよ」

 

 ―――動乱の先触れはその言葉から始まった。

 

「黄金の雷、神々の王、御身は……」

 

「然り。己はゼウス。全ての神々を治める者なり。そして再び問おう、グィネヴィアという神祖は汝のことか否かと」

 

 神祖グィネヴィア。それがゼウスが接触した人物の名であった。《神祖》とは嘗て地母神でありながらもその神格を失い人の姿に墜ちた女神を差す言葉だ。とはいえ、人に墜ちたとはいえ、神なる者を祖とする者らである。その力は才媛と呼ばれる魔女巫女たちの異能を簡単に上回る。

 

 取り分け、神祖グィネヴィアはその中でも格別の能力を誇っている。その身は女神で無いにせよ、神殺しとて彼女が持つ力を前に油断できるものではない。特に謀略、という方面では元女神は伊達ではなく、有する知識はずば抜けている。

 

 そんな彼女に接触する理由はゼウスの目的を知っていれば当然の帰結だと言えよう。全ては神殺しとそれを容認する人々に再び神の威光を思い出させるがため。仰ぐべき『鋼』の王を求める神祖と同じく『鋼』を求めるゼウスは此処に接触した。

 

「……失礼しました。確かに神祖グィネヴィアといえば我が身をおいて他にないと存じ上げております」

 

「フム。では間違いあるまい。探していたというのは他ならぬ神祖グィネヴィアであるゆえな。その身が神祖で名がグィネヴィアであるならば他一切を問わぬよ」

 

「探していた? 神々の王ゼウス様が私を?」

 

 ゼウス神が言い放った想像外の言葉にグィネヴィアの口調が一瞬砕けたものとなる。

 

「然り。聞いておるぞ、汝、グィネヴィア。その身が『獣』を殺す至上の『鋼』。『最後の王』なる存在を捜し求める神祖であると」

 

 『最後の王』……ゼウスが言うこの存在とは巷でまことしやかに囁かれるまつろわぬ神の指す言葉だ。曰く、一世代に神殺しが揃うたびにその全てを殺害してきた最強の『鋼』。その多くが戦場で死ぬのが神殺しであるが、神殺しと戦い、最も多くを殺してきたものこそ『最後の王』である。

 

「……神々の王に隠し立ては出来ませんわね。如何にもその通り。私は私が仰ぐべき主を探しております。今は眠り、そして再び地上に顕現するまでを微睡む主を」

 

「それだ。我もまた、『最後の王』なる存在を求めているのだ。あらゆる神殺しを駆逐する『鋼』の英雄。正に我が目的を遂げるに相応しい存在であろうが」

 

「では、私を探していた用件とは……」

 

「応とも。我が手ずからその悲願に手を貸してやろうと思うてな。『最後の王』なるものの復活は我も同じく望むところ。ならば、既に幾年と地上を歩き、かの王を探す汝こそ、かの王を復活させる手がかりとなろう」

 

 悠然と言い切るゼウス。その言葉にグィネヴィアは思わず瞠目する。……地上に出でた神々は多かれ少なかれ、歪むもの。その身はまつろわぬ故に、一度地上に顕現すればその人格は歪み、神話無き時代の古き性……荒ぶる者としての神性に近づいてゆく。だからこそ、『まつろわぬ神』とは総じて天災なのだ。

 

 しかし、このゼウスの理知的な物腰といい、言ってしまえばたかだか(・・・・)神祖であるグィネヴィアに対する厚遇といい、とても『まつろわぬ神』のそれだとは到底思えない。

 

「……疑惑の目を向けるか」

 

「ッ!? 申し訳……」

 

「良い」

 

 疑念と困惑をするグィネヴィアにゼウスはさして気を害された風も無く淡々と、興味のない事実だけを述べる言葉を返した。

 

「今の我が現状は、我が目的に由来するものよ。神祖の娘、貴様にも覚えがあろう? 至上なる神々に愚かしくも挑み、そして噛み砕きに掛かる手癖の悪い獣共を」

 

 そこでふと、思い出す。当代七番目の王。グィネヴィアを宿敵と追う《黒王子》と友好深い王が他ならぬゼウス神と引き分けた、そんな話があったことを。

 

「忌々しき哉。その折に我が雷は掠め取られたのだ……ふん、獣に情を向けた愚かな女め。奴さえ居なければ今頃、獣風情一ひねりだったであろう。とはいえ、だ。今の我では圧倒的に不足していることは重々承知。ならばこそ、我が手ずからではなく、出来るものが獣を誅せばよい」

 

 つまりは……。

 

「私は私の目的のためにお前はお前の目的のために、手を組もうではないか」

 

「成る程、そういった事情でしたのですね。御身が不快を思い出させた非礼を詫びましょう。―――ええ、その提案は私としても喜ばしいことですわ。是非にその御力ををお貸しくださいませ、ゼウス様」

 

 神殺しに神性を掠め取られたゼウス。『最後の王』の拝謁を願うグィネヴィア。求めるところは別であっても求める者は同一であるということだ。故にこそ、ゼウスはグィネヴィアを探し、提案を持ちかけたのだ。つまりは神祖と神による《同盟》。それこそゼウスが求めるものであり、またグィネヴィアとしてもその提案は悪くないものだ。

 

 例え神性が奪われていようと目前に立ちはだかる威光は紛れも無くゼウス神の、『まつろわぬ神』が性に飲まれぬ神のそれだ。グィネヴィア自身、卓越した異能者であるが、彼女は戦闘者ではないのだ。『最後の王』を求める以上、それを望まぬ者共との敵対は必然。ならばこそ、強力な護衛となるものは望ましい。

 

「良し良し。これで《同盟》は成立と言うわけだ。共に望むべき所へ至るため『最後の王』を探そうではないか。聞けば、汝は獣に追われる者。我が目よりも先に獣の牙に喰われずして、幸いよ」

 

「それは……我が身を案じていただいたこと。まこと光栄にございます」

 

 グィネヴィアを追う獣。それは当代は英国に君臨する《黒王子(ブラックプリンス)》の異名を取るアレクサンドル・ガスコインのことである。八年来の宿敵としてあるかの王にグィネヴィアは追われていた。

 

 特大の異能を有するグィネヴィアであるが、最速の足と特上の嗅覚を有するかの王が相手では謀略一つ打つにせよ、油断できるものではなく、実際、一度はかの王によって己が移住を追われている。

 

 ゼウスの提案を了承したのは相手が神であることや目的を同じくすること以外にもそう言った思惑があった。

 

「そして我らが《同盟》を記念し、一つ、土産話としてくれてやろう。わが身は神々の父なれば、何の手持ち沙汰も無く、女を寄る辺とするなど矜持に反するが故にな」

 

「土産話……で御座いますか」

 

 相変らず尊大な物言いのままゼウスは小首を傾げて問うグィネヴィアにニヤリと笑いかけながら。

 

「―――一つの可能性の話よ。ふふ、存外、当たりやもしれぬぞ?……英国に住まうアーサー王なる者。かの者の神話を紐解こうではないか、我が目が探り当てた『鋼』が眠る地でな」

 

 そう、全てはこの言葉を発端として動き出す。嘗て七人目が取り逃がした『まつろわぬ神』ゼウス。その思惑が遂に動き出した瞬間である。この後日、英国を賑わせる『鋼』の神を始めとする戦いの日々。

 

 聖戦(ティタノマキア)の序章が始まる。まずは『鋼』の英雄。胸に秘す真の思惑を隠しながら甘言囁く悪魔の如く、ゼウスはグィネヴィアをかの地へと誘った―――。

 

 

 

 

「では―――聖戦前の会議を始めよう」

 

 東京・秋葉原―――ファミレスの一角に物々しい様子で、さながら国家の安寧を考える重鎮会議が如き様相を放つ一団がいた。その一団が頭……閉塚衛は何処かの司令官のようなポーズ―――両肘をテーブルに付き、重ねた両手に顎を乗せ、安物のサングラスを掛けながら低いバリトンボイス(っぽい)口調で言った。

 

 七月の上旬。多くの学生らが長期休暇、即ちは夏休みと言う学校生活ならざる青春に思いを馳せている中、今年が高校最後となる夏休みを前に、されど青春ではなく戦争を望むが如く構えるものたちが此処に在った。

 

 そう、彼らはサークル『女神の腕』。年に二度ある聖戦(コ○ケ)を前にした彼らに青臭い青春に馳せる思いなど皆無、戦場を主催する者(サークル)として、また戦い抜く者(オタク)として目前に迫った戦がための会合を行なっていた。

 

「さて、今日皆に集ってもらったのは他でもない。進捗に付いての話だ……武。報告せよ」

 

「ハッ、では、僭越ながら私、斉藤武(さいとうたける)が報告させていただきましょう」

 

 席の奥でポーズを取る衛の背後。両手を後ろで組んで静かに立っていた『女神の腕』のメンバー、武が応じる。サークルが同人誌部門を勤める男である。

 

「現在、萌え、燃え、そして腐女子向け共に八割と終わっており、戦争に挑むには十分に間に合うかと。ただシリーズ「クーデレちゃんと○○」は作者がスランプに陥ったために今回の戦に間に合うかどうか」

 

 苦虫を噛み潰したように報告する武。「クーデレちゃんと○○」シリーズは『女神の腕』発足当時から続く看板同人誌だ。

 

「馬鹿な。武、お前何をやっていた。梓の奴がスランプだったことは元より承知だったはずだ! 憎きフランスのリリーが仕上げた悪魔の薄い本に毒され、百合(あっち)方面に傾倒していたのは周知のこと。引き戻すために行動していたのではないのか!?」

 

 詰るのは一之瀬遊衣(いちのせゆい)。他ならぬ萌え部門の同人誌の書き手にして、プロの業界でも活躍する古強者。因みに「クーデレちゃんと○○」シリーズでファン以上にファンをやっている。

 

「仕方がないでしょう! リリーの毒は異常だ! 最近だとあろうことか同じ学校の男装系女子に告白かましてマジに百合(あっち)方向へ走っているのですよ? もう彼女に通常恋愛が書けるはずがない……!」

 

「おいまて、武。男装女子だと!? リアルに存在するのか!? あの伝説の究極二次元ヒロインが……!?」

 

「湊、それ今関係ない」

 

 くっ、と反応する武に『男装女子』の部分で驚愕を浮かべた燃え部門里原湊(さとはらみなと)。そしてバッサリ切るのは腐女子部門担当の久那橋燐火(くなはしりんか)

 

「確かに「クーデレちゃんと○○」シリーズの欠けた穴は大きい。だけど、あの人気同人誌を埋める穴を私たちは知っている……」

 

「ま、まさか、燐火。あのリリー以上の毒を持つ悪魔の書を……」

 

「おい馬鹿マジ止めろ!? つーかアレは全部、焚書したはず……!?」

 

 燐火の言葉に戦慄する湊とゲンドゥポーズは何処へやらガチトーンで反応する衛。言って彼女が不敵な笑みを浮かべつつ取り出したのは、彼らが保有する究極の黒歴史……薄い本(腐)、バージョン・衛×蓮……!

 

「これを出版すれば……」

 

「絶対させるかぁあああああああ!?」

 

 瞬間、髪の毛レベルで調整した雷撃が迸る。問答無用で使用される権能。間違いなく世界一しょうもないレベルで神殺しが由縁の権能が使用された瞬間だった。

 

「ぁ、あああああああ!? 何すんのさ! リーダー!! せっかく焚書の悲劇から逃れた観賞用の奴だったのにぃ!?」

 

「お前が何してんだ、ざっけんな! てか、待て! 観賞用? 観賞用と言ったな貴様ァ!! 残りは何処にある!?」

 

 判明した黒歴史の生存の可能性にブチ切れる衛とそれを守らんとする燐火がぎゃあぎゃあと騒ぐ。因みに二人はすっかり頭から抜け落ちれて居るが、此処はファミレスである。

 

「さて、あっちはあっちで放って置いて。同人誌部門は概ね問題ないと」

 

「あれ? 蓮くんは混ざらないのですか?」

 

「ん、問題ないだろ。いざとなれば俺がやるがウチのリーダーは敵対者にはとことん苛烈だから一冊足りとして今度こそ残さないだろ。製造元(朱里)が既に制裁を受けている以上、再発行は在り得ないだろうし。次、ゲームの方の報告だ」

 

 後ろで燐火の首根っこを掴みヘルメスの権能で消えた衛らを放置して平然と蓮は進行役に徹する。

 

「リリーが担当しているいつもの特殊性癖アダルト系(ガチ方面のヤバイ奴)はともかくとして、他メンバーからなんか報告無かったか? 俺担当の奴は次の冬までだからともかく、シャルルがやらせてくれって言った奴は夏じゃなかったか? そこんとこどうよ副指令()

 

「ふむ、シャルルさんからは特に……」

 

「あ、それならウチが聞いとるよ。なんでも、メインはともかくサブは延期するー言うてたで?」

 

「何? いつの間に……ホントかよ、美波」

 

 蓮の問いに反応したのは穂高美波(ほだかみなみ)この場に集ったメンバー最後の一人にして、大阪出身の『女神の腕』の売り子である。

 

「うん。なんでもデバッグでミス見つけたとか。ほんで、直ぐに直せるものでも無いから言うてたんよ。今回は告知と体験版の頒布だけやっといてー、て昨日電話が掛かって来たんよ」

 

「そうか。ま、直してフランスからじゃあ間に合うかどうか微妙だしいいか。だが、目玉の奴は……」

 

「あ、ロンドンのじいちゃん監修のミステリノベルゲーなら、完成したって連絡が昨日届いたんよ。ウチも試しにやってみたけど中々おもろかったで? なんでもアガサ・クリスティー? をイメージしておるとか何とか?」

 

「舞台はマルセイユだっけ? 流石シャルル。どっかの百合(馬鹿)と違って、仕事はキッチリこなすか」

 

「リリーさんのアレは一種病気ですから……」

 

 蓮の言葉に困ったように笑う武。

 

「じゃあ同人誌もゲームも概ね、問題ないな。後はクリアファイルの方だが……湊!」

 

「僕も抜かりはないよっと。それより僕としては男装女子の方をだね」

 

「うわー、まだ言っとるの? きっしょいわー」

 

「そこ、煩いぞ。東京に魂売ったエセ関西弁系女子め! 博多弁でやり直せ、萌えないんだよ!!」

 

「何やと!? 誰がエセ関西弁系やねん!!」

 

「あー、あー、もうそこ喧嘩すんなって」

 

 騒ぎ始める湊と美波の二人を蓮は呆れたように仲裁する。そうこうしていると、フッとヘルメスの権能を使い、黒歴史の抹消に向った衛が帰還する。

 

「あ、リーダー」

 

「悪夢はきっちりきっかり抹消した」

 

「うぅ……私のコレクションがあぁ……ヘタレリーダーの攻め同人がぁ……」

 

「何ちゅーか、哀れやね」

 

「知るか」

 

 一仕事終えたとばかりに額を拭う衛とこの世の全てに絶望したとばかりに咽び泣く燐火。その様に一言と共に思わず美波は憐憫の視線を送る。が、衛はバッサリだった。

 

「で? 俺がいない間に何処までいった?」

 

「今回の目玉の同人ゲーが完成したってとこまでだ。ま、どれも問題やら不足は無さそうだぜ? ただ在庫が足りるかは確認できてないな。例年、来場者も増えてるから可能な限り行き渡るよう合わせて調整してるんだが……」

 

「持ち込む分にも限りがあるからな。ま、そこら辺は去年のジャンル別売上と調整してやり繰りしてくれ。何だったら委託もあるし」

 

「そうだな。各員と調整してみるさ」

 

「ん、頼んだぞ蓮」

 

「あいあい、任されましたっと」

 

 各陣の大まかな進捗が知れた以上、後は例によって、サークルの取り纏めを仕切る蓮の仕事だ。衛は委細を任せて話題を終わる。

 

「じゃ、主催者側(サークル)としての報告会は以上だな。次は、注目の作品についてだが……」

 

 ―――そんな時だった。まるでタイミングを見計らったように鳴る衛の携帯。手に取るとそこには随分の珍しい連絡先の電話番号が浮かび上がっている。連絡先が先なだけに一瞬嫌な予感に駆られ、思わず顔を顰めてしまう。

 

「どうしたん? リーダー?」

 

「いや……」

 

 その反応を見ていた美波が首を傾げて問うのを手で制し、衛は意を決して……。

 

「もしもし?」

 

 電話に出た。数秒のやり取り、相変らずの調子で話す相手に衛も簡単に応じる。と、先方が件の目的を口にした瞬間、衛は驚愕と共に相手の台詞を繰り返した。

 

「はッ―――? アーサー王が出現しただァ?」

 

 それは次なる戦いの幕開けを告げる一報。

 ―――英国の地にアーサー王の出現。衛の夏休みの行き先は此処に決する。望まざる聖戦、その始まりとも言えるゼウスの暗躍によって……。




英国編始まりとか抜かしといてほぼ関係ない話って言う。
……ぶっちゃけいうと調子が出なかったのだ。
スランプじゃないが、筆が乗らないというか……。

ということで次回から本当に英国編です。
ちょっと普段と違い、原作の神話を謎解く感じの仕様でお送りします。

最も分かる人には一瞬で分かるんでしょうが。
私、謎解きも作りも苦手ですし。

P.S
例によってオリキャラは多いが、今後出る予定はない。


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英国へ

私、外国へ言ったことないんだよね。
つまりどういうことかって?

英国とかどう描写すればいいのかわかんねえ!
(イギリス旅行のガイドブック見ながら)

ロンドンしか知らねぇし私。(男子高校生並感)


 ロンドン・ヒースロー空港。ロンドンには市内・近郊含めて六つの空港が存在するが、日本からの直行便四社が乗り入れているのはヒースローだった。連絡を受けて三日後、羽田空港から飛び立った二人はヒースロー空港の第三ターミナルにいた。

 

「―――ま、ぶっちゃけヘルメスの権能で飛んでった方が早かったんだが……」

 

「もう、そんなこと言って。こういうのは正規の手段で行くのが風情じゃないですか」

 

「一応、個人技能の権能を使用することも神殺しとしちゃあ正規の手段だと思うんだけど?」

 

 そんなやり取りをしながら空港内を歩く二人組み……衛と桜花は外国であることに気負うことなく普段通りの様相で道を行く。但し格好の方はいつものそれと異なっていた。

 

 衛の方は相変らず目立たない普段着に小柄な肩提げバック一つと言う外国に行くにしてはあんまりに軽装な格好であるが、流石に桜花の方は珍しく洋服を着こなしていた。黒いリブハイネックTシャツの上から同色のレザージャケットを羽織り、茶色いロングスカートを穿いた何処か大人びた服装だった。

 

「……流石に着物は控えたか」

 

「む、私だってTPOぐらい弁えます。国内ならともかく英国で和服のままは流石にアレですし……どこかおかしいですか?」

 

 桜花といえば、日本では常にといっていいほど和装だった。というのも、本人曰く、九州に住んでいた頃は山里奥で剣の稽古と巫女の修行ばっかりだったため、和服や巫女服の方が落ち着くそうだ。実際のところは、情報格差甚だしい環境だったため流行に疎く、ファッションがよく分からないため自分が最も落ち着く服装を選んでいたというのが真実らしい。

 

「ん、いや、珍しいからな。洋服自体は似合ってるよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 まるで歯に衣着せぬ形で飛び出した言葉に桜花は気恥ずかしさを覚えたのかそっぽを向いた。突如決まった英国行きに思わず服装チェックを馨に頼ってしまった判断は間違いではなかったのかもしれない。

 

「そ、それで今は何処に向かっているんですか? 私は英国に来たのは初めてで……」

 

「取り合えずロンドンだな。どっち道、呼び出してきた相手……『賢人議会』の本拠が在るのはそこだ。まずは地下鉄でヒースローからロンドンまで向う。そうだな……エクスプレスを使うし、三十分と少しぐらいで着くだろ」

 

 手馴れた様子で桜花の分の手続きも受付で済ませていき、衛は実に馴れた様子で道を選びズンズン進む。神殺しには神殺しになった時点で『千の言霊』と呼ばれる万国の言語を巧みに操る力を授かるというが、言葉が通じるにせよ、その手馴れた具合を桜花は口にしていた。

 

「衛さんって意外と物怖じしない人なんですね」

 

「ん? そうか? つっても桜花はすっかり忘れてるだろうが、俺は結構な時間、英国に居たからな。神殺しになってからは日本に居るよりかは外国にいることの方が多かったし」

 

 アレク先輩に色々聞いてたからなー、と懐かしげに言う衛。……そういえば、衛が一番最初に神と出会い、そして殺し、神殺しとなったのもギリシャはクレタ島での出来事だったはずだ。普段は家に引きこもり、ゲーム三昧だが、よくよく考えるとかなりフットワークは軽いように思える。

 

「しかし、時期が悪い。なんでよりにもよってコミケ前かね。おのれ、アレク先輩。タイミングが悪いときばっかりに不在しやがって……」

 

 愚痴る衛。愚痴の相手は正しく今回の英国行き間接的な発端となった人物の名前だった―――アーサー王の出現。それは人では抗えない『まつろわぬ神』の案件、即ちは神殺しの出番であった。英国には既に衛が言う様にアレク……《黒王子》の異名を取るアレクサンドル・ガスコインという神殺しが存在する。

 

 しかし、タイミングが悪いことにアレクは現在、研究か何かの用事で何処かの地に趣いているらしく彼傘下の『王立工廠』にも音信不通の状態だという。そこで、彼と同盟し、また『賢人議会』とも繋がりが浅くない、衛に今回の件のお鉢が回ってきたというわけだ。

 

「それにしてもアーサー王ですか……私、《正史編纂委員会》の資料で昔に、件のアレク王子が『賢人議会』と協力して封印したという資料を見かけてたんですけど……もしかしてその封印が破られたっていうことですか?」

 

「いや、それなんだがな……どうも違うらしいぞ」

 

 ヒースローのターミナルズ三駅でチケットを買いつつ、問うて来た桜花に衛が眉を顰めながら返答する。

 

「厳密には『アーサー王らしきまつろわぬ神』が出現したらしい。封印が破られた様子は無く、ひいては六年前の事件とは全く違う『まつろわぬ神』だと考えられているんだとよ」

 

「え? でもそれって……」

 

「同名の神が同世代に出現すんのは珍しいがありえない話じゃない。神話がある限り、神は死しても、消滅(・・)しない。知ってんだろ?」

 

 嫌々といった風な顔をしつつ、ため息混じりに衛は言う。そう、神は殺せても消滅させることは誰にも出来ない。それは『まつろわぬ神』とて同じことだった。

 

 そもそも『まつろわぬ神』の死とは、言ってしまえば神話より出でて地上に彷徨う存在となった彼らが何らかの外因によって地上から排斥されることを指す。しかし出来て排斥なのだ。彼らが二度と現出しないようにするには人類史と共に語り継がれてきた神話そのものを消滅させなければならず、そのようなことは誰にも出来ない。

 

 ゆえにこそ、同名の同存在たる神が何らかの要因により同じ世代に再び現出する事は珍しいことであっても在り得ないとは言い切れないのだ。最も……。

 

「今回の場合はそういうんじゃないだろうけど。桜花、呪術界に身を置いてるんならアーサー王が複数の由来を持つ神であるってことはお前も知ってんだろ」

 

「はい。西洋の神話は余り詳しくありませんが……」

 

 ―――アーサー王の伝説。恐らくは知名度で一、二を争う世界で最も有名な物語である。文学としても神話としてもだ。アーサー王本人が架空の人物であることはまず間違いないだろうが、存在したならばおよそ五世紀から六世紀頃に存在した人物だ。

 

 そしてこのモデルとなったと考えられる人物であるが……実はイングランドではなくローマ帝国側の人間が多い。というのも当時のイングランド……ブリタニアといえば、ローマ帝国の属州である。そんな中で仮にも王を名乗るなどとローマ帝国が許すはずも無く、ゆえに伝説のアーサー王のモデルと思われる人物はローマ帝国の人間が多いのだ。

 

 因みにモデルが多い、つまりは複数人いるのは当時のイングランドについて記した歴史文献がないため、特定することが不可能なのだ。

 

「アーサー王は歴史上は極めて実体性が薄い、というよりほぼ確実に存在しなかった王であるっていうのが俗説だ。だからこそ、アーサー王が、ひいてはアーサー王の伝説が世界的に有名となり、伝説の王として知られるようになったのは文学の影響が大きい」

 

「『ブリタニア列王史』ですね」

 

「……知ってたか」

 

「寧ろ、神話に興味が無いと吹聴する衛さんが知ってたことに驚きです」

 

「別に吹聴まではしてないが……ま、《鋼》に関する講義をアレク先輩に聞いてた時に話題に出たんでね。しかし、知ってるんだったら話は早い、ジェフリーが書いたこの書物こそ、アーサー王の文学の原典に当たる」

 

 『ブリタニア列王史』とはジェフリー・オブ・モンマスが手がけた歴史書だ。最もその内容は明らかに歴史的根拠のない彼自身が尤もらしい歴史で味付けした偽史書、物語の類であるが、歴史的にはともかく文学的には多大な影響を与えている。特に、アーサー王の伝説を筆頭としたブリテンの話材は全てこれが原典となったと言って良いほどだ。

 

「で、さらにこれがフランスに翻訳輸入され、フランスで吟遊詩人共に散々謳われ、何やかんやでイングランドに巡り巡って戻ってきた結果、アーサー王の伝説としてうけた訳だ。アレだ、大したことない原作に二次創作的な設定が散々付け加えられた結果、これはこれで面白いじゃん的なノリで混沌とした物語になったっていう……」

 

「急に例え話で俗的なものになりましたね……」

 

「手を加えてんのが人間なんだから俗も俗だろ。そもそもランスロットを筆頭として殆どがフランスの詩人に付け加えられたり、他のとこから引っ張ってきた後天的な存在だぞ? アーサー王自体のモデルもハッキリしてないのに他も後付けとくれば物語として混沌とするし、歴史書として、歴史家たちが聞けば鼻で笑うだろうさ」

 

 肩を竦めながら言う衛。アーサー王の伝説といえば様々なジャンルで扱われるとても有名な話であるが時系列と歴史を追っていくとかなり混沌としているのだ。

 

「と、話がちょいズレたか。ま、物語自体はある程度知ってれば問題ないだろ、今回の件、重要な一点、要はアーサー王とは何者のなるやっていう部分なんだから……あ、この列車だ。乗るぞ」

 

「あ、はい」

 

 そうして語っているうちに何時の間にやらホームに入ってきた列車に衛は話を打ち切り乗り込む。次いでその後を桜花もまた追っていき、二人して適当な席に座る。

 

「―――それで衛さんはアーサー王の正体を知っているんですか?」

 

「まさか、俺はそういうのは疎いって言ってんだろ。だが……そうだな、あの物語に大きく影響を与えた神話は知ってるだろ?」

 

「はい。ケイ、ガヴェイン、ベディヴィエール……最初期に登場するアーサー王伝説の騎士たちは全てケルト神話に由来があると聞いています」

 

「そう、ケイは河の神カイ。ガヴェインは闘神グワルフマイ。ベディヴィエールは隻腕の戦神ベドウィールという具合にな。それに乗っ取るなら……アーサー王じゃなくてアルスルと呼ぶが正しいか」

 

 アルスルとは、ウェールズの伝説、『マビノギオン』に記される「キルッフとオルウェン」の逸話に持ってきたのだろう。アーサー王をより厳密に呼ぶならば本来は、アルトリウスの方が正しいであろうが。

 

「衛さんはアーサー王の原点がケルト神話に存在すると?」

 

「俺が知る一般的な俗説から解くにはな。ただ言ったようにアーサー王は出生からして混沌としている。いわゆるどれが真実かを見極めるのは結構手間な神様ってことだ。後は……極めて強力な《鋼》の神にあることは間違いない。アーサー王が携える最も有名な聖剣エクスカリバー。もとい、『岩に刺さった剣』というのはアレク先輩から聞いたところどっかの民族の軍神の逸話を元にした《鋼》の特徴らしいし、鞘の方にある所有者の不死身かっていうのも《鋼》に纏わる重要な特徴だ」

 

「多分、騎馬民族スキタイですね。《鋼》にカテゴライズされる神々、軍神、武神、戦神、闘神は総じて戦いにまつわる神々。伝承に登場する『剣』の存在はそれ自体が《鋼》に通じる暗喩になります」

 

「日本だと有名どころでスサノオ。前のジークフリートもまた《鋼》に通じる神ってことだな。後は水に関わる逸話だが……」

 

「湖の貴婦人の存在がそれを成します」

 

 《鋼》の神の多くは、その成り立ちを錬鉄過程と同じくする。鋼を鍛える炎の逸話と熱を冷ます水の逸話、即ちは《蛇》。女神との関わりだ。スサノオならば言わずと知れた八岐大蛇。ジークフリートならばファフニールと。

 

「ともあれ、詳しい話は事情を聞いて見なければ何ともな。六年前に封印されたアーサー王はマロニーの……いわゆる初めから終わりまでを記したアーサー王の伝説を元とした『まつろわぬ神』だったそうだが……」

 

「皆さんが知る『本物のアーサー王』ということですね」

 

「どこに本物を置くかによるが、まあアーサー王の伝説のアーサー王なら六年前のが正にそれだな」

 

 話はこれまでと言葉を切る衛。『まつろわぬアーサー』、その本来の神名なんであれ、強力な《鋼》に由来する神であることには違いない。仮にケルトを元ネタとするならば、最も古い形で『カラドコルグ』。或いは衛の言う「キルッフとオルウェン」風に言うならば、『カレトブルッフ』か。アーサー王を常勝の王と打ち立てた極限の聖剣が待ち受けているはず。

 

「まあ、正体は置いておいても、まずまともに戦いたくない神だよな」

 

 さて、どうしたもんかと、衛は漠然と戦術を頭に浮かべる。……仮にで、戦闘を思考する当たり、衛もやはり神殺しであるのだろう。毛色が例外的なものであれ、戦いを思考する当たり特に。

 

 一時間と掛からない地下鉄に揺られながら衛と桜花は戦いの気配を感じ取りながらロンドンへと向うのであった。

 

 

………

……………

………………。

 

 

 衛が利用した地下鉄、もといヒースロー・エクスプレスはロンドン地下鉄と比べて割高だが、その分、快適さ及び定時性は高く、あっという間に目的のロンドンはパディントン駅へと到着した。外国は時間にルーズで交通は定時通りにいかないと思っていた桜花としては日本で慣れ親しんだ時間に対する正確性が変わらなかったため、少し不思議な気分であった。

 

「―――でも、すみません」

 

「ん?」

 

 電車を降りるなり開口一番謝罪を口にした桜花に衛が片眉を顰め、視線で訳を問いただす。

 

「ほら、今回の旅費……聞けば衛さん個人が支払っているとか」

 

「ああ、それね」

 

 そう、今回の英国への強行軍に際し、衛は組織立った支援を一切受けてなかった。というのも一々、たかが海外旅行がために手続きを踏む面倒を嫌ったためである。加えて、英国に暫し身を置く拠点は『女神の腕』のメンバーが居住地。移動費などの諸費以外は殆ど掛からないと想定していた。ならば、移動費程度と衛は個人の財布で諸々の費用を賄っている。中には桜花の分も含まれていた。

 

「別に個人で旅客機飛ばすような派手な移動法は使ってないし、掛かる金も俺からしたら大した事ない。そんな気に病む事でもなし。何だったらショッピングでもしてから行くか?」

 

「ですが……」

 

「それにほら、アレだ……一応、彼氏だし? こういう時ぐらいしか張れる見栄ないしな。残念なことに」

 

「金銭面で見栄を張られても……それと衛さん、『一応』は失礼ですよ。衛さんはきちんと私の彼氏です。後、見栄を張らずとも十分衛さんは格好いいですよ? 普段の生活態度は褒められたものじゃないですけど、いざって時には凄く頼りになりますし、実際、何度も助けられてますし。その辺り、助けられた身の上として、彼女として保障します」

 

「…………そ、そっかぁ?」

 

「はい」

 

 微笑を浮かべてあっさりととんでもない台詞を口ずさむ桜花に衛は思わず上ずった声でを返す。それに対してニコニコと頷く桜花。……甘粕辺りが砂糖吐きそうな会話だが、幸いと言うべきか桜花に合わせている衛は、今は日本語で会話しているために英国人らには聞き届けられない。

 

 最も、気配に聡いものは雰囲気だけで生暖かい視線を向けてきたり、負けじと自分達も熱烈したり、唾を吐き捨てて行ったりとしているが。リア充に対する反応は概ね、世界共通らしい。

 

「なんか……押し強くね?」

 

「? どうかしましたか?」

 

「いや、何でも……」

 

 晴れて恋人関係となった二人。しかし、衛は相棒の変貌とも言うべき変わり様にたじろいでいた。何と言うか、甘い(・・)のだ。それも凄まじく。歯に衣着せぬ言動は衛もそうだが、恋人関係となった桜花はそれを上回ってくる。そして言動と相まってか行動も大胆極まるものだった。例えば、

 

「わ、わ、流石外国って感じですね。電車がこうも横並びに……。日本の東京駅とかと違って奥行きがあると言うか広々としているっていうか。十分人も多いのに」

 

「そうだな……」

 

「あ、衛さん、衛さん。熊ですよ、熊。何か有名なんでしょうか?」

 

「確か映画の奴じゃなかったか? 俺も詳しくは知らんが……」

 

 九州の巫女として日本で修行を積んでいた桜花にとって国外に出ることはヴォバン侯爵の一件を除いてほぼ無いと言っていい。ゆえにこうして海外旅行といえる形で国外に訪れたのは初めてに等しい。ならば、多少の興奮もご愛嬌だろうが……。

 

「桜花」

 

「はい、なんでしょうか? 衛さん。……って、あ、すいません。少しはしゃぎ過ぎました」

 

「うん。それは別にいい。なんなら用事済ませた後で観光に付き合う程度には。いや、そうじゃなくてな……その、歩きにくい。迷子になるのはアレだからくっ付くのはいいが、流石に腕を抱え込むのは止めてくれると助かる。特に、往来では」

 

 “後、胸当たる”という余計なことは言外に。大胆な行動とは詰まるところ、スキンシップが派手だった。

 

「あ、重ね重ねすみません。迷惑ですよね……」

 

 衛の言葉にシュンとしながら腕を放す桜花。心なしか、どころか目に見えて悲しげである。

 

「……………迷惑ではないな。うん。ただ往来でこの距離は流石に気恥ずかしいというかだな……でもアレだな! 迷子になると大変だからなうん! 手は繋いでおこうか! それが良い!」

 

 やや引き攣った表情で語彙を荒げながら手を繋ぐ桜花と衛。ムリです、突き放すのは良心が痛みますと誰に言い訳するでもなく内心で言いながら足早に目的地を目指す。往来で腕を組むほどの度胸を衛は持ち合わせていないし、かといって離れればこれである。とてもやり難い。

 

 ―――全くの余談であるが確かに衛は女性慣れしていない。ともすれば年齢イコール恋人居ない暦だったのだ。初の恋人相手に距離感を掴めない初々しさはしょうがないものと言える。しかし、それでも趣味人サークルを束ねるリーダーにして、神をも殺す神殺しだ。人を統べるものとしてそのコミュニケーション能力は本人が言うほど低くない。

 

 第一、国立場問わず趣味同じくするものは同士と呼び、分け隔てなく接する彼だ。身内の格ゲー大会と評して行った事のない外国へ神殺しとなる前から趣く程度にはフットワークも軽く、物怖じしない性格の持ち主である。ならばこそ、今更初めての恋人程度でどうにかなるものではないはずだ。

 

 しかし、その衛をして桜花の押しようにはたじろぐほどであった。スキンシップと言動、何と言うか所構わず態度一つ一つに好意を乗せてくるのだ。押して駄目ならもっと押せ所か、押し倒すぞという意気が伝わってくるほどに。以前の大和撫子然とした……女性は男より三歩下がって歩くべしを、正しく体現したような態度は何処へやらだ。

 

“いや、予想外も予想外……桜花の奴。意外に肉食系か”

 

 そう、以前はハッキリしない関係だったために隠していたのか。或いは恋人関係になって吹っ切れたのか。きっかけはともかく、桜花は衛が想定しない肉食系女子であった。しかも態度を見るに意識的なものではなく、無意識的で。

 

 実際、腕組にせよ指摘すれば顔を赤くして離れたろうし、今でも衛の言葉一つで気恥ずかしげにするのは変わらない。だが、無意識下での行動はとにかく大胆極まるものであった。それこそ、天下の神殺しが一方的に押される程度には。

 

「ところで何処に向ってるんです? 色々目移りしてしまいましたが、確か此処に来たのは『賢人議会』の御方とお会いするためだと……」

 

「ん、おっと、そうだった。つっても本部まで行くつもりはないよ。俺の目的はあくまで『まつろわぬアーサーらしき神』の討伐だからな。予め先方にも連絡を入れたし、まずは近くのレストランで話を聞く予定だ」

 

 桜花の言葉で完全に此度の英国行きに関係ないことを考えていた思考は引き戻された。一先ず、何処に向うにせよ便利な英国屈指の駅を後にしながら通りに出ると、日本では余り見かけない二階建てバスなどが流れる道へと出る。正面には大きなホテルを望むその通りの名はプレイド・ストリートと言った。

 

「―――お待ちしておりました」

 

「あれ? 迎え頼んだっけ?」

 

 プレイド・ストリートに出るなり、衛に降りかかる声。視線をやれば、これぞ礼の見本とも言うべきほど整然とした態度で歓迎の言葉を口にし頭を下げる女性の姿。そんな仰々しいほどの礼を前にしかし衛は思わずと言った風に言葉を返す。

 

「いえ、ですがこちらから依頼をし、態々王のご足労を願いながら来るのをただ待っているのは、それこそ礼に反しますので」

 

「相変らず真面目だねェ、エリクソンさんは。それと、礼うんぬん言うならその如何にも嫌そうな顔を止めていただけると有り難い。ていうか俺、アレク先輩ほど迷惑掛けてないだろう?」

 

「迷惑どうこうではありません。貴方のような災厄の仔が姫様とお会いすること自体が問題なのです。とはいえ、此度の件に関しては『賢人議会』による正式なもの………確かに相応しい態度でないことには謝罪をします」

 

 女性の名をパトリシア・エリクソン。堅物で、真面目な家庭教師を絵に書いたような女性だ。他ならぬ衛を呼び出した人物のお目付け役のような存在で、令嬢の割りに自由奔放なる主に常々手を焼く三十代独身。

 

「しかし、珍しい。貴方が公共の交通を利用して来るとは、てっきり権能を使用して乗り込んでくると思っていましたが……」

 

「どっかの王子先輩と一緒にしてくれるなよ……他ならぬエリクソンさんが正式なものだって言ったろ。だから正規のルートで来たんだよ。ついでに今回は相棒も居たしな」

 

 言って衛は黙って二人のやり取りを聞いていた桜花に目をやる。視線を受けた桜花は一歩前に出て、自己紹介をする。

 

「初めまして。日本は《正史編纂委員会》所属の巫女、姫凪桜花です。未だ未熟の身なれど、《堕落王》は第一の側近としてお傍に御仕えさせて頂いております。どうぞ、良しなに」

 

「これは……ご丁寧に。私はゴドディン公爵家令嬢アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァール様の御用邸にて管長を務めているパトリシア・エリクソンと申します。改めまして、《堕落王》共々、此度は我々『賢人議会』の依頼に応じてくださったことに感謝します」

 

 桜花に応じ、再び頭を下げるエリクソン。不思議と刺々しさが抜けていることから、桜花という人物を通して公人としての任を思い出したのか、或いは不真面目な知己の王と異なる真面目な従者に好意を覚えたのか。

 

「挨拶は済んだな。じゃあ早速で悪いが、案内してもらっていいか?」

 

「ええ。分かりました。車を用意しておりますので、そちらに」

 

「行くぞ、桜花」

 

「はい」

 

 手短な挨拶を終え、エリクソンの後に衛と桜花は続く。彼女の先導で通りに止まっている黒い車に三人は乗り込み、十分ほど暫しパディントン区の街並みを見ながら車に揺られる。程なくして彼らは一つの高級レストランに着いた。

 

「こちらです。姫様は既にお待ちになっておられます」

 

「そうか。……しっかし、外とは。相変らずな様子で。エリクソンさんとしてはどちらの方が望ましかったりするんだ?」

 

「そもそも貴方方、神殺しの王とお会いになること自体、私個人としてはとても勧められるものではありません。それは内であろうと外であろうと変わりませんよ。まして個人的に友好を結ぶなど……」

 

「俺が言えた義理じゃないがご苦労様」

 

 終始一貫して堅い態度のエリクソンに苦笑しながら衛は如何にも高級そうなレストランにもいつも通りと言った風に踏み入る。―――こういった店は客を選ぶ上、見た目を重視する。

 

 本来、衛のような平民然とした身形では踏み入ることすら出来ないのだが、そこは衛自身の特権と招いた側の身分が効いてか、入り口のウェイトレスも無言で礼するだけだ。一方、こういったところは初めての桜花は落ち着かなさげに周囲へと視線を彷徨わせるが、いつもの様子の衛に若干の安堵を覚えて後に続く。

 

 店内。貸切にしているのか、人は店の従業員を除いて殆ど居ない。クラシックな音色のみが支配する中、衛の姿を見取った貸切の店内に唯一居る客……もとい約束の人物が声をかける。

 

「お久し振りですね。およそ二年振りでしょうか? ともあれ今回はお招きに応じてくだり、感謝しますわ。《堕落王》閉塚衛様」

 

「ああ、久し振りだな。アリス嬢。ご壮健のようで何よりだ」

 

 淑やかに、されど何処か悪戯っぽく微笑む女性に衛もまた肩を竦めながら応じる。なめらかなプラチナブロンドの髪を揺らしながら笑う彼女こそ、英国にてプリンセス・アリスの通称で呼ばれるゴドディン公爵家令嬢アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァール。グリニッジ賢人議会の元議長にして現在は特別顧問の椅子に座る女性である。

 

 また、『白き巫女姫』と称されるほど卓絶した才の持ち主で、『天』の位を極めた欧州でも屈指の魔女である。今回の依頼者その人でもあり、衛が個人的に友好を結ぶ人物でもある。

 

「ま、挨拶もそこそこに、急ぎで悪いがまずは本題から話そうぜ。流石に本題の神がビックネーム過ぎるからな。アレク先輩の不在共々、早速教えてもらいたいんだが?」

 

「ええ、こちらもそれを望むところです。それに私としても、他ならぬ貴方が連れそう女性、というのは実に、ええ、実に気になるところですし。さっさと仕事を片付けてしまいましょう」

 

 流石は友人関係とだけあってとんとん拍子で進む会話。但し、途端に嫌そうにする衛と「私、興味があります!」とばかりに目を輝かせる両者の違いから何となくどういった関係が自ずと察せられるが。

 

「―――では、暫しのご静聴を」

 

 そういって、アリスは静かに語りだす。アーサー王と思わしき、『まつろわぬ神』に関する一連の出来事を……。




ふむ、凄まじく雑な終わり方となってしまった……。
アレだね。途中で余計なの(リア充)が入った所為で私のリズムが崩れたのだ。そうに違いない、いやそうでなければ困る(血涙)。

取り合えずオリ主は爆発すればいいんだ。






話は全く変わるが、ましろウィッチというアプリゲーを始めてみた。
始まりから漂うシリアス臭……たまらないぜ。


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黒王子

メリー・クリスマス!

或いはフローエ・ヴァイナハテン!

もしくはジョワイユ・ノエル!

エタ作者からの楽しい最新話(クリスマス・プレゼント)だよ!





……言ってて哀しくなってきた(誤字に非ず)。


 ロンドン、ハムステッド。英国有数の高級住宅街にゴドディン公爵家令嬢、アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァールは邸宅を構えている。その庭園、昼食時も終わり、一息ついた昼下がり、ふと―――気分転換と戯れを兼ねて張り巡らせた感応の触手を掠めた反応にアリスは虚を突かれたように顔を上げた。

 

 そして、嘆息するようにして来客に声を掛ける。

 

「―――今日はアポイントメントすら無しですか。探求も結構ですが、一度、礼節と言うものを一から学び直したらどうですか? アレクサンドル」

 

「―――急用だ。事前に連絡する手間すら惜しかっただけだ。しかし、その反応を見るにどうやら耳はこちらの方が早かったようだな」

 

 何処か皮肉気に言うアリスの言葉に鼻を鳴らしつつ、アリスの反応に何処か勝ち誇った声を返す来客……もとい侵入者が姿を現す。

 

 優美に整った顔立ちと黒髪、白皙の肌、高身長に加え、引き締った体付き。ダークグレーのジャケットで着飾った様は正しく貴公子然としたもの。しかし、整った容姿に反するように態度は親しみに欠け、顔には仏頂面を浮かべている。

 

 不機嫌なのかと彼の人となりを知らない者は誤解するが、これが彼―――英国に住まう神殺し(カンピオーネ)黒王子(ブラックプリンス)アレクサンドル・ガスコインの地顔である。

 

「それで、本日はどのような用件でこちらに? 急用とのことですが、察するにまた騒ぎの火種を置きに来たのでしょう?」

 

 その勝ち誇ったような反応に微かにムッとしながら優美な態度で毒を吐くアリス。

 

「……毎度、俺が騒ぎと混乱を齎しているかのような言い様は心外だな。少なくとも貴様もその類の人間だろうが。違うのは堂々とするか隠れてするかの誤差でしかない」

 

()とつける辺り少なからず自覚はあったのですね。少しだけ驚きました」

 

 アレクの返しにわざとらしく口に手を当てて反応してみれば、案の定、苦虫を潰したような表情をアレクが浮かべる―――アリス・オブ・ナヴァールとアレクサンドル・ガスコイン。両者の関係を一言で述べるならば政敵だ。

 

 ともに英国に拠点を構え、組織を構える長。最もアリスの方は立場を引いて久しいが、その功績と発言力は引いた今でも健在である。そして同じく組織の長として頂点にありながら同時に世界で七人しか居ない神殺しであるアレクの方もまた然り。

 

 通常、神殺しであるアレクと敵対などして無事で居られるはずがない。力比べをすれば神殺しに勝ることなどそれこそ同族かまつろわぬ神ぐらいしか出来ないことだからだ。だからこそ、二人の戦いとは必然、政治になる。

 

 武力を持って立ち塞ぐのではなく、政治、駆け引き、交渉―――時として武力も交えつつ知略を労して、多面的に対抗する。それがアリスとアレクの戦いであった。

 

 そういった意味で今回は完全にアリス不利での戦いになっている。察した通り、アレクが何らかの情報を得て、それを元にアリスの下にこうして現れたであろうことに疑いは無いが如何せんその内容に心当たりがない。情報の不利はそのまま交渉の不利に繋がる……今回は骨が折れそうだと内心構えるアリスだが、どうやら先方は今回、戦うつもりはないらしく呆気なく情報を披露した。

 

「例の神祖が動いた……どうも共に『まつろわぬ神』を連れてな」

 

「まあ、それは実に嵐の前の前触れといった情報ですね」

 

「まったくだ。流石にまつろわぬ神を伴っていたとなると接近は難しかったらしいが、場所の特定は済んでいる、ジョージア。カスカフ山脈の膝下だ」

 

「ジョージア……ですか」

 

 ジョージアは南コーカサス……アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアと三国括りで呼ばれる国の一つで、古来から多くの民族が入り乱れた国である。日本だとジョージアよりもグルジアの方が聞き覚えがあるかもしれない。一度はロシアがソビエト時代に連邦構成国として組み込まれていたが、その後、独立した国で、日本ではグルジアの名の方が親しいかも知れない。ワイン産業が盛んであり、古くから他民族入り乱れたことで多くの伝承、信仰が息づくコーカサス山脈の膝下の国だ。

 

「狙いは知らんが、碌なことにはならないだろうな。アジアとヨーロッパの折衝地点。数多くの民族とそれによって流れた神話が息づく土地だ」

 

「キリスト教、イスラム教は勿論、ギリシャ神話の舞台となったり、過去には宗教争いでゾロアスター教もキリスト教と凌ぎを削った土地です」

 

「インド・ヨーロッパ語族は勿論のことコーカサス諸語系、チュルク語族系と民族系譜も豊かだ。特にインド・ヨーロッパ語族は……コーカサス地方ではバルト・スラヴ語派に派形する」

 

「スラヴ系、農耕スキタイの系譜……ですか」

 

「ああ、スキタイの系譜だ」

 

 遊牧民族スキタイ、或いは騎馬民族スキタイとも呼ばれるこの民族は知っての通り、《鋼》の発祥と伝播に深く関わっている。

 

「コーカサス地方は入り組んでいるからな。南と北でそれぞれ違う発展をしている。南はカスピ海を望む平原の遊牧系民族が、北は山岳地帯を中心にイラン系、テュルク系が発展した」

 

「彼女が絡んでいる以上、恐らく狙いは《鋼》でしょうが、さて……」

 

 一度言葉を切り紅茶を口に含んで一息吐く。その間もアリスの脳内では情報の整理が成されていた。神祖グィネヴィアの狙い……『最後の王』と呼ばれる最強の《鋼》の復活こそが悲願ならばジョージアに足を運んだのは何らかの足跡を見出したからだろう。しかし、それだけでは対象を絞りきれない。言ったようにジョージア含むコーカサス地方は多数の民族が入り乱れており、必然的に神話・宗教もその数だけ多くある。

 

 すると、特定が難しくなるのだ。《鋼》の特性から軍神・戦神の類だろうが、まさか《鋼》の発祥に深く関わるアーレスでも召喚するつもりなのだろうか? ならば『最後の王』の正体がギリシャ神話に名高きアーレス? 在り得ない話ではないが、可能性はゼロに近いほど低いだろう。

 

「もう一つ気になる点として彼女と共に行動しているという『まつろわぬ神』です。如何に神祖とはいえ、彼らの性質を考えるに大人しく従っているとは到底思えませんが……或いは今回の騒動、そちらの方が関係しているのか。アレクサンドルは何か掴んでいて?」

 

「……そちらに関しては何も。同行しているのは間違いないが、それがどんな神かは何も掴んではいない」

 

「まあ、そうでしょうね。そこまで踏み込めば流石に気付かれてしまうでしょうし……太陽神などの目が良い神でしたらもしくは、そもそも此度の一件が判明する前に物理的にもみ消された可能性が高いですから寧ろ、『まつろわぬ神』が同行しているという情報を得られている時点でこれ以上を望むのは我が侭ですか」

 

「ただ状況証拠としてあの女が動いたというより例の『まつろわぬ神』があの女に何かを齎した可能性の方が高いと考えられる。その場合、目的を探るには『まつろわぬ神』の方を探った方が早いだろう」

 

「そうですが……ああ、なるほど。それで私にも態々情報を齎したのですか」

 

 胸に秘めた突っ掛かりが取れて納得の表情をするアリス。アレクを代表格に興味と好奇心と闘争心の趣くまま火種に向って独走する気質が多かれ少なかれどの神殺しにも存在する。取り分けアレクは自身の掴んだ情報と嗅覚を元に部下すら放り出して目的に遁走する。ゆえに今度の一件もアリスに接触するよりもさっさとグィネヴィアが向かったというジョージアに走る方がらしいと考えていたのだが……。

 

 どうやら先方の目的は『まつろわぬ神』の正体、ひいてはアリスの『霊視』を頼りに来たということだ。

 

「しかしこれだけの情報で見るのは難しいかと。それにそもそも『霊視』は見ようと思って見れるものではありませんし……」

 

「フン、だろうな。それぐらいの知識は弁えている。そちらはせいぜい聞ければ良い程度だ。俺が此処に足を運んだのは暫く此処を空けるからだ」

 

「……アレクサンドル、他に何か掴んで、いえ思い当たるところがあるのですね?」

 

 その言葉は疑問系だったが、殆ど断定するような口調でアリスは言う。というのも目ざとい目の前の男のことだ。空けるというならば掴んでいなくとも思い当たる節はあるのだろう。『まつろわぬ神』の方か、はたまたグィネヴィアの方か。

 

「何、昔『魔導の杯』が東方由来(・・・・)の品である、という仮説を耳にしてな。それで思い出したことがあった。俺の推測通りならばあの女の狙いは恐らく最源流の鋼だ。恐らく例のアーサー王から見出したのだろうが……だとするならばあの女のついでに『聖杯』の正体についても掴めるかもしれん―――騎馬民族スキタイに拘るのではなくスキタイ人と広義的に見れば、なるほど別の見方も見えてくる」

 

 そういって獰猛に嗤うアレクサンドル。その瞳には多大な興味と好奇心があった―――闘争に熱を上げるのが他の神殺しならば己が興味と好奇心が趣くまま混乱と混沌を齎すのがアレクサンドルの神殺しとしての由縁なのだから。

 

「―――ああ、有事の際はアイツを頼れ。出来の悪い生徒ではあるが、守戦とあれば右に出るものは居ないだろう。少なくとも他の連中よりかは役に立つ」

 

 その言葉を最後に黒王子は神速と化した。彼の王としての気質、怪盗という側面を現すが如き神出鬼没の権能《電光石火(ブラック・ライトニング)》。堕天使レミエルより簒奪した権能を以って、アレクはゴドウィン家から、否、英国から速やかに離脱していく。

 

「……相変らずですこと」

 

 用件だけ伝えてさっさと行動する。基本、周りにお構いなしなのは他の神殺しと遜色が無い。残した情報少なくこれではアレクと同じく自らの考察でことに当たらなくてはいけない。とはいえ、心当たりはある、いや出来た。少なくとも此度の件で必要なカードは帰り際のアレクが十分に残していったからだ。

 

 後は対応を考えるだけだが、とそこまで考えてアリスはアレクが最後に言い残した言葉を思い出して苦笑する。

 

「それにしてもアレクサンドル。貴方達の関係は私から見るに『教師』と『生徒』というより、『先輩』と『後輩』の方が的を射てると思いますよ? 今まで会った王の中でも取り分け貴方達の気質は似通っていますから、興味外のことには無関心な所や面倒見が妙に良い所など、特に」

 

 最早、聞こえていないだろうことを確信しながら敢えてクスクスと去った男に声を掛けるアリス。脳裏に描くは少し前の光景、七人目の王が極東へ帰還する前の話だ。

 

「さて、こちらも事に当たらなくては行けませんね。まずはグィネヴィアについての詳細な情報を警戒から始めるべきでしょう。無いとは思いますが封印されたアーサー王の封を解きにかからないとも限りませんし、別の『まつろわぬ神』の襲撃に対する警戒も発せねば」

 

 既に議長を止めたとはいえ、未だ特別顧問として『賢人議会』の重役にあるアリスはその義務を果たすべく思考を切り替える。対策もそうだが、アレクの残した情報を元手に、今度の一件に関する考察もしなければなるまい。やる事は色々とある。だが、まあ……。

 

「いざとなれば……先輩に事の次第を丸投げされた後輩に依頼するとしましょうか」

 

 悪戯を考案する少女のようにその一言を付け加えて、アリスはお目付け役のエリクソンを呼び出し、各界への働きかけを始める……この数日後、『まつろわぬアーサー』と思わしき影が英国各地で確認されるようになり、一週間後。丸投げされたという後輩は事の次第に当たるため英国へと渡英するのであった―――。

 

 

 

 

「―――以上がこれまでの経緯です」

 

「…………本当に丸投げじゃねえか」

 

 後輩、もとい衛は実に楽しげに語るアリスの言葉が終わるなり、顔を引きつらせて言った。

 

「ええ、私としてもアレクサンドルの言う通りにして極東の王へ、苦労をかけることは心苦しかったのですが、何分、我々に頼れる王は他に居なく、ひいては我が国の王と《同盟》をなすもう一人の王を頼った次第にございます」

 

「せめて笑顔を隠せ、笑顔を」

 

「これは失礼をば」

 

 さり気無く全責任をアレクに丸投げしながらいけしゃあしゃあというアリス。こういうところを見ると、何故あの王と対等な関係に在れるのかがよく分かる。

 

「ともかく了解した。同盟者としての義務は果たそう。『まつろわぬ神』は俺が殺す……で? その肝心のターゲットはどういう状況だ。事の経緯は分かったが、肝心の神に関する情報がまだだ」

 

 アレクサンドルが英国を不在にしている経緯と事の発端は先の話でよく分かった。だが、今英国で確認されているアーサー王と思わしきまつろわぬ神に関しては聞いていない。衛の言葉にアリスは小さく頷き、一つ、資料を差し出した。

 

「これは……」

 

「例のまつろわぬ神が確認されている地域と今現在、我々の手元にある情報です」

 

 A4のプリントにはそれぞれ観測員が齎した情報と英国地図に乗っ取って確認地域の所在に関するデータが記載されていた。衛は素早く視線を走らせ、必要な情報だけ抜き出していく。

 

「……へえ」

 

「なんて書いてあったんですか?」

 

 衛が声を洩らすと隣の席から身を乗り出しながら桜花が問いかけてくる。それに合わせて桜花にも見えるよう資料を向ければ桜花もまた目をパチパチとさせながら声を発する。

 

「グランストンベリー、コーンフォール、ウェールズ……どれもアーサー王に縁のある土地ばかりですね」

 

「アーサー王の墓と考えられている修道院があるグランストンベリー。円卓があったと思われるセント・マイケルズ・マウント。魔術師マーリンが住んでいたと考えられるバージー島、ねえ。なあ、アリス嬢。思うにこれはアーサー王というよりは……」

 

 アーサー王縁の土地に関する話を思い出しながら視線をアリスに振ると暗に衛が示す可能性に関して、同意見とばかりにアリスも同調する。

 

「ええ。まるでその足跡を辿るかのような行動をしている、でしょう? 不確定ですが、かの王に縁のある神がアーサー王の足跡を辿っているとも考えられます。ただ一つ、分かっているのは光り輝く剣を携えた戦士然とした男がアーサー王縁の地に忽然と現れては消えるという行動を繰り返していることです」

 

光り輝く剣(・・・・・)、ね。素直に受け取れば紛れも無く黄金の剣、音に聞こえし最強の聖剣エクスカリバーである、となるんだろうが」

 

「流石に安直な発想というべきでしょう。少なくとも今日日アーサー王として伝わる『まつろわぬ神』は封印されています。破られた形跡はありませんし、可能性として同一の存在が顕現したと考えられなくもありませんが、可能性としては低いかと」

 

 同じ神が同じ時代に呼び込まれる。可能性としては無いに等しいが在り得ない話ではない。彼ら『まつろわぬ神』は神話自体が本体であるが故にその神話が消失しない限り、消滅しない。例え、神殺しという大偉業を遂げても彼らは生体として死んでも霊体として消えることはないのだ。

 

 ゆえに何かの弾みで同時代に同じ神が再び召喚されるという事例も過去にはあったらしい。だが、流石に同時に存在した事例は聞いたことが無い。

 

「殺すではなく封印と言う処置を取った以上、またも顕現するとは考え難いな。アリス嬢の考えは? 悪いが神話の考察は門外漢だ。アレク先輩ほど精通して無い」

 

「承知済みです。こちらも既に色々と調査を進めていますが、まだ名前に繋がりそうな発見は。剣の名が分かれば良いのですが……ただ気になる点が一つ」

 

「気になる点?」

 

「はい、これは調査員らが気付いたことらしいのですが、『まつろわぬ神』が出現した地域はその全てが高気温を記録しているのです。これは英国の気象を鑑みても異常と呼べる変化です。地方ごとに五度ほど、特にその姿が確認された場所では例年の気温と十数度の誤差が見られます」

 

「温暖化は高緯度ほど変化が効くらしいが……そこまではっきりと分かる異常気温だと十中八九『まつろわぬ神』が関わっていると分かりやすいな。ていうか、気温? 太陽神でも顕現したか?」

 

「円卓のサー・ガヴェイン卿が顕現しているというならば考えられなくもありませんが……ただアレクサンドルの事に偽りが無いならば、件の神は騎馬民族スキタイに関わり深い神です。《鋼》の特性を考えれば火に縁のある神でも不思議は在りません」

 

「なんであれ、今のところは正体に辿り着ける札は無いか。……アレク先輩め、思うところがあるならば予想する神の名ぐらい置いていっとけよ……」

 

「確信が無いと口にしたがりませんからね。予測段階で言葉に出すのを嫌ったのでしょう」

 

 衛とアリスは同時に嘆息した。共通の知り合いの困った気質に思わず息を吐く。

 

「先輩、体面とか気にするからなァ」

 

「貴方のように気にしすぎないのもどうかと思いますが。間違った解答を提示するのが許せないのでしょう。確信があれば、恐らく自慢げに講義してくれるかと」

 

「さらっと皮肉るなあアリス嬢……。ただ先輩のドヤ顔は目に浮かぶ」

 

「あ、あの衛さん。話が逸れていますよ?」

 

「姫様、心中お察ししますがその辺で」

 

 二人の話題が完全に関係の無い方向へと走り出しているのを桜花が申し訳なさげにエリクソンが冷静に口を挟む。

 

「おっと、失礼。ともかく『まつろわぬ神』に関しては分かった。次に出てきたら俺がやる。地球温暖化が騒がれる昨今だが、英国温暖化で熱中症患者が大量に出るのも忍びないし、アレク先輩のこともあるし、出たとこ勝負で対応するさ」

 

「よろしくお願いします。こちらも『まつろわぬ神』に関して調査を続けます。心当たりが無くもありませんしね」

 

「ん、アリス嬢も思うところが?」

 

「ええ、幾らか前にアーサー王の伝説に関するランスロットの考察で興味深いものがあったのを思い出しまして。今はそちらから追っています」

 

「ランスロット……? ……まあいいか、じゃあそっちの調査は任せた俺は『まつろわぬ神』に備える。資料を見るに今後、出没すると考えられている場所は絞られている見たいだしな」

 

 資料に書かれたカンブリア州……湖水地方で有名な土地の名を指で引いて衛は肩を竦めた。

 

「さて、じゃあ話も終わったことだし……俺はシャーロキアン、もといオズワルドの所に……」

 

「ええ、話も終わったことですし、本題に入りましょう(・・・・・・・・・)。そちらの女性についてお話を聞かせてもらっても?」

 

 席から立ち上がろうとした中腰姿勢で固まる衛。

 ニコニコと笑うアリス。

 

 静寂が、落ちる。

 

「……あ、あのすいません。自己紹介遅れました、私は桜花。姫凪桜花といいます。プリンセス・アリスの御噂はかねがね、我が王との会談が優先と思ったこととはいえ、こうして名乗り遅れたことを誠に……」

 

 何か別の受け取り方をしたらしい桜花が席を立ち丁寧に礼をする。その礼に柔らかい態度で返答するアリスだが、瞬間、瞳の奥に好奇心と言う名の獣が宿った。

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。桜花さん、とお呼びしても?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

「ふふ、では私のこともアリス、と。ところで桜花さん、我が王、ということは桜花さんは……」

 

「日本の呪術組織《正史編纂委員会》の重鎮の友人だ」

 

 アリスが何かを言う前に口を挟む衛。その瞳にはそれ以上聞くんじゃねえという神をも殺すプレッシャーが込められていた。エリクソンは密かに背筋が凍った。

 

 

「なるほど、そうでしたか……しかし意外ですね。親しい人間を除いて基本的に他人に無関心な貴方が国内組織の重役が友人とは言え、こうも傍に置いておくとは(意:ヘイユー! この娘とは一体どんなご関係で?)」

 

「政治は面倒くさいが俺だってある程度は仕切るさ。無関心には無関心だが、無辜の民を見殺しにするほど俺は冷血漢じゃないよ(意:向こうの組織を仲間外れにしないための人員だぜ。他意はないぜ)」

 

「ほうほう、では。桜花さんとは政治上のご関係で(意:本当に面子のための人員なのですか)」

 

「ああ、そういった意味では政治上の関係だな(意:交際すると(そういった意味では)政治的に重要人物になるので政治上の関係といえば関係だよ、嘘は言っていない)」

 

「そうですか。立場が立場とはいえ桜花さんも大変ではありませんか?(意:馬脚を露わすならこっちから落す)」

 

「いえ! 全然! 寧ろ色々と面倒を見てもらっていますし(意:英国行きの旅費とか、自身の立場を知った上での対応とか)」

 

「そうですか色々と面倒(・・・・・)を。例えばどういった?(意:キャーキャー! 面倒! 面倒を見てもらっているですって!!)」

 

「例えば、ですか……そうですね、同棲にも関わらず―――」

 

 

「オッケ! 分かったアリス嬢! 遠回しじゃなくて正面から来いやァ!」

 

「はい! では、ぶっちゃけお二人はどのようなご関係で!? 見るにとてもとても親しいご様子で!」

 

「遠慮もねえし楽しそうだなァ! この耳年増(デバガメ)!」

 

 逃げられないと早急に悟った衛がやけっぱちに問うとノータイムで楽しげに質問を投げかけてくるアリス。神殺しのプレッシャーを物ともせず、他人の恋愛事情に踏み込むは、流石は賢人議会特別顧問、音に聞こえし、プリンセス・アリスといった所か。傍でエリクソンが青い顔をしているのも気にせず、好奇心に身を任せた結果、望みの答えを引き出した。

 

「それでご返答は如何に?」

 

「恋人だけど? 戦いでも頼れる俺の相棒だけど? 文句あるかこの野郎」

 

「やはりそうだと思いましたわ!」

 

「ハッハー! ざまあみろアリス嬢! ニート王だとか堕落王だとか好き勝手ダメ人間呼ばわりしてくれたが社会的勝者の代名詞たる恋人を掴んでやったぞゴラァ! 見ろやこの大和撫子な和風美人を! そのまま耳年増のまま伴侶無き三十路の海に沈みやがれ」

 

「ええ、羨ましい限りですわ。ただ恋人の方には少しばかり同情を禁じえませんね。アレクサンドルと似通って貴方もベクトルの違いはあれど同じ穴のロクデナシ。これからのご苦労を考えれば……自然と涙が」

 

「なんだとこの野郎ー!」

 

 堅苦しい話題が終わるなり雰囲気も台無しに話す二人。苦手な恋愛方面の話題をそれも自身で「この人、俺の恋人です」発言するハメになった衛は半ば自棄気味に言い、そんな衛をニヤニヤしながら経験と達者な口で恋愛事情を引き出すアリス。両者とも此処が高級料理店であることを忘れている。本来ならば諌めるべき立ち位置の二人がこの場に同席しているのだが……。

 

「び、美人、ですか。そうですか……」

 

 片方は顔を赤くし、何が熱いのかソッポを向いて手で顔を扇ぎ、

 

「神殺しでも恋人……伴侶無き……三十路…………」

 

 片方は蒼かった顔を灰のように白くして胸を抑えてブツブツ言う。

 

 それぞれ別の理由で戦闘不能になった諌める立場の副官無き二人はそのまま場所も弁えず街角のおばさんが話題に取りそうな他人の恋愛事情と言う話題で盛り上がる。話の流れも、店の雰囲気も台無しに、話題そのままに喋り耽る二人、結局、話が終わり、この場を後にしたのは日が沈む寸前のことだったという―――。




クリスマスだから、ちょいキャラ崩してふざけて見た。
演出過度なだけでキャラクターは間違えてないからセーフだと私は思っている。
深窓令嬢なアリスを見たい人は、取り合えず諦めよう。

ところでクリスマスはキリストの誕生日でね!?
(非リアの聖夜とかいうクソイベに対する常套句)

怒りの日、終末の時! 天地万物は(ry


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その英雄の名は……

今年ももうすぐ終わりですね。
なんか感覚的に数ヶ月で過ぎ去った気がしますが……。

作者的に年中最後のイベントといえば大晦日じゃなくて、星空めておの新作Fateですね。実に楽しみです。




 パブ―――といえば、日本では良いイメージをあまり抱けないが、英国においてパブとは言ってしまえば市民が集まる憩いの場、酒場であった。

 

 十八世紀から十九世紀において発達したそれは「公共の家」という側面を持ち、禁酒運動が盛んになったヴィクトリア時代においても市民はここに集まり、人々と語り合ったり、或いは店内に配置された大型テレビ目当てに訪れたりしたという。

 

 コーヒー・ハウスが当初は貴族のような地位の高い人物らの憩いの場所となったのであれば、こちらは市民、一般階級の人間の憩いの場であった。実際、酒場と言っても現在では簡単な食事が取れるところもあれば、キッズルームと子供向けの部屋まで完備するパブもある。

 

 パディントンからバスに揺られて離れること約二十分。高級レストランやブティックが軒を連ねるロンドン屈指の高級街メイフェア、そのグローブナー・ストリートにその店はあった。

 

 クラシックな雰囲気の店内には、店主が属する組織のリーダーが好む、かの音楽の父バッハ作曲のG線上のアリアが流れている。雰囲気、音楽がため、パブと言うよりそれこそ貴族集うコーヒー・ハウスかバーのような内装だが、高級店にありがちな気後れするような圧は無く、寧ろ心安らぐような穏やかな時間が流れていた。

 

 酒場的にはこれからという時間帯にも関わらず「closed」の看板が掲げられた店内には五十代半ばを思わせる初老の男が一人、閉店しているはずの店内に立っている。

 

 ふと、男が顔を上げる。すると同時に閉店しているはずの店内に来客を知らせるベルが鳴り響いた。

 

「―――これはこれは。予想よりやや遅いお越しですな。我らが王よ」

 

「今回の一件に関する話を先に聞いてきたからな。あと、アリス嬢との雑談。どっちかっていうと後者の方が時間を取られたが……」

 

「成る程、アリス嬢がお相手でしたか。ご夕食のほどはそちらで?」

 

「軽くは喰ったがまだだ。なんかあったらくれると有り難い」

 

「では、簡単なものを少々」

 

 初老の男……店主オズワルド・クライスは来店した客、衛の言葉に奥のキッチンに引っ込む。店主と馴れたやり取りをしながら入店した衛の方は落ち着きなさげに店内を見渡す桜花を先導して適当な席に着席した。

 

「あの衛さん、此処は……?」

 

 おずおずと問いかける桜花。特に衛から説明も無いまま訪れたため、状況が飲み込めていないのだろう。対して衛は「ああ」と、さも言い忘れていたという調子でその疑問に言葉を返す。

 

「今日の夕食所兼暫くの止まり木。此処はオズ……『女神の腕』幹部が店主を勤めている店でな。俺が英国に居た間、住んでいた場所だ」

 

「衛さんの組織……『女神の腕』ですか」

 

「そ、言ったろ。うちは手広くメンバーがいるんでね。まあ、俺も気付いたら、だったけど。元々は今はクレタ島に住んでるテオと中国の雪と蓮とで作ったサークルだったんだが、その後に此処の店主、オズとフランスのシャルルとかが合流してと、気付けば多国籍数百人が所属するサークルに変貌していたのさ」

 

「寧ろ、気付いたらでよくそこまでの組織になりましたね……」

 

「俺もそう思う。思えば中学の時、深夜テンションで中東のゲーム大会にカチコミ行くぞコラァというテンションで外国の大会にも参加するようになった辺りからオカシクなった。まさか最終的に魔術サークルになるとは俺も予想外だったぜ……」

 

「中学生の頃ですか……」

 

 本人が深夜テンションで言うからには本当にノリと気分だけで突撃していったのだろう。衛はこう見えて、学校の成績は上位に位置する。中学校の頃から桜花が知るとおりの衛のままなら恐らく英語は日常会話程度には出来るはずだ。

 

 だが、それを鑑みてもよくもまあ見ず知らずの外国、それも中東という日本人には縁の少ない土地に突撃しようと思えたものだ。神殺しとしての片鱗が何となく垣間見えた気がした。

 

「思い立ったが吉日ってな。世界遺産とか有名どころは割りとそんな感じで一通り回ったな。日本に落ち着いたのは割りと最近なんだぜ……って言ってももう二年は経つか?」

 

 指を折りながら記憶を衛が辿りだすと丁度キッチンから料理が盛られた皿を手にオズワルドが懐かしげに同調しながら現れる。

 

「ですな。しかし、私としては昨日の出来事のようですよ。何せ、在英中も随分と暴れまわっていましたからな。老骨には中々堪えましたよ?」

 

「抜かせ英国紳士。若い頃は随分そっちもヤンチャしてたんだろ。知ってんだぞ」

 

「はっはっは、昔のことですな」

 

 調子良さ気に言いながらテーブルに皿を並べるオズワルド。その美味しそうな料理に……ふと、桜花は大変失礼ながら英国に関する醜聞を思い出す。

 

「ふむ、イギリスの料理は不味いという話ですかな?」

 

「え?」

 

「顔に書いてありましたから」

 

 歳の功という奴か。僅かに動いた表情の機微から桜花が思ったことを感じ取ったオズワルドに驚きながらも桜花はバツが悪そうに謝る。

 

「あ、その、すいません……」

 

「いえいえ、大概、外国人の皆が思うことですし、自虐として自分らから言う時もありますので構いませんとも。それに対面のお方などは真正面から口に出しておっしゃっていましたし」

 

 ハッとして対面の席に座る衛を見ると、馴れた調子でナイフとフォークを操りながらローストビーフを一口大に切り分けながらパクつく衛は、

 

「……いや、実際俺も来るまではフィッシュ&チップス以外クソ不味い飯ばかりだと思ってたんだよ」

 

 ばっさりと本音で言い切った。オズワルドはさも愉快気に笑っている。

 

「この調子でしたので。本当に特に気にもしていませんとも。誰もがとはいいませんが英国人は皆料理に関しては面倒くさがり屋でしてね。確かに英国料理は不味いという話は嘘では無いんですよ」

 

「そうなんですか……ですが、この料理は美味しいです」

 

「それはそれは、お口にあったようで幸いですな」

 

「まあ、オズは料理好きが行き過ぎてイタリアだのフランスだので料理の修業積んでるしな。元は政府直轄のエージェントだってのに全然見えないだろ?」

 

「え、エージェント……ですか?」

 

「因みに魔術方面じゃない方。ガチの奴な」

 

 ニヤニヤとしながら言う衛に桜花は思わず穏やかな表情を浮かべる初老の男の顔を見る。オズワルドは軽く肩を竦めながら、

 

「昔の事ですよ。それに後ろ暗いマネはしておりません。ただ、市民の声を聞いてそれを上司に報告する、そういったことをしていただけですよ」

 

「それ人は諜報と言う」

 

 ははは、と笑う二人。話の内容は割りとシャレになっていないが、こうしてパブを経営している以上、本当に昔の話なのだろう。最も今は『女神の腕』に所属している辺り、果たして昔の話といえるかどうかは微妙であるが。

 

「と、お嬢さんには自己紹介がまだでしたな。私はオズワルド・クライス、しがない店の店主にございます。親しい者にはオズと呼ばれております。どうぞ、宜しくお願いいたします」

 

「私は桜花、姫凪桜花です。初めましてオズワルドさん……あ、桜花が名前の方で……」

 

「はは、大丈夫ですよ。そこのお方や蓮殿と日本人にも知り合いは多いので。しかし、ふむ」

 

「……えっと?」

 

「いやさ。人とは案外分からぬものだと思いまして。まさか親しい以上の領域に衛様が人を寄せ付けるとは……やはり分からぬものですな、恋とは」

 

「……ゲホ!? ゴッホ……!」

 

 オズワルドが感慨深げに言うや否や衛が咽る。

 

「おや、衛殿。どうしました?」

 

「どうしましたじゃねえよいきなり何を言いやがる?」

 

「思ったことを口にしたまでですよ。衛様は身内に甘い割にはその実、あまり近親に人を寄せ付けませんから。蓮殿も雪殿も私も暗黙として指摘してきませんでしたが……」

 

「……否定はしない」

 

 衛は野菜を口に含みながらそっぽを向く。少なくとも本人にも自覚があるところなのだろう。そのことに関しては桜花も思うところあるらしく神妙な顔をしている。

 

 如何な事情があるかは分からないが、どうにもこの少年は親しいもの、というより身内に位置する人間ほど口では身内といいつつ人を遠ざける傾向がある。桜花が二年もの期間親しい位地に居たにも関わらず中々踏み込めなかった理由として両者の勇気もそうだが、衛のこの気質が少なからず影響していた。

 

「その内気が向いたら話すさ。それよりオズ、俺が使っていた部屋は空いてるか?」

 

「ええ。来ると分かっていたので掃除もして置きましたよ。暫く此処に居坐るのでしょう?」

 

「まあな。アリス嬢の依頼を完遂するまでは……あ、後」

 

「桜花嬢の分の部屋も空けておりますよ。一応、妻に頼んで必要そうなものは一通り揃えております」

 

「ん、助かる」

 

 触れられたくないのか露骨に話題を逸らした衛にオズワルドは合わせる。流石に付き合いが長いだけあって敏感だった。人には誰しも触れられたく無い領域があるもの。仮に踏み込むものがいるとするならばそれはオズワルドではないのだろう。

 

「そういえば……此処に泊まるという話ですけど、それは一体……?」

 

 と、此処に至るまで詳しい説明を受けていない桜花が小首を傾げながら問いかける。その質問にはオズワルドが答えていた。

 

「元々、此処は小さなホテルでしたから。一階はこの通り私の店に改装させて貰いましたが二、三階は手付かずでして。私の家は別にありますから衛様含む他メンバーがよく空き部屋を宿代わりにしていっているのですよ」

 

「そういうこと。いやあ、メイフェアでただ宿が使えるって中々豪華な話だろ?」

 

「そういう話でしたか……衛さん共々暫くお世話になります」

 

「はは、気が済むまで好きに使ってくだされ」

 

 ペコリと丁寧にお辞儀する桜花にオズワルドが軽やかに応じる。

 

 

 

 挨拶も済ませ食事をしながら雑談交じりに半刻に満たない時間を食事で潰し、一通り食事を終えた頃に、ふと、衛はカウンターでグラスを磨くオズワルドに向き直り、問うた。

 

「―――時にオズ。俺が英国に訪れた用件はもう知ってるな」

 

「ええ。蓮殿から一通り。こちらもこちらで調べを進めておりますよ」

 

「なら丁度いい。把握している範囲で聞かせてくれ」

 

「といってもこちらも『賢人議会』の皆様と持ち得る情報は変わらないと判断いたしますが、ご指名とあれば是非もありますまい」

 

 衛の言葉にオズワルドは一回、手に持つグラスを置き、カウンターに備わった引き出しから資料を取り出すとその内容を読み上げた。

 

「知っての通り我が英国には現在アーサー王と思われる『まつろわぬ神』が出現しております。かの王縁の地を放浪している点。光り輝く剣と恐らくは火、太陽にまつわる特徴からアーサー王では無いにせよ《鋼》の特徴と一致することから何らかの武神、英雄神であることは間違いないでしょう」

 

「『賢人議会』曰く、次の予想出現地域はカンブリア州らしいが?」

 

「はい、候補は他にもありますが、今のところそこが有力な場所だと思われます。カンブリア州の最北部に位置する村、ブラフ・バイ・サンズはアーサー王の墓の候補地ですから」

 

「……そういえばアーサー王の墓は厳密な位置が特定されていないんでしたね」

 

 オズワルドの説明に桜花が思い出したように言う。伝説に名高いアーサー王だが、その死地、所謂アヴァロンについては正確な位置が不明なのだ。最有力説はグラストンベリーだが、他にもそうと思われる地は英国中に点々としている。

 

「他にも候補地は幾つかあるのですが、今はカンブリア州の候補地が有力ですな」

 

「その心は?」

 

「仮にアーサー王と目されている存在がアーサー王を探している(・・・・・・・・・・・)ならカンブリア州の可能性が高いという話です。何せ此処は黒王子殿の宿敵が元住処としてあった場所ですので、かの王とアーサー王との戦闘の残滓が色濃く残っているこの地ならば一度訪れても不思議ではないでしょう」

 

 ―――件のまつろわぬ神の行動から推測できることが二つある。一つはそのモノが紛れも無くアーサー王である可能性。もう一つは件の王がアーサー王を探す何らかのまつろわぬ神の可能性だ。発見当初は前者が可能性として高かったが、初の確認から行動を見るに今は『賢人議会』も含め、後者の可能性を推す声も少なくない。

 

 そして、まるでアーサー王を探すかのごとく、かの王縁の地を趣くさまはそれを裏付けるかのようだった。『女神の腕』もまた、その後者の説を推していた。

 

「ああ、例のグィネヴィアとかいう。……因みにその神祖殿の足取りは?」

 

「不明です。ただ少なくとも我らと『賢人議会』の監視網に引っ掛かった様子は無いので英国に渡英している可能性は少ないでしょう」

 

「となるとやっぱり例のまつろわぬ神は単独か。まあ、連中を御することができるはずないから順当だな。とはいえ、警戒はしておいてくれ。件の神祖にはアレク先輩も随分と手を焼かされているらしいし」

 

「御意に」

 

 衛が引き続きの警戒を促すとオズワルドが家臣の如く礼を取る。

 

「―――しかし、全くお役に立っていない身としては申し訳ありませんが、情報が少ないとなるとやはり初見での戦が強いられるみたいですね」

 

 『賢人議会』に引き続き『女神の腕』により収集された情報を聞いて、桜花が嘆息しながら呟く。気まぐれな天災と称すること出来るまつろわぬ神はその気質から偶発的な戦闘になりやすい。ダヌの例もそうだが、事前情報ゼロからの戦いもそう珍しい話ではないのだが、だからといって情報があるのと無いのとではやはり気の持ち方も変わる。

 

 こうして戦いまでに期間があるのならば少しでも情報を得れた方が少なからず戦の運びも有利に働くはずである。そういった意味で、残念だと桜花は言ったのだが、オズワルドは微笑を浮かべて首を振った。

 

「いえ、情報ならまだありますよ。件のまつろわぬ神に関してです、かの神の渡英以前(・・・・)の行動についてです」

 

「何?」

 

 オズワルドの言葉に衛が眉を顰める。今回の件、曰く神祖グィネヴィアの暗躍が事の発端となったらしい話はアリスから得ていたが……まさか。

 

「待て。アーサー王と目されているまつろわぬ神は英国で出現したんじゃないのか?」

 

「ええ、そのようで。『女神の腕』の情報で最初に確認された地域はフランスです」

 

「フランス……?」

 

「はい、それからもう一つ興味深い情報が。英国各地で確認されている異常気温ですが、同様の現象がフランス各所で見受けられるそうです。特に……ブルターニュ、ノルマンディー、アキテーヌ、ペイ・ド・ラ・ロワールは英国と同じく全体で五度。一部は数十度を越える温暖地域が発生しているそうです」

 

「もしかして、ジョージアから直接来たのか? だが、それならば他の地域で既に『女神の腕』が気付いているはず。それに『賢人議会』の耳もある。それが英国で確認されるまで誰も感知できなかった?」

 

 今回の件、そもそもの発端であるグィネヴィアはジョージアに居るとされる普通に考え、彼女が動き、アレクが動いた後に英国にまつろわぬ神が現れた以上、一連の件は繋がっていることに疑いは無い。しかし、まつろわぬ神が現れ、少なくない影響をもたらしているのは英国で、確認されたのも英国だ。

 

 冷静に考えればジョージアが事の発端であることに否は無い。アレクもまた騎馬民族スキタイに縁のある存在がアーサー王と思わしき、もとい『最後の王』に関連のある神だと暗示しているのだ。普通に考えてジョージアで蘇えったまつろわぬ神が英国に渡英して各地に現れているものだと考えられるが。

 

 そもそも英国で確認されるまでアーサー王と思わしき存在は何処にも確認されていなかった。それこそ優れたネットワークを持つ両組織の情報網にも。

 

「てっきり英国で出現したまつろわぬ神だと思っていたが、冷静に考えればジョージアで暗躍した結果がこれならば外来の神と考えるのが当然だな。アーサー王の名前に当てられて英国で出現したものとばかり……」

 

 だが、そうにしても何故フランスなのだろうか。仮にジョージアにて目覚め、英国へと向ってきたならば目撃例がないのも解せないが、どうしてフランスにも姿を見せた? 或いは英国と同じく、フランスに立ち寄る理由があったというのか……。

 

“それをいうならば何故、ジョージアで目覚めたまつろわぬ神が態々、英国に向ってきた?”

 

 もとよりこの手の推測はアレクやアリスの領分なのだが、確かに衛をして今回の一件解せない点が多くあるのも事実。思わず衛は冷静になって立ちかえり考えて……ふと、先ほどから桜花が黙り込んでいるのに気付く、いや黙り込むとは語弊があった。

 

「桜花?」

 

「ブルターニュ、ノルマンディー、アキテーヌ……ペイ・ド・ラ・ロワール? いえ、確かペイ・ド・ラ・ロワールにはメーヌ=エ=ロワール、旧アンジューが位置する場所のはず、だったら……」

 

「……桜花殿?」

 

「そう、確か……シャルルマーニュ伝説に語られる英雄が駆け回った戦場にはアンジュー、ブルターニュ、ノルマンディー、アキテーヌが含まれていたはず……衛さん! オズワルドさん!」

 

「お、おう?」

 

「……ふむ、何か思い当たるところが?」

 

 ぶつぶつと何事かを呟いていると思いきや唐突に声を張る桜花に衛は思わず仰け反りながら応え、オズワルドは静かに質問を待つ。

 

「はい。お二人に聞きたいのですが……デュランダル、古くはトロイア戦争の英雄にまで起源を遡る英雄が携える聖剣はご存知ですか?」

 

「デュランダル……っていうと確か……フランス版のエクスカリバーみたいな奴だったか?」

 

「武勲詩に登場する絶断の剣ですな。曰く、あらゆるものを断ち切り、終ぞ携えていた英雄がその末期に剣を手折ろうとして尚折れなかった天使より与えられた聖剣だとか、確かシャルルマーニュ王が保有し、後に英雄ローランに与えられた剣であるとか」

 

 『ローランの詩』という武勲詩がこの世には存在している。曰く、フランス王シャルルマーニュに仕えた十二人の勇士、その一人であり勇士随一の聖騎士ローランの活躍について語っているのがこの『ローランの詩』であった。

 

 またローランは所によってはオルランドと呼び名を変え、細部こそ異なれど別の地域でもその勇名を轟かせる。その身は金剛石より固く、携える剣は絶世の聖剣。正にフランスを代表する英雄である。

 

 しかし、唐突にそれがどうしたというのだろうか? 衛がローランについての話を聞いて尚、首を傾げているとオズワルドの方が得心がいったという風に頷いている。すると、衛がイマイチ分かっていないことに気付いた桜花が説明する。

 

「先ほどオズワルドさんが挙げたフランスの異変が起きている土地は、かつてローランが駆け巡った戦場、その舞台となった地域なんです」

 

「……ほう。つまり件のまつろわぬ神はアーサー王のみならず、そのローランって英雄の残滓も辿っていたということか?」

 

「はい。さらに付け加えるならばアーサー王とローランは無関係の存在ではありません。一説には両者は同じ起源を持つ聖剣伝説ではないかと語られることもあるそうです」

 

「エクスカリバーとデュランダル。保持者に絶大な武勲を齎し、末期に両者が破棄しようとした点まで類似しておりますからな。エクスカリバーは湖の乙女に返却されましたが……しかし、ふむ。そうなると件のまつろわぬ神はローランの縁の地にも足を運んでいたことになる……これは興味深い情報だ」

 

 桜花によって齎された新たな発見にオズワルドは感心したように頷き、衛は考え込む。新たに判明した事実に桜花は更に付け加えた。

 

「少なくともアーサー王と同じくローランにもまた追うべき目的があったのでしょう。そして理由として有力なものが一つ……」

 

「聖剣伝説か?」

 

「それともう一つ、同一の起源です」

 

「……つまりこういうことですかな? アーサー王とローラン。その両英雄に共通する事項に此度のまつろわぬ神は目的とするところがあり、その共通するところとして挙げられるのが聖剣伝説と同一の起源」

 

「はい、そして起源に関してですが有力説にケルト神話の派形と言うものがあります」

 

「ふむ、アーサー王は勿論、ローランの詩はブルターニュ……ケルト圏が発祥でしたか、そうなるともしやアーサー王とローラン、この両者共通の起源こそが此度のまつろわぬ神の正体ですかな?」

 

 桜花の言葉によって進展した推測に結論を述べるよう言うオズワルド。その推測は事の真実を述べるようではあったが、肝心な部分が異なっていた。そして衛がそれを指摘する。

 

「違うな。今回のまつろわぬ神は少なくともジョージアで現れたはずだ。そもそも神祖グィネヴィアはそこに向ったし、そうして『最後の王』と考えられる《鋼》は目を覚ましたはず、それにアレク先輩が裏付けるように件のまつろわぬ神が騎馬民族スキタイに起源を持つといった」

 

「では、その推測が間違っていたとしたらどうですかな?」

 

「アレク先輩に関してはありえないな。口に出した以上、幾らか確信があったのには違いない。とはいえ、桜花の推測も興味深いから……」

 

「まとめると……アーサー王とローランに共通する聖剣伝説、そしてその起源となったジョージア付近を発端とする《鋼》の英雄、それこそが今回のまつろわぬ神の正体であると」

 

「ああ、そういうことだろ……意外と考えてみるもんだ、中々絞り込めたな」

 

「ええ。桜花殿のお蔭ですな。いやはや流石は我らが王の女王殿というべきか」

 

「い、いえそんな。そもそも『女神の腕』の情報から思っただけで………って女王!? あの、いえ、私はその……!?」

 

 感心する二人から褒められ、あわあわと顔を畏まる桜花。加えて、オズワルドの思わぬ言葉に顔を赤くする。居心地の悪さに思わず衛の方へ目をやるが、

 

「いや、桜花のファインプレーだろ。俺はローランなんて知らなかったしな。ともかくナイスお手柄。流石は俺の相棒」

 

「う……その、お役に立てたなら光栄です」

 

 普段ならばこの手の話題にうろたえそうな衛までもが素直に微笑を浮かべながら褒めてきたため、桜花はいよいよ顔を真っ赤にして黙り込む。

 

「良し、話し込んで結構な夜時だが、オズワルド。悪いがさっそくアリス嬢に今の推測を伝えて置いてもらえるか? これだけ情報が揃えば『霊視』で名前を特定できるかもしれないからな。ともすれば意外と明日にでも決着をつけられるかもしれん」

 

「了解しました我らが王よ、ついでに『女神の腕』の方でも情報を共有して置きましょう。そちらから名前を特定することも出来るかもしれませんしな。……王らについては今日の所は休まれると宜しいでしょう。明日にでも決着をつけるというならば存分に英気を養ってくだされ」

 

「ん、じゃあそうさせて貰おうかな」

 

 オズワルドの言葉をきっかけに会議兼夕食はお開きとなった。オズワルドの齎した情報と桜花が齎した推測。この二つによってまつろわぬ神の正体が絞り込めた以上、明日にでも決着するかも知れない。いつでもまつろわぬ神と戦えるよう言うように英気を養っておくべきだろう。

 

 オズワルドからパブ二階にある英国在時に利用していた部屋の鍵と桜花のための部屋の鍵(三階部屋)を受け取りながら今日はお開きとなった。




注:どっかの後書きか前書きでもいった通り、私の作品の神話考察はあくまでそうも考えられるだけであって、事実性はあまり優先していないので信用はしないでね? キッチリ書籍とか読み漁っているので一応、間違いでもないはずですが……。

というわけで今回は考察回。《鋼》の正体についてでした。
考察といいつつ、殆ど答えを書いた気もしますが……。多少神話に詳しければもう分かった人もいるかと。

後はアレクが言っていた騎馬民族スキタイが広義的な意味合いの方という言葉から考えれば分かりやすいかな? 微妙なヒントの気もしますが。

まあこの手の神話謎解きは作者的には馴れない挑戦でしたので割りと楽しかったです。細部に違和感があるとは思いますがそこはそれ馴れていなかったということで一つ。いやあ、カンピオーネ二次を書いている他の作家さんには脱帽ですね(特に神話謎解きをやっている奴)

そんなわけで感想お待ちしております



あれ? 後書きを真面目に書いたのって久し振り?(愕然)

あ、後、待ちたくないけど誤字報告も待ってます。
……前回の誤字は頭が真っ白になったケド(アリス嬢の姓を間違うという致命的ミス)
ちゃんと確認しているはずなんだが……


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最源流の《鋼》

いよいよ明日は年末。
いやあ楽しみですねFate。自分は劇場版のブルーレイディスクをキッチリ保有してますが、それでも地上波で流れるとなると見たくなります。後、エルメ……コホン。

そんなこんなで恐らく今日が年内最後の投稿。
答え合わせの回。


 英国各地、またはフランス各地で見られる急激な気温の上昇。その原因は災いを憂う者が推測した通りに『彼』の仕業であった。だが、誤解すること無かれ、この災いは『彼』が意図して起こしたものではなかった。

 

 その身に灼熱と化す術を宿す『彼』は暴風となりてジョージアより遥かこの地を目指して飛んできた。結果として『彼』の暴風は熱波となり、『彼』が通り過ぎた地に異常な気温上昇を残滓として残してしまったのである。

 

 そこに意図は無く本人としては移動していただけ。しかし、その移動だけで尚、地球に、人々の生活に少なくない影響を及ぼしてしまうのは成る程、流石は『まつろわぬ神』の性と言ったところだろう。

 

 ―――英国の某所、上空。異常な暴風がそこに滞空していた。

 

「俺の過ごした時代、俺の駆け抜けた大地とは随分と様式が異なるな」

 

 眼下に広がる島国を見据えて静かに『彼』は呟いた。

 

「ところ変わればという奴か。だが納得はいく、海に閉ざされた島とあれば外界に興味を持つ者も現れよう。外に広がるは無限の可能性、ならば海に身を投げ、船を漕ぎ、彼方の黄金に夢想するは当然の摂理か」

 

 口元に小さく微笑が浮かぶ。そう、人には好奇心というものが根付いている。高い知能を有するがゆえ未知と言う事象に対して抱く不安とそれを拭うための本能。己が生存を望むがために好奇心と言う心は存在している。

 

「ゆえに興味の趣くまま、探求心が欲するがままに餓狼が如く知恵を奪う獣が現れるのは必然であったということか」

 

 脳裏に描くは太陽は過ぎ去る数回の時を経る前。目覚めて見えたのは雷を従える神性とその身を雷と化す王との戦いの幕。後者の王は己が目覚めるなり、大地を迷宮と化して早々に戦線を離脱していってしまったが、

 

「そういえば、かの王はこの地が出身と聞く。ならば合間見えることもあるかと思っていたが、ふむ……生憎の不在であったか。心行くまでの再戦が叶うとも思ったが」

 

 『彼』は己が何者かを知っている。ゆえにかの王が己が宿敵であることを悟っていた。あれなるは『獣』。我らまつろわぬ性を有するものらの宿敵であり、我が武の限りをぶつけるに値する大敵であると。

 

「まあいい。目下の目的は我が後裔。この国で俺と同じく剣にて武勲を立てた英雄。俺に及ぶかは知らぬが少なくとも俺と同じく剣を以って伝説を打ち立てたというならば相応の武芸は期待できるだろう。……俺と競い合えるほどに」

 

 その口調は静かであったが、壮絶な熱を孕んでいた。そう、我が身は《鋼》。まつろわぬ英雄なれば、その身に及ぶとされる武芸者に興味を持たぬはずが無い。それが最源流の神(・・・・・)の甘言であると分かっていても、内なる衝動を止められない。

 

「あれなる目的についても思うところがあるがね。どうやら俺の《鋼》を掠め取る算段らしいが、さてそうなると困ったな。俺は英雄に『獣』に加え、かの大神にすら挑まねばならぬらしい」

 

 口調こそ危ぶんでいるが、さも愉快とばかりな態度は危機感を大きく欠いている。しかしそれは慢心ではない。真実彼は英雄であり、《鋼》であり、戦士である。ならば身に降りかかる悉くの災厄は、試練の思し召しであり、その先にあるは戦士の栄光。何も恐れることなど無い。ただ挑み、打倒すれば良い。それこそが戦士の本懐、それを成すが英雄と言うものである。

 

「大敵は多く在って不足は無い。聞けば、今世には『獣』が八体もいるらしいではないか。英雄とやらと決着をつけた後は獣狩りと洒落込むのも面白いか? 或いはあの女が求めるという最強の《鋼》とやらを暴きたて心行くまで剣を競うも悪くは無い。ふふ、より取り見取りという奴かな」

 

 英雄に恐れは無い。如何な大敵。応とも掛かって来るが良い。尋常な戦の果てに見事だというし、その首を勲としてくれよう。それこそが英雄の所業。英雄譚と呼ばれる英雄の成す栄光なのだから。

 

「では往こうか、懐かしき戦場へ」

 

 そうして『彼』は実際を解いた。『暴風』にその身を変えて予感する戦場へと馳せ参じる。

 

 

 

 

『私自身、アレクの話を聞いて思い出したことがあったのです。もう二十年と前でしょうか、学会でランスロットに関するある面白い考察を聞いたのですよ』

 

『湖の騎士ランスロット。当時は俗的にはフランスの詩人によって後付けされた存在であり、通説では彼は汎ケルト的な古代神ルーグ槍に言及する存在であるというのが現行の結論でした』

 

『ですが、ある人物がその結論を覆すような面白い考察を持ち込んだことがあったのです。ランスロットとは……「Alanus à Lot」即ち「ロットのアラン人」という通り名に由来する言葉ではないかと』

 

『この新たな仮説は同時にアーサー王の伝説がケルトに由来したものであるという通説に一石投じるものでした。そして何よりこの説は辻褄があるのですよ。例えばランスロットという騎士は「馬術」と「荷車」が強調される騎士ですが、これはケルト化されたものというより騎馬民族(・・・・)ひいては大草原を連想させるものだという新たな考えが啓示できます』

 

『ランスロットのみならず、こうしたアラン人的要素を伝説に見つけていけば、伝説内に含まれるケルト以外の洋式、とある叙事詩に関する探究が現れるのは必然的な流れでしょう。ええ、思えば聖杯が東方由来の品であるという単語を聞いたときに思い浮かべるべきでした。東方に伝わる聖杯伝説についての逸話を』

 

『全く、騎馬民族スキタイに拘ったためすっかり忘れてした。騎馬民族スキタイが滅んだ後もスキタイ人は存在していたということを』

 

『―――お気をつけください、衛様。我らが想像が正しければ待ち受ける英雄は間違いなく最源流の《鋼》。聖剣伝説の始まりとなった英雄です。どうか、油断なさらぬように』

 

 

 

 

 

 ロンドンからスコットランドまで向うウェスト・コースト本線を利用し、降り立ったのはカンブリア。イングランドの最も北西に位置する場所であり、世界遺産登録された湖水地方と呼ばれる地域があることで有名だろう。

 

 衛らが踏み入れたのはレイク・ディストリクト国立公園。静かな自然が息づく風光明媚な土地である。地元の住民にも愛され、観光客も多く訪れる国立公園はしかし普段の静寂とは別の、緊張と言う静けさを帯びていた。

 

 まるで大嵐の先触れを思わせるそれは真実、大嵐の前兆であった。決戦の場所として選ばれた土地は『賢人議会』によって既に人払いが成され、存在するのは自然と生きる動植物のみ。しかしその動植物ですら嵐の気配を予感してか姿を見せず、国立公園を支配する異常な静寂は一週回って不自然なものとなりつつある。

 

「ゲームにアニメにラノベっと。サブカルチャー文化にどっぷりつまった俺としちゃあこれだけ壮大で浪漫な場所を吹き飛ばすのは流石に忍びないんだが……」

 

 世界遺産の名は伊達ではなく、風光明媚、山容水態、古色蒼然と様々言い表せる雄大な自然が織り成す景観に思わず衛は悪びれる。浪漫を解する彼をしてみれば、古都の破壊や自然遺産の粉砕は悪徳に類する行為だ。仕方が無いといえばそれまでだが、罪悪感を抱かないわけではない。

 

「衛さんって意外と情緒と言うものに理解がありますよね」

 

「意外とは余計だぞ桜花。寧ろ俺はコンクリートの山よりこっちの方が大事だね。そりゃあ電気がなけりゃあゲームもアニメも見れんし、現代技術万々歳だが、そういった要素抜きなら断固としてこっちの方が良いに決まっている。何せ、浪漫がある。神秘って言葉をコレほど感覚として感じられる風景は人間文明の中には存在していないだろうさ。どっちが優れているか否かとかは置いておいてな」

 

 石と砂利を引き詰め、自然を破壊しない最小限の技術で舗道された道を二人は歩きながら話す。確かにお目にかかる光景は神秘的という言葉が似合う。人間社会から乖離した風景はどこか理屈を置いて語りかけてくるものがあり、感じ入るところがある。

 

 特に修験道。自然の中に身を置いてきた桜花には俗世の風俗が遠く感じられるのがその身で明確に理解できる。霊峰の息吹きにも似た風の心地よさは懐かしき故郷の御山のそれと同質のものだ。

 

「この後に厄ネタさえなければこのまま優雅に散歩したかったんだが。やりあったらこの景観は暫くどころか二度と見れるか怪しくなる所だし、全く世知辛いぜ」

 

「確かにそうですね。こうゆったりした場所ならピクニックとか楽しそうです」

 

「動植物を愛でつつってな。俗な娯楽が好きな身としちゃあ似合わないことは重々処置だけど」

 

「……意外と似合うかもしれませんね」

 

「意外とは余計だ。でもま、隣に大和撫子な女子を連れて自然を肴に二人で散歩っていうのも乙な話じゃないか? うん、浪漫がある」

 

「…………それはデートの誘いだったり?」

 

「さて、どうかな……」

 

 神殺し特有の戦いに対する高揚感からか、自然の雰囲気に当てられたか、或いは英国に来てからのいじりによって耐性を得たか衛の口は普段より軽い。

 

「むう……余裕ですね」

 

「こうでもしなきゃやってられんの間違いだ。何が悲しくてやりたくも無い喧嘩をせにゃならんのだ」

 

「でも守るんでしょう?」

 

「……当然」

 

 今回の件、本音を言ってしまえば英国民が事の結果に多大な害を受けようと衛からしてみれば対岸の火事だ。はっきり言ってどうでも良い。だが……。

 

「見ず知らずの奴がどうなろうがそいつの話であって俺に関わりの無いことだが、アリス嬢が困って、アレクが託したならばそれはもう俺の話だ。俺の身内が関わる喧嘩だ。なら、俺の敵だ」

 

 その戦が他者や自分に降りかかるものならば下々の依頼だろうがなんだろうが恐らく己は介在しない。衛は極端な王である。他者と身内。己の指標は明確で、明確だからこそ境界の外には真実、一切の無関心を通している。

 

 自国で他の王がどれだけ暴れまわろうが、宿敵がどれ程の害を人の世に齎そうが身内の事じゃないなら知ったこっちゃ無い、真顔でそう言えてしまうロクデナシである。義侠の心など持ち合わせないし、他の王ほど交戦意欲が高いわけでも無い。

 

 だからこそアレクという奇特な、凡そ人間社会において人でなしと呼べる存在とだって友好を築くことが出来る。アレクがどれ程、人々に災いを振りまこうが、衛にとってはどうでもいいことだから。

 

「本当のところ《鋼》の英雄とやらにも興味は無い。無いが、身内に頼まれたなら是非もなし。障害となる敵を打ち砕くだけだっと」

 

 適当な小石を蹴飛ばして衛は言う。強者であるがゆえに弱者を守ることを当然の義務と考える桜花とは全く違う。いっそ、相反する考えであるが……。

 

「でも、そういって守れるものだったら守ってしまいそうですけどね。衛さんなら」

 

「む……どうかな、俺は身内に比重を置いてるからな。身内一人と有象無象一万人じゃあ前者を選ぶロクデナシだぜ?」

 

「人の感情としては当然の選択だと思いますよ? それに二つに一つで無ければ両方守るでしょうし」

 

「俺がそんな都合の良い王様に見えるか?」

 

「他者に無関心でどうなろうがしったこっちゃない。本当にそうなら私は既にヴォバン侯爵に、クリームヒルトによってこの世には居ませんよ」

 

「……む」

 

 ……その通りだった。四年前時点で衛と桜花に接点は無い。衛が他者に無関心だと言うならば少なくともあの時、嫌いな戦に身を投じる理由は無かったはずだ。それでも、たった一人の娘、名も無き被害者として消えゆく運命にあった少女の声を聞き届け、馳せ参じたのは何故か。

 

「多分、衛さんは理不尽が嫌いなんです。日々を清く正しく……とまでは言いませんが当たり前の平凡を当たり前に感受する権利を持つ人たちが抗えない理不尽に晒される。そういうことが大嫌いなんだと思います」

 

「―――――」

 

 例えば趣味。それは人それぞれの嗜好であり、自由であり、権利である。それらを物珍しがって馬鹿にするのは良いだろう。人によっては好き嫌いがあるのだから批判は正当なものだ。だが、本人が好き好んでいるモノに対して横から文句をつけ、あまつさえ取り上げようとする行為、無理矢理に趣味を捻じ曲げる行為は理不尽というほか無いだろう。

 

 例えば人種。人は生まれを選べない。性別や民族性からなる優劣性を区別するのは構わない。男性と女性では明確に力の差、脳のあり方が違うのだから役割が異なって当然だし、日本人と欧州と人たちとでは体格の在り様も違う。そこを区別し、異なる役割を割り振ることに疑問は無い。しかし、自分達と違うからと馬鹿に排他するのは違うだろう。区別とは明確に役割を割り振り、共に理解あって役割に徹することである。そうであれかしと強要されることではないはずだ。

 

「『女神の腕』が世間的に何となく外れているものの集まりであることは私にもすぐ理解できましたよ。変わった趣味嗜好の持ち主、奇特な過去を有する人、大多数が魔術師に無いにせよ王の率いる結社として成立しているのはこの特異な人間の集まりであるからでしょうし、そういった変り種は社会に出ると多くは理不尽な目に合います」

 

 強者であるが故、他人に恐れられた。変わった趣味を持ってたがため馬鹿にされた。一風変わった経歴がため他者に疎まれた。十人十色と人は言うが、仮に原色、赤青緑が一般的な色だとすると、その色らから見て茶色や黒、ピンクといった変わった色は奇特に見えることだろう。異なる他者への排他性が生物の根幹に刻まれた趣味だというならばそういった者たちはどうしても理不尽に晒される。

 

「衛さんが極端に走る人間性を持っていることに否はありませんけど。その二極は身内かそうじゃないかじゃなくて被害者か加害者かの違いなんじゃありませんか?」

 

 一般的な、という言葉は多くの人間に当てはまることだ。仮に大多数をそれとするならば衛のいう身内とは単に顔見知りとか友達とかそういう境界線ではなく、

 

「理不尽に晒される名も無き被害者。本人の強い弱いに観点せず、ただそういった立場の人に手を差し伸べる……私が見てきたのはそういう人です」

 

「……誰だよ、そのヒーロー。俺は知らないな」

 

「でも私が知ってます。だからそれでいいんです」

 

 そういって満遍の笑みを浮かべる桜花に衛は遠き日のことを―――。

 

『貴方は虐げられる者の痛みを知っている。他ならぬ貴方が変わり者だから。痛みを知るからこそ共感でき、同じ目に合う誰かのために義憤出来る。庇護者であるその精神を持つ貴方だからこそ、理不尽を知り、力を振るう時を知る貴方だからこそ、(わたくし)は、この力を託せるのです……虐げられる者一切を守る庇護の盾を』

 

「―――参ったな。こりゃあ、本格的に人生の墓場一直線コースだ。何より悪くないと思っている時点でアウトだ。惚れたが弱みってこういうことを言うのだろうか?」

 

「え?」

 

「なんでも。相棒の察しの良さに少し辟易しただけさ」

 

「あ、その、すいません。勝手に分かった風な……わ?!」

 

「じゃ、往くか相棒。取り合えず、傍迷惑な英雄様をさっさとやるとしよう。そうしたら桜花の言う通りピクニックにでも行くとしようぜ」

 

「わ、分かりましたけど……その、撫でるのは止めてください」

 

「仕返し。甘んじて受けとけ」

 

「……うう、そんな理不尽な」

 

「ふふん」

 

 年下をあやす様にして頭を撫でられる桜花は子供のような扱いをされて口を尖らせ、衛の方は楽しげに鼻を鳴らして続行する。死線を潜る前の一幕。そのやり取りは、神殺しの少年と英雄の相を持つ少女ではなく歳相応の少年少女ものであった。

 

 ―――戦友に対する信頼は十分。後は、後腐れなくただただ戦場を駆け抜けるのみ。ピリつく肌に大気を締め上げる極上の緊張。《鋼》の英雄が待つ領域に二人は踏み入った。

 

 

…………

……………

…………………。

 

 

「―――騎馬民族スキタイ、「歴史の父」と湛えられたヘロドトスや古代ローマ・ギリシャの歴史家の人々に描写された古代スキティアの部族集団だ」

 

 ザッと潤沢な呪力を全身に滾らせながら衛は静かに語り始めた。

 

「アルタイ山脈からハンガリー平原まで広がる広大な「草原の海」。言語学者に言わせればインド=ヨーロッパ語族はインド=イラン語派、北東イラン語派に類するらしいな。そしてその中でも最古の部族、古代地中海文明に衝撃を与えた部族がギリシアの人々に「スキタイ」として知られていた」

 

 ライダル・ウォーター。湖水地方西部にある湖が決戦の舞台だった。

 

「しかしスキタイとは何も騎馬民族スキタイを指す言葉ではない。ヘロドトスを始めとしたギリシアの人間はスキティアの部族をこれに当て嵌めたらしいが、広義的な意味においてスキタイ人という名称は「草原の海」を故郷とする全ての集団に当てはまるんだよ。それこそ現代のオセット人すら含んでな」

 

 つまるところスキタイ人とは血脈がどうこう民族がどうこうの呼称名ではなく、地域全体に住まう民族を纏めてスキタイ人と呼んだのだ。

 

「彼らは三つの社会階層を有していた遊牧民で権力を保有したエリート「王族スキタイ」、その集団から派形し、やはり遊牧民であった「戦士スキタイ」、そしてそれらに含まれる被征服民であり「スキタイ化した」土着の民「農耕スキタイ」。これら三つは神話的に三人の兄弟として扱われるが……蛇足だな」

 

 因みにこの神話において彼らスキタイの文化様式に「黄金の杯」が見られるのだが、ここでは語らないものとする。

 

「ともかく広義的なスキタイとはそういうことだ。これは狭義的な、いわゆるスキティアのスキタイ人が東方の親族であるサルマティア人に滅ぼされようとも地域全ての騎馬民族全体を呼ぶ呼称としてスキタイは残った」

 

「そして彼ら亡き後、スキタイの文化を共有する二つの民族が台頭する。他ならぬスキタイの征服者サルマティア人と東方世界と西方世界の接触の鍵となるアラン人だ」

 

 彼らこそが鍵だ。「石に刺さった剣」を始めとし、スキタイと文化洋式を共にする彼らこそが神を読み解く上での必要なカード。

 

「アーサー王の起源を辿る際、学者たちは必ず一つの伝説に辿り着く。彼らスキタイのものたちが語り継ぐ叙事詩、その名をナルト叙事詩という」

 

 ナルト叙事詩。カフカ山脈を起源とする民族叙事詩。彼ら騎馬民族の神話基盤を支える重要な物語である。

 

「そこに記される英雄はアーサー王は言うに及ばず、湖の騎士ランスロットとも多大なパラレルを含んでいた。アーサー王の起源を求める際、この英雄に目が行くのは当然の話である。しかしそうなると重要なのはこの英雄が如何にしてアーサー王、ひいては英国へと伝わったかだ」

 

 そこで重要になるのがオセット人の祖先、北東イラン語派、即ちはサルマティア人とアラン人だ。

 

「アーサー王と英雄を繋げる最後の鍵。それがローマだ。サルマティア人は彼らに傭兵として、またアラン人は彼らと同化する事によって命脈を繋いだ。その際、彼らの文化はローマに流れた。そしてローマのブリテン侵攻がこれら一連の伝承の伝播を繋げた」

 

 さらにそれを裏付けるようにして『ローマ史』に彼らとブリテンの接触を示す一節がある。戦争末期にサルマティア人の一部族である者ら八千人がローマの軍団として徴収され、この内五千五百人のサルマティア人がブリテン島に送り込まれたと。

 

 また聖杯伝説においては五世紀のアラン人のガリア侵略から聖杯伝説が写本される十二世紀までにかけて地域で貴族階級及び教会に大きな影響力を保有していた。聖杯が東方由来の品であるという説にはこれが多大に影響している。

 

「「石に刺さった剣」の伝承は古代アラン人の慣習……即ちはスキタイの文化洋式だ。《鋼の軍神》伝播と伝来に大きく関わる騎馬民族スキタイはこうしてブリテン島にもそれを持ち込んだわけだが……」

 

 「石に刺さった剣」は騎馬民族スキタイが軍神を象徴としたモチーフ。だが、これとともにもう一つ、《鋼の軍神》がブリテン島に持ち込まれていたのだ。他ならぬアーサー王の正体、聖剣を携える《鋼》の英雄の伝承が。

 

「ナルト叙事詩に曰く、その英雄の名はバトラズ。殺した竜蛇の炭と海にて鍛え上げた鋼の肉体を持ち、魔法の剣を携えた―――聖剣伝説の原型、最源流の《鋼》だ!」

 

 衛が言い切ると眼前……ただ黙して傾聴していたブロンドの髪を持つ長身の偉丈夫がくつくつと楽しげに笑う。

 

「くく、正解だ。よくぞ我が名に辿り着いた。いやさ、実を言うとな。この地ではアーサー、前の地ではローランと我が武勲は後裔によって染め潰されていることに思うところがあったのだ。異国の者達が崇拝するその英雄歴々を我が武を以って沈めることにより再び我が武勲を知らしめようと英雄を探し放浪してみれば……」

 

 鎖帷子と革のズボン、三日月型の盾に兜。中世騎士物語などで見かけるプレートアーマーではなく馬に騎乗し、剣を振るい、戦うための最軽量の防具。それはスキタイを始めとする騎馬民族の戦装束。コーカサス地方に今尚残る叙事詩の英雄の装備はやはりというべきか騎馬民族スキタイの文化を取り入れている。

 

「よもや他ならぬ宿敵から我が名を聞こうとは思わなんだ! なあ、異国より来たりし我が宿敵。名を教えてはくれまいか?」

 

神殺し(カンピオーネ)、閉塚衛。お前を殺すものの名だ。覚えたら満足して逝ってくれ。英雄バトラズ」

 

「ハハ! 良いだろう。お前の名は我が武勲が一つとして我が終生に語り継ぐとしよう!」

 

「ハッ―――沈むのはお前だッ!!」

 

 両者邂逅―――英雄バトラズと衛。終ぞ見えた両雄は同時に地を蹴り、激突した。




説明とかそんな馴れていないんで分かりにくいかもしれぬ……。
あんまりに分かりにくいようだったら活動報告覧にでも後日改めて。

アーサー王と思わしき《鋼》の名はバトラズでした。
まあ、だいぶヒントをばら撒いていたんで感想欄で既に当てられていましたが。

ナルト叙事詩と聖杯に関してはまた別の回で語るとして次回はVSバトラズ。実は主人公がまだ相対したことがない《鋼》、正統派英雄神です。戦闘描写書くのが楽しみなようなそうでないような……。



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破られし盾

あけおめ! ことよろ!!

平成最後に際し、正月はいつも引きこもっているが珍しく初詣に行ってきたぜ。
いつもは近くの神社だがせっかくなので格式のある場所に行こうと言う事で鶴岡八幡宮へ。

南無八幡大菩薩。果たして引きこもりが弓の神に祈って加護を得られるのかは疑問ですが、破魔矢も買ったので、せめて我に降りかかる凶だけでも打ち払いたまえ。

……具体的には初爆死とか(半ギレ)


 ガキン! と鋼の撃音。剣を振るい下ろしたバトラズと予見して守った衛との間に起こったその音が開戦の狼煙となった。

 

「おお!? 我が剣より速い雷の守りとな!」

 

「ッ!?」

 

 手元に跳ね返ってきた衝撃と必死と見定めて振り下ろした剣が呆気なく衛の両腕……否、その全身を守る雷の鎧に阻まれたことに感嘆の声を上げるバラトズ。一方の衛はバトラズ以上の驚愕を顔に浮かばせていた。

 

“ヤベぇ……今、完全に見失っていた!”

 

 そう、共に地を蹴り、初動を選ぶ最中。バトラズの腰が僅かに低くなったと思った刹那、パッとコマ送りのようにバトラズは衛の目の前に現れていた。神殺し特有の獣染みた直感を持って、何とか守りを間に合わせたが、後一拍でも反応が遅れていれば一瞬の内に両断されていただろう。

 

「成る程、流石は神殺し。俺の剣をこうも余裕に受け止めるかよ……!」

 

「……ハッ、今ので破れるほど俺の護りは易くないぞ!」

 

「くく、確かに。しかし主は真っ当な戦士ではないな、そこだけが残念だ。強兵では在ろうが初手に選び取った手が守りとは。差し詰め守護者か、それも当代随一の者と見た!」

 

 戦士の直感と言う奴か。早速、衛という使い手の本質を見て取るバトラズ。

 

「この地の獣は俊足と狡知を携えた者であったが、堅牢たる城塞を手にするが汝か。良し良し、相分かった。ならば、この戦いで堅牢なる城塞を打ち破ることこそ我が誉れッ!!」

 

「勝手に言ってろ。返り討ちに捻り潰す……!」

 

「はは……! それでこそ甲斐のあると言うものよッ!!」

 

 剣が舞う。上下左右縦横斜めと自在に奔る黄金の輝きは正しく、卓越した剣技。武勇を持って神話を刻んだ《鋼》の英雄に相応しきものだ。そしてそれは……衛が体験した事の無い戦闘(・・)であった。

 

 ―――かつて、衛が戦ってきた者達。ダヌやヴォバンは戦争(・・)だった。絶対的な暴力。個人では抗いようの無い強大な力。そういった天災とも呼ぶべき力の使い手たち。そういう者達との戦いは良くも悪くも大雑把だったのだ。それも当然、力を振るえば相手は滅びる。強者たるものただただ強大で在れ……そういった意味で言えば雌雄を決した仇敵たちと衛は似通っていた。

 

 だが、今回の相手は違う。バラトズは正しく戦士だ。剣を振るい、武を鍛え、人を圧倒しながらもその力は精緻にある。つまるところ、遊びが無いのだ。ダヌにもヴォバンにもあった隙と言う奴が無い。

 

「チッ、遂に巡り合ったって言うわけか……!」

 

 人間だった頃、時たま遭遇した衛の天敵……鍛えた術を以って敵と相対する術師。堅牢たる守りを嵐のような暴力で破るのではなく、鍛えた術理で攻略(・・)する。戦う術に長けた人種!

 

 剣が舞う。斬り付ける、斬り付ける、斬り付け―――されど、守りは顕在。

 

「ふむ……その力は庇護者なる者。おお、覚えがあるぞ。汝は蛇を手繰るものか!?」

 

 例え人間が作りし守り、特殊合金の壁であろうと易々と切り裂くはずの剣が通らぬことと、権能から漂う気配にバトラズは納得が言ったように頷く。

 

「うむうむ。覚えがあるぞ! 汝が如き堅牢なる守りを得手とする竜蛇は何度も我が武勲としたが故に!!」

 

「……そういえば姫さんから聞いたな」

 

 ―――《鋼》の英雄バトラズ―――否。剣神(・・)バトラズ。ナルト叙事詩に曰く、弓の達人ヘミュツと海神一族の娘の間に生まれたバトラズは生まれた時、灼熱を放つ鋼鉄の肉体を持って生まれてきたという。その体は海に浸かって冷され、熱によって沸き立った海水は雨となった。

 

 そうして、彼は海底で暫くの時を過ごした後、ナルト一族に迎えられたという。だが、彼は地上に永住しなかった。彼は何れ、彼より強い戦士に出会うことを予見し、天上に住まうという鍛冶師クルダレゴンに自身の身体を打ち直して(・・・・・)貰うため、天上へと上るのだが……。

 

「しかし、クルダレゴンの奴が用意した炉は俺を焼き直すには些か火力が不足していてなぁ。そこで奴は俺を鍛え直すため、俺に数多の竜蛇を殺させ、その死骸を炭として俺を鍛え直したのだ……ゆえにだ」

 

 にやりと不吉な笑みを浮かべるバラトズ、そして―――。

 

「それが《蛇》に類するものであるならば……我が剣、阻むに値せずッ!!」

 

「何ッ!?」

 

 瞬間、剣の光が増した。夜明けの曙光と見間違うほどの強烈な輝きが辺り一帯を染め上げる。しかし、それだけに留まらなかった。輝く剣が、徐々に、徐々に、無敵の城塞を侵食する! その現象に衛は目を見張った。

 

「これは……俺の呪力を転換しているのか!?」

 

「然り! その力が蛇に列席するものと分かれば、その悉くを我が身に変えてきた俺にとっては俺を鍛える力も同然、十全が故に堅牢ならば、その力、我が物としてくれよう! ははは、城塞破りの王道は内々から攻略するものであろうが!」

 

「ぐっ……つぉ……!」

 

 それは斬るというより溶かすという表現が近かった。高温が鋼を溶かしていくが如く、曙光放つ剣が衛の鎧に食い込んでいく……ヴォバンのような力技ではない。相性と術理、それを解する英雄だからこそ成せる城塞の破壊ではなく攻略。単純に強いのではなく、鍛え上げたが故の強者。

 

「無敵の守り! ここに潰えたり!!」

 

 衛にとってこの第一権能『母なる城塞(ブラインド・ガーデン)』は取り分け、彼の戦い方の根幹を成す権能。それを破られるということは彼を窮地に導くものである。

 

 だが―――彼は神殺し。それも数多の死線を潜り抜けた猛者である、手札の一つを封じられようと、牙も爪も持つ獣は別の手段で応戦するまで。

 

「ッ! ―――旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は速やかなる風となりて伝令の足を向ける! 神々すらも煙に巻け、言葉豊かな伝令者!」

 

「ぬっ、」

 

 謳い上げられる言霊。刹那、衛の両脚に蒼天の具足が出現する―――第二権能『自由気ままに(ルート・セレクト)』。極近距離で立ち会っていた両者が一気に引き離される。間合いにして十メートル。目標を見失った剣は虚空を斬り、目前の敵が遠のいたことにバトラズが僅かに動揺する。

 

「加減は要らん! 全力で行け! アルマテイアッ!!」

 

『Kyiiiii―――!!』

 

「ほう! 自由自在なる雷の化身! それがお前の鎧の正体かッ!!」

 

 その隙を一気に衛は畳み掛ける。鎧から神獣へ。嘶きを上げる神獣アルマテイアは主人の言葉を実行するべく《神速》となりてバトラズに迫る。対するバトラズは驚嘆しつつも応戦する、が。

 

「おおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 雷撃、雷撃、雷撃。四方八方から迫り来る稲妻の雨にバトラズは無防備にも打たれ続ける。当然である、神獣アルマテイアは守れば堅牢、攻めれば圧倒。故に磐石の攻守一体の権能。加えて、その初動が稲妻の《神速》ともなれば如何な百戦錬磨の英雄バトラズとて対応できない……対応()出来ない。

 

「こんの……! 反則ボディが! 砕け散れッ!!!」

 

「フハハハハハ、自慢の肉体である。そう簡単に砕けるものでもあるまいよ!!」

 

 無傷であった。全力で放てば『死と生の女神』、《蛇》とて一撃で瀕死に追いやる威力を誇るアルマテイアの稲妻。それを全て受け止めて尚、英雄の肉体に傷は無い。

 

 これこそが鋼鉄の肉体。《鋼》の逸話特有の不死身性、《鋼》が体現する権能の中で最も代表的な力―――!

 

「速い、速いな!! これほどの攻守巧みでありながら、さらには《神速》成るか! いやいや、いいぞ神殺し! 否、マモル!! 名は体を現すというが汝ほどに守戦に長けたものには終ぞ巡りあわなんだ!!」

 

「そうかよ! なら感心したまま死んでくれ!!」

 

「応さ! ならばこそ、今度はこちらが見せる番よ! 稲妻なる神獣……我が武技を以って攻略してみせん……!」

 

 言うとバトラズは剣を所謂、正眼に構える。その間にも雷に打たれ続けているというのにそれを物ともせず、ただただ《神速》で奔る雷を注視し続ける、そして三十六度目の接触。アルマテイアの稲妻がバトラズの胴部を撃ち抜かんとした刹那―――。

 

『Kyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?』

 

 一閃―――さながら戦国に名を馳せた武将の技を真似るがごとく《神速》を断ち切る『雷斬り』の絶技。それがバトラズの手によって成されていた。悲鳴の叫びを上げる神獣アルマテイア。稲妻に羊の残影を浮かばせながら光の霞となって消失した。

 

「―――は?」

 

 その現象に衛は呆然とし、

 

“ダメです、衛さん! 止まってはなりません!!”

 

「ふっ―――それは油断と言うものだ―――!」

 

 脳内に響く相棒の叱咤、笑う英雄。その二つで望外の現象を脳裏から追いやり死を潜り抜ける直感と長年の戦闘経験から自動的に権能に呪力を流し込む。

 

「我、地上を流離う者! 天上に言霊を届ける者! 冥界すら下る者! 我が伝令の足は疾く目的地へと赴き、縦横無尽と地を天を冥界を歩み往く―――!」

 

 神獣アルマテイアが斬られてもその加護は健在。辺りに散らされた呪力の残滓を使い、旅の権能と併用して瞬間移動の技を成す。だが、それでも空白が足を引っ張った。

 

「あづ、ぐううううううううううううう!!」

 

 腹の肉を削がれる。五臓六腑に届くものではなかったが、剣の熱が肉体に染み渡って苦痛を呼ぶ。削がれた部分はジュウジュウと音を立て、不愉快な匂いを衛の鼻へと届かせる。一瞬の接触で尚、触れた部分は丸焦げであった。

 

(ほんの一瞬、それも掠っただけでヴェルダンとか。直撃したら一刀両断より先に丸焼けだぞ……!)

 

 思えば衛の城塞を破る時も斬るというより溶かすという感じであった。魔法の剣、最源流の《鋼》が携える剣の正体は分からないがアレはまともに受ければ骨も残らないだろう。だが、それよりも深刻なのは……。

 

「おい。インチキ英雄、どうやってアルマを……」

 

「奇異なことを。確かに《神速》なる存在ははしこく(・・・・)、捉えるに苦労する。が、そこはそれ。俺のように一角の武芸者であれば心の目を以って掛かれば、捉えるに容易い。縦横無尽ともなれば捉えるには少々の時間を要したが来ると張った網に掛かればこの通りよ」

 

 ふふん、と自慢するように言うバトラズ。その言葉に衛は思わず舌打ちをする。アレクも有する《神速》の権能。それはダヌやヴォバンを以ってしても捉えきれないものだったはずだ。確かに衛は《神速》の弱点を知る。先達たるアレクもまたその使い手であり、彼の一時の教え子であった衛も彼から教授されている。

 

 まず速度ではなく到達時間の方を歪めている為、空気抵抗が発生しないが代わりに衝撃も発生しない。ゆえに加速度を利用した攻撃は不可能。またその速度ゆえに制御が難しく、先達アレクも完全な制御下に置くために多大な苦労を積み上げたという。付け加えて肉体的枷だ。神としての肉体を持ち、多くが元々兼ね備えている場合が多いまつろわぬ神と違い、後天的に得た神殺しでは適した身体で無い故の弊害が出る。アレクの場合は時差ボケという形で現れたそうだ。

 

 こういった弱点に加え、光速には達していないが故に光に捉えられる上、常軌の通り力の使い方が難しいために人類最高峰の武芸者や魔導に熟練した特殊な瞳を持つものなど、そういったものには容易く見切られてしまう。

 

 《神速》使いは速度の緩急を両立させるほどの域で使いこなせて初めてそういった使い手たちにすら有利を得られる使い方ができるのだ。その点、衛が使う神獣アルマテイアは優秀の極みにあった。

 

 まず稲妻という変幻自在な形態ゆえ肉体的枷は無く、持って生まれた力ゆえ緩急どころか直角に軌道を変えるような自由自在な動きも可能と―――《神速》使いの中でも頭一つ抜けている。捉えようと思えばそれこそヴォバンのように動きを封じる絨毯爆撃が必要なほどに……。

 

「ああ、それならば汝のせいだぞ」

 

「……なんだと?」

 

 衛が険しい表情を浮かべているとその疑念を汲み取ったかバトラズがさも当たり前であろうとばかりに指摘する。

 

「確かに汝が神獣の《神速》は他に類を見ないほどの尋常ならざる領域のものだ。しかしな、汝自身がそれを操っているわけではあるまい? 汝の令を受けた神獣自身がその意に応えて行使する半独立した力だ。そしてそのものは神獣なれば攻撃は巧みなれど、その動きは動物的なものとなろう」

 

 例えば獣は火に近づかない。これが神獣となれば話は違うだろうが、仮にこれが聖火だったら? 獣の高位種たる神獣すら焼くものであったら? 恐らく神獣は近づくまい。

 

 神の意に沿い、動く獣。獣以上の力を有するが、本質は人間世界で言うAIに近い。即ち、命令されたことを自身が持つ可能な力の最適量で実行する。

 

「意図的な隙、認識の隙間、行動の誤差……そういったものを使った詭道を連中は解さぬ。例えば我が身が堅牢極まりなく、稲妻が通らないと認識すれば威力を上げ、脅威となるモノが迫れば、身を翻して回避する。獣以上には賢いだろうが言ってしまえばその程度なのだよ」

 

 尋常ならざる《神速》の腕。力そのものは厄介である。だが、果たして使い手の方はどうだろうか?

 

「己で手繰る技であればこうはならなんだろうが……戦士であっても、闘士でない主には難しい話であったかマモルよ」

 

「そういうことかよ……」

 

 納得が行くと同時に最悪な情報が一つ分かる。この男にアルマテイアは通用しない。全力攻撃、全力防御、この二つは未だ試していないがため、本当はどうかは分からないが、少なくとも通常運用に際してアルマテイアが持つアドバンテージの全てがこの男には通用していない。

 

「……参ったな」

 

 これが《鋼》。正当なる英雄にして不死身の神―――。

 

「汝が頼りし城塞は破ったぞ? さあ、如何とする?」

 

 

 

 

「これが最源流の《鋼》ですか……」

 

 苦戦する主を見守る視線―――それは強張った表情を浮かべる桜花であった。

 

 衛の力は本人が自覚するとおり戦争向けのもの。仇敵とするヴォバンと同じく細かい制御を投げ捨てた大雑把な暴力である。それゆえコントロールが難しく、また共闘を前提にした力でないがため、馴れない共闘などすれば仲間ごと敵を焼き払いかねない。共に戦うという決意は良いが、それはそれとして衛の戦闘の邪魔をしないため、桜花は両者の攻防を傍から見守っていたのだが……。

 

「……ダメです。心の方が揺らいでる」

 

 権能を直接斬られたわけではないので『母なる城塞』は健在だ。衛はそれの表層上の力のみ……雷撃を操ってバトラズに対抗する。うちの呪力で再びアルマテイアを償還しても斬られると分ければそれ自体、呪力消費の無駄。絶対的防御で守りつつ、敵の欠点を見抜いて攻めるスタイルを殴り捨て、ひたすら旅の権能で凌ぎながら雷撃で応戦するというヒットアンドウェイの戦術を取っている。しかし……。

 

「はは、どうした逃げの一手か!? らしくないな! 神殺し!!」

 

「抜かせ……!」

 

 攻める神と受ける衛。構図は同じでも普段と大きく異なる―――本人は嫌がるだろうが彼の戦い方は極めてヴォバンに似ていた。圧倒的な自力に対する絶対の自信とそれを持って圧倒するスタイル。この場合、衛とヴォバンでは攻撃と防御という違いがあれど、攻撃威力に絶対の自信を持つヴォバンと防御性能に絶対の自信を持つ衛とでは方向性は真逆だが、本質は同類のものである。

 

 ゆえにこそ、逃げという普段のスタイルから大きく乖離した衛のそれは上手くはいえないが似合っていない(・・・・・・・)のだ。少なくとも神殺し、閉塚衛はそういう王ではない。自信の揺らぎ、支柱が崩れた焦り。

 

 剣術の使い手として気剣体を知る剣士である桜花だからこそ、有利不利以前の問題を見抜いていた。充実した気を持って決断し、正しき術理で剣を振るい、相応しき体勢を持って事を成す。これ即ち気剣体一致、剣術の心得である。

 

 そういった観点からして今の衛は心が急いている。その揺らぎがため、剣は正しき法で振るわれず、体は本来の形を成していない。全力を持って尚、打倒するが困難な『まつろわぬ神』と相対しながら今の衛はそこから遥か程遠い不調だ。そしてその目は見事、真実を射抜いていた。

 

「ヅゥうううう、くっ、がァああ……!!」

 

「どうした、どうした!? 明らかに初手より劣っているぞ!! 己が守りを破られたこと、それ正に敗北同然であったのか!? 返す手在らぬならば地に伏せよ! その末路はせめて我が武勲として誉れあるものとしてくれようぞ!!」

 

「うるせぇぞ……! くそったれがッ!!」

 

 バトラズの挑発に歯噛みするように応える衛。応えるや否や、衛は体内の呪力を循環させ新たな言霊を口にする。それは……。

 

「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手! 恐怖の化身にして流れ断つ者! 豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ―――さあ、簒奪者よ! 恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える―――――!」

 

 第三権能、まつろわぬダヌより簒奪せしめた『富める者を我は阻む(プロテクト・フロム・ミゼラブル)』。その力が成すは呪力封じ―――即ちは権能封じである。堅牢なる守りを侵食する剣も厄介であるが、それ以上に厄介なのは衛が保有する攻撃の一切を通さぬ鋼鉄の肉体だ。

 

 果たして権能封じの短剣が投擲される。だが、バトラズは当然のようにその一撃を払った。

 

「フン、うちに孕む呪詛こそ不穏であるが……そのような稚拙な一撃を俺が受けると思ったか? その驕りは我が武芸に対する愚弄と知れ!」

 

「チィ!!」

 

 そう、効力こそ凄まじいがこの力は投げるにせよ、斬りつけるにせよ、直接当てる必要がある。これがイタリアに住まうという『剣の王』サルバトーレ・ドニや中国の魔人、羅翠蓮ならば簡単だっただろうが、生憎と使い手である衛は当代の神殺しで最も、技術という面で後退する。彼ら技術を持って魔人域に達したものとまでは言わずともせめてヴォバンほどに動ければ話が違ったのだろうが。

 

「ただでさえ、相性の不利があるのに。城塞が攻略された動揺で普段の調子には程遠い……」

 

 そもそも破られた時とて、桜花の忠告がなければそれで詰んでいた可能性だってあった。

 

 戦士で在って闘士ではない。今の衛にバトラズへの返し手はない。このまま追い詰められれば何れバトラズの剣は衛に追いつくだろう―――卓越した剣士を、闘士を倒すための手段は二つ。

 

 技巧を圧倒する暴力を用意するか―――同レベルの存在をぶつけるかだ。

 

 ゆえにこそ、今こそ約束を遂げよう―――共に在る為に。

 

「―――嗚呼、なんと哀しきことであるか。勇猛なる勇士は血の海に倒れている。その誉れある剣は振るわれず、果敢なる盾は機能せず、その一撃は不意を打つべく放たれている。嘆かわしき哉! 貴方は暗殺されたのだ。ならば私は、その殺害に復讐すべく剣を振るおう……!」

 

 バトラズの剣にて大小傷つけられた衛、受けた痛みと劣勢……それらの危機を脱すべく、彼から放たれる救援のパス、流し込まれる呪力を呪詛に変換する。

 

 ―――愛する勇士が傷つけられている。嗚呼、なんて哀しく、なんて嘆かわしく、なんと……恨めしいことか!!

 

 想いは(いのり)へ。復讐遂げる乙女より簒奪せしめた権能―――二人を繋ぐ、両者合一の力が受けた痛みを返すべく、桜花の身体を強化する。

 

 では、悲劇の幕を挙げよう。絢爛たる輝きを憎悪(アイ)を持って引き摺り下ろす―――!

 

 

………

…………

……………。

 

 

「その動き、見て取ったぞ。瞬間移動の力、旅に類する神の力はもはや脅威に能わず!!」

 

 バトラズは見切りを以って、《神速》を打ち破り、雷斬りを成したもの。ともすれば、これだけ逃げにヘルメスの権能を乱用すれば移動限界を見切られ、次の動きも読まれるという物。

 

 言葉は寸分違わず真実を射抜いている。バトラズが袈裟切りに振るった一閃、それを背後に回りこむように瞬間移動を発動して凌いだ瞬間、バトラズは如何な歩法を使ったか、数十メートルと離れる衛との距離を一瞬で詰める。

 

「クソ……漫画か!?」

 

「さらば! 久方ぶりの難敵であったぞ! さあ、その首を以って我が武勲が一つに加わるが良い!」

 

「誰が……!」

 

 首に迫る剣。もはや決死と衛は決意し、己が呪力を全力で回し、アルマテイアの稲妻を以ってして相打ちに持ち込もうと構えた刹那―――両者が両者しか見ていないという絶好の隙に、稀代の剣士が踏み込んだ。

 

「フッ―――――!」

 

 軽やかなる足捌き。音も立てず、最小距離で、最小動作で、最小威力で最大の一撃(不意打ち)が発揮される。

 

「なぁ……!?」

 

 鋼鉄の肉体、それを透き通るようにして刀が奔る。その、これまでの交錯でも類を見ない死への接触にバトラズは全力で身を引いた。急所を外して半身になったバトラズの左胸に一閃が走る。同時に傷が血を噴いた。

 

「お、うか?」

 

「ふぅ―――色々没入しすぎです。一緒に戦うって言ったばっかりじゃないですか」

 

 傷を抑えて、一歩二歩下がるバトラズへ油断ならぬという瞳を向けたまま、茫洋とする衛に口を尖らせて文句を言う桜花。

 

「というからしくないです。熱気に在って尚、冷えた心が成すクレバーさ。狂乱の如く、荒ぶる熱が趣くままに力を振るうとかそれ、ヴォバン侯爵とかには似合うでしょうけど衛さんにそういった暴力的な力の使い方は似合いません。それは圧倒とは言いません。」

 

「……あー、すまん。動揺してた」

 

「でしょうね……衛さんの護りに対する自信は力の特性以上に力に対する別の想いを感じますから、取り分けあの権能が特別なものなのは理解しますが、そこはそれ、戦いでは斬り捨ててください。戦争にルールはありますけど、戦場にルールはありませんし、何でもありなんだから隙を見せるとか論外です。特に衛さんは守りが破られると不味いんですから。油断のなさ、抜け目の無さがまるで失われてましたよ」

 

 早口染みた口調で文句をつける桜花。既に意識が剣士としてのものに移行しているのもあるだろうが……それ以上に彼女の言葉には感情がこもっていた。

 

「いつになくキツイな……怒ってる?」

 

「超怒ってます。今、死にかけていました。私を残して逝くとか、私、許しませんので。神殺しうんぬん以前に殿方なのですから、責任はきちんととってくださいね」

 

「……わーお、おっかないな。これは」

 

「共に在ると決めましたし……天下の魔王様の相手です。そりゃあ怖いに決まっているんじゃないですか?」

 

 言葉尻を若干、口を尖らせて言う桜花。どうやら彼女にとって恐ろしいという言葉は不服極まりないものだったらしい。その態度に何時ものらしさを感じて衛は苦笑する。

 

「拗ねるな拗ねるな……。活が入った―――すまん、埋め合わせは必ずする!」

 

「はい、後で英国観光(デート)です。それで許します……なので、」

 

「ああ、なんで……!」

 

「「失せろ、英雄……!」」

 

 気剣体、此処に一致。相棒であり、新たな《剣》を携えたことで守戦の王は調子を戻す。ゆえに今一度宣戦布告を。万全を整えた以上、我らに敗北はありえないと。

 

 その不遜なる態度を英雄は、まつろわぬ者は……歓喜の大笑で迎え入れる。

 

「クハハハハハハハハハハ!!!! 良いぞ良いぞ実に良いぞ、気に入った!! 良いだろう、人間と思って捨て置いたが流石は魔王の伴侶、なればこそ汝もまた強敵と見た! 汝らの首を持ってこの国を凱旋する、それがこのバトラズの決定と知れッ!!」

 

「それは……!」

 

「こっちの台詞です!」

 

 第二幕開演―――片翼を得た魔王は比翼となりて、英雄は立ち塞ぐ苦難に呵呵大笑と挑み。此度の英国騒動は佳境へと突入していく―――

 

 

「くく、では……己もそろそろ、頃合か」

 

 

 ―――――その結末は天のみぞ知る。




次回、決着。

今回は今までとは違う、《鋼》の英雄、正当な戦士、という敵だったがため、色々判明した衛くんの弱点。

権能封じとか何それチートと思いますけど「当たらなければどうということない」のです。再三追求している通り、近接戦闘というか、戦闘技術は全カンピオーネ最弱ですし。

というかだね、神殺しの勘いうても平和な日本の環境で育った人間がそうポンポンと人類最高峰の剣士やクンフーマスターと真正面からやりあえてたまるか(原作否定)。

まあ、全部カンピオーネだからねで片付けられる辺りホントこいつらは……。戦闘シーンを書くのが一番辛いぜ……なんか原作者様に共感できる気がする。


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簒奪の甕

執筆の途中で家のブレーカーが飛び、データも消し飛ぶという大惨事を経て何とか投稿。九日中に投稿する予定だったけど……日ぃまたいどるやんけ。




 ―――剣戟の音が響き渡る。

 

「セィ、ィヤアアアアアアアアアアア!」

 

「―――――ッ!?」

 

 第二幕が始まってより、今尚、息を吐かせぬ連撃。それを前にバトラズは思わず驚嘆のため息を吐く。

 

“この娘、人の身で……!”

 

 振り下ろされる打刀はお世辞にも速いとも重いとも呼べない。何せ、操り手がまだ成人もしていない少女である。如何に刀が英雄殺しの呪詛を纏っていようとも操り手たる本人がただの人間、ただの少女ならば限界がある。

 

 取り分け最源流の《鋼》として数多の武功を刻んできたバトラズ相手では攻撃が通じるからといって戦いになるはず等、通常は無い。ただ人である限り、どんな達人であろうともそもそも彼と渡り合うことは不可能……のはずであった。

 

 しかし見るが良い……この剣の冴えを。

 

 速いわけではない、速度は精々並以上、最短到達距離、最小動作で振るわれる刀はなるほど、人間領域のものとしてはかなり磨き上げられているものだが、《神速》すら見破るバトラズにとっては速いものではない。

 

 重いわけではない、身体能力は恐らく限界値まで極めている。相手が少女であることも加味すれば成人男性以上を思わせる力の強さと技にて強められた刀は確かに達人クラスの猛者であっても跳ね返し難いものであるが、所詮、人の領域。《鋼》の英雄に返せぬものではない。

 

 そう彼女の身体能力、振るう刀、自体に全く脅威は無いのだ。そもそも如何に彼女が優れた剣士であろうとも神と人とでは海と人は渡り合えるかという領域の話なのだ。

 

 それ即ち不可能。ゆえにこそ神殺しをなしたものは人類を代表する究極の戦士として扱われる。彼女が行使する呪詛が神殺しのもので、神の死に触れられる一品であろうともその原則が絶対の不文律としてある。

 

 だからこそ、彼女は障害には成り得ても脅威には成り得ない……。

 

「シッ―――ハァ―――!」

 

「……チィ!」

 

 刀が霞む(・・・・)殺気がブレる(・・・・・・)

 気が緩む(・・・・)脅威を脅威と思考が断じ得ない(・・・・・・・・・・・・・・)

理性が先に騙される(・・・・・・・・・)生存本能と思考が一致しない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 端的に言って、どういうわけか全力が出せない―――!

 

「くっ……猪口才な……!」

 

 首筋に奔るチリチリとした殺気。咄嗟に庇おうとしたが、されど抉られるのは守った手の甲。続けて振り下ろされる袈裟切り。身を引こうとした瞬間、理性が回避の必要は無いと断じ、よって回避行動が遅れて胸元に薄い血線が引かれる。

 

 あっさりと無防備に踏み込んだ華奢な身体を一薙ぎしようとすれば、どういうわけか目測を誤って少女の頭上を剣は通り過ぎるのみで、逆に晒した隙を彼女に衝かれる。

 

 繰り出される首元への突きを届かないと思考は思うが、現実が思考を凌駕して鋭い突きが首を刺すどころか貫通する勢いで迫る。辛うじて生存本能が間に合い、剣の柄で弾くことに成功するが、弾かれるや否や少女は刀を引き戻し、その反動でくるりと一回転。そのまま息がかかる超近距離に踏み込み、小柄な身体をさらに縮めながらバトラズの左太股を深く抉り取った。

 

 ならば力技で地盤ごと、彼女の技ごと、その華奢な身体を手折ってやろうと打ち下ろしを繰り出すが、少女の身体では決して受け止められるはずの無い剛剣が何故かふわりと受け止められ、簡単に受け流される。大地に打ち付けられた剣は地盤所か、斬り痕一つ地面に付けられずに大地の上に乗り、唖然としていれば、その隙に蹴りが右肩に刺さる。威力は無い、重みも無い、なのに内々から激痛が込み上げる。

 

 どういうことだ、どういうことだ、これはどういうことだ……!

 

「馬鹿な……この俺を、剣術で圧倒するというのか……!?」

 

 よりにもよってただバトラズを致死足らしめる毒のみを持ったただの人間が。神殺しではなく、その従者が。よりにもよって《鋼》の剣神たるこのバトラズを、その剣の本分で圧倒するというのか!?

 

 戦慄するバトラズに雷撃が突き刺さる―――それ自体、脅威には成りえないが黄金の輝きが視界を染め、その影に隠れて少女の刀が心臓に迫る。英雄殺しの呪詛が込められた刀である。心臓に突き刺されば如何に不死身のバトラズとて死ぬ……だが、まただ、また思考にこれは脅威ではないという有り得ない思考が挟まる。

 

 もはや使えぬと思考を放棄し、バトラズは剣を振るう戦士としての直感だけを頼りに剣を振るった。よって致命的な一撃を避けることに成功するが、代わりに致命的ではない一撃を直感が反応せず、一身に十と浴びる。

 

「……ゼァ―――――」

 

 人に神が圧倒されるという不条理に戦慄と困惑と驚愕を浮かべるバトラズに対して空くまで桜花は冷静だった。淡々と、的確に、打つべき一手をただ打ち続ける。

 

「……流石」

 

 その、桜花がバトラズを圧倒する有り得ない光景を見て、思わず衛は苦笑する。そして同時に思う。なんと滑稽で恐ろしい光景かと。

 

 バトラズは動かない。まるで油断しているかのように有り得ないタイミング、有り得ない場面で踏みとどまり、受けに回る。

 

 桜花の刀はごっこ遊びのようにしか見えない。棒切れを振るう子供のように、フェイントの類は見られず、ただ此処が防がれたから今度は此処といっそ無邪気とすら感じられる無作為さで刀がバトラズを捉える。

 

 とてもではないが両者全力には思えない。殺し合いには程遠い剣術指南か何かのようだ―――そして、桜花が圧倒している理由がそこにあった。

 

 一と十。人と神との差がそうだとする。一が全力値の人間に対して、神は十が全力値。それだけの差があるものだから人を捻り潰すのに神はちょこっと力を加えればいい。人は神に呆気なく手折られる。

 

 どれだけ鍛えようと人が神に勝れないのは此処にあるのだ。瞬間的出力、部分的技量で仮に神を越えようとも、神は人間と同じく突出した得意分野に加えて、総合的に圧倒的なのだ。ゆえに人は神に匹敵できても凌駕できない。だからこそ、異質な存在として、最強の人類種として神殺しは在る。

 

 しかしならば考えて欲しい。仮に神が、所詮人だと思い力を一に抑えるとする。対する人間側は瞬間的出力だけならば二が出せるとする。この場合ならば、力量の差を置いて、神は油断と言う枷により人に劣ると考えられはしないか。

 

 これは、もっと近いジャンルでも例えられよう。テレビによく出る芸能人対プロスポーツ選手。彼らがスポーツのステージで競い合った場合、どうあっても順当に勝つのは後者であるが、例外として、ハンデや相手が素人だという油断、己はこれを極めてきたのだという慢心により、芸能人がプロ選手に勝つという不条理が起きる。

 

 そう、油断、慢心……とどのつまり百パーセントのポテンシャルを発揮できていない場合に限り、力量さ、優劣の差は無視される。

 

「虚実の究極だっけか……あの域の駆け引きは点で俺には理解できんが」

 

 此処に彼女の本領が発揮される。こと近接戦闘において、桜花はあらゆる敵の天敵となりうる。桜花の剣術を前に優れた術者ほど、その合理に油断する。それでは自分に及ばないという思考が足を引っ張り、全ての手札を歪ませるのだ。

 

 気をズラすことで相手の術理の全てに不和を生む。敵手が優れていればいるほど、何故そんな稚拙な手を打つ? という疑問と油断が生存本能、身体に刻んだ術理に待ったをかける。よって彼女と相対するものはどうあっても全力を出せない。

 

 何より武に優れるからこそ絶対に嵌るという矛盾。

 

「……この手はダヌやヴォバン侯爵には使えませんでした。何せ、彼らは良くも悪くも大雑把です。どれだけ優れた受け流しを身に付けようとも人は隕石の威力を殺すことが出来ないでしょう? ですが、このように隕石が小石になるならば話は別だ」

 

 天から落ちてくる隕石を人は受け止められない。ならば人が空に小石を放って落ちてくる程度に治めてしまえば話は別だ。無論、これは隕石に対して適用できない。常に全力で天災たるものに弱体化は望めないし、自ら手を抜くというのはありえないから。

 

 だが、しかし、一流の手合いならば話は別だ。蟻を踏み潰すのに、態々一流は全力を出さない。そしてだからこそ、敵の脅威度を引き下げるというある意味、矛盾した方針は一流に対してのみ適用できるのだ。

 

 構え直す桜花の言葉を聞いて、なるほどとバトラズは合点がいったという風に頷く。

 

「見誤ったわ……その剣が纏う呪詛が英雄殺しなのではない。お主の持つ術理自体が百戦錬磨の英雄だからこそ嵌る英雄殺しなのだな……!」

 

 そう、彼女は英雄殺し。平穏守る城塞を打ち砕く、血を望む猛者をこそ鎮める手合い。相手がより優れた術理を解すものであればあるほど、彼女が相手では分が悪くなっていく―――正に英雄殺しの少女であった。

 

「くっくく……はっはははは! 成る程、成る程! 汝こそ、そこな神殺しの《剣》であったか、無敵の城塞が武を解すわけもなし、守りが本分である以上、攻撃を不得手とするが盾の宿命であるが、そうだな、城塞は最後の守り、最強の拠点としてあるもの。ならば内に攻め入る敵を迎撃する《剣》を持っていて然るべきだ!」

 

「はい、貴方の相手は私が務めます。そも盾は矛より守るが本分。貴方のような手合い徒打ち合うためのものではありません。尋常なる戦を所望と言うならば、我が背の君に代わり、不肖、姫凪桜花がお相手いたします……!」

 

「然り然り。確かに道理よな」

 

 両者構えたまま、距離を離して言葉を交わす。間合いは十メートルと少し。どちらであっても一瞬で踏み潰せる距離である。共に敵手の次の一手を探り合っていると、バトラズがふと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「了解したぞ―――ならば、今度はもう少し大雑把に行くとしよう……!」

 

「ッ―――!?」

 

 瞬間、バトラズの体が……灼熱に染まりあがる。まるで炉に突っ込まれた剣のようにバトラズの体は数千度に匹敵する超高温を纏ったのだ。

 

「はは……!」

 

 一歩踏み出す。ただそれだけで溶解する大地。少なくともただ人ならば触れれば骨も残るまい。

 

 ―――彼は最源流の《鋼》。それも軍神や英雄神の類ではなく剣神というのがバトラズという英雄の真実であった。

 

 彼の神話はその始まりから終わりに至るまで全て剣の錬成工程と同一のものであった。灼熱を身に纏って生まれた彼は海に冷され、鋼の肉体を持った英雄として誕生する。後の強敵を予見して、稀代の剣匠によって炉に飛び入り、熱され、冷され、繰り返し鍛え上げられる。神話を彩る最後には魔剣を海に投げ捨てることで息を引き取った。

 

「武人たるもの見事な敵手に対して手を抜くなど言語道断。ゆえに全力で参るぞ……神殺しの巫女、英雄殺しの娘よ―――!」

 

 雄々しく言うや距離を詰めるバトラズ、桜花は先ほどと同じように気を乱す虚実の剣を披露し様と構えるが、

 

「あづぅ―――くっ……!」

 

 打ち合うことなく距離を離した。相手の技量が上がったわけではない、虚実の剣が披露できなくなったわけではない、もっと単純な理由から彼女はバトラズから距離を置いていた。

 

「あっつい! なんて熱量……私が条件反射で身を離すなんて!」

 

 修験者として火渡りなども修行の一環でこなす桜花は火に対する耐性を高いレベルで保有している。それこそ、炎上する家屋に突撃しても火傷一つ負わずに居られるほどに。しかし、そんな桜花がバトラズに接近されて身を離す―――それはバトラズの灼熱が桜花の火耐性を凌駕するものであることを示していた。

 

 つまるところ、あの高温に対して桜花は耐え凌ぐ術を持たない。

 

「気をつけろよ? 剣は無論のこと、我が肉体に触れても無事は無いものと心得よ!」

 

「……ッ!」

 

 形勢逆転。触れられれば終わるという条件では、流石の桜花もおいそれと接近できるものではない。そして刃を交わす間合いから抜け出るということは実力を押さえ込むことで実力差を封殺していた現状が砕け散るということ。

 

 そも一と十。如何に優れた術理であろうとも嵐を受け流すことは人間には出来ない。神々の武芸すら封じ込める桜花の技はなるほど恐ろしい。しかし残念ながら敵手は英雄ではなく神なのだ。ゆえに英雄殺しは神威を持って跳ね除けられる……。

 

 ……だからこそ。

 

「間抜け」

 

 蔑む声。敵が武芸者ならぬ嵐が如き天災ならば……城塞はその悉くを防ぐ無敵の盾となる。

 

「ぬっぐ、おおおおおおおおおおお!?」

 

「剣の鍛錬の過程……か。ならその状態は、剣を鍛える最中……最も剣が柔くなる状態だと睨んだが、どうやら今のお前ならば俺の攻撃も通るらしい」

 

「貴様! 神殺し……!」

 

「勝手に盛り上がっているとこ悪いが二対一だぜ、これは」

 

 バトラズの行為はなるほど尋常なる武芸者の戦いならば正道であり、雄々しい英雄的行動だ。だが、敵は桜花ではなく衛、獣が如き貪欲さで勝利を欲する魔王である。敵が己から絶対の守りを捨てるという行為を晒した以上、横槍で台無しにするのは当然の行動である。まして敵に対して苛烈を持って相対する衛に容赦と言う言葉は無い。

 

「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」

 

 高まる呪力と唱えられる聖句。此処に再び、城塞が顕現する。

 

『Kyiiiii―――!!』

 

「山羊の神獣……攻守一体の雷か!!」

 

 現れたアルマテイアは即座に攻撃行動に移る。雷へと姿を変じたアルマテイアは灼熱を帯びたことにより鋼鉄の肉体を失ったバトラズにこれでもかというほど雷撃を浴びせる。まるで先ほどの意趣返しのようだ。

 

「ええい、無粋な……!」

 

「戦場にルールがあるかよ―――下がれ桜花、最大火力で決める」

 

「舐めるな、同じ手が……!」

 

 バトラズが構える。先にアルマテイアを屠った雷斬りの再演。次の手は間違いなくそれだろう。如何に鋼鉄の肉体を自ら捨てた今、雷撃が身を通るものとなったところで元々の技量は失われていない。

 

 アルマテイアの《神速》は相変らず、両眼がくっきりと捉えている!

 

「再び消え失せるが良い!」

 

 剣を振るう。速度、威力、タイミング。共に一切誤りなし。即ちアルマテイアは再びその首を跳ね飛ばされるしかない。

 

「……舐めるな。同じ手を使うと思うか」

 

「なっ……!」

 

 その声は耳元で聞こえた。気がつくとパッとバトラズの懐に現れた衛。その手には奇形の短剣が握られている。瞬く蒼天の具足を見れば、如何にして現れたかなど一目瞭然。《旅》の権能、ヘルメスの力を利用した瞬間移動である。

 

「不覚……誘導されたか!」

 

「もう遅い」

 

 サクッといっそ、あっさりと刺さる奇形の短剣。とても脅威となりえない、殺傷力に欠ける一撃であるが、この短剣の本質は殺すことではない。

 

「ぐおお、おおお、おおおおおおお!? 先ごろの呪詛短剣……よもや呪力封じのものであったか……!」

 

 第三権能、呪力封じに伴う権能封じの呪詛。それを受けたバトラズは肉体から灼熱を失った。彼が成す剣の錬成過程……一切を含む《剣》の権能を封じ込めた。

 

「これで……終わりだ」

 

 言い切ると瞬間、現れたのと同じくして一瞬にして姿を眩ます衛、瞬間移動である。危険域からの離脱をしたのだ。そう……迫り来るアルマテイアの一撃に巻き込まれないために。

 

「くっ……おのれ……!」

 

 手に携える剣に輝きは無い。当然だ、この剣の正体はバトラズその人なのだから。己の本旨、剣神としての武勲の化身としてあるがこの聖剣の正体なのだ、バトラズ自身が保有する剣の権能なくしてこの剣は聖剣足り得ない。

 

 加えて、今の一幕で完全に雷斬りが乱された。剣が落ちるより早くアルマテイアは己を打ち据えるであろう。

 

「おおおおおおおおおおッ!!」

 

 果たして、バトラズは最高威力まで高められた呪力の奔流を一身に浴びる。黄金が辺り一帯を照らし上げた―――――。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

 静寂が落ちる。

 

 美しかった緑なす碧き自然は度重なる雷撃で焼け焦げ、陥没し、見るも無残といった有り様だ。灼熱の熱波を浴びた木々は早くも枯れ焦げ、足元は溶けて焦げてという惨状だ。自然が保有する治癒機能で一体年十年掛かるか分からないというほど酷い様である。

 

「…………やりましたか?」

 

 沈黙を破るように桜花は衛の隣に駆け寄って問いかける。剣神としての核を封じた上で最大火力の雷撃だ。如何に不死身の英雄とはいえ致死の領域だが……。

 

「いや、失態だ……躱された(・・・・)

 

「え?」

 

 苦虫を潰したように言う衛に桜花が思わず声を上げると同時、ちょうど衛が睨み付ける上空に不自然な風が巻き起こる。それらは段々と強くなり、やがて暴風となっては人型を無し、正体を露わにする。

 

「は、はは、ハハハハハハハハハハハハハ! いや全く肝が冷えたぞ。うむ、後一手お前が趣向を凝らしていれば俺の敗北であっただろうな、マモルよ」

 

「……ああ、確かに油断と言う奴は侮れないな。俺もすっかり忘れていたよ、お前がジョージアからフランスへ、そして英国へ至るまで確認されていなかったということを。それが意味するところを」

 

 《鋼の軍神》―――略称《鋼》呼ばれる《まつろわぬ神》が持つ特徴的な能力として「戦場における不死性」をなす鋼鉄の肉体や、竜蛇を征する、つまりは大地を征するものの特性として雷撃を操るなどの特徴的な能力がある。

 

 その中にはもう一つ……実体を解く(・・・・・)という能力がある。

 

「暴風、それがお前の司る力というわけか……」

 

「応とも。嘗ては確か復讐に際して、灰を吹き飛ばす時などに化身したかな。ふん、濫りに姿形を人の世に晒すわけにも行くまい、遥か東方より流れの旅路を歩むときはこの姿で居たのだよ……」

 

「そうか……ジョージアから英国に至るまで殆ど確認されていなかったのは……!」

 

「暴風に化身できるなら姿形を見られることなく移動することも可能だな。ハッ、全く油断も油断。仕留め切れるまで安心しちゃあいけないってな。高い授業料だな」

 

 軽口を叩く衛ではあるが実際の所、余裕は無い。何故なら決めると振るった一手なのだ。不死身であっても殺しきるため最大限まで呪力を高めて放った雷撃。その代償として衛は殆どの呪力を残していない。現に振るった直後からアルマテイアを維持できなくなっている。

 

「俺も剣の権能を削いだが……それでタメ、というにはまだお前は元気そうだな」

 

「先の一撃は確かに肝を冷したがね。剣がなければ、その辺に落ちている石で、なければ素手で。ふふん、戦士たるもの戦場にある全てを使いこなせてこそのものだ。ゆえにだ、ここからは趣向を凝らそう、お主が手管、そのまま返すぞ!」

 

「来るか……!」

 

 暴風を纏ったままそう宣言するバトラズに身構える衛と桜花。刹那、バトラズが黄金の輝きを宿した。咄嗟に衛と桜花はそれぞれ左右に身を投げ出す。両者の間、壮絶な勢いで雷が(・・)打ち据えた。

 

「なっ、雷撃だと……!?」

 

「はは、神の威光たる輝きを手に宿すのはお前だけではないのだ!!」

 

 轟! 轟轟! 轟轟轟轟轟ッ!! 幾度も幾度も降り注ぐ雷撃を前に二人は避けるのが精一杯だ。暴風を否、バトラズがもはや嵐を従えていることに疑いは無い。

 

「そうです! 蛇ッ! 大地を征する力! バトラズがその死骸を持ってして肉体を鍛えたというならば大地が齎す豊穣、恵みもまたバトラズが操る権能!」

 

「チッ! 成る程、なんでもありか《鋼》の英雄ッ―――!!」

 

「ふはははははははははは―――――!!」

 

 神話に曰く、剣神バトラズは平時、天上に住まい必要に応じて下界におり事を成すと言うこの時、落下する間に彼は赤熱するのを冷すのに頭上に氷を乗せて下界に下りる。これにより地上には雨が降るという。

 

 この逸話は彼が豪雨と共に赤熱して地上に落下してくる雷神(・・)に極めて近い性質を備えていることを明らかにしている逸話だ。

 

 彼は最源流の《鋼》。鋼鉄の肉体、大地を征する力、そして雷の申し子。鋼の特徴とも言える権能の数々、その全てを踏破していた。ゆえに嵐を司る権能もまた、バトラズが持つ側面の一つなのだ。

 

「なけなしだが……アルマテイア!!」

 

 少ない呪力を練り上げて三度、神獣アルマテイアを顕現させる。

 

「戻れ、桜花! ジリ貧だ! 一度守るッ!」

 

「はい!」

 

 衛が手短に言うとそれだけで察した桜花が疾風の勢いで衛の下へ馳せ参じる。同時に衛はアルマテイアをドーム状に変化させ、落ちてくる雷撃や暴風から桜花ごと自身の身を守った。

 

「ぬ、結界か……」

 

 衛の打った手にバトラズは顔を顰めながらも攻撃を繰り返し結界にぶつける。だが、剣神として、《鋼》としての特性を封じられている今のバトラズでは威力が足りず、無敵城塞にその悉くを弾かれるのみ。

 

「権能封じが効いているお蔭だな。とはいえ、呪力の削りあいならまだまだ向こうに分があるな。あの時、決めそこなった俺の失態だ」

 

「反省は後で。どうしますか衛さん。私の呪詛ならば、あのバトラズにも致命なりえますが……」

 

「ああ、まずはアレを何とかしなければその手は使えないな」

 

 言って、衛は暴風を纏って空を浮かぶバトラズを見上げる。衛もまた天を駆ける手段を持ち得るが、しかし桜花は違う。桜花とて風を操る呪術の類を持ちうるし、元々修験道、取り分け天狗の験力を限定的に使える優れた術者である桜花は西洋で言う『飛翔術』の魔術の真似事も可能だ。

 

 しかし相手が暴風である以上、並大抵の飛行術では剣を届かせるより速く撃墜されるのがオチだ。近づくならば瞬きの合間、一瞬で詰めなければ迎撃されるだろう。加えて、桜花の剣は先ごろ、バトラズは嫌と言うほど味わっている。たかが人間と油断することはないだろう。

 

「衛さんの瞬間移動で私ごとバトラズに近づくということはできますか?」

 

「やったことは無いが、多分出来るけど……向こうも俺が瞬間移動の使い手であることは分かっているはず。ああも嵐を操って見せている以上、上に上った瞬間に袋叩きってのもありえる。今の俺の呪力量じゃ飛びながらアルマテイアで守るなんて器用な真似はできないし」

 

 此処に来て、一番致命的なのが衛の呪力残高だ。ヴォバンに匹敵する超量の呪力量を誇る衛であるが、アルマテイアを一度は粉砕され、バトラズを仕留めようと全力も振るった。その上、現状バトラズからの攻撃を防ぐためにこのたび三度目の召喚を敢行している。必死となりうる一撃を叩き込むチャンスも恐らく後一回あればいい所だ。

 

「逆に聞くが桜花、お前、飛びながら瞬間移動とか使えない?」

 

「幾ら私でもそんな高等芸当できません! そんな技の使い手なんてそれこそ世界に十指に入る超人ぐらいですよ。でも、そうですね。アレに接近するには瞬間移動か神速ぐらいの速度がなきゃ……」

 

 暴風となったバトラズはこちらに上から幾度と攻撃を仕掛けてくるも接近してくる様子は無い。衛の手札である見た上で近接戦闘が現状、不利であると悟ったのだろう。確かに雷撃による必滅が望めない以上、残る手立ては桜花の英雄殺しの呪詛か、衛の権能封じによるもう一段階の弱体化だ。

 

 どちらをするにしても近づかなければ話にならない。そして敵もそれを当然弁えているだろうから、仮に《神速》やら瞬間移動やらで接近しても迎撃される可能性が高い。空を駆ける事も論外だ。

 

「つまるところ、隙を作った上で、一瞬で肉薄して止めを刺さなきゃ勝ち目は無いと。中々に難業だなそれ、せめて桜花が独りでに《神速》か瞬間移動かを使えれば良いんだが」

 

「はい。私がこうして間借りできるのは、あくまで英雄殺しの呪詛だけ……」

 

 と、桜花が言い切るのを留め、人差し指を唇に当てて何かを思案しだす。その仕草に衛は首を傾げて問いかける。

 

「どうした? 妙案でも浮かんだか?」

 

「英雄殺しの呪詛、権能の共有……いえ、それができるならば……」

 

 まつろわぬクリームヒルトから簒奪した第四権能。その力は力の主導権を握る衛自身が傷付けば傷付くほど相対的に威力を増してゆく復讐の力。ジークフリートが死に、その復讐をクリームヒルトが成した逸話の具現とも言える権能である。その特殊性からこの権能は他に主と従者の心を通わす力もある。先の戦いで動揺した衛のピンチを救ったのもこれを利用した桜花の忠告のお蔭だ。

 

(力の本旨が復讐ならば何も呪詛だけに限った話じゃない。クリームヒルトは自らが復讐を成す為に自分の身を使って外から力を借りて、その復讐を行なった……そもそも私の呪詛自体、衛さんのダメージに類して威力を増す、つまるところ衛さんが危機に応じて私に対する呪力量供給量を増やしているから……)

 

 そもそも権能は人間に振るえない。では何故、例外的な入手方法をしたとは言え、桜花はその力を振るえるのか、答えは単純で、力の主導権があくまで衛にあるからだ。衛の生存が難しくなればなるほど本人が無意識のうちに発する生存本能が桜花に危機を打開する、即ち脅威を滅する呪詛を振るえるようにしていく。

 

 危機下の衛とそれ打開するべく奔走する桜花、その両者の合意でなされる権能の委譲こそが衛の第四権能の本旨だと言ってもいい……ならば危機を打開するための技が何も敵を滅するだけでは無いのではないだろうか。

 

「衛さん」

 

「ん、なんか思いついたな」

 

「はい。衛さんの持つ瞬間移動の権能ですけど……それを私に渡せますか?」

 

「は? そんなこと……いや……」

 

 桜花の思わぬ言葉に呆れた風に否定しようとする衛だったが、神殺し特有の直感が囁いたことで思いとどまる。そして内に意識を向け、権能を自覚してみれば……。

 

「……無理だ。よく分からんがパスが薄い。言葉にするのが難しいんだが……どうやら俺と桜花の現状じゃああくまで第四権能の呪詛委譲が限界みたいだな」

 

「パスが薄い、というと?」

 

「あー、なんて言えば良いんだろ……そうだな、今俺と桜花は第四権能を通じてお互い手を繋いでいる状態、みたいなものだとする。で、それ以上を求めるにはもっと深い繋がり……それこそ互いが互いに文字通り以心伝心出来るぐらいの領域が必要なんだろ。……多分」

 

「む……つまり恋人同士なのにそれほどお互いの絆は強くないってことですか…………恋人同士なのに」

 

「着眼点そこかよ!? てか随分余裕だなこっちは意外とヤバイぜこれ……!」

 

 ジト目で睨んでくる桜花に衛は顔を引きつらせながら声を上げて、抗弁する。余裕そうだが、実のところ、一瞬でも意識を外せば結界を突破されかねないので割りと綱渡りの抗弁だった。二重の意味で。

 

「で? どうすれば深く繋がれるんですか?」

 

「んなもん俺が知るかッ! 第四権能を利用した権能の委譲だろ。お前の考えてることは分かるけど、手元の力じゃ一番経験が浅いもんで使いこなせん。ていうか、一番扱いづらい!」

 

 雨霰雷と天から降らせてくる嵐から結界を維持しつつ衛は言う。曰く、これまでの権能の中でも第四権能の扱い辛さは異質であると。

 

 通常、神殺したる衛含むカンピオーネと呼ばれる者たちはその力を実践の中で掌握していく。アルマテイアの知覚結界をヘルメスの権能に適応させる術や、手に入れたばかりのダヌの権能を見事、使いこなして見せたりと。神殺しは権能を戦いの中で形にしていく。

 

 そして権能は何も手に入れた形から決まりきったものではない。それぞれ神殺しの性格に応じた変化や研究による応用能力と中々にフレキシブルなのだ。例えばアレクは雷を纏って《神速》となるという権能を保持している。これは当初、その扱いづらさにアレクは頭を痛めていた権能らしいのだが、ある日、自らの身体ごと雷と化す事でその欠点を最小化したという。

 

 こうした応用、戦いの中で適した権能に変化、進化させていく特性もまた神殺しが神をして打ち難く、貪欲な獣と呼ばれる由縁であった。

 

 しかしその点、第四権能は衛の感想としては良く分からないものであった。両者の繋がりという曖昧なモノが力の根幹に影響しているのもそうだが、衛自身が己の確固とした意思の下、行使している力と言うわけでもないのがいっそ困惑を加速させる。主導権は己にあるのに行使するのは桜花なのだ。そのズレが衛をして第四権能を扱いづらいと断じる理由であった。

 

「もういっそ、物理的に繋がりを強くしたりすればいいんじゃないのかッ!?」

 

 自棄気味に叫びながら結界を維持する衛。呪力も少ない現状、守り加減を間違えたらそれだけで不味いために桜花に意識を向ける余裕は殆ど無い。それでも会話に応じている辺り流石と言うべきか。勝てる手段を模索することに関してはもしくは神殺し一かも知れない。彼は負けないことに強かった。

 

「物理的に……今が手を繋いでいるという風に現せるなら……抱き合うぐらい?」

 

「桜花……お前、勝てる手段を一緒に考えてくれているんだよな……?」

 

 気のせいか、緊張感が薄れていく現状に衛はボヤいた。対して桜花は数瞬の間をおいて、ピンッと閃いたように顔を上げて、衛の顔を凝視した。それから、視線を右に左と彷徨わせてから……こほん、と何故か顔を赤らめて咳払いを一つ。

 

「なんだ……手短に頼む……!」

 

「……繋がり、深くなれば権能の共有化が可能になる……そうですね?」

 

「ああ……! 多分、なぁ!!」

 

 第四権能の全様は知らないが、恐らくそう解釈は間違えていないはずだ。仮にも共有できるのが呪詛だけとは限らないだろう。主導権が衛にあるという現状さえ変わらなければ他の権能を委譲できても不思議ではない。第四権能の本旨が予想通り、自身だけの力では打開できない今を何とかするというものならば……。

 

「勝つためには、私が瞬間移動か何かでバトラズに接敵し、呪詛の剣で斬りつける必要がある?」

 

「もしくは俺自身が第三権能で何とかする、だッ! どっちかが隙を作ってどっちかの呪詛を当てられればなんとか……!」

 

 上空に浮かぶ、バトラズの隙を見出すにはそれこそ命を脅かす、意識をそちらに向けざるをえない状況を作り出すのが最適だ。衛と桜花の呪詛、どちらも致命となりうるならばどちらも見せて、意識を裂いた方を囮にもう一つを当てることができるはず。

 

「これは勝つための行為、つまりは人工呼吸みたいなものですね?」

 

「………? 人工呼吸? 何言って、るかは知らんが多分そう!!」

 

 桜花の言葉は良く分からなかったが、生き残るためにそうする必要があるという意味では人工呼吸に例えられる。……いや、人工呼吸って何だ。

 

「ちょ……桜花?」

 

「最後に! …………その、しつこいようで嫌なんですけど……責任、とってくれますよね?」

 

「あぁ? 我に策有りってなら応とも責任とってやる。徹頭徹尾お前を信じる。全責任は俺が取るし、死んだらその時、俺の責任ッ、だ!!」

 

 ―――共に往くとそう決めた。ならば戦場を駆ける戦友として、恋人として、信じぬくと心に決めている。だからこそ、その相棒の悪手によって敗北したとしても、それは決断を信じた衛の責任だ。末期であろうと、決して彼女には押し付けまい。そして散り際が彼女と共にというならば、もうそれはそれで納得の行く結末だ。

 

「そうですか……そうですね。それに先に手を出してきたのはそっちでしたし、これはそのお返しと言うことで」

 

「何が……ぅんッ!?」

 

 ……瞬間。瀬戸際の現状も、盾をコントロールする手も、バトラズが繰り出す攻撃も、価値を狙い思考する意識も、その悉くが真っ白な空白に吹き飛ばされた。

 

 顔は白く細い手に平に固定され、唇には柔らかな感触。極近距離にある桜花からは気のせいか、甘い香りまでただよってくるではないか。ではなく……。

 

「―――――!? ―――――!!」

 

「―――もう……うごかないで、ください」

 

 合わさる唇。衛は一度、桜花を助けるためにキスをしたが、その時とは全く違う。緊張か何処か堅い上、不慣れなこともあってか、ぎこちないものである。しかし、深く、深くと、声に聞こえてきそうなほど明確な意思が伝わってくる接触であった。……立て続けに、桜花はさらに深く踏み込んだ。

 

「――――――――!」

 

 口内に侵入してくる生暖かい感触。小刻みに震える舌が衛の舌に触れる。その想像だにしなかった接触にあわや衛は完全に理性を吹き飛ばされかけるが、外因となる雷撃の轟音を聞いて何とか結界の手綱を強く握りこむことで無理矢理、意識を別の場所へ傾け、存続させる。

 

「ダメ、です」

 

 だが、それは桜花の望んだところではないらしい。か細い声で衛を叱ると、行為を続行。熱っぽい視線と深い接触に意識が蕩かされていく。深く、深く、より深く……共に相手を求めるように、熱に浮かされて、安っぽい表現だが、危機の現状も排他され、まるで世界に今、二人しか居ない。そんな感想すら脳裏に過ぎる。

 

 そして……確かに、両者の何かがカチリと繋がる感触が衛の胸に過ぎった。

 

 込み上げてくる熱は闘争心。いや、戦士としての直観か、ともかく今、衛はバトラズを倒す一手に手をかけた。そして、熱が命じるまま、衛は意識と無意識の間で聖句を唱えていた。

 

「たおやかなる乙女よ。夏の日差し、輝かしき皐月の日にすら勝る君よ。この私の命続く限り、私は悉くに遍く全てを叶えよう。放浪する我が身は既に、貴女の輝きに囚われてしまったのだから。貴女の愛を得るために私はあらゆる七難八苦を凌駕して見せよう!」

 

 唱えるや否や視線がブレた。否、知覚範囲が増えた。同時に息が掛かるほどの距離に感じる熱の気配。衛の知覚は桜花と共有されていた。キスを通してより深い域で得た繋がり、それは心は愚か、その感覚すら共有する規格外のものであった。無論、それが限界ではない。力の流れ、繋がりの深くなったパスが断じている。今の衛はその権能すら桜花に託せると。……顔を放す、先ほどまでとは違う、桜花の凛とした顔つき。言葉は無粋だった。

 

「……往くぞ」

 

「はい」

 

 互いに目を向けることすらなく、端的な言葉のやり取りで二人は駆け出した。言葉は不要、やるべきこそはお互いがお互い、言葉を、目線を、交わすことすらなく理解している。今の彼らは文字通りに一体なのだから。

 

「ヘルメスの加護よ―――!」

 

 結界を解除すると同時に地を蹴り、空を走る衛。守りを捨てて接近してくる衛にバトラズはいよいよ勝負を掛けに来たと確信し、壮絶な笑みを浮かべる。

 

「盾を捨てたか……その勇猛、果たして届くや否や!?」

 

 バトラズが言うと嵐の勢いが強くなる。風が、雨が、衛の行く末を阻み、さらには雷撃が衛を撃ち落さんと牙を向く。轟々と耳に響く脅威の音色にしかし衛は攻めることをやめない。アルマテイアすら展開せず、ただ一言、乾坤一擲の呪文を唱える。

 

「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ―――さあ、簒奪者よ。恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉える―――――!」

 

「権能封じ……が、しかし脅威と分かっている一撃を浴びるほど今の俺に慢心は無い!」

 

 衛の手元に現れた短剣を見て、バトラズが吼える。より苛烈な落雷を持ってして衛を近づけまいとする。だが、次の瞬間、衛は自らが持ってして当てるのではなく投擲と言う手段にて一撃を放っていた。

 

「―――そんな一撃が……!」

 

「いいえ、通します!」

 

 迫り来る短剣、それを暴風を持って彼方にやろうと風を向けたその刹那、パッとコマ送りのようにして現れた桜花がその短剣を掴み取っていた。

 

「瞬間移動だと!? まさか巫女! 貴様もその手合いだったのか!?」

 

「参ります!」

 

 驚愕するバトラズに言葉を返すことなく、自身を鼓舞する宣誓だけを口ずさみ桜花が往く。そして気付いた、桜花の足を覆う蒼天の具足に。

 

「まさか……権能の譲渡だと!? 人の身で権能を操るなど……!!」

 

「今だ打ち据えろ、アルマテイアッ!!」

 

『Kyiiiii―――!!』

 

「ぬうううう!?」

 

 驚愕するバトラズ、その隙をついてヘルメスの権能を桜花に渡したことで落下していく衛が意識の間にアルマテイアの稲妻を挟み込む。主の命を忠実に実行するアルマテイアは動揺で動きの止まったバトラズを容赦なく打ち据える。自慢の防御力が封印されている以上、まともに喰らうわけには行かないバトラズは嵐の権能でそれらから身を守り……亀になったバトラズの隙を桜花は見事、突いてみせる。

 

「覚悟―――!」

 

 必至の間合い、この距離で奇形の剣が目測を誤ることはありえない……!

 

「舐めるな……神殺しの巫女!!」

 

 刹那、バトラズが掻き消える、同時に膨張する暴風。台風と見紛う暴風圏に加え、目的が消え失せたことで桜花の携えた奇形の剣は封印すべき相手を見失って宙を彷徨う。バトラズは疾風となりて、その、無防備な……現状最も脅威的であり、潰し易い相手の元へと駆けつける。

 

「またも一手、誤ったな神殺し―――!」

 

 そう、権能を譲渡したことで空に無防備なまま投げ出された衛の下へ! 

 

 今の衛を守るモノは無い。ヘルメスの権能は桜花に委譲している、アルマテイアの権能は間に合わない、衛の剣たる桜花もまた遥か距離は彼方にある。空中、ましてや神殺し随一に近接技能を持ち合わせていない衛はこの距離においてバトラズに対する対抗策は無い。

 

「俺の勝ちだッ!!」

 

 確信と歓喜に満ちた声と共にバトラズは雷撃を打ち据えるために呪力を手繰り……。

 

 

「いや、今度は詰めだ」

 

 

 空中で身を翻し、衛は打刀を確とバトラズに突き立てられていた。

 

「なっ、ハァ、がああああ!?」

 

 想定外の反撃に直撃したバトラズは驚愕と悲鳴を上げる。空中と言う絶対無防備な空間で身を操る体術もそうだが、意識を縫って押し貫いてくる虚実の太刀は正しく桜花が体現するもの。

 

 事ここに至ってバトラズは衛らが操る権能の真髄に気がついた。

 

「共有化……権能すら含めた両者の技能の全てを……!」

 

「そういうこった……さあ、止めだ」

 

 衛に残る最後の呪力が活性化する。そう、刃は既に通っている。復讐の呪詛、その使い手は桜花だが、共有化している今なら桜花の技能ごとその力すら操ってみせる……! 英雄殺しの毒。直接注ぎ込めば確実にバトラズとて滅する。

 

「俺の勝ちだ」

 

「………フッ、見事―――」

 

 不敵に微笑む衛にバトラズは思わず苦笑を浮かべた。そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「万雷を齎せ……ケラウノス」

 

 ―――衛のアルマテイアすら凌駕する黄金が二人の影ごと染め上げた。

 

「ぐおお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

「なっ!? がああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 共に戦いの終着を見た刹那に満たされる望外の現象。お互いがお互いしか目に入っていなかったが故に、まともに直撃した両者は悲鳴を上げて墜落していく。

 

「衛さんッ!?」

 

 誰も予見していなかった現象と一瞬にして瀕死となり落ちていく衛に桜花は思わず悲鳴を上げながら飛びより横抱きにして受け止める……重症だ。想像を絶する雷撃により衛の体は黒く焼け焦げている。また呪力も使いきったことと、疲労も相まって神殺しの頑丈さや自然治癒能力も効きが遅い。

 

「―――嘆かわしい。仮にも神の末端ならばその無様は何とする」

 

 響く声、桜花は知らず、己が飛ぶ空より高い天空を見上げていた―――男が居た。

 

 ギリシャの石像を思わせる造りに一切の不備が無い、さながら黄金律が如き若い肉体を持つ男。トーガを身に纏い、黄金の眼で桜花たちを、否、地上一切を睥睨するような眼差し。風に靡く金髪は獣の王たる獅子のようだ。是非もなく叩きつけられる荘厳なる気配に……もはや疑うべくもない。

 

「まつろわぬ神……!」

 

「うむ、我が神である。その畏敬、苦しゅうないぞ。巫女よ」

 

 戦慄する桜花の言葉に一つ、頷きを持って応えた黄金の神はそれ以降、桜花に興味を失ったように見える。代わりに衛ごと打ち据えた神……剣神バトラズへと目を向ける。

 

「はは……神々の王よ、如何に貴方とはいえ無作法が過ぎるのでは?」

 

 言葉こそ、友好的で笑いを浮かべているが、その気配、その立ち振る舞いはこれ以上無いほどの怒気を秘めていた。いうなれば噴火直前の火山と言った風だろうか。

 

「窮地を救われて礼の一つも無いのかな?」

 

「……窮地であったことは認めよう。されど、純然なる死闘の結果なれば、その結末に後悔無し。尋常な戦の末、与えられるはずの勝利を横から他者に掻っ攫われる無作法よりは遥かにマシな結末よ。なあ、おい、如何な理由持って我が宿敵の勝ちを取り上げた―――神々の王ゼウスよッ!!!」

 

「ゼウス……!?」

 

 バトラズが赫怒の咆哮とともに挙げた名に桜花は戦慄した。神と言う存在、その中でも全世界で通じる知名度を誇る神名は恐らく彼を置いて他には無いだろう。神話や歴史に興味を持たなくなっている昨今の若者ですらその名は解するはずだ。

 

 ゼウス。ギリシャ神話に君臨する主神。神々の王。天空神。

 

「そんなものは決まっておろう。その力、獣如きにやるは惜しかろう。何、神の末端にありながら勝敗の有無でその力を奪われることをよしとする様な愚か者には勿体無かろうが―――故に」

 

 つまらなさげに、無作法に、無造作に、当然のようにゼウスは言った。

 

「《鋼》の権能、我に献上せよ」

 

「ハッ―――たわけッ!! 貴様などにやるものなど欠片も無いわ―――――!!!!」

 

 瞬間、嵐が蒸発した。周囲の水分ごと燃やし尽くして天候状態すら変える灼熱。封印されたはずの《鋼》の力、剣の権能を憤怒の形相で発露される。権能封じは強引に打ち破られ、代償にバトラズは霊格に致命的な傷を負うが、構うものかよとばかりにゼウスに突貫した。その執念、その偉業に、ゼウスは一言、

 

「下らん」

 

 光が収束し、放たれた。音すら引き裂く黄金の輝き。バトラズの操っていた雷撃や衛の稲妻に匹敵、或いは凌駕するほどの強烈な熱量と衝撃を纏った雷がバトラズへと刺さる。

 

「ぬぐぐ、おお、おぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉ!!!」

 

 されど、止まらぬ。満身創痍になりながらもバトラズはゼウスに接敵し、最後の力を振り絞って黄金の剣を手元に宿す。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

 

 妄執の叫び、剣神バトラズが成す乾坤一擲の一撃がゼウスに向けて振り下ろされて……。

 

「――――――――ガ」

 

 ザシュと、強引に肉を食い破られたような音が無慈悲に響き渡る。突き刺さるゼウスの腕。

 ―――――バトラズの心臓をゼウスの手が掴み取っていた。

 

「廻れ、簒奪の坩堝。災禍の果て、希望(エルピス)を齎す《簒奪の甕(ピトス)》よ。この《鋼》の英雄が持つ武勲の数々、我が勝利を持って悉く拭い去りたまえ!」

 

 ゼウスの聖句。唱えられると同時にバトラズが纏う呪力が、突き刺さった腕をそのままにゼウスへと流れ込む。それはさながら吸収するかの様に……《鋼》の霊格が、権能が、ゼウスに簒奪されるが如く!

 

「馬鹿な、神々の王ッ! 貴様は……!?」

 

「我が供物となれ、最源流の《鋼》。何、その命も力も粗末にはせぬよ。全ては神々の本懐を遂げるがために……!」

 

 そうしてバトラズは力を失い、石となって砕け散る。残ったのは呆然と見上げる桜花と忽然と佇むゼウスのみ。やがてゼウスは無造作に腕を振る。瞬間、黄金の剣が彼の手元に顕現する。

 

「うむ。上手く言ったな。これならば順次問題あるまい。さて……」

 

 そのまま、ゼウスは用済みとばかりにこの場を去ろうと身を翻すが……。

 

「待てよ、クソ神。何でテメエがここに居る?」

 

「衛さん!? ご無事で―――」

 

 意識を取り戻したのか言葉を発する衛に桜花は安堵の声を挙げるが、その声も途中で閉ざさざるを得なくなる。何故なら……かつて桜花が見たことすらない憎悪、怒り―――それら負の感情が一週廻って冷えたとも評すべき、底冷えどころか恐怖すら覚える冷気を衛は纏っていた。

 

「愚問、我の目的は顕現した時より寸分も違わず。故の来訪だ……ふむ、まさかなんだ? 貴様如きのために態々我が足を運んだとでも? ―――ならば思い上がりも甚だしい、獣一匹。神々の王たる我が足を運ぶほどのものかよ」

 

 それは嘲笑ですらない呆れだった。この神、ゼウスは当然のように衛という神殺しを脅威を感じていない。その五年前から変わらない態度が衛の心に灼熱を及ぼした。

 

「ゼェェェェウスゥゥゥァァァアアアアア!!」

 

「吼えるな、喧しい」

 

 桜花の下から飛び出して、理性も吹き飛ばしたまま根性で練り上げた呪力でヘルメスの具足を顕現させる。そのまま殴りかかる衛であるが、理性も無くその上満身創痍も余って呆気なく雷になぎ払われる。

 

「ぐぎ、ぎゃがあああ!?」

 

「……衛さん!?」

 

 再び一撃で意識を吹き飛ばされる衛。もはや立ち上がることは幾ら神殺しでも不可能であろう。

 

「フン、これ以上、噛み付かれるのも面倒か。ならばいっそ、このまま……」

 

 疲れたように衛を睥睨して、僅かに呪力を高めるゼウスに桜花は思わず身構える。そのまま戦いなどとは最悪も最悪だが、だからと言って投げ出し、諦めるほど今の桜花は素直では無い。このまま戦うことも辞さぬと桜花は倒れた衛を庇うように構えて……。

 

「……追いついたぞ」

 

 ぶっきらぼうに響く声。瞬間、またも第三者の介入が起こる。軽く身を引くゼウスの脇をバチバチと発光する光弾が過ぎる。ゼウスが攻撃方向へと振り向く……そこには空に浮かぶ黒いシルエットがあった。

 

「速いな、メディアを抜いたか。神祖とはいえ、足止めの貴様ら獣が相手ではこれぐらいが限界か」

 

「あの女程度に手こずるものか。それよりも貴様だ、グィネヴィアと共にいるまつろわぬ神と聞いて、どんな酔狂な神かと思えば、まさか貴様ほど高名な神を引くとは思わなかったぞゼウス」

 

 ところどころ解れ、焼け焦げた跡のあるダークグレーのジャケットを身に纏った長身の男。まつろわぬ神、堕天使レミエルから奪い去った権能にて興味が趣くまま傍若無人に駆け巡る怪盗が如き男。

 

 英国の神殺し―――アレクサンドル・ガスコイン!

 

「ふむ、面倒な。目的もすんだ。我は身を引くとしよう」

 

「逃がすと思うか?」

 

「否、これは神の決定である。獣如きが覆せるものか」

 

 言った瞬間、ゼウスはその身を鳥に変貌させ、とんでもない勢いで離脱していく。

 

「待て……!」

 

 その後を追撃せんと行動した瞬間……天空から予期せぬ雷撃が突き刺さる。

 

「ッ!?」

 

「チィ―――!!」

 

 狙いはアレクではなく、衛を抱える桜花。咄嗟のことに桜花は判断に遅れ、あわや直撃と思ったが《神速》となりてアレクが行動を起こす。衛を抱える桜花ごと強引に軌道上から引っ張り上げ、雷撃を回避させ退けたのだ。

 

「あ、あの……ありがとうございます」

 

「礼はいい。……フン、逃げられたか。腹だたしいが、今はコイツか。随分とまあ派手にやられたものだが……三日ほど病院に放り込めば十分か」

 

 ふわりと、地上に降り立つアレクに倣って、礼を言いながら桜花もまた下りる。すると、アレクが焼け焦げた衛を見て、呆れ混じりに言う。

 

「事は済んでいるな。ならさっさとあの女にでも連絡するといい。そのままでもそいつは勝手に回復するだろうから病院の部屋だけ確保しろとでも伝えろ」

 

「え? あの……」

 

「……なんだ?」

 

「すいません、多分アリスさんのことを言っているのだと思うのですが……私はその連絡先を知らないんです」

 

「……………はぁ」

 

 桜花の言葉に壮絶嫌そうな顔をしたアレクは懐から携帯電話を取り出すと何処かへ連絡する。といっても会話の流れから相手は明白だが……。

 

 ―――バトラズは散り、ゼウスは消えた。一件落着とはとても言い難いが、ともあれ英国を巻き込んだまつろわぬ神の一件はこれにて幕を下ろしたのだった。




これにて決着。

次回にエピローグやって英国編終了!
思いの他長くなったぜ。

後は閑話でアレクの行動とかその他色々やった後、今度は日本に戻ります。


まあ、その前に作者はFate/HFとか見る予定だから、いつ投稿かは知らん。
すまない、趣味全振りの作者ですまない……(謝るが反省しない)。


後、今回二万字一歩手前の文字数と、途中でデータ消し飛んだ衝撃で意識と無意識の間を彷徨いながら書いたので誤字とか脱字の確認はしていない。

すまない、ダメ作者で本当にすまない(やはり反省しない)


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過去の残滓

Fate/HFやっべぇ、マジやっべぇ。
語彙力崩壊するほどヤベェ。

まだ行っていない方は是非に劇場へ!

但し行くなら一人か同性の友人がよろし。
間違っても両親や兄弟、恋人と入ってはならぬ()


 ―――ふと、誰かの夢を見る。

 

 頬撫でる穏やかな風、朗らかな日の輝き、そして心落ち着く潮騒。

 蒼穹の青空は天高く、此処が異国の地であることを示している。

 

 そこに二人の人影がある。片方は少年。片方は女性。

 年の差は遠く、顔立ちも異なるのに何処か似た雰囲気を纏っている。

 ともすれば母と子のように。

 

 見覚えのある少年が口を開く。

 

『アルマテイア……いや、女神―――』

 

 言葉が風に攫われる。

 或いは、少年が知るその名こそがかの女神の真の名。

 

 彼と彼女の絆なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 目が覚める。いや、眠った記憶は無く、かといって現実に起きていた記憶も無い。ただ気がつくと己が数瞬前まで無意識であったのだと自覚した。そういった意味では目が覚めるという表現より、覚醒するという表現の方があっているかも知れない。

 

「ここは……」

 

「ロンドン市内の病院です。全く……驚きましたよ? 直前まで呪力の消耗や多少の手傷はあれど寝込む兆候を見せなかった貴女が突然倒れるなど、呪いか何かか少し肝を冷しました」

 

 茫洋とした気のまま右往左往と顔を向ければ、掛けられる穏やかな声。目を向ければそこにはベッドの横にある椅子に座り、こちらに目を向ける女性……『賢人議会』の重鎮、アリスが困ったような微笑を浮かべている。

 

「それで大丈夫ですか桜花さん。お抱えの医者曰く大事無いとのことでしたが……」

 

「えっと……はい、特に異常は。身体の節々が痛むのと少し呪力を消耗していますが……でも、ベッドの上? 倒れた……?」

 

 考えが纏らない。というより感覚がどうにもふわふわしている。桜花は何となくそれを自覚しながら何がどうして今に至ったのか思考を回して、

 

「―――――あ」

 

 思い出す。剣の神バトラズとの死闘。その最後に現れた新たな『まつろわぬ神』、そして激情のまま雷火に直撃し、地に墜ちていった衛。

 

「そうだ! 衛さん! 衛さんはご無事なんですかッ!?」

 

「開口一番に話題がそれとは、ふふ……微笑ましいですね。彼ならば既に回復しておりますよ。まだ目は覚ましておりませんが、傷や呪力自体は貴女が目覚める一日前に完治しておりましたので流石は神殺しといった所でしょうか」

 

「そうですか、良かった……」

 

 ほっと息を吐く桜花。無防備な状態で二度もかの大神の一撃を受けたのだ。万が一が有り得たがためアリスの言葉に安心する。

 

「さて、本来ならば彼に直接言うべきですが、先に功労者たる貴女に言っておきましょうか―――この度は我が愛国を『まつろわぬ神』の脅威から救ってくれたことに感謝を。賢人議会を代表して此処に感謝の意を述べさせていただきます。本当に、ありがとうございました桜花さん」

 

「そんな! 私は何も……直接矛を交えたのは衛さんですし……」

 

 流石は貴い血筋(ブルーブラッド)というべきか、至極丁寧な所作で感謝を述べるアリスに思わず桜花は両手を振って、謙遜する。高貴な身分の彼女に対して畏れ多いということもあるが、神々と真っ向から戦い、撃退せしめたのは衛の功績だと思っているが故に。

 

「いいえ、彼ら神殺し(カンピオーネ)と同じく戦場を共にし、神々と戦った。この英国を脅威から救ってくれた。それは誰にでも出来る事ではありません。我々のために戦ってくれた貴女も十分以上の功労者なのです。どうか感謝を受け取ってください」

 

「ええっと……はい、分かりました」

 

 これ以上はかえって失礼に当たると穏やかな表情でアリスの感謝を受け入れる桜花。衛の補佐という甘粕に近い立ち位置であった桜花にとって、こういった公式の場でお礼を言われるのは経験の無いことだったので、戸惑いを隠せない。

 

「そ、そうだ! 私、倒れていたみたいですけれど前後の記憶が曖昧で……アリスさんは私が倒れたって言いましたけれど……?」

 

 困った桜花は話題を変えるため、気になっていた自身についてをアリスに問いかける。

 

「ええ。こちらに貴女とアレクで際に突然、貴女が倒れたのです。何ら兆候が無いものですからもしや呪詛か何かを受けたのかと思い、こちらの呪術者に検査してもらったのですけど、原因が分からず……ですからこうして貴女が目を覚ましてくれて安心しました」

 

「私が……倒れた?」

 

 改めて言われて見れば途中気を失った気がしなくも無い。だが、前後の記憶が自分で言ったように曖昧にボヤけたままだ。『まつろわぬ神』との戦いや、衛が重症を負った事や、かの大神の登場などで思っている以上に消耗していたのだろうか。

 

「夢、そういえば、寝ている間に誰かの夢を……」

 

 アレは何だったのだろうか。

 

「何か思い当たるところが?」

 

「……強いて言うならば権能を人の身で行使した影響かも知れません。衛さんが持つ第四の権能。その力によって人の身で有りながら権能を振るうことが出来ましたけど……もしかしたら何か副作用があったのかもしれません」

 

「権能の共有化……ですか。それはまた珍しい力を……。確かにそれならば合点がいきます。如何に王の力といえど人の身で権能を行使するわけですから何らかの影響が出てもおかしくはありませんね」

 

 納得したようにアリスは頷く。

 

「あ、そういえばアリスさん。英国の神殺し……《黒王子》アレクサンドル・ガスコインさんはどちらに? 私共々衛さんを助けてもらいましたからお礼を言いたいんですけれど……」

 

 最後、大神ゼウスによって追い詰められた衛と桜花の窮地に登場した英国に根を張る神殺し。彼の存在がなければ衛も桜花も危うかったかも知れないのだ。

 

「ああ、アレクサンドルですか、彼ならば……」

 

 

………

……………

………………。

 

 

「《鋼》とは英雄神、戦神、闘神、武神、そして軍神の中でも取り分け外敵をまつろわぬ不死の神々を指す言葉だ。蛇と竜の征服者。お前の戦ったバトラズ然り、バルカンの老害が呼び出したジークフリート然り」

 

 竜を殺して自身の血肉に変えたバトラズ。悪竜ファフニールを殺し不死性を得たジークフリート。人の世を脅かす竜を下ろして何かを得る。そういった典型的な英雄譚、ペルセウス・アンドロメダ型神話と呼ばれる神話体系を逸話に持つものは《鋼》に数えられる。

 

「貴様が覚えていること前提で話すが『最後の王』とやらが実在するとした場合、《鋼》の英雄、その何れかが該当すると見て間違いないだろう『この世最後に顕現する王』などと眉唾な話ではあるが、救世の英雄、ということならばその属性が《鋼》であることにも納得はいく」

 

 グィネヴィアのことと自身の興味、そのことから『魔導の杯』に関する研究や組織運用の傍ら『最後の王』とやらに関する調査を行なってきた。今回の一件……ナルト叙事詩の英雄バトラズに関しても実のところ、少なからず可能性のある候補として調査していた。

 

「元々、ナルト叙事詩は神話ではなく民話だが、その価値は神話に匹敵する重要さを持っていた。ギリシャ神話とのパラレルもそうだが、これを謡った遊牧騎馬民族スキタイは《鋼》を広く伝播させた重要な民族だ。ともすれば神話の原型にかの民族が謡った民話が重要なものと見なされるのは当然の話だ」

 

 加えて、彼らは生活習慣に武功を立てたものだけが酒宴において酒を飲めるという独特の文化を持っていた。各地首長の判断により酒宴において酒を飲めるか否が決められ、飲めるものは真なる勇士として、飲めぬものは未熟者と恥辱を飲む嵌めになる。ナルトの伝説に記された魔法の杯の原型はこの酒宴、酒が飲めるか否かで真なる勇士を定める生活習慣に求められるとされる。

 

「他にも黄金の杯と連中の伝説には聖杯の影が踏めるが……まあいい貴様には関係の無いことだろう。話を戻すと、つまるところバトラズとは最源流。最も忠実な《鋼》の一つと言える」

 

 その逸話は生涯を通じて剣の暗喩(メタファー)。最後に剣を投げ捨てることによって生を閉じることは即ち、彼自身が剣であった事の証明だ。つまりは剣神。剣の化身。それこそがバトラズの本質である。

 

「不死にして《蛇》の征服者。剣神という特性に加えて、「石」「火」「風」「水」の神話的共生関係の手順を踏んで完成する英雄。しかも《鋼》の伝播に関わったスキタイの者共が謡った英雄ともなれば、或いはとも考えたが違ったようだ。だが、これで一つ分かったこともある。『最後の王』とは《鋼》だけでは……」

 

「あー、アレク先輩」

 

「何だ……?」

 

 衛の声にやや不機嫌そうな声音で答える男……アレクサンドル・ガスコインその人。大方、考察の言葉を途中で食い止められたのが気に喰わなかったんだろうが、どうでもいい。

 

「さっきから聞いていると、気のせいか先輩は事の顛末を把握しているどころか、今回英国に襲来した『まつろわぬ神』の正体も特性も十分以上に理解しているみたいだけど?」

 

「ふん? 知っていたとも。そもそもグィネヴィアの奴は『最後の王』とやらを追っている。あの女が目に付けるところで《鋼》……スキタイの英雄については可能生として考えていた。奴がジョージアに動いたと聞いた時にな。今更アレスに『最後の王』は求めまい、ならば候補としてスキタイの英雄が上がるのは当然だろう」

 

 何を言っているのだお前は、とでも言いたげな表情で馬鹿を見る目で衛を見るアレク。その言葉に遂に衛は爆発した。

 

「そういう大事なことは予め伝えとけよ! お前が知っていることを知っていれば態々、あの神に関する考察で悩むことも無かったんだけど!?」

 

「必要な情報は伝えた。ならば後は勝手に辿り着くと考えたまでだ。事実、お前たちは正体に辿り着いただろうに」

 

「ああ、辿り着きましたとも! だが、それは結果論だろうが。先輩がもっと早く伝えていれば事はもっと早く済んだだろ! ていうか人に丸投げしておきながらよくもまあ厚顔無恥な!」

 

「それは貴様の手際の問題であり俺の関与するところではない。それに俺は先を見通して動いたまで、手前の脅威を払ったところで元凶が居る以上、事件は続く。その連鎖を断ち切る上の計画的な行動だ。厚顔無恥の謗りを受ける謂れはない!」

 

「良くいうぜ、口では計画いうくせに何時も最後は条件反射の行き当たりバッタリじゃねえか。大体、今回だってその元凶を逃がしたみたいだし? 寧ろ、英国をキッチリきっかり護った俺と違って先輩は問題起こすだけ起こすだけ起こしておいて何も解決できてねえじゃねえか!」

 

「それは貴様の尻拭いをする嵌めになったせいだ! 貴様が四年前にあの神を仕留めなかったがために俺があれと交戦する嵌めになったのだ! 第一、貴様がアレを仕留めていればグィネヴィアが唆されてあの《鋼》の英雄を蘇えらせることも無かったろうに! 戦犯を挙げるならばそれは貴様だ!」

 

「ハァ!? 自国を他国の王様に守らせといてよくもそんな口が聞けたなオイ! しょっちゅう何かにつけては後始末を俺に回しやがって! 傍迷惑さではヴォバンのクソジジィと変わらないっつうの! この放蕩王子!!」

 

「貴様……! 貴様こそ、護ったと口で言う割には随分な被害を出しているようだな、自然公園の壊滅的被害を抑えるどころか増長した時点で貴様も『まつろわぬ神』と変わらんな! 周囲への配慮なしにただ暴れるからこうなるのだ! 護ると口ずさむならばもっと上手くやって見せるのだな!!」

 

「っざっけろ! 周囲への配慮とかどの口で言いやがる!!」

 

 ギャーギャー喚く神殺し二人。周りからすればどっちもどっちという言葉が送られるのだが、俺は悪くねえという意識が共通している二人からすれば、必然、お前のせいだという水掛け論になる。そのまま、二人は軽く十分ほどブーメランを投げ合ってからようやく落ち着く。

 

「チッ、まあいい。俺の代理を務めたことに関しては礼を言ってやる。後で『正史編纂委員会』に正式な書状を送りつけてやるからそれで満足しろ」

 

「うーわ。超上から目線。コイツ本当にどの口でいうんだろうな」

 

「黙れ。そもそもこの一件に貴様を関わらせたのはあの女の意思によるものであり、俺が関与するところではない」

 

「本人は先輩が俺に任せればと丸投げしたと言ってたけどなァ」

 

「…………」

 

 この時、アレクの脳内にニコニコと嫌らしい笑みを浮かべるアリスが現れた。二割ぐらい本気で『賢人議会』を吹き飛ばそうか迷った。

 

「で? 話をだいぶ戻すが、ここは何処だよ」

 

 病院であることはわかるけどと周囲を見渡す衛。起きがけに軽い挨拶をするや否やバトラズに関する薀蓄と事の顛末を語りだすアレクのせいですっかり忘れていたが、気絶した衛からして今の状況は把握できていない。

 

「ロンドン市内の病院だ。あの女が手配した……フン、文句をいう力があるところを見るにもう全快した様だな」

 

「俺の権能は回復にも使えるからな……何? 態々心配してきたのか? まさか、先輩が?」

 

「俺は偶々立ち寄っただけだ。それにお前に同行していた娘の容態も気になったからな」

 

「はっ? 桜花がどうかしたのか?」

 

 アレクの言葉に途端鋭くなる衛の目つき。瞳に輝く剣呑な輝きは何かがあったならば加害者はただでは置かないという無言の圧力が見え隠れする。

 

「貴様の思っているようなことは何も無い。寧ろ何も無いからこそ、気になったのだ。だが、まあ大事に至るほどの問題はあるまい」

 

「……ま、アレク先輩がいうなら大丈夫か。俺はもう回復したし、後で顔を出せば良いし」

 

「部屋は階段を上がって奥だ」

 

「了解」

 

 端的に言うアレクに端的に返す衛。流石は先輩と後輩などとアリスに称されるだけ合って、お互いの一線に触れなければ他の神殺しらと違い友好的で在れる。

 

「じゃあ、アレク先輩が今まで何をやっていたかでも聞こうか。実のところ、気になる所が多くてな。グィネヴィアとの因縁やアレク先輩の追っている『魔導の杯』やらはともかくとして、あの駄神に関するところを特に詳しく、こっちは俺の個人的な事情だし、桜花もいないし、丁度良い」

 

 言うと衛は普段の衛からは考えられない冷酷とも取れる表情をする。そんな衛を見て、何か思うところがあったのだろうアレクは一度、衛の顔を見てそれから一つ、鼻を鳴らす。

 

「……フン、良いだろう。此度の一件の報酬代わりに聞かせてやる。俺も二度と邪魔されるのはゴメンだからな。そちらで始末するというならば一向に構わん」

 

 普段のアレクならばレポートにでも纏めて丸投げするところだろうが、一応借りを返すというつもりもあるらしく衛の言葉に応じる。変なところで律儀であるのだ、この先輩は。

 

「あれはコーカサス山脈でのことだ―――――」

 

 そうして話題はかの神に関して。衛と因縁深い『まつろわぬ神』、ギリシャ神話に名高い偉大なる大神ゼウス。かの神と交戦することとなった顛末をアレクは語りだした……。




ところで、Fateはもうすぐ十五周年だが。
月姫は……まだか………(血涙)

グランドオーダーが流行っているからそっちに力を入れるのは企業として当然なのはともかくとして、昔からの型月ファンに対するサービスがあってもいいんじゃないかと私は個人的に思うのですがそれは。

まほよ続編でも良いのよ?


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幕間:英国後日談
相争う二つの雷


また更新の間が空いてしまった……。

これは言い訳だが、データを二度も吹き飛ばされ、ついでにやる気も吹き飛ばされてしまったのだ、許してつかあさい。


 神殺し(カンピオーネ)、アレクサンドル・ガスコイン。今や八人と居る人類史上最強の戦士たる神殺しの一人であり、英国に根を張る今世四人目の王である。

 

 黒王子(ブラックプリンス)の異名を取るかの王は、しかし他の王らと違う特質性を持った者であった。それは彼が戦士ではなく冒険家、トリックスターなどと呼ばれる由縁。並々ならぬ好奇心である。

 

 神殺しといえば程度は違えど過去の存在も含め、神すら打ち砕く闘争心の塊のような存在であるが、彼ら歴代の例と異なりアレクは肉弾戦を好まず、もっと言えば無駄な交戦を嫌っていた。戦うのも、あくまで己の好奇心故。だからこそ、興味外、好奇心外のことについては割りと投げやりな面を持つ。

 

 過去には幾度か神々やその遺跡に干渉しては、それが自分の目的外のものだと知るや否や面倒は嫌いとばかりに放置、或いは封印措置を行い、神速の足で逃亡するというまさに傍迷惑の極みを少なからず行なったりしているほど。そのたびに、何処かの同盟者が尻拭いに走っていたりするのだが……関係ない話題ゆえ割愛とする。

 

 ……そんなアレクだが、今現在、彼はジョージアを経由しコーカサス山脈―――カフカス山脈とも呼ばれる黒海からカスピ海の東西に走る山脈に足を運んでいた。ギリシャ神話ではゼウスがプロメテウスを鎖で繋いだ山としても知られる神話の息吹が色濃く残る山脈である。特に此処―――アレクが登るカズベク山は。

 

「……チッ、多少は防寒対策をするべきだったか」

 

 ザクザクと雪を踏みしめながら何時ものスーツ服というとても登山に挑む格好とは思えない超軽装備。コーカサス山脈としては七番目、コーカサスの火山としては二番目を誇る標高五千メートル級の山をスーツ姿で多少寒い程度なのだから、やはり彼もまた神殺しだった。

 

 現在標高四四〇〇メートル付近。既に周囲の景色からは白以外の色は消え、天には群青の空。太陽は燦々と遮るもの無き山に降り注いでいる。目指すところまでは後六百弱というところか。

 

「スキタイの英雄、仮にそれを呼び起こすつもりならば相応の魔術儀式が必要なはずだ。あの女に縁がある神ならばともかく、異国の神を呼び込むのは神祖だろうが、相応の手順を必要とするだろう」

 

 グィネヴィアの暗躍。ジョージアでかの神祖が暗躍する気配を察知した時、すぐに思い描いたのは彼女の目的とそれに合致しうる伝説の存在だ。

 

 ナルト叙事詩―――。スキタイの民族に伝わる民話ではあるが、創造神話や古代神学に匹敵する価値を有する特別な民話である。そしてその民話には最源流の《鋼》と呼ぶに相応しい神格……英雄が存在していた。

 

 ナルトの中でただ一人、欠点を持たないとまで呼ばれ、一時的とは言えナルタモンガ……ナルト叙事詩産の聖杯を手にしたナルトの戦士バトラズ。八年前から、否それよりずっと以前から『最後の王』なる存在を求めるグィネヴィアが目をつけるだろう存在。

 

 そしてその存在を仮に蘇えらせようと言うならば《鋼》に関係深い火山であり、ギリシャ神話のプロメテウスを封じた霊地でもある此処、カズベク山を召喚の地として選ぶだろうことを予想し、アレクはこうして足を運んだのだ。

 

「赤熱する肉体、雷雨と共に地上へ落ち、海で硬化し、陸へ戻る。携える剣を海へと返せば命を失うナルトの英雄……フン、これほど典型的な剣神もそうは居まい。仮に『最後の王』なる存在が真に救世を成す英雄ないしはそれに順ずる神格だというならば、その属性に《鋼》は必須」

 

 恐らくは、いや十中八九バトラズは最源流の鋼。ならばこそ、或いは『最後の王』であるという可能性をグィネヴィアが考えることに何ら不思議は無い。それにそう言った宿敵との要素を覗いて、単純にアレクとしても興味があるのだ。

 

「曰く、魔法の杯ナルタモンガ。聖杯は東方由来の伝承であるとは聞く話だが、ナルト叙事詩、いやスキタイの文化様式は杯を神聖な一品とする文化を有する。ましてや鋼の伝承者。聖杯を保有する可能性は少なく無いだろう」

 

 『魔導の杯』ひいては聖杯。それは長年、アレクがただ興味と好奇心がため研究・調査をし続ける一品である。聖杯それ自体はただの大呪力プールであるということは既に数年前、高名な魔術師との会話で把握している。だからこそ、別に聖杯を手に入れて何かをしたいと言うわけではないのだ。

 

 ただ興味をそそられた。手にとって調べてみたくなった。そして価値が無いならば別に固執する必要も無い元に戻すか、蔵にしまうか……とどのつまり、悲願でもなんでもなくアレクはただ知りたいからという至極単純な理由で聖杯を追い続けていた。

 

 その結果、各所で魔術結社と戦争したり要らぬ騒ぎを掘り起こしたりしているのだから傍迷惑此処に極まれりである。

 

 場合によってはヴォバンを始めとする好戦家たちよりも世に迷惑を掛ける神殺しの一人として名が挙がるだけはある。本人は否定するだろうが。

 

「……む」

 

 と、山頂目指し歩を進めるアレクが突然、足を止める。というのも踏み出した足に違和感を感じたからである。もうじき、山頂。仮にアレクの勘が当たっているというならばグィネヴィアは神を召喚する儀式を山頂で行なっているはず。

 

 ならばこそ、邪魔をされないため進入を拒むための結界、ないし門番を用意している可能性は少なくない。そして、アレクは足を止め周囲の気配を窺い……。

 

 ―――己に向けて放たれた呪力の気配を察知した。

 

 次いで爆音。アレクが立っていた地点に向けて放たれたのは現代魔術師が驚愕するほどの強烈な呪力弾。いや、もはやビームに近かった。回避すら間も与えぬ呪力ビームは一度だけではなく二度、三度と重ね打ちされ何条にも重なるそれは生身の人間であればとっくに蒸発するほどの熱と威力を誇っていた。

 

 やがて、ビームが止んだ頃には雪は解けきりその下の地面は焼け焦げる所か崩落していた。爆心地もかくやという惨状である。

 

 モクモクと自然の景観を崩すような黒煙が止まぬ中、何も無い空間から突如として人影が現れる。限りなく黒に近い紫色のローブとローブに編みこまれる金色の刺繍。およそ現代人が考える魔女のイメージをそのまま表したかのような出で立ちだ。

 

 両手にはアメジストかを思わせる巨大な宝石が先端に据えられた金色の杖を持っているのだからよりいっそ魔女らしい。

 

 魔女の如き人物はそのまま杖を抱えて、ゆっくりと黒煙へと歩き出す。そして一歩、一歩踏み出すごとにその背後にはポツポツと無数の魔法陣が浮かび上がる。幾学にも複雑な紋様を描くそれは現代魔術師がみれば腰を抜かすだろう。何せ、含まれる呪力も術式も、本来ならば数ヶ月と時間を掛け初めて完成するほどの魔術式である。それを息を吐くに行使するなど、最早……。

 

「―――フン、貴様、人間ではないな」

 

「―――――!!」

 

 瞬間、不機嫌そうな声が響く。その言葉に迷わず魔女風の人物は背後の魔術を発動させる。無言の気合とともに吐き出される幾条に連なる呪力ビーム。逃げ場の無い高密度な絨毯爆撃は黒煙の中へと飛び込み、新たな黒煙を生み出す。

 

 現代魔術師が腰を抜かすほど高レベルな魔術である。当然、現代魔術師ではどう頑張っても防ぎようが無い。そして逃げ場の無い以上、回避など出来るはずもなく、当然晒された者は成す術もなく微塵となる―――そう、相手が凡百の魔術師なら。

 

 刹那、呪力ビームに対する返礼とばかりに黒煙を突っ切って、数個のプラズマ弾ともいうべき弾丸がバチバチと空気を焼きながら魔女の如き女に迫る。

 

 予想だにしない反撃。卓越した術者であっても戦士ではない彼女に不意討ち染みた反撃を回避するという選択肢はなく、防御のための魔術を行使し身を守る。

 

 ……だが、守りきれない、当然だ。彼女がが現代魔術師が腰を抜かすような存在であるならば相手は現代魔術師が畏怖と畏敬を持って頭を垂れるもの。人類を代表する最強の戦士である。打ち出されたプラズマ弾の威力は呪力ビームを軽く凌ぐもの。生半な防御魔術で防げるものではなく、一度、二度のプラズマ弾で渾身の防御魔術には呆気なく亀裂が入り立て続けに打ち込まれたプラズマ弾により呆気なく破綻する。

 

 そうして彼女派さきほど自らがやったことと同じ様を見る。容赦の無い攻撃はローブを燃やして肉体を焼く……。

 

「ただの魔術師ではない……が、かといって神獣ほどの脅威ではないし、『まつろわぬ神』は愚か従属神にも程遠い。もしやあの女の同類か?」

 

 黒煙の中から姿を現すアレク。その身格好に傷は皆無。一体如何なる手段を用いたのか傷は愚か衣服にも多少の煤がついている程度。つまりは何らかの手段を持って呪力ビームを無効化したのは明白だ。

 

「しかし、貴様のような存在がいるということは少なくともここには何かがあるということだ」

 

 皮肉気に笑うアレク。こと探し物に関して働く勘は神殺し特有の貪欲さを持っている。可能性は元々高いとみて足を運んだが、どうやら自分の予想は当たっていたらしい。

 

「抵抗するなら無力化する。あの女……グィネヴィアの元に大人しく案内するというのであればこれ以上の攻撃は―――」

 

 しない、と言葉を続けようとしてアレクは違和を覚える。先のアレクと同様、煙の中には魔女のような女が潜んでいるはず。にも関わらず気配が感じられない……?

 

 とアレクが疑問した瞬間、頭上から呪力ビームが降り注いだ。

 

「何ッ」

 

 想定外の反撃に咄嗟にアレクは後ろに跳んだ。間を置かずしてアレクがいた斜面を抉る呪力のビーム。思わず攻撃先、頭上に目を向ければ、カズベク山の山頂を背後に、空を飛ぶ魔女が居た。

 

 やや色の抜けた金髪、アレクにも似た白皙の肌と生真面目な印象を受ける鋭敏な顔立ち。手持ちの杖同様、アメジストを思わせる瞳にはしかして知的色はなかった。

 

 人形―――良く出来た人を真似した人形のようだと直感的にアレクは思う。

 

「ほう、貴様がグィネヴィアめの宿敵とやらか。なるほど、此処を嗅ぎ分ける辺り、『獣』連中の中でも殊更鼻が効くらしい。忌々しいことだ」

 

 アレクが予想だにしない反撃と女から受ける印象に表情を険しくしていると女の背後、より高い位地に新たな人影が出現する。

 

 古いギリシャの衣装。トーガに身を包んだ男。絶世の美男ともいうべき風貌の男で、肉体もそれに相応しい欠点一つ無い、まるで黄金律を形にしたような身体だ。若年と呼べる見た目でありながらしかして放たれる歳不相応の余りにも荘厳な気配。

 

 神祖でも神獣でもない、ましてや従属神でもない。それは紛れもなく、アレクら神殺しの宿敵……『まつろわぬ神』の気配であった。

 

「成る程、貴様があの女と行動を共にしているという神か。どんな物好きかと思えば、存外、操られているのはあの女の方なのか? 如何にも傲岸そうな貴様だ。従うなどそれこそ有り得ない話だ」

 

「フン、『獣』風情が我を測るか。小癪な」

 

「『獣』だと人を揶揄したのはそちらが先だ。貴様がそういう態度を取るならば俺もまた相応の態度で応対するまでだ」

 

 アレクは『まつろわぬ神』に口で応じながら壮絶に舌打ちをしたい気分だった。グィネヴィアに同行する『まつろわぬ神』の存在は事前の調査で知れている。が、アレクとしてはグィネヴィアの行為を妨害、できるこそならばその首を取ることが出来ればいいと思い、研究調査を兼ねて足を運んだまで。

 

 そこには真っ当に『まつろわぬ神』と雌雄を決すべしとの思惑など一欠けらも無い。目的を果たしたならば適当に巻くか封印するかしよう程度だったのだ。グィネヴィアと相争う過程での『まつろわぬ神』との遭遇は予測していたが、グィネヴィアに対面するより早く先に『まつろわぬ神』と遭遇することは計算外だった、

 

 態々、《神速》を使わず、ここまで登山してきた意味が全て無意味となった瞬間だ。己の予定を狂わされたことと面倒ごとが重なり、沸々と目の前の神に対する憤りが込み上げてくる。

 

「それにしても『まつろわぬ神』が使いパシリとはな。神祖相手に律儀なことだ」

 

「何、今の我はあの娘、グィネヴィアの庇護者であるがゆえな。忌々しき宿敵の妨害を予見し、我に頼み込んできたのだ。そう―――貴様だ貴様。あの小僧めとは別の島国を統べる『獣』め」

 

 アレクを指差しながら心底、忌々しいと顔を歪める男。指を指されたアレクもまた不快感と目の前の神に対する壮絶な嫌悪感から顔を歪めている。

 

 段々と重くなっていく空気。緊張が満ちる。まさに一触即発の気配。

 

「しかし……まあ良い。我は成すべきことを成し退屈を持て余していたところだ。どの道、グィネヴィアめがこの地に眠る英雄の目を覚ますまではやることもない。……どれ、先日手にした力の肩慣らしもしたいと思っていたところだ」

 

「ふん、やはり貴様も『まつろわぬ神』か。お前の全身が言っているぞ。ただ暴れたいとな」

 

 ゴキ、と首を鳴らして不敵に微笑む『まつろわぬ神』にアレクは鼻で笑う。他の神殺しと比べるとそれほど好戦的な性質ではないアレクだが、あくまでそれほど(・・・・)。彼もまた神殺しであることには変わらず、ましてや自身の思い描いた目論見を外されたことに対する不満もある。

 

 ―――よって、結末は余りにも明白だった。

 

「人間の分際を弁えよ。傲岸なる『獣』め。我が名、ゼウスの下に平伏すが良い!」

 

「……は、なるほど。名前を聞いて合点がいったぞ。悪いが名だけの神に伏す頭を俺は持たない」

 

 帯電するアレクの肉体。雷を手中に収めるゼウス―――二つの雷が激突した。

 

 

 

 

 先制したのはアレクだった。権能『電光石火(ブラック・ライトニング)』。堕天使レミエルから簒奪したその身を《神速》と化す権能を発動したアレクは―――一目散にゼウスと魔女を置き去りにして、頂上目指して斜面を駆け抜ける。

 

「……貴様!!」

 

「馬鹿正直に貴様と矛を交えるつもりは無い」

 

 戦いと見せかけた逃亡。そう、アレクは目的を違えない。あくまで彼の目標はグィネヴィアと彼女が召喚しようとしている英雄だ。ゼウス―――己の同胞が取り逃がした獲物に興味などなかった。

 

 吼えるゼウスにほくそ笑むアレク。上から目線で余裕綽々だったゼウスの鼻を明かせただけでも胸が空くと言うものだ。しかし、敵は『まつろわぬ神』。だまし討ち染みた逃亡もそう簡単にはさせてもらえない。

 

「メーデイアッ!」

 

「はい、ゼウス様」

 

 ゼウスが怒り交じりに叫ぶとアレクを妨害してきた女……メディアが素早く魔術を奔らせる。通常、高い呪力耐性を誇る神殺しに魔術など通用しない。だが、《神速》形態のアレクを止めるならば別だった。

 

「チッ!」

 

 張り巡らされたのは呪力の網。限りなく透明に近いそれはアレクの進行方向にあわせて展開される。このまま突っ込めば網に絡め取られ、魚の漁よろしく身動きを封じられるだろう。加えて、《神速》というのは脆い。到達時間を操作した超高速移動といえば聞こえは良いが、成っている間はそれこそ熟練の戦士、魔術師にすら食い止められてしまうほど脆い。まして相手が神や、神祖であるならば真っ当に運用して通用するはずがない。

 

 だが、《神速》を売りにするアレクである。その運用法は真っ当などではない。これが日本に居る一人目の同輩ならば《神速》に任せて馬鹿正直に使うのだろうが、アレクは加減が出来た。

 

 減速。あわや網に捕らえられるかと思ったアレクは速度を落とし、そして再度加速。網の範囲外向けて脱兎の如く駆け出した。

 

「猪口才な!」

 

 それを見て、ゼウスが忌々しげに舌打ちし、手の中に集めた雷をアレクに向けて無作為に叩き込む。《神速》中の肉体は無防備。ゆえに捉えてしまえば簡単だ。これが《鋼》に類する戦士ならば心眼やらで捉えて、打ち込むのだろうがゼウスはそういった手を持たない。ならばどうするか、簡単である。用は当てれば良いのだから回避の余地を無くす攻撃を放てばいい。

 

 轟! と唸る雷の雨。天空神として一神話の頂点に君臨した威光は伊達ではなく、こと雷の激しさに関してはヴォバンや衛に匹敵、或いは凌ぐ雷霆をアレクに向けて打ち込む。しかし……。

 

「密度が甘いぞ」

 

 嘲笑う神殺しの声。当代随一のトリックスターはその雷霆を軽くいなしていた。加速、減速、加速、加速、減速、加速、減速、減速……と《神速》の程度を操りながらひらりひらりと舞うように雷霆から逃れ出でる。まさに蝶のように舞って。そして、回避行動を取りながらアレクもまた思考に耽る。

 

 “ゼウスにメディアか。ゼウスの方は奴が取り逃がした獲物だろう。資料によれば不完全とのことだったが、まあ雷の威力を見れば確かに高が知れている”

 

 ギリシャ神話に名高いゼウスといえば雷……ケラウノスとも呼ばれる雷霆が有名だ。曰く、ティタノマキアで発揮されたそれは宇宙を揺るがすほどの超常規模のものだったらしいが、神話的過分表現だったにしても、威力はともかく勢いが足りない。

 

 本来ならば逃げる余地を与えない密度であろうはずが、こうしてアレクにいなされる始末だ。恐らく不完全と言うのもあながち間違いではないのだろう。今のゼウスは精々従属神程度だ。最もだから油断できる相手と言うわけでもないが。

 

 気になるのはもう一人の方。メディアとは恐らく、いや、十中八九ギリシャ神話に記された魔女メディアに他ならない。コルキスの王女にして魔女神ヘカテーに仕えた随一の魔女巫女であり、ギリシャ神話に有名なヘラクレスを始めとする英雄らが乗り込んだアルゴー船。その船の船長イアソンの妻だ。

 

 そんなメディアの正体は土着の、ギリシアに征服された土地の女神であるという話は耳に挟んだ話だが……ともかく、仮に目前の魔女がかの魔女メディアならば油断はならない。

 

「そういえばコルキスはグルジア……ジョージアの西部だと考えられていたんだったな。なるほど、貴様の存在はそういう縁か!」

 

「………」

 

 アレクの言葉に対してメディアは無言。代わりとばかりに呪力のビームをアレクに打ち込むのみ。

 

「逃げ足ばかりは達者な『獣』だ。その惨めな逃げっぷり鼠の如き無様さよ」

 

 回避と逃亡を繰り返すアレクにゼウスが嘲笑う。ゼウスとメディアの絨毯攻撃を凌ぎ続けるアレクからの反撃が無いゆえの余裕だろう。そしてその様子を見たアレクはその侮辱に対して、ほくそ笑んだ。

 

「ならば、その逃げ足達者な鼠も捕らえられない貴様らはどうだ。その様では狩人は名乗れまい。無様なのは果たしてどちらだろうな?」

 

「……口の減らない『獣』よな!」

 

 瞬間、暴風が吹いた。白い雪を巻き上げながら突如として吹いたそれはホワイトアウト……アレクの視界を瞬間的に奪い去っていた。まるで図った様なタイミングで吹き込んだゼウスらを味方するような暴風は自然的なものではなくゼウスによるものだった。

 

「チッ……!」

 

「我が雷しか操れぬと思うてか! 大気も空も全ては(ゼウス)が従える領地! 貴様は所詮、狩場に迷い込んだ鼠に過ぎぬ!」

 

 視界を奪った刹那にゼウスとメディアが同時に攻撃を叩き付ける。如何にアレクとて見えないものを完全に回避しきるほどの直感は有さない。白い視界から脱却すべく選んだのは跳躍。到達時間のほどを操る《神速》は何も地上を駆け巡る二次元的動きに縛られない。空中含めた三次元的軌道が可能なのだ。ましてやアレクは《神速》に際して掛かる肉体的負荷を克服するためその姿を稲妻へと変貌させる。

 

 神出鬼没、縦横無尽に駆け巡る、これこそアレクサンドル・ガスコインの武器である。だが……。

 

「言ったであろう! 貴様は狩場に迷い込んだ鼠だと!」

 

 勝利宣言にも似た笑い声。空中に身を投げ出し、白い世界から脱出したアレクが見たのは見下すようにして笑うゼウスの顔と黄金の輝き。そう、アレクの行動は予見されていたのだ。

 

「『獣』狩りもこれで終わりだ。存外に呆気ない」

 

「……さて、それはどうかな」

 

 迫る雷の輝きとゼウスの笑い、その一切に向けて悪辣な笑みを以って返すアレク。もはや仕留めたと見なした獲物の予想外の返しにゼウスは思わずむっと顔を強張らせ……次の瞬間、その顔は驚愕へと変貌する。

 

「何だと!?」

 

 無防備なアレクに向けて打ち込まれた雷霆。それは寸分違わずアレクに直撃するはずだった。しかし、アレクの影から飛び出した謎の乱入者によって必殺の一撃は阻まれていた。その正体は……。

 

「恥ずかしがり屋なのは玉に瑕だがな―――このように頼れる奴ではある」

 

 『無貌の女王(クイーン・ザ・フェイスレス)』。半人半蛇の女神メリュジーヌより簒奪した権能であり、他ならぬ簒奪元のメリュジーヌ本人を使い魔として召喚する権能である。“顔”を見られると即座に消えてしまうという条件があるものの、陸海空戦闘フィールドを選ばず、伸縮自在、機動力・破壊力ともに兼ね備え、さらには占いや探査など幅広い場面で使える極めて優秀な権能である。

 

 アレクは予め召喚した彼女を己の影に潜ませており、ゼウスの雷霆は彼女によって阻まれたのだ。

 

「いつの間に……!」

 

「此処に趣く前からだ。まさかなんの準備もなしに敵拠点へ乗り込むとでも?」

 

 思わず歯噛みをするゼウスにニヤリとこれ以上無いほど憎たらしい笑みを浮かべるアレク。こと此処にいたってゼウスは気付く、誘導されたのは己のほうだと。

 

「貴様の姦計も存外大したことは無いな。では、今度は俺が嵌める番だ」

 

 そう言って、アレクはパチンと一つ、指を鳴らす。

 

「何を……お、おお!? オオオオオォォォォォォォ!?」

 

「……!?」

 

 瞬間、ゼウスに襲い掛かる負荷。重力を無視するよう空中で君臨するゼウスが重力の檻に囚われる。いや、これは重力ではない。ハッとしてアレクより下、先ほど目前の男が逃げ回り、そして舞い上げた雪によって視界を妨げた斜面。そこにブラックホールのような黒点が存在していた。

 

「俺の方が上手だったな」

 

「お、の、れえええええ!!」

 

 これもまたアレクが持つ権能にして逃げ回りながら準備した仕掛けの一つ、『まつろわぬ神』ベヘモットより簒奪した引力と重圧の力。これに捕らわれたものは如何に『まつろわぬ神』でも簡単に逃れられるものではない。ゼウスは歯を食いしばって何とか耐えているが、メディアの方は真っ先に地上へ叩き落されている。

 

「お前も、いけ!」

 

「ぐおっ!?」

 

 耐えるゼウスにダメ押しとばかりにプラズマ弾を打ち込むアレク。威力としてはとても『まつろわぬ神』を傷つけるほどではないが、引力と重圧に耐える無防備なゼウスに防ぐ術などなく、無防備のまま直撃したゼウスはそのまま地上へと落下する。そして即座にアレクは詰めの一手を唱えていた。

 

「迷いを歌え、風よ。光を隠せ、夜よ。全ての旅人よ、寄る辺なき茨の旅路を―――深き憂いと共にただ進み、希望を捨てよ!」

 

 言霊を唱える。すると、どういうことか、山の斜面に叩き付けられたメディアとゼウスはずぶずぶと山の斜面に沈んでいく。まるで底なし沼のようだ。

 

「これは……!? 迷宮か!!」

 

「悪いがまともに戦うつもりなど端から無い。せいぜい、そこで行き迷っているといい」

 

 プリンセス・アリスが命名した『大迷宮(ザ・ラビリンス)』。クレタ島はミノス神から奪ったその力は地下や建造物内部を作り変え、巨大な迷宮を作り出すという権能。直接的に敵を脅かす力ではないが、使い手によっては恐るべき脅威を与える創造の権能である。そして、先を急ぐアレクにとってこれ以上とない足止めでもある。

 

 沈みきった二つの脅威を見届けたアレクは疲れたように息を吐き、カズベク山の頂上へと視線を移した。

 

「無駄な時間を取らされたな……さて間に合―――」

 

 言葉は、最後まで言い切ることが叶わなかった。刹那、火山の噴火を思わせる轟々、と唸るような音。同時に大気に対して波動のように広がる呪力の波。神殺し特有の直感が新たな宿敵の出現を囁いた。

 

「チッ、間に合わなかったか!」

 

 毒づくアレク。どうやら完全に後手に回ってしまったようだ。だが、アレクに後悔と反省をする時間は与えられなかった。頂上付近に出現した膨大な呪力の気配、それが猛スピードでこちらに向ってくるのを感知する。

 

「ッ―――!」

 

 直ちにアレクは『電光石火(ブラック・ライトニング)』を発動。その身を稲妻と化し《神速》となりて戦線離脱を図る。しかし、それは悪手だった。既に補足されている状態で敵に背を向けるなど愚策も愚作。代償はその身で支払うこととなる。

 

「ぐおおおお!?」

 

 先手とばかりに稲妻に転じたアレクに叩きつけられる稲妻。《神速》に移行していたアレクに合わせてピンポイントで放たれたそれを回避することは出来ず、《神速》を解除させられながらアレクは地上に撃ち落される。

 

「―――目覚めて早々、戦の気配を感じて来てみれば、くく……まさか早々に宿敵と見合うとはな! 汝がそうであろう! 神殺しよ!!」

 

 さも愉快とばかりに楽しげに笑うのは黄金の剣を携えた男だ。鎖帷子と革のズボン、三日月型の盾に兜。軽量化に軽量化を重ねたであろう最軽量の武装は馬に乗って戦う騎馬民族特有のそれ。最早、疑うべくもないだろう、どうやらゼウスとの戦いに時間を掛けすぎたらしい。

 

「貴様、バトラズか」

 

「ほう、一目で言い当てるとは中々の慧眼よ。如何にも! 俺こそがナルトが誇る最優の戦士! 銘は汝が言うとおりバトラズに違いない。さて、この地ならざる異国にて生を受けた神殺しよ、汝の名を聞こうか」

 

 ゼウスの傲慢さとは異なる堂々たる態度で獰猛に笑いかけるバトラズにアレクは思わず舌打ちをする。最源流の鋼の目を覚まされる前に委細ケリをつけるつもりだったが、どうやら叶わなくなったようだ。

 

「……一度、引くか」

 

 ゼウスに関しては妨害対策として用意しておいた手管で嵌め縛ることに成功したが、目の前の《鋼》に関しては準備が無い。目的を果たすのが困難となった以上、一度引いて態勢を整えるべきだろう。ザッと足を引いて、逃げる算段をつけ様思考を巡らすアレクに更なる凶兆が舞い込む。

 

 足元……より厳密に言うならば迷宮化された大地から込み上げる大規模な呪力の流れ、嫌な予感に駆られ、アレクは身を投げ出すようにして後ろに向って《神速》を発動。不吉から逃れ出でる。

 

 そして嫌な予感とは的中するもので、アレクが離れた次の瞬間、地面から光の柱とも形容すべき膨大な電力が放出される。数十層と連なる『大迷宮(ザ・ラビリンス)』の悉くを粉砕する力技。間違いない、どうやら封じたと思った敵は存外元気だったらしい。

 

「―――よくもやってくれたなッ! 『獣』風情がァ!!」

 

 巨人の咆哮、とばかりに憤怒の形相で赫怒を吼える『まつろわぬ神』ゼウス。幾分、消耗しているようだが今だその威は健在、さらには従者の如く付き添うメディアに関してはたいした消耗が見られない。加えて、蘇えらされてしまった最源流の《鋼》バトラズの存在。

 

「最悪だな、くそッ」

 

 状況は不利どころの話ではない。神祖プラス二柱の『まつろわぬ神』、加えて、彼らの背後にはグィネヴィアの存在。どうやら逃げ時を誤ったらしい。己の不運を嘆きながらもしかしてアレクに諦めの感情はなかった。神殺しは一握りでも勝機があるならば貪欲にそこへ噛み付く『獣』。他と比べて草食系などと揶揄されるアレクであるが根本は他連中と変わらないのである。

 

 アレクはこの状況を招いたあらゆる要因に毒を吐きつつ、逃亡のための算段を思索する。この状況でまともに連中を相手取るのは極めて困難。一度態勢を整え、算段をつけてから仕留める必要がある。

 

「ほう、良い覇気だ。それでこそ我らが宿敵よ」

 

 戦闘姿勢を取るアレクにバトラズは実に楽しげに笑う。ゼウスのそれと比べれば清々しい笑みだが、この状況が全く楽しくない身としてアレクはイラだった様に眉を顰める。

 

「鼠が、捻り潰してくれる!」

 

 そしてゼウス。どうやら格下に嵌められたことに関してご立腹らしい。先ごろの態度を思い出してアレクはザマあみろと内心笑いたい気分になるが、これ以上の無駄な挑発は必要ないだろう。逃げる算段をつけている最中により執心される態度を取る必要は無い。

 

「―――――」

 

 『まつろわぬ神』二柱と異なり無言を貫く神祖メディア。先ごろからの攻撃といい反応といい、どうにも機械的だ。神祖を知るアレクとしては魔術以上にその態度こそが不気味に映る。まるで、というより人形そのものの態度に。

 

 “まともに相手などしていられるか”

 

 残る伏せ札はたった一つ、先ごろのバトラズの一撃があるため、既に使用なのだがコレに関してはもう少しギリギリまで伏せておきたい。ならばこそ、見せた手札で応対する必要がある。

 

 アレクの力はどれも彼の性格を反映したように捻くれており直接的な打撃力にかけるものばかりであるが、用は使いようである。幸い、既に発動済みで流用できるものがある。方針を定め、戦術を選択し終わったアレクは即座にその身に持てる呪力を循環させる。

 

 臨戦体勢を整えるアレクに反応しゼウス、バトラズは共に身構え、魔女メディアも魔法陣を展開する。意を決めて、アレクは《神速》の権能、『電光石火(ブラック・ライトニング)』を使用した。

 

「馬鹿め! 今更《神速》の権能が通用するものか!」

 

 ゼウスが吼えると雷がアレクと呪力ビームがアレクの元に殺到する。アレをいなすこと自体は苦ではないが、問題はバトラズの存在である。《神速》がピンポイントで狙われた以上、ゼウスやメディアと違い、バトラズは確かに《神速》を見て取っている。彼相手に瞬間的ならばともかく継続的な《神速》の使用は通用しない。ゆえに《神速》にかけてこの場を離脱することは困難だ。

 

 だからこそ、アレクは雷と成った瞬間、大地に出来た大穴へとその身を投げ出す。

 

「……貴様! うろちょろとまたも逃げの手を!!」

 

「貴様ら相手にまともに戦っていられるか」

 

 それはアレクが発動させた『大迷宮(ザ・ラビリンス)』、それを力ずくでこじ開けたゼウスによって作られた大穴だ。ゼウスの本気による最大出力に耐え切れない迷宮であるが、そもそも迷宮に耐久力はさして重要ではない。入る者を惑わせる入り組んだ構造こそ迷宮が迷宮である意味。

 

 その内部構造を完全に把握できるのはこの場では使用者であるアレクのみ。ゼウスが力ずくで脱してきたということはゼウスでも内部構造は把握できなかったということ。状況が不利ならば、有利な状況を作ればいい。そして地下は自分のフィールドである。

 

「やる気ならば好きに追ってくるが良い」

 

 そうして迷宮に降り立ったアレクは『大迷宮(ザ・ラビリンス)』の権能を使用し、瞬く間に迷宮の奥底へと消えていく。所有者であるアレクは迷宮内で幾つかの特権行為を扱える。迷宮の奥底へ瞬間移動をする力もその一つ。さらにはアレクには『電光石火(ブラック・ライトニング)』の権能もある。

 

 アレクのみが把握する入り組んだ迷宮内で、《神速》を使い縦横無尽に移動できるアレクを補足するのは如何に二柱の『まつろわぬ神』とはいえ困難である。これから始まる鬼ごっこの結果など見るまでも無い。逃げ足に関して右に出るものが無い王を補足するのは戦士や王、魔女では困難なのだから。

 

 ―――こうしてアレクは数刻とかけて迷宮内で『まつろわぬ神』二柱と《神祖》と鬼ごっこを繰り広げ。狙い通り態勢を整えるための撤退に成功する。

 

 その後、態勢を整えたアレクはバトラズがジョージアの地を離れたことを機にゼウス・グィネヴィアらを襲撃するものの、神祖メディアの妨害により時間を稼がれ、ゼウス・グィネヴィアらを取り逃がす。

 

 

 

 以上が、英国から離れたジョージアで繰り広げられたアレクサンドル・ガスコインとゼウス・グィネヴィアらとの事の顛末である。




いやあ、原作キャラの戦闘は難しいかと思っていましたが案外、手が進んで楽しかったです。
蝶のように舞い悪魔のようにチェス盤を引っくり返すってスタイル結構好きだったり。
私、シャークさんこと檀狩摩みたいなキャラクター好きですし。

てか気付いたらバレンタイン終わってるし。
半日以上、執筆に費やしたから何の感慨も無いし……。
とりま自分用に買ったGodivaでも摘むか。

え? チョコもらってないかって?
セミ様やスカサハ師匠ら含む英霊皆さんからいっぱい貰いましたが何か?

な に か(真顔)?


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英国旅記

やあ、もう書かないと思った?
残念。書くつもりはあったんだなこれが。

……とか言いながら違和感。
やっぱり書きかけを放置するもんじゃ無いな……。
しかも若干スタイル変わってるし……。
これはちょこちょこ改稿かな?


マジで待っていた方にはホント済まんかったと此処にお詫びを述べまする。



 イギリスの見所は? と聞かれて真っ先に思いつく場所が幾つかある。

 

 一つは時計塔(ビッグ・ベン)。イギリスの首都ロンドンにある英国国会議事堂として利用されるウェストミンスター宮殿に付属する時計台の愛称。

 

 一つは湖水地方。あの『ピーターラビット』の作者、ビアトリクス・ポターが愛し、住んでいた街にしてイングランド屈指の保養地。

 

 そしてやはり、というべきか。英国の観光地として外せないのが世界最大の博物館として800万点に及ぶ古今東西の芸術、美術品を収蔵する博物館──。

 

「大英博物館。実は『賢人議会』の連中が秘したマジものの神具を地下に秘め、興味を理由に幾度となくアレク先輩に侵入強盗を喰らい、現在は並の呪術者では侵入した瞬間、蒸発しかねない超セキュリティを誇る観光名称の一つにございます」

 

「……あの衛さん。その紹介の仕方はどうかと」

 

「だって事実だぜ? 実際、俺含む神殺しでも真っ正面からかかれば壊滅させるのに数十分を要する大結界だ。このレベルのセキュリティは俺が知る限り、他にはバチカンぐらいしか知らんぜマジで」

 

「それは……確かに凄まじいですね」

 

 高位の魔術師や神獣さえ時として一瞬のうちに足蹴りする神殺したちを数十分に及び足止めする……彼らの力の程を考えれば、恐らく人類の英知を結集した大偉業と言えるだろう。『まつろわぬ神』の力に寄らず人の手による結界なのだから。

 

「ま、別に今回は襲撃しに来たわけでもなし。普通の来場者として楽しませて貰うさ。最も一日じゃあ周り切れないんだけどな」

 

「はい。まさか本当に一日かかっても見終われないとは……私はてっきり誇張かと思っていましたが」

 

「実際、一般公開しているのは数百万の収蔵品のうち15万点。数だけ見りゃあ少ないとなるが十万点以上を飾っているって時点で一日じゃ回れないさ。朝から今まで約半日、それでも見たのは半分以下だからな」

 

 言って衛は肩を竦めた。

 

 ──まつろわぬバトラズの一件より数日経過したその日。衛と桜花は英国観光に乗り出していた。

 衛としては日本に帰って夏の祭典に参加したかったところだが、思いの外バトラズ戦のダメージを引きずってしまったのと、桜花とのデートの約束を守るのとで予定より英国滞在は超過している。

 ……まあ、取り立てて不安があるわけでもなし、こうして桜花自身楽しんでくれているようなのでこういった想定外も悪くはないだろう。

 

「──でも驚きました。大英博物館にこんなオシャレなカフェがあるなんて」

 

 と、桜花が目の前に並ぶ乳白色の茶器と食器、その上に彩られる食事系のスナックやお菓子を見て言葉を漏らす。

 時刻は現在正午。午前中の間に気になる美術品を一通り見終えた二人は大英博物館内にあるカフェ、グレート・コート・レストランにいた。

 館内にある優雅な雰囲気のカフェ&レストランは休憩するにしても昼食を取るにしても十分以上の品揃えと英国の醜聞(食事が不味い)を払拭して余り有る味を持っている。

 

「此処でゆるりと紅茶飲みながら終わりってのも良いけどどうする? 一応、紅茶に関しては飲み放題だぜ、此処」

 

「ん、それも良いですけど。やっぱりせっかくですから館内をもう暫く巡ってみたいですね。お茶は日本でも出来ますけど美術品の見学は此処だけですから」

 

「了解。湖水地方でピクニックは無理だった分、ここらで挽回させて貰うさ」

 

「あはは……ものの見事に吹き飛ばしてしまいましたからね。湖水地方の景観を」

 

「アレク先輩に言われるのはムカつくが……それはそれとしてやっちまったからなァ。一応、アルマティア……俺の権能で大地を活性化させておいたから再建にかかるのは一年ほどで済むと見るが──」

 

「逆に言うと一年は台無しのままって事ですからね……推定数十数億でしたっけ? 経済的なダメージは」

 

「はっはっは、その辺は知らん」

 

 そう、現在二人が場所を大英博物館にして、過ごしている理由はそれに尽きた。多大な落雷、場所の気温にすら影響する高温、木々すらなぎ倒す嵐……これらに晒された湖水地方はそれはそれは見るも無惨と言った様になっていた。

 

 英国のテレビ放送は愚か新聞、インターネットと『湖水地方に大災害が!』として大々的に報道しているし、国民は憤りと悲しみに明け暮れているとか。

 いざ被害と声を目の当たりにすると身内以外には無関心な衛をして多少、良心が痛むところもあるが、そこはそれ、魔王のお約束と言うことで内心詫び入れるだけで済ませていた。取るべき責任(まつろわぬ神)とった(殺した)ので後は知らないと。

 

「それよりどうだった? 初の英国博物館は。中々、見所有るだろ?」

 

「はい! 博物館と言いますから日本のそれをもっと広くした感じと思っていたんですけど石像とか彫像とか見上げるほどの展示物もいっぱいあってビックリしましたよ! 特に私的にはモアイ像が置いてあったのが驚きです!」

 

「だろだろ? いやあ日本の博物館と言えば俺も上野の美術、博物館とかそこそこ見て回っているつもりだったけど初めて来た時は規模の違いに驚いた。やっぱりこの手のものに力入れてるのは西洋ならではというべきか」

 

「後は日本の展示室ですね。先ほどパンフレットを見させて貰いましたけど話に聞く葛飾北斎の富嶽三十六景はともかく、まさか日本の和室まで再現されているなんて」

 

「西洋から見たら結構面白い文化だろうからな。午後はそっちを回ってみるか?」

 

「是非に。外から見た日本の有様というものを見るのも面白そうですし」

 

 盛り上がる二人。桜花はともかく普段はゲームだオタクだ言っている衛も珍しくテンションが高いようだった。

 大英博物館に関する知識や幾らか展示物に関する解説を桜花に披露するという辺り、此処に訪れるのは一度や二度じゃないのだろう。伊達にロマンを口にしてはいないということか。

 

 周囲へ配慮しながら煩くならない程度に団欒しながら、ふと、衛が紅茶で口元を濡らしながら思い出したように問うた。

 

「でもいいのか? 確かに此処は俺的にはぜんぜん楽しいが、ただ観覧するだけで? せっかくだから買い物して回ったり、他に良いところのレストランで食事しても構わなかったんだが……」

 

 確かに大英博物館は魅力的だ。衛をして恐らく一日見て回っても全然飽きないし、何だったら何度か訪れても構わない。というか、実際に訪れている。

 しかし、せっかくのデートだというのだから女子的にはショッピングやらもっと格の高いレストランやらの方が良いのでは無いかと思う。

 

 衛としてはそれでも一向に構わないし、金銭的にも全く問題ない。ならば半分自分の趣味のような大英博物館巡りのみというのもどうかと聞く。

 だが、そんな衛の考えに桜花は少し心外そうな顔をして。

 

「衛さんは楽しくないんですか?」

 

「いや、俺は十分以上に楽しいが……」

 

「なら全然問題は無いですね。確かに衛さんの言うようにショッピングや高級レストランにも興味はありますが、それは日本でも出来ることですし、恥ずかしながら私はオシャレや食事等、他の女性方々程、詳しくありません。……この服も馨さんに選んで貰ったものですしね」

 

 軽く爪先まで見下ろすようにして自分の身なりを確認しながら苦笑する桜花。修験者として衛とともに在ることを選ぶまでは九州の山奥で同性代とは遙か異なる生活を送ってきた桜花にとって一般論は難しかった。

 

「だから正直な話、ショッピングやらは余り魅力的とは思えません。こうして現地での観光名所を巡る方が断然楽しいですよ」

 

「そうか……」

 

 そういって微笑みかける桜花の顔に嘘は無かった。

 自分の心ばかりは杞憂だったかと再び紅茶に口をつける。

 

「それに……デートですから。衛さんと一緒なら何処であろうと楽しいですよ?」

 

「……コフッ!」

 

 だが、続けて飛んできた言葉に思わずむせた。

 

「ゲホッ、ゴホッ……お前、お前なあ、不意打ち気味にそういうこと言わんで良い……」

 

「? 何がですか?」

 

「……ああ、無自覚ですか。全く性質が悪い……」

 

「えっと……」

 

「お前は美人で可愛い彼女だって事だよ畜生め」

 

「あ、あのっ! なんで頭を撫で……嫌じゃ、ないですけど……」

 

 テーブル席から乗り出して何故か悔しげな表情で桜花の頭を撫でる衛に、顔を真っ赤にしながら成されるがままになる桜花。テーブルマナーとしてどうかと思うが、若い女性店員はニマニマと見守るのみで周囲の客も我関せずとクールな知らんぷり。

 一部……重い男性諸君から殺気が飛んだ気もするが気のせいだろう。英国人は紳士なのだから。

 

「ともあれ、楽しんで貰っているなら何より。英国には何かと縁があるしオズやアレク先輩、アリス嬢の国だからな。好意を持ってくれて良かった」

 

「そうですね……外国旅行は初めてですけど楽しいです」

 

 一口サイズのケーキを口に含んで紅茶の相方として程よい甘さに桜花は満足するように頷く。そしてそれを飲み込みながら衛に訪ねた。

 

「そういえば衛さんは世界中にご友人がいるんですよね? 日本の連さんらとそれから此処、英国のオズワルドさん……他にどういった方々がいるんですか?」

 

「ああ──そういえば桜花はうちの面子と余り面識無かったっけ?」

 

「はい、一応、私は『正史編纂委員会』に身を置いていますからね。それに言ったようにこれが初めての海外旅行ですから、流石に衛さんの国外の交友は知らないんです……電話越しなら幾人かとも話したことがあるのですが……」

 

「リリーと雪か。雪はともかくリリーはぶっちゃけ、友人とはちょっと呼びたくねぇな」

 

 脳裏に特殊性癖持ちのフランス人を思い浮かべて苦虫を噛みつぶしたような顔をする衛。オタクとして、変わり者の一人として、別に付き合うのは全くもって問題ないが共感するのは別問題だ。奴のデバガメ振りと性格的に素直に友人やら知り合いと口にするのは憚れる。

 

「そうだな……一応、俺とよく連む面子は、お前とも面識ある連と雪とオズ……後はエジプトの魔術師であるサルマンとシャルル。他には……親友のテオの奴か」

 

「親友……ですか?」

 

 その言葉に思わず桜花は目を見開いた。

 『親友』などと取り分け親しげな単語を選ぶ相手が居ることと、親身には余り人を近づけない衛の性格とを思い出して、意外であると桜花は知らず瞠目する。

 

「ああ、我ながら似合わない言葉だろ? でもうちのサークル結成の一因であり、そもそも俺が神殺しになったきっかけだからなアイツは……ほらどっかで言わなかったか奴の出身地について」

 

「そういえば──確かオズワルドさんのお店で……」

 

 記憶の片隅に引っかかるものを思い出して桜花は口に指を当てて思索する。

 ……そうだ、店で『女神の腕』の話題が出た時に。

 

「──クレタ島」

 

「そうだ。アイツはギリシャのクレタ島の出身でな。そもそも俺があそこに行ったのはテオ……テオドールの奴に会いに行くためだった。そしたら丁度、ゼウスの……あの糞野郎と『彼女』とのゴタゴタに巻き込まれたんだよ」

 

 ──そして神殺し(カンピオーネ)となった。

 と何処か哀しげに言い切った衛に桜花は……。

 

「衛さん……?」

 

「ま、それについては機会があったらな。……ああ、そういえば思い出したぞ。お前に伝えなきゃいけないことがあった」

 

 何か訪ねようとした桜花の先を取るように衛は不自然な話題変換を取る。

 それについて指摘することも出来たが。

 

「……えっとなんでしょう?」

 

 敢えて桜花は乗った。

 何となく、この話は衛の口から聞くべきものだと思ったから。

 無理な追求は選べなかったのだ。

 

 或いはその心配りを察したのか衛は苦々しく感謝するように頷いた後、顔を真剣して別の話題に取りかかる。

 

「お前の、いや俺の第四権能についての話だ」

 

「続けてください」

 

 衛が保有する権能、第四番目《恋人たちに困難無し(ニヒル・ディッフィケレ・アマンティー)》。その特性は過去に例がない、神殺しとその相方との全能力の共有。人のみにて権能を振るう許可を与える特異的な力である。

 

「アレク先輩に聞いてる。お前、あの戦いの後、倒れたんだってな」

 

「ええ……恐らくは……」

 

「俺の権能の反動、だろ? 知ってるし、アレク先輩と話して考察もした。そのうえで話すべきだと思ったからお前にも教えておく」

 

 そういって真剣な表情のまま桜花と向き合う衛。

 その態度に桜花もまた背筋を伸ばして衛の言葉に聞き入った。

 

 

「端的に言うと──あれは《従属神》、まつろわぬ神の同盟神として時に召喚される存在。俺の権能とお前との関係はそれに近いものであると結論した」

 

「《従属神》との関係性に、ですか」

 

 《従属神》。それは縁のある別の神に従う神格のことだ。

 『まつろわぬ神』の特性としての一つに『自我の強さによって強さが比例する』という仮説がある。

 これは『まつろわぬ神』が知名度による強弱の変化を持たないことに起因する推測だ。そしてその『まつろわぬ神』が時として召喚し、自らに力を貸す同盟神として現れるのが《従属神》、『まつろわぬ神』に縁を持つ神格にして彼らを支援する存在だ。

 

 先ほど挙げた『自我の強さによって強さが比例する』論から言って、《従属神》は『まつろわぬ神』ほどの力を持たない。

 自ら、或いは世界との縁で召喚され、覚醒する『まつろわぬ神』と異なり、『まつろわぬ神』によって召喚される彼らは『まつろわぬ神』ほどの自我を持たず、必然としてその強さも『まつろわぬ神』には及ばない。

 

 しかしだからといって弱いわけではない。仮にも神格、無論のこと人間や神獣など相手にはならないし、『まつろわぬ神』に従属する故にその力も脅威も全くもって侮れない──衛の第四権能はこの『まつろわぬ神』と《従属神》の関係に類似していると衛は口にした。

 

「まあこっち風に当てはめるなら半神殺し化とでもいえば良いのか……第四権能発動中のお前には神を殺して退けた『獣』性質。それが貸し出されている状態になっている。まだ仮説の段階だが的外れとも思っていない。詰まるところ、第四権能は……」

 

「『自身と同質の存在、片割れとして相方を昇華する』」

 

「──そう見て間違いないだろうよ。俺がお前の剣術を模倣できたように」

 

 相方のダメージによってもう一方を強化する……どころの話ではない。そうだとするならば衛の第四権能とは即ち『もう一人の神殺しを召喚する』に等しい、過去類を見ない性質と越権を持っている。

 

 ならばこそ考慮しなくてはならないのが代償(・・)だ。これほどの規格外、これほどの権能ならば必然、それ相応のデメリットが存在する。

 

「お前が気を失ったのは多分それに起因する。何せ、人の身から一時的にとはいえ神殺しの位階まで強化するんだ……それも俺自身に同調させて格を上げているだろうから、接触のたびお前は俺に親しく等しい魂として昇華する……何か心当たりは無いか?」

 

「……あ」

 

 衛の言葉に桜花は思い当たる縁があった。そう、もはや疑うべくもない、恐らく気を失った時に垣間見た『彼』と『彼女』の夢。輝ける黄金のような誰かの思い出の持ち主とは……。

 

「……桜花にも思い当たる点があるようだな」

 

「あ、いえ、それは……」

 

「いや、いい。重要なのはこのことだ──桜花、正直に言う。俺はお前を今後戦いに連れて行きたくない」

 

「────……」

 

 衛の包み隠さない言葉に、桜花は無言だった。

 しかし、先を促すように、その真剣な視線が訴えている。

 だから衛は続けた。

 

「神殺しとして俺も『まつろわぬ神』との戦いは紙一重だ。必ずしも勝てるって訳じゃないしいつ死んでも可笑しくない。だからそもそも殺し合いの舞台にお前を連れて行きたくないというのも勿論あるが……まあ相棒だからな。その一点に関してはお前の決意を聞いているし、とやかく言うつもりは無かった」

 

 実際、桜花に助けられた場面は幾らでもあった。彼女自身、その技量は並から逸脱しているし、自分の隣を歩んでくれる相棒として心の底から信頼している。

 だが、今回に関しては全く別の問題だ。

 

「でも第四権能の話は別だ。アレは使うたびにお前を人間から遠ざける。限りなく、俺と同じ性質……神殺しの獣へと近づけていく。無論、お前は一から神を殺したわけではないから、神殺しに匹敵する存在が精々で、『神殺し』になるわけじゃない。だが、それでもお前の存在が、魂が、高位の魔術師や神獣以上……まかり間違って神を殺しかねない存在として逸脱するのは間違いない」

 

 それは魂の変革。このまま第四権能を使い続ければ、十中八九彼女は平和とは、普通の人間とは遙か逸脱した人生を送ることになる。殺し殺される、獣の性。神殺しと『まつろわぬ神』による命尽きるまでの闘争の人生を。

 

 共に戦うなどと生易しい決意では足らない。それこそ人生を永劫の戦い(ヴァルハラ)に堕としてしまうようなものだ。

 衛にとって桜花は相棒であり恋人だ。だからこそ対等の存在として共に征く覚悟ならばあった、しかし……。

 

「俺は神殺しだ。必要に迫られれば第四権能だって平気で使う。それこそデメリットなんて考慮せずに勝つための手段としてな。であれば必然、桜花はそのたびに人で無くなっていく。俺に近くなっていく」

 

 

 そうして、そのたびに桜花は逸脱していくだろう。

 剣術は人類最高クラスに、能力は権能に、そして勝利への貪欲さは獣へと。

 人では無く神殺しの尖兵として。愛おしくも恐ろしく、変革する。

 

「お前には人並みに優しい人生を送る権利がある。何も俺と共に戦うことだけが共に征くことじゃないだろう」

 

 人を逸脱する。その全能感と恐ろしさを衛は誰よりも知っている。

 弱き者の盾として、弱者と共に歩く……。

 それこそが極東に聳える城壁の質であるが故に。

 己と同じになるという代償の重さを弁えている。

 

「でもこれは俺の思いで、俺の考えだ。実行するのは俺だが……力を得て手を貸すのは桜花だ。そしてお前は俺の相棒であり、恋人だ。だから……決定権はお前に託す。

 

 “俺と共に地獄(せんじょう)を征くか、人として共に歩む(戻る)か”

 

 お前には選ぶ権利があると衛は言った。

 どちらを選んでも構わないと。

 

 運命の分岐点──桜花はそれを実感した。

 

 衛のいう通り、このまま戦場に同伴すればまず間違いなく自分は人間では無くなるだろう。衛と同じ神殺しに、それに等しい存在として昇華する。

 それは間違いなく彼の力になれる存在としての祝福であるが、同時に地獄へ落ちる片道切符だ。人としての今までの人生、それを投げ捨てる行為だ。

 

 神々との戦の日々。それは決して生易しいものではない。

 大けがで済めば上々。時として激突の果て神殺しでさえ、衛でさえ、死ぬかも知れないのだ。……少し前、ヴォバンと激突の果て、一時は敗走した衛の姿を覚えている。あの時、彼が死んだかも知れないという絶望を覚えている。

 

 ……これから先、そういう戦いが死ぬその日まで待っている。苦戦苦難など序の口も序の口、本当に怖いのはそれが死ぬ瞬間まで続くことだ。

 また、人から逸脱すれば人並みの人生ですら危うい。早く死ぬリスクに加えて、神殺しならではの長寿もまた桜花に少なからず影響してくるだろう。

 百年、二百年──かのヴォバンや中国の羅翠蓮のような魔人に匹敵する寿命と力は、人としての友に、家族に置いて逝かれる定めを持つ。

 

 それは幸せと言うには余りにも過酷な人生。情け容赦ない戦いの道中。

 ならばこそ、立ち戻るチャンスはもう此処しかあるまい。

 

 別段、人を止めなければ衛に随伴できないわけでもなし。

 人界の盾としてある王冠は、役目を果たすべく背に背負った弱者らを伴ってその王道を歩み続けるだろう。いつか砕け敗れるその日まで。

 

 ──ふと、いつか見た背中を思い出す。

 

 絶望に立ち向かう、黄雷の背中。

 お前たちの好きにはさせないと名も知らぬ誰かを助けんとする背中。

 神さえも撃滅する守護者の誓い。

 

 私が焦がれたのは希望と呼ぶべきその背中で。

 私が焦がれたのは希望という名の在り方で。

 

 私は……たった一人、傷つく貴方を支えたくて……。

 

 ──嗚呼、何だ。答えなんて、とうの昔に決まっていたんだ。

 

 誰かを護るため無言のままに傷つく貴方を支えたい。

 ならば原初の誓いに揺るぎなく、決意に微塵の躊躇いもない。

 

 背中に随伴するでも、ともに歩むでもない。

 私は貴方と共に在りたい(・・・・・・)

 

 

「愚問です、我が王よ。この身は常に御身と共にあると決めましたから。貴方がいつか斃れるその瞬間まで、何処までも何処までも、お付き合いいたします。私は貴方が大好きですから、衛さん」

 

 

 言葉にすれば簡単な結論だ。

 愛する人と一緒に在りたい、なんてこと無い有り触れた結論。

 それが余りにも見惚れるほどに儚く美しかったから衛は呆然として……。

 

「はは、ははは………く、あはははは──全く、ああ、ホント俺の負けだわ。くくく……だったら尚のこと気合い入れて事に当たらなきゃならねえな」

 

 嗚呼全く、惚れたは弱みとはよく言ったもの!

 事前にしていた置いていく覚悟すらこの通り粉みじんだ。

 どうやら自分はとうの昔に墓場行きまっしぐらだったらしい!

 

「オーケー、オーケー。もう逃げないし揺らがない。こうなった責任はいつか、くたばるその日まで取らせていただきますとも。改めて──これからも宜しくな桜花」

 

「はい──衛さん」

 

 気恥ずかしくも共に正面から顔を合わせて笑い合う。

 全く、本当にいい女だな俺の彼女はと嗚呼、どうやら自分の大概毒されてきた等々。

 

 

『いつか貴方にも、歩幅を合わせて、愛し愛される人が出来ることを願っています。誰かが自分の隣にいる。それは当たり前に幸せなことですから』

 

 

「母は強しか──貴方の言葉、ようやく分かってきましたよ。ああ、俺もようやく腹を括れた。貴方の力に相応しい何者かであれと……そう在りたいと素直に思える」

 

 母なる城塞。守護の盾。

 軽やかなる豊穣の化身にして、神々の育て親よ。

 ゼウスをも育てた偉大なる母神よ。

 

 この数奇なる第二の人生を歩ませるきっかけとして感謝を。

 

 いざ────護って見せようとも大切な全てを。

 

 黄雷の輝きを以て、あらゆる絶望を凌駕すると。

 猛り狂う決意を胸に仕舞いながら、今は平穏な日常に愛しい相方の手を取った。

 

「さてと、休憩もそろそろに博物館見学後半編といこうか」

 

「はい……では何から見ましょうか?」

 

「桜花が見たいっていう日本様式はこの階の奥だから……そこに向かうがてら見学して回ろう。特にこの階での見所はウルの時代のゲーム盤が────」

 

 この先にもずっと待ち受ける激闘。

 つかの間それを忘れるように二人は恋人同士の逢瀬を楽しむのであった。




これが今の私の精一杯だ(恋愛描写)。

アレですね。書いててダメージが入りますね作者に。
こうなんだろう、その場のテンションに任せて書き切った感ががが。
これはもうハッピーエンドしかあり得ないな(鋼の決意)。



そしてこれを気に更新していけたら良いなぁ(願望)
エタ作者を信頼してはならないのだ(戒め)


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覚悟の在り処
束の間の平穏


絶対魔獣戦線バビロニアのアニメ化
何というか凄まじかったですね。

……ところで下半身フォーカス多くありませんでした?
アレですか、制作陣にその手の趣味の人でも居るんですか……。


それはさておき、今回から新章開始です。
拙作も遂に三十話越え……ここからは私にも未知の領域だぜ……。
というわけで感想・評価くれると作者も気合い入れちゃうゼ。
できれば感想の方がありがたいゼ!



 文京区湯島。

 かの高名な神田明神を置く、その場所に彼女はいた。

 メジャーな神社のそれとは異なる湯島の路地裏にひっそりと存在する小さな社。それこそキチンとした神主や巫女で管理するようなものではなく、周辺住人によって管理されるようなこじんまりとした社を置くその場所が、今の彼女の借宿であった。

 

「──わかってるって、おじいちゃま。大丈夫だよ多分……もー、しつこいなぁ」

 

 人の目などないが、育ちの良さか。態々、拝殿の床に正座をしながら彼女は携帯電話で話し込む。

 外では轟々と凄まじい強風が吹き荒れている。

 

「え、男のたぶらかし方? いいよ、そんなの。どうせおじいちゃまから教わったって役に立たないに決まってるよ。どうせ時代遅れの奴でしょ? それなら桜花に聞いちゃった方が早いし。「盾の王様」と恋仲だって聞いてるしね」

 

 からからと懐かしげに笑う彼女。昔から唯一、自分と同等の剣技、同等の術理を手繰る少女の名に過去を思い出したのだろうか。

 

「それより、さ。面白そうな子を見つけたんだ。うん、「剣の王様」の方の愛人のひとりだよ。負ける気なんてないからね。絶対日本から追い出してみせるよ」

 

 三尺三寸五分……およそそれぐらいの寸法だろう包みに覆われた棒状の物体を片手で遊びながら、その横、床の上に散乱する資料を見る。

 ……資料には「剣の王様」と呼ぶ少年の周囲を取り巻く二人の少女に関する調査報告が記されている。そのうちの──特に金色の髪が印象的な美少女の写真資料を眺めてにんまりと笑った。

 

「相手にとって不足なし。この子ならきっと──恵那たちを楽しませてくれるよ」

 

 ──この国には荒事にも耐えうる卓越した『媛』の格を持つ巫女が二人居る。

 一人は彼女が……恵那が「盾の王様」と呼ぶ少年の従者『刀使の巫女』と呼ばれる『正史編纂委員会』とは懇意ながらも別の派閥に属する少女。

 そしてもう一人、『正史編纂委員会』を取り仕切る沙耶宮と同等の格を有する『四家』が一つ、清秋院の娘……『太刀の巫女』たる──清秋院恵那である。

 

 恵那が相棒……包みに覆われた棒状の、己が得物たるそれ(・・)を撫でる。

 ふと、外に目を向ければ吹きすさぶ嵐は影も形も無く、すっかり静まりかえっている。のみならず、晴天と呼ぶに相応しい青空が顔を見せていた。

 

「あの風、やっぱりおじいちゃまのせいか。ほんと、迷惑しちゃうよねェ」

 

 言って恵那は携帯電話を閉じ、ポケットにねじ込む。

 ──そこで己の携帯電話の充電が切れているのを思い出し、バッグのなかにあるはずの乾電池式充電器を探し始めた。

 

 清秋院恵那は電源の切れた携帯電話で、何者かと話していたのだったのだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 高校三年の秋ともなればやはり少年少女が気になるのは進路についてだ。

 日本において高校までの進学は半ば義務教育と化しているが、その先についてはそれこそ本当の意味で個人の選択の自由。

 就職するにしても進学するにしても何かと本格的な忙しさを見せる頃合いだろう。

 そしてそれは例え、神すら殺した戦士であろうと日本屈指の巫女であろうと、世界中にネットワークを持つワールドワイドな組織の幹部であろうと例外はない。

 

「う……衛さんこれは?」

 

「それはさっきやった数式の応用。ほら、二ページ戻って」

 

 神奈川某所の高校。

 その食堂に居るのは衛と桜花とそして連の三人だ。学校内のグループとしては一番、共に過ごす時間が長い組み合わせである。

 そのうちの桜花は教科書とノートを開いてうんうん唸っていた。

 

「えっと、これがこうでこれが……」

 

「くくっ、相変わらず姫さんは理数系苦手だよな。後一、二ヶ月もすりゃあ中間テストだが、その調子で大丈夫なのか? その辺どうよ? ミスタ、神殺しティーチャー」

 

「なんだ、その馬鹿みたいな呼び方は……まあ、何とかするしかないだろ。手遅れ感が否めないけど。このまま順当に行けば仕上がるだろうが、それは順当に勉強が続けられればの話だし」

 

「あー、それ? ナイナイ、超ナイ。神殺しの大将が平和に一、二ヶ月過ごせるとかないぜ。てか先々月から先月まで英国旅行に行ってきたばっかじゃん。ものの見事に夏の祭典は愚か、夏休み叩き潰れたじゃん。いや? ある意味堪能してきたのか? そこんところどうよ? シャーロックに曰く、デートとかしてきたんだろ?」

 

「煩いぞデバガミ、リリーじゃあるまいし」

 

 ニヤニヤとする連を鬱陶しげに払う衛。

 因みにシャーロックとはオズワルドの呼び名である。

 

 ──季節は既に秋。

 いよいよ持って間近に控える進路を眼前に浮き足立つクラスメイトらを傍目に衛たちは殆ど平常運転だった。最も、完全にいつも通りとはならないのはやはり今なお数学に齧り付く桜花の存在故か。

 

「……ていうか衛さん。そんな私に教える側に徹したり、雑談してて良いんですか。ご自身の勉強も大事だと思うんですけど」

 

「ん。問題ない。教科書は読み込んでるし、授業も……別件で明けている時は連のノートをパパッと見させて貰っているからな。応用問題関係さえやっとけば他は大丈夫だろ、少なくとも校内平均は取れる見立てだ」

 

「うちの大将は不真面目のために真面目だからなー」

 

 暢気に此処間違えとシャーペンで指しながら言ってのける衛に連はコーヒーを飲みながらくぐもった笑いを見せる。

 そう、この男。普段はニートだ、オタクだ、ゲーマーだとのたまっておきながら勉強は人並みに、否、神殺し関連で国内を奔走したり空けたりしていながら平均をキープする辺り、人並み以上に勉強が出来る。というのも……。

 

「ただでさえ嫌な勉強を学校外でもやるとかないだろ」

 

 ゲームの時間も潰れるし、と続ける。

 不真面目のための真面目とはこういうこと。

 面倒ごとを学校外に持ち込まないためにキッチリ真面目に授業を受けて、内容を覚えておいているからこその成績であった。

 

「……なんか不条理です」

 

「それな。コイツに勉強できる属性とかマジ無いわー」

 

「おい、失礼だぞ。てか桜花、お前もか」

 

 連の侮辱に珍しく桜花も乗っかる。

 流石に自分と同じく安定して授業に出られない上、ニートだオタクだ言っている人間が自分以上の成績を自分以下の労力で得ていると思うと腹立だしかった。

 

「普通アレだろ。此処は成績ピンチで姫さんや俺が笑いながら教えてお前が唸るってのがテンプレだろ? だのにこの王様と来たら……空気を読めよ」

 

「なに、どうでも良いときだけ容量の良さを見せちゃってるんですか……そんな所を見せつけられても魅力的じゃないです。モテポイント零です」

 

「理不尽すぎる!? お前ら俺をなんだと思ってやがる……!」

 

「クソニートオタクの神殺し大将」

 

「……放っておけば引きこもってゲーム三昧の要介護者?」

 

「じゃあな桜花、勉強は連に教えて貰え」

 

「わー、わー! 嘘です冗談です! ちょっと私怨が混じってましたー!?」

 

「うははは、今日も今日とて仲良くて結構結構」

 

 珍しく毒を吐く桜花はしかし次の瞬間、人質ならぬ教師質を取られて呆気なく陥落する。その様を連は爆笑しながら爆発しろリア充と茶化す。

 ……連はともかく、周辺の主に男子生徒からマジモンの爆発しろオーラが出てたような気もしないが、彼と彼女の仲は半ば学校で有名なので大概の第三者はいつものことと聞き流していた。

 

「──にしてもマジで何かあったか? 大将。随分と二人、親しげだが」

 

「まだやんのかよ」

 

 不思議そうに踏み込んでくる連に衛は嫌な顔をする。

 だが、それに悪い悪いと全く悪びれず連は続けた。

 

「嫌なに、親しいのはいつも通りだが距離が近いというか、気安いというか……んー、なんて表現したら良いか。アレだ、テオとの距離感に似てる」

 

「……そんなにか?」

 

「結構わかりやすいと思うぜ? なあ皆」

 

 連がふと聞き耳立てる周囲の生徒たちに聞けば、うんうんと頷き返すクラスメイト含む顔見知りの生徒たち。気にしない振りして聞いていたらしい。

 

「何だろう。何故、俺は知らない仲の筈の第三者にすら桜花との仲を追求されねばならないんだろう?」

 

「そりゃあ初々しいカップル未満を見守りたいデバガメが多いからじゃね。後、桜花ちゃん挺身追跡援護隊のせい?」

 

「……ちょっと待ってください、何ですかその怪しい組織は!?」

 

 ガバッと桜花が顔を勢い良くあげて連に噛みつく。

 それに対してああ、と特に何でも無いように連は、

 

「主に三年三組(隣のクラス。衛らは二組)の生徒によって構成された集団だな。活動内容は「桜花ちゃんへと容姿目的で近づく連中の排除」「衛君と二人っきりになれる状況作り」「衛君と桜花ちゃんの周辺被害者にコーヒーを売ること」という三つを主に活動する馬鹿共のことを言う。因みにオリジナルブレンドの売れ行きは上々らしい」

 

 中々美味いぞ、と手に持つカップのコーヒーを翳す連。

 ……妙に美味そうな匂いを漂わせていると思ったら食堂のおばちゃん作では無く、どうやら件の変態集団の作だったらしい。

 ちょっと飲みたいなと蚊帳の外の衛は内心思った。

 

「知りませんよ!? ていうか余計なお世話の極みじゃないですか!?」

 

「だから本人たちに知られないのが鉄則なのさ……あ、俺がリークしちまったからアウトか。まあ直接的な害になるわけでもなし、基本的に見守るがモットーらしいから放置してたけど……要るかこれ?」

 

 言って連は紙切れをひらひらとする。

 見るに三組の生徒の名前が羅列された用紙らしいが……恐らく挺身なんたら隊の構成員だろう。

 これで『サークル』の情報担当だけあって、事前に周囲を嗅ぎ回る怪しい組織はバックボーンはどうあれ暴いているらしい。

 その紙を桜花は見事にかっさらう。何の目的かは言うまでも無い。

 

「ふふ、ありがとうございます連さん」

 

「毎度、今後ともご贔屓にー」

 

 随分と攻撃的な笑顔を浮かべる桜花に連は投げやりに返す。

 これから起こることを思い、馬鹿共には同情するが、自業自得である。

 

「──そうだ、情報と言えば大将。ご同輩も夏休みの間にどんちゃん騒ぎをしていたみたいだぞ」

 

 携帯を弄って表示した画面を笑いながら連は衛に見せた。

 その……日本に住まうもう一人がやらかしたであろう、夏休み期間に起きたイタリアでの騒乱を記した現地新聞の内容に衛は指して興味なさげに相づちを打つ。

 

「ふーん。向こうも向こうで忙しいことで。ていうかヴォバンのクソジジィみたく、餓えてる奴に行けば良いのに、なんで『まつろわぬ神』ってのは空気が読めないかねえ」

 

「さて所詮人の身の俺にはなんとも。それに侯爵様に関しちゃあただ『まつろわぬ神』ってだけじゃあなぁ。俺が思うに侯爵様は「強い奴と戦うぜ」っていう格ゲー嗜好だろ? 相応の敵とぶつからないのは必然なんじゃ無いのか?」

 

「だろうな。チッ、そんなに戦いたけりゃあ『夫人』の傍迷惑喰らって古代ギリシャにでも飛ばされりゃあ良いのに。そして二度と戻ってくんな。出来れば『夫人』ごと」

 

「あー、そういや大将。何時ぞや巻き添え喰らってたな……古代ギリシャつーとアレか? トロイアの防衛戦線」

 

「神話の時代じゃ無くて都市トロイア侵攻の逸話(元ネタの世界)であったのが救いだったけどな……それでもヘルメスとやらされたから迷惑度は変わらんが」

 

 同情するような目を向ける連と壮絶嫌そうな顔の衛。

 ……聞き覚えのない話だから、どうやら桜花が衛と共に過ごすようになる前の話らしいが、それよりも気になった内容を桜花は思わず問うた。

 

「あのヴォバン侯爵は衛さんと草薙王が倒したんじゃ……」

 

 そう──遡ること三ヶ月前。

 襲来したヴォバン侯爵を衛は半ば、もう一人の日本の神殺し、草薙護堂と協力し、撃滅したはずだ。

 なのにまるで二人はまだヴォバン侯爵が死んでいないように話している。

 

 その事に疑問を思って問えば、衛はやはり嫌そうに、連は肩を竦めて返す。

 

「死んでねえよ」

 

「死んだないだろうなぁー」

 

「そんな……でも、あの時確かに……」

 

「肉体は破壊した、が。アイツはアレで蘇りの権能も持っている」

 

「《冥界の黒き竜(アザーランズ・ドラゴン)》──噂じゃどっかの竜をぶっ殺して手に入れた権能で五体を破壊しても然るべき代償を払えば蘇るっていう理不尽の極みみたいな能力だな」

 

「そういうことだ。だからあの時、確かにクソジジィは死んだが消滅してはない。もうあれから三ヶ月、とっくにどっかで復活してるだろうさ。……まあ暫くは満足して動かないだろ」

 

 アレは生粋の戦闘狂だが、同時に桁外れの生き汚さを持つ戦士である。

 万全に戻るまでは動かないだろうし、回復しても暫くは先の戦に満足して館にでも悠然と構えていることだろう。無論、他に興味を燻られる戦乱があれば食いつくだろうが、ヴォバンが興味を持つほどの強大な敵は早々に現れないはずだ。

 

「……改めて聞かされると規格外ですね神殺し(カンピオーネ)は」

 

「そりゃあうちの大将も大概だしな。寧ろ、大将に関しちゃあ大小の差はあれ、一応神殺しの間じゃあヴォバン侯爵や噂に聞く中国の魔人殿に比する戦闘経験の持ち主なんだぜ? だろ? 守りたがりの我らが偉大なる大将」

 

「基本、七割方はアレク先輩のせいだけどな」

 

 疲れたように息を吐く衛。

 後始末を後輩にぶん投げる困った先輩のせいで強敵かはともかく、衛は神殺し内でも不本意ながら戦闘経験は多い方に当たる。本当に不本意ながら。

 

「そもそも神を殺すって時点で神殺し(カンピオーネ)っつうのは際限なく理不尽なんだよ。レベル百までしか無いゲームで、バグかなんかでまかり間違って二百レベオーバーしてもまだ尚止まらない恐れ知らずの馬鹿者が大将含む連中だからな」

 

「連、そこはかとなく馬鹿にしてないか?」

 

「してなーい、してなーい」

 

 カラカラと笑ってごまかす連を衛は憮然と睨んだ。

 と、これまた気になることを今度は衛に桜花は聞いた。

 

「そういえば衛さんって今までどういった相手と戦ってきたんですか? 私も戦歴については詳しく知らないので……有名どころは委員会経由で聞いていますが」

 

 彼とヴォバンの仲の悪さを筆頭に、アルマテイアやヘルメス……クリームヒルト。

 連のように神殺しとなる以前から交友があるわけではない桜花が知るのはその辺りの有名な戦歴だけで小さな戦闘、事件、至るまでの経緯などは特別詳しく知っているわけでは無かった。

 

 桜花の質問に衛は眉を顰めながらも少し思案するように黙り込み、次いで。

 

「そう、だな……多かったのは神獣か。人の手には厳しく、『まつろわぬ神』以上には頻繁に出没するからな『賢人議会』と後は『サークル』経由で交戦経験は多い。後はなり損ないの『まつろわぬ神』やら、アレク先輩が中途半端に起こした遺跡とか怪物の後処理……後は同族とのやり合いぐらいか、まあ同族って言ってもクソジジィぐらいだが」

 

 指折り数えていく戦歴は神殺しということを加味すれば、手厳しい相手とまでは行かないがそれでも一般的な魔術師観からすれば歴戦も歴戦である。若くして数年も神殺しとして活動しているだけはあって、壮観だ。

 

 と、衛の挙げた内容に疑問を覚えたのか、連が口を挟む。

 

「あれ? 『夫人』とはやんなかったのか? ギリシャで一悶着あったって聞いているが……」

 

「『夫人』に関しては戦うとかとは違う方面の面倒ごとだ。アレ、ベクトルは違うがアレク先輩と同じ、いや先輩以上に面倒くさい傍迷惑だぞ。今は現世にいるか知らんが出来れば一生どこか知らない場所に迷子になっていて欲しい」

 

 本気で嫌がる衛。

 ……何があったかは知らないが、ここまで衛が嫌がるとは本当に何があったのだろうか。気になったが桜花はそれを置いて、別の疑問を投げた。

 

「じゃあ同じ神殺し同士で争うことは余りないんですね……良かった」

 

 ほっと息を吐く桜花。

 ──彼女が気になったのは歴戦ということだ。

 

 日本に戻ってきた今、現状、二つの神殺しが日本には同席している。

 夏休み前の同盟、そして夏休み中の海外訪問で忘れられていたが、日本に帰って改めて思うのはその危うさ。

 神殺しが同じ国に二人も存在している。一応は委員会預かりの桜花としては衛の性格を知っているとは言え、気になるところ。なので、こうして過去の戦歴を聞いて早々に神殺し同士で激突しないということに安堵する、だが。

 

「いやいや、そうでもないんじゃね?」

 

 桜花の安堵に水を差すように、連がそんな不穏なことを口にしていた。

 

「理由さえあれば激突するのが神殺しだからな。案外、同じ神殺し同士、国内で激突ってのもあるかも知れないぜ? あの女好きの王様、俺の直感だが大将とは平時はともかくなんかきっかけさえあれば激突する程度に相性が悪いと見てる。なんせ如何にも向こうは騒乱に愛されているって感じだからな」

 

 冗談のように笑いながら口にしつつも、しかし目は笑っていない。

 そして連の評価に衛は関心無く欠伸を漏らすのみ……或いは言外に連の評価が間違っていないと言っているのか。

 

「それにイタリアじゃあ決闘染みたこともやってるし? 意外と気質は戦闘好きなのかもな。そういった意味じゃあヴォバン侯爵に似ててうちの大将嫌いそうだし」

 

「……決闘、ですか?」

 

「………」

 

 連の言葉に桜花は首を傾げ、我関せずという態度であった衛も聞いていないと視線で訴えながら連に問う。

 

「あぁ、向こう経由の情報でなペルセウス……向こうで出現した『まつろわぬ神』相手一度は観衆を前に戦ったとか? ……筋は確かだから間違いないだろ」

 

「成る程、確かに相性が悪い」

 

「あ、あの……衛さん?」

 

 一言言って黙り混む衛。その様子に桜花は不安げに、連はくつくつと笑う。

 付き合いの親しい二人だからこそ分かる、感情の動き。

 衛の態度が如何にも不愉快と示していた。

 

「──ま、そういうことだ。神殺し同士どう転ぶかなんて運と状況次第。それを心に弁えておくことが付き合いの長い先輩からの教えだぜ姫さん」

 

「……分かりました、肝に銘じておきます」

 

 連の忠告に桜花は神妙に頷いた。

 そう、神殺しは気質の差違によりけりとはいえ全員が騒乱の申し子。

 仲親しげなアレクとですら場合によっては戦闘に発展するのだ。

 

 故に神殺しが同じ場所に住まうと言うことはそれだけでいつ暴発するともしれない爆弾を抱え込むようなもの──いざという時、自分は何を優先しどう動くか……その覚悟を桜花は静かに決めながら改めて胸に刻み込む。

 

 そんな決意をしている横でふと、衛は不愉快だという感情を払い、顔を上げ、桜花を見ながら首を傾げる。そして──何を言い出すかと思えば……。

 

 

 

「ところで──桜花、数学の課題は?」

 

「……………………………あ」

 

 キーンコーンカーンコーン────。

 無常に響く昼休み終了のお知らせ。

 それに桜花は似合わない悲鳴を上げ、連は腹を抱えて爆笑し、衛はやれやれと首を振った。

 

 こうして夏休みの戦場を乗り越えた戦士たちは一時の休息を甘受していくのだった。それが一時のものだと直感しながらも。

 

 ──遠雷の音が聞こえる。嵐の前触れは、すぐそこに。




暫くぶりの学園描写。
いやぁ、書いてて何故か懐かしかった。
英国騒乱で離れている話ばっかり書いていたからかな……。


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同盟か、臣従か

最近、ラノベもアニメも異世界ものばかりで食傷気味な件。
いや面白いものは面白いし、売れているなら人気なのだろうけど……。
此処はやはり悪役令嬢モノをですね……(なろう脳)

とりま今期はやっぱバビロニアかな!





 姫凪桜花の朝は早い。

 

 幼い頃から山岳信仰を発祥とした、修験道の験者として。

 また源流の古神道の名残として神仏習合時に残った巫女として。

 

 その生活が心身に染みついている彼女は日が昇るより先、朝五時半には起床していた。

 

「……んー」

 

 目覚めたのは衛宅二階に用意された自室。

 桜花は、彼が王となって以降、彼が帰国してから衛と同棲状態であり、部屋数、敷地面積ともに余裕がある衛が、「流石に同室は不味い」と言って完全に桜花に預けた部屋がこの自室であった。

 

 もう二年近く住んでいる部屋は年頃の女子にしては質素なもので、和洋調和というべきか、布団横に置かれた行灯といい、壁に設置された神棚といい、洋室なのに和室チックという風変わりな気配を漂わせていた。それはさながら主人の素朴さを示すように。

 

 とはいえ、如何に浮世離れした少女とは言え、棚に飾られたぬいぐるみや部屋に香る柑橘系のアロマの匂いと所々に彼女の嗜好が分かる気配があり、決して色が無いとは言い切れない。

 いうなれば飾らない自然体、そんな主人の気質を表しているようだ。

 

「あら……?」

 

 ふと桜花は気づいた。

 部屋の片隅、普段余り使うことの無い携帯電話に不在着信があることに。

 何処かのだらしない王と違い、覚醒した後、即座にキビキビとした動作が出来る彼女は長襦袢姿で布団から起きて、携帯電話を手に取る。

 

 ──因みに長襦袢は本来、下着用途で使われていたものであるが、現代チックにアレンジされたそれを桜花は寝間着として利用していた。

 仄かなピンクの桜色を帯びた長襦袢は楚々とした彼女に慎ましく映え、また薄着の下に見え隠れする肌色が扇情的な印象を与えて、未成人ながらも確とした女性的な姿を窺わせた。

 

 携帯を手に取った彼女はまず不在着信の相手の名を数秒と眺めた後、目をパチパチさせながら物珍しげにその相手の名を呟いていた。

 

「恵那さん?」

 

 それは去年の年終わりの大祓に参加した日の園遊会、『撃剣会』のお歴々が揃っていた席で久方ぶりに再会したのを最後とする友人の名だった。

 

 関東圏で行われる年終わりの大祓とは、いわゆる巫女としての浄めの祭事で本来は桜花が参加するモノでは無い。

 何故なら九州の古神道から成った修験道に属する彼女は委員会に貸し出されている人材であるため、『西』にも『東』にも属さない巫女である。その上、その巫女として高位の霊能こそ持っているものの、委員会預かりの巫女らのような正規の立場では無く、古神道であった頃の名残として残った巫女の地位を預かるのが桜花である。

 

 そういった諸々の諸事情から彼女に大祓等の祭事に従事する義務は無いのだが、今は関東圏で暮らしていることと、馨の依頼(というか誘い)から此方に来てから『東』の巫女らに交ざって大祓に参加していた。

 

 恵那とはその折に出会って以来だ。何せ、向こうは『太刀の巫女』としての特別な立場から年の半分以上を山籠もりに費やしており、桜花もまた王の従者として衛に伴い、日本国内外を飛び回っていた。そのため会う機会がその一回を置いて無かったのだ。

 

 その出会う機会が少ない彼女からの突然の連絡。

 少々、不可思議に思い、首を傾げるものの、桜花は久しぶりに出会う友人に折り返しの電話をかけるのだった……。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「や、久しぶり。桜花」

 

「はい、お久しぶりです恵那さん、息災の様子で何よりです」

 

 涼しげな陽気のこの頃。

 不在着信の相手、恵那に電話をかけ直した桜花はこれから会いたいという向こうの要望を叶えるため、恵那が拠点としているという湯島の小さな神社に来ていた。

 平日と言うことで本来は学校に通っている時間帯だが、そこは衛に頼み、今日は欠席と言うことでこちらを優先させて貰っている。

 

「まあね。そういう桜花も世俗に居る割には随分と澄んだ気だけど……「盾の王様」の力の影響? それに少し変わった気配も連れているけど?」

 

「相変わらず鋭いですね。……はい、衛さんの神殿構築の力により験力については山籠もりに等しい環境を再現して戴いたために維持させて貰っています。気配の方については私の口からは如何とも……」

 

「そっか、まあいいよ。桜花も王様の従者だし言えることと言えないことがあるだろうしねー」

 

 にへらと笑いかける恵那。そのさっぱりとした変わらない態度に桜花は思わず苦笑を浮かべた。

 

 ──清秋院恵那。

 

 彼女は古来より日本の呪術界に君臨する四つの家、通称『四家』と呼ばれる四つの名家の一つ、清秋院家に生まれた息女である。

 先祖に戦国大名も存在しているという由緒正しき清秋院の家に生まれた彼女は卓越した巫女としての天性に恵まれ、日本で、或いは世界でただ一人の『神がかり』の巫女であり、とある神格の巫女として仕えている。

 

 関東圏においては『東』の媛巫女筆頭として家としての立場も個人としての立場も共に高い身分に属している。しかし『神がかり』という技を行うためには相当に身を浄めなければならない都合、俗界との関わりを立つために山籠もりを常とし、こうして街に降りてくるのは年の半分以下という有様だ。

 

 そんな彼女が山から降りてきて東京に居る……そんな状況に桜花は早速、話を本題へと促す。

 

「それで恵那さん。何故、貴方が東京に? 委員会からの出頭命令ですか? それとも清秋院としての?」

 

「うーん。どっちもハズレ。っていうか半分当たり? いやあ、それがさー、実は今度、恵那は「剣の王様」のお妾さんにされちゃうんだ。我が清秋院の当主が是非にって勧めたら、おじちゃまが面白がって推挙しちゃったんだな。それで今は東京に居るってわけ」

 

「お妾さんッ!? それに『おじちゃま』とは……確か委員会でも口が出せない御老公と呼ばれる方々でしたか?」

 

「……あ、そうか桜花は九州の巫女だから委員会の事情とか知らないんだっけ?」

 

「ええ、はい。お恥ずかしながら。最低限の情報は馨さんから教えられているのですが……勉強不足ですいません」

 

「あははは、いや良いよ。恵那も組織とか政治とか良く分かんないしね」

 

 申し訳なさげに頭を下げる桜花に恵那はヒラヒラと手を振りながらあっけらかんと笑う。桜花もまた政治やら柵には疎いため、その反応は助かるが浮き駒に等しい桜花はともかく媛巫女筆頭という立場と清秋院の次期党首として政治が分からないなどそれもどうなのだろうかと桜花は内心密かに思う。

 

「ってそれよりも妾の件です! 「剣の王様」とは草薙王の事ですよね? 好色家とは聞いていましたから委員会でもそれに合わせた動きがあると聞いていましたが、まさか恵那さんを送るなんて……」

 

 仮にも恵那は媛巫女筆頭。家柄も『四家』の一角といわば立場も伴った、生まれも育ちも究極の大和撫子。そんな人物であるからして、如何に草薙王が好色家とはいえ、彼女を妾として送り込むなど首輪だろうが、縁だろうが大きすぎる。

 

 驚愕と共にそんな疑問を浮かべていると顔色から察したのか、恵那が背景を簡単に語る。

 

「ほら、最近「剣の王様」の周りに外国の人がうろうろしているでしょ? せっかく日本に生まれた王様なんだから海外の人に妾をやられると都合が悪いんじゃない? 一応、日本には「盾の王様」が居るけれど、「盾の王様」は自前で自分の群れを持ってるし海外との繋がりも強いからね。だから自国の組織に「剣の王様」を取り込みたいんじゃないかな? まあ、委員会の方でも「剣の王様」派と「盾の王様」派で真っ二つに割れて居るみたいだけどねー」

 

「じゃあ恵那さん……清秋院は草薙王を?」

 

「詳しくは聞いてないけど多分ね。了解を決めたのはおじちゃまだけど、推したのは清秋院だから」

 

 なんてことも無いように肩を竦める恵那。

 その様に悲壮感なんていうものは皆無で妾にされるという決定に特に思うところは何も内容だった。良家の息女として生まれたときから覚悟するよう教育されてきたのか、それても単なる天然か……恵那の場合、両方というのは有力だろう。

 

 しかし、それにしても……。

 

「いつの間に派閥争いなんか……でもまあ必然ですか」

 

「だよねー。だって今の日本には王様が二人居るんだもん。どっちの方が利害が一致するかで委員会の人だけじゃなくて『民』の方も忙しいみたいだよ。因みに今のところ多いのは「盾の王様」の方だね。良かったじゃん桜花」

 

「は、はぁ……私はその、余りその手の事情は……」

 

 そもそも桜花は首輪や縁の役割を帯びて衛に近づいたわけでも無く、また委員会から何か任を帯びていたわけでは無い。

 九州から向こう、淡い恋心を頼りに最低限の荷物を片手に嫁入り同然でやってきた。

 なので、衛の日本の立場、組織の立場どうこうと言うのには正直な話、疎いし、それによって自分の立場がどうこうと言うのにも余り関心は無かった。かかる火の粉があるなら振り払うだけである。……何だかんだで恋する乙女は猪突猛進だった。

 

「では、私への要件というのは、その派閥とやらを示すためにですか?」

 

「うん。それがまず一つね。で、こっちが本題なんだけどさ。正直、恵那は男の人の好きなこととかよく分からないからね。色々勉強しているんだけどこういうのはやっぱり経験者とかから聞くのが一番手っ取り早いと思うんだよね」

 

「え? え? あ、はい、そうですけど……?」

 

 恵那の口から出た“男の人が~”という突然の話題に思わず瞠目する桜花。

 まあ妾として草薙王の前に立つのだからそういうことに関して学ぶのは同然だろうし、色恋沙汰も仕事の内となれば異性の趣味趣向について考えるのは当然と言うべきだろうが、しかし何故、自分にそれを……と首を傾げた桜花に、

 

「でさ、桜花……男の人ってどういう子が良いんだろうね?」

 

「……………………はい?」

 

 その質問に桜花は固まった。

 数秒の──沈黙。

 

 キラキラと期待した目を向ける恵那に呆然とする桜花。

 脳は言われた言葉こそ理解できているものの、意味を噛み砕くことは出来なかった。

 そんな桜花を傍目に恵那は構わず続ける。

 

「桜花は「盾の王様」に嫁入りしたでしょ? だからやっぱりそういうことにも詳しいと思うんだ。いや、「盾の王様」と「剣の王様」じゃあ性格も違うし、趣味とかも違うんだろうけど百聞は一見にしかずって言うからさ。是非とも「盾の王様」に対する手練手管について恵那にもご教授して貰えればなって、そう後は夜の営みとかねー」

 

「て、手練手管ッ……!? よるのいとっ……!」

 

 なんてこと無いように言葉を投げてくる恵那に、対する桜花は顔を紅潮させた挙げ句、絶賛混乱中であった。

 未成年とはいえモノ知らぬ子供という訳でもなし、仮にも異性と恋仲であり、当然「そういうこと」に関しても知識はある。

 

 だが、忘れてはならない。半ば強引に同棲生活に持ち込んだ桜花をしてつい最近まで正式に彼女は衛と付き合ってこなかった。それは向こうが距離の取り方が上手く、彼女のアプローチに関して幾度か躱されてしまったというのもあるが、それを踏まえても二年近くの歳月がありながら最近まで付き合ってこなかった桜花である。

 つまりは行動こそ猪突猛進であるものの、真の部分は相当に純情であり、奥手というわけで……。

 

 恋人という言葉を実際に言葉にされるだけでも恥じらう乙女に残念ながら恵那が期待する女性としての手練手管は勿論、恋仲の行き着く果てに関する事柄を教授することなど不可能であった。

 

「わ、私と衛さんは清くお付き合いさせて戴いてます! そんな手練手管やら、よば……など経験があるわけないじゃないですか! 第一そういうことは大人になってからだと」

 

「え? そうなの?」

 

「そうですッ! 第一、色好みの草薙王はともかく衛さんは根の部分は誠実な方です! 正式なお付き合いをしたからといって簡単にそういうことに手を出すような無責任な方じゃありませんよ! ファーストキス一つとっても、緊急だったとは言え、私が倒れている時にしたことに、ずっと責任感じて謝ってくれるような人ですし!」

 

「あ、キスはしたんだ。どんな感じだったの?」

 

 完全にあがってしまっている桜花はサラリともう一人の神殺しについてディスりながらも自らの恋人の誠実さを顔を真っ赤にしながら訴える。

 そんな桜花の剣幕も何処吹く風とさり気なく口走った件について恵那は率直に問いかける。そして完全に混乱状態の桜花もまたそれに対して馬鹿正直に答えを返した。

 

「え? ど、どんな感じ……えっと、何というかファーストキスの方は余り覚えていませんが何となく幸せな気分になれました。後、大人のキスの方は……正直な話、はしたないことだと分かっているのですが、その、気持ちよかったです」

 

「ほうほう、気持ちよかった? それはどんな風に?」

 

「ど、どんな風に……ええっと一緒に溶け合う感じと言いますか、触れ合う唇から感じる吐息だとか感触だとか、熱くてのぼせたみたいになっているんですけど、全然苦しくなくて、寧ろもっとしたいとかもっと求められたいと思ったというか────。

 …………………って私に何を言わせるんですかッ!!!?」

 

「いやあ、桜花が自分で言っただけだと思うけどなァ。そうかそうか、なるほどなるほど」

 

 面白いように自爆していく桜花に恵那はニマニマと嫌らしい笑みを浮かべながら満足げに何度も頷く。一方の桜花の方は冷静に立ち返り、己のしていたことに頭を抱える。

 

「くっ……今にして思えば私はなんてはしたないことを……衛さんに下品な女性とか思われていないでしょうか……!」

 

「さあ、恵那にはなんとも言えないな。でも本とかで読む限り男の人はそういうことが好きだって書いてあったし、「盾の王様」も別に嫌がらなかったんでしょ? なら逆に嬉しかったんじゃない?」

 

「そ、そうでしょうか……そういえば衛さんもよく恋愛ゲームなどを眺めて……あれ? でも夜な夜なやっているゲームでは……あ、ああっ! そんな不潔です! まだ私たちには早すぎますッ!!」

 

 完全に平静を失っている桜花を傍目に恵那は、桜花は可愛いなーなどと暢気な感想を呟いている。そんな暖かい目を向けてられていることなど我知らず桜花の方は衛が時たまやっている年齢規制があるかなり過激な恋愛ゲームの画面を盗み見たことでも思い出したのか、いっそ顔を真っ赤にしてぶんぶんと腕を振っている。

 

「────うーん。こりゃあ三つ目の要件は話せそうも無いなー」

 

 取り乱しまくる桜花の様子に恵那は腕を組みながらぼそりと言った。

 そう──彼女が桜花にしたかった要件は三つ。

 

 一つは先に述べた清秋院の立場と彼女が帯びた役目に関しての報告。

 一つは命じられた王の妾として若い男女間での色恋沙汰について経験者の言葉を聞くこと。

 

 そしてもう一つ、これは「おじいちゃま」の提案であり、すなわちは桜花にと言うより彼女が使える王に対しての相談で──。

 

「──エリカたちを追い払うのに「剣の王様」に横入りされると流石に恵那も困っちゃうからねえー」

 

 目には目を。歯には歯を。女には女を宛がう。

 ならばこそ、そのために神殺しが障害と化すならば──。

 

 ────神殺しには、神殺しを。

 

 

☆ 

 

 

 桜花と恵那、その二人の再会から時刻が流れること暫く。

 

「──いやはや、困ったものですねご老人の方々にも」

 

「全くだ。ただ出さえ面倒な時期に一番面倒な問題を吹っ掛けてくるのだからね」

 

 既に日は落ち、夜の深い闇が広がる頃。

 恵那が拠点とする玉浦神社をたった今、辞去した二人組──『正史編纂委員会』のエージェントである甘粕冬馬とその主である沙耶宮馨は夜道を共に歩きながら件の実り無き話し合いについて振り返る。

 

 ──第二の王に対し清秋院家の息女を宛がうこと。それを承認した御老公たちの口添え。

 突然に放り投げられた爆弾に二人は頭を抱えたい思いだった。

 

「古老の方々にも思惑はあるのだろうけどね。しかしまあ、このタイミングとは」

 

「ただでさえ、国内情勢は不安定ですからねェ……やれやれ王が二人居る、ただそれだけでこうも纏まらないとは、流石はカンピオーネ。混沌に愛されてらっしゃる」

 

 皮肉でも言ってなければやってられないと肩を竦めて疲れたように甘粕は言った。

 

 日本国内に二人の神殺しがいる。

 今まで問題とされながらも表面化してこなかった事情が最近の平穏と共に一気にぶり返してきたのだ。

 

 というのも夏休みは両王ともに外国へ、その前はヴォバン侯爵襲来やアテナの襲撃、武家の残存勢力によるゴタゴタと様々な別問題が生じていたために棚上げされてきたが、皮肉にも全ての問題が片づき、一時の平和が戻ったからこそ、その問題は遂に槍玉に挙がった。

 

 ──詰まるところ、どちらに付くか(・・・・・・・)、である。

 

「で、馨さんの意見としては?」

 

「ふむ。メリットデメリット、リスクリターンを考えれば大きいのはやはり閉塚くんの方だろうね。《同盟》は切って捨てるには余りに大きい」

 

「個人的な感情では私的にはどちらも見ていて話していて飽きないんですけどねェ」

 

 馨の言葉に甘粕は困ったように笑みを浮かべる。

 衛が率いる呪術サークル『女神の腕』。彼が世界中で出会った変人を裏表に限らずかき集め、結成したその膨大なネットワークは他の組織を……それこそ『正史編纂委員会』は勿論のこと、他国の魔術結社の組織力をも上回るだろう。

 

「人材という面では僕たち『正史編纂委員会』や英国の『賢人議会』、イタリアの《赤銅黒十字》には及ばないだろうけど彼らの恐ろしさはやはりネットワークだ。本格的に洗い出していないからっていうのもあるけれど恐らくは僕たちの知らない『正史編纂委員会』に所属する人物との繋がりだってあるはずだ」

 

「でしょうね。私たちが流す情報以外にも衛さんは知りすぎている(・・・・・・・)時がありますし、この間の会談で連さんが仄めかしていましたしね」

 

「彼についても想定外だよ、てっきり彼らには政治を担える人材はいないと思っていたんだが……やれやれ、アレのお陰で対応も一から組み直しだ」

 

 『女神の腕』の侮れない所は情報の流通網だろう。各国の魔術結社に繋がっていることは勿論、春日部連の件でその網には一般人の目も加わるということが判明した。

 相手が魔術師だけと対象を絞れるならば程度、彼らの情報網を見切り、その上で対策も練れるというモノだが何の関わりの無い一般人も彼らの一員として活躍するともなれば、厄介極まりない。

 

 またそんな現実を知らしめた春日部連という存在自体も油断は出来ない。

 一見して戯けた非日常を楽しんでいるだけの高校生といった様ではあるが、馨やエリカに交じり真っ向から交渉に当たったり、そこはかとなく手持ちのカードを見せて牽制してきたりと素人と言うには余りに出来る。

 

 伊達に只人のみで幹部として組織を担っているというわけでは無いと言うべきか。情報というものを武器に見えないカードを警戒させ、一方的な利を突きつけさせない様はエリカの相互に利益を一致させ、味方につける政治手管とはまた違った厄介さを見せる。特に、「なんでもあり」と思わせることに関してはエリカすらも警戒していた。

 

「『賢人議会』と親しいとは聞いていたけれど……まさか《赤銅黒十字》にも通じているとは思わなかったよ」

 

「パオロ・ブランデッリ。まさか彼からその名が出るとは思いませんでしたね」

 

 そう、件のエリカに「なんでもあり」と警戒させた何よりのカードはそれであり、馨らにも『女神の腕』という存在の認識を改めさせたカードである。

 

 イタリアに君臨する『剣の王』神殺し、サルバトーレ・ドニ。

 そんな規格外と並び称される『イタリア最高の騎士』と名高いその人物こそパオロ・ブランデッリ、《赤銅黒十字》の長であり、エリカの叔父である。

 

 元より彼は『黒王子』ことアレクサンドル・ガスコインと過去に共闘するなどしており、ならば『黒王子』や『賢人議会』に距離感の近い『女神の腕』が友好を持っていても不思議では無いが、だからといって直接、名を出されると衝撃は異なる。

 

「暗に《赤道黒十字》にも通じているぞ、と。何処まで知り尽くしているかは知りませんし、パオロ・ブランデッリも一組織の長であり、何よりエリカ嬢の叔父だ。勿論、贔屓するのはエリカ嬢の方でしょうが……」

 

「その時の利によっては『女神の腕』にも手を貸すと、暗に其れを仄めかしただけでもカードを切っただけある。それに少なくとも、あのカードはエリカさんの行動を制限するものであって本命は別にあると僕は見たね」

 

「では……?」

 

「十中八九、別口(・・)だ。パオロ・ブランデッリではない《赤銅黒十字》に属する魔術師からの内部リーク……深度は分からないけどエリカさんの報告を横見が出来る程度には深みにあると見て間違いない」

 

 あの時、連はパオロの名と共に草薙護堂に関する幾つかの権能とその条件(・・・・・・・)について口ずさんだ。それは『正史編纂委員会』も知らないものであり、ひいては《赤銅黒十字》に報告されたはずのものだった。

 それを知っているということは即ち彼らは《赤銅黒十字》にもそのネットワークを持ち、かつそれなりの情報を引っこ抜くことが可能であると示している。

 

 さらにあの場では一見してパオロから聞いたという風に話していたが、仮にも組織の長、それも草薙護堂を王として仰ぐと暗にエリカを送り込んでいるパオロが裏切り同然の行為を表立ってやるとは思えず、必然的に別の情報源があることを示唆している。

 

 その上でパオロの名と彼との繋がりを口にしたのは彼が組織の長であるからだろう。組織の長である以上、その組織を維持するため考えなしの賭けは許されない。

 草薙護堂を王に迎えるという意見に異論は無くとも、それはそれとして今はまだ未熟な王に対し保険は持って起きたいというのが本心であろう。

 

 内部スパイ、とまでは言い切れないものの《赤銅黒十字》所属の何者かは恐らくその保険、『女神の腕』との縁を担っているはず。ならば裏切り者とエリカが一方的に処断するのは難しく、しかし、そういった存在がいると分かった以上、彼女に必要以上に《赤道黒十字》を頼ることを自重させて…………。

 

「いや全く改めて思うと意外と悪辣だな! あの場でエリカさんの過度な干渉、行動を完全に封じた挙げ句、暗に僕らへの牽制にも使ってきたぞ!」

 

「昨今はインターネットが発展めざましいですが、成る程、情報を制するものが世界を制するのがこれからの時代というわけですね……」

 

 正しく反則も良いところだ。

 こちらは相手が何枚のカードを保有しているか分からないのに、向こうは一方的にこちらのカードを眺める事が出来る上、カードを晒して警戒させるも、カードを伏せて切り札とするも自由自在。

 

 前回の交渉においてはさしずめ見せ札は『組織のネットワーク』、伏せ札は『膨大な情報貯蔵』と言ったところか。

 

「『女神の腕』がただの変人による烏合の衆ではないと分かった以上、各国に繋がりを持ち、膨大な情報ネットワークと相応の実力を持つ幹部による政治が行えると分かった以上、齎すメリットは相当だ。彼らの目から完全に身を守るのが不可能と分かったし、それならばこの際、リスクには目を瞑っても良い。その上で見逃せない一番の問題と言えば……」

 

「神殺し・閉塚衛は『女神の腕』の長であり『正史編纂委員会』の《同盟者》である、ということですね」

 

「正しくその通り。『女神の腕』が国内組織で僕たちとは別の派閥であるっていうならば話は簡単だったけど、全く別の独立した組織だからこそ面倒なんだよ」

 

 そう、どちらに付くか、一見明白な問題にも関わらず彼らが悩まざるを得ない、一番問題。一番のメリットを齎すであろう日本の王の片翼が既に自前で組織を保有し、かつその組織が全世界に膨大なネットワークを張り巡らしていると言うことだ。

 

「僕らが真っ先に駆けつけ一番! ていうならばまだ『日本の王』として体裁は保てていたんだけれど」

 

「真っ先に駆けつけたのはイギリスの王様。ひいては彼の組織と『賢人議会』。その後に衛さんは自前の組織を結成した挙げ句、一番初めの同盟者もかの『黒王子』と『賢人議会』。こちらとしては完全に出遅れ、『日本で生まれた他国の王』同然の立場に衛さんは相成ったと」

 

 草薙護堂と閉塚衛。一見して似たような境遇の二人を何より分かるものがそれだ。

 

 草薙護堂周辺に見える《赤銅黒十字》や《青銅黒十字》は無論、厄介である。いうなれば他国による引き抜き工作であり、さしずめエリカたちはそのための外交官だ。

 しかし肝心の王、草薙護堂にはイタリアに移住する意思は今のところ見えず、日本での学生生活を謳歌しており、また日本側も万里谷祐理という楔を打ち込むことに成功している。

 そういった意味では今のところ日本の王としてキッチリ確保していると言える。

 

 だが一方の衛はどうだろうか。『女神の腕』頭首として『正史編纂委員会』と《同盟》しており、甘粕や馨と個人的な友好を持っている。

 が、護堂のように身近に囲っているものと言えば厳密には委員会所属では無い、姫凪桜花やそもそも呪術者ですらない春日部連。そして彼らのように親しい仲であると報告されているのは国外に住まうものたちと、とかく身内に関しては完全に自前である。

 

 無論、仮にも委員会所属の桜花ならばある程度、首輪として機能するだろうが、彼女が感情を優先させれば引きちぎれる程度でしか無く、場合によっては九州の呪術者たちが敵に回る上、無理が過ぎれば王の怒りを買う。

 言い方は悪いが万里谷祐理のような人質として機能しないのだ。

 

「経歴、功績、ともに仰ぎ見ることに異論が無い候補者筆頭は既に日本の王とは言い切れない立場、かといってもう一人の王を仰ぐにしても今はまだ力不足が目立つ上、周囲には他国の影」

 

「衛さんの二の前にならないためにも手を打っとくに超したことはありませんが、過度な干渉は草薙さんに悪印象を与えるため大きな動きは見せられない。加えて、下手に二枚舌を見せれば衛さんの不況を買い兼ねず」

 

「ならばと彼を推そうにも親しいポストは既に埋まりきっており、我々が介入する糸口は無いと」

 

「……ハァー、いっそ馨さんが衛さんと婚約するというのはどうですかね」

 

「あっはっは、それでも良いけどね。問題は彼ら彼女らにその辺に柔軟性があるかどうかだけれど……」

 

「まあ無理でしょうね。相思相愛、ぞっこんです。下手に権力にものを言わせて介入した暁には衛さんによって国ごと焦土にされかねませんよ。身内を守るという一点に関してはあの人は知り合いだからといって容赦しないでしょうし」

 

 やけくそと朗らかに笑う馨に、打つ手なしと首を振る甘粕。

 これぞ正しく袋小路。

 『同盟』を取るか、『臣従』を取るか。

 

 その狭間に迷うのは何も馨や甘粕だけでは無い。

 『正史編纂委員会』の内部派閥、『四家』の連中、『民』の魔術師。

 

 誰もがどちらに付くか、付くべきかで意見は紛糾してる。

 

「浮き足立つね全く。少し恵那や九州連中が羨ましいよ」

 

「清秋院は御老公の一声で旗色を明らかにし、桜花さんを送り込んでいる高千穂の修験道一派を筆頭に九州は揃って衛さん一択。我々もいつまでも座視しているわけにはいきませんな」

 

 そう。枠は有限だ。

 どちらに付くにしても早期に明確にしなければこちらのねじ込む席は全て埋まってしまう。そして一番やってはならないのはどちらにもつけないという状況を作ること。

 

「……割るかな?」

 

「というと?」

 

「この祭、清秋院が旗色を明らかにしてくれたことを良しとして、四家の内で閉塚くん派閥と草薙くん派閥で真っ二つに割る。この状況で意思の統合は難しいからね。無理した挙げ句、どちらにもつけないという状況を作るよりかは諦めて好きな方についてしまう。それならば通せなくは無い」

 

「……なるほど双方に同じ組織のシンパを置いてなあなあでやる、と。しかしそれは」

 

「うん。結局、王らの相性次第だ。避けるべきは両王の大激突。多少の小競り合いならば許容できるけど僕たちの立場をして利害の垣根を越えて避けるべきは正にそれだ────そう考えると今回は見極める良い機会かも知れないね」

 

 ため息交じりに議論の締めの言葉を語ると共に思い出すのは恵那から齎された『予言』だ。いや、厳密には彼女が起こすであろう事柄。

 

「……エリカ・ブランデッリ、リリアナ・クラニチャール両名の排斥を口実に、草薙護堂の介入を足止めするため閉塚衛をぶつける──全く……正気か、御老公」

 

 馨をして頬に冷たい冷汗を伝わせる。

 もはや次なる動乱は避けられず国内での激突は必定。

 

 遠く、遠く、遠雷の音が聞こえた気がした。

 ──嵐は、もう近い。




思いの外長くなってしまった件。
どっちかで区切れば良かったかな……。

ともあれ今回は主人公の登場しない裏幕回。
原作では胃を痛めたのは甘粕さんだけでしたが本作では馨さんも胃にダメージ。

どうなる板挟みの権力層。今後の進展に乞うご期待……!


つーか書いてて思ったが我が主人公ながら立場面倒くさすぎだろ……。


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戦いの先触れ

おっしゃL2ッ!(ドルオダ)
サービス終了すると聞いて全力で復帰中。
お陰でコンシューマゲームに全く手が付かない件。

私はいつになったら戦国恋姫がクリアできるのだろうか……。
雛ちゃんが可愛いから良いけど。


……最近、前書きが内容に全く関係ないな!(今更)


 風が吹きすさび、叩きつけるような雨が降る。

 九月も上旬となれば、日本において台風も珍しくないだろうが、ここ数日の間にその手のニュースは舞い込んでいなかったはずだ。いや、それ以前にニュースにおける予報と実際の天候はここ最近全くかみ合っていなかった。

 

「八雲立つ、出雲八重垣、妻籠みに──八重垣作る、その八重垣を……っと」

 

 それはいにしえの歌。

 人差し指から流れる自身の血を使い、清秋院恵那はその歌と全く同じ文を城南学院高等部の校舎の壁に書き綴っていく。

 

「──随分変わり種の仕込みだな。しかも感じ覚えがあるぞそれ」

 

 丁度、書き終わった時である。

 恵那に声がかかる。

 振り向くとそこには一人の男が立っていた。

 

 美男とまでは言えなくともそれなりに整った顔立ちである。

 何時になく気だるげな雰囲気と覇気の掛ける所さえ補えば、それなりという評価も拭えるだろう。一見して惜しい二枚目といった男子である。

 

 だが、恵那には分かっていた。

 

 常人には理解し得ないだろう男に渦巻く莫大な呪力。

 欠伸混じりの気だるげな様ながら不穏に漂う威圧。

 彼こそ人類最高位の戦士にして王。

 日本に住まう二柱の神殺し──その片翼であると。

 

「お初にお目にかかります、『堕落王』よ。私は清秋院家が息女、清秋院恵那と申します。このたびは私めのご招待に応じてくださり誠にありがとうございます」

 

「………素か? それ似合ってないぞ」

 

 丁寧な所作で礼を取る恵那に慇懃無礼と指摘する神殺し、閉塚衛。

 しかしその率直な意見に恵那は気を悪くするでも無くたははと笑う。

 

「あ、やっぱり? 恵那も自分でこういうのは得意じゃ無いと思ってるし」

 

「だろうな。今時、俺相手にこんな大胆不敵な『招待状』送りつけてくる馬鹿がお淑やかな性格なんぞしていないなんて簡単に分かる」

 

 言ってヒラヒラと紙切れ一枚、曰く『招待状』らしいそれを指で挟んで揺らす衛。

 

 ──夕暮れ時の頃合いであった。

 桜花も不在で特に語ることも無かった昨日の授業。

 さて家に帰るかと帰路についていた衛に突如として使い魔が飛来した。仮にも神殺しである衛は奇襲に驚くこともなく簡単に撃墜。そうして使い魔を破壊してみせれば、この紙切れ一枚が……というわけだ。

 

 害意があったわけでもなし、仲間が狙われたわけでもなし。

 特に意に止める要因などないし、普段だったら偶に居る神殺しを倒して名をあげようだの神たる神殺しを成敗するだのという連中の一派かと無視するのだが。

 

 紙切れに記した内容に衛は気を変えていた。

 だからこそ早朝の六時という普段ならば絶賛睡眠中のこの時間に態々、家からも遠く離れた上、敵地……もう一人の神殺し、草薙護堂が通う高校に足を運んできたのだ。

 

「清秋院──確か沙耶宮の政敵だったか? 後は桜花の友人だとか。友達の友達はやっぱり興味ないの対象になるんだが、まあ桜花の友人だ。多少は融通効かせてやる」

 

 だからさっさと言うこと言えと欠伸を漏らしながら言う衛。

 本当に眠いのだろう。とはいえそれも仕方ない。

 この時間帯にはいつも寝ているし、そもそも此処は東京である。

 

 鎌倉暮らしの衛がこの時間帯にここに来るためにはそのいつもは寝ている時間以上に早く行動せねばならないわけで……普段と比べれば圧倒的に早い目覚めを強要された衛はいつも以上に覇気とやる気に欠けていた。

 如何にも投げやりな口調が証明している。

 

「うん、恵那の方も桜花から聞いているよ。昨日も会ったしね。愛されてるねー」

 

「……興味深い会話をしたようで」

 

 知ったような顔で笑いかけてくる恵那に、衛は眠い頭でふと「ああ……コイツ、蓮と同じタイプか」と悟り、頭を掻く。

 人生条件反射で生き、義務や責任を最低限全うしつつも面白いことがあったら突っ込んでいってはかき乱す捉えどころの無い人種。

 嫌いでは無いが朝っぱらからは面倒くさすぎる。

 パラメーターがあったならば衛のやる気は三ほど下がって見えただろう。

 

「まあいい。で? まさか桜花の色恋沙汰の様子が気になったって言うクソ傍迷惑な理由で呼び出したわけじゃあ無いんだろ……いや、やっぱありそうだわ。その場合、マジで帰るけど?」

 

「そっちも気になるけど昨日、桜花に散々聞かされたからね。今はいいや。今日呼び出したのは要件って言うか頼み事なんだけどね」

 

「あん?」

 

 恵那の言葉に首を傾げる衛。

 紙切れの内容を見るにてっきり今までの件(・・・・・)に関する言い訳か、言い分かでも言い出すと思ったのだが、ここに来てまさか依頼であると?

 

「待て。お前は何度か俺に干渉してきた連中の一派か関係者で間違いないよな?」

 

 それは神殺しとなり、衛が日本に居を置いてからの話である。

 幾度か衛の張り巡らした結界に干渉があったのだ。

 最初は欧州に居た頃に体験した神殺しに関して何らかの思惑を持った連中の仕業かと意に止めていなかったのだが……時折、人の術と言うには余りにも強大なものが混ざっていたり、妙に胸をざわつかせる気配があったりと明らかに人外のものであったのでよく覚えている。

 

 最近はめっきり無くなっていたのだが紙切れの内容……貴殿の結界干渉に関して話すことを代価に交渉したいことがあるという旨を記したものを見て今日、この場に足を運んだのだった。

 

「うん。おじいちゃまが何度か会おうとしたって言ってたからそれで間違いないと思うよ」

 

「おじいちゃまァ? 何? お前の祖父って神様なのか?」

 

 下手人は十中八九『まつろわぬ神』か或いは『神祖』。

 そう直感していた衛は思わず驚いて問うた。

 

「恵那のお爺さまは残念ながら神様じゃ無いな。おじいちゃまっていうのは恵那がそう呼んでいるだけだし、皆には御老公とか呼ばれてるよ。えーと、正史編纂委員会のご意見番みたいなことをしている人たちでね──」

 

「その辺りはいいや。何となく察し付いた。それでお前の頼み事って言うのは何だよ。要するにその『おじいちゃま』っていうのが俺に言い訳するのを条件にお前さんの頼み事を聞けってアレだろ? 余程、馬鹿な願いじゃなけりゃあ適当に協力してやるよ。一応、俺の彼女の友人らしいしな。お近づきの証にって奴だ」

 

「おお、太っ腹! じゃあお言葉に甘えて、ちょっと草薙護堂さんに喧嘩を売ってきて貰っちゃおうかな!」

 

 できれば半日ぐらい足止めする程度っと宣う恵那。

 ……前言撤回。目の前の少女は馬鹿だったらしい。

 

「なあ、俺は馬鹿な願いじゃなけりゃあって言ったんだけどな……」

 

「うん。だから馬鹿な願いじゃ無いよ? ちゃんと考えた上で話しているし、王様なら簡単にこなせると見込んでのことだよ」

 

「で、対価に今までの所業について言い訳を話すと? 明らかに報酬と仕事が釣り合ってないだろそれ」

 

 如何にも頭が痛いといった態度を取る衛。

 それも当然だろう。衛は確かに神殺しだが、ヴォバンのように闘争が好きなわけでもイタリアの神殺しであるサルバトーレ・ドニのように決闘が好きなわけでも無い。

 寧ろ、戦いを疎んでいるし、面倒ごとは大嫌いだ。

 身内に手を出されれば報復はするが間違っても自分から手を出すなどはしない。或いはヴォバンのように過去に禍根があるならば話は別だが……。

 

「少なくとも俺には後輩君に喧嘩を売る理由は無いからな。観衆の前でペルセウスとやりあったと聞いたときは思うところがあったが、まあそれでこっちに危害があったわけでもなし。お前の頼み事程度で挑む理由はこれっぽっちもないんだが?」

 

「うん。そう言うだろうっておじいちゃまも言ってたよ。言ってたからおじいちゃまから言づてを預かっているんだ」

 

 どうやらこっちの性格はある程度、知っていたらしい。

 衛の言葉に恵那が聞いてた通りと満足げに頷いて、何処に隠していたのか、一枚の紙を取り出して読み上げる。

 

「えー、と『この件に関しては賛否はあれど委員会の了承を得たものであり、恵那の言葉にて応じない場合は一件を沙耶宮に一任するものとする……で、受けてくれるよな、身内びいきの閉塚衛』だ、そうだよ?」

 

 

 瞬間──呪力が爆発した。

 

 

 思わず恵那をして死を覚悟するほどに暴力的な呪力の渦はバチバチと雷光を伴い、雨風に濡れる曇天の一帯を照らし上げた。

 

「……はッ! 成る程、そう来たかよ」

 

 ある程度知っていた、ではない。

 向こうはよく(・・)衛の性格を知っていたらしい。

 成る程、どうしても贔屓の巫女の我が儘を聞いて貰いたいと見た。

 

 そうじゃなければこんな衛の琴線に触れるどころか引くような真似はしないはずだ。

 それとも此方を舐めているか、見誤ったか。

 どちらにせよ……。

 

「いいぜ、そっちの思惑に乗ってやる。どういう理由で後輩君の足止めを願うのだとか俺を動かす意味だとかこの際全てに目を瞑ってやる──だがな」

 

 覇気のない、やる気が無いなどという印象は既に消し飛んでいる。

 一瞬のうちに人が変わったように獰猛な笑みを見せる衛。

 しかし笑みこそ浮かべているもののその内実は荒れ狂っている。

 

 怒っている。

 恵那の背後に居る者共の思惑はどうあれ、衛を動かす上でこうすれば絶対に動くという手段をはき違えていないからこそ(・・)、それをよりにもよって実行したことに関して彼は壮絶な怒りを抱いていた。

 

 ────やりやがったな、と。

 

「恵那、おじいちゃまとやらに伝えておけよ。人質を取る真似しておいて話し合いで済むと思うなってな」

 

 委員会に対して強制力があるとは恵那の言葉を聞いていれば分かる。

 また結界への緩衝性から間違いなく人外であることも。

 であれば命令されれば委員会の頭を張る沙耶宮とて動かざるを得ないだろう。

 

 そして件の相手はそれをよく知っている。

 知っているからこそ衛に敢えてこの文面で伝えたのだ。何故ならこう言えば衛もまた動かざるを得ないから。まさにその通り。

 沙耶宮に社畜されて動く甘粕は見ていて面白いが、あの二人をして絶対に嫌がるであろうことを命じると宣う確信犯など衛にしてみれば絶滅させるに値する。

 

「──一回だ。この一回限りだ。二度三度、同じ手が通じると思うなよ」

 

 最後の言葉は恵那では無く、その彼方──この世ならざる領域にて座す何者かを確と捉えながら宣誓し、衛は雷光を伴ってその場を辞した。

 

「……なるほど、アレが王様(・・)か。うん、恵那には無理そうだ」

 

 衛が消え、静まりかえった校内で恵那がぽつりと呟く。

 頬に伝う冷汗を拭いながら戦慄を抑える。

 

 神殺し──間近に見たのは初めてだが、

 

「──これは大変そうだ」

 

 改めてかの存在について納得しつつ恵那もまたその場を後にしたのだった……。

 

 

 

 

 ──春日部蓮という少年はこれといって特別な背景を持つわけでは無い。

 

 何処かの神殺しのように実は京都の名家出身であるとか。

 何処かの姫さんのように裏社会に関わる家の出身であるとか。

 そういった特別な事情は全くない。

 

 家はごく一般的な中流階級。

 呪術も魔術も神様も空想の産物として伝わる表社会の住人として何一つ特別な事情を持たずして生まれ育ってきた。

 

 故にこそ、その性根は間違いなく先天的といって良い。

 

 蓮は『面白い事』が好きだ。

 何気ない日常、その幸せさと恵まれ振りは弁えているし、何事も特別なことなどない方が良いのだ。

 ただただ平凡、それが良いと、分かった上で合わないと思っている。

 

 凡人の感性と変人の感性が噛み合わないように、平和を愛するものが大衆というならばその逆、混沌をこそ好む少数が居ても何も可笑しくはあるまい。

 そして蓮は紛れもなく後者であった。

 

 蓮が、ただ普通の高校生であるはずの彼が『サークル』の幹部として、ひいては世界の覇者たる神殺し、閉塚衛に協力する理由なんてそんな理由。

 何も命を救われたとか深い背景があるわけじゃ無い。

 

 ──中学校の入学式。

 平凡な日常に膿んでいた気分を吹き飛ばす、素敵な出会いがあった。

 行動力に溢れるオタク趣味の友人が出来た。

 

 蓮が力を貸す理由なんてただそれだけ。

 本来ならば義理も責任もない身で『面白い』からと命と人生をかけている。

 快楽には常に対価が必要だろう。

 

 この素敵で不敵に愉快な物語に絡むに当たって命程度、掛けられなくてどうして特別に絡んでいけるのかと、本気で考え実行している。

 その果てこそがこの立場、特別じゃ無かった少年が自分の手でつかみ取って得た特別な地位、裏社会に君臨する巨大組織の幹部としての立ち位置だった。

 

 だからこそ立場相応の働きは言われずともやってみせる。

 せっかく刺激的な居場所を得られてのだから活用せずしてどうするのかと。

 今日もまた、彼は非日常を楽しんでいた。

 

「と、いうわけでだ。《青銅黒十字》にとっても悪くない交渉だとは思うんだが、どうだ? そっちだって現状に思うところはあるんだろ?」

 

「さて、それはどうでしょう。リリアナさまもいまや王の従者。リスクを背負ってまで貴方方『女神の腕』の交渉に応じる必要はないと存じ上げますが」

 

 表面上は微笑を浮かべながらも双方、一切の隙なし。

 時刻は昼時、場所は東京某所のカフェ。

 テーブルを間に向き合う二人。

 

 『女神の腕』幹部の春日部蓮。

 《青銅黒十字》のカレン・ヤンクロフスキ。

 王の片腕とイタリアの才媛の片腕である。

 

「三ヶ月前の負傷でサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンは動かない。アレは戦闘狂だが年がら年中バカスカやり合う手合いじゃ無い。自身の食指に触れる相当の敵があってこそ初めて動くし、一度戦えば一定期間は満足して引っ込む」

 

 それは神殺しについて多少なりとも知識のある連中ならば既知の情報だ。

 神殺しはそれそのものが大乱の如しだが、何も不規則に大乱を起こしているわけでは無い。それぞれに性格と事情があり、その上で自由気まま、気分のままに混沌を振りまいているのだ。

 だからこそ、性格と気質さえ読めていればある程度、動きは掴めるこの通りに。

 ……まあ、もっとも型に嵌めすぎると足下を掬われるので注意だが。

 

「そうじゃなくてもアレに庇護を望むってのは無理な話だ。相当に上手い理由を考えなければ望むとおりの展開には持ち込めないし、そういう意味じゃあサルバトーレ・ドニの方がまだ庇護者としては優秀だ。だからこそ、仮にもヴォバン信者がいるそっちの《青銅黒十字》も他に習ってサルバトーレ・ドニを王と仰いでいる、だろ?」

 

「そこについては否定しません。そもそも候を王と仰ぐ意向は元々、未だ組織内でも発言力の高いリリアナさまの祖父君の発言あってこそ。元より我らが王は『剣の王』サルバトーレ・ドニさまにあらせられます」

 

「だが、それも万全じゃない。特にお前たちのライバル《赤銅黒十字》は既にサルバトーレ・ドニに見切りをつけて草薙護堂に寄っている。ま、見切ったというよりは近づきやすいからだろうが。何せ、組織期待の才媛が神殺しと恋仲だってんだ、これを利用しない手は無いからな」

 

 《赤銅黒十字》は表向きは今まで通りサルバトーレ・ドニを王と仰ぎつつも新たな庇護者として既に草薙護堂へと旗色を変えている。実際組織内部でもその動きは活発らしく蓮の雑談相手(・・・・)もその動きを度々挙げている。

 恋仲であること、それに草薙護堂がサルバトーレ・ドニと一戦し、勝利していること、この二つを持って現在、新たな庇護者として草薙護堂を望む声は大きいと。

 

「だからこそ、《青銅黒十字》としては今の展開は嬉しくない。何せ、あちらはサルバトーレ・ドニに加え、草薙護堂という新たな庇護者を得んとしている。これがまかり通ればイタリアでの発言力はさぞ増すことだろうな」

 

「ええ。ですが心配には及びません。《赤銅黒十字》のエリカさまと同様に、《青銅黒十字》にもリリアナさまいらっしゃいます。今現在リリアナさまは草薙護堂さまの第一の騎士として仕え、王の庇護を預かるところ、貴方さまの懸念は杞憂と存じ上げますわ」

 

 そう、リリアナ・クラニチャールは現在草薙護堂と行動を共にし、日本に居る。

 それは『女神の腕』のネットワークを使って既に掴んでいることだし、向こうをして隠すつもりが無いのだから情報を手に入れるのは簡単だ。

 衛らがイギリスで暴れ回っている間、草薙護堂もまたイタリアで『まつろわぬ神』と闘争に明け暮れていた。その折、リリアナ・クラニチャールは新たに王の近衛としての立ち位置を獲得し、現在は同じ学友としてプライベートでも親しくしているとか。

 

「確かに、だが趨勢は上手くいっていないんじゃないか? 相手はあの(・・)エリカ・ブランデッリ。女としての立ち位置は勿論のこと、政治の面でもアレは十全に手強い。それは昨今の日本呪術界での立ち回りを見れば分かるし、俺がチラつかせたカードに行動を慎重にしつつも上手く立ち回っているのが証明だ」

 

「おや、そうでしたか。とはいえ、私はリリアナさまのメイドとして遣わされた身。そういった政治上の動きは一介の従者めが知るところでは──」

 

「嘘こけ。俺との交渉の場に立っておきながらそいつは通らない話だろ。まあ実際、政治の動きは無いんじゃなくて半ば切り捨ててるんだろ。リリアナ・クラニチャールに望むところは王との関係ただ一つ、実際、政治に向いてなさそうだし、アウェーでエリカ・ブランデッリと同等の活躍を求めるのは酷だろうよ」

 

 各国各業界に窓口を持つ『女神の腕』が、各組織の大まかな動きを掴むことなどは児戯に等しい。正史編纂委員会は勿論のこと、《赤銅黒十字》《青銅黒十字》の日本国内での動きは殆ど筒抜けである。

 その上で、水面下で動き回っている《赤銅黒十字》のエリカ・ブランデッリとは異なり、動きの無い《青銅黒十字》を見て、蓮はそう結論づける。

 実際、この考察は的を射ているはずだ。

 

 エリカ・ブランデッリとリリアナ・クラニチャール。

 魔術師、騎士としての才能は同格だろうが、少なくとも言葉を尽くす交渉ごとにおいては前者が後者とは比べるまでも無く上を行く。

 

「王との関係性を深める。確かにその役割なら上手くいくだろう。実際に今も浅からぬ縁者として、騎士として尽くしていると聞いているしな」

 

「男女の仲を盗み見るとは趣味の悪いことで」

 

「男女の仲を利用してやろうとしている連中よりましだろ。つーか、お前たちに言われたくない。それに俺たちは何も、その仲を乱してやろうとか裏切れとかこっちにつけとかそういう事を言いに来たわけじゃない。いや、寧ろその仲を手助けしてやろうと思ってな」

 

「手助け……?」

 

 怪訝そうに眉を顰めるカレン。

 ──そもそも彼女には狙いが読めなかった。

 

 『女神の腕』春日部蓮。

 音に聞こえし極東の王『堕落王』こと閉塚衛が率いる一党にして世界有数の情報網を保有する魔術結社。

 その基板はエジプトとギリシャの魔術結社同盟にあると聞く。

 本部はドバイにあるとか。

 

 そんな組織の幹部から交渉の席を設ける話が来たときはてっきり各組織と『女神の腕』が多く結ぶ《同盟》に関するものか、はたまた日本に二人いる王の片翼として政敵となり得る相手に何らかのアクションを行うか、その辺りであろうとカレンは網を張っていた。ところが、彼らは一向にその手の話題に手をつけることは無い。

 まして、ここに来て、《赤銅黒十字》のエリカの名前を挙げて、《青銅黒十字》の不利を懸念する始末だ。

 

「率直に申し上げて意味がわかりませんね。リリアナさまと草薙護堂さまの男女の仲に関しては当人らの問題。我ら《青銅黒十字》としては全力でバックアップするところではありますが、その関係に関して蚊帳の外である『女神の腕』が口を挟む道理など何処にも無いはずですが」

 

「ああ、こっちとしてはそれに関しちゃ心底どうでも良い。別に草薙護堂がハーレムを築こうが、そっちがその庇護下に降ろうが甚だどうでもいい。最初に言ったろ、俺たちは仲良しこよしグループだからな。お友達になれそうな連中とは仲良くなりたいのさ」

 

「…………」

 

 それは交渉の初めに蓮が言った言葉だった。

 仲良くしよう──俺たちは縁を結べる。

 

 そういってこの場は設けられた。

 仲良くなるための相互に利益が生じる話と題して。

 そして件の話とは即ち。

 

「『《赤銅黒十字》の内情を『女神の腕』は《青銅黒十字》にリークする』、こちらの提示する利益は変わらない。どうだ? 直接的な恋仲の進展には繋がらないが、組織として俺たちと手を結ぶだけの条件は整っていると思うが?」

 

「『その代わりに今後、草薙護堂の情報に関して『女神の腕』にリークせよ』と。全く話になりませんね。仮にも貴方さまが申し上げたように庇護を望んで近づく相手に裏切る同然の行為をせよと貴方さまはおっしゃるおつもりですか?」

 

「裏切る? 誰一人裏切ってはいないさ。これは相互の利害の一致に伴う情報交換だよ。リリアナ・クラニチャールは組織に所属する義務として組織の情報を流す、その情報を組織は組織として自由に扱う、これはそれだけの話だ」

 

 そう仮にもリリアナ・クラニチャールが草薙護堂に関して直接的に不利益が生じるだろう情報を《青銅黒十字》にあげるとは考えにくい。恋仲というからには多少なりとも情は生じるだろうし、情と義務とを天秤に掛けた場合、義務を優先して大事な情報を態々、組織に報告するとは考えにくい。

 

 と、分かった上で蓮はその裏切りに通じる重要な情報以外であろうとも構わないと情報の質を一切問わずして《青銅黒十字》に交渉を持ちかけているのだ。さらにこの話の肝は、これが当人外でのやり取り、即ちリリアナ・クラニチャール自身に裏切る意図も、こういった話があったという番外の事情も知る余地がないという所だ。

 

 この話が外に漏れたとしても責任の所在は報告された情報を扱った《青銅黒十字》にあり、リリアナには責任が伴わない……即ち結んだ王との縁が切れる可能性は非常に低い。ならば一時の不信があったとしてもそれを頼りに信頼の再構築は不可能では無い。

 

 対価には目の上のたんこぶ、本国イタリアでのライバル《赤銅黒十字》の内部情報。

 

「お前たち《青銅黒十字》も組織(・・)だ。組織である以上、保険は幾つあっても嬉しいだろう? 態々、裏切らない体裁までこっちは整えているんだ。別にお前たちに俺たちは裏切れって言っているわけではない。寧ろ、仲良くした結果としてより草薙王に関する理解を深めたいだけ。そのためならば手を貸すとそれだけの話さ」

 

 求めるのは草薙護堂や《青銅黒十字》にとって致命的となり得る情報やいざという時の裏切りなどではなく、ただ単に報告された草薙護堂に関する情報の共有。

 それさえ叶うならばライバルの内部事情を教えると、《青銅黒十字》の味方として手を貸すと目前の少年は言ってのけた。

 

「……信用なりませんね。曰く《赤銅黒十字》の内部情報。それを握っているかも怪しい上、仮に握っていたとしてそれは他ならぬ《赤銅黒十字》との約定に基づく交流によって手に入れたものではないのですか? 必要とあらば同盟者の情報を掛け金とする、そうと分かっていて信用するなど、とても出来る話では無いかと」

 

 危ない橋は渡らない。最小限のリスクで最大限の利益を。

 そう考えるカレンにはこの交渉がとても魅力的には思えない。

 

 リターン相応にリスクが大きいのだ。

 世界有数の情報網を持つ『女神の腕』ならば成る程、《赤銅黒十字》内に通じる何らかのコネを持っていても可笑しくは無いが、逆に言えば、身内か、はたまた同盟者の情報を横流しに使用としているのだから。

 それはつまり必要に迫れば同盟者の情報すら売り物にするということ。

 

 そんな相手を信用するなどカレンじゃ無くてもできないだろう。

 だが……。

 

「じゃあ、前払い……じゃないけどこういう趣向はどうだい?」

 

 言って一枚の紙を投げる蓮、そこには……。

 

 

 

【神殺し、草薙護堂に関するレポート】

 

 日本に生まれた八人目の神殺し。

 私立城楠学院高等部一年五組、十六歳。

 身長百七九cm。体重六十四㎏。

 家族は祖父、母、妹の構成で離縁しているものの父との交流あり。

 

 小学生の頃から野球を習い、中学生の時分においてはシニアリーグにて日本代表候補として選ばれるものの利き腕の故障により、辞退し、野球そのものも引退。

 その後、目立った活動はないものの、高校入学寸前にイタリアへと旅行し、その折、神具『プロメテウスの秘笈』の力を使い、現地にて《赤銅黒十字》所属のエリカ・ブランデッリと共闘し、『まつろわぬ神』ウルスラグナを殺害し、神殺しとなる。

 

 

「これは草薙護堂のプロフィールですか? このような基本情報を今更……」

 

「その辺は余り重要ない、そのしたした」

 

 

 

【権能:東方の軍神 (The Persian Warlord)】

 

 軍神ウルスラグナより簒奪した権能。

 十の形に化身すると神話に記されたウルスラグナの力を使うことが出来る。

 一つの権能でありながらそれぞれ個別に十の権能を行使できるが、それぞれに使用条件が設けられており、常に自在と使えるわけではない模様。

 また、一度の戦闘時に使用される権能はそれぞれ一度のみであるため、その戦いで使用した権能は一定時間使えないなどとの別の制限も存在すると予想される。

 

 権能はそれぞれ、強風、雄牛、白馬、駱駝、猪、少年、鳳、雄羊、山羊、戦士という神話でウルスラグナが化身するとされる計十の権能。未だ確認されていないものも存在しているが、恐らく十の化身全てに化身出来ると予測される。

 

『強風』:瞬間移動能力

(条件:絆を結んだ相手による要請)

 

『雄牛』:怪力の発揮

(条件:規格外の力の持ち主と対する)

 

『白馬』:太陽が如き火力による掃討

(条件:敵手が悪行を成していること)

 

『駱駝』:格闘能力(蹴撃)の上昇と治癒能力向上

(条件:一定量のダメージを負うこと)

 

                ………etc.

 

 

「これ、は……」

 

「一応それは《赤銅黒十字(・・・・・)の内部報告書(・・・・・・)を元にかき上げたものだが……どうだ? それともそっちとしてはこちらの方が嬉しいか?」

 

 こちら、といって新たに差し出したのは、《赤銅黒十字》の所属魔術師のプロフィール、エリカは無論のこと他の名も知れない魔術師の得意な魔術に関するところまで詳細に記されている。

 

「──インターネットを見るときに留意しなければいけない点として、情報というものは多角的に見なければならないという点がある」

 

 驚愕するカレンを傍目に蓮は獰猛な笑みを浮かべながら語る。

 

「ことインターネットの情報って言うのは取り分け視点が主観になりやすいからな。客観視するために、その精度をあげるためには様々な視点が必要だ」

 

 政治を一般人が見たときと、有識者が見たときでは、全く評価が異なる場合があるように、立場と知識と性格で、良し悪しは反転する。だからこそ多くの人が見るインターネットにおいて、正確な情報を掴むためにはより多くの視点から見る必要がある。ただ一人の情報を鵜呑みにすることなど決してしてはいけない。

 

「うちは伊達に世界有数の情報網を持ってる、なんて気取ってねえぞ? 世界中何処の組織にも浅い深いの差違はあれ、構成員は存在する──こと多角的視点と情報源に関してはうちは世界最大最高だって言ってもいい」

 

 一つの情報源から取れる一つの情報。

 それを精査し、視点を変え、評価を変え、追加していく。

 情報の信頼度を高め、時に考察と推測を加えつつも、それを信頼に足る領域まで情報源に対する敵味方の判断、第三者の視点、それぞれを組み込んでいき当てはめて確信の領域へとまで昇華する。

 

「《青銅黒十字》の情報を売るか売らないかは、そうだな、これからの交渉次第で組み込んでやって良い。仲良くしようとする相手の蹴っ飛ばす鬼畜じゃないからな俺たちは《赤道黒十字》に関しては別の調査と、後は本人も知らない(・・・・・・・)裏切りによるものだ。向こうと約した内容に何も違反しちゃいない」

 

 事ここに至って、カレンは理解した。

 役者が違う、組織力が違う、持ち札が違いすぎる。

 この相手との話合いは余りにも手に余る。

 

「──交渉の期限は?」

 

「組織に関することだからな。相手を変えても構わんし何だったらそっちの方で持ち帰って良いぜ? ただ外部に漏らすのだけは止してくれよ? それだけ守られればこっちはいつでも受けつけるからさ♪」

 

 ──実質の勝利宣言。

 どちらが交渉の勝者であるかなど、言うまでも無かった。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「流石にエリカさんレベルを求めるのは酷だったかー」

 

 交渉を終えた蓮は帰路につく。

 相手がエリカレベルであれば、ただただカードを切っていくだけでは全然足らない。下手に切れば手札を晒して終わるだけだし、目聡くそれを利用してくるはずだ。

 

 こちらを信用できないなどといって探ってくる愚策もしないだろう。周知の事実としてこと情報網という意味で《赤銅黒十字》や《青銅黒十字》といった、たかが(・・・)国外にも顔が利く程度で、『女神の腕』に叶うはずなどない。

 

 こと情報合戦という舞台で『女神の腕』と勝負など成立するはずが無いのだ。

 ならば交渉の場でやるべきは探り合いやら情報戦では無く、相手の求めるところを先読みし、利するものを提示しつつ、如何に自分に有利な着地点に持っていくかという心理戦ないし、駆け引きだ。

 

 交渉ごとが苦手だというリリアナの情報を得てから従者の方はそれなりに政治が出来ると見込んで持ちかけた話だったが、流石に才媛たるエリカ・ブランデッリほどの能力を期待するのは酷であったかと連は内心、舌出しながら反省する。

 

「でもま、布石はおけたし当初の任務は完了と言うことで」

 

 ……別に本来、《青銅黒十字》は必須のカードではない。

 草薙護堂を知るというならば既に各組織の『友人』から情報は仕入れているし、そうじゃなくても彼が暴れ回った地域の連中から聞き出せば、能力や人柄などこの通り、調査するのは朝飯前だ。情報源としての《青銅黒十字》に期待などはしていない。

 

 大事なのは常に二つ、精度と視点だ。これらが多くあればあるだけ便利だと連は考え、この話を持ちかけたに過ぎない。

 

「さて《青銅黒十字》はどう動くかなーっと……電話? 大将から?」

 

 趣味と実益を兼ねた仕事を終え、意気揚々と帰る蓮の携帯が鳴る。

 表示された相手は友人にして『女神の腕』が誇る大将。

 閉塚衛、その人である。

 

「んー、どしたー大将、俺になんか用事……うん? 草薙護堂の情報? 権能に関して? ……わーお、タイムリー」

 

 戦嫌いの衛が草薙護堂の情報を集めている……。

 内心、動乱の気配にワクワクしながら躊躇無く先ほどカレンに見せた情報と見せなかった情報、その両方を容赦なく報告する。

 そして、僅かも待たずして切れる電話。

 

「さて、これはまさかまさかのやる気か大将? 何があったかは知らないが……」

 

 ──面白い。と連は笑う。

 

 面白ければ持ち金全部をぶん投げると豪語する快楽主義者。

 そんな男であるからして例え日本列島が大混乱に陥る種火となりうる可能性であろうとも、面白いと言う理由で簡単に薪に焼べる。

 

 類は友を呼ぶ、というが混沌に愛された王の臣は、正しくその混沌をこそ愛していた。まだ見ぬ結果に期待しながら刹那的思考の快楽主義者は今日も今日とて燃える火種にガソリンを投下する、その結末が面白くなれば良いと。

 

 それ人は、傍迷惑と呼ぶ。




ろくでなしの友人はろくでなしだったそういう話。
因みに基本的に衛の友人たちは良くも悪くも常識を知った上で知るかボケっとぶん投げている連中ですので過半数が存在傍迷惑です。
例外はテオドールとシャルル(オリキャラ未登場)。

というわけで今章はカンピオーネの二次創作者ならば一度はやりたい、護堂くんとの対決編。期待通りいけるかどうかは予定を考えると微妙だが、できる限り頑張っていきたい所存。


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極東の王冠

台風ヤバいですね!
お陰で土曜日なのに暇という。

ところでピークは夜でしたっけ?
バビロニア見れるだろうか……(停電心配)


「護堂ってば、結構勘がいいわよね」

 

 休日の校舎を歩きながら、ふと隣を歩くエリカはそう言った。

 周囲に人気は無く、遠くから休日返上で練習をしている運動部のかけ声などが聞こえてくるが、校舎の方に至っては職員室周りに僅かばかりの教師が居るのを例外に閑散としている。

 

 ──護堂のお妾となると言い、護堂の周囲を彷徨くようになった清秋院恵那という少女。その少女のせいで会話上、なし崩しの流れで現在、護堂はエリカとデートをしている最中であった。

 

 果たして馴れないエスコートに肝心要のエリカの方は最初の方こそ護堂の無作法に不満足げであったが、後半で何とか立て直してみたお陰か、彼女の機嫌は直っている。

 そして、帰り際にまだ用事が残っているとこうしてエリカに城南学院高等部、エリカと護堂が通う学校の校舎にまで足を運んでいた。

 

「……普通以下だと思うぞ。さんざん気が利かないって文句をつけられたし」

 

 主に隣の相棒に。

 しかし対するエリカはフンと鼻を鳴らす。

 

「勿論、魔術やまつろわぬ神がらみの話よ。男としての甲斐性はまだまだイタリアの幼児以下。まあ、そちらに関しては今後に期待していきましょう。なんて言ったって貴方の恋人はこの私なんだから。それなりに時間はかかるでしょうけど、これからたっぷりと貴方を鍛えてあげるわ」

 

「べ、別に俺とお前は……」

 

「あら? 俺とお前は、何なのかしら?」

 

 エリカの言葉に反論しようとする護堂。

 言葉が詰まる。果たして今日日二人っきりでデートするような男女の仲をただの友人と言って良いのだろうか、内心過ったそんな考えが護堂の言葉をせき止めた。

 

 それに対してエリカは艶やかに、挑発的に髪をかき上げながら微笑する。

 

 自分に絶対の自信を持っているからこその威風堂々。

 護堂の周りにどれだけの女性の影がチラつこうとも泰然自若。

 

 護堂には些か眩しいその在り方はとても魅力的で、初めて出会ったときから相変わらずな様に護堂は思わず見惚れる。

 

「俺は……」

 

「──まあいいでしょう。貴方が素直な人じゃないっていうのはよく分かってるしね」

 

 言葉に迷う護堂を見て、悪戯な笑みを浮かべそれ以上の追求を止めるエリカ。

 やはりこの手の話題ではエリカが断然一つも二つも上である。

 

「それにまずはこっちの用事を済ませなきゃいけないしね」

 

「あ……そ、それだ。その用事って言うのは一体何なんだよ。休日にこんなところまで来て」

 

「言ったでしょう? 最近のゴタゴタを片づける準備だって」

 

 校庭、敷地内、そして──校舎。

 学校中を汲まなく歩き回る意図はそれだとエリカは言う。

 

 最近のゴタゴタというと、やはり清秋院恵那という少女のことだろうか。

 妾だの嫁入りだと言って散々に護堂の周りをかき乱す少女。

 その一連の騒ぎに決着をつけようというのか。

 

「それで護堂? 件の貴方の直感に期待して質問。ある筋からこの校舎には妙な仕掛け──呪術何かが仕掛けたそうなの。その痕跡とか、何か感じないかしら?」

 

「……いいや、全然」

 

 エリカに言われ周囲を見渡す。

 しかし代わり映えしない校舎には変わった変化など無く、強いて言うならば休日とだけあって人気が皆無であることに普段とのギャップを覚えるくらいか。

 

 そんな率直な言葉を口にすればエリカは眉を顰めた。

 

「もっと真面目に集中してやりなさい。感性を研ぎ澄ませて。もしかしたら貴方の直感はリリィの霊視的中率より上かも知れないんだから」

 

「いや、それはないだろ。霊視なんて俺は出来ないし」

 

 霊視。

 万里谷祐理が幾度と見せ、そしてペルセウスとの戦いでは騎士にして魔女でもあるリリアナが披露した能力。

 

 しかし己にはそんな能力も技術も無いし、ウルスラグナより簒奪した権能にもその手の能力は備わっていなかったはずだ。

 

「霊視というのは、アストラル界──『生と不死の境界』に揺蕩うアカシャの記憶を読み取る能力よ。貴方がときどき発揮する異常な勘の良さは、カンピオーネの超直感が、アストラル界を覗いている可能性が高いと前々から思っていたのよ。だからちょっと試してみて」

 

 エリカの言葉が記憶の隅に引っかかる。

 アカシャの記憶うんぬんはともかくとして、生と死の境界……そんな言葉をいつか何処かで誰かに聞かされた覚えがある。

 

『─────』

 

「……え?」

 

 ふと耳に何かノイズのようなものが掠める。

 瞬間、ぞわりという背筋に謎の怖気が奔り、同時に身体が熱を灯していく。

 この感覚を護堂は知っている。

 

 『まつろわぬ神』や同族(・・)と相対している感覚だ。

 

「護堂?」

 

 スッと隣を歩くエリカを制するように腕を上げる。

 同時に瞑目し、先ほどエリカが口にしたように精神を集中し、感覚を研ぎ澄まし、校舎の気配を探っていく……そして。

 

「何となく、何となくなんだがこっちな気がする」

 

「……どうやら私の推測は意外と的を射ているのかもね」

 

 護堂の言葉にエリカは肩を竦める。

 かくして二人はともに護堂が見つけた場所へと歩く。

 

 下駄箱から校舎を後にし、校舎の裏側へと回る。

 そのまま校庭を歩いて、校舎の壁の前で立ち止まる。

 

 どうもここが気に入らない。

 敵、そう例えるなら敵の残滓が微かにそこから香ってくるような。

 それにノイズが聞こえる。いや、ノイズじゃないこれは……。

 

「……なあエリカ何か聞こえないか?」

 

「何か? いえ別に何も聞こえないけれど……もしかしてこの壁に何か仕込んでるのかしら。結界か、それとも……」

 

「いや、そうじゃなくて。言葉? みたいな……何処の言語だ?」

 

 カンピオーネとなった存在は『千の言霊』と呼ばれるあらゆる言語を習得する技能が備わっている。護堂も例に漏れず無意識のうちにそれを行使しており、だからこそイタリアなどの外国に言っても言語の壁による支障はないのだ。

 

 『千の言語』は人によって個人差はあるものの、大体が数分とかからず言語の体得を可能となるのだが、ノイズ混じりで聞こえにくいせいか謎の言語は一向に理解不能だ。明らかに外国語、それも英語や中国語といった何処かで聞き覚えがあるようなものではなく、発音的になじみがない。

 

 違和感とノイズ、その双方に護堂が頭を悩ませていると、不意に思わぬ方向から二人ならざる第三者による声が掛けられた。

 

「──結界じゃないよ、エリカさん。詳しくは言えないけれど、そこには恵那と天叢雲がちょっと仕掛けを施したんだ。……別にそこだけじゃないんだけどね。でも、王様の方は流石だね、まさか『あの人』の気配を術越しに感じ取れるなんて」

 

 弾かれたように振り向く二人。

 校庭の方から一人の少女が、清秋院恵那が近づいてくる。

 休日なのにその姿は他校の制服姿。肩にはもはや気にならなくなっているいつもの荷物が──細長い布の袋がかけられている。

 

「八雲立つ、出雲八重垣、妻籠みに。八重垣作る、その八重垣を。……知ってる? 早須佐之男命の呪歌。ちょっと前に此処に忍び込んで仕込んでおいたんだ。計八カ所、使う機会があるんじゃないかと思ってさ」

 

 親しみを持ついつもの口調。

 平時と変わらない自然体。

 だが何故だろう、今は妙なきな臭さが彼女から香っている。

 

「今日はまだ(・・)仕掛けるつもりは無かったんだよね。あの人はやる気満々というか早く終わらせたいって感じだったけど、ふたりはデートだって聞いたし、点検のつもりで来たんだけど……まあいざとなったら自前で十分とは言ってたけど」

 

 一見変わらぬ様子で、しかし僅かにその視線に剣呑さを秘めて恵那はエリカを見た。対するエリカは『紅き悪魔(ディアヴォロ・ロッソ)』の異名を取る少女は優雅に微笑んで、その剣呑な視線を跳ね飛ばす。

 

「今まさにデートの途中なの。ついでに恵那さんが用意していた悪戯の種を調べるつもりだったのだけれどね、他にも気になることが出来たわ」

 

「そう、邪魔しちゃってゴメンね? ところで気になることって?」

 

「あの人、っていうのは一体誰の事かしら?」

 

 交わされる言葉。

 穏やかかつ理性的なものであるが何処となく非友好的気配が拭えない。

 ──護堂は思わず割って入る。

 

「おいエリカ、それに清秋院も……俺の知らない間にどんな因縁があったかは知らないけど、こんなところで妙な騒ぎを起こすのだけは止してくれ」

 

「かしこまりました、旦那様……なんて言いたいところだけど、難しいかな」

 

 そういって恵那は何気なく肩の荷物を降ろした。

 

「ところで、エリカさんの質問だけど。今はまだ答えられないかな。もしかしたら頼らずに済むかも知れないしね。あの人が出てこなくて良いならそれはそれで恵那としては良いんだ。おじいちゃまとしてはつまらないかも知れないけれど」

 

 そう嘯きながら丁寧に布を解いていく恵那。

 さらに恵那は言葉を続ける。

 

「第一、恵那の目的は別だしね──ねえ、草薙さん。恵那は確かに草薙さんの女になれって言われてきたんだけど、それとは別にもう一つの目的があるんだな」

 

「目的?」

 

「私を排除することでしょう?」

 

 訝しむ護堂にエリカが皮肉げに言葉を挟む。

 それに媛巫女は「正解」といって薄く笑った。

 さながら狩りに挑む獣の如く、獰猛な、笑みだった。

 

「草薙さんは重要な人物だからね。その周りに外国の人がいるのは面白くないってことだよ。恵那はそんなのどうでもいいやって思うんだけど」

 

「あら? 日本にはもう一人、『王』が居たはずじゃないかしら?」

 

「分かっているのに言うなんて酷いなぁエリカさん。もう一人の王様は自分で群れを率いているからね。今更、実家の連中や他の人たちが割って入る間なんてないよ。恵那みたいに女を宛がおうにも相思相愛の仲の子がいるからね」

 

 布袋が地面に落ちる。あらわになったのは鞘に入った大きな刀。

 

「そういうわけで、誰かがやらなきゃいけないお役目なら避けて回っても仕方が無いでしょ? それに相手がイタリアの騎士だって聞いて興味も湧いたし、同年代じゃ恵那と仕合を成立させられるのは一人だけだし、興味が湧いたんだ。そしたらおじいちゃまが変に面白がっちゃったから驚いたけど」

 

「おじいちゃま……その神刀を授けたという正史編纂委員会の重鎮ね?」

 

「詳しいね、流石エリカさん。うん、その通り。結構怖い人で委員会の人たちは中々逆らえないんだよ……今はもっと怖い人が怒っちゃってるけど」

 

 大丈夫かなー、おじいちゃまと呟きながら恵那が鞘から刀を抜く。

 抜き身の刀身は怖気が奔るほどに美しく神々しい。

 ……もはや疑うべくもない、向こうは明らかにやる気だ。

 

(とりあえず此処は私が引き受けるわ、護堂は下がっていて)

 

(おい、エリカ……)

 

(向こうはやる気よ。話し合いではもうどうにもならないでしょう。それに貴方に加われるとあの子、死んじゃうでしょう?)

 

(まあ、そうなんだが……)

 

 緊急事態の発生にアイコンタクトで会話をする二人。

 

 如何に壮絶な得物を携えている相手であろうと相手は人間。

 神殺しの護堂の力ではやり過ぎてしまう。

 

(それに……)

 

 ──もしかしたら来ている(・・・・)かも知れない……。

 

 そんな意味深な単語を呟くと同時エリカもまた自分の得物を、魔剣クレオ・ディ・レオーネを手に取っていた。清廉な細身の長剣である。

 それを見た恵那は獰猛な笑みを深めて楽しげに笑う。

 

「お休みの学校なら祐理を気にする必要も無いし、気兼ねなくいけそうだね。王様はいるけれど万が一の時はあの人に任せれば良いし、いくよ! エリカさんッ!」

 

 言って、先に仕掛けたのは恵那。

 踏み込みと同時に壮絶なる大刀をエリカに叩きつける。

 

 ──が、流石エリカは華麗なサイドステップでそれを往なすと、お返しとばかりに恵那に向けて突きを放つ、しかし木の葉が如く恵那はひらりと簡単に避けた。

 

 一瞬の空白。相応の視線がぶつかる。

 

 そこからは弾幕のような連続攻撃の剣舞だ。

 鋼の音色を奏でながらぶつかる魔剣と神刀。

 得物の差違で動きが身軽なエリカは果敢に舞うような連続突きを放つが、一方の恵那は動きの派手さなど要らないとばかりに、いっそ朴訥な様で僅かに得物を左右へ傾げるだけ、ただそれだけで怒濤の連続攻撃が見事に捌かれていく。

 

 神刀はエリカの魔剣と比べ明らかに大きく、華奢な少女の身には扱いにくいはずなのに一切それを窺わせない恵那の剣捌き。完璧な防御術でエリカの攻撃を悉く打ち落としながら、同時に生じた間隙へとカウンターをすり込む。

 

 カウンターだけではない。視線誘導、フェイント、足さばきの陽動。どれもがエリカに一つの事柄に集中させないように働き、攻めに僅かばかりの隙を生じさせる、そしてそのたびにエリカは次につなげる攻撃をかき乱されて……。

 

「くっ……随分と手癖が悪いのね!」

 

「見よう見まねの技だけどね! 恵那のお友達にこういうフェイントとか牽制とかそういうのが凄く上手い子がいるんだよ!」

 

 攻めのエリカと守りの恵那。

 剣舞における二人の関係性は正にそれなのにどういうことか攻めているエリカの方がまるで押されているようになっている。

 

 恐ろしきは剣術における制圧力だ。一撃一撃に重きを置かず二手三手先をつかみ取るためにたたき込まれる布石の数々。それを布石と思わせない必殺の偽り方。

 さらには折り重なるカウンターが一層、エリカのペースを乱していく。

 

 なんと言うことか──まさか日本にエリカと互角以上、いや圧倒するほどの剣術を操るような少女が存在しているとは!

 

 そんなことに驚愕しながら護堂は歯がみしながら考える。

 注意したにも関わらず、斬り合いはこの通り苛烈に。

 これではどちらかが大けがをしてしまうことだろう。

 

 しかし止めることが出来るほど護堂は剣術や体術に造詣など無く……。

 

「くそっ、やるしかないか!」

 

 そういって護堂は、あろうことか激しい攻防を演じる二人の間に、無防備に割って入った。

 

「──護堂!?」

「──草薙さん!?」

 

 護堂には『雄羊』の権能がある。それがあれば重症であろうとも、権能の治癒能力で復活は可能だろう。そう見立てた無謀の突貫に二つの驚愕の声が上がる。

 

 幸い、どちらも卓越した剣士であったお陰だろう。両者の刃は護堂を傷つける寸前のところでピタリと止まっていた。

 どちらかが半端な強さの強者であったらこうはならなかっただろう。

 

 それに護堂はほっと息を吐く。

 だが安堵する護堂とは対照的に、珍しくエリカが怒りを見せる。

 

「なんてことをするの、護堂!? 馬鹿をするにも程があるわ!」

 

 あと一歩で重傷だった、暗にそう案じながらエリカは護堂を問い詰める。

 

「し、仕方ないだろ! これしか止める方法が思いつかなかったんだから……」

 

 激高するエリカに気圧されつつも弁解する護堂。

 実際、この巫山戯たチャンバラごっこを止められたので結果オーライだろう。

 

 そんな二人の様を見て、恵那はぽかんと呆けながらも苦笑するように剣を下げ、笑いながら言った。

 

「無茶するね、王様。でも少し納得かも。あの祐理が惚れるだなんて一体何があったのかと思ったけど、俺の女を守るためなら命を懸けるって奴? 意外と男前なところもあったんだ……あの人に少し似てるかもね。もっとも向こうは──」

 

 敵対者を粉砕するほど容赦が無いけど──そう、困ったように笑う。

 

「別にそういうんじゃない! 清秋院だって怪我させるわけにはいかないだろ。だいたい揉め事を刃物で解決しようとか最低だろ、話し合いとかもっと平和的な方法を選択しろよ」

 

「そっか、恵那も『俺の女』に入れてくれるんだ。ちょっと照れるな……」

 

「いやそうじゃなくて──! 誰であろうと目の前で斬り殺されてたまるかってことで」

 

 えへへと照れる恵那に護堂は強く訴える。

 だが、当の本人に言葉に託した深い意味が伝わった様子は無く、なおも刀を隙無く構え直しながらも飄然と言った。

 

「やっぱりこうなっちゃうか。おじいちゃまの読み通り……いや、こうなるように仕組んだのかな? 何にせよ保険のままで居てくれた方が皆、幸せだったかな。あの人も戦いは好きじゃないし、恵那も悪戯に場を混乱させたいわけじゃないし──」

 

 そういって諦めるように呟く彼女。

 まるであーあと大切な茶器でも壊してしまったように。

 

 そう──彼女は真実、壊してしまったのだ。

 この均衡を、氷上に立つ平和を。

 図ったように相会わなかった二つの王を引き合わせることで。

 

 苦笑いを浮かべる恵那に困惑する護堂とエリカ。

 事態を掴めない二人を傍目に──真の嵐が姿を現す。

 

『ハッ! 茶番だな』

 

 嘲弄するように、何処か苛立つように。

 虚空から声は舞い降りた。

 

『守るにも中途半端、止めるにも中途半端、覚悟するにも中途半端。挙げ句、事ここに至っても平和的解決をなどと口にする。クソジジィほどの傍若無人さも剣バカほどの向こう見ずも、先輩ほどの決断力もない、論外だ』

 

 ひたすら罵倒し、嘲弄する。

 護堂に敵意が突き刺さる。

 声の主は何処までも護堂に苛立ち、怒っている。

 

『そんな様だから──こうして俺が出張る嵌めになる。自分の女が大事ならそれ以外を容赦なくなぎ倒せよ。戦いが嫌いなら策一切を捻じ伏せろよ。全部ちぐはぐ、中途半端、嗚呼──今、理解した、俺がお前を嫌うのは、他ならないその覚悟の無さだ』

 

 天が翳る、闇が落ちる。

 曇天が空を覆い、怒れるように雷光を轟かせる。

 バチバチと帯電するその様は声の主の怒りを表しているように。

 

『二人が大事か? 戦いを厭うか? 平和が好きか? だったら選べ、選択しろ。言っておくが両立など不可能だぞ? そもそも混沌の徒、望もうが望まざるが神殺しとなったものにはそんな言い訳も自由もない。中途半端のなあなあで済ませられるのは平和な世に生きる凡夫の自由だ』

 

 望んで神を殺し、果て無き闘争に身を投げたもの。

 望まずして神を殺し、手に入れた力を人のために使うと決めたもの。

 

 どちらにも差違は無い。

 ただ其処には、『選択した』という結論があるだけ。

 何も選ばずしてただただ平穏に、平和に生きていくなど彼らには出来ない。

 彼らの自由とは選び、決断し、貫き通す傲慢と傲岸。

 

 我に比するものなしと不遜に吼え、自分の目的と意思を阻害する悉くを薙ぎ払い、打倒し、殺害する。

 

 死するいつかのその日まで止まることも諦めることも知らない。

 史上最悪にして最強、希望を担う絶望の暴君。

 

 人々よ、恐れよ。

 神々よ、怒れよ。

 彼らこそ王冠を担うチャンピオン。不倶戴天の魔王。

 

 ──神殺し(カンピオーネ)

 

 地上もっとも、悍ましく罪深い獣なり。

 

「……嘘でしょう!? やはり来ていたというの!?」

 

 戦慄と恐れを吐き出すように叫ぶエリカ。

 それに応えるように声の主は……七番目の王冠は宣戦を布告する。

 

『──一陣の風となりて、濤々たる海を渡り、広大な大地を超え、走れよヘルメス! 蒼天の具足は冥府魔道、蒼天大海すら渡りきるものなればッ!!』

 

「これは……さっきの!?」

 

 爆発し、響き渡る声に護堂が驚愕する。

 聞き覚えがある……これは先ほど耳にしたノイズの……!

 

 混沌と乱れる場に次の瞬間、特大の変化が生じる。

 護堂の足下、まるですっぽりと人一人を落とすような穴が生じ、その向こうに空が広がっている(・・・・・・・・)

 

「はぁ、あああァァァ!?」

 

「護堂ッ!?」

 

 尾を引く悲鳴。

 護堂はそのまま()へと墜ちた。

 

 手を伸ばそうとするエリカも間に合わず、抗する術一つ講じることも出来ず、そのまま、護堂は、墜ちて、墜ちて、墜ちていって……。

 

 

 ──『その領域』へと辿り着く。

 

 

「よう、後輩君。出来れば会いたくなかったぜ」

 

「アンタ、は……」

 

 一面に広がる森林。

 カラカラと乾いた空気。

 勇壮に広がる大地と彼方に見える大海。

 

 感覚で日本と異なる異国の地の環境と分かる場所だ。

 その場所に、泰然と立ち尽くす王が一人。

 

「神殺し、閉塚衛。訳あって敵対させてもらう。自分の相棒が気になるなら、この場で心を決めていけ、でなくばお前には誰一人守れない」

 

 東方に君臨する城塞が──軍神の前に聳え立った。




ほぼ原作準拠からの対衛戦。
できるだけ登場を魔王っぽく登場させたい、ってしたら何故かどっかの閣下みたくなった件。

まあ黄雷の輝きとかそれっぽいし是非もないよネ!



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従者激突

おいおい感想が三桁行っちまったよ……。
やったぜ。

ハーメルンは色んな投稿サイトでも結構な時間、ユーザーですが、これほど長く(エタらず)続いている作品は我が事ながら中々ないので嬉しい。

ともあれ、これからも精進しながら頑張ります。
応援よろしくぅ!


そしてすまない。まだ戦闘じゃないんだ……。


 ──最悪の展開だ……!

 

 正史編纂委員会の東京赤坂分室。

 齎された報告に甘粕は頬に冷汗を流す。

 

 極東に住まう二人の神殺しの激突。

 今まで実現することのなかった事態が遂に実現してしまったのだ。

 それもよりにもよって護堂からでは無く、衛の手によって。

 

 

 

 ──神殺し……閉塚衛。

 

 彼と委員会の付き合いは長いようで実は短く、遡ること一年前に始まる。

 衛という少年が神殺しを果たし、七番目の覇者として君臨したのは六番目の王たるサルバトーレ・ドニが出現したのとほぼ同時期。約五年前のこと。

 

 だが、すぐに彼が覇者として世界に名を響かせたと言えば否である。

 彼が神殺しを遂げた地は地中海に浮かぶクレタ島。

 護堂と同じく遠い異国の地であり、神々の出現情報こそ委員会は手にしていたものの出現から消滅に至るまでの経緯は情報が遅れていた。

 

 というのも仕方が無いだろう。

 日本国内では圧倒的権力を保有している正史編纂委員会であるがその権力は国内に限られるのだ。

 無論、委員会とて外国に通じるルートや一定の影響力を持っていないわけではないが、他の、それこそ欧州の顔ともいえる『賢人議会』や強大な力を持つ騎士や聖騎士号を賜る存在を生み出してきた《赤銅黒十字》らには後塵を拝する。

 

 そもそも日本という国自体が世界に垣根を無くしたのは近代に入ってのこと。

 第二次世界大戦以前には鎖国をしていた時期もあったり、或いは単に島国というグローバル的観点に劣る地形が影響したのか、ともかく他国との文化交流の機会に余りにも欠けていた。

 だからこそ独自の文化を発展させてこれたという面もあるが、同時にそれは国際交流に疎いという弱点を生み出してきた、それは無論、呪術界においてもだ。

 

 だからこそ、アジア圏内ならいざ知らず、異国の地で誕生した初となる神殺しの存在を委員会は確認できなかったのである。

 また、外因として、誕生した衛がその当時、英国に身を置いていたというのもある。

 

 クレタ島での一連の騒ぎは『賢人議会』も知るところであり、また二柱の神の出現と言うことで事態の長期化を見た議会は騒ぎを収めるために『黒王子』アレクサンドル・ガスコインに事態の収束を要請し、派遣した。

 

 しかし、奇しくもアレクが到着したその時には既に二柱の神は島から姿を消し、代わりに彼と並ぶ七番目の王の誕生が成されていた。出会った先達の王と新生した王がそこでどんなやり取りをしたのかは委員会も未だに知らないが、結論として七番目の王はイギリスは『賢人議会』の庇護の下、一定年数その存在を隠された。

 神が二体出現していたという事実も王の存在を隠す隠れ蓑として機能した、委員会含む『賢人議会』のレポートを読んだ組織らは『まつろわぬ神』同士で潰し合ったものだと疑わなかったのである。

 

 そんな衛が本格的に脚光を浴び、名を轟かせたのは遂、四年前。

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵が起こした大事件『ジークフリート招聘の儀』での事だった。

 

 当時は委員会勢力下でも万里谷祐理や姫凪桜花といった何人かの巫女が攫われており、委員会としても独自の網を張り巡らしていた。

 そのため委員会はヴォバン侯爵の事件で一体何が起こっていたか正確に把握する事に成功、そしてそこで齎された内容に激震が奔った。

 

 七番目の王、閉塚衛の存在。

 彼が他ならぬ日本人であること。

 そして……新参の覇王がヴォバン侯爵を撃退したこと。

 

 その報告に委員会は……日本呪術界は大混乱を引き起こした。

 僅か数人しか存在しない神殺しが新たに誕生したこと、その王が他ならぬ日本人であると言うこと。さらに王は既に独自の人材網で自前の組織を構築しており、『賢人議会』並びに『黒王子』と同盟していると言うこと。

 

 委員会にとっては痛恨の極みであろう。自国の王が誕生したというのに周知するまで一年という少なくない時間がかかっている上、肝心の王は既に自ら庇護の組織と友好を結んでいるというのだ。出遅れるという一言で済ませていい話ではない。

 そのため委員会は何とか彼に接触しようとしたものの、彼はイギリス、ギリシャ、エジプト、ドバイ……と仮にも活動地域というものがある神殺しにあるまじき放浪ぶりで世界中を股に掛け、日本に戻ることは極めて少なく、接触出来なかった。

 

 衛自身が言うように彼が日本の地に落ち着いたのはそれこそつい最近、義務教育を終え出席日数なるものを気にしなくてはいけなくなった高校生になってからのことであり、そんな高校生の間でも暇を見ては世界中を渡り歩いていた始末だ。

 

 挙げ句、委員会が接触するよりも先にあろうことか九州の『民』。

 『官』も時折、人材の貸し出しや協力を要請する委員会ならざる呪術者集団に接触を先んじられ、側近の枠を取られ、まさに踏んだり蹴ったりの有様である。

 

 なので本当に委員会と衛が顔を合わせ、《同盟》し、隣人として認識するようになったのは最近の事なのである。

 

 だが、接触までのその年数は全てが無駄では無かった。

 寧ろ精力的に活動してくれていたお陰と、様々な結社の評価から委員会らは彼の気質について十分な理解をしていけたと行って言い。

 

 曰く、弱者の守り手。

 曰く、敵対者には苛烈なる王。

 曰く、『守護聖人』と並ぶ社会性を有する王。

 曰く、別名『黒王子の外付け後処理装置』等々。

 

 名誉なものから不名誉なもの、畏敬を多分に含んだものと様々な評判と声を調査の中で獲得していった。その中で委員会が理解した衛の気質とは即ち「身内に甘く、敵対者には容赦なし」という二極に単純化され振り切れた性格だ。

 

 一度、身内と認識したものは遮二無二如何な困難があろうとも救う手を惜しまず、対して敵と認識したものは撃滅するまで追撃をする容赦のなさを披露する。

 実際、誕生してから暫くの間は衛が神殺しを成した日から生き残ったゼウスと各地で苛烈な戦闘を行っており、それが沈静化したのは他ならぬゼウスが雲隠れしたからであり恐らく、今も接敵すればその苛烈さを披露するだろう。

 

 だからこそ委員会はその総意として利用するにしても庇護を求めるにしても一丸に一つの意見を纏めていた、決して悪印象を持たれぬ事と敵対するような真似をしないこと。この全体方針もあって《同盟》は出会ってすぐに滞りなく成されたといって言い。

 

 以後、委員会と七番目の王は取り立てて波立てるほどの騒ぎ無く順風満帆に両者協調路線で共存の道を辿っていたのだが……此処に来て最悪が訪れる。

 

 委員会すら口出し不能の御老公。

 彼らが後押しした清秋院の存在である。

 

 御老公──嘗ては『まつろわぬ神』として君臨していた神に加え、彼らはその殆どが人外へ至った存在であり魔人、精霊、大呪術師などなど、発言力は勿論、実力も現代呪術師の及ぶところではない。だからこそ委員会は彼らに逆らうことが絶対に出来ず──恵那を使い、エリカら外国の魔術師を払いのけるという行動に口出しできなかった。

 

 またエリカらに干渉するに当たって、草薙護堂を如何に口出しさせないかという事に関して衛をぶつけるという意見も彼らのもの。委員会としてはこれまでの関係を台無しにしかねないその方針に反対であり、その役を買って出ろと言われた沙耶宮は何とかなあなあで済ませる方向で行動しようとしていたのだが……。

 

 

 

「あろうことか衛さんから仕掛けるとは……衛さんの気性を逆に利用しましたね」

 

 苦虫を噛みつぶすが如くパソコンに向き合い、今も各方面に緊急事態を告げる報告を送る甘粕。委員会内では沙耶宮と同等に衛との付き合いが長い彼は一体、何が起きているのか考察の域だが、大まかに把握していた。

 

 ──恐らくだが、御老公たちは直接委員会の水面下の動きを衛に伝えたのだ。護堂の周りに居るエリカたちを排斥するため、衛に護堂の動きを封じる役を命じたいこと。そして、役を担うのが他ならぬ沙耶宮であるということ。

 

 身内へ甘い衛の事である。命じられた沙耶宮が逆らえないだろうことと彼女の性格をして嫌がるだろう事、そして委員会全体の意見から大きく逸脱すること、どれも正確に把握したはずだ。そして身内に甘い彼がどういう行動を起こすかなど目に見えている。

 

 敵対者は、あらゆる障害は苛烈なまでに粉砕しにかかる王。

 彼は原因を破壊するために行動を起こす。

 

「幸い、二人はアストラル界……現実世界までその戦闘被害が及ぶことはないでしょうがしかし……」

 

 神殺し同士の戦闘……果たしてそれが両者ともに無事で終わるなどあり得ない。規格外の力を有する両雄、まして片翼に至ってはこと戦いに手加減などとても持ち込むとは思えない気勢の持ち主である。

 万が一にどちらかの王を失うなどという事態が起きれば日本にとっては大きな損失であり、最悪の想定として相打ちなどもあり得るため、嫌な想像は止まらない。

 

「とにかく、今は事態の収束を図るのが先決ですか……」

 

 魔王両名を止めることも大事だが、特に今は城南高等学校の校舎を今も現在進行形で粉砕しながら戦っているエリカと恵那を止めなくてはならない。

 ただでさえ面倒な事態にこれ以上の面倒を引き起こすわけにはいかない、しかしエリカや恵那を止めるとなるとそれこそ相応の人材による仲介が必定で……。

 

「──もしもし、祐理さんですか?」

 

 甘粕は懐から携帯電話を取り出し電話をかける。

 通話先は七雄神社、相手は万里谷祐理だ。

 恵那、エリカ両名と顔見知りであり護堂の女の一人である彼女ならば戦闘面の実力はどうあれ、彼女らに対する一定力の発言効果を発揮する。

 

 また電話先の祐理からは同伴の条件にリリアナの同行を提示されるが、いっそ好都合だ。彼女の戦闘能力ならば恵那とエリカの間に割っては入れるだろうし、祐理をある程度危険から保護することが出来る。

 彼女らの力を借り、まずは現実世界での面倒ごとを片付ける。その後、祐理の霊視能力を使いアストラル界に飛んだ二人の魔王の居場所を特定しつつ、乗り込む。

 護堂はともかく、今回の衛の動機は身内に降りかかる火の粉を払うこと、甘粕の言葉ならば或いは矛を収めてくれる可能性も少なからず存在する。

 

 何はともあれ、ことは迅速に運ばなければならない。

 ただ一つ、懸念があるとすれば……。

 

「馨さん……一体何が起きているのやら」

 

 一向に連絡の(・・・・・・)取れない(・・・・)自身の上司に関するもの。

 この非常事態に彼女に連絡がつかない。

 それに対してこの上なく嫌な予感を覚えながらも行動を起こす甘粕。

 

 ……行動は最善なれどしかし、甘粕には致命的な見落としがあった。

 

 神殺し、閉塚衛が動いた(・・・・・・・)

 

 その意味を正確に理解していなかったのだ。

 見落としを把握するのは彼が祐理、リリアナと合流してからの事だった……。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

 約一時間後、三人は城南学院の近くまで辿り着いていた。

 学校方面では轟々と巨大な力がぶつかり合う気配が鮮烈なまでに感じ取れる。

 今も現在進行形で激突する恵那とリリアナによるものだろう。

 

 二人の激突は周囲へ多大な影響を齎し、神力と呪力をまき散らす。

 だからこそ祐理は現場に訪れるまでも無く、その気配と正体を霊視していた。

 

「速須佐之男命……それに、これは恵那さんの神がかり」

 

「ふむ。祐理さん、草薙さんと衛さんの方は?」

 

「……駄目です。恵那さんの力の影響か、二人に関しては何も見えません。とにかく、二人を御収めした後、見ないことにはなんとも……」

 

「ならば、話は簡単だ。早くエリカと清秋院恵那を止めればいい」

 

 幾ばくか冷静さを残している甘粕や祐理とは別に今にも飛び出しそうな勢いでリリアナは結論を急く。

 

「意見そのものには賛成ですが、仮にあの二人の激突に割って入って無事にことを諫められるとでも? エリカさんは勿論のこと恵那さんもあの通りなのですよ?」

 

 冷静になれと言わんばかりに甘粕が二人に目を向けつつ告げる。

 眼前では魔術と剣術を全力で賭して戦うエリカと神がかりという超希少能力を用いて莫大な戦闘能力を発揮する恵那の姿がある。

 

 確かにリリアナもまた実力者であるものの、二人の激闘に割って入って無傷とは行かないだろうし、彼女の直情的な性格を考えればこれ以上に騒ぎを大きくして仕舞いかねない。

 理屈はそうだろうが、しかしリリアナは納得出来ないとばかりに甘粕を睨んだ。

 

「ならばどうするのだ! こうしている間にも既に草薙護堂と堕落王は戦っているのだぞ! 第一、そもそもの原因として清秋院恵那のパトロンが事の発端なのだろう!? 本来ならば今すぐにでも貴方たちが何とかするべき問題の筈だ!」

 

「それが出来ないからこうして三人集まっているんでしょうに。それに御老公たちに頭を悩ませているのは我々、委員会も等しく同じ。いわば被害者ですよ……」

 

 些か感情面に走りやすいリリアナは自身が王と仰ぐ思慕の念を抱く存在の行方不明に案の定、冷静さを欠き、甘粕もまた普段ならば柳と受け流しているだろうに、不測の事態の連続と不安に若干、苛立たしげに反論する。

 

 そんな二人を諫めるのは意外にも普段はお淑やか且つ積極性に欠ける祐理だった。

 

「二人とも落ち着いてください! 此処で不平不満を騒いだところで事態は好転しません! 今、考えるべきはあの二人を止め、そして護堂さんたちを止めることでしょう!」

 

「万里谷祐理……すまない、少し熱くなっていた」

 

「……いやはや仰る通りですね。私としたことが」

 

「いいえ、冷静さを欠く御二人の気持ちはよく分かります。私も同じですから」

 

 この事態に不安を覚えるのは三者共に同じだ。

 かく言う祐理もまた、親しい少年の行方不明に心憂いている。

 

「今やるべき事は、エリカさんと恵那さんを止めることです。そのためにもまずはあの二人の戦いを何とかしないと……」

 

 一番懸念される舞台はやはり草薙護堂と閉塚衛の両者が激突するアストラル界の戦況だろう。最優先に止めねばならない戦場がある以上、まずは障害となるエリカと恵那の戦闘を止めさせなければ話にならない。

 

 が、神殺しのような規格外に及ばずとも、人知及ぶ範囲においてエリカと恵那もまた強大な使い手である。

 リリアナをしても無事ではすまない戦闘を一体全体どうやって止めるか、取り分け、甘粕やリリアナのように荒事向きでない祐理には到底思いつかない。だからこそ彼女は二人に意見を求めた。

 

「甘粕さん、リリアナさん、どうすればあの二人は止まるでしょうか……?」

 

「そうですね……エリカさんの方は話を通せば何とか剣を収めてくれるでしょうが、恵那さんの方はどうでしょうね、特に今は神がかりを行っているようですし」

 

「極東の降臨術士か。伝説的とも言って良い、素養の持ち主も在籍しているとは、思いの外、そちらの人材も層が厚いな」

 

 困ったように思案する甘粕の言葉にリリアナもまた二人の戦闘に目を向けつつ、油断なさげに呟いた。

 エリカと戦う清秋院恵那という少女の術。神がかり。

 それは霊視術を遙かに上回る巫女の素養を必要とする希少な能力であり、騎士であると同時に魔女であるリリアナもまたその希有については周知のことだ。

 

 恐らく、世界に数人と居ない例。

 それを前にリリアナは己が戦った時の仮想戦況のほどを割り出す。

 ……業腹ながら大きく見積もって四割、実状は三割と言ったところか。

 

 割り込むまでならまだしも正面切って相手取るとなると彼女をして苦戦は免れないであろう。

 

「…………万里谷祐理、それから甘粕冬馬」

 

 考えること数瞬、リリアナは二人に己の意見を口にした。

 

「悔しいが割って入るまでならばともかく私一人では清秋院恵那を止めることは出来ない。だが、エリカと協力すれば可能性はあると思う」

 

 普段、何かと対抗心を燃やすエリカとリリアナ。

 取り分けリリアナに至ってはエリカを苦手としており、自分から共闘を申し出るなど彼女の性格を知るならば珍しい事だと瞠目するだろう。

 だが、この非常時に、優先すべき別の事柄がある彼女は此処に居たってプライドよりも事態の収束を優先した。

 

「今戦っているエリカに何とかそれを伝えられれば、機を窺って二人で清秋院恵那を止められるはずだ」

 

「成る程、恵那さんに気取られずに、エリカさんに我々の意図を伝えられれば、そういうわけですか……それはまた難儀な」

 

 激戦を演じる二人に目を向ける甘粕。

 互いに一挙一動を深く観察しながら戦っており、どちらかに隙や変化があれば即応する構えである。この状態下で普通の方法を用いてエリカに意図を伝えれば恵那に気取られる上、逆にエリカの不利を齎しかねない。

 

 半ば拮抗しているとは言え、戦況はエリカの不利。場合によっては事態解決の策が一転してエリカを敗走させ、余計に収束が困難な状況に陥る。

 

 恵那に気取られず、かつエリカにこちらの存在と意図を伝える方法……ぱっと浮かぶのは直接思念を送るテレパシーと言った方法だろうか。

 だが、甘粕はその手の能力に対する素養は皆無。

 魔女たるリリアナもまた秘薬の調合等、魔女の術全般に通じるものの精神感応に属する異能の素養はない。

 

 となれば……。

 視線は自ずと一人に向く。

 

「これには貴方の協力が必要だ、万里谷祐理。私もサポートする、だから貴方の力でエリカに私たちの策を何とかして伝えて欲しい」

 

「わ、私が……!? ですが、私にそんなことは……」

 

「無茶は承知だ、だが可能性があるのはこの三人では貴女だけだ」

 

「……ま、祐理さんの巫女としての能力を考えれば同意見ですね」

 

 万里谷祐理の巫女としての素養の高さはそれこそヴォバンが目を付けるほどだ。通常は霊視能力といえば的中率はいいとこ一割未満、リリアナをして二割ほどだ。

 しかし万里谷祐理の霊視は六割超と極めて高い的中率を誇り、それだけでも彼女の霊能の高さは疑うべくもない。

 

 そんな彼女であれば或いは精神感応の領域たるテレパシーをも体得できるのでは無いか……そして事ここに至ってはその可能性に懸けるほかないだろう。

 

「わ、分かりました……私に出来るかどうかは分かりませんが──やってみます」

 

 瞳は不安げに揺れながらも奥に確たる意思が窺える。

 二人の期待とやらねばならないと言う意思が彼女に決意させた。

 

 また、ここ最近の護堂に対する思いの念、周囲の動きも影響しているのだろう。この間のイタリア旅行で感じた男女の仲に関する念、そして恵那との会話で改めて感じた護堂への好意……大人しい彼女が初めて誰にも譲れないと感じた思い。

 

 “私は……無事な護堂さんにもう一度会いたい”

 

 アストラル界……日本では幽世とも言われるこの世とは異なる別世界。

 護堂はそこに飛ばされ今も内情は不明のままだ。

 さらには引きずり込んだのが他ならぬあの堕落王。その気性については幾らか面識のある祐理は理解している。

 

 敵対者への容赦の無さ。嘗て、ヴォバンに囚われた折、遠目に垣間見た赫怒と雷熱の凄まじさは今も目の裏に畏敬の念とともに残っている。

 

 本音を言えば今も心配でたまらない。

 あの王を一人相手取っているであろう護堂。

 その安否を思うと居ても立ってもいられない。

 

 決然と祐理は顔を上げ、二人の顔を正面から見た。

 

「リリアナさん、御力をお貸しください。私が、何とかやってみせますから」

 

「ああ、こちらも助力は惜しまない」

 

 ともに護堂を助けたい気持ちは同じで偽りない。

 巫女と魔女はどちらからとも無く同時に頷いた。

 

 

 

 そう──護堂と親しい彼女たちだからこそ彼女らは少しでも彼の力とならんと決意した。だからこそ(・・・・・)……見落としてはならなかった。

 

 草薙護堂に思慕する少女らが居るように。

 

 閉塚衛にもまた──。

 共に歩みたいと願う少女と信頼するべき臣下がいるということに。

 

「──決意の最中、水を差す無粋を申し訳ない。そっちに余計なことをされると困るわけだなこれが。草薙王が勝つということはうちの王様が負けると言うことだからさ」

 

「──はい。恵那さんか祐理さんと贔屓するつもりはありませんが……我が王が決めた道なら是非もありません。貴女方が草薙王を思うように、私にも大切な相手はいますから」

 

 暗がりから二人──若い男女が現れた。

 突如として降りかかった第三者の声に三人は身構え、リリアナと甘粕は臨戦態勢を整えるが……現れた二人を視認した瞬間、甘粕が戦慄を奔らせた。

 

「嘘でしょう……まさか貴方たち(・・・・)も、なのですか?」

 

「おいおい、今更過ぎるだろ甘粕サン。アンタらだって、自分とこの贔屓の王に力貸してるだろ? ならこっちが同じ事をしない道理はないだろうが」

 

 甘粕の言葉に──『女神の腕』春日部連はせせら笑うように答えた。

 その姿は平時の飾らない服装と圧倒的に異なっている。

 

 黒いジャケットと黒いズボンという夜の闇に溶け込むようなまるでスパイか何かのような目立たない服。

 

 その癖、目には真っ黒いサングラスをかけ、首には赤いマフラーと要所要所の装飾は激しく、黒地に限りなく目立っている。加えて、両手の黒いグローブには、手の甲に怪しげな印が浮かんでおり、仮に平時に見たならば「中二乙」と笑い飛ばすだろう。

 

 さらに首から下がるネックレスも相まって衛辺りだったら『派手な007ごっこ』とでもいうかもしれない。

 

 だが、甘粕は理解した。

 首から下がるネックレスは護符。グローブの紋様はルーン文字のそれ。

 サングラスは幻惑や催眠、魔眼をはね除けるものであり、微かながらも呪力を感じるマフラーに至っては何らかの呪具であろう。

 明らかに荒事向けの装備……春日部蓮は戦闘装飾に身を纏っている。

 

 そして連の隣に立つ少女、姫凪桜花もまた黒地の桜の意匠が散りばめられた着物姿に打ち刀を差したこれから戦に臨むと装備であり……。

 

 外れて欲しいと思いつつ、甘粕は愚問を敢えて口に出した。

 

「……二人は一体どんな用事でこちらに?」

 

「くくっ、最低な気分はお察しだがな。現実はきっちり見るべきだと俺は思うぜ? 草薙王とうちの王様が戦っている……だったら、なあ?」

 

「私たちが黙していることなど無いと、そういうことです」

 

 蓮の方はまだ友好的な雰囲気を浮かべているが、笑みを浮かべる顔にはしかし微塵の油断はなく、寧ろ獰猛な気配を窺わせるそれは悪童が喧嘩に挑む前のそれに似ている。

 そして平時はもの穏やかなはずの桜花は刺すような緊張を身に纏い、透徹した瞳を三人に向けている。蓮とは異なり友好的な気配は無く、ただ黙して構えている。

 

 疑うまでもない、この二人は敵対者だ。

 

「貴方たちは……」

 

「おっとクラニチャールの令嬢とは初対面だったな。俺は蓮、春日部蓮だ。一応、日本における『女神の腕』を仕切っているもんだよ。で、こっちの姫さんが」

 

「姫凪桜花です。自己紹介は略式にて御免。我が王の命にて貴女方の介入を阻止させていただきます──ご容赦の程を」

 

「──とのことだそうだぜ?」

 

「ッ! 『女神の腕』──伝え聞く堕落王の配下か!」

 

 流石に神殺しが直接率いている『女神の腕』については既に知っていたのだろうリリアナは二人に一層の警戒を向けた。

 そんなリリアナを傍目に祐理は心痛むような顔で桜花の名を呼んだ。

 

「桜花さん……!」

 

「祐理さん、私は別に貴女の邪魔をしたいわけじゃないし、私も貴女の気持ちはよく分かります。或いは力を貸してあげたいとも。ですが、私は貴女の友である前に大切な()のパートナーです。故に──出来れば下がって、貴女に怪我をさせたくありませんから」

 

 一瞬、儚げな地金を見せつつもすぐに情は消失する。

 祐理が護堂を思うように、桜花もまた衛を思慕していた。

 だから──譲れるはずなどありはしない。

 

「なるほど──」

 

 祐理を庇うように、或いは彼女に代わってリリアナが進み出る。

 

「貴女方は堕落王の臣下……我々と敵対するのは必然か」

 

「ああ、エリカ嬢が敗走するまでそっちの王様には黙って貰う。ま、うちの大将はあんなだからただ足止めって訳にはいかないだろうが、そこはまあドンマイとしか言えないけど」

 

 リリアナの言葉に蓮が応じる。

 肩を竦めながら同情するように言った。

 その様を一瞥し──リリアナは話し合いを諦める。

 

 相手に引き下がる意図もなければ妥協する気配もない。

 ただ黙してことの成り行きを見ていろと。

 エリカの援護も護堂の救援もさせるつもりは無いとしている。

 

 ならば言葉にした通り、待ち受けるのは必然の結果だけだ。

 甘粕を含めれば二対二だが、仮にも委員会に身を置く彼がどう動くかはリリアナにも読めないため実質戦況は二対一で数的不利だ、だが──。

 

「貴方方がそうであるように、私も草薙護堂の近衛だ! 邪魔するというのならば嫌がおうにも押し通らせて貰うぞ! 『女神の腕』!」

 

「ええ、抵抗はご自由に。絶対に行かせませんので」

 

「右に同じく──ハッ! せっかくの久しぶりの火事場だッ!! 趣味を兼ねて実用的にやらせてもらうぜ……!」

 

 同時に、譲れぬ思いを胸に、王の従者は地を蹴った。

 

 

「騎士リリアナ・クラニチャールが我が君の障害を打ち払おう──勲を示せ! イル・マエストロッ!!」

 

 

 名乗り上げた少女の手に銀のサーベルが顕現する。

 対する堕落王旗下、二人の臣下もまた。

 

 

「征きます──!」

 

「じゃ、俺はこっちか?」

 

 

 迎撃するように打って出る桜花。

 それを傍目に蓮は甘粕と祐理に目を向けにやりと笑う。

 

 曇天の下、三つ目の戦場が幕を開く。

 壮絶な剣戟の音色が暗い黄昏時に響き渡る。 




次回、遂に開戦。
つーか、三戦場とか地獄だなこれ。

誰だこんな無茶考えたの……私でしたね。
やったろうじゃねえかあああ!(『』並感)

あ、参考までにアンケート設けます。
入れるも入れないも、ご自由に。


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覚悟の在り処

前回、お試しでやってみたアンケートの結果で笑う。
二万字いけるっしょと冗談で書いたら結構入ってるし……。
大体、一万から二万程度が宜しいのか。

ていうかこの手のSSって五千文字程度がいいと聞いていたのだが違うのだろうか。
それとも作品の問題か?


とまあ、自己分析はこれぐらいで終わり。
多分、お待ちかねのVS原作主人公。

さて、私の腕で何処まで表現できるか……!?


 対峙する。

 

 それはさながら侍の真剣勝負か西洋のガンマン同士の決闘。

 肌を刺すような緊張が支配する中、遂に王らが戦場で邂逅する。

 

 神殺し、草薙護堂。

 神殺し、閉塚衛。

 

 共に同胞であり、同じ故郷の土を踏むものでありながらしかし、絶対に相容れない不倶戴天が如く、今まさに二人は向き合っていた。

 

「よう、後輩君。出来れば会いたくなかったぜ」

 

「アンタ、は……」

 

 警戒と驚愕を乗せた護堂の言葉。

 対して衛は言葉だけ聞けば親しげな、だが、苛立ちと吐き捨てるような言葉を投げた。そこに友好的な雰囲気など皆無である。

 

「神殺し、閉塚衛。訳あって敵対させてもらう。自分の相棒が気になるなら、この場で心を決めていけ、でなくばお前には誰一人守れない」

 

 次いで嘲弄するような響きの一方的な宣戦布告。

 その、彼を知る者ならば如何にも似合わないだろう言葉だ。

 

 そもそも守戦がスタンスの衛がこうして自ら仕掛けるということ自体が異常事態だ。過去、衛から戦を仕掛けた例は悉くが報復戦である。

 それはヴォバン侯爵との戦いを演じたように、過去に何らかの要因で仲間を傷つけられたからのものであり、言ってしまえば因縁のある相手である。

 

 しかし、その点から照らし合わせれば護堂と衛の間に因縁などない。

 

 強いて言うならば同じ土地に住む王同士ということだが、基本的に領土やら権力に無頓着な衛は同じ土地に王が居ようと無関心であるし、裏の事情──魔術や神様がらみの荒事に絡むことを嫌う護堂もまた自国と同じ王が居ようともヴォバンやサルバトーレのような気質ならいざ知らず、戦を好まないという仲間内では平和的王に関心は持たない。

 

 要は両者の間に争うべき因果が存在していないのである。

 理解できない不足の自体に護堂は警戒を見せつつもまずは話し合いを選択した。

 

「なんでアンタが……それに此処は一体何なんだ」

 

「……此処はアストラル界だ。お前も神殺しならば一度は耳に挟んだことがあるだろ後輩。幽世、妖精境、イデアの世界、何でもいいがな。要はあの世一歩手前の異世界みたいなものだ。そして俺が此処に居るのはひとえに依頼だよ、お前を此処に閉じ込めろ、というな」

 

 護堂の質問にやはり苛立だし気に答える衛。

 アストラル界……護堂は直前、エリカと話した内容を思い出す。

 そして弾かれたように思い出す。

 

 ──居ない。直前まで隣にいた相棒の姿が何処にも。

 

「ッ! そうだエリカは……!」

 

「現世だ。お前の相方に関してはこっちに引き入れていないからな。そもそもお前とあっちを引き離すことがコッチの目的だし、今頃、恵那と戦っているんじゃ無いか? アイツの目的はそちらのお嬢さんを倒すことで、そのために態々、俺が出張っているわけだし」

 

「……じゃあアンタが此処に居るのは恵那の依頼ってことか」

 

 何処までも他人事のように事実だけを放り投げるように言う衛に護堂は警戒と先ほどから向けられる訳の分からない非友好的な雰囲気に込み上げてくる腹立たしさを覚えながらも、胸の内で押さえつつ言う。

 

 護堂の言葉に衛は何が癪に障ったのかいっそ一周回って笑えるとばかりに非常に攻撃的な笑みを浮かべて……。

 

「ま、そういうことだ」

 

 端的にそう返す。

 

「詰まるところ、お前には此処でブランデッリのお嬢さんが敗北するまで大人しくしていて欲しいという話だ。ああ、安心しろ。別に大人しくしている分には手荒なマネをするつもりもないし、興味も無い。それは表のお嬢さんも同じだろう。老害どもの目的はアレの排斥だ。殺し合いになることはないだろうさ、もっとも無事とは言わないが」

 

 肩を竦めながら言う衛。

 投げやり、機械的な対応、勝手な言い分。

 

 衛が先ほどから述べる言葉は正にそうとしか言い様がなく、だからこそ護堂の語気は少しずつ荒げられていく、うちに押さえる感情の息吹と共に。

 

「なんでアンタらに友達との仲を一々口出しされなきゃならないんだ」

 

「老害郎党と一緒にするなよ。俺はただ言われたことを言われた分だけ実行するだけだ。その結果、お前(・・)の周辺がどうなろうが知った事かよ」

 

 護堂が苛立ち混じりにそういうと、返す衛は不愉快だと言わんばかりに言い捨てた。

 警戒感が生み出す緊張は次第に剣呑さを帯びていく。

 

「……今すぐ俺を元の場所に戻せ。俺とアンタは戦う理由が無いはずだろ。アンタだってどうも無理矢理こうしているように見えるし、第一アンタなら嫌なことを強要されて素直に従うことは無いんじゃ無いか?」

 

 相棒の心配と目前の人物から齎された勝手な言い分に今も苛立ちながらも護堂は言葉を募る。別に目の前の人物とはさして親しいわけでは無いが、嘗てヴォバンを共に相手取った経験と神殺しとしての直感が、目の前の人物の性格を訴えていた。

 

 表面上は極めて似つかないが、衛の根本はヴォバン侯爵のそれに似ている。

 好きなことには手間を惜しまず、嫌いなことはとことん払い、興味ないことには関わらない好き嫌いがそのまま行動に起こるタイプ。

 

 そして先の会談で身内以外に興味は無いし、逆に手を出されれば殺すという言葉に嘘偽りが無いならば、間違いなく護堂と衛に因縁は無い。

 

 だから争わずとも済む解決法があるのでは無いか……そんな護堂の予測と願いは──。

 

「……く、は!」

 

 まるでその言葉こそ地雷(・・・・・・・・)だと言わんばかりに、真逆の方向へと転がる。

 

「ははは、はははは、あははははッ!! ──よりにもよってお前が! それを! 言うかよッ!! ああ──やっぱ駄目だわ」

 

 けらけらと一瞬見せる呵々大笑。

 だが一転して次の瞬間、いっそ底冷えするような怒りと敵意を見せる。

 

「全く後輩君の言う通りだ。俺はお前に興味が無いし関心も無い。だが、少し気分が乗った。最初に言っておいてやる、これは一方的な八つ当たりだ。好きに抵抗し、好きに足掻け、その果てに俺を抜いて見せたならば現世に送り返してやる」

 

 衛の肉体が帯電する。

 ……否、彼の肉体が帯電しているのでは無い、彼を覆う存在が目映いほどの稲光を発しながら主の感情に共鳴して強大な力の片鱗を垣間見せる。

 

 直視する。アレこそが山羊の化身。

 共闘の際、護堂の化身が一つを呼び起こした存在にして衛を代表とする権能!

 

「だが、その下らない中途半端な意思と相応の力を示せないというならば……宣言しよう、此処でお前たちは終わる。ブランデッリのお嬢さんも──クラニチャールの娘もそして万里谷祐理もな」

 

「ッ! お前、祐理たちに何をしやがった……ッ!!」

 

「聞きたければらしく聞き出してみろよ後輩! 王たる由縁を示してせろ!!」

 

 かくして遂に火蓋が切られる。

 激しい雷鳴と共に全容を表した山羊の化身。

 其はクレタ文明に嘗て君臨した絶大なる女神の残滓。

 

 その名は──。

 

「駆けろ、アルマテイアッ───!!!」

 

 叫びと共に《神速》の稲妻が護堂に迫った。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「羽持てる者を恐れよ! 邪悪なる者も強き者も、羽持てる我を恐れよ! 我が翼は汝らに呪詛の報いを与えん! 邪悪なる者は我を討つに能わず!」

 

 あと数瞬とかからず直撃するはずだった雷撃は目標を打ち据えなかった。

 聖句を宣すと共に護堂は疾風をも凌駕して衛の視界から掻き消える。

 その様を見て衛は、

 

「ハ──《神速》の権能……『鳳』か!」

 

「だああああああッ!!」

 

 軍神ウルスラグナより簒奪せしめた十の化身。

 そのうちの一つ、所有者に雷光並みのスピードと身軽さを与えるという衛の保有するアルマテイア、アレクの《電光石火》と同じ《神速》の権能!

 

 雷撃を外し、地面に強大な焼き痕と辺り一帯を照らし上げながら轟音を上げるアルマテイアの嘶きを背に護堂は衛へと突進する。

 とにかく現実のエリカたちの状況が分からない以上、時間を掛けるのは愚策も愚策。ましてやエリカたちが居ないと言うことは今までの戦い、常にセコンドのようにして護堂に助言や知識を与えてきたサポーターが不在と言うこと。

 

 未知の敵相手に余りにも致命的だし、時間を掛ければ護堂が知らない手練手管を晒してくることだろう。そうなれば戦闘の長期化は不可避。

 相手が全力を披露する前に戦いに決着を付ける。

 その判断は成る程、正しいが……。

 

「舐めすぎだろ、お前……!」

 

「なっ!」

 

 鼻で笑い飛ばすような衛の嘲弄。

 

 カン、と地面で鳴らした金属音。

 それが衛が気づけば纏っていた蒼天の具足が発したものだと護堂が認識した瞬間、護堂が先に衛に見せてみた如く、今度は衛の身体が跡形も無く掻き消える。

 

 それに驚愕する護堂に次瞬、襲い来る凄まじい衝撃。

 如何な手段か《神速》で駆ける護堂の背に一瞬のうちで回り込んだ衛が蒼天の具足で護堂の背中に強烈な回し蹴りをたたき込んだ。

 

「があ……!」

 

「休む暇はないぞ!!」

 

 『鳳』を蹴り破られ無様に地べたに転がる護堂に容赦は無い。

 衛は再び謎の超速移動で掻き消えると同時、先ほどは外したアルマテイアが再度の突撃を敢行していた。《神速》を強制的に解除された以上、すぐさま護堂はそれに対応して見せようとするが一手遅い、今度こそ雷撃が突き刺さる。

 

「ああああああああ!!」

 

 強烈な衝撃と共に痛み、痛み、痛み、痛み。

 フラッシュバックする視界と轟音に麻痺する聴覚。

 全身の至る所を焼き炙られる感覚に護堂はたまらず絶叫する。

 

「ふん……」

 

 膝を突く護堂、それを見て衛がつまらなさげに鼻を鳴らす。

 そして、油断なく臨戦態勢を整えたまま言葉を紡いだ。

 

「直情的だな。気に食わないが俺やクソジジィと同じタイプか。感情がそのまま戦いでのやる気や気合いに直結するタイプだろお前。だからこそ、いっそ気に食わん。何故、最初に遮二無二俺に仕掛けなかった?」

 

「なん、だと……?」

 

 衛の言葉に早くも息絶え絶えながらも睨み付けるように質問を意図を問う護堂。衛はスッと目を細めながら探るように答えを返す。

 

「あの時点で俺がお前の敵であることは明白だった。大切な相棒は現世の方で行方知れず。ならば選択するべき行動は言葉を交わすことでは無く問答無用で俺という障害を捻じ伏せることだったはずだ。にも関わらずお前は言葉を選んだ」

 

 仮に衛だったならば、こういった状況で無言もまま赫怒の暴力を晒しただろう。

 仮にヴォバンだったならば、喜々として状況に臨み、暴虐を尽くしただろう。

 

「結局の所、俺たちに平和的な和解なんてあり得ない。どいつもこいつも俺を含めて我が儘で、その上手に負えない権能(チカラ)を持っている。通す我があり、払う力があるならば取るべき行動は明白すぎる」

 

 そう、元より神殺しとはそういうものだ。

 衛を含め、全員が度しがたい我が儘で人でなし。

 自分の都合を最優先に回し、調和を乱す混沌のド畜生。

 

 それはもはや衛をして否定するつもりはないし、大小の差違はあれ、神殺しであれば自覚している部分だ。

 

 守る誰かのためならば悉くを粉砕する衛は言うに及ばず、民衆の味方だと有名で、『守護聖人』などと持てはやされる伝え聞くアメリカの神殺しですら周囲に甚大な被害を出す上、民衆を守ると豪語しながらもヒーロー然とした登場に拘るためか要所要所で問題行動を起こす人物だと聞く。

 

 人格的に極めて問題あり。

 混沌に愛され、愛す者。

 傍迷惑の化身。

 

 それこそが神殺しであり、それを主観的にも客観的にもそれは認めざるを得ない。

 

「極力争いごとを避けた? 違うな、お前は体裁を守っただけだろ。そんなにも普通の高校生でいたいのか? だったら先人として教えてやる、不可能だ」

 

 普通の人間は神をも害する危害を持つか?

 普通の人間は神をも脅かす猛威を振るうか?

 普通の人間は神をも凌駕する意思を見せるか?

 

 否、否、否である。

 

 神殺しと成り果てた以上。

 或いは神殺しと成り果てるより前から。

 

 平凡平和など無縁の話。

 彼らは災禍の仔、エピメテウスの落とし子なれば。

 

「諦めろ、俺たちはカンピオーネだ。あらゆる神を轢殺し、同胞同族との戦に愉悦する自分勝手な人でなし。今更、心を我慢したところで何になる?」

 

 同情と侮蔑を浮かべた奇妙な視線を後輩に向ける。

 嘗て衛が飲み干し、覚悟することを決めた境界線上で揺蕩う護堂を。

 

「……五月蠅い」

 

「………」

 

 ザッと二本の足で確と立つ護堂。

 その足は生まれたばかりの鹿のように震えているが、衛を睥睨する二つの意思を乗せた瞳が堂々たる様を見せつけている。

 

「アンタが言ってることは正しいんだろうさ。俺だって神様とはいえ、殺しているんだ。喧嘩の範疇は超えているし、人でなしって言われたらまあそうなんだろう。だからその責任とか、決意とか、そういうものを背負えってアンタは言うんだろ?」

 

 ウルスラグナ──まつろわぬ神として覚醒する前、護堂は彼と言葉を交わし、少ないながらも同じ時間を共有した。向こうはどう思っていたかは知らないし、知る由も無いが少なくとも護堂は彼を友達だと思っていた。

 

 だが、そんな相手を護堂は倒した。度しがたいほどの暴力をまき散らし、周囲に多大な迷惑をかけた不倶戴天とは言え、他ならぬ護堂の意思と決意を持ってしてあの一時友誼を結んだ不倶戴天の友を討ったのだ。

 

 違う違うと言われてもいざ口に出されてしまえば言い訳は無い。

 

「でも……そんなことは(・・・・・・)どうでもいい(・・・・・・)。決意とか覚悟とかさ、小難しいことに俺は興味は無いんだ。今俺にとって大事なのは現世の方で戦っているエリカたちであり、アンタが何か仕掛けたって言う祐理たちだ。俺は人でなしかも知れないし、アンタの言葉も正しいのかも知れない」

 

 ああ、そう、いつだって一番大切なのは友達で。許せないのはまつろわぬ神やカンピオーネによって理不尽な暴力に晒される者たち。それを護堂は守りたいと強く思うし、ただ暴れ回るものたちには義憤の感情を覚える。

 

 小難しい理屈なんて最初からどうでもいいのだ。

 

 友達は助けるもので、困った人には手を差し伸べるもので。

 

 そのために『まつろわぬ神』や神殺したちが立ちはだかると言うのならば。

 

「アンタの理屈なんて知ったことか(・・・・・・)! 俺は今すぐエリカを、あいつらを助けなきゃならないんだよ! ──そこを退いて俺を此処から出せ!」

 

 上等だ──殴り倒して先へ征く!

 理屈も覚悟も何もかも総じてどうでもいいと言ってのけた護堂に衛は初めて苛立ちを収めて奇異の視線をやる。そして噛み砕くように護堂の言葉を内心反芻して……。

 

「………お前もやっぱり人でなしだな。だけど今の喝破は悪くなかった」

 

 問答は望んだ答えとは異なっていたが、現世で垣間見た周囲に流されるような有様よりは多少マシな解答だ。飾った言葉や下らない大義名分や一般論を語られるよりも余程納得がいく。仲間を守りたいという純粋な思いもまた良い。

 

 ならばこそ……ああ、その気概が本物だというのならば。

 

「一撃だ。俺に当ててみろ。それが出来たなら引いてやる。出来なくば、どの道お前の言葉は口先だけだ。友情も何もかも此処で諦めていけ」

 

 言うだけのものを見せてみろ、と挑発する衛。

 それに対して護堂が返すべき言葉はただ一つ。

 

「俺は何も諦めない! アンタを倒してエリカたちを助けに行く、覚悟しろ……先輩(・・)ッ!!」

 

「────ハッ! よく吼えたッ!! 後輩(・・)ッッ!!」

 

 今度は同時に大地を蹴る。

 

 もはや問答無用。

 通したい我が儘のため障害を打ち砕くのみだ。

 

 東方に住まう《軍神》と《城塞》。

 

 己が勝利を掴むべく、滾る呪力と権能を手に再び激突した。

 

 

 

 

「く……ハアアアァァァ!!」

 

「────シッ」

 

 重なる剣戟は果たして幾度目か。

 リリアナ・クラニチャールと姫凪桜花の戦いは膠着に陥っている。

 

 いや、徐々に、着々と詰められているというべきか。

 一見して互角に渡り合う二人の少女であるがその内情は見た目とは正反対に歴然だった。こと剣術において……リリアナでは桜花の足下にも及ばない、と。

 

「そこです」

 

「ぐッ!」

 

 その一挙手一投足──今も油断なく目を凝らし、感覚を研ぎ澄まし、極限状態の観察眼で全力を振るっているにも関わらず、見切りはギリギリ。

 リリアナが攻勢に打って出ようとした瞬間、狙いしましたかの如くその気勢を削いでいく。……まるで大海に流される漂流者だ。

 

 手数の有無、駆け引きの上手さ。

 それらを持って編み上げる戦術の妙。

 

 断言しよう、その全てにおいて桜花という敵手は格上だ。

 

「成る程、これが西洋の騎士の技ですか。素直に賞賛しましょう、その年でこの練度、紛れもなく貴女は天才……同じ剣士として敬服します」

 

「は……貴女に言われたのでは皮肉にしか聞こえないな……!」

 

 フラメンコのような激しいステップを幾つも踏み、怒濤の攻めを見せるリリアナ。こと敏捷性、素早さ、身軽さ、はしこさにおいてはエリカすらも圧倒する才女の剣は視線を振り切る速度で刃の煌めかせ、冴えの限りを見せつける。

 

 だが……悲しいかな。相手が悪い。

 

 彼女こそ高千穂峰が生んだ血統を寄る辺としない純真無欠の天才。

 剣において曰く、歴戦の神殺したちの技量に匹敵する怪物(フェノメノ)である。

 

 しかも修験道という山岳信仰の隣人としてあり、雄大なる自然と天狗の技で鍛え上げられた彼女の戦闘スタイルは完全にリリアナの上位互換だ。

 疾風の如き、剣閃は淀みなく、清らかに舞うような踏み込みは洗礼され尽くしているが故に無駄が無い。

 

 彼女の剣技一つ、踏み込み一つにリリアナは対応するため、回避するため多いときは七度のステップを踏まされる。対する相手との行動負荷に圧倒的な違いが生じている以上、削られるスタミナは相手以上だし、実力面で負けてるということは交わす剣戟を積み重ねるたび、リリアナはピンチに陥っていくということだ。

 

 敵が格上ということは順当に行けば順当に負けると言うこと。

 リリアナが勝算を見いだすためには何とか桜花を出し抜いてみせなければならない。

 

 桜花の刀がリリアナの胴を切り裂く──瞬間、リリアナは跳躍していた。

 しかし流石と言うべきか、桜花は一瞬の動揺も無く、即座に刀の軌道を変更。

 切り払いから、切り落としへ。

 

 空中に無防備を晒すリリアナを撃ち落とさんと刀を振るった。

 しかし……。

 

魔女(ストレガ)の翼よ、我が飛翔を助けよ!」

 

「む……」

 

 言霊を唱えると同時、リリアナは空中を蹴って(・・・・・・)、行動の頭を押さえにかかる桜花の剣術から遂に脱した。

 そう──リリアナは卓越した騎士であると同時に魔女である。欧州の魔女が秘技、『飛翔術』。空を駆る魔女の術をリリアナは箒なしに実現させながら、空中で身を翻して急降下、猛禽類もかくやとばかりに頭上からサーベルを振り下ろす。

 

「はぁっ!」

 

 頭上という有利からの振り下ろし。

 しかも、桜花は刀を振り抜いた後で隙だらけだ。

 対応は──間に合わない。

 

(取った──!)

 

「いいえ、否です」

 

 確信とともに振り下ろした決めの一手はしかし桜花の言葉に否定される。

 言葉と同時、桜花は『ピュイ』と口笛を吹く。

 それは鳥を呼び込む鳥笛染みた音色であり、リリアナはそこに呪力の念が入り交じっているのを感覚的に察したが、対応するには遅い。

 

 不意打ちを逆に利用され、この上ない隙を晒す嵌めになる。

 

「なっ……!」

 

 風が吹く──木枯らしのように突如として生じた小規模の竜巻は桜花を中心として彼女の周囲を巻き上げ、周辺気流を乱した。

 それによって空中にいるリリアナは体勢を乱され桜花に無防備を晒す。

 

「飛翔術はその移動距離も高度も既存する魔術内においてもっとも空を駆るのに秀でた術と聞きますが、その分、術を行使中に晒す隙も弱点も多い。私も空を駆る術には幾らかの造詣があります。故にこそその長所も短所もよく知っている」

 

「ッ!」

 

 そう、桜花は剣術において並々ならぬ使い手であるものの、同時に卓越した巫女である。元より修行によって『験力』……自然界に息吹く霊気を蓄え、内に満たし、不浄を清めることにより自然と一体化する修験道の教え。

 

 だからこそ嘗てクリームヒルトに呪われ、その神格を宿してしまう嵌めになったりしたものの、少なからずある降霊適正はそれこそ彼女の巫女としての差違の証明だ。

 また修験道において天狗の術の受けた桜花は『風』と『火』に関しては並の術士を凌駕している。『風』を以て空を駆ることも出来るならば逆に『風』を以て空を制することも出来る。

 

「ハッ────!」

 

「ぐっ…………ああ!」

 

 首筋に狙い外さぬ鋭い剣閃。

 咄嗟にリリアナは首をはね飛ばされる覚悟をするが、直撃寸前、桜花は刀を返しその峰でリリアナの首筋を狩る。

 

 衝撃とともに地に打ち落とされるリリアナ。

 くぐもった悲鳴を漏らすリリアナに次瞬、冷たい感触が肌を撫でる。

 

「私の勝ちです」

 

「……くそ!」

 

 宛がわれる刃の冷たさ、それを感じてリリアナは毒突いた。

 呆気なく突いた勝敗。

 悔しさと情けなさに思わず顔を落とすリリアナに。

 

「恥じることはありません。私相手にこれだけ打ち合えたこと、それは誇るべきことですよ。一合目で貴女は私との彼我の差を察したはず。それでも諦めず私に挑み、最後まで勝利を信じて戦い抜いたこと。これは恥じるような敗北ではない」

 

「言ってくれるな……流石は『堕落王』の従者というべきか」

 

 口に出た悪態に先ほどまでの気力は無い。

 いや、自ら口づさんだ言葉に自己嫌悪したというのがこの場合は正しいか。

 

 従者……いや、騎士としてリリアナは何一つ役に立てなかった。

 今もアストラル界という向こう側で戦っているだろう護堂の助けになるため、或いは恵那という目下の障害を倒すため祐理に手を貸すといってこの様だ。

 

 見れば、祐理の方も『女神の腕』もう一人の臣下たる男に動きを封じられている。男の足下には甘粕が赤いマフラーを模していた呪具に絡め取られて転がっている。

 どうやら向こうも向こうで決着がついたようだ。

 

 何が、近衛だ。

 なんたる体たらく。

 

 王の従者として役に立つどころか騎士の本懐すら遂げられないとは。

 

「──貴女はもう少し肩の力を抜いた方が良いと思いますよ」

 

 自己嫌悪に浸るリリアナにふと穏やかな声が投げかけられる。

 顔を上げれば透徹とした瞳はなく、いつの間にやら優しげな光を浮かべた柔らかな年相応の少女の顔で、リリアナよりも年上らしく言葉を掛ける。

 

「これは勝手な印象ですが貴女はだいぶ背伸びをしているように見えます。それは弁えろとか、分不相応とかそういう意味では無く単純に誰かに相応しい自分になろうというような……端的に言って無理をしているように感じます」

 

「!」

 

 桜花の私的にリリアナは言い返そうと口を開くが何故か言葉は出なかった。

 そんな自分に困惑するリリアナに桜花は言葉を続ける。

 

「祐理さんもそうですが、草薙王……貴女方に合わせて敢えて草薙さんと呼ばせて貰いますが、聞くに彼は実に色好みだとか。恵那さんのこともありますし、察するに貴女の無理はそこにあるのでしょう。後は、そう、忠義と思慕の狭間に悩めるといったところでしょうか?」

 

「……ッ、貴女に何が」

 

「ええ。分かりませんよ? 貴女とはこうして敵対している仲であり、普段から友好があるわけでもない。仕える王もまた別です」

 

 桜花とリリアナでは置かれた環境も異なれば仕える王もまた全然違う。

 庇護者である衛と義侠の護堂では性格も異なれば立ち位置も違う。

 

 だけど、と一つ繋げて桜花は言う。

 

「私は貴女に親近感を覚えます。言うなれば貴女は少し私に似ている。自分の気持ちのあるがままを晒せないところなどは特に」

 

「────」

 

「少しでも格好いい自分を見せたいのでしょう? 弱い自分を想う殿方に見せたくないのでしょう? しかしそれでは無理をしているし、何れ無理が決壊する」

 

 そう偽っても、格好付けても自分は自分にしか馴れないのだ。

 騎士としての忠誠心も真実だろうが、それに託けて本心を隠し、押さえつけるのは些か見ていて悲しいと感じるし、痛々しい。

 

「もう少し素直になったらいかがですか? 貴女の弱さを許容できないほど、貴女が想った相手は狭量だとは思えませんしね──勇気を出して自分を晒しみてはいかがですか? ──弱さを共に支え合う、そんな忠義も素敵だとは思いませんか?」

 

「あ……」

 

 そういって笑いかける彼女にリリアナは思わず見惚れる。

 或いは、自分でも分からない感情を彼女に見た。

 

「わ、たし……は」

 

「今すぐ出なくとも構いません。ゆるりと自分の想いに問いかけなさい。そうすれば自ずと本心が知れるでしょう。その時、貴女が勇気を出して一歩を踏み出せることを祈ります──と、生意気でしたね。敵の戯れ言とお忘れください」

 

 言って桜花は刀を下げる。

 戦いは終わったということだろうか。

 身を翻そうとする桜花にリリアナはふと、自分でも無意識のうちに問いを投げていた。

 

「……貴女は!」

 

「はい?」

 

「貴女は……その一歩を……」

 

 踏み出したのか──リリアナのその問いは。

 

 

「──はい。やはり自分は偽れませんし。私は衛さんが好きですから」

 

 

 一瞬の躊躇も迷いも無く言い切る桜花に今度こそ悟る。

 ライバルであるエリカとも、友人である祐理とも違う。

 

 敵対者であり、王の従者であり、リリアナと同じ想いを抱える彼女こそ。

 ならば、リリアナが彼女に抱いた念は……。

 眩しいような、焦がれるような、嫉妬するような感情は……。

 

「そうか、確かに貴女の言う通り、貴女と私は似ているのかもしれないな」

 

 或いはそうなりたいからこそ似ていて欲しいのか。

 

 《彼》と《彼女》その関係、些かばかり憧れる(・・・)

 リリアナは自分の先を行く先達(・・)に畏敬とも尊敬とも付かない不思議な感情を覚えるのだった。

 




皆さんの思い描いた戦闘と少し違いましたか?
まあ激戦ばかりの応酬も飽きると思い趣向を変えてみました。
賛否両論があるでしょうが。

テーマは《先輩と後輩》とでも名付けましょうかね。


護堂君といえば何か殆どの作品でボロクソ言われていたので此処はちょっと男気マシマシでキャラを崩さず格好良く書けると良いなと頑張りましたし、原作ヒロインで好きなんでぶっちゃけ贔屓しているリリアナに関しても然り。
もっとも私には男気も乙女心も理解不能なので完璧に書けたかと言えば全く言い切れる自信がありませんが。

そもそも色恋沙汰とか分からん。
三次元の彼女? それって伝説の幻想種だろ?

ともかく、らしく魅せられたならば幸いです。


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されど汝は祈るのみ

私が風邪でくたばっている間にめっちゃお気に入りとか色々伸びてる件。
いや、何があったし……。

そしてそれとともに送られてくる誤字報告。
すまない、本当にいつもすまない……。

特に改稿した話でも誤字が発見されたのは汗顔の至り。
一応、自分でもチェックしているんだけどね。
やはり直接書いて投稿しているのが駄目なのか。

次からは一太郎パイセンかワード先生に聞いて投稿しようか。


 衛がアストラル界で護堂と、恵那が現実世界でエリカと、同じく桜花が現実世界でリリアナと戦っている時、第四の戦場たる現実世界での最後の縁者たる三名。

 甘粕、祐理、そして蓮は激しい戦闘を行うでも無く、緊張を漂わせながらも未だ戦端を切らずして言葉を交わし合っていた。

 

「俺の担当はこっちのわけだが……まあ、なんだ。つくづく苦労性だよなアンタって同情するぜ? 甘粕サン。ああ、それと無意味な質問だろうが興味本位に聞きたい。どっちだ(・・・・)?」

 

「さて……私の立場としては何とも言えませんが、個人としてはどっちも(・・・・)と言いたいところですかねェ」

 

「は……そりゃあ優柔不断な答えだ事で。立場としちゃあ悪手だと嫌悪するが個人的には好感が持てるよ」

 

「ははは、理解があるようで何よりです。出来れば、そのまま公私混同して戴きたいのですが?」

 

「それは流石に無理な相談。うちの大将の気質は知ってんだろ? 俺個人がこの場を見送る分には構わねえが俺たちが此処に居る(・・・・・・・・・)って時点で察してくれよ」

 

「ええまあ、桜花さんだけならばいざ知らず貴方までいらっしゃるという辺り本気度が窺えますからね。なるほど、敵対者への容赦のなさは存じていましたが、こうも徹底して勝ち目を潰しにかかる辺り敵対した場合の質の悪さが実感できます」

 

「おっ? まさかの乗り換え疑惑? いいねえ、俺的にはそっちの方が盛り上がるし面白いんでぜんぜんオッケーなんだが。ほら、火種も増えるし、必然的に今回みたいな機会も増えるだろう?」

 

「……私としては仮定ではなく畏怖の意味で言った言葉なんですがねェ」

 

「何だ、つまらん。欧州のバカどもの方が気骨があって面白かったぜ? 特に某一神教連中何かは『神敵討伐!』なんて言ってしょっちゅううちの大将に挑んでは悉く壊滅させられていってたしな。それでも挑む余力が残る辺り気骨あると言えなくないか?」

 

「生憎と我々は惨めと思われようともせせこましいと思われようとも存在して(生きて)いきたいわけでして。一時の感情に任せて壊滅したくはありません」

 

「そりゃあ、残念。でも良いのかい? 案外、勝ち目はあるかもだぜ?」

 

「いえいえ、勝ったなら旨みがあるというならともかく勝っても負けてもの状況で勝ちを選ぶほど肝は太くありませんよ」

 

「なるほど。それは甘粕さんの考えかい?」

 

「我々の考えっと言っておきましょうか」

 

「ほほーう。つまりは今回は否応なしに我が儘に振り回されたと思って間違いないかい? お互いに(・・・・)

 

「ははーん、なるほど、どうやら思った通りそちらも(・・・・)ですか」

 

「ああ、こっちもな(・・・・・)

 

 あはは、と形だけの笑い声を上げる二人。

 その迂遠な、分かるものにしか真意を読み取れない会話に祐理はオロオロとしている。エリカ辺りならばこの会話の意図も読み取れただろうが、蓮や甘粕の腹芸について行けるほど祐理の察しは残念ながら良いとは言えない。

 

 故に探り合いの会話は祐理を置いていったまま、二人のみで続行する。

 

「しかし、少し意外でしたな。仮にも我々を押さえ込むだけならば桜花さん一人でも事足りたのでは? 自己申告するのは何ですが彼女が相手ならば私一人程度手こずらないでしょうし、それは協力したところで同じ事」

 

 特に悪びれるでも謙遜するでも無く、ただ事実を告げる甘粕。

 彼の言う通り、実の所、足止めというならば桜花一人で事足りた。

 

 エリカ、リリアナ、祐理、そして仮に甘粕が護堂側に付いたとしても現状、桜花一人に太刀打ちできない。桜花の持つ卓越した技量は勿論のこと、今の彼女には限定的に神殺しの権能を使用できるという恐ろしき特性がある。

 

 天才、俊英、才媛などと様々な『才ある』という称賛を浴びてきた彼女らの腕を総じたとしても神殺しに比する人外の才に加え、人外の権能まで持ち合わせるとなるとどう転んでも勝ち目はない。

 それはもう一人の神殺しを相手取るようなものだからである。

 

 甘粕の正直な言葉に一方、蓮の方はそのもっともな言い分を鼻で笑った。確かに純粋な戦闘に置いては甘粕の言う通り。

 

「抜かしやがる。そりゃあ真っ向勝負の勝ち負けの場合だろ? 勝ち負けと違うところで出し抜かれたんじゃあ意味がねえだろ。だから俺がいる」

 

「ほう、道理で。正直貴方が来るのはそういう事でしたか」

 

 つまるところ、蓮がこの場にいるのはそれ以外に対応するためなのだろう。

 戦闘に置いては桜花に絶対的な信頼があっても別部分では、ということだ。特に今回のような戦闘に政治が密接に関わるともなれば自然、相応の人材を代用する。

 

 甘粕は改めて容赦ない、と感想を抱いた。

 ただ絶対的な力で押しつぶすのではない。徹底して敵対者の勝ち目を叩き潰し、全ての面で圧倒した上で勝利する。

 なまじ守戦に徹している分、女神の腕(仲間内)でも常に敵対した場合の想定があるのだろう。対応の早さと用意の周到さに抜け目がない。

 

 突発的な戦闘ならばいざ知らず、事前に兆候ありきの戦いだとこれほど厄介な敵は居まい。加えて配下の部下が情報収集に特化しているとなると凶悪さはこの通り数倍に跳ね上がる。

 

「さて、甘粕さんへの説明が済んだところで。本題といこうか祐理嬢」

 

「ッ……なんで、しょうか?」

 

 警戒の度合いを上げる甘粕を傍目に蓮は蚊帳の外の住人へ言葉を振る。

 突如として舞台に上げられた祐理は若干の怯えを見せながらもしかし気丈な振る舞いで言葉を返してみせる。

 

「俺は桜花と違って火事場は好きでもそんなに得意じゃ無いからな。ぶっちゃけるとやり合うのは結構手間なんだわ。ということで大人しく草薙王を諦めて引き下がってくれると嬉しいんだが、そこんところはどうだい?」

 

 気安く旧友にでも話しかけるような蓮の言葉。

 彼の言葉に嘘はないのだろう(・・・・・・・・)。肩を竦めながら言うその様には強気な意思は一切無く、ただ単に真実があるのみ。

 

 ……確かに蓮からは桜花のようなあからさまなやる気は感じない。

 表情は内心の窺えないニヤニヤとしたこの状況に対して楽しむような図太い笑みを浮かべるのみで真剣さや戦意は欠片も感じ取れない。

 

 この場で祐理が、碌な抵抗や反抗の意を示すことが無ければ間違いなく相手は引くはずだ。しかしそれは護堂の味方をしないということで……。

 

 一瞬の逡巡。それは自らの立場であったり、隣に庇い立つ甘粕ら委員会との関係であったり、或いは先日のイタリア旅行を経て改めて感じた草薙護堂への想いだったり……だが、それも本当に一瞬のこと。

 

 問うまでも無く、彼女の心は正直だった。

 

「──私は、護堂さんの味方です、味方で在りたいとそう思っています」

 

 初めて出会うとなった時、凶悪無惨な神殺しとの邂逅を思い、おののいた。

 幼少期にヴォバン侯爵に攫われたという経験を得た故に祐理の中では神殺しとは即ち恐怖と絶望の象徴だったのだ。

 衛という守戦の王との邂逅を経て若干の修正は加わっているものの、その衛に至っても苛烈な本質を霊視した事があるため恐怖の度合いに変化はない。

 

 寧ろ、かの王の他者(・・)への排他性を知ってしまったが故、ヴォバンと並んで恐るべき王だという印象は拭えなかった。

 

 だが──草薙護堂は違った。

 

 出会った時、果たして霊視の影響か、女性故の直感か、彼とはただの知り合い以上の関係になると、そう直感した。

 

 そしてその後も、何故か初対面にも関わらず心にあった怯えと不安は露と消え、王だからだという遠慮の気持ちは失せて、挙げ句、今のように親しく、彼自身に道を違えぬように説教するまでの仲になった。

 

 確かに彼は口では普通だという割りには要所要所で問題行動や常識外れの部分が目立つし、平和主義を主張する割りにすぐ頭に血を上らせるし、何だかんだで比べ合いが好きな辺り実は戦闘好きなのではと思う部分があるし、エリカの愛人の件やら、リリアナの従者の件やら女性関係に関しては弁明不能なほど、とことん爛れている駄目人間である。

 

 それを直して欲しい、正さなくてはならない。

 転じて支えてあげたいと……そう思ってしまう辺り好意はあるのだろう。

 

 何より、彼は困っている誰かを絶対に見捨てない。

 当たり前のように誰かの手を取り、当たり前のように誰かを助け、当たり前のように誰かのために義憤出来る少年。

 

 行動の結果、齎されるのは破滅的な傍迷惑だとしても、他ならないその傍迷惑さにこそ彼女は救われたのだ。

 あのヴォバン侯爵を前にして、果たして許せないと正面切って叫べる人物がいるだろうか。他ならぬ自分のために。

 

 たかが友人、たった一人のために命を懸けられるような人物だからこそ、祐理は心絆され、此処に居る。そして今、この場にいない彼の安否を思えば不安と心配で胸が張り裂けそうだ。力になれるならば、こんな自分が少しでも役に立てるというならば全力で彼の力になりたいとも。

 

 ならばこそ言うべき言葉は決まっていた。

 

「だから──引けない、此処は引けません! 私が少しでも護堂さんの力になれるというならば、それが仮に貴方方『女神の腕』ひいてはかの王に弓引く行為であるとしても!」

 

 そう──性格、力、閉塚衛の恐るべきそれらはよく知っている。

 友人の一人が仰ぐ仰ぐ王であり、委員会でも畏怖を集める神殺し。

 彼女が知らぬはずがない。

 

 だがその上で、自分は他ならぬ護堂の力になりたいと願う。

 彼の勝利と生存を、何よりも願うから。

 

「大人しく引くことなど、私には出来ません。例え私の反抗一つ、何のお役に立つことが出来なくともこうして想う心だけは、負けない、負けたくありません、だから──!」

 

 正面、今も不敵に笑う蓮を見据える。

 瞳に強い反抗の意思を添えて。

 立場も全て殴り捨てた万里谷祐理の本心を。

 

退いてください(・・・・・・・)、今すぐに。私は護堂さんを助けにいかなきゃならないんです!」

 

 絶対に叶わぬ勝負を目の前に。

 手弱女には決して出来ない宣戦布告を行った。

 

 それは言ってしまえば言葉だけの反抗、空論で絵空事だ。

 蓮の実力は未知なれど、立ち塞がる時点で戦闘能力は保有しているはずだろう。

 

 対して祐理は争いごとに対する能力を保有していない。桜花や恵那とは別に巫女たる本質の才に近しい祐理ではこと戦には致命的に向いていないのだ。

 だからこそ、抵抗は無意味。

 戦闘能力を保有しているだろう人物に向けて、あろうことか抵抗する手段もなしに挑むような言葉を投げるなど特攻以下の愚行である。

 

 しかし(・・・)だが(・・)それでも(・・・・)

 当事者だから響く言葉というものがある。

 

「くく、くくく、アッハハハハハハ! ……いいね、実に良いッ!」

 

 天へと届けとばかりの大笑。

 曰く、快楽主義者は満天を仰ぐようにして感動を示していた。

 

「ああ、そういう気概は悪くない。寧ろ好きだ、大好きだ! 不可能だ、無理だとすぐに目の前の下らない事情に諦めるクソつまんない連中より余程良い!! 勝機もなしに、手段もなしに、ただ負けぬとほざくかよ、良い馬鹿さ加減だ!」

 

 特に『負けたくない』という辺りが良い。

 勝つとほざいていたら嘲弄沙汰だが、負けぬというのはこの場合宣誓だろう。

 

 何もかも百も承知でそれでも(・・・)と言えるならそれは愚者の戯れ言なれど尊敬と敬服を以て聞き届けるべき戯れ言だ。

 これを前にしてただ愚者と罵るバカはきっと浪漫を知らぬ阿呆ぐらい。

 

「オーケー。ならやれるだけやってみな。その結果はどうあれ、決してそれが無意味なものであったと見下げ果てることはないと此処に誓おう」

 

 不敵な笑みはそのままに、最後の言葉だけは相応の誠実さを込めて。

 快楽主義者は敵になり得ぬ手弱女に全霊を賭すと誓って構えた。

 

「こういう訳だ。それでどうするよ甘粕サン? 手出し無用なんて俺は言わんぜ? 勝負は使えるもの全てを使ってこそだからな。戦争倫理に則る限り、戦場じゃあ何でもありだろってのが俺の持論だし。委員会としては大切な巫女媛を守るのが仕事なんじゃないの?」

 

「ですね。はあ、全くやはりこうなりますか……」

 

 次いでやるせないとばかりに甘粕も構える。

 態度には以前、真剣さなど欠片も窺わせないが、その振る舞いに隙は無い。

 甘粕といえば昼行灯を気取る男だが、同時に沙耶宮という大家の次期党首が一定以上の信頼を置く懐刀でもある。神殺しに纏わる案件を一手に取り仕切るエージェントともなれば実力に疑いは無い。

 

「す、すいません、甘粕さん。ですが私は……」

 

「ははは、ご心配なさらず祐理さん。半ばこうなることは予想できたので、それに蓮さん、口では何だかんだと良いますが、実は争いごと好きでしょう」

 

「おいおい、俺を戦闘狂みたく言うなよ。俺は浪漫が好きなんだよ。うちの大将のヘタレ恋愛劇然り、《サークル》の情報管理員然り、この手の争いごと然りな! 修羅場サイコー! 非日常に万歳ってなァ!!」

 

「……浪漫の意味間違えていませんか、それにいっそ質悪くないですかね、それ!」

 

 瞬間、両者は地を蹴った。

 楽しげに笑う蓮と気だるげにする甘粕。

 

 言動とは裏腹に行動は洗練された隙の無い様に変貌し、二人の意識は同時に戦闘という一瞬の判断が勝敗を分ける火事場のものへと移行する。

 

 

 ──先手を取ったのは、やはり甘粕である。

 

 

 『女神の腕』の幹部、神殺しの臣下。

 そういった肩書きの強大さ故忘れがちになる事実だが春日部蓮は一般人である。

 

 元より祐理や桜花、甘粕のように魔術や神々と神殺しの闘争に何の縁も無く、また魔術への適性は勿論、祐理ら卓越した巫女のような異能を保有しているわけでも甘粕のように魔術に頼らない戦闘技能を持ち合わせているわけでもない。

 

 故にその技量は所詮、多少動ける一般人程度なのだ。

 どれだけ喧嘩の経験や荒事への心得があっても、非常識らの住人である甘粕ら裏の住人には決して及ばない。

 

 それは先の構えからも見て取れる。

 確かに祐理のような素人目にしてみれば十分な隙の無さではあったが、甘粕というエージェントとして少なくない火事場を踏んできた者からしてみれば、素人に毛が生えた程度のもの、制圧するのにそう苦労は無いと結論づけられる。

 

 だが──だからこそ油断ならないと甘粕は思う。

 そもそもエリカや沙耶宮という政治手腕に関して天才的だと言って良い二人を相手取れる程度には優れた頭脳の持ち主である。

 

 そんな人物が果たしてその程度、当然の予測が出来ないだろうか?

 傲慢に、自分の力を過信するだろうか?

 

 そもそも彼は「何かある」と警戒させ、動きを止めさせ、闇雲な一手や強気な行動を抑えることに特化したやり手である。

 或いはこの警戒心は杞憂であり、簡単に制圧できるのかも知れないが、仮にも抑えることが目的で出張ってきたならば、それはないだろう。

 

 故に警戒するべきは常識外れの未知なる一手。

 しかし幸い敵手は頭脳は明晰なれど能力は常識内の範疇。

 ならば最適解とも言える取るべき行動は……。

 

(何の一手も打たせること無く先制の一撃にて早期決着……!)

 

 そう結論づけるも一瞬、甘粕は眼前の蓮と距離を詰め切っていた。

 

 甘粕冬馬──彼が委員会のエージェントたり得るその由縁とは彼の出生が陰惨な仕事を生業とする呪術使い一族の末裔であるが故だ。

 その技は忍びの秘技と陰陽術、桜花が体得する修験道の術理を統合したものであり、単純な戦闘技術ならばエリカら俊英の後塵を拝するものの、隠密活動……取り分け隠形に纏わる技量においては彼女ら俊英を置き去りにするどころか、神殺しの知覚すら時としてすり抜けるほどである。

 

 ならばこそ、所詮は何処まで行っても素人である蓮を制圧することなど訳もない。

 またそれを慢心とすることなく今も油断なく事に取りかかっている甘粕に意識的な隙は無く、ゆえに蓮に勝算などない……常識的に考えれば。

 

「おらよッと!」

 

 迫る甘粕を迎え入れる大振りの拳打。

 喧嘩仕込みの、荒事に馴れた素人程度の一撃である。

 しかし甘粕は油断なく、見る、視る。

 

 拳そのものはなるほど、脅威ではない。

 そもそもをして強靱な肉体へと鍛えた甘粕の無防備を貫けるほどの威力は無く、また振りに関しても甘粕から見て好きだらけ。

 受けるにしても躱すにしても何ら脅威とはなり得ない。

 

 観察するは意図である。

 前提として甘粕に蓮が敵う道理などないのだ。

 そしてそんな事が分からないほど敵は愚かではない。

 

 故に一手、何か仕込んでいるはず。

 例えば両手に嵌めるルーン文字を刻んだあからさまなグローブとか。

 

(『K(カノ)』? ならば火の系統魔術ですか……)

 

 打ち込まれた『く』文字の紋様はたいまつの火を意味するルーン文字。解釈法は様々あれど、乗せられるは火に属する思念だ。

 ならば発動するは燃焼の魔術か、はたまた知識の魔術の応用で知恵から技量に発展させるか……一つ分かることはまともに受けるのは愚行だと言うこと。

 

 果たして、遂に接敵する間近、甘粕は身を引いた。

 

「ッ?!」

 

「っと!」

 

 足さばきの陽動、疾走からの停止。

 突如として生じた戦闘の変化にやはり蓮はついて行けない。

 

 紙一重で避けるまでもなく、簡単に蓮の攻撃を甘粕はやり過ごして見せた。それは常人である蓮からすれば捉えたと踏んだか影が突然消えたような錯覚を覚える動作であったが、桜花か衛であれば捉えていたであろうが。

 此処に居るのは素人の蓮である。

 

 仮定は無意味。拳を空振った蓮は直後生じた硬直を甘粕に打たれ、数瞬の後に敗走する……。

 

「……なんちゃって♪」

 

「っ!?」

 

 直後、蓮が手を開く。

 空振った拳の中を見せびらかすように。

 

 グローブの内側に打ち込まれた本命(・・)を示すように。

 

(手の内側にもう一字のルーン……!? これが本命か!)

 

 『S(ソウェイル)』のルーン。

 その意味は太陽、勝利、そして……。

 

「輝け!」

 

 目を焼く閃光(フラッシュ)

 一瞬のうちに意図を汲み取り目を瞑ってみせた甘粕であるが、距離を詰めていたためか瞼を閉じた奥でも光に目を焼かれる。

 

 目を眩ます甘粕に対して間髪入れず蓮が行動を起こした。

 腰を落として、大きく踏み込んだ。

 

 この不意打ちから続く拳打か。

 しかし目が眩んでいようとも流石に火事場慣れした甘粕である。

 甘粕自身の意識を凌駕し、護身の蹴打が繰り出される。

 

 それは蓮の反応速度を凌駕するものであり、即ち対応不能。

 故に──一撃が空振りに終わった瞬間、甘粕は驚愕する。

 

「なっ!?」

 

 続いて眩む視界から復帰し、さらに驚愕。

 居ない、捉えたと思い捉え損なった敵が、そもそも視界から消え失せている。

 隠形か、瞬間移動か……刹那の思考を叩き割るように。

 

「こっちだ……んでもって、喰らえや!」

 

 頭上(・・)から降り注ぐ言葉──だけではない。

 言葉と共に朱色の宝石と見紛うほど美しく遇われた石が六つほど落ちてくる。

 石には全て白い印で一文字……余さずルーン文字が刻まれている。

 

「スリサズ、ナウシズ、イサ……縛り止めろ!」

 

 石が弾ける。そして魔術が起動する。

 本質的な意味合いにおいて行動を抑えることに特化した三ルーンで構築する結晶の檻。発動した魔術は完全に甘粕を捕らえきっていた。

 

 こうなれば如何に甘粕とて行動は不能である。

 封印の檻はあらゆる呪力を結界外へと放出させ、術式を練ることを封じる上、単純な結界強度としても肉体的性能では神殺しらが駆使する怪力が必要。

 甘粕が抜け出る手段などない……。

 

「くっ、面倒な!」

 

「って抜けるのかよ!」

 

 しかし甘粕は幽霊が如く結界をすり抜けた。

 ぎょっとする蓮であるが、仮にエリカか桜花であっても驚愕していただろう。

 術理の非常識さにでは無く、技の上手さに。

 

 結界抜けの術……甘粕のような隠密が使う技としては大して珍しくもない術であるが、不意打ちを受けた上、完全に発動しきった結界から抜け出でるなど並の手腕ではない。

 もっとも蓮にそこまで理解するほどの知識は無かったが。

 

 一方、甘粕の方もやれやれとばかりに呆れたように肩を落とす。

 

「なるほど、空中を蹴った(・・・・・・)のですか。先のルーン石と良い、そちらには随分と腕の良い道具使い(マイスター)がいるご様子で……」

 

 トンと階段を降りるようにして何もない空中から降り立った蓮を目の当たりにして甘粕はそう言った。

 そう……蓮は魔術師として呪力も持たなければ特異な異能も持ち合わせていない。だがそれを補うようにして様々な呪具(マジックアイテム)を操った。

 

 例えばグローブ。例えばルーン石。例えば空を歩む靴。

 

 これらは呪力を蓄えた魔術が音声や動作を起点として発動している、言わば付与魔術の一種。形式からして恐らくは北欧のものだろう。

 どれをとっても素人がプロを制圧するために用意したもの故か、術式強度や術式完成度に隙は無く、委員会のお抱えらでも再現は難しいはずだ。

 

「そりゃあ当然だ。俺ら《サークル》の中で数少ない純正の魔術師であり、イギリスのアリス嬢と並ぶ『天』の位階を極めた天才(へんたい)の仕事だからな。本人曰く、「私はアンデルセンとも顔見知りだよ」との事だ」

 

「……それは、それは」

 

 アンデルセンとは、あのハンス・クリスチャン・アンデルセンの事だろうか。

 彼の死没は1875年。それが本当なら件の人物は少なく見積もって約百五十年前程昔から生きているということになるが……。

 だとしたらなるほど、この呪具の完成度は納得出来る。

 

「人材豊富で羨ましいですねェ」

 

「ああ、色んな才能を明後日の方向へ磨いた天才(へんたい)がいて楽しい限りだぜ? なんなら移籍するかい? ミスター、ニンジャ」

 

「……その呼び方パチモン臭くて嫌なんですが、ね!」

 

「良いじゃねえか、ジャンプ漫画の登場人物っぽくてさッ!」

 

 蓮の軽口を塞ぐように甘粕は『急急如律令』と記された符を投擲する。

 同時に起動するは不動明王の金縛り。

 陰陽術における拘束の術式が蓮を襲った。

 

 だが、縛りきられた瞬間、あろうことか呪術に対し何の耐性も持たないだろう蓮が力任せに金縛りの術式を打ち破る。

 淡い燐光とともにはじけ飛ぶ術式。よくよく観察してみれば燐光と呼応するかの如く蓮のジャケットもまた光に瞬いている。

 

 恐らくは呪術に対して何らかのプロテクトを保有しているのだろう。

 対策には事欠かないらしい。

 

「では……!」

 

 ならばそう弁えた上で事に当たるまで。

 言外にそう告げながら甘粕は突貫する。

 今度は接近の際、牽制に幾つかの術式を打ち込みながら。

 

 五行相生──金気は水気を生み、水気は木気を生むというように、陰陽思想における五行それぞれを生み出し、術式同士の効果を互いに相乗させ、効果の程を上げる術式の連投。多種多様な術気の冴えは並の術者相手ならばとうの昔にその防御力ごと捻じ伏せられる威力と完成度であったが……。

 

「神威を示せ、守護座の山羊よ!」

 

 瞬間、稲妻奔るようにして黄雷が煌めく。

 これぞプロテクトの本領発揮とばかりに機能するジャケットの機能は甘粕が放つあらゆる呪術の効果を弾き飛ばしていた。

 

 術者が卓越しているにしても異常なまでの防御性能。北欧ルーン魔術だけでは説明が付かないほどの機能性だ。

 視線を鋭くする甘粕に気づいてか、蓮はニヤリと笑う。

 

「特注品さ。詳しくは知らんがホノリウスの魔術書(グリモア)だっけか? そのルーン術式をうちの大将の城塞を参考に組み込んである。制作者曰く、自分と同位階の魔術師であれ早々に破れないとのことだ」

 

「……なるほど!」

 

 中世魔術書の中でも最古に属するかの『誓書』から転用した術式ともなれば確かに甘粕では破れない。

 加えて制作者自ら同位階……魔女らにおける極限の『天』『地』位階に達していても簡単には破れないと豪語すること即ち現代の魔術師では絶対に破れないと言っているも同然だ。

 

 だが、甘粕の歩みは止まらない。

 元より呪術は甘粕の得意分野ではない。

 

 こと呪具装備において確かに蓮は圧倒的だろうが、それでも彼自身が素人なことに変わりは無いのだ。ならば細かい小細工はそもそも不要。

 真っ当な正々堂々こそ、蓮が一番やられたくないはずのことだ。

 

 ゆえに止まらない、接敵し実力を持って蓮を制圧するために。

 接近する甘粕に対して蓮は再び手を翳す。

 手の内に煌めく『光』のルーン。

 

 蓮は甘粕の動きを再び封じるため視界を奪わんと起動させた。

 

「輝け……っ!?」

 

 言葉に驚愕が乗る。

 視線の先、甘粕は目を閉じながら疾走してくる。

 

 閃光に対して目を瞑る。

 それはごく真っ当な対処法であり、だからこそ何より有効だ。

 今度は先と違い、予め弁えているため、瞼の奥を焼かれる心配はない。

 

 二度目は通じない。それを示すが如く、視界を封じたまま甘粕は進路を過たずして蓮の下まで接敵し、抱腹絶倒の掌底を見舞った。

 

「チィ……!」

 

 だが、素人なれど咄嗟に対応して退けた蓮は流石であった。

 後方に大きく跳躍、さらに宙を蹴り、空に逃げようと跳ぶ。

 

 さらに甘粕の狙いを見切ったのだろう、両手を交差させ来る衝撃に身構えるように防御姿勢を整えるが、しかし。

 

「ふッ……!」

 

「ガァ、ハッ!?」

 

 直後、防御を無視して突き刺さる蹴打。

 強烈な回し蹴りが身構えた蓮を横ばいから殴りつけた。

 

 空中から叩き落とされ地面をバウンドする蓮。

 甘粕に容赦は無い。

 蓮を敵だと見込んだ彼はそのまま死なないように配慮を加えながらも追撃を加える。

 

 急ぎ、跳ね上がるようにして立ち直った蓮の顎に掌底を喰らわせて脳を揺さぶり、続けざまにフラついた蓮を腕を押さえ、そのまま回り込んで地面に叩きつける。

 

「かは……!」

 

 肺から強制的に酸素を吐き出されるように息を吐く蓮。

 ……以て腕を固められ、完全に身動きを封じられた。

 

「いってなぁ……流石、いざとなれば容赦ないな」

 

「此処までやられて素人とは思えませんしね……さて、このまま大人しくして戴きたい。余計に暴れられると手間ですし、下手に貴方を傷つけすぎても王の反感を買ってしまうので」

 

「なるほどね、道理で。ほぼ無傷制圧とは随分と手心を加えられててようで」

 

「ええまあ、もっとも初めの一撃で昏倒させるつもりだったんですがね」

 

 蓮が余計な呪具(モノ)を使わなければそもそも戦いは一手で終わった。

 それほどに両者の差は隔絶している。

 技量に頼ればこの様ということから見てそれは事実である。

 

 何より蓮自身、この結果は見えていた。

 そう──だからこそ……。

 

 一手目の結果(・・・・・・)を破った時点(・・・・・・)で蓮の勝ちだ(・・・・・・)

 

「大事なのは俺が意識を失わないままアンタに触れる事だった」

 

「……何を──」

 

「『私を掴まないで(ノリ・メ・タンゲレ)』!!」

 

「ッ、お……!」

 

 蓮の身につける特に目立つ赤いマフラー、それが風に流されるように靡き──明らかに質量を無視したサイズにまで伸び上がり、刹那……甘粕を雁字搦めに捕らえたのだ!

 

「く、おおお!?」

 

 咄嗟に振りほどこうとしても鉄の帯かと錯覚するほどに堅牢であり、とても力業で破れそうにはない。さらには身に宿る呪力さえも完全に封じられた。

 

 この効力、あの詠唱。

 甘粕はこれ見よがしに魅せられていたマフラー、呪具の正体を察した。

 

「マグダラの……聖骸布!?」

 

「──を、加工して衣装に替えた代物だな」

 

 巻き藁のような様を晒す甘粕に、対して自由を獲得した蓮が訂正の言葉を投げた。

 

「最初に言ったろ? 欧州の某一神教歴々が無謀にもうちの大将に挑んで返り討ちにあったって話。実はそれには続きがあってな? いや流石に名うての宗教だと色々と面白い呪具とか隠し持ったりして戦利品が凄いのなんのって……これはその一つさ」

 

 いやあキリ○ト教万歳と、馬鹿にするように呟く蓮。

 ……オリジナルの聖骸布をそのまま使うでは無く加工している辺り、流石魔王の手先の組織というべきか罰当たりの極みだが、あくまで道具として機能していれば本人たち的には良いのだろう。

 

 そして役目を果たすという意味でこれ以上有効な方法はない。

 この聖骸布こそ、触れたモノを弾く特性を持つ有名な呪具の一つ。

 かの救世主がマグダラのマリアに向けていった言霊。

 

「加工品は女性衣装(ドレス)としての加工したんで不貞を働く男性を拘束するっていう機能をこいつは持っててね。内包する陽気に反応して拘束力を高めるよう仕込んであるから取り分け男を拘束するにこれ以上の一品は無いぜ?」

 

「なるほど、貴方の狙いは初めから……!」

 

「言ったろ、一手目を抜けた時点で俺の勝ちだったんだよ」

 

 この呪具を発動させるには男性に触れられている必要がある。

 だが、蓮は魔術師ではない。

 本来ならば術者の意思なくとも触れられれば、術者の呪力で自動起動する聖骸布も蓮では音声認証で行わなければならないために自動起動は出来ない。

 

 故にこそ、この男性では抗えない詰み呪具を発動させるに当たって、蓮が行うべきは意識を保ったまま甘粕に触れられた状態であること。

 そしてその条件は満たされた。

 

「甘粕さんっ!?」

 

 完全制圧された甘粕を見て戦いを見送っていた祐理が取り乱す。

 それに甘粕はハッとして声を張り上げた。

 

「祐理さん、逃げてください! 恐らく蓮さんは……」

 

「はい、甘粕さんの予想通り──これでチェックメイトね」

 

「ッ!」

 

 だが、一手早く蓮が王手を指していた。

 蓮は懐から取り出したモノを祐理に向ける。

 

 同時に、それ(・・)を目の当たりにした祐理は息を飲むように恐れで固まった。

 

 それ(・・)は聖骸布や蓮の特注プロテクターのように特殊性や特別製を有する呪具ではない。いやそれ以前に魔術や呪具などといった、裏世界がらみの常識外の存在では無く、人々の常識の範囲内に収まるもっとも恐るべき兵器だ。

 

 常人では回避不能。亜音速域で繰り出された鉛玉は容易く人体を貫通し、脳や心臓といった重要器官の破壊を可能とする。

 人類がより簡単に他存在の殺害を可能とするために生み出された知性体ならではの合理性と残忍性が生み出した人類の罪業が証であり、牙。

 

 それこそ……。

 

「S&W M19またの名を「コンバット・マグナム」。イカすだろう? 俺、次元大介好きなんだ。もっとも俺の腕じゃあ0.3秒には遠く及ばないが」

 

 言って無造作に構えられる拳銃。

 この場にそぐわぬ、しかし何よりも有効な一手でもって蓮は勝ちを宣する。

 

「悪いな、俺の勝ちだ。ま、後は草薙王が勝利することを祈るんだな」

 

 元より速度比べならば絶対的に拳銃のそれは言葉の上をいく。

 詠唱は拳銃の銃弾速度に間に合わないだろう。

 仮にエリカかリリアナならば対応策が幾らか浮かんだかも知れないが、所詮、戦う能力に至っては文字通りの手弱女である祐理に拳銃の脅威を摘み取る手段は無く。

 

「……ッ! 護堂さん……!」

 

 かくして勝敗はついた。

 健気な巫女に残る抵抗は思慕する男児の勝利を願うことだけだった。




何故かおまけを予定していたVS蓮が文字数を圧迫し、メインだった筈の衛VS護堂を次回に回す嵌めになった件……やばいな、今章。最長になるかも。


そして肝心の蓮の戦闘回。
此処でも重ねて言うけれど蓮自体の実力は一般人だからね。
道具とその使い方が良かっただけなんや……。

と言いつつそれらでキッチリ戦術組む辺りマジ逸般人。
最後に拳銃持ち出す辺り彼の性格が窺えるね。

因みに銃の種類は私の好み。
次元大介はハードボイルドの極みであり男の浪漫。
まあ、異論は認めよう。

厳密に言えば銃はコルトの方が好きなんですがね。
特に警察モデルの奴。
リボルバー+長銃身+銀色=浪漫の塊。
ミリオタじゃない私をして、最高だぜ……。


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《軍神》VS《城塞》

いよいよ、VS護堂くん。
今章の峠ですね。

今更ですが戦闘シーンが多すぎてきつい件。
特に一人一人書き分けながらなので。
だが、此処を超えれば……!
なのでいざ、今章主人公一番の見せ場を!

何せ、隠しテーマとしては敵から見た主人公だったからね。
全体を通して主人公は薄味だったのだ。

蓮やら桜花の主人公周り、そして敵から見た視点。
こればっかりメインでしたのでようやく見せられるぜ……。


 『剣の王』サルヴァトーレ・ドニ。

 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン侯爵。

 

 これまで草薙護堂は少なからず神殺し(同族)との交戦経験を経てきた。

 それに加え、ゾロアスター教の経典に刻まれし神格、ウルスラグナの打倒、メルカトルとの死闘、アテネとの戦闘、ペルセウスとの決闘等々……。

 

 神殺しとしては新米なれど、既に多くの戦い、多くの死闘を経験してきている。

 また、神殺しとは即ち勝利を掴み取る者なれば、その経験値、実力差、年期の差違など些事であり、新米だから草薙護堂という神殺しが弱いということには決してならない。彼もまた神を殺しせしめた『獣』なれば、先達者たる七人の王冠に勝るとも劣らない王冠であることには疑いはない。

 

 しかし勝てる可能性が残ることと、だから優位かは全くの別問題。

 戦う上で、勝敗を分かつ大要因の一つはやはり戦闘経験である。

 

 経験値は、そのまま知識に繋がる。戦闘に置いて未知とはそれだけで対処的行動を起こさざるを得ないのである。其れ即ち後手に回されると言うことであり、また攻撃手段が未知ならば対処する上での見切りや方法を一から構築しなければならず、逆に既知ならば対応は容易く、すぐに巻き返すことも出来る。

 

 百聞は一見にしかず、知っているのと知らないのとでは圧倒的な差がある。

 

 だからこそ──この戦闘推移は必然であった。

 

「ッ! ………クソ!!」

 

 雷撃が肉薄する。

 山羊の化身たる神獣は『鳳』に化身した護堂を掠めるように迫り、遠ざかる。

 同じ《神速》であるが故にこうして見切れば何とか一撃滅殺を凌ぎきれるものの、これで同じ光景を繰り返す(・・・・)こと都合三度目である。

 

 ──アストラル界に護堂が強制召喚され、衛との戦端を切ってからおよそ数分。戦闘推移は端的に言って護堂が一方的に追い詰められていた。

 

 フィールドたるアストラル界には衛の意図を汲んだのか異国の大地が再現されており、既に衛はその再現された大地、生い茂る森林に姿を消し、見せぬままだ。

 その場に残ったのは衛の権能にして神獣たるアルマテイアと護堂だけであり、彼を打倒し、この場を脱出するにはこの神獣を速やかに倒し、操り手である衛を一発ぶん殴れば良いのであるが……。

 

「この……いい加減にしやがれッ! 戦うんだろ!? 出てこいッ!!」

 

 エリカたちの心配や同族との望まぬ激突、今回のゴタゴタで堪りに堪ったストレスなど、諸々の怒りを込めるように護堂が吼える。

 しかし返答は神獣の嘶きと静まりかえった緑の沈黙。

 

 敵手たる衛からの一切の返答はなく、沈黙の意味を代弁するように再びアルマテイアの突撃が迫る。

 

「ぐ……おッ!」

 

 躱す。アレの一撃は先ほど受けて身に染みている。

 その威力、如何に神殺しの頑丈な肉体であっても何度も受けては無事に済むものではない。加えて本格的な戦闘に移行したためか、その出力は上昇しており、神獣が蹄で大地を踏み抜くたび小規模のクレーターが。突撃するたび、大気が焼かれ、酸素がオゾンへと電気分解により転換していく。

 

 それは空恐ろしい威力、電力である。

 嘗て、一時共闘によりヴォバン侯爵へ向けられたのを護堂は見たことがあったが、いざ自分に脅威が向けられて分かるのはこの権能の厄介さ(・・・)である。

 

 ただ単純な威力の面を見ても神殺しの脅威たり得るものなのに、これに加えて神殺しやまつろわぬ神に容易く肉薄する《神速》や雷撃形態から地を蹴る神獣形態と姿形は変幻自在。あらゆる局面で使用可能な万能性を有している。

 

 取り分け、威力もそうだが、厄介なのは変幻自在という点だ。

 

(っ……そろそろ『鳳』も限界か。となると有効なのは……!)

 

 護堂の権能、まつろわぬウルスラグナから簒奪した『十の化身』は名の通り、ウルスラグナが神話において化身したという十の存在へとその身を変える権能である。一つの権能が十もの特性を有するというのは字面においては破格であるが、その破格さ故か権能を行使するための条件や制限があった。

 

 例えば己を《神速》と化す『鳳』。今現在、行使する権能などは行使条件として高速の攻撃を受けること、これを代価に《神速》を行使できる。しかしそれも無制限にと言うわけでは無く、『鳳』使用中は時間経過で心臓に痛みが奔る。

 その度合いは行使し続ける限り増し続け、限界を超えてしまうと《神速》は強制解除され、解除直後は金縛りで硬直してしまう。

 

 現在、護堂の心臓の痛みは無視できない領域に到達しつつある。このままいけば後、数回の回避を待たずして権能は解除せざるを得ないだろう。だが、背後に追撃者を抱えたままそんなことになれば無防備を雷撃に打たれ、護堂は瀕死に陥る。

 なればこそ、次なる化身に速やかに移行し、神獣を倒して衛を打倒しなければならないわけだが……護堂がその手を選べないのには致命的な訳がある。

 

(今使えるのは『駱駝』か『白馬』か。この攻撃を凌ぐのには『駱駝』が一番だけど)

 

 先の雷撃を受けたことで『駱駝』の条件は満たされ、敵対者が神殺しあるが故、その過去にあるだろう破壊行動経験から『白馬』の条件も満たされている。

 前者は蹴打の威力向上と耐久力、格闘センスの向上が獲得でき、後者は太陽フレアを地上に点射し、大破壊を齎す。

 

 現状有効なのは《神速》を纏うアルマテイアに対抗するためにも『駱駝』だろう。衛を倒すためにもまずはアルマテイアを何とかしなければならないのは当然であり、そのためにも『駱駝』に化身するのは悪くない一手だと考えられる。

 

 また、現状打破という意味でいっそ『白馬』に移行し、一帯を薙ぎ払うのも悪くない。さしもアルマテイアも『白馬』の一撃ならば打倒出来ようし、運が良ければ身を潜める衛を仕留めることも出来るかも知れない。

 さらにこの動きにくい森林を薙ぎ払えればアルマテイアの行動も制限できるし、衛の居場所も特定できる。

 

 どちらの化身も使えば、何らかの有利を齎すことが出来る……だからこそ、不気味で仕方が無かった。衛からのアクションが一切無いことに。

 

(アイツはこの神獣だけ置いて何処かに消えちまったまま戻ってこない。多分、どっかで見てるんだろうけど……一体何を考えてる? なんで何も仕掛けてこない?)

 

 蒼天の具足……護堂が見た限りでは恐らく転移を司る権能だろう、それを以て衛はこの場から離脱した。護堂の足止め等の言動から察するに戦う気はあるはずだが、姿を消して向こう、アルマテイアを置いて行動を起こす様子は見受けられない。

 

 最初は戦うと見せかけてエリカたちの方へ行ったかとも肝を冷やしたが、神殺しの直感が宿敵が近くに居るのを訴え続けているのでそれは無いはずだ。

 だが、戦意があるというにも関わらず打つ手がアルマテイアによる一定の攻撃行動だけというのが解せない。姿を隠したからには相応の思案があるはずだ。

 

 隙を狙った不意打ちか、或いは乾坤一擲のための準備か。

 ともあれ、嘗てヴォバン侯爵戦で見せた苛烈なる怒濤の攻撃や護堂に対する怒りの感情からして何もしないという選択肢は無いはず。

 

 伝え聞く、彼の性格。敵対者への苛烈さ、無慈悲さの程はエリカやリリアナ、祐理からも耳にしたし、他にも『堕落王』を語る人間らは総じてそれらを強調している。ならばこそ護堂としてはてっきり、ヴォバンのような絶え間ない攻撃が来ると予想していたのに……。意に反してこの通りだ。

 

 薄気味悪い、と思う。

 剥離した印象と伝聞に反する現状。

 見えぬ思惑に積もり続ける疑心。 

 まるで釈迦の手の上で遊ばれる孫悟空の気分だ。

 

『Kyiiiii────!!』

 

「──ッ! ええい、迷うなッ!」

 

 アルマテイアの嘶きが疑心に惑う思案の海から現実へ引き戻した。

 再び雷撃を『鳳』で凌ぎながら意識を確と定める。

 

 ──やるべき事ははっきりしている。アルマテイアを打倒し、アイツに一撃を見舞い、現実に戻ってエリカたちを助ける。

 

「これもアンタの手の内だっていうなら……その策ごと打ち砕くだけだ!」

 

 ──我は最強にして全ての勝利を掴む者なり!

 ──立ち塞がる全ての敵を打ち破り、全ての障害を打ち砕かん!

 

 定めか心と確と唱えた言霊が力となって紡ぎ上げられる。

 『鳳』を消し、移行するのは『駱駝』の化身。

 

 しかし──その間隙を狙ってアルマテイアは攻め入った。

 

『Kyiiiii────!!』

 

 嘶きに同調して迸る雷光と加速する閃光。

 光が如き突撃は一瞬にして護堂との間合いを踏み潰し、《神速》を失った護堂をいざ踏み砕かんと疾駆する。

 

 対する護堂はただただアルマテイアを見て、見て、見て、見て……!

 衝突寸前、アルマテイアの角に手を掛け真正面から受け止める!

 

『ッ────!?』

 

 その時確かにアルマテイアの瞳に驚愕が浮かぶ。

 者皆全てを粉砕する雷撃を、それも《神速》たる神獣の疾走を、よもや真正面から受け止める阿呆が現実に居ようとは……! さしも神獣にも予想できなかっただろう。

 

 無論、代償はある。

 今も受け止める護堂の両手は末端から雷撃に染まって、焼け焦げ、見るも無惨に黒ずんでいくし、壮絶な激痛が護堂の両手を襲い続ける。

 しかし……!

 

「捕まえたぞ!!」

 

 静止するこの一瞬。

 これこそが護堂の掴んだ勝機だ。

 

 受け止める両手、両腕に力を込め、その場で跳躍。

 全身のバネを活用し、渾身の力を両脚に込めて……。

 

「喰らえッ!!」

 

 打ち放つは全力の両脚蹴り。

 『駱駝』の権能で跳ね上がってる蹴打は如何な神獣とはいえ、耐えうるものではない。まして予想だにしない方法で攻撃が受け止められ、無防備を晒す今なら。

 

『Kyiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiッッ────!!!』

 

 絶叫するようにアルマテイアが吼える。

 山羊の輪郭が消失し、稲妻たる無形の姿へと転じていく。

 

 だが、遅い。形状変化よりも先に……蹴りが届く!

 

「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 確信とともに護堂は蹴りを穿ち、そして……。

 

「無茶をやる……だが、それもまた都合が良い」

 

「ガッ!!」

 

 この上なく生じた隙を、衛に穿たれた。

 腹部に突き刺さる蒼天の具足。

 如何なる神からか簒奪した転移の権能が具現。

 

 神鉄の防具が護堂の渾身を薙ぎ払った。

 そして攻撃は終わらない。

 

「アルマテイア!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 主の声と共に雷撃と化したアルマテイアが吼える。

 山羊の姿を失って爆裂する稲妻の雷光。

 まるで地上に降誕した第二太陽が如き輝きは、太陽に匹敵する光量で内包する電量を解き放った。刹那、悉く焼かれる大地と周囲の森林。

 

 一帯を殲滅する光に逃れうるものなど何者も無く。

 

「ぐ、あああああああああああああああああああッ!?」

 

 護堂もまた直撃を受けた。

 先に受けた者とは比べるまでもない超威力。

 これが『堕落王』が持つ権能の本当の威力!

 

 だが、咄嗟に守りの体勢を築けたのと、『駱駝』の権能のお陰か、重い一撃を受けた者の何とか戦闘を続行するだけの気力を残すことには成功する。

 

 護堂は片膝を突きながらも、ようやく姿を見せた好敵手を睨み付けた。

 対して相手は冷えるような視線で以て答えを返す。

 

「お前の性格を考えて、最高のタイミングで詰めを打ったと思ったんだけどな。見誤ったか、お前の直感が優れていたか……生き残ったか」

 

「そういうアンタは高見の見物かよ……俺を倒すんだろ? 随分と弱腰じゃないか」

 

「……どうやらお前も勘違いしているようだな。俺をお前らみたいな無作為に何も考えず暴れ回る戦争屋(ウォーモンガー)と一緒にするなよ、不愉快だ」

 

「どういう意味だよ?」

 

 舌打ちしながら心底、嫌がる衛に護堂は訝しむ。

 周囲の評価、共闘からの経験。

 二つから思うに閉塚衛という神殺しはどちらかといえばヴォバン侯爵のように権能任せ、呪力任せの攻撃威力を以てして敵を圧倒する苛烈な神殺しの筈だ。

 

 衛を知るものもきっと同じ評価を下すだろう。だが知人であれば同時にこうも言うだろう。ヴォバンとの違いは彼が守戦(・・)の王であると。

 

「お前、防衛戦の知識はあるか?」

 

「………俺が素直に教えるとでも?」

 

「ないな、なら教えてやる。自分で語るのもアレだが、俺に取って大切なのは仲間であり、許せないのは仲間を傷つけるクソ野郎共だ。例え神であろうとも、俺の大事な友人を、恋人を、同胞を、傷つけることは許さない」

 

 それは衛が嘗てまつろわぬアテネに語り、神殺しとなった契機であり、神殺しとなる前からずっと心に抱いてきた決意と行動原理である。

 

 最優先するべきは仲間だ。心を通わせた知人だ。

 故に矛先がひとたび仲間に向けられれば守戦の王は容赦しない。

 あらゆる手段を講じて、防衛を、報復を成し遂げよう。

 

「だからこそ、別に俺は戦闘に対して拘りなんぞ持ち合わせていない。神殺しの中には決闘を好む輩もいるらしいがな。俺としちゃあ手段に一々手間を懸ける理由が分からんね。少なくとも俺に取っちゃ大切なのは常に仲間でそれが守られればどうでも良い」

 

 そう、衛にとって戦闘は手段(・・)に過ぎない。

 仲間を守る、或いは傷つけられた報復を成すための。

 

 故にこそ……。

 

「俺が力のままに権能を振るうのはそれがもっとも有効だと思うからだ。実際、アルマテイアはそこいらの者どもを鎧袖一触出来るからな。だが、お前みたいに少なからず賢しい相手なら、それに合わせた有効打に変えるさ」

 

 暴威を暴威のままに振るうから苛烈なのではない。

 手段を問わずして敵を容赦なく刈り取るからこそ苛烈なのだ。

 実際、その性質は各所ににじみ出ている。

 『女神の腕』による事前の情報確保などその最たるものだろう。

 

 事実、衛は既に蓮より草薙護堂という神殺しの権能の知識を受け取っている。

 条件に合わせて千変万化に転ずる『十の化身』。

 それに圧倒的反射神経と観察眼で敵の意表を突くに長ける護堂の人格。

 

 それら初見では得られないはずの情報を彼は既知のものとしている。

 

「闇雲に姿を晒せば、格闘能力に長けた『駱駝』の化身に、或いは先の『鳳』に補足されたろうな。後はアルマテイアを巨躯のままに振るえば『猪』出現を許したか?」

 

「なにを……」

 

 衛の視線に護堂は困惑しながらも同時にゾクリと怖気を覚える。

 ……いや、もしかしてはき違えていたのでは無いか?

 苛烈なるこの王は確かにヴォバン侯爵とその性質を似通わせている。

 

 だが、守戦と好戦という根本的な気質の違いが呼ぶ差違は決して見逃して良いほどの差違ではないのではないのだと事ここに至って思う。

 

 ヴォバン侯爵……どころではない。

 この魔王は……!

 

「手は抜かんし、容赦をするつもりもない。お前の喝破は悪くなかったが、それだけだ。一連の原因がお前を中心とした騒動なのに疑いは無く、それで俺の知人に迷惑がいったのも事実だ。だからその分の報復はさせて貰う」

 

 静かな言葉に確かな怒りを込めて宣する。

 

「願わくば、一方的に死んでくれ。どのみち俺を抜けなきゃお前の仲間は助けられんし、お前の明日も存在しない。忘れがちだが、お前と俺は他人だからな、どうなろうが俺の知ったことじゃねえ」

 

 こと容赦のなさ、報復の苛烈さに関しては──ヴォバン侯爵の上を行く!

 護堂は戦慄とともに確信した。

 

「じゃあ問答も終わりだ。改めて、詰ませて貰うぞ──アルマテイアッ!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 戦闘再開──状況打破の秘策すら浮かばず圧倒的不利なまま戦いは続行する。

 奔る無形の雷撃を『駱駝』の瞬発力で逃れながら護堂は高速で思考する。

 

(どうすればいい……!)

 

 もはや残された手段は少ない。

 敵は護堂に何もさせないまま嬲り倒すつもり出来ている。

 

 アルマテイアとの一対一で何故、衛が手を出さなかったのか。

 それは護堂の化身をよく知っていたからに他ならず、またその使用条件まで知っていたというならば……。

 

「くそ、条件を整えさせないって訳かよ!」

 

「ようやく可能性に気づいたな。だが、どうする? お前の横には誰も居ないぞ?」

 

「アンタッ……最初から!」

 

 エリカらと分断されたのも恵那の意向を汲みつつ、勝ちへの布石として打ち込んできたというわけだ。エリカら補佐するものの存在無くして、衛に対する知識や衛が打倒してきた神々の知識もまた得られない。

 全てにおいて後手を踏まされ、こうして詰みの段階まで踏み込まれている。

 

 今まで護堂が敵対してきた相手の何れとも異なる異質の感覚。ただ激烈に闘争を望むのでも無く、ただ熾烈に尋常なる戦を演じる訳でもない。

 淡々と苛烈に、一切の反撃や対抗手段を打たせずして持ち得る力と手段を尽くして敵を圧倒し、圧殺する。これが……!

 

「どうする後輩? お前の終わりはもうすぐだ」

 

 七番目の王、閉塚衛……!

 

 

 遂に衛という王の本質を掴み取って見せた護堂だが、やはり詰みも一歩手前だ。

 姿を見せた衛は瞬間転移を活かしてアルマテイアとの変幻自在の攻防を演じる。

 

「足が鈍ってきてるぞッ!」

 

「まだ、なめんな……!」

 

 雷撃が奔る。それを紙一重で躱した直後、すぐ正面に衛が出現する。

 繰り出されるは不意打ちの蹴打。『駱駝』の化身で強化された護堂と比べれば威力は低いものの常人であれば容易く昏倒する一撃である。

 

 尋常ならざる神殺しの反射神経を以てして護堂は対応してみせる。守りから続けざま、反撃しようと試みるも、しかし既に眼前から衛は消え失せており、代わりに頭上からアルマテイアが強襲してくる。

 

 それを飛び退るようにして凌げば、刹那、打ち込まれる背後からの回し蹴り。

 何とかそれも読み切って姿勢を下げ、地に伏すように躱した護堂であるが、護堂を踏みつけるようにアルマテイアの蹄が迫り……。

 

「逃げるだけかよッ! それじゃあ誰も助けられないぞ!?」

 

「うるさい! ことの元凶が言うに事欠いて……!」

 

「ハッ! お互い様だろそれは────!!」

 

 蹴打、雷撃、蹴打、雷撃、雷撃、蹴打、雷撃──!

 悪態を吐きながらも二つの攻撃手段を巧みに入れ替え、息つく暇も無く怒濤の攻めを見せる衛。先の攻防で護堂にクリーンヒットを入れたからだろう、此処が攻め時だと言わんばかりに様子見を捨てた苛烈な攻めが護堂を襲う。

 

 『駱駝』によって格闘センス、耐久力ともに上がっているものの、受けるだけでは一方的に削りきられるだけだろう。

 しかし反撃しようにも衛自身は瞬間移動で即座に姿を眩ますことが出来る上、その前兆なども皆無である。直感便りで何とか攻撃の予兆ぐらいは掴めているものの、それでも回避が精一杯。反撃に転じる時にはもう離脱されている。

 

 さらにそういった見えない脅威にかまけていれば、見える脅威にして殺傷という意味では最も驚異的なアルマテイアが強襲してくる。

 衛が瞬間移動能力を持っている以上、稲妻の放出や突撃で巻き込む心配は無く、また神獣に主を巻き込む躊躇いは一切疑えない。

 

 両者の攻めに隙は無く、故に護堂は一方的に嬲られるのみ。

 

 一撃だ。反撃の狼煙となる一撃が必要だろう。

 その精神、恐るべき苛烈さと初志貫徹ぶりに一石を投じるためにはどうあってもあの王を動揺させる他ない。

 しかし盤石たる守戦の王を乱すためにはそれ相応の衝撃が必要だろう。

 

 護堂は紙一重でこれ以上の致命打を受けないように凌ぎながら考える。

 思い返せ、言動を、攻防を、衛の信念、性格、気質を……。

 勝利へ繋がる鍵は、その先にこそある!

 

(アイツは俺以上に友達びいきだ。俺もエリカや祐理は大切だけど、多分大事にしているって意味じゃあ悔しいけどアイツに負ける)

 

 護堂にとってエリカたちはかけがえのない仲間である。

 

 だが、同時に彼女たちはただ守るべき対象なのでは無く、護堂と共に今まで戦い抜いてきた戦友でもある。

 彼女たちがピンチなら心配するし、助けもするが、身命を賭して何が何でも守り抜くというよりかは友達として手を貸すのが当然だから助けるというのが大きい。ゆえに何が何でも守る、あらゆる手段を賭して守るかと言われれば、護堂はそうとは言い切れない。

 大切にするのと同じぐらい仲間を信頼している護堂は、そう簡単に自分の仲間がやられるわけがないと信じてもいるからだ。

 

 仲間と分かたれながらも集中して目の前の敵と戦えるのはエリカたちなら俺が行くまで持ちこたえられるという信頼感あってこそのことだ。

 

 対して衛はそういった信頼感があっても、それよりも先に庇護の情が出る。

 如何な成り立ち、環境で育ってきたかは知らないが、遮二無二仲間を守ることが最優先であり、その他はどうでも良いという在り方は徹底して守り手だ。

 

 闘争に懸ける願いは常に排他であり、傷つける他者への拒絶。故に容赦なく何処までも苛烈に敵対者を殲滅するまで止まらない。

 仲間に抱く情も一定の信頼に託す護堂とは異なり、全て全て悉く、己の手で守り切ってみせるという一種の傲慢が垣間見える。

 

 誰を信じられる、誰を頼れる以前に、守りたい、守らなければならないという願いが優先している結果だろう、誰よりも常に最前線で戦い続ける様は正しく城塞であり、庇護の盾である。

 大小あれど、闘争を好む神殺しにはあるまじきその性質だが、しかしその性質あっての神殺しなのだろう。庇護の祈りは時として神の思惑も凌駕するのだから。

 

(だから、アイツの逆鱗は同時にアイツの急所になる)

 

 故にこそ、誰よりも仲間に懸ける情が重いからこそ。

 彼の逆鱗は同時に彼の急所となり得るのだ。

 

 事実、この一連の騒動に衛が巻き込まれた要因とは仲間の存在だ。

 護堂は知らぬが御老公を名乗るとある神格に沙耶宮、甘粕を権力の傘と人質に取られたからこそ衛はこの闘争に身を投じているのだ。

 彼の逆鱗は同時に弱点である、その護堂の見立てに間違いは無い。

 

(情に厚すぎるなら、多分、信頼する何かを挫かれた時、アイツはすごく動揺するはずだ)

 

 よってつけ込むならばそこだ。

 皮肉にも閉塚衛が最も信頼するものこと彼にとっての弱点である。

 そしてそれは戦いの中で護堂は容易く見いだした。

 

「さあ──詰めだ! 奔れ、アルマテイアッ────!!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 もう飽きるほど見た神獣突撃。

 かの神獣、雷撃の権能は衛が開戦してよりずっと頼り続ける権能である。

 護堂の様子見から始まって、勝負所、今の攻防、閉塚衛の戦闘を構成する中枢に必ずあの神獣、アルマテイアが据えられている。

 

 即ちあの権能こそがかの王が最も信頼する権能であり、かの王の弱点である。

 

「だったら……ッ!」

 

 衛を倒す、そのために必要な一撃とは、あの神獣を倒すこと。

 此処に勝機は見定めた。

 さあ、ならば反撃の時だ──!

 

「──俺の『山羊』を呼び覚ました権能、アルマテイア? か。随分と信頼しているんだな」

 

 突然投げかけられた護堂の言葉に衛が訝しむ。

 

「……それがどうした?」

 

「いや別に? ただアンタは戦闘手段は選ばないって言ってたからな。その割にはアルマテイアを頼りに戦闘を構築するアンタが気になっただけだ」

 

「何も不思議なことじゃないだろう。俺が戦うに当たって最も有効な一手、ただそれだけだ。それよりも──俺の権能のことより自分の心配をしたらどうだ!」

 

 言うや否や護堂の言葉を一蹴するように衛が叫ぶ。

 同時に声に合わせてアルマテイアが突撃をする。

 稲妻を四方に分散させ、大気に雷撃の軌跡を刻む其れは天災に相応しきが如き威容であった。

 

 無差別に飛来するそれを的確な見切りで避けながら護堂は言葉を吐いた。

 

「アルマテイア、確かエリカが言ってたな。なんでもゼウスの養母だとかどうとかって」

 

「……剣の言霊か。それについては把握している」

 

 護堂の思惑を読み切ったのか詰まらなさ気に衛が言う。

 ──『十の化身』が第十番目の化身『戦士』の権能。

 その極意は相手の神話を読み解き、言霊の剣として知識の剣を紡ぎ上げ、敵の神格を両断する『剣の言霊』。これまで多くの敵を打倒してきた護堂が切り札として据える権能である。

 

 だが……。

 

「付け焼き刃の知識で『剣の言霊』は発動しない。悪いが調査済みだ、勉強不足を呪うんだな。嫌々と、現実から逃避した報いだよ。精々悔やめ」

 

「悔やまないさ、そして変えるつもりもないッ!」

 

 瞬間移動で現れた衛の蹴りを回避しながら反撃と共に言葉を返す護堂。

 反撃は虚空を掠め、次いで右方からアルマテイアが強襲するが、大きく後ろに跳躍してそれも躱す。

 

 すかさず跳躍直後を狙って衛が現れるが今後は……。

 

「何ッ……ぐっ!」

 

「いい加減、こっちも馴れてきたんだ……!」

 

 攻撃に遭わせて相殺する。

 幾度も同じパターンを見せられれば護堂とて見切るのは容易い。

 

 しかもこの王、此処までの交戦で理解したがどうにもこういったステゴロは不得手とみた。動きにエリカやリリアナほどの精細さがない。

 ならば瞬間移動の兆候は分からずとも、護堂の隙を狙って何処に打ち込んでくるかと念頭に据えて網を張れば、このように対処出来る!

 

「……チッ。若くても同族か。だったらパターンを変えるまで……アルマテイア!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 衛の呼びかけに応じ、アルマテイアが馳せ参じる。

 嘶きを上げ、無形の稲妻から今度は鎧のように衛を覆った。

 

「そらッ!」

 

 そして繰り出される、殴打、蹴打。

 動きは正に素人同然であるが神殺しとしての身体能力と雷の鎧は素人体術とはいえ、まともに当たれば即死しかねない威力が込められている。

 さらに殴打蹴打に合わせて時折放たれる稲妻の一撃もまた、一発でも受ければ護堂の肌を焼き、動きを麻痺させ、必殺に続く隙を作り上げるだろう。

 

 だから躱す、躱す躱す躱す────!

 あらん限りの集中力と反射でその一撃一撃を掻い潜る。

 

「おおおおおおおおおッ!!」

 

 瞬間転移をも駆使した稲妻の体術は隙無く護堂の心臓、頭蓋、と言った急所を付け狙い、重要臓器蔓延る五臓六腑にねじ込まんとして襲いかかる。

 直感を駆使しても瞬間移動の兆候だけはどうしても読めない。だからこそ敵の読みと攻撃の意にだけ全集中力と直感を回す。

 そして躱し続ければ当然、相手も焦れ初め……そこだ。

 

「喰らえッ!」

 

 敵手の絶対先制をも先んじる蹴りの一撃。

 全身のバネと筋肉を余すこと無く利用した回し蹴りを衛の腹部にたたき込み……。

 

「無駄だ!」

 

 効くかとばかりに問答無用の反撃を受ける。

 硬質なものを蹴り飛ばす手応えと、無傷の衛。

 両手で衛の掌底をガードし、吹き飛んだ先で護堂は先の感覚を吟味する。

 

「……守りも有りとかなんでも有りかよその神獣」

 

 思わず何処かの言うことを聞かない『猪』と変えて欲しいと思った。

 

「違うな。コイツはこっちが本領だ。そしてそれだけじゃない。なあ、お前の『風』と『山羊』の権能。『山羊』はともかく……仲間がピンチだろうに使えないのは何故だと思う?」

 

「ッ……そういえば……!」

 

 指摘されて思い出す。

 

 ──『山羊』の権能は精神感応を操る力であり、使用するには周囲の仲間や人々から生命力を借り受け魔力に転換して雷撃を操る力だ。仲間と引き離されている上、周囲に影響がないアストラル界での戦闘だからこそ使用できないことに疑問はない。

 しかし『風』の権能はどうだろうか? 仲間の、心を通わせた知人の助けの叫びで瞬間移動を成すこの権能。現実世界でエリカを筆頭に祐理、リリアナたちがピンチだというならばこの権能の存在を知る彼女たちが利用しない筈は無く……。

 

「アンタが何かやってんのか!?」

 

「そう、俺も此処まで出来るとは思わなかったが、個人の現実が大きく世界の見方に影響するアストラル界だからだろうな。どうやらこの領域は俺の完全な支配下にあるらしい。正に城塞、いや……この場合は結界か」

 

 城塞……先の余りの防御力といい、衛の気質といい、本質は守りにあるのだろう。

 とはいえ、まさか世界そのものを支配するほどの権能とは。

 正に規格外である。

 

 いやアストラル界の事情を多く知らない護堂であるから現状、この場所が衛の支配下にある程度にしか理解できないがしかし。

 

「アルマテイア、守りの、城塞、そして……雷」

 

 思い描くはこの景色、異国の風土。

 カラッと晴れた陽気に緑豊かな景色、そして遠くに見える海。

 得られる知識の限りを噛みしめて思い返す。

 

 ……衛がアストラル界に来てから己の権能の特性を新たに掴んだように護堂もまた無意識のまま思考の海に埋没し、本能のまま、衝動のまま、新たな一歩を踏み出した。

 此処に来る前、エリカが逢瀬の時に言っていた。

 

 アストラル界とは死と生の境界線。アカシャの記憶という情報領域が存在する異世界であると。祐理ら、巫女や魔女が行使する霊視とはその領域に刻まれた読み取る能力であると。

 

 ならば掴め。勝利のための条件を。

 アルマテイア、守りを得手とする城塞。雷を纏う山羊の化身。

 その神格、その神話を紐解くのだ。

 

 全ては勝利を掴むために。

 

 ──忘れてはならない。

 彼もまた神を殺害せしめた獣、傲慢なる王者。

 

 人類史上最強最悪の覇者たる神殺しである。

 

 ──勝機は見つけた。

 ──勝ち筋を見つけた。

 ならば後は其処まで行き着く手段と掴み取る気概だ。

 

 

 其は全ての勝利を掴み取る者なり。

 全ての敵を、全ての障害を払いのけて、勝利を掴む覇者なり。

 

 ──我こそは勝利者(カンピオーネ)である!

 

 

 

「──アンタが殺した女神はアルマテイア(・・・・・・)じゃない(・・・・)!」

 

 

 

 

 故にいざ、今こそ絶対無敵の城塞を打ち破る。

 勝利の剣をこの手に掴め!

 

「ゼウスを育てた養母にして山羊、それがギリシャ神話における神獣アルマテイアだ! だけどそれはギリシャ神話に組み込まれる過程でその姿と権威を落とした女神の仮の姿に過ぎない!」

 

 ──手に黄金の剣が宿る。

 その様と言葉を理解して衛が驚愕と共に憤怒を吼えた。

 

「剣の言霊!? 馬鹿なッ……それは知恵の魔術のバックアップなしに発動できないはずでは……! ────…………ッ! そうか、アストラル界ッ! アカシャの記憶に触れたのかッ!!」

 

「そうだ! 此処だからこそ力を発揮できるのはアンタだけじゃ無いんだ!」

 

 戦闘開始から初めて動揺を見せた衛に護堂は強く言い放った。

 此処だ。此処しかない。

 この攻城戦を今こそ征して見せる。

 

 取り乱す衛を前に護堂はさらに剣に言葉(ちから)を与える。

 

「神獣アルマテイア、いや、アルマテイアたる女神は本来、ギリシャ神話では無くエーゲ文明……ギリシャはクレタ島を中心に発展した地中海文明における文明の女神だった! その神権は生と死、自然を従えるほど強大で、万物の女王、クレタ島の陸海空を統べる全権神として女神の頂点として君臨するほどに!」

 

「……先生(・・)の神話の真実に辿り着いたか! ならばこそ言わせない、やらせはしないぞ! 後輩ッ! 今度こそお前は俺の逆鱗に触れたと知れ──!」

 

 最大出力、雷撃が襲う。

 

 もはや容赦も確実な勝利も放棄したのだろう。

 殲滅のみを優先すべく呪力を全開に注ぎ込んだアルマテイアが駆ける。

 その雷撃ほどに大気は絶叫を上げ、視界は雷光に眩む。

 

 一撃、二撃、三撃と立て続けに打ち放たれるそれはもはや雷撃と言うより光線だ。万物を融解し、焼け焦がす一撃にしかし護堂は怯まない。

 剣を振り、切り払い、突き進む。

 

「エーゲ文明における宗教観は同じ海域で見られる別々の民族に共通して、聖石崇拝、柱崇拝、武器崇拝、樹木崇拝と自然の創造物に神秘を見いだして報じる自然崇拝が大多数を占めていた、その中には動物崇拝も含まれていてアンタが殺した女神はこれら自然の、万物の頂点として崇められていたんだ!」

 

 最初期の誕生したその女神に名は無い。

 明確な神名をただ在るが儘に自然を、万物を統べる頂点に君臨していた。

 

 元よりクレタ文明はその地理上、様々な国々と国交を経ており、それこそがクレタ島を中心に一大文明が築き上げられた要因と言えよう。

 取り分け、紀元前一五〇〇頃にはクレタ島ではアナトリア宗教観、現代におけるトルコにて発展した宗教観に大きく影響を得てか、母権……母神崇拝を旨としており、女性は島の祭祀を統べる祭司長として大きな権力を保有していた。

 

「天上の神として全盛期には全宇宙を統べる大神格として君臨した女神は天体運行を司り、季節の移り変わりを司った! 地上では豊穣の化身として、戦では人間を守り、海上では危険な航海に際し、守り手として人々から崇め奉られた!」

 

「その口を閉じろよ……後輩ッ!!」

 

 雷撃、雷撃、雷撃、雷撃、雷撃────!

 地よ焦げよ、害あるもの一切を焼き切らんとばかりに降り注ぐ落雷。

 その威力、激情の程からして如何に衛にとって逆鱗であるかがよく知れる。同時に言霊には敬意が垣間見えた。それはさながら恩人の恥辱を隠そうとするような、不名誉な歴史を弾劾するような憤りと思いやりが込められている。

 

 だが、譲れないのはこちらも同じだ。今も現実で戦い続けているだろう仲間を思い、護堂は容赦も手加減もしない、言霊の剣で雷撃の雨を切り開きながら言霊を紡ぎ上げる。

 

「だが絶対的な権力を有したエーゲ人らが崇めた神は男権優位と共に失われていく。クレタ島におけるアルテミスとまで言われたこの神格はしかし信仰が男神崇拝になるにつれ、徐々にその神格を落としていった。同時にその過程で真実の名についても失われる。ゼウス信仰下においてクレタ島の女神を呼ぶ際にはレアーとなっているが、これはこの女神に与えられた偽りの名に過ぎない!」

 

「お前は……!」

 

 女神レアー。それはクロノスを夫に戴く女神であり、ヘーシドスが『神統記』において古代クレタ信仰を参考に蘇らした伝承である。

 真実のクレタ信仰において語られた女神の名ではない。

 

 剣に言霊を宿られ尚も切り進む護堂に衛は初めて脅威を感じた。

 『剣の言霊』……それは神格を裂く剣にして、衛が持つ権能の一つと効果を類似させる権能破りの一種だ。如何に守りに長けたアルマテイアであろうとも神格そのものを引き裂かれたのでは防御も何もあったものではない。

 

 これ以上、目の前の男を好きにさせてはならない。

 

「逃さない、許さない、ああ──認めてやるよ、お前は俺の敵だ!」

 

 傍迷惑な後輩、などと甘い潰し方はしない。

 女神の真実に気づき、この城塞に肉薄する者だというならば。

 それは明確な敵だ。

 

 だが雷撃は届かない。言霊の剣はアルマテイアが繰り出す一撃の悉くを払いのける。ならば良いだろう。もっと直接的に(・・・・)当てに行くまで。

 アストラル界、場の支配……それら未知の経験が与えてくれる進化はお前だけの者では無いと知れ!

 

「雄弁なるヘルメスよ! さあ、その言葉を届けたまえ! 疾風の如き両脚を以て、女神の裁きを地上の人々に宣するのだ!」

 

 権能併用。頭痛が襲うが構うものか。

 

 言霊を唱えると同時、衛が指を鳴らした。

 瞬間、護堂に雷撃が直撃する──!

 

「があああッ、なぁッ……あ!?」

 

 直撃を受けた護堂は苦悶に顔を歪ませながら驚愕する。

 何故なら雷が放たれた瞬間、護堂は直撃を受けたのだ。

 

 まるで過程をコマ飛ばししたような理不尽。

 守る、切り払う、躱す……そういった挙動を取るより先に襲いかかった雷撃。

 これでは護堂を中心に(・・・・・・)雷撃を発生させた(・・・・・・・・)ようではないか──!

 

「まさか、例の瞬間移動! アレで雷撃を飛ばしたのか!」

 

「こっちに来てから向こうヘルメスから奪った権能の調子が良くてな! やって初めて出来ると確信したが……此処からは回避なんて許さない──!」

 

 雷撃、雷撃、雷撃、雷撃──。

 雷撃、雷撃、雷撃、雷撃、雷撃、雷撃──。

 雷撃雷撃雷撃雷撃雷撃雷撃雷撃雷撃雷撃────!!

 

「ガ、ア、ア、ア、ア、ァ、ァ、ァ、ァ、ァ────!!」

 

 痛みにショートしそうな意識。

 痺れで麻痺していく感覚。

 苛烈なまでの落雷の攻めは常人であれば全身が炭化するほどに凶悪だ。

 

 耐えているのは偏に護堂が神殺しであるからだろう。

 だがそれもこのまま受け続ければ終わる。

 

 どうする、どうすべきだ!?

 

 こうなっては回避不可能、防御不可能、殲滅不可能。

 雷撃を打ち破る手段は無く──!

 

「だったらこれで──!! ッぐぅ!」

 

 しょうが無いなので護堂は己が身に(・・・・)剣を突き立てた(・・・・・・・)

 瞬間移動で飛ばされる雷撃を対処するにはあの瞬間移動の権能をどうにかするしかないが今、その方法を考えていればこのようやく掴み取った勝機を逃す。

 だから強引に事を収めるため護堂は発生原因となっている自らに剣を突き立てる。

 

「……出鱈目なッ!!」

 

 さしもの衛も唖然と吐き捨てるが有効には変わりない。

 これで雷撃は瞬間移動したと同時に切り裂かれて無意味になるだろう。

 だが、同時に護堂はそのために剣を刺しっぱなしにせざるを得ないため、これでいよいよ残された時間は少なくなった。

 それでも勝機と敗戦の境界で護堂は尚も勝利へ向けて手を伸ばす。

 

「女神アルマテイア……いやアンタ()アルマテイアと呼称する神格の本当の名、クレタ島に君臨したであろう女神の名をブリトマティス! 但しこれすらも男神崇拝によってゼウスの娘として降格された借り名でしかない! 『可愛い乙女』を意味するこの名前ではクレタ島に君臨した最高神として似つかわしくないからだ!」

 

 クレタ島における太古の信仰。

 その欠片として残った名は二つある。

 一つはブリトマティス。若い女狩人であり、神話においてはミーノースに愛を告げられ、拒否したところを乱暴されそうになり七ヶ月の逃亡の末、海に身を投げたという。 それを見たアルテミスが娘を憐れに思い、またその身が純血のままであったことから女神として神々の列に加えたという。

 彼女は海に身を投げた後、漁師の網に掛かり、そのことから網の女神として夜間、船乗りたちの前に姿を現していった。

 

「ブリトマティスの他にもこの女神は網の女神に因んでディクテュンナとも呼ばれた。後に狩猟網に転じるこの名は本来、ディクテー山に山の女神として伝わったクレタ島最古の女神たる側面から取ったものであり、ギリシャ人はこの名も無き女神をディクテュンナ=ブリトマティスと呼んだんだ!」

 

 嘗て、文明の中心点に君臨し、時代の流れと共に神格と神話を忘れられ、本来の名をも失った女神──山羊の化身、女神アルマテイアと偽装した衛が操る《母なる城塞》と名付けられた権能を保有する真の女神。

 

「大女神ディクテュンナ=ブリトマティス! それがアンタが本当に殺した女神の名だ!」

 

「ッッッ!!」

 

 喝破と共に遂に衛の間合いに踏み込む護堂。

 その名が、余程衛の何かを揺さぶったのかもはやヘルメスの権能による瞬間移動さえ放棄して七番目の神殺しは目の前の男を睥睨する。

 

草薙(・・)ッ、護堂(・・)────!!」

 

「おおおおおおおおおおおおッッ────!!」

 

 黄雷の一撃と黄金の一撃が交差する。

 激戦を彩る最後の交錯、全力を振り絞った末の終焉。

 

 ──周囲に静寂が落ちる。

 

 果たして──黄雷の輝きは潰えた。

 周囲に広がる異国の景色は既に無く絶対城塞は静かに陥落した。

 されど、黄金剣には傷は無く──即ちは。

 

「約束通り、一撃。くれてやったぞ先輩(・・)

 

「ああ、やってくれたな(・・・・・・・)後輩(・・)

 

 護堂が宣し、全てを噛みつぶすように衛が受け入れる。

 《軍神》────《城塞》を破れり。

 

 此処に、勝敗は決した。




原作主人公には勝てなかったよ……。
ふ、主人公相手に自分語りなんかするからこうなるのですよ。
まあ本当の敗因はギリギリまで護堂君を敵じゃ無くて障害だと思ってたその思い違いにこそあるんですが、後、事の元凶に向けて力を抑えていたり。

ともあれ、これにて一番の戦闘シーンは終了。
くー、疲れました!
執筆時間半日は過去最長ですね。
……まあ今章はまだ終わらないんですがね。

そしてようやく明かされる衛君が殺した最初の神様。
大女神ディクテュンナ=ブリトマティス。
まさかのアルマテイアはただの偽装というオチ。

多分、聞いたこと無いと思うね。
何せ作者も最初はアルマテイアを殺害しようとしたことにしてて、クレタ島関係で調べた時に初めて知った神様だからね。

《母なる城塞》の効果範囲は実はわかりにくい伏線だったという。
雷 = 力のある神様の象徴。
結界 = 土地を支配していた神の暗喩。
豊穣 = アルマテイアへのミスリード。

ゼウスの親 = 嘘は言っていない。

細かく上げるとまだまだある権能の効力。
どう考えてもアルマテイアだけで収まる神権じゃないよネ!

《母なる城塞(・・)》ですからね。
やっぱり最初の権能はクッソチートじゃなきゃ。


ともあれ、結構頑張った戦闘回。楽しんでくれれば幸いです。
感想とか評価とか誤字報告とかお待ちしてます。

……本当は、誤字報告はお待ちしたくありませんが。
ふふ、誤字は我が友……これが諸行無常か(違)


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『御老公』

前回で一山終えたので今回はさっぱりと。
それにしても戦闘ないと執筆が早い、早い。


 ──かくして戦いは終わった。

 

 台風が過ぎ去ったが如き静寂の中、衛は息と共に緊張に強張った肉体から力を抜くようにして肩を落としながら、同時に内へと意識を送る。

 神殺しとして己の中に渦巻く権能の力、その一つが正に剣で斬りつけられたようにして傷つき、欠いているのを感覚として読み取る。

 

(……なるほど、これが剣の言霊。神格両断の権能か)

 

 呪力を出力しようが、呼びかけようが反応が戻ってこない様に思わず表情を険しくする。

 

 ……真剣だったか、と言えば否で。

 ……本気だったか、と言えば否だ。

 

 衛にとって護堂はどうでも良い存在であり、精々が同じ神殺しという認識だけでアレクに対する先輩的な意識やヴォバンに対する怒りのようなものを覚えていたわけではない。無関心、その一念に尽きるだろう。

 

 今回の騒動に巻き込まれるに当たって、邪魔者という印象こそ抱いていたものの本命前の障害という程度で、彼を脅威と思うことも敵として憎悪を覚えることも無かった、故に全力全開だったかと全くの否である。

 

 しかし、それでも負けは負けだ。

 油断した? 手を抜いていた? 本命前の障害?

 そんなものは言い訳でしか無い。

 

 間違いなく衛は草薙護堂という男を見誤り、結果として無様にも窮鼠猫を嚙むが如く己が最も頼りとする権能を切り落とされた。

 それが紛れもない事実である。

 

(正直、アルマテイアを切られるのは想定外。今も呪力は潤沢にあるが、これで俺は片落ちという訳だ。やれやれいつからヴォバンのように傲慢になっていたのやら)

 

 己の失態に頭が痛くなってくる。

 どうやら知らず増長していたようだ。

 これが身内を守る戦いであったなら赫怒で自分が許せなくなっていただろう。

 

(……まあ良いさ。自覚はした。次はない)

 

 例え本命前だろうが二度と同じ鉄は踏むものか。

 逆転劇など許さない、覚醒しようが進化しようがその余剰分ごと叩き潰して見せよう。そして同時に認識を改めるべきだろう。

 

「──新米魔王(ルーキー)だろうが、魔王は魔王。勉強になったぜ、草薙護堂。何せ今まで格上殺ししかしたこと無かったからな。自分がその立場になるとは思わなかった」

 

「そうかよ──約束通り一撃入れてやったぞ。さあ、俺をエリカたちの元に返せ」

 

「急くなよ、元よりそのつもりだ。約束は違えん。嫌々やってたことだしな、義理を果たした今、これ以上俺がお前を抑えている理由はない」

 

 草薙護堂──先生(・・)無き今、まさかあの人の名前を他人から聞くとは思わなかった。『剣の言霊』については事前に情報を得ていたが、アレは『教授の術』無くして機能しなかったはず……などと事前情報に踊らされたのが敗因か。

 

(馬鹿め。此処でヘルメスの権能を拡充させた経験を忘れたか。神殺し(おれ)に出来たことが何故、神殺し(ヤツ)に出来ないと錯覚していた)

 

 実の話、こうしてアストラル界に衛が訪れたのは初めての事である。

 存在自体はアレクを通して知っていたものの、実際に来たのは恵那との縁があってこそ、また恵那によって此処へ運ばれる過程でヘルメスの権能の掌握を進めたのも縁あっての偶発的な出来事だ。

 

 生死を分かつ境界線、この世界の情報を書き記す異界……なればこそ、生と死を歩き回るヘルメスの権能が活性化するのも、知恵を剣と変える言霊が活性するのも道理であった。

 

「今回は勝利をくれてやる。だがな、覚えておけ後輩。万が一お前の存在によって俺の仲間が傷つくというならば……その時こそ見せてやる。邪悪絶滅、あらゆる外敵を退ける城塞の守りを……!」

 

「それは俺も同じだ。今回みたいに邪魔するだけだってんなら一発殴って退けるだけだけどな、もしエリカたちに手を出してみろ……その時はお前を絶対に許さない!」

 

「ああ、覚えておいてやる」

 

 戦意を猛らす護堂を睥睨しながら軽く手を振り、了解する。

 ……ああ、そうとも、忘れるものか。

 次があるなら(・・・・・・)次はない(・・・・)

 

「最後に戦利品代わりに聞いていけ。多分、向こうに変えればお前が清秋院を制圧するのにさほど苦労はしないだろうよ。だが油断するなよ? 間を置かずして清秋院は暴走(・・)を始めるはずだ。保険は置くが女が大事ならテメエで守れ」

 

「……は? ちょ、それはどういう────!」

 

「さてな──一陣の風となりて、濤々たる海を渡り、広大な大地を超え、走れよヘルメス。蒼天の具足は冥府魔道、蒼天大海すら渡りきるものなれば」

 

 投げやりに言霊を呟いて指を鳴らす。

 すると、護堂の足下にこの世界に運ばれたときにも見た蒼穹を思わせる穴が広がった。そして護堂は疑問の答えを得ないまま、空へと自由落下していった。

 

「………」

 

 後に残ったのは支配権を無くしたために異国の風景を消失した物言わぬアストラル界と衛のみ。そんな無人の大地で衛は……。

 

()? 聞こえるな? 桜花」

 

『はい、先の顛末もしっかりと感じていました、終わりましたね』

 

「ああ、まさか負けるとは思わなかったが……」

 

『私から見てもさっきの衛さんは全力全開には程遠かったですからね。手持ちの権能の半分以上、呪力もケチっていたんですから全力を尽くした相手に負けるのは妥当でしょう』

 

「手厳しいな」

 

『本命を前にしていたとはいえ、真剣勝負で手を抜くのは私としては好感度減です。真剣で向き合う相手には真剣を持って返すのが最低限の礼儀かと』

 

「そりゃあごもっとも……ぐうの音も出ない正論だ」

 

 呼びかける声に応じたのは桜花であった。

 アストラル界には今なお姿無く、しかし衛の言葉はしっかりと伝わっているようで脳内に彼女の言葉がその想いとともに流れ込んでくる。

 

 批判、苦言、それから此方が申し訳なく思ってしまうほどの心配。

 心身ともに共感するが故に本心が隠されること無く流れ込んでくる。

 

 第四権能──恋人たちに困難無し(ニヒル・ディッフィケレ・アマンティー)

 

 まつろわぬクリームヒルトより簒奪した《報復》と《共感》を司るこの権能は言葉通りの以心伝心を可能とする権能である。この権能によって衛と桜花は例え世界が隔てられて居ようともお互いがお互い、生存している限りにおいてこの通り、心と言葉を交わすことは勿論、その力すらも共有することを可能としている。

 

 特に先のバトラズ戦を経て図らずしも掌握を進んだこの権能の使い方は衛をしてようやく把握しつつある。

 取り分け、アストラル界という位置座標のはっきりしない空間にも関わらず、先ほどのように護堂をこちらに呼び込んだり、逆に戻したりしてみせたのは共感で向こうにいる彼女を確と認識していたからこそ。

 衛と彼女(おうか)を基準にして、曖昧な座標位置を完全把握していた。

 

「ともあれ、これでようやく首輪は外れた。後は落とし前を付ける時間だ……過程でお前の友人を傷つけることになるのは不本意だが、終わらせないと今後(・・)があるからな。甘粕さんたちも散々振り回されただろうし、ここらでストレス分を精算してやればアイツの社畜苦労も少しは減るだろうさ」

 

『あの甘粕さんの度を超した勤労に関して言うならば衛さんも結構ウエイトを占めているんじゃ……』

 

「はははは……桜花、蓮にやれと頼む」

 

『苦労を慮ってるのか、そうじゃないのかどっちなんですか……』

 

「だって俺、神殺しだし。波立てるなっていっても無理だし」

 

 今回のゴタゴタが始まって向こう、殆ど気を張っていた反動か自然と口から軽口が漏れる。首輪と一緒にどうやら緊張も抜けたようだ。

 本命を前に今も現実世界で衛の代わりに事の推移を見守って居るであろう桜花といつものように会話をする。

 

『衛さんも大概人のこと言えませんね』

 

「言ってないだろ。俺が口にするのは身の回りの事に関してだけだ。例え何処でどんなバカが怪獣決戦しようが知らんし興味も無いさ」

 

『うわ、碌でなしですね』

 

「悪かったな、でも人でなしでは無いつもりだぜ? 少なくともお前も蓮も見捨てるつもりはないし、困っているなら問答無用で助ける積もりだから心配すんな」

 

『………その辺は心配してませんよ、衛さんは衛さんですし』

 

「………」

 

 躊躇うように聞き取れるか聞き取れないか微妙な反応を返す桜花、其れと同時に感じ取るのもこそばゆいに本心の感情を感じ取って衛は思わず黙り混む。

 

「………この権能も善し悪しだな」

 

『うう、最低です。人の心を勝手に盗み見るなんて』

 

「ちょっと待て! 今のは不可抗力だろう!?」

 

『しかも言い訳。サイテー、です』

 

「……ああもう、悪かった! 俺が無粋で無遠慮だったって!」

 

 乙女心は複雑怪奇だと言うが全部を全部把握していたらいたで問題だな、と衛は思わず遠い目になる。ギャルゲーでこの手の言葉や感情には聞き飽きているが、いざ実際、現実で自分にそれらが余さず向けられるとなるとどうにもこそばゆくてやってられないし、言いようのない罪悪感が湧いてくる。

 全く、真っ直ぐな好意ほど嬉しくも苦手なものはない。

 

「とにかく、そっちで頼む。俺じゃあ座標までは絞れんからな」

 

『露骨に話を逸らしましたね……でもまあ、今はノンビリ話している場合じゃないですよね。了解しました、衛さんもお気を付けて、それとお力をお借りします』

 

「ああ、頼む」

 

 そういって言葉は沈黙する。

 同時にクリームヒルトから奪った権能を経て自分の力の一部が向こうへと譲渡される感覚が伝わってくる。

 

「さて、と────」

 

 桜花との会話で緊張が解れたのと同時にその接触で改めて自分の仲間という感覚が強く、強く衛の胸に染み渡ってくる。

 お陰で良い感じに怒りが再燃してきた。

 余計な事情を考えなくても良い純粋な感情、情動。

 

 ようやく型にハマってきたと衛は喜と怒が入り交じった獰猛な笑みを浮かべる。

 

「此処から先は俺の事情だ」

 

 黄雷の盾は消え失せた。

 地力で戦うのは幾ばく振りだが、手段は幾つもある。

 片落ちだろうが理由にはならない、傷つけられたならば報復を。

 脅しの種は、早期に叩き潰しておくべきだろう。

 

 傲慢なる人ならざる者よ、禊ぎの時だ。

 

「落とし前を付けさせて貰おうか」

 

 静かに、されど轟々と猛る赫怒を内燃させながら衛は目を細めた。

 

 

 

 

「──ふう」

 

「終わったかい?」

 

「はい、恙なく」

 

 念話を切ると同時、隣で楽しげな笑みを浮かべながらも手持ち沙汰と待機していた蓮の確認に桜花は小さく頷いた。

 

「どうやら負けて、少ない痛手を負ったようですが……大丈夫だと思います」

 

「そう? だが、珍しい。大将が相応に痛手を負ったていうならもう少し心配するもんじゃ無いのか? 姫さんとしては」

 

 衛に似て意外と心配性な桜花の性格を知っている蓮は物珍しげに桜花の態度を観察する。てっきり、自分の馳せ参じるかとでも言い出すかと思っていたのだろう。

 視線を受けた桜花は苦笑するように言葉を返す。

 

「心配ですけど、何となく今の衛さんなら任せられると思いまして」

 

「女の勘ってヤツかね? まあ良いけど。こっちはこっちで任された仕事をするだけさ。どうやら奴さんも戻ってきたみたいだしな」

 

「草薙王ですね。彼も彼で消耗しているみたいですが……」

 

「そりゃまあうちの大将とやり合って無傷とはないからな」

 

 城南学院の校庭……今まさにエリカと恵那が激突している舞台に突如として落下してきた草薙護堂を見下ろして、桜花は神妙に、蓮は肩を竦めて言う。

 

 ──現在、二人がいるのは城南学院の校舎内である。

 リリアナ、甘粕を下し、戦闘能力を持たない祐理を最低限の処置のみ済ませて場を辞した二人は反撃(・・)のために、衛と事前に打ち合わせた通りに仕込みをするため校舎へと訪れたのだ。

 

「正直、魔術的な仕込みは苦手なんだが……姫さん、此処で良いか?」

 

「はい、この教室で間違いないかと」

 

 眼下に広がる戦場を傍目に桜花と蓮は一教室内に侵入する。

 二人は知らぬ話であるが、そこは正しく護堂やエリカらが所属するクラスの教室である。

 

「計八カ所、清秋院恵那の仕込みが施された術式は委員会連中が御老公呼ぶ存在らが考案した魔王封じの予備プラン、すなわちは奴らが存在するアストラル界へ通じる片道切符だ」

 

 懐からルーン石を取り出し、方陣を組むようにして配置しながら蓮は嬉々とした声音で呟く。蓮の言葉に桜花もまた頷いた。

 

「はい、正史編纂委員会にとってのご意見番──遙か千年の時を見守る神仏こそ彼らが御老公と称するものであり、恵那さんにとっては崇めるべき祭神です」

 

「その名を須佐之男命。イザナギ、イザナミの嫡男にして我らが日本を代表する神性、天照大神が実弟だな」

 

「そして八岐大蛇を討伐し、天叢雲剣を手にした鋼の英雄です」

 

「の割りには大概問題児だけどな。嵐の神だけに今回も随分な嵐を置いていったようでっと……」

 

 置いたルーン石の配置に則り、今度は線を敷き始める蓮。

 知る者が見ればそれらが呪歌(ガルドル)魔術の一種だと気づけただろう。

 そしてそれが神の奇跡をなぞるが如き大業であることにも。

 全十八にも及ぶルーン石、敷く陣は九つに分かたれた巨大な大樹。

 

 この魔術こそ──『天』の位階に到達した魔術師の秘奥である。

 

「……よし、準備万端。術式はやれるだけこっちで制御するが、正直俺は呪力とか感じ取れないからな、細かい操作は期待するな。逆探以降は姫さんにお任せって事で」

 

「問題ありません。やってください」

 

「オーライ、んじゃ最後の仕事だ──」

 

 赤いルーン石がいっそ真紅に輝く。

 それを見て蓮はニヤリと不敵に笑い、起動の呪歌を口にした。

 

「──さて、ハーヴィの館で箴言は語り終えられた。人の子には有用この上なく、巨人の子には無用のもの。語られた者には栄えあれ。知るの者には栄えあれ。きいた者は生かせ。傾聴した者には栄えあれ」

 

 これぞ高き者の言霊。すなわちは──。

 

財産は滅び(Deyr fé)身内の者は(deyja )死に絶え(frændr)自分も(deyr )やがては(sjalfr )死ぬだろう(it sama)──」

 

 一拍の空白──そして宣する、神の言葉を。

 

神言詠唱(ansuz)──高き者の言葉(Hávamál)!」

 

 詠唱完了と共に解き放たれる莫大な呪力。

 

 ──高き者の言葉。

 北欧に語られる大神奥義が嵐の王の魔術式に牙を剥いた。

 

 恵那が張り巡らした術式を解して、発動した魔術は彼方へのアプローチを開始する。位相を隔てた先にあるアストラル界。

 人外が御座す真実の位置を暴き立て、干渉し、至るまでのルートを即座に確保して見せた。俗に言うインターネットでの逆探知と同じだ、本来人知及ばぬ術式を解剖して暴き立て、その真意を暴く──知恵の大神が編み出した魔術解体、及び干渉術式。

 

「道は照らした、さあ、姫さん出番だ!」

 

「言われずとも──偉大なる、偉大なる、偉大なるヘルメス神よ。いざや真理の門は開かれました、有翼の靴を纏いし雄弁なるヘルメス神よ! 我ら知の民、英知求む無辜の学徒を導き給え──ッ!」

 

 言霊と同時に桜花が蒼天の具足を纏った。

 クリームヒルトの権能を経て借り受けたヘルメスの権能。

 その力を振るい、蓮が照らし出した道を見据えて、彼方に居るだろう最愛のパートナーをその領域へと送り込む。

 

「さて、後はお任せだ。気張れや大将!」

 

「ご武運を、衛さん──!」

 

 言葉と共に権能を返却する。

 桜花と蓮、二人の臣下は自らの王の勝利を祈り、

 

 そして、そして──そして。

 

 

 

「ああ──有り難う。此処までお膳立てを整えて貰っちゃあ、負けられないわな」

 

 

 

 瞬間、衛はその場所に降り立っていた。

 

 何処かの山岳地帯だろうか。

 緑したたる山の奥、木や土の匂いが濃かった。

 周囲には闇が落ち、轟々と雨風が吹きすさんでいる。

 

 その環境──感覚的に覚えがあった。

 先の異国風景……衛が権能で領域一帯を支配下に置いていた時の感覚だ。

 つまりはこの場所には既に──。

 

「この主観風景を展開している『主』がいるって訳だ」

 

 言って衛は歩き出した。

 頼れる恋人、友人の尽力で既に居場所は割れている。

 

 目に付いた渓流を遡るようにして衛は歩き出す。

 一歩、一歩と踏み出すたび猛る戦意と怒りの情動。

 

 ああ、間違いない。この先に宿敵はいる。

 

「──ふん、随分と謙虚な住処だな」

 

 五分と経たずに衛は目的地に辿り着いた。

 

 時代劇にでも出てきそうな簡素な掘っ立て小屋である。

 出入り口の引き戸は開けっぱなしでまるで入ってくれと言わんばかり。

 警戒心のケの字も見えない。或いは誘っているのか。

 

 どちらにせよ──やるべき事は決まっていた。

 

「──おん、ひらひらけん、ひらけんのう、そわか!」

 

 秋葉権現の真言詠唱。

 火防を司る呪術に強引な呪力の過干渉を行って術式変転。

 掘っ立て小屋を燃料に、天に届けとばかりに大火が火柱を上げる。

 

 だが、刹那。

 家屋が炭と消えるより早く『びゅお』っと風が吹いた。

 巻き上げられるは雨飛沫。

 

 大火を覆い込むように不自然に吹いた風と雨が呪力の火を一瞬にして鎮火させていく。

 そして鎮火の風が止んだ頃、掘っ立て小屋から一人の人影がユラリと姿を現した。

 

 日本人に見合わぬ優に百八十センチを超える背丈に粗末な着物を一枚身に纏っている。老衰もあろうにしかし年不相応に筋骨隆隆した身なりは正に老年の武人か何かを思わせる──特に不機嫌そうに微かな怒り混じりの戦意を纏う辺り。

 

「チッ、挨拶じゃねえかクソガキ」

 

「ハッ──それはこちらの台詞だ。よくまあ好き勝手に俺の周りをウロウロと。隠居決め込むだけなら見逃したが、老害ならばさっさと死ねよ」

 

 初対面、開口一番にも関わらず両者の間に友好の色は皆無だった。

 それも当然だろう、衛としては土足で身の回りに踏み込まれた挙げ句、自分の琴線に触れるどころか引く真似事までしたのだ。

 彼の中では既に問答無用でぶち殺すこと確定であった。

 

 対する老人……スサノオも踏み込んだ自覚こそあれ、いきなり住処に火を放ってきたクソガキが相手である。如何にまつろわぬ放浪の身から解き放たれた身分とは言え、その本質、神格であることには変わりなく──罪悪感やら話すべき事情よりも優先して目の前の不届き者を叩き潰すという意思に覆われつつあった。

 

 つまるところ、両者は既にやる気満々で──。

 だからこそ仲介すべく二対の人外が割って入る。

 

「おお、まずは待たれよ御両人。それでは出来る話も出来ないだろう」

 

「──こちらの失礼は承知ですが、矛を収めて戴けませんか羅刹の君よ。我らとて相応の理由があります故に。然る後にご判断を戴ければと」

 

 一人──嗄れた声を放つ黒衣の老僧。その姿は人間と言うには余りにも枯れ果て、生気を感じられない、その様は正しく即身成仏が如く。

 

 一人──見目麗しい絶世の佳人である。平安貴族が身に纏っていそうな見事に色鮮やかな十二単を身に纏った澄んだ玻璃色の瞳と亜麻色の髪が印象的だった。

 

 両名、明らかに人外であり。

 

「……なるほど御老公(・・・)ね」

 

 目前のスサノオ、そして黒衣の僧に佳人……彼ら人の通りに嵌まらぬ魔人らこそ正史編纂委員会が『御老公』と呼び、敬うご意見番たちというわけだ。

 

「なら聞いてやろうじゃねえか。──誰に断って俺の身内に手を出した? その弁によってはそこの駄神ごと悉く鏖殺するが如何に?」

 

「あァん? 誰に向かって口を聞いてやがるクソガキ」

 

「お前に言ってんだよ駄神。前々から俺に干渉しようとしていたな? 鬱陶しい。それとも俺の権能に釣られたか? なァ? 日本神話一の母親甘え(マザコン)?」

 

 刹那──剣林が衛の元へと突き立った。

 一瞬で害意を感知してみせた衛はその場を飛び退き、即座に返礼とばかりに天狗の炎を打ち返す。無論、それは神を傷つける事こそ無いが──。

 

「図星を突かれてキレるかよ。本格的に老害だな」

 

「死ぬか? クソガキ?」

 

「テメエが死ねよ、駄神」

 

 事態は悪化の一途を辿っていた。

 元より既にぶち切れている衛である。

 

 話し合いの余地など疾うになく、またスサノオにしても再三に渡って噛みつき続ける神敵に頭に血が上りつつあった。元来、スサノオは気の短い性分である。まつろわぬ身では無くなった者のその性根が変わるはずなど無く、本来は対等ならざる神殺しの挑発にキレかかっていた。

 

「ほほ、まさに話し合いの余地がありませぬな。流石は羅刹の君」

 

「言葉が過ぎましょう御坊。先に礼を欠いたのはこちらの方。王を相手に人質まがいのマネをしておきながらそれは無責任が過ぎます。御老公にしても怒りを収めなされ、誰よりも何よりもその権利を有しているのは羅刹の君でしょうに」

 

「……チッ」

 

「是は為たり、確かに些か言葉が過ぎましたな」

 

 玻璃の瞳の佳人、彼女の言葉によって不承不承とスサノオは舌打ちしながら戦意を収め、黒衣の老人が呵々と笑って肩を竦める。

 その様に衛は両者粛正を思いながら、同時に唯一この場で誠意に満ちた言葉を紡ぐ玻璃の姫に目を向けた。

 

「……貴女の誠意に免じて事情は加味しよう。まずは語れよ、玻璃の姫。今回の騒動、どういう理由で俺を動かした?」

 

「その厚意に感謝を、羅刹の君よ。そして我らが事情の程を語るより前にまずは貴方に一つ、問わねばならぬ事があります」

 

「なに?」

 

 突然、問うべき事があると言われた衛は眉を顰める。

 思わず他二人を見れば総意とばかりに黙り混むのみ。

 

 事情は皆目さっぱりだが、とはいえ聞かなければ話は進まないというならば。

 

「簡潔にどうぞ、俺に答えられることなら、だが」

 

「はい、では単刀直入に問いましょう羅刹の君よ」

 

 そして玻璃の姫君は、

 

 

 

「もし──国難迫りしその時に。貴方様の盾は、力なき全ての民を守る城塞として国難に立ち向かいますか? 貴方にとって一切縁の無い弱者であれども」

 

「──……なんだと?」




全く関係のない余談だが、最近カンピオーネ二次が息して無くて悲しい。
まあ神話関連で何となく敷居が高いと思うのでしょうがない気もするが原作も二次創作も好きなファンとしては悲しいぜ。

誰か書いてくれないかな。
というか私、本当は読む方が(ry





……恵那さんヒロインの個人的にくっそ面白かったヤツ復活しねえかな(明文化はしないが)


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神殺しなれば

総話数四十話……!
あれ? ワンチャン完走いけるか……!?

此処までエタらず来れるとは。
我がことながら快挙では?(問題発言)


「ぐぅ!?」

 

 甲高い音を立てて絶断されるエリカの魔剣クオレ・ディ・レオーネ。

 既に都合七回、恵那と開戦して以降、その刀身は真っ二つに切断されていた。

 それも当然、エリカは才媛としてイタリアで、また草薙護堂の愛人として既に界隈では名を轟かせている才女であるものの、流石に神刀の巫女が相手では分が悪すぎた。

 

「獅子の鋼よ。不滅にして不朽の権威の徴よ!」

 

 結合、溶接、再構築。

 エリカが言霊を唱えると刃の半ばから切断されたクオレ・ディ・レオーネは再び壊するより以前の姿を取り戻した。

 不滅属性を持つ魔剣は幾度破壊されて尚健在だ。しかし……。

 

「流石、エリカさん。此処まで食い付いてくるなんてね」

 

「……己を神格の加護で満たし、神具を扱う。貴女たち委員会の戦力を軽く見ていたわけじゃ無いけれど神がかりの巫女だなんて、極東は予想以上に人材の宝庫ね」

 

「それ、エリカさんが言う? 個人の力量のみで恵那に食らい付いてくる人なんてそれこそ《撃剣会》のご老人か、桜花ぐらいだからねー。まだ立っているなんてエリカさんも相当だよ」

 

「それは光栄……と、言えばいいのかしらッ?」

 

「うん、素直に喜んでくれていい、よッ!」

 

 ぶつかり合うは鋼と鋼。魔剣と神刀。

 幾度と刃を交錯させながらエリカは恵那の力量を見極めつつあった。

 

 まず、呪術は殆ど用いない。

 使えないわけではないだろうが、基本的には神刀が持つ異能とそれを振るう純粋な剣術のみを頼りにした正道の戦闘スタイルである。

 

 リリアナのように魔女たる異能を絡めた魔術戦がほぼ発生しないため、呪術に対する警戒はそれほど必要ないだろう。

 寧ろ、その手の技術で比べ合うならエリカとしては負けるつもりはないし、リリアナを相手取るより遙かに楽であると言えよう。

 

 故に問題は余りに完成され尽くした正道の剣の方だ。

 

「……ッ!」

 

 痺れるような衝撃が両手に奔る。

 ……決して剛力な訳ではない、早いわけではない。

 

 ただ年不相応に巧すぎた。

 人間の視覚視点上発生する死角からの切り込み、刀の切っ先を利用した視線誘導、足さばきからの陽動、体捌きを用いた間合いの攪乱……。

 

 一つ一つの小技が綿密に絡み合い、目の前に確と相対しているのに時折、その姿すら見失ってしまう。いっそ魔術的なまでの剣才。

 純粋に剣術の腕において恵那はエリカの遙か上をいっていた。

 

「ハァァ────ッ!」

 

 大上段からの振り下ろし。

 エリカの剛力と大剣故の得物の有利。

 二つの脅威が恵那を強襲する。

 

 しかし恵那は薄ら笑いを浮かべたまま神刀の真芯でエリカの剣を受けた。

 通常はそんなマネをすれば得物の差で恵那の刀がへし折れるだろうが、恵那が持つそれは本来、神々が振るう神刀である。如何な魔剣の強烈な一振りであろうと傷一つ付けられる訳がなかった。加えて振るう者の腕も尋常じゃない。

 

 恵那は刀の真芯で受けると同時、手首を僅かに動かし、刀身に伝わる衝撃を流す。さらに受ける衝撃を利用してそのまま刀を下段の構えに持ち込み、一歩間合いを詰める。

 

 刀を庇うように半身を乗り出した体勢である……この瞬間、エリカの視界からは神刀の姿が完全に隠れ、消えた。

 刹那、繰り出されるは視覚外からの鋭い一閃。

 それをエリカは恵那の腕の動きから軌道を読み切り応対してみせるが、

 

「ふっ……!」

 

「な……ッ!」

 

 迎撃の魔剣が逸らされる。

 魔剣の腹を打ち据えたのは恵那が持つ神刀の柄の先(・・・)

 視線を受けてエリカの意図を悟っていた恵那が読み切った結果である。

 

「釣られた……!?」

 

「ふふん、桜花の剣に比べたら悪辣さがないからね。エリカさんって意外と素直?」

 

 魔剣とすれ違うようにエリカの懐に踏み込む恵那。

 慌ててエリカは後ろに飛び退こうとするが、しかし遅い。

 閃光のような突きが回避の先を行った。

 

「痛ッ……!!」

 

 エリカの肩を神刀が突き刺す。

 幸い、回避運動のお陰で深手となることはならなかったが……。

 負傷した肩を押さえながらエリカは頬に冷汗を流す。

 

(全く、神刀もそうだけどそれ以上に恐るべきは剣才ね……)

 

 近接戦闘における極意と言えば先の読み合い。

 言わば詰め将棋の腕である。

 

 こと達人同士の仕合において即座に戦いが終わるというのは稀だ。

 十合から二十。少なくない激突が発生する。

 故に大切なのは敵の一手、二手先を読み切り、一撃一撃を伏線として勝利の布石を打ち込み。確実に討ち取る一手を構築する絵図を描き出すこと。

 

 刹那に行う思考の早さ、直感による無意識の勝機への鼻。

 取り分け、槍、剣などの武器を扱う場合はそれが勝敗を分ける大要因となる。

 

 目の前の少女、清秋院恵那は一見してその知恵、政略の腕からなる思考などはエリカより下であり、直情的なリリアナを思わせるが、戦闘における剣の冴えは全く別物であった。

 まるで海千山千の達人を相手取っているかの如く、読みが深く、技が冴えている。

 

 その年に見合わぬ老練な手練手管に加えて時として大胆に身を危険にさらす獣が如き奔放さ……ああ、腕の差違はあれ戦い方には見覚えがある。

 これは正しく。

 

「まるで『獣』ね」

 

「はは、恵那は山育ちだからね、騎士様には無作法に見えるかな?」

 

「いいえ、それもまた剣の道でしょう。これほどの腕ならば一つの技として見下げ果てることなんて出来ないわよ。綺麗なだけの装飾剣に比べれば遙かにマシ」

 

「まあねェ。結局剣術は勝ち負けだから。要らない技に頼った挙げ句、負けるのは一番どうかと恵那も思うし」

 

 そう『獣』……勝つために最善を尽くし、勝利をもぎ取る神殺しらの戦い方に類似している。生来か、或いは後天的なのか、どちらにせよ厄介極まりない。

 聖ラフェエロ、叔父パオロ……或いは故国の『剣の王』か。

 

 それに等しい怪物性が恵那の剣には垣間見える。

 

「ふーん、実戦志向なのね」

 

「まあね。桜花と戦ってから尚のこと小細工の重要性に気づかされてねー。恵那としてはもう少し素直に戦うのも良いし、真似事ばかりも好きじゃ無いんだけど、その小細工だけで恵那を一方的に封殺できる様を見せられたら、ねぇ?」

 

「……貴女が手も足も出ないってどんな怪物よ」

 

「はは、今じゃ三割だから安心してよ。天叢雲があれば七割は固いんじゃないかな?」

 

 油断なく構えながらも嘯く恵那にエリカは驚きと共に半ば呆れながらため息を吐く。

 

「本当に、人材の宝庫ね……」

 

 神刀を手にし、これだけの技量を持つ者を相手に純粋な剣術だけで勝ち目を残せる剣術家などもそれこそ『剣の王』と同格の怪物である。

 桜花……かの王の従者については甘粕ら委員会から又聞いたり、調査により見聞を深めているが改めて聞くに滅茶苦茶が過ぎる。

 

 巫女として世界レベルの祐理。

 神がかりという超希少能力者の恵那。

 それに加えて神殺しに匹敵する地力を持つ巫女。

 

 これだけ多くの才女を生み出すなど極東は魔境と言う他ない。

 

「さて、恵那としてはこのまま剣術で競い合うのも良いんだけど……お互いに余り時間をかけられないしね。そろそろ決着といこうか」

 

「……そうね。功を焦るつもりは無いけれど気がかりはお互いにあるでしょうし」

 

「そいうこと」

 

 そう──この戦いはただ恵那がエリカを倒すか、エリカが恵那を倒すかではすまない。恵那の手腕か、はたまたかの王独自のネットワークか、本来は二人で雌雄を決すべき舞台はあろうことか極東二王の格付け決戦と化した。

 『堕落王』閉塚衛の乱入によって。

 

 護堂を信じるエリカではあるが、だからといってかの王相手に常勝無敗を信じれるほど夢見がちではない。あの『堕落王』といえば寧ろ欧州では有名な御仁だ。

 

 曰く、弱者の盾。曰く、本当の意味での神敵。

 

 まつろわぬ神との闘争を楽しむでは無く彼らを撃滅することを意思とする最も苛烈な神殺し。こと外敵廃滅にかけてはヴォバン以上に恐ろしい王である。

 件のヴォバンとて未熟な内に一度は下している。

 

 護堂一人に任せっきりにしていい相手ではない。しかも今回に至っては自らのフィールドに護堂を誘い込んだ上での戦いである。圧倒的不利は間違いない。

 

 憂慮するエリカに対し、一方の恵那もまた懸念はある。

 神殺しと神殺し、であるならば勝機は両名に存在しており、万が一にも護堂が勝利し、地上に帰還すればその時点で恵那がエリカを倒し、国外へ追い払うことは敵わなくなる。如何に神刀を携え、剣の道に通じる恵那とて相手が神殺しでは太刀打ちできない。

 

 またエリカと親しい関係にある草薙護堂であればこの局面で必ず妨害に掛かるはず。よって既に開戦より半刻、これ以上の戦いは望ましくなく……。

 

「──天叢雲劔よ。願わくば我が身を贄とし、荒ぶる御霊を鎮めたまえ」

 

 儚く敬虔な囁くような言霊。

 来る! ……とエリカが身構えると同時。

 

 ──漆黒の神刀が真なる権能を発現する。

 

「ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし──今は吾が名の惜しけくもなし!」

 

 紡がれた呪文、既に恵那からは飄然とした平時の態度は抜け落ち、瞳には殲滅を誓うような鬼の瞳。立ち塞がる全てを蹂躙せんと恐るべき殺気が宿る。

 

 神速の踏み込み。そこに先の術理技巧は皆無。

 純然たる異常な身体能力便りの突撃。

 その様、疾風迅雷……されど単調故に読みやすく、ならば見切りは可能!

 

「そこ……!」

 

 激突する鋼。

 エリカは見事迎撃の一撃を合わせて見せた。

 

 しかし……それが死地であると誰が気づけようか。

 

「か……はぁ……ッ!?」

 

 窒息でもするかのようにエリカは思わず苦悶を漏らし、膝を突く。

 鋼が激突すると同時にまるで自身から生命力が抜き取られるような感覚が襲い、全身を強制的に脱力させた……いや、これは……。

 

「じゅ、呪力の吸収……! それがその神刀の力なのねッ!」

 

「………夷狄の威をも奪い、我が物とする。まつろわす(・・・・・)劔。それが天叢雲劔の力だよ」

 

 声音に宿る恵那の地金。

 流石に力を露わにしては余裕が無いのか、言葉は固く余裕はない。

 

「だから、比べ合いは此処まで。勝ちに行かせて貰うよ──エリカさんッ!!」

 

「ぐ……ハアアアアアアッ!!」

 

 ──そこから先は怒濤だった。

 

 技を捨て、交わす剣の回転速度を両者跳ね上げる。

 防御すらも殴り捨て、攻撃と回避のみが攻防を構成する、波濤が如き勢いで剣戟が調べを奏でる。

 

 十一、三十五、六十七、百八合──!

 

 瞬きすら許さぬ剣間合いでのインファイト。

 交わされる三桁を優に超す鋼の激突。

 一見して互角の有様を見せる壮絶な剣舞はしかし……。

 

「はぁ……はぁ……ぁあああッ!!」

 

 内情は余りにも一方的なものだった。

 ぶつかり合うたび、剣を交わすたび、エリカは活力を失う。

 

 恵那が振るう神刀が彼女から呪力を簒奪するがために。

 それでも何とか気力で振るってみせるのは才女が成す偉業であったが、如何な気力で保とうとも現実は根性論ではまかり通らない。

 

 全身から力が抜ける、愛剣が余りにも重い。

 もはや何もかもが限界だった。

 

「くッ、ぁ……!」

 

 遂に力の乗らない刃を恵那の神刀が弾き飛ばした。

 それを契機にエリカは乱れに乱れた呼吸で両膝両手を突いた。

 

 ──愛剣は手元から失われた。

 ──身体はもはや限界だった。

 

 出来る反撃はせいぜい顔を上げて眼前の敵手に倒れぬ意思を向けるだけ。

 対して相手は健在のまま刃を上段に構えて……ああ不味い。

 

「寸止め、では済まなそうね。今の貴女は」

 

「………」

 

 妖しく光る紅の瞳。

 殺気混じりの其処には微かな知性が残っているものの、それ以上に暴力的な意思が恵那の意図を塗りつぶしている。

 

 よって今の彼女に容赦などない。

 眼前には敵手。

 それが手負いで限界、隙だらけを晒しているならば。

 

 獲りに来るのは道理だった。

 神刀が振り下ろされる。

 

「……ッ!」

 

 防御不能、回避不能。よって絶体絶命。

 刹那に過る走馬灯染みた感覚。

 

 護堂は果たして負けないだろうか、だとか。

 此処で死んでしまうかも知れない、だとか。

 嗚呼、護堂を悲しませることになるかも……など。

 

 心配、諦観、無念──それらが胸に過って。

 

「……ごめんなさい、護堂──」

 

 そんな言葉が口から漏れたものだから────。

 

 

「エリカ────ッッ!!」

 

 

 巫山戯るなと──一切合切の道理を神殺しは殴り飛ばしていた。

 

「なっ!?」

 

 神刀の軌道が逸らされる。

 突如より虚空から現れた人影が神刀を殴り飛ばしたのだ。

 代償に鮮血が舞うが人影は一顧だにしない。

 

 彼は恵那に視線を固定したまま、しかし背後の相棒を気にかけるように。

 

「大丈夫か、エリカ」

 

 無骨にそんな言葉(すくい)を投げかけた。

 

「……遅いわよ、馬鹿」

 

 飛来した様々な想いの丈をプライドで捻じ伏せ、エリカは微苦笑しながら、いつも通りの声音で頼れる恋人に言葉を返す。

 

 ──草薙護堂、推参。

 

 勝敗の天秤は此処に覆った。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「……草薙さん、「盾の王様」に勝ったんだ」

 

「ああ。……だからもうこんな喧嘩は終わりだ、清秋院。その物騒な刀を仕舞うんだ」

 

 現れた護堂に恵那は茫洋と言葉を紡ぐ。

 制御できていないのか今も荒ぶる殺気を受けながら険しい顔で護堂は言う。

 

「アイツはもう手を引いたみたいだし、これ以上の戦いは意味ないだろ。それに清秋院がどんなに強くても……俺は負けるつもりはない」

 

「はは、流石に恵那も王様に勝てるとは思わないよ」

 

 神殺しと神刀の巫女。

 ならば恵那にも勝機が無いわけでは無いが、神殺しの理不尽さと強さを知る者ならば手段があることと出来るかは全く別問題だと断言するだろう。

 

 まして先ほどまで同族と交戦していたためか今の護堂は完全に戦闘態勢の準備が完了している。こうなった神殺しは、もはや只人ではどうにも出来ない。

 

「それに今ので勝ちは逃しちゃったし、恵那としては……うん、悔しいけど負けを認めて良いんだ──」

 

 トドメと確信した一撃をはね除けられた。

 それは護堂という第三者の手による者なれど、彼が現れるまで耐えきって見せたエリカの戦果でもあるだろう。だからこそ、決めの一撃を逃した時点で、此処まで戦いを引き延ばして見せた時点で、恵那はエリカに勝ちを譲っても良かった。

 ────恵那は(・・・)

 

「だけど……ごめん。おじいちゃまに何かあったのかな? いつもなら……こんなことにはならないんだけれど……!」

 

「……清秋院?」

 

 神気が満ちる。呪力が荒ぶる。

 ──宿敵(・・)を前に殺意が暴走を開始する。

 

「もしもの時は容赦なくやっちゃって(・・・・・・)よ。流石にそこまで迷惑はかけられないしね……」

 

「──清秋院!!」

 

 不味い、と護堂が直感して手を伸ばす。

 だが、その手恵那に届くことは無かった。

 

 よって……神威抜刀。

 神がかりの媛巫女は己の制御を失った。

 浮上するは神なる意思。

 まつろわぬ神格。

 

 その名は──!

 

『応とも! 此処から先は容赦など要らぬ! 神殺しとは即ち神敵なれば神の佩刀たる我の敵である。構えよ、仇敵』

 

「お前……清秋院じゃないな!?」

 

『いかにも! 我が主と巫女は我を天叢雲と呼ぶ! 見知りおくが良い……神殺しッ!』

 

 まつろわぬ神、顕現。

 剣の巫女を拠り所に、神殺しは宿敵と相対した。

 

 

 

 

 ──アストラル界。

 

 未だ混迷極まる事態を引き起こした元凶たる御老公。

 衛は一人、彼らと相対しながら、彼らの一人が口にした予想だにしない質問を受けて眉を顰めた。

 

「全ての弱者を守るため、俺が国難の前に立つかだと?」

 

「はい──どうなのですか? 羅刹の君よ」

 

 玻璃の姫君の言葉は真剣だ。

 真意はともかく必要な質問なのだろう。如何にも茶化しそうな黒衣の僧も、駄神も黙って衛の返答を待っている。

 

「……その質問が出るって事は、つまり今この国に国難が迫っている、という認識で間違いないのか?」

 

 考えること数秒。

 衛は質問には答えず、予想した疑問の真意を逆に問い返した。

 

 自分を謀り、この事態を意図して起こし、そして今、自分を目の前にその問いを投げかけるのは即ち、羅刹王……強大なる神殺しでしか対処できない事態が生じているからでは無いかと。疑問は果たして……。

 

「その問いは合っているとも、同時に間違っているとも言えます」

 

「左様。より正確に申し上げるのならば国難になり得るものがこの国には潜んでいるというべきでしょうな」

 

「なに?」

 

 玻璃の姫の言葉に黒衣の僧が同調する。

 ……国難になり得る者が潜んでいるとはどういうことか。

 

 いや、考えるまでも無いことか。

 神殺しでなくば対応できない、国難呼ぶべき事態。

 この国に潜む脅威とは即ち。

 

「……なるほどまつろわぬ神か。察するにお前らが封印した何処ぞの神格。それがお前らが憂慮する国難という訳だ」

 

「そう。この国には眠れる虎が今もその脅威のままに眠りについておられます。ですが、二人目の羅刹の君が誕生して以降、この国では幾度となくまつろわぬ神々と羅刹の君による死闘が行われました」

 

「それに共鳴してかそれがしが施した呪法にも影響が出て参りましてな。今はまだ地上の巫女の尽力、この国の呪法を司る者どもの尽力により眠れる獅子のままでいるものの、もはやいつ目覚めても可笑しくない」

 

「つまり少なからずテメエらが巻いた種っていうわけだよクソガキ。後先考えず暴れ回るテメエらが居たお陰でこっちが施した仕掛けに傷が付いたって話だ」

 

「黙れ駄神。お前には聞いてない」

 

 口を開いたスサノオとの間に殺意が交錯するが、衛は怒りを理性で抑え込みつつ、思考を深めた。

 まつろわぬ神。只人ではおよそどうにもできない存在であるが、なるほど人外の者どもであれば取れる手段もあるだろう。彼ら御老公の力添えにより日本に封印されているという謎のまつろわぬ神。国難とはそいつのことで。

 

 それを退けられる戦力、国難を征する人物として自分を槍玉に挙げたというわけだ。いや……自分だけじゃないだろう、そもそも今回の騒動。

 

「ああ、なるほど。つまりお前たちは大上段から俺らの戦力を見極めていた訳だな。俺か後輩、お前たちの封印したまつろわぬ神を果たして打倒して見せるだけの戦力を有しているかどうかを」

 

「……仰る通りです」

 

 そう言って申し訳なさげに頭を下げる玻璃の姫君。

 殊勝な態度に多少不快な気分の溜飲は下がるものの、飄々とした様子の黒衣の僧と傲岸不遜なままの駄神に至っては論外だ。

 

 そして玻璃の姫にしてもこの事態の首謀者であり、止める立場にいられたにも関わらずこうして事態の引き金を引いている以上、同罪である。

 

「で、目に止まった結果。改めて問うわけか。……俺に、この国に生きる弱者を守るため例のまつろわぬ神の傘となり得るか否かと」

 

「はい──此度の事態に関しては我らに弁明の余地もないところ。しかしそれでも我らは貴方方の力とその心を確かめねばならなかった」

 

「大義のためか。フン、まあいいさ。貴女に(・・・)関しては問題ない」

 

 不快で、不愉快だ。

 しかしこうして言葉を交わし、その誠実な態度の気性から衛は既に見切りをつけていた。彼女は本命(・・)ではない。少なくとも衛の気性を知って尚、琴線に触れるようなマネをして一方的にこちらを謀ったりしては来ないだろう。

 

「まつろわぬ神に呪法とやらを施したのは自分だといったな。仏教の者だろうに大した破戒僧だな。お前も、神殺しに勝るとも劣らない不敬だ」

 

「はは、耳の痛い言葉ですな。この通り、この身は解脱に至れども仏の御心はまだ遠い。何せ、未だ地上の者の行く末を憂慮し、手を加える次第でありますが故に」

 

「憂慮ね。如何にも我道を突き詰めただろうお前がか?」

 

「それがしもまた、人の身であったればこそ」

 

「さよけ。まあ、お前の信念などどうでもいい(・・・・・・)

 

 必要とやればやらかす(・・・・)だろうが、進んで地雷を踏み抜くほど阿呆ではないだろうと衛は察する。些か、反骨心が強いとも思うが、だからこそ敢えて気を逆なでさせることはあっても、意図せずそう言ったマネをする愚者ではないはずだ。

 

 ならばこそ、ああ、やはりそうか。

 なまじ絶大な力を持つ分、どうせさして考えもせず命じたのだろう。

 その光景が簡単に思い浮かび、衛は思わず笑った。

 

「──ああん? なんだクソガキ」

 

「いや、何でも無いさ御老公(・・・)。ただちょっと、予想通り過ぎて嬉しくてな。オーバーキルは主義じゃないし、敵は絶対に見誤らないようにしているから自分の目が正しかったことに安堵しているのさ。特にさっきは間違えたからな」

 

 くつくつと衛は笑う。

 確信に安堵した衛は一転して態度を改め、泰然と言葉を続ける。

 

「疑問、俺が関係ないヤツだろうが守るかだっけ? 答えるよ──そいつが弱者なら何が何でも守るだろうよ」

 

 黙して三者は続く言葉を待つ。

 衛はそれを見て、己の信念を他人事のように口にした。

 

「俺にとって大衆なんぞどうでも良いんだ。どいつもこいつも好き勝手、世の中の不平不満やら好みやらを勝手に定めて思って何となくダラダラと平々凡々に。別に攻めやしないが単純に興味が無い」

 

 俗に言う世間一般が言う善良な無辜の民。

 超常を担う強者として、最低限社会に生きる人間として、天災が如き同族や神々から守ろうという意思はある。だが、言ってしまえばそれだけだ。

 仲間と天秤にかければ比重は遙かに傾くし、誰か千のために仲間の一人の犠牲が必要だというならばいっそ千を切り捨ててやるという意思さえある。

 

 顔も知らない誰かより、大切なのは常に身内。

 その信念に揺るぎはなく。

 

「だから俺の食指が動くとするならそいつは大衆から炙れた何者か。仲間も無く、縁も無く、ただ理不尽に殺されんとする誰かだろう。必要な犠牲だの、こぼれ落ちる少数だの俺は昔から嫌いでな。仲間で無くとも助けようと思える」

 

 大衆は大衆。社会が、誰かが、どうせ守ってくれるのだ。

 だから手を差し伸べるならそこからこぼれ落ちたささやかな誰か。

 元よりこの身は魔王なれば世界の道理に刃向かって見せよう。

 

 その命、誰も救わないというならば。

 

俺は誰も見捨てない(・・・・・・・・・)。それだけだ」

 

 社会に馴染めぬ、混ざれぬ、日の光に当たらぬというならば黄雷の輝きを持ってしてその身を照らし、慈しもう。城塞は常に弱者の味方で在るが故に。

 そして城塞とはただ守るだけではない。

 外敵を、脅かす侵略者を怒りと愛護心で弾き飛ばす剣でもあるのだ。

 

「疑問には答えたぞ? 満足か?」

 

「はい──羅刹の君よ。弱者を庇護する盾の城塞……貴方ならば乞わず、求めずとも在るが儘に庇護者たり得ると」

 

「過分な評価をどうも。……だったら分かるよなァ、この後俺がどうするか」

 

 莫大な呪力が渦巻く、殺意が爆発する。

 解放される赫怒に嬉々とした笑みを浮かべて、衛は怒りながら喜んでいた。

 

言い訳(・・・)はよく分かったがそれとこれとは話が別だ。俺は宣告を翻すつもりはない。──安心しろよ、運が良ければ片腕で済む。なあ……駄神」

 

 視線を送る先に居るのは御老公……スサノオ。

 まつろわぬ身を捨てた神が一柱。

 されどその身が神だというならば所々の事情は問答無用。

 手を出してきたならば殺すだけだ。

 

 対して……。

 

「……運が良いな」

 

 スサノオは笑う。

 そう──運が良い。

 この国には二人の神殺しが居るのだから。

 ならば。

 

「クソガキ一人、消えても替えは効く」

 

 先に手を出したのは事実。

 だが、不遜が過ぎるぞ獣畜生。

 この身は定住を得て尚、神々に列席するに変わらず。

 

 ならば相応の礼を払うは当然のものであり──。

 先ほどからの無礼不敬の釣瓶打ち、相応の報いを受けるものと知れ。

 

「死ねよ老害、報復の一撃にて苦悶しろ」

 

「死ねやクソガキ、上下の差を思い知れや」

 

 嵐が吹きすさぶ────。

 この世ならざる人外坐す領域で、激怒する神敵神仏が剣を抜いた。




衛「仲間に手ェだしたな死ね」

ス「お前生意気過ぎワロタ。死ね」


短気かお前ら……。
最近の若者とヤンキー怖いッスね。

それはそうと護堂さんが主人公っぽい(小並感)


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報復の航路

皆さん、歯は大切にしましょう(唐突)

ふふ若くして永久歯が永久にお亡くなりになられるとは……。
このリハクの目を持ってしても(ry

甘党が祟ったか……是非もなし!


「お待ちください羅刹の君に御老公、我々は──」

 

「悪いが待たん、問答無用だ」

 

 激突せんと猛る両者に。

 それを仲介すべく玻璃の姫君が止めに掛かるが、もはや是非もなし。

 玻璃の姫君を一言で払いのけ、衛は戦闘態勢を取る。

 

「乙女の加護を希う! たおやかなる乙女よ! 汝が敵、報復すべき不埒者に征服の剣を突き立てたまえ!」

 

 衛が言霊を唱える。

 瞬間、出現したのは何の変哲も無い一本の打刀だ。

 名刀ではあるのだろうが、刀自体には常識の範疇に留まる代物であり、聖剣、魔剣、神剣といった修羅神仏を殺傷せしめる効力は微塵も無い。

 

 だがしかし、それが衛の手に収まったと同時、悍ましいほどの呪力がただの打刀に宿っていた。

 それは憎悪であり、赫怒であり、哀切であり、悼み。

 負の感情が混沌と渦巻く呪いの加護は、衛が持つ第四権能……まつろわぬクリームヒルトから簒奪した権能によるものである。

 

 第四権能、《恋人たちに困難無し(ニヒル・ディッフィケレ・アマンティー)》はただ単に心を通わせた者同士を繋げる権能に有らず。

 その本質は敵対者に対する復讐、反撃、即ちは報復の権能である。

 

 片翼が傷つけば傷つくほど、大切な誰かが命を削られるほど、残された片翼は大切な片翼を傷つける全てに報復の一撃を与える。

 それはジークフリートを失い、復讐に狂ったクリームヒルトの伝承をなぞるが如く、運命の女神に連なる系譜は悲劇の引き金を引くのだ。

 

「おお……!」

 

 先手必勝、地を踏み壊れろとばかりに勢いよくスサノオの下に踏み込んだ衛は刀を携え、怨敵たるその首に報復の剣を突き立て……。

 

「カッ、俺に近接戦だと? 愚弄するのも大概にしやがれッ!」

 

 激しい金属音と共にアッサリとはね除けられていた。

 後手に回ったにも関わらず、スサノオはいつの間にか手にしていた太刀でさながら居合い斬りのような切り上げを以て衛の一撃を弾いたのだ。

 

 次いで見事な手さばきを用いて、最小の動きで刀を返すと、そのまま飛燕のような曲線軌道で斜め袈裟斬りに繋げた。

 ……引退したとは言えスサノオは元まつろわぬ神にして《鋼》の英雄。

 あの天叢雲劔の本来的な所有者である。

 

 その武力は英雄神とだけあって、そこらのまつろわぬ神や神殺しを簡単に上回る。まして衛は彼含め八つと存在する神殺しの中において、特に近接戦闘能力に陰りがある神殺し。

 そんな彼が態々、真正面から挑むなど愚策中の愚策。

 勝ちを捨てていると言って良い。

 

 だが──一合。

 あろうことか剣術も体術も囓っていない神殺しはスサノオの剣術に対応していた。そしてそれは立て続けに。

 

 三合、七合、十一合と──異常なことに衛は剣術でスサノオと渡り合う。

 

「その太刀筋……西の巫女の剣術(ワザ)か!」

 

「応とも! 頼れる相棒の剣筋、さ!!」

 

 激しく刀と刀をぶつけ合い、鳴らしながら衛が獰猛に笑う。

 ──第四権能の共有化による能力のシェア。

 今の衛は『剣の王』に匹敵するという剣才を扱うことが出来る。

 

「英雄殺しの不届きもどもめ! この慟哭を聞くが良い! 約束された悲劇は目前ぞ! 恐れ、慄き、絶叫しながら死ぬがいい!!」

 

 打刀が妖しく輝く。

 血を、報復を、復讐をと昏い炎が燃えたぎる。

 此れぞ即ち英雄殺し。

 

 皮肉にも運命の女神の系譜はその定め故に報われない。

 誰よりも何よりも乙女こそが英雄の死神故に。

 

 戦乙女(クリームヒルト)の業を纏った一撃がスサノオに牙を剥く。

 

「チッ、面倒な剣だ!」

 

 当たれば必死。

 取り分け英雄神に連なるスサノオには致命の一撃となりうるはずのそれはしかし一太刀とて当たらない。竜殺しの英雄は絶妙な太刀捌きでただひたすらに捌き、見切り、躱し、往なし、そして──。

 

「おらァ!」

 

「ッ!!?」

 

 横薙ぎの一線。

 咄嗟に衛は一歩下がり、紙一重で避けるが頬には浅い刀傷が……。

 

「ハッ、大体読めた(・・・・・)。こっから返すぞ!?」

 

「くっ……お……!」

 

 そして一太刀、二太刀。

 衛の攻勢が緩むと同時、その間隙にスサノオが切り込む。

 超高速の二連突き。

 視認すら許さない神速は新撰組に名高い剣士の『三段突き』の妙技を凌駕している。

 

 流石の衛も対応不能。

 急所だけを庇った結果、左肩に鋭い刺突の一撃を喰らった。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「そらそら! 威勢だけかよ神殺し!」

 

「しゃら……くせぇ!!」

 

 剣舞は嵐が如く。

 太刀の得物にも関わらず叩きつけるような激しい乱舞はつけいる隙を全く見せない。まつろわぬ生に脱したとは言え、元はそこに連なる神故か。或いは本来的には荒々しい性質が闘争を通して顔を出しているのか、スサノオは正に英雄らしい真っ向からの斬り合いで以て衛を圧倒する。

 

「自慢の盾なしじゃその程度か。顔を洗って出直せや」

 

 激しく刀を踊らせながら嘲るようにスサノオが笑う。

 先の護堂戦──そこで受けた負傷は浅くない。

 何より衛の代名詞と言って良い第一権能の一時的な使用不能は衛の戦闘スタイルに大きな不利を敷いていた。

 

 本来、衛と言えば持ち前の呪力と鉄壁不沈の城塞を用いた敵の動きを見て、受けてから返す反撃主体の戦い方が特徴的だ。

 しかし今の衛は普段のそれとは明らかに異なっている。

 

 真っ向からの斬り合い、不得手の近接戦闘。

 それは正しく権能を使えないが故の弊害。

 第一権能『母なる城塞(ブラインド・ガーデン)』の喪失は衛の戦闘手を大きく損ねていた。加えて問題はそれだけではない。

 

「ぐぅ……!」

 

 スサノオの振り下ろした一撃を何とか捌きながら足を引く。

 剣先を逸らし、人体上の死角から……。

 

「動作が甘ェ! 狙いが見え見えなんだよッ!」

 

「がッ!」

 

 次手を容易く見切ったスサノオはチンピラのようなヤクザキックで衛の腹部を蹴りつけ、強引に間合いを確保する。太刀の間合い……打刀では届かない。

 ──守れ!

 

「ぐ、つぅ……!」

 

 両手に襲う強烈な衝撃。

 何とか太刀から身を守ることには成功したが以前不利に変わりはない。

 

「権能による相互能力の共有化……ああ、字面だけなら大したもんだな。だがその権能、結局の所、移し替えてるのは能力だけだろが。

 ──神域に迫る剣才、使いこなせなけらば意味がねえよ」

 

「………チッ」

 

 そう、確かに今の衛は桜花からその才能……虚実の究極とまで言われた神域の剣才を譲り受けている。しかし得たからと言ってそれを使いこなせるかは別問題だろう。

 

 当の桜花ですら振り回され、受け入れ、十数年の鍛錬によってようやく使いこなすに至った規格外の才能である。

 それを幾ら神殺しといえど一朝一夕に使いこなせるわけなど無い。

 加え元の衛に近接戦における才能は皆無だ。

 

 よって今の衛は精々が二流剣士。

 達人の動きを見よう見まねるに過ぎず。

 

「らぁあああ!!」

 

「おおおおお!!」

 

 ──こうして紙一重で死を避けるのが精一杯なのだ。

 

(……やっぱ馴れないことはするもんじゃないな畜生ッ!)

 

 共有化により刀の使い方、身体の動かし方は理解できる。

 神殺しとして神と死合う今の身体は戦闘に最適化されている。

 才能に相応しい神殺し(からだ)である衛は、今なら桜花以上に衛は刀を操れるはずなのだ。

 

 だが、実状はこの通り。

 再現される剣術は彼女の足下にも及ばない。

 そしてそれは桜花の剣を操る上で余りにも致命的だった。

 

 ──虚実の究極。

 

 そう呼ばれる桜花の剣術は何より使い手の卓越した深い読みと剣術そのものへの理解が術理の根幹を成すものである。

 自己の剣術は元より、相手の振るう剣術の術理を見極め、癖や性格、そこから読み取れる敵手が好む手、苦手とする手を読み、何よりも誰よりも剣術を以てして仕合いの流れこそを征する。

 

 体捌きによる陽動。

 視野錯覚に伴う強襲。

 意図的な悪手を使った無意識の駆け引き。

 

 冷徹な視野と透徹した凪の心。

 時として命を捨てながら、命を繋ぐ矛盾を飲み干す哲学。

 

 心技体──三相合一。

 

 其れで以て初めて十全に効力を発揮する剣の極み。

 完璧な制度で仕上がった無敵の剣術はしかし完璧故に僅かなミスも許容しない。

 下手な猿まねは寧ろ、完璧な剣術は性能を落としていく。

 

 よって……。

 

「ふんッ!」

 

「が、あああああ!!」

 

 不利はどう足掻いても覆らず、遂にスサノオの一太刀を浴びる。

 衛の攻勢に合わせて、先んじて放たれた後の先。

 それは衛の胴の肉を抉り取っていた。

 

 幸い、腰より僅か上の側面の肉を削いだだけに留まり、臓器や急所を傷つけたわけではないので戦闘には支障こそ無いものの、この一太刀が何より剣術における両者の彼我を格付けていた。──このままでは必死の太刀を喰らうのも時間の問題であろう。

 

(……なんて、分かってた(・・・・・)だろうが(・・・・)。そんなことは)

 

 内心吐き捨てるように衛は思う。

 剣術ではスサノオに勝てない? ……そんなことは百も承知だった。

 

 自他共に認めるほど近接戦闘の才は皆無。

 それを桜花の才能でカバーしたところで結果は見えている。

 そもそもそういう戦い方は衛の戦い方(・・・・・)では無い(・・・・)

 

 衛は守戦の王。

 暴力の才能は皆無であり、戦は手段で、血に餓えてなどいない。

 弱者を守るための城塞にそんな不純は必要ないのだ。

 

 だからこそ最初から真っ向からの斬り合いで勝てるなど思っていない。

 

(とはいえ……斬り合い(此処)を征さなきゃ話になんないんだよな……)

 

 あの傍迷惑な駄神にツケ払いをさせる。

 そのための切り札はまずアレの懐に飛び込まなければ始まらない。

 つまりはあの剣技を掻い潜り、一瞬でも隙を作らなければいけないわけだが……。

 

「それが一番の至難なんだよなァ!!」

 

 己を鼓舞するように吼えながら衛は再度飛び込む。

 打ち込んだのは自分なのに次瞬、何故か守りに回される。

 全く理解できない。

 

「クソが、この変態武術家共め! 下手な魔法より質が悪い!!」

 

「そりゃあテメエの練度不足だ! この程度、欠伸が出るわ!!」

 

「そうかよ、ならそのまま永久に眠ってくれや!」

 

「テメエが、なッ!!」

 

 さり気なく自分の相棒もディスりながら剣戟を演じる衛。

 以前不利は覆らず、勝ち筋は遠い。

 だがしかし、諦めなど衛の辞書には有りはしない。

 

 人の気を知らずして強者の傲慢がまま無軌道に災い振りまく嵐の神。

 コイツが居る限り、自分の友人たちは際限なく振り回される。

 時として権力を、暴力を、情を操り思うがままに傲然と。

 

「……邪魔なんだよ駄神! 人の道理に今更引退した神モドキ風情が踏み込んでくるんじゃねえぞッ!!」

 

 義憤を吼えて衛は剣を振るう。

 そうだ、許してはならない。勝たなければならない。

 下らない奸計分をノシ付けて返してやるのだ。

 

 そのためにもっと、もっと……力を振るえ。

 

(こうなれば肉を切らせて骨を断つの精神で──)

 

 剣術ではどうあっても敵わないならば他で補うしか無い。

 切れるカードは共有化(コレ)を含めて、二つのみ(・・・・)

 ならばこそ、後は自らの肉体の頑丈さに駆けて……。

 

 と、覚悟を決めつつ、乾坤一擲を狙い意識を研ぎ澄ましていた時だった。

 

『──荒ぶる心を静め、意識は常に鏡の如く、止水の如く』

 

「っ……桜花か」

 

『肉を切らせて骨を断つ……それも一つの形ですが、悪手ですよ。意味がありません』

 

 不意に脳裏を過る己ならざる心と言葉。

 共有化の権能を通して世界線の向こうから桜花が諭すような言葉を投げる。

 

 ……確かに一か八かの賭けなど似合わないにも程がある。

 一瞬に懸けるならば最善の布石と確信を。

 捨て身の一撃、無策の賭けなどそれこそ愚策。

 

「だが、悪いが俺は剣術勝負じゃ話にならん。それこそ度肝を抜くような一撃でも打ち込まない限り、駄神(アレ)は悔しいが揺るがないだろうよ」

 

 正眼で隙無く刀を構えながら吐き捨てるように言う衛。

 剣術勝負、近接戦闘、正々堂々。

 純粋な武と武のぶつけ合いでは衛は後塵を拝する。

 

 ならば、と続く言葉をしかし桜花が首を振る気配が留める。

 

『いいえ、いいえ。違うんです衛さん。貴方なら私の剣を扱えるはずです』

 

「なに……?」

 

 桜花の思念に衛は本気で疑問を抱く。

 過ごした年数こそ少ないものの、誰よりも大切な相棒としてある桜花はこと戦闘に置いて衛の力を誰よりも理解しているだろう人物だ。

 ならばこそ、衛の近接戦闘の不得手振りは百も承知のはずだが……。

 

「──余裕だなッ! クソガキ!」

 

「は……この、駄神ッ!!」

 

 衛が疑念を抱いた一瞬の隙にスサノオが切り込む。

 寸前の所で刀で往なすことに成功したものの、再び嵐が如き乱舞に晒される。

 

「らあああッ!!」

 

「チィ─────!!」

 

 斬、斬、斬! と激しい乱舞に紙一重で衛は抗う。

 以前事態は不利のままである。

 ──そんな中、桜花が透徹した言葉で諭すように言葉を紡ぐ。

 

『私の刀は目の前の敵手を切る刀じゃありません。敵の未来を征し、その生存こそを斬り伏せる。だから大切なのは今じゃ無い』

 

 ──それは実るか分からぬ果実をゆるりと育てるように。

 食い付くか分からぬ魚を前に無心で待つ釣り人のように。

 

『一つ、一つ。重ねていくんです。今勝てなくても次に勝てばいい。次に勝てなくてもその次に勝てば良い』

 

 ──不意に誰かの情景が脳裏に過った。

 道場でただ一人、ひたむきに剣を振るう少女。

 

『明鏡止水──大切なのは必ず成すという確信と焦ること無く至るまでを積み上げる過程です』

 

 変わったことなど何もしない。

 必殺? 奥義? 秘技? 笑止。

 そも真剣とはそれそのものが必殺である。

 

 故に大事なのは必ず成すと積み上げること。

 淡々と基礎を積み、必要な伏線を敷き、相手の未来を絞ること。

 次が分かってるならば征するのは容易く……。

 

『ならば──焦る意味など何処にありましょう?』

 

「────」

 

 虚実の究極。

 それは敵を誤魔化すでも惑わすでも無い。

 存在しない虚実(みらい)を征する剣術。

 

 必殺などない。

 奥義などない。

 秘技などない。

 

 ただ淡々と積み上げ、当然に勝利する。

 焦ってはならない、疑ってはならない。

 そう──己は勝つのだ。

 

『何も変わらない。衛さんがいつもやってる事ですよ』

 

「……は、なるほど確かに」

 

 必要な手を一手一手積み、

 勝つまでの過程を組み上げていき、

 当然のように勝利する。

 

 確かに──いつもやってる事(・・・・・・・・)である。

 

 ただ違うのは確と信じるものが盾か剣かの問題で。

 だからこそ桜花は……。

 

『信じてください、私の剣を。貴方が信じるものに比べれば些か不安に思うかも知れませんが、今だけは信じて』

 

 その思いに。

 

「信じるさ。何せ……」

 

 衛は強く刀を握り……。

 

 

「自慢の伴侶(あいぼう)だからなッ!」

 

 

 笑いながら猛り、己が刀に身を任した。

 切り下ろし、切り上げ、切り払い、切り落とし。

 それら正に剣術における基礎動作。

 何ら不思議な一撃を振るうわけでは無い。

 

 いつも桜花の曲芸を見せられたせいで勘違いしていた。

 桜花が体捌きや小技に頼るのはそうじゃないと受けきれないから。

 人間の膂力では人外のそれに太刀打ちできないからである。

 

 だが、衛は神殺しだ。

 そのステータスは人外の者に比する。

 ならば何故、彼女の様を真似る必要があるという。

 

 虚実の剣の極意とは敵手の未来を斬ること。

 故に積み上げる過程はただ淡々と凡庸であっても構わないのだ。

 それが当たり前に勝つ未来に辿り着くならば。

 

 何であれ、それこそが……虚実の剣である。

 

「急くな、焦るな、積み上げろ……」

 

 知らず、茫洋とした声が口から漏れる。

 

 重ねる。一つ、一つ、淡々と。

 しかし丁寧に伏線を敷いていく。

 いつか何処かでただひたすらに基礎を積み上げ、剣を振るった少女のように。

 

「透き通った鏡面のように、止水の心で……」

 

 奇手など必要ない。

 一矢で足りぬなら、二矢で。

 それでも足らないならば三、四矢と。

 

 敵手の今は重要じゃ無い。その未来こそを斬り伏せろ。

 

「ッテメエ……!」

 

 不意にスサノオが唸る。

 剣術から変なぎこちなさが消えた。

 それと同時に太刀筋が凡庸な域に落ちる。

 

 だが──何故だ……何故、今の方が恐ろしいと直感する?

 

 明らかに被弾回数も上昇している。

 かすり傷は増え、回避や受けに技の冴えが見えない。

 戦況はスサノオの趨勢に傾いていく。

 

 なのに──肝心な一太刀は欠片も当たりはしない。

 

 これは……。

 

「読まれているだと!? 俺の剣が……!」

 

 唖然と戦慄するようにスサノオが言葉を漏らす。

 その言葉に応じるように……。

 

貴方は(・・・)……」

 

 衛であって衛では無い誰かの声が。

 

『「貴方は(おまえは)恵那さんと(恵那の奴と)同門なのですね(同門なんだな)」』

 

「────………」

 

 それは自我と無我上の境界線。

 三相合一ならざる二者合一。

 英雄神にとって何よりも致命的な一撃を、この一瞬に完成させる。

 

 衛は、この剣を知っている。

 敵手が手繰る剣術の極意を知っている。

 

 ──故に。

 

「──我ら、死を越えて分かたれず!」

 

 スサノオの後の先。

 手首の返しを使った、防御からの一閃を衛は凌駕した。

 刀に満ち満ちる呪力。

 

 蓄積したダメージ。

 開戦前に負ったハンデ。

 それら報復分を糧に呪いが過多の量を帯びる。

 

 片翼と片翼──合わせて両翼。二者合一。

 傲岸不遜な神を落とすため、地の鳥は天高く駆け抜け……。

 

「捉えたぞ。お前の未来を──!」

 

 いざ、破滅の剣は此処にあり。

 英雄神に悲劇の定めを与えよう。

 

 

「舐めんじゃ……ねぇぞおおおおッ!!」

 

 

 咆吼、同時に襲い来る暴風剣林。

 人間を容易く吹き飛ばす神威の風と剣の豪雨が降り注ぐ。

 

 

 スサノオ改め、神格──早須佐之男命。

 彼は日本神話において語られる三貴神が一柱。

 かの皇祖神、天照大御神の弟である。

 

 伝承に曰く、彼は八岐大蛇を打ち倒し、攫われた奇稲田姫を救出してみせたペルセウス・アンドロメダ型神話の典型、紛う事なき《鋼の英雄》であるが、早須佐之男命の神格はそれだけに留まらない。

 

 英雄的行動が目立つ反面、母神イザナミに会いたいと泣き叫び父神イザナギに追放されたり、姉である天照大御神の元で馬肉を晒して屎を撒き、田畑を荒らし回るなどと粗暴の限りを尽くし、遂に天照大御神を天岩戸へと隠れさせた。

 

 元は出雲出土の嵐・暴風雨の神格だけあって、その性格は嵐の如き天衣無縫。粗暴者かと思えば英雄神であり、子供的側面を持つかと思えば、日本最古の和歌を詠い、教養的な神格であることを示している。

 

 多彩な性格。

 そして天照大御神(たいよう)隠した逸話。

 

 ──神話体系において神界・人界・冥界の垣根にとらわれず、神出鬼没に様々なものを隠したりすることにより混沌を齎し、時にそれを文化の寄与に通じさせる神格がごく一部として存在する。

 

 即ち──文化英雄(トリックスター)

 

 もう一つの神格側面が唸りを上げて衛に襲いかかる──。

 

 

「………」

 

 狂乱するように吹きすさぶ暴風雨は視覚すら閉ざし、嵐に伴って降り注ぐ剣の雨はまともに受ければ次瞬にも衛を百舌の速贄へと変えるだろう。

 回避か? 防御か? 否、このタイミングでは間に合わず……。

 

「……は」

 

 故に──衛は打って出た。

 

「我は全てを阻むもの、邪悪なりし守り手。恐怖の化身にして流れ断つ者。豊穣は此処に潰えり、雨は降らず、太陽は閉ざされ、繁栄は満たされぬ。さあ、簒奪者よ、恐怖と絶望に身を竦ませよ、汝が怯え、汝が恐れた災禍が今再び、汝を捉えるッ!」

 

 それは災厄を閉ざす封印の奇剣。

 まつろわぬダヌより簒奪した神格封印の権能。

 此処まで取っておいた切り札を遂に衛は解禁する。

 

「──そして、此処がお前の終幕だ」

 

 同時に両手に携えた破滅と断厄の剣をぶん投げた(・・・・・)

 一つはスサノオ目掛けて。

 一つは狂乱の嵐目掛けて。

 

「ガッ────!!!」

 

「……お前の敗因は、俺にとって最も嫌なステージから降りたことだ」

 

 ……しつこい話だが衛に近接戦闘は圧倒的に向いていない。

 その点においてスサノオは衛に絶対的な優位を保有していた。

 

 だが、逆に言えば衛にとって穴らしい穴は近接戦闘の不得手のみなのだ。

 

 アレクらと関わったことにより神々呪術の知識は相応にあり、数年間に及ぶ同族、宿敵との対決経験を持ち、誰よりも守りの戦に長けた故の長期的な戦略眼を保有している。此処に絶対的な盾が加わることにより隙は無く。

 

 こと近接戦闘以外の舞台において、衛は難敵たり得る数多の要素を保有している。

 だからこそ……近接戦闘(そこ)を強いる状況を捨てれば、同じ地平に立たされるのだ。

 そうなれば常に勝ち目を見てから戦う衛にとって、千載一遇のチャンスが訪れるのと同じ事。そして事実現実はこの通りに。

 

「そして──俺の勝因は……心から信頼できる相棒がいたこと、かな?」

 

「があああああああああああああッ!!!」

 

 雷鳴と聞き紛う天を衝くような壮絶な絶叫。

 最高練度まで熟成された英雄殺しの呪いがスサノオを蹂躙する。

 

 如何に《鋼》、如何に文化英雄であろうとも耐えうる一撃では無い。

 しかも第三権能の効果によりその文化英雄的側面は限定的に封印された。

 純鋼の英雄となったスサノオに加えられた英雄殺し。

 

 効果的意味合いでも防御的意味合いでも。

 あらゆる面で致命的な一撃だった。

 

 されど………。

 

 

「まだ、だァ……!!」

 

 

 スサノオは瀕死なれど健在だった。

 理由は一つ、突き刺さった英雄殺しが神核を逸れたそれだけである。

 

 それほど投擲技術があるわけでない衛が投擲したことと、スサノオが咄嗟に回避行動を取っていたこと、刹那に起きた二重の要因によってスサノオは紙一重で命を繋いだのである。そして瀕死であれ、命を繋いだと言うことは……。

 

「大蛇おる上、常に雲あり。雨あり。その流れがまとまりて河となり、人草どもはふるいをかけて、鉄を得たり……!」

 

 スサノオを中心に不吉な呪力が渦巻く。

 やがてそれらは暴風……不気味な漆黒の颶風と化した。

 

「馬鹿な、嵐の権能は封じたはず……!」

 

 強烈な風に顔を庇いながら驚愕して呟く衛。

 第三権能、それは呪力の流れを断ち、一時的に神格、権能の力を封じ込める封印の短剣。剣は確かに刺さり、嵐の権能を射貫き、封印の枷を嵌めたはずだ。

 

 だというのにこの暴風。これは一体如何なる力か。

 瀕死のスサノオに封印を強引に破る術は無く、ならば封印は破れるはずなど無い。そして暴風神としての側面無くして、これほどの暴風は起こせないはずだ。

 

 疑念は一瞬、次の瞬間驚愕と共にその正体が判明する。

 

「吾──須佐之男命、かつて天下を取らんと戦を起こし、小蠅なす一千の悪神を率す。大和国に一千の剱を堀り立て、楯篭もりぬ!!」

 

「……マジかよ」

 

 衛をして思わず冷汗を頬に流しながら呆然と呟く。

 漆黒の颶風の向こう、スサノオの頭上に千を超える漆黒の剣が鎮座している。

 

 直刀があった。

 短剣があった。

 大太刀があった。

 奇形剣があった。

 

 同じ形状だったり違ったり。

 漆黒の剣群が剣先を衛に向けて今か今かと滞空している。

 

「……ああ、なるほど。砂鉄か」

 

 それで漆黒の颶風の正体を理解した。

 鉄はそもそも《鋼》の暗喩に繋がる物質であり、加え、須佐之男命が出土したという出雲国……現島根県といえば昔から製鉄、古代よりたたら製鉄が有名であった地だ。

 

 『千の剱』──天叢雲劔を持たぬスサノオの今の愛剣というわけだ。

 

「──テメエの敗因は千載一遇で詰め損なったことだ」

 

 憤怒の形相で、当てつけのようにスサノオが言う。

 既に衛に刀は無く、切り札も使い切った。

 つまりは、これより先に続く一手は存在しない。

 

「くたばれクソガキ」

 

 降り注ぐ剣、剱、剱……。

 回避不能の絨毯爆撃を前に衛は。

 

「これは駄目だな……」

 

 諦めるように嘆息した。

 必殺と決めた一撃で決め損なった。

 それは紛れもない衛のミスであり、悪手。

 

 だからこそこうして敵の反撃を許し、無様を晒している。

 英雄殺しも、神格封じも使い切った以上、もはやスサノオを殺す手段は存在しない。

 

「出来れば俺の手で殺してやりたがったが……」

 

 業腹だが仕方が無い──セカンドプラン(・・・・・・・)だ。

 そういって衛はあろうことか剣弾乱舞の中に自ら突貫する。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 急所、致命傷となる一撃だけを避け、それ以外の剣弾を殆ど被弾しながら雄叫びを上げ満身を苛む苦痛をはね除けてスサノオの下まで突進を仕掛ける。

 

「馬鹿が……!」

 

 猪突猛進、その有様をスサノオは嘲笑する。

 腕を振りかぶり、殴りかからんとする突撃は誰がどう見ても殴り飛ばすための突撃だと判断しよう。

 大方、満身創痍のスサノオならばステゴロでトドメをさせるという発想なのだろうが……。

 

「ステゴロでオレをどうにか出来るわけがねえだろうがッ!」

 

 スサノオが怒り混じりに言うと次瞬、スサノオの肉体が鈍色に染まっていく。

 《鋼の英雄》が持つ力の一端。不死の権能。

 嘗てバトラズも使って退けた肉体の超硬化をスサノオもまた操る。

 

 衛がスサノオの懐に飛び込み、殴りかかった。

 心臓を射貫く鋭い殴打。

 

 しかし鋼と化したスサノオにその一撃は意味を成さず……。

 

「終わりだ──神殺し!!」

 

 生じた隙をスサノオは砂鉄で作り上げた剣で以て襲う。

 最後の最後、愚かしくも愚挙を行った戯けの首を撥ねるために。

 

 

「ああ──確かに終わりだよ、駄神」

 

 

 だが───剣は振るわれなかった。

 いや、それどころか……身体が────。

 

「ぐお……おおお!? おおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 膝を突くスサノオ。

 驚愕の咆吼を轟かせながら彼は満身の力を込めて総身を襲う超重力(・・・)に抗った。

 

「何をしやがった……クソガキィィ!!」

 

 身体が沈む。

 肉体が引っ張られる。

 

 上から押さえつけるような重力であり、同時に自らを引きずり込む引力であった。正体不明のこの怪奇、成しただろう人物など一人しか思い当たらない。

 そして、スサノオの予測は正に正鵠を射ていた。

 

 衛は肩を竦め、種明かしをするように笑う。

 己の勝利を確信しながら。

 

「英国で前に学んでね。《鋼の英雄》っていうのが如何にしぶといか……それを考慮して英雄殺しでは足りないだろうから用意しておいたセカンドプランだよ」

 

 嘗て戦った剣神バトラズ。

 《鋼の英雄》として正に典型のような神格は必殺を講じたにも関わらず、それを凌駕して生存してのけた。

 

 その経験から衛は如何に鋼の英雄がしぶといかよく学んでいた。

 

「そう学んだからこそのもうもう一手。必殺の先にある最後のジョーカー、それがこれ……『自由気ままに(ルート・セレクト)』、バージョン・冥府旅行だよ」

 

「ッッ!!」

 

 その言葉でスサノオは己が身に起こる怪異の全てを悟った。

 衛が持つ第二権能『自由気ままに』。

 ギリシャ神話のヘルメスから奪いし、その権能は《旅》を司る。

 

 現実世界においては瞬間移動や長距離転移など移動に関する力を発揮する権能として重宝しているが、初めてアストラル界に訪れてから向こう、権能の掌握率が進み、新たな用途を衛は見いだしていた。

 

「ギリシャ神話のオルフェウスの伝承は知っているか? 曰く、恋人を失ったオルフェウスはヘルメスと共に失った恋人を取り戻すため、冥府下りを敢行したらしい」

 

 それはギリシャ神話でも有名な冥府下りの逸話。

 最終的に成し遂げられなかった恋人を取り戻す悲恋の伝承。

 

「何時ぞやトロイアでヘルメスと戦ったときにな、アイツは俺を冥府に落とそうとしてくれやがってな。まあその時は何とか、逃れたんだが……これはその経験と此処の利点を生かした俺が開拓した新たな冥府下り(ルート)だ」

 

「テメエは……!」

 

 分かる。口にされずともスサノオは理解している。

 身が解ける感覚、原初に還るような郷愁の念。

 

 ──冥府(アストラル界)よりさらに下った先には何があるか。

 

「そら、黄泉平坂を下って母下に戻れや駄神。神話の念願、俺が叶えてやるよ」

 

「ッ──!!!!! おお、おおおお、おおおおおおおおおおおお!!!」

 

 落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちていく。

 生と死の境界線を越え、禁足地を越え、最も深き領域へ。

 

 ──神々が発生する、不死領域……原神話の領域へ。

 

 

「じゃあな。神話に還れ、時代遅れ(ロートル)

 

 

 ──己が神話を忘れて千年を経た鋼の英雄。

 

 母恋しと願ったいつかの願いを叶えるが如く。

 スサノオは黄泉平坂を下りて墜落した。




スサノオ、強制退去。

神様は神話に帰れってね。
不死領域だの禁足地だの、散々暴れ待ってた奴が禊ぎもなしに彷徨いてんじゃねえというお話。

まあ、スサノオも黄泉平坂を下って母に会えるんだから嬉しいと思いますよ(暗黒の嘲笑)


これでようやっと今章の全戦闘おしまい。
護堂? だいたい原作通りなので端折ります()

次回でエピローグだ。
……長かったぜ。



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新たなる出立

事後処理の時間だぜ……!

主人公不在の裏方による真っ黒会議です。


「──羅刹の者どもを推し量るための此度の騒乱。さて、それでは評定と参りますか……最も、肝心要の御老公は既に神話に帰ってしまいましたが」

 

 生と死の境界線、幽界、アストラル界。

 そう呼ばれる異世界の地で二人の人外が言葉を交わす。

 

 一方は即身成仏を経て死を越えたミイラが如き御坊。

 一方は玻璃色の瞳が印象的な傾城の美姫。

 

 言わずと知れた正史編纂委員会を裏から指示する御老公たちである。

 だが、彼らの中でも取り分け発言力を有する人外は既に無く、またこの地を訪れた神に仇なす人外も既にこの地を去っている。

 

 よって人外の会話を聞き届けるのは見逃された騒乱の当事者ただ二人だけである。

 

「盾の王器。かの御仁の気性については重々承知でしたが、よもや御老公を下されるとは。剣の王器の方も女人に対する庇護の情は中々のものでしたが、執着という意味では後者を遙かに凌駕しますな」

 

「──それこそ重々承知な話です」

 

 クツクツと知人の一人が殺されたも同然だというのに御坊は何故か愉快だとばかりに笑っていた。対して玻璃の姫君は嘆息するように苦言する。

 

「その上で羅刹の君を此度の騒乱に招いたのは我々の判断。羅刹の君へ文句を言える立場にありますまい。そも、此度の騒乱にかの御仁は何の縁も持たなかったのですから」

 

「左様。だからこそ御老公は正史編纂委員会を盾に羅刹の君を巻き込む計画を立てた。窮鼠猫を嚙む結果になりましたが。いやはや、あの気概。アレならば友誼を持つものが多い日の本で騒乱が起きれば遮二無二介入するでしょうな。図らずして我々は御子殿への『盾』を手に入れることに成功していたわけですな」

 

 御坊は善哉善哉と言って肩を竦めた。

 ──御子。それは彼ら人外が警戒するこの国に封印されたとある存在を指す言葉だ。この御子がいる故、彼ら人外は地上に常と気を配り、万が一に御子が目覚めた際、対処できるように様々な策謀を張り巡らせているのだ。

 此度然り、或いは日光に封印されている『まつろわぬ神』然り。

 

「幸い、かの御仁の強さは御老公が身を以て証明された。鋼の英雄を討つに値する器。なればこそかの御子君への対策として不足はありますまい」

 

「不敬な。知人の死を喜ぶとは」

 

「まさか、悼んでおりますとも。されど、本来『剣』の器を図る計画に『盾』を巻き込む提案を行ったのは当の御老公本人」

 

「同意したのは我々も同じ。責任を追及するならば我らも同列です」

 

「その通りでしょうな。しかし裁定の権利を持つ御仁は御老公のみを誅し、我々を見逃した。ならばこれを以て我らもまた払うべき責任は払ったと拙僧は愚考しますが」

 

 いけしゃあしゃあという御坊。

 相変わらず図太いその態度に玻璃の姫は嘆息する。

 

「温情を理由にするとは……」

 

「それもまた大義のためならば。ともあれ、『盾』の王器に限って言うならば地上の庇護者として不足はないでしょう。情が混じれば些か血の気の多い御仁ではありますが、庇護者として、その欠点もかえって頼もしいと思うべきですな。問題はもう一方の方でございます」

 

「御坊、『剣』の君に対しては不足と見なすのですか?」

 

「『盾』の君を譲歩させた手腕は認めるべきしょうな。だが、あの御仁は些か粗が多い。手抜きの『盾』の君を相手に本気で掛かって追い払う程度。加えていつぞやの女神襲来然り、女に甘すぎる点が欠点と成りかねない。いっそ、『盾』の御仁のように情が振り切っていれば及第と見ることも出来るのでしょうが……」

 

「しかし勝利は勝利。元より『盾』の君と『剣』の君では経験に圧倒的開きがございます。その不利を覆し、『盾』の君より譲歩を引き出したのはあの御仁の戦果でしょう。それに嘗て御子を苦しめたのは、やはり女を救う者でありました。『剣』の君、草薙さまの娘たちへの振る舞い、恃むにたる器量ありと判断いたします」

 

「ふうむ。評価が割れましたな……。御老公がいればご裁定を賜ったのでしょうが、既にかの御仁は幽界からも去って仕舞われた、となれば、後は事の次第によって随時様子を窺うに留めるべきでしょうな」

 

 今回の騒ぎによって齎された出費は人外の者たちにとっても少なくない。

 幽界では御老公を失い、地上では御子の太刀がかの王に簒奪された。

 

 よって出費を鑑みるに今後、今回のような騒ぎを起こして王器を推し量るマネをするには相応の覚悟が必要となるだろう。

 ならばこれ以上の介入はかえって無駄にこの国へ騒ぎの種をまき散らすことになり、王器の気性が知れた以上、そもそもこれ以上の介入に意味は無い。

 

「ともあれ、これだけの騒ぎであって地上にさしたる害が及ばなかったことこそ僥倖。──今回は此処までですな」

 

「異論はありません」

 

 最後にそう締めくくって人外らの評定は収まるところに収まった。

 

 

 

 

 自国の神殺し同士が戦い合う事態にまで発展した騒乱から数日。

 戦いは終わり、事態を誘発した元凶も消え失せた。

 

 複数箇所で起きた戦闘が影響して修繕のために暫くの間、休校となった城楠学院を除いて現実世界での目立った戦闘被害は無く、ともすれば二柱の神殺しとまつろわぬ神剣が激突したにしては驚くほど小規模の被害で済んだと言えるだろう。

 

 これを以て事態は平穏無事に収束……と、なれば良いのだが。

 勿論、そうは問屋が卸さないというもの。

 

「──つまるところ今回の騒動に関しては委員会にとっても望外の極み。全ては清秋院家と御老公が企てたことであり、我々としても不本意の出来事であった、と。……まあ、そうなるわな」

 

 東京は千代田区。

 江戸の昔から大名屋敷などが建ち並び、今にも高級住宅街として閑静な街並みが広がるその場所の三番町に正史編纂委員会の重鎮にして、日本呪術界が『四家』の一角、沙耶宮家は邸宅を構えていた。

 

 そんな沙耶宮邸で向き合う人物らは三人。

 一人はこの家の家主たる沙耶宮馨、もう一人はその懐刀たる甘粕冬馬。

 最後に内心を隠すかの如く薄笑みを浮かべる少年、春日部蓮。

 

 今、此処には『正史編纂委員会』と『女神の腕』。

 二つの組織の政を仕切る頭脳(ブレーン)が相対していた。

 

「こっちとしても別に事の概要は把握済みだ。何せ既に元凶はうちの大将がぶっ殺したからな。そんときに事情は確認済みだし、そっちにとっても予期した出来事じゃ無いことも、おお重々承知だとも。だが、それで私たちは関係ありませんでした……と終われば、俺もアンタたちももう少し楽できるってもんだ、違うか?」

 

「違わないとも。清秋院も、御老公らも、決して委員会と関係の無い存在では無い。だからこそ二つが暴走した結果の責任は少なからず正史編纂委員会にも存在する。まして全く無関係の同盟者、ひいてはこの国の庇護者を害したのだからね」

 

 蓮の言葉に馨は苦笑するように肩を竦めながら言う。

 

 そう事の元凶たるスサノオを殺したからそれでもって不問……そんな事が出来るならばこの国の呪術界隈の政治事情はもう少し容易く回っていただろう。

 無論、衛が率いる『女神の腕』は基本的には政治事情などに興味は無いし、権力や特権にも彼らは感心を示さない。しかしそれも場合によりけりだろう。

 

 このような事態になってまで何も求めず、不干渉では組織として(・・・・・)舐められる(・・・・・)

 だからこそ望む望まないに限らずこの場面では追求せざるを得ない。

 即ち──どう責任を取るつもりなのかと。

 

 対する委員会側、沙耶宮馨もその辺りの事情は承知済みだ。元より、これほどの事態になっても尚、何もしない、不干渉と貫く組織など組織として失格だと思っている。

 彼らの庇護活動は無償というわけではないのだ。

 

 そもそも率いる神殺し(リーダー)の気質からして大衆社会に興味を持たず、身内の庇護を優先する人物である。本来ならばそこに社会や街、他組織といった他人関係と言っても良い存在を庇護する必要など無いのである。それを押して守るのは偏に委員会と『女神の腕』の同盟あってこそだ。

 

「ま、手っ取り早いのは金銭だわな。元々、『女神の腕(俺ら)』と委員会(そっち)で結んだ同盟の大部分は資金援助に関するもの。自立できないわけじゃ無いが、俺らとしてもスポンサーは多くて損は無いし。エジプトだけの出資じゃあ大々的に動きたい時に動けない場合が生じるしな」

 

「では今回分を罰金として上乗せしろと、そういう要求なのかな?」

 

「ハッ、まさか。金は幾ら有っても困らんが言ってんだろ? 無くても良いと」

 

 『女神の腕』……仮にも組織として運用しているのだから当然、組織として成立するための資金源は存在する。彼らの資金源とは幹部の一人、エジプトの魔術組織に籍を置く彼らの中では少ない生粋の魔術師である人物。

 中東に石油油田を有する彼の出資こそ、運用資金の大部分を占めていた。

 

「大金はドバイの金庫から引っ張り出さなきゃ動かせんが、まあ別に問題ない。研究好きの連中は『黒王子』様のところに貸し出してるし、居残り組もドバイの本拠地。事後処理にかかる金銭は日本政府、ひいては正史編纂委員会持ちだから俺らはただ。そゆわけで金銭に関してはこれまで通りで良い」

 

 問題は──と続けて蓮はくつくつと笑う。

 

「今回の戦争(・・)で消費した需要品……呪具の方だ」

 

 瞬間、空気が張り詰める。

 馨も甘粕も引き締まった表情で蓮の言葉を待った。

 二人とも確信しているのだ、ここからが交渉(ほんばん)だと。

 

「知っての通り、俺は大将や姫さんみたく個人的な戦闘力で魔術師やらと戦えるように出来ていない。見ての通り、俺はただの一般人だからな。戦うためには相応の装備がいる」

 

 ただの一般人という部分については首を傾げるところを覚えるが、ともあれ、彼の言う通り、春日部蓮という魔術を使えない人間がそれら異能の者たちと戦うには相応の装備がいるだろう。

 例えば甘粕が見た呪力を貯めたルーン石、聖骸布の加工品等々。

 

「で、『女神の腕』は生粋の魔術組織で無いが故に、そういった魔術資産の消費に関してはかなり痛い部分があってな。今回の賠償、出来ればそれに関して補って貰いたい」

 

「………具体的には?」

 

「そ、う、だ、な……非時(ときじく)、反魂香を往復分。出来れば、三人前ぐらい恵んでくれると嬉しいんだがね。そこんとこ、どうよ」

 

「なるほど……」

 

 提示された呪具……いや触媒の名を聞いて沙耶宮は嘆息する。

 確かに今回の事態のような経験をすれば備えるのは当然か。

 

「意味の無い質問だと思うけど、あると思うのかい?」

 

「と、いうより無いと考える方が可笑しいだろ。御老公の存在と居た場所と考えれば仮にも日本呪術界を取り仕切る連中が、一方的な口出しを許すほど備えないと思えなくてな。一つや二つ、あるんじゃ無いかと九州の連中を使って『民』の方を洗い出してみれば……」

 

「その名を聞いてたという訳か。まあ、概ね正解だよ」

 

「概ね分は?」

 

「委員会じゃ無くて僕の先々代の趣味嗜好品さ。収集癖があってね」

 

「なーるほど。そのオタク成果ってわけか」

 

 委員会は元より日本呪術界を統べる存在として各地より魔道に関する産物の蒐集・保管を行っている。その都合、少なからず希少な魔術書や触媒もまたその保管庫に存在していた。

 例えば嘗てヴォバンと衛が激突した青葉台の図書館のように。

 

 さらに加えて言うならば、こと沙耶宮家に関しては先々代……馨の祖父に当たる人物の蒐集癖もあって、日本に限らず欧州など本場で仕入れた品々も個人的に保有していた。

 

「反魂香に、非時……『女神の腕』はアストラル界に干渉するおつもりですか?」

 

 黙していた甘粕が口を出す。

 それは蓮が提示した触媒の用途から察せられる事情についてだ。

 

 反魂香といえば中国に伝わる病に果てた死人を蘇らせるという品であり、非時といえば日本の古事記に登場する垂仁天皇が常世の国に求めた永遠を意味する木の実である。

 どちらも伝説上は死者蘇生に関する稀少な一品であるものの、無論、現実において死者蘇生などは神々の権能で無い限りは不可能である。

 

 現実世界において存在するそれらは『世界移動(ブレーンウォーキング)』、生と死の境界に干渉するために必要な呪術に使用される稀少触媒として伝わっている。

 

「あくまで保険だがな。俺らとて仮にも大将、神殺しが属する組織だ。英国との横繋がりもあるし、死の国に関する魔術に秀でたエジプト魔術師もいる。魔術師として最高位階に到達した北欧の魔術師殿もな。だが、如何せんどいつもこいつも外国住まい、今回みたいな突発的な事態じゃあ対応できんし、その手の呪具は今手元に無くてな。これを期に、今後のために取っとこうかなーって話だ」

 

 『女神の腕』とて素人だけの集まりというわけでは無い。

 中には一級の魔術師だって当然存在しているし、神獣を屠る者の強者も少ないながら存在している。

 全体的な質は劣るとは言え、趣味を理由に集まっているだけあって一方向に特出した連中が多い分、嵌まれば他の追随者を許さないというのが『女神の腕』に集まるメンバーの強みだ。

 

 だが反面、そういった得意とする人材が各地に散らばりすぎているという弱点も有していた。

 例えば先に挙げたエジプト魔術師などは言うまでも無くエジプト在住者であるし、『女神の腕』内において武闘派とされる人間もその殆どが国外にいる。

 衛という最高戦力にいることに加え、同盟者の存在があるため今の日本にそれほど魔道、戦闘に長けた存在はいないのだ。

 

 だからこそ今回のような事態……衛のように特定の異能を有していなければ彼のバックアップが出来なくなる状況という点は速球に改善しなければならない事態として蓮は重く見ていた。

 

「別にうちの大将が負けるなんざ欠片も思ってねえけどそれでも万が一は存在する。神々との戦い、同じ神殺し同士の戦いはそう甘くないだろ。万全を賭して尚、不足。全霊を賭して尚、不足。ありとあらゆる勝因を残してようやく掴み取れるのが神話の戦いって奴だろ?」

 

 故に必要な時にその手段がないなどと言う事態は許してなるまい。

 重要なのは如何なる時も対応できる万全であると言うこと。

 必ず即応してみせると全力全霊の体制でいること。

 

「そゆわけで、慰謝料に触媒を貰い受けたい。返答は如何に?」

 

「ふむ……」

 

 蓮の要求に馨は手を顎に当てて暫し思考に耽る。

 触媒の提供……なるほどペナルティとしては悪くない。

 

 今回の件について非の所在は明らかであり、稀少とは言え触媒の一つ、二つで同盟組織の、ひいては神殺しの機嫌が取れるなら安いものだろう。

 加えて今回は彼らに無償のサービスまでされている……委員会の統制に口出しする人外たちを黙らせ、その干渉効果を減するという、委員会にとって厄介なリードを断ち切るに等しいサービスを。

 だが、簡単に頷けない事情も存在した。

 

「……一つ、顰蹙を買うことを承知で言わなければならないことがある」

 

「うん?」

 

 畏まった様子で蓮を見る馨、傍に控える甘粕も心なしか緊張している。

 その態度に蓮は疑念を覚えるが、次いで紡がれた言葉に理解した。

 

「今回の件で君たちの王にして我々の同盟者である閉塚衛は草薙護堂に敗走している。実際は君たちの王が彼を見逃したという形に近いとは把握しているけど、結果として草薙護堂は閉塚衛の決定を覆し、彼から譲歩を引き出した。結果論と言えばそうだろうけど、形はどうあれ紛れもなく草薙護堂は閉塚衛に勝利した」

 

「ああ、なるほど──つまりこういうことか。うちの大将じゃなくて草薙護堂を担ぎ上げようとする動きがある」

 

「そういうことだよ。一応、君たちが要求する触媒は僕個人が有する資産から持ってくることは出来るけどね。僕は立場が立場だから個人の友好を抜きにして、組織の人間には委員会が閉塚衛の要求に応えたように見える」

 

「そして現状、大将じゃなくて草薙護堂を推している連中にとってはそれは気に食わない事態であり、ともすれば今回の交渉を理由に委員会を離反するような人間も現れるかも知れない、か」

 

「……離反だけならば良いんだけどね」

 

 馨の言葉に蓮はそういうことかと頷き、傍に控える甘粕に視線を飛ばす。

 

「元々大将は他者に贔屓しない性格だけど身内には別だからな。桜花と結んだときから九州の呪術界とは特に繋がり深い……権力層が多い本州の連中には気に食わない話か、しかも本州にしても最大権力層の沙耶宮家とうちの大将は良く連んでいた、末端に取っちゃあ、そりゃあ反目するにたる理由って訳だ」

 

「ええ。実際、四家においても連城はともかく、九法塚が既に沙耶宮家と『女神の腕』による同盟体制に度々非難を向けてますし、今回の一件で清秋院も草薙護堂を指示する旨を明言しないまでも仄めかしています」

 

「ああ、結局、『太刀の巫女』は草薙王の女になったんだっけか」

 

 そもそもの本端である『太刀の巫女』こと清秋院恵那の暴走、その顛末は神刀として君臨した天叢雲劔を草薙護堂が斃したことで収束したという。その後、国内情勢を揺らした清秋院家は恵那が草薙護堂に付いたことで宣言こそしていないものの、行動を以て示している。

 即ちは清秋院家は草薙護堂を盟主とすると。

 

「沙耶宮家に次ぐ権力層の旗色は確かに草薙護堂の信用を保証するに十分な話だわな。だが、それにしてもたった一回の敗北で一気に支持層が固まるのは解せんな……甘粕さんもしかして?」

 

「ええ、予想通りかと。エリカ・ブランデッリ、どうやらその政治手腕は紛れもなく本物のようで」

 

「確かに。有能なのは承知していたけれど、此処までとは……油断したつもりは無いんだけれどね」

 

 やはりと言うべきか、この大きな情勢の動きには草薙護堂の愛人であるエリカ・ブランデッリの暗躍が影響していた。元々彼女は『草薙護堂派』とも言える地盤を築こうと『民』の層を中心に日本呪術界で立場を得ようと度々、手回しを行っていた。

 

 無論、その行動は日本呪術界を取り仕切る正史編纂委員会は勿論のこと、世界最高峰の繋がり(ネットワーク)を有する『女神の腕』もまた常時、行動を把握していた。

 

 だが僅か一回の勝利を以て一気に日本における自陣営を築き上げるなど並の手腕ではあるまい。恐らくは『民』の層から得た垂れ流し情報を元に現体制に不満を待つ層に調略を仕掛け、何らかの功績を立てた場合に自身に翻るよう事前に連絡やら何やらを仕込んでいたのだろう。

 

 特に肝となるのは草薙護堂の有用性を示してから旗色を明らかにせよとの仕掛け方だろう。これならば現体制に反目しながらも渋々従う輩も日和見決め込む輩も寸前まで閉塚衛を支持する風を堂々と演じられる、そして時が来た瞬間、一斉に覆ればその瞬間、それまでも一党有利の政治情勢は混乱する。

 さらにその間隙につけ込んで自陣営をより強固な体制にまで押し上げることが出来れば……。

 

「全く見事。信頼できるかどうかは別に自陣営が絶対的に少ない状況からよくも対等(フィフティー)に持っていったもんだ。ベクトルは違うが桜花と同じく極まってやがる」

 

「同意見だよ。どうも草薙王はその辺り縁があるようだね、祐理のことと良い、恵那のことと良い、女性に対して良縁があるようだ。甘粕さんから聞いているよ、祐理が君に大した啖呵を切ったとね」

 

「いやあ、あの時の祐理さんは凄かったですねえ。彼女はそんなに気が強くない性格だと認識していたのですが」

 

「ああ、アレな。アレは確かに痺れたぜ」

 

 蓮という神殺しの尖兵を前にして一歩も引かずに言葉を返して見せたあの時。

 過度なまでに神殺しを畏怖していた今までの彼女ではあり得ない行動だろう。

 

 それだけ草薙護堂が愛されている証明だったと言える。

 

「ま、良縁と言えば貴方方の王様も同じだと私は思いますが」

 

「はは、だな。うちの大将は一途だし、男女仲は奔放じゃないが、別の部分で奔放極まるからな。規律だった組織や集団に馴染めない変わり者連中に取っちゃあどうも居心地良いんだろ。かく言う俺もその一人だし」

 

 オタクに限らず、何か一つのものを極めつくさんとする人種は大概他者の理解を得ることが出来ない。数学論理を美しいと研究する者は変態との評価を受けるし、オタク兼専門家といえる日本一魚類に関して詳しい某お方なども社会的評価を得るまでは変わり者として敬遠されていたという。

 

 社会性を尊ぶ生命はその都合、どうしても社会的、つまりは平均から外れる同族を毛嫌いする面がある。その観点からして一点特化の平均から大幅にズレる手合いが社会から外されるのはしょうがないと言える。

 

 だが、衛の何であれ気が合う奴は友人とする気性と社会的に弱い人物は損得抜きに救ってみせるという気概はそういった仲間はずれにされた連中にとっては一種のカリスマとなるのだろう。

 

「ともあれ、今回は(・・・)どうやら委員会に限らず『女神の腕』も大将もしてやられた訳か、草薙護堂に」

 

「そうだね。今回は(・・・)僕たちの負けらしい」

 

 互いに負けた負けたと言いながら一転して馨も蓮も示し合わせたようにニヤニヤする。

 甘粕は思わずキリキリと痛み出した胃にため息を漏らす。

 

 此処までの会話の流れといい、本人たちの性格といい、まるで往年の友人のようなテンポのよさといい、甘粕は事ここに至って理解しつつあった。

 

 有能さを置いても伊達と酔狂さを好む沙耶宮馨。

 有能さを置いても己が快楽を優先する春日部蓮。

 

 役割と気質……この二人の相性は最高(さいあく)であると。

 そして無駄に有能な趣味人を組み合わせるとどうなるか……。

 今から既に甘粕は胃が痛いと感じた。

 

「エリカ嬢の手回しと今回の勝敗、これでもって委員会は二派に分かれた、明確に草薙護堂を王として仰ぐエリカ嬢が『宰相』を務める『草薙護堂派』とこれまでの『同盟』でもってなる『現体制派』」

 

「そして彼ら一派の大きく根幹にあるのは『現体制』への不満、ひいては僕の、『沙耶宮』という家が有する日本呪術界への神殺しをバックに置いた絶対的な支配力。つまりは僕への不満だ」

 

「ならばもはや、彼らの反旗を止めることなど出来ず、明確な方向性と頭を得た『反沙耶宮体制』は放っておけばより権勢を強め、貴女たちにとって無視できない存在になるだろうなァ」

 

「それを阻止し、競争相手を有しながらも表面上は僕たちの権勢を優勢とするためには彼らの権勢が増した分、僕たちにもこれまで以上に彼ら『反体制派』の動きを縛る権力が必要なわけだね」

 

 それは付き合いの長い悪友のような。

 或いは世情を弄ぶ魔王の語らいのような。

 実に楽しそうな掛け合いだった。

 

「俺たちは権力を求めない。──だが活動地域ではやりやすくしておきたい」

 

「僕たちは支配を好まない。──だけど組織のトップとして現状黙ったままではいられない」

 

「ならば……」

 

「だったら……」

 

 ああ、確かに。

 今回の件を持って何時ぞやの計画を形にするのも面白い(・・・)

 幸い、意図せず情勢は真っ二つに割れた。

 居残った現体制派に同盟者たちとのより強固な協力体制でもって新たに日本呪術界に大組織を築き上げるのはきっと楽しい(・・・)だろう。手を取り合う相手はこれ以上無く気が合い(・・・・)、ともに利とする部分が双方重なり、かつどちらかが不利になると言うことはない。

 

 否、反体制が出来たとは言え、現体制が今も強い影響力を有するからこそ、対等に成り立つと言える。

 

「──今まで明確に競う相手とは無縁だったからね。それはとても面白そうだ(・・・・・・・・)

 

「──新たな組織を作って、天下を取ろうと下剋上仕掛けた相手に対抗する、浪漫があるな(・・・・・・)

 

 魔王が配下、二つの組織のトップは楽しげに笑う。

 同盟より強い体制、二つの二大組織による統合体制。

 

「つまりは──《連盟》。僕はそれを提案したいんだけれど、どうだい? 蓮くん(・・・)

 

「悪くない──ついでに、これで清秋院との繋がりを完全に切り離して責任問題を向こうにぶん投げる……創設理由もついでのメリットも良い感じに浪漫があって真っ黒だ。いいね、流石、馨さん(・・・)

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふ──」

 

「く、くくく、くくくくくくくく──」

 

(…………………悪徳宰相の会合)

 

 責任問題を追及する交渉の場から一転、二人の真っ黒な碌でなし(酔狂者)碌でなし(快楽主義者)による責任転嫁と新たな組織の設立に関する腹案、共通の競争相手の誕生を逆に利用する様はさながら社会を裏から操る黒幕(フィクサー)のよう。

 

 ともに気が合う両組織の宰相は手を繋ぐ。

 ──それが双方の魔王が通じた瞬間のような邪悪さを帯びていたのは決して甘粕の錯覚ではないだろう。

 

 此処に、両組織の宰相による新たな関係が結ばれた。




政治関係の話はムズいので適当。
しかしこういった腹黒い会話自体は好きだったり。

連盟により責任問題を清秋院家に丸投げするスタイル。
だって向こうは主犯・草薙護堂派だからね、堕落王派関係ないもんね。(白々しい)


原作の円卓と違うところは協同体制であるままって点ですね。
支配じゃ無くて縁を結び、組織を繋がりによって広げる。
『女神の腕』の常套手段だったり。

因みに既に《連盟》は『賢人議会』や『王立工廠』とも組んでたり。
我が創作した組織ながら恐ろしい。


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幕間:ある日の神殺したち
世間は意外と狭い 上


最近、戦闘ばっかなので次回と今回で息抜き回。


「ふぅ……」

 

 自転車のブレーキを掛けつつ、停止時に働く慣性の勢いを利用して自転車から飛び降りた護堂は何処か疲れたようにため息を吐く。

 時刻は平日の正午。本来ならば高校生である護堂は、授業中である時間帯だが、今日は臨時休校により学校は休みであった。しかし急な休日の割りには護堂の顔は浮かない。その訳と言えば……。

 

「ハァ……東京タワーの時もそうだったけど……やっぱり身の回りの事だとダメージが違うな」

 

 そう、記憶新しい先日の騒動。

 清秋院恵那の襲来、彼女の持つ天叢雲劔の降誕、そして同族との激突。

 もはや神殺しとなってから恒例となりつつある人外魔境の騒乱に巻き込まれた護堂は、その結果として舞台となった母校、城楠学園を『猪』の権能で粉砕していた。

 

 天叢雲劔を斃すためのやむを得ない処置だったとは言え、結果として校舎は半壊。瓦礫の山とならなかっただけマシと言えるかも知れないが修復作業におよそ三週間ほど掛かるそうだ。

 アレだけの有様でよく三週間で解決できるなと話を聞いた護堂は感心したが、エリカ曰く、裏の事情として正史編纂委員会が手を回し、急ピッチで修復作業が行われるためということらしい。

 

 しかし急ピッチで進めても三週間。

 つまり三週間の間、護堂は一日の大半を占める学校生活というものが無くなったのである。

 実質、冬休みレベルの長期連休。クラス内でも名波、高木、反町の三バカは暢気に狂喜乱舞していたが、通常の日常生活においては真面目な(女性関係を除く)護堂としては逆にやることが無くて困る日々。

 なのでせっかくだからバイトのシフトでも増やそうかと家で考えていたのだが……。

 

『と、時に草薙護堂。明日からやや早めの冬休みですね』

 

『ん? ああ、そうだな……』

 

 と、話を振ってきたリリアナ。因みに今回の騒ぎのせいでお正月と三が日を除く冬休みが返上されてしまった。流石にこれだけ休んで冬も休むとなると授業日数が足りなくなるからである。この話を聞いた三バカは先とは変わって阿鼻叫喚に覆われたが反町が『あれ? でもそれならクリスマス当日に少なくとも此処の学生は大半を学校の授業に潰されるのでは?』という発言をし別の意味で狂喜乱舞していた。

 

 閑話休題。

 

『よ、宜しければ私と買い物にでも行きませんか?』

 

『え? あ、ああ別に良いけど、でも突然だな』

 

『いえ! 以前から気になっていたのです。あなたは王たる身分でありながら些か衣服に無頓着すぎると。せっかく格好いい……んん! 王であるのですから、その風格に相応しい見格好をしていただければと進言いたします。つきましてはあなたの侍従長たるこのリリアナ・クラニチャールがあなたに相応しい衣服を見繕って見せます!』

 

『い、いや別にそんな服程度で……』

 

『程度、ではありません。衣服は相手に第一の印象を与える言わばその人なりを現すもの。日本では馴染みないと聞きますが外国では服装規定(ドレスコード)の善し悪しで入店を定めるなどという文化もあります。ましてあなたは王なのですから、もう少し相手に畏敬の念を抱かせる格好をして戴かないと』

 

『畏敬の念って……そもそも俺はそんな王とか堅苦しいのは苦手なんだが』

 

『得意であれ、苦手であれ、時として相手から求められることもありましょう。普段の生活では使用せずとも場合によってはその手の服装の一着や二着必要となります』

 

『あー……でもなぁ、俺は誰かに服を選んで貰うとかあんまり』

 

『わ、私では信用できないと仰りたいのですか!? くっ……聞くところによると先日はエリカとで、デートをしたと聞きかじりました。あの悪魔の目は信用できて私では……』

 

『ちょっと待て、どっからその情報を……!? そ、それとエリカとは別に遊びに出かけただけでで、デートとかそんなんじゃ無くてだな。服屋にだって行ったわ行ったけどどちらかと言えば俺がエリカの服を選ばされただけで……』

 

『なっ! 御身自らエリカの服を選ばれたと!? で、でしたら、こう言う話でいかがでしょうか。私があなたの服を選び、あなたが私の服を選ぶ、交換条件と言うことでいかがかっ!』

 

『いや、何の交換条件なんだそれは……?』

 

 という話を電話越しに延々とさせられるハメとなり、その後に……。

 

『もしもし……そちらは草薙さんのお宅でしょうか』

 

『はい、草薙ですけどってその声、祐理か?』

 

『あ、護堂さん……はい、休日にすいません、今宜しいでしょうか……?』

 

『ああ、別に今日は用事も無いしな。それでどうしたんだ? 祐理が電話だなんて珍しい』

 

『はい、実はご相談があって』

 

『相談? 何か困ったことでもあったのか?』

 

『いえ、そうではなく……いいえ、そうであるとも……』

 

『えっと……?』

 

『その、単刀直入に申し上げますが、私と一緒に勉強会を致しませんか?』

 

『勉強会?』

 

『はい。実は今回の一件で学校が使えなくなった際に甘粕さんが言っていたんです。『いえ、ね。三週間も学校が無いとやはり祐理さんも困ると思うんですよ。この時期と言えば二学期の期末テストを目下に控えた大事な時期、そんな時期に学校の授業を受けられないとなると自分で勉強しておかなければ不味いのでは』と』

 

『甘粕さんが? 何かあの人から学校のテストとか聞くと違和感があるな……』

 

『普段は不真面目そうですが意外に根は真面目な人なんですよ……それで、甘粕さんの助言を受けて私もできる限り自分で勉強をしておこうと思ったんですけど……その、数学で……』

 

『ああ、つまり分からないところを教え合おうってそういうことか?』

 

『そうです。三週間もの休みをただ無為に使うだけでは私としても落ち着きませんし……どうでしょうか? 毎日とは言わなくても空いている日にちに図書館で勉強会を行うというのは』

 

『そういうことなら全然大丈夫だ。俺も少し落ち着かないと思ってたし、最近は神様関係の騒動であんまり集中して勉強できてなかったしな……そうだ、それならエリカやリリアナたちも誘って……』

 

『……いえ、出来れば二人で勉強しませんか?』

 

『へ? どうして?』

 

『エリカさんもリリアナさんも成績が大変優秀でいらっしゃいますから、休日に態々呼び出すのはご迷惑になってしまうのではないかと。特にエリカさんは学校外でも忙しくされていらっしゃいますし』

 

『そうだな……確かにエリカとかいつ勉強しているか分かんないのに凄い点数高いし勉強が必要だって感じじゃないもんな。アイツより良い点数を取ってアイツの鼻を明かしてやるって言うのも……うん、そうだなじゃあさ、祐理と二人、秘密の勉強会っていうのはどうだ?』

 

『秘密の勉強会……ですか。なるほど、こっそり二人で勉強してエリカさんやリリアナさんを驚かそうと、そういうことですね』

 

『ああ、普段何かと二人を頼ることが多いからな。せめて勉強ではちゃんと俺たちだってやれるんだぞって見せてやろうぜ』

 

『それは、確かに。でしたら尚更頑張って勉強しなければなりませんね』

 

『ああ。それに俺も不安な部分があるしな。特に古文とか……祐理はどうだ?』

 

『古文でしたら私が教えられるかと思います。国語の科目は少し得意ですから──』

 

 と、言って長電話になった。

 そして二つの電話が終わった頃に……。

 

『お兄ちゃんってさ、ホントお爺ちゃんに似てきたよね』

 

『はぁ? いきなりなんだよ』

 

『別に! そんな四方八方女の人と約束なんてしてるからそう思っただけ』

 

『これは別に友達と休日の約束をしただけだろ?』

 

『ふうん、友達と、ね』

 

『……何だよ』

 

『何でも無いッ!! ふん、お兄ちゃんなんて知らない。その内、変な女の人に引っかかって痛い目に遭うんだから! 知らないんだから!』

 

『あ、おい、ちょっと待てよ……何なんだ、一体……?』

 

 と、言って謎の憤慨をする妹、静花のせいでどうも家に居づらくなりこうして、外に出てきた次第である。

 特に行く当てもない護堂が取りあえず選んだのはとあるカフェ。

 目的は勿論、腹ごしらえのためである。

 

 というのも午前中に家を出てしまったせいで昼食を取り忘れてしまったのだ。

 予定外の出費となるが、まあ金欠というほど手持ちが無いわけでもなし、偶にはこういうのも良いかと護堂は財布のお金を確認しつつ、扉を開けて店内に入る。

 

 時刻が時刻なだけあって混み合っており、カフェとはいえ混み合っていた。

 

「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」

 

「一人で」

 

「お一人様、となりますとカウンター席でも宜しいでしょうか? 現在、テーブル席は大変混み合っていまして」

 

 見ればぱっと見、テーブル席は家族連れや友達同士、会社の同僚同士と多くの人で埋まっている。

 カフェと言ってもカフェ&レストランのような場所だからか、サンドイッチやパスタと言った簡易昼食がテーブルには並んでおり、それらを食べつつ皆、歓談に耽っている。

 確かにこれはテーブル席に座るなら数十分は待たなくてはいけないだろう。

 

「あ、全然大丈夫です」

 

「そうですか、では一名様、ご案内いたします」

 

 だが今は一人。普段はエリカらや友人、家族の誰かと利用するところだが、連れが居ないなら態々、テーブル席に座る意味など無い。店員が勧めるまま、護堂は店員の案内に従った。

 

「こちらになります」

 

「ありがとうございま──」

 

 従った……のだが。

 

「げっ……何でお前が此処に」

 

「は……? なっ……アンタは!」

 

 案内されたカウンター席、その隣には見覚えがある人物がいた。

 手元には分厚い本に落ち着くような香りを漂わせる紅茶。

 両耳に付けるイヤホンといい恐らく、読書か何かしていたのだろう。

 

 取り立てて特徴の無い私服を纏い、護堂よりもやや年上らしい雰囲気を漂わせるその人物こそ、件の騒乱に関わった重要人物にして護堂と同じ同族の一人……。

 

「嫌な奇遇だな、後輩君」

 

 七番目の神殺し──閉塚衛がそこに居た。

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 ──カフェの一角、そこでは静かな緊張が満ちていた。

 

 特に二人、会話をするでもなく黙々とそれぞれ昼食を、私用を行う近世代の男子高校生たち。

 言うまでも無く、護堂と閉塚衛、その人である。

 

 元々、同じ国に住まう同族であるものの、関わりが薄く、また先日の出来事もある。

 休日たまたまあったからと言って会話する仲でもなし、結果この通りの無言が広がるわけだが。

 正直な話、居心地が悪いにも程がある。

 

(何でこんなことに……)

 

 音立てず嘆息する護堂。どうも今日は厄日らしい。

 休日にまさかつい数日前まで敵対していた男に出会うなどと。

 本来ならば回れ右して辞していたところだが、せっかく店内まで入ってきて苦手な相手がいたからと引き返すのも気が引ける。

 元来、基本的に真面目な性根の護堂としては店への迷惑を考え、食事をさっさと済ませ、早々にこの場を辞そうと考えた。

 

 結果、形成されたのがギクシャクとした二人の無言空間。

 心なしか周囲の客も緊張しているように見える。

 これでは店に迷惑を掛けているという意味では余り変わらない気がする。

 

「……なぁ」

 

 だから思わず声を掛けた。

 丁度、相手の手元に話の種になりそうな気になるものもあったこともあって。

 

「アンタも勉強とかするんだな」

 

 護堂の視線は衛の手元、目立つ赤い背景に白い極太文字で『ITパスポート』と書かれた教科書に向ける。それは何かの資格試験の教科書、なのだろう。

 護堂はさして詳しくないが、ITというからにはパソコン関係の試験なのだろうか。

 

 その問いに対して相手は肩を竦めながら呆れるように言葉を返す。

 

「当たり前だ。俺は学生だぞ、不本意ながら勉強が本分だからな、やる時はやるさ。ま、コイツは実用性と趣味を兼ねたものだが……大学に入る前にITパスポートぐらいはとって置こうという話だ」

 

「そのITパスポートって何だよ」

 

「端的に言うなら情報処理試験。一応、国家試験の一つで実用性は……学生の間なら多少、情報に通じているっていう評価指標として有効だな」

 

 遠回しに実用性は余りないと言って再び教科書に目を落とす。

 情報処理試験、というからには大学はやはりそれ関係を目指しているのだろう。

 と、そこで護堂は目の前の同族、その人格について詳しく知らないことに気づいた。

 

 ──サルバトーレ・ドニ、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 今まで出会ってきた神殺しと言えば大抵、戦いが好きな戦闘狂ばかりで、まつろわぬ神もそれは同じ。神殺しもまつろわぬ神も性格気質は異なれど、好んで戦を望んでいた。

 

 しかし目の前の神殺し、閉塚衛は違う。

 あくまで守戦、守ることを意識した言動を取り、基本的に自ら戦闘の火種を降らせることはない。

 それは何というか極めて違和感を覚える話である。

 

 今まで同族全員とあったわけでは無いが、何となく護堂は殆ど全員似たり寄ったりという直感を抱いている。それが果たして当たっているかどうかはともかく、現存する神殺しの中でも目の前の王が異端の存在であるとは、彼を語ったエリカら、魔術師に共通している。

 守りに長けた王、専守防衛、絶対城塞、苛烈な報復者……。

 

 神殺しとしての逸話は散々と聞いているが、そういえば私的側面。

 戦いを挟まないこの男の地金というものを知らなかった。

 

「──俺も一つ、聞きたいことがあったんだが」

 

 そんなことを考えている護堂を知ってか知らずか、衛は教科書に目を落としたまま不意打ち気味に護堂に問いを投げてくる。ややあって、何だよと言葉を返せば。

 

「ハーレムってどんな気分なんだ?」

 

「ぶっ!」

 

 想定を遙か向こうに吹っ飛ばした、訳の分からない問いを投げてきた。

 

「は、ハァ!? なんだよそれは!」

 

「だからハーレム。ほら、エリカ嬢にリリアナ嬢に、後は夜叉姫。確か恵那も加えたんだっけか? 別にそれは良いしお前が何人女を増やそうが俺に関わりない限り知ったことじゃない。だが純粋に気になった。二次元ならともかく現実にハーレムってどんなもんなのかと」

 

 紅茶を啜り、なんてことも無いように抜かす衛。

 見る感じ、どうやら本当に少し興味を持った程度の関心しかないのだろう。

 

「俺はハーレムなんて。大体、エリカたちはただの友達だ! そんな、女を囲ってなんて、そんなんじゃなくてだな……!」

 

「だが、見るに全員好意持ちだろ? いかんぜ? 是か否かはともかく、思いには答えるのが男の器量って奴なんじゃ無いのか? ま、俺が言えた義理じゃないし、神殺しに器量もクソも無いんだが」

 

 全員纏めて人でなしだからなー、と呟く衛。

 その言葉に護堂はむっ、と反応する。

 

「俺を他の奴らと一緒にするな」

 

「一緒さ。自然に逆らい、道理を捻じ伏せ、是非も無く我を通す。秩序の反逆者、問答無用のルールブレイカー、それが俺たち神殺しだ。そんなものに成る奴らがまともな神経持ってるわけないだろ」

 

 淡々と事実だけを述べるように無感情でいう衛。

 何を今更と当たり前の事を語る。

 

「お前がどう否定したところで他評は変わらん。お前ら全員五十歩百歩、とな。口を開けば否定するのは結構だが少しは客観的評価も認めたらどうだ後輩? 主観と客観を分けるぐらいはして見せろ。俺は違う、俺は違うと考えなしに言ったところで待っているのは半眼不信の呆れ対応だぞ」

 

「………」

 

 ふと脳裏にエセ平和主義者と半眼不信の呆れ対応で呟くエリカの顔が浮かぶ。

 的を射た衛の言葉に護堂は珍しく言葉を失った。

 その様を見て、ほれ見たことかと衛は続ける。

 

「ま、それでもと吼えてみせるのは結構だがね。好きな相手、嫌いな相手はともかく人の話は取りあえず聞いて参考にしてみろという話だ」

 

 そういって教科書を一ページ捲る。

 ……これは忠告、なのだろうか。

 

 衛は今も無関心を気取っており、実際無関心なのだろうが、それでも言葉の節々に忠告のような色が滲んでいる。それは先達からの経験談でもあるのだろう。同じ神殺しとして、故郷を同じくする近世代の先達として、衛は護堂に気をつけるように言葉を送っていた。

 

「……アンタからそんなこと言われるなんて思ってなかった」

 

「好きに受け取れよ。実際、お前なんてどうでも良いし、敵対するなら潰すだけだ。ただお前もまた神殺しならば迷惑を掛ける過程で甘粕や沙耶宮にだって迷惑を掛けるだろうからな、心配なのはそっちだ」

 

「そういえばアンタも甘粕さんとは顔見知り、何だよな。沙耶宮って人は前に会ったきりで詳しく知らないけど仲が良いのか?」

 

「同じ同士だ。届かぬ星を追い続けるものとしてな……」

 

 フッと何故かそこだけ気取ったように口にする衛。

 教科書を握っていた手を手元で伸ばし、まるでその向こうに広がる世界に手を伸ばすようジェスチャーする。

 そしてやや熱のこもった口調で……。

 

「世間じゃ、所詮絵だの、絵に発情しているだの、キモヲタなどと評されるが俺はそうは思わない。俺はゲーマーで雑食で、奴ら真性が求める真理を完全に理解しているわけではないが、奴らが目指す極点がそんな低劣なものでないことだけは理解している。かの征服王もこういった『届かぬからこそ挑むのだ』と」

 

 ぐっと衛は翳した手を握り込む。

 そこに万感の思いを込めて、まるでオケアノスを望む戦士のように。

 挑むように言葉を紡ぐ。

 

「俺とてこのジャンルに身を浸す身。もちろん初恋の相手は届かぬ先の相手だったとも。だが、俺はこうも思う。届かないからこそ、これほどまでに比類無き熱情を燃やすことが出来るのだと。そう男は、常に大志を前にしてこそ万感の思いと共にそれへ向かってひた走れる! つまりは次元の彼方に愛を吼える愚者(オトコ)たちこそ、戦列に並ぶ戦士に勝らずとも劣らない至高の勇者であるのではないかと──!!」

 

 熱烈に語る衛に唖然とする護堂。

 それに気づいた衛はふと熱を抑え、コホンと咳払い。

 そして……。

 

「ま、つまりはそういうことだ」

 

 言って、紅茶を口に含んだ。

 

 ……確かに閉塚衛という男は神殺しとしては例外かも知れないが、護堂は僅かに見えた地金から察した。

 この男もまた他の王らに並ぶ変人の類いであると。

 

「さて、話は戻るがまだ俺は質問に答えて貰ってないぞ。ハーレムってどんなものかというな」

 

「って、まだその話引っ張るのかよ! ていうか俺はそんなの知らないって……」

 

「主観と客観が違うのは語ったばかりだろうが。ほら、話せ、すぐ話せ。別に俺はお前のどうでもいいイチャコラを聞きたいわけじゃない。何だったら『ハーレム』という言葉を言い直してやる。俺が言いたいのは複数の自分に好意を向ける女性に囲まれた男の心理状態及び周辺事情についてを聞きたいだけだ」

 

「そんなこと言われたって……大体、なんでアンタがそんなことを聞くんだよ。興味だって言ったって、一体全体、どうしたら興味を抱くって言うんだ。女の子ばっかりに囲まれるなんて逆に大変だろ。なんて言うか気後れして」

 

「ふむ。今の言葉で少なくとも俺の知人、数十人は敵に回したぞ」

 

「は?」

 

「気にするな。で、俺が興味を抱く理由だったか? そりゃあお前、リアルとファンタジーでどれほどの差違があるものかという学術的興味だよ。そもそもお前、ハーレムって言葉をどれほど理解している?」

 

「え、そりゃあ……複数の女を妻にしているとか、そんなんじゃないのか?」

 

「大体あってるが、さっきのお前の忌避感を見る限り、どうせ女にモテモテだとか女をとっかえひっかえとかありきたりなハーレムものでありそうな展開の方を頭に抱いているんだろ。確かに俺はそれと比較しているが、現実と幻想を別にする程度の区分はある」

 

 衛はそういって勉強具のペンを護堂の方に向け、授業でもするように説明を開始する。

 

 ──ハーレム。

 それは元々、イスラム社会における文化であり、女性の居室を指す言葉である。

 元来は禁じられた場所(ハーラム)という言葉でいわゆる、聖地を指す言葉だったとか。

 

 主に一夫多妻制、一人の夫に対して複数の妻が居るが故に起こるそれはアジア圏でなじみ深い分野としては後宮と同列に例えることが出来るだろう。ハーレム、もといハレムは夫となる男性以外の入室を固く禁じ、そこで過ごす女性やその子供以外、立ち入ることを禁じたという。

 この文化、発展の背景にはイスラム圏が一夫多妻制と言う他に、イスラム圏で最も信仰されるイスラム教の教えを原点とする『性的倫理を逸脱する行為を未然に防ぐため男女間には節理ある乖離が行われなければならない』という倫理観が影響していると言われている。

 

「そら、よくあっちの人は女性の場合黒いヴェールとかで顔を隠したりしてるだろ? アレだってその倫理観が影響した一種でな。曰く、未婚の女性が見た目の美しさの由縁である髪の毛を隠すことで男から身を守るためにつけるもんで、割と性に奔放な欧州と違ってどれだけ身堅いか分かるだろ?」

 

「アレってそういう意味だったのか」

 

「そゆこと。男女ともに向こうは性別沙汰から身を守る術を数百年前から文化として身につけているって言う……脱線したな。ともかく、現実においてハーレムは別にお前が思っているほど甘ったるく男にとっての天国だったってわけじゃない。キチンとした文化だって事を言いたかっただけだ」

 

 そもそも、とさらに衛は呆れるような口調で続ける。

 

「お前、韓流の時代モノか、或いは大奥みたいな時代劇みたことないか? アレだって一人の男が複数の女性に囲まれている類いの話だが、お前が思ってるほど上等なモノがあったか? 女に囲まれてウハウハの作品があったか? 大抵はドロドロとした愛憎交わるエグいのばっかりじゃ無かったか?」

 

「そういえば確かに」

 

 祖父が見ていた時代劇も、やっていることは現代で言う複数の女性を妻に囲まれた一種のハーレム状態であったが、側室と本妻で揉めていたり、政治情勢が関わっていたり、ともすれば髪を引っ張ったり平手打ちをしたり、何なら複数の側室で一人を虐めたりと一般的な恋愛モノで語られるハーレムとは乖離している。

 ……そのドラマを見た祖父は、『僕ならみんなが幸せになれるよう立ち回れるのに』とか言っていたがそれは今関係ないので忘れることにする。

 

「つまるところ気になるのはそこだよ。現実と幻想、両方を知る身としては俺は興味が尽きない。お前の所はどうなんだよ、八番目の王様。色多き後輩君、やっぱり現実はドロドロか?」

 

 やや身を乗り出して問う衛。

 心なしか目の奥が輝いているかのように見えるのは気のせいか。

 段々と私人としてのこの男がどういうものか分かってきた気がする。

 

「どうって、言ってもなぁ……」

 

 普段の護堂ならばまともに取り合わないだろう内容なのだが、態々歴史を交えて興味の本質から語られたとあっては根は真面目な護堂してまともな話題として取り合い、ついつい身の回りの事を思い返す。

 

 自由奔放、身勝手ながらもいざというときは頼れるエリカ。

 清楚な大和撫子で怒るときは怒れる、一本芯の通った祐理。

 真面目さが空回って時たま困らせられる時もあるが、気の置けない友人としてのリリアナ。

 

 最近出会った恵那はまだ詳しく知らないから何も言えないが三者三様、これまで少なくない苦楽をともにしてきた仲間たちである。護堂としても親愛の情を覚えているし、向こうからも護堂の勘違いで無ければ、まあ好意といいっていいのか、その類いのものを向けられているのだろう。

 だが、愛がどうの立場がどうので彼女たちが明確に揉めたり、それこそテレビなどで見るような大奥のような事態になっているかと言えば……。

 

「いや、そんなことはないぞ。エリカたちはエリカたちで仲いいし、一番自由なエリカを偶にリリアナが文句言うこともあるけど、アレだって多分、悪友とかそういう感じのアイツらなりの友達づきあいなんだろうしな。それこそ本妻とか側室とか、エリカが言ってるときもあるけれど、皆普通に仲いいし、喧嘩なんてないぞ。ましてそんなテレビでやってるみたいな虐めなんて」

 

「ほーん……なァ、それってエリカ嬢が仕切ってたりするのか?」

 

「え? ああ、まあアイツはああいう性格だから俺たちのリーダーみたいなことはしたりするなァ」

 

「なるほどね──おいおいアレク先輩にその女運分けて欲しいぜ。好いた男のためにギスギスしないよう適度に取り持つ愛人とか、この手の問題に無関心な俺でも少しイラッときたぞ……」

 

 何気なく、という風に語る護堂に衛はボソリと口ずさむ。

 自分で言うのもアレだが衛としては一途に思う相手が居る以上、他人の色恋沙汰で嫉妬を燃やすような心を持ち合わせてなど居ないが、それはそれとして聞いた身としては若干イラッとくる。

 なるほど、この嫉妬ならざる義憤の心こそを『リア充爆発しろ』と人は呼ぶのか。

 ゲーマーである衛はこの時、言葉に託された真理を確信した。

 

「……何だよ?」

 

「何でも。ただ大いに参考にはなったよ、現実も幻想も、全ては性格(キャラ)次第、と」

 

「はあ……まあ納得したというならいいか」

 

 言葉を濁すような衛の返答に護堂は訝しむが、取り立てて追求することなく言葉を切る。

 だが、曰く納得したらしい衛はにも拘わらず頻りに護堂を値踏みするよう見る。

 そして一人、なるほど、なるほどと訳の分からない納得を見せる。

 

「まだあんのかよ?」

 

 イマイチ要領の得ない態度の衛に護堂が思わず問いかける。

 すると返ってきた言葉は……。

 

 

「いや、お前を反町とかが嫌う理由が何となく分かった」

 

 

「……は──?」

 

 ──気のせいか、とても聞き覚えのある名字。

 知り合いの言葉をあり得ない人物から聞いた気がする。

 

「なあ、反町って」

 

「あん? お前の学校にいるお前の同世代だ、知り合いか?」

 

「はああああああああああ!? 何でアンタがアイツのことを知ってんだよ!」

 

「五月蠅い。此処はカフェ。店だぞ、騒ぐなよ」

 

 思わず叫んでしまった護堂を衛が咎める。

 護堂自身悪いと思ったので周りに頭を下げつつ衛へと詰め寄る。

 

「ふむ、その反応クラスメイトか友達か、世間は狭いな」

 

「そういうことじゃなくて、なんでアンタとアイツが……」

 

「同好の士に立場も場所も関係ないんだよ。てかその様子だとお前、名波と高木も知り合いか」

 

「全員クラスメイトだ。何処でアイツらと知り合ったんだよ?」

 

 アンタ別の高校だろと言外に告げる護堂に衛は一つ頷く。

 そして、肩を竦めながら事の奇妙さを笑うように微笑して、

 

「全く意外な繋がりだな。そういうことなら一から説明してやる、知り合ったのは丁度今から一年前、我らオタク族が聖地(メッカ)──秋葉原での事だった……」

 

 そんな語り口調で、衛は過去を打ち明けた。




何か久しぶりに日常回的なモノを書いた気がする。


ところで本編には全く関係ないが最近、Twitterを見ていると作者フォローの方々が皆ポケモンに熱を燃やしている件について。

やっぱり流行っているのだろうか? 

ブラックホワイトを気にポケモン卒業済みの作者としては面白いのか気になるぜ。何せ今回はちょっと別格に流行ってるので。
作者もイーブイ求めて参加すべきか。そもそもイーブイ居るのか。そして耳にするブティックとは何なのか……気になって夜も眠れないぜ(寝れないと言っていない)



最後に、作者はブラッキー派です、でも偶にグレイシアに浮気します。(どうでもいい)


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世間は意外と狭い 下

カンピオーネSS、増えろ……増えろ……!
エタ作者成らざる真のSS創作者来たれり……!

そう、エタ作者に期待してはならないのだから(戒め)




 その日──彼らは『運命』に出会った。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 ──猛暑、八月のある日。

 

 その日の都心では毎年聞いているような記録的暑さとやらのせいで茹だるような暑さが蔓延していた。灰の塔に囲まれた魔都では熱の逃げ場がなく、加え蔓延する湿気と交わって、半自然のサウナと化している。

 

 時としてクーラーさえも暑さの前に白旗を揚げる環境はでは発達した文化圏ならではの切り離せない熱場。まさに人類文明が築き上げた人工の地獄である。

 加えて、トドメとばかりに魔都に突き刺さる直射日光はアスファルトの床を熱に染め上げ、自動車の排気と交わり、砂漠でもないのに陽炎を立ち上らせている。

 

 この外に出るのも億劫な超過酷環境下で就業やら学業やらに従事しなければならないのだから、日本の国民性と社会制度は業が深い。

 果たして、熱地獄の先に何が待ち受けているのか、学び、働き続けた最果てに何が待つのか、日本の夜明けはいつなのか……そう考え始めたサラリーマンたちは正しく現代を生きる哲学者(アリストテレス)に相違なかろう──。

 

 だが、そんな道行く賢者(サラリーマン)たちとは対照的に、夏の長期休暇にも関わらず態々、この地獄に付き合う勇者のように魔都を征く男たちが三人。

 それぞれ彼らの名を高木、名波、反町と言う。

 場所はオタクたちが聖都(メッカ)と崇める都心の片隅に佇む萌える街、秋葉原。猛暑という過酷な環境下にも関わらず、命知らずの馬鹿野郎共は今日も今日とて夏の長期休みを利用したアニメorゲームorラノベのイベント消化のため、吹き出る汗を拭いながら必死に街中を歩き、時に走る。

 

 それは最果ての海を見据えるイスカンダルのように、新大陸を目指すコロンブスのように、正気に戻れば虚無感しか残らないだろうイベントを若さと萌えで乗り切らんとするその意気はバカとしか言い様がないが、それでも敬意を払わざるを得ない類いのバカだった。何故なら彼らのお陰で将来市場、数兆の日本経済市場の一角は今にも守られてきたのだから。

 

 大人の事情と個人の欲望が交わるそんなカオスな街。

 彼ら三人は街角の一つ、雑居ビルの前で足を止める。

 

 目前には六階建てほどの雑居ビル。

 見上げる先、ビル三階には可愛い女の子の写真がプリントされた看板。

 

「遂にこの日が来てしまったな……」

 

 とは、高木。

 

「高校一年……ふ、長かったぜ……」

 

 とは、名波。

 

「中学生では流石にヤバいと無念の断念から三年。この時を夢にまで見たぞ……」

 

 とは、反町。

 

 ゴクリと生唾を飲み干して、逸る気持ちを抑えつける。

 ──学校では妙なカリスマを持ち、クラスの中心人物として毎回馬鹿な騒ぎを起こすことから三バカとまで呼ばれた三人をして戦慄と畏怖、歓喜と緊張を隠せない。

 

 そう、此処はメイド喫茶。英国の侍従的要素から都合の良い部分だけ抜き出してもはや語義的なメイドから袂を分かって久しい日本のメイドさんたちが御座す場所である。萌えの中でも取り分け、メイド道を征く者として名高い三人の取っては真に聖域に等しい場所だが、実の所、実際入るのはこれが初めてだったりする。

 

 これは行動力の高い三人にしては珍しい事だ。彼らの被害に会う某女垂らしの神殺しにしてみれば「考えられない」と口にすることだろう。

 しかしこれには大して深くない訳があった。単純な話、中学生では流石に尻込みしていたというだけ、つまりヘタレていただけである。

 

 中学生はヤバくて、高校生は何故良いのか?

 それは彼らにしか分からない事情である。

 

 ただ参考にするならば、「アダルトゲーム? ……十八才未満は駄目だろ? え? 俺はどうだって? Fa○eは文学っしょ」と同年代の頃に某ゲーマー神殺しは言葉を残した。……要はそういう事である。

 高校生という中学生と比べれば、精神的に自立したがりなこの頃。大人の定めた正義とやらに刃向かってみたいお年頃なのだ。

 

 もっとも、今回に限っては明確に年齢制限と法律の定められたアダルト路線ではないので、セーフと言えるだろう。メイド喫茶が健全な高校生が入って良い場所かを大人がどう判断するのかは別として書面上に何ら問題は無い。

 

「しかし反町、本当に征くのか?」

 

「まさか怖じ気づいたのか? 同士・高木」

 

「見損なったぞ同士・高木! いつか俺らもあそこへ行くんだ──そう誓ったあの日の誓いを忘れたか!」

 

「忘れちゃいないさ……忘れるかよ、あの誓いを。俺は片時も忘れた事なんて無かったさ!」

 

 二人の批難に高木はぐっと拳を握りしめ、強く熱く雄々しく言い切る。反町が持ち込んだメイドアニメを前に三人で誓い合ったシーンを脳裏にリフレインさせながら、それでもしかしと首を振る。

 

「だが、俺たちはメイド喫茶初心者……言うなれば選定の剣を抜く資格を得たばかりのアーサー王に等しい。そんな初心者だけで果たして聖域に踏み入って良いのだろうか」

 

 三バカはそれぞれ各カルチャーにおいてメイドというものについて学び、メイド喫茶に関しても初心者ながらに見聞を深めている。

 選択時も予算に関して調査済みだし、予め初回料金の掛からない店をチョイスしているし、その店もチャージ料が些か掛かるが萌え萌え系の店をキチンと選択している。

 準備万端、完璧とも言えず最善は尽くしてある。

 しかし……

 

「俺たちは実際にこれが初入店……どう振る舞えば良いのか、そういったマナーについては文字通り最低限だ、此処はやはり玄人意見を要求すべきではないだろうか……俺はどうしてもそう思っちまうんだ」

 

「……くっ、確かにヘマをして出禁など笑えんか……!」

 

「一理ある。だがしかし、此処まで来ておいて「ちょびっと怖かったので返りました」ではクラスで宣誓した意味が無い! 俺たちは必ず凱旋するという約束に反する上、嘗ての俺たちの誓いにも反する……! 征くしかないだろう!!」

 

 相当にバカをやらかさない限り、利益を取る店側が早々に出禁など言い渡すわけがないのだが、長年の目的地を前にテンションがハイになっている上、夏の暑さで頭をやられている三人に、そんな論理は通用しない。

 

「クソッ! こんなことならば聖地に詳しい先達を雇うべきだったか……!」

 

「どうする? 今から誰かを雇いに征くか?」

 

「バカ言え、目的地を前に一度でも後退するなど、メイド道に反する!」

 

 悶々と苦悩する三バカ。傍から見れば不審者である。

 もしもこの場に一般人が居合わせれば通報待った無しだ。

 

 だが、此処はオタクたちにとっての聖なる都。ならばこそ、苦悩する彼らに共感して彼が引き寄せられたのは自明の理か。

 ──蜘蛛の糸は、王の降臨と共に垂らされた。

 

「お困りのようだな」

 

 そういって現れた一人の青年、赤いレザージャケットを身に纏い、スーツ姿の緑色の髪を持つ中性的な人物を引き連れるその様は彼ら三人に負けず劣らず不審者である。

 何故かPS3のリモコン片手にキザな口調のまま彼は続ける。

 

「見れば、メイド喫茶を前に尻込みしているという様子……ハハン、どう見るハザマ」

 

「ええ、正しくラグナくんの言う通りでしょう。というか見たままですかねェ」

 

 フッと強者感を出しつつ笑う、ラグナ使いの閉塚衛。

 全身から胡散臭いオーラを放ちながら同調するハザマ使いの結城硲(IT系企業所属・嫁と娘二人あり)。

 

 つい先ほどまで徹夜で熱狂の格ゲー大会を行い、栄養ドリンクでガンガンに決まっている二人組はいつも以上に可笑しなテンションで見かけた青少年に絡んでいた。

 

「貴方方は一体……?」

 

「通りすがりの蒼い深淵を知る者とだけ。察するにメイド喫茶に入りたいが入れないと言ったところだな……まあ、気持ちは分かる。俺も嘗てはサークルメンバーの一人に強引に連れ込まれて緊張していた頃があった」

 

「はい、何事も未知というのは恐ろしい。給料が良いからと碌に調べず就職したらブラック企業さえ真っ青になる超ブラック企業だった。などという事もあります。未知はそれはそれは恐ろしい。百聞は一見にしかずという言葉を残した先達者は正に世界の真理を突いている」

 

 フッと遠い目をする衛とフッと遠い目をする硲。

 全く別の事情なのに笑みは驚くほど同質で似通っていた。

 

「だが、恐れることはない同士よ。此処がどこだか忘れたか?」

 

「そうです。此処は天下の秋葉原。ツンデレ好きだったり、人妻好きだったりと何かと業の深い連中が多い街……言わば我ら虐げられし者の最後の楽園!」

 

「ならばこそ、此処ではノリこそ全てだ! 応とも! 当たらないデッドスパイクさんだってとりま叫んでれば当たるときもあるんじゃい!」

 

「ええ! 第666拘束機関解放すれば如何な締め切り前(デッド)超過労働(ヒート)とて恐れるに在らず!」

 

「そういう事だ! 分かったか初心者(ニュービー)! メイド喫茶を前に何を迷うか。聖域に御座すは何もお前たちだけじゃあるまい!」

 

「此処は敵地でなく聖域。お前たちのようにメイドを愛する同士だって必ずいるでしょう!」

 

 励ましの言葉らしい檄を飛ばす二人組。

 半ば本題には関係の無い内容も混じっていたが、対する三バカは背後に『ズガガーン』という効果音が付くだろう、ほどに戦慄と衝撃を受ける。

 そう、この時三人は運命に出会った。

 熱く語る先達の姿、それは正しく歴戦の王者の如し。

 

「そ、そうか……俺たちは俺たちだけじゃない!」

 

「みんなが、みんながいるんだ!」

 

「そうだ……忘れていた、この街は……!」

 

 此処は家族の冷たい目線がある家でも、女子の冷ややかな目線がある学校の教室でもない。此処はジャンルは違えど、等しく己が趣味を愛し、趣味に愛される変態(同士)たちが手を取り合って築き上げた趣味と萌えと大人の黒い策謀が蠢く街。

 秋葉原──メイド道を征くものは決して一人ではないのだから。

 

「おお! ありがとう先輩! ありがとう秋葉原!!」

 

「俺たちはようやく目が覚めたぜ!」

 

「俺、帰ったらメイドな妹と結婚するんだ!」

 

 ハイテンションな三バカ。

 

「気にするなよ、後輩君。迷える若き同胞を導くのが先達の役目ならば」

 

「私たちも戦場に同行しましょう。メイドジャンルはラグナくんも共にジャンル外ですが、偶にはこういうのも悪くはないでしょうしね」

 

 歴戦面するバカな二人組。

 

「「「「「いざ、我らメイド喫茶に征かん!」」」」」

 

 ツッコミ不在、常識人不在の中、テンションのぶっ飛んだ五人の馬鹿は、雄々しい背中を見せながらメイド喫茶の中へと消えていったのだった……。

 

 

 

 

「ま、そんな感じで俺たちは知り合ったらしい」

 

「………」

 

 そう言葉を締めくくった衛に護堂は言葉もなかった。

 脳裏に描くはクラス内で騒ぐいつもの三バカと、同調する目の前の神殺しの姿。この時点で護堂の先輩に対する評価はドニと同列なものに成りつつあった。

 

「まあ、当時の記憶は俺も何故か曖昧でな。……確か、ニート先輩がニューを持ち出した辺りまでは覚えているんだが……」

 

「そうか……」

 

 ブツブツと呟く衛に護堂は遠い目をする。

 そのニート先輩ってのもきっと碌な人物じゃないのだろうなと。

 

「しかし、あの時に出会った反町たちがまさか後輩君の知り合いだとはな。世間は意外と狭いというべきか。ま、お陰でそっちの個人周りの情報はよく調査できたから幸運な話だった。書面上ならともかく、個人的なものはどうしても周りに居る人間じゃないと傍目からは分かりづらいからな」

 

 思い出せないと悟ったのか、衛は話題を諦め、代わりに望外の幸運を思い出して肩を竦める。……実の所、『女神の腕』の情報収集にはあの反町たちの書簡も護堂に関する情報として盛り込まれていたのだ。

 故に彼らとの出会いは衛が護堂と対したときに有利を保つための言葉選びに十分役立てるに足りた。

 

「……お前、アイツらを利用したのか?」

 

 肩を竦めながらそんな発言をする衛に護堂は不快げな反応をする。 

 あの三人はバカだが、護堂の友人である。そんな三人を利用したとばかりの発言は護堂をして黙ってはいられないものだ。

 

「まさか、同士を前にそんなマネが出来るかよ。情報云々はただの幸運。お前と友達だからとか言うつまんない理由で近づいたわけじゃねえよ、第一、一年前はお前が神殺しとして生まれる前だ。生憎、俺は未来視なんか持ってねえ」

 

 護堂の反応に呆れると言った態度で衛が応じる。

 衛は確かに歴戦の神殺しだが、未来視などという権能も異能も持っていない。 

 

「……ああでも、もしかしたらこれも運命。お前が生まれる予兆だったのかもな」

 

「え? どういうことだよ、それ」

 

 しかし続けた言葉に護堂は訝しむ。

 運命などと、そんな言葉がこの男の口から出るのは違和感があったから。

 対して、目の前の先達はどこか悟ったような口調で、

 

「この世に意味の無い因はないって事だよ。そりゃあ反町のような連中と知り合うのはそう珍しくないが、それが神殺し(お前)と繋がっているなんて出来すぎだろう。つまり今回の件がある前、もっと言えば神殺しとして前に会議で相対するより前からお前と俺が何らかの関わりを持つことが決定づけられていたわけだ」

 

 ──仮に衛が日本でなく外国へ移住した未来であっても、彼らは共通の友人の存在によって何らかの関わりを持つことがあっただろう。

 衛が彼らから護堂を知らされるか、護堂が彼らから衛を知らされるか、どちらであるかは定かじゃないが、何らかの形で、縁遠い彼らを巡り合わせた事だろう。

 

「お前だけじゃない。お前の所の夜叉姫が、ヴォバンを呼び寄せたように。或いはエリカ嬢と関わったがため、お前が『剣の王』に目を付けられたように」

 

「……恵那が、アンタを呼び寄せたように、か」

 

「そうだ。神殺しは混沌と騒乱を呼ぶ……ふん、どうにも嫌な感じだ。もしかして、アレク先輩が『最後の王』を見つけられないのもその辺りが関わってくるのか?」

 

 眉をつり上げ、再び思案に耽る衛。

 一方の護堂は衛の言葉に不吉な予感を覚えていた。

 

 運命染みている……それはただの直感。それこそ朝のニュースか何かで見るような今日の占い染みた根拠のない推測であるものの、何故か護堂はこの時、衛の感想を聞き流すことが出来なかった。

 意味の無い因はないと衛は言う。

 ならばそれが齎す結果とは……。

 

「ま、その辺りは俺の領分じゃないか。俺はいつも通り、降りかかる火の粉を払うだけだしな。さてと……」

 

 言って衛は手元の教科書を閉じ立ち上がる。

 

「帰るのか?」

 

「ああ、お前と話していて全く中身が入ってこなかったしな。これ以上、居ても雑談するばかりで意味なんか無いだろ」

 

「む、俺のせいかよ」

 

「してねえよ。単に他人がいたら勉強なんて出来るかという話だ」

 

 面倒くさそうに顔を歪めながら言う衛。

 確かに衛は万事面倒くさがり屋な上、護堂との関係も良くは無いため、本人に意図はないとは言え勉強の邪魔をされたことに思うところがないわけではないが。

 

「話を振ったのは俺だしな。何でも人のせいにする程に器は小さくねえ積もりだよ」

 

 護堂のレシートも手に遊びながら、護堂に背を向ける。

 

「おい待て」

 

「先輩からの施しだ。涙流して感謝しろよ苦学生」

 

 そういって、殺し合った仲の神殺しは呆気なく護堂に別れを告げることもなく、さっさと言いたいこととやりたいことだけやって去って行った。

 

 ……やはり自分とアイツの関係はこう(・・)なのだろう。サルバトーレ・ドニのように相手を何処かライバル視するようわけでもなく、ヴォバンのように決して交わらない相手として敵対するでもなく、付かず騒がず関わらず、されど交わったならば何処までも同族同郷の敵として相対する。

 

 草薙護堂と閉塚衛の関係など、そんなものだ。

 

 だから今回の方がイレギュラー。

 親しくもない中、こうして出会い、日常染みた会話を交わし合う方が珍しい事なのだ。先達の言葉を受け入れたわけではないが、予期せぬ出会いというものはなるほど、どうしても運命染みたものを感じてしまう。

 

「ていうか、一息つこうと思って喫茶店に来たのにな」

 

 これでは落ち着かない家に居る以上に落ち着かない。

 結局、少なくない時間を衛との会話に費やしてしまっている。

 そろそろ昼食時も通り過ぎ、ゆるりと間食を楽しむ頃合い。

 

 実際、店内の客層もがらりと変わっている。

 全く昨日の敵と出会うなどとんだ休日である。

 

「…………………まあ、こういう日もあるか」

 

 憮然と護堂は呟き、冷たくなったコーヒーを飲み干すのであった。

 奴に同調する訳ではないが、世間は意外と狭い、と。

 そう思う休日だった。




これでようやく幕間含めて一区切り。
次章に取りかかれるぜ……。

次章から一応、本編と逸れてオリジナル要素が強くなる予定なので、よろしくお願いしまする。……そろそろ空気のゼウスくんも出さないとネ。
まあスサノオ退場させといて今更何言ってるの感パナいけどね。



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列島騒乱
大戦舞曲~ティタノマキア~


新章開幕……!
そしていきなりの波乱の兆し。

この辺りから原作とは乖離していきまする。
原作遵守がええやんと言う人はバックオヌヌメ。

スサノオ殺しといて今更感定期。


 空──本来は澄み切った青空が広がる大天空にはまるで屋根のような閉塞感を齎す曇天が堆積しており、加えて吹きすさぶ暴風、暴雨、落雷、荒れ狂う海と……それはさながら世界が激情しているが如くの大災害。

 

 此処はクレタ島。

 嘗て一大文明の中心地となり考古学的も神話的にも重要な役割を帯びた場所だ。

 かの有名な世界の中心(エアーズロック)が地球の中心点であるならば、このクレタ島こそが文明の中心点と言えるのかも知れない。

 

 そんな場所で今まさに二つの人影が雌雄を決っさんと交錯した。

 

「オオオオオオオォォォォォォッ!!!!」

 

「ぐっ、この父が! 人間風情に! 貴様はッッ────!!!」

 

 一人、影の主は紛うこと無き人間であった。

 東洋人なのだろう、東の人間が童顔なのを加味してもとにかく若い。

 青年とさえ呼べぬその少年は両手斧を構え、力の限り全身全霊の威を以てもう一人の影の主へと肉薄する。

 

 込めるは悲嘆、憎悪、激怒──そして託してくれた相手への敬意と憧憬。

 誰よりも優しかった師のために、信じて送り出してくれた親友のために此処で敗北するなどあり得ない。例え神であろうと、この激情よ、天へ届けと咆吼する。

 

 対してもう一人の人影は、型こそ人でも人では無かった。

 彼こそ、流離う神々、まつろわぬ王。

 時代の転換期に父権の象徴としてあらゆる女神を取り込み、終ぞ全知全能の神として天地冥界の三千世界を統べた最高神。

 

 本来、人が届かぬ天蓋である。

 知勇兼備で尚及ばず、

 天運味方して尚及ばず、

 古今に名高い英雄とて、届くこと無き天蓋である。

 

 それが、今、たった一人の人間に脅かされている。

 ならばもはや相手はただの人間ではない。

 歴史上、数多台頭してきた王者、覇者、英雄、偉人──。

 

 それら輝く星々をも超過する人間が人間たるが極限。

 何処までも果てを征くという祈りの結晶、神と対する者。

 

 ──神々こそ絶対の正義であると世界が、運命が言うならば。

 神と相対できる存在など、その対極の存在しかあり得まい。

 

 エピメテウスの落とし子。

 愚者の申し子。

 ラクシャーサ。

 デイモン。

 堕天使。

 混沌王。

 

 即ちは──魔王。

 

「────神殺しィィ!!」

 

「討て──!! 『汝、輝く星々を墜とす者(ケラヴノス・アストラ)』ッ!!!」

 

 其は、三千大宇宙を崩壊させる星の一撃。

 神々の王が携え、女神信仰において尚、落雷の象徴としてあった神器。

 

 人知未踏のプラズマは大気を焼き、空を焼き、宙を裂く。

 地を覆う天蓋は両断され、天を支える柱の如く、空を衝く。

 

 此れぞ正に天墜。

 

 闇を引き裂き、黄雷の極光が明星の如く輝いた。

 

 

「が、ぁああ……あ゛あ゛あ゛ァァァァ!! おのれ、貴様、おのれ……!」

 

「ヅ、オオ……くは、見たかよクソ神……ざまァ見やがれ………!」

 

 

 鎖骨から胴体を斜め一線の袈裟斬り。しかも帯電する超電圧の一撃は傷を焼き切り、中身へも致命打を叩きつけている。

 端的に言って、満身創痍。もはや神々の王の命運は尽きていた。

 

 そして──それは人間側も同じ事だ。

 

 人の身で雷霆の権能を振るったのだ。

 そのフィードバックで両腕は焼き爛れ、二度と回復できないほどの大怪我。

 加え、至近での雷霆との遭遇は生命活動をする上では余りにも致命的な心臓への大打撃を成している。多大な麻痺は意識と感覚と機能を奪い、生命の鼓動は一拍を刻むたびに彼を死へと追い詰めている。

 

 だがそれでも少年は笑っていた。

 神々の王を撃滅した武勲と誰かを守れた達成感に。

 

 ならばもはや是非も無し。

 今日、この日、この場所で、命を使い切るのに躊躇いはない。

 

「俺は身勝手で、偏屈で、他人なんぞどうでも良い人でなしだが……それでも!」

 

 大衆(だれか)がどうなろうとどうでもいいし興味も無い。

 自分が変わり者で、奇異の目で見られようが関係ない。

 我思う故に、我はあり──他人の目を気にするほど俺は弱くない。

 

 それでも──こんな俺を友と呼び、情を結び、縁を築こうとしてくれる友人、縁者、顔見知り。

 そいつらが助けを、頼りを、誰かの手を望むならば。

 必ず応じようと決めているのだ。

 

「仲間だけは──絶対守ると決めてんだ!! 文句あるか! クソが!」

 

 細かい事情など知ったことか。

 善悪の有無など知ったことか。

 

 決めたからには貫き通す、守る抜く。

 それが誰の目も気にせず、自らを突き進む彼の唯一の誇りだから。

 

「──愚かしい……!」

 

 故に──その宣誓、その魂を、神々の王は愚かと弾劾する。

 

「秩序に、正義に、神々に……一個人の我が儘で逆らうというのか!?」

 

「うるせえバァカ、勝手に決めたルールに何で俺が従わないといけない?」

 

 秩序とやら、正義とやら、そして神々とやら。

 結局、それらはそれら概念を生み出した者が勝手に決めたものだ。

 

 皆やっているから秩序のために我慢しろと?

 必要な犠牲だから正義のために犠牲になれ?

 神々の決定だから大人しく人間は滅び果てろ?

 

 ────巫山戯るな。

 

「俺にとって大事なのは仲間たちとオモシロオカシク駄弁って遊んで自由に人生謳歌することだ。秩序だの正義だのとご大層な名目には興味も無いし、糞くらえだ」

 

 友達と遊ぶのは楽しいし、世界旅行も悪くない。

 サークルで馬鹿騒ぎするのも、毎日は鬱陶しいが偶には良いだろう。

 だからこそ、そんな日常を守りたいと切に願う。

 変わった連中との変わり栄えしない日々こそ、俺にとっての黄金だ。

 

「第一……なァ。アンタと会ってから、ずっと言ってやりたかったんだがなァ……」

 

 ……ああ、そうだ。

 目の前の神ならずとも、ご大層な大義とやらを持つ連中。

 そいつらは常に世界がどうだのと色々ほざいているが……。

 

「テメエの意見一つで大上段から、勝手に世界を語ってんじゃねえぞッ!!」

 

 十人十色、千差万別。

 世界は単色で出来ていないのだ。

 一つの色、一つの概念で世界が語れて堪るものか。

 

 正義か悪か、神々か人々か。

 そんなことでしか語れない奴こそ愚かであると知るが良い。

 

「……………そうか」

 

 その言葉に、神々の王は驚愕と衝撃、そして絶望を知る。

 

 嘗て──彼が知る世界はもっと単純だった。

 繁栄する世界と絶対者として君臨する神。

 

 人は神を敬い、神は秩序を敷きて世界を統べる。

 調和と安寧による緩やかな栄えこそが世界だった。

 

 だが、もはやこの地に信仰はない、神はいない。

 神から与えられた地を以て自らが頂点と名乗る人間。

 増長する傲慢は海を穢し、森を害し、大気を汚す。

 森羅万象の全てが己のものであると言わんばかりに。

 

 挙げ句、正義を、調和を、秩序を。

 知らぬ存ぜぬと振りほどき、己の感情がまま混沌を齎すその在り様。

 

 ──混沌(カオス)

 

 これでは黎明期への回帰である。

 おお、なんと罪深きことか。

 神への信仰を忘れるに留まらず、世界をもかき乱すとは!

 

「なるほど、あい分かった。なればこそ我がこの地に召喚されたが定めを、運命を、我が成すべき事を……!」

 

 ならばこそ己は神話より流離ったのではない。

 新たな秩序を敷くべしと、新世界の覇者として運命に選ばれたのだ。

 

 お前たちが嘗ての威光を忘れたというならば、

 お前たちが嘗ての信仰を忘れたというならば、

 此処に再び、神代の世を築く。

 

 遍く神々よ、照覧あれ。

 旧き秩序よ、斯くあれかし。

 

「愚かなりし人よ、神に牙を立てた獣よ、貴様らに未来はない。貴様らに新世界での居場所はない! 増長が過ぎたな罪人共、この神々の王が、再び天を統べ、必ずや新たな秩序を築き上げる……その時こそ、貴様らの生きる未来は無いと知れ──ッ!!」

 

 世界に響けと宣するように神々の王は咆吼し、その場を後にした。

 残ったのはもはや未来無きか弱き命。

 

 ……神に逆らった勇者は、得てして、天罰を受けるもの。

 偉大なる功績は大気の焼かれる綺羅星の如く。

 打ち立てた代償に自壊を齎す。

 

「でも……やってやったぞ、はははは……」

 

「ええ──お見事です。想像以上の生徒の活躍に、教師として感無量ですよ」

 

 と、静寂が落ちる夜の荒野に新たな人影が前触れも無く出でる。

 

 風に揺らめく稲穂を思わせる黄金の髪の毛。

 優しく細められたエメラルドの瞳。

 男であるならば目を奪われるだろう女性的な豊満な肢体。

 

 絶世の美女と言わんばかりの蠱惑的な雰囲気の女性。

 だが、それでいて、決して下卑た感情が映らない。

 寧ろ真逆に、犯しがたい聖性を帯びているのは彼女が放つ、生命の回帰本能を燻るほどの母性が成すものか。

 

「ああ、先生……すいません。無事に帰ると言ったんですが……」

 

「ええ、本当です。……はぁ、全く。その様でよくもまあ約束などと言えたものですね」

 

「ははは、言葉もないです」

 

 向かい合う彼と彼女は果たして教師と教え子なのか。

 勝手に知ったるかと二人は二人だけの会話を続ける。

 

「とはいえ、そうですね。元より貴方を見送ることになったのは私の不徳が成すところ。私には庇護者としての責任があったのに……」

 

「いや、先生は十分に活躍してたと思いますよ。万全だったら俺はどうあってもアイツに勝てませんでしたし、そもそも先生が粘ってくれたからこそ、俺は親友の窮状に間に合ったわけで……恩師とこうして出会い、言葉を交わす時を得られたのだって先生のお陰だ。だから貴方が悔やむ必要はないでしょう」

 

 憂いに翳る瞳を拭うよう彼は言葉を投げかける。

 貴方は十分以上に役目を果たしていると。

 もはや見えていない目で、脳裏に残る残影を頼りに。

 

「……まさか教え子に慰められるとは、生意気ですね」

 

「好意は……素直に受け取っても、いいでしょうに……」

 

「それは出来ない相談ですね。私にとって、教え子は何処まで行っても教え子。いつの世であろうとも愛すべき存在ですから」

 

 だから、慰められるわけにはいかないと彼女は言う。

 言いながら彼の頭を優しく撫でて……。

 

「ですが……そうですね。教え子といえど、貴方は誰にも出来ない偉大な功績を打ち立てた勇者。神々の王に反逆の狼煙を上げた、愚かで罪深い我が仔なれば。勇者の功績には、また女神は報いて然るべきなのが古からの習いですか」

 

「……先生?」

 

 困ったように、苦笑するように笑みを浮かべて、先生と呼ばれた女性は若き勇者を壊れ物でも扱うように抱きしめる。

 そして優しくも厳しく、彼を言祝ぐ。

 

「──神々の王は先ほどの問答を以て世界に見切りを付けました。ならばこそかの王は此度の騒乱も及びつかないほどの大災厄を世界に齎すでしょう。人類を間引かんとしたトロイアの戦乱が如くに。

 

 ……人の世に再び神の時代を築く戴冠決戦(ティタノマキア)を」

 

 原初の天空神は人を許さない。

 人知及ばぬ天蓋にて、人の進化を叩き潰さんと欲するだろう。

 その時こそ、守るべき誰かは悉く悲運の運命を辿る。

 

「だからこそ、私は貴方に託してみたくなりました。人のみで神々の王に逆らって見せた気概、誰よりも友を愛し、守らんとする誠実な性。……誰かに優しくその性根こそを私は信じたい」

 

 コツンと、額が触れ合う。

 極至近距離で見合う彼女の顔は今までに無いほど優しげで。

 

「全てを守れ、などという傲慢は言いません。それは他ならぬ神の所業であり人の世を生きる貴方の成すべき所ではない。ですから、どうか貴方が大切だと思う者こそを守って欲しい。そのために私は、貴方に力を託すのですから」

 

「先生? 何を……」

 

「餞別です、受け取りなさいな。気高く弱い勇者様。教え子の成した偉大なる功績に私は賞賛と礼賛、神託を持って報いましょう」

 

 そして触れ合う唇。

 驚愕と困惑を顔に浮かべる彼を見て、彼女は悪戯っぽく笑い、

 

「出でませ、パンドラ。今こそ、貴方が成すべき所を成しなさい」

 

『ふふっ──これはまた、大女神様の祝福なんて、私の子供にあるまじき新生だわ!』

 

 彼女が呼びかける。

 すると何処からか、声が響き渡った。

 声の主は不明なれど響く声は甘く可憐で、何処までも楽しげだった。

 

「不服ですか? 輝かしい戦の果てにこその誉れであると?」

 

『いいえ、不満なんてあるものですか。神王相手に真っ向切っての大決戦! 仕留め損なおうとも十分に見応えのある戦いだったわ。だからこそ大女神様は勇者として彼を認めたので無くて?』

 

「然り。であれば……何の問題もありませんね?」

 

『ええ、ええ、他ならぬ大女神様が認めた器。……少々変則的ですけれど大女神に認められた我が仔というのも一人ぐらい居たって良いでしょう!』

 

「──待て、先生、俺は……」

 

 交わし合う言葉と言葉。

 その響きにどこか不吉な予感を感じたのか、彼は師に手を伸ばす。

 対する師は困ったような表情のまま。

 

「どのみち、私では何れ流離う定めのまま守るべき愛し子らに牙を剥くのみ。ならばこそ私のなし得る役目を成した貴方にこそ私の力を相応しいと確信しました。だからどうか嘆かないで欲しい、悔やまないで欲しい。私は私の意思で以て貴方を信じ、託すのですから」

 

「せ────」

 

 止めろ──という静止の言葉は。

 

「パンドラ」

 

 有無も言わせぬ彼女の声に止められる。

 

『いいわ。大女神様が認め、託すというならば、その誕生を言祝いで頂戴! 神敵でありながら女神に認められし、七番目──尤も若き魔王に連なる我が子へと!』

 

「ならば願います。我が教え子──これぞ今生最後の教授です。貴方が大切だと思う悉くを守り抜きなさい。黄雷の盾として遍く絶望を焼き払い、希望の光で以て神々をも焼き殺す気高い祈りの化身たれ! 人の世を照らす光であれッ!!」

 

 瞬間、激痛が彼の総身を苛む。

 マグマの泉に付けられたが如く、熱く、熱く、熱い。

 まるで我が身が生まれ変わるように。

 

 だが、その痛みを置いて彼が気に懸けるのは師のみ。

 今にも光となりて消えんとする大切な恩師のみ。

 

「待ってくれ先生! 俺は貴方にまだ何も────!!」

 

「我が教えが貴方の胸にある限り、それこそ我が足跡、我が残影なのです。最後まで貴方らしく在りなさい、それこそが私に対する返礼というものですよ、神無き時代の我が教え子──どうか、良き旅を」

 

 いっそうに視界を覆う黄金の輝き。

 最後に優しく微笑む彼女の笑顔を見て──。

 

 七番目の神殺し──彼、閉塚衛は暗転した。

 

 この日、新たなる王冠が世界に産声を上げた。

 

 

 

 

 ────その誕生を、忌々しいと思うが故に是非も無し。

 獣への憎悪を秘めながら来たるべき決戦に向け王は手を打つ。

 

「……フン、あの小僧め、あの恥知らずな女神め」

 

 脳裏に過るは獣の誕生劇。

 神々の王が天の思惑を凌駕せんと定めた一幕だ。

 逆らう愚者の姿、情に絆される女神。

 

 何一つ、何一つ、ゼウスは忘れてなど居ない。

 

「神によって秩序は成される。神によって調和は成される。故にこそ、この混沌と渦巻く人の世を糾さねばなるまい。森羅万象、其れは神の手にあるが故に」

 

 行きすぎたものは転じて害となる。

 

 人が繁栄すれば自然が破壊されるように。

 人が繁栄すれば獣の住処が犯されるように。

 際限なき人々の営みは神の思惑を超過して、惑星を脅かすようになった。

 

 なればこそこの混迷とした世に再び神による秩序が齎されるべきだ。

 人は、人。獣は、獣。そして神は、神。

 領分を侵したものには天罰を。

 森羅万象のなんたるかを────神々の父の名の下に証明する。

 

 そのために。

 

「いざ、先駆けとして贄となれ……暁の女神よ。お前の知恵を持ってして、『最後の鋼』に届かせる鍵の在処を証明せよ」

 

「我が神殺し様との愛の巣に土足で踏み入る不埒者が何者かと思えば──よもや、貴方様であったとは。如何に神王といえど無礼が過ぎますわ……神々の王ゼウス様!!」

 

 南海の島で神話が激突する。

 

 

 

「──この羅濠、廉恥の心を忘れた愚物にあらず。功を立て、財を献上した者へ報償を惜しむつもりはありません。褒美を取らせましょう」

 

 そう言って、絶世の佳人は目前に平伏する女、グィネヴィアに言葉を下す。

 目の前の彼女が神祖であること、彼女が瀕死の同胞を現状してきたこと、それが羅濠が宿敵と定める英雄と雌雄を決する機となること……。

 

 そして羅濠にとって喜ばしい献上品の裏に何らかの思惑があるということ、その全てを承知しながら羅濠は堂々たる振る舞いで言った。

 

 そう、神祖が何らかの思惑ありきで話を持ち込んでいることなど百も承知。何故ならば彼女こそこの世に君臨する武の頂点、人類最強の戦士の一人。

 

 姓は羅、名は翠蓮、字は濠。

 人呼んで羅濠教主。

 今世において二番目を冠する旧き世代の神殺しであるが故に。

 

 罠あらば拳で以て粉砕する。

 陰謀あらば一剣以て断裁す。

 謀反あらば王威を以て圧倒す。

 故、万事事無し。これ即ち王者の振る舞いなり。

 

 自らを武の極点と言って憚らない佳人にとって、神祖の思惑など一考だに値しない事である。潜在的な敵手であろうとも、羅濠が望むところに貢献するというならば功でもって報いることこそ王者の成すところである。

 こうして呼び出しに応じ、思惑に応じ、自身の道を沿わぬ限りにおいて神祖の思惑通りであろうとも乗ってみせる。

 

 だからこそ、てっきり彼女はグィネヴィアが己の力で以て何らかを成さんとしている、そう考えての言葉だったのだが。

 

「──何も」

 

「……?」

 

「何も頂戴するつもりはありません」

 

 恭しく頭を下げたまま神祖はそう言い切った。

 そう、彼女は何も望まない、何故ならば羅濠が望む所こそ、彼女の望むところでもあるのだから。

 

「教主が雌雄を決さんと望む、かの《鋼》の英雄殿。その復活がなされた時点でグィネヴィアの望みは半ば叶ったようなもの。後は英雄殿と教主との決戦を以て、我が企図を実現すべく、舵を切るのみです。教主が勝利されど、英雄殿が勝利されど、何れの結果となろうともこのグィネヴィアに不都合はないと思し召せ」

 

 絶世の佳人が唇を歪める。それは微笑。

 どう転んでも己の都合通りになると。

 

 つまるところ羅濠の行動こそが己の思惑の通りになると堂々と宣した彼女の意気に羅濠は満足を覚えたのだ。

 

「よいでしょう。わたくしに恵みを乞うわけでも無く、わたくしの力を欲するわけでもなく、わたくしを用いて、己が意図の利としてみせる。……その意気や良し。それは羅翠蓮の好みに叶う返答です」

 

「恐れ入ります教主」

 

 再び恭しく頭を下げるグィネヴィア。

 以て、彼女の思惑は結実する。

 遙か東の果て、極東に眠る鋼の英雄。

 

 その目覚めと激闘は此処に確定した。

 

 ──ならばこそ、神祖の思惑に合わせて大神の謀もまた。

 混沌以て混沌を征す。

 災い以て災いを征す。

 

 来る戦乱に先かげて己の望みを叶えんが為。

 炎に薪木を添え、更なる大火に誘う。

 

 

 

「おお、アンドレア! 親愛なる我が友よ! 何ということだ、君がこんなにも無惨な姿になってしまうなんて!」

 

 仰々しい、ともすれば演出染みている様で陽光日差す浜辺に映える金髪の髪を風に揺らしながら、アロハシャツ姿の青年……サルバトーレ・ドニは嘆く。

 

 目の前には長年の友人、アンドレア・リベラ。

 イタリアに君臨する神殺しの片腕として『王の執事』名高い、大騎士はあろうことか白目を剥いて、首から下を砂浜に埋められている。

 

 凡百の騎士を凌駕する彼をこんな無惨めに合わせられるなど、下手人は並の使い手ではあるまい。一方的にこんなことが出来るものなど……というか彼をこんな目に遭わせられるものなどイタリア広しといえどたった一人しか居ない。

 

 仮にも目の前の青年の意識があれば、顔を真っ赤にしながら叫ぶだろう。

 即ち──犯人は貴様だ、この大馬鹿者め! と。

 だが悲しいかな、彼は白目を剥いて気絶している。

 

 それ即ち、サルバトーレ・ドニ──六番目の神殺しにして史上稀に見る天才剣士を御し得る存在の不在を意味する。

 おいおいと白々しさ極まる嘆きを叫ぶこそ数分。

 満足したのか、ドニはケロッとした顔で涙を引っ込め、その場を辞する。

 

 ザッザッと砂浜を踏みしめながら、そのまま波が押し寄せる海へと。

 シチリアはファヴィニャーナ島にある『青い入り江』を意味するカーラ・アッズーラの一角に留められている一隻のガレー船の下に下半身は愚か、首元まで浸かりながら辿り着き……水の抵抗を無いものと跳躍、船へと乗り移った。

 

「不運なことにアンドレアは倒れ、深謀極まる片腕を失った僕はまんまと敵の手によって攫われてしまった! ……というわけで目標は日本、よろしく頼みよ君」

 

「────…………」

 

 どの口が言うのかという言葉を吐きながらドニは先んじて船に乗り込んでいた人物、アメジストの瞳が印象的なローブ姿の魔女……メディアに呼びかける。

 メディアはそれに対して言葉を返すこと無く杖を振る。

 

 すると、何処からか船に乗組員が出現した。

 一人一人が屈強な有様の……明らかに常人ならざるそれらが船をこぎ出す。

 

「ふふ、待っていると良い、ともに護堂を争う我が恋敵(ライバル)よ! 君が護堂を争うに相応しい戦士か否か……僕が手ずから測って見せようじゃないか!」

 

 そう言って、イタリアに坐す神殺しはシチリアを立つ。

 目指すは日本、狙うは絶対城塞。

 剣を極めし享楽の王は切れ味をその高めるために新たなる敵を狙う。

 

 神殺しを乗せたアルゴー船は極東めざし突き進むのであった。

 

 

 

 故、以てして新たなる騒乱の気配は此処にあり。

 日本を舞台に神殺したちが激突す────。




剣 バ カ 参 戦 。

いやもうなんていうか、アイーシャ夫人並に不吉ですね(棒)



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閉ざされた塚の家

ぐぐぐ、年末はイベント尽くしで辛い……。
Fate/、シルヴァリオ、よう実、ゆずソフト新作……。

誰か、私に資金と時間を与えたまえ……(特に後者が切実)


「顔見せ?」

 

 発端はいつも唐突だった。

 

 時刻は昼時、場所は学校。

 既に恒例となっている衛と桜花と蓮の集りでの一幕。

 

「……はい。その、お爺様は特に何も言ってこなかったのですが、お母さんと宗像の御屋形様が目出度いことだから、と」

 

 怪訝そうに眉を顰める衛に桜花は申し訳なさそうに言う。

 それに対して蓮は面白そうに肩を竦めた。

 

「くくっ、男を見せる時じゃねえか大将。遂に娘さんと付き合っているぜ挨拶アンド娘さんをくださいフラグだな。九州は人情の(くに)やけん、気合い入れろよ」

 

「何でエセ方言を? ……つーか、そうか。俺の立場を考えれば、そりゃあ向こうにだって伝わるか、おのれプライバシーの侵害……!」

 

「くははは、寧ろ今まで伝わって無かった方が不思議だろ! 姫さんは昔っからあからさまだったろうに、それが動いた(・・・)とあっちゃあ、考えるまでもねえだろ。向こうは身内も身内だぞ。その手の話題は正史編纂委員会の連中より察しが良いだろうよ」

 

 ケラケラと笑う蓮。

 その何処までも他人事な態度に……事実、他人事なのだが、衛は恨めしげに呪詛混じりの視線を向ける。確かに蓮にとっては今回は、関係ないにも程がある事案だが、一方の衛にとっては神殺しに匹敵する難儀であるのは間違いない。

 それを笑うとはマジ貴様一回シバいてやろうか……。

 

 衛の視線は雄弁にそれを語っていた。

 

 

 ──英国遠征を期に衛と桜花は正式に付き合っている。

 

 基本的に距離感の近い二人であるから傍目には中々、感じ取れないものであるが、二人の関係は明確に変わっていた。

 

 近衛から相方へ、従者から伴侶へ。

 それは蓮を始めとした『女神の腕』面々にとってはとっくの昔に知れた事実であり、甘粕経由で正史編纂委員会も既知の情報である。

 

 しかしそれも衛の活動圏が関東であること、草薙王の出現に伴い、委員会の影が今まで以上に見え隠れしていることという二つのお陰が強く、それこそ第三者の目から見れば衛と桜花の関係は今までと変わらないように見えることだろう。

 

 なので、先の英国遠征より数ヶ月、十月の上旬のこの時期まで王に伴侶が出来たという割と重大な事件は槍玉に挙げられること無く終わっていた。

 故、『女神の腕』で報告しただけの蓮やせいぜい委員会で王に愛人を押しつけようとする動きを封じる程度の活躍をした甘粕も、衛や桜花といった当人さえ、取り立てて大きく騒ぐことも動くことも事なき日常を送っていたのだが……。

 

 

「九州、『民』の組織『裏伊勢神祇会』。そこの重鎮、宗像の君の呼び出しとあっちゃあ流石に断れないんじゃねえか大将」

 

「だろうな、というより政治のうんぬん抜きで身内への挨拶は断れん」

 

 このたび、特に関係を秘していたわけではないが、桜花の古巣にキッチリバレてしまったようで一度挨拶に来いと呼び出されたわけである。

 九州に根を降ろす神祇を奉ずる宗派が一堂に席を並べる『民』の大一派『裏伊勢神祇会』に。

 

「それに最近は委員会に力を貸して貰うことも多くなったが、日本での《同盟者》と言ったらまず『裏伊勢』だからな。宗像氏は勿論、桜花の祖父である檀行積老にも何かと世話になった。挨拶するのは人としての筋だろ」

 

 脳裏に呵々と笑う豪放磊落な中年と寡黙な修験僧を浮かべて首を振る。

 気分は重いが政治や組織のアレコレに関わり少ない衛をして此度の呼び立てを断るわけには行くまい。

 

「まあ、何れ通らなくてはならない機会が早まっただけだ。大人しく挨拶に行くとするさ」

 

「……その何かすいません」

 

 割とあっさりと言う衛に桜花が頭を下げる。

 今回の件は自分の身内が端を発することだからだろう。

 衛に気を遣わせたことを申し訳なく思っているのだ。

 

「姫さんが謝ることはねえだろ。両親にとって大切な一人娘だ。相手が神殺しであろうが何だろうが不貞な男を測ろうってのは当然じゃねえか」

 

 一方、往年の友人は容赦が無かった。

 というより格好の話題に加え他人事である。

 この上なく楽しんでいた。

 

「蓮、誰が不貞な男だ」

 

「おっと間違い、確かに大将は不貞じゃなくて不義理だったか」

 

「おい」

 

「言い返したいなら少しは本当の意味での身内にも目を向けるんだな。京都古豪商家の長男坊さん。閉塚の家とは随分疎遠なようで」

 

「……ふん、アレはそういう一族だ。集めた財を管理することが好きな連中だからな。一族を重んじる南雲爺はともかく、他が一々、碌に顔も見せない気に掛けるものかよ、うちの親父殿や母上殿ですらこの現状だぞ」

 

「知ってる。ま、友達も大事だが、家族も大切にしろと俺は言いたいだけだよ、ほら、これからお前も家族の大黒柱になるだろうからな」

 

「話題が早ぇよ! つーか、どの口で言いやがる同年代!」

 

「はははははははは、この口だよ神殺しの大将殿!」

 

 この野郎、と掴みかかる衛をひらひらと回避する蓮。

 今回は神々にまつわる事件やら、物騒な話題で無いためか二人の調子は緩かった。

 

 その男同士特有の友情に少しだけ疎外感を感じながら桜花はふと、二人の言葉に思い立って様に言葉を挟む。

 

「あっ、そういえば挨拶と言えば。私も私で衛さんのご両親に挨拶した方が良いでしょうね」

 

 確かにこの手の話題で動くべきは男方だが、桜花も桜花で息子と付き合っている彼女として衛の親に挨拶するのが筋であろう。

 だが、常識を口にする桜花に衛は何処か醒めた様子で。

 

「いらんだろ。どうせ、『そうか』で終わるだけだ。桜花の家……古神道から続く歴史を聞けば或いは歴史狂の誰かが食い付いてくるかもしれないけどな」

 

「それは……」

 

 縁浅きものとて身内を大切にする。

 そんな衛を見てきた桜花をして、衛の対応は今までに無いものだった。

 まるで他人事のように自らの家族を語るその様。

 

 予想外の態度に桜花は困惑に口ごもるが、それも一瞬。

 少しだけ真剣な表情で衛に向き合う。

 

「私は衛さんの家族に対してはよく知りません。こうして私が言うのは筋違いで野暮なのかも知れません……ですが、衛さん。衛さんのご両親だって、他ならぬご両親(・・・)なんです(・・・・)。ですから、きっと自分の子供のことに──」

 

「無いな、残念ながら」

 

 桜花が言い切る前に衛はやはり醒めた表情で断言した。

 次いで、やや憂いを帯びた表情をしてため息を吐く。

 

「とはいえ、桜花の事だから気にするし、気を遣うか……この際だから桜花にも俺の一族について少しだけ話しておく」

 

「衛さんの一族……」

 

 態々、人の家族まで気を回してくれるとはよく出来た少女だと思わず内心苦笑を浮かべながら衛は特に隠すつもりもない家族について話し始める。

 『女神の腕』連中を初めに、親しい友人なら殆どが知っている家族事情を。

 

「そ、時たま話題になる時も今まであったけどな。もう多分、察しがついてもいるだろうが俺の一族は蓮の家みたいな一般家庭じゃない」

 

「どーも、一般家庭の長男坊です。因みに祖父母も同じく」

 

「蓮、茶々入れんな……江戸時代に起こった商人一家、それが俺の身内、閉塚一族の起こりだ」

 

 閉塚家──江戸時代に京の都で起こった商家で、その本来の歴史はもっと時代を遡るとも言われているが、少なくとも家系図は江戸から続いていた。

 

「時に話は変わるが桜花、俺の名字の一字、『塚』って漢字にはどれくらい理解がある?」

 

「え? 『塚』の意味ですか……?」

 

 唐突に振られた問題に桜花は困惑する。

 普通に漢字の意味を問うならば、地面が盛られた様、何かが堆積した様子などを指す漢字であるが……。

 

 だが桜花は言葉の流れから、そういうことを問われているのでは無いと察し、即座に己が知るもう一つの意味合いの方を口にした。

 

「『塚』の字は墓と同じく宗教的にそして信仰的に大きな意味を持ちます」

 

「やっぱり知ってたか、古来より日本っていうのは自然信仰が盛んだ。傍から見ればただの自然現象によって偶発的に出来たものであろうが、何らかの信仰的な意味合いを付けたり、信仰そのものを生み出すことがある」

 

 神道の始まりは一説によればなんの変哲も無い山を神域と拝むことが始まりだったという。山に住まう神々という超常現象、それらが生み出す加護、権能。

 そういったものは跡づけに過ぎず、形在るものに形無き概念を見いだして祈るのは日本での信仰形が持つ特徴の一つであると言えよう。

 

「『塚』もまた、その一つ。取り分け『塚』の字はお墓の概念と近い。尤も『塚』の字の場合は身内の供養を旨とするお墓と違い、もっと広義的な、万人が弔う祖霊信仰などに基づく意味を持つ漢字だ。例えば古墳とか、首塚とかな」

 

「存じています。確か鎮魂に類するお墓に塚という言葉が当てられるとか。衛さんが例に取った首塚などから言うと平将門などが例に取れます」

 

「ああ、確かに。平将門は怨霊の代名詞だからな。死後、呪われないように丁寧に鎮魂、供養する意味でも首塚は立てられたから例に取るには的確だな」

 

 我こそが真なる天皇である、と宣し、自らを真皇と名乗った平将門はその死に様故、多くの人から祟りと呪詛を恐れられたという。

 晒された首は恨みを持って万人を呪い殺すと。

 そこで立てられたのが首塚、将門の呪いを諫め、荒ぶる御霊を鎮めるための鎮魂の儀礼所。『将門塚』と言えば、割と東京では有名どころだろう。

 

「祖霊崇拝、荒魂鎮魂、塚はそういったものを奉るための場所を指す言葉として多く使われる機会を持つ言葉だ。無論、死者の鎮魂だけじゃ無く、小さな山や丘に祈願祈祷、感謝を述べる意味合いとしても使われるから一概に墓と同意義であるとはいえないがな。古神道にある概念としちゃあ、こっちの方が親しいだろ」

 

「古神道の根底には八百万に付喪神……万物に神や命が宿るという概念があるからな。器物にだって崇拝を向けるときもあるんだ。そりゃあ一見して意味の無い平坦ならざる盛り上がりにだって意味を見いだすか」

 

「そういうことだ、まあ、塚の意義はそれだけじゃないんだが……桜花」

 

「はい、古神道は我々の信仰ですから存じておりますよ。塚の字は死者鎮魂以外にも信仰的な意味を持ちます。例えば境界などが一例に挙げられますね」

 

 境界……それは古神道のみならず日本の信仰の根幹にある概念だ。

 現世、神域、死後の世界……複数の世界観に分け隔てられる日本の信仰においてそれら場所、世界を分けるものとして境界は尊ばれる。

 

 重要な場所には注連縄を引き、結界を行う。

 逢魔が時などというように一定の時間帯を気に世界が変わる。

 峠、坂、橋や門、さらには集落の中と外、等々。

 

 見渡せば境界という概念は何処にでもある信仰として日本にある。

 それこそ自らの生活を振り返れば、行動や場所、関係に一定の『線』を敷く考えは日本人として馴染み深い考えとして思い返せるはずだ。

 

「結界的意味合いに当てるならば『塚』の字は神奈備、磐座、神籬なんてものとは同意味の言葉と言えるか。土を持った場所を導として奉る境界。古事記にはイザナギとイザナミが鬼神の追っ手を阻むため岩を結界として使ったらしいな」

 

「はい、記憶が確かならば千引の岩、といったはずです」

 

「そうなのか? ……まあ、そこら辺は置いておいて、その逸話から磐座……塚の概念は結界の意味合いも強くなったという。磐座信仰から結びつき、結界の神として賽の神が生み出された。さらに結界神、賽の神と猿田彦、瓊瓊杵尊、天宇受賣命の神話に結びつき、結びついた二つの信仰から道祖神信仰成った、と。つまり……」

 

「『塚』の字は場を示す導、或いは場を囲う結界を差す言葉、ということですか」

 

「そういうこと。そして、此処からが本題だ。名は体を表すとはよく言ったが、閉塚の家は正に代々一族全員が言葉通りの性質を持っていたのさ」

 

 何処か面白話のように自らの一族を自嘲する衛。

 塚の字の通りに、結界が如く閉ざす塚の一族を。

 

「自らが財と定めたものを囲い、閉ざす。閉塚一族はそういう気質を持っているんだよ。初代は商家、つまりは金だな。大概、財って言うのは手段として集め蓄えるものだが、初代様は財そのものが好きだったらしく、好きが転じて得意となったか、一大で莫大な資産を築いたそうだ」

 

 今に続く京都の古豪商家。

 その一躍を担ったのは初代が残した莫大な資産にあることは間違いない。

 そして、その資産と性質は一族に脈々と伝わることになる。

 

「芸術品が好きな奴がいた、自らを鍛えるのが好きな奴がいた、知識を蒐集するのが好きな奴がいた……血族と言ったって好きは個人の自由だろうが、何故が塚の性質だけはずっと受け継がれててな、例によって集めた芸術品の数々、自己鍛錬の成果、稀少本の山、そういった財は一族が持つ蔵の中に例外なく収められた。集めた成果を外に出して貢献するわけでも無く、ただ集め、囲い、保管した」

 

 普通、自分のためにも限度はある。

 例えば自分のために集めた金とて、社会に散財せねば意味が無い。

 例えば自分のために鍛えた技とて、継承すれば失伝するだけで意味が無い。

 

 だが、閉塚の家だけは違った。

 集めた成果、術理、知識……それら持っているだけでは意味の無い代物を使うわけでも継承するわけでも貢献するわけでも無くただ蔵に収めて管理した。

 そこには役立つか役立たないかの概念は存在しない。

 

 ただ自らの至上とする所を囲う。

 其れのみを追求し、追求した成果を閉ざす。

 故に閉塚家。数多の財を結界する者たち。

 

「オカルト染みているが、本当にうちの一族はそういう家でな。お陰で実の両親さえ、子供のことなど殆ど知らぬ存ぜぬ。自らが関心の赴くまま、その道を追求するのみってな。まあ、例外的に一族をこそって人も居るけど、基本スタンスは一族ひっくるめてそういう感じでな」

 

 だからこそ息子の恋愛事情になど関心あるまいと衛は断ずる。

 傍目からは情なき不幸と感じ入られるかも知れないが、当の本人である衛はさっぱりと醒めた様子で呆気なく語る。それこそ他人事のように。

 

 というのも言葉にはしないが衛にも、その気質は継承されている。

 

 必要以上に己の縁を重要視する。

 自らが友情を至上とし、繋がりで囲う。

 その人脈を何に利用、貢献するでもなくただ維持する。

 

 何てことは無い。

 話は神殺しであろうとも血は同じ穴の狢であった。

 それだけで話である。

 

「ま、血の呪いみたいに言ったが、傍目にはただの度が過ぎた放任主義者の家系だ。それに一族の者なら集めた財は割と適当に使えるからな。閉塚が数百年掛けて蒐集した財を好き勝手使えるお陰で俺もまた好き勝手できるから別に問題は無い」

 

 だから気にすることはないという衛に。

 対して桜花は複雑な表情をしていた。

 

 一族という概念は生まれが生まれな桜花としては親しみ深い概念だし、何らかの継承や決まり事、そういったものも近年では薄まっているが、歴史の長い家系にはままある事であるからそこについて考えを挟む余地はない。

 

 が、一つの概念を至上と置き、それのみを追求する一族。

 その考えが示すところを思えば余り健全な一族ではないだろう。

 

 一つを至上し、他に関心を持たないと言うことは他を切り捨てると言うこと。

 家族であろうが、血縁であろうが、恐らくそういった者を至上とする者以外は話からして関心を持たないのだろう。

 当たり前の繋がりにすら、興味を持たないのだろう。

 

 それは何て情のない一族であることか。

 職人気質と言えば聞こえは良いが、家族としてあって当たり前の温かみのさえ当たり前にないのが想像できる辺り、度しがたい。

 

 意味の無い行為を意味のないまま行い続ける。

 此処まで行くと継承と言うより呪いだ。

 

 結果的に家が繁栄しているものの、それさえ、結果的になのだから。

 

「衛さんは、その……寂しくなかったんですか」

 

「寂しかったんじゃね? だからこそのサークルだろ」

 

 桜花の問いにこれまた簡潔に答える衛。

 自らの性根など追求したことも無いし、態々哲学者のように追求するつもりもないが、友情に重きを置いたのは恐らく、子供であった己にとって与えられなかった家族の情を代替えする代償行為の類いであったのだろう。

 

 それが転じて自らの財と成す辺り血の連鎖は拭えないということか。

 或いはそれに気づかず、今以上に周囲へ何を成すことも無くただ繋いだ縁を維持し、守るだけの人生を歩むという道もあったのかも知れないが……。

 

『痛みを知る貴方だから、当たり前に誰かに優しさを向けられる────』

 

「──その辺り、自分なりの付き合い方は見つけられたからな」

 

 恩師からの教えは一途来たりとて忘れていない。

 だからこそ、一族ほどに徹底せずに済んでいるのだ。

 故に今更気にすることなど在りはしない。

 

「ま、要約するに俺の家族については気にする必要がないって事だよ桜花」

 

 そういって肩を竦めながら言葉を締める衛。

 だが、尚も心配そうな視線を向けてくる桜花。

 

 要らないものもすぐに背負う桜花の優しすぎる気質に衛は思わず、苦笑を覚えるが、彼女の心配する顔は見たくないので、衛は自らの友人に目をやる。

 視線を受けた蓮は肩を竦めながら暢気に手を振ってくる。

 

「それに友人には恵まれたからな、俺はそれで十分さ」

 

 言葉を締めくくったと同時。

 休み時間終了の鐘の合図がこだました。

 

「……長話が過ぎたな、もう授業開始か。とにかく、桜花の所への挨拶だっけか。今週の土日は明けとくからいっちょ早めの里帰りといきますか」

 

「土日で済むと良いけどなー。如何に神殺しの大将といえど、姫さんをそう易々と物に出来るかは怪しいぜ? 姫さんだって媛巫女、向こうじゃ大将に付く前から大事な立場で可愛がられてきたんだ、一族総出で不届き者へ挨拶を、何て言うのも割とあり得る話なんじゃない?」

 

「蓮、俺だって一応、死ぬほど緊張しているということを考慮してくれないか?」

 

「くくっ、一生に一回の大立ち回りだ。どうせならもっと緊張してくれた方が俺としてはおもし……もとい、楽しいからな。いやあ人の不幸は何とやらだな!」

 

「よしお前、放課後覚えとけよ?」

 

「俺、記憶力には自信が無いなー」

 

 先ほどの家族事情など気にするほどではないと言わんばかりに衛と蓮はいつもの調子でいつも通りに戻っていく。

 衛の家族に関する話は『女神の腕』のメンバーならば既知の話と言うから蓮にとってこれは初めて聞く話ではないというのもあるのだろうが、それでもすぐいつも通りに戻れる辺り、友情が成す技か。

 ……或いは、これが蓮なりの気遣いなのか。

 

 ともあれ、話は終わり。

 桜花は衛の事情を飲み込むように一度、深く瞑目する。

 そして衛たちに続いて席を立ち、衛の横に立つ。

 

「……うん? 桜花?」

 

「手、握りましょう」

 

「は?」

 

「教室に戻るまで手を握りましょう」

 

「……いや、教室まで大した距離は……それに急にどうしたし、余計な気遣いは……」

 

「私が握りたいから、握るんです」

 

 そう言って勝手に知ったるかと強引に手を握ってくる桜花。

 突然の行為に衛はやや呆気に取られる。

 

「ふむ……多分、心配は無用のものだぞ?」

 

「別に心配なんてしてません。ただ、何となくこうしたかっただけですよ」

 

「そうか……ならこれ以上俺が何か言うことはないな」

 

 言うと、呆気なく受け入れる衛。

 困ったような微笑を浮かべ、キッチリと握り返す。

 

「お優しい彼女殿で」

 

「羨ましいかよ悪友」

 

「いんや、微笑まし限りだ。それに煽るネタが増える」

 

「言ってろ」

 

 相変わらずな蓮に、衛もまた言葉を返す。

 その身は神殺しなれど衛の日常はこの通りに。

 

 日本列島を巻き込む神と神殺しとの大騒乱の始まりはこのように穏やかな幕を以て始まった──。




漢字の成り立ちもまた重要な意味を持つ。
それを示すために取っといた設定をようやく開示できたぜ……。

普段、何気なく使う言葉や行為、意味も調べると割と楽しいんですよね。
作者も歴史や宗教、神話を調べるほかに名字を調べたりするのが好きなので楽しいです。

某テレビのマイナーな印鑑を押さえているはんこ屋のお爺さんと某大学教授の教授とか見ていて飽きないです。色々な名字があるのだなと。



そんなこんなで、新章。
今まで触れていなかった衛や桜花の身の回りの設定などを開示していく話です。


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九州訪問

Frohe(メリー) Weihnachten(クリスマス)!(怒)

皆様は楽しいクリスマスをどうお過ごしでしたでしょうか。
私は遂に任天堂Switchとポケモン両タイトルを購入いたしました。
遅ばせながら私もトレーナーとして新作ポケモンを堪能することに致します。

時に皆様。クリスマスとは聖なる日であると言うことをご存じでしょうか。
外国ではイエス・キリストの誕生日として家で祝いの家族(・・)パーティーをした後、教会に足を運びミサに参加するというのが定番だそうです・

間違っても『恋人の日』だとか『性なる夜』とか、開祖と教徒たちに不敬極まりない日本のケーキ会社の陰謀によって確立されたクソ巫山戯たイベント、ないし騒ぎを行う日で無いことを、私の拙作であるカンピオーネ!SS……神話・宗教に携わる作品を読んでくださっている皆様ならば重々ご承知の上と信じた上で此処に書かせて戴きます。



 ………怒りの日、終末の時! リア充共は灰塵とッ!!!(ry



 成田空港より二時間と少し、九州は熊本空港こと阿蘇くまもと空港に衛と桜花が到着したのは正午過ぎの事であった。

 

 衛は同じ体勢で固まった身体を解すように伸びをしつつ口を開く。

 

「ん……っと、着いた着いた」

 

「……なんというかまだ一年ぐらいなのに懐かしい気分ですね」

 

「あぁ、今年は色々と濃かったからなァ……俺も神殺しになってからは忙しい生活ばっかりだが、年始めには日本二人目の神殺し誕生、そこから女神との対決、クソジジィ来訪、英国旅行、後輩君とのゴタゴタが続いてたからな。神殺しになる前はこんなにしょっちゅ動き回って……回って……回っていたな、うん」

 

「あ、はは……」

 

 そもそも神殺しになる以前から諸外国に多くの知人を有し、本人もゲーム大会や友人との集まりと称してアジア圏、ヨーロッパ圏、果ては中東と放浪しまくっていたのだ。実の所、今年のように各地動き回るのはそう珍しい事ではない。

 馴れすぎて本人は忘れていたが、今更ながらにそれを自覚する。

 

「でも、そうですね。衛さんが今までどういう風な生活を送ってきたのかが何となく分かったので楽しかったですよ? 外国旅行も初めてでしたが、日本国内にいるだけでは分からない現地の雰囲気が分かって良い体験でした」

 

「そりゃあ良かった。でもまだ一年は終わってないから気を抜かない方が良いぜ、俺も立場が立場だからな。また新たな騒乱に巻き込まれてもおかしくない」

 

「確かに、神殺しというものが如何にトラブルメーカーであることか。この一年でよく分かりましたから」

 

「……そこで俺を見るのはおかしいぞ、おい。少なくとも俺は他の連中ほど進んで騒ぎを起こすようなマネはしてないだろうが」

 

「でも他の人の騒ぎに関わるようなマネはしますよね? ガスコインさんの件しかり先月の恵那さんの件しかり」

 

「アレは向こうから勝手に飛んできたんだ。ノーカンだ、ノーカン」

 

 そう言って口を尖らせて言う衛。

 一年──桜花は過ごしきて分かったのだが、衛という神殺しは確かに自らが火種となって大騒ぎを起こすことは殆ど無い。少なくとも、他の神殺し達と比べれば、遙かに平和な平時を過ごしていると言って良いだろう。

 

 しかし同時に彼はその交友の広さから様々な騒ぎの解決を要求される立場にある。先の英国旅行、賢人議会からの直接依頼などは最たるものだろう。

 火種となることは少なくとも火種に飛び込まざるを得ないという機会は結構な頻度で起こりうるのだ。

 

 なまじ他の神殺しと比べれば比較的まともという評価が逆に庇護者として周囲の頼りを買いすぎるのだ。

 よってトラブルメーカーではないものの、トラブルを引き寄せる体質は他の神殺しと変わらなかった。

 

「別に批難しているわけじゃないですよ。困っている人を助けるのは人として当たり前の善意です。それを実践できる衛さんの良心を私は好ましいと思ってますし」

 

「さよけ。ま、過分な評価ありがとう、と言っておく」

 

 微笑みかける桜花に言葉少なめに応じる衛。

 ……そこで視線を切ってそっぽを向く辺り、彼は分かりやすく純朴だった。

 

 飾り気の無い好意や賞賛を受けることに衛は余り馴れていないのだ。

 

「さて、桜花の実家……高千穂町まではバスで二時間ぐらいか? こういう時、車が使えると便利なんだが、来年は免許取りに行くか……」

 

「そうですね、でも衛さん、免許取っても車が無いとあんまり使わないんじゃ?」

 

「あぁ、一族にカーマニアがいるからな。実家から適当に持ってくれば良いさ」

 

「……そういうのって、勝手に貰ってきて良いんですか?」

 

「いい。実家の蔵に保管されてる奴ならどうせ後生取っとくだけで殆ど使う機会もないだろうしな。叔父上殿に話しさえ通して置けば後はご自由にってね」

 

 閉塚一族は財を貯める癖して使うことは殆ど無い。

 そのため、京都にある実家……閉塚一族の本邸がある『蔵』には江戸時代初期から貯め込まれた財産が数多く死蔵されているのだ。

 それら使わない財ならば一族の総財産として一族に名を並べる者ならば自由に使って良いものとされている。車も一般的な国産の私用自動車から外国のクラシックカー、スポーツカーと十台近く死蔵されていたはずだ。

 

「他にもヘリとか北海道方でプライベートジェットとかも管理してたっけ?」

 

「…………何というか、本当にお金持ちなんですね。衛さんの家は」

 

「稼ぐこと、貯めることが半ば生きがいで本能だからな。因みに俺の両親は芸術家と写真家だ。両方ともフランスやらアメリカではそこそこ名が通ってるらしいぜ?」

 

「らしいって……」

 

「小っさい頃から余り顔を合わせる機会がなかったからな、祖父母に至っては何をしているのか、そもそも生きているかどうかさえ知らんよ」

 

 改めて聞くと凄まじい一族だと桜花は思った。

 桜花自身、母方の血脈は古神道から転じた修験道一派と一般的な家とは画した一族の娘であるが、衛の家の希少性と異質さはそれを越えている。

 

 家事情はどうあれ、家族には、血縁にはあって然るべき家族の情が完全に欠けているのだ。莫大な財産を保有していると、境遇こそ一見恵まれているものの、内情を見れば一概に羨ましいと言えるほど果たして幸せなのかどうか……。

 

「と、俺の家はともかく今は桜花の実家だ。……ふむ、こういうのって、一応スーツとか着た方が良いのか? 持ってきては居るんだが」

 

「すいません、私には何とも……でも身分はまだ学生ですし、そこまで畏まった衣装で無くとも大丈夫だと思います。少なくとも私の両親はそういうのを気にする性格じゃありませんしね」

 

「いやいや、娘に向ける顔とその彼氏に向ける顔じゃ全く別物だろう? こう言うのって。小さな立ち振る舞いやら服装やら口調やらマナーやらで親ってのは相手の格を測るもんじゃ無いのか? 不敬であるって殺されたりしない?」

 

「あの、衛さんは私の両親をどういう目で見てるんですか……」

 

「いや、正直想像も付かん。ラブコメとかギャルゲーとかだとあんまりその後って描かれないし、ネットの情報もあんまし当てにならんからなァ。檀の御老公や宗像の親父なら面識があるからイメージは出来るんだが」

 

 衛の家系が特殊すぎる弊害が此処にあった。

 家族の関係というものにイマイチ覚えがない衛はそもそも家族というものがどういったものであるかを伝聞でしか知らないのである。

 

 ましてこれが挨拶ともなれば脳裏に過るのは『お前なんぞに娘はくれてやるか!』という物語的イメージしかない。一応、失礼にならないようにマナー的なものは一般常識として学んできてはいるものの、それ以上のアドリブは予想できない。

 

「難儀だな。神を殺すより難しいかも知れない」

 

「そんな大袈裟な……」

 

「大袈裟にもなる。俺自身が嫌われるのは全く持って問題ないが少なくとも交際だけは認めて貰えるぐらいにはならんと。宣言した手前格好付かないし、何より大切な相棒だからな桜花は。離れるつもりは毛頭無い」

 

「……そ、そうですか……離れるつもりは無い……ですか」

 

 うーむ、と唸る衛の横で衛の無自覚な発言にやられる桜花。

 秋の涼しい季節なのにパタパタと熱くなった頬を扇ぐ。

 

「──とりま当たって砕けてみるか。桜花、たかちほ号ってアッチだっけ?」

 

「え、あ、はい! こっちで合ってます」

 

 結局、結論は出ないと結論づけた衛は問題を未来に丸投げし、桜花の実家へ向かうことを優先した。

 手続きを済ませた後、二人は成田空港と比べれば遙かに小さいと熊本空港を歩く。高千穂町へと通じるバス停は二番だ。

 雑談を交わしつつ、そこに向かって歩を進めていると。

 

「ん、何だ……?」

 

 ふと、周囲の様子がおかしいことに衛は気づいた。

 

 空港を出れば迎えの車やバスが止まる長い道路。

 休日の土日だからか、長期休みでも無いのにそこそこ賑わっている。

 だが、賑わいはともかく、心なしか周囲がザワついているのだ。

 

 周囲を観察すれば迎えらしき車から降りている運転手や衛らと同じく到着したてらしい人々が大荷物片手に好奇の視線を送っている。

 彼らの視線の先、そこには何者かの来訪者を待つだろう黒いリムジンが熊本空港出入口に数台、綺麗に並んで停車している……。

 

「……有名人でも来てるのか?」

 

「さあ……? でも何か物々しいですね」

 

 リムジンの周辺に立ち並ぶ黒服たちを見て桜花もまた衛と同じく怪訝そうに眉を顰める。普段、詳しくニュースを視聴しているわけではないので断言は出来ないが、少なくとも最近、熊本を外国の貴人が訪れる……などという話は聞いていない。

 それに黒服も恐らく護衛なのには違いないが、警察や警備と比べて明らかに毛色が違う。

 どちらかと言えば堅気じゃ無い職種、マフィアとかヤクザとかのそれに近いような……。

 

「って、おい。雪に、吼える龍の紋様だと……?」

 

 衛は思わず声をあげる。

 黒服の胸元、そこに縫われた紋様には見覚えがあった。

 

 胸ポケットに縫われるのは白い生地に合わせた雪の結晶の数々。縫った人間の仕事が良いのか、結晶のデザインは一つ一つは小さいのにくっきりと分かる。さらにはその雪景色をイメージだろう意匠の中に吼える龍の姿。

 西洋の翼ある龍では無く、アジア圏のイメージを採用しているらしく、鹿の角や蛇の身体と東洋的だった。

 その紋様、衛の記憶が正しければ『ある組織』が掲げる旗印のはず。

 ということはつまり。

 

「──お久しぶりですね、堕落の君。最後に会った新年の集まり以来ですか」

 

「何で日本に居るんですか、雪さん」

 

 『雪華会(シュエフゥアフェイ)』──首魁、(ヂァン)雪鈴(シェエリン)

 中華系マフィアを取り纏める女当主にして武の達人。

 サークル『女神の腕』に列席する幹部の一人が何故かそこに居た。

 

 

 

 

 熊本県道28号こと熊本高森線を進む六台のリムジン。

 前後を挟む車の運転手はギョッと瞠目し、偶々居合わせた覆面パトカーは明らかに異常な一行を前に、警察本部へ連絡を取りながら追跡をする。

 

 そんな注目に注目を集める当のリムジン群の一つに衛と桜花は乗車していた。

 

「……あのさ雪さん。これ、すっげぇ目立ってるんですけど」

 

「その様ですね。はて……? 表だって私の出立がバレぬよう、極力隠密を心がけるようにしていたのですが、やはり外国人の集団は珍しいと言うことでしょうか? 空港でも意図せずかなりの衆目を集めてしまいましたし」

 

「いや、まず原因がそこじゃないことに気づこうぜ……」

 

 見当違いな点に注目する目前の妙齢女性に、衛は頭が痛いとばかりに虚空を仰ぐ。

 少しばかり天然が入っているのは知っているが、日本でもこの調子とは。

 

「ていうか風さんは? 何で側近のあの人が居ないんですか……」

 

「風は置いてきました。仮にもこの私が不在しているとなると不届きな輩が現れかねませんからね。私たちの本拠地で今も色々と工作中ですよ」

 

「あぁ、なるほど。あの人が居ないからブレーキが効かないのね」

 

「はい?」

 

「いや、コッチのこと」

 

 彼女に口出しできる常識人枠の不在。

 どうやらそれが彼女が此処まで常識を無視している理由だったらしい。

 会話に参加する事無く黙々と運転を続ける黒服に視線を送ると視線を送った先の黒服が諦めたように首を左右に振る。

 

 ……流石に当主相手に下が意見の具申は出来ないらしい。

 特に武闘派である彼らの組織においては尚のこと。

 

「衛さん、衛さん」

 

「ん?」

 

「この方々は一体? 話は後でと言って取りあえず、リムジンに乗せられてしまいましたが、そろそろご説明をお願いします。話を聞くに知己の方であるそうですが」

 

 我慢できなくなったのか桜花は衛の袖をちょいちょいと引いて問うた。

 目前には一人の女性──その容姿は美人の一言に尽きた。

 

 女性としてはスレンダーながらも女性らしい肢体を雪をイメージした白と水色のチャイナドレスで包んでいる。

 

 ドレスと同色の雪のように真っ白な長髪を後頭部で纏め上げ、透徹とした深い輝きが印象的な青い瞳は、見る者に夜の静けさにも似た鉱物的な美しさを与える──。

 月下美人という言葉が脳裏を過るほどに美しい妙齢の女性であった。

 

 どこか浮世離れしたこの人物、数多の黒服に囲まれていた妙齢の女性と衛との関係性が桜花は全く思いつかないのだ。

 

「あー、この人はな……」

 

 桜花が思うだろう当然の疑問に衛は頭を掻きながら困ったように口を開くが、すっと先方の女性が手を翳し、自らが説明すると合図を送る。

 

「堕落の君、ここは私が」

 

「ん、分かった」

 

「では……こうして会うのは初めてですね桜花さん。僭越ながらも『堕落王』旗下、『女神の腕』に列席する幹部が一人、張雪鈴と申します。王が伴侶である女王の君にあられましては今後ともどうか、よしなに」

 

 広げた手に拳を打ちながら礼を取る雪鈴。

 武人か、貴人のように礼を払った挨拶は英国で出会ったアリスとも違った緊張を桜花に与え、自ずと背筋が伸びてしまう。

 

「こちらこそ……その、姫凪桜花です。よろしくお願いします」

 

 戸惑うように応じる桜花。

 それに対して何処か臣下の礼じみた調子で頭を下げる雪鈴。

 傍から見ても明らかに堅い二人に衛は呆れたように声を掛ける。

 

「雪さん、そんなに畏まっちゃあ桜花も逆に緊張するだろ。それに別に俺は知っての通りだし桜花も礼節を重んじるわけじゃ無いからな、いつも通りで良いと思うぜ?」

 

「そうなのですか?」

 

 不思議そうな顔をする雪鈴。

 ……恐らくだが、『女神の腕』の定期報告会で桜花が剣術の達人と言うことからガッチガチの武家をイメージしていたのだろう。向こう流とはいえ、礼節を重んじる辺り特に。

 

「てか、そうだ蓮。何で雪さんが来るってのに何の連絡も無かったんだ?」

 

「ふむ? 蓮には予め王に伝えておくよう言っておいたはずですが……」

 

「なに……?」

 

 雪鈴と衛は揃って首を傾げる。

 蓮はアレでホウレンソウはキッチリした性格をしている。

 故に事前に連絡があれば間違いなく衛に伝えるはずだ。

 

「いや、待て……携帯。そういえば飛行機では電源落としてたな」

 

 もしかして、と衛は携帯端末を取り出し電源を入れる。

 ──十時三十四分、メールあり……。

 

「ああ、すまない雪さん。見逃してたのは俺みたいだ」

 

「そうでしたか、いえ、私ももう少し早くご連絡を入れておけば良かったですね」

 

 どうやら飛行機に搭乗した後に連絡があったらしい。

 互いに不手際を謝りながら衛と雪鈴は早速、本題へと移った。

 

「で──雪さん、何で貴女が九州に居るんだ? 中国から貴女が態々、外に出てくること自体珍しいのに、まさか日本まで来るなんて」

 

 雪鈴は『雪華会』……中華系マフィアの首魁であり、中国に根差すヤクザの人間である。

 曰く、二十世紀に猛威を振るった『青幇』の三頭領が一人、張嘯林の末裔とまことしやかに囁かれる血脈で彼の後を引き継ぐようにして日本、中国間の裏ルートを独占する一大組織として今日に至ったという。

 

 血脈うんぬんは噂程度でしか無いが、実際に彼女の組織が持つ力は強く、構成員の多くはバリバリの武闘派。

 雪鈴自身もまた武術の達人として八極拳を修めており、その腕では中華でも一、二を争う。

 香港系の堅気じゃ無い家柄に生まれた新参気鋭の武術家を一方的に叩きのめしたこともあるとか。

 

 そんな彼女だが、普段は暗闘絶えない中華の地から動くことは無い。

 彼女の組織に勝てないと見込んだ他のマフィア達が政治的な力を用いてあの手この手で噛みついてくるからであり、それ故、彼女は早々に自らの巣穴を不在にするわけにはいかないのである。

 

 だからこそ、彼女がこうして日本に居ること事態、異常事態であった。

 相当な事態でも無い限り彼女が巣を空けるわけが無いがゆえに。

 

「先日の事です。陸家に当てていた監視員からの報告がありました。陸鷹化に動きあり、と」

 

「陸鷹化?」

 

 猛禽を思わせる鋭い目つきで警戒を促す雪鈴。

 だが、当の衛は聞き覚えの無いその名に小首を傾げるのみ。

 陸家──話からして恐らくは雪鈴の同業社であるのだろうが……。

 

 と、イマイチ反応が悪い衛とは対照的に意外な人物がその名に反応する。

 

「陸鷹化というと……まさか、羅濠教主の直弟子、陸鷹化ですか!?」

 

「羅濠だと……?」

 

 驚愕を口にする桜花。

 衛の方も今度は聞き覚えのある名にスッと目を細める。

 羅濠教主。その名が思うとおりの者ならば、中華の地に根差す衛と同じ神殺しであり、かのヴォバン侯爵に並び恐れられる三桁の時代を魔王として君臨する古参の王である。

 

「ええ、掌底絶大などと称されるあの口の悪い小僧です。あの小僧自体は生意気なだけの取るに足らない男ですが、その師……羅濠教主は話が別だ。特に今回は小僧が山から下り、態々、家の力を使っていますからね。十中八九、教主の方に動きがあったのでしょう」

 

「クソジジィと同じ世代の魔王が動くか……全く良い予感がしないな」

 

「ですね……それで雪鈴さん? その陸鷹化は一体どちらに? 貴女が此処に居ると言うことはまさか……」

 

「雪で結構ですよ桜花さん。皆、私をそう呼びますから、そして問いには貴女の想像の通りに、と。念のため、日本の監視網を強めていれば補足できました。関東に、陸鷹化の姿ありと」

 

「ということは噂の羅濠教主の用事は日本(うち)にありって訳か……雪さん、使いっ走りの動きは分かったが、肝心の神殺しの様子はどうなんだ?」

 

「そちらは何とも。普段は廬山に坐しているとの事からそちらの監視の目を強めたのですが、強めた先から連絡が途絶えたため何とも。そうで無くとも羅濠教主といえば、武林の間では神殺しの名を置いても高名な方あり、武術、呪術両面においても卓越した御仁ですから。補足するだけでも困難かと」

 

「そうか……」

 

 衛たちの世代──いわゆる近年において神殺しとなった世代は『新世代』と呼ばれるが、今より百年前以上に神殺しを成した者は『旧世代』と呼ばれる。

 そして件の羅濠教主は、旧世代の神殺しであり、あのヴォバン侯爵とも幾度か矛を交えたという。

 

 彼女のことは見聞でしか衛は知らないが、毛嫌いしているとはいえ、ヴォバン侯爵が神殺しとして卓越した存在であることは十二分に心得ている。

 奴と矛を交えながら未だ現存し、君臨しているその強さ。

 どのような状況であれ、勝機を見いだすのが神殺しであり、強さに格を付けることに意味は無いと承知しているが、神殺しの中でも羅濠の強さはヴォバン侯爵に並び群を抜いていると言えるのでは無いだろうか。

 

「そんな女が一体日本に何の様なんだか……」

 

「さて、それは流石に分かりかねます。何分、私の目は呪術方面では疎いですからね。もしかしたら私よりも正史編纂委員会や賢人議会の方が何か知っているかもしれません。蓮も洗ってみると仰っていましたし」

 

「成る程ね……」

 

 雪鈴は確かに仕事柄、その筋の話題にはかなり見知が広いが、魔術的な組織ではないが故、魔術方面でのアプローチを苦手としている。寧ろ、苦手としているところでキッチリ神殺しの動向について、把握できている辺り、やはり彼女の手腕は並では無い。

 

「雪さんが日本にいる理由はよく分かったよ。でも、それなら貴女の部下に適当に伝令を使わせれば良いだけなのでは? 確か雪さん所は横浜に支部があったはずだろう?」

 

「ええまあ……ただ問題がもう一つありまして。そちらを鑑みるに王の下に『手』が多くあった方が良いと判断してこうして参じた次第です」

 

「もう一つの問題? あー、雪さん、既に嫌な予感がしているんだが……」

 

 雪鈴の言動と事ここに至って気づいた、彼女が手勢を連れているという事実。

 そう、隠密と称しているにも関わらず少なくない部下と共に日本入りしているということは、彼女自身、少なくない部下が必要と判断したからに他ならない。

 武闘派で名を通す彼女たち一行の手が、である。

 

「我々の界隈……『幇』で動きがありました。日本の華僑が騒がしくなっていることと、それからイタリアに君臨する神殺し、『剣の王(マスター・ソード)』サルバトーレ・ドニが行方不明になった、と」

 

「なっ!」

 

「……うーわぁ」

 

 続く凶報に桜花は驚愕の一声を、衛は壮絶嫌そうに頭を抱える。

 『旧世代』の神殺しと『新世代』の神殺し、両名に動きあり。

 それも等しく日本に向けて動いたとあってはもう良からぬ予感しかしない。

 

 どうやら今回の九州訪問、挨拶を済ませるだけではすまないようだ。

 動乱の気配はすぐそこに。

 少なくとも現時点で四人の神殺しが一つの国で相対することになる。

 

 

 《神祖》暗躍、神々の王の謀略。

 そして重なり合う神殺したちの狂奔。

 

 極東を舞台に乱痴気騒ぎの幕が開ける────。




中国語は適当なので用語や名前は普通に日本読みでも可。


さて、名前は少しだけ出ていた『女神の腕』幹部の一人、登場です。

雪さんこと張雪鈴。
実は過去に修行中の頃とは言え陸鷹化をボコったり、そのせいで陸鷹化は教主のご機嫌を損ねてボコられたり……陸鷹化の女嫌いを加速させた御仁です。
ヤーさんの女当主でもあります。そして若干、天然。



てか、我がことながらこの方もオリ設定極まってんな……。
そろそろネタバレ込みで活動報告に幹部の設定メモっとくか。


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集合、九州の皆様

やあ、明けましておめでとう(震え声)
……まだエタって無いヨ? 迷走してただけだヨ?


時に自分が迷走している間にカンピSSの大御所が君臨してますね。
それにカンピオーネ二次の数が……良いね。非常に良い。

他SS作者の名を挙げるのはアレなんで一応伏せますが、相変わらず面白いですね。読んだことが無い方はオヌヌメします。

あのSS、ホント作者を尊敬しますよ。
だって小説リストに《完結》済みがいっぱいあるんですぜ?
思うに良い作者っていうのは物語を完結できる人だと思うんだ。


……エタ作者を信用してはならない(戒め)



 高千穂町と高千穂山。

 同じ九州は宮崎県にある二つだが、それぞれ別所にある。

 前者は宮崎県の北端部、熊本県に隣接する位置に存在しており、県外から観光に訪れる場合などは熊本空港から向かった方が早いほどだ。

 実際に熊本の観光案内でも観光地として高千穂町の名が上がるほどに高千穂町は北の末端にあった。町の北東部にかけては祖母山を挟んで大分県とも隣接いる。

 

 宮崎県の末端にあるせいか、宮崎主要市内より熊本県から直接、向かった方が近く、住民が利用する公共機関も殆どが熊本県の繁華街や郊外ショッピングモールであることが多いのは推して測るべしである。

 

 いうなれば田舎。しかしそれも地形を見れば仕方が無いだろう。

 九州山地の中に存在する高千穂町は周囲を山や峡谷に囲まれており、町として栄えるには地形が悪いと言えよう。

 

 だが、人の栄えから隔離された山岳地帯だからこそ、神秘も輝きを増す。

 高千穂町は日本神話において、諸説多き天孫降臨が行われし地の候補として挙がり、そしてこれまた諸説多き、天照が身を隠した天岩戸も真実かどうかは置いて、この地に存在している。町内にはそれを崇める天岩戸神社も存在している。

 神話根差す霊峰。

 そう言った意味では宮崎県の西部に存在する桜花が育った高千穂峰と何ら遜色はないと言えよう。

 

「──私の両親と祖父は別々に暮らしてます」

 

 町内にある桜花の実家に向かう道すがら、衛は彼女の家族について耳にしていた。

 

「元々、父は私の祖父……衛さんも面識がある行積老師が頭領を張る霧島衆に属していたんですが、こちらの高千穂町でこちらの高千穂町に住んでいた巫女、私のお母さんと婚約するに当たってこちらに引っ越してきたそうです」

 

 高千穂町に来るまでに同行していた雪鈴とは既に別れている。

 今回はこちらの顔見せだというのに流石に黒服数十人を連れた女当主を同行させるわけには行かないし、そもそも彼女は今回の衛たちの目的において外様である。

 ゆえに高千穂町は高千穂神社にほど近いホテルにて待機している。

 

 そんな訳で衛たちはひむか神話街道という道を桜花の実家がある天岩戸神社方面に遡る。

 沿線には日本書記や天孫降臨、古事記にまつわる神話やこの地で有名な神楽などの伝統芸能を始めとした神話の名残りというべきものが様々な神社や亭が見受けられる。

 天岩戸神社を起点に広がる観光ルートは桜花の生まれ育った町を知るのに丁度良い道であった。

 

「なので私の実家は高千穂町にあるんですよ。私も小学校を卒業するまではこちらに住んでいましたし、霧島衆……もとい高千穂峰の老師の所で本格的な修行を始めたのは中学校に上がってからだったりします。尤も、修行自体は幼少期から行っていましたが……」

 

「なるほどね……ん? ってことは桜花の母君は修験道じゃないんじゃ……」

 

「はい、母はこの街の巫女……つまりは神道における巫女です。沙耶宮さんや恵那さんのように霊力に富んだ特別な巫女というわけではありませんが、地元では『舞姫』などと呼ばれる神楽巫女です。私がこっちに住んでいたときは現役でしたが、今はもう引退して、『舞姫』は私の同級生が継いだと聞いています」

 

「他宗教同士で結婚したのか……つーか悪い、『舞姫』って何だ?」

 

「日本の宗教は西洋ほど雁字搦めじゃありませんからね。それに今や御家を存続させることは全国の呪術家系の課題です。霊能者同士を結びつけるために宗教を跨ぐことは割とあるんですよ。それから『舞姫』というのはですね──」

 

 地元に戻ってきたからか、いつもより饒舌に語る桜花。

 そこそこ彼女とはそこそこ長い付き合いの衛であるが、いつもは一線引く気質の強い桜花が自らの事情をこうも舌滑りよく語るのは珍しい。

 やはり帰郷するということは個々人によるが、特別なことなのだろう。

 

(俺はどうもその辺り、分からないからな)

 

 それは京都の実家にも家族にも思い入れがない衛には分からない感情だった。

 無論、地元には顔なじみや友人も多く、帰れば彼らと懐かしきを語り合う事だってあるが、それは旧友に出会った際に交わし合う旧い話と同じだ。

 地元に、家族や実家に思い入れ在りきの帰郷とは全く別の感情であった。

 

「……衛さん、どうしましたか?」

 

「いや、何でも無い。それより、その『舞姫』が舞う高千穂の夜神楽っていうのについて詳しく。この町では観光客に見せるほど有名な奴なんだろ? 国の重要無形民俗文化財にも指定されている」

 

「あ、はい。高千穂の夜神楽は高千穂神社で奉納される神楽で、それを踊る巫女を私たちは『舞姫』或いは『舞巫女』と呼んでいるんです。まあ媛巫女みたいな能力ありきのものでは無く通称のようなものですね」

 

「そうか、神楽を踊る巫女のことを『舞姫』と呼んでいるんだな」

 

「そうです。それと高千穂の夜神楽ですが、衛さんも仰られた重要無形民俗文化財に指定されている神楽で今は神道信仰の祭儀としてのものになってますが、その起源は、修験道、陰陽道、仏教の影響を与えた日本文化の織りなす様々な文化背景を軸に起こった特別な神楽なんです」

 

 曰く、高千穂に伝わる神楽の中でも最古の型と呼ばれるもので高千穂町では毎年の祭りに際して伝統的に踊られる者だ。

 踊り手は基本的に男性の型が務めるのだが、姫凪を初めとした幾つかの家は巫女が舞うことがあるという。というのも嘘か誠か天孫降臨の地と呼ばれる高千穂町には幾つかの家系がそこに系譜を求めており、取り分け桜花の実家の周り……天岩戸神社周辺や荒立神社にある呪術家系はアメノウズメに歴史を求めることが多く、そのため神楽を踊る巫女として女性が高千穂の夜神楽を演技することが多いのだとか。

 

「じゃあ桜花の母君の家は真偽はともかくアメノウズメに起源を遡るのか」

 

「ですね。姫凪という名字も元は『ひめなぎ』ではなく『ひな』と呼んだそうですし、字も妃納(ひな)と今とは全く違う感じで書いたそうです」

 

「へえ、さすが神事家系、家系図には歴史ありってことか」

 

「馨さんや恵那さんには及びませんけどね」

 

「歴史なら向こうに勝てそうな話だが……」

 

 アメノウズメに起源を求めるとなれば相当に古い家になる。

 ともすれば、元公家の沙耶宮や戦国武将も輩出したという清秋院などの歴史を上回るものとなる。

 だが、それに対して桜花は苦笑するように首を振る。

 

「私の家は明治時代以下の歴史は明言できませんからね。そういう意味では歴史は衛さんの家の方が高いと言えるかも知れませんね」

 

「そういうことか」

 

 正史編纂委員会にて重役を務めるような歴史的名家と異なり、『民』の家系である桜花の実家は霊力は確かなものでもその出生は不確かであるのだろう。

 真偽はともかく、とはそういうことだ。

 

「しかし、話の流れから察するにこの高千穂町には桜花の家以外にも結構な呪術の家系があるんだな」

 

「はい。私が知る限り十数は呪術に関係のある家ですね。歴史ある高千穂神社や天岩戸神社の神主さんたちの家は勿論のこと、『民』の呪術者たちも結構いますね。私の友人の────」

 

 丁度、桜花が自身の交友関係について語ろうとしたその時だった。

 

「──あれ? 桜花?」

 

 狙い澄ましたようなタイミングで降りかかる声があった。

 反射的にそちらに目を向ける衛と桜花。

 そこには桜花や衛と同年代ぐらいの、赤みがかった黒髪の少女が一人。

 

「……紗那ちゃん?」

 

「うーわ、桜花、桜花じゃん! 久しぶり! 元気だった!? ていうかいつの間に里帰りしてたのよ! 言ってくれれば空港まで迎えに行ったのに!」

 

「わ、わ! 紗那ちゃん、そんないきなり……」

 

 天真爛漫を形にしたような笑顔を浮かべ桜花に抱きつく少女。

 受け止めた桜花は驚きながらも嬉しそうだ。

 そんな二人の態度を見て、二人が知己であるのを察するにそう時間は掛からない。

 衛は再会を分かち合う二人が落ち着くのを見計らって声を掛ける。

 

「ん、桜花。できれば説明」

 

「……あ、すいません衛さん。この子は火処紗那ちゃん。私の同級生で……」

 

「って、桜花そっちの人は? 桜花の彼氏さん?」

 

 桜花が自身の友人らしい少女について紹介しようとすると、それよりも早く、紗那ちゃんと呼ばれた少女は揶揄うような笑みで桜花に衛の存在について問うていた。

 

 どうやら第一に受ける活発な少女という印象は正しいらしい。

 落ち着きのある桜花とは真逆の性格だが、だからこそ馬が合ったのか、或いは同じ呪術界に身を置いていたからなのか、彼女たちの関係はともかく、少女の疑問に対して桜花より先に衛が肩を竦めながら答える。

 

「どーも、彼氏の閉塚衛です。今回は桜花の実家にご挨拶に参った次第。察するに桜花のご友人であろう火処さんにおかれましてはどうかお見知りおきを」

 

「ちょ、衛さん!?」

 

 悪戯でもするようにやや芝居がかった動作で自己紹介する衛。

 紗那に合わせてのこの挨拶だろうが、桜花は驚愕と焦りを覚える。

 というのも、此処は良くも悪くも田舎(・・)だ。

 

 ……地元愛や家族を知らぬ衛には分からないだろうが、ここは田舎(・・)なのだ。

 桜花は先にそのことについて衛へ説明しておくべきだった。

 しかし、もう遅い。

 

「………………彼氏さん? 誰の?」

 

「桜花の」

 

「桜花の?」

 

「桜花の」

 

 呆けたように問う紗那と頷く衛。

 二人は顔を合わせながら奇妙な間を持っていた。

 

「………」

 

「………」

 

「まこっちゃ?」

 

「……まこっちゃ」

 

 ニュアンス的に『本当に?』的なものだと察して返す衛。

 頭の片隅で桜花は方言で喋らないな、などとどうでも良いことを考える。

 そんな衛とは対照的に紗那はわなわなと驚愕に震えている。

 

「お、お、お……!」

 

「お?」

 

「桜花が彼氏連れてきーちゃがぁーーー!!?」

 

「む……」

 

 そういって叫びながら走り去っていく紗那。

 遠ざかる背を眺めながら衛は頭を掻きつつ反省する。

 

「思いの外、驚かせすぎたか」

 

 衛としては親しみと紹介を兼ねた冗句だったのだが、相手はそれ以上に突然のカミングアウトに驚愕してしまったようだ。

 確かに往年の友人が彼氏連れで里帰りというのは驚愕に値する事件だろう。

 そんなことを考えている衛に桜花は困ったように話しかける。

 

「あー、衛さん。これは大変なことになったかもしれません」

 

「大変?」

 

 桜花の言葉に首を傾げる衛。

 それを見て桜花はやはり察してないと頭を抱える。

 

 ──これは都会ぐらいが長いと忘れることであるが。

 古来、人々の生活とは助け合いで成立ってきた。

 

 隣の家の住人の顔すら分からないというのが当たり前となりつつある現代とは異なり、隣人同士助け合って暮らすのが古き良き人々の営みである。

 困っていたら手を差し伸べ、悪さをしたら他の家の子だろうと叱る。

 そういった村ないし町全体で皆が助け合い支え合って暮らすのが旧き時代の営みである。

 つまり──何が言いたいかと言えば……。

 

「衛さん──インターネットも情報の伝達は早いですけど、場合によっては田舎のネットワークはそれ以上なんですよ」

 

「はい?」

 

 衛は知らなかった。

 恋愛沙汰を田舎で語る──その危険性に。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「全く、ひょかっ帰ってきたらたまげるがー!」

 

「はよ、こっちこんね! で、で? 二人はどう出会ったっちゃ!?」

 

「酒じゃ酒じゃ! 今日は目出度い日じゃー!」

 

「ちょっと皆せかましがー! 話が聞こえないぢゃろが!」

 

 半ば異国の言語に聞こえてくる方言混じりの言葉達。

 桜花の実家……その客席で数十人の人々が酒やら料理を並べた長机に向かいながら喧々と飲めや祝えや騒げやと言わんばかりの大騒ぎ。

 騒ぎの中心、席の上座に座らされた衛は桜花と隣り合いながら一言、

 

「マジか」

 

 頭が痛いと桜花が予見した現実に呆然とする。

 

 衛が余計なことを言ってから僅か十数分。

 桜花の実家に辿り着いた二人が目にしたのは紗那に言ったことを僅か十数分の間に聞きつけてやってきた町の住人達であった。

 まず着くや否や質問攻めに遭う二人、次に桜花に彼氏が出来たとあらん限り驚愕と祝福を叩きつけられる二人、そして気づけばこの通り、桜花の帰郷とお目出度い話は近隣住人を召喚しての宴へと発展していた。

 

「──さて、桜花。こういう時、俺はどうすればいい?」

 

「取りあえず、今は大人しく祝福される(サンドバック)しか無いかと。元は衛さんが撒いた種ですし、まあこれも仕方ないのでは? どちらにせよ、私の両親に話を通せば早かれ遅かれ、こうなっていたでしょうし」

 

 某司令官のように机に両肘をついて、重々しく問う衛に桜花は諦観混じりの言葉を投げる。

 もはや町内中、とは言わなくとも桜花の家と地元付き合いのある人間には今回の帰郷と目的について殆ど知れ渡ってしまった。こうなってしまえば、宴が落ち着くまで大人しく騒ぎもとい祝いの席の仲人に静座するしかあるまい。何せ、抜け出そうにもこれでは抜け出せない。

 

「つーか、俺。挨拶しに来たはずなのに未だに桜花の両親の顔見てないんだが」

 

「ああ、それなら……あ、お母さん! ちょっといい?」

 

「はいはい、お刺身お持ちしましたよーってどうしたの桜花?」

 

 丁度、長机に大皿を持ってきた女性に声を掛ける桜花。

 すると給仕を務めていた亜麻色の髪を持つ女性がエプロン姿のままパタパタと駆けつける。

 

「えっと……衛さん、この人が姫凪桜梅(ひめなぎおうば)さん、私のお母さん何ですけど……」

 

「はぁいどうもー、桜梅です。慌ただしくてごめんなさいねー」

 

 桜花の紹介にやんわりとお辞儀をする桜梅。

 極々自然に給仕をしていたせいで気づかなかったがこの人こそ桜花の母親らしい。

 しかし、その前に衛が思ったのは、

 

「いや、若くね?」

 

 おっとりニコニコと微笑む女性。

 その容姿は改めて見ると桜花を少し大人にした感じの、丁度成人を迎えた頃にはこのようになるだろうという桜花の未来を思わせる姿だった。

 

 いや、何も若々しいことは別に悪いことでは無い。

 ……無いのだが、どう見ても二十代後半にしか見えないのは色々と不味いのでは無いだろうかと衛は思った。

 

「あらあら、そう見えますか? ふふ、ありがとう、嬉しいわ」

 

「っと、失礼。口が滑りました。初対面の相手に使う言葉じゃ有りませんでしたね」

 

 相手方は嬉しそうに微笑んでいるが、衛は思わず失態に口を押さえる。

 流石にいつも通りでは今回に限っては礼を損じる。

 

「俺……いえ、私は──」

 

「存じておりますよ閉塚王。御身の武名の武名は我が日本国内においても広く知れ渡っておりますから。それに礼をし損じていたのはこちらですわ──初めまして、私は姫凪、姫凪桜梅です。我が不肖の娘がいつもお世話になっております」

 

 そういって正座をしながら丁寧に礼する桜梅。

 娘をしてこの母ありと言うべきか丁寧な所作には一片の淀みも無く、いっそ美しいと感じ入るほどに完璧であった。衛をして、反応が遅れるほどに。

 

「……いえ、礼に関しては私こそ。確かに我が身は神殺しの王なれど、従者のご両親に挨拶を伺った場で偉ぶる事こそ無礼千万。この場は一個人として従者の実家に伺った次第ゆえ、どうか畏まらずに。改めまして、私は閉塚衛。京にて商いを行う一族の末席に座る若輩でございます。どうぞ、よしなに」

 

 礼には礼を持って返す。

 普段の様はともかく、これで衛もまた京の良家出身である。

 口調を改め、桜花の母、桜梅に対しこちらも丁寧なお辞儀をする。

 

 一方、その横では桜花が驚愕と戦慄を顔に浮かべていた。

 まるで複数のまつろわぬ神が顕現するような非常事態を目にした顔つきで、

 

「衛さんが、丁寧調ですと……!?」

 

 こちらも普段は絶対に使わないだろう口調で驚きを口にする。

 

「……おい、桜花。それはどういう驚きだ、流石に失礼だろ」

 

「なんと無礼な……桜花さん、親しき仲にも礼儀あり、ですよ。貴方と閉塚さんのやり取りから貴方方が親しいのは分かりますはそこはそれ。この場においては少し弁えなさい」

 

「す、すいません……あれ? 何で私が怒られているんでしょうか?」

 

 挨拶に来たはずの彼氏と挨拶をされに来た母親に何故か怒られる娘。

 通常は成立しないはずの二者説教に桜花をして困惑する。

 

「すいませんね、閉塚さん。娘が失礼をば。この様を見ているに普段から貴方にはご迷惑を掛けていらっしゃるのでしょう?」

 

「いいえ、とんでもございません母君。彼女には助けられる機会も多く、私の方こそ頼りにさせて貰っている次第。迷惑、と言うのならばそんな彼女を戦場へと立たせている我が身の不徳こそを差して言うべきでしょう」

 

「それについてはこれ娘の責任。貴方様が神殺しの御君で在られることは百も承知。承知の上で娘は貴方に仕えようと決断しております。ならばこそ御身と共に戦場に立つことを批難するのは筋違いでありましょう。それに守られるだけならば従者にあらず、王に付き添い、共にその王道に従事してこその従者であります。娘の覚悟に私が口に出すべき言葉はございませんよ」

 

「それでも、です。家族の情には縁が薄いとは言え、親が子を心配するのは当然、という常識程度は私も解していますが故に」

 

「……あれ? 衛さんが挨拶しに来たはずですよね。何故、私が……」

 

 普段見慣れない応酬を繰り返す衛と母親に桜花は納得いかないと首を傾げる。

 確かに忘れがちだが、衛は神殺し(カンピオーネ)

 界隈においては至上の経緯と畏怖を集める覇者である。

 

 だからこそこうして自分の母親が親という立場を置いて礼を払うのは可笑しくない。

 無いのだが……。

 

「──また従者という事実をおいても良き理解者としてプライベートでもお付き合いさせて貰っていますから。改めまして、ご挨拶を。姫凪桜花さんとお付き合いさせて貰っている閉塚衛です。此度は今後とも清いお付き合いをさせてもらうため、ご挨拶に伺った次第、どうかその是非について認めてくださるようお願い申し上げる」

 

「はい──こちらの方こそ我が娘に御身が至上の寵愛を戴けること、誠に光栄でございまする。本来ならば家を仕切る主人にこそ御身との拝謁を致す所ではありますが、神事にて今は不在のみ。ゆえ、私が代表して申し上げます。そして────これは私情ですが……どうか娘をよろしくお願いしますね、衛さん(・・・)

 

「しかと、その言葉承りました。我が盾の武名に掛けて必ずや」

 

「いいえ、いいえ不要です。娘は人の身でありながらも覇者に相立たんとする身。なればこそ心配も気遣いも無用でしょう。ただ終生を共に出来ればそれこそ本望というもの──諌言する無礼を承知で言葉を贈らせて戴きますが、御身は些か下の者への慈悲が行き過ぎるようにお見受けします。御身は覇者なれば、時として下の者を威を以て無言のままに従えるも相応しい振る舞いであるとご承知戴ければと思います」

 

「諌言、受け取りましょう。成る程確かに、過ぎた保護はそれこそ彼女の覚悟に礼を失っていますか」

 

「………」

 

 無いのだが、何故だろう。

 釈然としない。というか、あれだ。

 

(……むぅ)

 

 衛や母の言葉に言いたいことは別に無いのだが、自分の知らない(・・・・・・・)衛の顔、言葉があるのが少々、いや、ちょっと、いや、多少気に食わない。

 それは確かに神殺しとなった黎明期やそれよりも過去から衛を知っている『女神の腕』の面々やその他、彼の友人らと比べれば桜花の付き合いは短い方だと言えるのかも知れないが、共に居た時間、隣を連れ添った時は他の者たちに勝らずとも劣らぬと自負しているし、彼と共に戦場に立ちもする。

 

 絆や恋情に差違を求めるつもりは毛頭無いが、それはそれ。

 恋人に己が知らない顔があるというのは……嫌だ。

 例え、それが外向きの普段と多少言葉が違う程度のものであろうとも、だ。

 

「………」

 

 そこまで考えて桜花は、彼女にしては珍しく不機嫌そうな顔で衛と自分の母のやり取りを見て、ついで主役そっちのけで盛り上がる宴に目をやる。

 祝いの席と言えば聞こえは良いが、所詮、酒を飲んでどんちゃん騒ぎするための口実として集った連中である。衛と母親が挨拶を交わし合うのを見て空気を読んだ住人たちは先ほどから完全に蚊帳の外で騒いでいる。

 ──心がざわつく、己の琴線を羽毛が擽るような、ちょっとした不快感。

 

「……ん、桜花?」

 

 ふと衛は己の相棒の異変に気づく。

 果たしてそれは権能によるものか長年の付き合いか。

 桜花が珍しく、いや、今まで見たことがない不機嫌な状態であることを察した。

 

「──衛さん」

 

「どうしたんだ──っておい、ちょっと……」

 

 不意に桜花は憮然とした顔つきで衛の袖を引きながら立ち上がる。

 衛は相棒の見たことも無い態度に困惑した。

 だが、件の相棒は真意を悟らせぬまま衛を引っ張りながら、

 

「私の部屋に行きましょう」

 

「は、え? ────いや、ハァ!? ちょっと待」

 

「待ちません」

 

 三歩下がって師の影を踏まずとは旧い言葉だが、それを体現するように今まで衛に対して一歩下がったような有様で接していた桜花に有るまじき傍若無人さで客間の襖を引いて、衛を引っ張りながらその場を辞す桜花。

 その去り際に先ほどまで衛と話していた自分の母親に向けて一言。

 

 

「お母さん、衛さんは私の部屋で寝ますので、後で来賓用の布団一式、持ってきますから」

 

 

 割と爆弾発言に当たる衝撃的な言葉を残してピシャリとやや勢いよく締まる襖。

 

 衛と話していた桜梅も、騒いでいた近所の住人たちも沈黙する。

 静まりかえる宴会会場。

 

 だが、次瞬。

 

「あら、あらあらあらまあまあまあ!!」

 

 という桜梅の発言をきっかけに先ほどの喧噪が先ほど以上に戻ってくる。

 

「うおおおおおお!!? お嬢マジか! マジなのか!!」

 

「今日は目出度い、目出度いぞォ!! もっと酒を持ってこい、ガハハハハ!!」

 

「ごつたまげたじゃが……まさかお嬢がなぁ」

 

「明日は赤飯っちゃ!!」

 

 恐らく本人の意図した所では無い意味で受け取る愉快な住人達。

 この上なく傍迷惑な二次会が始まった。




本編の宮崎弁は一応調べましたが適当。
方言めっちゃ難しいんやもん、しゃあないやん?


しかし今回はマジで難しかった。
何せ挨拶とか陰キャには永遠に訪れないイベントでしたからね。
……今更、王様ポジ持ち出して逃げたのは許してつかぁさい。

そして今回初登場の桜花ママ。
桜花ママはふわふわした桜花をイメージしております。
普段はどこかぽけーっと締めるときは締めるみたいな。


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昼想夜夢

実は読破して居なかったカンピオーネス最終巻読破。
つーかまだ続くのか、カンピオーネ……。
嬉しいような、綺麗の終わって欲しかったような……。

まあ面白いんだから良いんですけどね!
ていうか世界滅亡とか原作で割と普通に起きるんですね。

……ふぅん、よくあることか。
そうか……へえ(プロットを弄り始めるキーボード音)


 ふと──夢に見る。

 

 元々、私が霊験に長けた巫女だからだろう。

 嘗てクリームヒルトに憑依され(呪われ)たことや、そして権能による彼との繋がりを持つせいか、時折私は夢ならざる夢を見る。

 

 それは彼が体験した思い出。

 大抵は異国の地でのゲームのイベントだの友人との馬鹿騒ぎだのと彼らしい普通の人間の思い出から逸脱しないものだが、しかし流石は神殺しと言うべきか彼の戦歴に纏わる思い出も時として回想に紛れ込む。

 

 例えばそれはエジプトで神獣(スフィンクス)と戦った経験。

 例えばそれはある黒魔術師が呼び出した幻霊との鬼ごっこ。

 例えばそれは黒王子と巡るとある宝具を探す冒険奇譚。

 

 人ならざる極限の王の足跡はやはり人知を凌駕していた。

 行く先々で騒ぎに巻き込まれ、時に主体的に、時に受動的に。

 やる気の落差は彼らしくブレブレであったが、それでも守るときは誰よりも何よりも苛烈に鮮烈に。

 思い出の中の彼は、私が知る彼と何一つ変わらなかった。

 

 だから──その日、見た夢はいつもと毛色が違っていることにすぐ気づいた。

 

 昼間、今まで知らなかった彼の家の事情を知ったからだろうか。

 夢の彼は私が知る神殺し(かれ)ではない(かれ)だった。

 

 

 

 二十世紀の終わり、次なる時代が始まる数年前に少年は京都で生まれた。

 

 京都では名のある商家。

 その一門に属する夫婦の間に彼は生まれたのだ。

 

 今の時代では珍しく分家すら存在する商家一族において本家に当たる直系の血筋に生まれた長男の誕生は、しかし一人の例外をおいて誰にも祝われることはなかった。

 一念鬼神に通じる──一つの道を究め抜き、頂点に至れることが約束された一族にはただ一念を極めるが故、他に向ける念は一切存在しない。

 故に少年は家族愛も父母性愛も、誰もが一度は知る情のなんたるかを知ること無く、成長することになる。

 

 それが悲しかったか、寂しかったか。

 今でも分からない。

 だが、自らの境遇を受け入れることに拒否感も抵抗もなかった。

 

 ある意味、血の呪いというべきだろう。

 物心覚える頃の少年には一族の心に共感する機能があったのだ。

 故に分かる。彼ら彼女ら一人一人が、どれだけの熱意で道を究めているかが。

 

 だからこそ自分のつまらない感傷で邪魔することは躊躇われた。常人が及びつかない先にある光輝く道は才あって尚険しく、努力重ねて尚高い。

 夢を叶えるということはそういうことで、道を究めるというならばさらに人生の全てを注ぎ尽くす必要がある。

 大衆が目を輝かせる道は、輝き夢に差す影も深く大きいのだ。

 たかが(・・・)我が子への愛だの情だのに掛ける時間など無い。

 

 そして同時にそんな彼らに憧れた。

 ただ一途に夢を思う……常人ならば眉を顰める一族の有様に、彼は恨みや怒りを感じるわけでもなく、ただただ憧れた。

 曰く、我が子を放り出してしまうほど彼らにとって焦がれる夢とやらに。

 一つの道を究め抜く執念、決意、それをするに足る夢と言う奴に。

 

『いや──憧れと言うより今にして思えば代償行為だったのだろうな。一族に変わる自分が自分たる確固たる芯。虚無を埋める欠片を俺は夢に求めたんだ』

 

 芸術、音楽、勉学、武芸に華道に他色々。

 夢中になるものを探し歩いて、辿り着いた先は笑えることに俗的だった。

 ゲーム──それもRPGのような個人でクリアを目指すようなゲームでは無くスコアやらランキングやら、或いはオンラインゲームのように。同じプレイヤー同士で時に争い、時に共闘するそれが彼を一時夢中にさせた。

 

 ただのお遊び、意味は無いと余人は言うのだろう。

 しかしその頃の少年にとっては自らを掛けるに足る輝きに見えた。

 

 何故なら機械越しに伝わる熱量、技量、意思は真剣そのものだったから。

 ネットワークを介して尚伝わるこちらの意図を読むような動き、勝利を目指して練り上げられた確固たる勝ち筋、そしてそれを掴むために少なくない時間と資金を掛けた熱意と執念、意味の無い行為に人はこれほど夢中になれまい。

 

 逆説的に彼らプレイヤーにとってどれほど軽蔑的な目を向けられようとも夢中になれるだけの価値輝きがあったということだ。

 電子の海に開かれた箱庭は少年にとって欠落を一時忘れさせるほどの居場所であった。

 そうして──暫く立つ頃に、彼の周りには人が居た。

 

 何かの道を極め抜く気質を正当に受け継いだ嫡男は、やはりゲームという分野において高い地位を得るに至った。

 本来ならば、一族の流儀に従い、この後は道を極め抜くためにただひたすら極限を希求する道をひた走るため、彼の視界は一色に染まるはずだ。

 

 だがインターネットという場がそうさせたのか、彼自身の生来がそうさせたのかは分からない。

 孤独だった少年は賞賛と共に競い合う友を得ていた。

 

 年齢層は老若男女様々。

 同好の士は立場や歳の垣根を凌駕する。

 

 友の縁が広がるに伴い、同時に彼は多くを知った。

 何が好きで、何が嫌いか。

 何を見て、何を感じるか。

 どんなことがあって、どんな風に思うのか。

 

 家族のように甘えられるわけではないが、

 恋人のように心を明かせるわけではないが、

 付かず離れず、されど不思議と相手が理解(わか)る奇妙な関係。 

 

 友愛──その居場所は、とても居心地が良かった。

 

「だから、守り抜くことに是非は無かった。俺は自分の居場所が好きだったからな」

 

 上位陣にありがちなやっかみや過度なアンチ。

 晒しに特定厨……そういった『敵』から仲間を守るのは当然だった。

 時にお節介だの過干渉だの言われながらも、顔も知らない友ですら守ろうとするその有様に人は信頼だの友情だのを感じるもので、気づけばゲームやインターネットの垣根を越えて少年の友情は広がり、舞台を越えた彼だけのコミュニティがいつの間にか形成されていた。

 そして少年の気質は舞台変われど変わらず、リアルにおいても行動原理に変化は無い。困っている友人を助け、守る。

 

 ──そんな時だった。アイツと出会ったのは。

 

『小学校。丁度、上級生に上がった頃だったかな。うちのクラスに転校してきた外国人留学生。思えばアイツと出会わなければ俺はもっと排他的な人間になってた気がする』

 

 当初、別に自分には関係の無い事だと思っていた。

 少年にとって自分のコミュニティの外のことは興味が無いし、見知らぬ誰かより少しでも知っている友人と時を分かち合う方が楽しかったから。

 

 しかしある日……件の留学生が虐められている場面に遭遇する。

 子供というのは正直で時に残酷だ。

 日本人ならざる西洋人の顔立ち、褐色に、赤みがかった黒髪。

 日本人離れした異邦人の存在は子供達に嫌われていたのだ。

 

 自らのコミュニティを守るため、異端を排斥する。

 それは集団に属するものの真理としては当たり前でありがちな行動。

 少年自身、『敵』に対して行ってきたものである。

 

 だが……苦しそうに、悲しそうにする異邦人とそれを巫山戯るように、何処か快感を覚えるようにして虐めるクラスメイトの様を見て、少年の何かがキレた(・・・)

 

 流れる血は別だろうが、生まれ育ちは別だろうが。

 同じクラスメイトだろう。

 同じコミュニティの仲間だろう。

 それをどうして、どうしてそんな顔で虐げられるのだ。

 

 少年はクラスというもの自体に思い入れがあるわけではない。

 しかし同時に自らも一つのコミュニティにある一人である自覚は有った。

 そして自らのコミュニティを持つ故に、コミュニティの仲間とは助け、守っていくものであるとも。

 

 だから、だろうか。

 その日、自分に関わりが無い筈の、興味の無い筈のことで彼の心は揺さぶられた。

 

『気づけば、泣き叫ぶいじめっ子たちに驚愕する周辺。怒り心頭の教師とまあ、どうも頭に血が上りやすいのは生来みたいだな』

 

 その時、少年は初めて己を自覚した。

 とどのつまり、家族を知らぬ少年にとって愛とは友愛であり、少年にコミュニティとは愛し、慈しみ、守るべきものなのだと。

 

 それが少年──閉塚衛の原点だ。

 それが彼が彼たる由縁だ。

 

 自らが愛したものを必ず守り抜く。

 友愛の道に強い我を掛けた男は、やがて神すら殺戮する。

 嘗て守れなかった師のためにも。

 今を生きる己を慕う友人達のためにも。

 

 神格撲滅──彼は友を害するあらゆる神々を許さない。

 故に定められたように新生した。

 全てを守るために、神々を撃滅する苛烈なる王冠。

 

 弱者救済の城塞は天の思惑を凌駕して轟き輝く。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「っ────」

 

 夢中の幻想を思い出す。

 ああ──やはり心がザワつく。

 知らない過去、知らない想い、知らない彼。

 

 夢見るたびに、誰かから聞くたびに。

 心を掻きたてる嫌な感じ。

 共に立つと決めてから、黄雷の輝きに寄り添うと決めてから。

 感じるようになったこの想いは──。

 

「──大丈夫か」

 

「ぁ……」

 

 気づけば彼の袖を引いていた手は彼の手を握っていた。

 振り向けば、そこには透徹した瞳でこちらを伺う彼の顔。

 真剣な表情で気遣うように首を傾げている。

 

「すいません……こんな、突然、強引に……」

 

「いや、それは別に良いんだが……何かあったのか?」

 

「それは──」

 

 確かに普段の私ならば、こんなことは絶対にしない。

 あんな風に場を乱し、衛さんを強引に連れ出すなんて。

 はしたない、王の従者に、伴侶に相応しくない行動を起こすなど。

 

「……夢を、見るんです」

 

「夢?」

 

「英国での……まつろわぬバトラズとの戦いの後ぐらいからか、時折、衛さんの過去を夢に見るんです。最初はそれが衛さんの過去だとは分かりませんでしたけど、最近は特に鮮明に夢見ます。例えば……そうですね、衛さんが最初、アイーシャ夫人を迷子の観光客だと勘違いして、彼女の起こした時間旅行に巻き込まれてしまった事件とか。衛さん、その時に神殺しには碌な人間が居ないって確信したんですよね?」

 

「それはヘルメスの時の──そうか、いや、確かにそれは俺の夢で間違いなさそうだ。日本に戻ってくる前のまだ桜花を連れる前の話しだしな」

 

 夢に見たエピソードを口に出せば衛さんは驚き、そして苦笑する。

 確かにそれは俺の夢であると。

 

「因みに他には何を見た? ドバイでの魔術実験騒動とか、アレク先輩とのバミューダトライアングル攻略とかは?」

 

「はい、見たことがあります。『女神の腕』の方々が書庫を明後日持ち出した用途不明の魔術書を引っ張り出して片っ端から効力を確かめていったお話ですよね。そしたら偶々、混じっていたある貴族の日記がかのジャックザリッパーに関係するモノで──」

 

「ああ、それな。あの時はオズの奴が年甲斐も無く狂喜乱舞してたっけ。あいつ、結構な歳だってのに意外と少年心を忘れてないからな。英国往年のミステリーを私の手で解いてやるんだって喜び勇んでた」

 

「結局、日記は殺人鬼のモノじゃ無くてバネ足ジャック……英国で語り継がれるもう一つの怪談に纏わるものでしたけどね」

 

「それでも本人は嬉しそうだったがな。本来の解きたかった謎は解けなかったが、別の謎解きが出来たので満足だとか何とか。あのイベントは割と楽しかったな、途中でアメリカの馬鹿がクトゥルー的なモノを呼び出した時は焦ったが」

 

「神話や民話によらない魔術的な使い魔でしたが、ビジュアルが気持ち悪くて斃す斃さない以前に近づきたく無いって事で皆逃げ惑ったんですよね。最終的な雪鈴さんが普通に掌底を叩き込んで滅殺しましたけど」

 

「アレな。男性陣は居たたまれなかったんだぜ? 『全く、ゴ○ブリに叫ぶ乙女ですか貴方たちは。霊格自体は低級のそれ、打ち砕くには何の問題も無いでしょうに。それを気持ち悪い、触りたくない、生理的に無理とは……男児が揃いも揃って情けないですね』とはいうが、気持ち悪いモノは気持ち悪いだろうに……」

 

「雪鈴さんは無言で叩き潰して回ってましたけどね」

 

「アイツはアレだ。無表情で黒いのをスリッパで叩き潰せる類いの人間なんだよ」

 

 体験したことないの記憶、体験したことのない思い出に会話が弾む。

 それは神殺しの追憶、騒々しくも懐かしき衛さんの歩いた道。

 

「バミューダの奴は……あー、アレは確かフロリダの話だったか」

 

「最初、衛さんはアメリカのゲーム大会に参加していたんですよね?」

 

「あぁ、したらどうもお忍びで来てたらしいアレクに強引に引っ張り出されてな。何かと思えばアトランティスがどうのと、先輩の冒険に付き合わされたんだよなァ」

 

「それでアメリカの船乗り『白鯨』と一緒に魔の三角海域、バミューダトライアングルを攻略するため、乗り込みました」

 

「したらバミューダトライアングルの原因が何処ぞの神殺しが繋げやがった異世界への穴で漏れなく船団ごと俺はアレク先輩と異世界に落下したと」

 

「確か大航海時代、黎明期のアメリカ大陸に辿り着いたんでしたっけ」

 

「ああ、丁度、アメリカ大陸発見したばかりのコロンブスに出会ったりもしてな。アレク先輩が諸々の話し合いの末、貴様の顔が気に食わんとかいってコロンブスの艦隊を雷撃で吹き飛ばしたときは歴史変わんじゃねと戦々恐々としたぜ」

 

「でも吹き飛ばした船団の半分は衛さんの仕業ですよね。虐げられる現地民の方々を見て、怒髪天を衝くみたいな勢いで」

 

「……さて、その辺りの記憶は曖昧でな。覚えてないわ」

 

「嘘は駄目ですよ。しかも冒険の最後にはアレク王子と二人して正史の歴史に対する傍若無人の限りを尽くした後、最終的にアイーシャ夫人が悪いと二人して責任転換までしていましたよね?」

 

「いや、あんな所に《妖精郷の通廊》を造りやがったエセ聖女が全面的に悪いだろ。俺はただアレク先輩に巻き込まれただけだし」

 

「アレだけ騒ぎに加担して自分が悪くないと言うのは苦しく無いですか……?」

 

 語らう言葉が弾む。

 私が知るいつも通りの口調に、いつも通りの態度で衛さんは私が夢に見た過去を思い出しながら愉快げに楽しげに今まであったことを思い返す。

 それを見て、ざわめいていた私の心に温かなモノが広がる。

 

 語られる思い出は、共有する記憶は私のモノじゃ無いけれど。

 それでも私がよく知る衛さんだった。

 自然と微笑みが溢れ出る。

 

 ああ──やはり私はこの人がどうしようもなく好きらしい。

 自覚して尚、躊躇いも後悔もないことに思わず苦笑。

 割と人格的には問題がある人なのだが、まあ、これも惚れた弱みか。

 

 そうして暫し、二人して懐かしい話に談笑をした後。

 不意に衛さんが私の瞳をのぞき込みながら言葉を切り出す。

 

「共心、共感……第四権能の弊害、というより副作用だな。今の桜花はまつろわぬ神で言う眷属神みたいな状態だからな。多分、俺との呪的な繋がりが影響して、俺の記憶が一方的に流れ込んでいるんだろう。桜花が巫女って言うのも影響しているんだろう」

 

「そう、です……多分。その、すいません、何か勝手に大事なものをのぞき見るみたいに……」

 

「いいや別に? 俺の記憶なんてそう大したものは無いだろうし……ふむ、さっき取り乱したのはそれが関係しているのか?」

 

「………はい」

 

「成る程ね」

 

 衛さんの問いにコクリと頷くと納得したような顔をする衛さん。

 ……だが、違う。違うのだ。

 恐らく、衛さんが思っただろうこととは。

 

「別に見られて気にするほど神経質じゃ無いからな俺は。桜花が罪悪感を感じる必要は──」

 

「いえ、いいえ、違うんです。私は……私は、そんな衛さんが思っているほど優しい理由で惑っているんじゃないんです。もっと、底の浅い……従者に有るまじき下らないはしたない理由で……こんな、こんな馬鹿な真似を」

 

 そう、自分の調子が可笑しい理由は察している。

 だからこそ情けなくて仕方が無いのだ。

 これを覚えるたびに自嘲と自己嫌悪と、同時に抑えがたい衝動を覚える。

 自らの母親にあんな攻撃的になったのもそれのせい。

 

 不安定な、未熟な精神が自重を許さない。

 心を乱さぬように研磨をしてきた剣術家が情けない。

 今の私は自分の心をすら制御できていないのだから。

 

 油断すれば口を衝いて出る嫌悪感を寸前で抑える。

 本来ならば、まずこんなことを衛に話すこと自体間違いだろうに。

 

「──悩む理由に底が浅いも何も無いだろ。それに従者に有るまじき、なんて俺はお前に在り方を強いた覚えは無いぜ、桜花。神殺しだの巫女だの以前に俺とお前は友人だろうに。ああ、それともこう言うべきか? 少なくとも彼女の悩み、我が儘について行けないほど、情けない彼氏じゃ無いぜ俺は」

 

「─────」

 

 相変わらず、何て甘い。

 身内に有らずとも弱っている誰かに平然と手を差し伸べる。

 面倒ごとだろうと困っているなら勝手に背負い込む。

 

 これでは悪魔の囁きだ。

 堕落王とはよく言ったモノ、容赦なく人の虚飾(強がり)を剥ぎ取る。

 だから……。

 

「……私は、衛さんほど、衛さんが思っている程、心が広くないんです」

 

「うん? 待て……俺も割と排他的だぞ? ついでに人でなし」

 

「ですね、でも衛さんが許せないのは『敵』ぐらいでしょう? 他にも多くのモノに無関心ですが、貴方はそれを否定はしない」

 

「……まあ、そうだな」

 

 大衆に興味が無い、知らない奴などどうでもいい。

 とは、彼が時折口ずさむ言葉だが、その割には神殺しとの戦いで被害を抑え込もうとしたり、身内ほどでは無いせよそれなりに考慮する。

 無関心であらずとも進んで彼らの生活を破壊しようとは思わないのだろう。

 なまじ、当人が自分の身内を、組織を守りたいと願うからこそ同時に他の人々もまた同じであることを弁えている。

 

 だから壊さない。否定しない。

 主義主張が違ってもその存在を認めている。

 

 人は自らの居場所を理由に排斥性を有する。

 故にそれを自戒している時点で、彼の心は十分広い。

 

「私は……違う。衛さんほど心の広い人間ではありません」

 

「そんなことは……」

 

「いいえ、だって私は、衛さんに(・・・・)ついて(・・・)知らない(・・・・)ことが(・・・)許せない(・・・・)

 

 己の本音を口にする。

 自分の知らない彼の記憶を見るたびに。

 自分の知らない彼の態度を見るたびに。

 悍ましいほど、自分の知らない彼を知る誰かに嫉妬する。

 

 なんてそこの浅い情動。

 とどのつまりは独占欲。

 姫凪桜花は、

 

「──私は貴方を独り占めにしたい」

 

「─────」

 

 私の告白に驚き、呆然とする彼。

 しかし一度、口にしてしまえば止まれない。

 

「相手を選んで口調を変えるとか、形式上必要だとか理由なんてどうでもいいんです。ただ私が知らない衛さんを私じゃない誰かに向けるのが我慢できない。私が知らない衛さんを誰かが知っているのが許せない」

 

 まつろわぬ神──クリームヒルトは愛に狂った神だ。

 不当に恋人を殺された彼女は、恋人への恋慕を復讐心へと転換した。

 それほどまでに彼女の愛は深く、深く、見る人によっては悍ましい。

 

 そんな彼女に認められ、一時取り憑かれたのが私だ。

 或いは、神の慧眼は見抜いていたのかも知れない。

 私という存在が、クリームヒルトのように過ぎた情を抱くことに。

 

「だから……! 私は……!」

 

「──ふぅ……よ、っと」

 

「あ──」

 

 繋いだ手を引っ張られる。

 不意打ちに踏みとどまる事も出来ず前のめりに倒れ込む私を衛さんは受け止め、そしてそのまま優しく抱き留めていた。

 

「正直──俺には分からん」

 

 耳元、囁くように。呟くように。

 私の本音に返す言葉を紡ぐ。

 

「そも家族愛からして分からんからな俺は。俺はお前の事がキッチリきっかり好きだし、これが友愛と違う事も分かってる。けど、お前がどれほどに俺を思ってくれているかは、分からない。多分、共感も出来ないんだろう。友人知人は俺も大概と言うんだろうが俺のはあくまで友人()向けだからな、一個人を指したモノじゃない」

 

 彼は多くを慈しむ性根を持つ。

 だが、だからこそ特別に執着する想いを知らないという。

 一個人に対して抱く狂える程の衝動を知らない。

 

「だからまあ、正直、独占したいって気持ち? そういうのに共感する事は出来ない……権能のせいで何となく伝わっては来るけどな」

 

 苦笑するように言うと同時、彼の思念が伝わってくる。

 権能を僅かに使用したのだろう。

 本人の困惑が言葉にせずとも理解できる。

 

「あ……ご、ごめんな──」

 

「けど別に気にはしないぞ」

 

 思わず口にしようとした謝罪より先に。

 彼は私の頭を優しく撫でながら悪戯っぽく不敵に微笑む。

 

「俺が初めて個人的に入れ込んだ相棒だからな。基本的にどいつもこいつも仲の良い友人として扱う俺をして珍しくな。だから桜花がそう望むなら、望むままにしてくれて構わない。俺を知りたければ好きに知ってくれて構わんし、本音本心についてはこの通り、共感覚で共有したままでも問題ない」

 

 私の浅はかな嫉妬心も、心の狭い独占欲も。

 

「全て赦す。だから、そんなに気にするなよ桜花。友達、協力者、悪友、先輩、色々交友関係の広い俺だが、常に俺の元に居る伴侶はお前一人なんだからさ」

 

 嗚呼、全く。これはダメだ。

 

「衛さんは狡いですね」

 

「いや、なんでだよ。此処は普通、俺の度量の深さに感銘を受ける場面だろ」

 

「いいえ、狡いです。周りを甘やかしすぎます。悪魔の甘言そのものです。堕落王とは実に的を射た評価ですね」

 

「意味違うし、堕落王はそもそも俺の生活態度と厭戦さを揶揄った──んむぅ……!?」

 

「──……ん」

 

 野暮なことを口にしようとする恋人の口を自身の唇で塞ぐ。

 同時に腕を回して、私からも抱きしめ返した。

 高鳴る心臓の音に、焼けるように熱い頬。

 

 どうやら私は本格的に熱に浮かされているらしい。

 これ以上、話していれば何を言い出すか知れたものでは無い。

 だから言わないし、言わせない。

 

 やがて諦めたように観念したようにして私にされるがまま、大人しく受け入れる彼。共感する心からは微かにこちらを批難する想いと仕方が無いなという優しさが伝播してくる──やはり……彼は狡いと思う。

 

 

 夜の静寂と白貌の月が優しい沈黙で私たちを覆う。

 もはや心にザワつくような不快感は無く、圧倒的な幸福感に悩みは花びらのごとく散って消えた。




何だこのポエムは……!?(書き終わった作者の感想)


本来、剣王戦に目を向けたただの絆イベントだろうが!
何故こんな書いている側は死にたくなり、見ている側はナニコレな文章になっているんだ!!

でも今更、書き直せないので投稿。
もうどうとでもなーれ。



……早く戦闘書きたい(´・ω・`)


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剣の王

まだ! エタって! ねえぞおおおお!!



あ、記念すべき第五十話ですね。
このまま完結までいければ良いな(願望)



 日本の呪術界といえば『官』と『民』。

 おおよそ二つに大分される。

 

 日本国、引いては日本の呪術界そのものであり、それを統治、支配してきた呪術大家の四家を筆頭とした『官』。

 在野の呪術者であり、特に国や組織に所属しているわけでは無い民間の呪い師や占い師、『民』。

 

 この『官』と『民』二つの存在によって構成されているのが日本の呪術界の現状である。とはいえ、これはあくまでも大分した場合の話である。

 日本に限らず、政治、軍事、経済……組織が社会が巨大になればなるほど、大分けされた中の区分……いわゆる派閥や小組織などが形成される。

 

 例えば『官』の中でも取り分け強い権力を持つ『四家』でさえ、それぞれ御家ごとに権力争いをしているし、『民』においても稀少な霊媒を求めて時に敵対、協力を繰り返すごとにそれぞれ陣営のようなモノが組み上がっていたりする。

 

 そして九州の呪術者集団……『裏伊勢神祇会』もまたそう言った呪術社会の流れと共に形成された一団である。

 

「ですから! 我らが王が帰還している今こそが好機なのです!」

 

 凄まじい剣幕で若者が怒鳴る。

 福岡県にある宗像大社。

 まだ暗い日の出前の早朝に、斎館では今まさに堕落王こと七番目の神殺しが支配下にある『裏伊勢神祇会』の定例会議が行われていた。

 

 上座に座るのは宗像宰三。

 嘗て筑前国と呼ばれた頃に海洋豪族として名を馳せた宗像氏の子孫と噂される五十代の中年男性だ。

 宗像氏自体は戦国の頃に宗像氏貞が死したことで途絶えたはずなので直系の子孫というわけでは無い筈だが、まことしやかに或いは生き残りではと囁かれている。

 

 『民』の呪術者では桁外れの呪力を誇り、取り分け風水、地相学に精通していることから土地や環境、霊脈を司る呪術に長け、相性次第ではまつろわぬ神々でさえ封印して退ける規格外の呪術者である。

 

 規格外の技量と技量が生む希少性は国内でも媛巫女と同等に扱われており、彼が『民』でありながら全国七千とある宗像神社、厳島神社、そして宗像三女神を奉じる神社の総本山、宗像大社の神主の地位を与えたことからも伺い知れる。

 またその経緯あってのことか、九州の『民』の呪術者たちを取り纏める『裏伊勢神祇会』の棟梁であるにも関わらず親『官』の人間である。

 

 そんな彼は疲れたようなため息を吐いて、若者……急進派筆頭の大内権一に言葉を返す。

 

「『《堕落王》閉塚衛を旗頭に日の本に号令を掛け、『民』に弾圧を齎す悪しき権力者達『官』に天誅を下すべし』……ねぇ。ったく、阿呆が。悪しき云々で語るなら国の呪術者である『官』に鉾を向ける『民』の方がよっぽど質悪いだろうが。第一、連中を排してどうする? 新たな呪術組織基盤でも作るのか?」

 

「そうです! 今代は取り分け神殺しが世を跋扈する世代! 世界の呪術社会の発展は今まで以上に急進的に進んでいる。にも関わらず! 我らが日の本では未だ古びた風習、伝統に囚われた旧き支配者が幅を効かすせいで一向に進歩が無い! これでは何れ遠くない日に日本の呪術界は世界に置いていかれてしまう!」

 

 神殺しという存在はよくも悪くも劇薬だ。

 どのような歴史ある、伝統ある呪術、魔術組織であろうとも神殺しが一人生まれただけで組織の権力層は一新される。

 

 例えばイギリスで十八世紀に興った『賢人議会』などは欧州において多大な影響力を持っており、近年の歴史において組織的な競争相手など存在しなかった。

 しかしイギリスに黒王子ことアレクサンドル・ガスコインが誕生し、彼が自らの魔術組織を結成し、率いるようになってからは稀少な霊媒を巡って権力闘争が行われるようになった。

 新興の組織が古豪と同等の力を持つ……神殺しの存在は数百年の歴史さえ、たった一人で覆してしまうのだ。

 

 他にも歴史に加え、サルバトーレ・ドニ、草薙護堂の影響でイタリア国内で多大な影響力を持つ《赤銅黒十字》、そのライバルにしてサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの影響力を受けている《青銅黒十字》などなど。

 神殺しがいるというだけで無名の組織から絶大な権力を持つ組織へと存在を転じる例はまま存在する。

 

 特に今代の神殺しは総勢八名。

 これだけ居れば彼らを発端とした騒動は数知れず、彼らが齎す波乱から呪術、魔術の組織図も忙しく日々変動している。

 だが、それに比べて日本は今は崩壊した『古老』の影響もあってか、或いは『四家』の存在あってか、世界の情勢と比べれば遅々として進んでいない。

 否、水面下ではそういう動きもあるのかも知れないが、少なくともこの若手筆頭、急進派でも特に過激な権一青年には進んでいないように見えているのだろう。

 

 だからこその変革を。

 神殺しという強大な存在に傘を借りる『裏伊勢神祇会』こそ、日本の呪術界に変革をもたらせるのだと信じて止まない。

 

「世界に置いていかれるか。まあ、実際お前さんの言い分は分からんこともない。日本も呪術研究は行っているが、欧州の顔である『賢人議会』に及ぶ者では無く、研究者の集いと言って良い『王立工廠』は言うに及ばず、だ」

 

 権一青年の言葉に宰三は頭を掻きながら一定の理解を示す。

 彼の言う通り、日本の呪術界は遅れていると。

 

「権力的な意味合いから見ても日本の呪術界が世界に与えられる影響力はたかが知れていて、イタリアの七姉妹やらアメリカのSSIの方が優秀だ。草薙護堂の誕生によって海外の魔術組織が日本国内で力を伸ばす現状を考えれば、俺たちも行動を起こせにゃならん場面もあるだろうさ」

 

「そこまで分かっているなら……!」

 

「──だがな」

 

 上座から睨みを効かせる。

 呪術者としても組織の頭としても飛び抜けている才人は続く言葉で若者の意見を否定する。

 

「未来を憂慮するなら何故、そこで下剋上を掲げる。手を取り合うという言葉ではでは無く武力による排斥を望む。確かに旧き支配者たちによって何かと息苦しい世界だが、旧態依然とした中にも守っていくべき伝統、風習は存在しているだろうが。良きも悪きも引っくるめて燃やし尽くせば、焼け跡に残るのは国内情勢の大混乱と戦国時代よろしくの暗闘劇だ。んなもん、世界に置いていかれるより質悪いだろうが」

 

 呪術界の未来を憂慮する青年の意見は分かる。

 だがその手法に下剋上を掲げるのは状況的にも情勢的にも間違いだらけだ。

 

 悪いから潰す。邪魔だから切る。

 そうして武力的に自分たちの自由を縛るものを排斥するのはとても()だ。少なくとも言葉を掲げ、理解と共感で味方を増やし、少しずつ社会を変えていくよりもよっぽど手っ取り早い。

 しかし、何もかもを力でどうにかし続ければ何れそれらは破綻する。

 

 力による排斥は双方に恨み辛みを生むし、多かれ少なかれ人的にも物的にも出血を齎すだろう。そうすれば呪術社会の混乱は免れず、身内の削り合いで混乱する隙などを見せればそれこそ進歩的な外来魔術師たちの思うままだ。

 

「俺がテメエの意見を封殺し続けるのは結局、テメエは生きにくい世の中をテメエの独善的な正義感と浅はかな自己顕示欲でもってテメエの手で変えたいだけだっていう心が明け透けに見えるからだ。そんな浅い展望で混乱を起こすことこそ未来を潰す行為そのものだろうが。弁えろ、俺たちには俺たちの役目と役割がある。その区分を越える越権行為は俺が許さん。未来を憂慮するならまずはテメエの役割を十全に果たせ」

 

「くっ……! 失礼ッ!」 

 

 宰三の言葉に若者は憎悪する様な目を向けた後、踵を返してその場を辞す。

 余りに身勝手な行為に周囲からも批判の声が向くが全ての野次を宰三は気だるげに払う。

 

「ほっとけ、ほっとけ。いつもの急進派だろうが」

 

「とはいえ不平不満も堪りましょう。こうして毎回噛みつかれていれば」

 

「おう、神宮司。お前もアイツが嫌い派か?」

 

「別にどうとも無能で無ければ問題ありませんよ」

 

「お前は相変わらずだなァ」

 

 如何にエリートと言わんばかりの眼鏡を掛けたスーツ姿の人物の言葉に宰三は苦笑する。仕事が出来るならば人格を問わない佐賀県の代表は、今日も変わらず平常運転のようだ。

 

「とはいえ、今回に限っては少しばかり皆に同調する部分があります。先日、聞いた話では日光の方面で今、大騒ぎだそうですからね」

 

「ああ、例の羅濠教主の急襲か」

 

「ええ。私が探ったところでは現在、草薙王がかの王を相手取っているとか。全く、何を目的とした来日かは知りませんが、確か日光と言えば九法塚が神鎮めの巫女を採ろうとしているとか、件の巫女が万里谷家の人間だとか。……何故、草薙王が日光の方にと疑問でしたが、案外、その縁で居合わせたのかも知れませんね」

 

「何でそんなに正史編纂委員会の事情に詳しいんだか……俺より詳しい辺り実は『官』のスパイなんだっていわれても驚かないぜ、お前さんはよォ」

 

「ははは、ご冗談を。私は根っからの『民』ですよ。そして『民』であるがゆえに世間に対しても敏感に耳を尖らせているのですよ」

 

「さよけ」

 

 いけしゃあしゃあと言う神宮司に宰三は肩を竦めるに留まる。

 一時期流行った風水ブームに乗っかって関連グッツやら占いやらで儲けを必要分かっさらった後、さっさと引き上げるという目利きの良い商人じみた男の腹は先ほどの青年と違い相変わらず見えにくい。

 

「しかしそうなると現在日本には少なくとも我らが王を筆頭に三人の神殺しがいることになりますか。ははは、これは大嵐の予兆ですかね?」

 

「笑えない冗談を言ってんじゃねえぞ……ま、流石に今回に限っては閉塚の小僧も乱痴気騒ぎに混ざるまいよ。小僧は今は九州(こっち)だし、逆に向こう連中がこっちに来る理由もあるまい。件の草薙王が敗走した場合は知らんが、いずれにしても飛び火はしないはずだ」

 

「そうですかねェ。こういう時に限って混乱というのは伝染するものですよ。そこんところはどうなのですか霧島衆の代行殿?」

 

 不意に神宮司が目を向けたのはこの場に列席する一人の男。

 着物を纏い、一昔前の文豪然とした顔立ちからも人格が見て取れる柔和そうな人物。姓を姫凪、名を天羽という。

 他ならぬ姫凪天羽──王の伴侶、姫凪桜花の父である。

 

「心配しなくとも先ほど確認したところ、我らが王は今は私の家内の所にいらっしゃいますよ。まあ、瞬間転移の権能をお持ちですからその気になれば日光に赴くことも出来るので断言は出来ませんが……」

 

「おい待て。さっきって何時だよ。現在進行形で会議中だが、いつの間に連絡取ってたんだお前さんは」

 

 天羽の言葉に宰三がツッコミを入れる。

 それに返ってきた言葉は、

 

「宗像殿が大内の若君に噛みつかれていた隙に少々席を外して確認しました。私、争いごとは苦手でして言い合いは聞くのも当事者になるのも御免です」

 

「お前は……」

 

「ははは、天羽殿らしい。それに隠形の腕は健在の様で。嘗て『撃剣会』で期待の星だった技量は今も衰え知らずらしい」

 

「過分な評価ですよ。この手の技なら甘粕君が一つも二つも上ですしね。今は確か沙耶宮の懐刀をやっているそうですから差は前以上に開いてるかも知れません」

 

 飄々と言ってのける天羽。

 嘗ては共に腕を嫌々競いながら苦労を分かち合った友人の立場を思い、煽てつつも内心同情する。

 自分は上手く文芸方面にドロップアウトしたが、かの隠密は未だ社畜の檻に囚われたままなのだろう。可愛そうに、と。

 

「……何、遠い目で微笑んでんだ? コイツ?」

 

「きっといつものように無自覚に誰かを苦労を憐れんでいるのでは?」

 

 作家としての才能が開花したことにより世の柵から解放された元社畜の天羽は、その経歴から無自覚に今も社畜の檻に囚われる者を憐れむ癖がある。

 それを知る二人は地味に失礼なこの男に同情される誰かを憂いた。

 

 ……余談だが、この日この時この瞬間。

 日光の混乱に苦労する何処かの忍者がくしゃみをした。

 

「ともあれ、それならそれで良いだろう。日光の混乱には同情するが、うちはうちでやることがあるからな。天羽、勝手に抜け出したなら王様にキチンと用件は伝えてあるんだろうな」

 

「ええ。既に家内を通して拝顔賜りますようお願い申し上げていますよ、今日の昼頃にはこちらに到着するでしょう」

 

「そうか……ハッ、せっかく小僧の祝い日だ。せいぜい派手にやってやんなくちゃなァ。修祓用の詞もうちで一番古株の柳に頼んどいたし、誓杯用の杯も県外から一級品を引っ張ってきた。宗像大社の婚約儀式はいつでも準備万端だぜ……!」

 

「祝い振りして盛大に弄る気満々ですね宰三殿は」

 

「まあまあ、祝辞なんですから良いはありませんか。うちの娘の新たな門出でもありますから盛大なことに越したことはありませんよ」

 

「こういうのは花嫁の親としては複雑な心境なのでは?」

 

「いえいえ、娘は性格上、少々慎み深い時がありますからね。OLとして何処かの企業に就職した日には社畜と扱われるのが目に見えています。社会に出るより早く安全な身の振り方を出来たのは父としてとても喜ばしい」

 

「ふーむ。天羽殿の基準は相変わらず社畜かそうでないかなのですね。……これは一周回って貴方が社畜という檻に囚われている所作では?」

 

 先ほどまでの緊迫した空気は何処へやら、途端にぐだぐだになる会議場。

 自身の王を煽り揶揄うことに全力を振るういい大人に、社畜じゃ無ければ幸せだろうという頭の可笑しい理論を掲げる花嫁の父。

 この場で尤も常識的なのは腹黒商売人という様である。

 

 これらが各県筆頭の呪術者であるのだからある意味、あの若者の意見も間違っていないのかも知れないと神宮司は思った。

 

「……この場は王の来訪に伴う緊急会議の場では?」

 

「さあ、良いんじゃ無いんですか。件の筆頭があの通りですから」

 

 困惑する側近にそんな言葉を吐きながら神宮司はふと、仏の笑みで娘の未来を祝う天羽に向けて疑問を投げる。

 

「そういえば天羽殿。何故、貴方が代行としてこの場に訪れたのです? 檀殿は何か急用でもお有りで?」

 

 神宮司が疑問に思ったのは天羽の存在そのものだ。

 姫凪天羽は確かに個人として王の伴侶の親、『民』の隠形として九州では有名とこの場の会議に参ずる資格を有すに十分な高名と縁を持っているが、それでも彼は半ば呪術界から隠居している立場の人間である。

 

 それでもこの場に訪れるのは時折、参席できない彼の父……高千穂峰にて山岳を奉じる修験道一派、霧島衆の首魁たる檀行積の代行であるからだ。

 

 しかし此度は彼らにとって王の祝宴に纏わる会合である。

 その会合に代理を立てて、他に用事とは一体どういうことなのかと。

 

「……それについては私も疑問にしているのですよ。父に曰く、『霊峰にて異変有り、これに対処するため会合にはお前が出ろ』との事ですが」

 

「異変?」

 

「ええ、何でも信仰の土地を守る土地の結界がどうにも昨晩破られたらしく──」

 

「──何だと?」

 

 天羽の言葉に食い付いたのは先ほどまで自分たちの王をどうやって祝ってやろうかなどと巫山戯ていた宰三だった。

 今や瞳に鋭い知的な色を見せながら天羽に問いを投げる。

 

「高千穂峰の結界が破られた、そういったんだな檀老は」

 

「間違いなく」

 

「ハッ、そいつは可笑しい。可笑しすぎるぜ。高千穂の山には『例の鉾』に関連して厳重な封印が掛けられてたはずだ。それこそどっかの神様が掛けたのかってぐらい厳重な奴がな」

 

 宗像宰三は優れた風水師である。

 だからこそ高千穂の山に張り巡らされた土地由来の大結界の強度については誰よりも理解がある。あの結界はそれこそ件の日光にある『とある神格』を封じたものに匹敵するほどの強度を誇っている。

 加え、高千穂峰の周辺には修験道の霧島衆他、正史編纂委員会の研究員たちが存在しており異変があれば彼らが即座に気づいて対応するはず──。

 彼らがいて尚、結界が破られるまで何ら異変を感知できなかったなど……。

 

「それに抜けるでも壊すでもなく破ったってことは結界そのものを真正面から打ち消したって事だろうが。そんなマネを出来るのはそれこそ──」

 

「き、緊急ッ! 宗像殿はおられるかッ!?」

 

 ドタドタと足音を鳴らしながら息絶え絶えで襖を開けるのは宗像大社に勤める宮司であった。

 顔を青くして焦燥する宮司を見て、会議に集う呪術者達は皆、何事かとざわめいた。

 

「チッ……静まれ! んで、宮司用件は!?」

 

 一喝で場を黙らせながら睨み付けるようにして宮司に問いかける宰三。

 それに対して宮司が返した言葉は、

 

「け、『剣の王』! イタリアの神殺しであるサルバトーレ・ドニが来襲し……た、高千穂峰に侵攻! 結界は断ち切られ霧島衆も壊滅的な被害を受けているとッ──!」

 

「何だとッ!!?」

 

「……ハァ、どうやらこちらはこちらで別件により騒がしくなりそうですね、天羽殿」

 

「の、ようです。……少し席を外しても?」

 

「構いません、というよりお願いします。どうやら我らが王にも手番が回ってきたようですしね」

 

 東では中国の神殺し、羅翆蓮と日本の草薙護堂。

 西ではイタリアの神殺し、サルバトーレ・ドニと閉塚衛。

 混沌を呼ぶ神殺しが四人も同じ場に居合わせるという最悪。

 

「──妙な話ですね。東西で同時期に騒乱を引き起こす。誰か、盤を誘引しましたか、或いは単なる偶然か………仮に誘引したというならば──」

 

 混乱する場を何処か人ごとの様に感じながら神宮司は、この狙い澄ませたようなタイミングに何者かの気配を読み取る。

 

「やれやれ──これは成る程、もしや本当に大嵐となるやも知れません」

 

 来たる大騒乱の気配を察し、神宮司は憂いの言葉を小さく呟く。

 波紋は広がる、大乱は広がる。

 全ての災禍が東と西に集中する。

 

 

 その間隙に──。

 

 

「さて────最後の鍵を取りに行こうか」

 

 

 曇天覆う都内の私立校城楠学院の校門。

 先月には神殺しによる激突が行われたその場所で神々の王は不敵に笑う。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 端的に言って、男には魔術の才能が無かった。

 生まれつき魔力を貯め込むことの出来ない男は魔術と武術、その両立が必須と言って良い騎士団に身を置く存在であって、先天的に片方の才能を欠如しており、騎士団では常に落ちこぼれとして扱われていた。

 

 武術においては魔術の才能に恵まれなかった分、と言うべきか或いは武術があった故に魔術の才能に恵まれなかったのか、他の追随を許さないほどに卓越した技量を持ち、剣だけの男と揶揄されながらも周囲から、こと剣術においては彼を嫌う者も好む者も共通して認めるほどだった。

 

 とはいえ、当の本人にはそれらの評価、環境等々は一切どうでも良かった。

 最初から彼が興味を持っていたのは剣だけだ。

 剣だけだったのだ。

 

 剣を極めることこそ唯一、彼をして興味を持つ事柄。暇つぶしの享楽に耽ることはあれ、心は常に常在戦場。求むるは血の滾る試合舞台。

 剣の切れ味を極め、確かめ、結ぶことこそ唯一男が感心を持つことだ。

 

 その果てに──ある日、神を切った。

 

 その日から彼の日常は一変したが、それでも尚彼は変わらない。

 求めるのは剣。極めるためには闘争を。

 故に──己の目的を遂げるため、一切を斬り伏せることに躊躇い無し。

 

 剣を極めるためならば女子供だろうとも師であろうとも何であろうとも。

 神々さえも──断ち切って見せよう。

 

 何故ならば。

 

「──僕は、僕に斬れぬものを許さない」

 

 嘯くように言霊を唱える。

 男──剣の王、サルバトーレ・ドニは飄々と笑い、

 

「さあ、派手にいこうか!」

 

 斬、と魔剣が振るわれた。

 

 

 

 

 

「懺悔、懺悔、六根清浄」

 

 宮崎県と鹿児島県の県境に位置する火山、標高約1600㎝を誇る霧島連峰の第二峰。日本名山にも名を連ねるその山を高千穂峰という。

 天孫降臨の地として今も信仰を集め、そしてある『鉾の神器』に対しても逸話を持つ霊峰であり、あの歴史に有名な坂本龍馬も登頂した山でもある。

 

「懺悔、懺悔、六根清浄」

 

 噴火の影響で近年まで登頂が禁止されていたが、数年前より解禁されており、既に幾人もの登山家が足を運んだことだろう。

 標高こそかの富士山と比べればその半分とない高さだが、火山とだけあって足場が悪く、強風も吹くため相応の登山装備が必要となる。

 

 しかし……。

 

「懺悔、懺悔、六根清浄」

 

 錫杖を鳴らしながら何事かを呟く老人に、らしい装備は一つとしてなかった。

 トレッキングポールこそ錫杖が代わりに役目を果たしているものの、鈴掛に、頭に被る頭巾と斑蓋、どう考えても防寒の効果などありはしない。

 

 さらに背には水分補給用の水筒や高山を登るための酸素マスクの入ったリュックなどでは無く、老人と同じほどの箱笈。

 装飾品のように身につける数珠やら法螺やらと並んで登山の助けに何一つ鳴ってない上、寧ろ登山の難易度を引き上げかねない装備たちである。

 挙げ句、足下は藁で編んだ草鞋……とても登山に挑む者の総評して装備では無い。

 

「懺悔、懺悔、六根清浄」

 

 にも関わらず老人の足は異常なほどに速い。

 走っているわけでも無いのに踏み出す歩は力強く、進む速度は風のよう。

 環境の過酷さを鼻で笑うように老人は往く。

 

「懺悔、懺悔、六根清浄」

 

 その山伏装束を身に纏い、言葉を唱えながら独特のリズムで山登りを行う行為を「山駆け」という。単に山中に行くのでは無く、宗教的な自覚を伴い行う山間踏破は霊山修行者たちにとって山籠もりの修行の一環である。

 数十年に及び日常と等しく生涯を修行としてきた老人にとって今更、過酷だと喘ぐべき者では無く、積み上げた年月は未だ老衰にも不動であった。

 

 紗蘭(しゃらん)紗蘭(しゃらん)と錫杖が鳴る。

 

 山に木霊する鈴の音はある種の神聖さを呼び起こし、山は原初の聖域へと顔色を変えていく。

 古代人にとって山とは『モリ』である。

 地面がただならずモリ(・・)あがった場所、草木が異常に密生するような場所、或いは『塚』と呼ぶべき場所……そうした自然的神秘が働いた結果、生まれた場所に原初の人々は人ならざる力を感じて「(モリ)」聖域とした。

 

 またモリとは死者が坐す場所でもある。

 モリは黄泉から発せられる力によって生まれた場所であり、行けば災いが我が身を襲うとして、時に禁足地とした。

 

 モリ、即ち山に宿る見えざるものは「タマ」「カミ」「モノ」などと呼ばれ、人知及ばぬ神秘であり奇跡であり強大で凶暴な絶対者であった。

 これに人々は時に捧げ物を差し出し、忠誠を使ったが、人ならざるものの真意など人には読み解くことが出来ない。

 

 よって人々はこれら目に見えぬ超常……山に満ちる神秘を理解するためこれらと一体になる方法を考案する。

 山に満ちる力を操る術、即ち「魔術」。

 山に満ちる力そのもの、即ち「験力」。

 

 山に行き、山と一体となり、山に満ちる力を振るう。

 歴史に曰く、原始自然崇拝(アニミズム)に端を発する修験道の目的とは即ち、山に満ちる超自然的力と一体となり、これをモノにすることだ。

 

 そういった意味で老人は度外れていた。

 

 長き修行により身に付せた神秘は神がかりの巫女のそれを優に越え、纏う風は天狗が操るそれそのもの。

 修行を経て身につけた天狗の焔の清涼さはあらゆる穢れを焼き殺し、祓い清めるだろう。暴君として長き時を君臨するかの魔王が死者の行軍でさえ老人の前では灰となる。

 

 老人の名を檀行積、高千穂峰を信仰する修験道一派『霧島衆』が筆頭である。

 

「────む」

 

 老師の言葉が突如として途絶える。

 重ねた年月に相応しい皺を荘厳と顔に刻んだ行積はふと瞑目する。

 

 山を通り過ぎる風、風に吹かれる草木、遠くから響く野鳥の声。

 黙して感じ入るだけで山の全てを行積は感じ取る。

 当然──山の異変も。

 

「山の結界が斬られたか」

 

 霊視する。

 それは巫女の行う技術とは異なる霊感。

 目に見えないはずの魔力の流れや霊峰の息吹などを見る験力である。

 

 その目によって行積は真っ二つに裂かれた結界を読み取った。

 

「土地を乱したわけでも、山に勝る霊気で持って壊したのでは無い。剣の魔力、そして所有者の力量によって断ったか。なるほど、魔剣であるな」

 

 ふわり、と行積の身体が宙に浮く。

 急斜面から自らの意思で身を投げだしたのだ。

 

 このままならば行積の矮躯は地面の急斜を転がり、ただならぬ怪我を行積に与えかねないはずだが、行積の身体はしかし地面を転がる事無く、風に流される風船のように、だが、風船のように天高く流されること無く斜に構える地面と平行して浮く。

 

 山を駆け抜ける風に揺られ、そのまま行積の身体は風に流された。

 それは一見して無作為な風流のようで、紛れもなく意思のある流れだった。

 まるで行積をその場所に導くように風の流れそのものが行積の意思に同調して行積をその場所へと往くことを助ける。

 

 半刻──風に揺られた行積が到着したのは山の中腹付近だった。

 そこには倒れ伏す霧島衆、正史編纂委員会が派遣した呪術者達の姿。

 そして倒れる彼ら彼女らの中心に立つ、剣を携えた若者の姿。

 

「──異国の羅刹王殿であるか。名を聞いても?」

 

「サルバトーレ・ドニ。サルバトーレでもドニでもどっちても良いよ? 君が此処のリーダーだよね? 今の、面白い力だね。魔術でも僕たちが使うような神様の力でも無い……でも似た力なら知っているよ、前に会ったことのある珍しい神獣が似たような力を使ってたなァ、確か精霊、だっけ?」

 

「さて、異国の術に関しては拙僧は恥ずかしながら精通して降りませぬが故。当方、命を受けて以来この山と共に過ごし、歳を重ねてきましたが故に」

 

 明らかに襲撃者と分かる出で立ちの青年、サルバトーレ・ドニに対して、行積は特に態度を乱すことは無かった。近くには身内の人間達も血を流して倒れているにも関わらず彼はただ一人、泰然と孫ほど歳の離れた青年に礼を払いながら言葉を交わす。

 

「して、当山にはどのような御用向きで」

 

「ちょっとしたお使いさ。僕自身、目的は別にあるんだけど此処まで送ってくれたことに対する交換条件って奴でね」

 

 ウインクしながら剣を携える手とは逆の手で小瓶を見せる。

 小瓶には乳色の液体が注がれており、ゆらゆらと波に揺れている。

 それを見た行積は眉を僅かに顰めた。

 

「霊薬……それもかなり高位の一品ですな。由来は何と?」

 

「さあ? 僕も渡されただけだからよく知らないや。説明されたような気もするけど、僕にはどうでも良かったしね。あ、でも確か不老不死の秘薬とか何とか……」

 

「なるほど」

 

 にへらと笑うドニに泰然としたまま頷く行積。

 表面上は双方、特に険悪という訳でもなく理性的に言葉は交わされる。

 だが、不意にドニは何気ない仕草で、

 

「じゃあ、やろうか」

 

 などといってアッサリと剣を構えた。

 構えた、というには余りにも無気力でだらしない構え方だが、同時に構えたと分かるほどの圧が行積の身を襲った。

 人付きする犬が獰猛な恐竜に転じたようなギャップ。

 それを前にしても行積は小揺るぎもしない。

 

「武力を持って押し入ると? 当山は敬虔なる信仰者も修行僧も、或いは戯れに登山を遊興として楽しむモノも否定はしませぬ。ならば羅刹王が某かの用事を済ませることもまた」

 

 行積にとって山は聖域だが、同時に山は何者も否定しない存在であることも知っている。例えば行積のように山岳信仰を行う信徒達も、山登りを楽しむというために訪れる俗人も、山では全て同列に扱われると思っている。

 

 超自然を前に人が課した区分など馬鹿馬鹿しい。

 訪れる人々は皆、すべからく山に挑むヒトなのだから。

 だからこそ行積は例えドニの行為が侵攻そのものであっても止めはしない。山は全ての存在を受け入れるが故に。だが……。

 

「例えば、これが神様を呼び起こしてもかい?」

 

「……ほう?」

 

 ドニの言葉に初めて行積がピクリと反応する。

 それを知ってか知らずか、ドニは申し訳なさげに続ける。

 

「いやあ、これは僕の勘だけどね。これ自体には大した力はないはずなんだ。だけどこの山でこれを使うと何か神様が呼び出されるような感じがするんだよねぇ。それに此処に来るまでにどうも胸騒ぎがして落ち着かないんだ。これって結構、不味いと思わないかい?」

 

「御身自身が危険を承知であると。では何故、災いを理解した上でお使いなどと?」

 

「そりゃあ、それだけ危ない神様ならきっと僕の剣の切れ味を十分に確かめられると思うからさ! うん、本当に君たちには悪いと思っているんだよ? 護堂の故郷でもあるしさ。でも……悪いけど僕としても興味があるからさ。此処は一つ、許してくれよ」

 

 まるで友達に謝るかのような気軽さでとんでもないことを言うドニ。

 その余りに身勝手極まる言葉には彼の同胞とて唖然とすること間違いないだろうが、それでもやはり行積は泰然としたままだった。

 

 泰然としたまま、ごく自然な動作で臨戦態勢に移行していた。

 

「確かに、仕方有りませぬな。御身が望むところが成された暁には災いが日の本を襲うとなれば、拙僧もまた人のみでございますが故、止めねばなりますまい」

 

「うん、いいよ。実の所、君とはちょっとやってみたかったんだ、感じは違うけど師匠と似ている気がするんだ」

 

「それは光栄ですな。拙僧が羅刹の君の師に及ぶとは到底思えませぬが──」

 

 穏やかに言葉を交わす──その刹那。

 

「その御身の目に狂いがないよう、せいぜい務めなければなりますまい」

 

 一瞬にしてドニの目の前に現れた行積の掌底がドニの胸を強打した。

 ズドン、という凄まじい音を発しながら衝撃に飛ぶドニ。

 砂煙をまき散らしながら彼の肉体は数十メートルと飛翔し、大地に着弾。

 轟音が山間を大きく揺らした。

 

「──うわあ! 凄いな! 今のは神様や護堂が見せてくれた《神速》かな? 僕たちみたいな奴以外の人間が使うなんて初めて見たよ!」

 

 しかし、土煙の奥から姿を現したドニは恐ろしい事に無傷だった。

 魔術によるモノか、或いは権能の力か。

 如何な手法で身を守ったのか、打ち込んだ行積本人はよく分かっていた。

 

「打撃直前で上手く流しましたな。拙僧が見えていたので?」

 

「うん、まあね。中華の武侠たちは心眼之法訣って言ってたっけ? 僕は独学でやったから余り覚えていないけど……しかし、今のが君の力か! じゃあ僕もお返しに見せてあげないといけないよね」

 

 服に付いた埃を払いつつ、剣を片手に構えながらドニは、

 

「ここに誓おう。僕は、僕に斬れぬ物の存在を許さない。この剣は地上の全てを斬り裂き、断ち切る無敵の刃だと!」

 

 不遜な宣誓と共に膨大な呪力が剣に纏わり付いていく。

 無骨な剣は超常の力を宿す剣に……全てを斬り裂く唯一無二の魔剣へと変貌する。

 これぞサルバトーレ・ドニが持つ剣の権能。

 全てを斬り裂く鋼の権能『斬り裂く銀の腕(シルバーアーム・リッパー)』!

 

「ふむ、老骨には過ぎた魔剣でしょうに光栄と言うべきか、過評と嘆くべきか。何にせよ……臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前────」

 

 遂に開陳されるドニの権能を前に行積は苦笑し、言葉とともにサッと剣印を結んでいく。独股印から大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、内縛印、智拳印、日輪印、宝瓶印と自然な動作で、しかし恐るべき早さで結ぶ。

 

 剣印を結んだ後、四縦五横の格子状に九時を切る。

 九字護身法、それは言わずと知れた除災戦勝の仏前作法。

 だが行積は立て続けに言霊を放つ。

 

「──天魔外道皆仏性(てんまげどうかいぶっせい)四魔三障成道来(しまさんしょうじょうどうらい)魔界仏界同如理(まかいぶっかいどうにょり)一相平等無差別(いっそうびょうどうむしゃべつ)

 

 如何な呪術なのか、唱え終わると行積に恐ろしいほどの呪力が満ち満ちる。

 その霊気は高千穂の峰に吹雪く霊気と恐ろしく似通っており、まるで行積自身が高千穂の峰と同一の存在になり変わったかの如し──。

 

「さて──これで多少は御身のお暇を埋めるに足る験力とたり得るか……」

 

「はは、いいぞ! これは期待以上だ!」

 

 まつろわぬ神や同族を相手取る時ほどでは無いが、今目の前の老人に対して身体に少なからず熱がこもる。これ即ち目の前の老人が神殺し足る存在をして『脅威』と認識したことに他ならず──。

 

「では、少しばかり付き合って戴きましょうか、この老骨に」

 

「本番前のウォーミングアップって奴だね! 大歓迎さッ!」

 

 二者、同時に地を蹴り激突する。

 既に勝敗は見えているものの──剣の王と修行僧は遂に全力を持って戦端を切ったのだった。




イタリアの馬鹿、遂に来日!

ぶっちゃけ衛くんにとっては羅濠に並ぶ天敵中の天敵だったり。
性格的にも特性的にも。

そして拙作的にも大きく動きまする。
是非、お付き合いをお願いしますね。





……作者がエタらない限りは(ぼそっ)


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眠れる街と斬り裂く魔剣

そういえば最近、外出ると場所問わず皆マスク付けてますね。
そのせいでマスクが足りず高騰しているとか。

作者は半ば家に引きこもっているので縁が無いのですが……。
よう実のリアルイベントに参加したときにみんなマスク付けてたのでこれが例のウイルス効果かと。

ともあれ、皆さんもお気をつけくだされ。



まあ作者はウイルス対策何もしてないんですけどね!
マスクは邪魔になるし……どうせ罹るときは罹るし(おい)


 サルバトーレ・ドニによる高千穂峰襲撃と同刻。

 時を同じくして、夜明けの長崎港でも異変が起こっていた。

 

「あれ? 今日はやけに霧が濃いな……」

 

 長崎県長崎市にある国の重要港湾である長崎港では時折、霧が発生するため、霧自体はさして珍しいものでは無い。しかし、そんな港街の住人が思わず霧が濃いと評すほど、その日の霧は濃いものだった。

 

 港一帯は勿論のこと、濃霧は地方都市として栄える長崎の街をも覆い尽くしており、視界は十メートル先を見通すのがやっとという程。

 そのため絶えず道路を行き交う車はいつもよりも鈍足で、霧のせいか街自体の活気も普段と比べれば格段に静かであった。

 

 音の少なさが呼ぶ静寂はまるで微睡みのようだ。

 濃霧は静寂を呼び、静寂は微睡みを呼び、そして街は人気を忘れていく。

 夢の中、そう形容するほどその日の長崎市に現実感は無かった。

 

「あら? この音色……」

 

「これ歌か? 一体何処から……?」

 

 そんな静寂な街にふと美しい音色が響き渡る。

 数少ない街を歩く住人達は皆、歩を止め、思わず歌に聴き入る。

 

 異国の言葉、なのだろう。

 少なくとも日本語ではないその歌は不思議と耳からするりと身体に入り、理解できずとも自然と歌声と音色に聞き入る事が出来る。

 さながら子守歌のように。

 

 そして聞き入る内に……理解できないはずの言葉が脳に直接、語りかけるように理解できる言葉として彼ら彼女らへと伝わり始める。

 

『冥府で踊る死者達よ、冥府で踊る女神達よ。どうか私の詩を聞け』

 

 圧倒的な美声である。

 テレビやラジオで耳にする如何なる歌手をも凌駕する美声は聞き手に一切の不快感も与えず、問答無用に聞き入らせる。それは一種の催眠のよう。

 美声の音階が聞き手の心を鎮静させていくのだ。

 

 音の世界には聞き手の自律神経を活性化させ、精神安定させるゆらぎというものが存在するというが、美声の主はそんな音の概念を置いて、ただ美しい音色というその一点で聞き手の心を静めていく。

 

『私は願う、どうか私を憐れみたまえ。私は願う、どうか私を憐れみたまえ』

 

 極限の美を前にした時、人は忘我するという。

 衝撃的な感動が心を一色に縫い止めてしまうが故に。

 それほどまでに、嘆きの美声は絶対的だった。

 

 ただ美しい。これほどの美声が歌が、地上に存在するのかと疑うほどに。

 

『死者達よ、私をどうか導きたまえ。女神達よ、私をどうか導きたまえ』

 

 ラン、と五感を揺さぶる琴の音色が響く。

 悲哀の慟哭に合わせて、嘆きの音が奏でられる。

 

『悲哀の涙が頬を伝い、嘆きが私の胸を刺す。おお、どうかどうか私を憐れみ導き給え。冥府を下ったその果てに。私は愛を取り戻すのだ』

 

 霧が濃くなる。いっそ濃くなる。

 既に視界は一メートルと聞かず、詩を聞いた住人達は子守歌を聴く赤ん坊のように微睡みのうちに居る。

 街が眠る、人が眠る。あらゆる全てが眠りに落ちる。

 

 酩酊感にも似た快楽と微睡みの内に住人達は思う。

 ああ、これは人の成せるモノでは無い。

 もっと高貴なるモノ、高位なるモノの成せる奇跡である、と。

 

 ポロロンと再び琴が響き渡る。

 脳を揺さぶり、心を静め、感動の内に眠りを呼ぶ。

 霧の彼方に夜明けは閉ざされた。

 

 故に夜の眠りは尚続行。

 街は目覚めること無く夢の中に沈んでいく。

 

「──チッ、またこのパターンか。つくづく運の悪い」

 

 ──たった一人、詩に聞き入ることなく佇んでいた。

 一人の黒い貴公子を例外として。

 

 眠れる街でアレクサンドル・ガスコインは面倒くさげに、しかし確かに微睡みを呼び込んだ敵手の存在を睨み付けた。

 

 

 

 

 そして──銀色の輝きが全てを両断した。

 

 ドニの放った一斬はしかし剣による斬撃というには余りにも規格外なものであった。

 僅か一撃一斬、ただそれだけで山を覆う草木が大地が、真っ二つに斬り分かれたのだから。

 

 連鎖的に起こる土砂崩れの轟音を背に紙一重で斬撃を躱した行積は、相変わらず泰然としたままにドニの偉業に感心する。

 

「成る程、これが神々の権能か。閉塚殿がこの御山に匹敵する結界を雷にて一瞬のうちに形成したのはお目に掛かったことがあるが、ふむ……神威の一撃、凄まじい限りだ」

 

「だろう? この通り、僕に斬れないものはない。だから君も全力で立ち会った方が良いよ。僕の力は何というか、加減ってモノが出来ないからね!」

 

「確かに。これでは峰打ちであろうとも斬殺は免れますまい。では児戯ですが、拙僧も一つ、技を披露してみせようか」

 

 言って行積はあろうことか目にもとまらぬ速度でドニの懐へと……剣の間合いへと踏み込んだ。

 それは誰が見ても自殺行為だ。

 何故ならば目の前の剣士はこと剣に関して世界四指の実力者。

 言わば近接戦のエキスパートである。

 

 加えて手にした権能はケルト神話の神王ヌアザより簒奪した万物全てを断ち切る銀の魔剣。正に鬼に金棒といった権能である。

 そんな男の間合いに自ら飛び込むなどそれを自殺行為と呼ばず何という。

 

「正面から飛び込んで来るのか! やる気だね!」

 

 しかし愚行に対してドニは笑う。

 そう、相手が無策であるなどとあり得ない。

 何故ならば初手に放った不意打ちの遠間斬撃を見切って(・・・・)、避けた相手である。少なくとも一刀で住む有象無象の類いでは無いと戦好きの神殺しの感性は強く訴えていた。

 

 果たしてそれは、正しかった。

 間合いに飛び込んできた行積に合わせて放った迎撃の一斬。

 獲物を斬殺するはずだった一刀は虚空を斬る。

 

 そして打ちは放たれるは音速の発勁。

 容赦なく標的を心臓と据えた一撃がドニを襲う。

 だが、桁外れの反射速度でドニは僅かに半身を逸らすことで躱す。

 

 さらに空振った先の一斬を返し、今度は突き出された行積の腕を切り飛ばそうと刃を振るうが、まるで知ってたよう(・・・・・・)に行積は腕を曲げた肘打ちをドニの手元へ向けて打ち放つ。

 剣を振り切るよりも先に気勢を削ぐように放たれた一撃は鋼の魔剣の脅威を発動させない。そして剣を振るいきれず、中途半端な姿勢で留まったドニに向け、行積は体当たりを喰らわせながらドニの鳩尾目掛けて強烈な寸勁を放つ。

 

 さしもの神殺しといえどもこれは効いたのかドニの身体はくの字に曲がり、受けた衝撃にたたら踏む。

 その隙に行積は更なる追撃を加えようと再び手を引くが、拳を打ち込もうとした直前に何かを察したように足を引き、達人すら目を見張るような見事な体重移動で僅か一足のうちに十数メートルと間合いを広げてみせる。

 行積が間合いを広げた刹那に──遅れて豪速の払いが虚空を切る。

 

 剣を握る手とは逆の手を使いドニは行積を打ち払わんと一撃を見舞ったのである。だが、予め逃れていた行積を振るわれた亜音速の払いは捉えること無く、大気を切るに留まった。

 その威力、その速度、仮に直撃していたならば行積の肋骨を粉々に打ち砕き、確実に戦闘不能へと追い込んでいただろう。

 

「やるねえ! 素手だとちょっとやりずらいなぁ何て思ってたけど、こうも上手く僕の剣を躱してみせるなんて!」

 

「何、羅刹の君の神威に比べれば拙僧の技など所詮、余技にございます」

 

 一連の攻防を終えたドニは愉快げに笑いかけながら再び弛緩しただらしない姿勢で剣を構える。強烈な一撃を受けただろうに、その笑みに曇りは無く、目立ったダメージを受けた様子も無い。常人ならば一撃で昏倒して然るべきだろうに。

 神殺しの耐久力は達人の一撃程度では揺らがない。

 

「鋭い読み、じゃあなさそうだねぇ。ひょっとして僕の頭の中身でも覗いているのかい?」

 

「然り。拙僧が御山にて鍛え、身につけし、五の神通。うちの一つが他心通。行基大徳には遠く及びませんが……拙僧もまた修験の道にて験力を極めましたが故に」

 

「神通力……確か似たようなのを中国の武侠が使ってたなァ」

 

 教えによって定義は異なりが、修験道において神通力とは現世と他界の境を自在に飛越し、神霊と対話しうる超能力のことを指す。

 観音経や維摩経に曰く神通、即ち超能力は六種あるという。

 

 一は神境通、たちどころに何処でも行ける能力。

 二は天眼通、物的霊的を問わず全てを見る能力。

 三は天耳通、遠近細大構わず音全てを聞く能力。

 四は他心通、他人の心を見通し、読み取る能力。

 

 五は宿命通、人の過去の生死宿業が読める智力。

 六は漏尽通、煩悩を滅ぼす、または煩悩から解脱した知性を言う。

 

 これら六つが神通。

 修験者が修行の果てに体得できる超能力である。

 過去、これら全てを具備していたのは『日本往生極楽記』や『大日本国法花経験記』などに名を残した偉大なる仏法の僧、行基である。

 

 故に清らかさ山紫水明の如しと謳われた行積でも体得できたのは六神通がうち四つ。それでも修験者として行積がどれほど卓越しているかは語るまでも無いだろう。

 山と常に共に行積は既に高千穂の霊気と一体となる領域まで験力を高めている。

 

「大陸の教えは寡聞にして知りませぬが、恐らくは同一のものでしょうな。我が修験の道はかの教えと重なる部分もあります。何れかの過程で混ざり合ったモノでしょう。大陸の蓬莱山における神仙修行でも当山の行うそれと似たようなことを行うと耳に為て事があります」

 

「へえ……まあ、その辺りはどうでもいいや」

 

 行積の言葉を話半分に聞き流すドニ。

 彼にとっては技に伴う歴史など、どうでも良いものなのだろう。

 重要なのはそれがどういうものでどういう力を持っているのか。

 それさえ分かれば問題は無いのだ。

 

「僕の考えが読まれるっていうなら、考えなければ良いだけだしね!」

 

「……むっ」

 

 言うや否や今度はドニから攻めかかる。

 玄妙な足さばきで距離と歩幅を誤認させ、意識の間隙を縫って一瞬のうちに行積に肉薄した手腕は行積をして目を見張る絶技である。

 間合いを踏破したドニは愉しげに口元を釣り上げながら突きを放った。

 音速を優に越える勢いで放たれたためか、繰り出すと同時に大気を突き破るような轟音が耳を衝くが、その衝撃に狼狽えること無く行積は後ろに飛び退いて突きを回避する……しかし、その回避運動を読み切っていたようにドニは次なる手を打つ。

 

「ッぬ!!」

 

 銀の魔剣、あらゆるモノを引き裂く無骨な鋼の剣が回避する行積を追うように伸びたのだ。これには流石の行積も驚愕し、強引な重心移動で飛び退きから後ろに倒れかかるようにして何とかこの不意打ちを凌いでみせる。

 だが、その代償に行積の体勢は完全に崩れていた。

 

 その隙を獣と謳われる神殺しが逃すわけなど有りはせず、ドニは続けて先のお返しとばかりに強烈なフックを行積の腹部に突き立てた。

 

「ガッ!?」

 

 まるで鉄棒で突かれたような強烈な威力。

 ミシミシと沈む拳は臓器にこそ届かなかったモノの代わりに幾つかの骨に亀裂を与える。痛みのあまり行積はくぐもった悲鳴を上げるも、痛みに竦んでいる暇は無かった。

 間髪入れずドニは魔剣を振り下ろす。

 ……アレだけは受けてはならない!

 

「風ッ!!」

 

「わ、ぷっ!!」

 

 呪を伴った言霊を行積が言い放つとドニの顔面を覆うように不自然な木枯らしが吹き付ける。不意の風殴りにダメージこそ無いものの、ドニは視界を閉ざし、背中を反らして仰け反った。

 よって追撃の一斬は遅れ、何とか行積は逃れ出る。

 

 ……かのように思われた。

 

「ッ! ……な……にっ……!?」

 

 刹那、煌めく銀閃。明らかにドニの反射速度を凌駕した一撃が、まるで蛇のように揺らめいて標的を視認しないままに斬り裂いた。

 微かに引き裂かれる行積の脇腹。だが驚愕すべきはそこでは無い。

 今、目前の神殺しは明らかにこちらを感知していなかった。

 にも拘わらず剣そのものに意思があるように勝手に剣閃が奔ったのだ。

 

「……無我の極致か!」

 

「──────」

 

 返答は無い。

 それが何よりも決定的な証拠だった。

 

 先ほどまで死合いに愉悦していた青年にもはや表情も感情も無く、澄み切った明鏡止水の心持ちで剣のみが凶暴な獣染みた猛威を振るう。

 それは正しく剣の極致、卓越した剣の求道者のみが至るという無念無想の理である。

 

 何も念じず、何も思わず──ただ標的のみを、斬る。

 

「ぬっ、おおおッ!!」

 

 刃が奔る。先刻ドニが伝えたように何も考えずに振るわれた絶閃を余裕無く回避することなどもはや行積は出来なかった。

 他心通は既に如何なる思念も見通さず、聞かせることはない。

 心が無の境地にあるからだろう。

 

 剣の王は既に内心を無へと変え、如何なる次手をも悟らせない。

 

「懺悔、懺悔、六根清浄……!」

 

 タンタンと森に響き渡るように大袈裟な足音を奏でる行積。

 特定のリズムを作ることで意図的に心の乱れを落ち着かせるためだろう。

 同時に唱えた呪文と合わせ、内の霊気を整える。

 

 次いで心の目で以て開眼。

 通力、天眼通を使いしかとドニの剣筋を見定めた。

 

 そこから先は神速の攻防だ。

 天眼通に加え、風を纏った行積の動きはもはや山を駆る天狗と比べて遜色なく、影の使い手では影すら踏めぬものと化す。

 しかし対する相手もまた尋常では無く無我のまま振るわれる太刀は恐るべき事に全て神速と化した行積の動きを抑えていた。

 天眼通がなければ間違いなく神速越しに叩き切られていただろう剣閃の数々を、行積は目と直感を駆使して、僅かな誤差も許さない回避で凌ぎ、斬られれば終わりの氷上の綱渡りを実現させる。

 

 無我域へと沈んだドニに容赦は無い。

 頭部、首、心臓……急所となり得る箇所への斬撃は勿論のこと、氷上舞踏を封じるためか隙あらば脚部への損傷まで狙ってくる。

 しかもそれら斬撃に意図が無い(・・)ものだから堪らない。

 ドニの次手を読むには筋肉の収縮や骨格の動きからしか察せられず、即ち受け手はどうしても後の先でもっての回避を強いられるのだ。

 

 ただでさえ卓越した剣士を相手取るのは意図や殺気ありきでも厳しいのにも関わらず、それが無い上で後の先を読み続けるなど如何な達人でも不可能だ。

 加えて、この剣士。見た目に寄らず中々に質が悪い。

 

「森よ、鳴らせ!」

 

 行積が怪異の言霊を唱える。

 日本書記において都に響いた雷の轟音。

 曰く、天狗の咆吼だと呼ばれた音の怪異を呪術によって再現する。

 

 近距離で対する両者の合間に突如として発生した轟音は衝撃を伴い、両者を問答無用に吹き飛ばさんと衝撃の波を大気に伝播させるが、その波紋が人体に届くより先に音速を凌駕した神速の太刀が大気ごと音の衝撃を叩き切った。

 轟音を上回る剣の振り音と人外の剣筋に悲鳴を上げる大気。

 余りにも力業と言って良い、相殺方法は二次被害でその場に暴風を呼び込むが、強引さ故に剣を振り切った後のドニは無防備を晒していた。

 

 ようやく晒した隙に刃持つ銀の腕を押さえようと行積は柔術の要領で掴みかかるが、ドニは押さえられまいと接近した行積に身当てを喰らわし、拘束を防いだ。

 そして接近してきた獲物を逆に仕留めてやろうと大きく刃を振りかぶり……。

 

「ガアアア!!?」

 

 大地を踏み砕くような震脚で意識の外から行積の機動力を破壊した。

 

 絶死の一撃を大袈裟に晒し、より確実な一手で敵手の戦力を削ぐ。

 剣に拘りながらも囚われないその有様は戦闘者として超一流だと言っても過言ではあるまい。そして……。

 

(しまっ……!)

 

 片手落ちで凌げるほどドニの魔剣は甘くなく、

 

「────中々愉しかったよ、大丈夫。殺しはしないさ………多分ね」

 

 大きく振りかぶった剣の腹で以て、横薙ぎに。

 剛力に任せて行積ごと鋼の魔剣を振り切る。

 

 壮絶な衝突音と次いで鞠のように吹き飛ぶ行積。

 地を転がり、木々を六つと粉砕した後、轟音と土煙を立てながら行積は地に沈み、沈黙する。

 

 ……如何な卓越した超人とて所詮は人間。

 神殺しに勝る道理などありはせず。

 

 ──海千山千の達人は、此処に王の威光を前に倒れた。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

「ふぅ────思ってたより全然、良いウォーミングアップになったよ」

 

 沈黙した老師を前に首をならしながらドニは言う。

 当然、答えは返ってこないもののそれで満足したのか、ドニはウインク一つ残した後、剣を片手に山登りを再開する。

 

 ザッザッと地面を踏みならしながら急斜面や低酸素も何のその、尋常ならざる神殺しの身体機能を十全に生かし、半刻と掛からずに高千穂峰を踏破した。

 

「さて、と」

 

 山頂──辿り着いた先にあったのは鎖に覆われた石垣と、石垣に突き刺さる石槍の威容。

 伝説に曰くこれこそが高千穂峰の頂上に鎮座する秘法。日本の天地創造の伝承、国海に際して、イザナミとイザナギが使い、かの坂本龍馬が高千穂峰登頂の際に頂上で抜き放ったという伝説の鉾────国作りの逆鉾、神器『天逆鉾』である。

 

「うーん、邪魔だなァ」

 

 しかし、なんと不遜なことか。

 あろう事かドニはその立ち入り禁止を意味する鎖の敷居を飛び越えるだけに留まらず天逆鉾に触れるや否や強引に抜き、それを投げ捨てたでは無いか!

 

 間違いなく歴史や信仰を重んじるような人間が見たら激怒必至の暴挙。

 だが、それを止めるべく動ける信仰者も呪術者も全てドニの手で沈黙している。

 

 故に暴君の勝手を止めることが出来る者は無い。

 彼は好き勝手に振る舞う。

 

「後はコイツの中身を此処に落とせば良いんだっけ?」

 

 言って取り出したのは行積にも見せびらかした小瓶。

 日本に訪れる際、『船』を使ってドニを此処に送り込んだ人物らに曰く、不老不死の妙薬にして彼らが奉じる神の計画の一端だという品。

 

「何だっけな……創世神話、『神域』創造、再生の物語……色々言ってた様な気がするけど……」

 

 この謀略に際し、彼らはドニに計画の一部を語っていた。

 曰く、『最後の鋼』を手に入れる。

 曰く、魔王撃滅の宿業を簒奪する。

 曰く、天地創造の大権能を持って世界を新生させる。

 

 間違いなくドニの側近たるアンドレアが聞けば「世界を滅ぼす気か馬鹿め!」と叫ぶだろう災厄の予感しかしない単語群、或いはかの黒王子であれば語られる内容から結果を予想できるのだろうが……。

 

「ま、試してみれば分かるさ!」

 

 この男、最低最悪に途方もなく馬鹿だった。

 敵手の謀略に全て乗っかった上で強敵と戦えれば良しと言う傍迷惑具合。

 

 だからこそ享楽の剣王は実にアッサリと、

 

「よっと……!」

 

 小瓶を銀の魔剣で叩っ切り、中身を高千穂の大地に垂れ流す。

 こうして、余りにも呆気なく……。

 

 ────地獄の釜は開かれた。

 

 乳液が大地に染み渡る。

 その秘薬の名は『アムリタの甘露』。

 インド神話における天地創造神話、乳海攪拌によって醸造されし、不老不死の秘薬にして、万物を生み出した創世の海から抽出されるという世界創造の欠片である。

 

「お? おお?」

 

 山が脈動する。大地が脈動する。

 地の底から響く地鳴りは高千穂峰のみならず、霧島連峰全域を震わせ、さらには山岳地帯の外にまで揺れを伝播させる。

 震度二、三、四、五……とやがて揺れは大きくなっていき、遂には観測最大震度七という膨大な揺れを生み出した。

 

「わわ、うわわ……!」

 

 ドニをして膝を付くほどの揺れ。

 振動はやがて近く、近く、近く感じるようになる。

 そうして揺れが臨界に達する頃……。

 

 世界の終わりを思わせる大爆発が山間に轟いた。

 

 その現象を噴火。

 超自然が生み出す大災害の一つである。

 しかも巻き起こった噴火はただの噴火では無い。

 

 栗野岳、蝦野岳、甑岳……。

 韓国岳に、硫黄山。

 新燃岳に、御鉢、そして高千穂峰。

 

 霧島連峰に連なる新旧の火山。

 全ての噴火口が同時に爆発し、マグマを噴いた。

 

 それはもはや連峰の爆発だ。

 山という形自体を崩壊させながら爆発するそれは地形をまるごと粉砕し、摂氏千度を凌駕する絶大なる高温度の溶岩流を流出し、形成する。

 

 当然、爆心地の最中央にいたと言って良いドニも爆発と噴火と溶岩流に巻き込まれ……。

 

「うわあああああああああああああああああああッ!?」

 

 何処か間抜けな悲鳴を上げつつ、灼熱に巻き込まれた。

 

 

 

 そして傍迷惑な神殺しが溶岩の海に沈んだ後。

 膨大な火砕流の中に一つの人影が生み出される。

 

「おお……おおおお何たる事か! この地を覆う凄惨たる混沌! 正しく大地を広げる創世神話の再現ぞ! 既に完成されたる大地をこれ以上広げようなどと暴挙も暴挙。母なる大地を傷つける愚行なるぞ! ええい、どこの大馬鹿者だ!? よもやシヴァが短気を起こしたのではあるまいな!!?」

 

 顕現した人影が褐色の若者だった。

 顔には顕現するなり惨状に目の当たりにしたためか、苦悩するが如き皺を刻み、右手には仰々しい杖を携えている。

 僧侶の袈裟衣装に通じる衣服を身に纏い、額には白毫を模した赤い点が刻まれている。

 

「おのれ! 我らが平定せしめた大地を再び乱したこの暴挙! 下手人には相応の罰を与えねばなるまいて! 天地の道理を掻き乱す大罪人めが!!」

 

 若者は激怒していた。

 大地を殺しかねない炎熱の再生を実行した犯人に。

 

 若者は激怒していた。

 平定したはずの大地を乱す全ての愚者と罪人に。

 

「ならばこそ! 手が威を以て再び大地を平定せん! おお我が手に戻れ! 天魔反戈の独鈷杵、天逆鉾よッ!! 天地を乱す天魔外道を我が手で討ち滅ぼしてみせようぞ!!」

 

 故にその全てを誅するがため、轟き荒ぶる。

 何故なら彼は『まつろわぬ神』であるが故に。

 世界の摂理を破壊するものを神威を以て蹂躙する。

 

 その神名────。

 

「大梵天の怒りを知れ!! 世界を乱すもの共よ。如何なる天魔外道でさえも、我が威光を逃れるに能わずッッ!!!」

 

 仏法の守護者として、またインド神話に君臨する創造神として。

 彼は猛々しくその神格を解き放った。

 

 斯くて厄災は此処に顕現する。

 荒ぶるは天地開闢に居合わせた創造神。

 或いは眠れる街に着岸する英雄船団。

 

 嘗て無い苦難が九州の地を覆う。 




流石ドニ、安定して余計な事しかしないネ!

そういうことで今回はインド神話のヤベー奴。
特にあそこの主神クラスというヤベえ具合。

ついでに霧島連峰大爆発。
四方四県、大ピンチ。
加えて実は観光中だったアレクが騒ぎに混ざります。



……どうすんの、これ。


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雪花の拳、魔女の術

突然感想が増えて作者、困惑。
みんなインド好きすぎかよ……(大歓喜)

しかし残念ながらインドの出番はまだだ。
そして書いてて思う……マジ剣バカ何やってんの?



 奔る激震──霧島連峰の噴火爆発は天に轟き響き渡り、宮崎県内は愚か九州全域を轟音で震わせ、穏やかな朝を迎えるはずだった住民達を叩き起こす。

 住民達は未だ知らぬ大災害の発令に困惑と不安を覚えながら起床し、テレビ、ラジオ、インターネット等で各メディアが大パニックで伝える朝のニュースを目の当たりにして、青ざめる。

 

『霧島連峰、過去類を見ない同時噴火!』

 

『予想被害は九州全域に及ぶ模様!』

 

『政府は災害対策本部を設置と共に九州各都道府県に緊急事態宣言を発令。九州全域に警戒レベル四。宮崎県内に警戒レベル五を発令!』

 

『災害発生当該区域では既に大量の溶岩流が流れ込んでおり、霧島錦江湾国立公園は立ち入り禁止区域に指定』

 

『大規模な噴煙の拡散を確認。宮崎県内にお住まいの市民は火山噴出物の落下に警戒されたし』

 

『専門家によると噴火が与える天候への二次災害は半年に及ぶ可能性あり、その間、九州全域で異常気象が──』

 

 ──悪夢のようなニュースの数々だった。

 

 予兆なしの突如とした突発的な大災害。

 昨日までの平和を嘲笑うかのような異常は寝起きの九州住民達を一瞬のうちにパニックへと叩き落とす。

 各メディアは落ち着いた行動を心がけるようにとしつこい程に繰り返すが、無論当事者達には馬耳東風。数十年数百年に一度の大災害を前にして、落ち着いた行動を冷静に行える者など少なくとも平凡な一市民らが行えるはずもなく。

 新たなる一日の始まりはおよそ最悪のスタートを切っていた。

 

「ッ────何事ッ!?」

 

 それは九州を訪れていた神殺し、閉塚衛も例外ではない。

 噴火爆発に際し、布団を蹴っ飛ばして飛び起きた衛は即座に己の身に満ちる戦前の高揚感と遠方に感じる神力を知覚する。

 神殺しでも随一を誇る知覚能力を有する衛はすぐに現状を理解した。

 

「まつろわぬ神か……!」

 

「ま、衛さん? 一体何が……!」

 

 衛に一歩遅れて目を覚ます桜花。

 昨日は何だかんだで同じ部屋で眠った二人である。

 片方が大騒ぎすれば、必然、もう片方も異常に気づく。

 

「桜花か。安眠の所悪いが、本業の時間だ。ったく、どうなってやがる。最近、いつにもまして面倒事と遭遇する機会が多いじゃねえか……」

 

 舌打ち混じりに愚痴る衛。

 前の同胞との戦いと良い、英国の鋼と良い、戦うペースが段々早くなっている。もしやこの日本に二人の神殺しが誕生したことが影響しているのか。

 ……だとしたら間違いなく後輩のせいに違いない。

 

「やっぱりあん時、スサノオ諸共ぶっ殺しておくべきだったか?」

 

「衛さん?」

 

「……いや、何でも無い。少し待ってろ、今場所を確認する」

 

 当てつけのように後輩へ細やかな呪詛を送り込みつつ、衛は身体に満ちる呪力を活性化させる。既に宿敵の降誕に伴い、彼の肉体は万全へと持ち込まれている。

 故に起き抜けであろうとも権能を振るうことに不足無し。

 

「母なる愛は幼子を守る穏やかにして無敵の揺り籠なり。実り豊かな大地を統べる母神の唄は幼子の泣き声を安らぎ、閉ざす、子守唄。

 ────無垢なる者よ、母神の庇護に微睡み給え!」

 

 言霊と共に雷の呪力が波紋のように広がってゆく。

 権能、『母なる城塞(ブラインド・ガーデン)』による神殿結界の力である。

 

 衛の第一権能は汎用性に富む権能だ。

 雷による霹靂に無敵の絶盾、聖獣顕身、回復促進など様々な効力を持つ。

 それは偏にプリンセス・アリスが的を射た《城塞》という本質的な力ゆえにだ。

 

 彼女に曰く、この第一権能とは攻城戦において必要な全ての役割を兼ねる攻防一体の権能であるという。

 

 神殿化による領域知覚・支配の結界、敵手を撃滅する攻防一体の稲妻、長期戦ないし連戦を可能とする回復能力、無敵城塞を利用した隔離防御などなど……。

 守戦において必要な力の全てを保有している。

 

 だからこその《城塞》。

 衛は守戦において絶大な力を発揮できる。

 

 桜花の実家に訪れた時点で、此処を仮宿とした時点で、既に衛にとって拠点としてこの場所は成立している。

 そして土地を支配下と置いた以上、そこを起点に九州全域に知覚結界を張り巡らせ、現状を把握するなど造作も無い。

 

「場所は……この位置、高千穂峰か!」

 

 結果、衛は数秒と掛からず彼方の敵手を補足した。

 今も爆発を繰り返す霧島連峰。

 噴火口から溢れ出る灰色の噴煙に潜むまつろわぬ神の姿を。

 

「高千穂峰……って……そんな、それは本当ですか衛さん!?」

 

「残念ながら事実だ。……桜花、確か高千穂峰にはかなり厳重な結界が張ってあったはずだよな?」

 

「は、はい。高千穂峰……霧島連峰全域には禍避けの結界が張ってあります。山頂にある『鉾』を守るためであると御爺様から聞いています。詳しいことは教えてくれませんでしたが、封印も兼ねていると……」

 

「ああ、『鉾』の神気に当てられて何処かの神が降りてこないか防ぐために保護と封印を兼ねた奴だと俺も聞いた。だからこそ、あそこに自然発生的に神が降りてくるなんてあり得ない」

 

 桜花も衛も詳しい話を聞いたわけではないが、あの『鉾』は贋作なれど、この国の何処かにある『鉾』はかなり重要な役目を担う神器らしく、その保管、管理は『官』の一部の者しか知らぬほど厳重に安置されているらしい。

 つまり『鉾』の神器はそれだけ重要な一品であるのだ。

 だから贋作とはいえ、まかり間違って『鉾』であるという縁に従い、変な呪いや神気が満ちないように地脈を利用した拡散と払いの結界を連峰全域に張り巡らせていると二人は行積老の口から直々に聞いていた。

 

 にも関わらず、件の結界区域でまつろわぬ神が出現した。

 考えられる要因は様々有るが、少なくとも結界ありきでアレの現出が許されるはずも無く、逆説的に結界は既に破られたとみて良い。

 そしてその事実が連座で示すのは……。

 

「……結界は『霧島衆』が管理してたよな」

 

「………………はい」

 

「そうか……」

 

 『霧島衆』は首魁の人格有ってか、敬虔にして善良な修験僧たちだ。

 仮に結界を害する何者かが侵攻してくれば全力で防衛するだろう。

 

「……ともかく座視するワケにはいかない。俺は今すぐ霧島連峰に向かう。桜花、思うところはあるだろうが戦闘、行けるか?」

 

「大丈夫です。それに……場合によっては私自身、戦うべき理由が出来ますから」

 

「ああ、その時は俺も倍乗せだ。最初から容赦をするつもりはないがな」

 

 ともに以心伝心。言葉にせずとも意図を共有する。

 そして、二人は寝間着姿から外着に手早く着替えた。

 起床して、異常を感知してから約五分。

 臨戦態勢は此処に整った。

 

「閉塚様! 夜明けに申し訳ありませんッ!!」

 

 と、丁度出陣準備が整った頃にドタドタと廊下を急ぎ足で駆けてくる息絶え絶えな女中が桜花の私室に転がり込んでくる。

 恐らく高千穂峰の異常を家の呪術師たちも察知したのだろう。

 言葉にされるまでの無く、用件は間違いなく……。

 

「皆まで言うな。高千穂峰の異変だろ。すぐに対処する」

 

「い、いいえ! 違うのです! ああいや、そちらも重要ですが──」

 

 だが、予想した無いような女中の言葉に否定される。

 不意を突かれた形で眉を顰める衛と桜花に、女中は衛達の予想した所の上をいく、最悪の現状を口にした。

 

「『裏伊勢神祇会』に出席中の旦那様からの知らせです! 高千穂峰……及び長崎市にて大異変! 計二カ所の時点にて『まつろわぬ神』の気配ありとの事です!」

 

「ハァ!? 二カ所!?」

 

「ということは別々に『まつろわぬ神』が降臨したと言うことですか!?」

 

 これには衛も桜花も驚愕する。

 まさか同時に、別々の神が同じ地域の別の場所に現れるなど……あまりの現状に唖然とする唖然とする二人に更なる情報が追加される。

 

「また、関東地域の栃木県日光においては中華の神殺し、羅翆蓮が襲来したため既に草薙王が交戦に移行、こちらの増援に招聘することは難しく、閉塚様に置かれましては計二カ所の『まつろわぬ神』に対処の程をと……!」

 

「ええい、最悪か! いや文字通り最悪だな! とんだ挨拶回りだッ!」

 

 如何に神殺しといえど肉体は一つである。

 別々の場所に現れた『まつろわぬ神』を同時に対処することなど不可能だ。

 そう思いながらも衛は即座に知覚結界を再度展開、今度は九州方面に目を向けてみれば……長崎県方面、そこに観測不能の領域が広がりつつあるのを知覚する。

 

「隠蔽魔術か何か……神がいるかは分からないが、何か異常がおきているのは確からしいな」

 

「なんて事……衛さん、これは……」

 

「目下、一番ヤバいのは問答無用で火山の方だろうよ。が、長崎の方の内情が感知できないのが痛い。最悪こっち以上にヤバいことになっている可能性だってあるからな……なぁ、アンタ向こうの被害状況に関して桜花の父君は何て言っているんだ?」

 

「げ、現在のところ不明である、と……ただ市内で膨大な呪力が既に観測されています。また濃霧と落雷が観測されたとの情報もあり……」

 

「ってことは向こうも向こうでヤバそうだな。さて、どうしたものか……」

 

 相手はまつろわぬ神。

 衛をして全力全体で撃滅に動いても早々簡単に倒せる相手ではない。

 どちらかを速攻で倒し、もう片方へ向かう……などとは流石の衛でも出来ない。ゆえにこそ衛は選択を迫られる。即ち、どちらを切り捨てるか(・・・・・・)

 

「ッ、ざけろ!」

 

 己の思考に思わず怒声を放つ。

 守れるものは何が何でも守護し、敵手は必ず撃滅する。

 そんな衛によもや見捨てる選択を迫られる場面が訪れるなどと!

 

(優先するべきはやはり桜花の身内がいる霧島の方……だが長崎にも俺の友人は何人かいる。アイツらを見捨てるわけには……)

 

 衛の縁は超広域に存在する。

 日本各地は勿論のこと世界規模で彼は知人友人を持っている。

 だから当然、長崎にもそして宮崎県にも大切な友人がいる。

 

 どちらも見捨てることなどとても出来ず、だが、衛をして即座に援軍として駆けつけ、助けられるのはどちらか片方に限られるだろう。

 衛は優先順位を付けなければならない、天秤で量らなければならない。

 

 友情を比べる……などと最大の禁忌を犯さなければ……。

 

「────くッ!!」

 

 迷う時間すら惜しい。まつろわぬ神は既に目覚めているのだ。

 苦悩のあまり選択できねば、今度はどちらも助けられないという最悪を招く。

 毒杯を飲むような決断を下そうとした刹那──衛の携帯が鳴る。

 ハッとなり、着信音が三度と鳴る前に携帯を手に取れば……。

 

『よう、大将。だいぶ非常事態だな!』

 

「蓮か!」

 

『おう蓮だ。時間が惜しいから用件言うぞ。長崎方面にはもう雪さんが向かった。だから大将は高千穂に現れた『まつろわぬ神』を対処してくれ、とのことだ』

 

「雪さんが……いや、そんな無茶な……! あの人は武芸の達人だが、魔術の方はからっきしだろう!? それに人間じゃどうあってもまつろわぬ神には……!」

 

『ああ、そっちに関しては大体検討が付いてる。多分、抑えるだけなら何とかなる……はずだ』

 

「検討って……お前まさかどういう神が現れたのか……」

 

『勿論、把握済みだ。何せ来日の仕方がアレ(・・)だったからな! 東シナ海を哨戒中だった海上自衛隊に紛れ込んでいた正史編纂委員会の呪術者からの報告を沙耶宮経由で貰ったからな!』

 

 『女神の腕』情報担当の面目躍如という所だろう。

 まさか既に出現した『まつろわぬ神』を九州の呪術衆より先に把握し、手を打つために動いているとは。

 厳密には正史編纂委員会の活躍あってのことだとは言え、事態を即座に把握し、適切な対処を打ち込む手腕は蓮だからこそ出来る流石の対応力だ。

 

「だが……!」

 

 しかし忘れてはならない。

 どれほど上手く対応した所で相手は『まつろわぬ神』。

 どだい、人間にどうにか出来る存在では無いのだ。

 

 如何に雪鈴とはいえ『まつろわぬ神』を前に対抗することなどは不可能に近い。まして撃退するなどもっての外だ。

 最悪、戦いの果てに命を落とすことだってあり得る。

 

 そんな懸念をする衛を察したのか、電話越しに蓮は『ハッ!』と笑う。

 

『おいおい大将。大将の相棒に比べりゃそりゃあうちの幹部共も頼りないものだが……これでも王の臣下だぜ? 少しは信頼してくれや』

 

「!」

 

『それにこっちも無茶を通す前提で動いているわけじゃ無い。なに……日光を探ってたら面白い御仁が来日していることが分かってな。もしかしたらその御仁に釣られて頼もしい問題児さんが来日している可能性が高い』

 

「頼もしい問題児……まさかそれって……」

 

 蓮の言葉に衛は脳裏にある男の姿を浮かべる。

 確かに先輩(・・)が来日していた場合、『まつろわぬ神』に対して十分以上の対抗策となり得るが……。

 

『さて。予想が当たってた場合は感謝するべきだろうなきっと』

 

「………ふん、そん時は英国の貸しで借りは無しだと言ってやれ!」

 

『合点承知! んじゃあそっちの対処は任せたぜ』

 

 くつくつと電話越しに笑う蓮に衛は呆れながら言葉を返す。

 どういう目的で日本に居るのか、先輩と同じく来日しているだろうもう一人の問題児と合わせて気になる話だが、今はそれどころではない。

 

 やるべき事、やらなければ行けないことは他にある。

 

「蓮──……信頼、するぞ」

 

『おう、任せとけ。といっても頑張るのは雪さんだけどな!』

 

 他の懸念を全て蓮と雪に託し、衛は電話を切る。

 ふと隣に目を向ければ桜花が優しげに、そして頼もしげに頷く。

 ……ならば言葉は要らなかった。

 

「全く、果報者だな俺は……」

 

「はい。衛さんはとても良いご友人に恵まれていますね」

 

「普段はただの世間ずれした変人共だがな」

 

「……ですね」

 

 やれやれと肩を竦める衛に苦笑を漏らす桜花。

 いつも通りの調子が戻ってきたのを自覚しつつ衛は、

 

「さて──旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は速やかなる風となりて伝令の足を向ける……いくぞッ、桜花!」

 

「是非も無しッ──!」

 

 そうして桜花を腕で抱き、衛は旅人の権能を発動する。

 目指すは、狂い猛る霊峰、霧島連峰は高千穂峰。

 

 嘗て、天孫が降臨せしめた偉大なる地に向け、神殺しは飛翔した。

 

 

 

 

 濃霧満ちる長崎市内。

 街自体が眠るような静寂が支配する街で突如として轟音が起こった。

 固いアスファルトの地面を吹き飛ばし、爆音を響かせるそれは対戦車ロケット弾。

 中華大陸から不正に持ち込まれた軍事兵器が役割に則り咆吼をあげる。

 

「命中。撃滅十七、被弾十一」

 

「次弾装填、急げ。他の者は手持ちの銃火器を以て連中を近づけさせるな」

 

「「「(シー)!」」」

 

 武器を操るは眠れる霧中にあって意識を保ち、抗う戦士達。

 黒いスーツに身を包み、雪中に及ぶ竜の御旗を掲げる一団。

 

 ──中華系マフィア『雪華会』。

 

 大陸の裏社会に君臨する大陸屈指の武闘派集団である。

 彼らはロケット弾などの重火器に加え、大型口径のリボルバー、手榴弾を主軸に今まさに長崎市内で起こる怪異に対応していた。

 

「七時の方角に敵影確認。増援の模様。数はおよそ五十」

 

「チッ……第三隊対処せよ。第四、五隊は援護してやれ」

 

(シー)

 

 軍隊もかくやという勢いで陣形を立てる『雪華会』の構成員達。

 現代兵器を振るい、防衛戦に努める部下達を視界に収めつつ、一向に減る気配のない敵影に、この場を任された現場指揮官の男が緊張を吐き出すように息を吐く。

 

「一向に減る気配がありませんね」

 

「ああ、量産できる使い魔の類いなのだろう。頭を潰さねばどうにもなるまい」

 

 苦々しい副官の言葉に指揮官の男も重々しく頷く。

 目線の先には敵影──人型の骨の群衆が呆れるほどの数で迫ってくる。

 

 彼らに顔は無く、頭に当たる部分には牙が。身体は肉を持たぬ骨が。そして両手には骨武器(ボーンウェポン)。その姿、人型であれど人ならざる異形である。

 

 事は──三十分前。

 『雪華会』を率いる当主、張雪鈴も席に連ねる『女神の腕』、その幹部によって齎された情報に従い、この長崎市に訪れたときだった。

 

 『まつろわぬ神』との交戦も視野に入れ、相応の装備を調えた後、異変に立ち向かうべく長崎市を訪れた『雪華会』の面々が見た者は倒れ伏し、目を覚まさない長崎市の住民達と、彼ら、本来の住人に変わり街を闊歩する骨の異形達の姿だった。

 骨の異形達は『雪華会』面々に気づくと即座に攻撃。

 これに対して『雪華会』も対抗せんと武器を手に取り……結果、此処に絶え間ない爆発と轟音が響く戦場が生まれたのだ。

 

「内功による魔道ではなく純粋火器に切り替えたのは正解だったな」

 

「はい。物理的な手段が通じるのは幸いでした。でなければ……数を前にとっくに氣を切らして我らも倒れ伏していたことでしょう」

 

 カタコトと不気味な音を立てながら息つく間もなく数で攻めかかってくる骨の兵士達を目の前に二人は意を共にする。

 現れた謎の使い魔らしき存在……その数はあまりにも圧倒的だ。

 戦力自体は然程、高くないので対処には困らないが、数が多すぎる。

 これでは達人級の道士であれ、容易く氣は底を付くだろう。

 

 早期にその事実を見定めた現場指揮官の男が部下達に内功を使った術では無く、普段の暗闘に用いる現代装備に切り替えるよう指示したのは正に英断だったと言える。

 この数相手にまともに戦っていたのでは体力も氣も持ちはすまい。

 

「……まあ、最も例外はありますが」

 

「だな。全く流石は師父……内功なしによくぞあそこまで……」

 

 二人が眺めるのは火器で以て奮闘する部下達の先。

 たった一人、武器も持たずに奮戦する一人の女人の姿である。

 

 端的に言ってそれは愚行の極みであった。

 華奢な美しい女人、とても力に優れているようにも戦士にも見えない女性が戦場の、あろうことか最前線にたった一人で挑む。

 しかも相手は息を吐かせず数百単位で押し寄せ続ける数の波濤。

 飲み込まれれば如何に優れた達人であろうとも秒で倒れ尽きる暴力に正面から当たるなど。現に女性は四方を囲まれ、味方の援護もままならない状態だ。

 

「師父!」

 

 部下の誰かが使命染みた声を上げる。

 誰よりも前線に立つ女人──張雪鈴を案じての事だろう。

 しかし彼女をよく知る現場指揮官と副官は動かない。

 何故ならば知っているから。

 この程度の数、この程度の暴力。

 

 彼女を止めるには能わない、と。

 ユラリと滑らかな動きで両拳を構える雪鈴。

 悠然と、構えた雪鈴は骨兵に囲まれた状況にも関わらずあろうことか静かに瞑目した。部下は焦りを覚える、あれは不味いと。

 敵兵に囲まれた状況で視界を閉ざすなど愚行も愚行であると。

 

「フゥ────哈ァッ!!」

 

 しかし──開眼と同時に放たれる気合いの叫び。

 雷鳴と錯覚するような声と共に雪鈴の両拳がブレ(・・)た。

 

 次いでタンという複数の快音。

 気づけば雪鈴を囲っていたはずの骨兵は──木っ端と砕け散っていた。

 

「…………はっ?」

 

 引き金を引く動作さえ中断して、間抜けな声を漏らす部下。

 雪鈴が戦場に立つのを初めて目の当たりにする者なのだろう。

 あんまりな光景にぽかんとした顔で呆然としている。

 

 しかし当惑も仕方が無い。

 何せ雪鈴の両拳がブレたと思ったら二十の骨兵が粉微塵に砕けた。

 そうとしか言えないほどに雪鈴が何をしたのか分からない。

 味方の部下達でさえ唖然とし、呆然とし、次いで畏怖を抱く光景。

 

 古参には見慣れたその光景を前に指揮官と副官の二人は関心と呆れを五分五分に含んだ声を漏らす。

 

「……アレ、本当に生身の技なんですかね?」

 

 雪鈴の眼前に立ち塞いだ六体が粉微塵と化した。

 

「師父本人が言うにはそうなんだろうよ」

 

「内功も使わず……ですか?」

 

 頭上から奇襲してきた骨兵二体。

 ──しかし次瞬には粉微塵と化す。

 

 息を吐かせず、左右からの挟撃。

 さらには遠方からの弓矢による狙撃が雪鈴を狙う。

 ──しかし矢は手刀で落とされ、続けて手刀で左右二体が胴体部から真っ二つに叩き割られる。

 

「そも師父は道士ではない。故に師父は氣を使うことなど出来ない」

 

「ですよね」

 

「ああ」

 

 ならばと肩を並べ、隙間無く陣を埋めて攻めかかる骨兵。

 剣を槍を弓を突き立て、雪鈴を絶対に殺すべしと布陣を組み──。

 刹那、アスファルトを範囲十メートルに渡り破壊する震脚が布陣を悉く乱し、揺さぶられ、体勢を崩した骨兵を次々に拳が穿たれ、砕いてゆく。

 

「………」

 

「………」

 

 本人曰く、八極拳の妙技。

 しかし目の当たりにする度外れた光景を誰が武術と呼ぶというのだ。

 内功ありきならばまだ説明は付く。 

 だが一切の呪術的援護なしに、ただ鍛え上げた武術と素の肉体性能で骨兵の群衆を鎧袖一触にする光景は喜劇か、魔法のようだ。

 

 頼もしいとは勿論、思うがそれ以上に呆れてしまう。

 一体何をどうしたら此処まで変態的な技量になり得るのか。

 

「確か師父はかの李書文殿に憧れていたな」

 

「ええ、先々代殿がかの御仁のお知り合いで、武勇伝をよく聞かされたとか」

 

「以来、かの御仁に憧れたのだったか」

 

「はい、武の極致。圏境の領域に手を届かせる、と」

 

「なるほど」

 

 類は友を、とはこの国の言葉だったか。

 やはり天才は天才を呼ぶという事なのだろうか。

 

「っと見入っている場合ではない。我らも我らで対応する。如何に師父が武に優れた御仁といえど、体力は有限。少しでも師父の手間を減らすのだ」

 

「「「是!」」」

 

 気を取り直して再び前線指揮に戻る指揮官の男。

 彼の号令により放心気味だった部下達も戦意を取り戻して戦闘を続行する。

 

 そんな彼らを傍目に先ほどまで周囲の呆れと畏怖を交っていた女主人、雪鈴は絶え間ない骨兵の猛攻を反撃の一撃で粉砕しながら思う。

 

「ジリ貧ですね」

 

 蓮の頼みに応じて長崎入りしてから四半刻。

 骨の異形たちの攻勢は強まり続けるが、一向に彼らの長だろう首魁の姿が目に見えない。蓮からの情報がその通りならば敵は間違いなく、卓越した使い手たち(・・)。戦場に精通した戦士達だ。

 態々、このような使い魔でこちらを削るまでも無く、ただ一騎でも現れ、その武を振るえば雪鈴たちを壊滅させることなど造作も無いはず。

 

「惜しむ理由があるのか、出来ない理由があるのか」

 

 雪鈴たちの目的は出現した『まつろわぬ神』の足止めである。

 そういった観点から、神でも無ければ扱えない膨大な使い魔集団を抑え続けることは必然、これを従える『まつろわぬ神』を抑えることに繋がるので十分に役目を果たしていると言えるのかも知れないが、相手は神だ。

 

「使い魔だけおいて自身は……ということも考えられますしね。──そろそろ潮時ですか」

 

 やはり『まつろわぬ神』に接敵しない限りはどうあれ不安は晴れない。

 ならば使い魔相手に戦い続けるのは此処までが潮時だろう。

 幸い、この程度の使い魔ならば部下達でも十全に対応できる。

 

「此処は彼らに任せ……私は手ずから首魁を探ると致しましょうか」

 

 斬りかかってきた骨兵を蹴飛ばし、いざ使い魔達の包囲網を突破せんと両脚に力を込める──その時だった。

 

「強大な呪力の気配──師父ッ! 魔術です!!」

 

「ッ!!」

 

 道士たる部下の一人の呼びかけに雪鈴は反射的に動く。

 警告に合わせて、しなやかに動き回る肉食獣のような身のこなしで密集する使い魔達を縫って空中に跳躍する。

 さらに使い魔達の頭部分を足場に蹴り飛ばしながら高速で場を離脱。

 一瞬のうちに三十メートルほどの距離を稼いでみせる。

 

 そして──膨大な呪力の光が一条二条と降り注いだ。

 

「くっ───!」

 

「何事だッ!」

 

「おおおおおっっ!?」

 

 爆発と衝撃から頭を庇いながら光の方へと目を向ける雪鈴。

 後ろでは部下達が爆風に煽られ、悲鳴を上げているがそちらに振り向く余裕はない。何故ならば呪力の光は絶えず降り注ぎ、破壊と破壊と破壊の限りをまき散らしていたから。そうして光が止む頃……十三を数える頃には雪鈴が先ほどまで戦っていた場所は焼け焦げ、使い魔ごと木っ端と粉砕されていた。

 

「──或いは、私たちを引きつけて当人はさっさと何事かを目論みごとを結実させているかと考察しましたが……」

 

 霧で視界の効かない中、雪鈴は頭上を見上げる。

 ぼやけ、ハッキリとは見えないが、そこには確かに人影が浮かんでいる。

 

「どうやら我々は無事、役目を果たせていたようですね」

 

 金色の刺繍がされた黒に近い紫色の豪奢なローブに身を包み、両手には紫水晶(アメジスト)かを思わせる巨大な宝石が嵌められた金の杖。

 フワフワと上昇気流に乗るカモメのように宙を浮き、膨大にして幾何学的な紋様を描く魔方陣を浮かべるその様は、正しく古の魔女のよう。

 

「蓮からの報告に照らし合わせるに────ヘカテーより魔女術の教えを授かりし者、メーデイアですね?」

 

「────」

 

 雪鈴の断定のような問いに、魔女は沈黙で以て答えを返した。 




あれあれ? 各戦端導入だけで終わった?

もしかして、これは、長くなる流れか……(察し)


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その剣閃は何よりも疾く

本日はバレンタインですね。

…………………………ふっ(乾いた笑い)。


 鹿児島県霧島市、神話の里公園。

 

 鹿児島空港から車で約四十分程の位置にあり、霧島錦江湾国立公園内の一区画を利用して作られたレジャー施設である。またの名を道の駅霧島。

 霧島特有の自然地形が生かされた園内では、園内の色とりどりな四季によって変わる景色をノンビリと眺めることが出来るロードトレイン、天然自然の斜面を利用したスライダー、直径七十メートルの天然芝が敷かれた広場で行うグランドゴルフなどなど様々な自然を生かしたレジャースポットが完備されている。

 

 特に目玉は霧島の山々は勿論こと、桜島や錦江湾まで見渡すことが出来る標高六七〇メートルの展望台だろう。快晴の日に遊覧リフトで上がった先にあるその景色は絶景という他なく、訪れた人々を雄大な自然で魅了する。

 

 だが────そんな風景は燃える炎と灰の渦に穢されていた。

 

 空は噴煙によって曇天より暗く閉じられ、天高く打ち上げられた灰が地上をも穢すようにしんしんと降り注ぐのみ。

 公園から一望できる高千穂連峰は既にその原形を無くしており、轟々と今も爆発と溶解を繰り返している。時折、爆発に乗って園内にまで噴射物が飛来し、緑豊かな自然の大地を木っ端微塵に打ち砕く。

 

「絶景だな……ある意味では」

 

「私は、出来れば平時に見に来たかったですね」

 

 正しく天変地異といった景色を前に二人の男女が異なる所感を口にする。

 神殺し、閉塚衛とその伴侶、姫凪桜花の二人である。

 

 霧島連峰全域には既に大規模な避難勧告が出ているため、公園内には当然彼ら以外の人影はない。

 様変わりした雄大な自然を展望台から眺めながら衛は肩を竦める。

 

「そりゃあ俺もだ。英国では結局自然公園は見て回れなかったからな。縁があればノンビリ自然を眺めつつピクニックって言うのも悪くないと思うが……」

 

「何というかつくづく縁が無いですね」

 

「全くだ……」

 

 どうにも自然公園という奴に二人は縁を持たないらしい。

 訪れた先悉くが元の自然を損なった破滅的光景では風流も何も無い。

 自然の景色に現を抜かす……。

 そんな時間も嫌いでは無い二人には少々残念だった。

 

 しかし、元より此処に訪れたのは観光でも何でも無い。

 ヘルメスから簒奪した権能で此処まで瞬間移動してきたのは、偏に此処が災いの中心を見渡すに最も適した展望位置。

 言わば敵情視察に適した場所だったからだ。

 そして実際、衛らは目の当てられない光景が広がる霧島連峰が持つ災禍の顔を眼前に一望している。

 

「『まつろわぬ神』の姿は……見えないな」

 

「ええ。ですが、居ることは間違いないでしょう。何処かに姿を隠して様子を覗っているのか、或いはもう既にあの場を後にしたのか……」

 

「どちらにせよ。『まつろわぬ神』が現れた以上、その元を正さなければこの被害はさらに目も当てられないことになるわけだ」

 

 この通り、既に目も当てられない景色だが、このまま『まつろわぬ神』が存在し続ければ次に何が起こるかなど考えたくもない。それに今は噴火も霧島連峰を中心とした霧島地域……霧島錦江湾国立公園内の範疇に留まっているが、ドロドロと流出し続ける溶岩は放置していれば何れ近くの霧島市や曽於市、霧島連峰を挟んだ先の対岸、小林市と行った街々にまで被害を伸ばすだろう。

 そうなれば立ち上る噴煙や噴出物による落下被害で起こる規模の被害では済まされない。溶岩によって家屋やビルと言った建築物は溶かされ、人々の生活区域を大きく圧迫するだろう。火は諸人を飲み込み、灰は人々の生活を締め上げる。

 

「とはいえ、早期解決は無理そうだなこりゃあ。『まつろわぬ神』を消したところで破壊痕が消えるわけでも無し。せめて水に関する権能があれば強引に力業で鎮火もさせられたんだろうが……俺はそういうの持ってないしな」

 

「ですね。そういった力業はヴォバン侯爵の十八番でしょう。尤も侯爵が人々のために災害を鎮める……何てことは全く考えられませんが」

 

「止めろ。アイツの名前を出すんじゃねえ」

 

 桜花の言葉に衛は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

 確かに神殺し、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの権能『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』辺りを使って台風でも呼び込めば、この地災を沈めることも出来るかも知れない。

 まあ、権能の規模を考えれば鎮火どころか、勢いで一体を吹き飛ばし兼ねないので本末転倒な結果が待ち受けてそうだが。

 

「ともかく、まずは『まつろわぬ神』だ。事の元凶を仕留めた後、俺の権能で一帯に結界を張る。ちとキツイが火山の猛りが収まるまでなら何とか抑えられるだろ」

 

「衛さんの権能で? でも火山が治まるまでなんて……何日かかるかも分からないのにそんな事が出来るんですか?」

 

「結界って言っても防御結界の方じゃ無くて神殿の方だ。一帯の自然を支配して意図的に噴火やらが街の方に流出するのを抑える。とはいえ、これをしている間、城塞の権能は他に一切使えなくなるからな。外敵を排した後じゃ無いとダメだ」

 

 そう、とにもかくにもまずはこの噴火の原因となった存在を倒さなければ、どうにもならない。災禍を抑えるためにも広げないためにも早急に事の元凶であろう『まつろわぬ神』を討伐しなくてはならない。

 

「それにしても一体どのような神格が現れたんでしょうね。やはり火の神か、或いは山岳に関する神格?」

 

「さあな。特に今回は準備だの何だのしている余裕はない。出たとこ勝負で悪いが見敵必殺。こっちは長崎の騒ぎもどうにかせにゃならんのだ。多少無茶を通した力業でもさっさと解決しなけりゃ面倒がさらに重なる」

 

 目下、最優先して片付けなければならない騒ぎはこの連山噴火だが、だからといって此方にかまけている余裕もない。

 長崎では今も原因不明の濃霧騒ぎが蔓延しており、『女神の腕』の構成員たる雪鈴を向かわせたモノの、『まつろわぬ神』関連ならば解決できるのはやはり衛のみだ。もしかすれば間が良く先輩が居合わせている可能性が高いとは言え、彼も彼で問題を大きくすることに長けた傍迷惑な神殺し。

 《同盟》こそ結んでいるが、頼りにしすぎれば碌なことにはならず、やはり自らの手で解決するのが一番望ましい。

 

「さて、敵情視察もいい加減にそろそろ仕掛けるか。取りあえず、雷撃の一つでも見舞えば勝手に挑発と受け取って出て──」

 

「やあ、君が護堂と同じ日本の──」

 

「撃て、アルマテイア」

 

 火山に向けて打ち放とうとした雷撃をそのまま声の方角へ容赦なく穿つ。

 問答無用で放たれた一撃は一帯を焼き焦がし、攻撃対象に数億ボルトの電流を衝撃と共に浴びせる。

 間を置かずして放たれた予期せぬ不意打ちはしかと対象を捉え、その生命活動を速やかに終わらせんと迸る。

 並の敵手ならば一撃必殺。

 神獣すらも竦む攻撃を受けた相手はしかし──。

 

「酷いなァ、話も聞かずあんまりじゃ無いか! でもま、ノリは護堂よりも良くて助かるよ。僕は言葉が達者な方じゃないからあんまりつれないと困るんだよ」

 

「──……なるほど。高千穂連峰には『まつろわぬ神』の出現を阻止するための土地結界が張られてたはず。それを越えて『まつろわぬ神』が出現するなんて何か外的要因があるとは想定してたが……お前がそうだな?」

 

「ご明察──初めまして護堂と同じ日本の神殺し。僕はサルバトーレ・ドニ。サルバトーレでもドニでも好きに呼んでくれて良いよ」

 

 その名に衛は覚えがあった。

 神殺し、サルバトーレ・ドニ。

 衛と同時期に神を討ち果たして神殺しとなった六番目の王冠。

 イタリアを拠点にする騎士達の王。

 

 直に出会ったことはないが、昔、衛がヴォバン侯爵の『ジークフリード招聘の儀』を襲撃した際、騒ぎに転じてヴォバンが討ち果たすはずだったジークフリードを横取りしたという男であるとアリスやアレクサンドルから聞いている。

 彼らに曰く、『馬鹿で阿呆』という手の付けられない人物。

 

「ハッ、行方知れずで噂の『剣の王』か。遠路はるばるイタリアからコッチまで一帯どんなご用件で?」

 

「君との決闘を、さ。アンドレアから聞いているよ、何でもすっごく固い最強の盾を持つって言う神殺しの話。その話を聞いて思ったのさ。僕の魔剣の切れ味を確かめ合うのに誰よりも何よりも最適な相手だとね」

 

「……へぇ」

 

 無骨な一振りの剣をぶらりと構えながらニヤリと楽しげに笑うドニとは対照的に、衛は底冷えした相づちを打つ。

 それはまるで噴火前の火山を思わせるモノだった。

 

「ならアレ(・・)は? まさか開戦の号砲なんて巫山戯たことは言わないだろうな?」

 

 言って衛が指さすのは今も活発な活動を見せる高千穂連峰。

 噴煙と溶岩を垂れ流す此度の騒ぎの中心地である。

 

「ああ、アレは違うよ。いや、これで気づいてくれるかなーとか、ちょっとは思ったけどね。目的は別さ。僕を親切に日本まで送り届けてくれた船の船長に一つ頼まれてね。頼みを叶えたらごらんの通りさ。いやあ、僕のビックリだよ。何となく嫌な予感はしていたけれどまさかあんな風になる何てね」

 

「………桜花」

 

「──はい」

 

 友好的な笑みのままヘラヘラと語るドニを傍目に衛は目の向けず、短く相棒に言葉を掛ける。以心伝心と勝手に知ったる桜花は言葉に応じて、静かに愛刀である打ち刀を抜刀。呼吸を整え、内なる験力を全身に満たす。

 

「溶岩流に巻き込まれた時はどうしようかと思ったよ。鋼になって凌いだまでは良いんだけれど、溶岩の流れは結構早いし、ドロドロして動きにくいし、ようやく抜けたと思ったら今度は冷えた溶岩が身体にこびりついて身動き取れなくなるし……」

 

「ふーん、大変だったんだな」

 

「そうなんだよ。此処まで来るにも歩いて来たんだぜ、僕」

 

「それは俺と戦うためにか」

 

「うん、君と僕は言わば護堂を取り合う恋敵(ライバル)同士だろう? 此処らで一つ、どっちが護堂に相応しいライバルか、雌雄を決そうじゃ無いか!」

 

「……非常に訂正したい部分があるが、まあ良いか。それでサルバトーレ・ドニ」

 

「うん? サルバトーレかドニでい──」

 

「言いたいことはそれだけだな?」

 

 ドニの言葉を叩き潰すように衛が言葉を被せる。

 一見して感情のこもってない言葉の裏には烈火のような激情が秘されている。渦巻く赫怒は百の言葉よりも雄弁に衛の感情を語っており、ドニを見る無機質な瞳の奥には憎悪にも似た憤りがゆらゆらと不気味に揺れている。

 ただ相対するだけで常人ならば恐怖と畏怖を抱く激情を前にドニは、壮絶に獰猛な笑みを浮かべて舌なめずりをした。

 

「ああ、悪いね。余計な言葉は無粋だった。そっちはとっくに準備万端のようだ」

 

「全くだ。言葉は達者じゃないんじゃなかったか?」

 

「そうだよ? 最近決闘を挑むにしてもノリの良い相手が居なかったから癖でちょっとね。でも良かったよ、君は話が早くて済みそうだからね。やっぱり僕は言葉を尽くすよりこれ(・・)で自分を表現する方が楽だし手っ取り早くて良い」

 

 ブン、と手元の魔剣を一振りするドニ。

 剣術の構えは──無い。

 脱力し、だらんと腕を落とした様はとても戦闘に適したとは思えず……しかし突き刺さるような鋭利な殺気がこれ以上無く脅威を伝えてくる。

 この構えこそ、サルバトーレ・ドニの最適解。剣の王が至ったという神をも殺す無双の構えであると。

 

「だから……さあ、やろうよ。僕の剣が上回るか、君の盾が上回るか……一つ試してみようじゃ無いか!」

 

「お望み通りに……ああ、そうだ──精々楽しめ、テメェの最後の人生(じかん)をなッ!!」

 

 遂に爆発する感情と共に膨大な呪力が猛り狂う。

 勝手気ままに騒ぎを起こし、傲岸不遜に人界へ災いを齎す剣王。

 そんな男を前にして平和と友を愛する男が激怒しないはずも無く、出会えば激突必至の両者は同時に開戦の印となる言霊を吼える。

 

「此処に誓おう──僕は僕に斬れる存在を許さない! この剣は地上の全てを斬り裂き、断ち切る無敵の刃だとッ!!」

 

「王位を簒奪されんとするため天空統べる大神は我が子を殺さんと牙を向く。母なる愛よ、下賤な父からいずれ偉大となる者を護りたまえ!!」

 

 最強の魔剣と無敵の城塞。

 交わらない両者は対局の権能を解き放つ──。

 

 

 

 

「駆けろ! アルマテイア! あの馬鹿者に天罰をくれてやれッ!!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 先手はやはり衛だった。

 剣を得物とするものと稲妻を得物とするもの。

 先んじる方は比べるまでも無く瞭然だ。

 

 衛の命に速やかに山羊の化身は応じる。

 アルマテイアは稲妻に姿形を顕身し、悠然と剣を構えるドニ目掛けて突進を仕掛ける。光と見紛う稲光の失踪に対してドニは地面を転がることで避ける。

 

「はは! 派手だね!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 だが、それで終わるはずも無く。

 稲妻は追撃に身を翻す。

 宙空で即座に転身したアルマテイアは地面に転がったドニ目掛けて再度の突進。それに対して今度は、剣を迎え撃つようにして構えるドニだったが。

 

「間抜け!」

 

「うわッ!」

 

 ドニの後頭部を強かに衝撃が揺らす。

 ヘルメスの権能で瞬間移動した衛がアルマテイアに夢中で視線を外していたドニの後頭部を殴りつけたのだ。致命傷にはとてもならないとはいえ、完全に意表を突かれたドニは思わず前のめりに倒れかかる。

 確かな戦果を手に即時、瞬間移動で衛は距離を取る。

 そこに容赦なく、アルマテイアの雷撃が襲いかかった。

 

 目を覆いたくなるほどの稲光が瞬く。

 あらゆる音を消す勢いで轟音が全てを上書きし、絶大な電力が地面と大気を焼き焦がし、埒外のプラズマがオゾンの悪臭を発生させる。

 

 人間ならば丸焦げで絶命する規格外の熱量と電量。神殺しや『まつろわぬ神』ですらまともに受ければただでは済まない一撃をドニはまともに受ける。

 

「アルマッ!!」

 

『Kyiiiii────!!』

 

 だが、終わらない。

 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、六撃、七撃────!

 

 いっそ過度とも言える追撃がドニの影が沈む地点に容赦なく、隙間無く降り注ぐ。

 ヴォバン侯爵に匹敵する膨大な呪力量を誇る衛の出力は神殺し内でも一二を争う。護堂の『白馬』に匹敵する熱量を七度と捻出しながら衛は手を抜かずに必要な追撃を繰り返す。その理由には無論、怒りもあった。

 

 ドニの齎した災いは姿形を一片も残さずに焼き殺さなければ気が済まないほど衛の琴線に触れるどころか引いて見せたが、しかしそれだけの理由では無い。

 単に、これだけやっても仕留めたという感触が無いから。

 確実に相手は生き残っているだろうという確信からの追撃である。

 

 そして予想通り、件の相手は衛の攻撃を耐え忍んでいた。

 

「容赦ないね。ヴォバンのじいさんを思い出すよ」

 

「あのクソジジィと一緒にするな、戯け」

 

 雷光を切り払うように現れたドニ。

 その身体は至る所が焼け焦げ、帯電しているものの致命傷となり得る傷は一切無かった。あの過剰なまでの攻撃を受けて尚、ドニは健在である。

 

 そう──ドニを覆う楔形文字の加護が衛の権能を悉く防いだのだ!

 

「《鋼》に類する守りの権能か……チッ、厄介な。《鋼》に打ち勝つ純粋な焔の権能なら突破できていたんだろうが」

 

「いやいや結構危なかったよ? 完全には防ぎきれなかったからね。凄まじい力だよ、君の権能は!」

 

「さよけ。じゃあとっとと満足してくたばってくれ」

 

「それは困るな。まだまだ始まったばかりじゃ無いか!」

 

 サルバトーレ・ドニの持つ第二の権能『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』。

 

 北欧の《鋼》の英雄、ジークフリードから簒奪した権能で、その力は自身を鋼鉄の鋼に変えてしまうこと。攻撃に乗じて襲い来る衝撃などまでは無効か出来ないモノの、桁違いの重量と硬度はおよそあらゆる攻撃を遮断する。

 また、ある種の不死性を獲得することが出来るためこの状態ならば食事も呼吸も必要なく、真空だろうとも水中だろうとも年単位で活動できるという脅威の力だ。

 正に伝説において弱点の背中を除き、ありとあらゆる攻撃に晒されて尚、絶対無敵を誇った不死身の英雄、ジークフリードの逸話を再現する力と言えよう。

 

「じゃあ今度は僕からいくよ!」

 

「させるかっつの!」

 

 巧みな重心移動で数十メートルの間合いを魔法のように踏み潰しながら斬りかかるドニに、衛は面倒そうに手を払う。

 すると稲妻へとなっているアルマテイアが横薙ぎにドニを殴りつけ、大きく横合いに吹き飛ばした。相変わらず纏い続ける『鋼の加護』によって無傷であるものの、衝撃までは防げないため、ドニは無様に地面に転がる。

 

 底へ再び容赦の無い雷撃が降り注ぎ──。

 

「──凄いのを見せて貰ったお返しだ」

 

 ドニはニヤリと笑って『鋼の加護』を解除して飛び起きる。

 同時に右手の剣と同化するように銀色に染まっていく右腕……。

 絶断の魔剣が唸りを上げて、斬撃の呪詛を剣に満たす。

 

「それに早いだけなら──そう何度も喰らわないさッ!」

 

 斬ッ! と一振り。

 次いで巻き起こったのは伝説の再現。

 

 雷切りの逸話を真似するように。

 直撃必至の稲妻をドニはしかと見切り断ち切っていた。

 

『Kyiiiii────!?』

 

 悲鳴を上げながら虚空に掻き消えるアルマテイア。

 神速を誇る稲妻は魔剣の切れ味に敗北する。

 しかし……。

 

「だろうな。前に見た(・・・・)

 

 稲妻の主人に一切の動揺は無かった。

 淡々と、だからどうしたとばかりに衛はドニの耳元(・・)で囁くように口ずさむ。

 

「災禍を閉ざせ! 立ち塞がる者よ!」

 

「ッ!?」

 

 瞬間移動で一瞬のうちにドニの懐に飛び込んだ衛。

 再びの完全な奇襲にドニが驚愕する。

 その右手には逆手に握られた奇形の剣があった。

 他ならぬ衛の第三権能『富める者を我は阻む(プロテクト・フロム・ミゼラブル)』。権能封じの力である。

 

 そう、魔剣を保有するのは何もドニだけの特権では無い。

 衛もまた異なる特性を持つ魔剣の主である。

 早期に神速の稲妻が破られるだろうと直感した衛は、敢えて破らせることでドニに魔剣の仕様を誘った……その権能を封じるために。

 

「武術一辺倒の神とは前にやった。権能破りも前に見た。今更、そんなものを見せられて動揺なんぞするものかよ。じゃあこうするかと手段を講じるだけだ」

 

 飽きた芸を見るような感想を述べる衛。

 衛は雷切りの偉業など既に先のバトラズ戦で一度見ている。

 鋼の英雄が神速の稲妻を断ち切る様をしかとこの目に収めている。

 

 ならば曰く、卓越した剣士として怪物とまで謳われる神殺しが同じ事を出来たとて何ら可笑しくない。

 そしてそんな予想に対して予め対抗策を講じておくのは当然のことだ。

 

 確かに目の前の男のような《神速》破りの使い手は衛に取っては鬼門だ。

 稲妻を身に纏い、自身が《神速》の領域に転じるアレクサンドル・ガスコインと違い、独立して動く稲妻として神速を操る衛に、彼のような強弱を付けた攻防を演じることで《神速》破りを攻略するような器用なマネは出来ない。

 

 しかし、彼とは違う衛もまた一つの利点を持っていた。

 それは自身を《神速》と化すアレクと違い、衛の力は独立した神獣……言わば使い魔であるという点だ。即ち一度破られても再度の召喚が可能だと言うこと。

 護堂の権能と異なり、一度に一回などという拘束の無い衛の『母なる城塞』は一度破られたとて数度の補填が効く。

 それこそ護堂が使ったような『剣の言霊』でも受けない限りは。

 

 つまり……。

 

「こうしてわざと破らせて……その手段ごと封じることも可能だということだ!」

 

 第三権能の権能封じは対象に対して突き立てねば効果を発揮しない。

 ともすれば肉体戦はからっきしの衛では近接間合いで絶大な支配力を発揮するドニに剣を突き立てることなどまず不可能。

 だが、こうして敢えて神速の稲妻をチラつかせば、必ず相手は対抗策として《神速》を破るために力を振るう。その隙を、衛は突いた。

 

 瞬間移動、権能封じ。

 稲妻の他に二つの権能を持つ衛だからこそ出来る。

 魔剣封じの戦術。

 

 如何に近接間合いで《神速》をも破る卓越した技量を保有しようとも、剣無き剣士が一体どれほどの脅威になろうか。

 

(噂に聞くサルバトーレの特性は俺と同じ一点絞り。一つの権能の汎用性に任せたものだ。俺が《城塞》を封じられれば戦力ダウンするように、お前もまた魔剣が無ければ打てる手段の幅も落ちるんだろッ!)

 

 衛の見立ては間違えてなどいない。

 確かにサルバトーレ・ドニという剣士は脅威だが、それは彼が卓越した剣士であり、その剣の腕に相応しい魔剣を携えているからだ。

 

 無論、彼にも魔剣以外の権能は『鋼の加護』を初めに複数存在している。

 しかし、衛と同じく初めに得た権能を主体として戦う彼のスタイルは逆説的にそれを奪われたときに片手を失うに等しい損失となることを意味する。

 魔剣士として相手が最強ならば、その最強たる由縁を奪えば良い──。

 

 その基本戦術に一切の間違いは無い。

 

 しかし────衛は一つだけ見立てを間違えた。

 

 確かに魔剣無きドニは万全よりも劣る存在だろう。

 だがそれは魔剣持つ万全のドニが剣士として圧倒的存在である示唆である。

 

 衛に油断も慢心もない。

 けれども彼は侮っていた。

 

 怪物と謳われた剣士────神をも殺しせしめたサルバトーレ・ドニ自身の剣術を。

 

“ダメです、衛さんッ! 彼は既に──構えています(・・・・・・)!”

 

 果たして、桜花の忠告が先だったか。

 光の如く一条の剣閃が奔った。

 

「……はっ?」

 

 奇形の剣ごと打ち払われる衛の右手。

 呆然と意味の無い音を衛。

 

 敵は──ドニは本来、動けないはずである。

 《神速》の稲妻という切り捨てるには相応の集中力が必要な存在と対した直後、剣を振り抜いたその隙を瞬間移動で狙われたのだ。音も無く、前兆もなく、襲い来る脅威を前に、如何にドニという卓越した剣士でも予知することは出来ない。

 故に次瞬振るわれた一手は刹那の差とはいえ、ドニの反応速度を完全に上回っており、その一手の差でドニの魔剣は完全に沈黙するはずだった。

 

 だが──無我の境地に至りし怪物はそんな道理を力業で捻じ伏せる。

 確かに衛の攻撃はドニの反射神経を上回っていた。

 これは事実であり、覆しようのない現実だ。

 

 だからこそ……ドニは、この一瞬に自意識を完全に放棄した。

 身体が赴くまま、剣に身を任せ、剣に身を委ねる。

 剣の達人がその先に至る梵我一如の矜持。

 怪物的な剣の天才は容易くその領域へと手を伸ばす。

 

 結果、不条理が此処に現出する。

 ドニの(・・・)反射神経を(・・・・・)上回って(・・・・)振るわれたドニの魔剣が、衛の一撃を弾き飛ばしたのだ。

 

「──────」

 

 驚愕に衛の思考が白紙となる。

 脳を介さない身体だけの反射行動。

 如何に衛が一手勝っていてもその速度を上回ることは出来ない。

 此処に衛の戦術が破綻する。

 

 無敵城塞は消失した。

 権能封じは破られた。

 瞬間移動をするにしても──この間隙はあまりにも致命的だった。

 

「フッ────!」

 

 短い息継ぎ、斯くして魔剣が放たれる。

 

「ガッ──!!」

 

 宙空を舞う鮮血。

 脇腹を深々と絶断の魔剣が蹂躙する。

 

「──ァァアアアアアアアアアア!?」

 

 総身を苛む呪詛と痛み。

 己が戦術ごと一刀両断された衛は悲鳴と共に地に伏した。




ま、そう簡単にはいかないよねってお話。
それにしてもこの主人公、殺害予告する割りには毎回失敗してるよな。



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絢爛剣舞

どーモ、新作に逃げていた作者です。

メインの長期連載を執筆していると偶に新作を衝動書きしたくなるのはアレだろうか、無意識の逃走観念なのだろうか。
くっ、これがエタる原因か……ッ!(責任転換)




 この世に顕現するまつろわぬ神々。

 

 《運命》によって定められた絶対序列を形にするよう、彼らは気まぐれに世に天災を齎し人界の道理を人ならざる神の道理で蹂躙する。

 無辜の民にこれに抗う術は無く、弱者が強者に喰われるように、嵐がモノ皆全てを飲み込むように、彼らの力を前に膝を衝く。

 

 如何な魔術、如何な科学、如何な技術を以ても彼らを止めるに能わず、英雄偉人とて彼らを前にすれば無力な人間であることを思い知らされる。

 

 故に神殺し──その奇跡(ぐこう)を成す存在は人であって人ではない、人類史に稀に登場する英雄以上の怪物である。

 神を殺せるから神殺しなのか、或いは神を殺したから神殺しなのか、その結論は未だ不明であるものの、神殺しという存在が如何に度外れているかは今更語るまでもあるまい。世界に僅か八人。歴史を振り返っても五十人弱。

 天才、鬼才の出現周期を考えれば、神殺しは圧倒的に数が少ない。

 一世紀に一人出現すればそれだけで奇跡なのだ。

 彼らの存在がどれほど稀少かよく分かるだろう。

 

 そんな神殺したちだが、彼らには共通している点が幾つかある。

 基本的に好戦的で、権能という莫大な力を保有し、自我が強い……とこの通り、様々な共通点があるが、この他にも戦いにおける共通点──個人の“勝ち筋”があるのをご存じだろうか?

 

 ある者は天才的な剣の才とクレバーな戦術眼、ある者は圧倒的な暴の力と餓えた獣の如き執念、ある者は王道的な武の極とそれを支える経験、ある者は英雄的な行動力と助けてくれる仲間たち、またある者はある者は……と。

 

 神に勝利するべく構築された自分に取って最も勝率の近いやり方、スタイルというべきものを彼らは個々に保有している。『こう嵌まれば勝つ』……そういった型を有しているのも神殺しとしての特徴の一つと言えるだろう。

 

 故に神との戦い、或いは同胞との喰らい合いにおいて勝利するために最も重要な事はどれだけ自分にあった型へと相手を嵌めてしまえるかにある。

 即ち、型を先に嵌めてしまった方が戦闘は優勢へと傾くのだ。

 

 そして、神殺し──閉塚衛の本質は守り手にある。

 

 自身が大切だと思う同胞への庇護。

 大切な者を害する敵対者の存在。

 そして敵対者への苛烈なまでの怒り。

 彼が神殺し足る本質は、そこに帰結すると言って良い。

 

 断じて──断じて彼は、巻き込まれる大衆への憐憫や義侠心で心を強く燃やす存在などでは無いのだ。

 見知らぬ誰かのために動けるほど彼の情は厚くない。

 

 だからこそ、見当違いの怒りでは彼の実力(つよさ)は発揮されない、報復、反撃、逆襲こそが本質であるため王道戦術は畑違いなのだ。

 畢竟。嵌まらない型で戦えば、この帰結は当然だった。

 防御を旨とする盾では剣の代役は務まらないが故に。

 

「──ァァアアアアアアアアアア!?」

 

 斯くして第一戦の幕は此処に。

 “型”をはき違えたまま振るった怒りの殺意は転じて我が身を殺しに掛かる。

 サルバトーレ・ドニが振るう絶剣。

 其れはケルト神話に語られる《鋼》の英雄ヌアザの権能。

 

 対象物を確実に断ち切る絶断の権能が衛の肉体を苛む。

 受けたダメージは致命傷に無いにせよ、恐ろしきは別にある。

 傷が直らない(・・・・・・)。城塞を斬り裂かれたとて、権能自体は健在であるにも関わらず。受けたダメージは遅々として回復する気配が無い。

 

“そうか……これが……!”

 

 切り口から体中をのたうち回る痛みの中、衛は戦慄と共に呟く。

 絶断の剣──それは単純に何でも斬るということに非ず。

 液体・気体・霊体・魔術と言った物体ならざるモノすら断ち、斬るという行為に様々な霊験を吹き込むことで不治の傷を刻み込むことだって可能なのだ。

 

 これは衛が持つ《母なる城塞》のように『守る』などと同じく『斬る』に特化しているが故の万能性だろう。なまじ、同郷のように条件によって姿形が変わるといった、複雑なものでは無く、特性がシンプルに一つの事へ特化しているためか。

 言うなれば特化型の汎用性。

 使用用途から外れれば基本役立たずだが、用途内においてはありとあらゆる手段を是とする一点特化の権能!

 

「ッ──!」

 

 戦慄する衛の傍ら、ドニが強い意を放つ。

 衛の脇腹を抉ったドニの刃が返す剣で衛の首目掛け放たれる。

 

「ま……ず……ッ!?」

 

 速い──身体能力だけ(・・)は優れているお陰か、迫り来る刃を視界に捉える衛。

 その速度足るや迅雷が如く、とても手傷を負ったばかりの衛に回避できる者では無い。いや、仮に万全であったとしても近接戦を不得手とする衛ではやはりこの剣舞について行くことなどとても出来ず──。

 

 だからこそ、ついて行ける者(・・・・・・・)が前に出る。

 

「雄弁なるヘルメスよ! 愛しき者へどうか私を導いてッ──!!」

 

 刹那、ドニの視界から衛の姿が掻き消え、同時に異なる者が出現する。

 だがそんなことはドニの構うところでは無い。

 止水の心へ転じたドニに動揺という波紋は無く、獲物が変わった程度で動じない。

 取り逃したというならば後に斬れば良い。

 ただそれだけの話なのだから。

 

 この場でやるべきは速やかに目の前に躍り出てきた憐れな生け贄を断ちきり、本来の獲物を仕留めることにあり……。

 

「ずッ……ぇアア!!!」

 

「うっ……わッ……!?」

 

 その生け贄が、まさか自分の剣を受けきり、反撃してこようとは夢にも思わなかった。

 

「ハァアアアアアアアアアアッ!!」

 

 ドニの無表情に亀裂が奔る、驚愕という波紋が生じる。

 そして、ごく僅かなその隙に──無欠の剣技が煌めいた。

 

 殺到するは型通りを極めたドニとは対極の剣技。

 されど完成度たるやドニの無想剣に比する。

 神楽のように手順良く振るわれる刃は、完成度故に異なる剣術ごとに生じる“繋ぎ”が一切無く流麗な手際で次の型、次の術へと転じている。

 それが無限に続く(・・・・)。無欠の刀に無粋な横やりを指す暇など無く、一つ凌げば次の、次を凌げば次の、次を凌げば次の次の次の次のと……間髪入れず襲い来る次瞬の太刀筋を前に、受け手は強制的に防御へと専心させられる。

 

「面白い……!」

 

 ドニの顔にニヤリと獰猛な笑みを浮かぶ。

 何者かは知らないがこの乱入者……世界で五指に入る達人だ。

 ともすれば己の師や己に匹敵するほどの。

 

 ならばこそドニは同じ剣術による果たし合いをアッサリと放棄する。

 彼は剣の求道者であるが、同時に神を殺す戦士である。

 重要なのは常に剣術(しゅだん)ではなく勝つことなのだ。

 

「技は力の中にあり──ってね!」

 

「これは……!?」

 

 ドニが言霊を唱えると同時、手に持つ剣に変化が生じる。

 ただの無骨な両手剣(ツーハンデッドソード)

 それが一瞬にして六メートルを超える大魔刃に変化したのだ!

 

「そら……!」

 

 ほんの一瞬生じた隙にドニが反撃の一手を講じる。

 策は単純に巨大化した剣を力任せに振るうという作戦も何もない話だが、この場においては十分に役目を果たして見せた。

 同じ人型とはいえ、ただの人間と神殺しでは天地もの運動性能の差がある。人間は数百キロの鉄の塊を持ち上げる際、全身全霊の力を必要とするが、ドニを見れば分かるように神殺しともなればこの通り大質量の剣でさえ軽く振ってみせる。

 権能の特性ありきということを考慮してもそれだけの身体能力の差があるのだ。

 

 自身を遙かに上回る大質量と剛力は、如何に無欠の剣術とて受け流しや打ち払い出来る範疇を超えている。

 極みに達した剣術はこうして、力任せに振りほどかれる。

 

「くっ……!」

 

「いやあ、ビックリビックリ。まさか僕とやり合える剣士がいるなんてねー。これでも僕は世界では四番目ぐらいにやれると自負しているんだけど……」

 

 好意的な笑顔で乱入者──姫凪桜花を見るドニ。

 巨大化した剣を軽々と振って型に背負いながら、ドニは笑顔で桜花に話しかける。

 

「世界は広いって言うべきかな。僕と張り合う神様は何人か出会ってきたけど、僕と張り合う人間は早々居ないからね。君、名前は何て言うんだい?」

 

「……私は姫凪桜花。衛さんの……刀です」

 

「成る程ねェ」

 

 言葉短く返し、正眼で刀を構える桜花。

 素っ気ない返しに、しかしドニは満足するように頷きながら桜花をつぶさに観察する。まるで新しいおもちゃを得た子供のような笑みで。

 

 一方の桜花は頬に冷汗を流しながら呼吸を沈めていた。

 動揺と、戦慄を隠すために。

 

“素養だけなら同格。技量は今の私より二段は上か……!”

 

 不意打ちにも関わらず手傷一つ負わずに凌ぎきったドニ。

 彼との一瞬の攻防で、彼女は明確な技量の壁を肌で感じていた。

 

 桜花の剣術は詰め将棋。

 一つ一つの技で以て敵の自由を次々に封じていき、一中不可避の必殺の一斬へ繋げる敵手の未来を断つ封殺の剣術である。

 一度嵌まれば、やられると分かっていても離脱不能。

 必ず必殺へと繋げる無欠の剣閃は正に虚の(まこと)を断つ術理であり、隔絶した技量の持ち主が行う技による読み合いの到達点と言って良い。

 

 だが、彼女が究極域に達した剣の天才であるように、サルバトーレ・ドニもまた異なる極みに達した剣の怪物である。

 思考よりも速く動く無想剣。その極意は身体が剣を動かすことでは無く、剣が身体を動かすことにある。

 思考を挟まないが故何者よりも速度に勝り、莫大な経験値とそれを裏付ける鍛錬あってこそ成立する剣であるが故、繰り出される手は最適解よりも最適解。

 

 そのためドニは無傷で桜花の剣を凌ぎきるだけではなく、必殺へと繋がる流れそのものからも抜け出していた。

 あのままいけば千日手、両者一切手傷を負わない異様の剣舞を見ることが出来ただろう。そしてそうなれば待っているのは消耗戦。

 桜花に勝ち目が無い舞台である。

 

 つまるところあの一瞬、あの一瞬で、桜花は完全に勝ち筋を見失っていた。

 上下関係を完全に先の攻防で定められてしまったのである。

 

「やはり神殺し……ヴォバン侯爵の時と同じくか……」

 

 “英雄殺し”を使えば話は変わるだろう。

 衛が手傷を負った今、呪詛は十全以上に満ち満ちている。

 あの不届き者を殺せと騒いでいる。

 

 だが今は──。

 

「桜花!? すまん……!」

 

「いえ、問題はありません!」

 

 声の方角に視線を向ければ傷口を押さえながら膝をつく衛の姿。

 相変わらず一人で戦い抜こうとする所は変わらない。

 やはり人間、言葉一つ、経験一つで行動を変えられるほど簡単ではないということだろう。

 加えて言うなら衛もまた愚者である。決して敵わない存在に仲間大事さで牙を剥き、遂に殺して見せた極めつけの愚者だ。 

 

「今は、私が進んで出て行くしかありませんね……」

 

 苦笑しながら嘆息する。

 口では頼りにすると言っているが、いざとなればこの通り。

 大切な者を背にしようとする悪癖はまだまだ治らないらしい。

 いい加減、自分ぐらいは頼って欲しいものだが……。

 

「……同じ事を『女神の腕(みなさん)』も思ってそうですね」

 

 そういえばと此処に趣く前、別の騒ぎに身を投じていった雪鈴と衛の性格を見越して連絡を寄こしただろう連とを思い出す。

 少しは信頼してくれやとは……成る程。

 思わぬ所で相手の心を察した桜花は、次瞬、首を振って共感を振りほどく。

 言いたいことは色々あるが今は火中。

 暢気にしている場合では無い。

 

「衛さん! 此処は引きましょう!」

 

「はっ!?」

 

 故に桜花は冷静に己が王に撤退を進言する。

 

「ちょ、ちょっと待て……不治の傷は痛いがこの程度で……!」

 

「ええ。戦闘は続行できるでしょう。しかし今の流れはサルバトーレ卿が握っています! 戦闘のイニシアチブがどちらにあるか察するのは神殺しである衛さんの方が長けているでしょう? 今は無理です(・・・・・・)

 

「ッ……!」

 

 桜花にしては辛辣な言葉に衛は顔を顰める。

 そう、桜花の言う通り、衛は直感の部分で理解していた。

 このまま戦っても負けるだけだ、天運も流れも相手にあると。

 

 何より戦いそのものに執着せず、最終的に勝利すること、守り抜くことに全力を傾ける守戦の王だからこそ、直感は警鐘となりて囁いていた。

 まずは頭を冷やせと。

 

「だが……ッ!」

 

 しかし同時に理性がこうも訴える。

 この(ドニ)を自由にさせてしまえば碌な事にはならないと。

 

 元より衛と戦うついでに(・・・・)火山を大爆発させ、まつろわぬ神を顕現させる阿呆である。その傍迷惑さ、歩く天災っぶりはヴォバン侯爵に通じるところがあり、つまりは人の世を害する畜生である。

 人の迷惑を考慮した上で実行する先輩や、人に迷惑が掛かることを知った上で取りかかる後輩と違い、この男、端から人の迷惑など考えても居ない。

 しかもそんな男がストッパーも無くほっつき歩いているのだ。

 衛の危惧は当然モノであり、それが彼が引けない理由でもあった。

 

「衛さんの懸念は分かります。ですが、どの道今の状況(・・・・)では負けます。確実に」

 

 それは桜花には似合わない強い口調と断言だった。

 今の戦えば負ける。

 かけがえのない相棒は絶対の確信と共に言い切る。

 

 その言葉に衛は困惑し……届いた共心共感に言葉の真意を見た。

 今の状況(・・・・)では、誰に(・・)確実に(・・・)負ける(・・・)のかを。

 

「ッ──そういうことか……!」

 

 元凶を倒すことに執着しているあまり衛は忘れていたのだ。

 原因と元凶が、別々に存在している事実に。

 

 戦場を俯瞰していた桜花だからこそ気づけた現状。

 衛は全身の呪力を回し、急ぎ権能を切った。

 時間は無い──既に照準(・・)されている。

 

「サンクス桜花! ──旅人が、商人が、医者と詐欺師と牧師が、汝の多様な知恵を授かるため今か今かと焦がれている。諸人に狡知の知恵を授けんがため、我は速やかなる風となりて伝令の足を向ける……! 来い(・・)、桜花!」

 

「はい!」

 

 自分なりの感謝の言葉を桜花に送りつつ、速やかに衛は桜花を呼び寄せる。

 すると、瞬間移動のように衛の隣に転移する桜花。

 これはヘルメスの権能では無い──この土壇場(・・・)で開花させた第四権能が持つ従者を強制的に呼び出す従者召喚(サモン・サーヴァント)の力だった。

 この窮状に追いやられたことで衛の権能掌握は一歩先へ進む。

 

「あれ? 逃げるのかい?」

 

 一方の現状を知らないドニは挑発するように、或いは暢気に衛へ言葉を投げる。

 そのお気楽振りに若干の苛立ちを覚えるものの、今は構うまい。

 アレと心中なぞ御免だ。

 

「ああ、逃げるとも! あばよ剣バカ! 生きていたら(・・・・・・)殺してやるッ!!」

 

 最後に、捨て台詞を吐き捨てて衛は戦域を離脱する。

 遠く遠く──射程圏外までへと。

 

 

 

 

「おっかしいなァ……」

 

 消える同胞を見送ってドニはそんなことを呟いていた。

 先ほどまで死闘を演じていた敵手。

 それがこうもアッサリ逃走するなどどうも腑に落ちなかった。

 

「もっとノリノリな奴だと思ったんだけれどね」

 

 そう、ドニの死合った感触からして彼──閉塚衛は一度手傷を負ったからといってアッサリと引く性格をしてはいないと感じている。

 寧ろ、受けてからが本番。敵の手管を暴き、観察し、その弱点と欠点を見極め、捉えた勝ち筋に全力を尽くす……そのような気配のする使い手だった。

 

 樹齢千年を超える樹木が傷の一つや二つで小揺るぎもしないように。

 どれほどの劣勢であっても最終的に勝つことが彼の恐ろしさであると。

 

「まぁ、良いか。もう一度見つけ出して、もう一度戦えば」

 

 しかし引いてしまったモノは仕方が無い。

 少々解せないモノの、そういうこともあるだろうとドニは相変わらずの脳天気さで逃走した獲物を追うべく、一歩足を踏み出して……。

 

『見つけたぞ』

 

「うん?」

 

 突如として降りかかった聞き覚えの無い声に足を止める。

 

『見つけた、見つけたぞ! その呪力、その気配、その霊気! 貴様だな貴様だな!? 貴様が……この惨劇を演出した元凶であるかッ!!!』

 

 指弾する様を容易に思い描けるほど弾劾を向ける声。

 それは山間に響き渡るほどの大音量である。

 耳元で叫ばれた訳でもないのに、耳鳴りがするほどの声。

 

 思わぬ第三者の声にドニの足が止まる。

 

「えーと……………誰?」

 

『おのれ、我を呼び起こした自覚さえなしか貴様ッ!!? 言葉に表せぬほどのド阿呆めッ! その上、見れば貴様、神殺しの獣であるか! 何たる愚者、何たる狼藉者! 貴様ほどの馬鹿者など他に見たことが無いわッ!!』

 

 ドニの言葉に我慢ならぬとばかりに憤怒する声の主。

 散々な言い様だが、その様が何処かの王の執事に似通っているのは彼に振り回される人間が共通して思うことだからだろうか。

 されど、しかし声の主は人に非ず、味方に非ず。

 

『その罪、その愚かさ! 人の世を糾すよりもまず先に糾さねばなるまいて! いと罪深き天魔よッ!! 汝が罪の重さを知るが良いッ!!』

 

 斯くして定められた照準に乗っ取り破滅の権能が放たれる。

 遠方で爆発する呪力の並を神殺しの感覚で嗅ぎ分けたドニはそちらを見て──。

 

「え?」

 

 太陽に(・・・)匹敵する(・・・・)熱量の(・・・)線状(ビーム)が眼前に飛来するのを直視して呆然とする。

 

 もはや回避も防御も間に合わない。

 絶死の死線が目の前にあった。

 

『天魔反戈の道理を知れ! 愚かないし神殺しよッ!!』

 

 直後、ドニを巻き添えに神話の里公園が消し飛んだ(・・・・・)

 圧倒的なフレアが天地開闢に等しい熱量で以て大地を一瞬のうちに溶かし、消失させてしまったのだ。

 さらに勢いは止まらず、神話の里公園を貫通し、熱線は霧島市上空を通過。余波で(・・・)コンクリートのビル群を溶かしながら鹿児島湾に浮かぶ洋上の島、桜島へと到達。桜島ごと鹿児島湾を蒸発させた(・・・・・)

 まさに天変地異。人の認識が通らない神世の御技である。

 

『灼熱地獄で自身が行った所業の数々を悔いり、懺悔し、苦悶しながら死に往くが良い。愚者よ』

 

 高千穂峰から放たれた狙撃による惨状を前に大梵天が呟く。

 齎された被害は目も当てられないほどのモノであるが、彼からすればただ愚かなる神殺しに誅伐を下したという話なのだろう。

 誅伐によって生じた二次被害などには目もくれない。

 

『さてしかし、あの場にはもう一匹獣が居たはず……フン、勘の良い奴め、そちらはまんまと逃げ果せたか。だが良い、変わらぬ。変わらぬ事よ』

 

 ブンと狙撃に使った槍を一振り。

 そして彼は列島本土の方面を睨み付けるように布告する。

 

『どの道、この国には六つの、いや五つの獣が蔓延っておる。これ全てを討つことこそ我が天意と知った。ならば逃げも隠れもすれば良い。全てを討つならば総じて変わらぬ。愚者には罰と裁きが訪れるのは天地が定めたる絶対法だ』

 

 故にそう、誰一人、誰一人として逃がさないと大梵天は言う。

 

 

 

『大宇宙の真理を思い知れ! 畏敬忘れたる愚か者共!! 大梵天の怒りを前に恐怖し、戦慄し、灼熱苦悶のうちに死ぬが良い!』

 

 

 

 大梵天(ブラフマー)は健在なり──。

 天地宇宙を統べる覇者は天高らかにまだ見ぬ神殺しに宣する。

 

 

 

 

 追う者と追われる者。

 濃霧覆う長崎市内で行われるのは命がけの鬼ごっこだった。

 

「フッ────!!」

 

「──────」

 

 時速にして八十キロ。

 明らかに人外の速度をたたき出しながら、しかし呪力による身体強化も異能による補助も無く、恐るべき事に真実ただの人間として振るえる能力(スペック)だけで雪鈴は霧越しに僅かと窺える人影……魔女メーデイアを追する。

 

 見敵から既に二十分。もはや、追従していた部下たちすら置き去りに雪鈴はようやく見つけた使い魔たちの主を鏖殺すべく執拗な追撃を行っていた。

 濃霧で数メートル先すら碌に視界が効かないにも関わらず、彼女はメーデイアから目を離すこと無く、障害物を半ば反射的に回避し、それが間に合わないならば殴り飛ばして突破しつつ、ただ只管にメーデイアを追う。

 

「──────」

 

 霧の彼方で何事かを呟くメーデイア──刹那、背筋に奔るヒリつく感覚に任せて雪鈴は跳躍する。間髪入れず線状にアスファルトを抉る一条の呪力光。

 人体を容易に蒸発させる熱量が容赦なく襲いかかる。

 

「この出力、やはり人間では無いか。蓮からの話では《神祖》と聞きますが、その予測に間違いはなさそうですね。伝承とも矛盾はしない」

 

 そり立つビルに仁王立ちするという物理法則の無視を行いながら雪鈴は、霧の向こうに見えるローブの人物を注視しながら呟く。

 

 ──ギリシャ神話の魔女メーデイア。

 

 日本では長母音を訳してメデイアなどとも呼ばれる彼女はギリシャ神話の英雄譚アルゴナウタイに登場する魔女である。

 

 時代はトロイア戦争以前。テッサリアはイオルコスの王子イアソンは己が父より王位を奪った簒奪者ペリアースに王位の返還を求めるが、その代価にペリアースはコルキスにあるという黄金の羊の毛皮を要求されることから物語は始まる。

 王位の奪還を望むイアソンはこの毛皮を手にすべく、彼は女神アテナの予言のもと、船大工アルゴスに巨船を設計させた後、これをアルゴー船と名付け、ギリシャ神話に名だたる数多の勇者を引き連れ冒険へと乗る出す──。

 

 これがアルゴナウタイの大まかなあらすじだ。

 魔女メデイアはこの冒険譚を成功に導いた立役者として、そして物語の幕を引く悲劇の復讐者として登場する。

 

「魔女メーデイア。元はヘカテ-神殿に仕える巫女であり、女神ヘカテ-より教えを受けたことで魔女として開花したという。薬草を用いたその魔法はあらゆる奇跡を可能にしたという。彼女の魔法によりアルゴー船団が救われたことは数知れず、彼女の存在が冒険の一助となったことを疑う余地はありません」

 

 しかし、そんな彼女が冒険譚に加わったきっかけはお世辞にも良いモノであったとは言えない。

 何故ならそこには女神の企てが存在していたからだ。

 

「英雄イアソンにその航海を成功させるがため、女神ヘーラーが女神アプロディーテに要請した事により、魔女メーデイアは航海を成功させるために女神の企てにより、英雄イアソンに恋を抱く」

 

 恋と言うには彼女のそれはあまりにも神々の謀略に満ちていた。

 魔女メーデイアを船団に引き入れるため愛と美の神アプロディーテは己が従神エーロスの矢と己が呪具を使い、魔女メーデイアが英雄イアソンに恋を抱くように仕向けたのである。

 これは簒奪者ペリアースの憎悪に、イアソンが倒れぬようにという女神ヘーラーの親切心から起きた謀略ではあるが……。

 

「同じ女として同情しますよ。かような勝手を罷り通らせるが神とあらば、我らが王が神に憤る気持ちにも共感できるというものです」

 

「──────」

 

 嘯く雪鈴に何条もの呪力光が降り注ぐ。

 変わらず無言のまま容赦なく仕掛けられる攻撃を、雪鈴は垂直に起立するビル群を疾走することで躱して退ける。

 人間離れした身体能力……というには不条理の説明を付けるに足らず。

 しかし現実に雪鈴はその不条理を引き起こしている。

 

「臨まぬ恋を強要された上、イアソンとの逃避行に際しては恋に惑わされるがまま、実の弟であるアプシュルトスを惨殺させられ、冒険後はペリアース殺しの道具として謀略に使われ、ペリアース当人とその娘を自ら手にかけることになる……臨まぬ恋に、臨まぬ殺戮、そうして散々使われた挙げ句、惚れた相手イアソンにも使い捨てられる。これを悲劇と言わずして何というのか」

 

「──────」

 

 通常砲撃では当たらぬと悟ったのか。

 魔女メーデイアは直線に撃っていた呪力光を凪ぐように放って、雪鈴が足場とするビルを一掃、轟音を立てて崩落するビルの瓦礫ごと、足場を崩されて身動きの取れない雪鈴を倒すべく、何条も束ねた呪力光で以て蒸発させに掛かる。

 放たれる紫色の極光。鉄骨ごと崩落するコンクリートの悉くを蒸発させ、バラバラと崩れるビルを跡形も無く消滅させた。

 されど──肝心要の獲物だけは未だに健在だった。

 

「神話解釈においてアルゴナウタイは元々、海賊行為を正当化するべく成立した神話だったとか。となれば貴方の境遇にも何となく察しが付くというもの、恐らくは海賊アルゴナウタイが何処かで略奪した巫女姫、それがアルゴナウタイでの貴方という存在の立場だったのでは無いですか?」

 

 眼前。恐らくはメーデイアの呪力光が直撃直前にビルの壁から跳躍していたのだろう。宙に浮かぶメーデイアの目の前に雪鈴の姿があった。

 

「貴女の出自は太陽神ヘリオスの血統にして魔女神キルケーの姪、時にはそのヘリオスから次いだ正当な血の証である黄金色の光を発する輝く瞳を因んで《眼輝く乙女》と呼ばれることもあったとか……貴女の神話と貴女の出自、そして貴女の境遇。考えれば考えるほど貴女が《神祖》たる下地は存在する」

 

 ──人類史において時として現れる『超人』というものが存在する。

 通常ではなし得ない所業、通常では出来ない技。

 人間の能力(スペック)を超えて、実現できないはずの結果を実現させる者たち。

 常識では語れない限界性能(オーバースペック)

 そうした者たちが時折、存在することがあるのだ。

 

「ギリシアに征服された地方の土着の女神。それが貴女という《神祖》の正体だ。悲劇の魔女メーデイア」

 

 周期的に時代に現れる彼らは『超人』という体質に合わせて、こう総称されることがある。

 曰く、『超人』またの名を────『英雄体質(ヘラクレス病)』、と。

 

「────!」

 

 驚愕かはたまた怒りか。

 眼前にある雪鈴を滅殺しようと展開される百の魔方陣。

 それが雪鈴とメーデイアを囲むように展開する。

 

 四方八方からの攻撃で仕留めようという魂胆か。

 もはや逃がさぬ逃さぬといった包囲網。加え、雪鈴は足場の無い空中に跳躍しているせいで、勢いのままメーデイアの懐に飛び込むという以外の選択肢が無い。

 

 しかし……。

 

「直情的な性格をしていますね。囲めば仕留められる……とは些か安易な戦術です。私の力を見誤っていると断じましょう」

 

 構えている。足場も自由も効かない空中で。

 身体を捻り、拳を貯め込むようにして既に雪鈴は構えていた。

 元より、足りなかったのは距離だ。

 

 数十メートルを数える高さに飛ぶ魔女メーデイア。

 それを捉えるために足りなかったのは射程のみ。

 ならばこうして間合いを跳躍すれば(つめれば)良いだけのこと。

 

 元より──超人(かのじょ)にとって()()も変わらない────!

 

「寸勁変状──我流、竜生九子饕餮門。いざ、吹き飛べ! 覇ッ────!!!」

 

「────!?!?」

 

 壮絶な気合いと共に放たれる無音の拳。

 間合いをして十メートル。

 本来は拳が届くはずの無いほど距離があったにも関わらず、空中で浮遊していたメーデイアはまるで空気に殴り飛ばされたような衝撃を味わう。

 否、殴り飛ばされるなどという甘い一撃では無い、雪鈴が宣したようにあらゆる魔術防護が成されたローブごとメーデイアを殴り吹き飛ばしていた。

 

 遙か後方に飛び、そのままビルに叩きつけられるメーデイア。

 しかしそこで終わらない。

 まるで拳が押しつけられているかの如く、ビル壁にメーデイアは押しつぶされる。

 これは……。

 

「大気圧殺──日本の漫画の発想力は素晴らしい。私に色々なアイデアを教えてくれるのですから」

 

 大気を殴りつけて生じた気流の流れで相手を圧殺する。

 説明するのも馬鹿らしい不条理を彼女は力業でやってのけたのだ。

 

「────!!」

 

 押し着けられる大気は凄まじく、《神祖》メーデイアをして完全に身動きが封じ込められてしまった。

 さらにその衝撃のあまり、空中(そら)にばら撒かれた魔方陣すら空間の歪みに耐えきれず崩壊してしまっている。

 これがただの素の身体能力で行われたことと誰が信じられよう。

 

「蓮風に言うならばこうですね、一発殴って《神祖》を倒せ……………なんちゃって」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなったのか頬を赤らめながら目を逸らす雪鈴。

 可愛げある様だが、やったことを考えれば全く笑えない。

 綺麗な薔薇には何とやらだが。美しい雪花に、鬼の怪力では近づくことすら恐ろしい。まして何の手練手管も使わず真っ向切って《神祖》を追い詰めるなど常軌を逸した規格外さだ。

 

「ともあれ、動きは封じました」

 

 軽やかな身のこなしで地面に着地した雪鈴は未だビルの壁に押しやられて四苦八苦するメーデイアを見上げる。

 此度の騒乱の元凶は捉えた。

 何を目的としていたかはともかくとしてこれで騒ぎは収束するだろう。

 

「後は我らが王の働き次第。先んじて貴女の身柄は我々が抑えさせて貰います」

 

 動きを封じたとはいえ、相手は《神祖》。

 彼女たちの特性を考えればまだ何か仕掛けてきても不思議では無い。

 油断なく、両手を固く握りしめる。

 僅かでも不意打ちの兆候があれば対応出来るようにと。

 

 そうして……。

 

「ああ──それは待ってくれるかな?」

 

「ッ?!」

 

 リンッと鈴が鳴るような音。

 瞬間、メーデイアの動きを封じたビルの磔台が、スッパリと縦五等分に斬り裂かれる。あまりにも異様な現象。

 それに目を剥く暇も無く、雪鈴は次瞬、全力でその場を飛び退いた。

 

 先と同じくリンッと鈴が鳴るような音。

 地面が格子状に斬り裂かれる。

 モノの切れ味が凄まじいためだろう、切り口に乱れは一切無く、斬り裂かれたアスファルトやコンクリートにも一切の傷は無い。

 ザンバラリと……文字通り斬り裂かれてる。

 何事かと目を見開く雪鈴は、ふと──視界に異物を捉える。

 

 糸──濃霧でかなり見えにくいが極細の糸がそこにあった。

 

「鋼線……!? 暗器かッ!」

 

「ん、東洋の暗殺器だっけ? 違う違う、これは商売道具だよ。音と楽の調べを奏でる、ね」

 

 言ってポロロンと美しい弦の音を響かせる現れた人影。

 濃霧の彼方から進み出たのは一人の男だった。

 容姿は美男、その上、美声。

 一見して既にただ人ならざると察せられる男だ。

 

「初めましてレディ。私はオルフェウス。しがない吟遊詩人だよ」

 

「なっ……オルフェウス!?」

 

 しかし名乗った名前は男の異常さを加味しても常識外れなものだった。

 オルフェウス。その名を知らぬ者は居ないだろう。

 何故なら彼もまたアルゴー船に名を連ねた英雄なのだから。

 

 アポロンより授かった琴を弾き、あらゆる者を魅了するギリシャ随一の吟遊詩人。それこそが英雄オルフェウスという男である。

 

「うん、知ってくれているようで嬉しいよ。我が唄はこの遠き遠き東洋の大地でも麗らかな調べを届けているらしい、ついでに紹介しよう。こちらはポリュデウケース、その隣がイーダース、そして君の背後を取っているのがペーレウス。知っているかな? かのアキレウスの父君を」

 

 そしてオルフェウスだけでは無い。

 濃霧の中から次々と……そう次々と人影が現れる。

 

 その全て、雪鈴の目に狂いが無ければ英雄というに相応しい貫禄と実力をその身に秘めていた。さしもの雪鈴も戦慄を隠せない。

 

「──……なるほど、てっきり《神祖》の企てかと思っていましたが、内情はもっととんでもない状況になっていたようですね」

 

 アルゴー船。

 確かにかの英雄船団とメーデイアは縁がある。

 しかし、だからといってまさか……。

 

「アルゴー船団そのものが召喚されているとは……こちらにも我らが王に出張って貰わなければならなそうです」

 

 アルゴナウタイに名を連ねし英雄集結。

 たった聖騎士に比する英傑が数十人。

 こうなれば如何に卓越した人間であろうとも、人間が出来る範疇を超えている。

 人ならざる神殺し、彼らで無ければどうにもできまい。

 

 そして同時に悟ってしまう。

 この状況、自分は詰んでいると。

 

「追い詰められているのは私だった、そういうことですか」

 

「ああ、《神祖》を追い詰めた手腕は大したものだけれどね。あくまでそれは彼女が戦う者では無いが故だ。君は確かに卓越した人間だけど、それでも僕たちには及ばないからね」

 

 そう人間ではどうにもできない。

 つまり雪鈴ではどうにもできないということだ。

 仮に玉砕覚悟で突っ込んでも傷一つ与えられず終わるだろう。

 

 英雄一人ならばともかく数十人とあれば尚のこと。

 

「英雄船団……流石に貴方たちが相手ではどうにもならなさそうですね。それに貴方方が真にアルゴナウタイだというのならばかの英雄もいるでしょうし。ギリシャ神話最強の英雄が」

 

 ──ギリシャ神話に英雄数いれど最強と言えば僅か二名。

 一人は俊足の英雄アキレウス。

 眼前の英雄が一人、ペーレウスの子にして女神テティスの息子。

 不老不死の肉体と何者にも勝る俊足はあらゆる戦場で無双を誇ったという。

 

 もう一人は言わずと知れたアキレウスに勝るとも劣らない武名を残した大英雄。

 不可能と言われた数多の試練を乗り越えてみせ。

 遂には神々の席にまで列席した最強の人間。

 

「英雄ヘラクレス──彼がいるとあれば尚のこと」

 

 思わず苦笑と諦めを見せる雪鈴。

 だが、しかし返ってきた言葉は彼女の予想とは異なるものだった。

 

「ああ、アイツなら今は居ないよ」

 

「はい?」

 

「アイツだけじゃ無い。期待しているところ、悪いけど僕らの船団は今はメンバーが何人か欠けていてね。他にもアスクレピオスやイアソン……有名どころが諸事情で不在なのさ。テーセウスなら居るんだけれど……ああ、もう追いつかれてしまったか」

 

 やれやれと肩を竦めるオルフェウス。

 直後、雪鈴の傍に何かが空から墜落してくる。

 身を翻して彼女が避けると土煙を上げてそれは姿を現す。

 

 真っ黒に焦げた人型。

 鎧や剣を携えているところ見るに英雄船団に名を連ねる英傑だったのだろう。

 それがこうも見るも無惨な姿になるとは……。

 

「ああ、テーセウスでもダメだったか」

 

「──ふん、当たり前だ」

 

 倒れた同胞に諦観の視線を向けるオルフェウス。

 彼を嘲笑うように、また新たな人影が空から飛来する。

 今度は土煙を立てることも無く鮮やかに。

 

「さて──貴様には色々聞きたいことがある、答えて貰うぞ。琴弾の英雄」

 

 そして──ニヤリと不貞不貞しく笑いながら。

 神殺し、アレクサンドル・ガスコインは颯爽と現れた。




インド怖い()

そして悲報、公園が消し飛び、桜島がお亡くなりになりました。
ついでに鹿児島湾……二次被害の津波に注意な!
……やっぱりアイツら日本に呼んじゃダメだったんだって。


あ、作中の雪さんの英雄体質はオリ設定ね。
いつぞや読んだある本の影響を受けてぶち込んだ奴。
因みにルビのヘラクレス病については別に筋肉に関する病気があったようななかったような気がするけど、そっちとは全くの無関係です。

神は死んだ! さあ超人賛歌と行こうか! なんてね。


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英雄たちの船団

お久しぶりです。まだ生きてました()




 父に権能が与えられる以前、権力とは即ち信仰と宗教を指し、権力者とは巫女や祭司者のことを指した。

 これは古代ギリシャ世界においても例外ではない。

 

 母権は元々、東方(オリエント)文化が原始農耕とともに成立させた概念であるが、彼らは広大な砂漠や草原を隣人と持ち、絶えず侵入と侵攻を繰り返す牧畜民の存在によって早期にこれを放棄している。

 明確な侵攻者たちを前にした彼らにとって何より力の象徴となるのは暴力であり、宗教やら権威やらよりも優先される概念であったからだ。

 

 しかし、そういった事情のある彼らとは逆に、ギリシャ世界を語る上で外すことの出来ないエーゲ文明、取り分けミノア文明を伝承するエーゲ海地域では父権よりも母権の方が力を持つ者として優先されるようになる。

 これはミノア文明の中心地となったクレタ島が島国であり、外界からの干渉……特に遊牧民の圧力とは無縁であったことが影響しているだろうと考えられる。

 

 少なくとも古代ギリシャ世界において原初、権威とは女性のものであり、男は彼女たちの知恵を授かる者として女性優位の社会が成立していたのだ。ミノア文明の女性神官や古代ギリシャ世界で権威を誇ったドドーナの神託所における女預言者たち。

 彼女たちのような神々の言葉を聞き届ける女性こそ、権威の象徴として社会の中心に君臨してきた。

 

 そしてその影響は当然、神々の世界においても通用することとなる。母神を差して母なる大地や地母神などと例えるのは、権威を持つ女性こそが何よりその土地の所有者であり、また人々に知恵を授ける賢人であったからである。

 古代より地母神と呼ばれる神格の類いが、悉く大地と知恵を権能として司るのはこういった古代の社会構造が深く影響しているのだ。

 

 だが、そんな女性優位も時代の流れと共に変わっていく。地中海にて同じく興ったミケーネ文明との衝突。彼らの侵入と侵攻に伴ってミノア文明は崩壊する。

 またこの頃、ミケーネ文明はトローアスのイリオスも滅ぼしており、ミケーネ文明が極めて強い武力を保有していたことが窺える。

 

 因みにこのイリオスとミケーネの激突は後の時代に語られる『トロイア戦争』のモデルとなった言われているが……閑話休題。

 

 ともあれ、農耕による穏やかな日々は、侵略を前に過ぎ去り、武力が重んじられる時代が到来する。これに伴い、社会の中心には男たちが座ることとなり、嘗て権威を誇った女性たちは転じて彼らの所有物が如き扱いとなっていく。

 

 当然この偏差は神話においても影響しており、地中海域で絶大な権能を誇っていた知恵持つ母神は、その力を男神に奪われ次々に零落していく。

 女神テティスは智恵を奪われ、メドゥーサは魔物に落とされた。

 ヘラもアルテミスもヘカテーも……原初、統治者であったはずの彼女たちは神格こそ失わなかったものの、全盛期に保有していたはずの権能を多く失い、女神として、その権威を大きく減退させた。

 

 こうして母権に変わり、台頭するは武力を象徴とする父権の時代。

 強き武力を誇る王こそが重んじられる社会である。

 そして、そんな時代の象徴的とも言える神こそ──。

 

「神々の王ゼウス。曰く、神話において全知全能と謳われる神だ」

 

 霧の都と成り果てた長崎の風景を視界に収めながらアレクサンドル・ガスコインは電話先の少年にそう告げた。

 

 遡ること──数日前。

 アレクは『まつろわぬ神』が出現する以前より日本に訪れていた。

 その目的は宿敵グィネヴィアの暗躍を感知したから……だけではない。

 彼の訪日にはとある『まつろわぬ神』の消滅が関係していた。

 

 嘗て、アレクが『最後の王』に関する研究を進めていた時分。

 その手がかりを求めて、彼はとある神器を用いて女神を復活させたことがあった。

 名を『まつろわぬキルケー』。

 『暁の魔女』の異名を取るギリシャ神話古参の魔女神だ。

 

 太陽神ヘルメスの娘にして、魔女メディアの師。

 『オデュッセイア』にて英雄を虜にすると伝承されるアイアイエ島の主にして、英雄オデュッセウスの愛人でもある女神である。

 アレクはその魔女と契約することによって『最後の王』に関する考察を高めようとしたのだ。

 

 しかし、そこは神殺しとまつろわぬ神。

 詳細は省くが色々と話が拗れた結果、神殺しと魔女神はともに激突することとなる。

 結果はアレクの逃走による不戦敗。

 最も去り際に魔女神を封印し、逃げ延びるという目的を達した以上、アレクの勝利とも言えるだろうが。ともあれ、アレクと女神の縁はそこで途絶えた……はずだった。

 

 先日、島の封印ごと女神が消されるまでは。

 そう──『暁の魔女』は襲撃され、そして破られたのだ。

 他ならぬギリシャ神話の最高神、ゼウスによって。

 

 それを知ったアレクは女神が殺された事実よりその目的に関心を持った。

 『まつろわぬ神』が『まつろわぬ神』を討つ──。

 《蛇》と《鋼》の例を見れば指して珍しいことではないが……。

 

 対象がゼウスでなければ彼も見逃しただろう。

 だが、対象がゼウスと合っては目聡い黒王子は見逃さない。

 何せあの(・・)グィネヴィアと組んでいる神である。

 加えて、数ヶ月前の《鋼》に関する目論見を考えればかの神もまた『最後の王』を追っているのは明白。

 

 そんな神が嘗てアレクの目を付けた『最後の王』に関する鍵を握っていると思われた女神と遭遇し、これを殺害したとなれば……ゼウスが何らかの目的を遂げようとしているのは明らかだ。

 そしてそれが『最後の王』に関連するであろうことも。

 

 斯くてアレクは訪日する。

 表だって(・・・・)暗躍するグィネヴィアのことも視野に入れつつ、兎にも角にも彼はゼウスの気配を追っていた。

 その過程で、彼は先んじてグィネヴィアと接触していた中国の神殺し、羅翠蓮を警戒していた台湾方面の魔術師たちから日本に向けて「とあるアホ」を乗せた不審船が日本の近隣海域で確認されたとの情報を手に入れることに成功し、先回りして九州へと訪れていたのだ。

 

 結果、彼の狡知は神々の動向を先回りできたものの、こうして動乱に巻き込まれる憂いにあったのだ。

 さらに言えば今回の動乱に関して、アレクの訪日を都合が良いとして巻き込んだものの存在もある。

 

 他ならぬ電話先の少年──アレクの講義に飄々と言葉を返す春日部蓮だ。

 

『ゼウス神が色々、女関係で問題児なのはその当たりが原因だよな。嘗て女神を信仰してきた都市の悉くがウチもウチもと手を上げている内に雪だるま方式でゼウスは多妻になっていったと。くくっ、いやはやゼウスも大変だね、どうも』

 

「ゼウスの苦労など知ったことか。文句ならばそれこそ古代の人々に言えというものだ。言ってしまえば連中は挙って、自分たちのために偉大な祖先を作り上げたようなものなのだからな……フン」

 

 何故か不機嫌気味に反応するアレク。

 それに対して、蓮が耳ざとく反応した。

 

『おっ、意外な反応。王子様は古くから信仰してきた女神を捨てて、男共が好きそうな格好良いカミサマに鞍替えしたギリシャ人たちが気に食わないとか?』

 

 

「ありえんことを抜かすな馬鹿め。時代によって新しい思想や考えを取り込むのは歴史の道理だ。結局の所、女神なんぞよりも力持つ男神の方が魅力的だったというそれだけの話だろう。俺にとってはそれ以上の興味も関心も無い」

 

 そういって強い否定の言葉を返すアレクだが、その言葉を聞いて蓮は思わずくぐもった笑みを溢す。

 それを聞いて、アレクは舌打ちをした。

 何となく、何となくだがそこに腐れ縁(アリス)に通じるものを感じたからである。

 

「何が可笑しい」

 

『いやいや、別に。ただ本心では長年お世話になったカミサマをあっさりと捨てて人気者の方に走った当時のギリシャ人がぶっちゃけ気に食わないし、捨てられた女神様の神話を改めて解説したら割と酷いその話を思い出して若干、彼女たちに同情をしているけど、そんな自分は似合わないし、素直じゃないから優しさを見せたくないという王子様の複雑な心と逆張り精神が面白──もとい、慮っただけですよ。ツンデレ王子』

 

「誰がツンデレ王子だ貴様!」

 

 あらぬ風評被害に吼えるツンデレ王子。

 素直になれない王の心境を一言で表す言葉選び。

 それが、どこぞの性悪女を思い出させる。

 

 だからこそアレクは野生の勘で確信する。

 電話先の少年はアリスと類を共にする者であると。

 

「チッ、アイツも自分の臣の躾ぐらいちゃんとしておけと言う」

 

『残念。『女神の腕』は自由奔放とボランティア精神と個々人の能力によって構成されています。労働時間も休暇もついでに給料も特に定まっていないサークル組織ですので、人材育成は管轄外でございます』

 

「……組織運用についても講義しておくべきだったか」

 

 嘗て、後輩に対して神話や神殺し関連の話については教鞭を取ったものの、ついぞ王としての振る舞いに関しては口を出さなかった。

 そのことについて少しだけ後悔しながらアレクは横道に漏れた話題を戻す。

 

「神々の王ゼウスは、ゼウスと言う名それ自体が天空に通じる。ラテン語においてdiesは昼を意味する言葉であり、光輝く空の観念を呼び起こすからだ」

 

『加えて、diesはインド・ヨーロッパ祖語のdyausに語源を求めるから差し詰め、その意味は輝く天空って所か。……ん? もしかしてゼウスって元々太陽神の類いだったのか?』

 

 ふと蓮は素朴な疑問を思い浮かべる。

 『空』に『輝く』という単語が思わず太陽を連想させたのだ。

 しかし、間髪入れずに言葉を返したアレクがその予想を否定する。

 

「いや、この場合は「太陽を含めた天空という概念の支配者」というのがゼウスの正しい理解だろう。少なくともギリシャ神話においては太陽と天空は別の概念であり、天空に居座る太陽は、天空に従属するものとしてあるからな。オリュンポス十二神などと呼ばれる主要な神格において尚、ゼウスが圧倒的な権威を誇ることからそう推測できる」

 

『あくまで天空の支配者って訳ね。っとそういえばゼウスの別名にはゼウス・リュカイオスなんて言葉もあったか。語根にあるのはlux、その意味は光。成る程、こいつは太陽を意味してるんじゃなくて明るい空、つまり昼の空を指しているのか!』

 

 アレクの補足を聞きながら、蓮はゼウスの神性について、また一歩理解を深めた。

 ゼウスは天空神にして神々の王。だからこそ一見して、全てを支配する存在と錯覚するが、彼は何も最初からそれほど絶大な力を持っていたわけではないのだろう。

 

 恐らくゼウスをあくまで天空神ゼウスと見たとき、彼の本質は光輝なる天空、即ち昼の空という限られた時間領域の支配にあると考えられる。

 だとすると……蓮の考察を聞いたアレクもまた思考を深めた。

 

「輝く天空、昼間の空か……確かにな。だとすればゼウスとレトの神話はある種の太陽神話であったと考えられるのか」

 

『というと?』

 

「女神レトは知っているな? ティターン神族のポイベーの娘にして、星の女神アステリアの姉妹神だ」

 

『あーっと……アポロン、アルテミス兄妹の母親だったか? 一説には夜の女神だったっていう──そうか、この伝承は輝く天空と夜の天空から太陽と月が生み出されたって言う話なのか』

 

「そう考えられる。古代ギリシャ人たちにとって天空は、星々よりも優先されるものとして在ったのだろう。そしてそれが父権台頭と結びつくことによって数多の神々を支配する全知全能としての神々にまで奴を押し上げたというわけだ」

 

 元々、天空神という最も高い格を有していたのがゼウスである。それが母権の象徴であった女神たちの役割を取り込むことで全知全能となった。

 即ち、ゼウスを最も象徴する権能とは……。

 

「父権的象徴。全知全能も、神々の支配も、突き詰めれば奴が父権を代表する存在だからこそ与えられた後付けの力に過ぎない。神々の王ゼウスという神の本質は父権という権力を約束する存在であるということだ」

 

 言うなれば神話的な役割においてゼウスはあらゆる権能を代替できる力を持っているのだろう。都市ごとに異なる女神たちは、それぞれ異なる権能を司っていたが、それがゼウスという一つの神格に役割が集約される過程で、様々な権能が跡づけされていった結果、ゼウスは全知全能の力を持つ神として強大な力を持つようになった。

 

 これこそがギリシャ神話に語られる神々の王──ゼウスの真実。

 

『ふーむ、王子様の予測を正しいものだとすると、もしかしてうちの大将が取り逃がした今顕現しているゼウスは……』

 

「ああ。今の奴に全知全能の力は無いだろう。俺も一度、奴と交戦したことがあるが、今のアレに全知全能と言える程の力は感じられなかったからな。恐らく、奴自身が持つ最も古き(若き)姿、輝く天空を統べる天空神ゼウスというのが、今のゼウスの形なのだろう」

 

『ははん、そういうことね』

 

 理解したと言わんばかりに蓮は不敵な電話越しに不敵な笑みを浮かべる。

 つまり──『天空神ゼウス』と『神々の王ゼウス』は別物なのだ。

 後者が父権台頭によって誕生した新たなゼウスの形であるとするならば、前者はゼウスという神が持つ本来の機能にして神格である。

 

 現界するゼウスは前者……即ち『天空神ゼウス』として顕現している。

 だからこそ今の彼は全知全能と言える力を持っていないのだ。

 そして、彼が『まつろわぬ』身として地上を流離う理由とは……。

 

『全知全能を取り戻すこと。より正確に言うならば、全知全能としての役割を再び得ること。コイツが目当てって訳か』

 

「最終目的はともかく、目下の目的はそれで間違いないだろう。現にゼウスは各地で神を自らの手で呼び出しながら屠るということを幾度か繰り返している。以前、英国で起きたバトラズの一件然り、そして……」

 

『暁の女神キルケーの一件然り……か。いやはや流石は英国が誇る黒王子。かのゼウスの策謀すらお見通しとは恐れ入ったぜ』

 

 『女神の腕』の情報網を以てしてもアレクに告げられるまで知らなかったキルケー消滅の一件を口にしながら電話先で蓮はほうと畏怖と関心のため息を付く。

 自分たちが王と定める衛の先を行く先達。

 時に神々を上回る狡知と目聡く謎を追い続ける姿は異端なれど神殺しらしい。

 

「下らん世辞は良い。問題は全知全能の力を持つ神としての一面を取り戻そうとしている奴が態々、日本に訪れたという意味だ。単純に新たに神の役割を奪うことで力を得ようとしているのか、それとも……」

 

『ゼウス神が求めるに相応しい『力』がこの地に眠っているか、か』

 

 そもそもアレクが日本に足を運んだのはそれが理由だった。

 グィネヴィアに関する懸念もそうだが、今のアレクは強烈と言って良いほど、ゼウスが求める『力』に関心がある。

 何故ならば……。

 

(力を求めるゼウスがグィネヴィアに協力する理由は、グィネヴィアの目的がゼウスの目的を遂げる上で、役に立つからだろう。バトラズに、キルケー、ゼウスもまた『最後の王』を探している)

 

 曰く、この世に魔王が溢れた時。

 その悉くを屠る救世の英雄。

 正しく全知全能を欲するゼウス神が手に入れたがる器だろう。

 

(サルバトーレや魔教教主(羅濠)に加え、複数の神々を嗾けたこの事態。グィネヴィアの謀略だけではない。神祖とはいえ、奴だけでは此処までの規模で事を起こすことなど不可能だ)

 

 如何にグィネヴィアが人ならざる神祖なれど、複数の神殺し招来に、複数の神格顕現。

 どちらか一方でも高難易度なのにも関わらず、両方を同時に引き起こす奸計。

 まず間違いなく──間違いなく、この策謀にはゼウスが絡んでいる。

 

「……クッ」

 

 知らず、アレクの唇が獰猛に歪む。

 それは宝を前にした大怪盗(アルセーヌ)か。

 或いは謀略にほくそ笑む大悪党(モリアーティ)か。

 口元の笑みには不遜なものを含んでいた。

 

 しかし、それも仕方なきことだろう。

 アレクの第一研究テーマは『聖杯』に関する考。

 されど同時に謎多き『最後の王』にも深い関心があるのも事実だ。

 

 実際、彼は過去にその謎を解くために女神を召喚する暴挙にも出ている。

 表面上には斬った張ったの暴力的なイメージとは遠いアレクであるが、彼もまた神を殺した羅刹の一人である。探求の過程で神を殺してのけたアレクは、ある面において神殺しの中でも特に己の欲望に忠実であると言えよう。それこそ剣バカ(サルバトーレ)のことを言えない程度には。

 

 故に彼は笑うのだ。

 数年越しの謎に届きそうな手がかりが降って湧いた絶好の機会に。

 

「九州に出現したまつろわぬ神の討伐……長崎(こちら)の方は引き受けてやる──英国の時の借りもあるからな。この機会に、諸共全て返上させて貰うとしよう」

 

『そいつは助かる。うちの大将は今は動けないからな。同盟よしみで此方も全力でバックアップするんで……そっちの事は任せたぜ、四番目の神殺し(センパイ)?』

 

 不貞不貞しい軽口を最後に電話は途切れる。

 アレクは暫く途切れた電話に思惟の視線を向けた後……。

 

「つくづく食わせ者(この手)の人種と縁があるな。俺は」

 

 苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をしながら雷光へとその姿を変じた。

 

 

 

 

 そして──時系列は現在。

 英雄船団の乗組員を幾人か蹴散らしたアレクはオルフェウスと対峙する。

 恐らくはこの英雄たちの首魁、船長イアソンに代わるその男を。

 

「さて──貴様には色々と聞きたいことがある。答えて貰うぞ琴弾の英雄」

 

 不貞不貞しく笑いながら告げるアレクに対して、オルフェウスは一度だけ驚いたように瞠目した後、次いで疲れたようなため息を吐く。

 

「もう少しだけ彼らと遊んでいて欲しかったんだけれど……やはり仮にも我らが主神の大敵、神殺し。私たち如きでは務まる相手ではなかったか」

 

 オルフェウスの言葉に告げたアレクと傍目に聞いていた雪が眉を顰める。

 それは目前の英雄の言葉がやや意外だったからだ。

 

 英雄オルフェウス、或いはオルペウス。

 ギリシャ神話に語られる屈指の吟遊詩人にして、アルゴー船にも同乗したギリシャ屈指の英雄である。

 その功績は多々あれど、最も名高き誉れと言えば『冥府下り』の伝承であろう。

 

 曰く、オルフェウスは毒蛇に嚙まれ、死した妻エウリュディケを救うために冥府へと趣き、冥府の住民たるカローンやケルベロスをその自慢の琴弾で魅了して、遂には冥府の神ハデスの下へと辿り着き、妻を救うべく直談判を行ったという──。

 

 冥界訪問譚──世界にはそのような伝承の型が無数と存在しているが、目の前のオルフェウスこそ冥府下りを敢行し、地上へ帰還した英雄の最たる人物であると言える。

 まして彼は神々の血が混ざった半人半神とはいえ、人間である。

 その身を思えば成した偉業は、並大抵のモノでは無い。

 

 ギリシャ世界最強の英雄あるヘラクレスやアキレウスと見比べれば、武功という意味合いでは一段格は下がるものの、世界でも屈指の英雄であることが間違いない。

 それほどの英雄が自らを謙遜した……その事実が、二人には意外だったのだ。

 

「……フン、どうやら貴様は他の連中とは毛色が異なるようだな。言葉を交わすことも出来ない英雄の影(にんぎょう)共と違い、こうして会話が出来るところを見るにこの騒動の核はお前ということか」

 

「さて、どういう意味での“核”かはともかく、彼らの顕在に私が関わっていることは間違いないよ。不本意ながらね。……全く、我らが父も人使いの荒い。君を釘付けにするためだけ(・・)に、こうして私を叩き起こすとは。しかも英雄の影(かれら)を使わすために私の力の大半を奪うとは、酷い話だとは思わないかい?」

 

「──何だと?」

 

 やれやれ困ったと言わんばかりに肩を竦めるオルフェウス。

 だが、飄々としたオルフェウスの態度とは裏腹にアレクは厳しく目を細めた。

 今、目前の英雄はなんと言った?

 

「俺を、釘付けにするためだと? つまり貴様らは俺が日本に来ることを読んでいたとでも言う気か?」

 

「さあね。私も詳細を聞いたわけではないからその疑問には答えられないな。我らが父、大神ゼウスはこう述べられた『我が知謀が成す所に獣が寄ってくるだろう。故に貴様は集まってくる獣を狩れ。先んじて、貴様は極西より来たる知恵の獣を討て。特にアレは邪魔だ。獣狩りの武功を立て、ギリシャの英雄として相応しき姿を示すが良い』とね」

 

「…………」

 

 謡うようにゼウスの言葉を告げるオルフェウス。

 美声で以て行われる語り口調は見事なモノで流石は吟遊詩人というだけのものがある。

 平時ならば聞き入っているだろう詩人の言葉にしかしアレクは無反応だった。

 だが、表層上の無反応に反して、その頭脳は高速で回転を始めていた。

 

 ゼウスが極東で何かを目論んでいることをアレク読めていた。

 それは監視するグィネヴィアの動向から知れたし、魔教教主やイタリアの阿呆に見られる不審な動きからも察することが出来る。何を企んでいるのかはともかく、極東を舞台に大規模な動乱が起きるであろうことは予想できたことである。

 だからこそアレクは自らの足で極東に趣こうと思い、手下の人間にもそこで起こることについて注視するように告げていた。

 こういったアレクの動きを、大神ゼウスは予測していた?

 そして読んだ上で『迎撃』を選んだと?

 

“……俺が何らかの変事を起こすならば邪魔が入らぬように極力事前に障害になるだろうことを予想して事を隠蔽して運ぶだろう。それが出来ないならば何らかの工作を施した上で邪魔立てを防ぐ。だが、ゼウスは敢えて迎撃を選んだだと? 迎撃に失敗し、途中で邪魔立てされるリスクを飲んでまで?”

 

 それはグィネヴィアと組んで暗躍する大神のやることとしては随分と中途半端だった。

 あの大神が神殺しを獣と読んで煙たがっているのは知っている。

 だからこそ計画に際して獣を排除しようと動くのは……筋が通らない話ではない。

 

 だが、あり得るだろうか。

 真実はともかく恐らくは全知全能を取り戻したがっているゼウス。

 今は不完全な彼が、力を取り戻す瀬戸際に態々、それが頓挫しかねない要因を持ち込むなどと。

 

 全知全能を取り戻した直後に一気呵成に神殺しを皆殺しにする。

 そのために予め集めておく、ということも考えられなくはないが……。

 それでは不完全な状態の時に複数の神殺しに付け狙われるというリスクを背負う嵌めになる。

 加えて今は不完全だからこそ完全になるために動いていると分かれば妨害されるリスクは上がる。

 これでは余りにもハイリスクハイリターンだ。

 

 少なくとアレクならば絶対にこんな方法は取らないだろう。

 まず神殺しが邪魔にしても、己が不完全ならば力を取り戻すことこそ優先するべきだ。

 神殺し排斥を行動に映すにしても、それは万全の状態でこそ望ましい。

 故に、全知全能を取り戻すと計画するならば、水面下での暗躍こそが最良のはず。

 

 否──だからこそグィネヴィアと組んでまであの神は暗躍していたのではなかったか。

 

 中途半端、そう中途半端なのだ。

 入らぬリスクを背負い、目的も方向性も散らかっている。

 計画としては杜撰に過ぎるし、これでは余りにも雑だ。

 

 態々、神殺しを集めてから力を取り戻そうなど、と。

 場合によっては本末転倒になりかねない有様だ。

 

 いいや、否、そもそも今回の異変。

 これは本当にゼウスが力を取り戻すために企んだことなのだろうか。

 自らの謀略の過程で態々、神殺しを集め、それを留める神を用意して。

 

 これでは火に油を注ぐように、無駄に騒ぎを広げて──。

 

「……そういうことか」

 

 大神の狙いに行き着き、アレクは吐き捨てるように低く呟く。

 話に聞く栃木県は日光での異変。

 そして、此処長崎での大騒ぎに、宮崎での乱痴気騒ぎ。

 

 これら全て、ゼウスの計画(・・・・・)には(・・)何の関わり(・・・・・)もない(・・・)

 ある意味では多少関わりもあるのだろうが、大神の本命には程遠いのだろう。

 何故ならそもそも、計三カ所でのこの騒ぎは本命から目を逸らさせるための工作。

 先ほどアレクが思い描いた所で言う、邪魔立てを防ぐためのものだ。

 

 恐らく、当のゼウスは既に火中からは居なくなっており、騒ぎに乗じて本命を取りに行っているはず。

 ともすれば此度の動乱に関わっている全ての神殺しはゼウスが本命とする舞台から既に降ろされている可能性が非常に高い。いや、アレクすらも釣り出されている現状を見るに、皆が皆、動乱の真実から最も遠い所に置かれているのだろう。

 

 火のない所に煙は立たず、ならば大火をばら撒くことで火を隠す。

 つまりは、そういうことだ。

 

「小癪なマネをしてくれる……やってくれたな琴弾の英雄」

 

 事の全てを察し、普段の七割増しで不機嫌に言うアレク。

 その瞳にはまんまに釣り出された自らへの怒りと片棒を担いだ英雄への怒りがあった。

 一度はゼウスを嵌めてみせたアレクが、期せずして返された形だ。

 負けず嫌いの気質がある彼にしてみれば許せることではない。

 神殺しの竦むような威に、しかし当の矛先を向けられた本人は柳に風と受け流す。

 

「ふむ、何やら知れないが、その様子だと我が父に一杯食わされたことに気づいたようだね。随分と頭の回転が速いようだ。オデュッセウスの奴を思い出すよ。成る程、その賢しらに巡る頭は確かに我が父が警戒するに値するだろうね。神殺しという奴は総じて、頭に血が上りやすいと聞くが、君は少々変わり種というわけだ」

 

「御託は良い。貴様が奴の狙いとは全く無関係なところにいると分かった以上、とっとと片付けるまでだ。生憎と、別に用が出来たのでな。それとも道を開けるつもりがあるのか?」

 

「はは、まさか。言っただろう。私はその『別の用』とやらに君を行かせないために此処に居るのだと。特に君は我らが父からすれば厄介な人物みたいだからね」

 

 微笑し、嘯くとオルフェウスは琴に手を掛け、ポロロンと鳴らす。

 すると音に応じて周囲に無言の英雄たち──英雄の影と呼ばれた者どもが集う。

 百戦錬磨の戦士達が都合、数十。

 並の騎士や魔術師では、それだけで絶望を覚える光景だが、しかし。

 

「フン、本人たちならばいざ知らず。有象無象を集めて俺を倒すつもりか? 野蛮な戦いは好むところではないが、だからといって記録如きに負けるつもりはないぞ」

 

「おや、気づいていたのかい?」

 

「気づけないとでも思ったのか?」

 

 驚くオルフェウスを嘲笑するように、アレクが告げる。

 

「如何に『まつろわぬ神』とはいえ、縁もゆかりもない英雄を無限に召喚することなど不可能だ。貴様はアルゴー船に同乗していたとはいえ、船長でもない一の組員。ましてや『まつろわぬ神』ではない召喚された英雄に過ぎない。そんな男にそれほどの力があるとは思えん。貴様の伝説を考えるに、だとすれば答えは一つだ──これは貴様の物語(・・)だ。貴様が知り得る英雄たちの姿を謡い、伝承に形を与え、影を現実に召喚している、そんなところだろう」

 

 無造作に投げられるアレクの推理、いや答えにオルフェウスは思わず苦笑する。

 

「いや、お見事。慧眼だよ。確かにその通り、彼らは私が謡う物語の影に過ぎず本来の彼らではない。『英雄の影』というのも言い得て妙だね。これは彼らの武勲を、功績を謡い、その真似事を現実に興した今風に言う所の投影さ」

 

 君の言う通り、私に召喚師としての能力は無いからねーと笑うオルフェウス。

 今も取り囲む英雄たちの影を指すように両手を広げて、続けて補足の言葉に繋げる。

 

「因みに数を呼び出す都合、語れる伝承も限られてね。伝説が多いと語るのにも時間がかかるだろう? ヘラクレスやオデュッセウス、我らが船長イアソンが此処に居ないのはそういうこと。英雄の影として呼び出すにしても、些か彼らの物語は色が濃すぎてね。数刻そこらで歌えるものではないのさ」

 

 戦力欲しい状況に、本来ならば力ある英雄を影として呼び出せないことを惜しむべきだが、何故かオルフェウスは彼らが呼び出せないことを誇るように言った。

 まるで数多の伝説を打ち立てた偉大なる英雄たちを自慢するかのように。

 

「ほう、貴様がヘラクレスを呼び出さないのは因縁のせいだと思っていたが?」

 

「ん、ああ。私の弟の件か。まあ思うところが無いわけでもないがね。私人としての事情と吟遊詩人としての事情は別なのさ。……例え誰のモノであっても、認めざる得ない輝きというものがあるだろう?」

 

 嫌みを言うアレクの言葉に、オルフェウスは困った笑みで受け流した。

 次いで誇るように告げた言葉には英雄の英雄足るプライドが込められていた。

 形はどうあれ、誰のものであれ、素晴らしい物語は素晴らしいのだと。

 伝説の吟遊詩人はそう告げる。

 

 そして意識を切り替えるように浮かべていた微苦笑を消し、

 

「さて、吟遊詩人としては神殺しと問答する機会は惜しいが、我らが父の命もある。それにギリシャの英雄として相応しき所を見せろとまで言われてしまっては私としても引くに引けない。武人の誉れなど私にはよく分からないが、妻に相応しき私たれとは常々、心がけているのでね──」

 

 オルフェウスの闘気を受けてアレクの背筋に震えが奔る。恐怖では無い、武者震い。

 戦を前に神殺し足る肉体がその身体を戦場に適したモノへと移行させる。

 闘気を露わにしたオルフェウスの側にはメーデイアの姿もある。

 どうやら問答をしている間に復帰したようだ。

 

「──援護します」

 

 と、気づけばアレクの側にも付き従う影が一つ。

 他でもない、《女神の腕》に所属する武人、雪鈴である。

 会話に混ざらず無言を貫いていた彼女が拳を握りしめ構えを取っている。

 共闘せんという意思。しかしその意に対してアレクは否と返す。

 

「不要だ、大人しく下がっていろ。それに俺の見るところお前はただの人間だろう。アイツの下にいるのは変わり種と承知しているが、文字通りただの人間では返って足手まといだ」

 

「ええ、少なくともあのオルフェウスにはそうでしょう。しかし影に対しては幾らかやれなくもありません。それに囲われたこの状況では是非もありますまい。見たところ、我らが王とは異なり、守りが得手なわけではないでしょう」

 

「……む」

 

 雪鈴の言う通り、確かにアレクは単独で動くことが多く、その戦い方や行動は守るという行為に向いていないのは事実だ。そもそもをして策を張り巡らせ、敵を嵌めるというアレクのやり方自体、正面からの攻防に向いているモノでは無い。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 お世辞にも誰かを守りながら戦う者の戦いでは無い。

 加えて囲まれているこの現状、下がっている方がかえって不測の場合に危険とさえ言える。

 

「それにセシリア嬢の知己として、その思い人を放置するなど、義を重んじる士としては矜持に反しますしね」

 

「セシリア? ……貴様、あの娘の知り合いだったのか」

 

 思わぬ人物の話題にアレクは微かに驚いたように瞠目する。

 セシリア・チャン──アレクが以前、極東を旅したときに知己となった少女だ。

 

「ええ。魔導は門外漢ですが、幇の人間であれば私の知らぬ通りはありません。裏方に関わるモノであれば、多かれ少なかれ関わる機会はあるので」

 

「成る程。だが、情報は正確に伝わらないようだな。あの娘が俺を懸想しているなどと。確かに一度、恩を売る機会はあったが、それ以上でも以下でも無い」

 

 肩を竦めるように言うアレク。

 本人は正確な真実を告げたつもりなのだろうが……。

 時として、当人の認識のすれ違いは事実を歪めるもの。

 外野から見た方がかえって本当の真実を見つめている、そういうこともままあるのだ。

 だからこそ雪鈴は思わず嘆息した。

 

「やれやれ、戦歴はともかく色恋沙汰は我らが王に分がありますか。とはいえ、二桁も違う少年と比べる時点でどうにも……」

 

「何だ? 言いたいことがあるならばハッキリと言え」

 

「いえ、何でもありません。今は非常時、この手の話は後にしましょう……雑兵の相手は私が務めます。アレク王子には、速やかなる事の元凶の排除をお願い致します」

 

「アレクで結構だ。そして援護はいらん……と重ねて言いたいが、言っている場合では無いか。出しゃばって俺の邪魔だけはするな。そうすれば、少なくともお前が生きて帰れる状況は作ってやる」

 

 肩を並べる女傑に対し、極めて遠回しに助けてやると告げながらアレクはその身に雷を纏う。

 

「さて──俺に無駄足を踏ませた責、貴様の首で取らせてやる」

 

「見かけによらず好戦的な……いや、怒らせた私の責任か。まぁ良いか、どのみち我らは相容れない運命にあるのだから──では奏でよう。我らが神話、伝説の続編を。

 時代を渡り、我ら英雄船団(アルゴナウタイ)、再度の出航の時だ!」

 

 紫電が奔り、弦が高らかに響く。

 魔力が高まり、それを討たんと武人が構える。

 

 英雄たちが相争う──此処に戦端は開かれた。




久しぶりに手を付けたものだから違和感ががが……。
やはり継続は力なりですね。

されど、継続はいと難し……。
せめてこの作品だけは完結させてみたいところですが。


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『鉾』の伝承

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

え? もう二月?
きゅ、旧正月基準だから……(震え声)


しかし、アレですね。
やはり期間を空けるとブランクがが。


「目覚めると、そこは知らない天上だった……なんてな」

 

 まるで物語の転換にでも使われそうな言葉と共に衛は静かに目覚める。

 見知らぬ天上、見知らぬ床……周囲の様子を観察しながら衛は知らぬ内に寝かせられていた布団から上体を起こそうとゆるりと身体に力を込める、その瞬間。

 

「ッ……テ!」

 

 身体に焼けるような痛みを覚える。

 肩口から胴体にかけて、焼き鏝でも叩きつけられたかのような激痛。

 その一瞬で眠気を消し飛ばした痛みによって衛は眠る前の記憶の全てを思い出した。

 

 ──霧島連峰で行われた神殺し同士の闘争。

 ──常軌を逸した魔剣士の一刀。

 ──闘争の最中に降臨したまつろわぬ神。

 

 そして──己の実質的な敗走。

 

「ッ……あぁ! クソがッ!」

 

 痛む身体を無視して、飛び出す勢いでかけられた毛布を退けると衛は即座に全身の呪力を充溢させる。

 寝ている暇など毛頭無い。

 逃した獲物は健在で、己が倒れた以上、被害は尚も拡充していることだろう。

 どだい、如何に優れていても人間では神や神殺しを前にどうにも出来ないのだから。

 

 己がやらなければ誰があれらから皆を守れるという。

 寝ぼけた頭と全快とは言えぬ身体に活を入れながら衛は言霊を唱える。

 速やかに敵の居場所を把握し、事の元凶を撃滅せん、と──。

 

「偉大なりし大地の庇護者よ、我が箱庭を穢す敵を黄雷の輝き以て──」

 

「目覚めて早々やることが索敵かよ。好戦的なのは似合わんぞ堕落王」

 

 ──唱える呪文は最後まで言い切ることが出来なかった。

 無造作に開け放たれる襖の向こうから一人の中年が衛の寝ていた部屋に入室してくる。

 碧い神職が身につける袴姿は明らかに呪術関係者、裏の事情を知る人間だろうに、神殺しである衛を前にして尚、不貞不貞しい口調。

 口元には幾ら年を重ねようと失われない悪戯っ子のような笑み。

 そして、肉体が衰退期に入っているだろうに、一切隙の見えない立ち振る舞いと鍛え上げられ、練り上げられた肉体と呪力。

 

 衛は怒りも忘れて、驚きの表情を浮かべる。

 何故なら彼はその男の名と顔を知っていたから。

 その目を見張る衛の様に男はニヤリと笑みを深めた。

 

「よォ、王様。久しぶりだな。それで? 桜花との関係はどうなったよ?」

 

「……なんでアンタが此処に居るんだ。宗像のオッサン」

 

 九州呪術界重鎮、『裏伊勢神祇会』の筆頭。

 日本屈指の風水士、宗像宰三(むなたかさいぞう)

 この有事にあって、真っ先に対応すべく奔走している筈の人物が何故かそこに居た。

 

 

……

…………

………………。

 

 

 鹿児島県霧島市の古社、霧島神宮。

 曰く「神が籠もる島」を地名の由来として持つ鹿児島県において尚、格式高いこの神宮の社務所にて、衛は療養させられていたらしい。

 

 話によると霧島神宮は文明十六年に現在の場所である霧島市に遷されるまで、天孫降臨の神話が伝わる高千穂峰の山麓に位置していており、起源を遡るとその高千穂峰そのものを信仰する山岳信仰こそ霧島神宮が本来の形であったらしい。

 幾度の噴火に晒され、中世の頃には既に山岳信仰から現在の日向三代の神々を奉る形に信仰は変質したものの、信仰する対象が山から神に移り変わったとは言え、今も天孫降臨の聖地として高千穂峰を奉っていることには変わりない。

 ともすれば今も古き信仰を残す桜花の祖父が率いる山伏衆、高千穂の修験道者との繋がりもまた生きている。

 

 サルバトーレ・ドニの魔剣に斬り裂かれ、彼との戦闘からの離脱を以て気絶したらしい衛を此処に運び込んだのはそんな古からの繋がりを知る桜花によるものだったという。

 今は衛の側に侍る桜花とて元は、祖父たる行積の下で修行を積んでいた身。そのため、年間百を超えるという祭事を執り行う霧島神宮の行事に祖父の付き添いで何度も足を運んでこともあり、此処の神官とも顔見知りである。

 『西の日光』とも言われる破格の神社であり、務める呪術者も相応以上の技量を誇るこの場所は衛の負傷を癒やし、かつその間の襲撃に備える地として格好の場所だったのだろう。

 

「ま、桜花の奴もアレで荒事慣れしているからな。流石の判断だったと言えるだろう。此処なら仮に負傷したお前さんを追って、伊太利亜の魔剣士や高千穂峰に出現した『まつろわぬ神』が襲撃してこようと数分は保たせられる。治療と籠城を兼ねた一石二鳥の選択って訳だわな」

 

「……の割りには傷の方は大して癒えてないんだが?」

 

 包帯を巻かれた身体を見下ろしながら衛は宰三の言葉に異議を唱えた。

 籠城の方はともかく、身体には未だ絶えず熱を帯びた痛みが走る。

 平然とした態度を保つ衛だが、実のところ気合いを入れなければ割と卒倒しそうな痛みである。

 

「そりゃあお前さん、仮にも神々の権能による攻撃だぞ。しかも、ただの負傷ならばいざ知らず、どうにもその刀傷は呪いの類いであるらしくてな。傷を閉じるまでは良かったが、その先に関しては上手くいかんかったらしい」

 

「つまり、形だけ整えたってことね」

 

「そういう事だ。ていうかお前さんは自前で治療できたはずだろう。治らんのか?」

 

 衛が持つ第一権能、雷の堅盾は形を獣と化し、稲妻と化す変幻自在の雷光。

 ともすれば確かに《城塞》の機能の一環として所有者の癒やしも性能に含まれる。

 宰三の指摘を受け、衛は己が内に眠る権能の力を引き出すが、しかし。

 

「フン、呪い……ね」

 

 全く効果が無いわけではないが、癒やしの力は遅々として及ばない。

 言う通り、サルバトーレ・ドニの魔剣による刀傷はただの刀傷では無いという事だろう。

 この様子だと全力で快復に努めても半日は要する。

 

「ま、全快には及ばないが戦闘をこなせる所までは快復できるだろ」

 

「そうかい。手負いの王様を引っ張り出すのは正直、気が進まんが有り難い。こっちもそんなに余裕が無くてな。適当に休んだらもう一回頑張って貰いたい所だ」

 

「別に構いやしないが……今はどうなっている? アンタが此処に居るって事は状況は逼迫していてもまだ本当にヤバいことにはなってないんだろ?」

 

 宗像宰三は言ったように九州の重鎮であり、並外れた風水師である。

 その実力は日本国内においても群を抜いており、高千穂峰に張られた人ならざるものが起こりの大結界に手を加えたり、九州全域の霊脈に手を加え、日光に張られているという特殊な結界をアレンジした神気を散らし、『まつろわぬ神』の出現を抑える神避けの結界を築くなど実力は功績からも折り紙付き。己が陣地で戦うという条件ならば、下手をしなくても神々や神殺しを上手く押さえ込められる有力者である。

 

 そんな彼が現場に向かっていない以上、未だ最悪に等しい事態にはなっていないことは分かるが、それでも組織の頭領がわざわざ陣頭指揮から離れているのには相応の理由があるはずだ。

 彼は実力者であり、一群の長でもあるのだから有事にあって簡単に席を外せるものではないのだから。

 衛の疑問に対して、宰三は頷きながら順序立てて説明を開始する。

 

「まず状況だが、一時の小康状態って所だな。お前さんが此処に運び込まれる前にあったっていう高千穂峰の大爆発から現場の状況は動いちゃいねえ。お前さんを斬りつけた魔剣士と新たに現れたらしい神様は健在の筈だが、どうにも戦っている様子もねえからな」

 

「ああ、あの剣バカは俺と違って多分、『まつろわぬ神』の爆撃を回避し損ねている筈だからな。生きてはいるが戦闘不能って所だろ」

 

 転移能力を有する衛だからこそ一帯を焼け野原に変える神の一撃から逃れることに成功したものの、あの剣士に同じマネが出来るとは思わない。

 あの魔剣の切れ味ならば確かに砲撃程度ならば切り裂き、打ち落とすことも可能だろうが、広範囲を吹き飛ばす爆撃が相手では如何に全てを斬り裂く魔剣とてどうすることも出来まい。

 恐らく死んでは居ないだろうが……衛と同じく一時の療養中といった所だろう。

 

「とはいえ、『まつろわぬ神』が健在である以上、逼迫しているのには変わりないだろうがな。いつ訳の分からない理由で暴れ出すか分かったもんじゃ無い」

 

「同感だ。他には長崎の方での濃霧騒ぎの方だが……」

 

 言われて衛は思い出した。

 そう、九州全域を巻き込むこの騒動が原因の一つは高千穂峰だけではない。

 長崎市を襲った濃霧の方もまだ収束を見せていないのだ。

 あちらは曰く、策在りと言った連と、九州に同行した雪が対応するとの事だが……。

 

「状況が混乱してて完全にはこっちも把握し切れていないが、どうにも偶然居合わせた英国の神殺しが対応しているみたいだな。うちの連中に占わせたが、今を以て交戦中って感じだなあっちは」

 

「そうか」

 

 連の様子から半ば予想はしていたものの、どうやら己の推測は外れていなかったらしい。

 場を引っかき回すことに関しては超一流の神殺し、アレクサンドル・ガスコイン。

 衛の先達たるその人物が、何故偶然とは言え日本に居たのかは知らないが、彼が対応にあたっているというならば、一先ず長崎の騒ぎについては一任して良いだろう。

 偽悪的に増える舞うぶっきらぼうの問題児だが、あれで義理堅い男だ。彼が本拠地に据える英国での貸しがある以上、キッチリ神殺したる役割を果たしてくれるはず。

 となると己が最優先で片付ける問題はやはり。

 

「剣バカ……サルバトーレ・ドニと『まつろわぬ神』だな」

 

 あの一人と一柱を速やかにこの九州、ひいては日本から叩き出すことだ。

 

「オッサン、あの剣バカが起こした『まつろわぬ神』について知ってることはあるか? 無くてもこうなった以上、初見のままでも叩き潰すつもりだが……」

 

 あと少しも休めば傷も治る。

 であればその後に控えるのは二つの人外との決戦である。

 備えておく情報が多いに越したことは無い。

 

「勇み足だな……だが、そうも言ってられないのも事実か」

 

 そんな衛の態度に宰三は僅かに心配を覚えつつ、問いに答える。

 

「高千穂峰に顕れた神、経緯の方についてはともかく、名に関してはこっちで既に把握している。というか、それを伝えに来たのが俺が此処にいる理由の一つだからな」

 

「意外だな。名前を既に抑えているなんて」

 

「フン。巫女に視させたし、うちの連中にも占わせた。んでもって俺も出向いたからな。権能の性質から見ても間違いないだろうよ。高千穂峰の山頂に鎮座する『天逆鉾』を触媒に呼び出される神なんぞ、そう多くもねぇしな。つーか、お前さんも薄々、感づいてんだろ。桜花から聞いているぞ」

 

「ああ」

 

 サルバトーレ・ドニと己の闘争に振り向けられた桁違いの爆撃。

 そして、その行動と彼方から向けられる赫怒の情。

 魔性必滅すべしという意思共と高千穂峰に留まらず、霧島連山に響いた猛き叫びは言った。

 大梵天は健在なり──と。

 

「梵天……神様に詳しくない奴でも一発で分かる有名な名前だな」

 

 ──ヨーロッパにおいてオリュンポス十二神という神々の円卓があるように。

 このアジア圏においても同じく十二柱の神々が集う席がある。

 その席の名を『護法十二天』。

 曰く、東西南北の四方。東北、東南、西北、西南を以て八方。天地の二天と日月の二天を以て完結する十二の天を守護する善神集団。

 所属する全ての神々(・・・・・)()主神クラス(・・・・・)という最強の武神衆。

 

 帝釈天(インドラ)

 焔摩天(ヤマ)

 羅刹天(ラクシャーサ)

 毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)

 伊舎那天(イザナギ)

 火天(アグニ)

 水天(ヴァルナ)

 風天(ヴァーユ)

 地天(プリティヴィー)

 日天(スーリア)

 月天(チャンドラ)

 

 そして────梵天(ブラフマー)

 

 アジアにおいて名高き神々が集いし最強の円卓。

 『護法十二天』が一柱にして、インド神話における創造神の一柱。

 高千穂峰に現れたる神の名は紛れもなく最強の一角であると宰三は重々しく頷いた。

 

「そうだ、梵天。元を正せばブラフマー。ヒンドゥー教の原点となったバラモン教における二番目の創造神。霧島連山に出現した『まつろわぬ神』は十中八九そいつで間違いない」

 

 ブラフマー。それはヒンドゥー教……もといインド神話における最高神である。

 

 一般的に創造神といえば、始まりの存在。今ある世界を形作った所謂、原初神として語られることが多いが、インド神話においては少々事情が異なる。

 というのもインドの原点たる宗教観、神話観を成すバラモン教において、宇宙は二つ存在するのだ。

 

 一つは、目には見えない根源的な宇宙、或いは原初宇宙と呼ばれるものである。

 インドにおいてはサンスクリット語でブラフマンと呼ばれるこの概念は、自己の外界、万物万象に宿る普遍的かつ究極的な現実を指すものであり、神聖なものとして全てのものに宿っているとされる。

 そのため、インド神話に語られる全ての神々はこのブラフマンより発生したものであるとも。

 

 これがインド神話の第一の宇宙観に示される根源宇宙である。

 

 ……因みにこのブラフマンと対になる概念、自己宇宙を指す『我』の概念アートマン。この二つが同一であることを悟り、永遠の至福へと到達せんとするのが梵我一如の極意である。

 インド神話といえば、よく輪廻転生の思想が代表的なものとして持ち出されるが、インドにおいて輪廻転生の根拠とは不滅たるブラフマンと自己が同一、即ち『(アートマン)』もまた不滅であるから、個人の肉体が滅んでも、不滅たる『(アートマン)』は存続し、新たな肉体に宿るという概念を根拠に輪廻転生の考えは語られるのである──閑話休題。

 

 そして宗教観の根底に坐す根本原理とは異なり、今現在人間が過ごす宇宙……いわゆる「この世」と形容される現実を作った存在こそが創造神ブラフマー。

 宗教観に照られた根源宇宙とは異なり、今ある世界の創造神である。

 だからこそ宰三は二番目の創造神と呼んだのだ。

 

「ブラフマーは元々、ブラフマンと同じ概念だったが、根源宇宙に創造神としての人格を付与することで別の存在として成立した神だ。以後は原初宇宙の創造神として語られ、始まりのブラフマン、管理者のヴィシュヌ、そして終わりにして再生のシヴァと三神を原初の創造神としてインドでは崇拝を集めているってな。まあ西暦を契機に、ヴィシュヌ、シヴァはともかくブラフマーはだいぶ信仰を減らしたと聞くが……」

 

「ブラフマーの信仰は知らんが、三神については言われずとも知ってる。三神一体って奴だろ?」

 

「ああ、インドでは三神を集合名トリムールティというらしいな」

 

 三つの概念で以て一つの同体とする。

 世界各地で見られる神話の形態だ。

 三相女神、三位一体。三つのトライアングルによる一つの存在。

 古来より語られるそれは調和美の一種なのだろう。

 

 人は色と音と形によって外界に触れるが故に。

 

「三神一体、始まり、維持、終わり。三つで以て宇宙を語る。その概念についてはアレク先輩の講義でも何度か聞いた話だし、似たような概念はキリスト教なんかでも見かけるな。ブラフマーについても信仰はどうあれ名前だけは有名だから知ってるよ」

 

 宰三によって語られるブラフマーという神の形。

 それを端的にまとめ、既知であると述べた上で衛は続けて述べる。

 

「だが、納得出来ない点がある。ブラフマーもとい梵天、そいつがなんで霧島連山に出現したかが分からん」

 

 口にしたのは一つの疑念。

 すなわち、霧島連山と『まつろわぬ神』の因果関係。

 何故、天孫降臨に纏わる神道における聖地で、仏教とにおける創造神が出現したのかである。

 

 無論、衛とて予想が出来ないわけでは無い。予想するヒントも存在する。

 例えば桜花の祖父である行積が率いる高千穂峰を霊地と崇める『霧島衆』。古きは山岳信仰から始まった彼らは今現在は修験道と信仰の形を変え、あの山を崇めている。

 そして修験道とは元々、日本古来の自然信仰に仏教の考えを取り入れた概念であると知っているから、その信仰が混ざる過程で何らかの関わりがあったと予想するのは簡単な話だ。

 

 しかし、それだけでは些か因果が弱い。

 そもそれだけだったら呼び出されるのはより縁の深い神性、例えば修験道にて主に信仰される天狗の類いや、その原点となった迦楼羅などの方が因果関係が強いと言えよう。

 加えて……。

 

「オッサンは言ったな「『天逆鉾』を触媒に呼び出される神」って。それはどういう意味だ? あの山に飾られている『天逆鉾』は偽物だと聞いていた筈なんだが?」

 

 最初はサルバトーレの仕込みかとも思った。

 しかし、先ほどの言葉を聞く限り、宰三はまるで高千穂峰の山頂に飾られている偽物と聞いていたはずの『天逆鉾』にこそ、ブラフマー出現の原因があると言わんばかりに語っていた。

 であれば話は変わってくる。そして、今まで聞いていた事情も。

 

「答えろ、宗像宰三。そも、高千穂峰の山頂に存在する例の『鉾』。アレは何だ?」

 

 嘘偽りは許さぬと鋭い眼光を宿しながら問いかける衛。

 それは友好を置いた神殺しとしての王の詰問。

 如何に情に篤い神殺しとはいえ、そこはそれ優先順位というモノがある。

 

 守ることを第一に置くが故、彼は危険を見逃さないし、己を利用した過度な越権行為まで許容するつもりはない。何であれ、アレが偽物ならざる神器でかつ危険なものならば、守るために破壊しなければならないし、それ程のものを今まで偽物であると衛を謀ったというならば報復もあり得るだろう。

 彼にとって守るべき最優先は知己の友人である。その家族の命までなら笑顔のために守ってやろうと考えるとしても、彼らの権益や事情まで考慮するつもりは全くない。

 よって、解答の次第では……これまでの関係性を破棄する事も辞さないだろう。

 

 そんな神殺しの王らしい強い眼光を受けた宰三は、気だるげに頭を掻き、そして答える。

 

「九州の呪術を統べる首魁として答えよう。過去、『堕落王』閉塚衛に告げた言葉に嘘偽りは無い」

 

 真正面から王の眼光に視線を合わせて断じる宰三。

 それに続けて、もう一つ。

 『鉾』に纏わる今まで話していなかった事情を開示する。

 

「だが、あれは本物の神器『天逆鉾』の贋作であっても……『天逆鉾(・・・)()間違いは(・・・・)ないんだよ(・・・・・)

 

「……どういうことだ?」

 

 宰三の言葉に衛は怪訝そうに眉を顰めた。

 贋作の『天逆鉾』であっても『天逆鉾』であることには違いないと……。

 それは……。

 

「名は体を顕すとか、偽物でも因果関係があればとかそういう話か?」

 

「違うな。いや正確にはアレもまた『天逆鉾』という呼び名を持つというべきか……」

 

「ますます分からないな……」

 

 どうやら宰三は『例の鉾』は偽物であっても偽物では無いと言いたいらしい。

 しかしそれだと話が矛盾するし、意味も分からない。

 それに「アレもまた『天逆鉾』である」などと狂言のような言い回し。

 これではまるで。

 

「まるで『天逆鉾』が複数あるとでも言いたげに聞こえるんだが?」

 

 率直に思った感想を口にする衛。

 それに対して返ってきたのはあろうことか。

 

「ま、端的に言えばその通りだ。『天逆鉾』は複数存在する。高千穂峰の山頂に存在するあれもまた『天逆鉾』の一つなんだよ」

 

「……は?」

 

 肩を竦めながら困ったように肯定する宰三。

 『天逆鉾』は複数存在する。

 考えもしなかったその解答に、衛は我知らず呆然と声を漏らした。

 

「待て。それは一体どういうことだ……?」

 

「ふむ……その疑問に答える前に一つ聞くぞ。お前さん、『天逆鉾』についてはどれぐらい知っている?」

 

 困惑する衛を余所に宰三が問うた。

 そも『天逆鉾』とは如何なる品か知っているのかと。

 その対応に衛は若干眉を顰めつつ、己が知識を開示した。

 

「……国生みの槍だろ。日本人なら神話に詳しくなくてもどっかしらで聞くだろ。伊邪那岐と伊弉冉の夫婦神が日本を作るのに使ったって言う」

 

 天逆鉾(あまのさかほこ)……或いは天沼矛(あめのぬぼこ)

 衛の言う通り、其は国生みの神器。

 神世七代最後の世代──伊邪那岐と伊弉冉が使った鉾である。

 

 記紀神話にて最後に万物を生み出す神として出現した両者は高天原の神々の命により、海に揺蕩う無形の国土を形にすべく、天の浮橋から一つの鉾を使い、国土を作り上げた。

 この際に用いられた鉾こそ、国生みの鉾──『天逆鉾』である。

 鉾でかき混ぜられたことにより、脂が海を揺蕩うが如く形のなかった日本という国土は形成され、形成された国土にて夫婦神は八尋殿を建て、夫婦の契りを結んだという。

 

 その後は日本書記に曰く、結ばれた彼らは日本最初の夫婦として多くのモノを生み残した。

 国土を始めに、水神・土神・穀物神などの諸神を産み、森羅万象を形作っていった。

 しかし、火神たる火之迦具土神の誕生を契機に妻足る伊弉冉は死亡してしまう。

 伊弉冉を取り戻すべく伊邪那岐による冥府下りが行われるのだが……。

 

 ともあれ、『天逆鉾』とは言わば日本という国の土壌。

 神代において島を形成させた神器に他ならない。

 

「つーか、神話とはいえ、うちの国の源流(ルーツ)だぞ? 基本的に国語か社会かで習うだろ。幾ら神話をあまり詳しく知らないって言ったって自国の始まりぐらいは知ってるぞ」

 

 心外だという風に衛は口を尖らせながら言う。

 だが、衛の不満げな説明に対して宰三はボリボリと頭を掻きながら、

 

「まあ、そうだよな。普通、そう習うよな」

 

 と、暗に正解ではないと仄めかした。

 

「……何だよ。何か間違ってるか?」

 

「いや、大体合ってるよ。確かに『天逆鉾』は国産みの神器だよ。神代より矛は不朽不滅の神器として今もこの世に残ってると聞く。風の噂じゃ正史編纂委員会の連中が隠し持ってるって話だが……。まあ今は置いておこうか」

 

 さり気なく重大な情報を漏らす宰三。

 衛としてはそちらについても気になる話だが宰三の言う通り、今は置く。

 重要なのは高千穂峰に安置される鉾の方だからだ。

 

「時に堕落王、神仏習合って言葉は知ってるか?」

 

「歴史で習った。端的に言うとうちの土着信仰である神道と伝来の仏教が混ざったって話だろ? いきなり何だよ? それと天逆鉾に一体何の関係がある」

 

 いい加減業を煮やしたのか衛の口調に険が混じる。

 

「まあそう急くな。一つ一つ説明してやる……事は中世。ちょうど平安時代辺りか。神仏習合によって神道における神々と仏教における仏の両立が図られた時期がある。知っての通り、日本の八百万信仰は寛容的で神々の有り様も他国と比べりゃ人間的だからな。神身離脱──曰く、日本の神々も人間と同じように苦しみから逃れることを願い、仏に帰依するって解釈の下、神の託宣が発端となって寺が建てられた。その名も、神宮寺。神と仏を同一のモノとして扱う神仏習合思想を形にした護法善神を奉る場所だ」

 

「……護法善神か」

 

 宰三が口にしたその言葉を聞いて衛は納得したように頷き続きを促す。

 護法善神とは、仏法を守護する神々のことを指す言葉だ。

 仏教に敵対せずに取り込まれた日本の神々が含む神格の新たな在り方である。

 

 護法善神と呼ばれるモノたちは八部衆、十二神将──そして、護法十三天。

 朧気だが、衛は高千穂峰に飾られる神器の正体を察した。

 

「そして神仏習合思想が広がると共に、日本古来からの記紀神話……日本書記や太平記を下地にしつつも、内容が異なる神話の形、神仏習合思想を下地に新たな解釈を交えた神話が再編成されたこれを中世日本記という。お前風に言うならば神話の二次創作だな」

 

 中世日本記。

 後の明治維新などに行われた神仏分離による壊滅的な打撃や、日本国から宗教思想自体が廃れていったことにより、自然と神道教義から俗説として切り捨てられていった神話。

 しかし廃れたとはいえ、その神話は今も確かに形に残る影響を及ぼしている。

 

 八幡菩薩などはまさに今に残る形の一つと言えるし、また護法善神も然り。

 日の本においては度々、神と仏は同一の存在として語られる場合が多い。

 

「ここまで言えばもう分かっただろう? 高千穂峰は古来から自然崇拝の中心地、古神道廃れた後にもその血脈として修験道が古来の形を受け継いでいってる。そんで修験道ってのは厳しい自然に身を置くことで、悟りを得るって言う仏教と山岳信仰が混じり合った神仏習合の形だ」

 

「高千穂峰に現れた神の名は梵天(ブラフマー)。護法十三天に名を連ねる言わずと知れた護法善神。成る程、鉾の出自が見えたぞ。つまり、あの鉾は……」

 

 

「そうだ──あの鉾こそは中世以降に成立した日の本に伝わるもう一つの鉾。修験道の立場から語られた神道書『大和葛城宝山記』に記される魔性を祓う天逆鉾──神器『天魔反戈(あまのまがえしのほこ)』。日光にあると聞く竜避けの大呪法と同じく、日の本から災いを遠ざけるために幽世に潜む坊主によって仕掛けられた『まつろわぬ神』避けの神器だよ」

 

 

 『天魔反戈』。伝承に曰く、梵天が顕身した姿とも言われる鉾。

 それこそが高千穂峰に代々伝わる鉾の正体であり──梵天を招いた縁そのものである。




というわけで梵天と天逆鉾にまつわる説明回でした。

因みに本編では語られませんでしたが『まつろわぬ神』避けの神器をおいてた幽世の坊主は性空というお坊さん。
生前、庵の近くに咲いていた桜の木の下で玻璃の姫君に出会ってなんやかんや国のための大仕掛けを仕込んでいたという裏設定があったり。



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