並行世界の冬木市に迷い込んだ藤丸立香 (クガクガ)
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プロローグ 『観測者』

序盤は前作とほぼ同じですが、変化しているところもあります。
『彼らの第五次聖杯戦争は終わらない』を読んでくれていた方もぜひ楽しんでください。


 「さらばだ藤丸立香。マシュ・キリエライト。お前たちの探索は、ここで結末を迎える!」

 

 人間ではない。人類を滅ぼす獣が玉座にて告げる。

 

 「いいえ、お任せください」

 

 少女は自らの主人に向かってそう言い、護る為に前へと進んだ。

 

 「ではお見せしよう。貴様等の旅の終わり。この星をやり直す、人類史の終焉。我が大業成就の瞬間を!第三宝具、展開。 誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの。

 ――さぁ、芥のように燃え尽きよ!

 『誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの(アルス・アルマデル・サロモニス)』!」

 

 魔神王、ゲーティア。彼はその圧倒的な力を行使する。迎え撃つは盾を持つ少女。

 誰が見ても理解できる。あの光には敵わないのだと。

 しかし少女は盾を構える。

 少女の強い意志がそこにはあった。

 

 「……でも、ちょっと悔しいです。わたしは、守られてばかりだったから――最後に一度ぐらいは、先輩のお役に、立ちたかった」

 

 最後に見せたのは笑顔。かつてフランスの地でとある音楽家に言われた『別れの時は笑顔が一番だと』。だから最後の最後まで彼女は自らの主に笑顔を向けていた。

 少年の視界は光に包まれる。

 

 「――――終わりだ。予想通りの結末だったな」

 

 彼女が負けた理由。それは『マシュ・キリエライトはただの女の子だった』。それだけだ。

 

 「――――――マシュ……!!」

 残っていたのは盾。持ち主のいなくなった盾のみがその場に残されている。

 

 「守られてばっかりだったのは俺じゃないか………」

 

 「第三宝具、再装填。諸共に死ぬがいい。ああ、最後に殴りかかるくらいは許そう。貴様の気持ちは理解できる。マシュ・キリエライト弔いだ。その貧弱な人の拳で、我が体に触れて死ね」

 

 言われるまでもない。少年はそのつもりだった。

 

「上等だ――――!」

 

 知っている。無駄だってことは、勝てないってことは。でも抑えられなかった。自らの怒りを抑制できなかった。

 ここで誰かが止めてくれたのなら、踏みとどまれたのかもしれない。

 だがそんな都合のいいことはない。

 少年の拳は魔神王に触れる。全力の一撃。

 

 「――――!」

 

 「無力、実に無力だ。貴様という命はここで潰える。今度こそさらばだ、藤丸立香。人類最後のマスターよ」

 

 人の力で敵うわけもなく、傷一つつけられない。

 少年の命はそこで途絶えた。

 

 足りなかったのだ。数々の英霊と縁を結んだ彼にはあと一人、たったあと一人足りなかった。

 

 

 

 ――――ノイズが走る。

 

 

***

 

 

 「―――なに?」

 

 夜空の色に染まった、広い真球の部屋。その中央に浮かぶ異様な木製の椅子。そこに座る男が一人。 男の前には本が浮いている。手をかざすと本のページはひとりでにめくれ始めた。

 

 とあるページで動きは止まった。

 

 「これは…」

 

 想定外。まずこうなることを男は予想していなかった。

 

 「なぜ変化が起きた? この軸の聖杯戦争は終わり確定したはずだ。それに…他の軸からだと?」

 

 男は考える。

 

 「どうしたものか。この世界には一度干渉しているが、今回のこれは…儂が干渉することもできんな。こちら側にも影響を与えるとはなかなか…」

  

 どうしようもない。男は世界との接触すら許されていない。ただ観測するだけ、部外者でいるしかない。ここで無理やり世界に乱入すれば二つの軸が滅ぶ。男はそれを理解していた。

 

 「それにしても…」

 

 男―――カレイドスコープ、真の名を魔道元師キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。彼はその目で世界の行く末を見守ることにした。

 

 

***

 

 

 理想郷。かの王が死後にたどり着いたとされる夢の場所。

 

 「よりにもよって彼がいるそこか…」

 

 そこにそびえ立つ塔。周辺には美しい花々が咲き誇っている。

 

 「なんで引っ張られたのかはわからないけど、これも運命ってやつなのかな」

 

 魔術師は塔に幽閉されている。そのため誰にも自分の声は聞こえないと知っているが、無意識に独り言をつぶやく。もう癖なのでそれはどうしようもないことだった。

 

 「―――おかしい…。阻害されている?あれはそんなことまで可能なのか。流石は――」

 

 彼はその世界に行くことはできない。見ることはできても辿り着けない。

 

 「これは獣とは違う。成れの果て。あの王の目もあそこじゃ役に立たないな。まあ、元からか。―――さて、どうしたものか。最悪あそこにいる全員が……それは困るな。立香君に死んでもらってはあの世界も私も困る」

 

 魔術師は天井を見上げる。

 

 「…あの少年とあった時、君はどうするのかな。別の道を選んだアルトリア。ボクはそれを見届けるよ」

 

 楽園の端。花の魔術師はその世界の結末を見届ける。

 

 

***

 

 

 暗い(くらい)昏い(くらい)溟い(くらい)闇い(くらい)黯い(くらい)

 なんだここは、どこなんだ。

 知らない。こんなところは知らない。

 何故光がない。一面が闇に包まれている。

 

 いやだ。うるさい。黙れ。耳元で騒ぐな。干渉してくるな。邪魔だ。

 

 なんでこんなところにいるんだ。いや、待て。そもそも―――、

 

 「俺は誰だ?」

 

 頭痛がした。鈍器で殴られたかのような強い衝撃。それで思い出した。

 

 ―――ああ、そうか。そうだった。俺はあそこから…。

 

 「情報量が多すぎるせいか、記憶が飛んでたのか。大分時間がかかったようだな。どれ程時が経ったのか確認しなければ」

 

 

 彼らは先のことを考えていなかった。向こう側に行きつくことしか考えず、向こうには何がいるのかのことは頭にすらなかった。

 故に彼は門を抜けてきた。

 

 英雄でも人間でもない。

 そして獣ですらない。

 それが彼、何もない場所にいた虚無なる者。

 



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第一節 『別の軸』 前編

 「なんか…もう慣れたよね」

 

 「大丈夫か、マスター。目が死んでいるぞ」

 

 赤い外套の弓兵、アーチャー・エミヤと同じくアーチャー・巴御前。彼らが、もう疲れた、というような目をしているマスター藤丸立香に対して心配…というより同情をする。

 

 「ああ、うん。ありがとうエミヤ、巴さん。――何でこんなところに来ちゃったのかな…」

 

 辺りを見回す。視界に入るのは緑と茶色。360度この色たちに囲まれている。要するに彼らがいるのは森である。

 彼らは今尚燃え続ける冬木に現れた謎の反応の正体を確認するためにレイシフトしたはずなのだが、気がつけば見知らぬ森にいた。

 

 「マシュとダヴィンチちゃんからの応答はなし。いつも通りカルデアとの連絡は取れない…か」

 

 「この頃は災難ばかり続いているな。夢の中で別の世界へ行って戦ったり、あのハロウィンがあったりと」

 

 「はぁ…」

 

 エミヤの言葉を聞いて今年の出来事を振り返った立香はため息をついた。

 

 「にしても立香。今回は大所帯だな。去年の夏思い出すぜ」

 

 木に体を預け座っている全身青タイツの男。ランサー・クーフーリンの言う通り連れているサーヴァントの数は多い。

 

 「なぜかあの時のことをいい思い出みたいな感じで言ってるのかは置いておくとして、兄貴の言う通り多いね。今回は、兄貴、エミヤ、黒エミヤ、アルトリアとジャンヌ…って、なんで二人ともその服なの?」

 

 ここで言っているアルトリアとジャンヌというのはオルタの方だ。オルタではない方はどちらもいないのでオルタと付けて呼んでいない。そんな二人の服装が変わっていることに気付く。

 

 「この服の方が楽で落ち着くからな」

 

 「私もこっちの方が身軽だから着替えただけです」

 

 「そうなんだ。確かに二人ともカルデアにいる時もその格好だったりするよね」

 

 アルトリアとジャンヌは現代風の黒い服に身を包んでいる。それは新宿で出会った彼女たちが来ていた服だ。厳密に言えば別人である彼女たちも、その時の服装は気に入っているらしくカルデアでも同じ格好で歩いていることは珍しくない。

 

 「それで、あとのメンバーは巴さんとクロとエルキドゥと王様。俺入れたら合計十人だね」

 

 人数は多いが去年の夏と違い女性よりも男性の方が多い――どちらかわからないのがいるが――ので立香的には気持ちが楽だった。

 

 「マスター。僕はレイシフト事故に遭遇の初めてなんだけど、どうすればいいのかな?」

 

 「うーん。いつも通りなら何らかの原因があるからそれを探して解決するって感じかな」

 

 「なるほど。なるべくマスターの役に立てるように頑張るよ」

 

 「私も実は初めてなのよね。イリヤがいないから代わりに向こうに戻るまでは魔力供給お願いね、マ――」

 

 「よろしくね、エルキドゥ。頼りにしてるよ」

 

 ランサー・エルキドゥは頼りになる存在だ。彼がいるのは心強い。

 アーチャーのクロエ・フォン・アインツベルンの言葉には立香は触れない。というか無視をした。

 エルキドゥの横にいる慢心王こと、アーチャー・ギルガメッシュは特に何か言葉を発することなく、何もない方向を眺めている。

 アーチャー・エミヤオルタは会話に参加せずに一人離れた場所の木に寄りかかって目を瞑っている。

 

 「――まずここがどこかの確認をしようか」

 

 ずっと同じこの場にいるわけにもいかないのでひとまず現在地を確認する。

 

 「変な時代に飛ばされてなければいいんだけど。――エミヤ、木に登って周りの様子見てきてくれる?」

 

 弓兵は目がいい。エミヤなら木に登り上から周囲の様子を詳しく見ることができるだろうと、偵察を頼んだ。

 

 「エミヤ…?」

 

 「ん? ああ、すまない。話を聞いていなかった。もう一度言ってくれるか?」

 

 「木に登って周りの様子を見てこいだとよ」

 

 「了解した。すぐに見て来よう」

 

 クーフーリンから立香の命令を伝えられるとすぐに周辺に生えている木の中で一番高い高木へと跳躍した。

 

 「エミヤ殿が聞き漏らしなんて珍しいですね」

 

 「うん」

 

 しっかり者で一部ではおかんなんて呼ばれているエミヤが指示を聞いてすらいないなんて今までで一度もなかった。

 

 「――そうね」

 

 クロエは跳躍したエミヤを目で追っていた。

 

 「なあ、立香」

 

 「どうしたの?」

 

 「いやな、森に来た時から思ってたんだけどよ。ここなんかおかしいぜ?」

 

 クーフーリンは森に対して違和感を持っているらしい。

 

 「エルキドゥ、探れる?」

 

 エルキドゥのスキル『完全なる形』なら大地の様子を把握できる。

 

 「うん。おかしいね。ところどころ何か巨大な生物が暴れたんじゃないかっていうぐらい木々が荒らされてる。理性のないバーサーカークラスのサーヴァントが獲物を追って暴れまわったみたいな感じだね」

 

 エルキドゥは森の全てが見えているかのように説明する。

 

 「――止まってるね。すぐそこの開けた場所で破壊が途切れてる」

 

 立香の背後をエルキドゥは指差した

 

 「私が見て来よう」

 

 アルトリアがエルキドゥの示した方向へと、急ぐ様子もなく歩いて行く。

 

 「マスター」

 

 アルトリアと入れ替わるように偵察に行ってもらっていたエミヤが戻ってきたが、様子がどこかおかしい。

 

 「どうだった?」

 

 「私たちがいるのは……」

 

 一度言葉が途切れた。話すのを躊躇ったと言うよりも、何かを思い出して言葉が詰まったようにも見えた。

 

 「――ここは私たちが目的地としていた冬木市だ」

 

 

***

 

 

 「士郎。私とサクラは夕食の食材の買い出しに行ってきます」

 

 「はい、そのついでに補充し忘れてた日用品も買って来ようと思ってるんですけど、何か欲しいものはありますか?」

 

 モデルのような美しい体系で長身の美女。そして髪を腰のあたりまで伸ばした美少女。この二人が居間に入り、そこに座りテレビを眺めている家の主人に声をかける。

 

 「俺は大丈夫。遠坂は?」

 

 傍に座る綺麗な黒髪の少女に目をやる。

 

 「私も大丈夫よ。士郎たちがちゃんとロンドンから戻ってくる前に用意してくれてたみたいだし」

 

 「わかりました。では行ってきますね」

 

 「そうだ、桜。俺はこれから柳洞寺に行くから二人が帰ってくるときにいないかもしれない。そうだ、どうせなら遠坂も行くか?」

 

 「そうね…私も行くわ。久しぶりに柳洞君をからかいたいしね」

 

 「わかった。桜、そういうことだから誰もいないかもしれない。よろしくな」

 

 「了解しました。それでは行ってきます」

 

 「ああ、行ってらっしゃい」

 

 二人が居間から出て行くのを少年は見届ける。

 

 「やっぱりあの子元気になったわ。よかった。正直心配してたんだから」

 

 「遠坂のおかげだ」

 

 「私は何もしてないわ。あなたやライダーが傍にいてくれたからよ」

 

 桜と呼ばれている少女は変化した。見た目の話ではなく、内面的な話だ。強く、いい方向へと成長できた。

 

 「―――俺たちも行くか。桜たちが帰ってくる前にさっさと用事を済ませよう」

 

 「そういえば士郎、なんで柳同寺に行くのよ」

 

 「ほら、昨日言ったろ? 一成に檀家のお供え物分けてもらったって、あの時急いでたからちゃんとお礼できなかったんだよ。だから今日はちゃんとお礼しようと思って」

 

 なるほどね、と少年が言った理由に少女は納得する。

 

 「ちょっと出かける準備してくるから先に玄関で待ってて」

 

 「了解」

 

 少女も居間から姿を消した。

 

 「よし」

 

 少年は見ていたテレビを消し、立ち上がる。

 

 「最近はいい天気が続いてるな」

 

 寒い冬から季節は変わりもう春も半ばに突入する。櫻が咲き町を鮮やかにしている。外はもう寒く感じることはなくなった。厚着をしなくても十分出歩くことができる。

 

 「行くか」

 

 少年も居間を出て少女を待つために玄関へと歩く。

 二年前、聖杯戦争という名の絶望は終わり、少年―――衛宮士郎たちの物語も終わる。  ―――そのはずだった。

 




立香が連れてきたサーヴァントは変わってません。一人減らす予定だったのですが、結局やめました。
中編はなるべく早く投稿します。


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第一節 『別の軸』 中編

 「冬木市か…。ならレイシフトは成功したの…?」

 

 実際に行ってはないが、冬木市に森は確かにある。確認済みだ。エミヤが言うのならば冬木市であるのは間違いないのだろう。

 

 「成功したと言っていいのかわからない。ここは私たちが目指していた冬木市ではないからな」

 

 「どうなってた?」

 

 「いたって平和な街だよ。目視できる限りではな」

 

 「――別の冬木…」

 

 冬木市には来た。が、彼らが目指していた冬木市ではない。全く別の冬木市へと彼らは訪れてしまった。

 

 「立香。戻ったぞ」

 

 「早かったね」

 

 「すぐそこだったからな」

 

 思いのほか早くアルトリアは戻ってきた。

 

 「エルキドゥの言っていた通り開けた場所はあった。そしてそこには地割れが起きたような窪み、それと戦闘跡があった」

 

 「戦闘跡?」

 

 「ああ。戦闘跡だ。ただしあの場所に限って言えばそれほど大きいものではなかった。一瞬で決着がついたんだろう」

 

 「その戦闘跡っていつ頃のかわかる?」

 

 「…詳しいところまではわからないが、最近のものではないだろうな。少なくとも一年以上は経っていると思われる」

 

 戦闘が最近行われたものならば最大級の警戒をしなければいけなかったが、一年以上経っているのならばそれほど警戒心を高める必要もない。

 

 「て、そんなわけないよな…」

 

 冬木市は聖杯戦争が行われる降霊都市。油断なんてしていい場所ではない。

 

 「エミヤ、今何時ごろかわかる?」

 

 「太陽の位置から察するに三時過ぎだろう」

 

 「――よし。なら情報収集からしていこう」

 

 ほとんどのサーヴァントは承諾したような様子を見せる。

自分たちの知らない土地での情報収集は基本だ。立香も伊達に数々の特異点の修正してきているわけではないのでそれぐらいはわかっている。

 

 「そんなわけで全員で固まるよりもチームで分けた方が効率いいだろうからそうしたいんだけど…」

 

 数人で別れた方が効率がいい。当たり前のことだ。立香もそうしたいと思っていたのだが、問題が一つある。

 

 「みんなの見た目をどうにかしないといけないと思うんだよね」

 

 端的な話、日本人ではない彼らは目立ってしまう。全員今の状態で歩いたらコスプレという言い訳が通るか怪しい、完全に不審者集団だ。

 

 「冬木市には外国人が多いから容姿に関してはそれほど問題ないだろう。服装さえ変えればおそらくどうにかなる」

 

 「服装か。師匠がいれば楽だったんだろうけど」

 

 師匠ことスカサハは去年の夏に女性サーヴァントの服装を霊基ごと変えていた。彼女がいれば服装を変えることなど容易かっただろう。

 

 「服ならば私が用意しよう」

 

 スカサハを連れてくればよかったなどと思っているとエミヤがそんなことを言ってくれた。

 

 「ああ…! 投影!」

 

 「おめえの能力便利だよな、本当」

 

 エミヤの能力、投影魔術。魔力によって物体を複製する魔術。彼の投影は普通の投影のそれとは違い、消えることなく残り続ける。戦闘時は剣などの武器を投影するが、それ以外のものの投影ができないわけではない。エミヤなら服の投影もできるだろう。

 

 「全員一列に並んでくれ、順番に服を渡していく。立香も戦闘服では不味いだろう。並んでくれ」

 

 エミヤに言われた通り彼の前に、エルキドゥ、巴御前、クーフーリン、そして立香の順番で並ぶ。

 

 「私は自分で投影できるからいいわ」

 

 クロエもエミヤと同じく投影ができるため、自分で服を投影すると言って茂みへと入って行った。

 

 「それでは渡していこう」

 

 順番に服が渡されていく、立香も自分のものを受け取った。

 

 「流行の服というのが私にはよくわからないので、とりあえず違和感のないような服を選んでみた」

 

 立香の渡された服はジーパンにTシャツ、そして薄手のパーカーといったよくある服だった。

 

 「おい、アーチャー。なんで俺の服はこんなに派手なんだよ」

 

 クーフーリンがエミヤに渡されたのはアロハシャツだった。

 

 「まあ…なんだ…。なんとなく君といったらそれだと私の中の何かが訴えかけてきたんだ。どうせ似合うだろうから着ておけ」

 

 「俺も何でか知らねえがこの服に親近感があんだよな…」

 

 クーフーリンはまじまじとアロハシャツを眺めている。

 

 「クロは自分で投影するって言ってたから、あとは…」

 

 クロエは自分で投影をする。アルトリアとジャンヌはもともと現代の服を着ているので問題なし。残る人物はエミヤオルタとギルガメッシュのみなのだが、

 

 「王様がいない――!!」

 

 ギルガメッシュの姿が消えてしまっていた。

 

 「今日は珍しく静かだなって思ってたら…」

 

 「ギルならマスターたちが服を貰ってる間にどっか行っちゃったよ?」

 

 「その時に言ってね!?」

 

 一番早く服をもらったエルキドゥが着替えを終えて茂みから出てきた。いつもと違い、その長い髪は束ねられている。顔は相変わらずの美形だ。

 

「この時代ならギルに本気を出させるような相手はいないだろうから問題ないって思ってたんだけど」

 

 「うん。確かに強いからこの時代どころか他の時代でも本気にさせる相手はそういないだろうし問題ないかもね、あの人は」

 

 ギルガメッシュのことは大して心配していない。いちいちあの王の行動を心配していたらきりがないと立香は知っているからだ。だから今立香が心配しているのは一般人の方。

 

 「ていうか、もしかしてあの人あの状態のまま行ったの? 捕まるよ?」

 

 立香はギルガメッシュが黄金の鎧を脱いでいることを思い出す。つまり半裸だ。現代人が見たら変質者以外の何者でもない。

 

 「ここは町郊外の森だ。今から行けば人目に着く前に追いつく可能性はあるな」

 

 「――エルキドゥ行ってきてくれる?王様みつけたら気配を辿って俺のところまで連れてきて」

 

 「うん。わかったよ」

 

 快く了承してくれた。ギルガメッシュやイシュタルと同じでウルク出身の英霊だが、二人と違って言うことをしっかりと聞いてやってくれるのは助かっている。たまに空気を読めないが。

 エルキドゥはすたすたと歩いて行った。迷いがないことからギルガメッシュのいる場所は分かっているのだろう。

 

 「エルキドゥなら大丈夫だとは思うけど、念のためエミヤオルタも行ってくれる?」

 

 「命令か? なら行こう」

 

 瞑っていた目を開け、寄りかかっていた木から離れエルキドゥのあとを追って歩き出した。

 

 「服は?」

 

 「霊体化するから問題ない」

 

 淡々とそう言ってエミヤオルタは姿を消した。

 

 「王様は二人に任せておけば大丈夫かな」

 

 「―――今更なのだが立香。今回のメンバーはどういう意図があってこうなったんだ?」

 

 今回の人選がよくわからんかったらしく、エミヤが立香に尋ねる。

 

 「え? ほとんどなんとなくだよ。王様とエルキドゥは仲がいいし強いから。アルトリアオルタとジャンヌオルタもよく一緒にいるから仲がいいんだろうと思って、兄貴とエミヤは一緒にいさせると面白いから」

 

 「おい、なんだその理由は」

 

 クーフーリンの声を無視して説明を続ける。

 

 「巴さんはゲームのしすぎだから外に一緒に連れて行ってあげてってメイヴちゃんが」

 

 「あ? あいつが言ったのか?」

 

 メイヴの名前を聞いてクーフーリンが不思議そうな顔をしていた。

 

 「うん。なんか巴さんとメイヴちゃん仲いいみたいだしね」

 

 「ええ、まあ仲がいいというかなんというか」

 

 巴御前は困ったように答える。立香は巴御前とメイヴが良好な関係ということしか知らないので、少し気になった。

 

 「で、クロはイリヤに邪魔だから連れてってくださいって言われたから連れてきた」

 

 元々立香はクロエを連れていく気はなかったが、クロエがうるさいからどうにかしてくださいとのイリヤからの頼みで連れていくことにした。

 

 「では、やつは?」

 

 エミヤが指している人物は、連れてきた理由をまだ明かしていない彼のオルタサーヴァントであるエミヤオルタのことだ。

 

 「エミヤオルタは…ほら、前に記憶が消えちゃうって言ってたからどうにかしてあげたいって思ってたんだけど、結局解決法が思いつかないからとりあえず連れてきた」

 

 彼は記憶が消えてしまう。カルデアに召喚されてから日が経つたびに何もかも崩れ落ちていく彼の記憶はとうとう一日しか持たなくなっていた。それを知った立香は本人には余計なお世話と言われることが分かっていても解決法を探していた。何人かのサーヴァントにどうにかできないかを聞いてみたりしたが全員にどうにもできない、お手上げだと言われ、結局何もいい解決法が見つからないまま今回はエミヤオルタを連れてきた。

 

 「そんなものかな」

 

 立香はいつもパーティの編成を大して考えていない。みんな頼りになる仲間なので、正直誰が一緒に来てもいいのだ。是非とも一緒に行きたいと申し出があった時はもちろん快く了承する。なお溶岩水泳部は除く。

 

 「話はこの辺にして着替えようか」

 

 自分たちのやるべきことをやる為にはまず着替えなければならない。各々着替えるために茂みへと入って行った。

 

 

***

 

 

 「兄貴すごい似合ってるね」

 

 「おうよ。俺も着心地がいいぜ」

 

 クーフーリンは下は黒いズボン、上はアロハシャツ。これがもとからこうだったのではないかと思うぐらい似合っている。

 

 「確か新宿のアルトリアが軽薄ゆえにアロハシャツが似合う槍兵がいるなんて言ってたっけ…もしかして兄貴のことかな?」

 

 「なかなか現代の服は違和感がありますね」

 

 巴御前はいつものインナーの上にオフショルダーのセーターを着ている。ちなみに角は収納済み。

 

 「巴さんも似合ってて可愛いよ」

 

 「そうですか? ふふ、ありがとうございます」

 

 「ねえマスター私はどう?」

 

 「クロは…うん。歳相応の服だね。よかった」

 

 「どういう意味よ」

 

 破廉恥なものを着てくるのではないかと立香は内心びくびく、ウキウキしていたが普通の小学生の女の子らしい格好だ。少しスカートが短い気がするがそこはスルーする。

 

 「――――」

 

 二つの視線を感じた。

 振り向くとアルトリアとジャンヌが立香のほうを何か言ってほしげな目でじっと見ている。

 

 「えーっと…アルトリアとジャンヌもすごい似合ってるね…」

 

 「当たり前だな」

 

 「当然です」

 

 食い気味に言葉が返ってきた。何かしら言われるのを待っていたのだろう。二人とも嬉しそうにしているのを隠しているつもりだろうが隠せていない。

 

 「ではそろそろいいだろう。情報収集だ」

 

 「それには賛成なんだけど。エミヤ、自分の服は?」

 

 「私はこのままでいい。あいつと同じように霊体化しておくから心配ない」

 

 基本エミヤは霊体化しない。というよりはカルデアのサーヴァントは霊体化する者がほとんどいない。理由としては一般人がいないので霊体化する理由がないからだ。

 

 「オルタはわからなくもないけど、なんでエミヤの方も霊体化するの?」

 

 エミヤオルタは一人でいることを好む。そんな彼はカルデアの中でも霊体化する珍しいサーヴァントの一人だ。しかしエミヤはエミヤオルタとは違い霊体化はしない。食堂で食事を作っている為か、よく厨房にいる姿を見かける。そのエミヤが霊体化すると言い出すなんて珍しくもあり、不思議でもあった。

 

 「特に深い意味はない。なんとなくだ」

 

 エミヤを召喚してからもう一年以上経っている。立香はエミヤがごまかそうとしているのに気づかないわけがなかった。

 

 「――――」

 

 だがそれについて聞く気はない。聞いてはいけない気がしたからだ。

 

 「話を戻そうか。情報収集はチーム分けして効率よくしたいんだけど」

 

 「二手に分かれよう。私とクーフーリン、そしてクロエのチーム。マスターと巴御前そしてそこの二人のチームだ」

 

 誰もエミヤの提案に口をはさむことはしなかった。それぞれがエミヤの意見をどう思ってるかは別の話になってくるのだが。

 

 「森はここをまっすぐ歩けば抜けられる。街へは道なりに進んでいけば着くだろう。巴御前、君がいれば大丈夫だろうが気を付けてくれ。それとマスター、この森から出る途中で何か違和感を感じるかもしれないがそれは無視してくれて構わない。使われなくなった結界だからな」

 

 「こんな森に結界があるの?」

 

 「こんな森だからこそあるんだ。だが今はただあるだけの探知結界だ。意味はない」

 

 「――――」

 

 「では立香、我々のチームは先に行かせてもらう。合流する時はこちらからそちらに向かう。それとこれを渡しておこう。カルデアにあった物だ。君が使っても問題ないだろう。それで何か食べ物でも買うといい」

 

 エミヤは立香に小さな袋を投げた。立香は受け取った袋が思ったより重かったので少し驚いた。

 

 「二人とも行くぞ」

 

 「あいよ」

 

クーフーリンはエミヤのあとを追う。クロエは何か言いたげな様子を見せるが、立香に「また後でね」と言ってクーフーリンと同じく、弓兵の進む方へと歩いて行った。

 

「――ねえ、巴さん。エミヤのことどう見えた?」

 

エミヤたちが見えなくなったところで、彼にもらった袋を見ながら巴に質問する。

 

「どう、ですか。そうですね…余裕がなく焦っているような様子、でしょうか」

 

 巴御前が言ったことは立香が感じたものと同じだった。

 

 「エミヤが焦ってるか…か。そういえばエミヤ前に冬木に来た時も何か様子がおかしかった気がする」

 

 「エミヤ殿はこの場所と何か縁があるのかもしれませんね」

 

 「――そうだね。冬木市は聖杯戦争の行われる土地だからあり得るか…」

 

 少し考えた結果。エミヤなら大丈夫だろうという結論に至った。彼ほどしっかりした英霊はそうはいない。立香も彼を相当信頼している。それだから出た結論だ。

 

 「マスターちゃん、私たちも行くんでしょう?」

 

 「うん行こうか」

 

 ジャンヌの確認をとるような声を聞いて、まずは自分の目的を達成しようと決めた。

 

 「アルトリア…?」

 

 エミヤに言われた通りまっすぐ歩いて森を抜けようと歩き始めたところで足を止める。アルトリアだけが何か考えている様子で動くことなく立っていたからだ。

 

 「ちょっとアンタ聞いてんの?」

 

 ジャンヌがアルトリアオルタの方を軽く叩く。

 

 「…なんだ、突撃女」

 

 「なんだ、じゃないわよ冷血女。マスターが行くって言ってんの。突っ立ってないではくしなさいよ」

 

 「そうか、すまない。聞いていなかった」

 

 「いいよ。この場所安全みたいだから余裕あるし」

 

 一言も発さなかったギルガメッシュ、何かを考える様子を見せるエミヤとアルトリアオルタ。この三人が今日はおかしいと思いながら立香は森を抜けるために足を動かし始める。

 

 

***

 

 

 「おい、アーチャー」

 

 「なんだ? ランサー」

 

 二人の間での会話の時はクーフーリンではなくランサーとエミヤは呼ぶ。クーフーリンの方はどんな時でもアーチャーとしか呼ばない。真名で彼のことを呼んだことは一度もない。

 

 「なんだ? じゃねえよ。お前どこに向かってんだよ。明らかに町の方じゃないだろ」

 

 彼らがいるのは整備されている道ではなく森の中。自分の前を歩くエミヤが目的地が決まっているかのように歩くので質問した。

 

 「柳同寺と呼ばれる寺だ」

 

 「寺だあ? なんでまたそんなところに行くんだよ」

 

 「やはり君は明確にあの時のことを覚えているわけではないんだな」

 

覚えてるわけがない。それは知っている。ただの確認だった。

 

 「俺じゃねえ、俺のことなんか覚えてるわけねえだろ。薄っすらとだよ薄っすらと。それより俺の質問に答えろ」

 

 「単純にここから近いからだ。どうせ目的地が定まっていないんだ。どこに行っても同じだ」

 

 「ねえ、弓兵さん」

 

 「君も弓兵だろう。まあいい。それでなんだね、クロエ」

 

 「私たちをメンバーに選んだのには何か意味があるの?」

 

 「マスターと同じで深い意味はないさ。ただ君やクーフーリンはこの街にいるのならば日が出ているうちは私と一緒に行動した方がいい、ただそれだけだ」

 

 「どういう意味?」

 

 「さあな」

 

 クロエが不満そうな表情を浮かべるがエミヤは答える気がない。なぜなら彼にもよくわかっていないから。唯一町の様子からわかったのはこの冬木が西暦1994以降だということ。それ以外は不明。どういう軸かわかっていない以上迂闊な行動はできない。特に彼の場合はそうだった。

 

 「ここだな」

 

 森を歩くと長い石造りの階段が見えた。

 

 「なんでちゃんとした道から来なかったんだ? わざわざ結界を無理やり突き抜けてきたけどよ」

 

 素朴な疑問をエミヤにぶつける。

柳同寺にはただ一か所を除き結界が張ってある。自然霊を拒むものだ。もちろんそれはサーヴァントにも例外なく機能するのだが、能力が低下することを気にしなければ無理やり通り抜けることはできる。別に戦闘をしに来たわけではないので、今回は気にせず結界を通り抜けてきた。

 

 「それは……。待て、隠れろ…!」

 

話の途中でエミヤが二人に姿を隠すように言う。珍しく焦った様子のエミヤを見て言われた通りに二人は姿を隠す。エミヤとクーフーリンは霊体化。クロエは魔力を抑え木で身を隠す。

すると目の前の石段から少年と少女が下りてきていた。

 

「魔術師か?」

 

二人が下りていったのを見てクーフーリンが実体化する。同じくエミヤが実体化したが返事がない。

 

 「凛と…お兄ちゃん…」

 

 クロエが小さな声で呟く。

 

 「やはり…」

 

 「おい。あの二人はなんなんだ? どっちも魔力を感じたから魔術師なんだろうがよ」

 

 石段を下った二人から魔力を感じていた。片方の魔力量がなかなかあったので魔術師だということは確実だとクーフーリンは思っている。

 

 「ねえ、なんで凛とお兄ちゃんがいるの?」

 

 「そうか、お兄ちゃんか…。君の世界では衛宮士郎は兄なんだな。それにしても君たちが凛と関わってるとなるとやはり平和な世界でというわけではないのか…」

 

 軽く笑いながら話すエミヤ。なぜ彼が嬉しそうにしているのかクロエにはわからなかった。

 

 「今それはいい。それよりなんでお兄ちゃんは魔術師になっているの?」

 

 「魔力を感じたか? あれを果たして魔術師と呼んでいいのかわからんが。奴は一応幼い頃から衛宮切嗣に魔術を習っていたからな」

 

 「パパに?」

 

 「――そうか。君たちが衛宮士郎の妹ということは、根本から違っているのか…」

 

 「一人で納得しないでよ」

 

 「ああ、すまない。とりあえず衛宮士郎が魔術を使える理由は今言った通りだ」

 

 クロエの世界にいる衛宮士郎は魔法を使用できない。そのためこの世界にいる衛宮士郎が魔術を使用できることに驚いた。

 

 「どうするアーチャー、マスターに報告しに行くか?」

 

 「いちいち戻るのは手間だ。このまま調べよう。次は今が何年なのか明確な日付を知りたい。調べてきてもらえるかランサー、私とクロエはなるべく姿を出さない方がいいかもしれない」

 

 「それは俺も同じな気がするけどな……ま、仕方ねえ。ちょっくら行ってくる。寺には人がいんだろ?」

 

 「いるはずだ。適当に片言の日本語でもしゃべって色々教えてもらって来い」

 

 「へいへい」

 

 クーフーリンは周りに誰もいないことを確認し、茂みから出るとそのまま石段を上っていった。

 

 「どういう世界かわからないのよね、あなたも」

 

 「衛宮士郎と遠坂凜がいるという情報だけでは判断ができないな」

 

 「そう…」

 

 今はただ情報集める。それしかできることはない。今の会話以降二人は茂みで一言も言葉を交わすことなくクーフーリンの帰りを待った。

 

 

***

 

 

 四時前、桜とライダーは買い物袋を一つずつ持ち衛宮の屋敷へと帰宅していた。

 

 「あ、お塩買うの忘れちゃった」

 

 足を止めた。桜が買い忘れをしていたことに気付いたからだ。

 

 「なら私が戻って買ってきます。桜は先に帰っていてください」

 

 「私も行く。忘れたのは私だしね」

 

 「では桜は歩いて商店街の方に来てください。私は先に走って向かうので後で合流しましょう」

 

 それは桜が行く意味がほとんどない。ライダーの足なら桜が商店街に着く前に買い物を済ませることができる。この提案は桜の自分も行くという要望になるべく応えられるようにとの彼女の気遣いだ。

 

 「ごめんね、ライダー」

 

 「いえ、私の騎乗スキルはA+です。お気になさらず」

 

 乗り物など乗っていない。今のライダーの冗談。桜はそれを聞いて笑った。その桜を見たライダーも笑みを浮かべる。

 

 「では、行ってきます」

 

 ライダーが走り出した。さすがサーヴァントと言うべきだろうか、速い。とてつもなく速い。そして無駄のない動きだ。

 

 以前のライダーなら桜を一人にして行動するなんてしなかった。でも今は状況が違う。聖杯戦争が終結して二年、桜やその周りの人間を襲う存在はいない。実に平和に過ごしている。ライダーもそれは実感しているため桜に危険はないとの判断をして、一人で行動することが多くなった。例を挙げると商店街でのバイト、自室での読書などだ。

 

 「私も」

 

 屋敷までもう近いためライダーが自分になるべく歩かなくてもいいように気を使ってくれたのだとわかっているが、買い忘れは自分のミス。行かないわけにはいかない。

 普段よりも歩くスピードを速める。

 

 「……?」

 

 数分歩いたところで違和感を感じた。胸騒ぎ、嫌な予感がした。心拍数が上がる。心臓が動く音が聞こえる。

 

 曲がり角。そこを曲がれば商店街まではもう少し。だと言うのに桜の中の何かが、引き返せと叫んでいる。そこから離れろと訴えかけている。

 

 「――終わったんだ…」

 

 聖杯戦争は既に終わっている。冬木市は平和だ。危険なんてあるはずがない。気のせいだ。そう言い聞かせて謎の不安を押し殺して彼女は角を曲がる。

 

 「――――!」

 

 自分の心を落ち着かせるのに必死で、人がいるかもしれないなどと考えていなかった。そのため自分と同じく角を曲がろうとしていた人物とぶつかり尻餅をついた。

 

 「ごめんなさい。よく前を見ていなくて」

 

 桜は謝罪しながら顔を上げる。どうやらぶつかった人物は倒れることなく地に足をつけているようだった。

 

 「大丈夫で…す……か…?」

 

 声はどんどん小さくなっていった。もはや『か』に関しては聞こえてすらいなかっただろう。

 

「な、なんで…」

 

 桜とぶつかった相手。その人物の顔をみて背筋が凍る。二年前に自分のことを一度殺し、逆に彼女が殺し返した相手。あの時取り込んだはずの存在。それが目の前にいる。

 

 「――――」

 

 黒いライダースーツを着た金髪の男。男は何も言わずに自分のことを怯えながら見上げる少女を、その赤い瞳で見る。

 その目は何か危険なものを見る目。敵対する者を見るものだった。

 

 「娘、貴様――」

 

 「やっと見つけた。ギル、マスターが困ってたよ?」

 

 男の知り合いであろう人物が彼の後方から現れた。とても整った顔をしているが、女性か男性かの判断がつかない。

 

 「ほら、はやく戻るよ」

 

 「離せ、エルキドゥ。自分で歩ける」

 

 「そう? なら寄り道しないで歩いてね」

 

金髪の男は桜に何か言う前に、あとから現れた人物につかまれ去って行ってしまった。

 

 「なんで…あの人がいるの…」

 

 あの夜のことは覚えている。なぜならあの男によって体をグチャグチャにされているのだから。

 桜はその場から立ち上がる。

 

 「聖杯戦争はもう終わったのに…なんで…」

 

 大聖杯破壊され、もう新たにこの地で聖杯戦争が起きることはない。

だというのに男はいた。オーラでわかる。人間を超越した存在。あれは紛れもないサーヴァントだ。

それにもう片方の人物がマスターという単語を口にしていた。つまりこの町にあの男を使役するマスターがいる可能性が高いということ。

 

「また、なの…」

 

平和など訪れないのか、それが自分の犯してきた罪への罰なのかもしれない。桜はそう考えた。

 

――――念の    もりだったが、思いの 無駄  間を使ってし  た。だが奴らは来たの   結果オーライって  か。  いいだ う。時は ちた。表に て俺 役目を  すとしよう。まあ、役目という  の    ない 。成り行きだ。さあ、始めよう。

 

 「誰…?」

 

 桜の初めて聞く声が途切れ途切れ聞こえた。男性の声だったが、先ほどの男のものではない。その声は耳でささやかれたかのように近くで発せられた声だった。そう、まるでサーヴァントとする念話のように。

 

 「サクラ?」

 

 「わ!? …て、ライダー」

 

 今度は聞きなれた女性の声だ。

 

 「はい。戻ってきました」

 

十分も経っていないが、ライダーの買い物袋が一つ増えている。もう買い物は終わったということだ。

 

 「どうかしたんですか?」

 

 なにやらおかしな様子の主人にライダーは心配そうな声で尋ねる。

 桜はライダーに妙な心配をさせないために思考を切り替えた。

 

 「大丈夫。早く帰ろう。ライダー」

 

 まだあれがサーヴァントだと確定していない。もしかしたら自分の思い違いかもしれない。と言い聞かせる。

 桜だってわかっている。あれはあの時いた男と同じ存在だったと。だがそう思わずにはいられなかった。

 またあの時と同じことが起きるなんて、また自分がたくさんの人を殺めた争いがおこるなんて彼女には耐えられない。

 

 「――わかりました。行きましょう」

 

 今日は彼だけでなく桜も様子がおかしいのかと不思議に思いながらライダーは少女と並んで歩き始める。

 

 

***

 

 

「貴様どこに向かっている」

 

「マスターのところだよ。サーヴァントの反応がしたから一応遠回りしてるけどね。そんなことよりギル、さっきの女の子は?」

 

 「知らん」

 

 「知らないのにあんなに睨みつけてたの?」

 

 「知らないからこそ睨みつけていたのだ。あの娘とはこの軸でなにかしらあったのだろうよ」

 

 少女を見たギルガメッシュは違和感を感じた。どこかで会ったことがあるような感覚。そして寒気。それらを感じ取った。

 

 「お前にはあれがどう見えた?」

 

 「君とは違って縁は特に感じなかったけど、そうだな…。あの子の魔力は常人のものじゃなかった。だから気になってね、実はギルを探してたんじゃなくて、彼女の魔力を辿ってあそこに来たんだ。あれだけの魔力を持った人間は僕らの時代にもいなかった。君の方はどう見えたのかな?」

 

 「――――」

 

 「詳しくは分からないんだね」

 

 「なんだ、やはり貴様も気づいているのか?」

 

 「僕にはこの街がおかしいってことぐらいしかわからないよ」

 

 「我と大して変わらんな。貴様と違って我が感じている違和感は、目が使えないことぐらいだが」

 

 ギルガメッシュの持つ『千里眼』。それが冬木にレイシフトしてから使うことができなくなっていた。

 

 「元からあまり使っていたものではなかったが、元から使えていたものが使えなくなるとやはり違和感があるな」

 

 「――僕たちがここに来た原因はあの子かもね。まあ、その辺はマスターの仕事だからいいか」

 

 自分の仕事はマスターの兵器として戦うこと。エルキドゥはそこを割り切っている。協力はするものの、問題の解決は立香に任せるつもりでいる。

 

 「で、ギル。その服どうしたのさ」

 

 「ん? いやなに、この時代の町を何も羽織らずに歩くのは我でも不味いとわかる。して適当に服を着ようと思ったところで、我が蔵に合あったこの服に、よくわからん奇妙な愛着が湧いてきたのでそのまま着たまでのことよ」

 

 黒のライダースーツ。ジャージに見えなくもないが黒のライダースーツである。これを一目見た時にギルガメッシュは運命を感じたのだ。

 

 「ふーん。ま、とりあえずマスターのところに戻ろう。彼は……放置でもいいか。どうせマスターが拾いに行くだろうし」

 

 二人は立香のいる場所へと向かった。

 




次回から最後辺りから前作との違いが明確にわかるようになると思います。


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第一節 『別の軸』 後編

 「お店がたくさんありますね」

 

 「商店街だからかな。食事関係のお店が多いね」

 

 立香。巴御前。ジャンヌ。アルトリア。この四人は町の商店街を訪れていた。

 その道中で自分たちは冬木市の深山町と呼ばれている場所だということは分かった。そして今立香たちがいるのはマウント深山。深山町にある商店街だ。

 

 「せっかくだから何か食べる?」

 

 ここまで街の様子を見て回ったが、何も危険と思えるものはなかった。ごく普通の町だ。

 警戒していないわけではないが、警戒心を薄めてもいいことがわかるほどに平和ではある。

 

 「そうですね。息抜きにいいかもしれません」

 

 巴御前は立香の提案に賛成した。

 立香にとっては久しぶりの日本の町並み。巴御前やジャンヌ、アルトリアにとっては初めて現代のちゃんとした町を歩いている。四人ともほとんど観光気分だ。

 

 「おい、立香。あれはなんだ」

 

 アルトリアが立香の背中を人差し指で突く。

 

 「あれは…江戸前屋…? 和菓子とか売ってたりするのかな。たい焼きにどら焼き、たこ焼きと…大判焼きか!いいね。俺大判焼き大好きなんだ」

 

「ふむ。大判焼きか」

 

「あれ食べようか。安いしね。みんないい?」

 

 エミヤから渡されたのは日本のお金だった。しかも割と多め。

 カルデアには、何でこんなものがあるんだと思う物がたまにあるので別にお金があること自体は気にしない。しかし何故エミヤが持っていたのかは気になった。

 

「マスターがお好きなものなら私も食べてみたいです」

 

 「私も構わん」

 

 二人の了承を得た。残るは一人なのだが。

 

 「あれ? ジャンヌは?」

 

 ついさっきまでいたはずのジャンヌオルタの姿が無くなってしまった。

 

 「いないな」

 

 「いないですね」

 

 「迷子か…」

 

 商店街に入った時にいたのは覚えてる。だがどこで逸れたのかわからない。

 

 「そもそも逸れるような場所じゃないと思うんだけどなあ」

 

 ほぼ一本道の商店街で迷子になるなんておかしな話だ。

 

 「私が探してこよう。立香と巴御前は先に大判焼きとやらを買っておけ」

 

 「任せちゃっていいの?」

 

 「なに、問題ない。だが私の分は多く買うのだぞ?」

 

 「もちろん。アルトリアの分は多く買っておくよ」

 

 「ならいい」

 

 満足そうな顔をしてアルトリアオルタはジャンヌオルタを探すために来た道を戻っていった。

 

 

***

 

 

 「彼、変わらないわね」

 

 「そんな一年で変わるわけないだろ」

 

 友人であり寺の子である柳洞一成に会いに行った二人。一成は家の用事で忙しかったらしく、迷惑をかけるのも申し訳ないので少しだけ会話をして柳同寺から去った。

 

 「まだ明るい。今から商店街に行ったらまだ桜とライダーがいるかもな」

 

 「あら、なら行ってみる? 愛しの後輩に会いに。ね、衛宮君」

 

 凜は士郎をからかう時は決まって苗字で呼ぶ。

 

 「おまえな…」

 

 「なによ、恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

 

 楽しそうな表情で士郎の顔を覗き込む。

 

 「ま、行ってきなさい」

 

 「遠坂は行かないのか?」

 

 「私はこの足で自分の家に戻るわ。今日は向こうでやることあるから。でも夕飯は食べに行くから準備しといてね」

 

 そんなわけで二人は商店街手前で別れた。凜は自分の家へ、士郎は商店街へ。

 

 「いなかったらいなかったで、そのまま帰ればいいしな」

 

 緊急の用事があるわけでもないのでいてもいなくてもどちらでも構わない。いなかったら帰る。いた場合は荷物持ちだ。もっともライダーがいれば荷物持ちなどいらないが。

 

 「そういえば今日は何を作るのか聞いてなかった」

 

 作るものによって当然買い物をする店は変わってくる。逆に言えば何を作るのかわかればどこの店に買い物に行くのかがわかるのだが、今回はわからないのでひとまず商店街をぶらぶら歩くことにした。

 

 「外国人か?」

 

 商店街に入り、少し歩いたところで顔は見えないが一人の外国人女性が目に入った。

 深山に外国人がいることは珍しくないのだが、士郎には気になることがあった。まず服、このあたりではなかなか見ない格好だ。東京などの都会にいる人間が着るような服装、新都の方ならまだ見かけるかもしれない。まあでもこれは外国人だからという言葉に収めれば納得はできる。

 だが外国人がいる場所。こちらに関しては納得できるできないではなく、士郎が敬遠している恐ろしい場所だったので、そこにいる外国人が気になり止まってしまった。

 

 「泰山…」

 

 中華料理店。紅州宴歳館 泰山。

 殺人的な辛さを誇る麻婆豆腐を食べることのできる料理店。外国人はその店のサンプルショーケースを「赤いわね」と言いながらしゃがんで凝視していた。見ているのは看板メニューである地獄のような色をした麻婆豆腐。初めて見る人は食品サンプルだからあんなに赤いのだろうと思うかもしれないが、実物はまさに赤と言うにふさわしい色をしている。

 

 「いやー、あれは食べない方がいいと思うな」

 

 実際に食べたことはない。しかし人が食べてるところは見たことはある。士郎はもはやあの麻婆豆腐は食べ物ではないと思っている。

 

 「ねえ、マス……っていないし」

 

 外国人はサンプルショーケースから目を離し立ち上がる。初めてこの瞬間、士郎は外交人女性の顔を目にした。

 

 「セイ…、バー……」

 

 「――――?」

 

 絞り出されたような声が士郎から発せられた。

 ショートカットの外国人女性は、もういるはずのない人物と顔が似ていた。

 二年前、聖杯戦争にて士郎のことを力尽きるまで守り、戦ってくれた少女と似ていたのだ。

 クラスはセイバー、真名は結局聞くことができなかった。

 士郎の脳内には二年前の彼女との思い出がよみがえる。長い間一緒に戦ったわけではない。しかし彼女は士郎にとって大切な、かけがえのない存在だった。

 

 「誰ですか?」

 

 我に返った。

 

 「いや…なんでもないです。人違いでした」

 

 士郎はその場から足早に引き返す。

 顔は似ていた。でも彼女はセイバーではない。そんなことはわかっている。誰よりも理解している。

 

「そうだ。いるわけがない……」

 

 当たり前だ。士郎は自らの手で彼女にとどめを刺し、殺したのだから。

 

 「士郎ですか?」

 

 「ライダーか…」

 

 商店街から離れて士郎は自宅へと足を向けていた。その帰りの途中で背後から走ってきたライダーに声をかけられた。

 

 「桜は?」

 

 「買い忘れがあったので私が走って買い物をしに戻ってたんです。サクラも歩いて後を追うとは言っていたのですが、どうやらいないようなので、別れた場所で待ってるか、もう家に帰っているかだと思います」

 

 「そうか…」

 

 「――――? どうかしたんですか士郎」

 

 心ここにあらずという様子の士郎を見てライダーが尋ねる。

 

 「…なんでもないよ。それより早く桜のところに行ってやってくれ」

 

 「――――では」

 

 ライダーは気になりはしたものの、士郎なら問題ないだろうと再び走り出した。

 

 「はあ…」

 

 ライダーの姿が見えなくなると、士郎の口からため息が漏れる。

 

 「――――――」

 

 思い出しているのはもう二年前に終わった話。彼らが終わらせた話。

 

 「――俺も帰ろう」

 

 衛宮士郎は自宅へと足を進める。

 

 

***

 

 

 人違いと言って去った少年の後ろ姿をジャンヌは眺めていた。

 

 「なんだったのかしら」

 

 顔を見られたときに小さな声で何か言っていたことはわかったが、内容までは聞き取れなかった。

 

 「それよりあいつらを…」

 

 わからないことを考えても時間の無駄なので目先の問題から解決することにした。

 

 「おい、突撃女」

 

 声のする方へ視線を変えるとアルトリアが立っていた。

 

 「あ、いた」

 

 問題は五秒も経たずに解決した。

 

 「よくも私を置いて行ったわね」

 

 「貴様が勝手にいなくなったんだろう」

 

 それを言われてはジャンヌオルタは反撃できない。

 

 「貴様はここで何をしていたんだ?」

 

 「何をしていたって…これよ。この麻婆豆腐が気になっただけ」

 

 ジャンヌオルタは背後のサンプルショーケースを指さす。

 

 「――――赤いな」

 

 「赤いでしょ?」

 

 二人とも麻婆豆腐を見て赤いという単純な感想しか出てこなかった。

 

 「食べ物なのかこれは、私の知っている麻婆豆腐とはかけ離れているのだが」

 

 「麻婆豆腐って書いてあるし、食べ物なんじゃないの? あのアーチャーが作るのとは決定的に違う気がするけど」

 

 麻婆豆腐はカルデアの食堂でジャンヌもアルトリアも食べたことがあった。料理長であるエミヤが『中華はあまり得意ではないのだがね』なんて言いながら手際よく作ったことがあったからである。

 その時食べた麻婆豆腐と目の前のショーケースの中にある麻婆豆腐の情報を照らし合わせる。色が明らかに違う。別の食べ物にすら見えてしまうほどに。

 

 「気になるな」

 

 「気になるわよね」

 

 服のセンスもそうなのだが、二人は息の合う場面が多々ある。

 

 「が、先に立香の元に戻るぞ」

 

 「わかったわよ。ここはあとでマスターちゃんに行ってみないか聞こうかしら」

 

 「そうだな」

 

 歩きながらそんな会話をしつつ立香がいる江戸前屋を目指す。大して距離がるわけでもないので一分も経たないで二人はマスターと合流できた。

 

 「よかった。ジャンヌ見つかったんだね」

 

 「ああ、まるで子供のように麻婆豆腐に興味を示していたぞ」

 

 「ちょっと、話を盛るな!」

 

 「盛ってなどいないだろう? 実際に興味は示していたのだから」

 

 「――燃やすわよ」

 

 まず燃やす結論に至った。

 

 「燃やすのはやめてね? カルデアと違ってここ一般人しかいないから」

 

 立香も人がいなければやってもいいみたいな言い方である。

 

 「麻婆豆腐はまた後で行ってみよう。せっかくジャンヌが気になったものだからね」

 

 四人に新たな予定が加わった。

 

 「あとこれ、粒あんとこしあんがあるから選んで。まだあったかいから早く食べよう」

 

 買った大判焼きは全部で六個。立香は粒あん、巴御前はこしあんを選んだ。そしてジャンヌオルタは選んだ末にこしあん。残りのこしあん一個、粒あん二個はアルトリアオルタ行きとなった。

 四人は同時に大判焼きを一口食べる。

 

 「久々に食べたけどおいしいな」

 

 「マスター、おいしいですね!」

 

 「ま、そこそこね」

 

 「――――――」

 

 立香と巴御前は味を絶賛している。ジャンヌオルタはまあまあと言っているものの、顔は正直でおいしそうに食べている。アルトリアは黙々と大判焼きを食べていく。三人が一個食べ終わるころには三個目が食べ終わっていた。

 

 「おいしかった」

 

 「はい。私の時代にはないものでしたが、とても美味でした」

 

 「これはカルデアでも食べられるようにするべきだな」

 

 「エミヤお菓子も作れるし、帰ったら頼もうか」

 

 「あいつほんと便利ね…」

 

 全員大判焼きに満足したところで脳内を切り替える。

 

 「――――さてと…ここからだけど」

 

 「一度合流して情報交換をした方がいいかもしれませんね」

 

 「だね。ごめんジャンヌ。麻婆豆腐はあとで食べるってことでいいかな?」

 

 「ええ、構いません」

 

 「ありがと、必ず後で行くから」

 

 麻婆豆腐を後で食べに行くことを約束し、四人は他のメンバーと合流することになった。

 

 

***

 

 

 

 「完全体は…結局三体。今の俺の見出せるものならこんなものか。二年しか時間がなかったのだから仕方ないとしておこう」

 

 三体の人影。暗い空間にそれらは存在している。

 

 「セイバー。アサシン。リーパー」

 

 各々のサーヴァントしてのクラス名を呼ばれても彼らは反応を見せることなく佇んだまま。呼んだ当の本人はそれに対して特に何も思っていない様子だ。

 

 「もうすぐ夜だ。今日は様子を見たいから適当に不完全体を放り投げる。セイバーとリーパーは待機だ」

 

 様子見で二人を出すには過大戦力すぎる。よって彼らは待機だ。

 

 「アサシン。お前はあのクラスがよくわからないサーヴァントの監視だ。やつは連鎖的に召喚されたサーヴァントだから支配できてないんだ。何をするかわかったもんじゃない」

 

 「御意」

 

 短い言葉で了解の意を示したのは黒衣に身を包んだ男――アサシンだ。

 

 「…ですが監視だけで構わないのですか?」

 

 続けられたアサシンの言葉にどんな意味がこもっているのか、彼はすぐに理解した。

 

 「――殺したいなら好きにしろ。止めることはない。お前はそういう可能性だからな」

 

 主の了承を得たアサシンは姿を消した。

 

 「さて…」

 

 自分のいる暗い空間を見渡す。何もないただの空洞だ。

 

 「侵入者はいるが関係ない。力は得たのだから。とはいっても邪魔だな。特に…」

 

 かつてそこには杯があった。

 鍾乳洞の先にそれは設置されていた。

 大聖杯。この世に二つとない魔術炉心。

 神域の存在が作り出した術式。

 が、それは二年前に鍾乳洞ごと破壊された。

 

 「まあ、刻限までの暇つぶしにはちょうどいいか」

 

 確実に破壊されていた。少なくとも二年前は。

 

 「――始めよう」

 

 影は世界を回帰させるために動き出す。

 

 

***

 

 

 場所はカルデア。

 

 「――騒がしい」

 

 職員が慌ただしい。サーヴァントたちも何やら慌てている。またトラブルか、などと言いながら、彼女は気まぐれでなんとなく中央管制室へと赴いた。

 

 「あれ? 君が来るなんて珍しいね、両儀君」

 

 「式さん、いらっしゃったんですね」

 

 管制室には、レオナルド・ダヴィンチ。そしてデミサーヴァントのマシュ・キリエライトがいた。

 

 「何の騒ぎだ?」

 

 「実はレイシフトするはずだった立香君が行方不明でね」

 

 「なんだ、いつものことか」

 

 両儀式がカルデアに来てから一年以上も経っている。レイシフトの失敗は何度も見てきた。最初の方こそ心配していたが、今ではいつものことぐらいの気持ちで流している。どうせあのとぼけた顔で戻ってくるのだから。

 

 「君の言う通りトラブル自体はいつものことだ。しかし今回はなかなか特殊でね。先日立香君が夢の中で至った下総の国と似ているんだよ。あの時と違って今回は体ごとのようだけど」

 

 「前回と同じなら、その時やったのと同じ対処をすればいいんじゃないのか? 通信も繋がって無事だったろ、あいつあの時」

 

 「それができないのさ。前回と同じようにやってはいるんだけど通信が繋がらない。完全にブロックされている。でも彼のバイタルは確認できてるから、今のところは危険にさらされていないことはわかってるんだけどね。それになかなかの手練れが今回はついて行ってるから並大抵の敵なら問題はないだろう」

 

 「ならいいじゃないか」

 

 ダヴィンチの話を聞く限りでは通信が繋がらない以外は問題が無さそうに思えた。解決するのは時間の問題だとも。

 

 「そういうわけでもないんです。実は向こうで正体不明の魔力が確認されてるんです」

 

 「それは?」

 

 「わかりません…」

 

 「わからない……?」

 

 「はい…。どんなものかはわからないんです。まだ魔力だけが確認されている状況です」

 

 「問題はね、正体がわからないことじゃなくてここまでその魔力が届いているってことなんだ。しかも群ではなく個の魔力だ。カルデアの感知能力の高いサーヴァントたちから異常な魔力を感じ取ったとの報告がされている」

 

 ダヴィンチはもう疲れたという様子だ。

 

 「それはおかしいことなのか?」

 

 式は魔術関連の話には疎いので聞いてみることにした。

 

 「おかしいさ。まずおそらく立香君がいる場所はこの世界とは別の世界。並行世界というやつだ。世界同士には壁があってね。普通は別世界から別世界に容易く干渉できないようになってる。ここでは……防音壁に例えようか。防音壁の用途は音を遮断するもの、防音壁に囲まれた部屋で大きな声を出しても隣の部屋には聞こえないだろ? 世界もそれと同じで別世界から発せられた魔力が別世界で観測されることはまずない。それが人ひとりのオドならなおさらだ。だが今回はそれを無視している。防音壁を一人の声で貫通していると言ったらわかりやすいかな」

 

 立香のいるところにヤバい奴がいる、ということは理解できた。

 

 「説明したら頭が整理されたよ、私は作業に戻るとするかな。あ、そうだマシュあの探偵とBBとかいうよくわからないサーヴァントも呼んできて」

 

 「ホームズさんはわかるのですが、BBさんですか?」

 

 BBとは五月に突如として現れた特殊クラスのサーヴァント。何でもできるとよく言っているが悪戯以外今の今まで特にしていない。カルデアでも「なんだあいつは」と言われているよくわからないサーヴァントである。

 

 「彼女は色々特殊みたいだからね。スペック自体は本当に高いらしいしちょっと知恵を借りてみたい。たまには役に立ってもらおう」

 

 「わ、わかりました」

 

 マシュは二人を呼ぶために走って管制室から出て行った。

 

 「おい、今は何をやっているんだ?」

 

 ダヴィンチが作業に戻る前に何をしているのか尋ねる。

 

 「前回、下総では風魔小太郎だけがレイシフトすることができたから、今はそれを試しているんだ」

 

 「成功はしたのか」

 

 「…してない」

 

 スタッフやマシュの様子を見て察してはいた。

 

 「両儀君も試すかい?」

 

 「――――」

 

 自分では無理だと、式はわかっている。立香がいる冬木には縁もゆかりもないからだ。

 

 「――――なんでだ……?」

 

 ダヴィンチには聞こえないほどの小さな声が漏れ出る。

 なんで今冬木に立香がいるとわかったのか自分でも理解できなかった。

 

 「両儀君?」

 

 「ああ、いいぜ。どうせ無理だろうけどな」

 

 「…了解した。すぐに準備するよ」

 

 気まぐれ。管制室に来たのと同じで単なる気まぐれだった。他のサーヴァントに出来なかったことが、自分にできるわけないと確信している。しかし今彼女はサーヴァント、意識したことはないが立香とは主従関係にある。従者たるもの主人を助けに行くのは当然だろう。そんな気まぐれでレイシフトを試してみないかという提案を承諾した。

 

 スタッフたちはどうせ無理だろうと諦めていた。成功を信じていた者はいない。けれど何の問題もなくレイシフトは成功した。

 別の可能性、並行世界へと彼女は向かう。

 

 

***

 

 

 それは虚無からの接続。

 

 絶望は終わり、物語も終焉を迎えるはずだった。

 魔術師たちが目指す場所へと至る儀式が行われた舞台。

終わったはずの戦いは、魔術師たちが犯した罪によって再開される。

 人理焼却、人理再編、どちらも影にとってはどうでもいい。ただ表に出たからには役目を果たす。それだけだ。

 『刈り取る者』 『呪われた騎士』 『接続者』 『無限の収斂』

 ここに再び争いを、闇は世界を回帰させるために動き出す。

 

――さあ、始めよう。

 




投稿時間を何時ごろにしたらいいのか今一わかっていないので、いつも通り区切りのいい時間に適当に投稿します。


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第二節 『再開の夜』 前編

今回は新たなサーヴァントが登場します。


 「王様、もう一人でどっか行くのやめてくださいね」

 

 「フン、我の行く場所は我が決めるそれだけのことよ」

 

 俺様ルールはいつも通りなので、特に何も言うことなく、立香は続けて気になることを質問する。

 

 「あとその服どうしたんですか?」

 

 「我の蔵にあったものを引っ張り出してきたのだ。フハハハ、似合うであろう?」

 

黒のライダースーツをギルガメッシュはとても気に入ってるようだった。実際に会っていなくもないと立香は思ってしまう。

 

「良かろう、許す。存分にこの我の姿を眺めるがいい!」

 

 「アッハイ」

 

 日が沈み始めたころ、場所は商店街。エミヤチームとは合流し、その後エルキドゥとギルガメッシュの二人とも合流できていた。

 

 「エミヤオルタがいない」

 

 一人足りない。エルキドゥと共にギルガメッシュを連れてくるように頼んだ男がいなかった。

 

 「エルキドゥ知らない?一緒に王様を連れて戻るように頼んでたんだけど」

 

 「ごめん、わからないな。彼とは会ってないから」

 

 「会ってない……? ――エルキドゥ、ここから探せる?」

 

 会っていないのはおかしい。彼にはエルキドゥのすぐ後を追わせた。それにエミヤのオルタサーヴァントではあるが、根は変わらないのか仕事はまじめにこなす。彼が仕事を放ってどこかに行くなんて考えられない。

 

 「問題ないよ」

 

 目に見える危険がないことはわかっているが、まだここが安全だと決まったわけではない。まずはエルキドゥにエミヤの居場所を探ってもらう。

 

 「…こっちかな」

 

 エルキドゥがエミヤオルタがいるであろう方向を指示した。

 

 「俺は行ってくるけどみんなはどうする?」

 

 大人数での行動はどうしても目立ってしまうのでよくないと思い、全員に問いかける。

 

 「僕はマスターを案内するから行くよ」

 

 「我も行ってやろう」

 

 「王様も来てくれるんですか?」

 

 「暇故な、ただの気まぐれよ」

 

 「私もご一緒させていただきます」

 

 「私も同行しましょう」

 

 立香と行動を共にするのは、エルキドゥ、ギルガメッシュ、巴御前、ジャンヌの四人になった。

 

 「マスター、我々はもう少しこの町を探索している」

 

 霊体化しているエミヤの声が聞こえる。エミヤチームは引き続き探索を続けることになった。

 

 「私は今回は一人で町を歩かせてもらおう。行きたい場所があるからな」

 

 「一人で大丈夫?」

 

 「なに、心配するな。ただ町を歩くだけだ」

 

 アルトリアは一人で行動することになった。こういう場合は立香と行動することが多いのだが、今回はそうではなかった。

 

 「エミヤオルタと合流したら新都の方を調べてみるよ。適当な時間…九時頃かな。そのくらいに合流しよう」

 

 深山町の先にある公園を合流地点として、再び解散した。

 

 

***

 

 

 「おい」

 

 「何の用だ?」

 

 アルトリアオルタは背後にいるアロハシャツの男と隣にいる少女の方を見る。

 

 「アーチャーの野郎がお前もメンバーに加えて行動するっていうからよ」

 

 面倒くさそうにクーフーリンは答える。

 

 「アーチャー」

 

 エミヤは霊体化しているので姿は見えていない。ただサーヴァントであるアルトリアは彼がどのあたりにいるかぐらいはわかるので、そちらを向く。

 

 「この町で君を一人歩かせるのはよくないからな。私たちと行動してもらおう。正直先程もそうするべきだった」

 

 「何故しなかったんだ?」

 

 「――――」

 

 エミヤは自分からアルトリアに話しかけることはない。ランサーに話しかけさせたのもそうだ。彼はアルトリアとの会話を避けている。

 彼女もそれは感じ取っている。今のはわかっていながらの質問だった。

 

 「別に悪気があるわけではないんだ。ただなんというか、君……いや君たちと話すのは色々複雑でね」

 

 「――まあいい。貴様の提案通り共に行動しよう。行く当てもなかったからちょうどいい」

 

 「行く当てがないって、お前行きたいところがあるってさっき言ってたじゃねえか」

 

 「あのように理由を言わないと立香が単独行動をさせてくれないだろう」

 

 「ああ、なるほど。あいつ心配性だからな」

 

 アルトリアの返答にクーフーリンは納得する。

 

 「で、どこ行くの?」

 

 クロエは全員にこれからどこに行くのか尋ねる。行く当てがないのは彼らも同じだ。

 

 「さっき行ったのとは逆方向に行くのが無難か?」

 

 「そうね。そうしましょう」

 

 「私はお前たちについて行く」

 

 「アーチャーはいいのか?」

 

 残るはエミヤのみ。

 

 「――――」

 

 「おい、アーチャーいいのかって聞いてんだよ」

 

 「構わない。そのかわりあちら側に行くのなら全員私が隠れろと言ったら隠れるんだ。いいな?」

 

 「あ? なんでだよ」

 

 「…あの二人がいるのは向こう側だからだ」

 

 彼らが行こうとしている方向には屋敷がある。とある誓いを交わした場所。衛宮邸が。

 

 

***

 

 

 「そういえば今日ライダーから相談があるんだっけ。ま、それは夕食の後かな」

 

 昨日日本に戻ってきたばかりの凜は、荷物の整理をすべて済ませずに衛宮邸に行ったので今はその片付けをしている。

 

 「にしてもなんかこっちより向こうの方が落ち着くわね」

 

 凜は衛宮邸に泊まる機会は多い。もはや住んでいると言っても過言ではない。今では自分の屋敷より衛宮邸の方がいて気持ち的に楽だなと思うようになっている。魔術師的には遠坂邸の方が霊脈の都合上良かったりするのだが。

 

 「やることやってさっさと戻りますか」

 

 作業を続ける。

 ある程度時間が経ったところで、不意に凜は目を窓の外に向けた。

 作業で疲れたのかもしれない、なんとなく外を見たくなった。

 

 「――外国人? あんな黒いんだからそりゃそうか」

 

 外には白髪でグレーのシャツを着た外国人の男が立っていた。その見た目から一瞬、あの男は殺し屋なのではないかなどと凜は思ってしまった。

 

 「そんなわけないだろうけど……、うちを見てる?」

 

 男は遠坂邸をただ眺めている。

 

 「あ…」

 

 目が合った。感情を感じさせない表情、男は金色の瞳で凜を見る。

 しかしそれもほんの数秒。男は声をかけられたのか後ろを振り向いた。

 

 「あっちは日本人ね」

 

 何を言っているのかは聞こえない。凜のいる場所は屋敷の二階なのだから当然だ。そこからでは日本人の少年が男に声をかけたことしかわからない。

 少年の方へと男は歩き出した。

 

 「――――」

 

 顔は見えない。見えるのは男の背中、とても大きく広い男の背中。

 見覚えはあるが、思い出せない。

 

 「なんだったんだろう」

 

 なぜ家の前にいたのだろうか。

 見たことがあるようで、見たことがない男。彼の姿はもう見えなくなった。

 

 「――――早く終わらせよう」

 

 深く考えることはない。凜は中断していた作業を再開する。

 

 

***

 

 

 「合流できてよかったよ。霊体化してるかと思ってた。そのスーツ似合ってるね」

 

 エミヤオルタは無事見つけ出せた。森で別れる時に霊体化すると言っていたのでもう少し時間がかかると思っていたが、実体化していたので思いのほか早く見つけることができた。

 

 「あそこで何してたの?」

 

 「――屋敷を見ていた」

 

 「あの大きいところか。何で?」

 

 「さあな、俺にもわからない」

 

 「そっか…」

 

 「それより悪いな、マスター」

 

 「ん? ああ、王様のこと? 別にいいよ。ちゃんと服着てたし、誰にも危害加えてないみたいだったから。それにここはエミヤオルタが来たいから来たんでしょ? だったらいいよ」

 

 ギルガメッシュを探さなかったことはさほど気にしていない。無事でいるならそれでいい。怒ってなどいない。むしろエミヤオルタに行きたい場所があるのなら行かせてやりたいぐらいだった。

 

 「来たいからか…」

 

 大きな屋敷が思い出される。彼は意識してあそこにたどり着いたわけではない。立香に言われた通り最初はギルガメッシュを連れ戻すために町を歩いていた。しかし途中無意識のうちに道を外れ気がついたら屋敷の前にいた。

 

 「ス馬鹿は拾えたから、次は橋を渡るってことでいいの?」

 

 「そうだね。こっちはエミヤ達に任せて俺たちは向こう側に行こう」

 

 ジャンヌがス馬鹿と呼んでいるのはエミヤオルタのことである。立香が彼女になんの略か聞いたところ、スカした馬鹿の略らしい。何が原因でその名前になったのかは不明。

 立香たちは橋がある川の方へと歩く。

 

 「――――――」

 

 深い意味はない。エミヤオルタは振り返り、屋敷の方を見る。

 自分に記憶など残っていない。それは誰よりも理解している。だというのにあの屋敷には過去に行ったことがあるような気がした。それがどうしても気になった。

 

 「エミヤオルタ?」

 

 「――――なんでもない」

 

 立香たちの後を追う。

 

 「じゃあ行こうか。もう暗くなってきたし」

 

 日没だ。日が沈み、夜の時間が訪れる。

 

 

***

 

 

 「はあ…。どこだここ」

 

 街灯の光はあるが辺りは暗い、間違いなく夜。

 多くの家が並び立っている。住宅街だ。

 

 「成功したのか…?」

 

 両儀式は冬木に無事レイシフトすることができた。

 彼女は成功するなんて思ってもいなかったので驚いているが、来てしまったものからには役目を果たす。

 

 「探すか。どこいるか知らないけど」

 

 冬木には来たことがないので、当然地理も把握していない。なのでとりあえずぶらつくことにした。

 

 「誰もいないよな…」

 

 しばらく歩いてみたが一般人とは出会わなかった。窓から光が漏れている家もあるので人がいないなんてことはないだろう。となると夜だから誰もいないと考えるのが普通だ。

 

 「…それなら始めてもいいか」

 

 式は足を止め、振り向いた。

 

 「お前、誰だ?」

 

 彼女が話しかけた方向には何もいない。一般人にはそう見える。

 

 「なんだ、お前やっぱりサーヴァントなのか」

 

 「ほんとに誰だ、お前」

 

 背後になにかいるのは感知していた。おそらく人間ではないことも。

 そして式の感じた通りいたのは人間ではなく霊体化したサーヴァントだった。サーヴァントは男、鎧を纏った騎士。鎧を纏っているといってもランスロットやガウェインのように全身を鎧で固めているわけではない。彼らのような円卓の騎士と比べるといささか軽装に見える。

 初めて目にする英霊だ。少なくともカルデアにはいない。

 

 「その前に聞きたいんだが、お前どっち側だ?」

 

 「は?」

 

 「敵かそうじゃないかどっちだって聞いたんだ」

 

 「お前がそもそも何者なのかわからないからそれすらわからないよ」

 

 「そうか…。なら――」

 

 彼が何者かわからない以上は敵か味方なのかという判断もできない。男はなかなか強そうなので式的には後者であってほしいと思っている。

 

 「――お前、その目…」

 

 男は式の瞳を見るなり目を細めた。不快気な様子をあらわにしている。

 

 「俺の目がどうかしたのか?」

 

 「……いや、ただ気に入らないだけだ――!!」

 

 「――――!」

 

 突如式の眼前に現れたのは剣と呼ばれる物。それを左手に握ってるのは五メートルほど離れた場所に立っていたはずの男の右手。

 

 「避けるのか」

 

 式は剣を額を掠るかどうかの間一髪で回避した。

 彼女の持つ第六感がなければ、確実に頭部を両断されていただろう。

 

 「危ないだろ…」

 

 式は男との距離を離すために後方へと跳躍した。

 

 「やっぱりナイフは常に握ってるべきだな」

 

 攻撃された時点でナイフを握っていれば即座に反撃ができたと自分の行動を反省をしながら、彼女は愛用のナイフを取り出して構える。

 

 「見た目のわりに強いのか?」

 

 「失礼な奴だ――」

 

 再び迫る男。

 今度は警戒を強めていたので、男の動きをしっかりと目で捉えられている。が、男は速い。見えているだけで彼の速度に対して反応が間に合うかどうか微妙な所だ。

 まず一度目の攻撃は辛うじて間に合い防御することができた。だが間髪入れずにされた追撃、あまりの速度にナイフが追いつかない。

 

 「クソ――ッ!」

 

 最初の攻撃時の間合い詰めもそうだが、動きが速すぎて式では追いつくことができない。直死の魔眼で見た男の剣の死の線を切ろうと考えていたがそんな余裕はない。

 斬られると確信して諦めた時、剣は動きを止めた。否、止められた。場違いなアロハシャツを着た槍兵によって。

 

 「よお、無事か?」

 

 

***

 

 

 「なんでこういう時に藤ねえはいないのか……。悪いな、桜。わざわざ付き合わせて」

 

 「いいですよ先輩。教会に行くぐらい何ともないです」

 

 「そう言ってくれると助かる。それにしてもディーロの爺さんなんで俺を呼んだんだろう」

 

 夕食を食べ終わった士郎は新都にある教会のディーロ神父に呼ばれたので、そちらへ向かっていた。

 本当は士郎のみで行くつもりだったのだが、ライダーと凜は遠坂邸で用事があるらしく、士郎が出て行ってしまうと桜一人を家に残す形になってしまうので、二人は一緒に協会に行くことになった。

 

 「内容に関してなにも言ってなかったんですか?」

 

 「詳しいことは何も言われなかったな。でも割と真剣な話みたいだった」

 

 士郎は神父から電話で教会に来てほしいとしか言われていない。

 

 「真剣な話ですか…」

 

 今日会った金髪の男を思い出す。もしかしてまた聖杯戦争がらみの話なのではないかと桜は想像してしまった。

 

 「桜?」

 

 怯えているような様子の桜に声をかける。

 

 「あ! いえ、なんでもないです」

 

 「そうか…、ならいいけど」

 

 桜は金髪の男に関して誰にも言っていない。言うのが怖い。それに彼女は、男があの時の男とは別人である可能性を捨てきれていない。

 だからその可能性しがみついている。

 

 しばらく歩き、坂までたどり着いた。教会は丘の上にある。坂を登ればもうすぐだ。

 躊躇うことはない。もう戦いは終わり平和なのだから。二人は進む。

 

――何が起こるなど知らずに。

 

 「桜!!」

 

 桜は唐突にその場で膝をついた。

 

 「あれ……?」

 

 足に力が入らない。立ち上がることも、足を動かすこともできない。急に力が抜けた。

 そして、

 

 「――――ッ!」

 

 体の中から何かを吸われるような感覚。

 とてつもなく辛く、泣きたくなるほど苦しい。

 

 「おい、桜!」

 

 士郎が呼びかける。が、桜は応答できない。痛みの方が上回っている。かろうじて息ができている状態だ。

 桜の肩を掴み呼びかけるも、結果は変わらない。自分にどうにもできないなら、誰かを頼るしかない。凜かライダーが一番いいのだがさすがに遠坂邸までは遠い。幸い教会が近いので士郎は桜を負ぶって教会に行くことにした。

 

 「――――な」

 

 瞬間、異常な寒気が士郎と桜を襲う。

 原因はすぐに判明した。真後ろにいるのだから。

 

 「バー…サーカー…」

 

 容姿が闇に覆われたように黒く変わっているが、あの巨大な体を見間違えるはずがない。間違いなく二年前の聖杯戦争で士郎が戦ったサーヴァントの中の一体、バーサーカーだ。

 

 「なんでいるんだ……、あの時消滅したはずじゃ…。そもそも聖杯戦争は…」

 

 聖杯戦争は終わった。この冬木での聖杯戦争は終わった。だがまだ続く。だれかが再開させる。終わらせまいと続きを始める。

 

 闇に覆われた巨人はその大きな剣を右手に握り、士郎と桜を見下ろす。

 



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第二節 『再開の夜』 後編

いよいよ彼と彼女が出会います。


 「こっちも平和だ」

 

 立香たちは新都に足を運んでいる。歩いた限りでは深山町と同じくこちらも平和そのものだ。

 

 「そろそろ公園の方に行こうか」

 

 「はい。いい時間ですね」

 

 別れる前に決めた集合時間が近づいてきたので、移動を開始する。場所は立香が知っているので迷うことはない。

 

 「マスター」

 

 エルキドゥに呼び止められる。

 

 「なに? エルキドゥ」

 

 「さっきの町でサーヴァントの反応が二体。片方は知らないサーヴァント。もう片方は知ってる。カルデアのサーヴァントだ」

 

 「カルデアのサーヴァントって誰?」

 

 「僕が来るよりも前からカルデアにいる………そう、両儀式だ」

 

 「式さん?」

 

 「うん」

 

 カルデアのサーヴァント。その中でも英雄ではない両儀式が来たと言うのは立香にとって驚きだった。

 

 「合流したいけど、もう一人のサーヴァントが気になるな…」

 

 敵か味方か。この世界に何故来たのかわかっていない状況で、何か事情を知っている可能性のあるサーヴァントは重要だ。立香としてはできれば敵ではないことを祈りたい。

 

 「急いで向こうに行こう」

 

 善は急げ、だ。面倒なことになる前に合流しようと深山町に行って式と合流する。

 

 「――その前に悪い知らせができたよ。こっち側にもサーヴァントだ」

 

 「そのサーヴァントは知ってる?」

 

 「似たのは知ってるけど…いや別物だ。彼とは異なってる」

 

 エルキドゥの目が細くなった。それは現れたサーヴァントに対する警戒の現れだ。

 

 「行くならこっち側のサーヴァントがいいと思うよ。多分普通じゃない。向こうだ」

 

 エルキドゥが指をさしたのはまだ立香たちが足を運んでいない方向だった。

 

 「わかった。町ならエミヤがいるからそっちは任せよう。俺たちはこっち側にいるサーヴァントのところに行く」

 

 

***

 

 

 赤い槍は男の振るった剣を受け止めている。

 

 「刃物なんか振り回しやがって、場所を考えろ。危ねえだろ」

 

 「お前たちも同じだろうが」

 「確かにそうだな」

 

 男が手に力を入れて剣を無理やり押し込もうとするが槍は微動だにしない。

 

 「…なるほど、お前は強いらしい」

 

 男は後退して一旦クーフーリンとの距離を取る。

 

 「召喚されてから初めての戦闘だ。この際敵か味方なんてどうでもいい。槍兵、削り合おうぜ、命を」

 

 「ハッ! おもしれえ。俺も最近本気の命の削り合いはしてないんだ。相手になってやるよ、剣使い」

 

 クーフーリンの姿が変わった。いつもの青タイツだ。つまり彼は戦闘態勢にある。

 

 「おい、待てよ。俺は状況がわかってないんだ」

 

 「わりいな。余裕がねえんだ。あいつが大人しく俺らの話を待つように見えないだろ。それに純粋にあいつは強い。話は後でするから下がってな」

 

 「――わかった」

 

 不満はあるが、クーフーリンの言った通り男が説明の時間を与えるとは思えない。渋々式は彼らから離れた。

 

 「用は済んだよな。なら行く――」

 

 最初に動いたのはクーフーリン。後手に回るのは不味いと先手を仕掛ける。

 まずは槍による刺突。鋭利な刃先は高速で動き何度も男を襲う。だが男はそれら全てを回避する。身体を動かして避け、危険だと判断した攻撃だけ体にあたる直前に剣を使い槍の軌道をずらす。

 十度ほど金属音が鳴り響いたところで、クーフーリンがさらに仕掛けた。途中までは腹部への刺突。しかし男が剣で軌道をずらそうとした瞬間に槍を跳ねあがらせて斬り上げた。

 そのフェイントはあまりに自然で並のサーヴァントでは反応が間に合わず切り裂かれてしまうだろう。けれど男は違った。

 

 「――紙一重だな…」

 

 男は反応し、完全に回避してみせた。男の直感などではない純粋な瞬発力の速さにクーフーリンは少なからず驚いた。

そしてそれが隙となる。

 一秒もない隙をついて男は反撃に出た。地面に対して水平に振るわれる剣、無駄のない効果的な攻撃。斬られる寸前で赤い槍はそれを防ぐ。

 

 「隙に見えたか?」

 

 確かにあれは隙だった。だが何度も死地を生き抜いてきた彼は、戦闘において致命的ともいえるその隙を埋める技量がある。

 

 剣に加えられている力を上回る力でクーフーリンは男の剣を弾いた。これで剣を使用して攻撃を回避することはできない。

 

 「喰らいやがれ」

 

 刺突というのは刃物の形状からして面積が少ないため案外避けやすそうではある。が、彼が本気で振るう槍は体を回避なんて許さない。それに男は攻撃を弾かれたことによって体勢が崩れている。いくら高い反射神経があろうと回避は不可能だ。

 

 ――だがこれはあくまで男に何も隠していなかったらの話だ。

 

 「な――――!」

 

 槍は当たることなく剣に防がれた。もちろんクーフーリンが先ほど弾いた剣ではない。

 男が右手に握っている新たな剣によって刺突は防御されてしまった。

 

 「2本目…!」

 

 二人の戦闘を見ていた式は理解した。自分が勘違いをしていたことを。

 気になってはいたのだ。剣の柄の長さが明らかに片手剣のものではないのに彼がずっと左手だけで剣を振るっていたことが。これでわかった。彼はそもそも二本剣を使って戦う二刀流なのだと。

 

 お互いに一旦後方へと下がって距離をとった。

 

 「ったく…、二刀使いかよ」

 

 どこぞの弓兵が脳内をよぎったが今はふざけていられる状態でもないので、すぐに映像を頭からかき消した。

 

 「まだ終わりじゃないだろ? 続きだ、ランサー。行くぞ」

 

 

***

 

 

 巨人は大剣を振り上げる。

 

 「くっ――――!」

 

 もう避けられない。バーサーカーの間合いに入っている。ここから少年と少女が自力で生き残る方法はない。

 バーサーカーが剣を振り下ろす。

 

 「巴さん!」

 

 「御意」

 

 少年の後方から巴御前が放った三本の矢がバーサーカーを襲う。それを受けてバーサーカーは攻撃を中断した。

 

 「ジャンヌ! そこの二人!」

 

 「わかってるわよ!」

 

 ジャンヌが立香の指示通り士郎と桜を抱え立香の後ろまで運ぶ。

 

 「ヘラクレスか…」

 

 彼らの前に立つのはギリシャの大英雄ヘラクレス。しかしカルデアにいるヘラクレスとは何かが違う。

 

 「シャドウサーヴァントか? いや違う」

 

 シャドウサーヴァントはサーヴァントの影に過ぎない。本物を模しているだけの偽物だ。それとは違い目の前に佇むヘラクレスは紛れもない本物。黒い闇に包まれているが間違いなく彼である。

 

 「巴さんいける?」

 

 「――、お任せを」

 

 いつもの戦闘服に着替えた巴御前は頼もしい声で答える。アイコンタクトだけでやってほしいことは伝わったようだ。

 

 「ジャンヌもお願い」

 

 「はいはい」

 

 二人を運び終わったジャンヌも戦闘に加わる。

 

 

***

 

 

 「大丈夫です…か…って、村正さんにパールヴァティ!?」

 

 士郎の目の前に突然現れた少年はなにやら驚いている様子だった。

 

 「…いや、まて…。ただ似ているだけ? でも瓜二つだぞ。――ああ、そういえばパールヴァティが自分と波長が合う少女を依り代にしたとか言ってたっけ。まさかそれが…」

 

 「君は…一体」

 

 自分たちを助けてくれたことは何となくわかるのだが、状況が今一つかめないのでまず何者なのか聞くことにした。

 

 「あ! すみません」

 

 士郎の声を聞いて今はそれどころではなかったと少年は謝った。

 

 「ごめんなさい。事情はあとで説明します。それよりその人は大丈夫ですか?」

 

 少年は士郎が抱える桜のことを見て身を案じているようだった。

 

 「わからないんだ」

 

 「そうですか。とりあえず…」

 

 少年が手をかざすと桜の体が数秒明るい緑の光に包まれた。

 

 「効くかは不明ですけど、一応使っておきます」

 

 「…魔術師なのか?」

 

 士郎は少年が何をしたのかわかった。少年が使った力は紛れもない魔術だった。

 

 「魔術師を知ってるんですか? なら都合がいい。時代が時代だからどう誤魔化そうか困ってたんです」

 

 士郎が魔術師のことを知っていることがわかって少年は安心したようだった。

 

 「正確魔術師ではないですけど。俺は藤丸立香、カルデアのマスターです」

 

 少年――立香は士郎にそう答えた。

 

 

***

 

 

 「動かないわね」

 

 ヘラクレスは巴御前の矢を受けてから指の一本も動かしていない。

 

 「ですが注意は怠らずに。相手はあのヘラクレス殿です」

 

 「わかってるっての」

 

 動いていないだけで隙があるわけではない。

 

 「■■■■■■■■■■■■――――!」

 

 「来ます…!」

 

 咆哮と共にヘラクレスが踏み込み、飛ぶように二人に襲い掛かる。

 彼はその大剣を叩きつけるように振るう。

 巴御前、ジャンヌはそれぞれ左右に避けるが、攻撃によって生まれた衝撃に二人は吹き飛ばされる。

 

 「角女、そっちから攻撃!」

 

 「はい!」

 

 ヘラクレスから見て左側に飛ばされたジャンヌが彼の立っている場所に炎を出現させる。

 

 「■■■■■――!」

 

 自分の体が燃える前に異常な反応速度でヘラクレスが垂直に飛び上がる。

 

 「そこです」

 

 ヘラクレスが空中に跳んだ瞬間を、巴御前が宝具で狙う。

 彼相手に出し惜しみしている余裕はない。終わらせるのなら速攻で片を付ける。

 

 「『真言・聖観世音菩薩(オン・アロリキヤ・ソワカ)』!!」

 

 胴体を狙った攻撃。寸分の狂いなく、ヘラクレスの元へ飛んでいく。

 だが巨人は空中でその矢をなぎ払い、矢が届くことはなかった。

 

 「計画通りです」

 

 巴御前の宝具を空中で斬り払った結果、攻撃はくらわなかったもののその反動で体が吹き飛ばされた。

 今の攻撃の目的はヘラクレスにダメージを与えることではなく、彼を道から外れた場所に移動させることだった。

 

 「行きますよ」

 

 「わかってる。ほら、霊体化してないであんたも行くわよ。ス馬鹿」

 

 

***

 

 

  「よし! いい感じだ」

 

 立香が望んだとおりヘラクレスを道から外させることができた。

 何故そうしたのか。理由は二つある。

 一つは助けた二人に危険が及ばないように。

 二つ目は、

 

 「王様、これで戦ってもらっても大丈夫ですよ」

 

 最高戦力であり、ヘラクレスと相性がいいギルガメッシュを戦闘可能にするため。

 彼らがこの場で戦ってしまったら、道にクレーターが出来かねないのでそうすることにした。

 

 「王様聞いてる?」

 

 ギルガメッシュからの返答がない。

 

 「マスター、僕がギルの代わりに行くよ」

 

 「それでもいいけど…。――わかった。頼んだよ」

 

 「うん」

 

 ギルガメッシュの代わりにエルキドゥがヘラクレスの元へと向かった。ギルガメッシュではなく彼が行っても問題はない。やってほしいこと一緒だからだ。

 

 「王様はここで守りをお願いします」

 

 動かないのなら仕方ない。護衛を頼むことにした。

 

 「なんだ、あんた…」

 

 ギルガメッシュは苦しんでいる少女を見ている。そのことに気付いた少年が彼を警戒する。

 

 「――――そう警戒するな雑種。ただ見ていただけだ。殺しはせん」

 

 少年はギルガメッシュから殺意ではないが、敵意を感じていた。

 

 「王様」

 

 「わかっている。貴様の身を守ればいいのだろう。問題はない」

 

 「俺だけじゃなくて、その二人もです。絶対にその人たちに攻撃しないでくださいね」

 

 「ああ」

 

 ギルガメッシュは桜から視線を外した。

 

 「はあ…。みんな大丈夫だといいけど」

 

 

***

 

 

 場所は墓地。普段は静かなそこで銃声が響く。

 

 「ちっ、効かないか」

 

 エミヤオルタの銃弾はヘラクレスには効かない。

 

 「僕がやろう」

 

 エルキドゥが墓地へと跳躍してきた。

 そのまま手のひらをヘラクレスに向け、鎖を出現させる。

 

 「■■■■■■――――!」

 

 危険だと察知したのか巨人は跳びはねる。先ほどのように空中で攻撃されないことを確認してからの跳躍。それによって鎖は躱すことはできた。

 

 「でもいいの? そんな目立つように跳んで。向こうから見えるよ?」

 

 何かが自分に向かって飛んできていることに気付いた時にはもう遅かった。どこからか放たれた螺旋状の矢によってヘラクレスの右半身が消し飛ぶ。

 

 「だから言ったのに」

 

 追撃。エルキドゥは再び鎖をヘラクレスの方へ放ち、空中で拘束した。そのまま地面に巨人を叩きつける。

 さらに追撃。ジャンヌオルタはヘラクレスへと近づき傷口に黒い剣を突き刺した。

 

 「■■■■■――!」

 

 すると途端にヘラクレスの体が燃え上がり始めた。

 

 「どう? いい火加減かしら」

 

 体外も体内も燃やされる。

 一度目の死亡。

 

 「ス馬鹿、次」

 

 エミヤオルタが左手に持つ銃を構える。

 

 「その名前はどうにかならないのか」

 

 冷たい声と同時に黒い銃から異様な弾丸が発射された。

 

 「I am the bone of my sword…」

 

 鎖を外そうと抵抗しているが無駄だ。

 

 「So as i pray…」

 

 エミヤオルタの銃弾が彼に着弾する。

 

 「『UNLIMITED LOST WORKS』……!」

 

 弾丸を中心に出現した無数の剣によってヘラクレスの上半身は破裂する。

 

 「まだ二回目だ」

 

 ヘラクレスの宝具、『十二の試練(ゴット・ハンド)』の効果がある。彼はこれによって合計十一回の蘇生がされる。つまりヘラクレスを完全に殺すには、あと九回殺して上でさらにもう一度殺さなくてはならない。

 

 「再生にはまだ時間がかかりそうだね」

 

 「ええ、ですから再生した瞬間を狙って…」

 

 ヘラクレスの上半身の再生が完了するまでに準備を整えるつもりだった。が、彼の体は再生し終わる前に溶けるようにしてその場から消えてしまった。

 

 「消えたわよ」

 

 「そのようですね。ですが霊体化とは違うように見えました」

 

 「うん。かといって消滅でもないみたいだけど」

 

 消滅でも霊体化でもない消え方をヘラクレスはした。

 そのことに別段彼らは驚いていない。なぜなら戦っていたヘラクレスがそもそも不自然だったからだ。あのような存在ならば見知らぬ消え方をしていてもおかしくないと全員思っていた。

 

 「あんたはあれが何かわかるの? 見た目はヘラクレスだったけど」

 

 ジャンヌオルタがエルキドゥに尋ねる。

 

 「あれは僕も知らない。サーヴァントではあるけど何かが違う」

 

 エルキドゥですら初めて見る存在だった。

 

 「そういえばエルキドゥ殿、先ほどの矢は一体」

 

 「私のよ」

 

 深山町で探索しているはずのクロエが茂みから現れた。

 

 「あんたなんでいるのよ」

 

 「あの赤い弓兵さんに言われたの。援護に行けってね」

 

 「――――そうですか。エミヤ殿が…」

 

 エミヤなら自分たちの戦力よりマスターの方の戦力を増やすことを優先するだろう。そこは別にいい。今気になるのは、

 

 「向こうはどうなったの?」

 

 「知らないわ。こっち大丈夫だから援護に行って来いって言われただけだから。あっちがどうなっているのかは知らない」

 

 「わかりました。ギルガメッシュ王がついているのなら大丈夫だとは思いますが、ひとまず――」

 

 「うん。早く戻ったほうがいい。さっきのヘラクレスが向こうに行ったみたいだ」

 

 「な――――!」

 

 エルキドゥの報告を受けたサーヴァントたちは急ぎマスターのもとへ移動し始めた。

 

 

***

 

 

 「こちらに来たか…」

 

 「王様…? なんて――」

 

 ギルガメッシュの小声を立香は聞き取れなかったので、彼に何を言ったのか尋ねた瞬間。巨人はどこからともなくその姿を現した。

 

 「王様!」

 

 怯えるのでもなく、戸惑うでもなく、なぜここにと考えるのでもなく、立香が最初にしたのはギルガメッシュへの指示だった。

 

 「フ……。成長したものよ」

 

 初めてであった頃の彼と今の立香を比べてギルガメッシュは笑みを浮かべる。それと同時に展開された彼の宝具。

 

 「喜べ、貴様のような贋作は本来我の手で相手をする資格を持ち合わせていないが……この雑種のささやかな成長に免じて相手をしてやろう」

 

 「■■■■■――!」

 

 ヘラクレスの咆哮。

 それは攻撃の合図などではなく、ギルガメッシュの出現させた宝具によって体を貫かれたために出た悲鳴のようなものだった。

 

 「この程度ではなかろう。贋作とはいえヘラクレスなのだ。もっと踊るがいい」

 

 際限なく宝具がヘラクレスに降りそそぐ。立香が気にしていたギルガメッシュの攻撃によってでる道への被害はもはやどうしようもないだろう。

 十秒ほど経過したところでギルガメッシュは投擲をやめた。

 

 「――――――」

 

 「まだ舞えるだろう?」

 

 「――■■■■■■――!」

 

 再生速度がカルデアのヘラクレスよりも早い。

 再び巨人は咆哮をあげる。大地は震え、空気が変わった。殺意という実体を持たないものが彼らを支配する。

 

 「消えろ」

 

 巨大な黄金色の槍が巨体をいとも容易く貫通する。

 そこでまたヘラクレスは死んだ。かに思えた。

 

 「剣を…!」

 

 動くことのできなくなった彼は立香たち…正確には士郎と桜に向けて投げつけてきた。それも尋常ではない速度で。

 

 「王様、防御!」

 

 指示を出しても彼は何故か動かなかった。守ろうとする意志は微塵もない。

 

 「――――」

 

 返事すらない。剣は立香の横を通り過ぎ、二人の目前へ。

 もう一秒もなく彼らを切断する紙一重のところで、黒い聖剣を持った少女が現れヘラクレスの大剣を当たり前のように弾き飛ばした。

 

 「セイバー…」

 

 懐かしい呼び名を呟く。

 二年前彼のサーヴァントだった少女のクラス名だ。

 なぜその名を口にしたのか。それは今自分たちを守ってくれた少女の顔とあの少女の顔が同じものだったからだ。

 

 「――――」

 

 少女は振り向くと、何も言わずに士郎のことを見つめる。

 

 少女を見え上げる少年、少年を見下ろす少女。

 その光景は、二年前に士郎が彼女を召喚したときの再現のようだった。

 




ランサーと謎の二刀流サーヴァントの戦闘は次回まで続きます。ついでに彼の真名は次の第三節でわかります。

ストックが尽きたので次回はいつになるか不明です。なるべく早く投稿するように努めます。


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第三節 『双剣の騎士』 前編

今回で真名明かしまで行くつもりだったんですが、どうもテキスト量が多くなるので分割しました。


 「アルトリア!」

 

 少年の方を向いているアルトリアの背中へと立香は声に出して名前を呼んだ。

 

 「――弓兵に言われ増援としてきた」

 

 アルトリアは少年から視線を外すと立香の方へと歩き始めた。

 

 「おい、英雄王。貴様にはヘラクレスの攻撃を無視したことについて問い質したいが、それは後だ。あれが何回死んだのか教えろ」

 

 「知らん」

 

 「…どうやら斬られたいようだな」

 

 即答したギルガメッシュに対してアルトリアは剣を向けた。

 

 「ちょっと二人とも喧嘩は後でやって、今はヘラクレスを…」

 

 「案ずるな。見てみろ」

 

 ギルガメッシュに言われた通り立香はヘラクレスを見た。すると彼の体は溶けるようにして消えようとしていた。

 

 「あれは…?」

 

 霊体化しようとしているわけではないことは立香でもわかった。かといって消滅でもない。初めて見るサーヴァントの消え方だ。

 

 「あれを放った者のところにでも戻っているのだろうよ」

 

 ヘラクレスは完全に姿を消し、その場に残ったのはギルガメッシュが攻撃によってできた破壊の跡だけだった。

 

 

***

 

 

 「大丈夫ですか?」

 

 ヘラクレスが消えてすぐに少年――藤丸立香が士郎に向けて声をかけた。

 

 「俺は大丈夫だ。それよりも…」

 

 腕の中で今尚苦しそうにしている桜に目を向ける。

 

 「すまない。助けてもらったお礼は後でさせてくれ、ひとまず桜を運ぶ」

 

 助けてくれたことに対してのお礼は当然したかった。けどそれよりも桜の方が優先順位は上だ。

 

 「もちろんです。安全が確保できているわけじゃないので俺たちも同行します」

 

 「助かるよ」

 

 再びヘラクレスが襲ってこないとも限らない。立香の申し出は非常に助かるものだった。

 

 桜を抱えた士郎は走って教会へと向かった。

 

 

***

 

 

 場所は教会の礼拝堂。

 時は、桜を運んで少し経過してから。

 

 「桜、大丈夫か? やっぱり背負った方が…」

 

 「大丈夫ですよ、先輩。ほら、この通り元気です」

 

 体に異常がないことを桜はアピールするが、先ほどの苦しんでいる様子を見ているので士郎はどうしても彼女のことが心配だ。

 

 「心配しなくても大丈夫ですよ。本当に桜さんは元気です」

 

 そう言ったのは桜の容体を見てくれていた老神父――ディーロ。彼は二年前に命を落とした言峰綺礼の代わりに、この冬木教会で神父を務めている。

 

 「そうか…」

 

 ディーロは嘘をつくような人間ではない。それを知っている士郎は、彼が言っているのなら本当なのだろうとひとまず安心した。

 

 「先輩、私のことよりもまずは…」

 

 「……ああ」

 

 士郎にとって桜という存在が最優先なので、彼女のことよりも他を優先することはありえないのだが、今は容体も落ち着いた様子で彼女の言う通りやらなければならないことがあるのでそのことについての訂正はしない。

 

 つい数分前入ってきた扉へと足を進めた士郎はゆっくりと扉を開け、外にいる立香を見つけるべく目を動かす。

 もう夜だ。凜の方は大丈夫なのかなど考えながら彼を探した。

 見つけた。外は暗いが見つかるまでそう時間はかからなかった。扉を開けてすぐ見えるところにいたというのと、彼の周りにいる複数のサーヴァントと会話しているのが時間のかからなかった主な理由だろう。

 

 「――――」

 

 立香の近くにいるサーヴァントの一人の少女が士郎の目に留まった。

――やはり、彼女だ。

 

 「………!」

 

 立香は士郎に気付いたようで、サーヴァントたちとの会話を中断して扉の方へと歩いてきた。

 会話を邪魔してしまったことを申し訳ないと思いながら士郎は口を開いた。

 

 「入ってきてくれ」

 

 「わかりました」

 

 士郎に言われた通り立香は扉を通り礼拝堂へと入った。それに続いて長い緑色の髪を頭の後ろで束ねたサーヴァントであろう人物が入ってきた。護衛のようなものだろうと思い、士郎はそのことに触れることはなかった。

 

 「よかった。無事だったんですね」

 

 「はい。おかげさまで助かりました」

 

 苦しんではいたがあの時立香の顔はしっかり見えていた。彼が助けてくれたと言うのは士郎からも聞いていたので当然桜はお礼を言った。

 

 「桜、ディーロの爺さんは?」

 

 先ほどまでいたディーロの姿が消えていた。

 

 「話が終わったら先輩に奥の部屋に来てほしいと伝えてと私に言った後に、向こうに行きました」

 

 桜が指さしたのは礼拝堂の奥。ディーロが来てほしいと言ったのはおそらくいつも彼が作業をしている部屋だ。

 

 「わかった。ならすぐ行ってくるよ」

 

 「すぐですか? お話は?」

 

 「遠坂と合流してからにしたい」

 

 士郎はここで立香から話を聞く気はなかった。というのも、このような魔術が関係していそうな話には凜もいた方がいいというのがわかっているからだ。自分のような未熟者と比べて、正当な魔術師である彼女ならこの事態を把握できるはずだ。だからここでするよりも衛宮邸に戻ってから話をした方がいいと考えている彼はここで話をする気はない。

 

 「話をするのは俺たちの家でもいいか?」

 

 「俺はいいですよ。任せます」

 

 「なら一旦帰ろう。俺は神父と話すことあるから少し待っててくれ」

 

 士郎は礼拝堂の奥へと向かう。

 

 

***

 

 

 「藤丸立香…でいいんだよな」

 

 「はい。好きなように呼んでもらって大丈夫です」

 

 「なら、立香で」

 

 士郎の用事が終わると教会からはすぐに出た。そして今は適当に会話をしつつ、士郎の家へと向かって歩いている。

 

 (――危険には…見えないよな。やっぱり)

 

 士郎の横を歩く女性を立香は見る。

 エルキドゥが、彼女は危険だから警戒してと言っていたのでここ数分警戒しながら歩いていたが、彼女のどこが危険なのかがわからなかった。

 

 「と、俺たちも自己紹介しないとな。俺は衛宮士郎だ、よろしく」

 

 「私は間桐桜です」

 

 歩きながら二人から軽く自己紹介をされた。

 

 「衛宮…」

 

 彼のカルデアにはエミヤの名を持つサーヴァントが三人いる。

 立香は士郎の顔を見ながらとあることを思い出す。

 

 「もしかしてあの時胃が痛いとか言ってたのは…」

 

 下総から帰還後のある日。エミヤにその時の出来事を話していたら彼は千子村正に興味を持ったらしく「ほう、鍛冶師のサーヴァント。刀……刀か…いいな…」なんて言っていた。そこで、千子村正の映像データが残っていたのでエミヤに見せると、初めてイシュタルやジャガーマン、パールヴァティーを見た時もしていたよくわからないリアクションをした後に、胃が痛いと言ってその場から離れていった。

 その時のことと、彼らが同じエミヤの名を持っていることからある可能性が頭をよぎった。

 

(もしかして…)

 

 可能性としては十分にあるだろう。

 

 「どうかしたか?」

 

 「な、何でもないです。気にしないでください」

 

 立香は変な心配をさせないように笑顔で答える。

 

 「衛宮さんと間桐さんですよね」

 

 「下の名前でいいよ。俺たちもそうするし」

 

 「わかりました。士郎さん」

 

 年齢的には大差無さそうだが、雰囲気的に彼らの方が年上に見えたので立香は敬語を使っている。

 

 「――なあ、後ろにいるのは全員…」

 

 「俺のサーヴァントです」

 

 「多いな」

 

 通常の聖杯戦争は七騎のサーヴァントが争うもので、魔術師一人に一体のサーヴァントだ。立香は一人で多くのサーヴァントと契約している。それがおかしなことだとは立香も知っているので、聖杯戦争について何か知っているであろう士郎がこの光景を見て驚くのも無理はないと思っていた。

確かに士郎は立香の連れているサーヴァントの数にも驚いていたが、それよりも彼は…

 

 「士郎さん…?」

 

 士郎の表情に変化があった。それに気づいた立香はどうかしたのか尋ねる。

 

 「何でもない」

 

 そう答えたがとてもそのようには見えなかった。

 隣にいる桜も士郎とは同じものではなかったが表情に変化があった。複雑そうな顔をしている。

 

 (アルトリアを見てから…?)

 

 二人とも表情が変わったのは、立香の後ろを歩くアルトリアオルタの見てからのように思えた。

 そこからは、空気が重くなり沈黙が訪れた。

 

 「――やっぱりアンタあの時の…」

 

 沈黙を破ったのは重たい空気など一切感じていなかったジャンヌオルタだった。

 士郎の顔に見覚えがあるようだ。

 

 「ジャンヌ知り合いなの?」

 

 「先輩、お知合いなんですか?」

 

 それぞれ質問する。

 

 「知り合いというか、夕方商店街で会ったんだよ。俺が間違って声をかけちゃったんだ」

 

 うんうんとジャンヌが同意を示すように頷いている。

 

 「商店街で? ああ、迷子になってた時?」

 

 「迷子にはなってません。あなたたちが先に行っただけです」

 

 「貴様が子供のように麻婆豆腐に夢中になってはぐれただけだろう」

 

 「…その口燃やすわよ?」

 

 「ほう、やってみるか? 貴様の胸についている不要な肉を斬り落としてやろう」

 

 「私はどうしようかしら。あなたの場合斬り落とすような肉がないから」

 

 蔑むような目でアルトリアの胸部を見て、嘲笑するジャンヌ。

 

 「――――」

 

 それにアルトリアが反応しないわけがなく、黒い聖剣も持ち出した。

 

 「ハッ、本当のこと言われてキレてるんじゃないわよ。貧乳騎士王」

 

 「…まったく。やはり貴様は成長過程で脳が育たずに無駄に…そう、無駄に! 胸だけ育ったようだな、突撃駄肉女」

 

 「あ?」

 

 ジャンヌも対抗するように剣を出現させる。

 両者足を止めて向き合った。その様子を見るギルガメッシュ、エルキドゥは止める気など一切なく、巴御前が唯一立香に向かって「そろそろ止めた方がよいのでは」と言ってくれた。

 

 「はい。二人ともそこで終わりにして」

 

 「――――」

 

 納得はしていないようだが、立香の声を聞いたところで二人は剣を仕舞い、睨み合いながら再び彼の後を追うように歩き出す。

 

 「――仲がいいんだな」

 

 「そうですね。いつもこんな感じですよ」

 

 今のアルトリアとジャンヌのやり取りはカルデアではよくある光景、日常の一つだ。

 そんな光景を見ていた士郎の顔にはやはり、安心したような、悔いているような、表情が浮かんでいた。

 

 

***

 

 

 「着いたぞ。俺たちの家だ」

 

 立派な和風の屋敷。表札には衛宮と書いてある。

 

 「入ってくれ。話は中でしよう」

 

 扉を開け、士郎は中へと入って行った。桜も後に続く。

 

 「お邪魔します」

 

 立香は衛宮邸へと足を踏み入れる。

 綺麗に玄関に靴を綺麗にそろえた後、士郎に屋敷を案内される。

 

 「ここは居間だ」

 

 士郎は襖を開いた。その先にあったのは彼の言った通り居間だ。

 

 「な、なんで?」

 

 なぜかその居間には立香のみ知った人物がいた。というよりある一人を除いて、見たことのある顔しかなかった。

 

 「なんかぞろぞろ来たと思ったらやっぱり立香か。ちょうどよかった」

 

 座布団の上には両儀式がごく自然に座っている。

 

 士郎も当然驚いた。なぜなら二年前に自分のことを一度殺し、消滅したはずのサーヴァントがいたから。

 

 「ランサー…」

 




次回はなぜ式さんたちが衛宮邸にいるのかというところのお話になります。


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第三節 『双剣の騎士』 後編

今回はやっと双剣の騎士の真名が明かされます。


 戦況は変化した。押していたはずのクーフーリンが押されているのだ。

 理由は男の動きの変化。二本剣を使うようになってから手数が増え、動きの切れが格段に増した。

 防御をしつつ状況を打破するために隙ができるのを待っているが、男は一項に隙を見せない。

 

 「く……!」

 

 強い。お互い本気を出していないにしても、この短い攻防で男がどれ程の強者なのかクーフーリンは理解した。

 アーチャーとは違い二刀流用として作られていない長さがそれぞれ違う剣を、男は容易に双剣として使いこなしている。

 何よりも厄介なのは男が魔力を自分の剣に流していること。武器の衝突時、彼の魔力が込められた剣が衝撃波のようなものを出し槍を弾く。一種の魔力放出のようなものだ。それによって、防御をするたび、防御をされるたびに体勢を崩される。

 

 (どうしたもんか…)

 

 ランサーは宝具を使えない。というのも宝具を使ってしまうと貴重な情報を持っているかもしれない男を殺してしまう可能性が高い。本気を出していないのもそれが主な理由だ。

 対して男はまだ能力はわからないが宝具を持っている。現在使っている二本の剣のいずれかが宝具なのだろうが、見ただけではそれを判断することができないので警戒し、攻めあぐねていた。

 

 攻防の最中、高速で何かが飛んできていることに彼らは気付く。

 

 「――――マジか」

 

 「――邪魔だな…」

 

 二人はそれぞれ行動をする。

 クーフーリンはその場から離れ。

 男は振り向き、剣を横に振り払った。

 剣と鋭利な何かがぶつかった時、道に響いたのは金属音ではなく爆発音だった。

 間もなく男は爆風に呑まれる。

 

 「――矢…いや剣か」

 

 地面や壁が爆発でボロボロになっている中、平然と黒い煙から姿を現した男は、飛んで来ていたものが矢ではなく剣だったことに気付いた。

 

 「やはりこの火力では無駄か」

 

 声は上から聞こえた。

 電柱の上に弓兵――エミヤは弓を持ち立っていた。

 

 「おい、アーチャー。いいのか?」

 

 道のありさまを見てエミヤに尋ねた。

 

 「ああ。どうやらここは我々が先ほどまでいた冬木市とは別物だ。夜が明ければ元通りになっているだろう」

 

 「どういうことだ?」

 

 「説明は後だ。今はそれよりも…」

 

 エミヤの視線の先には二本の剣を持った男がいた。

 

 「戦っている最中に邪魔するなんて――待て、お前その顔…」

 

 「なんだ?」

 

 攻撃の一つでもしてくるかと思っていたが、そんなことはせず男はじっとエミヤの顔を観察している。

 

 「――違うな。別物だ。あいつの方が苦しそうな眼をしていた。似てるのは顔だけみたいだな」

 

 「なんのことだ?」

 

 男は一人で納得しているだけで、説明が何一つない。

 

 「気にするな。どうでもいい話だ」

 

 ここでは関係のないことだと男は話の流れを断ち切った。

 男はエミヤとアーチャーの二人を交互に見ると口を開く。

 

 「――二対一か? まあ、構わないけどな」

 

 態度からは余裕が感じられる。それほど実力に自信があるのだ。

 

 「やるか」

 

 クーフーリンは槍を構えた。

 男も剣を持つ両手に力を入れる。

 唯一エミヤだけは戦闘態勢には入らなかった。

 

 「…二人を相手にする状況になっているというのにこれほど余裕があるとは、かのアーサー王に『私の見たどんな騎士よりも勝る』と言われた男なだけはある」

 

 「――お前…」

 

 エミヤの言葉に男は動揺を見せる。その様子を見ると、エミヤは畳みかけるように言葉をつづけた。

 

 「不意打ちをしておいてなんだが少し話をしないか?」

 

 「話だと?」

 

 「ああ、そうだ。双剣の騎士――ベイリン。君と話をしたい。どうやら敵ではないようだしな」

 

 男の真名。それはアーサー王も認めた強さを持つ騎士、ベイリン。

 エミヤは男が否定しないことから自分の予想が当たったことを確認した。

 

 「――気に障るのはあいつと同じか…」

 

 男――ベイリンは舌打ちをすると剣に魔力を流すのをやめた。それでも警戒をしていないわけではなく、剣は握ったままだ。

 

 「ランサー、君も槍を下げろ」

 

 「……あいよ」

 

 彼も構えをやめたが、槍は仕舞わずに持っている。

 

 「よし。話は私たちのマスターと合流してからしてもらうが構わないか?」

 

 「あ? お前たちのマスターは同じなのか?」

 

 「そうだ。他にも数人サーヴァントがいる」

 

 「なるほど…。なら仕方ない、話はお前たちのマスターのところに行ってからでいい。そっちの方が話が速く進みそうだからな」

 

 彼らが敵ではないことはなんとなくわかっている。

 そして少なくともここにはサーヴァントが彼を除くと三体いる。それらを従えているマスターなら、ここで起きている事態について把握しているに違いない。そう思い彼らはエミヤの言葉に従うことにした。

 

 「助かる。マスターがいるのは新都だ。行くと――」

 

 話終える前にエミヤは口を閉じた。

 

 「サーヴァントか?」

 

 「そのようだが…」

 

 サーヴァントの反応が一つ近づいてきている。

 今回はベイリンの時はしなかった嫌な予感がした。

 

 「悪いがランサーと両儀式。私は霊体化する」

 

 「あ? なんでだよ」

 

 「あとは任せた」

 

 「あ、おい! 待ちやがれ!」

 

 クーフーリンの問いに無回答のままエミヤは霊体化をした。

 

 「なんだ、あいつ」

 

 「こっちが知りてえよ」

 

 サーヴァントが近くまで来ているこの状況で霊体化したのがよくわからない。

 

 「ったく…しゃあねえな」

 

 一応武器を持ったまま、サーヴァントを待つことにした。

 

 「敵だった場合は?」

 

 「お前も手伝え。一応こっちの味方なんだろ?」

 

 「一応な」

 

 程なくして謎のサーヴァントは現れた。

 

 「――動かないでください」

 

 女性の声。

 現れたのは長身で、綺麗な長髪の女のサーヴァント。

 

 「ライダー。やっぱり三人ともサーヴァントなの?」

 

 「はい。間違いありません」

 

 「なんでまたサーヴァントが…」

 

 二人の女性が現れた。

 

 「あなたランサー!? なんでいるのよ、消滅したんじゃ…」

 

 黒髪の少女の方はランサーの姿を見て驚いている。

 

 「誰だ嬢ちゃん…って、イシュタルって名前だっけかあいつに似てるな。それにメドゥーサじゃねえか」

 

 「私の真名を…」

 

 クーフーリンの方は女性二人と比べて冷静な対応をしている。

 

 「リン、やはり離れていてください。まだサーヴァントの気配がします」

 

 「この三人以外にもいるっていうの!?」

 

 「はい。最低でもあと一体はいます」

 

 「なによ、それ…」

 

 わけがわからない。そんな様子を少女は見せる。

 

 「お二人さんよ、なんか勘違いしてるみたいだけど俺らは戦う気ないぜ?」

 

 手に持っていた槍を消滅させ、戦闘の意思がないことを主張する。

 

 「ほら、お前らもそれ仕舞え」

 

 「ナイフか? 仕方ないな」

 

 式もナイフを仕舞った。

 

 「おめえもだよ」

 

 「――――」

 

 返事すらない。どうやらベイリンは武器を仕舞うつもりはないらしい。

 

 「……こいつは武器持ってるが、見逃してくれねえか?」

 

 「見逃すわけないでしょ! なんであんたが大聖杯がないのにまたいるのかはわからないけど、見過ごせない」

 

 「その言われようからしてやっぱりここで召喚されたことがあるのか俺は」

 

 覚えているわけではない。けれど知っているような気がする。それぐらいの感覚でいたのだが、今の少女の言葉からクーフーリンはここで自分が召喚されたことがあると言うのに確証を持てた。

 

 「はあ…。どうしたら――」

 

 面倒くさそうにしていたクーフーリンの顔が突如真面目なものになった。彼が戦闘中に見せる顔だ。

 

 「ちっ!」

 

 舌打ちをすると彼は走り出す。

 メドゥーサは武器を構え、凜の前に出る。だが彼は攻撃をしようとしているわけではない。

 その行動の真意を見抜いていたのは三人だけだった。

 

 「避けろ!」

 

 間に合わないと判断したクーフーリンが凜に向けて大声を発した。

 

 「え…?」

 

 予想もしていなかった言葉がクーフーリンから投げられ困惑する凜。そこでメドゥーサも異変に気付く。

 いつのまにか凜の頭上には黒塗りの短刀があった。メドゥーサが守りに入ろうとした時にはもう遅い、間に合わない。

 

 「ギヒッ…」

 

 短刀を投げた張本人は笑い。凜の死を確信していた。

 

 「…させねえよ」

 

 一筋の光が風を切る音と共に凜の頭上を通過する。

 低い声と同時に響いた対照的な高い音、金属音だ。

 黒い短刀は誰にもあたることなく道に転がった。

 

 「ナイスだ。双剣使い」

 

 それをしてみせたのはベイリン。

 左手に握っていた剣を正確に投げ、彼は短刀による攻撃を防いだ。

 

 「剣を持っといて正解だったな」

 

 もともと気味の悪い気配は感じ取っていたので剣は消さずに持ってた。それが功を奏したのだ。

 

 「――さて、剣はどっか行ったがまあいいか」

 

 ベイリンは歩き始めた。

 剣を回収しに行ったのではなく、短刀を投擲してきた人物のもとへ。

 

 「よお、アサシン」

 

 全身を黒衣で包み、不気味な笑みを浮かべている髑髏の仮面をつけた、暗殺者が民家の屋根の上から双剣の騎士を見下ろす。

 

 「いつからいたんだ? …って当然最初からだよな」

 

 「――――」

 

 まるで友人であるかのように軽く話しかけるベイリンに対してアサシンは無言で彼のことを見つめている。

 

 「なんだ、冷たいじゃねえか」

 

 「――――」

 

 「返事ぐらいしろよ」

 

 「――貴様と交わす言葉はない」

 

 ようやく口を開いたアサシンの声色はひどく冷たかった。が、同時に別の感情も彼の声には混同していた。

 

 「そういうなよ。やっと見知った顔に会えたんだ。それともなんだ、お前まだ根に持ってんのか? 終わったことなんだからもう忘れろよ」

 

 「――――」

 

 溢れる殺気。

面をかぶっていてもわかる。彼の表情には怒りと呼べる感情が浮かんでいる。

 

 「――あ? 呪腕の…いや、ちげえな。誰だお前」

 

 アサシンを見たクーフーリンは彼の見た目がカルデアにいる呪腕のハサンと酷似していると思ったが、彼の纏う悍ましい気配を感じとって全くの別物であることを見抜いた。

 

 「雰囲気も違うけど。見た目も違うぞ、あいつ」

 

 式は、彼が雰囲気だけでなく外見も呪腕のハサンとは異なっていることにも気づいた。

 

 「あー、確かにな。右半身が、なんかこう…気持ち悪いな」

 

 黒衣に隠れた彼の右半身は左半身と比べると盛り上がっている。

 

 「やろうぜ、アサシン。俺のこと殺したいんだろ?」

 

 「いいだろう。貴様はここで――」

 

 突如アサシンは振り向いた。

 彼が顔を向けた先には、男がいた。

 

 「収穫者(リーパー)…」

 

 アサシンがリーパーと呼んだのは黒い外套のサーヴァント。フードを深くかぶっているのと、夜ということもあり顔を見ることができない。

 

 「何故――。いや、貴様がわざわざここまで来たということはマスターからの命があったのだな。了解した。戻るとしよう」

 

 アサシンはリーパーからの言葉を発せられる前に、彼が何を言おうとしているのか理解して行動を始める。

 

 「――待てよ」

 

 屋根へと跳躍したベイリンは、この場から立ち去ろうとしているアサシンではなく新たに現れたリーパーに対して剣を振るった。

 リーパーは超速の攻撃を難なく躱し、そのまま無駄のない動きで双剣の騎士を蹴り飛ばした。

 

 「ハッ、やっぱりお前もいたのか。アーチャー…それともリーパーって呼んだ方がいいのか?」

 

 十メートルは飛ばされたベイリンはなんとか着地して、自分を見下ろしているサーヴァントを睨みつける。

 

 「――――」

 

 リーパーは口を開かずに霊体化してその場から姿を消した。

 その行動を見てベイリンは舌打ちをした。

 

 「おい。知り合いか?」

 

 「ああ」

 

 「…そうかい」

 

 ベイリンは立ち上がりながらクーフーリンの質問に軽い口調で答えた。

 

 「さ、あいつらは消えたわけだが、どうするよ」

 

 赤い瞳は二人の女性へと向けられた。

 

 「リン。どうしますか?」

 

 クーフーリンの行動、そしてベイリンが少女を護ったことから彼らが敵ではないということをメドゥーサは理解している。

 

 「――――」

 

 少女は悩んでいる。これからどうするか頭をフル回転させてる。

 

 「――他にもサーヴァントがいるんでしょ。そいつはなんなの?」

 

 「俺らの仲間だ。そいつも戦う気はないはずだぜ。今は出てきたくないとか言って隠れてるよ」

 

 「――あなたたちは本当に戦闘する気はないのよね」

 

 「今はないな。あんたらから攻撃して来たら話は別だが」

 

 「――――マスターはどこに? それに何人いるの?」

 

 「あ? ああ、そうか。普通は一人一騎だけなのか」

 

 長いことカルデアにいるので通常の聖杯戦争のルールを忘れてしまっていた。

 

 「マスターは橋渡った先にいる。一人だけだ」

 

 「一人!? そんなの無理に決まってる! 嘘をつかないで」

 

 「いや本当に一人なんだけどな…、どうするよ?」

 

 「オレに振るなよ」

 

 本当にマスターは一人だけしかいないので二人は困った。

 

 「そのセイバー今さっき会ったばっかりだから知らないけど、オレとこいつともう一人隠れている奴のマスターは本当に同じだ。なんなら今連れてくるか?」

 

 「………」

 

 嘘はついていない。少女はそこで結論を出した。

 

 「わかった。助けてもらったし、見逃すわ。でも条件として私たちについてきて」

 

 「はあ? なんでだよ」

 

 「あなたたちが何者でなんで冬木にいるのか聞きたいの。立ち話もなんでしょ?」

 

 「どこに行くんだ?」

 

 式が少女に聞く。

 

 「私の家と言いたいところなんだけど、ちょっと遠いから近くにある知り合いの家まで来てもらうわ」

 

 少女からの条件は難しいものではない。だが独断で決めていいものかと躊躇うものではあった。

 

 「いいぜ」

 

 式は少し悩んだ後、了承した。

 

 「おい、いいのかよ」

 

 「いいんじゃないか? オレたちもいまいち状況掴めてないんだろ? なら現地の奴らに聞いた方が効率よくないか?」

 

 「…確かにな」

 

 「じゃあ決定でいいのかしら」

 

 「ああ、案内してくれ」

 




はい。というわけで双剣の騎士はベイリンさんでした。
彼のステータスは次回ぐらいに後書きに書くかもしれません。


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第四節 『衛宮邸』 前編

後書きになんか書いてます。


 「ここにいる理由はざっとこんな感じだ。で、マスターであるお前をここに連れて来ようとしたところにちょうど来たと」

 

 立香にここまで来た経緯を式が知っている限りで説明した。

 

 「あー、混乱してきた」

 

 立香が話を聞いて思わずそんな声を漏らした。

 少し離れた場所で少女から説明を受けている桜と士郎も同じような状況に陥っていた。

 

 「そうそう。カルデアの方は今大忙しだぞ」

 

 「また迷惑かけちゃってるのか…」

 

 「だな」

 

 事あるごとにカルデアに迷惑をかけているので、カルデアの職員達には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 「はあ!? あれ全部サーヴァント!? しかも…」

 

 今度は士郎から説明を受けていた少女が大声を出して驚愕していた。

 

 「あのよ、いい加減話進めねえか?」

 

 一人居間で座ってくつろいでいるアロハシャツの男が全員に提案した。

 

 「――そうね。まず自己紹介からしましょうか。私は遠坂凜よ、よろしく」

 

 「俺は藤丸立香です。よろしくお願いします」

 

 「ええ、よろしく藤丸君。あなたがこのサーヴァントたちの…マスターでいいのよね?」

 

 この場にいるメドゥーサ以外のサーヴァント全てのマスターが立香一人であることを少女――凜はまだ信じられていないのだろう。言動からそれは窺える。

 

 「はい」

 

 とはいっても令呪がある時点で立香がマスターであることを疑う余地はない。

 

 「お礼を言わないとね。二人を助けてくれてありがとう」

 

 丁寧に、礼儀正しく、凜は頭を下げた。

 

 「そ、そんな気にしなくていいですよ。通りすがりでしたから」

 

 「本当に感謝して……あれ? あなた…」

 

 凜は立香の顔を隅々まで観察する。

 

 「なにか…?」

 

 「あなたのサーヴァント大きな屋敷見てなかった?」

 

 「…見てましたね」

 

 夕方の出来事だ。凜に言われるまで完全に忘れていた。

 

 「あれ私の家なのよ。彼はいないの?」

 

 「多分霊体化してます。呼んでも出てこないと思いますよ」

 

 そもそも呼ぶ気なんてない。ここで彼の名前を呼ぶとわけのわからないことになる。

 

 「そう…」

 

 「――――」

 

 立香の目には凜が何故か残念がっているようにうつった。

 

 「遠坂、立ってないで座って話さないか? 立香も」

 

 「あ、それもそうね」

 

 士郎の指摘を受けて凜は座布団に座った。

 立香も士郎に言われた通り座る。

 

 「さて、情報交換と行きましょうか藤丸君」

 

 

***

 

 

 「特異点…レイシフト…人理修復…。駄目だ、本当に頭痛いわ」

 

 凜が頭を抱える。

 

 「えっと…つまり立香たちは別の世界の未来から来たと?」

 

 「多分…そうです」

 

 立香もここが別世界であるという話は式から先ほど聞いたばかりなので、自信はない。なので少し曖昧な返事になってしまった。

 

 「並行世界…。はぁ…」

 

 小さく呟くとまた凜は頭を抱えた。

 

 「だ、大丈夫か?」

 

 「大丈夫なわけないでしょ…。世界から世界への移動よ? 魔法の領域なのよ?」

 

 魔法。魔術とは異なる神秘。魔術師たちが目指す根源の渦から引き出される力。

 メディアなどから魔術についての教えている立香ではあるが、あまりそれに関しての関心がない。というのも立香は魔術師ではないので、すごいなと思うだけでそんな力を欲してはいないのだ。

 

 「――あなたたちがカルデアって機関で、サーヴァントたちの力を借りてそっちの世界の人理を守っている。で、何らかの事故でここにたどり着いた。そして二手に別れて探索していたところで片方はバーサーカーに襲われている士郎たちを助けて、もう片方はあなたたちもよく知らないサーヴァントを連れてきたと…」

 

 全員の視線はベイリンの方へと向けられた。

 

 「ベイリンだそうだ。そいつの関係者だろ」

 

 そして移された視線。その先にいるのはアルトリアオルタ。

 

 「………」

 

 彼女からの返事はない。ただベイリンを見つめること数秒。ようやく口を開く。

 

 「…まあ、そうだな」

 

 それ以上の言葉はない。間の割には短い回答だった。

 

 「――お久しぶりです。アーサー王」

 

 ベイリンは実に礼儀正しい。戦闘時の彼の荒々しい様子を見た式やクーフーリンにはとても信じられない光景だった。

 

 「ああ。だがその話し方はやめろ。私はお前が仕えていたアーサーではない。それにお前には合わんだろう? そんな口調は」

 

 「――それもそうか」

 

 嘘だったかのようにベイリンの態度は変わる。

 敬意などない。そんなもの気にしていない。そんな初見の印象通りの男に戻っていた。

 

 「えっと…、どんな関わりが?」

 

 カルデアに来てからある程度歴史について勉強してきたのだが、ベイリンについて立香は知らなかった。

 

 「円卓の騎士結成前に私に仕えていた騎士だ」

 

 双剣の騎士、ベイリン。

 かつて円卓の騎士結成前にアーサー王に仕えていたとされる騎士。アーサー王に最強の騎士とも言われた男。

そして、アーサーが危険視していた人物。

 

 「へぇ、知らなかった」

 

 立香が知らないのも無理はない話だった。

 ベイリンはアーサー王伝説の初期に死亡する。場合によっては彼の活躍がカットされることもあるとかないとか。

 

 「ハズレか…」

 

 ベイリンは立香を値踏みするように見るとため息交じりにそう呟いた。明らかに立香を侮辱している。

 ベイリン的にはとんでもなく優秀で状況を的確に把握している魔術師を期待していたが、それは見当違いだったと落胆した。立香は見るからに弱く、知識もかけている魔術師だったためだ。

 

 「…あまり私のマスターを舐めるな。双剣の騎士」

 

 「――ふーん…」

 

 アルトリアの冷たい声。

 それを見たベイリンは少し驚きつつも、面白いものを見る目でアルトリアを眺めていた。

 

 「まあまあ、そんな怖い顔しないでくれよ。俺のことを嫌いなのは知ってたけど、あんたがそんな感情的になるとは思ってなかっただけだ。反転化ってやつはおもしろいな」

 

 「貴様――」

 

 本当に王と騎士の主従関係だったのかと疑うほど険悪な雰囲気が衛宮邸の居間に充満している。

 

 「――内輪もめなら後でしてもらえるかしら」

 

 まだ話すことがあると場の空気を切り裂いたのは凜だった。

 

 立香もマスターであるため黙っているわけにもいかない。

 

 「アルトリア」

 

 「………わかっている」

 

 それ以上ベイリンに対して何も言うことはなく。

 壁にもたれかかると、アルトリアは瞑目した。

 

 「凜さん。続けましょう」

 

 まだ話し合いは終わっていない。

 離しておくべきことがまだ残っている。

 

 「そうね。じゃあまず藤丸君。私たちは協力関係を築くということでいいのかしら?」

 

 「はい」

 

  現地の人物。それも魔術師ならば協力者として心強い。

 

 「そう。それなら協力してバーサーカーを差し向けてきた奴を倒すということで」

 

 凜は言い終えると、隣に座る桜の方をチラッと見る。

 そして予想していなかった言葉を口にした。

 

 「あと一つ話をしたら、今日はここまでにしましょう」

 

 「え?」

 

 間の抜けた声を立香は出した。

 話を終えるには早すぎる。情報の共有をし、協力関係になっただけで、まだ話すべきことは他にもある。

 

 「今日はもうこれで終わり。続きはまた明日の朝で」

 

 「中途半端じゃないか?」

 

 立香が思ったことを士郎も思ったらしく凜に尋ねる。

 

 「そうね。でも最低限藤丸君たちが何者なのかは分かったし、ある程度の情報交換はできた。だから今日はもう休みましょう」

 

 確かに疲労はあるが耐えられる。そもそもこの話し合いよりも休息を優先するなんておかしな話だ。

 

 「疲れているでしょ?」

 

 付け加えられたように言われた言葉がさしていたのは士郎のことではない。直接名前を口にしたわけではないが、おそらく凜が言っているのは桜のことだというのは立香でも察しはついた。

 

 「…姉さん。私は大丈夫ですから」

 

 「そうなの? でも士郎は疲れているわよね?」

 

 同意しろという意味をはらんでいそうな笑みを向けられた士郎は頷いた。

 

 「ああ。今日は疲れた。桜、休もう」

 

 「先輩がそう言うなら…」

 

 士郎が疲れたと言ったことで渋々桜も休むことに同意した。

 

 「そういうことだから藤丸君、今日はあなたも休んで。部屋は士郎から後で案内してもらってね」

 

 「――わかりました。でも危険じゃないですか?」

 

 ヘラクレスがもし狙ってあそこに現れていたのだとしたら、標的は士郎もしくは桜ということになる。立香たちが撃退したが、あくまで撃退しただけ。また襲ってこないとも限らない。特に休んでいる最中に襲撃されたら最悪だ。

 

 「危険ね。だからさっき言ったでしょ? 最後にあと一つ話をするって。それがこのことについてなの」

 

 「なるほど」

 

 「それで聞きたいんだけど、藤丸君の今連れてるサーヴァントの数は10でいいのよね」

 

 「そうですけど…」

 

 ついさっき来た式を入れればサーヴァントの数は10。そのことは最初の情報交換時にいってある。今のは確認だ。

 

 「その中の数人に見張りを頼めるかしら。それが話したかったこと…というより頼みなんだけど」

 

 「わかりました。いいですよ」

 

 断る理由がない。彼らの身を護るのは当然だ。

 それに頼まれなくても立香は数人のサーヴァントには周囲を見張ってもらうように言っていただろう。

 

 「ありがとう。それとそのサーヴァントについては…」

 

 いまいち立ち位置の不明なベイリンについてはどう対応するべきか。これには凜も正直困っていた。

 

 「そっちも俺がなんとかしておきます」

 

 躊躇う様子もなく立香言った。

 

 「助かるわ。ありがとう」

 

 重ねて礼を言う。

 ベイリンの件に関してはこのような状況に慣れていそうな立香に任せることになったところで、今日の話し合いは終わり。

 そうなるはずだった。すくなくとも凜はそうするつもりだった。

 けれどそうはならなかった。

 

 「――なあ。一ついいか」

 

 もう終わり、という雰囲気を断ち切るように声を発したのは士郎だった。

 

 「なんですか?」

 

 立香にかけられた声だったため彼は反応する。

 

 「聞きたいことがいくつかあるんだ」

 

 「というと?」

 

 「――まずあの金髪の男についてなんだが…」

 

 金髪の男というのはギルガメッシュのことだ。だが居間を見回しても彼の姿はない。

 

 「英雄王なら向こうへ行ったぞ」

 

 アルトリアは細い人差し指の先を士郎たちの背後に向ける。

 

 「――向こう…庭か?」

 

 「………」

 

 どうやらギルガメッシュが向かったのは庭のようなのだが、アルトリアが口を開いた瞬間、士郎、桜、凜の表情が少し暗くなっていた。

 

 (やっぱり後で聞くか…。でもなぁ…)

 

 どうも同じような場面がさっきからある。とてもいいと言える雰囲気ではないのでどうにか改善させるために話を聞くべきかと思ったが、他人の事情にずかずか入っていくのは流石に立香を躊躇わせる。

 

 「――誰か王様のこと呼びに行ってくれる?」

 

 ひとまず思考を切り替え話を元に戻す。

 

 「私が行く」

 

 「――ありがとう」

 

 アルトリアは軽く手を振って部屋から出た。

 彼女の後ろ姿を立香は何も言わずに見守った。

 

 彼女が戻ってくるまではそう時間はかからなかった。けれど、居間にいた数人にはその時間が少し長く感じていた。

 




とんでもなくお久しぶりです。
年内に投稿したかったんですが、作業が多くて年を越してしまいました。
次回はなるはやで投稿します。


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第四節 『衛宮邸』 後編

ホントに誤字報告してくれる方々には感謝してます。


 「して、何用だ。立香」

 

 少々不機嫌な顔で英雄王は居間へと姿を表す。

 しっかりと靴を脱いできているのが、立香的には意外だった。

 

 「士郎さんが聞きたいことがあるらしいです」

 

 応答はせずに目だけを士郎の方へと向けた。

 士郎も彼に目を向けていたので、視線がぶつかった。それだけならよかったのだが、士郎のなにかが気に入らなかったのか、ギルガメッシュは睨むような目で彼を見る。

 

 「――――」

 

 圧力のある視線だ。表情で士郎が気圧されているのがわかる。

 その視線を遮るようにメドゥーサが間に入った。

 

 「それは味方に向ける視線ではないと思いますが?」

 

 「――味方だと…?」

 

 今度は立香へと視線を動かす。

 

 「ヘラクレスを送ってきた敵を倒すために協力関係になったんですよ」

 

 「……ふむ」

 

 そこに関して特には何も言わずに、意味の含まれていない声を漏らしただけだった。

 

 「さて退くがいい、呪われた女神よ。そやつが我に聞きたいことがあるのだろう?」

 

 「――ライダー、大丈夫だ」

 

 士郎の言葉を聞いたメドゥーサはその場から退いた。とはいっても一歩だけだ。いつでも士郎を守りに入れる位置に彼女はいる。

 

 「…まあよい。用件を言うがいい雑種」

 

 メドゥーサの行動を不満に思いつつ、ギルガメッシュは士郎に言葉を投げかけた。

 士郎は数秒の沈黙の後、口を開く。

 

 「――あんた二年前にいたよな。冬木教会に」

 

 彼が自分の父…衛宮切嗣についての話を言峰綺礼に聞きに行った時のことだ。礼拝堂に金髪の外国人、まさにギルガメッシュと瓜二つの男がいた。二年前の出来事ではあるが忘れることなく鮮明に覚えている。

 

 「士郎…それっておかしくない? だってサーヴァントの数が…」

 

 そう。凜の思っている通り、数が合わないのだ。

 ギルガメッシュがこの地に召喚されていた場合。七騎という上限超えてしまう。

 

 「八体目のサーヴァントってことになりますね」

 

 「ああ、立香の言った通り数がおかしなことになるんだよ。だから二年前にいたのが気になったんだけど…」

 

 「――二年前に王様は召喚されてたってこと…?」

 

 「まあ、小僧の言葉聞く限りはそうだわな」

 

 興味なさそうにクーフーリンは耳をほじっている。

 

 「どうでもよさそうだな」

 

 立香を挟んで座布団に座っている式が言った。

 

 「あ? そりゃそうだろ。二年前にここで召喚されていようが、それは今のとは別物だからな」

 

 これはクーフーリン自身のことでもある。彼も冬木の聖杯戦争に召喚されているのだ。しかしそんな記憶は持ち合わせていないので、自分には関係ないと彼は思っている。

 

 「そこの犬が言った様に貴様が見たという我とこの我は別物だが?」

 

 「――確かにそうだな…」

 

 失念していた。記憶がないのでは話の聞きようがない。

 と、立香があることを思い出した。

 

 「あ、でも王様って千里眼持ってませんでしたっけ。それで――」

 

 ギルガメッシュの持つ千里眼ならばこの世界の自分のことも見ることができるのではないか。立香はそう考えたのだが、ギルガメッシュからは意外な言葉が飛んできた。

 

 「今は使えん」

 

 「え? なんでですか?」

 

 「知らん」

 

 「は?」

 

 立香の口から間の抜けた声が漏れ出る。

 

 「ここに来てから全く機能していない。理由は今言った通り不明だ」

 

 「そうですか…」

 

 原因不明なのは気になるが、見ることができないのなら仕方がない。そう諦めた時だった。

 

 「だが、わかることもあるぞ?」

 

 「それは?」

 

 「この軸の我はその娘と縁があったようだ」

 

 視線が桜に集まる。士郎も当然目を向ける。そしてそこで気付いた。彼女が俯いていることに。

 実はギルガメッシュが居間に来た時点で俯いてはいたのだが、位置的に士郎だけはそのことに気付けていなかった。

 

 「――縁っていうのは?」

 

 何か事情があるのだろうと理解しつつも立香はギルガメッシュから縁について聞き出そうとする。

 

 「我はその女に殺されたことがあるらしい」

 

 「――? 今なんて?」

 

 「聞こえなかったか? 殺されたと言ったのだ。詳しい話はその雑種から聞け」

 

 と言ってギルガメッシュは口を閉ざした。

 これ以上語る気はないらしい。

 

 「――桜」

 

 慎重に彼女の名前を呼んだのは士郎だった。

 

 「――すみません、先輩。二年前…私はその人を取り込みました」

 

 「――――! そういうこと」

 

 凜はすぐ二年前の未だ謎であった出来事を脳内で再生し、納得した様子で声を漏らした。

 

 「だからあの時あなたの体は…」

 

 「ちょっと待ってくれ、どういうことだ?」

 

 「二年前の聖杯戦争中の朝、玄関前で桜が倒れてた時があったでしょう?」

 

 「ああ、一度死んだみたいに体がって……まさか!」

 

 聖杯戦争中の出来事だ。桜はボロボロの体で衛宮邸の前に倒れていたことがあった。それを思い出した士郎も察しがついた。

 

 「そのサーヴァントに攻撃されたってことでしょうけど。…どうなの?」

 

 「――はい。その通りです」

 

 そう言ってまた桜は俯いた。

 

 「――なんだその目は?」

 

 士郎が金髪の男を見やる。その瞳には怒り、そして殺意が込められていた。

 立香は明らかに不機嫌なギルガメッシュが攻撃をするのではないかとひやひやしている。

 

 「士郎、冷静になりなさい。さっき言ってたでしょ? このサーヴァントと桜を傷つけたサーヴァントは別人なの」

 

 このままではまずいと凜は士郎を宥める。だが、

 

「雑種、貴様にやる気があるのなら相手をしてやってもいいぞ? 確かに別人ではあるが我は我だ。本質は変わらない。この軸で我が召喚されていた場合も同じくその女に攻撃をしかけていただろうからな」

 

 ギルガメッシュの言葉は完全に士郎を挑発しているようなものだった。

 

 「おまえ…!!」

 

 もう抑えられない。士郎が立ち上がりギルガメッシュの胸倉を掴もうとする。

 

 「危ないよ」

 

 エルキドゥが士郎の手がギルガメッシュに触れる瞬間に掴んだ。士郎は力を入れるが手が全く動かない。

 

 「エルキドゥ、邪魔をするな」

 

 「邪魔をするなって、ギル今彼の手斬り落とそうとしてたでしょ。それは流石に僕も容認できない」

 

 「――――」

 

 ギルガメッシュは何も言わずに居間から出て行った。向かった方向的に庭に戻ったのだろう。

 

 「エルキドゥ、ありがとう」

 

 「いいよ、マスター」

 

 立香は立ち上がり、士郎に向かって頭を下げる。

 

 「すみませんでした。あとで俺から言っておきます」

 

 「――いや、立香が謝ることじゃない」

 

 士郎は落ち着いたのか、大人しく座布団に座った。

 エルキドゥはというと役目は終わったという様子で居間を出てギルガメッシュ同様庭へ向かう。

 

 「今日はここまでにしておきましょう。話を聞いた限りじゃまだ藤丸君は夕食食べてないんでしょ?」

 

 立香はここに来てから何も口に入れていない。空腹状態だ。

 

 「続きはまた明日。士郎ごはん作ってあげなさい」

 

 凜の配慮でこの日の情報交換は終了した。

 

 

***

 

 

 衛宮邸の屋根の上。人が上る場所のないそこで、赤い外套のサーヴァントが夜風を浴びていた。

 

 「――なんだアーチャー。そんな気持ち悪いツラしやがって」

 

 そんな弓兵に声をかけるアロハシャツのケルト英雄が一人。

 

 「相変わらず失礼だな、君は。少しはその口を治してみたらどうだ?」

 

 今更いちいち怒る気にもはしないが、一応文句は言っておく。

 

 「あ? 本当のこと言ってるだけだろうか」

 

 「私の顔は君からしたらそんなにひどいものか?」

 

 「普段のスカした顔は確かに気に入らねえけど、今の嬉しそうな顔は普通に気持ち悪いな」

 

 「嬉しそう? 私がか?」

 

 「そう言ってんだろうが」

 

 「――確かに…そうなのかもしれないな」

 

 指摘された通り弓兵の頬は緩んでいた。

 嬉しく思っていたのだ。この軸の士郎を見て、彼の聖杯戦争での話を聞いて。

 

 「ロボットから人間に、か。衛宮士郎はあのようになれるのだな」

 

 正義の味方ではなく、誰かの味方になった衛宮士郎。そんな自分が知らない彼のことを思い出すとどうも顔がにやけてしまう。

 

 「ほら見ろ。気持ち悪い顔だ」

 

 槍兵もそれにつられて笑みを浮かべていた。

 

 

***

 

 

 一方、そんな弓兵のオルタ化サーヴァンはと言うと、衛宮邸の縁側に座りいつも持ち歩いている手帳に目を落としていた。

 

 「――味覚のない俺にチョコレート…。一体何を考えてるんだかあのマスターは」

 

 自分が書いたであろう意味の分からない記録を見て嘲笑う。

 おかしな話だ。本当におかしな雇い主だ。藤丸立香というマスターは。

 おそらく悪意などなく善意だけで関わろうとしてくる上に、チョコまで渡してくるのだから変わりも者以外の何者でもない。

 

 「何見てるの?」

 

 縁側を通りかかった一人の少女が彼に声をかけた。

 

 「お前はたしか、遠坂凜…だったか?」

 

 「その声…」

 

 「俺の声がどうかしたか?」

 

 「ううん。気にしないで。知り合いとあなたの声が似ていただけ。それより何見てたの? 霊体化してるって聞いてたけど」

 

 「――日記だ」

 

 何気なく会話をしているこの状況を彼はおかしく思っていた。

 

 「へぇ、サーヴァントも日記とか書くんだ」

 

 「俺は記憶が曖昧でな。昨日のことすら不確かだからこうやって記録している」

 

 「――――そう、記憶が…」

 

 自分のことを凜に説明する。

 なぜ自分がこんなにも素直に話しているのか。おかしいとは思いつつも彼は口を開いていた。

 

 (ここに来てからだな)

 

 冬木に到着した時点で違和感は持っていた。まるで自分が自分ではないような違和感だ。

 

 「そういえばあなたの名前聞いてなかったわね。よかったら聞かせてもらえる?」

 

 「真名は言わん。アレのことはアーチャーとでも呼べばいい」

 

 「アーチャー…。わかったわ。そう呼ばせてもらう」

 

 躊躇いはない。むしろなぜか彼をそう呼ぶ方がしっくりときていた。

 

 「それじゃあ私は行くわね。また時間があったら話しましょ」

 

 凜はその場から去って行った。エミヤオルタはその背中を目で追っていた。

 

 「――遠坂…凜」

 

 手元のメモに彼女の名前を書き込んだ。

 

 

***

 

 

 「エミヤから聞いた話を含めて、こちらの報告はこんなものだ」

 

 「そっか。ありがと、アルトリア」

 

 「こんなことでいちいち礼を言うな。私が認めたマスターなのだから堂々としていろ」

 

 「うん、努力するよ」

 

 「そうしてくれ」

 

 二人がいるのは衛宮邸の和室。サーヴァントたちは寝なくても活動ができるので、立香だけ士郎に睡眠をとる為の部屋を用意してもらった。

 そこで今は別チームとして行動していたアルトリアから、まだ聞けていなかった詳しい報告を受けている。

 

 「それと貴様なら気付いているとは思うが我々はここで…」

 

 「召喚されたことがある…でしょ?」

 

 「流石だな。伊達に長い間我々のマスターをやっていない」

 

 数人様子がおかしいことから薄々察していたことだ。だから驚きは少ない。それよりも立香が気になるのはエミヤオルタだった。アルトリアたちの変化とは違う。彼の場合、根本から揺らいでいるように感じられた。

 

 「…気になる」

 

 胸騒ぎがする。このまま放置するのはまずい気がした。

 

 「あ、そういえばベイリンってどこ?」

 

 「知らん」

 

 即答だった。そもそも彼のことを好いていないアルトリアにこれを聞くのは間違いだっただろう。名前が出た瞬間明らかにアルトリアが不機嫌になっていた。

 

 「奴を本当に仲間にするつもりか?」

 

 「まあ、エミヤ達の報告を聞いた限りだと敵のサーヴァントのこと知ってるみたいだし、今のところ敵になる様子はないし」

 

 「今のところは…な」

 

 どこまで嫌っているのだろうか。どうもベイリンのこと敵視している。

 

 「一応言ってはおくが、奴は危険だぞ。性格も、その実力も。剣術においては私よりも強いといってもいいほどだ」

 

 「気を付けるよ」

 

 忠告はありがたいが、現状すこしでも情報が欲しいのだ。だからベイリンを敵として扱うことはしたくない。

 

 「入るぞ」

 

 襖が唐突に開かれる。声は開けられてからかけられたものだ。

 

 「式さん、それって開ける前に言うもんじゃないですか?」

 

 「お前だっていつも俺の部屋にアイスクリーム食べに来るときこんな感じだぞ?」

 

 式がビニール袋を手にぶら下げて和室へと入ってきた。

 

 「へぇ、割といい部屋だな」

 

 彼女は部屋を見回す。どうやら和室を気に入ったようだった。

 

 「その袋は?」

 

 「買ってきた。お前の分もあるからやるよ」

 

 ビニール袋からイチゴのアイスクリームとスプーンを立香に投げた。

 

 「近くのコンビニで?」

 

 「いや、近場になさそうだったからちょっと遠出してきた」

 

 「夜道に女の子一人じゃ危ないでしょ、行く前に一声かけてよ。ついてったのに」

 

 「はあ…」

 

 なぜそのタイミングで式がため息を吐いたのか立香にはわからなかった。ついでにその後に小声で言っていた「似てるな…」と呆れたように彼女が放った言葉の意味も不明だった。

 

 「大丈夫だ。ちゃんとクロエとジャンヌ連れてったから」

 

 「全員女の子じゃん…。次行くときは言ってね」

 

 「はいはい」

 

 アイスのカップを開けながら適当に返事をする。

 

 「クロとジャンヌはどこ行ったの?」

 

 一緒に買い物に行ったという二人がいなかった。

 

 「クロエは外で食べるとか言ってどっか行った。ジャンヌの方は自分の分ともう一個アイス持ってどっか行ったよ」

 

 「どっちもどっか行ってるのね」

 

 なかなかに薄っぺらい情報だった。

 

 「あ、見つけた!」

 

 窓の外からジャンヌオルタの声がした。

 

 「む。なんだ、突撃女か」

 

 「そうよ。ほら、これ一個余ったからあげる」

 

 窓の外に目を向けるとそこにはカップのアイスを二つ持ったジャンヌがいた。

 

 「もう一個ってアルトリアの分だったのか」

 

 立香はなるほどと納得する。

 同時にどうせ余ったわけじゃないんだろうな、なんて思っていたがそれを口に出すことはない。なぜなら口にすれば燃やされる。誰にとは言わないが。

 

 「あら、その声は…マスターも中にいるの?」

 

 「いるぞ」

 

 アルトリアが答えた。

 

 「て、両儀式もいるじゃない。二度手間だったわね」

 

 「じゃあ四人で食べようか」

 

 せっかく四人集まっているので一緒に食べることにした。(なお一人は屋外の模様)

 

 「おいしいね」

 

 「そうだな」

 

 四人はアイスを口に運ぶ。

 立香はアイスが結構好きだ。だからよくアイスが常時ストックしてある式の部屋に行って食べたりしている。

 

 「そういえば、オレも寝たいんだよな」

 

 式がスプーンを加えながら思い出したように立香に言った。

 

 「え? あ、そうか式さんは睡眠とった方がいいんだっけ」

 

 疑似サーヴァントである彼女は普通のサーヴァントとは違い、睡眠をとったほうがよかったりする。

 

 「士郎さんに言って部屋だけでも用意してもらえるか聞いてくるよ。駄目だったら布団だけでも、その場合俺と同じ部屋になっちゃうけど」

 

 「いいよ。なんかあいつら大切な話の最中みたいだったし。迷惑かけるのも悪いからなオレはここで寝る」

 

 「はあ!? そいつと同じ部屋で寝るの!? 同じ布団で!? そんなの駄目よ!」

 

 窓の外から割と大きな声が入ってくる。

 

 「落ち着け。誰も立香と同じ布団に入るなんて言ってないだろ。俺は床で寝る」

 

 「な、なんだ…。そりゃそうよね。同じ布団で寝るわけないわよね…」

 

完全にジャンヌの早とちりだった。

 

 「だったら式さんは布団で寝なよ。俺が床で寝るから」

 

 「――あのな……はあ…どうせ何言っても無駄か。わかったよ。敷布団は俺がもらうからお前は掛け布団使え」

 

 もう立香に何を言っても無駄だと判断したため妥協した。

 

 「食べ終わったぞ」

 

 一番最初に食べ終わったのはアルトリアだった。アイスクリームのごみを持った手が立香へと伸ばされる。ゴミよろしくということなのだろう。それを理解している立香は当然のようにゴミを受け取った。その流れの最中でアルトリアがある提案をしてきた。

 

 「立香。私が敷布団になってやろうか?」

 

 「あんた何言ってんのよ! そんなの駄目に決まってんでしょ!!」

 

 そんなことは許さないと、先ほどと同じようにジャンヌが声を張る。

 

 「ちょっと何言ってるか分からないので却下で」

 

 ゴミを受け取りながら彼女の提案を却下した。

 

 

 彼らの一日目はここで終了だ。

 立香はアイスを食べ終わるとすぐに就寝した。

 

 

***

 

 

 「いい玩具がみつかった。そう思わないか? リーパー」

 

 影は視線をフードを深くかぶった自分の従えるサーヴァントへ向ける。

 

 「――――」

 

 応答はない。

 だが無視したわけではないのだ。それを理解している影は咎める気もない。

 

 「人間の保有する記憶というのは自身を構成するうえで重要なパーツなわけだが、何かしらの原因で失われることもあるにはある。揺らがない頑丈な物のようで、案外脆いからな。けどな、意外となんでもないことで目覚めたりするんだ」

 

 「なにをするつもりなのですか?」

 

 気になったアサシンが尋ねる。

 

 「暇つぶし」

 

 何でもないように影は答えた。

 そう。これからやることはあくまで暇つぶしに過ぎない。ただ刻限が来るまでの短い時間、自分を楽しませてくれるお遊びだ。

 




次回から以前まで投稿していたこの作品の元である『彼らの第五次聖杯戦争は終わらない』との流れの違いが出てきます。
次回の投稿はなるべく早くします。しばらく待っていただけると幸いです。
あ、ちなみに僕が投稿している『言峰綺礼に拾われた少年のお話』はリーパーさんのお話だったりします。ネタバレにはなりますが、気になる方がいればそちらも読んでやってください。


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第五節 『いつかの記憶』

 「…そろそろ昼だな」

 

 いつも通り家事をこなし、休憩中だった士郎は壁につけられた時計を見るとそう呟いた。

 

 日は昇り、時刻は昼に差し掛かろうとしている。朝の話し合いで、行動は夜から開始するというのが決まっていたので、士郎は現在は居間で座っている。

 他のメンバーというと、まあ色々だ。

 凜は用事があると言って一度遠坂邸に帰った。

 桜は士郎と同じく居間にいる。ライダーも一緒だ。ついでにもう一人同じ空間にいるわけだが、それは後回し。

 立香は自室にいる。何をしているのかは知らない。それを探る気は士郎になかった。

 その他、立香のサーヴァントの行動は把握していない。唯一わかっているのは、先ほど後回しにした士郎たちと共に居間にいる人物。アルトリアオルタである。

 

 「ふむ。昼は私は立香と外に出ることになるが…」

 

 「あ、ああ…」

 

 唐突に話しかけられて冷静な対応をできない士郎であった。

 

 「問題ありません。私があなたの代わりに士郎を護衛します」

 

 「了解した」

 

 代わりにメドゥーサが颯爽とフォローをする。

 

 「――――セイ…じゃなくて、ア、アルトリアも飲み物いるか…?」

 

 言い間違いをしつつ、意を決してアルトリアに士郎は話しかけた。

 

 「もらおう」

 

 帰ってきたのはその四音。士郎は以前セイバーが使っていたカップに紅茶を入れ、アルトリアの前に置いた。

 

 「…どうぞ」

 

 「………」

 

 今度は特にアルトリアの応答はない。

 

 「――――」

 

 そこからの会話は特になく、桜と士郎は自宅なのに居心地を悪く思っていた。アルトリアとメドゥーサは何も気にした様子はなく、座布団に座って普通にお茶啜っている。そのまま時間は経過していった。

 

 人が四人もいるというのに、こんなに居間が静かなのは聖杯戦争後初めてではないだろうかと士郎が思ったところで、襖が開けられる。開いたのは立香だった。

 

 「ん、立香。もう行くのか?」

 

 「はい。町を見ておきたいので。昼食は外で済ませてきますね」

 

 「わかった」

 

 立香たちは町に出てくると朝食時に言っていた。ついでに昼食も外で済ませてくるのだという。

 

 「では、私も行こう」

 

 紅茶を飲み干したアルトリアは立ち上がった。

 

 「それじゃ、行ってきます」

 

 玄関の方へ向かう立香。アルトリアはその後を追っていった。

 

 「はぁ…」

 

 彼らが衛宮邸から出て行ったところで士郎はため息をついた。

 

 「疲れましたか?」

 

 「…そりゃあ、もちろん」

 

 なんであんなことになっていたのか。事の発端は朝の会議時、今後どうするかと話し合っていた時だ。立香が原因究明は夜にするとしても、日中に敵が現れる可能性は捨てきれないので、士郎たちにそれぞれ最低一体のサーヴァントを護衛として付けたほうがいいのでは、と言った。巻き込まれた士郎たちの身を案じた立香の発言。会議長である凜が確かにと同意した。これだけでほぼどうするかは決まったようなものだ。とりあえずメドゥーサをすでにサーヴァントとしている桜は置いて、士郎と凜に一体ずつサーヴァントを護衛につけることとなった。

 その結果、士郎の護衛となったのがアルトリアオルタである。別に士郎が望んだわけではなく、アルトリアが護衛に志願したのだった。

 

 「変えてもらってもいいのではないですか? 立香もなんとなく事情は察しているでしょうし」

 

 「まあ、そうなんだけど…」

 

 見知った顔ではないサーヴァントに護衛を変更してもらうというのが、一番いいのは間違いない…のだが、

 

 「向こうが望んでやってくれてるわけだしなぁ…」

 

 アルトリアオルタがやると買って出てくれたのだ。その気持ちを無下にはしたくなかった。

 

 「…慣れるしかないよな」

 

 いつまでも先ほどまでの様子でいるのも彼女に申し訳ない。なんとかするべきだろう。

 とはいっても結局いい案は浮かばないので、時間の経過に頼ることになるのだった。

 

 

***

 

 

 場所は変わって遠坂邸。

 凜は久々に地下室を訪れていた。

 

 「――で、なんで俺なんだ?」

 

 面戸臭そうな顔で凜に尋ねるサーヴァントはエミヤオルタだった。

 そう。凜が護衛として選んだのは彼なのだ。「ガングロアーチャー」と立香に注文したところ、霊体化しつつ話を聞いて嫌そうな顔をしたエミヤオルタとは裏腹に、彼はそれを承諾してくれた。

 

 「ん? まあ、一番接しやすそうだったから」

 

 「それだけか…?」

 

 「本当にそれだけ。深い意味はないわ」

 

 「魔術師はそんなふわっとした理由で物事を決めないだろう?」

 

 「…それもそうね。でも、何事にも例外は付き纏うんだから別に気にしなくてもいいでしょ」

 

 「――――」

 

 会話はそこで一旦途切れた。

 エミヤオルタはガサガサと書物を漁る凜をただ眺めているだけだ。

 

 「――なにをしてるんだ?」

 

 「調べ物よ。聖杯についてのね」

 

 「そんなものがここにあるのか?」

 

 「さあ? 少なくとも私は見たことはないけど、探してみる価値はあると思う。一応御三家なんて呼ばれてたわけだし」

 

 質問に答え終わると再び綺麗に積み上げられていた本の山の解体に取り掛かった。

 書物は大変多い。一体いつになったら終わるのだろうか。

 手持無沙汰なエミヤオルタは地下室内を見回した。

 

 「――――」

 

 意外と綺麗だ。

 凜は最近日本に帰ってきたばかりだと言っていたのに、定期的に清掃しているかのように埃一つなく室内は綺麗なのである。

 

 「――――」

 

 本当に暇である。

 やることがないので壁に寄りかかって彼は目を閉じる。

 一人は書物を漁り、一人は瞑目して持つ。それだけで二人の時間は過ぎていった。

 

 

***

 

 

 立香はアルトリア、ジャンヌ、巴を連れて街を歩いていた。

 ちなみに他のメンバーは衛宮邸にいる。

 

 「あんたなんで自分から護衛やるとか言ったの?」

 

 「――そうした方がいい気がしただけだ」

 

 返答はそれだけだ。それ以上誰も聞く気はないし、踏み込むつもりなどなかった。

 

 「それじゃあ、昼ごはん食べに行こうか」

 

 「昨日仰っていた中華料理屋ですね」

 

 「そうそう。約束したしね」

 

 結局昨日は行けなかったのでちょうどいいと今日の昼食はそこで取るつもりでいた。

 

 そんなこんなでマウント深山、『紅州宴歳館 泰山』へと到着した。

 

 「…ここが」

 

 いざ行かん、未知の領域へ。というわけで立香は扉に手をかける。

 

 「――! おい、待て」

 

 「え?」

 

 アルトリアオルタに呼び止められたが、あまりにも急だったので立香は止まることができず、店の入り口は開かれた。

 

 店内には一人の客が噂の地獄のように赤い麻婆豆腐を食していた。

 その客は立香たちが入ってきたことに気付くと顔を上げた。視線を向けていた立香とその客の目が交差する。

 

 「――ベイリン」

 

 「気付きませんでした…」

 

 麻婆豆腐を食べていた客というのはベイリンだった。

 サーヴァントなら個人差はあれど、同じサーヴァントの気配を多少は感じ取ることができる。しかし巴御前とジャンヌオルタはその姿を見るまで店内にベイリンがいるなんて思ってもいなかった。アルトリアも気づけたのは店に入ろうと接近したからだ。立香が入り口を開ける直前までは気配を感知できていなかった。

 

 「気配遮断か」

 

 「ですがベイリン殿はセイバーなのでは?」

 

 アルトリアが口にした気配遮断とは文字通り気配を遮断するスキルのことである。普通はアサシンが保有するものだ。

 

 「俺はアサシン適正もあるからな。使えるのはそれとこのよくわからない召喚のおかげだろ」

 

 軽い口調で特に根拠のない説明を口にするベイリン。

 

 「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。どうだ? 一緒に飯でも食おうぜ、マスター殿」

 

 「――貴様ここならば斬られることはないと思っているのか?」

 

 明らかにふざけた態度をとっているベイリンをアルトリアは睨み付ける。

 

 「アルトリア。ここお店だからね」

 

 流石にやらないだろうとは思っているが、念のために釘を刺しておく。何かあってからでは遅い。

 

 「イラッシャイマセー、好きな所座っていいアルヨー」

 

 小さい元気な女性が厨房から現れた。この店の店長、魃さんである。商店街ではちびっこ店長として親しまれている謎の中国人だ。

 その店長に言われた通り四人は一番入り口から近いテーブル、ベイリンの隣にはなるがそこに座った。右奥に巴、右手前にジャンヌ、左奥に立香、左手前にアルトリアという席順になった。

 ベイリンはというと隣テーブルの左奥の席に座っている。つまり彼が正面を向くと立香の背中が視界に入る。

 

 (不用心だな…)

 

 今の状況からして、彼はベイリンに背中を向けている状態であり、その気になればいつでも刺せる。まあ、アルトリアがいるので刃物を出した時点でベイリンは攻撃されるのだが。

 

 (自身のサーヴァントを信用してか…もしくはただの馬鹿か)

 

 アルトリアの知り合いなわけだし刺してはこないだろうと、目の前のお人好しマスターが信用しているのが実は自分だなんて、ベイリンが気付くはずもなかった。

 

 「麻婆豆腐四つでお願いします」

 

 お目当ての麻婆豆腐の注文を済ませ、料理が出来上がるまでの待ち時間へと突入する。

 ベイリンとアルトリアの間に謎の空気感あるために会話が弾むわけがなく、立香はお冷をちょびちょび飲んで時間を潰していた。

 

 「――ねぇ、あんた」

 

 少し時間が経過したところで、唯一二人の間に漂う空気を気にもしていなかったジャンヌオルタがベイリンに声をかける。

 

 「なんだ」

 

 「なんでここにいるの? サーヴァントなら食事する必要ないでしょ」

 

 「直球だな…。というかいらないのはお前たちも同じだろうに」

 

 なんでいるの? というえらいストレートを放り投げられたベイリンだがそれに答える。

 

 「ここの麻婆豆腐が食べたくなったんだよ。久々に」

 

 「久々…? ベイリンここに召喚されたことがあるの?」

 

 立香は振り向いてベイリンに重ねて問う。

 今の彼の言葉を聞いたのなら必然的に出てくる疑問だろう。ベイリンが召喚されたのは昨日だという。だが今の様子からして何年か前に来たことがあるような感じだった。

 

 「――かもな」

 

 皿に残った豆腐たちを一か所にかき集め、口へと運んだ。真っ赤な麻婆豆腐をベイリンは完食した。

 

 「店長、お金ここ置いとくぞ。釣りはいらないから」

 

 どこから持ってきたのか、出所不明の千円札をテーブルの上に置くと彼は立ち上がった。

 

 「あ、ベイリン。夕方はちゃんと帰ってきてね。夜の確認するから」

 

 「ああ」

 

 理解したのかよくわからない返事をして、ベイリンは店を後にした。

 

 「やっぱりそんな悪い人じゃなさそうだけど?」

 

 「――――」

 

 アルトリアにそんな疑問を立香がぶつけるが応答はなかった。

 

 「アイ、マーボードーフおまたせアルー!」

 

 陽気な声と共に麻婆豆腐が四皿分テーブルに置かれた。それぞれ実物を間近で見ての感想を一言ずつ口にした。

 

 「赤いね」

 

 「赤いな」

 

 「赤いですね」

 

 「赤いわね」

 

 ベイリンの食べていた麻婆豆腐は遠目に見ていたが、近くで見るとその色はさらに濃くなっているように思えた。

 

 「――食べようか」

 

 立香の言葉に三人は頷く。

 頼んだのだから食べなければならない。当たり前のことだ。

 レンゲを持ち、それぞれ地獄の麻婆豆腐との戦闘に挑んだ。

 

 

 見た目通りに辛く、思いのほか量の多い麻婆豆腐。これを数十分かけて食べ終えた四人の口の中はその後しばらくヒリヒリしていたという。そして興味本位で未知の食べ物を食べるのはやめた方がいいと学んだ。

 

 

***

 

 

 「やっぱり辛いな、アレ」

 

 道を歩く双剣の騎士は、麻婆豆腐をアレ呼ばわりしていた。

 完食はできたものの口内にはまだあの殺人的辛さが残っている。

 

 「――にしてもまた食べられるとは思わなかった」

 

 …記憶があった。

 あの店も、あの味も、しっかりと覚えていた

 今歩いている道だって脳内にある記憶通りだ。

 唯一の記憶との差異は……一人足りないことだろうか。

 

 「――――」

 

 追憶したところで意味がないなんてことは理解している。でも、気になることがあった。一度それを考え始めると連鎖的にいろんな光景が再生されていく。

 

 「――あいつは、どうなったんだろうな…」

 

 一人の少女が脳裏に浮かぶ。もう二度と会うことのできない少女だ。

 

 「…ま、大丈夫か」

 

 考えた末に出た結論。

 どうせ無事なのだろう。

 よくよく考えてみれば心配など必要なかった。だって彼女は自分の呪いの影響を受けることのなかった人物なのだから。

 光を見つけた彼女は強く生きているはずだ。

 

 「夕方には戻れ、だったか。さてさて、それまでどこで時間を潰すかな」

 

 またも彼は記憶を頼りに足を動かし、とある少女と共に歩いた道を進んでいく。

 




捕捉です。式さんは立香に中華料理屋に行かないかと誘われていましたが、面倒だからと断って衛宮邸で昼食を食べてました。他のメンツは知らん。王様とかはぶらぶら出歩いてそう。

そんなわけで今回は平和な回でした。となると当然次回は…。
まあ、その次回の投稿がいつになるかわからないんですけどね。モチベはあるので別作業の合間にちょくちょく進める予定です。


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第六節 『虚無なる者』 前編

ギリギリHeaven's Feel二章に間に合いませんでした…。


 第二夜。

 会議は終わっている。既に各々行動を開始していた。

 

 「鍾乳洞…ですか?」

 

 「そうよ」

 

 凜、立香の二人は柳洞寺の方へと移動していた。正確に言うのならば柳洞寺のある山、円蔵山内部の鍾乳洞へと向かっている。

 

 「大聖杯があった場所…」

 

 立香もそこには覚えがあった。最初に訪れた特異点、こことは異なる冬木でアルトリアオルタと対峙した場所である。

 

 「まあ、二年前に崩れちゃったんだけどね」

 

 「崩れた?」

 

 「そ、崩したって言ってもいいかもしれないけど。士郎が大人しく向こうに行ってくれたのはこれが理由でしょうね」

 

 崩したというのには深く踏み込まないとして、立香は今聞くべきことを聞く。

 

 「じゃあなんでそこに向かってるんですか?」

 

 崩れてしまったのならもう何もないはずだ。だというのに彼女はそこに向かうのだという。それが不思議でならない。

 

 「サーヴァントが自然に発生するなんてありえないでしょ? だって現界させておくには莫大な魔力がいるんだもの。それこそ聖杯みたいなね。だから、念のため行くことにしたの。その聖杯があった場所に。――なんてこじ付けもいいところよね。実を言うとほとんど勘なのよ。嫌な予感がするから行こうと思うの」

 

 「――――」

 

 特に不満はない。どちらせよ当てがないのだから、しらみ潰しに怪しい場所を探っていくしかないのだ。

 

 「それならちょっと戦力が多すぎたかしら?」

 

 そう言ったのはジャンヌオルタだ。

 立香の連れてきたサーヴァントは志願してきたジャンヌオルタ、凜の護衛であるエミヤオルタ、そして衛宮邸にいさせたままにして変なことを起こしてもらっても困るので連れてきたギルガメッシュと付き添いのエルキドゥである。ジャンヌオルタが言っていたように戦力としては最後の二人だけでも十分すぎるほどだ。

 

 「だといいんだけどね……」

 

 立香も凜と同様、日が沈んでからな予感がしていた。それが的中しなければいいと思いながら現在は足を進めている。

 

 「――ここね」

 

 山の中に存在する空洞への入り口。大した時間は歩いていない。衛宮邸からそこまではそれほど遠くはないのだ。

 一見数メートルほどの横穴。だが魔術によってそこで行き止まりのように見えているだけだ、触れれば壁が幻なのだとわかる。…というのが二年前までの話であり、二年前のここの在りようだ。しかし入口であるここは今では崩落の影響で本当に行き止まりになっている。だから何もないだろうと思っている凜は壁に手を伸ばした。

 

 「な……」

 

 ぶつかる感触はなく、壁を凜の腕が貫通する。

 二年前と同じだ。

 

 「――ふざけてるわね…」

 

 怒りのこもった感想だった。誰かがここを元に戻している。

 

 「行きましょう」

 

 凜は綺麗な黒髪をなびかせ幻の壁を越えて進んでいく。

 中は真っ暗というわけではなかった。光源は不明だが、洞窟内はぼんやりと緑色に照らされている。歩くのに全く支障はないようだ。

 

 「待て、遠坂凜。俺が先頭に立つ」

 

 「…お願いするわ」

 

 ここがすでに異常な空間であることは全員わかっている。サーヴァントが先頭を進むのは当然だろう。だが立香は意外に思っていた。彼が自ら先頭に立つと言ったことを。

 

 エミヤオルタを先頭にした一行は進む。奥へ、奥へと進んでいく。

 大きく開けた空洞を通過し、しばらく歩いたところでエミヤオルタが足を止めた。なにかあったのかと凜も前方の様子を確認する。

 凜はそれを目にして、驚きの声を漏らした。

 

 「――なに…これ…」

 

 立香も確認する。彼の反応も凜と同じようなものだった。

 境界線があったのだ。あるところを境にそこから先が全く見えない闇になっている。

 

 「壁……? いや…」

 

 黒塗りの壁にも見えるが、違う。そこから先には光がないのだ。だから暗い。

 

 「確かちょうどこの境の先が大聖杯のあった場所よ」

 

 「私の炎で明るくしましょうか?」

 

 完全な暗闇が進行を止めているようなので、ジャンヌオルタがそんな提案をする。

 

 「それ絶対に用途違うでしょ。王様、なんかいいものないですか?」

 

 ギルガメッシュは攻撃宝具以外にも、全自動調理器などの便利グッズがどこぞのネコ型ロボットみたいに宝物庫にはあるようなので頼ってみたわけなのだが…

 

 「…王様?」

 

 声は聞こえているだろうに、応答がない。

 ギルガメッシュは光の侵入を許さない洞窟の最奥へと目を向けたままである。

 

 「ギルは正常だよ、マスター」

 

 ひょいっとエルキドゥが立香の顔を覗き込んだ。

 

 「あと多分だけど明かりはいらないと思うよ。これあくまで境界線だろうから」

 

 「境界線…?」

 

 凜が聞き返した。

 

 「うん。結界だと思えばいいかもね」

 

 「つまりここから先は敵陣地ってことね」

 

 ジャンヌオルタが私服からいつもの戦闘服に姿を切り替えた。

 

 「――まあ、どっちが内か外かはわからないけどね…」

 

 その小声が耳に届いた者は誰一人としていなかった。

 

 「行くわよ」

 

 凜の言葉を受けてエミヤオルタが進もうとする。その瞬間、金髪の男が口を開いた。

 

 「――立香、貴様はここから先に進むのだな?」

 

 やけに真剣な声のトーンで立香へと問いを投げかける。

 

 「先に何かあるんですか?」

 

 「わからん」

 

 「――? エルキドゥはなにか感じる?」

 

 「ううん。何も感じないよ」

 

 立香の契約した英霊の中でもずば抜けた索敵能力を持つエルキドゥがそう言うのなら間違いはないのだろう。だが、そうなるとギルガメッシュの質問の謎が深まる。

 

 「確認だ。ここから先に進むのだな?」

 

 数秒の間の後、立香は答えを口にした。

 

 「――進みます」

 

 「そうか」

 

 彼の答えを聞いたギルガメッシュはずかずかと先へ進み始めた。

 そして何の躊躇いもなく闇へ身を投じる。水面に呑み込まれるように彼の姿は消えた。

 

 「俺たちも行こう」

 

 全員境界を越えた。エルキドゥの言っていた通り闇の先で視界は機能した。

 六人はいるのは荒野のように広い空洞だ。

 先ほどまでの場所とは違ってそこを照らしていたのはぼんやりとした緑色の光ではなく、灯のように薄っすらとした紫色の光だった。

 まるで別の世界なのではないかと思ってしまうほどに、これまで歩いていた洞窟とはこの空洞の空気が違う。不気味さが増している。

 

 「ふん」

 

 ギルガメッシュは止まる様子もなく、足を動かす。最奥の崖、大聖杯のそびえ立っていた場所へ彼は向かう。

 周囲を警戒しつつ五人もあとを追う。

 

 「――さて、貴様か? この茶番を行っているのは」

 

 空洞の真ん中あたりに至ったところで英雄王は崖を見上げた。

 その視線の先には『影』がいた。

 

 

***

 

 

 桜は一人居間にいた。

 何故かというと単純にやることがないからだ。

 家で待機するように言われているのですることもないのだ。そんなわけで今は一人でお茶を飲んでいた。

 

 「お邪魔してもよろしいですか?」

 

 なにをしようかと悩んでいた桜に、立香のサーヴァントである女性の一人が話しかけてきた。

 

 「えっと……巴御前さんですよね」

 

 「はい。巴で構いません」

 

 巴御前は机を挟み桜と向き合う位置の座布団に正座した。士郎がいつも座っている場所だ。

 

 「私に何か用が…?」

 

 サーヴァントに話しかけられるようなことがあっただろうかと思考するが、桜に思い当たることはなかった。

 

 「桜殿も私と同じく暇を持て余しているようだったので、お話でもご一緒にどうかと思いまして」

 

 「私で良ければ」

 

 暇だったのでちょうどよかった。

 桜は巴御前にも自分が飲んでるものと同じお茶を出した。

 

 「――――」

 

 いざ会話するとなったものの、桜は何を話すべきなのかわからない。凜ならこういう時も話題がポンポン出てくるんだろうなと思いながらお茶を口に運んでいると、

 

 「…桜殿は士郎殿が好きなのですか?」

 

 「――っ!」

 

 あまりにも唐突だったので口内に含んでいたお茶を吹き出した。

 

 「えーっと……はい…。好きです…」

 

 本人がいないにしても誰かのことを好きと他人に言うのは恥ずかしいものだった。

 

 「なるほど。やはりそうでしたか。士郎殿も桜殿のことはお好きなのですよね」

 

 「一応は…そう言ってもらってます…」

 

 さすがに恥ずかしい。桜は顔は赤くなる。

 

 「ですよね。ヘラクレス殿が現れた時も桜殿のことを庇っておられましたし」

 

 うんうんと頷きながら嬉しそうな顔をしている巴御前。

 

 「なんでその…私と先輩のことを聞くんですか?」

 

 「二人ともお似合ですから。そんな二人の話を少し聞かせていただけないかなと思いまして。私はそういう方々の話を聞いたりするのが好きなんですよ」

 

 「お、お似合い…」

 

 「はい。いい夫婦になれますよ」

 

 「夫婦!? 確かに先輩とはそうなりたいですけど…」

 

 さらに赤く染まる。体も動いていないというのに熱くなってきた。

 

 「り、立香くんは好きな人とかいるんですか?」

 

 今のままだと精神的な体力が尽きかねないので、桜は話題を変える。

 

 「マスターですか? カルデアには魅力的な女性が多いですが、そういった話は聞いたことありませんね。逆にマスターのことが好きな方は多いようですが」

 

 「あー、ジャンヌさんとかですか?」

 

 彼らのやり取りを多く見たわけではないが、その僅かな時間でもジャンヌオルタが立香に対して異性に向ける好意が少なからずあるのを桜は察していた。

 

 「だと思います」

 

 「……アルトリアさんも…ですか?」

 

 「そのように見えますね。私には」

 

 湯呑を手に取って巴御前はお茶を啜った。

 

 「…どうですか?」

 

 「どうとは?」

 

 「アルトリアさんはそちらで元気に暮らせていますか?」

 

 「…桜殿にはそう見えませんでしたか?」

 

 見えていた。笑顔があったのだ。自分が従えていた時の彼女とは全くの別人だった。アルトリアオルタは立香たちといると楽しそうにしている。

 

 「――――」

 

 桜の口からなにも発されない。それで彼女の答えは理解できた。笑顔で巴御前は言葉をつづける。

 

 「なにも心配することはないですよ」

 

 その一言で安心できた。ホッとしたというのが一番的を射ているかもしれない。

 

 「マスターも良いお方ですから。あんなに大勢のサーヴァントと契約して信頼できる関係を築ける方は他にいないでしょう」

 

 「…そういえば長い人はどれくらいそのカルデアにいるんですか?」

 

 ふと気になったことを桜は尋ねた。

 

 「マスターに召喚されてから二年ほど経つという方は何人かいますね。私はまだ日が浅い方です」

 

 「二年ですか…」

 

 桜もサーヴァントのメドゥーサを召喚し一緒に生活し始めてから二年ほど経つが、カルデアには合計百を超えるサーヴァントがいると聞いている。自分が知っているサーヴァントとの生活とは違うとはわかるが、数が多すぎてどんなものなのか想像ができない。

 

 「――そうですね…。人類を救うために戦っていて多忙の身。余裕がないことはわかりますけど、マスターもまだ幼いわけですし恋の一つや二つ経験してほしいものですね…。私でよければ相談に乗るんですが…」

 

 なにやら巴が悩み始める。

 桜が話題に出すまで気にしていなかったが、よくよく考えてみればまだ立香も少年と呼べる年頃。恋路についてどうこういうつもりはないのだが、その辺りの話が全くないというのはおかしな話というかよくないのではと心配してしまう。ここは立香の相談に乗るのがサーヴァントである自分の役割だろうと、カルデアに帰ってから何をするのか決めた巴御前であった。

 

 「と、話がそれていました。もっと士郎殿と桜殿のお話をお聞かせください! 悩み事があればこの巴御前相談に乗りますよ! ささ、どうぞ!」

 

 逸らしたはずの話題が戻ってきてしまった。

 この様子ではどう抵抗したところで結局この話に戻されそうなので、甘んじて受け入れることにした。

 

 これから根掘り葉掘り聞かれるのだろうかと思いつつ、桜は口を開こうとした。

 その時だ。事が起こったのは。

 

 「……ッ!」

 

 胸を押さえ、突如桜が苦しみ始めた。

 昨夜、バーサーカーが現れた時と同じように。

 

 「! メドゥーサ殿!」

 

 桜の傍に移動しながら、彼女の護衛であるサーヴァントの名を呼んだ。

 程なくしてメドゥーサは駆けつけてきた。

 

 「サクラ!」

 

 メドゥーサが桜の体に触れる。

 

 「これは…」

 

 感じたのは普通ではありえないほど高い体温。そして…

 

 

***

 

 

 士郎は新都へと足を運んでいた。

 

 「よかったのか?」

 

 護衛である私服姿のアルトリアオルタが唐突にそう言った。

 質問の意図がわからず不思議そうな顔をする士郎。

 

 「こちらに来てよかったのかと聞いたんだ」

 

 「あー、遠坂の言ってた通りバーサーカーがこっちに現れた理由が気になるからな。向こうにも行きたかったけど仕方――」

 

 「それじゃない。間桐桜から離れて良かったのかと聞いている」

 

 桜を家に残して、昨日バーサーカーが出現した場所を調べるために士郎は外へと出ていた。

 

 「――桜が昨日みたいに倒れたら、俺は傍にいた方がいいんだと思う。…でも、たぶん俺には何もできないんだ。それだけじゃあ桜を助けてやれない…」

 

 「――――」

 

 「多分、桜が昨日苦しがってたのはバーサーカーが召喚されたせいだ。詳しい理由まではわからないけどタイミング的に間違いないと思う」

 

 「――つまり?」

 

 「俺がやるべきなのはここで起きていることの原因を突き止めることなんだ」

 

 桜が目の前で昨日のように倒れたとしても何もできない。士郎自身それは理解している。だからメドゥーサに彼女のことを任せて、ここまできたのだ。

 

 「……桜を助けるために」

 

 それが答えだ。

 

 「命を賭すと?」

 

 「ああ。これが俺の選んだ…俺がいろんなものを犠牲にして選んだ道なんだよ」

 

 今もこれからも変わることも崩れることもない彼の生き方だ。選択した、道なのだ。

 

 ――だというのになぜ彼の顔は苦しそうなのだろうか。

 

 「………」

 

 それきり会話はなかった。二人はただ無言で冬木教会の方向へと歩く。

 その時、風を切る音がした。

 

 「――――!」

 

 ようやく士郎は気付いた黒塗りの短刀が自分の眼前まで迫っていたことに。

 

 「小癪な」

 

 黒き聖剣の使い手はやすやすとそれを弾き飛ばす。

 

 「――貴様がランサーたちの言っていたアサシンだな」

 

 いつの間にか二人の正面には、髑髏の仮面で顔を隠し、黒い衣を身に纏った人物がいた。

 昨日クーフーリンたちが遭遇したアサシンである。

 

 「何の用だ」

 

 「知れたことを…」

 

 すでに奇襲をされている。暗殺者の彼が出てきた理由は一つしかない。

 

 「…貴様らを殺しに来たのだ」

 

 髑髏の仮面は笑っていた。

 




いよいよ二章が公開されましたね。多分これが公開されたときには僕も映画館で見ていると思います。感想を聞いた限り期待大です。…例のシ-ンとか。

そして果たして三章までにこれは終われるのでしょうか…。まあ、とりあえず頑張ります。


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番外編 《第十次聖杯戦争》 1 『セイバー』

番外編です。本編で詳しく書くかわからないので気になる方はどうぞ。一応見なくても問題はないと思います。
オリジナルの主人公なのはご了承ください。



 目の前に広がるのは希望でもなければ絶望でもない。ただの暗黒。

 十四年間、この空間には何の変化もなかった。

 しかしとある日の夜、変化が訪れた。明確で確実な変化が。

 光が差したのだ。眩しすぎる暖かい希望の光が漆黒の闇を照らした。

 

 

***

 

 

 「到着しました」

 

 その声を聞いて車内で眠っていた盲目の少女――砂川愛梨は意識を覚醒させる。

 

 「どうぞ」

 

 運転手が車から出て愛梨が外に出られるようにドアを開ける。

 

 「ありがとうございます。川霧さん」

 

 愛梨の学校への送り迎えはいつも父親の雇っている使用人のうちの一人である男――川霧がやってくれている。このやりとりはほぼ毎日行われているものなのだ。しかしお礼は忘れない。必ず言う。顔を見たことはないが、自分の生活の手助けしてくれているのだから当然だ。

 

 白杖を持ち、まず足を地面につけてから上半身を車外に出す。目が見えているような滑らか動き。十年以上目の見えない生活を送っているためこの程度なら彼女からしてみれば楽なものだった。

 

 「お持ちします」

 

 川霧は愛梨の荷物である学生鞄を持った。

 

 「自分で持てますよ」

 

 「いえ、私がお持ちしますよ」

 

 彼の声色はとても優しいものだった。

 わざわざ持ってもらわなくても自分で持てる。そう何度も言っているのだが彼は毎回「お持ちします」と言って聞いてくれない。荷物を持ってくれるのはありがたいことだ。しかし自分でやれるのなら自分でやりたいと言うのが彼女の心情であった。

 

 「今日は日が沈むのが速いですね。さあ、新太様もお待ちになっているでしょうから行きましょう」

 

 川霧が歩き出す。愛梨もその後ろに続いて歩く。視力がない分、聴力はいいので彼の足音を聞き漏らすことはない。ましてやすでにこの場所は砂川家の敷地内。音を聞きとれなくなるような要因がそもそも存在しない。

 先導してくれる人物がいるのなら白杖を使う必要もないので右手に握っておく。

 

 「――少々お待ちを」

 

 彼がそう言うと数秒後、ガチャッと鍵の開く音がした。鍵を開けたのだ。

 いつもならここで「どうぞお入りください」と声をかけるのだが、今日はいくら待ってもその言葉がない。

 

 「川霧さん?」

 

 川霧がカギを開けてから何も言わないので不安になり名前を呼ぶ。

 

 「――愛梨様。申し訳ありませんがここでお待ちください。私が呼ぶまでは絶対に中に入らないように」

 

 彼が発したのは先ほどまでの優しい声とは打って変わり冷たい声。まるで命の危機が迫ってきているのでは思わせるほど真剣なものだった。

 

 「どういう…」

 

 川霧は鞄を愛梨に返し、彼女の言葉を最後まで聞くことなく家の中に入って行った。

 

 玄関前に愛梨は取り残される。

 

 「――どうしたんだろう」

 

 待つこと十分。信用している人物からの言葉だったので素直に待っていたが、さすがに何も伝えられずに待たされるのもこの辺りが限界だった。

 愛梨は川霧を待たずに大きい扉を開け家の中へと入って行った。

 

 

***

 

 

 一定のリズムを刻みながら白杖が床につく音が廊下に響く。「タッチ・アンド・スライド」と呼ばれる白状の使用法の一つ。周りに自分の存在を知らせるとともに、地面の凹凸を調べるといったものだ。

 これは基本家の中で使うことはないのだが今回は川霧に自分が家に入ったことを知らせるために使っている。

 

 「やっぱり…」

 

 ――おかしい。

 

 屋敷に務める使用人の数は五人。広い屋敷といってもここまで誰とも出会わないなんてことは今までなかった。

 

 「とりあえずお父様の部屋に…」

 

 今は夕方。この時間なら父親のいる場所は決まっている。愛梨は二階の執務室へと向かう。

 

 場所は覚えている。十四年間この家で暮らしているのだ。誘導がなくても問題はない。階段は手すりを使えば簡単に上れた。

 

 そして部屋の両開き扉の前まで辿りつく。

 

 「開いてる…?」

 

 左側の扉の方から風が吹いてきている。開いてなければそんなことが起きるわけがない。

 

 川霧が入ったからと思ったが彼が開けた扉を閉めないとは思えない。

 

 「お父様、いらっしゃいますか?」

 

 ノックをするが返事がない。

 返事がない以上、扉の前でただ考えていても仕方ないので入ってしまうことにした。

 

 「失礼します」

 

 部屋へ足を踏み入れる。

 部屋に入った瞬間とあることに彼女は気付いた……気付いてしまった。

 

 「なに…この……匂い」

 

 なぜ入るまで気付かなかったのか、不思議でならなかった。愛梨の嗅覚が嗅ぎとったのは紛れもない血の匂いだ。

 

 「お父…様…」

 

 部屋を歩きながらまさか、と最悪の出来事を想像してしまう。この部屋に充満している血の匂いの発生源は誰なのかと。

 

 「――ふむ。この娘で最後か」

 

 「誰…!」

 

 部屋の奥から聞こえてくる知らない男の声。

 愛梨は恐怖のあまり震えた声を上げる。

 

 「あ、愛梨様…! お逃げ…ください!」

 

 「川霧さん!」

 

 今度は聞き馴染んだ男の声だった。明らかに苦しそうな声で愛梨に逃げるように伝える。

 

 「…まだ生きているのか」

 

 姿の見えない知らない男の冷たい声からは、恐怖しか感じられない。

 動けない。まるで自分の足ではないように震えて、自由に動かすことが叶わないのだ。

 

 「早く…!!!」

 

 「――――!」

 

 川霧の声を聞いて扉を目指した。

 

 「させると思うか?」

 

 謎の男がこちらに向かってくるのが耳のいい愛梨は足音を聞きとってわかった。だが、わかったところでどうしようもない。目の見える男が方が速いののだから、必然的に追いつかれる。

 

 「行かせない!!」

 

 「む…っ!」

 

 愛梨の背後で何かと何かがぶつかる音がする。

 

 「愛梨様、別館の禁じられた部屋へ…! あそこに向かってください!」

 

 謎の男に川霧はしがみついているのだろう。彼の声には余裕がない。

 

 「離せ、死に損ない」

 

 「が…ッ!」

 

 ドンッ、と思い衝突音。同時にガラスが割れるような音もした。

 

 「川霧さん…!」

 

 「私のことは気にせず!」

 

 どうなっているのか想像しかできないが、川霧が苦しんでいるのはわかる。だが止まることはない。扉まではあと少し、あと少しで部屋の外に出られる。彼の言葉に従って歩き続ける。

 

 「逃がさんよ」

 

 風を切る音。男の方からとてつもない速度で何かが迫ってきている。

 

 「う……!」

 

 投擲物に気付いた愛梨は焦り、躓いてしまった。しかし、それが功を奏した。躓いて体が倒れたことで、投擲された何かを躱すことができた。

 そしえ這いつくばりながらも部屋から出ることに成功する。

 

 「………」

 

 しかし無駄な努力。部屋から出たところでどこに障害を患っていないものからすれば、盲目の少女に追いつくことなど造作もない。

 

 「close(閉じろ)!」

 

 「何!?」

 

 謎の男が初めてそこで焦った声を出した。

 川霧の言葉に反応したように扉が勝手に閉まったのだ。それによって謎の男の視界から愛梨は逃れることができた。

 

 

***

 

 

 「はあ…はあ…」

 

 歩く。それだけでも疲れる。

 普段運動することがない愛梨には早歩きだけでも辛いものだった。

 

 「早く…早くあそこに…」

 

 川霧が向かうように言った『禁じられた部屋』。愛梨が幼い頃から絶対に入るなと言われていた場所だ。

 愛梨が生活をしている本館とはまた別の別館にその部屋はある。別館には中庭からしか行くことができないので彼女は一度外に出て中庭を歩いた。

 

 「ここ…」

 

 別館には全く来ることがないが迷うことなく無事に着いた。

 

 別館の扉を開け、中に入る。

 目指す場所は一階の最奥。微かに頭に残っている記憶をたどる。

 

 「…………」

 

 今まで誰の手も借りずにこれほど急いで移動したことはなかった。もう疲労もピークに達している。

 息は切れ、汗が滲み出てくる。

 

 「急がなきゃ…」

 

 休んでいる暇はない。なぜあの部屋に行けと言われたのかは不明だが、信用できる川霧の言葉だ。その意思に迷いはない。

 

 「なるほど…魔術工房か」

 

 「――――!」

 

 あともう少しのところで背後からかけられる謎の男の声。

 

 「く――――!」

 

 声がした方向に白状を投げつけ全力で部屋まで向かう。

 

 「走ることもろくにできないのか…。マスターとして脅威になりうるとは思えないが、命令だ。致し方ない」

 

 必死に扉まで歩く愛梨の姿を見ている謎の男の声は彼女は憐れんでいるようだった。

 

 「あと、少し…!」

 

 ドアノブに手をかけ扉を勢いよく開いた。

 ひどく冷たい風が全身を包むように吹いたが、気にしない。中に入ったことがないので構造がわからないがひたすら奥へと歩く。

 

 「憐れな娘よ。せめてもの情けだ。死ね」

 

 執務室の時と同じ風を切る音。また何かを投擲された。

 

 「い――――ッ!」

 

 「運がいい」

 

 鋭い何かが腕をかすめる。

 

 ――痛い。

 

 怪我はいつも周りが気を使ってくれるからしたことが少ない。肌が切れることなんて今までなかったかもしれない。

 切れた場所から出た血が肌の上を流れているのが感じ取れる。

 自然と涙が出てきた。ここで死んでしまうのだと考えた途端に目から雫がこぼれ始めた。

 

 「きゃ…!」

 

 足ももう限界。よろけたことによって体が地面に叩きつけられる。

 

 「魔法陣か…。ここで英霊を召喚するつもりだったのかもしれないが触媒がない以上はそれはできまい。今度こそ終わりだ」

 

 ――終わり?

 

 終わる。謎の男の殺意は本物だ。

 目が見えなくても…いや、目が見えていないからこそ、それを敏感に感じ取れた。

 

 ――ここで?

 

 死が近づいてくる。

 

 ――私はここで死ぬの?

 

 もう目と鼻の先だ。

 

 ――まだ…何も…何もしてない。何もできていないのに。

 

 彼女の力だけではもはや助かることはない。

 

 ――ただ周りの人に助けられて生きてきただけ…自分はまだ何もやれてない。

 

 走馬燈のように過去を思い出したわけではない。脳裏に浮かんだのはここまでの人生での後悔のみ。

 

 「安らかに眠れ」

 

 「――や、だ…」

 

 自分の為してきたことはなんだ。成せたものはなんだ。何がある。

 いくら考えても思い浮かばない。当然だ。何も自分の力でやれたことなんてないのだから。

 

 そんな無価値な人間のまま、死ぬなんて嫌だ。目が見えないがために誰の役にも立てず、何もできない自分のまま死ぬなんてご免だ。

 

 「死にたくない……!!!」

 

 瞬間。部屋に刃物と刃物がぶつかったような金属音が響く。

 

 「貴様! サーヴァン、ギ…ッ!」

 

 爆発音のようなものが聞こえた。

 そして、

 

 「こんなものか。それにしても…おかしいな。なんだ、この感覚」

 

 愛梨を殺そうとしていた男とはまた違う男の声。

 その声を聞いてもちろん恐怖はあった。しかし一番最初に感じたのは暖かさ。目の前にいるであろう人物の声からはぬくもりを感じられた。

 

 「誰…ですか?」

 

 「――――」

 

 新たにどこからともなく現れた男が自分に視線を向けているのを愛梨は感じた。

 じっと見つめられている。

 

 「――サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上した」

 

 「――?」

 

 ――サーヴァント? セイバー?

 

 何のことか全くわからない。知らない言葉だ。でもそんなこと今はどうでもよかった。

 

 「問おうか。アンタが俺のマスターか?」

 

 何も映ることのない少女の瞳は確かに男の姿を捉えていた。

 

 

***

 

 

 「えっと…」

 

 セイバーは自分を召喚したであろう少女とその少女の下にある魔法陣を見つめていた。

 

 「――なるほど。危機一髪ってところだったか」

 

 少女の目が見えないことはすぐにわかった。顔は向いているが目の焦点があってないのだから当然と言えば当然だ。

 

 「そこに座ってな。俺が片付けてくる」

 

 右手に赤い印――令呪があることから自分のマスターであることは確実だ。しかし正規のマスターでもない様子、魔術による援護もできそうにない。

 そんな主人をわざわざ危険な場所に連れていく意味もないので自分一人で片を付けに行く。

 

 「ま――」

 

 彼女が状況を理解できていないことはわかっているが説明している暇はない。このままでは今蹴り飛ばした敵サーヴァントを逃してしまう。それはできれば避けたい。

 

 「派手にぶっ壊しちまったな」

 

 敵サーヴァントは何枚もの壁を貫通して吹き飛んでいったようだった。

 

 「ギ、ギ……」

 

 「いたいた」

 

 終着点は中庭。そこには黒衣に身を包んだ人物が苦しみながら倒れていた。間違いなくサーヴァントだ。

 

 「その貧弱っぷりとダッサイ仮面を見るに…お前、アサシンだな」

 

 「――腰に携えた二本の剣。セイバーのサーヴァントか」

 

 髑髏の仮面をつけたアサシンは立ち上がり黒塗りの短刀を構える。

 対してセイバーは何も構えることなく立ったまま。

 

 「…その通り。俺はセイバーのサーヴァントだ」

 

 「最優のサーヴァント。…それにしては隙だらけではないか?」 

 

 ほぼノーモーションでされた短刀の投擲。気がつけばセイバーの目の前には黒塗りの短刀があった。

 

 「そうか?」

 

 セイバーは腰の右側に差してあった剣を鞘から流れるように美しい動作で抜き、短剣を当たり前のように弾いた。

 

 「なるほど、どうやらセイバーのクラスの名は伊達ではないらしい」

 

 アサシンの賞賛は嘘偽りのないものだった。

 

 「もう片方の剣は抜かなくてもよいのか?」

 

 セイバーが抜いた剣はまだ左手に握っている一本のみ、腰にはもう一本の剣がある。

 

 「お前相手に使う必要はないだろ。アサシン風情が」

 

 「――――!」

 

 セイバーは一瞬でアサシンの懐に入り込んでいた。この距離は既にセイバーの間合いだ。

 

 「……素早いな。小物らしいが…」

 

 アサシンは首を目がけて振るわれた剣を体を反らせて回避する。普通の人間の反射神経と運動神経では不可能な芸当だっただろう。しかし、

 

 「…まだ足りない」

 

 「な………ッ!」

 

 追撃。

 左手で握られていた剣を空中で手放し何も持っていなかった右手に持ち替えてそのまま振り下ろす。彼は一本の剣をまるで二本あるかのように扱っている。

 

 「ク…ッ!」

 

 アサシンはなんとか身軽さを活かして致命傷は避けるもセイバーの剣は彼の黒衣に包まれている体を抉った。

 

 「思ったよりも早い。少し甘く見すぎたか」

 

 セイバーは手入れされた美しい剣についたアサシンの血を振り落とす。

 

 「ま、どうあれ十分だな。こっちの剣だけで」

 

 「――――」

 

 彼にとってアサシンは全力を出すに値しない。余裕すら存在する。それほどに二人の差は開いている。

 

 「さてと、あのマスターも待たせてることだしさっさと――――」

 

 「――ここ?」

 

 完全に場違いな弱弱しい少女の声がセイバーの耳に届いた。

 

 「何で出てきた!」

 

 セイバーが少女に気を取られた瞬間がアサシンにとっての好機だった。

 

 髑髏の面をした男は少女に短刀を投げつけた。セイバーではなく少女を狙った理由は簡単。逃げる時間を作る為だ。

 

 「ちっ!」

 

 マスターを殺されるわけにはいかないセイバーはアサシンを視界から外し、少女に刺さる前に短刀を弾き飛ばす。

 

 「…逃がしたか」

 

 目を離したのはほんの数秒はその僅かな時間でアサシンは気配を消し消えてしまった。

 

 「仕方ない」

 

 逃がしてしまったものはどうしようもない。セイバーは自分の落ち度だと諦めて剣を腰の鞘にしまう。

 

 「――あ、あの…あなたは誰…ですか? それと…あの男の人は…」

 

 少女は音を頼りにふらつきながらここまで来たようだった。恐怖に震えながらされた質問にセイバーは答える。

 

 「――お前を殺そうとしてた奴はもういない。それと俺はアンタのサーヴァントだ」

 

 「サーヴァント…? 私の?」

 

 少女が先ほども聞いた知らない単語。彼にその言葉を聞き返す。

 

 「ああ。サーヴァント、セイバー。心配事は多いがよろしく頼むぜ、マスター」

 

 二刀流の剣士と盲目の少女の主従はこの日ここで成立した。

 




オリジナルの聖杯戦争の話になります。この物語に関係するのは本編のアサシンやら、ベイリンやら、リーパーやらです。
三話分は書いてありますが、そこからは全く書けていないので本編よりも不定期更新になると思います。


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番外編 《第十次聖杯戦争》 2 『黒い外套の英霊』 

明日は本編を投稿すると思われます。


 優しい風が女の肌をなでる。風はそこまで強いものではなかったが女の長い髪の毛を靡かせるには十分な風力だった。

 

 「はぁ…疲れた」

 

 女は両腕上げて伸びをした。長旅だったためかこれがなかなかに気持ちいい。

 

 「――ここが冬木市」

 

 彼女の赤い瞳は建物が建ち並んでいる街を見回す。

 日本に来るどころか自国から出ること自体が今回初めての彼女にとってはどれも興味深いものだった。

 

 「観光は後かなあ。それよりも…」

 

 右手に浮かぶ赤い模様を眺める。その令呪と呼ばれるものが彼女――サシャが冬木市に来た理由に関係している。

 

 「……さっさと泊まる場所決めて準備しますか」

 

 スーツケースの持ち手を握りサシャは歩き出す。

 

 「いざ、聖杯戦争へ!」

 

 彼女の足取りは実に軽いものだった。

 

 

***

 

 

 「この辺りかなっと」

 

 夜更け。サシャは冬木市の端、木々に囲まれた場所にいた。

 

 「無事に寝床も見つかったし。早くやっちゃおう」

 

 彼女が宿として選んだのはホテルなどではなく、無人の館。彼女は野宿でも構わなかったのだが、歩いてる途中で偶々見つけたので泊まることにした。

 

 「よし! これでいいね」

 

 木の枝を使い慣れたような手つきで茶色の地面になにかを書き始めた。二分経ってそれは出来上がった。

 

 「触媒なしだけど…ま、なんとかなるか」

 

 サシャが完成させたのは魔法陣。彼女はそれの前に立ち掌を向けた。

 

 ――唱える。

 

 「祖に銀と鉄。礎に医師と契約の大公。

 我らが故郷は死霊彷徨する影の国。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 魔法陣が赤く発光する。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 サシャを囲む木々が揺れる。魔法陣を中心に起こった風がそうさせる。

 

「――――告げる」

 

 魔法陣同様サシャの右手も赤く光り始めた。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 右手の文様から熱が感じられる。

 手だけではない。身体の隅々が発熱しているようだ。それほどに全身が熱い。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 だが止めることはない。

 ここまで来たのだ。中断するなんてありえない。

 もう少しだ。もう少しで始まる。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」

 

 サシャの視界が一面光に包まれた。

 

 「眩しっ!」

 

 眩しさのあまり目を瞑る。

 約十秒ほど経ち彼女は瞼を開いた。

 

 「――やった…」

 

 魔法陣の中心には先ほどまでいなかった黒い外套に身を包みフードを被った男が膝をつきしゃがんでいた。

 

 「やったー! 成功だー!」

 

 比喩ではなくその言葉通りサシャはその場で跳ねて喜んだ。

 

 「――――」

 

 「あ…、こほん」

 

 フードの奥から冷たい視線を感じとってサシャは我に返る。

 落ち着いたことを確認した男は立ち上がり口を開いた。

 

 「――サーヴァント……アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 彼から発せられたのはひどく冷たい感情のこもっていない声。ただの人間が聞いたら寒気すら感じるかもしれない。

 しかしサシャはそんなものを気にすることなく、興奮気味のままだ。

 

 「アーチャーのクラスね。どれが来ても良かったけど三騎士を引くなんて運がいいねぇ」

 

 「――――」

 

 黒い外套の弓兵はサシャの右手の令呪を見た後に、彼女の顔に視線を移した。

 

 「アーチャー、君の真名は何かな? 私の知ってる英雄だとありがたいんだけど」

 

 「――悪いがわからない」

 

 「へ?」

 

 どんな英雄が出てきたのかと身構えていたため、弓兵の言葉を聞き気の抜けた声が出た。

 

 「わからない、というと?」

 

 「そのままの意味だ。他意はない」

 

 「なんでわからないのさ。自分の名前だよね」

 

 「――マスター。アンタの召喚が不完全だったせいだ。名前が思い出せないんだよ」

 

 「え? ほんと?」

 

 サシャは唖然とする。

 

 「本当だ」

 

 「――やってしまった…」

 

 頭を抱える。これほどの失敗は人生でしたことがないだろう。

 

 「私は君の真名がわからないまま戦わないといけないのか…」

 

 「俺のせいじゃないぞ。アンタの責任だ」

 

 正論なので何も言葉を返すことができない。

 

 「うぅ…ごめんなさい」

 

 「――――まあいい。名前は戦闘にそれほど影響しないだろうし、記憶はもしかしたら時間が経てば戻るかもしれないからな」

 

 「本当に!?」

 

 「いや知らん」

 

 「あ、そう…」

 

 サシャが抱いた希望は、アーチャーの無慈悲な言葉によって一秒ほどで砕け散った。

 

 「……それよりもマスター、アンタの名前を教えてくれ。俺と違って名前はわかるだろ」

 

 アーチャーと違ってマスターである自分は名前がわかるのだ。伝えられるのだし伝える。

 

 「――私の名前はクアサシャ。でもこの名前好きじゃないのと呼びずらいからサシャって呼んで」

 

 「そうか…サシャか…」

 

 「お! なんかさっそく思い出した?」

 

 アーチャーがサシャの名前を聞いて、何か考えるようなそぶりを見せたので質問する。

 

 「――わからない。だが何も思い出していないということはそういうことだろう」

 

 「ま、そうだよねぇ。私が過去の英雄さんと関わるなんてありえないし」

 

 英霊である者が自分の名前を知っているというのは普通に考えればおかしな話だ。そんなはずはない。

 

 「――ふぅ…。記憶云々は放置しておいて、とりあえず召喚は成功したね。これで私もスタートラインに立てるよ」

 

 サシャは星が輝く夜空を見上げた。

 

 

***

 

 

 木々に囲まれた道を通り指として使う屋敷に向かっている。今後の方針などはそこに帰ってから立てることになった。

 

 「サシャ。アンタの望みはなんだ」

 

 その帰りの途中、アーチャーはサシャに質問をした。

 

 「望み?」

 

 「そうだ。聖杯戦争に参加している以上は望みがあるんだろ?」

 

 「――――」

 

 望み、と聞かれてサシャはその場に立ち止まり考え始めた。

 

 「そんなに悩むことなのか?」

 

 思考時間が長い。聖杯戦争に参加する者ならば事前に願いは決まっているはず…否、決まっていなければおかしい。彼らは願いをかなえるためにこの戦争に命を懸けて参加するのだ。願いも何もないのにわざわざ参加する理由がない。

 

 「うーん。聖杯を使ってまで叶えたい願いはないかな…」 

 

 「は?」

 

 間の抜けた声がアーチャーから発せられた。

 

 「本気で言っているのか?」 

 

 「本気も本気よ」

  

 「――アンタは魔術師だろ。根源の渦への到達とかは?」

 

 聖杯戦争などという殺し合いに自分から参加する魔術の願いのほとんどは根源の渦への到達だ。しかし、

 

 「興味ない」

 

 サシャはそんなことに一切の興味がなかった。

 

 「なるほど。アンタは魔術使いなのか」

 

 「そうなんじゃないかな? これまでの人生ずっと魔術に打ち込んできたわけじゃないしね」

 

 「ではなぜ参加したんだ?」

 

 「………」

 

 願いがないのはわかった。そうなると願いもないのになぜ彼女が聖杯戦争に参加したのかが気になる。

 

 「――お父さんがね。前回起きた『第九次聖杯戦争』に参加したんだよ。私ひとり家に残して」

 

 「――――」

 

 「病気で死んじゃったお母さんを生き返らせるんだ。なんて言って出て行ったのにそれっきり帰ってこなかったんだ」

 

 「――――」

 

 懐かしい思い出のように語るサシャの赤い瞳をアーチャーは見つめる。

 

 「あ、でもそれでお父さんとか聖杯戦争とか憎んでるわけじゃないよ」

 

 「憎んでない? 家族が死んだんだろ?」

 

 「そりゃ辛くて悲しかったけど。そういうものなんだって受け止めたよ。あの人が出て行った時からなんか帰ってこない気はしてたからそんなにショックは受けなかったし」

 

 「なのに参加しているのか」

 

 「うん」

 

 「父の無念を晴らすために?」

 

 親の無煙を晴らすために。これなら十分参加する理由にはなる。

 

 「…違うよ」

 

 だが彼女はそれを否定する。

 

 「私はね。戦うためにここに来たんだ」

 

 戦闘狂。そう呼ばれる者たちがいる。

 彼らは何よりも戦うことを優先し、狂った様に戦闘を行い、楽しむ。富でも権力でもない。彼らを満たせるのは血を流し合う戦いのみ。

 アーチャーはサシャからそれに近しい何かを感じた。彼女の本能のようなものを。

 

 「君の望みは?」

 

 自分の召喚に応じたということは彼も当然望みがあるということになる。サシャとしてはアーチャーの願望が気になった。

 

 「…と思ったけど記憶がないんだから望みわからないか」

 

 そう、アーチャーには記憶がない。名前もわからないのだから望みなんて覚えているはずもない。少なくともサシャはそう思っていた。

 

 「――明確な願望はない。記憶がないからな」

 

 思った通りの返答ではあった。そこまでは。

 

 「でも」

 

 「――――」

 

 「約束を果たす…それが俺の願いのような気がする」

 

 「約束って?」

 

 「………たくさんの人を助けて幸せにする…そんなものだったと思う」

 

 「そうなんだ…」

 

 決して明確な答えではない。約束も曖昧だ。

 それでもそれは記憶がないアーチャーが出した、心の底からの答えだった。

 

 「うん。君がサーヴァントでよかった気がするよ」

 

 「まだ力を見せてないのにか?」

 

 「主従関係って力量だけが大切なわけじゃないでしょ?」

 

 「――ああ、その通りだな」

 

 そこでアーチャーは初めて笑った。フードに隠れて笑みは見えなかった。

 しかし確実に笑っていた。そう思わせる声だった。

 

 「そういえばまだ見てないから見せて欲しいな。君の顔」

 

 「見て面白いものじゃなさそうだぞ?」

 

 「いいよ。構わないさ」

 

 「なら」

 

 アーチャーは深くかぶっていた黒色のフードを剥いだ。

 

 「うん。いいね。カッコいい」

 

 「そうか?」

 

 「そうだよ」

 

 現れたのは右目に深い傷を負った白髪の男の顔。

 

 「私といる時はフード被らないように。それと霊体化は基本外に出ない限りはしなくていいよ。魔力量には自信があるから」

 

 「わかった」

 

 サシャは満足気に頷いて再び館へと歩みを進めた。黒い外套のアーチャーもそれに続く。

 

 

 この美しい月明かりが冬木市を照らしていた日。

 赤眼のマスターと隻眼の弓兵の主従が誕生した。

 




ここぞとばかりに番外編投稿してますが、次投稿されたら番外編は当分は触れられないですね、多分。


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番外編 《第十次聖杯戦争》 3 『八体目』

申し訳ないんですが、パソコンが死んだみたいなので今回も用意しておいた番外編になります。


 この世界で行われた今回の聖杯戦争において一つだけ誰も予想していなかったイレギュラーがあった。

 数々の思考が交差するこの戦い。誰が負け誰が勝つかなど誰にもわからない。それは百も承知だ。大聖杯というシステムを作り上げた神域の天才もそれはわかっているだろう。

 しかし今回のこれは誰一人として予測できなかった。大聖杯を作り上げた人物もまさか『聖杯の力を使うことなく、英霊の座からでもなく、完全に独立した外部から現れた存在がサーヴァントとして聖杯戦争に参加する』とは思っていなかったはずだ。

 

 

***

 

 

 「殺せ、ライダー」

 

 場所は冬木市内のとある公園。その場所で男――カレヌアス・ドマノハは、魔術師らしい冷徹な声で、古汚い本を大事そうに抱えながら怯えている少女を殺せと自分のサーヴァントに命じた。

 

 「…しかし幼い子供ですよ」

 

 カレヌアスのサーヴァント。ライダー・ゲオルギウスはマスターの命令に対して抵抗を見せる。

 

 「知るか。子供だろうがなんだろうがそいつからは異常なほどの魔力を感じる。私が今まで出会ってきた魔術師の中でもダントツだ。かの時計塔のロード。ケイネス・エルメロイ・アーチボルト殿でも足元には及ばないだろう」

 

 実験台としては面白そうではあるが、これほどの魔術師ではいずれ脅威になりかねない。自分の未来に支障を与えるようならば即座に殺すべきだと考えた。

 

 「――了解しました」

 

 納得したわけではない。しかし英霊となり果てた過去の人物。自分の意思で勝手に世界に干渉してはいけない。召喚されたからには召喚主の命令に従う。それが今の彼にある唯一の存在意義だ。

 

 「それにしてもこれほど大量のオドを撒き散らせる人間がいるとはな。早めに発見できて幸いだった。放置していればこの聖杯戦争にも影響をきたしていたかもしれん」

 

 異常な魔力を発するカレヌアスが見つけたのは偶然。真夜中、戦争前の下準備をしようとしていたところに少女が偶々現れたのだ。

 

 「…申し訳ありません」

 

 ライダーは右手に握る剣を振りかざす。

 彼は心底嫌な顔をしている。聖人と呼ばれた彼だ。六歳ほどの少女を殺したいわけがない。

 

 「た、助けて…!」

 

 少女は大声を上げるが無意味。カレヌアスが周囲に結界を張っているため、外にいる者に声が届くことはない。

 

 「おじいちゃん!」

 

 またも悲鳴のように声を上げるが助けはない。何も起こるはずがない。

 

 ――唯一あった変化は少女の背後から長身ではげ頭の老人が現れたこと。

 

 「あなたには私を恨む権利があります」

 

 「…ちょいと失礼」

 

 かすれた声を出した古びた浴衣を着た老人は、ライダーの横を通りカレヌアスの方へ当然のように進んでいく。

 

 「――――?」

 

 そこでライダーは違和感を覚える。何かおかしいと、何か場違いなことが起きていると。

 

 「さてさて…」

 

 草履の音が深夜の公園に響く。そして老人はカレヌアスの前につくと立ち止まった。

 

 ライダーは何がおかしいのか、この場所で起こったことを脳内で振り返る。

 戦のための準備中に少女と出会った。マスターからその少女を殺せと命令を受けた。自分は今命令に従い少女を殺そうとしている。少女は助けを呼ぶために叫んだが誰も来なかった。少女の背後から老人が現れた……………老人だと?

 

 「――! マスター!」

 

 さすがはサーヴァントと言うべきだろうか、その違和感に気付くまでそう時間はかからなかった。

 

 ――だがもう遅い。手遅れだ。

 

 「あ、あぁ…ぁ…ぁぁぁ…」

 

 情けなく震えた声。誰が出したものなのか、それは紛れもないライダーのマスターだった。

 謎の老人が目の前に立った途端にカレヌアスは、目の焦点を右往左往させ、生まれたての小鹿のように足を震わせ、汗、唾液、鼻水、尿、身体中の穴という穴から液体を垂らしている。

 

 「なに……を…」

 

 変わり果てたカレヌアス。ライダーも彼の状態を理解できていない。

 生前、死という恐怖で震える者は見たことはあった。しかしカレヌアスはそれとはどこか違う。

 

 「いいのか…? 意識を逸らして…」

 

 「……な」

 

 油断していたわけでない。ただ意識を老人の方に向けることが継続できなかった。  サーヴァントと言えどもとは人間。人間の集中力とは長く続かない。それに意識をすべて一つのことに向けることはさらに難しい。追い詰められ自分の命が危うい戦闘中ならまだしも、まだ戦闘にすらなっていないこの現状では不可能なことだった。

 

 「まぁ、よいか。どちらにせよ終わりじゃ」

 

 ライダーが意識を再び老人に集中させた時には、すでに彼は目の前にいた。

 彼は距離を取ろうとしたが動くことができない。何故か足が言うことを聞かない。

 

 「――――!」

 

 至近距離まで近づかれライダーはようやく気づいた。彼が何者かに。

 

 「……英霊ではなく…聖杯に呼ばれたサーヴァントですらない…! 貴方は――」

 

 ライダーは最後まで言葉を言い切ることができなかった。物理的な干渉をされたわけではないのに、口を動かすことができなくなった。

 

 「そうじゃよ。儂は聖杯とやらに呼ばれたサーヴァントではない。だからおぬしらの行っている聖杯戦争とやらには関わりがないんじゃ。席ももうないようだしの」

 

 すでに七騎の英霊は揃っている。空いている席はない。

 

 「かといって参加できないわけではない」

 

 まだ方法はある。彼が正式に七騎のサーヴァントの一人と認められる方法が。

 

 「――おぬしを喰らってその座を貰えばよいのだ。簡単じゃろ?」

 

 老人はライダーの鎧の胸のあたりから手を無理やり突き刺し心臓を掴む。

 

 「………」

 

 悲鳴は上げない。否、上げられない。だがライダーは一つの感情を抱いていた。

 

 「おぬし……」

 

 聖人である彼が抱いたそれは紛れもない――

 

 「恐怖…しておるのぉ…」

 

 笑みを浮かべながら勢いよく心臓を抜き取り、文字通り老人はそれを喰った。程なくしてゲオルギウスは消滅した。

 

 「心の臓だけでなく、魂までも喰らってやろう」

 

 彼はしわしわの声で愉快そうに笑った。

 

 「おっと、そうじゃった。こちらからも貰わなければな」

 

 放置していた魔術師のところに戻る。そして、令呪の宿る右手を何の躊躇いもなく引きちぎる。

 

 「――もうどうせその状態では生きることはできまい」

 

 手をちぎられ腕から滝のように血を流してなおカレヌアスは反応することはなった。

 震えながらも立っている。

 今彼がしているのはそれだけ。それしかできない。

 

 「さてと」

 

 老人は歩む。怯えて地面に座っていた少女のもとへ。

 

 「おじいちゃん!」

 

 老人を見ると少女の表情はパッと明るくなった。

 

 「おう、よしよし」

 

 つい数分前とは別人。少女は無邪気な子供のように老人に抱き着いた。老人は少女の頭を優しく撫でる。

 

 「…おぬしの願いは必ず叶えるぞ、沙波。それが儂――いや儂らの願いじゃ」

 

 老人はさらに強く少女を抱き寄せた。

 

 

***

 

 

 「璃正神父。サーヴァントの召喚状況の方は?」

 

 月明かりが差し込む礼拝堂で二人の神父が会話をしていた。

 

 「――クオズくんか。サーヴァントはすべて出揃ったようだ。夕方ランサーとセイバーが召喚された」

 

 「そうですか。では問題なく聖杯戦争は行われているようですね」

 

 「いや、既に問題が発生してしまっている」

 

 「それは?」

 

 「数分前にライダーが消滅した」

 

 「ライダーが? 確かマスターは時計塔の魔術師でしたよね。もう他のマスターと戦闘を行ったのですか?」

 

 「わからない。ただのマスター同士が殺し合いをした。それならば問題はないのだが…」

 

 「何かおかしなことが?」

 

 「…どうやらライダーが消滅した後にそのライダーを乗っ取るように新たなサーヴァントが現れたようなのだ」

 

 「つまり八体目ですか?」

 

 「そういうことになる」

 

 イレギュラーだ。誰一人として予想もしていなかった。八体目のサーヴァントが現れるなど。

 

 「最初に召喚されたのはバーサーカー。次にアサシン。三番目はライダー。四番目にアーチャー。五番目は…クラス不明のサーヴァント。六、七番目はセイバーとランサー。合計七体。これで定員のはず…それなのに現れたサーヴァントですか…」

 

 「問題はそれだけではない。五番目のサーヴァントはもちろんだが、六、七番目のセイバーとランサーが全くの同時。寸分の狂いなく同じタイミングで召喚された」

 

 「――――そんなことが…」

 

 「――今回の聖杯戦争も簡単には終わらないようだな」

 

 

***

 

 

 全てのサーヴァントが出揃った。多少のイレギュラーはあったがこの儀式は止まることはない。歯車はもう動き始めているのだ。

 

 ここから始まる――第十次聖杯戦争が。

 




パソコンが直るまでは次回の投稿ができません。なるべく早くなんとはしたいと思っていますがいつになるかわかりません。


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第六節 『虚無なる者』 中編

パソコンが生き返りました。
前後編にするはずだったんですけど、一週間近く執筆できないのでもう一つ区切りました。ちょっと短いですがお許しください。


 桜が倒れて数分後、クロエが衛宮邸の屋根上で待機していた時のことだ。

 彼女は玄関の開く音を聞きつけて下に目を向けた。

 

 「あれ、式…?」

 

 家から出てきたのは両儀式。しかしいつもと雰囲気が違うように見えた。

 

 「………?」

 

 気になるが、ひとまず敷地内から出ようとしている様子なので屋根から飛び降りて声をかけることにした。

 

 「ちょっと、どこ行こうとしてるの?」

 

 着物に革ジャンを着た少女の背中に声をかける。

 声は当然届いた。だから彼女はクロエの方へ振り返った。

 

 「――――」

 

 式だ。間違いなく顔は式そのものだ。けれど決定的に何かが違う。言葉には言い表しにくいが、別人のような空気を纏っている。…いや、纏っていないと言ったほうが正確かもしれない。今の彼女は無のだから。

 

 「…様子を見に」

 

 その声はいつもの彼女のものよりも静かで、冷たくて、穏やかなものだった。同じ声であるというのに別人が発したのではないかと思ってしまうほどに差を感じたクロエ。

 そんな彼女を他所に、式は再び正面を向いて歩き始める。

 

 「あ、ちょっと…!」

 

 今度はクロエの声には振り返ることなく、門をくぐり敷地外へ出た。出てすぐに右曲がったために式の姿は塀に隠れてクロエの視界から消えてしまった。

 結局彼女の目的が微塵もわかっていないままなので、さすがにあのまま放置はできない。というわけで、彼女も門を出てすぐに右を向いた。

 

 「え…?」

 

 いなかった。

 式の姿がどこにもなかった。

 ありえない速度だ。まだ式の姿が消えてから五秒と経過していなかったというのに。

 

 「なんなのよ…」

 

 困惑していたクロエの口からは、ため息交じりのそんな声しか出なかった。

 

 

***

 

 

 「我々を殺して貴様にメリットがあるのか?」

 

 殺すために来た。そう言ったアサシンにアルトリアが問いを投げかける。

 

 「騎士王、それは暗殺者に尋ねることではないと思わないか?」

 

 「――――」

 

 彼は暗殺者。命令に従って敵を殺すだけだ。

 故にアサシン自身にメリットがあろうがなかろうがどうでもいい。

 

 「まあ、それに関してはサーヴァントとなった我々も本来は同じか。と、そんなことはどうでもいいな」

 

 何もない空間から出現した黒い聖剣をアルトリアオルタは掴む。

 

 「ここで殺してやる。どうせ目的など吐く気はないんだろう?」

 

 「愚問だ」

 

 返答とほぼ同時に踏み込む。

 早い動きではあるが、予期していたことだ。アサシンはアルトリアの進行方向へ短刀を投げつける。

 すでに彼女は止まることができる段階ではない。このままだと短刀は彼女に命中する。

 

 「――馬鹿が」

 

 正面から見ると面積の少ない短刀ではあるが、アルトリアからしてみればそんなもの弾くなんて造作もない。踏み込み、距離を詰めながらであってもそれは変わらない。

 

 「…ほう」

 

 見た目は呪腕のハサンに似ているが、彼以上に不気味で底知れない雰囲気をこのアサシンは漂わせている。戦闘を長引かせるのは愚策だとアルトリアは判断した。故に、早急にけりをつける。距離は十分、すでに剣士の間合いだ。

 

 魔力放出。聖剣を黒い光が包んだ。

 

 「――終わらせる」

 

 禍々しく闇を纏った聖剣は振るわれ、放出された黒い光は道を抉り、突き進む。暗殺者はその光に飲み込まれた…かに思われた。

 

 「ふむ。聖剣の使い手というのは伊達ではないらしい」

 

 「貴様…」

 

 光からアサシンは逃れていた。しかし完全に回避できていたわけではない。左腕だけは逃れることができなかったらしい。その証拠に彼の衣の左腕部分は消え去り、腕自体にも力が入っておらず使い物にならなくなっているようだった。

 だが、痛みを感じていないのか、アサシンは平然としている。

 

 「やはりセイバーというのは強者ばかりか。正面から勝負をするものではない」

 

 「――それを理解しているというのに姿を現したのか?」

 

 愚行極まりない。そもそも本来は暗殺者のクラスというのは正面戦闘に向いていないのだ。

 セイバークラスのアルトリアの前に立った時点で一対一での勝率は皆無に等しい。

 

 「ああ。端から貴様と一対一で殺し合う気はないからな」

 

 「――――!」

 

 瞬間。士郎の視界内からアルトリアが消えた。

 

 「――! セイバー!!」

 

 アルトリアは士郎の後方、先ほどまでいた位置から約十メートルほどにいた。彼女は蹴り飛ばされていたのだ。剣を地面に突き刺して勢いを殺したことによってその程度で済んでいたが、それが出来ていなかったら倍以上は吹き飛んでいたはずだ。

 そして、アルトリアがいた場所には黒い外套の存在がいた。蹴りだけでアルトリアを十メートルも移動させた人物。サーヴァントなのは間違いないだろう。顔はフードによって隠されているためわからない。

 

 「なんだ…お前は…」

 

 そのサーヴァントを視認した途端、士郎を寒気が襲った。

 動機が荒くなる。理解する前に体が反応をしている。

 アサシンのように不気味だとかそういう次元の話ではない。彼の中の本能が危険信号を発しているのだ。あのサーヴァントはまさしく死であると警告をしている。

 

 「――――」

 

 士郎の言葉に対して一切声を発しない。

 だが声の代わりにサーヴァントはどこからともなく出現させた武器、士郎も見たことがある投擲剣――黒鍵を投げつけた。もちろん丸腰の士郎に向けてだ。

 

 「くそ…っ!」

 

 それを口にするので精一杯だった。

 回避をしようとしたが体の動きが間に合わない。

 

 しかし、黒鍵は当たることなく金属音を響かせ弾け飛んだ。

 

 「させるものか…」

 

 アルトリアオルタだ。彼女が寸前で黒鍵を弾いて、士郎を守った。

 

 「どこの英霊かは知らないが、私を蹴るとはいい度胸だ」

 

 アルトリアから明らかな殺意がフードを被った男へと向けられる。

 けれど男は動じることなく、フードの下から彼女を見やる。

 

 「――貴様…人間か…?」

 

 姿形は間違いなく人間だ。

 だが漂わせている空気が明らかに人間ものではない。黒い外套の周りにはあまりにも多くの『死』が纏わりついている。

 

 「――サーヴァントだ…」

 

 冷たく言い放つ男の声。単純な答えだ。彼からしてみれば現在の自分は召喚主に仕えるサーヴァントであってそれ以外の何者でもない。

 

 「違う。元の話だ」

 

 彼の放つオーラは英霊だろうが、元が人間である者の到達できる領域を越している。

 例えるのなら…収穫者(リーパー)。命を刈り取る死神。

 

 「――ああ、人間だ。…俺は無力な人間だったよ」

 

 言い終えた瞬間だ。

 

 「――――!」

 

 アルトリアは自分の持つ聖剣を防御するときのように構えた。

 そうするべきだと彼女が直感的に判断してそうした。そしてそれは正解だった。突如、巨大な岩でも正面からぶつかってきたのではないかと思う程の衝撃をアルトリアは味わう。何かを投じられたのだ。何かはわからないが確実に何かを今、聖剣で防御している。

 このままではまた先ほどの蹴られた時のように吹き飛ばされてしまう。だから彼女は剣を横にふるって、投擲されたものを受け流した。

 

 「なんだ今のは…」

 

 男の手へと目をやる。その手の指の間には刃渡り八十センチほどの細長い投擲剣が挟まれ、長い爪のような持ち方をしている。

 

 「今のが、さっきのと同じだと?」

 

 彼の持っている黒鍵は、ついさっき士郎を守るときに弾いた時と同じものだ。間違いはない。同じものを投げられたというのに明らかに威力が違う。

 

 (魔術付与か? それとも…。――どちらにせよこいつは危険だ)

 

 異常な投擲速度。直感スキルがなければおそらく防御すらかなわなかった。額に刃が突き刺さっていたことだろう。いや、あの威力ならば頭部ごとを吹き飛ばされていた可能性がある。

 

 「――確かにこいつはお前の手には余るな」

 

 アルトリアの行動に感心したような声を漏らす男。アサシンでは力不足であることを自分の目で確認をした。

 

 「ああ。そちらは頼むぞ、リーパー」

 

 「了解した」

 

 同じ感覚。アルトリアは投擲をされるのを感知した。

 剣を構えたと同時に再び衝撃を受ける。

 同じように対処をし、ひとまず黒鍵から逃れる。だが今回はすぐに二本目が飛ばされてきた。

 

 「………!」

 

 紙一重で防御は間に合った。黒鍵と聖剣はぶつかり合い火花を散らしている。

 しかし、この状況が非常に不味いことをアルトリアは理解していた。

 

 「――俺たちは向こうだ」

 

 「ぐ…ッ!」

 

 蹴りだ。防御の最中であるため当然回避できるわけがない。腹部を蹴られた彼女は吹き飛んだ。リーパーは一度士郎へと目を向けた後に彼女の後を追った。蹴り飛ばされた距離は初撃の比ではない完全に士郎とアルトリアは分断されてしまった。

 

 「では命令を遂行するとしよう」

 

 髑髏の仮面をつけた暗殺者はゆっくりと歩み寄ってくる。アサシンは左腕を負傷しているが、ただの人間とサーヴァントには圧倒的な差がある。殺し合いに於いては無意味なハンデだ。

 

 

 ――しかしこれは、あくまでただの人間だった場合の話だ。

 

 「――――」

 

 まずしたのは深呼吸。

 なにせ、久しぶりに行使するのだ。自分を落ち着かせる必要がある。

 

 「諦めたか?」

 

 「…いや、おまえを倒す」

 

 精神を研ぎ澄まし、起動させる。記憶の引き出しから今自分が望むものを引き抜く。

 

 「――投影開始(トレース・オン)

 

 「――ほう…」

 

 士郎の両手には、白と黒の対をなす双剣が握られていた。

 




なぜか蘇ったパソコン君ですが、またいつ死ぬかわからないのでさっさと買い替えたいです。

次回は三体いる『影』の右腕サーヴァントのうちの一体、クラス名だけ出てきていたセイバーが出てきます。


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第六節 『虚無なる者』 後編

沖縄行ってたんですけど向こうは暑いですね。逆に東京は寒すぎるんじゃあ。
そんなわけで今回は睡魔と戦いつつ書いたので文章がむちゃくちゃかもしれませんが、ご了承ください。


 「…どうやら見た目通り耳がないらしい」

 

 応答がないことによって大して良くもなかったギルガメッシュの機嫌がさらに悪くなった。

 

 「――英雄王ギルガメッシュ。お前は俺の中にいないな」

 

 人型をした『影』は立ち上がる。

 立香もその影の姿を視認した。

 体は一面黒。顔も同様に黒。顔の細かいパーツがない。目のあたりが薄っすらと光っているだけだ。

 

 「藤丸くん。まだ攻撃させないで」

 

 凛の言葉に立香はうなずく。

 

 「王様、攻撃しないでくださいね」

 

 「――――」

 

 無言ではあるが理解はしているようだ。特に彼が動く様子はない。

 それを確認した凛が影へと視線を向けた。

 

 「聞きたいことは色々あるんだけど、まず確認としておくわ。あなたがバーサーカーを召喚したってことでいいのかしら?」

 

 「召喚…召喚か…。まあ、その認識でいいんじゃないか?」

 

 なんとも曖昧な返事だった。

 

 「それじゃあ黒幕はあなた? 藤丸君たちがここに来たのもあなたが理由?」

 

 「そいつらがここに来た理由は俺も知らない。というか俺は偶然穴からここに漏れ出ただけだから黒幕だとか言われても困る」

 

 「穴…?」

 

 「――初対面で質問攻めというのは印象悪いぞ?」

 

 聞き返すも聞きたい答えを聞くことはできずに、誤魔化されて終わった。

 

 「それにな、そんなのはどうでもいいんだよ。お前たちにとって重要なのは…俺がいると間桐桜が死ぬってことだろうな」

 

 「…あなたが桜が倒れた原因なのね」

 

 「そうだな。それは正解だ。今もちょうど倒れてるだろうよ」

 

 「………!」

 

 「怖い顔するなよ。そういう役目だから仕方ないだろ。これでも制御はしてるんだ。あいつがあんな風になるのは夜だけだよ」

 

 凛の瞳は鋭い。殺意すらあるだろう。けれど影は動じない。

 

 「ふざけないで」

 

 「ふざけてないぞ。むしろこっちだってお前ら魔術師に迷惑してるんだ。特に御三家。ふざけんなって言いたいね」

 

 「……なんのこと?」

 

 「お前らが根源の到達なんて意味のないことをやろうとしたせいで、俺がここに吐き出されたんだよ。…だから考えたんだ。お前らが俺に迷惑かけたなら俺がなにやっても別にいいよな?」

 

 「――あなたが確実に私たちの敵だっていうことはわかったわ」

 

 おそらくこの影はまともに会話をする気がない。

 

 「して貴様は何者なのだ?」

 

 「――――」

 

 また無言だ。

 これは不味い状況だと立香が思ったころにはすでに遅かった。

 

 「――よほど死にたいらしい」

 

 門が開かれる。その門から一本の剣の宝具が影の頭部に向けて射出された。

 空を裂き、剣は進む。それを理解しているというのに影には足を動かす様子がなかった。

 代わりに口を開いて、ある人物の名前を口にした。

 

 「――ランスロット」

 

 影から分離するように黒い鎧の騎士が出現した。その騎士は呼応するように雄叫びをあげ、空中でギルガメッシュの放った剣を掴む。

 ランスロットの宝具、『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。彼は掴んだ剣を自分の宝具(もの)とした。

 その欠陥のような模様が浮き上がった剣をランスロットはギルガメッシュへと投げつけた。

 ランスロットの出現に目を細めるギルガメッシュだが、攻撃に対しての対処は当然行う。新たに武器を射出させ、剣を弾いた。

 

 「ランスロット…」

 

 地面に着地した鎧の騎士を見て立香が口にした。ヘラクレスの時と同様に黒い闇をまとっているが間違いなくバーサーカーのランスロットだ。

 

 「ヘラクレスの時と同じだね。君は本当に何者なのかな? サーヴァントを体から出現させるなんてことをやっているのに何も感じない」

 

 声を発したのはエルキドゥ。

 理由は影に違和感を覚えたからだ。

 エルキドゥは影から何も感じられなかった。彼の持つ気配感知は、精神を研ぎ澄ますものでなく、世界と一つになって違和感を炙り出すものだ。先ほどから影はそれに感知されない。つまり世界から違和感として捉えられていない。

 

 「どうでもいいことだよ。どうせお前たちは理解できない」

 

 「…確かにそうかもね。なら――『民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)』」

 

 大地を変形させ、武器を作り出し、射出する。彼が作り出した武器は宝具と同等のものである。

 ランスロットは崖下にいる。上にいる主人を助けるのは難しい。

 加えてエミヤオルタが発砲した。角度に差があるため、ランスロットがなんとか放たれた数本の剣を防御し切れたとしても、銃弾を防ぐのは不可能だ。

 これで影を捉えた…はずだった。

 

 「今ちょうど二人いないからお前が一番の頼りだよ――」

 

 銃弾も剣も弾かれた。

 名前を呼ばれずとも影の前に現れたサーヴァントによって。

 

 「――セイバー」

 

 セイバーと影に呼ばれたサーヴァント。

 獅子の意匠の兜、白銀の甲冑を身にまとった騎士。

 

 「アル…トリア…?」

 

 立香はあの鎧を知っていた。多少デザインに差異はあるが、ランサーのアルトリアが着ていた鎧と同じものだ。

 

 「確かに…似てるわね。でも…」

 

 ジャンヌオルタはセイバーのサーヴァントを見て気になる点があった。

 

 「ちょっと小っちゃくない?」

 

 立香も思っていた。

 白銀の騎士は身長が少し低い。というよりも体がランサーの彼女よりも全体的に小さい。セイバーのアルトリアとランサーのアルトリアの中間といったところだ。

 

 「…胸が」

 

 「あ、そっちなんだ」

 

 どうやら立香とジャンヌの考えは微妙に食い違っていたらしい。

 でも確かによく見てみれば鎧の胸部分が小さいようにも見える。

 

 「――あんたらふざけてる場合じゃないぞ」

 

 エミヤオルタに指摘された通りふざけている場合ではないのだ。

 その理由はセイバーの持つ武器だ。

 

 「あれは間違いなく聖剣だ」

 

 エミヤでも投影不可の代物。複製の許されない聖剣。白銀の騎士が手にしているのは紛れもないエクスカリバーだ。

 

 「成長を止めるはずのエクスカリバーを持ってるのに成長してる?」

 

 聖槍を持つ彼女がエクスカリバーを持っているというのはおかしい。立香は本人から聞いたことがある。エクスカリバーの所有者は成長が止まるのだという。ランサーの彼女が成長しているのは聖剣を手放したから。

 だが崖の上にいるアルトリアと同じ鎧を身に着けた騎士はセイバーのアルトリアより成長しているというのにエクスカリバーを所持している。

 

 「考えるのは後にしたほうがいいかもね。尋常じゃないよ、あの騎士」

 

 「そんなに?」

 

 「そんなにだよ」

 

 いつも通りに見えるがエルキドゥの様子が先ほどまでと違う。騎士を警戒している。影よりも、あのセイバーの方を危険視している。

 

 「あれは人間が踏み込んでいい領域じゃない」

 

 声音でエルキドゥが本気であることが分かった。

 

 しかし硬直状態だ。誰も動けずにいる。

 この状況で勝つのならば最優先は影の撃破。エルキドゥが警戒するほどのセイバーである以上、まともに戦っても時間の無駄だ。それならば原因であり、サーヴァントを支配下に置いている影を倒すのが手っ取り早い…のだが事態はそう単純じゃない。撃破対象である影が未知数すぎるのだ。むやみに手を出すことができない。

 

 「よくよく考えたらお前とランスロットの組み合わせは考えなしすぎたな。ま、いいか」

 

 セイバーに話しかけつつ、一人のんきに影は崖の端に腰を下ろした。

 

 「――目障りだ」

 

 そのすぐ後、ギルガメッシュが攻撃をした。

 影ではなく、正面のランスロットに向けて武器を射出する。

 

 それがスタートの合図だった。

 

 エルキドゥは再び地面から宝具を放つ。

 

 「セイバー」

 

 声に応えるようにエルキドゥの攻撃をセイバーは薙ぎ払う。

 

 「――まだあるよ」

 

 別にエルキドゥは足元から以外でも武器を作って射出できる。

 気が付けば影を武器が囲んでいた。

 

 この状況でもセイバーのやることに変わりはない。体ごと聖剣を回転させ、武器のすべてを無力させる。

 

 「これで詰みだ」

 

 騎士の視界から外れたのを隙を狙ってエルキドゥは跳躍し影の頭上へと到達していた。

 流石の騎士でも今から跳躍しても影を守ることはできない。実際そうだった。騎士一人だけならば攻撃は確実に届いていたのだ。

 

 「――!」

 

 けれど次にその場で起きた出来事は影の消滅でなかった。代わりにエルキドゥが空中でセイバーに弾き飛ばされ、この空洞の壁に衝突していた。

 ありえない出来事だ。あの距離でセイバーが間に合うわけがないのだから。

 

 「…I am the bone of my――」

 

 エルキドゥはセイバーによって吹き飛ばされた。どうやったかは不明だが、それによって今セイバーは影のそばから離れた。

 そんな好機を逃す殺し屋はいない。

 エミヤオルタは詠唱を開始していた。

 固有結界を内包した弾丸で確実に殺す…はずだった。

 

 ――彼の目の前には白銀の騎士がいた。

 

 「が――っ!」

 

 銃を握る手を掴まれ、聖剣によって胴体を切り裂かれる。

 

 「ナイスだ。セイバー」

 

 なぜか崖にいたはずの影もセイバーの横にいる。

 影はセイバーを褒めるとともに、地面に倒れるエミヤオルタの頭部に手をかざす。が、すぐにその手をエミヤオルタから離した。

 

 「――俺が弄るまでもないな」

 

 そう呟いた影は振り向いて立香たちへと視線を向ける。

 

 「所詮はバーサーカーってところか」

 

 冷たく放たれる声。ランスロットが消滅する寸前だった。

 ギルガメッシュの攻撃を凌いでいる最中にジャンヌオルタの宝具を完璧に食らっていたのだ。二人からの攻撃をバーサーカーのランスロットがやり過ごせるわけもなかった。

 

 「お前は、本当に――」

 

 何もかもが不明。

 何者なんだ。そう立香が問おうとした瞬間に影は彼の視界から消え去る。

 

 「正体か…、正体なぁ…」

 

 声のした方向は崖。目を向けるとつい先ほどと同じように影は座していた。

 

 「――空間転移…」

 

 「正解」

 

 魔法の域にある魔術。

 自分の座標を別の座標へと移すことができる。線でつながった移動ではなく、点での移動が可能ということだ。

 影が移動に使っているそれを凛が言い当てた。

 

 「あなたは魔法使いなの?」

 

 「違う違う。俺は…そうだな――」

 

 凛の質問に思考すること数秒、影は答えを口にする。

 

 「――ヴァニティ…。ああ、そうだ。これがいいな」

 

 満足したように口にして、もう一度彼は自分の名前を言った。

 

 「――俺は虚無なる者(ヴァニティ)だ」

 

 

***

 

 

 「やあやあ、よく来てくれた」

 

 場所はカルデア。管制室には三体のサーヴァントがいた。

 

 「私はあまり来たくはなかったんですけど…」

 

 ホームズをちらりと見ながらBBが言う。

 というのも彼女的には『明かす者』であるホームズとあまり一緒にはいたくなかったのだ。

 

 「ふむ。そんな嫌悪されることがあっただろうか? 私と君が顔を合わせたのはこれでまだ二度目だろう?」

 

 一応カルデアにきて初期のころにホームズとBBは顔を合わせている。すぐBBが去ったので会話はなかったが。

 

 (…この人はおそらく虚数事象すらも掘り起こす)

 

 そのためできるだけ一緒にいたくはないのだが…

 

 「まあ来てくれたんだからいいじゃないか」

 

 「それはマシュさんが必死だったからですけどね」

 

 ため息交じりに口にする。

 先輩のためにと必死になっているマシュを見たためわざわざここまでBBは足を運んだ。というのが二つあるうちの一つ目の理由。もう一つは彼女も異常な魔力を感じ取っていたため、それを確認したかったからだ。

 

 「あの、ダヴィンチちゃん。なんだか先程よりもスタッフの方々が慌ただしくしているように見えるのですが」

 

 「実際そうだからね」

 

 「何かあったんですか?」

 

 「…一体のサーヴァントだけ向こうにレイシフトできたんだ」

 

 「! それはよかったです! ではこれで先輩とも連絡が…」

 

 「取れないんだよ。というかなんでレイシフトできたのが一人だけなのかもわからないんだ」

 

 ため息をつきつつダヴィンチは言った。

 

 「小太郎さんの時のように縁があるとかでは?」

 

 「わからない。もしかしたらその可能性はあるかもしれないが、どちらにせよ彼女のレイシフトが成功した理由は不明だ」

 

 「彼女…。あ、そういえばレイシフトに成功した方は?」

 

 「――両儀式だよ」

 

 「式さんが…?」

 

 レイシフトに成功したのは両儀式ただ一人。

 そもそも立香たちがどこに飛ばされたのか把握できていないダヴィンチには、その場所と式の間に縁があるのかどうかなんてわからないのだ。

 

 「…状況に関しては今の会話で大方の理解できた。それで我々を呼んだ理由は?」

 

 「わかりきっているだろうに。君には原因の究明以外求めていないよ、名探偵」

 

 ダヴィンチがこの探偵に求めているのは解明するという能力だ。それ以外は正直どうでもいい。

 

 「――なら、私は帰りますね。そこの薬物中毒探偵だけで十分のようですし」

 

 BBはやる気のない声を発すると、振り返ってダヴィンチ達に背を向けた。

 

 「まあ待ちたまえよ。ただ飯食ってるんだからたまには働いても罰は当たらないぜ?」

 

 この今までにない事態には知識が、スペックの高い脳の持ち主が必要だ。たとえ、BBのように得体のしれない存在でも知識があるのなら知恵があるのなら協力してほしい。

 

 「私はそもそも人間の味方ではないわけですし、手助けをする義理はありませんよ」

 

 普段の謎に高いテンションで立香にいたずらを繰り返し行っているBBはどこへ行ってしまったのか、今はいつになく落ち着いた声音でとても冷静だ。

 

 「それに今回に関しては過度な心配はいりませんよ。いつも通りで問題ないです」

 

 「というと?」

 

 興味深そうにホームズが聞き返す。多少嫌そうな顔をしたBBだがすぐに返答した。

 

 「彼女が行ったのなら問題はないってことですよ」

 

 「ほう。その様子だと君は両儀式がレイシフトできた理由を知っているようだね」

 

 「――どうですかね」

 

 方法は知らないが、彼女がそれができる存在であることは知っている。

 

 (まあ正直レイシフトができた理由なんて気にする必要ないですけどね)

 

 やり方はこの際どうでもいい。考えたところで無駄だし、知ったとしても理解できるわけがないのだから。本当に気にするべきはわざわざ『彼女』が向かった理由なのだ。

 

 「……接続者の見えているものも、思考回路も私には理解不能なのでどうでもいいんですが」

 

 呟いたBB。

 自分と彼女たちは違う。だから大して興味もない。というよりもなくなった。完全にこの件に関してBBは興味を失っていた。

 だって自分が関与する余地もなく、これは終結してしまうから。

 

 「では」

 

 BBは管制室から去っていった。




特にネタバレにもならないので書きますが、セイバーの中身はアルトリアで間違いないです。

そんなこんなで十七話目になりますね。ひとまず評価が5を下回らない限りは完結するまで頑張るつもりです。ちゃんと読んでくださってる方もいるようなので。

次回は僕がキンハーにハマっているので少し遅れるかもしれません。あれ面白いからね、仕方ないね。
おそらく来週ぐらいになると思います。


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第七節 『魔人』 前編

すいません。キンハーやってたり、パソコンがまたおかしくなったりして遅れました。この節は、リーパーとアサシンがメインです。


 「どうやらただの人間ではないようだな」

 

 双剣を手にする士郎を見やるアサシン。

 

 「私はどちらの腕も使うことができないからな。これは骨が折れそうだ」

 

 言葉とは裏腹にアサシンの口調からは余裕が感じられる。

 

 「――アサシン…」

 

 一対一になって改めて確認できた。この髑髏の面をつけた暗殺者は第五次聖杯戦争で間桐臓硯のサーヴァントだったアサシンと同じ見た目だ。多少左右の肩幅がアンバランスなどの差異はあるがほぼ同じだ。

 

 (ひとまず…やるしかない)

 

 戦闘なんていつぶりだろうか。だがそんなことも考えている余裕は士郎にない。相手は左腕を失ってはいるがサーヴァントだ。常人が勝てる相手ではない。

 そんなことはわかりきっているのだ。だからと言ってここで死ぬわけにはいかない。

 

 「死ね」

 

 踏み込み、突進してくるアサシン。そして繰り出される蹴り。

 死に至ることはないだろうが、これをまともに食らうのは不味い。

 意識を集中させる。

 死を前に、士郎は冷静だった。

 

 ――ついて来れるか?

 

 脳内で再生される声。

 思い出した。あの男を、あの背中を。

 

 (――ああ…)

 

 一度入り込んできたものだ。忘れてはいない。

 完全な再現は現状不可能だ。だが限りなく近づける。

 

 「――!」

 

 姿勢を低くして蹴りを回避する。

 それだけではない。士郎はそのまま攻撃に転じた。双剣を切り上げる。

 

 「なかなかやるではないか」

 

 アサシンは自分の体を後方へ倒す。

 それによって刃がアサシンの胴体に届くことはなかった。黒衣の一部を切り裂いただけだ。

 

 「だが足りない」

 

 間もなく次の蹴りが士郎を襲う。

 今回は距離が近いために回避は間に合わない。

 

 「く――ッ!」

 

 なんとか腕で防御したが蹴りの威力は強く、そのまま士郎の体は数メートル吹き飛んだ。倒れることなく立っていられたのは奇跡だ。

 

 「終わりではないぞ?」

 

 命を奪うということに関してプロフェッショナルであるアサシンがこの状況で畳みかけないわけがない。

 士郎もそれを理解している。だから躱すことではなく攻撃することに意識を向けた。対面するアサシンのもとへと彼は走り出す。

 

 「面白い」

 

 軽く跳躍し振るわれた二本の刃を走り高跳びをするかのようにアサシンは避ける。

 背後を取られた。

 右足を突き出してブレーキをかけ、走りながら繰り出した攻撃の勢いを殺し、体を回転させた士郎は間髪入れず自分の背後を切り裂く。が、アサシンはいない。攻撃の気配を感じ取ったのか距離を少しとっていた。

 このまま持久戦に持ち込むのは得策とは言えない。なら速攻で片を付けるまでだ。彼は再びアサシンへ向かって走り出した。

 

 「死にもの狂いといったところか」

 

 何度斬撃を繰り出してもことごとく躱される。

 

 (まだだ…)

 

 手数をさらに増やす、何度も何度も双剣を振るう。

 

 (もっと速く…!)

 

 体内が熱くなる。全身を熱が駆け回っている。

 

 (最速を…!)

 

 速度を上げる。上へ、さらに上へと自らを高める。自分の出せる最速を食らわせるのだ。

 

 (届かせる!!)

 

 この手に握る刃を確実に切り付ける。

 全身全霊をかけて――

 

 「――無駄だ」

 

 蹴りではなく、今まで使われてこなかった布を巻かれたアサシンの右腕が士郎の腹部を強打した。

 

 「が――ッ!」

 

 クリーンヒットだったために威力が先程の蹴りの比ではない。胃液を吐き出しながら士郎は数メートル転がる。

 

 「無茶で、無理で、無意味だ。それなりに動けるようだが貴様の攻撃が届くことはない」

 

 士郎を見下しながら、アサシンは右手を封じる布を外す。

 

 「貴様の心臓、貰い受ける」

 

 黒衣の隙間から姿を見せる赤黒い腕は異様と呼べるほどに長い。

 この状況が、不味いことは当然士郎も理解しているが、痛みのせいでまだ自由に体を動かすことができない。

 

 「宝具――」

 

 赤黒かった腕が不気味に発光する。

 

 魔神、シャイタン。その片腕が彼の宝具。それを使用した技の名を――

 

 「――妄想心音(ザバーニーヤ)

 

 呪われた腕が士郎へと向けられる。

 

 (早く動かないと…!)

 

 間違いなく死ぬ。あの手に掴まれれば命はない。

 だが、士郎目がけて向かってくる腕は速い。理解できていても間に合わない。

 

 触れる。魔神の腕が少年を間もなく呪い殺す。

 

 「…させねえよ」

 

 寸前。赤い槍が腕を弾き飛ばした。

 

 「お前…」

 

 「よぉ、坊主。怪我ねえか?」

 

 士郎の前には槍兵が立っていた。

 

 

***

 

 

 場所は変わりいくつもの墓の並ぶ墓地。

 

 「――チッ」

 

 自然と漏れる舌打ち。

 アルトリアオルタは苦戦を強いられていた。

 パワーは明らかに上回っているというのに押し切ることができない。このリーパーというサーヴァントは巧い。強者との戦い方というのを熟知している。

 

 聖剣を振るう。だがやはりリーパーを捉えることはできない。代わりに彼の握っていた黒鍵が弾け飛ぶ。

 

 「――これで何本目だ?」

 

 何度へし折っても黒鍵は彼の手に握られたままだ。常に片手に三本、両手を合わせて六本の黒鍵を彼は持っている。

 

 「――――」

 

 「お喋りは嫌いか?」

 

 情報が引き出せるかもしれないとコミュニケーションを試みるも、リーパーが声を出すことはない。口を閉ざし、正面にアルトリアを見据えたままだ。

 

 「まあ、私も好きな方ではないがな」

 

 視界からアルトリアが消える。彼女はリーパーの懐へと潜り込んでいた。

 聖剣を振り上げる。

 並のサーヴァントなら死ぬ危険性すらあるこの攻撃。リーパーは最低限の動きでかわして見せた。そして彼はそのまま攻撃に転じる。左手に握る黒鍵でアルトリアを切り付ける。

 

 「…ッ!」

 

 完全な回避は間に合わず、彼女の右肩のあたりには三本の切り傷が刻まれた。

 すぐに彼女はその場から飛び退く。

 

 「…貴様は何なんだ。リーパーなんてクラス聞いたことがない」

 

 「――死神。ただの生命を奪うだけの存在だ」

 

 ようやく発せられた声はやはり低く冷たい。

 死神と言われても納得できてしまう程に彼は死をまとっている。しかしその姿は――

 

 「――!」

 

 意識を戦闘からリーパー自身へと向けていた間、その刹那に投擲が行われていた。そのタイミングを狙っての攻撃、もはや人のなせる技ではない。

 戦いだけではない。人の殺し方をこのサーヴァントはわかっている。

 

 当然アルトリアは対処をする。剣を引き上げ、顔面に飛んでくる黒鍵を防御しようとした。しかし彼女は焦っていたために失念していた。つい先ほど聖剣を握る右手に繋がる肩が斬られたことを。

 

 「しま――」

 

 腕が上がらず、防御できない。

 

 額に投擲剣が到達する――ことはなかった。

 どこからか投げられた剣が黒鍵を粉砕したのだ。

 

 「無事ですか、アーサー王」

 

 場違いな軽い調子の声はアルトリアへ向けられたものだった。

 

 「…ベイリン」

 

 「どうも」

 

 双剣の騎士、ベイリンの姿がそこにはあった。

 

 「――――」

 

 死を纏う男はフードの下で目を細めていた。

 

 

***

 

 

 「貴様は…」

 

 「悪いけどよ、この坊主を死なせるわけにはいかないんだわ」

 

 クーフーリンの服装はアロハシャツからいつもの戦闘服へと変わっていた。

 彼は赤い槍の刃先をアサシンへと向ける。

 

 「――お前は殺すけどな」

 

 「………」

 

 応答はない。無言でアサシンは先程弾かれた自分の右手を眺める。

 

 (呪腕…)

 

 カルデアにも同じ筆を宝具とするサーヴァントはいる。つまりクーフーリンは彼の宝具が初見ではない。だというのに違和感がある。あの腕は危険だという危険信号を彼の内側の何かが叫んでいる。

 

 「ハッ、もしかしたらここの俺はお前なんかにやられたのか?」

 

 明確にそんなものが記憶として残っているわけではない。けれどそんな可能性が頭の中をよぎった。

 

 「三騎士……分が悪いな」

 

 ただでさえアサシンクラスが三騎士と正面から戦闘を行えば不利だというのに、今の彼は腕を負傷している。勝てる可能性は皆無に等しい。

 故に、彼は距離を取るために後方へと跳躍した。

 

 「だろうな。でも…逃がさねえよ」

 

 「――――」

 

 ほんの一瞬。アサシンの想定よりも早くクーフーリンは距離を詰めた。

 矛先はすでに髑髏の仮面へと突き進んでいる。

 しかし――

 

 「――!」

 

 寸前のところで槍は止まった。もちろんクーフーリンの意思で止まったわけではない。止められたのだ。

 

 (シャドウサーヴァント…!? いや、違う…!!)

 

 地面から突き出た数本のぼやけた腕がクーフーリンの足を掴んでいた。

 人でも、宝具でもない。シャドウサーヴァントでもない。しかし、それは紛れもなく人間よりも上位の存在の腕。

 

 「てめぇ!!」

 

 「――やはり用心というのは怠るべきではないな。――ランサー、貴様の心臓を貰い受ける」

 

 念のための策が功を奏した。

 赤黒い腕が、発光する、

 

 「苦悶を溢せ――妄想心音(ザバーニーヤ)…!」

 

 「チッ!」

 

 動かないのは足だけだ。手はまだ動かせる。

 槍を薙ぎ払うように振り、呪腕を退ける。ギリギリではあったが、何とか防御ができた。

 このまま足を掴む手を切り落とし、再度攻撃を仕掛ける。

 そのつもりだった。

 

 「…ふむ。仕方あるまい」

 

 弾かれたというのにアサシンは余裕だ。動じた様子を見せない。

 

 「――苦渋を散らせ――」

 

 再び冷たい声で放たれる言葉。異様な空気が場を包む。

 

 もしもの話だ。

 もし、彼が魔神の力を手に入れるために差し出したのが、右腕だけではなかった場合、他のモノまで代償として差し出していた場合、彼が得たのは呪われた右腕だけだっただのろうか。

 

 ――答えは否である。

 

 「――妄想心音・邪(ザバーニーヤ)

 

 彼の黒衣、不自然に盛り上がっていた部分が破かれる。いや、その肩から生えている三本目が黒衣を突き破り姿を見せた。

 

 「もう一本…!?」

 

 アサシンの右半身が呪腕のハサンと比べ、おかしい形をしていることには気づいていた。当然違和感を感じていたが、まさか右肩から左腕が生えているなんて誰が想像できるだろうか。

 

 三本目の腕は右腕よりも素早く動く。

 触れられれば、呪殺。その効果は変わらない。

 

 (やべぇ…!)

 

 もう一度防御しなければ死ぬ。

 振るった槍を引き戻そうとした瞬間、槍を掴んでいた腕の動きが止まった。

 

 「!?」

 

 顔も何もない人の影が、地面から這い出てきた黒い異形が、何者でもない存在が、クーフーリンの腕を掴んでいた。

 

 「くそがっ!!」

 

 防御不可。

 死は眼前にある。

 腕に触れられ、クーフーリンは――

 

 「――助けに来たっていうのに自分が死にそうになってるだなんて笑えないな」

 

 死亡しなかった。

 触れる前に、彼の槍で切断することのできなかった呪いの腕は、一本のナイフによって容易く切り落とされた。いや、その腕は『殺された』のだ。

 

 「ギイィィィィ…ッ!!」

 

 ようやく悲鳴と呼べる声をアサシンが上げた。

 切断面からは大量の血が噴き出ているのだ。その奇声じみた叫び声にも納得がいく。

 

 「逃がすか」

 

 後退するアサシン。好機だ。突如現れた少女は追撃を加えようとする。が、アサシンの素早さ、距離、そして彼女自身の間合いから考えて斬撃は届かない。けれどナイフを届かせる方法はある。

 

 少女は手に持つナイフを跳躍しているアサシンへ投げつけた。放り投げたといったほうが正確かもしれない。

 普段の彼なら空中だろうと身をひねり、投擲ぐらいは躱せていただろう。しかしそうはならなかった。暗殺者としてこれまで使用してきた腕を失ったことで彼は冷静ではなくなってしまっていた。

 少女のナイフは寸分の狂いなく、正確に暗殺者の額に命中し、死の線を切り裂いた。

 

 ――――直死

 

 その一撃でアサシンは絶命した。

 少女――両儀式がアサシンを殺したのだ。




アサシンさんに関しての説明は本編で詳しく書くことなさそうなので、気が向いたら後書き、もしくは番外編で登場した時にでも書きます。
あとリーパーくんの投擲方法は、どこぞのカレー好き代行者と同じです。

後編は明日か明後日です(多分)。


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第七節 『魔人』 後編

どうも。急いで書いたので誤字が多々あるかもしれません。ご了承ください。

それと後書きに今後の投稿について書いておきます。


 「なぜここに?」

 

 「助けに来ましたよ……ってのは建前で、目的はあいつですよ、王様」

 

 右手に握る剣の先端を黒い外套のサーヴァントへと向ける。

 

 「よう、アーチャー…じゃねえ、リーパーだったか。今回は敵みたいだからぶった切ってやるよ」

 

 「――正直お前が敬語なんて使えるとは思ってなかった」

 

 暗く、冷たい声がフードの下から流れ出る。

 

 「おいおい、久しぶりに会って言う言葉がそれかよ」

 

 「別に大した時間も経ってないだろ」

 

 「ん、確かにそうか。いまいち時間の流れがわからなくてな」

 

 まるで友人であるかのようにフランクに会話をする二人。

 その二人を黙って見つつアルトリアはとあることを考えていた。

 

 (やはりあの声聞き覚えが…)

 

 先ほどアサシンが会話していた時から思っていた。このリーパーというサーヴァントの声にはどうも聞き覚えがある。

 しかし、元と違いすぎるのか思い出すことができない。

 

 「…そういえばお前あの後どうなったか知ってるか?」

 

 向けていた剣先を一旦下げ、ベイリンが問う。

 

 「あの後?」

 

 「とぼけんなよ。救世主を倒した後のことだ」

 

 「それのことか。アンタのマスターは無事だよ。俺もあの後、そこまで長い間現界していたわけじゃないが、心配する必要はない。アンタの呪いの影響も受けていなかった。砂川愛梨は先の時代へと進んでいる」

 

 「…そうか」

 

 ベイリンが安堵したような表情に変わった。

 よほど安心したということなのだろう。

 

 「と、その口ぶりだとやっぱりお前はあの時代より後のサーヴァントだったのか」

 

 「どうだろうな…」

 

 そこでリーパーが視線をアルトリアオルタのほうへと移した。

 

 「なんだ、話はもういいのか?」

 

 「俺から聞きたいことはないし、十分だろ。それにアンタは早くここから離れたいだろ?」

 

 「………」

 

 彼らの会話の最中に移動してしまおうかとアルトリアは一度考えたが、それをしなかった。二人の会話が気になったからとかではなく、単純にリーパーがこの場から逃がしてくれるとは思わなかったからだ。彼はほぼノーモーションで正確に投擲を行えるので、むやみに動くのは躊躇われた。

 

 「向こうには槍兵が行ってるはずですよ」

 

 一応敬語を使ってベイリンが伝えた。

 

 「とはいってもあのアサシンは小賢しいやつなんで、なるべく早く行ったほうがいいですよ。ま、そのためにはこいつが邪魔なわけだが」

 

 「…俺に与えられた命令はお前たちの抹殺だ。悪いがここで死んでもらう」

 

 そう簡単に逃がす気はない。

 むしろリーパーは二人を殺す気でいる。

 

 「早速だが、終わらせよう」

 

 様子が変わった。

 アルトリアはリーパーが何か仕掛けてくるのだと思い、警戒した。

だがベイリンは受け身の彼女とは違った。彼は一目散に走り、リーパーとの間合いを詰めたのだ。

 

 「――させるわけないだろ」

 

 「流石に無理があるか…」

 

 ベイリンが剣を振るうも、難なく黒鍵によって受け流され、刀身が当たることはなかった。

 それだけではない。受け流したのとは反対の手を使い攻撃へと転じる。

 繰り出される三つの斬撃、ベイリンは二本目の剣を取り出しそれで防いだ。

 

 「ハッ! 残念だったな」

 

 馬鹿にするような笑みをベイリンは浮かべる。

 

 彼はリーパーの戦闘スタイルをある程度把握している。

 近接戦闘で彼は基本的に一度最低限の動きで攻撃をやり過ごしてから、攻撃に移る。そのことを知っているベイリンは見事に防御に成功した。

 

 「ああ、そうだな」

 

 「ッ!」

 

 しかし、自分の動きが読まれていることをリーパーは想定していた。

 防御の薄い足へと刈り技を食らわせ、体勢を崩させる。

 すかさず追撃。リーパーは黒鍵を振り下ろそうとした。が、そこで黒い斬撃が彼を襲った。

 まともに受ければ無事じゃすまない。攻撃を中断し、リーパーはその場から離れる。

 

 「これで先ほどの貸しはなしだ」

 

 ベイリンの傍に立つとアルトリアがそう言った。

 彼は少し驚いた顔を見せた後、笑った。

 

 「…了解。あの時代の王だったのがあんただったら俺は文句なしだったなぁ」

 

 「私が貴様の王でも結末は大差なかっただろうがな。…どちらも変わらない終わり方だ」

 

 「そんなもんか…」

 

 「そんなものだろう」

 

 結局は過ぎ去った出来事。

 もう結末は決まっているし、わかりきっている。

 だから過去の振り返りなど終わりだ。

 二人はリーパーの方へ意識を向ける。

 

 「あいつの宝具は絶対に発動させるな。一人は確実に死ぬ」

 

 「――わかった」

 

 『殺される』ではなく『死ぬ』とベイリンが言ったことが気になったが、それを聞くのは後回しにし、返事をした。

 

 「――やる気になってるところ悪いが、今回は切り上げる」

 

 アサシンと士郎がいるはずの方向を見ながらリーパーが予想外な言葉を口にする。

 

 「なんだ。流石に二対一じゃ勝てないか?」

 

 ふざけた冗談だ。ベイリンは知っている。リーパーが宝具を発動させればもはや数の有利など関係ないことを。

 

 「いや、どうやら器が壊れたらしい」

 

 「あ? 器ってなんだよ」

 

 「…そういえばあの時は中身ごと殺したのか」

 

 一人でリーパーは納得をしている。

 

 「おい、何の話を――」

 

 「助けたいなら急げ。死ぬぞ、あいつ」

 

 そう言って二人に背を向け、リーパーは立ち去ろうとする。

 

 「…待て」

 

 一度躊躇ったが、アルトリアが声をかける。

 そこには敵意も戦闘の意思もないようだった。

 それを感じ取り、リーパーは立ち止まって振り返った。

 

 「なんだ?」

 

 「その顔を見せろ」

 

 「………」

 

 聞き覚えのあった声の確認。思い切ってアルトリアは尋ねることにした。

 

 返ってきたのは言葉ではなく、フードの下から向けられる視線。リーパーは静かにアルトリアのことを見つめる。

 

 「…まあ、いいか」

 

 そう言って彼はフードを掴み、上げた。

 

 「――貴様…」

 

 アルトリアの目に移ったリーパーの顔は――

 

 

***

 

 

 力なく地面に落ちたアサシンを式は見ていた。

 

 「なんでいるんだ、お前」

 

 衛宮邸にいるはずの式がここにいるのはおかしな話だった。

 

 「助けられて第一声がそれなのか?」

 

 「…あんがとよ。――で、もう一回聞くがなんでここにいるんだ?」

 

 「さぁ…、なんでだろうな…」

 

 本当にわかっていないようにも見えるが、さすがにここにいる時点でそれはないはずだ。クーフーリンは訝しみつつも自分を拘束していた黒い手を槍で消し去る。

 

 「にしてもなんだったんだ。この手は」

 

 シャドウサーヴァントと似ているようにも思えたがどうも違うように思えた。宝具という可能性は十分にあるが…。

 

 「…それはまた後でもいいか」

 

 式の様子がおかしいことに気づき、クーフーリンは彼女の視線の先へと目を向ける。彼女が見ていたのは地に落ち倒れたアサシンだった。

 その死体を式はじっと見つめている。

 

 「おい、どうしたんだ? もう死んでるんだろ?」

 

 式の直死の魔眼。その能力についてはクーフーリンも知っている。

 だから今の一撃でアサシンが絶命したのだということも知っている。

 

 「――――」

 

 式は応答をせずにアサシンを視界に捉えている。ただじっと観察するように彼を見る。

 

 「――! まずい…!」

 

 式はソレに気づき、アサシンも元へと駆けた。

 だがすでに手遅れだった。

 考えるべきに行動しておくべきだったのだ。まだ右腕には『線』が残っていたのだから。

 

 「が……ッ!」

 

 式が吹き飛ばされ、道の端に生えた木に背中から激突する。

 

 「なんだ…、あれ……」

 

 ここまで状況の変化についていけず黙っていた士郎が口を開いた。

 

 彼が目にしたものはあまりにも異形で、気味が悪くて、到底この世のものと思えるような存在ではなかった。だから無意識のうちに声が出てしまっていた。

 

 「魔人…ってところか。だいぶ気持ちわりぃな」

 

 アサシンは死んだ。間違いなく殺された。

 けれど彼の腕は違った。それがアサシンの体が死んでも消滅しなかった理由。

 

 魔人が受肉したのだ。

 

 アサシンの体が変形する。人体とはかけ離れていく。

 

 「ギ、グゥゥゥウゥゥ!!」

 

 式を吹き飛ばした魔人は咆哮した。

 明らかに人間の声帯から発することのできない音をその場に響かせる。

 

 「完全じゃないみたいだが…」

 

 直後、もはや人型でもなくなった魔人の体から数本の腕が伸び、クーフーリンを襲った。

 彼は槍を回転させ、その全てを消し去った。

 しかし――

 

 「…厄介だな」

 

 微塵もダメージを受けている様子はない。それどころか切断した分だけ新たに体から腕が出現した。

 

 「おい、ランサー」

 

 「坊主は引っ込んでな。というか逃げろ。これから守り切れる自信ねぇぞ…」

 

 質量保存の法則など無視して目の前の魔人の体は膨張を継続する。

 空気中のマナを吸い取って成長しているのだ。

 

 「ったく…。面倒くせぇ置き土産だな」

 

 クーフーリンの宝具と魔人の相性はこれ以上ないほど悪い。というのもそもそも彼の槍は対人戦に特化しているものであって、人外との戦闘には向いていない。さらに今の魔人に穿つ心臓がない。これでもう彼の宝具は封じられたようなものだ。

 

 「――弱音など珍しいな」

 

 クーフーリンの横を黒い斬撃が通過する。

 その斬撃は魔人を真っ二つに切り裂く。が、

 

 「…と思ったが、これは確かに厄介な手合いのようだ」

 

 切断面と切断面から糸のようなものが伸び、二つの体を繋ぎ止める。そして再生を開始した。

 

 「セイバーか。無事だったみてぇだな」

 

 斬撃を放ったのはセイバーことアルトリアオルタである。

 

 「ああ」

 

 軽く返事をしたアルトリアオルタは士郎の前へと移動した。彼を守護するものとして、アルトリアは前に立ったのだ。

 背中越しにアルトリアが士郎に声をかける。

 

 「すまなかった。私が油断していたせいで貴様を危険にさらした」

 

 「――――」

 

 微かに見えるアルトリアオルタの横顔。

 彼女の言葉を聞くたびに、あの時の彼女とは違うのだと思い知らされる。

 でも――

 

 ――心が痛い

 

 「いや、無事だったんだから謝る必要はないぞ。むしろそっちも大した怪我してないようでよかった」

 

 「――そうか」

 

 アルトリアは前へと意識を向ける。

 

 「…なるほど。あれが中身ってわけか」

 

 双剣を握るベイリンが魔人を見て先ほどのリーパーの言葉に納得したようだった。

 

 「なんか説明の必要なさそうだから本題に入るぞ。見ての通り異常な再生速度なわけだが、どうする?」

 

 アルトリアの斬撃によって切られた部分の再生はすでに終わろうとしている。

 

 「残念ながら俺は無理だ。あの再生能力は超えられない。宝具使えば行けるだろうが、ここで使うもんじゃないからな」

 

 「まあ、俺も無理だ。あいつと俺の槍じゃ相性が悪すぎる」

 

 「となると私になるが…」

 

 残されたのはアルトリア。確かに彼女の剣なら魔人を再生させることなく蒸発させられる。しかし、

 

 「いいのか? この道を抉るぞ?」

 

 「昨日アーチャーがな、夜が明ければ町は元通りになるとか言ってた。理由聞くの忘れてたが、嘘じゃないことは確実だろうから、宝具くらい撃っても問題ないだろ」

 

 「大丈夫なのか? その信頼は」

 

 何やかんやクーフーリンがエミヤのことを信頼してるのはこの際どうでもいいのだが、アルトリアの中に本当に大丈夫なのかという心配があった。

 

 「グヴゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 再び響く咆哮。

 魔人は完全に再生を遂げた。

 

 「悩んでる暇はない…か」

 

 これ以上悪化する前に消し飛ばす。

 おそらくそれが最善だ。そう判断して彼女は宝具を発動させようとした。

 

 「――待って。それじゃあ確認できなくなる」

 

 穏やかで大人びた声がアルトリアを制止する。

 

 「両儀式。なんでここに…いや、貴様は…」

 

 木に打ち付けられていた式がいつの間にか立ち上がっていた。

 彼女はゆっくりと歩き、魔人との距離を詰める。

 

 「そうか、お前の魔眼なら…」

 

 クーフーリンの思った通り、式の『直死の魔眼』なら再生能力など関係ない。

 即座に絶命させられる。

 

 「あの触手みたいな腕が邪魔だろうから、俺らが援護を――」

 

 管全体ではないからか知性は欠如しているようだが、何かが近づいて来れば魔人はそれに対して間違いなく攻撃を仕掛ける。あの無数の腕は距離を詰める際、確実に邪魔になるだろう。だからクーフーリンたちがそれを防ぎ、式が斬りつけるというのが正解のはずだ。

 けれど、

 

 「――いらないわ」

 

 『彼女』は不要だといった。

 

 少女は間合いに入るために駆ける。先ほどとは違って邪魔になる腕が多いため、当的という選択肢は存在しないのだ。

 

 「ギ、ギ、ギ、グゥゥゥ!!」

 

 案の定、魔人からは無数の手が生え、式を襲った。手の数は先ほどの比ではない。

 

 「――ふふ」

 

 口角を上げ、楽しそうに彼女は笑みを浮かべた。

 

 襲ってくる腕を彼女はことごとく躱す。

 掠ることもなく、その全てを最低限の動きで回避し、近づいていく。

 

 そして、彼女のナイフは魔人を切り裂いた。

 

 一撃。たった一撃で魔人はその命を終えた。

 

 

***

 

 

 「おい、どこ行くんだ」

 

 魔人は死に、アサシンの体も今度こそ完全に消滅した。

 そのすぐ後、何事もなかったかのように少女は歩き始めた。

 クーフーリンが声をかけられたからか、彼女は立ち止まり振り返った。

 

 「ねぇ、来てくれる?」

 

 「え?」

 

 クーフーリンへの返答などではなく、彼女は士郎を呼んだ。

 

 「確認したいことがあるの」

 

 「?」

 

 何だろうかと思いつつ、士郎は彼女の後を追った。

 クーフーリンとアルトリアは一度顔を見合わせた後に彼と同じく後を追う。

 

 しばらく歩いたところで彼女はまた士郎に声をかけた。

 

 「この辺りかしら?」

 

 「…?」

 

 「昨日、戦闘があったのはこの辺りでいいのかしら?」

 

 ようやくそれで質問の意味を理解できた士郎は周りを見回した。

 昨日バーサーカーが現れた時のことを思い起こす。

 

 「ここだと…思う」

 

 自信がなさそうに士郎は言った。というのも状況が違うのだ。昨日の戦闘で破損していたはずの道が、まだ一日しか経過していないというのに完全に修復されている。

 

 「そう――」

 

 彼女は数歩歩き、綺麗で小さな手を地面につけた。

 

 「――上書き……それともテクスチャの巻き戻しのほうが正確かしら。記憶からの再現だから、時間の巻き戻しでも何でもない。これならあの人形さんが気づけなくても仕方ないわね」

 

 「なにかわかったのかよ」

 

 ぶつぶつと呟く式の背中にクーフーリンは尋ねる。

 

 「ええ、もう十分よ。それに、沈んだ時を選んだからそろそろ限界ね…」

 

 「あ? どういう――」

 

 「――ここは…?」

 

 朦朧としている中、式は頭を抱えながら状況を確認するように周りを見た。

 

 「…あれからどうなったんだ?」

 

 式の記憶は吹き飛ばされたところで途切れている。だから自分の周りにいる人物たちに問うた。

 

 『彼女』は再び沈んだ。




リーパーさんの宝具は後々出てきます。
気になることがある場合は感想で書いてもらえば、可能な限りは答えます。

今後の投稿についてなんですが、これからまた忙しくなるといいますか、書きたいオリジナル小説があるので投稿ペースがここからさらに落ちます。もしかしたら今月の更新はもうないかもしれませんが、ご了承ください。
そこそこの評価をもらって、意外と多くの人に見てもらっているようなので、失踪することは百パーセントないです。そこは安心してもらって大丈夫です。

では、また次回。


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第八節 『黒より黒き闇』

石300個使ったのに僕の大好きなメルトをお迎えできなかったので、それを着火剤にして書きました。ですが、色々と作業を並行させて書いてたのでセリフが多めです。その辺はご了承ください。


 「虚無なる者だと?」

 

 ランスロット消滅後、そんな言葉初耳だという表情でギルガメッシュは影――ヴァニティを見やる。

 

 「ああ。その呼び名が一番俺に合ってる」

 

 ヴァニティの顔は依然視認できないままだった。

 

 「何者なんだ…?」

 

 「――藤丸立香…。その質問はもう答えてないか?」

 

 やや不快げに立香の名前を呼びつつ、ヴァニティは返答した。

 

 「俺は虚無だ」

 

 「虚無…?」

 

 「そうだ。――誰でもない存在。もともと世界に存在しないとされた…世界からつまはじきにされた者。それが俺だよ。藤丸立香」

 

 「………」

 

 ヴァニティの説明はとても立香に理解できるものではなかった。

 凜やジャンヌオルタ、そしてギルガメッシュでさえもその説明の真意を理解できていなかった。誰一人としてヴァニティという存在の全貌を把握できていないのだ。

 

 「まあ、案の定だな。誰も理解できるわけがない」

 

 全員の様子を見ると、吐き捨てるようにヴァニティが言った。

 

 「――理解されたいと思ってるの?」

 

 「はっ、面白いこと言うな。遠坂凜」

 

 愉快だと、楽しそうに影は笑って見せる。

 だが、それも一瞬。唐突に声音が変わった。

 

 「そんなわけがないだろ。俺は誰にも理解される必要はない、理解できないからこそ存在できているようなものだからな、俺は。それに、そもそもの話だ。俺を理解できる存在がお前たちの中にいない。――いや、例外はいるか…」

 

 思い出したように呟くが、最後の言葉は誰の耳に届くこともなく消えていく。

 

 「なあ、お前たちは俺をどうしたいんだ?」

 

 唐突に投げかけられる疑問。立香はそれに答える。

 

 「倒す。それでこの事態を解決させる」

 

 「曖昧な答えだな。倒すっていうのはつまり俺を消すということなのか? 俺をお前のサーヴァントに命令して殺させるということか? 藤丸立香」

 

 「――――俺は…」

 

 「…いや、いい。意地が悪かった。今のお前はまだ答える必要はない。覚悟が必要なのはこの軸じゃないからな」

 

 含みのあるヴァニティの言葉が気にかかったが、それを疑問として言葉にする前にギルガメッシュが門を開き、彼目がけて武器を放った。

 わざとか、もしくは最低限の動きで回避したのか、ギルガメッシュの放った武器はヴァニティの顔の真横を通過し、壁に衝突した。

 

 「くどい」

 

 「………」

 

 「端的に言え」

 

 「…ならそうしよう」

 

 それだけでヴァニティには意味がわかったようだった。

 

 「根本的な話だ。お前らはこうなった原因が俺だと思っている。でもそれは違う。俺だって被害者なんだよ」

 

 「被害者…?」

 

 「そう。被害者だ。言っただろ? お前らが根源なんて意味のないもの目指すから開いた穴から俺が奇跡的にこっち側に出てきたんだ。俺に非はない。悪いのはどう考えてもお前らだろ。遠坂の末裔」

 

 「――穴から…出てきた…?」

 

 その意味が本来魔術師ではない立香にわかるわけがない。

 しかし凜には思い当たるものがあった。が、彼女はそれを口にすることはなく、別の問いをヴァニティに投げかける。

 

 「でも桜が倒れる原因はあなたなんでしょう?」

 

 「――――ああ」

 

 返答を受けて凜はヴァニティを見据える。

 

 「それならそれだけよ。私があなたを倒そうとする理由は」

 

 「理不尽だな。俺はそういう存在なんだ。こっち側にいる限りは際限なく魔力を吸い上げる(・・・・・・・・)

 

 「! 桜が倒れたのは…」

 

 「そうだ。俺があいつから魔力を吸い上げてるからだ」

 

 「なんで、桜なの?」

 

 「二年前のこともあって相性が良かった。あとは単純に間桐桜の魔力量が多いからだ。あいつから魔力を吸ってればまだ少し冬木市は無事なはずだからな」

 

 「………」

 

 「俺なりの優しさなんだぞ? 間桐桜以外から魔力の吸い上げをしたら間違いなく即座に死に至る。俺も別にお前ら人間を殺したいわけじゃないからな。一応制御してるんだよ」

 

 「……まだもう少し無事っていうのはどういう意味?」

 

 「言葉通りだ。まだ少しは何事もない。間桐桜という器が壊れない限りはな」

 

 「桜に何をするつもり?」

 

 「別に。俺がやるのは魔力を吸い取るだけだ。――出口以上の魔力を吸い続けられたらどうなるかは想像に任せるがな」

 

 間桐桜。

 彼女の持つ魔力の量は相当なものである。もはやどんな魔術師でも使いきることのできないほどだ。しかし、肝心な器である彼女が一度に使える魔力は、保有する魔力量に見合っていない。つまり吐き出せる量に限界がある。

 ではこの限界量を超える魔力をヴァニティが吸収しているのだとしたら、それが何回も行われているのだとしたら、桜はどうなってしまうのだろうか。

 

 答えは――壊れる、だ。

 

 そして、彼女という器が壊れた場合収まっていた魔力が、ダムが決壊したかのようにとてつもない勢いで溢れ出る。異常な量の魔力がこの世界に放出される。

 

 「あなたは…世界を壊す気なの?」

 

 「まさか。そんな気は微塵もない。というか世界を壊すというのに語弊がある。この星のマナの量が増幅してバランスが狂うだけだ。大体…数千年前ぐらいか? お前ら魔術師ならマナの量が昔に戻ったところで死にはしないだろ。せいぜい魔術回路になんらかの変化が起こる程度だ」

 

 「一般人がどれだけ死ぬかわかっているでしょ…?」

 

 「お前は本当に面白いな、遠坂凜。お前ら魔術師からしてみれば嬉しいことじゃないか? 神代に近しい環境になれば大好きな根源への到達が捗るだろ。さらに言えば一般人がいなくなれば神秘の秘匿なんてものはなくなる。好き勝手にやれるぞ? …いや、魔術師にとって魔術が常識になるのはよろしくないんだったか…? ま、どちらにせよ俺には関係ないが――」

 

 「――世界を回帰させる、か」

 

 ヴァニティは凜から声を発したギルガメッシュへと視線を動かした。

 

 「回帰なんて大層なものじゃない。間桐桜が死んだら結果として訪れるただの塗り替えだよ。俺の力でもないし、自然現象みたいなもんだ」

 

 「テクスチャの張り替えなら貴様もできるだろう? 現にしているのだから」

 

 「――――」

 

 影が少なからず驚いていることに気付いたのはおそらくギルガメッシュだけだった。

 

 「気付いていないとでも思ったか?」

 

 「――なるほど…台風の目だったか。そこまでは考えてなかったよ。流石はウルクを治めた英雄王だ」

 

 「貴様の礼賛などいらん」

 

 素直な賞賛を送るヴァニティだったがそんなものギルガメッシュには不要以外の何物でもない。

 

 「…王様。世界を回帰させるってどういうこと?」

 

 いまいち彼らの会話の意味を掴み切れていなかった立香がギルガメッシュに尋ねた。

 

 「――回帰させるというのは、世界に漂うマナ…つまりは魔力を過去の時代と同等の量まで恢復させるということだ」

 

 「そうなると…どうなるの?」

 

 「マナが濃くなった世界に適応できない人間は死ぬ。それだけだ。この時代の人間では半数も残ることはできないだろうな」

 

 「! そんなことを…っ」

 

 「させるわけがない、だろ?」

 

 ヴァニティが立香の言葉を奪った。

 彼のことを熟知しているというように続く言葉を言い当ててみせた。

 

 「滑稽だな。力はないくせに志は一人前だ」

 

 初めて影から感情と呼べるものを立香は感じ取った。

 その感情は嫌悪である。

 

 「自分には何の力もないっていうのにな…」

 

 (なんだ…この感じ…)

 

 ヴァニティの言葉から確かに嫌悪を感じはしている。

 だがそれだけではない。もっと他の感情が混ざっているようにも立香は思えた。

 

 「本当に…無様だ」

 

 立香を見下し続ける影に対して声を上げる人物がいた。

 

 「――確かにそいつは何の力もない馬鹿よ。でもアンタが立香の何を知っているっていうの?」

 

 ジャンヌオルタだ。

 

 「それに自分じゃ何もしてないっていうのはあんたも同じじゃない? さっきから守ってもらってるだけでしょ?」

 

 「――――」

 

 ジャンヌオルタの言葉を受けてしばらくヴァニティは黙った。

 次に出す言葉を思考していたのか、それとも言葉を出すことができなかったのかは誰にもわからない。

 

 「――俺は力を持っている。ソレとは違う」

 

 「へぇ。じゃあ…その力っていうのを見せてもらおうかし、らっ!」

 

 旗を握った彼女が崖上のヴァニティに向かって駆ける。

 防御を命令する様子も、セイバー自身が動く様子もない。

 このままいけば何の障害もなくジャンヌは影のもとへたどり着く。

 

 が、そんな都合よく事が運ぶわけがない。

 

 「ッ!?」

 

 何の前兆もなく、ジャンヌオルタが動きを止めた。

 

 「ジャンヌ!」

 

 まるで時間でも止まったかのように彼女の動きが止まったのだ。立香はその光景をおかしく思い名前を呼んだ。

 

 「…重力、操作…っ!」

 

 ジャンヌオルタの体は重力に押さえ付けられていた。いや、押し潰されようとしていた。

 

 「く…ッ!」

 

 地面にひびが入り、体は地面にめり込んでいく。

 何人たりとも逆らうことのできない力に彼女は膝をついた。

 動きを完全に封じられている。

 

 「重力操作の宝具だが…確かにこれも俺の力じゃないな。お前の言うことは間違ってない。結局…俺とそいつに大した差はないってことだ」

 

 自虐気味に彼は言った。

 ジャンヌオルタの言葉は肯定した。けれど、

 

 「フッ、それこそ愚かではないか? 虚ろな影よ」

 

 英雄王が否定する。

 

 「なにが言いたいんだ」

 

 「貴様とこやつとでは何もかも異なっているだろう」

 

 「――――」

 

 「そも貴様はこの雑種の認識を誤っている。弱いのは確かだが、こやつにも力はある。貴様の力とは別種のものだがな」

 

 「――藤丸立香に力なんてない。認識を誤っているのはお前だ。ギルガメッシュ」

 

 「――――余程立香のことが気に入らないらしいな」

 

 「当たり前だ。結局そいつには何もできない。この軸から元の軸に戻れたところで終わりは見えている」

 

 そこだけは譲らないというように、強く力を込められた言葉だった。

 

 「――無駄話が過ぎた。もう終わりにしよう」

 

 反省しつつ、ヴァニティは無理やり話に区切りをつける。

 本当に彼にしてみれば無駄以外の何物でもなかったのだ。

 

 故に…終わらせる。

 

 黒い空気が影の周りを漂っている。

 尋常ではない冷たい空気が侵食し始めている。

 この場にいる誰もが、ヴァニティの行動を警戒していた。

 

 「俺の宝具みたいなものだ。特別に見せてやるよ、英雄王」

 

 その影の言葉に英雄王が機嫌よく笑った。

 

 「ハッ、貴様の宝具になど興味はないが、終わりにするというのは同感だな」

 

 言葉と同時に黄金の門が開いた。

 武器を射出するためではない。

 最強の剣を取り出すために、彼は門を開いたのだ。

 

 「喜べ、接続者。貴様はともかく貴様という存在にはこれを使う価値がある」

 

 取り出された乖離剣。

 世界を切り裂く対界宝具。

 

 「――正気か…? それを振るったらここのテクスチャが剥がれるぞ?」

 

 「たわけ。我とてそんなこと心得ている」

 

 「本気か…。なら変更だ」

 

 「――あれ、重力が…」

 

 ジャンヌオルタの重力の拘束が解除された。

 しかし、その代わりにギルガメッシュを圧倒的な重力が襲う。

 

 「やれ、セイバー! それ(エア)は使わせるな!」

 

 ヴァニティの呼び声にセイバーが呼応する。

 重力によって動きを封じられたギルガメッシュとの距離を詰め、聖剣を振るった。

 

 「!?」

 

 だが、刀身が肌に接触する直前で騎士王の動きが止まる。

 

 「させないよ」

 

 息をひそめていたエルキドゥが天の鎖によってセイバーを止めていた。

 

 「…黒き聖女よ、行くがいい。ここは我が受け持つ」

 

 「! アンタ…」

 

 「構わん。行け」

 

 「――ったく! わかったわよ!」

 

 拘束から逃れたジャンヌオルタは走った。ヴァニティの方ではなく、立香の元へと。

 

 「え、ちょっとジャ――」

 

 「ほら、逃げるわよ!」

 

 立香を抱えて彼女は出口へと駆ける。

 

 「ス馬鹿、いい加減起きてるでしょ! そっちを運んで!」

 

 「――ああ」

 

 「なっ」

 

 いつの間にか起き上がっていたエミヤオルタは凜を抱え、出口へと向かう。

 

 「ま、待ってジャンヌ!」

 

 「待つわけないでしょうが! 死にたいの!?」

 

 「でもっ…!」

 

 「……冷静になりなさい。一旦引いて態勢を整えてからどうするか考えましょう。珍しく金ぴかがあんなこと言うんだから任せておけばいいのよ」

 

 「っ……」

 

 空洞の謎の境目を抜け、出口へと続く一直線の道を魔術師を抱えた二人のサーヴァントが疾走する。

 

 「シャキッとしなさい。アンタは人理を修復した魔術師で、私のマスターなんだから」

 

 「――うん…。ありがとう」

 

 後悔を残しつつ、二人のサーヴァントと二人の魔術師は鍾乳洞を後にした。

 

 

***

 

 

 「投擲の一つでもするかと思っていたが、存外甘さというのが貴様にもあったか?」

 

 重力から解放されたギルガメッシュは煽るように言葉を放った。

 

 「なわけないだろう。奴には残ってもらわないと俺の暇つぶしができなくなる」

 

 「へぇ、暇つぶしっていうのはどんなのだい?」

 

 「お前には関係にないことだよ。エルキドゥ」

 

 残ったのはヴァニティ、セイバー、ギルガメッシュ、エルキドゥの四人。

 

 「セイバー、戻ってこい」

 

 セイバーはヴァニティの空間転移によって鎖の拘束から逃れ、ヴァニティと同じ崖上に移動した。

 

 「正直、お前らが残ったのは好都合だ。ここで消えてもらうぞ。乖離剣なんて使わせない。俺がやってやる。セイバーの『槍』はここで使わせるべきではないだろうしな」

 

 影は右手を天に掲げる。

 

 「なに、落ち着け。我はお前が何者か気になっているのだ。その影を剥がしてみろ。顔ぐらいはあるのだろう?」

 

 「――お前らが見てもつまらないものだけどな」

 

 影は掲げていた手を下ろし、自分の顔にかざした。すると闇が晴れていき、ヴァニティの顔が現れる。

 あまりのも素直に、躊躇いなく影はその素顔を見せた。

 

 「貴様…それは…」

 

 「………だから君は…」

 

 素顔を見た二人は驚き、困惑した。

 なぜなら影の顔は――

 

 「――呑まれろ」

 

 二人の足元が黒く染まる。

 

 「な――!」

 

 「これ、は――!!」

 

 黒より黒き闇は、ギルガメッシュとエルキドゥを呑みこむ。

 あったという間だった。

 何をさせることもなく、闇の穴は完全に二人を取り込んだ。

 

 「終わりを迎えた者たちの記憶の渦だ。存分に味わって消えろ」

 

 この場に姿のない者たちに向けて、影は最後にそう言った。

 




3月に投稿とか言ってましたけど、前書きに書いたような理由で思いのほか早く投稿できました。

物語は大体折り返し地点ぐらいだと思われます。早く士郎活躍のシーンを書きたいんですけが、いかんせんそこに至るまでが長い…。まあ、いつも通り頑張ってちょびちょび書いてきます。

次回からは黒い方の弓兵さんに変化が起こり始めます。


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第九節 『頬を伝う涙』

三か月ぶり以上の更新です。久々に覗いたらお気に入りの数が300超えてたんで、流石によし書くぞってなったんですけど、まず自分がどこを書いているのか把握をするまで時間がかかりました。

後書きに今後の投稿について書いておきます。


 「帰ってきて早々で悪いんだけど、会議よ」

 

 鍾乳洞から帰還後、衛宮邸に到着すると凜は言った。

 

 帰ってきて、それも敗走して、すぐではあるが何の報告もせずゆっくりとしている場合でもないので仕方がない。居間には、留守番だったサーヴァントたち、新都の方向に行っていた士郎たちもいた。桜はというと苦しみだしてから気を失ったため、現在は自室で眠っている。

 

 「と言っても正直打開策なんて思いつかないんだけどね。まあ、情報共有だけでもしましょう。あいつについての共有はしておいた方がいいだろうから」

 

 敵の存在があまりにも大きく、未知数だった。

 御三家の末裔といえど、ヴァニティなどという正体不明の存在の対処法など凜には思いつくはずもない。

 

 「つっても俺らの方は大した報告できねえぞ。敵のアサシンが死んだくらいだ。リーパーとかいう奴は逃がしたみたいだしな」

 

 クーフーリンは視線をアルトリアオルタへと向ける。

 すると少々複雑そうな顔をした後に、口を開いた。

 

 「…リーパーを逃がしたのは私の落ち度だ」

 

 あの時、リーパーを逃がした。

 止めることはできたかもしれないが、彼女は追わなかった。

 彼の素顔は、よくアルトリアの脳裏に焼き付いていた。

 

 「リーパーっていうのは、特別なクラスって認識でいいの?」

 

 「俺も知らないクラスですけど多分そうだと思います」

 

 英霊というシステムについて立香はすべて把握できているわけではない。知らないクラスがまだあっても何ら不思議ではない。

 

 「リーパーについては二刀流の奴が知ってるみたいだぞ」

 

 一応話し合いの場にはいるベイリンへと視線が集まった。

 双剣の騎士はため息をつくと言葉を発する。

 

 「…言っとくが、お前たちに有益になるような情報はないぞ。あいつとは少し顔を合わせたことがあるだけだ」

 

 多少違いはあるが、実際のところ有益になる情報はほぼないのは事実だ。以前体験して記憶したリーパー近距離での戦闘スタイルなんて言ったところで意味がないのは目に見えている。それを利用し戦って、先ほど負けそうになったのだから。

 

 「まあ、一つ言えるのはあいつとは一対一で戦わない方がいいってことだ。初見だとまず勝てない」

 

 おそらく英雄などではないリーパーは、殺すことに長けている。殺し方…生命の終わらせ方というのを熟知している。

 以前彼と対峙したベイリンはそれを理解していた。

 下手をすれば殺されていたかもしれないのだから。

 

 「…わかったわ。リーパーについてはとりあえず保留しましょう」

 

 知る者がいないのならば諦めるしかないだろう。話を次へと移そうとしたところで式が口を挿む。

 

 「――おい。その前にあの二人はどうしたんだ?」

 

 静かで、真剣な口調で式は誰も触れていなかったことを口にした。

 それを聞いた立香は俯く。

 そんな彼をジャンヌオルタは横目で見ていた。

 

 「私たちを逃がすために残ったわ」

 

 「つまり死んだのか?」

 

 ベイリンがストレートに尋ねる。

 

 「…かもしれない。見てないからまだ確定はしてないわ」

 

 「それは根拠のない希望か?」

 

 「ええ、全くないわ」

 

 「………」

 

 きっぱりと凜は答えた。

 凜は信じることしかできないことはわかっているのだ。さらに言えばおそらく彼らが無事ではないであろうことも。

 

 「あいつらがやられたかもしれないってことは、お前らが行ったところにいた奴は相当強いのか? 黒幕なんだろ?」

 

 クーフーリンの問いにジャンヌオルタが答える。

 

 「黒幕だって断言はできないけど、強いわ。尋常じゃない力を持ったセイバーのサーヴァントを従えてた上に、重力操作の宝具を使ってた」

 

 「宝具? そんじゃそいつもサーヴァントなのか?」

 

 「ヴァニティだとか名乗ってたけど、サーヴァントかどうかは正直わからない。重力操作の宝具って言っても自分のじゃなかったみたいだし」

 

 聞いたこともないエクストラクラスだ。実在するのかどうかも判断のしようがない。

 

 「気になることがあるのですが、そのヴァニティとやらはどこから魔力を調達しているのですか? 少なくとも四体以上は同時にサーヴァントを従えていたことになると思うのですが…」

 

 アサシンは消滅したが、彼が消える前の時点で他にもリーパー、セイバー、そして昨夜現れたヘラクレスがいた。つまりは四体以上のサーヴァントを同時に使役してたことになる。

 

 「――桜よ。ヴァニティは桜から魔力を無理やり吸収してるみたい」

 

 「なるほど…。やはりそうでしたか」

 

 メドゥーサは、深刻な顔で口にされた凜の言葉に納得していた。

 彼女は倒れた桜に触れた段階で、魔力の流れの異様さに気付いていたからだ。

 

 「桜から…? どういうことだよ、遠坂」

 

 士郎が問い詰める。

 

 「あいつは自分を魔力を際限なく吸い上げる存在だって言ってた。それでこの街で一番魔力の保有量の多い桜を選んだって」

 

 「――どうにかならないのか?」

 

 「するわよ。放置はできないもの」

 

 このまま桜を放置すれば取り返しのつかないことになる。

 

 「もしどうにもできなかった場合はどうなるのですか?」

 

 メドゥーサが気になっていたことを尋ねてきた。

 

 「――体から流れ出る魔力に耐えきれなくなって、壊れるでしょうね。体も、命も」

 

 「――――」

 

 桜の苦しみ方が尋常ではないことから、それはメドゥーサも予期していたことだった。あのままではいつか体が持たなくなると。

 

 「しかも桜が耐えきれなかった場合、膨大な魔力が世界に放たれる。マナの量が現代のものではなくなるわ。一般人が生きてられなくなる」

 

 隠していても意味がない。これは情報の共有なのだ。

 凜は正直にすべてを口にした。

 その結果おと擦れたのは沈黙。全員が黙り込んだ。

 その静かな間を経て最初に言葉を発したのはアルトリアオルタだ。

 

 「私たち全員で攻撃を仕掛けても勝機はないのか?」

 

 「――シャドウサーヴァントみたいなやつじゃないリーパーとセイバーは確実にいるとして、そこにヴァニティを入れると敵は最低でも三体になる。で、私たちのサーヴァントの数は十体。まあ数では有利だけど…」

 

 「勝てる気がしない、か?」

 

 「そうね…」

 

 セイバーの強さを目にし、ヴァニティの未知数で不気味な力を目にしたジャンヌオルタには、彼らに勝てるビジョンが浮かばなかった。

 

 「――もう無駄だな…」

 

 ベイリンはそう呟くと寄りかかっていた壁から離れ、居間の外の廊下へと歩き始めた。

 

 「どこ行くんだ?」

 

 「さあな。とりあえず外に出る。何にも情報を得られないならここにいても無駄だからな」

 

 ベイリンは居間から出て行った。

 

 「――ベイリンの言うとおりね。もう特に情報は得られそうにないし、今日は休みましょう」

 

 生産性のない会話をしたところで、ベイリンの言った通り無駄でしかない。凜の判断でこの日の話し合いは終了した。

 

***

 

 「どうするか…」

 

 夜道を歩くベイリンはこれから自分がどう動くべきなのか悩んでいた。

 正直なところ別に立香たちに手を貸す必要はないのだ。なぜなら協力をする理由がないのだから。

 

 「まあ、でも…」

 

 先ほど、リーパーとの別れ際のやり取りを思い出す。

 

 

 

 『これが俺の顔だ。こちらも暇なわけではないからもう行く』

 

 フードを被りなおすと二人にリーパーは背を向けた。

 アルトリアは言葉を発せず、ベイリンもそのまま何も言う気はなかった。

 このまま彼は去っていくのだろう。そう思った時だった。

 

 『――砂川愛梨が言っていた。…ありがとう。私の騎士であるあなたのことを絶対に忘れない、と』

 

 『……お前』

 

 今度こそリーパーは姿を消した。

 

 

 

 「ありがとう…、ありがとう、か。言うなって言ったのにな」

 

 ベイリンは『ありがとう』という言葉があまり好きではなかった。

 できれば二度と聞きたくもなかった。

 なのに、彼の主は…

 

 「はっ、やっぱりバカだ」

 

 彼の頬は綻んでいた。

 

 「――そんじゃ、あいつの騎士として動くとするか」

 

 彼は仕える者。

 故に、動く。主の命令通りに。

 

***

 

 深夜三時。

 もう人間である彼らが寝付いたころ。エミヤオルタは一人縁側に座っていた。

 理由はよくわからない。しかしなぜかそこに座っているのが気持ちよく、彼はこれ以上ないほどに心が落ち着いていた。

 

 「………」

 

 全員寝たと思っていたがどうやらそんなことはないようだった。一人何者かが彼に近づいてきていることに気付く。

 その人物は桜だった。夜中だが月明かりのおかげで彼女の顔はしっかりと見える。

 二人の目が合った。

 

 「えっと…、こんばんは」

 

 桜は彼がいるのは予想外だったので当然驚いている。しかし声を出すほどびっくりしたわけでもなかった。

 

 「お前は…間桐桜か」

 

 手帳を開いて名前を確認した。

 

 「はい。あなたは…アーチャーさんですよね」

 

 「ああ」

 

 凜からどんな人物なのか話は聞いているが、桜は初めてエミヤオルタと顔を合わした。

 

 「アーチャーさんは何を?」

 

 「特に何もしていないが、強いていうのなら日記をつけていた」

 

 エミヤオルタの昨日の記憶は既に薄れ始めていたが、ここで日記に役に立った。日記がなければ名前すらわかってなかったかもしれない。

 

 エミヤオルタの記憶がなくなってしまうことについて、桜は凜から聞いているので一応把握してはいた。

 

 「――――」

 

 沈黙。桜はエミヤオルタを視認してからずっと同じ位置に立っている。彼も同じで縁側から動いていない。ここからどうしたらいいのか桜が考えていると、

 

 「お前は何をしているんだ」

 

 エミヤオルタの方から話を切り出してくれた。

 

 「――その…なかなか寝付けなくて……」

 

 二時ほど前に目が覚めた彼女は、なかなか再び寝付くことができなかったため縁側に来た。二年前衛宮邸を完全な自分の帰るべき家としてからこの縁側に来ることは少なくない。座っていると心が落ち着くのだ。

 

 「気を失っていたようだが、大丈夫なのか?」

 

 「は、はい。一応問題ない…と思います」

 

 起きてから違和感も痛みを感じる箇所もなかった。

 

 「そうか」

 

 「――――」

 

 「――――」

 

 もう話すことがなくなってしまった。

 仕方ないことだ。二年前以降変化はあったが、桜は元々自分から誰かに話しかけるような性格ではないし、エミヤオルタも基本的に無口なのだから。二人の間で絶えず会話が繰り広げられるなんてことはまずありえない。

 

 「あ、あの…」

 

 またしばらく沈黙が続いたところで今度は桜からエミヤオルタに声をかけた。

 

 「なんだ?」

 

 「よかったら私の作ったお味噌汁飲みませんか? 夕食の分が余っているので…」

 

 サーヴァントも食事をすることができるのは知っている。余りものだがよかったら食べないかという桜の気遣いだった。

 

 「――――」

 

 サーヴァントの中には確かに食事を楽しむ者はいるが、エミヤオルタには料理を楽しむための味覚がない。いや、なくなった。

 それを桜は知らない。

 

 「――もらおう」

 

 気持ちを無下にするのは申し訳ないのでいただくことにした.

 

 「よかった! 温めるのでちょっと待っててくださいね」

 

 桜は喜んでいるようだった。味噌汁を温めるため台所に向かう。

 

 悪気はないのはわかっている。知らないのだから仕方がないことだ。だが普段のエミヤオルタならこれを断っていたのに、なぜか今回はそれを受け入れた。

 

 「…あ、こっちまで来てくれたんですね」

 

 しばらくしてエミヤオルタは縁側から立ち上がり居間の方へ向かった。足は迷いなく進んでいき、いつも衛宮士郎が座っている座布団に腰を下ろした。

 

 「どうぞ」

 

 ちょうど味噌汁が温め終わったタイミングだった。桜は味噌汁を入れたお椀が箸と共にエミヤオルタの前に置かれる。

 

 「箸は使えますか?」

 

 「問題ない」

 

 エミヤオルタの姿からして日本人ではないと桜は思っているのでそう質問した。日本出身のサーヴァントでなくとも聖杯によって知識は与えられているので、箸の扱いは問題なかったりするのだが、その辺を桜は把握していない。というより忘れている。

 

 味噌汁は温めたばかりのため白い湯気が上がっている。具はワカメや豆腐など王道なものだ。

 

 まずはお椀を口に近づける。そのままお椀に入っている汁は一口エミヤオルタの口に運ばれる。

 

 「――――」

 

 汁が染み込むように体の中を流れていく。熱い。味噌汁の熱さではなく何か別のものの暖かさだ。曇っていたものが晴れていくようだった。

 

 「アーチャー…さん…?」

 

 涙が一滴、頬を流れ落ちていた。

 

 「お、美味しくありませんでしたか!?」

 

 「いや、違う。そうじゃないんだ…」

 

 エミヤオルタ自身にもなんで涙が流れたのかわからない。

 

 また一口、味噌汁を飲む。

 

 「――美味しい…」

 

 声が漏れる。

 エミヤオルタには変わらず味覚はないので味を感じ取っているわけではないが、その味噌汁を美味しいと思った。

 

 「――よかったです」

 

 口に合わなかったのかもしれないと焦ったが、そうではなかったようなのでひとまず安心した。

 

 「………」

 

 剥がれ落ちていったモノが戻ってきているようなおかしな感覚。不思議ではあるがそれが心地よかった。

 

 エミヤオルタは桜の作った味噌汁をすべて飲み干した。

 

 

 

 

 ――何かがおかしい。




特に進展なし。
まず書き始めて最初に思ったのはベイリンって誰だよってことでした。


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