紅いイレギュラーハンターを目指して (ハツガツオ)
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プロローグ
プロローグ 前世の記憶が蘇った


何事も設定と出だしが大事(ガチな戒め)。

ロクな設定も考えず勢いとノリで書いたり最初をギャグに偏らせ過ぎた結果、二年分の投稿全て書き直しとなりました。執筆前にある程度設定や終盤までのストーリーをざっくりでもいいから考えるべきだと痛感した次第です。書いている最中にいい内容が思いついても盛り込めないですしね。

そんな訳で全編再投稿及び旧話は移動となりましたが、第一章終了まではノンストップでいいきます。

それではどうぞ。



 何がどうしてこうなった。

 

 今の彼の心境を現すのならこの言葉が一番適切だろう。

 目が覚めた時には白い天井。身体には薬品臭のキツい幾重もの包帯。しかも怪我は重いのか鋭く鈍い痛みが常駐しているオマケ付き。血も少し滲んでいるときた。普通ならこれだけでも情報量の多さに混乱しそうだ。

 しかしそれだけだったのならまだ良いと言えた。客観的には相当な不幸に見舞われている状況だが、当の本人である彼の中ではそれ以上の出来事があった。

 

(……何も……思い出せない)

 

 彼には過去の記憶が無かったのだ。自分が今の状態に至った経緯は疎か、自身の生まれ故郷の風景を、自らを育ててくれた両親の顔を、親しい関係にあったであろう友人達の名――その全てを。何もかもが忘却の彼方になっていた。

 しかしそれを嘆く間もなく激しい頭痛が彼に襲いかかった。脳裏に映し出されるのは遠い記憶。こことは明らかに違う風景、朧気に映る自身の姿、そして()()()()()の軌跡を。

 それらを知覚するや否や、彼は全身に走る痛みなど無視して洗面台へと向かっていた。まさかコレは……。いや、流石にそんなバカなことが…………。あまりにも高等無滑稽な想像に動揺しながらも真実を確かめるために鏡を見たのだ。

 やはりというべきか想像は当たっていた。先ほどから鏡に映る人物を何度見直そうが紛う事なき現実。

 項垂れそうになりながらも今一度鏡を覗き込む。そこに映し出されていたのは――。

 

(…………うっそだろ。転生とか本当にあんのかよ)

 

 ()()()()()とは似ても似つかない容姿の少年。

 

 そう。つまるところ彼は――――転生者だったのだ。

 

 

〇月 ×日

 

 意識を取り戻してから早数日。相変わらず包帯でグルグル巻きだが痛みは少しマシになったので記録がてら日記をつけることにした。紙の裏という簡易的なものだけど何もしないよりかはいい。

 

 しかしビックリしたわマジで。目が覚めたら知らない天井な上に包帯グルグル巻きのミイラ状態とか、一体何があったんだっていう話だ。思い出そうとしても過去の記憶が一切無いという二重苦だし。しかもそこへなんだ? 前世の記憶が代わりと言わんばかりに激しく主張してきやがるという。まるで意味が分からんぞ!

 とりあえずここまでの経緯を医者か誰かに聞くしかないかぁ……。何の手がかりも無いわけだし。 

 

 あ、書いてたら丁度それらしき人が来た。内容がバレるとマズいから急いで隠さねえと。

 

 

〇月 φ日

 

 とりあえず医者だの見舞いに来た人だのに聞いて現状を把握した。

 まず俺の現在地について。ここはマナリア王国という国であり、魔法が発展した所謂『魔法大国』という通り名で有名らしい。そのマナリアの王都から一際大きな山を挟んで少し離れたところに位置するのが今居るココス村とのこと。

 次に俺の怪我。どうやら俺は王都とこの村の境にあるチョポタ山の麓付近にて血まみれで発見されたらしい。傷跡からしてどうも魔物か何かに負わされたもので危篤状態だったとのこと。治療してくれた医師曰く「ここまで回復したのは奇跡」だってさ。あっぶねえなオイ。で、俺を発見及び運んでくれたのが偶々山に訪れていたドルドさんとミナさん夫婦。この二人は俺が意識を取り戻した後もちょくちょく見舞いに来てくれた。

 

 しかし問題なのは、この世界における記憶が一切無いことだ。あれから何度か思い返したものの、綺麗サッパリ忘れているのか何一つ思い出すことが出来なかった。医者の見立てによると、恐らく怪我と出血多量から生じたショックによる影響だろうというものだった。生まれ育った場所や今生の両親の顔を一切覚えてないのは些かツラいものがあり、自分が誰なのか分からない錯覚に陥る。情けないが少し泣きそうになった。

 

 では逆に何を覚えているのか――。前世における一般常識、この世界には明らかに無いと断言出来るアニメやゲーム関連のネタや用語、中でもド嵌まりしていたのはロックマンXとロックマンゼロという作品シリーズ。そして一番好きなキャラクターが、ゼロだったということだ。

 

 ここで知らない人の為(と言いつつ自分が忘れない為の記録だけど)にも『ロックマンX』『ロックマンゼロ』について少し簡潔に説明しよう。

 

 まずはロックマンXについて。舞台は21XX年、人間と人間に近い思考回路を与えられたロボット『レプリロイド』が共存する世界。この世界には、人間で言う犯罪者に相当する『イレギュラー』を取り締まる『イレギュラーハンター』なる組織が存在している。

 主人公エックスはイレギュラーハンターではあるものの、心優しい性格から例え相手がイレギュラーであっても情けを捨てることが出来ないことから常にB級ハンターで止まっていた。それを他のハンターに嘲笑されたり、先輩かつ親友である特A級ハンターのゼロに度々たしなめられたりはしていたが、イレギュラーの対処に追われる日々を過ごしていた。

 しかしある日。エックスとゼロ、二人の上司であるシグマが人間に対して突如反乱を起こす。人類を排除し、優れた存在であるレプリロイドが支配する世界を理想としたのだ。しかも最悪なことにイレギュラーハンター隊員の一部もシグマの側についてしまう。

 残されたハンターであるエックスとゼロは、暴走するシグマの野望阻止へと動く。そしてこの戦いを引き金として、二人とシグマの長き戦いが始まったのだった。

 

……というのが大体の内容だ。途中から熱が入って説明口調になったのは気にしないでネ。

 この作品で重要なのは、エックスが"悩みながら戦う"という点だ。本来レプリロイドは人間に近い思考回路を持つとはいえ、あくまで"近い"だけであってそういった機能は本来持ち合わせていない。しかしこのエックスはその苦悩する機能が組み込まれており、非常に人間に近しい存在と言えた。生来の性格も相まって戦いに苦痛を覚えるエックス。彼は戦いの中で悩み、傷つき、そして成長していくのがXシリーズにおけるコンセプトだ。特にこの部分は通称岩本Xと呼ばれる漫画版において強く取り上げられており、呼んでいる側も色々考えさせられるものとなっている。

 この他にも作品中には色々な謎と設定が隠されている。実はエックスはレプリロイドの始祖に当たる存在だとか、エックスとゼロには戦わなければならない宿命があったりだとか……まあ、そこら辺は自分の目で確かめた方が早いと思う。書くとキリがないし終わらせられないから。

 

 そしてもう一方であるロックマンゼロ、こちらはエックスの相方であるゼロを主人公とした外伝作品だ。

 シグマウイルスが発端となり世界最大規模の戦禍となったイレギュラー戦争。永遠に続くかに思われたこの厄災は青き英雄エックスの活躍によって終結に導かれた。戦禍の後、人々は理想郷『ネオ・アルカディア』を築き世界は平和を取り戻していった。しかしその実態は、かつてのイレギュラー戦争再来を恐れた人間達による無実のレプリロイド大量処分によって成り立っているまやかしにすぎなかった。レプリロイド達は何時イレギュラーの烙印を押されるかの恐怖の中で生を送っていた。

 そして時は過ぎ去り100年後、年月の経過で風化し誰からも忘れ去られた研究所に一つ組織の姿があった。

 その組織の名は『レジスタンス』。イレギュラーの汚名を着せられたレプリロイド達によって結成された、ネオアルカディアの対抗組織。彼らは自分たちを弾圧するネオ・アルカディアと戦ってはいたものの、圧倒的な戦力差から追い込まれている状況だった。そこでメンバーの一人である科学者シエルは、遙か昔に封印されたと伝えられる『赤き英雄ゼロ』の眠っている遺跡へと仲間達と共に訪れていたのだ。

 だがそうはさせまいとネオ・アルカディアの兵士達が彼女達を追い詰める。次々と殺されていく仲間達。シエルにもその手が及ぶ寸前、ゼロが封印から解き放たれる。記憶喪失となりながらも自分の助けを求めた彼女達を守るため、ゼロはネオ・アルカディアとの戦いへ身を投じていくのである。

 

 Xシリーズに対してこちらは"悩まない"のが主軸となっている。主人公のゼロが記憶喪失というのもそうだが、ゼロシリーズのゼロは一貫して悩まない。自分の信じる者、そして自分を信じてくれる者のために戦う――ただそれだけを胸に秘めて。そしてそれは敵も変わらないと言える。ネオ・アルカディア側のレプリロイド達も口や考え方に差異はあれど、誰もが自分の信念を持って戦っている。

 そしてやはりこちらにも様々な謎がある。エックスは何故この所業を止めないのか、何故ゼロは長い眠りについていたのか、イレギュラーの定義等々、Xとはまた違う設定があって面白い。……ただ、ハードがGBAという子供向けというのがクセモノ。内容は面白いんだけども、少なくとも小学生が簡単に手を出せるものではないと思う。他のゲームより難易度も高い上にストーリーもかなり重いし。

 

 しかしストーリーの面白さだけが両作品の特徴ではない。これらを代表するのは、極めて爽快なアクションだ。バスターによる敵の撃破、ダッシュによる高速移動、ジャンプや壁蹴りによる変速機動、ボスの撃破で得られる数々の特殊武器。当時のアクションゲームの中でも一際異質とも捉えられかなりの人気を博した。

 それに加えてキャラの多さ。各ステージに待ち受けるボスがいることから、必然的に登場するキャラの数も相当なものだ。動物や空想上の生き物をモチーフにしたデザインとした外的要素だけでなく、武人肌だったり熱血漢、果てには守銭奴な性格といったユニークなレプリロイドもいるので見ているだけでも楽しい。

 

 そんな多くのキャラクターが登場するこれらの作品の中で一番好きだったのはゼロだ。バスターによって敵を撃ち抜くという従来のロックマンシリーズから受け継がれたエックスのそれとは一風変わり、機動力とセイバーによる接近戦を主体としたアクションは中々に気持ちが良かった。しかもこのゼロはラーニングシステムという機能により、倒したボスから新たな技を習得するという特性を有しているので、作品によって使える技が変化するというのも面白さの一つだ。

 そしてアクションもさることながら内面もまた良い。クールさの中に熱さを秘めた性格というのが外見共々マッチしていたし、"自分の存在について悩む"という"戦う意味について悩む"エックスとはまた違う意味で人間らしさを感じたのも一つだ。他にもX4のイレギュラーゼロさんに怯えたり、アイリスのシーンで泣いたり、X5のエックスとの対決で燃えたりしたのも心に強く残っている。

 

 以上と他の知識etcを含めたものが俺の覚えている内容となっている。当たり前だけどこれらは誰にも口外できないものだ。俺自身でさえ転生とか創作物の中だけど思ってたぐらいなんだ、あまつさえ他の人に明かしたところで真面に信じて貰えるわけがない。良くて変人、悪けりゃ狂人扱いだろう。そういった事もあってか治療魔法を受けたり他の種族(エルーンとかドラフとか色々いるとのこと)を見かけたりする度に「この世界はマジでファンタジーだなあ」とつくづく思っている。

 

 あ、そうだ。大事な事を忘れてた。俺自身についてだ。

 出身地は不明! 種族は恐らくヒューマン族! 推定十歳前後! その名は……無しッ!! ――あ、止めて! 石は投げないで下さいお願いしますから!! 

 いや、ふざけてるかもしれないけど本当にそれしか分からなかったんだよ。ドルドさん達や医者に聞いたんだけど、この村では見かけない顔だし他のところでも聞いたことないって。その上俺自身が着の身着のままだったせいで情報の無さに拍車をかけているのだとか。…………あれ? 普通に考えたら俺これ詰みじゃね? もしかしなくても詰み確定じゃねこの状況? 

 

 やっべえ、怪我直った後どうしよう……。

 

 

〇月 α日

 

 今日見舞いに来たドルドさんとミナさんから家に来ないかという話があった。俺達は結婚してるが子供はいない。だから子供が一人や二人増えたとしても全然大丈夫だ。行く当てが無いのなら俺達のところに来ればいい、と。

 それを聞いていたら、いつの間にか涙が零れた。何だかんだ言って自分でも思っていた以上にキツかったらしい。何処の誰とも分からないのにこの人達がそう言ってくれたのが物凄く有り難かった。俺は二人に首を縦に振った。

 

 

α月 〇日

 

 怪我が治ったので退院じゃあっ! この前とテンションが違いすぎる? 湿っぽいのは嫌いなんだ、大目に見てくれ。やっと病院から解放されたというのもあるし。ベッドの上で大人しくしてるのは違う意味でツラかった。

 しかし、今更だけど本当に良かったんだろうか。こちとら身体は子供でも精神はそれ以上に年食ってる年齢詐称みたいなもんだから、子供らしい振る舞いが難しい。そんな奴が若い夫婦のところにお邪魔っていうのも…………止めだ。これ以上考えるのはよそう。折角の好意なんだから。

 

 それと俺の名前は今日から『レイ』となった。数字の"0(ゼロ)"の東国での読み方"0(れい)"から持ってきて『0から人として少しずつ成長していけるように』という願いを込めたとか。

 

 ただ、名前を聞いた瞬間「あれ。なんかゼロっぽくね?」と思った。見た目と中身は全然違うしロボットじゃないけどね。




9/2 山の記述が一部抜けてたので訂正
10/15 クロスオーバー元のロックマンXとロックマンゼロがざっくりと分かるように説明を書き足しました


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修行日記その1 魔法弾という名のバスター

前回までのあらすじ

少年、ドルド夫妻に引き取られ『レイ』という名前を貰う。


α月 η日

 

 退院してから数日が経過。怪我は完治して医者からゴーサインが下りたので、自宅近くの空き地にて修行を始める事にした。何でかって? それは俺が純粋な転生者だからだ。

 

 転生と聞くと、不幸な事故に遭ったりとかで神様に「お主を転生してやろう(意訳)」と言われたついでにチート能力と共に転生したりする《神様転生》辺りが一番メジャーだろう。あとは原作知識ありきでの転生とか。

 しかし俺の場合、そういったものは無かった。意識を取り戻してからは記憶を遡ったりしていたんだけど、神様に会った記憶も無ければチート能力や武器の類を所持していない。あるのは前世での記憶ぐらいなもの。

 

力は無い。知識も無い。そんな無い無い尽くしの俺が、魔物やら何やらの脅威が蔓延るこの世界でこれから先生き抜けるだろうか?

 

 答えは否である。現に魔物に襲われてこの様だったのだ。今回は運良く助かったが、また襲われでもすれば今度こそ確実に俺の魂(ボール)あの世(相手のゴール)にシュゥゥゥーッ!! されてしまうだろう。流石に俺も早死にだけは勘弁なので嫌でも強くならなければならない。

 

 さて、そこでだ。前世において異世界創作物の代名詞ともとれる摩訶不思議な術、魔法。医者が俺の治療に使っていたように、この世界では何ら不思議なものではなく当たり前のように存在している。加えて剣や槍を初めとした武器達。これらも異世界においては外せない要素であり、この世界でも普及していると耳にした。

 そして更に俺は前世の記憶を持っている。ゼロは勿論の事、エックスの特殊武器やその他の技etcもゲームをやり込んでいたので網羅済みだ。そちらの知識に関しては全く問題無いと言える。……ここまで来れば最早何が言いたいのか大半の人は予想が付いているだろう。

 

 そう。戦う力が無いのなら強くなればいい。つまりはゼロの技を魔法や剣術で再現・習得し――俺自身がゼロになることだ(能力だけ)。

 

 何か色々おかしいしキャラ的に自分から死にに行くようなもんじゃね? というツッコミはあるだろう。そもそも強くなりたいのなら前世の知識をフル活用してチート魔法生み出せばいいのでは? ボブは訝しんだ。という意見もあるものだと思っている。

 

 だがしかしだ。自分の好きなキャラの知識が十分にあり。再現するための手段がこの世界にはある。一度でいいから現実で見てみたいやってみたいと長年願っていたものが、今世では叶えられるかもしれない――。そんな一生に一度お目にかかれるか否かのチャンスを不意に出来るか? いや、出来るわけがない。だったら厳しい道だろうが何だろうが、己の道(趣味)を突き進むのみだ。誰だってそーする。俺だってそーする。というかそーした。チート魔法云々も、自分の好きなキャラの技が使えたらその時点で十分チートに値する。俺の場合はそれに当てはまるのがゼロだったというだけだ。

 

 そんな趣味と実益を兼ねた鍛錬を今日から始めるわけだが、魔法と剣の当てはすでに付いている。

 まずは魔法だ。これはこの世界の人間なら誰でも使える……と思っていたが、どうやらそういう訳にはいかないらしい。使用にはある程度の素養が求められ、それが一定水準に達していて初めて魔法を行使出来る。マナリアは魔法大国の名の通り魔法使いも多いが、それでも全体の割合としても使えない者の方が占めている。実際、ドルドさんとミナさん夫妻やこの村の人の大半も後者の側だしね。

 

 そして肝心の俺の素養だが、一応はあると判明している。

 入院中ドルドさん達が暇つぶし用に幾つか本を持ってきてくれていたのだが、その中の一冊に『スライムでもよく分かる魔法の基礎(監修:S・M)』という魔導書が混ざっていた。それの最初のページに記されていたテストの様なものを行った結果、それなりの才を有しているであろうことが判明したのだ。

 内容はとても簡単。目を閉じて身体に意識を集中させる、たったこれだけ。この時に内側から何かが全身に巡っているのを感じ取れれば魔法行使に必要な最低限の魔法力が備わっているとのこと。この何かが魔力であり、さらに素養が高い人は魔力の流れが事細かにハッキリと把握出来るとか。……何かビミョーに胡散臭く感じるけど信じるしかないだろう。ファータ・グランデ空域でも最高峰と称されるこの国の魔法学校が出版元だし。

 

 後は剣だけど、こっちは退院祝いにドルドさん達が太刀を買ってくれた。まあ、要望を聞かれた時に武器が欲しいと伝えた時は、危ないことには首を突っ込んで欲しくないって物凄い渋られたが。仕方無く護身用ですとかこれが俺に出来ることなんだ(キリッみたいな感じで説得したらどうにか首を振ってくれた。

 それと太刀を選んだのは値段も手頃で初心者でも扱いやすいからだ。剣も捨てがたいと思ったが、重さや振った感覚からしてこっちの方がしっくりときた。属性の方も全種あったので風属性のものに。……そこ、絶対緑色の刀がX4~X5のゼットセイバーに似てるのが大部分だろとか言わない。実際それも含まれてるんだから。

 

 さて、当初の目標だが俺が最初に再現したいと思っているのは【ダブルチャージウェーブ】だ。

 

 一先ず何故これが最初なのかを説明しよう。この技が初めて登場したのはロックマンX2のゼロ戦。ゼロのパーツを全て集めずに最終ステージに向かった場合、ラスボス戦前の敵として登場するゼロが使ってくる。チャージバスター二発+ビームサーベルによるソニックブームという三段攻撃なのだが、なんとゼロはこれをノンチャージ及びノンストップで繰り出してくる。開幕と同時に放ってくる上、エックスのようなチャージ動作も無しに只管ポンポン撃ってくるからプレイした時は度肝を抜かれた。

 さらにこの技はX2だけに留まらず、後作のX3からX6、外伝作品であるゼロ3やZXのボスであるオリジナルゼロまで使ってくるという、いわば基本と言っていい技だ。【滅閃光】などの派生元になったとされる【アースクラッシュ】のような豪快な技も魅力的だが、一ゼロファンとしては【ダブルチャージウェーブ】を最初に身につけるべき――というより俺がそうしたいんです、はい。

 

 だってカッコいいじゃないか! 溜め動作無しでチャージバスターをバンバン撃つだけじゃなくて斬撃まで飛ばしてくるとか男のロマンを刺激しすぎだろ! ZXでもモデルOでそればっか使ってたしな!! あ、モデルOで思い出したけどメシアさんごっこは目茶苦茶楽しかった――――。

 

 閑話休題(そんな事は置いておいて)

 

 【ダブルチャージウェーブ】を習得したら順次他の技に取りかかるつもりだ。先ほど述べた、地面を殴りつけて衝撃波で吹き飛ばす【アースクラッシュ】、その応用でエネルギー弾を飛ばす【滅閃光】、炎を纏わせた刃で上空へと跳びながら切り裂く【龍炎刃】等々。これらを自分が使えるようになったらと想像するだけでワクワクしてくる。

 

 良し! やる気は十分だ。手始めに魔法弾もといバスターの習得と行こう。これは攻撃魔法の基礎に当たる魔法で、これが使えるようになれば【ダブルチャージウェーブ】の半分は覚えたようなものだ。

 飛ぶ斬撃(以降X5より電刃零と呼称)はは……とりあえず素振りを限界までやってそれから考える! あとは身体能力を上げるためにベタだけど村の周囲を倒れるまで全力疾走!

 

 目指すは赤いイレギュラーハンターゼロだ!! 

 

……それにしても、刀って地味に重いなー……。

 

 

β月 Ω日

 

 いきなりだが問題発生。隊長! バスターが撃てません!!

 

 とりあえず魔法っぽいものは使えたのでこの魔導書への疑惑は晴れてはいる。が、魔法弾が一向に成功しないのだ。

 魔法発動の手順としては"魔力を練り上げる""術式を使って魔力を魔法に変換する""呪文を唱える事で発動する"の3ステップが一連の流れだ。一部の魔法は詠唱もしくは術式を介さず魔力のコントロールだけで済むものもあるけど、基本はこの流れに沿うらしい。

 で、この手順に習って魔法弾をやっているわけなんだが、いくら発動してもそれっぽいナニカとなってしまうのだ。練り上げた魔力の量にムラが多かったりするが、それ以外は特に問題は無いはず。だというのに、魔法陣から放たれた緑色の弾丸はモヤッとした……何というか物凄く歪であやふやなのだ。おかげで的代わりの大岩に当たる前に消失することはざら。上手くいっても形のせいであらぬ方向に飛んでいく上に威力もイマイチ。更には魔法陣の展開する位置もズレたりする。いやまあ、いきなり成功するとは思ってなかったけど流石にヒドすぎやしねぇか。

 

 あれか、まだ魔法を知ってから日が浅いからとかか? 前世ではそういうのは非ぃ科学的な類いだったわけだし。……とにかく数をこなして慣れるしかないか。それこそ魔力をギリギリのラインまで攻める感じで。

 

 それはそれとして素振りの方は何とか様にはなってきている。三段切りは128セットが限界だけど、回数は順調に増えてきている。毎日毎日限界までやってるから腕が痛いし震えも止まらないけどネ!! 

 そこへさらに走りこみも追加してるからオデノカラダハボドボドダ!

 

 

γ月 μ日

 

 肉体と魔力を追い込んで修行しているわけだが未だに魔法弾が習得出来ていない。形の方はマシにはなってきてはいるものの、やはり形が安定しないせいで変な方向に飛んでいく。威力も相変わらず酷いものだが草を吹き飛ばす程度はあるので、人三人分位の大きさの岩の周囲だけ草が生えていないという状況である。イレハンのゼロの台詞を借りるなら、

 

「チッ……95%もミスっちまったか」 

 

 という感じである。うん、ダメだろ。目も当てられねえよこの惨状は。岩の周りだけ限定的な芝刈りやっただけじゃねえか。イレギュラー化する前のシグマ隊長でさえ匙投げるレベルだろコレは。

 こんな基礎の段階で躓くとか完全に予想外だわ! だって魔法弾は攻撃魔法の初歩だよ!? なのに出来ないって……二次創作とかだと割とあっさり魔法使ってる描写しかなかったから「基礎とか秒でマスター出来るだろwww」とか思ってました! 魔法舐めてて本っ当にスミマセンでしたァッ!!

 

 あ、そろそろヒッフッハ……じゃない、素振りと走り込みをやらないと……。

 

 

=月 β日 

 

 術式を展開して発射、術式を展開して発射、術式を展開して発射……。

 

 テイハットウ、テイハットウ、テイハットウ、テイハットウ、テイハットウ、テイハットウ……。

 

 かちとりたい、ものもない、むよくなばかには、なれない、それできみは……いいんだよ……。 

 

 

|月 $日

 

 ままままほうだだだだんんんんぅぅぅ。

 

 かゆ……うま。

 

 

Σ月 +日

 

 ハーハハハッ! ついに魔法弾を習得したぞ!! この冷静な俺があまりの事におかしくなってしまいそうだ!! ……いけない。これからなんだ。

 今までこの俺の魔法弾をかすりもしなかった奴ら(的)を……。そう、この世の動かない木製の的達全てを! 俺の魔法弾で撃ちぬく為に!!

 出来る、出来るぞ! 魔法弾の習得による次の目標……チャージによる魔法弾の強化が!!

 

 

Σ月 -日

 

 あまりの嬉しさにゲイト笑いのテンションで魔法弾乱射してたら、いつの間にかぶっ倒れてたらしい。おかげで両親に滅茶苦茶心配されました。そりゃそうだ。際限なく撃ちまくってたら普通に魔力が枯渇して死ぬわ。今度から少しは冷静になった方が身のためか。

 

 ついでに友達を作ったりはしないのかと聞かれた。年の近い子達との会話もなく、いつも一人でいるのが気になっていたらしい。あ、うん……ごめんなさい無理です。前世の記憶が無かったらまだしも、今は中身こんなんですから。話が全然噛み合いませんよ。いやね、何回かは話しかけられたのよ。けどさ、いきなり「一緒にお話ししようよ!」とか「森まで競争しようぜー!」なんて言われてもどう反応したらいいのかメッチャ困ったよ。……いや、それはまだいいか。元凶はアレだ。アレが悪い。

 

 実は最近気づいたんだが、――口が重い。比喩とかじゃなくて文字通りの意味で。言葉を発そうとすると変な呪いにでもかかってんのか上手く喋れない。相手が話しかけてきても終始無言。話せたとしても物凄く簡素で素っ気ない感じになる。

 そんな訳で話が弾むはずもなく必然的に友達/zero。結果、一人で修行を送る毎日となっている。べ、別に寂しくなんてないんだからね! 少しは友達が欲しいとか仲間の輪に入りたいとか微塵も思ってないんだから!! ……うえぇぇ、気持ち悪い。これ以上は吐き気が催してくるから止めよう。何か悲しくなってくるし。

 

 まあ、正直言って鍛錬の方に集中出来るからあんまり気にしてないんだけどね。そっちに時間割かなくて済むわけだし。ただ自由に話せないのがネックだけど。

 

 ともかく今日は一日大人しくしているとしよう。本音を言えば今すぐ鍛錬を再開したいところではあるが、心配されている以上は流石に控えるべきだろう。下手こいて修行を禁止にでもされたらそれこそ本末転倒というものだ。

 

 

*月 ×日

 

 どうにかやり過ごしたので今日から修行再開だ。

 

 

 何とか病院送りは免れたので今日から修行再開だ。色々あったが無事魔法弾が習得出来てよかった。習得に何ヶ月もかかるとは夢にも思ってなかったがな!!

 

 根本的な原因としては自分の中のイメージだったらしい。魔法の行程は理解していたものの、何処か漠然としていた。前世の記憶というものがあるせいか馴染みのないものといいう先入観が強かったのだ。

 

 しかし魔導書の最初の方で記されていた"魔法は術式だけでなく、呪文を唱える際の精神状態や()()()()も影響する"という部分。そこをもう一度振り返ってから、なら自分がハッキリと思い描きやすいものに置き換えてみたらどうかと考えた。――そう、今まで散々目にしてきたエックスやゼロのバスターへと。

 拳を握った右腕を銃身に見立て、左手を添えながら岩に構えて狙いを定める。心臓という動力炉から魔力という名のエネルギーが送り込まれて右腕にチャージされていくのを思い浮かべる。そして魔法陣を拳に密着させる形で展開し、呪文を唱えた。すると魔法陣の前に、風を纏い球状を模した翠緑の弾丸が形成され、高速で放たれる。速度十分に発射された弾丸は吸い込まれるように岩へと命中し、飛礫を撒き散らして表面を大きく削り取った。

 

 まさかのこれで上手くいくとは驚いたが、同時に納得も出来た。ただ単に術式を構築して呪文を唱えれば良いというわけではなく、"術式と呪文はあくまで骨組みの形成に過ぎず、()()()()()()()()()()()と共に発動することで概念の補強が成され、魔法として成立する"ということなのだろう。……これで成功するのも何だかなぁって感じだけど。

 

 まあ、とりあえず覚えたことに変わりは無いから俺らしい結果ということで良しとしておいた。

 さて、次は威力と精度の問題だ。まず威力についてはやはり大岩ぐらいは貫通出来るようにまで持っていきたいというのが理想だ。ゲームしかり漫画版しかり、レプリロイドの鋼鉄の身体にバスター一発で風穴を開けているのだから、それ以下の強度である大岩程度を撃ち抜けなければお話にならないだろう。

 そして精度。本来なら威力だけで済むはずだったんだけど、手に接地するように魔法陣を展開しているからか発射後の反動がかなり凄い。今のところは左手を添えているからブレはそこまで酷くないものの、それを無くした状態では命中率は安定しないだろう。これをどうにかしない限りは本家の様な精密射撃はおろか、チャージショットやダブルチャージなど夢のまた夢で終わる。まあ、身体がまだ出来上がってないのもあるんだけどね? 

 これらの対策としては、前者は練り込む魔力量の調整、後者は連続発射による反動への慣れと筋トレによる対策、と言ったところか。

 

 次は電刃零の習得だが……その前に刀から属性を引き出す練習をしないと。ここのところ魔法弾に掛かりきりだったから、そっちは一切手付かずなんだよな。

 今度は刀の属性解放から取りかかるとしよう。そういうわけで素振りと走りこみじゃぁッ!!




補足説明

本来太刀は水属性の刀ですが、この作品では『入門用の刀で全属性が揃っている』という解釈でお願いします。風属性の低ランクの刀が無かったんや……。いきなり初期武装がSRなのもどうかと思うし。

刀を振る時のテイハットウはX4及びX5の三段斬りのボイスより拝借。



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修行日記その2 刀という名のゼットセイバー……なのだが

前回までのあらすじ

レイ、魔法弾(バスター)を習得。そして両親からイレギュラー判定を受けそうになる。


*月 Z日

 

 ゲイトテンションによる魔法弾乱射事件から数日が経ったこの頃、今日から太刀の属性力の引き出しを練習することにした。

 

 あの魔導書にも書いてあったが、この世界には"属性"という概念が存在している。種類は六つ。火・水・土・風の基本の四つと、光・闇の特殊な部類である二つだ。当然ながらこれらには優劣の関係があり、火は風に強いが水には弱い、水は火に強いが土に弱い……という風に成り立っている。火に水をぶっかければ消えるし、風が吹けば強くなるという様な感じを想像すれば分かりやすいだろう。光と闇は互いに相反する存在の為に、お互いが弱点でありながら優位でもある。

 

 この世の万物はこれら属性の"元素"から構成されているとされ、全ての物質は何かしらの属性を宿している。例を挙げるとラーメンを食べる時に使われるチョップスティックス。あれらは火の元素で構成されていることから火属性を宿している。……何故木製なのに火の元素なのかが非常に謎だが。熱々の麺をすするためか? まあ、それは創造神のみぞ知るというやつだ。この理でいけば、俺の太刀も風属性を宿していることから風の元素から構成されていることが分かる。

 

 勿論人間もこの理の内にある。人が生来持つ魔力もどれかの性質に偏っていることが判明しており、自身に適した属性でなければ扱えない。どの属性に適しているかは個人によって異なり大半は一つの属性となっている。二つ以上を扱うには魔法力や相応の修行が必要となり、全ての属性を操る者は歴史上類を見ないとか……ちょっと待て。そういえばゼロの技って結構な数の属性を使ってるよね? 

 えーっと、まず【龍炎刃】や【断地炎】の火属性、【氷狼牙】や【飛水翔】の水属性(氷も大元は水の元素なためにこちらでは一括して水属性として扱われているらしい)だろ? 【落鋼刃】……は多分土の属性。【疾風牙】は風とかか? 光は【裂光覇】と【滅閃光】とかで、闇は空間とか時間に作用するとか聞いたから【ダークホールド】辺り……――って諸に伝説レベル必須じゃねえか!? そんな桁外れの才能なんぞねえわ!! ……いや、諦めるな。どこぞの誰かが言ってた様に諦めないことが大事なんだ。何かしらの方法や抜け道はある……と思う。

 

 ここまで色々述べたけど、発動手順含めて某忍ばない忍者漫画を参考にして貰えればすごく分かりやすい。術式や呪文は印に置き換えたりすればいいだけだし。俺も大体そんな感じでやってる。

 

 属性の概念を一通り整理し終えたところで刀の属性を引き出してみることに。魔法弾の時の事を忘れず、自分の魔力を刀に送り込んでゼットセイバーよろしくビームサーベル状の刃を展開するイメージでやってみたが……まあ、最初だからかそよ風が吹いた程度。知ってた。

 

 こっちもこっちで練習あるのみだろう。イレギュラーハンターを目指すのに楽な道は無いということだ。

 それに俺は魔法弾の件、そして途中発狂不可避と言われしオワタ式X6を乗り越えているんだ! それらと比べたら、この程度の苦難どうということはない!!

 

 

+月 :日 

 

 今のところは順調だ。刀身から風が周囲へと吹き出している。だが、こんなものでは俺の理想であるゼットセイバーには程遠い。

 

 ここで豆知識として俺が躍起になっているゼットセイバーは実は二本存在している。

 一本目は、X2にて復活したゼロが引っ提げて来たビームサーベル。大破したゼロを奪ったシグマ直属の親衛隊カウンターハンターの一人サーゲスが搭載したものであり、あまりの切れ味と出力から彼以外に扱えないという凄まじい武器だ。しかもこのサーベル、大口な設定に違わず、X3においては隠し武器として何とラスボスすら二発で仕留めるチート性能を誇っている。そしてこのビームサーベルを改造、X4からX5まで使用し、後のX6でゼロの形見となるのが湾刀状のゼットセイバーである。

 そして二本目が、通称千歳飴とか呼ばれてる棒状のセイバーだ。 こちらはX6でのゼロが復活と共に何処で手に入れたのかしれっと持参してた。詳細は不明だけどファンの間では『ライトと同じく何かしらの方法で生存しているワイリーが修復のついでに制作した』『形状からしてカーネルが持っていたセイバーを改造した』など色々な説が挙がっている。【ガードシェル失礼剣】はあまりのヤバさに「こんなのロックマンじゃない!」と封印した。アレを登場させるには些か光速(はや)すぎたんだ……。

 それと余談としてセイバーの形状はゼロシリーズでも違っていたりする。一応セイバーそのものは同じなんだけど、世界観が違うからか形状が三角状のものとなっている。あとはゼクスのモデルZの刃の部分が突出した形状とかもあったりとバリエーションは割と豊富なのだ。

 

 俺が再現したいと思っているのはパケ絵でお馴染み湾刀状セイバー。一番見慣れているし、刀身が反っているところが刀と一致しているからやりやすいだろうと思った。ゼロシリーズの奴は下手すると使い手の腕に刺さりそうで危なかったからね……。

 で、再現の仕方としては太刀の刀身部分を風の層で覆うようにする感じ。武器が宿している風の属性を魔力でコントロールすればセイバーの形状を取れるだろう……というのが俺の考えだ。元素の影響からか風は少し緑がかっているため、よりゲーム版に近づけられて最高にCOOLである。

 

 で、問題は飛ぶ斬撃――電刃零のことだ。

 あちらは見る限りセイバーを振って斬撃を飛ばすという非常に単純なもの……なのだが、実際にやれと言われて初見で出来る奴はいないと思う。

 そもそもアレは本当に斬撃なのか? よくある真空破とかならまだしも、X5とX6のソレはプレイヤーを追尾して曲がってくるという実に意味不明な仕様に仕上がっているから尚更分からん。ゼットセイバーのエネルギーを飛ばしているにしても追尾って……。いやまあ、フィクションに突っ込んでたらキリがないんだけどね? エックスの武器なんてもっと意味不明だし。【カメレオンスティング】なんて最たる例だよ。何だよチャージしたら無敵状態な上に攻撃がすり抜けるって。光学迷彩の域を超えてんだろ。エグゼの【インビジブル】じゃねえんだぞ。

 

 話を戻すと、俺は死神代行が使う技を参考に後者のエネルギーを飛ばす方として解釈した。真空破というバトル漫画における定番技も憧れるけど、地味に人間卒業してる技を取得出来るかどうかも分からないので泣く泣く諦めた。麦わら海賊団の三刀流? いやほら、あっちはヤバい奴らしかいないから……。

 エネルギーは刀身に纏わせた風で代用。あらかじめ余分に纏わせておいてから振れば、余剰分を斬撃として発射可能なのではないかと考えている。追尾性能に関しては謎のままではあるものの今は置いておくことにした。術式や呪文で付与するにしろ、今のレベルではそこまで追いついてないからだ。魔法の技量がある程度まで習熟してからやろうと思う。

 

 そういえばそうそう、以前成功した魔法弾に関してなんだけど……なんと、本当にバスターとなってしまったのだ!

 あ、興奮しかけたところで悪いが、腕が変形したとかアームパーツをカプセルから入手したとかじゃないからな? 俺が人間なのは判明してるしカプセル自体埋められてないし。俺が言いたかったのは、魔法陣と呪文を使わずとも魔法弾(バスター)が撃てるようになったということだ。

 

 何ヶ月もの間延々と魔法弾を撃ち続けるというツクヨミめいた日々を送った影響からか感覚が身体に染みついていた。練り込む魔力の量、魔力の魔法弾への変換の方法やコツ、発動から発射までのタイムラグ等々。そのおかげで術式や呪文を介さずとも魔力を弾丸に変換して腕から発射という芸当が可能になったのだ。

 どうやらこれは別段珍しくも無いらしい。流石に大規模なものや何かを呼び寄せたりする高度な魔法は不可能だが、習熟度の高い魔法は陣や呪文無しに行使出来るようになる。所謂『詠唱破棄』とか言うやつか。

 

 とにかく、魔法弾限定だが陣無しで撃てるようになった。本家をリスペクトする身としては魔法陣が一々展開されるのは不格好だと思ってたからなー……。変形はしないけども正直有り難いの一言に尽きる。

 後は精度と反動、チャージショットにダブルチャージ、【ゼットバスターレックレス】が今後の課題だ。え、何? 最後に一個増えてんじゃねえか? 気にするなッ!! ……噓です。ちゃんと説明します。

 【ゼットバスターレックレス】。これはX6のゼロナイトメアが体力を半分切った時点より使用し、大量のバスターを広範囲に一気にばら撒くという単純ながらも強力な技となっている。ダブルチャージを目指すのなら、発展技であるコイツも習得したいよね。そんな理由だ。本家ゼロも好きだけど、偽物もまた違って好きだし。あの妖しさを感じさせるカラーリングがイカすのだ。

 

 何かいつも以上に内容が濃くなったからこの辺で。外回り行ってきまーす。

 

 

$月 %日

 

 今日は一旦修行はお休みにして自宅でのんびりしている。いくら鍛錬したいとはいえ動きっぱなしは良くないし、そろそろ刀もメンテしないといけないからね。なので太刀を武器屋のおっちゃんに預けてきました。

 

 いや、本当なら自分でやるのが一番なんだけど、危険だから。その年から刀ブンブン振り回しておいて今更何を言うのか? ごもっとも。やり方を覚えてないのと道具がないんですわ……。錆を防ぐための油や拭い紙とか打ち粉? とかは一般家庭には無いし。自分でやれるのが本当は一番なんだけどね。愛着も湧くし。 

 

 それと折角なので買い物とか山への薪拾いとかを手伝った。ほら、普段子供らしいことなんて出来てないからさ。お世話になっている恩返しも兼ねてという訳よ。

 

……修行しかしてない十歳児って何か聞こえが嫌だな。別に止める気はないけど。

 

 

@月 ;日

 

 ハッハッハッハ! いいじゃないかいいじゃないか! これだから止められねえ!!

 

 ん? 何でこんなにテンション高いのかって? 引き出せたんだよ、太刀の属性力が!!

 

 あれから刀と向き合い続けて約一ヶ月、とうとう成功したんだ! 最初はそよ風程度だったものが、今では思いっきり吹き出て刀身の周りを巡っているんだよ! まあ、まだ薄い層に形成したり重ねたりは出来てないから完成には程遠いんだけどもね。

 しかしだ。このまま鍛錬を続けて風を操作できるようになれば、ゼットセイバーが完璧に再現出来る未来が明らかとなった!! バスターの方も順調なんだ、この勢いで習得まで漕ぎ着けてやる!!

 

 これだけ良い調子で進んでいるからか、俺のバスターもさっきからビンビンだぜ! 今なら反動と溜め動作無しでチャージショットを乱射したり無限のダブルバスターなんかも容易くやれそうだ!!

 

 もう何も恐くねえ! 今の俺は誰にも止められやしねえぜ!!

 

 ハァ――――ハッハッハ!! 

 

 

\月 /日

 

 さて、実に十日ぶりに日記を書く訳なんだが……結論だけ述べよう。

 

 セ イ バ ー が 再 現 で き ま せ ん で し た 。

 

 うん、だってあれだけ死亡フラグ建てた上に小悪党ばりに思い上がってたんだからそうなるわ。日記を見返した俺でさえ「あ、コレ絶対失敗するパターンだ」ってすぐに分かったぐらいだし。見てて恥ずかしくなった。

 

 まあ、それは置いとくとしてだ。太刀の属性力はあれから練習を重ねたことで問題無く引き出せている。その証拠に刀身から激しい風がうねるように吹き出している。試しに空き地に生えていた木に斬り付けたところ、見事に両断した。威力そのものも格段に上昇しており、斬った際も何の抵抗感もなくスパッといった。そこまでは良かった。後は風をコントロールすればゼットセイバーの完成となる、とその時は思っていた。

 問題はそこからだった。属性力を引き出した上でさらに細かくコントロールし、よりセイバーの形状に近くなるように整えようとしたんだ。けれども形は定まらずに唯々風が出っぱなし。表面に沿うように調節したところで、それ以上は干渉出来ないのか思うようにいかない。纏っていると言われれば正しいが形が全然違う! ただ放出されたとか周囲に渦巻いてるとかではない。刀身に風を薄く纏わせるようにして、如何にも鍔から出現したビームっぽい感じに仕上げたいのだ!! これでは湾刀状もセイバーも何もないじゃないか!! 

 

 クッソ……何ということだ。これはいくら何でも予想外だぞ。武器に宿る属性を引き出せば後はどうにでもなると俺は考えていた。だから魔法弾の時と同じように、時間をかけながら気づきを得ることで先に進むものだと。しかし今回は前提そのものが違ったらしい。

 コレでダメだと言うのなら……いっそ刀に魔法で起こした風でも纏わせてみるとか? 魔導書にも『魔法の才能と剣の才能、その二つを持つものは"魔法剣"が使える』とかいう記述があったし。触り程度にしか書いてなかったけど、多分そのままに考えると『魔法を剣に纏わせる』ってところなんだろう。

 ただ、俺が使ってるのは剣ではなく刀、その時点で上手くいくかどうかも怪しい。流石に失敗して刀が折れたとかはシャレにならない。そもそもやり方自体知らないから試しようがないんだけども。

 

 はぁ、一体どうしたもんかねぇ……。




補足説明

属性の概念などの設定は小説版などを参考。また、魔法剣と属性解放の武器との違いとしては以下の通り。

・魔法剣

術者の魔力を消費して属性魔法を纏わせる。



属性魔法等の設定は、公式で明らかになっている事実に少し混ぜ物がしてありますのでご注意を。ぶっちゃけ魔法剣と属性引き出した武器の違いがビミョーに分からん……。



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修行日記その3 横道逸れても只では転ばぬ

前回までのあらすじ

レイ、刀の属性を引き出すことに成功するも直前に死亡フラグを建築。結果、見事に失敗する。


Τ月 ?日

 

 あれから結構な日数が経ったわけだが、とりあえずアテは見つかったとだけ言っておく。

 ある日の夕飯の時に魔法剣について両親に聞いてみた結果、父さんがある情報をくれた。以前俺の身元関係でお世話になったこの村の騎士団の駐屯所に、剣と魔法を扱える騎士がいるそうな。しかもその人は父さんの知り合いらしく、俺さえよければ話をしておくとのこと。……ただ、その人の話を聞いてる時に「しかし、あいつはなー……。悪い奴ではないんだけどなー……」「う~ん……でも、他に知ってる奴が居ないしな~……」って何やら唸っていたのが気になった。母さんに聞いても「え~と……悪い人ではないのは確かよ? 母さん嘘付かないわ」と苦笑いしながら答えられた。いや、本当にどんな人だよ。X4のカーネルさんレベルだったらいいが……。漫画版のアジールさんだったら、俺は即帰るつもりである。

 

 件の人物が気になって仕方はないものの、どうすることもできない。しかし時間が時間なので寝るしかない。

 とりあえず、脳内でルナエッジさんでも数えながら寝よう。

 

 おやすみなさい。

 

 

Τ月 !日

 

 いや、うん……何と言うか、父さんの言いたいことが分かった。

 悪い人じゃないのは確かだ。だからと言って見た目が変とか、特殊な性癖があるとかも無い。

 

 これだけじゃ分からないと思うから、とりあえず一から説明しよう。今日父さんと一緒に駐屯所へと足を運んで、例の人物に会ってきた。

 その人の名前はハクランさん。高めの身長に深青色の髪が特徴のエルーン族の男性だった。

 会った瞬間に「おっ、ドルドから度々話は聞いてるぜ! よろしくな」ってニカっと笑いながら頭を撫でて来たのはびっくりした。……どこぞの槍ニキさんかな?

 

 で、それからいくつか質問された。「お前さんは何で強くなりたがる? そもそもどうして戦う?」「お前にとって力とはどういうものだ」とか。さっきの雰囲気から一転して滅茶苦茶おっかない感じになったから、「それが俺に出来ること(趣味)だからだ」「守りたいもの(自分の命)を守るためのもの」と言っておいた。……まあ口が重いせいで少々省いた感じになったけど。そう答えたらハクランさんだけでなく父さんまで目を見開いていた。なんでですかねぇ……。

 まあ色々と疑問は残ったが、仕事の合間を縫って教えてやるよとのことだったので大丈夫なようだ。

 

 しかしここで問題があった。以前両親が案じていた事だ。

 質問の後、早速外に出て教えてもらう事になったのだが……その理由が判明した。

 

――説明が壊滅的に下手くそ。

 

 それは一体どういうことなのか。俺が魔法剣について教えを乞うたら、「あ? そんなもんバーッと流してガーッとやって、スパッと振る。そんだけだ」「考えるんじゃねえ、感じろ」と答えられた。――いや、分かるか!! どういうことだよ!? 何大阪のおばちゃん式の説明してるんですかちょっと!! 説明より慣れろとかケルト式じゃあねえか!! そう突っ込みたかったが、先程述べた黙り癖のせいで、言葉には出せなかった。精々口に出せたのは「これがケルト、か……」ぐらい。

しかし何か引っかかったのか、「……おいドルド。このボウズ、スカドの差し金じゃねえだろうな」って妙に焦ってた。何の話か気になったのと、スカドという人物はもしかしたら自分の手がかりになるのでは? と思ったので聞いてみた。そしたらハクランさん曰く、「以前助けたら一方的に惚れてきた女」とのこと。これだけじゃ分からないからもう少し詳しく話を聞くと、

 

数年前、ハクランさん別の島にて修行。

その最中、偶々魔物に襲われそうになっていたエルーン族の女性であるスカドさんを助ける。

彼女は近くのケルト村の村長の娘だったらしく、お礼としてしばらくお世話になる事に。しかし女性がハクランさん一目惚れ。その後、度々を会話をしていたらさらに好感度上昇。

それからアプローチを仕掛けられるも、当時のハクランさんはまだ身を固めるつもりは無く、いそいで帰国。

どこで所在を掴んだのか、以来未だに手紙やら何やらでアプローチ継続中とのこと。

 

 ……うん、何このベタなラノベ展開? というかアンタらもう結婚しろよ。逆に何でハクランさんは嫌がってるんですか。こうも好意を持ち続けてくれる女性なんてそうそういませんよ? もしや見た目や性格に問題でもあるのだろうか。そう思ったのだが、話を聞く限りその女性は見た目良し(というかハクランさんが満更でも無さそうに話していたから美人だと思われる)。器量良し。性格や話し方は若干古風だけど悪くないという、まさに理想的とも言える女性だった。しかしこの人はまだ自由で居たいとの事。……とりあえずこれだけは分かった。俺絶対関係ねえわ。むしろ関係してたら余計にややこしくなる。そもそもあるんだケルト村。

 

 結局この日はハクランさんの昔話を聞いただけで終わってしまった。なので本格的な特訓は明日からと言われた。

 

 説明が不安等の懸念材料は大きすぎるが、それでもゼットセイバー実現の手がかりにはなるだろうと思った

し、剣術を教えてもらえるとの事なのでラッキーである。

 

 さて、明日からの修行頑張るぞー!

 

◇    ◇    ◇

 

 レイ達が帰った後、ハクランは鼻歌を歌いながら武器の手入れをしていた。

 

「えらく上機嫌ですねハクランさん。そんなにあの子のことが気に入ったんですか?」

「ん? おう、まあな」

 

 レイの事は友人から聞いていた。魔物の襲撃で大怪我を負った事、友人が引き取った事、子供達の中では孤立している事、そして幼いながらも修行に励んでいる事。……友人とその妻が息子が可愛くて仕方ないという事と、もっと甘えて欲しいという願望が彼等にはあることも。

 

 ハクラン自身も修行の様子を通りがかりに何度も目にしたことはある。しかし口を出すには憚られる雰囲気であったために話したことは無かった。

 しかしそれ故にハクランは興味があった。一体何故そこまでして鍛錬を積むのか。何を想って剣を振るのか。力に固執している故なのか、それとも襲われた事に対する怯えを隠す為なのか。

 

 そして今日彼に会った。灰色の髪に緑の瞳。その年にしては異様なほど感情を感じさせない少年に。

 

 ハクランは問いを投げた。「お前さんは何故力を求める?」「求めるにしてもどんぐらいの力が欲しいんだ?」と。

 

 嘘偽りは言わせない。お前の本心が聞きたい。その為に少し威圧感を感じさせるようにして。

 

 すると少年は短いながらも「……失わない為」「……最強、だ」と答えた。

 

 先程までの様な無機質な瞳とは打って変わった、何者にも譲れない強い信念を宿した目で。

 

――何と言う答えか。これには自身と彼の父親も驚かせた。

  失わない為? その年で既に掛け替えのないものがある事を理解している。そしてそれを失わない為に最強に届く力が欲しい。確かにそう答えた。

 これは面白い。彼の言う最強がどの程度かは分からない。村で最強なのか国内で最強なのか、将又全空で最強なのか。ますます気になった。

 他の大人が聞いたら笑うだろう。只の子供の戯言。誰もが幼い頃に抱いた、英雄になりたい、ヒーローになりたい、その類だと。しかしその子供は違った。それを本当に成し遂げて見せるかのような静かながらも熱い想いを感じた。

 

 そして最後に一つ聞いた。「お前はその強さを以て何を成す?」と。

 

 彼はただ一言答えた。「守るため」と。

 

――その答えが気に入った。

 

 彼が何を目指すのかは知らない。力というものは扱う者によって善とも悪とも成りえる。騎士であるハクラン自身も、力に溺れて道を踏み外した者を仕事上何人か見ている。

 しかしそれだけ強い心を持っているのならば問題無い。そう判断した。見たくなったのだ。少年が強くなるその姿を。だからこそ引き受けた。彼を鍛える事を。

 

 そして何よりも……強くなった彼と戦う事を楽しみにしていたのだった。

 

「ふっふっふ……こりゃ、ボウズの将来が楽しみだぜ」

 

(((あ。あの少年死んだな……)))

 

 その場に居合わせた騎士達が、レイに同情しながら心の中で十字を切ったのだった。

 

――騎士ハクラン。彼は国内でも上位の腕前を誇る剣士……にも関わらず、書類仕事が苦手な事。説明が圧倒的に下手糞な事。そして鍛錬キチガイな上に若干の戦闘狂気質な事。以上が原因で、田舎の支部へ異動させられた事で有名だった。――尚本人は故郷の村に居られるという理由から、全く気にしていない模様。 

 

 

 だが後日、彼も予想していなかったことが起こった。

 

 なんと、レイは彼が課した鍛錬を難なくクリアーして見せたのだ。

 

 確かに加減はしていた。初日だというのと、彼がどの程度ついてこれるのか気になったからだ。だがそれが元でハクランの心に本格的に火が点いてしまった。

 

 その為に訓練内容は一流の騎士を目指すのと同等に増量。

 

 結果、朝起きて牛乳のんで朝メシ食って牛乳のんで体操して鍛錬して昼メシ食って牛乳のんで手合せして晩メシ食って牛乳のんで魔法やってシャワー浴びて寝る。

 

 そんなどこぞの空の魔王染みた生活が、三年間続くことになるとは本人ですら予想していなかったのだった―――。

 

◇    ◇    ◇

 

#月 ”日

 

 やあ (´・ω・`)

 皆、久しぶり。

 まず落ち着いて聞いて欲しい。 

 

 あの日からハクランさんの指導を三年間受け続けることになったんだ。

 

 三年間も、三年間も、さ・ん・ね・ん・か・ん・も! アホみたいな修行をした。

 

 具体的には撃ち出される矢を躱し続けたり岩を背負ってスクワットとかその他諸々。

 

 いや何でそうなった!? 俺ただ魔法剣を教わりたかっただけですよ!? 説明といい鍛錬といいアンタは何がしたいんだ!? ボケに対するツッコミが追いつかんわ!! こんな頭の可笑しなメニュー、誰がどう見ても「うわぁ……」ってなるよね!? というか既に周りが引いてたし!! 何、あの人は俺を騎士に育てるつもり? というか騎士を超えたナニカ、つまりはKISHIになれと? 何か物凄くノリノリだから弱音吐いたりとか出来ないし……。何とかこなしてボロ雑巾になる日々の唯一の癒しが両親との会話って、もう訳が分からないよ……。

 

 そんなこんなで鍛錬漬けといってもいい三年間を過ごし続けたおかげか、身体能力はかなり上がった。少なくとも、村の同年代は全然相手にならないレベル。尚、強くなっても相変わらずボッチであるのは継続中の模様。というか、ますますその傾向ががが。

 

 しかしこれは俺にとって嬉しい誤算でもあった。身体能力が上がったのならば、X4のラーニング技【空円舞】と【飛燕脚】がどうにかできるかもしれないという希望が見えたのだから。

 【空円舞】と【飛燕脚】。前者は空中でさらにジャンプを可能にする謂わば二段ジャンプの技、後者は空中でのダッシュを可能とする技であり、それらはゼロの機動力を大幅に上昇させるものだ。この二つはは最早ゼロにとってセイバーと同じくらいの基本装備と言っても過言でなく、X6以降では標準装備となっていることからそれが伺える。

 

 正直な話これらは半分諦めていた。いくら魔法があったとしても、空中での行動を

可能にするのはどうあっても無理だろうと。

 一応、魔法には【飛翔術】というものがあるらしい。詳しい原理は知らないが、これがあれば単独での飛行が可能となり、文字通り自由自在に舞えるのだとか。

 けどもこれを習得できるのはほんの一握りの人物だけ。現在でも数える程度の人しか習得できていないとの事。当てにはできなかった。

 

 だが俺は諦めたくなかった。あのゼロの空をも駆け抜ける機動力をどうしても再現して身につけたかった。

 

 俺はどうする? どうやってあれらを習得すればいい? どうすれば彼の様な動きを習得できる? 訓練の合間に考え続けた。

 

 しかしある日思い出した。そういえばエックスとゼロ、彼等は地上でダッシュするときに足の裏から何か出て無かったか? と。

 

 あの二人はダッシュする時、足の裏から飛行機や騎空挺で言う噴射ガスの様なものを出して加速していた。もちろんそれは空中でも同じ。ゼロのエアダッシュ然り、X6のブレードアーマーのマッハダッシュ然り。

 

 なら俺の場合、足の裏から風魔法を思いっきり噴射することで補えばいいのではと考えたわけだ。【空円舞】なら瞬間的に、【飛燕脚】ならそれよりも長く放出を行う事で切り替えは可能だろうとも。

 

 だが問題が二つほどあった。

 

 一つ目は身体の強さだ。風魔法を放出するにはそれ相応の強度が求められる。

 流石に地上最強の生物の様な規格外な耐久性は要らないと思うものの、足腰が弱ければ放出した瞬間態勢が崩れたり、その場で一回転したりして隙を晒すだろう。成功しても足首を痛める可能性が高い。片足でやるのだから尚更のことだ。その為に続けて使う事は出来ないというデメリットもあるが、その部分も込みで再現である。ちなみに両足で行うことも考えたが、直ぐに却下となった。カッコ悪いし。

 さらに空中で刀を振ったり、その派生技であるX5の【三日月斬】(簡単に言うと回転切り。X4では【空円斬】と呼称)をやったり、魔法弾を撃つとなると、身体の芯がぶれない強い体幹力等も求められる。

 

 二つ目は風魔法の調整。慣性がつくほどの威力となると、ただ広く放出するのではなく圧縮したガスのような狭く強いものにしなければならない。例を挙げるのなら扇風機の風と空気砲の風だ。前者は放出する面積が広い為、穏やかなものである。しかし後者は狭い範囲ではあるものの、質量を感じるレベルにまで強さが増す。要は足の裏から空気砲を発射ということだ。

 でも俺はまだそこまで風魔法を使いこなしていない。術式の書き換えの方はそんなに難しく無い為に魔導書を見ながらでどうにかなりそうではあるものの、魔法弾のような詠唱破棄のレベルとなると、まだまだ練習量が足りないというのが現状である。

 

 以上のような課題があったのだが、ハクランさんによるKUNRENのおかげで身体が頑丈になってきたことから何とかなりそうなことが分かったのだ。後者の属性魔法も練習を積み重ねるだけだし。この事が分かって以来、より一層修行に身が入るというものである。

 

 だがしかし、俺は一番肝心なものを教わっていない。

 

――未だに魔法剣が使えないのだ。

 

 理由? 訓練の方が主に体作りや剣術(剣と刀の振り方等は大体同じだったので支障はなかった)の方に特化してたんだよ。魔法剣教わろうとしても「そんなもんは後だ後。まず最初に身体を鍛えんだよ」とか言って教えてくれなかったし。その事をハクランさんに問い詰めたらすっかり忘れてたわとかほざいた上に口笛吹いて誤魔化しやがった。いつかスカドさんに告げ口してやらぁと誓った俺である。

 

 ちなみに今日の訓練は無い。ハクランさんの仕事関係で、今日は無しにしたからゆっくり休んでおけとの事。

 

 ……とは言っても、どうすればいいのだろうか。今まで訓練漬けだったから余計に。趣味も鍛錬(ゼロの技の再現)がそれ……というかぶっちゃけそれが趣味だし。

 

 三年前なら魔導書を読んだりとかがあったけど、今はもう何度も読み通してるしなー……。

 

 仕方ない、本屋にでも行くか。父さんもそこに勤めてるから、おすすめの本でも教えてもらおう。

 

 

Υ月 <日

 

 相も変わらず特訓の毎日……と、思いきや一つの出会いがあった。

 

 勿論ラブコメ展開じゃ無いよ? 相手は俺と同じ年齢ぐらいの男の子だったし。

 今日も駐屯所の裏庭でハクランさんとの鍛錬だったのだが、途中あの人が聞いてきた。「魔法剣はまだ使えないんだよな?」と。アンタが言うのかと思いつつも肯定したら「よしよし。なら、打ってつけの相手がいるぜ」と満足そうに頷いて駐屯所の方へ引っ込むこと数分。茶髪の男の子を連れてきて、「そう言う訳だ。お前が教えてやってくれ」「はっ!? 私がですか!?」というやり取りの後にハクランさん仕事へ直行、その子に師事することに。

 

 ちなみにその男の子は騎士見習いらしく、山岳地帯を想定した訓練の目的で昨日父親とこの村に到着したとのことだった。で、現在父親が別件で出かけており、時間つぶしに兵法書を読んでいたらハクランさんに捕まった上に丸投げされたとのこと。……うん、ゴメン。巻きこんじゃって。 

 

 その後は軽く自己紹介してやり方を教わったんだけど……滅茶苦茶丁寧で分かりやすかった。ハクランさんのケルト式説明術に慣れかけてたから余計に。

 

 教わった後には少々雑談をした。とは言っても向こうが話を振ってこっちは頷くか少し答えたりするだけから会話と呼べるのかすら怪しいが。それでもその子は嫌な顔もせずに話し続けてくれた辺り、根はかなりいい子なんだと思う。

 その子の親父さんが来るまで話すことになったけど……いやー、両親やハクランさん達以外でここまで話したのは何年振りだろうなー……。しばらく滞在するとか言ってたから、訓練が無いときにでもまた話せたらいいなぁ。

 

 確か彼の名前は……オーウェン君って言ってたな。年齢にしてはしっかりとした子だったから驚いたわ。

 

 ちなみにこの話を夕飯の時に両親にしたら、数秒固まってからどこぞのオサレ死神代行のように「なん……だと……?」とか言ってた。何処で知ったんですかそのネタ。




補足説明

恐らく多くの方が察しがついているであろうとは思いますが、今回登場したオリキャラであるハクラン、スカドはそれぞれfateのクーフーリンとスカサハを参考にしています。種族や性格などは多少弄っていますが。

それと主人公の父親の職業、これにはいくつか候補がありました。木こりとか薬師とか。しかしこの後の展開などを考えると、まだ本屋の方が辻褄は合うかなと判断したのでこうなりました。……まあ、私の技量不足や知識不足が一番の原因なんですがね。

それと個人的に思うのですが、勘違いってこんな感じでいいのでしょうか……? 

11/22追記

すみません、エルーンの名前でポカやらかしました。本来なら濁音は含まれないらしい(一部キャラ除く)のですが、オリキャラのスカドには含まれてしまってます。
これに気づいたのは大分後の為、申し訳ありませんがこのままスルーの方向でお願いします。


【お知らせ】今後について

投稿ペースに関してです。今まで一日一話を目安に上げていましたが、推敲や書き直し(どちらかと言えばこちらの割合が占めている)に時間がかかる事、近いうちに大学が始まる事から二~三日のペースになるかと思います。楽しみして下さっている方々大変申し訳ありません。

そして拙い当作品でも読んで頂けている事、この場をお借りして御礼を申し上げます。
至らない作者ですが、努力していきますので今後ともどうかよろしくお願いします。

9/6 ハツガツオ



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修行日記その4 初めての友達

やっぱり書き直しました。少なくとも、前のやつよりかはマシになっているはずです……。
一応、大まかな流れは変わりません。

前回までのあらすじ

レイ、ハクランに弟子入りするも魔法剣は一切やらず。変わりにオーウェンに習う。


 レイが帰宅した後、ハクラン、オーウェン、そして彼の父カーターは、駐屯所の二階のハクランの私室に集まって話をしていた。

 

「――成程。あの少年に魔法剣を教えていたのか」

「はい、父上。……ハクランさんに押し付けられて」

「ハクラン……お前という奴は……」

「いやぁ、悪い悪い。俺の説明より、コイツの方が分かりやすいと思ってよ」

 

 そうカーターに呆れられた目で見られたハクランは肩を竦める。本来カーターの方が地位も年齢も上なのでハクランは言葉を改めなければならない。

 しかし、彼らは十年来の友人同士。何の注意も無いのはその証であるとも言える。まあ、流石に任務が絡んだ時は別であるとお互い理解しているが。

 その事からカーターも彼の性格は良く知っているので、それ以上は何も言わずにため息をつき、自身の息子へと話を投げかけた。

 

「彼と話をしてどう思った、オーウェン?」

「……そうですね。口数が少なく、感情も乏しいというのは父上とハクランさんから聞いたとおりでした。しかし何かを『守りたい』。その言葉に込められた意思の強さはひしひしと感じました」

 

 彼は正直に答えた。レイは感情が分かりづらく、寡黙な人間だ。かと言って、

完全に無いわけではなく、あくまで分かりづらいだけだったとあの時に把握できた。実際、魔法剣を教えた際は嬉しそうだったのが分かった。その事も伝える。

 オーウェンとカーターは山での訓練を名目にこの駐屯所へやって来た。しかしここに来た理由はそれだけでは無い。そう、ハクランの弟子であるレイを見るためでもある。

 以前言った通り、ハクランはこの国でもトップクラスの実力を持つ騎士だ。しかしそれと同じく鍛錬キチガイな事でも有名だった。まだハクランが王都に勤めていた時、騎士団の同僚が恐い物見たさでハクランの鍛錬に参加した結果、グロッキーになって帰ってきた事をカーターはよく覚えている。

 そのハクランが弟子を取り、あまつさえそれに弱音を吐かずについていけているなどと彼から手紙を受けたカーターはにわかに信じられなかった。しかもその弟子は、自身の息子と同年代というのも。気になった彼はその少年がどんな人物かを見る、かつ自身の息子にいい刺激が与えられれば、そう思ってこの村に来たのである。

 息子の言葉に「そうか」と答えた後、ふと思い出した。そういえば彼と気が合っていた様に見えたなと。

 

「オーウェン。彼とは随分気が合っていたようだが……」

「え……あ、はい。彼とは鍛錬の話をしていたのです。剣の振り方や魔法について等を」

 

 彼らは性格が似ている訳では無い。しかし、鍛錬を続けてきたという事から話が合った為に会話が弾んだのだ。 

 それを聞いたカーターは満足そうに頷いた。これは良い流れだと。そして同時に思案する。このまま彼がオーウェンの良き相手になって貰えれば嬉しいのだが……。そう思った時に、ハクランがある話を持ちかけてきた。

 

「カーター。俺に一つ提案があるんだけどよ――」

 

 

「――成程。それはこちらとしても願っても無い話だ。受けよう」

「よし、じゃあ話は決まりだな。忘れない内に木刀とか用意しておくか」

「いや、やるのはまだ先――……ん? 木刀? 剣じゃないのか?」

「ええ。彼は刀を使うので。……まさか魔法剣を刀でやると聞くとは思いもよりませんでしたが」

 

 その問いに対してオーウェンが答える。息子から予想外の言葉を聞いた彼は、額を押さえるしか無かった。

 

「……ハクラン。その子が無茶苦茶なのはお前譲りなのか?」

「何でもかんでも俺のせいにすんの止めてくれねえ?」

「じゃあ否定できると?」

「……無理だな」

「知ってた」

 

 そう言ってはっはっはと笑いあう二人。そしてこの数秒後に殴り合いが起きるのは

いつもの流れだった。

 

◇    ◇    ◇

 

Π月 Ω日

 

 今日はいつもよりも早く目が覚めた。まだ朝日が昇っていない時間だったが、二度寝すると確実にハクランさんの朝練に間に合わないので、着替えてから俺のベストプレイスである原っぱに移動、前日に受けたオーウェン君のパーフェクト魔法剣教室の内容を思い出しながら練習することにした。

 

 魔法剣の原理。それは、『武器の属性魔法を引き出しながら属性魔法を付与する』というものだった。詳しい手順を今から説明しよう。

 

 まず一つ目のステップ、武器の属性を引き出す。……これは以前説明したから、簡単に復習。要は魔力を送り込んで、武器との属性にリンクさせて解放する。

 そして二つ目。引き出した武器の属性に『同じ属性の属性魔法を付け加える』。火の武器なら火属性の魔法、水なら水。要は俺の場合、風属性の魔法を加えろということだ。

 で、三つ目のステップ。これが一番の要と言っても過言では無いだろう。『引き出した属性と加えた属性魔法を混合し、一つに纏める』。オーウェン君も言っていたが、この手順には相当な魔力操作能力が必要とされる為に剣でありながら魔法の腕が問

われる所以らしい。引き出した属性の強さと同程度の強さの配分で混合させなければならない。ここをトチれば次の手順で失敗する。

 そして最後。纏めた属性の形を変え、己の扱いやすい状態へと変化させる。ここで三つ目のステップの結果が直に反映される。その為、配分をミスればミスっただけ形成が上手くいかなくなる。彼が実演してくれた結果、

キチンとやった場合とそうでない場合の差は一目瞭然だった。

 前者は同比率で混合されたためか、水が刀身を覆うかのような形に形成されていた(しかし本人曰く、まだ荒い部分が多いとの事)。対して後者は、刀身を覆いはしていたものの水の形が定まらず、あくまで覆うだけの形だった。

この事から、如何にステップ三の完成度を高めるかが鍵だと分かった。

 

 以上が魔法剣のやり方だ。つまるところ、俺は二番目と三番目のステップを飛ばして、いきなり最後に向かっていた訳だ。理論は理解できた、後はマスターするのみ。――そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 またまた問題発生。

 

――刀は魔法剣に不向きである。

 

 だからさぁ……何なの。俺は不幸の星の下にでも生まれてるの? それとも厄病神か何かに憑りつかれてるの? ……と愚痴を吐いていると思っただろうか? ――逆だ。俺は今物凄く燃えている。まあとりあえず、何があったのかを話そう。

 彼から魔法剣を教わった後、どのような剣を扱うのかを聞かれたので、俺が背中に背負っていた得物(腰じゃないのかって? 【ダブルチャージウェーブ】を出すことを考えたら、背中から抜刀した方がやりやすいと判断したからこうなった)を見せたら渋い顔をされた。これでやる気なのですか? と。一体どういうことか分からなかったので聞いてみたところ、こう答えられた。

 刀は剣よりも刀身が薄く非常にデリケートな作りの為に、耐久性が低い。その事から属性魔法を併用する事には向いていない。失敗すれば刀身はまず間違いなく折れるし、成功したとしても少しでもバランスを乱せば同じ結果となる。以上から、文字通り『針穴に糸を通すような繊細な魔力のコントロール』が要求される。

――だからこそ、今からでも遅くは無いので剣に変えるべきです。そう言われた。

 もちろん彼に悪気は無いというのは分かっている。相手を思ってそう述べているのだと。避けられる道なら避けるべき。その意図は十分に伝わっていた。

 

 でも……それが諦める理由にはならない。

 

 刀では無理? 針穴に糸を通すような繊細な魔力のコントロール? 

 

――上等だ。やってやるよ。

 

 元々俺は、身を守る強さを得る為にゼロのラーニング技を再現したいという、

傍から見ればあまりにもくだらな過ぎる理由から修行を始めた。その為に魔法弾習得で半年間も躍起になったり、素振りをしたり、ハクラン式ブートキャンプ(これは完全に想定外)を受けてきたんだ。だというのに今更諦めろ? あの英雄の背中を追い求めるな? そんなものは関係無い。やるからにはとことん突き進む。無茶と言うなら、俺の無茶でこじ開ける!! それが俺だ。

 

 という訳で続行です。

 

 

Ρ月 λ日

 

 今日は鍛錬がいつもより早く終わったので、残り時間は魔法刀(今命名)の練習にした。

 

 練習方法として、まず魔法剣をできるようにすることから始めた。何の積み重ねも無しに刀でやったらすぐに折れるのは目に見えていた。なので刀の前に剣で練習、出来るようになったら刀に移行。この内容で行うことに。

 ちなみに剣は何処で都合をつけたかと言うと、ハクランさんが「それなら俺がガキの頃に使ってた奴を貸してやるよ。丁度お前と同じ属性だしな」と言って渡してくれたのだ。ハクランさん、本当にありがとうございます。妖怪修行大魔神なんて思っててすみませんでした。

 

 で、それからは練習を続けて五日が経ったわけなんだが……形の形成が上手くいかない。

 

 原因は分かっている、三つ目のステップだ。武器の属性を引き出すのは散々やったから今更ここで躓きはしない。属性魔法の方も、修行の合間に魔法弾と共にずっと練習し続けてきたから問題無い。

 しかしそれを両方やるとなると、話は別だ。武器に魔力を送り込んで属性を引き出しつつも属性魔法の行使、これが難しい。例えて言うなら、某奇妙な冒険の『くっつく波紋と弾く波紋の同時使用』。別のもので例えるなら、数学の参考書やりながら英単語帳を見ることか? そんな感じ。

 武器の方に集中力を割けば属性魔法が疎かになり、属性魔法に重点的になれば武器の方が蔑ろになる。さっきからその繰り返しである。……もしかして、思考を二つに分割とか? いやそれ、どんなアトラス院だよ。でもオーウェン君は、そこまで集中している様には見えなかった。……いや、これだと言い方が悪い。何と言うかこう、自然体? 俺みたいに剣とにらめっこ、という感じでは無かった。慣れというのもあるんだろうけど。……頭でごちゃごちゃ考えてるのがダメなのか? 思い返してみれば、ハクランさんもあんまりそういう風では無かったし。ふーむ……。

 

 ……とりあえず一回落ち着くか。ここで変に焦ってもしょうがない。とある深緑の智将さんも言っていたじゃないか。常に冷静《クール》であれと。冷静さを忘れないことこそが、成功する秘訣だと。

 よし、頭を一旦リセットする為に素振りでもやろう。こういう時は別の事をやって気持ちをリセットするのが大事だろう。ハクランさんからもそう教わったし。

 

 

Υ月 Ψ日

 

 今日は魔法弾の練習。普段も空き時間にちょいちょいやってはいるが、偶にはがっつりやらないと感覚を忘れる。

 練習内容は片手での狙撃だ。俺が習得したい【ダブルチャージウェーブ】は、片手での精密射撃が前提である。いくら魔法刀や詠唱破棄の魔法弾が出来たとしても、それが出来ないのならば意味が無い。

 

 で、結果としては最初の頃よりは遥かにマシになっていた。若干狙いがズレこともあるが、ハクランさんの特訓で体が鍛えられたおかげで反動もブレもあまり感じなくなっていた。……本当に凄い副産物だわ。

 それとバスターのチャージと連続発射について少し書こうと思う。

 チャージは一応、撃てるようになってはいる。込める魔力を1.5~2倍にすればいい話だから。ただその場合、やはり両手での発射でないと反動によるブレが大きいのと、込める魔力を多くすることから当然少しの時間がかかってしまう。現時点での、片手のチャージショットは難しいだろう。

 それと連続発射。これはX2のゼロを参考にして、両手から交互に魔法弾を放つことを練習していたから、最大二発までは連続で撃てるようになった。後は片手で二発撃てるように術式をどうにかするつもりだ。これなら基礎用の魔導書でまだ何とかなるし。しかし問題は【ゼットバスターレックレス】なんだけど……これどうしようも無いんだよなぁ……。

 理由としては、基礎じゃないから。多分だけど、これはもう少し上のレベルの魔導書でないと載ってないと思われる。ただなぁ……魔導書は本屋でも中々無いんだよ。田舎だからあんまり流通してないのか、全然見ない。ハクランさんに聞くのは……無理です。あの人の説明は人類には早すぎた。

 

 その後は今日も今日とでハクランさんとの修行……だったんだけど、駐屯所の裏に向かったら何故かオーウェン君と彼のお父さんまで居ました。……何故? 

 で、直後に説明がありました。「お前は俺以外と戦ったことがねえだろう? この際、いい機会だからアイツと殺《や》りあっとけ」と。つまりは模擬戦ですね、分かります。たださあ、何か字が違いません? 模擬戦って木製の武器を使った試合ですよね? 死人とか出ませんよね? ものっそい物騒なんですが……。そもそも何で俺と? 王都なら他に強い人はいっぱいいるでしょう?

――という俺の疑問は案の定スルーされました。知ってたわ。そんな訳で、逝ってきます。

 

◇    ◇    ◇

 

 レイが日記を書いてから数分後、ハクランが模擬戦のルール説明をしていた。

 

「――そんじゃ、ルールの確認すっぞ。魔法の使用は禁止。使うのは木剣と木刀。それ以外はオーケーだ。あ、分かってるとは思うが危険行為はすんなよ? こっちもこっちで見張ってるから、バレなきゃいいっつうのも無しだ」

 

 そう言って、ハクランとカーターは少し離れた場所へと移動した。

 

「さて、俺達はここからアイツらの戦いぶりを観戦してようぜ」

「ああ。……しかし、模擬戦か。お前らしい良い案だ」

「だろ?」

 

 あの時、ハクランが提案したのはレイとオーウェンによる模擬戦だった。

 カーターとの付き合いは長い。だからこそ、彼が何を考えていたのかも大体予想がついた為に今回の話を持ちかけたのだ。勿論、カーターはこの話を承諾。目の前で聞いていたオーウェンも、断る理由も無かった為に頷いだった。

 

「刺激が欲しいって言うんなら、これが一番だ。アイツらにとっても良い経験になるしな」

「確かにな。王都にいると、そこでの騎士見習い以外との対戦は滅多に無い。こちらとしても好都合だった。それに、お前の弟子の実力も測れる」

「へっ、言っとくがアイツは強えぞ? なんたって、俺が育てたんだからな」

「それはこちらとて同じだ。――むっ、そろそろ始まるようだぞ」

 

 その言葉で会話を区切り、二人は自らの教え子の方へと目を向けた。

 

 

 オーウェンとレイ、二人はそれぞれ木剣と木刀を手に取って構え、互いに向き合っていた。この時既にオーウェンは感じていた――強い、と。構えに一切隙が見られない。纏っている空気にも乱れが無いことから、精神も落ち着いている。だからと言って、遅れを取る訳にはいかない。これまで自身が尊敬している父から剣を教わったのだ。

相手に憶して負けたなど、父に恥をかかせるようなもの。その為、彼は少し深呼吸をして自身を落ち着ける。

 そして冷静になった時、前日に父が言っていた事をふと思い出した。模擬戦の説明の最後に、父が次のような言葉を漏らしたのだ。

 

『……お前には一つだけ足りてないものがある。それが彼であればいいのだが……』

 

 彼とはレイの事を指しているのだろう。

 村に来る前に、オーウェンは彼の事は父からある程度聞いていた。三年前に魔物に襲われ、身寄りも無いことからとある夫婦に引き取られた。が、感情が見えないせいで同年代では孤立し、他者との関わりを持とうとしない少年。だがそれでも、

己の恐怖を払拭する為ではなく守る為に力を求め、ハクランに弟子入りした心の強い人物。

 実際、オーウェンが見ていてもその通りだと感じていた。訓練の空き時間でも素振りや魔法の練習等、鍛錬を怠らず。強くなりたいという向上心が見て分かるほどだった。

 会話した時もそう。無口ではあったものの、何かを守りたいという静かながらも

揺らぐことの無いその意思の強さが伝わってきた。故に、彼に抱いた印象は良いものである。

 しかし分からなかった。私に足りないものはあるかもしれない。それは自分がよく

理解している。だが、それが彼とどう関係あるのか? 父は一体何を……。

それを彼は模擬戦の少し前まで考えていた。

 

(あの言葉の答えが、この戦いで判明すればよいのですが……)

 

 そう思ったところで頭から追い出す。今はこの模擬戦に集中しなければ。片手間に戦うのは相手に対して失礼だ。意識を切り替えた時、レイが声を掛けてきた。

 

「……準備はいいのか?」

「ええ。いつでもどうぞ」

「……そうか。なら――行くぞ!!」

 

 言うと同時に、レイは地面を蹴って一気に距離を詰めて目の前に現れる。

 

(速い……!) 

 

 驚くオーウェンを尻目に、レイは左手に持った木刀を掲げ、振り下ろしてくる。それをオーウェンは木剣の腹で受け止め、反撃に移ろうとする。しかしレイはそんな暇を与えようとせずに、すぐさま木刀を引っ込めて横に構える。そしてそのまま薙ぎ払いを繰り出してきた。

 勿論これは読めていた。相手の木刀の動きから次の攻撃が予測できたからだ。その為オーウェンは木剣に左手を添えた状態で縦に構え、刀身にぶつかった瞬間、斜め上に受け流しす。おかげで木刀の軌道は逸れ、相手は隙だらけとなる。

 

(これで勝負あり……!)

 

 内心勝利を確信して、木剣を両手で振りかぶった。――だが、それは甘かった事がすぐに分かった。何故なら、相手は既に()()()()()()()を取っていたからだ。しかも気づいた時には攻撃に移っていた。

 

「――ハァッ!!」

 

 凄まじい速さで木刀が振り下ろされる。

 ギリギリで気づいたオーウェンは、刀身でレイの攻撃を受け止める。木剣で防いだものの、その攻撃の重さに冷や汗を掻く。そして理解した。彼は最初からこの攻撃が本命だったのだと。

 

(こちらが初段と二段目を防ぐことを最初から想定……そして、踏み込んだ瞬間に三段目を

当てる。成程……流石はハクランさんの弟子ですね)

 

――尚、当然ながらレイはこれを狙っていた訳では無い。初段はともかく、二段目は防がれるとは思っていなかった。三段目が自然に出せたのは、普段からゼロの三段斬りを練習していたからという何とも締まらない理由だ。最も、今回はそれに助けられているのでバカには出来ないが。

 しかし反応できたのはこれだけが理由では無かった。レイは普段からハクラン監修の訓練を受けている。その為、並みの騎士見習いは普通に倒せる実力とそれに見合った反射神経や対応力を有していたのだ。……本人にあまり自覚は無いようだが。

 

 だが、それでもオーウェンにとって強敵である事には変わりはない。 

 一撃の速さは、今までに戦った王都の騎士見習いと比べても遥かに上。そして攻撃の重さもそれに違わない。加えて技と技の継ぎ目がほとんど感じられない事から、技術の方も並以上と見受けられる。

 それらの事実がこの三回の斬撃だけで把握できたのは、これまでの試合で養われた観察眼のおかげだろう。

 口元に笑みが浮かぶ。これ程の相手と戦えるとは……。そう思うと、胸が少し熱くなった。

 受けていた木刀を押し返し、互いに距離を取る。

 

「今のは見事な連続攻撃です。しかし、次は私の番だ!!」

 

 今度はオーウェンが仕掛けた。距離を詰め、浅い袈裟切りを繰り出す。レイはそれを体を左に逸らして回避。当然、そのまま反撃しようと木刀を振りかぶってくる。

 しかし、そんな事は百も承知。これはブラフだ。振り下ろした木剣の勢いを殺さず、握り方を少し変えることで下から切り上げる攻撃に移行。

そのまま左上へと剣の軌道を変えた。――が。レイはそれを直前で察知したのだろう。小さな円を描くように足を捌くことで身体を回転。そのままオーウェンの左後ろへと回り込んだ。

 

「何!?」

 

 今のを木刀で受けるのではなく、体捌きで躱すのですか!? これには驚愕した。

 この攻撃は普通は武器で受ける。さらに振り下ろした勢いをそのまま利用しているために、威力もかなりのもの。その為、武器を弾いて終了。もしくは受けた硬直を狙って次の攻撃を仕掛けようと考えていたのだが……これは予想外だった。まさか受けもせずに回避するとは。

 そのままレイは、回転によって生じた遠心力を利用して木刀を振ってくる。それをオーウェンは身体を反転させて、木剣で防ぐ。その時少し体を浮かせ、防いだときの衝撃を利用して距離を空ける。

 攻撃面だけでは無く機動力も優秀。しかも予想外の躱し方まで行い、その動きを攻撃への応用までやってのける。さらにオーウェンの心に火が灯る。

 

(私の予想をここまで上回ってくれるとは……!!)

 

 そう心の中で歓喜しながら、レイへと次の攻撃を仕掛ける――。

 

 

「ほう……まさかあれ程とは……」

「言ったろ? 俺の弟子は強えって」

「ああ。しかし、私の息子とあそこまで打ち合えるとは思いもよらなかった。……どうも過小評価していたようだ」

 

 二人の打ち合いを見ながら、素直な感想を述べる。確かにカーターはレイが強いとは予想していた。構えからもそれが分かったし、

あのハクランから手ほどきを受け、あまつさえそれについて行っているのだから、と。だがしかし、ここまでとは予想もしていなかったのだ。

 

「あれ程の動きができる人物は、騎士見習いでもそうそう居ない。正直な話、武器を変えて今から騎士を目指せば大成できるぞ彼は」

「へっ、何たって俺が育てたからよ。一方的にやられるほど軟には鍛えてねえ。それにアイツは俺の訓練を受ける前から自己流で鍛錬していたから、その分もある」

「成程な」

 

 それを聞いてカーターは納得した。三年間の鬼畜メニューに加え、その前の積み重ねもあったのだ。ならこの強さも頷けるというものだ。

 

「そういうお前の息子だって、相当なもんだろ。あの歳にしては卓越した技量に咄嗟の判断能力。あれじゃ、同じ騎士見習いの奴が敵わねえのも合点がいく」

「それを察してくれたからこそ、お前が提案してくれたのだろう?」

「まあな。こっちも同じ様な理由があったし」

 

 そう、これが今回の模擬戦の真の目的。

 カーターの家系は代々マナリア王国に仕える由緒正しき騎士のそれ。父カーターが騎士であるため、父親の背中を見て育った息子のオーウェンが同じ道を辿るのは必然だった。その事は父親である彼も理解していたし、むしろ嬉しいとも思っていた。

 だがしかし、一つだけ問題があった。――息子が剣の才能に恵まれていたことだ。高い才能に加え、生来の生真面目な性格からくる日々積まれていく努力。その結果、歳の近い者で渡り合える人物は居なかったのだ。

 友はいる。仲間もいる。しかし同じ実力を持つ者は居ない。その事をオーウェンは気にしていないように見せていた。しかし、やはり何処かで自分と同じ目線に立てる友が欲しいと渇望している事を、親であるカーターは感じていた。だからハクランから弟子の話を聞いた時、村へ来ることに決めたのだ。彼ならもしかすれば――。そう思って。

 そしてそれはハクランも同じだった。レイは性格上、同年代の中では孤立してしまっている。その上、およそ子供がやるような遊びを一切せずに鍛錬のみを続けてきた。その事から他者との触れ合いの少なさを危惧したドルドとミナは、友人でありレイの師のハクランへと相談したのだった。ハクラン自身もその点が少し気になっていた為、相談を受けた彼はカーター達が来ることを利用して、今回の模擬戦を提案したのだった。

 結果、互いに目的が一致していると言える。

 

「しかし、お前の話に乗って正解だったようだ。……息子があそこまで嬉しそうにしているのは、久しぶりだ」

「それはレイも同じだ。あの野郎、自分じゃ意識してねえようだが顔がニヤついてやがる」

 

 そうして二人は、未だ続いている激しい戦いへと目線を戻した。

 

 

 オーウェンは一気に距離を詰め、右手に持った木剣で左から薙ぎ払う。だがそれは両手を添えた木刀で防がれる。

 すぐに防がれた木剣を両手で握り直し、右斜めに一閃。レイはこれを間一髪で左身体を逸らすことで避け、降ろしていた左手の木刀を、構えもしていない状態からは想像もつかないような速度でいきなり振り下ろしてきた。一瞬驚くが、ギリギリで反応して木剣で受ける。レイは反撃させまいと全力で打ち続ける。袈裟切り、横薙ぎ、切り上げ、

斜めからの振り下ろし、横からの一閃、両手での振りおろし。息をつかせないような激しい連続斬りを、オーウェンは辛うじて全て防ぐ。そして隙をついた一撃により、鍔迫り合いへと持ち込んだ。

 

(ここまで追い詰められるとは……だが、良いぞ!!)

 

 両者共に全力を出した本気の戦い。オーウェンは内心歓喜していた。これだけの強さを誇る相手に出会えたことを。そう思いながらレイの方を見る。すると――彼も自分と同じ顔をしていた。

 意外な事に、レイも同じ気持ちだったのだ。最初は釈然しない心持で挑んでいた。だが、ここまで熱くなれる戦いを、苦戦する人物を初めて知った。しかも歳が同じ相手で。なら燃えないはずがない。

 両者の心境を表すかのように、二人の顔には笑みが浮かんでいた。お互いに惹かれあったかのように。運命の出会いを喜んでいるかのように。

 そしてオーウェンはこの時理解した。父の言いたかったことを。負けたくないと思える相手を。その相手が彼である事を。

 

「……レイ殿」

「なんだ?」

「私は……貴方に……――勝ちたい!!」

「……そうか。――俺もだ!!」

 

 激しく切り結ぶ。打っては防がれ、斬っては躱され。彼等の年齢からは予想も出来ない凄まじい剣戟の押収。斬撃の打ち合い。

 一瞬であり永遠とも体感できるような夢の時間。無関係な人物がみれば手出しすら阻まれる二人の戦い。だが彼等は確かに心地良い時を過ごしていた。

 

――しかし、何事にも終わりというものは存在する。

 

 両者にも体力の限界が訪れたのだ。過度な攻撃の防御による腕震え、身体捌きによる足腰の酷使、長時間相手に集中した事による精神的疲労。

 両者は感じていた――これが最後の一撃だと。

 

「……次が最後です」

「……そうだな。だが負けん」 

「ふふっ……見かけによらず、貴方も負けず嫌いですね」 

「……それはお前も同じだろう」

 

 そして構える。互いに武器を、正面に両手で。

 

 両者は同時に地面を蹴り、得物を振りかぶる。

 

 勢い良く振り下ろされた剣と刀がぶつかり合い、鈍い音が裏庭に響く。

結果は――。

 

「……引き分け、だな」

「ええ……ですね」

 

 互いの武器の刀身が折れてしまって、地面へと破片が散乱していた。

 いくら鉄より強度の落ちる木製でも、強度自体はかなりのものではある。だが、この試合での幾度とない打ち合いによって武器への疲労が急激に蓄積され、最後の一撃でそれが限界に達したのだった。

 

 何とも呆気無い幕切れ。武器の破損によって勝敗はつかなかった。

 しかし両者の心は満たされていた。勝てはしなかったものの、探し求めていた相手に。 その礼をオーウェンは相手に伝えた。

 

「レイ殿、貴方に感謝を。貴方と手合せできたこと、心より嬉しく思います」

「……それはこちらの台詞だ。お前との戦い、胸が躍るものだった」

「そうですか……」

 

 どうやら向こうも同じだったようだ。そう思っていると、ある思いが心に浮かぶ。

――彼と友人になりたいと。

 しかし思いが強すぎたのだろう。いつの間にか言葉が漏れてしまった。

 

「……貴方と友になりたい」 

「……は?」

 

 ハッと気づくものの、時既に遅し。レイには聞かれてしまったらしい。呆気に取られている彼に、慌てて取り繕う。

 

「いや、その、あ、貴方とまた戦いたいと言いたくてですね――」

 

 そう言ったものの、しっかりと聞こえていたらしい。クスクス笑った後、言葉を返してきた。

 

「――いいよ」

「え?」

「俺なんかで良ければ友にしてくれ。……むしろ、こちらから願いたいくらいだ」

 

 彼はそう言った後、手を出してきた。オーウェンはそれを――

 

「……はい! よろしくお願いします、レイ殿!!」

「ふっ……レイで良い。こちらこそよろしくな」

 

 握り返して答えたのだった。

 

 

「おうおう、まさか練習用の武器が折れちまうとはな」

「……彼とお前には感謝せねばなるまい。息子の良き相手となってくれたのだから」

「礼は必要無え。俺とお前の仲なんだからよ」

「……そう言ってもらえると有り難い」

 

 カーターがそう静かに言った時だった。

 

「――おーい、ハクラン!」

「ん?」

 

 背後からいきなり聞こえてきた声の方向に首を向けると、夫婦であろうヒューマンの男女が籠を持ってこちらに走ってきていた。

 

「……誰だ彼等は?」 

「ああ、言って無かったな。レイの両親も呼んだんだよ。アイツに友達ができるかもしれねえってな」

 

 実は前日、ハクランはレイが居ない間に二人に今日の模擬戦の事を話していたのだ。自身に相談した彼等にも、折角なのだからと丁度模擬戦が終わる頃の時間を伝えたのだった。

 ……この事を聞いた二人が仕事をほっぽり出してまで朝っぱらから待機しようとした事から二人の親バカぶりが伺えた事にはため息をついたが。勿論、ハクランが止めたので未遂である。その為、ハクランはこの二人に比べればマシと言えるだろう。

 その事をカーターに話している間に、二人は到着した。

 

「ハクラン! 模擬戦――えーと、こちらの方は?」

「あ、私はお宅の息子さんの相手を務めたオーウェンの父親のカーターです」

「あ、どうもご丁寧にすみません……。私はレイの父親のドルドです。それとこちらは――」

「妻のミナです」

 

 そう言って互いにお辞儀する。挨拶は大事である。

 保護者同士のやり取りの後、ドルドはすぐにハクランへ食いかかった。

 

「ハクラン、模擬戦は!?」

「いいタイミングだな。丁度終わったところだ」

「いや、最悪のタイミングだろ!? 息子の勇姿が見れなかったんだぞ!?」

「当たり前だろ? アイツの試合を見るのは師匠である俺の特権だ(ドヤァ」

「ムカつく! すっごいムカつくそのドヤ顔!! しかし、頼んだ身としては何も言えない……!!」

「ほーれほれ。羨ましいだろ? 今どんな気持ち? なあ、今どんな気持ち? NDK? NDK?」

「コイツ……!!」

 

 訂正。やっぱこいつもバカだった。バカとバカの化学反応が起こった結果、友人兼息子の師匠がウザい踊りと憎たらしい顔芸で煽り、父親がぐぬぬと悔しそうにし、それを妻と師の友人が冷ややかな目で見るという何とも形容しがたい光景が完成したのだった。

 

 それを遠目から見ていたレイとオーウェンはと言うと――、

 

「……何ですか、あの状況は」

「……またハクランさんが何かやったんだろう」

 

 ため息をつき、心の中で『ハクランさんマジでスカドさんに引き渡してやろうか』と呟いた後、自身の友の方へと顔を向けた。

 

「……行こう。お前を両親に紹介したい」

「……ええ!」

 

 そうして二人は、両親たちの下へと向かった――。

 




補足説明

前書きにも書いたとおり、以前の話は削除して書き直しました。描写や説明が明らかに足りていないと判断したので。日記形式に慣れてしまうと、普通の文が書きづらくなる……。

そして書き直して思った。やはりこの二人、本当に十歳か? 実は十七歳なんじゃねえの、と。木刀とか折ってるのは変えてないし。
戦闘描写等も少し追加しました。しかし、下手糞だな……。もう少し頑張らねえと……。それと、オーウェン相手だと勘違いが息して無いような……?

オーウェンがライバル渇望云々は勿論公式ではありません。ただ王女の護衛を任されるレベルの実力を原作時点で持っているのなら、この年齢でも結構な腕前だろうしそれに応じた相手を欲しているのでは? と思った結果こんな感じになりました。……ライバル関係、良いよね(ボソッ。

それと主人公の容姿なのですが、流星のロックマンのソロの髪と瞳の色を変え、左目の下のペイントを消した姿が作者のイメージに一番近かったりします。尚左利き。

主人公の刀の振り方は、XシリーズとZシリーズを参考。模擬戦の連続斬りは、オメガの乱舞をイメージ。

最後に出てきたドルドさんとミナさん。そして突然のキャラ崩壊。いや、シリアスのみってのは無理です。作者の気質的に。ちょっとふざけ過ぎたかもしれませんが、大体こんな感じでちょいちょいギャグを挟んでいくスタイルだと思ってください。そうじゃないと持たない……。

今回の話の書き直しに時間を使ってしまったので、次話はもう少しお待ちください。


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修行日記その5 魔法刀(ゼットセイバー)

遅くなってしまい申し訳ありません。活動報告にも上げた通り、体調不良の影響で完成が遅れた挙句、書き直しや修正に時間がかかりました。ここ最近急に天気が変わるから身体がツラい……。

前回までのあらすじ

レイ、オーウェンと模擬戦を行う。その後、友達になる。


Υ月  Ξ日

 

 オーウェン君との模擬戦から一日が経ったわけなんだが……ヒャッフゥ――――! とうとう俺にも友達が出来たぜぇッ!! イエエエエアアアアアッ!!!

 興奮しすぎてウザい? キャラがいつも以上に崩壊している? はっはっは、我慢してくれたまえ。あまりの喜びに私のテンションが天元突破しているのだよ。ちなみに両親に紹介した瞬間、その二人も天元突破しました。周りが引いてた気もするけど、私は一向に構わんッ!

 いやぁー、嬉しいね。前世の記憶はネタとかロックマンの事とか一部しか覚えてないからアレだけど、初めての友達っていうのは心に来るものがあるねえ。あ、模擬戦の後は母さんが持ってきてくれたお弁当を全員で一緒に頂きました。上手かったっす。

 それと紹介の後、父さんから一言貰った。「友達は絶対に大事にしろよ」と。もちろんそのつもりであるので、素直に返事を返した。それに満足したのか、何やらカーターさんと語ってた。

 

 それとオーウェン君、口数が少なくても、嫌な顔一つせずに普通に接してくれるとか、マジでいい子すぎるでしょ彼。俺が女の子だったら惚れてるよ。

 ……たださ、一つだけ言ってもいいかな?

 

 何あの子、滅茶苦茶強すぎるでしょ!?

 

 模擬戦の時はこっちも負けじと全力で戦ってから何とも思わなかったけど、動きとか明らかに十歳じゃないでしょ!?

特に剣の軌道! 何あの変幻自在な動き!? 色々可笑しくない!?

 え、何、王都にいる騎士見習いの子って全員あんな動きすんの? これマジなの? ……だとしたら騎士じゃなくて、明らかにKISHIだわ。もしくは騎士様。そんでアレか? 将来的には剣からビーム出したり、特定の時間では3倍バスターゴリラになったりすんの? ――いや、怖すぎんだろ!! い、いくら友達でも、そんな風にはなって欲しくは無いかなぁ~(汗)。

 ま、まあ、彼なら大丈夫だと信じたい。そもそも世界が違うし。少なくとも型月では無いのは明らかだし。……負けず劣らず、神秘やら非ィ科学的なものが蔓延してるけど。俺も使ってるし。というか、それがあったからゼロを目指して頑張ってる訳だし。

 

 とにもかくにも、ハクラン式ブートキャンプ受けてて良かったわマジで。それが無かったら、明らかに負けていた上に友達になれなかった。というか本当に何で相手を俺にしたし。……あれ? 今思えばハクランさん、意外なところで大活躍してね? 【空円舞】と【飛燕脚】の件といい、今回の件といい。普段がアレなせいか、俺の中の評価の浮き沈みが激しすぎるけど。

 

 

Υ月 σ日

 

 今日は修行がお休みだった。師曰く、何やら山が少し騒がしいとか。その調査で修行出来ないから好きにしとけとの事。という訳でオーウェン君と雑談っす。

 彼と話をしたんだけど、どうやら彼は父のような立派な騎士を目指して頑張っているらしい。父と同じように、王国を守りたいのだとか。うんうん、立派な事d――え? 守りたいという心は貴方も同じでしょう? その為に鍛錬を積んでいる? ……ちょっと待てどういうことだ? 一体何がなにやらさっぱりなんですが……。

 

 

Υ月 Π日

 

 あっはっはー。何このワロエナイ状況は。あの後ハクランさんやカーターさんにバレない程度に探りを入れた結果、俺の知らない間に色々と誤解的なサムシングが生じてしまっていたようだ。俺は『自分の命を守りたい』って言ったのに、黙り癖+αのせいで『大切なモノを守りたい』『無感情だけど心の強い人』って変換されてるっぽいわ。どうしてこうなった。孤立してんのは否定しないが。

 しかも自己鍛錬やハクラン式ブートキャンプに参加した影響で、今の年齢ではかなりの腕になっている上、オーウェン君は騎士見習いのトップクラスの腕で、ハクランさんとカーターさんは王国の上位クラスの腕で…………もうね、俺の頭脳回路がオーバーヒート起こしてる。本当にどうしてこうなったし。俺そんな英雄とか目指して無いんですけど。ゼロの技を習得したいだけの一般人(いや、既に逸般人か?)なんすけど。

 

 確かにゼロに憧れてないと言えばそれは嘘になる。子供の時から、友であるエックスと共に戦うカッコいい人物だとずっと思っていた。まあ、何だ。要は俺に取って、少年時代に憧れたヒーローがゼロだってことだ。それは今も変わってない。

 でも俺は彼のような鋼鉄で誇りのある精神力は持ち合わせていないのだ。特にZ版のゼロの精神の強さはおかしい。本当に尊敬するレベル、というか尊敬してますわ。

 

 ま、そんな事から俺はせめて技だけでもと頑張っているのでした~……――って、違う違う、そうじゃない。話が大幅に脱線した。本題はこれからどうするかだ。流石に今までの行動を全否定……は難しいよなぁ……。そもそも俺自身全部把握できてるかどうかすら怪しいし。

 

 クッソ、自分で撒いてしまった種とはいえ、まさか何処かのラノベや二次創作の主人公みたいな状況になるとか本っ当に予想外なんだが。とにかく解決策か改善策を導き出さないと……。

 

 

Ω月 α日

 

 さて、あれから二日が経ったのだが……とりあえず、現状維持の方向に努める事にした。()()()()()()。徐々に変えられたら変えていく、そんな感じ。急に変な事やっても仕方無いし。

 

 ちなみに強さの方はすでに開き直っている。割ととんでもない腕前になってしまった? ――違う、逆に考えるんだ。このまま強くなっちゃってもいいさと。そう、つまりは腕前の方も特A級ハンターを目指してしまえばいいのだと思う事にした。こっちの方が俺らしい考えだし。強い分にはこした事は無いだろうし。

 それにこれだけの強さがあったからこそ、オーウェン君と友達になれたのだ。彼とはこれからも友人でありたいので、尚更強くなる理由が増えたというもの。本末転倒? 知らんな、そんな事。

 だ・が・し・か・し! このままでは今までの二の舞となるのは確実だ。その為、黙り癖の解消と言語補正の解除。正直コイツらが一番悪さしてる。さらには、目立たないように出来るだけ大人しくしているつもりだ。ただし技の習得時は自重しない……って、結局変わらないのか? だが、そうすれば多少はマシになる…………はずだ。なるといいなぁ……。

 

 ……うん。でも少しは楽になった。色々な意味で。ちょっと騙してる感が拭えないが……これは仕方無いと思う事にしよう。

 

 

Ω月 Z日

 

 ちょっとこの十日間近く忙しかったから日記が書けなかったんだが………何と! ゼットセイバーが使えるようになりました!!

 

――剣限定で偶に!!

 

 刀じゃないのか? ザンネン、まだ刀では試して無いんだな~。それに剣での成功率も六割前後だし。そんな状態で挑めば、間違いなく折れる。多分爆発四散する。

 とりあえずどうやって成功したか。それを説明しよう。

 

 オーウェン君との模擬戦後、訓練の内容に彼との模擬戦を例のあの人が追加しやがりました。その結果、オーウェン君と本気で戦った(親睦を深めた)のが日に三回、所謂『それを三回』という事が何日も続きました。

 

――何という事をしてくれたのでしょう。

 

 少し前までは物凄く真面目だったオーウェン少年が、「ふふふ……好敵手(とも)とはいいものですね……」という物騒な事を呟くまでに変貌。戦いを専門とする匠により、騎士見習いの少年は狂戦士(ベルセルク)へとジョブチェンジしてしまったようです。匠の凄すぎる技術には脱帽するしかありません(白目)。

 さらにはカーターさんまで「ふ……息子が楽しそうで何よりだ」と止める気配すら感じられません。例のあの人はむしろ煽ってくる始末となりました。

 

 レイ少年の訓練は、身体だけでなく精神まで甚振られる悲劇的ビフォー・アフターを遂げたのです。

 

――と、誰がどう見ても失敗にしか思えないビフォー・アフターのダメージを減らす為に、それらの記憶を隅に追いやって、ごちゃごちゃ考えずに心を無にした状態で励み続けた結果……成功してしまったのだ!!

 

 色は緑! 形はX版の湾刀状! 属性は風! 俺のオリジナルセイバーを!!

 

 成功した時はあまりの嬉しさに思わず変な声が出ちまったわ。「ハーハッハッハ!!」って。いや、どこの救世主(メシア)だよ俺は。ダークエルフはキメてねえし、バイルの改造は受けた覚えは無いんだが。いずれにせよ、ゲイト笑いに連なる黒歴史となったのは確定である。……もしかして友達が出来ねえのってこれが原因か? 

傍から見たら狂人にしか見えねえし。一緒にいたオーウェン君も、思いっきり目を見開いてたし。 

 

 けどれでやっと第一の目標達成のゴールが見えてきた。……長かった。本ッ当に長かった!! まだ刀で出来た訳じゃ無いし課題も多いけど、それでもここまで辿りつけたのは心の底から嬉しかった。もう普段のキャラとかかなぐり捨てる、というか思いっきりキャラ崩壊起こして黙り癖が若干仕事してなかったけど、それ位だった。

 

 ちなみにコツとしては、良く漫画とかで言ったりする『武器は身体の一部』ってやつだと思われる。腕を動かすのに一々脳内で考えたりしないのと一緒で、自然体に…………説明するのが微妙に難しいな、これ。まあ、そんな感じだろう。

 

 良し、今の気分は最高だ。友達もでき、魔法剣も成功。この調子で今日やる予定の山での実践訓練も乗り切ってくれるわ!! 何か忘れてる気もするが、それは気にしない!!

 

 さぁ、いつもよりも熱い戦いを期待しているよ。行くぞぉぉぉぉ!!! 

 

◇    ◇    ◇

 

 日記を書いた後、レイはやたらハイテンションな状態で山の入口へと向かった。

いつもなら駐屯所へと真っ直ぐに向かうのだが、今日は違う。今回行われるのは、魔物との戦闘を経験する実践訓練(しかも合同)。最近の山の事情を考えて控えるかどうか迷っていたらしいが、それもまた経験だという事で決行になった。その為に集合場所は駐屯所では無いのだ。

 歩く事数分、待ち合わせの場所へ向かうと既にオーウェンが居た。どうやらかなり早く着いたらしく、素振りをしていたようだ。向こうも気づいたらしく、手を止めて小さく手を振っていた。

 

「……早いな」

「三十分前行動は基本ですから」 

「普通、十五分か十分じゃないのか……?」

 

 大体今それ位の時刻だし。軽く首を傾げつつも、今日の内容について確認。その時に、師であるハクラン達からの伝言として五分~十分程度遅れるとの事だった。

オーウェンはともかくレイは初めての実戦なので、何があっても対処できる為の準備に時間がかかるのだろう。カーターさんは言わずもがな、ハクランさんもそういう所はしっかりとしてるし。そう考えたレイはオーウェンとの雑談で時間を潰すことにした。

 

「……明日には王都に戻るらしいな」 

「ええ、見習いとしての訓練がまだありますので。……少々名残惜しいですが」

「それはこっちもだ。……お前には世話になった。魔法剣を教えてくれただけでなく、

友人にまでなってくれるとはな」

「お礼を言われるほどの事はしていません。それに、友になりたかったのは私もなんですから」

「……そうか」

「それと魔法剣が成功したのは何よりなんですが……あの笑い方は――」

「頼む、アレは忘れてくれ。後生だから」

 

 うなだれながらオーウェンに懇願する。散々黒歴史を作っているというのに、この男未だに学習していない。――対して彼は、救世主(メシア)笑いといい今の状況といい、友人の新しい一面を見れたことを内心面白く思ったようで、記憶の片隅に留めておくことに決めたそうな。

 そんな友人に免じ、言葉では忘れると言って話題を変える。

 

「それはそうと、後は刀で成功させるだけですね。剣では出来たのですし」

「ああ。……まだ成功率は半々に近いから、当分先にはなるだろうが。出来る事なら、お前がいる間に完成させたかったのだがな……」

「仕方がありませんよ。そもそも刀で行う事自体殆んどないのですから。……一つ思ったのですが、魔法刀を習得した後はどうするのですか?」

「どうする……とは?」

「いえ、レイは騎士を目指しているわけでは無いと知っています。……というより、

勧誘を断られましたしね。やりたい事があると言ってましたし」

(――すっかり忘れてたぁぁぁああ!!)

 

 実は二日前、オーウェンから一緒に騎士を目指さないかとレイは勧誘を受けていた。彼曰く、魔法剣が扱える上に実力も問題無しなら、今から勉学に励んではどうかと。しかもカーターさんのお墨付きで。尚、当の本人は「嘘だろォォオオオオ!?」と内心大パニックになったそうな。そりゃそうだ。まさかそんな事が起きるなんて、考えてすらいなかったのだから。

 しかし「俺はそんな奴じゃない」とかほざいたところで聞き入れて貰えない……というか、絶対に言えないので理由をつけて断る事にしたのだ。

 ちなみに断った理由として、自分にやりたいことがあるからと伝えた。……ウソの様で本当である。一応、自分にはゼロの技を再現するという目標がある。だと言うのに騎士を目指したら、そんな時間は無くなってしまうだろう。

 第一、自分は彼のような立派な志を持ち合わせていない。そんな奴が王国を守る等冗談にも程がある。他の騎士見習いの方が数百倍マシというものだ。

 

 ……という事があったのだが、この男。その場凌ぎで答えたがために、細かい内容までは考えていなかったのだ。ハッキリ言ってバカである。

 だからと言って、正直に話す事は絶対に出来ない。ゼロという人物はこの世界には居ないのだし、転生云々は話した瞬間即アウト。精神異常者の診断を受けてしまうだろう。レイは内心で焦りまくった。それこそ冷や汗が滝の如く滴り落ちるレベルで。

 

(うわぁ……ど、ど、どうすればいいんだ!? えーとえーとえーと……)

 

 けれども普段の言語補正もとい黙り癖がここでも作用したからか、表には全く出ていないようだ。現に、オーウェンは特に何も言って来ない。この時ばかりはそれに感謝した。

 しかし答えが得られたわけでは無い事には変わりない。いつまでも口を開かない事を疑問に思ったのだろう。彼が首を傾げながら聞いてきた。 

 

「……? どうしたのですか?」

「あ、ああ、いや……」

 

 絶対絶命。――いや、この男の場合は自業自得と言うべきか。

 年貢の納め時が来たのだろう。素直に、何も考えていませんでしたと白状しようかと腹を括った時――。

 

「きゃぁぁぁあああああ!!!!」

 

 突如、山からの悲鳴が二人の耳に飛び込んできた。

 

「な、何だ!?」 

「どうやら奥から聞こえてきた様です! 行きましょう、レイ!!」

「あ、おい!?」

 

 言い終わるが早いか、オーウェンがこちらの言葉を聞く暇も無く走って行った。レイは一瞬迷ったものの、そのまま一人で行かせる訳にもいかないと判断し、急いで後を追った。

 

◇    ◇    ◇

 

 走る。走る。走る。悲鳴の聞こえてきた方向へと、レイとオーウェンは急いで向かう。

 走る事数分。木々の生い茂る、奥に近い部分へとやってきたが、一向に声の主は見つからない。何処かで見逃している可能性も有る為、足を止めて辺りを見回す。が、やはり見つからない。

 

「一体何処に……?」

「――! あそこです!!」

 

 どうやら見つかったらしく、オーウェンが指を指す。その方向を見ると、ここから二十メートル近く離れた先の開けた場所に、悲鳴の主であろう少年と少女の二人と、岩の様な魔物の姿を捉えた。

 少年の方は背後の女の子を庇おうとしているのか、拾ったらしい木の棒で震えながらも立ち向かおうとしていた。

 対して魔物の方はそんな事など意に介さずと言わんばかりに、その大きな腕を振りかぶっていた。距離は遠くない。だがタイミングが遅かった。まだ攻撃に入っていなかったのなら良かったものの、既に腕を空へと掲げて後は振り下ろすだけの状況だ。――走ってもギリギリ間に合わないだろう。

 

「くっ……一体どうすれば……!」

「頼むから間に合えよ……!」

 

 呟きと共に足を止める。左手を添えた右腕の照準を魔物の胴体に合わせて、魔力を集中させてチャージを開始。

 確かに距離は少々離れてるし、走りながら撃つのには慣れていない。が、相手は大型の魔物。的にしては随分と大きいし、こちらには気づいてない。その上、視界を塞ぐようなものも射線上に無いという好条件。反動のブレを考慮しても、ほぼ外さないだろう。――魔力のチャージが完了する。

 

「――喰らえ!!」 

 

 右手から風の魔法弾が発射され、空を裂きながら勢いよく突き進む。通常よりも一回り大きなそれは魔物の胴体へと迫り衝突、その身体をぐらつかせた。二人はその間に、広場へと到着する。

 どうやら注意を引くには十分だったようだ。顔をゆっくりとだが、子供達からこちらへと向けた。その隙にオーウェンが激を飛ばす。

 

「そこのお二人! 今の内にお逃げ下さい!!」

 

 最初は何が何だか分からなかったらしく、すぐには動けなかったものの、数秒後にはハッと我に返ってその足を動かした。魔物も首を向こうに戻そうとしたが、レイが続けて魔法弾を顔面にピンポイントで撃ち続ける事で、嫌でも意識をこちらに集中させる。本来なら、レイ達も一緒の方がより安全なのだが、今はこれしか手が無かった。二人の無事を祈りつつも、レイとオーウェンは魔物と対峙する。

 

「こいつは……」

「ゴーレム、ですか。もしや最近山が騒がしいのはコイツのせいなのか……?」

 

――ゴーレム。土塊や岩や鉱石、はたまた機械等を素材にして作られる人形。

 目の前にいる個体は大きさにして2m近く。さらに身体が岩で構成されていることから、ストーンゴーレムだと思われる。ストーンゴーレムは、その巨大な腕による怪力と並みの刃では傷すらつかぬ堅牢な身体を持ち、素材にした鉱石の種類で硬さが変動するという特徴を持つ。しかもこの個体は上質な鉱物を素材にしているらしく、チャージした魔法弾でさえ表面を浅く削る程度だった。

 ここでふと疑問が生じる。二人は魔物図鑑でしか見たことないものの、本来ゴーレムは財宝や宮殿、または遺跡などを守る為に配備される存在だと記憶していた。いくら魔を宿して暴走したとはいえ、何故ここに……?

 だが、相手は考えている暇を与えてくれない。

 

「…………!!」

 

 二人を敵と認識したらしく、腕を振り上げて戦闘態勢へと移行した。それを見た二人も武器を構える。

 

「オーウェン、魔物との戦闘経験は?」

「ラウンドウルフの様な小型とは少々。ですがこのような大型とは初めてですね。レイの方は?」

「生憎だが、こっちは実戦すら初めてだ。……だが、やるしかないのだろうな」

 

 確かにこのまま逃げるという選択肢もあった。しかしこのまま相手が見逃してくれるとは思えない。足は遅いだろうが、横やりを入れた者をそう簡単に逃すとは考えられないからだ。

 仮にさっき山を下りた子供達が助けを呼んでくれたとしても、それまではどうあってもゴーレムと向き合うしかない。

 結局のところ、戦うという選択肢しか無かった。

 

 しかし、そう言ったレイの手は微かに震えていた。それを見たオーウェンは、ハッと気づく。彼は魔物に襲われたのだ。もしやその恐怖がフラッシュバックしているのではないか、と。

 

(……ここは、私が彼を守らなければ) 

 

 心の中で気を引き締める。尚、当の本人はと言うと……

 

(いぃぃやぁぁあああ!! 何で初めての実戦がストーンゴーレムなの!? そこはウインドラビットとか土のエレメンタルとかそういうのでしょ!? 何でカッチカッチの人と魔物ミーツボーイ紛いの状況になっちゃったの!? もうやだ、俺の運悪すぎィ!!)

 

 と、微妙に緊張感の無い感じで嘆いていた。

 

 しかしそんな事は露知らないオーウェン。彼の不安(勘違い)を和らげようと、優しく言葉を語りかける。

 

「大丈夫ですよ、レイ。私がついています」

「オーウェン……。(やだ、何この子超カッコいい……!!)」

 

 だがそれで恐怖は緩和されたようだ。震えは収まり、刀をしっかりと握る事ができた。その事に内心感謝しつつも、相手を見上げて睨みつける。やってやるよコンチクショウめ!! と言わんばかりに。

 

「……やるぞ、オーウェン!」

「ええ!!」

 

 二人はゴーレムへと疾駆。敵は岩の拳を、彼等は刃を振り上げた――。

 

 

――一方その頃。

 

「やべえやべえ、随分と時間食っちまったな」

「まさかあそこで書類仕事が来るとはな……」

 

 そう言ってハクランとカーターは駐屯所を出る。本来なら準備自体は

もっと早く終わっていた。だがそこへ急な書類が回ってきてしまい、それを処理するのに時間がかかってしまったのだ。こういう事は滅多に無いのだが。

 

「まさか山にゴーレムが出るとはなぁ……。こりゃ今日の訓練は中止だな」

 

 ハクランのぼやきにカーターが頷いて待ち合わせ場所へと向かおうとした時だ。彼等の下へと、二人の子供が走って来た。――只ならぬ様子で。その事が気になった彼は、事情を聞いた。

 

「おうおう一体どうしたお前ら? 魔物でも出たか?」

「は、ハクランさん!」

「何だ?」

「おにいちゃんたちが……おにいちゃんたちが……!!」

 

 

「――何ぃ!? ゴーレムと戦っているだぁ!?」

 

 思わず叫んでしまう。まさか自分達が手間取っている間にそんな事になっているとは、一体誰が予想できようか。しかもついさっき報告書で纏めていた相手とは。

 ハクラン達からすればゴーレムはそこまで脅威では無い。だがレイとオーウェンの

二人は別だ。戦闘経験があるとは言っても対人戦が大半。魔物との戦闘は不慣れ。

その上、レイは実戦未経験と来た。――二人が危ない。そう感じた彼等は山へと急いだ。二人の身を案じながら。

 

 

 魔法弾をゴーレムへと放ち、属性を引き出した刀で斬りかかる。しかしそれは頑丈な岩の鎧が阻み、弾く。オーウェンも魔法剣で斬りかかるが、表面に浅い傷をつけただけにとどまった。――硬い。

 

「チィッ!」

「ここまでとは……!」

 

 二人は苦戦していた。ストーンゴーレムの攻撃を避けながら何度も攻撃を仕掛けたものの、全くと言っていい程に通用しない。その事実に舌打ちせずにはいられなかった。

 原因は分かっている。属性の相性だ。以前にも言った通り、属性には優劣がある。ストーンゴーレムの属性は土。対するレイとオーウェンは風と水。それだけで見たのならレイは有利と言えただろう。

 しかし、攻撃に決め手となるものが無かった。得物が剣なら魔法剣を使う事ができたかもしれない。だが実戦訓練では使い慣れた武器である刀を持って来るように指示された事が、今回に限って災いした。刀ではイマイチ攻撃の通りが悪かったのだ。魔法弾で牽制してはいるものの、大したダメージにはならない。属性魔法もそこまで強力なものは扱えないから、ただの魔力の無駄遣いにしかならないだろう。対するオーウェンは魔法剣が使え、属性魔法もレイよりは強いものが扱えた。しかし、ここで属性の優劣が邪魔をした。彼の水属性は土に弱い。その為、威力が軒並み半減されてしまう事から有効打が与えられずにいた。

 さらにゴーレムの攻撃は一撃一撃が強力。動きはそこまで速くは無いものの、避ける事にも集中力を要する為に、神経を酷使する。加えて魔物との戦闘経験不足が足枷となって、余計に疲労が溜まっていた。

 

(クソッ……! 一体どうすれば……)

 

 このままではマズイ。少しでも状況を変えられないかと、レイは焦りながら攻撃を仕掛ける。――だがこれが仇となった。

 

「何っ!? ――ぐあっ!」

 

 焦りは動きから精細さを奪う。刀からの属性が途切れている事に気がついていなかったのだ。その為、攻撃は弾かれてしまった。

 さらに敵もその隙を逃すほど甘くは無い。生じた隙をゴーレムの放った拳が捕らえ、彼は吹き飛ばされてしまう。刀は手から振り落とされ、宙へと投げ出された身体は数メートル先の木へと背中を打ち付け、そのまま体は地面へと転がった。

 

「レイ! ――うぐっ!?」

 

 それはオーウェンも同じだった。魔法剣に纏わせていた水の魔力は乱れ、本来の威力を損なっていた。さらにはレイの方にも気を配っていたという事もあり、彼がやられて動揺したところを狙われてゴーレムの腕に捕らえられてしまった。

 そしてそのままオーウェンの身体を握りしめた。彼の口から悲鳴が上がる。

 

「ぐあああああ!!」

「オーウェン!」

 

 楽しいおもちゃを手に入れたかのようにゴーレムは気味悪く目に笑みを浮かべる。そしてこちらを見た。次はお前の番だと告げるかのように。

  

「に、げてくだ、さい……。今、なら……!」

 

 逃げろ。ゴーレムに掴まれながらも彼はそう言った。――こちらを案じて。しかし反射的にだが、それを受け入れる事は出来なかった。

 

「だが……!」

「早く……! せめて……貴方だけで、も……」

 

 レイは考える。

 確かに相手が悪い。相手に有効打が与えられない事が原因で、今の状況に陥っている。が、奴はオーウェンに気を取られている。そう、逃げるチャンスなのだ。彼だってそれを促している。ならそれを実行したとしても恨まれる筋合いは無い。死ぬのはこっちだってゴメンなのだから。そう――逃げ出すのが最善だ。

 

 思考を巡らせ、その考えに行きついた。なら、後は実行するのみ。

 レイは身体を動かす。さっきの拳を喰らったものの、幸運なことに運動に支障が出るようなダメージは無いようだ。

 自身の状態を確認しつつもゆっくりと上体を起こす。

 そしてそのまま――額を地面へ思いっきり打ち付けた。

 

(ふざけるな……!!) 

 

 鈍い痛みが逆に頭を冴えわたらせた。 

 自分は今何を考えた? アイツを見捨てる? 自分を友と呼んでくれた存在を見殺しに? こんな事を考えてしまった自分に憤った。

 自分は死にたくない。今までそう思いながら強くなってきた。守りたいだの何だのは誤解から生じてしまった出来事に過ぎない。

 

 だが、それは他者を犠牲にすることとはイコールにはならない。

 

 他者の命を食いつぶしてまで自分だけが生き延びる? 親しい者を犠牲にして自身の未来を得る? 友人を死神に差し出して己の生を守る?――そんなのはゴメンだ。臆病なのはともかく、卑怯者になんてなりたくない。

 今思っている事は、自分の今までの考えに矛盾するというのは重々承知している。自分勝手だという事も。

 

 それでも……友を失いたくない。自分が死にたくないのと同じくらいに。そう心の底から思ってしまった。

 

 だがどうすればいい。魔法弾はそこまで効いている訳では無い。刀を振るっても通りが悪い。しかも属性が引き出せはいるものの、技量の方はまだ成長過程の域を出ていない。もう手段は……

 

(――いや、ある。たった一つだけ) 

 

 通用するかどうかは自分にも分からない。ただでさえ安定しないソレを、今から()でやるのだ。成功率はさらに落ちるのは確定。その上、失敗すれば武器は粉々。自分の死も確定するだろう。分の悪い賭けだ。

 だがそれでもやるしかない。決意と共に痛む身体を起き上がらせ、刀を拾って構えた。

 

 

 ゴーレムは僅かに存在する思考で考えていた。こいつを潰したら、次はあいつだと。人間とは脆いものだ。この岩の腕で握り、少し力を入れただけで潰れてしまう。しかし、その際に漏らす悲鳴が面白いのだ。自身の親類に遺言を残す者、死にたくないと叫ぶ者等々……様々だった。仲間の目の前でそれを行った事もあった。すると、これがまた楽しいものだった。目の前で悲嘆に暮れ、自分に挑みかかるもあえなく返り討ちに。そして仲間に懺悔しているところで、後を追わせてやる。これが何と気持ちのいいものか。

 さて、目の前のコイツを壊したらアイツはどんな風に悲しむかな? そう思った時だ。

 

「…………?」

 

 何だ? 風の流れが変わった? 天気が変わったのか? だが、いくら山とはいえこんな短時間で変わるものではないはずだ。現に、空を見上げても変化は無い。では何故……。そう考えている時――いきなり風が吹き荒れた。

 

「…………!!」

 

 はっきりと分かった。この風の変化の原因が。流れを追って、その出所である方向を見ると……さっきまで倒れていた子供が刀を構えていた。

 それだけなら然程気にも止める必要は無い。属性を引き出したところで、あの武器では自分を斬れないということが、数分前の戦いで理解できたからだ。だがさっきまでとは様子が違う。そもそも普通の武器では、あれだけの属性が出ないはずだ。

ゴーレムが狼狽えていると、さらに変化が起こった。さっきまで激しく吹いていた暴風が、一気に武器へと収束する事でピタリと収まったのだ。

 ゴーレムはその武器を見て、目を見開いた。

 

 その手に握られていたのは、もはや刀であって刀では無い。

 

 刀身を覆うは翡翠の刃。

 

 帯びている風は先ほどとは比べるべくも無く濃密なソレ。

 

――全てを切り捨てる為の武器。それを体現していた。

 

 だがゴーレムはこれを見た瞬間、何かを感じていた。何だこの悪寒は? この気色の悪い空気は? 自身が宿している属性に対する対抗属性、というのもあるのかもしれない。しかしそれとは違う。この感覚は……。

 考えた時には既に攻撃していた。これはもはや反射と言ってもいいだろう。不安要素を消す。その為にも奴を殺さなければ。そう焦りを感じたためでもある。

 子供は振りかぶった左の拳を避ける素振りすら見せず、そのまま吸い込まれるように直撃。砂煙が舞い上がった。

 

「そんな……レイ――!!」

 

 そうだ、この悲鳴だ。これが聞きたかったのだ。何かやろうとしていたが、所詮子供は子供。何も出来はしないのだ。

 しかしここで違和感を感じた。確かにアイツは避けようともしなかった。直撃したと考えていい。だが……何故何も感じない? 肉を潰したあの感覚が。骨を砕いた音が。血液に濡れた生暖かさが。

 ゴーレムが疑問に思っている内に砂煙が晴れた。そして答えが分かった。何故なら自分の左腕の先が――()()()()()()()()

 

「!?!???!?!?!?」

 

 自身を理解不能な現実が襲った。痛みは無い。岩から作られたこの身体に、そんなものなど存在しない。だが、何故だ? 何故こうなった? ……もしやあの子供がやったのか? そう思って目を向ける。するとそこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()があった。そしてその少年は――人とは思えない冷たい眼を向けていた。

 

 何だアイツは……。何だアイツは……! 何だアイツは……!!

 

 もはや得体のしれない恐怖しか感じられなかった。まるで自分に死を宣告しに来た死神、そう言っても差して変わりは無かった。現に自分の腕を斬り落としたのだ。このまま頭を両断されても可笑しくはないという事まで考えていた。さっきまでおもちゃと馬鹿にしていた人間風情に。それも年端の行かぬ子供に。

 しかしそこである考えが思いつく。そ、そうだ! こいつの仲間を盾に――。だが、それをすぐに実行しなかったのは致命的だった。

 

「ハァッ!!」

 

 跳躍してからの振りおろし。それにより、右腕は掴んでいた人間ごと地へと落ちる。そしてゴーレムは瞬時に悟った。もう自分に残された道は一つ――このまま殺される事なのだと。

 足が震える。腕をやられたせいで、上手くバランスが取れない。そのせいで逃げたくても足が動かない。逃げたい。逃げたい。逃げたい。そう願っているところへ、死神がやってきて両足を斬り落とした。バランスが崩れ、そのまま胴体は地面へと倒れ込み、空を拝む。やがて一つの影が太陽の光を遮り、得物を振り上げた。

 

「消えろ――」

 

 感情の無い声と共に一閃。それがゴーレムの見た最後の光景だった。

 

◇    ◇    ◇

 

Ω月 A日

 

 ゴーレムを倒した後、ハクランさんとカーターさんがやってきた。何やらついさっき処理した報告書で魔物の正体がソイツだったそうな。……あのー、セイバーで叩き斬っちゃったんですけど。既に残骸が塵に返りつつあったし。この光景に二人は唖然としてました。そりゃそうだ。実戦初めての奴がいきなりゴーレム倒したらそら誰だって驚くわ。自分でも驚いてるし。

 それからは俺とオーウェン君は病院に直行、治療を受けました。幸い俺は打撲、オーウェン君は一部の骨に少しヒビが入っていたものの治療魔法で直せるレベルで済んだので良かった。あ、その時に二人の子供がお礼を言いに来たよ。ありがとうって。どうやら二人は、件の山の魔物を見に行ったらしい。で、そしたら本当に出くわしてしまったとか。余談だが、二人は親にこってりと絞られたらしい。

 で、治療が終了したら事情聴取や説教(とは言っても、そこまで重くは無かった)、俺の両親が殴り込m――じゃない、突貫してきたりとでその日は潰れた。

 あ、それとセイバーについて少しだけ。どうやらアレは偶々できたらしく、家に帰った後試しにやったら、刀が少し歪んだのですぐに止めた。要修行、だな。

 

 そして今日は、オーウェン君が帰る日だった。見送りには俺と両親、ハクランさんが参加。その際、オーウェン君からお礼と謝罪を言われた。ゴーレムから助けてくれた事、自分は何もできなかった事を。……いや、うん、むしろこっちが謝りたいんだけど。一瞬とは言え、君を見捨てるような事考えちゃったし。とは言え、これをドストレートには言う勇気は無いので、魔法剣等の件でチャラにしといてって伝えた……んだけど、食い下がってきました。いやいやちょっとちょっと、こっちも困ってるんですけど。そんなにお礼を言われる権利こっちには無いんですけど。けれども彼が引かないのは分かっていたので、次にこっちを助けてくれとか言ったら納得してくれた。

 それと案の定やりたい事について聞かれました。

 

 そして答えました――マナリア魔法学院に入りたいと。

 

 あれから考えた。ゼロの技の再現、習得。これらと魔法は切っても切り離せない関係だ。それに市販の魔導書では限界がある。【ゼットバスターレックレス】とかならまだしも、【裂光覇】とかは恐らくそれでは無理だろう。しかしそこで俺に電流が走った。なら、王都の魔法学校に入ればいいと。

 あそこはこの空域でも最古の魔導図書館でもある。そこになら絶対に、技を完成させるのに必要な魔導書が揃っているはずだからだ。しかし、そこはファータ・グランデ最高峰の魔法学校。入るには相応のレベルが要求される。そこでだ。今から目指して頑張ろうと。

 その事を伝えると、お互いに頑張りましょうと言われた。彼は一人前の騎士に、俺は魔法使いに。それぞれの目標に向かって励みましょうと。

 

 そしてオーウェン君とカーターさんは王都への馬車に乗り込んで帰って行った。同じ国内だからまた会えるだろうけど、それがいつかは分からないんだよなぁ……。彼の訓練の都合上、こっちに来れる確率は低いだろうし……手紙は出すとは言ったけども。あー……めっさ寂しいのう……。

 

――さて! 暗い気分はここまで! 頑張るって約束したんだから、それを果たさないとな!!

 

 今日も訓練に励むとするか! 目指せ! 紅いイレギュラーハンター!!

 

……その前に黙り癖とかどうにかしないと。

 

◇    ◇    ◇

 

「……父上」

「何だ?」

「私は強くなります。今よりも、誰よりも。守る側だったというのに、守られてしまうとは……このままでは騎士として失格です」

「……そうか」

 

 息子の強い決心を秘めた眼に、優しく笑みを浮かべて頭に手をやった。

 

「……頑張ろうな」

「はい!!」

 

 

 かくして彼等は別れた。

 

 片や騎士となる為に鍛錬を積み。

 

 片や魔法学院に入る為に勉学に励み。

 

 そして彼等は……七年後に再会するのだった――。




Rei learned "Magic saber"

尚、勘違いに気づいた模様。(ただし、無くなるとは言ってない)
そしてオーウェン君、強化フラグ的なもの成立。

補足説明

魔物がゴーレムな理由? これがやりたかっただけです。セイバー入手といえばZのオープニングステージですし。ただ書いてて思ったけど……もはやどっちが悪役か分かんねえなコレ。最早ゼロじゃなくて覚醒ゼロかオメガだろ。一応シリアル系小説なんですけどねぇ……。

それとゴーレム戦について軽く補足。ただ自分の身を守る為に強くなってた奴が、友人のピンチで何も無しに他の人の為に戦うというのも少し違うかなと思いましたので、若干の葛藤っぽいのを入れました。くどかったらすみません。あ、今回出てきたゴーレムは間違いなくクズです。死すべし慈悲はない。

あと年齢。途中13歳位に書き直そうとも考えましたが止めました。どこぞの小学生は世界救う位の強さがあるんだから、この作品でも問題無いかなと(ネットバトル大好きな小学生とか、宇宙が大好きな小学生とか)。それに、グラブル自体強さとかの基準が微妙に曖昧ですし。あ、別にディスってる訳ではありませんよ?

【お知らせ】
ちょっと駆け足ですが、これで幼少期編は終わりです。一応次話から本編に入りますが、少し書き溜めを作ったりしたいのでお時間を頂く形になります。あ、失踪は余程の事が無い限りはしません。……時間はかなりかかるかもしれませんが。大学も始まってしまったので。実験レポートめんどくせぇ……。
それと投稿ペースは文字数に依存するというのもあるので、中々更新されない場合は「あ、コイツ書き溜め作ってるか、書き直しに時間かかってるか、クッソ長い文書いてるか、修羅場状態か」と思ってお待ち戴けるとありがたいです。一応活動報告で状況報告等は行いますので。

では、しばらくの間姿を消します。また近いうちにお会いしましょう。さようなら。

9/22 ゴーレム戦の一部を改訂。セイバー習得の部分をもう少し目立つようにしてみました。


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本編 
第一話  きみは、ゆくえふめいになっていたレイじゃないか!! 前編


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

第一話を投稿してから二ヶ月以上ですが書き直しました。後から見返すと、かなり雑なところが多いと感じたので……。

以前まで掲載していた第一話は旧話として別作品扱いで挙げておきます。

URL

https://syosetu.org/novel/174637/


ちょっと長めのざっくりとした幼少期編のあらすじ

怪我の影響か、自身の前世の記憶を思い出した名も無き少年。彼はドルド夫妻に引き取られてレイという名前を貰った後、自身の身を守る為にロックマンX、Zシリーズのキャラクター『ゼロ』を目指して修行を開始。

しかしそう簡単には成功せずに大苦戦。魔法弾(バスター)に苦戦、魔法剣ならぬ魔法刀(ゼットセイバー)にも苦戦、さらには内面がカオスな為に交友関係もどうすればいいのかが微妙に分からず、友達作りにも四苦八苦するという三重苦。

そんな色々な意味でボドボドな中、父親の友人である騎士ハクランに師事を仰いだら何がどうしてそうなったのか、『ハクラン式マナリア騎士団訓練キャンプ~口でクソたれる前と後に鍛錬をしろ! 分かったかボウズ!!~』というどこぞの鬼軍曹の様な修行を三年間受ける羽目に。その結果憧れの特A級ハンターへ近づいたものの、代償としてボッチ化が加速。

それを哀れに思ったのか両親とハクランが話し合い、王都の友達の息子と会わせようぜ!! という考えの元に手紙を送付。その子から魔法剣を教わったり、模擬戦をやったりしたことで友人に。

その後はハクランマジで許さねえとか、騎士じゃなくてKISHIだろと震えたりとか、その子が騎士見習いからバトルジャンキーへと変貌しかかったりとか、野生のゴーレムと運命的な出会いをしたりとか、よくある窮地で覚醒からの魔法刀(ゼットセイバー)習得イベント等をこなした後、お互いの目標を目指して分かれた所で終了。

その七年後辺りの時間軸から本編は始まる。


「――ふう、こんなものでしょうか」

 

 額に滲む汗を拭いながら部屋の中を見渡す。入った時に感じた埃っぽさは無くなり、床にも壁にも汚れ一つとして見当たらない。ベッドと壁の間や机の置いてある隅も勿論の事、小さな台所もピカピカだ。窓も薄く汚れていたものの、今では本来の透明さを取り戻し、外部から照らされる光を余すことなく部屋に伝えていた。それこそ新品同然のように――正直言って、やりすぎである。

 だが彼からすればこれ位やって当然だと考えている。これからはこの部屋で生活するのだ。なら、少しの汚れも無い方が気持ち良いに決まっている。

 ほぼ新室同然となった部屋を満足そうに見渡した後、掃除道具を片付ける。部屋の換気を行うために窓を開けると、外に植えられていたサクラの木が映り、昼過ぎの暖かい日の光が部屋に入ってきた。

 

――この分では、明日の天気は問題無いようですね。

 

 そう顔を綻ばせた後、次は荷ほどきでも行おうと隅に避難してあった自身の荷物を部屋の中央へと持っていく。最初は本からにしますか、そう思って紐を解いた。瞬間、少し強めの風が吹き、本のページを捲って中に挟み込んであったのだろう一つの少し古びた便箋を床の上へと晒した。風が捲ったのは自身の日記、飛ばしたのは友からの手紙、その最初のもの。思い出として大切に保管してあったのだが、まさか風が吹くとは思っても居なかった。

 次の風によって飛ばされる前に慌てて回収した後、便箋の隅に視線が行く。文字は薄くなってはいるものの、そこには自身の大切な友の名前が記されていた。

 

「……あれから七年、ですか」

 

 部屋の中で懐かしそうに、彼――オーウェンは呟いた。

 あの村での事は今でも記憶に残っている。

 

 無口で感情の起伏が少ないものの、確かな強さを持つ少年――レイと出会ったこと。

 

 彼の師と自身の父が提案した事による模擬戦を行った事。

 

 共に鍛錬を積んで汗を流したこと。

 

 二人でゴーレムに挑み、助けられてしまったこと。

 

 そんな友と互いの目標に向けての約束を交わした事も。 

 

 レイの故郷であるココス村から王都へと戻った彼は、それまで以上の鍛錬を積み続けた。

 只でさえ多かった鍛錬量はさらに増加、騎士として訓練や勉強も手を抜かず、弛まぬ努力を重ね続けた。

 無論騎士になるという目標の為でもあったのだが、それ以外にも理由が存在した。

 その理由は三つ。友人である彼に負けたくないこと、守る側でありながら守られてしまったこと。そしてもう一つ……。

 それらを胸にして忙しい日々を送っていた結果、数ヶ月前に晴れて騎士団入りを果たした。これにはオーウェン自身も喜んだものだ。

 

 だがしかし、約束を交わした相手からは何の連絡もきていない。

 というのも最初はお互いに手紙を送り合っていたのだが、それは最初の一~三年程度。一時からお互いに忙しくなってしまい、最後のやりとりを行ったのは約四年近く前である。一応彼らしき人物の話を耳にしてはいるものの、それ以外に情報はほぼ無いに等しい。その為、彼がマナリアに入学したのかどうかは掴めていない。

 本当なら休みを利用して直接村に顔を出しに行くという手もあったのだが……当時は僅かな時間や休みも惜しんで鍛錬に当てていたことや、今はとある事情が原因で向かうに向かえないのだ。

 自分は目標を達成した、しかし相手の現状は不明。知りたくても知れない――そんな歯がゆい思いを抱いているというのに……

 

「私が学院に入学するってどんな皮肉ですか……」

 

 何とも言えない面持ちでため息をつく。

 そう、オーウェンがいるのは騎士団の宿舎では無く、マナリア魔法学院の男子寮。その二階に割り当てられた自室である。

 今は部屋の清掃の為に動きやすい服装である蒼いジャージ姿ではあるものの、制服は一式を新品の状態で壁に掛けてある。――つまるところ、入学式を翌日に控えた新入生なのだ。

 

 もちろん彼は魔法を学ぶために学院に来たのではない。翌日からは学生の肩書を持つことになるとは言え、本職は騎士。今更魔導士を目指そうとしている訳でも無い。

 

 では何故彼が魔法学校に居るのか? その答えは、とある人物の護衛の為である。

 

 護衛の対象となっている人物は、王国でも相当な地位にある者。

 それ故に剣の腕が求められるのは当然のことだが、護衛相手や周辺人物になるべく緊張を与えない年の近い相手かつ対象に失礼の無い家柄。それらの条件の元で照らし合わせた結果、オーウェンが該当し、騎士団長から直々の辞令が降りたのだ。

 任務を言い渡された時は緊張した……否、今も緊張はしているものの、相手との顔合わせやそれ以外での会話によって、ある程度の人柄は理解できたために多少マシにはなっている。

 

 因みに護衛対象の人物は、かなり人懐っこい性格だった。何故なら初対面とも言えるオーウェンに、いきなり友達になってくれと言ってきたのだ。

 突然の事だったので面を食らったものの、彼はそれを了承――――した直後。七年前に自分が勢いで友人になってくれと言ったことを思い出し、その場で遠い目をしてしまったために居合わせた二人から「一体何があった」と心配されたのは思い出したくもない事である。

 

 閑話休題 

 

 自身の任務はともかく、問題は彼が入学したのか否かである。

 送られてきた手紙には学院に関する記述は一切無し。連絡を取ろうにも、相手が今どうしているのかは不明。もしかしたら村、下手をすれば島から出ている可能性もある。

 というのも、友人の師であるハクランが『もっと実践を経験させるために、他の島に行くかぁ?』と呟いていたのを何度か耳にしていたからである。というかそれが無かったとしても、あの人ならやりかねない事をオーウェン自身が理解している(尚この時のレイは表情こそいつもの仏頂面ではあったものの、げんなりとしたオーラを漂わせていた)。

 問題はそれだけでは無い。自身は護衛の任務を受けた身であるために、そう易々と王都から離れる訳にはいかないのだ。

 

 他の生徒からそれらしき人物がいないかどうか聞いてみるというのも手ではある。しかし状況が状況だ。今日は入学式の前日、教師達や生徒会に所属するものは準備に駆り出され、他の新入生達も各々の時間を過ごしているために聞ける状況ではない。

 

――情報も掴めないのであれば考えていても仕方ないこと。気がかりではあるものの、自分を納得させたオーウェンは一端頭の隅にそれらを追いやり、未だ手つかずの荷物を整理し始める。

 持ち込んだ私物はそこまで多くは無い。衣服の類いは最低限のものな上、趣味に該当する書物は日記や兵法書。後はとある武器マニア無限の剣拓氏監修の"全空武器名鑑"ぐらいなものだ。その為に、整理に要した時間は三十分もかからなかった。

 

 作業が終わった後、オーウェンは椅子に腰を掛けて一息つく。

 とりあえず自室の整理に当たる作業は終わった。なら、次にするべき事は……。 

 

「……どうしましょうか」

 

 やることが無いために時間を持て余してしまう。

 入学式の準備……とは言っても、新入生が行うものは無いと同然だ。精々が自分が持ち込む予定の剣の手入れぐらいなもの。

 護衛対象の手伝い……は、残念ながらパスである。相手が同性で会ったのならそうしたかもしれないが、何分相手は()()ときた。

 いくらマナリアが校風で自由を謳っているとはいえ、男子が女子寮へ向かうのは規則で禁じられている。

 仮に許されていたとしても、男にずかずかと上がり込まれる事にいい気はしないだろう。

 加えて相手の性格を考慮すると、今頃隣人との仲を深めている可能性が考えられる。出来ることなら邪魔はしたくない。

 なら自身も挨拶に向かうべきか、と彼が考えるのは順当とも言える。が、隣の部屋からは未だに作業音らしきものが聞こえている。流石にそれを遮るような真似をするのも考え物だ。

 となると……

 

「鍛錬だけですね」

 

 兵法書を読むという選択肢も存在したのだが、これだけいい天気なのだ。部屋に籠もっているのは勿体ないと言えよう。

 それに今の自分は護衛の任を預かる身。いついかなる時でもその腕を振るえるように、万全の状態にしておかなければならない。

 

 だが行うにしても、場所が問題だ。

 今の時間は人の出入りがあるために、寮の前で行うのは邪魔にしかならない。ここからそう遠くなく、広いところは……。そこまで考えたところで演習場のことを思い出す。

 あそこならば問題ないでしょう、内部も広い上に人も居ないでしょうし。そう思いながら壁に立てかけてあった剣を手に取り、鍛錬場所へと向かった。

 

◇    ◇    ◇

 

 オーウェンが寮を後にしてから数分後。赤いジャージ姿の男子生徒が左の部屋から現れ、オーウェンの居た部屋のドアを三回ほどノックした。が、当然ながら返事は無い。隣人が先ほど出て行った事など、彼は知らないのだから。

 

「今は居ないのか……」

 

 困ったように頭を搔く。

 彼が来たのは挨拶の為である。先ほどまで自室の掃除にかなり手間取っていたのだが、ようやく終了した為に隣人への挨拶――とは言っても、部屋の関係上隣人はオーウェンのみ――にでもと思って訪れたのだが、帰ってきたのは静寂という名の返事だけ。いくら挨拶が重要とは言え、相手が不在であるのならば意味が無い。

 となると必然的に後回しとなる。

 

(どうすっかなぁ……。部屋の掃除とかは全部終わってるし、他にやることねえしなぁ……)

 

 腕を組んで考えた末、一つの答えを出す。

 

(……よし、鍛錬でもするか。演習場なら少し派手にやったとしても大丈夫……なはず)

 

 思いついたら即行動。自室へと自分の武器を取りに戻り、寮を出るのはこの数分後だった。

 

◇    ◇    ◇

 

 オーウェンが寮を出てから歩き続けること十数分。遠目で見ていたときは最初は小さいシルエットだったが、歩を進める毎に次第に大きくなり、数分後には非常に大きな建物となって目の前に現れた。

 マナリアには幾つかの演習場が存在する。そこでは魔法の訓練を行うことが出来、授業での使用や偶に行われる生徒同士の対戦の場所としても利用される場合もある。……最も、向かうのが面倒な事や思いついたら即座に試したいという理由から、中庭などで実験する輩が半数以上を占めているのが実状だが。

 そしてここ、第一演習場はその一つ。屋根が無く広さも中々であるが故に、講義ではゴーレムの作成のような、屋外での魔法実習での利用がメインとなる。

 相当な大きさを誇る建物。その外観に圧倒されながらも、足を止めて眺める。

 そして数分程度目に収めた後、いざ内部へ進まんと歩を進めた瞬間――。

 

「う、うわぁああああ!?」

「何だッ!?」

 

 突如として聞こえた悲鳴。オーウェンは急いで内部へと走って向かう。距離はそこまで遠くない。その証拠に、十数秒程度で中に到着する事が出来た。

 向かった先で彼が目にしたものは二つ。天井の無い広いフィールドの中央で尻餅をついて怯える新入生であろう三人の生徒達。

 そして、自分たちの倍以上の巨躯を誇り、身体は獅子と山羊、尻尾が蛇で構成された魔物――マンティコアが今にも襲いかかろうと牙を向けて唸り声を上げる光景だった。

 

「あ、あぁ……ぁぁあ……」

「だ、誰か……」

「ひぇぇぇ……」

 

 恐怖で身が竦んでいるのだろう、その場で座り込んで震えているばかりだ。

 しかしそんな人間の事情など、魔物からすればどうでもいいこと。己の眼に獲物が映ったのならやることは一つ、それらを狩るだけだ。

 

「グオオオオッ!!」

 

――咆吼と共に獣が走り出す。

 

(このままではマズい……!)

 

考えるが早いか、オーウェンは地面を蹴って自身が携えていた剣――ソード・オブ・ソーサリーを抜刀。水流を纏わせ、マンティコアへと一太刀浴びせにかかる。

 

「チェストォ――――ッ!!」

「グァッ!?」

 

 不意の攻撃は右の肩を斬り裂く。鮮血が舞い、マンティコアが呻き声を上げる。

 しかしマンティコアは斬られる直前でこちらに気づいて身を少し引いていた。その為に、浅い切り込みしか出来ていない。

 マンティコアはその場で身体を反転し、バックステップで数メートル先へと距離を取る。自身が斬られた事を確認するかのように傷を眺めた後、オーウェンを睨み付ける。

 狩りを邪魔されたことか自身を傷つけたことか、将又その両方か。獣の顔には怒りが浮かんでいた。

 魔物を尻目に生徒達の方へと目を向ける。

 

 どうやら無事らしい。恐怖の対象が遠ざかったことで緊張から解き放たれたのか、その場で放心していたものの、誰一人怪我は無かった。その事に安堵しながら声を掛ける。

 

「皆様、大丈夫ですか?」

 

 彼らは相変わらず放心状態のままだった。しかし今ので我に返ったらしく、すぐに返事が返ってきた。

 

「あ、ああ。ありがとう、助かったよ……」

「お聞きしますが何故この様な状況に? 少なくとも、学院で飼育されている生物では無いと思うのですが」

 

 彼らに訪ねると、内の一人である男子生徒が右の方へと指をさす。そこにあったのは……

 

「召喚魔法の陣……?」

 

 となると、貴方方は召喚魔法を? そう問うと、三人は頷いた。

 

――召喚魔法。それは、魔物や精霊を呼び出す高度の魔法。

 呼び出されるのは風の精霊のような小型の魔物や精霊に始まり、大型の魔物や強力な精霊。果てには、人の想像を超えた高位の存在が応じる可能性もある。

 加えて呼び出される存在が何であるかは術者にも不明な場合が多いことから、実行には細心の注意を払わなければならない。小型の魔物ならともかく、自分の手に負えない程の力を持った存在や凶暴な気質の相手だった場合、始末が付かなくなる可能性が高いからだ。

 また、術式の構築に要求される魔法文字――魔方陣などに書き込む特殊な文字やつづり。それぞれ発揮する効果や作用が異なる――も複雑なものが多い。

 これらの事情のために、難易度が高いとされているのだ。

 

詳しい事情は分からないものの、この三人は召喚魔法に挑戦したのだろう。

 一人ならともかく三人ならばと踏んだものの、そこは新入生。自分たちの知識に無い部分や不安な所は適当に流したのかもしれない。

 けれども偶然ながら魔法として機能してしまった結果、魔物の中でも強い部類に入るマンティコアを呼び出してしまったのだと考えられる。

 唯一幸運だったのは、彼ら以外の人間が不在だった点だ。もし多くの生徒がいる中で呼び出されてしまっていたら、甚大な被害が出ていたことは明白である。

 だがその事を考えていても現状は変わらない。今すぐマンティコアを何とかしなければ、演習所の外へと被害が出るのは確実だからだ。

 そう考えたオーウェンは、生徒達を守るために前に出た後、背後にいる生徒達に避難を促した。

 

「皆様は今すぐ避難を。この場は私が引き受けます」

「なっ!? あの魔物を一人で相手にするっていうのか!?」

「はい。状況的にもこの場で戦えるのは私のみ。それに今の攻撃で奴の視線は私に釘付けとなっております。チャンスは今だけかと」

「で、でも……!」

「ご安心を。私は騎士、戦闘には慣れております故。――さあ、早く!!」

 

 オーウェンに促され、彼らは急いでこの場を離れようと慌てて立ち上がって走り出す。この間、マンティコアはオーウェンへと視線を注いで戦闘態勢へと移っていた。

 そして三人の姿が見えなくなった事を確認した後、オーウェンも向き合う。 

 

「さあ、どこからでも掛かってくるがいい!!」

 

 その言葉を皮切りとして、マンティコアはオーウェンとの距離を一気に詰めにかかる。

 通常の魔物とは比べものにならない脚力で加速し、後ろ足に備わっている蹄で地面をしっかりと蹴って跳躍。右足を掲げ、鋭い爪の一撃を上空から仕掛けた。

 爪が振り下ろされる前にオーウェンは左へと回避する。そして着地後の隙を狙って接近を試みた。

 しかし、彼の行く先を尻尾の蛇が阻んだ。

 上下左右、変則的な機動を描きながら牙を向けてくる蛇を剣で裁き、無防備に佇むマンティコアへと接近する。

 そのまま剣を横に構え、隙だらけの横腹を渾身の力で振り抜く。振り抜かれた剣が体毛ごと斬り払う――

 

「何……!?」

 

――ことはなく、堅い何かにぶつかって止められた。

 はらはらと散った体毛の下から現れたのは蛇の鱗。色が浅黒く変化していることから、土魔法による硬化を施しているのだと思われた。

 その事に眉を顰めた瞬間――突如としてマンティコアが、大気を震わせる程の咆吼を放った。

 異変はすぐに起こった。獣の咆吼に呼応するかの如く、地面が突如として光り始めたのだ。しかもその範囲はマンティコアの周辺に留まらず、遠く離れた地面やオーウェンの足下など不特定かつ広範囲。

 すぐさまオーウェンはその場から離脱。その数秒後に光った部分から大地のエネルギーが次々と噴き出した。

 隙だらけに見えたのは油断を誘うためと力を溜めていたため。これが後もう少し離れるのが遅ければ、真正面から当たっていただろう。その事にオーウェンは内心冷や汗を流しつつ、改めてマンティコアを見据える。

 

 獅子の鋭い爪と俊敏さ。山羊の強靱な脚力とそれを余すこと無く地面へと伝える蹄。尻尾の蛇による軌道の読みにくい攻撃と隙の軽減、鱗による補強等々。

 様々な生物が混ざり合った恩恵なのか、備わっている動物達の能力も遙かに向上している。

 さらには土魔法による鱗の補強と真面に当たれば一溜まりも無い広範囲攻撃。――ハッキリ言って、厄介極まりない。

 

 しかし付け入れない部分が無いかと言われると、そうではない。

確かにマンティコアは普通の魔物よりも素早い上に、高い攻撃力を持っている。けれども、本体の動きはどれも直線的。

 例外である蛇の動きは変則的ではあるものの、見切れない程のものではない。

 一番危険な土魔法による攻撃も、発動自体には多少の時間が必要である事が判明している。

 障害となるのはやたら頑丈な蛇の鱗だが……どうという事は無い。

それを上回る切れ味にすれば良いのだから。

 

「スゥゥウウウ…………」

 

深い呼吸と共に魔力を練り上げる。

 先ほどよりも濃密に練り上げられた彼の魔力は迸る流水へと変換。水の魔力は剣から激しく放出される。

 その後、水は剣へと収束して刀身を覆った。

 見た目そのものはついさっきまで使用していた魔法剣と何ら変わりは無い。だが、宿している属性力は比べるべくも無い。

 

 剣を構えたオーウェンは再度マンティコアへと迫る。

 マンティコアは来させまいと、迎撃として蛇を放つ。そして先ほど自身の腹部にやったのと同じように、硬化を施した。――これを打ち破ることは無いだろう。そう確信しながら、土魔法による攻撃の準備へと取りかかる。

 

 しかし、その考えは甘い。

 

「――ハァッ!!」

 

 一閃。振り抜かれた剣は弾かれる事無く、硬化した蛇ごと切り裂いた。獣から驚愕と苦痛の混じった呻き声が上がる。

 

 オーウェンの取った手段――それは属性力のさらなる強化。

 これにより、いかに頑強な敵であったとしても容易く両断する事が可能となる。例えそれが、自身の属性に対して優位なものであったとしても。

 

 属性の優劣は原則ではあっても絶対とは限らない。

 例として火事を考えてもらえば分かりやすいかもしれない。強すぎる火に少量の水を掛けたところで収まりはしない事を想像するのは簡単だろう。

 いくら土が水を養分として取り込む側であるとしても、それは掛けられた程度のものだけだ。強い勢いで放出された水は吸収出来ず、逆に削られてしまう。それと同じ事である。

 

 しかし言うは易く行うは難しという言葉があるように、そう簡単に出来るものでは無い。属性力の強化には必然的により多くの魔力と相応の魔法の技量が求められるからだ。

 魔力の消費量の増加は術者にそれだけ負担を増やすことと同義であり、徒につぎ込めばいいというものでも無い。

 多量の魔力を消費したところで技量が足りなければ、無駄が発生してその分をロス。最終的に見れば、費やした魔力と発動した魔法が見合っていない結果となる。

 さらに魔法剣なら当然剣の技量も絡んでくる。

 威力の強化に成功したとしても、扱う者の腕が伴っていないのならばそれこそ意味が無い。言ってしまえば、高すぎる出力に振り回されてしまうという事に他ならない。

 魔法の技術と剣の腕。オーウェンはその両方を兼ね備えていたからこそ実行に移せたのだ。

 

 自身の尾を切り落とされたマンティコアは、直ぐさま土魔法を放とうとする。

 本来なら牽制による時間稼ぎで十全な威力を発揮させる予定だった。しかしその手段である蛇を失った今、時間を掛ける意味は無い。

 完全な状態では無いために、先ほどのようなものは見込めないだろう。だがそれでも人一人を屠るには十分だ。

 

 マンティコアが咆吼を響かせた事により地面が再び光り始める。一度目と比べ、規模は小さいものの範囲としては十分。そして同じように、オーウェンの下にまで及んだ。

 だが、二度も同じ手は食らわない。彼は自身の身体に身体能力を強化する魔法を掛ける。青い光が全身を包み込み、瞬発力や脚力、腕力全ての機能を活性化させた。

 強化が終了すると同時に姿勢を低くし、地面を踏み込む態勢に。そして下から光が吹き上げる直前、地面を思いっきり蹴り――一瞬でマンティコアの目前へと迫った。

 驚愕する相手を尻目に剣を下から振り上げてそのまま――

 

「はぁぁああああっ!!」

 

――獣を両断した。

 

 戦いの勝利はオーウェンが制したのであった。

 

 だがこの時彼は気づいていなかった。召喚魔法の陣が、妖しく輝いていたことに――――。

 

◇    ◇    ◇

 

 時間は遡ること数分前。演習場より遠く離れた先の通り道にて、先ほどオーウェンの部屋を訪れた赤いジャージの生徒は歩いていた。

 

「ほう……」 

 

 ゆっくりと歩を進めながらも、周りの景色を眺める。

 自身の故郷とは違う大きな建物が連なる風景。入学試験の時もそうだったが、王都といい魔法学院といい、この光景は新鮮である。

 感慨にふけながら向かっていると、反対側から三人の生徒が大急ぎで走ってくるのが目に映った。

 何か急いでいるのだろうか。忘れ物でもしたのか? そんな呑気な事を考えてすれ違った時、それは違うと理解した。

 彼らの顔つきは険しいものだった。まるで何か事件でもあったかのような。

 そして気づいた時には、既に声を掛けていた。

 

「――おいアンタ達、ちょっといいか?」

 

 こちらの言葉に三人は足を止めて振り返る。

 何も気にせず放っておけばいいと思うだろう。だが、このただ事では無い雰囲気を纏っていたこと、何かに怯えているような様子、そして走ってきた方向。これだけの判断材料があれば、目的地である演習場で何かが起こっているのだと嫌でも想像できる。

 そしてその内の一人である眼鏡を掛けた男子生徒が慌てながらで返答してきた。 

 

「な、何だよ!? 今急いでるんだから後にしてくれ!!」

「……演習場で何かあったのか?」

「ああ、そうだよ! マンティコアを呼び出して襲われそうになって助けられて今先生を呼びに――」

「スマン。質問しておいてなんだが落ち着いてくれ。何を言っているのかさっぱり分からん」

 

 そう言うと、相手は少し呼吸を整えてから改めて説明してきた。

 

「……僕たち三人は召喚魔法を行ったんだ。折角マナリアに入学したんだから、難易度の高い魔法に挑戦しようって。そうしたらマンティコアが召喚されて……」

「駆けつけた他の生徒に助けられた。しかし自分たちでは手に負えないから、教師に対処を仰ごうとしている。その認識でいいのか?」

「ああ」

 

 男子生徒は首を縦に振る。だが、その表情は暗い。それは他の二人も同様だった。

 

「……となると、今はそいつ一人でマンティコアとやり合っているということか」 

「ああ。いくら騎士って言っても、無茶としか思えない」

「騎士だと?」

「自分でそう名乗ってたんだよ。魔法剣を使う奴だったんだけど……」

 

 魔法剣を使う騎士。それを考えた彼の脳裏には。ある一人の人物が浮かんでいた。

 七年前、自身の故郷である村に訪れて自身と模擬戦や鍛錬を共にした存在である、自身の友人の姿を。

 

(……いや、流石にそれは無いだろ)

 

 直ぐさまそれを否定する。

 彼の人物が魔法剣を扱う騎士とはいっても、自身の友人とは限らない。そもそも騎士ならば入学する必要性が薄い。それこそ特別な理由が無い限りは。しかし彼らの言葉からしても嘘とは思えないようにも感じる。

 

 件の人物が騎士であるか友人であるかはさておき、 話のとおりならその生徒は今も一人で相手をしていることになる。

大型の魔物の中でも厄介な部類に入るマンティコア。それと真正面からやりあうとは、それだけの腕があるのか、自分の腕を過信しているのか……。

 だが、いずれにしても演習場へは向かった方がいいだろう。このまま見過ごすというのも後味が悪いというものだ。

 

 そう考えていた最中、側に居た女子生徒が思い出したかのように突然叫び声を上げた。

 

「あぁ――っ!?」

「うお!? ど、どうしたんだよいきなり!?」

「私たち……術式そのままにしてきちゃった……」

「「……はっ!?」」

 

 おいちょっと待て。今とんでもないこと言わなかったかお前ら。思わずそう言いそうになった。

 何故なら召喚魔法の術式は術の解除または破棄せず放置した場合、召喚対象を延々と呼び出す可能性がある。召喚対象が小物ならいざ知らず、マンティコアと同格のものが呼び出されれば大事だ。

 しかも演習場では例の騎士が戦っている状況ときている。

 

――もしも戦闘の最中に他の魔物が現れたら? 消耗しているところを狙われたら?

 

 そこから先に起こることへの想像するのは難くないだろう。

 

「――ちっ!」

 

 ジャージの生徒は舌打ちしつつ、三人に背を向けた。

 

「……足止めして悪かった。お前達は教師の元へ急げ」

「え? 」

「俺は演習場へ向かう」

「お、おい!!」

 

 十分な説明もないままにその場から駆け出し、あっという間にその背中は小さくなる。止めようとする暇も無く起きたいきなりの展開に、三人はその場で茫然とするしか無かった。

 

「行っちまった……」

「ど、どうする?」

「どうするも何も、先生を呼びに行くしかないだろ……僕達じゃどうしようも無いことに変わりないんだし」

 

 その言葉に二人は頷くしかなかった。

 

 

「そういえば気になってたんだけどよ、アイツ背中に何背負ってたんだ? 剣じゃなかったよな?」

「うん。刀、だったよね……」

「……なんで刀?」

「さあ……?」




補足説明(第一話前編のみ補足説明での使用記号を変更しています)

《旧一話との変更点》

・幼少期編のあらすじを少し改編
・読みやすさ等を考えて前編と後編に分割(書き直しを行った結果、平均文字数の倍いきましたので、流石に長いと判断。キリのよさそうなところで分けました)
・戦闘描写の大幅な加筆
・謎の人物と生徒達の会話内容の変更

Q.つまりどういうことだってばよ?
A.ほぼ全て書き直したよ! でも話の流れは変わらないよ!!


《護衛対象》

説明するまでもなくあの人です。



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第一話  きみは、ゆくえふめいになっていたレイじゃないか!! 後編

マンティコアとの戦いを終えたオーウェンは、乱れていた息を整える。

 属性力の強化は魔法剣の威力を底上げできるものの、当然ながら魔力を通常より多く消費する。より堅いものを斬ろうとするなら尚更だ。

 加えて強化魔法による身体強化。これ自体は魔力をそこまで使うものでは無いにせよ、強化する度合いに比例して使用魔力は増加し、身体への負担も大きくなる。

 この二つを同時に行使したことから、彼の身体には疲労が現れていたのだった。

 

 敵を完全に倒したことを確認した後、剣を納めようと鞘に手を掛ける。これで学内の安全は守られたのだ、と。

 そう思った時――地面に何かの影が映る。

 細長い棒状の様な物を映した影法師。だがオーウェンはこれを視界に納めた瞬間、本能的に横へと身を投げ出して回避行動を取った。

 彼が横へ飛び退いた直後、相当な太さをもつ大きな何かが叩きつけられる。その威力は途轍もなく、地面を凹ませる程であった。

 オーウェンは攻撃の正体を確認するために目を向ける。そこに立っていたのは燃えさかる火山。溶岩が変質し、硬度を高めた赤黒い甲殻に身を包んだ炎の竜――フレイムドレイクだった。そしてたった今さっき振り下ろされたのは、フレイムドレイクの巨大な尻尾であったのだ。

 

 まだ術式が作動していたのか……! そう呟きながらフレイムドレイクへと立ち向かう。

 構えたオーウェンに対し、再び尻尾が上空より振り抜かれた。一撃目よりも鋭く振られたそれは、またも地面を抉る。

 横へと跳ぶことで逃れていた彼は、フレイムドレイクを中心に円を描くようにして走る。

 いくら尾による攻撃が強力でも、真正面へと回り込んでしまえばそれも封じられる。尾を使うには、小回りの利かない巨体を反転させなければならない為に、隙が生まれるだろう。そこを叩けば上手くいくはずだ、と。

 彼の読みは上手くいったと言える。正面に回り込むことは成功し、相手はこちらの動きに追いつけていない。その時間を利用して剣に魔力を集中させ、強化魔法の準備をする。魔法剣と強化魔法、その二つを掛け合わせることで編み出した極技。これをぶつければ奴を両断出来るはずだと踏んで。

 

 だがその目論見は崩された。いざ強化魔法を発動しようとした時、突如としていくつもの鋭い岩が、フレイムドレイクの背後よりオーウェンへと襲いかかってきたのだ。

 不意の出来事によるものだったので一瞬対応に遅れが生じるも、咄嗟に後ろに下がったことで負傷は免れた。しかし今の攻撃のせいで、強化魔法は発動出来なかった。

 チャンスを潰されたことに内心歯噛みしていると、フレイムドレイクの背後より一つの影が浮かび上がる。

 影の正体は宙を彷徨う岩石。いくつもの岩を配下のように従わせている、土霊エフセイだった。――先ほどの妨害は此奴の仕業である。

 

「三体目か……!!」

 

 フレイムドレイクに土霊エフセイ、二体の大型魔物が同時に襲いかかってくるこの状況。只でさえ骨が折れるというのに、そこへマンティコア戦の消耗まで加わるときた。

――端的に言って、不味い。

 

 しかも今のエフセイによる妨害のせいで、オーウェンが逆にフレイムドレイクへと隙を与えてしまった。

 彼がエフセイに気を取られていた間。炎の竜は自身の熱器官を活性化、甲殻から炎を噴き上げて体温を上昇させていたのである。

 そして生成した炎を口元に集中させ、視界を埋め尽くす程のブレスを一気に放出した。

 

 オーウェンはすかさず防御魔法を発動する。左手を前に突き出すことで術式を展開、魔法文字の刻まれた円形の障壁が炎の前に立ち塞がる。

 フレイムドレイクは尚も業火を吐き続ける。障壁は炎の奔流を防いではいるものの、この間オーウェンは身動きが全くとれないでいる。絶好の的ともいえるこの状態、当然もう一方が逃すはずも無かった。

 エフセイはオーウェンに狙いを定めて空に岩を配置していた。それも先ほどのような小さい代物では無いサイズのものを。

 

 そしてエフセイはオーウェン目掛けて岩石を射出する。

 直後にフレイムドレイクの攻撃が終わりを告げたものの、あまりにもタイミングが悪すぎた。ブレスを防いでいた間の硬直状態。視界が晴れたとはいっても、それと同時に把握した攻撃に対する反応など到底不可能。障壁もブレスでガタがきている。――防ぐことも躱すことも叶わない。

 岩石がオーウェンへと迫る――

 

 

――刹那、二発の魔法弾とそれらに追随する風の刃が彼の背後より飛来する。

 

 

 突如として撃ち込まれた連撃はオーウェンの頭上を通り過ぎる。そしてエフセイが発射した岩へと命中し、相殺するように粉砕した。

 

「今のは……」

「――おい、そこのアンタ! 大丈夫か!?」

 

 即座に後ろを振り向くと、十数メートル離れた先に赤いジャージ姿の人物がこちらへと走ってきていた。――しかしその人物を視界に納めた瞬間、オーウェンは目を見開くことになった。

 灰色に近い頭髪、鋭さを感じる緑色の双眸。そして左手に構えているのは――風を纏って翡翠に光る刀。七年の歳月が経過し、風貌も変わってはいるが……知っている。この青年を。魔法剣を刀でやろうという無茶を成した友人は、彼しかいない――

 

「レイ……何故ここに……」 

 

 どうして彼が。オーウェンの胸中では混乱や驚愕などが渦巻いており、最早目の前にいる魔物のことなど忘れ去っていた。

 しかしそれは目の前にいる彼――レイも同じようだった。

 

「……お前はオーウェンなのか? 何でまた魔法学校なんかに……」

「それは私の台詞ですよ! 一体いつ入学されたのですか!? 手紙の一つでも送って頂ければ……」

「いつも何も今年、というより今日来たばかりだ。だから手紙を送るには――避けろ!!」 

 

 二人の会話を魔物の攻撃が遮る。回避したレイとオーウェンが目を向けると、まるで自分たちのことを忘れるなとでも言いたいかのように、エフセイとフレイムドレイクが見下ろしていた。

 

「挨拶より奴らを片付ける方が先決だな……」

「レイ、この二体は――」

「事を起こした生徒から話は聞いている。奴らは召喚魔法で呼び寄せられたんだろう? なら、倒すだけだ」

「無論です……って、待ってください。レイ、魔物に対しての恐怖症は……」

 

 確か彼はトラウマを抱えていたはず。もしや今も無理をしているのでは――。そう考えたのだが、レイは「ああ、そのことか」と何でもないかのように言った。

 

「それなら何とかなっている。俺よりお前の方こそどうなんだ? 相当疲れているかのように見えるが」

「この程度問題ありません! 私は十分に戦えますとも!!」

「相変わらずと言ったところか……」

 

 レイは静かな笑みを浮かべた後、オーウェンの横に並び立つ。 

 

「オーウェン、あのデカい岩の方は俺が相手をしておく。さっさと終わらせるぞ!!」

「はい!!」

 

 オーウェンはフレイムドレイクへと疾駆する。それを妨げるかのように、エフセイがオーウェン目掛けて岩を降らせる。

 

「悪いがそうはさせん」

 

 その行動に即座にレイが反応した。右手を降り注ぐ岩へと向けて魔力を集中、魔法弾を連続で撃ちだして撃墜する。

 さらに左手に構えた刀。刀身を風で覆い翡翠に光る自身の得物をエフセイに向けて縦に振り下ろす。空を切ると同時に生じた風の斬撃が、エフセイ目掛けて飛んでいく。流石に空中では分があるのか、エフセイには空中を滑るかのように躱されたものの、レイに意識を向けさせるには十分だった。

 

 レイがエフセイの妨害を防いだことにより、オーウェンは問題なくフレイムドレイクへと接近する。フレイムドレイクは尾で叩き潰そうとするも、オーウェンはそれを難なく避けて懐へと潜り込む。そしてがら空きの胴へと一太刀入れた。

 

「グウウウッ!? ――ガアアアッ!!」

「くっ……!!」

 

 怒る炎の竜が叫びと共に身体から火炎を放出させたことで、オーウェンは後ずさる。この隙を利用して、フレイムドレイクは再び火炎を口へと溜め込もうとする。

 

「またあの攻撃か……!!」

 

 先ほどは凌げたが次も同じようにいくかは怪しい。魔力にも限りがあるし、これを発動してしまえばそれこそ継戦能力に問題が生じる。

 だからといって防御魔法を張らなければ、自分は愚かレイもやられてしまう。

 オーウェンが迷っていると、丁度エフセイと交戦していたレイも目にしたらしく、大声で叫んできた。

 

「防御魔法は張るな! お前はそのまま攻撃に集中していればいい!!」

「え、な、何をする気ですか!?」

「アレを止めさせるだけだ」

 

 言い終わると同時に、レイは左手の刀を逆手に持ち替える。そして刀を持った手を肩の上へと構え、大きく振りかぶった。

 

「――食らえっ!!」

 

 左手が薄く光った後。身体を捻りながら反転させ、槍投げの要領で風を帯びた刀を全力投擲した。

 投げられた刀は想像もつかない速度で一直線に突き進み――フレイムドレイクの頭部を貫いた。これには炎の竜も堪らず絶叫し、炎の強さが不安定となって掻き消える。

 

「今だ、やれ!!」

「は、はい!!」

 

 レイの言葉と同時にオーウェンは自身に魔法による強化を施す。そして突っ切ると共に剣に魔力を集中させ、間合いに入ったと同時に一気に解放する――!!

 

「我が極技、お見せしよう!」

 

 斜めからの振り下ろし、横への一閃。続く斬撃にフレイムドレイクは悲鳴を上げる。

 だが、これでは終わりではない。この程度ではこの魔物は倒れない。現に、今にも反撃しようと身体を踏みとどまらせているのだ。

 しかし終わりでないのはオーウェンも同じ事。剣を纏う魔力を最大限に解放。刀身を覆う流水もそれに応じて形状を変化させる。

 そして脇に構え、天へと振り上げた。

 

「――ミラージュブレイドッ!!」 

 

 『逃げ水』の名を冠するかの如き変幻自在の攻撃。水面から立ち上る水柱の様に、地を這う衝撃波が火を操る魔物へと襲いかかる。

 フレイムドレイクはオーウェンの一撃を防ごうとするが、それよりも速く攻撃が到達すした。巨体は真っ二つに両断されて、地面へと崩れ落ちようとする。

 

 だが、魔物はもう一体残っている。エフセイはフレイムドレイクが倒されたことを知ると、演習場の外へ逃げようとした。

 そんな中、崩れ落ちる亡骸に迫る影が一つ――レイだ。

 彼はフレイムドレイクの身体へと飛び移って駆け上がると、頭部に突き刺さっていた刀を回収し、逃亡するエフセイに狙いを定める。

 

「逃がすか!!」

 

 骸を蹴って逃亡者へと跳躍。さらに風魔法を追い風のように発生させて自身を加速させる。さらにエフセイへと真っ直ぐに差し迫りながら、刀に風を集約してさらに切れ味を高めておく。そして上半身を弓を射るかのように、左手を後ろにやりながら反らした。

 そしてその背中に追いた瞬間、引き絞った左手を矢と化し上半身のバネと加速を利用した渾身の突きを放った。

 

「――旋牙突!!」

 

 エフセイの背中を風の矢が刺し穿ち、岩石の鎧を貫通する。さらに体内に存在する、エフセイの核にあたる部分も貫いたことで、土霊は完全に沈黙した。

 塊となっていた岩はボロボロと崩れ落ち、下へと落下して地面と衝突していく。

 エフセイを仕留めたレイも重力に従って落ちていくが、地面とは激突せずに両足で着地する。

 

 しかしまだ残っている作業がある。二人は召喚魔法の陣へと近づいていき、これを破棄。他に魔物がいないことを確認して両者はホッと息をついた後――。

 

「さて、挨拶が大分遅れましたが……七年振りですね、レイ」

「ああ、久しぶりだな。オーウェン」

 

 言葉を交わし、互いの手を握り合った。

 

◇    ◇    ◇

 

 あのー、行方不明になった覚えは無いんですが……。

 

 それはともかくとして、皆さんお久しぶり。ゼロを目指して約十年、ようやく見習いレベルに至ったかもしれないレイです。

 いやー、本当に何が起こるか分からないね~。隣人不在なこと然り、入学式前の魔物パーティー(ギリギリ未遂)然り、オーウェン君と再会したこと然りとねー。あ、因みに演習所の事件がどうなったか伝えておくと、あの三人は先生に結構絞られてました。名前は……ハインライン先生だったっけ? 表情が怖いというより、威圧感が凄まじかった。効果音的には「ドドドドド」みたいな。あの人には凄みしかなかったわ。

 で、事後処理その他諸々が終わった為に現在寮へと帰宅中。尚、オーウェン君は一緒である。

 

「レイ、先ほどは有り難うございました」

「礼はいらん。今回の件は、俺が助けた相手が偶々お前だっただけだからな」

 

 ぶっきらぼうに返すと、「そうですか……」と苦笑された。こんな言い方しか出来なくて本当にすみません。

 

「それよりも、だ。何でお前が魔法学院にいるんだ? 騎士を目指していたんじゃなかったのか?」

「いえ、騎士にはなっています。数ヶ月前に騎士団に入団し、初任務としてこの学院に入学したのです」

「そういうことか……」

「レイの方こそ、学院に合格したのですね。私としても自分のことのように嬉しく思います」

「それは俺も同じだ。……まあ、お互い連絡に出来なかったのはどうしようもないが」 

「そうですね。……レイ。私の記憶違いで無ければ、以前よりも口数が多くなっていませんか?」

「……少し、な」

 

 オーウェン君もだろうけど、俺もこの七年間色々あったからねー。

 約束を交わしたあの日以降、鍛錬と平行して魔法学院に入る為に座学もやってた。というのも、入学試験には一般的な教養と魔法知識を確かめる筆記試験と、自身の習得している魔法を試験官の目の前で行う実技試験の二つがあることを後日知ったからだ。

 いくら俺が転生者とは言っても、チート頭脳なんぞ持ち合わせてはいない。それにこの世界の一般常識を多少知っているとはいえ、あくまで年相応レベル。前世の常識は当てにならない可能性が――というか、島が浮いてるという時点で絶対当てにならない。

 さらに記憶喪失の影響か転生者であることを思い出した弊害なのか、この国――マナリア王国の歴史や全空史といった歴史関係全般が頭に無い。それはもう、笑ってしまうレベルで。いや全然笑えねえけど。

 これらの事情から、本屋に勤めている父さんに歴史関係を教わったり、駐屯所の騎士の皆さんにお世話になったりしていた。

 

 もちろん魔法関係もキチンと勉強した。……え? お前魔導書とかどうしたんだって? あー、それね。結果だけ言えば何とかなった。

 俺としてもこれが一番の問題だと思ってた。俺が持っていた魔導書はあくまでスライム専用の超初心者向け。当然ながらこれは使えない。

 しかも住んでいる場所の関係から、魔導書は手に入りにくい。とは言え王都に向かうには山を越えなければならない。加えて当時の俺は十歳の子供。一人で行くにも障害が多すぎる。かと言って、魔法の勉強が出来ないのは非常に不味い。魔法の知識が乏しい状態で受けたら間違いなく落ちるし。

 一体どうしようかと無い頭で必死に考えていたところ、例のあの人――ハクランさんがあっさり言ったのである。

 

『魔導書だぁ? 俺が以前使ってたもんでいいならやるぜ?』

 

 これには俺もビックリした。思わず「何だと! それは本当か!?」と叫んでしまう程に。

 因みに何故持っていたのかを聞いたら、騎士団に入る前に魔法関係も勉強していたのだが、ずっと捨てるのを忘れていたとのこと。本当にファインプレーである。

 で、ハクランさんからお古の魔導書――年数が経っていたからか、埃を被って少々痛んでいたりはしたものの十分使えた――を譲ってもらえた後、魔法の勉強もしていたのだ。

 

 他にも色々とやったりした。

 まず、魔物との戦闘。あのゴーレムとの戦いで何とか勝利したとはいえ、偶然による産物でしかない。それに初戦闘による恐怖心があったとはいえ、一度は彼を見捨てて逃げだそうということを考えてしまったのだ。

 で、それが嫌で嫌でしょうがなかった為にハクランさんに相談した結果……見事に克服しました。――最高にクレイジーな方法でな!!

 いや、あのさ、確かに恐怖心を何とかしたいとは思ったよ? でもやり方ってものがあると思うんですよ。伝えたらいきなり『よし、俺にいい考えがある!!』って言って、他の島に連れ出されるって誰が予想できるよ? しかも当時の俺は魔導書の件で株がだだ上がりしていたせいで「おおっ! 流石はハクランさん! 何かいい案があるに違いない!!」って考えてたから、総司令官ばりの死亡フラグに気づかなかったんだわ。そんで他の島に向かったら、万屋で討伐対象になってる魔物の巣に武器と身一つで放り込まれたしさぁ……。本当にあの人の頭の中どうなってんの? やっぱケルトだろあの人。というか、槍ニキ本人が転生したんじゃねえの? それを何回もやる羽目になったし。

 方法はともかくとして、特訓のおかげで魔物との戦闘は問題なく行えるようになりました。色々なことを吹っ切れたし。それでも時々チキンなのは変わって無いが。なお、学院へと向かう際にお礼としてある人に手紙を送っておいたのはここだけの話である。

 

 あとはラーニング技の修行とか、以前よりも内容が濃くなった修行とか……あ、そうそう。一番の問題児――黙り癖etcを忘れてた。

 俺の中身がこんなせいで身についてしまったこの癖。感情が薄い(笑)だの何だのと勘違いされてしまった諸々の元凶、こいつをどうにかするために俺は努力を続けた。具体的に言えば、鏡の前で笑顔の練習とか自分の部屋で会話の練習の為に一人で話し続けたりとか。正直頭が可笑しくなるかと思った。 

 

 だがしかし! 努力の甲斐あってか、大幅に改善されたのだ!! ……それでも言葉が足りなかったりするし、口調だけは直らなかったけどな!! 

 

 これ、口調は何なのだろうか。いくら黙り癖云々があったとは言っても、ここだけ直らないってさぁ……。そもそも幼少期からずっとそうだったし。いくらゼロに憧れてるとは言っても、流石にそこまでは真似ようとは思ってないんだけど。おかげで、幾つか言えるようになったネタの数々がとんでもないギャップしか生み出していないという始末である。まあ、村の人達と話すのに支障は無いからいいんだけどさ。

 それと勘違い、これに関しては放置である。理由としては、過去に起こっているそれらはどうやっても修正のしようがないし、これといった対策が思いつかないから。現状で出来る対策法としては、気をつけること。それだけ。

 ここまで長々と述べたが、この七年間で結構変わりすぎである。自分で言うのもなんだけど。

 自分の命が優先とかもあったけど、それよりも友達を目の前で失いそうになってからは考えが変化した。何が言いたいかって? つまりはオーウェン君のおかげで変われたということさ!! 勘違いのことも気づかされたしな! 忘れないうちにお礼言わないとね。

 

「……ありがとう」

「い、いきなりどうされたのですか?」

 

 あ、ヤベッ。主語とか諸々すっ飛ばしてた。そのせいで彼が滅茶苦茶困惑してるよ。急いで説明しねえと。

 

「お前に出会ったおかげで俺は変わることが出来た。その礼をずっと伝えたくてな」

「私のおかげといっても、特に大したことはしてないと思うのですが……」

「お前からすれば大したことじゃないかもしれない。でも、俺にとっては間違いなく大きなことなんだ」

「……成る程。それならば私も貴方にお礼を言う必要がありますね」

 

 え、何かあったっけ。特に何かやった覚えはないんですけど。

 

「貴方が友人になってくれたおかげで、私にも騎士を目指すこととは別の目標が出来たのですよ」

「別の目標……?」

「ええ。……内容は話せませんが」 

「……もしやお互い様ということか?」

「そういうことでお願いします」

 

 そうフッと笑って言ってきた。やだ、何この子。相変わらずめっさええ子なんですけど。あの頃だって普通に接してくれたし。七年経っても変わってないとかそんなのあるんだ。他の人からは生真面目すぎるとか言われるかもしれないけど。

 そんなことを考えていると、オーウェン君が「それはともかくとしてですが」と話を切り出してきた。

 

「そちらが宜しければ私の部屋で話をしませんか? 積もる話もありますでしょうし」

「いいのか?」

「ええ、勿論です」

「……なら、そうさせてもらおう」

 

 この七年間のことを聞きたいしね。そう思いながら、俺達二人はオーウェン君の部屋へと向かったのだった。

 

 

「……先ほど変わったと言っておられましたが、もしや刀を投擲するという手段も私が原因だったりするのでしょうか……」

「いや、あの時はアレが一番の最適解だと判断しただけだ」

 

 ごめん、やっぱりちょっと生真面目すぎかもしれないわ。あと、それは特訓のせいで常識が吹っ切れただけです。

 

 

オマケ

 

「そういえば、レイの部屋は何処なのですか?」

「俺の部屋もこの階だ。あそこの一番左端なんだが……」

「……丁度私の隣ですね」

「え」

「先ほど挨拶に向かったと言っていましたが……」

「……入れ違いというやつか」

「みたいですね」

 

 この後滅茶苦茶語り合った。




Q.何か色々変えすぎじゃない? というか時間かかりすぎだろ。

A.旧一話を見返すと(個人的に)不自然な部分が多く目に付く→投稿から一ヶ月近く経ってしまったけど、とりあえず書き直そう→レポートに加えて中間考査とかマジでワロえない→少しずつ進める→パソコン逝く。ついでに書きかけだった第二話と、一緒に開いていた新一話も吹っ飛ぶ→オワタ\(^o^)/→パソコン買い直しや後日にずれたりした中間考査、今期最後のレポートに手間取る(作者がアホやらかしたせいで計十七枚を作成、しかも手書き。書き直しを含めると書いた枚数は二十を超えている)→修正に再度着手→色々考え直したら結局ほぼ全て書き直しになって別物になるという結果に ←今ココ!

旧一話を見返して思ったのが、『オーウェンがもの凄く弱く見えないか?』という点。
いくらレイが窮地に参上するとはいえ、横から獲物かっさらわれた感じが凄かったし、全然強くなった様に感じられなかったので……。それに折角二人でいるんだから、多少なりとも協力シーンは入れないとダメじゃね? とも。まあ作者の文章力諸々のせいで、そこまで変わってねえよと言われるかもしれませんが。


補足説明

・オーウェン

基本の性格等はグラブル準拠、任務の為に入学した生真面目な騎士。しかし、レイが関わったせいなのか将又任務の傍らで彼と共に過ごせる事が嬉しいのか定かでは無いが、時折はっちゃけることがある。
武器に関しては覚醒時の立ち絵から解放武器を採用。強化魔法云々もアビリティなどがそれ関係だったことから。防御魔法はアニメか何かで使っている描写が存在したため、そこから採用。

ちなみに中の人は『ロックマンゼクスアドベント』にてシャルナクを演じていたりする。


・ジャージ

今回においてレイとオーウェンが着用していた服。
マナリアの制服がリアルのそれとあまり変わらないこと、『蒼空の向こう側』でパー様が着ていたことから採用。グラブル世界における服装の基準は曖昧な為、あっても不思議ではない。


・マンティコア、フレイムドレイク、土霊エフセイ

前者二体はグラブルの属性試練の最終ウェーブにて待ち受けるボス。後者はルーマシー群島に出現するレアモンスター。特にエフセイは十天衆の設備拡充で何度も通った人が多いはず。
マンティコアはゲームの都合上、尻尾による攻撃と魔法しか使わない。おい、爪とか仕えよ。勿体ないので肉弾戦も出来る仕様に。それならフレイムドレイクとエフセイももう少し何とかしろ? すみません、作者の想像力では無理でした。生息地はごちゃ混ぜだが、溶岩地帯とか山岳地帯とかを想像していただければと。
因みに作者は最初、敵をこの二体では無く演習場を埋め尽くすほどの大量の魔物にしようと考えていたらしいが、一話目からそんな世紀末でインフレ状態になると収拾がつかないと気づいたため、急遽変更したらしい。


・ダブルチャージウェーブ

初出はロックマンX2より。前作にて大破したものの、ビームサーベル(X2とX3ではこの名称。X4よりゼットセイバーと呼称される)と敵の洗脳を引っ提げて来た状態でラスボス前の敵として出現するゼロが使用。攻撃方法としては、チャージショット二発を撃った後にビームサーベルの斬撃を放つというロマン溢れる技。しかもチャージ時間が必要なエックスとは違って、ノーチャージでポンポン撃ってくるという離れ業をやってくる。ちなみにX3で操作できるゼロも、ビームサーベルは飛ばないが使用可能である。

この技は後の作品でも登場しており、X5の敵ゼロやX6のゼロナイトメアに続きいてパラレルワールド扱いのロックマンゼロ3でもラスボスが使用してくるという愛されっぷり。絶対公式も気に入ってんだろ。


・旋牙突

ロックマンゼロ2において、ランクA以上でクワガスト・アンカトゥスが使用してくる技【スピニングブレード】をキャプチャーする事で習得するEXスキル(EXスキルとは、ミッション終了後に確定するゼロのランクがAかSの時にボスを倒すと獲得する事の出来る特殊な技。簡単に言えば、Xシリーズのラーニング技とほぼ同じ)。
走りながらセイバーによる突きを繰り出すことで、突進の加速力の加わった強力な一撃となる。レイの場合、技の出し方や風魔法を追い風に使用するなどの部分が異なっている。

余談だが、次作に当たるゼロ3にも同じ様な技である【烈風撃】が存在する。が、その実態は旋牙突には無かった連続ヒット性能を付与という魔改造が施された、最早別物と言える技である。
これと他のEX技【天裂刃】と【落砕牙】、ラスボスのノックバックを活かした通称飯屋いじめというものが一時期流行った。(ちなみに他の技や三段斬りでもいじめは可能)
このいじめは成功すると、一回のコンボだけでゲージを一つ削るというとんでもないものである。(知らない人の為に説明すると、ロックマンゼロでは敵の体力がゲージとして表され、一本あたり32メモリ、それが大概のボスは二本ある。参考として、セイバー一振りで4ダメージ、三段切りで12ダメージ、チャージセイバーで8メモリ削れる。しかしこの救世主(メシア)もとい飯屋(メシヤ)と呼ばれるラスボスは体力ゲージが三本あるのだが、こいつをコンボ三回だけで沈められることを考えればその恐ろしさがよく分かるだろう。グラブルで例えるなら、アビポチ三回を一ターンで三回決めただけで召喚石マルチのボスが溶ける感じに近い? と思われる)

某明治剣客浪漫譚のとある人物の使用技と攻撃方法や名前が一部似ているものの、それが元ネタなのかは定かでは無い。所謂公式のみぞ知るというやつである。レイの【旋牙突】の出し方はこちらに近い。


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第二話 姫様と騎士の組み合わせは結構絵になると思う

アニメ版マナリアフレンズ第一話視聴後

「ほーん、こういう日常系をやるのね。wktk」

第二話視聴後

「初っぱなから色々アウトじゃね? あと、図書館は毎回滅茶苦茶になるという宿命でも背負っているのか」

個人的には各キャラの出会いとかやって欲しいんですけどねぇ……。オーウェンとアンの出会いは第一話エクストラパートでさらっとやってましたけど、グレアとアンのそれも見てみたい。……執筆時の参考にもなるし。


前回までのあらすじ

レイとオーウェン、マナリアにて再会。その後、オーウェンの部屋にて語り合いを行った模様


 辺り一面を薄暗さが包み込む中、それを取り払わんと朝日が僅かに顔を出し始めようとする時刻。未だ大半の生徒達がベッドの中で微睡み学院を静寂が支配しているこの刻限、とある場所からは何かがぶつかり合うような鈍い金属音が鳴り響いていた。

 

 音源となっているのは学院のグラウンド。体育のような、魔法以外の一般科目で利用されることの多いこの場所で、二つの影がぶつかり合っていた。

 

「せあああっ!!」

「なんの!!」

 

 その二つの影の正体は二人の男子生徒。片や青いジャージを身につけて意匠の施された剣を携え、片や赤いジャージを着用して鈍く光る刀を持つ。

 彼らは互いの得物を以て激しく衝突していた。片方が距離を取ればもう片方が詰め、両方が静止したかに思えば数合の打ち合いが発生してからの膠着、弾けるように離れた後の距離の詰め合いと牽制。この様な光景が先ほどより何度も展開されていた。

 

――まあ、その二人はレイとオーウェンなのだが。

 

 

 ここで、一体何がどうしてこうなっているのかを軽く説明しよう。

 事の発端となったのは、先日オーウェンの部屋で行われた近況報告会。七年間会うことが出来なかった二人は、空白の期間を少しでも埋めようとその間に起こったことを話していた。騎士の訓練はとても実りのあるものでしたとか、魔法の勉強にはかなり手こずったという具合に。 

 そして話は佳境に入り、レイがハクランとの特訓に関することを持ち出した時だ。座学の合間にも鍛錬は行っていたという話をした瞬間、

 

『レイ。明日の早朝より共に鍛錬を行いませんか?』

 

 と、がっしりと肩を掴みながら即座に言ってきたのだった。それはもう、とんでもない速さで。

 そして七年間のことを話していたはずの近況報告会は、いつしか翌日の鍛錬の打ち合わせへと変わっており、場所や時間などを決めてお開きとなった。

 そして迎えた翌朝。早朝でも使用できるグラウンドに集合して走りこみや素振りなどの基礎トレーニングを終わらせ、魔法の使用禁止という条件下で剣を交えて今に至る訳である。

 なお、レイはこのことに関して『あ……ありのまま今起こったことを話すぜ! 俺はオーウェン君と近況報告をしていたと思っていたら、いつの間にか鍛錬の話し合いになっていた。な……何を言っているのか分からねーと思うが(ry』と日記に綴っていた。以上、説明終了。場面は二人の戦いへと戻る。

 

 

「はぁッ!!」

 

 上方から刀が空を切り裂いてオーウェンへと肉薄する。

 彼は剣で軌道を逸らして切り返す。レイはそれを体裁きで躱しながらも絶えず攻撃を仕掛け、オーウェンはそれを防ぎながらも剣戟を放つ。

 数にして二十程の打ち合いを経た後、両者の剣がぶつかり合って拮抗状態となった。双方共に相手を無理矢理押し込もうと、自身の握る力をさらに強くなっていく。

 数秒間の時が流れてこのまま睨み合いが続くと思った後、オーウェンが仕掛けた。相手の刃を横へと受け流したのだ。

 これによってレイは隙だらけとなる。当然ながらこれを逃すはずもなく、がら空きとなった首筋目掛けて剣を振り抜いた。

 

 武器での防御はどうやっても間に合わない。かと言って後ろに退いたとしてもギリギリ躱せるか否かの距離。防御と回避、そのどちらも解としては成り立たない。

 ならばどうするのか。相手は退くことも避けることもせず、逆にオーウェンに向かって突っ込んできた。

 それも只突っ込むのではない。剣の軌道修正がギリギリ間に合わないところから前傾姿勢で行うことで、剣を素通りさせるのと同時に懐へと潜り込んだのだ。

 

 その大胆な避け方に驚愕しながらも、オーウェンはすぐに後ろへと下がった。空を切った事で生じた僅かな時間。それを狙って相手が刀を振り上げるのを一瞬先に目にしたからだった。

 即座に取った後退によって胴を狙った一撃は寸でのところで空振りに終わる。直後、レイは腕を上げきったと同時に地面を蹴った。

 開いたオーウェンとの距離を一気に詰め、加速の勢いを上乗せした薙ぎ払いを繰り出す。

 咄嗟に剣をぶつけて追撃を防ぎきる。そして反撃へと移ろうとしたが――続く斬撃が彼を襲った。

 

「ハッオリャッ! ハットウッオリャ――ハァッ!!」

「ぐっ……!?」

 

 先の一撃である横薙ぎから続く斬撃。振り下ろし、斬り上げ、袈裟斬り、大上段、振り上げ、そして最後の締めとなる跳躍の勢いを上乗せした斬り上げ。相手に反撃の隙を与えぬ怒濤の七連撃。

 全ての攻撃をオーウェンは何とか防いだものの、威力までは殺し切れずに後退しそうになる。

 それでも両足に力を込めて何とか踏みとどまり、攻撃後の隙を晒しているレイへと一撃放った。

 無防備な状態となっているレイにこれを躱す術は無い。刀を反転させて受けたものの、数メートル先へと弾き飛ばされた。これによって、先ほどまで零だったお互いの距離は数メートルの間が開き、状況的には仕切り直しといったところになった。

 飛ばされたレイは態勢を立て直し、刀を構え直す。それを視界に納めながらオーウェンは内心で溢した。

 

(相変わらず見事な腕前だ……!!)

 

 先の強行突破や以前とは比べものにならない剣速や剣圧、返しに対する防御を含めた剣の技量。七年前よりも遙かに上達している。

 技量だけではない。相手の一切の行動を動じること無く対処する判断能力も磨かれていた。この分では、こちらがどのような攻撃を仕掛けたとしても顔色一つ変えずに防ぎきるだろう。

 しかし、それはオーウェンの戦意を喪失させる理由とはならなかった。――むしろ逆。彼の心に火を付けていた。それでこそ自身が好敵手と定めた相手だと。

 ならばこそこちらも全てをぶつけられるというもの。身体から湧き上がるような高揚感から口元がつり上がりながらも、剣を構え直した。まだまだ勝負はこれからなのだと。

 

 一方、レイはというと――

 

 

(……やっぱりこの子強すぎだと思う(震え声)) 

 

 

 物凄く動揺しまくっていた。冷静? 動じない心? 何それ美味しいの? と言わんばかりに心が波立っていた。というか必死に食らいつくので精一杯である。口や顔に出ていないのは、時折仕事する黙り癖(笑)のおかげだろう。

 この七年間で強くなっているのは自分だけではない。何せ自身の師という、変態に片足どころか底を突き破って全身丸々ダイブしている人物の所属する騎士団に入団出来る位なのだ。並大抵の努力では勤まるはずもないし、彼の友人がその程度で済ますはずが無いと。そう理解はしていたのだ。理解はしていたのだが……。

 

(メシア乱舞を全段裁いた上に反撃してくるとか、予想すらしてなかったわ) 

 

 先ほどの連続斬り――彼が目指すイレギュラーハンター、そのオリジナルボディを使用せし紅き破壊神たる救世主(メシア)の技。これまでの模擬戦でも『擬きに近い技』をぶつけたことはあるものの、あくまで『擬き』に過ぎない。

 原作の様な『間合いに入ったら防御不可』という理不尽極まる性能までは再現出来ていないとはいえ、レイが習得している技の中では練度は群を抜いていた。

 故にこれなら決められるだろう。そう踏んで繰り出したのだが……結果は散々なものである。防ぎきられたという事実には彼も内心歯噛みするしかなかった。

 

 少しはあの英雄に近づけたと思ったのだが……やはりまだまだだ。

 相手がかなりの腕前を誇るというのを差し引いたとしても、全段防がれたことは己の技量が足りていないという証拠でもある。これでは笑い話にもならない。

 確かに自分がやっていることは笑い話の類いであるのは明確だ。他者が聞けば馬鹿にし、嘲笑するのも目に見えている。 

 しかし、それでも自分はあの背中に憧れたからこそ今までやってきたのだ。心が弱い、精神もそこまで強い訳では無くとも、強さだけはそうであろうと。なればこそ、自身を好敵手と見てくれた友人に勝つ位のことはしなければ。

 

 悔しさはあったものの、その顔は思い詰めているものではなかった。

 彼もこの戦いを楽しんでいるのだ。普段口ではどうこう言っているものの、彼自身戦うことの楽しさというものは理解出来る。打ち合っている時は闘争心が燃えるし、感情も高ぶって心が熱くなる。切磋琢磨して競い合うことが気持ちいいものであり、心底楽しいものだということを知っているからだ。

 それに技量が不十分ということは、言い換えてしまえばそれだけ鍛え上げる余地があるということでもある。彼の英雄が戦闘の中で強さを増していったように、自分もまだまだ強くなれるはずだ。

 

「あの背中は遠い、か……」

「どうかされましたか?」

 

 いや、何でも無い。そう言ってレイは刀を構える。

 

「……続きだ。さっきのは防がれたが、次は通させてもらうぞ」

「ふっ……いいでしょう。どのような攻撃であろうと悉く受けきってみせます」

「言ってくれるな……!!」

 

 開いていた距離は零となり、激しい刃の押収が始まる。彼ら二人の戦いは、朝日が昇った後も続いたのだった。 

 

 

 ちなみにレイが救世主(メシア)の技を使用している件についてだが、『オメガはゼロのオリジナルボディを使っている……つまりはゼロ。バイルもそう言ってたから、ゼロとしてカウント出来る……なら、体得しようじゃないかぁ!!』と決めたそうな。判定が微妙にガバガバな気がするが、本人が納得しているのならそれでいいだろう。

 

◇    ◇    ◇

 

 早朝の鍛錬が終わって学生寮へ戻ったレイとオーウェンは、制服に着替えた後に寮を後にした。本日行われるのは入学式。新入生である彼ら二人はそれに参加する為に、会場である大講堂へと向かわなければならない。

 しかし一般生徒であるレイと異なり、オーウェンには護衛の任務がある。いくら初日とはいえ一人で向かわせる訳にはいかない為に、共に行動することを申し出ていたのだった。

 待ち合わせ場所や時間も既に決まっている。その事を聞いたレイは、自分とは別行動になるのだと判断した。いくら友人とはいえ、部外者にあたる己が居るのは話が違うからだ。そう思っていたのだが――

 

(俺まで一緒に行くことなるなんて……)

 

 現在、護衛騎士である彼と共に待ち合わせ場所へと向かうべくサクラの映える通りを突き進んでいた。

 というのも、レイが一人で向かおうとしたらオーウェンに待ったを掛けられたのだ。"あの方"とは同じ生徒なのですから顔くらい出してはいかがでしょうか、と。そのことからこうして同伴しているのだ。

 

(やっべー……マジやっべー……本当にどうすりゃいいんだ)

 

 横を歩いているコイツは緊張のあまり胃が痛くなりかけているが。

 

 理由を挙げるとするならば、護衛相手が王国の重要人物であることが確定しているからだ。

 王国の騎士団所属のオーウェンが派遣されていることや、彼が相手を"あの方"を呼んでいることなどから、護衛対象は有数の貴族ないしは魔法の名家の人間である位の想像はつく。そんな人物と会うとくればこうなるのも仕方無いとも言える。

 加えてレイはマナリア魔法学院に入学出来たとはいえ、育った家は貴族でも名家でもない田舎の一般家庭だ。相手に失礼なことをしないか、不敬扱いされないかどうかが不安の種となっている。以前よりはマシになったとはいえ言葉や反応は素っ気ないものだし、同年代としてはあまり話さない方であるのに変わらない。人によってはこちらの反応に眉を顰める恐れがある。

 そこへさらに相手の情報が皆無と来た。当然といえば当然なのだが、こうして歩いている間に少しでも聞き出すという方法もあったのにコイツはやらなかったのだ。

 強いて言えば、服装に対して思考を割くことで緊張を解そうとしていたこと。制服は前世の記憶にある制服とほぼ同じだとか、この世界を含めたファンタジー系の服装は色々混ざりすぎて基準が曖昧だとか、アウギュステの水着は素材諸共前世のそれと遜色無かったとか、フンドシやユカタビラというジャパンを代表する服があるのが謎すぎるとか、多くの種族や星晶獣というやべーやつらが共存してるから曖昧なんだろうかとか、創造神よもう少しどうにかならなかったのかとか。

 服装といえばレイとオーウェンが身につけている制服。これはデザインは共通であるというのはこの世界でも変わらないのだが、ズボンとネクタイの色は学院から指定されている色の中から任意のものを選べるという点が違っている。その為、オーウェンは群青色のものを身につけているのに対してレイは深紅色のものを着用している。

 

 ここまでくると一種の嫌がらせの様にも思えてくるかもしれないが、当然ながらオーウェンはレイの内心を知りもしないし悪意なんて欠片もない。護衛相手とレイが互いに良き学友になれればという、二人に対する善意100%からの行動である。

 各々違う思いを抱きつつ歩を進めていくと、目的地であろう一際大きなサクラの木が目に映った。オーウェンが足を止めていることから、ここであっているらしい。

 

「ふむ……予定通り早めに着きましたね」

 

 木の下で待ちましょう。その言葉に頷き、揃って木の下で待機する。

 待ち合わせの時刻より前に到着したので相手は来ていない。内心ホッとしてはいるものの、会うということに変わりは無い。 

 待ち時間を利用して彼から相手に関する話を伺うべきか否かと考えつつ、言葉使いとかどうすりゃいいんだよと思ったことで胃の痛みが本格的なものとなった。

 鈍痛を発する腹部を摩ろうと手をやろうとした時、オーウェンが口を開いた。

 

「レイ、一つよろしいでしょうか」

「何だ?」

「これから"あの方"と会うわけですが、その……可能な限り普通に接していただけますか?」

「普通……?」

 

 レイが頭に疑問符を浮かべて返すと、彼は頷いて話し始めた。

 オーウェン曰く、"あの方"は立場の関係で生まれ育った場所からほとんど外に出たことが無いらしい。その為に同年代との関わりもさることながら、世間知らずだという。

 それにその人物は一人の生徒として学院生活を送るのを望んでいるらしい。だからこそ色眼鏡で見ず、一学生として接して欲しいとのことだった。

 

(色眼鏡で見ず、か……)

 

 だとすれば、先ほどまで抱いていた考えは改めるべきなのだろう。ある程度の礼儀は必要だろうが、必要以上のものは目の前の護衛騎士が言ったことに反するからだ。

 第三者が聞けば気にするのも仕方がないと思える内容ではあるものの、それこそ偏見を持った行動だともとれる。

 口にはしていないから、頼んできた彼はこちらが思っていたことを知ることは無いだろう。決して。しかしだからといってそのままにしておくものではない。自分だってある意味先入観の塊のようなものなのだから。

 

「……分かった、出来る限りはそうしよう。で、その相手というのは一体どんな人物なんだ?」

「それはですね――」

「あ、いたいた!」

 

 二人の耳にはつらつとした声が飛び込む。

 聞こえた方向へ顔を向けると、一人の女子生徒が手を振りながらこちらへと走ってきた。

 身を包んでいるのはレイ達と同じ意匠の上着に空色のスカート。くりっとした目に腰辺りまで伸ばした橙の鮮やかな髪。活発そうな雰囲気を纏った、笑顔が似合う如何にも可愛らしい女の子だった。 

 

「おはよう、オーウェン! 今日は待ちに待った入学式だね!!」

「おはようございます、姫様。今日という日を迎えられたことを私も大変喜ばしく思います」

「あはは……。相変わらず堅いなぁ……」

 

 そう言って彼女は苦笑いをした後、隣にいるレイへと目を移動させる。

 

「えーと、こっちの人は? もしかしてオーウェンの友達?」

「はい。彼は友人のレイです」

「そうなんだ! あ、私はアンだよ、よろしくね!」

「あ、ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 若干たじろぎながらもレイも挨拶を返す。というのも、彼女の名前がある人物と同じものであったことが頭に引っかかったせいである。

 それを確認する為にもオーウェンへと振り向いて小声で話しかけた。

 

「(オーウェン、もしや彼女は……)」

「(ええ。マナリア王国の姫君、第一王女のアン様その人です)」

(おおう、マジですか……)

 

 驚き半分納得半分といった感じで彼女をじっと見る。

 マナリアの王女――アン。レイも多少なりとも知ってはいる。生まれ持った魔法の才をも。まさかオーウェンの護衛相手だとは思わなかったものの、これには納得である。

 学院ではある程度安全が配慮されているとはいえ、一人で放っておけば何があるか分からない。

 ましてや魔法の才があるというのであれば尚更のこと。その身に何かがあっては国家の一大事に繋がるだろう。

 レイが黙っていることを疑問に思ったのだろうか、アンが言葉を投げてきた。

 

「どうしたの? こっちをじっと見て」

「……まさかオーウェンの護衛相手がこの国の王女で、しかも同じ新入生とは思っても

みなかったからな。癇に障ったのならすまない」

「ああ、大丈夫大丈夫。王女といっても今は一人の生徒だから」

 

 気にしていないという風に答えた後、オーウェンの方を向いて笑みを浮かべた。

 

「でも良かった、オーウェンにも友達が出来て。オーウェンって少し堅すぎるきらいがあるからさ、ちょっとそこの部分が心配だったんだ」

「いえ、彼とは昔知り合った仲でして。お互い長い間会えなかったのですが、この魔法学院で偶然再会したのです」

 

 

 

 

「そうなの?」

「ああ。偶然、な」

 

 

友人の間柄になったのは前日ではなく七年前からです。長い間会えなかったのですが、昨日偶然再会することになりまして」

「へぇー、そうなんだ。……あれ、ということはレイも騎士だったりするの?」

「俺は只の魔法剣士にすぎない。オーウェンとは師の繋がりで出会った、

 

 

 

いいや、俺は只の魔法剣士にすぎない。オーウェンとは師の繋がりで知り合った……最初の友だ」

 

 そう答えると、アンの顔が輝いた。何か嬉しいことでもあったかのように。

 

「私と一緒だね!」

「一緒……というと、アンタもそうなのか?」

「うん。私の初めての友達もオーウェンなんだ」

 

 お互いに共通点があったことをレイは嬉しく思う。

 だがそこで、はたときはたと気づく。先ほどまでの会話でそのような内容には一言も触れていなかったが、それは……。

 真偽を確かめる為にも隣の護衛騎士へ視線を向けると、こちらの意図が伝わったのだろう。相手は困った表情で答えた。

 

「姫様のご厚意で、一応はその様な関係を取らせて頂いています。……護衛である私には恐れ多いことですが」

 

 成る程、そういうことね。

 だがその答えに不満だったのか、彼女は若干頬を膨らませていた。

 

「もう、そういうのは無しでって言ってるのにさー……」

「ですが私は姫様の……」

「従者だから、でしょ? 私としてはもっと砕けた感じでいいと思ってるのに……」

 

 アンは肩をすくめながら首を振る。

 主君である彼女からすればもっとフランクに接して欲しいのだろうが、従者であるオーウェンからすればそういう訳にもいかないのだろう。真面目なあの子だから余計にそうなんだろうね、とレイは考えていた。

 この件に関しては、このまま当人同士で話し合って貰うのが一番の解決策ではある。けれども今は入学式の前。加えて時間もそれなりに経っているので、止めに入ることにした。

 

「そうやって話をするのはいいが……時間は大丈夫なのか? 入学式に遅刻はシャレにならんと思うんだが」

「あ、確かに。そろそろ向かわないと遅れちゃうね」

 

 じゃあ、このことは後でね。そう言って彼女は話を切った。

 

「それじゃ、行こっか! 他の新入生とも仲良くなりたいしね!!」

 

 皆と友達になれるかな? 言うが早いか、アンは颯爽と駆け出す。突然の出来事に一瞬反応が遅れたオーウェンも、慌てて後を追うように走り出した。

 

「姫様、お気持ちは分かりますがもう少し落ち着いて参りましょう! でなければ転ばれますよ!!」

「平気平気! ほら、急いで行こうよ!!」

 

 オーウェンの声に彼女は耳も貸さない。レイはその光景を見ながら、元気な人達だなぁ……、と半ば呆れつつも後に続いたのだった。

 

 

オマケ

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「大丈夫か? 随分と息が上がっているようだが……」

「ええ、何とか……あんなにも活発なお方だとは思いも寄りませんでした。それに何時転ばれたりぶつかったりするかと肝が冷えましたよ……」

「……まあ、何だ。頑張れ」

 

 この先彼女に振り回されるであろう護衛騎士の未来を祈ったレイだった。




会話パートが上手く書けねえ……。

2/11 アンとレイ達の会話内容を少し変更して再投稿。もう少し突っ込んだ感じにしました。


補足説明

・アン

マナリアを代表する人物その一。内容的にも詳しい説明は次回以降。


・メシア乱舞

初出は『ロックマンゼロ3』。文中でも述べた通り、ゼロのオリジナルボディを使って生み出された破壊神オメガのEXスキル。攻撃方法は予備動作無しの低空ステップで接近して即座に七段切りを繰り出すという非常にシンプルな技。
しかしその性能は極悪で、間合いに入ったら防御不可な上に他の攻撃を食らって発生した無敵時間すら貫通してダメージを与えてくる。
当然ながらこちらへ与えるダメージも破格なもの。ハードモードでは即死、通常難易度でもプレイヤーのライフゲージを半分近くは持っていくという、正に破壊神の名にそぐわないものであり、ダメージ量はゲーム全編を通してもトップクラスの座に鎮座している。

……と、ここまで述べると非常に恐ろしく思えるのだが、如何せんラスボスの強さと登場した作品のゲームバランスが噛み合っていなかった。

まず使用者であるオメガ。使ってくる技は豪快なのだが、コイツがこちらの攻撃で怯む怯む。それこそ一番弱い豆鉄砲(与えるダメージは一メモリ分)でさえもだ。そのせいで、近づく→オメガがヒッフッハッ(三段切り)→回避してこちらが三段切り、相手が怯む→相手がヒッフッハor近接技→回避後にヒッフッハを食らわせる→相手が怯む……
の流れで完封できるという、ラスボスにあるまじき醜態である。攻撃後の隙も多いから、そこを突いて完封することも可能。そのせいで苦戦することはおろか、この技を知らない者までいるという事態に。加えて言うなら、EXスキルはボスの体力が半分を切った時に解禁してくるという仕様や、使用頻度自体も少ない事が拍車をかけている。

次にゲームバランス。ゼロ3では武器の仕様(レベルアップ制度の廃止等)は調整されているものの、全体的には良好。出現する敵も極端に弱い相手や一部初見殺しの技があったりはするものの、縛りを追加すれば途轍もなく強い相手に化けたり、よく観察すれば回避ルートが存在したりとこちらのバランスもいい。
では何が問題か。それは、ゼロをカスタムするチップ、その一つのフットチップ『シャドウダッシュ』の存在である。
ゼロ3のカスタムシステムを簡潔に説明すると、チップにはヘッド、ボディ、フットの三種類があり、これでゼロの攻撃に属性を付与したり、二段ジャンプを可能にしたり等の改造が出来る。

問題のシャドウダッシュなのだが、効果は『ダッシュで敵と敵の攻撃をすり抜けることが可能となる』。要は、敵の攻撃だろうと敵本体だろうとダンジョン定番の引っかかると敵が出現するセンサーだろうとお構いなしに通過できる様になってしまうのだ。これのせいで、ラスボスの攻撃が全て回避出来るようになってしまった。全てのフットの能力を発動可能となる『アルティメットフット』があれば、大概のボス相手に走るなり二段ジャンプするなりで何とかなってしまう。こいつのせいで、バランスが若干崩壊気味となっている。

しかし、後の作品である『ロックマンZX』にてまさかのオメガが隠しボスとして再登場。プレイヤー側にシャドウダッシュや二段ジャンプが無いことや、問題だったオメガののけぞり条件と攻撃後の隙の激減、AIや一部の技の強化(回復効果の付与といういやらしい内容)やEXスキルの廃止によるメシア乱舞の通常技への降格という魔改造が施された結果、文字通り恐ろしい技へと変貌した。

使用頻度自体も、通常の技として調整されたことでガンガン使ってくる。これが本当にえげつなく、数多のプレイヤーからは非常に恐れられている。作者の実体験を挙げると、

・他の技でバトルフィールドの隅にまで誘導。回避不可の状況からステップ→乱舞のコンボを仕掛けてくる。

・技を食らってこちらが行動不能の無敵時間中にステップ、からの乱舞という格ゲーにありそうなコンボ紛いのことをやってのける。

・ステップをジャンプで躱しても、他の技による追撃がやってくる。つまりは囮になってしまうことも。

・ステップを躱した――と思いきや、隙を生じさせぬ二段ステップで乱舞を食らわせてくる。

・二連続ステップを警戒し、躱した後は流石に大丈夫……かと油断したら、三回目を即座に繰り出すというステップコンボを仕掛けてくる。こんな技を繰り出しておいてどうやって避けろと言うんだ。

大体こんな有様である。
あまりの強さから権利元である『CAP○OM』の別作品『ストリート○ァイター』のコマンド技になぞらえて【瞬獄殺】と呼ばれることになったとか。
だが結果的にはプレイヤーに一泡吹かせたので、見事ゼロ3での汚名を挽回したといえる。

絶望感などをグラブルで例えると、

【before】

使用頻度はグランデの『ガンマレイ』並。威力は高いものの、カットも出来るし幻影などでもあっさり回避可能な情けない技。

【after】

使用頻度はチャージターンに関わらずランダムな上、連続で使ってくる可能性あり。無属性ダメージなのでカット不可。防御アップなどを無視。幻影や攻撃ダウンで対処出来るものの、ミスればほぼアウトのヤバすぎる技。

ちょっとやりすぎかもしれないが、こんな感じだと思っていただければいい。


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第三話 もうこの人だけでいいんじゃないかな

古戦場お疲れ様でした。皆さんは如何だったでしょうか? 作者は三十箱前後掘れましたが、しばらくやりたくないです……。


前回までのあらすじ

レイ、護衛騎士からの紹介でマナリアの王女と友人になる。その後、三人で入学式へと参加した模様。


※注意※

今回の話はちょっと長めです。しおりを挟んだり、分割して読んだりする事をおすすめします。


 マナリア魔法学院で行われる授業は、魔法学校の名に恥じない通り魔法関係のものが大部分を占めている。体育やマナリア史の様な魔法とはほとんど関係の無い科目はごく一部しかない。

 また、一口に魔法と言ってもその内容は様々だ。魔物等を呼び出す『召喚魔法』、傷を治すために使用するポーションの類いを制作する『錬金術』、炎や水といった属性に関するものを学ぶ『属性魔法』等々。その種類は豊富である。

 当然ながら魔法の扱いは慎重でなければならない。中には一歩扱い方を間違えれば、周りを巻き込むほどの大惨事を引き起こす可能性を孕んだものも存在するからだ。

 その代表格として真っ先に挙げられることが多い『闇魔法』。その授業が今、闇魔法棟の一つの教室で行われていた――――。

 

◇    ◇    ◇

 

 静かな場で講説が木霊する。

 

 授業が行われている教室は他の場所と比べれば大きい方だ。現に一クラス分である三十名の生徒が、規則正しく配置された机に着席してもまだ余裕がある程なのだから。

 しかしそのような広い空間にも関わらず、響いているのは男性教師の低くくもよく通る声に時折発生する黒板にチョークで書き込まれる音、後は生徒達が教本を捲る音と羽ペンを動かす音のみ。

 生徒達の間に喋り声など一つも存在していない。誰もが皆、目の前で行われている講義の内容を一言も聞き逃すまいと耳を傾けている。そしてそれを忘れないように、各自の教本なり羊皮紙なりに書き記している。

 

「――以上が闇魔法における『悪魔召喚』の術式理論となる。今から君達の前で実践してみせよう」

 

 先ほどまで説明を行っていた茶色のスーツに身を包んだ男性教師――ハインラインがチョークを置き、教卓の上に置いてあった大きめの羊皮紙を持って教壇を降りる。

 床に広げ、黒板に書き込まれたものと同じものを羽ペンで書き込んでいく。基本となる円形を最初に描き、魔力の循環を示す構築式や注ぎ込まれた魔力を変換する発動の補助となる術式等を付け加えていく。――流石は闇魔法を担当する講師だけある、わずか一分足らずで召喚用の陣を作り終えてしまった。

 

 術式に誤りが無いか確認した後、手順を召喚の方へと移行した。――ここからが重要となる。

 闇魔法は魔物との交信や対象に呪術等が中心となる学問だ。その名の通り、危険な魔物を呼び出したり対象に厄災や呪いを送りつけるといった、邪なものを利用する魔法となっている。しかもその性質上、失敗もしくは相手に呪術を返されたりした場合は掛けた側である術者へと逆に災いが降りかかってくる。それらの事情から術者に意志の強さが要求される、言い換えてしまえば『精神力が問われる魔法』なのだ。

 元来、魔法は術者の意思の強さや心の在り方などによって影響されるものだ。魔法弾や魔法の矢を放つ際、何気なしに撃つのではなく、相手を傷つけるもしくは倒すという明確な意思を以て行う方が威力が高くなる事実が明らかとなっている。黒魔法では諸にそれが反映されると言っていい。

 

 今行っている『悪魔召喚』が丁度良い例だろう。

 中身としては魔物を呼び出す通常の召喚魔法と同じではあるが、召喚する魔物の強さが桁違いという点において異なる。比類無き巨躯と怪力を持つもの、目を合わせた者を魅了して自身の配下にするもの、死霊魔法で生者を生ける死者(リビングデッド)へと変えるもの、と総じて恐ろしいことこの上ない存在ばかりだ。

 術者は呼び出した存在と契約することも可能とはなっているものの、意思が弱かったり邪念を持っていたりすればそれは叶わない。どころか、術者自身が傀儡や人形とされてしまうだろう。

 運良く力を持たない部類を召喚したとしても、基本的な強さや能力はそんじょそこらの魔物よりかは上だ。いずれにせよ、僅かな気の緩みが自らの身の破滅へと繋がることが確定する。

 

「では、ここから詠唱へと移る」 

 

 ハインラインが陣に手をかざして詠唱を始めた。

 呪文は聞いた相手を屈服させるかの様な圧迫感を込めた声色と共に紡がれる。自身の強い精神力を言霊に宿らせることにより、召喚対象へと自分が上の立場であるのを理解させるのだ。

 最初、魔法陣は何の反応も示さなかったものの、ハインラインが詠唱を少し進めた辺りから光を帯び始めた。だがその光は神々しいものでは無い。魔を表すかのような黒さと禍々しさ。悪そのものを体現しているかにも思えた。

 その間にも詠唱は進行していく。講師が発する呪文に呼応し、輝きが禍々しさと共に増していく。

 詠唱はいよいよ終盤に差し掛かった。先ほどまでとは異なり、より一層重圧感の込もった魔の言の葉を口唱し続ける。魔法陣からは邪悪な魔力が溢れだし、陣を覆い尽くす。

 

 詠唱が終わりを告げたと同時――その影からソレは現れた。

 

「ひっ……」

 

 気の弱い生徒が漏らしたのであろうか細い悲鳴が耳を通り過ぎる。

 しかし誰もその声が聞こえていない。この教室の生徒全員の関心は、召喚された存在へと注がれていたからだ。

 大きさにして二メートル半はあろう躯体。人間の胴体にも匹敵する太さを持つ豪腕に、それに負けず劣らずの屈強さを秘めた脚部。背にあるのは黒に染まった不吉さを象徴する翼、そして頭部からは魔を象徴するねじれて曲がった角が生えていた。

 

 召喚された魔物は呼び寄せた術者であるハインラインへと振り向く。恐らくだが、自身の契約者として彼が相応しいか否かを見定めているのだろう。威圧感の秘められた金色の瞳がハインラインへと向けられた。

 悪魔は何も発さない。呪詛や言葉の類いは疎か、鳴き声や唸り声すらも口にしない。その場で暴れ回りもしない。どころか、身動き一つしない。その瞳で唯々術者を捉え続けるだけだ。

 それは対峙しているハインラインも同様だ。悪魔と同じく、何も口に出さず動くこともしない。自身を見下ろす悪魔へと視線をだけである。

 

 時間にして数十秒の出来事。傍から見ている生徒達にとってはそれ以上にも思えた時が過ぎ去った後――悪魔は頭を垂れて跪いた。ハインラインを主として認めたのである。

 目の前の光景には誰もが息を飲んだ。あの魔物が宿しているであろう強さと凶暴さは見ているだけでも十分伝わってきている。だからこそ驚愕するしかなかった。それほどの魔物との契約の瞬間を。そして思った、自分たちも出来たのなら――と。

 

「……と、このような感じだ。今は私に従っているためにこのように大人しくしている。が、契約が破棄されれば途端に暴れ出すだろう」

 

 ハインラインが魔物をこの場から退去させて、壇上へと戻る。

 

「これは他の魔法でもそうだが、もしそうなった場合は無理して戦おうとはせず、直ちに避難して教師もしくは生徒会へと連絡すること。ほとんどの場合、一般生徒の手に負えないと思われる。……例え実力があっても無茶はしないことだ」

 

 該当者である二人の男子生徒に目をやる。若干の厳しさを含んだ視線に対し、一方はうっと顔を少し顰め、もう一方はポーカーフェイスで受け流す。それを見た一人の女子生徒は苦笑いをしている始末だ。

 短いため息をつき、少々気持ちが浮ついている生徒達へと釘を刺すように続けた。 

 

「……講義を続けよう。諸君の中には闇魔法の危険性を理解していない者もいると思う。だからこそ、闇魔法を扱う際には決して雑念を持ち込んではならない。少しの油断が大きな事故を招くことになるからだ。それと、行う場合は決して監督者無しでは挑まぬようにすること。必ず教師の指導の下で実践するように。これらは重々承知しておきたまえ」

 

 そこまで説明した時、授業終了の合図となるチャイムが教室中に鳴り響いた。

 

「では、本日はここまで。各自、今日の内容を忘れないように――――」

 

◇    ◇   ◇

 

「」

「あはは……。まあ、」

 

「特に問題はないと思っていたのですが……やはり不味かったのでしょうか」

「さあな。何にせよ、あの時は戦う以外の方法が無かったわけだが」

「まあ、やったことは間違ってないと思うけどね」

 

 先ほどの女子生徒と男子生徒二人――アン、オーウェン、レイの三人は教室から後にして、中庭へと続く通路を話しながら歩いていた。

 実は三人は同じクラスに配属されたのだ。入学式が終わった後に張り出されたクラス表で二人+一人の名前を見つけたときは、当人達も相当驚いたものである。特にレイは『……ハッ! これは全てシグマの策略! ということは、安心と信頼のC社製教室……!? 床が全部抜けたり爆発したりしないだろうな!?』などと変な危機感を抱くほどだった。

 加えて初日に親睦を深めたこともあり、時折ではあるがこの面子で行動していたりするのだ。

 

「それよりもさ、二人は学院に慣れた? 入学してから一週間近く経つけど」

「私ですか……? 私は、その……それなりかと」

 

 困惑したように言い淀む。

 というのも、オーウェンは当初護衛騎士としての任務を全うすべく、他の生徒とは一歩引いた態度を取っていた。何時如何なる時でも従者として側に控えられるように、自らそうしていたのである。

 しかし、寮に戻った際や休憩時間にレイと話していたり共に鍛錬を行っていたのを他の生徒に目撃されてしまった事や、出所は不明だが入学前の事件の内容が広まってしまった事などが災いした。その結果、度々話しかけられたりするようになり、次第に『生真面目で少々堅苦しい奴』なのだと周りに理解され、いつの間にか護衛騎士としてではなく一人の生徒として学院に馴染んでしまったのだ。これには王女もニッコリである。

 

「私のことはともかくとして。それよりも姫様はいかがなのですか? 何よりも楽しみにしていらっしゃったのは、他でもない貴方様なのですから」

「私は大丈夫だよ、友達もいっぱいできたしね!」

 

 己が主君の笑みに対し、護衛騎士も内心胸を撫で下ろした。彼自身ずっと気がかりだったのだ。彼女がこの場所に溶け込めるのか、他の生徒達と打ち解け合えるのかどうかが。いくら護衛として付き添っていても、自身の目に及ばない範囲まで把握するのは難しいからだ。だが、どうやらそれは杞憂で済んだらしい。

 

「レイはどう? あんまりクラスの人達と話したりしてないみたいだけど、友達とか作ったりしないの?」

「特に必要ない。最低限情報の共有に困らなければそれでいいだろう」

「えー、どうして!? 折角の学院生活なんだよ? ちょっとでも友達が多い方が絶対に楽しいって!」

「……考え方は人それぞれだ。それに、俺には俺のやることがある」

 

 それ以上は聞かんとばかりにレイは視線を前へと戻した。

 

「(……何て言うかさー、レイってすっごいドライだよね。人付き合いに全く興味無いみたいだし。昔からこうなの?)」

「(ええ、まあ。彼は他の方と関わることにあまり積極的では無いといいますか……。そこの部分は以前とあまり変わっておられませんね……)」

「(ふーん……)」

 

 オーウェンと小声で話しながらレイの横顔を覗く。新入生達の喜びに満ちあふれた笑顔とは裏腹に、彼は何処までも冷め切ったような表情だった。

 アンが見ている限り、彼はいつも一人で行動することが多い。授業間の移動は言わずもがな、休み時間や放課後になればすぐに教室からいなくなる。その上クラスメイトともほとんど話すこともないときた。辛うじて自身やオーウェンとは話すものの、その程度だ。

 かといって話しかけたら無視されるのかと問われればそれもノーだ。お世辞にも愛想は良い方ではないものの、話しかければ短いながらもキチンと返してくれる。内容によってはそれなりに話が続いたりするので、あくまで興味が無いだけで嫌いなわけではないらしい。

 

(さぁーて、授業終わったら鍛錬鍛錬! ゼロへの道も一歩からってね!!)

 

 心の内ではラーニングスキルへの熱いパトスが迸っていることはアンはおろかオーウェンですら知らない。というかそもそもクラスメイトとほとんど関わらないのはただ単に空き時間という空き時間を全て技の習得に注ぎ込んでいるだけである。休み時間や放課後にすぐいなくなるのも図書館や演習場へと直行しているだけで、人付き合いに興味がないとかそういうのは一切無いのである。

 

 ここまでだと意見のすれ違いやら勘違いやらで折り合いが悪そうなアンとレイだが、二人の仲は決して悪くない。むしろ良好と言える。

 初日に親睦を深めたというのも関係してはいるが、アンの誰とも仲良くしたいという考えや性格が幸いしたのが殊更大きい。そのおかげでレイの外面限定エセ無口も大した支障とならなかったのだ。

 あとは入学式を終えた夜に『……あれ? そういえばオーウェン君の家も結構な名家だったような……』と今更であるのにレイが気づいて以降、オーウェンとアンが望んでいたように必要以上の敬意や畏怖を取っ払って接していることもある(と言っても口調のせいで前後の変化が分からないわけだが)。

――だったらこの口調はいい加減仕事放棄してほしいんですけどねぇとは本人の弁である。

 

 

しかし親しい友人相手でもやはり勘違いという呪いからは逃げられないらしい。

 

 

 

 

相手でも勘違いは魔法学院でも避けられない。

 

 

 

 

やっぱり勘違いという呪いからは逃げられていないわけだが。

 

 

 

(と言っても口調のせいで前後で何も変わっちゃいないが)

 

 

 

 

 

アンのどんな相手とも仲良くしたいという性格が幸いし、レイの外面限定エセ無口もそれほど支障を及ぼさなかったのだ。あとは入学式の夜に『……あれ? よくよく考えてみたらオーウェン君もかなりいいとこの出身じゃなかったっけ? というか普通にしてるよね、俺?』と、あまりにも今更すぎる事情にレイが気づいこともあり、必要以上の敬意や畏怖を

 

 

 

 

 

勿論二人は一切知らない。というかクラスメイトとほとんど関わらないのも、只単に空き時間という空き時間を図書館での勉強やら演習場での特訓やらへと全て注ぎ込まれているからである。

 ここまでだと如何にも波長が合わなさそうなアンとレイではあるが、二人の仲は割と良好である。アンのどんな相手とも仲良くしたいという性格が幸いし、レイの外面限定エセ無口もそれほど支障を及ぼさなかったのだ。あとは入学式の夜に『……あれ? よくよく考えてみたらオーウェン君もかなりいいとこの出身じゃなかったっけ? というか普通にしてるよね、俺?』と、あまりにも今更すぎる事情にレイが気づいこともあり、必要以上の敬意や畏怖を

 

 

 

 

 

 

 

 

話を聞いてくれないのかと問われればそれもノーだ。お世辞にも愛想は良い方ではないが、話しかければ短いながらもキチンと返してくれる。内容によってはそれなりに続いたりする。

 

(……それに口ではああ言ってるけど、誘えば一緒に来てくれる辺り多分根はいい人なんだろうね)

 

悪い人じゃないんだろうけどね)

 

 それでももう少し

 

 

 

 それに口ではああ言ってはいるものの、こっちが誘えばこうして一緒に来てくれる辺り、根は良い人なんだろう。アンはそう思っていた。

 

 

(さぁーて、授業終わったら鍛錬鍛錬! ゼロへの道も一歩からってね!!)

 

 心の内ではラーニングスキルへの熱いパトスが迸っていることを勿論二人は一切知らない。というかクラスメイトとほとんど関わらないのも、只単に空き時間という空き時間を図書館での勉強やら演習場での特訓やらへと全て注ぎ込まれているからである。

 ここまでだと如何にも波長が合わなさそうなアンとレイではあるが、二人の仲は割と良好である。アンのどんな相手とも仲良くしたいという性格が幸いし、レイの外面限定エセ無口もそれほど支障を及ぼさなかったのだ。あとは入学式の夜に『……あれ? よくよく考えてみたらオーウェン君もかなりいいとこの出身じゃなかったっけ? というか普通にしてるよね、俺?』と、あまりにも今更すぎる事情にレイが気づいこともあり、必要以上の敬意や畏怖を

 

 

オーウェンとアンの要望通りと言うべきか、必要以上に

 

 

をレイが思い出して以来、オーウェンとアンの要望どおりの接し方となっているのも関係していたりもする。

 

 

 

それほど支障を及ぼさなかったのだ。

 

 

 

がそこまで支障を及ぼさなかったのだ。

 

 

 

 

こんな様子ではあるが、アンとレイは結構打ち解けている方であったりする。アンのどんな相手とも仲良く出来るという性格が幸いし、レイの外面限定エセ無口がそこまで支障を及ぼさなかったのだ。あと挙げるとすれば、『……あれ? よくよく考えてみたら、オーウェン君もかなりいいとこの出身じゃなかったっけ? というか普通にしてるよね、俺?』と、あまりにも今更すぎる事情をレイが思い出して以来、オーウェンとアンの要望どおりの接し方となっているのも関係していたりもする。

 

 

 

 

 

事を思い出してからは普通に話せている

 

 

普段の行いを入学式が終わった後に思い出し、貴族への偏見やら先入観やらってあまりにも今更すぎんじゃねえかと自室で落ち込んだりしたことも関係していたりする。

 

 

 ちなみにだが、この一週間でアンとはかなり打ち解けている。彼女の性格上どんな相手とも仲良く出来るという点が幸いしたのだ。あと挙げるとすれば、『……あれ? よくよく考えてみたら、オーウェン君もかなりいいとこの出身じゃなかったっけ? というか普通にしてるよね、俺?』と、普段の行いを入学式が終わった後に思い出し、貴族への偏見やら先入観やらってあまりにも今更すぎんじゃねえかと自室で落ち込んだりしたことも関係していたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンが見ている限りだが、彼は授業が終わればさっさと次の教室へと移動し、休み時間や放課後になればすぐに教室からいなくなっている。辛うじて彼女やオーウェンと話しているが、それ以外のクラスメイトとはほとんど話したりしていない。

 とは言え無愛想ではあるが。それにこちらが誘えばこうして一緒に来てくれる辺り根は良い人なのだろうとアンは思っている。

 

 

 

 

 

 

「レイはどうですか?」

「程ほどには、と言ったところだ」

 

 それは同じクラスであるお前らが一番よく知っているだろうに。にべもなく返された呟きにアンとオーウェンは、確かにそうだと苦笑する。休み時間になれば次の教室へとさっさと移動し、放課後には図書館もしくは演習場へ直行と、自分たち以外の同級生とあまり話しているのを見かけていないからだ。

 かと言って他の生徒からの会話を切り捨てたり無視しているのかと言えば、別にそうではない。愛想はないものの話しかけられれば素直に応じるなり答えるなりと、反応は返しているし内容によってはそこそこ話したりもする。

 また、彼が使う魔法刀。本来なら剣で行うそれを刀で実行するという、技能的にはかなり凄いのだが理論的には何故刀でやる必要があるのかさっぱり分からない術技も相まって『話すと案外悪くないけども何かと変わったよく分からん人物』として認識されている。

 

 ちなみにだが、この一週間でアンとはかなり打ち解けている。彼女の性格上どんな相手とも仲良く出来るという点が幸いしたのだ。あと挙げるとすれば、『……あれ? よくよく考えてみたら、オーウェン君もかなりいいとこの出身じゃなかったっけ? というか普通にしてるよね、俺?』と、普段の行いを入学式が終わった後に思い出し、貴族への偏見やら先入観やらってあまりにも今更すぎんじゃねえかと自室で落ち込んだりしたことも関係していたりする。

 

「(……何て言うかさー、レイってすっごいドライだよね)」

「(ええまあ、彼は昔からこのような性格ですので……)」

「(ふーん……)」

 

 ヒソヒソと話しながらアンはレイの方をチラリと見る。周囲の希望に満ちあふれている顔とは裏腹に何もかもに冷め切ったような表情がそこにはあった。

 

(さぁーて、授業終わったら鍛錬鍛錬! ゼロへの道も一歩からってね!!)

 

 心の内ではラーニングスキルへの熱いパトスが迸っていることを勿論二人は一切知らない。

 

 その後も三人は時折会話を挟みながら歩を進める。

 黒魔法棟から外へ出て数分が経った頃、少し先にある中庭の広場にて何やら小さな人だかりが出来ているのが目に入った。

 そこだけでは無い。辺りを見回すと、大通りの方や噴水付近などあちこちで見受けられた。どの人だかりの前にも一人もしくは二人のたすきを掛けた生徒が激しい熱弁を繰り広げつつも、ビラの様なものを配布している。

 

「あれは生徒会長立候補者達による演説……ですか」

「あー、そういえば生徒会選挙が近いうちにあるんだったね」

 

 マナリア魔法学院にも生徒会というのは存在する。内容としても『学校生活を送る上で問題点や不便な点を改善ないしは解決することを目的とした生徒による自治的な組織』と、普通の学校と何ら変わりない。生徒会だけでなく、図書委員の様な委員会も同様である。

 学院では現在選挙運動期間中であり、生徒会長の立候補者が生徒に向けての演説をあちこちで行っているのだ。

 

「生徒を代表する立場なれは、公明正大で他者を思いやれる人物が相応しい。なればこそ、投票者である生徒達の目の前で弁論することが一番の方法ですからね」

「流石にそれは行き過ぎだと思うけど……。でもまあ、皆のことを考えられるしっかりした人が適任だよね」

「……特にあそこが多いようだな」

 

 レイが向いている方向に彼女達も足を止めて顔を向ける。通り道に面した広場の一角で演説しているのは、気品のある雰囲気を纏った茶髪の女子生徒だった。彼女は目の前にいる聴衆に、自分が就任した暁には生徒達が良い学院生活を送れるよう尽力する旨を語っている。

 彼女の話す内容に惹かれているのだろう、他の立候補者よりも人数は集まっている上、話を聞いている生徒達は皆一様に耳を澄ませていた。

 

「ああ、あの子はハンナちゃん。入学したてながらも生徒会長を目指す期待の新人って言われてるらしいんだ。そのうえ上級生からの支持も厚いとか」

 

 ほら、あそこに居る人とか。二人が目を向けると、確かに応援演説を引き受けたであろう紫の髪の男子生徒が横に立っていた。聴衆の中にも上の学年の生徒がちらほら居るのが分かる。新入生とはいえ、それだけの意気込みを持っていることも支持者を引きつけている材料となっているようだ。

 

「これは凄いですね……」

「そうだよね! 私もあの子を応援しててさ。話を聞いてもちゃんとした子だし、このまま当選してほしいなぁ」

「……それでも色々難しい部分はあるだろうがな」 

 

 いくら期待の新人と言われようとも、学年では自分達と同じ新入生であることに変わりは無い。まだ学院に関する多くのことを把握出来ていないのだ、そこが不利となるだろう。

 対する他の立候補者はハンナよりも長く学院に在籍している。その分持っている情報も多いだろうし、何より安心感というものがある。ひよっこに任せるか詳しい者に任せるかと言われれば、大半は間違いなく後者を選ぶ。

 それに支持者が多くとも落ちる可能性が無いわけではないのだ。例え今聴衆が集まっていたとしても、結果に結びつくとも限らない。

 レイの淡々とした指摘に二人は何とも言えない表情をする。

 

「うーん、そう言われちゃうとね……」

「確かにその部分が足を引っ張ることは否めませんが……」

「別に彼女がなれないと否定している訳じゃない。ただ、上級生との差を埋めるものが無ければ選出の可能性は低いだろうと思っただけだ」

「上級生との差かぁー……」

 

 アンが頭を捻っていると、突如として辺りがザワつき始めた。

 何かあったのだろうか。三人が周りを見ると、他の生徒達は皆一様に同じ方向を見つめていた。

 目線の先に移っていたのは、地面で光を放つ魔法陣が一つ――否、二つ、三つと増えて空中にも浮かび上がった。しかもこの術式、たった今さっき目にした――

 

(闇魔法の……って、ちょっと待て。このパターンはもしかして……)

 

 レイの予感は的中することになった。魔法陣より多くの魔物が出現したのだ。石柱を両手両足に抱えて空中を飛行するガーゴイル、見た目は若干可愛らしいが鋭い槍と爪を得物としたインプ、人間の骸骨が鎧や剣を装備した魔物のスケルトンなど様々である。

 

「――皆さん、すぐに避難を!!」

 

 その光景を目にしたハンナが、いち早く生徒達へ向けて大声で叫んだ。

 彼女の一声で生徒達は我先にと走り出す。その中には演説を行っていた立候補者達も例外ではない。

 しかし逃げている内の一人が足を縺れさせて転んでしまった。彼女の背後には、既にスケルトンが剣を振り上げて迫っている。

 

「あぁ……皆待ってくださいですぅ! ルゥを置いてかないでほしいですぅぅ!!」

「ルゥさん!!」

「チッ……!」

 

 レイはスケルトンへと疾走して斬りかかる。慣性を利用して振り抜かれた刀は相手に防御の暇を与えず、頭部の錆びた兜ごと身体を真っ二つにした。

 スケルトンが崩れ落ちるのを確認した彼は、地面に身体をついて震えている女子生徒を一瞥する。

 

「早く逃げろ」

「は、はいですぅぅ!!」

 

 彼女が脱兎の如く走り出したのを見届けていると、近くにいたスケルトン達がレイの正面に立って武器を構えた。数にして三体。携えているのは剣と槍だ。

 髑髏達は得物を彼に向けて一斉に突貫――しようとしたところを、同じく駆けつけたオーウェンの手によって薙ぎ払われた。

 

「……お前か。他の生徒はどうなった?」

「ハンナ君と姫様がここから一番近い錬金棟に誘導中とのことです。我々は奴らの相手に徹しましょう」

「ああ」

 

 その言葉に頷き合った二人は、周囲にいる魔物達を相手に取る。

 刃こぼれした剣での振り下ろしを防ぎ、刀身ごと刃で押し返しながら魔法剣で斬り払う。槍での刺突を横に躱して掴み取り、動きを封じて魔法刀で首を切り飛ばす。彼らは襲いかかってくるスケルトンの数を徐々に減らしていく。

 乱戦中、彼らへ向かって何匹ものインプ達が槍を持って空中より突貫してきた。合間を縫うように避けながら二人は迎撃する。

 

「ハァッ!!」

 

 レイが刀を逆手に持ち替え、跳躍の勢いを上乗せした斬り上げ――天昇斬で一匹を両断した。オーウェンも魔法剣の威力を活かして切り返し、返り討ちにしていく。

 だがレイが着地をした瞬間をガーゴイルが狙う。自身の念力を目で捉えられる程に実体化させて発射してきた。ギリギリで気づいた彼は、足が地を捉えたと同時に飛び退いて回避する。途中、魔法弾で打ち落とそうとしたがひらりと回避されて失敗に終わってしまう。

 息をつかせぬように次から次へと攻撃が降ってくるこの状況に対して、思わず舌打ちが出る。

 

(ええい、ウザすぎるわこんちくしょうッ!!)

 

 現れた魔物の多くは幸いにも大した力を持たないものばかりだ。単体なら学院の生徒でも相手にできるだろう。

 しかし如何せん数が多く、倒しても陣からまた湧いてきている。『数の暴力』という言葉があるように、どれだけ二人が強かろうとも敵の数が多いのならば、量が質を上回ることは容易い。

 さらに空中の魔物がかなり厄介となっている。スケルトンの相手をしている最中に隙を見ては突っ込んできたり、魔法弾で狙いを定めている時に邪魔してきたりと面倒この上ない。レイとオーウェンの二人は乱戦の状況を何度か経験してはいるものの、空と地の両方から攻められたことなどほぼ皆無だ。

 加えて両者共に接近戦を主軸とした立ち回りなため、遠距離からの攻撃手段をほとんど持っていない点がここでは足を引っ張っている。レイには斬撃や魔法弾の飛び道具があるものの、この混戦下ではまともに狙いはつけられないし、対空攻撃として使えそうな技は大半が未習得となっている。正直芳しくない状況だ。

 

――だが、彼ら二人をさらに追い詰める事態が発生することになった。倒してきた魔物達の恨みが呼んだのかそれに呼応したのか定かではないが、新たな魔物が出現したのだ。

 

 レイ達の倍近くはあるだろう巨体。身につけているのは全てを弾き返さんと鈍い光を放つ漆黒の鎧。手に持つのは巨躯と同等の長さと大きさを誇る刀剣。本来なら生物にあるはずの、しかしそれがこの魔物たらしめんとする頭部の無い風貌。

 自身の姿を見た者に死を与えると言われる魔物――デュラハン。それが新手として参戦したのだった。

 

「これはますます厄介な……!!」

 

 オーウェンの言葉の通り、只でさえ劣勢な状況がさらに厳しいものとなった。これでは誰かが応援に来ない限り、覆すのは相当難しいだろう。

 さりとて彼らの思いを魔物が汲み取ってくれる筈も無い。そちらの事情など知らんと言うかのように、石像の如く静止していたデュラハンが動き出す。

 

「ウオォォ……」

 

 鎧の底から響くような唸り声と共に、その巨体からは想像もつかないような速度で剣を振るった。空気を切り裂いて一直線に下ろされた剣撃がレイとオーウェンに迫る。

 デュラハンの動きをしっかりと見ていた二人は横へと飛び退いた。剣はそのまま大地と激突し、土を巻き上げて大地に大きな傷跡を刻んだ。僅かにではあるものの地面も振動させる。

 何という攻撃だ。当たりはしなかったものの、当たれば間違いなくあの世に送られていた。防御魔法を張ったとしても何の役にも立たないだろう。あまりの威力に肝を冷やす二人だが、同時にチャンスである事を悟る。今の一撃で剣がめり込んで隙が生じているのだ。彼らはデュラハンへと疾駆してそこを狙う。

 

「キシャァッ!!」

 

 しかしその進路をガーゴイル達が阻んだ。手と足で支えている石柱ごと体当たりを仕掛けてきたことで、目標に近づくことが出来ず失敗に終わった。

 二人が妨害に遭っている間にデュラハンが剣を構え直す。今度の攻撃は薙ぎ払い。しかし動きが大きい。これなら避けた後にまた隙があるはずだ。

 彼らは跳躍して回避、再び発生した隙を突こうと再度接近を試みる。――が、またしても空中の魔物に邪魔された。いくら攻撃が大振りで隙があろうとも、そこを狙えないのであれば無いに等しい。このままでは埒が開かない。

 

(マジでどうすればいい!? 空中の魔物は魔法弾を撃ってもあっさり避けるわ、そもそも照準を合わせようにも邪魔立て食らうし……かと言って空中戦挑もうにもさっきのように着地を狙われるのは分かりきってる上に移動した先に魔物がいたらアウトだし。……こうなったら()()を使うしか……)

 

 いやダメだ。頭を振った。()()は実戦で使用したことが無いばかりか、練習においてすら一度も行っていないのだ。そもそもぶっつけ本番で出来るかどうかも怪しい。

 仮に成功したところで範囲や威力に難がある。空中の魔物を一掃もしくは吹き飛ばす程の威力が出れば、一緒に戦っているオーウェンを確実に巻き添えにすることとなる。かと言って自分の周辺だけに絞れたところで、精々一~二体倒せるかどうか。

 やってもダメ、やらなくてもダメ。正に八方塞がりである。

 

(何か手は無いのか……!!) 

 

――突如、空が煌めき数多の光が矢の如く降り注いだ。

 

 予想外の上空からの急襲。その場の何者も予想すらしていなかった襲撃により、魔物達は地面へと縫い付けられる。

 敵の数を遙かに上回る圧倒敵物量により、デュラハン以外の魔物は全て消滅してしまった。これをやったのは……。

  

「二人とも、大丈夫!?」 

 

 アンだった。彼女はパタパタと二人の下へと駆けつけた。

 

「ごめんね二人とも! 結界を張ったり他の場所に逃げ込んだ魔物を倒してたら遅くなっちゃって」 

「お手数をお掛けして申し訳ありません、姫様。おかげで助かりました」

「今のはお前がやったのか……?」

 

 問いに対して彼女が頷いたのを確認したレイは、内心で驚嘆する。たった今彼女が行使したのは恐らく光魔法、その上位クラスに類するもの。規模も必要魔力も桁違いであり、少なくとも並の生徒が扱えるような代物ではない。それを発動したのか……、と。

 だが、戦いはまだ終わっていない。不意の攻撃を受けて地面に膝を着いていたデュラハンがゆっくりと立ち上がった。体中に光の矢が刺さっている状態でありながらも三人に敵意を向ける。

 

「あの攻撃を受けてなお立ち上がるというのか……!?」

 

 首無し騎士の頑強さに衝撃を受けたオーウェンは剣を構えようとする。しかし、アンがそれに待ったをかけた。

 

「二人は後ろに下がっててくれる?」

「ですが姫様――」

「大丈夫、後は任せて」

 

 彼女は二人に告げると、普段腰に下げている魔導書を手に取る。頁を捲りながら呪文を唱え始めると同時に、足下に魔法陣が出現。空中にも魔法文字が浮かび上がり、膨大な量に増えて展開される。

 やがて陣から光が溢れ始めて強みを帯びていく。その輝きは強さを増していき、膨れ上がる魔力と共に形を成していく。

 

 やがて強烈な閃光は収束し、一つの人影を形成した。

 現れたのは一人の騎士だった。携えるのは絶対の意思が秘められた堅固な盾と、己が主人の敵を退ける為の鋭き槍。身体に纏っているのは高潔な精神を映すかの様な白銀の甲冑。

 しかしそれは人では無い。騎士の下半身は荒野を駆け巡る強靱な馬のものであり、人とはかけ離れた姿だった。

 そして何より、空気から伝わってくる魔力が人のものを……否、この世の者を遙かに凌駕していた。純粋なまでに洗練された力。そう感じられた。

 

「何だアレは……」

 

 思わず声を漏らしてしまう。あの騎士が彼女が契約している使い魔であることは理解できる。だが、何だアイツは。明らかに常軌を逸した存在だと、途轍もない力を持った奴だと本能どころか魂で認識させられた。こんなことは初めてである。

 レイが茫然としていると、オーウェンがため息をつきながら言った。

 

「姫様……英霊をお呼びになりましたか」

「英霊だと……!?」

「姫様は歴代きっての魔法の才を有しておられます。膨大な魔力を宿してお生まれになり、英霊との契約をも成し遂げられたのです」

「そんなことが……」

 

 彼とてアンの魔法の才覚が頭一つ抜けているのは十分に知っていた。授業において彼女が作り出したゴーレムが他を凌ぐ大きさや力を秘めていたり、術式構築において高度なものを扱っているのを何度も目にしているからだ。

 しかしこれ程とは考えもしていなかった。英霊――それは精霊や死後の人の魂が人々の信仰などによって昇華されて高位への存在へ至ったもの。召喚には凄まじい量の魔力が、それこそ一流の魔法使い数人分が必要とされている。

 だが実際に召喚された例などほとんど実在しないし、ましてや契約を交わすなど前代未聞である。その事実に対して、彼は最早呆けるしか無かった。

 

「英霊よ! その力を以て、魔を打ち払え!!」

 

 契約者であるアンの声に従い、白銀の騎士は槍と盾を構えて彼女の前に出る。

 デュラハンは戦闘態勢を取った英霊に向けて剣を渾身の力で振り下ろす。その威力はレイ達の知っての通り、地面を容易く破断する程。これを防ぐなど、いくら何でも無茶だ。そう言いそうになった。

 

 だが、英霊は盾を突き出して真正面から受け止めた。一撃による衝撃が大気へと散らされてビリビリと震える中、身じろぎすら起こさずに防ぎきったのである。

 盾で剣を防ぎながら、もう片方の手に持った槍をデュラハンの剣へと鋭い攻撃を撃ち込み、刀身を貫いた。槍に貫通された剣は全体にヒビが走り、やがて粉々に砕け散った。――完全に隙だらけである。

 

「英霊よ、我が声に答えよ! ディターレントスラスト!!」

 

 アンの声に呼応して放たれるのは目にも止まらぬ高速の連続突き。常人の目では決して捉えることの出来ぬ比類無き速さで放たれた、何発何十発にもなろう刺突は堅牢な鎧に無数の風穴を穿ち、デュラハンを打ち倒した。

 

 

「あれが……アイツの本当の実力か」

 

 あれだけの敵をたった一人で。自分とオーウェンが苦戦した状況を、ひっくり返すどころか終わらせてしまうなんて。

 拳を強く握って震わせ、少し離れた先にいる英霊とアンに一瞬ではあるが鋭い目を向けた。圧倒的な力の差や素質を見せつけられたことに対する嫉妬や羨望。自分では到底追いつけないという諦念、あるいは自分は内心で見下されていたのかという思い違いからの怒りによるものか――――。

 

 

(すっげぇ、スタンド!? パッと見スタンドじゃね!? もしくはサーヴァントかハンマーガみたいなサイバーエルフ!? すんげえかっけえんだけど!! つーか、今すぐ写真撮りてぇ!! ……あー、クソッ!! 何でこの世界にはカメラが無いんだよ!?)

 

 

……と思ったが、興奮しまくっているこの阿呆に限ってそんな心配は無いと言えるだろう。

 

 

オマケ

 

「一つ気になったんだが、英霊に意思はあるのか?」

「うん、勿論」

「……なら、何で言葉を発しない」

「確かにそれは気になりますね。指示の伝達などに支障がないとは思えないのですが……」

「あ、英霊は基本私の命令に従ってくれるから問題ないよ。ただ言葉に関しては、以前私も本人に聞いたんだけどさ……」

 

 チラリと英霊を見る。すると槍を地面へと突き刺し、何も握っていない右手で……

 

「――――! (グッ」

 

 力強いサムズアップで返してきた。

 兜で隠れているせいで表情こそ読めないものの、雰囲気的には『いい笑顔』というやつを醸し出している。おい、声出せよ。しかしそんな事は微塵にも考えていないのかそれともする気がないのか、すぐに槍引き抜いて構え直す。

 その様子を見たアンはやれやれと首を振る。

 

「こんな調子なんだよねー……」

「……英霊には喋ってはならないという規律でもあるのでしょうか」

「さあな……」

 

 全く以て謎である。




今回の話は漫画版第一話を参考に作成。内容はかなり違うことや事態が若干世紀末染みているのはスルーの方向で。生徒会選挙は作者の勝手な想像によるものなのであしからず。ハンナがアン達と同じ学年なのに生徒会長という部分がどうにも考えつかなかった毛塚がこれである。
ちなみに初期案としてハンナが数人の生徒を連れて参戦というのがあったものの、あまり活躍出来ていなかったことや生徒達連れて態々危険地帯に飛び込むのもどうなんだろうな、と悩んだ末にボツとなりました。

あと『悪魔召喚』は闇魔法版の召喚魔法だと思ってください。いや、何かしらの名称付けようと思ったらこうなりました。流石に『闇魔法での召喚』だと語呂が悪いし長かったので。……どうせこの先もう出ないだろうし(ボソッ。

クラスに関しましては『蒼い空の向こう側』にて学級が分けられていると示唆されていたことや、どうするか迷った挙げ句「とりあえず同じクラスにしとけば何とかなるだろ」という作者の安易な考えから同じクラスに。恐らくこれが今後活かされるのは文化祭の時ぐらいでしょうけど。


登場人物や技、ネタの解説

・アン

マナリア魔法学院を代表する王女。
魔法の実力はずば抜けており、学院始まって以来の天才と称えられている。その才能は複数の属性を操るのに留まるばかりか、召喚魔法において最高位の存在とも呼ばれる英霊との契約をも交わしているほど。
さらに魔法大国マナリアの王女という高貴な家柄ではあるものの、それらを鼻にかけず誰とも分け隔て無く接する性格であることから他の生徒達からも人気があり『学院の華』と呼ばれている。後に一人の生徒と親友の間柄になるのだが、それはもう少し先のお話である。

ちなみに同じ制作会社が運営中のカードゲームにて、彼女を含めたマナリア組が大暴れしているとのこと。


・ハンナ

マナリア魔法学院で生徒会長を務める女子生徒。
成績も優秀で有り、良家の子女であることから良くも悪くもプライドが高い。しかしそのプライドに見合った実力を維持するため、日夜努力を重ね続けている。
責任感も相当強く、漫画版ではある生徒が学院に馴染めていないことを自分の責任として謝っていた。
神バハではエルフ族だったが、グラブルではエルフが居ない? (詳細不明。シャドバコラボのアリサは種族不明の扱いだが、これは除く)為にヒューマン族へと変更された。ただ、立ち絵では耳が髪に隠れているので現状不明である。
この小説ではサブキャラとして登場。

・ルゥ

話に寄るとアホの子らしい。割と色々やらかすことが多いヒューマンの女子。
元は神バハのキャラだが、この作品ではサブキャラとして頻度は少なめではあるものの時折登場予定……かもしれない。ついでに後輩ではなく同級生。設定が違うかもしれないが、フォルテとかルシウスとかウィリ何とか先輩のような、作品による設定改変はサイゲではよくあるから大丈夫だろうと判断。不快に感じた神バハファンの方はごめんなさい。
グラブルのゲイザーをデフォルメした感じの、オメメちゃんという目玉の魔物と契約している。


・紫の髪の上級生

一体誰アム先輩なんだ……。


・ハインライン

マナリア魔法学院にて闇魔法の講義を受け持っている男性講師。
グラブルでは未登場だが、この作品ではサブキャラとして登場。何故リストラしたよサイゲェ……。
マナリアの姉妹校のとある教師とは何か因縁が……?


・スケルトン、インプ、ガーゴイル、デュラハン

今回の犠牲者達。何故か書いている最中、頭の骨を掴んでボールのように投げたり、空中からドリルの様に回転しながら突撃したり、石柱を放り投げてから飛鳥文化アタックを仕掛けてきたり、来いよ人間! 武器なんぞ捨ててかかってこいよ!! ただし俺は使うけどな!! というネタが思い浮かんだものの、戦闘はそこまでふざけるつもりはないので当然不採用。ギャグ小説なら迷わず採用していた。


・安心と信頼のC社製教室

元ネタは『バイオ○ザード』など、秘密結社Cのゲーム作品に登場するヘリの呼び名。通称『安心と信頼のカプ○ン製ヘリ』であり、よく墜落or爆破されることで有名。
他にも列車なら脱線か爆発、車やバイクは横転または爆発、エレベーターでは停止もしくは墜落と、最早カ○コンの伝統芸ともいえるもの。
当然C社のゲームである『ロックマンX』や『ロックマンゼロ』シリーズでも例に漏れず、ホバーバイクのライドチェイサーを乗り捨てて爆破したり、空中要塞を墜落させたり、潜水艦を撃墜したり、列車のコアを叩き斬って停止させたり、地球の軌道上で百年間漂ってた宇宙船が雪原に墜落したり、民間人のトレーラーがレプリロイドに襲撃されたりしている。……C社の社員は乗り物関連に何かしらの恨みでもあるのだろうか。
関係ない話だが、『ロックマンX5』ではコロニー落としをやっていたりもする。


・天昇斬

初出は『ロックマンゼロ2』だが、原型となった技は『ロックマンX4』の"龍炎刃"。
炎を纏ったセイバーを構え、上方向に跳躍しながら斬り上げる対空技。後作品の『ロックマンX5』では電撃を纏った亜種バージョンの"電刃"がある(こちらはある程度ジャンプの高さを調整可能)。
『ロックマンゼロシリーズ』においては"天昇斬"、"天裂刃"、"昇焰牙"と幾度と名前を変えてはいるものの、元が炎属性のボスである"マグマード・ドラグーン "から習得可能であることのオマージュとして、全て火を扱うボスからキャプチャー出来る。炎が無い状態でも放てるが、その場合飛距離が一~二割程度落ちてしまう。

勿論オリジナルボディを使用する某メシアも愛用しており、あちらは炎が無いけど"龍炎刃"という扱いで使ってくる。ただしゼロとは異なり、飛距離は炎有りの"天昇斬"と変わらない、どころか本体との接触ダメージ+"龍炎刃"のダメージが入る仕様なのでむしろ質が悪い。セイバー特有の効果として無敵時間も貫通してくる。『ロックマンZX』においてはモデルHXで上空へダッシュジャンプ出来るのだが、高確率でたたき落とされる。実際筆者が何度か検証したところ、十一回中九回落とされた。


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第四話 一生懸命になるのはいいが、ある程度自制も必要である

前回までのあらすじ

レイ、闇魔法の講義を受講する。その後オーウェンと共に魔物の処理をして、アンの真の実力を目撃する。


 闇魔法によって召喚されたデュラハン達との戦闘から数日が経って訪れた休日。朝の鍛錬を終わらせたレイは、男子寮から遠く離れた場所に位置する第三演習場へと向かうべく、鬱蒼と茂っている木々の間を一人突き進んでいた。理由は言うまでもなくラーニング技の特訓である。

 一般的に休日とは何処かへ出かけたり身体を休めたりするものだが、彼の場合そうでははない。むしろ積極的に特訓が積める、絶好の機会として捉えている。

 普段も演習所に通ってはいるのだが、講義の関係で基礎能力を落とさない為のトレーニングしか出来なかったり、自分と同じく利用している生徒もいることから余り派手な技は使えない等の制約があるので、中々自由に行えない。

 しかし休みの日は生徒達も各々の時間を過ごしていたり、探求心を満たす為の実験などを行っていたりする場合が多いので、利用者は平日に比べて割と少ない。その為、週末は急ぎの用でも無い限りは練習に当てようと考えているのだ。

 

 と、ここまでなら普段と何ら変わりがないと言えたのだが……今日の彼は様子がおかしかった。別に彼の体調が優れていないとか、精神衛生上不備があるとかではない。却って

その辺の心配は無いと断言できる。

 では何がおかしいのか? それは……。

 

(頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって! やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ! そこで諦めんな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る! ゼロだって頑張ってるんだから!! だからこそ……もっと、熱くなれよおおおおおおおおおおおお!!)

 

 燃えていた。心が物凄く燃えていた。具体的にはどこぞの熱血競技者の如く。それにも関わらず顔は相変わらずの仏頂面であるから、かなりシュールである。

 

 レイがこの様に燃えたぎっている原因としては、先日の魔物との戦闘の件である。地と空両方の魔物を処理出来ずに追い詰められ、結果で見るとアンが助けに入らなければ負けていたという事実は彼にとってかなり考えさせられるものだったのだ。

 確かに状況は不利だった。数も相当だったし空中の魔物による妨害もあった。デュラハンの頑丈さは目を見張るものがあったから、あのまま戦っていたとしてもそれなりに苦戦していた可能性も見受けられる。

 しかしだからといってそのまま流してしまうのは違う筈だ。あの時上手くいかなかったのなら、その経験を次に活かさなければならない。何もせずに二の舞を踏んだなど、それこそ何の意味も無いからだ。

 あとは彼女が使った魔法。高ランクの光魔法に英霊召喚、これらを目の前で見せられて何も感じない魔法使いがいるだろうか? ――いや、いない。現に自分がそうだ。あれだけのものを目にした以上、自分も負けてられないという思いがふつふつと湧き上がってきている。

 それらの事情からこうしてやる気に満ちあふれているのだ。

 

◇    ◇    ◇ 

 

 演習場に到着したレイは中のフィールドへと歩を進める。そして辺りを見回し、自分の他に人がいないことを確認すると、刀と一緒に背負っていたバッグを地面へ置いてから一冊のノートを取り出す。題名は『ゼロの技研究ノート』と、自分以外の者からは分かりにくい様に記されている。

 

「さて、あの技は何ページだったか……」

 

 彼がノートを開くと、そこには髪の長い人間らしき人物が一本の棒切れを持って様々なポーズを取っていた。各ポーズ一つ一つに体勢や腕の向きといった事細かな補足や説明文が、余白を埋め尽すとばかりにびっしりと付け足されている。彼の持つこのノート、これには彼の記憶に残っているゼロの技に関する情報の全てが詰まっているのだ。

 

 いくら前世の記憶を思い出したとはいえ、それのみを頼りに習得していくのは難しいと言える。記憶だけではなく、紙に起こすことで足がかりを得られる場合もあるからだ。

 それに記憶とは少なからず劣化していくもの。

 余程強く印象付いたものは除くとしても、時間の経過と共に薄れていってしまうのは避けられない。実際、滅多に使わない知識はかなりぼやけていたりする。

 普段の生活や何かしらで触れるのならばその限りではないが、コレに関しては話は別だ。日常ではまず使わないものであるし、触れようにもゲーム媒体や原作そのものが存在しない。

 

 これではゼロの技を習得する以前の問題だ。一種の危機感を抱いた彼は、記憶があやふやになる前にと幼少期より『ロックマンゼロとロックマンXの全て』『ゼロのラーニング技+α』『ゼロの武器ネタ』『前世の知識で役に立ちそうなものと覚えていても損はないであろう数々のネタ』等々を何冊かのノートに詳しく書き記しておいた。絵心がないという難点はあったものの、この行動が功を成して今に至るのである。

 

 レイがノートをパラパラと捲っていくと、目的のページへと辿り着く。そこには他と同じ様に長髪の人間が描かれていたものの、先ほどと違って棒らしきものは持っていなかった。

 変わりに自らの手を地面へ打ち付ける姿勢を取っており、すぐ右には地面が揺れていると思わしき様相や破片らしき物体が宙に浮いている場面が描かれていた。その下には『使った直後は動けない』『衝撃波も出るかも?』といった説明や使用する魔法、魔導書から得た知識や参考となりうるものも。

 絵からして刀や魔法弾を一切使わない、己が拳で成す技。その名前は――

 

「アースクラッシュ……これだ」

 

 地面を拳で殴りつけ、その衝撃で地面を断ち割って瓦礫を上空へと打ち上げる対空攻撃。これこそが彼が今日練習する技であり――先日の戦闘で放つのを躊躇っていた技でもある。

 正直な話、レイとしてはコレの習得はもう少し後にする予定だった。が、あの様な状況を経験してしまった以上はそうも言ってられない。魔法刀と魔法弾の『点』による攻撃方法しか持たない、『面』での攻撃方法を持ち合わせないという弱点。つまり『広範囲を攻撃出来るかつ空中の敵を打ち落とせる技』が今の自分には必要なのだと改めて悟ったからだ。

 

 弱点が分かっているのなら何故習得していないのだ、という疑問がここで生じるだろうが……勿論これには真っ当な理由が存在する。

 彼は学院に来るまでの七年間、鍛錬や勉学に時間をつぎ込んでいた。その合間にはラーニング技の練習もある程度挟んでいた。が、大体練習の場となっているのは自宅近くの原っぱや駐屯所の裏、もしくは近くのチョポタ山の一部の場所だ。

 アースクラッシュは地面を破砕する技。しかも威力や範囲がハッキリとしていない上に、瓦礫を撒き散らすという不安要素までついている。そんな技を故郷の地で練習した時には、地面はヒビ割れ村人は巻き込むこと必死。山なら土砂崩れを引き起こす可能性も有りうる。そんな状況を引き起こさない為にも練習は控えるしかなかった。精々が正拳突きぐらいである。

 

 なら、他の技は? と言いたいかもしれないがそれにも難がある。

 レイは現段階では友達である王女ほど高度な魔法は扱えない。彼の使う魔法刀には相当な魔力コントロールが求められるものの、使っているのは低ランクの風魔法。それ以上のものはまだ無理だ。加えて属性。彼は風属性を主に使用しているが、それ以外の属性の行使は不可能だ。

 それらの条件から絞っていき、最終的に何とかなるかもしれないと残ったのがこの技なのである。

 

 村では場所に困っていたが、学院なら演習場がある。しかも今日は休日、利用者も普段より少ない。さらに彼が今居る第一演習場は寮や教室棟、図書館から離れた所に位置している。

 その結果、平日でも人があまり居ないここは、現在ほぼ貸し切りに似た状態となっていた。正に練習にはうってつけの場所であると言えよう。

 

 ノートを左手に携えつつ、腰を落としながら右手を下にやる。それの動作を何回か繰り返す。

 姿勢や体勢がある程度把握出来たら、次は魔力を拳に集中させる動作へと移行した。

 全神経を研ぎ澄ませ、自身が持つ魔力を体内で一気に練り上げる。最大まで高まったところで、拳一点に送り込んで集中。少しの乱れも無いよう十分に気を配ることも忘れない。

 魔力を留めた拳が薄い光を帯びる。そして天へとゆっくりと掲げ、渾身の力で垂直に振り下ろす。

 

「――アースクラッシュ!!」

 

 拳が大地へと接触した瞬間、衝撃が走った。地面は揺れ、足下には拳の二回り程度の小さな円が刻まれ、周囲には亀裂が走る。

――それだけで終わった。演習場のみという局地的ではあったが、地盤は揺れた。地表にもヒビが入った。拳に目をやっても痛めていないのは分かる。動かしても問題無い。

 だが、他には何も起こっていなかった。割れた地面から瓦礫は飛んでいないし、衝撃波らしきものが発生した形跡も見当たらない。

 

「失敗か……」

 

 そう呟きつつ再び構えを取った。

 技が一発で成功するなど最初から思っていない。何度も何度も行うことで、少しずつ自身の身体へと定着させていく。繰り返しの回数がものを言うのだ。

 

 その後も幾度となく拳を地面へと打ち付けた。魔力を練り上げ、拳に一点集中、足下に振り下ろす。それを行う度に地面へ窪みとひび割れを作り出す。飽き足らずに何度も何度も繰り返す。

 回数を重ねていく内に威力の調整もある程度は分かってきた。徐々にではあるが、地面に作り出す穴や罅の大きさもでかくなってきた。

 けれども、大地へ与える影響は変化しなかった。生み出されるのは孔と割れ目のみ。破片が宙を舞う素振りや大気が波を打つ様子すらない。

 

 大した収穫も得られないまま時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、魔力の回復を兼ねたしばしの休憩へと移る羽目になったのだった。

 

◇    ◇    ◇

 

(うーん……やっぱり、原理としてはあっちの方が正しいのかねぇ……)

 

 頭を唸りつつ、ノートと睨み合う。そのついでに購買で買ったおにぎりを頬張っている。

 彼が考えていたアースクラッシュの原理は二つ。

 

 まず一つ目は『魔力の集中で強化した拳を振り下ろし、その衝撃で大地を割って飛ばす』というもの。これは彼が先ほどまで行っていた方法だ。

 技の性質上、拳の威力がそのまま技の破壊力へ反映されることに加えて、振り下ろした勢いと地面からの反発を含めた分がそのまま腕へとダイレクトに返ってくる。その二つへの対抗策として魔力による特定部位の強化――『魔力の一点集中』を取り入れているのだ。

 これは強化魔法の応用であり、あちらが全身を対象とするのに対してこちらは特定の部位のみに限定している。対象箇所以外は恩恵を受けられないものの、その分身体機能の活性効果は何倍にも及ぶ。発動には微細な魔力コントロールが求められるという壁はあったが、魔法刀を得物としている彼からすれば其程苦労はしない。むしろ相性が良いと言えた。

 しかし結果としては芳しくなかった。地面にヒビを入れはしたものの、それ以上は見込めなかったのだ。

 

 二つ目としては『拳の全エネルギーを大地へと送り込み、衝撃波を発生させて地面諸共吹き飛ばす』といったもの。彼曰く『漫画版に近い原理』だとか。

 地面へと打ち付けた拳を基点に魔力を流し込み、エネルギーの爆発を地中で引き起こすことによって、地面を割りながら破片を撒き上げる。自分を中心に衝撃波を発生させることで、破片の無い自分の周辺もカバー可能と隙を無くせる。技自体の完成度から見ればこちらが上だろう。

 

(でも、こっちはなぁ……)

 

 思わず眉を顰めてしまう。二つ目の原理には難点があったからだ。使用者の耐久力という難点が。

 本来の使い手は機械から生み出された身体であった都合上、問題無く使うことが出来た。拳を地面に強く放ったとしても、生身以上の頑丈さを持つボディーなら跳ね返ってくる衝撃を容易く受け止めるだろう。

 だが、自身の身体はそうでない。鍛錬である程度鍛えられているとはいえ、地面にヒビを入れるほどの衝撃を生身の腕一本だけで耐えられるかと問われたら、答えはノーだ。何の対策も無しに実践すれば、間違いなく腕は使い物とならなくなるのが見えている。

 一つ目の様な魔力での強化も視野に入れたりしたが、それではダメだ。一点に留めているからこそ並以上の効果を発揮するのであり、地面に流し込んだ瞬間に魔力の均衡が崩れてしまう。効果が切れてしまえば、技の威力を諸に受けることとなる。

 

 要するに、一つ目の方は安全重視だが威力に難あり、二つ目は威力や完成度は高いが使用者に負担を強いる、と言ったところだ。

 使っても威力が不足しているのならば意味が無い。かと言って使う度に腕を壊していては、それこそ本末転倒だ。 

 それぞれのメリットとデメリットを見比べて解決策を導き出そうとしたものの、結局いい案は思い浮かばなかった。

 

「はぁ……」

 

 ため息を溢してノートを閉じる。そして片手に持っていたおにぎりの残りを口へと放り込んだ。考えても埒が明かないのであれば、今はせめて休憩に徹するとしよう。そう考えたのだ。

 二つ目を食すべくバッグの中に手を突っ込む。底の方に転がっていた二個目のおにぎりを掴み出し、外の包装を取り去った。茶色の包みの下から現れたのは、白い米粒の集合した三角形。一つ目を食べたから分かるが、塩加減と炊き具合が非常に程良い仕上がりとなっている。

 学院の購買マジでレベル高えわ。顔を僅かに綻ばせながら、二つ目に齧りついた。

 

「うっ……!?」 

 

 突然口内を襲った強烈な酸味に顔を顰める。急いで鞄から水筒を取り出し、口に流し込んで酸っぱさを和らげようと試みる。

 一口二口と飲み込んでから、ふうっと一息ついた。そうだった。他の味が無かったからウメボシ入りを買ったんだった。頭を搔いて内心ごちった。

 レイはここに来る前、購買に立ち寄っていた。そこで昼食を購入しようとしたのだが、休日は基本的に品物が幾分少ない。その為、買おうと決めていたおにぎりも塩とウメボシの二種だけ残っており、他は売り切れとなっていた。

 

(無かった代わりに買ったのをすっかり忘れてたわ……)

 

 自身の忘れっぽさに苦笑しつつも二個目を食べ進める――。直前で手を止めた。待てよ、無かったから()()()に……? 

 おにぎりをバッグの上に置き、閉じていたノートを開いた。

 

(一つ目の原理の方は威力が不足している……二つ目は使用者に危険が伴う……。二つ目の方に強化をやろうとしたけどダメ。一つ目の方に爆破を入れようとしても無理……)

 

――なら、その()()()になるものを拳の先に付与して殴りつけたら……?

 

 考えたついたことを実戦すべく、少し離れた場所に移動してアースクラッシュの構えを再び取る。

 精神を集中させ、自身の身体に宿る魔力を一瞬で練り上げる。限界まで膨れ上がったと同時に拳へと凝集させる。

 魔力の集まった拳が、先ほどと同じように淡い光を纏う。腕を頭上に振り上げ、()()()()()()()()()()()()()()。そして全力で真下に振り下ろす――――。

 

「アースクラッシュ!!」

 

 正拳が風を押しつぶした瞬間――大地が爆ぜた。地面は揺さぶられ、周囲には亀裂が刻み込まれ、突風と見紛う風の衝撃波が鼓膜を貫くような破裂音と共に大気へと放たれる。

 衝撃波は罅割れた地表を削りながら撒き上げ、上空へと打ち上げる。想像もつかない速度で飛ばされた破片達は急上昇。あっという間に最高点まで達し、雨あられの如く垂直に降り注いで地面と衝突する。

 突然発生した轟音に驚いた場外の鳥達が一斉に飛び去る中、彼はめり込んだ手をゆっくりと持ち上げて足下に目をやる。

 まるで火薬が爆発した有様。足回りの地面は円形状に丸ごと抉られており、技の使用前よりも些か位置が低くなっていた。

 周囲に目をやると、フィールドには降ってきた破片が突き刺さっていたり、ぶつかって粉々に砕かれたのであろう小さな欠片が散乱していた。地に走った罅の規模も、先ほどまで何度も行っていたものよりも遙かに大きい。

 一言で表すのなら、『その一カ所のみで災害が起こった』という言葉が相応しい。

 それらを確認した彼は口元をつり上げた。 

 

「よし……!!」 

 

 嬉しさから拳を握り込む。成功だ。本気でやったせいか、周りがえらいこっちゃなことになってるけど。

 彼が行ったのは『魔力の爆発の代用』である。

 休憩前までにやっていた一つ目の方法、そちらは使用者への反動がほぼ皆無だったがその分威力に乏しかった。二つ目においては強化効果の都合上、魔力の爆発を起こせなかった。

 そこで思いついたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。魔力強化とは別に行使することからバランスも崩れないし、一つ目の方法と組み合わせれば威力不足も補えるのでは? と。

 結果はご覧の通り、限りなく本家に近いであろう再現度となった。……まあ当の本人は、想像を遙かに超えた威力に若干引いている訳だが。発動に一手間加える必要があったとはいえこんなものをあの戦闘で成功させていれば、間違いなく二次被害の方が大きくなっていたのは確かだ。その事から背筋が少し寒くなった。

 

 しかし習得出来たのは素直に喜べるものだ。流石にはしゃぎ回ったりはしないものの、内心では小躍りしてる。

 風魔法の発動という行程が加わった分、加減の仕方を今一度覚えなければならないという課題が生まれはしたが、全然苦とはならない。むしろ技に関することなら楽しみながらやるだろう。

 さて、じゃあ早速取りかかるとするか。胸を高鳴らせながら拳を構えたのだが……。

 

 

 

(……やべえ。これどうすりゃいいんだ)

 

 前方にあった外壁は見事に瓦礫の山となっている。

 

 

 

 

 

「あらあら? 何かすっごい事になってるわね~☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に耳に飛び込んできた気の抜ける一声。魔力を込めて殴りかかろうとしていただけに勢い余ってズルッと転けそうになる。

 それをどうにか堪えて声の方向に目を向けると、そこに立っていたのは眼鏡を掛けた茶髪の女性で、光魔法の講師を務めているミランダだった。

 

「……何故ミランダ先生がここに?」

「え? あら~、レイ君じゃない☆もしかしてここはずっと君が一人で使っていたのかしら?」

「そうですが……」

「もう~ダメよ、こんな事しちゃ☆他の生徒がびっくりしちゃってるんだから☆」

「は、はぁ……ん?」

 

 この人の話し方はどうも調子が狂うな……。何とも言えない気持ちで内心呟く。生徒達の間では、少々天然でフレンドリーかつお茶目な教師として好かれているらしいのだが、レイとしてはこの独特な話し方に未だ慣れていない。

 しかし、他の生徒がびっくり……? 一体何の事を言っているのだろうか。さっぱり分からないレイは、逆に聞き返す。するとミランダが説明し始めた。

 

「この近くで薬草を採取していた他の生徒が連絡してきたのよ~、演習場からおっきな音が聞こえてくるって☆しかもしかも、その他の生徒からは遠目で見ても揺れてるって言ってきたし☆魔物の仕業かと思って急いでこっちに来てみたら、パンって音の後に空から岩が降ってたし、中に入ってみたら地面はこんなことになってるしで~もう、ミラちゃん先生驚いちゃった☆」

 

……語尾のせいで微妙に内容が分かりづらい。

 つまりはこうか。この付近に薬草を採りに来た生徒がいたのだが、演習場から響いてくる大きな音を耳にしたので職員室か何処かにいたミランダ先生に連絡した。そこへさらに遠くから演習場が揺れているのが見えたという他の生徒からの報告もあったために、魔物の暴走を疑った。それで先生が向かったところ、何かが破裂する様な音が聞こえた後に空中から岩が降ってきた、しかも中に突入すれば地面がこんな有様になっていたので驚いた、と。 

 そういうことですか? レイが確認の意味を込めて返答すると、ミランダは頷いた。

 

「そうよ☆……もしかして気づいてなかったのかしら?」

「はい……」

 

 しまった。思わず額を押さえてしまう。

 失敗とはいえ演習場は地面ごと揺らしているし発生する音の大きさも相当なもの。習得に躍起になっていた自分は気にも留めていなかったが、それ故に場外への影響を失念していた。これでは何の事情も知らない生徒や教師からは魔物が暴れているなどと間違われても仕方がない話だ。

 ラーニング技のことで頭が一杯になっていたからな……。せめてやる前に教員へと通達しておくべきだったか。そう思ったものの、時既に遅しというものである。

 

「元気があるのはいいことだけど、やりすぎはダ・メ・よ☆」

「……はい」

 

 素直に頷くしかなかった。

 

 結局この後、レイはミランダからの多少の説教と演習場の地面を手作業で元通りに直す

罰を食らってしまう。身から出た錆びとはいえ作業に時間がかかってしまい、練習時間が消えたレイは項垂れながら寮へと戻ることとなった。

 ちなみに今回の件で、未習得のラーニング技の練習をする際には教師に必ず

連絡するという暗黙のルールが彼の中で生まれたそうな。

 

 

オマケ

 

「見事に地面が凸凹だけど、一体どんな魔法を使ったのかしら?」

「……拳と風魔法です」

「……え?」

「拳と風魔法です。後は魔力による腕力強化を」 

「そ、そうなんだ~☆(やだ、この子魔法(物理)を使うのね~……)」

(何か失礼な事を思われている気がする)




レイは あたらしく アースクラッシュを おぼえた!


3/8 一部不足している部分があったので補足しました。
6/8 岩本版ロックマンX2を確認した際、アースクラッシュの描写が間違っていたので修正しました。

登場人物や技、ネタの解説

・レイのノート

作中の説明通り、ゼロの技が事細かく書かれたノート。他にも『ロックマンXについて』等何冊もバリエーションがある。他人に見られてはマズいものの為保管の際には、五重の木箱に入れた後に魔法による隠蔽を施すなどの対策を講じている。


・ミランダ

マナリア魔法学院にて光魔法(神バハでは聖魔法)を専門に教えている女性教師。少し抜けているところがあるも、生徒達からは慕われている。話し言葉に『ね☆』や『よん☆』、『だぞ☆』といった独特な語尾のついた話し方をする。元OBであり、学生時代は色々やらかしたらしいとのこと。
また、コスプレ好きであり自分で様々な服を作ったりしている。アニメ版では自分の服屋を持っていた(ただしグレアに「うちの学校って副業オッケーだっけ」と突っ込まれた際、目を泳がしていたことから許可云々は取っていないと思われる)。


・漫画版ロックマンX

通称『岩本版』。原作ゲームの『ロックマンX』を漫画家である岩本佳浩氏がコミカライズした作品。掲載誌は『コミックボンボン』。
原作とは設定が異なる部分があり、主人公エックスは「唯一涙を流す事ができるレプリロイド」、三角蹴りは特A級を超える証であるなどの相違点がある。加えて漫画本編の方も、レプリロイドとは思えない喜怒哀楽の変化や性格描写や、戦いの意味についての苦悩や葛藤と、とても子供向けとは思えないシリアスな世界観で描かれていて引き込まれること間違い無し。ファンは必見の作品である。
一方でネタやギャグも挟まれており、特にヴァジュリーラの『メぇぇぇ~~~リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁ―――スぅ!!』は有名。作者の岩本氏からもネタにされている。
ちなみに作者である岩本氏はアクションゲームが苦手であったらしく、作品の執筆には
上手な人のプレイを収録したビデオを参考にクリアしていたとのこと。


・アースクラッシュ

『ロックマンX2』のラスボス前に登場するゼロが使用。
その場で地面を殴りつけ、ゼロの左右に破片を三つずつ打ち上げる。ダメージは大きくないものの飛距離が長いので、壁に捕まっていたり空中にジャンプしていたりすると落とされる。そして食らって生じた隙を狙われて次の攻撃が……何ていうコンボ紛いのことも。

一見すると回避不可能に思えるが、実はゼロの真上は瓦礫が飛ばないかつ攻撃判定が存在しないので、わざと真上に移動して誘発→瓦礫の間をくぐり抜けてエアダッシュといった方法で回避可能。それ以外にも早めに壁ジャンプしてからエアダッシュすることで、アースクラッシュが出るよりも先に移動して避けられる。また、回避してしまえば硬直の影響から隙だらけなので、攻撃チャンスでもある。後の作品ではこれを派生させたと思われる"滅閃光""裂光覇""爆炎陣"等が登場。
ちなみに『ロックマンX』をPSP作品にリメイクした『イレギュラーハンターX』では、VAVAルートの敵ゼロが特定の条件下でのみコレの元となったであろう『アースゲイザー』なる技を使用する。

真偽は定かではないが、この技の名称は岩本氏がつけたかもしれないとのこと(かもしれないなので、鵜呑みにはしないこと)。
『岩本版ロックマンX2』ではゼロが使用、空中をダッシュで移動したエックスを撃ち落とした。ゲーム版とは異なり、エネルギーを拳から流し込んで、衝撃波を走らせる技となっている。作中ではこれを直接エックスにぶつけ、『大地を切り裂く「龍」がかけまわる感じはどうだ?』と言い放った。後にコレを無理矢理放ったせいで、バスターが使用不可となってしまう。
余談だがゲーム版と岩本版共に演出がかなり凝っており、ゲーム版では地面がボロボロになって背景のコンピュータが爆発、漫画版ではゼロを中心に衝撃波が発生して地面をも引き裂いた。

『ロックマンゼロシリーズ』では我らがメシアも使用……してほしかったのだが、残念ながらそれは叶わなかった。まあ、セイバーによるチャージ攻撃がそれを兼ねているらしいから仕方無いと言えば仕方無いが。
『ロックマンZX』においては隠し要素であるモデルOXにて、何と主人公が使用可能に。威力は控えめ、硬直もありと元ネタを踏襲したこの完成度にはファンもニッコリである。……そこ、弱いから実戦では使えないとか言わない。


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第五話 風紀委員(イレギュラーハンター)レイ

前回までのあらすじ

レイ、アースクラッシュを習得するも罰則を食らう。


 生徒会選挙が終わって新しい会長が就任した。

 当選した生徒の名はハンナ、レイ達が注目していたあの期待の一年生である。魔物が出現するというハプニングの中、迅速に避難を促した事や最適に近い行動を取った事が他の生徒からの支持を集める決め手となったらしい。見事に座を勝ち取った彼女は生徒の皆がより良い学生生活を送れるよう、精一杯頑張ろうと意気込んでいた。

 

 さて、その新生徒会長だが彼女は現在、活動場所である生徒会室にて不安と期待が入り混ざった表情と共に少し厚みのあるの書類を手に持っていた。それにはこれから行う話し合いに必要な事項が記載されている。

 

 彼はこの話を承諾してくれるのでしょうか……。

 内心で考えつつ来客用の椅子についている男子生徒、レイを一瞥する。テーブルには書記であるポピーが淹れた紅茶が目の前に差し出されているものの、彼がそれに口をつけた様子は見られない。ただ座りながら手を組んで、目を伏せているだけだった。

 そわそわする訳でもなく、只管に沈黙を示す態度を貫いている。彼の性格もある程度耳にしていたし、知り合いになった王女曰く悪い人ではないと言ってはいたものの、こうもどっしりと構えられては、逆にこちらが落ち着かなくなるというものだ。

 だが、あの一件の中で彼の正義感と勇敢さを目の当たりにしたのもまた事実。いくら目の前で他の生徒が襲われそうになっていたとはいえ、それを助けようと真っ先に魔物の群れへと突貫するのは早々出来ることではない。その上、助けた後も退くことなく護衛騎士や王女と共に魔物達と応戦し続けていたと聞く。

 普段の静かさとは正反対にも思える勇猛さ。それに目を付けたからこそ、今回彼との話し合いの場を設けたのだ。

 

(……そうですわね。話してみなければ分からないことだってありますもの)

 

 彼が内にそれらを秘めているのと同じように。

 

 

 対して、椅子に腰掛けているレイはというと……。

 

(ねえ、俺何で呼び出されたの? 何で呼び出されたの、ねえ)

 

 滅茶苦茶戦々恐々していた。

 

 

 

 

 

 ミランダ先生曰く「ちょーっと力が有り余った子だけど人格面に問題は無いわよ☆」

 

 

(ねえ、俺退学じゃないよね? 本っ当に大丈夫ですよね?)

 

 内心戦々恐々としていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇    ◇    ◇

 

――時刻は遡ること二十分程前。『魔術基礎理論』の授業を受け終わったレイは、前回与えられた課題を提出しようと教壇の方へ席を立っていた。

 今日はこれで終わりだ。他の講義から課題は何も出されてないし、図書館にでも行こうかな。放課後の予定を考えながらノートを教卓に置いて立ち去ろうとした時、担当講師である初老の男性教授であるジルが思い出したかのように伝えてきた。

 

「ああ、そうだレイ君。先ほどハンナ君が君を探していましたよ」

「生徒会長が……?」

「ええ。会長として重要な話があると言っていました」

 

 それを聞いた瞬間、レイは思わず眉を顰めた。これは俗に言う生徒会からの呼び出しというやつでは? と。 

 生徒会からの呼び出しで想定することと言えば、委員会の活動関係か素行不良など日常生活に関することの二つ。学生として心配するのなら特に後者が真っ先に思い浮かぶ。

 しかし自分はそのどちらにも該当しないというのに、会長から直々に招集されようとしている。胸中で戸惑いながらも確認の為にジルへと聞き返した。

 

「……人違いという可能性は」

「いえ、それはありませんよ。彼女はハッキリと君の名を口にしていました」

「何の要件で?」

「詳しい話は何とも。私も詳細を聞いている訳でもないので」

 

 ともかく生徒会室へ向かってみてはどうでしょうか。ジルの言葉にそうしますと頷いたレイは、お礼を述べてから自分の席へと戻って帰り支度を始めた。

 生徒会長が俺なんぞに一体何の用だっていうんだ。ため息を吐きながら学生鞄に教科書類を詰め込む。疑問は相変わらずだが、とりあえず教授の言う通り生徒会室に直接行ってみれば分かることだろう。別にやましい事は特に…………無いはずだ。

 作業の最中、ジルとのやり取りを見ていたアンとオーウェンがこちらにやって来た。

 

「どうしたの? そんな怪訝そうな顔をして」

「何かあったのですか?」

「……生徒会長が俺を探しているらしい」

「ハンナちゃんが……?」

「ああ。何か重要な話がある、とな」

 

 言われた事をそのまま二人に伝えると両者は一様に首を傾げた。当然の反応だろう。何せ当人の自分ですら分かってないのだから。アンの方はあの一件でハンナと親しくなったらしいが、この反応を見る限りは恐らく彼女も知らない様だ。そう思った。

 

「一体何の話なんだろう……」

「分からん。特に心当たりになるようなものは……」

 

 そこまで口にしたところで言葉を切った。そこで思い出すのは数日前にやった事。もしやあの件では……? 

 レイが突然口をつぐみ、何かを考え込み始めたのを疑問に思ったアンは彼へと問いかける。

 

「何か思い当たる事でもあったの?」

 

 彼女の問いかけに対して彼は何も返さない。こちらに何かを言うわけでもなく、相も変わらずその場で考えを巡らせているままだ。 

 

(でも、あの件が原因だったらもっと早くに呼び出すと思うんだけどなぁ……)

「あの、本当にどうされたのですか? 悩み事なら相談に乗りますが――」

「……まあいい。いずれにしても行けばハッキリする」

「え?」

「俺は今から生徒会室に向かう。じゃあな」

「あ、ちょっと――!」 

 

 そう二人に言い残し、机の横に掛けていた刀と鞄を担いでさっさと教室から出て行った。

 二人はレイの様子が気になったために質問したのだが、肝心の相手は答える事も無くいなくなってしまった。二人の胸の内にはモヤモヤが漂っているばかりである。

 

「……一体何だったんだろう」

「さあ……」

 

 二人は疑問に思うばかりだった。

 

――なお、レイが言うあの件とは数日前に第三演習場で一人やらかした件である。アンは当日図書館に籠もりっきり、オーウェンもその付添だったので演習場での局地的地震について一切耳にしていなかった。

 その為、この件の真相を知っているのは当事者であるレイとミランダのみ……だったのだが、レイの様子を怪しく思った二人が調べようとしたところ、ミランダがうっかりと彼女達に口を滑らかしてしまった。それを聞いた二人は色々な意味で驚いたそうな。

 

◇    ◇    ◇

 

 それから生徒会室へと直接訪ねた結果、今のこの状況へと至るのだった。

 

 うーわ、本当にマジで何の用なんだよ。正直、アースクラッシュぶっ放した件しか心当たりねえんだけど。目を伏せながら内心動揺しまくる。正直な話早く帰りたい。それだけ不安に感じていた。

 

 普段授業を真面目に出席していないとか課題をサボっていたりするのならばいざ知らず、そうでもない身からすれば逆に気がかりとなってくる。本来なら胸を張れる要素――と言っても当たり前と言えば当たり前のことなのだが――がここでは反対の要因となってレイの心へ襲ってきているのだった。

 素行不良でもないのにいきなりの呼び出し。しかも生徒会長の立場として大切な内容ときた。これで何も疑問に思わない方が難しいだろう。生徒会長であるハンナと親しい関係にあるのなら他にも考えられるのだろうが、あの一件以来話したことはほとんどないので厳しいものだ。

 唯一思い当たる節があるとすれば、この前アースクラッシュの練習で演習場の地面を荒らした事ぐらい。というか、十中八九それしかないだろう。あれだろうか、『あの時は軽い説教と罰則で済ませたがな。あれは嘘だ』という奴なのか。

 

 だが、もしそうだとするのならば色々と可笑しな部分も出てくる。

 いくら駆けつけたのが教師の中でも温厚な方のミランダだったとはいえ、もっと大きな問題として取り扱われていいはずだ。説教や罰も軽いものではなくより重いものでもなっていて可笑しくない(尤も本人からすれば結構重かったが)のに、『マナリアではよくあるのよ~☆ミラちゃんも学生の頃は結構やっちゃってたしね☆』という苦笑いで済まされた。

 第一、呼び出した時期も頭に引っかかる。仮に生徒会長から直接注意や勧告を言い渡されるとすれば、引き継ぎ前に行われていていいもの。だというのに、次の代へと引き継ぎが終わった今。

 それにだ。演習場を荒らしたというのも問題だが、それ以上の事を入学早々やらかしている輩をレイは知っている。むしろそいつらの件とはガッツリと関わっている。そんな彼らは何かしらの罰則を受けたというのは聞いてはいるものの、こうして生徒会長からの呼び出しを受けた様子は見ていないし、自分しかいないことから一緒に呼び出されている訳でもなさそうだ。

 

(……となると、別の用事ってことなのか?)

 

 だとしたら一体どういう内容なのだろうか。問題行動とかでないのなら次は委員会に関する事項となってくるが、属する生徒は既に決まっているから線としては一番薄いと思われる。かと言って他の事を挙げようにも思いつかない。

 そうやって頭を悩ませていると、ハンナが向かい側の席へとついた。その手には何かの書類が携えられている。……マズい、本格的に分からなくなってきた。相手の表情を見ても怒りとか悲しみとかそういうのを浮かべてないから、多分罰則とかでないのは確信していいはずだが……。

 目の前のレイの心中がどうなっているのかを知りもしないハンナは、彼に面と向かって話を切り出した。

 

「お待たせしました。さて、本日レイ君をお呼びしたのは他でもないですわ。貴方には二つほどお話しがありますの」

「二つ?」

「はい。まず一つ目は、先日の騒動を解決して下さった事へのお礼を改めてお伝えしようかと」 

「……あの時も言っただろう、礼は必要ないと」

 

 数日前の騒動の直後、ハンナはレイ達三人に頭を下げてきたのだ。魔物に襲われそうになっていた生徒を助けた事、騒動の始末をつけた事に対しての感謝として。

 ハンナに対し三人は、皆を守るのは当たり前だから、騎士として当然の事をしたまでです、礼ならこの二人に言っておけ、と各々の理由をつけて辞退した。特にレイに関しては、お礼を言われた気恥ずかしさとあまり役に立てなかった若干の情けなさ等が相まって少々複雑な心境でもあったことから、余計に顕著だったと言えた。

 改めて言うのなら、一番の功労者であるアンにでも言っておく事だ。彼の素っ気ない返事に、ハンナはクスリと笑った。

 

「何が可笑しい」

「いえ、謙虚な方だと思いまして」 

「……事実を言ったまでだ」

 

 それよりも二つ目の話は何だ。レイが催促すると、彼女より持っていた書類を手渡された。チラッと表紙を見ると、一番上には『風紀委員会活動目録』と記されている。

 

「これは……?」

「それこそが二つ目の話に関する事ですわ」

 

 そう言った後、ハンナは表情を引き締めてレイへと告げた。

 

「単刀直入に申し上げます。――レイ君、風紀委員会に入ってくださいませんか?」 

「……は?」

 

 思わず間抜けな声を出してしまう。俺が風紀委員会に? 一体何がどうしてそうなったし。というかそもそもあったんだ風紀委員会。予想すらしてなかった展開によって内心の動揺や不安が全部吹き飛んだと同時、いきなりすぎて理解が追いつかずに固まってしまう。

 そんなレイの様子を困惑と受け取った彼女が言葉を続ける。

 

「確かにいきなりこんな事を言われても困りますわよね。勿論、その理由を今からお伝えしますわ」

 

 そう言ってレイへと話し始めた。

 

「まず初めにお聞きしますが、レイ君は風紀委員会の存在をご存じで?」

「全く知らん」

 

 即座に返答する。委員会活動には図書委員や保健委員など、レイの知っているものの大半があるのは彼自身も把握している。しかし、この魔法学院に風紀委員会があるなど思いもしなかった。何故なら誰が所属するかをクラスで決めたりした時も、委員会の一覧に挙がってすらいなかったからだ。

 だからあることを今初めて知った。そう返すとハンナは苦笑いをした。

 

「あら、レイさんも何度か見かけていると思いますわよ?」

「何処でだ」

「どちらかの腕に腕章をつけた生徒がいるのを見たことは?」

 

……言われると確かにそんな気が……。放課後に演習場や図書館に行く道中でそれらしき生徒と何度かすれ違ったことはなくもないし、以前の騒動の後にも居たような……。

 率直に言えば、あまり記憶になかった。というのも、一部の生徒はローブを制服の上から纏っていたり装飾品を身につけていたりするのを目にしているので、アクセサリーの類いか何かだと思ってスルーしていたのだ。にしては文字入りなんて妙に凝ったもん着けてんな、と思ったりはしたが。

 

「とは言えご存じないのも仕方ありませんわね。活動内容の都合上、生徒会長もしくは先生方から話を通すものですから」

「活動内容の都合?」

「ええ。校舎内の見回りや生徒同士の諍いの仲裁に学院祭の様な催し物における警備。後は魔法の失敗等で出現した魔物の討伐や封印までの間の生徒の防衛と、名称こそ風紀委員会の名を冠していますが、その実態としては”学院内の治安維持”を目的とした組織ですの」

「……要は”学内限定の秩序の騎空団”みたいなものか」

 

 成る程な、とレイは納得する。

 

「本来ならそちらも生徒会が受け持つのが一番なのですが、人数や業務を加味すると何処かで綻びが出てしまうのは明白な事実。でしたらいっそ、それを担当にした委員会を設立すればいい、という考えで組織されたのが風紀委員会なのです」

「……それで、その風紀委員会とやらに俺も入れ。アンタはそう言いたいんだな?」

「はい。生徒を守る為に単身で挑んだ勇ましさに強さ。それらを持った貴方が入って下されば学院をより良いものに出来る、そう思っての事ですわ」

 

 どうでしょうか。こちらに向けてハンナは熱意を込めた言葉を目と共に伝えてくる。

 ハッキリ言って買い被りすぎだ。あの時は考えるよりも先に身体が動いただけであって、そこまで意識していなかった。理由としても、今まで散々魔物との戦闘をやったせいでその習性が身に付いた、というのが正しいのだから。

――しかし、ふとそこで疑問が生じた。

 

「アンタの話は十分理解出来た。だが……何故、俺なんだ? 単純な戦闘力の面で見るのなら

アンやオーウェンも十分適任だろう」  

「私も最初はそう考えたのですが……オーウェン君がそれを許すはずがないでしょうという結論に至りまして」

 

 その意見には同意することしか出来なかった。

 アンなら割と喜んで参加してきそうなものだが、それを彼女の護衛であるオーウェンが許すはずもないのもまた分かりきっている様なもの。王女の身に危険が及ぶのを防ぐ事が彼の任務であり、それを態々危険に晒すような行為を見過ごしては護衛としての意味が無いからだ。

 逆にオーウェンを所属させようとしたところで、王女の側から離れることをまた良しとしないはず。ならば二人を纏めて勧誘するという手を使っても、同じ結果に終わるのが簡単に想像がつく。

 

「それだけではありません。仮にアンさんが御加入なされた場合、大半の生徒が頼ってしまう光景が目に見えてますもの。そうなってしまえば、あの人への負担が多大なものとなりますから」

 

 それもそれで考えものですよねー……。彼女の言葉に頷く。

 控えめに言ってもアンの能力は高い。座学にしろ魔法の腕にしろ、学年の中でも抜きん出ているのは周知の事実。

 しかしだからと言って業務や応援が一人に集中してしまえば、流石の彼女でも重荷にしかならない。そこまで問題が起こったりするかと問われれば微妙に怪しいが、催し物などの際は確実にてんてこ舞いとなる。折角のイベントを楽しめないというのは、つまらない以外の何物でもない。尤も、彼女の場合皆から頼られるのを嬉しく感じている様にも思えるので一概には言えないが。

 あと個人的な見解だが、あの二人は役職関係無しに首を突っ込んできそうなので、所属していようとなかろうと大して変わらないと思われる。

 いずれにしても、二人ではなく自分の方に指名が行くのもすんなりと合点がいった。

 

「レイ君にも色々事情はあるかと思います。ですが生徒の皆さんの自由な学院生活を支える為にも、貴方の力を貸してはいただけないでしょうか?」

 

 再び正面から熱意をぶつけられる。まだ就任して間もないというのに、ここまで一生懸命とは……。こうも熱心な姿を見てしまうと当てられるのも確か。しかし直ぐに答えを出さなければならないとなると、これもまた困ったもの。

 とりあえず書類を見てから判断するしかない。そう考えながら貰った資料へと目を通す。

 

 そこには生徒会長が先ほど言っていた仕事内容や参加条件、魔物が出現した場合の対処法に見回りの持ち場などが詳しく記されていた。

 改めて思ったけど、普通の生徒じゃちょっと厳しい感じだわ。

 争いへの介入やイベント時の警護、魔物との戦闘が絡んでくるとすると、それなりの戦闘能力を持ち合わせていなければ務めるのはかなり難しくなってくる。前者では相手を取り押さえる必要があるし、後者では中型や大型、将又以前のような群れを相手にする可能性も含まれる。前回のは誰かが置き忘れた魔導書の放置が原因でああなったらしいが、こういったケースが起きないとは無きにしも非ずだ。

 それに学院の生徒が魔法を使えるとはいえ、全員が全員戦闘に向いているとは限らない。中には学者や薬師を目指して入学した非戦闘向きの生徒だっているのだから。それらを踏まえると、所属条件が特殊なのも頷ける。 

 

 後は活動時間や所属時の注意点。主な活動時間は放課後で、基本的に休日の活動は無しとのこと。委員会に所属すると部活動に入る事は出来ないというデメリットはあるものの、そもそも入るつもりが無い自分としては全く気にならない部分だった。希に教師からの要請で何かの手伝いを行うという記述も見えたが、まあそこまで大変でもないだろう。

 

 どうすればいいんだろうか……。書類を睨みながら黙考する。

 正直なところ、自分が引き受けなければならない話でもない。他のクラスを回れば自分以外に適任な人物は必ず見つかるだろうし、書類に書いてあった委員会も少人数とはいえ入らなくても差し支えないとも思える。古い話ではあるが、以前オーウェンに騎士団の誘いを断った過去があるので、その事を考えると少し思うものもある。……多分向こうは気にしてないだろうが。

 そもそも自分はラーニング技を会得するが為にここに来たのだ。今回の件を引き受けてしまえば、間違いなく練習の時間が削られてしまう。自分から減らしにいくのはどうにか避けたいもの。

 だからと言って、このまま無碍に断るのもどうかという話だ。彼女は純粋に学院を良くしたいという思いを掲げて、こちらへと風紀委員の話を持ちかけたのだから。

 

(しかし前回といい今回といい……何でこうも人を守る仕事に縁があるのか)

 

 騎士団と委員会という程度の差はあれど、どちらも人を守る役職。こう二度も舞い込んでくるとなると、もはや何かの繋がりがあるとしか思えなくなってくる。

 誰かを守るための仕事なら相応の心構えを持った人物こそが務めるのが一番――。以前はその考えもあったからオーウェンの誘いを断った。

 風紀委員もそうだ。自分がやれるとは思えない。だから今回も辞退するべき――。

 

(でも……)

 

 本当にそれでいいのだろうか。何か因縁めいたものと一緒にそう感じた。

 

 紅き英雄に憧れた。そんな子供染みた理由からせめて技だけでもと身につけようとやってきた。少しでも近づきたいのなら、それに恥じない何かを持っていなければ。

 それにだ。風紀委員の役割である”学院内の治安維持”。つまり言い換えるのならば、”学院の平和を守ること”。それは正に――。

 

「……学院を脅かす不穏分子――イレギュラーの排除、か」

 

 イレギュラーハンターじゃないか、と。

 

 なら、自分の答えは決まっている。

 

「……引き受けよう、その話」

「いいんですの!?」

「ああ」

 

――それが俺の仕事であるのなら。 

 

 

――経緯はともかく、レイは風紀委員の一人として活動していくこととなった。

 初日の顔合わせや業務確認を行い、二日目には自分の持ち場を任される様に。

 外面の性格上、先輩に当たる上級生達と上手くやっていけるかどうかが不安では

あったものの、そこの部分もなんとかなったようで一安心である。

 

 唯一気がかりな点としては、委員長がスキンヘッドだったこと位だろうか。




約半分がシリアスっぽくなったなぁ……。内容は風紀委員に入るかどうかの話なのに。
風紀委員としての配属光景は長くなりそうだったので、申し訳ありませんがさらっとカット。これにもう一話使ってたら何時まで経っても本編進まないと思ったのと、書いても展開が前と一緒だったし文字数も全然足りなかったので。

原作に風紀委員があるかどうかは分かりませんが、この作品内ではあるという事でお願いします。ハンナが発足するという案もありましたが、それだとメンバー集めに話を割いたりしなきゃならないし、結局アンやオーウェンも加入しそうだったのでボツに。二人と後に出てくる一人とは違う肩書きを持たせたいという考えもあったので。

4/10追記

最後の部分の加筆と解説項目にイレギュラーハンターを追加。


登場人物や技、ネタの解説

・ポピー

アニメ版マナリアフレンズにてハンナの右腕を務める書記の女子生徒。今回の話では少しだけ登場。


・風紀委員

文字通り学校内の風紀を取り締まる委員会。しかしライトノベルや二次創作においては、生真面目で融通の利かないお固い性格のエリート集団であったり、戦闘員の集まった精鋭集団であったりすることが多い。この作品でも例に漏れず、少し戦闘の出来る者の集まりである。
余談だが筆者がこれの設定を考えている最中、「なーんかどっかで見たことあるような気がするなぁ……?」 と思って調べたところ、『魔法科高校の劣等生』という作品のそれと酷似していた。恐らく以前読んだ際の記憶が部分的に残っており、無意識に参考にしてしまったのだと考えられる。


・秩序の騎空団

七曜の騎士の一人『碧の騎士』ヴァルフリートが率いる騎空団。空の世界の憲兵組織であり、全空の犯罪取り締まりや要人警護などの任務を請け負う。犯罪捜査組織としては『全空捜査局』という捜査機関が別に存在する(要は仕事が分けられている)。
全空域をカバーするために多くの騎空挺団を擁しており、規模そのものは極めて大きなものとなっている。
ファータ・グランデ空域ではアマルティア島に本拠地を置いている。

グラブル本編においては主人公達と黒騎士の身柄を巡って一時期争っていたが、元団員現エルステ帝国中将ガンダルヴァの一件で協力関係へと至る。
が、一行が全ての空図を収集し終えた後、七曜の騎士の名を騙る人物からの指示でファータ・グランデ全体に指名手配し、彼(彼女)らを他の空域に追い出すかの様な方針を取った。現在もこれは謎のままである。

……とここまで書けば凄い真面な組織に思えるのだが、スピンオフ作品『ぐらぶるっ!』では所属団員のリーシャが暴走している。やたら規則に厳しかったり、少しでも事案(例としてはロリコン疑惑など)が発生すると何処からともなく現れては取り締まりを始める。しかし『ぐらぶるっ!』でのキャラ崩壊は割といつもの事なので気にしてはいけない。というか一々突っ込んでたら身が持たない。


・イレギュラー

元の意味では『不規則、不揃い、反則の』等といった意味を持つ。
しかしロックマンXシリーズでは『電子頭脳が故障などにより支障をきたし、人間や他のレプリロイド等に危害を加えるようになった存在』、ロックマンゼロシリーズでは『ネオ・アルカディアによって処分が確定されたレプリロイド達の総称』と意味合いが異なる。また、Xシリーズお馴染みのラスボスからも『イレギュラーとは人間の言いなりとはならないレプリロイド』というような旨で言われていたりするために定義が結構曖昧。
さらに、イレギュラーであっても思考回路が正常なもの、イレギュラーに生み出された生まれながらのイレギュラーであるもの、不当にイレギュラーとしてレッテルを張られたものなど様々である。そのことから、イレギュラー=悪と見なすのは非常に難しいと言える。もっとも、根っからの悪人は別としてだが。

この作品では主人公レイが度々”イレギュラー”という言葉を用いるが、ここでは『他者や学院に害を及ぼすもの』『誰がどう見ても危険な人物』などの意味合いで使うことが多い。

・イレギュラーハンター

『ロックマンXシリーズ』に登場する組織。ハンターベースを拠点とし、犯罪を起こしたり人間に危害を加える様な行為を引き起こすレプリロイドを捕縛、破壊するための組織。言ってしまえば”現行破壊を許可された警察”みたいなもの。所属しているのは9割以上がレプリロイドであるが、その生みの親にあたるケイン博士も所属していることから人間も所属は可能と予測される。

また、ハンターには階級が存在しており、A級、B級、C級の三つがある。その中でも特に優秀な能力を持つ者は「特A級」に分類される。主人公エックスは「B級」(後に特A級に昇進)、ゼロは「特A級」である。

活動は世界規模で行われており、陸海空の各分野で国家クラスに相当する軍事力を有しており、権力も相応である。
しかしその権力の大きさ故に他の組織と諍いを起こしたり、先述の現行破壊の権限による不信感や不快感故に『悪魔のイレギュラーハンター』を指を指されることも少なくない。

さらにレプリフォース(レプリロイドによる軍隊。陸、海、空、宇宙の四つからなる)という組織を丸ごとイレギュラー認定したことから『レプリフォース大戦』と呼ばれる全面戦争を引き起こした事もある。もっとも、これに関してはレプリフォース全体をイレギュラー認定した事や相手が人類への反逆を否定しながらも武装蜂起していたりした事など複雑な事情があるために一概にどちらが悪いとも言えないが。


・スキンヘッドの委員長

紛れもないあの人が元のオリキャラ。元ネタの方は巷ではケツ顎隊長と言われているらしい。ちなみにドラフ族の男子である。


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第六話 異種族とのハーフはファンタジー世界では割といるもの

後半部分から話の主旨が微妙にブレていると感じたために加筆修正と再投稿、旧話への移動を行いました。該当箇所としては教室でのレイとアンの会話部分以降が加筆対象で、前半部分や後書きの解説は同じです。

11/2 オーウェンとの会話を少し変更


前回までのあらすじ

新しく就任した生徒会長ハンナから早々に呼び出しを食らってしまったレイ。演習場でアスクラぶっぱしたのが原因かと内心ビクついていたものの、用件は風紀委員への誘いだった。
会長曰くその能力を見込んでのことだったが何で自分なんだと若干渋る。しかし迷った末に少しでも紅いハンターに近づけるのならと引き受けたのだった。





 風紀委員の仕事は学内の見回りが大部分を占めている。魔物の出現時には現場へ対処へと向かい、生徒同士で諍いが合った場合には仲裁役として介入する場合もある。それ以外にもその名通り校内の風紀の乱れを生徒会と連携して取り締まったり、交流戦や学院祭のような大きなイベント中での警備等を請け負ったりする。生徒の安全を保証する立場である以上、仕事はキッチリと果たさなければならない。

 それは新米風紀委員であるレイも同様だ。所属して日が浅いとはいえ手を抜く事は絶対に許されない。学内で怪しい行動をしている人物はいないか、物陰のような人目の付きにくい場所に魔物が潜んでいないかと目を光らせながら放課後の校舎を見て回る。僅かな気の緩みは大事に至りそれが後々厄介な種となる、という有り難い教訓を初日からくどい程に受けていた。

 

「異常無し、か……」

 

 生徒達が行き交う通りを見渡しながら見回りの結果を整理する。魔物に対して警戒を高めているとはいえ、そうしょっちゅう問題が起こるわけでも無いらしい。現にレイが風紀委員に所属してから数日は経っているものの、その間にも特に大きな問題は起きていない。

 それはそれで詰まらないし張り合いが無いようにも感じるが、レイとて頻繁に事件の類いを欲する嗜好の持ち主では無い。何も騒ぎが起こらずに平和に学生生活を謳歌する。そして紅き英雄の技能をものにする。それらが出来るのなら何も言うことはない。

 この調子なら今日も早く上がれるかもな。委員会の仕事を終えた後の事を考えながら、次の場所へ向かおうと校舎の方へ歩を進める。――尤も、そういう時に限って厄介事は舞い込んでくるのだが。

 

 レイが校舎の中を進んでいる最中、突如凄まじい衝撃音と共に地面が揺れた。

 

「何だ……!?」

 

 何かが地面と衝突したような地響き。明らかな異常と取れるその音はここからそう遠くない場所から聞こえてきた。レイは直ぐさまその場所へと急ぐ。

 

「総員、拘束魔法を対象に発動! 奴の動きを封じるのだ!!」

「はっ! ――だ、駄目です! 力が強すぎて魔法が持ちこたえられません!!」

「ええい、ならば防壁を展開だ! 被害の拡大を何としても食い止めろ!!」

「了解!!」

 

 レイが向かうとそこではゴーレムが暴れ回っていた。ゴーレムの足下には拳の跡が刻まれ、委員長含む数名の同僚達が対処に当たっていた。

 

「むぅおおおおおっ!!」

 

 振り下ろされる拳が展開された防御魔法とぶつかり鈍い音が鳴り響く。しかもこのゴーレム、普段彼らがよく目にしている土塊から生み出された存在では無い。身体は騎空挺のように機械のパーツから構成されており、持ち合わせる頑丈さと剛力は土から出来たそれとは比べものにならない機械式のゴーレムだった。

 一見魔法学院には似つかわしくない存在にも感じるが、機械を魔法で制御するという魔法と科学が組み合わさった観点から一部の生徒や教師達が研究対象にしているというのをレイは聞いていた。

 だがそれが何故こうして暴れているのか。その要因を探ろうとレイは丁度近くにいた上級生の風紀委員へ声を掛ける。

 

「状況の確認を。一体何故この様な事態に」

「ああ、それについては……」

 

 レイの問いに対し上級生は背後の人物へと目をやった。その人物は眼鏡と白衣を纏ったハーヴィン族の男子生徒。この騒動の原因に心当たりがあるのか顔を青ざめさせている。

 

「ご、ごめんなさいぃぃ! まさかいきなり暴走するなんて想定外でしたぁぁああ!!」

「……何をやった」

「ど、動力炉を改良したんです。魔力の供給量を増やせば性能が向上すると思って……」

「動力炉だと?」

 

 レイが首を傾げると男子生徒は未だ暴れているゴーレムへと指をさした。騎士の甲冑を歪にしたかのような意匠の外見の機械人形。その胸部は不自然に膨らんでおり、丸みを帯びたような装甲で覆われていた。

 

 土塊のゴーレムと機械式のゴーレムとでは当然ながら身体の構造が大幅に異なる。

 前者では身体が土で構成されており、術者から分け与えられた魔力と大地に宿っている魔力を基に擬似的な魂が生成される。それによって意思を持たないものの術者の命令や与えられた使命に基づいて行動し、大地からの魔力補給によって生命を維持している。

 しかし機械式のゴーレムは違う。製作の際に擬似的な魂が生成されるという点は共通してはいるものの、その身を構成するのは騎空挺と同じ金属の部品群。内部にはエネルギーの代わりである魔力が通る配管等が張り巡らされている。

 そしてその魔力の供給源であるのが動力炉だ。人間でいう心臓に当たるこれが身体の中心部に位置しており、ここから配管を通して魔力が全身へと送られる。

 この男子生徒は機械式のゴーレムについて研究しており、その性能をもっと高めることは出来ないかと考えていた。そして思考を重ねた末、動力炉を改良して魔力の生成量や貯蔵量の増加を試みたという訳だ。しかしそれはゴーレムへ魔力の過剰供給を引き起こすこととなってしまい、現状の結果を招くこととなった。

 

「……どうやったら奴を止められる」

「恐らく動力炉をどうにかすれば収まるかと思います。元はと言えばそれを増やしたのが暴走の原因ですので。ただ、その部分の装甲をかなり頑丈にしてしまって……」

「よし! だったら魔法で破壊すれば――」

 

 そう言って上級生は魔法を発動しようとする。だがそれをハーヴィン族の生徒は慌てて制止した。

 

「だ、駄目ですよ! 動力炉には大量の魔力が溜っているんです! 傷でも付けてしまえば最悪ゴーレムそのものが爆発します!!」

「なっ!? だったらどうすれば……」

「……大変難しいですが、動力炉をそのまま取り出すしかないかと」

「取り出すって、暴走してるアイツからか!?」

 

 先輩風紀委員が叫び声を上げるが無理も無い。人一人は軽く潰せる豪腕を振り回してひっきりなしに暴れているのだ。そんな相手から暴走の原因となっている動力炉を傷つけずに取り除くなど無茶にも程がある。

 しかし悠長な事を言ってられないもまた事実。今は委員長達が防御魔法による陣を展開して何とか被害を広げぬようにしているが、それも何時まで持つか分からない。恐らく破られるのも時間の問題だ。

 

「分かった」

 

 それだけ言うとレイはゴーレムの居る方へと疾走した。

 

「あっ、おい待て新入り!!」

 

 後ろから上級生が引き留める声を上げるがレイの耳には届いていなかった。彼の意識は既に暴走したゴーレムのみへと注がれていた。

 応戦している委員長達へと次の一撃が放たれようとしている間際、レイは委員長達の頭上を飛び越す。そして刀を抜刀し、すれ違い様にゴーレムの腕を根元から切り飛ばした。

 ゴーレムが自分の腕を切り落としたレイへともう片方の腕で横殴りを仕掛けるが、彼はそれを着地と同時に飛び退いて回避する。 

 

「攻撃が止んだ……?」

「壊れたとか?」

「違う! 早く逃げるのだレイ君!!」

 

 いち早くレイの姿を捉えていた委員長が言葉を発するも、ゴーレムは既にレイを攻撃対象と見ていた。彼の姿を視界へと捉えたゴーレムは上空から鉄槌を振り抜く。地面と拳が衝突し、轟音と共に土が舞い上がった。

 しかしレイは拳が衝突するまえに背部へと跳躍して難を逃れていた。身体を翻しながら校舎の壁へと着地、壁を足場に踏み込んでがら空きの胴体へと距離を詰める。

 さらに拳を握り込んで魔力を集中させる。本来はアースクラッシュ習得に当たっての魔力による一部分のみ強化を、鋼の身体を打ち破るためにそれを攻撃用へと転じさせた。

 

「ハァッ!!」

 

 レイの放った拳が胸部へと命中する。ひしゃげる音と共に拳が鋼の装甲を貫き、その先に何か丸みを帯びた物体の存在を感じた。――コレが動力炉か。そのまま動力炉と思しき物体を掴み取り、力の限り引き抜く。コードや配管、内部装甲諸共引きずり出し、ゴーレムの身体を足場に蹴って地面へと降り立つ。

 制御コアを奪われたゴーレムはレイに掴みかかろうとした。――が、それよりも先に身体に限界が来てしまった。その手を伸ばしたところで魔力が切れて機能を停止し、その場に崩れ落ちた。

 ゴーレムの停止を確認したレイは委員長達へ振り返る。

 

「……無事ですか先輩方?」

「あ、ああ」

 

 レイが声を掛けるも今まで攻撃を防ぎ続けたせいか委員長達は大きく肩で息をしていた。しかしすぐに身体を起こしてレイへと向き直る。

 

「よくやってくれたレイ君。君のおかげで被害が広がる前に処理できた。ただ、状況が許さなかったとはいえ、独断専行は考え物であることは覚えておくように。無茶をする事が必ず良い結果へ繋がるとは限らないのだからな」

 

 レイが黙って頷くのを見た委員長は、柔らかい笑みを浮かべた。

 

「では事後処理は私たちがやっておこう。君は引き続き見回りをよろしく頼む」

 

 今後の活躍も期待しているよ。そう言って委員長はレイから動力炉を預かって他の委員達と事後処理を始めた。

――結構良い人だよな委員長。ただ、スキンヘッドにドラフ族の大柄なせいでどこぞのラスボス隊長を彷彿とさせるけど。声もそっくりだし。

 委員長に対して失礼な事を考えていると、背後から見知った声が聞こえてきた。

 

「うわぁー……また凄い事になってるなぁ……」

 

 アン達だった。レイは彼女達の元へと歩を進める。

 

「……お前らまで来たのか」 

「あ、レイ。いや、音楽塔に居たら物凄い音が聞こえてきたから何があったんだろうって。すれ違った人もゴーレムが何とかって言ってたからさ」

 

 まあ、もう解決しちゃってるみたいだけど。そうアンは言った。音楽塔はここからそう遠くない所に位置している。あれだけの震動と衝撃音だ、そこまで伝わっていても何ら不思議でも無い。それでも態々見に来る辺りが彼女達らしいが。

 レイは彼女の言葉にそうかと短く返した。

 

「それで、結局何があったの?」

「機械式のゴーレムが暴走、それを俺達風紀委員が鎮圧。そして原因は改良した動力炉による魔力の過剰供給……だ」

「物凄く簡潔な説明をありがとう……。でも動力炉の改良かー、魔力の供給量を増やすためにそうしたんだろうけど他にももっと方法があるんじゃないかな? ほら、魔力生成の時に生じる無駄な部分を再利用するとかさ。そうなるように術式を弄くれば総合的には供給量は上がるだろうし」

「改善案なら俺では無く当事者に提示してやれ。その方がお互いにとって有意義……」

 

 そこでレイはふとアンの後ろにいる人物に気づく。

 深みのある赤色の髪にドラフ族の象徴と取れる二対の角。しかしそれを否定するかのように彼女の背後で主張している緋色の翼と尻尾を携えた女子生徒だった。

 確か彼女は……。レイの視線に気づいたアンは

 

 

 

「そうか。彼女と……」

 

 

 

 

の視線を感じ取った女子生徒はハッとしたような顔となり、アンは得心がいった顔となる。

 

「あーそっか、レイは知らなかったよね。グレアとは――」

 

 アンが言い終わる前に、グレアと呼ばれた女子生徒は何も言わずにいきなり三人の前から姿を消してしまった。

 

「あっ、ちょ、ちょっとグレア!? 何処行くの!?」

 

 グレアの行動に驚愕したアンは直ぐにその後を追って走り出した。それをさらに控えていた従騎士が追従しようとしたものの、レイの方へ一瞬目をやってから己が主君の背中を追いかけた。

 その光景をレイは棒立ちの状態で見送るしか無かった。 

 

◇    ◇    ◇

 

 それから迎えた翌日。レイは図書館から借りた魔導書を自分の席で読んでいたものの、頭は別の事を考えていた。内容は言わずもがな昨日の件である。

 レイがグレアについて知っていることはそう多くない。クラスメイトである彼女が竜族の姫であることや話しかけても素っ気ない態度を取られることが精々だ。それ故、いきなり逃げ出した理由に見当が付かなかった。

 

「おはよ! 何読んでるの?」

 

 釈然としないままに魔導書に目を落としていると、たった今登校してきたであろうアンから挨拶された。その傍らにはオーウェン、そして件の人物であるグレアが一緒にいた。

 しかしグレアはレイの方を一瞥するなり、何も言う事無く自分の席へと足早に向かっていった。それを見たアンは申し訳なさそうにレイに言った。

 

「あー……昨日からグレアがゴメンね。決して悪気があるわけじゃないんだ」

「……お前は彼女と仲が良いのか?」

「うん、グレアとはピアノを通して友達になってね」

 

 えへへと嬉しそうにアンは笑う。

 

「ただ、私の時もあんな感じだったんだ。話しかけてもすぐに切り上げられたり、会いに行ってもすぐに逃げられたりで……大変だったなぁ」

「……物好きだなお前も」

「そりゃそうだよ! だって、グレアと仲良くなりたいっていう想いがあったからね」

 

 でも、と彼女は続ける。先ほどまでの快活さは鳴りを潜めていた。

 

 

 

「……深くは聞くな、ということか」

「出来ればそうしてほしいかな。正直あんまりいい話じゃないからさ」

 

 

「グレアも他の皆と仲良くなってほしいって私は思うんだけど、そうはいかなくて……」

「……何か訳でもあるようだな」

「……うん。実はちょっと事情があってね、グレアは人と関わるのを避けてるんだ」

「事情、か」

 

 そう言いながらレイは魔導書を閉じてグレアの方へと目を向ける。そこには誰とも話さず自分の席で俯いている彼女の姿があった。

 アンの言う通り、何かしらの事情は抱えていても可笑しくは無いだろう。彼女は竜族の姫という立場ではあるものの、種族としては竜と人間の混血児。所謂ハーフという存在だ。そのような存在がどのような扱いを受け、どういった目で見られるかは容易に想像出来る。憶測ではあるが、少なからずそれが関係している可能性も否定出来ない。

 

「グレアにはもっと学生生活を楽しんでほしいんだ。折角こうやって出会えたのに、ああやってずっと暗い顔のままで過ごしているのを見たくないから」

「だから彼女にはどうにか前を向いてもらいたい……ということか。成る程、お前の言う事は正しいのだろうな」

 

 レイの言葉にアンが振り向いた。彼はそれを気にせずに続ける。

 

「他者とどう付き合っていくかはソイツの自由だ。だがここが学校という集団組織であり、お前のように心配する友人がいる以上、そうはいかないというものだろう。……自らの過去に囚われているのなら尚更、な」

 

 レイの答えに対してアンは若干驚いたような素振りを見せつつも彼に言葉を返した。

 

「……もしかしてグレアのことを心配してくれてるの?」

「俺は一般論を述べたに過ぎない」

 

 レイが平坦な声で返す。しかしアンは彼の言葉をどのように受け取ったのか、そっかと微笑んでからレイにこう言った。

 

「――だったらさ、レイもグレアと友達になろっか」

 

 正に寝耳に水の一言だった。

 

◇    ◇    ◇

 

――いや、何でこうなるんですかね……?

 

 虚空に疑問を投げかけるも答えは何も返ってこない。それはそうだろう。答える相手がいるいない以前に、人知れず心の中で呟いているのだから。

 昼休みである現在、レイはオーウェンと共に音楽室へ向けて足を運んでいた。勿論これはアンが朝に言ったあの一言が原因である。

 アンがレイに言った後、彼女の行動は早かった。直ぐさまグレアの元へすっ飛んでいき二人で何かを話し始めた。時折彼の方をチラチラと見ながらしばらく話し合った後、戻ってきてからこう伝えてきたのだ。

 

『じゃあ、昼休みに音楽室まで来てね。道案内は任せたよオーウェン!』

 

 最早レイが口を挟む暇すら無く決定されてしまった。一体どういう経緯でそうなったのかをアンに問いただそうとしても『大丈夫大丈夫! レイもきっとグレアと仲良くなれるはずだから!!』と返されたところですぐに授業が開始した。つまりは拒否権すら無かったのだ。

 確かにグレアに何かを思わなかった訳では無い。気の毒だとは感じた。だがかなりの脚色や誇張のようなものが入ってしまったとはいえ、自分はただ単に思った事を口にしただけだというのに。それが何故グレアと友達関係を結ぶ羽目になっているのか。

 

「アイツは一体何を考えているんだ……」

「姫様には姫様のお考えがあるのでしょう。それに良き機会ではないかと。グレア君だけで無く、貴方にもご友人が出来るのですから」

(いや、それはそうかもしんないけどさぁ……)

 

 友達が増えるという点ではある意味ラッキーとも取れる。が、相手が相手だ。会話どころか面識すら怪しい相手では、ハードルが高い以前に過程そのものをすっ飛ばしすぎではないだろうか。

 

 

「それに……」

 

 

「……私が言えた事ではありませんが、貴方ももう少し人との関わりを持つべきです。自分の追い求める理想が」

 

 

 

 

 それはそうかもしれないけど……。

 

 友達が増えるという点ではラッキーかもしれないが、肝心の相手とは会話どころか面識すら皆無。ハードルが高い以前に過程というものをすっ飛ばしすぎではないだろうか。

 

 

 

 理解が出来ないかのようなレイの言にオーウェンが 

 

 

レイのぼやくような言葉にオーウェンがにこやかに返す。

 

「良い事ではありませんか。グレア君だけでなく、レイの交友関係も広がるのですから」

「……お前はやたらと乗り気だな」

「当然でしょう。常日頃から思っておりましたが、貴方も貴方で他の生徒との交流が少なすぎるのです。そんな友人に新しい人間関係が築かれるのであれば喜ばしいものですとも」

 

 だからあんなに返事が早かったんかい。オーウェンの真っ直ぐさにレイは頭を抱えそうになった。

「それに……」とオーウェンがレイの方へ振り返る。

 

「それに何だ?」

「……いえ、何でも。それよりも着きましたよ」

 

 オーウェンの言葉にレイが視線を前へ戻すと、音楽室の扉が目に入る。レイにとっては色々な意味で重々しく感じるが、オーウェンはそんな事を気にせずにノックする。

「姫様、お連れしました」オーウェンが言った後に「いいよ、入ってきてー」というアンからの返事が中から響いてきた。

 

「ではどうぞ、お入り下さい」

「……お前は?」

「私には護衛の任務があります故ここで失礼します。いつ如何なる時も姫様達が安全に過ごせるように務めるのが仕事ですので」 

 

 

 

 

 そう言ってオーウェンは扉の前で待機しようとする。だったらいっそ中まで着いてきてくれと言いたくはあったが、流石にそんな事を口から垂れ流すのは色々な意味で不可能だった。

 ため息を吐きたい気持ちを抑えながらレイはその横を通り過ぎた。

 

 

 室内は相当広々とした空間だった。壁には歴代の音楽家であろう肖像画が掛けられ、いくつものガラス窓からは日光が差し込んで明るく照らしている。レイが進んでく中で目についたのは、反射光で黒い輝きを放っている一つの大きなピアノだった。

 

「あ、レイ! こっちこっち」

 

 そう言ったのはアンだった。彼女はピアノに着いており、そこから立ち上がって顔を覗かせながら手を振っている。その横には戸惑ったような表情のグレアが居た。レイは二人の元へと歩いて行く。

 

「ありがとね、態々来てくれて」

「誘ったのはお前だろうに」

「ふふ、それでもだよ」

 

 短いやり取りのあと、二人はアンの隣で身体を小さくしているグレアへと振り向く。その際にレイと視線がかち合ったものの、彼女はすぐに逸らした。

 

「ほら、グレアもちゃんと挨拶しなきゃ。普段顔を合わせたことも無いんだし、折角来てくれたんだからさ」

「う、うん」

 

 そう言いながらグレアはレイの方へ顔を上げる。が、やはりすぐに俯いてしまう。言動もぎこちないことから、恐らく不安や恐れといった感情でも抱いているのだろうか。

 その様子を見たアンは安心させるように優しく笑った。

 

「怖がらなくても大丈夫だよ。他の人と比べれば口数は少ないけど、グレアの考えているような人じゃないからさ」

「でも……」

 

 口ごもりながらレイの方をチラリと見る。何者にも意思を読ませることの無い表情がその顔にはあった。冷ややかにも受け取れそうな面様を見たグレアはまた顔を俯かせてしまう。

 

「……駄目だよ。私なんかと話したって何も面白くないだろうし……」

 

 それに……。グレアが言いかけた言葉を遮るようにアンが言った。

 

「もう、そんな事無いって! 少しでいいから話してみようよ、ね?」

「……分かった」

 

 諭すかのようなアンの言葉に諦めがついたのか、渋々頷いたグレアはレイの方へと向いた。

 

「ど……どうも」

「ああ」

 

 グレアの挨拶にレイが短く返す。

――そして沈黙が訪れる。外からは生徒達の賑やかな声や鳥のさえずりなどが入ってきているはずなのだが、それを無視したかのように静寂が場を支配した。空気も刺々しいものでは無いにも関わらず心なしか重苦しいものにも感じた。二人をすぐ側で見守っているアンもそう感じているのかハラハラしているようだ。

 だがこれは仕方が無いことだと言えた。グレアは内気な性格であり、そこまで喋る方では無い。会話でも大抵はアンから切り出す方が多かった。レイもそれに似たようなものであり、彼は自分から話しかけることは少ない上に会話もそこまで弾む方では無い。両者共に外交的な性格でないのが災いしてしまったのだ。

 無音とも取れるこの静かさ。気まずい雰囲気を何とかしようとアンが口火を切ろうとした時、グレアが口を開いた。

 

「あ、あの」

「何だ」

「貴方は私のことが怖くないの? 私はその、……竜族と人間のハーフだから」

 

 不安げな表情でレイへと言った。――やはり、といったところか。グレアはレイの推測通り、あまりいい境遇では無かったらしい。

 空の世界における人間達。エルーン、ドラフ、ハーヴィン、そしてヒューマンの四種族。そこへ加えて出身である竜族。その何れかにも属さない彼女が暗い過去を持っているのは事実のようだった。

 恐る恐るといったグレアの様子に、レイは静かに答えた。

 

「別にどうとも思わない」

「えっ……」

 

 しかしレイがグレアに対して軽蔑といった感情を持ち合わせていないのもまた事実だった。確かに最初に見かけた際には驚きはしたものの、この世界にも異種族とのハーフは存在するらしいという程度の認識に収まっていたのだ。 

 

「私には人には無い竜の角や翼があるんだよ? それなのにどうとも思わないって……」

「言葉の通りだ。ドラフにも角は生えているしエルーンにも獣の耳がある。身体構造の違いならハーヴィンが顕著だ。程度の差はあれ、それらと大して変わらないだろう」

 

 あくまで俺の主観だがな。キッパリと言い切った彼の態度にグレアは呆気に取られるしかなかった。

 

「ほらね、言った通りでしょ? この人は大丈夫だって」

「……うん、そうだね」

 

 グレアが小さく笑ったのを見てアンは満足そうに微笑む。

 

「それじゃ、今度はグレアの事を知ってもらおっか!」

 

 そこの椅子に座ってくれる? アンからの指示を受けたレイは腰掛け椅子に着席する。一体何をするつもりなのか。疑問を含んだ視線をアンに送ると彼女は「そのままでいてね」と返し、グレアと共にピアノへと着席した。

 

「これからレイには私たちの連弾を聴いてほしいんだ」

「連弾?」

「そ、連弾。要は一つのピアノを二人で弾くことだね。グレアの演奏は綺麗でさー、私はそれに惹かれたんだ!」

「も、もう、アンったら……」

 

 グレアが恥ずかしそうにしつつも二人は鍵盤へと視線を移す。お互いの顔を見合わせ――そして弾き始めた。

 明るく澄んだ旋律。聴く者の心に響くような優しく穏やかな音色。時折リズムを変えているのか曲調がガラッと変わったりもしている。音楽に詳しくないレイでも綺麗なものだと思える演奏だった。

 数分間という短い時間ではあったものの、アンとグレアの演奏に聴き入っていたレイにはそれ以上に短く感じた。

 演奏はやがて終幕を迎え、二人の連弾に終幕を下ろした。

 

「……良い演奏だった」

 

 ぽつりとレイが漏らすとアンは喜色満面となり、グレアも照れくさそうにしている。

 

「いやー、でも良かった。一時はどうなるかとは思ったけど上手くいったみたいで」

「……何故俺を誘った」

「ん?」

「コミュニケーション能力の高い奴なら学院にはごまんといるだろう。友人の多いお前なら尚のことだ。だと言うのに何故俺に誘いを掛けた」

 

 レイからの問いに悩むようなポーズを取って考えた後、アンは答えた。

 

「優しい人だから、かな」

「何?」

「レイが優しい人だからってこと。これが一番の理由だよ」

「……訳が分からん」

 

 アンの答えを聞いて呆れるレイとは逆に彼女はニッコリと笑っていた。その目は虚偽の類いを一切秘めない純粋なものだった。

 だがしかしそんな二人とは対照的に、グレアは一人浮かない顔をしているのだった。




グレア(この人私のことが怖くないのかな……)
レイ(星晶獣とかの方がヤバいと思います)

ゴーレムさん機械となって二度目の登場。しかしゼロナックル擬きの餌食に。あと何かやたらと重苦しくなったなぁ……。

登場人物や技、ネタの解説

・グレア

マナリア魔法学院を代表する竜姫。
人間の女性と竜族の王との間に生まれた所謂ハーフであり、竜の翼や尻尾といった外面的特徴が色濃く表れている。炎術魔法に長け、戦闘では接近戦と絡めて使用する。
自身の力や姿がコンプレックスなために他者とは距離を取っていたものの、アンとの出会いで一歩踏み出すようになり親友の間柄に。また、一人で音楽塔にいることが多いからか『音楽塔に咲く花』と称されていたり、アンと並んで『学院の双華』と呼ばれていたりする。

――なお、SSR版が実装された翌年に水着バージョンが実装されたものの、ぶっ壊れ火力から水パでの奥義アタッカーとしての地位を築き上げ、カツオ剣豪には大体スタメン入りするように。

設定は神バハより流用。グラブルのフェイトエピソードやイベントを見ても詳しい素性が明記されていなかったので。


・風紀委員会の委員長(本名:オッティモ)

ドラフ族の男子でありスキンヘッド。並の生徒よりは腕は立つものの、新入生であるレイ達には残念ながら及ばない。見た目がまんまラスボス隊長、しかし人格者であるために風紀委員を始めとして人望は厚い。なお、CVは隊長と同じ渋めで重厚感たっぷりな低音ボイス。……本当に学生かこの人?


・シグマ

全ての元凶かつXシリーズ皆勤賞である皆のラスボス隊長。X8でセミラスボスなのはご愛嬌。

レプリロイドの生みの親であるDr.ケインの最高傑作と評価される高い戦闘能力と優秀な頭脳、圧倒的なカリスマ性を持ち合わせるレプリロイド。元イレギュラーハンター第17精鋭特殊部隊の隊長であり、エックスとゼロの上司でもあった。また、エックスの秘める潜在能力に気づいていた数少ない存在でもあり、紅いイレギュラーとして暴れていたゼロの鎮圧任務に当たっていたのも彼。
ハンターとして信頼されていたが、X1での反乱を契機にレプリロイドのための世界創造を目的とした世界征服を企んでいる。そのためにはイレギュラーハンターと同じ平和のために戦うレプリフォースやレッドアラートといった組織を利用したりと手段は厭わない。
また前述したカリスマ性によるものか、反乱を起こした際にイレギュラーハンターの識見を掌握したらしく、本来なら同格の存在であるアルマージやオクトパルドといった他部隊の隊長や部下達も指揮下に加わった。その結果、イレギュラー化した元イレギュラーハンター達と残りのイレギュラーハンター達による戦いとなった。
ちなみに目的は作品によって異なる。FC版X1では人間を抹殺してレプリロイドだけの世界を作るという目的は明らかだったもののシグマがイレギュラーとなった原因は不明だった。リメイク版であるイレギュラーハンターXではエックスの秘める「レプリロイドの可能性」を知るため「レプリロイドの未来を賭けた戦い」となっている。岩本版においては人間を愚かな存在と見なし、駆除のために生まれたレプリロイドこそ支配する側として反乱を起こした。
最終的にエックスの手によって葬られたものの、何度も復活を繰り返しながら黒幕として暗躍していくこととなる。

その正体は、シグマウイルスという名の悪性コンピュータウイルス。プログラムそのものが本体として独立していることから、例えボディが破壊されようともウイルスそのものを除去しない限り何度でも蘇る。そのせいでX7においてはゼロからはゴキブリのような扱いを受けてるばかりか、元隊長も度重なる復活のせいでテンションがぶっ飛んでいるのか何か熱い感じになっている。
以下原文そのままで抜粋。

ゼロ「懲りないヤツだな! どんなに細かく切り刻んでもまた出てきやがる!」
シグマ「フンッ、何とでも言え。エックス、ゼロ、貴様らの命をワシのものにするまで何度でも、何度でも、な・ん・ど・で・も!蘇ってやる!! さぁ、いつものように熱い戦いを期待しているよ。行くぞぉぉぉぉぉ!!!」

それにしてもこの黒幕ノリノリである。ちなみにこの「何度でも~」の部分でどんどんシグマの顔がアップされていくというプレイヤーの腹筋クラッシュ仕様もあってかX5とX6と合わせて「シグマの三大迷言」とファンから称されている。

なお隊長でありながらイレギュラーとなり正体は悪性のコンピューターウイルスなシグマだが、勿論最初からこうだった訳では無い。前述したゼロの鎮圧作戦に赴いた際、ゼロの身体に仕込まれていた「ロボット破壊プログラム」に感染した結果、回路内で突然変異を起こして「シグマウイルス」となり、それが元でイレギュラーとなってしまった。言ってしまうと彼もまた被害者なのである。

余談ではあるが、ラスボスとして皆勤賞なためかCAPC○MVSシリーズでは主人公であるエックスとゼロ共々出演していたりする。他作品とのクロスオーバーであるプロジェクトクロスゾーンでも敵として登場。え、進化を象徴する三人目? 二丁銃使いのハンター? ……まあ、新参者だから仕方無いね。


・ゼロナックル

初出、というより登場した作品は『ロックマンゼロ4』のみ。
手の平に『Z』の文字を象ったチップが埋め込まれており、エネルギーを帯びた掌底で攻撃する。これによって握力を強化しているらしく、一部のステージの障害物を除去したり特定の場所へとぶら下がる事が出来るように。また攻撃力は低くリーチも目の前のみとやや扱い辛い面はあるものの、真下以外の七方向に攻撃が可能な点は他の武器には無い利点である。

最大の特徴は、ゼロナックルでザコ敵に止めを刺すと『武器が奪える(シージング)』という点。要はお前の物は俺の物、X版の中の人でいう『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』。グラブルにおけるユリウスの3アビそのまんま。
敵から奪える武器はクセの強いものが多いが、一部の武器はゼットセイバーに匹敵する強さを持つものも。また、武器は廃棄する事で放物線上に飛んでいく投擲武器として利用可能。これで再びシージングが可能に。

余談だが、X4のムービーにてイレギュラーとして暴れていたゼロは、対処に向かったシグマの腕を素手で引きちぎっている。また、ロックマンX8においてはゼロの武器としてカイザーナックルというものが実装されており、拳で語り竜巻旋風脚で敵をなぎ倒すゼロの姿が拝める。

ちなみにロックマンゼクスに登場する隠しボスのオメガにもこれに似た装備を持っていることが攻略本等のイラストで確認できる。しかしゼロナックルと類似のものか将又無関係の装備なのかは言及されていないために不明である。


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お知らせ

 読者の皆様、お久しぶりです。筆者のハツガツオと申します。

 今回は皆様にお知らせがございます。

 本作『紅いイレギュラーハンターを目指して』についてですが、約一年以上更新が途絶えていたにもかかわらず、誠に勝手ながら『未完』として終了させていただくこととなりました。理由としては、問題が多すぎて執筆が困難になってしまったからです。

 

 本作は前世の知識を持ったゼロ大好きオリ主がゼロ目指してラーニング技を習得していきその中で色々な事件に巻き込まれていく……というコンセプトで進めておりました。魔法を中心に扱いたかったので原作主人公であるグラン達グランサイファー騎空団ではなく、魔法大国マナリアを舞台としておりました。

 なので途中よりマナリア魔法学院に入学し話が進んでいく……予定だったのですが、辻褄合わせのために今回書き直しを頂き一時期非公開にしていました。卒研と就活(この二つも重なっていた為に時間が余計にかかった)の合間を縫って作業を進めていたのですが、まあ出るわ出るわ大量の問題点が。これらの問題点のせいで作品の執筆がほぼ不可能となってしまったんです。

 その中で大きな原因となったのは以下の三つでした。 

 

 まず一つ目が、オリ主のバックボーンがほとんど固まってない状態で始めてしまったこと。 そもそも執筆自体をほとんどした事無かったので主人公の背景だとかを全然固めずにスタートしてしまい、ちょっとやばいなと思いつつも「まあ何とかなるんじゃね」という甘い考えで進めていました。結果は当然痛い目を見るという。

 そもそもオリ主の背景をある程度決めるのは物語執筆の上で前準備に必要なものでした。所謂そのキャラの履歴書に相当するものなので、それが無ければ過去に関する伏線とか他のキャラとの関係性とかも描きにくいったらありゃしない。ゼロに憧れる転生者であり身寄りは一切無い孤児……というのは執筆段階では決まっていたんですがね。それ以外が全然でした。

 途中で幾つか考えたりもしたのですが、出だしの部分と次の二つ目の原因で全てボツとなりました。

 

 二つ目が必要の無い要素を詰め込みすぎたこと。コイツが一番悪さをしていました。

 本作はマナリア(グラブル)とロックマンゼロ及びロックマンXとのクロスオーバー(ロックマン側は技と設定だけ)という形で執筆していました。なので必然的にこれらの作品中から小ネタやオマージュといったものを拾って散りばめていくこととなりました。その方が原作を知っている読者の方々も親しみやすいですし楽しく読めると思ったので。

 で、ここまではまだ良かったんです。

 問題はその後。他の要素を入れすぎたことと元ネタの再現に固執し過ぎたことが足を引っ張りました。

 

 まずオリ主レイの黙り癖と勘違い。これはオリ主が転生者というイレギュラーな存在であることを表現するためとゼロファンの奴がクールな性格とか無理じゃねというのを考えて入れた要素でした。特に前者は魂と肉体の齟齬があるという感じで。

 ただ、この作品を書く上ではこの設定を上手く活かせませんでした。そもそも勘違いというのは『自分はこうは思っていないのに周りが勝手に判断して別の解釈をされる』という主人公の思惑や望みからどんどん離れていくのが面白いのです。この作品では『ゼロを目指しているけど自分は死にたくない、けど周囲はそうじゃないように思っている』という感じにしていますが、ここで一つの疑問がありました。「いや、ゼロ目指すんなら結局戦場出るから死ぬの怖いとか矛盾してんじゃん」と。

 どうせならオリ主の性格を思いっきりストイックな感じ、修行にしか興味ねえみたいにした方が全体的にはまとまった感がありました。転生者として何もない自分に唯一すがれるものだから目指すとか憧れた存在だから死に物狂いで目指すとかなら修行する理由にも説得力が生まれますし。

 そういったことからこの設定自体が余計なものとして機能していました。

 

 次に風紀委員関連。これは主人公が(外聞上)人付き合い皆無な性格であることからどうにかして学園勢と関わらせたいと思ったこととイレハン要素を入れたかったので導入しました。イレギュラーハンターもとい風紀委員として『孤独の竜姫』や『蒼空の向こう側』などの学園での事件に関わるとかそんな感じで。なので委員長もシグマ隊長を元にドラフのスキンヘッド男子であるオッティモ委員長を登場させたわけです。名前もシグマの"総和"という意味に近しい"最上級"という言葉からチョイスして。

 しかし問題だったのは、この風紀委員という要素。これ本当に必要か? と。

 元ネタのゼロはイレギュラーハンターとして数々の事件を解決してきたことからオリ主にも何かしらの肩書きは持たせたかったんです。加えてレイはアクティブな方じゃないし何かしらの肩書きを持っていた方が事件とかに関わる必要が出てくるんじゃないかと当時は思っておりました。

 ですがよく考えてみればマナリア組(ここではアン、オーウェン、グレアの三人組の呼称)にはアンという自分から首を突っ込むであろう人物がいるので、彼女と知り合いである以上はどちらにしても巻き込まれるし巻き込んでくるなという結論が出まして。

 さらに言えば、その風紀委員という肩書きがどうオリ主に対して関わってくるのか? という部分も問題でした。例えば原作ロックマンXにおいて主人公エックスはイレギュラーハンターとして戦ううちに心が成長していく描写があったり、グラブルでは主人公グラン(もしくはジータ)が騎空団として仲間を増やしたり星晶獣にまつわる数々の困難を乗り越えていき心身共に強くなっていくと、主人公の持つ肩書きというのが物語そのものに密接な関係があったわけです。しかしレイの場合風紀委員に属したからといって何か変わるか? というと、正直あんまり変わらない。事件解決するだけ。マナリア組のフェイトエピソードに当たる話にも関わるけどそれは友人としての立場。精神面で成長するけどそこに風紀委員全く関わりない。物語に直接関わる要素でもない。……これじゃあ合っても無くても変わらねえわ、と。

 むしろオリキャラが出たこと含めて扱いに困る要素となってしまいました。

 

 そして最後。師匠ポジであるハクラン。この人を登場させたことを本気で後悔してました。

 そもそもこのキャラが登場した理由としては、オリ主が幼少期から修行をしたからといっていきなりゼロと同等の強さを得られるのはちょっと不自然では? と疑問に思ったことが切掛でした。彼を拾ったのは極めて普通の一般家庭の夫婦であるために修行やろうにも限界があるし武器である刀を入手する手段も皆無だったので、じゃあ稽古付けてくれそうな人物登場させるかと思って出てきたのがこのハクラン氏。性格の方はレイが喋らなくても気にしなさそうな兄貴肌のfateのランサーを参考にしました。更に当時は親友ポジに考えてたオーウェンとの関わりが持てるように騎士団の団員、しかもめちゃ強いという要素までぶち込んだ俺の師匠は最強なんだ! という具合です。

 その結果どうなったかというと、レイ達がいくら活躍してもいくら強くなっても「ハクランさんいれば問題ないんじゃね?」と主人公勢が霞んでしまう要素となってしまいました。

 この物語は冒頭でも書いたとおり"オリ主のレイがゼロ目指してラーニング技を習得する"というのがコンセプトでもあるので、それ以上に強い輩がいると主人公達の活躍が印象に残りづらくなってしまうんですよね。メインのラーニング技習得には直接的な関わりは少ないし。

 では自爆とか敵の道連れで退場させては? ということも考えたのですが、それはゼロの十八番ですのであんまり他の奴にやらせたくねえなぁ……と気が乗らなかった。おまけにこの人の感じからしてどっかで生き残ってて最終話当たりでひょっこり出てきそうだなぁとも。

 そんな訳で扱いに困る困る。おまけに騎士団所属でもあるから大きな事件には関わるだろうし絶対ボス戦には参加するだろうし難なく倒すだろうしで……何処の東方不敗だアンタは。

 結局のところレイがラーニング技を習得してゼロに近づくという要素に対するアンチテーゼ要因になってしまったというところですね。

 

 そして最後の三つ目の要因、作品の雰囲気がコメディとシリアスのどっちつかずだったこと。

 皆様もご存じの通り、大抵の物語というのはシリアスかコメディのどちらかを主軸として物語が進んでいきます。有名な作品を例とすると同じ学園ものを題材としていても、某バカと召喚獣のようにコメディ中心だったり、某とある科学のようにシリアスだったり、将又某間違っているのようにシリアスとコメディの中間だったりと作品によって全く違います。更に言うと徹頭徹尾シリアスかコメディでいく場合もあれば、シリアスにギャグをぶち込んだり、序盤はコメディでも終盤はシリアス一辺倒とこれまた違っています。このようにメリハリがつけられることで読みやすさや日常シーンの大切さなどが浮き彫りとなりますし、シリアスが入れば本当に重要なシーンなんだと読んでいる側としてもかなり分かりやすいです。

 そういった区切りがこの作品にはほとんどありませんでした。コメディのようなシリアスのような終始グダグダな感じで始まりグダグダな感じで進み、時折気持ち程度のシリアスに寄って……といった感じですね。メリハリもクソもない。

 これには先述したオリ主の黙り癖やら勘違いやらも関係しています。勘違い要素をそのまま活かすのであったなら『レイの内心というコメディ』と『周囲からみた様子のシリアス』という区切りを付けておけばちゃんとメリハリが機能していました。けれども私がシリアス面であろう周囲の行動にまでギャグやネタを入れたせいで境界線が曖昧となってしまいました。

 当然ながら執筆の際には場面の空気というものを意識しなければなりません。シリアスな場面だったら雰囲気を崩さないように言葉や文を気を付けて選ぶ必要がありますし、コメディが中心なら会話文を多めに疾走感を出したり読者が笑えるようなネタを幾つ仕込めるかが勝負だと思います。こういった執筆の上で注意することもまた違ってきます。

 これらの境界線が曖昧だったおかげで、シリアスを書いているのかそれともコメディを書いているのかというのが執筆しているうちに自分でも分からなくなってしまいました。私個人としてはレイの内心というコメディを少し挟んだシリアス寄りな内容書きたかったのに、後述の必要のないであろう要素とか含めて制御不能になってしまいました。

 前書き後書きにコメディを挟んだり本編とは真逆の作風で小ネタを挟んだりするのはまだいいとは思うんですよ。前述したメリハリにもなりますし、本編の内容があまりにもツラすぎたりすると精神的な清涼剤の役目を果たす時もあるので。というか前書き後書き部分はある種無法地帯ですし。例えるならアレです。アニメ版HEL○SINGやアンジュヴィ○ルジュの次回予告とかです。重たい本編とギャップのある感じの。

 ただ、あくまで前書き後書きはそれであっても本文にまでそのノリを持ち込むのはまた別の話でもあるかとも思っています。作風自体がそうであるならともかく、そうでないなら全て一緒くたになってしまうので。そういった部分まで今作では反映されていました。

 シリアスもコメディも共存していると言えば聞こえはいいですが、どちらに寄っているか等をはっきりさせなかったせいで雰囲気作りに苦戦し執筆作業が難航する要因となりました。

 

 以上が執筆不可の原因となる要素でした。これらが重なった結果、『人物背景の無い転生者がネタまみれのグラブル世界でゼロ目指して勘違いされながらグダグダと学園生活を送るけど結局師匠の方が強いんじゃねという物語』という意味の無い内容になってしまった訳です。勿論問題点となる部分は上記以外にもあるのですが、主に原因だったのがこの三つでした。

 それでもどうにか修正しようと試みた訳ですが、どうにもなりませんでした。いくら辻褄合わせとはいえこれらの要素を全部修正してしまえば、それこそ別の作品となってしまう訳ですし。最初は色々考えられてても、段々とキツくなって。楽しく書いていたはずなのに、何もかもが噛み合わず足を引っ張って次第に書くのが苦痛になっていきまして。それが今回のような結果となってしまいました。

 

 本作の続きを楽しみにしてくださっていた方々、本当に申し訳ありませんでした。

 読者の皆様からいただいた感想というのはとても嬉しいものばかりで、読む度に頑張って書こうという気持ちになる励みとなっていました。

 投稿する度にお気に入りをしてくれる方が増えていくのは非常に嬉しくも照れるものでした。

 日刊ランキングにも載った時はとても驚き、またそれだけの人が見てくれたのだと考えるととても有り難いことでした。

 

 にもかかわらず、この作品は私の至らぬせいで未完という扱いとなってしまいました。非常に悔しく思いますし、読者の皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 たかが二次創作程度に大げさなと思うかも知れませんが、それだけ私はこの作品に思い入れがありました。

 

 なので、一つのケジメとしてこのお知らせを投稿いたしました。

 

 拙作『紅いイレギュラーハンターを目指して』を読んで下さっていた皆様。

 

 今作は今話を以て『未完』として終了いたします。

 

 今までのご愛読誠にありがとうございました。

 

 

                        2021年10月10日  ハツガツオ




 さて、実はお知らせがもう一つあります。それは、今作のリメイクに関してです。
 どうしても今回の結果に諦めきれなかった私は、今作の一部の設定や修正過程で生まれたプロットを元に一から作成したリメイク作品の執筆を開始いたしました。一応既に投稿してはいるのですが、内容や雰囲気は今作から相当かけ離れております。オリ主の名前こそ変わらないものの、それ以外は最早影も形もありません。転生者要素や勘違い要素も廃止されています。
 主人公の設定や物語の雰囲気が変わっても読んでみたいという方は作者のページに飛んでいただき作品一覧から見ていただければと思います。いや、それだったらもう読まないわという方は他の方の作品へ移ってくださればと。他の作者様のグラブル作品やロックマン作品で面白いものはそれこそたくさんありますし、むしろそちらを読んでいる方が有意義かと。
 気力の続く限り執筆は続けるつもりですが、私自身の体調や昨今のリアル事情等によっては今作同様未完となるかもしれません。
 それでもいいという方、多少なりとも興味の湧いた方は暇潰し程度に見に来ていただければ幸いです。
 感想と酷評どちらもお待ちしております。

 では、また何処かで。


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