再編世界の特異点 (Feldelt)
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第1話 存在無き存在

フェルさんの新ネプテューヌSSです。
完結編ですよ完結編!パロディもシリアスも好き放題やります。好き放題やります。

それでは、どうぞ!


その男は2年半に及ぶ眠りから目覚めた。

隔離病棟と思われる。窓がない上に、厳重な拘束がかけられている。

 

その身体に、左腕、左脚、右足はない。

ついでと言わんばかりに右腕の神経系も不全だ。だから、実質的にだるまというものに近しい。

 

「...ここは...」

 

その男の名は、『凍月 影』。

今この世界では司書イストワールしかあずかり知らぬ、ゲイムギョウ界最大の危険人物にして現在4ヶ国が置かれている状況を打開できる可能性が高い諸刃の剣。

 

 

───────

 

 

状況を説明しよう。

九形...いや、虚夜 光がシェアエナジーに干渉、イストワールの力を蒐集した鍵の欠片を用いて暴発させ、世界の理を少し書き換えた。

 

それが3年前。

書き換えられた内容は凍月 影とイストワール以外から『凍月 影』にまつわる全ての消去、女神の再定義、特殊能力の定義消去、そしてマジェコン。

 

これにより、メタ的に言うとほぼ原作ゲームの状況に近しいものになっている。

つまり、守護女神4人はマジェコンの拡散を止める為に首魁、虚夜光に戦いを挑み、敗れた。虚夜光が一度も手を下すこともなく。

 

それから2年半後、凍月 影が目覚めた。

義手義足の新調、神経接続手術などのリハビリに半年を費やし、ようやく現代に至る。

 

だが、一つ大事な存在を忘れていないだろうか。そう、何を隠そう、女神候補生達だ。

一番世界再編の影響を受けた彼女たちには、性格の変化が、ことしっかり者のネプギアには如実に現れていた。それはきっと、女神の再定義と、守護女神4人をうち破った一人の少女の仕業だろう。

 

端的に言えば、ネプギアはグレたのだった。

 

 

───────

 

 

さて、ようやく話が進む。

 

女神の敗北から3年と34日経ったある日、プラネテューヌ教会教祖となっているイストワールは凍月 影とネプギアを再編後初めて対面させるのだった。

 

「よぉ、イストワール...」

「おはようございます、影さん。まもなくネプギアさんも着くと思います。」

「そうか...しかし...頑なにも会わせまいとしていたのに、どういう風の吹き回しだ?」

「それは、ネプギアさんが来たらお話します。」

 

待つこと数分。

 

「いーすんさん...それと...人間の、男の人...なんの用ですか。謁見はお断りしています。」

 

笑顔一つなく、冷ややかな目をただ影に向ける。普通の人間なら一瞬で物怖じするほどの冷たさが込められているが、影にとってまだ生ぬるく感じるのは彼がより恐ろしいものを知っているからであろう。

 

「いえ、ネプギアさん。あなたにはこれから守護女神救出のため各国を巡り、ゲイムキャラの捜索と協力をここの凍月影さんと一緒に行ってほしいのです。」

 

『え?』

 

両者の思考が真っ白になった。が、先に立ち直ったのはネプギアだった。

 

「お断りします!人間とはもう、絶対に関わりたくありません!失礼します!」

「んなっ...」

 

影は本能で察した。追いかけると死ぬ可能性が高いと。いくら半身が機械とはいえ、特殊能力が存在しないならば女神には候補生といえど勝ち目は薄い。

 

「やはり、こうなってしまうのですね...」

「わかってたような口ぶりだな...でも今の俺には女神と並び立てて戦える力はない。それを知らぬイストワールでは無かろう...何かあるんだな。」

 

青年の勘は司書の思惑を引き出す。

心を閉ざした女神候補生と存在しない諸刃の剣。もはやイレギュラーの塊のこの2人にすがるしかない現状。それを打開するための叡智の力。

 

「はい。プロジェクトデュアライズ...女神の力を擬似的に二重化させて表層に装着させることで戦闘能力を引き出すシステム。ただし、二重化させたことにより人の身に余るシェアエナジーを分散させる必要がある上、それでも装着可能時間は最長でも10分が限界。それ以上は命の保証ができない危険なものです。ですが...」

 

青年は考える。記憶を手繰り寄せば戦いの記憶。世界を救うための諸刃の力。

 

「面白いな、イストワール。いいぜ乗った。」

「ありがとうございます。ですがネプギアさんはどうしましょう...」

「簡単な話だ。ボコせばいい。」

「影さん...?あなたはそこまで脳筋でしたか...?」

「さてね。けど、さ。かつて人間殺しまくった俺が言うのもアレなんだろうけど...人間はそこまで捨てたもんじゃないって、教えてあげないと。あの子には...ギアには、笑顔でいてもらわなきゃ。」

 

青年はそう言って笑むが、目に光はない。

 

「影、さん...」

「いいんだ。わかってる。俺はこの世界には存在しない。忘れられてる消されてる。けど、俺は忘れられていたとしても、あの子の兄だ。それにな。ブランを助けて10年越しになっちまった約束を果たす。」

 

決意をもって、彼は自分を忘れた自分の妹を倒すことを決めた。

 

「けどまぁ...こんなに忘れ去られてるとは...某原初の女神もびっくりだろうよ...あちらさんの場合は忘れてたというよりかはなかっただし、現状は全くの真逆なんだけど、さ...」

 

それでも乾ききった掠れた笑みはこぼれている。

それは楽観などではない、半ばヤケになった悲観の笑みであることを、歴史の記録者イストワールは理解していた。

 

「ごめんなさい、影さん...」

 

その謝意は小さく、深く彼女に響いた。

 

 

───────

 

 

深夜、プロジェクトデュアライズの核であるシェアデュアライザーの調整が行われている最中、影はプラネテューヌにある銃器店でパーツを集め、自分専用の銃を製作していた。もちろんこの手のものはラステイションのほうが品揃えはいい。だがしかし存在を証明する書類がない以上国外には出られないため、仕方なく急造で揃えたといったところであろう。

 

「...さすがに人間には嫌気がさすよな...俺もその気持ちがわかる。今のゲイムギョウ界の人間はクソだ。こと犯罪組織はな...だから俺はまた悪魔になるとするよ。この弾丸は物理防御に対して弾丸そのものが爆発することで実質的に防御貫通できる...『雷銀式炸薬弾』と名付けよう。今日のところは5発しか作れてないし、撃つ銃に至ってはどう頑張っても単発装填が限界。ネプギアボコすって言ったけど、さすがにこれだけじゃ無理だよなぁ...」

 

女神の力の二重化、か。

 

「そっちを試したほうが良さそうだな。」

 

 

───────

 

 

そして翌日の14:00。

汎用単発装填型拳銃、『シャドウ-C』とイストワールに渡された具現式信仰二重化兵装、『シェアデュアライザー』を携えて、凍月影はバーチャフォレストに立っている。

 

「世界を救うための共闘をするために小手調べって感じかねぇ。やれやれ。」

 

眼前にはプラネテューヌの女神候補生。

既に変身もしている。

 

恐怖心は微塵も持ってない。きっとそれは腸が煮えくり返るほどの怒りが圧倒しているせいであろう。人間に絶望した気持ちは俺もわかる。正直、人間は捨てたものだ。それでもあの子達は護りたいというだろう。それが女神なのだから。

 

「両者、揃いましたね。」

 

イストワールが間に入る。

 

「いーすんさん...どうしても私はこの人とお姉ちゃんを助けに行かないとダメなんですか...?私一人じゃダメなんですか...?」

「はい。ですが我々としてもネプテューヌさん達を助けるための戦力が、今のネプギアさんよりも弱い場合は使い物にはなりません。その時は、ネプギアさん一人での救出作戦を実行します。」

 

何かおかしい。何か足りない。

 

「イストワール...まさかネプギアの記憶は、姉以外ほぼないのか...?」

「はい。残念ながら...」

「そうか。だったら容赦なしでいけるな...じゃあ早速やろうかネプギア...『シェアデュアライザー』のテストも兼ねてな。」

 

へその少し下にデュアライザーをつける。

するとベルトが巻かれて安定したではないか。

 

「...まるで仮〇ライダーだな。」

 

懐からゲームカセットのようなメモリーカードをデュアライザーのスロットに2つ差し込む。

 

PURPLE HEART

PURPLE SISTAR

 

「...!?私と、お姉ちゃん...!?」

 

Now Loading...

 

デュアライザーの右側にあるディスクらしきものが回転している。

 

Duallized!

 

「変身...!」

 

ディスクを右からデュアライザー内部へ押し込む。それと同時にデュアライザーが発光、二重化された女神の力が解放され、鎧という形で顕現する。

 

黒紫の鎧を身に纏う銀髪の青年。

白紫のプロセッサユニットを纏う、桃色の髪の女神候補生。

 

両雄向かい合い、戦いの火蓋が切って落とされた。

 




次回、第2話『紫一閃、十六天刃』

技名です。感想、評価等、お待ちしてます。


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第2話 紫一閃、十六天刃

「はぁ!」

 

突出したのは影であった。デュアライザーのスロットカバーにあたる部分にあるボタンを押して、ネプテューヌの力として刀を顕現させて手に持ってネプギアに向かっていく。

 

「甘いです...」

 

逆にネプギアはS.M.P.B.L(セパレイテッドマルチプルビームランチャー)の射撃でもって、それは当たればそんじょそこらのモンスターは一撃で撃破できるほどの威力で迎撃する。

 

「なるほど殺す気ですか...」

 

放たれたビームは三発。避けようと動いた瞬間に移動方向を見切られてお釈迦だろう。

 

「わかりやすいねぇ...!」

 

避けない。顕現した刀でビームを斬り突撃を続ける...つもりだったが振り下ろされるS.M.P.B.Lに対応するために突撃を止めざるを得なかった。

 

「見切った...!?これがシェアデュアライザー...」

「デュアライザーの力だと思わないでくれよ...悪いがこの勝負、貰った!」

 

刀を振り払い距離を取った後にもう一度先と同じボタンを押し、力を増幅させて刀に纏わせる。紫電となったその力をネプギアのいる方向へ刀を振るう。

 

「唸れ、《紫一閃》!」

 

カットインが出てきそうな稲妻の一閃がネプギアに向かう。当然ネプギアはそのまま受けるはずもなく右への跳躍で避け、S.M.P.B.Lを分離。ビームを連発しながらこちらへ向かってくる。

 

「戦闘上手になったな...ちっ...」

 

ビームを切り払いながら先程とは違うボタンを押し、左手にネプギアと同じS.M.P.B.Lを顕現、分離して銃部分を腰にマウント、二刀流となって対応する。

 

「私の武器まで...それでも!」

 

再び振り下ろされるS.M.P.B.Lの剣部分。先程までのビーム連発はこの攻撃までの布石...!

 

「私の勝ちです!」

 

二刀をクロスさせて受けた...はいいものの、そこを中心として円運動。右手に握ってた銃部分をこちらに向ける。両手が塞がっている上に制空権も向こうが持ってる。避けようがない。

 

「やる...!」

 

二刀を払うのと後ろに回った銃口からビームが出るのと、どちらが早いかはほぼ明白。確実な直撃コース。

 

「避けて、みせろよぉ!」

 

右足の義足をパージ、意図的にバランスを崩してビームをギリギリのところで避ける。

 

「だとしても!」

 

剣での追撃がかかる。倒れていく方角から振りかえりざまに斬らんとする剣が向かってくる。

 

「ぐっ...!」

 

刀を逆手に持ち直撃は防ぐものの。

 

「やぁぁぁッ!」

 

重心の定まってない不完全な防御では女神の踏み込み付きの一撃など止められるはずもない。

 

「がっ...ぐぅ......」

 

かくして吹き飛ばされた俺は変身維持時間があと1分であることに気づく。しかもネプギアの追撃は止まらない。

 

「賭けるか...」

 

刀を上空へ投げてマウントしていた銃を装備。数発ビームを撃ち込んでネプギアを牽制、動きが少し鈍ったと思われたところで左脚の義足に仕込まれたカートリッジを使うことで渾身の跳躍、投げておいた刀を回収する。

 

「上...!」

 

ネプギアはこちらの大移動に少し驚愕したか。まぁいい。デュアライザーのボタンを三つ押す。刀を顕現したボタン、S.M.P.B.Lを顕現したボタン、そしてイジェクトボタン。これによりディスクが回転して空気中に漂っているシェアエナジーの残滓すらエネルギーに変換する。そしてある程度集まったところで再びディスクをデュアライザーの中へセットする。

 

「受けろネプギア!」

 

刀と剣を合体、それにさらにシェアエナジーを纏わせる。その様はネプテューヌの技の如く。

 

「お姉ちゃんの...32式エクスブレイド...!?」

「ちと違うけどな...《十六天刃》ッ!!!」

 

避けようがないシェアエナジーの奔流の刃。これがネプギアを飲み込む。飲み込んだのだが。

 

「ここで強制解除かよ...!」

 

十六天刃がネプギアを飲み込んで2秒後に活動限界により強制的に変身解除させられる。これではいくら大技、必殺技の十六天刃といえどもネプギアは仕留めきれない。万事休す...!

 

「そこまでです。」

 

どうにか上空からの落下ダメージを高木につかまることでほぼ0にして『シャドウ-C』を取り出そうとしたところでイストワールからの静止、終了宣言がおりる。

 

ネプギアもまだ戦える状態だというのに。

 

「これで今回の模擬戦、影さんの戦力テスト...影さんの言葉を借りるなら、世界を救うための共闘をするための小手調べは終了です。」

「...それで結果はどうなんですか、いーすんさん。」

「当初の予定通りです。影さんにはネプギアさんの保護者兼同行者、戦闘戦力として旅に出てもらいます。犯罪組織から、女神を救出するために。」

 

沈黙。

 

「納得出来ません!なんでですか!私は...私は負けてません!それにそもそも私より弱かったら同行させられないって...まるでこの人が私より強いみたいじゃないですか!人間なんですよ!?」

 

まーそらそうなるだろうな。やっぱり強制終了じゃあまだ納得はできないだろうて。

 

「喚くなよ、可愛げがなくなったな、妹よ。」

 

『シャドウ-C』を装備して撃鉄をおこす。

イストワールもネプギアも完全に気づかない不意打ち。だから敢えてイストワールを狙って撃った。そうすればネプギアの方が早く反応するし、確実に弾丸を防御する。そしてその防御は『雷銀式炸薬弾』の前では意味を成さない。

 

『え...?』

 

爆発。

ニトログリセリンと同じく発火性のある雷銀を中に込めた弾丸は、一定以上の物理衝撃を受けた時に雷銀を発火させ、弾丸そのものを爆発させる。

 

これでネプギアの変身が解除される。

ただの鉛弾ではプロセッサユニットには傷もつかない。だから腕をクロスして防御する。

 

「たかが鉛弾と、括った高がそうさせる。」

 

膝から崩れるネプギアと、次弾を装填する俺。それをまだ驚愕から立ち直れていないイストワールがみる。

 

「俺の勝ちだ。」

 

 

 

 




次回、第3話「凸凹コンビvs犯罪組織」

感想、評価等、お待ちしてます。


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第3話 凸凹コンビvs犯罪組織

熱出たので遅れました...(ドゲ-ザ)


全く手こずらせてくれる。

 

「影、さん...!?」

「予想できたことだろイストワール...今の俺じゃあ、10分でネプギアを完膚なきまでに叩きのめすことは出来やしない...それほどまでに鈍ってるし、それほどまでにネプギアは強くなってる。それにこの性格だ。ねじ曲がっちまったこの性格だ、あれで止められて納得するわけはないだろうよ。」

 

シャドウ-Cに次弾を装填してネプギアに向ける。これ以上のドンパチは面倒だからな。

 

「...それは、そうですが...」

「それに目下の敵は俺じゃない、犯罪組織だろうて。だからそれだけは叩き込まにゃならねぇ。犯罪組織を潰すためなら俺は非情に徹する。無論、味方にもな。」

 

前に向けられたように冷ややかな目をネプギアに向ける。まだ敵意が消えていない。

 

「まぁいいぜネプギア...いつでも俺を斬ればいい。斬れるものならな。」

 

 

───────

 

 

数日後...

 

「で、犯罪組織をどうこうするためには4カ国にいるゲイムキャラの協力が必要ということか。場所もわかっていると。」

「はい。ただし付近に犯罪組織の構成員らしき人物ありとの情報です。至急向かった方が良いかと思われます。」

「...わかりました。1人で行きます。」

「...そうか行ってこい。俺は寝る。」

 

「...!?ネプギアさん!?影さんも、どうして止めないんですか!?」

「割と簡単な話だ。ネプギア1人でどうにかなると思っているから...なんて楽観はしない。ネプギア1人ではどうにもならないからだ。」

「だったらどうして...」

「言ったろ、俺は犯罪組織を潰す為なら味方にも非情だと。安心しろ、ゲイムキャラは回収するさ。」

 

立ち上がりシャドウ-Cとシェアデュアライザーを持って外に出る。

 

「さてまたこの手を血に濡らすとするか。外道を貫かないとな。この事態を招いたのは誰でもない俺なのだから...」

 

 

───────

 

 

一方その頃...

 

「あんだぁ?女神候補生といえどこの程度かぁ!?へへっ、アタイの敵じゃないね!」

「っく...」

 

(変身しないで戦うにはきつい...けど変身するために間合いを取っても詰められる...これがほんとに下っ端の動き...!?)

 

「だったら...!」

 

無理やり距離を取って変身するネプギア。

 

「本気で行きます...!」

「げっ、それはまずい...が、先にゲイムキャラをぶっ壊しちまえばこっちのものだよなぁ!」

「させません!」

 

交錯するネプギアと下っ端。だがそこに新たに一つの紅い閃光が駆けた。

 

『...!?』

 

ゲイムキャラと下っ端とネプギアと。その三者から等距離の位置に少女の形をした閃光は降りる。

 

「リンダ君は任務継続...教会が女神候補生1人で突撃させて来るわけはないからね、なにかあると思うよ。そう、私の勘が告げてるね。」

「貴方は...それに貴方がどうして()()を持っているんですか...!」

「答えないよ、プラネテューヌの女神候補生。少なくとも君にはね。...!」

 

大剣を顕現したその少女はリンダへ飛んでいく弾丸を切り払い、その弾丸が爆発したところでネプギアから離れた。

 

「んなっ...」

「...爆薬...自作だね...なるほどこっちが本命の、私たちへの対抗策...」

 

コツン、コツンと足音をたて、シャドウ-Cを構えた凍月影が戦場に姿を見せる。

 

「なんだ、もう一人いたのか...だとするなら善戦している方か、ネプギアにしては...」

「ふふ、まだ戦ってすらいないのだけど。」

 

足音が止まる。

それは閃光の少女と相対した瞬間であった。

 

「...これまた悪い冗談だろ...俺でも勝てる気しないって...」

 

シャドウ-Cを再びリンダへ発砲、それを少女が大剣を面にして受ける。

 

「...二人まとめてかかってきていいよ、邪魔するなら、排除するだけだからね。」

 

その提案に乗るしかない。

 

「...ネプギア。」

「...なんですか。」

 

「100秒で下っ端を片付ける。だからその間、赤いのを頼む。無理だとしても頼む。」

「無理ってなんですか...だったら私はその間に赤いのを倒しちゃえばいいんですよね。」

 

なるほどな...できるわけないと思いながらも影はネプギアに言う。

 

「そういうことだ...行くぞ、茜...」

 

この時また一つ、世界を救う為に青年は心を殺すことになった。




次回、第4話「失い続ける過去と未来と」

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第4話 失い続ける過去と未来と

「変身...!」

 

デュアライザーを装着、変身し真っ先に下っ端と思われる犯罪組織構成員に向かう。

 

「任務続行!この2人は私が相手するよ!」

「だろうな...だからこっちは...!」

 

突撃を茜の横槍で防がれた俺は少し距離をとり、茜にもう一度突撃すると見せかけて。

 

「私が貴方の相手をします!」

 

俺の背中を撃つネプギアの射撃を避け、驚愕と防御に意識が割かれた瞬間再び下っ端へ駆ける。

 

「連携にしては信頼がない...なるほどだから躊躇いがないのか。面白いねぇ!」

「お姉ちゃんを返してもらいます。そして、貴方たちを潰します...絶対に!」

 

茜とネプギアの戦端が開かれたと同時に俺も下っ端へ攻撃をようやく仕掛けた。

 

「危ねぇ!」

 

下っ端は鉄パイプで応戦。が、この程度...!

 

「造作も、ない...!」

 

二刀を顕現し、着実に攻めていく。

 

「ちょ、ま、にょわぁっと!」

「存外すばしっこい...」

 

微細な切り傷をつけてはいるも足りない。屠れない。やはり腕が落ちてる。

それに加えてネプギアと戦ってるはずの茜からの援護が入ってくる。

 

「100秒...予想通りか...」

「退くよ、リンダ君。爆破して。」

 

この100秒で下っ端を消せればゲイムキャラは無事だったのだが...いや憂いても仕方ない。

 

「了解です、茜さん!」

「ちっ...賭けに出るか...!」

 

起爆方式は遠隔ボタン式。接触や距離にもよるがボタンを押してから爆発までの時間は一秒未満。結構あるか。

 

シャドウ-Cをゲイムキャラへ向ける。

 

「何をするんですか!?」

「分の悪い賭けさ...黙って見てろ...」

 

起爆ボタンが押されると同時に発砲。

茜は下っ端を連れて高速離脱。俺は岩陰に向かう。まぁもっとも一秒未満ではろくに動けないわけでありまして。

 

爆発音と爆風をある程度もろに受けたのだった。

 

「何を...どうしてゲイムキャラさんの破壊を手助けしたんですか!?これじゃあお姉ちゃんたちが...やっぱり貴方は......!」

 

ネプギアが目を見開く。その方向へ俺も目線を向ける。賭けに勝ったか...

 

「どうして...なんでゲイムキャラさんが無事なんですか...?あの爆発を受けたのに...?」

「単純な話さ。爆風を爆風で相殺したんだよ。雷銀式炸薬弾...こいつも爆弾のようなものだからな...そも爆弾というのは急激に体積が膨張することに燃焼がついてくるものだ。熱に耐えられなかったらそれまでだろうが...そうだとしたらとっくにプラネテューヌは腐海まっしぐらだろうよ。」

 

変身を解除し、シャドウ-Cをしまう。

 

「さて、ゲイムキャラさんよ。お力添え頂きに来ましたぜ。女神4人を助けるために。」

 

 

 

 

 

 




次回、第5話「協力と門出」

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第5話 協力と門出

「で、どうしてゲイムキャラさんを説得するシーンはカットしたんですか?」

「協力しないと話進まないからって言って脅しただけだ。否が応でも協力するだろうよ。もっとも、これは冗談だけどな。正しくはネプギアが説得していたから俺はその経緯を知らない、だ。」

 

現在俺はプラネテューヌ教会でイストワールに事の顛末を報告している。

 

「はぁ、まるでネプテューヌさんのようにメタメタしい発言ですね...どうしたんですか?」

「どうもしてないよ。多分姉の癖が移ってしまっただけだろうよ。」

「はぁ...」

 

姉、か。

多分ネプテューヌも俺の事は忘れてるだろうし、ブランもきっと忘れてる。ユニや、ロムラムだって...そうだろうな...

 

「世界なんて救えなくていいから思い出を返して欲しいよ...救うけど。」

 

 

───────

 

 

「で、次はラステイション...に行く途中にあるマジェコン工場の破壊だな。こりゃ俺の独壇場だろうな。多対一戦闘は得意分野だ。」

「その流れでラステイションに行くんですね。わかりました。いーすんさん。」

 

翌日、イストワールは俺ら二人を呼び寄せ、次の任務...マジェコン工場の破壊、ラステイションのゲイムキャラ及び女神候補生の協力を取り付けることの三点を言い渡してきた。

 

「雷銀式炸薬弾は残り4発か...」

「影さん、くれぐれも不要な殺生はしないでくださいね。ネプテューヌさんやブランさん、これから会う他国の女神候補生の方達のためにも。」

「...今更だよ。行くぞ、ネプギア。」

 

 

───────

 

 

プラネテューヌとラステイションをつなぐ道はそんなに長くない。短くもないが。

その道のりの途中、プラネテューヌ国境付近にマジェコン工場はあった。なるほどここならラステイションにも楽に納品できるというわけか。犯罪組織も賢しいものだ。

 

「バックドラフト作戦か雷銀粉塵爆発作戦か...それとも変身するか...さてどうしたものか...」

「...それって、要は工場にいる人間は皆殺しって意味ですか?」

「わかってるじゃないか...」

「関係ない人も、ですか。」

「...その時はその時だ。人間嫌いなのに、そこら辺の心配はするんだな。曲がりなりにも女神というわけか...気に入ってるよ。そういう所は。」

「どういう意味ですか...」

 

そんな会話をしていると、工場の方で動きがあった。俺らはすぐに身を隠す。

 

「...マジェコンをラステイションに持ってくようだな...よし、仕掛けるぞ。」

 

シャドウ-Cに通常のライフル弾を装填し、トラックにマジェコンを詰め込んでいる構成員へ発砲。同時にシェアデュアライザーで変身。二刀を顕現して工場内へ突入する。そこで紫一閃を連発すれば、工場は土台から崩壊するというわけだ。

 

「容赦無さすぎですよ...」

「おいおい、情けかけるつもりだったのかよ...さて、このマジェコンはちょいと押収させてもらおうか...えーっと、分解用、改造用、取引用の3つでいいだろ。よし、レッツラゴー、ラステイション。」

 

落ちてくる天井を切り抜き脱出した俺はネプギアと合流。もはや文字通り廃工場となったマジェコン工場にさらにダメ押しで炸薬弾を撃ち込み爆発させる。さっきの会話はその時のものだ。

 

「命をなんだと思ってるんですか...」

「さぁな...どうも思えないくらいには俺は壊れちまってんだ。まだ嫌いと思えるだけ、ネプギアは人間に失望しちゃいないのかもな。」

 

そんな女神候補生と存在無き悪魔は黒の大地にたどり着いたのであった。

 

 

 




次回、第6話「黒の弾丸、穿つ弾丸」

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第6話 黒の弾丸、穿つ弾丸

「さてまずは教会に行きたいが...恐らく教祖は神宮寺ケイだろう。だとするならまず行くべきは銃の店だな。」

「...まさか強襲とか考えてないですよね...」

「面白いと思うけど流石にやんないよ。」

 

まー、もう一押しの交渉材料が無かったらそれも手か...なんて考えてるともう見つけた。

 

「んじゃちょっと対物ライフル用貫通弾調達してくるから。なんなら先ギルド行ってていいぞ。」

「はぁ...」

 

 

───────

 

 

「調達完了だ。」

 

予想より時間かかったからまー、ギルド行くよな...じゃあ俺はギルドで帰りを待ちますか。

 

十分後、ギルドに着くと同時にネプギアと1人の少女が二人並んでギルドに戻ってきていた。

 

「あ、影さん...戻ってたんですね...」

「あからさまに嫌そうな表情をするんじゃないよ、全く...まぁいい。その子は?」

 

隣の黒髪の少女を見る。まー、俺は知ってるのだが知らないふりをしないと撃たれかねん。

 

「あ、初めまして、アタシはユニです。えっと...ネプギアと貴方はいったいどういう...」

「ユニちゃん!?」

「あー...」

 

言われるまで考えてなかった。正しくは妹なんだけど、名前で呼ばれた以上それは通じないし...ま、口からでまかせでなんとかするか。

 

「いとこだ。一緒にクエスト行った帰りのようだけど...迷惑かけたならすまん...」

「あぁいえ、むしろ助かりました...この後ももう少し難易度高いクエスト行こうって話してたんです。その...えっと...」

「あぁ、影だ。名乗ってなかったな...同行させてもらうよ、保護者として。」

「え、あっはい。わかりました。」

「えぇー...」

 

ネプギアはやっぱり嫌そうな顔をしてたけど...まぁいい。ユニは報告と受付行ったし...問題はユニの性格だ。少し素直というか...いや違うな。あからさまに俺が歳上になっちまったからだ。女神の不老不死ってのはこういう働きもあるのか...どうしたものか。

 

「まぁいいか...加速式貫通弾の試しにはなるだろ...さて、どのようなクエストが来るかな...」

「危険種の討伐に行こうって話をしてましたけど...影さんは手出ししないでくださいよ?」

「あくまで保護者か...やられるなよ。」

「馬鹿にしてるんですか...」

 

なんて会話をしながらユニが受注してきたクエストを確認し、目的地であるリピートリゾートに向かうことにしたのであった。

 

 

───────

 

 

「で、本当に俺の出番なくサラッと倒したと。強いなあんた達...流石は俺のいm...ゲフン、いとことその友人というわけか。」

「当然です。」

「言い放っちゃうんだそこ...」

 

なんて会話をして戻ろうとするが...ふむ。

 

「ネプギア、クエストはこれで完了だよな。」

「何を言ってるんですか。完了ですよ。」

「おーけー。じゃあそこにいるのは何かな!」

 

シャドウ-Cを装備して、装填されていた通常ライフル弾を草むらへ発砲。即座に加速式貫通弾を装填する。撃った弾はというと上から大剣が落ちてきてそれが壁になり弾丸を止められる。つまり...!

 

「さっすがー!」

「うぐっ...!」

 

どこからともなく現れた深紅の閃光のドロップキックを斥力フィールドと左腕で受け止め、シェアデュアライザーを腰に巻く。

 

「あの人は...!」

「おおっと、えーっと、君はネプギアちゃんだね。君とその横ちょにいるユニちゃんの相手は私の部下達とモンスターだよ。」

「ちっ...」

「ネプギア!?あいつは誰!?」

 

銃器を構えるユニとビームソードを構えるネプギア。それを囲む犯罪組織構成員とモンスター数体。戦力的には足りないが足止めには十分だろうな...

 

「犯罪組織の幹部だよ...でもまずは周りの連中を叩くよ!」

「...わかったわ!」

 

二人同時に発光、変身する。その合間にも俺は茜から攻撃を受けているわけでありまして。

 

「やっぱり強いな、茜...」

 

シェアデュアライザーを装着までは出来ても、女神の力を封じ込めているMEC、女神エナジーチップがセットできない。変身させないつもりだ。かく言う茜はシェアデュアライザーの雛形のようなものをいつでも待機状態にしている。この状況、ネプギア達から離されている時点で完全に俺が不利...

 

「腹くくれよ凍月影...今からお前はまた自分を許せなくなるぜ...覚悟しろ...」

 

打開するためには加速式貫通弾を茜に当てればいい。だからシャドウ-Cだけはなんとか懐から引っ張り出してはいる。それで止まる茜でもないが。

 

「その銃は一発しか撃てないし、私に当たる保証はない。でも私に当てないと状況は不利のまま。ほら、早く撃たないと離れちゃうよ?」

「そうだな茜...だったら撃たせてもらう...!」

 

左脚の義足のブーストカートリッジを点火し、一瞬だけ茜から距離をとり、それと同時にシャドウ-Cを茜に向ける。入っているのは加速式貫通弾。引き金を引けば...魔導細工され、1秒間だけ加速度が加速度変化する弾丸が射出される。見極めるのは困難だろう。だから...

 

「許せ...お前が俺を思い出した時に...!」

 

引き金を引く。

手癖で向けた銃口は、茜の頭部を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 




次回、第7話「女神vs女神」

感想、評価等、お待ちしてます。


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第7話 女神vs女神

「...!」

 

間一髪、加速する弾丸の速度変化に気づいた茜が首を動かして弾丸の軌道外に避けようとする。が、それで避けられるほど加速式貫通弾は甘くない。

 

「ぅぐっ...ぁっ!?」

 

茜の左目の左側を、──もう少し避けるのが遅かったら目に直撃していたし、脳にも入っていった可能性があるが──加速式貫通弾が抉っていく。

 

紅い液体の飛沫。

衝撃で反り返り背中から地面に倒れる。

銃口から微かに漏れる硝煙。

手に残る反動の感覚。

指に残る、引き金の感覚。

 

あぁそうか。

俺は茜を撃ったのか。

 

「...最悪だ。今までの何十万人より、ずっと重い罪だよ。けど...俺は犯罪組織を潰さないと...」

 

茜に近寄る。

だがそこで俺はとんでもないものを見る。

 

「倒したと思った...?ふふ、残念、茜ちゃんでした。一撃と思って次弾装填も変身もしてない君の落ち度だよ...もっとも、私もこの大剣を支えにしてないと立てないから、君の勝ちなんだろうけどね...それにもうそこまで長くないか。」

 

「...だろうな。黙って倒れてろ。そしたら脳みその奥底から全部引きずり出してやる。」

「わぁ、猟奇的。」

「いいから黙ってやられてろ。」

 

手刀一閃、今度こそ茜の意識を飛ばし、担ぐ。同時にメールでイストワールに茜の記憶...俺が絡むものを数ヶ月分だけ抽出するよう依頼する。いつぞやにネプギアに対してやったことをもう一度というわけだ。女神になってしまったネプギアにはこの手はもう使えないが、茜なら、あわよくば...そんなことを考えてネプギアとユニの方へ向かう。

 

「片付いたぞ、ネプギア、ユニ...って、なるほどそう来ましたか...面白い。」

 

辺りにはのびている犯罪組織構成員、モンスター生成装置の残骸、そして抉れたり隆起してたりする地面。そして佇む紫の女神候補生。

 

「おおかた、ユニに正体がバレたからちょっとしたいさかいというかドンパチが起きて、ツンケンしたまんまで別れたといったところか。サブタイ要素ここだけかよ全く構成力ねぇな。」

「なんでわかるんですか...というかそのメタメタしいのはなんなんですか!?」

「まー気にすんな。昔の友人がな、見ただけでいろんなことがわかるやつだったんだよ。そいつがこいつだ。」

「気にするなって...でも犯罪組織に友人がいるってことですよね。まさか、内通者ですか貴方は...撃ちますよ。」

「そう思うのも無理はあるまい...まぁいい。こいつは捕虜だ。犯罪組織がまともなら女神1人は返してくれるだろ。」

 

まぁそんなことはないだろうけど。

 

「ちょ、どういうことですか!?」

 

ネプギアの驚いた声を背に茜を担いだまま変身、最短距離で病院まで行く。頭部の止血はしているからあとはプロに任せよう。

 

 

───────

 

 

「で、だ...一通りいろいろやったあとなのだが...宿が見つからない。」

「そこで車に轢かれれば眠る場所は出来ますよ?土の中っていう宿です。」

「うん、ネプギア。君は本当にネプギアかい?毒舌が上手すぎるじゃないか。...罰として最終手段を使う。悪く思うな。」

 

 

 

「いや、なんでベッドがひとつしかないラブホテルを選ぶんですか!?撃ちますよ!?斬りますよ!?」

「いや、最終手段だって言ったろ、あきらめろ。己が言動を呪うんだな。じゃ、おやすみ。」

 

 

 

 

 




次回、第8話「情報交換情報戦」

感想、評価等、お待ちしてます。


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第8話 情報交換情報戦

お久しぶりです。難航しました。
というかほんっとにごめんなさい!
第8話です、どうぞ!


「朝一にカチコミだ、ここの教祖は非常に手強い堅物だろうからな...」

 

「えぇー...ちょっと待ってください、説明を求めます...なんでまたいきなり行くんですか?」

「...教祖、神宮寺ケイはビジネスライクな人間だ。感情論ではまず動かない。つまり、論理的にゲイムキャラの協力を取り付けたい経緯を述べなければならない。もっともそれだけで済めばそれが最良なのだが。」

 

切れる札は三枚、足りるかどうか...

思考回路をフル動員してケイの論理を崩す段取りを組む。もっとも、それも読んでそうだよな...まぁ、なるようになるだろ...

 

 

───────

 

 

「というわけで教会到着だ。」

「いや、それはいいんですけど...」

「閉まってるな。」

「まだ朝7時前ですよ!?開いてるわけないじゃないですか!」

 

そういえばそうか。神宮寺ケイなら起きていそうなものだが。しょうがない、引き返すか...と言いたいところだがもうチェックアウトしてきたし。コンビニで某11秒チャージゼリー買って食ったし。

 

「しょうがねぇ、シャドウ-C以外にもう一個拳銃買っとくか...」

「...ギルドには行かないんですか?」

「行ってもいいが...シャドウ-Cの弾頭を無駄遣いしたくない。あの弾丸は全部自作だからな...今あるのが雷銀式炸薬弾が5発、加速式貫通弾が3発だ。せめてそれぞれ15発は欲しい...」

「どこまで人を殺すことに特化するつもりですか...人ではなくなりますよ。」

「人間じゃない女神に言われるとはね。まぁいい。ユニにも鉢合わせはしないだろう。あとは茜の記憶さえ戻せば勝ったようなものだが...そんな都合よくはいかなそうだ...」

 

視界の先には黒煙をあげる病院。

笑えない状況だ。全くもって。

 

「つくづく、殺せない相手をぶつけてくるとは...虚夜光は俺以上に外道だな...」

「殺せない...?あれだけ追い詰めて...とどめは刺せないんですか!?」

「情けないことにな。残念ながら俺に仙道茜を殺すことはできない。」

「エゴですよ...貴方は何人も私の目の前で、ただ利用されてるだけかもしれない人を何人も!」

 

それもそうだとは思う。

茜を殺せないのはエゴ以外の何物でもない。

自分の友人を、親友を手にかけることはできないという、ただにエゴイズムなのだ。

 

「そうだな、そうだとも。まだ無情になりきれない弱さだよ。それゆえのエゴイズムだよ。けど、仙道茜にはもう、死んで欲しくない...」

 

蘇る過去の記憶、己の腕の中で息を引き取る少女。それは間違いなく青年となった彼の精神をねじ曲げているのだった。

 

「もう...?どういうことですか...?」

「気にするな...それよりも、行くぞ...ほっとく訳には行かないしな...」

 

どうしたものかと思いながら、病院へ向かうことにしたのであった。




次回、第9話「別れはもう一度やってくるのか」

感想、評価等、お待ちしております。
次更新いつかな...


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第9話 別れはもう一度やってくるか

黒煙立ち上る病院の、おそらく3階と思われるフロアにその少女はいた。

 

青年はそれを視界に捉える。

 

その名の通り、茜色の髪が風になびいている。

その手には緋色の大剣が握られていて、頭には包帯が巻かれていて、左目は隠されている。

 

「ちっ...」

 

舌打ちだけが出る。

茜を傷つけたことへの後悔、戦わなければいけない憤り、そして...茜の記憶を奪った虚夜への怒り。それら全てが内包されている。

 

「ここまで騒動になるときっとユニも飛んでくるよな...とはいえお前ら二人を足して茜相手にどうこうなるかとは考え難い。手負いであるということを加味してもだ。」

「...悔しいですが、影さんの言うとおりです。でも、それを言ったら...」

「そうだな、今度は勝てるかも怪しい。生き残れるか、もな。だけれども...イストワールに頼んだんだ。イストワールの中にある、改ざん前の茜の記憶の抽出を。それで茜を取り返す。」

「そんなことが...できるんですか?」

「そうだな、10年くらい前に一度やったくらいだ。今度もできるかどうかはわからない。けれど、茜は...俺の親友だ。それ以上にもなりえたが、それ以下には絶対にならない。例え、俺が茜に殺されようと。」

 

破綻している。そう思いながら青年はシェアデュアライザーを腰に巻き、戦闘態勢を整える。

 

PURPLE HEART

PURPLE SISTER

 

 

「影君...ふふ、決着といこうよ。」

「そうだな...行くぞ、茜!」

 

DUALLIZED!

 

ラステイションの決戦の火蓋が切って落とされた。過去との決別か、それとも...

 

 


 

 

先手を取ったのは影であった。S.M.P.B.L.の牽制射撃で茜の動きを封じて一気に斬りかかる。が、その程度の作戦に引っかかる茜ではない。大剣で影の攻撃を正面から防ぎ、その勢いそのままに膝蹴りを放つ。

 

「それっ!」

「だよな...!」

 

当然のように繰り出された膝蹴りを左腕で受ける。だがこれは身体に染み付いた、そんなレベルのジャブにすぎない。

 

 

「左目が見えなくても、君の動きは読めるよ!」

「そりゃ俺の戦闘スタイルは茜から継いだものがベースだもんな...!」

「そうらしいね、だから動きが...」

「読めるッ!」

 

互いの攻撃の手の一歩先を行くように、壮絶な読みあいが殺し合いの中で行われている。それは参戦しようと思ったネプギアを躊躇させるほどのものであった。

 

「これが...影さんの本当の戦闘...」

 

戦況は先読みの応酬から読みの先読みというもはやよくわからない次元の戦闘になっている。

 

それはネプギアだけでなく、駆けつけてきたユニもそれを見ていた。見ているだけだった。

 

「何よ、あれ...あれが、あの人の本気...?」

 

女神候補生であるネプギアとユニですら、影と茜の戦闘には手が出せていない。

それは単に気迫が凄いからではない。

二人の戦闘技術が彼女たちを凌駕しているからだ。その事実を、彼女たちは痛感している。

ネプギアは傍観しかできず、ユニはやり場のない怒りだけが積もる。

 

その中、戦況が動いた。

 

「ぐっ...」

「10分しか戦えないこと、私は知ってるんだよ?それに...読みに君の身体が追いついてないよ!」

「だとしてもッ...!」

「そこだよ。」

「......!?」

 

拮抗から茜が影を押していき、遂に影に決定的な隙が生まれる。

 

「そのガラ空きの腹、一撃で十分だね...《緋一文字・紅椿》!」

 

避けえない直撃。

茜の必殺技が影の腹を両断しようとしたとき、一筋の光が大剣を弾いた。

 

「させません...お姉ちゃんを取り返すためにも、この人を殺させるわけにはいきません!」

「邪魔しないでよ。私に勝てないってこと、わかってるんでしょ?」

「それでも...それに私は一人じゃありません!」

「...なるほど、そこのユニちゃんと合わせて二人がかり、影君合わせて三人がかり、か。」

「助かったぜネプギア...まだあと5分、お前を取り戻すには、十分だ。」

 

黒紫の二刀使いと紫と黒の女神候補生が深紅の閃光を見やる。

ラステイションの街の空、まだ、過去は失われたままだ。

 

 




次回、第10話「唯一無二の親友を」
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第10話 唯一無二の親友を

「行きます!」

 

突撃するネプギア。

これは囮だと理解するその場の全員。

シャドウ-Cをネプギアの背に向ける影。

中空からX.M.B.を構えるユニ。

そして、ネプギアを迎撃すべく大剣を構える茜。

 

「そこっ...!」

「貰ったわ!」

 

ネプギアの突撃を大剣で受けようとしたところを、ユニが正確に大剣を撃ち茜のバランスを崩す。

 

「そこまでは読めるよ...!」

「んなっ...!?」

 

崩れたバランスに身を任せ、S.M.P.B.L.の横からネプギアに蹴りを一発浴びせ、その流れでネプギアを軸に回転し、さらにネプギアの背を踏み台して、ユニへの対応に向かう。

 

「やる...!」

「やる...!じゃないですよ!」

 

援護するにもユニが放つ弾幕がこちらにも流れるように茜が位置取りをしている。なりふり構ってられないユニの余裕のなさがわかる。それほどまでに、茜は強いのだ。

 

「さすがに3人でもきついとは恐れ入った...あと4分、はてさてどうしたものか。賭けに出るもいいけど、いや...賭けに出るしかないというのが現状か...イストワール、いいか?」

 

義眼の通信機能でもってイストワールを呼び出す。

 

「影さん...?何かあったのですか?」

「あぁ...ちょっと前頼んだ茜の記憶の抽出...茜の記憶データをできる限りこの義眼に送り付けてくれ。この場で無理やり、消されたか上書きされた茜の記憶を...茜の脳にぶち込む。」

「んなっ...!?そんなことをすれば影さんの脳は!」

「あぁ...最悪容量オーバーで脳にダメージが入るし、記憶という形で茜が俺の中に入るということは、二重人格になる可能性もある。それでもやるんだよ。やんなきゃだめだ。」

「しかし...!成功の可能性は著しく低下しますよ!?」

「なんのためのシェアエナジーだよ。奇跡くらい、起こしてみせろっての。」

 

変身時間はもう少ない。だとしたら、手負いのままの茜と戦える今この時しかチャンスはない。この機を逃せば...生きて帰れる自信すら持てなくなる。

 

「だからやってくれイストワール...唯一無二の親友を取り戻すために!」

「...わかりました。データを移送します。」

 

瞬間、激痛が頭を襲う。だからなんだ。

少年を見て、屈託ない笑顔を向ける少女の記憶。

目の前にある、義理の妹だったものを見て慟哭した記憶。

青年が残した、二人の幼子の記憶。

それらが自分のことのように脳裏に焼き付いてくる。

 

「茜...!今から、お前を!取り戻す!」

「やってみなよ。あと数分しか戦えないことはよくわかってるんだから、さ!」

 

大剣と刀の剣戟。

隙をつくのは難しい。そのうえ時間はない。つまりは多少の無理は不可避だということ。

 

「ギア!ユニ!適当でいい!弾幕をはれ!」

「はいっ!」

「やればいいのね!」

「それがどうしたって言うのさ!」

「こういうことだよ!」

 

放たれた弾幕に雷銀式炸薬弾を撃ち、爆破させる。

その爆風と閃光で稼いだ1秒。1秒あれば茜の頭を左腕でつかむことは容易であった。

あとは、うまくいくことを祈って...!

 

「帰ってこい、茜!」

 

デュアライザーにあるシェアエナジーをあるだけ全部左腕にまとわせ、『茜を取り戻したい』という万感の思いをシェアエナジーに乗せながら、左腕を介して茜の脳に記憶情報を送り込む。

普通に考えたらどう考えても成功しない。

だけれども。普通ではない力が今ここにあるのなら。

 

「命を代償にしたっていい...奇跡くらい、起こしてくれよ!シェアエナジーさんよぉ!」

「ぐぅ...!」

 

脳から脳への直接的干渉。それは等しく両者にダメージを与える。

 

「がっ...それ、でも...!」

「うぐぅ...ぐあぁぁぁあっ!?」

「帰ってこい...!あかねぇぇぇぇ!」

 

変身が解け、茜を抱えたまま地面へ落ちていく。

 

 

「影さん!」

 

ネプギアが影の真下へ向かうが間に合わない。

青年と少女は真っ逆さまに地上へ落下していった。

 




次回、第11話「私は」

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第11話 私は

「うぐ...」

 

目が覚めたらそこは病院ではなく教会の一室であった。

ご丁寧に拘束されている。首は回せるから辺りを見回して見ると茜も似たような状況だった。ただ、酷使しすぎたのか左目は見えない。義眼はシャットダウン中のようだ。

 

「俺はともかく茜も、てのはどうも腹が立つな...上手くいったかどうかも確認できてないし...」

 

茜の記憶が戻ったことを確認できない以上成功していないものと考えたほうがいいな。だとするなら...拘束を切って動くとするか...

 

「...!」

 

拘束の位置を確認するため首を左に傾けたその時、茜のベッドの下に爆薬があることに気づく。しかもそれは俺の足元にも続いていて、配線を見る限り、拘束を切断すると起爆する仕組みのようだった。

 

「神宮寺ケイもここまで外道になるのか...?いや、俺がそれ以上に外道なだけか...」

 

対策として左腕の義手よりゆっくりと冷気を発する。

爆薬の周りで結露を起こし、爆薬をしけらせるのが狙いだ。

 

「全く、ユニから聞いた通りだ。注意深い観察眼と推察能力、どこぞの記録者もびっくりじゃないかな。」

「先に茜が起きた場合も茜の下の爆薬が起爆するようにしやがって...こうなった時点で俺は死ぬこと確定してるじゃないかこんちくしょー...まぁもっともこの状況...昔もあった気がする。」

「いろいろ諦めているようで生命への執着は一級品か。他人の生命は気の向くままに奪ってきた悪魔のくせに。」

「言うじゃないか。反女神の連中を消してやってるというのに。それに、俺がいなかったらユニはクエストに行く体力もなくなってたんじゃないのか?」

「んなっ...!」

 

懐から拳銃を取り出し俺に向けるユニ。

涼しい顔をして銃口を見つめる俺。

 

「っ...!」

「撃たないのか?」

「なるほど、ユニには撃てないね。」

「それじゃあ交渉といこうか...いや、それも必要なさそうだ。」

「なんだって?」

「そこの温度計を見てみなよ。これは俺のミスなのだけれど...氷点下、だろ?」

「まさか。」

「そのまさか。最初は結露が狙いだったけど、よくよく考えると金属で包まれている爆薬には結露の影響は出ない。てことで爆薬そのものを凍結させてもらった。ついでに言えば回路を少し水濡れ状態にしておいたから爆発ももうしない。」

 

拘束を切り、茜の分の拘束も切る。

 

「仙道茜の命を俺の前で弄んだんだ。教会じゃなかったら、殺してたよ。」

 

ケイの足元周りに氷柱を作る。今や部屋の、交渉の主導権は俺にある。

 

「ゲイムキャラの居場所、教えてもらおうか。」

「僕に脅しは効かないと知っている...それでも、か。」

 

事実、氷柱はじわじわとケイの首へ向かっており、またケイの脚を凍結させている。

 

「でも、僕は言わないよ。」

「はぁ!?何言ってるのよケイ!それじゃあんたが!」

「いいや、彼は僕を殺さないよ。」

「それはそうだ。情報引き出せてないのだからな。」

「僕が生き残るためにはこのまま黙っていることさ。」

「...さすがは神宮寺ケイといったところか。」

 

手がない。これ以上は無意味だ。茜を回収して手当たり次第に探したほうがよさそうだな...

 

「...冷たいね、えー君。」

「...!?茜...?仙道、茜なのか...?」

 

凍結が解除される。

頭に巻かれた包帯がまだ痛々しいけれど、その声音は間違いなく、俺の知る仙道茜のそれであった。

 

「そうだよ。えー君。」

 

 

 

 




次回、第12話「茜色の太陽とともに」

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第12話 茜色の太陽とともに

お久しぶりです。
シモツキさんとこのコラボ企画に茜ちゃん貸し出したらやっと筆が進みました。
ではどうぞ!


「目覚めたんだね、犯罪組織の幹部級の存在が。」

 

神宮寺ケイはただそれだけ言い、部屋に入ってきたネプギアとユニは女神化をする。

 

「なるほど臨戦態勢...まぁ無理もないか...もっとも、それでえー君まで巻き込んで攻撃するっていうのは気に入らないけどね。」

 

俺みたいなことを言う...

 

「それはそれとしてもケイ君、私が今ここで犯罪組織の内部情報を今ここで話したら、どうする?」

「どうする、か...まず罠であることを疑う。そのため罠であったとしてもそうでなかったとしても対応可能なそこの悪魔を送り込むかな。」

「ふふ、ここで3人全員考えてることが一致したね。そうでしょ?えー君。」

「流石は茜だな...つまり教会側の被るリスクが少ない俺を差し向ければ罠であろうとなかろうと対応可能というわけか。」

「そういうこと。じゃあ今から犯罪組織のラステイションにおけるアジトの場所、そしてゲイムキャラの場所を教えるよ。」

 

 


 

 

「よっと、殲滅完了。」

 

ゲイムキャラはギアユニに任せ、俺はアジトを火の海にしていた。だが、妙だ。人員が少し少ないし規模もそこまでではない。茜にウソは掴まされてないことを考えると...

 

「──っ!?」

 

刹那、俺の足元が爆発する。間一髪で避けたが...なるほど...こいつは骨が折れそうだ。

 

「今のは威嚇だ。次は当てるぞ!」

「不意打ちにしては狙いが甘かったのはそういうことか...まぁ直撃コースだったとしても対応は出来たけど...へぇ...」

 

視界の先にはロボットと見間違えるかのような巨体。ツインアイが無機的に光る。

 

「あと6分10秒、仕留めきれるか...いや、厳しそうだな...だとしたら動きだけでも、か。」

「お前が凍月影か。我が主の命もあるが、それ以上に我ら同胞の命を弄んだこと、万死に値する!」

「で、だからどうした!」

 

二刀で目標に突撃する。避ける素振りはない。大きな剣で受けてきた。

 

「ふんっ!」

「重い......!?」

 

肩から放たれたビームを避け、追撃の剣を防ぐ。やはり...重い...!

 

「ぐっ...」

「せいっ!」

 

剣を振り抜かれて俺は吹き飛ばされる。

 

「ちっ...引くしかねぇ...全盛期ならともかく、今の俺じゃどうしようもなさそうだ...!」

 

追撃を避けて加速する。

 

「最後に大技だ、《紫一閃・十文字》!」

「この程度!」

 

奴はその獲物で十字の紫電を断ち切る。それは爆発を引き起こし、視界を奪う。

──本来ならこの瞬間を狙って攻めるのだが...あいにくそんな余裕はない。

 

「茜級の強さだった...幹部か、それ以上...」

 

活動限界の10分を迎え、俺は教会に戻る。とりあえず報告といきたいところだったが...

 

「えー君、もっかい出撃するよ。」

 

教会の入口の前でそう言った茜の声音は、少し低かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、第13話「閃光と暗影」

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第13話 閃光と暗影

「出るよ、えー君。」

 

戻って早々、茜はこんなことを言う。まだ俺が撃った弾丸の傷は癒えてない。

 

「出るって...茜、まだ怪我治ってないだろ...行かせるわけにはいかねぇよ。」

「だったら守ってよ、私を。」

「っ......そういうとこだ、全く...で、どこに行くんだ?大方ゲイムキャラの場所だとは思うが。」

「せーかい、ちょっと嫌な予感がしてね。あの子たちだけじゃ対処できない敵が来ているかも。」

「それって...あのロボットみたいなやつか...?」

「...へぇ、えー君もう戦ってたんだ。てことは尚更出なきゃだね。ブレイブともなると、あの2人じゃ無理だから。」

 

女神候補生2人では無理。それは俺もわかっていた。何せ俺が倒せなかったんだ、間違いない。連携が取れるならともかく、まだ少しぎくしゃくしてるようなあの2人では...

 

「そうか...んじゃ行くしかねぇか...」

「とはいええー君の変身は冷却期間が必要...私が連れてくから掴まってて。」

「掴まっててって...どこに?」

 

茜は神姫鎧装に似た装備をシェアデュアライザーに似た何かから顕現する。

 

「んー...私がえー君を抱きしめて運べばいっか。よしそうすれば一石二鳥だね!」

「なにがどうなって一石二鳥なんだ!?」

「気にしない!いっくよー!」

 

 


 

 

「ゲイムキャラさんの場所に着いたはいいものの...」

「こいつら全員犯罪組織なの?というか...モンスターも多い...ゲイムキャラに近づく前に、こいつら片づけるわよ。」

「うん!」

 

私とユニちゃんは変身して展開されたモンスターを倒していく...のはいいんだけど、なんだろう、この『誘導されている』感覚...影さんと戦った時にも感じたこの感覚は...!

 

「そこ!」

「ネプギア!?あんたどこ撃って...!」

「ほう。戦闘中にも思考を切らさぬとは。」

 

もしかしてと思って撃ったビームの方向。そこにはロボットのような見た目をした、そしてとてつもなく強いとわかるような、そんな人(?)が立っていました。

 

「貴方が、犯罪組織の...幹部ですか。」

「いかにも。我が名はブレイブ・ザ・ハード。我が主の命により、そこのゲイムキャラを破壊させてもらうぞ。」

「やっぱりそれが目的ですか...!」

「させるわけないでしょ!」

 

ユニちゃんがX.M.B.の射撃を浴びせますが...

 

「効かぬ。」

「嘘でしょ...!」

「だったら...!」

 

S.M.P.B.L.を分離して接近戦で...!

 

「それは向こうの思うツボだよ。」

「なっ...」

 

瞬間、私の目の前を紅いビームが走りました。ビームの主の方向を向くとそこには...

 

「知らぬ間に大剣からビーム撃てるようになってたのかよ...バスターソードじゃん...」

「性にあわないからあんまり使わないんだけどね。それじゃえー君、作戦通りに。」

「わかったよ、行くぞ茜。」

 

影さんと...茜さんがいました。

 

 


 

 

「ほう、主の予感は当たっていたというわけか。信じがたかったが今現実起きているとするならば受け入れるしかあるまい。」

「その言い分、なるほど茜と同格の幹部といったところか。こちらの予想も大方当たっていたというわけだ。」

「久しぶりだね、ブレイブ。幹部というか四天王が直接ドンパチすることは初めてじゃないの?まぁ、私はもう四天王なんかじゃないんだけどね。」

「裏切り者め、かつての同士とはいえ容赦はせんぞ、仙道!」

「裏切り者?私が?あはは、面白いことゆーね、裏切りなんてできると思う?私がやったのは、表切りだよ!残念だね!」

「そんな言葉はない...!まぁ概ねわかるからいいけどさ...!」

 

PURPLE HEART

PURPLE SISTAR

 

「変身!」

 

Duallized!

 

黒紫の鎧と二本の剣を持ち、敵を見据える。さて、やるか...

 

「ブレイブ、倒せるとは思っていないけど...せめて1ヶ月は動けないくらいにはボコボコにしてあげる。」

「久々の共闘だ、派手に行こうか...!」

 

赤と黒。二つの光がブレイブを見据え、戦いがまた始まるのだった。

 

 

 




次回、第14話「重厚なる力」

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第14話 重厚なる力

S.M.P.B.L.を分離、銃部分をマウントし、二刀の構えを作る。

 

「行くよ、えー君。」

「あぁ、跳ぶぞ。」

「てことは...あれだね。ふふっ、嬉しいなぁ!」

 

突撃。ブレイブは己が獲物である両手剣を構え、どこからでもこちらの攻撃に対応できるようにしている。好都合だ。

 

「いくぜ!」

「ふん!」

 

ブレイブの横薙ぎとこちらの斬りかかりのタイミングは同じ。なれば!

 

「せいっ!」

「なにっ!?」

 

斬りかかると思わせた刀を投げ、バックステップで横薙ぎを避ける。そして、俺を踏み台にして茜が大剣を持ち一気に距離を詰める。

 

「振りぬいたその一撃の隙...突かない私じゃないよ!」

「ちぃ!」

 

手首を返してもう一度薙ぐよりも茜の斬り上げのほうが早い。だからブレイブは自身の胴体にある砲門を開き茜を牽制する。それを読めない俺たちでもない。

 

「精密な射撃だ、つまり軸をずらせば造作もない。」

 

雷銀式炸薬弾にてブレイブの右足首を撃ち、爆発を起こす。

 

「ぐぅ...!だが!」

「想定より頑丈...茜!」

「わかってるって!跳んで!」

「あぁ!」

 

茜は攻撃ではなく防御の構えを取り、ブレイブの射撃を受ける。

その光は茜の背から飛び出す影を隠し、確実な距離に彼を近づけた。

 

「何ッ...」

「そこだ、《紫一閃・十文字》!」

 

だがこれはジャブでしかない。本命は茜の大剣の重い一撃。

 

「効かん!」

「そこまでちゃんと把握してるよ、何を思ったか虚夜光は...私の領域把握(エリアチェイサー)を消さなかったんだからね!」

 

茜の大剣に宿る光。必殺の一撃の構えだ。

 

だが。

 

「────ッ!?」

 

突然、茜の装備が解除され、茜は膝をつく。それは勝機を逃したことでもあり、同時に窮地を呼び寄せたことでもある。

 

「茜!?」

 

ブレイブの背後に回った俺では間に合わない。より速く動ける力さえあれば...!

例えるならそう、ノワールのような速さを...!

 

「やば、きゃぱおーばー...」

「ふん、興ざめだ。全力が出せないのなら倒したところであとが悪い。この勝負預けるぞ仙道。ただし、また会ったときは...わかっているな。」

 

そう言い残し、ブレイブは去っていった。

助かった、助けられた。助けられてしまった、敵に。

 

「後味が悪い...茜、無事か?」

「ごめ、ちょっときつい...」

「...そうか。ネプギア!」

「はい!」

「ゲイムキャラの方はどうだ!こっちドンパチしてる間に原作どおり頑固通されたままか!?」

「だいたいそんな感じです!お姉ちゃんみたいにメタメタしいこと言わないでください!」

 

血族だからしょうがねぇだろ...と喉まで出かかったがやめた。

ネプギアはそれを忘れてる。

 

「そうか、なら壊すしかないな。」

「なんでそうなるんですか...!」

「必要ないだろ、何のために力を持ってるんだ、国を守るためだろ。女神を救うためだろ。出し渋るなら奪うだけだ。少しだけ時間をやる、協力するかそれとも壊されるか選ぶんだな...」

 

茜を肩に抱えながら、俺はそう言い放った。

世界を救うためにはゲイムキャラの協力が必要不可欠だ。

だが、協力を拒むのなら、それはゲイムキャラ自身が世界の破壊、女神のいない世界を容認していることに他ならない。だったら、悪魔として世界に向かい合ってきた時のように壊せばいいだけだ。

 

「あんた...どこまで外道なのよ!」

「外道さ。今更俺が歩める道なんてあるかよ。人間だろうとゲイムキャラだろうと命は命、たった一つのな。お前たちは知らないだろうが、俺はもう何人も殺してるんだよ、お前たちのためにな。だけれどもこうなってしまった。結局人間は女神の世界よりも歪んだ自堕落の罪の世界を作った。それで俺の殺戮がなくなるわけじゃない。無駄でしたもう殺しはやめますごめんなさい、んなこと言えるわけないんだよ。俺は俺が作り出した屍を敷いてその上を歩く。たった一つの目的、女神を、ブランを取り戻すというそれだけのためにな。」

「っ...」

「それでいて私を助けたあたり、ほんと矛盾してるね、えー君。」

「茜...」

 

その通りだ。どうしようもない矛盾だ。

でも、俺に茜は殺せない。

 

「......ネプギア、ゲイムキャラの説得は済んだか。」

「...終わりました。影さんの話を聞いて、ゲイムキャラさんは私たちに協力すると決めたそうです。私たちが、いつでもあなたを止められるように。」

「それでいい。いつでも後ろから撃つといいさ。」

「それと、ゲイムキャラさんからこれを預かってます。」

 

ネプギアが俺に手渡したのは黒色のSDカードのようなチップが二枚。

 

「そうか。こういう風に手に入るのか。...次はルウィーだ、行くぞネプギア。」

「待ってください。その前に...あなたを私たち二人で倒します。」

「ネプギア...えぇそうね。私たちが強くなるために、そして、こいつの腐った性根を叩き潰すために!」

 

ネプギアとユニが臨戦態勢になる。そういうなら戦いが終わった後にこの黒のチップくれたほうがそっちに有利になるだろうて...まぁネプギアの性格では無理か。

 

「嫌われちゃってるね、えー君。」

「そうだな。少し離れてろ、茜。あんまり安全は保障できない。」

「おーけー、頑張ってね。」

 

シェアデュアライザーは腰に巻いたままである。

じゃあ早速使わせてもらおうじゃないか。

 

black heart

black sister

 

「変身」

 

duallized!

 

黒一色の鎧。右手には大型の片手剣。左手にはライフル。

距離感覚が問われる一新された装備を纏った凍月影がそこにはいた。

 

 




次回、第15話「黒紫繚乱」

感想、評価等、お待ちしてます。


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第15話 黒紫繚乱

「ふぅ...少しばかり重いが...許容範囲内だ。」

 

右手の片手剣を肩に、左のライフルは腰だめに構え、同じく構えるネプギアとユニを見据える。ネプギアはS.M.P.B.L.を分離して二刀。ユニはその後ろでこちらに銃口を向けている。

 

「行きます!」

 

先に仕掛けたのはネプギアだ。いつもの真っ直ぐの軌道。違うのはその後ろから弾幕が張られているということだ。

 

「来い!」

 

言ったと同時に二刀と片手剣が切り結ぶ。動きでわかる。ネプギアは前よりも二刀の使い方がわかってきた。攻撃の速度や緩急のつけ方を覚えている。しかしこのパターンは...

 

「なるほど、俺の見よう見まねか!」

「違います!私があなたを超えるために編み出した動きです!たとえそれが影さんの戦い方に似ていたとしても、これは私と、ユニちゃんで編み出した剣です!」

「だったら一撃入れてみろ!」

 

ネプギアの連撃を順手逆手と片手剣を持ち替えながらさばいていく。

さて、戦況が拮抗すれば押すか退くか、それを拮抗させながら考える時間ができる。こちらは押してくれば跳ね返し、退くなら追う。そのつもりなのだが。

 

「さしずめ納豆のごとく粘っこいな、その剣!時間が切れそうだ...けど、デュアライザーの時間切れで勝つつもりは毛頭ないんだろ?」

「当たり前じゃないですか...!けど!」

 

右往左往縦横無尽に俺とネプギアは動くため、いつしかユニは弾幕ではなく狙撃に移っている。ネプギアが離れたほんの一瞬の間隙を突いてくるもんだからうかつにはネプギアを弾けない。

 

「あぐねているのはこちらも同じ、か。やってみるしかない。」

 

左手に持ったライフルをついぞ一発も撃たずに投げ捨て、デュアライザーを解放する。

ネプギアはそれを必殺技の構えと思って警戒するがそうではない。

というか、一瞬で警戒に切り替えてくれたおかげでこちらはやりたいことができる。

 

purple heart

 

「...!?差し替え...!?」

「そういう、わけだ!」

 

左のスロットに差していたMECはブラックシスター。それをパープルハートのに差し替えて再びデュアライザーをセットする。

 

reduallized!

 

刹那、投げ捨てられたライフルは消え、かわりに左手には紫色のラインが走る刀が一振り。

 

「黒紫繚乱、神剣二刀...やはり、出し惜しみなんてできやしないか。」

 

ネプギアのそれとはまた性質の違う二刀でもって振り払い、拮抗した戦況を打開する。

 

「フォームチェンジ...そんなことができるんですか...?」

「現に今やったろうて。さて、残り約3分少々、真打でいかせてもらう!」

 

踏み込み、今度は俺が仕掛ける。

片手剣と刀、刃としての質が違うこの二振りをいかにして扱うかは技量の試されるところではあるが、今までいろんな種類の刀剣をこの手で扱ってきた俺ならば...

 

「心剣一体たりえるってなぁ!」

「んな無茶苦茶な...!」

 

刀の一閃をネプギアは受ける。

次いで片手剣の横薙ぎはバックステップで回避。いい動きだ。だが。

 

「連携がまだ甘いぞ...弾幕に巻き添えだ!」

「しまっ...!」

「たと言う間隙があるのなら、防いでみせろよ必殺剣...」

 

ユニの弾幕に押し付けられたネプギアが体勢を崩し、そこにほんの一瞬だけ動揺したユニ。その一瞬を逃したら、さすがにこちらが時間切れだ。

 

「《黒紫繚乱・七芒蓮華》!」

 

ネプギアとユニを中心とした七芒星をなぞるように繰り出される七連撃。

今俺が繰り出せる限界の威力。

 

「ふぅ...ここらでお開きということらしいな。」

 

最後の一閃の直後に変身維持限界がくる。

これで仕留めきれなかったらおじゃんだが...そんなことはなさそうだ。

 

「うぅ...」

「負けたの...?」

 

変身が解除されたネプギアとユニが仰向けに倒れてることを確認。

 

「...そうだな、俺の勝ちだ。なんで負けたか明日迄に考えておくんだな。んじゃ、先戻るぞー。」

 

...とは言ったが...結構受けたなかすり傷。やれやれこちらが鈍ったのか向こうが強くなったかはたまたその両方か...とはいえルウィーでは結構しんどい戦いになりそうだな。




次回、第16話「氷雪の兄妹」

感想、評価等、お待ちしております。


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第16話 氷雪の兄妹

戻ってきたのはネプギアだけだった。

なんでもユニはラステイションを離れるわけにはいかないらしい。

 

「そうか、想定内だな。」

「...どこまで想定してるんですか。」

「そりゃもう、えー君の思考の届く限り。」

 

茜の言う通り、思考の届く限りは想定できる。悪い方向にも当然な。

 

「さて、次の目的地はルウィーだ。」

「ルウィー...噂に聞いたことがあります。氷雪の兄妹...女神候補生でもないのにとんでもない力を持っているっていう二人がいるって。」

「...プラネテューヌに引きこもっていたネプギアですら知りえる情報、か。」

「出発は明日だよ。えー君そこそこケチだからギアちゃんの一人部屋は少し離れてるんだ。これ鍵だよ。それじゃおやすみ。」

「おやすみなさい...って、あなたはどうするんですか...」

「私はいわば敵から味方になったような人間だからね、いつ寝首をかくかわからないでしょ?だからえー君と一緒。」

「は、はぁ...」

「ねぷちゃんみたいに自堕落ではないけど、あんまりかっちりしすぎると潰れちゃうよ?」

「...っ.......おやすみなさい。」

 

ネプギアが部屋を出る。

茜はふーと長く息を吐き、ベッドに横たわる。

 

「キャッシュ処理...でいいのか?領域把握のキャパ回復は。」

「そーだね。ある種魔眼だよ。この能力は。私の意思に関係なく瞳に映すだけであふれんばかりの情報が押し寄せてくる。えー君みたいに演算して処理できない以上、言葉にしたり、書きなぐったり、はたまた全く別の事、視界を介さない刺激で脳にたまった情報を無理やり飛ばしたりするしかないね。」

「...そうか。」

「ともあれ今まではここまでたまる前にどうにかしてたからね...前の二つではかなりの時間がかかっちゃうよ。それに明日はルウィー行き。きっと、ううん。絶対あの子たちと戦うことになるね。氷雪の兄妹、黒君と白ちゃんに。」

「...だよな。」

 

それだけしか言葉が出ない。うすうすわかっていた。こうなることは。こうなってしまうことは。

 

「もしもの時は私が戦う。えー君があの二人と戦っちゃだめ。」

「だが、茜は...!」

「そーだね、だから手伝ってよえー君。視界を介さない刺激でもって、私を助けてよ。」

「選出を間違えている。ろくな方法が思いつかない。」

「私もだよ。けどね、私はえー君になら何されてもいーよ。」

「...やめろ...」

「そんなこと言われてもね。ねぇえー君。大好きだよ。」

「...急にどうした。」

「急でもないでしょーに。それに、えー君が私の事どう思ってようが関係ないよ。私をあなたにぜんぶあげる。それだけじゃだめ?」

「茜......俺は...」

「いーよ。何もしゃべらなくて。えー君はそれでいいの。いつも通りの私のわがまま。だから聞いてくれなんてお願いはしない。全部わがままだから。」

「......わかった、一つくらい聞いてやる。」

 

ついぞ、俺は折れた。

やっぱり、茜には勝てない。

 

 


 

 

「というわけでルウィー到着だ。」

「すっきりはっきりクリアーな視界と突き刺すような冷たい空気!」

「そして...なんで入国検査場が封鎖されてるんですか!これじゃ街に入れないじゃないですか!」

「落ち着け。わざわざ閉まってる時に来た理由がある。というか...そもそも閉まってなんていない。」

 

その時、閉ざされていた扉が開く。

 

「氷雪の兄妹、ルウィーにおける対犯罪組織の切り札。全く、血は争えないということか。」

「...なるほど、わざわざマジェコンを持って検査場を通ったのは、ここに来るためか。」

「ってことはつまり...」

「そういうことだ。」

 

瞬間、俺の横を光条が薙ぐ。

 

「話は終わり。マジェコンを持っていることはわかってる。今ここで全部捨てろ。捨てないなら...次はその脳天を撃つ。」

「...やっぱりね、やっぱりこうなっちゃうんだ。」

 

茜が見る先には2人の子供。

 

銃剣を両手に握る黒い装束の少年と、ローブともとれる白い装束を纏った少女。

 

「久しぶり、あかねぇ。けど、ロムねぇラムねぇのためにやってることだから。」

「...僕達はマジェコンをひとつ残らずぶっ壊す。母さんを取り戻すために。」

 

「黒君、白ちゃん......お父さんのことは知らないの?」

 

「いないよ、父さんなんて。もういない。僕達が生まれる前に死んだんだから。」

「余計な話ももう終わり。マジェコンが捨てられていないから、3人まとめてさようなら。じゃあね、あかねぇ。」

 

白く太い光条が俺たちの正面に迫る。

 

「避けられない、ネプギア!」

「はい...!」

 

変身に少し時間のかかる俺はその光条を障壁で受け、デュアライザーを装着する。が、受けた時と茜の警告は同時だった。

 

「だめ、えー君下がって!」

「...!?」

 

茜の声がなかったら、確実にやられていた。

義眼ぼ演算の外、光条の中から躍り出た黒の一閃。それはどうにかバックステップでかすった程度に抑えたが...

 

「ぐっ...」

「避けた...!?初めてだ...」

 

身体に走る赤い線。滴り始める赤い液体。そして、視線の先には両断されたシェアデュアライザーがあった。

 

 




次回、第17話「戦姫絶剣」

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第17話 戦姫絶剣

えー君のシェアデュアライザーが壊された。

これは黒君白ちゃんを同時に相手することが圧倒的に難しくなったということ。

 

「影さんに一撃入れた...!?」

「半分不意打ちとはいえ...流石に天界の血は戦闘力が女神クラスというわけか...」

 

姿勢を正す黒君とその隣に変身して歩いてくる白ちゃん。はっきり言ってまずい。

 

「びっくりしたよ。僕達の必殺の動きを避けたんだもん。」

「けど、それだけ。本気ですらないこの攻撃を防いできたのなら、それ相応の対応をしないとね。」

 

より殺気が見える黒君と白ちゃん。...仕方がない。えー君が戦えない以上、私が守らなくちゃ。私の大好きなえー君を。

 

「...えー君。マジェコンをちょうだい。」

「...あぁ、それしか手は無さそうだ。」

「ギアちゃん。3秒だけ2人を止めて。それだけあれば私が前に出る。3秒だけでいいから、頑張って。」

「3秒...ほんとにそれだけでいいんですか?」

「秘策はあるからね。じゃ、お願い!」

「はい...!」

 

ギアちゃんを突出させ、私のデュアライザー...もといマジェディヴァッガーを腰に巻く。そもそもえー君のシェアデュアライザーはマジェディヴァッガーの基礎構造を教会が少しいじったもの。デュアライザーにおけるディスクの部分は私のマジェディヴァッガーにはない。なぜならその部分には、マジェコンを差すから。

 

「茜...?」

「見ててよえー君。私の、変身。」

 

マジェディヴァッガーを完全な形にした私はそう言って、深紅の鎧を身に纏う。かつて私が使っていた神姫鎧装に似ていて、でも全く違う装備。

 

「戦姫霊装、能力上限限定解放第一形態...絶剣。私が今出せる最大出力だよ。」

 

本気モード、これは私の思考の質も変えるいわば自己暗示。

 

「っく...強い...!」

「お兄ちゃん、あれ...!」

「うん...茜さんの...本気...!」

 

後退するギアちゃんと私を見て身構える二人。

 

「そう、これが私の本気。...さぁ、私のかわいい一番の教え子たち。お説教の、時間だよ!」

 

私の装甲の隙間から溢れんばかりに赤の粒子が一面にまき散らされる。

 

「なんだこの出力...やめろ茜、それ以上は!」

「なればこそ、だよ!」

 

突撃。構える黒君に一閃。

 

「ぐっ...速いし重いし何より...!」

「かわいい、でしょ!」

 

どうにか防御した黒君を大剣を振り抜くことでかっ飛ばす。そして、足元と左右、前後から同時に魔法の起動を確認する。

 

「ギアちゃん、えー君を...最悪気絶させてもいいから安全なところへ。ちょっと、派手に行くよ!」

「ちょ、茜さん!?」

 

おあつらえ向きにも直上が空いている。それは白ちゃんの誘導。本命があることはわかっている。でも、それに飛び込まないわけにはいかない。

 

「えー君と戦ってるみたいだなぁ...ほんと!」

 

跳躍。いつでも大技を受けてもいいように粒子の放出はやっておく。けれども白ちゃんの狙いは少し違った。

 

「かかった...!」

 

足元以外の4つの魔法陣から伸びてきたのは鎖。どこかの英雄王が愛用しているようなデザインの。

 

「半人半神だからか、憎いことするね...!」

 

伸びてくる4本の鎖。全部避けるには少し大変。さっきの足元の魔法がまだ待機状態であることを鑑みても、ここは回避に専念しないといけない。

 

「さすが、ブランちゃんの娘...賢いったらありゃしない!」

 

高機動の動きはできる。できるけれども。

 

「選択肢がありながら実質一択を迫るスタンス...って、やばっ...!」

 

正面からビームが飛んでくる。完全に失念していた黒君からの攻撃。

 

「捕まえ、た!」

 

大剣でビームを斬ったはいいものの、その時の重心の移動を見抜かれてついに鎖に捕まってしまう。

 

「やる...!」

 

大剣で鎖を斬ろうとするもそんなことをさせてくれるわけもなく。

 

「って、本格的にまずいね...」

 

右腕も右脚も左腕も左脚も鎖に繋がれて、目の前にはいつ発動してもおかしくない大技の魔法陣。

 

「お兄ちゃんがヤード単位で飛ばされた時は驚いたけど...逃げ道をいくつか作りながら避けていくのなら、逃げ道を封鎖しながら誘導すればいいだけ。あかねぇが先読みに長けてることは、よく知ってるから。」

「さすがだね白ちゃん...けどね、こんなことわざがあるよ。鎖の強度は、いちばん脆いところで決まるってね!」

 

赤の粒子が鎖を伸ばしている4つの魔法陣を壊す。私だからできる荒業。

 

「魔法の術式そのものを破壊した...!?なんでそんなことが...!?」

「簡単、ではないけどね。些細なことではあるかな。」

 

鎖から解放された私はついぞ発動することのなかった大技の魔法陣も破壊する。

 

「魔法の術式を把握してさえしまえば、相殺されるような魔力、ないしエネルギーをぶつけてしまえばその魔法陣は消すことができる。魔法基礎理論の教科書149ページにあるよ。だから反魔法というものが研究されていたりするの。魔力そのものは物理的な攻撃ではどうしようもできない。けれども、魔法を発動するための魔法陣は魔力に流れを、要はベクトルをつける。そこに全く逆のベクトルを持つエネルギーをぶつけてしまえば...0になる。つまり術式に穴が空くというわけ。だから壊せたんだよ。」

 

さすがに把握して逆算したのはだるかったけど、ね...

 

「さって...私も躊躇なしでやんないとだめっぽいなぁ...だから、黒君白ちゃん、ケガしても恨まないでね。じゃあ、行くよ!」

 

ふぅと一息ついてから、粒子をたなびかせて大剣を構える。接近を許さない赤の光の奔流。

 

「一閃さえ通せばもう私の勝ち。躊躇も何も無い、私の本気の大剣一閃。受けられるものなら、受けてみせてよ!」

 

瞬間、粒子を大剣に付着させて一気に2人に斬り掛かる。

 

「《緋一文字・紅椿...転式三輪》!!!!」

 

回転しながら1回、2回、3回と大剣を振るう。

それは確実に黒君と白ちゃんの二人を捉え、切り伏せ、そして地面に叩きつけた。

 

「...ほんと、嫌な世界だね、えー君。」

 

戦いは終わったけど、私の心は全くもって晴れやかでもなんでもなかった。

 




次回、第18話「魔導の双子」

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第18話 魔導の双子

「えー君が受けた傷よりは浅くしてあるよ。まぁでも、衝撃でぶった切るのが転式だからね、しばらくこの二人は気絶してるかな。よっと...とと。」

 

戦闘を終え、茜は変身を解除する。少しふらついたのは戦闘の疲労からだろうか。

 

「頑張りすぎちゃったね...ふぅ...」

「茜...無事なのか?」

「無事ではあるよ、でも結構疲れちゃったかな。...教え子を叱るのはほんとに心が痛むね...ギアちゃんは無事?3秒耐えられた?」

「は、はい...」

「なればよし。さて、えー君の治療のためにも移動しなきゃだけれども...」

「そうは問屋が卸さなさそうだ...」

 

肌寒い。それは雪国だから当然なのだが、それとは一線を画す肌寒さが上空から来ている。見上げるとそこには、水色とピンクの髪をしている双子の女神候補生がいた。

 

「冗談きついぞ連戦は...」

「というかえー君手負いでしょ...けど、連戦しんどいは事実だね。」

「あれは...!」

 

三者三様の声を上げ、三人ともその双子を見据える。

 

「くろすけとしろっちになんてことしてるのよ!」

「許さない...!」

 

両断されたデュアライザーを回収し、二人から放たれる魔法を避ける。

 

「ちょっとえー君!?傷そこそこ深いんだから動いちゃダメだって!」

「んなこと言ってる場合か...!ギア、少し任せる!」

「え、影さん!?」

「茜、それをよこせ!」

「え、えー君まさか!?」

「そのまさかだ。規格が同じなら、シェアデュアライザーとしてそれも使える...だから!」

「だめだよえー君、いくら何でもその傷じゃあ!」

「たとえあの二人に殺意がなくたって!俺は...お前がいなくなるかもしれないのが怖い!だから...護る。護らせろ。俺がまだ、『人間』であるために...!」

 

本心だった。本心が出てしまった。

もう二度とというと変だが、俺はもう二度と茜を失うわけにはいかない。俺のせいで茜は死んだんだ。だから...俺は。

 

「えー君......」

「頼む茜...ギアだけじゃ数の暴力でいずれどうしようもなくなる。だから。」

「...ずるいなぁ...けど、これにMECは挿入できないよ。私用のチューンだけど...そのまま使ってえー君。それで私を護って。」

 

茜からマジェディヴァッガーを受け取る。不意に、茜が俺を抱きしめた。

 

「茜...?」

「私もえー君を護るよ。えー君が私を必要なように、私もえー君が必要なの。だから。」

 

茜の腕の力が少し強くなる。

 

「愛してるよ、えー君。」

「...ありがとう、茜。行ってくる。」

 

そう言った後茜が離れたのとギアが俺の背後に着地したのはだいたい同時だった。

 

「...いつまでイチャイチャしてるんですか...!」

「イチャイチャ、か。昔も言われたような気がするよ。」

「はぐらかさないでください...!」

「はいはい。でもまぁ、よくやったよ、ギア。自慢の妹だ。」

「え...?あなたは一体何を言ってるんですか?」

「...世迷言さ。もうちょい付き合ってもらうぞ。」

 

マジェディヴァッガーを腰に巻き、起動する。

深紅の霊装、ご丁寧に脚はスカートではなくなっている。そこはちゃんと調整してくれたようだ。短時間でよくやったよ...あるいは止めても無駄だと把握してこっそりいじっていたのか...

 

「俺に紅は似合うかどうかは知らんが...ロム、ラム。すまんが一回仕留めさせてもらう。」

 

大剣を構え、俺はそう言い放ったのだった。




次回、第19話「二人いるから」

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第19話 二人いるから

「来る...!」

「させないわ!」

 

大剣とともに飛翔、それをロムラムは散開して弾幕を張る。

この戦い方は...

 

「茜が黒と白に教えた戦い方か...!」

「感心してる場合ですか!?」

「感心くらいするさ...この弾幕は陽動で誘導なんだからな!」

 

紅の粒子を周囲に展開し、弾幕に当たりにいく。

 

「うそ、突っ込むの!?」

「避けても当たるって、わかってる...!」

「まずは、アタッカーを!」

 

ラムを視界にしっかりと捉え、大剣を腰だめに構える。

 

「せぇい!」

 

茜の緋一文字ほど鋭い攻撃は出せない。大剣を使い慣れてないというのが仇になっているが贅沢は言ってられない。それに俺も手負いだ。無茶はそんなにできない。

 

「させない!」

 

ロムがラムの前に防壁を張る。

 

「だろうな...!?」

 

だが、張ったのは防壁ではなく攻撃用の魔法陣。茜だったら把握できたが、こちらは演算のほうが得手。把握できなかったものへの対応は厳しいものがある。

 

「くっ...」

 

無理やり大剣の腹で氷塊を受け、衝撃に身を任せて距離を取る。

強い...いや、俺が弱くなったのかそれともただ心のどこかで躊躇しているだけか...!

 

「防いだだけじゃないなんて...」

「私たちの事、知ってるみたい...」

 

そうだな、知ってる。この中で誰よりも。

たったひとり愛した少女の妹なのだから。

 

「影さん!援護します!」

 

仲の良かった妹たち同士でさえ、再編のほぼ中心にいたせいで姉以外のほぼ全部の記憶を持っていかれた。それが今この状況だ。

 

「頼む..と言いたいが茜を安全なところへ連れていけ...」

「茜さんならあの二人を連れて隠れてますよ。」

「そう、か。」

 

黒と白は茜の教え子なのだ。雪の中で倒れさせたくはあるまい。

...そう思うべきなのは、父親である俺なのだけれども。

 

「分かった、ギア、お前はロム...水色のほうを頼む。どう考えても連携はあっちのほうが上だ。そこを頭に入れたうえで...いけるか?」

「...自信はありません。でも...お姉ちゃんを助けるためなら...!」

「そうか...なら、ついてこい。」

 

深紅の粒子をたなびかせ、再び空に駆け上がる。

粒子の斬撃を飛ばしながらラムに接近し、傍目を見るとネプギアとロムは互いに牽制の弾幕の応酬をしていた。

 

「しつこいわね!」

「そうかい!」

 

ラムの魔法は炎も雷も風もある。無属性だってある。

全てを読み切ることなんて昔はともかく今はできない。なんなら斬られた腹が痛む。

だがそんなことを気にするよりもなおそれどころじゃない。

大剣の先からビームを放ち、そのビームを回避ではなく防御したことであることを思い浮かぶ。

 

「その瞬間を待っていた...!」

 

雷銀式炸薬弾。弾数ももう残り少ないこの弾丸を、ビームを隠れ蓑にすることで防御を解除した瞬間にねじ込む。

 

「なに、きゃぁぁぁぁぁ!?」

「ラムちゃん...!?」

 

妹を慮るのは姉の鑑なのだが、そんなことをしていては戦場で共倒れになってしまう。

事実、無情にも俺は加速式貫通弾をシャドウ-Cに込め、ロムに向けて撃ち放つ。

 

動揺、意識の外。前者だけでも致命的だが、後者も加われば絶対的な間隙となる。

 

「うっ...きゃぁっ...!」

 

双子の女神候補生は揃いもそろって落ちていく。

雪国だからか落ちた先の雪がクッションになり変身が解けた二人を包む。

 

「勝った...んですか?」

「あぁ、作者がお前の出番を上手に作れてないという問題さえ解消できれば勝利といえるな...」

「どう反応すればいいんですか...」

「さぁな。ノリと勢いと...」

 

落ちた二人を眺めつつ、最後に一言言う。

 

「降り積もる虚しさでいいんじゃないかと、俺は思うよ。」

 

ごめんな、ロム、ラム。

 

 

 




次回、第20話「虚しさの雪解け」

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第20話 虚しさの雪解け

紆余曲折...と言うにはドタバタしすぎていて、どうにかルウィーに入国した俺達一行は黒白ロムラムを抱え教会に向かっていた。

 

「しかし...人がいませんね...」

「そうだな。だいたい、殺したから。」

「...ルウィーは犯罪神発祥の地。犯罪組織の前身はルウィーを拠点にしていたようだからね。えー君にとって大事なこの国だけでは...感情で悪魔を演じていたのかも、ね。」

 

茜の言う通りかもな。

人のいない雪道を歩くこと数分。不意に人がごった返してるところを見つけた。

 

「はいはーい、よってらっしゃい見てらっしゃーい、犯罪組織マジェコンヌのマジェコンだよー」

「リンダ君かー。けど、この人の量どうしようね。放っておくわけにもいかないし私はちょっと黒君白ちゃん抱えてるから...」

「いいよ、俺がなんとかする。ギア、ラムを頼んだ。」

「はい...って、まさかまた殺す気ですか。」

「とりあえず主犯だけだ...一般人はマジェコンを持って使った瞬間に殺すだけだしな。」

「...えー君...」

 

シャドウ-Cに通常弾を仕込み、人影から銃口を差し向ける。

 

「よぉ、下っ端。単刀直入に...死ね」

「え、ぬわっ⁉」

 

下っ端への銃撃の瞬間下っ端はバランスを崩し銃弾を結果的に避ける。

 

「悪運だけは強い...だが、ここまでだ」

 

一発しかシャドウ-Cには装填できない。だから氷でナイフを作り、下っ端の喉元へ振るう。

が、突如横からタックルを受け、身体のバランスごとナイフが逸れる。地面に突き立てられたナイフは崩れ、下っ端は逃げる。さすがに立って追ってもあの逃げ足には間に合わない。

 

「...マジェコン返せよ!」

 

タックルをしてきたのは一人の少年。

この小さな体躯で俺のバランスを崩せたのは一重に腹の傷に他ならないが...その少年の主張には耳を疑った。

 

「やっと俺もマジェコンがゲットできると思ったのに...返せよ!」

 

お涙ちょうだいと言わんばかりにギャンギャン喚く。

周りの人間もそうだ、俺達にはマジェコンがいる、お金がなくてもゲームができる、そう主張している。子供のわがままで独りよがりな言葉から、それに端を発したように次々と大人までもが山のように喚くのだ。

 

「そんなの...そんなの間違ってます!」

 

ネプギアはそう言う。希望を信じたい女神としての在り方では100点満点だ。

だが、犯罪組織に所属させられていた茜はネプギアを止める。

 

「...言っても無駄だよギアちゃん。目の前に女神候補生がいても、この人たちは欲に目が眩んでいる。目先の欲と、その機会を奪ったえー君への怒りだけだよ。この人たちにあるのはね。だから、ギアちゃんは離れてて。でも目に焼き付けておいて。女神でも、救えないものがどうなるか。」

 

茜の目はこの有象無象の歪んだ内情を把握していた。把握してしまっていた。自分自身の意思とは反してその情報を把握していた。俺の中にある黒い何かもすべて。

 

「でも、諦められません!まだこの人たちは影さんと違って目に光はあるんですよ!?」

 

そう、こいつらの目は爛々と輝いている。欲という光に視界を奪われ、それしか見えていないのだ。目に光があるというよりも、むしろ光の残像が目に残っているといったほうが正しい。対して俺はどうだ。希望とはなんだ。女神を救うことが本当に俺の希望か?わからない。だが、今目の前にいる有象無象、マジェコンを求め群がる子供も大人も、俺はきっと殺すだろう。何のために?これが本当に女神のためなのか?何人殺しても変わりはしないというのに。頭ではもうそんなこと理解してしまった。演算ももうとっくにだ。だが...俺はこいつらを殺さなければ俺でいられない気がするんだ。

 

「ギアちゃん風情がえー君と有象無象を比べないでよ。」

 

茜はいつもの明るい声も、微笑みも浮かべずにネプギアにそう言った。

俺を本当の意味で見てくれるのは茜だけなんだと、同時にそう思った。

 

「えー君は...私でももうわからないほどぐちゃぐちゃなの。わかりたくてもわからない...大事な人を奪われて、記憶も記録も...存在なんてものが消されて...身体だって...今も傷がある中あんな中にいるの。わかるわけないでしょ、ギアちゃんには...生まれた時から、いつも誰かが自分自身を認めてくれていたギアちゃんにはわかるわけない!えー君がどうしてあんな目になっているのか...理解なんてされてたまるか!」

 

茜はそう叫んだ。有象無象の注目もそっちに向かっていた。

そうか、茜でもわからないのか。自分自身でもわかるわけないな、はは。

 

「茜さん...」

「いいよ、えー君。やっていいよ、泣いていいよ、壊れたっていい。私は...生きてる。えー君も生きてる。だからえー君の好きなようにやって。この子たちは、私が見るから。何も見ないように、私が見てるから...」

 

茜の悲痛な声が出る。

いつも快活で、元気な茜とは思えない声だ。

 

「あぁ...そうだな。そうするよ。」

 

有象無象の、少年から大人からすべての足元を凍結させる。

斬られた腹に走る一本の線。痛い、いたい、イタイ。

 

「何が痛いんだ...?どこが痛いんだ...?」

 

もうわからない。氷の刀を左手に生成し、俺をタックルした少年を見据える。

 

「あ...あぁ...やめろ、来るな...来るなぁぁぁぁぁ!」

 

ほんと、よく喚く。

 

「だめ、させません!」

「ギアちゃん!」

 

ネプギアが変身してこちらに飛んでくるが遅い。機械の左腕は振り上げるだけでも、氷の刀は力だけでも、ただの少年一人、深く斬れる。

 

「...!なんで、なんでですか!」

「なんでですか...?わからないのか?女神の敵をここで屠っている...それが今この状況だ。文句あるか?」

「...!文句しか、ないですよ!」

 

ネプギアはここぞとばかりに俺に向けてビームを撃ち放つ。

 

「だったらここの有象無象を一人でも生き残らせてみせろよ、女神様ならさぁ!」

 

変身できないし、腹も痛いが、動けない有象無象はネプギアの攻撃を鈍らせ、俺はその人間の壁をばったばったと斬り殺しながらネプギアと戦う。

 

「貴方は...!」

「止められるわけないだろ、お前が!返り血が暖かいと知らぬお前が!」

 

もはや服も肌も真っ赤だ。そして、ネプギアの攻撃を防ぐ壁ももうなくなった。

ついぞネプギアは一度も攻撃しなかった。誰も守れなかったのだ。

 

「それでも、私は...!」

「守れないさ、その程度では。度胸も覚悟も何もない。目の前の惨状を見て、恐怖ですくむ程度なら...俺を止めることなんて...夢のまた夢だ。」

 

肌や服、髪についた返り血を凍結させて落とす。

 

「救えないなら切り捨てろ。救う努力が無駄なだけだ。」

「そんなの...そんなのただの諦めじゃないですか!」

「あぁそうだ、諦めだ。女神と違って人間の時間は有限なのだから...全部を諦めないなんてことできやしない。さて...教会に行きたいが向こうからお迎えだ。まぁ女神候補生とブランの子の撃退、そして街での大量殺戮...素直に教祖の前まで連行されるとしよう。...茜。」

「そうだね。いるんでしょ、教会の人。私たち抵抗しないからさ、教会まで連れてってよ。この子たちもちゃんと返すから、さ。」

 

茜の声に反応するようにぞろぞろと教会職員が出てくる。

抵抗の意思は見せず、職員の指示通りに動き、教会へ向かう。

雪を踏む音は、俺の心の奥の闇によく響いていた。

 

 

 

 

 




次回、「太陽なくして影はなし」

感想、評価等、お待ちしてます。


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第21話 太陽なくして影はなし

職員に連れられるままルウィーの教会についた。

俺たち三人は教組と思われる女性の前に通され、職員は下がっていった。

 

「...ロム様ラム様、黒様白様がいきなり戦闘をしかけたこと、お詫びします。プラネテューヌのネプギア様...そして凍月影様と仙道茜様。イストワールから話は聞いています。私はルウィーの教組、西沢ミナと申します。」

「ご丁寧にありがとうございます。改めまして、ネプギアといいます。それで...」

「その前に、大仰に連れてきた割にはお咎めなしというのが裏がありそうで仕方がない。どういうつもりだ?」

「...確かに、貴方がしたことは到底許されるものではありません。ここにブラン様がいたら...ここに来る前にまた大きな戦闘が始まっていたことでしょう。」

「そうだな、あの子はそうだろう。」

「...それを知っていて、どうして貴方はあんなことをしたのか...目的が知りたいんです。あれだけ無情に人を殺せる人間が、なぜ女神のためと語るのか...それを知りたいんです。教組として、女神の代わりに国を治める者として。」

 

殺戮の目的、理由、か。

 

「女神が治める国に...女神を否定するものはいらないだろ。」

「それがより良い国を作るとでも?」

「あぁ、だが誰しもが女神を肯定するわけじゃないというのはわかっている。だから俺みたいな悪が女神にはいるんだ。正義や秩序を示すためには、それに反する悪があればいい。女神が秩序を語り、俺が秩序のために殺す。そして女神は殺してはいけないと新たな秩序を掲げ、俺を討ってくれればそれでいい。」

「...っ...えー君、本気なの...?」

「あぁ、本気さ。」

 

「...では、ここに人口五千人の小さな国があったとします。あなたはあなたがさっき言ったような悪人であることを前提条件とします。」

「あぁ。」

「ある日、二千人の国民は女神なんかいらないと一斉に蜂起しました。あなたはどうしますか?」

「その二千人を殺す。」

「...その国の人口は三千人になりました。月日が経って今度は千人の住民が同様に蜂起しました。どうしますか?」

「さっきと同じだ、その千人を殺す。」

「...これで国民は二千人になりました。おかしいとは思いませんか?あなたは二回とも半分より少ない量の人間を殺したのに、気づけば人口は最初の半分以下なことが。」

「3/5x2/3=2/5だ、なにもおかしくなんかねぇよ。」

「ですが...同様に歴史が繰り返していくのなら、それはもはや国と言えるのでしょうか。...あなたの信念のもとにできた『女神が治める国』に、国民はあなた以外にいるのですか?」

「いないな...どう考えても、残るのは俺一人だ。」

「それがわかっていながら、なぜ!」

「だから討ってもらうんだ。俺が何もかもを壊す前に、あの子たちは俺を止めてくれると信じてるからな。」

「それじゃ...まるであなたは死ぬために旅をしているかのようじゃないですか...」

「そうだな、そうかもしれない。」

 

ミナの言葉に同意する。

問答をして俺の中のごちゃごちゃも整理された。そうか、俺は女神に討ってもらうためにこんなことを飽くことなくやっていたのか。虚夜光を殺し、犯罪神も犯罪組織も全部ぶっ倒して、俺が最後の悪として君臨して。そして女神によって討たれることで世界から悪は消え、平和になる。完璧だ。というか、虚夜光による世界再編の前の俺の目標がこれだったじゃないか。

 

「私には生きろって言うのに、自分は討たれるために戦ってる...?えー君、寝言は寝てから言ってよ。いくらなんでも、えー君といえども聞き捨てならないよ。私が一回死んだとき、あれだけ泣いてたえー君を私は覚えてる。虚夜時雨の手駒でしかなくなってた私を助けてくれた時のえー君の心も、奪われた私の記憶を付け焼刃でも返してくれたときのえー君だって私は覚えてる...!それなのにえー君はブランちゃんのために死ぬの...?そんなことされたら私は...絶対に後を追う。私に生きてほしいと言うのなら、えー君が生きてなきゃだめだよ...」

「っ...」

「それに約束、まだでしょ。もう10年前になっちゃったけど...買い物行こうって約束、私は忘れてないよ。」

「あったな、覚えてるよ。忘れてなんてないさ。」

「だから...えー君は約束は守ると信じてるから、私はまだ行こうなんて言わないよ。えー君が今日を生きると言うなら、私も今日を生きる。」

「ずるいよ茜、ずるすぎる。」

 

その言葉を最後に沈黙がやってきた。

 

「あの...ゲイムキャラさんの話をしてもいいですか...?」

 

ネプギアが沈黙を破ったのは長くも短くもない間の後であった。

 

 

 

 




次回、第22話「失くしても無くしても」

感想、評価等、お待ちしております。



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第22話 失くしても無くしても

ネプギアが切り出したゲイムキャラの話は円滑に進み、ゲイムキャラのいる場所も聞き出せた。しかしまぁ腹の傷のこともあって一日教会で休むことになった。

 

「寝ないのか?茜。」

「えー君こそ、寝なきゃだめだよ。いくらミナせn...じゃなくて教組が回復魔法をかけてくれたからって...えー君は今日は十分無茶したんだから。」

「...だが...それが茜が起きてる理由にはならないだろ。」

「そだね。私はいま、シェアデュアライザーを作ってるんだ。よりえー君に合わせた、改良型のね。...ほんとはもうえー君を戦わせたくはないんだけど...私じゃあんなことはできないし、やろうとしてもえー君がやってしまう。それにここから先、幹部と戦うなら...えー君の力はたぶん絶対必要になる。」

 

ブレイブと戦ってわかった。一人じゃ勝てない。それは茜も思っている。残念ながら、ネプギアは戦力としては数えられない。

 

「厳しいよね、ギアちゃんにとって、この旅は。えー君の黒い所がどこからでも出てくる、この旅は。」

「そうだな...そうだろうさ。」

「妹だけど妹じゃないのがつらい?」

「とても。とてもつらいさ。だが...同時に忘れてくれていてよかったとも思うよ。あくまで女神として俺に異を唱えるのだから。もしも記憶が消されていなかったら...あの子はきっと同じ道をたどる。それだけはだめだ。こんなことをするのは俺だけでいい。」

「...そーゆーこと、いっつも聞かされる私の身にもなってほしいよ。ほんと、えー君は賢いのに大バカさんだなぁ。」

「...かもな。」

「およ、その反応はよそーがい。けど...こんな風に毎日会話するのって、何年ぶりだろうね。13年ぶり?干支が一周しておつりが来ちゃうんだ。」

「言うなよ...もうしばらくすればいわゆるアラサーだなんて。」

「怖いこと言うなー。でも私は変わってないでしょ?」

「それこそ怖いくらいにな。髪型こそ変わったけど、あの頃の茜のままだ。」

「ふふっ。えー君は...変わっちゃったね。いろんなところが傷だらけ。それにまた少しやつれた?やっぱりもう肉は食べられないんだ。...私はえー君が大好きだけど...そういうところ、嫌いだよ。私が把握するまで黙ってるなんてことしないでよ。」

「逆だよ、茜なら把握してくれるから...それで十分なんだ。」

「...そーいうこと言うんだ。なんだかなー。そーいうとこだぞえー君。」

「だからいいんだよ。茜がいるから、俺は黙っててもいいんだ。それに、」

「すとっぷ。それ以上は聞きたくないかな。わかってるから。」

「...そうか。安心した。」

「...おやすみえー君。私は...えー君にまだ悪魔でいることを求めるよ。それが世界を救うためだから。けど、救った後...えー君は、私は生きているのかな。」

 

茜の言葉はそれっきりだった。

俺は何か言おうとしたが、言葉にならなかった。

 

身体の一部を失くしても、心を無くしても、結局のところ俺は何も変えてはいないのかもしれない。ただ、バカみたいに盛大な空回りをして、自滅しているのかもしれない。だとしても、もうこの道を違えることなんてできやしない。凍月影はもう、そういうところまで来てしまったのだ。

 

 


 

 

翌日目が覚めると、いつの間にか布団に入ってきていた茜に抱き枕にされていた。

いや、茜より俺が先に起きる時点で異常事態なのだが...きっと一晩で作ってしまったのだろう。茜はそういうやつだ。そんな茜の寝顔は...残念ながら見えない。俺の胸の中に思いっきり顔をうずめている。いや、まだ腹の傷治って...いる。やれやれ、しばらく動けそうにない。

 

「影さん、茜さん、朝ですよー...って、何やってるんですか!?」

「朝から叫ぶなネプギア...茜が起きるだろ。...しばらく眠らせてやってくれ。少し頑張りすぎたみたいだからな。」

 

机の上を見ると、そこには今までのシェアデュアライザーやマジェディヴァッガーとも違う、まったく新しい形状の何かがあった。

 

「これは...」

「新しいシェアデュアライザー。茜が一晩で、俺に合わせた設計で作ったものだ。なぁ、ネプギア。」

「はい...?」

「俺はいつまで、この子の目に頼りきりなんだろうな。」

「茜さんの目...領域把握ですか?」

「あぁ。茜のこの力は茜本人の意思とは関係ない。だのに、俺が絡むと遺憾なくこの力を使うんだ。自分の限界なんて無視して。俺は...それがたまらなく怖い。わかってて頼ってしまう自分も含めて。」

 

茜がわかってくれるからいい、とは言ったが、この言葉に嘘はない。同時に、今ネプギアに言ったこともまた嘘ではない。わかってる、自分勝手なことくらい。でも、それで茜が()()()()()()()としたら、それは何よりも怖い。捕らわれた女神を救い出せないことよりも、多分ずっと怖い。

 

「その優しさがあって...なんで影さんは悪魔になれるんですか...?」

「そうだな...人ではないから悪魔、なのかもな。」

「え...?」

「いや、忘れてくれ。少なくともまだ、俺は人間だ。生物学的にはな。だからいいんだ、今は。...今はこれでいい。いいんだよ。」

 

喋りすぎた。いや、喋ってもいいのだろう。

だが、妹にこんな話をすることは俺が嫌なのだ。ネプギアがいくら俺に関する記憶と記録を消されていたとしても、それは変わらない。変わらないのだ。

 

「...そうですか。それで、今日はゲイムキャラさんのところへ行くんですか?」

「あぁ。茜が起きて準備できたら飯食べて出発だ。あわよくばあの四人も手伝ってほしいが...まぁ、いいか。新型を試すイベントはあるだろ。ギアは茜が起きるまでのんびりしててくれ。多分、また戦闘だろうから。」

「...はい。ゲイムキャラさんを犯罪組織の手から守る。そして力を貸してもらう...」

「女神を助けるために。...あぁ、そうさ。あの子にちゃんともう一度会わなきゃダメだから。それまでは生きてないとな。はは。」

「あの子...?」

「いや、こっちの話だ。また後で、ネプギア。」

「はい。」

 

さてはて、ここに凍月影の長すぎる一日が始まるのだが...それはまた次の話へ。

 

 

 

 




次回、第23話「仮の亡霊」

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第23話 仮の亡霊

「よーし、ちゃっちゃと世界を救おっか。」

「その前にいろいろ準備させてくれ。いや、ラステイションで調達すべきだったのだけれどもなのだが。」

 

ゲイムキャラの場所はわかっている。急がねばならないのは百も承知だが、こちらももうシャドウ-Cだけではもうどうしようもなくなっているのが現状だ。だから、普通の拳銃と弾丸100発、コンバットナイフを四本買い込んだ。

 

「よし、行くか。」

「よし、じゃないですよ。たった今ミナさんから連絡がありました。ロムちゃんがさらわれたって...!」

「そんなことしそうなのはあれ以外にないよね...えー君、ここは罠だとわかった上で突っ込むことが必要かも。」

「そうだな...行くぞ茜、ギア。」

 

敵の目的がわからないが茜は罠だと言った。ならば、こちらの目的地に先回りしている可能性が高い。急いでルウィーのゲイムキャラがいるというダンジョンに向かう。

 

「...なんだ、この...嫌な寒気は...」

「えー君も感じる?多分、いや絶対あいつかな...犯罪組織の幹部にして女の子の敵が来ているね。」

「女の子の敵...恐ろしい響きですね...」

 

なんて話をしながら目的地へ。そこにはもう何回目かの下っ端と、いつものように破壊されかけているゲイムキャラと、よくわからん巨体と妙に長い舌を持つ異形と...ロム。

 

「おい待てなぜロムがここにいる。」

「アクククク...来たか。幼女一人しかさらえなかったのは不覚ではあるが我輩の力にかかればゲイムキャラの破壊までの時間稼ぎなど造作もない。」

「幼女偏愛主義は相変わらずだねー、トリック。まぁちっちゃい女の子は可愛いもんね。」

「無論だ仙道よ。だがお前は我ら犯罪組織を裏切った身。容赦はせぬぞ。」

「はいはい、それで、そこの可愛い可愛いロムちゃんには何したの?さんざん舐めた後洗脳でもしたのかな?そんな事をして...ロムちゃんのお兄ちゃんが許さないのは明白だよね。」

「なぬ?ぬおぉ!?」

 

茜と異形...トリックが会話している間に懐に入り、口の中に鉛弾をねじ込む。

 

「...効かないか。だとしたら下っ端を...!」

「影さん避けてください!」

「っ...!」

 

ネプギアの声で間一髪、ロムの魔法がさっきまで俺がいたところを貫く。

 

「茜。」

「さすがに出番だねー。はいこれ。」

 

新しいシェアデュアライザーを受け取る。構造も規格も何から何まで違う。

 

「MECは出力が安定しない上えー君に合わないからかわりにVメモリという自作規格にしたんだ。そしてこれに搭載されているのはっ...とと!」

 

茜の説明中にもロムの魔法とトリックの舌が襲ってくる。あれ長すぎだろ。

 

「二重化じゃなくて単に一人分の力を引き出すモードだよ!しかも...!それは鎧装装着を再現できる機能でもあるんだ!」

「そいつぁ、興味深い!で、MECは俺が持っている以上、ジェネリック鎧装装着でドンパチやんないといけなさそう...かい!」

「そういうこと!はいこれ!」

 

茜から投げられる1本のメモリ。

攻撃の最中俺はそれを受け取り...デュアライザーを腰にセットし、メモリのボタンを押す。

 

SHADOW

 

「私も準備完了っと。えー君、左のスロットにメモリを入れて。」

「あぁ。」

「あとは真ん中のボタンを押して完了!それじゃあいくよ!あ、ギアちゃんも叫ぶ?」

「叫ぶってなんですか!?なんて叫ぶんですか!?」

「通じないならしょーがない!じゃあえー君!」

「なんかテンション上がってきたな...!」

 

『変身!』

 

ARMS DRIVE SINGLLIZED!

 

直後、漆黒の鎧を纏い二丁の銃剣を持つ青年と、深紅の霊装と大剣を持つ少女、そして、白のプロセッサユニットと分離する銃剣を持つ女神候補生の三者がダンジョンの空に舞い上がった。

 

「懐かしいな...!」

「でしょ?さぁトリック、引導を...っていない!?あの攻撃の目的はリンダ君から引き離すこと!?」

「てことはまさか!ゲイムキャラさんが!」

 

何か割れた音がした。

 

「ヘヘッ、これでルウィーには用はねぇが...おお?こいつはおもしれーもんが出てきたなぁ。テーマパークみたいだぜ、テンション上がってきたー!」

「あれは...!」

「ルウィーに封印されていた仮の亡霊...四十八のキラーマシン...!」

「クソが...せめてあの下っ端だけでも首根っこかっさばかねぇと...!」

「待ってえー君!この場合一体ずつキラーマシンを殲滅しないと...ルウィーが大変なことになる!ギアちゃんはゲイムキャラの修復をお願い!今見たけど、ディスクという器は壊れても、まだ中身は無事。けど、器がなかったら中身もいずれ消えてしまう、だから!」

「...わかりました!」

「俺と茜は...ギアのサポートか。」

「腕が鳴るね!全部倒しちゃおっか。」

「あぁ...だがその前に...ロムをなんとかしないとな。」

 

眼前には洗脳された女神候補生と三体のキラーマシン。まだ増える...

 

「黒切羽展開...悪魔再臨のパーティの時間だ!」

 

ルウィーへの被害を最小ないし0にするための長い戦いが始まったのであった。

 

 




次回、第24話「白雪照らす茜影」

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第24話 白雪照らす茜影

「まず、キラーマシンを叩く!」

「おっけー!」

 

ネプギアの撤退を確認し、キラーマシンを見据える。上限は茜曰く48。一つ30秒としても24分はかかる。だったらもう何も気にせず最速で最短で倒して行くしかあるまいて。

 

「黒切羽展開...穿ち抜くぜ...!」

 

使い慣れた武器でもってキラーマシンにビームの雨と刃の風を浴びせる。この出力この威力、この感覚...!完全にあの頃と同じ...!

 

「ははっ...さすが茜...感謝してもしきれないって!」

「うれしーこと言ってくれるね!」

 

茜が一機両断するのとこちらが一機解体するのはほぼ同時、残りは五体。

 

「増えたな...」

「増えたね...作戦変更だよえー君。」

「あぁ、まずはロムを黙らせよう。」

 

洗脳され、キラーマシンとともに弾幕を形成するロムは脅威ではある。だが、今の出力ではそこまで女神に有効打は与えられない。射撃の威力を見れば一目瞭然だ。だが、出力の差がなんだ。こちらには経験と技量がある。女神といえど幼子、悪いが...俺の相手にはならない。

 

「えー君、任せていい?私じゃ分が悪いからさ。」

「あぁ。」

 

女神の洗脳なんてものは結構なリソースを消費するはずだ。だとしたら、術者が近くにいる。あるいは直接何かで操っているの二択...だったら一方的にたたけば解決だ。

 

「悪いがロム...お兄ちゃんのお仕置きの時間だ...!」

「...!」

 

ロムはこちらに気づき氷塊を連発してくる。

軌道も威力もさすがは女神といったところ。だが、それ故に読みやすい。

 

「ふっ...存外、気楽なものだ!」

 

懐に入る。魔法の展開も何も間に合わない。ロムの腹に向けてフルパワーの射撃を放つ...

 

「っ...!」

 

...直前に真横から氷が走ってきた。

 

「ちっ...姉想いはいいが間が悪い!」

「ロムちゃんにひどいことしないで!」

「...!」

 

状況が変わった。おそらくネプギアから居場所を聞いたラムが後先構わず突っ込んできて、攻撃されようとしているロムを反射的に援護したのだろう。洗脳されていると説明をしたのかネプギアは。

 

「ちぃ...ラム!ロムは洗脳されている!今は眠ってもらうしか手がない!」

「洗脳...!?何よそれ、そんなこと聞いてないわよ!」

 

説明してねぇのかよ...!とも思ったが冷静になれ。再編の影響で候補生たちはかなり記憶が持っていかれている。ネプギアとの面識がなくなったと考えるのが妥当か。なら聞いたとしても聞き入れるはずはあるまい。

 

「厄介...!たまに聞き分けが悪かったあの頃が四六時中か!くそっ!」

 

洗脳されているロムはわかるが洗脳されてないラムまで俺に攻撃してくる。ええい、俺もさすがに怒るぞ...!

 

「だぁぁぁぁ!この際だ!積年の怒りから何から何までぶつけてやる!あるんだろ、茜!」

「そりゃえー君の愛用してた力の再現だよ?あるに決まってるじゃん!」

「さんきゅ...それじゃあやるか!」

 

open the arms stand by...

 

「リリース...ゼロ!」

 

strike form awakening

 

装甲が開き、黒一色の鎧に赤色の線が走る。ストライクフォーム...正式名称は鎧装装着臨時出力上限解放第一形態。ちなみに先の掛け声は気分だ。

 

「ふぅ...二人まとめて説教してやる、そこに直れ!」

 

俺の銃剣は火縄銃の腹を丸々刀身にしたようなデザインだ。だから普通に剣として使えるし、銃としても使える。普通の銃剣の剣とは違って飾りみたいではないのだ。

 

「何よ、それ...!」

「...悪魔の力さ。すぐに終わらせてやる...!」

 

黒切羽を展開して二人を同じ位置に誘導し、直上より必殺の一閃を構える。

 

「《極・星天乱斬(スターナイトストリーム・ゼロ)》!」

 

二本の銃剣の斬撃と射撃。それに黒切羽のビーム反射と斬撃。手数以上の攻撃の雨風を二人に同時に叩き込む俺の必殺技。エグゼドライヴ。これができるのは鎧装装着を使っている時だからもう二度と使えないと思っていたけど...奇怪なものだよ、ほんと。

 

「きゃぁぁぁぁ!?」

 

落ちていくロムラム。なんかデジャヴだがしょうがない。かたや洗脳、片や妨害...ラムにしたら結構とばっちりだが状況がそれは甘えだという。

 

time out

 

「ストライクフォームが切れたか...いやいい。茜!あと何機だ!?」

「んー、34機!」

「飽きてくるよなこの量だと...!」

 

だがそうも言ってられない。いますぐに茜のいる戦域へ戻らねば。考えたくもないが、茜と一緒に戦ってるときはいつも脳裏にあの光景が浮かび上がってしょうがない。

 

「できました...!」

 

跳びあがった直後、戦域に一つの声が響いた。その声の主はネプギア。そして手には何かしらのディスク...そう、ゲイムキャラの復元が終わったのだ。

 

「おっけー、それじゃあギアちゃんはそれを台座にはめて!」

「それでこいつらが封印されるはずだ!」

 

全部倒しても構わなそうではあるがかなり疲れてきていてまだようやく1/4だから殲滅は現実的じゃない。

 

「はい...!これで...!」

 

ネプギアがディスクをはめる。それと同時にディスクが発光、瞬く間にキラーマシンが消滅する。後に残ったのは弾幕で削られた地面と雪と氷と夕焼けであった。

 

「つーかーれーたー...疲れたよえー君...」

「安堵が早い...怪我はないか?」

「かすり傷ひとつもないよ、安心して。」

「...ならいいんだ。」

「あーでも帰るときおぶってくれると嬉しいな。もう歩けそうにないんだもん。」

「あのなぁ...ロムラムはどうしろと言うんだよじゃあ...」

「ギアちゃんがなんとかしてくれるでしょ。それか...そうだ!えーっと、これをこうしてこうこう。」

 

戦闘が終わりひと段落して、ネプギアはゲイムキャラと、俺は茜と会話して無事を確認している。心配しすぎかもしれないが、だが茜はいつも通り俺を翻弄する。

 

「じゃーん、抱っこひもだよ!これでロムちゃんかラムちゃん背負って...えーっと私は...えー君の背中が埋まっちゃったから...お姫様抱っこしてくれる...?」

「あのなぁ、そもそもそれを作ったのかというツッコミも出てくるし自分で歩くという選択肢はないのかよ!あーもうわかった!だから...キャベツと油揚げのコンソメ煮、頼む。」

「...それが好きだね、えー君は。」

「あぁ。けど自分で作るより茜が作ってくれたほうがおいしい。レシピは俺が教えたはずなのにな...」

「...一言なければロマンチックだったのにね。さすがはえー君、ぶれないわけだ。その答えは割と簡単だよ。」

「そうなのか?」

「うん、とってもシンプル。愛、だよ。」

「なぜ、そこで愛!?」

 

言わされた感が強いが俺は本当に謎に思っていた。自分で作ることも悪魔時代ちょくちょくやっていたが、一度茜が作ったのを食べると自分が作ったのでは物足りなくなってしまったのだ。レシピは同じはずなのに...

 

「ほんと、いつでもイチャイチャしてますね...」

「およ?ギアちゃんも仲間になる?」

「嫌です!...それより、影さん。これがルウィーのゲイムキャラさんからです。」

 

ネプギアから渡されたのは3つのMEC。

 

「えー君にとって何より大切な力だね。戻ったらVメモリに規格変更するから...ご飯食べたら徹夜かな...」

「いいや寝ろよ...急ぐわけでもないんだし、それに...」

「それに?」

「......しばらくルウィーにいたいんだ。」

 

これは俺のわがままだった。声になるとは思わず、言った後で俺は何を言ってるんだとも思った。

 

「...そっか。ギアちゃん、ルウィーにいれて何日だと思う?」

「え?そんなにないんじゃないですか?」

「ゲイムキャラの協力を得るという点で、破壊を狙ってるあいつらには遅れを取るわけにはいかない...でも、休まないとえー君が壊れちゃう。だから...一日だけちょうだい。えー君は無感情に見えて...感情はあるんだよ。殺しすぎてるだけで。だからせめてゆっくりして、また戦う。えー君しかいないっていうのが皮肉だよね。私じゃ戦えても、えー君みたいなことは...それこそえー君が止めに来るから、さ。」

 

だが茜には俺の中身を見抜かれていた。領域把握かそれとも茜の勘かはわからないが...こういう時、茜は俺をちゃんと見てくれるのだ。そんな茜が、俺は大切で、無二の親友であるとそう思っている。だから俺みたいなことは茜にやらせるわけにはいかないのだ。だが最近、茜は「親友」というくくりにはもう入らないんじゃないか。そういう問題提起がしょっちゅう脳内で起きている。何かこう、親友よりもっと大事な存在...それこそ「恋人」のような...

 

「...っ...そうだな。あぁ...ありがとう二人とも、助かる...それじゃあ、ロムラム連れて教会に戻ろうか...」

「はい、そうですね。」

「えー君のお姫様抱っこだー、やったー!」

「...はぁ、わかったよ。」

 

呆れながら俺はロムを背負いつつ茜をお姫様抱っこした。

なんでこんなことやってるんだろうな。

 

「悪くない、って顔してるよ、えー君。」

「...はぁ、そういうとこだぞ、茜。」

 

二人してクスッと笑いながらロムラムギア含め五人で教会に戻ったのだった。今日はぐっすり眠れそうだ。

 




次回...はなんと!シモツキさんとこのイリゼさんを迎えてお送りするコラボストーリーのをお送りします!

告知も何もいきなりですが...気になる内容は11/1をお楽しみに!

次回、「断章1 原初との邂逅」

感想、評価等、お待ちしてます。


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断章1 原初との邂逅

シモツキさんのイリゼさんを影君とコラボさせるお話が始まるよー、基本的な話はシモツキさんのORのコラボストーリーを読んだ上でご覧下さいまし。
ありがとうシモツキさん。

最初に言っておくと茜ちゃんはあとがき担当です。
では、どうぞ!


無という言葉がある。

無があるから有があり、有があるゆえに無がある。

だがしかし、今俺が置かれているこの状況は無...としか言いようがない。

 

「茜に起こされず起きるという時点で色々奇怪だが...一面真っ白で輪郭を知覚するにも苦労するような空間だ。それに...茜がいない。俺一人というのが何より謎だ。まるで切り取られたかのように俺だけ。」

 

だとしたら何からという謎があるが、不思議と変な確信もあった。少し前茜が話していた、よくわからない空間とそこで出会った六人と一匹。その写真と経験談。それとは同じとも違うとも言いきれないが...茜の話と何割かはこの状況は一致している。

 

「だとするならここに主犯か、あるいは俺たちの世界とは違う世界の誰かがここにいると考えるのが自然か。いや、不自然しかないが...」

 

なんにせよ一人でいるのは非効率的だ。もっとも、誰もいなかったらそれはそれで拍子抜けだが...そう思って、目の前の扉に手をかけ、押し開けた。

 

 


 

 

「こう何度もこういう所に飛ばされちゃうと...もう慣れちゃうよね。いや、前回が一番とんでもなかったんだけど...っと。こういう所に来た時にまずはじめに確認することは...やっぱりあった。」

 

もう何度目かにもなるこの次元と次元の狭間みたいなこの場所は、決まって中身が真っ白な本がある。装丁はいくつかあるんだけど、今回は赤色に黒縁の本。相変わらず中身はないんだけど...この赤と黒という色の組み合わせには覚えがある。しかも、この本の赤色は真っ赤というよりか少しくすんでいて...確か、茜色とかいう名前だったはず。

 

「茜色...てことはまさか...」

 

脳裏に浮かぶのはそれこそこの表紙のような髪色をした、元気で快活な一人の少女。

 

「まさかそんなに時間が経ってないのにもう再会するなんて...いや、まだそうと決まったわけじゃないんだけど...うん、ここまで露骨に示していたらきっと茜がいるはず!よし、行こう!」

 

意気揚々と私は目の前の扉を開けて、その向こうを見る。そこには茜はいなくて、かわりに銀色の長髪と左目を隠す眼帯、そして体全体を覆う真っ黒なコートが印象的な男の人が同じように扉を開けていた。

 

 


 

 

扉の向こうは広間、そしてもうひとつの扉。その向こうからは茜が見せてくれたあの写真に写っていたうちの一人だ。確か茜は『ぜーちゃん』と呼んでいたはずだ。もっとも、茜はそうとしか呼んでいなかったせいで本名はわからずじまいだが。

 

「......」

 

しかし、あちらとしては初対面なわけでありまして、いきなりそう呼ぶというのは抵抗がある。むしろ抵抗しかない。茜がいれば...!

 

「あ、あのー...」

 

できるだけ表情を変えず思考していたが、それを見かねたのかそもそも話を切り出す側なのか、こちらへ言葉をかけてきた。

 

身長は俺より少し低い。ちょうど茜くらいだろうか。だが、年齢がわからない。少しまだ幼さもあるからきっと年下だとは思うんだけど...

 

「...どうした?」

「あ、えーっと...ここ、なんだかわかります?」

「わかれば苦労しない...何を演算しても、出るのは0だけだ。...ところで君は。」

「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はイリゼって言います。原初の女神の複製体...っていうものです。」

「複製体...イリゼ...あぁ、だからか。」

「だから...?」

「いや、気にしないでくれ。俺は影。凍月影。さてこれ以上どう名乗ったものか悩ましいが...一応24歳って言っておくか...」

 

原初の女神の複製体という単語が頭の何割かを支配している。義眼のアーカイブにもそんな単語はない。いや、それもそうか。茜が出会ったあの六人は俺たちの世界にはいないのだから当然といえば当然か。

 

「影...えい...えー...まさか!」

「まさか...茜が俺のこと話してたのか?」

「やっぱり...!」

「さてどこまで話してたのやら。いかにも、茜の親友の凍月影だ。茜が世話になったな。」

「いやいや、むしろ世話になったのはたぶんこっち...というか、実物はこんな人なんだ...」

「実物って...どんな言い方をしてたんだ茜は...」

「それは...もうすごい勢いとしか...」

 

俺のことを話す茜、か。茜がその現象に巻き込まれたのは世界再編の一年前、だから今から四年前か。そのころ俺は悪魔だったのだけど...さて俺はこの女神に説明すべきなのだろうか...いや、しないほうがいいだろう。むしろしたら面倒なことになりそうだ。

 

「そうか...さてでは本題に入ろう。単刀直入に...ここがどこかわかるか?」

「複数の次元が交わることができる場所...としか。」

「...なるほど。そういうことか。」

「えぇっ!?今のでわかったの!?」

「あぁ、とりあえず打つ手なしということがな。」

「あう...早速期待しちゃったじゃん...」

「茜の色眼鏡...とまではいかないけどあの子は俺を過大評価しているよ。こちらの欠点に気づかない子でもないし、それをわかっていてもそれが出てきてしまう。嘘がつけないかわいい子さ。うらやましいくらいに。」

 

ふと、茜にも面と向かって言ったことがないようなことが出る。

なんでかはわからないが...あのイリゼという少女からは何か...どことなく明やネプギアに似ている、そんな気がする。

 

 


 

 

茜の言ってた『えー君』にまさか会うことになるなんて...と思って会話すること数分。私はこの影君をすっかり信用していた。だって茜の大事な人だよ?友達の大事な人を信用しないなんて、友達...茜に失礼だもん。

 

「ねぇ、影君。」

「...なんだ、イリゼ。茜の親友だからといって信用するには早すぎないか?」

「そういう影君は私の事信用してるの?」

「...茜の友人。それだけで信用はできるよ。あの子の前で嘘はつけないのだからな。」

「ほら、してるじゃん。」

 

茜の領域把握は嘘発見器にもなるんだ...ほんとあの能力には戦慄しかないよ...というのはともかくとして、私たちは出会って数分だというのに共通の友人の話題で打ち解けたのだ。ありがとう、茜!

 

「ぜーちゃん、か。」

「ぶっ!?茜ならともかく不意打ちでそれはインパクトが大きいかな!?」

「茜もよく考える。確かにイリゼは言いにくい...そんなこと言ったら俺は影だからまぁお互い様か。ちょくちょくかげ、って呼ばれることも昔はあったし。」

「それはただの読み間違いじゃないかな!?」

 

打ち解けてからは...ご覧の通りです。すっごい軽くあしらわれてるというかこれじゃまるで子供扱いじゃないかな...

 

「そうとも言う...さて、広間の観測も終えた訳だが...端的に言えば何も無いな。」

「何も無い...?天井とか床とか壁とかも含みで?」

「あぁ...もはや壁を壊すのが正解な気がしてきた。」

「考えることが茜と同じ...!?」

「へ?」

 

きょとーんとする影君。さすがに茜から壁を壊した...なんて話は聞いてなかったっぽいからその事を説明するんだけど...

 

「はは...なるほど、打開のために茜は壁を壊したのか。なるほどなるほど。強度は把握できるからな。」

「笑うんだ...当時はもう何やってるのーって感じですごかったよ...」

「だろうな。だが...その茜の思考はこの状況でも助かりそうだ。観測していない一点があることに気づかされたからな。」

「観測していない一点...?」

 

そもそも観測ってどうやってしてたの?だって影君一歩も歩いてないじゃん。それこそただ右足を軸にして回っていただけ...ってことはつまり。

 

「あぁ。この、右足の下だ。」

 

そう言って影君は右足に力をかけ、床の一部が少し凹んだ。

同時に私たちの正面にある扉のない壁が下がっていって、その向こうには...

 

『グルルルル...』

 

エンシェントドラゴンがいた。

 

「エンシェントドラゴン...!?」

「いいや違う...皮膚が硬質化している...エレメントドラゴンだ。」

 

『グアァァァァオォォォォ!!!!』

 

いや、今までの経験上すぐに通路が出るわけはないって思ってたけど...前回が前回なせいでちょっとこれは予想外かな...!

 

「はぁ...やりますか。」

 

影君はコートの中から拳銃を取り出して...って、あれってたしかどこかの魔術師殺しさんが愛用しているあれだよね。一発しか装填できないやつ。

 

「あぁ、そうだ聞き忘れてたけど...前衛後衛どっち?」

「前衛だよ。変身できればいろいろできるけど...あいにくここじゃ変身できないみたい。」

「...そうか。それじゃあだいたい想定通りに事が進めば...」

「進めば?」

「次回にはあれは討伐できるな。」

「ちょ!?メタいことをいきなりぶっこむの!?」

 

 


 

 

「しかもこれで終わるの!?え、えぇ...」

 

 

 

 

 

 

 




茜「ぜーちゃんのツッコミスキルは健在だね!ちなみに笑うえー君は激レアだぞ!ぜーちゃんがうらやましい!それじゃあ次回予告!」

えー君とぜーちゃんが挑むは物質龍エレメントドラゴン!全身の肉質が20で統一されているバリカタ相手に二人はどう立ち向かう!?次回、『断章2 悪魔と原初と物質龍』

茜「さあえー君、コンボの時間だよ!感想とか評価とか待ってるよー!」


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断章2 悪魔と原初と物質龍

「イリゼ、戦闘直前にあれだがそこそこ大事な確認だ。」

 

バスタードソードを持ち、エレメントドラゴンを見据える私は影君の少しトーンの低い声に呼び止められた。

 

「なに、影君。」

「...モンスターも生物だ。機械系でもない限り血液が流れている...何かの拍子で返り血を浴びた時に困るものとかあるか?」

「返り血って......このリボンかな。とても大事なものなんだ...命より大事な。」

「...二年前の大きな戦いのときに相棒から渡された再会の約束みたいなものか。」

「うん違うよ!?でもそれぐらい大事なものという認識はあってるかな!?」

「オーライ。...できるだけそこには飛ばさないように演算するさ。んじゃ、前は任せた。」

「うん。でもどうしてそんな確認を?」

「昔そういう系の確認をせず好き放題やったらひどい目にあわされたから...とだけ。」

 

影君の言葉から出たのは決して穏やかではない単語。何があったんだろうとも思ったけど、もしかしたら汚してしまうかもしれないという『読み』は私にとってはただ事ではない。だけど同時に影君は『読み』というか推測が本当に得意なんだな...って思った。あの茜の把握の向こうに立つ難しさは私が身をもって知っているし、茜が私と影君が似ていると言ってる以上、私だってそれくらい考えることはできる。考えたくもないし、もしこれに危害が加わったら私は正気でいられるのかなとも思うけれども...

 

「んじゃぁ戦闘開始...跳弾は気にせず突っ込め。」

「うん!」

 

影君は別の拳銃を持って一発発砲。それと同時に私はバスタードソードを持って突進する。影君の放った弾丸はエレメントドラゴンの腕に当たって弾かれる。

 

「硬い...だとするなら...!」

『グアァァァァァ!!!』

 

無理に攻撃すればバスタードソードが刃こぼれしかねない。だから硬くなさそうなところを探すように見渡す。けど、そんなことをしている余裕なんてものはなかった。

 

「火球が飛んでくるぞ、二発は回避して三発目はこっちに来るから無視、奴の膝に刃を突き立てろ!」

「膝に...!?うおっと...!」

 

影君の声の通りに火球が二発こちらに、一発が影君の方に飛んでいく。戦闘管制、というのがちょうどいいだろうか。まるで相手のすべてを掌握しているかのような、そんな動きやすさも感じながら影君の指示通りエレメントドラゴンの膝にバスタードソードを突き立てて...!

 

「っ...!?」

 

弾かれた。通ると思っていた。けど、鈍い振動が腕までやってきて、身体が後ろに反っていく。バスタードソードも手から離れ、バランスは全く取れない。しかもエレメントドラゴンはそんな私を凝視していて、腕をふりおろしてきた。どう考えても避けられない。

 

「しまっ...!?まさか影君...!」

「いいや、完璧だ、イリゼ。これで奴に一撃通る。」

「え...!?」

 

鳴り響く発砲音。放たれた銃弾。その銃弾は振り下ろされていく腕ではなくエレメントドラゴンの頭...右目に吸い寄せられるように着弾し、エレメントドラゴンは大きくのけぞった。まさかここまで読んでいたの...?

 

「私を、囮に...!」

「前衛ってもんはそういうものだ。だがやはり脆いとは言えど目への一撃だけでは脳には届かんか...同じ手は使えないしそもそももうイリゼは無視されるだろうな。モンスターとはいえ生物。本能の赴くままに敵と戦うだろうさ。」

 

拳銃をしまいながら私の方に来る影君。一瞬私を始末するための動きだったんじゃないかってひやひやしたけど、単に私を囮にしただけ...って、結構酷いことやってるよね!?私死ぬかと思ったもん!

 

『グオォォォォアァァァァァ!!!』

 

そんなことを思っていると、隻眼になったエレメントドラゴンは怒り心頭という感じで影君をにらむ。

 

「うるさいっての...しゃぁない、加速式貫通弾をねじ込むしかないか。」

「弾丸に種類が...?って、来るよ!」

 

 


 

 

想定通り動いてくれたイリゼのおかげで一撃あいつに入れることはできたが、即死までは持っていけなかった。やはり出し渋りがよくなかったらしい。

 

「今計算してみたが22秒で事足りる。イリゼは指定したタイミングで2時の方向の壁にそれをぶっ刺してくれ。」

「壁に!?というか22秒って、え!?」

 

シャドウ-Cに加速式貫通弾を装填。振り下ろされてくるエレメントドラゴンの腕をどこ吹く風と無視して後ろまで走り抜ける。準備は整った。イリゼの身長から察するに一番投げやすい高さはもう算出済み。そして、エレメントドラゴンが振り向く。

 

「今!」

「せい!」

 

イリゼがエレメントドラゴンの後ろから己が獲物を投げる。完璧な位置と高さ。俺はそれで勝利を確信し、壁に刺さった瞬間のイリゼの剣を跳んで踏みつけエレメントドラゴンの頭の高さまで跳ぶ。

少し距離はあるがそのおかげでエレメントドラゴンは火球という選択肢を取った。それでいい。

 

「相手が悪かったな。」

 

加速式貫通弾と火球が同時に射出される。が、加速式貫通弾は加速度が加速度変化することでめちゃくちゃな速度が出る弾丸だ。この距離と、さっき放たれた火球の温度から算出するに、遅るるに足らず。

撃ち放たれた弾丸は火球を貫き、先の右目より少し眉間側に着弾する。その威力でエレメントドラゴンは大きく後ろにのけぞり、倒れ、そして二度と動くことはなかった。

 

「...存外あっけないものだ。」

 

排莢し、通常弾を込め、懐にしまう。イリゼもやってきた。

 

「あっけない...って、影君って結構ブラックな倒し方するんだね。」

「一番早いからな。タイプ一致急所だけで3倍ダメージ...相性もへったくれもないさ。」

 

仕留めきれなかったら組みついてナイフか最悪変身だったが...使う理由もないし手の内はあまり見せたくはない。

 

「これで...あ、さっきまでなかったのに扉ができてるよ!」

「...人為的なダンジョンかと突っ込みたくなるくらいにはあれな構造だ。さて...踊らされてやるとしますか。おちおち寝てもいられそうにねぇのが許せないところだが。」

 

結構脳を使ったからな、今回の戦闘は...もしこれぐらいの戦闘が続くのであれば...どこかで眠りたいものだ。

 

「影君って結構寝るタイプなんだね。」

「睡眠は大事だろ...今のうちに言っておくがもし長丁場になっても寝るのを邪魔されたら永遠の眠りを与えてやるからそのつもりで。無理やり起こしても同様に。」

「わ、わかったよ...それで、この扉開ける?」

「まだ眠くないしこの部屋はもう調べつくした。開けるのが丸い。」

「おっけー、それじゃあ開けるよ...!」

 

今回の扉はよくみる自動ドアだった。白い扉が両サイドに分かれ、俺たちはその向こうに進み、そして背後で扉が閉じてなくなる。なるほど。

 

「いやなるほどじゃないよ閉じ込められちゃってるよ!?」

「そんなこと論ずる前にわかりきっている。だが...この階層は...」

 

イリゼにはわからないだろうがここはそう、純粋な悪意を感じる。

悪意...言い換えれば負のシェアエナジー。そう言い換えればイリゼにも伝わるか。

 

「気を付けて、影君。ここは明らかに様子がおかしいよ。」

「あぁ...あれは...」

 

見るとそこには何かしらの機械。だがあれは...

 

「マジェコン...?いやでも摘発逃れのものがあってもおかしくないしそもそも少し形状が...」

「イリゼも知っているのか。なるほど話が早い。とりあえずあれを破壊する。存在してはいけないのがあれだ。」

「待って、そうさせる罠かもしれない!」

「だとしても、あれは人間の悪性の体現だ。悪は、より大きな悪に捕食されてから女神に滅ぼされるべきなんだからな。」

「捕食...?それってどういう...!」

 

銃声。金属音。破壊されたマジェコン。

 

「...なるほどそういうタイプか...イリゼ、俺の背中に隠れてろ。」

「え...?」

「お出迎えだ。」

 

直後、何かが壊れたかのような笑い声とともに銃弾の雨が俺たちの正面から襲い掛かってきた。

 

「えぇーー!?」

「面倒なことをしてくれる。」

 

左腕の義手から斥力フィールドを励起させ弾幕を防ぎ、弾幕の主たる存在を見やる。

 

「あれ...!」

「We need maje-con for playing game...そんな文字列を大仰に掲げた少年兵の集団か...さて、どうするイリゼ。武装解除もこの弾幕では接近すらできそうにない。次の階層に行くための手がかりもない以上...状況を打開するしか手はないが。」

「武装解除...うん、やろう。あの子たちだって、戦いたくてこんなことしてるわけじゃなさそうだもん。」

「果たしてそれはどうかな...あれは負のシェアの凝縮体、人類悪の一種。はぁ...すぐ片づけるから休んでろ。これは俺の領分だ。」

「領分...?」

 

見据えるはARを構える七人の子供。

イリゼの安全を考えると...ナイフよりは拳銃でいくか。

 

「すぐ終わるさ。」

 

斥力フィールドの裏から拳銃を取り出し、7連射する。

そのすべては少年兵の頭部に着弾、沈黙させる。

 

「...マガジン一つを使いきっちまった...終わったぞイリゼ。」

「終わった...?この状況の、何が終わったというの...?」

「そうだな、弾幕と敵の人生、か。そもそもあれが人間として生まれたのかは不明だが、負のシェアにより生命実体化なんてことは...正のシェアの権化たる女神が証明している以上可能なのだろう。先のエレメントドラゴン同様、相手が悪かった。それだけだ。」

 

女神、という立場なら...俺が抱いているイリゼへの何かしらの引っかかりからくるものがあるなら...イリゼは受け入れないだろう。

 

「ふざけないでよ!なんで...なんでそんなすぐに!そうだよ、あの子たちだって保護してちゃんと然るべきところで教育すれば...」

「人間と定義するには曖昧で、ARを持つことに、人向けることに躊躇がない奴らをか?」

「っ...それでも、茜なら...!」

「俺が好き好んで茜をそんな危ないことに加担させるとでも思っているのか...?」

「あう...」

 

詰まったのはきっと、イリゼも茜のことが大事だから。ますます、あの子を思い出す。多分生きてたら身長もこんくらいになってたんじゃなかろうか。

 

「...諦めろ、イリゼ。人間なんてものの根幹は悪以外の何物でもない。性善説を信じるのは勝手だが...現実はこうだ。」

「違う!性悪説なんて間違ってる!人は...信じることでどこまでだって強くなれる!」

 

女神としては、正しい。

だが、信じることは間違いなく隙になる。俺が一回経験したように。

 

「そう思っていた時期が俺にもあったさ。」

「だったら...!」

「だからこそ、俺は殺す。悪を滅ぼす巨悪でいい。悪しき人間は皆殺しだ。あの子たちが治める国に...悪人がいてはいけないんだ。」

「そんなこと...本当に望まれているの!?そんなことを!茜が言ってた茨の道を...まだあなたは進むと言うの!?」

 

茜が......だが、いや、そうだろう。俺がいない茜は、茜やブランがいない俺だ。

 

「あぁ。進むさ。道は作るものだしな。」

「...っ...だったら私は...そんなの間違ってるってことを伝えたい...言葉で伝わってないから...実力でいくよ...!」

「変身もできないのに、か。いや...だからこそなのかもな。そもそも女神は変身前でも十分強い...それに結局遅かれ早かれこうなってただろうな。光に生きるお前が眩しくて、あるいは闇に生きる俺が見えなくて。...来いよイリゼ。希望なんてへし折ってやる。」

 

よくわからない空間の第二層で原初の女神と審判の悪魔は互いの信条を掲げ、争うことになった。

これが後の窮地を破るきっかけになるとは二人は知る由もない。

 

 




茜「えー君vsぜーちゃんになっちゃったね。ぜーちゃん、私と戦う時の感覚でやったら一瞬でやられちゃうから注意してね?私はえー君を応援してるよ!」

次回、似てて真逆の二人が大激突!「断章3 対極にして同一」

茜「感想、評価、待ってるよー!」


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断章3 対極にして同一

互いの信条は真逆。考え方は違うことはある。でも、影君の考え方には「そんなの間違ってる」と声を大にして言いたい。ほかの誰でもない、影君自身のために。

 

「はぁぁぁ!」

「来るか...!」

 

私はバスタードソードを片手持ち両手持ちを切り替えながら影君に何回か斬りかかる。が、影君は私の剣をどこ吹く風とひらりひらりとかわしていく。まるで剣の軌道が読み切られているかのように。

 

「軽く、重い...そして...薄く、厚いといったところか...その切り替えには意図が...ないとそんな動きなんてしないか。力が変なところに逃げているのだからな...」

「やっぱり、茜と同じ...!?」

 

茜とやった時もそうだ。私の動きは読まれていた。影君が茜と違うのは、武器が拳銃であるということと、回避に専念していることくらいだ。一応私のこの戦法は回避してくる相手にも有効ではある...意図的に剣をふるう速度を変えることによって相手の間合いを狂わせることができるからだ。でも、影君はそんな様子は一切見せていない。

 

「あんな力が二つとあってたまるか。あれは茜だけのもの...もはや呪いの領域だ。」

「呪い...」

「さて...かなり奇怪な動きをするが...その意図、見定めさせてもらおうか!」

「っ...!」

 

影君はコートの裏からナイフを二本取り出し両手に持って接近してくる。

今までのやり取りでわかったのは影君は後出しじゃんけん型...相手の動きを見てからそれに合わせた動きで対応する...私も相手の動きを見て戦うけど、相手に対応させる側だから...ここでも真逆というわけだね。

 

「やる...!」

「そこっ...!」

 

影君の接近に合わせてバスタードソードを両手持ちにして隙を見せてからその隙を突いてきたところに片手持ちの斬撃を入れる...も、きれいにナイフで防がれて投げナイフが飛んでくる。私の右側をあと少しで当たるというところを通っていったナイフには目もくれず、拳銃を取り出す影君に突っ込む。

 

「そんな余裕は、与えない...!」

「だろうな!」

 

逆袈裟斬りは左手で持ってたナイフで防がれ、影君からの蹴りは左腕を割り込ませて防ぐ。その場で一瞬私と影君は目が合って...そして離れた。

 

「...まるで茜とやってるかのような、そんな感覚だな...何か読みがずれている...なるほど茜が俺と似ているというだけはあるな...」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。」

 

茜の把握とは違うんだろうけど...影君には私の行動は読み切られていた。変身出来たら...とは思っているけど茜でぎりぎりだったと思うと一対一でどうなるかはわからない。それに影君の動きは茜というよりかは私に似ていて...茜が言ってたことを身をもって体感してるよ。

 

「ここまでとなると...出し惜しみはできないか。そうだろイリゼ。」

「やっぱりわかる...?じゃあ、行くよ!」

「あぁ、来い。」

 

とはいえ熱が入ってきた。まるで茜と再戦しているかのような読みあい。影君の動きの二手先三手先を考えながら剣を振っていく。影君も影君でそれに合わせて手を出してくる。攻撃させられているような感覚はあるけど、何もしなかったらやられてしまう隙のなさ。それが私のとれる選択肢を減らしてくる。

 

(たくさんの選択肢で相手を混乱させるのが私の手法...だけど影君は相手の行動を見てからそれに合わせた対策をねじ込んでくる...それだけじゃない、何をしてくるか基本的には読まれている...恐ろしいまでの思考速度だよ...)

 

この影君の動きは茜と同じかと思っていた。けど、似て非なるもの。茜がその場その場をさばききるのが得意だとするなら、影君は大局を見て最終的な着地点に誘導していくタイプ。それに気づいたときにはもう、私は影君の術中にはまっていた。

 

「甘い」

「っ...!」

「そこ」

「くっ...」

 

だんだん影君に押されてきている。最初の方は互角だった。だけど、今となっては防戦一方。というか、防戦させられている。これが大局への詰めの段階...!

 

(常に行動の選択肢は複数ある...けど、最善を選ぶと罠があって、次善手を打っても徐々に悪くなる...最後に行きつくところは同じ...軽く未来を見てるんじゃないかというくらい読みが正確で、やりたいことをやらせてくれない...!)

 

「はぁ...よく耐える...」

「影君だって...結構息上がってるんじゃないの?」

「そうだな...そう見えてるだけじゃないのか?」

「言うねぇ!」

「そりゃな!」

 

影君は右手にナイフを持って、私は左手にバスタードソードを持って何回目かの正対からの激突をする。けど、この時私に秘策ありだった。普通にやっては影君には勝てない。だから...普通じゃないことをする。

 

(ここだ!)

 

「なっ...」

 

ナイフとバスタードソードが触れる直前にバスタードソードを手放し、影君の重心を少し前に崩した。右に避けた私はこのまま背後に回って影君に一撃を...!

 

「ひゃうっ!?」

 

その時私に変な感覚が襲い掛かった。何が起きたのか理解したのは前に倒れこむ影君の慣性を利用されて倒された時だ。同時にその時は私の胸元にナイフが突き立てられてもいた。

 

「...悪いねレディ、こちとら外道でね。」

「...さすがに胸を揉むのは反則じゃないかな!?なんてことしてくれるの!?セクハラだよセクハラ!」

「お嫁にいけないとでもほざくか?だがしかし人間の悪性という点ではこれ以上わかりやすい幕引きもあるまいよ。」

「っ...」

 

影君の目は死んでいた。多分あの行動も、手段としてとっただけのもの。他意がないというのは理解出来る。けど、私は影君の目が死んでいるのが気に入らないし、それに今ここでナイフが突き立てられているからって...まだ私は負けていない。負けを認めたら...影君の言ってる人間の悪性こそが真実だと私が認めてしまうということ。そんなことは絶対にできない。だから私は起き上がって影君を跳ね除けた。

 

「ぐっ...」

「んなっ...!?」

 

当然、突き立てられていたナイフは私に深々と刺さり、血が溢れてくる。構うものか。まだ、やれるのだから。

 

 


 

 

勝利を確信した訳ではない...が、こうなるのは完全に予想の外だ。跳ね除けられた俺は体勢を立て直す...が、そんな余裕はない。

 

「手負いというかほぼ致命傷ってのに...動きがさっきと同等からそれ以上...冗談だろ!」

「冗談では...ない!」

 

バスタードソードを拾ったイリゼは出血なんて意にも介さずこちらに鋭い斬撃を叩き込んでくる。回避が精一杯だが...考えるべきはなんだ、なぜ動いているのかか、それともなぜこんな無茶をしでかしているのかか?

 

「余計な思考はできないか...!ちぃ...!」

 

使いたくはなかったがこうなってはしょうがない。左脚の義足にあるブーストカートリッジを一本消費して大きめのバックステップを取り、空中でシャドウ-Cを構える。入っているのは通常弾。同時に左手には通常拳銃...こちらも一発しか入っていないが、これはイリゼは弾切れだと思っている。だからここからまず一発...イリゼは無意識のうちに左へ避ける癖がある...それを狙えば...!

 

「...!これは誘導...!」

「そこっ...!」

 

シャドウ-Cから放たれた弾丸はイリゼに刺さるナイフの柄へ進む。回避中一瞬できる無防備な隙。だが、それは演算において先読みができる。あとはそこに当たるように撃つだけだ。

 

「がうっ...!?ぐ......使い切ったね...弾丸を...!」

「嘘だろまだ...というかもう死んでてもおかしくないってのに...!」

 

ありえない。いくら女神の超常の身体とはいえ、ここまでの出血量と今の弾丸の衝撃は耐えられるものじゃない。だのに、まだイリゼは二本の脚で立っている。不条理だ。

 

「折れるものか...倒れるものか...人の意思は、影君が言うほどに腐り果てたものではない!」

「それだけで...それだけの意思で立っていると...」

「そう...私を信じるみんなを信じる私の意思で...みんなを信じる私を信じるみんなの意思で立っている!それに...影君の未来のためにも...!」

「そんなもの...!っ...!」

 

もう意識があるのかすらわからないイリゼが立っている。武器もまだ構えている。弾丸再装填の時間はない。だが、それ以上に俺は...イリゼが明に見える。それだけで俺の戦意はもうほとんど削がれた。

 

(再装填は出来なくともナイフをもう一度突き立てれば殺せる...だが...こいつは茜の友人で、女神で...俺の未来のためとも言いながらそこに立っている...そして何より明が重なってしょうがない...)

 

イリゼには気づかれていないが、弾切れのシャドウ-Cを向ける俺の右手は震えていた。それが何よりの、敗北の証。

 

「だから、私は...!」

「だったら休めよ、大馬鹿女神がぁぁぁぁぁ!!!!」

 

シャドウ-Cも拳銃も投げうち、俺は両の義足のカートリッジをフル運用してイリゼに接近。物理的に人間離れした速度はもう出血多量で朦朧としてるイリゼには追いきれず、俺は渾身の腹パンでもってイリゼを気絶させる。危うく威力のたがを外すところだったが無事気絶におさめた俺は眼帯を外し、今あるもの全てを用いてイリゼの救命作業に入るのだった。

 

「柄じゃないがやるしかねぇ...死なれたら困るわけじゃないが...死なれたら嫌だからな...明...頼む、お兄ちゃんに少し力をくれ...」

 

 


 

 

「知らない天井だ...って、ここは...っ...」

 

胸のところが痛い。そうか、私は影君と戦って、それで...どうなったんだっけ...

 

「よぉ...イリゼ...起きたみたいだな...」

「影君...?って、どうしたのそんなぐったりして!痛っ...」

「塞ぎきってないんだ無理をするな...というか女神の身体というものは自己修復機能がおかしい...DG細胞か何かですかねぇ...」

「いや違うよ!?確かに女神の身体は回復力もすごいけどさ!ねぇ影君。」

「お前の勝ちだよ、イリゼ。」

「え...?」

 

結局戦いはどうなったのかわからないから結果を聞こうと...でも多分こんな感じだから今度こそやられちゃったのかなとも思ったんだけど...影君から出たのは逆の言葉。

 

「だからお前は生きている。もっともしばらくは絶対安静...俺もしばらく動けそうにないしな...」

 

よく見ると影君はコートを着ていなかった。私の上にかけられていたのは数秒後に気づいたけど、そこで私は疑問が生まれた。

 

「影君って...医療技術も持ってたの...?」

「どう説明したものか...まずナイフを抜き取り止血のため氷結、それだけじゃ死ぬからとりあえず傷口だけ氷の糸で縫合のち固定...あとは胴についた血を抜き取って、服は氷結で水分を落とすだけじゃどうにもならないからとりあえず現在ヘモグロビンを遠心分離中...ってとこだな。あんだけ流血しておいて下側の服が血で汚れてないのは助かったよ...いやほんとに。茜に殺されかねん...」

「そう...って今なんて!?私の服は今遠心分離中!?」

「あぁ。血が着いた服を着たくはあるまい。着替えもどこにあるか捜索してたらお前が死ぬ以上、しばらくそのコート一枚で我慢しろ。」

「いや我慢って問題じゃなくて......見たの...!?」

「そんなことを気にしてたら死ぬぞ。安心しろ、俺は巨乳は死ぬほど嫌いだ。」

「な、な、なぁぁぁぁ!?」

 

命を救うためしょうがないとはいっても、考えうる限り最悪なんだけど!助けてもらってあれだけど死にたい!むしろ殺して!恥ずかしさでもうなんも考えられないんだけど!

 

「...まぁそうなるわな。」

「──っ!」

 

影君はこうなることまで読んでいた...!?

だからどこまで読んでるの...!?

 

「もうお嫁にいけない...せ、責任取ってよね!?!?」

「救命した責任ってなんだよ...というかほんとに言うんだ...」

「ぐはぁ!?」

 

結果、ただただ私が自爆するだけの時間が流れていくのだった。

うぅ、ただただ恥ずかしい...

 




茜「さすがえー君!ぜーちゃんとの戦いは見ごたえあったなー。とはいえ...いやはやぜーちゃんもぜーちゃんですっちゃかめっちゃかだよね。女神じゃなかったら死んじゃってたよ?というか影君も殺す気だったよねあれ...っていうか!えー君なんてことしてるの!いくらえー君がその方向でぜーちゃんには全く興味を示さないとわかっていてもそれは看過できないかな!?帰ってきたらお説教だよ!」

次回、えー君と私の昔話!私がぜーちゃんに話してないことまで話すのがえー君だよ。「断章4 昔話、落陽からまた昇るまで」

茜「感想、評価、待ってるよー!」



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断章4 昔話、落陽からまた昇るまで

「...少し昔の話をしよう、気を紛らわすのにはちょうどいい。」

 

イリゼが盛大に自爆し続けるのは見るに堪えないため、俺はイリゼの横たわるベッドの側面にもたれるように座り直した。ちなみにこのベッドはなんかあったからイリゼを運んでみたというものだ。宿屋みたいなものかとも思ったがなぜか一台しかなかった。多分違う目的のための何かだろう。

 

「昔話...?でも影君そんなに年取ってないでしょ。いや、女神である私が言うのも変なんだけどさ。」

「24歳、なんだけどな。誕生日がいつだったかなんて、そんなものは忘れてしまった。きっと今はこれぐらい時間が経ったからこの年齢っていう憶測だ。」

 

はは、と笑いながらも俺は脳裏では茜の誕生日の事を考えていた。俺も茜も親がいない。物心ついたときにはそうだった。誕生日なんて...覚えていた頃はあったけど、それが本当の誕生日だったかは定かではない。

 

「うん、反応しづらい空気を醸し出さないで!?普通に反応に困っちゃうからさ!」

「元気だなー、イリゼは。茜もそれぐらい元気だよ。」

「いや、さすがに茜の快活っぷりには私も敵わないって...っていうか実際影君と戦ってわかったけど、茜の言ってた影君の実力の話はきっと誇張じゃなかったんだな...って驚いてるよ。」

「一体なんて言ったんだ...!まぁいい。今は俺の話だ。脱線し続けると話が進まない...だがまぁちょうどいいな。イリゼ、茜のことどこまで知ってる?」

「え?えーっと、学校の先生をやってて、身体能力がすごくって影君のことが大好きってことくらい?茜って恋する乙女だよね...?」

「俺がいないところであのオーラを出したのか!?100パーセント勘違いさせるあのオーラを!?はぁ...事後処理が大変じゃねぇか...まぁ四年も前の話だしいいか...」

 

茜のあのオーラは...事情を知ってないと確実に勘違いするやつだ。確かに俺は茜から強すぎるほどの好意は受けているし俺だって茜は大切だ。親友というか...親友以上だな、もう。だがしかし、イリゼの茜と俺にまつわる誤解を解くと...それもそれで面倒だし、仕方が無いので本題に入ることにしたかった。

 

「四年前...?え、私にとってはつい最近の出来事なんだけど...」

「女神にとっての四年前ってのはそんなもんだろ。」

「いやいやホントだって!一週間か二週間くらい前の話だって!」

「...抽象的だが具体的な値だな。嘘はついてない...というかつけない性格であるだろうから...まぁ真実なんだろう。てことは...時間がずれているのか...?ありえるか、別次元というのはもはやなんでもありだろうしな。」

 

次々と衝撃の事実が明らかになることで未だに話が始まらない。整理しないといけないことが多すぎる。

 

「だと思うよ。帰る時はいっつも、全く時間が経ってないから。」

「はぁ...随分と都合のいいことで。まぁだとしたらここでゆっくりは出来そうだ。...それで、ここからは昔話だ。茜と俺の昔話。」

「影君...?」

「先に結論から言うと、仙道茜という少女は一回死んでいる。今はちゃんと生きているがな。」

「え...?どういうこと...?」

「結論だと言った。今からあらましを話すさ。」

 

 


 

 

影君の話す茜のことは、茜が時折口にしていた自分自身のことと合致していた。茜のあの時の表情は、よく覚えている。まるで死ぬことを知っているかのような妙に落ち着いた表情。そしてその時言った言葉。そういうことだったんだね...

 

「...とまぁだいたいこんな感じだ。俺も茜も親はいない。だから誕生日もわからない。茜は...虚夜時雨に拾われるまではどんな生活をしていたのか...聞いた時はゾッとしたよ。...あの子は、俺以上に心が歪んだ状態から始まった。だからあの性格なのかもしれない。過去を不安を封じ込めるための、な。」

「そんな...」

「信じられないだろうが事実だ。そしてひょんなことから出会った俺たちは仲良く...過ごしていた。だが明...義理の妹が暴走して止めるために戦って...結果茜は死んだ。俺ではなく茜がな。悔しかった悲しかった。涙なんてあの時、久しぶりに流れた。...俺はあの光景を一生背負って生きると誓った。それで終わったはずだった。だったのに...虚夜時雨によって茜は生き返り、俺たちの敵になった。あとは茜が話した通りだ。その後の話は今はしない。今はな...」

「...そんな、壮絶なことが...」

 

影君の話は衝撃以外の何者でもなかった。あの茜の快活さの理由とか、なんでそこまで影君にぞっこんなのだろうとか。自分の話をそんなにしなかったのかとか。全部腑に落ちた。落ちてしまったのだ。

 

「壮絶、か。そうだろうな。俺でも茜の幼少時代の話を聞いた時は戦慄したよ、俺よりも酷いってな。だが...虚夜時雨に対して茜を生き返らせてくれたことだけは感謝、かな。まぁ俺の右足と明の命を持ってたことには恨みしかないけど。」

 

影君はさらっとそんなことを言う。ん、今ほんとにさらっとすごいこと言ってない?

 

「待って影君、右足って...さらっとそんなことを言う!?さらっとしすぎていて危うく聞き逃すところだったよ!」

「聞き逃してくれてもいいだろうに...そうだな。少し見せてやるか...全アタッチメント、アウト。」

 

瞬間、影君の右足、左脚、左腕が外れた。機械的にパージするように外れたのだ。

 

「...そんな...」

「そうだな。驚くよな。だが、これが俺だ。凍月影だ。おおよそもう人間と言っていいのか疑問が残るくらいには...俺は機械に頼っている。この左眼だってそうだ。」

 

影君は眼帯も外し、その中の左眼を見せる。普通に左眼なんだけど、よく見るとファインダーみたいなものが動いている。それに、目が斬られた跡もあった。

 

「っ...!」

「さて、俺を人間と定義していいものか...無限に悩ましいがまぁこの際それはどうでもいい。だが...イリゼ。悪いがこれで終わりじゃない。シャットダウンだ。」

 

影君はパソコンを落とすようにそう言う。そしたら今度は影君の右腕が突如、だらんとぶら下がっていった。まるでただくっついているだけのように。まさか...

 

「右腕は無茶の結果で神経系が焼き切れた。触覚を残せるからさすがに義手にはしたくなくてな。義眼がニューロンの電気信号の伝達を介在してくれないとご覧のあり様だ。会話はできるが...それぐらいなものだ。腕も足も今は外しているんだからな。」

「......」

 

言葉が出ない。なんて言えばいい?今目の前にいるこの影君は...これまで何を経験してこうなったの...?

 

「再起動......何もそこまで深刻な表情はしなくていい。今の俺がこういう状態だということを知ってくれたらそれでいい。それ以上なんてものはないんだからな。」

「っ...」

 

それでいいだなんて、って言いたかった。けど、言わせてくれなかった。影君はまた私の考えを読んで、先を潰している。

 

「苦しく、ないの...?」

「...そうだな。苦しいと思えるほどの感情なんて、残ってないのかもしれないな。」

 

全身に鳥肌が立った。寒気、悪寒。影君がそんなことを言いながらも口角が上がっているのがどうしようもなく不気味だった。同時に、私はなんとしても影君を救わなきゃとも思った。こんな悲しい顔をして笑っている人なんて、初めて見たから。

 

「さて、昔話はこれで終わりだ。遠心分離も終わっただろう...ちょいと待ってろ。」

「あ、うん...」

 

影君は外した義手義足を付け直して立ち上がり、どこかへ歩いていった。数分後、影君はひとつの籠と何かが入ったカプセルみたいなものを持っていた。

 

「それは...?」

「お前の血液成分だ。解析して面白そうなデータが取れるか検証する。こっちの籠はお前の服と下着。さて...コートを返してもらうぞ。」

「あぁ、そうだね...って待って!?先に返すの!?」

「...お前、絶対安静って言葉の意味わかってるか?そもそもまだ傷は塞がってないだろ、ほれ。」

「っ...!?」

 

影君はおもむろに私の胸の傷跡を見る。コートは押さえてるから見られてほしくないところは守ってるよ!

 

「ほれみろ治ってないじゃないか...はぁ...まぁいい、むしろその方が普通なのだろうからな...感覚の乖離というものか...しかしコートを羽織ってないと落ち着かない...おまけに眠い...致し方あるまいか。」

 

影君はまたちょくちょく気になることを言った後、おもむろに私の隣に横たわって布団を被って...って、待って!?何やってるの!?

 

「影君!?いいい一体何を!?」

「寝るんだよ...起こすなよ...起こしたらコート回収して籠をどこか遠いところに置いて取りに行かせるからな...」

「拷問...!それ本気!?」

「あぁ、俺は睡眠を邪魔されたら何をするかわからんから覚悟しておけ...それじゃおやすみ。」

「おやすみ...ってほんとに寝てる!?私これから今までの約半分で絶対安静にしてろって!?」

 

影君の選択肢を狭める行動って、戦闘だけじゃないの...?っていうかもうこの人の女の子の扱いとか接し方とかどうなってるの?茜がいるのになんで......

 

「もしかして、茜のせい...?」

 

いやいやそんなことはないでしょ...って言いたいけど、ねぇ...そう考えるとつじつまがあっちゃうんだよね...

 

「うん、これは私も寝よう。考えすぎはよくない。おやすみ!」

 

とりあえず私も寝ることにしたのだった。思えば影君に出会ってからというものの一睡もしてなかったからね。




茜「ひどいよぜーちゃん、私のせいだって言うの?君のような勘のいい女神は...またイタズラしちゃうぞ!お菓子を用意しておいてね!」

次回、「断章5 第三層 迷宮廻廊」

茜「感想、評価、待ってるよー!」


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断章5 第三層 迷宮回廊

「ふぁ...まだ痛い...」

 

影君との戦いのこの傷...見た目よりも結構深いらしい。まぁ私もとんでもないことを我ながらよくやったよと思うんだけどね。

 

「さて...起きてご飯の支度を...というかここって食料あるのかな......っ!?」

 

起き上がろうとしたら身体が全く動かないことに気づいた。何かこうお腹を押さえつけられてるような、そんな感覚。同時に私の背中は妙な温かさを感じていた。いやいや、まさか、まさかねぇ...

 

「いや、やっぱりそのまさかじゃん!なんで私を抱き枕にしてるの影君は!?もしかしてあんな感じでも寝るときは抱き枕が欲しいとかそういうパターン!?」

 

と、思ったことを羅列する始末。またやっちゃったとも思ったけど影君寝てるからモーマンタイ。というか...影君ほんとなんなの...?

 

それでも、俺は...

「...?」

 

影君は少し腕の力を強めて寝言を言っていた。よく聞き取れなかったけど、夢でも見てるのかな?

 

生きろ、茜...生きてくれ...

「......」

 

今度は聞き取れた。影君の寝言。その願い。

茜に生きていて欲しい、か。そうだよね。影君は茜のことが大切って言ってたし...けど、少し引っかかる。寝言だからかもしれない。でも、影君の声音からは自分が生きるという意思を全く感じなかった。それがとても不気味で、そして気を抜けばすぐ影君はいなくなってしまいそうで...私に回されている腕を、不意に私は握っていた。ぬくもりを感じない、機械の腕を。

 

「ふぁぁぁぁ...んー...明...?」

「あ、影君起きた?早速で悪いけど離れてくれないかなー、なんて...これだと安静にできるものも別の意味で安静にできないよ...」

「...そんな他人みたいに言うなよ明...お兄ちゃんだぞ俺は...ふぁぁぁぁ...」

 

影君が起きた。正直すぐ起きてくれて助かったけれども少し様子が変だ。明...は確か影君の殺された妹、だっけ...うん、状況を反芻しても殺された、って言ってるのはこう何か嫌なものを感じるね。

 

「...影君...?」

「だからなんでそんな.........なんだイリゼか。傷は?」

「なんだって何!?あれだけ密着しておいてなんだって何!?っていうか今のは!?」

「へぇー、密着ねぇ...狙ってやったとでも?」

「うっ...そんなことは言ってないしむしろそうだったらとっても怒るよ?」

「安心しろ事故だ。これも茜がいないせい、か...」

「...まさか茜には?」

「起きたら基本茜の胸元だからな...一人で布団にもぐってもだいたいそうなってる。慣れたけどな、もう。」

「...茜のしわざかぁぁぁぁい!!!!」

 

影君のこの女の子に対するデリカシーのなさというか無頓着なところは茜の所業か!茜のあの性格なら影君の心の闇に光を差し伸べられはするけど...あんないい性格が裏目に出て無垢な少年の精神を歪ませたとかそんなことが起こってしまったとか...?

 

「いくらなんでもそれは聞き捨てならねぇな今ここにはいねぇが茜に謝れ。傷口爆破するぞ」

「ひっ...声に出てたの...!?っていうか銃口をナチュラルに傷口に直につけないで!冷たいし痛いしまたコートめくられるのも勘弁なんだけど!?」

「はぁ...そのツッコミに免じて見逃してやる。歩いていいぞ、イリゼ。」

「うん、ごめん...って、歩いていいの?絶対安静じゃなくて?」

 

さすがにヒートアップしてた思考を影君にいさめられ、私は冷静になった。というか、私にあるまじき思考をしちゃったよ...

 

「意味なく一張羅...俺のだけど...を引っぺがすようなことはしないさ。傷口の治癒具合を見てたんだ。細胞分裂の進行具合は基本一定...だとするなら時間で逆算ですれば何時間で完全治癒かは算出できる。さすが女神の身体といったところか。今からだいたい36時間もすればすっかり治る。さて...ここで問題になるのは食料だ...イリゼ、下から二番目の左内ポケットの中に非常用食料があったはずだ。」

「おおう...ポケットの量多いね...っていうかこれ本来ナイフをしまってるポケットもあるんだ...えっと、これだね...」

 

私がポケットから取り出したのは黄色い箱に茶色い文字が書かれた箱。うん、間違いない。

 

「メイト...こういうところに来るとだいたいメイト食べさせられてるよね私!?今回はチョコレート味なんだ!?影君ならプレーンだと思ったよ!?」

「何をもってそう言った...普通チョコ一択だろ...嫌なら何かしら探してくるが...食料がある保証はないぞ。」

「食べるよ。ないよりある方がいいもん。」

「そうだよな。さて...食べる前に着替えろ。コートにこぼされてはたまったものではない。ほれ、籠だ。先食ってるぞ。」

「あぁ...そうだね。ありがとね影君。」

「別に、礼を言われることじゃない。」

 

そういう影君は籠とメイトの箱を交換するように受け取り、私に背を向けてメイトを食べ始めた。...ごめん、二人とも。影君の行動は悪気はないんだね。

着替え終わった私は服にある刺された跡が少し縫われていることに気づいた。糸なんてどこから...なんて思ったけどそれを考えるのは野暮かなとも思って私に背を向ける影君の背中にコートをかけたのだった。

 

「着替え終わったよ。」

「...そうか。ほれ。」

「ありがと。」

 

今度はメイトとコートの交換になった。影君はメイトを手放した直後にコートに袖を通してコートの中にいろいろなものを入れていった。ほんとにいろいろあるんだ...

 

「さて...先に行くか。」

「そうだね。」

 

向こうにはまた扉。

あの向こうには...またあんな戦闘があるのは勘弁だけど...何があるんだろうね。

 

「さぁて...行くか。」

 

影君と私は扉を開けてその向こうに進んでいった。

 

 


 

 

第三層というべきか。扉を開けた向こうは低い天井。狭い通路。高さ約2.3m、幅3.5mといったところか。

 

「狭いな。」

「狭いね。」

「そして正面は行き止まりか...」

「どうする?」

 

思考を走らせる。一面真っ白で光の反射とかは当てにならない。風も多分吹いていない。だとしたら...頼りになるのは音の回折...やってみるしかあるまい...指を鳴らしてみるか。

 

「いきなり指を鳴らしてどうしたの...?」

「回折はしている...だとするならここが巨大迷路だとしても抜けられるか。」

 

だが...右か左か。結局回折だと音が減衰する以上無理がある。手詰まりか...?

 

「迷路...ねぇ影君。迷路って、壁伝いに進めば必ず出口に行きつくっていうよね。それを試してみるのはどう?」

「...一理あるな。てことはまず左か...ゆっくり進めよ。」

「私だって安静にしろって言われてるんだからそれぐらいはっ...!?」

「イリゼッ!?」

 

突如、イリゼの足元の床が抜け、穴が生まれる。その下は観測できない奈落。冗談ではない...!

 

「ちっ...!」

 

左脚のブーストカートリッジを点火し、イリゼの腕を左手でつかみながら穴の対岸へ着地し、その慣性でイリゼを釣り上げる。

 

「にょわぁぁぁ!?」

「っと...心臓に悪いなこの仕掛け...」

 

釣り上げたイリゼをそのままお姫様抱っこし、元の道へジャンプして戻る。

 

「ありがと影君...助かったよ...」

「別に...だがこれを見ると...別の方法が欲しそうだ。そもそもどこに出口があるのかみたいなところではあるが...多分一番疲れる一番確実な方法をやったほうがよさそうだな。」

「そうなんだ...で、そろそろ降ろしてくれるかな...」

「言われなくてもそのつもりだ。」

 

イリゼを下ろし、それに入れ替わるようにシェアデュアライザーを装備する。デュアライズモードはまだ未調整...だとするなら...罠をすべて避けるよう正しい道を探すには...これしかないか。

 

shadow

 

「影君?それは...?」

「イリゼ...今から少し無茶をするから...少し待ってろ。今からこの迷宮を全探索する。」

 

arms drive singllized!

 

変身し、黒切羽を展開する。黒切羽からは一定の周波数の魔力波を放出させる。黒切羽は義眼の演算による遠隔制御で動くが、動力、マジカリークラフトの限界はある。マジカリークラフトは魔力を純粋なエネルギーに変えると言うが詳しい理論は茜の専門だ。俺が扱えているのはエネルギーを魔力に変換しているから...あくまで二回変換を入れているのはこういう索敵のようなことも想定されているから。最初のエネルギーはこちらの体力にほかならないわけだしな。だが、魔力波の放出は黒切羽の本来想定している稼働時間より短くなるということ。かなり疲れるが...一回で出来うる限りこの空間の地形を理解しておきたい。

 

「ソードビット...これをソナーみたいにするの?」

「察しが良くて助かる。それじゃあ観測、演算開始...!」

 

黒切羽を射出し、波の反射から壁の位置を演算、迷宮の構造を義眼に記録する。分岐のたびにいちいち調べないといけないのはおっくうだが、罠の事を考えると...全てを調べ尽くすしかあるまいよ...!

 

「とはいえ...広いな...」

「広いんだ...10分くらい経ったけど今どんな感じ?」

「広すぎて先が思いやられるが...まぁここらの周りはわかる程度だな。さて...ここからは体力勝負だから壁によっかかるとしますか。」

 

壁にもたれ、座る。身体全ての機能を迷宮の解析に集中させるんだ...

 

「持ってあと5分、か...休憩したら再解析だな、この広さは...」

「そんなに...?」

「あぁ...」

 

そこからさらに延々と解析を続ける。そして5分が経ち...黒切羽は全て活動を停止した。ここから先の解析は後回し。記録した構造情報と黒切羽の位置を保存して、その一連の流れを終えた後変身を解除して倒れ込む。

 

「影君!?」

「休憩だ。全体の見えない迷宮だが...ある程度どこが行き止まりなのかはわかった...もっとも正解の道がわからない以上むやみに動くのはよくないし...何より演算にリソースをかなり使った...食料もあんまり心もとない以上...眠るが解決法だろう。」

「眠るって...さっきあれだけぐっすり眠ってたじゃん...」

「反面、イリゼは座ってる俺を見てるだけで何もない迷宮で何をしようか困ってただろ。というわけで...今から俺は寝るからその間何かないか見張っててくれ。何かあったら...その時はしょうがないから叩き起こしてくれ。えげつなく不機嫌だろうが状況を調べるくらいはするさ。それじゃ。」

 

伝えるべきことを伝えて俺はまた眠りにつくこととした。

人間、食事より睡眠が大事だ。確実に。

 

「...まずい、ほんとにやることがない...」

 

意識が飛ぶ直前、イリゼのそんな声が聞こえた。

 

 




茜「私だったら相手にならない迷宮だねー、罠あり迷宮なんて。けどほんと、えー君の思考速度はえげつないなぁ...というかぜーちゃん何するんだろうね。いや、次回わかるんだけどさ。」

次回、「断章6 迷宮の先、予想外の場所」

茜「感想、評価、待ってるよー!」


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断章6 迷宮の先、予想外の場所

「さて、影君が寝ている間に私も状況を整理しないと。とはいっても...影君がどこまでこの迷宮を解析したかわからない以上、下手に動くわけにはいかないんだよね。」

 

どうしたものか...ここで動けない以上今ここでできることを...影君の見落としてそうなところ...たしか最初は足元を見落としていたからもしかして...!

 

「やってみよう、前に落とし穴踏んだことがあるから慎重に...」

 

バスタードソードを持ち、床をつついていく。もちろんすぐ見つかるわけじゃないんだけど...影君もがっつり地道なことやってるからね。私も私にできること...それをやらなきゃ。

 

そう思って数分、不意に床の一部が凹む。

 

「あ...やっぱりこういう仕掛けがあったんだね...」

 

ゴゴゴ...と低い音を立てて最初の扉が開いていく。まさか逆戻りのためのスイッチ...?って思ったらそこにはキッチン一式と冷蔵庫...これまさか...

 

「都合がいいとは思うけど...冷蔵庫の中身を見ないわけにはいかないよね、メイトだけでは飽きちゃうし...さて中身は...おおう、結構がっつりいろいろあるね...だったら何か作ってあげなきゃかな。」

 

実際私もお腹すいてきたし何より何かしてないと暇になっちゃうからね。何作ろうかな...ってあれ?この冷蔵庫...肉がない...?いや、別に肉が食べたいわけではないんだけど、栄養偏らない?大丈夫?...まぁ豆腐あるし...味噌汁でも作ろうかな。

 

「こういう空間で料理をするのももう慣れちゃったなぁ...」

 

味噌汁を作ること十数分、完成したはいいものの影君は全く起きる気配がない。ぐっすりというよりかは気絶というほうがしっくりくるくらいには微動だにしていない。

 

「影君...しかし全く起きないね...」

 

すぅすぅと寝息を立てて眠ってる影君は起きている時の冷たさはどこにもない、ただの一人の青年の寝顔を見せている。何言ってるんだ、って自分でも思うんだけどね。というか気になるのは頭を固い床につけて眠れてるのがすごいなって思ったり...というかこれ起きた時が痛いんじゃ...枕とかはどこにもないし...かといってそのままなのもなんか気づいちゃったから気になるし...ええいままよ!

 

結果私は影君を膝枕することにして...起きるまで待つことにするのだった。しょうがないじゃん!ほっとくわけにはいかなかったんだもん!

 

 


 

 

「......ふぁぁぁ、何時間経った...っておいこれはどういう状況だ。」

「あ、起きた?私が膝枕しはじめて大体30分、そろそろ脚がしびれてきたなーって思ったところだよ。」

「そうか...よいしょ...」

 

起きたら頭がイリゼの膝の上とかいう茜にもブランにも確殺ムーブをかまされる危機的状況から脱した俺は起き上がり、再び解析に取りかかろうとする。

 

「待って影君、お腹すいてない?」

「...すいてるが...まさか寝ている間に食料の調達を?」

「ふっふーん、しておいたのだー。味噌汁できてるよ。」

「そうか...じゃあいただくとするよ。今立ち上がったら血糖値が低いって警告が出たからな...」

「その義眼そんな警告まで出してくれるの!?」

「そりゃ低血糖は命に関わるからな...」

 

言ってて思ったが味噌汁は低血糖に効くのかとも思ったがこの際空腹感を消せればそれでいいまである。腹が減ってはなんとやら、だ。

 

「いただきます。」

 

暖かい。豆腐とわかめの至って基本的な味噌汁だ。一口飲んで、飲み込む。身体中に染み渡るような感覚。味噌汁を飲む時の特権と言えるものだ。

 

「美味しい......」

「よかった。そこそこ限られた食材で作ったから口に合わなかったらどうしようと思ったよ。」

「...似てるな、この味...明の、味噌汁に...」

 

お椀の中に浮かぶ豆腐を見ながら、在りし日の追憶が脳裏を駆け抜ける。あの頃もこんな感じだったっけ。もう遠い。

 

「影君...?」

「いや、すまない。明に重なるんだ、色々と。もしかしたらあの子は今頃...きっとイリゼと同じくらいの身長になってたかもしれない、そう思ってしまうんだ。姿はそんなに似ていないというのに、どうしてだろうな...」

 

味噌汁を飲み干し、空のお椀を見る。

 

「そっか...」

「ごちそうさま、それじゃあ再解析にでも行くか...」

「待って影君。終わりそう?」

「どうだろうな...何回かかかりそうだが...どうなんだろ。できうる限りはやってみるさ。」

 

再び変身し、黒切羽をさっきまで探索していたところまで向かわせる。

 

「明...じゃなかったイリゼ、解析終わらせ次第...あればだけど、さ。キャベツと油揚げの味噌炒め、頼んでいいか?」

「またそんなピンポイントな...」

「好物でな...不足しがちなたんぱく質をそこそこ補える...」

「不足しがちって...それ単に好き嫌いじゃ...」

「いいや、もう食べられないんだ、肉や魚は。自分自身の今までを振り返れば当然と言えば当然なんだけどな。食べようとも思えない。俺は...奪うだけだ。」

 

いつからだろうか、動物性たんぱく質がを身体が受け付けなくなったのは。いやまぁ、当然と言えば当然なんだけど...最近はもっと食欲が落ちてきたんだよな...

 

解析しながらそんなことを思う。イリゼは何も言わなかった。何か言おうとしてたけど、やめた様子だった。...俺はこのイリゼという女神が明に重なっている、そして同時に怖い。あまりにも優しく、あまりにもすぐに人を信用している。疑うことを知らぬ無垢な少女だ。ゆえに怖い。他人のためというか、「信じる」ということを信じすぎている。戦ったときなんかがそれが顕著だった。言葉にならないほどの恐怖だった。もっとも、一番怖いのはこのイリゼが他人を信じたがゆえに命を落とすことである。別にどうなろうと俺には関係がないが...そして女神はそうそう死ぬことはあり得ないが...それでもこの子は俺と同じように自分の命を何かと引き換えにできる。そう確信している。

 

「どこまでも真逆でどこまでも同じか...嫌なものだ、本当に...だが...悪くないと言えば悪くない。っ...!」

「影君?出口見つかった?」

「壁にそれこそ扉のような隙間というか溝がある。そこまでの最短ルートも解析済みだが...罠がないか調べないといけない。すぐ戻る、安全だったらまた一品食べ次第出発だ。」

「わかった!」

 

とまぁようやく迷宮の構造を解析したところでこれが正しい道なのかどうかの確認だけはしなければならない。こればかりは人力だ。だが...

 

「大した罠もなくついてしまったな...間違いないだろう。」

 

結果は大当たり。帰る道もわかっているから同じ道を通り...そこそこの距離だったが無事にスタート地点に戻って変身を解く。

 

「おかえり影君、どうだった?」

「大当たりだ、次へ行ける。」

「よかったー...けどこれ第何層まであるんだろうね。」

「さぁな。わからん。できれば一桁であってほしいけどね...」

「だね。はいこれ。頼まれていたキャベツと油揚げの味噌炒め。影君結構質素な味付けが好きなんだね。」

「質素、か。そうかもな。いただきます。」

 

イリゼの料理をほおばりながら俺は考えていた。

この空間はなぜ、こんな不安定かつ意味不明なのか。だが、解析してひとつ仮説ができた。もしもこの仮説が正しかったとするなら...ここに長居してはいけない。

 

「ごちそうさま。」

「おそまつさま。おいしかった?」

「あぁ、とても。それじゃ行こうかイリゼ、次へ。」

「洗い物とか片付けは?」

「して何になる。俺ら以外はいないんだぞ。」

「それでも...ほっとくなんてできない!」

「...そうかい、じゃあ手伝うよ。」

 

長居してはいけないのだが...やれやれせかすのも悪いな、ほんとにやりにくいぞこの子の相手は...茜に何されても文句は言えないな、まったくもって。

 

 


 

 

影君が迷宮を突破してくれたことにより私たちは第四層に足を踏み入れることになったんだけど...扉を開けるとそこはだだっ広い平原。そう、まるでバーチャフォレストだった。いきなり色がある空間に放り出されたからびっくりしたよ...

 

「バーチャフォレスト...?」

「みたいだな...やっぱりそうか。」

 

びっくりしたのもつかの間、影君が何かに気づいた。

 

「やっぱりって...どういうこと?」

「この空間の特異性、成り立ち、その仮説が証明できそうなんだ。だが...果たしてあり得るのだろうか。本来共通集合は空集合であるはずの二つの世界が近づいて共通部分が生まれたという...無茶な仮説が。」

「平行次元の接近...ってこと?」

「そういうことだな...世界を破壊し世界をつなぐ以外の解決策がほしいな、これは。」

「マゼンタ色の世界の破壊者さんじゃんそれ!たしかに壊されるのは嫌だけどさ!」

 

影君の口から出たのはまじめな推察とそれにまつわる不真面目なボケ。

ほんっとにこの人油断ならないんだけど!実は茜はああ見えてすっごく影君の扱いに苦労してたとかそんな話があっても驚かないよ私は...

 

「ともあれ...それしかありえそうにないのもまた事実。後は証明するだけだ。まぁ、ここに記すには余白が少なすぎるんだけどな。」

「...それ、証明は次回ってこと!?」

「そういうことだ。」

 

 

 

 




茜「集合の共通部分が空集合ってことはつまりまったくもって別物ってことを表してるよ。えー君ほんと難しいことをぺらぺら言うから困るなぁ...私?私は今ここにある台本読んでるからだいじょーぶじゃないよ!それでいいのかってえー君は言いそうだけどね!」

次回、「断章7 証明の前に露払い」

茜「感想、評価、待ってるよー!」


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断章7 証明の前に露払い

「さて、と。証明の時間だ...」

 

索敵を入念にしながら周囲を見渡す。ここが本来のバーチャフォレストならモンスターは取るに足らない。だが、ここは全くもって訳が分からない世界。何があってもおかしくない。そんなさなか、ひとつの反応があった。

 

「10時の方向、ひとつ!」

 

シャドウ-Cを構える。が、その方向にはいない。てことは上か...!

 

「影君!」

「ちぃ...!」

 

上に向けるより斥力フィールドを展開しながら下がった方が早い。イリゼも気づいたようだ。だが...こいつは強敵...!

 

「......!?」

 

着地した敵影を見る。間違いない。あれは俺だ。俺の姿を投影した、質量のある虚像。虚写し...!?

 

「そんなはずはない、だが...」

「あれは、影君...?」

「あぁ...俺自身そのものだ。」

 

自分自身と戦うことはない。故に自分の考え方を客観視する必要がある。だが、『凍月影』を模したのなら...自分自身を客観視しないといけないというその思考の間を突いてくる。故に...動けない。

 

「っ...」

 

俺と俺みたいな何かは微動だにしない。イリゼも動かない。なんならイリゼはまだ完治とは言えない...だから俺が戦わなきゃなのだが笑えないくらいには動けない。動いた方が、負ける。

 

「イリゼ、この戦いはお前がマスターピースだ。とはいえあれが俺の思考パターンとかを確実にコピーしている場合...何とも言えないがな。だが頼む。このまま微動だにしないのは時間の無駄だからな。」

「......うん。」

 

ふぅ、と一呼吸置く。コルトガバメントのリロードは済ませた。なれば、もう止まっていても仕方がない。

 

「行くぞ!」

 

発砲と同時に突撃、同時に斥力フィールドを張りながら俺のような何かの出方をうかがう。俺なら先手を打たれた場合斥力フィールドの展開あるいは回避から反撃に移る。

 

「影君と戦うのは...二度目になるのかな!」

「イリゼは...いや、この戦い、任せる!」

「えぇ!?さすがに二回目とはいえど厳しいよ!?」

 

それはその通りだ。それにイリゼはまだ胸の傷が完治していない。だが...この場合俺は俺の思考をもとにイリゼを動かすことに集中できる。勝つために。

 

「わかってるさ...イリゼ、お前の戦いをしろ。47秒後に飛んでそのまま、その32秒後に同様に。」

「う、うん!」

 

俺のような何かはイリゼを無視して俺の方にくる。それはそうだ。俺だって、そうするんだからな...

 

「させない!」

 

だが、そうはイリゼがおろさない。そして、イリゼの対応は片手間でできるものではない。

 

「とはいえ...っと、47秒...今!」

「いい子だ!」

 

シャドウ-Cには加速式貫通弾。一撃では仕留められんことくらいわかっている...!

 

「...!」

「防ぐか...!」

「でも!」

 

イリゼが攻勢をかける。加速式貫通弾で穿った防御や崩したバランスはイリゼにとっては付け入る隙となる。

 

「次、32秒...!」

 

飛んだイリゼ。同様の動きに俺を警戒する俺のような何か。だが、これはブラフ。本命は...

 

「やっぱり影君、一番伝えたいことは黙ってるんだね!」

「二度目なら見破ると思ってな...」

 

俺に対して警戒した俺のような何かはイリゼに対しては警戒の度合いを下げた。それが敗着。俺だってそうする...敗着だ。

 

「せぇい!」

 

イリゼの上からの斬撃がクリーンヒット。この一閃だけあれば、勝てる。

 

「貰った...!」

 

コルトガバメントとナイフで急所を狙い、イリゼはこちらの攻撃を目標が避けたところを詰めて無事に撃破する。

 

「ふぅ...疲れたな...あぁ、疲れた。」

「そう、だね...って実際は5分くらいだよ!?なんなら私戦ってたの2分じゃん!」

「そりゃぁな...だがな、自分自身を鏡に映したようなやつと戦うのは本当に疲れる...証明は次回だ。今はオーバーヒートしつつある思考回路を休めないといけない...」

「えぇ...また伸びるの...?」

「大丈夫だ、年内には証明も終わらせておさらばするさ。」

「メタい!メタいって影君!」

「なんならこの話2000字行ってないからな...つまり、そういうことだ。」

「そういうことだって...茜もびっくりだろうねほんと...」

「本来なら茜の役回りなのだがな...まぁいい。寝る。」

「あぁうんおやすみ...って寝るの!?また寝るの!?」

「情報整理は睡眠が効率いいんだよ。まぁ軽く30分くらいだ、ちょっと待ってろくらいの感覚だよ...さてはてどうしたものか。」

「どうしたものかも私が言いたい...」

「まぁ、あれだ。おやすみ。」

 

意識を再びどこかへと飛ばし、草むらの上でそよ風を布団にして眠ることにした。

 




茜「えー君の睡眠は食事より重要だったりするぞ!ぜーちゃんはそれに気づくかな!?」

次回、断章8「現空間が二つの次元の直積集合の部分集合であることの証明」

茜「感想、評価等、待ってるよー!」


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断章8 現空間が二つの次元の直積集合の部分集合であることの証明

影君のような何かを倒した後、影君はぐっすり眠り、私はまたまた手持ち無沙汰になったわけなんだけど...30分くらいなら思いついたことを手当り次第にやっていたら過ぎていく。

 

「ふぁぁ、さて、30分眠ったことだしいよいよ証明の時間だ。」

「起きたんだね影君。水あるよ?」

「サンキュ...」

 

影君の考えていることは私にはわからない。だから話してくれることを待つ。

 

「ふぅ...なぁイリゼ。仮定の確認だ。俺とお前のいる次元は違う。それでいいよな?」

「うん、そうだよ。」

「おーけー、じゃあ便宜的に名前をつけたいのだが...」

「名前?信次元だよ?信じるの信。」

「ほーん、じゃあ俺の次元を影をもじってA次元、信次元を信じる、BelieveとかけてB次元と呼ぶ。」

「きれいにAとBになったね...」

「それはいい。この時A次元の存在はA個の変数、B次元の存在はB個の変数で表される。」

「変数...!?早速わかんなくなってきた...」

「まぁ待て。簡単に言えば俺はA個、イリゼはB個の変数で表されるという仮定の話だ。ところで...今俺がお前の額を指で押すとする。この一点はA次元でありB次元であるわけだ。なんなら頬に手のひらを滑らせたら曲面がA次元かつB次元になる。」

「ナチュラルに優しい手つきでほっぺたを撫でられてただでさえ入らない内容がもっと入んないんだけど...」

「そうかい、まぁ簡単に言えばこの空間はA+B次元空間だ。であるが故に、俺とお前は存在できている。まぁこういうのを直積集合というのだがそれはまぁおいおいとして、さて、A次元かつB次元である空間だが、これはA次元の部分集合であり、B次元の部分集合である。また、ここがA+B次元の全体集合だった場合、どちらかの次元にしかいないものが全てなければいけない。当然俺たちだけじゃないはずだ。よってここはA+B次元の部分集合である。」

 

待った結果...さっぱりわからなかった。もう全く何を言っているのか...そういう世界。

 

「つまり...?」

「つまり、そういうことさ。まぁこれをどうこうしたところで脱出方法は未ださっぱりなんだけどな...」

 

そして影君の口から出たのはそれがわかったところでどうにもならないということ。

 

「それに人為的なのか自然にできたのかもまだわかってない、階層構造なのは一体なんのためなんだ?そもそも...なんで俺たちなんだ...?」

 

さらに湧き出てくる疑問。不思議に思うことはこれだけではとどまらない。

 

「なぁ、イリゼ。また何か見落としをしている気がするんだ。しかも根本的な何かを...すべてを打開できるやもしれないのに、何もできないこの見落としはなんだ...?」

「それを私に言われても...」

 

影君の思考を私が理解できていない以上、変に影君の考えにツッコミは入れられない。だとするなら...私が突っ込めるのは一箇所だけ。

 

「あ、そもそも考えるべきことが違った...なんてことはない?」

「......」

 

沈黙。影君は顎に手を当てたまま...微動だにしない。そして不意に「そうか」とだけ言って歩き始めた。

 

「何かわかったの...?」

「あぁ...お手柄だイリゼ...確かにここは直積集合、それは何も間違ってない。だが俺たちは元ではなく像だった。だからこの空間に適した諸々がある...何も間違ってないが...強いて言うなら感覚が違うんだ。俺たちは...写像の中にいる。」

「うん、わからないということしかわからない...!」

「だろうな...だがこの場合核が存在しているんだ。核空間というものだが...数学的にはそれは壊せないが『世界』という意味で『次元』という言葉を使ってるこの世界であるならば...核空間さえ何とかすれば、像は成立しない...つまりは帰れるということだ。」

 

影君は空中のとある一点にナイフの先を向けていた。

 

「ラストダンジョン...というかラスボス戦への準備はどうだい?俺はできてる。」

「私も...できてるよ。実感はないけどね。」

「...だろうな。それじゃあ核空間へ...行くか。」

 

そう言って影君は手元でナイフを動かして...瞬間、足元から視界から、何から何まで歪んでいった。

 

「──ッ!?」

「想像以上だ、これは...!」

 

そこはあまりに『無』を体現するにはふさわしい場所であった。

 

「何も、なさすぎる...!」

「いや、『無い』は『在る』...数学的に言えば、核空間は連立方程式の解集合...つまり零なんだ。この零を0出ない実数にできたのならOKなのだが...そうは問屋がおろしそうもない。なんせ法則への干渉だ...守護者みたいな何かがいるよなぁ...」

 

私たちの目の前には靄がかった龍。

あの巨人とはまた趣向の違う巨大な何か。

 

「はぁ...とりあえずあれ、片付けますかな...」

「うん!」

 

私はバスタードソードを、影君は拳銃を構えて、靄がかった龍に向かうのであった。

 

 




茜「えー君の言ってること、全然わっかんないなぁ...いや、もうほんと何言ってるの...?」

次回、断章9 零との戦い

茜「感想、評価等、待ってるよー!」


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断章9 零との戦い

さて...核空間に入ったはいいが...まずここには重力がない。だのに身体が重い。長居はできないか。

 

「それにあいつ...何をどう演算しても0だけだ。空間もしかり、さっき俺たちがいた空間しかり...だからこいつを仕留めればいいんだけど...」

 

どうする。闇雲な攻撃は意味が無いし物理的干渉は...いや、やってみなくてはわからん。

 

「まず一発か...!」

 

コルトガバメントで一発頭と思われる部位に発砲するが全く何もないように銃弾は素通りしていった。

 

「素通り...!?」

「やはり...来るぞ!」

「えぇ!?」

 

Arms drive singllized!

 

変身できない上、無重力なこの空間ではまだ手負いのイリゼが狙われたら何かしらの向こうからの物理的干渉をされた時点で終わり。だから変身してイリゼを引っ張り距離をとる。とったのだが。

 

「...!?」

 

瞬間だった。なぜ避けられたのかはわからない。が。避けた先に棘があった。鋭く、確実に屠るという意志のこもった棘が。

 

「影君...!?」

「かすっただけだ...だが...手詰まりか?茜がいればとも思うが結局結論は同じだろう...思いつく方法はあのわけわからん龍に干渉できるようにすること。通常の物理法則なら向こうがこちらに干渉できるならこちらも干渉出来なきゃおかしい...!」

「来るよ!」

「ええい、考えさせろよ!しっかり掴んでやるからちぎれるなよ!」

「え、ちょ、むちゃくちゃなぁ!?」

 

イリゼをしっかり左腕で掴み、空間を縦横無尽に駆け巡る。避けるだけならできる、が...反撃となると...!

 

「影君、上!」

「...ッ!」

 

思考を挟めばその分周りが見えない。イリゼの声がなければやられていたな...

 

「こちら側の物理法則が成り立たない...それはおそらく次元が違うからだ...『世界』という意味の次元ではない、数学的別次元...だのに向こうからこちらに干渉できるのは奴の攻撃が乗算だからだ。0は何に掛けても0だからな...だからどうしようもない...対してこちらの攻撃は加算、あるいは減算だ。一度の干渉で0以外にはできるが...0以外には干渉できない。...とするならば...」

 

ひとつ思いついた仮説。だが...あまりにも巨大で弱点が見えない...!

 

「影君...?」

「掴んでいろ。」

 

黒切羽を展開してビームを撃ち込むと同時に奴の中に数本黒切羽をねじ込む。

 

「乱れ撃つ。」

 

ねじ込んだ黒切羽を狙ってビームを撃ち込む。無論黒切羽はビームを反射するが...

 

「────!?」

「効いた...?」

「身体の一部の成分が0でなくなった、だから通じたんだ、攻撃が...だが俺でできるのはせいぜいこの程度...奴を仕留めるには程遠い。...それに...!」

 

龍の攻撃が苛烈になる。イリゼを引っ張りながら避けるにも限度がある。

 

「倒しきれない、か...!」

「打開の手はあるが...賭けだ。イリゼ、お前に賭ける。それしかない。」

「私に...?」

「あぁ...お前の血液をさらっと調べたら、驚くことにほぼシェアエナジーでできていた。元来シェアエナジーというものはさっぱり構造がわからない。であるが故に...いや、説明する余裕もない。ぶっつけ本番、疑似シェアエナジーの弾丸をお前にねじ込む。」

「弾丸である必要性は!?」

「一瞬で終わること。減衰が少ないこと。そして何より、勢いがある。」

「勢いって...」

「安心しろ、死にはしないように細工してある。もっとも失敗した場合のことを考えると...いや、やめよう。できるだろ、イリゼ。」

 

イリゼに問う。無理やり変身させて手数と余裕を増やす作戦だ。

 

「うん、できるよ。影君は...そう信じてるでしょ?」

「まぁ、な。五分といったところだが。」

 

イリゼの言う「信じる」というフレーズは好きじゃない。だが...乗ってやるか。

 

「でも、頼りにはしている。」

 

擬似シェアエナジーの弾丸をシャドウ-Cに装填し、イリゼに向ける。

 

「銃口向けられるのは...やっぱりなんか緊張するね...」

「安心しろ、痛みは一瞬だ。」

「え、痛いの!?一気に不安になったんだけど!?」

「つべこべ言うなって、の!」

 

四の五の言うイリゼにもう合図もなしにシェアエナジーの弾丸を撃ち込む。

 

「しかもいきなり...!?けど、これなら...!」

 

イリゼを光が包む。こちらも本領発揮といこう。

 

purple heart

black heart

 

「さて...と。」

「いっちょ派手にやりますかね。」

 

duallized!

 

零なる龍を眺めるは、女神の力を纏いし悪魔と、原初の女神の複製体。

 

「182秒...それだけあればカタがつきそうだな。しかし、イリゼ...何か知らんが血の気が引いてきた。いや原因はわかるけど。」

「えぇ...ここから本番という時に貴方は何を言ってるの...」

「まぁいい、か。それじゃ...作戦は至ってシンプル。奴の中で俺らがドンパチやればいい。それだけで勝手に奴はダメージを受ける。こちらに干渉することができるのは攻撃の瞬間だろうからな。」

「それじゃ...こんなのはどう?」

 

イリゼはそう言って数本の剣を空中に精製した。それはまるで某英雄王のごとく。

 

「そういうことなら安全に行けそうさね。一応、乖離剣でも用意しておいてくれ。んじゃ...狙ってこい!」

 

俺は奴の中へ飛翔する。

 

「乖離剣って...けど、影君なら言うと思ったかな!」

 

イリゼが各種武器を俺に向けて射出する。俺は刀を顕現し、龍の体内で射出されてきた武器を滅多斬っていく。

 

「───────!?」

 

龍はそれはそれは苦しんでいる、だが苦しんでいる程度だ。そして向こうはイリゼに攻撃をしようとしている。だったら。

 

「イリゼ!来い!」

 

 


 

 

影君に呼ばれ、私も龍の中に入る。

実体も何も無いから入るというにもなかなかに変な表現なんだけど...問題は入った直後。

 

「...!」

「見切るか。」

 

影君の斬撃がしっかりと私の首筋を狙ってきたことである。共闘していたはずなのに...!

 

「どういう風の吹き回しかな?」

「おいおい、説明しなきゃわからないとか言わねぇよなぁ、原初の女神さん、よ...!」

 

まぁわかってるんだけど、影君の斬撃はよりキレが増して避けることが出来そうにない。いや、避けなくていいんだけどさ。

 

「全く...そうやって君は必要な情報も話さないんだから...茜もたまに困ってるんじゃない?」

「茜にわかるのは茜自身がわかる情報だけ。俺の深い演算は茜が預かり知らぬことが諸々ある...まぁだいたいその難しいところ以外は全部看破されるから困ってるのは...逆に全部説明した時かな!」

 

影君と会話しながら龍の中で切り結ぶ。

龍はその度に苦悶している。普通に中で斬ってるぶんには反応がないのに、鍔迫り合いなんてしてたら苦しそうにしている。なぜ?

 

「こいつは全て0でできている。0以外は実体だ。そしてこいつは外から0以外には干渉されない。だが中ならどうだ。さっき試したら効いた、それが答えだ。というわけで...長話もなんだ、大技で片付けよう。」

「言ってることの半分はわからなかったけどそれには同意だよ。それじゃあ...!」

 

私は長剣を高く構え、シェアエナジーを背中に集中させる。

 

「なるほど、だとしたら俺は...!」

 

影君は刀に雷を纏わせて私を見据える。

 

「《天舞陸式・皐月》ッ!」

「《紫一閃・雷波》ッ!」

 

二つの刃が点ではなく線でぶつかり、龍を裂く。

 

「出し惜しむな、すべて吐き出せ、イリゼェェェッッ!!!!」

「ッ...なら、望み通りそうさせてもらう!」

 

それで止めることなく私たち二人は押し合い圧し合い、龍のいたるところを駆け巡って最終的に弾かれて距離をとる。

 

「──────!?」

 

そして、龍は消え去った。

 

「存外あっけないものだったね...っ...」

「そうだな...傷が開いたか?」

「少し、ね。とりあえず女神化解除してゆっくりしたいよ。」

「周囲の状況がだいたい核空間に入る前になっている。崩壊したと考えるならこの空間もまぁ長くは持たないだろう。結局一体何のためにこの空間が作られたのかはわからずじまいだがまぁいいだろ。ゆっくり休め。いずれ時間が来るさ。」

 

影君はそう言って変身を解き、私も女神化を解いた。

胸の傷は少し開いていて、血も少し出ていた。

 

「...やっぱり開いちゃってたか...」

「...応急処置だ。」

「え?ちょ、冷たっ!?」

 

開いていたことを確認した後どうしようかなって思ってたらいきなり影君の左手が伸びてきて驚いて、そして急に傷の周りが凍っていくことでさらに驚く。

 

「動くな、服の繊維の水分までもっていくとこだったぞ。」

「う...ちなみに水分持ってかれるとどうなるの?」

「...簡単に言えば穴が開く。」

「ナチュラルに危険と隣り合わせなことをやるねほんとに!?」

「動かなきゃ何も起きないって...」

「いや事前になんか言ってよ!」

 

結果、止血はされたけど影君の自然なデリカシー皆無な行動にやっぱり慣れないことに。いや、まぁ...影君の性格的にあんまり会話をすることをしてこなかったのかな...なんて思った私。

 

(そういえば、影君と戦ったとき、影君は気になることを何個か言っていた...それに二回くらい戦ったり、行動していくうちにわかったけど、影君はきっと私には想像もできないつらいことを何回も経験している...茜の影君の話の後半がやっとわかってきたよ...)

 

「ったく...いちいち要求が多いんだよお前は...」

「逆だよ、全く要求されなさすぎなの、影君は!」

「そうは思わんが...でも数より質だからな、茜の場合...」

「質?」

「あぁ、俺が死ねば後を追うと宣言しやがった。」

「重い...ッ!愛が重い...ッ!」

「まぁこれぐらいが普通の世界だからな、俺の場合...いたって普遍な要求は逆に新鮮かつ不自然で驚かされるよ...さてと、お前の傷がふさがり次第、撤収だな。」

 

影君の言った撤収って言葉。そっか。この世界からそろそろ私の、影君は影君の世界に帰らないといけないんだ。

 

「撤収...そうか、そうだね。」

「俺から言わせてもらえるとするなら...本調子が全く出ない状況でよくもまぁここまでできたものだ...あー、早くぐっすり眠りてぇ...最低でも15時間...」

「寝すぎじゃないかなそれは!?」

「ちょくちょく寝てただろ?あれは応急措置なんだ。本来の睡眠の質には遠く及ばない...こう、安心感がどこにもない。戦場の最前線でいつ襲撃されるかもわからないまま安心して眠れないのと同じだ...」

 

影君の例えは妙に現実的で私の心はざわつく。

知っている、体験しているレベルの言葉の重み。そういえば影君は茜の話はしたけど自分自身の話は全くしていない。聞きたいわけじゃないけど...きっと聞いたら後悔しそうだけど、気になる。

 

「影君は...いままで何を見てきたの?」

「...地獄よりもひどい風景さ。自分自身が作り出して、自分自身で壊している、ただの地獄より酷い風景だよ。明、俺はどこで間違えたんだろうな。正しいと信じていたことは間違ってなかったはずなのに。」

 

遠くを見る影君は、悲しそうだった。

 

「きっと、何も間違えてないんじゃないかな。そう、信じてるんでしょ?」

「...今のは明に訊いたんだ、イリゼじゃない。」

「んなっ!?」

 

そんな影君の問いに答えたらあしらわれた。

うぅ、酷いよ、ちゃんと考えて答えたんだよ!?

 

「さて、と。感傷に浸るのもいいが最後の仕事だ、出口を探しに行こう。どうもここは不親切な設計で、ボスを倒して終わりじゃないらしい。」

「そう、それじゃあ、行こうか。」

 

そして私と影君は何もない空間を歩き始めたのだった。

 




茜「次回でえー君とぜーちゃんの話は終わりだよ!長いようで短かったね!そろそろ私の出番が欲しいよ!」

次回、「断章10 別れ」

茜「感想、評価等、待ってるよー!」


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断章10 別れ

コラボ完結ですよ!
さくっと行きましょうさくっと!


「ここか。」

 

歩き続けて数分、俺とイリゼはふたつの扉を見つけた。それぞれがそれぞれの世界に戻るための扉。不思議と、どちらに行くべきかはわかる。

 

「もうお別れなんだね。なんか、すっごい色々あったからとても長い時間を過ごしたような、そんな気がするよ。」

「俺もだ。いやはや、まさか初対面の少女と茜の話をすることになるとは到底思いもしなかったけどな...」

 

扉の前でのんびりと会話しながら今までを振り返る。長いようで短く、短いようで長かった。

 

「でも、そのおかげでこのよくわからん空間を協力してどうにかすることはできたのだから...持つべきものはなんとやら、だな...」

「そうだね...途中色々あったけど...ねぇ影君。」

「無理だ、諦めろ。」

「まだ何も言ってないよ!?」

「大方は読める...悪いが前にも言った、俺にはこの生き方しかできない。今更変えられるか...だからせめて...背負うのは俺だけでいいんだよ...」

「っ...結局、変わらないんだね。」

 

イリゼは信用、俺は排除。

何も変わらない。それでいい。

 

「あくまでも、悪魔であって...人間であって...神ならざる故に裁かれる。それでいいんだよ。」

「...本当に?それじゃあ茜を...」

「っ...お前のような、勘のいい女神は...いや、わかるか。わかるはずだ。俺だけわからなかっただけで。」

 

思えば...そうだ。いつだって俺はそうだ。自分自身は勘定には入らない。入れるだけ無駄だ。だが...茜は...

 

「...嫌なものだな、簡単に死ねないというのは。本来なら、俺は生きてちゃいけないはずなんだ。死んでなきゃダメなんだ。4桁5桁殺して、生きてていいはずがない。」

「......」

「イリゼ、お前は俺の未来のためにとか言ってあんな無茶をしでかしたわけだが...ねぇよ、俺に未来なんてどこにも。あってたまるか。存在しちゃいけないんだ、そんなものは。」

「そんなこと...そんなこと無い...!」

「...眩しいな、イリゼは。」

 

俺は俺の在り方をまた否定したイリゼの頭に右手を乗せた。イリゼの目を見て、俺は思った。きっとこの子は俺みたいな人間は見たことがない。だからこんなにもまっすぐでいられるのだと。それゆえに、俺はイリゼの頭を撫でた。

 

「え、影君...?」

「その眩しさを、信じる心を、揺るがぬ芯を...失うことさえなければ、また少し違ったのかな...」

「え...?」

 

困惑するイリゼ。それを後目に、俺は俺の世界への扉の戸を開ける。

 

「じゃあな、イリゼ。出来ればもう二度と会いたくないかな。茜と一緒だったらまぁ、いいけど。」

「今サラッと傷つくようなことを言ったね!?フォロー入ったからいいけど...でも、またね影君。私は、貴方を変えることを諦めたりなんてしないから。茜によろしくね。」

「...そうかい。」

 

それが、俺とイリゼの最後の会話だった。

 

 


 

 

次に目が覚めたのはあの空間に行き着く前に泊まっていたルウィーのホテルの一室だった。

 

「おはよーえー君。ゆっくり眠れた?」

 

懐かしさすら感じる聞きなれた声。そうか、帰ってきたのか。俺の戦場に。

 

「...全く寝た感じがしない...そんな長い夢を見ていた気がするんだ。」

「夢?えー君が夢を見るなんて珍しいね。どんな夢だったの?」

「果たしてどう説明したものか...けど、茜。イリゼ...原初の女神の複製体って覚えているか?」

 

イリゼの名を出した途端、茜は目を見開いた。とても驚いた様子で次にはこういった。

 

「ぜーちゃん?覚えているも何も、忘れるわけないよ。...そっか、えー君ぜーちゃんに会ったんだね。似てたでしょ?そして...真逆だったでしょ?」

「そうだな...その通りだ。茜によろしく、だとさ。」

「そっか、元気そうだった?」

「それはもう。...なぁ、茜。」

「なぁに、えー君。」

 

いつの間にか隣にいた茜の肩に頭を乗せる。暖かい。

 

「少し、このままでいさせてくれ。疲れた...」

「...いーよえー君。好きにして。」

 

これで、訳の分からない空間の中の話は終わった。これからまた、理不尽な世界と向き合う戦いの日々が始まる。

 

「...暖かいな...」

 

せめてこの暖かさだけは護ると決めて。

 

 

 

 

 




コラボ完結!シモツキさんありがとうございました!
積もる話は後で活動報告にぶん投げます。

次回、第25話「緑の大地と過去からの刺客」

感想、評価等、お待ちしてます!


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第25話 緑の大地と過去からの刺客

あの空間から帰って来たあと結局二度寝をし、茜とネプギアはルウィーで一日ゆっくり過ごし、今俺たちはその休みを取り戻すように気持ち急いでリーンボックスに向かっているのだった。

 

「茜、この近くに犯罪組織のアジトとか、そういうのはないのか?」

「そーだね。一箇所あるよ。...にしても、久しぶりだなぁ、リーンボックス。ほんとはあんまり来たくなかったんだけどね。」

「そうなんですか...?」

「うん、昔の話だけど、私はリーンボックスに住んでたからね。ちっちゃい頃に。」

 

茜の過去。そこから先を聞いたことのある俺は茜の話を遮ることにした。

 

「そうか...俺も世界を救うとは言えど...ここの女神はあわよくば切り捨てたいよ。」

「何を言ってるんですか!?」

「そーだよえー君。えー君の気持ちはわかるけど...世界を救うというのならちゃんと四人とも助けないと。」

「わかってる。冗談だ。私怨で国ひとつは見捨てねぇよ。」

「ガチのトーンだったけどね...」

 

実際ベールは俺には無理対面だ。どれぐらい無理かと言えば素手でダイヤモンドを割るくらい無理だ。無論ベール本人は過去のトラウマの原因とは全く無関係ではあるが...だがしかし死にかけた事実は恐怖以外の何者でもないわけであって。

 

「大は小を兼ねない...有は無ではないからな...」

「うん、ブランちゃんに聞かれたら殴られてるねえー君。私だからいいって思ってない?」

「どーどー、俺はもうこうとしか考えられないんだよ...ごめんよ茜。」

「はぁ。...そうしちゃったのは私のせいでもあったりするんだよね...えー君を歪めたのは私かもしれないなぁ...っと、ここだよえー君、ギアちゃん。私の知ってる犯罪組織のアジトは。」

「おーけー、コルトガバメントだけで十分いけるな。待ってろ。」

「......待ってる。」

 

茜の複雑そうな顔はまぁしょうがないな...なんて思いながら拳銃を手に突入する。中には中年男性が一人。

 

「動くな。お前が犯罪組織の一員か。アジトはどこだ、今すぐ言え。言ったら殺すのは最後にしてやる。」

「な、なんだお前!?犯罪組織ってなんだ...!言いがかりだ...!」

「皆そう言う。言うだけ無駄だ。俺たちに嘘は通じない。」

「待ってえー君。その人、嘘ついてない...」

 

なんだって...?だが茜の目が間違えるはずがない。というか、茜が情報を間違えた...いや、アジトを引き上げたと考える方が妥当か。

 

「私のミスだね...扉の修理費と修理の発注だけして行こうか...って...うそ...」

 

不意に、茜の視線が中年に向かう。

 

「どうした、茜...」

「......お父さん、だよ。私の...この人は。」

「は?俺に娘なんて......あぁ!?生きていやがったのか!?あの使えない女の落とし子が!」

「ひどい...」

「...っ!」

「待ってえー君!撃たないで!」

 

銃口を中年に向ける俺とそれを制止する茜。ネプギアだってひどいと言う、だのになぜ...!

 

「ねぇ、お母さんは?お母さんはどうしてるの?」

「あぁ?勝手に死んだよ。2年前にな。使えねぇなら使えねぇなりに使い道を作ってやったってのによぉ!」

「っ...!ふざけないでください!」

 

ついにネプギアも堪忍袋の緒が切れた。俺はとっくにブチ切れてるが茜が銃口の前にいるせいで撃てない。

 

「待ってギアちゃん...待って...!」

「どうして止める...茜...!」

 

シャドウ-Cを出しても中年には当てられない位置になるように茜は立っている。そうまでする茜の意図がわからない。

 

「人でなしでも私のお父さんなの。救いようもないけど、私の血はこの人の血を継いでるの。ねぇ、えー君。私はこいつが許せない。私にした仕打ちは到底許されるものじゃない。人として見られること、無かったからさ。でも、だけど...親なの。憎んでて恨んでてしょうがない、けど、親だから...私にやらせて。」

「......そうか。」

 

本来なら...ダメだというところだが。茜の言葉は否定をさせてくれなかった。だから俺はシャドウ-Cを茜に渡そうとして...油断した。

 

「んだと!?誰がてめぇなんかにやられるかよ!もっぺん痛めつけてやる!」

「っ!!......やめてっ...!」

「茜さん!」

「...!?ええい!」

 

中年はいつの間にかナイフを持ち茜に突っ込み、茜は動けたはずなのに硬直し、ネプギアはその瞬間に気づいたが間に合わず、俺は一瞬の硬直から左腕で茜を弾き、右手のシャドウ-Cでヘッドショットをしたかったが間に合わない。位置が悪い上にタイミングも悪い...!

 

「あうっ...えー君!?」

「ぐっ...残念右腕...!」

 

右手に握るシャドウ-Cは落下したが左手のコルトガバメントは無事だ。だったら、やることはひとつ。

 

「待って!」

「断る」

 

一発、二発と弾丸を中年に撃ち込む。

 

「ぐあぁぁぁ!?」

「急所じゃない...!?」

「あぁ...痛くて狙いが定まらなくてな...それにこいつもよく動くせいで急所には当たらねぇ...決めてくれ、茜...」

「......うん。」

 

三発、四発さらに撃ち込み、俺はネプギアの方に倒れる。

 

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫と言えば大丈夫だが...ギア、せめて血がつかない位置にいてくれ。包丁を落とすから...使えるなら回復魔法、頼む...ぐっ...」

「抜こうとしないでください、すぐ病院に行った方がいいです...!」

「それは少し後だ...あの子を...置いてはおけない...」

 

動けない中年を前にシャドウ-Cを構える茜がいる。冷たく銃口を向ける、茜がいる。まるで俺のように、冷たい背中だった。

 

「...私に、ならよかった...とは言わないけど、えー君を傷つけた...私のせいとは言えど、えー君に手傷を与えたのなら...私は容赦しない。さよなら、お父さん。会いたくなかった。」

「ま、待て茜!話せばわかr」

 

乾いた銃声がリーンボックスの空に響く。確実に屠る一発の弾丸。ネプギアにもたれながら、俺はそのさまを見ていた。見ていただけだったのだ。

 

「...終わったよ、えー君。」

「そうか。...ごめんな。」

「なんで、えー君が謝るの...?」

「理由はないさ。ただ...感情があるうちに全部吐き出せ。俺が全部受け止めるから。」

 

茜が戻ってくる。これは本来、俺がやるべき事だった。だけど、茜にやらせてしまった。例えそれが茜の意思だったとしても、それだけは俺が一手に引き受けなければならないことだった。茜のシャドウ-Cを持つ手は震えている。俺は茜から返してもらったシャドウ-Cをなんとかコートの左ポケットに滑り込ませ、温もりのない左手で茜の頬を撫でる。

 

「えー君...」

「引き金は重い。命の重みだ。それを何回も引いた俺のこの手を、茜は握ってくれたよな...だから俺もそうする...その右手を包み込むさ。」

「ごめん、ありがとう...」

 

俺は茜の右手を握り、茜は俺の胸元で泣き始めた。静かに、静かに。

 

「最悪だな、今の気分は。」

 

青く澄んだ空が色あせて見えるほどに気分は最悪だ。どこからかやってきた教会職員がネプギアに状況の説明を求めていた。さて...このくっそ痛い右腕をどうしたものかな。

 

 

 




次回、第26話「歯車は欠けて狂って」

感想、評価等、お待ちしてます。


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第26話 歯車は欠けて狂って

結局右腕は凍らせて止血、茜を左腕で抱き抱えながら教会職員とネプギアに先導される形で教会に向かった。

 

「影さん...着きました。」

「そうか。...話はネプギアだけでしてこい...と言いたいが。おあいにくさま、ここの教祖は狂信者だからな...」

「容赦のない物言いだねえー君...いやまぁ確かにその表現は確かに的を射ているけど...」

「......入ります。」

「あぁ。」

 

教会職員の声に続くように教会に入る。箱崎チカ...ベールに対しての絶対狂信者は...さて、引き金を引かないという選択ができるか怪しいものだ。

 

「...イストワールから話は聞いておりますわ。お姉様を救出するためにゲイムキャラの力を貸して欲しいと...」

「はい。」

「それで...なぜ民を殺したのです?お姉様を助けるためとは到底思えませんが。」

「それは...そうだな。だが女神にとって不要なものだ。生かしておく価値もない。そうだろう?」

「...確かに仙道京一は二十年前に児童虐待、育児放棄の前科があり一度妻とともに刑務所に入所...出所後今度は妻に対して暴行を加え妻は逃げ...二年前逃げた先で急性心不全により死亡。この件に関しては暴行との関連が強いとは言い切れないため不問になりましたが...殺す必要はないと私は考えますわ。お姉様がいなくとも最低限の治安はある。むしろわたくしはお姉様含めた女神様のためにあのような行動をとるあなた方をどう信用しろとおっしゃるのです?」

「それは...」

「なるほど筋は通っている。だが...俺がいつ、ベール"も"助けると言った?」

「...!?」

 

少なからず殺気が出た。無論これは冗談で、不本意ではあるが助けることにはしている。見殺しにするのが嫌だからという方が本音に近い。善意でもってあの緑の女神を助けられない辺り、私怨の権化だとは思うけれども。

 

「それ、どういう意味ですの?」

「そうです、どういう意味ですか!」

 

チカとネプギアがこぞって問う。

 

「...言葉通りの意味だ。...まぁ冗談だが。安心しろ、女神は助けるさ。それ以外に興味が無い、それが俺だ。プラネテューヌの女神候補生ネプギアの保護者代わりとも言っていい。現に今交渉の主導権は誰にある。」

「......イストワールから聞いていた人物像とはかけ離れていないのが癪ですわ。」

「それはどうも。さぁ、教えてもらおうか。ゲイムキャラの居場所を。どうせ犯罪組織も群がってきてくる頃だ。破壊されるのとそうでないのと...どちらがいいか、女神不在の中最低限の治安を維持できている賢なる教祖の答えを聞かせてもらおう。」

「...はぁ。わかりましたわ。ただし場所を教えるのはネプギアさんだけにしますわ。」

「...感謝しよう。頼むぞネプギア。」

「...わかりました。」

 

ネプギアが聞き出している間に俺は茜を見る。まだ血の気が引いている。

 

「大丈夫か?」

「ずっとこのままでいて欲しいくらいには、大丈夫じゃないかな。」

「......そうか。」

 

ネプギアとチカは話をしている。唇の動き、舌の動き...見える部分だけでも見ておけば話は掴める...

 

「ねぇ、えー君。」

「なんだ、茜。」

「...もしも...ブランちゃんからもえー君の記憶がなくなってたら...どうする‪?」

「さてどうしたものか...いや、きっとそうだろう。そしたらもう一回最初からやり直しだ。あの子の心を開くまで。」

「...辛いでしょ、そんなの。」

「辛いさ。とても辛い。はじめましてなんて...言えたものじゃないさ。けどきっとそうなる。助けても、俺は苦しむだけだ。でもブランを失うのはもっと辛い。ブランがいるから...俺は生きてる。」

「...そっか。」

「だから茜...俺を独りにしないでくれ...」

 

この話はもしもの話。だが、本当にそれが現実と化したのなら...俺はきっと耐えられない。その事実が左腕に込める力を強くする。

 

「わーお、えー君直球勝負もできるんだ...びっくりしたよ。...私はえー君を独りになんてさせないよ。そばにいる。できることならずっと。けど...私はえー君がいればそれでいい。えー君が完全にブランちゃんに取られるのが怖い。怖いよ...こんな考えをする自分が怖い。ブランちゃんもえー君も大好きなのに、なのに...!」

「...それが普通さ。それでいいんだ。そのうち自分で折り合いをつけることが出来ればそれでいい。俺みたいに自分自身を一切価値観に入れないなんてことをしなければいいんだよ...」

「...自覚あったの...?」

「最近やっとな...だからといって今更思考回路を変えるなんてことは出来ないが。」

「...ほんと、えー君は大バカさんだ。」

「そう、なのかもな。」

 

話を終えたネプギアが戻ってくる。頃合いか。

 

「影さん、茜さん。ゲイムキャラさんの居場所がわかりました。ですので...」

「俺たち2人をここで拘束...あるいはプラネテューヌに更迭か?唇の動きでわかったぞ。」

「...!?見えてたんですか...!?」

「素直に応じるわけないだろ...あの箱崎チカが。場所さえ分かればこっちのもんだ。犯罪組織による破壊の前に立ち回る。」

「...こーゆーところで賢いのはほんと頼れるし毎回惚れ直すんだけど...どーしよっか。囲まれちゃったよ?」

「教会職員は殺したくないな...それをわかってて差し向けてる。しょうがない。殺さなければいい理論で何とかしよう。」

 

予想通りすぎて特筆した感想も何も出ないというのが率直なところだ。

 

「あの二人を拘束なさい!」

「えー君!」

「サクッと済ませよう。」

 

号令と指パッチン。俺と茜を中心に冷気が走り、瞬く間に人間を生きたまま凍らせる。

 

「なっ...」

「行くぞネプギア。もうここに用はない。それにお前が来ようと来まいと...場所はもうわかる。言ったろ?唇の動きを見たと。」

「...卑怯ですね。」

「あぁそうだな。だが合理的だ。」

 

そう言って俺と茜は教会の外に出て、ゲイムキャラの居場所へ向かうことにした。

 




次回、第27話「心の天秤」

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第27話 心の天秤

「導入ぶっ飛ばして本題だ。ネプギアはゲイムキャラの保護を最優先。俺は好き放題に暴れさせてもらう!」

 

なーんて、そこそこ考えることを放棄してるようにも見えるけど...ここにつくまでえー君何もしゃべってないんだよね。だから私が把握したことしか言えないんだけど...えー君、私に戦わせない気だ。何があっても。どんな目にあったとしても。

 

「げ、もう来たのかよ!?」

「なんだ、下っ端と...有象無象のモンスターだけか。相手にもならないな。」

 

えー君は既に臨戦態勢。きっとあの程度の量なら数分で終わらせられる。普通なら。けど相手はリンダ君。逃げ道を探るのは一級品。

 

「こんにゃろ...ブレイブ様もトリック様もここに着くまでに女神候補生に会って到着が遅れてるって時に...!」

「...!ネプギア!ここ任せる!この程度お前がなんとかできなきゃダメな量だ!...茜...!」

 

リンダ君の口走った情報。えー君はそれだけで作戦を変えた。そして、私にも声をかけた。それだけ、えー君の天秤が傾いたということ。

 

「ラステイション方向だね、りょーかい!」

「頼んだぞ、そして...帰ってこい。ネプギアも。」

「......はい!」

ギアちゃんの返事を皮切りに、私とえー君は戦域から離れる。頼んだよ、ギアちゃん!

 

 


 

 

全速力、出しうる限り限界の速度を叩き出した俺は戦域離脱から5分で無事トリックとロムラムを発見した。絶賛ドンパチしているが...ロムラムはもうボロボロといってもいい。きっと後先考えず魔法を連発した上に舌を避けるのに体力を消耗したからだろう。対してトリックはピンピンしている。気に入らん。

 

「穿つ...!」

「む、ぬおう!?」

『誰っ!?』

 

銃剣のビームは避けられたが...注意は上空の俺に向けられた。

 

「ただの悪魔だよ...四天王トリック・ザ・ハード、その命もらい受ける。」

 

white heart

white sisters

 

「その力は...面白い。」

 

duallized!

 

纏うは白の姉妹の力。圧倒的冷気。圧倒的魔力。魔法は外付けの変換機構で使ってただけにいきなりこの量...酔いそうだ...だが。

 

「凍てつけ...全て。」

 

右手に大斧を顕現し、氷をそれに纏わせる。

 

「《ヌル・シュラーク》ッ!」

 

氷斧一閃。トリックは防御姿勢を取り防ぐ。やはり、俺一人では撃破までは行きつかない...!

 

「ロム、ラム!なんでもいい!魔法を奴に撃て!」

『えっ...』

「躊躇するな!倒すんだろ、こいつを!」

 

吹き出す冷気でトリックをその場に抑えこんではいるものの。これが限界なのが今の俺の現状...そして...

 

「ふん...その程度か?」

「やっぱ隠してるよなぁ!」

『えぇい!』

 

氷が割れるのと魔法が走るのは割れるのが先...ちっ、手詰まりだな...

 

「アクククク、貴様のその力...やはりそれが限界か。」

「悪かったな...限界で!」

 

魔法適正が低いせいか威力が出ない。だったら...!

 

arms drive singllized!

 

「これで、消す!」

「アクククク、まだ青いな若造。」

「っ...!?」

 

出力を下げたのが仇となり、待ってましたと言わんばかりの奴の攻撃を受ける。

 

「なるほどな...しゃあない退くぞ、長居は無用だ!来い!ロム!ラム!」

「来いって...いきなり何よ!」

「リーンボックスに行くんだろ!?だったら来い!こいつの舌に絡めとられるか俺についてくるか選べ!」

 

黒切羽でトリックをロムラムから離しながら引く準備を整える。

 

「だったら...行く!」

「ロムちゃん!?」

「あの人強かった...私も、強くなりたい...!」

「私だって!...行こう、ロムちゃん!」

「うん!」

 

ロムラムがこちらに来る。茜が同じことを考えていれば...候補生四人、まとめて鍛えられるか...

 

「ぬぅ、みすみす逃がしてなるものかと言いたいが...アクククク、これもこれで一興よ。」

「...今度は殺す、確実に。」

 

ルウィーの戦域から離れ、ロムとラムを連れてリーンボックスに戻ることにした。無事だろうかネプギアは。

 

 


 

 

ラステイションとの国境近く、爆発がいっぱい起きてどったんばったん大騒ぎのはちゃめちゃ大パニックなんだけど...原因はすごく簡単。ユニちゃんとブレイブが戦っているから。そして戦況を判断するのも、あまりにも簡単だった。

 

「ほっとくのもまぁいいんだけど、ね。えー君を心配させたくないし、きっとえー君が考えていることはユニちゃんの回収...どこまで強くなれるのかな、あの子たちは。」

 

多分、えー君は何も言わずに女神候補生たちをじゅーりんすると思う。それはそれはもう完膚無きままに。だけど...そうじゃなきゃいけないて思ってるえー君は大丈夫なのかな。

 

「考えるのはあと、か。ギアちゃん待たせるわけにもいかないし。」

 

私は大剣を構えて戦域に降りていく。ブレイブとユニちゃんの間に大剣を投げて突き刺し、粒子をはためかせて柄の上に立つ。

 

「あなたは...」

「仙道か...!」

「やっほー、2人とも。邪魔しちゃってごめんね?けど...そうせざるを得ないわけだったのさ。ねぇブレイブ、ユニちゃん、弱かった?」

「うむ。覚悟も力も弱い。だが何故聞く。貴様ならその目でわかるはずだ。」

「っ...」

「そうだね...でも、言葉で聞かせたかったから。わかった?ユニちゃん。ブレイブの覚悟には遠く及ばないし、力ももちろん及ばない。私が来なかったら、いくら女神候補生といえど死んでたんじゃないかな。よかったね、命拾いしたよ。」

 

地面に立ち、大剣を抜いてブレイブへ向ける。

 

「ブレイブ、預けられた勝負はまだ預かっておくよ。きっとお互い万全じゃないんだし、さ。」

「ふん、やはりその目は誤魔化せんか。ならばこちらも今は剣をひこう。」

「...君のそういうところ、私は好きだよ。じゃあ行こうかユニちゃん。あなたの身の程をわきまえさせてくれる場所へ。」

 

ブレイブの撤退を確認し、私はユニちゃんを見る。あからさまに悔しがって、折れている。あぁ、ほんと...見たくないなぁ。

 

「...なんですか、あなたは...いきなりやってきて弱いだとか身の程がどうとか!何が、何がわかるんですか!」

「何が...か。何もかも、だよ。」

 

言葉と同時に向けられる銃口をそれが来るとわかっていたと言わんばかりに大剣で銃身を弾く。私の大剣は剣先からビームも出せる。剣先をユニちゃんの目の前に向けながら私は続ける。

 

「技術も足りないときた。あなたには何があるの?ノワールを助けたいんでしょ?足りなすぎる。何もかも。ほっとけばよかったと思うくらいには私は後悔してる。だから見せてよ。私の後悔を裏切ってくれるような輝きをさ。だからえー君は...救いようもなく弱いあなたを必要としているの。」

「っ...!」

 

必要という言葉は刺さったみたい。ここまで私が嫌われ役を買って出たのはすべてこのための布石。きっとえー君なら「俺を後ろから撃ちながらついてこい」くらい言いそうだけど...いや、いっそ私も言っちゃうか。

 

「まー、正直使い物になるかもわからないってのが正直な感想。悔しかったら私を背中から撃って当ててみせてよ。そしたら考え直すかもね。それじゃ、おいで!」

「...あーもう!好き勝手言って!ほえ面かかせてやる!」

 

よし、何はともあれ無事ユニちゃんを連れだすことには成功したし...ギアちゃんさえうまくいけば、何とかなるかな。

 

「待ちなさい!」

「遅いし狙いも甘いって!」

 

...ちょっと大変だけどね。

 

 


 

 

俺がロムラムを引き連れてリーンボックスに戻ってきた時、ネプギアはへたり込んでいた。敵影はなし。ゲイムキャラも無事。なるほど優秀じゃないか。

 

「無事か、ネプギア。」

「影さん...ゲイムキャラさんは無事です。モンスターも、全部倒しました。」

「そうか。よくやった...よくやった。」

 

自然に、無意識にネプギアの頭の上に右手を置いていた。そしてそのままなのもあれだから撫で始めることにした。

 

「ちょ、影さん...いきなりなんですか...!」

「...いや、強くなったなってさ。」

 

遅れてロムラム、茜とユニも来た。

 

「ただいま2人とも!って、ギアちゃんずるい!えー君私もなでなでしてよー!」

「幼子か!...後でいいか?」

「じゃあ...とびきりのやつ!」

「なんだよそれ...」

「...ねぇネプギア。茜さん、またキャラ変わってない?」

「いつも通りに見えるけど...」

「えぇ...さっきとはまるで別人じゃない...」

 

コホン、と咳払いをする。

 

「女神候補生をここに集めたのにはわけがある。ネプギア、ゲイムキャラの協力は。」

「あ、ちゃんとお話して力を貸していただけることになりました。」

「よろしい。ロムラムユニ、お前たちの目標はなんだ。」

「もくひょう...?」

「きまってるじゃない!おねーちゃんをたすけることよ!」

「そうです...アタシもお姉ちゃんを...!」

「そうだ。手段は違えど目的は同じ。...茜。」

「ん、プラネテューヌに戻ってシミュレータフル運用だね。話はもうつけたよ。」

「...という訳だ。敵は残念ながら強大だ。単騎ゴリ押しには無理がある。よって...俺が満足できる領域までお前たちを鍛え上げる。確実に、四天王は屠れる領域までだ。なにか質問は?」

「ひとつ、いいですか?」

「なんだ、ネプギア。」

「四天王は...茜さんによると確かジャッジ、ブレイブ、トリックって言う話でしたけど、もう一人は誰なんですか?」

「あー、それ私。」

「やっぱりな...だそうだ。」

「いやスルーしちゃダメでしょ!なんで元四天王が私達に!?信用しちゃダメよ!」

「そーよ!しんじろってほうがむずかしいわ!」

「こわい...(ぶるぶる)」

「やっぱりこうなるよねー。どーしよえー君。」

「自分で蒔いた種だろ...安心しろ、茜は俺のそばにいる。もう敵になるこたない。絶対にだ。それに...四天王との実質の模擬戦ができるんだ。実力を試すにはちょうどいいだろ。それじゃあプラネテューヌへ向かう。各員ついてこい。ちなみに...俺と茜を背中から撃ちながら追いかけてきてもいいんだぞ?」

「なによ、ばかにしてるの!?」

「まほうあてる、とくい...!」

「それじゃ、お手並み拝見だよ。ユニちゃんは第2ラウンド。落としてみせてよ!元四天王を!」

 

とまぁ、半ば焚き付けで候補生達を躍起にさせることには成功したし...あとはひたすらに、か。

 

 


 

 

「ふふ。ここまで計画通り。女神候補生を束にし、四女神を救出する。救出されてももうこちらには影響がないし、なんなら犯罪組織がおまけのように壊滅されるかな。彼の考えるようなことだ。てことは...やはり私は復讐者足りえるということだね。保険もかけてある。たとえこの身砕けたところで...時雨お姉様の仇、取らせてもらうよ、凍月影。」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、第28話「力の本質」

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第28話 力の本質

「シミュレータ起動...よーし、女神候補生諸君。これより四女神救出作戦に向けた訓練を開始する。今のままではダメとは4人ともわかっているだろう。というわけでお前たちにはこれからまず連携を深めてもらう。これから一週間昼夜問わず寝食も共にこのシミュレータ内で過ごしてもらう。俺と茜は一切接触しない。一週間後、俺と模擬戦だ。では健闘を祈る。」

 

...なーんてえー君が言い放ってから今日でぴったり一週間。プラネタワー地下シミュレータ内では今日も私が組んだプログラム通りに女神候補生達が訓練している。

 

「容赦しないね、えー君は。」

「そうだな、そう思うよ。」

「めずらしーね、えー君が素直に答えるなんて。それとも私の前だから?」

 

えー君は銃器を手入れしてたり作戦を考えたり救出した後のことも考えていた。一週間じゃ足りないほどの思考をえー君は義眼の演算システムで一週間に押し込めた。私は怖い。えー君は...その演算をもって最後に何を導き出したのか。それが分からないのが怖い。私の領域把握は機械の演算システムなんてものは把握できない。だから機械と魔法なんてものを専攻してたんだけどさ。

 

「そうだな。」

「...ちょーしくるーなー...っと、えー君。一週間ぴったり経過したよ。シミュレータも止まったね。」

「そうか。それじゃあ試してみるか。あの子たちがどこまで強くなれたか。」

 

 


 

 

「さって...一週間ぶりだな。元気か?」

 

シミュレータ内に入り、地形もバーチャフォレストのそれに変更する。女神候補生の顔つきは何か、少し変わったような気がする。

 

「元気か?じゃないですよ。何も説明しないでアタシたちを一週間放置して...その上モンスターはけしかけるし食べ物から何から何まで自分たちでやれって...」

「過ぎたことをうじうじ言うな。あまり時間もない。それじゃあやるか。」

 

arms drive singllized!

 

変身し、戦闘態勢に入ることを促す。

女神候補生は四人。昔、明含めて五人と戦った時は負けた。今回はどうだ、凍月影。一週間で...この子たちは俺を超えてくるのか。段階を踏んでどこまでやれるか試していこう。

 

「ふぅ...いい顔だ。」

 

目の前には女神化した女神候補生四人。己の武器を構え、こちらの動きをうかがっている。この時点でもう成長してる。むやみに突っ込まない。戦場の鉄則だ。

 

「いきます!」

 

先に動いたのはネプギアだった。同時にロムラムが左右に散開。ユニはネプギアで見えない。ということは...

 

「なるほど。」

「っ...!」

 

ネプギアの斬撃を受けずに後ろに下がって避ける。直後、俺がいた場所を左右から雷撃が走り、ネプギアは上へ飛ぶ。そしてユニの射撃。

 

「いい連携だ。だったら少し出力を上げさせてもらう。」

 

ユニの射撃がもう少し早ければ当たっていたが...そこは詰めるところだな。そう思いながら銃剣を顕現し、射撃を弾く。上のネプギアには牽制射撃。横から炎と風が襲ってくる。

 

「油断も隙もありやしない...と言わせてくれるなんてね。」

 

避けるとユニの射撃とネプギアの射撃。防げばロムラムの魔法が手を変え品を変え襲ってくる。冗談ではない。

 

「だとしたら...」

 

機動力を上げる。格納していた黒切羽のバインダーを開き、まずユニへ突撃する。

 

「やっぱり...!」

「そう来るわよね!」

「...っ!」

 

ここぞと言わんばかりに俺の眼前に二人が術式を展開する。読んでたか。しかもこれは...拘束魔法...!前に突っ込むわけにもいかず、かといって動かなければ両腕を拘束される。下がるにしてもネプギアが構えているしユニの射撃が避けられない。

 

「なればっ...!」

 

ついに黒切羽を展開する。下がってネプギアの相手をし、魔法からは逃げる。

 

「アタシに背中をっ...!?けど...狙うべきは...!」

 

ユニは俺を撃たずに黒切羽の方を狙った。賢明だ。俺でもそうする...というか、この一週間で成長著しい...!

 

「これでも、押し込めない...!」

「そうだな...!」

 

黒切羽はネプギア以外の三人を抑えている。だがもってあと2分。2分でネプギアを仕留められはしない...

 

「強いな、ギア...あぁ...強い!」

 

スイッチが入った。本気を出していいかもしれない。それでいて勝てるかもわからない。楽しくなってきた。

 

「っ...!」

 

ネプギアを蹴り飛ばし、黒切羽を格納しながら弾幕を避けて体勢を整えなおす。

 

「いくぞ女神候補生。ここから先は本気だ。」

 

黒切羽のリロード完了まで約50秒。その間にするべきことは翻弄、この一点に限る。

 

「もっと速い...!」

「でも...まだ追えます!」

 

ロムラムユニの弾幕は見事に俺の速度に対応し、もう何度目かになるネプギアとの鍔迫り合いに持ってこられてしまう。

 

「追うだけじゃ...足りない!」

 

力任せに振り払おうとするために力をかけるとそれに呼応するかのようにネプギアも己が得物に力をかける。その瞬間に力を抜くことで、ネプギアの身体のバランスを崩す。

 

「っ...けど!」

「やる...!」

 

崩れたはずのバランスを逆に利用することで俺の膝に手をつき一回転。ネプギアは窮地を脱した。この機転...一体何がこの子をここまで強くした...?

 

「考える余裕はないか...!」

 

弾幕は休んでくれない。拮抗しすぎてる、デュアライズするか、あるいはストライクフォームしかないか...

 

 

「そこまで!」

 

 

警告音と共に急遽停止したシミュレータ。まさか暴れすぎたから故障か?と思ったのは杞憂であった。

 

「全くもー、えー君ってば最初の目的を忘れてただ純粋に戦ってたでしょ。」

「茜か...そうだな、その通りだ。」

「なら決まり。丸二日の休憩の後、今度は私が相手してあげる。それが終わったら...女神救出だよ。」

 

女神候補生達は息を呑む。

 

「しょーじき一週間でえー君に追いすがるほどの実力と連携を取れるようになったのは予想外だったよ。私の予想をはるかに超えるポテンシャル...うんうん。私は満足だよ!」

「茜も十分楽しそうじゃないか...よし、じゃあ二日後に合わせてスタンバっておけ。」

 

シミュレータの壁を見やりながら、壁の向こうをギョウカイ墓場と仮定して想像して...四女神が今どのように捕らわれているかも想像する。

 

「あと少し...あと少しの辛抱だから待っててくれ...忘れてるだろうけど、さ...」




次回、第29話「練達の技」

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第29話 練達の技

「今度は俺がここで見る番か。」

 

ネプギアたち女神候補生との戦いで事実上の敗北をした俺はあのあとからずっと作戦を考え直していた。あそこまで動けるとは...だとしたらもっと理想を叩き込めるか?だがしかし敵がどのような布陣を敷いてくるかわからない。だから下手な作戦は組めない...

 

「まったく、えー君は考えすぎ。というか...ストライクフォームもデュアライズモードも使ってないじゃん。十分えー君は出し惜しみしたと思うな。」

「...とはいえ、使わなかったのはよくなかったんじゃないか、とも思うようになってきた...次戦うのは四天王かもしれないのだから...俺自身を強くするためにおしむべきではなかったと。」

「いまさら言われても、だよ。ま、あの子たちが本当に四天王と戦えるのかを見極めるのが私の役割だからね。それじゃ、行ってくるよ。」

「あぁ。」

 

そんな茜の背中を見ながら、俺は思考をまた作戦にもどすのであった。

 

 


 

 

「よーっし、みーんな変身して戦闘準備ばっちりだね!」

 

私がシミュレーターに入ってすぐにギアちゃんたちは変身した。うんうん。話が早くて助かるよ。

 

「じゃあ私も変身するけど...変身直後から仕掛けてきていいからね。そのかわり...」

 

私は変身して大剣を構える。

 

「えー君みたいに、出し惜しみはしないよ!」

 

深紅の粒子をたなびかせて、まずユニちゃんに突撃する。

 

「うそ、速い...!」

「ユニちゃん...!」

「させないわ!」

 

ロムちゃんラムちゃんの魔法援護。けどそんなものは当然想定内。粒子を障壁にして魔法を防ぎ、後退しつつあるユニちゃんを狙う...と見せかける。

 

「間に合った...その背中、もらいます!」

「当然、そうくるよね!」

「っ...!?」

 

ギアちゃんは援護射撃をしなかった。それは注意をそらして背後をとるため。ユニちゃんが迎撃ではなく後退を選んだのはギアちゃんに流れ弾が当たるのを防ぐためと、自分に注意を向けさせるため。

 

「私には、見えるんだよ!《緋一文字・紅椿》!」

「しまっ...」

「ラムちゃん...!」

「わかってるわ!ええい!」

 

ギアちゃんを狙った斬撃は直撃コース。だけどロムちゃんラムちゃんが張った氷の壁でヒットストップをかけられてギアちゃんへの攻撃が浅くなった。やるね。

 

「防いだ...!」

 

まさかとは思ったけどそんな防ぎ方をしてくるなんて...一転ピンチ大ピンチじゃん。それにこのシミュレーター、えー君の時とは違ってダメージレベル最大にしてるから普通に大けがする可能性あるんだよね...!

 

「そこっ...!」

「くっ...!」

 

ユニちゃんの射撃は回避出来るほどヤワじゃない。必殺技を撃った直後ならなおさら。数発くらいは食らうしかない...!

 

「ってこれ榴弾...!まずい!」

 

なんとか振り返って弾丸を把握した私は大ピンチ。粒子障壁を展開しても爆風なんか軽減できないしバランスは崩すし魔法弾幕は飛んでくるし...!で、完全無防備になってしまった私に迫るギアちゃんの刃。うまくいくとは思うけど...そうじゃなかったらどうしようかな...!

 

「これで...終わりです!」

「っ...!」

 

 

「《ブリザディア・パルチザン》ッ!」

 

 

 

間一髪、氷吹雪の槍がギアちゃんを弾く。よかった、計画通り。

私の前に、二本の槍と冷気をもって背中の機構翼を広げる一人の青年。それは間違いなくえー君だった。

 

「...ダメージレベル最大のシミュレーションなんて実戦に他ならないだろ、どうしてそんな設定にした。」

 

ギアちゃんたちは「え...?」みたいな顔をする。いままでずっとダメージレベルを最低にしてきたのだ。いきなり最大になんてなったら勢いで私を殺しかねない。それがわからない私じゃないことをえー君は知っている。

 

「ギアちゃんたち、とっても強くなったね。」

「質問に答えろ、茜。」

「せかさないでよ、まったく。...なんで強くなったんだと思う?それはね、一人じゃえー君の足元にも及ばないから、だよ。」

「......」

「私はね、この子たちの訓練メニューはただ一点を極めてもらってたんだ。お互いの弱点を知ること。それをお互いで補うこと。事実、弱点を的確に突いて優位を取っていくえー君には効果的だったし、弱点がわかる私相手でも効果的だった。一人ではなく四人でえー君や私と戦うことでこの子たちはえー君や私に初めて勝てるの。それがこの子たちの長所であって...同時に短所でもあるのかな。」

「...まだ答えになっていないぞ。」

「あせらないあせらない。女神は護ることを前提としているってゆーのはえー君もわかってるとは思うけど...今えー君はデュアライズモードを使っていた。私を守りたかったから。...だから強いんだよ。あの子たちは。」

「......まさか、すべては俺をここに呼び出すための茜のシナリオ...?」

「ぴんぽんぴんぽーん!そーゆーことだよ!」

「なんでわざわざそんな危険なことまでして...!」

「言ったよね、守るから強いって。あの子たちは自分以外を守るから強いの。自分以外に自分を守る存在がいなかった私たちとは違う...でも、私はえー君を守るためならどこまでだって強くなれるし、えー君だってそうでしょ?...えー君は一人じゃないこと、いい加減にわかってほしいな。」

 

えー君は何も言わなかった。沈黙だけがそこに流れた。

ギアちゃんたちを置いてけぼりにはしてるけど、この子たちなら大丈夫。ブランちゃんたちを助けることはできる。墓守のジャッジをどう倒すかなんてもう、えー君が100や200のプランを考えているはずだし。

 

「馬鹿野郎...それだけのことを言うためだけに命を張るのか!?やめてくれ!俺は...怖いんだよ、茜がもう一回俺の目の前で...!」

「私は死なないよ。だって今生きているから。えー君が生きているから...大丈夫。ブランちゃんを助けに行こう?それで、えー君の戦いは一旦終わるんだから。」

「...あぁ...ギア、ユニ、ロム、ラム...助けるぞ、お前たちの姉を、女神を。作戦は既に立てた。後は実行するだけ...頼りにしているぞ。そして...終わらせるぞ、女神のいない歪んだ世界を。」

 

 

 

『...はい!』『...うん!』

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、第30話「突貫、そして」

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第30話 突貫、そして

女神候補生強化訓練は終わった。戦力的には、俺が3人いるより強いという感覚だ。短期決戦向きの戦力だろう。

 

「影さん、茜さん。ギョウカイ墓場は負のシェアエナジーが集まる場所です。お二人は人間ですから、女神候補生の皆さんほど負のエナジーへの耐性がありません。心を蝕まれる可能性があります。」

「だからデュアライズモードを維持できる15分の短期決戦作戦にしている。墓守は俺が引き付けて茜とネプギア達が女神を救出する。それでいい。」

「ですが予想外ということもあります。念の為、このお守りを持って行ってください。シェアの加護があります。」

「ありがと、いーすんちゃん。それじゃ、みんな...準備はいい?」

「最速で最奥部まで行く。雑魚は全て無視だ。」

 

ふぅ、と一呼吸する。

 

「いよいよ、なんですね。」

「きんちょうしてきた...」

「だいじょーぶよロムちゃん!いっしょにおねーちゃんをとりもどすのよ!」

「ラムの言う通りよ。アタシ達で、必ず!」

 

候補生達の腹も決まった。

 

black heart

green heart

 

「行くぞ...作戦開始!」

 

duallized!

 

6つの光がギョウカイ墓場へ駆けていった。真昼の流星と言わんばかりのものだった。

 

 


 

 

作戦内容はまず俺が最奥部まで墓守を無視して突っ切る。それはひとえにそれだけで救出出来れば早いものだから。無論墓守は気づくだろう。故に、この最速のフォームで撹乱、誘導する。

 

「ギョウカイ墓場内に侵入、一気に奥まで突っ切る!」

《了解、私達は正規のルートから派手に行くよ!》

 

通信機器は義眼である。さすれば外からインカムをつける手間も省ける。

 

「最奥部...到着...!」

 

女神を捕らえるピラミッドは眼前にある。あぁ...やっとここまできたのか。

 

「ふふ。待ってたよ。悪魔さん。」

「待たせた覚えはないぞ...虚夜光。」

「全くつれないじゃないか。まぁいいけど。それで...女神救出、かい?君1人で何ができる?」

「お前を殺して女神を捕らえる結界を解除する。」

「ふふっ...君にしては珍しい。酷い勘違いをしている。いや...君はいつも一番大事なところで大ヘマをやらかすのかな?」

「...なに?」

「ここ、ギョウカイ墓場はゲイムギョウ界で生きた者が死んだ後に集まるところだよ。その怨嗟がここに集うているのさ。ところで、君は女神のためと嘯きながら何人も何人も殺してきたじゃないか。その怨嗟もここにあるんだけど...女神をここに縛り付けているのはそれさ。何も私の結界じゃない。...君は、この女神達をここに縛り付けている諸悪の根源なんだよ。」

「...なるほどな...」

「存外、驚いてないようだね。」

「いいや、驚いているさ。どこまでもお前は、俺の存在を認めたくないらしい。」

「もちろん。君の全てを壊しておきたいからね。...どうやら墓守が戦いを始めたようだ。私の予想では墓守は善戦すれど負けるはず。さて...しばらく君はそこで座っているといい。戦う気も起きないし...何より、君に勝とうが負けようが...私の計画は変わらない。たとえ今君が私を殺そうと...それは無意味だ。」

「......女神の救出に直接の繋がりがないから、か。」

「それは君の視点での話だ。まぁ私の視点でもそうであるし...武装解除したまえ。私は戦う意思はない。君はここで...茜ちゃんたちの応援をするといい。」

 

...意図が見えない。こいつは一体何を考えている?警戒するに越したことはないが...だが...下手に動けば詰む。そういうやつだ、こいつは。

 

「さぁ、始まったよ。眺めようじゃないか。勝敗がわかっていても、ね。」

 

...結局、手を打ちあぐねて何もすることなく最深部で女神候補生たちの戦いを眺めることになった。




次回、第31話「激闘、女神候補生」

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第31話 激闘、女神候補生

えー君の高速突入で墓守のジャッジを正規ルートから外すのが今回の作戦。だけど敵はえー君を陽動と切った。

 

「墓守が動いていない...プランBに変更だね。私がまず仕掛けるから...見せてよ、皆の力!」

 

こんな作戦を取ってくるのはどう考えてもジャッジの意思じゃない。裏にいる...奥にいる、虚夜光が...!

 

「あぁ?見覚えのある赤い光と思ったら仙道じゃねぇか...ちょうどいい、暇だったんだ...俺を楽しませろぉ!」

「暇って...だったらえー君が相手してくれたと思うんだけど?ま、こうなっちゃったからにはしょうがないか。それじゃあみんな、暴れるよ!」

「暴れるって...でも、はい!」

「ロムちゃん!」

「うん!いっしょに...!」

 

私が離れ、次にギアちゃんの一太刀。タイミングをずらしてロムちゃんラムちゃんの魔法。そして...

 

「そこよ!」

 

正確無比のユニちゃんの狙撃。本命の攻撃は寸分違わずジャッジを撃ちぬくけれど、クリティカルヒット一発、その程度ではジャッジは倒せない。曲がりなりにも四天王なのだから。

 

 


 

 

「存外ってほどでもないね。」

「鍛えられてある、いい動きだ。」

「あぁ、本当にその通りだ。どれだけかかってもジャッジが持ちこたえられるのは20分が関の山だろう。さて、それじゃあ計画も前倒しも視野か...やれやれ、凍月影は私の予想通りではあれど、茜ちゃんは私の上をいくか...いいね...いいよ。」

「...その計画とは?」

「教えるわけないだろう?そもそも...いや、悪くないか。時は意外にも今が好機かもしれない。だとしたら...ふむ。茜ちゃんたちが来てからにしよう。その方が話が早い。」

「そうかよ。」

 

茜と女神候補生は終始優位にジャッジを相手取っている。だがあくまで優位程度。確実とは、盤石とは言えない。曲がりなりにも四天王の所以というところか。

 

「深紅の閃光とはよくいったものだよ。閃光のごとく戦場を駆け巡り相手を翻弄する。ただ...今回の場合は味方も、かな。本気の茜ちゃんについていけてないね、女神候補生たちは。」

「...そうだろうか。」

 

確かに茜の動きは戦場全体を縦横無尽に駆け回る閃光そのものだ。だが、その閃光の動きは女神候補生四人の援護ないし追撃があってのものだ。茜いわく、ジャッジは戦闘においてはエキスパート。長期戦でも短期決戦でも自分自身が求める「戦い」に享楽を求めるやつという。やられっぱなしなんてことは絶対にない。だから、茜はわざと候補生たちが茜についていけないように見せているのだ。ジャッジの狙いが自身の一点に集中するように。

 

「いや、そうだろう。茜ちゃんの考えを理解できてないんだから。」

「...そこまで読んでいるか。」

「戦術は悪くない。けど戦略はまだまだ、か。」

「...だとすると...」

「ひっくり返るかもしれない...なんてことはなさそうだ。どうやら気づいたようだ。いや、教えたのかな?」

「...入ったな、茜の術中へ。」

「だね。ここまで計画通りかな?お互いに。」

「...未だ腹の探り合いか。」

「おやおや、内側なんて見せていいものじゃないだろう?」

「どこまでも、か。」

 

目の前のモニターに映る戦闘。それはもはや一方的ともとれる動きであった。どう考えてもあの子たちは優秀だ。...それすら手のひらの上であろう現状。どうする。

 

「さすが茜ちゃん。激闘というべきか。いやでも、激闘にしては一方的だろうか。ジャッジと女神候補生と茜ちゃん。四天王最強の茜ちゃんに女神候補生四人の援護がついたのなら、戦闘好きのジャッジでもどうしようもあるまい。ほら、もはやみんな思い思いに必殺技を撃ち込んでるじゃないか。耐えられるものでもあるまいよ。特に、茜ちゃんの紅桜は。」

「...そうだな。」

 

モニターに映るは赤の一閃が身体に走るジャッジと地面を穿った深紅の大剣。

 

『強かったよジャッジ...一対一だったら負けてたかもね。』

 

モニター越しでもわかるほどの傷が茜には顕著にある。候補生たちの被弾を抑えたのか?それとも...ジャッジを捨て駒にして茜に蓄積ダメージを与えるのが目的か。

 

「ふふ、気づいたかい?真の目的に。なんなら四女神は全てこの瞬間のために置いていた導にすぎない。夜の船は灯台の明かりを求めるというけれど...まさしく、だね。」

「...ということは...まさか...いや待て、なんだ、何を目標としている、虚夜光!」

「教えるわけないだろう。それがわかるのは私の目的が達成されるときだよ。」

 

そう言って虚夜は指を弾く。俺はそれに合わせてバックステップをして...直後に俺の左横をビームが薙ぐ。

 

「追いついたよ、えー君!」

「茜...」

「見たところ、虚夜光は何か悪いことを考えているようだね。」

「ぴんぽんぴんぽーん。相変わらず優秀な目だ。それに女神候補生諸君...君たちのお姉さんたちは私がこの二人をここに呼ぶための導。やるべきことをやったら返すさ。」

「なっ...」

「アンタの目的のためにお姉ちゃんたちを利用したっていうの!?」

「許せない...!」

「コテンパンにしてやるわ...!」

 

女神候補生と虚夜の間には殺気が充満している。放置していればそのうちドンパチが始まりそうだ。

 

「そんな殺気立たなくていいじゃないか。ちゃんと返すわけだし。それに...狙いは最初から女神なわけないじゃないか。」

 

悪寒、というべきか。虚夜光はまた指を弾いた。奴は何かしたのだ。

 

「わかるか、茜...俺達の周り、いったい何がある...」

「えー君どころか、私の見える範囲の人の周りは何も異常はないよ。」

「じゃあ、一体あの人は何をしたんですか!?」

「何もしてない...?そんなことある...?」

「おいおい、そんなわけないだろう?それじゃあ答え合わせだよ、茜ちゃん?」

 

刹那、茜を黒い何かが覆う。

 

「んなっ...光、お前...!」

 

即座にシャドウ-Cを発砲するも当然防がれる。次弾装填...!

 

「何も殺しはしないさ。茜ちゃんは器だよ。犯罪神のね。」

「...!?」

「犯罪神...!?」

 

瞬間、思考が繋がった。これが虚夜光の計画。

 

「ギア!なんでもいい、どんな手段を使ってもいい!茜を頼む!」

「影さん!?」

「何が何でも虚夜を仕留める...!せめて...深手くらいは...!」

「落ち着いてください!今影さんが突っ込むことは向こうの思うつぼです!」

「っ...だが...!」

「それに...もう手遅れです...!」

「んなっ......!?」

 

激痛。左脇腹を深紅の大剣が刺し穿つ。

 

「茜...!?いや、違う!」

「ぐっ...まだ、ぎりぎり私...えー君...せめて...ブランちゃんたち、助けてあげてね...!」

「茜...お前も、助ける...何度でも...何度でも...!」

 

口の中は鉄の味しかしない。でも...!

 

「索敵!虚夜はどこだ!」

「いません!いったいどこに...!」

「ぐっ...ロム、ラム!四女神回収準備...!退くぞ...!」

「...それで、いいよ、えー君...!」

 

大剣を抜き、激痛と出血で意識は朦朧としている。それでも深手という程ではない。犯罪神にまだ抗えているという証拠だ。

 

「影さん!ベールさんをお願いします!」

「断りたいが...贅沢は言えんか...」

 

候補生たちはそれぞれの姉を抱え、俺はベールを黒切羽の上に転がし戦域を離脱する。女神を封じていたバリアが消えていたのはおそらく犯罪神の器が生まれたからか。

 

「時間にすれば約1時間にも満たずに女神を救出した訳だが...しばらくは動けそうも、ない...」

 

まだ飛んでいる。プラネテューヌに着く前に落ちる訳にはいかない。

 

「...頑張ってください影さん。お姉ちゃん達を助けられたのは...悔しいけど、影さん茜さんがいないと出来なかった...ジャッジも、茜さんがいなかったらどうなってたか...」

「そうか...ならユニ、その悔しさを糧にしろ。女神なら...できる、はず...」

 

あぁ...もう意識が途切、れる...

 

「ダメです影さん!まだ、まだ着いてません!影さん!」

 

そんなユニの声は遠く、重力に俺の身体は従っていく。せめて黒切羽はできるだけ維持してやるか...

 

「影さぁぁぁぁん!」

 

今度の声は...ネプギアかな?...予想より深いし出血が多い...ここまで、か...

 




次回、第32話「再会と再開」

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第32話 再会と再開

「お兄ちゃんはさ、つくづく赤色に縁があるよね。」

 

どこからか声が聞こえる。今はもう聞くことのできない声だ。

 

「血の赤、茜さんの赤、私はオレンジだけど...あと紅奈もだよね。それにストライクフォームも赤色だし...黒色よりかは赤色のほうが似合ってる節もあるけど...」

「...明...三途の川の向こう岸に俺はもう行ったのか?」

「中州、だよ。お兄ちゃん。」

「そうか...」

「まだ、やることあるでしょ。」

「...あぁ、そうだな。茜を助けないと、取り戻さないと...」

「そのためには、だよ。」

 

 


 

 

「ぐっ...天井は...プラネテューヌ...?」

 

目が覚めた。天井は少し前に見たプラネテューヌの病院だ。

 

「影さん...?目が覚めたのですね。四日間意識不明でしたから...」

「そうか...四女神と候補生は...?」

「それぞれの国で療養しています。シェアエナジーとひとまとめに言っても、国ごとに少しずつ違うので。」

「そうかわかった...墓場の様子は?」

「動きはありません。時折力が跳ねるような観測がされますが...」

「その程度なら問題ないだろう...じゃあ四天王の殲滅がまずは足がかり...か。」

「...それなんですが、影さん。影さんは...しばらく絶対安静です。」

「なぜだ、再生医療でなんとでも...!」

「テロメアがもう長くないんです、影さん。」

 

イストワールから告げられた事実。それは身体の物理的限界が来たということだ。

 

「...そういうことか...無視しろ。茜を取り戻すまでは...死ねない...」

「死ねないというか...そんな精神論で...!」

「ほかでもない俺がいいんだ...やってくれイストワール。」

 

だが...その程度の事で...茜を諦めるわけにはいかない。

 

「......わかりました。ですが、戦闘でのこれ以上の負傷があったら...」

「んなこたわかっている。無理だろうけどな。できる限りは努力するけど...それでも俺は...茜を取り戻すためならなんだってする。もう二度と、あの子を失うわけにはいかないんだ...」

 

脳裏に浮かぶのはあの日の光景。俺の中ですべてが始まったあの惨状。

 

「赤に縁があるというのはあながち間違いなさそうだ...」

 

 


 

 

一週間後、俺は無理やりの再生医療ののち退院。

医者によれば、これから定期的に吐血症状が出るやもしれないということ、老化が急速に進む可能性があること、そして...次大怪我をした場合命の保証はできかねるということだ。

 

「それくらいなら問題ない。それに、この身体はもはや半分くらい機械なんだからな...」

 

とはいえ...やはり少しだけ身体が重い。しばらく動いていなかったからか。

 

「影さん...!?なんでここにいるんですか...!?」

「酷い言いようだな...ネプテューヌの容態は?」

「元気そのものだよー!ってあれ?呼ばれて跳び出てきたけど...」

「無事、だな...」

 

元気そうなネプテューヌだが...まだ本調子ではなさそうだ。

 

「ネプギアー、お客さん来てたのー?」

「お客さんというか...お姉ちゃんたちを助けるために一緒に旅をしていて...えーっと...」

「そうか...やっぱりはじめましてになるんだな...」

『......?』

 

女神の記憶からも消えていた...想定通りと言えば想定通りだが...実際現実を目の当たりにすれば...やっぱりつらい。

 

「いや、なんでもない。初めましてになるのかな、ネプギアの姉、プラネテューヌの守護女神パープルハートことネプテューヌ。凍月影だ。」

「おおう、わたしもやる準備してた自己紹介をさくっと...こほん、よろしくね、影!えーっと、それとありがとう!わたしたちを助けてくれて!」

「直接助けたのはネプギアたちだ...俺は露を払ったくらいだ。それに...」

「ネプギアから聞いたよ。茜が...乗っ取られちゃったって。」

「そうか...茜の事は覚えているんだな...あぁ、茜をまた奪われた...」

「影は...茜の友達なの?」

「あぁ...大事な親友だ。」

 

親友、とは言ったが...親友どころかブランと同等の無二の存在である。

 

「そっか。じゃあ、助けないとだね。」

「あぁ。...とはいえしばらくは動かないでいいだろう。戦力を整えたいしそれに...」

 

まだ俺は万全ではない。言いかけてやめた。そんな情報はこの子達にはいらないから。

 

「それに...なんですか、影さん。」

「動いてから隙を突かれるのが嫌なだけだ。まだ万全じゃない女神を戦場に引っ張り出さざるを得ない状況なんて、作った時点で負けだ。そうだろう。」

「なにをー!いくら万全じゃなくてもちょーっと戦うくらいはできるよ!」

「お姉ちゃん...でも変身は...」

「あぁそうだ。変身...女神化はどこまで維持できるか不明瞭。戦闘中に無理が祟って解除なんてされたら困るのは俺らだけでなく国民もだ。...手を打ちあぐねる現状ならそれでいい。」

 

ソファに座り、いつの間にかネプギアが置いていたお茶を飲んで横になる。

 

「...さて、俺は今日眠れるのか...」

 

ふとぼやき、空白を感じる。

仙道茜がいないこの空白。

 

「絶対屠ってやる、虚夜光...」

 

そんな決意を胸にとりあえず全国行脚するかなんて今後の予定を考えていた。

 

「大変です皆さん!」

「ど、どうしたんですかいーすんさん!」

 

だが、そこそこ血相を抱えたイストワールの声によってそれは瓦解した。曰く、ラステイションに牙が剥かれたとのことだ。

 

「目下ラステイションへ急行というわけか...ネプギア、行くぞ。」

「え、あ...はい!」

「ネプギアだけー?わたしはー?」

「お姉ちゃんはまだ休んでないと...」

「それにネプテューヌがプラネテューヌを離れて一体誰がここを守るんだ。落ちるぞ。」

「影さん!」

「事実だろう。そうならないように俺とネプギアで露を払う。はぁ...嫌な世の中だよ全く。」

 

シャドウ-Cの弾丸は心許ないが対人戦なら問題ない。問題はブレイブ...あの剛剣は防ぎ切るには骨が折れる。トリックは来るならルウィーだろう。決まりだ。

 

「イストワール、ルウィーとリーンボックスには待機と言ってくれ。二波警戒だ。」

「わかりました。今のところラステイションは市街には被害は出てないようです。」

「ユニの狙撃能力なら市街防衛は決め込める。問題は飽和攻撃を受けた場合だ。だがそれならとっくに落ちているだろう。ブレイブがいるとみていい。...ネプギア、どうやら要はお前らしい。頼むぞ。」

「...はい。行きましょう、ユニちゃんを手伝いに。」

 

 

かくして俺たちの世界との戦いがまた始まったのであった。一息すらつく間もなく。

 

 




次回、第33話「純黒の弾丸」

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第33話 純黒の弾丸

「着いたか...」

 

ラステイション上空、市街地に被害はなさそうだ。

 

「いったい、どこに敵が...」

「ゲリラ戦はまずないな...がふっ...」

 

口から血が出る。なるほど確かにだるさもあるし吐血症状もある。薬は渡されてるにしろ確かに...無茶はできない。

 

「影さん!?」

「気にするな...教会に行くのが丸いかそれとも...いや待てよ。」

 

市街地に被害はない。工場地帯も同様に。街はずれだってそうだ。だが...襲撃されたのなら痕跡が残るはず。それがない...ということは...ダンジョン内で戦闘している可能性が高い。

 

「広域探査...対象、シェアエナジー...すぐそこにギア、教会にノワール...となると最後の二個...正のシェア、あれがユニか。もう一つの負の反応...ギア、11時方向の工場だ。行くぞ。」

「え、今のでわかるんですか!?」

「シェアエナジーを探索しただけだ、すぐわかる。」

「分かりました。行きましょう!」

 

とはいえ...いや、これはまだネプギアに言うには早いか。あの負の反応...間違いなくブレイブなのだがどうも禍々しい...何かしらの強化があるとみて間違いはなさそうだ。

 

「なんでしょう...なにか、嫌な感覚がします。」

「俺もだ...まるで...いや、止まれ!」

 

工場群の中心あたりにユニとブレイブがいる。だが...その周辺の工場にはめっきり反応がない。それはシェアエナジーの反応を探った結果なのだから当然と言えば当然だが...生体反応に切り替えるとそれはおびただしい量の反応。そして熱源に切り替えれば...それもまた狂ってるのかと言わんばかりの量。そしてここは工場群。屋根で隠れて目視はできない。それはこちらも向こうも同じこと。だがこちらと同様にセンサーがあるなら...

 

「...!?」

 

下側からの急襲。好き放題の火力。ロケランからグレネードからミニガンから何から何まで好き放題撃ち込まれ始めた。

 

「影さん!」

「止まるなギア!蜂の巣にされたいのか!」

 

この放火量...尋常ではない。こいつら全員犯罪組織の構成員で間違いない...つまるところは...そういうことか!

 

「近寄れない...ユニちゃん!」

「外の騒ぎに気付かない両者じゃねぇ...俺の上に来い!巻き込まれたくなかったらな!」

「一体何するつもりですか!」

「蒸発させるんだよ!」

 

black sister

white sisters

duallized!

 

「蒸発...?まさか!」

「そのまさかだよ...!」

 

顕現するは魔力大砲。敵の範囲はわかる範囲でおそらくユニとブレイブがいるところまでの線上範囲。なれば。

 

「《マギア・カタストロフィ》!!」

 

顕現した大砲からは光が溢れる。だがビームは出ない。溢れた光が薄らいだ時、地にそびえる工場群は跡形もなく消え去った。中にあった兵器からそれを操る人間から何から何までを全て一瞬にて気化させたのだ。

 

「なっ...何も、なくなった...?」

「そうだな、もう邪魔もないだろう。」

 

デュアライズモードを解除し、ぽっかりと浮かんだ平地に降りて血を吐く。対象に取った領域の演算とシェアエナジーの使役のバックファイアが尋常ではない。今ブレイブと戦えと言うのは厳しい話だ。少なくとも俺一人では。

 

「こんなのおかしいですよ...地図を書き換えないといけないとかそういう次元じゃない、貴方は!どうしてそこまで無情でいられるんですか...!」

「そんなもの、もう捨てた。...さて、ユニが来たぞ。」

 

立ち上がり、正面を見る。それとなくボロボロのユニと、同様に少し傷があるブレイブ。両者の戦いは外、つまりはこのぽっかりと浮かんだ平野にフィールドを移し、そしていくばくかの間隙をついてユニはこちらに合流した。

 

「ネプギアに、影さん...外が静かになったから出てみればこんなことになってるなんて...間違いなく影さんの仕業ね。」

「うん...」

「言いたいことは山ほどあるけど今はあいつを倒すわよ。そのためにこんなことを平気でするような人ですよね、あなたは。」

「...少し見ないうちに賢く強くなったな...」

「...お姉ちゃんに影さんの話をしたんです。そしたらお姉ちゃんは『ずいぶんと困った人に振り回されたものね』って。」

「それだけか?」

「まさか。『でも、どこも間違ってないのよね。何もかもが私たち女神とは違うのだけれど...言い方は悪くなるけど自浄作用っていうのかしら。マジェコンを、犯罪組織を生み出したのが人間なら、それをどうこうするのもまた人間...私たちが捕らえられていた間に、少し世界は変わったのかもしれないわ。』って続きます。アタシにはお姉ちゃんが怒ってないのが不思議でしたが...怒る気も起きないですね。こんなことをされては。」

「ノワールらしい...呆れられたか。まぁいい。いけるか?」

「いけるも何も...もうずっとアイツと戦ってますよ。」

「でも...これからは私も一緒に戦うよ、ユニちゃん。」

「心強いわね。でも、アタシの足を引っ張るんじゃないわよ!」

「うん!」

 

構える女神候補生二人。相対したブレイブも構えなおす。

 

「仲間とともに戦うか。ならば私は同胞を消された怒りと悲しみを糧に戦おう。行くぞ!」

 

ラステイションの戦闘は第二幕が開かれた。

さて...俺は戦えるレベルまで回復できるのか...それだけがわからない。

 

「...思ったよりも反動が大きいうえに身体が持たない...」

 

鉄の味がするのはもう慣れた。だが、妙に身体が重いのは慣れない。

義眼では回復までの想定時間が32分との算出結果が出ている。

 

「しばらくは置物か...くそっ...」

 

戦えないのなら策を練るしかあるまい。

二対一ではあるが戦況は拮抗状態...これが後30分も続けられるとは思えない。だからこそ...何か策を考えねば...だが何も浮かばない。

 

「くそっ...!何かはあるだろ...!」

 

焦り苛立ち、徒に時間は過ぎていく。そして気づく。

 

「思考基準となるデータがない...そしてそのデータは基本的に茜が把握したものだ...」

 

無論観測したデータも含まれるが茜の把握さえあれば...茜の言葉による情報さえあれば...そしてその言葉すら最小限で、仕草や表情だけでどういう把握をしたのかがわかっていたのだからできていたことだ。

 

だが、今ここに茜はいない。茜を取り戻す前までは戦ったのはギアとユニくらいだ。そしてそれは過去の記憶でどうにかなったというものだ。だが...今その二人が戦っているブレイブは二人の成長分含めてようやく拮抗、概算こそできても幅が大きい。最大値で策を練れば無茶が入る。茜を取り戻すまで下手な無茶はできない以上...頼るしかない。

 

「イリゼの場合は...戦闘勘と会話による推察でどうにかなったが...今にして思えばそこそこの綱渡り......ちっ...今は戦いを見守ることしかできないか...」

 

ふがいない。だが...それが今の凍月影なのだ。受け入れるしかあるまいよ。

 




次回、第34話「成長の証」

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第34話 成長の証

影さんが更地にしたラステイションの工場群の中心で私とユニちゃんは犯罪組織の四天王、ブレイブと戦っています。

 

「やぁっ!」

「ふんっ!」

 

ただ、戦況は拮抗状態。影さんはしばらく動けなさそうだし...

 

「余計なことを考える暇などない!」

「ええ、その通りね!」

「っ...!」

 

私を狙った鋭い攻撃はユニちゃんの援護射撃によって鈍り、どうにか防御が間に合った。そうだね、集中しなきゃ。

 

「なるほどいい援護射撃だ。前に戦った時とは全く見違えた。力も覚悟もありありと感じ取れる。面白い、面白いぞ!」

 

ブレイブの剛剣に弾かれて私も影さんの方に飛ばされる。このパワーは、私一人じゃ止められない...!

 

「何勝手に面白がってるのよ!」

「好敵手足りえる存在を見つけたのだ。愉快にもなろうというもの!そもそもこの俺とここまでの時間後れを取ることなく戦い続けることができている時点で称賛に値する。名を聞こう!ラステイションの女神候補生!」

「いいわ、そこまで言うなら名乗ってやるわよ。ブラックシスター、ユニよ。アンタの中核に弾丸をねじ込む女神の名よ、覚えておきなさい!」

「ユニか。良き名だ。改めて名乗ろう。我が名はブレイブ・ザ・ハード。犯罪神様に仕える四天王第二席である!」

 

剣を構えなおすブレイブ。その背中からは赤い信号弾が2発。確かこれは...帰還不可、撤退せよという意味だったはず...

 

「自爆...いや、わざわざ名乗ってまですることじゃない...」

「わ、いきなり喋らないでください影さん!びっくりしたじゃないですか!」

 

工場の壁に長座になって休んでいる影さんもあの信号の意味を理解している...でもその意図が読めない。

 

「考えるのはこっちでやる。まずギアはユニと共闘...いや、あの武人との戦いに水を差すのは悪手か?」

「悪手って...そんなことを言ってる場合ですか!?」

「いいや悪手だ。見ろ、あの弾丸と剛剣の一騎打ちを。」

 

指を指されるままに見ると、そこにはお互いの意地がぶつかり合っている、そんな戦いが眼前で繰り広げられています。ブレイブの剣を避け、射撃をするユニちゃん。逆に射撃の傷を受け入れながらも一撃一撃を確実に入れようとするブレイブ。下手に介入すれば蜂の巣になるのが関の山...

 

「固唾をのむとはこういうことだ...だが...だとしたらあの信号の意味は...まさか!ギア!周辺哨戒!ここを狙っている何かがないか探れ!」

「どういうことですか!?」

「撃破されたことで何かしらのプログラムが発動してやられた場所のあたりを攻撃するって寸法だ!」

「だったら自爆でいいんじゃないですか!?」

「っ...!そうか...いやでも...だが確実なのはそうだ...だったら......一応念のため頼む。」

「...わかりました。」

 

その時の影さんの表情は初めて見るものでした。虚を突かれたというか、『言われてみれば確かに』と。基本的というか、すぐに考え付く可能性を考慮できてないのは影さんらしくないと、そう思いながら私は周辺を見回ることにしました。ユニちゃんの戦いは一層激しさを増しています。

 

 


 

 

基礎を見落としていた。いや、基礎というべきなのか...ともあれ思考が混乱している。虚夜光の差し金なのだろうが...あの信号の意味が分からない...意味が無いものの可能性だってある...あるのだが...

 

「ダメだわからん...思いつく範囲ではもう意味が無い...」

「哨戒終わりました、何もありません。」

「そうか...何もないか...だったらやはり自爆が丸そうだ...」

 

納得がいかない。違和感だけが残る。この気持ちの悪い違和感だけが。

 

「ユニちゃん!」

「っ...!」

 

だが思考はネプギアの叫びと爆発の轟音でかき消された。吹き飛ぶユニと装甲がズタズタのブレイブ。傷がない場所を探すのが難しいくらいに両者は削りあっている。

 

「ぐっ...ここまでとはな...」

「はぁ、はぁ...まだ、倒せないか...!」

 

静寂。だがやはり違和感がある。この違和感は...なぜブレイブは接近戦にこだわっている...?奴は確か遠距離攻撃も出来たはずだ。...それはユニもわかっていること...まさか...

 

サーモグラフィーモードでブレイブを見る。すると中心近くに強い反応がある。中核だろう。違うか...それに射撃機能がオミットされている...?断言には早いが奴が接近戦しかしていないというのがどうにも...ユニとの射撃戦では分が悪いと判断したのか...

 

「ふぅ...なれば、我が奥義を開帳し...貴様を倒す!全力来い!」

「随分と出し惜しみしてくれたじゃない...いいわ、だったらお望み通り...全力の一発をくれてやるわ!」

 

剣に力を込めるブレイブと銃身に力を込めるユニ。長い一瞬の後、ブレイブが動く。

 

「勝ったぞ!」

 

刹那、ユニの放ったビームがブレイブの中心を貫き上下に両断し、ブレイブの剣はユニの頬を掠める。だが、違う。ブレイブは勝ったと言った。己は貫かれたというのに、勝ったと言った。

 

「影さん!あれ!」

 

ネプギアの声でブレイブの上半身を見る。

 

「熱源反応...!?自爆...いや違う!魔法陣...!?」

 

おそらくは高熱源体曲射射撃の準備...だが狙った方角は...いや待てそもそもブレイブがこんなことをするのか?いや、虚夜光の意思かそれとも本当に...!

 

「間に合わない...!」

 

ギアが飛ぶがもう放たれた。軌道計算...気流と...角度の誤差修正...地図参照...距離算出!落下予測点は...ルウィー教会右3m...!

 

「くそっ...虚夜の狙いは最初からこれかっ...がはっ...」

 

おそらくブレイブの撃破まで奴は織り込み済み...ここで消耗させてルウィーへの攻撃を開始する...同時に攻撃しなかったのは注意をこっちに向けさせるのと...俺の精神を摩耗させるため...!

 

「撃破するまで読みの範疇...そして時間はもう夕刻...最悪だ、手を打つにもこの身体とこの状況...今からルウィーに行ったとしても連戦で...ギアはともかくとしても俺は...!」

 

地面を叩く。手がない。まだ奴の掌の上だ。

 

「...どうするんですか、影さん。」

「ユニ...現状、手詰まりだ。一夜置くしかない。準備も戦力も足りない。ここまでやったということはルウィーには多分もっと多い量で攻めてくる。雪と闇夜に阻まれるだろうから一夜は持つだろうが...日が昇ってからが勝負といったところだ。そして...こちらはネプギアがほぼ無傷とはいえ...単騎で突っ込むのはおそらく虚夜の読みに入っている。今の俺の状態を完全に分かったうえで作戦を立てているようなやつだ。焦ってネプギアを先行させれば...考えたくもないことが山ほど起こるはずだ。」

「っ...否定できません、あの人は...少し見ただけでとても怖いと思いました。影さんの倫理観の壊れ具合なんてどうでもよくなるくらい怖い...」

「だろうな...待つしかあるまい。ユニ、一晩で回復させてくれ...こちらの最善手は待機...それしかない...」

 

疲弊している。自覚が出ているほどに疲弊している。

かつてこんな疲弊を感じたのはいつだろうか。調子を戻さねば。戻すためには俺は何をしていた...

 

「まず、教会に戻って...休むぞ...」

 

義眼の機能を最低限に落とす。心のすり減りようが尋常じゃない。何かおかしい。何か欠けている。空虚だ。冷たくもある。どこだ、あったはずのあの暖かい空間は...あのぬくもりは...

 

「あぁそうだ...今は...そうだった...」

 

ゆっくりと立ち上がり、沈みゆく太陽を背に、もう昇っている月を見上げる。

ユニとネプギアは女神化を解除して歩き始めた。

 

「俺の太陽は...まだ沈んだままだったな...」

 

無くなってはじめて気づく大切なもの...そんな言葉で表せるほどちゃちなものでもない存在。仙道茜は今は敵に乗っ取られている。きっとまだ抗っている。それでも、あの笑顔がそばにないのはどうしようもないほどに苦痛でしかなかった。

 

 




次回、第35話「邂逅、白の女神」

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第35話 邂逅、白の女神

ブレイブ撃破から12時間、明朝午前5時。ラステイションの教会の一室を借りて眠っていた俺はこの時間に目が覚めた。気分は悪い。

 

「ふぁぁ...さて...このおちおち寝てられない状況に割とぐっすり眠れたのは僥倖ではあるが...」

 

すぐにルウィーに発つ準備をしなければならないが...ひとつ違和感がある。あの砲撃...狙って右にずらしたものだと考えられる。迷いなく今際に放ったあの光弾は...その気になれば教会に直撃させることなど造作もなかったはずだ。だのに何故...

 

「考えても何とかなるものではないか...現状は未だ最悪...がふっ...」

 

血を吐くのももう慣れた。だが...このどうしようもない頭痛は...演算しすぎたか。だからとてやめるわけにもいかないし...我慢比べといったところか。

 

「影さん、起きてますか?」

 

コンコンと、ノックした音とネプギアの声。

 

「あぁ...出るぞ。」

「そのことなんですが...ユニちゃんはラステイションから離れられないそうです。」

「...そうかわかった。それだけか?」

「それだけか?って...それだけですけど...」

「今は一刻も早くルウィーに向かい援護をしなければならない...読みが正しければ...俺がこのように読むと読まれているならば今のうちに行かないと手遅れになる。」

「...わかりました。ケイさんに言ってきますね。」

「頼む。」

 

部屋から去るネプギアと銃器を持ちコートを羽織る俺。雷銀式炸薬弾は残り3発、加速式貫通弾は残り2発。コルトガバメントのマガジンが残り4つと5発。心もとないと言えばそこまでだ。それ以上に俺自身の状態が心もとない。

 

「急いては事を仕損じるとは言うが...」

 

急がなければ状況が変わる。頭が痛くなる話だ。

 

「出発準備整いましたー、ルウィーのミナさんにはケイさんから話してくれるそうです。」

「わざわざそんなことを対価なしにするのか...?あの神宮寺ケイが。」

「ノワールさんを助け出してくれたから1回だけ...っていう話でした。」

「なるほどね。じゃあ行くか。」

「はい。」

 

 


 

 

ルウィーに着いたのは30分後、無事教会に降り立つことはできた。奇妙なことに、先の砲撃以外の騒動が全くない。なんだ、この奇妙に静かな...静かすぎるのは...

 

「っ...!」

 

ひとつ、嫌な予感がした。

 

「影さん?」

 

もしも、この予感が当たっているのなら、まんまとおびきだされたということになる。飛んで火にいるなんとやら。奴は...奴の能力は任意の結界を生成する能力...!

 

「下がれ、ギア!」

「えぇ!?」

 

教会から離れる。が、時すでに遅し。

 

「やぁ、待っていたよ凍月影。そう、君の思考の通りだ。」

 

どこからともなく声がする。そして指を鳴らす音。目の前の世界は崩れ去り、あるのは爪痕のみ。

 

「なっ...」

「そんな...!」

「君の思考を読むのは大変でね。私自身が出向かなければならなかったわけなのだけど...どうだい?なかなかに刺激的じゃないのかな。燃える雪国というのは。」

「虚夜光...てめぇは...!」

「そうとも外道さ。君と同じ外道だよ。」

「っ...」

「さて、選択肢をあげよう。茜ちゃんを助け出すために、君はどっちから助ける?愛した女神からか、助け出すための戦力からか...前者は私が、後者はトリックが見ている。まぁ二人ほどここらへんを嗅ぎまわっているのもいるんだけど...」

 

再び虚夜光は指を鳴らす。

 

「ぐっ...」

「お兄ちゃん!」

「黒と白か...」

 

先の指パッチンでダメージを受けたであろう黒と駆け寄る白。嗅ぎまわっていた二人とはこの二人か。

 

「ご明察。取り逃がしてしまったというかうまく逃げられたというか...まぁ君ほどの脅威じゃない...その脅威も今ここで止めているし...犯罪神が完全に茜ちゃんを器とすることはできそうだ。ふふふ。悪いね悪魔くん。私の勝ちだ。それは揺るがないんだけど...いや、だからこそ君は先の問いの答えが出せていないのかな?」

 

手詰まりだ。どちらをとっても奴は対応を持っている。だがどちらでもない選択肢は取れない。どうする、どうする...今現状ルウィーがこんな状態ではロムラムもシェアエナジーの減衰によってスペックが落ちている...捕らわれていて回復が必要なブランはなおさら...だがネプギアと二人で分散すれば各個撃破が関の山...どうする、何かないのか...!

 

「あなたは、ひとつだけ思い違いをしています。」

「うん?思い違い...第3の選択肢があるとでも?」

 

思考が詰まった時、声を発したのはネプギアであった。

 

「はい。第3の選択肢、それは...」

「私が、てめぇをぶっ飛ばすことだ!」

「っ...!?動けたか...!」

 

なんとブランが、ホワイトハートが虚夜光の虚を突いて一撃を入れたのだ。誰も予想しなかった一撃。かろうじて虚夜光は防御した。だが、俺とネプギアはもう動いていた。

 

「その油断を、間隙を、逃す俺じゃない...!」

「今ここで、貴方を倒します!」

「ちぃ...!」

 

やはりかろうじての防御を奴は間に合わせる。まだだ。まだ、弾は残っている!

 

「でやぁぁぁぁ!」

「4人目...少年か!」

「5の矢もある!《アルテミスバレッジ》!」

 

集中、飽和攻撃。完全に虚を突かれて防戦一方の虚夜。

 

「終わらせる...!今、ここで...!」

「影さん!」

「頼むぞギア...!《極・星天乱斬(スターナイトストリーム・ゼロ)》!」

「ぐぅ...!」

 

連撃で奴の結界を壊す、壊す。全力で、すべてを乗せて...!

 

「あと、1枚ぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

割り切った。同時に俺の真後ろからネプギアがフルチャージされたS.M.P.B.L.を虚夜に向ける。

 

「終わって!」

 

ほぼゼロ距離の熱量の奔流。俺の左腕ごと巻き込んで放ったフルチャージの火力。それは虚夜光の全てを飲み込んだ。後には何も残らなかった。熱源、生体反応共になし。試しにコルトガバメントを数発撃っても何も無い。ただ床にまっすぐ当たっただけ。

 

「ここまであっけないものなのか...」

 

肩で息をしながら、最大の障害を排除したという実感を感じ取る。だがこれで終わりではない。今からすぐにロムラムを───────

 

 

瞬間、義眼の映像がブラックアウトし、立てなくなって倒れる。倒れた先にはブラン。女神化を解除して黒と白と話していて、俺を受け止めた。

 

「っと...大丈夫?」

 

ブランの声が少し遠い。意識に靄がある。

 

「やっと...逢えたな...ブラン...」

 

かろうじて出た声がこれだった。答えになっていない。

 

「大丈夫ですか影さん!影さん!」

「おい!しっかりしろ!おい!」

 

振動と声と。だが、意識を繋ぎ止めるには、非力だ...

 

 




次回、第36話「Over limit」

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第36話 Over limit

重い...身体が動かない...確か...何があった...?

 

「うぐっ...」

「影さん、起きましたか。」

「意識が戻ったといった程度だ...少しばかり記憶に障害も出ている...って、あれ、身体がどこも動かねぇ...」

 

身体を起こすにも腕も脚も動かないのではどうしようもない...

 

「落ち着いて聞いてください、影さん。影さんは現在、義眼の演算能力をフル活用した結果、脳に重大な悪影響が出ました。影さん自身、頭痛や急な眠気、疲労感などがあったはずです。」

「...あぁ。」

「意識が維持できないほどに義眼の力を使いすぎたということです。それで、私とブランさん、いーすんさんと協議したのですが...」

「まさかこいつを取り外すとでも言うんじゃあるまいな。」

「...それも考えました。ですが、影さんは義眼がなければこのように寝た切りの状態です。ですので...義眼の演算能力の稼働時間を15分に制限します。」

「...15分、か...どうにかならなかったのか?」

「理論値です。これ以上は伸ばせません。」

 

...15分の演算...おそらくこれを過ぎれば活動不可になるということだろう。

 

「そうか。」

「現在は義眼の再起動までは影さんは待機、私はギャザリング城にロムちゃんラムちゃんを助けに行きます。」

「虚夜光は倒した...余計な心配はおそらくいらないだろうが...用心に越したことはない、頼んだぞギア。」

「はい。」

 

ネプギアはしっかりと、次の目的を見据えた目をして部屋から去っていった。あぁ、この子はここまで成長したのか。さすが俺の妹...もう、すっかり追い越されてしまったかもな。

 

「...さて、いるんだろ、ブラン。」

「...気づいていたのね。完全に死角にいるのだけれど。」

「まぁな...それで...恨み言でも言うのか?」

「そうね...山ほどあるわ。山ほどあるけど...少し調べたいことを調べていたわ。」

「そうか。」

 

こうやってブランと言葉を交わすのはいつ以来だろうか。もう思い出せないし...あの頃にはもう戻れない。

 

「結果は私の予感通りだったわ。」

「...いったい、何を調べていたんだ?」

 

そこで生まれた間。本を閉じる音。

 

「...貴方が、黒と白の父親なのね。」

 

落ち着いた声音で彼女は言う。数多の感情を抑えて、ただ事実だけを言っている。

 

「DNA検査か。」

「ええ、あまりにもあの2人に似ていたのだもの。調べないという選択肢はないわ。...ただ不可解なのは...私の記憶の中に、そしてルウィーの記録の中に、貴方はいないということ。そしてそもそもとして...女神には生殖機能はないわ。あくまでも人間の女性の姿をしているのであって、形質は人間のそれではない...だのに、私は黒と白の母親であるわ。どちらも正しいのに矛盾でしかない...けれど...ひとつ仮説を思いついたわ。全ての辻褄が合う強引な仮説。」

「...俺にまつわる記憶と記録を世界の理と共に書き換えた...ということか?」

「...ええ。そして今この瞬間、仮説は真実であるとわかったわ。だから...」

 

不意にブランは立ち上がる。その時俺はブランの顔が見えた。落ち着いた...けど冷たい表情だ。

 

「てめぇは一体何をした...私たちを置いて何をした...!わからねぇ...てめぇを見るのは初めてのはずなのに、どうしてこうも心が苦しいんだよ!答えろ影!」

「っ......殺戮だよ。女神に仇なす人間の...」

「あぁそうだったな、でもそんなこと望んだか!?望まれたか!?余計なお世話なんだよ!」

 

ブランは俺の胸ぐらを掴みまくし立てる。余計なお世話...言われてみればその通りだ。

 

「それでも...余計なお世話だとしても...!俺は奴らを許せなかった...今もそうだ、挙句茜まで奪おうとしてる...!」

「てめぇは周りから奪っていったのに自分だけは奪われたくないとでも言うのか!?」

「あぁそうだよ悪いか?悪いさ、どこまでも外道さ。だがな...俺はもう二度と茜を失う訳にはいかねぇんだよ...わかるだろブラン...茜の友人ならわかるだろ...!」

 

眼光と眼光のぶつかりあい。譲れないものがお互いにある。

 

「っ...貴方は、茜の何なの?」

「生きる理由だ...俺は茜をもう一度失うなんてこと耐えられない...だから生きなければならない...死にたいほどに世界は俺を拒むがな...!」

「虫がいいにも程があるわね...!」

「そうだな...ただのクズだな...正直、俺はそんなに長くないとは思うさ。四六時中血を吐くわ思考判断するにも15分が関の山、人間ではない部分が多いとはいえデュアライザー越しでもシェアエナジーは体内を通り身体を蝕んでいる...次にデュアライズモードを使ったら身体が壊れるかもしれない。それでも...俺が始めたことだ、最後まで、最期までやるさ。」

 

吐露する。ブランの目を見てしっかりと、ゆっくりと、思いの丈を話す。

 

「っ......そう。...それじゃあもう何も言うことはないわ。貴方は世界一愚かで邪悪な犯罪者。犯罪神と共倒れになってくれればそれ以上のことはなさそうね。」

「そうだな...ネプギアの援護に行く。演算機能さえ使わなければ動くだろ。」

 

義眼を起動し、腕と脚が動くことを確認してベッドから起き上がり、武器や装備を整えてコートを着る。準備は整った。

 

「最後にひとついいかしら。」

「なんだ、ブラン。」

「貴方にとって、私は何?」

「...かけがえのない、愛する一人の女の子。」

 

それだけ言って、部屋から出る。扉を閉じる時、少しだけブランの表情を見た。残念ながら死角にいたから見れなかったんだけど...最悪の場合最後に見るブランの顔なんてことも有り得るかもしれない。

 

「はぁ...いつでも最後になり得るか...茜を助けても俺が死んだら意味ないってのに...」

 

目指す座標はギャザリング城。ネプギアはどこまで頑張っているのだろうか。分からないが...信じることしか今はできない。観測しなければ結果は分からないのだから。

 

「あれこれ考えてもしゃあない、行くか...」

 

教会を出て、変身して飛ぶ。次の戦場を目指して。

 

 

 

 




次回、第37話「ギャザリング城の激戦」

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第37話 ギャザリング城の激戦

古来、城というものは豪勢にできている。某アインツベルンの城や石で浮いている城などがそうだ。当然、構造は頑丈で複雑である。

 

「それに、罠がないなんてそんなことはあり得ないからな...」

 

とはいえ、15分しかない演算時間を使ってまで突破するほどのものではないし...それにギャザリング城のどこで戦っているのかもわからない。

 

「順当に考えれば玉座の間だろうが...そもそもこの城に王はいたのか?」

 

窓を突き破り玉座の間に入るももぬけの殻。戦闘の痕跡すらない。

 

「はずれか...なら...」

 

次はどこかと考える前に足元が揺れる。地震とも思ったが振動の伝わり方が違う。下か...!

 

「なるほど...な!」

 

地下へ続く階段を降り、戦域と思われる階層に着いたとき、再び強い振動が起こった。その振動の発生源を見ると、土ぼこりとひび割れた石。そして倒れている一人の少女とそれによりそう二人の幼子。その向こうには異形の個体。

 

「ネプギアちゃん!」

「ネプギア!」

「ギアか...!」

 

俺も倒れているネプギアに駆け寄り起こす。

 

「あ、えっと...」

「えい...!遅いわよ!ネプギアが、ネプギアが...!」

「見ればわかる...ギア、しっかりしろ!」

 

声をかけるがまだ起きない。

 

「アクククク...吾輩の舌から幼女二人をかすめ取るなどという愚かなことをしなければそんなことにはならなかったのにな...さーて、ロムたんラムたん続きを一緒に楽しもう!」

「いやよ!」

「ぜったい、いや...!」

「だろうな...」

 

義手から放つ斥力フィールドでこちらへの接近は許していない。それにトリックもまだ仕掛けてこない。ギアが深手を入れたのだろう。

 

「うぐ...影...さん...?」

「起きたかギア...」

 

ちゃんと見ると全身傷だらけで出血もある。頭も打って切ったのか左目は血のせいで閉じられている。こんなに、ボロボロになりやがって...

 

「ロムちゃんとラムちゃんは...?」

「無事だ...よくやった。」

「ネプギアちゃん!」

「ネプギア...!」

 

自分を勘定に入れず他人のために行動し傷だらけになる。まるで俺じゃないか。

 

「私一人じゃ、これで限界でした...影さん、あとをお願いしていいですか...?」

「っ...あぁ。任せろ。」

 

現状、意識を維持させているのもやっとと見た。だからギアはこんなことを言っている。

 

「じゃあ、お願い...します。」

 

ふっと力が抜けたようにネプギアの身体が重くなる。意識が飛んで行ったのだろう。この傷では無理もない...だが、ロムラムを奴の舌から解放させてくれただけで戦いやすさは段違いだ。ロムラムは今必死にネプギアの名前を呼んでいる。

 

「...あぁ、ほんとによくやったよギア...もうとっくに俺より強いじゃないか...さすがは自慢の妹だ。」

『...?』

 

ギアの身体を支える腕に少し力を込め、半ば抱きしめているような体勢になる。双子に白い目で見られようとどうだっていい。俺はこんなになるまで無茶をした妹には、これしかできない。

 

「すぅ、はぁ...ロム、ラム。ギアを連れて教会へ帰れ。こいつは俺が引き受ける。」

 

一呼吸置き、ギアから離れ立ち上がる。不思議なことに脳内はクリアだ。

 

「いやよ!」

「わたしも、いや...!」

 

だが、帰ってきた返答は予想と違った。この双子は、妹たちは、戦う意思を持っている。

 

「...何故だ?」

「わたしは...ネプギアちゃんにたすけられてばっかりで...」

「こんなになるまで、たたかわせて...!」

「自責、か...だったら戦うな。申し訳だとか情けなさだとかそういう感情で戦場に立つな。死ぬぞ。」

「ちがうわよ!」

 

強めの言葉で彼女たちを説得しようとしたが意味はなかった。意思のこもった否定が走る。

 

「わたしだってまもりたい...!」

「ネプギアちゃんにまもられてばっかりなんて、いや...!」

 

あぁ、そうか。だからこの子たちもまた女神であるんだ。

 

「わかった。...じゃあしっかりついてこい。」

『うん!』

 

ロムラムが揃って女神化する。俺もまた、デュアライズモードと演算能力を起動する。

 

「白と黒の女神の力...ちょい借りるぞ。15分で仕留める!」

「アクククク、今吾輩はご機嫌斜めなのじゃ。容赦せんぞ!」

「んなもん、いらねぇよ!」

『えぇぇぇい!』

 

ロムラムの氷の弾幕を味方にトリックへ駆ける。舌による攻撃は剣で受け、避ける。

 

「取った!」

「ぬん!」

 

直上を取った俺は斧を顕現し重力も味方につけてトリックの脳天に叩き込む。が、奴の退化していると思われた腕が動き白刃取りのような形になる。

 

「ちっ...だが!」

 

斧を手放し距離を取りVメモリをホワイトハートからブラックシスターに換装、トリックをその場に押さえつけるように火力を叩き込む。が、そこで周辺温度が下がっていることに気づく。

 

「この冷気...大技か!」

「ラムちゃん、今!」

「ええ!《アブソリュート・ゼロ》!」

 

ラムの広域範囲凍結魔法、アブソリュート・ゼロがトリックを中心になるように発動する。とっさに避けてなかったら巻き添えだったな...銃身が凍っているのがその証左だ。

 

「だが、足りてない...!」

 

Vメモリを今度はパープルハートとパープルシスターに換装し雷撃の準備をするが、氷塊は崩れ去りトリックが現れる。

 

「うそっ!」

「アクククク...嘘ではないぞラムたん...だが今のは痛かった...痛かったぞぉぉぉぉ!だがしかし幼女に痛めつけられるのもまた快感...!」

「うわぁ...」

「きらい...」

「あぁ...どうしようもない奴だ...だからこそ屠らねばならない...!」

 

再びトリックの直上を取り攻撃の準備をする。悶えているだけだから攻撃自体はしやすいが...!

 

「《十六天刃》!」

「む?ぬんっ!」

 

紫電纏いし巨剣の重撃を奴はまた白刃で受ける。が...トリックは耐えられてもギャザリング城の床が耐えられなかった。

 

「ぬおぉ!?」

「床が...!だが、これでぇぇぇ!」

 

位置エネルギーが突如として生まれたため、下層の床に激突するまでにさらにトリックには力がかかる。それに奴は現在支えになるものがない...!

 

「ぐぅぅぅぅ!」

「まだ、浅い...!」

 

床に激突させたまではいいが深手にはならなかった。これ以上は不利だ。距離を取るしかない。

 

『お兄ちゃん!』

 

はっとする。ロムとラムがそう呼んで同じ階層に降りてきたのだ。

 

「ふふっ...お兄ちゃんか...悪くない。」

「おのれ...ロムたんラムたんにお兄ちゃんと呼ばせただとぉ...?許せん!許せんぞぉぉぉぉ!」

「そうかよ...その理論で言うなら俺の妹たちに手を出そうとするてめぇなんざ...生かしておく理由はない。仕留めるぞ、ロム、ラム。今から26秒後...床と壁を全てよく滑る氷にしてくれ。そして...タイミングを指示したら、凍らせた壁を全部一気に水蒸気にしてくれ。できるな?」

「うん!」

「もちろんよ!」

「それじゃあ...作戦開始!」

 

銃と剣でトリックの注意を引く。まぁ、もともともう奴はこっちに狙いを定めている。本気で俺を殺しに来ている。残り3分。間に合うな。

 

「今...!」

 

トリックにジャンプをさせたと同時に床と壁の全てが氷に覆われる。飛ぶことの出来ないトリックは氷に足をとられ、滑る。

 

「ぬおぉぉ!?」

「知ってるか?この氷はおそらく摩擦係数0...今やお前は永遠にポケットに入ることはないビリヤードの玉に等しい!」

 

斥力フィールドをぶつけ、トリックをフロアで移動させ続ける。止まることはない。氷が維持される限り永遠にこのままだ。だが、それだけでは足りない。

 

「上のフロアに行くぞ。そしたら水蒸気に変えてくれ。」

「わかったわ...ええい!」

「ふぐっ!?」

 

氷が全て水蒸気に変わったことで湿度100パーセントの空間を作り、トリックは等速直線運動の慣性で大きく転げる。久々の摩擦は痛かろう。

 

「蒸し焼きだ。水蒸気にそのまま熱を与えてくれ。」

「えーっと...こう?」

「む、ぬぉぉぉぉぉ!?熱い、暑いぃぃぃぃ!?」

「すごい声ね...」

「ちょっとだけ、かわいそう...」

「俺はそうは思わないがな...しばらくずっとそのまま加熱しつづけてくれ。どんな生命でも...体内の水分がなくなったら死ぬだけだ。」

 

加速式貫通弾を十六天刃で与えた傷に撃ち込み、悶えるトリックにさらにダメージを与える。義眼の演算能力をオフにし、デュアライズモードも解除する。

 

「いつまでやってたらいいの...?」

「あー、トリックのうめき声が聞こえなくなって2分経ったら、だな。」

「もうずっと聞こえてないわよ?」

「じゃああと1分で終わらせていいよ。」

 

心なしかこちらも汗をかいてきた。ギャザリング城の構造がレンガ造りでよかったよ。

 

「57,58,59,60...終わりね!」

「あつかった...」

 

ふー、と大きく息を吐くロムラムを横目に、今はまだ動いていないトリックを見やる。

 

「まだ女神化は解除するなよ。...それと下は見るなよ。」

「わかった。」

 

ひょい、と俺だけ下のトリックにコルトガバメントを数発撃ちながら近寄る。動かない。

 

「乾燥状態ではあるが...さて。」

 

いつでも戦えるように最大限の注意を払いながらトリックの目を確認する。瞳孔が開いている。マズルフラッシュで収縮するような様子は見られない。

 

「確認完了...ん?」

 

このフロアは決して広くはない。そのため、フロアの奥にあった「何か」が目についたのだ。それは生物ではない。が、生物のようなまがまがしさがある。

 

「剣...?」

 

その「何か」とは剣であった。刀身は毒々しい紫で、妖しく美しい。

 

「回収しておくか、ルウィーの書庫で調べればわかるだろう...」

 

これで犯罪組織の四天王は全て倒したと言っていい。残すは茜を奪った犯罪神だけ。

 

「待たせたな、二人とも。帰るぞ。...よくやった。」

「やったねロムちゃん!」

「うん!」

 

まぁ、それを考えるのは少し後にしよう...

 

「あのー...影さーん、ロムちゃーん、ラムちゃーん、私の事忘れていませんかー?」

「......正直に言おう、忘れてた。」

「酷い!」

「わ、わたしはわすれてないわよ?ねぇ、ロムちゃん?」

「ごめんなさい...」

「えぇ!?影さんならともかくロムちゃんも!?」

「おいこらともかくってなんだよ...まぁいい帰るぞ!」

「ちょっ...お姫様抱っこですか!?」

「運びやすいだけだ...全く...なぁ、ギア。」

「...なんですか、忘れんぼの影さん。」

「ほんとによくやったよ。ロムもラムも...もう、俺より強いよ。」

「その...ありがとうございます...」

「よし、帰るか。」

 

とまぁ帰り際にひと悶着はあったものの無事ルウィーに帰ることになり...いよいよもってどうやって茜を取り戻すか、考えなきゃだな。

 

「ところでロム、ラム。なんで俺のことを『お兄ちゃん』って呼んだんだ?」

「そんなこと...いった?」

「いってないわよ?ねてもいないのにねぼけたこといわないでよね!」

「さいですか...」

 

 

 

 

 

 




次回、第38話「人の身に余るもの」

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第38話 人の身に余るもの

「...それで、ネプギアの容態は?」

「そこまで深刻ではないわ。ここに連れてきた時に意識も認識もしっかりしていた。貴方のように記憶の混濁もない。少し休めば元通りよ。」

「そうか。」

 

現在俺はルウィー教会の謁見室でブランと会話している。なんでもあの剣についてわかったことがあるらしい。

 

「じゃあ本題に入るわ。影、あの剣は危険なものよ。」

「そんなことは見た時からわかっている。どのように危険なんだ。」

 

ブランがはぐらかすような言い回しから話し始めるとき、それは重大なことを表している。

 

「あの剣の名前はゲハバーン、端的に言えば...神殺しの魔剣よ。」

「神と名のつくものを確実に殺せるということか?」

「厳密には少し違うけど大まかにはそうよ。女神も犯罪神も、いとも簡単に殺せるわ。」

「...手放しで喜べないな、その言い回しは。それに、たとえこれで取り込まれた茜を斬っても...」

「茜を器として顕れたのなら...茜もまた神と定義される。茜から犯罪神を引きはがして実体化させれば話は別だけど...現実はそううまくはいかないわ。」

「だろうな...」

「...この神殺しの魔剣は...神を屠れば屠るだけ力を増す...」

「っ...!?」

 

それはつまり、女神を斬れば斬るだけ犯罪神そのものを屠りやすくなるということ。悪魔ですら恐れおののく悪魔のささやき。

 

「...その反応を見る限り...これが使われることはなさそうね。」

「少なくとも今は、だが...使うことがないのならそれに越したことはない。」

「そう。...これはネプギアに持たせておくわ。貴方が使うことがないように。」

「それはありがたい話だ。...墓場の様子はどうなんだ?」

「相も変わらず、変化はないわ。時々跳ねる力も周期的...逆に言えば、この周期が崩れた時が次の段階へ向かうということを示しているわね。」

「...そうだな。」

 

茜...どこまで耐えてくれてるだろうか...早く助け出さなきゃ...

 

「影、貴方も少し休みなさい。」

「犯罪組織の四天王と虚夜光を討った、これで終わらないのが現状だ。それに...シェアエナジーを感じる...女神であるブランならわかるはずだ。墓場の方角...マイナスのシェアエナジーが渦巻いて...その中心にどす黒い何かがあることが...」

「っ...貴方...シェアエナジーを感じ取れるの...?」

「そうだな。演算はなくてもうっすらと。だからここは居心地はいいし...心なしか気分もいい。...人の身には余るものだとは思うけどな。」

「ええそうよ、今すぐにでも...!」

「どうにかできるものでもないだろう。」

「っ...」

「デュアライザーの副作用だろう。茜が安全設計をしたとしても...常に限界ギリギリで使っていたんだ、こうもなろう。それに俺はほぼほぼ機械だ、そこまで重大な悪影響はまだない...だから今のうちに整えられるものは整えておきたい。戦力も、体調も...何から何まで。」

「...死ぬ気なの?」

「残念ながら死ねない...茜を助けるまでも、助けてからも...だからこそ...」

 

しっかりと、右目だけでブランの瞳を見る。

 

「俺は戦う。犯罪神から茜を奪い返すために。」

「そう...貴方はもう引き返せないところまで行ってしまったというのね...もう下がって。少し、一人になりたいわ。」

「そうか。」

 

俺の答えを聞いたブランは目を見開いて、目をそらして少し悲しそうな顔をした。わかってしまったのだろう。あの子は賢いから。

 

 


 

 

魔剣を持ってネプギアの部屋に入る。

 

「影さん...どうするんですか、これから。」

「なんだ、起きていたのか、ギア。これを持っておいてくれと、ブランが。」

「起こされたんですよ...なにか、今までにない何かの気配がしたので...その気配の出どころは影さんだったわけですが...あぁ...そうですか。」

「何を一人で合点しているんだ。」

「鏡を見てください。貴方の右目が全てを物語っています。」

「鏡?あぁ、確かここに雷銀式炸薬弾を作るために銀鏡反応をさせたペットボトルがあったな...って...これは...」

 

見ると、右目にはあの電源のマークが不完全にも浮き上がっていた。視界に異常はない。光彩のようなものか?いや、おそらくはシェアエナジーで構成されているということの証明。

 

「...どおりでブランも妙な反応だったわけだ。人の身に余る...そりゃそうだ。あの魔剣も、シェアエナジーも。だが、それは負のシェアも同じ...茜の身体は持つのか?もしそうじゃなかったら...いや、考えるのはやめだ...考えたくもない...」

「......」

 

会話が止まる。だが、それはドタバタとした足音がこちらに迫ったことで些事となった。

 

「リーンボックスから入電です!犯罪神と思われるエネルギー集合体がリーンボックスに向けて進行中とのことです...!」

「仕掛けてきたか...ロムラムを借りる。ラステイションにも連絡は行ってるだろうし......いけるか、ギア。」

「はい。戦います。」

「...無理だけは、するなよ。まだお前は完治してないし頭へのダメージは想定外の傷に繋がりかねないし何より...」

「一番無理している人にだけは言われたくないです!」

「っ...ぐうの音も出ん。...まぁいい、出るぞ。」

「よくないですよ...って、言っても影さんは聞きませんか。」

「あぁ、聞かないね。」

「はぁ...一人にするにはいろんな意味で危険ですね、ほんと。」

「誉め言葉として受け取っておこう、リーンボックスまでひとっ飛びか...空対地迎撃戦用意。リーンボックス教会に武装をいくつか置くように言ってくれ、現地調達できるように。」

「それ、私が言うんですか!?」

「冗談だ。武装はあればいいが...まぁ、最悪なくていい。」

 

教会を出て、涼風を浴びる。ロムラムはもう変身して待っていた。

 

「あ、遅いわよ二人とも!」

「早く、行こう...?」

「そうだな...全くもってその通りだ...」

「影さん...?」

「これから先戦うのは犯罪神とおぼしきエネルギー体。さて、それは茜なのか...?茜に収まりきらなかった力なのか...繭から解き放たれたのは何なんだろうな。」

「...行ってみなくちゃわかりません。それに、ユニちゃんもきっと...」

「そうだったな。行くぞ!」

 

 


 

 

意思を込めて空を駆け、たどり着いたリーンボックス上空。

 

「なんだ、これは...」

 

そこには目を疑う光景があった。

 

「さなぎ...?」

「さなぎよね...あれ...」

 

リーンボックス市街のはずれに一つの巨大なさなぎ。繭やもしれない。中で胎動する何かがあることは確かだ。

 

「ネプギア!影さん!」

「ユニちゃん!」

「ユニか...まずは教会に連絡を...」

「その必要はないです。」

 

ユニと合流。ユニ曰く、あの繭、さなぎは墓場から動いてあの場所で止まった。

 

「あれは犯罪神で間違いないです。そして...ネプギア。あるんでしょ、影さんが見つけた神殺しの魔剣が。」

「え、あ、うん。これを使うの...?」

「確かに茜の姿が見えないが...繭を壊せば中身は不完全な状態で出る...茜を完全に乗っ取る前である可能性が高い。やってくれギア。」

「...はい!」

「それじゃあ私たちは!」

「ネプギアをちゃんと送り届ければいいのね!」

「そういうことだ、幸い繭だ、動き回れば当たるまい、行け、ギア!」

 

繭から防衛の対空攻撃が来る。それを俺、ユニ、ロム、ラムが撃ち落とし、ネプギアは魔剣を持って突っ込んでいく。魔剣におびえているのかネプギアへの攻撃は苛烈だ。

 

「攻撃を集中すべきところがわかっている...厄介だな!」

「それでも届ける、この刃を!」

 

黒切羽を射出、ネプギアの進路をクリアにし、ネプギアはついに間合いに入る。

 

「せぇぇぇい!」

 

一閃。深くはない一撃だが、繭は声になってない悲鳴のような音を出す。そして傷口から消えていく。繭は外側から段階を経て消えていき、構造が見える。中心へ伸びていく...いや、中心から伸びていった組織。それがだんだん中心へ向かうように消えていく。そしてその中心には茜がいた。

 

「茜...!」

 

近づこうと思った。だが、名前を呼んだ直後に感じたのはどうしようもないほどの寒気。そして次に感じ取ったのは...!

 

「逃げろ、ギアァァァァッ!!!!」

 

叫ぶと同時に俺と茜は動いた。どちらもネプギアに向かって。

 

「ッ...速い...!」

 

ネプギアへ振るわれる大剣。間違いない、こいつは犯罪神だ...!

 

「間に合えぇぇぇ!」

 

ネプギアを右腕で押しのけ、左腕で斥力フィールドを展開しながら大剣を受ける。

 

「...ほう。それは機械か...」

「っ...てめぇ...」

 

大剣は俺の左腕を縦に真っ二つにした。ぎりぎり接続部に傷はない。

 

「影さん...!」

「下がれギア...こいつは犯罪神だ...」

「いかにも。我は犯罪神。ゲイムギョウ界の神が女神だけでないことをここに覚えよ。」

「...茜の声で、ほざけたことを抜かすな!」

「遺憾である...貴様であればこの器の力を知らぬわけでもあるまいに。」

「っ...!」

 

繰り出した斬撃はすべて避けられている。銃撃も撃つ前まではそこにいるのに、撃鉄を起こす瞬間にいなくなる。あぁ、そうだ。これが領域把握。茜の能力...!

 

「加えて、傷心たる貴様では我に傷をつけることもできまい。」

「てめぇ!」

 

耳元で囁かれた。それは「殺すこともできる」という余裕の表れ。振り払ってもそんなの読まれている。

 

「魔剣によって不完全な状態で解き放たれたのは驚きであったが...いやはや、この器...我の状態がどうであれ、最高の状態に維持できる...我の封印を解いたあの女め、よきものを用意するではないか。」

「虚夜か...奴はどこまで考えていた、それに...!」

「落ち着いてください影さん!今あなたが本気を出しても多分...!」

「あぁ、そうとも。我には及ばぬ。」

「くっ...だから見逃すと?」

「話が早いではないか。そもそも我が狙うのは女神のみ...そこにいるのはまだ女神となるにはひよっこの存在...であれば捨て置く。ありもせぬ我を打ち破る算段を考える時間くらい、好きなだけくれてやろう。悪い提案ではあるまい。そうだろう?悪魔を名乗りし...神に最も近い人間よ。」

「っ...クソが...」

「その悪態に免じて我は退こう。3日、3日で我を倒す算段を考えてみよ。できなかったのなら...全ての女神を我が消すだけじゃ。ではさらばだ人間、女神の卵よ。」

 

「消えた...」

「シェアエナジーも感知できない...ほんとに消えたって言うの!?」

 

どうする、どうする。3日。3日でどうやって犯罪神を茜から引きはがしながら犯罪神だけを殺せる算段を考えろと?無理だ、今さっき一瞬戦ってわかった。あれは純粋に茜の力を利用しているだけじゃない。茜の能力すべてを軒並み高く引き上げている。だから大剣の挙動に淀みが一切なく、領域把握の読みの能力もさらに異次元になっているんだ。ただでさえどうしようもないあの呪いのような能力がおそらく意識的に好きなように使えるなんてそんなもの...どうしようもないじゃないか。

 

「くそっ...どうしろって言うんだよ...どうしろって言うんだよ!!!!」

 

地面を叩く。右腕がしびれるほど強く。歯を食いしばる。俺を見る四人の女神候補生の視線が辛い。あの子たちも、今さっきの戦いでわかった。あれは、俺たち5人で戦っても傷一つつけるので精いっぱいだと。

 

「影さん...」

「ギア...俺はどうすればいい...考えられること、全部考えたんだ。結果は全部、負けだ。勝てない。例え3日鍛えたとしても、足りない...手詰まりなんだ...!」

「...私は...そうは思いません。」

「どういうことだ...?」

「...この魔剣を使えば...あるいは...」

「刃を通す前にやられるのがおちだ、それに!女神を斬るなんてそんなこと...!」

「っ...そうですよね...誰かに考え方が似ちゃったのかな...」

「っ......!......帰るか、頭を冷やそう...明日、女神全員をプラネテューヌに集めて会議だ...」

「わかりました。」

「...いいの?ネプギア。」

「いいの。影さんの考えてることは間違ってないから。」

「そう...それでアンタは辛くないわけ?」

「大丈夫だよ。私は大丈夫。影さんを一人にしちゃだめだから...そうじゃないとあの人はおかしくなっちゃうから。私は...あの人が壊れるところを見たくないだけだから。」

「はぁ...ずいぶん毒されたわね。」

「あはは...それじゃあユニちゃん、また明日ね。」

「えぇ...」

「ネプギアちゃん、つらそう...」

「ネプギア、あいつになんかされたの?」

「何もされてないよ。ただ...ほっておいたら、何するかわからないのが怖いかな。」

「あー...」

「ちょっと、わかるかも...」

「わかっちゃうんだ...影さんほんとロムちゃんラムちゃんの前で何やったんだろ...まぁいいや。ロムちゃんラムちゃんも、また明日プラネテューヌで会おう?」

「うん、わかった。」

「やくそくよー!」

 

ネプギア以外の女神候補生は各々の国に帰った。

魔剣...ネプギアの口から出たこと...それに思考ルーティン...

 

「さ、それじゃあ帰りましょう、影さん。」

「ギア......そうだな、帰ろう。」

 

立ち上がる。変身はとっくに解除されている。どうしようもない絶望感。やはり考え直しても手詰まりだ。

 

不意に、ネプギアの頭にまだある大きめの白い絆創膏が目につく。

 

「ギア...」

「はい?なんですか影さん。」

 

右手をその絆創膏に走らせる。まだふさがってないからつけている。ただそれだけのことなんだ。だのに俺は怖がっている。この子がまたひどい目にあうことに。

 

「どうしたんですか影s...!?」

 

気づけば俺は右腕だけでネプギアを抱きしめていた。何も言わずに、ただ、抱きしめていた。

 

「...手遅れになっちゃいましたね。」

「...そうだな...もうどうしようもない。」

「はぁ...どうして、こんな優しい人が悪魔なんですかね。」

 

そのネプギアの疑問には答えられなかった。答える資格なんてない。俺はただ、腕に込める力を強くしただけだた。




次回、第39話「最後の選択肢」

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第39話 最後の選択肢

翌日、プラネテューヌ教会には各国の女神が全員揃っていた。

 

「現状を確認します。犯罪神が茜さんを取り込んで顕現、3日で女神を倒すと宣言して消えて約12時間経過しました。残りは約60時間です。」

「あぁ...そして打つ手がないのもまた事実...これからどうするべきか考えるにしても...」

「最初っから諦めててどーするのさ!」

「ネプテューヌの言う通りね...とはいえ、茜のあの能力がより引き出されたとなると...」

「4人がかりで勝てなかった3年前と、状況的にはだいたい同じですわね...」

 

状況は結局良くない。救いようもないほどに手が無いのだ。戦うという選択肢もないわけではない。だが、それは最終手段の大悪手。

 

「15分考えても勝てる可能性のある作戦は一つだけ、か...ギア、説明してくれ。」

「はい。...この神殺しの魔剣で犯罪神を斬る、ただそれだけです。」

「言うだけただだが犯罪神そのものを斬らないといけない以上茜から引き剥がす作業が必須...つまりは犯罪神の負のシェアに対して正のシェアを叩き込むことが必須なのだが...その隙がない。」

「それに...影さんの見立てでは現状の魔剣では完全に神殺しは遂行できないとの事です。」

「女神や犯罪神...神を構成するシェア、信仰はベクトルをもったシェアエナジー...この魔剣はそのベクトルは零ベクトルに変換するものと考えられる。ただ...乗算ではなく加算で零ベクトルにするんだ。」

「うーん、言ってること全然分からない!」

「わたしも...」

「さっぱりわからないわ!」

「...言い換えると、魔剣に力を貯めなければ茜を救えない。」

「そしてその力を貯めるためには...」

 

ネプギアの言葉が詰まった。こればかりは言えないか。いや、俺が言わせない。無意識に俺は腕をあげてネプギアを制止していた。

 

「...女神の命を貰い受ける必要がある。」

 

ピシッ...そんな音が聞こえるように緊張が女神たちに走る。それはそうだ。命あるもの好き好んで死にたくはないのだから。

 

「...そう。それが貴方の結論なのね、影。」

「ブラン...」

 

口火を切ったのはブランであった。

 

「...加算によって正負に関係なく信仰を、シェアを零に...単なるシェアエナジーに変換するのがその魔剣の性質なのよね。」

「あぁ、そうだ。」

「それはつまり、犯罪神の負のシェアを斬った場合、魔剣は正のシェアをぶつけて相殺するということになるわ。言い換えれば...犯罪神の負のシェアの攻撃を魔剣で受け流せば、正のシェアをぶつけて茜から引き剥がすことができるということよ。」

「...そうか...だが...」

「えぇ。貴方の思う通りよ。一度に変換できる量が現状では足りていない。ストレージ、といえばいいのかしら。この魔剣は変換する度に一度に変換できるストレージの容量が上がっていく...ただし、魔剣自体も変換にコストをかける以上、贄が必要なのね。」

「そうだ。」

 

事実からの演繹と事実の反芻。そして、落ち着いた声で放たれたとんでもない一言。

 

「そう。なら、私の命をもっていきなさい。」

「...は...?」

『おねえちゃん!?』

「...それが、茜をために必要なことでしょ?それに、どのみち最後が変えられないのなら有益なほうをとるわ。それだけのことよ。」

「...ロムラムはどうなる。」

「......それを言うのね。」

「当たり前だ、第一俺は...!」

 

殺すために助けたわけじゃない、そう言いたかった。だがブランの目は俺を黙らせた。何も言わせてはくれない。

 

「私たちを助けてくれたことには感謝しているわ。貴方の殺戮もそのためにしたことでしょう?そして、今度は茜を助けるために犠牲を払い続ける。そのうちの一つ、ただそれだけよ。」

「っ......ギア、魔剣をくれ...」

「影さん...今ここで本当に斬るんですか!?」

「ほかでもないブランの言うことだ。何も間違っちゃいない。だから...俺は...!」

 

ネプギアから奪うように魔剣の柄を握って構える。

 

『まって...!』

 

だが、ロムラムがブランの前に立つ。行く手を遮るように。

 

「ロム、ラム...ごめんなさい。けど、これが最善手よ。」

「うそよ!」

「そんなこと、ない...!」

「...そうね...そう思えたら、よかったのに...」

『おねえちゃん...?』

 

ブランはゆっくりとロムラムを抱きしめた。諦めているんだ、もう。その知識と頭脳でもって、現状に抗えないことを悟ってしまったんだ。

 

「死にたくないって言えば嘘になるわ。けれど...」

「いや!ききたくない!」

「なにもいわないで...」

 

反面、幼子には通じない。この諦観は、女神候補生といえど、年端もいかない子供が知ってはいけないのだ。それはブランにも言えることだが...

 

 

「...これを見て、斬れるかよ...」

 

 

沈黙が過ぎる。女神は皆何か言いたげで、でも言ったらそれまでだと、そんな顔をしている。残された最後の選択は無慈悲だ。それに、時もまた同様に。

 

 

「...一度、お開きにしません?」

「賛成ね。ユニ、帰るわよ。」

「お姉ちゃん...!?帰るって言ったっていったい何を...」

「ここにいるよりラステイションにいたいだけよ。悔しいけど、何かするためにも情報も戦力も時間も何から何まで足りないわ。思いつくことを手あたり次第やるだけやってみるしかないわ。」

「...うん、わかったわ。」

 

ベールとノワール、ユニは帰った。ルウィーの姉妹を見ているのは辛くて、俺もその場をあとにした。本当にできることはこれだけなのか。もう何百回も考えたことだ。行きつく結果は同じだっていうのに。

 

「影。」

「ネプテューヌか...」

 

ネプテューヌはソファ越しに背中合わせになるように立っている。

 

「影はさ、どーしたいの?」

「茜を助けたい...取り戻したい...」

「そっか。そのために、どーする?」

「...魔剣を使って犯罪神を殺す...」

「うん。でもその魔剣は...」

『女神を殺さないと使えない...』

 

...整理されていく。感情でぐちゃぐちゃになった思考が整えられていく。直視できない残酷な事実だけが今俺の目の前にある。でも、そこから目を背けても、別の事実が、罪の積層が俺を蔑む。『お前だけが大切な人を皆守れるなんてことは許せない』と。ほかでもない俺自身が、女神を殺さない選択肢を許せないのだ。

 

「なぁ、ネプテューヌ...」

「...いーよ、影。」

 

何も言っていないのに、ネプテューヌは俺の意思をくみ取った。手放せず持っていた魔剣を俺は見る。迷いも悩みもない。だのに躊躇は未だにある。だが、多分きっと、この一歩を踏み出してしまえば、踏み外してさえしまえば、楽になれる。そう思って立ち上がって、ソファ越しではなくちゃんとネプテューヌと正対する。

 

「許せとは言わない。」

「言わせないわ。」

 

女神化したネプテューヌは俺を見据える。強いまなざしだ。

 

「っ...すまない...」

「謝らないで。その優しさがあるのなら...貴方は人でいられる。悪魔になんてならない。...そんな顔もするのね。ネプギアがいないからかしら。」

 

ふふっと笑うネプテューヌには死への恐怖なんてものは全く感じない。俺が何人も殺してきた時とは全く違う。

 

「...かもな。」

「...ネプギアの事、お願いするわ。きっとあの子なら大丈夫だと信じているけれど。」

「...あぁ。わかった。」

 

部屋のドアが開くのと、俺が魔剣でネプテューヌを突き刺したのは同時だった。

 

「おねえ、ちゃん...?えい、さん...?」

「あちゃー、みつかっちゃったかー...ごめんねネプギア。でも、こうしないとみんな、ゲイムギョウ界のみんながいなくなっちゃうから...あと、お願いね。」

「...そんな...そんな...嫌だ、お姉ちゃんっ!」

 

ネプギアがネプテューヌへ駆けるが届く前にネプテューヌは光となって消えた。残ったのは、ネプテューヌの十字の髪飾り。不思議なことに、血液は一滴たりとも落ちていない。これは変換のせいなのか...そんなことを考えられるほどに脳はクリアだ。だが、身体が動かない。

 

「...どうしてですか...なんで、なんでお姉ちゃんを!」

 

ネプギアは俺の胸倉をつかむ。魔剣は手から転げ落ちた。

 

「...ネプテューヌが望んだことだ。」

「っ...!でも!でもっ...!」

 

今にも泣き出しそうな、というかもう泣いている声でネプギアは俺を揺さぶる。だが言葉が続かない。喪失の痛みのほうが大きいんだ。それに許せとも言えない。ネプテューヌが言わせてくれない。逃げさせてくれない。向き合え、それが凍月影に許されたことだ。

 

「...俺は逃げない...引き返せもしない...ネプテューヌは最期に...俺に、ギアに...世界を託した。なら...俺は...!」

「聞きたくありません!」

「うぐっ...がふっ...」

 

突き飛ばされ、定期的な吐血がここで起こる。

 

「貴方は、貴方は...!」

「あぁそうだ、憎め恨め呪うといい。お前以外の女神を贄として茜を奪い返す。もう引き返さない。いつでも、どこからでも、俺を討てばいい。そんなことをしてもネプテューヌは帰ってこないがな。」

「......っ!そんなこと...そう、ですけど...!」

「だから...泣き叫んでいいのさ。心もさっき一緒に殺した俺にはできないから...」

 

ネプテューヌの髪飾りを拾い上げ、ネプギアに渡して部屋の外に出る。ルウィーの姉妹も帰ったようだ。

 

「くそっ...涙も出ないか...」

 

残り59時間。残り6人...失敗することなんてもう考えてはいけない。突っ走るだけだ。迷うな。止まるな。それはもう許されない。人も神もみな殺す。そうだろ、凍月影。

 

「...あぁ。」

 

悲愴の決意を胸に、青年は曇りがかった空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




第40話「ラグナロク・アポカリプス」

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第40話 ラグナロク・アポカリプス

魔剣を携え、ゆらりゆらりリーンボックスへ足を進める。女神一人やったから女神一人分の攻撃はだいたい魔剣で変換、無効化できるとみたからこその行軍だ。次はラステイション、そしてルウィー。

 

「...それで、ベールさんにはどう言うんですか?」

「どうもこうも、言葉なんていらないよ。見ただけでわかるだろうさ。」

 

ダンジョンを通るだけあって適当にモンスターがわいてくるが無問題。さくっと到着はできた。残り56時間。

 

「しかし...ギア。別についてこなくてもよかったのだが...」

「...誰が手伝うって言いました?...貴方が言ったんですよ?いつでも討てと。」

「そうだったな...」

「忘れてたんですか、ついさっきのことなのに...それにいつでも応戦できるように全く隙がないじゃないですか。」

「それに気づけるあたり...ちゃんと成長しているらしい。」

 

そんな会話の横でそよかぜが緑を揺らす。相変わらずこの国は自然が多いなと思う。

 

「平和とはかくも仮初でしかないというのは、知りすぎた弊害かあるいは...」

「...?」

「悪いとは思うが...私怨と信条もある、今までの積層を根本からひっくり返していることもそうだ。だが、転げ落ちてしまったならもうあとは奈落の底まで行きつくだけだ...」

「影さん...?」

「あとは...ただ、遂行するのみ。心まで一緒に殺してしまえば...きっと痛くはないさ。」

 

ひとり呟き、教会に入る。

 

「...ずいぶん情報が早い。御大層なお出迎えだこと。」

「えぇ...なにか胸騒ぎがしましたもの。用心に越したことはありませんわ。」

 

中には既に武装した職員と女神化済みのベール。対してこちらはまだ変身すらしていない。やれやれ。骨が折れそうだな。

 

「そうかい...まったく...命あるものはいつもこうだ...」

「...気に障る言い草ですわね。」

「掬い上げて零れ落ちて、終いにはせいぜいたった一つも守れるか怪しい...命とはかくも儚く脆く...価値が高すぎて逆に狂うものなのさ。」

「──ッ!?」

 

ベールが距離を取った数フレーム後に俺を中心とした一定範囲の中にいるネプギア以外の生体...つまりは教会職員を凍らせた。命までは取ろうとは思わないが...ベールとの距離があるこの時を逃すわけにはいかない。

 

「13分で片づける。」

「影さん...!?また、貴方は...!」

「ほえるなよ...どうせ時は戻らない。」

 

green heart

purple sister

 

「所詮、その程度だったということさ。」

「なんで、いつもそうやって...!」

「...これが俺だ。」

 

槍を顕現し、ベールに向かう。

 

「わたくしに槍で挑んでくるとは...!」

「ただの気分だよ...それに、槍だけなんて一言も言うつもりは、ない!」

 

右からの突きを防がれ、同時に左手にコルトガバメントを顕現、数発撃つ。

 

「鉛弾で女神に傷をつけられるとでも...!」

「思っちゃいないさ...だが距離と時間があればそれでいい。」

 

M.P.B.L.を顕現、ベールに追撃する。...教会内では取り回しが厳しい。凍らせた職員を割ってもいいが...そんなことをする余裕はなさそうだ。

 

「でぇぇぇい!」

「っ...さすが、動きを読んできますわね...」

 

攻撃を当てるものの崩しきれはしない。...やはり槍使いは...厄介!

 

「外へ出るぞギア...サシで戦うなら広いところのほうがいい...」

「なら、飛ばして差し上げますわ!」

「好都合...!」

 

ベールの風を纏った槍撃をあえて受けることで外に出る。

 

「これで...!」

 

デュアライズモードを解除し、鎧装装着の黒切羽を8基展開、スラッシュバレットを二丁装備する。

 

「乱れ撃つ、全天からの弾の雨を受けてみな!」

 

連射。ベールは避けたり防御するものの避けた弾は黒切羽が反射して再びベールに向かう。さらに黒切羽自体もビームを撃つため、ビームの絶対量は多くなる。

 

「くっ...足止めを...!」

「そう、足止めさ...けど、止まってしまえばそれでいい...!ギア、魔剣をくれ...!」

「っ...やるんですか。」

「今更退くなんてできるわけがない...だから...よこせ!」

「それで...!あなたはそれで、本当にいいんですか!?」

「いいも悪いもない...引き返せないだけだ。」

「...いつもそうやって...貴方は自分で決めたことを間違っていてもやめないじゃないですか...止めさせてくださいよ...」

「止めようとしても止まるものじゃないことがわかってるあたり...君は賢い女の子だ...」

 

魔剣を持ち、ベールがいるはずの空間を見るもベールがいない。

 

「いないっ...!?」

「その隙が命取りですわ...《レイニーナトラピュラ》!」

「間に合わねぇ...!」

 

装甲を穿つ槍の雨。急所を避けるので精いっぱい。だが、この程度の出血量など、些事!

 

「はぁぁぁぁ!」

「ぐうっ...!捕まえ、た...!」

 

威力の乗った槍の一突きを左腕の義手で受け止め、手でベールの手首をしっかりと掴む。これで...!

 

「貰った...!」

 

真っ直ぐ魔剣をベールに向けて突き、深々と貫くように刺す。

 

「がふっ...お見事、ですわ...」

「...そうかい。まぁこっちもこっちで腕を持っていかれた...お世辞でも見事とはかけ離れているよ......さらばだベール...贄となって力となってくれ。」

 

魔剣を抜き、ベールは魔剣に吸われるように消えていった。これで...あと5人か...

 

「替えの腕がまだあってよかった...傷もかすり傷だし...ともあれ次はラステイション...少し休んでからいくぞ、ギア。」

「...影さんは...痛まないんですか?」

「身体も心も痛みはしない...痛むものなんてもうなくなってしまった...疲れるんだ、心を動かすのは...もう...」

「どうしようもない、そんな状態なんですね...」

「...一度帰るか...この状態でノワールの相手は厳しい...」

 

魔剣をネプギアに預け、俺はプラネテューヌへの道を歩く。

 

「...どうして、そんなになるまで...」

 

緑を揺らす風が寂しい。意に反して教会からの反撃はなかった。悲しみと喪失感に打ちひしがれているのだろう。だが、そんなものにふけられるほど俺に余裕はない。

 

「どうして、か。考えたこともないかな...摂理だよ、ただの。」

 

背中からのネプギアの返答はなかった。残り54時間30分。茜を助けるために...まだ犠牲がいる。

 




次回、第41話「破滅願望と生存欲求と」

感想、評価等、お待ちしております。


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第41話 破滅願望と生存欲求と

犯罪神が世界を滅ぼし始めるまで残り約32時間。結局一日プラネテューヌで休んだ俺とギアはラステイションに向かっている。

 

「次は...ノワールさんとユニちゃんですか。」

「あぁ。無傷は無理だろう。本来の予定ならベールを屠った後に連戦する予定だったが思ったより傷を受けてな...どこかで連戦しないといけない予定だが...ルウィーの姉妹を含めた連戦は無理だ...」

「それでも、歩みは止めないんですね。」

「言ったろ、止まることはない、と。」

 

ラステイションの街をそんな話をしながら歩く。いつぞやに蒸発させた区画を歩いているため街というにはいささか空虚だが。

 

「...来たわね。」

「張っていたのか、ノワール。まぁ好き好んでこんな場所を通るのは俺だけだろう。そもそも立ち入り禁止区画だからな。」

「あなたがここまでの力をもって犯罪組織を滅ぼしたいのは茜のためなの?それとも自分のため?」

「さぁな...俺自身、何を求めて戦っているのか...もうあやふやだ。今あるのは、茜を取り戻すことだけ...そうだな、自分のためかもな。」

「そう...だから犠牲も生み出し続けると。」

「あぁ。」

「そう。」

 

瞬間、俺は指を鳴らし斥力フィールドを展開、どこからともなくやってきた曲射狙撃弾を防御する。

 

「影さん...!?」

「...危ないなぁ...斥力フィールドがあったとはいえもう30F反応が遅かったら...さすがに死んでいたか...」

「それを危ないで済ませているあたり...死生観はもう壊れているのね。」

「今更すぎるぜ、本当に...」

 

同じ角度から放たれてきた射撃はコルトガバメントで撃ち落とす。

 

「さぁて...それじゃあそろそろ始めようか...にわか雨が降るドンパチをさ...」

「傘が必要なのはあなただけよ、差す余裕なんて与えないけどね!」

 

同時に変身して切り結ぶ。ノワールの速度についていけるかが課題だ...!

 

「遅いっ!」

「そう思うよな...!」

 

防戦一方。攻めに転じるタイミングを見失ってばかりだ。だが...っ!

 

「鍔迫り合いさえしてしまえば!」

「動きは止まるわよ、それがどうしたって言うの!?」

「こういうことだ!」

 

力を抜き、ノワールの体勢を少し崩して反転、蹴りを入れる。

 

「甘いっ!」

「くっ...やはり崩せない...」

 

演算をオフにしていては負ける。だがフルで使って勝てる見込みが思い浮かばない。だがそれは使わない場合でも同じ...!

 

「せぇい!」

「っ...やるじゃない。」

 

第二の鍔迫り合いは強引に切り払って距離をとる。こちらの出方を伺っている...?

 

「けど残念ね、私は最初から出し惜しみなんてしてないんだから!」

「その突撃は仇となった...!」

 

ノワールの直線的突撃を再び受ける...と思わせて回避、追撃の加速をかけて落とす...!

 

その次の瞬間に左側から強い衝撃と爆発を受け、俺は地面に叩きつけられてぐるぐると地べたを転がったのだった。

 

 


 

 

「影さん...!?」

 

一体何が、そう思う前に私の首筋にノワールさんの剣が突きつけられていました。

 

「戦いの場で力を出していない、これはあなたの落ち度よネプギア。少し鈍ったんじゃない?」

「ノワール、さん...」

「ユニの長距離狙撃が見事に、今度こそ直撃よ。」

「そんな...」

 

地面に転がっている影さんは微動だにしません。

 

「...魔剣を渡しなさい、ネプギア。あなたたちの負けよ。」

「...渡せません。手放したくないです。だって、お姉ちゃんがこの魔剣の中にいる気がするから...!」

「そう、なら力ずくで奪うまでよ!」

「っ...!」

 

女神化できていない状態でノワールさんの剣は防げません。だからせめて距離を取りたいけれど...!

 

「無駄よ!」

「くっ...きゃぁ!」

 

そんなことさせてくれるはずもなく一方的に飛ばされて衝撃が全身を襲うだけ。

 

「無理だよ...例え今から変身しても...ノワールさんにはかなわない...」

「...悪いわねネプギア。けど、これが現実よ。」

 

ノワールさんは私が飛ばされたときに落とした魔剣を拾って、私に向けて...あぁ、私も死ぬんだ、あれに刺されて...でもお姉ちゃんに会えるなら、それでもいいかな...

 

「存外、諦めが早いじゃないか。」

「...!?うそ、動けたの...!?」

「そういうこと。」

 

諦めかけた私の目の前に、血をそこそこ流しながらノワールさんの虚をつき魔剣を奪い返した影さんが現れました、いったい、どうやって...さっきまで動けていなかったのに...

 

「また左腕がダメになった...直撃だからしょうがないしなんなら多分右腕も折れてるけど...幸い右腕は元から動かない、無理やり動かしてもめちゃくちゃ痛いだけで済む...それに義手の替えも今回はちゃんとすぐ準備できたからな..」

「またって...どうしようもない無茶じゃないですか...!」

「そうだな。なぁギア...なんで俺が常に魔剣を持たないと思う?」

「え...?」

「答え合わせはあいつら倒してからだ、本気で行く、覚悟しておけ。」

 

それだけ言って影さんはノワールさんへ向かっていきました。

 

「どうして、そんなになっても戦うんですか...」

 

 


 

 

「血を流している時って言うのは...生きてる感覚がする時だ...同時に!生きてることが割とどうでもよくなる時でもある!」

「なに、こいつ...気でも狂ったの...!?」

「狂っているさとうの昔に...だから女神と戦ってその命を欲しがっているんだよ!ちょいさぁ!」

 

ノワールと再び高速の接近戦を演じるさなか、またやってきたユニの射撃を今度は避ける。本当ならノワールに当てたかったが...!

 

「そう...でもその回避は命取りよ!」

「そうさ命取りさ...けどねぇ!」

 

右肩をノワールの剣が切り裂く。また血が出る。これが狙い。出た血はノワールの目に向かって飛び数瞬彼女の視界を遮る。その一瞬さえあれば、左手に魔剣を持つことができる。

 

「くっ...このくらい...!」

「拭う動作もまた視界とバランスを崩す...!」

「がっ...!?」

 

全速の膝蹴りをみぞおちに当て、右手に魔剣を持ち換え氷で覆い固定、そして左腕をパージする準備を整える。3,2,1...!

 

「ここっ!」

 

ユニの偏差狙撃が飛んでくるタイミングの少し前に左腕をパージし、左腕が爆発する爆風で加速、固定された右手の魔剣を真っ直ぐメテオ状態のノワールに突き刺す。

 

「ぐはっ...まさか、そんな手を使ってくるなんてね...肉を切らされて骨を断たれちゃうなんて、どうしようもない油断ね...手負いと狂気に完全にしてやられたわ。」

「あぁ...そうかい。こっちはもう死にかけで考える余裕もそんなにない...」

 

俺の真横が爆発する。ユニは震えているのだろうか。

 

「どうせユニも、でしょ...?」

「心配なのか?」

「...そうね...優しくしてあげてほしいとは、思うわ...」

「...善処する。」

 

それを境にノワールは光となった。演算可能時間は残り117秒。ユニの位置を逆算...特定。

 

「黒切羽展開...リフレクスメーザー...ファイア!」

 

一発のビーム。これを黒切羽で反射させ、そして黒切羽自身もビームを放つことで増幅させる技。ビームのくせにハチャメチャな軌道を取るため迎撃は不可能な一撃。だがどちらにせよユニをこちらに引きずり込む必要がある。

 

「演算はもう使えない...ギア、移動するぞ。ユニを追う。」

「...まだやるんですね。」

「友を手にかけるところを見たくないとでもいうか?...いや、だったらとっくに俺を見捨てているはずだ。悩むか、あるいは恐怖か、それともただ単純に逃げているだけか?...まぁいい。惰性でついてくるならそれはそれで結構。だがさっき問うたはずだ、なぜ俺がお前に魔剣を持たせているのか...答えは...お前が俺の妹であり同時に女神だからだ。」

「妹...?何を言ってるんですか、私にはお姉ちゃんしかいません!」

「...そうだったな。そうだった...血迷ったかな...だがそんなことはどうでもよかったりするのが現状。行くぞギア、前に進むためには痛みを乗り越えるしかない。」

「それであなたは...いいんですか?」

「俺の意思を問うな、自分で決めろ。俺にはもう選択肢なんてない。」

「私は...」

「この期に及んで情けない顔ね、ネプギア。」

「ユニか...」

 

銃口を俺に向けながら、ユニはネプギアに話しかける。

 

「アンタはお姉ちゃんたちを助けるときはとても頼りにしてたわ。こんな状況でも、アンタはアンタなりの考えを見つけて影さんと行動を共にしている、そう思ってた。なのに、何よその体たらく。まるで何かを考えることをやめてただとぼとぼと...それじゃあアンタのいる意味なんてないじゃない。答えなさいネプギア。アンタは、何がしたいの。」

「私は...止めたい、影さんが影さんでなくなることを止めたい。」

「影さんのやっていることではなく?」

「うん。」

「どうしてなのか...聞かせてもらえる?」

「...影さんは、我が強すぎて諦めることを忘れてしまった人。強すぎて、引き際を忘れた人...そのせいで心を壊しかねない危ない人...この人はきっと変えられない、だからせめて壊れないでいて欲しい...そうじゃなきゃ...私は最後に、影さんを恨めない...!」

「...ずいぶん無茶苦茶ね...でも嫌いじゃないわ。...それじゃあ影さん、ネプギアに魔剣を渡して。」

「...あぁ。」

 

銃口を下ろしたユニの言う通りにネプギアに魔剣を渡す。

 

「ネプギア...アンタが私を刺しなさい。」

「え...?」

「アタシが今から本気で戦ったとしても、勝ち目はないわ。4人でやっと勝てるのが影さんの強さ...それはアンタもわかってるでしょう?だからよ。」

「でも、そんなこと...!」

「さっきアンタが言っていたことは嘘なの、ネプギア。」

「嘘、じゃないけど...これ以外の方法はないの!?」

「...思いつかないわね。あるとしても、時間が許してくれないわ。」

「同意見だ。...それが、ユニの意思なら尊重するべきだ。」

 

優しくしてあげてとノワールは言ったが...確かにこれは...優しいのかもな。

 

「けど...けどっ!」

「悩むな!アンタだって...世界を救いたいんでしょ!?」

「でも...!」

「でももだってもない!いい、よく聞きなさいネプギア。残りの31時間でアンタたちはルウィーでブランさんとロムラムに対しても同じことをするの。その覚悟をあの人はもう固めている。アンタはこのままうじうじしてるだけ!最後に影さんだけを恨みたいのなら...いい加減逃げ込むのはやめなさい。決めたことをやり通しなさい!それをやり続けている人を、一番長く見ているのはアンタでしょ!」

「っ......本当に、いいんだね?」

「私の決めたことよ。その代わり、ちゃんと犯罪神を滅ぼしなさい。」

「うん、ごめんね、ユニちゃん...」

「...そこはありがとうって言ってほしかったわ。でも、ネプギアらしい。」

「あう...ごめん...ううん、ありがとう、ユニちゃん。」

「どういたしまして。さぁ、一思いにやってちょうだい。」

「うん...せぇい!」

 

ネプギアがユニを刺し貫く。

 

「ずいぶん下手に刺したじゃない...震えてた...?まぁいいわ。あと、頼むわよ。」

「ユニちゃん...うん...!」

 

光となって消えたユニとぼうぜんと立つネプギア。その頬には一筋の涙が流れている。本来、これは全て俺がやるべきだった。だが...横槍は入れられなかった。

 

「これもまた世界を救うための障害、か。」

「影さん...私、決めました。」

「迷わないと、進むと決めたか。」

「はい...ユニちゃんに言われるまで気づきませんでした、私は、ずっと悩んでいたって...」

「そうか...良い友を持ったな、うらやましいよ...帰って休むぞ。時間はないが...それでもこのままルウィーに行くよりかはいい。」

「...わかりました。」

「...いい顔になったな、ギア。」

「吹っ切れさせてくれましたから、ユニちゃんが...文字通り身体を張って。」

「...そうか、後悔もしてなさそうだ。...強いな。」

 

残りの女神はあと3人。世界を救うタイムリミットは残り30時間45分。

 

「必ず取り戻しましょう、茜さんを。それが...ユニちゃんのためになりますから。」

「あぁ。」

 

 




次回、第42話「銀世界に舞う光と影」

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第42話 銀世界に舞う光と影

犯罪神が活動を始め、世界を滅ぼし始めるまであと7時間。プラネテューヌで再び休息をとり、次はルウィーへ向かう。

 

「...来てしまったか、ついにこの日が。」

「大丈夫ですか...?」

「問題ない、問題があってはいけない...」

「...そうですか...時間がありません、行きましょう。」

「あぁ。」

 

 


 

 

「...来たわね、影。」

「ブラン...もらい受けるぞその命。」

「そう、なら持っていきなさい。」

「っ...抵抗しないんだな。」

「するだけ無駄と知っているからこそよ...」

 

ルウィーに着いた俺とネプギアを待っていたのは雪原の涼風を浴びながらたたずむブランであった。

 

「...そうか。ギア、魔剣をくれ。」

「はい。」

 

ネプギアから魔剣を受け取り、ブランへ向ける。

 

「させるかよ...!」

「貴方だけは...!」

 

瞬間、剣の突撃と光の矢が飛んでくる。

 

「黒と白か...!ちぃ、ギア!」

「っ...あなたたち...」

 

魔剣をネプギアに返し、変身して銃剣を持ち戦闘に入る。この二人と戦うのは地味にしんどい...

 

「また敵となるか、黒、白!」

「当たり前だ...!」

「お母さんを狙うだなんて...!」

「それが運命さ、もはや...止めるすべはない...!止まることもまた許されない!」

 

黒の二刀流を防ぐも、白のコンビネーション抜群の援護がなかなか面倒。どうするか...

 

「そんなてめぇの理屈...」

「聞きたくないし聞こうとも思わない!」

「...黒、白......それじゃあネプギア、あなたに頼んでいいかしら。」

『...!?』

 

ブランの言葉で止まる二人を横目に、ネプギアが魔剣を構えるのを俺は見る。

 

「まって、ネプギアちゃん...!」

「なんで、そんなことするのよ!」

「ロムちゃん、ラムちゃん...」

 

だがあちらも双子に止められて進まない。

 

「君たちは...夢だったよ。望みでもあった。だが、今やただの業でしかない...!」

「業だと...ふざけるな...何人も何人も殺してきたくせに...!いいかよく聞け...命はおもちゃじゃないんだよ!」

「あぁそうともさ。だが黒、よく己を見てみろ、その憎しみと怒り、目と心、剣をふるう腕や引き金を引く指しか持っていないのが現状だろう...?同じさ、俺とお前は...逃れられぬ血の呪縛だよ!」

 

銃剣と二刀が雪原の上でひしめき合う。

 

「何が同じだ!同じであるものか、命を弄ぶお前と俺がぁ!」

「撤回しろ...お兄ちゃんに言ったこと...!《アルテミスバレッジ》!」

 

数多の矢が俺を襲う。

 

「一つ覚えの範囲攻撃など...!」

 

黒切羽を展開することで矢の軌道をずらす。同時にビームを放つことで攻撃もする。これをするために演算を起動しなければならない...が。

 

「ちぃ、いつもこの攻撃は...!」

「厄介な...」

「厄介なのは君たちだよ...だが、悪あがきもそこまでだ。」

「悪あがきだと...!」

「もう、慈悲も容赦も何もない...これだけの業を重ねてきた俺だ、今更また一つ罪が増えようと...もう関係ない。」

 

シャドウ-Cに加速式貫通弾を込め、黒の脳天を狙う。

 

「散れ。」

「させない...!」

「...そうかい。」

 

白がバリアを張り銃弾を止める。無論それは想定内。雷銀式炸薬弾をリロードしてこのうちに目的を果たす。黒切羽が崩れた体勢の黒と白に襲い掛かっている以上ここにくることはできない。

 

「ギア、魔剣をくれ。」

「影さん...」

「妨害は無力化している。やるなら今だ。」

「だめ...」

「そうよ、だめよ!」

 

ブランの前にはロムラムがその小さな手を、腕をめいいっぱい広げて立ちふさがっている。変身はしていない。戦うつもりはこの子たちにはないのだ。

 

「どいてくれ...と言っても嫌の一点張りだろう...なら押し通るまでだ。君たちだって...女神であるのだから...!」

「待ちなさい影、その二人は...!」

「あぁ...可愛い双子の女神だよ。」

「ひっ...」

 

魔剣を構えなおし、ロムラムを二人同時に串刺しにする。

 

「...ロムねぇラムねぇ...!...てめぇはぁぁあぁぁ!!!!」

「来るか...!」

「...わりぃ、ロム、ラム......本当に...ごめんなさい...」

「お、ねえちゃん...」

「これ、いたくないわ...よ...」

「おい...!先にいくのかよ...!...わたしのせいじゃないか...くっそぉぉぉぉ!」

 

ブランの慟哭。黒と白の激情。赤く染まっていく白雪とその上に落とされた魔剣。ただ佇むネプギアと戦場を駆ける悪魔がまだそこにいる。

 

「お前は、お前は、お前はぁぁぁぁああッ!!!」

「甘い...!」

 

黒の左手を蹴り上げ武器を落とし、直後の白の矢は撃ち落とす。

 

「なんでなんだ、どうしてなんだ!いつもいつも!お前はそうやって殺して殺して!何がしたいんだよ!」

「茜を救い出す..そして世界を救う...!」

「ロムねぇとラムねぇを殺して...あかねぇだけは助けるの...!?」

「あぁそうだよ...それが俺の生きる理由だ...!」

「...だったら今ここで終わらせてやるよ...そんな理由でこんなことをするなんて...たとえ母さんやほかの女神様たちが許したとしても...認めてその魔剣に刺されたとしてもぉぉぉ!!!」

 

黒の装備の出力がさらに上がる。こちらは黒切羽を格納、迎撃態勢をとる。白は前俺にやったようにホワイトアウトさせる準備をしている。

 

「そんな理由、そうかい、そう切って捨てるか。」

「あぁそうさ。くらえぇぇぇぇ!!!《レインボウヴァニッシュ》!!」

 

白の光がこちらへ向かい、黒の七色の刃もまたこちらへ向かってくる。

 

「なれば、もう手は選ばん。」

「...っ!?」

 

熱源センサーによって黒の場所、構えを読み取って初撃を防ぎ、次の一閃が来る前にすれ違いその時に右手首から先を切り落とす。同時に黒切羽を4基展開、背後から四肢を切り落としてかつ蹴り落とす。最後にコルトガバメントに持ち替え背中に3発叩き込む。

 

「んなっ...お兄ちゃん...!?」

「...もういない、諦めろ。」

「...!?」

 

直後に白へ向かい、黒切羽のビームで動きを止めながら雷銀式炸薬弾を撃ちこむ。

 

「鉛弾なんて...!?」

「そう、ただの鉛弾だよ...」

 

直撃させた爆発によって白の変身は解除され、それを確認すると同時に黒と同様に銃弾を3発撃ち込む。

 

「ひどい...」

「......あぁ、そうだな...」

「ロム、ラム...黒、白......ねぇ、影。ネプギア......これであなたたちは茜を助けられる...けど少し思ったことがあるわ。」

「...思ったこと?」

「...そうかい。言ってみてくれ...」

「...女神というものは為政者よ。国の意思を決める存在。そして国の意思...国策は国民の意見をもとに生み出される。...意見というものは賛否両論、玉石混交よ。それらがあるから議論は議論として存在できる。...でも貴方のやったことは意見を通り一辺倒にすること。反対意見のない議論に意味はないわ。意味を持たない議論の末に生まれた意思に...意味はあるのかしら。それは為政者の意味にも等しいわ。...貴方が戦ったこの世界に...女神のいる意味はあるのかしら。」

 

ブランの言葉は正しい。あぁ、そうか...今までやってきたことは無意味だったのか...

 

「それはっ......」

「そうだな...答えは...ノーだ。俺のしたことは一種の画一化。生み出された諸々の意見を『女神にとって必要ない』と切り捨て、よりよい意見を生み出すことを阻害した。全て俺の招いたことだ、受け入れるさ。」

「...そう。なら...その魔剣を使いなさい。」

「そうさせてもらう...ギア、魔剣を。」

「はい。...でも、ひとついいですか。」

「...なんだ。」

「...それでも、進むんですか。」

「何度も言わせるな。...俺が選んだ道は...こうなる運命だったということだけ...ただそれだけだ。そしてそれはまだ行き止まりにも、分岐点にも立っていない。一本道だ。だから、進むしかないんだよ。」

「...そうですか...それじゃあ、茜さんを助けたら...影さんが、影さんの意思に反して作った...作り上げてしまったこの世界に...私は意味なき為政者として立つということですね。」

「その通りだ。...さて...それじゃあ最後の一人だ...」

 

魔剣を持ち、ブランの前に立つ。不思議だ。ずっと守っていたかった。なのに、今俺はこの子の命を奪おうとしている。肩を並べて笑いあってた頃は、手をつないで歩きまわってたあの頃は...もう俺の中にしかないいわば虚構で...そしてそれはもう二度とありえないものだ。

 

「...さよならだ、ブラン。愛してる...今までも、これからも。」

「...っ...そう。だから私を最後にしたのね。」

「あぁ。そして君だけは...俺の手で。」

 

魔剣をブランの胸に突き刺して抜き、血濡れたブランの身体を抱きしめる。

 

「ラム...また嘘ついたわね...最後まで私を困らせて...」

「なぁ、ブラン...この帽子、もらっていいか...?」

「好きにしなさい...私は消えるのだから...」

「なら好きにするよ...」

 

消えゆくブランの帽子を取り、唇を重ねる。直後に彼女は光となって消えた。抱き留めてた身体の感覚もない。支えていた腕は降ろされることなくそこにとどまっている。服についていた血も、帽子をとるときに着いた血も消えたいた。そう、女神を構成するのはシェアエナジー。魔剣の糧にしてしまえば...それは光となって還元されるだけなのだ。

 

「......よく言ったよ、愛してるだなんて...本心だとしても...俺には言う資格なんてもうないってのに!俺はっ...!」

 

帽子を強く握りしめる。これは己の罪の象徴、己の成れの果てを示すものだ。愛する者の形見...そう、形見なのだ。

 

「影さん......茜さんを助けに行きましょう。犯罪神が動き出すまでもうそんなに時間がありません。...でも、休みますか...?」

「いいや...すぐ向かう...俺が俺であるうちに...」

「影さんが、影さんであるうちに...?」

「あぁ...正直こたえたよ、俺の今までは全て意味のなかったことだったと、正面から寸分の狂いもなく言われたんだ。背理法でね。その結果...今にも俺は潰れそうだ。死屍累々や後悔や何から何までが全部一気に襲い掛かってきている。ここぞとばかりにね。だからせめて茜だけは助けなきゃ...ほら、行くぞギア...」

「......っ!わかりました...行きましょう。魔剣を、返してください。」

「あぁ。」

 

かくして、7人の女神を魔剣の糧にし力を蓄えた俺とギアは、茜を助け出すためにギョウカイ墓場での最後の戦いに赴くのであった。もうこれで終わらせなければいけない。そうでなければ...俺は...

 

犯罪神が動き始めるまで、残り6時間。

 

 




次回、第43話「万に一つの希望さえ」

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第43話 万に一つの希望さえ

ギョウカイ墓場に着いたのは、犯罪神が動き出す1時間前だ。プラネテューヌでできる限りの準備をし、今に至る。

 

「...ついに来たんだな、この時が。」

「はい。...行きましょう、影さん。」

「あぁ...これが最後だ。」

 

 


 

 

ギョウカイ墓場の最奥部へ足を進める。

 

「来たか、人よ。」

「...茜の声でふざけたことを抜かすな...犯罪神。俺はお前を屠るために来ている。」

「そのための刃を持ってきたと...ほう...ほほう...面白い、面白いぞ人間...ただの一人のために女神を討つと...!」

「俺の選んだ道だ。さぁ、返してもらうぞ。」

「来い人間。そして唯一生き残った女神よ!」

 

変身して銃剣を構える。まずやるべきは茜の身体から犯罪神を引きはがすこと...!

 

「でやぁぁぁ!!」

 

銃剣で斬りかかり、それを躱されるも二撃目三撃目を叩き込んでいく。当然避けられるし防御もされるが...!

 

「っ...ほう...」

 

心なしか、犯罪神の動きが前より鈍い。茜をより取り込んで領域把握を満足に使えるはずなのに...何故だ。

 

「ギア、援護射撃頼む。理由はわからんが奴の動きが少し鈍い。...だからここで片づける。合図したら魔剣をくれ。」

「はい!」

 

理屈を考えるのはあとだ。あるいは並行してやるしかない。鈍いと言ったって、気を抜けば簡単に致命傷くらい与えてくる。

 

「偶然かあるいは必然か...いずれにせよ、まさかこの私がいわゆる不調となるとはな...!人の身に宿った副作用というところか...」

「人の身...不調......そういうことか......」

 

ずいぶんと都合がいいこともあるものだ。だが...たまたま今日がそうだというのならこの機は逃せない。どうやら俺は見放されてはいないらしい。

 

「くくく...この力の弱点も同時に思い知らされるとは...面白い日となった、そうは思わんか人間。」

「残念、俺は悪魔だ...人間という枠にはもう収まらねぇよ...ギア、魔剣をくれ。」

「もう、ですか...?」

「あぁ、存外早くに終わらせられる。」

「そうか...思いあがったな悪魔よ。」

「そりゃ悪魔だからな!」

 

ギアから魔剣を受け取ると同時に重い大剣の一撃が来る。そのまま魔剣で防ぎ、そこでまた違和感を覚える。

 

「やはり神殺しの魔剣...忌々しいほどの輝きよ!」

「...反転している...あぁそうだった。神殺しはあくまで結果...その本質は刃が触れたシェアエナジーの指向性と真逆のシェアエナジーを生み出しぶつけることで零に帰し糧とするもの...!この負のシェア渦巻くギョウカイ墓場ならば...この魔剣はある種聖剣ともなれる...面白い...!」

「だが、その程度の量では我を引きはがすことなど...!」

「...そうだな...だが、ここには俺が生み出したどうしようもないほどの怨念がいまだに跋扈している。それに、俺自身にも...!」

 

ゲハバーンはより虹色の輝きを増していく。『凍月影』に対する負の感情があればあるだけ、強く、強く。そして己の中に巡る身体を蝕むシェアエナジーも俺自身の後悔や苦しみ、過去の積層、罪の鐘楼をもとに負のシェアとして溢れる。それも魔剣の輝きを増す燃料である。

 

「なっ...」

「眩しい...でもそんなことをすれば影さんは...!」

「がふっ...よりシェアエナジーの影響を強く受け身体がもたなくなる...だからどうした。」

 

血を吐く。それがなんだ。茜を救うためならば俺は命以外はなんだって捨ててやる...!

 

「俺の身体を貸すぞ、触媒にでもなんにでも好きに使え...!」

「その覚悟...気に入った...!」

「ここからいなくなれ、犯罪神---ッ!!!!」

 

虹色の光の奔流が器である茜を覆う。これで、犯罪神を茜からはじき出して...実体化させる!

 

「ぬおぉぉぉ...おのれ人間...我の本当の姿をさらすことになろうとは...!」

「いけ、ギア...!」

「...!はい!」

 

犯罪神を完全にひきはがしたことを確認した俺は茜を抱きかかえ、魔剣を直上に投げる。その柄を握ったギアをみやり、茜とともに距離を取る。

 

「これで、終わりです...!」

「ぐうぉぉぉぉ......この力...なるほど我を屠るには過大ともいえる力...積層されゆく神殺しの連鎖...なるほど...だがこれほどの力...何も我が世界を滅ぼす必要はなかったということか...」

「何を...!」

「今際の戯言にすぎぬさ...唯一の女神よ...いずれ、世界が廃れゆくときにでもまた会おうではないか...ではさらばだ...」

「どういうことですか...!」

 

ギアの言葉は犯罪神が消滅したことで虚空に消えていった。

 

「...倒したな...あとは茜が目覚めれば...だがそれはプラネテューヌに戻ってから...だな...」

「影さん...?」

「大丈夫だ...さっきの副作用で全身が動きにくくなっただけだ...それだけのことだ...帰るぞ...」

「はい。」

 

茜をお姫様抱っこで抱きかかえ、プラネテューヌに帰る。あとは、目覚めてくれさえすれば...全部終わる...

 

 


 

 

プラネタワーの一角でベッドに横たわる茜を見ながら俺は朧げな意識を義眼の力で無理やり繋ぎ止めていた。

 

「目覚めてくれ、茜...ここにはギアと...俺がいる。俺が生きているんだ...まだ無様に生き残っているんだよ...だから...目覚めてくれよ...茜...」

「いい加減休んでください影さん。もう7時間も起きっぱなしじゃないですか。」

「休めるか...休む理由も何もない...俺は茜が目覚めるまでは...戦いは終わったとは思えない...だからだ。今ここから離れるわけにはいかない。」

「無茶苦茶ですよ...それに...考えたくもないですが茜さんにまだ犯罪神の何かが残っていたら...」

「...神を恨むよ。」

「女神に向けて言うことですか、それ...」

 

そんな会話をしながらも、茜が目覚める気配はない。

 

「義眼の観測、演算によると...茜の全身にまだシェアエナジーの残滓は残っている...いわば俺と同じ状態だ...俺は高純度のシェアの力を身体を通して使ったことによる副作用、茜は犯罪神の器となって全身にシェアを纏った副作用...もはやお互い人間とは言えないな...」

「そんな...」

「...だからこそ、俺には茜が必要なんだ...人でも神でもないのなら...もう、すがることができるのは...茜だけなんだ...」

 

茜は生きてはいる。それはわかっている。だのにまだ目覚めてくれない。焦る心もある。だけど俺は待つことしかできないのだ。

 

「...身勝手ですね、影さんは。」

「今に始まったことじゃないくらい、わかってるだろうに...」

「まぁ、そうですね...でも、あなたをどれだけ恨んでも斬る気になれません。むしろ...貴方は生き続けることの方が罰なのではないか、そう考えてます。」

「...もう普通に死ぬことはできないからこそ、生き続けろ、か...あるいはただ一人の女神を一人にしないための生き地獄、か...でも、そうかもな...」

 

生き続けることが罰になる、か。ネプギアも考えたものだ。しかもそれは全く、間違いではない。

 

「...でも、それは...」

「...っ!?」

 

茜の声が聞こえた。反射的に俺はベッドに目を向け、本当に茜かどうかがまだわからないからゆっくり近づく。

 

「私もでしょう?えー君。」

「茜...聞いていたのか。」

「そーだね...ありがと、えー君。助けてくれて...」

「...あぁ...どういたしまして...けどそれは俺よりも女神たちに言ってくれ...」

「...もう言ってきたよ。あの光の奔流の中で、ね。」

「...そうかい。...おかえり茜...待っていたよ。」

「ただいまえー君。それに、ギアちゃん。」

「おかえりなさい...茜さん。...これが、お姉ちゃんが望んだこと、なんですよね。」

 

ネプギアの目はまだ少し曇っている。まぁ無理もないか。

 

「ねぷちゃんはにっこり笑ってたよ。羨ましいくらいに。」

「っ...そうですか...お姉ちゃんらしいな...」

「そうだな...」

 

ふらり、安堵して油断した隙に意識が飛ぶような感覚がした。

 

「あうっ...えー君、頑張ったんだね...私を助けるために、ねぷちゃんも、ノワールもベールも...ユニちゃんロムちゃんラムちゃん...黒君と白ちゃんも...そしてブランちゃんも...みんなみんな、えー君の心と一緒に殺したんだね、えー君の手で...」

 

茜のふとももの上にまるで吸い込まれるように倒れこんだ俺は、直後にその茜の言葉を聞いた。頭には優しく暖かい手が乗せられていた。

 

「わかる...よな、茜なら...」

「知りたくなかったけどね。...ギアちゃん。」

「は、はい!」

 

急に呼ばれたギアは驚いたような声音を出した。

 

「私たちの事...恨んでる?」

「...そうですね、恨んでます。でも、どうしてわざわざ訊いたんですか?」

「声として聞きたかったからかな。事実、えー君は恨まれて憎まれて当然なことを平然とやってきたからね。...同時にどうしようもないほどに壊れていって...もう一つ聞いていいかな、ギアちゃん。えー君は...諦めようとした?」

「いいえ。一度たりとも...止まろうとも引き返そうとも...投げ出そうともしませんでした。怖いと思うほどに...影さんは初志貫徹し続けたんです。」

「そっか。」

「...まだ起きているんだが...」

「わかっててやってるんだよ。」

 

茜は俺が寝ている時に問うような質問を二つ投げかけ、ギアはそれに二つとも答えた。茜の反応から見るに、ギアの返答は想定通りなんだろう。なんせ把握しているわけだし...

 

「...本当に、えー君は大馬鹿さんだ。どうして、やりとげられちゃうかな...なんで、諦められないのかな......今私がここにえー君と一緒にいるのはとっても嬉しいけど...同時にね、とっても罪悪感があるんだよ...」

「茜...」

 

ふと、茜は吐露する。涙とともに。

あぁ、またか。また俺は泣かせてしまったのか。

 

「だから...」

 

茜は俺の身体を両腕でしっかり抱き留め、言葉を紡ぐ。

 

「もう離れないで...絶対に離さないから...!」

「...あぁ。」

 

これで本当に終わったと、思う。

終わったのなら...少しは楽になれるのかも、な...

 

 

そして俺はまるで飲み込まれるかのように深いところまで意識を持っていかれたのであった。

 

 

 

 




次回、第44話「代償」

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第44話 代償

深い深い海の底に沈んでいくような感覚。

あぁ、またこの感覚か。心の中の闇に呑まれるときに味わう感覚だ。

 

ドロドロとした黒い何か。まとわりつくように俺の身体を這いずり回っていく。光は、太陽は取り戻したはずなのにな。いまさら何を..いや逆か。取り戻したからこそ...目の前に光があるからこそ...より闇が見えやすくなったのかもな...

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。」

「明...また俺は来たのか、三途の川に。」

「来てないよ...ここはお兄ちゃんの心象風景。お兄ちゃんの心の中の世界。私はちょっと例外みたいなものだけど。それにしても...どうしてこうも...ここまでどろどろとしたものを心にため込むことができるかなぁ...お兄ちゃん、ほんとそういうところだよ。」

「言ってもしょうがないことだ...それで?俺の心象の例外の明がわざわざ俺に何の用だい?」

「っ...よく聞いてお兄ちゃん。私はお兄ちゃんの義眼の演算機能と記憶領域が生み出した擬似人格みたいなもの。お兄ちゃんの心象の中に入ることで現実のお兄ちゃんの状態を教えにきたの。」

 

まさかいきなりサイバーなことを明の口から聞くとは思わなかったが...

 

「現実のお兄ちゃんは...現在自我欠落状態。意識こそはあれど...お兄ちゃんはこの心象風景の中にずっといる。お兄ちゃんの自我そのものはね。」

「...そうかい。」

「茜さんがずっとそばにいて...ずっと願ってる。もう、2週間も経ったんだよ、お兄ちゃんが犯罪神を倒してから。」

「そうか...この薄暗い黒い波の中...これが俺の自我を取り巻く結界みたいなものなんだな。」

「...やけにあっさりと理解するんだね。さすがはお兄ちゃん。でも...そうやって考えることをやめずにいろんなことを理解してしまうから...だからこんなことになってるんだよ...」

「そうかもしれないな。」

 

立っているのか落ちているのか...溺れているのか浮かんでいるのか。黒の奔流は俺を包む。ただそれだけ。

 

「目覚めてよお兄ちゃん。茜さんに言ったように...向こうにはギアちゃんとイストワールさん...茜さんもいる。だから目覚めてよ...ここにいつまでもいちゃいけないの!」

「だが、俺の中にこれは残り続けるんだろう?だったら...ここで外に出さずに置いておいた方がいい。俺が戻れば...もう、持たない。」

「...わかっててやってたことじゃないの?逃げるの?ここまで逃げなかったお兄ちゃんが...やめなかったお兄ちゃんが!」

 

明に言われては返す言葉が見つからない。だが、この明は『凍月明』ではない。

 

「あぁ...俺の選んだ道だ。終わりも俺が選ぶ。」

「お兄ちゃんが殺した人たちの人生も勝手に終わらせておいて!」

「だからだよ、勝手に終わらせるんだ、自分自身すら。」

「ふざけないでよ!お兄ちゃんはもう普通に終わることなんてできやしないのに!逃げるな!ちゃんと前を見ろ!」

「っ......俺の思い描いた...生きていたらこうなっていたと考えられる明......そうか、お兄ちゃんはそれで満足だ。」

「まだ満たされるには早いよ...だからお兄ちゃん。ここから出よう?これが外に出ても...お兄ちゃんなら、茜さんなら、ギアちゃんなら乗り越えられるから。だってそうでしょう?私が死んだ苦しみを乗り越えたお兄ちゃんなんだからさ。」

「...乗り越えてなんていないさ。今でも苦しんでいる。でもだからこそ...こうして明に会えたのかもな。」

「そういうことだよ。うん。...それじゃあお兄ちゃん。またね。できれば...もう二度と会うことが叶いませんように。」

「...悲しいこと言うなよ。でも、それが摂理なのか...嫌だね、本当に...」

 

 


 

 

「...プラネタワーの一室...あれ、ベッドじゃない...車いす...?」

「...起きたんですか、影さん...茜さんに連絡入れなきゃ...えっと、どこか身体に異常は?おかしくなっていませんか?」

「...あぁ、大丈夫だ。それより、どうして車いすなんだ?」

「それは...茜さんが『某黒の英雄っぽく見えるでしょ』って...確かに影さんは世界を救った英雄です。でも...」

「英雄なんてものじゃないさ。世間的には人を殺し女神を殺した大罪人さ。よいしょっと...」

「歩けるん、ですか?」

「二週間も意識がなかったとはいえ...あぁ、大丈夫だ。」

 

目が覚めたらネプギアの仕事部屋の隅で車いすに座っていた。なるほど茜の差し金かと思えば納得でしかないが...当の茜は一体どこに...

 

「あぁそうだ。茜さんは...いえ。帰ってきたらお話しますね。」

「そうかい。...なにか、変わったことはなかったのか?」

「......」

 

ギアは言葉を紡がない。きっといっぱいありすぎたんだろう。

 

「これもまた、俺が招いたことか。」

「そうですね...どこまでも無慈悲で、どこまでも止まることのなかった、貴方の招いたことです。」

 

この二週間という期間に何があったのかは俺には知る由もない。

ここから見た街並みも何も...変わっていないというのに...世界はどうしようもなく変わっていったのか。

 

「たーだいまー。って...やっと起きたんだね、えー君。遅いよ...これじゃあどっちが待っていた側なんだかわかんないじゃん...」

「茜...」

 

とまぁ、そんな物思いにふけっていると茜が帰ってきた。帰ってくるなり俺に抱き着いてきたが...茜の言う通り、確かにどっちが待つ側なのか分かったものではないな。

 

「って、茜...そのチョーカーはどうした...?」

「えー君にもついてるよ。...それはね、私たちの罪の象徴。」

「罪、か...」

「はい。それが、影さんと茜さんに自由を与える代わりの代償...もう二度と世界の敵にならないようにする抑止力です。...これは起動すると直後に装着者の頸椎を破断します。」

「...安全装置というわけか。」

「はい。それが、高濃度のシェアエナジーを長時間体内に宿し、おおよそ人間とはかけ離れた状態の貴方たち二人に対する...この世界に唯一残った女神としての保険です。」

 

どこかの第三の少年みたいな感じだな...違うのは茜もつけてあるってことだが...

 

「そして、これは茜さんの要望でもあったのですが...片方が起動すれば、もう片方も連鎖的に起動します。」

「つまり、私とえー君は文字通り、命を共有していることになるね。」

「...そうでもしないと、か?」

「ま、そーだね。これ以上えー君には...だからさ。」

「...そうか。ギア、これの起動はお前が決めるのか?」

「はい。私が影さんと茜さん...どちらかがこの世界にとって危険な存在であると判断した時、私の一存で起動します。」

「どこかの柱が変にキレそうだが...あぁ、わかった。それなら安心だ。用はのんびり過ごしておけと、そういうことだろ?」

「まぁ、そうですが...」

「それでいいならいいさ...これ以上戦うことなんて...あってたまるか...」

「まぁ、それでも必要になるかもしれないけどね。」

「その時はその時、か...いずれにせよ...ギア、茜。」

 

二人に向き直り、俺は宣言する。

 

「俺は...旅に出る。」

「旅に、ですか?」

「あー、じゃあそれ私も行く。えー君を一人になんてできないし。」

「それはそうですね...チョーカーの起動範囲はゲイムギョウ界全体で起動できるのでこちらとしても問題はありません。それに...チョーカーでは生体反応などを常にモニタリングしています。」

「おぉ、そうかい。なら安心だ...それじゃあ準備に入る...」

「早いなぁえー君...それじゃあギアちゃん。えー君を見ておくから...いろんなこと、よろしくね。」

「はい。」

 

 


 

 

...今まで、瞬間瞬間を生きていくことにある意味必死だった。あるいは...結果的に、相対的に生き残っていただけかもしれない。だが...こうしてみると...よくもまぁしぶとく生き残ったものだと思う。そして普通に死ぬことは、俺たちはもうない。プラネテューヌに始まり、リーンボックス、ラステイション、そして最後にルウィーをまわりながら...まぁもう女神がいない以上プラネテューヌの○○州みたいな感じではあるものの、市街地や観光地、裏路地やダンジョンなど、さまざまなところを見てきた。目的そのものが旅だというのは初めてかもしれない。だから、どう終わらせるか考えてなかった。...リーンボックスでたまたま見つけた『それ』を見るまでは。

 

「さっむ...えー君、旅に出るって言ってもうだいたい二週間...この一話だけでひと月経ってるんだけどさ...てかそういうメタい話はさておいて、どうしてこのハクギン山を選んだの?ルウィーの最高峰なのはわかるけど...さすがに日が昇る直前に頂上に着くように山登りし始めるなんてわけのわからないことほんとにするなんて思わなかったよ...まぁ装備は万端だったから登れないわけじゃなかったし現に今頂上にいるんだけど...これもえー君の気の向くままってやつ?」

「そうだな...とりあえず持ってきた暖かいコーヒーでも飲もう。日が昇るまではね。」

 

東の空に雲はない。だんだんと明るくなってくる、白くなってきた空。

 

「私の把握に引っかからないように今、感情を殺してるでしょ。」

「さすがにバレるか。茜に隠し事はできないなぁ。」

「わかってるでしょそれぐらい...まぁ、わかってるからこそ隠してるってことだし、それはきっと私に関わることだから隠してるんでしょ?それじゃあえー君の口から出るのを待ってる。ま、どーせ私の考えてることと同じだと思うけどね。」

「おいおい、まさかそんなことは...あり得るか。」

「ふふっ、とりあえず...日が出てから言うつもりでしょ?そして...って、えー君見て!日の出だよ!」

 

茜の指さすままに振り返ると、地平線の彼方からその頭をのぞかせる大きな太陽。空に走る光の直線。

 

「きれー...って、ダイヤモンドダスト...さすがえー君。ちょっと仕組んだね?」

「演算で発生条件調べただけだよ...」

「まさかこれを見るためだけにわざわざ?違うでしょ?舞台装置を入念に準備して...えー君は私に何を伝えたいのかー...にゃ?」

 

俺の正面に回り込み、わざとらしく小首をかしげて問う茜は...やっぱりバレてるんじゃないかと...もはや確信犯じゃないかと、そういう猜疑が頭をもたげる。

 

「それじゃあ答え合わせといこうか...」

 

懐に忍ばせておいた『それ』を取り出し、茜に見せる。

 

「...やっぱり、そーだと思った。」

「まだわからんぞ?箱の中身を見るまでは。」

「シュレディンガーだねぇ、でも私の領域把握だと言い当てられるよ?猫が生きているのか死んでいるのか。」

「それを言われちゃぐうの音も出ん。箱なんてあってないようなものか。」

「そもそもその形と大きさの箱なんて用途一個しかないじゃん。手のひらサイズで妙にべるべってぃーな箱なんてさ。」

「化粧用品が爆弾になったことだってあるだろ...だー!俺の負けだ...」

「我慢比べの勝負かな?それじゃあ勝者としていうぞー、その箱を開けて私に言いたいことを言うのだ!」

 

結局茜の手のひらの上か...

 

「わぁったよ......すぅ、はぁ...」

 

意を決する必要はない。呼吸を置いたのは茜にリズムをこれ以上崩されないようにするため。

 

「...茜。...結婚しよう。」

「もちのろーん!ずっとずっと一緒...!生きるときも死ぬときも...いつだって!だから...!」

 

茜は笑顔でうれし涙を見せながら開けた箱の中身を手に取って言う。

 

「えー君の手放した幸せを...私が拾えなかった幸せを...二人で、作り出そう?」

「あぁ...」

「ねぇえー君、つけてよ。私の左手にさ。」

「それもそうだな。」

 

サファイアが埋め込まれた指輪を茜の左手薬指にはめ、俺はそのまま茜の頬に手を滑らせる。

 

「大好き、えー君。私のえー君。この暖かい手があるのなら...生きていけるよ。これからも...」

「愛してる、茜。例え許されなかったとしても...俺は...」

「おだまりなさいよ。」

 

そう言って茜は俺の唇に唇を重ねる。またか。

 

「細々としたことを考えない。客観的に見ればプロポーズが無事に成功したのです。喜ぶべきでしょ?もう...まぁ、そーいうえー君が一番なんだけどさ。」

「......帰るか。」

「そーだね。帰ったらギアちゃんびっくりするだろうなー、言うてそんなに驚かないと思うけど...」

「あぁ...そうだな。」

 

義手に指輪をつけるのは抵抗があるが...仕方ない。

 

「えー君のはルビーなんだね。ふふっ。そういうことなんだね。」

「茜だって言ったろ...一緒だってさ。」

「そーだね!」

「おわっ...まぁいいや。」

 

抱き着いてきた茜を抱き返しながらゆっくりと山を降りることにした。

...旅をしてわかったことは...俺が壊した世界はほんの一部にすぎなかったということ。自浄作用はもう働き始めていること。

 

「もう、俺の出番はなさそうだ。」

「そーだね。あってたまるかだよ。」

 

もうきっと、凍月影が戦うことはないだろう。戦いたくもない。だから...また俺が戦うことになってほしくないと...この暖かいぬくもりをくれる少女と一緒に生き続けるためにと...願うばかりだ。

 

 

 




次回、最終話「黄昏に光る」

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最終話 黄昏に光る

同じ夢を見る。魔剣に頼ることなく...それ以前に俺が悪魔として君臨することもなく、ブランやロムラム、黒と白、ネプテューヌ、ノワール、ユニ、ベール...みんなが生きている世界。

 

夢だとわかっている。理想だとわかっている。現実とは乖離している。あぁそうさ。俺が全部、全部壊したんだ。今更こんな夢を見たところで...慰めにもならない。苦しいだけだ。

 

「失楽園...か。」

「うーわ現代ではそこそこ意味が違って聞こえるし変わった意味の場合新婚の人が言うようなものではないよ絶対、えー君ほんとそーいうところだよ?」

「うっ...事故だろ...」

「...まぁね。それにしても、えー君が涙なんて珍しいね。夢でも見てた?」

「あぁ...多分、いい夢だ。」

「そっか。」

 

プラネタワーの一室で俺は朝の目覚めを迎えた。いつものように茜がいる。

 

「俺には、茜がいる...」

「...?えー君どーしたの?そんな当たり前の事言ってさ。」

 

茜は当たり前と言った。あぁ、そうだな。だけど...その「当たり前」は...

 

「...考えちゃうか。そーだよね。えー君はそーいう人だもん。...そう。貴方は多くの当たり前を奪って壊してきた。それでも自分の当たり前は護りぬいた。...虫のいい自分が許せない?幸せになろうとしてる自分が許せない?...いいんだよ、それで。それでいいの。だって...えー君がまだ人間であることの証明だもん。」

「証明...」

 

茜は俺を抱きしめて言葉を続ける。

 

「けど、どこまでもえー君は人間だからこそ...ずっとそんなことを考えている。考え続けている。...それでいいんじゃないかな。」

「苦しみ続けるのもまた、罰か。」

「罰って言っちゃうか。ほんと、えー君らしいや。さ、起きてご飯食べて...今日もいっぱいモンスター退治だよ...だからえー君は、待っててね。」

「あぁ、わかった。」

 

 


 

 

女神がネプギアだけとなってから一ヶ月。各国における女神の加護は消失し、モンスターの襲撃が後を絶たない。不幸中の幸いか、ネプギアは機械に精通しているため対モンスター用障壁を開発、旧ラステイション、ルウィー、リーンボックスに配備された。もっとも、配備されても設備の防衛はしなければならないため、昼夜問わずひっきりなしに設備周辺では戦闘が繰り広げられている。

 

「危険種辺りを専門的に狩る手練れが足りていないと言ったところだな、現場の現状は...ギア、やっぱり現地だけじゃ足りない。危険種とまともに渡り合える手練れを組織的に運用しないとこの先...外からの崩壊を防ぎきることは難しい。」

「外から...?含みのある言い方ですね。」

「内側...要は他国の職員だった人間が何かやらかす可能性はある。なんなら、犯罪組織の残党も息を潜めているかもしれない。それに...奴らは真っ直ぐ設備に向かってくる。...ルウィーでは顕著に。となるとそこに一連のごたごたの親玉がいる可能性がある。」

 

資料に目を通しながら、俺は戦闘の意思を伝える。旅から帰ってきて以降、俺は一歩も外には出ていない。出ることが許されていない。

 

「それでも、あなたを外には出しません。死人を出すつもりですよね。」

「あぁそうさ。戦いたくはないが...せっかく手に入れた仮初の平和だ、壊されるなんてもってのほかだ。だから俺がやる。」

「......」

 

ネプギアは引き出しを開け、あるボタンに手をかける。

 

「首輪の起動ボタンです。忘れてないですよね?私があなたを危険だと感じたら押すと...」

「...指をくわえて見ていろと。」

「影さん。あなたはもう、一人じゃないんですよね?」

「......」

「私に押させないでください。例えあなたの懸念が当たっていたとしても、これ以上あなたを戦わせることはしません。」

「...だったら俺は何のために生きている。」

「目的に縛られてきたからこそ出る言葉、ですね。茜さんに言われました。あなたがそう聞いてくるなら、こう答えればいいって。」

「...茜が?相変わらずお見通しか。」

「みたいですね。しばらくは茜さんのために生きていてください。それが茜さんの答えです。...影さんが思っているより、茜さんはなんでもやっていますよ。」

「なるほど、な...わかったよギア。まだ大人しくしておくさ。」

「願わくは...もう、影さんが戦わなくていいように...ずっと大人しくしてくれるような...そんな世界であり続けたいと、思っています。」

「そうかい。...じゃあ、そうしてくれ。女神様。」

 

 

 


 

 

それから十数年後のある冬の日。ゲイムギョウ界は変わり映えも何もない中で平穏と停滞が続いており、徐々に徐々に衰退の足音が近づいていた。

 

「...寒いな...また降ってきたよ、ブラン。きっと積もるだろう。雪だるまでも作ろうか...なぁ、夕。」

 

凍月影の見た目は全く変わることなく、十年前と何ら変わりはない。かれこれもう十年、一歩もプラネタワーの外には出ていないのだ。そしてその影が振り返った先にいるのはオレンジ色に光輝く髪と月に照らされた夜空のように透き通った青い目をしている少女。

 

「ボク、もうそんな歳じゃないよ。」

 

夕と呼ばれた少女は影の隣に座り、外を見る。

 

「そうかい。...なぁ夕。夢は、持っているか。」

「夢?...考えたこともなかったかな。何になりたいのか、何者でありたいのか...なんてさ。」

「大仰だな。」

「ボクが誰の娘か忘れたの?」

「まさか。...俺はさ、夕。正義の味方ではないにしろ...敵を好き放題討っていた時期があった。」

「またその話?お母さんと含めてそれ聞くの20回は超えてるんだけど。」

「...そうだったか?老けたのかもな...まぁいい。」

「いやよくないよ...結局お父さんは護りたかったものは護れなかった、お母さんとネプギアさんを除いて、でしょ。」

「そうだ。...今でもあの子たちは夢に見る。ずっと後悔し続けている。あれ以外に方法はなかったのかとね。まぁ、ないんだけどさ。...けどそれ以前の行動を変えていたら...とか思うと、可能性は消えてないんだ。」

「...何が言いたいの?」

「...そうだな。夕。これから先もし困難に当たったら...悔いのないようにすることだ。」

「後悔っていうものは後からでも湧いてくるって昔言ってたのにそれも言うんだ。難しい注文だ。」

「わかっているさ。まぁ絶対後悔しないなんてことはないだろう。でもだからこそだ。特に、取り返しのつかないことをする前には、な。」

「...わかった。」

「そうか、安心したよ。」

 

いつの間にか雪は止んでいた。雲の裂け目から西日が差しこんでくる。綺麗な夕焼け、黄昏時。一人の青年の冒険譚は今ここで続きを娘に引き継ぐように終止符が打たれた。

 

「これから先は隠居生活だ。」

「もう隠居みたいなもんでしょ。」




再編世界の特異点『完』

感想、評価等、お待ちしております。
あとがきは活動報告にそのうち書きます。

ここまでお付き合いありがとうございました!


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