即堕ちストラトス (しが)
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ifストーリー
もっと!即堕ちストラトス


本編では一夏の顔を見て即堕ちした主人公


では名前を聞いた瞬間即堕ちしたら…?


嫌いな人物は誰かと聞かれたら、俺は間違えなく「織斑一夏」と答えるだろう。織斑千冬の…教官の輝かしい未来を摘み取った張本人だからだ。更にあの鈍感さと難聴具合にはさすがに苛立ちを覚える…だから俺は一夏アンチだった。それは今も変わらない。そう、永遠に変わらない。

 

 

「教官の弟…ですか?」

 

「ああ、ただ一人の身内さ。」

 

「…名前は、なんと言うのですか?」

 

「一夏だ。」

 

「…一夏、織斑一夏。」

 

そう、その名前は俺がこの世で恨んでたまらない人物の名前…どうしようもなく許せない罪深いものの名前…いつか会うこともある、その時には俺がお前の全てを否定する。

 

…その時、キュンという音が下腹部からなった。

 

 

「いい、名前だと思います。」

 

確かにいい名前だとは思う。ひと夏とも読めなくはないが響き的には実にいい名前だ…そう、あの男にふさわしい名前だ。それ以外の名前は考えられない…ん?

 

 

「ならば身内冥利に尽きるというものだな。」

 

「あの、教官。」

 

「…どうした?改まって。」

 

「教官の弟というのはどのような人物なのですか?」

 

 

「珍しいな。基本的に無関心なお前が他人へ興味を持つなど。」

 

「…興味が湧きました。」

 

そう、興味が湧いた。あの憎い男を知れば知るほど俺は憎悪を燃やせるだろう…だから知りたい、その男のことが今は無性に知りたかった。本能がそう語り掛けた。

 

「まあ良い傾向だろう…そうだな、あれは愚弟ではあるが、私の守らなければならない家族だ。正直に言えばまだ12の弟を家に一人にさせておくのは不安だ。去年に誘拐が起きたというのにこうして今も一人にさせている。政府の警護があるとはいえ正直、私は自分で弟を守りたいよ。」

 

「…大切にしてるんですね。」

 

「血を分けた唯一の存在だ。大切でないはずがないだろう。」

 

それを語る教官の表情はいつもの鬼のように厳しい人と言われても説得力はないだろう。ただの家族を愛する人間だった。…ああ、こんなにも優しい表情をするのはなぜなのだろうか…あなたはいつも凛々しくそして格好良く、美しい。だからその慈愛深い表情は相応しくない、そう思っていたはずだ。けれども知りたい。あなたにその表情をさせる男を。

 

「そうだな、あれを評するなら女泣かせだな。育った環境のせいかもしれないが女というものにとことん疎い。」

 

…ああ、知っているとも。だから俺はこの世でもあいつが一番嫌いなのだ…だが、その名前を考えるだけで何故こんなにも愛おしいのか。…疎いというのは要するに女に初心という事だよな?俺が一から手取り足取り教えても問題ないんだよな?な?…違うだろぉぉおぉ!?

 

 

「ああ、だが安心しろ。決して悪人ではない。いや、むしろ善良な部類に入るだろうな。あれに毒を見出せという方が無理な相談だ。」

 

 

…けれどもあれは偽善者で、口先だけの男で。それが、その態度が、心構えが何にせよ一番許せなくて。けれども教官の語るあれの人物像は邪気がない純粋な少年とそういうようにも解釈が出来て…知りたい。あの男のことをもっと知りたい。

 

「語ればキリがないな。どうやら私は身内に相当甘いらしい。ここらのあたりで区切っておこう。」

 

「教官。教官はあとひと月で日本に帰るのですよね?」

 

「…?ああ、そうだが。」

 

お前が今何をするべきか、考えろ。ラウラ・ボーデヴィッヒ…お前が一番嫌いな人間は誰だ?あの男だ…だから将来お前はあの男を貶めたくて、貶しめたくて、否定したかったはずだ。だからお前がやる一番のことは何だ?そんなものは自明の理だ。

 

 

「教官、私は決めました。」

 

「…う、うむ?どうした?」

 

「軍を、やめます。」

 

 

決まってる!織斑一夏に会いに行くことだ!

 

 

 

 

……あれ?

 

——————————

 

 

 

織斑一夏は喜んでいた。一年ぶりに姉がドイツから帰ってくるという事で空港まで出迎えに来ていた。とはいえさすがに一人では心もとないので知り合いで千冬とも交流のある鳳夫妻についてきてもらうことにした。「私たちはここで待っているから一夏君は千冬君を迎えに行ってあげなさい」という好意に甘えて一夏は一人でゲート付近で待っていた。ドイツからの便で千冬が乗っていたのは既に日本…というよりも東京についているのですぐに千冬も来るだろうと流れる荷物を見ながら一夏は待っていた。

 

間もなく、一夏の待ちわびていたタイミングが訪れる。列を見る一夏に声をかける人がいた。

 

 

「一夏!」

 

おおよそ一年ぶりに聞く声だ。間違えるはずもない、尊敬してやまない姉、千冬だ。

 

「千冬姉!」

 

振り返るとそこに間違いなく千冬がいた。手を振っているため見間違えでもない。

 

「久しぶりだな、一夏。また少し背が伸びたな。」

 

一夏は今、12歳。それでも身長は149㎝とクラスの中では比較的小さい方だった。というよりも千冬が身長166㎝と女性にしては長身なのでその身長差はいまだ歴然だ。彼女の力なら一夏を抱きかかえるくらいは余裕だろう。だが子供扱いされたくない年ごろ、拗ねた一夏は降ろしてくれと頼む。

 

「ふっ、そう拗ねるな。姉弟の軽いスキンシップだと思え。」

 

「そうだけど…俺もいつまでもガキでいたくないんだよ!」

 

そう背伸びする姿はまだまだ子供だ。千冬としてはなんだかんだで可愛いその姿を見ていたいがいつまでもここにいるわけにもいかないし足の裏に隠れてるそれを早く紹介しなければなるまい。

 

 

「…で、千冬姉、その娘は?」

 

「今紹介しようとしていたところだ。」

 

後ろにいるラウラを前に出す。肝心のラウラの顔は緊張で強張っているのか目が泳いでいる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ…よろしく。」

 

最低限の自己紹介をするとそのまま明後日の方向を見ている。仕方がないので千冬は説明をする。

 

 

「こいつはな、家で預かることになった、言うならばホームステイだ。同い年だから仲良くしてやってくれ。」

 

「へぇ…俺は織斑一夏、よろしくな!」

 

実に純粋な少年らしい。12歳というのは思春期の入り口で背伸びをしたがると言われがちではあるが、そんなものくそくらえと言わんばかりの快活さだ。でも背伸びはしたい一夏だが。ラウラに握手を求めると、おずおずとしながらも答えた。

 

 

「よ、よろしく…。」

 

「ボーデヴィッヒ…ってなんか言いづらいな…ラウラ、でいいか?」

 

「か、構わない。」

 

「そっか、じゃあ俺のことも一夏でいいからな、よろしくラウラ。」

 

その少年の勢いにラウラはつい押されがち…と外面からは見られるだろうが、彼女の内面は今物凄く揺れていた。それは凄い勢いで。

 

 

(おのれ…織斑一夏…教官の恥さらし………………………やだ…めっちゃかわいい…………拗ねてるの可愛い……)

 

 

……………一応彼女は一夏が憎いはずである…筈である!

 

 

 

それから三年間はあっという間に経った。卒業寸前の小学校に編入し形だけの卒業証書を受け取りある時は中華のツンデレツインテ娘と対立し…

 

 

「何よあんた。」

 

「キサマこそなんだ。」

 

対立してたかと思えばいつの間にかおすすめバトルに変わっていたり

 

 

「ふっ、貴様では語れはしてもそれを実行できるだけの度量がないではないか。その点私は違うぞ、いつでもやりたい放題だ。織斑教官…もとい千冬さんはいつも家を空けてるからな。」

 

「ていうか同居ってどういうことよ!」

 

「同居ではない、ホームステイだ。行く先もないのでな。」

 

「同じものよ!」

 

 

中学に上がると同級生の妹で後輩に目の敵にされたり

 

 

「負けませんから!」

 

「…五反田弾、なんだこれは。」

 

「俺に振られても困るからな!」

 

 

中国に帰ることになった中華娘と謎の友情が生まれたり

 

 

「…あんたのことは嫌いだけど…一夏の周囲ガードしておきなさいよ!」

 

「言われるまでもない。お前が戻ってくるのを楽しみにしているぞ。」

 

 

…そしてあっという間に三年が過ぎた。今は中学三年生の11月…

 

 

「ふぅ結構寒いなぁ…。」

 

織斑姉弟+αの住むアパート。扉を開けて靴をそろえて脱ぎリビングに通じるドアを開けば…

 

 

「なんだ、帰って来たのか。存外早いものだな。」

 

「うおっ!?ラウラ!?」

 

すっかりと一夏の日常の一部となった少女がそこにはいた。下着で。

 

 

「わ、悪い!?」

 

超特急で一夏は部屋から逃げるとそのまま力が抜ける。扉の向こうから声が聞こえてくる。

 

 

「今さらではないか、何度もあっただろうに。」

 

「いや、本当に悪いと思ってるから!」

 

さすが一夏。ただでは転ばないため何度も何度もラッキースケベをしている。千冬にお前にデリカシーはいないのかとたんこぶを毎度作られているが。

 

「文句を言うつもりはないけどさ…脱衣所で着替えてくれよ。一応、俺も男なんだからさ。」

 

「男たるもの女の柔肌を見てうろたえるな、どんと構えている方がむしろちょうどいい。」

 

「そりゃラウラは大して気にしないだろうけどさ…!」

 

ついでにクールを装っているラウラだがその内面はやばい。

 

 

(はぁはぁ…偶然下着を見て赤面している一夏可愛い…異性として意識をして赤面してる一夏可愛い…はぁはぁ…)

 

 

ぶっちゃけヤベーイ奴である。なおさっきから子宮がキュンキュンと鳴き続けである模様。だがいつまでもこの状態でいるのは一夏が可哀そうなので洪水をおこしかけてるそれを無視してラフな部屋着に着替えた。

 

 

「いいぞ。」

 

扉を開けて一夏をリビングに招き入れる。一夏がソファーに疲れたように座り込むとラウラはその隣に座る。

 

 

「一夏、今日を覚えているか?何の日か。」

 

「…?ああ、そりゃ勿論。ラウラと出会って三年目の日だろう?」

 

「そうだ、感心な記憶力だな。」

 

「これも千冬姉の教えだよ。思い出は大切にしておけ、形にちゃんと残して置けってな。だから去年もおととしもパーティーをやったからちゃんと覚えてるよ…最近は忙しくてそれどころじゃなかったけど一応今日の夕食くらいは豪華なものにするつもりだし。」

 

「不要とは言わないが、無理をしなくてもいいのだぞ。お前が忙しいという事は私も十二分に承知している。」

 

「けど、やっぱりめでたいことは祝いたいだろ?…それに家族って思ってるラウラは特別だし。」

 

「特別…私が特別か。」

 

フフフっと笑う彼女はすぐにいつもの真顔に戻るがそれでも口の端が吊り上がるのは誤魔化せていないようだ。だがその発言はラウラにある不満を持たせた。

 

 

「家族…か。」

 

「どうしたんだ?ラウラ。」

 

「…いや、何でもない。」

 

 

ラウラは激しく憎悪していた時の名残などどこにもなかった。三年間生活を共にしたことで彼の人となりを深く理解し、その憎悪は一瞬で収まった。そして過ごすうちに無視できない感情が現れていた。というより最初からではあるが長い時間をかけてようやく彼女はゆっくりではあるが認めた。

 

 

 

「私では、本当の家族にはなれないのか…。」

 

 

結論から言うと出来なくもない。けれども年中発情しかけてるのはまじひくわーという状態なのでそれを一夏には明かせない。

 

 

 

 

「まあ、どうせいいさ…お前とはあと三年は一緒なのだからな。ゆっくりと時間をかけてこちらに目を引かせてやるさ…。」

 

 

彼女の野望っぽいものがIS学園で開かれようとしていた。

 




ラウラがサード幼馴染属性を獲得しました


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ほんぺん
一夏を貶めよう


ヒント:作者名

なお予防線になりますが冒頭の文は作者の主張でもなく、どこかのアンチスレを参考にした結果です。本意ではないことをご理解ください


——————————俺はアイツが許せない。

 

俺には世界で何よりも憎い相手がいる。アイツをこの手で殺しても飽き足らないほどにだ、俺はそれほどアイツが許せない。

 

そいつの名前は織斑一夏。世界最強のブリュンヒルデ、織斑千冬の血骨を分けた実の弟。…そして世界でただ一人のインフィニット・ストラトスの男性操縦者。その実態は稀代の偽善者だ。

 

 

俺は、俺である前に、こいつを知っていた。こいつは、とある小説の、物語の主人公なのだ。俺はそれを知っていた。俺は遠い前世(むかし)その物語を読んだことがあった。インフィニット・ストラトスという名前のライトノベルの主人公だ…だが、こいつはラノベ主人公最大のクズであり、偽善者なのだ。あまたの好意を寄せられているというのにお前は何故気づかない、というレベルでの鈍感であり振って来た数は数知れず…そこまでならただの鈍感主人公で済むが、それだけじゃない。こいつは口先だけの男だから一番許せないのだ。

 

こいつは何よりも守るということに拘りそれを理想としているが、何も一人では守ることすらできないレベルなのだ。言動と行動が釣り合わない未熟者のくせに後先考えず行動しもっと事態を悪化させる筋金入りのクソ野郎に過ぎないのだ。ああ、なんとも考えただけでムカつく。

 

お前がその物語で主役を張るには見合わない、お前にそのヒロインたちはもったいなさすぎる。織斑一夏、お前は何もかもが足りなさすぎる、能無しの役立たずなのに口先だけは立派な偽善者だ、お前はそこら辺の悪党よりもよっぽど質が悪い…お前は淘汰されるべきであるのにのうのうと生きていることすら罪深い。

 

お前がいたから、あの人は覇者になれなかった。お前はあの人の足手まといでしかない、この世界の足手まといでしかないというのに、必要とされていることが気に入らない。

 

だから俺がお前の全てをぶっ壊してやる。…この俺が、ラウラ・ボーデヴィッヒが、お前の全てをくじいてやる。待っていろ、最低の男め。

 

 

 

————————————————

 

 

 

「それでは、今日は転入生を紹介します。」

 

 

ホームルームが始まる。クラスの副担任、山田真耶が、号令をかけて挨拶を終えた後転入生の紹介に移る。そして扉が開き、二人の生徒が入室してくる。眼帯をした銀髪の小さい女生徒とズボンをはいた中性的な生徒が入ってくる…そう、俺とシャルル・デュノアだ。ついにこの日が来た…まずは俺はあの男をぶん殴る。調理をするのはそこからでも十分だ。

 

 

「それではデュノアくんから自己紹介をお願いします。」

 

副担任が指示をする。どちらにせよ今の俺には関係ないことだ。俺はアイツをどれだけの威力で、痛みを与えてやろうかとシミュレーションしてるのだからな。

 

「はい…初めまして、ボクはシャルル・デュノアです。フランスから来ました。こちらにはボクと同じ境遇の人がいると聞いて楽しみにやってきました。」

 

 

隣で自己紹介がされる。ふん、さすがは猫のかぶり方が上手い。これじゃあただのさわやかな貴公子という風体だろう。案の定…

 

「…男子…生徒?」

 

誰かが呟く。一斉に教室が爆発の渦に包み込まれる。

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」

 

 

黄色い歓声に包まれる。知ってはいたがうっとおしい。なぜこうも群れるとうるさくなるのだ。爆発的な歓声は続く。

 

 

「二人目の男性操縦者よ!」

 

「しかも金髪の美形の王子様!イケメンの織斑君とも違う守ってあげたくなる系の!」

 

「すっごい綺麗!」

 

 

物珍しさ、そして興奮から教室はもはや熱狂の渦に包まれていた。うるさい。全てを知っている身からすればこれも滑稽な三文芝居にしか見えない。識っているということは罪深いことだ、と我ながら思う。それに何の面白みもない。それよりも俺の出番はまだか。

 

 

 

「やかましいぞ、貴様等!静かにしろ!」

 

織斑教官…もとい織斑先生の怒声でようやく教室が静かになる。よかったこれで俺は悔いなくアイツを殴れる。さすが織斑教官、織斑一夏とは比べるのが烏滸がましいほどに優れている、感謝してもしきれない。

 

 

 

「…やっと静かになりましたか…えっと、じゃあボーデヴィッヒさん、自己紹介をお願いします。」

 

 

来た、この瞬間を待ちわびていた。織斑一夏の席は既に把握している。まずは奴の席の前まで行かなければ話は進まない、行くとしよう。アイツの顔を見るのはついてからでも十分だ。進んで眼中に映したいものでもない。クラスからざわめき声が漏れる…転入生が、自己紹介をするはずが勝手に歩き始めたのだから困惑するだろう。だがどんな目で見られようとも構わない、俺はすべてを犠牲にしてやっても構わない。織斑一夏の席まであと数歩、アイツの足も見えて来た。…あと五、四、三、二、一…ついた。

 

 

そして俺はついに顔を上げる。憎きその面と対面する時が来た。 日本人の標準的な黒髪黒目。だがそれでいて、やけに整っている憎々しい顔立ち…その顔には困惑の表情が浮かんでおり、机の横に立つ俺と、目が合う…。

 

 

 

 

 

キュン

 

 

 

 

そんな音が体からなった。主にへその下、というか子宮あたりから。…は?

 

 

訳が分からないという表情でこちらを見詰めるその表情が、ムカつく…その間抜け面が…ムカつくほど可愛らしい。やや童顔なのは初耳だ。

 

 

困惑と動揺に揺れるその瞳が…腹ただしい…その虚弱な瞳が…腹ただしいほど愛おしい。…小動物か?小動物なのか…?なんだその可愛らしい瞳は、俺はうさぎだが、草食やめて肉食ウサギ始めていいのか!?

 

 

落ち着け…落ち着け 今の俺はおかしい、何か熱に冒されているクールにいけ、ブラックラビット。お前は特殊部隊の隊長だろう…よし深呼吸も出来た、思考もクリアだ、今の俺は正常だ…さあこのまま織斑一夏を引っぱたくぞ…!いける、行ける…。

 

 

 

「…あ、あの…?」

 

何とも気の抜けた声だ、覇気などありはしない。織斑教官ならば一言一句が、覇気に満ち溢れているというのにこの男からその覇気は全く感じられない…なんという腑抜けた声だ…それは俺をイラつかせる…イラつかせるほど、庇護欲をそそる!シャルル・デュノアよりよっぽど目の前のこの怯える男の方が守りたくなるぞ!

 

 

いや待て平静に、冷静になれ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前はそんなキャラじゃないだろうというかオレのキャラじゃないだろう、これは織斑一夏の仕掛けた罠に違いない…もう一度見てみろこんな男なんて…

 

 

ふむ、似ていないと思ったら織斑教官にもよく似ているさすが姉弟というべきか。あと五歳、歳をとればさらに美形に成長するだろう、身長もそのころにはまた伸び美丈夫と呼ばれるには十分だな、さすが俺の嫁、いや待て何を言ってるんだ、今はそんなこと関係ないだろう。そうだ、俺はこいつの頬を引っぱたかなければならない。というかいい加減周りが何もしないのでしびれを切らしてきてることだろう、だから俺、早くこいつを引っぱたけ。あ、警戒した目つきになった。可愛さが少し抜け凛々しさが増えた、かっこいい。俺の不穏な動きに気付いたのか、凄い察知能力だ、これは期待以上の兵士にもなれそうだ、ただの男子校高校生になりたての男がそこまで勘が鋭ければ将来が楽しみだ、いっそ鍛えてみるのもいいな…違う、そうじゃない 早く俺はこいつを殴るんだろう、迷うんじゃない、日和るな、俺。

 

 

俺は…俺は…俺は…俺は…俺は…

 

 

 

 

わたしは…

 

 

 

 

 

 

 

————————————————

 

 

 

 

瞬間、空気が凍り付いた。あれほど騒がしかった一組の喧騒は一瞬で静まり返った。元凶は織斑一夏の前にへと立った転入生の銀髪の少女である。…彼女は一夏のネクタイを掴み、彼の顔を自分に近づけさせ、そして自身も顔を近づけ、唇を合わせた。

 

 

キスである。

 

キスである。

 

 

おおよそ20秒ほど一夏を放さなかった彼女は十分それを堪能した後、彼のネクタイを解放し、そのままぺろりと彼の唾液を舐めた。

 

 

「…なっなっなっなっ!?」

 

 

一夏から漏れたのはひどく狼狽した声、当たり前だが初対面で唇を奪われたのだ、困惑しないはずがない。困惑したのは彼だけではない。クラスメイトもだ、先ほどのシャルルとは違った有様で、クラスが爆発的な音量を上げる。クラスの女子が一斉に悲鳴を上げた。そしてなぜか怒る人が二人。

 

 

「一夏、貴様!」

 

「一夏さん、あなたという方は!」

 

篠ノ之箒と、セシリア・オルコットである。何故怒ってるかの理由はお察しだ。だがしかし、その銀髪の少女は箒やセシリア…クラスメイトに見せつけるように彼の首を引いた。

 

 

 

「織斑一夏、覚えておけ、私は『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。お前を嫁に貰いに来たものだ!!」

 

 

 

しばらく阿鼻叫喚は止まらない

 

 




これはこういう小説です

まあ、チョロいTS転生者を書きたかったから反対に憎悪を燃やさせたような形です


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突貫工事

タイトルがそのままな意味なわけないだろう!


IS学園は国からたっぷりと金が下りてくる。そのため施設も最新鋭の物ばかりであり寮においても非常に快適な暮らしをすることが出来る。冷暖房が全室に常備してるのはもちろん、これなんてホテルというような豪華なベッドもついてくる。そして、何よりも防音対策が凄い。壁と壁の間にはこれでもかと言わんばかりに防音シートが詰め込められており、隣の部屋の音は聞こえない快適な日常を送ることが可能だ…さて、長々と語って何を言いたいかというと…

 

 

この部屋の中ではいくら叫ぼうとも誰にもとがめられないのだ。

 

 

 

 

「何やってんだぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!俺ぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!!!」

 

 

 

赤べこのように壁に頭を打ち続ける銀髪の美少女、もとい俺、ラウラ・ボーデヴィッヒ。大丈夫、頑丈だからこの程度で怪我はしない。額が痛いがそんなことよりもっと心が痛い。というか胸が痛い、泣いていいですか。 後悔してもしきれねえぞ、おい…。

 

俺が何を後悔しているか、そんなものは言うまでもないだろう、朝の一件だ…そう、俺が、織斑一夏に…き…キスをしてお前を嫁に貰いに来た宣言をしたあの事件である。その後の俺を見るクラスメイトの目がドン引きだったのは語るまでもない。別にそれはどうでもいいのだが、問題は、俺が、あいつに、言った、言葉である!

 

「お前を嫁に貰いに来た」

 

 

馬鹿だろ、いや馬鹿だろ。百歩譲って求婚したことはまあいいよ、でもなんで嫁なのさ。俺よりも十数センチでかい男が何故嫁なのさ。そもそもなぜ織斑一夏なのさ。俺よ、織斑一夏が憎かったんじゃないのか。アイツがいたから、織斑教官は二連覇が果たせなかったのだぞ?…あいつは足手まといでしかないはずだぞ。…あんなにも朝は憎悪の炎を燃やしていたが、それは今も健在だ、織斑一夏を叩き潰して地に伏せさせたいという欲望も現在進行形で燃えている。気構えはよし、だが何故俺は今朝、奴の唇を奪った?というか男と、よりにもよって織斑一夏とのキスなど俺が一番嫌がることだ、なぜ俺は自分からそれを進んでやっている?わからない、あの時は大きな情動に体が、気持ちが揺れ動いていた。思考をクリアに、考え直せば疑問だらけだ、なぜ?そもそもあんな男に心奪われるわけがないだろう、もう一度織斑一夏のことを考えてみろ。

 

 

あの男は、腑抜けだ…それに極度の未熟者だ、力不足極まりない…弱いやつだ、弱い奴ほど見ていて俺に…守りたいものはない!それに守られる一夏、良いじゃないか。ずっと守ると気を張り続けて来た彼が誰かに守られることで安らぎを得れるというのならば、違うそうじゃない。

 

確かに顔立ちは整っているのかもしれない、それは認める、腐ってもラノベ主人公なのだからそこはツッコミはしない。だが、あの顔立ちは軟弱だ、そして女々しい。織斑教官とよく似ているというのになぜあれほど覇気がない…弱弱しい…それが苛つかせるほど…抱きしめたくなるじゃないか!生憎わたしの胸は小さいがふくらみがないわけではない、この胸にあの顔を…こう、抱き寄せたい。いや違う、そうじゃない。

 

 

そもそも体つきが軟弱だ、平均的な十五歳から比べれば別格なのかもしれないがあれを鋼の肉体とは言えない、よくて鉛だ。俺はドイツでもっとバケモノを見て来た、だからあの傷一つない皮膚はまさに赤子のようなものだ、赤子のように無垢なその肉体は俺の癪に障る…癪に障るほど悔しいが、あの体を抱いてみたいし抱かれてみたい。程よい筋肉の付き方だから絶対に居心地のいい筈だ。それにいい匂いもしそうだ、だから違うそうじゃない、いい加減にしろ俺。

 

ああ、もう埒が明かない。完全に心が奪われてるじゃないか。馬鹿みたい、というより馬鹿だ。

 

 

壁に頭を打ち続ける俺だが、ドアにノックが響いた。打ち付けを中止し、ドアを開けるとそこにはなんと、織斑教官が居たのだった。俺は姿勢をただすと彼女に部屋へと入って貰った。

 

 

「まあ、とにかく座れ、ボーデヴィッヒ。そうじゃなけれればまともに話も出来ない。」

 

「はい、織斑教官…いえ、織斑先生。」

 

「結構結構、感心なことだ。さて、話、というのは言うまでもないが今朝のお前の行動のことだ、ボーデヴィッヒ。何故あんな奇行に及んだ、か。しっかりと訳を聞かせてもらおう。」

 

「……正直、自分にも何故あんなことをしたのか。」

 

困惑した声音で答えるのは俺。あの時精神を支配していたのは訳の分からない衝動だった。

 

「なるほど、自分でもよくわからない、と。」

 

「はい。…あの時の自分は真っ白に塗り潰されていたような気分でした、目の前のあの男が許せなかったはずなんですが、それが霞むようなそんな気分でした。」

 

「ふむ…惚れたか?」

 

「そ、そんなことはありません。からかうのはよしてください、教官…。」

 

「織斑先生だ。…だがそれにしても意外だったぞ、狂犬のようだったお前があんな行動に出るのは正直私にも予想が出来なかったぞ。」

 

 

「…自分でもまだ自分がよくわからないんです。まるで…自分が二人に乖離しているようだ。例えも何もあったものではないですが…自分が、真っ二つに分かれている。」

 

 

「…気になるか?その真実が、お前の真実の気持ちが。」

 

 

「気にならないといえばウソになりますが…。」

 

「ならば、存分に確かめるんだな…入ってこい、織斑。」

 

彼女が声をかければ部屋のドアを開けて入って来たのは織斑一夏、その人だった…どうやって防音ドア越しに聞き取ったんだ…?と俺が疑問を抱えてる片隅、再びあの男と目が合った。

 

子宮がうずいた。ホムンクルス、とはいえその作りは人間と変わりない、つまり女として備えている子供を産むという機能はまず間違いなく備わっている。そしてその子供を育て産み落とす器官が今朝からアイツの顔を見るとうずく。やかましい。

 

 

「教官、これは。」

 

「織斑先生だ。そんなに気になるのならば確かめると良い、それにこの男からもお前と話がしたいと要望を受けてな。」

 

織斑一夏とじっと目が合う。…俺と話がしたい?まさか嫁になる覚悟が出来たのか…?いや違う、思考よ、冷静さを捨てないでくれ。大方今朝の事で何かしら文句があるのだろう。

 

 

「さて、私の仕事は終わりだ、あとは若い者同士でやってくれ。」

 

 

「ちょっ、千冬姉!」

 

「織斑教官!」

 

のらりくらりとかわしそのまま彼女は部屋の外にへと出て行ってしまった。残されたのは俺と、一夏だけだ。兎にも角にもこのままでは話も進まない。

 

 

「…とりあえず座ったらどうだ、何もないが茶くらい淹れてくる。」

 

「あ、いや…いい。そんな気を俺に遣わなくても。」

 

「そ、そうか。」

 

沈黙が訪れる。凄く空気が気まずい。…初対面で唇を奪った女と奪われた男が同じ部屋にいるというシチュエーションを考えるだけで気まずいというのにそれが実際に訪れたらどれだけ気まずいか…今俺が経験してるだけのしんどさが待っているぞ。

 

 

「えっと…俺は、織斑一夏だ。知っていると思うけど。」

 

「今更自己紹介か、だがなぜ今。」

 

「…一応、あの教室の時、ボーデヴィッヒさんに自己紹介されたから、かな。」

 

「…変なところで律儀だな。」

 

甘い、人間として甘すぎる。この男は真性のお人好しなのだろう。だが、甘すぎる。その甘さが命取りを何度も招くというのに…だがそれは人としての美点なのかもしれない。

 

「…朝はすまないことをしたな。」

 

 

「…え?」

 

「あのことだ。謝れば許されることではないが、謝罪はせねば筋が通らないからな。」

 

「いや、俺は全然気にしてない。それに役得だった、って思わせてもらうさ。」

 

「…役得?」

 

「ボーデヴィッヒさんは、凄く可愛いし、綺麗だからさ。そんな美人、美少女にキスをされたっていうのは俺としては役得だったってことだよ。」

 

…あー…もうこの男は、こうやって女をたぶらかしてきたんだなと改めて確信した。世辞じゃなく、それが彼の本音から繰り出されるセリフのため誑かされるのかもしれないが…恥ずかし気なセリフを微塵も恥ずかしがらずこの男は素面で言い切った。ある意味、この男は物凄い度胸の持ち主なのかもしれない。

 

 

「え?…あれ、何か気に障ることを言ったかな、顔も赤いし…。」

 

そう、耳まで真っ赤であろう、わたしも自分の体温がどんどん上がっていってることに気づいてる。それに腹の奥、子宮あたりがうずいてきている。熱暴走だ、目の前のこの男の遺伝子を取り込めと本能が叫んでいる。うるさい、少し静かにしやがれ。

 

 

「…とにかく、俺は気にしてないからボーデヴィッヒさんも気に追わないで欲しいかなって。」

 

「…ラウラ。」

 

「…ん?」

 

「私の名前はラウラ、だ。ボーデヴィッヒというのは呼び慣れてない、だからラウラと呼べ。」

 

「ラウラさん?」

 

「さんも不要だ。」

 

「じゃあ、ラウラ?」

 

「そうだ、それでいい。気安くても構わん。」

 

「じゃあさ、余計なことかもしれないけど俺のことも一夏って呼んでくれ。正直名字呼びは千冬姉と被るからややこしいんだ。」

 

「…分かった、ならば一夏、だな。」

 

 

一夏、ラウラ。…初対面の男女がお互いの下の名前を呼び捨てで言えるまでの関係に発達する…これはもう実質、夫婦なのでは…?いい響きであることには違いない、違うそうじゃない。俺はこの男が憎いんじゃないのか。いや、違う。

 

「…一夏、お前に会う前、私はお前が世界で一番憎かった。」

 

「…え?」

 

「織斑教官が、モンドグロッソで二連覇が出来なかったのはお前が誘拐されたからであると、お前が足手まといだったからあの人の名に傷がついたと、思い憎んでいた。…だが結局それは思い込みだったのかもしれん。」

 

「…思い込み?」

 

「…お前が、誘拐され織斑教官が棄権して助けに行かなければ、(わたし)はあの人と出会うこともなかった。出来損ないのまま、終わっていただろう。」

 

確かに織斑千冬の経歴に傷はついたかもしれないが、それでもそれがなかったことになると俺は今ここに存在していない。…ラノベとして読んだ織斑一夏に対しては不快感しか思い浮かんでこなかった。だが、今俺は誰なんだ?ラウラ・ボーデヴィッヒだ。その不快感を浮かべた男が主人公のライトノベルの登場人物だ。だが、俺は一人の人間だ。

 

そして目の前の織斑一夏も、一人の人間なのだ。

 

 

そう考えると、もう俺は目の前の男に不快感を抱くことはなかった……結論として、現実と化したこの世界においていつまでも空想の事を引きずっていたのは他でもないこの俺だったというわけだ。

 

 

「…そっか、千冬姉もそれだけ慕ってくれる教え子がいて、教え甲斐があったと思う。俺が言うのもおかしな話だけど、それだけ千冬姉のことを思っていてくれてありがとう、ラウラ。」

 

「…おかしな奴だ。」

 

 

そう…偏見から入ってしまったことで結局食わず嫌いになってしまったのだろう。今の俺はそれを自覚した。…だから変な偏見はなくなった…なくなったのだが

 

 

 

「よく言われる、でも今更むぐうっ!?」

 

 

唇に温かいものが当たっている感覚がある。今朝からこれで二度目だ。舌の先に絡まるものがある、それは唾液に濡れた生暖かい舌。むさぼるようにそれを食いついている。やがて顔を放すと糸が引く。それがとても蠱惑的に見えた。

 

 

「…やはり目に狂いはなかったな。お前は私の嫁にする。婿でも可だ。異論は認めん!」

 

 

お願いします、身体さん勝手に動かないでください。

 

 

 

 

 

 




なぜか好評だったので突貫工事で作りました


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平穏には生きられ

ないです


説得力のない話に聞こえるであろうが、俺は別にトラブルを起こしたいわけでもその場を引っ掻き回したいとも思わない。ごく平穏にIS学園で過ごせればそれでいいと思っている。実際にトラブルが起きた時は面倒だ、そんな煩わしい事に首を突っ込むほど馬鹿ではない。だから、基本的に俺は原作組には無関心…でいたいが、そもそも一夏を貶めたいと願ってたくせに無関心も何もないものだった。

 

 

だが、俺としては原作イベントなぞに興味はなく、織斑一夏をどうやって潰したかったか、ということにしか興味がなかった。だから、他の人物など眼中にはあまりなかったのだ。勿論織斑教官は特別だ。あの人は俺を救ってくれたのだからな。…だからあいつを貶める必要もなくなった今、俺は原作組に関わる必要などないので、さっさと無関心になろうと思ったが、身体がそうは言ってられなかった。

 

軍人の朝は早い。黒兎隊の隊長という身分であってもそれは誰にでも同じ条件であり、早朝起きというのはあまたにあった。だからこそ俺の生活パターンもそれに染み付いており、こうやって夜明け前に目が覚めてしまったのだ。

 

 

「…4時か。」

 

 

正直やることが自主鍛錬か夜這いくらいしかない。いや待て、なぜナチュラルに夜這いが侵食してる。何故カウントされてる。違うだろ!?体は落ちても心までは屈しねえからな!?…話を戻そう、碌にやることもないので自主鍛錬をしよう。幸いにも防音のためいくらか物音を立てても苦情を言われることはない。今は一人部屋のため特に同じく寝てる人もいないため遠慮はいらない。

 

そうと決まればと、身体が行動を開始する。まずはベッドから這い出る。そしてそのまま玄関に向かい、いやだから待て、外に出るのはまだあとの話だろう、分かったぞ、身体…お前一夏に夜這いしに行こうとしてるな!クソ、勝手に動くな!おいこら制御を返しやがれ!

 

 

理性(俺)と本能(体)が喧嘩すること十分。いまだ膠着状態が続いていた。ええい!夜這いはやめやがれ!いや、待て。今は四時過ぎだ。確かに朝とは言いづらいが真夜中でも、夜でもない。早朝だ。…だからな、身体、お前が夜這いに行っても無駄なんだよ…それは夜這いでもなんでもないのだからな。

 

もし夜這いをやりたいなら夜のうちに動かなければ、それは夜這いじゃないんだ…。

 

 

あ、身体が止まった。自分の浅ましさを理解したようだ…おいまた何故動く。何…?夜這いではなくとも男は朝の前後にアレが勃つだろう。ならば不足はなし、さあ行くぞ。…だと?

 

 

行くかよぼけぇ!?そもそも大切な純潔をえいさほいさの要領で捨てるんじゃねえ!必死にドアを開けようとする右腕と必死にそれを抑える左腕。基本的に同じ体、同じ力なのでかかる力もほぼ同じで、ドアに近づいたり離れたりを繰り返している。

 

 

節操なしかよと突っ込んでも構わん。…ああ部屋の外に出た。完全に制御が奪われてしまった。そのまま歩をどんどんと進め遂に織斑一夏の部屋の前まで着いてしまった。まだ戻れる、早く帰るぞ!うるせえそんなことよりセッ〇スだ!オブラートに包め!一人の中で二人が喧嘩していると、扉が内側から開いた。そこに居たのは、半目をこすりまだ眠そうな寝間着の織斑一夏だった。固まった。

 

 

「んー…そこにいるのはラウラか…?」

 

まだ眠そうな声音、今の一夏は夢うつつという状態だろう、まだ半分寝てる。もっとも時間が時間なので分からなくもないが寝ぼけている状態で出歩くのは危険だ。

 

 

「おはよう。」

 

ただまだ夢の延長と思っているのか、一夏は無邪気な笑顔で挨拶をした。

 

 

ズッキューン という音が響いた。勿論現実には出てなどいないが、わたしの中で響き渡った音でしかないが…一夏は若干であるが中性的な顔立ちだ。だからこそ美丈夫になるだろうと表現したのだが…15歳というのは少年と青年の転換期だ。それは目の前の彼ですら例外ではなく…その下品な話だが、先ほどの一夏の無邪気な笑顔の中に少年のころの一夏を見出し、瞬時に脳内で再現された。そのショタ一夏と目の前の一夏が重なり、体中が熱くなってきな。ま、待て。何故発情してる。

 

あ、だめだこれは…まだ落ちてない俺(大本営発表)ですらときめいてしまったのだ。元より自重なしの体がそれを見れば一瞬で高ぶって来た。全てが高揚している久々にいい気分だ。そして体中が子宮中心に全て指先すら熱くなっていく。理性はこのままだと食いつぶされる。何とかしなければ…焦る俺が下に目を向ける。一夏はパジャマが少し寝乱れており腹のあたりが捲れていた。そこから除くほど良い腹筋と臍が更に俺をどんどんと体を火照らせていく。自爆した!?まだ間に合う…そうだ、この男の顔をしっかりと見ればいい。そうすれば邪念はなくなるはずだ。目が合う。まだ寝ぼけているのか年相応に彼ははにかんだ。かわいい。

 

理性が吹っ飛んだ。もう駄目であると思う俺がいるが、そんなことより今すぐ嫁をベッドに連れ込み、スプリングをギシギシならそう。そうだな、それがいい。それが最適解だろう。いまは余計なことを考える必要なんてない。

 

「嫁よ、そんなところにいると風邪をひくぞ。寝なおせないのならば寝かしつけてやろう。」

 

「お…ありがとなぁ…。」

 

そして俺はそのままベッドまで一夏を引きずり込み、服を脱ぎ、記憶することを脳が拒否したのでそこで記録は途切れている。目の前には半裸の一夏がいて、俺は服を何もつけてない状態で発見された。

 

 

 

 

————————————————

 

 

 

冒頭の通り、俺はもめごとは望まない。最も今は、という話であり、あの嫌悪感むき出しのころはどんなもめごとだろうと気にせずに突っ込んでいただろう。だが正気に返った以上自分から面倒ごとに突っ込む必要はない。そうだからか、原作組、特にヒロインたちに関わる必要はない…第一暴力沙汰ばかりはごめんだからな。俺は彼女たちを避けるように行動…出来なかった。

 

 

まあ、ですよね。

 

 

 

「さて、ここならば誰にも邪魔されずにお話しできますわね、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。」

 

「私を呼びつけるほどの用なのか、セシリア・オルコット。篠ノ之箒、鳳鈴音。」

 

「へぇ、あたしたちのことはリサーチ済みってわけね。」

 

今俺はこのように目の前を一巻ヒロイン組に包囲されている。呼び出しを受けたらこうなった。何となく予想はしていたが兎にも角にも今はこの場を丸く収めねばならない。碌なことにならないからな!

 

 

「時間はとらせん。ただ一つ、答えてもらえればいいだけだからな。…ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前は一夏をどうするつもりだ。」

 

 

やはりそう来たか…俺の答えはもちろん決まっている。良き友人として付き合えていけばいいが…それが理性さんの答えでありたびたび体を乗っ取る本能さんの答えは…

 

「何度も言わせるな。私は一夏を、伴侶に貰いに来た者だ。やがての未来形にもなるが子供を産み落とすつもりでもあるぞ。」

 

「なっ…!」

 

 

ド直球な本能さんの答えに箒が赤面する。セシリアも鈴も多少なりとも動揺しているようだ。そして鈴が突っかかってくる。一番気の強いであろう彼女が真っ向から来るだろうとは思ってはいたが…とにかく場を取り持たないといけない。このままじゃ三ヒロインから首を狙われる羽目になる。いくら学生とはいえ代表候補生が二人、望んで敵対したいわけでもない。

 

 

「ちょっと、ちょっと、ちょっと!横取りとかあたしが許さないわよ!一夏はあたしと添い遂げるんだから!」

 

「いや待て…誰にも譲るとは言ってないぞ、私にも退けぬ女としての矜持と意地がある。一夏は私のものだ。そして私は一夏のものだ。」

 

 

「ちょっとお二方!幼馴染だからといっていい気になっておりませんか!過ごした時間が全てではありませんのよ!わたくしだって端から諦めるつもりはありません。」

 

そろって俺を追及していたはずが、いつの間にか一時期の共闘ではあろうが仲間割れが起きていた。馬鹿なのか、俺を責めたかったんじゃないのか。

 

「甘いな。」

 

「何がよ!?」

 

「何がですの!?」

 

「何がだ!?」

 

仲いいだろお前ら。

 

「いくら内心で一夏のことが好きであろうと、それを口に出さなければお前たちは敗北者じゃないか。その点、私は勘違いのしようもないストレートな求婚だ。この勝負、既に見えたぞ。」

 

うぐっと三人纏めて黙りこくってしまった。箒と鈴は典型的なツンデレ。暴力関係はともかくとしても自分の気持ちを素直に表現するのが苦手だ。そしてセシリアもストレートに言葉に表すのは苦手なようだ。そういう意味では、言葉を誤らずダイレクトに好意を表現できる人物というのは何よりもの脅威となりうる。つまり俺だ。この勝負…もはや見えたわ…いや、待て 俺は一夏なんか欲しくないからな。絶対にだからな 嘘じゃないからな。だからどうでもいいんだからな。

 

 

 

「だが安心しろ。軍人というのは『高潔な精神』を持てとの事らしい。私は別にお前たちが嫁もしくは婿にアプローチすることは止めないぞ。略奪愛もまた愛だ。」

 

煽ると見せかけて案外フェアなんですね、本能さん。てっきりお前たちは近づくなとでも言いそうだと思ったよ。

 

 

「勝手に余裕ぶってろ、っての。ていうか一夏がだれのなんてまだ決まったわけじゃないんだから!最後に笑うのはこのあたしよ!」

 

時計を見て鈴はそのままピューと退却して行ってしまった。時間的に始業時間があと少しだ。

 

 

「…感謝いたしますわ、ボーデヴィッヒさん。あなたに礼を言うのは癪ですが、何が大切か見えてまいりましたわ。だからこそわたくしも英国の女として恋に関して退くわけにもありませんのよ。」

 

宣言するようにそのまま彼女も立ち去って行った。こうなると彼女は強いぞ。どうするんだ、本能さん。

 

 

「…自分の気持ちに素直に…か。確かに恥ずかしいからとて暴力に走るのは悪癖だな。…借りを作ったな。いつか万倍で返させてもらうぞ。」

 

あの目は覚悟が完了してる目だ。どいつもこいつも意外と話してみると一本筋の通った信念を持つまっすぐな人物という事は今朝の段階でよくわかった。だがそれを踏まえてでも身体さんは言いたいらしい。

 

 

「ふん、だが結局最後に笑うのは私だ。それまで精々争わせてもらうさ。勝ちの見えない戦いに挑む勇者たちに敬意を払ってな。私も同じ土俵に立とうじゃないか。」

 

 

慢心はいかんよー…慢心するとおのれおのれおのれおのれぇ!展開になっちゃうよー…ていうか損害を俺までこうむるのは勘弁してくれませんかねぇ…

 

 

「…ドイツに帰りたい。」

 

 

駄目だ。

 




なんでこんな評価が増えてるんですかねぇ…


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ボクはシャルロット

もはやお家芸


正直に言うと、ボクは織斑一夏に大して興味がなかった。父親には白式のデータを盗んで来いと送り込まれてきたけど、気乗りがしないのは事実だった。

 

彼と同室になった。彼の人柄の良さはわざわざ説明するまでもないだろう。日本に来たばかりの転校生であるボクに対して同じ男のよしみでありとあらゆる世話を焼いてくれる。ひとえに彼がお人好しだからだろう。卑屈なボクに対してもったいないくらいの人間だけれども、キミとは良い「男」友達でいられそうだ。

 

 

…さて少しボクの身の上を語ろう。ボクはシャルル・デュノア、本名シャルロット・デュノア。デュノア社の社長である父親と愛人の間に生まれた子。いわゆる妾の子だね…そして「インフィニットストラトス」という作品においてあざとさと花澤ボイスから高い人気を生み出したヒロインだと自負してるけど…

 

なんの因果か、ボクがシャルロットになるなんてね…正直人生っていうのは読めないものだと思う。うん、もう気が付いてると思うけどボクが彼と良い男友達になれると言ったのはボクの前世が男だから。原作ではシャルロットは一夏に対してだいぶほれ込んでたけど、元男のボクがそうなる確率は一ミリもないと言える。まあ、そんなものだよね。…デュノアには戻りたくないからしばらくはIS学園で平穏に過ごせるといいなぁ…。

 

 

あとは、彼に性別がばれないようにしなくちゃ、ね。

 

 

————————————————

 

転校初日。クラスの女子の皆に驚かれたのは予想してはいたが、それよりも彼女…ラウラ・ボーデヴィッヒの行動に驚かされた。…最初彼女は彼のことを憎んでいたんじゃなかったっけ。一夏の唇を奪って嫁宣言とか時系列跳んでない?大丈夫…?

 

 

彼に手を握られ走った。男の子なんだなぁって思うくらいには手が大きくてボクの今の無力さを考えるとちょっと嫌になるなぁって思う。

 

彼の背中を見た。15歳って聞いたけどいい筋肉の付き方をしていた。逆にボクは男の子ではないからその筋肉を見ると前の自分を思い出してちょっとだけ嫌な気持ちになった。とりあえず彼は水も滴るいい男という言葉が似あいそうだった。

 

 

転校してから二日目、朝。ボクが目を覚ますと一夏の布団がやけにもっこりと膨らんでいることに気づき非常に気になったので、興味本位で彼の布団を剥がしてみた。

 

 

「ん…?ああ…二度目の目覚めだな…。」

 

くぁぁとあくびをかみ殺す銀髪の少女がそこにいた。ボーデヴィッヒさんだ。

 

 

「なんだ、夫婦の同衾を見詰めるのは良い趣味とは言えないぞ。」

 

「ご、ごめんなさい…じゃなくて!なんでボーデヴィッヒさんが!?しかもなんで二人とも裸なの!?」

 

一夏は下は履いてた。けど上裸だ…だがいったいなぜ…?

 

 

「はぁ…ん…朝か…なんかやけにあったかい…へあ!?ラウラ!?」

 

 

「うむ、おはよう 伴侶よ。いい体温だったぞ。」

 

それからはもう阿鼻叫喚。幸いにも他の人には迷惑が掛からなかったらしいから…まあそれはそれでいいとして、大胆過ぎるよ…彼女は…。

 

 

昼、一緒に食べないかと誘われた。特に断る理由もないので参加することにした。彼は手先が器用であり、唐揚げを貰ったけど非常においしかった。レシピを教えてもらえることは出来ないだろうか。と聞くと喜んで教えてくれた。今度自分で作ってみよう。

 

 

午後、ダブルスで誰と組むか、まだ決まってはない。まだ締め切りまでは時間があるので考えてみよう。一夏に組まないかと聞かれたけれども、とりあえず保留。それのせいで性別が露見したら元も子もないからいっそ異性としてる同性と組めばばれる確率も減るんじゃないかとボクは踏んでいるがそこはどうなのだろか。

 

 

夜、彼の顔が非常に近かった。なんてことはない会話に過ぎないのだけど彼が意図せず顔を近づけてくるものだから驚かされた。

 

 

「…やっぱりシャルルは、あれだな。顔が綺麗だ。」

 

「綺麗?」

 

「うん、綺麗。男に対して言っても喜ばないとは思うけど綺麗だ。」

 

「そ、そっか…ありがとう、一夏。」

 

不意打ち極まりないが褒められるのは悪くない。結構いい気分だ。と少し浮かれながら眠りについた。朝起きたらまたボーデヴィッヒさんが、一夏の布団にもぐりこんでいた。引っぺがすのに時間がかかった。

 

三日目、今日はISの実施訓練。いつものことだけれどもやはり学校でやるとなるとそれなりに緊張する。ボクの場合はいつ正体がバレるんじゃないかという不安によるものだけれども…そんな風に気を散らしていたのがボクの致命的なミス…だったのかもしれない。

 

 

 

————————————————

 

 

シャルルは障害物を避ける飛行訓練をしていた。だが先ほどのモノローグの通りいつバレるのではないかと気を張り続けており注意散漫になっていた。一瞬、油断してしまった…そして障害物が彼女の頭部へと直撃する。…幸いにもISの防護があり重傷には陥らなかったものの、ショックは大きかったのか気絶してしまった。女子生徒たちが騒ぐ中、一夏が申し出た。

 

 

「あのすいません!俺が連れて行きますよ、保健室に。」

 

善意なのだろう。同じ男という認識のため、親切心からシャルルを保健室まで送り届けようと彼?を抱きかかえた。…その時、臀部の肉がくにゃんと彼の腕に柔らかく食い込んだ。…すさまじい違和感に襲われた。…だが今はそんなことを考えてる場合じゃないと、お姫様だっこの状態のまま保健室へと駆け出して行った。周りの黄色い歓声を無視しながら駆け出し、校医にその症状を見てもらった。

 

 

 

「…うん、軽い脳震盪だね。これなら救急車を呼ぶ必要もなさそうだししばらくすれば目を覚ますわ…じゃあ山田先生にこれだけ報告してくるから、織斑君はちょっとデュノア君を見ててくれない?」

 

「はい、分かりました。」

 

校医が保健室から出ていくが一夏はそれよりも右手に残った強烈な違和感が気になっていた。…試しに自分の尻に手を当ててみるが鍛えてあるため彼の尾てい骨は非常に男性的で堅い。筋肉も幾分か周りについているだろう。…目の前の彼は事故とはいえ触ってしまったとき、非常に柔らかかった。筋肉がついていないといえばそうなのだろうが、それでは説明しきれない違和感が拭いきれなかった。…悶々としながら彼は考えていたが、結論は出る前に、シャルルが目を覚ました。

 

 

「…そっか、ボク…気を失って…」

 

「突然倒れたから心配したぞ。…大丈夫か?」

 

「まだちょっとジンジンするだけかな。痛いところもないし、頭痛もすぐに収まると思う。」

 

「そうか…ならまあ良かった。」

 

「ごめんね、一夏 手間かけて。」

 

「いや気にするな…なあそれよりもシャルル。」

 

「うん…?」

 

「…いや何でもない、忘れてくれ。」

 

彼は思わず真実を聞き出したかったが、今ここでそれを問う気にはなれなかったため言葉を濁した。非常に複雑そうな彼の顔にシャルルは首を傾げていた。…どういうことだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

————————————————

 

 

夜、我ながらドジだった…と思う。このままではいつ露見するか分からない…明日からはもっと気を引き締めて行かないといけない。今日は一夏のフォローのおかげで何とかなったからよかった。シャワーを浴びてそんなことを考えていた。…一夏が入ってくることもなく、無事シャワーを浴び終わり彼に声をかけた。

 

「先にありがとう、開いたよ。」

 

「…ああ…。」

 

上の空だ。…今日の昼あたりから彼は上の空であり何故なのかボクはそれが気になっている。…いっそ問いただしてみようか。…もし彼が困っているならば助けになりたいというのは友人として間違いない本音だ。

 

 

「ねえ一夏、何か悩んでるの?ボクじゃ、相談相手にはなれないかな。」

 

「いや…別に俺は悩んでるわけじゃないんだ。ただずっと気になることがあるだけでな。」

 

「…気になること?」

 

「…ああ、シャルルのことだ…いっそ聞いてみるか…なあシャルル、無礼を承知で質問していいか?」

 

彼が問いかけて来たそれはとてもボクに対して緊張させるものだった。怖い

 

「…な、何かな?」

 

 

 

 

 

「…シャルルって女の子、なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————————————————

 

 

 

結局、そこからの流れはボクのよく知っているとおり、になってしまった。一夏に洗いざらいボクの事情を話し、彼をだましていたことを詫びた。

 

「…これからどうするつもりなんだ?」

 

「…フランスに帰るよ。スパイの対象にバレるなんて失態をしてしまったからね、退却だ。」

 

「お前には、バツが与えられるのか?」

 

「多分ね。失敗しちゃったもん、それは当然その報いを与えられると思うけど。」

 

「…なら、帰らない方がいいと思う。」

 

「無理だよ、ボクはフランスの…デュノア社の人形に過ぎないから。」

 

 

彼は、どうやってシャルロットを学園に引き留めたのか。そこの記憶だけがずっとずっと抜け落ちてる。何故なのか、誰がそんな意地悪をしたのか…だれが何のためにやったのか、何となく想像がついてしまった。

 

 

「…これは受け売りだけどさ、IS学園にはどこの国も干渉できない。…だからお前が無理に帰る必要はないぞ。…進んで帰りたいなら止めないが。」

 

「…ボクは。」

 

「俺に教えてくれ。…帰りたいのか?」

 

ああ、だめだよ…そんな遠慮なくボクのパーソナルスペースに入ってこないで。君はだからデリカシーがないんだよ。そんななのに、目の前の彼はとても頼もしく見える。

 

 

「…教えてくれ。誰にも言わないし、絶対に力になる。」

 

無責任なことを言わないで。

 

「俺を信用してくれなくても構わない。…けど、教えてくれないか、信用されてなくても…俺は自分の友達を守りたいんだ。」

 

それが無責任なんだよ。君は…

 

 

「…だ。」

 

 

「…ちゃんと、お前の言葉で教えてくれ。」

 

 

「…………嫌だ…よ、もう…帰りたくなよ…!」

 

 

誰が好き好んであの場所に帰りたがるだろうか。…どうしてこうも彼は頼りたくなってしまうのか…甘えたくなってしまうのか。

 

 

 

「いいんだよ、帰らなくて。」

 

「でも…ボクの居場所は…。」

 

「ここにある。…どこにもないっていうなら俺がお前の居場所になる。」

 

…ああ、君は卑怯だ。素でいい男を行っている…反則だ。

 

 

「…一夏。」

 

 

「…どうした?」

 

「胸、貸して。」

 

「…気のすむまでいつまでも貸してやる。」

 

 

 

 

その日、あの人が亡くなってから枯れていた涙を全て流した。

 

 

 

 

 

「ボクはシャルロット そう、呼んで欲しい。一夏」

————————————————

 

 

 

「ふぅ…いい湯だな。」

 

 

一夏は大浴場にへと来ていた。男子貸し切りの時間のため遠慮もいらない。それに彼は風呂好きを自称しているため、大浴場はドストレートの趣味だ。親父っぽいといわれるのはこれと親父ギャグが所以である。寛いでリラックスをしている彼だが、入り口に背を向けていたのが痛恨だった。…扉が開く音が聞こえた。そしてひたひたと歩く足音が聞こえ、その足音が彼の後ろで止まった。

 

 

「絶対、振り向かないでね。」

 

「…シャルロット…!?」

 

確かに彼女も扱い上は男子だ。だからこの時間に来てもおかしくないのだが…。ちゃぷりと湯に入る彼女。一夏とは背中合わせになる。

 

「…誰にも邪魔されず話がしたかったんだ。」

 

 

「そ、それはいいけど部屋じゃダメなのかよ…!」

 

「今すぐ、キミに伝えたかったんだ。…さっきはみっともなく泣いてごめんね。」

 

「いや、気にするなよ。気のすむまでやってくれって言ったのは俺だしな。」

 

「…それとありがとう。」

 

一夏には感謝してもしきれないと彼女が呟いた。

 

 

「まさかこのボクが落とされるなんてなぁ…。」

 

 

「落とされる?どういう意味だ…?」

 

「内緒だよ。多分一夏にもそのうち分かると思うよ。」

 

彼女が立ち上がる。そして歩き、一夏の目の前にへと来た。タオルは巻いてある、一応見えなくて済む…が健全な男子である彼にはすごく目に悪い光景だ。あろうことか、彼女はそのまま彼の膝の上に座った。一夏は慌てて下を隠した。

 

彼女は一夏の顔に自分の顔を近づけるとささやいた。

 

「だから、これはお礼だよ、一夏。」

 

 

見詰めた後、頬をついばみそのまま滑るように唇に唇を重ねた。意外な行動にフリーズしてる彼を差し置きシャルロットはそのまま舌を吸いつくす。彼の左手を持ち、自分の胸へと当てさせた。…30秒間 その状態が続き、ようやく彼女は離れた。

 

 

 

「一夏のえっち。」

 

 

彼は鋼の精神力で耐えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふむ、これで一つ解決か。あらかじめ嫁にあの『校則』を教えておいたことが幸いしたな…さて、ライバルは一人でも多い方が楽しいからな。」

 

 

 

 




TS転生者はこれ以上出ます


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オイオイオイ

死んだわアイツ


早期に解決してしまったシャルロット問題、そもそも立て突かなかった俺、ラウラの問題。これがインフィニット・ストラトス二巻の主な内容になるわけだが…今この場に二つの問題はない。ならばあとに残るものは何か?

 

 

タッグマッチだ。

 

 

俺としては正直無難な人と組んで適当なところまで勝ち進んで適当で敗退すれば個人的には満足であるが…体は許さないようだ。いい加減一夏を前にすると乗っ取られることも増えて来たので慣れて来た。でも自重せよ、本能。

 

 

「それで、伴侶よ、お前は誰と組むのだ?」

 

「え?俺?…俺はまあシャルルとになるかな。」

 

まあそうなるよな、と俺は納得する。今、彼はシャルロットの真の性別を知っているため彼女の性別が露見することを恐れて隠蔽に全力なはずだ。だから彼女と組むことになると、俺は納得している、だが納得してるのはあくまでも理性の李靖さんだけである。本能の奔嚢さんは納得が出来ないようだ。

 

 

「でも一夏、別に男同士だからってわざわざ組む必要もないのよ。」

 

「うむ、鳳の言うとおりだ、伴侶は伴侶の望む相手と組むのが最善だ。」

 

往生際が悪いぞ、奔嚢さん。どうせ変えっこないって一夏は頑固だからな。だから俺は適当に溢れたところに入れればそれで満足なのだか…。

 

 

「…そうだよ、一夏。ボクもキミが義務のように組むのは正直お勧めしないよ…ボクは本当に誰とでもいいから。」

 

おっとこれは予想外、シャルが自分から辞退した。これによって一夏のパートナーというポジションは空いたわけであり…奔嚢さんは見逃さなかった。

 

 

「そうか…シャルルがそれでいいなら俺も…ってなったけど正直こう言うのは失礼だと思うけど俺も誰でもいいかな。特に進んで組みたい、という人がいるわけでもないし誘われるまで気長に待つよ。」

 

 

「だったら!」

 

「ならば!」

 

「でしたら!」

 

 

「あたしと!」

 

「私と!」

 

「わたくしと!」

 

 

「組まない!?」

 

「組まないか!?」

 

「組みませんこと!?」

 

三馬鹿の言動が完全一致する。やっぱりお前ら仲いいだろ。謎の連携を生み出す三人を制止しようやく俺に発言権が戻って来た。そしてこの場を収めるべく提案をする。

 

 

「まあ落ち着くがいい。聞けば日本には古来より決め事のために最適な方法があると聞いたぞ。」

 

 

「…最適な方法?」

 

 

「そう…単純明快なことだが…『JAN-KEN』だ。そこの英国女向けに言えば、『ロックシザーズペーパー』だ。」

 

「わたくしだってそのくらい分かりますわ!」

 

セシリアの言を無視して話を続ける。早く終われ。

 

 

「簡単な話だ、じゃんけんをして勝ち残ったものが伴侶もとい一夏のタッグを申し込むという権利を手に入れる。あくまで申し込むであって伴侶が断るのならば大人しく退くことが条件になるが。」

 

「いや、断るつもりはないよ。このままずっと引きずっててもいい加減いつまでも決まらないだろうからこの場で決めた方がすっきりすると思う。」

 

「…とのことだ、じゃんけんで勝ち抜いたものが一夏のパートナーとなる。以上だ。」

 

 

「いいじゃない、シンプルなのは。あたしは好きよ。」

 

「単純明快だな、だがそれがいい。すぐに決まりそうだ。」

 

「わたくしは天運を信じていますわ。」

 

各三人やる気満々だ。で、帰っていいですか。あ、身体が動かない。というかじゃんけんお前もする気満々かよ奔嚢。

 

 

「あのー…。」

 

それまで控えめだったシャルが声を上げた。珍しい。

 

 

「ボクも、参加していいかな?」

 

 

 

————————————————

 

 

 

「やはり、天はこの私を望んでいるのだ。」

 

 

最後に笑っていたのは誰でもない、俺でもない奔嚢さんだった。じゃんけん強すぎだろ。

 

 

「う、嘘…じゃないわね…確かにあたしはこの正々堂々な勝負で負けたわけ…ならまあ仕方ないわね…今回は運がなかった…ってことよね。」

 

ダメージを受けながらも現実を受け止め立ち上がる鈴。強い娘だと思います。ちょっと現実逃避気味だけど。

 

 

「全力を尽くし敗北したのだ、悔いはないさ…」

 

そしてそこのブシドーガールはちょっと大袈裟すぎやしませんかね、大丈夫?死なない?シナナァイ。

 

 

「こうしてはいられませんわ!早くわたくしのパートナーとなっていただける方を探しませんと!」

 

セシリア嬢は一番現実的な意見ですね、感心感心。きっぱりと諦められる諦めの良さも彼女の芯の強さ一つなのかもしれない。

 

 

「あたしも決めなきゃ…じゃあもう行くけど…一夏!あんたと当たった時はコテンパンにしてあげるからね!」

 

いつもの勢いを取り戻した鈴。やはりそれこそが彼女らしいというのは俺の勝手な印象ではあるが好感を持てる人だと思う。

 

 

「ではごきげんよう、一夏さん。わたくしも試合では本気を出させていただきます、どうかご容赦くださいませ。」

 

 

さすが英国淑女。やると決めた時は本気だ。いっそすがすがしいと思う。本気になった彼女はさぞかしやりごたえのある相手だろう。腐っても代表候補生だから。

 

 

「さて、私も行くか。元より断られるのならばきっぱりと諦めていたところだ。むしろ燻っていた自分を吹き飛ばす良い一手となった。では相方を探してこなければな。一夏!ボーデヴィッヒ!互いに当たった時は手加減なしの真剣勝負で頼むぞ!」

 

さすがというかなんというかよい潔さだ。確かに多少は短絡的なことがあろうとも、彼女は接していて好感を持てる人物だ。暴力女と物騒な呼び方をされることもあるがそれでもやはり良い人だ。あくまでも俺の解釈は、だが。

 

 

「ちょっと残念だけど元からダメ元だったしこれでもいいかな…大丈夫だよ。一夏、ボクは上手くやって見せるから。じゃあまた後でね。ボーデヴィッヒさんも一夏をよろしく。」

 

あっさりと引き下がるシャルル。ここまで皆が皆潔いと逆に何か裏があると邪推してしまうが多分彼女たちの気づかいだと俺は推測する。それはそれとして俺は一夏と組むことは全然うれしくない。だって面倒事が待ってるのは目に見えてるし…まあ他の人と組むのも面倒だし妥協としてなら一夏はありかな。どうせ誰とやってもひと悶着はるんだろうし。

 

 

「というわけで、だが。伴侶よ、私と組むとなった以上後悔させる結果にはさせないぞ。安心して私にリードされるがいい。軍隊仕込みの連携術があるのでな、どんなパートナーであろうとも問題なく合わせられるぞ。」

 

「それはありがたいけど遠慮しておくよ。つまらない意地だけど、リードするのは男の役目であって女の子にそんなことをさせるのは少し気が引ける。」

 

 

時代錯誤な考えだ。女尊男卑が当たり前となったこの世界じゃ女性が男性を導くというのはよくある話だ。だが目の前の一夏は、女を導くのは男の役目だ、と本気で時代錯誤な考えを口にしている…だがその心もちは…

 

 

 

やだ…かっこいい…

 

またしても子宮がうずき始めた。最近お前暴走し過ぎじゃねえか?…よくよく考えろ、時代錯誤な考えなんだぞそれをこんな大真面目な顔で語って…語ってるのも良い!いつもより数倍凛々しいその顔も良い!出来ることなら写真に撮って観賞用、保存用、布教用で現写したい!…だからそうじゃない!

 

とにかく今の彼を動かしてるのは男の子の意地というものだろう。分かるとも、俺もそんな矜持はまだ残ってるからな。無意味と知りつつも男としての意地を必死に張り続けようとするその姿は…滑稽でも何でもない!むしろかわいい!ほんの少しの意地を張り続ける男の子は可愛いというのは間違いなかった。まだ発展途上な少年がそれをやるのがなおさら良い。撫でまわしてこのまま部屋へ連れ込んで捕食して…だからそうじゃない!なぜか濡れている下着は無視し仕切りなおす。

 

 

「コホン…ならば私を導いてみてくれよ、婿よ。そうと決まれば練習と行こう。何、あまり時間は取らせないさ。」

 

 

「ああ。俺もすぐに合わせられるようになってみせるふぐぅ!?」

 

不敵に笑うその姿についに体が我慢が効かなくなった。背伸びし彼の顔を引っ張り自身の唇と彼の唇を重ねる。おい。

 

 

「ら、ラウラ…どうしたんだ?急に…。」

 

「可愛いと思ったから。それ以上の理由はいらん。」

 

 

馬鹿だろお前ぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!…いや、嫌では無いが…いつも唐突過ぎる。

 

 

 

 

————————————————

 

 

「いいか、一夏。各個撃破などという理想を語るつもりはないぞ。お互いの技量差もある、単体で撃破できる相手かも限らない。だからこそだが、やるべきことは狙い撃ちと短期決戦だ。…言っておくが戦いに卑怯も何もないぞ。あくまでルールには則っている。それとも狙い打ちは嫌いか?」

 

一夏は首を横に振った。

 

「戦略、だから俺もそれに従う。今は個人の気持ちいいだとか気持ち悪いだとかを言ってる時間じゃないしな。」

 

良い柔軟性だ。俺に合わせるということの意味をよく理解している。

 

「情けも容赦もない試合になるが、それでもいいのだな?」

 

「むしろ負けを狙いに行く試合というのは相手に失礼だと思う、だから俺は勝ちをどん欲に狙っていった方がちょうどいいくらいだと思ってる。」

 

確かに原作でも彼はやるからには勝ちに行くを実行している。正々堂々の勝負で。…そんな彼は俺に全部合わせるといってくれてる…果たして彼の心意気を踏みにじれるだろうか。

 

 

「…多少のプラン変更だ…いいか、伴侶よ、まず私と…」

 

 

心変わりした俺と一夏の戦術談義は日が沈むまで繰り広げられた。

 

 

 

 

 

————————————————

 

 

 

 

『やりましたね、隊長。これで一歩前進ですよ。』

 

「…いい加減そのやじ馬根性は何とかならないのか、クラリッサ。」

 

夜、俺は通話相手に呆れた声音で返した。相手は黒ウサギ隊副隊長のクラリッサ・ハルフォーフである。以前は狂犬めいていた俺と彼女たちの間にわだかまりもあったが今は特に何かを憎む必要もなくなったのでこうやって普通に接することがようやくできた。よく考えるとあの頃は異常だったのではないかと最近考えている。というか異常か。

 

 

『私としても嬉しいんですよ。ただただ狂戦士のように強さを追い求めたあの頃の隊長は実に近寄りがたい存在でしたけど、今の隊長はとても親しみを持てます。…それに私に相談して来てくれたのはとても嬉しかったんですよ。』

 

「いや、待てあれは私がやったのでは…いや、もういい。どちらにせよやったのは身体(わたし)か…。」

 

最近本能の行動が多すぎるような気もする。いい加減誰が主かという事を教えてやらなければいけないようだ。

 

『兎に角になりますが、隊長。いつでも相談は待っていますよ。黒ウサギ隊は隊長の味方です。これは隊員の総意でもあります。』

 

「…ふん、好きにしろ。」

 

なんだかんだで慕われるのは悪くはないな、と俺はどこかで考えていた。




二日放置して300件増えてるってどういうこと


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隊長 真面目にやってください

真面目にやった結果がこれだよ!


「それじゃあ、デュノア君は篠ノ之さんと、組むという事で決定しておきますね、報告ありがとうございます。」

 

「いえ、山田先生こそありがとうございました。」

 

職員室から退室するシャル。結局彼女は溢れた箒と組むこととなりその旨を真耶にへと報告していた。手続きが完了しもうそこに居る必要もなくなったので彼女は退室し、職員室前の廊下を歩いていた。階段に差し掛かろうとしていた昇降口。現在は放課後という事もありそこに人通りは彼女以外なく非常に静けさを保っていた。耳を澄ませば遠くから部活に精を出す生徒達の声を聴くことも出来る…わざわざこんなところにいる必要もないか、と彼女は嘆息するとそのまま階段を降りようとする…

 

 

「作り笑いが過ぎるぞ、シャルル・デュノア。」

 

「へぇあ!?ぼ、ボーデヴィッヒさん…。」

 

背後にラウラがいつの間にか回り込んでいた。気配も感じなかったため唐突に声をかけられたシャルの体は震えた。

 

「ボーデヴィッヒさん、ボクに何か用かな?」

 

「息が乱れてるぞ。尤も微量だがな、それにいつものトーンよりも声が上ずっている。決め手にごく少量だが冷や汗を掻いてるな。自分では誤魔化せると思っていても自分の手が及ばないところはいくらでもある、スパイを名乗るくらいならば自分の体には気を配っておくんだな。」

 

「…ボーデヴィッヒさん?」

 

「少し顔を貸してもらおうか。シャルル・デュノア、いやシャルロット・デュノアの方がいいか?」

 

「…分かったよ。」

 

 

その名前を出されてしまった以上、今の彼女に断るという選択肢はなかった。場所が移り、寮舎。ラウラの部屋。

 

 

「ここならば音が漏れる心配も誰かに聞かれる不安もない。盗聴、盗撮されてないかも既に確認済だ。遠慮はいらないぞ、上がるがいい。」

 

「…どうも」

 

 

シャルはすっかりと警戒しきっていた。未知の出来事への不安と目の前の少女が何を考えているか読めないことに起因している。シャルは上がると膝を崩して座った。

 

「正座は苦手か、奇遇だな。」

 

「…ボーデヴィッヒさんも?」

 

「ああ、あの形は何度やっても足が痛む。西洋に生まれた者の宿命だな。昔は(・・)すんなりと出来ていたはずなのだがな。」

 

 

…この人はこちらに何かを悟らせようとしている。シャルは確信した。そして彼女は自分の意思なく身に付けさせられた卓越した頭脳を行使し答えへと導く。

 

 

「それで、話というのは?ボーデヴィッヒさん。」

 

「まあ待て、時間はまだある。そう事を急いても良いことはない。茶が入るくらいは待っていろ。」

 

彼女は、急須を見ながら答える。彼女はドイツ人だ。シャルの知識が正しければ軍隊から一度も外に出たことはない、故に世間知らずだったはずだ。だが今彼女がやってるのは日本由来の茶の淹れ方。千冬の影響を受けてそうなったといわれればそれまでだが…あのブリュンヒルデは家庭的なことは壊滅的だ。一夏にほうじ茶の趣味があろうとも千冬にはあまりないと予想できる。

 

 

「…できれば用件は早めの方がいいかな、ボクもそこまで暇ではないから。」

 

「それについては謝罪する。だがこちらとしても確証のないことを言い無駄な情報を漏らすのは避けたいのでな、言葉選びは慎重なんだ。そうだな、ことわざで例えるならば『石橋を叩いて渡る』だ。」

 

(————————また!)

 

彼女はやけに日本に対して理解がある。そして詳しい。彼女はドイツから出たことはなかったはずだ。だが、シャルルの本名を理解していた。調査した、ならば元も子もないが仮にもデュノア社の秘匿事項。そう簡単に漏れるものではない、彼女はそれを知っていた。そして何よりも気になるのは、正座関連の話題の時に言っていた言葉「西洋に生まれた者の宿命だな。昔はすんなりと出来ていたはずなのだがな」という言葉だ。彼女は正座はからっきしといっていたが、昔とも言っていた。つまり正座が出来る昔があったという事だ。…そして日本への知識が豊富と来た。…これから導き出される答えは。

 

 

「…ああ、ようやくわかった。ボーデヴィッヒさんはこれを伝えようとしていたんだ。」

 

「…辿り着いた、か。では答え合わせと行こうか。」

 

そう宣言する彼女の顔は笑っていた。非常に楽しそうに。

 

「シャルロット・デュノア、お前に一つ良い話を持ってきた————————————————」

 

 

 

 

 

————————————————

 

 

時刻は夜、そろそろ規定の就寝時間のころだが、それまでにはまだ余裕がある。俺は、それまでにやらなければいけないことがあった。既にシャルロットには話はつけてある。今の彼女は十分説得に応じてくれるだろう。一夏の部屋の前にへとたどり着く、そしてノックする。暫くして扉が開き中から一夏が出てくる。

 

「ラウラ?どうしたんだ、こんな時間に。もう就寝時刻に近いぞ?」

 

「夜分遅くにすまない、だがこれだけは確認しておきたくてな…入っても?」

 

「いいよ、全然かまわない…けどシャルル 遅いな…。」

 

「彼にはあらかじめ話をつけている。私が連絡するまで戻ってはこない。」

 

「そうなのか?…まあとりあえず入ってくれ。」

 

一夏に招き入れられ彼の部屋にへと上がる。そしてフローリングに腰を下ろす。一夏がお茶を淹れてこようとしたが断った。

 

「時間はとらせん。一つ質問したかっただけだ。…これを聞かない限り今の私は明日から満足できずに終わる。」

 

「…それで、質問ってのは?」

 

「私にとって力とは、強さだった。圧倒的な織斑教官の強さこそが力だと、思っている。全てを凌駕するあの高みへと至る強さこそが『力』と思っていた。だが違った。結局力とは何なのか、その答えが未だ私は見出せん。」

 

あの背中にあこがれて強くなりたいと必死に食らいついてきたのはいい。強くあることはいい。だが真の力とは何なのか。俺のことは建前だ。俺が知りたいのはかつて愚かなほどまで嫌悪していたこいつの守る云々の真意だ。

 

「お前にとって力とはなんだ?奪う力か?侵す力か?何人にも及ばぬ領域まで上り詰めることか?…教えてくれ一夏、織斑一夏。今この場で、俺に教えてくれ。」

 

 

一夏は数秒躊躇するとやがて頷く、警告のように先に告げて来た。

 

「多分俺は今から身の丈に合わないこと言う。聞いていて生意気だ、って思うかもしれないけど…それでもいいか?」

 

「構わない。」

 

「…俺は物心ついた時から家族は千冬姉しかいなかった。特に小学校の時は一番大変だった。千冬姉はその頃、ようやく今の俺と同い年くらいだった。それだっていうのにさ、深夜までバイトを詰め込んでいつも帰りが遅かったよ。」

 

目に浮かぶようだ。一夏はその夜遅くまで姉の、織斑教官の帰りを待っていたのだろう。

 

「自分が不幸だとかは思ったことがないけどな。千冬姉がいてくれたし、箒がいてくれた。鈴もいてくれたしたくさんの友達もいてくれた。決して孤独なんかじゃないのは俺もちゃんとわかってた。…けど、やっぱり一番身近で俺を見守っていてくれたのはやっぱり千冬姉なんだよ。世間じゃ最強のブリュンヒルデって畏怖されてるけど俺にとっては千冬姉はずっと守っててくれた千冬姉でしかないんだ。」

 

彼の、姉への織斑教官への信頼と感謝を俺は今痛いほど感じ取れる。織斑教官には俺も同じような想いを抱いてるからといえば聞こえはいい。

 

「確かに千冬姉は強くなったと思う。それこそ俺が届かない領域にはな。…けど、なんであんなに強くなれたか勝手に想像すると多分千冬姉は『守る』ためだったと思う。」

 

 

…ああ。納得がいく。人は大切なモノのためならばどこにでも行けるものだ。

 

「男のプライドっていうかさ、ただの憧れに過ぎないけれど俺は千冬姉みたいになりたい。…けど、千冬姉になりたいわけじゃないんだ。俺は千冬姉にはなれないしな…だから千冬姉みたいに『守り』たいんだ。そんな全部なんて贅沢なことは言わないさ、けどいつか俺が守れるだけの『力』を手に入れられたら、千冬姉に『今まで守ってくれててありがとう、今度は俺に恩返しをさせてほしい』なんて言いたくてな…もっとも今の俺もまだまだ守られてばっかだ。多分これからも守られる。」

 

己の未熟さを理解してもなお彼は。

 

「馬鹿な行動もすると思う。感情で動いちゃうタイプだからな。…だけどそれでも『力』を持てるっていうなら俺にとってその力って言うのは『守る』こと、何だと思う。…正直漠然とし過ぎて俺にもまだよくわかってないけどな。…これが俺にとっての『力』の答えだよ。」

 

 

…だがまだ聞いておかなければならない。

 

「…野暮なことを聞くようだが、お前にとっての守りたいもの、とは?」

 

「全部、なんて聞こえの良いことを言うつもりはない…俺が守りたいものは俺の手の届く範囲の全て、かな。家族…友達、クラスメイト、この学園。こんな未熟者の俺を好いてくれる人。…ラウラ、お前もだ。」

 

 

「…お前は、俺を…わたしを守ってくれるのか?」

 

 

「ああ、俺が守ってやる。」

 

 

…ああ、今まで押しとどめていたすべてが瓦解する。凍り付いていた大地はやがて溶けて行った。そんな心境だ。…お前は凄いよ、一夏。俺なんかじゃ勝てない。偽善者なのかもしれないし、世間様から言わせれば綺麗ごとにしか聞こえないだろう。だが、それを張り続けようとするお前は凄いやつだ。口先だけの言葉ではなくちゃんとした信念で守ることを望んでいる。…これから失敗がいくらでもあるだろう。だがそれはいくらでもカバーが効く。それを支える人間がいればだ。

 

 

「…まいったな、これは完全にわたしの負けだ。」

 

 

「…負け?何のことだ?」

 

 

「いや、気にするな。…さてそろそろ戻るとするか。」

 

俺は立ち上がり玄関にへと向かう。靴を履き一夏にへと振り返る。

 

「今回はいい話を聞かせてもらった。感謝するぞ、ようやく答えが出そうだ。」

 

「そうか、なら良かった、かな。ちょっと気恥ずかしい気もするが。」

 

「誇れ、お前はそれに値するさ…明日、わたしに言った通りちゃんと示してくれよ。」

 

「ああ、勿論だ。俺だって男だからな、二言はない…」

 

さと彼は言いかけたのだろう。そして俺は、彼の顔を引っ張った。そして、唇を重ね合わせた。ごつっと歯が当たってしまった。今までのキスに比べると幼稚なものだ。

 

 

「…また、明日な。伴侶よ。」

 

そして照れくささに顔を赤くしながらそのまま一夏の部屋から走り去っていった。

 

 

 

 

————————————————今日、初めて わたしの意志で一夏にキスをした。

 




一夏「ボクっ娘もいいけどオレっ娘もいいな」


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あなたに欲しくて

戦闘描写はストレス必死なのでカットして初投稿です
ねこはいます


ボクが、事の顛末を語ろう。結局トーナメントで優勝したのは、一夏とラウラのタッグだった。準決勝でボクと篠ノ之さん、決勝戦でオルコットさんと鳳さんと当たったわけだけれど…なんというかまあ、圧倒的な強さ、というべきだっただろうか。元々一人で代表候補生二人をあしらっていたラウラが絶好調かつ連携をしたならば相応の強さを手に入れる…というわけだが、でも量子化はちょっと聞いてない。

 

一夏も筋が悪いわけではなく短期間とはいえラウラの軍隊仕込みの訓練を受けていた。そのため彼の成長速度には目を見張るものもある、今のボクがタイマンで彼に勝てるだろうか。軍隊仕込み特訓を通じて抜群の連携力を手に入れた彼らに一年生で勝てるグループはあるわけもなく…まあ彼らが優勝した。多分全学年共通とかだったら生徒会長に沈められてただろう。これから彼はもっともっと強くなる、その強さの果てが何なのか少しばかり興味はあるけどそれで破滅しないことを願うばかりだ。

 

彼が優勝したことで、A組はそれこそ祝賀ムードだ。今こうやって大規模な祝賀会が行われている…優勝できなかったのはそれなりに悔しいけれども、VTシステムにラウラが侵食されなかったのはまあとりあえず良かったと思う。

 

 

「織斑君の優勝を祝して!」

 

 

乾杯!!!という声が響き渡る。肝心の一夏は囲まれて質問攻めにあっている。あれじゃあ暫くは近寄れなさそうだ。女は三人集まるとやかましいっていうけれどこれはそれ以上だね。…彼に話しかけられないんじゃ仕方ないしボクに飛び火する前に避難しておこう…ラウラが隅っこにいたのを見た。彼女に声をかけて、隣にボクは座った。

 

 

「いいの?主役がそんなところで。」

 

「笑わせるな、主役はアイツだ。私はあくまで華を添える役に過ぎない。」

 

確かにラウラの言うとおり、みんなの関心は一夏のようだ。ラウラに対して淡白すぎるんじゃないかという見方も出来るけど近寄るなオーラを醸し出してのは彼女のため特にラウラも文句はないんだろう。

 

「何を食べてるの?それ。」

 

「シュヴァイネハクセ。」

 

「初耳、どんなもの?」

 

「なんてことないただのロースト豚足だ。まあそれが好きな味なのだが。」

 

よく見ると彼女の容器の中には麦芽色の液体が入れられている。

 

「この程度じゃ酔いはしない。見た以上お前も共犯だ。」

 

それが何か理解するとあろうことか彼女は脅迫してきた…というのは彼女なりのジョークだろう。

 

「ノンアルコールだ。シュヴァイネハクセにはこれが一番合う。欲を言えばドイツの本場の物が欲しかったが。」

 

「そこまでは贅沢だよ。…それで、良かったの?一夏を独占しなくて。」

 

「…オレはそこまで独占欲は強くない。」

 

勘弁してくれ、と彼女は考えているだろう。からかうのもほどほどにしないと手痛い反撃を食らいそうだ。

 

 

「でもラウラはこれで良かったんだ。VT関連のことをやらなくて。」

 

「…やる必要性もない。それにやる状況を作り出すのももう無理という話だ。本国にシュヴァルツア・レーゲンは送り返した。クラリッサの口利きもある。あの紛い物が積まれてるという事実はすぐに明らかになる。」

 

「まあそうだね、転入したあの日からすべてはおかしくなった…っていうわけだけど、なんだかんだで元通り、かな?」

 

「過程は違うが結果は同じだ…で、お前の方はどうするんだ?」

 

「ボク?…明日、転入するよ。」

 

「…そうか漸く向き合う覚悟が決まったか。」

 

「うん。ボクが今までさんざんと目を逸らしてきたものを一つずつ片付けていくことにするよ。なんだかんだで君に助けられたよ、ありがとう。」

 

「ふん、オレがやったわけじゃない。どこぞの体が打算含めてやった結果だ。だがもし恩を感じる、というのならば一つ頼みごとを聞いてもらおうか。」

 

…まさか横暴な要求がされるわけ…ではないよね。

 

 

「お手柔らかにお願いね。」

 

「難しい話じゃない。これは私の部屋の鍵だ、持っておけ。」

 

「ああ…なるほど、代われってことね。…でも、今夜だけだからね。敵に塩を送るのは。」

 

「ああ、これでオレたちの関係は清算だ。後は対等に好きに競え、譲るつもりはないが。」

 

 

やけに男らしい物言いの彼女の手に「ボクと一夏の部屋の鍵」を滑り込ませるとボクはその場から離れる。まあ今日ばかりは彼女の好きにさせてあげるとしよう。負けたのはボク、なのだから。

 

 

 

————————————————

 

 

 

「な、なんでラウラがここに…?」

 

「まあそうあわてるな、嫁よ。」

 

目の前には半裸、風呂上がりの一夏。多分シャルルがいると思っていただろう。だが残念、いるのはわたしだ。滴り落ちる水滴が…セクシーだぞ、一夏。だがそんなことをやりに来たわけじゃない。

 

「兎にも角にも服を着て髪を乾かせ、風邪をひくぞ。」

 

「お、おう。分かった…。」

 

そうして素直に従う彼はとてもいい人間に見えて…いや実際に良い人だけどね。彼が急ぎ気味に着替え終わり髪を乾かすのを見届けると一夏がフローリングに直で正座した。

 

「…改まってどうした?」

 

「なんか大切な話をされるかと思って。」

 

「するのは間違いないが…」

 

だんだんと彼も勘が鋭くなってきたようだ。まあそれはそれとして、就寝まであまり時間はない、さっさと話そう。織斑拳は御免だ。それにシャルロットにも迷惑をかけることになる。

 

 

「お前は、私の名前を知っているか?」

 

「名前?そりゃラウラ・ボーデヴィッヒ、じゃないのか?」

 

「それは私という個体に与えられた識別名のようなものに過ぎない。わたしの名前はC-0037、だ。」

 

「それって…」

 

「識別番号、だな。わたしは言うならばただの人工物だ。人間の生命の神秘に生み出されたわけではない、人工的に掛け合わされた遺伝子により生まれた。」

 

自分の追い立ちを明かす。だがこれはあくまで導入に過ぎない。ここからが本題だ。

 

「わたしに与えられた名前は、C-0037(識別番号)ラウラ・ボーデヴィッヒ(識別名)だけだ。一度も本物の名前を持ったことはない。だからわたしは、名前が欲しい。」

 

「…名前。」

 

一夏は考え込む。名前なんか誰でも持っているものだ。わたしも持ってはいる、だがこれは真実の名前じゃない。ただの記号と何の違いもない。誰かに機械的につけられた名前ではない、誰かに愛を込められてつけたられた名前が欲しい。

 

「今すぐに、とは言わない。だが一夏、わたしの名前をお前に考えてほしい。お前以外に頼むことではない。だから、わたしに、新しいわたしという存在に名付けてくれ。それまではこのラウラという名前で呼ぶがいい。」

 

「…。」

 

黙り込む彼、本当に唐突な話という自覚はある。彼は回答に困っているだろう。

 

「すまないな、急にこんな話をして。だが心のどこかで覚えておいてくれたらわたしは嬉しい。いつか見失うこともなくなるだろう。」

 

「…リエル。」

 

「…何?」

 

彼がぽつりと粒やいた言葉がわたしの耳に入ってくる。

 

 

「『リエル』なんてのはどうかなって…『ラウラ』っていうのは月桂樹っていう意味なんだろ?」

 

「あ、ああ確かにそうだが。」

 

「で、月桂樹はフランス語で『ローリエ』、英語で『ローレル』っていうんだ。…単純な命名だけど造語にして『リエル』。」

 

…なんというかまあ呆れたを通り越して尊敬すら覚える…お前は何故そんなに口説き文句を持っている。百八式なのか…

 

 

「ふっ…リエルはカンボジアの通貨だぞ。」

 

「え、そうなのか…。」

 

そこまで考えてなかったのだなお前は…だが。

 

「だが、お前がつけた名前だ…悪いはずがない。」

 

 

リエル、心の中で復唱する。随分と洒落た名前が出来たものだ。ある種のセンスを感じるぞ、一夏。

 

 

「リエル、この名前はわたしがわたしであるための、わたし自身を見失わないための指標だ。ややこしいかもしれないが普段はラウラと呼ぶといい…だが、二人の時、わたしとお前の時だけはこの名前で呼んで欲しい。」

 

 

 

そうだ、オレは、わたしは、ラウラ・ボーデヴィッヒとは違う。たとえ同じ名前を受けていても同じ姿であってもオレは彼女とは違う道を行かなければならない。そしてその先にオレは、わたしはこいつを手にいれなければならない。いつまでも燻っているわけにもいかない。オレはオレの道を行くんだ。感謝する、一夏。お前のおかげでその道を見失わずに進んでいける。この名前がその道の第一歩だ。

 

 

「ラウラ…。」

 

「おっと、ここにいるのはわたしとお前だけだ。遠慮することはないぞ。」

 

「り、リエル…なんか恥ずかしいな、自分で考えたものを呼ぶって…。」

 

「ふっ…初心だな一夏。だがそれすらも愛しているぞ。」

 

 

それほどまでに今のオレには目の前の男が愛しく思えた。…ああ、なんというかまあ我ながらちょろい結末だ。だが本能は乗っ取ろうとしない、今動いているのは理性の意志だ。つまりオレの意志だ。…ここまで来たら止まれはしない。

 

 

一夏をベッドに押し倒す。就寝時間だ。電気を消す。後は俺達を照らすのは窓から漏れる月明りだけだ。彼の上に覆いかぶさり唇を求めていく。数十秒の長いキスが終わる。おそらく今の彼はいつも以上に受け入れ度が高くなっている。

 

 

「リエル…。」

 

「安心しろ、一夏。その手の知識はお前よりも深い。それにこの場では音は漏れない。鍵も閉めた、カメラも盗聴器もないのは確認済だ。邪魔は入らない。」

 

 

「まさか…。」

 

 

「今更止めてくれるな、お互いが初めてだからそこは許しておいてくれ。…なに、リードしてやる。」

 

 

 

月夜に映し出される二人の男女の影がやがて覆いかぶさり、一つになっていた。それはまるで小説の一ページのように美しく、そして何ともため息の出る光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「な、なにも出来なかった…」

 

 

 

翌朝すっきり寝てしまった彼女が落ち込んでいる姿が見られた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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令嬢の見る夢

見えた!この好機を逃さない!


「あんたを父親とはもう呼べない。」

 

いつだったか、言ってしまった心無い一言。けれども、あの時の自分は我慢ならなかった。何故父があんなことが出来たのか、なぜその扱いのままあんたはいれたのか、本人じゃないのにひたすらそれが許せなかった。そしてそれに甘んじてる父親が一番許せなかった。

 

 

「妻に対して頭を下げて一歩下がる父親がどこにいる!?夫婦って言うのは対等であるべきってあんたが言っていたのを忘れたのかよ!そんなに女尊男卑の波にのまれたのか!?…あんたと話すことはない、もう父親と思うこともない。…尊敬出来ない人間にあんたは落ちたんだよ。」

 

 

父は何も言わなかった。落ちたという自覚があったのかは知らないが、反論をしようともしなかった。腑抜けに落ちてしまったあの人が当時は許せなかった。あの時は言い過ぎた、そう思って何度も謝ろうとした。けど父はこちらを避けたしこちらも父を避けた。父との関係がとっくに瓦解してしまったことを改めて思い知った。母は父と自分の間に何かあったのか察していたようだが仕事人間だったためこちらに口を出してくることはなかった。口を出していれば案外上手くいっていたのかもしれなかった。

 

だが結局父に謝れず永遠の別れを告げることになった。十歳の時だった。両親が仕事で乗った列車が脱線事故を起こし、生還者の名前に両親はいなかった。そして遺されたのは莫大な遺産と、それを狙うあくどい大人たちだけだった。

 

 

 

 

「…オレの一言が父と母を殺したんだ。…こんな自分なんていらない。無力で弱い自分なんていらない…ただ強くならなければいけない…。オレなんかいらない。」

 

 

 

それは傲慢だ。オレの一言で両親を殺したというは傲慢な思い込みだ。けど、結局謝れずに別れてしまった。それは幼いオレを追い詰めるには十分すぎる出来事だった。何故父に意地を張っていたのか、何故早く謝れなかったのか。結局オレは答えを出すことは出来なかった。いや、本当は出ていたのにそれを認められなかった。素直じゃない人間は本当に厄介だ。

 

 

オレはオレを不要と判断した。それまでの全ての自我を消去し、不要と判断された記憶を消し、強くあれという意志だけ残してオレは消えた。後は彼女に全てを託した。

 

 

 

こうしてわたくしは生まれた。

 

 

 

 

————————————————————————————————

 

 

 

バサリと落ちる掛布団の感覚。目に映るのは自分の両手、それは見慣れて来たものでるのになぜか新鮮な気持ちになる…けれども今はそんなことはどうでもいい。とにかく今は言わずには居られない。

 

 

 

 

「お…思い出しましたわ!!!!」

 

 

「オルコットさん、うるさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出した、何の影響でトリガーが外れたかはわからない、けど思い出した!

 

 

 

セシリア・オルコット…つまりわたくし、そしてオレは転生者だった!!というより何故そんな重要なことを今更思い出した!忘れた理由は知っている、オレは両親に反抗的だった、それが嫌で意図的にオレという自我を封じて自己暗示によりちゃんとした「セシリア・オルコット」を作り上げた。転生者という記憶は意図的に封じたから今まで全く思い出さなかったのは予定通りだ。むしろそれでいい。

 

 

だが…何故、今さら思い出した?なぜ今更オレは蘇った?むしろ戻らなかったらよかったのに。疑問符が止まらない、何故オレは今更ここにいる?全部セシリアに譲りもう戻ってこないはずだった。けれども気が付いたら記憶が戻り自我が戻り今オレとしてここに存在する。セシリアの自我を削り取ってオレが現れた。…考えるだけ無駄なのかもしれない、神様のクソ野郎め、何故オレを眠らせてくれなかったんだ。

 

セシリアとして過ごした6年間の記憶、彼女の動作、それらは全て体に染み付いている。だが今ここに異物であるオレの自我が復活した。

 

 

 

「あ、セシリアー、そこで何頭抱えてるのよー!」

 

 

声をかけてくる明るい声音、間違いない鳳鈴音だ。

 

 

「なんでもない…いえ、何でもありませんわ、鈴さん。」

 

慌てて口調をセシリアに訂正する。ここで男の言葉遣いを使っちゃ彼女の不信感を刺激する結果しか待ってないし無難にだ。大丈夫、ちゃんとセシリアとしての6年間の記憶もちゃんと受け継いでるから恥じらいもなくわたくしと名乗れる。サンキューメモリー。

 

 

 

「そ?ならいいけどさ、早く食堂行きましょ、そして買い物に。」

 

そうだった、確か今日は水着を買いに行く予定だった。こうなってしまった以上仕方ないが怪しまれないようにふるまうしかない。

 

 

「ええ、分かっていますわ、まずは朝食を食べてしまいましょう、腹が減っては何とやらですから。」

 

「へぇ意外、あんたもそういうことわざ使うのね。」

 

「意外ですか?英語にもちゃんとことわざはあるのですよ。An army marches on its stomach.(軍隊の進軍は腹次第)ですわ。では、まいりましょう。」

 

 

そうして鈴の後ろに着いたオレが辿り着いたのは食堂…土曜日だってのに相変わらず人が多いものだ。

 

 

「んー…結構席埋まってるわね…どっかいい空きスペースはないのか…あっ、一夏たちの横が二つ空いてるわね。」

 

さすが鈴。目ざとい、一夏の隣とその前、右上が開いている。まあ鈴としては恐らく一夏の右側の席を取りたいんだろうなと予想はつく。興味はないし彼女に今回は華を持たせて右側の席を譲るとしよう。しかしまあ恋する人間っていうのは大変なごっつ大変なもんだなって改めて思う。特に一夏はライバルも多いし大変だよなぁ、まあもうオレには関係ないんだけどさ

 

 

————————————残念ですがそこはわたくしも譲れませんの。一夏さんは初めてわたくしが心揺さぶられた殿方ですの、だからわたくしはそこまでは譲るつもりはありませんの、それはたとえ「オレ」に対しても同じですわ。

 

「セシリア…あんた、一夏の隣を取ろうとしてるわね。」

 

「鈴さん、あなたもご存知でしょう…こういうのは早い者勝ち、というのですわ。」

 

 

鈴さんには悪いとは思いますが、わたくしもそこを譲れませんの。ですから許してくださいとは言いません、ただ遅かった無力さを噛みしめてくださいまし!

 

 

 

「おはようございます、一夏さん。」

 

「うん…あ、セシリアと鈴か、おはよう。」

 

一夏の隣に座り、鈴はその目の前に座る。彼女の悔しそうに歯嚙みしている顔が目に映る。実に悔しそうだ。一夏の周りにはラウラとシャルル…もといシャルロットがいた。珍しく箒がいない。

 

 

「おや、箒さんは?」

 

「あのブシドーガールならば朝から鍛錬に励んでいるぞ、体育館でボクトウを振っているのを見た。」

 

一夏の代わりにラウラが答える。ブシドーガールっていう呼称は何だろうか…いや、そろそろ突っ込んでいいかな。さっきからずっと言いたかったんだ。オレはもう言うぞ。

 

 

「へぇ、日曜日だっていうのに箒もやるなぁ…俺も見習わなくちゃなあ。」

 

 

ああ、一夏さん!どうかわたくしも褒めてくださいまし!ええい!うるさい思考を蝕むな!

 

 

「へぇ、でもなんでラウラが知ってるの?」

 

と聞くはシャルロット。

 

 

「なんてことはない、私も走り込みをしていたからな、偶然会っただけだ。あまり向こうは興味なさそうだったが。」

 

「そっか、じゃあり…じゃなかったラウラも自主練してるんだな、凄いや。」

 

「別に…これが日課なだけだ。」

 

 

ああ、うらやましいですわ…これでわたくしも自主トレーニングをすれば一夏さんに褒められるでしょうか…。

 

 

「あたしも毎朝筋トレくらいはやってるわよ、あとは柔軟とか。」

 

「へえ鈴もか、みんな凄いな…やっぱり専用機持ちで代表候補生だってなるとみんなストイックだなぁ。」

 

便乗するが失敗する鈴。かわいそう。わたくしも褒められたい!うるせぇ!自己主張強すぎるんだよセシリア!

 

 

「どうしたんだ、セシリア。さっきから黙ってるけど。」

 

「ああ、いえお気になさらないでください。少しばかり考え事をしていたのです、わたくしの中では割と重要な考え事を。」

 

 

オーケー 状況整理しよう。今朝起きたら六年前に封印していたはずのオレの自我が目覚めていた。そして体の主導権を何故か譲り渡されていた、セシリアとして過ごしてきた記憶もある。本人かと問われても間違いなく答えられるだろう。

 

そしてオレの前世は男、そこは間違いない。封印したころの自意識も男の筈、そして今のオレは封印から目覚めたばかり、つまり自意識は多分男。モノローグの中だけとはいえオレとしっかりと発音してる。まだ男っぽさは残ってるはずだ。だがだが、一夏を目の前にすると何故だか

 

 

 

—————————ああ、素敵ですわ、一夏さん…。

 

 

思考が乗っ取られる。これが誰の意識なんか論じるまでもない、昨日までのセシリアだ。完全に消えたとかそういうわけではないらしい。というか自己主張強いなおい。

 

つまりオレはこれから…ああ、一夏さん 何故あなたはそんなにも鈍いのに気づかいが上手いのでしょうか…これから度々乗っ取られて行動…そのたくましく大きな手でわたくしの頭をなでていただけないでしょうか 一夏さんはお優しいですから特に深く思い悩まず実行してくださるでしょうね、じゃあ頼んでしまいましょうか勿論他の方々には見られないようにしますわ、あなたを暴力の海に沈めることなんてしませんわ…時々乗っ取られて行動しなければいけないという事だ、特にこいつは一夏に対してああ、一夏さん。今すぐに抱いてほしいものですわ、英国淑女は時に大胆に獲物を狙いに行くものですわ、フフフ、鈴さん あなたのそのためらいは命取りへとなりますわよ、わたくしが貰っていきます。…節操がない、オレの制御を超えて何をしでかすか分からな…

 

 

 

「一夏さん、口元にソースが。」

 

 

「あ、本当だ、えっとティッシュはどこにあったっけ…。」

 

「ああ、そのまま動かないでくださいまし。」

 

しっかりとわたくしが持ったティッシュが一夏さんの汚れをふき取る、我ながら完璧ですわ。

 

 

「お、悪いな サンキュ、セシリア。」

 

「いえいえ、一夏さんはなかなかあわてんぼうなお方なのですね。」

 

まあそんなところも可愛いのですが。かっこよく可愛いとは最強無敵強靭なのではないでしょうか。

 

 

「せ、セシリア…あんた!」

 

「おやどうしたのです?鈴さん、あまり遅いと置いて行ってしまいますよ?」

 

二重の意味で。

 

「ん?セシリアは鈴とどこかに行くのか?」

 

「ええ、水着の選定に。よろしければ一夏さんもどうですか?」

 

あわよくば選んでいただければ御の字ですわ。

 

「悪いな、先にラウラとシャルに誘われてるんだ。」

 

「おやそれは残念。ではわたくしは鈴さんと行かせていただきますわ。」

 

 

…手の早い。やはり勝負はスピードですか。

 

 

「飛び切りの芸術をお見せいたします、期待していてくださいね一夏さん。」

 

「ああ、分かった。じゃあ行ってくるよ。」

 

 

そして三人は食堂から去っていった。…あの二人組は最大の障害ではないんでしょうか、油断なりませんわね。

 

 

 

「セシリア…あんた、いつからそんな…。」

 

「淑女とは時に大胆に攻めるものなのですよ、ツンデレはもう時代遅れですわ、鈴さん。」

 

「誰がツンデレよ!っていうかあんたお嬢様のくせになんでそんな俗語知ってるのよ!」

 

勿論オレのおかげである。

 

 

一つ言わせてもらおう。

 

 

 

「どっちがメインなんですの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 




皆、聞いてくれ!この展開に批判はあるだろう!だが、今更俺達は止まれない!このまま最短で道を突っ切る!振り落とされるヤツがいても構わない!ついてこられてるヤツだけついてこい!


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戦装束に身を包め

とりあえず余計なことを考えず今回はリエル+αの回です


「水着?」

 

「うん、そろそろ買いに行かなきゃすぐにでも出発しちゃうよ?」

 

「さすがにそんなに早くはないだろう…。」

 

ルームメイトになったシャルロットに誘われ、俺は近日行われるであろうイベントを思い出した。そういえばそろそろ海に行く季節か…としみじみと思う。この一月ほどが閃光のように駆け巡っていったため時間の流れの早さに改めて思い知らされた気分だ。

 

 

「別に水着に拘りはないが…。」

 

「学校指定の水着なんてボクはつまらないかな。ラウラは今まで軍の外に出たことはないっていう話だったし水着も持ってないよね?」

 

「確かに持ってはないな。水中作戦のものならばあるがあれは一般的な娯楽用の水着には程遠いな。…大衆に見せる格好ではないな。」

 

「だよね?だから、明日買いに行こう?」

 

「まあそれは構わないが言っておくがそういったセンスは壊滅的だぞ?」

 

元男の感性+世間知らずが合わさるとこんなポンコツが出来上がる。正直服なんてあまり拘りがないといったらおしまいだ。女として終わりなのだろうか。

 

 

「大丈夫、ボクも手伝うから。それに一夏ももう誘ってるから、三人寄れば、だよ。」

 

「果たしてそうなるか…三本の矢がまとめてへし折られる可能性は考えてないのか…。」

 

まあ大丈夫だろう、なんだかんだで目の前のシャルロットは流行やファッションなどには詳しそうだ、偏見だが。というか…

 

「一夏も来るのか。」

 

「うん、元々は一夏に買い物に付き合ってほしい、って頼んだことが発端だよ。」

 

「良いのか?デートなのに。」

 

「ラウラも一夏に選んでもらいたいでしょ?」

 

「…否定も肯定もしない。」

 

それは事実なのかもしれない、アイツに褒められるのならば本当に何でもいいといったら盲目的すぎるだろうか。…目の前のチャンスを逃す理由はない、その分かりやすい挑発に乗るとしよう。

 

「…分かった、連絡はお前に任せるぞ。言っておくが私のセンスに期待するな。」

 

「普通にセンスいいと思うんだけどなぁ…。」

 

 

お前にとって「愛」シャツはセンスがいいものに入るのか。俺だってダサいと分かるぞ、だがクラリッサからの贈り物を無下にすることは出来ない、上官という立場上仕方ないが…何故これだったのだろうと俺は恨み言を言いたくてたまらない。

 

 

 

————————————————

 

 

 

「それじゃあ二人とも準備は大丈夫?」

 

「問題ない、三回は確認したからな。」

 

「俺も大丈夫…って言っても俺は特に何かやるわけでもないけどさ。」

 

本当にこいつは話をつけて来た。いや、この朴念仁のことだから大してデートとも考えてなかっただろう、ただ普通に集団で買い物に行くとかそういうような認識だろう。そこだぞ織斑。

 

 

「まあどうせ行くと言うのならばお前も水着を買ってしまえ、一夏。そちらの方が二度手間にはならないだろう。」

 

「ああ、そうする。水着買いに行く機会なんてめったにないし、一緒に買った方が手間もな。」

 

「どうせならばお前の物を選んでやろうか。」

 

「ラウラ!?」

 

「あまり大袈裟に取るなよ、ただのジョークだ。自分の水着は自分で決めろ、お前も男ならな。」

 

それに海パンなんて正直どれを選んでも大差はない…いや、待て。わたしはアイツに競泳水着を薦めてみようか。競泳水着は食い込む。あれも良く見える。サポーターを履くらしいが。よし決めたそうしよう、いや待て ただの変態だろ、いい加減にしろ奔嚢。最近来ていないからって油断してたわ。んなセクシーさはあまり求めてないから。ぬぅ…李靖のいけずめ。

 

 

 

「さて…まずはラウラはどれを着たい?」

 

「ビキニだろうとワンピースだろうと最低スクール水着だろうと何でもいい。恥ずかしくないと言えば嘘ではあるが別に他人に見せられないような肉体をしているわけでもないからな。」

 

羞恥心が皆無というわけではないが肌を出すことへの抵抗はあまりない。女ばかりということもあるし元々それなりに度胸も持ってるつもりだ。

 

「まあ、生憎わたしは身長が低い。背伸びし過ぎても笑われるだけだろう。」

 

主にあの金髪ドリルに。あの胸は羨ましいが逆に鬱陶しそうだ。箒?ありゃメロンだろ。胸は鈴ほどではないがやはりそれなりにコンプレックスになるというものだ…あまたに並ぶ水着の中から三着ほど手に取り一夏に質問をしてみる。

 

「どれが良いと思う?」

 

フリルタイプの黒ビキニと、同じくフリルタイプの白ワンピース、銀のノーマルビキニだ。

 

 

「………………それ、かな?」

 

 

真剣に悩んでいた一夏は数十秒の沈黙の後一番右側の水着を指した。これは予想外だった、うん。

 

 

「ほう、ノーマルビキニか。理由を聞いても?」

 

「多分黒でも白でも似合うとは思う…けど、やっぱりラウラ…リエルには銀が似合ってると思う。」

 

「…反則だぞ、一夏。分かった実際に見て判断してくれ。」

 

シャルロットは今はいないとはいえ、唐突なあの呼び方は正直不意打ちだ。何故そんなにも粋なのか、鈍いくせに。スカートを落とし、下着を脱ぎ捨てそして水着…まあ一夏の選んだものだが、それを着て、外の一夏に声をかける。

 

「一夏、ファッションショーをするつもりはない。少し近くに来てくれ。」

 

「分かった。」

 

いくら躊躇いはなくとも俺の裸体は安くない、あまり他人に見せる物でもないため一夏を近くに呼ぶ。アイツの足が見えた。そのままカーテン越しに一夏の手を引っ張り中に招き入れた。

 

 

「お、おいラウラ!?」

 

「静かに。さっさと終わらせよう。落ち着かなくてな。」

 

「わ、分かった。」

 

お前は本当に度量が深いな、短気な時もあるけど。

 

 

「どうだ?貧相な体型を見て笑うか?」

 

一夏はこの至近距離でまじまじと俺を見る。感想のための言葉を選んでいるようだ。迂闊なことを言って不興を買いたくはないんだろう。

 

「まあ色々褒め言葉ってあると思うけど俺はそんなに語彙力も持ってないし思ったことを言う。…綺麗だ、そして可愛い。これは俺の紛れもない本心だよ、リエル。」

 

…そういうのは反則っていうんだぜ、一夏。

 

 

「そ、そ…そうか。そうか…ならいい。」

 

ああ、もう…口が勝手ににやけてしまう。この朴念仁の言動にはだんだんと慣れてきたはずなのだが時々予想も効かない特大の不意打ちをかましてくる。それを子宮から喜ぶ自分がいる。ていうか今だわ。…いつまでもこのままだと面倒になるな、と理性がブレーキをかけた…が

 

 

「一夏、わたしは着替えるから、すまないな。こんなことに巻き込んで。」

 

「いや、別に全然かまわない。リエルの意図もちゃんとわかったし、そのぐらいの甲斐性くらいは持たせてくれ。」

 

「…もはや何も言うまい、だな。一夏。」

 

「ん?」

 

背伸びをし、唇を奪っていく。もうこの作業にも手慣れたものだ。一夏もあまり驚かなくなっている。

 

「手間賃だ、受け取っておけ。」

 

そしてわたしはカーテンを閉めた。

 

 

 

 

————————————————————————————————

 

 

 

「むぅぅ…」

 

ラウラと一夏のやり取りをボクは意図せず見てしまった。正直あの大胆さは羨ましい、あれのおかげでボクは周回差をつけられてる気分だ。…悩んでいても仕方ないか。

 

 

「ラウラ、次一夏借りて良い?」

 

「問題ない、こっちは十分に満足した。」

 

試着室の向こう側からラウラの声が聞こえてくる。許可も下りたことだしさっさと行こう。

 

 

「それじゃあ一夏、こっちに来て、ボクの方も選んだから見て欲しいんだ。」

 

ただし売り場はここじゃなくてレジを挟んだところだからそっち方面の試着室に一夏を連れて行く。

 

「ラウラの水着はどうだった?」

 

「ん?…まあよく似合ってたよ。髪色とマッチしてたと思う。」

 

彼は飾らない性格だ。その褒め言葉も本心だから来るものだ。つまり心の底から似合っていると思っている…そう考えると少し妬ましいかも。ううん、それよりも今は…。

 

「それじゃあ、ちょっと待っててね…。」

 

試着室の前に到着し一夏に声をかけるが…一夏は明後日の方向を見ていた。つられてボクもそっちを見ると…

 

「鷹月さんに布仏さんに相川さん…!」

 

 

クラスメイト三人組だ。さすがに見られたくはない。ボクは一夏を素早く試着室に引っ張ると慌ててカーテンを引いた。…そして目の前を三人組が通り過ぎて行った……どうやら暫く隠れてなければいけないみたいだ。

 

「シャル?どうしたんだ、急に…別に隠れる必要なんか…。」

 

「ごめん正直条件反射だった。…後ろ向かないでね。」

 

一夏は慌てて後ろを見ないようにカーテンを見詰める。奇しくもあの時と同じような構図だ…もう少し大胆に攻めてもいいんだよね。と何をやろうかと考えているとすぐに着替え終わってしまった。情けない。…まあ今は感想を求めよう。

 

 

「一夏、もういいよ。」

 

 

ボクが選んだ水着は黄色のビキニ。大した特徴もないけれど、それでも悪くはないはずだ。

 

 

「……………」

 

言葉を失くしたかのように呆然とする一夏だけど何かあったのかな?

 

「どうかしたの?一夏。」

 

「すまん、見とれてた…その、あんまりにも似合ってたから。」

 

よしっと心の中でガッツポーズをする。掴みは十分だ、ここからやっていこう。

 

「色とかは大丈夫かな?一応無難な配色を選んだつもりだけど。」

 

「…いや、むしろ良く合っていると思う。シャルの金髪と少し濃いくらいの黄色は色の性質も似てるし、統一性も合って…不思議と落ち着く雰囲気だな、なんか。」

 

一夏が言葉を振り絞って答えている。こういうことには不慣れなんだろう。最も鈍感で朴念仁で唐変木なせいで女の子と関わる機会もあまりなかったからだろうが。でも最近の一夏はなんだか鋭くなってきてる。やっぱりラウラの影響だろうか。

 

「…そっか、良かった。とりあえずこれを買うことにするよ。ありがとね、意見とか。ボクは一夏に見てもらって良かった、って思ってるよ。」

 

「役に立てたなら良かった。正直シャルもラウラも何を着ても似合うとは思うけど、やっぱり色合いが近いともっときれいになるんだな…。」

 

感慨深そうな一夏。そんなに世紀の発見というわけでもないだろうに…まあそれはそれとして、ボクにはまだラウラのような度胸はないけど。

 

 

「一夏。」

 

「ん?どうしたシャル…。」

 

一夏に顔を近づけて彼の頬にキスをする。欧米なら普通のあいさつのようなキスだけれど…これはボクが特別な気持ちを込めてやったもののつもり。

 

 

「いつか自信をもって堂々と一夏の唇にキスを出来るようにボクも頑張るからね、待ってて。」

 

 

 

 

次なる戦場は海へ…!

 




皆良く残ってくれた。そりが合わなかった奴がいることも承知している!

だが今さら俺は道を変えるつもりはない!気に入らない展開が一つでもあったなら降りな!だれも止めない!

だがそれでも来るという物好きな奴はしがみついてでもついてきなッ!


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モップの決意

タイトルの通り箒の回です。少しずつ掘り下げていきます。


篠ノ之箒にとって家族とはもう手の届かない遠いものだった。

 

父は厳格で寡黙ながらも優しかった。親でもあり、剣の師でもある柳韻の言葉は今も彼女の奥深くにへと刻み込まれていた。

 

 

「箒、お前はいつかその剣を武器として使うことになるだろう。それが殺人剣になるか、活人剣になるかはお前の振るい方次第だ。…だが師としてではなく親として願うのならば、お前にはその剣の在り方を見誤らないで欲しい。」

 

それはまだ幼い箒の心にへと染み付き、今もなお剣を振るうたびにその言葉を胸に反芻させている。…中学時代、彼女は剣道で全国優勝を果たした。だがそれは憂さ晴らしにしか過ぎないと彼女は気づいてしまったとき本気で辞退を考えていた(さすがに周囲に止められたが)。かつて自分よりも強かった幼馴染と再会し、鈍らだったその腕は日を重ねるたびに研ぎ澄まされかつて以上の輝きを取り戻そうとしている。彼が雪片に見出す物は何か、箒はそれを見守ろうとしていた。

 

箒にとって、一家団欒というのは存在しないものだった。姉である束は自分を可愛がっていたが実の両親には全く…とはいえ本当にそこら辺の赤の他人よりかはマシだが…興味を示すことはなかった。彼女が笑っていたのは腐れ縁の千冬、弟分の一夏、そして実妹である箒の前でしかなかった。一家離散となったのは束が原因ではある。

 

だが、それでも彼女は姉を嫌いにはなり切れなかった。

 

 

「箒ちゃんってたまに男前すぎるときもあるけど、束さんは、お姉ちゃんはいつまでも愛しているぜー!」

 

 

からかうような口調ではあったものの彼女は真剣だったのだろう。いつか、彼女は見せるはずもない弱音を吐露した。

 

 

「インフィニット・ストラトスは兵器、なんかじゃないつもりなんだけどねー。でも世界はあれを兵器としての有用性ばっか見てる。何のためにつくったのかもう時々束さんでもわかんなくなっちゃうよ。」

 

ありえないほど弱っていた声だった。直後にいつもの調子に戻ったためそれが真意かはわからないが、それでも束は宇宙開発のために作りたかったのではないかと箒は思っている。

 

だからこそ彼女は、世界にインフィニット・ストラトスを宇宙への有用性があるということを示すために今ここにいる。姉の夢を継ぐというわけでもないが、彼女なりの目標ではあった。

 

 

…実を言うと織斑一夏と篠ノ之箒は最初から相性が良かったわけではない。むしろ出会った当初は水と油のような関係であり致命的に相性が悪かったとも言える。複雑な家庭環境で育った箒にとって一夏のそのまっすぐすぎる志はあまりにもまぶしく鬱陶しいモノだった。反りが致命的にかみ合わず彼と彼女は会うたびにいがみ合いをしていた。後、何となくこの将来イケメンになるであろうショタには不快感を抱いていた。

 

 

男女と揶揄されていたことを大して気にしてはいなかったが日に日にエスカレートする幼い子供特有のいじめにはなかなか彼女は辟易としていた。…その日は突然と来た。

 

その日、箒は母に貰った大切なものである篠ノ之神社のお守り(母自製)をいじめっ子に取られていた。

 

 

「こいつ男女のくせにこんなもん持ってるぜ!ほらおまえにはにあってないからこうしてやるよ!」

 

 

踏みつけるというあまりにも冒涜的な行為。箒は心底頭に来ていた。そして心にへと来ていた。

 

「やめ…ろ!」

 

気丈な箒も目の前で母の思い出を踏みにじられるのは堪えて泣き出しそうになる。だが、何とか唇を結び堪えていた…そこだった、一夏が来たのは。

 

 

「やめろ。」

 

 

「なんだよ、お前、男女の味方するのかよおりむら!」

 

一夏はいじめっ子を突き飛ばすと箒のお守りを拾い埃を払っていた。

 

「別にそんなつもりはないけどな、だけどこの光景は千冬姉の教えに反するんだよ。」

 

やられたいじめっ子は悔しいのか一夏に突撃してくる…だが一夏はいくら幼いとはいえ武道を修めているものでそこらのガキに負けるほど弱くはなかった。右に避けると足を差し出し相手を躓かせ転ばせた。そのまま相手の襟首をつかみ引き起こすと彼は言った。

 

 

「男がやっちゃいけないことは二つ、食事を残すことと女の子を泣かすことだよ。」

 

彼は言い切るとそのままいじめっ子を放した。呆然としているのも気にも留めず箒の側まで寄るとお守りを彼女に手渡した。

 

 

「ほら、大事なモノなんだろ。もう取られないように今度こそちゃんと握っておけよ。」

 

そして箒の手に包ませ、そのまま彼女の腕を引いてその場から立ち去って行った。暫く歩いてると箒は口を漸く開いた。

 

 

「…何故お…わたしを助けた。」

 

「無理すんなよ、言いなれてない感じが出てるぞ。」

 

「答えろ、お世辞にもお前とわたしは仲が良いなんて言えない、むしろ険悪と言っても過言じゃない。…なのになぜ助けた?」

 

「確かに俺もお前のことは嫌いだよ。会うたびに突っかかって来られたんじゃ正直好きににはなれない。だけど、それでも女の子を泣かせるのは男が絶対やっちゃいけないことなんだよ。俺は千冬姉の教えに従っただけだ。…けどさ、やっぱり知りたいんだよ、なんで俺のことを嫌ってるのかって」

 

箒は理解した、幼いながらも彼の侠気というものを。鬱陶しいほどまぶしかった彼に箒は純粋に敬意を抱き、その心を明かした。

 

 

「…正直に言えば織斑一夏、お前はわたしにとって眩しすぎた。そのまっすぐな心は捻くれた自分に害であると考えてた。それは思い込みに過ぎなかったが。…遅いとは思う…けど、こんなわたしとお前は仲良くしてくれるか?」

 

「そりゃもちろん、良いに決まってる。仲良くしてくれっていうやつを断るほど俺は嫌な奴になったつもりはないからな…よろしくな箒!」

 

「…ああ、よろしく頼む。一夏。」

 

こうして彼らはお互いに名を呼び合う仲になり、彼らは交流を深めた。当時にはよくわからなかった気持ちを何となく抱き始めた頃だった。…要人保護プログラムにより篠ノ之家が離散し、箒は鬱々として日々を送っていた。一夏と交流し過ごしていた日々は彼女の中で大切な宝であり、何か辛いことがあった日には彼女は思い出し、前に進む原動力とした。そして六年ぶりに再会した一夏はまずますと鋭くなっていた。(要約:イケメンムーブに磨きがかかっていた)…彼を目の前になかなか素直になれない箒はそんな自分に嫌気がさしてきた。父の言っていた言葉に反するというのもあるし、何よりも自分がそれをやっていてまた正直にものを言えなかったという事実が一回一回胸に刺さってくるのだ。

 

箒は愛用している木刀をケースにしまうとそれを寮の自室の隅っこにへと置いた。同室の鷹月静寐は現在不在だ。今日は何にせよ臨海学校出立の日だ。彼女もあちこちを走り回っていることだろう。

 

 

「…もう、暴力に訴えるのは終わりだ。」

 

呟き彼女は自身に言い聞かせるように決意する。木刀を持って行かないことで彼女は自制すること決めた。…たとえ素直に今すぐなれなくてもいい。だが、照れ隠しに暴力で訴えるのはもう終わりだ。

 

 

「…それに一夏の命がいくつあっても足りなくなるからな。」

 

我ながら野蛮だ、と彼女は自嘲するように呟くが彼女は少しずつでも前にへと間違いなく進んでいた。時間を見るとそろそろ集合時刻か、と彼女は荷物を持ち、寮の部屋を出て行った。急がねばなと思い歩調を進める。何にせよライバルは大量だ。出遅れるわけにはいかないと彼女は勇ましく進んでいった。

 

 

 

————————————————————————————————

 

 

織斑一夏の隣は誰が座るか…それはもはや戦争になるか、と思われていたが閃光のように掠め取っていた少女がいた。篠ノ之箒である。彼女は一夏に声をかけるやいなや問うた。

 

 

「い、一夏。一緒に席に座らないか?」

 

「ん?箒か、別にいいぞ。」

 

一夏の了承を得てしまったらそれはもう勝ち戦。一夏は絶対だしねしょうがないね。…と箒が閃光の如く掠め取っていったため鈴やセシリアは悔しそうに歯嚙みしていた。

 

 

「…昔を思い出すな。」

 

「…ああ、こうやって昔の遠足の時も隣に座ってたよな。で、おやつとかを見せ合いして好きなものがあったら交換とかやったやった。」

 

「…よく覚えてるな。」

 

「…?別に当たり前だろ?箒との思い出なんだし。」

 

…本当にお前というやつは…と箒は思うがここで照れ隠しに出るほど今日の箒は肝が小さいわけではない。

 

 

「そうだ、そして一夏は何故か巣昆布やイカせんべいを好んで食べていた。今は味の趣味はどうなのだ?」

 

「辛いものとかよりは酸っぱいものかな。あ、別に甘いものも好きだけどな。」

 

…相変わらず年寄り臭い趣味を持つ男だ、まあそういう意味では私と合っているのかもしれないが…と箒は思う。彼女自身も古風な環境で育ち、洋食よりは和食への執着が強い。一夏も同じく和食の方が好きということを聞いた。勿論中華や洋食が食べられないわけではないだろうが。

 

「甘い和食か…何かあったか。」

 

「肉じゃかとかそうだな、あとは里芋の煮っころがしとか…」

 

「ふむ…色々と考えてみればあるものだな。」

 

家庭的な二人だからこそできる話題、一夏と箒は有意義に移動時間を使い料理の談義をしていた。なお家庭的な要素がないラウラは料理を覚えてみるか…と画策していた。

 

 

 

————————————————

 

 

 

 

「くふ…可愛いなぁ箒ちゃん。自分の本質を分かってないなりに躍起になってるのは…。」

 

どことも知れない研究所。ウサギ耳の女性が笑いながら機器をいじっていた。

 

 

「束様、移動手段と荷物の準備整いました。」

 

「おーありがとー。くーちゃん。これでいつでも行けるね!…さてとそろそろ束さんたちも行こうか。何にせよ六年ぶりのちーちゃんにいっくん、そして箒ちゃんだ。束さんもそれなりに楽しみだよー。」

 

「…初めてですね、そんなに喜びに身を任せている束様は。」

 

「どうせならくーちゃんも一緒に楽しもうZE☆!初めての妹との対面だよ?」

 

「…いえ、私に妹など……束様がおっしゃるのならば。」

 

「んもういけずぅ。…じゃ、悪いけどくーちゃん車の準備お願い。」

 

「かしこまりました。」

 

くーちゃんと呼ばれた女性は一礼するとそのまま束の前から立ち去っていく。束も周囲に散らばっている機器の中から必要っぽいものを袋に詰め込み最後に机の上にのせられているIS…「紅椿」を袋に放り込みもう一度装置を覗き込んだ。

 

 

 

「お姉ちゃんは応援してるよ、たとえ箒ちゃんが元々は男でも、それの自覚がなかろうとも束さんはいつまでも味方だZE!」

 

 

 

 

 

 




次回は海水浴場話


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ワンサマー!

少しくらい遅れてもバレへんか…


織斑千冬にとって弟はいつまでもかわいい弟だ。一夏がそれを聞いたら拗ねてしまうだろうがそれでも千冬の気持ちは変わらない。とはいえ外面上は教師と生徒の関係、そこを贔屓するわけにはいかない。公私を分ける人間なのだ、彼女は。

 

だが、それでも彼女の信念は一本筋で変わらない。十年以上前からだ。

 

 

「家族を守る。」

 

たった一人の血族である一夏を守るというのは千冬の最初に掲げた行動原理であり、それは今も実行されている。そこに疑問を挟む余地などなく遂行するだけだった。

 

 

「…私の出自など、過去などどうでもいいことだ。」

 

織斑計画などという戯言にとらわれる必要はない。一夏は、一人の人間として地を闊歩し、やがて一人の人間として千冬の元を去っていくだろう。だからその時まで、一夏のことを守るのは千冬の役割なのだ。

 

 

「…昔ならば妹がいいなどとほざいていたのだろうな…いや、私も予想外だったさ、弟がこんなにも可愛いものだとは。」

 

久しぶりの姉弟水入らず。先に寝てしまった一夏の寝顔を見て千冬は何となく呟く。彼の寝顔は実に幸福そうだった。生の充足感を噛みしめているのだろう。

 

 

「それにしても…お前は楽しませてくれるな…私もその先の結末が気になるというものだ。」

 

一夏を取り囲む少女たち。その面々は面白いほど個性的で一夏は彼女たちにぶんぶんと振り回されている。けれどもそんな中で彼はしっかりと自分で行動し、最適解を見つけようとしている。

 

「だが…まあ今は休め。…明日はあの天災が来るのだからな。」

 

やれやれと旧友の顔を思い出して千冬はため息をついた。

 

 

 

——————————————————

 

 

臨海学校初日…一行を乗せたバスは旅館へ到着し、各員部屋に荷物を運び入れた後、水着に着替えて目の前で広がる海水浴場で自由行動…というのが初日の流れだった。

 

 

「…海か、随分と久しいな。」

 

俺は特段フリルもない飾り気もないがシンプルな銀のビキニを着ながら眩しそうに太陽を見た。なお邪魔だからとのため眼帯は取られている。

 

「ラウラは、海は久しぶりなの?」

 

「久しぶりも久しぶりだ。今では初めてだな。」

 

俺がこの世界に生を受けて一番最初という意味だが、情報を共有しているシャルには十二分に伝わっているだろう。察しがいいし、恐ろしいほど。

 

 

「…さて、とはいえやることも思いつかんな。遠泳でもやるか?」

 

「ラウラ…疲れるだけだよ、それ…。」

 

好んでやりたいことではないな、俺も…そろそろ、一夏が来る頃合いか…

 

 

「あ、一夏だよ。他の人たちも一緒みたいだね。」

 

シャルの言葉の通り、一夏の周りには鈴やセシリアもいる。箒の姿は見当たらない。まあ多分あそこだろうけど。

 

さて、一夏の格好だが…まあ当たり前だが上裸だ。男の水着というのはそういうものである。…一夏はもともと腹筋が割れていたが、今の彼は俺を筆頭とした代表候補生にみっちりと特訓を重ね、その筋肉…というよりも肉体美はもはや完成している。ボディビルダーとしてもやっていけるだろう。彼自身も筋トレを欠かさないなどの努力をしているのも良くわかる。…そう、その筋肉があまりにも…性的にグッと来たのか、本能は耐えてくれない。右腕が勝手に一夏の腹筋を触りに行こうとするものだから左手で決死に抑える。はた目から見たら右腕を左腕で抑える変人だ。今更か。だがお前のヌードはわたしの子宮によく響く 害だな、ある種の。

 

 

「似合っているじゃないか、色男。」

 

「…か、からかわないでくれ。正直今この場に居るのさえ恥ずかしいんだから…。」

 

一夏は朴念仁だが人並みには恥じらいを持つ。だから、女子だらけの花の園であるここには居心地の悪さを感じるのだろう…まあそれを言ったら今更なのだが。改めて水着ということで彼は回りの環境を意識してしまったのだろう。

 

 

「前にも見せたが…どうだ、これは?」

 

「似合ってる。俺が似あうと思って選んだこともあるけどやっぱりラウラには黒よりも明るい色の方が似あってる。」

 

「…お前は、またそう…。」

 

息を吐くように口説き文句を吐くのはやめてもらえないでしょうか、子宮が悦ぶ。ああ、手よ荒ぶるんじゃねえ…

 

 

 

「一夏!あたし!あたしはどう!?」

 

割り込みしてきたのはつい最近影の薄い鳳鈴音である。彼女の水着は赤いフリルビキニではあるが…

 

「可愛いと思うよ。」

 

恥ずかしげもなくそのセリフを吐くため妨害する気満々で来た鈴は現在守備力ゼロのため、その言葉を受けて撃沈してその場で再起不能になってしまった。

 

 

「そのようなところでずっと立っていたら熱中症になりますわ…さて、一夏さん。あなたにしか頼めないことがあるのですがよろしいでしょうか?」

 

「…俺だけ?」

 

「サンオイル、塗っていただけますか?」

 

青いビキニの紐を外し、パラソルの下でうつぶせになるセシリアに一夏は思わず息を呑んでいた…いいよ、俺は邪魔しないさ。そこは個人の幸福だからな。

 

 

 

「ん…そこですわ。特に肩甲骨のあたりをお願いします。」

 

「こ、ここか…?」

 

手探りな彼はこのままどうするのかよくわかってないようだが、それも直に終わるだろう…終われ。

 

 

「では、最後に…脇のあたりをお願いいたしますわ。」

 

「わ、分かった…。」

 

「あぁん」

 

「わ、悪い!?」

 

 

どうやら胸をわしづかみにしたらしい…何故どんなミスをしたらそうなる。お前は馬鹿なのか…いんや、俺は気にしてないからな。

 

 

 

「ふう、ご協力感謝いたします。それにしても一夏さんは手つきが鳴れているのですね。」

 

「日焼け止めを塗るのは初めてだけど…まあマッサージは慣れてるからな。」

 

織斑教官にやっていてあれか、あれって気持ちいいと言っていたがどれほどの気持ちよさなのだろうか、今度俺も頼んでやって貰おうか…などとグダグダグダグダ考えていると時間だけが過ぎてしまう。

 

 

 

「一夏、みんなでビーチバレーをやることになってるんだ。一緒にやらない?」

 

「ビーチバレーか…俺もやるか。」

 

 

…俺の視線に気が付いたのか一夏はこちらをフォローをしてくれた。

 

 

「…ラウラもするよな?」

 

「…ああ。」

 

 

 

 

一夏、俺、シャルとその他クラスメイトと鈴、セシリア+αのチームとなり、ボールは相手が先攻だ。サーブをするのは鈴。

 

 

「んじゃ、始めるわよ!」

 

ホイッスルとともに試合開始、鈴が放った強烈なサーブはネットを軽々と越えて自陣に襲来する。さて、ここからいくつかの選択肢がある。俺にはあれを受け止めれる力と直で返せる力もあるが…ここは、受け止めようと思い、そのままレシーブで打ち上げる。声をかけて連携を図る。

 

 

「シャルロット!」

 

「オーケー任せて!」

 

 

後ろへと跳んでいったボールをシャルはそのまま前へ激しく飛ばす。そのまま俺がその軌道上に向かって走り…チェインを仕掛ける。俺とシャルロットの力を最大限に込めた一撃だ。並大抵の生徒に止められるものではない…!と、二組の女子のヘッドにあたりそのまま空中へ舞う。鈴がそのままジャンプしてトスをする。

 

 

「セシリア!」

 

「お任せを!」

 

 

トスから繋いで受け取ったのはセシリア…彼女も相当腕力は高いが所詮は女子一人のもの、限界は見えるはずだ。

 

 

「ご覧いただきましょうか、淑女のスパイクを!」

 

 

眩しいほど輝きながらスパイクを撃ったセシリアだが…その弾は、俺の真横にプスプスと砂浜を焦がし、地面に埋まっていた。

 

 

「なん…だと…?」

 

そのあまりにも速い球速に対し、俺もこっちのチームの面々も唖然としている。…マジ?

 

 

「パワーお嬢様などと不名誉なあだ名は伊達ではないことご理解いただけまして?」

 

 

…甘く見ていたわけじゃないが…セシリア・オルコット…想像してたなんかよりもずっとずっと強い。ていうか強すぎる。ISでもう少し強くなれるだろう。お前はなんでバレーボールで強いんだ、んなに。

 

 

結果、両者疲弊するまでビーチバレーは激戦を繰り広げていた、何とか勝ったのは俺達だった…ちょっと安心した。完全敗北したらどうしようかと思ったが一応まだ無敵伝説は破れてないようだ。誰が作ったのか知らんが。

 

 

 

——————————————————

 

夜、一夏は一人で入れる時間帯になったので寝間着などを持って脱衣所にレッツゴーした。その日の一日の疲れからか、彼は脱衣所に他の服が置いてあることに気が付かないほど注意散漫になっていた。いざ服を脱ぎ終わり、癒しの世界へレッツゴー…しようとしたがその場にいた少女の存在に固まった。

 

 

 

「…ラウラ?」

 

「…ん?ああ、一夏か。そういえばお前はこの時間帯だったな。」

 

「…えっとあの、リエル=サン、何故ここに?」

 

「人があまりにも多いのは苦手でな。終わりのあたりに来ていたがお前がこの時間という事を失念していた…だが面倒だ。お前もこのまま入れ。」

 

さらっと言い切ってしまうあたり彼女の胆力はすさまじいが一夏も一夏でこの状況であわてず騒がずができている。十分な成長を見せているのだ。というよりも今この場で騒いだら一夏はやばいことになる。地位も名誉もやばいことになる。リエルは黙っててくれるとのことなのでその甘言に乗ることにした。…誠、遺憾であるが。

 

 

いつぞやのシャルと同じような構図で、背中合わせになる。

 

 

「…いい湯だな。わたしは湯の良さなど良く分からんがこの暖かさは心地いい。」

 

 

「…ああ、あったかいな…色々と。」

 

主に背中に感じる人の体温とか。

 

 

「…一夏、無理はしなくてもいいぞ。」

 

「…無理?」

 

 

「お前が相当量溜まっている、ということは分かるさ。」

 

「な、何を…?」

 

「今お前の後ろに居るのはお前を好意的に見ているメスだ。そして、そういった行為も上等と考えているメスだ。」

 

 

「…リエル?」

 

「お前は、欲望を吐き出したくはないのか…?」

 

ささやくような呟き…まるで悪魔だな…

 

 

「吐き出す…」

 

「自身の欲に素直になれ」

 

「…素直に…」

 

「さあ…一夏、お前はどうしたい…?」

 

「俺は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…駄目だ、こんなのは。ダメなんだよ、リエル。」

 

 

「まあそういうと思った。いい湯だった。先に上がっているから後でタイミングを計って戻るんだぞ。」

 

 

…果たしてそれがからかいなのか、一夏にはよくわからなかった。でもドキドキしたのは事実だった。

 



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中華産ツンデレの出来方

束さんは次回


その昔、中国である一人の少年が生まれた。

 

鳳瑞清という名前を授かり、この世に生を受けた少年はすくすくと育ち、9歳になるころにはワンパクな坊主にへと育っていた。…だが、少年に転機が訪れたのは9歳の時だった。

 

世界にはインフィニットストラトスという兵器が蔓延り、世界の軍事事情は変わり、世界はISの適正者への育成に力を入れていた。…そのために、人さらいが、世界各国で頻繁に起き、高いIS適正を持った少女たちは世界のどことも知れない場所にへと売られていった。

 

だがさらわれるのは少女だけではなかった。世界は画期的な薬を開発した。成長途上の子供にのみ投与し効果を発現できる、ホルモン調整剤なるものを作り出した。これは、性ホルモンが不安定な幼年期に投与することにより、男性ホルモンから女性ホルモンを過多に摂取させる…ただそれだけだが、性が不安定な思春期前に投与することにより、その少年の性別は徐々に変わっていく。やがて完全に女性へとなってしまうまさに恐ろしい薬だった。

 

 

そうして、世界は少女だけではなく、少年も誘拐される治安の悪い時代へとなっていた。…そしてその拉致被害者に、瑞清少年は選ばれてしまったのだ。例から漏れることなく、彼もホルモン調整剤を投与され、徐々に性別の変化に苦しんでいた。

 

幸いにも彼は、たまたま中国に訪れていた世界最強のブリュンヒルデにより救助され、無事に両親の元に帰れたが、ホルモン調整剤の侵食は止まらず、完全な女性へと性別がなってしまった。現在の医学では治療法は確認されておらず、彼は彼女として過ごさなければいけなくなった。だが、そこで問題になったのが戸籍だった。彼女の戸籍は用意されてなかったのだ。そもそも彼が彼本人であるという事を証明することは出来ないと判断され、戸籍を書き換えることは出来なかった…そこで、彼女を助けたブリュンヒルデ…千冬は提案をした。

 

 

「日本へ来ませんか?日本ならば法整備も進んでいるので日本国籍を取ることも出来るはずです。」

 

 

鳳夫妻はその提案に喜び、息子から娘となった彼女とともに日本へと移住した。…そしてそこで彼女は名前を改め鳳鈴音という名前を新しく名乗ることになった。

 

 

日本へ来た当初、彼女は男の感覚も抜けない、また日本語も中途半端という困難に陥りいじめられそうになっていた。だが、そこで手を差し伸べたのが織斑一夏という少年だった。

 

 

你还好吗(大丈夫か)?」

 

「…え、中文…ご、話せルの?」

 

「ちょっとだけな…あ、只有一点点(少しだけ)。」

 

一夏の中国語は片言ではあったが、純粋な中国人の彼女でも聞き取れて意思疎通も出来る。まさに救いの神だった。

 

「千冬姉からえっと……我被教(教えられている) 姐姐由(姉によって)

 

彼に中国語を教えたのは千冬だ。純粋に助けになるからという理由と、彼女を助けるために教えて欲しいと一夏に乞われたからである。一夏は慣れない言葉に四苦八苦しながらも、学習して少しずつ身に着けた。これも全て鈴音を助けたいという思いからだった。

 

帮忙(手伝う)学术(勉強)。」

 

「…谢谢。」

 

 

それから鈴と一夏が仲良くなるのには時間はかからなかった。一夏は学習能力が高いため、一年も学んでいれば少年期の柔軟な頭脳で中国語をあっという間に身に着けた。それは鈴も同じことで一年もすれば、日本語を何不自由なく使えるようになり、クラスから排斥されることもなくなった。…ただし、少年だった頃の感覚は抜けていないため、まだ12歳のころは少年のような言動だった。

 

 

「一夏。」

 

「よ、鈴。帰ろうぜ。」

 

それは彼らが六年生に進級したころ。周りからははやし立てられることもあったが当人たちは特に気にしてもおらず仲のいい友人であった。そんな彼らが下校途中の道で見たのは、キスを隠れて行うカップルだった。

 

 

「…ああいうのは公共の場でやるべきことじゃないんじゃ…。」

 

「でも、仲良さそう…」

 

 

一夏がそれを見る視線は冷ややかだが鈴はある種の憧れを持っていた。

 

 

「キスか…」

 

「一夏は、興味が?」

 

「ないと言えばそれは嘘になるけど…。」

 

「ふーん、じゃあどんな人としてみたい?」

 

「そりゃ好きになった人…って言っても今は思いつかないし身近な人かな、勿論男じゃない。」

 

「千冬さんとか?」

 

「千冬姉に出来るか。」

 

「それじゃあ誰?」

 

「ふーん…鈴とか?」

 

 

恐らく彼は深く考えてなかった。だが、その発言は鈴を意識させるには十分だったのだ。どぎまぎして、一夏を避けるようになり、そのことで一夏と喧嘩になってしまったり色々とあったが…中学に上がるころには彼女は変わっていた。言葉遣いが女性的なものになり、一人称もボクやら男染みた物からあたしという少女めいたものになり、彼女は真に女性として生まれ変わったのだろう。…そして中学二年生、鈴はその年が終われば中国に帰らなければいけなくなり、彼女は一夏にある約束をつけていた。

 

 

「あたしは必ず戻ってくるわ。…だから一夏、このミサンガを持ってて。」

 

「ミサンガ…?でも急にどうして?」

 

「それにあたしの願いを込めてるから。あとあんたの願いも込めておいていいわよ。」

 

「願い?」

 

一夏ははてと首を傾げた。察しないのは仕方ない。一夏だから。

 

 

「内緒。まあそのうち教えてあげるわ。」

 

 

「…分かった、じゃあ俺はこれを持っておけばいいんだな。ただ、切れても保証はしかねるけど。」

 

「そこは厳重に管理しておきなさいよ。あたしが帰ってくるまでに切れたら許さないんだから。」

 

ははと苦笑する一夏、鈴は再び一夏に向き直る。

 

 

「責任取ってよね!」

 

 

そしてそのまま走り去っていってしまった。…そしてまた一夏は首を傾げる。

 

 

「…責任?」

 

 

 

——————————————————

 

 

一年後、彼女は日本にへと帰って来た。そこで一夏とも再会を果たし、彼の手を経由して再び鈴の元に渡したミサンガが戻って来た。

 

 

「…そうよ、あんたにはまだ切れられたら困るの。」

 

一夏と再会したその日、一夏は右手首にしっかりとミサンガをつけていた。多少の劣化は見られるがまだまだ切れることなさそうなほど元気なミサンガ(?)だ。彼女が願掛けしたことは二つ。

 

 

いつか、一夏に自分の素直な気持ちを告白すること

 

 

そしてもう一つは、その時に自分の性別を白状すること。

 

前者はともかく後者は明かす必要もないことだ。だが、それでも彼女は一夏にいつかそれを打ち明けたいと思っている。一夏ならば受け入れてくれるという甘えもあるかもしれないが、彼には嘘をついておきたくない。それが鈴の気持ちだった。

 

だが、彼は中学の時からモテた。そして、IS学園に入ってわずか数週間のうちに既に複数の女生徒から好意を向けられており、鈴は出遅れたという後悔をした。そして、その後の二人の転入生の参入もあってまた大幅に出遅れた。というよりも一人だけ何故二組なのだと何度も地団太を踏んだ。だが、クラスの垣根を越えるこの臨海学校ならば話は違うのだ。鈴はここである一つの作戦をかけていた。

 

夜、一夏は鈴に呼びだされて気づかれないように砂浜まで来ていた。ラウラの目をごまかすのは大変だったと一夏は内心ため息をつく。…岩場に鈴はいた。

 

 

「ごめん、待たせた。」

 

「良いわよ別に。焦ってるわけじゃないし。」

 

とりあえず座ったらと促し一夏もそれに甘えて岩場に腰を下ろす。

 

 

「綺麗だな、この星空は…あっちの方じゃ見れない。」

 

一夏は感慨深く呟くが彼の頭上には満天の星空と呼ぶにふさわしい神秘的な光景が広がっていた。

 

「そうね。正直悩みなんてどうでもよくなるくらいには綺麗。」

 

鈴は一夏の言葉に賛成し、そのまま本題を切り出す。

 

「一夏、これやっぱりあんたに持っておいてもらいたいの。」

 

「…ん?これって、ミサンガだよな?この前返した。」

 

「そうよ。」

 

懐中電灯に照らされたのは彼女の腕から取り外されたミサンガ。それが一夏に向けられていた。

 

「でもいいのか?鈴の物なのに。」

 

「一年つけてたんでしょ、もうあんたの物みたいなもんでしょ。」

 

「まあそれはそうだけど…。」

 

「それに、もう一回願掛けしておいたからあんたに持っておいてもらいたいの。」

 

「…?…まあ良くわからないけど、了解。ただだいぶガタが来てるしいつ切れてもさすがにもう保証は出来ないな…。」

 

「切れたらそれはあたしの夢がかなう時だから気にしなくていいわよ…でさ、一夏。あんたそれに願掛けした?」

 

「…………したよ。でも切れなかったってことは俺にはまだまだその夢は早いっていうことだろうな。」

 

「…何を願ったのよ。」

 

「さ、さすがに恥ずかしくて言えない。」

 

一夏は目を背ける。鈴は知りたい様子だったが、あまりやり過ぎると可哀そうかと途中でやめた。それからしばらく無言の時間が流れる。一夏は星を見るのに集中しているようだった。…そして一夏がくしゅんとくしゃみをした。

 

 

「さすがに海辺は冷えるな…そろそろ戻るか。」

 

「ええ…戻りましょうか。」

 

と、懐中電灯で一夏を照らすと鈴は気づいた。

 

 

「…一夏、ミサンガを見て。」

 

「ん…?…あ、これは…半分ちぎれてる?…おかしいなさっきは何もなかったはずなのに…。」

 

一夏の手のミサンガは中途半端に切れた状態になっていた。丁度半分だ。鈴は考える。

 

 

「…半分切れたってことは…半分はあたしの夢をかなえるときが来たってことね。」

 

「…半分?」

 

「それに二つ願掛けしてたの。」

 

「あ、なるほど。だから半分。でもそれってどんな願い事だ…?」

 

「どうせ今から分かるわよ。」

 

 

鈴は懐中電灯を砂浜に落とすと、一夏の胸元に入った。今の彼らを照らすのは無数の星明りと月光だけだった。

 

「りん…?」

 

彼の言葉は途中でむぐっと遮られた。鈴は背を伸ばして一夏の唇に自分の唇を重ねた。そして舌を絡ませ、相手の唾液を呑むほど深いキスをその場でした…話してから一夏に向けて鈴は赤くなりながら言った。

 

 

「あたしのした願いの一つは、素直な気持ちを告白すること。」

 

「…鈴。」

 

 

「…あんたは鈍いから言葉でいうわ…あんたが…織斑一夏が好きよ。友達とかじゃなく、あんたが、異性として。世界で一番、大好きよ。」

 

 

 

とても恥ずかしそうにしていたがそれを言った彼女は嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 




これくらいやってもバレへんか…


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白くない白兎

ts 一ミリもねえ!


織斑一夏は、まさに人生を左右する選択をする瀬戸際に立っていた。

 

どれほど鈍かろうと一夏も鈴の直球の告白が分からないわけではない。それに、リエルやシャルがキスをする意味が分からないわけじゃない。彼女たちから向けられている好意の意味が分からないわけじゃない。

 

そして、箒やセシリアから向けられる視線が彼の思い上がりでなければ、彼女たちの同類のものであると勘づいてもいた。だからこそ今一夏はこんなにも苦悩した。

 

彼女たちは美しい少女だ。そんな彼女たちに好意を向けられるのは嫌ではない。だが、それでも一夏には悩みがあった。俺は彼女たち誰か一人を選んでいいのか?…いや、そもそも選ぶ権利はあるのか?…俺なんか相応しくもないのに…と。

 

彼の自己評価は極端に低いがそれは育った環境のせいという他ならない。だが、彼には彼女たちの誰かとくっつく権利があるはずだ。誰にも邪魔されない、彼だけの権利が。

 

 

悩め、少年。君にはまだまだ時間がある。悩んで悩んで悩み切った末に答えを見出してみるがいい。

 

 

 

——————————————————

 

 

「…千冬姉、どうしたんだ?俺と箒をこんなところに呼び出して。」

 

 

崖。波の打ち付けるその場所に一夏と箒は千冬に呼ばれ、来ていた。今はプライベートのため一夏は遠慮なしで千冬姉呼びだ。

 

 

「…そろそろ時間か。…分かってるな、篠ノ之。」

 

「はい、織斑先生。…ちゃんと私が対応します。」

 

二人の謎のやり取りにはてなと一夏は首を傾げるがそろそろ何かが到着するということを彼は何となく予想がついた。それも箒と千冬が関わりある何かが。…と一夏が考察をしていると突如湾岸が揺れた。

 

「な、なんだ…?」

 

「…海路から来るとは思ったがあのバカは…。」

 

千冬は頭痛をこらえるように頭を抑えた。そして波を払い登場したのは一機の潜水艇だった。ハッチと思われる部分が開くとそこから陽気な声音とともに一人の女性が飛び出してきた。

 

 

「とぉ——————————————う!!!」

 

一夏もその声には聞き覚えがあった。もうずいぶんと長い間会ってはないがそれでも忘れるはずもないほどの印象に残っている人物だ。なるほど、確かに箒に、千冬に、そして俺に関係のあるはずだと一夏は納得した。

 

 

「ちーちゃんよ!!!束さんは帰って来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

史上最高にして最恐の天才科学者…インフィニットストラトスの生みの親、篠ノ之束その人が、この平和な臨海学校に襲来した。

 

 

「…ん??…んんん?そこにいるのは…!!!もしやしなくてもいっくん!!!」

 

 

束と目が合った。別段嫌いではないのだがこの高すぎるテンションにはやや引いてしまうものもある。だが一夏は物怖じせずに束と向かい合った。

 

「お久しぶりです、束さん…本当に久しぶりです。」

 

「いやあ大きくなったねぇ、いっくん。うんうん、ますますいい男だ。」

 

束の反応のそれは久しぶりに会った親戚のおじさんのそれだが一夏にはそんな経験はないのでそれはさておき。束は改めて本題に入った。

 

 

「さて、大変長らくお待たせいたしました状態だけれどもようやく箒ちゃんにふさわしいものを作れたよ。まあ、何はともあれ起動してみてよ。」

 

箒は束からデバイスを受け取ると起動。その新たな力を体に身にまとった。…ほうと千冬から声が上がり、一夏はその鮮烈な赤に思わず眩しさすら幻視した。

 

「それが、箒ちゃん専用機、たった一つの第四世代のインフィニットストラトス…その名も『紅椿』。」

 

「あか、つばき…。」

 

そのあまりにも光り輝く赤に目を奪われた一夏は束の呼んだ名をそのまま反芻する。…綺麗だと彼は思った。箒は普段から綺麗だがそれよりももっともっと…生きた実感すら与えるほど今の箒は光り輝いていた。

 

「…なるほど、これは強い。打鉄なんかでは比にはならない…すさまじいな。」

 

箒も箒でそのISの秘めたる力強さというものを感じ取っていた。この力が自分に扱いきれるか、自分の手に余るものではないか、色々と考えたが結局どのような力ですら彼女は自分で制御して見せると決心した。

 

「さぁさぁこんな辺鄙なところにいてもあれだし中に行こうよ。詳しい説明はそこでするからさ。」

 

 

 

——————————————————

 

 

 

「…あれが、篠ノ之束か。」

 

予想通り一筋縄ではいかない人間だ。いやもはや人間も超越した何かだ。こいつ黒幕だろって疑ってかかっても問題はない…まあそれはいい。

 

「まあ今のわたしにそちらの興味はない。興味があるならばお前だ。」

 

俺の背後に感じる気配。俺と同じ体躯、俺と同じ顔。…なるほどこれは姉妹というわけだ。

 

 

「…お前がわたしの『姉』だな。」

 

「…いえ、あなたにも、私にも姉妹はいないのですよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。」

 

「そう悲しいことを言うな、同じ試験管で育ったよしみだ。クロエ・クロニクル。」

 

 

恐らくこれ以上はないくらいに空気がギスギスしている再会だ。いや、初対面か…まさか俺がここでこれに会うとは思っていなかった。

 

「だが、そちらから近づいてきたという事はわたしに少なからず用があるということだろう。そうでなければ無視しているはずだ。」

 

「その通りです。私はあなたに用があってきました。」

 

かつかつかつという靴音。俺はそちらを振り返るとクロエがそこにはいた…本当に同じ顔だな。だが性格は真反対のようだが。これが何をしたいかというのは分かる。だが聞くまではやらせない。

 

「お前の目的は何だ。」

 

「あなたの遺伝子をこの世から抹消することです。」

 

 

クロエが俺の首に向かって注射器を打とうとする。あまりに早い動きだ、素人ならば捉えられないだろう。相手の手を手で阻み俺はしっかりと拒絶する。

 

 

「断る、わたしはわたしの遺伝子を後世に残さなければならない。」

 

お前の個人的な復讐のために、俺の未来に生まれてくるはずの子供をなくすことなんて許される筈がない。それは途轍もない傲慢だ。

 

 

「後の時代に残してはいけないものもあるのですよ。」

 

クロエが足払いをすると俺はそれでバランスを崩し、転ぶ。馬乗りになり再び注射器を刺しこもうとしてくるが、両手で注射器を押さえる。相手もまた両手の力を込めて意地でも打とうとしてくる。腹部を蹴ることで相手を密着状態から外し、そのまま俺は近接戦闘の格闘術を取る。相手も本気だ。左からの回し蹴り、頭を屈めることでそれを難なく避けてそのまま反撃へ転じる。右フック、右蹴り、左ストレートと連撃を加えていくがクロエはそれを的確に防いでいく。右蹴りを左腕でガードし、そのまま左ストレートを受け流すと俺の左手を掴み、そのままそこに注射しようとするが、俺が彼女の頭突きして相手をひるませる。その怯んだ瞬間に相手の首を掴み羽交い締めになる。クロエはその状態でも俺に針を打とうとして来る。右、左と来る注射器を顔を動かして避ける。足に刺されないようにするために、相手の膝を蹴り、強制的にしゃがみ状態にさせる。そのまま羽交い締めを続けるが、相手が俺の腰に打とうとしてきたので緊急離脱をして相手を投げ飛ばした。投げられた状態で復帰し、あれほど締め落としたのに未だぴんぴんとしているクロエ。…一方で俺はまだいけるが多少なりとも疲弊していた。いや、疲れがたまっているのはどっちも同じだ。

 

 

クロエが走る。相手の左腕を掴む。そしてそのまま回す。側転して地面に着地するクロエ。逆に掴まれる。先ほどの高速と同じ状況になってしまうがそこは慌てず、肘で相手の顎を攻撃して、そのまま背負い投げをした。相手が復帰を出来ないように体を踏み、注射器を海へ蹴り捨て、愛銃を構えた。

 

 

「まだやるか。」

 

「…ええ、まだ戦いは終わってません。」

 

この状況でそれを言うか。…いくら鈍い人でも誰の勝ちかはあからさまな光景だ。満場一致で俺の勝ちだろう。

 

「状況的にはあなたの勝ちでしょうね、ですが。」

 

煙幕がしたから発生する。クロエが仕込んでいたもののようだ。

 

「これはスポーツじゃないんですよ。」

 

足を振り払い、クロエは腰から注射器を引き抜く。そのまま衣服を超えて中のナノマシンを俺に投与しようとしていくが…

 

 

「ああ、そうだな。正々堂々の勝負など意味のないことだ。」

 

 

相手の肩を掴み、そのまま地面へとたたきつけた。CQCの直投げだ。

 

 

「お前はどうやら一つ根本的な誤解をしている。…確かにわたしたちは兵士として完璧な遺伝子を持ち育ってきた。言うならば生まれた瞬間から完成された兵士だ。…だが、お前とわたしの格闘に差がないと思ったのか。」

 

素人のものに比べれば遥かに強い。けれども、それは素人ではの話だ。他のギミックも仕込んであるようだが…

 

 

「戦い続けて来たわたしとお前とでは練度が違う。…お前の負けだ、クロエ・クロニクル。」

 

 

そして顔面パンチでクロエを昏倒させた。意識を失った彼女は握っていた注射器は地面に落ちた。…だが彼女の気持ちが理解できないわけではない。

 

 

クロエは、何よりも自分の生まれを悲観していたのだろう。自分は本来生まれてきてはならないものとでも考えていたのだろう。それで何を拗らせたのか、クロエはこの遺伝子を未来に残してはならないと考えたに違いない。…だから、このナノマシンを俺に投与することにより、俺を種無しにする算段だった。だが誤算だったのは俺が彼女よりもはるかに強かったという事だろう。結局どれだけ理論を、作戦を組み立てようと戦場でそれを成功させるのは銃を握った兵士だ。

 

「お前にはあまりの世界が見えてなかったな。参謀としては優秀なようだが兵士として落第だ。」

 

クロエは縛ったまま潜水艇に放り投げておいた。

 

 

 

——————————————————

 

 

「…さて、準備はいいですか、わたくし?」

 

…ああ、準備オーケーだよ、オレ。…ったく、なんでオレがこんなことやらなくちゃいけないんだよ。

 

 

「それは仕方ないと割り切ってくださいまし。あなたもわたくしならば…出来るでしょう?」

 

…ああ、出来るよ、だからこうやって協力してるんだろ。少しはありがたく思ってほしいね。

 

 

「自分には遠慮のいらないのですから気楽ですわ。」

 

…こいつ。

 

 

「さあさぁ、始めましょう。一人ならば出来ないこともありますが、わたくしたちは一人で二人です。」

 

 

ああ、やってやるよ。BT兵器の分割思考運用…15の操作をな。

 







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内気少女の考察

織斑一夏はこの世界の中心人物だ。彼を殺してはいけない。死なせてはいけない。…それはこの世界を知る人物ならばみんながみんな、知っていて承知していることだ。そうでなくても彼は世界でもトップシークレットの存在、最優先護衛対象なのだ。

 

わたしもそれには従うつもりだ。…けれども個人的な心象というものは別物なのだ。

 

 

織斑一夏、私の専用機の機会を遅らせた男。…正直、彼が悪いわけではないのだが人間そんな簡単な生き物として出来ていない。どうしても張本人の彼をそういう色眼鏡で見てしまう。恨んではいないが疎く思っているそんな状況だ。

 

それにこれは完全に個人の意見だが…彼を取り囲む女性関係が気に入らない。だらしない男だ。ぶっちゃけ十割がこっちだ。私怨なのは理解しているがそれとこれとは別の話だ。

 

正直お前は何故そんなにも美少女を囲ませられるのだ。人を惹きつける何かでもあるのか。

 

 

そう、ボクは…更識簪は考えた。正直こんなこと真面目に考察する価値もない。いや、いい。正直に言おう、ボクは、わたしは一夏に嫉妬しているんだ。性自認が男である以上彼のあの状況が羨ましいのだ。…彼が不快な人間でないことは分かっているつもりだが、一度会って見極めておく必要があった。残念だったな、一夏。君のヒロインは一人減ってしまった。惚れることすら叶わないのだから。

 

 

 

…彼女が、本音がその機会を持ってきた。たまたま漏らした呟きを彼女が拾ってしまった。

 

「かんちゃんはおりむーに会いたいの?」

 

「べつに会いたいわけじゃ…。」

 

「遠慮しなくてもわたしが会わせてあげるよー。」

 

 

…相も変わらず話を聞かない、自分のペースを地で行く娘だ、とあきれはするもの会えるというのならば個人的には絶好の機会だ。関わる機会がまずないだろうし、どんな人物かくらいは確認しておいた方がいいのだろう。これも全て彼がどのように生存できるか立ち回りを確認するための行為であり、ちょっとした個人的な好奇心だ。そのくらいはあの人も許してくれるだろう。

 

 

 

「はい、おりむーこっちだよ。」

 

「ちょっ、のほほんさん!?歩くから、結構強い力で引っ張らないで!?転ぶから!?」

 

間延びした声と驚愕を帯びた声。間違えるはずもなく片方は本音、片方は織斑一夏だ。なんというスピード勝負。

 

 

「…で、俺に会わせたい人って誰なんだ?」

 

「この先曲がったところにいるよ、可愛い子だからっておりむーは手を出したらだめだよ?」

 

「いや、やらないから!」

 

恐ろしいことを言わないでくれませんかね、一応彼はそういったものには誠実なようだが、寒気すら走るので冗談にもなっていない。冗談で済ませておいてくれ。そして足音が近づき、曲がり角に影が見える。体躯のでかい男と逆に小さい女の影だ。そう、織斑一夏がもうすぐそこに…来る。

 

「あ、かんちゃん。」

 

先に来たのは本音だ。そしてその後に、織斑一夏と対面する。曲がり角から来たその男と…遂に対面。

 

 

「のほほんさん、この娘が?」

 

「そうだよー、おりむーに会いたがってたかんちゃんだよ。」

 

…おっといけない。自己紹介をしなければ。さすがにそこまでコミュ障になったつもりはない。

 

 

「えっと、知ってるみたいだけど俺は織斑一夏、キミは?」

 

向こうも自己紹介をしてきてる。さすがのコミュ力ではないのだろうか。まあ、いい、自己紹介だ。

 

「…す…」

 

「…す?」

 

 

 

 

 

好き!!!

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

「か、かんちゃん…?」

 

あの本音すら若干引いた声音を出している。いや、今のわたしにそんなことは関係ない。

 

 

「好きです、織斑一夏。わたしは、更識簪、です。」

 

「あ、ありがとう?更識さん。」

 

困惑しながらも律儀に礼を言う彼は聖人か何かだろうか?唐突な告白にも対応できるその機転も参考したい。さて…

 

 

「とりあえずさっきのことは忘れても、いいです。あなたに興味が、湧きました。」

 

「はは、なんか照れるな。俺も今ので更識さんに興味が湧いたよ。」

 

つまりそれはもはや両想いというものなのでは…?なんだぁ?テメェ…?そもそも神的な良い人である織斑一夏がお前なんかに惚れるわけないだろうに…

 

 

「敬語は、いらない…。」

 

「そっか、じゃあよろしくな…えっと。」

 

「簪、でいい。わたしも一夏って呼ぶ。」

 

「分かった、よろしくな。簪。」

 

「よろしく…」

 

 

いや、待てよ。この人のいい青年が将来的に死ぬ心配すらあるというのだろうか。それはどれだけの損失になるのかなんて考えるまでもないのではないか?

 

「ん?俺の顔になんかついてたか?」

 

死なせていいのだろうか、いや良くない。

 

「顔には何もついてないけど、死相が出てる、自分の身の守りには注意した方が、いい。」

 

 

「えっ!?」

 

見守らなきゃ…それが出来るのは世界でわたしという一人の人間だけだ。なんとしても見守らなきゃ…これはもはやわたしに課せられた使命なのかもしれない。

 

 

好き!!!

 

 

「えっ!?」

 

 

 

—————————————————

 

 

織斑一夏、衝撃的な更識簪との出会いは5月の事である。あれから彼は彼女とは一度も遭遇したことはない…と言っているが。

 

 

「…気のせいか。」

 

 

「…どうしたのよ、あんた。」

 

突然背後を振り返り、安心したような声を出す幼馴染の奇行に鈴は思わず問わずにはいられなかった。

 

「…いや、ちょっとな。視線を最近感じてるような気がするんだ。まあ大抵は気のせいなんだけどさ。」

 

「はぁ?何それ、不気味。」

 

「いや本当に気のせいだからあんまり深く考えないでくれ。」

 

「まあ、それがあんたの杞憂だったとしてもその視線とやらは気に入らないわね。」

 

銀の福音、シルベリア・ゴスペルが機能停止した翌日、鈴と一夏は買い物…否、デートに来ていた。誘ったのは鈴だ。

 

「どうせならお土産も一緒に選んじゃいましょ?」

 

あんたも送る人がいるんでしょという鈴の問いに一夏はうなずいた。あの告白以来一夏は彼女の事を意識してしまいドギマギした態度をしてしまうのだが逆に鈴はいつも通りのさっぱりした態度だ。時々挙動不審の一夏を咎めている。

 

「あんた…不審者みたいよ?」

 

「ご、ごめん。…これでも自然体でやってるつもりなんだけど。」

 

彼の鈴への認識は親しい友人、親愛なる幼馴染から魅力的な異性にへ移り変わっていた。鈴は今まで意識しなくても美少女とは思ってたが改めて見ると彼女は魅力的すぎる異性なのだ。

 

 

「…正直、鈴が可愛くてもう目を合わせる自信がない。」

 

「なっ…!」

 

さすがに気障すぎるセリフに恥ずかしくなったのか赤くなる一夏と、その気障なセリフを聞いて赤くなった鈴がその場に存在する。はたから見れば初々しいカップルそのものだ。

 

 

「…そ、それよりも買い物、行きましょうか。あんたもお土産買うんでしょ?」

 

「そ、そうだな。行こうか。結構多いし。」

 

「ところであんた誰に買うの?」

 

「まあ、弾とか、蘭ちゃんとか…数馬とか。」

 

 

「…ああ、中学の同級生組ね。」

 

「そうそう。鈴も久しぶりなんだから次の休日に五反田食堂に行くか?」

 

「んー…そうね、挨拶もかねて行こうかしら。あたしも土産を買うことにするわ。」

 

「良かった、弾とかも喜ぶと思う。」

 

「…それにお礼参りをしなきゃいけなさそうだしね。」

 

ぼそりと呟いたがそれは一夏も耳には届いていなかった。何故ならば一夏はまた背後を振り返ったからだ。だがそこには何もいない。いやな予感が続くものだ。

 

 

「…一夏、今はあたしを見て。そんなあるかもしれない視線なんかよりもあたしを、見て。」

 

「…ああ。」

 

 

さすがの一夏もこれがデートを意識していることくらいは察した。…そして改めて彼女が女、であることを意識してその後も暫くぎこちない空気が流れた。…さて、一夏は度々背後から視線を感じていた。それを彼は杞憂と思っていたがそれは違う。

 

しっかりと監視する人間がいたのだ。

 

 

「良い、センスしてる。」

 

 

パソコンを抱えながら袋に入った男物の下着を横に置く変態…もとい、少女、更識簪。

 

「あれだけ鋭ければ…あるいは。」

 

世界を司る最重要人物の保護という栄光な任務に(誰に命じられたわけではないが)彼女は歓喜していた。これほどかつての生と、今の生合わせようとも喜んだことはないと。

 

 

「今はあなたたちに預けておく けど、いつかは。」

 

 

わたしが、彼の身も心も保護する。

 

彼女の言う保護が、身も心も自分の虜にしてしまえばいつでもどこでも彼を守ることが出来る。他の誰の手も借りずに自分の手で、一人で一夏を守れると思っているのだ。いっそ彼と一つになるのもいいのかもしれない。

 

 

PCにコールが鳴った。着信元を見ると彼女の姉だ。

 

 

「…お姉ちゃん、何?」

 

「随分と塩対応なのはお姉ちゃんいじけてもいいサインかな?」

 

「勝手にいじけてて。」

 

「あ、ちょっと切らないで!」

 

「…何?」

 

「簪ちゃん、今どこに居るの?」

 

 

「…街が見える場所。」

 

 

「…またやってる?」

 

「やってる。」

 

「…お熱なのはいいけれどちょっと心配になるわ…それよりも専用機の方は?」

 

 

「…そろそろ完成するよ。時期的に…あの人の協力を仰げるから。」

 

「…………なら、心配の必要はいらないね。期待して待ってるから。」

 

 

「…うん。」

 

 

 

—————————————————

 

 

 

更識楯無は妹の変化に戸惑っていた。彼女は自分の理想の姉像にのっとって行動をしていた。そのため簪に悪感情を与えることはなくむしろ姉妹仲は良好であると自負していたのだが、最近になって彼女は変わってしまった。

 

驚くほどに織斑一夏に執心している。何が彼女をそこまで惹きつけるのか全くと言っていいほどわからない。彼女は自分の接し方が悪かったのかと真剣で悩んでいた。

 

 

「自分ならこうであってほしいという形を押し付け過ぎた…?」

 

むろん彼女は悪くない。原因があるならば簪と一夏の方だ。完全なとばっちりを食らった一夏だが。だが彼女の執着が今の楯無には理解できなかった。

 

 

「…分からない。」

 

本来の更識楯無ならば彼女の想いをくみ取るのは…まあそれなりに時間はかからないだろうが、彼女にはある概念が邪魔になっていた。

 

 

「こういう時、ちゃんとした『女の子』ならば…!」

 

彼女の中でのどうにも男らしい思考が彼女の女子としての思考を邪魔するのだ。

 

 

「性転換なんかするべきじゃなかった…!!」

 

 

 

 




何だこれ

ちなみに 簪は転生TS
楯無は現地TS

ここでちょっとした整理

ラウラ…即堕ち自覚あり 転生ts
シャルロット…段階を踏んで惚れた 転生ts
セシリア…流れは原作と同じ 転生ts
箒…自覚無し 惚れてはいる 転生ts?
鈴…段階を踏んで惚れた 現地TS
簪…即堕ち自覚無し 転生ts
楯無…惚れてない 現地ts


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一夏になんか屈服しない!

…いい加減俺ははっきりさせておきたい。

 

それは実に簡単なことだ。これだけは譲れないということでもある。

 

 

俺は「一夏になんか屈服しない」ということだ。俺はこれ以上子宮に主導権を取られることはない、つまり一夏に負けることなんてあるわけがない、ということだ。それを今から証明してやるさ。

 

 

「…悪い、少し待たせたな。」

 

聞き覚えのある声だ。というより一夏しかいない。待ち合わせをしてるのも一夏しかない。

 

 

「どうせ集合前だ。遅刻も何もあるま…」

 

…そういえば一夏の私服を見るのはいつぶりか、経った数週間ぶりだが…

 

「一夏、お前…その服。」

 

「ああ、やっぱり分かるもんだよな。そうだよ、ラウラに選んでもらった服だ。」

 

 

…以前水着を買いに行ったとき、気まぐれに一夏に服を選んだことはあった。…いや、まさか一夏が覚えていたとは。

 

「実は袖を通すのがこれが初めてでさ。」

 

「…ということはつまり、お前は今日のためだけにわざわざ着て来たのか?」

 

「まあ、そうなるかな。」

 

「何故?」

 

「ん?」

 

「何故、そんな手間を。」

 

「一番最初に見せるのはラウラって決めてたからな。」

 

…分からないぞ、一夏、お前の考えが。

 

 

「何故だ?なぜ、私に一番最初に見せたかった?」

 

「選んでくれただろ?で、似合ってるとも言ってくれた。だから、カッコつけたくなった。」

 

さも当然のように言い切る一夏、だが彼の攻撃はまだ終わってなかった。

 

「似合うと考えて選んでくれたってことは、かっこいいと少しでも思ってくれたってことと勝手に思ってるけれど…少しでもら…いや、リエルの前ではカッコつけていたんだ。好きな女の子の前じゃ男なんてみんなそうなんだよ。」

 

 

…駄目だ、子宮が降りてくるのを体中が噛みしめている。そのこっぱずかしいセリフをその眩しい笑顔で言うか!?言えるのもおかしいだろ!?過去最高に濡れ始めてるんですケド、どうするのこれ、どうすればいいの?織斑家の弟さんはバケモノですか?存在が精子みたいなものですか?言動の一つ一つが孕ませに来てるよ。ヤらなくても妊娠できそうだよ、これ。

 

「…お前は…そういうことを素面で…」

 

「…どうしたんだ?」

 

「いいぞ、もっとやれ。さあ、行こう一夏。」

 

「え、えっと ショッピングモールはあっちだぞ…?」

 

「ショッピングモールは後回しだ、さあ行くぞ。」

 

待て、身体どこに行く。お前が向かおうとしているのは公衆トイレだな、しかも人の滅多に通ることのない、やたらと個室が広い公衆トイレだな。分かってるんだぞ、お前が何をやりたいかは、否、ヤりたいかは。だがやらせねえからな!体の主導権返せ!!!

 

俺はその時、身体を押さえるのが必死だった。故に周囲に気を配ってる余裕はなく、どう見えるかなんてのは気にしてもなかった。一夏曰く、右足が後退して、左足が前進していたらしい。馬鹿なの?馬鹿だわ。…一分に近い死闘の末に何とか理性が踏みとどまり、ちゃんと俺に体の主導権が戻って来た、許さねえぞ、本能。

 

「ふう…ふう…今までのどんな敵よりも手ごわかった…」

 

「あ、あのリエル、さん?」

 

思わずさんをつけてしまう一夏かわいい。いやだから待て、そもそもこいつは男だ、イケメンなのは認めるが可愛くはないだろ、ほらよくもう一度顔を見てみろ…

 

 

「…恥ずかしいんだが。」

 

目を背けてしまった。どことなく頬が赤みを持っている、つまり照れているという事だろう。…まあ、なんだ。織斑教官にもよく似ているのは分かっていたことだ、顔立ちは実にキレイだ。美形という言葉がよく似合う。…そんな彼が、美しい彼が恥じらって視線を逸らした。ふむ、なるほど。

 

 

 

一夏かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 

 

IS学園の一般女子生徒なんかより女子力全然高い一夏かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 

素面で口説き文句言えるくせに見詰められたら照れる一夏かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 

でもデフォルトでイケメンムーブ見せる一夏かっこいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 

 

…いや、落ち着け、今の俺は何をどう考えても以上だ。そうだ、俺は今から一夏をただ性的に食いたいだけだ。いや、むしろ食われたいだけだ。発情期の獣のように激しく種付けがされたいだけなのだ。

 

 

…思考まで侵食されてきているような気がする。いや、気のせいやない。思い切り侵食されてる、理性さんももうだめかもしれない、理性が働いたら負けだと思ってるとか言ってるし、もう仕事してくれなさそう。熱心に仕事して、理性。

 

そして俺は、賢者モードに近い何かになった。

 

「…さて、行くか。」

 

「お、おう。」

 

ドン引きしないでもっとこっちに来てくれや。しかし醜態を見せてしまったな…

 

 

「えっと、今日はリエルの買い物に付き合うだけでいいんだよな?」

 

「ああ、プランはこちらで立てている。話題の映画とやらの情報を集めるのは苦労したが…安心しろ、特に支障はないはずだ。」

 

「…つまり、これってデートってことだよな?」

 

「私の中ではそういう扱いだ。」

 

「じゃあ、手を繋がないか?」

 

…は?

 

「デートならそうやるべきなんじゃないかって思っただけだけど…。」

 

お前は時々認識がずれている…というより古風だな、いつの時代の人間なんだ。

 

 

「恋人握りのやり方は私も知らん。そうだな…では、腕を貸せ。」

 

一夏の腕に自分の腕を通す。そして彼に寄りかかるように歩く。これもまた一つの手をつなぐ方法だろう。

 

 

…そういえば先ほどの一夏の発言を思い出そう。…本能が暴走したせいで流しかけたが思い出したぞ、さっきのデート云々で。

 

『似合うと考えて選んでくれたってことは、かっこいいと少しでも思ってくれたってことと勝手に思ってるけれど…少しでもら…いや、リエルの前ではカッコつけていたんだ。好きな女の子の前じゃ男なんてみんなそうなんだよ。』

 

もっと拡大をしろ、してください

 

『少しでもら…いや、リエルの前ではカッコつけていたんだ。好きな女の子の前じゃ男なんてみんなそうなんだよ。』

 

もう少しだ、最後らへんだ。

 

 

『好きな女の子の前じゃ男なんてみんなそうなんだよ。』

 

好きな女の子の前じゃ…ええと、今ここにいるのは俺と一夏だけ、つまり男と女だけ。一夏の発言は俺に向けられていた。女は俺しかいない。

 

 

…え?

 

 

つまり、一夏の言う好きな女の子っていうのは俺の事?それしかないとは思うけど…え?

 

 

…いや、待て。一夏のことだ、後先考えず使った可能性もある。けれども一夏はすくなくとも俺という異性を好きとは思っているのは違いないだろう。だが恋愛感情があるまでかはわからない…だがお互い好き合ってるのならばもはや結婚するべきでは…?まあ、結婚可能年齢ではないんですけどね。

 

 

 

 

…また子宮が降りてきてしまった。…その後、俺は一夏とさまざな場所を回ることになる、回ることになるのだがその都度、身体が一夏をトイレに連れ込もうとして理性と激闘を繰り広げることになったので時間をその分食ってしまったのはもはや愛嬌だろう。…久しぶりに子宮が大暴走してやがる!!!

 

ああ、もうかっこいいな畜生!!!

 

 

 

——————————————————

 

 

 

 

一夏とリエルは最後のイベント…映画鑑賞を終えて、映画館から出て来た。

 

 

「前評判通りだったな、良い映画だった。」

 

「面白かったよ…まあ前知識が一つもなかったからいまいちわからないところもあったけど。」

 

時刻は既に9時を過ぎている。幾ら夏場とはいえとっくに日が沈み、夜になっている。だが外の気温は温かく、風は生ぬるい。

 

 

「少し歩いて行くか、一夏。」

 

彼女の提案に一夏はうなずいた。そしてそのまま海浜公園を通り帰路に着くことになった。…その帰り道のさなか、リエルは不安そうな声で、一夏に尋ねた。

 

 

 

 

「…一夏、一つ聞きたいんだ。」

 

「ん?どうしたんだ、リエル。」

 

 

「…わたしは、そんなにお前にとって女性的魅力がないか?」

 

「…え?ど、どういうことだ?」

 

 

「…二度だ、わたしは二度お前を誘惑した。この体をお前の好きなように使っていい、どのような欲望でも受け止めると。…だがお前は一度たりともわたしに触れることはしなかった…一夏、わたしはそんなに魅力がないのか?」

 

 

…彼女は実に不安そうだった。だが、一夏は微塵たりともそう思ったことはなかった。

 

 

「…正直俺がこんなに熱い好意を寄せられるなんて今まで一度も夢にも思ってなくてさ。…リエルの誘惑は確かに魅力的だった…けど、俺は一時の欲求に任せて大切な人を穢したくないんだ。」

 

一夏は彼女の方に手を置くとそのまま言葉を続ける。

 

 

「それに俺はまだリエルに相応しくないんだ。ただの俺の自己満足にすぎないけれど俺はまだまだ半人前にもなってない。だから…待っていて欲しい。」

 

「…待つ?」

 

 

「…ああ、俺は相応しい男になってくるまで…その時まで返事は待っていて欲しい。」

 

焦らすように一夏は言う。

 

「その時に、きっと迎えに行くからさ。」

 

あどけない少年の笑顔から、多感な青年の顔へと彼の顔は少しずつではあるが変化していた。

 

 

 

「だから…」

 

 

一夏はリエルを抱きとめる。そして彼女の顔を見る。

 

「今はこれで許しておいて欲しい。」

 

 

外灯の僅かな光は、顔を近づけ唇を交わした男女の影をしっかりと映していた。

 

 

 

 



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ハッピーエンドのその先へ

果たして皆さん覚えているだろうか


それは―――人生で初めて、生まれて初めての感情だった。

 

 

恋…愛…、それすらを超えた執着。俺の手で小さくなる彼女、こんなにも小さくて触れたら壊れてしまいそうなほど細いのに、誰よりも頼もしくてそして大きい背中。小さくて、大きい背中。矛盾しているようだが実際に彼女の背中は小さくて酷く頼もしい。だからこそ俺は彼女に甘えてしまう。彼女の好意に溺れてしまう。

 

 

 

…初めてだった。そう、彼女は人生初めての人間だった。わずか15年しか生きていない俺の人生だったが彼女が俺の人生のすべてを変えていったんだ。彼女が俺の人生を、平穏な日常を、全て奪い去って行った。だがそれは俺をある種の退屈から解き放つ鍵でもあった。

 

 

リエル、感じるか。俺はキミの傍に居るだけでこんなにも心臓が早く鳴ってしまう。胸が高鳴ってしまう。体中全ての細胞が、器官が、全てキミに夢中だ。驚いた、俺にもこんなただ一人の人間を愛せることが出来るとは思わなかった。…何時も弾に言われていた「どこか人間味の無い」という言葉。

 

 

俺に欠けていたモノ、それは…今なら言える、体中を燃え滾る、熱く、焦がすような、灼けるような感情だった。彼女(リエル)の全てが欲しい、全てを自分(オレ)の物にしたい。誰にも渡したくない。…そんな身を焦がす熱く灼ける執着…そして愛。

 

 

彼女は、俺を好いてくれている。俺はその事実だけで、世界の全てを敵にしてしまえる。勿論、キミだけいれば。もうそれでいい。キミは一目惚れをしたといつか自嘲していたね。

 

 

…いや、それは俺も同じことだった。キミに会ったその日から…キミのことを一目見たその時から俺はキミに夢中だった。

 

 

 

「…一夏?」

 

 

「…どうしたんだ、リエル。」

 

 

「…何でもない。」

 

 

嗚呼、キミのそのはにかむ笑顔だけでどれだけの俺が自制しているか。…本音を言えば俺は彼女を自分の物にしたくてしたくて仕方がないと叫んでいる。本能が理性に勝るのはまだ俺の自制心が仕事をしている証左だから。

 

 

リエル、君が好きだ。キミの髪が好きだ。普段興味が無さそうにしていてもきっちりと手入れをしている日光を受けると輝くその銀色の輝きが、髪が好きだ。

 

 

キミのその赤色の瞳が好きだ。赤く紅潮した頬とよく似合うその瞳が好きだ。キミの金色の瞳が好きだ。その目で俺を見る時、君がどんなことを考えているかを誤魔化すけれど感情が良く現れる瞳が好きだ。キミが気にしている身長が好きだ。こうしてすっぽりと収まってくれるキミの小柄さが何よりも愛しい。…キミの、全てが好きだ。好きという言葉じゃ足りない、愛という言葉も安っぽい。陳腐な言葉はこの気持ちに合わない。

 

 

「リエル。」

 

 

「何だ?」

 

 

 

「ありがとう、俺に意味を与えてくれて。」

 

 

 

人を愛する意味を、君に恋する意味を。そして、人生を彩る光を、意味を与えてくれたことに、キミと出会えたことの全てに。

 

 

 

「やっぱ、俺、リエルに会えてよかったよ。」

 

 

「何だ、今更か。…どうだ、一夏、お前の人生は楽しくなっただろう?」

 

 

 

「…ああ、本当に。本当に、な。」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

…その日の事は今でも良く思い出す。俺にとって生涯でも忘れられない日の一つだった。もとい、俺としても忘れるつもりもない日だった。彼女が出会ってから記念日は幾つか増えたがその中でも更に特別な日となったあの日の事を俺は死んでも忘れないだろう。

 

 

 

 

「パパ?おそらをみてどうしたの?」

 

 

足元に居るのは…彼女の写し鏡。彼女が存在したんだというその証明であり形見。俺はその手を決して離さぬように力強くしかし優しく握った。掴んだ手を絶対に放さないように。

 

 

 

「いや…ママは元気にしているかなって。」

 

 

「それならきっとげんきだよ、うん!」

 

彼女と非常によく似た顔で彼女の作らなかった笑みを浮かべる。お前は彼女に似ているけれど彼女に似なかった部分も多いね。

 

 

「あのね、パパ、きょう、シャルロットおねえちゃんがくるの?」

 

 

「ああ、来るよ。だからパパと一緒に帰ろう。帰ってシャルロットお姉ちゃんを一緒に迎えよう?」

 

 

「うん!」

 

 

 

…あの日、ラウラは死んだ。この子と言う形見を残して、ラウラ・ボーデヴィッヒは、この世からの存在を消した。

 

 

 

 

あれから俺は彼女の遺したこの子を育てて来た。助けてくれたのは他でもないシャルだった。俺にはいくらでも選ぶ道があったが、それこそ引く手数多だったが、この子を育てながらだと余裕の無い仕事ばかりだった。だがシャルが俺に持ってきた、デュノア社の案件が、俺にとってすべてが理想的だった。恐らくシャルが父親を説得し、俺という人材の重要さを欲しがったデュノア社からのスカウトだった。

 

 

俺はそれに乗った。シャルがせっかく骨を砕いてでも導いてくれた結果に裏切りたくないという気持ちと…あとは俺にとって利益にしかならない話だったからだ。

 

 

 

 

俺は彼女に相応しい男になったつもりだった。しかしラウラは死んでしまった。…それは俺が一重に全てが及ばなかったから、だ。

 

 

 

だからもう何も失いたくはなかった。…皆を手ひどく振った俺がそれを言うのは何様のつもりだと思うが、それでも俺の心に決めた人は彼女だけだった。今更俺の愛は揺るがなかった。

 

 

 

「パパー、またいっしょにごはんつくろ?」

 

 

「いいよ、今度はどんなものを作りたい?」

 

 

「うーんとね、カレーライス!」

 

 

「ハハハ、良いね。よし、今度パパと一緒にカレーライスを作ろうな。」

 

 

「うん!ラウラ、頑張るね!」

 

 

 

…死んだ彼女の名は彼女の忘れ形見に受け継がれた。ラウラこそが『ラウラ』の生きた証。俺は彼女を、彼女との思い出を、そして彼女自身の全てを守るとラウラの死んだあの日に誓った。

 

 

 

「えーとね、えーとねパパ!」

 

 

「なんだい?」

 

 

「セシリアおばちゃんがこんどおいしいおかしをもってくるって!」

 

 

「おばちゃん…か。」

 

 

 

あれから10年以上の月日が流れた。皆、子供だった頃とは違い大人になり俺も老けたと実感する。最近は前髪が気になり始めるころだ。娘にハゲとでも言われたら俺は暫く立ち直れそうにもない。

 

あれから…皆、それぞれ別の道を歩んだ。俺は未熟ながら親となり、父となった。少しだけ不安もあった。俺は自分の事が手いっぱいで、子供の面倒を見ることが出来るのかと。…俺は正直かなり人生をがむしゃらに、死に物狂いで突っ走って来た自信がある。一度決めたら退くことはせず貫き通す人間という自負もある。そんな止まれない俺が子供の面倒を見れるかという不安はごく、当たり前に生まれた。

 

 

 

…けれどもそれは杞憂だった。シャルが俺を助けてくれたように、他の皆が本当に助けてくれた。

 

 

 

「千冬おばちゃん!」

 

 

「ああ、おばちゃんだぞ。どうした、ラウラ。」

 

 

「あのね!あのね!たかいたかいして!」

 

 

「ああ。良いぞ、ほーらたかいたかい!!」

 

 

 

…意外な事にラウラを一番可愛がっていたのは千冬姉だった。千冬姉も生まれて初めての姪を猫っ可愛いがりし、甘やかした。かつての鬼教官だった頃の面影はとうに消えていた。

 

 

「悪いな、千冬姉。本当にどうしても手が離せない時にラウラを見てもらって。」

 

 

「気にするな。お前の子供は私にとっても大切な家族だ。家族のためなら遠慮などしなくていいさ。」

 

多分他でもない千冬姉自身が家族という形を大切にしているんだなと実感した。結局生涯独身を貫くらしいが。

 

 

 

「りんおねえちゃ!!いっしょにあそぼ!」

 

 

「いいわよー、じゃあなにして遊ぶ?」

 

 

「かくれんぼ!」

 

 

「わかったわ、じゃあお姉ちゃんが鬼になるからラウラは隠れてね?」

 

 

「うん!」

 

 

ラウラのよき遊び相手、そして理解者となってくれたのは鈴だった。彼女の気質は非常に面倒見がよく、子供たちとも相性が良いというのは昔から理解していたがそれは想像以上に適応していた。ラウラがわんぱくに育ったのは大方の理由は活発な彼女と遊んでいたからだろう。

 

 

 

「セシリアおばちゃん!」

 

 

「…ん。い、いえ。お久しぶりですわね、ラウラ。元気にしていましたか?」

 

 

「うん!おばちゃんは!」

 

 

「………。ええ、元気でしたわよ?ところでこれ、お土産ですわ。」

 

 

「わぁ…ありがとうおばちゃん!」

 

 

「…………。」

 

 

「ス、ステイ、ステイだ。セシリア、ラウラにも悪気があったわけじゃないんだから。」

 

 

「わ、解ってますわ…」

 

 

セシリアのことをラウラは理想の淑女ととらえている節がある。彼女の貞淑な行動は幼いながらにもラウラに響くものがあったらしく理想の女性、なりたい女性にセシリアを名指しするほどだった。…本人は無自覚なおばちゃんで大変ショックを喰らっているが。

 

 

 

「良いか、ラウラ。まずは…」

 

 

「ほうきおねえちゃんむずかしいよ…。」

 

 

「む、そうか…ではちょっとやり方を変えようか。」

 

 

 

 

教育面で非常に貢献したのは箒だった。彼女も昔は若さゆえの過ちがあったらしいが年を重ねるごとに落ち着きが増していき、今じゃIS学園で一番の人気教師だ。そんな現役教師の授業はラウラのためにも非常に良い。このまま天才にでもなれそうだ。

 

 

 

「シャルおねえちゃん!」

 

 

「なーに?」

 

 

「よんだだけ!」

 

 

「フフッ、そうかい。じゃあ…ラウラ。」

 

 

「なーに?」

 

 

「呼んだだけ、だよ。」

 

 

ラウラが実の姉のように慕う人物と言えばそれはシャルを差し置いていないだろう。シャルも年の離れた妹が出来た感覚で彼女と親身に接している。良き見本は沢山周りに居たが、本当に姉と思っているのはシャル一人だろう。

 

 

 

 

…子供の成長は早い。ラウラはいろんな人間の影響を受けて人格が形成され、そして健やかに育っていく。これからもラウラはどんどんと成長していくだろう。やがて反抗期が来るかもしれない、俺はラウラに妙に嫌われてしまうかもしれない。それでも俺は彼女の未来が楽しみだった。子供の成長を喜ばない親はいないのだから。

 

 

少々親ばか気味になってしまったかもしれないが、それでも俺はラウラの事を愛している。『ラウラ』は死んでしまったが、それでもラウラは生きている。彼女の生きた証を俺は紡ぎ続けたい。それが俺の今の望みだった。

 

 

 

 

「とーちゃく!!」

 

 

「ああ、到着だ。いいかい、ラウラ、まず家に帰ったら?」

 

 

「おやつ!」

 

 

「の、前に?」

 

 

「てあらいとうがい!」

 

 

「正解。」

 

 

わちゃわちゃとラウラの髪を撫でる。ああ、本当にこういうところは彼女によく似ているものだ。俺はこれからも歩んでいく。

 

 

 

ガチャリ、ラウラが扉を開ける。

 

 

 

「たっだいま――――!!」

 

 

元気に飛び込むラウラ。彼女が向かうのは一つだ。俺もその後をゆっくりと追う。そこに居るであろう人物を見るために。

 

 

 

 

 

 

「相変わらず元気ね。…お帰り、ラウラ。―――、一夏。」

 

 

 

変わらず彼女たちと歩んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ―――――――――

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ただいま、リエル。」

 

 

この愛おしい妻と、娘と。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――即堕ちストラトス―――――完!!

 

 

圧倒的、完ッ!!




もうちょっとだけ続くんじゃよ。

織斑一夏 27歳。20歳の時、世界を救い、そのままリエルとゴールインを果たした。

織斑リエル 26歳。同じく20歳の時に一夏にプロポーズされそのままゴールイン。ラウラという名前を娘に譲ると共に、正式にリエルとなった。


織斑ラウラ 6歳。ラウラの名前を継いだ二人の娘。パパとママとお姉ちゃんたちが大好き。


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