不死の騎士 (赤蜘蛛)
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ロードラン
人の終わり、不死人の始まり


 ロイドの騎士。

 呪われた化け物である不死を狩る英雄のような存在。

 

 そして子どもというのは当然のように英雄に、強いものに憧れるものだ。

 多くものがロイドの騎士をめざし体を、技を、心を鍛える。

 青年もそんなロイドの騎士をめざすものの中の一人だった。

 

 鍛えられた体は無駄な肉がなく引き締められており、それでいて数多くの騎士たちのように筋肉の鎧でも着ているのではないかと見まごう程に鍛え抜かれているわけでもない。

 己の振るう武器と盾を持ち、鎧を着ていても重鈍な動きにならぬよう細心の注意を払い鍛え上げられた肉体である。

 単純な力では鍛え抜いた鋼のような体を持つ騎士には敵わないが、そのかわり彼は鎧を着ていながら軽装をしているような素早い動きが可能であった。

 青年のそのしなやかな動きは、まるで大地を駆ける狼のようであった。

 

 

 いつか俺もロイドの騎士に…。

 

 

 そんな小さな夢の終わりは唐突だった。

 

 青年にダークリングが現れたのである。

 

 ダークリング。

 不死人の証であり例え死んだとしても蘇りやがて心をなくした亡者となる、呪われた化け物の証。

 そしてこれは青年にとって……ロイドの騎士にとって、狩るべき対象そのものの証であった。

 

 ――だから青年はダークリングの事を家族にだけ話し、ロイドの騎士の称号を貰うと共に家を出る決意を伝えるのであった。

 ……しかし時代は、青年の望みなど関係がないと言わんばかりに進行する。

 

 家族以外の誰にも話していないというのに、ロイドの騎士が家に踏み込んだのだ。

 

 やって来たロイドの騎士に、両親は青年が不死だということを伝えていたのだ。

 

 両親は青年をすぐに連れて行ってくれと言った。

 だが、青年の祖母だけはそうではなかった。

 祖母はいつも彼女がつけていた指輪とペンダントを青年に渡し、青年に諭すようにこう言った。

 

「役に立つかどうかわからないが持って行きなさい。私はずっとお前を見てきた。お前には才能がある。不死人? 化け物? 呪われたもの? そりゃぁんだい? お前はお前だよ。お前はお前らしく生きることのできる子だ。自分を失わなけりゃ、どこにいっても生きていけるさ」

 

 青年は不思議な気分であった。

 祖母は、まるで世界の終りまで牢獄に囚われることを決定づけられた彼がまだ生を楽しむことができるかのように話していたからだ。

 ……まるでそれが、約束されているかのように。預言者が予言を告げる時の様に、決定付けられた未来を言葉にして伝えているかのようだった。

 

 祖母が話しを終えると同時に、祖母の部屋にロイドの騎士と両親がなだれ込む。

 両親から感じるのは化け物を見る視線。

 ロイドの騎士から感じるのは獲物を見つけた狩人の視線だ。

 

 ――俺は、こんなやつらになりたかったというのか。

 

 青年はロイドの騎士をめざしていた事が急にばかばかしくなった。

 こいつらは盗賊と変わらない。

 寄ってたかって獲物を捕まえ、それを己の飯の種にしている。

 それが公に認められていることなのか、そうでないかの違いしかない。

 

 そんなことを考えながら騎士たちに取り押さえられると、いつも腰に差していた直剣が押さえつけられた衝撃で半ばから折れてしまった。

 

 その剣は、ロイドの騎士になると口にした時に両親が買ってくれた物であった。

 両親は青年のことを化け物を見るように見ていたが、青年は折れた剣を見て少しだけ悲しい気持ちになった。

 

 

 ここに青年の……名も無き不死の、唯の人間としての生活は終わった。

 

 




プロローグ的な何かですので短いです。


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北の不死院

長くなりました


 ロイドの騎士に捕まりこの北の不死院に捕らえられてどれほど時間がたったのだろうか。

 牢に捕らえられるというのは思った以上の苦痛であった。

 何もすることができず、ただ過ぎてゆく時間が俺の心を蝕んでいた。

 

 手には直剣の柄が握られていた。

 折れてしまった剣を使いなんとか牢屋をこじ開けようとしたが、結局牢の鍵より先に剣のほうが壊れてしまい柄の部分を残すだけとなってしまった。

 

 ――騎士を目指した頃はこんな素手よりましという武器しか持ってないなんて考えたこともなかったな。

 

 そんな事を頭に浮かべるが、しかしこんなものですら家族との証と思い手放せないのだから女々しいにもほどがある。

 

 柄を持つ手は乾ききっている。

 鏡がないため己の姿を確認することはできないが、全身がこのようになってしまっているのだろう。

 見るものが見れば亡者と見間違えられてもおかしくはないかもしれない。

 

 指に着けられた祖母から渡された指輪を見る。

 指輪には見たこともない文言がびっしりと刻まれているのだが、その文言には特別な効果は何もなかった。

 ただ、もう会うことができない家族の証として、肌身離さず大切にしようとは思っている。

 ペンダントにも特別な効果はないため、ただ首からぶら下がっているという状態である。

 しかしこの指輪とペンダントを見るたびに祖母の言葉を思い出す。

 

 ――お前はお前らしく生きることのできる子だ。

 

 

 俺は俺らしく、生きるのだ。

 己無き亡者になんてなってたまるか。

 その一念が諦めに囚われそうになる心を繋ぎとめていた。

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか眠ってしまっていたが、何者かが近づく気配を感じて目を覚ます。

 軽く首を動かすが足音は聞こえない。

 

 どさ。

 

 目の前にもう動かない亡者が落ちてくる。

 どうやら気配の主は上にいたようだ。

 

 視線を上にあげると、そこにはアストラの上級騎士の鎧を身につけた者がこちらを見下ろしていた。

 こちらと目が合ったからなのか、あるいは俺の目の前に転がっている亡者がもう動かないことを確認したからなのか。どちらは分からないが、アストラの上級騎士はすぐにその場を去っていく。

 

 どういう意図があったのか、あるいは何も考えていなかったのかは分からない。

ただこの死体が何らかの意図を持っていたのであれば、それがここから出る方法となる可能性は十分にある。

 

 そう思い目の前の亡者を漁る。

 

 ――このような追剥のようなことをする日が来るとは思わなかったな。

 

 己の姿を振り返り、長く動かしていなかった顔の筋肉を動かしながら苦笑する。

 

 そんな時亡者を漁っていた手が止まる。

 この亡者は何も持っていなかった。

 一本の鍵を除いては。

 

 その時感じたのは困惑か、歓喜か、それとも恐怖であったのだろうか。

 何故か俺にはこの鍵が俺を閉じ込めている牢の鍵であるように思えた。

 これはそうであってほしいという願望ではない。

 それはまるで、この鍵が牢をあけるものだと最初から決まっていたものであったかのような感覚である。

 理由などない。

 ただ分かるのである。

 

 震える手で鍵を取り鍵穴に差し込む。

 

 かちゃり。

 

 今まで俺を阻んでいたのが嘘のように簡単に開いた。

 錆びているから開きにくいということも、鍵も鍵穴もぼろぼろだから開かないということもなかった。

 

「はは…」

 

 思わず笑いが漏れる。

 

 ――お前はお前らしく生きることのできる子だ。どこにいっても生きていけるさ。

 

 不意に祖母の言葉が頭に浮かんだ。

 

「ははは…」

 

 そうだとも。

 俺はどこに行っても生きていける。

 

「…ありがとう。」

 

 祖母から貰ったペンダントを握りしめてそうつぶやく。

 俺の不死人としての生はここから始まるのだ。

 そうして俺は牢の外に踏み出した。

 

 

 一本道の通路を少し進むと右手側が鉄格子になっており、その中に異形の化け物がいた。

 

 人間など問題にしない巨大な体躯。

 背中から生えているのは骨のように見える羽。

 頭には羽と同じものでできているであろう何かが、角というよりは王冠のように突き出している。

 手に持っているのは巨大な柱のようにさえ見える杖であった。

 

 そんな存在が悠々と不死院の中を歩いている。

 それがなにより恐ろしかった。

 

 俺は人間と戦うために鍛えてはしたが、あんな化け物を相手にしたくはない。

 化け物は俺に気づいていないようだし、さっさと通り過ぎてしまおう。

 

 足音をたてないように慎重に進むと水が張っている場所に出た。

 なぜ不死人を捕らえておくための場所に水があるのか疑問に思ったが、今はさっさとこの不死院から出ることを考えよう。

 そこを進むと上に登るための梯子がかかっている。

 

 

 梯子をのぼり外に出るとそこには空が広がっていた。

 気持ちのいい青空ではないが、これくらいの曇り空のほうが久しぶりの日の光に目が焼かれなくてすむというものだ。

 

 そして上ばかり見ていたが視線を落とすと地面に剣が突き刺さっている。

 

 まさかこんなにも早く武器を見つけることができるとは。

 遠目でもその剣は錆びているのが分かるが、刃があるという時点で今持っている柄よりはましである。

 

 すぐにその剣を地面から引き抜こうと思い剣に触れる。

 

 すると急に剣が刺さっている地面が燃え始める。

 大きな火ではないものの、先ほどまで唯の地面であった場所が急に燃えだしたのである。

 

 しかし火が触れたはずの手は熱くない。

 それどころかこの火にはどこか安らぎを感じる。

 熱いのではなく暖かい。

 言葉にするとこのようなものであろうか。

 

 しかし今は武器である。

 武器がないと己の身を守ることすらできないのだ。

 そう思い剣を引き抜こうとするが、剣は地面そのものとくっついているのではないかと思ってしまうほど固くささっており抜けない。

 小さく落胆の溜息をつきながら、剣の近くに座りこむ。

 座り込んだ時にあったものは、なんの武器もなく外に出るしかないことへの不安であった。

 

 ――ロイドの騎士に見つかれば……

 

 落ち込む気持ちを抱えながら、途方にくれて座り込む。だがそんな事を考えながらも、俺は体の違和感に気がついた。

 ただ座っているだけだというのに、何故だか体が軽く感じる。

 長く感じることのなかった体調がいいという状態だ。

 原因は分からない。

 

 抜けない剣に勝手燃え上がる火、休息を取っていないのに良くなる体調。

 もう分からないことだらけである。

 

 ――深く考えるのは、やめた方がいいのかもしれないな。

 

 

 とりあえずここを出よう。

 すべてはそれからである。

 

 体調が良くなったからなのか、立ち上がる気力が湧き自然と俺は立ち上がっていた。

 周りを見渡すと正面には大きな扉がある。

 と言うよりそれ以外は壁に囲まれており、何処にも行くことができないようだ。

 

 ――まずはここから調べよう。

 

 この手の扉は押すか引くかより開ける。

 目の前の扉は取っ手がないため押すことしかできない。

 

 体重をかけて押すことで少しだけ扉が開く。

 どうやら開くようである。

 そのまま体重をかけて押し続けると、地面に響くような音と共に人が一人ほど通れるほどの空間を確保できた。

 

 そうして扉の開いた場所を通り建物の中に足を踏み入れれる。

 すると正面に再び同じ形の扉が見えたため、俺は何の疑問も持たずその扉に向かって進んだ……その瞬間であった。

 

 地鳴りと共に目の前に巨大な何かが落ちてきたのだ。

 

 それは牢を出た時に見た化け物だった。

 いやよく見れば手に持っている武器が違う。

 牢を出た時に見た化け物は杖を持っていたが、この化け物は大槌を持っている。

 しかし多少見た目が違おうと、目の前の存在が脅威であることに変わりはない。

 

 すぐに引き返そうと化け物に背を向ける。

 

 しかしなぜか先ほどまで開いていたはずの扉が閉まっている。……俺以外の人間など誰もいなかったはずなのに、だ。

 悪態をつく暇もなく別の出口を探す。

 しかし目の前の化け物は大槌を大きく振りかぶっている。

 

 轟音とともに地面を揺らす怪物の振り下ろしを避けることができたのは鍛えていたからなのか、それとも死への恐怖からなのかは分からない。

 ただ避けることができた。

 地面を無様に転がったとしても、俺は生きており化け物は攻撃を外した。それがこの今の全てである。

 しかも地面を転がりながら避けた先には、扉が開いた通路まであるというおまけつきだ。

 

 俺はこの化け物から逃げたいと言う一心のみで、それ以外は何も考えずにその場所めがけて地面を蹴った。

 飛び込んですぐに後ろで扉が落ちる音がする。

 後ろを振り返ると扉が閉まっていた。

 

 ――ここは一体何なのだ?

 

 誰もいないのに閉まる扉、そしてあの化け物。

 いくら不死人が呪われているとは言っても、これはやりすぎではないだろうか?

 

 ――さっさとここから出よう。

 

 改めてそう思い通路に沿って先に進む。

 

 緩やかな坂になっている先には全裸に近い亡者がいた。

 亡者は弓を持っているようだが、使っている弓の弦が弱いのか矢の速度は遅い。

 軽く体を横にずらして飛んできた矢を避ける。

 

 俺が矢を避けた事を見た亡者は再度矢を放とうとしているようだが、矢を弓に構えるまでの速度も遅い。

 その隙に走って距離を詰める。

 そして距離を詰めていくと、距離を詰められたからなのか、先ほどまで俺を狙っていた亡者は俺に背を向けて逃げだした。

 

 ……しかし逃げようとして走っているのだろうが、その動きさえかなり遅い。

 すぐに追いつきその背中めがけて蹴りを放つ。

 亡者は元々走っていたということもあり、走っていた勢いのまま前に倒れこんだ。

 

 チャンスだ。

 まともな武器を持たない俺であっても、今ならば必殺を見込むことが出来る。

 倒れた亡者の頭を地面を踏み抜くつもりの全力で持って踏みつける。

 

 ――元々死に掛けの亡者であれば、これで十分だろう。

 

 この亡者が持っていた弓はまともな武器として使えないため、動かなくなった亡者を放置して先に進む。

 

 そうして少し進むと上に登る階段と下に降りる階段があった。

 

 先ずは……上に進んでみるか。

 

 そう思い階段を少しだけ登ると、階段の上から人の背丈より大きな鉄球が転がり落ちてくる。

 それをかわすため下に続いていた階段に向かって転がり込み、体制を整え着地すると、その動きとほぼ同時になにかが壊れて崩れ去ったような音が響く。

 

 すぐに階段を上り上に向かおうと思ったが、下に進む階段の先には扉があった。

 

 ――せっかくなのでここから調べておこうか。

 

 その扉の先は、化け物が現れた大きな扉の前にあった剣が地面に刺さっている場所につながっていた。

 この扉を見落としていたようだが、しかしこの扉はこちら側からでないと開かない作りになっていた。

 どのみち鍵を開けたのは今なのでこちらに進むことはできなかっただろう。

 

 

 そんな事を考えながら、閉まっている扉に一度視線を移す。

 そしてそのまま、何も持っていない己の手に視線を移してみた。

 ……分かった事と言えば、どう考えても今の装備ではあの化け物とは戦えないだろうと言う事だけだ。

 というか装備があったとしてもあんなやつとは戦いたくない。

 …どうやら上しか進む道はないようである。

 

 降りてきた来た道を戻り階段を上ると降りる階段と昇る階段がわかれていた場所の壁が壊れていた。

 それだけなら問題ないのだが、どうやら壊れた壁の奥に部屋があるようだ。

 

 ――何もないかもしれないがとりあえず調べてみるか。

 

 壊れた壁をくぐり中に入ると部屋の中で騎士が倒れていた。

 身につけた鎧はアストラの上級騎士のものである。

 

 ――こいつは、鍵を持った亡者を俺の部屋に落としたやつだろうか?

 

 そのことを聞こうかと思い近づくと騎士が話しかけてきた。

 

「…おお、君は…亡者じゃあないんだな…」

「…よかった…」

「…私は、もうダメだ…」

「もうすぐ死ぬ。死ねばもう、正気を保てない…」

「…だから、君に、願いがある…」

「…同じ不死の身だ…観念して、聞いてくれよ…」

 

 この騎士にはいろいろと聞きたいことがあった。

 あの化け物のこと。

 近づくと急に燃え上がった火のこと。

 この場所のこと。

 

 ……だが目の前の騎士は、もうすぐ死ぬと言っている。

 そしてこの部屋には、この騎士以外の気配は無い。

 そしてこの騎士は俺に向かって「亡者じゃない」と問いかけてきた。

 つまりそれは、この不死院には俺とこの騎士以外には亡者しか居ないと言う事になる。

 

 そう。つまりは消去法で、この騎士は俺の恩人と言う事になるのだ。

 そして俺を牢から出してくれた恩人が最後の望みを口にしているのだ。

 恩人の最期の願いぐらいは叶えてやるのが筋というもの……いや人間というものだろう。

 

「ああ、俺に出来ることなら何でも聞いてやるよ」

 

「…ありがとう…」

「…恥ずかしい話だが、願いは、私の使命だ…」

「…それを、見ず知らずの君に、話したい…」

「…私の家に、伝わっている…」

「…不死とは、使命の印である…」

「…その印、あらわれし者は…不死院から…古い王たちの地にいたり…」

「…目覚ましの鐘を鳴らし、不死の使命を知れ…」

 

「…よく、聞いてくれた…これで、希望を持って、死ねるよ…」

「…ああ、それと…これも、君に託しておこう…」

 

そういって鈍い緑ガラスの瓶を手渡してくる。

 

「…不死の宝、エスト瓶だ…」

 

 どんな効果を持つものなのか分からないが、不死の宝というほどなのだ。よほどのものなのだろう。

 

「…それと、これも…」

 

 そして渡されたのは鍵だった。

 どこの鍵かは分からないが、これで進むことのできる場所があるのだろう。

 

「…じゃあ、もう、さよならだ…」

「…死んだ後、君を襲いたくはない…いってくれ…」

「…ありがとうな。」

 

 このまま分かれることが出来れば格好の一つでもついたのだろうが……言いにくいが、これだけは言っておかなければならない。

 

「…ああ、不死の使命とやらは必ず聞いてくるさ。それで…悪いとは思うんだがあんたの使ってる剣と盾を譲って貰えないか? 恥ずかしい話だが、何も武器がなくてな…」

 

「…なるほど、たしかに何も持っていないようだな…持って行ってくれ…」

 

「…すまんな…」

 

 そんな間抜けなやり取りをしながら、力尽きかけている騎士から剣と盾を貰い受ける。

 

「…気にしないでくれ、こいつも…亡者となった私に使われるよりは…君と共にある事を、喜ぶだろう…」

 

 受け取った剣と盾はどちらもかなりの業物のようである。

 よく手入れされ、剣に至っては強力な祝福が施されているようですらある。

 

「…いい剣と盾だな」

 

「…ああ、今まで…ずっと、共に戦い続けた相棒だ…」

「…すまないが、もう…本当に限界のようだ…」

 

「…ああ、わかった。あんたの相棒はありがたく使わせてもらう」

 

 そう言って今度こそ騎士から離れる。

 聞きたいことは聞けず、不死の使命を知るという約束までしてしまったが、後悔はしていない。

 暗い牢獄から開放してくれた恩人と言葉を交わせ、彼が相棒と呼んでいた武器を譲ってもらうことが出来た。不死の身になったこの身に、これ以上何を望めと言うのだろうか?

 

 そんなことを考えながら譲ってもらった武器を見る。

 

 剣は標準的な直剣であるがよく手入れされており、そう言った方面に詳しくない俺でも理解できる強力な祝福が施されている。

 盾は細かい紋章が施されているが、実用性も考慮された中盾のブルーシールド。

 二つとも正真正銘の一級品であり、これがあれば並みの亡者に囲まれたとしても十分戦えるだろう。

 ……一対一であれば、ロイドの騎士とも十分に戦える。

 

 唯一残った道である上の階段を進む。

 階段を上り切ると折れた剣を持った亡者が襲いかかってくる。

 だが所詮は手を振りまわすだけの技も何もあったものではないものだ。

 

 盾で腕ごと剣を押し返す。

 一般にパリィと呼ばれる技術だ。

 腕を後ろに持って行かれたことにより体勢を崩した亡者の胸を剣で一突きにし地面に押し倒す。

 

 ――やはり武器があると変わるな。

 

 何度も何度も繰り返し、騎士になるために積み上げた技術が自然と体を動かしてくれる。

 そこには技を振るう誇りが宿り、誇りは自信へと変わり己を支えてくれる。

 それは今までの俺が、無駄ではなかった事の証その物であった。

 

 そのまま少し進むとまた扉があった。

 開けようとするが、どうやら鍵がかかっているようだ。

 

 ――もしかすると、あの騎士から託された鍵はここの鍵ではないだろうか?

 

 かちゃり。

 

 どうやらあたりのようである。

 そのまま道に沿って進むと、折れた剣を持った亡者が2体と弓を持った亡者が1体待ち構えている場所に出た。

 しかしここでは道が狭く、数の有利を十分に生かすことができない。

 やはり亡者は考えることができなくなっているのだろう。

 

 道が狭くなっている場所に盾を構えて姿を見せると、剣を持つ亡者はただ剣を振り回しているだけであった。

 弓を持っている亡者は俺を狙って矢を放つが、この狭い道のせいで仲間であるはずの剣を持った亡者に当たり俺には届かない。

 しかしこんな場所なのに弓を撃つことをやめようと思えないのだから、与しやすいものである。

 

 後ろから弓を撃たれたせいで1体の亡者が怯む。

 さらにもう1体の亡者の攻撃は盾で弾き、亡者が2体とも怯んだ状態になる。

 その隙を狙って剣を振り抜くが……アストラの騎士から譲り受けた直剣は、ほぼ裸に近い亡者とはいえほとんど抵抗なく2体の胸を纏めて切り裂いた。

 力なく崩れ落ちる亡者をどけ、一気に距離を詰めて弓を持つ亡者を斬りつける。

 

 二度振るっただけで3人の亡者を切り捨てることができた。

 やはりこの剣は凄まじい業物だ。

 実戦で振るい敵を切り裂いたことで、改めてその事を確信できた。

 

 そこでふと左の吹き抜けの場所に目が向く。

 その吹き抜けは、どうやら化け物がいる広い部屋につながっているようである。

 

 ――ならば、そちらは無視してまっすぐ進むしかないだろう。

 

 亡者たちが居た場所からまっすぐ進むと、今度は剣と盾を持って鎧を着た亡者がいた。

 装備がまともということで少し警戒したが、亡者はこちらに気づくとただ走ってきて突きを繰り出しただけだった。

 その突きを盾ではじき、体制が崩れた瞬間を狙い剣を振るう。

 ただそれだけの作業だった。

 

 まともなのは装備だけで、他はそこらにいる亡者と殆ど変わらなかった。

 

 しかしこの亡者の後ろには扉がある。

 おそらくここを進めば外に出られるのだろう。

 そんな希望を持ちながら扉に手をかけるが、しかし錆びの目立つこの扉は開かなかった。

 渡された鍵も使ってみようとしたのだが、鍵が鍵穴に入らない。

 つまり、この道は行き止まりだ。

 そうなれば必然、残った道は一つしかないわけであり――

 

 ――これは、あの化け物をなんとかするしかないということだろうか?

 

 

 

 先程の広い部屋につながっている場所に戻ると、吹き抜けから覗く下側にはこちらを見上げるあの化け物がいた。

 どうしてこちらの位置が分かるのかは置いておくとして、今なら生物の急所である頭を確実に狙える。

 

 ――やるなら今しかない。

 

 そう判断して助走をつけ飛び、化け物の頭目掛けて剣を深く突き刺した。

 

 鮮血が噴き出し俺と化け物を濡らし、化け物のうめき声が部屋を満たす。

 化け物が呻いている間に剣を引き抜き剣を再び剣を突き刺す。

 頭にしがみついている俺を手の短い化け物は振り払うことができないでいた。

 

 ――いける。

 

 そう思考した瞬間の事であった。

 化け物は大槌を振り回し暴れ出したのだ。

 だが頭に深々と突き刺さった剣の傷は確実に致命傷のはずである。

 再度剣を引き抜き頭に突き立てる。

 すると化け物の大槌が床に振り下ろされる。

 

 ――今更暴れた程度で俺が振り落とされるものか。

 

 しかしその考えは次の瞬間に打ち砕かれる。

 なんと、床が抜けたのだ。

 そのまま化け物とともに落下する。

 

 だがそれだけなら問題なかったのだ。

 問題は、落下した先に別の化け物が存在していたということだった。

 

 2体目の化け物は瀕死の化け物になど構うことなく、化け物ごと俺を押しつぶそうと巨大な杖を振り下ろす。

 

 俺は化け物が力を溜めるように杖を振り上げる動きを見た瞬間、すぐに来るであろう振り下ろしを避けるために化け物の頭から剣を抜き、そのまま床に落下する。

 俺が床に降りたのとほぼ同時に、振り下ろされた杖が大槌を持っていた化け物の頭を吹き飛ばした。

 地面に衝撃が走り、部屋全体を揺らしながら煙を巻き上げる。化け物が振り下ろした杖が起こした破壊の全てが、この化け物が凄まじい必殺性を有している事を如実に物語っている。

 

 なんとか避けることができたがこれはまずい。

 大槌を持った化け物のように、最初から頭に剣を突きたてているわけではないため相手は無傷である。

 それでいて先ほどの力だ。

 不利にもほどがある。

 

 何とか生き残る事はできないかと考えを巡らせようとした時、そんな物は待たんと言わんばかりに杖を持った化け物は杖を後ろに構え、手を前につき出したような不思議な構えを取る。

 何をするつもりかわからないため、思考を中断し盾を構えて相手の動きに備える。……そんな警戒を掻い潜るように。次の瞬間に起こったのは、至近距離での爆発だった。

 

 目の前の空間がはじけたような爆発だ。

 盾を持つ手が衝撃で痛み、同時に後ろにはじかれる。

 

 今のはまさか魔法か?

 化け物が魔法を使うなんて反則だろう。

 

 化け物はいつの間にか再び構えを取っている。

 再び衝撃が俺を襲う。

 

「っ!」

 

 今度は衝撃で痛むなんてものではない、本物の痛みである。

 動きはするが盾を持つ手の感覚がほとんどなくなっている。

 

 とにかく正面から逃げないと。

 とっさにそう考え化け物の後ろに回り込むように走りこむ。

 しかしこの化け物は杖を両手で持つと地面に差すように振り下ろす。

 すると地面にぶつかっている杖の部分が中心になり、先ほどまで猛威を振るっていた爆発が広がる。

 俺は手の痛みを我慢し、なんとか盾で防いだが化け物は爆発の中心にいながら全くの無傷である。

 

 くそったれ。

 この杖を持ったやつのほうが大槌を持ったやつより強い。

 しかもこの手の痛みをなんとかしないと両手で剣を持つこともできない。

 しかし後ろに回り込むことには成功した。

 あとは爆発に気をつけ斬り続けていればなんとかなる…と思いたい。

 

 萎えそうになる己を叱咤し、渾身の力で化け物の足を斬りつける。

 すると固そうに見えた皮膚が思いのほか簡単に裂け血が噴き出す。

 呻き声をあげながら化け物は杖を高く上げ、先ほどの爆発を起こそうとする。

 

 ……しかし何をやってくるかさえ分かっていれば、動きの遅い攻撃など避けるのはたやすい。

 

 爆発を回避するため、化け物から距離を取るために後ろに飛ぶ。

 俺が取った回避行動に一瞬遅れる形で地面が爆発する。

 

 そしてその爆発が収まると同時に化け物の足元に近づき再び化け物の足を斬りつける。

 やはり皮膚は簡単に裂け、血が噴き出す。

 その傷を抉り、さらに深い傷にするため体重を乗せ思いっきり剣を突き刺す。

 

 呻きながらも化け物は背にある小さな羽で空を飛び、己の体の正面に俺が来るように空中で体を回転させ尻もちをつくように攻撃を仕掛けてくる。

 

 だが、そんなものに潰されるわけがない。

 化け物は尻もちをつく形になっているせいで、体制を整えるのに微妙に時間がかかっている。

 

 そこで理解できた。この化け物は力は強いが、動き自体はそう速くないのだと。

 体勢を立て直すための微妙な時間さえあれば後ろに回ることができる。

 

 ……この剣がなかったら俺はこの化け物を傷つけることはできなかっただろう。

 そんなことを考えながら化け物を斬りつける。

 ……この盾が無ければ、最初に食らった魔法の爆発で死んでいただろう。

 手の痛みを感じながらそう思う。

 

 ――やはり、俺は運がいい。

 ここに至るまで何か一つでも欠けていれば俺は終わっていただろう。

 だが事実として俺は化け物に対抗できる剣と盾を持ってここにいる。

 

 数えてさえいない何度目かの攻撃。

 床と剣は化け物の血で染まり剣を持つ手も血に濡れている。

 その血の分だけ削られた化け物の足はまともに動くことができないほどぼろぼろになっている。

 そしてとうとう化け物が膝をついた。

 それは急所である頭を俺の攻撃範囲に見せてしまったということだ。

 

 全体重を乗せ体を前に倒すように、全力で駆けながら頭を全力で斬りつける。

 噴き出す血と断末魔。

 魔法を扱う異形の化け物は、俺の一撃を受けて完全に果てていた。

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

 化け物が死んだのを確認すると体を投げ出す。

 腕が痛い。

 緊張で気づかなかったが腕だけでなく全身がぼろぼろだ。

 しばらく動くことはできないだろう。

 

 騎士から貰ったエスト瓶が、体を地面に投げ出した際に一緒に放り投げられたらしい。

 俺の命の恩人のであり、これ程の武具の持ち主が宝とまで言っていたものだ。

 あらゆる意味で雑に扱うわけにはいかないだろう。

 痛む体を無理に動かしエスト瓶を拾う。

 するとどうだろうか。

 エスト瓶の中の橙色のなにかが減り、体の痛みが和らいでいく。

 

 ――なぜ?

 

 考えても分からない問をついつい考えてしまう。

 しかしエスト瓶の中の橙色の何かが減ると体の痛みが治まるらしいということは理解できた。

 理由は分からないが、体を動かすのに問題ないほどは回復しているようだ。

 

 ならば速くここから逃げなくては。

 次にロイドの騎士がここに不死を連れてきた時に、俺がまだこの中をうろついていると捕まってしまう。

 ゆっくりと首を回して出口を探す。

 

 どうやら梯子があるようである。

 それと同時に化け物の死体が消えていたことに気づく。

 大槌を持っていた化け物の死体があったあたりには鍵が、杖を持っていた化け物の死体があった場所にはよく分からない鉱石のようなものが、それぞれ落ちている。

 

 ――何なのかは分からないが、せっかくの戦利品なのだ。両方貰っておくとしよう。

 

 

 

 化け物が存在していた部屋に掛けられていた梯子を昇ると、そこは俺が捕らえられていた牢の近くに通じていた。

 

 しかし、何故か俺が入っていた牢の中に新しい亡者が存在していた。

 もう動くことのない完全な亡者だが、俺はあんなやつは知らない。

 不思議に思い亡者の近くに行くと、その亡者は手によく分からない形の人形を持っていることに気づいた。

 

 ――元は俺の部屋だし、この亡者はもう動く事も無いだろう。ならばこれも……貰っておくか。

 

 見たことの無いおかしな形の人形を懐に収め、俺は今度こそ、長年を過ごした牢獄に背を向けた。

 

 

 

 もう進む場所は一か所しかない。

 大穴の開いた広間の先の大きな扉を開けようとする。

 鍵がかかっていたのだが、これは先ほどの化け物から手に入れた鍵で開けることができた。

 ……ここから出るためには絶対にこの化け物を倒す必要があったようだ。

 

 扉を開け先に進む。

 外である。

 ようやく外に出られた。

 だが俺の思いはそこで終わりだった。

 どれだけ周りを見ても周りは断崖しかない。

 ついふらふらと崖に向かってしまう。

 

 しかし、それは意味のない確認だった。

 ただ目の前の光景が信じられなかったのだ。

 

「はは…なんだよこれ…」

 

 俺は、死ぬ思いをして崖から身を投げにでも来たというのだろうか?

 

 ため息をつきながら今後どうするべきかを考える。

 気絶していたため覚えていないが、どういう方法を使ったのか知らないがロイドの騎士はここに俺を連れてきているのだ。

 なら再び不死が捕まり、ここに運ばれてきた時にその移動手段を奪ってしまえばいいではないか。

 我ながらいい考えである。

 

 そんな風に己を慰め、来るべき襲撃までは技を磨こうとでも考えていたのだが……しかし俺の考えは実行されることはなかった。

 

 羽ばたきの音と共に急に視界が暗くなる。

 

 ――何が…

 

 何かを考えるより先に、俺はばかでかいカラスに捕まっていた。

 

 

 

 

 

 



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火継ぎの祭祀場

どさぁ!

 

俺を捕まえたばかみたいでかいカラスにどこかに運ばれ、地面に落とされた。

落下と共に体と心に衝撃が走る。

 

「っっっ~~」

 

体の感覚的にはどこにも怪我を負っていない。

もはやそれ自体が奇跡である。

落とされた俺からすると今のはそれほどの衝撃だった。

 

「おいおい、今回の巡礼者はずいぶん派手じゃないか。」

 

いまだに地面で声を出さないようにうずくまっている俺に向かって声がかけられる。

そう思うならもう少し声のかけ方ってもんがあるだろ。

かなりいらつきながら声の方に顔を向ける。

 

視線の先にいたのはチェイン装備と呼ばれる鉄を体の線に合わせて加工した鎧を着た男だった。

 

「睨むなよ。あんな風にここに来たのはあんたが初めてだったもんでつい口が出ちまっただけだよ。」

「なんにしても、よくきたな。新しいやつは久しぶりだ。」

「どうせ、あれだろう?不死の使命がどうとか…皆一緒だ。」

 

たしかに不死の使命を聞くつもりだったが、皆一緒というのはどういうことだ?不死院で出会った騎士のような者が大勢いるということだろうか?

 

「呪われた時点で終わってるんだ。不死院でじっとしてればいいものを…ご苦労なことさ。」

「まあ、いい。暇なんだ、教えてやるよ。」

「不死の使命に言う、目覚ましの鐘ってのは、ふたつある。」

「ひとつは、この上にある、不死教会の鐘楼に。もうひとつは、この遥か下にある、病み村の底の古い遺跡に。」

「両方鳴らせば、何かが起こるって話だが…どうだろうね?」

「少なくとも俺は、その先の話は聞いたこともねえが…まあ、いい。」

「さあ行けよ。そのためにきたのだろう?この呪われた不死の地に。」

「まあ、あんたみたいな亡者一歩手前のやつじゃどの道無理ってもんだろうがな。」

「…ハハハハハ。」

 

それは教えると言うよりは独白に近い。

 

「おい、どうせしゃべるなら俺にも分かるようにしゃべれ。」

 

「俺は独り言のつもりでしゃべってたんだよ。」

 

「そんなことはどうでもいい。俺の質問に答えてもらう。」

 

そういい剣を男に向ける。

 

「…はあ、ずいぶんな挨拶じゃないか。まあ、いい。何を聞きたいんだよ?」

 

「あの火は何だ?」

 

そう言って不死院でも見かけた剣の突き刺さった地面が燃えているものを指さす。

 

「…おいおい、そりゃぁずいぶん間抜けな質問じゃないか?それとも…最初から俺をやるつもりだったのか?」

 

「本当に知らんだけだ。」

 

「…俺は篝火を知らない不死がいたってことに驚いてるぜ。」

 

「篝火?」

 

「ああ、不死の体を癒し、蘇生も、魂の強化も、人間になることでさえこれを使うんだ。」

 

「蘇生?俺たちは今生きているだろうが。それと当り前だが俺は人間だ。化け物に見えるか?」

 

「…そんな間抜けな返事をするってことはまじで何も知らないんだな…いいぜ、教えてやるよ。」

「俺たち不死は篝火で休息することで体調をほぼ万全の状態まで持っていける。」

「まあ、眠気みたいのなのはどうしようもねえわけだが。」

「蘇生ってのはそのまんまの意味で俺たち不死は死んでも最後に休憩した篝火で甦るんだよ。」

「だがそんなもんこの地じゃ何回も死ねるって意味しかねぇ…そんなことばっかり繰り返してりゃ誰だろうが亡者になるってわけだ。」

「そんな、死んで亡者になりかけた時に人間性って呼ばれてるもんをこの篝火に捧げると人間に戻れるってわけだ。」

「どうだい?よくできたからくりだろ?」

 

「人間性とはなんだ?」

 

「さあね。まあここを調べるつもりなら嫌でも見ることになると思うぜ。」

「簡単に言っちまえば白いもんが纏わりついた黒い何かだ。」

 

「それとこのエスト瓶について何か知っていないか?」

 

「…篝火の火をエスト瓶の中に溜めておけるんだよ。俺は持ってるからいらんが、他のやつにそれを軽々と見せないことだな。殺してでも奪い取ろうとするやつは絶対いるぜ。」

 

つまり不死院の化け物にやられた後、篝火を浴びることができたから体の痛みが和らいだということだろうか?

しかしこの篝火でソウルを使った魂の強化が可能とは…。

人間性というものの実物を見てないがこの男の言葉を信じるならすぐに見ることになるのだろう。

この男、口調はあれだが根は悪い男ではないのだろう。

不死の使命とやらのことも口にしていたし詳しく聞いてみるか。

 

「不死の使命の鐘のことを詳しく聞きたい。」

 

「知りたがりは好きじゃないが…まあ、いい。」

「あと少しだけ教えてやるよ。」

 

どうやら思った通り、根は悪い男ではないのだろう。

 

「1つめの鐘は、確かこの上の不死教会だが今はリフトが止まっちまってる。」

「だから、この先の崖沿いを上って水路から不死街に入るしかない。」

「もう1つの鐘は、その不死街を下へ向かえばいいはずさ。」

「もっとも、不死街の先は、疫病者が集まる病み村だ。」

「俺ならそんな場所ごめんだがね。」

 

「最後の質問だが、ここはどういう場所なんだ?」

 

「この地の名前はロードラン、ソウルを通貨代わりに使命がどうのこうのってやつらが這いずり回っては死んでいく碌でもない場所だ。」

 

「…そうか、感謝する。」

 

聞きたいことは聞けたことだしこのあたりを軽く調べて不死街とやらに向かうとしよう。

 

 

 

篝火の近くに座った男に他に人がいないか聞いてみる。

するとリフトの方に白教の坊主がいると教えてくれた。

せっかくなので挨拶でもしておくとしよう。

 

 

教えてもらった方に行くと坊主と言うよりは戦士のような重々しい装備を身につけた男がいた。

「ああ、こんにちは。はじえまして、ですな。」

「ソルロンドのペトルスと申しますが、何かご用でしょうか?」

 

「用はない。ただ篝火のそばに座っている男からやつ以外の人間がいると聞いたから顔を見に来ただけだ。」

 

「そうですか。…御用がなければお互い、あまり関わらない方がよろしいでしょう。」

「ただ、そうですね。ここで会ったのも何かの縁です。」

「それなりの誠意さえ示してもらえれば私の知る奇跡をお教えしますがどうでしょうか?」

 

「誠意か…」

つまり何か寄こせということだろう。

ただこういった手合いは付き合い方さえ間違えなければ害はない。

「ソウルしかないが、それでもいいか?」

 

あえて何も知らないように振る舞い確認を取る。

無知な者ならペトルスも警戒しないだろう。

 

「ええ、もちろん、それでかまいませんよ。ではまず白教の誓約を結んでくれませんか?」

 

誓約を結ぶなんて初めてだ。

…少しだけロイドの騎士のことを思いだしてしまったな。

 

「祈るだけでいいのか?」

 

「大丈夫ですよ。」

 

ペトルスに向かって祈る。

…これではないという感覚が付きまとってしまう。

 

「…これで誓約が結べました。では好きな奇跡をお教えしましょう。…ああ、奇跡はタリスマンがないと発動しませんよ。」

 

「何があるか教えてくれ。」

 

ペトルスの説明を聞き回復の奇跡とソルロンドのタリスマンをソウルと交換した。

その時気付いたが俺のソウルは普段では考えられぬほどの量になっていた。

あの化け物を倒したからだろうか?

 

ついでなので不死の使命とやらの話を聞いてみよう。

 

「不死の使命の話を聞いたことがあるか?」

 

「不死の使命ですか?」

「残念ですが、それは、申し上げられません。」

「ただ、貴方は、私の教え子ですから、誠意次第では…」

 

また誠意か。

 

「…これでいいか?」

 

そう言ってソウルを渡す。

 

「…そうですね、他ならぬ貴方です。お話しましょう。」

「聖職における不死の使命とは、まず『注ぎ火』の探索です。」

「『注ぎ火』は人間性により、不死の篝火を育てる業。」

「それにより、我らは英雄の力を得るのです。」

 

また、人間性か。

話を聞く限りでは、篝火に人間性を捧げることで何らかの『力』を得ることができるということだろう。

 

「そうか。」

 

聞いた価値があるのかは、試せば分かるだろう。

 

「聞きたいことは聞けたことだし、俺はもう行こう。」

 

「そうですか。また、会えるといいですね。」

 

 

 

篝火のそばに座っている男の言葉の通りに崖沿いを上って水路から不死街に入ろうと足を進めた。

 

崖沿いの階段を上った所に亡者が待ち構えていた。

ぼろぼろの鎧を着た亡者である。

こちらに走ってくるが亡者らしく遅い。

盾で受け流し、胸に剣を突き刺す。

不死院でも経験した単純な作業。

 

だが今回は全く違っていた。

何かが頭にぶつかり割れる。

そして言葉にすることのできない激痛。

頭に、何かがぶつかった、そのことで飛びそうになった意識を、わざわざ引き戻しその意識を焼くかのような形容しがたい激痛。

 

何があったのか、その理由を理解することさえできないまま、俺は、死んだ。



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城下不死街 ~初めての死・飛竜邂逅~

何時の間にやら半年以上投稿していませんでした。
楽しみにしてくれていた方、特に感想を頂いた方は長々とお待たせして申し訳ありません。

……でも更新速度は……



 寝起きのように意識が覚醒し、自分という存在が浮上していく事が理解できる。

 闇の中で唯一つ存在する炎に向かうように、魂だけで世界を渡るような、その様な感覚。しかし不思議と恐怖は無い。……闇にも、炎にも。

 

 ……

 

 意識を取り戻した俺が気がついた場所は、このロードランに来て初めて見た篝火だった。

 まるで俺と言う存在が再び燃え上がっている事を暗示しているように、篝火は先ほど火がついたかのようにゆっくりと空に向かって炎を伸ばしている。

 

「ハハハハハ、ずいぶんお早いお帰りじゃないか」

 

 笑い声に反応し視線を移した先には、ぼろぼろの地面に腰かけ、笑いながら声をかけてくる男がいた。

 男が発しているその笑いが、明らかに俺を馬鹿にしているのが理解できる。必然睨むような顔つきになってしまうのは、当然だっただろう。

 

 

「おいおい、睨むなよ。死んだのはあんた自身の責任だろ?」

 

「…俺は、死んだのか?」

 

「ああ、あんたも不死なら理屈じゃなくて本能で、それぐらいは理解できただろ?」

 

「…死んだのは初めてだ」

 

「へぇ、そりゃまた、ずいぶんと運が良かったんだな。普通の不死ならここに来るまでに少なくても、一、二回くらいは死んでるもんだがな」

「まあ、ロードランじゃぁ死ぬって事自体が一つの儀式みたいなもんだ」

「失敗した世界に失敗を集め、少しでも成功したらそこを新しい世界にする。だからソウルは先に進めば進むほど大きくなり、先に存在する強いソウルを持つものを殺せばソウルを多く得る事が出来る。世界中のソウルを手に入れたナニカが最後に行き着く場所なんて、それこそ……」

「…下らん事を言った、忘れてくれ」

 

「いいや、参考になった。……いろいろと、な」

 

 死。

 漠然としてはいるが、それは一つの終わりだ。

 生まれて死ぬ。

 それを一つのサイクルだとするのであれば、俺は既に一つの人生を終わらせた事になる。

 しかし今俺は生きている。

 それは一人で数々の人生を持っている事と同義であり、すなわち死んでも次があるということに他ならない。

 

 一つの世界で俺(・)と言う人生を繰り返すのではない。

 俺と言う存在が僅かに違う別の世界に移動して蘇るのだ。

 だから俺は篝火の傍に座る無気力な男と話した事実は持っていても、先ほどの場所を抜ける事が出来た事実は持っていない。

 それがこの世界(ロードラン)。

 歪み、捻じ曲がり、過去と未来が交差し、誰かにとっての現実が誰かの目線で進んでいく。過去も未来も……正しいことなど、あったものではない。

 

「ハハハ、案外素直じゃないか、あんた。なら、そうだな。気分がいいからもう一つだけ教えてやるよ」

「あんたが死んだ場所に存在するあんただけが見える歪み……俺達は【血痕】と呼んでるが、それは出来るだけ触っておくことだ。あんたが死ぬ前になくしたモンを、少しだけ取り戻せるかもしれん」

 

「それはどう言う意味だ…?」

 

「さあな」

 

 本当に、この男はよく分からない。

 思慮深い助言をしたと思えば、次の瞬間には適当に放り出す。

 見て聞いて体験する、その手伝いはしている。しかし俺が何を感じるのかまでは決して口を出さない。

 答えは己で決めるのだ。それは己で考えていない答えなど、全て不正解と言う意味でもある。

 

 ――まるで祖母のようだ。

 

 そんな事を考えながら、男に感謝の言葉を述べた俺は、再び不死街へと足を進めた。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 俺は以前と同じように階段を上り、以前と同じようにぼろぼろの鎧を着た亡者を見つけた。

 亡者は俺が見ていることに気がついたのか、こちらに向かい走ってくる。

 ゆっくりした動きだ。受け流し、切り殺す事など容易い。

 

 ――ならば俺は、何処から攻撃を受けた?

 

 少し前に頭に受けた痛みを思い出しながら、視線を動かし俺を殺した存在を探す。

 すると崖の上にもう一人亡者を見つけた。

 火炎壷を構え、こちらに狙いを定めている。

 亡者になって尚、あれほど離れた場所から俺の頭に火炎壷をぶつけた事には驚かされるが、来ると分かっていれば対処は難しくない。

 

 走りこんで来る亡者の脇を抜けながらすれ違い様に脇を切り裂き、盾を上に向けて構えながら亡者に死角にもぐりこむ。

 死角になっているそこで一度呼吸を整えると、階段を一気に駆け上がる。

 

 火炎壷を投げる亡者の近くには標準的ではあるが肉厚な斧……バトルアクスを持った亡者も存在していたが……亡者であるが故の宿命なのか、動きがかなり緩慢である。

 バトルアクスを振り上げる前に、背中を見せている火炎壷の亡者を背中から切り裂いた。

 そしてバトルアクスを持った亡者が地を蹴るような音共にその場から飛び退く。

 

 ごう、と風を切る音が聞こえる。

 しかし既に亡者の間合いから離れた俺にはその攻撃は当たらない。

 そして重量のあるバトルアクスを全力で振り下ろした亡者は無防備な背を晒しており、攻撃してくれと言わんばかりである。

 それに答えるように背後から亡者の背を蹴り崖の下に突き落とす。

 

 誰もいなくなったその場で最期に周囲を確認し、緑色の光を発する俺の血痕に触れた。

 何かが戻ってくるような感覚と共に、ここではない何処かで生きていた俺の最期の記憶が流れ込んでくる。

 

 ――

 俺は火炎壷を頭にぶつけられ、血を流す頭を炎で焼かれながらその場でのた打ち回り、呆気なく息絶えた。

 ――

 

 ――なるほど、血痕に触れれば俺は以前の【俺】を引き継げるのか。

 

 俺が俺の血痕に触れた事で、以前の俺は正式に消滅したのだと。

 その事が、何となく理解できた。

 そしてそれと同時に、回復の奇跡が殆ど役に立たないであろう事を理解してしまった。

 

 考えてみれば当然の事だ。

 

 腹に刺さった槍や剣、矢を抜けば回復の物語を読み上げる事で怪我は癒されるだろう。

 しかし頭蓋にぶつかった火炎壷で意識を失ってしまえば、誰が回復の物語を読み上げてくれるのだろうか?

 誰かと共に旅を続けていなるわけではないのだから、意識を失う事や行動不能になることは即ち死だ。

 

 ――得るべき物は回復手段ではなく守りの奇跡だったか。

 

 たしかペトルスは回復だけではなくフォースの奇跡も知っていると口にしていた。

 

 フォースは聖職の騎士に広く普及している。

 あれがあればそれなりの数に囲まれたとしても何とかなるかもしれない。

 ……それなりの誠意を見せればフォースの奇跡ぐらいであれば教えてくれるだろう。

 

 俺は一度ペトルスの元へ戻り誠意を見せ、フォースの物語を教えてもらうと共に再び不死街に足を進めた。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 底の見えない断崖を眼下に納めながら、俺は水路の中へと進入した。

 水路の中には浅い水深ではあるが水が流れており、今尚この水路が機能している事がうかがえる。

 

 水路の中には見た事も無いほど巨大なねずみが存在していたが、ねずみは一心不乱に死体を食っていた。

 肉が裂ける嫌な音が水路の中に響き、何とも言えぬ不気味さを醸しだしている。

 

 名も知らぬ誰かの死体を貪るねずみを後ろから切り殺し、死体に視線を向ける。

 先ほどのねずみのせいなのか、動かなくなったこの誰かは肉の大半が失われていた。

 服といえるものも武具と言える物も持っておらず、生きているのか死んでいるかのさえ分からない。

 ただ力なく地面に倒れ、ピクリとも動かないと言うこの現状こそがこの誰かの全てであった。

 

 ……このロードランの現実を見、こうはならないと心に刻みながら、俺は再び水路を遡りながら先に向かうため足を進めた。

 

 

 

 水路から出、階段を上るといきなりバトルアクスを持った亡者と折れた剣を持った亡者に襲撃されたが、冷静に折れた直剣の亡者の攻撃を受け流し、体制が崩れた亡者を毛って距離を開けた。

 そのままバトルアクスを持った亡者の腹を盾で殴打し、顔が浮いた所を蹴り上げる。

 その隙に直剣の亡者を刺し殺し、体制を崩しているままのバトルアクスを持つ亡者に一気に近づき切り払う。

 俺の一撃をもろに受けた亡者はそのまま力無く倒れ付し、その手に持ったバトルアクスが地面に転がった。

 

 ……地面に倒れ付した二人の亡者を見下ろしながら、俺は地面に転がるバトルアクスに目を奪われていた。

 そして僅かに思考をめぐらせ、持ち主の居なくなったバトルアクスを拾い上げる。

 

 名も知らぬアストラの騎士から譲り受けた剣は、かなりの業物であるが故に代わりに替えが効かない。加えて恩人の形見でもあるため雑には扱いたくないのが本音であった。

 

 しかしこのバトルアクスはそうではない。

 良くも悪くも量産品であり、投擲武器として扱いやすい形をした武器だ。肉厚であるが故に力任せに叩きつければそれなりの威力を期待でき、手入れをする必要もあまり無い。

 使い捨てのサブウエポンとして持つならば、今の所はこれが最上だろう。

 

 何度かバトルアクスを振るい調子を確かめ、動かなくなった亡者からバトルアクスを腰に固定するための腰巻の材料を拝借する。

 その場で即席の腰巻を作り、バトルアクスを固定する。

 素早く腰からバトルアクスを抜き放つ動きを繰り返すが、問題なく機能するようだ。

 

 一度アストラの騎士から貰った直剣――これからはアストラの直剣と呼ぶ事にする――を腰の鞘に仕舞い、バトルアクスを構える。

 そして地面に倒れ付した亡者に向かい……全力でバトルアクスを振り下ろした。

 亡者の鎧と肉を難なく裂き、地面にぶつかりガキンと言う音共に腕に衝撃が跳ね返ってくる。

 

 ――問題なく使用できそうだな。

 

 そう判断した俺はバトルアクスを腰に仕舞いアストラの直剣を抜くと、警戒しながら足を進めた。

 

 

 そうして城壁のようにも見えるこの場所を道沿いに進むと、少し開けた場所の奥でこちらに向かい火炎壷を投げつけてくる亡者が存在していた。

 火炎壷を盾で受け、距離を詰めるため一気に走り込もうとしたが……これは俺が最初に死んだ場所に告示している事に気がついた。

 火炎壷を投げつけてくる亡者だけが見えており、それ以外は家に隠れて何も見えない。

 

 ――ならば、気をつけるべきだ。死角からの一撃が容易く命を刈り取る事を、俺は既に知っている。

 

 火炎壷を盾で受け、走りこむ代わりに先ほど拾ったばかりのバトルアクスを素早く抜き放ち腰を捻りながら投擲する。

 バトルアクスは高速で回転しながら亡者の胸に吸い込まれ、火炎壷亡者の命を呆気なく刈り取った。

 すると火炎壷亡者がやられた事に合わせるように、道の左に存在していた家の中から亡者が現れる。

 普通に進んでいれば背後を取られていたであろうこの配置から、この亡者は生意気にも獲物を待ち伏せしていたらしい事が伺える。

 

 しかし釣り役の亡者は既に死に、残ったのは一人だけ。

 亡者が剣を振るよりも早くアストラの直剣を振るい、亡者の胸を一気に切り裂いた。

 

 火炎壷亡者の胸を貫いたバトルアクスを回収し、敵が居なくなった周りを見回してみる。すると左右の家はドアが存在しておらず、中に入れるようになっていた。

 しかし左の家は崩れた階段以外は何も無く、階段を登ることはできそうだがそれがどこかに繋がっている様子も無い。

 そうなると、必然的に進む道は右側の家と言う事になる。

 

 

 右側の家に入り、階段を上……ろうとした時、家の奥で何かが光ったような感じがした。

 俺はその光に好奇心を刺激され、階段を上らず広くは無い家の奥に向かって足を進める。

 すると俺が向かった先には力なく壁に寄りかかる誰かが居た。

 その誰かの胸元には、あまり大きくはないが、間違いなくその「誰か」の物であろうソウルが輝いていた。

 

 見知らぬ誰かに僅かな祈りを捧げ、俺はその誰かのソウルを手に取った。

 俺の手に触れたソウルは、俺の体に吸い込まれるように消えていく。

 ……何故ソウルがこのような動きをするのかは誰も知らないが、この現象は世界の常識であった。

 

 

 ソウルは死んだ者から生きた者へと移り変わる。

 不死人はソウルを光として捉える事が出来る。

 そしてソウルは、命の源である。

 ……故に不死人は、生きる者から命の炎を奪う闇である。

 闇は払わねばならぬ。払えぬのであれば封じねばならぬ。

 我ら人が、光であると願う限り。

 

 ――ペトルスに誠意を見せた時ではなく、死体からソウルを奪ったこの瞬間に。少しだけロイドの騎士として勉学に励んでいた頃のことを思い出した。

 

 

 僅かな感傷に浸りながら家の中の階段を上り、そのまま道沿いに進んでいくと――何か巨大なものが羽ばたくような音共に、魂が押し潰されそうな重圧が空から落ちてきた。

 

 ガァアン!!

 

 それは伝説で語られる飛竜であった。

 体中に生えた棘は体を守る防具であり、敵を威圧する禍々しさを持っている。

 巨大な体躯は人など問題にしない暴威の化身であり、魂まで焼き焦がすような荒々しい熱を備えている。

 足元に居る俺に対して一瞥もくれないその態度は、しかしそれを可能とする種としての格の違いを本能から思い起こす畏怖によって、ある種の納得さえ覚えてしまう。

 

 邂逅は一瞬。

 飛竜が選んだ足場に俺がたまたま存在していたと言う、それだけの話。

 飛竜にとってそれ以上の意味は無く、俺にとってもそれ以上の意味は無い。

 ……だがそれでも、俺は飛竜を見た事でロードランの事を深く知る事が出来た気がした。

 伝説が形を持った現実として存在し、現実として生命を脅かし、気持ちを昂ぶらせ言葉を交わすことさえ可能とするのだと。

 

 

 飛竜との邂逅で昂ぶる気持ちを抑えながら、一本道の城壁にも見える道を進む。

 すると少し進むと開けた場所に出た。

 開けたその場所を守るかのように、数人の亡者が視界に映る。

 

 高台にはクロスボウを持った亡者がこちらを狙っており、そこに至るための階段を剣と盾を持った亡者が塞いでいる。

 さらにその階段を守るように同じ装備の亡者が存在しており道を守っているかのようだ。

 

 ――今までも亡者の動きを考えるのであれば、一気に走り抜けて一人ずつ切り伏せればいい。もしもの時は……フォースもある。

 

 盾を持つ手に、盾と共に握っているタリスマンを握りこみ、開けた空間に向かって一歩を踏み出す……――その瞬間、高台のクロスボウが発射された。

 今までの弓のように弦が緩んでいないのか、かなりの速度で標的に向けて飛来する。

 火炎壷の事を思い出しとっさに盾で顔を覆ったが、やつの狙いは胴体であったようで骨に響く鈍い感触が体を走る。

 

「ッッ!」

 

 しかし即死ではない。

 俺はまだ生きており、思考する頭が残っている。

 クロスボウによる狙撃で動きを止めた獲物に留めを刺すためなのか、道を塞いでいた亡者たちの足音が俺に向かって近づいているのが理解出来た。

 

 ――だが、そこまでは織り込み済みだ。

 

「―■■―」

 

 盾と共に握っているタリスマンを握り込み、ペトルスから教えてもらったフォースの物語を読み上げる。

 

 一言で語られるその物語は、汚れた聖女の騎士を称えたもの。

 その物語は一言で語れる簡易的なものであるが故に敵を消し飛ばす破壊力こそ無いが、魂を揺さぶる誇りが込められている。

 

 物語を読み上げた俺を中心に、魂を揺さぶる球体状の白い衝撃波が空間を走る。

 

 衝撃波は接近しようとした敵を怯ませたのか、近づこうとしていた足音を止め、再び放たれたのであろう矢を地面に叩き落した。

 

 作り出したその隙目掛けて疾走するため、盾を開くと共に体制を崩した二人を素早く切り裂く。

 正面の二人の亡者を切り裂くと同時に背後からも気配を感じるが、その気配に向かって腰から抜いたバトルアクスを無造作に投擲しておく。

 

 すると肉を裂いたような音と、それに僅かに遅れ何かが地面に倒れたような音がする。

 どうやらこちらも当たりのようだ。

 再度クロスボウから矢が放たれる前に階段を駆け上り、のろのろと振り向く亡者を力任せに切り裂く。しかしそれでも死ななかったのか、倒れる事のない亡者は腰に差した剣を抜こうとする。

 

 ――剣を抜かれたから負けるとは思わないが、抜かせないのが一番だ。

 

 既に高台の端に追い詰めていた亡者を盾を使い殴りつける。

 そしてそのまま体重をかけて一気に押し出し、辛うじて下が見えている場所に向かって突き落とした。

 

 目に見える亡者を全て倒したことで僅かに緩む気持ちを抑え周りを見回すと……瞬間、近くの足場に炎が上がった。

 

 急いで周りを確認するが、それを行ったのは離れた場所の屋根で存在する亡者であった。

 かなり離れているが、しかし火炎壷は目の先まで届いている。

 

 ――どうやらロードランの亡者は強肩が多いようだ。

 

 一気に走り抜けることは可能だが、それをやったとしてもここから見える火炎壷亡者はかなり遠い。

 フォースが使えるとは言え凄まじい数に待ち伏せをされていたら苦戦するだろうし、機能を劣化させていないクロスボウの数が揃っていれば何も出来ずに死ぬだろう。

 

 ……

 

 走り抜けるのは得策ではないと判断し、火炎壷亡者に背を向けた。

 

 先ほど周りを見回した時に気付いたが、この場所の上に見える巨大な橋の柱の中に入れるようになっている。

 そこには不死院で見た火の灯っていない篝火が存在しており、先の戦闘で受けた矢傷を癒すにはちょうどいいだろう。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 何か使えるものは無いかと思い、橋の柱の篝火から少し戻り先ほど数人の亡者に止めを刺した広場を曲がる事にした。

 その先には盾と槍を持った亡者が二人存在しており、何かを守っているかのようだったため気にはなっていたのだ。

 そうして近づいて気付かされたのだが、この亡者たちはがっちりと盾を構え、槍でこちらの隙を刺し貫こうとするその様はとてもではないが亡者とは思えない。

 

 ――しかしその思考は、いささか守りに偏っている。

 

 幾ら近づいても盾を構えるばかりで何もしない。

 おそらくこの亡者は「盾で武器を弾いてから攻撃する」と言う思考しか残っていないのだろう。

 だから近づかれても反応する事ができない。

 

「―■■―」

 

 フォースの物語を唱え衝撃波を放つ。

 先ほどの亡者たちのように大きく仰け反りこそしなかったが、しかし盾を崩して無防備を晒すには十分すぎた。

 フォースの衝撃波で近くに存在していた木箱が砕けて破片を散らすが、俺は亡者たちにぶつかる木片を気にする事無く二人の亡者を切り捨てる。

 

 そして何時ものように周りの確認のため視線を彷徨わせると、先ほど存在していた木箱の下に隠れた階段が存在していた。

 そのまま階段沿いに下の階に降り、場所を確かめるために建物の外に向かって足を進めると、その場所には先客が居た。

 

 ……それは大きめの桶を撫で続けている老人であった。

 

「おう、あんた」

「どうやら、まともみたいだな……?」

「だったら、俺のお客様だ」

「ソウルと交換だ。いいものを揃えてるぜ?」

「イヒヒヒヒヒッ」

 

 とてもそうは見えないが商人……なのだろうか。

 こんな場所で何処から商品を仕入れたのかなど想像に難くないが、こんな場所ではこういった人材も必要なのだろう。

 

 そう思考し商人が並べている商品に目を通す。

 

 投げナイフ、修理の光粉、火炎壷……そして、ロイドの護符。

 何処の物か分からぬ鍵と、おそらく鍛冶を行うためのものであろう簡易的な道具箱。そしてまったく使い道が想像できない箱。

 武器や防具も簡易的なものは一通り揃っているようだが、バトルアクスとアストラの直剣があれば必要だとは思えない。

 遠距離攻撃を行う事ができるショートボウが目を引いたが、矢の持ち運びの事まで考えれば現実的な武器ではない。

 そうなると必要なのは火炎壷や投げナイフだ。……せいぜいが使い道の分からない鍵と箱だろう。

 

「店主よ、この鍵と箱は一体なんだ?」

 

 俺がその事を聞くと、店主はイヒヒヒヒヒと笑い声を上げ腹を抱えた。

 

「あんた、面白い事を聞くなぁ。知らないなら教えるが、この箱は貪欲者の烙印って呼ばれてる底無しの木箱さ。理由は分からないがこの箱には幾らでも物を入れることが出来、篝火で休憩する際に道具を自由に出し入れできるんだとよ。お買い得だぜ?」

「鍵は……何処のモンなのかしらねぇな。拾ったから並べただけだぜ」

 

 幾らでも物を入れることが出来る箱か。

 その話が本当なら、是非とも買っておきたい物だ。

 鍵は……まあ、安ければ買っておいてもいいだろう。何かの役に立つかもしれない。

 

「貪欲者の烙印とやらを買おう。それと、鍵の値段は幾らだ?」

 

「貪欲者はこんなもん。鍵は……こんなもんでさ」

 

 貪欲者と鍵の値段が同じだと? どういう事だ?

 鍵に価値があるのか?

 それとも貪欲者の烙印に需要が無いのか?

 

 ……それは、ありえそうだ。

 話を聞く限りでは貪欲者の烙印はこのロードランを旅をするために必須のように感じる。必須であるとするのなら、ロードランの地に居る皆が持っていても不思議ではない。

 しかし最初に出会った無気力な男は俺を見て「久しぶり」と言った。

 必須であるが故に誰もが持っており、売れ残りがここに置いてあるのだとすればこの値段もおかしいものではないのかもしれない。

 

「ならば、両方買おう。加えてショートボウと矢、火炎壷と投げナイフも頼む。……それとロイドの護符を、一つだけ買おう」

 

「まいどあり、イヒヒヒヒヒ」

 

 追加で商品を買い、買った物を抱えて篝火に戻ろうとした時に背後から声をかけられる。

 

「そうそう、せっかくなんで教えといてやるよ」

「ここらへんも、最近は物騒でなあ」

「この下にゃぁちょっと前から、山羊頭のデーモンが住み着いてやがるし。上は上ででっかい飛竜やら、最近では牛頭のデーモンまで現れるらしい」

「あんたも、せいぜい死に場所を選んでおいた方がいいぜ」

「イヒヒヒヒヒヒッ」

 

「……そうか。ならせいぜい、店主が見つけられぬ場所で死ぬ事にしよう」

 

 死に場所を選ぶつもりなど無い。

 そんな決意を込めた皮肉を店主に返し、俺は今度こそ篝火へと脚を進めた。

 

 

 

 




ダークソウル2は色々残念でした。

ソウルシリーズとして出さなければ普通に高評価だったかもしれないのに、何故ソウルシリーズで出してしまったのでしょうね。普通に疑問です。


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城下不死街 ~黒い騎士・牛頭のデーモン敗北編~

 商人から買った道具を整理し、束の間の休息を終了する。

 先ほど買ったばかりの弓を構え、火炎壷を投げつけてくる亡者に向かい弓を放つ。しかし弓は相手に届かない。何故ならそれは……

 

「遠すぎるか……」

 

 そう、単純に距離が離れすぎていた。

 確かに小さな弓だし、屋根の上と言う上を狙ってはいるのだが……道具を使った矢の射出よりも素手での投擲の方が長い距離を飛ぶと言う事実を前にし、最早呆れるしかない。

 

「そうなるとやはり……道沿いに抜けるしかないか」

 

 弓矢を仕舞い、代わりにアストラの直剣を鞘から抜く。

 腰にはバトルアクスが何時でも抜けるように装着されており、先ほど買った投げナイフも抜きやすい位置に固定している。虎の子の火炎壷もバトルアクスと共に腰に吊るしてある。実用的に持ち運ぶ事ができるのは三個が限界ではあるが、様々な状況で役立ってくれるだろう。

 タリスマンは盾と共に握りこんでおり、何時でもフォースを発動することが出来るようにしてある。

 

 ――準備は万全だ。

 

 最期に己に気合を入れ、大きく息を吸い込むと共に一本道になっている道を全力で駆け抜ける。そうして走り抜けた背後で何かが割れるような音が何度か響くが、それを無視して建物の中に滑り込む。

 ……しかし火炎壷の届かぬ建物の中は、当然のように亡者に待ち伏せされていた。

 

 視界に映る敵はバトルアクスを構えた亡者が二人。

 一人は既に斧を振り上げこちらに跳躍しようとする直前であり、今から回避は間に合わない。

 無理をし大きく動けば回避する事は可能だろうが、それではもう一体の亡者の的である。

 

 しっかりと大地を踏みしめ、体重の乗ったバトルアクスの一撃を盾で防いだ――その瞬間であった。

 

 バタンッ!

 

 亡者のバトルアクスの一撃を受け、もう一体の亡者の一撃も受けようとした時を見計らうように、建物の中に存在していた扉が向こう側から開いた。

 そこから現れたのは盾と剣を構えた亡者であり、こちら目掛けて剣を突き刺そうと突進してくるのが盾越しの視界にチラついた。

 

「―■■―」

 

 流石に、今亡者が放とうとしている突きとバトルアクスの一撃を同時に受ける事はできず、フォースの物語を読み上げる。

 衝撃波が走り三人の亡者を押し返す。

 

 その隙を突き一番危険であると判断した剣と盾を持つ亡者を切りつける。

 しかしアストラの直剣で斬りつけたにも拘らず亡者は倒れない。

 

「―■■―」

 

 これは、まずい。

 もう一度フォースの物語を読み上げ再度衝撃波を走らせる。

 同時に剣と盾を持つ亡者を蹴りつけて距離を開け、怯んでいたバトルアクス持ちの亡者を切りつける。するとこちらの亡者は簡単に倒れ付した。

 そして一対一になったことで、剣と盾を持つ亡者と純粋な技量の勝負になったのだが……やはりと言うべきか、所詮は亡者。技と言うものは既に無く、一方的な戦いとなっただけであった。

 

 アストラの直剣からバトルアクスに持ち替えて力任せに盾を叩き、その際に踏ん張ろうとした足を払って地面に叩きつける。

 そして倒れた亡者の盾を蹴り飛ばし胸にバトルアクスの一撃を叩き込むと、胸を砕かれた亡者はそのまま動きを止めた。

 

 ……

 

 敵の居なくなった周囲を見回すと、俺が走りこんできた一本道と錆び付いた鉄の扉で閉じられた道、そして剣と盾を持った亡者が開いた木の扉が存在していた。

 鉄の扉を開けようとしたが、どうやらこの扉は向こう側から鍵をかけるタイプのようでありこちら側からは開かない。

 そうなると残った道は亡者が開け放った扉だけであり、必然的にその先に進むしかなくなる。

 

 

 そのまま亡者が開けた扉を潜り、先に向かって足を進める。

 扉を潜って少し進むと右側にドアの壊れた家が佇んでいた。

 

 ――何か使えるものがあるかもしれないな。

 

 家の中を少しだけ漁ってみると、そこには大事そうに置かれた道具箱が存在していた。

 開けられた形跡は無く、中身が未だに健在である事が簡単に理解できる。

 逸る心を抑えながら、ゆっくりと道具箱を開ける。

 すると中には黒い壷で作られた火炎壷が綺麗に並べれて8個入っていた。

 保存状態も良く、今すぐ使用する事も可能であろうと思われるこの黒い火炎壷は使われぬまま主を失った道具であり、大事に保管されているだけに哀愁すら漂っているように感じられる。

 

 しかしまあ、こんな世界のこんな場所である。

 貰える物は貰っていこう。

 

 

 軽い家捜しを終え、道沿いに進むように階段を昇っていく。

 

 すると階段を上り終えた所に火炎壷を構えた亡者とバトルアクスを構えた二人の亡者、計三人の亡者が行く手を遮るように開けた空間に陣取っていた。

 亡者の奥には閉じられた扉が存在しており、この三人の亡者はそこを守っているようにもみえる。

 しかし前衛二人と後衛一人と言うこの布陣……これは一人で挑もうと思えば、それなりの脅威である。あるのだが……ここは狭く見通しの悪い屋内ではなく、開けた空間の屋外だ。

 

 ――盾も構えず突っ立っているだけの存在など、的以外の何者でもない。

 

 投げナイフを手に取ると、素早く亡者の頭目掛けて投擲する。

 反応の鈍い亡者では投げナイフに反応する事ができず、三人とも頭蓋を穿たれ地面に倒れ付す。

 

 三人の亡者が存在していた場所からは、屋根の上から火炎壷を投げつけてきた亡者たちの場所に繋がるであろう梯子と螺旋階段を持った小さな監視塔、そして階段を下りながら本来の道沿いに進むであろう道が存在していた。

 当然、未だに扉の役目を果たしているドアを持つ家も存在している。

 

 

 もうこちらの事を見ていない亡者は無視し、まず螺旋階段を持った小さな塔を昇った。

 塔の頂上には会談に背を向け、クロスボウを構えた亡者が存在していた。

 こちらに気がつき澱んだ瞳を向けてきたが、相手の腕が腰に差した剣を抜く前に素早く胸を切り裂く。

 亡者は力なく崩れ落ち、何かを見張るように造られた小さな監視塔はその役目を終えた。

 

 

 未だに形の残る扉に手をかけると、その扉には鍵がかけられていることに気がついた。

 何度かドアノブを回してみたり、押したり引いたりしてみたが鍵は硬く固定されており開く気配が無い。

 

 ――そう言えば商人から鍵を買っていたな。

 

 そんな事を思い出した俺は軽い気持ちで鍵束を取り出し、この家の鍵穴に合致するものが無いのか調べていく。

 

 かちゃり

 

 幾つかの鍵を調べると、その内の一本がぴたりと嵌った。

 捻った事で鍵が開く音が聞こえる。

 

 そのまま家の中を調べてみたのだが、家の中には何も無い。

 僅かな落胆を覚えながら、家の中を通って外に出ると……理由は分からないが、外に道具箱が置いてあった。

 家の中からではないと取れない配置ではなく、普通に屋外に置かれている。

 腰ほどまである段差を越えれば鍵が無くとも道具箱を開ける事が出来るだろう。

 

 ――とは言え、せっかく見つけた物だ。中身が入っていれば貰っておくか。

 

 そんな事を考えながら道具箱を開けると、その中には松脂が収められていた。黄金に光るその見た目は、珍しいと噂の黄金松脂なのだろう。……実物は始めてみた。

 適当な場所に置かれていたわりにはずいぶんと珍しい物を見つけることが出来た。これだけでも鍵を買った価値はあっただろう。

 

 

 そしてこの屋外から見える場所には盾を構えた亡者が存在していた。

 しかしどちらの亡者もこちらには気付いていないようであり、端的に言えば唯の的である。

 

 投げナイフを引き抜き亡者の頭を狙う。

 俺が放ったナイフは亡者の頭に吸い込まれるようにぶつかり、亡者二人の命を刈り取った。

 

 亡者が地面に倒れた事を確認し、そのままその場で視線を彷徨わせる。すると近くの階段を昇った場所に、階段を塞ぐように置かれた樽をの後ろに隠れている亡者が存在しているのが確認できた。

 下にも階段が続いているが、流石にこの場所からでは先がどうなっているのかは確認できない。

 

 ――先に視界に映る亡者を始末しよう。

 

 そう結論付けはしたが、この距離からでは投げナイフは効果が薄い。そのためショートボウをとりだしてで狙いを定める。しかし樽と階段の手すりが邪魔であり、うまく亡者を狙う事ができない。

 仕方が無いので亡者が隠れている樽目掛けて火炎壷を投擲する。

 

 ――どんな武器を隠し持っているのかは知らないが、壁さえ消えてしまえば亡者などどうとでもなる。

 

 そんな事を考えながら火炎壷を投げたのだが……火炎壷の炎を受けた樽は一瞬で燃え上がり、僅かな時間で近くに存在していた亡者ごと消し炭になってしまう。

 ……驚かされたが、まあ結果的には楽が出来たのだからよしとしよう。

 

 

 亡者が居なくなった事で安全になった下の道に降りる。

 先ほど消し炭になった亡者が塞いでいた道は大きな塔に繋がっているようだ。

 そして下に続く階段は、何処に繋がっているのか分からないままである。

 

 ――この状況で選ぶ道は……まずは下でいいだろう。

 

 そんな風に適当に道を決めゆっくりと足を進める。

 そうして階段をおりると……薄暗い道の先には、凄まじい巨躯を持ち、煤けた灰のような暗い色の全身鎧を着込んだ騎士がどこかを見るように佇んでいた。

 何時からそうしているのか、ぴくりとも体を動かす事無く、いっそ彫像のように佇んでいる。

 

 ――しかし、強い。

 

 全身から発されるのは強者の気配。

 歴戦の戦士を思わせるそれは、長くこの世界を戦い抜いてきた証拠なのだろう。

 

 ――あれ程の騎士なのだ、知り合っておいて損は無いだろう。

 

「おい、あんた。ちょっといいか?」

 

 そんな事を考えながら、俺は黒い騎士について深く考える事も無く声をかけた。

 するとそんな俺の言葉に反応するように、ギシギシと金属が擦れ合う音を立てながら、騎士がこちらを振り返り……俺と騎士の目が合った。

 そしてそうなる事でようやく、俺は己の失敗を悟った。

 

 フルフェイスである騎士の兜から覗くのは、人の目ではなかった。

 しかし亡者の目でもない。

 もっと人ではない目だ。

 亡者よりも亡者らしい目だ。

 否、騎士のそれは目ですらない。

 凝り固まった怨念が鎧に宿り、たった一つの意思が鎧を突き動かしているかのようだ。その意思は一言で言えば――

 

 黒い騎士が完全にこちらを振り向く。

 体に隠れて見えなかった右手に持った剣は大剣と呼べるほどに大きく、誰のものなのか分からない乾いた血が付着している。

 兜に存在する角のような装飾はまるで悪魔のようであり、血がこびり付いたままの剣と合わせて見ればまるで死神のようにも見える。

 

 ――敵を倒す。それだけであった。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 がしゃがしゃと金属が擦れる音を出しながら、黒き騎士が距離を詰める。

 一歩近づくごとにプレッシャーが増し、否応無しに戦意が高まってくる。

 

 ――面白い。この世界の騎士がどれほどのものか、見極めてやる。

 

 未だに距離がある事を利用し後ろに下がりならが火炎壷を投擲する。

 しかし黒い騎士は難なく火炎壷を防ぎ、距離を詰めるように走りこんできた。

 

 ――熱がる事は無いだろうと思っていたが、少しも怯まないのには流石に驚かされる。

 

 僅かな驚きを感じながら、思考を切り替え間合いに入られる前に素早く剣を抜き放つ。そして黒い騎士を迎え撃つために盾を構え、相手の次の行動をじっくりと観察する。

 

 ――突きか、切り払いか、盾での打撃か。体捌きはどの程度なのか。早いのか遅いのか、奇跡や魔術は扱うのか。扱ったとして、それはどの程度のレベルのものなのか。

 

 出来る限りの状況を頭に浮かべ、どんな状況でも対処できるよう集中する。

 己の肉体と技量のみを頼りにする正統派の騎士であれば、フェイントなり何なりを混ぜた読み合いなるかと思ったが……黒い騎士は、盾を構えた事など関係ないと言わんばかりに剣を振るおうとしていた。

 目にも留まらぬ速度が有るわけでも何でもない、何の捻りもない唯の大振りで、だ。

 

 正直に言えば、俺はそんな真似をする黒い騎士に失望を覚えていた。

 このような斬撃などパリィの的でしかなく、牽制にも使えない無意味な動きではないかと。そう思った。

 

 だから俺は、何の疑問もなく黒い騎士の腕を狙い済ましてパリィしようとし……腕を押し返そうとした盾を、逆に押し返された。

 とっさに脇を閉め、体全体を使って黒い騎士の斬撃を受けるが、凄まじい衝撃を盾に受け強制的に一歩後ろに押しやられる。

 

「――!?」

 

 その一撃を受け、ようやく気付く事ができた。

 この黒い騎士が持っていたのは、単純な力だったのだ。

 大剣を片手で軽々と振るい、力が乗っていない瞬間を狙って体勢を崩す技術(パリィ)を無理やり押さえ込むほどの、単純な力。

 振るう太刀筋はその力を生かすための技であり、まるで人外の怪物と戦うために生まれた技のようにすら感じられる。

 

 ――ならば狭い場所で戦うのは不利だ。

 

 すぐさまそう判断を下し、黒い騎士に背を向け階段を駆け上がり、そのまま亡者を屠った場所を目指して逃げる。

 

 獲物を追いかけるようにがしゃがしゃとした音が付いてきており、黒い騎士が獲物を逃がすつもりがない事が言葉を交わさずとも理解できた。

 

 

 広い場所まで逃げる事ができたため背後を振り返る。

 するとゆっくりとこちらに走ってくる黒い騎士が目に映った。

 この黒い騎士……力は凄まじいが、動きは鈍い。力で勝てない以上、付け込むならばそこしかないだろう。

 

 そう思い剣を握りこむ。

 巨躯を覆う全身鎧相手にこの直剣では、少しばかり得物が小さい感が拭えないが……やるしかないだろう。

 

 黒い騎士は盾を構えながら走り込んでくると、ダンと地面に響く音がする踏み込みと共に空気が裂けるような突きを繰り出してくる。

 受けた盾ごと串刺しにするような、凄まじい力強さを感じさせる突きだ。

 

 ――流石に、正面から受ける事はできない。

 

 体をずらして剣の直撃を避け、盾で剣を押し込んで受け流す。

 ぎゃりぎゃりと金属同士が擦れる耳障りな音が盾から聞こえ、受け流している筈なのに腕ごと盾が持って行かれそうになる。

 

 ――しかし、流した。

 

 黒い騎士に出来た隙を逃さぬよう、素早く剣を振るう。しかし――

 

 ぎゃりん、と。

 金属同士がぶつかり、表面を滑るような軽い音が耳に届く。

 手に持った剣から伝わる感覚も軽いものであり、明らかにこの黒い騎士に――黒騎士の命に、届いていない事が理解できる。

 

 そして黒騎士も唯切られるだけでは終わらない。

 アストラの直剣の一撃を鎧で受けきった黒騎士は、次は己の番だと言わんばかりにゆったりとした動作で切り下ろしを放つ。

 

 ――だが、先ほどの突きほど脅威ではない。

 

 そう判断し足と手に力を込めて攻撃を受ける。

 足に力を込めていたため吹き飛ぶ事こそなかったが、その代わりに腕が痺れるような衝撃が盾越しに走った。

 しかし耐えた。今度は俺の番だと斬りつけようとしたが、黒騎士はゆったりとした動作ではあるが既に二撃目の準備を終えている。

 流れるように放たれようとしている斬撃は、相手に反撃を許さぬままこちらを切り捨てようとする攻めの技。

 

 ――連撃か。

 

 唯の連撃ではあるのだが、黒騎士が放てばそれだけで脅威だ。

 痺れる腕を我慢し黒騎士の連撃を盾で受ける。

 盾を弾かれる事こそなかったが、黒騎士が踏み込んだ分だけ押し込まれてしまう。……そして後ろに押し込まれた事により、丁度良く黒騎士との距離が開いてしまった。

 

 当然のように、黒騎士はその隙を見逃さない。

 

 連撃から繋げるように、衝撃を受けて硬直している俺目掛けて、先ほど見せた突きよりは僅かに劣るが、それでも一撃で命を吹き飛ばすであろう驚異的な突きを繰り出してくる。

 その突きを受け流そうと盾を剣に合わせるが……先の連撃を受けた俺の腕は、自分で思っていた以上にダメージを受けていた。

 何時もならば出来る細かい動きが上手く行えず、受け流す事無く黒騎士の剣にぶつけてしまう。そしてその瞬間、黒騎士の剣が金属を削るような音を上げた――

 

 ――しかし盾の性能のおかげなのか、悲鳴のような音を上げながらも、黒騎士の剣が盾を貫通する事こそなかった。

 だがこれ以上黒騎士の剛剣を受ければ、さすがに盾が持たないだろう。しかも盾だけでなく腕にもダメージが蓄積している。長引けば不利だ。

 

 俺の心に僅かな焦りが生まれるが、視界に映っている黒騎士は先の突きを放ってゆっくりと剣を戻そうとしているため隙だらけであった。……しかし、その隙があえて作ったものである可能性もあるためうかつに動く事ができない。

 

 ――だが、どの道これ以上黒騎士の攻撃を受けきる事は出来ないのだ。ここで決めるしかない。

 

 そう判断を下した俺は、黒騎士の兜に存在する顔……喉辺りに僅かに存在する鎧に覆われていない部分目掛けて剣を突き出した。

 今度は弾かれる事なく剣が深く突き刺さる。突き刺した剣からは肉を刺すと言うよりは、泥に剣を突き立てたものに近い感覚が腕に伝わってくる。

 

 同時に人が上げるとは思えない断末魔を上げ、黒騎士は水に濡れた泥のように()()()()()いく。

 アストラの直剣を弾いた硬質な全身鎧は、最初から存在しなかったかのように空気に溶けるように消えてゆく。崩れていくのは鎧だけに留まらず、手に持っていた盾も崩れていく。

 そして溶けてゆく鎧の中からは、ソウルと混ぜ合わせたようにも見えるドロドロの白く輝く何かが溢れていく。

 

 ――しかし黒騎士が振るっていた剣は崩れる事が無く、乾いた音共に地面に転がった。

 

 黒騎士が唯一残した手掛かりと言うか、戦利品と言うか……まあとにかく、形が残るものとして取り落とした剣が気になり、黒騎士が使っていた剣を拾い上げる。

 

 そうして拾い上げて分かった事だが、この剣――これからは黒騎士の剣と呼ぶ事にする――は凄まじい重量、と言うわけではないようだ。

 あれ程の力を持つ騎士が使っていた剣だから、俺では重すぎて使えないのかとも思っていたが……どうやら無用な心配であったようだ。

 

 ――祝福や魔法の力を帯びているわけではないが、大きく肉厚であるが故に丈夫な刀身は、アストラの直剣では相手に出来ないような怪物を相手にする際に役立つだろう。

 

 北の不死院で出会った二体の化け物と飛竜の事を思い出しながら、黒騎士の剣を持ち去った。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 一度篝火に戻って火炎壷と投げナイフを補充し、先ほど拾った黒騎士の剣の簡易的な鞘も作成しておく。

 ……まあ格好をつけて鞘と言っても、背中に背負うためのベルトに亡者たちから剥ぎ取った金属を固定し、黒騎士の剣をベルトに突っ込んだ際に切れないようにしただけの物なのだが。

 

 

 

 

 亡者の居なくなった道沿いを進み、黒騎士が佇んでいた場所も調べてみる。

 黒騎士が佇んでいた場所には、青い宝石の嵌められた指輪を握り締めたまま動かなくなっている誰かが居た。その先は道が崩れており、先に進めそうにない。

 ……状況的に、俺が黒騎士に出会う前に黒騎士と出会い犠牲になったのだろう。

 

 

 そのまま道沿いに進み、大きな塔の中に入る。

 正面に見えた扉には鍵がかかっていたため入ることができなかったが、塔の中には亡者が居るわけでもなく至って平和であった。

 自分の足音が誰も居なくなった空間に響き、無機質な音を反響している。

 

 そしてしばらく進んでいると螺旋階段が終わり、巨大な城壁が道のように続いていた。

 どうやら、先に進むのであればあちらに行くしか道はないようだ。

 

 だから、城壁の上を沿っていくように足を進めた。

 

 

 

 ……そして、城壁の中ほどまで来た時だろうか。

 向こう側の塔の上から、巨大な黒い影が城壁に向かって躍り出てきた。

 

 それは人など問題にしない巨躯と、それに見合った巨大な鈍器を持った牛の頭を持つ悪魔(デーモン)であった。

 その巨躯と人とはかけ離れた外見は不死院に居た化け物を思い起こさせるが、明らかにやつよりも危険そうだ。不死院の怪物がぶよぶよとした肉の塊であったのに対し、この牛頭のデーモンははち切れんばかりの筋肉の塊だ。

 化け物の一撃が直撃すればひき肉になるのは何の違いもないだろうが、こいつの一撃は盾で防ぐ事すらできない可能性がある。

 加えてこの狭い場所だ。もしこいつが不死院の化け物のように魔法を使えるのであれば……苦戦するではすまないだろう。

 

 そんな事を考えながら盾を構え、アストラの直剣を構えようとした瞬間――――背中に、何かがぶつかるような衝撃を受けた。

 唐突な痛みに意識が飛びそうになり、困惑が思考を埋めていく。

 

 ――何処から、何をされた?

 

 僅かに残った思考が目の前の怪物から逸れてしまい、様々な意味での無防備を晒してしまう。そして、最初からその隙を狙っていたかのように牛頭のデーモンが巨大な鈍器を振り下ろした。

 瞬間、それ以上何かを思考する暇もなく――俺の意識は一瞬で闇に吞み込まれた。

 

 

 

 

 



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城下不死街 ~牛頭のデーモン・太陽の騎士~

今回の最後と次回はオリジナル要素強め


 それは意識が浮き上がっていく感覚だった。

 以前と同じように闇の中から浮き上がり、己の意思が明確になってゆく。

 しかし似たような状況でありながら、今回は以前とは明確な違いが存在していた。

 

 浮上する意識の中、己を構成する【ナニカ】が欠けたのだ。

 闇に消え逝こうとするその【ナニカ】に向かい慌てて手を伸ばすが、意識だけしかない状態で【手】を伸ばす事などできはしなかった。

 

 

 ……

 

 

 十分な睡眠を取ってから朝日で目が覚めたような心地よい気だるさを覚えながら、俺は意識を取りもどしていた。

 それは以前に死んだ時と同じような感覚。目の前には何時の間にか篝火が灯っており、心と体を暖めてくれる。

 まあようするに……どうやら、俺は死んだらしい。

 

 なるほど、あの怪物は見た目通りの力を持つ人外であるのは間違いなさそうだ。

 天井が落ちてきたような圧迫感と威圧感をもつ怪物の一撃は、痛みを感じる暇も無く俺に死を与えたらしい。

 

 しかし怪物と戦おうとした際に受けた不意打ちさえ何とかすることができれば、あれほどあっさりとやられる事もないだろう。少なくとも、全力で背後に転がれるのであれば即死はしなかった。

 まあ詰まる所――

 

「注意不足、か」

 

 これである。

 火炎壷のときに理解したつもりであったが、この世界で生き残るにはまだまだ注意力散漫な状態らしい。

 開けた場所でも、まずは見る。

 これを今以上に意識するべきだろう。

 

 そんな、己が何故死んだのかを思い出すという、常人では考えられない事を考えながら……己を殺した相手に再度挑むため、暖かな篝火の傍から立ち上がった。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 亡者を切り捨てながら、あの怪物に殺された城壁まで辿り着いた。

 その際に気付いた事なのだが、俺が死ぬとある程度の範囲の亡者は蘇っていたが黒騎士は蘇っていなかった。黒騎士が亡者ではなかった……とは思えないが……もしかすると、蘇ることが出来ない理由があるのかもしれない。

 ……それとも単に、この場所の亡者と黒騎士は別物なのか。或いは黒騎士を殺すことが出来たという事実は、この世界(ロードラン)とは独立した事なのか。

 

 ……

 

 まあ考えた所で答えは出ないのだし、そういうものなのだろうと思った方が良さそうだ。

 

 ――強者との戦いは一度のみ。

 

 殺し続けて武具を奪う事は不可能。ソウルを吸い続ける事も不可能。

 戦いの経験を己の血肉とする事しか許されていない。

 ……俺としても、あれ程の騎士が蘇り続けるなど、厄介以外の何者でもないからありがたくはあるのだが。

 

 ……

 まあとにかく、だ。

 黒騎士の事で思考が逸れてしまったが、あの化け物を何とかしなければ先に進む事は難しい事に変わりはない。

 俺は俺がやるべき事をやるとしよう。

 

 

 そう気を引き締め、己が死んだ場所を一瞥する。

 俺が死した場所には【血痕】が残っているが、俺を殺した悪魔の姿は見当たらないが……既に何処かに行ってしまった、とは思えない。

 おそらく俺の血痕があるあの場所まで辿り着けば、やつはさも当然といった具合で城壁に躍り出てくるのだろう。

 

 ……

 

 まあ、悪魔の事はどうでもいい。

 いや、良くは無いのだが、それ以上に大事な事が存在する。

 背後からの衝撃……つまりは何らかの攻撃の事だ。

 俺からすれば、あの衝撃の所為で何も出来ずに殺されたと言っても言い過ぎではない。それほどまでに絶妙なタイミングでの横槍だった。

 

 まあつまり……何処か――あの状況から考えて、俺と悪魔(デーモン)を見る事ができる場所に狙撃手が居ると考えて間違いないだろう。

 そして衝撃を受けたのは背中。

 加えて入り口は一つ。

 

 ――となると、あの時の俺を狙撃できるような場所は……この塔の崩れた螺旋階段の上、と考えるのが妥当か。

 

 しかし塔の内側に存在する螺旋階段は、城壁に繋がる場所以外に向かう事を拒むように崩れてしまっている。

 崩れているだけならばどうにかして登る事もできたかもしれないが、階段の上には下からの侵入者を許さないように頑丈そうな木の床が備え付けられている。

 狙撃を目的とする城壁であれば、それは当然の造りなのだが……いざ攻める側に回ってみれば面倒以外の何者でもない。丁寧に階段まで崩れているわけだし、手の出しようが無いとはこの事だろう。

 

 ――とは言え無視も出来ない。

 

 無視すれば再び背後から狙われる

 先ほどとは違い来る事が分かっているため多少は何とかなるかもしれないが……先の繰り返しになる可能性は高い。

 

 ――弓か投げナイフ、火炎壷で何とかなればいいのだが……

 

 遠距離手段で何とかするしかないと結論付け、狙撃手の数を確かめる意味も込めて城壁に足を進める。

 

 そうして城壁に出て塔を振り返り、そこでようやく気付いたのだが……この塔、普通に梯子が架けられていた。

 塔の上部に向かって伸びる金属製の梯子は、全体的に赤錆が目立つほど風雨に晒されている事が一目で分かるほどなのだが、力を込めてもビクともしないほどしっかりと備え付けられている。

 錆が手につきはするが、壊れかけている金属特有の脆さのようなものは感じられず未だにその機能を果たしている事が窺えた。

 

 ――……何故最初に気付かなかった。

 

 思わず溜息をついてしまうが、しかし気付けてよかったではないかと前向きに考える事にする。

 

 頭上からの攻撃に注意しながら出来るだけ音を立てないよう慎重に梯子を上り、少しだけ頭を出して塔の上の様子を窺う。

 するとそこにはクロスボウを構えた亡者が二体存在していた。

 その亡者の腰にはロングソードが差されているため、近接戦となった場合クロスボウからロングソードに持ち替えるのだろう。

 加えて俺は梯子の上だ。

 梯子はその構造上、登るにしても降りるにしても使用すれば確実に両手が塞がってしまう。つまり現在の俺は、盾を背中に背負う格好になっているため素早い防御は行えない。となると――

 

 ――速攻で行くか。

 

 呼吸を整えて梯子を蹴り一気に塔の上部に躍り出ると、その動きに合わせて黒騎士の剣を右手で引き抜き亡者を両断するつもりで全力で振り下ろす。

 黒騎士の剣は肉を断ち骨を砕く感触と共に亡者の体を走り抜け、イメージ道りに亡者を縦に両断した。

 重量のある黒騎士の剣を振り下ろした事でバランスを前に持っていかれるが、その勢いさえ利用して体を回転させて左手でアストラの直剣を引き抜きのろのろとこちらを振り向く亡者の首を刎ねる。

 

 念のために周囲を見回すが、動かなくなった亡者以外は何も無い。

 これでもう、背後を狙う狙撃手は消えたと思っていいだろう。

 そうなると、次はいよいよあの悪魔(デーモン)と戦う事になる。……のだが……しかしこれは――

 

 と、そこまで考え、狙撃手の居なくなった塔の上から俺の【血痕】が落ちている辺りを見下ろす。

 この塔から【血痕】が落ちている場所までの距離なのだが……実の所、あまり離れていない。だからと言って近いわけでもない。

 しかし城壁と塔の間の高低差はそこそこあり、まさに“狙撃しやすい”と言える絶妙な距離感と立体感を作り出している。

 

 ……その距離感はそれこそ、あの悪魔が城壁に躍り出るタイミングで全力でこの塔まで戻って梯子を昇り、逃げた(獲物)を悪魔が見上げると……無防備なその頭に攻撃を叩き込める程度には、様々な意味で“丁度良い”

 狙いやすくするためなのか、ご丁寧に城壁に接している塔の壁の一部が崩れている事もそれを行いやすいであろう事に拍車をかけている。

 

 ――やってみる価値はあるか。

 

 片手だけで振るっても鎧ごと亡者を両断した黒騎士の剣を、俺の体重を込めて両手で叩きつければ……いかな怪物といえども、頭を割る事が可能であるかもしれない。

 と言うより、割れて欲しい。

 城壁は狭く、怪物が仁王立ちすれば横に抜ける事はまず出来ない。

 それはつまり、横の動きでの回避運動は不可能と思って良いということだ。つまりやつの鈍器の一撃を後ろに回避し、速攻で切りかかるしかない。

 しかし体重を乗せていない一撃であれば筋肉の塊のようなやつの体を切り裂く事は難しい可能性が高く、しかし体重を乗せてしまえば次の回避が間に合わない。

 つまりは、正攻法を取ればじり貧か特攻の二択しかないのだ。

 どちらにしろ苦戦が必死であるのなら、無傷で生き残れる可能性がある方を選択したい。

 

 見晴らしの良い塔の上から【血痕】を目印にし、何度も何度も逃げるタイミングとルートをイメージする。

 

 ――影が差してからでは遅い。

 ――ただ逃げるだけでは追いつかれるかもしれない。

 

 やつの一撃の破壊力を考えるなら、梯子と塔の壁は耐えられないだろう。……つまり、チャンスは一度だけ。だが……ルートもタイミングも、イメージでは完璧だ。やつが俺の思い通りに動いてくれるのであれば、いけるはず。

 

 梯子を降りて城壁に足をつけると、緊張を吐き出すつもりで一度大きく深呼吸をする。

 軽く体を動かして緊張をほぐし……ゆっくりと、向こう側に歩き始めた。

 

 【血痕】に一歩近づく度に緊張が高まり集中力が増していく。

 城壁の向こう側の出口ではなく空を見るように塔の上を見続け、何が起こっても何時でも反応できるように目を凝らす。

 

 ……

 

 そしてあと少しで【血痕】に辿り着けるといったタイミングで……空に、黒い影が現れた――その瞬間、今まで歩いてきていた方に向かって地を蹴った。

 

 背を向けて走り出した背後の城壁で、凄まじい重量の何か(デーモン)が地面に着地した音と衝撃が響く。

 しかしそんな事には脇目も振らず、梯子を目指して城壁を駆ける。

 

 どすどすと巨大な足音としか表現できない衝撃と音が近づいてくるが……やはり俺は背後を振り返る事無く――狙いを定める事もせず、火炎壷を適当に背後に放った。

 

 壷が割れる音と共に化け物の呻き声が聞こえ、大地を揺るがす衝撃が止まる。

 狙いを定める事などなかったが、あの巨体とこの足場だ。攻撃を避ける事が出来ないのは、俺だけではない。

 

 やつがうめいている間に梯子を上り黒騎士の剣を両手で構え、必殺のタイミングを計る。

 

 巨体が走りこんで来ているであろう音が塔に近づいてくる。

 それに合わせ俺も塔の上をゆっくりと駆ける。

 そしてやつの足音が止んだ瞬間――――空に向かって、跳んだ。

 

 跳躍の寸前にやつの頭――特徴的な牛頭に狙いを定め、そこ目掛けて全力で剣を振り下ろす。

 

 ぐじゅり、と。

 肉と骨を砕く感触が腕に伝わり、断末魔の代わりにぬめった血肉を力づくで切り開いたかのような嫌な音が響く。

 頭をカチ割っているはずなのだが、未だに倒れぬ牛頭のデーモンから黒騎士の剣を引き抜きやつの体で踏ん張ると、腰で力を溜め、再度やつの頭に黒騎士の剣を振り下ろす。

 再度放った一撃は砕いた頭蓋の間からやつの頭を確実に砕き、命を叩き潰した感触をしっかりと伝えてくる。

 

 そしてその感覚が正しいのだというように、牛頭のデーモンはその体を光の粒子に変えながら、ゆっくりと体を倒していった。

 それと同時に膨大なソウルが体内に進入してくる。

 以前の不死院の時は感じる事ができなかったが、どうやらデーモンは死ぬとソウルとなって消滅するようだ。そうだとすれば、不死院の化け物が何時の間にか消滅していた事にも納得できる。

 

 俺が地面に降りた頃にはやつの体は完全に光の粒子となって消滅しており、道を塞ぐものは何一つなくなっていた。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 邪魔するものが居なくなった城壁の上を道沿いに進んでいく。

 

 その際に【血痕】に触れておくのも忘れない。

 

 ――――

 背中に矢を受けた俺はその衝撃で仰け反り、その隙を突かれて一撃でミンチになった。

 ――――

 

 ……十中八九そうなのだろうとは思っていたが、実際に自分の死に様を見るのは気分が良いものではない。

 飛び散る肉片や、四肢であったものがびちゃびちゃと音を立てて城壁の上に広がる様を見れば、繋がっているはずなのに思わず体を触ってしまう恐怖がある。

 

 

 塔の中に入り短い階段を下りる。

 すると、かなり立派な造りの城門……のようにも見える、橋が広がっている場所に辿り着いた。

 階段を下りてすぐ正面には小奇麗な扉があり、調べてみたのだが鍵がかかっており先に進む事はできない。

 

 そして立派な橋なのだが……何故かだか橋の手前部分が黒く焼け焦げていた。しかもかなり見難いのだが、橋の中央付近には炭化した人のようなモノまで転がっている始末だ。しかし付近に人を炭化させるような火力を持つものは存在せず、橋を守るように数体の亡者が存在しているだけ。

 ……かなり怪しいというか、絶対に何かある。

 

 そうなると残された道は、外に向かって伸びている橋の端だけなのだ。

 ……正直に言えば何かあるようには思えないが、こうなってしまえば消去法でそちらに進むしかない。

 

 そう結論付け、階段を下りて右側に進む。

 端であると言えしっかりと造られた装飾と見晴らしの良い景色、そして暖かな光を提供する太陽は篝火で休んでいる時のような安心感を与えてくれる。

 そしてこの場所には……特徴的な兜を被った、騎士のような人物が存在していた。

 

 以前の黒騎士のようにこちらに背を向けたまま立ち続けているが、その人物は何処か堂々とした雰囲気を醸しだしていた。

 逃げも隠れもしない、堂々と天空で輝く太陽。

 それがこの人物から受ける印象であった。

 

 だからなのだろうか。

 俺は黒騎士の時に、顔が見えていない人物には不用意に声をかけるべきではないと学んでいながら……そこに佇む騎士に向かって、何時の間にか声をかけていた。

 

「あんたは、亡者じゃない……のか?」

 

 俺の声に答えるように、騎士がこちらを振り返る。

 正面から見た事で改めて思ったが……騎士が被っている兜はバケツのような見た目であり、"兜”と言うよりは“鉄の防具”と呼んだ方がしっくりくる。

 胸の鎧には太陽を模したような特徴的な印が描かれており、この人物を見た時の印象と合わせて"太陽”のイメージが鮮烈に刻まれた。

 

「おお、貴公! どうやら亡者ではないらしいな」

「俺はアストラのソラール。見ての通り、太陽の信徒だ」

「不死となり、大王グウィンの生まれたこの地に俺自身の太陽を探しに来た!」

 

「――――」

 

 太陽のような雰囲気を持つ人物――アストラのソラールの言葉を聞いた俺は、正直に言えば呆気に取られた。

 俺自身がそうであるように……これまで出会った数多くの不死たち全てに言える事だが、不死とは己が望んでなれるものではない。……そもそも、なろうとしない。

 何せ不死とは一般的に言えば「忌避すべき化け物」なのだ。なりたいと思う人物は……ゼロでこそ無いだろうが、間違いなく少ないだろう。

 そしてその少数派の殆どは、何らかの理由で「人と関わるのが嫌」だと思っている人物のはずだ。関わりたくないから、関わってこない存在になりたい。理由にしたってその程度なのだと、俺は常にそう思っていた。

 しかしソラールは、不死となった事を何でもない事の様に語っている。

 むしろ"己の太陽を探す”と言う漠然とした目的ではあるが、不死になる事で目的に近づいたのだと誇らしげですらある口ぶりだ。そしてその熱の篭った口ぶりからは……己の太陽を探すという事が、彼が長年捜し求めてきた、所謂"夢”と言うやつなのだろうと何となく理解できた。

 

 まあ詰まる所何が言いたいのかといえば……俺はこのソラールと言う男の言葉を聞いて、呆気に取られたのと同じくらい衝撃を受けたのだ。

 

 ――純粋に夢を追い求めるその生き様の、なんて眩しいことなんだ、と。

 

「……変人だ、と思ったか? まあ、その通りだ」

 

 しかしソラールは俺の沈黙を変人に話しかけてしまった気まずさと受け取ったらしい。

 自嘲するように、照れたように言葉を繋ぐ。

 そんな言葉を聞きたかったわけではない俺としては、そんな事を言わせてしまうのは色々と心苦しい。

 

「いや、そんな事はない。むしろ尊敬できる」

 

「気を使わせてしまったか? 気にするな。皆同じ顔をする」

「ウワッハッハハ」

 

 そう言って豪快に笑ったソラールは、話は終わりだと言わんばかりに断崖の方を向いてしまう。

 ソラールの視線の先には雲に隠れた太陽が存在しており、この男が太陽を見続けていたのだとすぐに理解できた。

 

「違う、そうじゃないんだ。あんたは凄いやつだって、本当にそう思う」

 

「ふむ、そうか?」

 

「そうだ。俺は、あんたみたいにまっすぐなやつは見たことが無い。……正直、羨ましいとさえ思った」

 

 そう言って、少しだけ昔のことを思い出す。

 ロイドの騎士を目指していた頃の事を。

 祖母以外の全員に化け物を見る目を向けられ、自分の考える“ロイドの騎士”のと現実の“ロイドの騎士”が全くの別物であった事を。

 ……そして夢破れて不死牢に囚われ、そこから助け出してくれた名も知らぬアストラの騎士の最後の願いを聞き届けようと、騎士の真似事をしている現状を。

 己の夢など既に無く、しかし漫然と日々を過ごすのが嫌だからと恩人の頼みに縋って“英雄っぽく”しているだけ。己の夢を誇らしげに語る目の前の男とは雲泥の差だ。

 

 ――全く、何をやっているんだか。

 

 そんな俺の暗い雰囲気が伝わったのか、ソラールは再びこちらを振り向き……そして僅かに驚いたような声と共に口を開く。

 

「ウワッハッハハ」

「まさか、俺を羨ましいと言ってくれる男がいるとはな。貴公も、ずいぶんと変わり者のようだ」

 

 あえてなのだろうが、快活な笑い声を上げたソラールは俺を持ち上げてくれた。

 俺としても何時までもうじうじ悩んでいるわけには行かず、思考を切り替えてソラールの言葉に応える。

 

「……そうか?」

 

「そうだとも! 何せ貴公、あの厄介な“黒騎士”を屠るほどの武技の持ち主なのであろう? そんな男が、いったい俺の何処を羨むと言うのだ」

 

 ソラールが黒騎士の名を口にした事で、沈んでいた気持ちが完全に吹き飛ぶほど驚かされる。あの騎士は、もしかして有名なのだろうか?

 

「黒騎士を知っているのか? ……と言うか、倒したと分かるものなのか?」

 

「ウワハッハハッハハ! 変わり者と言うよりは愉快な男だな、貴公は」

「黒騎士の剣を堂々と背中に差しているなら、気付いて当然だろう? この地に試練として立ち塞がる黒き騎士。その実力は凄まじく、かつては混沌のデーモンとさえ対峙したらしい。……大王グウィンの時代には側近の騎士を勤めたなんて噂が流れるほどの、誰でも知ってる古強者だ」

 

 ……グウィンときたか。なんだか、想像してたよりもビッグネームだったな。

 というか――

 

「せっかくの戦利品を捨てるやつはいないだろ? それが重くても、強敵の持ち物ならなおさらだ」

 

「それこそ、記念にするだけなら、持ち運ばずとも自分のソウルにでも収納すればいいではないか」

 

「…………ソウルに、収納?」

 

「……うん? 俺は、何かおかしな事を言ったか?」

 

 ソウルに収納?

 何のことなのだろうか、まったく分からない。

 

「ソウルに収納、と言う言葉を聞いた事が無かったのでな。おかしかったと言うよりは、分からなかったんだ」

 

 その事を伝えると、ソラールは恐る恐るといった感じで言葉を発する。

 

「武具をソウルに収納できる事を知らない? ……まさかとは思うが、貴公……この地に来て短いのか?」

 

「……時間の感覚が曖昧だからはっきりした事は言えないが、この地で一晩は過ごしていない……はずだ」

 

「……驚いた。ソウルについての基礎も知らぬ内から黒騎士を屠るとは……」

 

「一人で納得していないで、教えてくれると助かるんだが……」

 

「ああ、すまない。……とは言え、別に難しい話ではない。武具をソウルに分解し、己のソウルとして持ち運ぶ事ができると、一言で言えばそれだけだ。貴公の場合は、口で説明するよりも見せた方が早いかもしれん」

 

 そう言ったソラールは腰に差したロングソードを抜き放つ。

 ソラールの持つロングソードは、アストラの直剣のように祝福が施されているわけではないようだが、一目で分かる程度には質が良く、また良く手入れされているようだ。

 アストラの直剣を始めてみた時にも感じた事だが、その剣は騎士が使う長年の相棒と呼ぶに相応しい雰囲気を醸しだしている。

 

 ソラールの持つ剣にそんな感想を抱きながら剣を眺めていると……次の瞬間、剣が光の粒子となってソラールの腕に吸い込まれていった。

 それは正に“剣をソウルにして取り込んだ”と言える技術であった。

 

 そして今度は先ほどとは逆にソウルが体から立ち昇ると、蛇のように腕を這ってソラールの手の周りに集中していく。

 そのソウルはすぐに剣の形を取り、先ほどと変わらないロングソードとなってソラールの手に収まった。

 

「これがソウルに武具を収納する技だ。ソウルの扱いがよっぽど下手じゃない限り、不死人なら誰でも使える……筈だ」

 

「…………」

 

 先ほどソラールが行った技のイメージは“武器”のソウルを取り込んでいるといった所だろうか。

 そして取り込んだソウルをそのまま“武器”として呼び出し、固定して使用している。

 理屈は分からないが、おそらくだがこれはソウルの扱いに長け、ソウルを吸い取る優先権の高い“不死人”だからこそ可能であろう技なのだろう。

 もしこれを不死人でない者が行えば何時か上限に……許容量に触れてしまうはずだ。

 

 そんな風に適当に当たりをつけ、失敗してもいいように思い入れの少ないバトルアクスを練習代に選択する。

 そして俺は、バトルアクスのソウルを取り込んだ。

 

 するとバトルアクスは光の粒となって体に取り込まれる。

 ここまでは簡単。問題は、次の工程が出来るかどうかだ。

 ソウルを誰かに手渡す時の要領で“バトルアクス”を己の中から浮上させる。

 すると光の粒子となって体に取り込まれたはずのバトルアクスは、光の粒が集まる事でバトルアクスの形を取った。

 ずっしりと手にかかる重さと鈍い光沢は、正真正銘先ほどまで持っていたバトルアクスである。

 

 ――なるほど、これは便利だ。

 

 投げナイフや火炎壷などの投擲武器は、隙を見て投げるような接戦ではこれまで通りの使い方しかできないが、その事を気にしなくて良い時であれば戦いの幅がかなり広がる。

 補給に篝火まで戻らなくても良いのも大きい。

 最も効果を発揮するのは弓だろう。

 相手に矢の本数を気取られないのであれば、その隙を突いてのやり取りで容易く嵌める事も可能だ。

 何より、残りの弓の本数を殆ど気にしなくてもよいのは大きい。

 

「なるほど、便利だな。これなら物を捨てる必要はなさそうだ」

 

 同時に、あの商人に不要な物を掴まされた、とも思った。

 皆が持っていたから安いのではなく「誰も必要としない」から安かったのだ。

 まあ、学ばせてもらったと思うことにしよう。

 

「思ったとおりだが、驚かせてくれるな! まさか一度見ただけで完全にものにするとは思わなかったぞ」

 

「教え方が良かったんだろう。しかし助かったよ。これでかなり戦いの幅が広がりそうだ」

 

 この技があれば、この地を進む事が格段に楽になるだろうな、と。そんな事を考えながら先の事を想像していると、不意にソラールが言葉を発し――

 

「……貴公、もし良ければなのだが、世界が重なっている今のうちに、共に竜に挑んでくれぬか?」

 

 ――そして、俺の思考が停止した。

 

「……竜? 竜だと?」

 

「まあ、竜と言っても飛竜だがな。もしかすれば貴公も見ているのかもしれないが、この場所の近くには馬鹿でかい飛竜が現れるのだ。しかも間の悪い事に、その飛竜は俺が信仰している祭壇への道を塞いでしまっていてな。いい加減、お互いに決着を、と思っていたのだが……黒騎士を倒した貴公が居れば心強い」

 

「……心強いと言ってくれるのは素直に嬉しいが、飛竜とは言え竜は竜。俺は竜に通じるような遠距離手段は持っていないぞ?」

 

 それこそ、飛ばれたら終わりだ。

 じわじわか一瞬かの違いはあるだろうが、ブレスで焼き殺されるだけだろう。

 

「それは俺が持っているから問題ない。……多分だが、俺一人でも何とかできるとは思う。だが俺は……共に戦ってくれる仲間が欲しいんだ」

「本当は一人で挑む勇気が湧くまで、太陽を眺めているつもりだったのだが……俺を羨ましいと言ってくれた貴公は、まるで勇気の無い俺の背中を押してくれる友のようだった。そんな友と一緒であれば、竜にも挑める気がする」

 

「…………」

 

 その言葉を聞いた俺は、確かに嬉しかったが……それと同じぐらい、馬鹿馬鹿しい話だと思った。

 飛竜とは言え、竜は竜。かつて世界を支配した、力持つ偉大な一族の末裔である事に変わりは無い。

 少し前に見かけた巨大な飛竜など、力の化身と呼ぶに相応しい威圧感を備えていた。

 空を飛べる飛べない以前の話として、生物としての格が違いすぎる。戦う前から諦めてしまう何かがあるのだ。

 しかし……この男は――ソラールは、飛竜に挑むと言う。

 伝説に語られる【竜狩り】を、単身で為そうと言うのだ。それも、信仰している祭壇に行きたいなどという理由で。

 

 普通に考えれば唯のバカだと思うだろう。

 話だけ聞けば、俺だって鼻で笑ったかもしれない。

 しかしこの男なら――ソラールならやれるのではないかと、そう思っている自分が居た。この男は勝算の無い戦いに挑むような男ではないと……少なくとも、友と呼ぶ者をそんな戦いに巻き込んだりはしないだろうと、そう思わせる何かがあった。

 それが人徳と呼ばれるものなのか、或いは単に気が合っただけかは分からないが――

 

 ――こんな場所でこんな風に思える男にこうして出会えた幸運に感謝し、無謀だと思える事に付き合うのも……たまには、良いのかもしれない。

 

「……伝説に語られる【竜狩り】を己で為すのも、有りかもな」

 

「では!」

 

「……挑んでみるか。祭壇を塞いでいる飛竜に」

 

「貴公ならそう言ってくれると思ったぞ!」

 

「だが、何で挑むつもりだ? 飛竜とは言え竜は竜。並みの武具など無いに等しく、普通の弓矢では幾ら撃っても意味が無いぞ?」

 

 俺のその言葉を聞いたソラールは豪快に笑った。

 そして得意な事を自慢する子どものように、タリスマンを握り締めた手を天に掲げる。

 

「最初に言っただろう? 俺は太陽の信徒、アストラのソラールだ」

 

 手に持ったタリスマンがばちばちと音を立て、雷を纏って発光を始める。

 そして雷は帯電する音と共に小さな槍の形を取った。

 その形状は、伝説で語られるグウィン王の雷の槍その物であり――

 

「ヌゥン!」

 

 気合と共に槍を投げるように、ソラールは雷の槍を()擲|()した。

 ぎゃしゅん、と空気が焼き切れ裂けるような鋭い音が耳に残り、投擲された雷の槍は一瞬で視界から消え失せる。

 目にも留まらぬ神速、空気を焼き切るような圧倒的な破壊力、そして目を奪い魂を魅了するその輝き。そう、つまりそれは―ー

 

「ウワッハハッハッハハ! どうだ? これが太陽の信徒が用いる奇跡【雷の槍】だ」

 

 ――神と呼ばれる者が用いた、正真正銘の竜殺しの武器()であった。

 

 

 

 

 



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城下不死街・太陽の祭壇 ~飛竜討伐・太陽の誓約~

主人公が失ったもの
自分の名前

前回ソラールは自分の名前を挨拶代わりに口にしたが、その際主人公は自分の名前を名乗らなかったため何となく察して主人公に名前を聞いていない。しかし主人公はその事に気付けていない。

こんな感じでお願いします。


「いいか、ソラール? 作戦は簡単だ。まずは俺が橋の上で騒いで飛竜を誘き出す。俺はその時に橋の中央にある階段か壁の影にでも逃げ込むから、ソラールは飛竜に雷の槍を食らわせてやれば良い。一撃でダメなら、前衛は勤めるから二射三射と準備しておいてくれ」

 

 作戦は簡単である。

 要は俺が囮になって飛竜を誘き寄せ、そこにソラールの雷の槍をぶつけるだけだ。

 ソラールの話では飛竜はこの橋を縄張りにしているらしく、橋の中央右側には下水の整理区画に繋がる階段があるらしい。

 飛竜のブレスを防ぐ事のできる盾を持っていないためどうするかと考えはしたが、よく考えてみれば、この橋は橋が焦げるほどに飛竜のブレスを受けても崩れていない。だからこそ橋を盾にすればブレスはやりすごせるのではないか? と当たりをつけた。……根拠などその程度なのだが、怪物に挑むのだから根拠があるだけで十分だ。

 

「分かりやすい作戦だとは思うが、本当にこんなものでいいのか?」

 

 俺の作戦を聞いたソラールは疑問の声を上げる。

 まあ、その疑問はある意味当然だ。

 俺の知識自体獣を狩るためのものだし、竜の生態を知っているわけでもない。……まあ竜を狩る知識がある者など、それこそ伝説に謳われる存在だけであろうが。

 

「分からん。何も考えずに挑むよりはまし、程度に思ってくれ。そもそも基本的にソラールの雷の槍頼みだから、それ以外は小細工にしかならないからな」

 

 それにそもそも、どのような策を巡らそうが、結局の所は小細工に過ぎない。怪物の命に届くであろう決定打を持つのはソラールのみなのだ。

 俺は、それをサポートすることしか出来ない。

 

 そんな俺の心情を察したのか、ソラールは無言で頷きそれ以上何かを口にする事はない。

 

 そのまま、お互い無言のまま橋に向かい足を止める。

 一度ソラールの方を見て頷くと……俺は橋に向かって足を進めた。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 太陽の戦士ソラールと……騎士が橋を少しだけ進んだ時だったのだろうか。

 彼らの背中越しの上空で、何か巨大なものが羽ばたく音が響き渡った。

 

 空を打つ巨大な羽ばたきは力強く、人が忘れかけている原初的な恐怖を呼び起こす威圧感を備えている。ただ天空を駆けるだけで有象無象は恐れ戦き、強者はそれを落とそうと思いを馳せる。

 それはかつてこの世界を支配していた最強種であり、敗北してなおこの世界に名を残す正真正銘の超越種。その末裔たる空の支配者――

 

 ――飛竜と、そう呼ばれ恐れられる怪物であった。

 

 

 弱者を威圧する咆哮すらなく、天を駆ける怪物が己のテリトリーに侵入した愚か者に裁きを下すために口を開き――――燃え盛る炎さえ霞む業火が怪物の口から放たれ遮蔽物の無い橋の上を焼き尽くしてゆく。

 

 その炎に触れてしまった、橋の中央で申し訳程度に盾を構えていた亡者が構えた鋼鉄の盾ごと燃えてゆく。既に黒く炭化した死体が更なる業火によって焼かれ、形を残す事が出来なくなり灰へと変わる。しかし――

 

 

 ――ソラールと騎士は、思考を奪われた亡者たちと同じ運命を辿る事はなかった。

 

 

 いち早く飛竜に反応した騎士はソラールに声をかけ、飛竜を挑発するかのように橋の中央に向かって大地を駆ける。

 普通であれば命を散らすだけであるその行為は、常人からかけ離れた騎士の脚力を持ってすれば十分に挑発として機能した。

 

 地を駆ける獣のような速度での疾走は速度を落とす事無く亡者の脇を抜ける事を可能とし、飛竜の炎が騎士に到達するよりも僅かに早く橋の中央に存在する階段へと到達する。

 騎士はなりふり構わず頭を庇った姿勢で階段へと飛び込み、どすどすと体を階段に打ち付けたような音を立てながら階段を落下していく。そして逃げ込んだ騎士以外の全てを燃やし尽くした飛竜の炎はしばらくの間橋の上を焼き続けた。

 

 その炎を吹き付けた存在である飛竜はと言うと、橋の終着点――つまりはソラールが目指している祭壇が存在する建物――に乗ると天を覆うような巨大な翼を閉じ、騎士が逃げ込んだ階段に視線を落としていた。

 

 その行為自体、飛竜からすれば己の炎から逃げ切った愚か者が再び顔を出せば焼き尽くしてやろうと、その程度の認識から来る単なる確認行為に過ぎない。

 しかし、それ故に他が疎かになる。飛竜が見ているのは間違いなく下であり、己を射落とす武器を持つ狩人ではなく、剣しか持たぬ騎士なのだ。そう、それは一言で表現してしまえば――

 

「ヌゥンッ!!

 

 ――油断なのだ。

 

 

 気合の声と共に放たれた、城壁から飛竜に向かって走る一条の光の軌跡は、かつて世界の支配者を打ち破った神の槍。

 それは竜が苦手とし、神が得意とした太陽の力の具現。

 雷の槍と。そう呼ばれる奇跡が飛竜の巨体に突き刺さった。

 

「―――――――ッッ!!!」

 

 かつての支配者(彼ら)を打ち破ったその力を受けて、それでもみっともなく悲鳴を上げないのは強者としての矜持なのか。

 

 脅威たり得ない騎士の存在を即座に捨て置き、飛竜は己の命に届き得る得物を持つ存在を探すためその視線を城壁へと向ける。

 それと同時に橋の上に降り立ち、巨大な鉤爪で大地をしっかりと掴みながらゆっくりと歩を進めた。

 

 

 飛竜に雷の槍を放った存在――ソラールは、既に城壁の影に隠れてしまっている。故に飛竜がその業火を彼に届かせることは不可能だ。

 しかし、その条件はソラールとて同じ事。

 神速と必殺の威力を併せ持つ雷の槍ではあるが、何処まで行っても飛び道具の域は出ないのだ。遮蔽物に隠れた見えない相手は狙えないし、適当に放れば勝手に当たってくれるような追尾性とて存在しない。雷の“槍”の名の通り、この奇跡は一直線に進む事しかできないのだから。

 

 しかし同じ条件であるから戦況が互角といえば、そんな事は無いとしか言えないのが事実である。

 ソラールは鍛えられた肉体と強い信仰を持つ優れた戦士であるのは間違いないのだが、彼が相対する相手は巨体を誇る怪物だ。

 出来れば必殺をと願った先制の一撃を受けても倒れないその耐久力は、ソラールのそれとでは比べる意味も無いほど明瞭。雷の槍が飛竜の肉体を貫くと同時に、ソラールは飛竜の業火に焼かれる事が確約されたようなこの状況では……どちらが先に死ぬのかなど、考える必要すらない。つまりこの状況、既に勝敗は決まっているようなものなのだ。そう――

 

「っァアッッ!!」

 

 ――捨て置いたはずの騎士の剣にまで雷の力が宿っていなければ。

 

 

 先ほどまでは何の変哲も無かった騎士の武器に、何故雷が宿っているのか?

 

 その答えは、別段難しい事ではない。

 彼は持っていた黒騎士の剣に、民家で見つけた黄金松脂をたっぷりと塗り込んだだけなのだ。しかし、確かにそれだけの行いではあるがその結果は馬鹿には出来ない。

 

 竜を殺すのは雷だと神代の時代から決まっている。いるのだが……人の手に余る竜を殺すための、雷と呼ばれる存在もまた――人の手に余ると言う矛盾を抱えている。

 しかし騎士が用いた黄金松脂と呼ばれるものは、人が扱える「雷」の数少ない例外の一つだ。黄金に輝く松脂は雷の力を帯びており、武器に塗りこむ事で本当に一時的ではあるものの武器に雷の力を纏わせる事を可能にする。

 そして何度も言うが……竜を殺すのは、雷だ。

 ソラールが振るう奇跡【雷の槍】程の効果は期待できないが、そんな物を持たぬ常人が振るうのであればこれ以上の対竜装備は期待できない。

 

 

 何時の間にかとしか言えない間に階段を駆け上がっていた騎士は気合と共に黒き刃を振り下ろす。ばちばちと帯電する肉厚の刀身を、騎士は己の全体重と最大の腕力で持ってたたきつける。

 牛頭のデーモンの頭を潰して勝敗を決定付けたその一撃に雷の力が上乗せされ、飛竜の足の肉を深く切り裂き、噴き出した鮮血を蒸発させ肉を焼く。しかしそれでも、巨大な飛竜の足を断ち切る事はできず肉の半ばで刃が止まってしまう。だがそれでも、雷を纏った刀身は確実に飛竜の血肉と魂を焼いていた。

 

 飛竜にとって帯電する刀身は猛毒を塗られた一撃を受けたに等しい。強力ではあるが実体がない故に一度耐えれば消滅してしまう雷の槍とは違い、己の肉体の中に残り続ける猛毒()は確実に命を削ってゆく。

 

 ――しかし、だからなんだと言うのか。

 

 そもそも、その程度で討てるのならば飛竜は何処かの誰かが討っている。

 思い思い万全の準備を尽くした多くの強者が挑んで、それでも尚健在であるが故に竜は怪物と呼ばれるのだ。たかが刃の一撃、たかが槍の一撃……少量の雷を受けて倒れるようであれば、そもそもこの飛竜はここには存在しない。

 

 

 騎士の一撃を受けた足を、飛竜は全力で地面に叩きつけた。

 その衝撃で傷口から吹き出すように鮮血が舞い、しっかりとした造りの巨大な橋が揺れる。

 そんな、地面を揺らすほどの凄まじい衝撃を受けた騎士は勢い良く地面を転がった。その際橋から落ちなかったのは偶然であり、黒騎士の剣を手放さなかった執念だった。

 しかし、それまで。

 偶然だろうが執念だろうが、地面に転がってしまった事に違いは無い。騎士が立ち上がるよりも早く飛竜は漏れ出した業火で赤熱する口を開き――

 

「ヌンッ!」

 

 ――その行動を、雷の槍によって中断させられた。

 

 凄まじい精度で飛竜の顔面に直撃した雷の槍は飛竜に一瞬の怯みを生み、その一瞬で地面を転がった騎士は飛竜の射線上から逃げ切る事に成功する。

 しかし炎の奔流は熱風のみで騎士を焼き、騎士が想像していた以上のダメージを与えた。

 騎士が愛用していた質素な服は燃え、亡者のように全裸に近い格好になる。黒騎士の剣を固定していた簡素な鞘も燃え、腰に備えていた火炎壷を取り落とす。そして当然、騎士自身も全身に火傷を負った。それでも反射的に目と肺を焼かれぬよう瞼を力強く閉じ、呼吸を止めたのは天才的としか言えない生存本能のなせる業なのか。

 

 通常の人間であればこの時点で生きていようがいまいが終わりだが、騎士は常人ではない。服が燃えた事で取り落とした橙色の瓶を――エスト瓶と呼ばれるそれを、引き攣った腕の皮膚と筋肉を無理やりに動かして口に運ぶ。

 

 

 瞬間、先ほど受けた攻撃を巻き戻すように騎士の体が元に戻っていく。

 火傷で爛れていた皮膚は健康な色を取り戻し、風が吹くだけで痛んでいた痛覚が正常に戻る。服こそ元に戻りはしなかったが、僅か一瞬で肉体自体は十分に戦闘を行える状態へと戻っていた。

 ……見るに耐えない肉体のダメージが巻き戻っていくその様は、人が「化け物」と呼ぶに相応しい異常であったが、この地(ロードラン)にそれを指摘する存在など誰も居ない。

 

 

 そして、彼が持つ得物は黒騎士の剣。

 炎に強い耐性を持つ黒き騎士の武器は、飛竜の業火を受けているはずだが武器としての鋭さは僅かも衰えていない。

 黒騎士の武器が何故あれ程の炎を受けても武器としての形を崩さなかったのかを、騎士は知らない。それは騎士がこの先巡礼を続け、彼らの由来を辿っていく事で納得の行く理由を知る事になるのだが……その様な事、この局面では何の関係も無い。

 大切なのは「騎士が執念で手放さなかった剣がまだ飛竜に通用する」と、その一点のみ。

 

 

 異常としか言えない速度で回復し、十全に動くようになった体を動かし騎士は再び刃を振るう。

 先ほどの経験を生かし、深く切り込むのではなく確実に肉を裂き出血を強いるように少しだけ浅く斬るように剣を振り下ろす。

 そして騎士が動くと同時にソラールが放った雷の槍も飛竜の体に突き刺さった。

 突き刺し貫くような外見上のダメージこそ無いように見えるが、猛毒のように飛竜を蝕む雷の一撃は騎士の一撃以上のダメージを確実に蓄積させている。

 

 

 だが、飛竜は倒れない。

 

 

 肉は切られているし、ダメージも蓄積している。

 しかしそれでも、飛竜の肉体からすればそれは微々たる物なのだ。

 どれだけ効果的な猛毒であろうと、飛竜を打ち倒すにはまだ幾らか手数が足りない。ならばと。ソラールは騎士の奮闘を視界に納めながら四射目を構え、今正に投擲しようとしたした時――飛竜が飛んだ。

 

 飛竜はその巨大な翼で空を覆い、一度の羽ばたきで大地から離れる。

 それはつまり……飛竜の足に隠れていた騎士が丸見えになったという事。加えてここは遮蔽物の無い橋の上、今から逃げようとしても間に合わない。

 故、騎士は更に攻める事を選択した。

 先ほどソラールから教わったばかりの技術――ソウルから武器を取り出す――を用い、左手にバトルアクスを出現させ、握り締める。そして、飛竜の翼――より正確に言えばその膜――に向かって生き残る望みを託して全力で投擲した。

 騎士が放ったそれは、直撃すれば人間の頭程度であれば砕く勢いではあるが、所詮はバトルアクスだ。加えて相手が悪い。比較的薄い部位を狙ったとは言えその翼を持つのは飛竜でありる。僅かな望みを託して投擲したバトルアクスは、翼を切り裂く事はできずに僅かな傷を残すだけに留まった。

 だが――

 

 ぎゃしゅん

 

 ――ソラールの雷の槍は、そう容易くは無い。

 

 空気を焼くような音と共に、神速で飛来した雷の槍に飛竜の翼が貫かれる。

 翼の膜に開いたのは小さな穴だが、それを為したのは竜と最も相性の悪い(良い)雷だ。小さな穴から真っ赤な鮮血が吹き出し、槍の威力を物語るようにバチバチと発光する雷が飛竜の翼を焼いてゆく。

 

 片翼を焼かれ飛ぶ力を失った飛竜は轟音と共に大地に戻り、己の重量を支えたために体を沈みこませながら動きを硬直させる。そしてそれは“比較的”と言う言葉が前にに付くが――攻撃的な棘に覆われていない腹を、刃が届く範囲に晒してしまったという事でもあった。

 

 それは怪物が初めて晒した確かな隙であり、騎士にとっての必殺を狙える瞬間に他ならない。

 

 揺れる橋の上であるため地に伏せてしまうのが普通でありながら、騎士は驚異的なバランス感覚でその揺れをねじ伏せる。

 揺れる大地の中を何でもないように高速で駆け、その勢いのままに飛竜の胸に飛びつき――帯電する黒騎士の剣を深々と突き刺した。

 しかし騎士の追撃はそれでは終わらない。

 全体重を込めた突進で深々と突き刺してた刃に両手で捕まっている状態の騎士は器用に体を動かし、足が地面についていない状態であるにもかかわらず、レバーを引くように飛竜の胸を縦に切り裂き……切り開いた傷口に向かって再び剣を突き入れた。

 

「――■■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 胸を一文字に切り裂かれた事で大量の血がぼたぼたと滴り落ちて橋を濡らし、濡れていった端からソウルの霧に変化して宙に消えてゆく。器に穴が開いたと表現できるほどの勢いで飛竜は強大な命を零していき、胸を抉られた痛みで悲痛な咆哮を上げる。加えて飛竜の胸に突き立てられた雷を纏った剣もが確実に飛竜の命を削っていた。だが――

 

 ――借り物の力は、所詮借り物の力でしかない。

 

 

 ――後僅かで飛竜の命に届く。

 

 突き立てた刃が飛竜の命に届いていると確かな手ごたえを感じた騎士だったが、しかしその手ごたえは次の瞬間に霧散する。

 ばちばちと帯電していた雷は消滅し、騎士が握っていた竜殺しの剣は唯の大剣へと巻き戻る。深々と差し込まれた刃は致命傷に近い部分まで届いているが、雷の力を失ったそれは飛竜にとってはいささか温い。

 

 既に脅威ではなくなった刃を捨て置いた飛竜は、己が狙うべき狩人の優先順位を変更する。

 

 ――つまり、まずはちょろちょろと動き回る騎士を狙うと。

 

 

 残った方羽で暴風のような羽ばたきを起こして騎士を吹き飛ばし大地に縫い付け、同時に距離を取るように後方に飛ぶ。そして飛竜は胸を隠すように地面に伏せ、これまでの痛みを吐き出すように橋全体を薙ぎ払う業火を吹き出した。

 

 辛うじて形が残っていた亡者たちが身につけていた鉄製の武具はぐにゃりと形を変えて溶け出し、凄まじい勢いで迫る熱風は灰になった亡者であった存在を宙に吹き飛ばして消滅させる。

 

 そんな絶望的な炎が迫りながら、しかし騎士は冷静であった。

 騎士は前もってソラールと話し合っていた通り、飛び込むように素早く地面を転がって炎が届かぬ橋の影に隠れる。そして――

 

 ――騎士の回避運動に合わせる様に飛来した雷の槍が、飛竜の業火を切り裂いた。

 

 炎と雷が交差し、しかしお互いがお互いを打ち消す事無く互いの目標に到達する。

 飛竜の放った業火は橋の上に存在した全てを燃やし尽くして地獄を作り出し……ソラールの放った雷の槍は、騎士が残した黒騎士の剣に突き刺さった。

 

「――■■■■■■■■ッッ…………」

 

 深々と穿たれた黒騎士の剣を通した雷が飛竜の体内を蹂躙し、僅かに残った命を完全に焼き尽くした。

 最期に断末魔のような咆哮を上げた飛竜は、体の端をソウルに変化させながら消滅していき……その巨体を大地に横たえる事すらなく、この世界から姿を消した。――一振りの、短い直剣だけを残して。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

「おい、生きているか?!」

 

 がしゃがしゃと鎧を鳴らしながら、俺を呼んでいるソラールの声が聞こえる。俺としても生きていると返事をしたいところなのだが……最期に飛竜が放ったブレスが予想以上の火力であり、喉が焼きついて上手く声が出せない。呼吸をするだけで体が内側から痛み、のた打ち回りたい程の激痛を与えてくる。しかしそれを行うための体すら火傷で酷い事になっており、体を動かすだけでやはり激痛が走る。

 ……だからソラールの返事に答える事なく、エスト瓶を口元に近づける事が俺に出来る精一杯であった。こんなみっともない姿を他人に見せたくないと、そんな子どものような意地が俺の体を動かしていた。

 

「!! ……大丈夫そうだな。まったく、返事くらいしてくれ」

 

 どうやら、肉体の回復は間に合ったらしい。無様を見せずに済んだようだ。

 

「大声を出せないぐらい疲れてるからな、そこは察してくれ」

 

「なるほど、察しが悪くていかんな、俺は。だが、貴公のおかげで予想以上に楽に片がついたのだ。心配して当然だろう?」

 

「…………そう、かもな……だが本当に、俺たちはやったんだな。正直、少し実感がない」

 

「ウワッハハッハハ」

「あれだけの動きをしておいて、実感がないとはおかしな事を言う。貴公の武技、正しく俺が出会った中で最高のものよ!」

「素早い身のこなしも、期を逃さぬ眼力も、確実に喉元に喰らいつく力と執念も! 遠目で見ている俺ですら驚かされたぞ! 黒騎士を屠ったというのも納得できる」

 

 そう言い、ソラールは俺に肩を貸して立ち上がらせてくれる。

 鍛え込んでいる俺の肉体は軽くはないはずだが、それでも簡単に立ち上がらせてしまうのだからソラールも大概だとは思うが。

 

「疲れただろうが、太陽の祭壇には篝火がある。そこまで行けば危険はないから、そこまでは我慢してくれ」

 

「ああ、悪いな」

 

「水臭い事を言うな、俺たちは“友”だろう?」

 

「――……そうだな。なら“頼む”ぞ、ソラール」

 

「ウワッハハッハ」

「“任された”ぞ、友よ」

 

 不死院に叩き込まれてから、もうする事がないと思っていたやり取りをソラールと行う。

 自分に出来ない事を誰かに頼み、任せる。

 そんな、当たり前である人間としての繋がりを、俺はソラールとのやり取りの中に感じていた。

 

 

 ……

 …………

 

 

「これは……? ……ッ!!」

 

 橋の中央を越え、飛竜が消滅した場所に辿り着くと不意にソラールが疑問の声を上げた。そしてすぐさま息を呑み、驚きに体を硬くした事が肩を通して伝わってくる。

 

「……どうした?」

 

「いや……貴公の黒騎士の剣の他に、もう一本剣があるようでな」

 

「何?」

 

 ソラールの言葉が気になり、疲れで重くなったため閉じていた瞼を開いて世界を見る。

 すると確かに、俺が飛竜に深々と突き刺した黒騎士の剣の他にもう一本の剣が堂々とした存在感を放っていた。

 

 その剣の刀身は標準的な直剣であるロングソードよりも短く、その半分ほどの長さしかないように見える。俗に言うショートソードよりもさらに短いように見える刀身は、いっその事大型の短剣と評した方がしっくり来るかもしれない。

 金属特有の光沢は存在していないが、鈍く光を反射しているそれは磨いていない鉱石のような印象を与えてくる。

 しかし……何よりも印象的なのは、その力強さだ。

 先ほど語ったように長さ自体は短剣を一回り大きくしたような大きさなのだが、隠し切れない威圧感が剣の内側から漂っていた。その威圧感をどの様に表現すれば良いのかは分からないが……何と言うか、人が触れてはいけない、言葉に出来ない神秘が剣の形を取ったかのような、そんな印象を受ける。

 

「……すごいな、これは」

 

 小さな剣に目を奪われていた俺は、そう口にするのがやっとであった。

 そう、この剣はすごい。

 これ以上の言葉が出てこない。

 人が技を持って鍛え上げた“業物”ではこの剣の領域には辿り着く事ができないだろう。鍛える事とは対極に位置する原始的な“力”その物がこの剣なのだろうから。

 故に凄いと、それだけ理解できれば良いのだ。

 これ以上の言葉はこの剣を貶める不必要な装飾でしかないのだから。

 

「……俺は、この剣は貴公が持つべきだと思う」

 

 そんな事を考えながら剣に見とれていた俺に、ソラールは少し考えるような間を置きそんな言葉を発した。

 そして俺は、この剣の凄さが理解できているからこそ、ソラールの言葉に驚かされる。欲しいと口にするなら分かるが、譲ると言うのは意味が分からない。

 

「理由を聞いてもいいか?」

 

「……俺には、この剣が飛竜に見えて驚いたんだ」

 

「……飛竜に?」

 

「ああ。驚いたと言えば聞こえは良いが……要するに、俺は臆したんだ。一目見た時に“凄い”とは思えなかった」

 

「……」

 

「だから、これは貴公が使ってくれ。この剣も……己を恐れた者に使われるよりは、己を凄いと思った者に使われたいだろう」

 

「お前は……本当に、自分に正直なやつだな」

 

「ウワッハハ」

「それが取り柄だからな」

 

 これを自分以外の誰かに贈り物として渡せば友好な関係を簡単に築く事だって出来ただろう。物々交換の材料になったかもしれない。普通にソウルで売り出したとしても、この剣であれば買い手に困る事もないはずだ。

 

 それでも、ソラールはこの剣は俺が持つべきだと言った。

 俺がこの剣を一目見たときに凄いと思ったから、この剣の持ち主に相応しいと、本気でそう思ってそれを口にしたのだ。

 打算も何もないそれは、誰にだって出来る事ではない。

 しかもこの剣の生みの親が、ソラールの印象通り“飛竜”であるかも知れないならなおさらだ。竜に属する存在は、唯それだけで計り知れない程の価値になるのだから。

 

「……ソラールがそう言うなら、その言葉に甘えよう」

 

 そう言い黒騎士の剣を己の内にしまいこむ。そして、もう一本の剣も。

 

 剣に触れた瞬間に俺が感じたのは、問答無用で本能に訴えかけてくる圧倒的な力。そして長きを生きた事を感じさせる力強い生命力であった。

 姿形は変わってしまったが、先ほど対峙した恐るべき飛竜の存在がこの剣に感じられた。長さに見合わぬ重量感がずっしりと腕にかかり、この剣が生きているのだと伝えてくれる。

 己のソウルに取り込んでも脈打つように感じられるその力強さは、俺の脳裏に神話で語られる伝説の朽ちぬ“古竜”の存在を思い起こさせた。

 

「やはり、これは凄いな。これ程のものを譲ってくれて感謝するぞ、ソラール」

 

「俺が言い出したことだし、そう気にするな。それに、前衛で命を張ってくれたのは貴公だからな!」

 

「はは、確かにそうかもな」

 

「そういうことだ」

「ウワッハハッハ」

 

 俺たちはお互いに笑い合い、ソラールの肩を借りながらすぐそこに見えている篝火へと足を進めた。

 

 ……

 ………… 

 

「ここが太陽の祭壇か……」

 

 篝火で休みながら炎で照らされた周囲を確認する。

 とは言え、この祭壇自体はそう広くはない。

 篝火のすぐ近くには座り込み、休んでいる俺たちを見下ろすように女神像が存在しており、何となく誰かに見守られているような気分になってくる優しい雰囲気が満ちている場所であるのだが……逆に言えば、それだけしかない。

 女神像と篝火以外は、閉じられた扉とそれを開くためのレバーがあるだけだ。

 

 そんな風に思っていると、快活に笑いながらソラールが口を開く。

 

「いや、ここは祭壇じゃない。本物の祭壇はあっちだ」

 

 もう大丈夫なら案内するが? と。そんな言葉を続けた。

 どうやら気を使わせたようだが、休息は十分に取れたため何の問題もない。

 

「ああ、頼む」

 

「では行くか。貴公ほどの男であれば、太陽の信徒になる事も出来るだろうしな」

 

 

 

 

 ソラールに案内されたそこは、打ち壊され苔生した石像が僅かな緑の中に存在する不思議な場所であった。それ以外は何も無く、祭壇らしさは殆どない。

 しかしそれでも……打ち壊され、苔生しているはずの石像であるにも拘らず、言葉に出来ない何かしらの力が感じられる。

 

「ソラール……この石像がそうなのか?」

 

「やはり、貴公には分かるか。そう、この石像こそが太陽の祭壇が祀っているものだ」

「誰から聞いたかは俺も覚えていないが……この石像は、グウィン王の長子のものであるらしい」

 

「グウィン王の長子と言うと……ふむ、誰だった?」

 

 グウィンの子として思い浮かぶのはグウィネヴィア、グウィンドリンの二人だ。どちらも有名であり、特にグウィネヴィアの方は広く知られる女神である。しかし……確かこの二人は、どちらも“女”であったはずだ。

 と言うより、そもそもグウィンの子に“男”など居なかったはずだが……

 

「グウィン王の長子については、口伝に残されているだけだから知らないのも無理はない」

 

「どういうことだ?」

 

「すまんが、俺も詳しいことは何も分からないんだ。ただ、ここで祈れば太陽の戦士としての誓約を結べるのは間違いないから、そこは安心してくれていい」

 

「そうか……」

 

 余計に訳が分からないな。

 まあここを紹介してくれたのはソラールの善意だし、根掘り葉掘り聞いても失礼なだけか。

 とにかく、祈ってみればそれでいいか

 そう結論付け、真摯な気持ちで石像に祈りを捧げる。

 

 

 しばらく目を閉じていると体が温かな何かに包まれ、頭の中に【雷の槍】の物語が浮かびる。

 

 

 それは、古竜と呼ばれる旧世界の支配者と戦った王たちの物語。

 王を支えた銀の騎士の物語。

 名もなき彼らは一人一人の物語こそ持たないが、彼らが信じた王と仲間と共に激しい戦場を駆け抜けた。

 

 それこそが雷の槍の物語。

 例え一つ一つの力は弱くとも、束ねる事で支配者の命を穿つ槍となる事を彼らは知っている。

 

 

 頭に浮かび上がった物語を知った俺は、自分でも知らぬ間に震えていた。

 神速と必殺を併せ持っていたかに見えたこの物語(奇跡)に、まだ()があるという事実に。数さえ揃えばこの奇跡でも伝説に語られる古竜の命に届いたという事実に。

 それは俺の内にあった憧れを刺激するには十分すぎた。

 

「すごいな、これは。お前が太陽に憧れるのも理解できる。なあソラー……」

 

 ソラールと。

 そう友の名を呼ぼうとした時には、ソラールは既にこの世界から消えていた。先ほどまでソラールが立っていた場所には誰も存在せず、この場にいるのは俺だけであった。

 

 先ほどまで感じていた興奮は急速に冷め、冷静に現状を確認し、一つの結論に至る。

 

 ――おそらく、俺とソラールの世界がずれたのだろうと。

 

「……また会おう、ソラール」

 

 俺は誰もいなくなった祭壇に無意味な再開の約束をかけ、体を休めるために篝火に向かい足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公は最終的に――

自分の名前
喋り方
家族の事
信仰していた神

を失う予定です。
ただこれ、四回しか死なないって意味じゃありません。





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城下不死教区 ~銀の猪~

予想以上に長くなったので前編後編に分けました。
今回の連投はそのためです。


 腰布にしかならないぼろ布で下半身を隠した亡者か蛮族のような格好で、アストラの直剣と飛竜の剣を両手に構えて太陽の祭壇の篝火を後にした。

 

 本当は、二刀流などではなく盾を持っていきたかった。しかしアストラの上級騎士から譲り受けた、文様の施されたブルーシールドは黒騎士の剣戟を何度も受けた所為でダメージの蓄積が酷い。一応このまま使ったとしても二、三度の使用であれば問題ないだろう。だがそれ以上の使用に耐えられるとは思えず、最悪致命的な破損が生じてしまう可能性がある。もっと具体的に盾の状態を思い描くとすれば、黒騎士のような強敵であれば、盾ごと真っ二つになる可能性さえ考えられるレベルだ。

 

 その様な状態になってしまった恩人の形見を使い続けるとなると、二重の意味でさすがに気が引けてしまう。

 

 ならばこそ、腕のいい鍛冶でもいればいいのだが……と。

 妄想にも近い希望的予定を立てながら、ゆっくりと己を見下ろす。

 服は飛竜のブレスによって燃え尽きてしまっており、腰布を僅かに残すだけの亡者のような姿である。まともな服がない以上仕方のないことではあるのだが、流石に見苦しい。

 第一、外見が亡者と区別できないと言う事がいただけない。

 

 ――服の調達も考えなければな。

 

 そんな事を考えながら、太陽の祭壇の裏口であろう場所を閉じるためのものだと当たりをつけたレバーを引く。

 

 おそらくそうなのだろうと予想した事を確信に変える様に、音を立てながら扉が開き、道を塞いでいた重々しい扉が上方へと消えていく。

 扉の先には古びた印象を与えるが壊れてはいない石の階段が続いており、右手側にはその階段を見張るように監視塔のようなものが聳え立っている。監視塔の入り口には、上に登るための螺旋階段と下水に降りるための梯子が存在している。

 

 一応、道は三つ存在する。

 とは言え下水に進むのはありえない。

 先に進むのであれば階段を進むのが正解なのだろうが……これまでの経験から考えれば、この監視塔のような高い場所には何かしらの敵が存在している可能性が高いだろう。

 事実挟まれて死んだ事もあったし、死なずとも邪魔だと感じた事は一度や二度ではない。

 

 ――階段を使って道沿いに進む前に監視塔の頂上に敵がいないのかを確認しておくか。

 

 経験則からそう判断し、警戒心を強めながら階段に足をかける。

 素足になった足は硬質な床に触れても音を立てる事は無く、それが闇に紛れる暗殺者になったかのような錯覚を覚えさせる。

 

 そうしてしばらく進んだ時。

 ひんやりと熱を奪われる石床に意識を裂かれかけ始めようかとした時、警戒範囲に引っかかるように上部から強者の気配を感じた。

 それは冷たく、しかし僅かな熱を帯びた無機質なソウルの気配。人間らしい気配は少しも存在しない、敵を屠るための殺人人形(キリングドール)。硬質な黒の強者。

 それに呼応するように猛りそうになる鼓動を抑え、先ほどよりもさらに慎重に歩を進める。

 

 

 螺旋階段の最上部。

 光が差し込むそこに、やつは居た。

 

 石畳の階段を見下ろすように、こちらに背中を見せている黒き騎士。

 肩に担ぐように構えた剣は大剣の範囲をさらに一回りほど逸脱している、人外が振るう武器そのもの。今手に持つ直剣では受け止める事は愚か受け流す事すら出来ない事を予感させ、それは痛んでしまったブルーシールドでも同じ事であっただろう。

 そんな黒き騎士が担ぐ大剣の刀身は、その真ん中に単調な刀身に変化をもたせるように返しのような物がついている。突き刺す事を前提としたような先太りの形状は、同時に扱える者が扱えば、振り回しに刀身の重さを乗せ凄まじい威力を引き出す事を可能とした作りなのだろうか。

 盾ごと――いや、もっと強大な何かごとな――叩き潰さんとしているかのような過剰なまでに威力を重視しているその造りは、人間相手と言うよりは……脳裏に焼きつく、あの牛の頭を持つ怪物のような化け物を敵対者として想定しているように感じられる。

 

 黒き騎士は何時からそうしていたのか、彫像のように動かず螺旋階段に背を見せている。

 そんな無防備な背中を見た時……俺は行動を起こしていた。

 

 素早く階段を蹴り、黒き騎士が振り向くよりも早く踏み抜くように膝裏に全力で蹴りを入れる。

 人体の構造上後ろからの攻撃に弱い膝裏を蹴られた事で黒騎士が膝を付き、実にちょうど良い高さにその背を晒す。

 

 そして俺は、黒騎士が何かするよりも早く、その背に向かい飛竜の剣を深々と突き刺した。

 アストラの直剣では撫でるだけであった分厚い全身鎧を、飛竜の剣はやすやすと突き破る。破れた鎧の中から以前見たドロドロの白い輝きが溢れ出して手を濡らす。初めて振れたそれはかすかに温かい、乾いた灰の用であった。

 

 しかし中身を零しながらも、この黒騎士は以前の黒騎士のように鎧が崩れず、膝を付いているが倒れこむ様子はない。

 

 ――つまり、死んでいない。

 

 心臓付近を突き刺しても死なぬならと。

 背中に深々と刺さった剣を引き抜き、両手と片足で黒き騎士の背中を監視塔の淵に向かって一息に押し込んだ。

 黒騎士が監視塔から下を見下ろしていたそこの手すりは崩れていたからだ。そこに黒き騎士の持つ巨大剣と身に纏う鎧の重量、そして崩れた体勢という悪条件が加われば起こる事は一つである。

 

 

 邪魔な岩を谷底に落とした時のように、目の前から黒い塊が消失する。

 次いで僅かな間を置いて下方から金属が硬い物にぶつかる大きな音が聞こえ、細かな金属片が散らばった時のようにちゃりちゃりとした小さな音が後に続く。その音に紛れるように、落下の衝撃で舞い上がったのか、少量の石が石を打つこつこつとした音も聞こえてくる。

 ……落下したあの騎士が動いている音は聞こえない。

 

 生死を確認するため、騎士を突き落とした場所から下を見る。

 石畳を見下ろしながら確認したそこには、ひび割れ抉れている石畳が目に付いた。石畳に深く突き刺さった黒い大剣は周囲に大小の亀裂を刻み、石畳を汚す小石が黒騎士が受けたであろう落下の衝撃を物語っている。

 黒騎士が持っていた大剣がそこに突き刺さっていながら、落下場所であろう箇所に黒き騎士の姿は確認できない。

 

 分かりやすい脅威を苦労する事無く排除できた事に安堵を覚える。

 

 ――暗殺者のように忍び寄り、背後から一突きした後高所から突き落とすなど言い訳の余地なく卑怯としか言えないが、今の装備でこの騎士と相対するなど自殺行為でしかないのだから仕方ない。

 

 だがまあ、と。

 胸に感じるまともな感覚から目を背けるように思考を切り替え、握り込んだ飛竜の剣へと目を落とす。

 

 アストラの直剣では撫でる事しか出来なかった黒き騎士の鎧を難なく貫くこの威力は恐るべきものだ。当然のように剣には刃毀れらしい刃毀れは存在しておらず、使用する前と何ら変わらない鈍い輝きを放っている。

 いや。

 むしろ敵を殺した事を誇っているかのようですらある。次の獲物を寄こせと――次のソウルを食わせろと――そう語りかけているかのようだ。

 

 ――自然、思わず笑みが浮かぶ。

 

 この地における最強が、まさか黒騎士などと言うことはあるまい。これより先強大な存在と戦う事になった際は、猛々しいこの剣がその猛威を存分に振るってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 監視塔を降り黒騎士の大剣を引き抜こうとしたが、そう簡単にはいかなかった。

 筋肉だるまのような連中に比べれば力がないとなるだろうが、それでも騎士の中で比べたとしても俺は力が強いと自負していた。しかし石畳に突き刺さった重々しい鉄の塊はビクともせず、引き抜く事すら出来ない。

 

 ならばと一度ソウルに取り込み、再度取り出してみたのだが……自在に振り回す、という感じからは程遠い。……言いたくはないが、完全に武器に振り回されている。今の俺では扱えそうにない。

 

 

 そんな事をしながら石畳を進んだ先にあったもの。

 それは巨大な城壁であった。隊列を組んだままの軍隊は当然の事とし、おそらく投石器やバリスタなどの背の高い兵器ですらもそこを通る事が可能であろう大きさのものであった。

 そして、そこを守るようにこちらに瞳を向けているのは巨大な銀の猪。

 鈍い銀色を纏った怪物は頭の部分だけで一般的な成人男性の身長を越えているであろう威容を誇り、牙には敵対者を串刺しにするための鋭い棘が無数に生えている。一見すれば磨きぬかれた鋼鉄の彫像にも見える姿を持ちながら、しかし鎧の隙間から覗く深紅の瞳は確かな殺意を湛えている。

 

 全身鎧の猪の上部には手すりの無い小さな橋のようなレンガの足場が張り出しており、その上に陣取るように二体の亡者がクロスボウを構えてこちらを警戒していた。

 通路の中ほど――もっと言えばクロスボウを構えた亡者が居る橋の終わり辺りには、ぱちぱちと嫌な音を立てながらヒトガタの黒い物体が炎に燃やされている。積み上げるのではなく一本の棒に串刺しにされたその姿は“処理”と同時に心の弱いものを威圧する不快感さえ伴っていた。

 

 そうして亡者たちと全身鎧の猪の防衛線を視界に納めていると、剣と盾を持った一体の亡者がこちらに背を向けて門の方へと走り始めた。

 

 ――何を――

 

 そう思い、亡者の行動の意味を考えようと思考を巡らせた時、がらがらとした重々しい滑車の音が響き今この瞬間まで開いていた門が閉じ始める。

 そのタイミングでようやく先ほど走っていった亡者が門を閉めるつもりであった事を理解したが、最早それを知ったところで何の意味も無い。地を揺らす音と共に誰でも通る事ができた開かれた門は閉じられ、先への道は断たれてしまう。

 

 

 ここからぱっと見たところ、あれ以外に道はない。

 ならばこそ先に進みたければここから見えない場所――具体的に言えばこの通路の奥に進み、別の道を探すより他なくなったわけだ。

 

 ……

 

 ――さて、どうするか。

 

 二人しかいないとは言え、低所であるここを狙いやすい高所にクロスボウを持った亡者が控えているのはよろしくない。見た瞬間タフで強力だと分かる前衛が居るなら尚更で、さらに言えばこの手の地形はこちらから見えない場所に伏兵が配置されている可能性がきわめて高い。

 

 ――まさかこうも早く出番が来るとは。

 

 左手に持ったアストラの直剣をソウルにしまい、代わりにソルロンドのタリスマンを握り込む。

 タリスマンを握った手を天に掲げると共に、先ほど覚えたばかりの物語を詠唱する。紡ぎだす物語が進むにつれてバチバチとタリスマンが帯電し、黄金の光は槍の様に細長い形状を取っていく。

 一般的な投槍程度の大きさを形作った雷は、ソラールが振るった奇跡“雷の槍”

 重さの無い槍を投擲するという初めての感覚に戸惑いながら、クロスボウを構えた亡者へと雷の槍を投げつける。

 

 しかしやはり初めてだからなのか、雷の槍は亡者を直撃する事無く明後日の方向へと直撃した。

 それでも雷の威力を物語るように、槍が直撃したレンガ造りの壁は黒く焦げている。

 その事に危険を感じた亡者がこちらを狙ってボルトを射出しようとクロスボウを構えるが、視界に納めている以上その動きは緩慢としか言えない。

 

 階段近くの壁に身を隠し、飛来する二本の矢をやり過ごす。

 

 ガチャンガチャンと。

 

 金属と硬いものがぶつかった音が響いた。それは狙撃手の無駄撃ちと失敗を物語っており、反撃のための無防備が許された事とイコールでもある。

 

 再度の詠唱、からの投擲。

 

 先ほどの感覚を忘れぬ内に、己の中で着弾点を修正した雷の槍は亡者の肩にぶつかり片腕を根元から吹き飛ばす。しかしそれだけでは終わらない。雷は亡者が着ているボロボロの鎧に絡みつき、バチィと一瞬の発光を残して亡者兵の命を焼き切った。

 どさりと重たいものが高い場所から落下した音を発しながら、生き残っている片割れの亡者はもたもたとクロスボウにボルトを装填している。

 

 俺は、そこに詠唱を終えた雷の槍を再び投げつけた。

 

 二度の失敗を経て着弾場所を完全にモノにした雷の槍は、残った狙撃手の胸を直撃した。

 穴が開き、傷口が焼かれ、血を流す事さえ許されないまま二人目が息絶える。

 

 

 何と言うか……流石の威力である。

 巨大な飛竜さえ屠ったそれを人が――それも亡者が耐え切れる道理は無いとは思ったが、まさかここまで圧倒的なものであったとは。

 

 ――これならば、あの猪の化け物にも通じるのではないか?

 

 そう思い、こちらを視界に納めている筈でありながら動こうとしない銀の猪目掛けて雷の槍の矛先を向けた。

 

 黄金の雷光が銀の輝きの表面を撫でる。

 しかし着弾しても銀の猪は倒れず、何も変わることなく佇んでいる。

 いや。変わっていないのは表面上だけか。

 銀色の中に存在する二つの赤い瞳は痛みを与えた事への怒りを湛えており、先ほどまでは動く気配が全く無かったというのに今は前足で地面を踏み鳴らすように削っている。

 

 次の瞬間、銀の猪は体に纏った金属で石を削りながら火花を散らせ、こちらに向かって一直線に突進していた。

 

 巨体に似合わぬ意外な速度と巨体に見合った威圧感を前面に押し出したその姿に、俺はとっさに地面を転がって後ろに逃げていた。少し前に俺が立っていた場所を突きげるように猪の凶牙が通り過ぎる。

 

 少しだけ腹が見える程に背を反らし前足は地面から離れている。足場ごと天空にカチ上げるようなその一撃は、なるほど、盾を構えていたとしても意味など無かっただろう。

 

 がしゃんと。

 地面から離れていた足が重力に従って重たい音と共に再び地に着き、巨大な頭が再度正面に現れた。

 威圧する銀の壁を前に、しかしこれは好機だと見切りをつけて飛竜の剣を握り込む。両

 手で握った飛竜の剣を構え、重たい体重を支えるために発生した隙目掛けて突きを放つ。

 

 一息で距離を詰め、眉間目掛けて一撃を放った。先ほどの黒騎士に対してもそうであったように、飛竜の剣は猪の纏った鎧を易々と貫き確かな手ごたえを伝える。

 

 獣の唸り声を上げ、猪が牙が付いた頭を振り回す。

 

 しかし、俺は既に猪の眉間から剣を引き抜き距離を取っている。

 それは軽く後ろに跳んだだけの僅かな距離であったが、前ではなく上に突き出しているこの化け猪の牙を回避するには十分すぎる距離であった。

 

 左右に首を振った猪が動きを止めた瞬間を狙い、先ほど突いた場所の少し下に再度突きを放つ。

 それを受けて眉間に二つの穴が開いた猪は、今度外さぬとでも言わんばかりに前に向かって突進をかけてきた。

 それは勢いの乗った突進ではなかったが、大質量のカチ上げは俺にとっては――特に殆ど裸である今の状態にとっては――十分に脅威である。

 

 あのでかい体が前に出てくる以上、先ほどのように軽く後ろに下がるのでは足りない。

 狭い通路と大きいとは言え階段状になっているこの場所で転がれるのか? と自問自答しながら体が入る空間を探す。

 ギリギリのタイミングで見つける事が出来たそこ――猪の真横――目掛けて体を潜り込ませる。しかし――――

 

「――ッぅ」

 

 判断のタイミングがギリギリであった所為で、直撃こそ避けたが猪の大きな頭に備え付けられた銀の突起物が腰から太ももあたりまでの肉に引っかかる。それは腰からの肉を抉って腰布を千切り、俺を完全に全裸にすると同時に機動力を奪う。

 背筋を這い上がってくる痛みは傷がそこそこ深いことを伝えており、それは同時に激しい動きを瞬間的に行うのは既に不可能となっている事を物語っている。

 加えて側面の壁と中央に陣取った猪に挟まれた事で大きな動きはできない。

 

 ――故に、取れる手段は多くない。

 

 走る痛みを抑えて足を引きずりながら、旋回速度は見た目通りに遅い猪の背後に回り込む。

 

 ――二つしか穴を開けられなかったのは不安が残るが、この剣の切れ味ならばいけるはずだ。

 

 飛竜の剣を頭上に構え、猪がこちらに頭を向ける瞬間を待つ。

 銀の猪がこちらを振り返ったその瞬間、俺は全力で飛竜の剣を二つの傷穴目掛けて振り下ろす。それは赤い液体を流していた二つの穴を上から下に繋ぎ、一本の線とする一つの剣閃――――のつもりで放った一撃であった。

 

 しかし、現実に起こる結果は俺の想像の斜め上を行く現象。

 

 眉間目掛けて振り下ろそうと真上に構えていた飛竜の剣の重さが増し、凄まじい大きさの大剣を持っているような凄まじい重量へと変貌すしていた。その重さは、かつて握る機会のあった特大剣と呼ばれる剣さえ超えている。

 増していく重さに比例するように、頭上からは目に見えぬ怪物が唸るような……空気が渦巻く怪音が聞こえ始めている。

 

 見ることはできない。

 しかし、この気配を俺は知っている。

 

 ――これは、飛竜のものだ。

 

 唐突に変化した重さを意地で耐え、頭上で渦巻く力を猪目掛けて振り下ろす。

 、瞬間腕の動きに合わせたように、支えきれなくなった天が落ちてくるように振り下ろした俺自身すらも見る事の出来ない不可視の巨刃が落下した。

 

 轟音と共に捲れ上が石畳。

 刃の延長線上にあったという理由だけで亀裂を刻まれた石壁。

 そして……眉間から尻までを真っ二つにされている猪であった肉片。

 

 飛竜の巨大な鉤爪が破壊の痕を刻むように、嵐のような暴風を伴い落ちてきた不可視の刃は敵対者である猪と動き辛い地形を吹き飛ばしていた。

 両断された猪は鋭い刃で切り殺されたのではなく、切れ味の悪い鈍らを凄まじい力で叩きつけられたような惨状を晒している。切り口であるはずの体の中心に走る斬撃跡はへしゃげており、鎧は切ったというよりも千切れたと言う感じを晒していた。

 

 ――力任せの一刀両断。

 

 赤い血をだくだくと流す死体と死体の周りの惨状から浮かぶのはそれであった。

 

 

 

 

 

 

 



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城下不死教区 ~アストラの鍛冶師~

後編


 エスト瓶を一口煽り守る者の居なくなった門の前の道へと、死角を慎重に確認しながら先に進む。

 

 やはりと言うべきか、予想通り通路の死角に隠れていた盾と槍を構えた亡者の盾を蹴り、体勢が崩れたそいつの胸を切り裂き命を絶つ。がちゃがちゃと金属が鳴る音が聞こえ、それが亡者の接近を許している事を伝えてくる。

 

 振り返った視界に映ったのは、剣と盾を持ちこちらに向かって走り込んで来ている最中の亡者であった。

 

 脇が開き、盾の構えも甘く、腰の入っていない突きの姿勢。

 ……亡者ゆえに仕方の無い事なのかもしれないが、その動きは最早素人のそれである。

 

 亡者の突きを半身にずれて回避する同時に足を払う。

 すると走り込んで来た勢いのまま亡者は前のめりに倒れこんだ。しかし顔面から地面に倒れこんだ亡者は倒れた事すら久しぶりなのか、素早く起き上がることすらできないようだ。

 俺はその後ろ首を踏み抜いた。枯れ木のような外見通り、瑞々しいしなやかさなど無い亡者の首があっさりと折れる。

 

 ……本当に、強い者と弱い者がはっきりと分かれている世界である。

 

 ソラールや黒騎士、牛頭の怪物や巨大な飛竜。

 強い者はとことん強く、この亡者のように弱い者は盾が一つあれば三、四人に囲まれても無傷で切り抜ける事ができそうなほど弱い。

 

 ――まあ、困らないから構わないのだが。

 

 向かって右手側にある、盾と槍を持った亡者が塞いでいた小さな階段を昇る。

 しかしその先には亡者の死体と……中に僅かなソウルが残っている頭蓋骨――投げて頭蓋を砕く事でソウルを求める亡者を誘き寄せる事ができるそれ――を大事そうに抱えている裸の死体しかなく、見るべきものはなさそうだ。

 一応裸の死体が持っていた四つの誘い頭蓋を頂いておき、息絶えている亡者を下に落としておく。

 

 

 再度下に降り周囲を見渡すと、建物の影で見えにくくなっていたが下に向かって続いている通路を見つけた。

 

 

 おそらくここから先に進む事ができるのだろうが…………まあ、先にやるべき事をやっておくべきだろう。

 

 死した亡者が腰に巻いていたぼろぼろの腰巻を奪い取り、見せる者は居ないが見せ付けるようになっていた下半身を覆い隠す。依然殆ど隠す事ができていないこれを着衣とは口が裂けても言えないが……まあ、全裸よりかはいくらかましだろう。

 ついでに亡者が持っていた盾も頂いておく。恩人のブルーシールドと比較すれば性能が一段階も二段階も落ちてしまうが無いよりはましと言うやつだ。

 同時に死んだ亡者の亡骸を漁って使えそうな物を選び、以前やったように黒騎士の剣を背中に背負っておくための鞘も作っておく。

 

 アストラの直剣を腰に差し、黒騎士の剣を背中に背負う。

 亡者の盾を左手で構えタリスマンを握り込んでおく。

 そして右手には飛竜の剣。

 体を隠す物が亡者が使っていた腰巻しかないのは少しあれだが、武器だけなら一流品ばかりだ。一応盾も手に入った事だし、この先に居るのが此処まで出会った雑魚亡者と同等であれば十分すぎるだろう。

 

 

 

 

 階段を下る。

 階段の幅はそこそこ大きく作られており、三人であれば同時に入れそうな大きさであった。しかし階段を降りきった先にある通路は人一人が通れる程度の大きさしかなく、同時に進むのは難しい。

 そんな通路の先の開けた場所には、腰布と折れた剣を持った亡者が居た。

 

 その亡者はこちらの姿を確認すると、俺に背を向け逃げるように走り出す。

 

 ――……幾らなんでも、これは分かり易すぎるだろう。

 

 盾を構え、ゆっくりと歩みを進める。

 開けた場所――朽ちてしまった大机と長椅子から見るに食堂か休憩所に近い何かであったのであろう――には数人の亡者が待ち構えていた。

 しかしその亡者のどれもが腰布と折れた剣しか持っていない最下級の亡者である所為か、全く脅威を感じない。

 

 しかも、待ち構えるにしても地形が悪い。

 見破られるどころか、多少警戒されていれば何の役にも立たない場所で待ち伏せをするなと言ってやりたい。

 

 亡者が待ち伏せしていた事を確認した俺は、盾を構えながらじりじりと背後に下がる。

 するとどうだろうか。

 二人以上通る事のできない狭い通路に、何の技量も無い素人の方がまだましな動きをする亡者が一列に並ぶ事となる。

 ……起こるのは、最早単なる作業だった。

 

 胸を一太刀撫でるだけ倒れていく亡者。

 本当にそれだけだ。

 

 

 

 この、元食堂だか休憩所だか分からない場所に潜んでいた全ての亡者を切り伏せ、動かなくなった人型を漁る。

 得られたのは切り伏せた亡者分の腰布と僅かばかりのソウル、そして何処に使うのかも分からぬ鍵であった。

 

 鍵は簡易的な作りである。

 そうなると重要な場所に施された鍵ではなく、もっと簡易的な場所のもののはず……と、そこまでは分かる。だがまあ、分かるのはそこまでだ。

 周囲に鍵を使わなければいけないような場所はないようなので、此処ではない何処かで鍵をかけた後、ここで息絶えたのだろう。

 

 ちなみに……亡者から奪い取った腰布は腰巻しかない腰に巻きつけておいた。

 見た感じはスカートのようになってしまったが、俺の太ももを見せ付けるように晒しているよりかはましだろう……たぶん。

 

 

 

 亡者が存在していた休憩所を抜けると、そこは先ほど銀の猪が陣取っていた通路が一望出来る石造りの橋であった。

 橋の一部は崩れて手すりが無くなってしまっているが、それでも高い場所から見える風景はとても幻想的である。

 

 

 

 その橋を渡りきると道は二股に分かれている。

 左手側には上に向かう階段があり、右手側は建造物の外側に向かっているようだ。

 

 ――閉じた城門が左側にある以上、進むべき正解は左で間違いないだろうが……さて、どちらを選ぶべきか。

 

 一瞬だけ思考を巡らせ、俺は右側に向かって足を進めた。

 先が続いているようなら左に進み直せばよいし、そうでないなら確認だけでもできるだろうと、そう思ったからだ。

 

 右側の通路は、ある意味予想通りにすぐに終わっていた。

 短くは無いが長くも無い通路の先には、赤いマントを靡かせた騎士鎧を纏った人物がこちらに背を向けている。

 

 ……

 …………あの鎧とマントは見覚えがある。

 確か、バルデルと呼ばれた国の騎士が用いたものだったはずだ。

 

 

 ――バルデル

 騎士王として名高いレンドルの故国であり……俺の時代では、既に滅び去った国だ。

 詳しい文献が残っていないため当時の事は知らないが“ある時を境に”多くの不死を生み出し、そのまま滅び去ったらしい。

 とは言えそれはバルデルの騎士たちが弱かったわけでも技術に難があったわけではない。バルデルの騎士たちが使ったと言われる刺突剣と盾は独特の形状をしており、今では殆ど見る事ができない程だとか。

 

 

 そんなバルデルの騎士。

 その実物が目の前に居る。

 

 声をかけるべきか否かを迷いながらバルデル騎士に近づき、飛竜の剣をソウルにしまって黒騎士の大剣を背中から引き抜く。そして突けば当たるという間合いで足を止め、バルデル騎士に声をかける。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

 俺の言葉に振り返るバルデル騎士。

 兜から除くその顔は墨のように黒ずんでおり、最早人間ではない事を語っている。そして何より、向けられた殺意が例えこの騎士が人間であったとしても俺の“敵”である事を告げていた。

 

 バルデル騎士が手に持った小型の盾など意に介さず、全力で放った黒い刺突を見舞う。

 バルデル騎士はそれを受け流そうとしたが、俺が黒騎士に対してそう思ったように、この肉厚な剣を受け流すのは至難の技だ。

 黒騎士と俺では振るえる力の桁が違うが、中型の盾を使って万全の状態で受け流した俺と振り返ろうとしたバルデルでは条件が違う。

 

 小型の盾を弾き、胸を一突きにする。

 

 胸を貫通した事で前後に血が飛び散り、剣にかかる重さがバルデル騎士の命が消えたことを伝えていた。

 剣と盾を取り落として膝から落ちたバルデル騎士の胸を蹴って剣を引く抜き、取り落とした刺突剣を拾い上げる。

 

 ――どうやら、唯のレイピアのようだ。

 

 小さな落胆を覚えながら、とりあえずと言った感じでレイピアを貰っておく。

 ついでに小盾も貰っていき、さらについでにバルデルの鎧を奪う。

 ……まあ長い年月でボロボロになっていたバルデルの鎧は、既に内側も鉄だけになっておりとてもではないが着れたものではなかったのだが。

 

 通路の先。

 先ほど殺したバルデル騎士が追い詰め、殺したであろう死体は鮮やかな色に輝く盾を持っていた。

 最も傷つくはずの盾の真ん中部分に凄まじく細かな装飾が施されたそれは、貴族が用いるような煌びやかさを湛えているのだが……盾の表面についていて然るべきである傷は中央の装飾部分に二つのみ。

 それはこの盾の持ち主が攻撃を二度しか盾で受けた事がない証明であった。

 この盾を渡された人物がどの様に死んだのかは知らないが…何と言うか、ずいぶんともったいない死に方をしたものだ。

 

 見た感じ、作りは良くも無いが悪くもない。

 

 ――つまりは亡者の盾よりはましと言う事だ。

 

 亡者の盾をソウルにしまい、その代わりに鮮やかな色の盾に持ち替えた俺は来た道を引き返した。

 

 

 

 左手側にあった階段を昇った先には道が続いていた。

 盾と槍を持った亡者が隠れていたが、何のアクシデントも無く切り殺す。

 

 

 そうして道沿いに足を進めると、先ほどバルデル騎士が居たような通路が視界に映った。

 しかしその通路も二股に分かれており、右と左に道が続いている。

 

 ――一応警戒しておくか。

 

 一応ではあるが、これも死角ではある。

 ゆっくりと安全確認をしながら曲がり角から顔を出し、左右を見る。

 

 するとどうだろうか。

 

 右側に続いていると思われた通路は盾と槍を持った亡者が存在するだけであり、完全に待ちの構えを取っている。

 それだけであれば何時もの事かもしれない。しかし問題は左側だ。

 左の通路は奥に続いており、そこには先ほどのような黒い顔を晒したバルデル騎士が佇んでいた。しかもそのバルデル騎士、先ほどのバルデル騎士と違い見た事の無い形状の盾と長い刺突剣を持っている。

 

 目が合った瞬間バルデル騎士がこちらに向かって走りこんで来た。

 

 左に控えた亡者に挟み撃ちにされぬよう下がり、飛竜の剣と先ほど手に入れた盾を構える。

 階段を駆け上がり、いち早く現れたのはバルデル騎士。

 バルデル騎士が放つ気配からは特段強いと言ったものを感じないが、それでも完全に所見の相手だ。バルデルの騎士の戦い方を知らない上、この騎士の持つ見た事の無い刺突剣と盾が名高いバルデルの刺突剣とバルデルの盾であれば油断はできない。

 

 

 まずは様子見と、防がれる事を想定に入れて右手に握った飛竜の剣を振るう。

 

 バルデル騎士はその一撃を受け、巧みに流す。

 大き目の盾は通常の物よりも硬く重量感のある防御を可能とする。

 幾ら飛竜の剣の切れ味が良いといっても剣と言う形状を取っている事に変わりは無い。振るう使い手である俺自身の腕力がこの盾の耐久性を上回っていない以上、真っ二つに切り裂くと言う真似は出来なかった。

 

 バルデルからの反撃は、盾の後ろからの刺突。

 刺すという機能を突き詰めた刺突剣は防ぐ事と攻めることをほぼ同時にこなす。

 力なの無い貴族たちが刺突剣を愛用しているのは見た目が良いと言った理由だけでなく、こういった当たり前の扱いやすさにも起因している。

 分厚い鎧を貫くには細い刺突剣では不十分だが、服しか着ていない人間の心臓を刺し貫くには十分だ。

 

 バルデル騎士の刺突を盾で()()()

 できるだけ剣と盾の角度が直角になるように――武器を破壊する目的でバルデルの一撃を盾で受け、盾に触れた感触が伝わると同時に相手に向かって体ごと盾を押し込む。レイピアなどの脆い作りの武器であれば破壊する事もできる動きであったが、バルデルの刺突剣は折れていない。

 しかし武器を壊される事を恐れて剣を引いたのも事実。押しているのは間違いない。そう思い邪魔な盾を蹴り上げようとした瞬間――

 

 ――バルデル騎士は、盾を構えた手で剣を握っていた。

 

 盾を持った手で両手持ちにしているという事実に、一瞬反応が遅れる。

 しかし既に斬り付けて来ようとしているその姿を見て、バルデル騎士と俺との間に盾を潜り込ませる事で予想外の一撃をやり過ごす。

 

 ――驚いた。と言うか、バルデルの盾の形状はこういう事をするためのものか。

 

 本来は刺すという機能しか持たない刺突剣で斬り付けてきた事も。

 盾を持てば、両手で剣を持つなどできなくなるはずなのにそれを可能としたのも。

 それを可能とする“作り”こそが、バルデルの刺突剣と盾を有名にしていると言うことだったのか。

 

 

 ――バルデルの刺突剣

 先ほどの攻防から通常の刺突剣よりも長く、突く事以外にも使える硬さと切る事が出来る刃を持った剣である事が理解できる。

 

 ――バルデルの盾

 先ほど見せた盾を持ったまま両手で斬りつける動きは、真ん中で折れ曲がった鉄板のような独特の形状がそれを可能とするのだろう。受け流す事に重点を置いた作りの一般的な盾では、盾の下側が邪魔になり“盾を持ったまま剣を持つ”などと言う事は出来ないのだから。

 

 

 ――……だがしかし、種は分かった。

 そして分かってしまえば勝てない相手ではない事も自ずと理解できる。

 

 今度こそバルデル騎士の盾に蹴りを入れる。

 板のように曲線の無いバルデルの盾は蹴りやすく、ぐっと押し込むように力を入れればその分だけ後ろに下がらせる事ができる。そして……バルデルの真後ろは、階段である。

 

 後ろに体重をかけて踏ん張っていたバルデルが足を踏み外し、背中から落下し階段を昇りかけていた亡者と絡まり合いながら階段を転がり落ちた。

 飛竜の剣と盾を素早くソウルにしまい開いた両手で黒騎士の剣を引き抜くと、そのままの勢いでバルデルの鎧を叩き割る。足裏に衝撃を感じながら再度黒騎士の剣を振り上げ亡者兵にも叩きつけておく。

 

 

 無残に潰れたバルデル騎士と亡者兵を横目に、俺はバルデル騎士が落とした刺突剣を拾い上げる。

 

 ――なるほど、これは価値が出るはずだ。

 

 突くだけではなく切る事ができる。

 本来は一つの用途にしか用いる事ができない刺突剣でありながら、この刺突剣は二つの動きが行える。故に戦闘のバリエーションが増え、自分は扱いやすく敵対者にとっては厄介なものになる。

 長い刀身を持ちながら、刺突剣の名の通り刀身そのものは細いのだから重量的に見ても取り回しやすい。加え先ほど語ったように、刀身そのものは“長い”わけなのだから刺突剣としての性能でも本来のものの上を行くだろう。しかも刀身に斬る機能がついているというおまけ着きなわけだ。

 

 ――しかしまあ、それでも性能だけ見ればアストラの直剣の方が上か。

 

 確かにバルデルの刺突剣の価値は高いが、単品の性能で見る分には選び抜かれた上質な武器の上祝福まで施されているアストラの直剣には及ばない。

 バルデルの刺突剣が真に素晴らしい所は、騎士階級であればこの剣を持つ事ができるという部分にある。アストラの直剣を全てのアストラの騎士が持つ事ができないのに対し、バルデルの刺突剣はバルデル騎士であれば誰でも持てるのだろう。

 故に凡庸性と言う点においては素晴らしいのだ。これを騎士階級にある殆どの者が持っていたと考えれば、なるほど“バルデルの刺突剣”が有名である事も頷ける。

 

 どちらかといえば盾の方が面白い作りだろう。

 持てば問答無用で片手が塞がる盾であるが、しかしバルデルの盾は独特の形状を取る事でその問題をクリアしている。

 受け流す事が難しい故に消耗が激しいとか、先ほどのように打撃に弱いだとかの問題点はあるだろうが、それが気になるなら別の盾を使えば良い話だ。

 

 

 

 バルデルの刺突剣とバルデルの盾をソウルにしまい、道沿いに歩み今にも壊れそうな木造の足場を越えた先に見えたのは教会の裏口だった。

 

 守備兵のつもりなのか、剣と盾を持った二人の亡者とクロスボウを持った亡者がいるが、これぐらいであれば居ないのと変わらない。

 

 走りこんで来る一人目の亡者の足を払い地面にキスさせ、もう一人の突きは受け流す。

 受け流した亡者の脇を通り抜けるような動きで腹を深く切り裂くと、倒れた亡者に火炎壷を投げつけて止めを刺しておく。

 前衛を失いながらもクロスボウを持つ亡者はクロスボウを放って俺の脇腹を深く貫いたが……幸か不幸か、今の俺はその程度では死なない。

 

 激痛を我慢して投げナイフを放り、喉を穿つ。

 

「――ッ…………はぁ……痛みは生きてる事の証拠なんて、よく言ったもんだな」

 

 最後の亡者が倒れた事を確認た俺は、そんな事を愚痴りながら腹に突き刺さったボルトを引き抜く。

 殆どのボルトには、対象から矢が抜けないように返しがついている。故に体に刺さったボルトを引き抜くのは大抵の場合失敗であり、抜かない事が正解である場合が多い。

 しかし、それは人間の話だ。

 エスト瓶に入っているエストを一口煽るだけで血を流して激痛を訴えていた脇腹の傷は塞がっている。

 

 さて。

 教会の中に向かうか、それともその反対にあるよく分からない建物に足を運ぶか。

 深く考える事はせずそんな事を考えていた時であった。

 

 ――……――………―…――

 

「ん?」

 

 何か音が聞こえた気がした。

 

 ――……ンッ……カ……カンッ……――

 

 その音は耳を澄ませば教会の反対側から聞こえてくる。

 鉄で鉄を叩く甲高い音は、決して戦いによって発生したものではない。

 もっとしっかりと、しかし力と魂を込めて丁寧に叩いている。

 

「……まさか……鍛冶が居るのか?」

 

 ――鍛冶

 それが俺の頭の中によぎった言葉であった。

 

 もしも鍛冶が居るのであれば、是非知り合っておきたい。

 こんな地だ。腕の良し悪しなど問題なく、鍛冶ができる人間と顔見知りになっておくと言う事には凄まじく大きな意味がある。

 

 

 音に釣られたように、亡者の居ない一本道を進んでいく。

 歩みを進める度に音が大きくなり、カンカンと鉄を叩く音がはっきりと聞こえ始める。一定の間隔で発生する音は、鍛冶が居ると言う予想が外れていない事を段々確信へと変えていく。

 

 

 

 そこは、崩れ去った教会だった。

 座すべき神が消え、次いで祈る者が居なくなり、遂には忘却されてしまった小さな教会。

 そんな物悲しさを湛えた、苔生した教会であった。

 

 ――音は、さらに下から響いている。

 

 階段を降り火の消えた篝火を見つける。

 それに手を翳して火をつけ、俺はそのままさらに下の階層へと歩みを進めた。

 

 そして音の正体を知る事になる。

 ハンマーで剣を叩いていたのは筋肉の鎧を纏った大男。

 白い髪と髭を無造作に伸ばし、汗を弾けさせながら一心不乱に剣を叩いている。

 

 ――間違いなく、鍛冶だ。あとは正気であるかどうかが問題だが……

 

「なあ! ちょっといいか!?」

 

「誰だ?」

 

 金属同士がぶつかり合う甲高い音に負けぬよう、大きく張り上げた声で問いかける。

 俺の声に反応して腕を止め、低い声を発してぐるりとこちらを向く大男。

 その目には理性の光が宿っていた。

 

「邪魔してすまん。だが、鍛冶を探してたんだ」

 

「なるほど、新顔って訳か。しかしまぁ、ずいぶん久しぶりだな」

 

 そう言い、大男は本格的にハンマーを置く。

 

「アストラのアンドレイだ。見て分かると思うが、鍛冶をやってる」

 

 

 

 

 

 

 

 



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ARTORIAS OF THE ABYSS
深淵歩き


時系列的に結構先の話

今のままのペースじゃ何時まで経っても書けそうにないので書きました。
ネタばれ注意。


 その騎士は強かった。

 

 誰よりも素晴らしい技を持ち。

 誰よりも誇り高い心を持ち。

 誰よりも強靭な意思を持っていた。

 

 騎士の剣技は全ての敵を切り伏せ、騎士の持つ大盾は全ての友に傷を許さない。

 深淵と呼ばれるモノから這い出た闇の使途を狩り、闇の魔物によって滅びた国の姫を救い出した英雄。

 

 ――“深淵狩り”“深淵歩き”“無双”“四騎士”

 

 数々の異名と共に神話にその名を残す、狼の意匠が施された鎧と群青のマントを纏ったもの。

 かの騎士の名は、アルトリウス。

 何処のどの文献をどの様に探しても、死したという一文すら見つけられず、その墓があるとされる場所すらも伝説でしか語る事を許さぬ神代の英雄。

 

 尾ひれが付いたかの騎士の伝承では闇の魔物によって滅びた国の姫を救い出した際に手傷を負い剣を置いたとも、この世界に闇の使途が溢れぬように只管闇の中で戦い続けているとも……かの騎士は未だに生きており、名を捨てて世界を流離い続けているとも語られている。

 

 

 ――――これは、そんな騎士の最後の記録。

 語り継ぐ者さえ失われた、悠久の果てに置き忘れられた伝説の終わり――――

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 そこは、群青の闇に犯されている都であった。

 魔術と呼ばれる系統の術式がその時その時代で最も栄えたその都市は、それに相応しい荘厳な威容を誇っていた。そこに住む人々は穏やかで、何処か抜けていて、しかし間違いなく平和で平凡な暮らしを送っていた。

 

 しかし、それも既に過去の話。

 大地は闇の泥に吞まれて沈み、踏むべき足場を失った建造物がその内部構造を崩壊させながら倒れている。

 美しかった森には群青の泥が撒き散らされ、植物を管理する仮初の命を与えられた庭師は生きた者を摘み取る剪定者へと変貌している。

 力仕事を淡々とこなした守護者たちは、冷たい石の人型となって森に踏み入れた者の肉を闇の森への養分へと変え続けている。

 底が見えぬほどに深く刻まれた亀裂は大地に癒えぬ傷跡を残し、毒々しい色の異形の肉塊を生み出し清涼な水が流れていた川を汚していた。

 穏やかで、抜けていて、話していて気持ちの良い人柄であった人々は唯二人の例外を残して全てが異形へと変じ、人外の頭部と骨格間接を持つ化け物へと変じたまま不愉快な鳴き声と笑い声を上げながら崩れた都市の中を徘徊している。

 

 光溢れた都の面影は既に無く、そこに在るのは異形が跋扈する死の都。

 踏み込む者全てを飲み込む闇の魔都であった。

 

 

 しかし、魔都へと変じた亡国に足を踏み入れる者がいた。

 それは一人の騎士。

 何も分からぬまま闇から現れた腕にその身を掴まれ、気づいた時にはそこにいた。

 

 怯えたように襲い来る霊獣を倒し、喋るキノコからこの都の事を聞いた騎士が辿り着いたのは、現在唯一となってしまった亡国の都への入り口――闘技場。

 かつて多くの者たちが技と力を競い合った記憶を残す闘技場の入り口を覆うのは、強大なソウルにより発生した白い結界()

 騎士はその霧を、これまでそうしてきた様に何の気負いも無く潜った。

 

 その先にあったのは、一人の異形であった。

 そして次いで現れるのはその異形目掛けて落下した、ぼろぼろの鎧を纏った大柄な騎士。

 大柄の騎士の鎧は高所から落下したのか、或いは凄まじく巨大なものから打撃でも受けたかのように全身一部の隙も無いほどにぼろぼろで。鈍い銀の輝きを放っていたであろう色を冒涜するように群青と黒の中間のような色の粘度の高い泥のようなもの――喋るキノコから聞いた話を信じるのであれば深淵と呼ばれるソレ――が至る所に付着していた。

 右手に握る大型の剣はドロドロとした深淵に犯され、本来は両刃であるはずの形状をしながら片方が溶け出しており、持ち手から装飾に至るまで全てがぼろぼろだ。

 頭部を覆った鎧は狼の顔のような意匠が施され、泥に濡れそぼっている房が狼の尻尾のように背中に向かって流れている。

 左腕は骨が完全に砕けて肉と皮だけで繋がっているのか、中身に布でも詰めているのかと疑ってしまう程ぷらぷらとおかしな動きを繰り返している。

 

 しかし、その様な状態でも。

 騎士から立ち昇る覇気は凄まじく、油断などせずとも並の者であれば一瞬で命を奪う鋭さを秘めている。

 

 言葉を交わさずとも分かる。

 強者のみが持つ肌を刺すような覇気、子どもの時分に憧れた姿形……そして何より、喋るキノコが語っていた……己よりも先に深淵に潜む魔物を討つために一人の騎士が――アルトリウスがやって来たというその一言が、予想と言うよりも確信に近い何かを理解させる。

 

 そう。

 この日この時、人間の騎士は出合ったのだ。 

 彼の時代まで夢物語に語られ続ける、誰よりも強いと讃えられた伝説の騎士と。

 

 

 

 

 

 

 両者の目が合う。

 同時に深淵の闇がぼろぼろの鎧を纏った騎士に――アルトリウスに纏わりつく。

 巻きつき、取り込み、自我を奪おうとするそれを――光の王さえ恐れた深淵の闇を、しかしアルトリウスは気合を入れた咆哮のみで振り払った。

 

 中身(肉体)を守るための硬い鎧がああまで無残を晒しているのだから、常識で考えれば動けるはずなどない。しかしそんな道理など誰が定めたと言わんばかりに、想像を絶する意志の力で無理やりに肉体を動かしたアルトリウスは騎士に肉薄した。

 

 がちゃがちゃと音を立てながら、緩みきった鎧の隙間から深淵の泥が漏れ出している。

 一体どれほどの深淵をその身に溜め込んでいるのか、一直線に走りこんで来るその動きだけで乾いた石畳の上が水を吸った泥をぶちまけた様に汚染された。

 一度その刃を振るうだけで、刃に付着した血を払うように剣閃の延長線上に深淵の泥が舞い散った。

 壊れかけたその鎧に軽く一太刀浴びせるだけで、簡単に裂けた鎧の傷口からは銀のソウルと群青の深淵が混じったアルトリウスの肉体であったモノが溶け出し流れ出た。

 伝承の中でアルトリウスの利き腕とされた左腕からは絶えず深淵の泥が漏れ出し、戦士としての死を如実に物語っている。しかしそちら側から隙を突こうとすれば、体の回転を使って鋭い剣閃の代わりに巨大な鞭か小さな壁のように泥を撒き散らして近寄らせる隙を与えない。

 

 アルトリウスには剣技と身体能力、そして強靭な意思以外に特別な能力は何もない。

 故に利き腕を潰され、定型の肉体さえ失いかけ、闇に犯されながらも強靭な意志によって“闇”を狩ろうという唯一点のみで動いている彼の状態は最悪――死ぬ一歩手前とさえ言える――と言ってよい。

 しかし、それでも。

 そんな状態になっても尚。

 神代の時代に“無双”と呼ばれた伝説の騎士は圧倒的であった。

 アノール・ロンドと呼ばれる地で四騎士の長である“竜狩り”と、実力だけであれば四騎士に匹敵するとさえ言われる“処刑人”を、友の力を借りたとは言え打ち倒した人間の騎士を、アルトリウスは傷つき死に掛けている状態で圧倒している。

 

 

 全身を深淵に蝕まれ、利き手を砕かれ、かの騎士の代名詞でもある大盾を手放し本来の戦闘スタイルを取れずとも。全盛期の力など出せずとも、その力は騎士がこれまで敵対したどの存在よりも速く、力強く、そして巧い。

 

 振るわれる剣戟は全てが神速であり剛撃。

 辛うじて知覚可能である速度で振るわれた剣閃は大地を割って盾を真正面から一文字に切り裂く威力と鋭さを誇り、それでいてその一撃を連撃で放つ事を可能とするのは驚異的な体捌きとスタミナ、そして瞬発力。警戒していても釣られてしまう僅かな隙を巧みに作り、相打ちに近い形になりながらも最善最高の一撃を放つ技量と恐れを知らぬ強靭な意志。一節の詠唱さえ許さぬ絶妙な間合いの取り方と踏み込みからの剣撃への流れは、呼吸を狂わす毒となって徐々に肉体に回り騎士のスタミナを奪っている。

 

 全てが圧倒的であった。

 その全てが極まっていた。

 アルトリウスの戦い方からは相手に合わせて武器を代えるだとか、危険な相手だから近づかないようにしようとか。そう言った類の、誰もが持っている知恵とも呼べる姑息さが一切感じられない。

 

 敵対者の意図を解さず、己の持つ力と速さと技量でもって全てを真正面から叩き潰す。

 

 それのみを愚直なまでに突き詰めた、騎士や戦士と呼ばれる人種の究極系。

 それこそが神代の時代に在って“無双”の名で語られたアルトリウスの強さの全てであった。

 

 

 そんな相手に、何の覚悟も脈絡も無く敵として対峙してしまった。

 ならばこそ、起こる事は一つしかない。

 

 アルトリウスは人間の騎士本人でさえ気づかぬ僅かな動揺を見抜き、地を蹴り体を回転させる事で全身全ての筋肉を使った剛撃を放つ。

 一撃、二撃、三撃と。

 三人の巨人が時間差で三度の豪腕を振るったような、文字道理の意味で大地に三つの亀裂を刻む三連撃。

 その一撃目は神の居城で入手した銀の盾と人間の騎士の腕と足を完全に砕き、二撃目で騎士の持つ直剣を叩き折り肩から腹までを深く切り裂き、三撃目で脳天から股下までを完全に両断した。

 

 

 

 

 

 

 ――積み重ねる。

 届かぬ技量に僅かでも近づけるよう、それをひたすら積み上げる。

 ――積み重ねる。

 敵わぬ身体能力の差を僅かでも埋めるよう、それを積み上げる。

 ――積み重ねる。積み重ねる。積み重ね続ける。

 それを――己の死を――人間である騎士は積み重ね続ける。

 

 己の死を積み重ねた分だけ、騎士は“慣れ”と呼ばれる経験値を蓄積させていく。

 天上に至る山のように無数の死を積み重ね、己の肉体と魂を燃やし無理やりにその力を引き上げる。そうまでする事によって、ようやく手を伸ばした指の先のみが届くのだ。

 神域の武技を誇る、神代の無双へと。

 

 

 ――果たして、どれほどの時間を人間の騎士と神代の騎士は刃を交えていたのであろうか。

 数十ではきかぬ死の剣戟の果て、両手で持った大剣を自在に振るう人間の騎士の技量は鏡写しにでもなっているようにアルトリウスの動きに迫っていた。

 

 人間の騎士は、かつて炎を作り出そうとした魔女の娘によって強化された原初の炎の一欠片をその身に取り込んでいる。吐き出す息さえ燃え盛る業火の如き熱量を持ったまま、鋼の如きぶれない冷静さを湛えて剣を振るう。

 対する神代の騎士は、かの騎士の主である光の王さえ恐れた深淵の闇をその身に纏う。彼が纏う闇は全てを吞み込み溶かし込む深淵の王の力そのもの。しかし神代の騎士は驚異的としか言えない意志の力でそれを押さえ込み最後の一線を――“己”という“個”を失う事がない。

 

 剣戟の度に人間の騎士が着る鎧の隙間からは鋼鉄がぶつかる以外の火の粉が舞い、アルトリウスの鎧から溶け出した深淵が周囲を汚す。

 炎が闇を喰らい、闇が炎を塗り潰す。

 闇を喰らった炎はその気勢を強め、同時に炎を塗り潰した闇も己の領域を拡大している。

 

 そんな両者の動きから連想できる言葉は互角の二文字なのだろうか?

 表面的に見れば、答えは是。しかし本質的には覆しようも無く否である。

 深淵に蝕まれた事で徐々に、しかし確実に意志と技量を失っていくアルトリウス。対しこれまで積み上げた死と剣戟によって得た経験から、アルトリウスの技を最も近くで“体験”した人間の騎士は、かの騎士の技量を確実にものにしている。

 

 

 ――既に満身創痍でありながら、猛毒が体に回るかのように闇に侵され“己”を失っていくアルトリウス。

 ――五体満足の四肢を持ち、積み上げた経験を持ちながらそれでも足りぬと禁忌とされた炎の業を用いて力を高めた人間の騎士。

 

 そこまでの状態になって、ようやく両者は対等だった。

 そして同時に、そんな両者の戦いは加速度的に傾いている天秤その物でもある。今こうして拮抗している事こそが奇跡であり、崩れ逝く均衡を止める事はできはしない。

 ……それこそ、後は振り切れるまでの時間が長いか短いかの違いでしかないのだ。

 

 

 何度目か剣戟、距離を取る両者。

 そして放たれるのは決着を確信させる絶技。

 アルトリウスが持つ全ての力を乗せた必殺の飛び込み斬りは、彼の愛剣に深淵の泥を纏う事で全ての生命を滅相する域へと押し上げられている。

 対する騎士は剣を肩に剣を担ぎ上げ、鎧の間からチリチリと火の粉を舞わせながらも腰を落として迎撃の構えを取っている。

 

 

 アルトリウスの大剣が魂を凍てつかせる風斬り音と共に放たれた必殺の刃は、その剛刃が地面に触れる事で大地に轟音と言う名の悲鳴を響かせ深淵の泥を天高く巻き上げる。

 受ければソウルすら深淵に溶け落ちるその一撃を、しかし騎士は巧みに受け流していた。

 アルトリウスが天空から落ちてくる刹那の瞬間を狙いさらに一歩を踏み込んだ騎士は、その一歩を軸足として体を一回転させる。騎士の体の動きに応えた大剣が、獲物を締め上げる蛇のようにアルトリウスの剣を巻き込み大地を串刺しにするその一撃の軌道を背後へとずらす。背後で爆発し、余波のみで鎧を削る必殺を受け流すと同時に、アルトリウスの剣の腹を削りながらも加速して駆け上がっていく銀の一閃。

 

 両者の交錯は、一瞬であった。

 騎士の絶技と剛力、なにより深淵を纏ったアルトリウスの一撃に耐え切れなかった大剣が、アルトリウスの胸を深く切り裂くと同時に限界へと達し刀身半ばがへし折れ宙を舞う。

 

 折れた剣先が大地に落ちるまでのほんの僅かな時間。

 一言だけ言葉を発する事が出来るその刹那的な瞬間、アルトリウスは正気を取り戻していた。しかし彼は既に意味のある言葉を発する事が出来ないほどに肉体を深淵に蝕まれている。

 

 

 限界を超えて酷使された肉体が灰も残さず消滅しながら、深淵に侵されながらも“己”を失わなかった神代の騎士が内包する強大なソウルが騎士のソウルへと取り込まれていく。

 そんな中、出会った時と同じように交錯する二人の視線。

 

 アルトリウスの心情を汲み取った騎士も、既に“喋る”という機能を失っている。

 故に彼らの間に言葉は無い。

 宙を舞っていた剣先が乾いた音を立て地面に触れた時、アルトリウスの肉体は完全に消滅した。

 残ったのは深淵に犯され汚れきってしまった鎧。そして、最期の瞬間まで膝を付く事がなかった持ち主を象徴するように、倒れる事無く地面に突き立てられた一振りの大剣。

 

 騎士はしばらくの間、地面に突き立てられた大剣と中身を失った鎧を眺めていた。

 そして、何時の間にか手の平に握っていた橙色のガラス瓶の様なものの中身を煽った騎士は、折れた大剣を握っていたはずの空いている右手で大剣の柄を握りこみ、引き抜く。

 地面に突き刺さったまま倒れる事のない、群青の深淵に侵されて尚も鉛色に輝く、誇り高い無双の剣を。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 光り溢れた魔術の国、かつてウーラシールと呼ばれたそこを滅ぼす原因となった深淵の主を打ち倒したのは一人の騎士であった。

 騎士に助け出された亡国の姫は、長い悪夢から醒めると同時に朧げに霞む視界に騎士の背を見た。

 

 光の届かぬ闇の中。

 あまりの闇の深さに冷たささえ感じる深奥にありながら、暖かさを湛え舞い踊る小さな火の粉たち。

 火の粉の中心に佇むのは群青色の深淵が付着したボロボロの鎧を身に纏い、ドロドロに溶けて一見すれば鈍らのようになっている、身の丈を越えているのではないかとさえ思える大剣を肩に背負った騎士であった。

 騎士の傍には白く輝く大きな狼が控え、勝利を告げるように声なき咆哮を上げている。

 

 ――貴方の名前は…………

 

 振り返ろうとする騎士に、ドレスを纏った姫君が声をかけようする。

 しかしその意志が言葉になるよりも早く、彼女の意識は再度闇の中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 亡国の姫君が次に意識覚醒させたのは、深淵に侵されていない森の中であった。

 悪夢に侵された体を温めてくれる、暖かな暖炉のような安心感を提供する霊廟の空気を吸いながら、聞きなれた声で声をかけてくれた乳母に霞んでゆく記憶を手繰り寄せながら問いかける。

 

 ――あの騎士様は、一体誰だったのでしょうか?

 

 誰の事、などとは口にしなくとも理解できる。

 そもそもの話、この国に足を踏み入れ生き残った騎士は一人しかいないのだから。

 故に乳母はかの騎士との約束通りにその名を姫に告げる。

 

 ――あの騎士様が誰の事かは分かりませんが……大きな狼を従えた騎士が深淵を封じるためにこの地を訪れていたはずです。

 

 ――その方のお名前は、なんと仰るのでしょう?

 

 ――…………アルトリウス。グウィン王の四騎士が一人、深淵歩きのアルトリウス様ですよ、宵闇様。

 

 

 

 

 

 

 

 



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