カミーユが女だったら鬱でもニヤニヤできる (Fabulous)
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カミーユが女だったら鬱でもニヤニヤできるかも

息抜き投稿です。


 ──宇宙世紀0087

 

 人類史上最悪の戦争と呼ばれたジオン公国・地球連邦の壮絶な一年戦争から7年の歳月が流れた今、人々は平和を取り戻し地球と宇宙の双方で新たな暮らしを得ていた。

 

 ここ、宇宙コロニー『グリーン・ノア1』も先の大戦で崩壊したコロニー群を再建させる計画の一つとして建造されたものである。円筒形の内部は居住地区と軍事地区に分かれており地球連邦軍とその分派組織ティターンズの軍港が併設され平時でも多くの軍関係者で溢れていた。

 そしてそのコロニーを宇宙空間よりモビルスーツの光学モニターより監視している男がいた。彼は随伴の部下たちに向けて器用にモビルスーツのマニピュレーターを操りハンドシグナルを出しながらゆっくりとコロニーに近づく。

 

「こちらクワトロ・バジーナ。しっかりついて来いよアポリー、ロベルト────なんだ⋯⋯?」

 

『どうしましたか大尉?』

 

 計器の音以外は静寂な筈のコックピットの内部でクワトロは言い知れぬざわめきを感じ動きが止まる。それは彼が戦場でかつて感じたものとよく似ていたからだ。

 相手のモビルスーツから発せられるプレッシャー、レーダーに映らなくても分かる敵や味方の存在、『ニュータイプ』と呼ばれる力を持つ人間が生み出すそれらの物理法則では説明しきれない体験をクワトロはかつての戦場で稀にだが体験していた。だが今まさに皮膚を逆撫で常に冷静沈着な彼の心を乱す程の強いニュータイプの力を持つ存在は、クワトロ自身は二人しか知らない。

 

 一人は彼の人生最初で最強のライバルであるアムロ・レイ。アムロはクワトロがその昔、シャア・アズナブルとしてジオン軍に在籍していたときに出会った連邦軍の少年兵。クワトロとの度重なる死闘を潜り抜ける過程でニュータイプとしての闘い方を身に付けた稀有なパイロットであった。

 

 もう一人はララァ・スン。

 彼にとって幼い頃失った母のような慈愛を自分に与えてくれる存在でありアムロ・レイの手によって自分の目の前で殺された彼のトラウマでもある女性だ。

 

 どちらもクワトロ以上のニュータイプとして彼の羨望と複雑な哀愁を抱く二人であったがグリーン・ノア1にいる筈もなくまして後者は鬼籍だ。それにそこから届くシグナルはそのどちらでもないとも彼は感じていた。

 

⋯⋯これは、感情だ。強い怒りと、悲しみ。とても不安定だ。何も手をつけなければいずれ壊れてしまいそうなほどに

 

「クワトロ大尉! 本当に大丈夫ですか?」

 

 そんな思念を辿ることに集中しすぎ半ば上の空であった彼を部下のアポリーの声が連れ戻した。クワトロとしてはとても気になりはするが重要な任務を疎かにする訳にはいかなかった。

 

「───あぁ。すまない、始めよう。

 二人とも時間を合わせろ⋯⋯よし、これより作戦を開始する」

 

 謎の思念に後ろ髪を引かれつつもクワトロは任務遂行の為バーニアを噴かしコロニーへ向かった。しかしそのすぐ後で、彼はその人生を変える出逢いをする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミーユ・ビダンはグリーン・ノア1に住むいたって平凡な学生だった。同年代の者たちと同じくハイスクールに通いながら一年戦争で活躍した軍人やモビルスーツに憧れ戦史映画やジュニア・モビルスーツに熱中する、そんな毎日を送っていた。

 

 だがこの日カミーユはハイスクールが終わってもモビルスーツ部の部室に寄らず宇宙港に来航した艦を見るために急いでいた。カミーユにとっては珍しく高揚とした気分だったが、それもそのはずで目的は来航した艦ではなくその搭乗員、英雄ブライト・ノアだった。戦争から7年経った今でもあらゆる媒体で広く活躍が知られる一年戦争の生ける伝説の艦長を間近で見られるチャンスにカミーユは朝から興奮して教師の話も親友のファ・ユイリィの呼び掛けにも上の空だった。

 

「ファ?」

 

 だが宇宙港エリアの無重力状態に逸る足をばたつかせる程に急いでいたカミーユは足を止めた。止めざるを得なかった。

 

「なぁ君、俺たちと少し付き合えよ。ガキどもとは出来ない遊びを教えるぜ?」

 

「け、けっこうです! わたし、用事がありますのでっ」

 

「そう邪険にするなよ。俺たちはあのティターンズだぜ。地球から上がってきたばかりだから色々教えてくれよ」

 

 幼い頃から仕事で家を不在がちにしてきた両親に代わりカミーユの面倒を見てきたファ・ユイリィ、彼女が宇宙港のエントランスで柄の悪い軍人に絡まれていたのだ。

 

「ファから離れろ!」

 

「カミーユ! 来ちゃだめよ!」

 

 怒鳴り声をあげて自分に向かってくるカミーユにファは巻き込むまいとするが、カミーユの目には軍人たちへの怒りしか映っていなく構わず突っ込んできた。

 

「なんだ()()()は? 君のお友だちか」

 

「へぇ! 可愛いじゃないか。俺たち二人にそっちの君たちで丁度がいい」

 

「お願いします! カミーユは関係ありません!」

 

「ファ! なんでこんな奴らに従うんだ!?」

 

 軍人たちは突然現れた()()に目の前にいるファのこともそっちのけで見とれていた。

 

 カミーユ・ビダン。

 青みがかった髪、ファよりも華奢な体躯、透き通るような白い肌、そしてまさに美少女と形容すべき端正かつ処女性を醸し出す容姿はグリーン・ノア1のハイスクール生の中でも一二を争う芸術品であった。

 そんな絶好の獲物を前に軍人たちはいやらしくカミーユの肩や腰に手を伸ばすも彼女は獰猛な猫のように軍人の頬を引っ掻いた。

 

「ボクに触るな!」

 

「おっと! 随分な子猫ちゃんだ。軍人への暴行は立派な犯罪だぞ?」

 

「お嬢ちゃん、困ったことになったな。俺たちと留置所でデートをすることになるぜ」 

 

「うるさい! やれるものなら、やれるものならやってみろ!」

 

「カミーユ、駄目よ!」

 

 カミーユはファの制止を振り切り拳を握り締め軍人の顎目掛けて振り抜くも敢えなく受け止められ逆に壁へ押し付けられた。

 

 軽い脅しをしかけて萎縮させようとした軍人たちはカミーユの予想外の癇癪で逆に気勢を削がれた。そも地球連邦軍の中でもエリート中のエリートであるティターンズの制服を着る自分たちにここまで逆らう人間が、しかも少女がいるなど驚きだった。

 

「とんでもない小娘だ。こりゃひょっとしたら反地球連邦的思想を持ってるかもしれん。取り調べが必要だな」

 

「あぁそうだな。じっくり調べる必要があるな。今日は帰れそうにないぞ」

 

「カミーユ! 早く謝るのよ! 謝って!」

 

「うぐっ⋯⋯男のくせに卑怯だぞ! 男なんか! この!」

 

「ぐわっ!?」

 

 首もとを腕で壁に押し付けられていたカミーユはその手に思い切り噛みついた。悲鳴をあげて拘束を解いた軍人はカッとなり反撃とばかりにカミーユの腹にパンチを見舞った。

 

「げうっ⋯⋯ううぅ⋯⋯こ、このぅ⋯⋯! お前らは⋯⋯クズだ!」

 

「下手に出てれば調子乗りやがって! 痛い目を見たいらしいな!」

 

 軍人たちが床に倒れ込み咳き込むカミーユに容赦なく蹴りを入れる光景にファは親友に行われる凄惨な暴力を前にどうしていいのか分からずただ泣くことしかできず、周囲の警備や軍人たちも民間人も皆見て見ぬふりをした。

 地球連邦軍の中でも別格の特権を持つティターンズ兵に逆らえる者などそこにはいないのだ。

 

 意識が薄れかけてきたカミーユは肉体的苦痛よりも間違っている筈の男たちにむざむざ好き放題にされる屈辱に涙を流した。せめて悲鳴をあげて奴らを悦ばせまいと歯を食い縛るが突然、苦痛が止んだ。

 

「何をやってる!」

 

「じぇ、ジェリド⋯⋯こいつがよっ」

 

「無抵抗の女を男が大勢で足蹴にする正しさなどあるものか! おい君、大丈夫か?」

 

 ジェリド、と軍人たちから呼ばれた男はカミーユを抱き抱えファの元へ向かった。彼の腕の中で助けられたことにほっとしたカミーユだったが彼も軍人たちと同じティターンズの制服を着ていることに気付きより屈辱を感じてしまい顔を赤くした。

 

「俺はティターンズのジェリド・メサ中尉。この娘の連れか?」

 

「は、はい⋯⋯あの! カミーユは」

 

「悪かったよ。言い訳にならんがあいつらも地球から上がってきたばかりで不安だったんだ。大事にはなってないと思うが手当てした方がいい。うちの医務室を使え」

 

「結構ですっ! ボクは⋯⋯自分で歩けます⋯⋯っ」

 

「カミーユ!」

 

 ジェリドの腕から強引に離れよろよろとふらつく体で軍港を後にするカミーユをファが慌てて追いかけていった。しかし途中何度もうずくまるカミーユを見かねてジェリドが肩を貸した。

 

「強がりはよせ。女は男に頼ればいい」

 

「強がってません! それとボクを女扱いするのは止めてください」

 

「何をやってるジェリド中尉! コロニー内部に所属不明機が侵入した! ガンダムMk-IIの出撃準備急げよ!」

 

 心配して更に構うジェリドだったが上官らしき軍人の呼び声に体が反応してしまった隙にカミーユはファを連れ逃げるように宇宙港を後にした。姿を消したカミーユに気づいた時ジェリドは怒鳴る上官の声も無視して、まだ彼女の感触が残る手を名残惜しそうに見つめた。

 

「参った⋯⋯逃げられたか。それにしても目の覚めるいい女だったな」

 

 

 

 

 

 

 

 そもそもカミーユは孤独な少女だった。

 家庭を省みず仕事や愛人にかまける父に対して気丈に振る舞う母の姿を見続けてきた。学校では絶世の美少女であるカミーユの容姿に惹かれた男たちに群がられ女たちからはファ以外から妬み嫉みで疎まれ友人は少なかった。

 

 自然とファと一緒にいる機会が増えたがハイスクール生たちからはそんな二人の関係をエス(レズビアン)と揶揄され鬱屈した学生時代を送っていたのだ。

 

 だからだろうか、カミーユにとって男とは自分を貶める憎むべき存在だった。そして女である自分に対しても同様の気持ちだった。だからこそ男に負けないために勉強や武道を頑張り、ジュニア・モビルスーツ大会でも賞を取り自信を得ていた。それが今日、初めて訓練ではない生の男たちの暴力に晒され何も出来ずに辱しめられた事実にカミーユの数少ない自尊心はズタズタにされ心中は穏やかではない。

 

「カミーユ! ティターンズの奴等に殴りかかるなんてなに考えてるのよ! 傷だらけよぅ」

 

「ちくしょう⋯⋯ちくしょう⋯⋯ちくしょう! あいつらめ! ただじゃおかない⋯⋯!」

 

「聞いてるのカミーユ!?」

 

 元々の気質なのか育ってきた環境故か、カミーユの精神は不安定だった。自分やファをからかったハイスクール生や傲慢な教師を殴りつけ何度か問題を起こす程にその情緒はファや両親、本人ですら制御できていなかった。

 

「あのジェリドって軍人さんがいなかったら貴女、今頃どうなってたか分からないのよ?」

 

「あいつだってボクを殴ったティターンズと一緒の奴だ!」 

 

「助けてくれたじゃない。ティターンズだからっていい人はいるわよ。決めつけなんていけないわ」

 

 ジェリドとの出会いをカミーユは消化しきれていない。その前にさんざん殴られた怒りで頭が一杯だったこともあるが男に殴られ男に助けられた事実を認めたくなかった。

 

 流石に礼も言わず彼から逃げたことは不味かったと小さく反省していたがそれを表に出せるほど彼女は大人でも素直でもなかった。

 

「あら? 警報が鳴ってるわよカミーユ⋯⋯きゃあ!」

 

「ファ!」

 

 帰路につくファとカミーユの耳にサイレンが入ってくると同時に二人の頭上で赤いモビルスーツが凄まじい風圧と爆音を立てながら通過した。

 二人が地面に伏せるとそのすぐ後に黒いモビルスーツが赤いモビルスーツを追っていった。

 

「え、演習かしら」

 

「父さんのガンダムMk-IIだ! なんでこんな所を⋯⋯居住区の低空飛行は禁止のはずだろ?」

 

 黒いモビルスーツにカミーユは見覚えがあった。彼女の父であるフランクリン・ビダンのパソコンを盗み見た際にその研究データがあった。地球連邦の技術士官であるフランクリンの仕事に対する姿勢だけは、唯一カミーユが誇れる部分だった。

 

「あっ!」

 

 ファが声をあげると上空で派手に戦闘をしていた両機は赤いモビルスーツの勝利に終わった。ガンダムMk-IIは空中から派手に地面へ落下していき建物へ落着した。その光景を見てファは息を呑み恐怖に体を硬直させたがカミーユはひどく気が昂った。

 

「⋯⋯ファ、先に家へ帰ってろよ」

 

「何言っているのよカミーユ! 危ないわ!」

 

「じゃあね!」

 

 背中から自分の名を呼ぶファを振り切りカミーユはどういう訳かティターンズの基地へと向かっていった。何故基地などに、それもティターンズの基地へ向かっているのかカミーユもよく分かってはいなかった。だがチャンスだと思った。

 

 ───この機会を逃してはならない! その一心だけが彼女を突き動かしていた。

 

 大嫌いだが優秀な技師である父親の娘と言う立場を利用して警備員を誤魔化し軍人たちがごったがえすドックに狙いをつける。予想通りそこにはあの黒いガンダム、父の作ったガンダムMk-IIが横たわっていた。

 

 自分が何をしているのか、後でどんな咎めを受けるのか、彼女は考えていない訳ではなかったがそれでも心の内側から溢れる激情を抑えきれなかった。軍人たちの一瞬の隙を突いてガンダムのコックピットに滑り込み慌てて止めようとする女性のティターンズ兵を押し退けてコックピットハッチを閉めた。

 

「やった! 父さんのパソコンで見た通りのコックピットだ。これなら!」

 

 モビルスーツの操縦はジュニア・モビルスーツで慣れたカミーユにとって操縦のやり方さえ分かっていれば怖いものなどなかった。

 

「ハッチを開けなさい! 危ないわよ!」

 

「聴こえているだろ! ハッチを開けろ!!」

 

「誰が開けるものかよ⋯⋯これはボクのものだ!」

 

 頭に血が上ったカミーユにそんな制止は全く意味がないばかりか最早後戻りできないまでに深刻な事態に自ら足を踏み入れている事実に正常な判断など出来なかった。

 

「あ、あいつら……港での!」

 

 その時、運悪くカミーユの視線に入ってしまったティターンズ兵たちがいた。しかも彼らは宇宙港でカミーユを暴行したティターンズ兵だった。

 

「待て! そこのティターンズ兵逃げるな!」

 

 咄嗟だった。

 ガンダムMk-IIを駆りティターンズ兵の前に立ちはだかると彼らは腰を抜かしたように怯えていた。その姿を見て一定の溜飲が下がるカミーユだったが彼女はそれで許すつもりなど毛頭なかった。

 

「うじ虫ども! 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやる!!」

 

 カミーユは躊躇いなくガンダムMk-IIの兵装60mm頭部バルカン砲の引き金を引いた。もちろん殺す気はなかった。バルカンはティターンズ兵たちの足下へ撃ち込まれるだけで死傷者は出なかったが結果的にカミーユは彼らが死んでも構わないとも思っていた。

 

 自分たちのすぐ側に着弾したバルカン砲にすっかり恐慌状態のティターンズ兵たちの醜態を見てカミーユは恍惚とした表情で笑みを浮かべた。ファンファーレが鳴り正義の勝利を祝う祝砲に酔いしれる。

 

「クククク……あははははは! どうだ! 見下していた小娘にやられる気分は! 男のクセに! あはははははは! いい気分だ!」

 

 モビルスーツと言う圧倒的な力を手にしたカミーユは復讐を果たしたことで発生した脳内麻薬の過剰分泌により全能感に支配され人生最高のハイに陥っていた。

 

『ジェリドか? 助かった、援護してくれ!』

 

『新手か!?』

 

 そんな彼女にとって唐突に入ってきた通信は至福の時を邪魔する雑音でしかなかった。

 いつの間にかカミーユの乗るMk-IIの周りにはあの赤いモビルスーツともう一機のMk-IIが睨みあっていた。

 

「ボクはジェリドなんかじゃない! お前らの敵だ!!!」

 

『女の声?』

 

 クワトロは自機リック・ディアスのコックピットで困惑していた。ティターンズのガンダムMk-II捕獲作戦をしている最中に現れたもう一機のMk-II。普通なら敵の増援と取るが肝心のMk-IIからは──敵ではないと女の、それもまだ年端もいかないであろう少女の声が飛んできた。

 

 だがクワトロは納得のいったこともあった。

 

 ──この少女だ! 

 

 グリーン・ノア1のコロニー外からでも感じ取れた強いニュータイプの鼓動をクワトロは今、眼前のガンダムMk-IIから感じていた。彼は目の前にララァを幻視し、あり得ないと頭を振った。

 

『アポリー、ロベルト、取り敢えず撃つな。まずは相手の出方を見る』

 

 任務を優先するように部下に指示を出すもこの時クワトロの中ではMk-IIよりそのパイロットについての興味が勝っていた。隠密行動も破綻しいつティターンズの大部隊がやってくるか分からない状況で捕獲対象は一機あれば十分だ。新たな敵の可能性のカミーユの乗るMk-IIは撃破してさっさともう一機のMk-IIを拿捕して離脱すればいいが最悪、ティターンズのカクリコン・カクーラーが乗るMk-IIを破壊してでもカミーユ機を持ち帰るつもりでいた。

 

「こんなところでバンバン銃を撃って! 思い知れ!」

 

 カミーユは自分を仲間だと勘違いしているカクリコンへ向き直り、銃口を向ける赤いモビルスーツの僚機たちへ広域通信を使い交信しながらスラスターを全開にして体当たりをした。

 

 50tを超える金属の塊の突撃に急な出撃で満足な準備も出来なかったカクリコン機は堪らず背面のビルへぶつかり操縦不能となった。

 

『ま、待て! ジェリドじゃないのか!?』

 

「ティターンズが喋るな! 喰らえ!」

 

 今度は本気で当てるつもりで撃ったバルカンはカクリコン機の頭部に当たり小さな爆発と共に吹き飛ぶ。メインカメラをやられたカクリコンは慌てふためき降伏を通信で叫んだがカミーユはそれを無視して強烈なMk-IIの右ストレートをコックピット目掛けて放ちフレームを歪ませ脱出できないようにさせた上で露出した頭部と胴体の連結部にMk-IIの手を突っ込んで無理矢理内部の機器を引き抜きカクリコン機を完全に沈黙させた。

 

「あはっ どうだ参ったか! ティターンズなんか⋯⋯男なんか⋯⋯! ふふふふ⋯⋯ははははは⋯⋯あーはっはっはっは!」

 

 周囲には拡声器で増大されたカミーユの笑い声だけが響いていた。その場に居合わせたエマ・シーンやブライト・ノア、クワトロもその部下たちも、やられたカクリコン本人もカミーユの一連のあんまりな蛮行に一様に閉口してしまっていた。

 

『っ⋯⋯そこのガンダムのパイロット。我々と来るつもりはあるか?』

 

「あなたたちはエゥーゴですか?」

 

『そうだ。私はエゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉。我々と共に来るなら援護しよう』

 

 クワトロは気を取り直し謎のガンダムに交渉をした。肩に02と刻印されたガンダムMk-IIは酷くやられもうスクラップだ。あれでは価値はない。こうなれば何がなんでも03、恐らく3号機であるガンダムMk-IIを持ち帰るしかなかった。ティターンズの機体を倒したパイロットだ、エゥーゴに対して協力的だろうと予想したクワトロの希望的観測は、なんと裏切られた。

 

「何が協力だ! コロニーで戦闘を始めるあんたらはティターンズと一緒だ! 格好ばかり良い大義や正義に酔いしれて! やることが人を殺して関係ない人の家を壊すことだ。お前ら大人はそこで暮らしている人たちのことなんて何にも考えないくせに!」

 

『う"!』

 

 強烈な吐き気に襲われたクワトロは咄嗟にバイザーを開けて張り詰めた息を吐いた。それはかつてララァやアムロとは全く違う巨大な負の感情の収束だった。

 

 ───あまりにも危険すぎる。もしこのパイロットがティターンズやそれを己の欲望のために利用する輩に利用されれば大変なことになってしまう。

 

 クワトロは青ざめた。ガンダムMk-IIのパイロットが強いニュータイプなのは分かっていたがまさか人の精神や肉体にまで影響を与えるマイナスのパワーを撒き散らすほどのニュータイプだとは思っても見なかった。

 

「お前らみんなボクが倒してやる! ここから出てい───な!?」

 

 戦闘の意思を示し今にも襲いかかる寸前のMk-IIの背後に素早く回ったリック・ディアスはカミーユが反応する遥か前に背中のバックパックにトリモチランチャーを撃った。

 

『大尉!?』

 

『作戦を続行する。トリモチで拘束したMk-IIを連れていくぞ』

 

『中のパイロットはどうするんですか!』

 

『ここでぐずぐず降ろしている暇はない。一緒に連れていくしかあるまい』

 

 リック・ディアスは鮮やかな手際で続けざまにMk-IIの各部へトリモチを撃ち地面に貼り付けた。見事な操作だとアポリーたちは感嘆したがそれと正反対な気分の者がいた。

 

「放せよ! 放せったら! 卑怯だぞ──!」

 

 ティターンズ兵へ復讐を果たしモビルスーツをモビルスーツで倒して数秒前まで世界の頂点に自分がいると思いやっと回復した少女の自尊心は再び崩れ去った。しかも口ではクワトロ機を卑怯と罵るが今回は完全に一対一、相手の技術が自分よりも上回っていた結果なのだと彼女も自覚していた。だから余計に悔しかった。モビルスーツに乗っても体を拘束される屈辱を許した自分が憎かった。

 

『これだけトリモチを撃てばもう何も出来まい。3号機を運べアポリー。離脱する』

 

『了解。どうなっても知りませんよ?』

 

『多少暴れるだろうがパイロットには構うな。行くぞ!』

 

 クワトロたちは3号機を確保しグリーン・ノア1の外壁に開いた穴へ飛び立ち暗い宇宙の闇へ消えていった。

 

「くぅっ いっそ殺せよ! これ以上ボクを辱しめるな──!!!」

 

 一人の少女を連れて⋯⋯




今後の展開

カミーユ、ヒステリックになる。年上の妹にお姉ちゃんと呼ばれる。クワトロにデレる。後にララァを重ねられたと知り激おこ。最終版で伝説のスーパーニュータイプに覚醒して無双。

クワトロ、カミーユロックオン。宿敵もカミーユに惹かれ喧嘩する。
アムロ、宿敵と同じ女に惹かれる。喧嘩する。宇宙についていっちゃう。

ジェリド、汚名挽回? 知るかバカ! そんなことよりカミーユだ! 良い男になるかも。

レコア、クワトロの本命がカミーユと知りカミーユに逆ギレ。元カレをふって今カレについたらそいつも同じ女にご執心で激おこ。

エマ、女同士で交流が増えてデレが増す。ヘンケンのアプローチにも素直になれるかも。

ブライト、アムロにしてやれなかった気づかいをカミーユにしてあげる。娘と同様に扱いカミーユに嫌がられる。

サラ、木星彼氏をカミーユに紹介して一緒に共有しようとする。カツ? 知らない名前ですね。

カツ、カミーユとサラに惹かれる。揺れる男心(どうでもいい)

フォウ、彼女が出来る。二人は幸せなキスをして終了。

ファ、自分以外に友達がいないと思ってた親友に彼女が出来て複雑になる。

木星、数ある嫁の中からカミーユをロックオン。

ハマーン、元カレを呼び出して見返してやろうと思ったら彼女連れでまじおこ。
元カレの彼女に恥ずかしい黒歴史を知られ激おこ。
お返しに覗き返したら元カレとのイチャイチャばかりで激おこぷんぷん丸。
元カレが彼女との生活が楽しすぎて完全に自分をふっ切っていてカム着火インフェルノォォォォオオウ。
元カレと彼女がニュータイプ的にも通じあっていてしかもニュータイプの力も完全に上で激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム。

続くかも⋯⋯?


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囚われのカミーユ

評判が良かったので続きです。


 アーガマ級強襲用宇宙巡洋艦 アーガマ ブリッジ

 

 

「それでガンダムMk-IIは一機確保できたのか」

「そのようです。それとパイロットが一人」

 

 カミーユの住むコロニー『グリーン・ノア1』から少し離れた宙域の宇宙に、巨大な白い船体が浮かんでいる。それは先の大戦で伝説となった戦艦『ホワイトベース』を模して設計された反地球連邦政府組織『エゥーゴ』の旗艦アーガマである。

 

 その艦内では『エゥーゴ』の指導者ブレックス・フォーラとアーガマ艦長ヘンケン・ベッケナーが無事帰投してきたクワトロ小隊について話題にしていた。彼らが宿敵ティターンズの兵器を奪取することに成功したとの報告をブリッジから聞いた時は大いに喜んだ、しかし奪取したのがモビルスーツだけでなく女の子も一人いるとクワトロから報告された時はブリッジクルー全員が耳を疑った。

 

「ティターンズなのかね?」

「いえ、なんでも民間人の、それもまだ小さい少女のようです」

「やれやれ。クワトロ君も罪な男だな」

「ニュータイプの考えることは突飛ですよ」

 

 

 

 

 

 同艦 ドック内

 

「放せよ! 放せよ人殺し共! 放せぇぇえ!」

 

 

 アーガマのハッチでクルーたちに両腕を掴まれ連れられて行くカミーユをリック・ディアスから降りたクワトロが遠目で眺めていた。

 カミーユを生で見てまだ成人もしていない若さと少女と言って差し支えない小柄な体躯に驚いた。とてもグリーン・ノアで見せた大立回りをやってのけた人間とは思えない。だがクルーを殴り倒す勢いの今のカミーユを見て納得がいく。子供特有の不安定な精神と熱くなりやすい気性はクワトロの苦手とするものだ。

 

 そんな彼に一人の整備士が近づき栄養補助飲料を手渡した。

 

「アストナージか、酷い暴れようだな」

「他人事みたいに言わないで下さいよ大尉」

「その瘤、派手にやられたな」

 

 クワトロはアーガマの整備士の一人であるアストナージ・メドッソ曹長の額にピンポン玉程のたん瘤ができているのを見つけた。笑いながら指摘さればつが悪そうにたん瘤を撫でるアストナージは思い出したくもないように顔をしかめた。

 

「笑い事じゃないですよ。あの娘がコックピットハッチを開けないからシステムハックして無理矢理こじ開けた瞬間に思いっ切り殴られたんですよ? ありゃ何か拳法でも習ってるパンチです!」

「それは災難だったな」

「本当ですよ。全くとんでもない女の子です。一体どうするんですかあんな娘を誘拐して」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。とにかく彼女のことは私に任せてくれ」

「言われなくても任せますよ。もうあの娘に近づくのは懲り懲りです。可愛いからって油断したのが間違いでした」

 

(…………やはり、似ている)

 

 あり得ない、と思いつつクワトロは逡巡していた。

 

 カミーユとララァとでは何もかも違う。

 

 唯一の共通点は少女であることくらい。

 あとは目を背けたくなる有り様だ。一目で分かる不安定な精神。怒りや悲しみを抑えられない幼さ。今にもクルーに噛みつきそうな勢いのカミーユと深窓の姫のように穏やかなララァ、余りにも対極的な存在同士だ。

 

「この! 触るな! ボクに触るなよ!」

「離してやれ。彼女は私が受け持つ」

 

 泣きそうになりながらも暴れるカミーユを見かねてその前に立ったクワトロは自分の迂闊さに奥歯を噛み締めた。頭でいくらララァとの相違点を挙げ連ねても実際に目の前で対峙すると、彼女の強いニュータイプ的思念が彼の心を掻き立てる。

 自然とララァにしていたようにその頬に触れようとした自分の手に気づき無性に腹が立った。死んだ人間を生きている人間に投影するなど馬鹿げている。これでは余りにも女々し過ぎる、とクワトロは軍人としての顔を張り付けカミーユを一室へ案内した。

 

「改めて自己紹介をしようか。私はエゥーゴの──」

「知ってます。コックピットにいたときアポリーって人とロベルトって人がクワトロ大尉と言っているのを聞きました。貴方があの赤いモビルスーツに乗っていたパイロットですね?」

 

 意外にも理知的な対応に交渉がしやすいと感じたクワトロだったがその後カミーユは黙り込みただじっと前を見つめた。それは見ていると言うより目の前の男が安全なのか、信用できるのか、使えるのか、観察している動作であり大人を信用していない者のする目だった。

 

「まずは君を巻き込んでしまったことを謝罪しよう」

 

 素直に頭を下げて謝罪すると怒りの感情が薄れた気配をクワトロは感じた。同時にここまで機微に感情が分かるほどのニュータイプの力にサングラスの奥の瞳を光らせる。

 

「……こちらこそ、いろいろすみません。さっき殴った方に後で謝らせて下さい」

「そうしてくれ、アストナージ君も喜ぶ。だいぶ落ち着いたようだな」

「それは…………」

 

 

 実を言えばカミーユは恐怖に震えていた。

 

 散々暴れ倒し精神を高揚させていた脳内麻薬はとっくに無くなり肉体の疲労も困憊していた。そしてようやく彼女は今更ながら自分のやってしまった数々の悪行に震えていたのだ。軍属でもない自分がモビルスーツの無断使用、器物損壊、殺人未遂、テロリスト幇助、いくら有力技師の娘でもどう考えたって銃殺刑まっしぐら。おまけに今の自分は世間ではテロリストと呼ばれるエゥーゴの船に半ば軟禁されている。取調室に拘束されながらも必死で弱みを見せまいとクワトロを睨みつけるカミーユだが机の下の手や足は小刻みに震えていた。

 

 

「……変態」

 

 カミーユの両手首には無骨な手錠が嵌められていた。それを見て安心しきっている相手の男のふざけたサングラスを剥ぎ取ってやりたい衝動を覚えたが拘束されてはそれも出来ないので我慢していた。

 

「好きで手錠をかけた訳じゃない。だがグリーン・ノアやここに来てからの態度では致し方ない」

「これを外して下さい」

「まだできない。君が我々にとって安全と分かるまでは」

「これを外せ!」

 

 外せと言われて外すと本当にこの少女は思っているのか、クワトロは再び獰猛な獣ような咆哮を上げた少女を見て手錠は必要だった再認識した。同時に小さな体から放たれる感情の発露は純粋なまでにカミーユ自身を傷つけていると彼は察した。

 

「女の子がそう声を荒げるものではない。それにそう不安がる必要はない。何も裸に引ん剝きはしないさ」

「……やっぱり変態」

 

「今のは失言だぞ大尉」

「ブレックス准将!」

 

 唐突なエゥーゴ指導者の登場に座っていた椅子から立ち上がったクワトロと違いカミーユは髭面の怪しい男としか認識していない。准将と呼ばれた肩書きも、テロリストと相違ない立場のエゥーゴが使っていると知ればとても胡散臭い階級でしかない。

 

「やあカミーユ君、私はブレックス・フォーラ。エゥーゴの代表をやっている」

「知っています。父が貴方のこと電話で話しているのを聞きましたから」

「ほお、こんな可愛い子に知って貰えているとは光栄だな」

「ブレックスはもう終わりだ。バスクに蹴落とされた負け犬だって」

 

 正直すぎる言動に側に立つクワトロはサングラス越しに目を丸くさせるが当の言われた本人は大笑いした。

 

「悔しいが半分正しい。だが私はまだ終わるつもりはないよ」

「それがボクたちのコロニーで銃を撃つことですか!」

「否定はしない。すぐに理解してくれと言うつもりもない。だがバスクの⋯⋯ティターンズの横暴をこれ以上のさばらせておけば全てのスペースノイドは駆逐され地球は腐った糠のように腐敗していくだろう」

「ボクだってティターンズは嫌いです。でもあなたたちも嫌いです。あなたたちはボクの住むコロニーに穴を空けて友達の家を壊しました」

 

 クワトロに連れ去られる際にカミーユは空高く上昇したガンダムMK‐Ⅱのコックピットから自分が暮らしてきた町の状況を見た。そこらかしこから黒煙や炎が舞い上がり流れ弾や撃ち落とされたモビルスーツの残骸が家々に被害を与えていた。その中には親友のファ・ユイリィの家や自分の自宅も酷く損壊した姿を高性能カメラがはっきりと捉えてしまった。

 カミーユにとって自宅はあまり良い思い出がある家ではなかった。少なくとも家族の団欒などは望めない家庭環境、常に自室に閉じこもりプログラミングや機械いじりばかりしてきた空間だったがそれでも自分の帰る場所を失った事実は心に深く傷をつけた。

 

「重ね否定はしない。だがこれも地球、いや世界の平和の為の戦争なんだよ。君を怖がらせたことは謝罪しよう。申し訳ない。君の気が済むのなら殴っても構わんよ?」

 

 言うや否やカミーユは飛びかかったが手錠と床を繋ぐワイヤーの長さが足りず拳は空を殴った。

 

「本当に殴る奴がいるか」

 

 二人の間に入ったクワトロもまさか言葉通りカミーユが行動するとは思わず驚き半分呆れていた。手錠を嵌めた張本人として穴が開くほど睨み付けられるが銃弾を潜り抜けてきたクワトロには何処吹く風で素知らぬ顔をしていた。

 

「今日傷ついて、恐怖した人たちの分です! あなたみたいに、戦争するって決めた指導者が真っ先に戦場で戦って死ねばいいんですよ!」

「カミーユ、それ以上は──准将?」

 

 尚も突っかかるカミーユにブレックスは自ら近づき頭を下げた。そうされると思わなかったカミーユは気が抜けたように椅子に腰かける。

 

「カミーユ君、コロニーに暮らす一人の少女の貴重な意見、ありがたく承ったよ。手錠はすぐに外させる。もう少し我慢してくれ」

 

 

 その言葉通りクワトロたちと入れ替わりで女性士官が一人カミーユに近づきその手に触れた。拷問でもされるのかと身構えたが不安を感じてか女性はポケットとから鍵を取り出し笑いかけた。

 

「大丈夫よ。いま外すわね」

 

 カチャリと言葉通り手錠が外れカミーユ解放感に浸る。ブレックスは約束を守ったようであった。

 

「ありがとうございます」

「気にしないで。レコア・ロンド少尉よ。大変だったわね」

 

 差し出された手をカミーユは戸惑いながらも握り返しすとその手はとても温かかった。その温もりに触れて張り積めた緊張の糸が切れる。

 

 初対面の人間の前にも関わらずカミーユは涙を流した。感情の杯から溢れ出る複雑に混ざりあったそれが頬を伝う。

 レコアは自然とそんな少女を抱きしめ胸を貸す。同性だからこそ分かる感覚、レコアはカミーユの不安を黙って優しく受け入れた。

 

 

 

 部屋を出たブレックスはその足でブリッジへ向かった。既にティターンズの追っ手はクワトロたちを追跡して近くまで来ている筈だからである。そうなれば一戦交えることにもなるが彼の心に降伏の2文字は端から存在してはいない。

 捕まればどんな奇跡が起きても終身刑が上等の身の上だ。何より宿敵たるティターンズのバスク・オムとジャミドフ・ハイマンを討つ前に死ぬ訳にはいかなかった。

 

「ユニークな子だったな。君の所感を聞かせてくれ」

「……昔を思い出しました」

 

 一年戦争の頃だと当たりをつけたブレックスの考えは半分的中していた。

 カミーユのニュータイプとしての適性はかつてのアムロやララァを想起させるのに十分過ぎるほどだ。そしてもう一つ、手枷を嵌められながらも猛々しく命令した先程のカミーユの姿に彼は遠い日の自分自身を見ている錯覚だった。

 

───大佐! 邪魔です! 

───命令する。これをはずせ! 

 

 それは亡くした最愛の女性と決別した己の過去が自分を責めているような感覚に近い。気分の良いものではなく普通ならカミーユの側には近づきたくもない。だが彼女とコロニーで出逢った時から強烈に惹かれている自分がいることも理解していた。

 

(私が引っ張られている? 思春期でもあるまいし、彼女はララァではない)

 

 興味か、恐怖か、カミーユに対して抱く感情の名が分からなかった。分かりはしなかったがその疑問を圧し殺した。

 しかし依然としてその胸中にはあの燃えるような怒りを孕んだ美しい瞳が爛々と輝いてる。

 

「美しい花には棘があると聞くが本当だったな」

「申し訳ありません。後できつく言い聞かせます」

「いやいや、久しぶりに目が覚めたような感覚だったよ。カミーユ君の様に普通に暮らす住民たちにとっては我々もティターンズもそう変わらないのだろうな。身に詰まされる思いだ」

 

 ティターンズもエゥーゴもどちらも互いを反乱者として糾弾しているが時流はエゥーゴに不利だった。地球連邦政府のお墨付きを獲ているティターンズは官軍として広範なプロパガンダを展開し、エゥーゴはテロリストの扱いを受けている。だがジオン残党狩りを名目に数々の横暴かつ悪逆な行為を繰り広げてきたティターンズに反感を抱く者たちも多く、エゥーゴを支持する地下組織は地球圏に根付いていた。

 

 今回のガンダムMk-II奪取作戦もティターンズの技術を取り入れ戦力増強を図るものであったがカミーユの怒りにブレックスはなんとも言えない哀しさを感じた。所詮はお互いに殺し合う軍隊と軍隊、平和を望む市民たちは頭上から落ちてくる砲弾がどこの軍の所属なのかなど考えはしない。

 

「ですがティターンズの大義は宇宙と地球、双方を滅ぼします」

「そうだ。戦いを止める訳にはいかない。彼女も我々の力になってくれればいいのだがな。大事に見てやれよ」

「彼女をモビルスーツに?」

 

 さらりとカミーユをエゥーゴとティターンズの戦争に従事させると言ってのけたブレックスにクワトロは難色を示した。ブレックスは指導者としては優秀で人望も厚い、だがティターンズを打倒する為ならば肉親すら切って捨てる冷たさを持っていた。だからまだ成人もしていない少女を早々と戦力にカウントしているがその政治家気質な皮算用にクワトロは辟易した。

 例えば彼女が男だったらここまで悩みはしないだろう。だがカミーユ・ビダンは女だ。それも人の目を引き付けてやまない美貌をしている。これではクワトロでなくてもその手に人殺しの機械を握らせることを躊躇う。しかしブレックスは使えるものは何でも使いティターンズを倒すことに邁進しているのでその辺の倫理観が曖昧になっていた。

 

「今は落ち着いているが自分たちの兵器を奪われたのだ。すぐにティターンズの追撃隊が来るぞ」

 

 自分たちを正義の軍隊と公言するほど理想家ではない。だがティターンズは悪でありそれを討つ為のエゥーゴは多少の損害は目を瞑ってでも勝たねばならない。そしてその大義の犠牲になるのはブレックスではなく一兵士たちやカミーユのように巻き込まれる人々。そんな矛盾を真正面からぶつけられれば流石のエゥーゴ指導者も言葉とは裏腹にブリッジへ向かうその足取りは年相応に重いものであった。

 

 

 

 

 

 

 ティターンズ 巡洋艦アレキサンドリア 艦内

 

 ジェリド・メサ中尉は穏やかではなかった。グリーン・ノア1のエマージェンシーに対応した出撃で起こったエゥーゴによるガンダム強奪事件。突如現れたエゥーゴの赤いモビルスーツに意気揚々と挑むが結果は惨敗、他と違い撃墜はされなかったが代わりに連邦管轄の庁舎に突っ込み面目ともに機体は潰れてしまった。

 更に友人のカクリコン・カクーラーが乗るガンダムMk-IIは敵の奪取したガンダムMk-IIによってスクラップにされる始末。これではエリート部隊ティターンズの名折れだと彼のプライドは酷く傷ついていた。

 

 だからこそ雪辱を果たす腹積もりで追撃部隊に率先して志願した。彼の部隊はカクリコンも加え作戦指揮官のジャマイカン・ダニンガンの立案した作戦をミーティング室でイライラと足踏みをしながら聞いていた。敵の旗艦である白い戦艦を先行しているボスニアが捕捉しておきながら攻撃もせず自分たち本隊が来るまで待機していたからだ。

 ジェリドにとってティターンズをバカにされていると感じると共に一般兵たちの腰抜け具合に同じ連邦軍として情けなく思った。

 彼はエリートだ。厳しい適性試験をパスしてティターンズの制服に腕を通している。断じて伊達や酔狂ではないのだと自負している。だからこそ不真面目で他力本願の奴を見ると我慢ならない性分を持っていた。

 

「ジェリド中尉、聞いているのか?」

「勿論。ですが分かりませんね。なぜボスニアの連中は攻撃しないんですか?」

「人質がいるのだ。先程もいっただろ」

 

 人質……その存在にジェリドは疑問符を浮かべた。テロリスト同然のエゥーゴの旗艦を討てる機会を人質を取られたくらいで強硬なバスク・オム大佐の腹心ジャマイカンが躊躇しているとはにわかに信じがたい。

 

「誰なんです、その人質。余程のVIPとか?」

「エゥーゴは卑劣にもガンダムと人質をとった。フランクリン大尉のご令嬢、カミーユ・ビダンをな」

 

 エゥーゴを叩く大義の為なら人質の犠牲も仕方がないと考えていたジェリドにとってその名が与えた衝撃は痛烈だった。

 カミーユ、つい先ほどグリーン・ノアの港で鉢合わせた記憶に強く残る美少女。儚げな見た目からは想像できない強さを内に潜めたカミーユはそれなりの女性経験を持つ彼でも目を奪われ思わず助けに入ってしまった程だ。

 

「人道的観点から先行しているボスニアも手が出せんのだ。まず交渉にエマ中尉が行く。お前たちはその後だ」

「クソッ エゥーゴめなんて奴らだ! 可哀想に、今頃震えてるだろうな。待ってろカミーユ、俺が助けてやるぜ」

「意気込むのは良いが命令は厳守しろよ。いいか、手書きの命令書は出撃した後に読むんだぞ」

 

 作戦説明の際にジャマイカンはジェリドにだけ特別な命令書を手渡していた。その中身は当然ジャマイカンしか知らず出撃前に確認することは固く禁じられていた。

 今まで受けたことのない奇妙な命令に戸惑うも彼の頭の中は如何にして囚われのお姫様を助けだした騎士になるかで一杯だった。

 

 作戦会議が終わりジェリドは逸る気持ちを抑えきれずアレキサンドリアの中を意味もなく彷徨いた。エマ中尉は規則に厳しい実直な女だ。交渉役に相応しいことは分かる。だがいつエゥーゴの連中がカミーユに不埒な真似をするか分かったものではない。出来るならば今すぐ出撃したいがそれは叶わない。そんな焦るジェリドの背に一人の女性がぶつかってきた。

 

「気をつけろ」

「す、すみません……あの、カミーユが……」

 

 妙齢の女性は軍艦に似つかわしくないスーツ姿でやや焦燥した様子だった。機密である筈の人質の名を呟く訳を聞けば、女はなんとカミーユの母親であると分かりジェリドは仰天した。

 

「成る程、ティターンズに呼ばれてこの船に来たのですね?」

「え、えぇ。警察からカミーユが誘拐されたと知って驚いているとティターンズから出頭の要請が突然来て夫と共に……」

 

 ヒルダの戸惑いはもっともだった。いくら科学のエキスパートであり人質の親とはいえ戦闘宙域のど真中に非戦闘員を連れてくるなど例外中の例外だ。ヒルダは半ばパニックになりながらも必死で娘の無事を祈りながらアレキサンドリアを当てもなくさまよっていたのだ。

 

「任せてくださいビダン夫人。お嬢さんはこの俺が必ず救い出して貴女の下へエスコートしますよ。なんせ俺は精鋭のティターンズパイロットですから」

 

 ジェリドにとっては正義感半分、気になる女の子の母親への功名心半分から出た自信だったが半ば強引にティターンズによって連行され夫すら頼れない状況の中で放たれた言葉は彼女の心を打ち涙を浮かべながら何度も何度もジェリドに娘の無事を願った。

 

 ジェリド自身、人からここまで頼りにされたことなど今までなかったが故の大きな責任感と美しい少女を救う高揚感を胸に抱きいつでも出撃できるよう乗機のハイザックに向かった。

 

 

 

 だが彼は知らない。

 この出撃が彼を生涯に渡って苦しめその人生を大きく狂わせる切っ掛けになることを。



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カプセルの中

みんな大好きカプセル回


 アレキサンドリア艦長室

 

 ジャマイカン・ダニンガンにとってバスク・オムは直属の上司であり自身の地位の後ろ楯に等しい存在である。だからこそ通常の上官以上の気遣いが必要であるがティターンズNo.2のその男に未だジャマイカンは恐怖を抱いていた。

 

 ティターンズ(巨人)の名に相応しい見る者全てを威圧する巨体と不気味な印象を与えるゴーグルを光らせ数々の非道な行いを命じてきた冷酷な将。それがバスク・オムである。

 そんないつ自分を切り捨ててもおかしくない男の機嫌を伺い忖度して気配りをするのは大きな疲労だった。その精神的苦痛で後数年もすれば自分もあの見事な剃髪になりそうなのが最近の悩みでありその腹いせとして部下や一般兵に不遜な態度を取り優越感に浸ることを楽しみとしているが改める気は毛頭ない。

 

「我が軍の所属ではない軍艦を捕捉しましたバスク大佐。恐らくはガンダムMk-IIを奪ったエゥーゴの母艦と思われます」

「十中八九エゥーゴだ。Mk-IIとブレックスもきっといるはず⋯⋯フランクリン大尉の娘もいると思うが最悪は諸共始末する。だがMk-IIはできれば無傷で奪還したい」

 

 カミーユ・ビダンがMk-II奪取の下手人であることはとっくにバスクの耳にも入っていた。民間人がMk-IIを操作して他のMk-IIを破壊して逃げたと報告を受けた時はエゥーゴのスパイにしてやられたと受話器を握り潰しそうになるバスクだったがそれが自軍の優秀な技術者の娘だと知るや否や彼はすぐさま命令を出してカミーユの両親を半ば拘束に近い形で船に乗せた。

 本来、軍属だが研究者であるビダン夫妻を戦闘が予想される船に乗せて出撃させるなど強奪犯の両親とは言ってもまず考えられない行為だが、バスクの命令を部下のジェリドに一部だけ伝えたジャマイカンはその真意を知っている。

 

 思わず怯んでしまう程の冷酷な作戦内容にジャマイカンはあまり乗り気はしてはいない。

 乗り気はしないが意見するつもりもない。たかが技術屋とその娘の命、ティターンズの大義や己の保身に比べれば安い物。

 

「ブレックスのようなスペースノイド贔屓の逆賊にこれ以上の好き勝手を許せばジャミトフ閣下の信用にも差し障りひいてはティターンズの名に泥を塗ることになる。なんとしてもここで沈めろ、少佐」

 

 バスクをよく知らない者は冷酷無比な卑劣漢と揶揄するが実際は少し違う。彼は要塞の奥深くに籠らず常に実戦の現場に赴いて直接指揮を取る超が付く現場主義なのだ。単に戦いを好んでいる訳ではなく彼にはどうしても達成したい願い、エゥーゴ殲滅を叶える為に陣頭に立っている。その証拠に今回のエゥーゴによるMk-II強奪に始まったこの追撃戦でも反抗勢力を決して許さない強硬なバスクは直ぐ様に部隊を編成し自らも旗艦に乗船している。

 

 そして何よりスペースノイドを憎みアースノイドのことを想う狂人でもある。コロニーの中に反抗勢力が立て籠ったのならば平気でコロニーごと抹殺するのが彼のやり方である。それは時として大局を省みず不和と怨念を撒き散らす蛮行だが、本人にしてみれば至って正常な正義なのだ。

 

 ティターンズの狂気的な姿勢を支える根幹は、強烈なアースノイド至上主義によって支配されている。

 一年戦争から7年の月日を()()、と取るのか()()、と取るのかは人それぞれだがことバスクにとってそれは屈辱の歴史だった。

 今や彼のトレードマークになっている常着のゴーグルも彼が一年戦争時にジオン兵たちから受けた拷問によって失った視力を矯正するための装備であり伊達や酔狂では決してない。むしろ彼の敗北の証であり肉体のみならず魂にまで刷り込まれた怨みがバスク・オムという人間を形作りスペースノイドの権利を主張するエゥーゴの存在など断じて認められるはずがなかった。

 

 そしてコロニー落としや地球侵攻作戦により人類の半数を死滅させた一年戦争は地球の人々にジオン国民のみならずスペースノイドへの拭い難い反感と偏見をこびりつかせている。彼らにとってジオンの残党を駆り立てスペースノイドに強権を振るうティターンズはまさに自分達の不満を代行してくれる正義の巨人なのだ。

 

「作戦目標を伝える。第一目標はエゥーゴの戦艦。第二目標はガンダムMk-II。そして第三目標はフランクリン大尉の娘、カミーユ・ビダンだ」

「カミーユ? それは救出なのでしょうか」

 

 暗に始末でなくて良いのかと伺うジャマイカンはこの残忍な指揮官がいくら子供とは言えMk-II強奪の実行犯を、それもスペースノイドを保護せよ、などと指示する訳がないと確信していた。

 そう言ったジャマイカンの態度を感じとったバスクは机からファイルを取り出した。

 

「カミーユの資料を見たか? 見ていないならば今すぐ確認しろ」

 

 渡されたファイルを開きカミーユの情報を閲覧するジャマイカンはバスクの不可解な命令の意味を知った。

 そこには今生見かけたことのない程の美少女がいた。何かの証明写真を流用したのか其処に写る彼女は無機質な表情だったがそれでも隠せない圧倒的な美を放っている。

 

「カミーユ・ビダン、実に目を引く容姿だ。この少女を使いエゥーゴの非道をアピールすれば世論は更にティターンズに傾く。格好のプロパガンダの材料だ」

 

 ティターンズは連邦政府の配下だがジオン残党狩りを名目にあらゆる特権を与えられその権力は監視者たるマスメディアをもコントロールしている。その為ティターンズの都合の悪い情報はシャットアウトし反抗勢力に都合の悪い情報は壮大に誇張して、あるいは創作を伴って広く宣伝して世論を形成している。

 バスクはその登場人物にカミーユを配役させるつもりなのだ。悲劇のヒロインとして。

 

「しかしこの少女や両親が協力するでしょうか?」

「あのフランクリン大尉がキャリアを自分で捨てる道を選ぶと思うか? 娘の方は救出したならば病院にでも入院させればいい。救出できなければ哀れな少女の命がテロリストによって散らされたとする。どちらに転んでもエゥーゴには悪になって貰い我々ティターンズが絶対の正義として君臨するのだ」

「流石ですバスク大佐。ジャミトフ閣下もお喜びになるでしょうな。では作戦指揮に戻ります」

 

 

 

 

 

 

 

 アーガマ艦内

 

 バスクたちが作戦の算段をしている時、当のアーガマではティターンズから遣わされた交渉人のエマ・シーン中尉とブレックスたちとの会談が行われていたが、エマが手渡したバスク直筆の親書の内容を読んだブレックスは内容の破廉恥さに苦虫を噛み潰した表情で必死に怒りを抑えていた。

 ブレックスの変容に驚いたエマだったが突き返された親書を初めて読むとその意味する所が分かった。

 

「カミーユ・ビダンと共にガンダムMk-IIを返さなければカミーユの両親を殺す!? まさか!」

「それがバスクのやり方だよ中尉。ティターンズはまるでヤクザの集まりだ」

 

 エマは驚愕した。今回の自分の任務はエゥーゴに奪われたMk-IIとカミーユ・ビダンを救いだす為の交渉を成功させることだった。反連邦組織であるエゥーゴに技術が流失することの重大さはよく分かっていたし、誘拐されたとジャマイカンから聞かされたフランクリン大尉の娘、カミーユのことを同じ女としてとても案じていた。だからこそ敵のど真ん中に一人で乗り込む危険な交渉人を率先して引き受けたのだ。

 

 しかし親書の中に記されたバスク直筆の恫喝に近い内容はエマの根幹を大きく揺らした。

 

「で、ですがあなた方がMk-IIを強奪してカミーユを誘拐した事実は変わりません」

 

 カミーユの立場は誘拐された人質だとエマは認識している。その救出の為に軍隊があらゆる手段を使うのはもちろん間違っていないが、救う側が更に人質を取ってあまつさえ言う通りにしなければ殺すと宣うなど正規の軍隊がして良い行いではない。エゥーゴがテロリストだとしても軍規も戦時国際法も完全に無視した無茶苦茶な要求に、何かの手違いで親書が間違ってしまったのかとも反論したかったが直筆のバスクの字にそれも苦しく冷静な彼女の頭脳は珍しく混乱していた。

 

「カミーユのご両親には心から謝罪する。私が彼女を巻き込んだからな」

「あなたが?」

 

 クワトロがエマに謝意を表した瞬間、艦内にアラートが響いた。すかさずブリッジへと向かうヘンケンたちに付いていくエマはブリッジの光学モニターに映し出された映像に言葉を失った。

 宇宙空間に浮かぶ小さなカプセル。目印となる規則的な発光信号を放ちながらアーガマの前方にフヨフヨと漂うその中には人がいた。

 

「バスクめっ⋯⋯貴様それでも人間か!」

「恐らくはカミーユの母親でしょうね」

 

「そんな! あ、あれは⋯⋯あれはホロスコープです。本物の訳がありません!」

 

 苦しい言い訳だった。

 確かにエマの言う通り通常ならば宇宙服も着ていない人間を見るからに脆弱なカプセルの中に閉じ込め宇宙に放つなど正気の沙汰ではない。たちの悪い冗談だと誰もが思うだろう。だが親書の内容といい目の前のカプセルといい、エマは自身が身に付けている制服に強烈な不快感を抱いた。

 

「Mk-IIが発進!? 許可してないぞ!」

 

 誰もが怒り唖然としているブリッジ内にオペレーターの動揺が伝わった。次の瞬間、バーニアを全開にして出撃するMk-IIの姿がブリッジの窓からも見えた。

 

「どうした!」

「ヘンケン艦長! それがガンダムMk-IIが勝手に出撃してしまいました。乗っているのはカミーユだそうです」

「なんと⋯⋯」

 

 誰よりもまずクワトロが驚いたがどうしてカミーユが出撃したのかは分かっていた。なにがしか母親のことを知ったのだろうが、彼が驚いたのはカミーユの操作技術だった。

 宇宙空間でのMS操縦は自動車を運転するような次元とは違う。AMBACに始まる姿勢制御や3次元戦闘を可能にする高い空間認識能力が要求されそれを習得するには一定の訓練と才能が必要とされている。しかしガンダムMk-IIの粗は目立つがすいすいと宇宙を泳ぎカプセル一直線に向かうカミーユの並のテストパイロット以上の技能に舌を巻くと共に危機感を覚えた。

 

(これではまるで本当にアムロ・レイではないか……!)

 

 かつての宿敵のようにガンダムを駆る少女の姿は眩しかった。ニュータイプの可能性を見せつけられた強い少年の瞳は今でも彼の心に焼き付いている。

 怨敵、ザビ家を打倒したあの日、ア・バオア・クーよりザビ家の遺児をアクシズへと送り届けた時点で既に彼はシャアとしての目標を失いかけていた。復讐と言う甘美な蜜を味わい尽くした後に残ったのはポッカリと心に大きな穴が空いたような虚無感と、人生の大半を懸けるほど燃え上がった熱が急速に冷めていく疲労感だった。

 あれほど復讐の炎に燃料を投下し続けてきた情熱が嘘のように消え去ると、自分はいったいこんな宇宙の片隅で何をしているのだと敗走するグワダンの中で自問した。部下を見捨て、友を謀殺し、恋人を喪い、一国の根幹を司る一族の多くをその手にかけた己の姿はシャア・アズナブルとしての栄光に彩られた半生が何処までも空虚で滑稽で欺瞞と憎悪に満ちた出来の悪い喜劇に感じられてしようがなかった。

 

 だがアクシズへと入港した際に出逢った一人の少女に感じたニュータイプの感応が沈みかけていたシャアの気力を呼び覚まし新たなる目標を彼に与えるきっかけとなった。

 

 復讐の為の人生が探求の為の人生に変わった。

 

 

 人類の革新は宇宙にあるのか? 

 それはニュータイプなのか? 

 ならば人はニュータイプに変われるのか? 

 

 ニュータイプとは彼にとってコンプレックスと同時に強い憧れなのだ。

 

 ならばカミーユはその可能性があるのではないか? アムロやララァのような、それすらも凌駕する真のニュータイプの可能性があるのではないのか。

 

 クワトロはふと自分が希望を抱いていることに気づいた。

 

 

 

 宙域

 

 カミーユが無断で出撃した最中、カプセルを監視する二機のハイザックがいた。特徴的な頭部モノアイと緑のカラーは一年戦争の代名詞ザクを彷彿とさせる出で立ちである。

 巡洋艦アレキサンドリアから出撃したそれらはカプセルに一人で近づくカミーユのガンダムMk-IIを確認して役目を果たす為にマシンガンを構えた。

 

「敵機確認だジェリド。命令書を開け」

「了解だ。援護頼むぜカクリコン」

 

 ジェリドとカクリコンの乗る二機のハイザックは暗い宇宙の迷彩に隠れアーガマからは捕捉されていない。カミーユもまた冷静な判断ができる状況ではないし気づいたとしても母が目の前にいてただ手をこまねくだけなどどだい無理な話である。

 

「なになに……カプセルに近づく敵がいたらカプセルを撃てか。強力な爆弾なのか?」

「どっちでもいい。ガンダムMk-IIが近づいてる。安全装置を外せ」

 

 元よりグリーン・ノアでガンダムMk-IIに手酷くやられたカクリコンは些か冷静さを欠いていたが命令遵守が軍隊の規律だ。エリート兵であるジェリドもそこは弁えている。

 

 だがこの時ばかりは違った。

 

 カプセルを照準に捉え引き金に指を置いたジェリドは形容しがたい不安を感じたのだ。今さら臆病風に吹かれるほど新兵ではないと頭を振るジェリドだが態度とは裏腹に額からは玉の汗が一筋流れ息が荒くなる。

 

「な、なんだこのプレッシャーのような感覚は……! あのカプセルに何かあるのか?」

 

 その不安感はどちらかと言えば内ではなく外から発せられていると考えたジェリドは原因を探ろうとカメラの倍率を上げカプセルを注視する。命令にはない行動を取ったのだ。

 だがそれは悪手だったとジェリドはカメラの映像を見て後悔した。

 

「は、ははは……ジャマイカンの奴も趣味が、わ……悪いぜ。ホログラム装置なんてよっ」

 

 カプセルの中には今しがた出撃前に出逢ったカミーユ・ビダンの母親、ヒルダが入っていた。ジェリドはようやく命令書の意味を理解した。単なる映像装置ならばわざわざ自分達に対して秘密にする必要がない。つまりはそう言うことだ。

 

「ジェリドどうした。撃たないなら俺が撃つぞ!」

 

 戸惑うジェリドに対して事情を知らないカクリコンは率先して命令を実行しようとしている。それは通常ならば正しい行為だが今回だけは間違った行為だとジェリドの心が訴えた。

 

「カクリコンッ

 撃つな! 止め──ッ!」

 

 ハイザックがライフルを乱射したのと同時にジェリドの咆哮が轟いた。カクリコンの行為がどんな結果をもたらすのか、一体誰が死ぬのか、分かっていたがそれを止めることは叶わない。

 

 銃撃を受けたカプセルは一瞬張り詰めた風船のように膨らんだ後、宇宙の虚空で光を反射する無数の強化アクリルの破片を撒き散らし砕けた。それは何処か美しさを放つ光景だったが後もう一歩で手が届く所まで近づいていた少女にとっては非常なまでの残酷な光景だった。

 

「爆発しない? それじゃまさか本当に……」

 

 思わず目を背けたジェリドだったがカメラをズームしていたのが仇となり120mmマシンガンで撃ち抜かれ絶対零度の真空世界に突如投げ出された人間の末路をハッキリと捉えてしまった。

 

 教練で近代史の戦争における化学兵器や核兵器による人体の被害などを取り上げた映像資料を見たことのある兵士と言えども実際に生身の人間が死ぬ瞬間を間近で目撃するのは初めての経験だった。胃の底から込み上げる不快感に顔をしかめるなるジェリドはこんな命令を出したジャマイカンを心の中で罵倒した。

 

(ちくしょう! これじゃ俺はとんだピエロじゃないか。汚れ仕事を押し付けられたことも知らないでむざむざビダン夫人を⋯⋯)

 

 先ほどまで会話をしていたカミーユ・ビダンの母親が大宇宙の闇の中に命を散らしたなど今でも信じられない。あれは映像だ、連絡が遅れてすまない──とジャマイカンからの通信が来るのではと耳を澄ますもミノフスキー粒子によるノイズしかジェリドの耳には聴こえてこなかった。

 

 半ば放心状態のジェリドを心配したカクリコンは通信を入れようとした瞬間、コックピット内に鳴り響いたロックオン警告に驚き咄嗟でバーニアを吹かした。間一髪の所でビームを回避したカクリコンのハイザックに猛スピードでMk-IIが接近してきた。

 

「貴様が! 貴様たちが! 母さんを!!」

 

 鬼気迫るとはこの事、Mk-IIはパイロットの怒りを体現したかのような荒ぶる軌道を描きカクリコンのハイザックに突撃してきた。迎え撃つ形となったカクリコンだが予想以上の機動力にライフルの照準をMk-IIに合わせる前に距離を詰められ振り抜かれたビームサーベルでライフルを持つ右手を切断されたばかりかそのままの勢いで放たれた強烈な蹴りによってまたもや制御不能となり戦線離脱を余儀なくされた。

 

「カクリコンっ───! い、いったいこれは!?」

「許さない! 絶対に許さない! 人殺し共!!!」

 

 突如として怒り狂う少女の声と共に友人を倒され頭が真っ白になったジェリドにMk-IIの敵意が向けられる。Mk-IIは武装のライフルを使いもせずサーベルの出力を上げ目の前のハイザックに迫る。

 

「カミーユ! 止しなさい!」

「戦闘中止だカミーユ! エマ中尉の指示に従え。これは命令だ!」

 

 だが寸前の所でMk-IIの前に一機のハイザックが割り込みその動きを強引に制止させた。直後にエゥーゴの赤いモビルスーツも背後から接近してMk-IIを宥めるように肩に手を置く。

 

「ジェリド、貴方も退きなさい。停戦よ!」

「エマ中尉か! 冗談じゃない、カクリコンがやられたんだぞ!」

「中尉! 小隊の指揮権は私にあります。武器を収め帰投しなさい!」

 

 ハイザックに乗っていたのはジェリドと同じくティターンズ所属の女性士官エマ中尉だった。どうしてここに? と訪ねるよりも何故自分を援護もせず敵を庇うような真似をするのかジェリドは納得がいかなかった。

 だがエマ・シーンとはそう言う軍人だ。優等生を絵に描いたようないちいち鼻に付く面倒くさい女だと陰で馬鹿にされている。本人も薄々気づいてはいるがそれでヒステリーを起こすほど小さくはないが愛想を振り撒くほど可愛げもなかった。

 

「離せ! あいつらを許せるもんか! 殺してやる!!!」

「カミーユ落ち着け! 停戦命令の無視は銃殺刑だぞ」

「ボクは軍人じゃない! 仇を討たせろよォ!」

 

 エマの命令に渋々ながらも従いカクリコンのハイザックを回収してアレキサンドリアへ戻るジェリドに対してその背にライフルを向けるMk-IIにそうはさせまじとエマとクワトロの機体がガッチリと動きを阻んでいる。

 だがモニター越しとは言え目前で母親が惨殺された瞬間を見てしまったのだ16の少女に冷静を保てと言うエマたちの主張は軍人として正論だが大人の傲慢とも言えるものだった。

 

「仕方ないっ カミーユを一旦君に預ける」

「良いのですか?」

 

 このままカミーユを暴れさせれば折角の停戦もなんの意味もなくなってしまう。強引にアーガマへ連れ帰れば重要な軍事機密が詰まった機体をバスクたちがほっとく訳がない。貴重なニュータイプのパイロットをみすみす手放す選択だがエゥーゴを守るためにはクワトロとしても苦渋の決断と言えた。

 

「だがその子を無体に扱えば私は君を許さん」

「ティターンズは軍隊です。民間人を傷つけはしません」

「生憎と信用できんな。君自身がその子の安全を私に保証しろ」

 

 クワトロも極短い間しかエマと接していないがバスクからの親書を読んだ時やカミーユの母親がカプセルに入れられているのを見た時の動揺は本当に信じられないものを見てしまったのと言った素振りであった。それは彼女の本質が心優しい女性である証拠であり同時に軍隊に正義を求めている実直な善人なのだと感じていたからこそカミーユを彼女に預ける選択を取った。

 

 

 だがその選択もカミーユを更なる絶望に突き落とすだけだった。



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エマの脱走

誰だ! エマさんの髪型を笑った奴は!?


 娘がエゥーゴの船から無事に保護されたと聞いたカミーユの父親フランクリン・ビダンは急いで格納庫へと向かった。16の娘がエゥーゴに誘拐されたとバスクから知らされた時は妻と共に青ざめたフランクリンだったがその救出の為とは言え戦闘宙域に進む船に自分達まで強制的に乗り込まさせられたのには大いに不満を抱いていた。だがそれも娘と再び会えるならば些細な事だとこの時ばかりはフランクリンも楽観視してMk-IIの直ぐ真下まで辿り着くが直後、言葉を失う。

 

「人殺し共! ボクに触るな! 触るなー!」

 

 娘との感動の再会はフランクリンの思い描いていたものとは全く違った形となった。カミーユは大勢のティターンズ兵たちによってMk-IIのコックピットから強引に引きずり出されていたのだ。

 

「カミーユ……」

 

 自分の名を聞き慣れた声で呼ばれ顔を上げたカミーユはようやく父がいることに気付き薄暗くせせら嗤いながら安堵とも憎悪とも取れる目付きで睨みつける。

 娘から初めて向けられる本気の感情に言葉が出てこないフランクリンに、今しがた起きた惨状をカミーユが容赦なく告げる。

 

「……母さんが死んだよ」

「えぇ!?」

 

 フランクリンは大きく動揺し驚いた。側で見ていたエマも辛い事実に神妙な面持ちだがカミーユにとって父の振る舞いはどうしても偽善的に見えて仕方がなかった。

 

「そんなに驚くことかな? これで愛人と上手くいくね。マルゲリータって奴とさぁ!」

 

 爆弾発言にその場が凍りついた。

 

 エマはぎょっと目を見開き慌てて気まずそう顔を伏したがその他の動く兵士たちは聞き耳を立てるようにフランクリンを注視した。好奇の目に晒されわなわなと怒りに震える父の顔を見てカミーユはほどよい快感を得た。

 

「怒ったの? なら殴ればいいだろ、母さんにしてるように!」

「止めないか!」

 

 自分に向けて手を振り上げる父を見てカミーユは心底この男が憎いと思った。

 父親は気に入らなければ直ぐに母を殴っていたことをカミーユは知っていた。どんなに両親が夫婦の問題だと子供にひた隠していたとしても分かるものは分かってしまうのが家族である。愛人のこともその一環として知っていたのだ。

 

 だからカミーユは告げてやった。自分がこそこそバレないつもりでやっていた不義理が実は秘密でも何でもなかったことを暴露して、死んでしまった母の怨みを少しでも晴らすつもりだった。だから娘に手を挙げるその目が愛情ではなく激情に任せた自分勝手な暴力であってもショックではなかった。ただ一つ、この男と血縁にあることが強烈に恥ずかしく屈辱だった。

 

(どうしてこんな奴の娘なんだよ……ボクはっ)

 

 来るであろう平手打ちに目を瞑るカミーユだったがその柔らかい頬が張られることはなかった。ジェリドがその振り上げた手を掴んだからだ。

 

「は、離しなさい! 」

「躾にしてはやりすぎではありませんか? フランクリン大尉」 

「親子の間に口を挟まないで貰いたい!」

「奥さんを亡くされて戸惑う気持ちも分かりますが今は状況を考えて貰いたい」

 

 ハッと我に返り辺りを見渡せば周りから多くの非難の目がフランクリンに注がれており掴まれた手をそのまま降ろす他に選択肢はなかった。

 

「……バスク大佐に会ってくる。カミーユ、後で話そう」

「ご協力感謝しますよ。さて……」

 

 フランクリンの背中を見送ったジェリドは改めてカミーユに向き直り全身を眺めた。

 端的に言って素晴らしい美少女だった。どこぞのアイドルなど目じゃない程に整った顔立ちは失礼な話だがとてもあの両親の子とは思えない。美しい青みがかった髪もさることながら何よりその目は硝子細工のように輝き瞳は星を数多内包したコスモのようにジェリドの視線を惹き付けていた。

 

 しかしどう声をかけていいのかジェリドは戸惑った。カミーユの母親はついさっき死んだのだ。それもティターンズの作戦に従ったとは言え相棒であるカクリコンの手によってその命が散らされたことは言い逃れできないことでありその片棒を担いだ己も非難は避けられないと悔いていた。

 普段プライドの高いジェリドは自分の非を易々と認めはしないが、コックピットから泣きながら出てきたカミーユを見てどうしても何かせねばと、衝動に駆られていた。

 

「カミーユ、俺は……」

 

 だがいざ正面切って対面するとジェリドは言い淀みもたついてしまう。カミーユは今まで相手をしてきた女性とは全く訳が違っていたからだ。年の差は勿論ある。しかしカミーユの放つ気配、雰囲気、オーラとでも言うべき非現実的な感覚を目の当たりにすると豊富な経験だと自負する自分がまるで10代の少年のようにただその出で立ちを指を咥えて眺めることしか出来なかった。

 

「お前がカミーユか!」

 

 そうこうしているうちにコックピットから様々な怒りを顔に浮かべるカクリコンがずかずかと二人の間に割り込んできた。

 

「カクリコン止せよ、彼女はいま酷いショックをだな……」

「俺はこの小娘にガンダムMk-IIをオシャカにされたばかりかさっきも殺されかけたんだぞ! どっちの味方だジェリド!?」

 

 憤慨するカクリコンにしてみればそれは至極当然な怒りであった。ジェリドと同じくティターンズのエリートパイロットであるカクリコンの宇宙での初陣は怒り狂うカミーユの駆るガンダムMk-IIによって手痛い物となってしまった。乗機になるはずであったガンダムMk-IIはスクラップ状態にされ命からがら救出された彼を待っていたのはジャマイカンの嫌味ったらしい小言と同僚たちからの侮蔑の目だった。

 ガンダムMk-IIを操縦していたのがエゥーゴのパイロットだったのならまだ言い訳ができた。だがフランクリン大尉の16歳になる娘にやられたとあっては面目どころか今まで積み上げてきた兵士として彼を構成する全てが汚されてしまう結果に彼は今、怒りに燃える一頭の獣なのだ。

 

「お前が……」

 

 だが、怒りに燃える者ならばここにも一人いた。全身の毛が総毛立つかの如き殺意で染め上げられた少女の瞳がそこにはあった。

 

「お前があのハイザックに乗っていたのか!」

「そうだが、こっちはカプセルを撃っただけなのに貴様はいきなり攻撃を───」

「ちくしょう!!!」

 

 怒りの鉄拳がカクリコンの眉間にめり込んだ。少女の拳と油断するなかれ。男に負けぬ為に空手道を学んでいたカミーユの放つ拳はそこいらの男をも悶絶させる威力なのだ。突きを放つ際には威力を増すため床を蹴り上げ不安定な無重力下ですらものともせず正確無比かつ強力な突きは憎き男を吹き飛ばしその体を宙に浮かべた。白い目でくるくると回転する体は意識が抜けきっていることの証明であり辺りを漂う赤い液体はカミーユの怒りの強さを現していた。

 

「カミーユ! 止しなさい! 手錠を嵌められたいの!?」

「いいんだエマ中尉、今のはあいつが悪い。後で俺が医務室に運ぶよ。おい! その子を丁重に扱えよ!」

 

 いよいよ見かねた他の兵士たちに連行されるカミーユをジェリドは心配しつつも会話をする必要がなくなったことに安堵した。今のカミーユにはどんな言い訳も通用はしない。たとえジェリドに非がなかったとしても理屈で納得できるほど今の彼女は穏やかではない。

 

「ジェリド中尉、よくやり返さなかったわね」

 

 エマはカミーユに対する紳士的とも取れるジェリドの対応を素直に称賛していた。それまでのジェリドの印象は自分勝手で傲慢でプライドだけが天井知らずの好ましくない部類の人間だった故に尚更意外であった。

 

「エマ中尉は俺がそんなに残酷な男に見えるか?」

「いいえ、ごめんなさい。でも貴方にあんな命令を出したジャマイカンやバスクのやり方は酷すぎるわ」

「これはこれは、エマ中尉が軍隊批判とは明日は太陽嵐でも吹くかな」

 

 

「……案外、そうかもしれないわね」

 

 冗談を言ったつもりのジェリドに対してエマは沈鬱な表情でガンダムMk-IIを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃ですか?」

 

 アーガマでの親書受け渡し任務を終えたエマはその足でジャマイカンへ今回の事態の報告をしていた。ガンダムMk-IIのことは当然としてカミーユ・ビダンやエゥーゴに対してはそれなりに温情的な報告を行った。彼女としてはエゥーゴが喧伝されている反地球連邦組織ではなく自分達と同じく地球のことを考える者たちで何かしら和解の道があるのではないかと思い至ったからだったが、ジャマイカンの次なる命令で淡い期待は無情にも切り捨てられる形となった。

 

「そうだ、エゥーゴの戦力は今最も低下している。そこを叩けば沈められよう」

「しかしカミーユ・ビダンとガンダムMk-IIは無事に引き渡され現在は停戦が……」

「停戦などテロリスト相手にはなんの意味もない! これはバスク大佐の厳命だ」

 

 言葉を失うしかなかった。曲がりなりにもこちらの要求を呑んだエゥーゴの船に対して降伏勧告もせずにいきなりモビルスーツ隊を率いて撃沈せよなどとエマを支える軍規が許さない。

 

「無事に成功すれば昇進も約束しよう。中尉はまだ若い、なんなら制服組でも目指すかね? コネは多く繋いだ方がいいぞ」

 

 もはや呆れるしかない物言いに必然、拳を握る力も増す。武功を挙げ報奨を与えれば全て丸く収まると思っているジャマイカンはデリカシー以前の問題だ。バスクやこんな男を据えているティターンズはまるで中世の軍隊擬きにしかエマには見えなかった。

 

 

 

 故にエマはあらゆるしがらみを捨てる覚悟をし、実行に移した。

 

 

 

「さ、カミーユにフランクリン大尉も急いで下さい」

「本当に上手くいくのかね? もし捕まったら……」

「黙ってついて行けばいいでしょう。それともあんたはまたあの狭い部屋に戻りたいんですか」

 

 パイロットスーツに着替え兵士に偽装して一世一代の脱出劇を敢行する最中でも父親の背中を小突き文句を言いながら共に進むカミーユの姿に何だかんだと反発しあいながらも親子なのだとエマは安堵する。

 この段階でエマは収監されているビダン親子を救出するために見張りの兵士を暴行し昏倒させている。軍法会議にかけられれば一切の反論の余地のない凶行であるが仮に計画が失敗しても終身刑や死刑は覚悟の上であった。

 

 それほどまでにティターンズのやり方は彼女の信じていた軍隊の持つ社会的正義を冒涜してしまったのだ。

 

「もうすぐ格納庫よ。フランクリン大尉はモビルスーツの操縦ができますか?」

「私を誰だと思っているのかね。モビルスーツのことはネジ一本まで把握している。自動車より手慣れているよ」

「それを聞いて安心しました。脱出の際はお一人でお願いします。直ぐに動かせる機体はグリーン・ノアから持ってきたガンダムMk-IIの二機しかありませんのでカミーユは私のMk-IIに乗りなさい」

「ボクだって操縦できますよ! それにMk-IIは三機のはずでしょう?」

「貴方がグリーン・ノアで壊したMk-IIはあの後核融合炉に問題が発生して廃棄されたのよ。知らなかった?」

 

 カミーユの駆るガンダムMk-IIの激しい大立回りによって無惨な姿に変えられたカクリコン機はその後ティターンズが改修しようとするも、ミノフスキー・イオネスコ型核融合炉の安定的な核融合を保つミノフスキー粒子の格子が壊れ核爆発寸前のところまで行っていた。そんな危ないものを手元に置く訳にもいかず仕方なくティターンズはカクリコンのガンダムMk-IIを宇宙へパージした後に自爆させ事なきを得ていた。

 

「あれにいくら予算が注ぎ込まれたか。それにモビルスーツの操縦だなんてここは戦場で危ないんだぞ」

「アンタよりは上手く扱えるよっ」

「しっ 黙って!」

 

 自分だけのけ者にされたと感じたカミーユは隠密が大事にも構わず主張する。背後で言い争いを始める親子に先ほどまで微笑ましさを感じていたエマも苛立つ。

 また手を出しかねない両者を咎める為に警戒を怠ってしまった彼女の背後から黒いパイロットスーツに身を包んだジェリドのがやって来るのをカミーユが一番に気づいた。

 

「エマ中尉じゃないか。部下まで連れて早くも部隊長気取りかな?」

「……え、えぇ。ジャマイカンからエゥーゴの船へ攻撃命令がでましたから」 

 

 上ずりそうになる声を理性で抑え平静を装うエマに習いただの部下に徹するカミーユたちだがその素振りはぎこちない。

 平時ならば嫉妬の入り交じった皮肉に気を悪くする所だが今のエマにはそんか余裕はなかった。カミーユたちはパイロットスーツのヘルメットバイザーを閉めているため外側からでは相当近くで目を凝らさなければ中身はバレない。だがそれは注意すれば見えてしまうことと同じでもあるため自然とカミーユたちの挙動は不審なものとなっていた。

 

「それじゃあ私たちは格納庫に行くわ。出撃の為にいろいろあるから」

「……待てよ」

「きゃっ」

 

 床を蹴り重力に沿って足早にその場を離れようとする3人の中で一番後方にいたカミーユはいきなり肩を掴まれつい女性特有の甲高い声を出してしまう。

 

「君、カミーユだろ」

「ち、違う」

「なんのこと? カミーユは収容されているのよ」

 

 精一杯声色を低くしたしゃべり方をしてなんとか誤魔化そうとするカミーユだが幼さを内包した少女の声はそうそう隠せるものではない。エマはホルスターの拳銃をいつでも取り出せるよう身構える。

 

「とぼけるなよ。そのパイロットスーツ、かなりブカブカだ。そんな小さなナリのパイロットはアレキサンドリアにはいない」

 

 ビクッと体を震わせるカミーユに確信がいったようにジェリドは笑った。その答えを合わせようとヘルメットに手を伸ばした瞬間、エマが素早く拳銃を抜く。

 

「そこを退きなさい! 貴方に怪我をさせたくないわ」

「おいおい、バスクに殺されるぞ」

「早く退きなさい!」

 

 おどけるように手を挙げたジェリドだったが自身に向けられる銃口が虚仮威しではないとエマの表情から察し緊張が走る。この緊迫した状況にどうすればいいのか分からず困惑するばかりだがジェリドを撃たないでほしいと心の中で願っている感情にカミーユはまだ気づいてはいなかった。

 

 いつ誰が来るとも知れぬ場所で双方睨み合いが続く中、引き金に掛ける指を引く決断をしたエマだったがジェリドは突如カミーユを掴む手を離しゆっくりと離れていった。

 

「味方に撃たれるのは御免だ。俺は何も見ていない。行けよ」

 

 呆気に取られるカミーユだが直ぐ様当初の脱出を急ぐエマに腕を引かれる。

 

「待て!」

 

 逡巡したように視界から遠ざかるカミーユを振り返りながらジェリドはカミーユを呼び止めた。

 

「お母さんの事は……俺が撃ったんじゃないが……気の毒に思ってるよ」

 

「…………っ」

 

 それはジェリド渾身の謝罪だった。素直にごめんなさいと言えるほど大人でない彼にすればギリギリ言葉にできる譲れる一線、口に出せば卑怯にも思えたがそれだけヒルダの一件では重い罪悪感を引きずっていたのだ。

 

 ジェリドの謝罪に少しでも誠意を感じたのか、それとも更に油を注いだのかは分からない。だがカミーユは振り返らず、誰も見えないバイザーの奥でホロリと涙を溢した。



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父と子と⋯

正気度ロール


「君をエマ中尉に預けた時は最悪の事態も覚悟の上ではあったがどうやら思いの外、幸運を運んできてくれたようだな」

 

 ブレックスはアレキサンドリアからの脱出に成功しアーガマへ二機のガンダムMk-IIを手土産に帰還してきたカミーユたちを称賛して出迎えた。最初こそ保安上の理由で拘束されたエマ中尉やフランクリン大尉も直ぐにブレックスたちと話し合いエゥーゴへ加わることを承諾して快く迎え入れられる運びとなった。

 

「あ⋯⋯大尉」

「カミーユ君、無事でなによりだ。だがお母様のことは残念でならない」

 

 カミーユはクワトロとの再会に複雑な心境でいた。母を殺された怒りで我を忘れ随分と迷惑をかけたことはしっかりと覚えていたからだ。

 

「だがお父上を無事に救出できてなによりだ。君にはまだ家族がいる」

「あんな奴! 母さんの代わりに死ねば良かったんですよ!」

 

 しかし今のカミーユに父の話題は禁句だった。アーガマに着いてからフランクリンは迷うことなくヘンケンやブレックスなどエゥーゴ有力者に早くも面会するために奔走しカミーユは独りだった。

 

「⋯⋯唐突だな。何かあったのか?」

「大尉は知らないと思いますけどね、ボクの父は周囲が思うような立派なもんじゃないんですよ。もっとずっとひどい奴なんですよ!」

 

 それがカミーユの心境だった。残酷にも彼女の中で父親は憎悪の対象だった。もし母が生き返るのならば喜んで父の命を差し出すまでに侮蔑と希薄な存在として刻まれていた。

 

「⋯⋯私にも父がいた」

「きっとしっかりとしたお父さんだったんでしょうね!」

 

 素直な評価としてクワトロは紳士的でありこれまで年下で異性であるカミーユを軽んじたり嘲笑することもなく接していた。纏う雰囲気もただの兵隊とは思えない上流階級特有の余裕や風雅が漂いそれだけでどこか名も顔も知らぬクワトロの家族に淡い羨望に近いものを想像していた。

 

「私に言わせればこの世に産まれない方が良かったとすら思える人だったよ」

 

「え?」 

 

 

 父を語るクワトロはそれまでとは違い忸怩たる思いが言葉から受け取れた。

 

「家族が何より大切だと綺麗事を言うつもりはない。特に父親はな。だがそれでもいないよりはずっとマシだと私は思うな」

「⋯⋯大尉のご家族は?」

 

「死んだよ」

 

 それはあまりにもあっさりと含みもなく言い放たれた言葉だった。

 父も母も遠い過去に消え去り、唯一の帰るべき場所とも言えた片割れもまた永遠の袂を別ち自ら背を向けた。クワトロとしては特に他意も無くありのままをただ伝えただけだったが当のカミーユはとんでもない失言をしてしまったと反省するかのように口をすぼめる。

 

「あの、その、すみませんでした。不必要な質問で⋯⋯」

「子供が大人に気を使うことはない。それに気を使うなら私よりも先の人がいるんじゃないか?」

「⋯⋯大尉は、アイツよりボクが悪いって決めるんですか?」

「損得やメンツを考えて謝るのは政治の世界だけだ。家族には必要か?」

 

 クワトロは何を言うべきか分からないカミーユをほっとき早々に立ち去った。後に残された少女は堪えられずその場を逃げ出していた。

 

「あら、お帰りなさいカミーユ」

 

 通路を闇雲に走るカミーユは偶然にもレコアと鉢合わせる。

 

「レコアさん⋯⋯」

「喧嘩でもしたの? 目が真っ赤よ」

 

 指摘されて初めて自分が泣いていたことに気づきカミーユは俯く。泣き顔を人に見られるのはたとえ親でも嫌だった。

 

「こっちに来なさい。私の部屋が直ぐなの」

「あっ⋯⋯ちょっと」

 

 強引に部屋へ連れ込まれたカミーユはまず最初に大人の女性特有の匂いを鼻一杯に吸い込んだ。仕事一筋の母の部屋でも感じた女の芳香に興奮状態のカミーユの気分は少しばかり落ち着く。

 

「落ち着いた?」

 

「⋯⋯すみません。情けない姿を見せてしまって」

 

 

 カミーユはまだ赤く腫れている目元を拭いながらそう答えた。彼女は人前で泣くことが恥だと思っていた。なぜならそれは心の弱さの証明であり自らが弱者である証明にほかならいからだ。

 

「泣くことは悪いことじゃないわ。でもこれからは本当に大事な相手だけに見せなさい」

「涙に意味なんかありませんよ。ただ流れるからで⋯⋯困るだけですよ」

「そう。いつか貴女が女になれば分かるわ」

「子供扱いしないでください! ボクはもう16ですよ」

「あら、随分と男勝りなお嬢さんね。けどこれだけは言える。男と肩を並べたいなら涙は厳禁。すぐに舐められるわ」

「軍隊は男の世界だって言いたいんでしょう。女は武器になるって⋯⋯でもそれは男に媚びろってことですか?」

「安心しなさい。貴女の女の武器なんて誰も期待してないから。けど軍隊に甘えは許されない。だから今は気丈に振る舞いなさい。それが良い女軍人よ」

 

 カミーユは鏡に映る情けない自分を観察する。目は赤く充血し目元も腫れている。ずっと走っていた直後で汗も酷い。見れば見るほど余計に瞳が潤む。

 

「はい、真面目な話はこれでおしまい! さ、女の子が泣き顔をいつまでも晒しておくものじゃないわ」

「け、結構ですよ。化粧なんて⋯⋯」

 

 化粧台に座らされ化粧品を棚からあれこれと取り出すレコアに反論をするも無理矢理座り直されたカミーユは何もできずされるがままに目元や頬へ某かの液体やら粉やらを散布された。

 カミーユは自分の容姿があまり好きではなかった。傲慢にも思えるが、恵まれた容姿によって周囲から受けたものは恩恵よりも不快な扱いの方が多かったことが原因だった。多くの男性の目を奪い祭り上げられることに快楽を感じないカミーユにとっては群がる男は邪魔な存在であり嫉妬の炎で燻る女たちも理解不能のストレス源だ。

 故に年齢を重ねていくにつれ母やファからは強く勧められた身だしなみ、取り分け化粧や服装には関心を示さないようにしてきた。だからこれがカミーユにとって初めての本格的な化粧であった。

 

「はいできた。流石に元がいいと化粧のノリが違うわね。若いって羨ましいわ」

 

「そう⋯⋯かな?」

 

 鏡に映る自分自身にカミーユはついつい可愛いと思ってしまった。興味のないふりをしてきたがそこは16歳の女の子、

 

 ───美しくありたい

 

 

 秘めていた女としての欲求を刺激されたカミーユは自然と鏡の自分に触れ見惚れてしまった。

 

「貴方も女の子なんだから軽い化粧ぐらいしなさい。ほら、いくつかあげるから」

 

 手渡されたグラナダ製の高級化粧品を突き返す選択肢は既にカミーユの中にはなかった。

 

「レコアさんは情けないと思いますか? 泣くだなんて⋯⋯」

「女の涙を武器にするにはあなたは早すぎるわ。ゆっくりと大人の女になりなさい」

 

 レコアは何処までもカミーユに寄り添い優しく囁く。ふわりと香水のいい匂いが自身を包み込み失った母の母性を感じる。

 

 

 ───ごめんなさい。また仕事が入ったの。今夜も帰れそうにないわ。でも今度こそ必ず時間を作るわ。それまで待っててね。

 ───カミーユ、ジュニアモビルスーツの大会で優勝したと母さんから聞いたぞ。あまり女の子らしくはないが賞を取るのは良いことだ。今度新しい運動基盤回路の作り方を教えよう。

 

 

 どれも結局は果たされなかった薄っぺらいその場しのぎだった。だがその時の言葉は真実だったのだとカミーユは信じていたかった。

 

 だからこそカミーユは残されたただ一人の肉親、父に会うためガンダムMk-IIの整備を手伝っているとレコアから聞き出し格納庫に足を運ぶ決心をした。何を話すのかは決めていない。それでも自分の言葉を伝えて父の言葉が知りたかった。

 

 カミーユが格納庫に入るとそこでは搬入されたガンダムMk-IIの整備が進められ多くの作業員が出入りしていた。辺りを見渡すと丁度ガンダムMk-IIの真下に父がレーザートーチを構え作業員と話しているのを見つけた。

 父が仕事をする光景はカミーユにとって何処か誇らしいと感じるものだった。これから先どうなるか分からないがひょっとしたならば冷え込んだ父との関係に光明が差すのではないかと期待を膨らませる。

 

「あの⋯⋯その⋯⋯と、父さ──」

「カミーユか、素晴らしいタイミングだ。お前も一緒に来なさい」

「え?」

「カミーユ止せ! 逃げるんだ! ぐわっ!」

 

 フランクリンは二人の間に割って入ろうとしたアストナージをトーチで殴り付け混乱しているカミーユを抱え格納庫の赤いリック・ディアスのハッチへ向かった。

 

「な、何をするんだよ!」

「いいから来なさい。私と一緒にアレキサンドリアへ戻るんだ」

「戻るだって!? どういう意味なのか分かってるのかよ! また捕まるだけだ!」

「いいや捕まらない。このエゥーゴの最新鋭機を土産にすれば必ずバスク大佐は恩赦を与えてくれる筈だ」

「自分が何を言ってるのか分かってるのかよ! エゥーゴを裏切るの!?」

「裏切る!? 違うぞカミーユ、ティターンズに属することこそ時流なのだ。わざわざ泥船に乗ることはない!」

 

 聴きたくなかった。耳をふさいでしまいたかった。せっかく父とやり直してみようと考えた矢先の最悪の状況にカミーユは怒りとも悲しみとも分からない感情が洪水のように噴き出してきた。

 

「さぁコックピットに入りなさい。父さんと一緒に逃げよう」

「い⋯⋯嫌だ! 行きたくない!」

 

 コックピットへ引き込もうとする父の手を必死で振り払うカミーユは何が何だか分からない涙を滲ませていた。父親がエゥーゴにとんでもない不義理を働いている恥もあれば自分も一緒に連れて行こうと手を差し伸べてくれていることに嬉しさも感じていた。一瞬だがその手を取り父と娘の関係を近づけたいとも思うもそれでは駄目なのだと理性が働く。

 

「わからん奴だ。そもそもお前は──ぬ!」

 

 騒ぎを聞き付けた兵士たちが続々と集まってくるのを察知したフランクリンは急いでハッチを閉めリック・ディアスの動力に火を入れる。

 

 格納庫の空に投げ出されハッチから無理矢理に発進してどんどんと遠ざかっていく父の背中にカミーユの中では沸々とした怒りが生まれていく。

 

「どうして⋯⋯どうしてあんたはいつもそうなんだ。自分勝手だっ 最低だっ お前なんか⋯⋯お前なんかぁ⋯⋯!」

 

 そこからの行動は早かった。リック・ディアス発進に慌てるクルーたちを掻き分け整備中のガンダムMk-IIのコックピットへと入ると独断で脱走した父を追いかけるため出撃した。Mk-IIは整備の途中で片腕がない状態ではあったが父を追撃する執念に駆られたカミーユには些細なことであった。

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい! 流石はエゥーゴの機体だ。この全天モニターは完璧に近い」

 

 一方でフランクリンはアレキサンドリアへ向けて急ぐ中でリック・ディアスの性能に舌を巻いていた。ティターンズ主力機であるハイザックも全天モニターは装備されているがこのリック・ディアスと比べれば画質や反応に見劣りがあることは否めないと技術者として落胆すると共に歓喜しているのだ。

 フランクリンには野望がある。彼は一介の技術者としてティターンズやバスクに使い潰されるだけの存在に収まるつもりは毛頭なかった。

 かつての一年戦争でジオンの名だたるエースパイロットや絶望的な戦況をたった一機のモビルスーツが打ち破っていった快進撃は戦後のプロパガンダとして有名な話だ。そしてその開発者として歴史に永遠と記録され続けるであろうテム・レイの存在はフランクリンたち技術者にとっては羨望と嫉妬の的でもありだからこそRX-78『ガンダム』の後継機開発に携われることはこの上ない名誉であった。

 だがそれも娘のまさかの行動によってフランクリンの築きあげてきたキャリアは風前の灯、だからこそ一発逆転の為のリック・ディアス強奪だった。

 

「見ていろバスクめ、私にだってガンダムは作れる。テム・レイのガンダムと同じ、いや! それ以上の伝説を作る!」

 

 アーガマに残した娘に後ろ髪を引かれる思いはある。父として愛していない訳がない。仕事や名声を失えば娘にも不憫な生活をさせてしまうからとバーニアを噴かすフランクリンだがそれは言い訳に近い考えだ。現にフランクリンにとって娘は仕事の次に大事な事柄であり自分を犠牲にしてまでなどそも考えてすらいない。もっぱら彼の頭の中ではアレキサンドリアへ着いた後どうバスクと交渉をするか、そしてグリーン・ノアで自分の帰りを待っている美しい愛人の肌の温もりだった。

 麗しのマルゲリータ。妻と違い嫌みも文句も言わずただひたすらに愛を示す彼女にフランクリンはすっかりと入れ込んでしまっていた。家庭に帰れば思春期真っ只中の娘と夫を立てない妻とに冷たい視線で見られ続けることにほとほと辟易していた彼にとって愛人は緊急避難的処置としてしょうがないと思う悪癖がすっかり出来上がってしまっているのだ。

 次に彼女に会う日はいつだったかと思案しているとコックピット内にモビルスーツ接近を知らせるアラートが鳴る。熱源の方向のモニターを見ると恐ろしい勢いで突撃してくるガンダムMk-IIがそこにいた。

 

「待てェェ──ッ!」

 

 カミーユの乗るガンダムMk-IIは回避を運動を取ろうとしたリック・ディアス目掛けて一切の減速をせずに取り付いた。衝撃でモニターへ激突しそうになるほど体を大きく揺らしたフランクリンだがそこはモビルスーツ開発のプロ、バーニアの推力を利用して生み出す遠心力でMk-IIを振り落とす。

 

「カミーユなのか!?」

「逃げるな! アーガマへ戻れ!」

「私は次を考えているんだ。それをお前は! 私の気も知らないで勝手ばかりしおってっ!」

 

「子供の気も知らないで!」

 

 Mk-IIは片腕に備えられているライフルでリック・ディアスへ照準を合わすとフランクリンは驚愕し激怒する。

 

「子が親を撃つ気か! カミーユ!?」

 

 感情に任せてリック・ディアスのビーム・ピストルを乱射するフランクリンは自身の言葉と行動の矛盾に気づいていない。

 だが衝撃を受けたのはフランクリンだけではない。

 

「撃ってきた……私を、父さんが?」

 

 カミーユもMk-IIのすぐ側を横切った火線が実の父によって撃たれたものだという事実に吐き気を覚えた。

 

 一瞬の判断ミスだった。

 

 操縦が鈍ったその隙にビーム・ピストルがMk-IIのコックピットに被弾した。

 

「うあぁ!」

 

 幸いにもビームがカミーユを焼くことはなかった。ライフルより出力の小さいピストルであったこと、射撃の才能はなかったパイロットの攻撃でコックピット中央からギリギリ逸れたことが彼女の命を救った。

 しかしコックピット内では電子機器が火花を出し小規模な火災や空気漏れのアラートが鳴り響いていた。

 

「くるな! くるな!」

 

 被弾によって更に動きを悪くしたMk-IIにこれ幸いとばかりにリック・ディアスは攻撃を集中する。フランクリンとしては娘を殺すつもりはないが完全に動きを沈黙される為ならばある程度のダメージは構わないとも思っていたが、撃たれるカミーユにはその手心は伝わらない。

 

「や、止めてっ 父さん! 殺さないで!」

 

 初めて感じる死の恐怖。

 

 目の前で無惨に殺された母の姿を自分と重ね合わせてしまったカミーユはあれほど憎いと思っていた父に懇願した。

 

「黙れカミーユ! お前は悪い子だ。育て方を間違えたよ! もっと素直にしていればこんな躾をせずにすんだのに!」

 

 娘の必死の命乞いにも関わらずフランクリンの攻撃が止むことはない。

 

「そんな……これは、父さん? 流れ込んでくる、心なのか……?」

 

 そしてここにきてカミーユはリック・ディアスの中にいる父の心を見た。

 

「嘘だ……嘘だ!」

 

 フランクリンにカミーユを殺す気はない。だかカミーユが見てしまったものは父の心中の奥底。彼が最も求めるのは自分自身の栄光と快楽だけであり妻や美しい娘はその名声を高める為のトロフィーに過ぎないものだという一つの真実だけだった。

 

「うぅぅ……うぅ"ぅ"……! ちょっとぐらい、愛してくれたってっ!」

「カミーユ! くるんじゃない! 私は────」

 

 鳴り止まないアラート。

 

「出力低下……油圧系統に異常……このままじゃっ」

 

 迫る死の恐怖。

 

「嫌だ……死にたくない。母さんも死んだ……こんな所で……死にたくない!」

 

 父への怒り。

 

「父さんがっ 父さんだって! ボクを……ボクをいつも見ないで」

 

 愛されない悲しみ。

 

「女だからいけないの? ボクじゃダメ?」

 

 焦点を失い赤く染まる視界。

 

「うあぁ……あぁぁ……あぁぁぁ……見えない、ミエナイ……ミエナイ!」

 

 全身を打つ鼓動。

 

「違う……ボクは……ボクはぁぁ……!」

 

 次第に麻痺していく意識の中で、それは告げられた。

 

「───私はお前の親だぞ!!?」

 

 

 それはカミーユの中で、何かが弾ける音だった。

 

 

親が……

 

 巨大なダムの壁面が破れ瀑布の如き感情が押し寄せる。一個の黒いエゴに支配された少女は遠く離れたクワトロすら感知してしまう強い脳波を電波塔のように宇宙へ放った。

 

 もはや、彼女を止めるものは存在しない。

 

 

 

 

 

 

親が! 子供を撃って良いのかよォォ────!! 

 

 

 

 

 

 

 ────慟哭。

 

 カミーユは無意識の内にその手に握る死の兵器を力の限り引き絞る。パイロットの絶望が乗り移ったように迫るビーム群を気に止めずフランクリンの乗るリック・ディアスのコックピットをライフルが正確に撃ち抜いた。

 

 フランクリンは眩い白い光に包まれ目を閉じると一瞬だけ熱さを知覚した後、その意識を失った。それが娘の与えた死だと最後まで知らずに。

 

 爆炎と共に光球に包まれたリック・ディアスは程なくして何もかもが屑となり生命の反応は何処にもありはしない。

 

 爆発の光で彩られたガンダムMk-IIはその間銃口を向けたままの姿勢から一切動かず制止していた。出撃時から呼び掛けられているアーガマからの応答にも無反応。

 一人の娘は父親が確かにいたはずの場所を静かに見続け、そしてゆっくりと反転するとアーガマへの帰路を辿った。




SANが減少。でもまだ発狂してないよ(やったぜ)


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父と子と⋯2

好感度アップイベント


 フランクリンが自分のリック・ディアスを奪い脱走したと聞いたクワトロは深いため息を吐くもそれほど焦りはしなかった。窮地に陥ったフランクリンがアーガマを出て駆け込む先はアレキサンドリアのバスクであることは目に見えていたからだ。加えてアレキサンドリアまでの航路はそれなりに距離があるため十分追い付けると判断しそれなりに余裕を持っていた。

 一年戦争時代に木馬ことホワイトベースを何度も追っていた経験を持つクワトロにとって技術者一人捕まえることはそう難しくないミッションなのだ。

 

「フランクリン・ビダン⋯⋯厄介なお人だよ。捕縛には私が向かう。アポリーとロベルトも────!?」

 

 通常カラーのリック・ディアスへ乗り込もうとハッチへ伸ばした手が止まった。肌が粟立つ感覚にクワトロは即座にカミーユの居場所とその芳しくない状況を察知していた。

 

 クワトロにはニュータイプとしての才覚がある。

 

 それは彼自身も自覚するところだが胸を張れるものではなかった。人類が平和と調和を手に入れ新たなる段階に進むためのドクトリンがニュータイプならば戦争にしかそれを使えない自分は低レベルなニュータイプだと自己評価する。だがカミーユの深く強い激情はそんなクワトロの鬱屈としている脳を強く刺激した。

 尋常ではない精神の動揺は空間を越えてダイレクトにニューロンへと伝わりカミーユの身にとんでもないことが起きたと察知した。彼はトレードマークのサングラスを乱暴に放り投げ予備のリック・ディアスへと向かった。

 

 その気配を辿った先の宙域で佇むどす黒い精神波を放ちながら佇むガンダムMk-IIを発見するのはそれほど時間はかからなかった。

 

「カミーユ、無事か?」

 

 無線で話しかけるも応答は無し。見ればコックピット付近が酷く損傷しておりパイロットの安否が気にかかるがニュータイプの感応波が彼女の生存を示している。

 

「クワトロ大尉、フランクリンの乗ったリック・ディアスが見当たりません。既にティターンズへと向かったのでは?」

「いや、それはない。それよりもカミーユを連れてここを離れるぞ。いつまたティターンズが来るかわからん」

 

 クワトロは敢えて周囲に浮かぶ赤い塗装が塗られた僅かな金属片について指摘はしなかった。後でアーガマにて報告すればいいし、わざわざ本人が聞いているかもしれない状況でその結果を告げる必要は無しと判断したからだ。

 仕方なく随伴のアポリーたちと共にティターンズが嗅ぎ付けるより早くガンダムMk-IIを牽引してアーガマへと帰還した。その間、カミーユは驚くほどに静かであった。

 

 

「おいおい⋯⋯嘘だろぉ~~」

 

 開口一番、アストナージは帰還したガンダムMk-IIを見て準備していた作業機材を取り落とした。出撃前は左腕を取り外していたMk-IIはコックピットが被弾し全身の装甲もビームを掠めた影響でそこかしこで融解が起こりドック内には塗装剤が気化した鼻を刺す独特な臭気が漂う。重力下では果たして直立姿勢を保てるのかも怪しいほどボロボロの状態にこれから夜通し作業に追われることを考えアストナージは大きく肩を落とした。

 

「直せそうか?」

 

 これからの工程に頭を抱える状況でクワトロの無遠慮な質問は酷く技術屋の神経を逆撫でる。

 

「無茶言わないでください大尉! 整備士は錬金術士じゃないんですよ。エマ中尉が持ってきてくれたガンダムMk-IIは二機だけなんです。その一機がこれじゃあね⋯⋯」

「グラナダのアナハイムで解析に最低一機は回さなければならんからな」

「残念ですがこれはもう乗れません。使える部品だけ取り外してアナハイム行きです」

「苦労をかけるな。そうヘンケン艦長に伝えよう。ところで私のリック・ディアスだがな」

 

 リック・ディアスの単語にアストナージはまたもや頭を抱え苛立ち紛れに工具のスパナを振り下ろす。

 

「その先は言わんでください! 映像を見ましたが粉々に吹き飛んでましたから回収も修復も無理です」

「やはりそうか。グラナダに着くまでは別のリック・ディアスを使うしかないな」

「あのリック・ディアスは大尉専用のチューンナップでしたから同じ機体でも違和感は拭えません。それに他の艦からリック・ディアスを搬入しなければならないのでしばらく待ってもらいますよ」

 

 芳しくない状況に二人揃ってため息を吐く大人たちの背後で元から小さな体を更に縮めながら申し訳なさそうに俯く少女がいた。

 

「⋯⋯すみません」

 

 既にガンダムMk-IIから降り力無く二人の話を肩身が狭まる思いで聞いていたカミーユは憔悴しきりながらも謝罪する。

 元はと言えば自身の無断出撃と油断によってエマ中尉が命懸けで奪取してきた大切な兵器を壊してしまった。帰投時にガンダムMk-IIを見上げたアストナージたち整備士の悲痛な悲鳴も彼女を大いに反省させるものだったが、憔悴の理由はそれだけではない。

 

「あぁ⋯⋯いやぁ~~ま、まぁ敵に解析されないから回収する手間が省けたよ! うん! ねぇ大尉!」

「ん? あぁ、そうだな。わたしも赤は少々子供っぽいと思っていたよ」

「⋯⋯すみません」

 

 未だ眉間の瘤が疼くアストナージだったが少女のしおらし気な姿に絆され慌てて取り繕うも更に少女を責める結果となり、どうにか挽回しようとクワトロになんとかしてくださいと合図する。

 本人は知らないが名誉か不名誉か、エゥーゴで女の扱いと言えばクワトロ大尉だと男女ともに認めるところとなっている。だがそんな無敵のプレイボーイも突然の無茶ぶりに気の効いたセリフはとてもではないが吐けない。

 

 フォローになってないよ、と伝えてくる視線を掻い潜り今にも消えてしまいそうな少女に寄り添う。

 

 

「来なさい。少し話をしよう」

 

 力なく項垂れるカミーユをエマやレコアのいる談話室へと連れて行こうとする。同じ女性とならば少しは安心するだろうとの気遣いだったが多感な少女にとってはこれから慰められるのだと露骨に感じ言葉にできない反感を抱く。

 

「慰めは要りませんよ!」

 

 クワトロの手を振り払うと抱えていた黒い感情がすぐ喉元まで押し寄せてきた。言いたくないことだったが止まりはしなかった。

 

「そうやってっ! 上辺だけの慰めなんてまっぴら御免ですよ! 大尉、ボクは、ボクはね! あんな奴でも親だったんですよ! 父親だったんですよ! でも⋯⋯ボクはアイツに撃たれたっ⋯⋯だ、だからっ ボクはアイツをっ⋯⋯アイツを!」

「自分をあまり責めるな。君の状況では致し方なかった」

 

 激しい戦闘の後があるガンダムMk-IIに大破したリック・ディアス、大方の事情はクワトロも想像が付いてはいたがカミーユにとってはそのあまりの残酷な運命の仕打ちに一種の錯乱に陥っていた。

 

「いいえ違います! ボクは父を殺したんです。戦争なんかじゃない。ボクは父が憎かったから引き金を引いたんです。ボクは父を殺してやりたいと思ったんだ!」

 

「カミーユ、それ以上は⋯⋯」

「分かってますよ! ボクも母さんもアイツにとって仕事以下だって! 世間体の為だけの家族だってことも! 母さんも母さんで、ボクの味方のフリをして、アイツと正面から向き合いたくないからボクにすがってたんだ!」

 

 涙と共に溢れる怨嗟の声は口にする度にカミーユを傷つける。その嘆きは誰かに聞いてほしかったのか、それともただ感情を吐露したかったのか訳も分からないまま全てをぶちまけ続ける。

 

 その間、クワトロはただ待った。物を撒き散らし暴れまわる少女を止めることはしなかった。

 ようやくカミーユが泣き止み床に崩れ落ちた所で漸くクワトロはそっと近寄り肩を擦り重い口を開く。

 

「⋯⋯私の父も家庭的な父とは言えなかった」

 

 側で見守っていたアポリーとロベルトが息を飲んだ音が聞こえた。

 

「偉大な人だったが、愛された記憶よりいつも憔悴していた父の顔の方が目に焼き付いている。そんな父が死んでからは母と別れ父の友人に引き取られた後に母は間もなく故郷で独り死んだ」

 

「まるでシャア・アズナブルみたいですね」

「ずいぶんと赤い彗星は有名だな」

「コロニーにだってシャアやアムロ・レイのことを扱ったアングラは沢山ありましたから」

 

「つまりその彼らの言葉なら聞けるわけだ。どうだ?」

 

 何を言っているのだと言いたくなる気持ちを抑えカミーユはそのサングラスの瞳を見る。

 

「ボクは英雄なんかじゃありません。家族を殺されたってシャアのように成れる訳じゃないんです。だってボクの家族はとっくに壊れてました。そしてもう二度と直りません。⋯⋯ボクのせいで」

「自分を過剰に責める必要はない。子が親に親であることを期待して何が悪い。自然な欲求だ」

「同情ですか?」

 

 慰めに心を落ち着かせていることにカミーユは恥ずかしくなる。クワトロの態度はまるで駄々をこねる幼い子供に接するかのように酷く優しかったからだ。

 

「私には妹がいる。唯一の肉親だ」

「妹って──」

 

 死に別れた偉大な父と母、そしてたった一人の妹……それらの要素はカミーユの中でパズルのピースのように一人の英雄を形作る。

 

 ───シャア・アズナブル

 

 一年戦争を経験していない者でもその名と功績は知られている。

 ジオン公国軍のエースパイロットでありキャッチーな赤い彗星と言う異名、人前でも仮面を被り颯爽と真っ赤な軍服とモビルスーツに乗って戦場を駆けるその大胆不敵な男は本来辛酸を舐め続けられたはずのアースノイドたちからもファンが多い。

 カミーユもその例に漏れず父のパソコンからこっそり抜き出した機密データで彼の事をよく知っていた。

 

 シャア・アズナブルがあのジオン・ダイクンの実子、キャスバルであることを。

 

「まさかアルテイシアだなんて言わないですよね?」

 

 探りを入れようとキャスバルの妹の名前、アルテイシアを出すもクワトロの表情に変化はない。

 

「さてな。その人は今、地球にいる。と言っても殆んど絶縁に近いから近況は分からんが」

「会いたくはないんですか?」

「会いたいが必要はない。ちゃんと繋がっていると確信しているからな」

「本当に?」

 

 そこだけカミーユは言葉とは裏腹の感情を察知した。美しい兄妹愛を語っている筈のクワトロは、なぜだかとても悲しげに見える。

 

「本当さ。妹も私も無我夢中で駆け抜けた。そこに迷いはあったが結局は自分で選んだ道ならば、成功も失敗も甘んじて受け入れるのが人の道理だ。現に、君の人生は今や岐路だ。進む道次第で間違いなく人生が変わるだろう」

 

 改めて指摘されカミーユは自分の服装と目の前の軍服を交互に見る。

 クワトロは軍人だ。このアーガマにいる全ての者も軍人なのだ。カミーユ以外は⋯⋯。

 

「大尉、ボクはこれからどうしたら⋯⋯」

 

「それは君が決めることだ。他人に決められた人生を生きることほど不幸なことはない。だがアーガマに残る以上は軍属に入り何らかの仕事はしてもらう。戦争を幇助する仕事をな」

「でも、でもボクは」

 

 戦争の一言にカミーユの手が震える。突然、平和に暮らしていた日常を壊され気づけばモビルスーツに乗り父を殺した。未だに実感が湧かない。たちの悪い冗談なら今すぐに覚めて欲しいと思う一方で、鬱屈していた日常が劇的に変わったことに喜ぶ自分がいることに混乱していた。

 

「私でよければ相談には乗ろう。多くの考えや価値観を知りながら最終的に君が君の意思で決定すればいい」

 

「分かりました。では大尉、大尉の意見をボクに聞かせてください」

 

「カミーユ、君は艦を降りた方がいい」

 

 だがクワトロの無機質な答えはすがる思いで尋ねたカミーユをずーんと深いところに叩き落とした。

 

「そんなっ! どうしてですか! ボクだってモビルスーツは扱えますよっ」

 

 見捨てられたような感覚に陥る。自分を連れ去った男ではあるが、パイロットとして、人間としての頼もしさを抱いていたからだ。

 

「カミーユ、君には二つの選択肢がある。一つはこのままグラナダへと向かいそこでアーガマを降りることだ。避難民として月での生活はエゥーゴが保証する。贅沢ではないがそれほど不自由はないはずだ」

「そんな明日も見えない暮らしに何があるって言うんですか。あなた方が負けたらいつかは月も侵略されるに違いありません」

 

 カミーユの為を思い一先ず現状もっとも安全な選択肢を勧めるクワトロだがそれは反って反感を買う行為だった。少女とて殺し合いをしたい訳ではない。だがこのままこの船を降りれば本当にただの親殺しとして生きてかねばならなくなることに焦っていた。

 

「これは決してお奨めはしない。もう一つはこのアーガマに残り正式なパイロットとしてエゥーゴと共にティターンズと戦う──」

「やります! ぼ、ボクはパイロットの才能がありますよ」

 

よく考えもせず、生半可に考えるな! 

 

 突如として豹変とも言えるほどに声を荒らげたクワトロの叱責にカミーユは面食らった。

 

「パイロットとなれば君は兵士だ。軍人になる。戦争を幇助するどころかその当事者となる。出撃命令が下れば人殺しの兵器に乗って敵を殺してもらう。命令に背けば銃殺だ」

 

「で、できますよ! ティターンズは、あいつらは母さんを殺したんだ!」

「復讐か⋯⋯なら止めておけ。()()()()()()()()。特に、女の君に銃は似合わない」

 

「女は関係ないでしょ!!!」

 

 議論の場に性別を持ち出され思わずカミーユは怒鳴り散らす。あまりの剣幕に近くで携行飲料を飲んでいたアポリーが喉を詰まらせ咳き込む程だった。

 

「二人とも何してるのよ。私を地球に降ろす気が無いのかしら?」

 

 ロベルトがむせるアポリーの背中を擦り誰もが遠目で睨み合う両者を眺めるしかできない中、レコアが険悪な二人の間に割って入った。

 

「レコアさん⋯⋯地球に降りるってどういうことですか?」

「レコア中尉、民間人に作戦機密を漏らすのは……」

「今さら何言ってるんです。ジャブローに降りるのよカミーユ」

 

 ─────ジャブロー基地

 

 地球連邦軍の指令部があると同時に宇宙世紀における地球連邦軍の象徴的意味合いを持つ巨大基地。

 一年戦争ではジャブローへのコロニー落としがジオンの当初の目的であることからその戦略上政治上の重要性は言わずもがな。月面からのマスドライバー攻撃にも耐え戦争中盤ではジオン軍によるジャブロー降下作戦が乏しい戦力であるにもかかわらず敢行され地球におけるオデッサ作戦と並ぶ激戦を経験してなお遂にその地にジオンの旗がたなびくことはなかった。

 

 名実ともに連邦軍最強の要塞だ。

 

「ジャブローに味方がいるんですか?」

 

「違うわ。むしろティターンズの巣窟よ。偵察なの」

「ジャブローをですか?」

 

 決死のジオン軍の突撃を無数の対空砲火と核攻撃すら耐えうる堅牢な岩盤によって凌いだことでジオン敗北の序章が始まったことは戦争教育で誰でも知っている事実だ。

 

「死にに行くようなものです。無茶ですよ」

「確かにジャブローは強い。ジオンも大船団を率いて戦ったが殆んどが地上に降り立つ前に迎撃され敗走した」

「そうでしょ? それにジャブローには何百って迎撃ミサイルや対空砲が備えているんです。蜂の巣にされるのが落ちですよ」

 

 劣勢だったとは言え一国の軍隊をも返り討ちにした堅城にレコア一人を送り込むなどカミーユにしてみれば自殺行為以外のなにものでもない。そんな危険な場所に憧れの女性を行かせるわけにはいかなかった。

 何とかして引き留めようと知るうる限りのジャブローの恐ろしさを伝えるもレコアに迷いはない。

 

「心配しないで。何もジャブローの真上に降りる訳じゃないわ。ずっと離れた場所に着陸するのよ」

「それだって危ないです! だいたいそれで何になりますか。それでティターンズに勝てるんですか? 戦争が終わるんですか?」

 

 カミーユとて少しは情勢も理解している。ティターンズもエゥーゴも連邦軍と言う大きな母体の中の勢力だが両者の戦力差は圧倒的だ。ジオンの残党狩りを名目にグリプスまでその勢力を伸ばしているティターンズはその名の通り強大な巨人なのだ。現状ではとてもエゥーゴに勝ちの目は見えない。

 

「軍人にはやらなきゃいけない使命があるの。とても重要な任務なのよ」

 

「これが君の入りたがっている軍隊と言うものだ、カミーユ。軍人は一個人の生命よりも全体を優先する。ヒューマニズムやフェミニズムを尊重して貰いたければ人を殺そうなどと考えないことだ」

 

「~~~~っもういいです! 勝手にしてください! 大尉はレコアさんがどうでもいいと仰るんですよね!? エゥーゴだろうがティターンズだろうが、やっぱり貴方みたいな大人は⋯⋯大っ嫌いです!!」

 

 カミーユは何も反論できず情けない捨て台詞を吐き捨て立ち去った。正論に対抗するだけの弁舌もなければ、確固とした信念も今の彼女にはありはしなかった。ただ悔しさに滲む瞳を閉じながらいつかあの澄まし顔を殴ってやる、そう心に刻み込んだ。

 

 

「泣いてましたよ? 大尉のことを嫌いになってしまいますね、カミーユ」

「複雑な子だよ」

 

 面と向かって堂々と『嫌い』などど言われる経験はクワトロの人生においてあまり類を見ないものだった。

 彼自身の青春時代に出会った同年代の者たちは不安定な情勢もあってかカミーユくらいの年頃にも関わらずそれぞれの大義や理想を持っていたし、最低限の規律があった。軍学校にいた者たちがまさにそれに当てはまる。

 自身の妹や傍らに置いた少女も淑やかさと慎ましさを持ちあのように大声で喚いたりもしない。

 

 ただ一人だけ思い当たる人物としたならば、常に彼を意識し自らのコンプレックスに押し潰されまいと必死に足掻いていたかつての親友だ。

 カミーユの剥き出しの感情を爆発させる行為は、クワトロにとって何処か見覚えがある反応である。

 

「そうでしょうか。色々とショッキングなことが重なっただけで、多感な思春期の女の子ですよ」

「君にもあんな時期が?」

「あら、興味がおありですか?」

 

「⋯⋯場所を変えよう。ドックでは人が多い」

 

「カミーユの才能は本物よ。意思も強い。きっと強い子になるわ」

 

 さらりとクワトロの側に体を近づけながら共に肩を並べて歩くレコアをぼーっと眺めていたアストナージはトーチの出力を誤った。

 内々で噂されていた二人の関係はやはり事実なのだと勘ぐったアストナージはこの世の不条理さを呪いながら当て付けに部下たちへ激を飛ばす。

 クワトロとレコア、美男美女のツーショットに並みの男が割り込む隙は無くただただ敗北感を抱くしかないのだ。

 

「いつものでいいか?」

「今日はブラックの気分です」

 

 レコアの自室へと促されたクワトロは何気なくコーヒーを淹れ始めた。女性の部屋に招待されたというのにその素振りは堂々としており勝手知ったる我が家のようにコーヒーカップを戸棚から二人分取り出した。

 

「続きだが、カミーユはあまりに直情的だ。あれでは軍隊と言う環境には耐えられない」

 

「だれしも最初は新兵です。成長するわ」

「どうかな。軍隊では精神を病みドロップアウトする者も少なくないがな」

「私たちが支えればいいんです」

 

「我々にそんな余裕があるかね?」

 

 淹れたコーヒーを一気に呷りクワトロは空にしたカップを乱暴にソーサーへ置いた。

 

「落ち着いてください。あなたらしくないわ。それにそれは私のコーヒーカップですよ」

「すまない。ただ、我々は非常に困難な戦いを挑んでいる。窮しているんだ⋯⋯君を単身敵地に、ジャブローへ送り込まなければならないほど」

 

 感情を昂らせる理由が自分にあると知ったレコアにとって、普段からクールに事を運ぶ男の醜態はむしろ嬉しいものであった。

 

「もぅ、貴方まで。私が自分で志願したのよ。それにこれは予感だけど、彼女はきっと私たちの役に立つわ」

「根拠は?」

 

「女の勘よ」

 

 女特有の感受性の強さを表す言葉に反論しようとしたクワトロの口をレコアはするりと塞いだ。

 珈琲の香りが鼻腔を擽る感覚をぼんやりと考えていたクワトロはそのままソファーに押し倒されたが、どちらともなく二人は静かに互いの背に腕を這わせるとやがて一つの影となった。

 

 

 

 

 

 

 

「カミーユ・ビダン⋯⋯か」

 

 薄暗い部屋のベットで寝息を立てている女性の傍らでじっと天井を眺めながら頭の片隅から離れない少女とのやり取りを想起しているクワトロがいた。

 

 脱走した父親を失い恥も外聞もなく泣きわめく少女を彼は何らかの行動を促す周囲の視線に刺されながらもその間ただひたすら沈黙を守るつもりだったがあまりに哀れでつい要らぬ口を挟んでしまった。

 

 ───私の父も家庭的な父とは言えなかった

 

 思い付きだったが言葉にして初めて父に対して自分が意外にも感傷を持っていた事実に自嘲する。クワトロは自分で言っておきながらそれ以上父について述べることを控えた。

 ただ、これまで生活していた環境も、父も、母も、同時に全て失いながら尚も悲嘆に暮れ絶望の淵にいる少女が、かつての自分とどこか似ているデジャブを感じていた。

 

 

 彼にとって父は最後まで遠い父だった。大きな理想に燃えその為に身を粉にしながら家族を大事にしていたことは理解している。だがその家族の中に果たして息子である自分自身が含まれているのかは甚だ疑問を持っていた。妻として、娘として愛された母と妹と比べ幼き彼は父との距離を掴み損ね、時に反発めいた真似もした。

 

 だからだろうか。一人の娘として家族を否定する声は、どこか家族愛に餓えているかのように見えた。

 

 当然クワトロは自分の過去を打ち明けるつもりはない。元々決別の為に今の名を名乗っているのだ。ここではあくまでシャアもアムロも他人事でしかないが多少のむず痒さを感じた。

 

 或いは、捨て去った自身の過去に未練を持っているからかもしれない。それはこの7年間度々男を苛めたくだらない、つまらない悪癖だ。

 

 ───君が心配だ

 

 だからつい、彼は温い言葉をかけてしまう。大した展望も無いくせに。それがクワトロ、もしくはシャアと言うナイーブな男の無為無策の始まりだった。

 

 妹と繋がっている。聞こえのいい言葉だ。

 

 慈しみは同時に哀れみでもある。無邪気に笑い合い抱き合うには二人の兄妹は余りにも多くの哀しみと罪を積み重ねすぎていた。

 

 戦争から7年、失敗と敗北を重ねてきた己の人生を未だに心の奥では納得しきれてはいない。向き合いたくないのだ。

 

 カミーユを慰める言葉に、いつしか彼は自分で言っておきながら心底自身を軽蔑していた。

 

 不安に怯えながらも気丈に振る舞うカミーユに優しく甘い言葉を吐き続ける度にかつての恋人がフラッシュバックのように脳裏を過る。

 

 自分は同じことをしているのではないか? 

 

 優しさと言う毒で一人の儚い少女を宇宙の亡霊に仕立て上げたあの不遜でナルシストな青年と何も変わらない。

 

 怒っていた。自分に。

 

 涙を拭い前へ進もうとする少女に現実を見せることは辛い。だがそうでもしなければ自分を守れない。これ以上深くカミーユに関われば冷静さを保つ自信が彼にはない。

 

 ───カミーユ、君は艦を降りた方がいい

 

 自分は、子供ではない。大人なのだ。責任を取れることだけを選ぶべきなのだ。

 

 そう彼の心が訴えている。

 

 だからはね除けた。重要な存在ならば、巻き込むまいと。

 

 二度と──亡霊を宇宙に漂わせてはいけない。

 

 それが彼の結論だ。

 

 いつもの自分ではないと自覚しながらも少女のまっすぐ過ぎる姿はクワトロの目にとても危うく蠱惑的に映った。

 

 不安なのだ。

 捨て去った、過ぎ去ったと思っていた筈の過去と幻想が、カミーユの瞳を見続けていると何故だか無性に掻き立てられる。

 

 故にらしくないと思いつつも語気を強め冷たく接し怯えさせるような振る舞いをしてしまった。大人としてもう少し上手くも振舞えた。だが小柄な少女の瞳の奥に別の少女を映していた自分に嫌気が差した。我ながら女々しい男だと自嘲した。

 

 

「私は卑怯な真似をしているよ⋯⋯ララァ」

 

 

 絞り出した言葉に、答える者はいなかった。




Mk-Ⅱ君の出番はこれで終わり。  
好感度? ララァの好感度が下がりました。


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地球圏へ

愉悦の輪が広がり嬉しいです。


「みんな、ボクを虐めてっ ボクが何したって言うんだよ⋯⋯っ」

 

 薄暗い部屋の中でカミーユは独り悪態をつきながらパソコンとにらめっこをしていた。

 

「大尉も大尉だ。レコアさんをみすみす殺すような無茶な作戦を平然と⋯⋯どうかしてるっ。ボクがパイロットに成るって立候補したのにあーだこーだ言って挙げ句船を降りろだって? 冗談じゃない!」

 

 語気が強まると共にキーボードを打ち込む強さと速さも次第に高まってくる。正確無比に入力されるデータは画面に浮かぶ一機のモビルスーツを形作っていく。

 

「だいたいなんだよあの制服。わざわざ真っ赤な改造品なんか着ちゃって⋯⋯あれで格好いいと思ってるのかよ。袖も千切っちゃって⋯⋯バカみたい」

 

 クワトロの元から飛び出したあとカミーユは与えられた自室にずっと引き籠っていた。

 しかし怒りの炎に油を注ぎながら製作した設計図には何故か随所にクワトロのリック・ディアスの造形が組み込まれている。

 

「パイロットは無理? 心配? どうせ専用機がなくなってイラついているんだ。それに女のボクが活躍することが気に食わないんだ」

 

「その辺にしたら?」

 

 背中から掛けられた言葉に凝り固まった首をギリギリと回転させるとレコア・ロンド中尉が食事トレーを持ち立っていた。久しぶりの他者との出会いにカミーユの喉は低く唸りをあげる。

 

「ご飯よ。いいかげん食堂で食べなさい。籠りっきりで何をしているの?」

「モビルスーツの設計図を描いているんです。大尉のリック・ディアスはその、ボクが壊しちゃいましたから。せめて役に⋯⋯」

 

 自分の肩に手を置き画面を見るレコアの温もりをカミーユは密かに楽しんでいた。彼女の母とは似ても似つかないが女性共通の母性に、怒りの炎も静められすっかりしおらしくなる。

 

「私は専門ではないけれど本格的ね。アストナージに見せたら驚くんじゃない。ニュータイプは設計も出来るのか!? ってね」

「ニュータイプとか関係ありませんよ。戦争なんて、誰だって⋯⋯簡単に死ぬんです」

 

 カミーユがニュータイプであるとの認識は既にアーガマの船員たちの間では常識だった。元々一年戦争を経験していた兵士たちは超常の存在としか思えない敵・味方と遭遇しておりニュータイプを受け入れる土壌はあった。加えて、エゥーゴの代表的エースであるクワトロ・バジーナもまたニュータイプだと噂されているためカミーユもその同類だと見られていた。

 

「どうかしら。涙はもう止まった?」

「な、泣いてなんかいませんよ!」

 

 彼女は人前で泣くことが恥だと思っていた。なぜならそれは心の弱さの証明であり自らが弱者であると証明していることにほかならないからだ。

 

「⋯⋯泣いて同情を買う女は嫌いです」

「なら今はせめて気丈に振る舞いなさい。部屋に引きこもる女なんて誰も見向きもしないわよ」

「ボクはただ⋯⋯もういいです。お騒がせしました!」

 

 カミーユはパソコンに刺さっている記録媒体を乱暴に抜き床に叩きつけそのまま部屋を出た。2日ぶりの外出である。

 

「もうっ 乱暴ね。備品はもっと大事にしないと⋯⋯」

 

 古来より船乗りたちは船と言う外界から隔絶された空間で生きるために限りある資源を分配して長い航海に備える。このアーガマとてそれは変わらない。敵の勢力圏ならば尚更のことだ。

 それを考慮しない乱暴なモビルスーツや備品の扱い、集団生活を無視したカミーユの振る舞いにはクワトロに対して擁護したレコアも眉をひそめざるを得ない。

 

「これはカミーユが設計したデータね。何て読むのかしら⋯⋯ぜっと⋯⋯ゼータ?」

 

 そんな中、レコアは宙を舞うディスクの表面に『Ζ.GUNDAM』と記載されているのを見つけた。彼女は悪いとは思いつつもディスクを懐に入れ、このところ格納庫が家になっている整備士にお土産を渡すため部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 ティターンズ 巡洋艦アレキサンドリア 艦内

 

 

 アーガマの面々が着々とレコアの地球降下作戦の準備を進めている中で、バスク率いるティターンズたちもその足取りを必死に追っていた。

 そしてようやく補給を完了しアーガマを捕捉できた彼らは増援のボスニア部隊と合同でアレキサンドリアの作戦ルームに集まり参謀のジャマイカンによるミーティングを受けている。

 

「おっと、もう始まってましたか」

 

 遅れぎみに作戦室へ入ったジェリドは居並ぶ面々がほぼ全員ボスニアの船員であることに気づいた。地球連邦軍の正規服もそうだがジェリドの制服へ向けられる嘲りのような感情が部屋を支配していたからだ。

 

「遅いぞ、ジェリド中尉。先程も言った通りライラ大尉たちは彼の指揮で作戦行動するようにな」

 

 油を注ぐようにジェリドを指名してそそくさと作戦室を後にしたジャマイカンの背が消えた頃を見計らって早速周りの連邦兵たちに不穏な空気が漂い始める。

 

「これはこれは⋯⋯出戻りのジェリド中尉に指揮されるとは光栄だね」

「俺を知ってるとはありがたいね。だが、出戻り?」

「おや、出戻りのジェリド中尉と言えば有名だが本人はご存じないか」

 

 中でも並みいる屈強な兵士よりも先に一人の女性が居心地の悪い思いをしていたジェリドの後ろからちょっかいをかける。

 

「聞いてくれよ。中尉は何度も出撃したってのに一度も敵を倒せず自分は無事に帰還してきたエリート様なんだとよ」

 

 ティターンズの階級は正規兵に比べて一階級上として遇されるのが通例とされていることからジェリド中尉に対するライラ大尉の行為は侮辱に当たる。しかし周りの正規兵たちは彼女を咎めるどころか一緒になって冷やかしの嗤いをかけている。ここにジェリドの味方はいなかった。

 

「あんたがライラ大尉か?」

「ああそうさ、出戻りさん。言っとくがあたしらはお前の指示なんか受けないよ。宇宙には宇宙の戦い方がある。地球育ちのエリートにあれこれ言われて死ぬのはごめんだよ」

 

「待ってくれ!」

 

 資料を叩きつけて通路に出ていくライラをジェリドが呼び止める。

 

「おやおや、優秀な指揮官様は部下を修正するのがお早いようで。けどお坊っちゃんに戦いが分かるかな?」

 

 拳を握る両者だったが戦闘準備をするライラに対してジェリドは怒りを抑えるように必死に堪えているようだった。

 

「ライラ・ミラ・ライラ⋯⋯俺もあんたのことは少し知ってる。腕のいいパイロットだそうだな。戦争を心得ていると」

 

 その一言に飄々としていたライラの表情が鋭くなる。ライラはジェリドの胸ぐらを掴み廊下の壁に当たるまで詰め寄る。

 

「いいかい、何処の誰に聞いたか知らないが私は戦争狂じゃない。平和に暮らすには敵を倒す事が一番だと思っているから誰よりも行動してるだけだ!」

「あんたを怒らせたいわけじゃない。ただ、エゥーゴの船には民間人がいる。簡単には撃沈できない」

「聞いてるよ。おかげでボスニアがあんたらより先にエゥーゴを捕捉したのに手が出せなかった。ビダン大尉の関係者だそうだがバスクやジャマイカンのことだ、攻撃命令が出たってことはそいつの命は保障されないな」

 

「まさか! 彼女はまだ小さい子供だぞ」

 

「へぇ女なのかい。その口ぶり、何かあるね。唾でもつけたかい?」

「馬鹿を言わないでくれ。俺はただ、あの子を助けたいだけだ。だから頼む。俺に宇宙での戦い方を教えてくれ」

 

 ジェリドは頭を下げた。明らかに自分を馬鹿にしている相手に下手に出るなど彼のプライドが許さないが、その屈辱を被ってでも彼は人質の少女を助けたかった。そしてその為には宇宙戦の経験が圧倒的に不足していると評価せざるを得なかった。

 

「⋯⋯あんたみたいな男が頭を下げるなんてね。よっぽど白馬の王子さまになりたいようだ」

「なんとでも言ってくれ。俺は勝ちたい。勝てる兵士になりたいんだ⋯⋯!」

 

(この坊や、本気か?)

 

 ライラにしてみれば当初に予想していた気に食わない頭でっかちの歓迎会とは大きく違っていた。だがそれと同時に良い意味での裏切りであったと頭を下げるジェリドの見えぬ位置で笑った。

 

「あーわかったよ」

「本当か!?」

「子どもみたいに近寄るんじゃないよ! 言っとくけど私はあんたの母親じゃないんだ。手取り足取り教えるつもりはないよ。背中を見て覚えな。後ろにいる間は守ってやる」

 

「恩に着るぜ! じゃ、出撃の時に!」

 

 それまでの沈鬱な顔からパァーと少年のように明るい笑顔を見せたジェリドは元気に格納庫へと跳ねるように向かった。

 

「まったく、大人なんだかガキなんだか。馬鹿なエリート様かと思ってたが、少しは見込みがあるか?」

 

 

 

 

 

 

 強襲巡洋艦アーガマ艦内

 

「本当に出撃するんですか?」

 

 クワトロ率いる攻撃部隊がレーザー衛星施設の破壊に出向きアーガマが地球降下用ポッド『ホウセンカ』の降下地点に接近した頃、カミーユはレコアに出撃を思い止まって貰おうと最後の説得に来ていた。

 

「カミーユ、心配してくれるのは嬉しいけどハッチが開くわ。退避しなさい」

「でも⋯⋯ボクはっ──」

 

『ホウセンカ出撃スタンバイ! エアロック開きます! クルーは至急退避を!』

 

 だが考え抜いた説得を言う前に無情にもアナウンスなと警報サイレンがカミーユの声をかき消す。レコアはホウセンカに搭乗すると通信インカムを使えとジェスチャーする。

 

「聞こえる? みんなが自分のできることを必死にやっているのよ。私だけ安全圏にいるのは許されないし許せないわ。あなたはどうかしらね」

 

 閉じる隔壁を永遠の別れのように感じたカミーユにかけられた言葉は、彼女の心を泡立てた。

 レコアの言うとおり、カミーユは今のところエゥーゴに迷惑しかかけていないと自覚していた。無断出撃に始まり敵の母船に囚われ亡命した父親はクワトロの専用機を盗み裏切り自分はそれごと父親を殺した。加えて現在は船員としての義務も役目も果たさずただ部屋に引きこもっているだけ⋯⋯客観的に見てどうしようもない女だ。

 

『敵機確認! クルーは第一級戦闘配備を!」

 

「敵!? うわっ!」

 

 暗い思考に意識が沈みかけた瞬間、襲撃を知らせる艦内放送が鳴り響きアーガマは大きく回避行動をとりGの余波が伝わる。程なくしてアーガマに搭載されているメガ粒子砲や対空レーザー砲の迎撃が始まり戦闘の音が艦内に反響する。

 

「ほ、ホントに撃ってる⋯⋯」

 

 戦闘が始まってもカミーユは当てもなくアーガマの通路をさ迷いつづけることしかできなかった。そしてそれに構う大人も誰もいはしなかった。

 

「あら? 貴女は、カミーユじゃない」

 

 そんなカミーユがふらりと立ち寄った場所はエゥーゴに降り現在は保護観察としてアーガマの一室にて待機命令が出されているエマ中尉の部屋だった。

 

「今は戦闘中でしょ? 私になんの用かしら」

「用って程じゃ⋯⋯ただ、ボクを助けてくれたお礼を言いたくて」

 

 エマは呆れたようにため息を吐く。

 軍人とは何であるかを厳しく叩き込まれ自身も強い責任感と克己心によって律している彼女からすればカミーユの行動は失った両親の温もりを他人に見いだそうとしている甘えに他ならなかった。

 

「お邪魔なら帰りますよ」

 

「あなたは幸せよ」

「なんですって?」

「おめでたいと言うべきかしら? 生きるか死ぬかの戦闘中に貴女は何をしているのよ」

「よくそんなことが言えますね! 目の前で両親が死んだって言うのに!」

 

「少なくとも私は自分の乗っている船が撃沈の危機でもこの部屋で黙って震えていることしか今はできないわ」

「ぼ、ボクだってなんにも⋯⋯」

 

 カミーユはこの時、エマの悔しさに滲む心を見た。

 MS乗りとして高い適性を持ちながらその能力を使えない無念さと怒りが渦巻いていた。

 

 ──MSに乗れるのにどうして戦わないの? 

 ──自分が辛いからって責任を放り出すの? 

 ──私は今の貴女に命なんか預けたくないわ! 

 

 そしてそんな力を持ちながらそれをもて余すカミーユに対する非難も現実の言葉以上にしっかりと伝わっていた。

 

「ボクはただの、小娘ですよ」

「そうかしら? 私には貴女が無力の少女だとはとても思えないわね」

 

「エマさんはボクに外へ出ていって戦争をしろって言いたいんですか⋯⋯人殺しをしろってことですか?」

 

「レコアさんもクワトロ大尉も、自分が死ぬ覚悟を持っているわ。悲観的なんじゃない、全力を尽くしているからその結果の死も受け入れているのよ。貴女は今、死んでもいいの? カミーユ」

 

 結局、エマに門前払いされまたも行く場所を失ったカミーユはぐるぐると思考のスパイラルに囚われていた。

 母を殺したティターンズは憎い。だが父を撃ったあの感覚は二度とごめんだと言えるくらいに最低の経験だった。

 

「どうしたらいいんだよ⋯⋯ボクは」

 

 答えなどはなから期待してない。本当は自分で決断しなければならないと分かっていても、その踏ん切りがつかずにいた。

 

「あっ⋯⋯エゥーゴの船が!」

 

 大きな揺れと共に側面の窓が振動する。その先には至る所で火や煙を吐きながらも奮戦していたエゥーゴ所属の艦船『モンブラン』だった。

 その痛ましい様子に同じく近くで見ていたクルーたちも悲嘆に暮れる。

 

「このままじゃモンブランが墜ちるぞ! 退艦しないのか?」

「あの艦長は責任感が強いからな。最後まで残って戦うつもりだよ」

「クワトロ大尉はなにやってるんだよ!」

「しかたないよ。レーザー衛星を壊さなきゃならないし専用機のディアスはなくなっちまって不利なんだ⋯⋯あっ! カミーユ!?」

 

 その原因の大部分を担ってしまったカミーユがまさか隣にいるとは思わなかったクルーは慌てて持ち場に逃げていった。

 しかしカミーユの脳裏には半ば封印していた死の恐怖が目の前の戦争によって呼び起こされていた。

 

「爆発⋯⋯被弾したのか? 死ぬの? ボクは、死ぬ? レコアさんも、エマさんも、大尉も死んでしまうの?」

 

 カミーユはこの時ある種の悟りを得たと思った。

 復讐だとか、正義だとか、そんなものは関係ない。

 

 ──死にたくない

 

 その一心のみが、彼女の背を押した。

 

 

「アストナージさん! このリック・ディアス借りますよ!」

「えっ カミーユ!? ちょ、ちょ、ちょっとま────」

 

 多くのクルーで犇めくハッチで手付かずのリック・ディアスのコックピットに飛び乗ったカミーユは制止するクルーたちを振り切り強引に出撃した、

 

「手足で動かせるならMk-IIと変わらないはずだ。大丈夫、大丈夫、大丈夫!」

 

 初めてリック・ディアスの操縦をするカミーユだが自然と操縦桿は手に馴染む。華の十代を伊達に機械いじりで費やしてきたわけではない。

 

「クワトロ大尉たちはレーザー衛星を破壊しないといけないからボクらだけでここを守らなきゃ」

 

 遠方のアレキサンドリアから放たれる砲火に怯みながら最もアーガマに接近していた一機のハイザックに向けてビームピストルを構える。

 

「そこのモビルスーツ! アーガマから離れないと撃つぞ!」

 

 突然、敵から無線での警告を受け取ったハイザックは驚いたように振り向き一瞬たじろいだように動きを止めるも直ぐ様カミーユに発砲をする。

 

「どうして撃ってくるんだよっ このぅ──!」

 

 負けじとカミーユが放ったビームはハイザックの頭部に命中しその視界を奪った。図らずも敵の無力化ができ喜んだのも束の間、アーガマからの対空レーザーが無防備な背中を射ぬき呆気なく爆炎に包まれる。

 

「あぁ、殺してしまった⋯⋯また」

 

 一瞬でも不殺が成り立つのではと言う希望は其処にはなかった。

 

 いや、むしろカミーユのいる場所には絶望しかない。

 

 そこらかしこで散っていく命はレーダーではただの光点でしかなく、肉眼ですら流れ星のように儚く燃え尽きている。だがカミーユの脳内にはその命がまさに今、終わっていく過程を残酷なまでに投影されていく。

 

 直ぐにでも胃の中のものを吐き出したかったが、自分と仲間の命を守る使命を思いだしカミーユは前を見た。

 

 そしてそこには二機のMSが彼女目掛けて迫っていた。

 

 

「ジェリド! 二人で仕留めるよ。合わせな!」

「分かった!」

 

 ライラの駆るガルバルディβに置いてかれまいと必死で追随するジェリドは彼女に対してある種の信頼を感じていた。出会ったばかりではあるがライラは出撃前の言葉通りまだ宇宙に慣れていないジェリドを気遣い手の回らない部分をしっかりとケアしていた。おかげでジェリドもライラもまだ一度も被弾せず無傷でアーガマ一歩手前まで接近できていた。

 

「前方にMS一機確認。動きはトロそうだが油断するなよ」

「任せてくれ。俺が仕留める!」

 

 だがそういつまでも頼ってばかりではティターンズのプライドが許さない。ジェリドは手柄を立てようとアーガマを守るように立つリック・ディアスに狙いをつけた。

 

「なんだ⋯⋯さっきの敵とは違う? エースかっ」

「ガラ空きだぜ! 貰ったァ!」

 

 射程距離から撃たれるマシンガンは確実にリック・ディアスに当たるコースで突き進む。ビーム程ではないが回避することは容易ではない。

 

「うわぁ!」

 

 だが避けた。

 悲鳴を上げながらもカミーユは初めから知っていたかのように最適な回避運動を取り全ての弾道を躱し反撃のビームピストルを撃った。

 

「ぐわっ!? ライラ────」

「情けない声出すんじゃないよ! 落ち着いて避けな!」

 

「ボクは! 殺したくなんかないのに! お前達が向かって来るからぁぁ!!」

 

 サーベルを抜き放ちハイザックに斬りかかるリック・ディアスからは並々ならぬ気迫があった。ライラとジェリドはそれこそ殺気が視覚になって見えるような感覚に囚われる程であった。

 

「子供の声!? それも女じゃないか。エゥーゴは少年兵までいるのかい!」

「カミーユ⋯⋯? カミーユなのか! 俺だ、ジェリドだ!」

 

「ジェリド中尉? そんな、どうして⋯⋯」

 

「なぜそんな物に乗ってる。君はエゥーゴじゃないだろ!」

 

 ハイザックはサーベルを受け流し動揺するリック・ディアスに組み付く。アレキサンドリアで見逃したあの少女にこんな形で再会するとは夢にも思わなかったジェリドは任務を忘れた。

 

「アーガマには、大切な人たちがいるんです」

「奴等は反乱分子だ。君が守る価値なんてないさ!」

「勝手に決めないでください!」

 

「ジェリド!! 無駄話をするな! 今度こそ獲ったよ!」

 

 ハイザックに取り付かれ身動きのできない所を好機と捉えたライラはリック・ディアスのパイロットからは絶対に見えない死角からライフルを撃った。

 

(経験の浅い少年兵ならば全天型モニターとは言えこれは躱せないはずだ。かわいそうだがこれが戦争だよ!)

 

 予想通りカミーユはジェリドに気を取られロックオンの警告音にすら気づいていなかった。背後から迫る死の閃光はリック・ディアスを撃ち抜きカミーユもまた焼かれる運命になるとライラは疑わなかった。

 

「──後ろ!」

 

 しかしリック・ディアスは突然バーニアを吹かしハイザックを盾にするようにくるりと反転した。案の定ライラの放ったビームはハイザックの肩に当たり拘束が解かれる。

 その瞬間に展開した頭部バルカンがフレンドリーファイアの失態に戸惑うガルバルディのメインカメラを撃ち砕いた。

 

「そ、そんな!? あのパイロットは背中に目があるっていうのかい!」

 

 一年戦争でソロモンやア・バオア・クーを経験してきた歴戦の兵士であるライラも目の前のMSが取った行動には唖然とする他なかった。

 絶対に躱せないはずの攻撃を躱したばかりか完璧なまでのカウンターを二対一の状況でやってのけられてしまったライラの驚愕は計り知れない。これが敵でなく味方なら抱き付いてキスでもなんでもしてやりたい気分であったが敵では殺すか殺されるかしかない。そして今、決定的な両者の格付けが済んでしまった。

 

 そこからライラの決断は早かった。

 

「ジェリド、帰投するよ」

「まだやれるぞ! やらせてくれライラ!」

 

「黙りな! 被弾したのもレーザー衛星がやられた報告にも気づいてないのかい。直にそっちに行ってた敵の主力が戻ってくる。潮時さ」

 

 時を同じくして母艦のアレキサンドリアからも撤退信号が放たれると戦闘宙域からティターンズは一斉に退いていった。

 

 一帯の安全を確保できたこととタイミング良く降下ポイントに到達したことでレコアの乗る『ホウセンカ』が射出される。

 

「みんな、ありがとう。おかげで無事に降りられるわ。カミーユ、貴女もね」

 

「助かった⋯⋯のか?」

 

 去っていくジェリドたちの機影に胸を撫で下ろしつつも両手は操縦桿に接着されているかのように離れようとはしなかった。

 極限の命のやり取りの中でカミーユは夢中だった。

 

 死にたくないから⋯⋯ただその一点のみが彼女を突き動かしていたが、興奮の熱が冷めれば次第に湧き上がるのは人を殺してしまったと言う敢然たる事実だ。レコアの声すら聞こえていない。

 

 戦闘中、確かに感じた相手のパイロットの叫び。死への恐怖で救いを求めるかのように発した女の名前。引き金一つ引いただけなのにまるで目の前で殺したような感覚にカミーユは自分を欺くことができなかった。

 

 辺りにはバラバラになった両軍のMSの残骸が映し出されている。そこには善も悪もない。ただ一つの死のみがあった。

 

「ボクは悪くない⋯⋯悪くない⋯⋯悪くないんだ! しょうがなかったんだよぅぅ!」

 

 しかし何よりも、敵のモビルスーツにビームが当たった瞬間に感じた高揚、思わず口に出た歓喜の言葉。自分は戦争を、殺し合いを楽しんでいるのではないかという疑問をカミーユは否定することができなかった。

 

 

 

 地球 某所

 

 カミーユたちが宇宙で戦っているころ、地球で誰よりも早くその激闘に勘づいた者がいた。

 広大な土地に聳える豪勢な邸宅の庭で雲一つない快晴をまじまじと見るその男の名はアムロ。一年戦争の英雄にして世界一有名なガンダムパイロットだが今現在、かつての栄光はくすんでいた。

 

「アムロ様、お茶になさいますか?」

 

 ティータイムを促す使用人の言葉はアムロに聞こえていない。彼の意識は空に、その先の宇宙へと向けられていた。

 

「──ララァ?」

 

 なぜその名を出したのか、その時のアムロには分かりはしなかった。

 

 恋人では決してない。

 

 僅かに言葉を交わし別れたのみの関係。それでも彼の心には今も強烈にその女性の残り香が漂い、その魂に暗い影を落としていた。

 

「あ、あぁすまない。お茶だったね。此方で⋯⋯いや、リビングでとるよ」

 

 何もないはずの空から懐かしい女性を不意に思い出してしまったアムロは駆け足で空を遮る屋根の下へと逃げていった。



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月の休暇

誤字・脱字報告ありがとうございます。感謝しております。


 月面人口都市アンマン

 

 レコアの乗る地球降下用機ホウセンカが無事軌道に到達したことで目標を達成したアーガマはレーザー衛星を破壊したクワトロたちも合流しティターンズ部隊を撃退。一応の平穏を取り戻したアーガマは今後の方針を決める為と破損した艦艇や補給も兼ねて月面へ秘密裏に入港していた。

 

 アンマンの整地された道路をジープが走っている。ハンドルを握る女はエマ・シーン。ようやく危険はないと判断され拘留の解かれたエマが、エゥーゴ最大の支援者『アナハイム・エレクトロニクス』の代表に会うため車を飛ばしているのだ。

 

「あら? あれは⋯⋯」

 

 見覚えのある人物を見かけ車を止める。そこには勢いよく跳び跳ねているボール状の物体に追い回され困り果てているカミーユがいた。

 

「ハロ! ハロハロ! カミーユ ゲンキカ?」

「元気だよ。もう何度も何度も聞かないでくれよ⋯⋯あっ、エマさん!」

 

「こんにちは、それはハロね? 貴女のペットかしら」

 

 ハロは宇宙世紀において大衆向けとして販売されている電子ペットだ。正式にはカミーユの足元を跳び跳ねているハロは『ハロTHEⅡ』と呼ばれる後期型である。

 初めは売れているとは決して言えない製品でありいずれは忘れ去られる電化製品となる筈だったが、一年戦争の英雄ホワイトベース隊のマスコット・ロボットとして一躍その人気に火が点き今では子供たちのクリスマスプレゼントの筆頭候補になるまで出世を果たしていた。

 

「違いますよ。補給物資の中に紛れてて、電源を入れてみたらこのありさまです。四六時中周りをピョンピョンして迷惑です。それにしてもエマさんはもう出歩いて大丈夫なんですか?」

「それはこっちの台詞よ。検査は済んだの? スケジュールではこの時間もまだラボにいる筈だけど」

 

 カミーユの元から険しい表情が更に沈鬱な物へと変わった。なぜならこの月面において本来の彼女の役目はハロと戯れることではないからだ。

 

 アーガマの船内からアンマンが見えた時、月面は最先端の都市が連なる大都会でありグリーン・ノアから戦闘続きであったカミーユは羽休めできると期待していた。しかしそこで待っていたのはアナハイム・エレクトロニクス社による謎の検査、検査、検査の連続であった。

 見知らぬ研究員にジロジロ観察されながら質問に答え意味不明な実験に付き合い採血までされればカミーユでなくとも嫌気が差すのは当然だったが、ブレックスやクワトロの説得もあり渋々従う日々を送っていた。

 

「今日は休みですよ!」

「嘘、抜け出して来たのね」

 

 カミーユと生活を共にしてきて徐々に理解を深めていったことでエマは彼女の子供っぽい部分が大方判明していた。

 

 カミーユは子供扱いを嫌い大人として扱われることを望んでいた。しかし自分にとって都合の悪いことが起きたり問題に直面すると逃げ出す傾向が多々見られた。取り分け『子供』や『自閉症』と言う盾を言い訳に使う所などエマの神経を余計逆撫でた。

 

「いい? 貴女はMSに乗って戦ったわ。今の貴女はとっくに軍人と同じよ。そして研究所での検査は貴女に課せられた任務なの。軍隊では命令は絶対よ」

「そうやって! 軍隊なんて嫌いです! だいたい入隊した覚えはありませんよ!」

 

 カミーユはカミーユで連日の検査や実験で疲労し元々の不安定な精神が益々エキセントリックになりヒステリー気味だった。精神的支柱であったレコアの離脱も彼女の心にすきま風を送っている。

 

「わがまま言わないで! これからジャブローを攻略するのよ。そんな気構えで戦えるの?」

「ジャブロー!? だってレコアさんは彼処には偵察しかしないって⋯⋯どういうことですかエマさん!」

「どうもこうもウォンさんとクワトロ大尉が決めたことよ。嫌なら命令違反になるわ」

「おかしいじゃないですか! 大尉たちアーガマの人ならこんな馬鹿な作戦考えませんよね。そのウォンって人が横槍ですか?」

 

「私に何か文句があるのカ。小娘」

 

 往来で騒ぐカミーユの前にもう一台のジープが止まる。運転しているのはクワトロだがもう一人のアジア風のビジネスマンには面識がない。

 

「小娘呼ばわりしていきなりなんですか。あなたはっ」

 

「お前の言う馬鹿な作戦を行うよう横槍を入れた者ダ。言いたいことがあるならこのウォン・リーに言エ!」

 

「じゃあ言わせてもらいますけどね! 民間人が軍に口を挟むなんておかしいですよ。それにアナハイムは変です! 毎日毎日ボクを検査して、ボクはモルモットじゃあないんだ!!」

 

「文句とは一端の責任を果たしている者が口にできる権利ダ。お前のはくだらん子供の言い訳だナ。なぜ素直にごめんなさいと言えんのダ!」

 

 鋭い張り手が頬に叩き込まれた。

 

 気づいたときには血の味が広がり道路に倒れていたカミーユは奥歯を噛みしめる。飛び上がりそのまま反撃に上段蹴りを見舞うもウォンは見かけによらない俊敏な動きで躱しカウンターの肘を鳩尾へと叩き込んだ。

 

「ゲゥッ!?」

 

 横隔膜が肺を押し潰すように競り上がり道路で悶えるカミーユを見下ろすようにウォンは立っていた。やせぎすな男とは思えない気迫を放つ出で立ちは何かの拳法の構えだ。

 

「目上の者に対する敬意がないガキは修正が必要だヨ」

「ぼ、暴力反対⋯⋯だ!」

「自分が殴られる理由も分からんカ。だからガキなんだヨ!」

 

 ウォンは倒れ伏すカミーユに目掛け足を振り上げ追撃の構えを取るもそこでようやく今までただ無言で立っていたクワトロが間に入った。

 

「その辺で。ウォンさん、後で私がきっちりと教育させますので今日の所は⋯⋯」

「フンッ 今日は大尉の顔を立てよウ。小娘、また礼を失した行動をしたら今度こそ私の拳法が火を吹くヨ」

 

 カミーユはデジャブを感じた。グリーン・ノアでジェリド中尉に助けられた時と同じように、クワトロに救われた。

 だがどちらも感謝など抱いてはいない。あるのは腹から込み上げる屈辱だけだ。差し出されたその手をカミーユは絶対に掴むものかと自力で立ち上がり、そして嘔吐し、また倒れた。

 

 

 

 

 

 

「ボクが殴られるのを黙って見てた」

 

 やっと内臓の混乱が収まると今度はカミーユのクワトロとエマに対する怒りが沸々と沸き上がった。未だになぜ自分が殴られた意味が分からないカミーユは医務室で手当てを受けながら八つ当たりとばかりに部屋を跳ね回るハロをベッドに投げつける。

 

「えぇそうよ。だってあそこで助けたら貴女の為にならないと思ったもの。軍隊は理不尽なものなのよ」

「理不尽!? こんなのは犯罪ですよ! いきなり人を殴り付けて尤もらしい講釈を垂れてっ」

「ウォンさんが殴らなければ私が君を殴っていた。アーガマでは君に甘過ぎたと反省している。エゥーゴとして戦うならば民間人の少女ではなく一兵卒として扱う」

 

「カミーユ ゲンキカ ゲンキカ」

「うるさい!」

 

 ここに自分の味方はいないのだと悟ったカミーユはハロを蹴り上げあれほどうんざりしていた研究所へ走り去った。

 またしても何もまともに言い返せない自分が心底情けなく恥ずかしかった。

 

 

「中途半端ですね大尉」

 

「なにがだエマ中尉」

 

「堪らずウォンさんを止めましたよね? カミーユがあれ以上殴られるのを見たくなかったから」

 

「いけないか?」

 

「いいえ。やっぱり大尉も男性だと思っただけです」

 

 エマはサングラスの奥で揺れる瞳を見逃さなかった。そして、仕事人間と思っていた男が意外にも俗であってどこか安心した。

 

 

 

 

 アナハイム・エレクトロニクス社は一年戦争終結後にジオン公国のジオニック社やツィマット社などの有力企業を吸収合併しモビルスーツ事業をほぼ完全に独占。表向きは一民間企業となっているが実質はそれを遥かに上回る権力と財力を併せ持つ巨大勢力に成長してしまった。

 

 そもそも現状では地球連邦軍の反乱勢力でしかないエゥーゴを支援するメリットとは何か。

 情や理想ではない。企業の行動理念は常に利益に裏打ちされている。

 

 アナハイムが死の商人と揶揄されているのはやっかみではない。地球連邦に協力する一方でジオン残党軍やその他の反地球連邦組織とも関わりを持ち両方の勢力から利益を搾り取るのが彼らの常識でありそれが公然と見逃されている事実が宇宙世紀におけるアナハイムの持つ力なのだ。

 

 ティターンズによる過激なスペースノイドへの弾圧は当初こそ、新兵器の開発や補給物資の増量などで一年戦争終結後に沈静化した戦争市場を刺激し潤いをアナハイムにもたらした。だがいつからかその余りに残虐で徹底した蛮行は一方的なワンサイドゲームへと変わった。

 

 これでは利益が上がるどころか減収の一方。しかもティターンズはスペースノイドの多くが属するアナハイムと地球連邦との癒着を快く思ってはおらず近々その関係を解消させようと画策もしていた。一番のお得意様から手を切られるなどアナハイムにしてみれば堪ったものではない。だからこそ更なる戦争経済の活性化と業務上の支障であるティターンズ打倒の為にアナハイム・エレクトロニクスはエゥーゴを支援している。

 

 そんなアナハイムを代表するウォンからの要求はジャブロー攻略。カミーユに対しては毅然と対応したクワトロも会議の場ではブレックスやヘンケンらと共に難色を示した。

 言うまでもなくジャブローは難攻不落の要塞。奇襲とは言え、一年戦争でまさに奇襲の最前線で戦ったクワトロですらその嫌になるほどの縱深性には圧巻の一言だった。

 

 しかし最大のスポンサーに財布と命綱を握られているエゥーゴからすれば乗り気はしないが乗るしかないのも現実だった。

 戦況のエゥーゴ不利はアナハイムとしてもなんとかしたいところだが、ブレックスたちとしては堅実に戦略的に動きたいと思い、アナハイムとしては大々的な結果を期待していた。

 結局、悶着はあれどブレックスはジャブロー攻略を正式には次の任務とし会議は終わった。両陣営共にその足取りは重い。

 

「すまんなクワトロ大尉。スポンサーには逆らえん」

「お気になさらず」

「どうだ。君の新しい機体が届いたらしい。気晴らしも兼ねて飛ばしてみるといい。新型だぞ」

「新兵ならば新型も喜びましょうが、ベテランは信頼性を重視します。極端な話ですが私は最新鋭機よりもザクの方が安心できますよ」

「ははは。そう言ってやるな。スポンサーもムチばかり振るう訳ではない。ちゃんとアメをくれているんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンマン市内 アナハイムモビルスーツ試験場

 

 

「よ、ようやく終わったよ。何が羽休めだ。少しも楽しくなかったよ」

「カミーユ ゲンキカ ゲンキカ」

 

 カミーユの研究所でのお勤めの任を解かれたのはアンマンに到着して何日も経った後のことであった。結局アナハイムの研究員たちからは検査や実験の詳しい理由は聞けずじまいで終始機嫌は悪くなってしまったが、この日はクワトロが新たなMSを受領してのテスト操縦があると聞き同都市にあるアナハイム管轄のドックに来ていた。

 

 最近、クワトロと会う度に口論になり逃げ出している気がするカミーユだったが新たなモビルスーツやエゥーゴのエースの実力を間近で見たい衝動には敵わなかった。

 

「ここ、だよな。もう試験は始まっちゃったかな?」

 

 ドック内に目当てのMSはなく既に宇宙空間での試運転が行われているようで、クワトロの操る様をモニター越しにアストナージやエマが食い入るように見つめている。

 カミーユも宇宙空間を光のように縦横無尽に突き進んでいるクワトロのモビルスーツに目を奪われる。

 

「お、カミーユも来てたか。検査おつかれさん」

「あら、検査が終わったのね。お疲れ様」

「黄金⋯⋯これがクワトロ大尉のモビルスーツですか?」

 

 二人への挨拶もそこそこにモニターで煌めく黄金のモビルスーツが気になって仕方がなかった。カミーユが驚くのも無理はない。クワトロの新たな専用機は戦闘用の兵器とは思えない全身黄金色のド派手な彩飾がなされていた。これでは真っ暗な宇宙空間では目立ってしょうがなく狙ってくれと言わんばかりの主張である。

 

「驚いたろ? あれがアナハイムから贈られた新型モビルスーツ『百式』だよ。ビームコーティングが全身に施してあってな、二・三発くらいならビームに当たってもへっちゃらって代物さ」

 

「なるほど。コーティングですか⋯⋯だから金色なんですね?」

「え? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カミーユは頭を抱えた。

 通常、つまりクワトロがあの馬鹿みたいな配色にOKを出したと言うことだ。

 常時着用のサングラス、勝手に改造した真っ赤で袖無しの軍服、赤いリック・ディアスから黄金の百式⋯⋯改めてカミーユはクワトロのセンスを疑った。

 

 訝しげに百式を眺めているとクワトロから通信が入った。

 

「確かにいい機体だ。だがリック・ディアスより繊細だな。気を抜くとバラバラになりそうだぞ、アストナージ」

「そう言わんで下さい。百式の性能を出しきれるのは大尉だけです。そろそろ戦闘データも取りたいので模擬戦を行います」

 

「戦闘するんですか?」

「ただの模擬戦よ。データ上に入力された敵と戦うの。でもコックピットの中からでは本当に目の前に敵がいるように感じられるほどリアルよ」

 

 キーボードを操作してアストナージがなにやらデータを打ち込むとモニターにMSがいきなり現れた。

 

「それではこれより戦闘訓練を開始します。終了の合図が出るまでお願いしますよ」

 

 一年戦争でジオン公国が使用したザクⅡが電脳空間に現れる。

 現在では戦争博物館でしか見られない旧式だが装備のマシンガンは口径120㎜の死の砲口であり戦車や航空機を蹂躙しMSにも大きなダメージを与える代物だ。飾りではない。

 

「フッ、懐かしいものだな。だが──」

 

 ザクⅡがマシンガンを構え引き金を引くのを合図に模擬戦が始まると、百式は瞬時に射線から外れライフルでコックピットを射ぬいた。一切無駄のない最適な行動だ。

 

 その後も次々に現れる敵機を相手にクワトロは鮮やかに勝利を重ねていく。ザクに始まりジムやゲルググ、果ては戦艦に至るまで難なく打倒し複数が相手でも数の差を感じさせない圧倒的技量で見事にねじ伏せた。

 これにはMS乗りのエマもカミーユも思わず感嘆の声を漏らす。

 

「さすがはクワトロ大尉。エゥーゴのエースは頼りになるわね」

「⋯⋯まぁ腕は確かですよ」

 

 模擬戦は難なく終わる。誰もがそう思っていた中、アストナージだけは意地悪な考えを思い浮かべながら最後の敵データを入力した。

 

「これは⋯⋯!」

 

「エマさん! あれって」

「冗談が過ぎますね、あれは」

 

 そのMSは頭部と四肢を白、胸部を青、腹部やその他を赤と言う大胆な三色トリコロールカラーの配色。頭部から生える独特な一対のブレードアンテナ。いわゆる目の部分には斬新なデザインのデュアルカメラが取り付けられ見るものに極端に擬人化された印象を与えた。

 

 そこに現れたのは一年戦争の傑作中の傑作機、RX-78-2『ガンダム』。連邦政府からは戦争を終わらせた英雄として、ジオン公国からは白い悪魔の異名で今も恐れられる誰もが認める宇宙世紀最強のモビルスーツだった。

 

「さぁ大尉。最終ラウンドですよ!」

 

「たしかに遊びは過ぎるが、面白い⋯⋯!」

 

 ガンダムの目に火が灯ると、いよいよエゥーゴのエースと大戦の伝説との戦いが見れるのだと固唾を呑んだカミーユたちの期待を背負った二機は、彼女らの視界から消えた。

 

「えっ⋯⋯え? エマさん、今何が⋯⋯」

「うそ、いくらなんでも速すぎるっ」

 

 モニターに映る映像ではどちらが撃ったのかも分からないビームが飛び交うだけで両者の機影は見えない。辛うじて百式の推進材の燃焼が僅かに追えるだけでありガンダムは不気味なまでにその姿すら現さない。

 

「アストナージさん数値を弄りましたね? いくらガンダムでもあのデタラメな性能はなくってよ」

「ははは! ところがどっこい。あのガンダムは正真正銘一年戦争のスペック通り! モデルはア・バオア・クー戦の最盛期ですよ」

 

「す、すごいですよ。データ上ではロックオンしてクワトロ大尉が撃つ前にはもう射線から外れています。こんなのを当たり前みたいにアムロ・レイはやっていたんですか!?」

「そんな⋯⋯あんなのに、勝てるわけないわ」

 

 良くも悪くも何故ガンダムの名が宇宙世紀で半ば伝説の存在になっているのかエマは理解した。これではジオンがどれだけの兵器やエースを投入しようとも勝てる訳がない。

 

「えぇい!」

 

 一方、データだけの存在とは言えその性能はまさに宿敵と対峙している感覚をクワトロは味わっていた。

 パイロットの戦闘データを元にしている為に不気味なまでその挙動はまさしくガンダムなのだ。それもア・バオア・クーでの命懸けの死闘を演じた時のガンダムだった。これでは意識するなと言う方が無理だとクワトロは舌打ちをした。

 

 懐かしくも苦々しい過去の記憶、それが思い起こされるのだ。

 

 初めて『彼』に出会った時、まさかあれほどのパイロットに成長するとはクワトロは思いもよらなかった。

 初めてガンダムと戦った時、破格の性能に驚きはしたが自分が負けるとは、ましてやジオンが追い詰められていくとは思ってもいなかった。

 

「これも躱すか!」

 

 何度もガンダムを追い戦っていくと、いつしか自分はガンダムではなくそのパイロットに恐れを抱いていた。そして同時に強い憧れを持った。

 

 この感情はなんなのか。本懐であったはずの復讐よりもいつしか多くの時間をガンダムについて考え始めまるで恋にも似た衝動にも駆られたが、それもかけがえのない愛を喪失して分からなくなってしまった。

 

 同志になれと手を差し出したこともある。もしあの時に彼が手を握っていてくれたならば、今の世界はどうなっていただろうか──そう考えざるを得ない。

 

 ア・バオア・クーでの最後となった戦いは、MSでも生身でもクワトロ自身負けたと思っていた。何度も機体を変え戦法を変え挑み続けたが逆に彼はどんどん成長していき当初の頃にあった技術や経験の差すら意味をなさなくなっていくのを肌で感じていた。

 ならばと爆炎をあげるア・バオア・クーの基地内で白兵戦の経験のない生身の彼に剣を振るう卑怯じみた戦いを挑んだが、その姿はかつて幼い自らを殺そうと迫った暗殺者と同じであり後に激しく羞恥の念に駆られた。

 

 結局、シャア・アズナブルと言う男は彼に勝てなかった。

 

 そんな幼稚な敗北感も、シャアの名を捨てた一因だ。

 

 

 クワトロは改めてガンダムを直視する。

 

 データが作り出した無機質な幻影と分かっていても、あそこに彼は乗っていないと分かっていても、手が震える。それは怒りか、恐怖なのか⋯⋯二人の激闘がつい今しがたまで続いていたかのように。

 

「震えているのか? 私が⋯⋯」

 

 スロットルを全開にして一直線にガンダムへ進む百式へ更なるパワーをクワトロは送り込む。思いを受け止めた百式も呼応するように本日最高の性能値を叩き出しながら悪魔を討つべく突き進む。

 

「だが今日は──勝たせて貰う!」

 

 サーベルで果敢に接近戦を仕掛ける百式に同じくサーベルで迎え撃つガンダムは二刀流。ガンダムが接近戦を得意としていることはクワトロが最もよく知っていたがそれでも勝利を得るためには進むしかないことも理解している。

 

 百式の動きを初めから分かっているように一切動じず構えを取るガンダムに死角はない。それでも真正面から突貫する百式にも迷いはない。

 

 互いに防御を捨てた一瞬の攻撃に小さな悲鳴をあげるカミーユ。

 

 数秒遅れてモニターにはdrawの文字。時間にしてみれば五分も経っていない短期決戦は、両者の引き分けと言う玉虫色の決着となった。

 

 

 通信機からなにやら称賛の歓声が上がっていたがクワトロの意識は別にあった。仮にも自分はガンダムと共に死んだと言う事実が妙に心地が良かった。

 

「そうだ。あの頃の私は死んだ。死んだのだ」

 

 あの仮面の騎士は幻影でしかない。

 

 

シャア・アズナブルは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──死んだのだ。




ハロ「ありがとうございます!」


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再開と後悔

 クワトロの衝撃的な新型機受領テストの余韻も冷めないうちに、エゥーゴはウォン・リー、つまりはアナハイムの強い意向に押し負け正式にジャブロー攻略作戦を承認した。

 

 しかしこれには大きな課題もあるとクワトロたちは懸念していた。

 

 月に駐留しているエゥーゴが地球の地下に居を構えるジャブローへ攻撃を仕掛けるには大気圏突入による降下作戦しかないがそれは帰りのない片道キップ。大規模なマスドライバー施設を持たないエゥーゴは戦力の大部分であるサラミス級やアーガマなどの艦船を率いて地球に降下する訳には行かなかった。

 また、仮に降下できたとしてもジャブローの強固な対空網にとって巨大で鈍重な艦船はいい的でしかないことは今もジャングルに放置され朽ち果てたガウ攻撃空母が黙して語っている。更には作戦が失敗すればエゥーゴは事実上壊滅、成功したとしても船をもう一度宇宙に上げることは困難を極める。

 

 よってそこから導き出された作戦は単独での大気圏突入装備、バリュート改装を施したモビルスーツ部隊による衛星軌道上からの直接降下であった。これならば最悪の事態に陥ったとしても損害はモビルスーツだけで済む他に、作戦の展開もよりスピーディーに運べる。

 

 

「でもそれって、パイロットはどうやって宇宙に帰るんですか?」

 

 

 作戦内容を聞かされたエゥーゴの面々の中で開口一番に出たカミーユの疑問にクワトロは一言だけ冷たく答えた。

 

「作戦を成功させることだけ考えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は不安げな表情を浮かべてタラップをつたいテンプテーションから降りた。狭い連絡船から空間の広い艦船にいることで解放感を得られるも自分の置かれている状況が彼女の心に暗い影を差していた。

 彼女の身に起きたことは未だに彼女自身も信じられない思いで一杯だった。突然のMSの急襲、親友の失踪、あらぬ疑いをかけられ生き別れた両親、少女にとっては何が何やら分からぬままこの戦艦アーガマへと流れ着いた。

 

 少女たちを含めた避難民をここまで案内してくれたテンプテーションのブライト・ノア艦長はもう大丈夫だと言ってくれた。しかし少女の生活全てを害したティターンズからは逃げられたがそのティターンズと対立している武装組織の艦船に逃げ込んで何処が安全なのだと言いたくもなる。他の避難民も同様にこれからのことを悲観し安堵の表情よりも困惑や焦燥といった態度が見て取れる。

 

「ファ姉ちゃん、僕たちこれからのどうなるの?」

「もう怖い目に遭わない?」

 

 それでも泣き出したい気持ちをなんとか抑えられたのは少女の傍らに寄り添う二人の小さな兄妹の存在が大きかった。共に避難船で出会い両親と離ればなれという共通の境遇が短い間で三人には絆ができていた。

 

 多くを失ったからこそ、ファには同じ境遇の者の痛みが分かった。それが自分よりも幼い存在ならば尚更だった。

 

「⋯⋯大丈夫よ。ブライトキャプテンが言ってたでしょ? ここは安全よ」

 

 せめて自分だけはしっかりしなければならないと襟を正すが、彼女もまだ子供。その胸中は穏やかではなかった。

 

 カミーユ⋯⋯何処にいるの? あなたは無事なの? 

 

 守るべき子たちに心配をさせない顔の裏で、グリーン・ノアで別れたきり音信不通であった親友の無事を願い続けていた。

 

「だから⋯⋯だからね……今まで通り私たちみんなで──」

 

「ちょっとハロ! いつまでもボクの周りを跳んでるんだよ! 作業が進まないだろぉー!」

 

「カミ……ユ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君がカミーユだね。私はブライト・ノア、アーガマに救助してもらったテンプテーションのキャプテンをしている」

「光栄です。以前、貴方のサインを貰ったことがあります」

 

 ブライト・ノアがアーガマに登場した噂は瞬く間に艦内に広まった。事実、彼は避難民を多く搭乗させたテンプテーションを操縦してアーガマに乗り込んでいた。

 

「それに貴方はあのブライトキャプテンです。アーガマにいる人なら誰だって貴方のことを尊敬していますよ」

 

 ブライトとテンプテーションから降りた時のことを思い出し苦笑する。

 作業スタッフの中に明らかにブライト目当ての野次馬が交ざり大混雑になったドックではエマ中尉やヘンケン艦長の檄が飛びとても落ち着けるものではななかった。

 更にその後はエゥーゴ指導者と目されているブレックス准将からアーガマの艦長就任を打診され、目まぐるしい状況の変化にブライトも流石に辟易していた。

 

 そんな中で人目を避けようと艦内を歩き回っていた折りに偶然、自分と同じようにどこか落ち着かずにフラフラと歩き回っていたカミーユと出会った。

 

 アーガマのクルーたちからはカミーユと言う凄腕の女性パイロットがいると聞いていた。だが想像していた以上に幼く繊細な印象を与えるカミーユにかつての戦友が偶然重なって見えた。

 

 

「なるほど、ではがっかりだろうな。ティターンズからおめおめ逃げてきた情けない男に」

「いえ! そんなことはありません。貴方の船にはボクの友達も乗っていました。感謝しています」

「あぁそうか、テンプテーションでカミーユ・ビダンと言う人を知らないかと尋ね回っていた君と同じくらいの少女がいたな。彼女が探していたカミーユは君か」

 

 ブライトもドックで起きたカミーユとファの再会劇を見ていた。感極まり抱き着いたファによって無重力に投げ出され唖然とするカミーユの顔は印象的だった。

 

「は、はい。彼女はボクの友達です」

「では何故一緒にいない? 君の友達だろ? なぜ彼女を避ける」

「さ、避けてなんかいません」

 

 真っ赤な嘘である。

 

 思い起こせば、その出逢いはカミーユにとって喜びよりも恐怖だった。

 

 今まで自分がしてきたことを考えれば当然親しい存在は危険に晒される。現に両親は目の前で死んだのだ。どんな経緯であれ原因を作ったのはカミーユ⋯⋯唯一無二の親友が平穏無事に暮らしている訳がない。

 

 クワトロ大尉かブレックス准将にそれとなく話を通しておくことも考えたが、そのことで最悪の結果を聞かされるのではと恐れ今日までひた隠しにしていた。

 

 それが数分前、いつも通りの慌ただしい作業の喧騒を突き破り胸に飛び込んできた少女にカミーユはただ硬直するしかなかった。

 

「カミーユっ⋯⋯カミーユっ! 本物なのね、あぁ良かった⋯⋯もう会えないと思ってたわ」

「あ……え……」

 

 コロニーでは内向的なカミーユを引っ張るお姉さんとして前を歩いていたファ・ユイリィが多くの人目がある中で大粒の涙を流す様は、抱き止めるカミーユの胸を締め付けた。

 

 それだけで、どれだけ親友を苦しめたか分かってしまう。

 

 とてもかける言葉が見つからなかった。

 胸の中で泣きじゃくり、熱い涙と自分を抱きしめる腕の力にカミーユは無理やり安堵の表情しか作ることができなかった。

 

「ではどうして彼女の側に居てやらない。ここは居住ブロックからかなり遠いエリアだな」

「⋯⋯どんな顔して会えって言うんですか。ファの両親はボクがガンダムMk-IIを盗んだせいでティターンズに捕まってしまって生きてるのかどうかも分からないんです。ボクのせいです! 彼女の全てを壊したんです⋯⋯」

 

 ファの身に降りかかった不幸を彼女自身から聞かされたのは相当に堪えた。想像していた最悪の事態ではなかったが、最悪一歩手前であるのは確かだった。

 

「彼女がその事で君を責めたか?」

「……いいえ。一言も」

 

 ファは一度たりともカミーユを責めなかった。ただカミーユを案じる言葉しか言いはしなかった。

 

「なら彼女が君を恨んでいるかどうか分からんな。もう一度しっかり話をすべきだ」

「でも⋯⋯」

 

 それが一番辛かった。はっきりと自分のせいだと言ってくれれば傷つきはするがそれまでだ。だが一切自分を非難せず真逆の優しい言葉だけを掛けられればむしろ余計に責められている気分になる。

 

「言葉だけでは人は分かり合えない。だが端から言葉を否定すれば分かり合う可能性すらなくなる」

 

 ブライトは静かに語り掛けた。そこには年齢以上の様々な、深い重みがあった。

 

「まるでニュータイプですね? でも相手の気持ちが分かったって、結局分かり合えはしないんですよ!」

 

 父親の死から何日も経つがその感覚はまだ脳裏にこびりついていた。父が自分をどのように思っていたのか。普段冷めきった会話以上に、父の心を覗いたカミーユは傷ついた。

 

 心は言葉以上の重みがある。

 

 健気に笑顔で自分に接する親友の心など感じたくはなかった。100%純粋な感情などありもしないのに、その温かく輝く海の底に沈む黒い泥など、見たくはなかった。

 

 

 卑屈な考えだ。

 

 

「それが出来るなら戦争なんか起きませんよ」

 

 そして自分の家族も……

 

 後に続く言葉をカミーユは飲み込んだ。あれから何日も経つが両親の死の感覚はまだ脳裏にこびりついたままだった。

 

 

「アムロ・レイを知っているか?」

「知らない方がおかしいですよ。ニュータイプで、戦争の英雄です。ブライトキャプテンの方が詳しいのでは?」

 

「そうだな。確かにあいつはニュータイプだ。だがニュータイプだからといって万能だった訳じゃない」

 

 懐かしむような目でブライトは語りだした。それは紛れもなく、アムロ・レイを間近で見てきた男の真実の肖像だ。

 

「元々社交的でもなければ懐の深い男でもなかった。乗組員や私と何度も衝突した。ニュータイプが人と分かり合える新人類ならば何ともお粗末じゃないかな?」

 

 カミーユも終戦直後にアムロの語ったニュータイプについてのインタビューは幾度も読み返しても意味が分からなかった。主観と抽象的表現が多すぎてジオン・ダイクンのようなカリスマ性も持たないアムロ・レイの難解な語り口では一般大衆の理解は到底得られなかった。

 

 結局ニュータイプとは相手の心が読めるエスパーのような者と言う認識が広く宇宙世紀に広まったが、アムロ自身はその解釈に異議を唱えていた。

 

「それに私はもう一人のニュータイプを知っている。彼は赤い彗星と呼ばれ我々と幾度も殺しあった」

「シャア・アズナブル⋯⋯」

 

「そうだ。彼もニュータイプだったが同じニュータイプのアムロと戦い続けた。最後の時までな。カミーユ君、私が思うに人が人と分かり合うことにニュータイプかどうかはたいした問題じゃない」

 

「ボクはニュータイプなんかじゃ⋯⋯」

 

「必要なのは、君が友達に対して誠実でありたいと願う気持ちだ。彼女の思いを受け止めて、君の意思を言葉に乗せてこそ、正しい事だとは思わないか?」

 

 

 

 

 

 

 

「らしくないかな……我ながら」

 

 礼を述べて居住ブロックに走っていくカミーユを見つめながらブライトは地球に残してきた家族を顔を思い浮かべる。

 

 人並みに夫として、父として過ごしてきたつもりだったが今回エゥーゴに加わる選択を相談もなく一人で決めたことは、やはり勝手な男なのだろうかと自問せずにはいられない。

 

 そして今しがた出会った少女にかつて幾度となく衝突した少年の姿がなぜかしら重なった。

 初め見たカミーユ・ビダンは少年兵と言って差し支えない年齢だった。一年戦争当時は人手不足で珍しい存在ではなかったが7年が経った今では整備された国際条約等で一向に見なくなっていた。だがそれが今、目の前にいる事実に、戦争がもう始まったのだと覚悟せざるを得なかった。

 

「また、戦争が始まってしまうのか」

 

「我々の認識では既に戦争は起きていますよ。ブライト艦長」

「誰だ!」

 

 音もたてず背後に現れたクワトロは振り向いたブライトの表情が驚きよりも怒りが滲んでいることに気づく。

 

 一方のブライトもヘンケンやブレックスとの面談の際に紹介されたエゥーゴのエースパイロットをじっと観察していた。第一印象は派手な優男だったが、何かが引っ掛かっていたのだ。

 

「失礼。お話し中だったので話しかけるタイミングを見失っていましてね」

「こちらこそ。クワトロ大尉、いや──」

 

 ブライトはかつて、戦場で出逢ったある男に漂う空気とよく似たものを感じていた。そして今、迷うことなくその名を口にする。

 

「シャア・アズナブル」

「……」

 

 沈黙が二人の間に流れた。だがそれこそ、疑念の確信を得た瞬間だった。

 

「クワトロ大尉、貴方は──」

「そうだ」

「⁉」

「私はかつて、シャアと呼ばれ……キャスバルとも呼ばれていた男だ」

 

 クワトロはサングラスを外し青い瞳を顕にした。その瞳には一切の揺らぎなく、ただブライト一点を見つめている。

 

「貴様!」

「あなたのお気持ちは良くわかる。お互い、多くを失った」

 

 一年戦争下においてジオンの赤い彗星、シャアによる執拗な追撃によってホワイトベースの艦長だったブライトは何度も全滅の危機に襲われた。事実、かけがえのないクルーたちの犠牲も生まれた。

 しかし戦争末期になると当時クルーだったある少女の告白によってシャアの正体、その目的が分かったが、同情など持てはしなかった。

 戦争が終わり、シャアの死後その正体が世間に知られ半ば英雄視されている現状に幼い子供たちが夢中になっていることも納得出来ていない。

 

「何故……どうして貴様が連邦軍にいる。再びジオンの再興でも目指すつもりか‼」

「疑念はごもっとも。ですが今の私にとって、ジオンや連邦といったイデオロギーはもうどうでもいいのです。ティターンズの野望はいずれすべてのスペースノイドを窒息させてしまう。だからこそあなたも、私も、ここに集う全ての者がエゥーゴを名乗っている」

「信用しろと? 多くの仲間の仇である貴様を」

「私を許さずとも、そうしていただきたい。ブライト・ノア艦長」

 

 ブライトは考えた。自分の抱く感情は怒りだけなのか。どこかに喜びが混じっているのではないか、と。

 一年戦争の後、ブライトやアムロ・レイといったホワイトベースのクルーたちは英雄として迎えられた。ハヤト・コバヤシとフラウ・ボゥが三人の戦災孤児を引き取り婚約したエピソードは美談として広く喧伝された。しかしそういった表向きとは違い実態は体のいい飼い殺しが行われた。

 

 ハヤトは戦争博物館の館長、ブライトは戦闘能力の無い連絡船の艦長の任命。アムロは地球の一等地にある豪邸で悠々自適の暮らしという名の軟禁生活を余儀なくされていた。

 

 ニュータイプ。

 

 連邦がホワイトベースクルーを戦いから遠ざけた理由がここにある。ジオン・ダイクンが提唱しザビ家がゆがめた思想はスペースノイドたちにとって一種の象徴となっていた。

 

 宇宙で暮らす人類は新たなる革新を手にし新人類となる。

 

 ジオンの戦争大義を正当化しかねないこのニュータイプ論を連邦政府は公式に完全否定したが一年戦争において軍属経験のない少年少女たちが乗るホワイトベース隊の目覚ましい活躍は皮肉にも大衆たちにニュータイプの存在を信じさせるエビデンスになってしまった。

 

 故の冷遇。これ以上ニュータイプ思想が広まらないようにするための措置をブライトは忸怩たる思いで耐えていた。ブライト自身、ニュータイプの存在を信じている。ずっと共に戦ってきた少年がニュータイプだったのだ。信じざるを得ない。

 事実を事実と認めず、ジオンの亡霊に怯え続ける連邦政府の暗愚さと、戦争以前にも増して悪化する腐敗にブライトは最近ふと思っていた。

 

 もしも今、ジオン・ダイクンがいればと。

 

 

 人類を、ニュータイプを正しく導く人間が、この鬱屈とした世界に穴を開けるのではないかと常々考えていた。

 

 

 そして目の前にその遺児がいる。これは奇跡か悪夢か。

 

 

「貴様はどちらだ。シャアか、それともキャスバルか?」

「そのどちらでもない。いまの私はクワトロ・バジーナですよ」

 

 

 嘘偽りのない言葉。ブライトはそう判断した。

 

 

 

 

 

 

 

「あらカミーユじゃない。どうしたの?」

「あっ、その……ファ……あの……ボクね」

 

 カミーユはファの居室を訪ねた。シンタとクムは長旅からの解放ですっかりベッドで寝息をたてている。ファもすでに寝間着に着替えていた。

 

「これ見てよ。エゥーゴの服を貰ったんだけど官給品ってやっぱりダサいわ。カミーユはどんなの着て──」

「……ごめん」

「え?」

「本当に、ごめん。ボクが、ボクが勝手なことして、ファのこと……全然気にしてなくて……ホント、最低だ」

「カミーユ……あの、大丈夫よ。結局私は助かったんだしお母さんたちもきっと……きっと……」

 

 堪らずカミーユはファを抱きしめた。強く……強く……縋るように。

 

「ごめんっ ごめんね。全部ボクのせいだ。ファ、ごめんね……っ」

 

 事前に考えていた謝罪の言葉はすべて吹っ飛んだ。カミーユはただひたすら涙を流した。

 ファも耐えかねてきた感情が堰を切ったようにあふれ出した。

 

「カミーユ、お父さんとお母さんがね、行方不明なの。ティターンズに捕まってっ それっきり離れ離れにされて、私だけブライト艦長に助けてもらって、私だけが! それで、それで私っ」

 

 カミーユの心に、ファの心が触れた。

 カミーユは漸く分かった。ファが抱いていた怒り・悲しみ・後悔、それはカミーユに向けられた物ではなく、自分自身に向けた感情だった。

 

 ブライトのテンプテーションに避難する際、両親の行方は依然不明だった。それでもファはテンプテーションに乗った。そしてひとまずの安全を手に入れて直ぐ、猛烈な後悔に襲われた。

 

 

 ──両親を見捨ててしまった! 

 

 その罪悪感にファは今日まで苦しんでいた。

 

 

 カミーユは、自分を恥じた。勝手にファを理解したつもりで何が親友だ。

 

 ブライトの言葉通りだった。

 

「ファ、話そう。今までのこと全部話すから、ファも話して。ボクが聞くから」

「私っ、私っ、カミーユ⋯⋯!」

 

 刻が過ぎるにつれ二つの涙はやがて一つとなり互いの頬を濡らした。

 



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大気圏突入

新年明けてもガンダムだ!


 アレキサンドリア級ハリオ艦長のテッド・アヤチ少佐は辟易していた。

 

 その原因は目の前の男にある。

 

 航海中に突如としてデータに存在しない未登録のモビルスーツに乗って現れた地球連邦軍所属パプテマス・シロッコはあらゆる手続きを無視しずけずけと艦長室に入り開口一番に──

 

「この艦を今すぐに地球圏へと向かわせて頂きたい。エゥーゴの狙いはジャブローだよ」

 

 と、甚だ無礼で常識を踏み倒すようなやり方に肩を震わすも男の制服に煌めく大佐の階級章は規則や道理を重視する艦長だけに、沸き上がる感情を抑える他ない。

 

「し、しかし確証はありませんよ。エゥーゴはサイド4に集結していると聞きますしな」

 

「貴方には分かるまい。感じるのだよ⋯⋯私には分かる。地球圏には何か大きな力がある」

 

「はぁ?」

 

 納得できる答えが返ってくるとは期待していなかったがあまりに非論理的な答えに開いた口が塞がらなかった。

 

 ──ふざけてるのか? そんな理由で部下たちを最前線へ送れと? 

 

 だが同時に妙な納得も出来た。

 

 俗世から解離した印象を漂わせる彼は所謂、木星帰りだった。

 

 地球から7億5000万km、光速にして実に40光分も離れた惑星は旧世紀に比べ飛躍的に進歩した科学技術で宇宙空間の航行が容易とは言え、尚も辺境とされる神秘の世界だ。

 眉唾ながらそこに訪れた者の中には人ならざる力を手にする者がいると噂されていた。

 

 かつて一年戦争においてシャリア・ブルと呼ばれたジオン軍の兵士は木星帰りとして極めて高い空間認識能力を見せホワイトベース隊を苦しめた事実は、歴史の闇に埋もれながらも神秘の星の力を示している。

 

 今日この時までは、艦長もありがちな戦場伝説の類いだと思っていたが目の前の男の放つ圧に圧倒されていた。

 

 敢えて例えるならば冷気。

 

 自信と覇気に満ち溢れた立ち振舞いとは裏腹に、その瞳は寒気すら覚える程に透き通り、冷えきっていた。

 

「ああ、それと私のメッサーラの整備は最優先で頼みますよ。終わるまで船内で暇をもて余すとします」

 

 こちらの返答も聞かず去っていったシロッコの背が扉で見えなくなると、艦長はあからさまにデスクへ拳を叩きつけた。

 

 木星などど言う僻地で資源を集めていた素人に戦争の何が分かるのだ。武勲を挙げたと言う話も聞かないしそもそも軍部での立場もたいした位置ではない替えが利く存在だ。

 艦長は、一年戦争でミサイルとビームの雨を掻い潜って今の地位を手にしたことを思い返せばあんな不躾な男など怖くはなかった。

 

 

 怖くはないが、命令には従うしかない。それが軍人の定めなのだ。

 

 

 

 

 

 アーガマ艦内 

 

「これが30バンチの真実だ」

 

 モニターに映し出された光景はこの世のものとは思えないものだった。

 大地は枯れ、空気は汚され、人々は皆、死に絶えていた。そこに戦闘の跡はない。ただ夥しい数のミイラとなった死体が死した瞬間のまま、日常の生活の一場面のまま時間が止まってしまったかのようだった。

 

「そんな⋯⋯こんなことって⋯⋯」

 

「う、嘘よ。いくらティターンズでもここまでの虐殺なんて⋯⋯」

 

 コロニーで育ったカミーユは勿論、地球育ちのエマですら戦慄を覚える光景にクワトロは内心手応えを感じた。ティターンズの悪行をどれだけ言葉で言い並べるよりも強烈に単純に理解してもらえる方法がこの映像だった。

 

「残念だがこれはフィクションではない。実際の現実だ。ティターンズは一つのコロニーの住人1500万を皆殺しにした」

 

「でも、確か30バンチ事件は伝染病が⋯⋯」

 

 エマの言う30バンチ事件とは0085年に起きた30バンチコロニーで発生したバイオハザードである。激発性の非常に致死率の高い未知のウィルスによって住民は瞬く間に全滅し被害拡大を防ぐため地球連邦軍により隔離封鎖された悲劇のコロニー─それがエマたちが知る常識だ。

 

「全てティターンズが流したデマだ。実際は地球連邦政府に対するデモ鎮圧を連邦政府がティターンズに依頼し起きた悲劇だ」

 

「まさか、たったそれだけで住人全員を?」

 

「もちろんデモといっても一部は過激化しただろう。だがその代償が住民全員の殺戮など何の合理性も人間性もない狂気だ。彼らは地球連邦に批判的なスペースノイドと見るだけでまるで害虫のように処分したのだ。コロニーに毒ガスを使うと言うスペースノイドにとって最も残酷な方法でな」

 

「これじゃあ⋯⋯まるでジオンと同じだわ」

 

「ショックなのは分かる。だが我々の敵がどんな奴等なのかもう一度しっかり理解してほしい」

 

「これが、敵⋯⋯」

 

 カミーユを胸が締め付けられた。自分よりも幼い少女のミイラが虚ろな瞳で風に流され風化していく惨状が誰かが意図的に起こしたことだと信じられなかった。

 

 

 

「カミーユ、大丈夫? 確かにあの映像はショッキングだったわね」

 

 ジャブロー降下作戦の最終ミーティングを終えたエマはカミーユの居室へ来ていた。クワトロに見せられた映像を見てからカミーユの様子がおかしかったので、心配になり足を運んだのだ。

 

「エマさ⋯⋯中尉。貴女こそ、よく平気でいられますね。あんなに、沢山⋯⋯」

 

「死体が怖い? 軍隊ではあらゆる死体を見せられるわ。実戦でショックを受けないようにね」

 

「聞こえなかったんですか?」

 

「聞こえる? 風の音以外何が聞こえたの?」

 

「だから⋯⋯いや、もう結構です。一人にしてください」

「カミーユ、辛いことがあるなら一人で悩まないで誰かに──」

 

「ほっといてくださいよ!」

 

「エマ中尉に向かってなんてこと言うのよ! カミーユ!」

 

「うわっ、ファ!?」

 

 エマを部屋から追い出そうとした所、そこに幼なじみのファ・ユイリィが現れた。咎められたカミーユは驚いてその場でぴょんと跳ねた。

 

「な、なんでファがここにいるんだよ」

 

「戦争中なのよカミーユ。私も何か手伝わないとね」

 

 私服から官給品の制服に身を包んだファは物資を積んだ荷台を引いていた。何故か大胆に生足を披露していたのが気になるが、軍隊に属す少女なりのささやかな抵抗なのだろうとカミーユは思った。

 

「君が? 危ないよ。戦争は遊びじゃないんだぞ」

 

「あら、私だって役に立てるわ。なんならモビルスーツに乗ってあなたの背中を守ってあげる!」

 

「ファ! 冗談でも止めて!」

 

 ファがモビルスーツに乗るなどとんでもないとカミーユは頭を振った。親友に危険な真似をしてほしくはないし、何より人の命を奪うあの嫌な感覚を味わわせたくはなかった。

 

 だが元から世の為人の為になるような将来を思い描いていた当のファはエゥーゴに属しカミーユと共に戦うことに一種の生きがいを見出してしまっていた。カミーユと再会できても依然、深刻な状況に変わりはなかったがただ黙って親友以上の存在が戦っているのを傍観することは出来なかった。

 

「二人ともお喋りはそこまでよ。そろそろ大気圏突入の準備に──警報!?」

 

 敵機を知らせる艦内アラームを聞き瞬時にパイロットの目になったエマは動揺し顔を見合わせるカミーユたちに檄を飛ばす。

 

「出撃よカミーユ! ファは居住スペースに避難!」

 

「は、はい! ファもエマさんの言う通りにして」

 

「あっ ちょっと待ってよ! カミーユ~!」

 

 

 

 

 

 

「状況は?」

 

 エマたちが格納庫についた頃、クワトロは既に百式のコックピット内にいた。そこにデッキからブライトの直接通信が送られる。

 

「どうやらモビルアーマーに僚艦のシチリアが攻撃されたらしい」

 

「大丈夫なのか?」

 

「残念だがやられたようだ。付近にティターンズの艦隊も確認した。グリプスからの追っ手だ」

 

「敵も必死だな。振り切れそうか?」

 

「艦隊はそうだがモビルスーツは無理だ。それに降下作戦の変更はない。すまないが限界までバリュートは開かず降下しながら戦ってくれ。こちらもギリギリまで援護する」

 

「簡単に言ってくれるな」

 

「貴方なら、できるだろう? クワトロ大尉」

 

 その言葉と共に通信は切られ、クワトロはコックピット内で苦笑した。

 

 新艦長は任務に私情を挟む矮小な男ではないが、自分に関してはとことん人使いが荒いようだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵⋯⋯敵はどこ!」

 

「カミーユ、隊列を乱さないで。これは実戦よ。ティターンズは私も知らないようなモビルアーマーを使っているわ」

 

 クワトロに続きエマとカミーユもリック・ディアスで出撃し、編隊を組み大気圏突入の準備をしていた。しかし後方のエゥーゴの艦隊が謎のモビルアーマーに次々と襲撃されていることにカミーユの心臓は高鳴る。

 

「どんどんやられてるじゃないですか。これじゃアーガマだって⋯⋯あそこにはファが!」

 

「任務に集中しなさい。私たちが隊列の鍵なの──あれはッ?」

 

 隊列の一機が突如飛来したビームに貫かれ爆発した。迎撃に入るMS部隊の砲火を泳ぐように潜り抜けたその機影は巨大な戦闘機のようだった。

 

「さて⋯⋯この私を惹き付けたのはあの黄金のモビルスーツか?」

 

 操縦席で引き金を引くごとに何人もの命を奪っていく中でもシロッコは気にもかけず忙しなく目を回す。そもそもパプテマス・シロッコの本来の任務は木星船団の隊長でありこの時点ではティターンズでもなければアーガマを追う責任もない。

 

 それでも、本来の母船たるジュピトリスを遥か後方に置き去りわざわざハリオに乗船し専行したのには個人的理由が大きかった。

 

 彼は自身の能力に絶対の自信があった。20代で木星船団の代表となったことは史上稀に見る快挙である。機械工学にも造詣深く手製のモビルスーツも多く製作した。乗機のメッサーラもモビルスーツ産業の覇者たるアナハイム・エレクトロニクス社製に勝るとも劣らぬ性能だと自負している。

 

 そんな自分の輝かしい成功を支えてきたのが、第六感とでも言うべき力だった。その力が、シロッコに告げていた。エゥーゴには何かいる。真の天才たる自分を強烈に引き寄せる存在もまた、自身に匹敵する超越者だと。

 

「黄金のMSから強いプレッシャーを感じる。奴か!」

 

 初めに狙いをつけた百式はいち早くシロッコの殺気を気取り先手のビームを撃った。先手を取られたことなど無いシロッコに取って、新鮮な体験に自然と笑みが浮かぶ。

 

「反応は上々。並のパイロットではないな」

 

 百式の性能やクワトロの技量をシロッコはただ一発のビームを見ただけで知らずとも感じた。

 相当な実力だと、自身に近い能力を持ったパイロットだと肌でひしと理解した。しかし──

 

「違うな。圧倒的でない。何処だ! お前か?」

 

「エマさん! 危ない──ッ」

 

「そ、そんな⋯⋯モビルスーツ?」

 

 MA特有の大出力で急加速したメッサーラはエマの目の前で一瞬にしてモビルスーツに急変形した。頭頂高 18.7mのリック・ディアスが小さく見えるメッサーラの体躯と、心臓を鷲掴みにされたようなプレッシャーにエマの心が止まった。

 

 ──やられる! 

 

 他でもない自分自身が死を直視したその間際⋯⋯

 

「エマさんから離れろー!」

 

 

 

 二人の間に入ったカミーユにシロッコはサーベルを抜き放ち一閃の下に両断するつもりだった。

 

「邪魔をするなら⋯⋯覚悟はいいか!」

 

 

「でぇぇやぁぁあ!!」

 

「なに!?」

 

 上段から放たれるサーベルの軌跡をカミーユはちょうど空手の師範が対刀の模範演舞をしていた時の要領をイメージしていた。

 

 振るわれるサーベル──柄元をリック・ディアスのマニピュレーターで合わせるとその勢いを制止させたばかりかそのままの流れで背後に回りサーベルで切りつけようとする。しかしメッサーラは木星の超重力すら振り切る大出力のバーニアに点火し直面にいたリック・ディアスを吹き飛ばした。

 

「か、カミーユ!? 貴女──」

 

「エマ中尉は一旦離脱してください。こいつはボクが!」

 

「何を言ってるの! ここは協力して敵を⋯⋯」

 

「分からないんですか! こいつは⋯⋯このモビルスーツのパイロットはヤバい! 何か⋯⋯とても嫌な感覚なんです」

 

 あまりの剣幕にエマはこのままカミーユを援護することに躊躇した。謎の可変MSを駆るパイロットはかなりの腕利きだとは理解できるがカミーユの言うヤバい、なる感覚は判別不能としか言えなかった。

 

 しかもそれよりエマはたった今カミーユの行った神業としか言えない動きに皮膚が泡立っていた。まるで武術の達人のような機敏で繊細な動きをMSで行うなど聞いたことも見たこともない。

 MS同士の白兵戦と言えば近接のビームサーベルやヒート系の武器を使って行うのが常識だ。それを無視し生身の格闘技のような戦法を実行できるカミーユの実力と度胸は、軍隊の先輩としてリードしようと密かに思っていたエマの意識を一変させた。

 

 

 ──ただの少女ではないと思ってはいたけど⋯⋯ここまでなの!? 

 

 

 そしてその大胆さにはシロッコも驚愕していた。

 

「危ないところだったな。まさかあんな原始的な方法でこの私の背後に立つとは。しかし、となると君か?」

 

 メッサーラは試すようにMA形態になり瞬く間に戦場を離脱しカミーユたちの視界とレーダーから消えた。

 

「に、逃げた⋯⋯の?」

 

「まだですエマさん! あのMSの気配を感じます。また来ますよ!」

 

 指摘通りカミーユの後方に広がる暗黒から流星の如き光が煌めく。

 

「これは避けられるか?」

 

 シロッコはメッサーラの両肩にマウントされているメガ粒子砲の有効射程ギリギリからリック・ディアスの背中を撃つ。敵パイロットが死角からの攻撃に気づいたところで回避不可能である、とシロッコの明晰な頭脳は少ない情報から瞬時にエゥーゴの新型機の回避運動を予想し最適解を導き出していた。

 

 解き放たれたメガ粒子砲はその計算通り射線上の目標をまっすぐ突き進む。

 

「攻撃!? 死角に注意しなさいカミーユ!」

 

 未だ敵機を捉えられないエマの忠告虚しく既にカミーユの真後ろには強力な光線が迫っていた。

 

 ──墜ちたな

 

 勝利を確信したシロッコ、しかしそのビームは寸前で回避される。コマのように機体をスラスターで回転移動させ紙一重の動きでメガ粒子砲を回避したのだ。

 

 

「くっ!? い、今のは危なかった⋯⋯」

 

 

 ──避けた? いや、今の動きはまるで最初からビームの軌跡を──

 

 シロッコは首を傾げた。未だ普及が完全に進んでいない全天型モニターを仮に敵が装備していたとしても今の攻撃を回避することはエースでも困難⋯⋯それも自身が狙いをつけて墜とすつもりで撃った。それを無傷で躱す芸当をできる者などニュータイプ以外あり得ない、と彼の矜持が僅かに震えた。

 

「私は自分の感覚を信じている。そしてこの感覚⋯⋯間違いない。私を誘ったのは君か!」

 

 そして同時に確信した。あのMSに乗るパイロットこそ意中の恋人だと。

 

「カミーユ油断するな。敵のパイロットは手練れだ」

 

「はい分かります。何か、嫌な気配がします。息が詰まるっ⋯⋯」

 

「戦い慣れてはいないが私の攻撃にはほぼ完璧に対処している⋯⋯ふふふ⋯⋯ハハハハ! 面白い! 俄然興味が湧いたぞ、不思議なパイロット!」

 

「そう易々とな!」

 

 既に再びMS形態に可変したメッサーラは一気にカミーユに迫ろうとするが、そうはさせまいと今度はクワトロの百式が二人の間に割り込んだ。

 

「目障りな。私の邪魔をするならば貴様から墜としてやろう」

 

「私がコイツを引き受ける。カミーユ、君はエマ中尉と降下作戦を完遂させろ!」

 

「でも大尉っ! ボクは──」

 

「勘が鋭いなら全体を見ろ! 作戦を見失うな!」

 

「ぐっ!? ちょこまかと!」

 

「しばらくお付き合い願おうか!」

 

 怒濤の猛攻でメッサーラに肉薄する百式にシロッコは苦虫を噛み潰す。

 

 一瞬の内に常人には理解できない攻防を繰り広げながら戦場を突き抜けていく二人に誰も手出しできず呆然と閃光の軌跡を追うしかなかった。

 

「無茶ですよ大尉! やっぱりボクもそっちへ──」

 

「余所見をするなんて気楽だな! エゥーゴめ!」

 

 カクリコンにしてみれば酷く気分の悪い戦闘である。再三の失態続きで軍内での立場も危うい自分にとって手柄を挙げることは最優先事項であった。

 エゥーゴならば最早相手が何であろうと引き金を引く、躊躇う枷など彼にはもうない。

 

「熱くなるなカクリコン。ライラの言う通り連携して叩くぞ!」

 

「ジェリド、悪いが手柄は俺一人で貰う! 後で妙な難癖をつけられないようにな」

 

「落ち着け! もうすぐ大気圏突入の限界点だ、バリュートが強制で開くぞ!」

 

 ジェリドたちティターンズも大気圏突入用の装備は着けていたが戦闘用ではない間に合わせ。一度バリュートが開けば姿勢は固定され移動も不可能。突入中に解除・ないし不具合が生じれば想像したくもない死に方を迎えることはこの場にいるエゥーゴもティターンズも分かっていた。

 

「その前にやればいいだけのことだ!」

 

「ティターンズっ。この感じは母さんを殺した奴⋯⋯母さんを⋯⋯! 本当に、どうしてお前たちはこんな時でも戦争を止めないんだァ!」

 

 

「貴様はあの小娘か! ちょうどいい、元はと言えば貴様のせいでケチが付き始めた! ここで恨みを晴らす!」

「黙れ! お前なんか、声も聞きたくない!」

 

 

 ここは戦場。敵を殺さなければ安息はない。だがカミーユもカクリコンも、死の恐怖よりも沸き立つ激情に駆られその手に殺意を乗せていた。

 

 

 

「不味いわっ ティターンズのMS部隊に追い付かれてしまった! カミーユが⋯⋯」

 

「エマ中尉、ブライトだ。クワトロ大尉もカミーユも隊列から大きく逸れた。ポイントマンの君は絶対に隊列から離れるな」

 

「しかしっ 二人には援護が必要です」

 

「作戦の完遂には君が必要だ。それくらい分かるだろ、エマ中尉」

 

「──っ。えぇ分かります。ですがあの二人もエゥーゴには必要です」

 

 

 隊列の先頭に立ち降下ポイントを目指すエマの眼下には既に青く輝く大地が迫っていた。



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大気圏突入2

ブラック企業に魂を囚われていましたが私はハーメルンに帰ってきました(血反吐)


 アレキサンドリア艦長室

 

「エゥーゴの狙いはジャブローか。予想はしていたが少々早かったようだな。大佐」

 

 艦長室の一面に設置された大型モニターに黒を基調としたコートで身を包む目付きの鋭い鷲鼻の老人が映っていた。それに対してバスクは常日頃溢れ出ている傲岸不遜な態度をまったく表に出さず、ただただ不動で謝罪の言葉を述べていた。

 

 ジャミトフ・ハイマン。

 

 地球連邦軍大将でありカミーユ達の敵であるティターンズの創立者。現状、この地球圏で最も影響力を持つ怪物である。

 

「はっ。あろうことか何隻か連邦軍正規部隊の艦艇がエゥーゴ艦隊に追随するのを確認しました」

 

「貴官の指揮下にいた部隊も含まれているようだな?」

 

 

 痛い所を突かれ今ならばどんな合金でもスクラップにできるほど固く握られた巨岩のような拳が小刻みに震える。この場にジャマイカンがいたならば顔を青くして居ただろう。

 

 それも無理はない。

 

 グリーン・ノア1からガンダムを強奪したエゥーゴを追い敵の旗艦と思われる船を発見したまでは良かった。だがそこからは正に踏んだり蹴ったりの不運の連続だった。

 

 使者として送った部下は敵に寝返り無事だったガンダムも年端もいかぬ小娘に盗まれ全てのガンダムを失う失態。頼みのティターンズたちはエゥーゴのMSの前に翻弄され不甲斐ない戦果ばかり。

 

 ならばと業腹ながらも正規軍にも協力を要請したらまさかの土壇場での裏切り。

 

 背後からエゥーゴに寝返った正規軍艦隊の砲撃によってアレキサンドリアは満足にMS部隊の援護も出来ず後手に回らざるを得なかった。

 更にエゥーゴのMS部隊の降下に合わせて大量のデコイをジャブローに向けて射出。レーダーが混乱し生まれた空白地帯にピンポイントで降下されては移設中の脆弱なジャブローでは迎撃など土台無理な話だった。

 

 

「申し訳ありません。まさかエゥーゴがこれほど連邦内部を蝕んでいるとは……面目しだいもございません」

 

 青筋を浮かべつつ苦虫を噛み潰すバスクとは対照的にジャミトフはいたって平然としていたが、言葉の端々にある棘がバスクの胸を突きまわす。

 

「そう自分を責めるなバスク大佐。それにこれは好機と捉えよ。この事実を巧く使えばエゥーゴの浸透を議会で追求し堂々と親エゥーゴ派を牽制できるのだからな」

 

 ジャミトフはモニター越しに今にも噴火しそうな巨人を諌めるも、その胸の内では罵詈雑言の嵐が吹き荒れていた。

 

 自ら戦艦に乗船し最前線で指揮を執る超現場主義のバスクを一定程度は評価している。エリート部隊とは言えティターンズにも彼程に力を持ちそれを振るうことを躊躇わない部下はいない。

 

 だが如何せん大局を見る目が欠如していると常々憂慮もしていた。

 

 30バンチ事件などその最たる例と言える。

 

 暴動を鎮圧しろと命令はしたがジャミトフ自身もまさか毒ガスを注入してコロニーごと住民を皆殺しにするなど想定外だった。そこから始まった膨大な隠蔽工作の影響は今でも尾を引き巨大な権力と武力を持ちながらもティターンズの立場は不安定と言わざるを得ない。

 どれだけ恐怖や甘い汁をチラつかせようとも靡かぬ人間はいた。連邦軍内の不穏分子は勿論のこと彼にとって忌々しい政敵であるブレックスや士官学校時代からの腐れ縁であるアナハイム・エレクトロニクス会長メラニー・ヒュー・カーバインと言った面々は陰に陽にティターンズの躍進を阻んでいる。

 全てとは言わないが現在のティターンズの悪評の大部分がバスクの所業のせいであると彼自身一番頭を悩ました。

 

「貴様の役目はエゥーゴとその支持者たちを根絶やしにすることだ。奴等の宇宙戦力を壊滅せしめれば地上に降りた雑兵はどうとでもできる」

 

「了解しました! それにジャブローには今、()()があります。宇宙の虫けらどもは一匹残らずジャブローの地に消え去るでしょう‼」

 

 

 自身を奮い立たせるように語気を荒げるバスクの姿に底冷えをジャミトフは感じた。

 

 ジャブロー基地に仕掛けたアレを何の忌避も感じずに、使用する前提で話を進めるその姿はかつても見たことがあった。それは30バンチ事件の知らせを受けすぐさまにバスクへ事のあらましを詰問した時の彼の返答と重なる。

 

 

 

 

「お喜び下さい閣下。我が方の損失は皆無でありました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はいったい何をしているんだ……」

 

 大気圏下での戦闘が熾烈を極めジェリドの周囲でも次々と仲間たちが一機、また一機と爆炎と閃光に包まれ消えていく中、彼はコックピットの中で自問していた。

 戦況は一進一退といった形でエゥーゴ・ティターンズ双方共に決定打を欠きただひたすらに命と時間ばかりが過ぎていく。迫りくる時間切れという恐怖に多くのパイロットが怯えるそんな状況において、ジェリドは気が抜けていた。

 

 ──俺はティターンズの兵士だ。カクリコンは仲間で同志、あの娘は他人でエゥーゴのパイロット……敵なんだ! 敵は倒さなければならないんだ‼

 

 本来、自身の持てる全ての能力を総動員して然るべき戦場で彼は迷っていた。エゥーゴのMSに照準を合わせる度に視界の端にチラつく少女の顔が彼の殺意を削いでいた。

 

「何をやってるんだいジェリド! 死にたいのか⁉」

 

「ら、ライラ……すまない。カクリコンを援護してくる」

 

 

 見かねたライラの叱責に、もう一度操縦桿を握り直しバーニアを吹かすその後ろ姿をライラは冷めた目で見送った。発破をかけたものの、一流の兵士である彼女はジェリドの迷いを感じ取っていた。

 

「ジェリドの奴、理由は分からないがありゃ駄目だね。とても使い物にならない。アタシがなんとかするしかないか⋯⋯」

 

 だがライラとて任務がある。迷いを持ったまま戦場に来た愚か者にまで時間を割くほど温い精神構造はしていない。

 彼女の目は既にジェリドからエゥーゴへ向けられていた。

 

「ジャブローに降りるったってポイントマンが必要だ。この乱戦でも不自然に動きの少ない機体は……アイツだね!」

 

 あくまで冷静に戦場を俯瞰していたライラの目と戦士の勘は激戦の中で不可解な動きを繰り返すリック・ディアスを見つけた。カミーユ、クワトロが戦線から突出しても必死に陣形を維持しようとするエマの誘導は辛うじてエゥーゴ部隊を繋ぎとめていた。だがその健闘が仇となったのは理不尽と言うほかない。

 

「この状況でもまとめ役とは随分と律儀な奴だね!」

 

「私だけを……強い!」

 

 

「そう簡単にはやらせるかよ!」

 

「中尉は引き続き先頭に! 俺たちが援護します!」

 

 エマ機に肉薄するライラのマラサイへすかさず牽制を放ったのはアポリーとロベルト。

 エマ機を護るように立ち塞がる二機のリック・ディアスは豊富な武装に物を言わせた弾幕でライラを近づけさせない。

 

「鬱陶しいねぇ! ジェリドの馬鹿がマシだったら無理攻めも出来たってのにっ⋯⋯! そろそろバリュートが開いちまう!」

 

 

 アーガマ艦橋

 

「エマ機、戦闘に入りました。カミーユ、クワトロ機も戦闘中。もう無茶苦茶ですよ!」

 

「無茶でも何でも彼らを地球に降ろすんだ! バリュートの強制展開まであとどれ位だ⁉」

 

「もって後、数分です! ブライト艦長、我々も離脱しなければ重力に捕まってしまいます」

 

「彼らの健闘を、祈るしかないのか……?」

 

 ブライトたちの懸念通り両軍のMSの背部から次々とバリュートが展開し宇宙は多くの落下傘で瞬く間に埋め尽くされていった。突如として止んだ砲火の代わりに大気圏突入の衝撃がMSの機体を軋ませる。

 

 

「潮時だカクリコン──! 俺はバリュートを展開する!」

 

「ジェリドめ! 意気地無しがっ」

 

「待てっ お前だけは逃がさない!」

 

 

 カミーユたちもそれは例外でなく、最高潮にまで高まった戦いの熱も引き裂かれる。強制的にバリュートが背部で展開することで必然的にすべての機体が地球を背にした。だがただ落下するだけの時間を両者は待てない。

 

「カクリコン! もう一機はまさかカミーユ⁉ あの馬鹿共……バリュート無しじゃ大気圏で燃え尽きるんだぞ!」

 

 示し合わせたかのようにバリュート展開をオートから手動に切り替えた二機のMSは大気との摩擦熱で赤く発光していく。それはどこか神々しい光景だったが、二人の命を糧とする輝きなだけに終焉は間近に迫る。

 

「あの時のガキだけは! 貴様を倒さなければ俺は!」

 

「知ったことか!」

 

 頭に血が上っている両名だが愚かではない。自分たちに残された猶予には限りがありそれがとても短いものだと理解しているから大急ぎで相手を倒そうとしている。どのみちこの状況では先にバリュートを開いたほうが死ぬ。生きるため互いに死へと向かっていた。

 

 

「クソォ! このままでは共倒れだ……さっさと墜ちやがれ‼ ──ぬぉ⁉」 

 

 塗装が熱で蒸発しフレームも融解する温度で戦闘をすること自体、人類はほぼ経験していない。ましてアナハイム・エレクトロニクスの技術者も想定してはいない。距離を取り射撃戦を行うカクリコン機のビームライフルが外気温に耐えられず爆発したのは当然といえば当然だった。

 

「ジェ、ジェリド! 援護してくれぇっ!」

 

 極限状態において、取り囲むように全天モニターで映し出された炎はまるで自分自身が焼かれているような錯覚を生じさせる。水の惑星が手を伸ばせば届きそうな距離だが二人の居場所は灼熱の淵。今にも地獄の釜が蓋を開けて呑み込まんとする世界の中で、二人の精神の明暗が決まった。

 

「逃がすものか! お前だけは‼」

 

 カミーユはビームピストルもクレイ・バズーカも既に失っていた。手放したというほうが正しいか、大気圏突入時の熱がどれほどのものか彼女は分かっていたから自分で廃棄した。残った武器は備え付けの55㎜バルカン・ファランクス。頭部ハッチが解放され銃口がマラサイを捉え火を噴く。

 

「頭に武器が⁉ だ、だがその程度ではこのマラサイの装甲は撃ち抜け──」

 

 通常のガンダリウム合金ならばそうだっただろう。だが超高温に晒され脆くなった装甲はまるで糠のように銃弾を吸い込んだ。

 

「そ、そんな馬鹿なァ⁉」

 

 一方のカクリコンは現実に迫る死の恐怖に一瞬、怒りを忘れてしまった。彼がなりふり構わず突撃していれば結果はまた違っていただろう。しかし勝利の女神が微笑んだのはカミーユ・ビダン。カクリコン・カクーラーは死神の鎌に刈り取られ焦熱の空へと堕ちて行く。

 

「う、動け! バリュートさえ作動すればいいんだ! 動け! 動け! 動けってんだよぉ!! 」

 

 操縦席でどれだけ計器を弄ろうと深刻な損傷を負ったメインフレームは壊れた人形のような何処か滑稽で緩慢な動作しか出来ず、

 

「救助求む! こちらティターンズのカクリコン・カクーラー! 救助求む! アレキサンドリア! 応答を! 応答を! ジェリド⋯⋯聞いているだろ! なぁおい!? ジェリド!? 俺はここだ! 頼むから誰か応えてくれぇ!!」

 

 通信でいくら助けを呼ぼうともそれを受信したところで誰も応えることはしない。死に逝く者の哀れな命乞いを聴きたくはなかった。

 

「ハァ──ハァ──ハァ──あぁそんな⋯⋯こんな所で⋯⋯」

 

 吐く息でバイザーは白く濁り視界を覆い隠した。堪らずヘルメットを脱ぎ捨てるとパイロットスーツ越しでは感じられなかった熱がカクリコンを襲う。

 

 一息吸い込む度に肺が熱湯を流し込まれるあように悲鳴をあげ、無駄だと薄々分かっていながらも固く操縦桿を握る手は特殊素材が溶け鼻を刺す臭いがコックピット内に充満した。

 

 

「う⋯⋯うぅ⋯⋯熱い⋯⋯熱過ぎる⋯⋯!」

 

 

 じわじわと蒸し焼きにされていく中で、カクリコンは地球に残してきた恋人が脳裏に現れた。

 

 目の前に迫る地球に、彼女はいるのだ。

 

 庭先に植えられている薔薇が一番良く見えるから、とリビングの窓辺に佇むその姿が彼は気に入っていた。

 

 昼日中、起き抜けで気だるげにシャツだけを身に纏い美しい日の光のような髪をかきあげるその仕草に彼は惚れていた。

 

 ふと、宇宙へ上がる前に彼女が流行りのレストランに行ってみたいとねだっていた事を思い出す。任務の前に約束しても任務帰りになれば「もう流行りは過ぎたのよ」と冗談めいて言われ何度も肩を落とした。

 

 

 そうだ、次こそは完璧なプランを立てよう。

 洒落た店を予約して、

 女の喜びそうな花を用意して、

 キザな台詞の一つでも吐いてやろう。

 

 

 直ぐに帰ると言って出てきた。別れのキスすらしていない。

 

 

「あ⋯⋯あぁ⋯⋯! アメ⋯⋯リ⋯⋯⋯⋯ァ⋯⋯俺は──」

 

 カクリコンは地球へ手を伸ばしそこにいる筈の無い恋人を引き寄せながら近い内に言おうと思って言葉打ち明けようとした。

 

「──────────────」

 

 死神にとってそんなカクリコンの夢想など意味はなかった。肺と喉は既に焼け爛れ満足に呼吸も出来ず眼球も角膜のたんぱく質が凝固し視力も失っていた。

 

 雲散した恋人を探すように手を伸ばしたその時、大気圏に突入したマラサイは火花のように閃光を放ち、消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

「────ガフッ!?」

 

 

 爆発したマラサイと入れ替わるように高度を上げたカミーユのリック・ディアスは想定を越えた高度と速度でのバリュート展開によって急激なGが圧し掛かった。

 全身の内臓が万力で引き伸ばされていくような不快感はカミーユから復讐の余韻を奪った。

 

 

 命懸けてでも討ちたかった仇。

 

「はぁ……はぁ……お、終わったの? うっ……ウェ……オエェ……!」

 

 気が狂いそうな程望んだ復讐の結末を、カミーユはまだ理解してはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「退いたか……いや、流石に此方も潮時だな」

 

 シロッコ駆るメッサーラとの一騎討ちに挑んでいたクワトロだったが驚異的な推進力でヒットアンドアウェイを繰り返す神出鬼没な相手に防戦を余儀なくされていた。だが果敢に攻めていたメッサーラが突如踵を返すと一瞬でレーダーと肉眼から消え去った事態に、慌てて計器を確認し自分の今の高度を知った。

 

「⋯⋯いかんな、奴との戦闘に気を取られ過ぎた。着地点が少しずれるか」

 

 バリュート装置を起動しながら落下予測地点を計算するとジャブローより数十キロ離れたジャングルに降下することが分かった。この程度なら少々の遅れで済むと安堵したクワトロだが、当初の予定では随伴して降下する筈のカミーユのリック・ディアスを探した。

 

 しかし既に辺りはバリュートだらけの紋切り模様でとても機体の識別はできない。通信も大気圏突入の影響で上手く機能せずただ落下に身を任せるしかないことに歯噛みする。

 

「あれは……ティターンズのMSか?」

 

 そんな中で、バリュートを展開せず凄まじい速度で地球へ吸い込まれていく機体を発見した。辛うじてエゥーゴの機体でないと分かるそれは四肢が爆散しメインフレームも融解していき次々に崩壊していく。

 

──少佐っ 助けて下さい! 少佐ァ──! 

 

 クワトロはかつての部下の悲痛な叫びを思い出した。今まさに大気との摩擦熱で急激に熱せられている敵機の運命は一つ。

 

 孤独な死だ。

 

 果たしてあのパイロットの酷い死は意味があるのか? 

 恐らくはないだろう。どれだけ慰めの言葉を掛けたところで運命は変わらない。あのパイロットは最期の瞬間まで恐怖に狼狽え苦しみにのたうち回るのだ。そして、この無限の宇宙に漂うことも母なる大地に還ることも出来ず、灰の一欠片も残さず燃えてゆく。

 

 

 

 

 

「か、カクリコン⋯⋯」

 

 ジェリドは燃え尽きていく親友の名を叫ぶことしかできなかった。今すぐにカクリコンの機体に近寄り救助したい気持ちと既にデッドラインの向こうにいる友を助けようとすれば自分も道連れになってしまう冷静な判断が混在していた。

 

「仇は……仇はとるぞ! お前の仇を! もう俺は迷わん! カミーユ、地上でケリをつけてやるッ」

 

 ジェリドは友の仇を視界に捉え足下に迫る大地を待った。カクリコンのような愚行は犯さない。得意の地上戦でもって雪辱を晴らす為にジェリドは一旦沸き上がる殺意に蓋をした。

 

 

 アーガマ艦橋

 

「MS部隊、降下進路に入ります。予定進路よりズレありますが軽微です。作戦に支障はありません。ただしクワトロ大尉は戦闘の影響でジャブローより少し南へ落着するようです」

 

「そうか、なんとかエマ中尉が踏み止まってくれて助かった。クワトロ大尉が遅れを取り戻すまでジャブロー攻略はエマ中尉が指揮するよう打診してくれ」

 

 ──シャア……頼んだぞ。カミーユ君やエマ中尉たちと共に必ず帰ってこい

 

 青き星に吸い込まれるように落ちていくMSたちを見送りながら、ブライトはかつての敵に思いを託した。

 

 

 

 

 

 

「重力に引かれては敵わん。撤退する」

 

 敵味方の落下傘降りしきる中、シロッコはただ一機のリック・ディアスを注視しながらも進路を母船へと向ける。その報告に戦闘宙域の間近から事の成り行きを見守っていたテッド艦長が額に汗を浮かべながら答えた。

 

「エゥーゴを追わないので?」 

 

「重力の井戸の底には思わぬ怪物がいるものだ。私はそれが怖い。一時ジュピトリスへ帰投し態勢を整える」

 

「そうですか! お気をつけて」

 

 ようやく厄介者払いができたとテッド艦長は通信モニターに映らないよう拳を握り胸を撫で下ろした。だが彼は事態の急変にまだ気づいてはいない。

 既に自艦の主だったクルーたちがシロッコに懐柔され忠誠を誓ったなど知りもしない。

 

 この後、銃を突きつけられた姿でまた自分の前に連れ出される艦長に同情しつつも栄光の道を歩む同士となるチャンスを与えられるのだからきっと光栄に思うだろうと、母船に撤退するシロッコは冷たい微笑を浮かべる

 

「もう少し君を知りたかったが⋯⋯いかんな。まるで初な少年に戻ったかのようだ」

 

 

 それでも彼はまだ見ぬ存在を想起する。リック・ディアスは既に地球へ降り光点すら見えぬほど離れたと言うのにその存在は彼の心臓を鷲掴んで離さない。

 

 ──また会おう。不思議なレディ。

 

 自然と笑みが零れたシロッコの心には、晴れやかで麗らかな風が吹いていた。




ジェリド、覚悟完了
カクリコン、クラウンになる。
クワトロ、はぐれる
木星兄貴、また会おう(ニチャァ)


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ジャブローの嵐

 南米 ギアナ高地 ロライマ山 地下 地球連邦軍総司令部ジャブロー

 

 カミーユたちが大気圏を突入する少し前、既にジャブローでは敵機襲来の警報が鳴り響いていた。鬱蒼と生い茂るジャングルの風景に溶け込むように偽装された出入口からは敵を迎え撃つべくMSや航空機が続々と発進されていく。

 

 しかしその規模はかつて一年戦争当時の激戦を耐え抜いたジャブローとは思えぬほど散発的で小規模だった。そもそも出撃している連邦軍パイロットたちは、自分達がどんな敵と戦うのかろくに知らされていなかったのだ。

 

 ジャブロー司令センター

 

 レーダーや監視衛星から送られる敵機の反応が、ジャブロー内部に雪崩れ込む事を如実に表す危機に司令部は対応に追われていた。

 だがティターンズのバスク大佐からエゥーゴ襲撃の情報が入電してきてから間もなく、大気圏を突き破りMSが襲来してくるなど誰が予測出来るだろうか。

 

 宇宙にいるバスク艦隊は地球連邦軍のエリート中のエリートだけを集結させた泣く子も黙る実力部隊だ。部隊の思想や荒さは連邦内部でも悪評は絶えないが潤沢な予算と最新鋭の兵器に最高の人員を持つ彼らの手を逃れて連邦の心臓部に降り立つエゥーゴもまた、生半可な覚悟ではない。

 

 司令部のオペレーター達の額には快適なエアコンが効いた空間にはそぐわないじっとりとした汗が滲んでいた。

 

「監視衛星や迎撃衛星が我が方の艦の攻撃で殆どが撃墜された穴をエゥーゴに突かれたな。エゥーゴの根は深く広いな」

 

 司令の漏らした一言に周囲の兵士たちは固唾を呑んだ。本来はバスク艦隊と共同して宇宙でエゥーゴを叩く筈の連邦軍艦隊までもが裏ではエゥーゴに共鳴していた事実、それは最早一部の反抗勢力ではなく内戦とも言える規模にまでこのティターンズ・エゥーゴの戦いが拡大していると言えた。

 

「司令、エゥーゴの攻撃に対して此方はMSの数が圧倒的に不足しています。これでは基地を守りきれません」

 

 有効な手だても打てぬままに状況が悪化していく光景を眺めることしか出来ぬ司令部で、ただ二人だけはどこか平然としていた。その一人である女性がもう一人の男である司令官にそっと耳打ちをする。

 

「問題ない。バスク大佐からの命令通り当初の作戦を実行するための足止めにさえなればいいのだからな。君は早く脱出しなさいマウアー少尉。作戦は既に起動シーケンスに入った」

 

 マウアーと呼ばれた女性はチラリと周囲を警戒する。この会話は本来、存在してはならない物なのだ。もし誰かに一人にでも知られれば腰のホルスターに装備している物で、処理をしなければならない。それほどまでに重要かつ機密事項だった。

 

「いいえ、システムの起動・停止ができるのは貴方だけです。司令が脱出しなければ私も脱出は……な、なにを!?」

 

 司令官は唐突に自身の拳銃を取り出した。反射的に見構えるマウアーを余所に司令官は達観した表情で銃口をこめかみに押し当てる。そこに恐怖や、後悔の色はない。

 

「これで、戦争が早期終結に向かうことを望む」

 

 言い終えると司令官はマウアーに背を向け躊躇いなく引き金を引いた。乾いた破裂音の後に糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた司令官に司令部の兵士たちも何が起こったんだとマウアーを見つめるばかりだ。

 

「っ……! 司令官は戦況の不利を悟り自決した! 全員持ち場を離れ速やかにジャブローから撤退せよ! これは司令官の最後の命令です!」

 

 一瞬の間を置いて司令部の兵士たちは我先に出口へ走り出した。皆、戦力の殆どを移設した現在のジャブローでは勝ち目はないと薄々分かっていた。分かってはいたが軍人の責務として任務についていた。しかしその頂点とも言うべき司令官が部下を残し一人自決してしまえば最早任務がどうこう言っている場合ではない。

 

 誰もいなくなり計器類の音がなるばかりの司令部でマウアーは基地全体に退避命令を発令するコンソール画面とひたすら対峙していた。バスクの命令を素直に聞くならここにいる者は全て抹消されなければならない。下手をすれば自分自身も。

 

「私は軍人……正しい選択をしたはずよ」

 

 ニュータイプ研究所出身のマウアーにとって軍人とはなんたるかと問われれば任務に忠実であれとしか教わっていない。だがその根底には平和や、命の大切さを望む慈愛が確かにあった。彼女は一人でも多く助ける為に退避命令を発令し自らも生還するべく駆け出した。

 

 

「ここがジャブローか……本当にすごいジャングルだ」

 

 マウアーの決断より少し遡り、大気圏を突破し地球の大気に包まれたカミーユの眼前には地平線の彼方まで続く程の緑の大地が広がっていた。かつてジオン軍の決死の攻撃を易々とはね除けた理由が、理解できた。

 

 とにかく広い。

 

 42万平方㎞あるとされる総敷地面積には連邦軍の指針を決める参謀本部、40万人を超える人員を許容する居住施設と長期の籠城にも耐えうる莫大な物資保管庫、人の手を借りずオートメーションで絶えず量産されるモビルスーツ生産工場、艦隊クラスが悠々と停泊できる宇宙戦艦ドック、及びそれを複数同時に宇宙へと上げられる簡易マスドライバー施設等々が地上ではなくベネズエラ・ガイアナ・ブラジルに股がるテーブルマウンテンの地下深くに建造されている。

 

 軍事都市とも言えるこの要塞はプレートテクトニクス活動の回転軸に位置しており火山活動や地震の影響をほぼ受けず、標高2,810mの巨山は遥か太古の時代に存在していたゴンドワナ大陸の頃よりある固い岩石で構成されその地下に広がる岩盤も通常兵器はもとより核攻撃すら耐え抜く。

 

 そして地上部分は360°全てを覆う分厚いジャングルが地上の目標を隠している。

 

「このままじゃ狙い撃ちだ! 早く降りないとっ」

 

 早速見えない砲台からの火砲が雨のように下から突き上げてくる。事実、一年戦争のジャブロー攻防戦でも投入された多くのジオンMSはその数に反して地上にたどり着けた者は数える程度で殆どが対空兵器の餌食となったとハイスクールの戦後教育でカミーユは教わっていた。

 

「なんだいなんだい! これが天下のジャブローかよ!?」

 

「やはり情報通り戦力と言えるものはからっきしだな。これなら行けるぞ!」

 

 しかし、カミーユの動揺とは裏腹にジャブローからの迎撃は最盛期と比べ極めて脆弱だった。無論、対空兵器やMSも展開されていたが一年戦争を知るアポリーやロベルトたち旧ジオン派閥にとっては拍子抜けにも程があるお粗末さだった。

 

 焦るカミーユを尻目に戦争を知るロベルトたちは火砲やミサイルを潜り抜け難なく予め予定していた侵攻ルートに繋がる河川スレスレに落着した。

 

「慌てるなよカミーユ! 敵の攻撃は散漫だ。よく見て躱していけ!」

 

「は、はい。分かりましたロベルトさん」

 

「ロベルト、新人教育もいいがこっからが本番だぜ。早いとこ中を制圧してジャミトフを拘束しなきゃならん。カミーユ、お前は無理せずいつでも脱出できるように深入りするな。こっからは別行動だ」

 

 既に侵入口に突入したロベルトたちを追うためスロットルに手をかけたカミーユに話しかける者がいた。

 

「だ、誰です? この声は……レコアさんだ!」

 

 正確にはカミーユではない誰かと話しているレコアの声だった。あり得ない事だとカミーユも分かっているが、彼女はそれが単なる直感や幻聴の類のような不確かな事象ではないと理解していた。

 

 いるのだ。レコアがここ、ジャブローの何処かに。

 

 

「今助けに行きますよ。レコアさん!」

 

 カミーユは脳内に伝わる声を頼りにジャブロー基地内部へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 地上での抵抗の弱さを逆に警戒していたロベルトたちMS部隊はジャブローの内部を慎重に進んでいった。しかし内部での迎撃やブービートラップは殆どなく順調にジャブローの最深部まで進めてしまった。

 むしろ厄介なのは大気圏から追ってきたティターンズの方であり度々基地内に轟音が反響していた。戦闘は今や乱戦になり至る所で爆発と炎が上がる。

 

 基地を進むカミーユと、その後をずっとつけてきたジェリドたちもその例に漏れず戦闘の火ぶたが切られた。

 

「待てカミーユ! カクリコンの仇、取らせて貰うぞ!」

 

「またあなたですか!? ジェリド中尉!」

 

 

 後方から迫るジェリドはマラサイのサーベルを抜き仕掛けた。カミーユも逃げるのを止め初めての重力下での戦闘を感じさせないスラスター捌きで機体を反転させ迎え撃つ形を作る。

 アポリーもロベルトも、クワトロも、頼れる味方は周りにいない。一騎討ちが始まる──そのはずだった。

 

「そんな攻撃っ──え!?」

 

 カミーユなら避けられる攻撃だった。

 だがスラスター出力を上げた瞬間、スラスターノズルがショートし機体は勢いよく背後の岩壁に叩きつけられた。

 

「っ……! さっきの大気圏突入で無理しすぎたせい?」

 

 大気圏突入からジャブロー降下までの目まぐるしい戦闘で気が向いていなかったが改めてコンソールで乗機のリック・ディアスの状態を確認すると至るところで赤信号が出ていた。

 

 関節部は錆び付いたようにぎこちなくセンサー類は軒並みミノフスキー粒子のプールに浸かったようになっていた。中でも深刻なのは今の衝突で融合炉が停止しかかっていることだ。

 無論、核爆発を起こして原子レベルで焼却されるよりはマシだが敵のビームで焼却されようとしているこの状況では同じようなものだ。

 

「運がないなカミーユ。年貢の納め時ってやつよ」

 

「くっ! どうするって言うんだよ! 母さんみたいに殺すのか!」

 

「お前はカクリコンを殺した! 親友だったんだ!」

 

 吐き出すように怒りをぶつけるジェリドは、カミーユと同じように失っていた。カミーユはここで初めて認識した。自分が奪った命がただの敵でなく、誰かの大切な存在なのだ。

 

「──どうしろって言うんだよ! 目の前で親を殺されて! 殺した奴が自分を殺そうと襲いかかってきたら! 貴方はどうするんだよ!」

 

 だが譲れない。ハイそうですかとジェリドに仇を取らせ死んでやる選択肢など端からカミーユには無かった。

 第一に、殺す殺されたを言うならば自分こそ被害者だとカミーユは激情する。母を殺したのは間違いなくティターンズだ。この事実と怒りは誰が何と言おうとも、正当であり許してはいけないことなのだ。

 

「なら投降しろ。今すぐコックピットから出てくれば殺しはしない」

 

「くっ、だったら殺せよ!」 

 

「強がっている場合じゃないぞ! ぐずぐずしてたら本当に撃つぞ!」

 

 切迫した状況の中、基地内に突如アナウンスが響き渡る。

 

 ──ジャブロー基地は放棄されました。ジャブロー基地は放棄されました。各員速やかにジャブロー基地を脱出せよ。各員速やかにジャブロー基地を脱出せよ。

 

 サイレンと警報で尋常ではない雰囲気が漂うなか、本来敵の侵入を阻む隔壁が次々と開放されていく。それはアナウンスの言う通りこの基地の目的が消失したことを意味していた。

 

「バカな! 守備隊は何やってやがるっ ここはジャブローだぞ!」

 

「ジェリド中尉。貴方こそ投降したらどうですか? ボクらの勝ちですよ」

 

「生意気言うな。エゥーゴだって少数だ。奴らが占拠していないドックから脱出すれば済む話だ」

 

 ──聴こえるか!? 此方はエゥーゴのアポリー・ベイ中尉だ。基地は我々エゥーゴが占拠した! だがそれよりも優先すべき重大な情報がある。ティターンズも正規連邦兵も聴いてくれ! このジャブロー基地の地下には核爆弾がセットされている! しかももう間もなく爆発してしまう! 

 全員今すぐ出来るだけ遠くに避難するんだ! いいか、これは罠じゃない! 我々も退避する。とにかく逃げるんだ!! 

 

 尚も勝ち誇るジェリドだが流れてきた放送にその誇らしげな表情が凍りついた。

 

「核だと!? 見え透いたエゥーゴのデマだ!」

 

 しかし、とジェリドは言葉とは裏腹に思案する。

 

 ジャブロー基地のこの有り様はどうだ? 

 

 新たな本拠地への引っ越し作業中だから手薄な警備だと上官から聞かされてはいたがそれにしても抵抗が温すぎる。本来なら何ヵ月も籠城できる自力を持つ要塞がエゥーゴのMS数十機相手にむざむざ突入を許すこと自体、あり得ない。

 まるで敵をわざと深入りさせ一網打尽にするかのような意思が取れる。

 

 核ならそれも可能だ。エゥーゴは全滅する。ジェリドたち連邦兵を道連れに。

 

 一度懸念が湧けばもう止まらない。脱出、の二文字が頭を過る最中、相対するジェリドたちへ叫ぶ女が現れる。

 

「あの! そこのMSたち! 早く脱出しなさい!」

 

 集音マイクが捉えた悲痛な警告はジェリド・カミーユ双方に呼び掛けられたものだった。

 

「貴様は? 脱出とはどういうことだ」

 

「ティターンズのマウアー・ファラオ少尉です。時間がないので詳細は省きますがこの基地は核爆発で跡形もなく吹き飛びます。ですから早く脱出してください」

 

「あんたもあの放送を聞いたのか? あんなのは──」

 

「デタラメではありません! 司令官は自決し司令部はもぬけの殻です。地下の核爆弾も起動して猶予はありません!」

 

 疑惑が確信に変わった瞬間であった。上官であるジャマイカンやバスクは一言もそんな計画を言ってはいなかった。ただエゥーゴを追い叩けとしか命令されてはいない。

 あの二人が、特にティターンズNo.2のバスクが知らない訳がない。嵌められたのだ……敵も、味方も。

 

「クソッ! バスクの野郎……何処までもバカにしやがる! あんたも乗れ! 一緒に逃げるぞ」

 

 コックピットハッチを開放し同乗を促すジェリドに、マウアーは伏し目がちに首を振る。

 

「……私はこの基地の機密が守られることを見届けるのが任務です。一緒には──」

 

「あんたのようなイイ女が爆弾で死ぬなんて黙ってられるか! 乗れ!」

 

「…………!」

 

――よく、そんなことが言えるな。この人……。

 

 マウアーは驚いたようにジェリドの差し出した手を見つめていた。彼女からすればジェリドはきっと窮地に現れた男らしい男に見えただろう。

 カミーユにしてみてもちょっと格好いいと思った。ライフルを向けられたMS内でなければの話だが。

 

「その代わりしっかり脱出させて貰うぞ! 案内しろ!」

 

「……分かりました。第7ドックに輸送機のガルダがあるはずです」

 

「ガルダか。ならなんとか基地内の兵士も乗り込めるな」

 

「カミーユも乗れ! それともここで死ぬか!?」

 

「……分かりましたよ! 乗ればいいんでしょ」

 

 コックピットから何とか抜け出しジェリドのマラサイにマウアーと三人で何とかギリギリ乗り込む。死ぬよりはマシな選択だと考えるが懸念もあった。レコアのことだ。

 

 

 カミーユはレコアの存在を強く感じていた。間違いなく自分がいるエリアからそう遠くない所にレコアが確かに存在していると。だが、今の自分はレコアを探し救助することは出来ない。

 

 万事休す──

 

 

 

 

 

 

 ────大尉、聴こえますか? 

 

 ────その声……カミーユか⁉

 

 

 

 

 

 

 ──ではない。

 

 

 カミーユにはそれが出来る確信があった。クワトロ・バジーナと言う男に何らかの親近感のような繋がりを感じていた。それが今、リンクしたのだ。

 

 ────レコアさんがここに……ジャブローにいるんです。ボクのすぐ近くなんです。座標を言いますから探しだして助けてあげて下さい! 

 

 分かった。だが君はどうするんだ? 核がもうじき爆発するぞ。

 

 ――――ボクは大丈夫ですから。レコアさんをお願いします。

 

 

 むろん大丈夫ではない。だがティターンズの捕虜になったことをクワトロに告げ、見捨てられしまうことがカミーユは怖かった。当然、覚悟も出来ている。それにこの状況で助けに来てくれと言う方も無茶だ。それでもクワトロやこれまで一緒に戦ってきて自身の最後の拠り所であるエゥーゴから失望されたり切り捨てられることが堪らなく恐怖だった。

 

 

 

 

「クソっ! 邪魔だ! 踏み潰されたいのか!?」

 

 

 

 マウアーの案内のもと、輸送機のあるドックに辿り着いたジェリドたちは同じく避難しようとする連邦兵士たちをMSで半ば無理やり押しのける。逃げ惑う連邦兵たちを虫のように蹴散らしていくジェリドにカミーユは堪らず口を開いた。

 

「なんてことするんですか! 仲間なんでしょ⁉」

 

「力の無いものは死あるのみ……」

 

「そんな道理がっ!」

 

「やめて。いくらガルダでも時間が足りな過ぎて全員は乗れないわ。残念だけど……」

 

 なだめるマウアーを振り払い暴れようとしたカミーユはジェリドの表情に気づく。

 

「力の無いものは死あるのみ……力の無いものは死あるのみ……力の無いものは死あるのみ……!」

 

 

 暗示をかけるようにひたすら自分を鼓舞するジェリドの顔は滝のように汗が流れていた。子供でも動かすだけなら簡単なMSの操縦を歯を食いしばり必死の形相で彼は前に進んでいた。

 

 ティターンズも同じ地球連邦軍。平気な訳がない。それでもジェリドは進む、生き残るために。

 

 何とかガルダに搭乗できたカミーユたちはマラサイから降りるが既にキャパシティーを大幅に超えている艦内の為ハッチから先には進めなかった。程なく発進のアナウンスが流れ、ブースターに火が入る。

 

 だがそれはまだ乗員出来ていない兵士たちにとっては死刑宣告も同様だ。彼らの叫び声が嫌でも耳に入ってくる。

 

 諦めきれない兵士が決して開くことのない搭乗口に殺到し次々とタラップから転落していく。

 

 取り残された者たちは絶望で泣き喚く者、無駄と分かっても徒歩で逃げる者、恐怖に堪えられずその場で拳銃自殺する者、阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだった

 

 負の感情に晒されたカミーユはその場で頭を押さえ倒れる。視界の端では自分たちが乗ってきたマラサイの脚部に血がこびり付いているのが見えた。

 

 ――何が酷いだ。さんざん罵っておいて……あの人がいなかったらボクは死んでた。結局、ボクは嫌な役目を押し付けただけだ。嫌だ……なんて女々しい!

 

 強烈な自己嫌悪だった。カミーユが何より嫌っているのは女として見られる事より、女の立場、弱者として強者の男に頼ることが許せなかった。

 

「辛いのは分かるけど今は生き残ったことを喜びましょう。ここは危ないわ。奥に行きましょう」

 

 マウアーの指摘通りゴタゴタの発進でハッチが開いたままの格納庫内は強風が吹き込んでいた。ハッチの先にはまだジャブローが見える。まもなくあれは核で消え去るだろう。どれ程の威力かは分からないが、まだ危険な距離だ。

 

「さぁ俺と来るんだ」

 

 ジェリドは一緒にガルダに乗り込む過程でカミーユを殺す気は当に失せていた。カクリコンに対して薄情過ぎるのではないかと引け目を感じるが、驚くほどすんなり殺意が消えていた。

 

「嫌だ! 離してくださいっ」

 

「何処にも逃げられはしない。おとなしく投降してエゥーゴの情報を洗いざらい言えば命は助かる! なんならティターンズのパイロットとして戦う道もある!」

 

「ボクは⋯⋯ボクはティターンズと一緒になんかなれませんよ!」

 

 捕まれたジェリドの手を払いのけ走り出すカミーユの逃げ道はなかった。格納庫は人で溢れ通路にすら出られない。開口したハッチの向こうは既に地上から遠く離れた空の上。落ちれば命はない。

 

 

 吹き荒ぶ風の中、カミーユは壁づたいに進み緊急脱出用に備えられているパラシュートを掴み身に付けた。

 

「ボクは⋯⋯ボクはあなたの事は嫌いにはなれません。でもティターンズは嫌いです! ボクは行きます。自分で選んだ道ですから」 

 

「ま、待ちなさい貴女! パラシュートで飛び降りてもジャブローの核の威力なら爆発に巻き込まれて死ぬわ!」

 

「マウアー少尉の言う通りだ! 死にたくなければこっちへこい!」

 

 

「助けてくれて……ありがとうございます。ジェリド中尉、マウアー少尉」

 

 ジェリドは考えるよりも早く、ゆっくりと背から倒れるカミーユに追い縋ろうと駆け出していた。背後からマウアーの制止する声も無視して飛び込んだ。

 あと一歩、もう一歩でその体に触れられる瞬間、ドン! と大気が震えた。

 

 それが核爆発の衝撃波だと分かる頃、ジェリドは落下ギリギリの所でマウアーに腕を掴まれた状態で輸送機の外にぶら下がっていた。その右手はただ虚を掴んでいる。

 

 眼下ではパラシュートを開いたカミーユの姿が見える。衝撃波で姿勢を崩しているが何とか降下をしている。

 

「そんな、そんな! どうしてだぁ!」

 

 爆発の衝撃は恐ろしい勢いで迫っている。黒い土煙を巻き上げ周辺の木々を薙ぎ倒しドーム状に広がる死の灰はガルダに乗っているジェリドたちは安泰だが、飛び降りたカミーユは逃げ切れない。

 

「くそぉぉ! カミーユゥゥゥゥ!!!」

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 

 ガルダから飛び降りパラシュートを開いたカミーユからジェリド達はもうすっかり遠ざかり、逆に大気を震わす程の爆音と爆風がドーム上に迫っていた。

 

「本当に、爆発してしまった。あれが核爆発……」

 

 眼前に迫る人類の叡智の炎は、容赦なく空を裂き、大地を砕き地球を破壊していく。これが人の産み出した力なら、同じ人が使ったことがにわかには信じがたく、涙が頬を伝う。

 

「なんて、ことを……!」

 

 だがそれは絶望ではない。純粋な怒りなのだ。いとも簡単に、母なる水の惑星で核を使ったティターンズに対して、少女は命ある生命として怒り、その名を胸に刻む。

 

 必ず、倒さねばならない敵──ティターンズを。

 

 

「絶対に、生きてやる。こんな所で、死んでられるか!」

 

 

 カミーユは大きく息を吸い込む。吐き出す言葉は決まっていた。

 

 

 

 

「ボクはここです! クワトロ大尉!」

 

 呼応するように一機のMSが閃光のように空から現れる。

 

 

 黄金。

 

 

 太陽の光すら霞む目映い黄金の装甲が、パラシュート降下中のカミーユをマニピュレーターがその常識を超越した速度とは相反し優しく包み込む。

 

 そのままMSは一気に高度を上げジェリドのいるガルダを追い抜き彗星の如く消え去った。

 

「黄金のMS!? エゥーゴか! カミーユは、助かったのか?」

 

 格納庫に引き上げられたジェリドはカミーユを受け止めたMSが離脱していった方向の空を呆然と見つめる。ガルダでは対空警戒のアナウンスだけが虚しく鳴り渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……君は少々、無茶が過ぎるな。レコア君達を救助したあと私も一緒に脱出していたら死んでいたぞ」

 

 百式の手の上に乗り続け、漸くジャブロー基地も見えなくなり核爆発の驚異から逃れたカミーユはクワトロのコックピットへ場所を移していた。

 ハッチが開くとクワトロは顔をしかめ怒っているように見える。流石に今回ばかりは修正されることも覚悟していたが彼はただ静かにカミーユの肩に手をポンと置いた。

 

「すみません、でも感じたんです。大尉がいるって。絶対に大尉もボクに気づいているって。どうしてでしょうか?」

 

「そうだなぁ、君とは相性が良いのかもしれん」

 

「……?」

 

 クワトロはクスッと笑いながら疑問の表情を浮かべるカミーユの頭を優しく撫でる。

 

 

「えっ ちょっと──!?」

 

「帰ろう。皆が心配して待っている」

 

 常にミステリアスな上官が初めて見せた自然な笑顔。

 

 カミーユは不覚にも頬がサッと熱を帯び、急いでそれを隠すようにプイっとそっぽを向けた。だけども狭い機内で激しく脈打つ鼓動が聴こえてしまうのではと、両手で胸を押さえつけ小動物のように丸くなってしまう。

 

「どうした。 具合が悪いのか?」

 

「し、知りませんよ! ちゃんと前を向いて操縦してください!」

 

 二人を乗せた百式が黄金の輝きを放ちながら青い空の中を突き進んでいく。

 

 遮る雲もなく、航路は実に順調であった。




ジェリド、早速覚悟がブレる。
カミーユ、受け止めなさい、クワトロ!
ジャブロー、核には勝てなかったよ……



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