英仏召喚 (Rommel)
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Chapter I : 転移
プロローグ ―異変―


1940年4月15日早朝

ドイツ=フランス国境、マジノ線――

 

鉄条網の前で、ある一人のフランス軍兵士が歩哨に立っている。

 

彼が配属されているマジノ線は、現在戦争状態にあるドイツとの「最前線」であった。

 

『昨晩もドイツ軍の攻撃は無し、本当に前線なのかと思ってしまうな。』

 

彼がそう考えるのも無理は無い。現在の西部戦線は、フォニー・ウォー「まやかしの戦争」と呼ばれる程、軍事衝突が起きていなかった。

 

「しかし本当に静かな朝だな。」

 

彼はそう呟くと、タバコに火を点けた。

 

MAS36小銃を構え、タバコを燻らしていると、突如として霧が濃くなってきた。

 

「ん?霧が出て来たな、昨日の情報では朝は快晴だと聞いていたのだがな――」

 

彼は銃を構えて、霧が晴れるのを待った。待っている間にも霧は濃くなり、一時は数メートル先の様子すら見えなくなった。

 

暫くすると、あれほど濃かった霧が突如として止んだ。彼は再びドイツ側へと視線を戻すと、思わず咥えていたタバコを落とした。

 

「陸地が…無くなっている…だと!?」

 

彼の視線の先には、先程まで見えていた丘陵地帯では無く、大海原が広がっていたのである。

 

 

同日午前10時

フランス、パリ・連合軍最高司令部――

 

連合国最高司令部のあるヴァンセンヌ城には、各地の前線から来たオートバイ兵が集まっていた。

 

これらの兵士達の任務は全て「フランスと陸を接している全ての国家が突如として消えた」という事態を伝えに行くと云うものだった。

 

このことは直ぐに、フランス軍のモーリス・ガムラン大将ら連合軍首脳部に伝えられた。

 

この事態を受け、連合軍首脳部の会議が行われることとなった。

 

参加した将校は、

フランス軍大将・連合軍最高司令官 モーリス・ガムラン

フランス軍大将・南部戦線総司令官 マキシム・ウェイガン

フランス軍中将・北部戦線総司令官 アルフォンス・ジョルジュ

イギリス軍大将・イギリス海外派遣軍(BEF)総司令官 ジョン・ヴェレカー

とその副官であった。

 

「さて、先ずはこの写真を見て頂きたい。」

 

ウェイガンが各員に配られた、前線の様子を示す写真を示した。

 

「やはり他の場所も――」

 

「ベルギー軍の消息は――」

 

写真が配られるや否や、それぞれが驚きの声を上げる。

 

「ではそろそろ説明を――」

 

ウェイガンが咳払いをし、説明を始めた。

 

「先ず、現在分かっている事は

1.フランスと国境を接している全ての国が突如として消滅した。

2.通信もフランス国内、イギリス本土とその周辺諸島、アイルランドとのみ通じる。

3.消滅した国家はドイツやイタリアのみだけで無く、アメリカや日本、ソ連も含まれるものと思われる。

この三項目です。」

 

「流石にドイツによる工作だとは考えられませんな、何せ規模が大きすぎる――」

 

ウェイガンの説明を聞き、ヴェレカーが感想を述べた。

 

「さて、今後の方針についてだが――」

 

ガムランが意見を求める。

 

こうして、連合軍首脳部の会議は一日中続いた――

 

 

同刻

イギリス、ロンドン・海軍省――

 

パリで連合国陸軍の会議が行われている中、ロンドンでは英国海軍が混乱に陥っていた。

 

「ノルウェーやスエズ、アジア方面の艦隊と連絡が取れないだと!?」

 

通信部長のレナルド・オーウェン中佐からの報告を受け、海軍大臣であるウィンストン・チャーチル卿が驚く。

 

「左様です閣下、本日の明け方に突如として通信が途絶えまして――」

 

中佐は落ち着いた声で報告していたが、その表情には焦りと驚きが有った。

 

「早速上級将校達を集めてくれ、十時半に緊急会議を行いたい。」

 

十数秒の沈黙の後、チャーチルがオーウェンに緊迫した声で指示を出した。

 

「承知しました。直ぐに召集の連絡を出します。」

 

執務室を急いで出ていくオーウェンを、チャーチルは気を揉みながら見送った。

 

三十分後――

 

チャーチルの出した招集により、海軍省の戦略会議室にはアンドルー・カニンガム元帥や、第一海軍卿であるダドリー・パウンド元帥ら海軍の首脳陣が集まっていた。

 

全員が集まったのが確認されると、現状についての説明が始まった。

 

――説明が終わると、会議室は沈黙に包まれた。

 

最初に沈黙を破ったのはカニンガムであった。

 

「――とするとグレートブリテン島とアイルランド島、そしてフランス本土以外が消えた…という事なのか?」

 

「恐らくそうでしょうな…外務省からも他国と通信が途絶えたとの報告が出ていますし――」

 

チャーチルも同感だと言わんばかりに口を開いた。

 

「この件が事実ならば、海軍の損失は莫大だな。」

 

パウンドが暗い声で呟く。

 

「皆さん、嘆くだけでは何も始まりませんぞ。先ずは情報収集に努めるべきでは?」

 

海軍将校達の様子を見かねたチャーチルが提案した。

 

「そうですな、チャーチル殿。しかし、どのように収集すれば良いのか――」

 

カニンガムが腕を組み、難題だと言わんばかりに言う。

 

英国海軍(ロイヤルネイビー)を襲った未曽有の危機に、会議室の誰もが頭を抱えていた。

 




ご覧頂きありがとうございます。このプロローグは以前の物を加筆、修正した物になります!


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第1話 ―未知への飛行―

1940年4月15日午後7時

ロンドン、ウェストミンスター宮殿――

 

英国議会の所在地であるウェストミンスター宮殿には、多くの議員が集まっていた。

 

野党・労働党の議員、ニール・クロフォードもその一人であった。彼は五年前、1935年の総選挙で当選した若手議員であった。

 

『緊急の議会招集…例の地殻変動か!?』

 

彼はそう考えると、フランスで戦う兵士達の消息を憂いた。

 

「あと十分で開会か――」

 

彼は自身の腕時計に目を遣ると、足早に議場へと向かった。

 

議場へ入ると、既に多くの議員が着席していた。数分の後、議長(スピーカー)が全員の着席を確認すると、開会が宣言された。

 

「議員の皆さん、本日の議題は未明に起きた大規模な地殻変動についてです。先ずこの件についての、チェンバレン首相からの報告です。」

 

古風なかつらを着け、法衣を纏った議長が声を張る。

 

議長の紹介を受け、ネヴィル・チェンバレン首相が討議テーブルの左側に立った。

 

「議員諸君、私が今から報告する事は、英国始まって以来の危機についてである。今朝の地殻変動についてだ。先ず結論から申し上げると、グレートンブリテン島とアイルランド島、フランス本土とその周辺の諸島は――」

 

チェンバレンは一呼吸置くと、一気に述べた。

 

「地球とは異なる惑星に転移した可能性が大きい。」

 

議員達の息を呑む声が聞こえ、表情が一気に驚きへと変わる。そして、沈黙が議場を支配した。

 

「根拠は、確信に足る根拠は有るのか?」

「転移したとはいえ、これでヒトラー(チョビ髭の伍長)やムッソリーニの脅威は消えたぞ!」

「政府はどう対応するんだ⁉食料供給が途絶えるぞ!」

 

十数秒の静寂の後、議員達のやじが一斉に飛び始める。その光景は、混乱そのものだった。

 

静粛に!(オーダー!)静粛に!!(オーダー!!)

 

議長が木槌で机を叩きながら、議場の隅まで響く大声で叫ぶ。

 

議長の指示を受け、立ち上がっていた議員達が座った。

 

議員達が座ったのを見ると、チェンバレンが話を続けた。

 

「先ず根拠についてだが、先程グリニッジ天文台から『普段と見える星が異なっている』との連絡が入った。例の地殻変動も絡めて考えると、地球と別の惑星に転移したとしか思えない。」

 

『これは…勘違いやデマなどでは無いな――』

 

チェンバレンの報告を近くで聞いていたクロフォードを始め、議場に居た誰もがそう考えた。

 

「それでは質疑に移ります、本日は緊急質問(アージェント・クエスチョン)ですので質問のある議員は挙手を。」

 

議長が議場を見回しながら言った。

 

『珍しいな…普段なら事前の申請が必要だが――』

 

クロフォードはそう考えると、食糧・資源問題についての質問をする為に挙手をした。

 

クロフォード君(ミスター・クロフォード)!」

 

クロフォードは立ち上がると、討議テーブルの右側に立った。

 

「チェンバレン首相への質問です。今回の転移で植民地を失ったことで、食糧や資源の輸入は途絶えると思われます。当面の食糧や資源の供給はどうするのか、お答え下さい。」

 

クロフォードの質問を受け、チェンバレンが討議テーブルへ向かう。

 

「食糧・資源問題については、周辺の探査を行いたいと思っている。ここが別の惑星だとしたら、我々以外にも国家や文明が存在していると考えている。依って、私は海軍と空軍による周辺地域の探査を提言する。」

 

チェンバレンの提言を受け、議長が投票の準備へと移る。

 

「それでは投票を行います。周辺の探査に賛成か反対か、記入の上投票を――」

 

議長の指示で、投票が始まった。クロフォードも自席から立ち上がると、投票箱へ向かった。

 

 

十数分後――

 

最後の議員が票を投じ、席へと戻ると集計が始まった。

 

そしてその集計も、つい先程終わったようであった。

 

「議員の皆さん、結果が出ました。」

 

議長の発言で、議場が緊張感に包まれる。

 

「賛成642票、反対0票、棄権8票――依ってこの提案は賛成多数で可決されました!」

 

議長が木槌を叩き、抑揚を付けた大声で言った。

 

「議員諸君、先程の投票で周辺探査の許可が出た。賛成票を投じた議員に、謝意を表する。」

 

投票結果を受け、チェンバレンが討議テーブルの左側で演説を始める。

 

「周辺探査は空軍省に依頼しようと考えている。遅くとも明後日までには周辺探査を開始する様、申し送りをするつもりだ。」

 

「無事に国家が見つかれば良いのだがな――」

 

チェンバレンの演説を聞きながら、クロフォードは祈る気持ちで呟いた。

 

 

翌4月16日午前5時

デヴォン州、エクセター空軍基地――

 

イングランド南部のデヴォン州に位置するエクセターは、英国国教会(アングリカン・チャーチ)の司教座が置かれている事で知られていた。

 

この都市の郊外にあるイギリス空軍のエクセター空軍基地では、第85飛行隊が探査の為の準備をしていた。

 

「この飛行隊が重大な任務を請け負う事になるとは――」

 

第85飛行隊の隊長、フレデリック・ヒース少佐が引き締まった表情で言った。

 

「緊張しますね、少佐。初任務の時を思い出します。」

 

副隊長のヘクター・アーノルド大尉も緊張した面持ちで答える。

 

「しかし今回はボーファイターを操縦するのか――」

 

「この重戦闘機は航続距離が長いですからね――首脳部も探査に適していると考えたのでは?」

 

「うむ、何か見つかれば良いのだがな。」

 

二人はタバコを咥えながら会話を交わすと、それぞれの自機へと向かっていった。

 

ヒースを始め、飛行隊の隊員全員がボーファイター重戦闘機に乗り込む。

 

「こちら管制塔、第85飛行隊の離陸を許可する。繰り返す、離陸を許可する――」

 

管制塔からの連絡を受け、ボーファイターの二つのプロペラが回りだす。

 

発進した機体は徐々に加速していき、次々に機首を上げて離陸していく。

 

飛び立った12機は、デヴォンの朝の空を大西洋方面へと飛んでいった。

 

こうして、イギリスの命運を懸けた探査作戦「ダイナモ作戦」が幕を開けた――

 




ご覧頂きありがとうございます!
今回は旧第1話の前日譚を書いてみました。コメントやお気に入り登録など沢山頂いております、皆さんありがとうございます!


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第2話 ―ファースト・コンタクト―

中央暦1639年1月24日午前8時

クワ・トイネ公国第10飛竜隊――

 

クワ・トイネ公国空軍所属の第10飛竜隊は、「ワイバーン」と呼ばれる飛竜を操り、澄み渡った公国北東方向の朝の空を哨戒に当たっていた。

北東方向には海が広がっており、何も無い所である。しかし最近、以前から仲が悪かった隣国のロウリア王国と「ある事件」をきっかけに、一触即発の事態にまで関係が悪化していた。その為、奇襲攻撃をいち早く察知する必要があった。

 

「こちら第10飛竜隊、マイハーク方面に敵影無し。繰り返す、敵影無し。」

 

第10飛竜隊の隊長、アレニウス・マールパティア大尉が魔信を使って基地へと報告する。

 

「しかし最近のロウリア情勢はきな臭いな、いつ戦争が起きてもおかしくないぜ。」

 

マールパティアの士官学校時代からの親友、フォーゲルンド・エーヒ中尉が魔信で話しかけてきた。

 

「全くだな、もし戦争が起きたら俺らも前線行きか。」

 

マールパティアが思わず身震いする。

 

「ウーロフ隊からマールパティア隊へ、国籍不明騎(アンノーン)を確認、至急支援求む。」

 

「マールパティア隊からウーロフ隊へ、了解。今からそちらへ向かう。」

 

マールパティアは隊の仲間に合図をすると、飛竜を旋回させてウーロフ隊の方へと向かっていった。

 

『国籍不明騎―ロウリアか?しかし航続距離にここまで来られない筈だが――』

 

彼が思案していると、ウーロフ隊の飛竜が見えてきた。

 

一分程の後、ウーロフ隊と合流したマールパティア隊は、こちらへ向かって来る十数機の国籍不明騎を遠くに認めた。

 

マールパティアは直ぐに双眼鏡を取り出すと、バランスを取りながらそれを構えた。

 

「何だこれは!?」

 

海の上空を何か点のようなものが、列になって飛んでいるのを、彼は見つけた。

 

「まさか敵騎か!?」

 

彼は驚愕の余り、双眼鏡を取り落としそうになった。彼の目には、とても生物とは思えない無機質な物体が飛んでいる様子が映っていたのである。

 

「鉄で出来た飛竜なのか?しかも羽ばたいていない!」

 

彼は驚愕した表情を見せた。

 

第10飛竜隊の隊員達が驚いている間にも、国籍不明の鉄竜は高速で此方に迫ってくる。

 

その鉄竜は近くで見ると、より奇妙な形をしていた。

左右対称に「羽ばたかない羽」が付いていて、羽ばたかない羽の下には「回転する羽」がそれぞれに付いていたのである。

 

マールパティアは気を取り直すと、魔信を使って警告を行った。

 

「国籍不明騎に告ぐ、ここはクワ・トイネ公国の領空である!直ちに引き返す様、繰り返す、直ちに引き返す様――」

 

彼の警告をよそに、不明騎は飛び去って行く。

 

「引き返さないだと!?総員、追撃を始めるぞ!」

 

マールパティアが魔信を使って指令を出す。彼の指令を合図に、第10飛竜隊は国籍不明騎部隊の追撃を始めた。

 

「畜生!速すぎて追いつけん!」

「このままだと本土方面へ逃げられるぞ!」

「一体鉄竜は何キロ出しているんだ?飛竜の二倍の速度はあるぞ!」

 

追撃を始めるや否や、各員から驚愕と悲痛に満ちた声が入ってくる。

 

彼らの焦りを嘲笑うかの様に、国籍不明騎部隊との距離は離れていった。マールパティアは魔信を取ると、マイハークの基地へ緊急通信を入れた。

 

「第10飛竜隊よりマイハーク基地へ緊急連絡、国籍不明騎部隊と遭遇。追撃するも相手の速度の方が速く、逃げきられた。該当騎は本土マイハーク方面へ進行!繰り返す、マイハーク方面へ進行した!」

 

この連絡を受け、マイハーク飛竜基地では次々に飛竜が緊急発進(スクランブル)していった。

 

 

同刻

イギリス空軍(R A F)、第85飛行隊・ヒース小隊――

 

クワ・トイネ空軍の第10飛竜隊の隊員が驚いている頃、同様にイギリス空軍の第85飛行隊の隊員達も驚いていた。

 

「おい、さっきのドラゴンは写真に撮ったか?」

 

ヒース小隊の隊長でパイロットのフレデリック・ヒース少佐が、偵察員のアラン・ハミルトン中尉に訊ねた。

 

「撮りました、少佐。しかし驚きましたね、ドラゴンが空を飛んでいるとは――」

 

「相手も驚いた表情をしていたが、それ以上にこちらの方が驚いたよ。」

 

ヒースが笑みを浮かべながら言う。

 

「アーノルドからヒースへ、前方に陸地を確認。繰り返す、前方に陸地を確認!

 

二人が会話を交わしていると、アーノルド小隊のヘクター・アーノルド大尉から驚くべき通信が入った。

 

「こちらヒース。アーノルド大尉、よくやったぞ!」

 

ヒースが興奮した口調で喜ぶ。

 

「今夜は上物のスコッチで祝杯ですね、少佐。」

 

ハミルトンが興奮を抑えるような声で言う。

 

「そうだな、中尉。空軍始まって以来の大快挙だからな――」

 

ヒースが誇るような声で言った。

 

「少佐、前方に陸地を視認しました。穀倉地帯と街が見えます!」

 

ハミルトンが双眼鏡を構えて言う。

 

「よし、接近して撮影するぞ。各員に準備するよう伝えてくれ。」

 

「了解しました、少佐。」

 

ハミルトンが通信機を取り、各員に連絡を取った。

 

「こちらハミルトン、各員に告ぐ。本隊はこれから前方の陸地を偵察し、撮影する。各員は準備されたし。繰り返す、各員は準備されたし。」

 

指令を受けた第八十五飛行隊の各員は、未知の陸地へと向かっていった。

 

 

同日午前8時20分

クワ・トイネ公国、マイハーク――

 

クワ・トイネ有数の港湾都市であるマイハーク。貿易と造船が盛んなこの都市は、危機に見舞われていた。

――というのも、マイハーク近海の上空を哨戒していた飛竜隊から、高速の国籍不明騎が領空に侵入したという連絡が入ったからであった。

 

マイハーク防衛騎士団団長のヘレーナ・イーネ准将は、市の郊外に位置する要塞にある指令室で、領空侵犯騎への対策を練っていた。

 

『領空を侵犯しこちらに向かっている国籍不明騎…しかも鉄製だなんて――』

 

イーネは副官のレネゴート・ソルロッド中佐から報告を受け、思考を巡らせていた。

 

「閣下、作戦は如何致しましょう?」

 

ソルロッドがイーネに訊ねる。

 

「先ずは空軍との連携が先決ね。空軍と連絡を取りつつ、対空魔導士部隊を配置。万が一攻撃された場合は即反撃を。」

 

イーネが冷静に、かつ的確に指示を出した。

 

「承知しました、各員に指令を出します。」

 

ソルロッドが敬礼して指令室を去る。

 

『さて、前線に出る準備をしなくては――』

 

イーネは祖父の代から伝わる魔導弓を持つと、双眼鏡を手に取り、要塞屋上の指揮所へと向かった。

 

 

同日午前8時30分

イギリス空軍(R A F)、第85飛行隊・アーノルド小隊――

 

地上でイーネ達が迎撃の為に配置に就いていた頃、第八十五飛行隊の編隊はマイハーク上空を旋回していた。

 

「下に見える街だが、随分と古風な街だな――」

 

アーノルド小隊の隊長でパイロットのヘクター・アーノルド大尉が呟く。

 

「そうですね、大尉。中世の様な建物が多い様に感じます。」

 

偵察員のギルバート・スマイサー少尉が、偵察用航空カメラのシャッターを切る。

 

「船は帆船か――大学時代に読んだ大航海時代の歴史書を思い出すな。」

 

「大尉、町の南側の小高い丘に要塞らしき建物が――」

 

スマイサーが双眼鏡を除きながら言った。

 

「何か見えるか?」

 

アーノルドが訊ねる。

 

「兵らしき人影が多数見えます。火球をこちらに撃っていますが、全く支障ありません。」

 

スマイサーが冷静に状況を分析した。

 

「火球?魔法でも使っているのか?」

 

アーノルドが驚きを込めた声で言う。

 

「対空兵器の部類は見られませんし、恐らくそうかと思われます。」

 

「魔法にドラゴン――本当にお伽噺のような世界に来てしまったな。」

 

アーノルドが苦笑いしながら言った。

 

「ヒースからアーノルドへ、航空燃料は残り僅かか?」

 

アーノルドとスマイサーが要塞上空を旋回していると、飛行隊の隊長であるヒース少佐から通信が入った。

 

「こちらアーノルド、帰投分を考えると残り僅かと思われる。」

 

「こちらヒース。燃料の件、了解した。これより全小隊に帰投指示を出す。」

 

「了解、本小隊も帰投を開始する。」

 

ヒースとアーノルドの一連の会話の後、第85飛行隊の各員は英本土へ向けて飛行を開始した。

 

その日の夕方には、第85飛行隊は無事エクセターの基地へと戻った。彼らが得た多大な情報がロンドンへと送られると、驚きと歓喜を持って迎えられたのだった。

 

こうしてイギリスの命運を懸けた「ダイナモ作戦」は成功に終わったのであった――

 




皆さんお久し振りです!大分更新が遅くなってしまい、お待たせしたことと思います。さて、今回は第2話の加筆版を書いてみました。加筆前には無かった人物やシーンなど、楽しんで頂けたら幸いです。今年も「英仏召喚」を宜しくお願いします。


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第3話 ―交渉―

1940年4月17日午前10時

ロンドン、ウェストミンスター宮殿――

 

その日も臨時の議会が招集されていた。

勿論、議題は先日の偵察飛行である。

 

「では、先日の偵察飛行について、ダウディング空軍長官、お願いします。」

 

と議長が言うと、ダウディング長官は討議テーブルの左側に立った。

 

「お集りの議員の皆さん、先日の偵察飛行の結果を説明します。判明した事は――」

 

「――以上の事から、我々が異世界にいると断言します。」

 

説明が終わると、会場からは盛大な拍手が起こった。

長官の説明は1時間に及んだ。

その結果を要約すると、

 

1.ワイト島の東南東962km、フランスの東に広大な大陸がある。

 

2.その大陸には、中世レベルの文明がある。

 

3.ドラゴンが空を飛んでいるといった、ファンタジー的な文明でもある。

 

4.国家が存在しているようである。

 

5.これらの事から、我々は異世界に存在していると証明できる。

 

と云う物であった。

 

 

同日、午後1時

ロンドン・海軍本部――

 

ホワイトホールにある海軍本部では、ウィンストン・チャーチル海軍大臣や、ネヴィル・チェンバレン首相といった政府の閣僚が集まっていた。

 

「つまり、君も外交団を派遣すべきだと思うのだね?」

 

チェンバレンがチャーチルに訊ねた。

 

「はい、閣下。その国と接触を図るためにも必要かと。」

 

チャーチルが真剣な眼差しで断言する。

 

「しかし、攻撃をされる心配は無いのか?攻撃的な国家だったら拙い事になるが――」

 

「首相、ご心配には及びません。英国海軍(ロイヤル・ネイビー)の優秀な艦船であちらへ向かえば大丈夫ですぞ。」

 

二人の会話を聞いていたパウンド海軍卿が、チェンバレンに言った。

 

「海軍の船で外交団を派遣する。か――まるで昔の砲艦外交だな。」

 

チェンバレンが苦笑いをする。

 

その後も議論は続き、外交団をその大陸に派遣する事が決まった。

 

 

中央暦1639年1月26日午前10時

クワ・トイネ公国、公都クワトイネ・国民議事堂(フレイヤの館)――

 

クワ・トイネ公国首都、クワトイネ。この国の政治の中枢であるこの都市の中央には、「フレイヤの館」と呼ばれている国民議事堂が建っていた。クワ・トイネ文化の粋を集めて建設されたこの議事堂は、豊穣の女神であるフレイヤの名を冠し、国民の誇りとなっていた。

 

この日、クワ・トイネ公国の若き首相であるペール=エーリク・カナタ首相は、臨時の閣議を招集していた。

勿論、議題は一昨日に起きた国籍不明騎による領空侵犯である。

 

「――以上で本件の報告を終わります。」

 

報告の為に出席したマイハーク防衛騎士団長のイーネ准将が、書類を手に閣僚達に報告をする。

 

「諸君、この件についてどう思う?」

 

報告を頷きながら聞いていたカナタが、立ち上がって閣僚達に訊ねた。

 

「撮られた魔写の形状は、ムー連邦や神聖ミリシアル帝国といった中央列強国が保有している飛行機械に酷似しています。しかし我が国とこれら二ヵ国とは2万㎞以上離れていますし――」

 

シクステン・オーストソン国防大臣が困惑した表情を見せる。

 

「結局何者なのか解らん、と云う事か。」

 

カナタが参ったと言わんばかりに言う。

 

「首相、『第八帝国』についての情報ですが――」

 

クワ・トイネ諜報庁長官のペッレ・ノルドルンド大将が発言を求めた。

 

「ほう、情報が得られたか。」

 

カナタが身を乗り出して訊いた。

 

「はい、首相。第八帝国は――」

 

「会議中失礼致します!」

 

ノルドルンドが話そうとしたその時、若手の外務省職員が会議室のドアを勢いよく開けて入って来た。

 

「ノックもせずに入って来るとは――何事かね?」

 

発言を遮られたノルドルンドが不機嫌そうに訊ねる。

 

「これは失礼を致しました。何せ緊急の要件でして――」

 

職員が非礼を詫びる。

 

「まあ仕方の無いことだ。して、要件は何かね?」

 

カナタが訊ねた。

 

「はい、閣下。先程マイハーク海軍基地より通信が入りまして、国籍不明の巨大船がマイハーク沖に現れたとの事です。船は170m程で、魔導砲の様な物が複数付いているとの報告が上がっています。臨検を行った所、「イギリス」と云う国家の使節が乗っていたとの事です。」

 

職員がはっきりとした声で書類を読み上げる。

 

「イギリス――聞いた事の無い国家だな。」

 

カナタが不思議そうな顔をする。

 

「どうやら新興国では無さそうですな。魔導戦艦を建造できる国家といったら、この辺りではパーパルディア皇国くらいだが――」

 

オーストソンが自分の見解を述べた。

 

「意思疎通は、コミュニケーションは取れたのか?」

 

グレーゲル・リンスイ外務大臣が職員に訊ねる。

 

「それについては問題無いとの事です。彼らも我々と同じ『大陸共通語』*1を話しているとの事でして――」

 

「同じ言語を話しているのか、これは驚いたな!」

 

カナタが驚いた表情を見せた。

 

「それから閣下、イギリスの特使から会談を行いたいとの申し出が来ております。」

 

「うむ、報告有難う。会談出来るよう日程を決めておこう。」

 

「では、失礼致します。」

 

職員は一礼すると、会議室を後にした。

 

『如何やら忙しくなりそうだな――』

 

カナタは期待と不安を抱えつつ、会議の続きへと戻った。

 

 

翌1月27日(西暦1940年4月19日)

クワ・トイネ公国、マイハーク市庁舎――

 

この日、マイハークの市庁舎ではイギリスとクワ・トイネの会談が行われていた。

 

「本日は会談に応じて頂き、有難う御座います。先日の領空侵犯は、お詫び申し上げます。」

 

イギリスのロイド・ボーフォート全権大使が頭を下げる。大使は、三つ揃えスーツにシルクハットという如何にも英国紳士(ブリティッシュ・ジェントルマン)という恰好をしていた。

 

「頭を上げてください、大使殿。」

 

ボーフォートの誠意を汲み取ったカナタが、穏やかな声で大使に言った。

 

「しかし、先日の侵犯は何故――」

 

「先日の領空侵犯は、情報収集を目的とした物です。我が国は突如としてこの世界に転移してしまった為、情報収集をする必要があったのです。」

 

「国家が転移!?」

 

ボーフォートの格好を興味深そうに見ながら話を聞いていたカナタだったが、『転移』の二文字を聞いた途端に驚愕の表情を見せた。

 

「はい、突然この世界に来てしまい困っておりまして――」

 

「これは驚いた!国家転移など神話の世界と思っていたが、実際に遭遇するとは――」

 

「但し此れだけは言えます、我が国に敵意無し――と。」

 

困惑した表情のカナタを見かね、ボーフォートが断言した。

 

「こちらは我が国の国王、ジョージ6世陛下からの親書です。お受け取り下さい。」

 

ボーフォートが白手袋を嵌め、大英帝国の国章が書かれた親書をカナタに渡す。

 

「丁重に頂戴致します。」

 

カナタが親書を受け取る。

 

「それでは本題に――」

 

ボーフォートの眼差しが真剣なものになった。

 

「我が国は、以前の世界で食料や資源の多くを輸入に頼っていました。しかし今回の転移で供給がストップしてしまったのです。そこで我が国は、貴国の食料の我が国に対する輸出を求めます。」

 

「成る程、条件はどの様な物を?」

 

カナタが訊ねた。

 

「我が国の希望する食料は、年間5000万トンです。」

 

「5000万トン!?」

 

「我が国は対価として、貴国でのインフラ整備や鉄道建設などを行います。」

 

「鉄道?一体どのようなもので?」

 

カナタが興味深そうに訊く。

 

「こちらをご覧下さい。」

 

ボーフォートが持って来たフィルムをスクリーンに映した。

 

「おお!これは素晴らしい、馬より速いぞ!」

 

カナタは蒸気機関車の走行する様子が映された映像を見ると、まるで少年の様に目を輝かせた。

 

「喜んで頂けて幸いです。」

 

ボーフォートが笑みを浮かべ、カナタに握手を求める。

 

「良いでしょう、貴国への食料輸出を認めましょう!」

 

カナタが差し出された手を握り、笑顔で述べた。

 

「有難う御座います、首相殿。是非我が国にお出でください。」

 

ボーフォートが満面の笑みで言った。

 

「此方としても是非訪れたいのですが…国を開けられない状況でして――」

 

カナタが申し訳なさそうに話す。

 

「近日中に外交団を派遣したいと考えていますよ。」

 

カナタはそう言うと、万年筆を取り出して条約の書類にサインを――とここで問題が起きた。

 

「ボーフォート殿。この書類には何と書いてあるのですかな?」

 

カナタが首を傾げる。

 

「如何やら文字表記は二国間で異なるようですな――」

 

クワ・トイネ側の資料を見たボーフォートが言った。

 

「では私が読み上げを。」

 

ボーフォートの部下の一人が書類の文面を読み上げる。

 

「――成る程。これでサイン出来ますな。」

 

内容を一通り聞き終えたカナタが書類にサインをした。

 

イギリスとクワ・トイネの歴史的な初の会談は、こうして幕を閉じた。

 

その後、イギリスの特使は晩餐会に出席したり、クワ・トイネ公国国内を視察したりした。

 

更に、公都クワ・トイネのクイラ王国大使館でも、石油や鉄鉱石に関する貿易条約を結んだ。現在の産出量は微々たる物らしいが、調査と開発によって増産が見込めると考えての判断であった。

 

この一連の会談でイギリスは、異世界における新たな一歩を踏み出したのだった――

 

*1
英語に近い言語。ムー連邦やロデニウス大陸とその周辺で話されている。




今回の更新も加筆版となりましたが、如何でしたか?一部設定も加筆に従って変更してみました。お気に入り登録やコメントなど頂いています。皆さん有難う御座います!


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第4話 ―戦争の足音―

中央暦1639年8月20日

クワ・トイネ公国首都、公都クワ・トイネ―

 

クワ・トイネ公国がイギリスと国交を結んでから、約半年が経った。フランスやアイルランドとも、3ヶ月前に国交を締結していた。

 

公都クワ・トイネは、僅か半年で様変わりした。道には自動車が走り、更に電気やガスといったライフラインも整備されていた。

 

「しかし、最近建設した鉄道は素晴らしいな!資料映像を見た時も驚いた物だったが、やはり実物を見ると圧倒されるな!」

 

クワ・トイネ公国首相のカナタは、閣僚会議に出席していた。

 

「そうですな、閣下。農作物の輸出も順調ですし―」

 

産業大臣も笑みを浮かべていた。

 

「万事良し、と言いたい所なのですが―」

 

と、西部方面軍のノウカ大将が述べた。

 

「ロウリア情勢か―」

 

カナタが険しい表情を浮かべる。

 

「はい、閣下。諜報部に依りますと、ロウリアはロデニウス統一を目論み、50万の兵力と『無敵艦隊』なる大艦隊を集結させているとの事です。」

 

「戦争勃発も時間の問題か―」

「現在の動員可能兵力は?」

 

「多くても10万がやっとです。それに訓練時間もありますし―」

 

「拙いな―」

「英仏から援軍は呼べそうか?」

 

「微妙です、閣下。」

 

「交渉が必要、か―」

 

カナタはそう嘆いた。

 

 

翌日

公都クワ・トイネ、イギリス大使館―

 

「―つまり、ロウリア王国に侵攻されたときに、援軍を送って貰いたいのですか?」

 

ダグラス・バーグマン駐クワ・トイネ英国大使は、クワ・トイネ政府の外交官との会談に応じていた。

 

「はい、このままでは我が国やクイラ王国は滅んでしまいます。」

 

「我が国としても貴国は生命線ですからね。直ちに本国でこの事を協議いたします。」

 

「心から謝意を申し上げます、バーグマン殿。」

 

外交官はそう言うと、外務省本部に戻っていった。

 

 

翌22日

ロンドン、ウェストミンスター宮殿

 

この日の議会は文字通り「紛糾」していた。

議題は、クワ・トイネの援軍派遣要請を受けるか否か、であった。紛糾の理由は、議員が参戦派と中立派とで真っ二つに分かれたからである。

 

そんな中、ネヴィル・チェンバレン首相の演説が始まった。

 

「議員諸君、我々は、中立を維持すべきだ。我が国やフランスなどがこの世界に来た事で、この世界が変化しそうになっている。ここで、我々が中世よりもはるかに優れた軍事力を出してしまうと、この世界のパワーバランスが崩れかねない。しかし、我々は、戦争を防がなければならない。依って、私は、ロウリア国王、クワ・トイネ首相、クイラ国王、そして第3国としてイギリス首相の私とで、首脳会談を開くことを提案する。こうすれば、平和裏に―」

 

演説が終わると、中立派議員の席からは拍手が、参戦派の議員の席からは批判する声が、それぞれ起こった。

 

続いて、ウィンストン・チャーチル卿の演説が始まった。

 

「私は、先ほどの首相の提案に反対する。第一に、我が国などの転移国は、クワトイネとクイラに資源輸入を頼っている。もし、この2国が侵攻され、ロウリアに併合されれば、生命線が途絶えてしまう。試算によると、もし2国からの輸入がストップすれば、我が国は半年で崩壊するという結果が出ている。そして第二に、首脳会談を開いた所で、ロウリアの言いなりになってしまうだけです。」

 

「演説の途中失礼、チャーチル君、君は戦争が起きてもいいというのかね?」

 

チェンバレンが訊いた。

 

「閣下、ミュンヘン会談をお忘れですか?このままでは、クワトイネとクイラはチェコスロバキアの二の舞になってしまうだけですぞ!」

 

チャーチルはそう語気を強めると、演説を続けた。

 

チャーチルの1時間に及ぶ大演説が終わると、会場からは拍手が巻き起こった。

 

「皆が参戦派に回るとは―」

 

チェンバレンは驚き、ショックを受けていた。

 

その日の夜、チェンバレン首相はイギリス首相(プライム・ミニスター)を辞任したのだった―

 

 

1940年11月11日午前10時

ロンドン、バッキンガム宮殿―

 

接見室に向かう廊下を、1人の男が歩いていた。彼の名は、ウィンストン・チャーチル、現職の海軍大臣で、次期英国首相であった。

 

「どうぞ、お入りください。」

 

執事が接見室のドアを開けた。

 

「陛下、失礼致します。」

 

チャーチルはそう言うと、部屋に入っていった。

 

「ウィンストン・チャーチル卿、余は其方を首相(プライム・ミニスター)に任命する。」

 

イギリス国王、ジョージ6世は厳かにそう言った。

 

「身に余る光栄です、国王陛下。」

 

チャーチルはそう言うと、国王に誓いを立てた。

 

こうして、ウィンストン・チャーチル卿はイギリス首相に就任したのであった。

 

 

同日午後11時

ロウリア王国首都、ジン・ハーク―

 

ハーク城の表門には、大量のハーク親衛隊の兵士が集まっていた。

 

「亜人が滅ぶのもいよいよだな!」

 

「ロウリアに栄光あれ!」

 

こうした声が、兵士たちから聞こえていた。

 

しかし、国王ハーク・ロウリア34世が姿を現すと、水を打った様に静寂が訪れた。

 

「兵士諸君!我々は、あの忌々しい亜人共を絶滅させる為、多くの事をしてきた。今日がその集大成である!今此処に、我がロウリア王国は、クワ・トイネ公国とクイラ王国に対し、宣戦を布告する!」

 

すると、兵士達からは拍手と歓声が沸き起こった。

 

ハーク・ロウリア34世は、拍手と歓声が止むのを、腕組みをして待った。そして静寂が訪れると、こう続けた。

 

「今日という日は、我が国にとって、いや、世界にとって、歴史的な日になるであろう!亜人共よ、震え上がるがよい!ロウリアに栄光あれ!」

 

演説が終わると、先程よりも大きい、割れんばかりの拍手と、歓声が起こった。

 

その頃、クワ・トイネ=ロウリア国境では、大量の部隊が、国境を越え、進撃を開始したのだった―

 




いよいよロデニウス戦争が始まりました。次回は、BEF(イギリス派遣軍)が活躍します!
コメントも頂いております。コメントありがとうございます!




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Chapter II : ロデニウス戦争
第5話 ―チャーチルの決断―


1940年11月12日午前6時

ロンドン郊外、チャーチル邸―

 

イギリス首相(プライム・ミニスター)のウィンストン・チャーチルは、自室で朝食を摂っていた。

机に置いてあるラジオからは、ロウリア王国がクワ・トイネ公国、クイラ王国に侵攻した、というニュースを伝えていた。

 

「やはりな、早くBEF(イギリス派遣軍)を送らねば―」

 

彼はそう考えると、身支度に取り掛かった。

 

 

その頃

公都クワ・トイネ、参謀本部―

 

此処参謀本部では、ロウリアの侵攻を受け、大混乱に陥っていた。

そんな中、カナタ首相が戦況を訊きに訪れていた。

 

「ノウカ大将、現在の戦況は?」

 

「閣下、それが...」

 

ノウカ大将が言葉に詰まる。

 

「国境の都市、ギムが陥落し、モイジ准将率いる守備隊が全滅したとの事です。」

 

と、隣に居たノウカの副官が早口で述べた。

 

「そんな莫迦な―」

 

カナタが衝撃を受ける。

 

「民間人は避難できたのか?」

 

しばらくの沈黙の後、カナタがノウカに訊いた。

 

「市民の約三分の一、3万人程が避難出来ましたが、残りの6万人は消息不明―」

 

「そうか、6万人がか―」

 

カナタは険しい表情でそう言うと、官邸へと戻っていった。

 

 

翌13日、昼0時

バッキンガム宮殿、国王の執務室―

 

国王ジョージ6世は、執務机に置いたラジオに耳を傾けていた。聴いているのは、チャーチル首相の演説である。

 

「イギリス国民の皆さん、首相のウィンストン・チャーチルです。

皆さんご周知の通り、一昨日、ロウリア王国が我が国の同盟国であるクワ・トイネ公国、クイラ王国に宣戦布告しました。ロウリア王国は電撃的侵攻を続けています。このままでは2国とも滅んでしまうでしょう。

そして、これもご周知の事と思いますが、ロウリア王国がクワ・トイネ公国の町、ギムで恐るべき蛮行を働きました。ロウリア軍は、何の罪も無い民間人に対し、蛮行を働いたのです!

我々は、この蛮行を、見て見ぬ振りをすべきなのか?答えは明確に(No)です!

 

―イギリス国民の皆さん、我々の友人を助けましょう!」

 

チャーチルの演説は、多くのイギリス国民の考えを、ロデニウス戦争参戦へと動かしたのだった。

 

 

中央暦1639年9月4日

クワ・トイネ公国、マイハーク―

 

BEF(イギリス派遣軍)総司令官のバーナード・モントゴメリー大将は司令部を設置する為、BEFより一足早く、マイハークに到着していた。

 

「ここがマイハークか、美しい街並みだな―」

 

モントゴメリーはBEF司令部を置く、マイハーク市庁舎に向かう車の中でそう呟いた。

 

マイハークの市庁舎には、モントゴメリーを迎える為、市長のハガマ卿と第3軍(ロウリアとの開戦により、マイハーク防衛騎士団から改編)司令官のイーネ少将が待っていた。

モントゴメリーが着くと、歓迎のあいさつの後、司令部を置く作業が始まった。

 

 

翌9月5日

公都クワ・トイネ―

 

クワ・トイネ公国軍が心待ちにしていた、BEF(イギリス派遣軍)がマイハークに到着したという連絡が入った。

 

BEF(イギリス派遣軍)は、第10歩兵師団、第2空挺師団、第5歩兵師団、第18機甲師団、第4機甲師団の、計5師団から成っており、更に航空部隊も含まれていた。

 

「おお!BEFが到着したか!」

 

この連絡を受けたカナタは歓喜し、すぐさまイギリス大使館に赴いたのだった―

 

 

その頃

ロウリア王国、首都ジン・ハーク―

 

ロウリア王であるハーク・ロウリア34世は、戦況を笑みを浮かべて訊いていた。

 

「圧倒的ではないか、我が軍は!」

 

ハークは、戦況を一通り聞くと、そう言った。

 

「して、無敵艦隊は出撃したのか?」

 

ハークが国軍大臣のパタジン元帥に訊いた。

 

「はい、海軍からの連絡によりますと、シャークン提督率いる無敵艦隊は9月4日にマイハークに向け出航しました。」

 

「よし、出航したか。マイハークを廃墟にするのだ!」

 

パタジンの説明を受け、ハークはまるで魔王のような声で笑った。

 

 

翌9月6日午前6時

クワ・トイネ公国、エジェイ要塞―

 

ギムを陥落させたアデム准将率いるロウリア軍先鋭隊は、イギリス軍とクワ・トイネ軍の待ち構えるエジェイ要塞に進撃していた。

 

RAF(イギリス空軍)のスピットファイア Mk. Ibの操縦士、コネリー・ベケット少尉は、連隊を率いて、エジェイ上空を偵察していた。

 

「敵のワイバーンは見当たらないな。」

 

彼はそう考えていたが、次の瞬間、遠くに敵騎を認め、通信機を取った。

 

「こちらベケット、10時の方向に敵を発見!繰り返す、10時方向に敵騎!」

 

「了解!」

 

「攻撃開始せよ!」

 

了解!(Aye, Sir!)

 

ベケット中隊は、敵への攻撃を開始した。

 

規則正しい機関砲の音が聞こえて来る。

 

彼は驚いている敵を、反撃の機会も与えないまま、ドラゴンごと葬り去っていった。

 

 

その頃

行軍中のロウリア軍先鋭隊―

 

「アデム閣下、ワイバーン隊から連絡です!」

 

伝令兵が馬に乗って大急ぎでやって来ると、紙切れをアデムに渡した。

 

そこには、偵察隊が全滅したと書かれていた。

 

「何だと!?」

 

彼が驚いていると、次の瞬間、直ぐ近くを行軍していた歩兵大隊が爆音と共に吹き飛ばされた。

 

「何事だ!?」

 

驚いている内に、次々と爆発が起こり、先鋭隊は大混乱に陥った。

 

 

同刻

エジェイ近郊、英軍砲兵陣地―

 

第5歩兵師団の砲兵大隊司令官のカヴァン・オーウェン少佐は、双眼鏡でエジェイへと向かう街道を偵察していた。

 

「敵の歩兵部隊か、まるで中世の軍だな―」

 

彼はそう呟くと、無線機を取り、各班に指令を出した。

 

「全部隊、0630に砲撃開始せよ!目標は10時の方向!」

 

彼は司令を出すと、腕時計を見た。

 

「あと4分か―」

 

暫く経って、再び時計を見る。

 

「あと10秒か―」

 

「9―」

 

「8―」

 

「7―」

 

「6―」

 

「5―」

 

彼は深呼吸をすると、無線機を取り、各班に連絡をした。

 

「攻撃開始!」

 

丘の上に並べてある火砲が一斉に火を噴き、戦闘が始まった。

 

ズドーンという凄まじい音が辺り一帯に聞こえ、敵を隊列のまま消し去っていった。

 

 

その頃

第18機甲師団、モントゴメリーの指揮戦闘車―

 

「偵察隊からは報告は無いか?」

 

モントゴメリーが副官のポール・ハイアット中佐に訊ねる。

 

「今の所ありません。」

 

ハイアットが答えた。

 

「偵察隊からの報告が来ました!」

 

通信兵がモントゴメリーに言った。

 

「どうだ?」

 

「敵の騎兵部隊と遭遇、交戦しているようです。」

 

「よし、直ぐに救援に向かうぞ!」

 

「了解しました!」

 

「無線機を貸してくれ。」

 

モントゴメリーはそう言うと、指令を出した。

 

「こちらモンティだ。偵察隊が敵と遭遇した模様。これより応援に向かう。繰り返す、これより応援に向かう!」

 

「了解!」

 




いよいよBEF(イギリス派遣軍)が活躍しだしました。
次回はほぼ戦闘回になると思います。
コメントも頂いております。コメントありがとうございます!


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第6話 ―シャチ作戦(Operation Killer Whale)

前回から大分投稿が空いてしまいました。
楽しみにしてくださった方、お待たせ致しました。


1940年11月20日早朝

ロンドン・ダウニング街10番地(Number 10)

 

「首相!首相!戦争省から緊急連絡です!」

 

チャーチルの秘書が大急ぎで紙切れを持ってやって来た。

 

「何事かね?」

 

チャーチルはそう訊くと、それ(紙切れ)を受け取った。

 

「おお!BEF(イギリス派遣軍)がエジェイで勝ったか!」

 

チャーチルはそう言うと、戦争省に向かう為、準備を始めた。

 

 

中央暦1639年9月12日

ロウリア王国首都、ジン・ハーク―

 

イギリスはロウリアとの戦争が始まると、諜報員をロウリアに潜入させていた。

 

MI6(秘密情報部)の隊員、ファーガス・アシュトン中佐率いるロウリア潜入部隊は、驚くべき戦果を挙げていた。

 

そんな中、海軍基地に潜入した班から、連絡が入った。

 

「こちらアシュトン、何か見つかったか?」

 

「こちらローウェル、海軍の作戦計画書を入手したぞ!」

 

「おお!よくやった!直ぐカメラを持ってきてくれ。」

 

「了解!待ち合わせ場所は"獅子の巣"だ。頼んだぞ!」

 

了解!(Aye, Sir!)

 

 

翌9月13日午前10時(11月21日)

ロンドン・海軍本部―

 

ここ海軍本部では、MI6からの情報を受け、ロウリア艦隊撃滅作戦を練っていた。

 

「作戦に参加する艦船・航空機は以下の通りです。」

 

と、ライオネル・コール中佐がパウンド元帥に言った。

 

資料にはこう書いてあった。

 

空母「イラストリアス」

 

戦艦「キング・ジョージ5世」

  「プリンス・オブ・ウェールズ」

 

重巡洋艦「エクセター」

 

軽巡洋艦「ベルファスト」

    「フィービ」

 

駆逐艦「メンディップ」

   「ガース」

   「ハンブルドン」

 

潜水艦「ソードフィッシュ」

   「ヘクター」

   「ハミルトン」

 

艦上戦闘機「シーファイア」50機

 

パウンド元帥は資料を見ると、作戦許可を出した。

 

 

その日の午後

ホワイトホール・戦争省―

 

エジェイ防衛戦に勝利したイギリス軍は、ロウリアに対する大規模攻勢を計画していた。

 

そんな中、チャーチル首相が、将校達を労いに来ていた。

 

「将校諸君、エジェイ防衛ご苦労だった。しかし、戦いが終わったわけでは無い。クワトイネとクイラの国民、そしてイギリスの運命が、この戦争に懸かっている。まだ忙しい日々が続くと思うが、イギリスとその友人の為、頑張って貰いたい。勝利するのは、我々であると、私は信じている!」

 

チャーチルは演説を終えると、勝利のVサインを掲げた。

 

演説を終えたチャーチルの元に、海軍の若い将校が来た。

 

「チャーチル閣下、パウンド元帥が―」

 

「分かった。直ぐ向かおう。」

 

チャーチルはそう言うと海軍本部に向かった。

 

 

10分後

ロンドン・海軍本部―

 

「チャーチル閣下、お待ちしておりましたぞ。」

 

と、海軍卿のパウンド元帥が出迎えた。

 

「パウンド元帥、如何されましたので?」

 

チャーチルが訊いた。

 

「まずこちらをご覧ください。」

 

パウンドの部下がそう言うと、作戦計画の資料を渡した。

 

チャーチルは説明を訊くと、作戦を許可した。

 

「閣下、作戦名は如何しますか?」

 

パウンドが訊いた。

 

「そうだな―」

 

シャチ作戦(Operation Killer Whale)で行こう。」

 

こうして、シャチ作戦にゴーサインが出されたのであった―

 

 

9月14日午前6時

マイハーク沖・ロウリア無敵艦隊、旗艦「ハーク・ロウリア」艦上―

 

4400隻から成る大艦隊、「無敵艦隊」の司令官、シャークン提督は、副官からワイバーン隊の偵察結果を訊いていた。

 

「敵は全く居ないじゃないか、余裕だな。」

 

シャークン提督がそう笑っていると、突然ワイバーン隊から緊急連絡が入った。

 

「こちらワイバーン隊である!敵艦5隻発見!更に敵の鉄竜も確認!現在攻撃されて―」

 

通信はそこで途絶えた。

 

「何っ!?敵の鉄竜だと!?」

 

そのやり取りを聞いていたシャークン提督が驚く。

 

「おそらくイギリス艦隊でしょう。しかし、数も少ない模様。我らの敵では無いかと―」

 

副官がそう言った。

 

しかし、その考えは直ぐに破られることになった。

 

ズドォォン!

 

「何だ!?今の爆音は!」

 

シャークンが音のした方を見ると、船が真っ二つになり、燃えながら沈んでいった。

 

「なっ!?」

 

ズドォォン!ドォォォン!

 

彼が驚いている間にも、次々に船が沈められていった。

 

「何事だ!?敵は魔法でも使っているのか!?」

 

ゴォォォォォォ

 

爆音だけでなく、轟音も聞こえてきた。

 

「ん?」

 

タタタタタタタタッ

 

「拙い!敵の鉄竜が来たぞ!!」

 

「回避行動を取れ!」

 

彼は咄嗟に命令を出した。

 

しかし、多くの船のマストが、イギリス軍のシーファイアによって使い物にならない状態にされた為、動く事が出来なくなってしまっていた。

 

「5番艦、マスト破損!」

 

「8番艦もマストが破損した!」

 

各艦から次々にマスト破損の連絡が入った。

 

更に追い打ちをかけるように、イギリス軍の戦艦が向かってきた。

 

「イギリスの戦艦か― まるで化け物じゃないか!」

 

彼は全艦に反撃命令を出した。

 

しかし、バリスタが敵の堅い装甲に効く筈も無く(そもそも矢が届いてすらいなかった)、イギリス軍の砲撃を受け、次々に沈められていった。

 

ズドォォォォン!

 

ズドドォォォォォン!

 

「このままでは全滅してしまう―」

 

彼は魔信を取ると、指令を出した。

 

「こちらシャークンだ。全艦撤退せよ!」

 

彼が命令を出したその瞬間、イギリス軍の砲弾が「ハーク・ロウリア」に命中した。

 

 

一方、「キング・ジョージ5世」艦上―

 

燃えながら沈んでゆく敵の旗艦を、総司令官アンドルー・カニンガム元帥が双眼鏡で眺めていた。

 

「無敵艦隊も呆気無かったな―」

 

彼はそう言うと、指令を出した。

 

「こちらカニンガム、敵艦隊を追撃せよ!」

 

その後も海戦は1時間ほど続き、日がすっかり昇る頃には、敵艦隊のほとんどが海の藻屑と化していた―

 

ロウリア海軍は、この海戦での敗北で再起不能になったのだった―

 

シャークン提督は、イギリス軍の駆逐艦に救出され、捕虜となった。

 

こうして、シャチ作戦は、大成功に終わったのだった―

 

 

同刻

ロンドン・海軍本部―

 

イギリス首相チャーチルは、海戦が始まったという連絡を受け、固唾を呑んで報告通信を聞いていた。

 

すると、通信が入った。

 

「こちら"キング・ジョージ5世"、ロウリアの無敵艦隊を撃滅しました!敵旗艦、"ハーク・ロウリア"含め、4400隻中4120隻を撃沈、276隻を拿捕しました!」

 

通信が終わると、海軍本部は歓喜に包まれた。

 

「素晴らしい!」

 

「これでロウリアも終わりだ!」

 

そう言った声が、次々に挙がったのだった―

 

そして、チャーチルが演説を始めた。

 

「将校諸君、本当に良くやってくれた!この勝利は、全てのイギリス国民やクワトイネ、クイラの国民に、希望を与えるだろう!さあ、共に解放を進めようではないか!」

 

演説が終わると、拍手と歓声が起きた。

 

そして、チャーチルが勝利のVサインを掲げると、拍手と歓声が一段と大きくなったのだった―

 




遂にイギリス海軍が活躍しました!
次回はいよいよ陸の決戦が始まります!
コメントも頂いています。ありがとうございます!

※11月は結構忙しくなりそうですので、大分投稿が空いてしまいそうです。ご了承下さい。


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第7話 ―十字軍作戦(Operation Crusades)〔前編〕―

中央暦1639年9月15日

ジン・ハーク、ハーク城の大広間―

 

ここハーク城では、ロデニウス沖海戦とエジェイ攻略作戦の敗北を受け、ハーク・ロウリア34世出席の元、国防会議が開かれていた。

 

「まさかな...我が無敵艦隊が..敗れるとは―」

 

ハークは、海戦で無敵艦隊のほぼ全てが海の藻屑になった事で、ショックを受けていた。

 

「うーむ、我々はイギリスの力を見くびり過ぎていたのかも知れませんな。」

 

と、ヤミレイ首相が言った。

 

「しかし、イギリスの快進撃も止まりますでしょう。」

 

と、第1軍(先鋭隊から改編)司令官のパンドール国家元帥が自信満々に述べる。

 

「ギム防衛作戦か―」

 

ハークが訊いた。

 

「はい、閣下。我が第1軍はギム前方に、幾重にも防御陣地を設置しております。更にギムの西に位置している森にも、多数の歩兵部隊を配置、更に川沿いにも兵を配置しており、準備は万端です。流石にこの防衛線は、イギリス軍とて突破できぬかと―」

 

パンドールが資料を見せながら答えた。

 

「パンドール、森の兵をギム前方に移動させるのだ。」

 

ハークがパンドールに言う。

 

「閣下、お言葉ですが、それでは余りにも危険性が高すぎます。」

 

パンドールが反対する。

 

「いや、あの深い森は、到底突破出来まい。それよりも、もっと分厚くギム前方に陣地を敷くのだ。」

 

ハークが自信に満ちた声で言う。

 

「閣下、可能性は0では―」

 

パンドールが進言しようとする。

 

「パンドール!余の命令に逆らう気か!」

 

ハークが声を荒げて言う。

 

「了解しました。閣下、ギム前方の陣地を増強いたします。」

 

パンドールが咄嗟に言った。

 

「うむ、それでよい。」

 

ハークがそう言うと、会議はお開きになった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

その頃

大西洋(ロデニウス海)、空母「アーク・ロイヤル」艦上―

 

イギリス海軍の空母「アーク・ロイヤル」には、名だたる人物たちが集まっていた。

 

イギリスからはチャーチル首相、フランスからは11月15日に大統領に就任したペタン大統領、そしてクワ・トイネのカナタ首相にクイラのフートー首相が集まっていた。

 

勿論、議題はロウリア侵攻作戦と、戦後処理についてであった。

 

「しかし、あれは凄かったですな。ロウリアの「無敵艦隊」をたった12隻と僅かな鉄竜で破るとは―」

 

カナタがチャーチルに言った。

 

「いえいえ、それ程でもありませんよ。」

 

チャーチルが笑みを浮かべる。

 

「さて、本題に移りますかな。」

 

チャーチルがそう言うと、外務省の職員が資料を持って来た。

 

4人が資料に目を通すと、ペタンが口を開いた。

 

「我がフランスは、クワ・トイネとクイラに義勇軍を派遣する事を表明します。」

 

「義勇軍?」

 

フートーが訊いた。

 

「ええ、国家として参戦せず、部隊を派遣するのですよ。」

 

ペタンが答えた。

 

「成る程、部分的参戦という訳ですね。」

 

カナタが頷きながら言う。

 

「して、兵力はどの位で―」

 

フートーが訊くと、新たな資料が来た。

 

そこには、こう書いてあった。

 

第1機甲旅団、第2機甲旅団、第3機甲旅団、第5機械化騎兵連隊、第6歩兵師団と第4戦闘機大隊、第17戦闘機大隊、第6爆撃機大隊、第16近接支援機大隊を、クワ・トイネ公国とクイラ王国に派遣する。

 

「総司令官は、シャルル・ド・ゴール准将です。」

 

フランスの外交官が言った。

 

「ド・ゴール准将ですか。彼が提唱している「電撃作戦」をロウリアでも行おうという訳ですな。」

 

チャーチルが訊く。

 

「そうです、チャーチル首相。私は最初、彼の考えを疑問視していたのですが、彼の熱意とドイツがポーランドで行った作戦を見て、考え直したのですよ。」

 

と、ペタンが言った。

 

その後も会議は続き、その日の夜には、四ヵ国が共同で声明を出した。

 

こうして、「大西洋協定」が結ばれたのである。

 

内容はこの様なものだった。

 

1. 四ヵ国は、互いに軍事含む各種の支援をする。

 

2. 四ヵ国のそれぞれは、ロウリア王国との単独講和を禁ずる。

 

3. 戦争終結後のロウリアは、1年経過するまで、四ヵ国の分割占領とする。

 

4. 平時においては、貿易などの交流を活性化させる。

 

5. 平時において、四ヵ国の内のどこかが第三国に攻撃された場合、他の国々は直ちに第三国に対し、攻撃を行う。

 

そして、ロウリアへの攻勢作戦を、12月10日(中央暦10月2日)までに実施する事が決定した。

 

それから1週間、イギリス軍参謀本部は、()()()()()()作戦計画を立てた。

 

 

1940年11月30日午前9時

ロンドン・ホワイトホール、戦争省―

 

「皆様、こちらが今回の作戦計画です。」

 

と、チャーチルの軍事首席補佐官であるヘイスティングス・イスメイ将軍がチャーチル首相やイーデン陸相、そしてフランスのペタン大統領らに資料を配った。

 

資料が配り終わると、説明が始まった。

 

「まず、今回の作戦について説明いたします。今回の作戦は、3段階からなります。」

 

―作戦の説明―

1. 作戦の目標は、ギムにおける敵戦力の包囲殲滅と、敵本土南部への上陸、そして敵首都であるジン・ハークの電撃的占領の3つである。

 

2. まず、モントゴメリー大将のBEF(イギリス派遣軍)第1軍団(第10歩兵師団、第5歩兵師団、第18機甲師団)がギムを攻撃する。

 

3. その間に、フィリップ・ルクレール中佐のAEF(フランス派遣軍)北部軍団(第1機甲旅団、第5機械化騎兵連隊)が旧クワトイネ=ロウリア国境線のロー川を渡河し、ギムの南6kmにあるギネを占領、敵の退路を封じる。

 

4. ギム陥落と同時に、シャルル・ド・ゴール准将率いるAEF(フランス派遣軍)南部軍団(第2機甲旅団、第3機甲旅団、第6歩兵師団)と、リチャード・オコーナー少将のBEF(イギリス派遣軍)第2軍団(第2空挺師団、第4機甲師団)がロウリア南部のラスーシ海岸に上陸。

 

5. 上陸後は、速やかにラスーシ海岸の要港のギーウナーを攻略。補給路を確保する。

 

6. 上陸軍は、電撃的侵攻で敵の首都、ジン・ハークを背後から占領、ロウリアを降伏させる。

 

7. この作戦に付随して、敵の主要都市への威嚇飛行と工場への爆撃を行う。なお、爆撃前には避難勧告のビラを撒く。

 

イスメイの説明が一通り終わると、各大臣がそれぞれ意見を述べ、作戦が承認されたのだった。

 

「チャーチル首相、作戦名は如何しますか?」

 

イーデンが訊いた。

 

「そうだな...十字軍作戦(Operation Crusades)は如何かね?」

 

チャーチルが答えた。

 

「良いですな。自由の十字軍という感じがしますぞ。」

 

ペタンがチャーチルの案に賛成した。

 

こうして、作戦名は十字軍作戦(Operation Crusades)と決定した。

 

 

中央暦1639年10月2日午前5時

エジェイ近郊、ギムへ向かうデーンスイ街道・モントゴメリー大将の指揮戦闘車内―

 

「閣下、全車両準備整いました!」

 

モントゴメリーの副官、ポール・ハイアット中佐が報告した。

 

報告を訊くと、モントゴメリーは通信機を取り、指令を出した。

 

「こちらモンティ、全部隊に告ぐ。進撃開始せよ!」

 

モントゴメリーの指令を受けると、次々にマチルダⅡ歩兵戦車やマークⅣ巡航戦車などが、次々に発進を始めた。

 

こうして、ロウリアへの反攻作戦である、十字軍作戦(Operation Crusades)が幕を開けたのだった―

 




いよいよがフランス参戦しました!
次回は戦闘回です!
評価やコメントも頂いています。皆さんありがとうございます(^^)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オリジナル用語解説 ① ハーク親衛隊
ロウリア王国の国王、ハーク・ロウリア34世の命で編成された私設軍隊。隊長はギムの攻略を指揮したアデム大佐である。クワ・トイネ侵攻作戦時では、一部の部隊が先鋭隊として戦った。
親衛隊は強靭な兵士達で構成されており、国王への絶対的な忠誠心と残忍さで有名であった。







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第8話 ―十字軍作戦(Operation Crusades)〔中編〕―

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中央暦1639年10月4日早朝

ギム、第1軍司令部・旧ギム市庁舎―

 

ここギムを守るロウリア第1軍の司令官、パンドール国家元帥は悩んでいた。

悩みの種は、ハーク自ら手を入れてきたギム防衛計画である。

 

「うーむ、参ったものだ。我々の方が軍事に卓越しているのに、あの国王と云ったら―」

 

そう考えていると、伝令兵が大急ぎでやって来た。

 

「閣下、騎兵部隊が敵の先遣隊と交戦に入りました!」

 

「何っ!?敵め、もう来たのか!」

 

そう言うと、パンドールも大急ぎで通信室に向かった。

 

 

その頃

BEF(イギリス派遣軍)第1軍団、第5機甲大隊―

 

第5機甲大隊を率いるハロルド・トワイニング少佐は、前方の部隊が接敵した事を受け、後方の車両に指令を出していた。

 

「こちらハロルド、これより敵部隊への攻撃を開始する!」

 

そう指令を出すと、

 

了解!(Aye, sir)

 

と、各車両から返答が返ってきた。

 

指令を出したのもつかの間、敵を視認する。

直ぐに砲手に伝え、敵を機関銃でなぎ倒していった。

 

他の車両も同様に、敵の陣地にこれでもかと機関銃をお見舞いする。

 

ダダダダダダダダッ

 

音がする度、敵兵が斃れていき、抵抗する間もなく死んでいった。

 

こうして敵を一方的に蹂躙していると、敵の騎兵部隊と何やら重戦車ぐらいの怪物(魔獣)が大挙して押し寄せて来た。

 

ウォォオオオオ

 

敵騎兵隊は、サーベルを高く掲げて突撃してきた。

 

「まるでナポレオン戦争時代みたいだな―」

 

彼はそう思うと、砲手に怪物(魔獣)を攻撃するように言った。

 

「やっと主砲が役に立つぜ!」

 

砲手のクレメント・フレイザー大尉が言う。

 

ドゴォォォォン

ズドォォン

 

凄まじい音を立て、主砲の2ポンド速射砲が火を噴き、怪物の装甲の様な皮膚を徹甲弾が貫く。砲弾が当たった怪物(魔獣)は、断末魔の叫びを上げ、斃れていった。

 

敵を一体、また一体と斃していると、通信が入った。

 

「こちらレナルド小隊!...現在...敵のドラゴン(ワイバーン)からの..攻撃を.受けている!至急...救援求む!」

 

「こちらハロルドだ。これから航空支援を要請する、一先ず森へと退避せよ!」

 

「了解!」

 

通信を終えると、少佐は師団長に航空支援を要請するように連絡した。

 

 

15分後―

 

「少佐!少佐!味方の戦闘機です!!」

 

隣の戦車で双眼鏡を構えていた車長が言う。

 

「おお!味方が来たぞ!」

 

少佐はそう言うと、直ぐに通信機を取った。

 

「こちらハロルド、進撃を再開する!」

 

その通信を合図に、再び攻撃が始まった。

 

 

同刻

AEF(フランス派遣軍)北部軍団、ルクレール中佐の指揮戦闘車―

 

ギム正面でイギリス軍がロウリア軍の抵抗を受けていた一方、ギネを目指すフランス軍は、僅かな抵抗にしか遭遇していなかった。

 

「しかし奇妙だな、全く敵が居ないなんて―」

 

ルクレールが副官のマティアス・アルボー少尉に言う。

 

「そうですね、中佐。何処かで待ち構えているのでは?」

 

少尉が答える。

 

「うむ、その可能性は大だな。敵が居なくとも、気を引き締めねば―」

 

といった会話をしていると、先遣隊からロー川に到達したという連絡が入った。

 

「どうだ、橋は残っているか?」

 

ルクレールが先遣隊に訊いた。

 

「敵の手によって破壊されています!」

 

「拙いな―」

「よし、工兵隊を向かわせよう。明日の午後までには終わらせねば!」

 

こうして、ロー川渡河作戦が始まった―

 

架橋には工兵部隊だけでなく、戦車兵達も協力した。

 

ポンツーン(橋脚舟)を持って来て正解だったな、これが無かったら大変だった―」

 

建設の様子を視察していたルクレールが言う。

 

「この調子だと明日には終わりそうです、中佐。」

 

アルボー少尉が明るく言った。

 

建設は多くの人員が動員され、夜通し行われた。

 

更に明け方には、一部の部隊が対岸に橋頭保を確保し、より安全に建設が進められるようになった―

 

 

10月5日午後2時

ロウリア第1軍司令部・旧ギム市庁舎―

 

「パンドール閣下、北西部の防衛線が崩れました!」

 

伝令兵が息を切らしてやって来た。

 

「何...だと..」

 

パンドールの顔が一気に青褪める。

 

「直ぐ魔獣部隊を向かわせろ!ワイバーンの支援も要請するぞ!!」

 

パンドールはコップに注がれていた水を一気に飲むと、そう言った。

 

「了解しました!!」

 

伝令兵は再び走っていった。

 

「拙いな...撤退も視野に入れねば―」

 

パンドールがそう考えていると、

 

ヒュルルルル...ズドォォォォン

 

凄まじい轟音が聞こえてきた。

 

「何事だ!?」

 

パンドールが驚いていると、副官が走ってきた。

 

「閣下、敵が大規模な火炎弾攻撃を仕掛けて来ました!!」

 

「敵の大魔術師のお出ましと云う訳か―」

 

パンドールはそう考えると、魔術師の部隊を向かわせる様に指示した。

 

 

その頃

ギムの南6km、ギネ後方の丘陵―

 

第5機械化騎兵連隊の指揮官、サン=シモン・ロドルフ中佐は、M201装甲車を中心とした装甲車部隊とオートバイ兵を率いて、偵察を行っていた。

 

ロドルフが双眼鏡を構えていると、敵の守備陣地を遠くに見とめた。

 

「ん?あれは敵の守備陣地か?」

 

彼がそう考えていると、先頭の部隊から通信が入った。

 

「こちら..ヴェルレ中隊!..我、敵の...斥候..部隊に遭遇!...現在..戦闘中!」

 

「こちらロドルフだ。直ぐに支援部隊を向かわせる、戦闘を継続せよ!」

 

「了解!増援感謝する!」

 

通信が終了すると、ロドルフは偵察部隊を率いて前線に向かった。

 

前線に到着すると、すでに戦闘は激しさを増していた。

 

「斥候にしては敵が多いな―」

 

ロドルフがそう呟く。

 

敵は増援を呼んだ様で、抵抗は一段と激しいものになっていた。

 

「よし、総攻撃を開始せよ!!」

 

ロドルフが指令を出すと、M201装甲車のオチキスMle1938重機関銃が攻撃を開始した。

 

ダダダダダダダダダダッ

 

隊列を組んで勇敢に向かって来る敵の重装歩兵は、銃声が鳴り響くや否や、亡骸と化していった。

 

「歩兵部隊、進撃開始せよ!」

 

ロドルフが大声で言う。

 

Oui monsieur(了解)assaut de l'armée entière(総員突撃)!!」

 

オートバイ兵は車両を降りると、敵軍への突撃を開始した。

 

ズダダダダダダダッ

 

軽機関銃やライフル銃の音が辺り一帯に鳴り響く。

 

「こちらロドルフ!迫撃砲部隊、攻撃開始せよ!」

 

彼が迫撃砲陣地に指令を出すと、攻撃が開始された。

 

ブラント81mm迫撃砲から放たれる砲弾は、放物線を描いて敵陣に弾着していく。

 

ズドォォォォォン

 

弾着が生じる度、弾着が生じた部分の土が空高く上がり、文字通り敵兵が飛ばされる。

 

戦闘はその後も続き、夕方には第1機甲旅団も到着した。

 

 

同日午後6時

ギネ・ルクレール中佐の指揮戦闘車―

 

「閣下、敵の使者が来ました!」

 

副官のマティアス・アルボー少尉が早口で言った。

 

「よし、早速会おうじゃないか。」

 

ルクレールはそう言うと、天幕の中へ向かっていった―

 

 

同日午後7時

第1軍司令部・旧ギム市庁舎―

 

激しさを増すイギリス軍の攻撃は、この司令部にも迫っていた。

 

ロウリア第1軍は、市街地の白兵戦によってイギリス軍に出血を強いりながらも、じりじりと撤退を始めていた。

 

「パンドール閣下、ここは危険です。ギネへと撤退しましょう!!」

 

副官のトミーンが言う。

 

『ギムを放棄してしまえば、戦線は大分後退する事になる、そうなったら我が国の戦争継続能力は―』

 

パンドールが悩む。

 

ズドォォォォン

 

パンドールが悩んでいると、耳を劈くばかりの音を立て、砲弾が司令部の屋根に直撃した。

 

「閣下、ご決断を!」

 

トミーンが緊迫した声で言う。

 

「...ギムを放棄するぞ、撤退だ。」

 

パンドールが諦めに満ちた声で言った。

 

 

1時間後

ギム郊外、撤退中の第1軍―

 

パンドールは部下の軍勢を引き連れ、ギネへと撤退すべく、行軍をしていた。

 

『致し方あるまい、これも将兵と戦線を維持する為だ。』

 

彼が馬上でそう考えていると、先遣隊が向かって来た。

 

「如何した?」

 

パンドールが訊ねる。

 

「閣下、ギム橋が敵の手に落ちました!!」

 

先遣隊の隊長が言う。

 

「何っ!?」

「そ、そんな莫迦な―」

 

パンドールが衝撃を受ける。

 

しばらくの沈黙の後、パンドールは副官のトミーンに、残った将兵を集めるように言った。

 

 

30分後、パンドールは指揮下の全将兵を前に、演説をした。

 

「兵士諸君、我々は今、非常に厳しい立場にある。現在、我々は敵に包囲され、追い詰められている。

 しかし、このまま降伏する訳にはいかない!よって、我々は、明日の早朝に、敵防衛線の最も薄い所を突き、包囲を突破する!

 諸君、この戦いは、かなり激しいものになるだろう。王国の興廃はこの一戦にある、各員一層奮励努力せよ!!」

 

演説が終わると、厭戦気分が漂っていた兵達の士気は、一気に回復した。

 

 

翌6日

ギム郊外、ロウリア第1軍―

 

「閣下、準備整いました!」

 

トミーンがパンドールに敬礼をする。

 

「よし、総員突撃開始!!兎に角、西に向けて走れ!!」

 

パンドールが大声で言うと、ラッパ手が突撃の合図であるラッパを吹いた。

 

ウォォォォォォ

 

鬨の声と共に、騎兵が一斉に突撃し、槍歩兵部隊や魔導士部隊が後に続く。

 

「我に続け、突撃!!」

 

「進め進め!!」

 

と云った声があちらこちらから聞こえる。

 

一方、敵の部隊はと云うと、僅かな歩哨部隊が野営地を守っているだけで、あっという間に騎兵部隊に寝込みを襲われた。

 

部隊が突撃する度、敵兵の悲鳴が上がる。

 

しかし、敵が防衛体制を整え始めると、戦況が逆転した。

 

「拙い、敵の鉄獣が来たぞ!」

 

という声が味方の一部から上がる。

 

敵の鉄獣は、次々に兵達を斃していく。

 

「閣下、西へ逃げましょう!」

 

咄嗟にトミーンが言う。

 

「うむ、総員西へ退却せよ!!」

 

パンドールが大声で指令を出すと、生き残った部隊は、重装歩兵部隊を殿に、西への退却を始めたのだった―

 

こうして、十字軍作戦(Operation Crusades)の第1段階であるギム大包囲戦は、連合軍の勝利に終わった。

 

【挿絵表示】

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ギム大包囲戦の各軍損害

BEF(イギリス派遣軍)第1軍団(イギリス) 死者 34名 負傷者 327名 車両 27台

AEF(フランス派遣軍)北部軍団(フランス) 死者 3名 負傷者 39名 車両 19台

ロウリア第1軍 (ロウリア) 死者・行方不明者 15341名 負傷者 19582名 捕虜 18768名




皆さんお待ちかねのフランス軍活躍回です。次回はドゴール機甲部隊が活躍します!


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第9話 ―十字軍作戦(Operation Crusades)〔後編〕―

中央暦1639年10月9日午前4時

ロウリア王国・ラスーシ海岸沖5km地点、軽巡「エミール・ベルタン」―

 

AEF(フランス派遣軍)南部軍団の司令官、シャルル・ド・ゴール准将は艦の甲板部に立ち、双眼鏡で海岸の様子を見ていた。

 

『全く敵が居ないじゃないか、ロウリア軍もここに上陸して来るとは予想外だったという訳か―』

 

ドゴールがそう考えていると、副官が来た。

 

「閣下、全上陸部隊の準備整いました!」

 

と、副官のジュスタン・ベルニエ少佐が敬礼をする。

 

「報告有難う。よし、オコーナー少将に連絡だ!」

 

ドゴールがそう言うと、ベルニエが通信機を取った。

 

数分後、ベルニエが通信機をドゴールに渡した。

 

「お早う御座います、オコーナー少将。AEF(フランス派遣軍)南部軍団の司令官、シャルル・ド・ゴールです。」

 

「これはこれはドゴール殿、いよいよ決戦ですな。」

 

BEF(イギリス派遣軍)第2軍団司令官のリチャード・オコーナー少将が応答する。

 

「そうですね、身の引き締まる思いです。さて、こちらは全部隊準備整いました。そちらの状況は如何でしょう?」

 

ドゴールが訊く。

 

「こちらも配置についています。では、予定通り、4時30分(0430)に開始で―」

 

オコーナーが答えた。

 

遂に、ロウリアの本土への上陸が始まろうとしていた―

 

 

30分後

ロウリア王国、ラスーシ海岸―

 

ここラスーシ海岸は、英仏連合軍の輸送艦で埋め尽くされていた。

 

海岸の砂浜に次々と輸送艦が着岸し、兵達が上陸する。

 

AEF(フランス派遣軍)第3機甲旅団のミリアム・クラリー大佐も、自身の旅団を率いて砂浜へと上陸していた。

 

クラリーの搭乗する戦車は、途中途中海岸の砂に悪戦苦闘しつつも、上陸を遂行した。

 

「こちらクラリー、各車両無事か?」

 

上陸が完了すると、クラリーは各中隊に安否確認をした。

 

「こちらドロール中隊、全車両無事です!」

 

「こちらフォーレ中隊、全車両無事上陸!」

 

と云った具合に、各中隊から返答が返ってきた。

 

クラリーは全中隊の無事を確認すると、指令を出した。

 

「こちらクラリー、全車両進撃開始せよ!目標は4km先のカンヨー村だ!」

 

指令が出ると、ソミュアS35中戦車やAMX-40中戦車が内陸部へと進撃していった。

 

 

同日5時30分

ロウリア王国、ギーウナーの郊外―

 

BEF(イギリス派遣軍)第2空挺師団、第2空挺大隊のジョセフ・ブルワー中佐は、自身の部隊を率いてギーウナー郊外の高地に降下を試みていた。

 

輸送機内から、次々に兵士達が降下していき、空中でパラシュートを開く。下から見ると、その光景はまるで空に突如として花が咲いたようだった。

 

降下は無事に進み、重機関銃や迫撃砲といった重火器類も、1時間後には強行着陸によって前線に到着した。

 

降下が完了すると、ブルワーは各中隊長を呼び集めた。

 

「よし、総員ギーウナーへ向かう街道を制圧するぞ!」

 

ブルワーが各中隊長に指示を出す。

 

そして20分後には、各中隊がそれぞれの制圧地点へと向かっていった。

 

ブルワーも自身の中隊を率いて、ギーウナーの入り口にあたるビエー橋へと向かった。

 

 

1時間後、ブルワー中隊はビエー橋まであとの2km地点にいた。

 

ブルワーは双眼鏡を構えると、偵察を開始した。

 

『ん、あれは敵の兵士じゃないか?』

 

彼がそう考えていると、敵側から矢が飛んできた。

 

『クソッ!危なかったな―』

 

彼はそう心の中で呟くと、指令を出した。

 

「各員、攻撃開始せよ!!敵を痛い目に合わせてやれ!」

 

ブルワーが指令を出すと、各自がエンフィールド銃やブレン軽機関銃で敵への攻撃を開始した。

 

乾いた銃撃音が辺り一帯に響き、敵の弓兵達が斃れる。

 

ブルワー自身もエンフィールド・リボルバーを構え、敵を撃っていった。

 

銃撃戦は15分ほど続き、生き残った敵は逃げていった。

 

「全軍前進!ビエー橋を占領するぞ!!」

 

ブルワーが大声で言うと、中隊は前進を開始した―

 

 

10月11日午前10時

ギーウナー、市庁舎の会議室―

 

ここ市庁舎では、ギーウナー守備隊長のスマーク歩兵大将とAEF(フランス派遣軍)南部軍団の司令官、シャルル・ド・ゴール准将が会談をしていた。

 

会談の内容は、ギーウナーの無血開城と守備隊の投降であった。

 

会談は4時間に亘ったが、午後には遂にスマークが説得に応じ、ギーウナーは連合軍の手に渡ったのだった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

10月15日午前9時

ジン・ハーク、ハーク城―

 

ロウリア国王であるハーク・ロウリア34世は、渡された紙切れを見て驚愕していた。

 

「ギーウナーに英仏軍が上陸した...だと..」

 

彼はそう呟くと、その紙切れを破り捨てた。

 

「失礼致します、陛下。会議の準備が整いました。」

 

ハークの元に、ヤミレイ首相が来た。

 

「おお、ヤミレイか。直ぐに向かおう。」

 

ハークはそう言うと、会議室に向かった。

 

会議室には、政府の主要閣僚が集まっていた。

 

会議が始まると、ハークは早速戦況についてパタジン国家元帥に訊ねた。

 

「パタジン、戦況は?」

 

「極めて劣勢です、防衛線を何とかジン・ハークの南部に築かせましたが、それも何時まで持つか―」

 

パタジンが答える。

 

「会議中失礼致します!」

 

会議室のドアが勢いよく開き、若手の将校が入ってきた。

 

「何事か!?」

 

ヤミレイが訊く。

 

「敵の鉄獣部隊と思われる軍勢が、首都の防衛線に―」

 

将校が答える。

 

「何...だと...」

 

閣僚たちの顔が一気に青褪めた。

 

「陛下、一先ずビーズルへ逃げましょう!首都籠城戦をすれば、その分再起に要する時間が稼げます!」

 

ヤミレイが言う。

 

「その必要は無い!ヤミレイ、其方はこの城塞が軟弱だとでも言うのかね?」

 

ハークが反論する。

 

「いえ..そう云う訳では...」

 

ヤミレイが答える。

 

「では、よいな!」

 

ハークが念を押すと、会議が再開された。

 

 

同刻

ジン・ハーク郊外、AEF(フランス派遣軍)南部軍団指令部―

 

ドゴールは仮設司令部の中で、参謀達と作戦計画を練っていた。

 

「敵の城壁は3重になっていると聞いたが?」

 

ドゴールが参謀達に訊く。

 

「はい、閣下。敵はその中に弓兵部隊と魔導士部隊を配置し、籠城の構えを見せています。」

 

参謀の一人、アラス・クァンタン中尉が答えた。

 

「155mmカノン砲で攻撃するのはどうかね?」

 

ドゴールが提案する。

 

「確かに、カノン砲を使えば敵の射程外である遠距離から攻撃できます!」

 

もう一人の参謀、ウーロ・ティボー少尉が納得する。

 

「よし、では先ず最初にカノン砲を有する第35と第45の2個重砲大隊が、敵の城壁に徹底的な砲撃を加える。そして城塞の抵抗が落ちてきた頃を見計らい、機甲部隊を先鋒に、一気に市街地へと攻め入る。基本作戦はこれでよいかね?」

 

ドゴールが訊く。

 

「はい、閣下。では、正午(1200)に攻撃開始で宜しいですか?」

 

クァンタンが訊く。

 

「うむ、直ぐカノン砲大隊に配置に就くよう連絡してくれ。」

 

ドゴールがそう言うと、会議は解散した。

 

 

10月15日正午

ジン・ハーク郊外、第35重砲大隊陣地―

 

ジン・ハークの郊外は、平原が広がっており、見晴らしがよく利く場所だった。

 

その為、ドゴールはここを重砲大隊の陣地に選んだのだった。

 

「全く、嵐の前の静けさといった感じだな―」

 

第35重砲大隊の指揮官、ジャン=リュック・ラヴェル中佐が落ち着いた声で呟く。

 

「よし、総員砲撃開始。」

 

彼が指令を出すと、155mmカノン砲が轟音を立て、敵の城壁へ砲弾を撃ち込んでいった。

 

ヒュルルルル...ズドォォォォン

 

凄まじい轟音が辺り一帯に響く。

 

撃て!(Feu!)

 

という声がする度、砲弾が撃ち込まれる。

 

砲撃は1時間続き、敵の城壁を崩していった。

 

『よし、敵の城壁はボロボロになってきているな。』

 

ラヴェルが双眼鏡で敵の城壁を見ていると、伝令兵が来た。

 

「中佐、司令部から連絡です!」

 

「よし、直ぐに応答せねば。」

 

彼が通信機を取る。

 

「こちら第35重砲大隊、ジャン=リュック・ラヴェルです。」

 

すると、意外な人物が答えた。

 

「ラヴェル中佐、ドゴールだ。重砲大隊の活躍に謝意を表する。」

 

なんと、声の主はAEF(フランス派遣軍)南部軍団の司令官、シャルル・ド・ゴール准将だったのだ。

 

「閣下、ありがとうございます。」

 

ラヴェルが答える。

 

「さて、本題に移ろう。これから機甲部隊が敵市街地へ攻撃する、砲撃に巻き込まれない様、一旦砲撃を停止してくれ。」

 

ドゴールが指令を言い渡す。

 

「了解しました、閣下。13時30分(1330)に砲撃停止します。」

 

ラヴェルが答えた。

 

 

30分後

ジン・ハーク郊外、ドゴールの指揮戦闘車―

 

「閣下、全大隊の進撃準備整いました!」

 

副官のジュスタン・ベルニエ少佐が走ってきた。

 

「こちらドゴールだ。各大隊、進撃開始せよ!」

 

ドゴールは通信機を取ると、各大隊長に指令を出した。

 

指令が出ると、部隊が一斉に進撃を開始した。

 

ドゴールの指揮戦闘車も、ジン・ハークの市街地へと向かっていった。

 

暫く前進すると、突如として通信が洪水の様に入って来た。

 

「前方の部隊が、敵の重装歩兵部隊と戦闘に入りました!」

 

通信兵がドゴールに伝える。

 

「よし、他の大隊は市街地の方へと向かえ!出来るだけ市街地の奥へと突き進め!」

 

ドゴール自らが通信機を取り、指令を出した。

 

了解!(Oui monsieur!)

 

と、各大隊長から返答が返ってきた。

 

 

一方、前線では、ヨアン・ベネトー中佐率いる第3機甲大隊が、市街地への進撃を続けていた。

 

ベネトーは、大隊長兼「フレール号(AMX-40中戦車)」の車長だった。

 

「こちらベネトー、司令部から連絡だ。市街地へ進撃しろとの事だ。」

 

ベネトーが通信機を取り、他の車両に指令を伝える。

 

「ヨアン、この戦争もそろそろ終わりそうだな。」

 

ベネトーの戦友で操縦手の、アルド・ゴロバン少佐が言う。

 

「ああ、ロウリアの暴君も今じゃ自室で震えてんじゃないのか?」

 

ベネトーが言う。

 

「まあ、この戦いが終われば―」

 

「10時方向に敵!火炎弾を撃ってきます!!」

 

砲手のヤン・ガレル大尉がベネトーらに伝える。

 

「よし、照準合わせろ!」

 

ベネトーが言う。

 

撃て!(Feu!)

 

ベネトーが指示を出すと、ガレルがトリガーを引き、榴弾が敵陣に打ち込まれた。

 

ドゴォォォォン

 

爆発音と共に、敵が飛ばされる。

 

更に味方の戦車が容赦なく機関銃を撃ち込み、敵の部隊は潰走状態となった。

 

「よーし、敵は斃したな。進撃再開!!」

 

ベネトーの指示で、「フレール号(AMX-40中戦車)」は前進を再開したのだった。

 

 

10月16日深夜2時

ハーク城、国王の居室―

 

連合軍がジン・ハークの市街地に突入すると、ロウリア国王ハーク・ロウリア34世は逃亡の準備を始めていた。

 

『あの城壁が破られただと、そんな莫迦な―』

 

そうハークが考えていると、突如として庭園の方から騒がしい声がした。

 

ダダダダダダダッ

 

「何だ!この音は!?」

 

ハークが思わず叫ぶ。

 

すると、ハーク親衛隊の隊員が入って来た。

 

「陛下、敵がこの城に侵入して来ました!直ぐに脱出しましょう!」

 

「分かった。直ぐに逃げよう。」

 

ハークがそう言うと、親衛隊員から服を渡された。

 

「これは?」

 

ハークが訊く。

 

「変装用の服でございます。敵が迫っています!お急ぎください!」

 

隊員が言う。

 

「うむ、直ぐに支度する。」

 

ハークの支度が終わると、その親衛隊員が護衛につき、郊外に繋がる地下秘密通路から脱出を図った。

 

「しかし、危なかったな。危うく捕まる所だった―」

 

ハークがそう呟く。

 

「残念でしたな、もう捕まってますよ。」

 

親衛隊員がハークにエンフィールド・リボルバーを突き付けて言った。

 

「何っ!?冗談を申すな!」

 

ハークの顔が一気に怒りへと変わる。

 

「本当ですよ、私は親衛隊員なんかじゃありません。貴方を連れ去りにイギリスから参りました。」

 

と、親衛隊員もといMI6(秘密情報部)のファーガス・アシュトン中佐がハークに言った。

 

「そんな事許され―」

 

ハークが逃げようとすると、アシュトンは直ぐにハークの気を失わせた。

 

ハークが気を失うと、アシュトンは郊外にあるロウリア潜入部隊の拠点へと向かったのだった―

 




MI6の活躍、いかがでしたか?
コメントや評価、お気に入り登録も沢山頂いています、皆さん、ありがとうございます!
ロデニウス戦争編、次回いよいよ完結です!

※今回実は隠しネタがあります。皆さん気付きましたか?


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第10話 ―訪れし平和―

今回は少し短めです。


1940年12月30日午前9時

大英帝国首都、ロンドン―

 

小雪の舞うこの都市は、歓喜に沸いていた。

 

金融街として知られるシティでは、キオスクに多くのビジネスマンが殺到していた。

 

「デイリー・テレグラフ」紙の見出しには、「ハーク・ロウリア拘束! ロウリア降伏」と載っていた。

 

人々はそれを見るや否や、歓声を上げたのだった。

 

 

その頃

ロンドン、ダウニング街10番地(Number 10)

 

イギリス首相のウィンストン・チャーチルは、ロデニウス戦争の戦勝会見を行うべく、会見室へ向かっていた。

 

会見室に入ると、BBC(英国放送協会)ラジオをはじめ、「ガーディアン」紙や「ロンドン・タイムズ」紙などの記者が集まっていた。

 

チャーチルはマイクの前に座ると、演説を始めた。

 

「イギリス国民の皆さん、首相のウィンストン・チャーチルです。各報道で取り上げられている通り、12月29日午後11時に、ロウリア王国が降伏しました。

この2ヶ月の間、我が国とフランスは、隣人をロウリアの魔の手から助けるべく、戦ってきました。この戦争では、多くの方の命が失われました。我々は、亡くなった兵や市民にも、思いを馳せなければなりません。

そして我々は、平和な大西洋地域を築かねばなりません!今後もイギリスは、自由の為に邁進していくでしょう!」

 

チャーチルの演説が終わると、会場からは拍手が起きた。

 

続いて、質疑応答が始まった。

 

先ず最初に質問したのは、「ガーディアン」紙の記者だった。

 

「ガーディアンのアルヴィン・バーンズです。チャーチル首相、ロウリアの戦後処理は如何される予定ですか?」

 

「ロウリア王国の戦後処理については、来月中に講和会議を開き、そこでフランス、クワトイネ、クイラの3ヵ国と協議をする予定です。」

 

チャーチルが答弁をする。

 

その後も質疑応答は続き、1時間後には会見が終了したのだった。

 

 

1941年1月20日(中央暦1639年11月11日)午前10時

イギリス、ウィンザー城―

 

朝から霧が立ち込めていたここウィンザーでは、ロデニウス戦争の講和会議が開かれようとしていた。

 

「チャーチル殿、ロデニウス戦争もようやく終結しそうですな。」

 

フランス大統領のペタンがチャーチルに言う。

 

「そうですな。ロウリアには戦争責任を取って貰わねばなりません。」

 

チャーチルが言う。

 

チャーチルとペタンが話していると、会議室へと案内された。

 

30分後には、各政府の代表が到着し、会議が始まった。

 

「では、先ずイギリスの要求を発表します。」

 

イギリスのイーデン外務大臣が壇上に立つ。

 

イギリスの要求は、以下の様な物だった。

 

1. ロウリア王国は、2年間、イギリス・フランス・クワトイネ・クイラの分割統治とする。

 

2. ロウリア王国は、絶対王制を廃止し、立憲君主制の国家とする。なお、現国王ハーク・ロウリア34世は退位する。

 

3. ロウリア王国は、クワ・トイネ公国とクイラ王国に2億ポンドを支払う。イギリスとフランスに対しては、それぞれ5000万ポンドを支払う。

 

4. ロデニウス戦争における、ロウリア王国の戦争犯罪は、裁判を開き、求刑を行う。

 

5. ロウリア王国は、軍備を陸上兵力10000人、海軍兵力5隻、ワイバーン30騎まで削減する。

 

イギリスの要求が終わると、フランスの要求が出された。

 

フランスの要求は、2.を除きイギリスと同じであった。

 

2. ロウリア王国は、絶対王制を廃止し、共和制への移行を行う。現国王ハーク・ロウリア34世は退位し、王族は政界から追放する。

 

フランスの要求が終わると、続いてクワ・トイネ公国、クイラ王国と要求が続いた。

 

この2ヵ国の要求は、イギリスのそれと同じ物であった。

 

各国がそれぞれの要求を出すと、2.についての話し合いが始まった。

 

話し合いは1時間続き、最終的にフランスがイギリスの案に折れる形で合意に至った。その他にも、幾らかの修正が行われ、要求案が纏まったのだった。

 

 

最終的な要求は、以下の様な物である。

 

1. ロウリア王国は、2年間、イギリス・フランス・クワトイネ・クイラの分割統治とする。

 

2. ロウリア王国は、絶対王制を廃止し、立憲君主制の国家とする。なお、現国王ハーク・ロウリア34世は退位し、イギリスから王族を招く。

 

3. ロウリア王国は、クワ・トイネ公国とクイラ王国に2億5000万ポンドを支払う。イギリスとフランスに対しては、それぞれ5000万ポンドを支払う。

 

4. ロデニウス戦争における、ロウリア王国の戦争犯罪は、裁判を開き、戦犯に対し求刑を行う。但し、ハーク・ロウリア34世の戦犯指定は行わない。

 

5. ロウリア王国は、軍備を陸上兵力10000人、海軍兵力5隻、ワイバーン30騎まで削減する。

 

6. ロウリア王国のギーウナー港は、自由港とする。

 

1時間後、ロウリア王国の代表はこの条件に合意。文書には5ヵ国それぞれの代表のサインがされ、「ウィンザー講和条約」が締結された。

 

こうして、正式にロデニウス戦争は終わりを告げたのだった―

 

【挿絵表示】

 

 

 

1941年2月1日(11月23日)

フランス首都、パリ・パリ司法宮(Le palais de justice de Paris)

 

ここパリ司法宮では、ロウリア王国の戦争犯罪人の裁判が開かれようとしていた。

 

被告人席には、首相だったヤミレイや国家元帥だったパタジン、そしてパーパルディア皇国への逃亡を企て逮捕された元ハーク親衛隊長アデムなど、戦犯達が座っていた。

 

裁判では、「ギム大虐殺の指示は誰の物であったのか」が焦点となった。

 

その場に居たアデムは「上からの指示であった」としたが、陸軍総司令官兼国軍大臣パタジンは「その様な命令は上層部からは下していない」とし、意見の食い違いが生じた。

 

そこで、当時ハーク親衛隊員でアデムの副官であったクナレが証言台に立った。

 

「ギムを親衛隊が攻めた時、アデム大佐は市街において略奪や暴行、更に市民の処刑を行う様に兵達に命令しました。私は上層部からの指示が来ていない事を理由に反論したのですが、大佐はその指令を取り消しはしませんでした。更に、クワ・トイネ公国軍のモイジ准将以下ギム守備隊を、その場で魔獣によって処刑していました。」

 

クナレがそう証言すると、傍聴席の一般人からは非難の声が上がった。

 

更に当時の伝令記録も証拠として出され、アデムの言い分は虚偽の物であった事が判明した。

 

裁判は約1ヶ月に亘って続き、3月2日(12月22日)には、判決が出た。

 

被告人の該当した罪状と判決は以下の様な物だった。

 

 

ヤミレイ/ロウリア王国首相

 平和に対する罪により禁錮15年

 

パタジン/陸軍総司令官兼国軍大臣

 平和に対する罪、戦争に対する罪により禁錮20年

 

アデム/ハーク親衛隊長

 戦争に対する罪、人道に対する罪により終身刑

 

パンドール/ロウリア第1軍司令官

 平和に対する罪、戦争に対する罪により禁錮5年

 

ミミネル/ロウリア第2軍司令官

 平和に対する罪、戦争に対する罪により禁錮5年

 

スマーク/ロウリア本土防衛隊長兼ギーウナー守備隊長

 平和に対する罪、戦争に対する罪により禁錮5年

 

シャークン/「無敵艦隊」総司令官

 平和に対する罪、戦争に対する罪により禁錮5年

 

被告人達は特に控訴もせず、「パリ軍事裁判」は幕を閉じたのだった―

 




第2章は今回で完結です!
コメントや評価、お気に入り登録も沢山頂いています、皆さん、ありがとうございます!
次回は英仏が「ある国」と接触を果たします!


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Chapter Ⅲ : 安定と平和
第11話 ―マイラスの訪英―


今回の第10話は、2019年初投稿となります。
2019年も、「英仏召喚」を宜しくお願いします!


1941年4月5日午前10時

ロンドン、クロイドン空港―

 

ムー連邦の特使であるマイラスは、「イギリス」と云う国を訪れていた。

 

マイラスは朝にクワ・トイネ公国のマイハーク空港を出発し、航空機でロンドンへと向かっていた。

 

暫く飛行していると、陸が見えてきた。

 

「当機は間もなくロンドンのクロイドン空港に着陸いたします―」

 

機内放送が流れると、彼は窓の外に目を遣った。

 

「かなり大規模な都市だな―」

 

彼がそう考えていると、旅客機が着陸した。

 

タラップを降りると、イギリス側の迎えが来ていた。

 

「マイラス殿、お待ちしておりました。イギリス外務省のラルフ・パストンです。」

 

イギリス外務省の職員が握手を求める。

 

「ムー連邦外務特使のマイラスです。今回は訪問を快く承諾して下さり、ありがとうございました。」

 

と、マイラスが握手をした。

 

空港の外には、多くの自動車が停まっていた。

 

『自動車があるのか!かなり発展した国かも知れないな!』

 

マイラスの期待が高まる。

 

マイラスらを乗せた自動車は、1時間ほどかけ、中心街へと向かった。

 

 

中心街に入ると、自動車は大きな建物の前で止まった。

 

「マイラス殿、ここが今回ご宿泊頂く「リッツ・ロンドン」ホテルです。」

 

職員がそう言うと、ポーターが来て、荷物を運んでいった。

 

「立派なホテルですね。」

 

マイラスが呟いた。

 

「ロンドンでも5本の指に入るホテルです。満足して頂けることと思います。」

 

パストン氏が言う。

 

 

その後、マイラスらを乗せた車は、ロンドンの名所を訪れた。

 

特に大英博物館では、収蔵品の多さとその素晴らしさに感銘を受けた。

 

『技術だけでなく、文化面でも発展している、この国は一流国家かも知れないぞ!』

 

更にタワー・ブリッジでは、技術力の高さに驚いた。

 

『この国は我が国より技術が発展しいてるかもしれないな―』

 

マイラスはそう思いながら、翌日の会談に備えて、ホテルへと戻った。

 

 

翌4月6日午前10時

ロンドン、イギリス外務省庁舎―

 

ここ外務省庁舎では、ムー連邦特使・マイラスとイギリス外務大臣・イーデンの会談が行われていた。

 

「この度は会談を開くことを承諾して下さり、有難うございます。」

 

マイラスが握手を求める。

 

「いえいえ、我が国としても貴国との友好関係を築きたいと思っていましたので―」

 

イーデンがマイラスと握手をした。

 

「さて、単刀直入に申し上げます。我が国は貴国に大使館を開き、国交を締結したいと考えています。」

 

「成る程、一度国会で審議しなければなりませんが、恐らく上手くいくでしょう。我が国は貴国と同じ機械文明国ですから、親近感が湧くのですよ。」

 

「承諾有難うございます。こちらは国王陛下と連邦議長の親書です。」

 

「大切に頂戴します。親書などがありますと、審議も有利に進むものです―」

 

その後は国際情勢についての情報交換などをし、会議終了後は昼食会が開かれた。

 

昼食会ではイギリスならではの料理が出された。

 

特にその中でも、「フィッシュ・アンド・チップス」という、魚とジャガイモを揚げた料理は絶品だった。

 

こうして、初の会談は友好的に終わった。

 

 

その後マイラスは、イギリス一の工業都市であるマンチェスターや、北部のエジンバラ、南部のドーバーを訪れた。

 

マンチェスターでは、軍需工場を訪れた。そこで見た兵器の威力に、マイラスは驚いた。

 

『これらの兵器の殆どは、我が国と同等、いやそれ以上かもしれないな。パーパルディアの支援を受けていたロウリアでも負ける訳だ!』

 

マイラスはそう考えるのと同時に、この国が好戦的でなくて良かったと思ったのだった。

 

 

南部のドーバーでは、イギリス海軍の歓迎を受けた。

 

そこにある艦船も、マンチェスターで見た兵器と同じく、非常に進んだものだった。

 

艦船を見ていて、一つ気になった物があったので、技師に訊いてみる事にした。

 

「この「潜水艦」というのはどのように攻撃するのですか?」

 

彼が訊くと、技師はこう答えた。

 

「海中に潜って魚雷と云う物を発射し、敵の船底に損害を与えるのですよ―」

 

マイラスはその「魚雷」と云う物を始めて訊いたので、中々想像が付かなかったのだが、推進していって爆発するものだと聞き、幾らか想像が付くようになった。

 

『これは凄いな!我が国でも実用化したいところだな―』

 

彼はそう考えると、報告書をまとめる為、ロンドンへと戻ったのだった。

 

 

マイラスがロンドンに戻ると、イギリス外務省の使者が来た。

 

要件は、大使館開設の許可が出たと云う物だった。

 

彼はその報告を受けると、報告文の作成に取り掛かったのだった―

 

 

1941年4月20日(中央暦1640年2月9日)

ロンドン・旧駐英アメリカ大使館―

 

この日、旧駐英アメリカ大使館はムー連邦の大使館となった。

 

初代大使はマイラス氏が就任、イギリスとムー連邦の国交が締結されたのだった―




今回はムー連邦がイギリスとの国交を締結するまでを書きました。
コメントや評価、お気に入り登録も沢山頂いています、皆さん、ありがとうございます!




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第12話 ―外交の拡大―

中央暦1640年2月25日

神聖ミリシアル帝国・帝都ルーンポリス、外務省庁舎―

 

ここ外務省庁舎では、ムーの大使であるオーディグス氏と外務大臣のぺクラス氏の会談が行われていた。

 

「して、本日の議題は何ですかな?」

 

ぺクラスが訊ねる。

 

「本日は我が国が新たに国交を締結した国を紹介しようと思いまして―」

 

オーディクスが言う。

 

「まさか、第八帝国では―」

 

ぺクラスが食い入るように訊く。

 

「いえ、もっと平和を重んじる国家ですよ。我が国はイギリスと国交を締結したのです。」

 

オーディクスが落ち着いた声で言う。

 

「イギリス...ああ、ロウリア王国を破った文明圏外国ですな。」

 

ぺクラスが興味なさげに言う。

 

「まあ此方をご覧下さい。」

 

オーディクスが言う。

 

「ほう...この魔写は貴国の都市を写したもので?」

 

ぺクラスが訊ねる。

 

「いえ、この魔写は『ロンドン』という都市の様子を撮ったものです。」

 

「―ロンドン?所々に見た事が無い文字が書かれていますが―」

 

「この都市は、その『文明圏外国』の首都なのですよ。」

 

オーディクスが笑みを浮かべながら言った。

 

「何ですと...」

 

ぺクラスが驚きのあまり言葉を失う。

 

「となると、この橋もイギリスにあるので?」

 

水を一口飲み、落ち着きを取り戻したぺクラスが「タワー・ブリッジ」の魔写を見て訊いた。

 

「ええ、更にこの橋は自動で開閉するのですよ。更にロンドンでは、地下鉄も走っているんですぞ。そして、近々その南にある『フランス』とも国交を結ぶ予定でして―」

 

オーディクスのその言葉を聞いたぺクラスは、自国に匹敵する程の技術力を持つ謎の国に、驚きを隠せずにいたのだった。

 

 

1941年5月25日午前10時

フランス共和国首都・パリ、エリゼ宮殿―

 

フランス大統領官邸となっているエリゼ宮殿では、閣僚会議が行われていた。

 

閣僚会議には、ペタン大統領を始め、ダラディエ首相やレイノー外相、ブルム内相など、政府の重鎮が出席していた。

 

「レイノー君、ムー連邦との国交締結ご苦労だった。」

 

ペタンがレイノーに言う。

 

「閣下、有難うございます。」

 

レイノーがペタンに言った。

 

「さて、今日の議題は何かね?」

 

ペタンがダラディエに訊ねる。

 

「今日の議題は、共産党を再び合法化するか否かです。」

 

ダラディエが言う。

 

「共産党か...奴らは厄介だからな。」

 

ペタンの表情が険しくなる。

 

「しかし非合法にしても、彼らは地下活動を始め、テロ活動も行おうとする始末ですからな。」

 

レイノーが憤る。

 

「ブルム内相、貴殿は人民戦線内閣時に共産党とも関わりがあった。彼らと交渉して貰えないだろうか?」

 

ペタンがブルムに頼んだ。

 

「分かりました。最善を尽くしましょう。」

 

ブルムが自信を持った声で言う。

 

「ただ、過激派は国外追放するしかないかと―」

 

レイノーが危惧するような声で進言した。

 

「尤もだな。その条件で交渉に臨んでくれ。」

 

ペタンがブルムに指示する。

 

「了解しました、大統領閣下。」

 

こうして、フランス共産党との交渉が始まったのだった―

 

 

中央暦1640年3月20日

クワ・トイネ公国、マイハーク―

 

イギリスとフランスの投資によって、この町は大きな変革を遂げた。

 

そんな中、ロデニウス戦争で大きな被害を受けたギムと公都クワ・トイネを結ぶ鉄道が開通し、その記念式典がギム駅で行われていた。

 

式典にはイギリスのイーデン外相、フランスのレイノー外相、そしてクワ・トイネ公国のカナタ首相らが集まった。

 

「遂にこの日が来ました、イギリスとフランスの皆さんには御礼申し上げます。先の戦争でも我が国は貴国に助けられましたので――」

 

カナタが握手を求める。

 

「いえいえ、我が国も貴国の発展に貢献できて光栄です。」

 

と、イーデンが笑顔で握手に応じた。

 

3人が和やかに談笑していると、クワ・トイネ外務省の職員がやって来た。

 

「お話し中失礼致します。英仏の代表団の方との会談を希望する方が訪れています。」

 

「どこの使者かね?」

 

カナタが訊ねる。

 

「フェン王国とアルタラス王国の二ヵ国の外交団です。」

 

職員が言う。

 

「実は我が国は二ヵ国との交渉を進めていたところでして、丁度良い機会になりましたよ。」

 

レイノーがカナタに言う。

 

「我が国も会談要請を出していたのですが、予定が合わないものでしたから中々――」

 

イーデンも続けて言った。

 

こうして、会談の場が持たれることとなった――

 




今回は約2ヶ月ぶりの更新です。コメントや評価、お気に入り登録も沢山頂いています、皆さん、ありがとうございます!


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第13話 ―東方への進出〔前編〕―

1941年5月1日

イギリス、プリマス・デヴォンポート海軍基地―

 

17世紀に新世界へ向かった「メイフラワー号」が出航したこの町では、東方海域(旧北海)を調査する為の探索船団が出航しようとしていた。

 

出航の記念式典には、政府の閣僚らが集まっていた。

 

「遂にこの計画が実現されるのか!」

 

チャーチルが探索船団の主力艦、重巡「ロンドン」を見上げながら感慨深げに言う。

 

「構想から半年がかりですからね、何としても大陸を見つけて貰いたい物です。」

 

イーデンが期待を持った声で言った。

 

何故、探索船団が東へと向かう事となったのか、話は半年前に遡る。

 

 

1940年10月10日

ロンドン、海軍省―

 

ロデニウス戦争が始まる1ヶ月前、時の首相ネヴィル・チェンバレンは、グレートブリテン島東側海域の探索航海を、海軍首脳部に提案していた。

 

「確かに、我々は未だ帝国の西側しか知りませんからな―」

 

チェンバレンの提案を聞いた当時の海軍大臣であるチャーチルが頷きながら言った。

 

「友好国は出来るだけ増やしたいですものね。」

 

ルイス・マウントバッテン大佐も賛成の意を述べた。

 

「そして国を見つけることも勿論だが、上手く行けば植民地を手に入れることも出来ると思わんかね?」

 

チェンバレンが笑みを浮かべて言う。

 

「尤もですね、しかし現地の反抗や国際社会の目は大丈夫なので?」

 

マウントバッテンが訊ねる。

 

「保護下に置く、といった形にすれば良いだろう。」

 

チェンバレンが自信を持った声で反論する。

 

「しかし実行するとして、リスクは大きい。それに多くの艦船は派遣できんだろう。」

 

チャーチルがチェンバレンに言った。

 

「それは私も承知している。しかし幾らか強い艦で探索せねば、乗員に危険が生じかねん。」

 

チェンバレンが力強く言う。

 

こうして、近日中に計画会議を行うことが決定した。

 

 

そして1週間後には、この計画は承認され、「コロンブス計画」の作戦名(コードネーム)の元、実施に向け計画が始まった。

 

しかし、この「コロンブス計画」はロデニウス戦争の勃発によって棚上げとなってしまう。

 

 

1941年2月10日

ロンドン、ホワイトホール・内閣戦時執務室―

 

大蔵省庁舎の地下にあるこの執務室では、「コロンブス計画」の再開についての閣議が行われていた。

 

「ロデニウスにおけるロウリアの野望が砕かれた今、我々はあの計画を再開するべきだと思わんかね?」

 

チャーチルが愛用の葉巻「ロメオ・イ・フリエタ」を手に閣僚たちに訊ねる。

 

「海軍としては賛成です。」

 

マイハーク沖海戦の英雄、カニンガム海軍卿が言った。

 

「植民地省としても賛成です。帝国の植民地が失われた今、再び海外へと乗り出すのは良いかと―」

 

帝国主義者として知られる、現植民地大臣のソールズベリー伯も賛意を表した。

 

更に内務大臣や国防大臣らも賛成した事で、「コロンブス計画」の再開が決定したのだった―

 

 

1941年5月1日

イギリス、プリマス・デヴォンポート海軍基地―

 

「コロンブス計画」のトップであるマウントバッテン大佐は、旗艦である重巡「ロンドン」の操舵室に居た。

 

「さて、いよいよ出航だな。」

 

彼は腕時計に目を遣ると、副官のブライアン・バトラー中佐に言った。

 

「そうですね、大佐。国家の威信を懸けた計画なだけに、失敗できませんね。」

 

バトラーが緊張した声で言う。

 

「よし、全艦出航だ!速度10ノット、方向1‐7‐5だ。」

 

マウントバッテンが伝令兵に指示を出す。

 

「了解!全艦、速度10ノット、方向1‐7‐5!」

 

伝令兵が通信兵に伝える。

 

こうして、イギリスの東方海域調査計画「コロンブス計画」が始まったのだった―

 




今回はイギリスが植民地を求め、調査船団を旧北海へと向かわせるまでを書きました。
原作ではあまり触れられていない、惑星裏側の国家などが、これから出て来る予定です。
コメントや評価、お気に入り登録も沢山頂いています、皆さん、ありがとうございます!



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第14話 ―東方への進出〔中編〕―

前回から更新が大分遅れてしまいました。楽しみにして下さった皆さん、お待たせしました!
そして今回は「令和」一発目の英仏召喚となります。新時代も「英仏召喚」を宜しくお願いします!


1941年5月2日夜

イングランド沖、イプスウィッチから9.5海里の海上・重巡「ロンドン」―

 

東方海域調査船団の旗艦、重巡「ロンドン」の艦長室では、船団の指揮官であるマウントバッテン大佐が艦長日誌を書いていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

艦長日誌

1941年5月2日

航海2日目。我が船団はドーバー海峡を通り、北海へと出た。明日より船団は、本国のレーダー圏より外側に出る。この先、如何なる物が見つかるのかという期待も有るが、異世界の化け物に遭遇しないか不安でもある。

―――――――――――――――――――――――――――――

 

「艦長、少々宜しいでしょうか?」

 

大佐が艦長日誌を書いていると、副長のブライアン・バトラー中佐がノックをした。

 

「構わんよ、入ってくれ。」

 

大佐がそう言うと、バトラー中佐が入って来た。

 

「何の用かね?」

 

「明日から未知の海域に入る船員達を、鼓舞して頂こうと思いまして―」

 

「其れは良いな、船員達の士気も上がるし―」

 

大佐はそう言うと、艦内放送のスイッチを入れた。

 

「船員の諸君、艦長のルイス・マウントバッテンだ。

いよいよ明日から、船団は今まで誰も行かなかった海域へと入る。

この先、我々には驚くような発見や、予想もしない困難が待ち受けているかもしない。しかし、船員皆が一致団結すれば、如何様な困難も乗り切れるだろう!

私は、各員がそれぞれの職務を全うする事を期待している。国民もその様な思いを抱いているだろう。それでは諸君、仕事に戻ってくれ。」

 

大佐の演説は、艦内の士気を大いに上げた。

 

そして船員達は、未知の海域を前に気を引き締め直したのだった―

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

艦長日誌

1941年5月5日

航海5日目。我が船団は現在旧スウェーデン領を航海している。潮の流れがかなり早い海域で、慎重に航海をしている。未だ陸地は見えないが、海洋生物はそれなりに存在している様だ。海の化け物には一度も遭遇していないが、まだまだ気は抜けない。

―――――――――――――――――――――――――――――

 

同5月5日深夜11時

バルト海・旧スウェーデン領海域を航行中の重巡「ロンドン」―

 

新米兵士ののディラン・コレット一等水兵は、甲板で海上の監視をしていた。

 

海面は真夜中と云う事もあり、不気味だった。

 

「ん?」

 

彼が双眼鏡で監視をしていると、海面が大きく動いた。

 

彼は目を疑い、もう一度その方向を見た。すると、今度は何かが波を立てて向かって来るのが見えた。

 

「何か巨大な物が泳いで来るぞ!?」

 

彼は直ぐこの事を上官に報告する為、走ろうとしたその時だった。

 

「ドゴォォン!」

 

凄まじい衝撃音が前から聞こえて来たのである。

 

勿論その音は、操舵室で船員を労おうとしていた艦長のマウントバッテンの耳にも聞こえた。

 

「何かに衝突したのか!?」

 

彼が思わず叫ぶ。

 

「座礁したのでは?」

 

副長のバトラー中佐が持論を述べた。

 

「その可能性も充―」

 

マウントバッテンがそう言いかけた時だった。

 

「何だこの音は!?」

 

耳を劈くばかりの咆哮が聞こえて来たのである。

 

「急げ、サーチライトを照らせ!」

 

マウントバッテンが唖然と立ち尽くしている水兵に言う。

 

水兵は急いで甲板へと向かうと、サーチライトを点けた。

 

「な...何だこの怪物は!?」

 

灯の先には、海龍の様な怪物が居たのである。

 

勿論、操舵室に居た全員がその怪物に呆気を取られた。

 

「急ぎ現海域から離脱するぞ!出力限界まで上げろ!」

 

マウントバッテンは一早く気を取り直すと、各員にテキパキと指示を出した。

 

指示が出ると、士官や水兵が大急ぎで作業に取り掛かった。

 

「急げ急げ!」

 

「怪物から逃げるぞ!」

 

といった水兵の声があちこちから聞こえる。

 

兵士達の努力の甲斐も有って、船団と怪物の距離は徐々に離れていった――――――かに思えた。

 

「艦長、怪物もスピードを上げて追って来ます!」

 

双眼鏡を構えて後方を監視していた、副官のピット少佐が言った。

 

「何っ!?」

 

マウントバッテンが思わず持っていたペンを落とす。

 

「そこで提案なのですが―」

 

バトラーが言う。

 

「言ってくれ。」

 

「例の怪物への攻撃許可を―」

 

「もし怪物が何処かの国で、海神として崇められていたら如何するんだ?」

 

マウントバッテンが宥める様に言った。

 

「しかし閣下、今は乗員の安全と人命の方が大事です!」

 

バトラーが机を叩いて言った。

 

マウントバッテンは手を組み、目を閉じた。

 

目を閉じていた時間は数十秒だったが、ピットにはその時間がとても長く感じられた。

 

そしてマウントバッテンは目をゆっくりと開けると、こう言った。

 

「全く君の云う通りだな、砲撃を許可する。」

 

こうして、怪物に対する攻撃の準備が始まった。

 

艦長の砲撃許可命令が下りるや否や、砲室とその下の区画では、大急ぎで砲撃の準備が始まった。

 

 

10分後

重巡「ロンドン」、操舵室―

 

「艦長、砲撃準備完了との事です。」

 

バトラーがマウントバッテンに伝えた。

 

Right(よし), shoot(撃て).」

 

艦長の指令が出るや否や、主砲のマークⅧ20.3cm砲が火を噴く。

 

砲弾は怪物の頭部に命中し、怪物は悲鳴を上げた。

 

しかし怪物も黙っておらず、艦列の前方を航行していた駆逐艦「グレネード」に体当たりをした。

 

「ドゴォォォン!」

 

怪物の攻撃を受けた「グレネード」は、2本の煙突が圧し折られてしまった。

 

怪物は雄叫びを上げると、再び「グレネード」を攻撃しようとした。

 

しかし、それが怪物にとって誤算となった。怪物の弱点である側頭部を、多くの艦に晒してしまったからである。

 

勿論、マウントバッテンはこの瞬間を見逃さなかった。

 

彼は直ぐに通信機を取ると、こう告げた。

 

「全艦、怪物の頭部を砲撃しろ!」

 

「ドォォォォン!」

 

「ドゴォォォォン!!」

 

凄まじい爆発音と怪物の叫びが辺り一帯に響き、下手すると鼓膜が破れる勢いだった。

 

怪物も必死の抵抗を見せたが、凄まじい集中砲火の前には無力だった。

 

そして20分近くの戦いの後、血だらけとなった怪物は暗い海の底へとゆっくり沈んでいった―

 

―――――――――――――――――――――――――――――

艦長日誌 補足

船団は午後11時過ぎに海中の怪物と接触、攻撃を受けた。その後、海域からの離脱を図るも、怪物から逃れられず。

0時前、砲撃を許可。翌6日0時12分、駆逐艦「グレネード」損傷。0時34分、怪物を撃破。

怪物には本当は敵意は無く、我々が怪物の敷地に侵入し、正当防衛をされただけなのかも知れない。何が正しく、何が間違っていたのかは、後世の評価に委ねるとしよう―

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今回は私も大好きな「スター・トレック」を意識しつつ書いてみましたが、如何でしたか?
次回はいよいよ、新大陸編です!
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第15話 ―東方への進出〔後編〕―

2ヶ月振りの更新となります!
読者の皆さん、お待たせしました!


1941年5月9日早朝

旧ロシア平原海域、重巡「ロンドン」―

 

東方海域調査船団の旗艦、重巡「ロンドン」の艦長室では、艦長兼船団司令官のマウントバッテン大佐と副長のバトラー中佐が議論をしていた。

 

「航海開始から9日、まだ新大陸は見つからないのか―」

 

マウントバッテンが溜息を吐く。

 

「残念ですが、現状では何も―」

 

バトラーが沈んだ声で言った。

 

「艦内にも厭戦気分が漂っていないと良いのだが―」

 

マウントバッテンが配下の兵の士気を心配する。

 

「艦長、この時が来ました!」

 

二人の暗く、重い口調での会話が続いていると、副官のピット少佐が入って来た。

 

「少佐、ノックぐらいしたら如何だ?」

 

バトラーがムッとした声で言う。

 

「し...失礼しました!」

 

ピットが直ぐに詫びる。

 

「まあ今後気を付けてくれ。それより何か見つかったのかね?」

 

マウントバッテンが訊ねる。

 

「はい!先程、偵察中の水上機から『陸地を発見した』という通信が入―」

 

「何っ!?」

 

ピットの報告を聞いていたマウントバッテンは陸地(land)という単語を聞いた瞬間、音を立てて立ち上がった。

 

「艦長、陸地が見つかったのですよ!」

 

バトラーが興奮を抑えるような声で言った。

 

「遂に...この時が来たのか!」

 

マウントバッテンが感慨深く言う。

 

「よし、タグボートで偵察隊を出発させるぞ!」

 

彼は暫く感慨に浸っていると、次なる指令を出した。

 

 

10分後―

 

「艦長、タグボートの準備完了との事です。」

 

腕組みをし、遠くの海岸を見つめていたマウントバッテンの元に、伝令兵が来た。

 

「よし、偵察開始せよ!」

 

マウントバッテンが逸る気持ちを抑えるかのように言う。

 

指令が出ると、上陸班を乗せた2隻のタグボートはエンジン音を立て、海岸へと向かっていった。

 

「さて、いよいよだな―」

 

マウントバッテンは過ぎ去って行くタグボートを見ながら、そう呟いたのだった―

 

 

帝国暦1886年5月10日朝

イヴェール帝国、帝都ナ・ヴァサー

 

シルヴェリア大陸随一の列強国、イヴェール帝国。

イギリスやフランスから見て惑星裏側にあるこの帝国は、高い軍事力*1と優れた魔導技術、洗練された文化を持ち、惑星裏側において誰もが認める大国であった。

 

この帝国の政治や経済、文化の中心地にして皇帝宮殿のある首都ナ・ヴァサーは、朝から活気を帯びていた。

 

 

同刻、帝都ナ・ヴァサー某所―

 

「今日も街は活気に溢れているな。」

 

若いが威厳のある西洋風の男性が一人、バルコニーから双眼鏡で街を眺めていた。

 

「陛下、朝食の準備が整いました。」

 

執事が若い男性―陛下と呼ばれた人物に話しかける。

 

「朝食が出来たか、では戻るとしよう―」

 

「陛下」と呼ばれた男は、執事を従えて部屋へと戻った―

 

 

「陛下」と呼ばれたこの人物こそが、イヴェール帝国第15代皇帝・フィリッペ2世であり、この場所は皇帝の住まうグローリア・ラ・リクイエッザ宮殿であった。

 

 

帝国暦5月12日夜

イヴェール帝国西部、ペトーレ近郊―

 

イヴェール帝国の地方都市、ペトーレ。造船業と鉄鋼業で栄えているこの街では、沖合に現れた謎の巨大船に、市民達は不安を覚えていた。

 

ペトーレで一番のビアホール、「エブリス」でも、客たちはその話題で持ちきりだった。

 

「おい、お前聞いたか?なんでもあの船に海軍所属の船が向かったらしい。」

 

30代ぐらいの男が、葉巻を片手に友人に話した。

 

「何だって!?となるとあの船はやはり―」

 

眼鏡を掛けたもう一方の男が驚いた声で言う。

 

「他国の船、しかもそこそこの大国の可能性があるな―」

 

「きな臭い事にならない様に願うしかないな、それはそうと新しい皇帝は市民に人気があるみたいだぞ。」

 

「フィリッペ陛下だろう?帝国の改革を訴えているからな、それに対外進出も積極的なようだし―」

 

ジョッキを片手に、2人の会話は続いた―

 

 

1941年5月13日

イヴェール帝国、ペトーレ沖・重巡「ロンドン」―

 

東方海域調査船団の旗艦、重巡「ロンドン」では、偵察隊の報告をマウントバッテン大佐達が聞いていた。

 

「―以上が今回の偵察結果の報告となります。」

 

偵察隊の隊長、エリック・マロニー中尉が敬礼をした。

 

偵察結果の報告をまとめると、

1. 船団から8km先の陸地は、シルヴェリア大陸のイヴェール帝国という国が領有している。

2. イヴェール帝国は、主に人とエルフから成っている。

3. この国では、スペイン語とラテン語が混ざったような「イヴェール語」が話されているようである。

4. 船団から16km先の地点に、ペトーレという名の町が有り、イヴェール海軍が臨検の為の準備をしている模様である。

5. イヴェールは鉄鋼や造船などの重工業も存在し、産業革命は経ているようである。

と云う物であった。

 

「成る程...産業革命を経ているのか!」

 

報告を聞いたマウントバッテンが驚く。

 

「驚きましたな閣下、街並みを見ると技術は1880年代レベル*2の様ですが―」

 

副長のバトラー中佐も興味を示した。

 

マウントバッテンとバトラー、そしてマロニーの3人がイヴェール帝国についての考察をしていると、伝令兵が来た。

 

「艦長、イヴェール帝国の海軍です!」

 

「いよいよ来たか!相手方の司令官殿と副官をこちらに招くぞ、各員無礼の無いように!!」

 

「了解しました!」

 

『さて、ここが正念場だ。大英帝国の威信に懸け、何としても良い会談にせねば!』

 

彼はそう考えると、引き締まった表情で甲板へと向かったのだった―

 

*1
普仏戦争期のプロシア軍並み

*2
鉄道や電信などの技術、ガス灯なども




今回は遂に新国家が登場しましたが、如何でしたか?
イヴェール帝国だけで無く、今後も様々な国家を登場させる予定です。
次回はイギリスとイヴェールが会談を行います!
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第16話 ―鷲と獅子―

帝国暦1886年(西暦1941年)5月13日午前10時

イヴェール帝国、ペトーレ沖・装甲艦「ナ・インペラーダ」――

 

ペトーレに基地を置く、イヴェール帝国第3艦隊の旗艦「ナ・インペラーダ」の甲板では、艦長兼艦隊司令官のフアン・ド・レブロン中将が双眼鏡で遠くを見ていた。

 

「あれが例の装甲艦か...主砲も船体も巨大だ...」

 

彼は巨大な装甲艦――イギリス海軍の重巡「ロンドン」を見ると、驚きを含んだ声で呟いた。

 

「閣下、装甲艦から電信です!」

 

彼が装甲艦の技術に驚愕していると、副長のロベルト・アグアージョ大佐が足早に向かって来た。

 

「返答を送って来たか!して、何と?」

 

「はっ、『我々はイギリスという国の者である。我々には敵意は無く、貴国による臨検を受け入れる。』との事です。」

 

アグアージョが電信の内容が書かれたメモ書きを読み上げる。

 

「イギリス!?聞いた事の無い国家だな――」

 

レブロンが腕組みをして驚く。

 

「はい。先ず海の向こう側に文明がある事すら驚きです。」

 

アグアージョも同意見の様だった。

 

「何せ海の向こう側に行こうとしても、あの怪物が船を沈めてしまうからな――一体どうしてここまで辿り着けたのか疑問だ。」

 

レブロンが不思議そうな顔をして言った。

 

「しかし彼らが高圧的な態度でなくて安心しました。」

 

二人の会話を傍らで聞いていた、エマヌエル・ペラレス保安部長が安堵した声で言った。

 

「うむ、その点では友好関係を築く為に来たと見て間違い無さそうだな。」

 

レブロンが期待する様な声で言う。

 

「ではイギリス船へと向かいますか?」

 

ペラレスがレブロンに訊ねた。

 

「うむ、アグアージョとペラレスは私に随行するように。」

 

レブロンが二人を交互に見ながら言った。

 

「はっ!」

 

二人は敬礼をすると、準備の為に自室へと戻っていった。

 

『相手は敵対する気は無い様だ、となると此方側の対応が問われる訳か!』

 

レブロンは自らの使命の重大さを感じると、準備をする為艦長室へと向かった。

 

 

30分後

ペトーレ沖、重巡「ロンドン」甲板――

 

イヴェール海軍のレブロン中将とその部下達は、臨検の為にイギリス海軍の重巡「ロンドン」に乗船していた。

 

一方、イギリス側からは重巡「ロンドン」艦長のマウントバッテン大佐ら数名が出迎えに出ていた。

 

甲板に降り立ったレブロンら一行は、艦に備え付けられている武装や装甲を驚きの眼差しで見ていた。

 

『凄い物だな、この装甲艦は...先程から見る武器の全てが我が国の上を――行っているではないか!』

 

レブロンはこの艦の武装の全てに驚愕し、恐怖すら覚えていた。

 

『しかし此方は臨検に来ている身、弱みは見せられんな――』

 

彼は気を引き締めると、この間の艦長と思しき人物に話しかけた。

 

Soy Juan de Lebrón(私はイヴェール海軍所属の) , el capitán del buque blindado(装甲艦、「ナ・インペラーダ」) Ivert Navy "Na Imperada".(艦長のフアン・ド・レブロンだ。)

 

Bienvenido a la nave, Capitán Lebrón.(レブロン艦長、本艦へようこそ)

 

Soy Louis Mountbatten,(私はHMS「ロンドン」艦長の) capitán del HMS "London".(ルイス・マウントバッテンです。)

 

マウントバッテンがレブロンの挨拶に対し、スペイン語で応じる。

 

「イ..イヴェール語が通じるのですか!?」

 

レブロンの部下、ペラレスが驚く。

 

「イヴェール語とはやや異なりますが、似た言葉があるのですよ。」

 

マウントバッテンが笑みを浮かべて言う。

 

「マウントバッテン艦長、言語の壁が無いというのは良い事ですな。」

 

レブロンがマウントバッテンに握手を求めながら言った。

 

「ええ、相互理解に不可欠ですからな――」

 

マウントバッテンが握手を受け、歓迎の意を示した。

 

「では本題に入りましょう。貴国の艦隊の航行目的をお教え願いたい。」

 

レブロンが表情を引き締めて訊ねた。

 

「我々は此処より西に2000km以上離れた所に有る、イギリスという国の者です。我が国は探査の為に海を越え、此方まで参った次第です。」

 

マウントバッテンが穏やかな声で言った。

 

「お話し中失礼致します。閣下、甲板で立ち話というのも何ですし会議室で話すと云うのは如何でしょう?資料や軽食などもご用意出来ますし――」

 

艦長達の遣り取りを聞いていたバトラーが、マウントバッテンに小声で言った。

 

「うむ、確かにその方が良いな。レブロン艦長、如何でしょうか?」

 

マウントバッテンがレブロンに訊ねる。

 

「ではお言葉に甘えさせて頂きますかな。その方がゆっくり会談も出来そうですし――」

 

レブロンはそう言うと、バトラーの案内で会議室へ向かった。

 

 

会議室にて――

 

会議室に着いたレブロンら一行は、テーブルに置かれた様々な品々――ボールペンや電気カミソリ、ジャイロスコープを興味深そうに眺めていた。

 

「マウントバッテン艦長、これらは貴国で一般大衆が使っている物ですかな?」

 

レブロンが電気カミソリを手に取って訊ねた。

 

「はい、ボールペンはそこまで出回っていませんがそれ以外は――」

 

マウントバッテンが自信を持った声で答えた。

 

「凄い物だ...悔しいが我が国の技術を上回っているな。」

 

アグアージョが唸る様な声で呟く。

 

「では次にこちらをご覧下さい。」

 

バトラーがフィルムにニュース映画を映した。

 

「おお...!写真が動いている!これはどの様な魔導技術を使っているので?」

 

レブロンが興奮した声でマウントバッテンに訊ねる。

 

「我が国は魔導技術を一切使っておりません。この船も蒸気機関で動かしていますし――」

 

マウントバッテンがあっさりと言う。

 

「魔導技術を使わずに!?それは驚いた!」

 

レブロンが感嘆の声を上げる。

 

「しかし何故魔法が存在していないのです?殆どの国家は魔導技術を取り入れていると思うのですが――」

 

ペラレスが不思議そうな表情でマウントバッテンに訊ねた。

 

「これには訳が有りまして――我が国は転移国家なのですよ。」

 

「転移国家!?」

 

レブロンらイヴェール側の軍人が声を揃えて驚く。

 

「はい、我が国は元々他の惑星に国が有ったのですよ。」

 

「いやはや、この船に乗船してから驚きの連続ですな。」

 

レブロンが夢でも見ているかの様に言った。

 

「お話し中失礼致します。艦長、本国からイヴェール帝国との国交締結をと指令が来ております。」

 

バトラーがメモをマウントバッテンに見せる。

 

「如何されましたかな?」

 

レブロンがマウントバッテンに訊ねた。

 

「本国から貴国との国交締結をする様にとの命令が下りまして――貴国の外務省にお取次ぎ願いたいのですが...」

 

「成る程――分かりました。私が政府に連絡を取ってみましょう。」

 

「宜しいのですか!?有難う御座います!」

 

マウントバッテンが謝意をレブロンに述べる。

 

「いえいえ、我が国と貴国の友好は私も重要だと感じていますからな。」

 

レブロンはそう言うと、アグアージョを船に戻らせて首都に電報を打たせた。

 

電報の内容はこの様な物だった。

 

「該当の船はイギリスと云う国家の物である。かの国は我が国との国交締結を行いたいとの意思である。」

 

この電文は直ぐにナ・ヴァサーの外務省に届き、皇帝であるフィリッペ2世にも伝えられた。

 

 

同日午後5時

イヴェール帝国 帝都ナ・ヴァサー、グローリア・ラ・リクイエッザ宮殿――

 

大理石の床に、フレスコ画が描かれシャンデリアが吊るしてあるドーム型の天井。窓から見える庭園の花々はどれも美しく、噴水には精巧な彫刻が施されている――イヴェール帝国の繁栄の結晶であるこの宮殿では、臨時の御前会議が開かれていた。

 

「ほう、それは随分と驚いたな!海の遠く向こう側にも国家が在るとは――」

 

皇帝フィリッペ2世は外務大臣のテオドーロ・レネ・ド・ベルデーア卿の説明を訊くと、そう驚いた。

 

「陛下、そのイギリスと云う国家なのですが――我が国との国交締結をしたいと申しております。」

 

ベルデーア卿はそう言うと、先程ペトーレから汽車で届けられたばかりのイギリスの親書をフィリッペ皇帝に手渡した。

 

「どれどれ...イギリスの国章は獅子(ライオン)なのだな。」

 

フィリッペは表に描かれているイギリスの国章を見ると、興味深そうに言った。

 

「成る程。イギリスは我が国より産業が発展している様だな。軍事力も我が国の上を行っているのか...」

 

彼がイギリスのジョージ6世直筆の親書――と云ってもレブロンが訳文を付けた物を読むと、イギリスの技術力に驚きを示した。

 

『これまで大陸の列強国たる我が国を上回る国など無かった。しかしイギリスは我が国の先を行っている...あちら側の世界の発展は凄い物だな...』

 

彼はイギリスの実力をそう分析する。そして国交締結こそが自国の発展に欠かせないと感じる様になった。

 

「ベルデーア。余はイギリスの特使と会う。国交を締結し、優れた技術力をここイヴェールの地に取り入れるのだ!」

 

フィリッペは親書を読み終えると、首相と閣僚達を見まわしながら言った。

 

「承知致しました。直ぐにペトーレへ電文を打ち、私自ら向かいましょう。」

 

ベルデーアはそう言うと、準備の為会議室から退室した。

 

『さて、ここからが私にとって正念場だ!』

 

フィリッペは身の引き締まる思いを感じ、イギリスの特使との会談に期待と不安を抱いたのだった。

 

こうして、イギリスとイヴェールの初の会談が行われる事になったのだった――

 




今回は久し振りに新話投稿です!
遂に接触を果たしたイギリスとイヴェールと云う二つの帝国。次回の外交交渉ではどの様な展開が見られるのか、是非ご期待下さい!
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第17話 ―二つの帝国―

帝国暦1886年(西暦1941年)5月14日午前10時

イヴェール帝国 帝都ナ・ヴァサー、ペトーレ駅――

 

フィリッペ皇帝との会談の為、マウントバッテンを始めとするイギリス外交団はイヴェール帝国の首都であるナ・ヴァサーを訪れていた。

 

ペトーレへと向かう駅のプラットホームに降り立った外交団一行は、駅舎の説明を聞いていた。

 

「ここがナ・ヴァサーの南部の玄関口であるペトーレ駅です。この駅舎は国内でも数少ない全鉄骨製の駅舎でして――」

 

イギリス外交団に説明をしているのは、イヴェール帝国外務大臣のテオドーロ・レネ・ド・ベルデーア卿である。

 

「立派な駅舎ですな!」

 

説明を訊いたマウントバッテンが、半球型のプラットホームの天井を見上げながら言う。

 

「ここからは部下の者が案内致しますので――」

 

ベルデーアがそう言うと、若い職員が向こうから歩いて来た。

 

「イヴェール帝国外務省所属のニコラス・カサレスです。本日は宜しくお願い致します。」

 

カサレスが握手を求める。

 

「私はイギリス海軍所属、HMS「ロンドン」艦長のルイス・マウントバッテンです。こちらこそ宜しくお願いします。」

 

マウントバッテンが握手を返すと、一行は駅の外に止めてあった馬車に乗った。

 

一行を乗せた馬車は軽快な音を立てながら、広い石畳の通りを進む。通りの両脇には、一階がショーウィンドー付きの店になっているアパートメントが並んでいた。

 

「この通りは人も多く賑わっている様ですな。」

 

マウントバッテンがカサレスに話し掛ける。

 

「はい、ここアウルム通りは帝国一の賑わいで有名な通りでして――因みに庁舎などがある通りはもう一つ向こうの通りになります。」

 

「成る程...この通りは建物も新しく見受けられますが――」

 

二人のやり取りを聞いていたバトラーが訊ねた。

 

「十年程前に首都改造計画が始まりましてね、この通りもその際に作られたのです。今のイヴェール帝国は更なる発展を目指していますから、首都も立派な物をと――」

 

「首都はその国の象徴ですからな。」

 

カサレスの説明を訊いたバトラーが納得の表情を見せる。

 

イギリス外交団とカサレスが話している内に、馬車がホテルの前に着いた。

 

「皆様、今回ご宿泊頂く『ホテル・ルード』に到着致しました。」

 

カサレスが一行をホテルへと案内する。馬車を降りたマウントバッテンらの前には、五階建ての立派なホテルと庭園が広がっていた。

 

「立派なホテルですな!」

 

マウントバッテンが上機嫌でカサレスに言う。

 

「帝国一のホテルをご用意致しました。皆様に気に入って頂けて幸いです。」

 

カサレスが笑顔で言った。

 

「ではお荷物をこちらへ、お部屋までお運び致しますので――」

 

マウントバッテンとカサレスが談笑していると、ポーターがやって来た。

 

「有難う。それでは宜しく頼む。」

 

一行が荷物をポーターに預けると、各々自由時間となった。

 

「さて、会談の準備に取り掛かるとするか――」

 

部屋へ案内されたマウントバッテンはそう呟くと、会談の為の準備を始めた。

 

 

同日午後2時

帝都ナ・ヴァサー、グローリア・ラ・リクイエッザ宮殿――

 

この日の宮殿は、イギリスの特使を迎える準備で皆大忙しだった。そんな中、皇帝であるフィリッペは外務大臣のベルデーア卿の報告を聞いていた。

 

「ベルデーア。イギリスの特使が参るのはそろそろか?」

 

報告を一通り聞き終えたフィリッペがベルデーアに訊ねた。

 

「そうであります、陛下。そろそろ参りますかと――」

 

「成る程、如何様な人物が来るのか楽しみだな!」

 

フィリッペが期待感を込めた声で言う。

 

「失礼致します。陛下、イギリスの特使の方が参られました。」

 

二人が話していると、執事が来客を伝えに来た。

 

「参られたか!では応接の間に通してくれ。」

 

「承知致しました。」

 

執事は一礼すると、執務室から退出した。

 

「さて、応接間に移るとするか。」

 

フィリッペはそう言うと、会談の為応接間へと向かった。

 

 

応接間にて――

 

一方でイギリスの特使であるマウントバッテンら一行は、応接間の前に居た。

 

『さて、いよいよだな。上手いこと友好関係を築けると良いが――』

 

マウントバッテンはそう考えると、執事の案内で応接間の中へと進んだ。

 

応接間へ入った一行には、豪華な装飾が施された部屋とその奥に立っている若い皇帝の姿が見えた。

 

「こちらは我が国の皇帝、フィリッペ2世陛下です。」

 

執事がマウントバッテンらに皇帝を紹介する。

 

「イギリスの皆さん、ようこそ我がイヴェール帝国へ。」

 

フィリッペは前に進み出ると腕を広げ、歓迎の意を伝えた。

 

「この度は謁見と会談を快く承諾して下さり、誠に有難う御座います。私はイギリス海軍所属のルイス・マウントバッテンです。」

 

マウントバッテンが一歩進み、深々と礼をする。

 

「我が国としても貴国との国交締結は国益に繋がります。今回の会談が有意義な物になる事を願いましょう。」

 

フィリッペが笑みを浮かべ、マウントバッテンらに語りかけた。

 

「ではこちらにお掛け下さい。」

 

執事がマウントバッテンらを長テーブルの椅子へと案内する。長テーブルの中央には、イギリスの国旗とイヴェールの国旗が置かれていた。

 

マウントバッテンらが席に着くと、イヴェール側の代表が応接の間に入って来た。

 

「マウントバッテン殿。イヴェール帝国内務大臣のベルナルド・セベ・ド・カルリオンです。」

 

立派なカイゼル髭を蓄えた初老の紳士――イヴェール帝国の宰相であるカルリオンがマウントバッテンに握手を求める。

 

「宜しくお願い致します、カルリオン殿。」

 

マウントバッテンは立ち上がると、握手を返した。

 

「さて、我々イギリスは貴国との国交締結を考えております。」

 

皆が席に着き、初めに口を開いたのはマウントバッテンであった。

 

「我が国の親書をお送りしたのですが、お読みにはなりましたでしょうか?」

 

マウントバッテンがフィリッペやカルリオンの方を向いて訊ねる。

 

「ええ、拝見させて頂きました。貴国の技術力の高さには目を見張るものがありましたよ。」

 

イギリスを称賛するフィリッペの声は、皮肉では無く真に称賛しているものだった。

 

「やはり我が国は、貴国と国交を締結するのが最も良い選択肢だと考えております。」

 

カルリオンがフィリッペに続けて言った。

 

「では国交を――?」

 

マウントバッテンが食い入る様に訊く。

 

「はい。――――但し条件が有ります。」

 

フィリッペが真剣な眼差しで言った。

 

「――条件、とは?」

 

マウントバッテンがフィリッペに訊ねる。その場に居る誰もが、交渉の行方を案じる面持ちであった。

 

「貿易についてです。」

 

「成る程――貴国にとっても、我が国にとっても重要な事柄ですな。」

 

マウントバッテンが硬い表情で言う。

 

「条件の貿易ですが、要するに貿易赤字を回避したいのです。貴国は我が国よりも技術面で優っている。もし貴国の優秀な製品が一気に我が国に流入すれば、多くの工場が倒産しかねません。」

 

マウントバッテンに貿易の保護を訴えかけるフィリッペの表情は、真剣そのものだった。

 

「しかし我が国としても貿易赤字は避けたいのです。ただ――」

 

「ただ?」

 

「技術面での投資を受け入れると云うのならば認めましょう。」

 

このマウントバッテンの提案は、イヴェールにとっては一石二鳥の物であった。

 

「勿論受け入れましょう!我が国の発展にも良い効果が生まれますからな――」

 

フィリッペが笑みを浮かべて言った。

 

「では続いて近隣国との交渉ですが――」

 

十分程の休憩の後、議題はイギリスと近隣諸国との国交締結へと移った。

 

「我がイヴェール帝国外務省は、貴国と我が国の近隣諸国との国交締結を支援致します。」

 

ベルデーアがマウントバッテンの方を向いて言う。

 

「それは有り難い!情報なども頂けると幸いなのですが――」

 

マウントバッテンがここぞとばかりに情報を引き出そうとする。

 

「では担当の者から説明を。皆様、お手元の資料にご注目下さい。」

 

ベルデーアが部下の外務省職員を呼んだ。

 

「はい。説明を担当致します、イヴェール帝国外務省のサルバドール・バスコ・コンデです。本日は宜しくお願い致します。」

 

立派な紳士服に身を包んだ、如何にもエリートと見える担当官が礼をする。

 

「先ず我が国の周辺国から説明を致します。我がイヴェール帝国は四つの国と国境を接しております。」

「四つの国とは、レトリオ王国、サヴィア通商連盟、フリシア公国、そしてロレーゲル帝国という国々です。」

 

コンデはここで一息置くと、説明を続けた。

 

「先ずは一つ目のレトリオ王国。この国は我が国の東に位置し、ヴァルロー山脈で国境を接しております。近年エトルー半島の統一を目指し、周辺諸国を併合し拡大している新興国です。」

 

「続いては北部にあるサヴィア通商連盟。その名の通り通商が盛んな都市の連合体です。北方貿易で栄えているサヴィア自由市を中心に結成された為、この名となっています。」

 

「我が国の南部、カルメルス大陸で国境を接しているのがフリシア公国です。この国は古来から続く王朝が国を支配しており、中世封建制を維持している国家のひとつです。」

 

「最後は我が国の東に位置するロレーゲル帝国。この国は我が国のライバル国と云っても過言ではありません。数十年前までアルム川の左岸地域を巡って我が国と戦っていた国です。恐らくシルヴェリア大陸で第二の国力を誇っていると思われます。」

 

「ここまでで何か質問は御座いますでしょうか?」

 

説明が一通り終わると、コンデがイギリスの代表団に訊ねた。

 

「――では一つ質問を。カルメルス大陸には他にどの様な国家が在るので?」

 

マウントバッテンが手を挙げて訊ねる。

 

「北部には多くの国家が在りますが――中部より南は未だ判っていない事が多く――」

 

コンデが困ったという表情で言った。

 

「何せ未開の地ですからな――」

 

ベルデーアが助け舟を出す。

 

「成る程――」

 

マウントバッテンが納得の表情を見せた。

 

会議が進み、広間に掛けてある時計は何時しか5時を回っていた。

 

「さて、会議も纏まりましたし夕食に致しませんかな?」

 

カルリオンが自身の髭を撫でながら、上機嫌で提案した。

 

「良いですな!」

 

マウントバッテンがカルリオンの提案に賛意を示す。

 

「では皆さん、隣の大広間にご案内致します。」

 

執事が一同を晩餐会の会場である大広間に案内する。

 

大広間の重厚な扉が開けられると、一同の目には黄金と大理石で飾られた部屋が飛び込んで来た。

 

中央に置かれているテーブルには、種類も色どりも様々な料理が湯気を発して並んでいる。

 

「おお...!」

 

光景の豪華さに、思わずマウントバッテンらがため息を漏らす。

 

料理長や皇帝、そしてイギリス外交団のスピーチが済むといよいよ食事となった。

 

「如何です?どれも我が国で獲れた物ですよ。」

 

鴨肉のローストに舌鼓を打つマウントバッテンに、フィリッペが話し掛ける。

 

「どの料理も素晴らしいです。しかしこれ程の物を揃えられるとは――豊かな国だと分かりますよ。」

 

ワインを飲み、上機嫌になったマウントバッテンが言う。

 

「気に入って頂けて幸いです。」

 

フィリッペが笑顔で言った。

 

その後も宮殿での晩餐会は続き、宰相カルリオンの挨拶でお開きとなった。

 

 

翌5月15日午前9時

帝都ナ・ヴァサー、ルナック広場――

 

先帝である皇帝フェルナンド4世の時代、イヴェールに一人の軍人が居た。

 

彼の名はセシリオ・ド・ルナック。宿敵ロレーゲル帝国との『五年戦争』をイヴェール側の勝利で終結させた立役者であり、陸軍の改革を進めた人物である。

 

イヴェールの英雄であるルナックの名を冠したのが、帝都ナ・ヴァサーの中央にあるこの広場であった。

 

そのルナック広場では、イギリスとイヴェールの国交締結調印式が執り行われていた。

 

調印式は両国の国歌の演奏、そして調印式、最後にそれぞれの代表のスピーチと云う形で進んだ。

 

「――この二つの国の友好が、今ここに始まるのです。」

 

調印式の最後、マウントバッテンはこの様な言葉で自身のスピーチを締めた。

 

こうして、イギリスは新大陸における新たな一歩を踏み出したのであった――――




今回はイギリスとイヴェールの国交締結までの経緯を書いてみましたが、如何でしたか?
次回からはパーパルディア編がスタートします。原作とは違う展開も入れる予定ですので、ご期待下さい!
コメントやお気に入り登録、高評価など沢山頂いています!皆さん、ありがとうございます!


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第18話 ―諸国民の祭典―

1940年の冬から1942年の春にかけて、イギリスとフランスではとある計画が急ピッチで進行していた。

 

その計画には各界から名立たる人物が参加し、国を挙げての一大事業となっていた。

 

両国の国民達の中には支持する者もいれば、反対する者もいた。

 

しかしいざ「それ」が始まると、決まって人々は短期間ではあるが熱狂するのであった――

 

 

1941年7月1日午前9時

パリ、ポルト・ドレ宮殿――

 

この日、ヴァンセンヌの森にあるポルト・ドレ宮殿には各国から名立たる顔ぶれが集まっていた。

 

――というのも、この日ここではIOC総会が開かれていたのである。

 

総会にはイギリスのイーデン外相やフランスのダラディエ首相は勿論、クワ・トイネ公国のカナタ首相や駐英ムー連邦大使のマイラス氏など、他の地域の代表とオリンピック委員達も出席していた。

 

「――オリンピックの再開は急務なのであります!」

 

真剣な眼差しで力説しているのは、国際オリンピック委員会(I O C)会長のアンリ・ド・バイエ=ラトゥール伯爵である。

 

「私は先の欧州大戦や、東方戦争*1、そしてロデニウス戦争での惨禍を見て来ました。今我々に求められているのは、オリンピックと平和の精神を広めることなのです!オリンピックを通して様々な種族や民族が交流し、相互理解を深める。これこそオリンピックの父、故クーベルタン男爵の理想としたオリンピックなのでは無いのでしょうか?」

 

頷きながらスピーチを聴く代表達を見ながら、ラトゥールが熱弁を振るう。演台の後ろの壁には、初代IOC会長であるクーベルタン男爵の肖像画が掲げられていた。

 

「――今こそ、異世界の地にオリンピックの精神を根付かせるべきです!」

 

ラトゥールはそうスピーチを締めると、拍手喝采の中を会長席へと戻った。

 

スピーチが終わると、続いてオリンピック開催地の紹介が始まった。

 

今回開催地となったのは、イギリスの首都ロンドンである。

 

紹介はイギリスオリンピック委員会(B O A)の会長、レジナルド・ワトソン=ジョーンズ卿のスピーチから始まった。

 

「お集りの皆さん、BOA会長のレジナルド・ワトソン=ジョーンズです。今イギリスでは、スポーツを通じての国際交流が盛んです。こちらの写真をご覧下さい。」

 

ジョーンズ卿が取り出した写真には、クリケットを共に楽しむ人間とエルフの子どもたちが写っている。写真に写っている子どもたちは、皆笑顔を見せていた。

 

「これは先日行われた、イギリスとクワ・トイネの子どもたちに依る相互交流キャンプでの一幕です。国籍も種族も違う同年代の子どもたちが、同じスポーツをして楽しむ。これこそ平和の象徴の様な光景ではありませんか!」

 

ジョーンズ卿はここで一区切りつけると、スピーチを続けた。

 

「この様に、スポーツには世界を平和にするがあります。そしてイギリスでは、それを支える十分な環境があります。既に政府は、クワ・トイネ公国やムー連邦へ講師を派遣し、オリンピックの宣伝と各競技の紹介を開始しています。」

 

ジェスチャーと抑揚を付けつつ、ジョーンズ卿がイギリスの強みを力説する。

 

「そして、メインスタジアムとなるウェンブリー・スタジアムも、着々と改修が進んでいます。各国のオリンピック委員の皆さん、イギリスはオリンピックを開く準備が整っています。来年の夏、ロンドンでお会いできるのを楽しみにしております。ご清聴有難うございました。」

 

ジョーンズ卿は一礼すると、しっかりとした足どりで席へと戻った。

 

その後は会場や競技の選定、参加国の確認などが続いた。

 

そして会議の最後には、各国のオリンピック委員に1942年ロンドンオリンピックの招待状が渡された。

 

 

中央暦1640年5月1日(西暦1941年7月10日)午前10時

アルタラス王国、首都ル・ブリアス――

 

ロデニウス大陸の北方、ボルーファン海峡*2の入り口に位置するアルタラス王国。世界有数の魔石鉱山が在ることで有名なこの国は、数ヶ月前にイギリスとフランス、アイルランドの三ヵ国と国交を締結していた。

 

「――やはり栄えているな。流石は貿易国家だ。」

 

フランス海軍の駆逐艦「ラドロア」の甲板からル・ブリアスの町並みを眺めているのは、フランス外務省ロデニウス局のジェローム=ド・アルマン局長だ。

 

「アルマン局長。後五分程で下船出来るとの事です。」

 

アルマンの部下であるジャン=ポール・ゲラン一等書記官が小走りにやってくる。

 

「そうか、報告有難う。――ゲラン君、君はアルタラスは初めてだったと記憶しているが?」

 

アルマンが葉巻を燻らせながら訊ねた。

 

「はい、以前はアイルランドに勤務しておりましたので――」

 

ゲランが緊張した面持ちで答える。

 

「緊張のし過ぎは体に毒だぞ、別に国交締結に行く訳でも無いのだからね。」

 

ゲランの心情を察したのか、アルマンが穏やかに言った。

 

そうこうしていると、下船の準備が整ったと若い海軍士官が伝えに来た。

 

 

「ジェローム!久しぶりだな!」

 

ル・ブリアスの港に降り立ったアルマンらを出迎えたのは、ロラン・ドロルム駐アルタラス王国フランス大使だった。

 

「ロラン、公務中にその名前で呼ぶのは止めてくれ。」

 

アルマンが苦笑いしながら言う。

 

「まあそれもそうだな。何せ君の部下が困惑している様なのでね。」

 

ドロルムが明朗な声で言った。

 

「局長殿と大使殿はお知り合いなのですか?」

 

話題を振られたゲランが訊ねる。

 

「ああ、私と局長殿はパリ高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)の同級生でね。卒業後にどちらも外交官になったと云う訳だよ。」

 

ドロルムが昔を懐かしむかのように答えた。

 

「成る程、通りで仲が宜しいのですね。」

 

ゲランが納得の表情を見せた。

 

「さ、立ち話ばかりしてる訳にもいかんな。荷物は大使館に運ばせてあるから、そちらに向かうとしよう。」

 

アルマンとドロルムの会話が一段落すると、ドロルムが二人を車に案内した。

 

皆が車に乗り込むと、ドロルムの部下の運転で三人は大使館へと向かった。

 

 

翌日午前10時

ル・ブリアス、アテノール城――

 

アルタラス王国の首都、ル・ブリアス郊外の山に建っているアテノール城。国王ターラ14世を初めとする国王一家の住まいでもあるこの城を、アルマンとゲランの二人は訪れていた。

 

「――オリンピック、ですか。」

 

アルマンからロンドンオリンピックの招待状を受け取ると、ターラ14世が興味深そうに言った。

 

「はい。各国から若者達が集まり、競技を行う()()()()()です。」

 

ゲランが簡単な説明をする。

 

「平和は我々としても望むものです。何せ国家の繁栄は平和あってのものですからな。」

 

ターラ14世がオリンピックの招待状を見ながら話す。

 

「我々としては陛下を始めとする王族の皆様、そして選手団の方々を開催地のイギリスに招きたく――これは開催国イギリスも同様の考えです。」

 

アルマンが穏やかな笑みを浮かべて言った。

 

「私としても一度はかの地を訪れたいと考えていました。折角の機会と云う物です、有り難く招待をお受け致しましょう。」

 

ターラ14世が目を細めて言う。

 

こうして、アルタラス王国のIOC加盟とロンドンオリンピックへの出場が決定した――――

 

 

1942年7月29日午後2時

イギリス 首都ロンドン、ウェンブリー・スタジアム――

 

ロンドンでのオリンピック開催が決定してからというもの、イギリス全土ではオリンピックの準備が急ピッチで進行していた。

競技場からインフラに至るまで、建設ラッシュにイギリス国内が沸いたのは言うまでもない。

 

そしてこの日、メインスタジアムであるウェンブリー・スタジアムは人々の熱狂で包まれていた。

 

「さあ、右手から入場して参りましたのはクワ・トイネ公国の選手団であります。同国からは四番目に多い165人が参加しております。先頭に立ちクワ・トイネ公国の国旗を持っておりますのは、アーチェリーのエース、シーグヴァルト・ノルシュテット選手であります。」

 

「霧の都」の異名を持つロンドンにしては珍しい青空の下、各国の選手たちは進んで行く。会場にはイギリス軍の軍楽隊が奏でるマーチと観客の歓声が響き渡り、賑やかな雰囲気を醸し出していた。

 

「そして最後に入場して参りましたのは、我らがイギリス選手団であります!」

 

BBCのアナウンサーに依る実況がスタジアム内に響き渡ると、観客はイギリス国旗(ユニオンジャック)を振りながら歓声を上げた。

 

歓声に包まれた入場行進の次は、大英帝国国王・ジョージ6世に依る開会宣言である。

 

国王が中央の演台に登壇すると、観客達から拍手と歓声が上がった。

 

「――第13回近代オリンピアードを祝し、此処に1942年ロンドンオリンピックの開催を宣言します。」

 

国王の宣言が終わると共に、会場にファンファーレが鳴り響き、平和の象徴たる白いハトが飛んで行った。

 

そしていよいよ、聖火*3の点火が始まった。

 

観客の拍手と歓声の中を駆け抜けて行くのは、自転車競技で出場しているレジナルド・ハリス選手である。

元々イギリス陸軍に所属していたハリス選手は、転移による終戦に伴い退役。前年の英国選手権に自転車競技で出場し、優勝を果たした期待の若手選手だった。

 

ハリス選手はしっかりとした足取りで聖火台への階段を駆け上がって行くと、聖火台に火を移した。

 

火は聖火台に移されると、煌々と赤い炎を上げる。

 

炎が上がると、ファンファーレが鳴り響き、人々は歓声を挙げた。

そして上空にはイギリス空軍のスピットファイア戦闘機が大空に五輪のマークを描き、会場の熱狂は最高潮に達した。

 

こうして、二週間に亘る熱狂(オリンピック)の幕が開いたのだった―――――

*1
史実での第二次世界大戦。転移によって英仏は事実上の終戦を迎えた為、この名称となっている。

*2
フィルアデス大陸とロデニウス大陸を隔てる海峡。

*3
本来ならばアテネのオリンピア遺跡で採火し、開催地までリレーで持って来るのが慣わしである。しかし、転移に依りオリンピア遺跡での採火が不可能となった為、今回の聖火はクワ・トイネ公国の聖地であるリーン・ノウの森で採火された。




読者の皆様、お久し振りです。
作者がリアルの方で色々と忙しくしておりまして、前回の投稿からひと月程開いての投稿となってしまいました...楽しみにしていた方々、大変お待たせ致しました!
さて、世間ではコロナやらオリンピック延期やらと災難が続いておりますが、今回の第18話ではオリンピックについて書いてみました。
構想は某大河ドラマを見ていた頃に思い付いたのですが、やっと書く事が出来ました(笑)
次回は今月以内の投稿を目指しております。次回もオリンピックネタがメインとなりそうです。
お気に入り登録や高評価も増えていて、嬉しい限りです。読者の皆様、ありがとうございます!


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第19話 ―オリンピック外交―

前回(5月)に「今月以内の更新」を掲げていたのに二ヶ月も遅れてしまった......お待たせしてしまい、読者の皆様には本当に申し訳ないです<(_ _)>


1942年7月29日から二週間に亘って行われた第13回夏季オリンピック(ロンドンオリンピック)は、結論から述べると大成功に終わった。

イギリスやフランス、アイルランドといった旧世界の国々は勿論、クワ・トイネ公国やムー連邦などの異世界の国家など計13ヵ国、1925人が参加したこのオリンピックでは様々な物語が生まれた。

 

特に七日目に行われた4×100mリレー競技では、大方の予想を覆してクワ・トイネ公国の代表チームが金メダルを獲得。ロデニウス戦争から復興途中のクワ・トイネ国民に勇気と感動を届けることとなった。

 

勿論、開催国イギリスを始めとする旧世界の選手団も多くのメダルを獲得した。イギリスはほぼ全ての競技でベスト3に入り、最多となる109個のメダルを獲得。毎晩ロンドンのパブがオリンピックの話題で沸いたのは言うまでもない。

 

十日目にはマラソンが行われ、開催国イギリスのトーマス・リチャーズ選手が優勝。ウェンブリー・スタジアムにリチャーズ選手が戻って来たのが見えるや否や、観客だけでなく首相のチャーチルや国王ジョージ6世までもがスタンディングオベーションで迎えた。この様子はBBCのテレビ中継で放送され、イギリス全土が歓喜に沸いた。*1

 

熱戦が繰り広げられたのは、陸上競技だけでは無い。

二日目からエンパイア・プールで行われた競泳競技も、各国の選手達の熱戦で賑わった。

 

100m自由形では、フランスのヴァレリー・ジラルデ選手が55秒8という世界新記録で金メダルを獲得。フランス国民はそのニュースを聞くと、口々に「次のオリンピックをフランスへ!」と言うほど熱狂したという。

 

 

1942年8月7日午後3時

ロンドン、ウェンブリー・スタジアム――

 

BBCでも中継されたマラソン競技。リチャーズ選手の勇姿に会場が沸く中、ロイヤルボックスではイギリス国王ジョージ6世とアルタラス国王ターラ14世が競技を見物していた。

 

海軍服に身を包んだ英国王と、アルタラスの伝統的衣装に身を包んだアルタラス王が会話を交わす。

 

「しかしあの選手は凄いですな!それに会場が皆一体となって声援を送っている、正に平和だからこそ為せる光景ですな――」

 

ターラ14世が感嘆しながら、選手へ拍手を送った。

 

「ええ、以前の世界ではこの様な平和は考えられませんでした――何しろ戦時下でしたからな。」

 

ジョージ6世が昔を思い出すかの様に言う。

 

「しかし貴国は素晴らしい国です。先進技術に軍事力、全てに於いて我が国の上を行ってますよ。」

 

ターラ14世はイギリスの素晴らしさを実感すると共に、この国が帝国主義の隣国(パーパルディア皇国)の様な覇権国家でない事に安堵したのだった。

 

「我が国への高い評価、有難う御座います。今夜の晩餐会にも是非おいで下さい、我が国の文化を堪能出来ると思いますから。」

 

ジョージ6世が笑顔で語りかけた。

 

 

同日午後5時

ロンドン、バッキンガム宮殿――

 

金色に彩られた壁に深紅のカーペット、光り輝く銀食器と金色の燭台。大英帝国の栄華を示すバッキンガム宮殿の大広間では、アルタラス国王一家を招いての晩餐会が行われていた。

 

大広間奥の中央には、英国王ジョージ6世とエリザベス王妃、長女のアレクサンドラ王女、そしてアルタラス国王ターラ14世とルミエス王女が座っていた。

 

「イギリスとアルタラスの両国の友好を願って――乾杯(トースト)!」

 

英国王ジョージ6世の乾杯の挨拶と共に、会場の面々がグラスを掲げる。

 

グラスに注がれているシャンパン――モエ・エ・シャンドン製のドン・ペリニヨンは、シャンデリアの明かりを受けて黄金に輝いていた。

 

「この様なワインは初めてですね。しかし口当たりがとても良い――」

 

ターラ14世がシャンパンを一口飲み、顎髭を撫でながら呟く。

 

「シャンパンは初めてですか?このシャンパンは隣国のフランス産で、中々の上物ですぞ。」

 

ジョージ6世がグラスを持って訊ねる。

 

「ほう、()()()()()と云うのですか――我が国でも是非とも生産させたい物ですね。」

 

ターラ14世はそう言うと、満足そうにシャンパンを飲んだ。

 

英国王とアルタラス国王が談笑していると、前菜のヒラメのムニエルとホタテのムースが運ばれてきた。

 

「しかし貴国の技術力には驚きました。特にあの橋は凄かったですよ、橋が開くなど――」

 

「タワーブリッジですな。我が国に来られた方々が先ず驚かれる場所ですからね。」

 

ジョージ6世が笑顔で言う。その声には、どこか誇らしさが感じられた。

 

「ええ、我が国にも貴国の進んだ技術を取り入れたいものです。」

 

ターラ14世がグラスに注がれた白ワイン――シャサーニュ・モンラッシェ産のシャルドネを眺めながら言った。

 

一同の食事が進むと、メインディッシュが運ばれてきた。メインディッシュには子羊のローストにジャガイモのガレット、付け合わせにカリフラワーやそら豆が出された。

 

ワインはシャトー・オ・ブリオンの赤ワインが出され、出席者達は芳醇な香りを愉しんでいた。

 

「このラム肉のローストは絶品ですな!ワインも素晴らしいですよ。」

 

ターラ14世が頷きながら言う。

 

「愉しんで頂けて何よりです。因みに大英博物館はもうご覧になりましたか?」

 

ジョージ6世が訊ねた。

 

「勿論!私も興味をそそられたのですが――娘のルミエスの方が関心を示していましてね。」

 

その言葉を聞いたジョージ6世がルミエスの方を見る。

 

「ええ、とても珍しい物ばかりで驚きました。特にあの碑文!――確かロゼッタ・ストーンという名でしたかしら?学術的な貴重さだけでなく、美しさも感じられましたわ。」

 

ルミエスが目を輝かせながら言った。

 

「ご覧になられましたか。古代文明の遺物はどこか人々を惹き付ける力がありますからな。」

 

ジョージ6世が古代エジプトに思いを馳せる。

 

「ルミエス殿下、この世界にも古代文明はあるのですか?」

 

三人のやり取りを傍で聞いていたアレクサンドラが訊ねる。ルミエスと年が近い王女は、ルミエスと同様に若く聡明であった。*2

 

「古の魔法帝国と呼ばれる国家の遺構ならあります。ただ解明されていない事が多いので、詳細は良く判っていないのです。」

 

アレクサンドラの質問を受け、ルミエスが答える。

 

「古の魔法帝国?」

 

ジョージ6世が興味深そうに訊ねる。英国王はローマ帝国――()()()()()()()()()を思わせるその響きに、興味を惹かれたのだった。

 

「はい。その昔、強大な魔導技術を以て世界を統べていた大帝国です。()()()という、極めて魔導能力が高かった種族が支配していました。」

 

「ほう、とても優れた国家だったのですな。」

 

「技術力は優れていたのですが――光翼人達は選民思想を国是とする種族でしたので、人類やエルフ、竜人族と云った他種族を奴隷として扱っていたのです。」

 

ルミエスが古の魔法帝国について語る姿は、宛ら叙事詩を語る古代アテナイの神官の様であった。

 

「他種族を奴隷にするなど......酷い話です。」

 

ジョージ6世はそう言いつつ、イギリスも過去に同様の行いをしていた事を皮肉に感じていたのだった。

 

「その帝国は如何にして滅んだのですか?前世界での古代帝国は内乱や外敵などで滅びたのですが、その帝国も同様の運命を?」

 

アレクサンドラが興味津々に訊ねる。彼女は異世界の古代帝国に、強い関心を抱いた様だ。

 

「これは飽くまで伝説上の話に過ぎないのですが――彼らは傲慢が故に、()()()()()()()()()のです。」

 

「何と......!」

 

恐るべき内容に、アレクサンドラら英国王室の一同が絶句する。英国国教会(アングリカン・チャーチ)という国家を挙げての信仰があるだけに、その伝承は光翼人に対する驚愕と怒りを感じさせるものだった。

 

「勿論、帝国のその所業に神々は怒りました。そして神々は帝国の地に隕石を振らせようとしたのです。」

 

「では隕石によって滅んだ――という訳ですな?」

 

ジョージ6世が確認程度に訊ねる。

 

「いえ、彼らは国土そのものを未来へと転移させたのです。勿論、伝承上ではありますが。」

 

「彼らは将来的に出現する......という事ですか?」

 

アレクサンドラが恐る恐る訊ねた。

 

「ほぼ確実と見られますわ。」

 

ルミエスが断言する。その頃には、アレクサンドラらが抱いていた大帝国への興味は恐怖へと変わっていた。

 

その後はオリンピックの話題になり、会場は再び談笑する声に包まれた。

 

「さて、そろそろお開きとしましょうか。」

 

全員がディナーを食べ終わったのを見た英国王が呼び掛ける。

 

「ええ、しかしとても良い晩餐会でしたよ。」

 

ターラ14世が満足そうな声で言った。

 

 

8月14日午前10時

ロンドン、ケンジントン宮殿――

 

煉瓦造りの外観に、ヴィクトリア女王の彫像が鎮座する庭園。歴代イギリス王室メンバーが愛用してきた事でも知られる、由緒あるこのケンジントン宮殿では、イギリス主催の「大西洋諸国サミット」が開かれていた。

 

議場の大広間には、議長国イギリスを筆頭にクワ・トイネ公国やクイラ王国、ムー連邦など多くの国の代表団が集まっていた。*3

 

「さて、お集まりの皆さん。」

 

チャーチル首相の呼び掛けで、一同がイギリス代表団の方を向く。

 

「本日のサミットへのご参加、イギリスを代表して謝意を表します。我々イギリスは、今後も皆さんの様な友好国との関係を重視していく考えです。共に平和で安定した大西洋地域を創って参りましょう。」

 

チャーチルのスピーチが終わると、会場の一同からは拍手が起こった。

 

「さて、では早速議題の方へ――」

 

一同が手元の資料へ目をやる。大陸共通語で書かれたその資料は、紙の質の高さと写真の鮮明さとで各国代表団を驚かせた。

 

サミットでは主に三つの議題が扱われた。

Ⅰ. 大西洋協定の更新

Ⅱ. 各国貿易の調整

Ⅲ. 安全保障

Ⅳ. 各国情報交換

 

大西洋協定については、新たにムー連邦など数か国が加盟。今回は検討に留めるとした国家も、イギリスとの相互協力には賛意を示した。

 

途中休憩では、イギリス名物の紅茶が出された。

 

「チャーチル殿。我々の知る茶とは色が異なるようだが、これは何の銘柄ですかな?」

 

紅茶に興味を示したのは、フェン王国のシハン国王だ。

 

「これはお茶の一種で、紅茶という物です。銘柄は王室から市民まで広く愛されているダージリンですよ。」

 

「ほう......では早速頂くとしますかな。」

 

シハンが物珍しそうに紅茶の香りを嗅ぎ、そして一口飲んだ。裃姿で陶磁器のティーカップを持つその様子は、まるで開国当時の日本の武士を思わせる。

 

「――旨い。」

 

紅茶を飲んだシハンが感嘆の声を上げた。

 

「気に入って頂けたようで何よりです。さ、皆さんも是非どうぞ!」

 

イギリスの伝統文化で他国の興味を勝ち取るというチャーチルの目論見は、見事成功を収めたのだった。

 

途中休憩の後、議題は安全保障へと移った。この議題は各国が強い関心を示しており、サミットの最も重要な部分を占めた。

中でもフェン王国やアルタラス王国、シオス王国は対パーパルディア皇国、トーパ王国は対魔物での懸念を示しており、この四ヵ国とイギリスを中心に話が進んだ。

 

「フェン王国外務奉行のランガクです。我がフェン王国は年々帝国主義の隣国、パーパルディア皇国からの圧力が増しており、国王陛下を始め国家全体として危機意識を持っています。かの国は極めて強く、安全保障上の脅威足りうる国家です。対パーパルディアの点でも、貴国との協力は不可欠だと考えております。」

 

続いて、同じくパーパルディアへの懸念を示すアルタラス王国が話す。

 

「アルタラス王国と致しましては、フェン王国と同じく貴国との強固な連携を築いていきたいと考えております。幸いにして我が国は未だパーパルディアからの直接的な圧力を受けていませんが、我が国にある世界有数の魔石鉱山――シルウトラス鉱山はかの国が侵略を仕掛けてくる理由になり得ります。つきましては、我が国の軍隊の近代化を支援して頂きたいと考えております。」

 

「――成る程。軍事面での支援ですか......」

 

イギリスのイーデン外相が手を組み、考え込むように言う。

 

「はい。何卒ご検討を宜しくお願いします。」

 

難しい表情のイーデンに、ルミエス王女が頼み込む。

 

「イーデン君。先ずは議会に諮らねばならんな。」

 

答えを渋るイーデンに、すかさずチャーチルが助け舟を出す。

 

「はい、返答には時間が掛かるかと――」

 

「分かりました。前向きなお返事をお待ちしております。」

 

事情を察したルミエスが言った。

 

「あの国の植民地運営は酷い状態ですからな。我々としても看過出来ませんよ。」

 

チャーチルが断言する。

 

勿論、彼は友好国・同盟国へ侵略する国家とは徹底的に戦うつもりであった。しかし一方で、解放を理由にパーパルディア皇国の植民地利権を狙っていたのもまた事実であった。

 

『何、我々の植民地運営はかの国のそれに比べれば雲泥の差だ。それに他国が広大な植民地を持っているのは、やはり大英帝国のプライドに関わる――』

 

彼の脳裏には、栄光ある大英帝国を異世界で復活させるという野望が浮かんでいた。

 

そして彼はトーパ王国の発言で出た「グラメウス大陸」なる土地にも興味を抱いた。

 

『トーパ王国や他の国家はグラメウス大陸の植民に関心すら抱いていない様だ。ひょっとするとこれは好機なのではないか?』

 

彼は近い内にトーパ王国へ探査隊を送り込み、未知の大陸についての調査を行おうと考えたのだった。

 

サミットは夕方まで続き、各国は活発な議論を行った。

 

最後には八ヵ国の共同声明が出され、引き続き平和で安定した大西洋地域を目指していく事が強調された。更には数年おきにサミットを各国の持ち回りで定期開催することが決定され、次回はクワ・トイネ公国で行われる事で各国が合意した。

 

「オリンピック外交」と各新聞社が呼んだ一連の外交交渉は、イギリスと他国の関係を良好なものにするという成果を収めたのだった――――

*1
今大会は前回のベルリン大会に続き、テレビによる中継が本格的に行われた。オリンピックに依り、イギリスに於けるテレビ普及率は大幅に増加した。

*2
当時ルミエス王女は18歳、一方アレクサンドラ王女は16歳だった。

*3
参加国は以下の通り。イギリス(議長国)、ムー連邦(オブザーバー参加)、クワ・トイネ公国、クイラ王国、アルタラス王国、シオス王国、トーパ王国、フェン王国




いよいよ英国流外交スタートです(笑)
さて、今回は外交戦メインでしたが、次回からは何やら戦乱の予感が......
お気付きの方も多いと思いますが、アレクサンドラ王女のモデルは勿論「偉大なる女王陛下」です。今後はそうした「~っぽい」人物が大勢出て来ますので、そちらもお楽しみに!
次回、第20話は8月までの更新を目指して頑張りますので、今後とも宜しくお願いします!


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Chapter Ⅳ : グレート・ゲーム
第20話 ―カイオスの憂鬱―


中央暦1640年5月10日午前9時

パーパルディア皇国、皇都エストシラント・第3外務局――

 

第三文明圏の列強、パーパルディア皇国。

イギリスをも上回る過酷な植民地運営を行い、領土を軍事力で拡張する。そんな帝国主義政策を代表する第3外務局では、局長のアレクサンドル・カイオスが局長室で険しい表情を浮かべていた。

 

「何とかならんのかね。君の課にはもう何ヶ月も前から()()()の原因を探るよう命じていた筈だぞ。」

 

「申し訳ありません、カイオス閣下。しかし、本当にあの様な蛮族国家の情報を?」

 

カイオスの司令に疑問を示すのは、ロデニウス戦略課のグリゴリー・ターロフだ。

 

「ターロフ君。その様な先入観が、国家戦略局の対ロウリア支援工作(例の件)の失敗に繋がったのではないかね?」

 

カイオスがターロフを皮肉った。

 

「しかし奴らは所詮文明圏外国。我らの敵では――」

 

「そうした考えが甘いのだ!君はロウリア兵の証言で何を聞いてきたのかね!?」

 

カイオスが声を荒立てて叱責する。彼は先入観で物事を見る人物――皇国の多くの官僚を嫌っていた。

 

「はっ。直ぐにでも調査致します!」

 

カイオスには珍しい大声に、ターロフの声が裏返る。局長室からそそくさと出ていくその姿は、普段文明圏外国の大使に高圧的な態度を取っているところからは想像出来ない物であった。

 

『全くどの連中も小物ばかりだ。奴らを取り除かん限り、皇国のこれ以上の発展は望めんだろう。』

 

カイオスは憂国の念を抱きながら、煙管に火をつける。

 

「しかし......イギリスの国力は我々に匹敵する。もし事を構える際は徹底的な準備をせねば!」

 

彼はそう呟くと、煙草の煙を吐いた。

 

 

同刻

エストシラント、国家戦略局――

 

「お呼びでしょうか、イノス課長。」

 

褐色の軍服を身に纏った青年が敬礼をする。

 

「うむ。パルソ君、例の件の証拠がどうも外3に勘付かれた。」

 

イノスがその鋭い目をより鋭くさせて言う。彼は国家戦略局のロデニウス方面課課長で、ロデニウス戦争における対ロウリア支援工作を主導した人物だった。

 

「まさか――――!」

 

伝えられた内容の重大さに、パルソが絶句する。

 

「そのまさかだ。何処からバレたかは知らんが、とにかく拙い事になったぞ。」

 

「い......如何致しましょう?」

 

「パルソ君。」

「イギリスへの潜入、やれるな?」

 

イノスがパルソに顔を近づけて言った。

 

「はいっ!全力を尽くして任に当たります。」

 

パルソがイノスの恐ろしい表情に動揺しながら返答する。

 

「宜しい。くれぐれも外3には気付かれないように進めてくれ。いいな?」

 

イノスは念を押すと、再び書類のチェックへと戻った。

 

 

中央暦1640年6月3日(西暦1941年8月12日)午前9時

皇都エストシラント、第3外務局――

 

「ですから、貴国との国交締結はこの条件では不可能です。お引き取りを。」

 

外務局の職員がイギリス外交団に冷たく言い放つ。

 

「しかし......この条件の何処が問題なのです?我々と貴国、双方に益のある条件かと存じますが――」

 

外交団の団長、ヒューゴ・リドゲート卿が訊ねる。駐レニングラード公使を務めた経験のある彼は、パーパルディアで話されている『パールネウス標準語』*1にも堪能だった。

 

「先ず治外法権を認めるなというのは無理がありますね。列強国でも無い貴国が臨む条件としては、些か不遜かと。」

 

職員が見下す様な口調で言った。

 

「成る程。つまり我々は貴国と対等な関係を結ぶに値しないと云う事でしょうか?」

 

リドゲート卿が落ち着き払った声で訊く。

 

「ええ、貴国は文明圏外国でしょう。失礼ですが、自国の立場を弁えた方が宜しいですよ。」

 

職員が呆れたと言わんばかりに外交団の方を見た。

 

「貴国のお考えはよく分かりました。それでは失礼致します。」

 

大英帝国のプライドを傷付けられようとも、リドゲート卿は終始冷静かつ丁寧な態度で通した。

 

イギリス外交団のパーパルディア訪問は、局長のカイオスに知らされる事は無かった。情報軽視を叱責されたにも拘らず、ターロフは()()()()()()()からイギリス軽視の姿勢を崩していなかったのである。

 

 

「リドゲート閣下、本当に引き下がってしまって宜しいのですか?」

 

パーパルディアからアルタラスへの船中、リドゲートの部下であるラルフ・タウンゼント一等書記官が訊ねた。

 

「タウンゼント君、あの国は昔の我が国よりもプライドが高い。アヘン戦争(極東での酷い戦争)の頃よりも、だ。」

「――――君も見ただろう、ロビーで怯えた顔をしていたパーパルディアの属国の大使を。あの国は我々よりも悪質な植民地運営を行っている、これは明白だ。」

 

タウンゼントがリドゲート卿の目を見ながら頷く。

 

「そうした国は我々の実力を知ってもらうしか無いだろう、()()()()退()と云う奴だよ。」

 

リドゲート卿が紙巻きタバコを取り出しながら答える。

 

「実力を知ってもらう――――まさか!」

 

何かを察したのか、タウンゼントが声を潜める。

 

「帝国主義国家には帝国主義外交で、荒療治にはなるが確実に交渉のテーブルへと着く筈だ。」

 

リドゲート卿がタバコを吹かす。口調は確かに穏やかであったが、彼の話す内容にはパーパルディアへの対抗心があった。

 

「帰ったら政府にこの案を提出する。タウンゼント君、書類作成を手伝ってくれるかね?」

 

「はい、私に出来る事でしたら何なりと。祖国を侮辱されて黙っているイギリス人など居ませんから!」

 

こうして、イギリス外交団のプライドを賭けた反撃戦が始まった。

 

 

1941年9月10日午後2時

イギリス、ロンドン・首相官邸(ナンバー10)――

 

この日、ダウニング街の首相官邸ではチャーチル首相とイーデン外相、そしてリドゲート卿と第一海軍卿のカニンガム元帥の四者とその部下が出席しての会議が開かれていた。

 

「――以上が本案件の報告です。」

 

リドゲート卿の部下で、共にパーパルディア皇国との交渉に当たったタウンゼントが報告を終える。

 

「うむ、二人ともご苦労だった。さて、パーパルディア皇国(あちらさん)は予想通りの反応だったな。」

 

チャーチルが葉巻に火を点ける。

 

「はい、我々を()()()()()()()()()()()()であると平気で見下していましたからね。そこで閣下、ある提案が有ります。」

 

リドゲート卿が十数ページ程の文書をチャーチルに手渡した。

 

「どれどれ......海軍艦船のパーパルディア沖派遣及びフェン王国での観艦式参加か。」

 

鼈甲色の丸眼鏡を掛けたチャーチルが書類を捲りながら言う。

 

「閣下、私は賛成です。イギリスの誇りをパーパルディアに見せ付けましょう。」

 

カニンガムが賛意を示す。彼はイギリス海軍に自信と誇りを抱いていた。

 

「どの道、パーパルディアとの対立は避けられんだろう。そうは思わないか、諸君。」

 

書類に一通り目を通したチャーチルが会議室の面々を見る。

 

「それに、最近国交を結んだアルタラス王国やフェン王国は、かの国の事を快く思っていない様だな。」

 

チャーチルがイーデンに訊ねる。

 

「その通りです、閣下。先日アルタラス王国の国王陛下と会食する機会があったのですが、やはりパーパルディア皇国の事を危険視していましたね。」

 

イーデンが険しい表情で言う。彼としても、アルタラスで聞いたパーパルディアの過酷な(ベルギー的)植民地政策には良い印象を抱いていなかった。

 

「まあパーパルディアとて、来年開かれるオリンピックの噂を他国から聞けば我々を無下には出来んだろう。」

 

チャーチルと一同が自信げに笑う。会議室の壁面には、来年開催される第13回夏季オリンピック(ロンドンオリンピック)のポスターが貼られていた。

 

「では......この計画はオリンピック後に?」

 

イーデンがチャーチルに訊ねる。

 

「うむ。オリンピック閉幕後直ぐに大西洋諸国を集めたサミット、そしてその後にフェン王国の観艦式参加の流れで頼む。」

 

チャーチルの計画を、直ぐ後ろに控える秘書が速記帳に書き込む。

 

「サミットの主題は周辺国との関係構築、そして()()()()()()()への対策だ。パーパルディアにこの地域の主導権(イニシアチブ)は我々の物だと認めさせねばならん。」

 

「我々外務省も忙しい日々が続きそうですね。」

 

イーデンが苦笑いする。イギリス外務省は大戦の勃発から今日まで、殆ど休み無しで活動していた。

 

「政府や官庁の諸君にはこの数年、通常よりも多くの業務を行って貰っているからな。給与手当の増額も考えておこう。」

 

チャーチルがティーカップを手に言う。

 

「――――さて諸君。来年のオリンピックとサミットは何としても成功させるぞ!」

 

チャーチルが力強く呼び掛けると、会議室の面々は歓声を上げたのだった。

*1
転移前の世界でのロシア語に近い




今回はオリンピックとサミットの前日譚を書いてみましたが、如何でしたか?
次回はいよいよアイルランドが舞台となります!動き始めたイギリスとパーパルディア、二つの大国の『グレート・ゲーム』にもご期待下さい!


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第21話 ―ベルファストの異邦人―

遂に季節毎更新になりつつある......読者の皆様、大変お待たせ致しました!


1942年4月10日(中央暦1641年1月30日)午後6時

イギリス、ベルファスト・市内某所のパブ――

 

北アイルランド――――イギリス政府の権威と、南部との統合を望むアイルランド共和軍(ジ・アーミー)が連夜抗争を繰り広げる、美しくも危険を孕んだ土地。中心都市のベルファストのパブでは、熱心に議論を交わす男たちが居た。

 

その集団の中に、外国人らしき男が一人居る。

彼の名はニキータ・レナートヴィチ・パルソ。パーパルディア皇国の若手工作員(エージェント)である彼は、ムー連邦のジャーナリストを装ってイギリスの情報収集に当たっていた。

 

 

「――――それで、あなた方は何故()()を求めるのですか?」

 

「確かにイギリスは異世界諸国からすれば模範的国家に見えるのは分かりますよ、ケスラーさん。しかし騙されちゃあいかん。奴らはここアイルランドの地で好き放題にやっているんだ!」

 

テーブルを挟み、向かいに座っている男が力説する。彼の赤髭は、まるで彼の怒りを滲ませた様だった。

 

「成る程。彼らはどの様なことをしているのです?」

 

我が国も属領で好き放題にやっているがなと思いつつ、ケスラーもといパルソが訊ねる。

 

「ここアルスターではロイヤリストやユニオニスト(王とロンドンの下僕)連中とプロテスタントばかりが良い仕事に就き、ナショナリストとカトリックは政府に冷遇されている。それで抗議の声を挙げれば直ぐにお縄になっちまう。酷い話だろ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()は聞き取るのに一苦労だったが、それでもパルソはメモを取りつつ話を進めた。

 

「――となると信仰する宗教や忠誠の対象を巡って差別が起きている訳ですね」

 

「その通り!記者さんよう、奴らの悪行を知らしめてやってくれ!」

 

二人のやり取りを聞いていた他の客も話に入って来た。店内のあちこちから「イギリス兵(トミー)を追い出せ!」の声が笑い声に混じって聞こえてくる。パブの客たちは、明らかにイギリスに対して良い印象は抱いていないようだ。

 

「はい!皆さんの思いはしっかりと書かせて頂きますよ!」

 

パルソがその声に応えるようにネタ帳と万年筆を高く掲げる。掲げられた万年筆のペン先は、照明の白熱電球の光を反射していた。

 

「よし!親父、黒ビール2つ!ケスラーさんも飲みましょう!」

 

赤髭の男が上機嫌で黒ビールを勧める。結局、その夜はパブの客の殆どを巻き込んでの酒盛りとなった。

 

    ◇

 

翌朝パルソが目を覚ますと、彼はホテルへと戻っていた。

 

『確か昨日は――――』

 

彼は頭に二日酔い特有の痛みを覚えると、その原因を思い出した。昨晩彼はパブで客らと黒ビールやらギネススタウトやらを合わせて5杯も飲み、フラフラになってホテルへと戻ったのだった。

 

『ここベルファストはIRAの活動も盛んだが、その分イギリスのエージェント(M I 5)も監視の目を光らせている。我ながら迂闊だったな』

 

彼は不注意な行動を自戒すると、ベッドから起き上がった。既に時計は8時を回っており、ベルファストの陽光がカーテンの隙間から差し込んでいる。

 

『兎に角、これで奴らの弱みを握れた訳だ。ただこの国は遥かに強い。本当に戦って勝てる相手なのか......?』

 

確かに彼は祖国への自信と信頼を抱いていた。それでもロンドンの街並みや自動車の多さを見ると、何か形容し難い不安の様なものを心の奥底に感じていたのだった。

 

「まあ俺は俺に出来ることをするまでさ」

 

彼はそう呟くと、コップに注いだ水を一気に飲んだ。

 

 

その頃、パルソの泊まるホテルの前にはとある訪問者が来ていた。

 

眼帯をし、灰緑のベレーを被った壮年の男。その男こそ、この地域で活動しているアイルランド共和軍(I R A)ベルファスト支部のリーダーであった。

 

何故IRAのリーダーがパルソを訪ねたのか、その理由は早朝に遡る。

 

    ◇

 

「キャンベルさん!キャンベルさん!」

 

ベルファスト郊外の屋敷――現在はコネリー・マクドナルド・キャンベル氏――ベルファストでも有名な印刷会社を営む人物の家を、パブでパルソと会話していた赤髭の男が訪れていた。

 

彼はいつもの様に屋敷の戸を4回・3回・5回のリズムで叩くと、使用人の招きで中へと入っていった。

 

「おや、来てくれましたか!ローナンさん!」

 

屋敷の食堂には、キャンベルをはじめローナンの馴染みの顔が集まっていた。

 

「ジェフ、待っていたぞ!それで()()()()はどうだ?」

 

キャンベルの隣に座る、体格の良い眼帯の男。ローナンの幼馴染でもある彼こそが、IRAベルファスト支部のリーダー、ラトウィッジ・『コルネール(大佐)』・ジャスパーだった。

 

「中々期待できるジャーナリストだったよ。ここアルスターの現状を世界に伝えないといけないからな、彼はうってつけじゃないか?」

 

「そいつは良かった!遂に我々の考えが異世界でも披露出来るのか......!」

 

ジャスパーが感慨深げに言う。彼らの心には、南北アイルランド統合の夢へとアルスターが近づいている実感があった。

 

    ◇

 

「――――さて、行くとするか」

 

ジャスパーはベレーを被り直すと、ホテルの中へと入っていった。

 

北アイルランド紛争は、第三勢力の登場によって新たな局面を迎えつつあった――――――

 




今回の第21話は遂にアイルランド島が舞台!IRAも登場し、徐々にきな臭い雰囲気となって参りましたが......如何でしたか?
作者の方もようやくスケジュールが落ち着き、年内には4話程更新出来そうです。お気に入り登録、評価等、本当にありがとうございます!今後とも応援よろしくお願い致します!


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第22話 ―今そこにある危機〔前編〕―

読者の皆さん、大変お待たせ致しました……本当に申し訳無いです!<(_ _)>
それでは第22話をどうぞ!


中央暦1641年9月15日(西暦1942年11月24日)午前9時

アルタラス王国、首都ル・ブリアス アテノール城──

 

「これは......どういうつもりだ!?」

 

アルタラス国王であるターラ14世は、執務机に置かれた書簡の内容に驚愕と怒りを覚えていた。パールネウス標準語で書かれたその書簡の差出元は、パーパルディア皇国第3外務局のアルタラス支局である。

 

「陛下、拝見しても宜しいでしょうか」

 

顎髭を生やした壮年の紳士、アルタラス宰相のベルンハルト・ファン・ラテレイ卿が尋ねる。

国王はゆっくりと頷くと、パーパルディア皇国の国璽が捺されたそれを渡した。

 

「これでは事実上の属国化要求ではありませんか!」

 

書簡を一読したラテレイが驚愕する。彼はパーパルディアへの怒りから、自身の禿げ頭を紅潮させていた。

 

「うむ。シルウトラスの割譲要求に────更にはルミエスをパーパルディアへ奴隷として寄越せだと!?我が国を愚弄するにも程がある!」

 

普段は温厚な国王が、珍しく語気を荒立てる。

 

「陛下の仰る通りでございます。しかし、断ればかの国が侵攻してくるのは確実です。返答期限は二週間後と書いてありますが、果たして間に合いますでしょうか」

 

執務室を重い空気が支配する。()()()()()と謳われたこの国は、今や存亡の危機に瀕していた。

 

    ◇

 

「ラテレイ、何があったのです?」

 

執務室から出てきたラテレイを待ち構えていたのは、王女ルミエスであった。

 

「ル......ルミエス様!」

 

「執務室の前を通った際にお父さまとそなたの憤る声が聞こえてきたので、思わず足を止めたのですよ」

 

ルミエスが落ち着いた声で言う。一方のラテレイはと云うと、冷や汗をかくという慌てようであった。

 

彼が慌てるのも無理はない。宰相の目の前に立つアルタラス王女――即ちルミエスも、国家存亡の危機に不本意ながら関係しているのだ。

 

「ル...ルミエス様、何も大事御座いませぬ故、何卒ご安心を」

 

宰相が深々と礼をしたまま告げる。しかし彼の声は話している内容とは裏腹に、隠しきれない緊張が滲み出ていた。

 

「アルタラス。パーパルディア。シルウトラス。この三語の指し示す意味くらいは重々分かっていますわ」

 

「......!」

 

ラテレイの手と髭が小刻みに動く。その様子は「狼狽」をそっくりそのまま具現化したといっても過言ではなかった。

 

「ラテレイ、遠慮などせずとも良いのですよ?」

 

王女ルミエスが宰相に詰め寄る。

 

「これこれ、ルミエス。あまりラテレイを困らせるでない」

 

「お父さま......!」「陛下......!」

 

執務室から国王が出てきたことに気付いたルミエスとラテレイが、即座に頭を下げた。

 

「まあ二人ともそう固くならんでもよい」と国王が穏やかな声で言う。

 

 

「――――さて、ルミエス。お前に伝えなければならないことがある」

 

国王は二人を執務室へと招き入れると、ルミエスの目を見据えて言った。

 

「はい。覚悟は出来ております」

 

ルミエスもまた、父の目を見据える。

 

「パーパルディアがシルウトラスと()()()を寄越せと言ってきた」

 

執務室の時間が、一瞬にして止まったように感じられる。ルミエスは覚悟こそしていたものの、いざ事実を突き付けられると、強大な敵(パーパルディア)への怒りと恐怖が全身を襲った。

 

「無論、儂はかの国に対して(No)を突き付けるつもりだ」

 

国王が執務机に置かれている魔写を持ち上げながら言う。ルミエスがまだ赤ん坊だった頃に撮ったその魔写は、国王一家を写した物だ。そこには今は亡き王妃マルへレートの姿もあり、国王にとっては思い入れのある物であった。

 

「ルミエス、お前にはこれから辛い思いをさせてしまうかもしれぬ。しかし儂は儂の臣民と家族を守る責務がある。分かってくれるか?」

 

「はい、お父さま」

 

ルミエスが凛とした声で言う。

 

「ラテレイ!直ちに閣僚と司令官を集めよ」

 

「御意」

 

宰相が深々と礼をし、国王から任された書類を抱えて退室する。

 

「儂は簡単には屈しないぞ」

 

国王が拳を握りしめる。彼の視線の先には、夕日に照らされるル・ブリアス市街が広がっていた。

 

    ◇

 

同日午後6時

ル・ブリアス、アテノール城――

 

アテノール城の地下にある、国軍総司令部。アルタラス軍の心臓とも云えるここには、国王ターラ14世を筆頭に宰相のラテレイ卿や軍高官、更には王女ルミエスといった国家の要人が集まっていた。

 

「今回のパーパルディアの不遜な要求に対し、余は拒否を突き付けるつもりだ」

 

会議が始まるや否や、国王は静かに自身の決断を明かした。

 

「王立軍と致しましては、陛下のお考えに賛成であります」

 

野太い声で発言したのは、王立軍司令長官のフィリーベルト・デ・ライケ元帥だ。

 

「うむ。して、ライケよ。現状動員出来る兵力は幾許か?」

 

国王が円卓に置かれた地図を見ながら訊ねる。地図上には、各地の要塞と兵力が示されていた。

 

「はっ。陸軍は10万人が現在活動中です。また試験的に編成した鉄獣も、現在30両が戦闘可能となっております」

 

ライケが写真を手に話すと、一部の閣僚からはどよめきが起こった。というのも鉄獣―――フランス軍の旧式であるルノーFT-17軽戦車―――の輸入と編成は、国王と一部の高官しか知らない事実だったのだ。

 

「ライケ元帥!こちらの鉄獣は何処から輸入されたのですか!?」

 

魔導研究省のランメルト・アッペル魔導大将が興奮気味に訊ねる。彼は魔導と科学の融合、所謂魔導科学の有用性を提唱していることで有名な魔導士である。そんな彼にとって、フランスからの新兵器(鉄獣)は心をくすぐるものがあった。

 

フランスですよ」とライケが返すと、アッペルは感嘆の溜め息を吐いた。

 

「またイギリスから新型大砲100門を輸入、こちらも突貫工事ではありますが編成が進んでおります」

 

ライケの隣に立つ主計将校が発言する。こちらもまた、イギリス政府(ロンドン)アルタラス政府(ル・ブリアス)の一部のみが把握している案件であった。

 

同様の輸入品としては、イギリスからの装甲艦が挙げられる。

 

「海軍もイギリスより艦船を輸入、既に一部は実戦部隊への投入を終えております」

 

恰幅のよいこの中年の男は、海軍総司令官のホドフリート・ファン・デ・ヴォルド元帥だ。

 

「イギリスからは装甲艦を輸入、訓練の様子を見るに装甲・威力・船速全てにおいてパーパルディアのそれと互角かそれ以上と云っても過言ではないと思われます」

 

デ・ヴォルドが自信げに述べる。彼は装甲艦の訓練の様子を脳裏に思い浮かべていた。

 

    ◇

 

中央暦1641年6月10日(西暦1942年8月20日)午前4時

アルタラス王国、ヴァーボルガ軍港──

 

首都ル・ブリアスから数十キロ西にあるヴァーボルガ軍港。周囲を山岳に囲まれた入り江の最深部に、()()は係留されていた。

 

「いつ見ても装甲艦は心強いものだ」

 

第一艦隊の司令官、エトヴィン・ファン・ホーフ大将が呟く。

 

腕組みをして煙草を吹かす彼の視線の先には、一隻の艦船が鎮座している。堂々たる主砲と装甲を持つ装甲艦『アルターラ』は、アルタラス艦隊の中核を担う艦として期待されていた。

 

「おはようございます、ホーフ大将」

 

「おはよう、大佐」

 

主席幕僚のニールス・ヴィルケス大佐からの敬礼を受け、ホーフが答礼する。

 

「しかし、政府はよくこれほどの装甲艦を入手出来ましたね」

 

ヴィルケスが巨大な船体を見上げる。

 

「うむ。やはり()()()は素晴らしいな」

 

ホーフが含みのある表現を使って話す。イギリスから輸入したこの装甲艦は、最大級の国家秘密であった。

 

勿論、ヴィルケスを含めた艦隊の幕僚や政府高官の一部は真実を知っている。

 

かつてイギリスにおいて『ウォーリア』と呼ばれたその装甲艦は、現代戦艦の草分け的存在だった。

しかし建艦競争とそれに伴う旧式化により退役。近年は武装を取り外され、燃料貯蔵庫として使用されていた。

 

そんな状況下で舞い込んだアルタラスからの軍事支援要請により、状況は一変する。仮想敵国であるパーパルディアを牽制する目的でも、イギリスにとってアルタラスとの友好は不可欠だった。

 

当然イギリス政府(ロンドン)は海軍の旧式艦船の払い下げを検討した。しかしここで壁となったのが、転移後に成立した武器流出防止法、所謂ハイド・パーク憲章であった。

 

対応に苦慮したイギリス政府は、ここでとある策を立てる。「現在海軍の管轄を離れている艦船ならば、売っても問題ないのでは」というチャーチルの発案により、海軍本部と大蔵省は「友好国への貿易船輸出」という名目で旧式艦船の払い下げを計画したのだ。

 

こうして退役済みの艦船がイギリスの友好国へ払い下げられることになったのである。

パーパルディアという脅威を抱えているアルタラスは、イギリスから六隻を購入。その一つがこの『ウォーリア』であった。

 

    ◇

 

「主砲斉射!撃て!」

 

砲術士官がサーベルを抜き、砲撃の合図を出す。

 

ズドォォォォン!!ドォォォォン!!

 

圧倒的な破壊力を誇る10門のアームストロング砲が一斉に火を噴く。砲撃による震動が周囲の空気を響かせ、船上の将兵たちを驚愕させる。

 

標的であった木造船は、110ポンド砲の直撃を受け爆発した。

 

「目標着弾!壊滅を確認!」

 

観測官が双眼鏡を構えながら伝える。全将兵の目の先には、燃えながら沈没していく3隻の木造船があった。

 

「素晴らしい!」「万歳!王立海軍にとって記念すべき日だ!」

 

初の砲撃の成功により、第一艦隊の全将兵が歓喜したのは言うまでもない。

 

「ホーフ大将!」

 

「元帥閣下......!」

 

『アルターラ』の甲板から砲撃の様子を見ていた、総司令官デ・ヴォルドと艦隊司令官ホーフの二者も例外ではなく、互いに海軍の記念すべき偉業を喜んだ。

 

「これからは装甲艦の時代だ。魔導戦列艦の高火力化と装甲化も夢ではないぞ!」

 

デ・ヴォルドがブランデー入りのグラスを掲げながら力説する。

 

「しかし、これが80年前の旧式艦というのですから驚きですね」

 

ホーフもグラスを持ちながら話す。

 

「うむ。イギリスの技術力には畏怖すら覚えるよ。まあ彼らが味方なのが救いだがね」

 

元帥が頬を緩め、ブランデーを飲む。その表情にはどこか安堵のようなものが含まれていた。

 




遂にパーパルディアが牙を剥き始めましたが、如何でしたか?原作とは異なり、武装の近代化を進めるアルタラスの運命や如何に……!
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