とある雪風の座標移動 (あわきん・すかいうぉーかー)
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001目覚め

間違えて別の小説消したつもりがこっちを消していました。読んでくれたり、お気に入りに入れてくれたり、感想くれた方申し訳ありません。

一部完走で頂いたアドバイスや、つけたしたいものを考えて訂正と加筆。読んでいて気付いた範囲で誤字修正。


「…はあ。」

 

することがない。それが結標淡希の現在の感想だった。

 

仲間は取り戻した。

 

裏の仕事の世界は解体されて、仲間も自分も暗部で生きる人間ではなくなった。

 

その前に仕事として請け負わされていた、自身の力を使って行う窓の無いビルの案内人にも戻ることは…無かった。

 

それどころか、ビルは丸ごと空へ飛んでいって星になった。

 

終いには学園都市が機能停止して居られなくなってしまった。

 

どうしてこんなことになったのか。これからどうすればいいのか。学園都市を出る途中に淡希はそんなことを考える。

 

以前、淡希がまだ裏の世界の人間だった頃の話…この都市に反旗を翻して失敗し、身も心も絶望の淵に陥っても何かにすがることも、何処へ行くことも出来ず、頼られることすらも無くなって、自身より大きな相手からも小さな相手からも必要とされなくなったことで、酷く焦燥感に駆られた事が彼女はある。

 

そんな以前とは同じようで違う真逆の状態、焦燥感もな~んにもないのほほんのんびりとした状態で、彼女はすることが無くなっていた。

 

そうなると、これはこれでもどかしいものがある。暗い世界の住人と言えど…いや、暗い世界で常に張りつめ、与えられ続けた任務の遂行と、その解決を繰り返して生き残ってきた彼女としては、なにもない平穏という時間の経験値が圧倒的に足りていないのだ。

 

ただ何も考えずに休んでいていい…それが能力に怯えたつもりで日々を不安に駆られながら過ごし、汚い仕事まみれた暗部に落ちて生きていた人間にとって、なんと新鮮で難しい事だろうか。

 

これならばまだ、居候先だった台所に立って苦手な料理…野菜炒めを成功させる練習でもしてた方がましだと、そんな風に淡希には思えた程に、これから何をしていいかわからなかった。健全な学生の体である彼女としては、あまりあの居候先のタバコ臭い家に居るのは嫌でもあったが…それはそれ、これはこれだ。

 

「これは…厳密には違うわね…やることがないんじゃなくってーー」

 

やりたいことがないのだと、彼女は解に至った。

 

そんな結標へのご褒美か…世界は彼女に応えてくれたようだ。退去することになって、煩雑且つ適当に生活品や衣服などを突っ込んだキャリーケースを、淡希がマナー悪く後ろに引きずるように持ちながら歩いていると、どういう仕組みか突然、地面が光ったのだ。

 

「えっ!?」

 

尤もーー

 

「な、何よこれ…11次元を演算する時に感じるモノと似ているようで、違う!?」

 

世界が応えてくれたそれは、必ずしも幸せなものとは限らない。この世界の偶然というものは、とある原因で起きるものばかりであり、それは不幸を大抵含むのだ。

 

「相互干渉できないはずの空間移動能力者を、どうやっ…きゃあああぁっ!?」

 

結標淡希は、この日地面から沸いた不思議な鏡のようなモノに右足が触れて、世界から消えた。

 

 

 

 

「………。」

 

少女は絶望ではないが、驚きと悲嘆にくれていた。普段から周りに言われている氷のような無表情からも、珍しく驚きの感情が見てとれた。

 

「人間?」

 

そう、目の前にいるのはどう見ても人間だったが、それが問題なのだ。

 

「雪風のタバサが人間を召喚したぞ!?」

 

「信じられないわ! まさか失敗したの!?」

 

今この場で行われているのは、サモン・サーヴァントという魔法を用いた召喚の儀式。自身の相棒で一生の支えとなるパートナーの使い魔を召喚して契約を行うもので、本来は人間以外の何かが召喚される儀式なのである。

 

しかしこのハルケギニア大陸、泉の国トリステインの魔法学院の授業の一つ。春の使い魔召喚の儀式で彼女が呼び出したのは、見たことのない鉄の鞄をもって不思議な格好をした人間…結標淡希だった。

 

淡希の格好からその少女、タバサは彼女が何者であるかは理解できなかった。無理もない、ハルケギニアの常識から結標淡希の格好はかなり逸脱しているのだから。

 

淡希の今の容姿は、学園都市から抜け出て避難する時のモノということもあり、一番緊張感を保っていられる服装、つまりは裏の仕事時によく着ていたスタイルだ。そしてこれは恐らく、地球の人間でも見かければ首を捻る外見である。制服のブレザーと思わしき上着を袖を通さず羽織り、その中の裸体に桃色のサラシを胸をつぶさない程度のきつさで、谷間は見えるように南半球より少し上まで、大切なところは見せない程度で巻いているだけ。下半身は灰色なブレザーの色と一致こそしているが、制服のスカートではなく酷く短いもので、見栄を張った男子の学生服ならともかく、女子の学生服ではつけないだろう金属彩飾の多い、白のファッションベルトをつけて、足は生足に靴という姿だ。はっきり言って異様である。非行少女でも中々にこんな格好は見かけないだろう。しかし、それはどこか彼女を魅力的に写す絶妙なファッションでもあった。惜しげもなく自身の体で曲線を描く部分を見せつけている。めりはりのある体と不思議な笑みを浮かべられる彼女だから似合うという、そんな感じのものである。

 

「…娼婦?」

 

だがら、そんな彼女と面識もなく、自信のもつ知識、いかなる正装とも民族衣装とも合致しないタバサには、そんな感想しか出てこなかった。

 

「誰が娼婦よ、失礼しちゃうわね。」

 

その娼婦呼ばわりされた人間の淡希は、飛ばされた勢いで胸に垂れかかった赤いツインテールの長い髪を、背中側に戻しながら立ち上がった。呼びだした少女のタバサが140とすると彼女は160くらいだろうか、かなりの身長差である。

 

「貴女の格好こそ何なのよ…そんなコスプレの典型みたいな杖持って魔法使いみたいな格好して。」

 

「こす…ぷれ? 良くわからないけど、私はみたいじゃなくて…魔法使い。」

 

「は? なに言ってーー」

 

そこまで言って淡希は少し思い出した。外部の能力者にそういう者、そんな名称で呼ばれる人間もいるという話を。まだ暗い世界の中では比較的まともな仕事、案内人と呼ばれて入り口と窓のないビルの送迎役をしていた頃。そんな良くも悪くも半端に生きていたころに聞いた話だった。そこへ送り届けてた人間で後の仕事の同僚の金髪も、直接見せてもらったことは無かったがどうやらそうであったらしい。

 

「ふうん…直接目で見たのは初めてだったけれど、格好もホントにそんな感じなのね。」

 

そんなタバサを上から見て淡希は何か琴線に触れたような表情を浮かべ、次第にすぐにがっかりしたような表情をとった。

 

別に外部の能力者を馬鹿にしたのではない。タバサの顔と、細くて少し引き締まっていながらも幼い体躯までを見て、ちょっとした勘違いした淡希は性癖をこじらせた。そして目線を下までやるとスカートが視界に入ってきてがっかりしただけである。

 

早い話が彼女はショタコンで、タバサは女性ながらその目にかなってしまっただけなのだ、顏と上半身だけ。

 

でも、こんな男の子だったならスカートも悪くもないとか考えて、ならばいっそスカートや短パンの中は別に…そう、たとえ女でもありなものは、あり…心に来るもので、今私はこうなったのではないのかと、現状の把握そっちのけになって暴走しかけたところで漸く意識を現実へと引き戻した。

 

「はっ…!」

 

「…………。」

 

不審なものを見る目でタバサが淡希を今度は見つめ返していた。

 

「悪かったわね、ちょっと珍しいものを見てぼーっとしてしまっただけよ。」

 

「そう…。」

 

「それで、その外部の能力者さんが私に何の用事かしら。」

 

「外部…?」

 

スカートのベルトから吊り下げている警棒なもなる軍用懐中電灯にそっと手をかけると、その場で静止した。

 

良く見ると囲まれているのだ、目の前の少女と同じ格好をした人間がたくさん、少し離れたところからこちらを見ていた。下手に敵対をして全員から襲いかかられたのでは、彼女のもっている力でも負けてしまうかもしれない。それでも逃亡を可能に出来る体制までは維持をして、目の前の少女へ淡希は質問を投げかけた。

 

「私は、あなたを使い魔として呼び出した。」

 

「ちょっと待って、言ったでしょう? 私は魔法使いを見たのは初めてなのよ。専門的な言葉で言われてもわからないわ。そうね、子供…弟とかそういうのに教えるつもりで話してくれないかしら。」

 

「……解った。」

 

「…宜しければ私からも説明いたしましょうか。」

 

少女が頷き、横に居た禿頭の教師と思われる男が何か警戒した冷たい目でこちらを見ていた。

 

この男…少女と共に寄ってきた禿に淡希の背中が嫌にひりつく。少なくともこの男は用心が必要だ、与えられる情報もこちらに有利なことは離さないかもしれないし、真実とも限らない。

 

「結構よ。私とこの子の問題みたいだし、その子にお願いするわ。」

 

それに好みの顏でもないし体型でもない男の話に等興味もない。それ以降動きの無い禿男は無視して淡希はタバサと話し始めた。

 

そう言われて話をし始めたタバサの内容は、淡希の常識を覆した。思わず天を仰いで更に目眩を覚える。

 

一言でたとえるのなら、ここは能力者が世界中に居る世界。

 

この世界は能力を魔法と呼び、能力者をメイジと呼び、貴族として崇められる。月が二つある地球ではない人類がいる惑星、もしくは男の学生が良く読む物語の様な、異世界にある星だった。

 

少なくとも、学園都市の見つけられる範囲の惑星系や銀河系にそんなものは見つかっていない。そんなとてつもない程にもと居た場所、地球から離れた場所に自分は呼び出されたのだと、淡希は理解した。

 

「使い魔は、メイジを守る存在でその人間に合うはずの属性とか特徴や、願いにそった生き物が現れるはず。なのに…人間が来るなんて思ってもみなかった。」

 

そういってごめんなさいと頭を下げてから、そのまま上目使いのタバサを見た淡希に、何かのスイッチが入りかけたがそれよりも先に彼女の心には、別のものが響いていた。

 

自分の属性と彼女は言った。ならば名乗った少女のタバサは淡希と同じ空間移動能力者なのだろうか。しかし召喚の呪文だというサモン・サーヴァントは、誰もが行えるものらしい。タバサも淡希を見て自身の属性と共通点を見いだせて居なさそうな申し訳ない表情からも、属性のせいで召喚された線は無いだろう。人間という概念では属性をくくれるとも思えない。

 

であれば特徴だろうか? 周りを見渡してみれば確かに似ているものが多い。まるっとした小太りにまるっとしたフクロウ、炎の様な髪をした赤い女性に火蜥蜴…なんとまぁUMAがいっぱいなバリエーション豊かさで流石魔法の世界と驚かされたりもしたが、確かに特徴が何かしら存在してそれぞれのパートナーにも似た箇所が見られる。しかし淡希とタバサを特徴付けられるものは何なのだろうかと考えると、体型は全く違うし髪の色は反対色に近いわでせいぜい人間だとか、その程度である。属性の天で人間と言うだけではくくれない様子である以上、これも違うのであろう。

 

であれば…願い。目の前の少女が何を願っていたのかはわからないが、少なくとも自分は大能力者(レベル4)。トラウマをある程度克服できた今では、空間使いとしての戦いでならばもう誰にも後れを取るつもりは無い。力を求めたという願いで淡希は自分が呼ばれたということだろうか…。

 

力。

 

かつて自分が忌まわしいと思い…こんなモノさえなければと思っていたもの。そしてそれは悲劇のヒロインぶっているだけだと、同系統の空間使いに指摘されて間違いだと打ちのめされたもの。そして諭されはしたが、既に時は遅く…結局は裏の世界で生臭い形でしか振るうことが出来なかったもの。せいぜい空間使いに言われたように使えたのは、仲間が人質にとらわれるのを止められた時くらいとしか、彼女が胸をはって言えるものは無かった。

 

もしも…淡希はそんなことを考えてしまった。

 

もしも自分の歴史が一切ないこの世界ならば。

 

もしも今からまた始められるのならば。

 

あの空間使いが自分に言ったように…正しいことの為に力を振るうことが出来るのではないだろうか。

 

例えば目の前の、自分を必要だから呼び出したかもしれない少女を守る事とか。

 

それはとてもとても淡希には魅力的で…それでももうあの世界では手に入らないし、夢見る少女ではいられない歳のせいで諦めかけていたものだった。

 

「そんなことないわ、むしろ感謝しているくらいよ。」

 

やりたいことを与えてくれたタバサに淡希は微笑む。

 

「え…?」

 

誰も傷つけないで救うなど、英雄の様な高望みをするつもりは無い。最悪人を殺めることも無いなんて言いきれない。それでも、これはきっと自分のやりたいことになり得ると彼女は結論付けた。

 

だから、結標淡希はタバサの手を取る。辺鄙な世界に連れてこられたことに恨みは無いし、彼女を助けることに後悔は無かった。

 

「貴女さえ宜しければ、この学園都市の大能力者(レベル4)座標移動(ムーブポイント)結標淡希(むすじめあわき)が使い魔を引き受けるわ。」

 

話の流れや、やりたい事を手に入れた喜び…この世界の舞台劇の様な雰囲気に魅かれて浮かれていたのかもしれない。ちょっともういい歳なのに何を格好つけているのよと、言ってから少しだけ恥ずかしい思いをして、彼女はタバサの使い魔となることを承諾したのだった。

 

「4…? あなたはスクウェアメイジ、なの?」

 

「あー…ごめんなさい、こっちの常識とそっちの常識は違うって今言ったばかりなのに…気にしないで、後で話すから。」

 

相手に力量が理解されていない上、何かおまけに盛大に滑った感が否めない。淡希はその場で本気で恥ずかしくなり頬が赤くなったが、彼女はこの後さらに赤面、顔どころか耳まで真っ赤に染め上げる事になった。

 

まさか使い魔契約の仕方がキスだなんて…上半身だけ、少しだが淡希をときめかせた存在のタバサからのキスは、淡希の頭をゆでだこにした。来年受験生の高校生といえど、恋愛の経験や唇同士のキスなどを体験したことが無ければ、そうなるのも無理はなかった。

 

そしておまけにルーンがお腹に…へその下に浮かぶなど予想もしていなかった。すごく、すごく遊んだ人間に地球の人のセンスだと見えなくもなかった。肌を強く晒している格好をすることのある淡希だが、別に彼女は露出趣味の女や脱ぎ女や淫乱女ではないのである。

 

 

 

 

「ガクエントシ…チキュウ。」

 

「そう、そこが私の居た場所。私の世界…星で知らない人はいなかった場所だから、知らないのならばここは本当に別の星か異世界なのね。」

 

案内されたタバサの部屋で、手放さずにいたおかげで一緒に持ってこれたキャリーケースの上に淡希は座りながら、今度はタバサに彼女の居た場所での常識や、知識を話していた。

 

タバサにとってそれは何もかもが新しく、今まで読んでいた本からは欠片たりとも聞いたことのないものばかりだった。

 

世界は丸くて星というものの存在である、異なる世界がある、超能力とそれの強度(レベル)、何より魔法の力無しで拡がり発展していく技術の世界に、タバサは驚かされた。

 

「そこに戻ることはできない…?」

 

「おそらく難しいわね…でもいきなりどうして?」

 

淡希の考察としては行き先が解らないほど遠くの場所のこの星と地球を結ぶのは無理だと思っていたし、異世界だった場合は理論不明な世界を跨ぐ空間転移が出来なければならないわけで、猶更無理だと考えていた。淡希ですらいまだ1キロメートル弱…この世界で言うのならば1リーグ弱の距離までしか飛ばすことはできない。

 

「私たちの魔法では…治し方の分からない病気を患った人間が知り合いに居る。どうにかして、治してあげたい。」

 

「そういうこと、か…でも今すぐはどうやっても無理ね。けれど絶対に不可能とも言い切れないと思うわ。」

 

「どうして…?」

 

「魔法ではどうなのかは知らないから、何とも言えないことだけど…基本的に不可逆な片道だけのものという事象は、世の中あまり存在しないものよ。かなり損をする上に、元と比べて膨大な力を要求して来たり、難しい環境を求められることはあるけれど…それでもそういったものが用意できれば両方の道を開いたりすることは、きっとこの場合も不可能じゃないわ。」

 

燃やした油は元には戻らない。属に言う一般的な不可逆反応である。だが外部から力をかければ話は変わる。とても極端な話、物質の時間を巻き戻したり、原子と電子単位で好き放題に空間をいじれる神のような存在がいれば、炎となって散ってしまったものを油として元に戻すことも可能だろう。割に合うかと言われれば、そんな程度のことにこんな偉大な能力を使うなと思えることだが。

 

だから、あくまで夢物語に近い話だが、ひょっとしたら学園都市に戻れる方法も、いつかは見つけられるかもしれないわと淡希は言う。

 

「もっとも、今話した通り学園都市は機能停止している最中だから、今すぐ戻れるようになったとしても、何にもなりはしないけれどね。」

 

「そう…解った。」

 

それっきり学園都市の話は終わり、改めて今度はハルケギニアの常識と世界を淡希は学び、ハルケギニアで過ごす使い魔ライフの初めての夜は更けていった。

 

「………。」

 

「…煩っさいわね、何よ一体。」

 

そう、それで終わりのように思われた1日はまだ終わらなかった。二人して夕食を終えて寝ようと着替えはじめたところで、なにやら外が騒がしい。どたばた、どたばたと階段を下りる音が下に下に行くにつれて煩くなっていく。流石にただ事ではない。例えるのならそう、火災などからの非難訓練の様だ。

 

「ねぇ、どんどん降りていく人が増えてったみたいだけど…火事とかじゃないの?」

 

「それはない。余程の事じゃない限りは固定化のかかったこの建物が壊れたり、燃えることは無い。」

 

「ふーん…便利ね、その魔法。」

 

後で自分の物にもかけてもらおう。お金が手に入ったりしたらまずはそれから始めようかなどと、淡希が大きな目標とは違う手ごろな目標を見つけたところで、建物の外から…ちょうど窓の高さ辺りから男の絶叫が響いた。

 

「………。」

 

タバサの眉根が寄る。結標のこめかみに血管が浮き出る。二人とも長い間お互いの世界の話をしたことで、耳と脳が特に疲れているのだ。静寂が恋しかったふたりの沸点は普段と比べて片方は少し、もう片方はかなり低くなっていた。

 

「ああ、もう何なのよ!」

 

サラシを脱いで露わになっていた胸を隠しながら、低くなった沸点の限界を迎えた淡希が窓を開けて確認した時、彼女はなにか見知ったモノを見た気がした。自分の居た世界の国、日本人に多くみられる黒い髪の色と…化学繊維にまみれた衣服であるパーカーをだ。思わず目を擦ってもう一度見る、再びそこに映っているのは今見た通りの物のままだった。

 

その宙に浮いている男は何やら嘘だろ~!? と、叫んでいる。

 

彼の顔と表情は、こちらからは後頭部でわからない。しかし向かって見えるのは大きな二つの月で絶叫の原因はすぐに分かった。ああなるほど…あれを初めて見てしまったのならば驚くのも無理はない。そう淡希は考えてから、いや待ちなさいよと自分で思考を遮った。

 

何かの違和感、そう。驚いたのは誰? 私は驚いた。周りの人間は他に誰一人として驚いていない。だとすれば、月に影を作り喚いている視界に映る男は…自分と同類ということではないだろうか。

 

学園都市では見ない顔だなと淡希は思った。全員の顔など把握しているわけではないが、大抵の力の強い能力者は把握しているつもりだ。ならば低能力者(レベル1)無能力者(レベル0)か…はたまた外の人間か。どちらにしても意外な巡り合わせだと彼女は思った。

 

「まさか、私以外にも地球から呼ばれた人間がいるなんてね。」

 

「あの平民の子が…?」

 

「平民かどうかは知らないけれど、この世界であの2つの月を見て驚く人間なんて、見たことない人だけじゃないかしら。ああ、地球から来たとは限らなかったわね。」

 

考えを狭めるのは良くない、能力も発想も常に広く考えてこそ。

 

「どちらにしてもさっさと黙ってくれないかしら…喧しいったらありゃしないわ。」

 

「話。」

 

「ん?」

 

「同じ故郷の人間かもしれない。話をしなくても…いいの?」

 

「いいわよそんなの、明日にでも出来る事じゃない。今はとにかく…ふぁ、もうぐっすり眠りたいわ。」

 

そう思って着替え途中だった事に気づき、窓を閉じて替えの下着と…寝具は無いのでYシャツに着替えてから淡希は気づいた。

 

寝る場所がない。いや、ある…あるがそこはタバサのベッドのはずだ。

 

「どうしたの?」

 

「いや…どうしたって…ぶふっ!?」

 

淡希が振り返ると、タバサは既にパジャマ姿となっていた。ぶかぶかのシャツにズボンを履いて、ナイトキャップをつけてメガネをはずした彼女は、まさに子供らしい姿そのものだ。外で未だ喚き続けている黒髪の男性ならば、それでもこのタバサを女の子と認識するだろう。しかし絶妙な琴線に触れた、簡単に言えば淡希自身も知らなかった彼女の好みドストライクな顔をして、スカートという女性らしいパーツを外したタバサを見て、淡希が平静でいられるかとか、彼女をショタなおとこのこに錯覚しないかとか…つまりはそういうわけである。

 

「……?」

 

タバサは彼女の変化に気付くことはなかったが、その子首かしげた幼い仕草と月光に映るという艶美なシチュエーションが作る効果が、ことさらに淡希を常人に理解しがたい領域へと運ぶ。ロリコンでもショタコンでも、そういう嗜好のある人にこのシチュエーションは反則過ぎた。ましてや彼女にはこれと言える一人の思い人が、ロリコンと淡希が言ってやった人たちのように存在していない。思いの固まらないリビドーは思春期の男性よろしく、とってもふわふわとしていて移り気で…好みの形であればだれでもよいと節操がなくなっている様だ。今淡希は窓を背にしていなければ、とんでもない顔をタバサに見られていただろう。

 

せっかく出来た目標の守りたい相手にいきなり黒い何かをぶちまけてしまったような気がして、淡希はがぶりを振った。

 

「な、何でもないわ…ただほら、ね? 寝る場所がひとつしかないから…どうしようかなって思ってただけなのよ。」

 

「問題ない、十分広い。」

 

そんなことは淡希も解っている。しかし、今のままでそれは彼女にとって非常にまずいのだ。彼女は少し前にぶかぶかなものを着る男の子も悪くない…いや良いものだと新しい花を開いたばかりだったのだから。

 

今再び上半身とはいえ気に入った者…しかも女性らしいくびれすら服装のせいで消え失せた、そんなタバサと同じベッドで寝るなど容易なことではない。現にほら、淡希は今もちらちらとタバサを見てしまう。暴走寸前なのである。

 

「そ、そそそ…そうね。じゃ、じゃあお邪魔させてもらうわ!」

 

そういうとこの不審者丸出しとなった顔を見られるわけにはいかないと、淡希は大急ぎでベッドへ潜った。

 

精神的動揺は能力者の大敵で、大抵の敗因は彼女に限らずこの場合である。彼女を諭した能力者は力こそ劣っているが、変態全開だったり滾っている時でも力をフル活用できた辺り、淡希はもう少し精神を鍛えるべきかもしれない…色々な意味で。

 

「…おやすみ。」

 

そうして淡希の突然の動揺の理由も良く解らないままに、タバサも布団に入る。しゅるりと、ぶかぶかでぽわぽわした服でも摩擦の抵抗なく受け入れるきめ細かいシーツの擦れる音が、目を閉じてしまったことで余計に淡希の耳につき…いつまでたっても心臓の鼓動がどくんばくんと止まらなかった。

 

しばらくして外の騒ぎもおさまり、タバサの寝息がすうすうと聞こえてきてもまだ淡希は眠れないでいる。

 

「まさか…いえ、そんなことって。」

 

それは別に、タバサの寝顔を見つめては自分の煩悩が解放されるという、いやらしい無限ループな変態的衝動からではなく、新たに芽生えたもう一つの不思議な想いが彼女を混乱させていた。

 

最初に感じていたのはそれこそショタコンの、性癖からくる性欲の様なあまり褒められたものではない思いだったはずなのだ。

 

ところが、タバサがベッドに入ってきた途端にどうしたことか…今度は興奮のベクトルが変ってきた。下卑た思いからくるものではなく、なんとタバサの寝顔をずっと見続けていると、淡希にはそれが愛らしく見えてきたのだ。

 

いくら体型が理想とはいえ、顏がぴったりと好みと思えてしまったとはいえ、そんなことだけで射抜かれたのかと、自分は女の子に一目ぼれでもしたというのかと…淡希は血走り気味な目でタバサを見ながらそんなことを苦悩していた。

 

「そんなこと…そんなこと、あるわけないわ。」

 

でもなんだか体は自由に動かなくて。

 

むしろ勝手に動いちゃって。

 

気がつけばタバサを抱き寄せていた。

 

「わ、私は何をして…るの……!」

 

何が起きているのか淡希自身にも解らない。これが本当に自分の意思なのか。ノータッチ、どんなに暴走して少年を家に連れていこうとしたりしても、一線だけは越えたことなど無いというのに…どうして。

 

臀部などの嫌らしい位置に手が行かないで、背中と頭を優しくなで続けるまでで済んでいるのは、彼女の最後の良心かもしれなかった。

 

「母さま。」

 

自分から更に身を寄せて、そんなことをいうタバサに完全に淡希は意識ごと持っていかれた。

 

出来ればお姉ちゃんの方かうれしいけれど、そんなことは今の初体験なことに比べたら、些細なものだった。

 

「そ、そうよ…これは確認、確認なのよ。こんなことしても興奮して無ければ…私はノーマルっていう確認よ。」

 

これが知る人や枷が全てなくなってリミッターが外れた、結標淡希の本来の意思なのか。それとも使い魔のルーンが、猛獣などを手懐けるために起こす親愛の刷り込みか。それは淡希にもタバサにも解らないことだった。

 

しかしひとつだけ確かなことがある。それは淡希の今この褒められたものではない行動が、毎夜魘されていたタバサを救っていたことだ。彼女はいつも見ていた悪夢を朝まで見ることはなかった。




テーマ・あわきんかわいい。あわきんもっと活躍してほしい。タバあわ。

隠しテーマ・最初から呼ばれた側がちょろいパターンはどうなのだろう。

本編ではタバサがショタっぽくされていますが、男性から見てタバサは可愛い女の子です。
あわきんもちょろくなっていますが、彼女のショタ眼は本来もっと厳しいものと思っています。


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002 使い魔の午前

誰かの為だったり、気まぐれで苛っとしたりして、正義の味方になってみようとしたあわきん


迎えた朝、タバサは不思議な温もりを感じとる。それはどこか心地よくて、それでいて安らぐ柔らかさと香りがして、真面目な彼女がこのまま身を委ねて二度寝を始めてしまいそうなものだった。

 

「はーっ…はーっ……!」

 

もっとも、それはタバサのつむじ辺りにかかる生暖かい風に書き消されたのだが。

 

「…っ!?」

 

思わず何事かと見上げると、そこには血走った目をしている顔を赤くした、まるで一睡も出来なかった様な淡希の顔があった。

 

「どう、したの…?」

 

こんな表情の人間、あまり人のことに関心を持たないタバサですらそう尋ねるというものである。

 

今の淡希はタバサにとって大切な使い魔なのだから、なおさらのことだ。

 

「気にしないで…いつもと違う環境なせいか、眠くても眠れなくて。」

 

そんなことはない、意識を手放す形でだが彼女は快眠ができた。嘘である。

 

「せめて使ってた抱き枕みたいなものでもあればと思って…貴女を抱いてみたんだけどやっぱりダメだったわ。」

 

そんな理由ではない、単に早く起きた彼女が、残念なことにまた性癖の方でこじらせただけだ。嘘である。

 

「そう…ごめんなさい。」

 

「あ、謝らないでいいのよ。私こそ勝手に…こ、こんなことして、ごめんなさい!」

 

「構わない…悪くなかった。」

 

そう言ったタバサの声色はどう見ても悪くなかったではない、心地良かったと言いたそうな声だ。

 

(なんなのよこの反応、まるでツンでクールな子が見栄はって必死にそれを隠しているみたいじゃない。しかも真面目系の子、そんな優等生が見せる弱味シチュエーションすら内包したこの最高の空間…。待ちなさい淡希相手は女、いえそれはもうこの際見た目がショタならって昨日…ダメよそんなの…ああ、でもでもーー)

 

もしもタバサが幼い男の子だったのならば、押さえられたか怪しい欲望を脳内でぐるぐると淡希が巡らせていると…同性相手にそんな感情や、倒錯した考えを使い魔が浮かべてるなど考えていないのか。とにかくガードの緩くなっているタバサは、また頭を淡希の胸に埋めた。

 

タバサはもしかしたら、単に寝ぼけているのかもしれない。己にも厳しくはりつめている彼女が、普段なら気を許してこのようなことをするなんて、昨日今日出会った人間には仮に使い魔となった者でも絶対にないだろう。

 

しかしされた側、淡希にはタバサの行動は些細な出来ごとでは留まらないのだ。

 

彼女に襲いかかろうかという衝動と、必死にそれを良心で引き止めていた淡希は、脳内だけにとどまらず体までも二律背反を起こし、腕が力を込めようとするのとそれを押さえる筋肉が別々の方向に動くように痙攣して、引き裂かれそうな感覚に襲われていた。

 

それがタバサが抱きよっていた時の、淡希の最後の記憶である。

 

引き止める力が負けて理性をなくし性欲のままに暴走した淡希は、この後タバサに襲いかかり、無理矢理に驚きながらも何をされるか解っていないせいで、後戻りできなくなるまで身を委ねてしまったタバサと禁断の扉を開く…などということはなく再び意識を失ってしまった。

 

「…寝た?」

 

気絶した淡希とは逆に、意識が覚醒してきたタバサは起き上がってベッドから出ると、今度は彼女の顔が赤く染まり始める。

 

「温もりに負けては…ダメ。」

 

どうやら本当に寝ぼけていただけのようで、現にタバサは自身が心安らいでしまったこと自体を恥じている。

 

何もそこまでストイックにならなくてもと思うかもしれない事だが、これには事情がある。

 

タバサは今心にある者への復讐を誓っているのだ。

 

温もりは復讐心を曇らせてしまう。その場に留まりたくなってしまい、いましがた感じた温もりを与えてくれる人達と過ごす日々から、己が抜け出たくなくなってしまう。

 

かといって一緒についてきて貰うわけにもいかない。自身の復讐したい対象は国の王なのだ。その王はもっぱら無能と言われているが、どんなに無能でも王を殺す以上は、国家反逆罪として自分も殺されてしまう可能性だって否定はできない。タバサ自身はそれでも復讐を成し遂げられるのならば、そんな結末でも構わないと思っているが…自分以外の人間を巻き込むことはできないとも思っていた。

 

昨日までは。

 

「 」

 

「………。」

 

寝ていると思っている淡希の顔をタバサはそっと触れて撫でながら、考えを巡らせる。

 

ならば、己の使い魔となった人間ならどうなのだろうか。

 

使い魔として見るのなら、もちろんついてきてもらうのもありだろう。

 

しかし淡希は同時に人間でもある。そんな彼女をこの道に引きずり込んでもいいのか…。

 

でも。

 

「淡希は…私と……。」

 

でも、もしも。

 

「私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?」

 

すべてを話してそれでも彼女が横に立ってくれているというのなら……。

 

その時は、少し位寄りそってもいいよね…。そう思ってから手を離して着替えると、タバサは朝食へと向かっていった。

 

「……随分と大変な子に呼ばれちゃったのかしら、私。」

 

ふざけた理由で血走っていた眼や紅潮した頬はすっかりと消えた淡希は、ばたんと扉が閉じてタバサが階段を降りていく音が消えると、彼女が触れた部分を撫で続けていた。

 

「地獄、ね。」

 

思ったよりも意識を取り戻すのは早くて、逆に少し後悔した。

 

「裏の世界なんてもう懲り懲りよ…だから。」

 

そんな人を助けるような、あの空間移動使いのようにここでなりたいと思ったのだ。

 

「貴女は必ず私が、日常に帰してみせるわ。」

 

そう言って、昨日出来たやりたいことの中の具体的な目標として、タバサの救済をセットすると、彼女もほどなくしてベッドから起き上がった。

 

 

 

 

「困ったわ…食堂の場所が解らないじゃない。」

 

そんなことを考えながら歩いていると、目に映るのは何やら見知った黒髪。しかし今度はメイド服だ。

 

まさかあの男、女装癖でもあったのか? 等と思って淡希が近づこうか迷っていると、疑惑のような不思議なものを見る視線を感じたのか…少しだけぞくりとしたような動作をとってから、そのメイドが振り返った。

 

その顔を良く見るとどう見ても女のそれであり、どうやら昨日の男とは別人のようである。タバサのような中性的な人間を見てしまった淡希には、浮かぶパーカー男の顔は見ていなかったので、彼女同様のタイプという可能性も捨てきれなかったが…とにかく振り向かれた以上話しかけないのも気まずいので、食堂の場所を尋ねることにした。

 

「ねえ、ちょっといいかしら?」

 

「あ、はい。なんでしょうか…えーと……?」

 

と、返答の途中でメイドは言葉がつまってしまう。どうやら、淡希の格好を見て何者であるか判断しかねているようだ。

 

「使い魔よ。昨日からタバサのお世話になっているわ。」

 

変な表現を昨日のようにされるのも嫌なので、淡希が自ら申し出るとメイドはひどく驚いた様子で洗濯をしていたと思われる手からシャツを取り落とした。

 

「まあ、人間なのに使い魔をされてる方がもう一人居るなんて!」

 

「もう…一人? タバサも言ってたけれど、やっぱり珍しいものなの?」

 

「はい。私の知る範囲で人間の使い魔は、先程お会いしたヒラガサイトさん…ミス・ヴァリエールの使い魔だけですわ。」

 

「ヒラガ…サイト、ね。」

 

恐らく昨日のパーカー男で、この名前はこの星に日本のような国がない限りはもう、日本人で確定だろう。やはり地球出身者だろうか…となると、同時に目の前の人間は違うのかという考えにたどり着く。

 

良く見ると、そのメイドは髪型こそ日本人らしさがあるものの、瞳の色は青が少し乗った灰色という、茶褐色の瞳が多い日本人に対してなかなか見かけない色をしていた。

 

「…メイド見習いなら山ほど見たけれど、本物のメイドは見るのは初めてね。」

 

そう言った淡希は、学園都市にあるメイド養成学校を思い出す。彼女としては、あの学校はある程度大金を払って学園都市に来たのになぜかメイドというポジションを目指すという、理解しにくい場所でしかなかったが。

 

「そうなのですか? それでえっと、ご用件というのは…。」

 

「そうだったわ。私、昨日の今日だから食堂の場所が解らないのよ。昨日はお互いの理解のために、タバサとご飯も食べないで話しちゃったから…ちょっと流石にお腹が減っちゃって。よければ教えてほしいんだけどダメかしら?」

 

「構いませんが…おそらく入れないと思いますよ。」

 

「入れない?」

 

「その食堂は、貴族様しか入ることはできないのです。」

 

遅刻厳禁な、お嬢様学校のようなものだろうかと淡希は思ったが、どうやら違うようだ。中世の西洋の世界に似ているのは、文明や見てくれだけではないらしい。

 

「はぁ、困ったわね…。」

 

呼ばれる前の、淡希の旅行鞄に入っている中身に非常食になりそうなものは、あまり入っていない。健康優先で、暗部時代でもあまりそういうものを食べなかったせいか、あるのはせいぜい飴やキャラメル程度。これで、空腹をごまかすにはいささか無理がある。

 

「あの、よろしければ私たちの賄いを食べますか? 一人二人程度なら、余裕もありますし。」

 

「いいの?」

 

「はい。私たち平民は、困ったときはお互い様です。」

 

そう言って屈託の無い笑みを浮かべるメイドに、なんたかこそばゆい思いをしながら淡希はお言葉に甘えることにした。

 

「そう、それじゃあお願いするわ…ああ、そうそうあなた名前は?」

 

「あら、そういえばまだ言ってませんでしたね。私、シエスタともうします。」

 

「よろしくシエスタ、私は淡希…結標淡希よ。」

 

「アワキさんですか、何だかサイトさんみたいに不思議なお名前ですね。」

 

「そうかしら?」

 

お昼寝だなんて、貴女もけっこう…そう言いかけて淡希はやめた。自分達は聞きなれない語感程度だが、シエスタの場合は意味だ。この単語の意味が淡希達の知る地球の国と、トリステインで同じ意味とは限らないのだから。

 

そんなこんなで淡希がシエスタの後ろをついて歩いていると、先程言われたアルヴィースの食堂らしき所を見つけた。

 

「……平民かはわからないけれど使い魔も入れているみたいよ?」

 

そういって淡希とシエスタで二人目をやると、そこには二人が最近見知ったパーカーの少年がいた。

 

「まあ、あんな目にあうくらいなら入りたくもないけれど。」

 

「サイトさん…。」

 

そこにいたパーカーの少年は、他の貴族達が椅子で食べている中で一人、地べたに座らされてなんとも貧しそうな、スープとパンだけの食事をさせられていたのである。

 

(ここは学園都市の暗部とある意味で同じなのね…。)

 

淡希は歯噛みする。人を人と扱わないような所業に苛立ちが隠せなかった。

 

目の前にいる男性の事は知らないが、少なくともスキルアウト…不良やチンピラのような類いの人間では決してないだろう事くらいは、淡希のこれまでの経験から来る観察眼でわかる。あの少年は普通の日々を過ごしていた人間だと。

 

そんな一般人を、使い魔だとはいえあのような目に遭わせて何をしたいというのか。きっとここではそれが正しいのかもしれなくとも、淡希には見ていて我慢できる光景ではなかった。

 

それは、昔の淡希には考えられなかった事だろう。

 

(白井さんとあのロリコン共に感化され過ぎたかしら…それとも……。)

 

あの小さな居候先の先生が、自分を気にかけてくれた人が居たように…自分も誰かにそうしてあげたいと、そう思えたのかもしれない。

 

「確か…賄いはあと二人くらい平気って言ったわよね?」

 

「え、はい…。」

 

「そう、それじゃあの子もよろしく頼むわ。」

 

そう言って淡希は軍用警棒型の懐中電灯を取り出すと、ついっと軽く振る。たったそれだけの事で、今この場を見ていたもの達の世界は異常に包まれた。

 

「え、あれ…? え?」

 

「え、ええっ! サ、サイトさん!?」

 

パーカーの、サイトと呼ばれた黒髪の少年の目が点になる。

 

シエスタが目を丸くする。

 

食堂に居たはずのサイトがシエスタと淡希、二人の間にいきなり現れたのである。

 

「ほら行くわよ。」

 

「え、いや…行くってどこへ!?」

 

「この子、シエスタが賄いご馳走してくれるって言うのよ。そんな奴隷以下の戦時の配給食みたいなものより、全然美味しいわよきっと。」

 

「え!? マジで! ってか…その前にどうやって俺を外に?  まさかお前が…? お前もメイジってやつなのか?」

 

なにか訳も解らないままに聞いたことを喜びつつも質問をして来るサイトに、淡希は一言だけ返した。

 

「多分同じ国から来た…使い魔仲間よ。」

 

 

 

 

「はふ、うめぇ! 本当に賄いかよこれ!!」

 

「そうね…まあ悪くないわ。」

 

厨房の隅の休憩所につれてこられたふたりは出された賄いをそれぞれ食べていた。中世の文化レベルに思える世界の平民が食べるにしては十分な味付けがしてあり、パッと見野菜などから見られる栄養も潤沢そうだ。

 

「んだよ、ルイズの奴。普通に賄いですら肉が入ってるじゃねえか。何が癖がつくからダメだ、栄養考えろっての。」

 

そう言って豚肉をつつきながら食べるサイト。

 

「昔の人の価値観なんてそんなものよ。ここがホントに中世みたいな時代の通りなら、美味しく育て上げる技術がまだ無いとはいえ、鳥肉が下手したら牛より高いのよ? 授業とかで先生が言ってなかったかしら?」

 

「悪い、真面目に聞いてなかったかも…。」

 

そう言って無知を恥ずかしがるようにパーカーの少年、ヒラガサイトこと平賀才人は頭をかいたが、こんな話は少なくとも教科書には無い。コラムとして話してくれるような、聞いていて楽しくなる授業のできる世界史の教師でもない限り、耳にすることは無いことだろう。

 

「…まぁいいわ。なんにせよ、健康に良い豚肉を下位にして、野菜もろくに食べず肉ばかり。早死にするわねあの子達は。ああでも、そういえば肉ばかり食べてた知り合いが言っていたわ。それで死ぬのなら、好きなことやってそうなるんだし、それって本望じゃないのかしらって。」

 

そう言ってクスクス笑う淡希に、才人はついていけなかった。知識から来る冗談というものがあまり理解できていないようで、彼は話題を変えることにした。

 

「それにしてもまさか、あの学園都市の人間とは思わなかったよ。俺…初めて学園都市の人って見たし。」

 

「そう? 見た感じ同い年くらいに見えるけれど、貴方は行こうとしなかったの?」

 

「あぁ…金の問題もあったけどさ、何よりやっぱちょっとカリキュラムが怖くて。実るとも限らないんだろ?」

 

「そうね。大半は力を使うくらいなら、文明の利器に頼った方が良い止まりの子ばかりよ。」

 

「でもお前は違うんだろ? さっきのってテレポートって奴か!? 超能力の代名詞の1つだよな! くぅ~っ、すげえよ!!」

 

そう言って興奮しながら才人が話しつつ、空腹の二人は野菜も残さず食べていると、厨房の扉が開いた。そこにいるのは煌めく桃色の髪をした、タバサより少し大きな少女だった。

 

「げ、ルイズ…。」

 

「アレが貴方を呼び出した子?」

 

「そうそう。全く良い迷惑だよ本当。」

 

そんな話をしていると、ずかずかと目の前の少女は淡希達の前まで歩いてから、ジロリと二人を見る。ひとりはたじろぎ、もうひとりは頬杖をついたまま特に興味無さそうな目で見つめ返す。

 

「…来なさい。」

 

「え、今俺まだ飯食ってる最ちゅ…ぐえっ!」

 

「私はとっくに食べ終わってんのよ! 使い魔の癖にご主人様待たせるなんてこと、して良いわけないでしょ!!」

 

才人の首根っこをつかみ、どこにそんな力があるのか、ルイズと呼ばれた少女は彼を力の限り引きずっていく。

 

(迷惑か…無能力者の集団どころか、下手すれば不良ひとりに絡まれたこともなさそうな平賀なら、そう思うのも無理ないか。)

 

どちらかと言えば、むしろおかしいのは淡希の、自分の感覚の方だろうと彼女も自覚していた。

 

そして才人を引きずるルイズを見送って、最後の野菜を口に運んでこくこくとコップの水を飲み、しっかりと食欲を満たしてからシエスタにお礼を言って、淡希も部屋を出ていった。

 

「タバサも、もう食べ終わってるのかしら?」

 

早く好みの顔のご主人様に会いたいものだと思いながらも、淡希はゆっくりと歩いていく。

 

使い魔と言っても主ひとりでこうも変わるのかと、そんな差を厨房に居たシエスタたちメイドや、コックたちは思うのだった。

 

 

 

 

「起きて大丈夫なの?」

 

「ええ、お腹も減っていたし。あ、勝手して悪いけれど、厨房で使用人の賄いを頂いてきたわ。」

 

そんなことでルイズと呼ばれた貴族と違い、タバサが怒るとは思えないが、一応の報告を淡希はすることにした。

 

「…ごめん。貴女の朝御飯のこと、何も考えていなかった。」

 

案の定そう言って下げたタバサの頭を、淡希は優しく撫でる。

 

「気にしないで、私だって昼まで寝そうな人の朝食を気にしたりは、出来なかったと思うから。」

 

ノータッチの精神は、タバサを抱いて寝っ転がっている内に完全に崩壊したらしい。まあ、タバサは見た目はともかく…年齢は人によっては、決して幼いといえる範囲ではないのだが。

 

「ん。次からは用意させておく。」

 

「どっちでも良いわよ。厳しい日は適当に済ましておくから言ってちょうだい。」

 

「解った。」

 

ああ、やっぱり可愛いなあ。無表情のままただ頷く仕草すらそんな感想を持って、淡希が頬を緩めて微笑む。彼女を知る人が見たら、似合わないというような笑顔でトリップしかけていると、タバサの後ろから見知らぬ女性が歩いてきた。

 

「はぁい、あなたがタバサが呼び出した使い魔さん?」

 

その髪は淡希よりも真っ赤で、体は南半球の大陸の人や、赤道付近の土地で暮らす人間のようにように、茶褐色に近い色をしている。

 

あまり物事に興味があるとは思えない目をしているタバサとは反対の、何もかもが興味の対象のような瞳をした女がそこには立っていた。

 

「ええそうよ。貴女は?」

 

「アタシ? そうねぇ…タバサの親友って所かしら。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、長いからキュルケで良いわ。」

 

そう言って手を出すキュルケに、貴族にもこういうフランクな人が居るのかと考えを改め直してから、淡希は手を握り返した。

 

「淡希よ、結標淡希。長くないけれど淡希で良いわ。」

 

「サイトといい人間の使い魔は変わった名前の子が多いのね。」

 

そんな不思議なものを見るキュルケに、淡希は肩を軽く竦めて薄く笑う。

 

「ああ、私も平賀と同じ国から召喚されたのよ。」

 

「へえ…何処の国なの?」

 

「日本ていう国の学園都市ってとこ。だけど、タバサも知らなかったし…まあ解らないわよね。」

 

「聞いたことも無いわね。もしかして東方の国の出身なの?」

 

「んー、国というか星というか。まぁ、話しだすと長くなるから、それでも聞きたいのなら今度にしましょう。」

 

昨日のタバサにした説明をまた始めると、このまま昼になりそうで淡希は話を区切った。

 

「面白そうね、それじゃあぜひ後でお願いするわ。」

 

キュルケという女性は好奇心が強そうで、何かと質問攻めをして来そうなのを考えると、タバサへした説明のざっと倍の時間はかかるかもしれないと、淡希はちょっとだけ後悔した。

 

「授業。」

 

そんな会話をしていると、一区切りついたのを見計らったかの様に杖を挟み、二人へタバサが教室へ向かうよう急かしてきた。

 

「なぁにタバサ、もしかして使い魔と私が仲良くしてるから、盗られるとでも思っちゃった?」

 

「違う。」

 

そのまま教室の方を向いて歩き始めるタバサに、淡希の心が跳ねた。か・わ・い・い! と。

 

「もう、心配しなくても大切な親友の使い魔を、盗ったりなんてしないわよ。淡希が男だったならともかく、ね?」

 

「誤解。」

 

すたすたと二人が歩いていく。誤解というタバサの思いは間違いではないのだろう。だが、ほんの少しだけではあるものの、彼女が長々話す二人に嫉妬したのも事実だったと、淡希は解ってしまった。

 

それは、表情すらほとんど解らない。機微だけのようなものだったが…使い魔だからか、好みの動向には敏感だからか、淡希は確かに自分を取られたくないというタバサの思いを受け取っていた。

 

そしてそれは、使い魔にしろ人間にしろ、学園都市で単に知り合いの病を治す為だけの手がかり止まりでも、タバサにとって淡希は大切なものとしてカテゴライズされている証な訳で…それがたまらなく嬉しくて、もっとそんなタバサと仲良くなりたいと思えた淡希は、近づいて思わずこんな言葉をかけたのだった。

 

「大丈夫よタバサ。私は貴女の使い魔でしょ?」

 

「違うと言っている。」

 

ぽこんと、タバサに淡希は初めて杖で叩かれた。明確な反抗を彼女から淡希が受けたのはこれが初めてである。

 

(年下の子にこうやって嫉妬隠しに小突かれるってのも…悪くないわね。)

 

勿論、淡希が反省などするはずもなく…むしろ新しい性癖の花をまた1つ咲かせてしまったようだ。

 

そしてそんな邪な欲望にまみれてしまい、淡希は気づかなかった。

 

今の三人の会話のやり取りは…能力に怯えず、怯えられずに生きられたらと、かつて彼女が望んだとても些細だが、恋しい表の世界の光景だったということに。

 

 

 

 

突如空間に現れて口めがけ飛ぶ粘土、石が真鍮になるという地球人が昔夢見た以上に、何でも有りで自由な錬金、火災も起きないし酸欠にもならないが周りは煤だらけになる上、対象は木端微塵どころか弾けた被害も出さず雲散霧消する程なのにいまいち威力が低い…不思議な爆発。

 

「なんというか、ただただ驚かされたわ。」

 

そんな体験を受けた魔法の授業というものは淡希が予想していた以上に不思議なものだった。

 

「ゼロのルイズのこと? 慣れないと疲れるだけよ、いつもああやって失敗するんだから。」

 

「いや、そういうことじゃなくて…。」

 

超能力は世界の現実を歪めるが、基本的に学園都市第二位や七位の様な一部の例外を除いて現実…この世界にあるものを材料とする。それは空気中だったり地表からだったり、自身の発したものだったり11次元を経由したりと多岐に渡るものの、どんなに低確率やバタフライエフェクトでも存在しうる物や起こりうる現象を使って、自分だけの現実を手に入れた者が100%にして起こすのが学園都市の超能力で、ないものは作れないし起こせない。作り出せるかはともかくとして…仮に11次元空間ではない場所に淡希を閉じ込めたのならば、おそらく彼女は自身の能力を発揮することは出来ないだろう。

 

学園都市の超能力者たちは一定の物を動かす力を集めたり、そのまま放たれた物を消耗しない状態に固めて進ませ続けたり、摩擦を奪ったりと、普通の人間の常識で見て科学的に法則が一体どうなっているかこそ解らないものばかりではある。しかし結果だけ考えたり、事後の周りの変化のレポートだけ見れば淡希のようなテレポート能力でもない限りは観測可能で、そういうことが出来てしまう人で括ることで、無理やり納得できなくもないのである。

 

ところがここの魔法は違ったのだ。普通の人間が見れば同じ感想に辿り着いて終われる事だが…超能力者から見ると違うのである。11次元空間から呼び寄せたわけでもなく、突如土がまるで『空気から生えてきた』かのように現れた。生えてきたというのすら説明としては正しくないと淡希は感じている。実際この生えてきたというのは科学的な表現の方ではなく、一見何も変らないままな土から結果として向日葵のような大きな植物が、どんどん生えて伸びていくような外観が変らないだけの文章的表現にすぎない。正しく言うのなら教室内を構成していた物質が、別の空間から持ってきたわけでもないのに増えた…というべきだろう。空間移動系能力者の淡希には、この点だけは間違いないと少なくとも科学方面からは確信して言えた。

 

先ほど食べた豚肉や野菜が、中世の時代にもかかわらずある程度味が強くしなびた箇所がなくて栄養豊富なのは…まさかこうやって生み出された土にすらミネラルやらが含まれていて、土地がやせにくいからか、替えをいくらでも作れるからなのではと淡希は考えた。

 

(授業中自身の系統である土の系統を、教師が生活に密接していると誇っていたけれどなるほど…その通りね。)

 

地球の格言に発展した科学は魔法と変わらないというものがあるけれど、これがそんな気持ちかしらなどと逆の立場で思い知らされた気分である。

 

恐らく原子番号が変わるどころか、しっかりと混ぜ込まれて結合している合金になる錬金や、もう何がどうしてそうなったが全く説明できそうにない爆発も恐らくは『そういうもの』ではあるのだろうが…。

 

「アレって失敗なの? どちらかというと最後のは爆発は制御に欠いているとか、暴走してるって感じに見えたけど。」

 

「だから、それを失敗って言うんじゃない…あら?」

 

キュルケの発言を聞いてこめかみに手を当てて、ため息を吐く者が一人。

 

「……ねえ。何で正しいのに変かって考えたりはしないの貴女達。」

 

淡希は頭を抱えた。正しい手順なのにおかしな結果が出るというのは、それを失敗とだけで片付けるのはあまりにもったいなさすぎるだろうと。

 

「考えたこともなかったわね…。」

 

「盲点。他人の事だからあまり考えたことは無かった。」

 

タバサまで…と、少しがっかりした思いに淡希はつつまれる。というのも、彼女から魔法を研究する機関の存在が学院の上にあることを聞いていたのだ。学園都市にて授業やカリキュラムを用いて能力開発を受けていた淡希には、その事前知識相まって学問と言う形で魔法を捉えてしまっていたのである。

 

(ちょっと考えを改める必要があるわね…。)

 

しかし魔法が当たり前の存在であり、その発現が物心着く前からあるハルケギニアの貴族たちには、どちらかと言えば魔法は手足なのである。

 

メイジにはドット、ライン、トライアングル、スクウェアと4段階の格付けがされており、そのランクによる壁こそあれど自身の魔法というモノを育むという事は、平民が体を鍛えるのと同じことでメンタルではなくフィジカルの感覚が強いと、そういうことなのだろう。つまりルイズの失敗は彼女たちには恐らく運動音痴の様なものでしかないのだ、ただし投げたボールが反対側に飛んでいくようなレベルの。

 

(それならそれで障害者に近い位置なのだから、補助器具的なものがあってもよさそうだけど…あの子だけがああなる珍しい病気みたいなものなのかしら。)

 

色々と推測して脱線していくが情報が足りないので、淡希は本題に戻すことにした。

 

「勿体ないわよ。どうしてそうなるか、どうしたらいいのかの研究は、ひょっとしたら新しい発見につながるかもしれないのに…。」

 

なまじ簡単に腕の様に振り回せる分気づかない話なのだろう。そして逆に腕を振り回すことが出来ないあの少女は、ひょっとしたら必死にそうして原因を探求しているのかもしれない。

 

「そうはいっても特に困ったことは無いし、ランクアップなんて勉強で起きるもんじゃないしねぇ?」

 

そう言ってタバサに話を振るキュルケ。

 

「危機に直面したり、本当に必要な時にランクが上がる人が多い。」

 

こくこくと頷きながらそう言うタバサ。ふたりともこの説に思い当たることがあるのか確信めいた表情で淡希を見ている。

 

「…じゃあ学校で平和に魔法を学んでたら、伸びが悪くなるんじゃないの?」

 

時が少しの間止まった気がした。

 

「それも盲点。でもここで学ぶのは魔法だけじゃない。」

 

「そうそう、一人前の貴族になる為にもアタシ達はここでいろいろ学んでいるんだもの。」

 

魔法は学生の授業の体育のような感覚なのだろうか。その割には魔法の話ばかりでそれを使う志の様なものは授業で言われていなかった様な気がするが…先生に問題があるのかもしれないし、体育学校で学問がサブとも考えられるかと、淡希はこの世界の魔法に対する認識を改めた。

 

「お昼。」

 

「あー…そういえば食事に関しても言いたいことがあったのよ。」

 

そう言って食堂に向かいながら、淡希はベジタリアンは長生きできるわよとか様々な話をしたが、キュルケはいつかの誰かのように、食べたいものを食べてそうなるのなら後悔はないというタイプで、タバサは…好きなものが野菜のようで栄養やらには問題が無さそうなものの、そもそも摂取する量自体が凄まじい上に雲山のように食べるというタイプで、胃腸に与えるダメージの方に問題がありそうだった。

 

ただ、二人とも美容に良い食べ物の話にだけは興味津々で…やっぱりそういうところは女の子なのだった。




上条さん→一方
          →淡希
     黒子

伝わっていく正義感


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003 能力者の午後

長。

ごめんよヴィリエ、君はタバサが主人公だとこうなってしまうんだ。


案の定、キュルケに学園都市の話をしたら中止になった授業から、食べながら話す昼食の時間を越えて、デザートのおやつ時にまでもつれこんだ。

 

「都市って…どれくらいの規模なの?」

 

「大きさは具体的には調べたことないけれど、人口はざっと240万人で8割が学生よ。」

 

「城下町の首都100個近くの人口じゃない!それ本当に都市なの!?」

 

「ええ、詰めてるだけで大きさならトリステイン以下よ。」

 

歩きながら規模の話をしたら、中世との人口差のギャップでどうやって住んでいるのか、どうしてそんな場所が作れるかを聞かれた。

 

「どうやってそんな人数の食べ物をまかなっているの?」

 

「さっき話した建物とかを作る技術のお仲間ってところね。こちらだと当てはまるのはガーゴイルかしら。それを使って耕して種撒いて収穫させてとか、まあそんな感じに考えて。」

 

時おり会話にタバサも入ってきた。双方の法や社会の擦り合わせと、星の仕組みで話す時間がいっぱいになってしまったせいか、日常や営みと言った文化の部分はあるとしか効かされていなかったせいで、細かなところは彼女も気になったようである。

 

「なんか、とっても贅沢なマジックアイテムの使い方ね…。」

 

「あら、そう? 人間じゃないから食べ物もいらないし休みもいらない、普段は邪魔だからまとめて倉庫に重ねて詰めておけるって考えたら、あながちハルケギニアでも有用な使い方じゃない? 管理する者以外は平民要らずで、決められた事以外動けなくできるのならば、反乱や革命の心配もなくなるわよ。」

 

昼食中に都市を維持する方法の話をしたら、新しいビジネスモデルになるかもと関心を持たれた。

 

「そんなに若い子ばかりの都市をつくって、そこで何をしているのよ?」

 

「…能力者、こっちで言うところのメイジみたいなものを、なりたい子供を集めて人工的に作ってるわ。」

 

「ぶふっ!?」

 

そして食後のお茶の時間の今になると、今度は学園都市の表向きの本質を答えていると、ハルケギニアからするとあまりに非常識な話だったもので思わずキュルケが、手にとって飲んでいた紅茶を吹き出した。

 

「ちょっと、汚いわよ。」

 

「げほっ! いや、だって…けほ、なりたければ誰もがメイジになれるなんて、聞いて驚くなって言う方が無理よ!?」

 

「メイジじゃなくて能力者よ。種類こそ多いけれど、基本的にできることはひとりひとつな上ピーキーだし…個人で見るのならば貴女達ほど万能でもないわ。」

 

「どうやってそんなことをできるっていうの…。」

 

「そうなれると思える意識の拡大のための授業に、脳…頭に効く物の投薬、人体実験、普通にここの魔法の授業のようなものから、特殊な表沙汰にはできないカリキュラムとか、人としてまともな事から酷い事まで色々してるわね。」

 

食後のデザートのパイを味わいつつ、強度(レベル)の段階や基準の目安、自身の立ち位置をどのあたりか…同じ能力者の中では最強クラスと話し終えると、紅茶で疲れた喉を潤した淡希は一息ついて、それで能力開発の話を締め括った。

 

1つだけ彼女はこの事で隠していることがある。それは、大半の能力者ははメイジと比べるのもおこがましいという点である。

 

今、キュルケの脳内では180万人強の学生が全員メイジ…少なくともメイジとしての一番下、ドットメイジとして頭に浮かんで驚いてるのだろう。

 

しかし現実は100万人近くはドットどころか、ハゲ頭に残った一本の毛にそよ風が送れる無能力者(レベルゼロ)程度で、0.01メイジといったところだ。まっさらな平民に毛が生えた程度といったもので、立派な肉体を持っていた方がよほど自慢できる。

 

この領域の人間は、優れたものでも直るまでの間の止血が限界である。この能力者の持ち主は破れた血管程度の小さな範囲ではあるものの、体内にも使えるため実際はかなり便利なのだが…聞いただけの人間には、唾をつけとけばなおりそうな傷にわざわざ力を使う必要や、理由を見いだすことはできない。話を受けとる側から見ると、そんな領域の力しか使えないのだ。

 

そしてそのひとつ上の能力者、低能力者(レベル1)でも、指先近くに火が灯せてマッチが要らないだとか、手の周りに風を吹かせて机の消ゴムのカスを集められるとかだ。

 

こちらも良くて、出来た料理の温度を一定に保つ力だったりと、少し不思議ではあっても平民に「わお、便利。」と言われて終わりそうな、やはりメイジというよりは道具を持っている平民に近い程度の力なのである。

 

(まあ、そこまで教えるつもりはないけれど。)

 

別に淡希はキュルケの想像を壊したくなくて言わなかったのではない。

 

むしろその逆で、敢えてそう誤解させたのだ。

 

それはこちらで驚かされてばかりな事へのちょっとした仕返し。キュルケだったのは単なる近くに居た存在だからだ。もっともタバサにそんなことはしたくないし、もう彼女には隠さず話していることだったのもある。

 

別に学園都市を庇い立てするほど淡希はあそこの世界が好きというわけではない。

 

それでも淡希がそんな強がり染みた茶目っ気を見せたのは、悩みの種を全て無くして、能力に前向きになった彼女が取り戻した、一人の女子高生の人間らしさなのかもしれない。

 

しかし、同時に彼女は冷静な時はしたたかな人間だ。なにも単に気分だけでそう嘯いたわけではない。この細かい話をしないということ、そのもう1つの明確な理由がある。それは、自身まで軽く見られることへの予防だ。

 

上から数えた方が早いどころか、トラウマを克服した淡希の振るう力はかなりのものである。ただ強さだけを比べた順位ならば、学園都市の生徒の中でも恐らく両手の指の数の内に入る程だと、今の彼女は自負している。

 

だが淡希が能力をハルケギニアの人間に自慢したり、見せびらかしたり、いたずらに振るったり、特に無闇に周りに教えたりすることは、ない。必要以上の情報を与えて特になることは何もないと、彼女は知っているからだ。

 

ならば…他の基準点が必要である。その基準点がドット以下の者だらけの、ほとんどが烏合の衆の人間たちの中の上位と、メイジ180万人強の中の上位では、明らかに後者の方が強く見えるだろう。

 

(アイツが求めたものじゃあないけれど…必要ない戦闘は避けられるのなら、避けるべきよね。)

 

淡希の能力、座標移動は一瞬にして空間Aの物体をBに移動させるという…少し考えると恐ろさが解るものなのだが、全開にしない限り派手な攻撃にはならない。まして殺さないつもりで振るうのならば、なまじ正確に攻撃が届くせいで周囲に被害をもたらせず、はっきり言って他の強者と比べるとかなり地味である。

 

そのため結果を聞いただけの人間には不可思議であれど、強さが伝わりにくい。それでは今後何かで淡希が力を使ったせいで、彼女という未知の相手に腕試しや仕返しをしに来る、そんな馬鹿な人間を作りやすくしてしまうだろう。

 

しかし先程述べた、ハルケギニアの人間が間違えて思い浮かべてしまう想像の世界であれば話は別だ。ほぼ間違いなく淡希がスクウェアクラスの強さを持つことが、この話を聞いただけで誰にでも解るだろう。彼女に挑んだり嗅ぎまわったり、付きまとおうとする馬鹿は大量に減るはずだ。

 

(丁度それにほら。キュルケは噂話とか聞くのも話すのも好きそうじゃない。この話をぽんぽんと拡めてくれるのなら一石二鳥だし…お話してあげた対価にこれくらいはいいわよね。)

 

ちなみにこれは、強度(レベル)の細かな話したタバサにも言わないでほしいと伝えてある。理由を聞いたタバサとしても余計な手間を作りたくもないし、面倒は少ないに越したこともなく、嘘は言っていない以上、特に咎める理由もなかった。現にその証拠に、今この話をしていないの事を利用して、淡希は彼女の親友であるキュルケをびっくりさせているというのに…タバサは何も言わず二人を見守りつつ本に目を落としているだけである。

 

そんな話をして残りの時間を過ごしていると、何やらここのテーブルから大分離れた一角が騒がしい。

 

「何かしら?」

 

「…。」

 

しばらくして、飛び込んできた声は3人の興味をそそるには十分だった。

 

 

 

 

「決闘だ! 貴族を侮辱した君に躾をしてやる!!」

 

確かにそう聞こえたが、ここは現在まったりと過ごすお茶とおやつの時間だ。思わず聞き間違いではないのかと、淡希とタバサにキュルケの三人は顔を見合わせた。

 

「今の声、ギーシュ?」

 

「恐らく。」

 

声を発した男性を知るハルケギニアのメイジ(魔法使い)二人が検討をつけた。

 

「誰?」

 

声すら知らなかった学園都市の大能力者(レベル4)は、今度は二人に教えてもらう番だった。

 

「土のドットメイジの、クラスメイトよ。まぁ顔は悪くないし、ドットの中では大分やる方だけれど…浮気性で女癖が悪いのよ。アイツの場合は自分から動いてそうなってるから、尚更ね。」

 

そう言うあなたもと、何か言いたそうな顔でキュルケをタバサが見つめていた。

 

「女の敵なのね。」

 

「…彼は見栄っぱり。」

 

だとすれば、相手はそんな浮気に腹を立てた乙女だろうかなどと、淡希が疑問に思っていると今度は、どこかで聞いた覚えのある声が聞こえてきた。

 

「面白え、やれるもんならやってみやがれってんだ!」

 

そう、たしか今朝聞いた。昨日の夜も喧しかった声だ。

 

「……平賀。」

 

「あら、決闘の相手はサイトなの?」

 

赤い髪の二人は驚きと呆れが入り混じったため息をはいた。

 

「…?」

 

青い髪の残りの一人は小首をかわいくかしげて、赤い髪の一人の呆れを吹き飛ばした。

 

「ゼロのルイズの使い魔の平民よ、黒髪で青い変わった服を着ていたわ。」

 

「黒髪…服、アワキと同じ国から来た人の?」

 

その言葉を聞いてキュルケが、騒動の方に視線を戻す。

 

「えっ、じゃあサイトもメイジみたいなものなの!?」

 

「ありえないわね。学園都市の外の人間だもの。外の人間は力を使えないわ。超能力を開発されていないどころか、魔法だろうと超能力だろうと力を使う人間とは、決闘も喧嘩もしたことないでしょうね。」

 

淡希は一瞬、稀に居る学園都市の外で偶然的に生まれる天然物の能力者の原石や、この世界のように魔法を扱うと言われる人間を想定したが、それならあんな驚き方は今朝の厨房でしなかっただろうとすぐに頭からかき消す。

 

「ええっ、それじゃ平民と変わらないじゃない! 下手したら死んじゃうわよ!?」

 

「危険。」

 

二人の危惧は、ドットメイジがどのくらいの力か知らない淡希でも解ることだった。

 

対策や知識だけなら無くもない無能力者(レベルゼロ)より弱そうな人間が、気軽に粘土を空間に作ってぶつける魔法のある世界の人間、それをやるのにかなり力を要しそうな最低のランクでも異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)の間の強さはありそうな相手と決闘だ。そんな者と勝負をするなど、はっきり言って無謀を通り越した自棄にしか淡希には思えない。

 

「はあ…。」

 

「何か考えてるのかしら、サイトは。」

 

「…何も考えてないんじゃないかしら。」

 

勝算でもあって何かをしようとしてるのかと考えるキュルケに、本当にどうしたものかという声で目を閉じながら淡希は答える。彼女の出した結論は、平賀才人は能力を扱う世界にたいして世間知らずである…だった。

 

(だいたい、原因は何?)

 

そんなことを口走って決闘に向かうギーシュと才人を見ていると、事情を知りそうなまた見覚えのある人間、シエスタがひとり怯えた顔で厨房へと走っていく。

 

(…シエスタなら知ってそうね。)

 

淡希もまた、彼女を追ってもう一度厨房へと向かっていくのだった。

 

「シエスタ。」

 

「あ、アワキさん! た、大変です…サ、サイトさんが!!」

 

「ちょっと…落ち着きなさいよ。落ち着いて、何があったかゆっくりで良いから話して。」

 

「は、はい…初めはサイトさんがグラモン様の香水を拾ったので、お渡ししたんです。」

 

たどたどしくもシエスタはそのときの光景を思い出しながら淡希へと話していく。

 

「そしたら、それはグラモン様の想い人であるモンモランシー様の物だったようなのてすが、それが解ってしまったせいで、もう一人のお付き合いしていた人のケティ様のお怒りを買ってしまったようなんです。そして、そのケティ様の存在でモンモランシー様からもお怒りをグラモン様は買ってしまい…。」

 

「まとめてフられたってところ?」

 

こくりとシエスタは頷く。

 

「それだけなら、別に平賀が怒る必要なんて無さそうだけれど。」

 

「えっと、まだ続きがあって…それからグラモン様がサイトさんが気を利かせずに香水を渡したからこんなことになったって…。」

 

「理解に苦しむわね。どういう理由よそれ。」

 

「……さあ。貴族様の考える事は平民の私には解りかねます。」

 

そんな発言をするシエスタだったが、彼女もまた本当は、ギーシュのこの行為はただの八つ当たりだと解っているようだ。

 

「…そう。」

 

淡希の雰囲気が変わる。

 

(午前の授業でも平賀の主の、あのピンク色を理不尽に馬鹿にした奴が居たわね。)

 

そこまで才人の主に好感を持っていたわけではないが、それでも人を指差して笑うような人間よりはましだと思えていた淡希。彼女がこの世界の貴族の男はこんなのばっかりかと、ちりちりといらつき始めたところでシエスタの話は、さらに続く。

 

「そしたら今度は、サイトさんが怒ってギーシュ様を馬鹿にした発言をしてしまったみたいで…それであんなことに。」

 

「はあ?」

 

淡希のイラつきが吹き飛んだ。

 

ふつふつと沸き上がった気持ちは瞬時に冷え切り、いい加減呆れる動作のネタが尽きてきた淡希は、ただ下を向いて肩を落とした。

 

「それじゃどっちもどっちじゃない…男ってどうしてこういう所、何時までたっても子供なのかしら。」

 

特に根拠のない台詞を吐きながら、それでも二人が本当に子供なら許したかもなどと思いつつ、淡希は踵を返して厨房を出ていく。

 

「アワキさん、どちらへ!?」

 

「タバサのところに帰るわ。」

 

もはや才人に対する心配や、貴族への怒りはなくなったのか、彼女は背中を見せたままあしらうようなしぐさで、手を振って出ていった。

 

「はあ。」

 

「…助けないの?」

 

「タバサ。」

 

扉を出るとそこには主が待っていた。内容は知らずとも、同郷の人間のために動くだろうと見て待っていたのかもしれない。キュルケは決闘を見に行ったのか、既にここには居なかった。

 

逆にタバサがここに残っていた理由はなんだろうかと淡希は考える。ひょっとすれば主の許可なく助けてはいけないということかもしれない。

 

(そういえば強さの話はともかく、タバサの前で何が出来るかは見せてなかったわ。)

 

それとも、淡希が戦いに参加したら自身の使い魔も傷ついてしまうかもしれないとか…身分を持たない自分か貴族に手をあげて罰を受けないかという、そんな不安で止めに来てくれたのだろうか。

 

(強さの話をしたのにそれは無いか。)

 

でもそうだったらいいなと思いつつ、待ってくれていたタバサの向かう方向についていく。淡希は少し後ろを歩きながら、才人とギーシュの経緯を話し始めた。

 

「最初は今朝のように理不尽な目にあってるんだと思ったのだけれど…どうやら違うみたいなのよ。」

 

そう、違ったのだ。非は日本人感覚ならば、もちろんギーシュにも多分にあるが、馬鹿にしたらしいサイトもまた間違っているし、いささか軽率すぎた。

 

「心の小ささは…どっちもどっち。でも…あの男は恐らく平民。この世界では貴族に殺されても、何も言えない。」

 

酷な感想を添えつつ、昨日言われた内容を繰り返し淡希に話すタバサ。もちろんそれは淡希も覚えている。

 

「そうね。でも…いえ、だからこそ一度痛い目を見ないとダメかもって思えたのよ。」

 

それが淡希の才人へ対しての結論だった。誰かのために力を使い、目の前で理不尽が起きればそれを見過ごすつもりはない。だが同時に淡希は彼女を諭した者の、風紀委員(ジャッジメント)のような正義の味方になるつもりもなかった。助けられ慣れて、才人に頼り癖をつけたりするのは彼のためにもならない。淡希は、常に付き添う彼の使い魔ではないのだから。

 

これまた酷に思える話だが、タバサより聞いたこの世界の価値観から考えるとある程度、自分達は弁えて動かなければならない事を、淡希は理解している。

 

ここは平和で平等な人権のある日本ではなく、中世の文化が未だ根強く残る世界のハルケギニア。貴族の機嫌を損ねた場合に瞬間的に対抗のできる淡希はともかくとして、力の無い才人は首と胴体がいきなり離れることになることもある。

 

「まあ、本当に死んじゃいそうになったら、タバサには悪いけれど止めるわ。単に見捨てただけじゃ寝覚めが悪いもの。」

 

ならば淡希の目が届くうちに、才人にはこの世界を知ってもらった方がいいだろう。恐らく彼は狭い想いをそれからすることになるが、こればかりはどうしようもない。それでも下手に喧嘩を売ったりしなければ、シエスタのように使用人に近い位置で使い魔をしつつ働いて、なんとか生きてはいけるはずだ。直接聞いたわけではないが、言動からして帰る気があるだろう彼には尚更今の思考回路は危険で、このままでは主や貴族の助力も請えなくなってしまうだろう。

 

そう考えながら目的地である人だかりが見えてくると、隣が良いのか淡希が横を歩き始めて、そちらを向いたタバサと視線が合う。

 

「構わない。別にあなたを止めたくて待っていたワケじゃない。」

 

「そう。」

 

顔を見上げてタバサが告げる。どうやら待っていたのは、心配や抑止のためではなかったようだ。

 

「だったらとうして?」

 

「…使い魔とメイジが一緒にいるのに、理由なんてなくてもいい。」

 

くすぐったいことをタバサは平然と言い、思わず淡希がつんのめる。

 

「け、けれどキュルケと…彼女と一緒の方がそれなら良かったんじゃない?」

 

「確かにキュルケとは仲良し。でもーー」

 

歩きながら彼女はぽそりと言う。

 

「使い魔も、一生のパートナー。」

 

「タバサ…。」

 

「私はもっとあなたと過ごして、あなたを…アワキを知らなくてはならない。」

 

知りたいとは、言ってくれなかった。

 

それでも桃色のさらしの奥で、今の言葉がいつまでも鳴り響く。

 

「随分…嬉しいことを言ってくれるのね?」

 

氷のような顔をする少女から、とくんとくんと冷たいはずなのにどこか温かい、そんな不思議なものを注ぎ込まれた気分だった。

(関心を持ちたいって言ってもらえるなんて、だってそれは…。)

 

人が人を好きになろうとする行為は、まず相手がどんな人間かを知ること…関心を持つことから始まる。

 

友愛、親愛、恋愛、人には色々な愛があるが、これはタバサはどんな形であれど淡希を好きになろうとする努力として、歩み寄ろうとしてくれている証だ。

 

歩み寄られた彼女は志を同じにする仲間や、囚われた者、心配してくれる者や命令する者と…横、上、下やらと様々に並ぶ人間関係をもったことはある。しかしその関係のままでいるのならば、相手との距離はいくら道をまっすぐ進んでも変わらない。向きが同じだから当然だ。

 

でも淡希に近づくように歩いてくれる、淡希を正面から見ようとする人間ならば違う。

 

淡希が歩けば歩くほど、タバサが進めば進むほどに、お互いに寄り合っていく。心配してくれる人間や諭してくれる人間とも異なる…タバサという女性は好みとかとまた別の意味で、彼女がこれまでに知らない人間だった。

 

(…まったく、どっちがどっちを望んでいたのかしらね。)

 

「私ね、仲間とか大切なものとかはあったけれど…そんな友達とか大切な人みたいに言われたことがないのよ。」

 

「友達…たいせつな、人。」

 

それを聞いたタバサは淡希を見たままに動かなくなってしまった。その言葉を聞いて喜ぶのではなく、それどころか昏い気持ちを持ってしまったようにも見える。しまったというような後悔の顔だった。

 

「ちょっと、そんな顔をしないでくれないかしら。まさか人じゃなくて使い魔としてだけの意味で言ったのに勘違いされた、なんて言わないわよね?」

 

「そんなことない…どっちも。」

 

淡希の話を違うと否定しても、どこかタバサの顔が晴れないままだ。気を晴らさせようと、こんな事をふざけ気味に言ったが、その理由はなんとなく淡希にも解っている。

 

今朝のベッドでタバサが漏らしたつぶやきが、彼女の気持ちを葛藤させているのだろう。

 

彼女の言う地獄というものが何のことだか淡希には解らない。しかしあの時のタバサに他人を巻き込むなんて出来ないという、優しい気持ちがあったことだけは間違いない。

 

それでも…言ってしまったのだ。たった1日とはいえ共に過ごしたことで少しだけ天秤が傾いてしまったのか。タバサはつい歩み寄って近くに向かってしまった。そのほんの少しの傾きだけ心を緩めて、歩きながらのせいか無意識に口からこぼして、まるでそれが間違いだったというように今苦しんでいる。

 

視線が合うそんな顔のタバサのおでこを、つんと淡希はつついてからはにかんだ。

 

「だったら、そんな顔をしないで欲しいわ。」

 

「………。」

 

タバサの顔はまだ曇ったまま。細めた目で笑顔のままに、ふうと淡希はため息を吐いた。

 

「昨日言ったじゃない。」

 

「?」

 

()んでくれて感謝しているって。」

 

一緒に地獄へ連れて行かれることが、助けてくれる者をタバサが求めることを後ろめたいと思っていても、それがあの時の理由に勝るという事は淡希の中では有り得ない

 

「それは…。」

 

私の事を知らなかった時の話だとタバサが言おうとして、淡希がそれを言葉で遮った。

 

「タバサ。今の貴女の顔、何かに私を巻き込んでしまうのが不安…そんな顔をしてるわ。」

 

眉根を寄せて苦しんでいた眼鏡越しの細い目が、驚きで大きく見開かれた。顔からどんな気分を現しているかは解っても、その顔がどういう理由かなど解る人間はそう居ないはずだ。

 

「どうして解るかは教えてあげられない。でもね――」

 

彼女の顔の高さにすこし屈んで頬に両手で触れる。

 

「私はそんな顔をする人をずっと助けたかったの。」

 

この顔を淡希は知っている。かつて誰にも迷惑はかけられないと、表の世界の人間を遠ざけ自分ひとりの力で何とかしようとしていた少女を、踏みにじろうとした立場から見ていたからこそ、よりはっきりと解ってしまっていた。

 

「だから私がそうすることで、貴女が苦しむ必要はないのよ。」

 

「あなたは…まさかあの時から……。」

 

たった1日どころか、出会ってすぐにそこまで見透かされていた事が、タバサには驚きで信じられなかった。

 

「理由や内容は今も解らないわ。そんなものは要らない。あの時の感謝は、貴女を助けられる機会をもらえたからなんだから。」

 

何だそれはとタバサは思う。あって間もない人間を助けてくれる人が居ないとは言い切れない。しかし始祖にならともかく、困った人間に感謝は聖騎士すらしないだろう。聞いたことがない…タバサにとっても淡希はこれまでに知らない人間だった。

 

しかしそれは。

 

「酷い言い草。」

 

「そうね。こんな酷い私と友達はやっぱり嫌かしら?」

 

「………。」

 

困ってるのが良いなんて酷い人だ。そうだと思う…。

 

「…嫌じゃ、ない。」

 

「そう、ならこれから宜しくお願いするわ。私もタバサの事をもっと知りたいのよ。」

 

なのにどこか暖かくて、嬉しかった。

 

そんな二人が騒動の輪の外で一つのドラマを終えた頃に、輪の中で歓声が上がった。

 

 

 

 

「何かしら…。」

 

決闘に何かがあったのだろう。しかしこの人ごみ、淡希の身長ではその理由を確認することはできない。彼女より20センチ以上小さいタバサはなおさらだ。

 

自分ならどうにかできる事だが、そんなことをしたら余計に騒ぎが起きる。どうしたものかとしていると…ぎゅっと、淡希の手をタバサが握る。

 

「フル・ソル・ウィンデ…浮遊(レビテーション)

 

どきりとした淡希を無視し、反対の手にある杖に力を込めて彼女がルーンを紡ぐと、浮遊(レビテーション)の魔法が淡希を3メートルほど浮かび上がらせた。手を離された淡希は更に少しずつ浮かんでいくと、丁度二階ほどの高さになって騒動の中心が良く見える位置で、ふよふよとしながら空中にとどめられた。

 

「ちょっとタバサ…これって!?」

 

直接自身に魔法をかけられるという思わぬ事態に、淡希が今度は目を見開かされる。

 

「浮かぶ魔法、見てきて。」

 

「貴女はどうするの?」

 

浮遊(レビテーション)の魔法を対象に出来るのは一つだけ…私は別にいい。」

 

興味ないという感じのタバサは、むしろ淡希をしっかりと良い位置に見えるように浮かせられるかに気をかけているようだ。

 

「悪いわね。」

 

「構わない。」

 

お礼を言う使い魔と納得いく位置に出来て満足したのか、彼女はどこから出したのか…小さな本を取り出して片手で読み始める。

 

それが友達なら当たり前の事と照れ隠しをしようとしているのが、淡希には解った。

 

(もう…ページをめくるのがいくら小さい本でも早すぎるし、速度が同じじゃない。)

 

そんな自身の主に改めて心で感謝をしつつ輪の中を見た淡希はまた眼を見開く。

 

「なっ…!?」

 

なんとそこでは顔を晴らしてボコボコにされていた様な才人が剣を握り、目にもとまらぬ速さでギーシュと思われる人間の呼び出したらしき、戦乙女の形をした動く青銅の像を、全て叩き斬って彼に迫っていた。

 

(まさか本当に原石? いえ、あのぼろぼろ具合今能力に目覚めた…?)

 

高速移動のような力か…身体強化か。人間の速度ではなかった才人に淡希が推測をしていると、杖をギーシュが手放した。恐らく降参したのだろう。

 

そんな騒動の中で才人も剣を離すと…意識を失い倒れてしまった。

 

「私と似たように指標とする者が必要…もしくは、剣や大きな刃物が無くてはいけないのかしら。」

 

ならば地球ではまず目覚めることは無いと、状況証拠だけで判断できるものはそれしかないので、淡希がそう推測していると…注目していた気を失っている才人が、地面から横へと吹き飛んでいく。

 

「は?」

 

輪から一人歩み出てくる人間が一人。その男が喧しい声で叫び、才人の主のルイズとのやりとりがこちらにまで届いた。

 

「アンタ、いきなり何をするのよ!」

 

「なに…決闘の申し込みの手袋代わりさ!!」

 

「決闘!? 何を言っているの、それなら今決着がついたじゃない!!」

 

「そうだな! だが先ほどの発言に怒りを覚えているのは彼だけではないのだよミス・ヴァリエール。 さあ立て、今度はこのヴィリエ・ド・ロレーヌが相手だ!!」

 

「何馬鹿なことを言ってるの! サイトはもう戦える体じゃないのは見ればわかるでしょう!!」

 

才人の体は既にいたるところが腫れあがり、真っ青なのもあれば真っ赤なものもあるし、擦り傷も切り傷も無い場所が少ないほどだ。

 

「ならばそのまま処刑されるが良い! 平民が逆らった報いだ!!」

 

相手は平民、されど使い魔。貴族の使い魔を平民とはいえ殺しても良いのか。彼はどうやら頭に血が上っているようで、そのことに気付いていないようだ。

 

「…タバサ。」

 

それを見ていた今の淡希が、そのままでいられるわけがなかった。本を読むふりをしつつ淡希の様子を気にかけていた主がすぐに彼女を見る。

 

「ちょっとまずそうだから行くわ。それと…折角だから」

 

そう言って淡希は警棒を取り出して、スイッチをオンオフと遊んでから彼女は浮遊(レビテーション)の魔法のコントロールから外れた。

 

「!?」

 

いや、『消えた』のである。タバサには何が起きたのかはわからないが、止めに行くと言った以上はこの円の中へと向かったのだろう。

 

「…イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ。」

 

タバサは自身に今度は飛行(フライ)の、空を飛ぶ魔法をかけて淡希の居た場所へと向かう。円の中に淡希と、彼女の登場にどよめいてる最前列にキュルケの姿を見つけた彼女は、キュルケのもとへと降りた。

 

「何があったの?」

 

「あ、タバサ…。」

 

キュルケはサイトとギーシュの決闘と、ヴィリエの横槍。そして淡希が突然、サイトと傍に居たルイズの前に『現れた』ことを話した。

 

「アワキの奴…いったいどうやって現れたのか解らないのよ。」

 

「飛んできたんじゃ…ない?」

 

「違うわ。」

 

だから解らないと、はっきりキュルケが告げた。

 

「アタシ、自分の目が信じられないの。瞬きすらして無かったはずなのに、目の前の光景が変っちゃったんだもの。」

 

それが本当なら確かに不可解なことだ。

 

(私の時と、逆…。)

 

そう、キュルケに言われてからタバサも気づいた。淡希は高速で飛んだのではなく、何の予備動作もなく軌跡も残さずに消えた。タバサは目の前の光景があまりに非現実的で、それを頭が認識することを拒み、既存の知識にある行動を高速でしたと思ったのである。

 

「何だお前は! ど、どこから現れた…!?」

 

ヴィリエの声が思考を中断させる。

 

「そこで倒れてる使い魔と同じ国から来た、タバサの使い魔よ。」

 

「タバサ…だと!?」

 

彼の顔が険しくなり、眉間にしわが寄る。ヴィリエ、彼はかつてタバサに辛酸を舐めさせられ、逆恨みし、さらにもう一度叩きのめされた人間だった。

 

「あら、何かわけありかしら。でも私の知ったことじゃあないわね。」

 

タバサ達に向けるものとは違う、敵を嗤う不敵な笑みを浮かべると、淡希は警棒で肩をトントンと叩いてから片目を閉じて告げた。

 

「そんなことより…これ以上平賀を私刑で傷つけるというのなら、次は私が相手をしてあげるわ。」

 

「私刑、だと…? その男は貴族をバカにしたのだぞ!」

 

「そうみたいね。でも、同時に彼は貴族の使い魔よ。そんな人間に手を出していいのかしら。」

 

「ぐっ…!」

 

言われてヴィリエは漸く気が付いたのか、杖を握った手を震わせる。淡希は知らないが、ルイズはこの国の公爵家の人間なのだ。そんな人間の使い魔に、同じ国の人間の自分が手を出せばどうなるか解らない、平民としてではなく使い魔として考えた場合は、まさしくこれは私刑だった。

 

それでも、ヴィリエは止まれなかった。諭してきた人間がタバサの使い魔という事相まって、腸が煮えくり返ったままなのだ。貴族に平民が勝つことも面白くない。タバサの使い魔に諭されたのも面白くない。このままでは自分がしゃしゃり出てきた馬鹿者になってしまうのが、何より一番面白くなかった。

 

そこでヴィリエは淡希を見た。ああ、居るじゃないかここに。自ら相手をするといった人間が。

 

「…お前が相手をするといったな。」

 

「言ったわね。」

 

「それは何か? お前ならば私刑にならないとでもいうつもりか。」

 

「ええ、だって私も…。」

 

淡希は手に持った警棒をヴィリエに向ける。杖と違いは有れど、それが何を意味していることかは、周りの人間だれもが知っていることだった。

 

「弱い者いじめをしようとした貴方にいらいらしてたのよ。第2カードといこうじゃない。」

 

「貴様…それは杖か!?」

 

「さてどうかしら…答えてあげる義理は無いわね。」

 

「くっ…いいだろう、そこの平民の国のメイジだか何だか知らないが、この国のルールというモノを教えてやろう!!」

 

科学と魔法の世界の衝突が、この世界でも起きた瞬間だった。

 

「行くぞっ!」

 

ヴィリエは距離を取って自身の得意な間合いを作ると、ルーンの詠唱を開始する。そんな彼に対して淡希は杖と間違われたそれを合わせたまま、全く微動だにしない。

 

「どうした怖気づいたのか…デル・ウィンデ!」

 

詠唱を完成させて杖を振り上げると、淡希を縦に両断するように振り下ろす。

 

「その目障りな杖と手を切り落としてやる、エア・カッター!!」

 

空気を薄く固めた不可視の刃が、淡希に向かって放たれた。

 

空気(エア)の、(カッター)ねぇ。相手に情報を与えるのは…三下のやる事よっ!」

 

淡希が軽く警棒を振るうと…タバサの現実は三度歪んだ。

 

「かはっ…!?」

 

大きく背中を切り裂かれて鮮血が舞う。そう、背中だ。切り裂かれたのは、突如淡希の近くに現れたヴィリエだった。

 

「バカ…な、いったい何が……。」

 

意識を失いながら、ヴィリエは己の身に起きたことを確かめていた。

 

目の前には憎いタバサの使い魔が居て、自分の背中に、自分が放ったはずのエア・カッターが叩きこまれている。まるで自分が魔法を追い越してしまったような…原因は解っても結果が理解できない様子だった。

 

「だから言ったでしょう?」

 

「答えてあげるつもりは無いわ。」

 

倒れるヴィリエを見ることもなく、淡希は踵を返すと才人へと歩いて行った。

 

「大丈夫かしら?」

 

「あ、アンタ…今何を……。」

 

「今はそれどころじゃないでしょう。早く平賀の手当てをしてあげないと。」

 

気絶した才人に代わって、何かを言いたそうなルイズが彼女に話しかけてきたがそれを止め、才人の様態を確認する。呼吸の仕方がおかしい。脈もどこか不安になるような不規則に感じられる。淡希の額に一筋の汗が垂れた。

 

「まずいわね…このままでは平賀、死んでしまうかもしれないわ。」

 

「そんな!?」

 

淡希がタバサと信頼を深めていた間に、才人はいつの間にかずいぶん痛い目にあっていたらしい。学園都市ならどうにでもなる傷でも、この中世の世界では治せるとは思えないほど重症だった。

 

「問題ない。」

 

「タバサ?」

 

そんな今にも後悔しそうな自分の使い魔に、いつの間にかキュルケと共に近づいてきたタバサが肩に手を置いて落ち着かせると、ルイズの顔を見た。

 

「水の秘薬さえあれば…まだ助かるはず。」

 

「水の、秘薬…それなら確か医務室にいくつかあったはずよ! 今日授業でば…爆発させちゃった時に棚にあるのを見たもの!!」

 

淡希の効きなれない単語が出て、それの話が進んでいく。

 

「ああ。アナタそういえば罰掃除を言われる前に、どこか異常がないかって行かされてたわね。」

 

「早く運ぶ。」

 

そういって才人に浮遊(レビテーション)をタバサがかけてくれると、それを運ぶルイズ、キュルケと共に塔の中へと向かって行った。医務室がおそらくあの塔の中にあるのだろう。ヴィリエはヴィリエで彼の仲間か誰かわからないが、同じように運ばれていった。

 

(さて、と…それはともかくとしてーー)

 

タバサについて行かずに、なぜか淡希はその場に残っていた。ヴィリエに向けたものとは異なるが、その顏にはありありと不快ですと、そんな表情がにじみ出ている。

 

「なにかしら。このすごく鬱陶しいような感覚は。」

 

才人とギーシュの決闘の場に降り立ってから、淡希は得も知れぬ不快な気配を感じていた。

 

それは同じような能力者が近くにいるような感覚で、11次元への変換を常に自分に用いようとしているような、本当に理解に苦しむものだった。

 

淡希達学園都市の能力者は、3次元から11次元への変換を用いて移動し、同じ空間移動の能力者に向けることはできても、能力者自身を対象にして力を使うことはできない。なのにそれを馬鹿の一つ覚えのように使われ続けるような、イライラする感覚に捉われていた。

 

使われ続けていると言っても、連続して使用しているものではない。常に11次元への変換が行われっぱなしの、言葉にするのなら回線が開きっぱなしのような、棒を体中にぐりぐりと押し付けられ続けているようなものだった。

 

「いったいどこから…。」

 

「失礼。」

 

周りを探るようにしていると、死角から突然話しかけられた。

 

振り返るとそこには、昨日見た禿頭の男が神妙な顔をして立っている。

 

(やはりこの男…ただ者じゃないわね。)

 

「何かしら。今ちょっと忙しいのだけれど。」

 

「ミス・タバサの使い魔の貴女に、オスマン学院長がお会いしたいと申しております。ご一緒に来ていただけませんか?」

 

「随分突然な話ね…せめて理由くらいは聞かせて欲しいものだわ。」

 

「先ほどあなたがお使いになられた魔法について、お聞きしたいとのことです。」

 

「先ほど、ね。」

 

淡希はもしやという疑惑を持ってから頷いた。

 

「いいわ、案内して頂戴。えーと…先生、かしら。」

 

「はい。この学院の教師の一人、炎蛇のコルベールと言います。」

 

「炎蛇…確か二つ名ね。ずいぶん物騒なのがついてるのね。」

 

禿男…コルベールが少しだけ肩を震わせたが、彼はそれ以上何も言わずにタバサ達とは別の塔へと向かって行きね淡希もそれについて行った。

 

 

 

 

「それで、何が聞きたいのかしら。覗き魔さん?」

 

「なっ…。」

 

「貴方でしょう? なんだか不思議な力で私を見ていたのは。」

 

初対面の老人、オールド・オスマン学院長へと淡希が言った最初の言葉はそれだった。

 

(なるほど…魔法か何かで覗いてたのね。視覚か…視線だけ空間移動させてたって所かしら?)

 

理論はやはりわからないものだが、それなら周りに能力者がいないのに干渉を受ける感覚に襲われ、常に回線が開きっぱなしのように思えるのも無理はない。

 

不思議な不快感はここから来たものだと道中のうちに淡希は確信した。この学院長室、この空が近く見える高い塔の位置から、淡希が何をしたのかや手に持っていたものを見るには無理がある。学院長はそれでも淡希の行動を魔法と明確に断じた。彼女はマントもつけておらず、ただ棒を構えて喋り、手首を返す程度の行動しかしていないというのに…それを魔法と思えるのは、周りの人間のように何をしゃべっていたかわからず、しかし動きがはっきり見えていた人間だけのはずだ。

 

逆にこの条件ならば、淡希が杖を構えて、ルーンを紡ぎ、魔法を行使したようにも見えるだろう。

 

「それで、本当に聞きたいのは私の事? それとも…平賀の事?」

 

「………。」

 

オスマンは開いた口が塞がらなかった。彼の動作が淡希の確信をより強固なものにする。

 

この質問をしたのは、淡希が不快感を感じたのが大地に降りてからだからだ。つまり、最初は淡希を見ていたわけではないのである。ならば最初の観察対象は才人かギーシュで、才人は周りの人間から驚愕の声を浴びた人物だったのだから、恐らくは彼という事になる。

 

「…さてのう、何のことかな?」

 

それでも、体裁を取り繕うとしたのか、会話の主導権を握らせないためか、オールド・オスマンは嘘をつき、とぼけることを貫いた。

 

「へえ、答える気がないのね…だったら私から話すことも何も無いわ。」

 

「ま、待ちたまえ! 貴族を傷つけるような君は危険な人間かもしれないのに、儂らは君を野放しにするわけにはいかん。」

 

「…ふざけてるのかしら。」

 

話にならないと部屋を出ようと、ドアノブに手をかけようとした淡希が怒りの形相でオスマンと、横に立つコルベールへ振り返った。

 

「平賀の事は散々野放しにして見ておいて、何を言っているの?」

 

「彼は貴族ではない、平民じゃ。」

 

「またそれ…もう本当にうんざりするわね。大体、目が曇ってるわ。」

 

「…なんじゃと?」

 

淡希はため息を吐いてから深く息を吐く。

 

「貴女達は教師でしょう…。」

 

「そうじゃ。だからわしらはーー」

 

それから今までの苛々をまとめて投げつけるかのように、つんざく声で怒鳴りつけた。

 

「だったら! 先にするべきことがあったのにまだ気が付かないの!?」

 

淡希は彼らに似た大人を良く知っている。そしてそれに似ていた故に、彼らへの憎さが膨れ上がっていく。

 

「教師が、生徒の事を先に考えないでこんな所で何をしてんのよ! 彼は、平賀は! ()()()()()()()()()()()()()()()、たった一つの成果じゃない! 何を理由に見てたかなんて私は知らない!! けれど、今貴方たちは生徒が大事って言ったわね!? 大切と言ったはずの生徒の勲章を…っ! 貴方達は教師の癖に自分の興味を優先して壊しかけたのよ!!」

 

どこか解らない所からこちらの目的を知らない子供たちを見て、その場で苦しんでいる人間には何もしない…淡々とデータを取り続ける人体実験の様な図。

 

「良く知ってるわ、貴方たちみたいな大人。自分たちの知識の探求や好奇心の為に子供を犠牲にする人達をね。」

 

まさにそれは学園都市の裏側、暗部にいる大人たちの行為そのものだった。

 

「こんなことも解らない…あいつらと同じことを考えてしまう貴方達は、信ずるに値しないわ。私の情報を渡しても何に利用されるか、平民だとか使い魔だとかの理由で切り捨てられるかも解らない。私の事をそれでも知りたいのなら…まずは大人としての行いを改める事ね!」

 

そう言った淡希は、今度はドアから出て行かなかった。言うだけ言い終えると能力を使い、窓の外の芝生へと降りてから学院長室を一瞥すると、タバサも戻ってくるだろう寮塔へと歩いて向かっていく。

 

「言うだけ言って消えおったわい…じゃが、ぐうの音もでなかったのお。」

 

「正直、警戒していた彼女の方が私達より生徒の事を考えていたなど…悔しい気持ちでいっぱいです。私達はあの少年がガンダールヴかもしれないという喜びと不安のあまりに、大切なものを見落としていたようですね。」

 

ガンダールヴ。それはこの世界で始祖ブリミルという、ハルケギニアの人類に魔法を授けた者の使い魔。才人はこの学院の、世界にとって伝説の再来だった。

 

その伝説を本物か確かめる為にこの決闘を利用し、学院長室の椅子の後ろにある離れた場所を見るマジックアイテム、遠見の鏡で才人達を見ていたのが発見者のコルベールと、報告を聞いた学院長のオスマン二人である。

 

それは一見すると早期の確認により、伝説の使い魔という騒ぎとなる情報を封鎖するというもので、見方によっては間違っていない。ある意味大人としての対応だったかもしれない。

 

だが教師としての立場で見た場合はどうだろうか。

 

それをされた側にはどこまでも傲慢なものだ。平民と言う立場だけで違った場合の事すら考慮されていなかった結果、ぎりぎりまでその力を発動できなかった才人は、結果的に重傷を負った。教師たちが止めに入るよう動いても、ひょっとすれば間に合わずに殺されていたかもしれない。

 

そして使い魔と言う立場から才人を見た場合、大切と言った筈の生徒が悲しみに落ちる可能性を考えていないと、淡希にそう言われた言葉がふたりを打ちのめし続けていた。

 

「さてはて…どうしましょうかな、オールド・オスマン。」

 

「本当にのう。ただ…。」

 

鏡越しに淡希を見てから対峙してる間に、不可思議なものを見続けたり怒鳴りつけられたからか、いつの間にか喉が渇いていたらしい。オスマンは机にあった水のみを杖をふるって手元まで持ってくると、軽く口に含んだ。

 

「彼女は無暗に人を傷つける人間と言うわけではないのじゃろうな。」

 

内容は教えてくれないどころか警戒されてしまったが、それだけでも解ったことが彼らにとっての収穫だった。

 

 

 

 

「ただいま。」

 

「おかえり。」

 

戻ってくるどころか、既にタバサは先に部屋でベッドに座り、本を読んでいた。淡希が到着してもそのままに、彼女がベッドの端に腰かけても読み続け、ある程度時間が絶つと漸くぱたんと音を立てて、淡希に読書の終わりを告げる。

 

「…聞かせてほしいことがある。」

 

「何かしら、まぁ…タバサになら何を話しても構わないわ。」

 

そう言って微笑んでタバサの方を見た淡希に頷いて、彼女は淡希の手にまだ握られたままの警棒型懐中電灯を指差した。

 

「能力者も、杖がいるの?」

 

「杖? そういえばあの男もそんなこと言ってたわね。これは…ほら。」

 

そう言って夕暮れ過ぎのランプだけの、薄暗い部屋の中でかちりと電灯のスイッチを入れた。

 

「私の場合は別に杖として使っているわけじゃないけれど、これがあると狙いをつけやすいのよ。」

 

今ならなくてもある程度はしっかりと定められる。それでも何かの指標があるのはやはり便利なもので、無理をする必要がない限り淡希は電灯を振るうことにしている。

 

「わ」

 

「あら…レアな表情ね。」

 

驚いて 「わ」 等と言うタバサなど早々見ることは無いだろう。

 

「眩しい。」

 

「軍事用でね…大体50メイル辺りまではそのまま遠くを照らせるわ。」

 

「そんなに? 杖じゃなくて、軍人の為のランプなの?」

 

「ランプとは違うけど…灯りには変わりないわね。」

 

そう言ってベッドの近くに置いていたトランクケースを手元に空間移動(アポート)して淡希は開けると、太陽電池の学園都市製懐中電灯をもう一つ取り出して、タバサに渡した。

 

「はい、あげる。普段は本を読むのとか探し物に、いざと言う時はこれで殴っちゃったり…目晦ましに使ってみて? 人は突然の光に案外弱いものよ。」

 

「え。」

 

意外な授かりものに、またタバサが驚かされた。良いのかという顔をしているタバサに対して、もう数本淡希は取り出して見せる。

 

「学園都市製でものすごい長持ちだし、まだ残りもあるから気にしなくていいのよ。」

 

そういってからスイッチの押し方、充電方法と色々なことを簡単に教えていく。ただのスイッチ式の明かりでしかないものでも、ハルケギニアの人からは不思議な道具だった。

 

驚き声のお礼だと言えばまた杖でぽこんと叩かれるだろうから、敢えて理由を言わなかった淡希だったが、そうしているとタバサが今度は動いた。何かのルーンを唱えて、淡希と自身の電灯に杖を当てていく。

 

「固定化の魔法。これでより強いメイジに錬金されない限りは、そう簡単には壊れないし劣化しない。」

 

「…多分もう変に使わなければ、一生壊れないでしょうね。」

 

淡希が誰かにお金を貯めて頼もうとしていた固定化の魔法を、主がかけてくれた。淡希もタバサも電灯を大切そうに撫でて、どちらかともなくお礼を言い合う。

 

「「ありがとう。」」

 

「じゃあ、次の質問。」

 

「…意外とサバサバしてるのね。」

 

一つの儀式の様な、二人がそれぞれを思いやってした行為が終わるとタバサは表情を元に戻して、今度は淡希を直接指差した。

 

「あれが座標移動(ムーブポイント)?」

 

「ええ、あれが私の能力名…二つ名になっている座標移動よ。」

 

本当にちょっとだけ自慢げに淡希が笑って、足を組み替えつつ懐中電灯をくるくるくと手で回す。

 

「あれは、どういう仕組み? 杖が要らないのだとしたら…先住の魔法?」

 

「タバサ、先住魔法って何かしら。」

 

「エルフみたいな亜人が主に使う…自然の力や、目には見えない精霊の力を使う魔法。」

 

「精霊、そんなものもこの世界には在るのね。でもごめんなさい…悪いけれど違うわ。」

 

淡希は手元にあった電灯をスイッチを入れてから反対の手に空間移動(テレポート)させてタバサに見せ、最後にベッドの真ん中に飛ばしてから指をさして確認させた。

 

「ねえタバサ、私が何をしているか解る?」

 

淡希の笑顔が悪戯っ子のようなものに変わっていく。どうやらクイズ形式にしてタバサに答えせたいようだ。

 

「すごく早く、動かしてーー」

 

「残念。」

 

「い…る。」

 

4度目のタバサの現実が歪んだ時に、体育座りで手に電灯を持っていた彼女は、お姫様抱っこで淡希に抱えられていた。

 

「どういう…こと。」

 

触られた感触を彼女は感じていない。いくら早く引っ張られても、いや、早く引っ張られるほどそれを感じないようにすることは、不可能だとタバサは考える。引っ張り終わった時の反動を感じるからだ。いくらタバサの髪が短くても、そんなことをされれば靡くだろう。

 

「あら、まだ解らない?」

 

抱きかかえるタバサから視線を外すと、淡希は部屋の窓を見た。

 

「それならこれでどうかしら?」

 

5度目の歪み。枠が消えた。部屋が、壁が消えたとタバサは思った。そのあとに一瞬だけ浮いた感覚にとらわれてから風を感じると、先ほどより月が近くなっていることに気付く。

 

辺りを見回すと、床が茶色く暗い。淡希に抱きかかえられているせいで床の感触は解らないが冷たそうな岩に見える。

 

そして更に遠くを見ると、見覚えのある黒、緑、青、赤、茶の屋根。そして、一つの窓から見える先ほど知った光の点。

 

「ここは…まさか。」

 

「本塔の屋根の上よ。」

 

部屋が消えたのではなかった、タバサと淡希が部屋から消えていた。

 

「まだ、ヒントが要るかしら。」

 

まさかと、タバサは思う。タバサは何がどうしてこうなっているかを、ずっと考えていた。昼間の淡希ではないが、頭の良い人間ほどそういった理由を求めてしまう。

 

それでもまさか、本当にそんなことがあるのだろうか、信じられないと思いつつもタバサは理解した。答えはとっくに出ていたのだ。

 

この事象に、手順や理由などない。見たままにただ始まりと終わりだけがあると。

 

「好きな所に…好きに動ける?」

 

「ちょっと違うけれど正解よ。」

 

厳密には異なる。ちゃんと手順があり、理由があって起きている。しかしそれは空間系能力者や学園都市第一位のような者にのみに解ることで、三次元のみを知覚や演算している人間には解らないことだ。

 

「人、物問わず好きな場所に好きなものを『飛』ばす。私の座標移動は大体そう思ってくれたらいいわ。」

 

「…びっくり。」

 

そんなものは魔法でも、先住魔法でも、マジックアイテムでもタバサには聞いたことがないものだった。

 

距離という概念と、壁という概念が消える。タバサにはそれがどれほど強い力なのか良く解った。

 

「まあ色々と条件や限界もあるけれど、それは追々話すわ。」

 

「わかった…んっ。」

 

月を見ながら話していると、春の夜風が二人を撫でる。まだどこか春の息吹には遠く、日が落ちれば木枯らしの様な冷たさを纏う風に、マントを外していたタバサは寒そうに身を震わせて淡希に身を寄せた。淡希はどういうわけか寒くないのか、縮こまったタバサが感じる彼女の体温は温かく、さらに上着を、羽織っていたブレザーを脱いでタバサにかけてくれる。

 

「月が綺麗ね…タバサ、もう質問は無いかしら。」

 

「満足。」

 

「そう、それじゃあ今度は私から聞くわ。」

 

ふたりで月を見上げたままに、淡希はタバサに尋ねる。

 

「私は貴女について行ってもいいのかしら?」

 

びくりと、淡希の腕の中でタバサが震える。

 

「それは…。」

 

駄目と言わなければならなかった。それでも、今知ってしまった淡希の力はとても甘美なもので、淡希を人として見ても、使い魔として見ても、最後に拒む原因になるだろうと思われた力として見ても、タバサはもう拒むのが難しい。心が彼女は居た方が良いと、この力を借りたいと感じ始めている。

 

そうやってまた葛藤して悩むタバサの肩を、ぎゅっと力強く淡希が抱いた。

 

「昼間も言ったでしょ。」

 

「でも…貴女を巻き込みたくない。」

 

たとえ助けたいと思ってくれる人だとしても、気にしないなんてことはできない。口から出たこれもまた、タバサの本音。それでも淡希はついて行きたいと言ってくれてるのだろう。

 

「それなら…。」

 

せめて、せめてこれだけはさせられない。そう思えた言葉をタバサは口にした。

 

「罪になる事だけは…誰かを殺すことだけは私の為でもしないで。」

 

これだけは譲れないものだった。自身の為に力を貸してくれる使い魔だろうと、代わりに手を血で真っ紅に染めさせるなんて、命を摘ませることだけはしたくなかった。そういう事は自分の手でやるべきだし、やれなければ意味がない。

 

「…難しいことを言ってくれるのね。」

 

「ごめんなさい。」

 

「いいわよ。けれど…ううん、なんでもないわご主人様。」

 

「?」

 

最後に何を言いかけたのか、タバサには淡希の事が解らなかった。

 

(獣や使い魔の中にいた様な魔物ならともかく…そんな優しい貴女が誰かを殺すなんてことは、私もさせたくないわ。)

 

タバサが淡希の事をそう思うように、使い魔もまた主の事をそう思っていた。

 

「さ、そろそろご飯の時間ね。降りましょうか。」

 

「ん。」

 

淡希のブレザーに包まれてタバサがお姫様抱っこされたままに、二人は緑の芝生へと空間転移して行った。淡希はタバサが軽くてよかったと、見栄をはって少女の細腕で無理やりしたお姫様抱っこの最中、腰を痛めながら思っていた。




あわきんのSST難しいって(´・ω・`)

とあるアニメラッシュですねえ
とある日常のインデックスさんもしたらいいのに…


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004 虚無の曜日Take.1

おまたせしましま(`・ω・´)

あわきんはⅡと比べて可愛さが少し減ったように思えますが、その分Ⅲは綺麗ですね。てかえらいしぐさこまかわいいなあ。


「今日は虚無の曜日。街まで行く。」

 

あれから数日後。才人の回復を、彼とルイズの騒ぎ声が上の階から目覚まし代わりに聞こえて確認した朝。タバサは淡希にそんなことを言い出した。虚無の曜日、それは8日あるハルケギニアの中で地球の日曜日にあたるものだ。

 

「街まで? 化粧品も日常品も、魔法の薬もまだあったと思うけれど、どうしたの?」

 

そんな感じでどうしてという顔で、手鏡でいまいち直りきらない寝癖のついた前髪を整えていた淡希が振り返る。

 

キュルケやタバサ達と楽しく話をしたりするようになっても、理由なく遊びに行くという考えにならない辺りに、いまだに淡希がどこか年相応ではない人間らしさの欠如が見てとれた。

 

もっとも、携帯の着信音すら設定していなかった彼女は、もとから遊びごとに関してはそこまで興味がないだけかもしれない。しかし淡希は、単にそういう静穏な世界が好きな人間というわけでもない。それならば彼女はここまで人と関わりを持たないだろうし、からかった言葉をかけてわいわいと話す時間を作ったりはしない。

 

そしてむしろどちらかといえば、そんな静かな世界を欲する人間に該当するのは、淡希の主であるタバサの方だ。そんな彼女から日用品もまだストックがあって、彼女から聞かされたカレンダーにつけてある丸印の日、本の新作がまとめて納入される日でもないというのに外出をするというのは、はっきりいって意外なことだった。

 

そう考えて何か予定を見落としがないか、カレンダーを確認した淡希にタバサが寄ると、特に印のつけていない日付を指差す。

 

「使い魔の品評会。」

 

「使い魔の品評会?」

 

また聞きなれない単語が出てきたなと思いつつ、淡希が納得した。タバサは口数が少ない子だが、ある程度前後で発した単語や動作だけでも繋げれば、言いたいことはわかるように、数日をタバサと過ごした淡希はなっていた。

 

「それと明日の街へ行くことに、何か繋がりがあるってことね。」

 

「そう。貴女に必要なものを買いに行く。」

 

「必要なものって、何のこと?」

 

それでも、隙あらばまだ寝付けないとタバサを前から後ろからと抱き枕にしたり…鞄の中には手回し式しかなかったが、充電器を用いてこっそりスマホで撮った彼女の顔を黒ランドセルを背負う子の写真にコラージュしたりして、なんだか色々とタイヘンでヘンタイなことをしている淡希。彼女はもっと話をしていたいのか、解っていても敢えて話さなければならないように色々わざと回り道に話をして、タバサの声を聞いたりしているようだ。

「品評会では、使い魔が何を出来るかを披露する。」

 

「なるほど…。」

 

となれば必然的に、淡希は能力を使わざるを得ない。

 

「でも、貴女の力を私も知られたくない。」

 

「別にそんな事をしなくたって、タバサが出なくても良いのなら私は出ないわよ。」

 

なにも情報を隠すだけならば方法はいくらでもある。無理してお金を使いに行く必要もないだろうと、そう考えてタバサの財布を気遣い淡希は言ったが、主は首を横に軽く振った。

 

「駄目。それではアワキが軽んじられるし、怪しまれる。」

 

「まあ…それはあるかもしれないわね。」

 

淡希が出ないことで自信がない、逃げ出したといった低評価がつけばまた、ヴィリエのような面倒な人間が増える。あの一件以降寝ていた才人をどうにかしようとしたりする者が現れないようにしたり、あまりに異質な決着に淡希への畏怖をしっかり植え付けることに成功したというのに、せっかく築いたものが無くなってしまうのは面倒だ。

 

また逆に隠しきってしまうことで、オスマン達のような人間からの警戒や、怪しまれる可能性も生まれる。面倒ごとや負担が淡希に増えるならばいっそ、誤魔化せるような…間違った知識を与えてしまおうということらしい。

 

「だから、街で何か似たような結果を…誤魔化せるものを探す。」

 

「そう。わかったわ…私もこの星の街って気になってたところだし、案内を頼めるかしら。」

 

そういって部屋を出ると、ふたりはお腹がなりそうで…それでもなんとなく相手に聞かれたくないために、何か実体のないものを我慢しつつ朝食へ向かって行った。

 

(品評…か。ま、大事なご主人様の品位を下げることはできないわね。)

 

タバサがアルヴィースの食堂へ入るのを見送った後、淡希は強度(レべル)の測定けのようなものかと品評会を考え、ならば少なくともタバサのクラスであるトライアングルメイジの使い魔らしさは必要かと思いを馳せる。さっそくこの世界のサンプルはないものかと記憶を探してみると、真っ先に思い浮かぶのは先に食堂前に居たキュルケ…というか、タバサを除いた淡希の知る学院のトライアングルメイジは、教師を除くと彼女しかいなかった。

 

(駄目ね。未知の生物過ぎて目安が解らないわ。)

 

そんな淡希の知るもう一人のトライアングルメイジの使い魔は火蜥蜴(サラマンダー)。淡希の世界でどの位置づけあたりの生き物なのか全くわからない生き物だ。同じファンタジーの格付けの範囲なら流石に龍より上とい言うことは無いと思うけれど、熊よりはじゃあどうなのかしらとか、虎とならどうなのよ? と、考えるほど疑問が尽きない生命体である。むしろいっそ龍でも呼んでくれていた方が見当がつきやすかったわと、淡希はひとりごちた。

 

「考えても仕方がない…か。」

 

「んぁ? 何をだよ?」

 

結局力量の度合いに関してもタバサの知恵があった方が良いだろうと、考えるのを後回しにして賄いの貰える厨房へ入ると、才人が既にスープを飲んでいた。もう体は本当に万全の様で、正直学園都市でもないのにすごいものだと才人の元気っぷりに、淡希は素直に感心した。

 

「ちょっとした力の使い方とか、そんなところよ。」

 

そう言ってからシエスタに賄いを淡希はお願いすると、席に着いてから才人の向かいに座った。

 

「大したものね、水の秘薬だったかしら?」

 

「そうそう、たった3日くらいで骨折まで治っちまうなんて…改めてここが地球じゃないって実感したよ。まあ、そのおかげで目が覚めたら速攻で下働きに逆戻りだけどな。」

 

何日も寝てた後なのにいきなり起きた途端下着洗って来いだの掃除しろだの、できるかよと愚痴る才人は洗濯物を洗う前に、まずは腹ごしらえに来たらしい。そんな感じで主も主で無茶ぶりをしているが、その主のルイズに全く恩を感じてなさそうな才人を見て淡希は、こいつは何も変わってないなとため息をついた。

 

「女の子の大切なベッドを何日も占有していたのだから、そのツケとでも考えなさい。」

 

「女の子ねえ。俺の顔面に履いてたぱんつぶん投げてきたり、そのパンツを洗わされたりしてるけど正直全っ然嬉しくねえぞ、むしろ現実なんてこんなものかって感じだよ。」

 

そんな日本の現実とは少し違うが、ハルケギニアの女の子に才人が絶望しかけてるところに、彼が知り合ったもう一人の女の子のシエスタが淡希の料理を持ってきた。

 

「はい、アワキさん。どうぞ~。」

 

「ん、ありがとうねシエスタ。」

 

可愛い笑顔をしながら料理を持ってくる良妻の様なその姿に、自分の料理の時を彼は思いだして、女の子をひとまとめに括るのは良くないな等と思い直していると、淡希がその料理を受け取る。

 

「はむ…自分で喧嘩吹っかけて死にかけたのを助けてくれたのよ? その所くらいは感謝してもいいと思うわ。」

 

「そりゃそうだけど。だったらそもそもルイズに喚ばれてなければ…って、あ!」

 

こんな目に逢ったのも貴族の魔法の力、助けられたのも貴族の魔法の力。言われた才人はルイズに対して複雑な想いを抱いていたが、それは淡希の口元に運ばれるスプーンの上の物によって止まる。

 

彼女の薄く、それでも弾力がありそうなピンクの唇に運ばれた者は、肉。良く見ると才人が食べていたポタージュではなく、淡希が食べているものは野菜や肉の入ったスープである。

 

「何だよそれ、ずりいぞ結標。何で俺はスープなのにお前はそんなの食ってるんだよ! 俺にも寄越せっ。」

 

「バカね、三日も胃が空っぽだったのにすぐにこんなの食べたらもう一本、秘薬が必要になるわよ。味の薄くされたおかゆじゃないだけマシと思っておきなさい。」

 

おかゆがこっちにあるかしらないけれど、と言いながら皿を近くに寄せて今度はパンを浸して食べる淡希を、才人は羨ましそうに見続けるしかなかった。

 

そうしているうちに、暗に今の才人は手術後の体と一緒だと言われたことに気付いてようやく納得したのか、それでも目の前で食べられる肉や野菜が辛くて、腕を組んでムスッと目を閉じる。彼のお腹を気遣ったシエスタと、目を閉じるとよりはっきりと思い出せる彼女の笑顔だけが癒しとなっていた。

 

「ふふふ…平賀も早く食べられるといいわね。」

 

くすくすと笑う、少しタバサにもなかなか見せない顔をした淡希に気付くこともなく、そう言いながら食べる音を避けるためにより一層シエスタを妄想する才人。なんだか動機が不純な上に、外へ向かう意識を遮断しようとしてあまりに妄想しすぎて、顔の下の体にある丸い二つのものまではっきり思い出している。

 

「まぁそんな風に我らの剣をいじめてやるな、我らの盾よ。」

 

「別にいじめてるつもりなんてないわ、マルトー。」

 

そんなふうに目を閉じていると、なんだかサイトには聞き覚えの無い言葉を言う、聞き覚えの無い声が聞こえてきた。目を開けてみればいかついコックが近くまできて、才人の前に追加のポタージュの皿を置いてくれている。淡希が言った名前がこの男の事なのだろうと、才人は思った。

 

「我らの剣って、俺の事か?」

 

「おうよ、お前さんは平民の癖に剣一本で貴族のガキをのしちまったんだ。だから、俺たちは我らの剣と呼ばせてもらってるぜ。」

 

なるほどと思い、同時に才人はルイズの言葉を思い出す。彼女はこの世界では絶対に平民はメイジに勝てないと言っていた。マルトーやシエスタ、それに周りの料理人達が才人を見つめているのを見る限りそれは本当の事だったのだろうと実感が沸くと同時に、結構無謀なことをしてしまっていたのだという恐怖が少しと、そんなことが出来た自分に対する尊敬のまなざしにくすぐったさを感じた。

 

「あれ、じゃあ我らの盾ってのは淡希の事なのか?」

 

「ああ、お前さんが気を失った後殺されかけたところを助けてくれたのが、その姉ちゃんよ!」

 

「殺されかけた!? なんだそりゃ、聞いてないぞ。」

 

驚くサイトにシエスタが忘れてましたと言いながら、淡希とヴィリエの口論や決闘の話を始めた。

 

才人は今度こそ恐怖に震える。貴族がギーシュのように決闘で()()()()()()()人間ばかりではないことに。そして、この世界ではヴィリエのような行動に罪が無い、もしくは軽い罪で済んでしまうことに。あまりの扱いに苛々が募って売った、たったひとつ喧嘩からそんなことになるとまでは流石に思わなかったらしく、顔が青ざめている。

 

「ま、平民では無くルイズの使い魔…貴族の所有物や領民の立場として見るよう釘を刺したから、早々変なことは言われないだろうし、戦いを吹っ掛けるなんてことは無いと思うけれど。」

 

「わ、悪い…なんだかお前にも借りを作っちまったみたいだな。」

 

「気にしてないわ。まあ、そっちももう少し大人になる事ね。ここは日本じゃないのよ平賀。」

 

そう、ある程度自由に動けるせいで忘れがちだが、サイトと淡希は連れてこられたというよりは、攫われたという立場に近い。また使い魔と言う立場を知らない人が見てしまえば、こちらの世界の常識のせいで命の価値もとても軽いのだ。

 

(アイツが使い魔だから助けてくれたってのは…そういう方向から見たせいもあるのか。)

 

この会話によりそう考えることが出来たからか、帰るまではこの世界で過ごす事になった原因ではあれど、同時に自身の大切なものであるともルイズに言われた気がした才人。先ほどの複雑な気持ちが、また再び沸き上がってうんうんと彼が唸っている内に、淡希は食事を終えていた。

 

(どうやら…もうこいつは大丈夫そうね。)

 

学院内にいるうちは貴族からも、平民からも下手な扱いをされる事は無いだろうし、決闘で勝ってしまったことで変に自信を付けてしまったかもしれないが、それでも法的に殺されかねないとなれば才人自身もヘタな真似はしないだろうと、飲み途中の木のコップの中の水をくるくると揺らすように回しながら淡希は結論付けると、ごちそうさまとシエスタとマルトーに礼を告げて食堂の外へと出て行った。

 

「ふう…自分のことを考える暇が無かったわ。」

 

とりあえず午後からは街に行くのよねと考えると、また色々な疑問が浮かんできた。

 

街に何に乗って行くのか、どのくらいの距離にあって、そもそも何が売っていて、相場はどの程度なものなのか、タバサの資金はどのくらいあるのか。などなど考えごとが尽きない。

 

(そうだわ、折角だから潰せる不安を潰しておきましょう。)

 

タバサは食事量が多いことと、淡希から受けたレクチャーのせいで急いでない時はしっかりと、よく噛んで食べるようになったせいで、食事が終わるのが時間ぎりぎりに変化してしまっていた。いまだ半分も食べ終わっていない頃だろうと考えた淡希は、品評会とは別の事を思案し始めたようだ。

 

(もしうまくいったらタバサ…喜んでくれるかしら?)

 

その思い付きが自分でも楽しみで仕方がないのか、健康やら何かと小煩いこともある淡希が食休みをすることもなく警棒を軽く振ると、彼女は自身をどこかへと空間転移(テレポート)させていく。

 

(思えば…器具を外してから限界に挑んだことは、無かったわね?)

 

 

 

 

「なんていうか…限界を出すまでもなかったわ。」

 

現在、淡希は午後の目標とする街、タバサとのちょっとしたデートスポットになる予定のトリスタニアに来ている。方法は言うまでもなく座標移動の連発による空間移動を用いた高速移動で、それを馬やら人やらが踏み鳴らして出来たであろう、草の生えていない地面を目印に使いながら、ここまで来たのだ。

 

その時間、なんとたったの10分未満。

 

精密に行うには1秒程度のタイムラグこそあれど、淡希の座標移動の力は一回の移動で800メイル以上進む。限界まで遠くに飛ばすと着地点の指定があいまいになって誤差とは言えない形でブレが現れて、地面に埋まったり骨折しそうな角度で出現しかねないので、試行する距離は700メイル程度にとどめていたが、それでも時速で換算すればその速度は1300キロ弱。目安で言えば直線で始めと終わりを結んだ日本の本州を渡れる距離であまりに凄まじい数値だ。そんな淡希に馬で3時間の距離など一瞬のものでしかなく、結果としてどこまでの時間淡希が能力を連続で行使し続けられるかは、結局この試みではわからなかった。

 

「とりあえず、来てみたけれど随分狭い道なのね。」

 

それが淡希のトリスタニアの第一の感想。街は人ごみが出来るほどに活気づいてはいるものの、その人の数に対して道は些か狭い。経済的問題なのか、固定化や6000年も続くと言われている歴史のせいで人口が増えた後も昔のままなのか、それとも城下町ゆえの攻城時に対しての工夫なのか、淡希に理由は解らないがとにかく動きにくく狭い。空間移動を使って思わず進みたいが、これでは誰かの体内に出現して新たなトラウマを生み出しかねない。

 

「ああ、もう面倒ね。」

 

自身がまたトラウマを抱えて能力を使えなくなるのは勘弁なので、とりあえず淡希は腕にもったままだった警棒で少し高めの屋根を指すと、そこに自身を転移させる。

 

「ここなら何屋が何処かくらい解るでしょ。」

 

辺りを見回すと見えてくるのはRPGで見かけそうな看板を掲げるお店の数々。そんな中、ある意味一番見かけそうな剣の看板だけがない。

 

「武器屋みたいのがないのは…ああ、ここは魔法の国だったわ。」

 

それなら華やかなメインストリートは基本的に貴族の嗜むものばかりで、平民の武器という、戦いはメイジの本領なのにそれをつつくような店は、人通りを外れた端っこか路地裏辺りで、きっと肩身の狭い思いをしているのだろうと淡希は視界に見える大通りにある杖の看板や、何だか不思議な色の薬の入った瓶の看板から推測する。

 

比率をみる限り普通の兵隊も多そうなものなのに、ないがしろにして発展させないのは何処かもったいないように淡希は思えたが、まあそれが良くも悪くもこの国らしさなのだろうと、別に伝統を重んじる精神まで馬鹿にするつもりはないが、これまで出会った凝り固まっているトリステイン貴族の面々…淡希には理解し難い人たちを思い出すと一人で納得して、目当てのものを探しに行動をとりはじめた。

 

「なら、路地裏辺りから探しましょうか。」

 

淡希のここに来た目的、それは武器屋の下見だ。

 

最初の目的は単にトリスタニア全体の下見と、先程試したタバサの足となる自信の使い魔としての性能調査だったのだが、ここに来る道中で彼女はとりあえず自身が一番良く解っている座標移動、それの誤魔化し方…結果としての部分だけを考え、数日前の夜のタバサの言葉をヒントにその草案を思い付いていた。

 

その案とは、タバサの誤解した超高速移動である。魔法より早くそれを放った人間を盾にするように持ってきたり、人間が知覚できないほどの速度で部屋から出ていったり、物を投げ飛ばしたりしているとすれば、今まで見せてしまった情報と合わせても良い隠れ蓑になるのではないかと彼女は考え、考えきれなかった点のトライアングルメイジの使い魔としての力量の具合やらは、持続力という形で表そうと決めた。これならいくらでも加減が出来るので、タバサの話を参考にその辺りを調節しようとするつもりなのだ。

 

高速移動。本来それができる相手は自身が一番苦手としている上に、そんな力を持つ才人の身体強化を考えると、彼が披露しようとするであろう品評会でのそれ…お株を全部奪うようなことをする事になるのが申し訳ない気持ちにもなったが、こっちも背に腹は代えられない。

 

なにせ、淡希の狙いは他にもあるのだ。

 

(どうせ出るのなら、タバサに一番をプレゼントしてみせるわ。)

 

むしろどちらかというと、淡希の心の中ではこちらの割合の方が今では大きくなりつつあるだろう。この強い思いの前では、才人が悲しい思いをする羽目になることなどは、もはや彼女の中では他人に変えられるまで手をつけなかった携帯の着メロ程度、日常のなかで意識していない物事と同じくらいに、どうしようもなくどうでも良いことへと落ちてしまう。

 

(平賀に言ったことじゃないけれど…私を気にかけてくれるぶんのお返しぐらいはご主人様にしなきゃ、使い魔失格でしょう?)

 

タバサは言ってくれたのだ、淡希の力は私 も 知られたくないと。

 

タバサは言ってくれたのだ、淡希と 一緒に 街に行く、策も考えると。

 

そんな風に使い魔を、友達を大切にしようとしてくれるタバサの思いをただ受けとって、誤魔化すために必要なものを買って貰うだけなんてことは、彼女を好きになってしまった淡希が出来るはずがなかった。

 

(ああもう本当にーー)

 

どうしてこう自分の主は優しいのかと淡希は思う。

 

タバサは品評会の成績に興味はなさそうなのに、それでもサボらないのは淡希の評価を下げないためだと彼女は言ってくれた。自身だけなら最下位だろうと構わないかもしれないのに、そうやって淡希をわざわざ庇い、お金を工面して街へ行こうと言い、考えることにも協力をしようとしてくれている。

 

だからこそ、ならばその間違った知識ですら一番というインパクトを与えてみせようと、淡希は誓いを立てた。

 

別にタバサの望んでいない栄誉を送りたいわけではない。大切な人が思って行動してくれた結果を、最高の形にしてみせたいのだ。タバサから受け取った物を、気持ちを、一番素敵な形にしたいのが淡希の願いとなっていた。

 

(最近白井さんの気持ちがどんどん解ってしまうわね。)

 

この人の力になりたい、優しさに報いたい。タバサへのその想いがあるだけで、日々はこんなに色付く事が淡希にはびっくりで、それをくれたタバサがまたいっそうに愛おしくて…たまらない。そんな思いがどこまでも自身の気持ちを昂らせ、学業のようなもので一番を取りに行くなどという、人生で試みたことの無い行動を起こす力をくれているのだ。

 

そんなわけで、初日に思った変態面とは違う、もっとピュアな気持ちでもタバサに何かをしてあげたくなった淡希。

 

彼女は、高速移動中にくりだす対象への攻撃や、投擲などで使えそうな短剣や投げナイフを欲し、武器屋を探そうとしていたのだがふと見下ろした視界に…あるものが彼女の目にとまった。

 

「何かしら、アレ。」

 

一見すると農夫のもつ馬車。上には大量の干し草を、下には日や外気や埃にあてたくないような物、ジャガイモやのような壺や木箱に入れて運ぶようなものを入れるような2段重ねの馬車だが、あまりにおかしい。

 

なぜならその馬車の周りにいる人間は馬車に対してかなり多くの人数が居る上に、無精髭を生やしていたり、頬に傷があったり、手が汚い上に短剣まで帯刀し、さらに二人ほどは杖を帯に刺している。とても品物を納入する商売人達の体を成していない。貴族の学び舎とはいえ学院に来る物品を持ってくる商人と比べても、かなり怪しい。あれが平民同士でやり取りする時の普通の姿と言うことは無いだろう。護衛かとも考えたが、一人そこに居るまともな格好をした女性にもメイジの杖が見える。

 

メイジの農家など聞いたことが無いし、メイジならばもっと良い馬車に乗ろうとするだろう。ならば金の無い貧乏メイジかと考えれば今度はあんな大勢の護衛を付ける余裕などないはずだという考えに至る。

 

不相応な格の人間が居るガラの悪い者達。そんな人間たちに淡希はすごく心当たりがあった。

 

(…少し前の私達みたいな奴らってことは、あれはロクなことをする者達ではないでしょうね。)

 

単なるチンピラ止まりか、それともこの国にも暗部のようなものがあるのか、そのどちらにしても見てしまった以上は見過ごせるはずがなく、空間転移で音もなく地面に降りた淡希は、店の壁から覗くように馬車の小窓を見た。

 

この時淡希は調査を始めつつも、知ったところでどう行動するか攻めあぐねていた。なぜなら国の暗部だった場合、相手にする者がとてつもなく大きな存在になってしまうからだ。タバサの立場を悪くするようなことだけは、出来ない。

 

しかしそんな問題は杞憂に終わるというか、淡希の頭から青空の彼方へ消し飛んだ。

 

だって、彼女は馬車が動き始めた瞬間に小窓の奥を見てしまったのだ。

 

ーー縛られて動けないままに涙を流している少年(と少女)達を。

 

「ふ、ふふ…ふふふふふ。」

 

そんな悲しい光景を見て頭に血が昇ってしまった淡希は、何故かひどく冷静だった。瞬時に子供たちを助け、人攫いと思われる罪人を必要以上に、もとい徹底的に打ちのめすべく計画(プラン)を組み立てていく。

 

狂気の混じる笑みを浮かべながら、淡希はどこかへと消えて行く。自身の前で最もしてはならないことをしでかしてしまった者達へ、地獄の苦しみを与えるために。

 

「…積荷はなんだ?」

 

「なあに、単なる荷物さ。そうだろ?」

 

迫りくるショタコンの怒りなど露知らず、そう言って人攫いの男が金貨の袋を関所の衛兵に渡す。賄賂を渡して関所から出ようとしている辺りから察するに、人攫いたちは国の暗部という事ではないようだ。

 

「どれどれ。お、おう? 確かに荷物だな…なのにどうしてお前ら賄賂を()()()()()()()渡すんだ?」

 

「…何だと?」

 

中身を確認する為に馬車の扉を開けて不思議がる衛兵に人攫いたちが中身を覗く。そこに子供の姿は無く、あるのは壺や煤けている木箱、岩などといったものがゴミ箱のように乱雑につめられていた。

 

「おい、どういうことだこれは!?」

 

「知るかよ! あの後は誰もこの扉を開けてなんざなかっただろうが!!」

 

まるで狐につままれたような表情をしてあたふたと人攫いたちがどよめいていると、鮮血が飛んだ。

 

「ぐああぁっ!?」

 

見ると金貨袋の中にあったはずの金貨が、己の職務を忘れた国の裏切り者の体や、顔のいたるところにめり込むように突き刺さっている。

 

「ひ、ひいぃ…何だよコレ!? 魔法なのか…?」

 

「ふ、袋は縛られたままなのに金貨がどうやって出てきたんだ! まさか、ガキたちもこうやって…!?」

 

あまりに異質で無残なその光景に思わず人攫いの男たちが身を震わせていると、カツン、カンカンとなにか棒のような物を街の建物の壁に擦りあてるような音が後ろから聞こえてた。その音を聴いた者たちは日差しのさす昼前なのに、どこか闇夜の森に投げ込まれたような更なる冷たい、背筋が凍りつく錯覚に堕とされていく。

 

「なん…だよ、なんなんだよぉ!?」

 

恐怖の中がむしゃらに一人の男が振り返ると、そこには誰もいない。男の視界にあるのは壺だけだった。

 

「がっ…!」

 

「…っ、敵襲か!?」

 

振り返った男の顔面に壺が叩き付けられて、破片が舞う。はっとそのことで硬直がとれた他の男たちも振り返ると、そこには一人の女が立っていた。その目は皿のように見開かれ、唇は半開きのまま笑っていると、その唇が動いて呪詛を紡ぐかのような声で問いかける。

 

「いつものように?」

 

振り返り臨戦態勢を取る人攫いを見ながら淡希は呟く。

 

「いつものように貴方達はああやって、罪のない子供たちを攫っていたっていうの? ねえ…!!」

 

「ひっ…ぐへぇっ!」

 

その顔表情のまま男の懐へ淡希が空間移動をして飛び込むと、警棒で全力殴打された男は歯を飛ばしながら意識も飛ばされる。淡希はそのまま止まらずに1発、2発、3発と眼前に移動しては顎にクリーンヒットさせてひとり、ふたりと倒していく。

 

「感謝するわ…品評会の練習がこんな所でできるなんて、ねえっ!」

 

「こ、こいつ・・いつの間にいぎぃっ!?」

 

その姿はまさに淡希の誤魔化そうとした、高速で戦う人間の戦闘スタイルそのもの。右へ左へ、上へ下へと()()()()()()()()()動かれて気が付けば殴られている盗賊たちには、そうとしか見えなかった。

 

「は、早い! か、風のメイジか!? 蜘蛛の糸だ、面でとらえろ!!」

 

刃を抜いて応戦していたメイジ以外の人攫いを淡希が倒し終えた頃に、メイジ二人は共に詠唱を完成させると、蜘蛛の糸と呼ばれる魔法を撃ち放った。それはひどく粘つく縄のような物を放つ、相手を捉える魔法だ。

 

十字砲火のように放たれた何本もの魔法が格子状の網を作って淡希を捉えようと試みるが、それでも淡希の余裕は崩れない。

 

「貴方たちは…学院のラインメイジって子以下ね!」

 

淡希が逃げようともせずに警棒を振るうと、人攫い達の世界が歪む。やったと思った次の瞬間に、男たちの目の前には杖を抱えた仲間の姿。そして、一瞬後に自身に覆いかぶさる、ひどくねばつき地面に縫い付ける蜘蛛の糸の魔法が男たちを覆っていた。

 

「な、なんだこりゃあ…!どうして俺たちが、蜘蛛の糸に!?」

 

「お、おい…早く錬金の魔法でこいつを外してーー」

 

メイジ二人は最後まで言葉いう事はできなかった。へばりついて動けない次の瞬間、影がふたりの頭上にさすと、すり替えられた積荷の中にあった一番大きな岩が蜘蛛の糸で動けない二人の背中へと落ちてきていたからだ。

 

嫌な音と共にふたりのメイジが漬物のように潰されると、彼らが死ぬ前に淡希はその岩を自身の真後ろに飛ばして、椅子代わりにして足を開いたままだらしなく座る。怒りの中でも彼女はタバサの願いを忘れていなかったようだ。

 

「ふーっ…ふーっ…。あと、ひとりね。」

 

あれから空間移動で馬車に乗り込んだ淡希は、表通りにある馬車が裏路地の中でも広い道の近くを通り過ぎる瞬間、座標移動で子供たち全員をそこへと送り飛ばすと同時に、そこにあらかじめ空間転移でまとめておいた裏路地のごみや近くに見えた岩など、武器や防具になりそうなものを馬車の荷台の中へとまとめて送り込んだ。

 

そうしてからまっとうな兵隊の居る詰所へと子供たちを連れて行き、事情を話して子供たちをそこへ預けると警備の兵たちが人攫いの検挙に動くのを待つことなく、一人でまた空間移動で馬車を追って行き、関所の裏切り者の声を聞いてしまい、再び怒りにとらわれて…ということである。今度は冷静で居られなかった彼女は、そのままに蹂躙してしまったのだ。

 

「門の外で待っててもいつまでたっても来ないと思ったら…なんだいこりゃあ。」

 

淡希がクールダウンしていると、その蹴散らした者達の中に居なかった最後の一人の女メイジが姿を現した。

 

「見ての通りよ、人攫いさん。」

 

「見ての通り…か。随分派手にやってくれたじゃないか、お陰で商売あがったりだよ全く。」

 

「なら明日からはそこの馬車に似合う鋤でも持って、全うに生きるのね。」

 

「あんた、アタシをナメてんのかい。」

 

二人の間に緊張した空気が走る。銀髪の鋭い目をした人攫いの頭と思われる女メイジは、殺気だけなら淡希にも負けず劣らずのようだった。

 

「不思議な杖と不思議な魔法だ、どうだいアンタ。アタシと騎士試合をしてみないかい。久しぶりの強敵だ…サシで正々堂々と勝負がしたい。」

 

突然の提案に、淡希は肩を竦めて返す。

 

「生憎ね。この大陸の試合の作法なんて解らないのよ、私。」

 

「はっ、そんなもの…アタシを真似りゃいいのさ。」

 

「真似ねぇ。良いけれど、その前に聞きたいことが私にもあるわ。」

 

そう言って岩から尻を浮かせて立ち上がると、淡希は女メイジの正面に向き合った。

 

「なんだい? こっちはアンタを倒してとっととトンズラこかなきゃいけないから、出来るなら早くしてほしいんだけどね。」

 

杖を持ち、女メイジが猫足のようにつま先立ちになって素早く動ける姿勢をとる。一見自然にたっているように見えるが完全に戦闘体制に入っている。淡希は変わらずいつものように警棒を手で遊びながら、相手を照準のような目で捉えているだけだ。

 

「こそこそ動く人攫いが強敵を求めたり、試合形式を挑もうとしてきたくせに急ぐなんて、おかしな話ばかりね。ま…良いわ、それなら終わってからにしましょう。」

 

「ふん、余裕だね。」

 

距離をとってから女メイジが騎士試合にそった礼をとる。その形は会話をしながらとはいえ人攫いと呼ぶにはあまりに優雅で整っており、一度見た淡希にも覚えられるものだった。

 

覚えた淡希もメイジ同様に喋りながら礼の作法を真似ていく。

 

「そんなのじゃあないのよ。ただーー」

 

その時、女メイジが動いた。

 

「馬鹿ね! ラナ・デル・ウィンデ、エア・ハンマー!!」

 

見様見真似で淡希が礼をしている最中、淡希のもとへ踏み込みながら素早く詠唱を完成させると、彼女へ風の鉄槌を解き放つ。

 

「っ!」

 

礼の最中動けなかった淡希は、上半身に魔法を受けて岩をのけ反るように飛び越えて吹っ飛んでいく。ヴィリエとは比べ物にならない早さの洗練された動きが、淡希に空間転移をする暇を与えなかった。

 

「あははは、馬鹿だね。誰が騎士試合なんざするもんか。ほらほらどうしたのさ、試合なら終わっちまったよ? アタシに何か言いたいことがあったんじゃなかったのかい!?」

 

勝利に笑う女メイジに、岩の向こう側から声が帰ってくることはなかった。

 

何故ならば、既に彼女はそこにはいないから。

 

「そうね…まだ試合は終わってないけれど。」

 

響いていた笑い声が止まる。耳もと近くで後ろからかけられた声に、女メイジが部下の盗賊たち同様震え上がった。

 

「な…!?」

 

振り替えるとそこにいたのは、頭を打ったのか、額から一筋血を流しても笑みを浮かべたままの鬼が立っている。吹き飛ばしたはずなのに痛そうなそぶりは何もなく、ただただ眼を鋭くして、口に笑みを携えたままの鬼だ。

 

「馬鹿な、どうやって…! デルーー」

 

淡希の存在に怯えつつも女メイジは再び彼女へと魔法を向ける。

 

疑問を口にしているが理由など聞く暇もつもりもなかった。もはや女メイジは直感的に、淡希の不気味さから来る恐ろしさを寒気として肌で感じて、言葉も魔法も反射的に放とうとしたにすぎない。

 

「ウィンーーっ!?」

 

しかし、そんな怯えから来た、今をとにかくどうにかしたいという気持ちで、目の前の不気味なものを吹き飛ばすための魔法を唱えることは、女メイジには出来なかった。

 

既に彼女の杖が、警棒を持っている方とは反対の淡希の手にあるのだから。

 

「やられたわ。不意打ちもありだなんて…本当にふざけた騎士試合ね。」

 

「ば、馬鹿な! アタシの杖が!!」

 

淡希の座標移動の起こす、空間転移を知らない人間にはあまりに理解不能な現象に、思わず女メイジが後ずさる。

 

「ああ、さっきの事なんだけれどね…。」

 

「…くっ!」

 

それでも笑いながら話をやめない淡希に、他に戦う手を持たない様子の女メイジは反撃を恐れて距離を離すと、魔法が放ちにくい人混みの中へと消えてやり過ごしてから逃げるつもりなのか、広場の方へと逃げ出した。

 

「人の話しくらいちゃんと…聞くものよ!」

 

「ひぎ、ぎゃああぁあぁっ!!」

 

しかし、背中を見せての逃亡すらも…淡希の前では叶うことはなかった。

 

彼女の手から放たれた女メイジの杖が、そのまま杖の持ち主のアキレス腱へと突き刺さったからだ。

 

逃げ出そうとして鋭い痛みと熱を足首の腱へ感じ、苦痛に耐えきれずに顔を歪ませながら転ぶ女メイジ。いつの間に? 投げたのか? 魔法か? どうやって? 彼女が訳のわからないままに傷口をみていると、杖が再び消えて今度は反対の腱に激痛が奔った。またも彼女の杖が突き刺さっている。

 

「ひい、ひいいぃっ!?」

 

女メイジにはもう何もかもがわからなかった。それでも、ここに居てはいけない。その一心で足が動かなくても這うように淡希から逃げようとする。

 

また突き刺さっていた足から杖の感覚が消えたとき、彼女は自身に起こり来る未来、先ほど体験したことを想像しようとしたその刹那、手の甲から地面に突き刺さるように杖が手を貫く。

 

「あぎぁ…ぎひ……っ!」

 

もう逃げられない、女メイジは手を杖で地面に縫い付けられていた。もはや痛みに呼吸もままならず、自身の杖が、まるで上からすとんと降ってきたかのようにまっすぐで、固い地面に突き刺さっている理由を考える事すらできない

 

「それで、さっきの話だけれど。」

 

そんな生まれて初めて、今の悪事に後悔を感じた女メイジへ一歩、一歩…ひたりひたりとゆっくり話を続けながら迫る幽鬼がひとり。

 

「別に、試合が終わってから聞くってのは余裕でも何でもないわ、先に聞いても無駄だっただけよ。」

 

「あ…あ……。」

 

地べたに転がされた女メイジの目の前に立つ彼女は、男メイジたちが持っていた二つの杖を片手の指の間で挟むように持ちながら、もう片方の手に持つ警棒型懐中電灯を向けて言うのだった。

 

「だってほら、貴女をこうすることに何も変わりはしないもの。」

 

街外れの検閲所の門の前で、絶叫が鳴り響いた。

 

どうしてそんな酷いことをするのって、その理由なんてものを聞いたところで彼女に…淡希に少年を泣かせた人間を許すなんて事も、懲らしめるだけで済ますことも、出来るはずがなかった。

 

 

 

 

「これは…!?」

 

先程の詰所にいた警備隊の者がようやく淡希たちの居たところへと駆けつけると、既に決着も、執行も終わったあとだった。平民の人攫いは全て顔を腫らしながら倒れ伏し、男のメイジふたりは自身の魔法の網のなかで痙攣するも動くことはなく、頭の女メイジは串刺しにでもされたように、身体中にできた小さな穴から血を流している。

 

「遅かったわね。」

 

「お前…まさか一人で全てやってのけたのか。」

 

「そうよ…。」

 

うなずく事もなく項垂れたままに淡希は、返事だけを帰した。

 

「すまんな、本来は我々がもっと早くこいつらの犯行に気づいて、民を守るために動かねばならんと言うのに。」

 

「そうね、次からはよろしくお願いしたいわ。」

 

ひらひらと手を降って、岩に尻を乗せたままに淡希は顔をあげようとも立とうともしない。

 

「どうした…まさかどこかやられたのか!?」

 

「そういうことじゃないのよ、気にしなくていいわ。」

 

淡希の元気がない理由、それは頭の傷でも座標移動の使いすぎからくる能力者の疲労感でもない。落ち着いた今になって心のそこから這い出て来た、ただひとつのかつての言葉だ。

 

『こんな怪我を負わせたのはどこの馬鹿ですのよ!』

 

(…結局は、私はまだまだ変われてなんていないのね。)

 

串刺の痕まみれの女メイジや、骨や内臓にダメージを負っているだろう人攫いに、金貨を至るところに射し込まれた兵。死んでいないというだけで、かの言葉を淡希にぶつけた人間が見れば、どうみてもやりすぎだと彼女に平手打ちをするだろう。

 

正しいと、そう思った事のために使った力でも、怒りや私情が淡希は全く抜けていない。ここにきて彼女はヴィリエの時もそうだと思い至ってしまった。才人を助けたのは半分、それを口実にして彼女のしたこともまた、彼女にとっては馬鹿げたことを言うヴィリエがムカついたからこそ、挑発して決闘を誘うように言い返して自ら起こした…血の舞う惨劇だったのだと。

 

正義の味方になるつもりはないと、タバサの使い魔になる時に決めている。

 

しかし、それでも、これではただの癇癪持ちだ。

 

淡希はため息をひとつはいて、警棒のスイッチをかりかりと引っ掻いては指で弾いた。

 

(たまたま力を使う方向や理由が、正当性を主張できるモノだったに過ぎないわね…。)

 

それはつまり、行きすぎた制裁。

 

自分は変われていないと、能力を使って人を傷つける人間なままだと、淡希は自身に落ち込み項垂れていたのだ。

 

(だから…橋渡しをすると言った白井さんのように、私もタバサの街までの足になれたらなって、思ってたのだけれどね。)

 

どんなにそう言った行動を始めて取り繕っても、まだまだ忌み嫌う自分のままなのは、当分続きそうな気がして淡希がさらに憂鬱になる。するとやはりどこか悪いのかと気にかけたのか、警備隊の先頭に居た先程の人間が声をまたかけてきた。

 

「とにかく礼を言わせてくれ。ミス…ええと。」

 

そんな自分に礼など勘弁してほしいと思いながらも、淡希は重苦しく顔をあげて警備の女性を、金髪の前髪を揃えておでこの上辺りで切り揃えて、剣を携えた人間を見る。

 

「淡希よ。ええと…?」

 

「アニエスだ。ミス・アワキ。」

 

「ただの使い魔にミスなんて要らないわよ。ミス・アニエス。」

 

「私も貴族だがその呼ばれかたはどうもむず痒くてな…アニエスで構わん。しかし使い魔だと…ってお前、やはり頭を怪我しているではないか!!」

 

そう言って誰か彼女を詰所の医務室へと、金髪の女剣士アニエスが治療を促す。

 

「結構よ、あとは帰るだけだから。」

 

ふらふらと茫然自失の様に立ち上がる淡希をアニエスが肩に手を当て引き止める。

 

「そうもいかん! 報酬もまだなのにそんな体で功労人を帰せば私がどやされる。ええい、良いから来い!」

 

そう言われた淡希は、人に向ける場合にどう力を振るえば良いか悩んだままに、結局詰所につれて行かれて包帯を頭に軽く巻かれると、報酬としての金貨の入った袋を手渡される。ずしりと重みがある量で100枚ほどはある。

 

「金貨なんて、こんなにいいの?」

 

「子供を無傷の救出。常習的に繰り返していた人攫いのメイジ三人も討伐して連中に壊滅的打撃を与え、検閲所の裏切り者の摘発とおまけに雑兵まで片しているんだ、まとめて一人で受けとれば、そのくらいにもなるだろう。」

 

本来はひとりでこなす仕事ではないと、アニエスは言いたいようだ。

 

「そんなものかしら。」

 

「そんなものだ。」

 

なら有難くタバサの為に受け取りましょうと、淡希がこの世界の金貨や銀貨をまじまじとみているとなにやら、もじもじとした気配を感じる。

 

「あら? 貴方達はさっきの…。」

 

扉の隙間から見えるのは、10人ほどの助け出した平民と思われる子供たち。彼らが淡希のほうをじっと見つめている。

 

今この部屋に居るのはアニエスと淡希、それに包帯を巻いた部下が一人だけ。貴族だらけの部屋へ入るのをためらっているのだろう。

 

「どうしたの?」

 

そう言って医務室に入ることができなかった子達の前まで向い、前の列の真ん中に居る少年に目線を合わせるように淡希がしゃがみこんで、近い近い顔近い! 最高!! みたいな気持ちでいると彼らは一斉に笑顔を咲かせて、彼女に向けて口を開いた。

 

「「「メイジのお姉ちゃん、ありがとう!」」」

 

満面の笑みが一人の少女を包み込むと、鮮血が舞った…鼻から。

 

「わあ!? なになに! お姉ちゃんどうしちゃたの!?」

 

「まだ怪我があったのか! 大丈夫かアワキ!!」

 

どうしてそうなったのか解らないアニエスと、子供たちが困惑するなかで…淡希はあまりの嬉しいイベントに頭がのぼせて意識が薄れていく。

 

(何て素晴らしいのかしら、こんなことをされたらお小遣いくらいあげないといけないわねしんぱいしなくてもちゃんとおんなのこにもあげるわよウフフフフ……ぐふぅ。)

 

性癖と変態全開なことを考えながら、淡希は本当の意味で感謝もしていた。

 

それは…答えを見つけられたことへの感謝だ。

 

なんだ、正しく力を振るための基準点はこんな所に、簡単にあるったじゃないと。

 

この子供たちが笑顔になれるような、この子供たちが戦う自分を見て怯えないような、そんな力の振るい方。

 

そうなろうとする考えこそがきっと、人を傷つけるために力を振るう結標淡希が、誰かのために力を振るう結標淡希となる為の一番の近道なのだろうと、彼女は気づく。

 

そして…のけぞったままにバランスを崩して、後頭部を地面に打つと、なんとも間抜けな顔のままに気を失った。




タバサの冒険のストーリーも適当なタイミングでこうしてまぜこぜ出来ればいいなと思います。

サラダ食うあわきんがアニメで見たい人生だった…。

アニエスさんの貴族化のタイミングが解らないけれどこの世界ではもう貴族です。


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