不死騎団の副団長 (ハルホープ)
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遺骨の剣士
その名はカロン


初投稿です
よろしくお願いします


 ──―パプニカ王国……この国はホルキア大陸南部に位置し、世界有数の美しい町並みを誇る国と言われる。特産品である金属や布は高品質であり、各国がこぞって高値で買い取っている為国庫も豊富だ。

 また、軍事力に於いてもパプニカ三賢人をはじめとする多くの賢者や僧侶、魔法使いを有し、魔法を使えない兵士たちの質も決して低くはない。さらには王族自身も代々が優秀な賢者であり、ホルキア大陸に於いては最も国力に優れた国家であろう──―

 

「が、は……!」

 

「……こんなもんか」

 

 ……なんていうのが、俺たちが今攻め込んでいるパプニカ王国の一般的な認識だが、それはあくまで『人間』の視点から見た一般的な認識である。少なくとも『魔王軍』に於いてパプニカ王国は、有象無象の中の一つでしかなかった。

 

 強いて特別な点を挙げるとすれば、15年前の魔王にして現魔王軍司令のハドラーが、かつて拠点としていた地底魔城があるというくらいだろうか。

 

「馬鹿な……! なぜ……!」

 

「よ、っと」

 

 信じられないと言わんばかりに目を見開いている指揮官の腹から、俺は剣を勢いよく引き抜く。その男は血を吹き出しながら、ガックリと膝をついた。

 まだ辛うじて息のある指揮官の周りには、たくさんの兵士の死体……俺が殺した兵士たちの死体や、俺と共に敵陣へ攻めこみ、反撃を受けて倒れたモンスターたちの死体があった。

 

 

「何故だ……! なぜ人間が魔王軍に……不死騎団に……!」

 

 その指揮官は貫かれた腹を抑えながら、息も絶え絶えの様子で俺に聞いてくる。その余りに滑稽な質問に……俺は笑ってしまった。

 

「ク、ハハハ!」

 

「な、何がおかしい!」

 

「いや、そう勘違いされても仕方ないか、なにせ俺のナリはこんなんだからな」

 

 ひとしきり笑った後、俺は自らの身体を見下ろす。うん、どこからどう見ても、若い人間の男が戦士風の格好をしているようにしか見えない。

 

 

 だが、そう見えるだけだ。真実は違う。

 

 

「冥途の土産に教えてやるよ、俺の名はカロン……大魔王バーン様の禁呪法によって生み出された呪法生命体にして、魔王軍不死騎士団の副団長、カロンだ!!」

 

 

 人間の遺骨を依代に生み出された魔法生物……ある男がいなければ、不死騎士団団長になっていたはずの男こそ、この俺カロンである。

 

 なーんかあんまり強そうじゃないっていうか、ちょっと安っぽい名前な気がするけど、バーン様のネーミングにケチをつけるわけにもいかないよな。

 

「な、なんという……! 陛下、レオナ姫……申し訳ありませぬ……!」

 

 最期に無念そうに言い残し、その指揮官は事切れた。まぁ、結構な忠義の士だったんだろうな。弱かったけど。

 

 

「死んだか……でもアンタ、結構鋭いよ。俺は違うけど、この不死騎士団には人間がいるからな」

 

 

 

「カロン!」

 

 

 噂をすれば影……俺の上司である『人間』が俺の名前を呼んだ。

 

 

「ちょうど今終わったところだぜ、ヒュンケル」

 

「ふん……お前にしては時間がかかったな、カロン」

 

 

 ヒュンケル……この世全てを憎んでいるような瞳をしているこの『人間』こそが、俺たち不死騎団の団長である。

 

「お前こそどうなんだ? 人間を殺すのに戸惑って時間かかったりしてないか?」

 

「くだらないことを聞くな……正義こそ俺の父の仇! 人間を討つのに何を戸惑うことがある」

 

 

 俺たちは大魔王バーン様の下で人間を支配すべく戦っている魔王軍であるが、そんな中に人間であるヒュンケルがいて、しかも軍団長までしているのにはある理由がある。

 

 

 ヒュンケルは赤ん坊の頃に魔物に拾われ、魔王城で育てられたという異色の生い立ちを持つ人間だ。魔王城と言ってもバーン様の居城である鬼岩城ではなく、前述したハドラーが15年前に居城としていた地底魔城のことだが。

 

 武士の鏡のような人物であったとされる魔物、地獄の騎士バルトスの元ですくすくと育っていたヒュンケルだが……ハドラーを倒しに来た勇者アバンによって、バルトスは殺された。

 

 厳密にはアバンがその手で殺した訳ではなく、ハドラーが死んだことによる魔力供給の消滅によっての死亡だったとのことだが……ヒュンケルにとってはどちらも同じことだった。

 

 こうしてヒュンケルは、父を殺したアバンを、人間を、正義を恨むようになった。アバンへ復讐する為に、魔物に育てられた子である事を隠してアバンに弟子入りまでしたヒュンケルは、とてつもなく強い……本来ならば不死騎団団長になるはずだった俺では敵わないほどに。

 

 

 

 バーン様直々の推薦でヒュンケルが不死騎団長になろうとした際、クロコダインとバラン、ミストバーン以外の六団長たち、そして魔軍司令ハドラーは反対した。人間を魔王軍の要職に就かそうというのだから当然である。俺としてもバーン様の決定に正面から反対はしなかったが、思うところがなかったと言えば嘘になる。

 

 とは言え、バーン様直々の指名に加え、六団長の半数が賛成している以上、無下にはできない。バーン様とバランはヒュンケルの人間を憎む心を、クロコダインは純粋に実力を評価していたし、ミストバーンはずっと黙っていたのでよく分からないが、まぁ反対ではないのだろう。

 

 

 そんなこんなで実力主義である魔王軍らしく、正々堂々一対一の試合でヒュンケルと俺、どちらがミストバーンから暗黒闘気を習い、ガイコツ兵士たちを指揮する不死騎団長となるかを決めることになった。

 

 結果は惨敗……いや、俺の名誉の為に惜敗と言わせてもらおう。一言言わせてもらうならば、もう二度とブラッディスクライドは喰らいたくない。不死なのに死ぬかと思った。とにかく、ヒュンケルに敗北した俺は、団長ではなく副団長という地位に甘んじることになった。

 

 バーン様の魔力に何か異変があれば戦力が低下する不死騎団を安定して率いる為に、生命ある人間を団長に据えた……というのがバーン様の説明だが、それは詭弁であろう。

 何故ならば、本来は俺が不死騎団を率いる予定だった事からも分かるように、俺もそのデメリットをある程度克服しているからだ。

 

 詳しいことは禁呪法に疎い俺には分からないが、ハドラーが禁呪法で産み出したフレイザードとは違い、俺は人間の遺骨がベースだから、ガイコツ兵士が人間のような姿をしているのに近いようだ。なので核という弱点が存在せず、バーン様からの魔力供給が途絶えても、影響を受けずに戦える……らしい。その分戦闘能力はバーン様御自ら作り出した割には控えめだが。ヒュンケルに負けたし。

 

 あと、俺がバーン様みたいな威厳たっぷりの性格じゃないのもそれの弊害らしい。基本的には呪法生命体の性格は生み出した親の性格に色濃く影響される。しかしながら俺は前述したように普通の呪法生命体とは少々気色が異なるので、性格もバーン様の影響を受けていない。

 

 ……核となる性格がないから、なんか自分でもすげぇ無個性だったりブレてるように感じることもあるが……それはもうしょうがない。そういうものだと納得している。

 

 あるいは、俺のバーン様とは似ても似つかない性格は、俺の元になった遺骨の持ち主の影響もあるのかもしれないな。特別製なのだからそういうこともあるかもしれない。

 

 まぁ、その辺りの魔王軍や俺に関する七面倒くさい裏事情は正直どうでもいい。

 何故なら俺は、ヒュンケルの凄まじい強さを知っているからだ。あれほどの男ならば、俺が下にいるのも納得するしかない。

 

 閑話休題。

 俺は周りに築かれた死体の山を見渡しながら、ヒュンケルに話しかけた。

 

「不死である俺たちと、斬られれば死ぬパプニカ軍……戦力差は広がる一方だ。パプニカにほんの僅かに勝機があったとすれば、初戦である今、後先考えずに全戦力をぶつけるしかなかったが……この国は選択を誤ったな」

 

 そう言った瞬間、俺とヒュンケルの周りで倒れていたモンスターたちの死体がガバッ! と起き上がる。そう……モンスターたちの死体ではなく、死体のモンスターたちだったというわけだ。

 不死騎団のアンデットモンスターたちは、その名の通り不死身だ。彼らは全身をバラバラにでもされない限り、どこまでも進軍を続ける。

 

 結局のところ、今回の戦いにおけるこちらの損害はほとんどゼロだ。パプニカからしてみれば絶望的であろう。

 

 

「ククク……そう言うなカロン、人間というのは、いきなり背水の陣に立つのは難しいのさ」

 

「……お前が言うと皮肉だな、ヒュンケル」

 

 

 こうして俺たちはパプニカ王国との初戦を圧勝で飾った。噂に名高いパプニカ三賢人などは残っているが……ハッキリ言って、ほとんど消化試合だろう。

 

 

 何せ、俺とヒュンケルが揃っているのだから。

 

 

 



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一手遅れの総力戦

 初戦を圧勝で終わらせた俺たちは、その勢いのまま一気にパプニカを侵略しようと試みた。しかし……俺たちの前には、パプニカ王家の紋章が入った旗を掲げた大軍が立ち塞がっていた。

 

 

「パプニカ王自らがご出陣か……思ったより早かったな、ヒュンケル」

「広がり続ける戦力差の問題を理解しているということだ。パプニカ王は無能ではないらしい」

 

 以前戦った軍団も、人間基準では決して弱くはなかった。おそらく、王は最初から捨て身の覚悟でぶつかるつもりだったが、踏ん切りがつかなかったか側近に止められるかしたのだろう。

 

 最初に送り出した軍団が壊滅した事で、王やその側近も上げきれなかった腰を上げる決心がついたということか。

 

 

 

「そう言えば、パプニカにいた大魔道士マトリフは、その強すぎる力を疎まれて追放されたらしいが……お前としては、仇の一人を殺す機会に恵まれなくて残念か?」

 

 大魔道士マトリフ……アバンパーティの一人であり、ハドラーを、ひいてはヒュンケルの父バルドスを殺した呪文使いだ。魔法使いと僧侶の両方の呪文を使いこなすらしいが、賢者という一般的な呼び名を使わずに大魔道士などという酔狂な呼び名を使っているとのこと。そして、それに名前負けしないほどの実力を具えていると専らの噂だ。

 ……世渡りはあまり上手くないようで、パプニカの側近たちにイジメぬかれて彼の国を去ったらしいが。

 

「……くだらん事を聞くな。敵が来るぞ、お前も抜刀しろ……アムド!」

 

 俺の軽口に耳を貸さずに、鎧の魔剣を装備するヒュンケル。その鎧、兜の部分がすっげぇダサいと思うんだけど……面と向かって言う勇気はない。

 

 俺も、腰に挿していた自らの剣……「諸刃の剣」を抜刀する。

 この諸刃の剣は、鬼岩城の武器庫で埃を被っていたのを俺がハドラーの許可を得て持ち出したものだ。

 というのもこの剣、攻撃力はかなり高いのだが、敵に与えたダメージの幾分かが自分に返ってくる、文字通りの諸刃の剣なのだ。ヒュンケルの魔剣と同じく、自己修復機能もある。

 そんな危ない代物を使おうとする者はおらず──フレイザードは興味を持っていたが、奴は剣士ではない──簡単に手に入れる事ができた。

 

 

「魔王軍め! 我らのパプニカをそう簡単にやれると……ぐば!?」

 

 なんか色々言って気合い入れてるっぽい兵士を正面から一刀両断する。その時、諸刃の剣の反動ダメージが俺を襲うが……不死である俺には関係ない。

 

 どんな攻撃を喰らおうと、全身をバラバラにでもされない限り戦い続ける不死者の特性を活かし、俺は諸刃の剣のデメリットを踏み倒している。

 

 

 

「ブラッディスクライド──!」

 

「「「ぐあぁああああ!!!」」」

 

 

 俺が地道に敵兵を一人ずつ斬りつけてるその横では、ヒュンケルが豪快な必殺技で5人も10人も一片に殺している。

 ……俺も何か必殺技でも考えようかなぁ。

 

 

「ガイコツ兵! 何体か俺について来い! さっさと王の首を狙うぞ!」

 

 俺は必殺技への未練をひとまず横に置き、近くにいるガイコツ兵に指示を出す。

 前線ではヒュンケルが縦横無尽に暴れ回り、敵兵に甚大な損害を与えている。それでも王自ら率いている事もあり、パプニカ軍は統制を保っているが……王を討ち取れば、その統制も消えてなくなるだろう。

 

 

「カロンスラッシュ! ……うーん、必殺技に自分の名前入れるってのもダサいかな」

 

 適当に考えた名前を叫びながら剣を逆手に持って敵兵に斬りつけてみたが、イマイチなのでボツ。

 俺は色々試行錯誤しながら必殺技を考えて敵陣の奥深くへと斬りこんでいた。

 

 ……気がつけば、連れていたガイコツ兵たちは全員いなくなっていた。乱戦に巻き込まれているうちにはぐれたらしい。どうやら俺は指揮官というものに向いていなさそうだ。ついつい突っ走ってしまう。

 

「まぁ、いっか……っと!」

 

 眼前に迫ったパプニカ兵を十字に切り裂く。うーん、必殺技というには地味だな。いいのが思いつかないし、しばらくはただ地道に剣を振るだけに留めとくか。

 

 

「そこまでだ! 魔王軍よ! それ以上の狼藉は許さん!」

 

「うん?」

 

 邪魔して来る兵士たちを斬り殺しながら突き進んでいると、何やらその辺の雑魚兵士とは一味違いそうな三人組が現れた。男一人に女二人で、全員賢者風の格好をしている。

 

「情報は聞いていたけれど、本当に人間そっくりね……」

「油断しちゃダメよエイミ!」

 

「……誰だアンタら? 雑兵じゃなさそうだが」

 

「私はパプニカ三賢人が一人、アポロ!」

「同じく、マリン!」

「同じく、エイミ!」

 

 現れたのは、噂に聞く三賢人だったようだ。何というか、パプニカ三賢者と聞いてイメージしていたのは、白髪と白髭をボーボーに生やした爺さんのような存在だったが……目の前にいる三人は揃いも揃って若造ばかりだ。

 ……まぁ、年齢的にはフレイザードと同じく生後一歳の俺が二十歳くらいの彼らに若造と言うのも変な話か。

 

 

「噂の三賢者か……王を守らなくていいのか? あんたらみたいなのは王の側を離れないと思ってたが」

 

「陛下の御命令よ。前線の兵士の助けになれというね」

 

 俺の質問に律儀に返すのは、マリンとかいう女。自分を守る戦力をわざわざ前線の一般兵たちの為に割くなんて、パプニカ王はお優しい王様のようだ。

 

「それに、陛下のお側には側近の方々が控えているわ」

 

 エイミとかいう女がそう言う。横に並んでいるマリンと顔のつくりがよく似ている。姉妹かもしれない。それはそうと、パプニカ王の側近は無能で有名だったと思うのだが……なぜこの女はそんなに誇らしげなんだ? 

 

「大魔導士マトリフを追放してくれたありがたーい方々か……俺にとっても彼らは頼れる存在だよ、おかげでパプニカ侵略が楽になった」

 

 思わず俺が皮肉を飛ばすと、三賢者は揃って顔を顰めた。

 

「お前たちも無能だよな、魔王の脅威が去ってからほんの数年で増長しきって、魔王討伐の立役者を追い出し……そして今、俺たちに滅ぼされるんだからな!」

 

「黙れ! 魔王軍如きが、我らのパプニカをどうにかできると思うな!」

 

「……それ、さっき殺した雑魚も似たようなこと言ってたけど、流行ってんの?」

 

 つい熱が入って挑発をしてしまったが、アポロという男はそれ以上に熱の入った言葉を吐く。そしてそれが開戦の合図となった。

 

 

「メラミ──!」

 

 アポロが炎系呪文を放つ。ただの牽制以上の意味を持たないその攻撃を俺は敢えて避けずに喰らってみせた。

 

「な!?」

 

「不死の俺にそんなチャチな魔法が効くか!」

 

 体に纏わりついた炎を振り払うように走り抜き、アポロに肉薄する。そのまま一刀両断しようと刀を振り上げたが、そこで妨害が入る。

 

「ヒャダルコ!」

「バギ!」

 

 エイミとマリンの魔法だ。俺はアポロを斬り伏せるのを中断して、代わりに回し蹴りでヒャダルコの方へ蹴り飛ばす。即席の盾だ。哀れアポロ、マリンの放ったヒャダルコの直撃を受けてしまう。ちなみにバギの方は甘んじて受け、風の勢いに逆らわずに後退して距離を取った。

 

 

「ぐぅうああ!!」

「アポロ! 大丈夫!?」

「こ、この程度……!」

「ごめんなさい、私のヒャダルコが……ヒャダルコ……?」

 

 蹴り飛ばされた上にマリンのヒャダルコが直撃したアポロに、エイミとマリンが俺を警戒しつつ気遣わしげな声をかける。その時、マリンは何かに気づいたような顔をした。

 

「2人とも! ヒャドよ! ヒャドで凍らせれば、相手が不死の軍隊でも動きを止められるわ!」

 

 マリンが少々興奮した様子で叫ぶ。確かに俺たちはヒャド自体では死ぬことはないが、カチンコチンに全身を凍らされてしまえば、いくら不死とは言え身動きが取れなくなってしまう。

 

 

「さっき咄嗟にヒャダルコを防いだだけで見破ったのか……中々賢いな、三賢者なんて呼ばれるだけはある」

 

「アポロのメラミとエイミのバギは避けなかったのに、私のヒャダルコだけは避けた……それがヒントになったのよ」

 

 なるほど、避ける必要もない攻撃をわざわざ避けないというのは一見合理的に思えるが、逆に言えば避ける必要のある攻撃を相手に教えかねないということか。まだまだ学ぶことは多い。

 

「さすがよ姉さん! 兵士たちは不死の軍隊相手に厭戦気分が漂っていたけれど、対処法さえ知れれば遣りようはいくらでもあるわ!」

 

「……言っておくが、効くには効くが効果は薄いぞ?」

 

 ヒャドは避ける必要はあったとは言え、それはあくまで『全く効かない攻撃に比べて』効果があるからに過ぎない。ヒャド一つで攻略できるほど不死騎団は甘くはない。

 

「十分よ、対抗手段があるのとないのとでは大違いだもの」

 

「まぁ、遅かれ早かれ対処法は知られてただろうがな、不死も無敵じゃない」

 

 殺せないなら凍らせて動きを封じる。決して独創的な発想ではない。ここでマリンが気づかなくても、そのうちパプニカの誰かが気づいただろう。とは言え、不死の穴を見つけられたことに違いはないし、してやられたままというのも面白くない。

 俺は諸刃の剣の切っ先をマリンとエイミに向けた。ヒュンケルは女は殺さない主義であり、部下にもそういった騎士道を求めるが……だからといって、武器を手にし、確固たる戦う意思を持つ女にまで一切攻撃するなと言うほど狭量な男ではない。まぁその結果女を殺してしまったら、あまりいい顔はしないが。

 

「なんか女賢者を見るとこう、胸が熱くなるからあんまり戦いたくないんだが……ここは戦場だしな」

 

 そう、俺は女賢者の服装にフェチズムを感じる性質である。まぁだからといって戦場で温情をかけたりはしない。剣を地面に水平に構え、姉妹に斬りかかろうとする。

 

「ならば……! 私が率先して相手になろう……! ベホイミ!」

 

 その時、自らに回復魔法ベホイミをかけたアポロが起き上がり、俺の前に立ち塞がる。中々ガッツのある男だ。

 

「そいつはありがたいね……お前を徹底的にぶちのめして、その間に残り2人に逃げてもらうのが一番収まりがいい」

 

「ふざけないで! 私たちが仲間を見捨てて逃げるとでも思うの!?」

 

 他意のない台詞だったが、それを受けて姉妹は馬鹿にされたと感じたようだ。声を荒らげてきた。

 

「別に侮ってるわけでも蔑んでるわけでもない、本心から2人に逃げて欲しいと思ってるんだよ」

 

 別に説明する義務も義理もないが、俺は敵と交わす会話が嫌いではないので、肩をすくめながら真意を話す。

 

「うちの団長は騎士道精神旺盛でね、俺が女を斬るといい顔をしないんだ。それにさっきも言ったが俺自身、あまりあんたらを斬りたくない……が、戦場で向かって来られたら斬らざるを得ない」

 

「そういうことか……女に手をかけまいという心意気は、敵ながら認めよう」

 

 

 どうやら、アポロもうちの団長と同じ考えらしい。よく見れば、女の顔を傷つけたりしたらキレそうな顔をしている。

 

 

「だが! パプニカのため、ここを素通りさせるわけにはいかない! 名も知らぬ魔王軍の兵士よ! 今一度勝負だ!」

 

「……冥途の土産に教えてやる、俺の名はカロンだ!」

 

「アポロ! 援護するわ!」

「性別なんて関係ないわ、私たちはパプニカを守る!」

 

 戦闘が再開された。奴らは俺に効くと判明している唯一の魔法、ヒャド系を連発することにしたらしい。アポロは正面から、エイミとマリンはアポロの後方から冷気を放つ。

 それに対し俺は、アポロのヒャダルコを切り払い、マリンのヒャダルコを半身になって避け、エイミのヒャダルコはその身に受ける。流石に一発だけで凍りつくことはない。三連発をやり過ごした俺は、一番近くにいるアポロに肉薄し、その腹に剣を突き刺す。

 

「ぐわあああああああ!!」

 

「あ、アポロ──!」

 

 俺はアポロの腹から剣を引き抜くと、そのまま姉妹の方へ向かっていく。迎撃のヒャダルコが飛んで来るが、俺はそれを諸刃の剣で防ぎきる。刀身が少々凍るが、この剣は自己修復機能がある。放っておけば勝手に治るだろう。

 

「くっ……! エイミ!」

「え、姉さん!?」

 

 間近に迫った俺に対し、マリンは妹を後方に押しやり、自らが前面に出てきた。美しい姉妹愛ってやつか。

 

「はあぁあ!」

「が、ごぁっ!?」

 

 俺はマリンの腹に全力でパンチする。目を見開き、瞳孔を収縮させた後、どさりと倒れ伏すマリン。戦場での加減はこれが限界だ。

 

「終わりだ!」

 

 最後に残ったエイミに対し、殺さない程度に無力化しようとした瞬間……足元に倒れていたマリンが、俺の右足にしがみついてきた。

 

「なに!?」

「姉さん!?」

 

「エイミ……このままでは全滅よ! 殺さないとは言っても、おそらくはどこかに監禁される……! だからアポロを連れて逃げて!」

 

 苦痛に顔を歪めながらも、必死に叫ぶマリン。アポロは腹を剣で貫かれたが、すぐに治療すれば助かるだろう。確かにここで3人全滅するよりは、マリンだけが犠牲になって2人を逃がした方が合理的ではある。

 

「そんなのダメよ姉さん!」

「そう易々と逃がすわけがないだろ?」

 

 そもそも、腹パンされて力が出ない状態の女一人にしがみつかれた程度で、俺が動けなくなるわけがない。

 悠々とマリンを振り払おうとした瞬間……! 

 

「……!」

 

 嫌な予感がした俺は、右足に身体全体でしがみついているマリンに、思いっきり剣を突き刺す。

 

「ぐぅぁあああ゛あ゛あ゛!!!」

 

 凄まじい悲鳴をあげるマリンだが、しがみつく力を弱めない。そして……

 

 

「ぐ、あ、アストロン──!」

 

 俺の足にしがみついたマリンが、呪文を使う。

 

 マリンの身体は俺にしがみついたまま鋼鉄と化した。必然、俺はその場から動けなくなる。さらに悪いことに、咄嗟にマリンの背中に深々と剣を刺したが為に、諸刃の剣は鋼鉄の中に埋まってしまった。

 

「く、ぬかった!」

 

「ね、姉さん……!」

 

「エイミ! 今のうちにアポロを! 早く!」

 

 マリンの献身に一瞬呆然としたエイミだが、マリンの叱責を聞いて弾かれたように動き出し、倒れていたアポロに駆け寄ってベホマをかける。

 つーかアストロン中ってどうやって声出してるんだ? 

 

「ぐぅう、エイミ……? いったい、どうなって……」

 

「アポロ……! 姉さんが……!」

 

 アポロは俺にしがみついたまま鋼鉄と化したマリンを見て、全てを察したようだ。

 

「マリン……! 何ということだ……!」

 

 

「……行けよ」

「え?」

「マリンの奮戦に免じて、この場は見逃してやる……戦場の大勢も決したみたいだしな」

 

 俺は戦場を見回す。パプニカの兵士たちは、不死の軍隊を前に敗走し始めていた。

 

「ここにもすぐにガイコツ兵が押し寄せてくる……逃げるなら今だぜ」

 

「姉さんを見捨てて逃げるなんて……!」

「いや、エイミ……このまま全滅するよりは……!」

「そうよ! 私に構わず逃げて!」

 

 逃げるなんてとんでもないと言うエイミと、苦渋の決断を下そうとアポロ。アストロン状態のまま、逃げるように必死に諭すマリン。

 

「カロン! マリンを捕虜として丁重に扱うと誓うか!?」

「暑苦しい奴だな……誓うなんて大層なもんじゃないが、殺しはしないし必要以上に傷つけないとは思うぜ」

 

 雑な返しだが、アポロは一応の納得を見せたらしい。

 

「エイミ、逃げよう……今は逃げるしかない……!」

「ぐ……! いつか、いつか陛下やレオナ姫と共に反攻し、姉さんを助け出すわ!」

 

 泣く泣くマリンを諦め、その場を離脱するアポロとエイミ。それからしばらく後、ヒュンケルを先頭に不死騎団の面々がやって来た。

 

「よぉヒュンケル……悪いな、パプニカ三賢者を侮っていたみたいだ」

「な……!? 人間!?」

 

 この言葉と、アストロンしたマリンに剣を突き刺した格好のままの俺を見て、ヒュンケルは大方の事情を察したようだ。

 

「気にするな、こちらも王を取り逃している……パプニカ兵の忠義は本物のようだ」

「お前が取り逃がす? やっぱり、パプニカ王も無能じゃないみたいだな」

「どう、して……人間が、魔王、軍……に……」

 

 そうこうしているうちに、マリンのアストロンが切れた。鋼鉄の身体が元に戻り、俺の諸刃の剣に貫かれた背中の傷が痛々しい。受けたダメージが大きすぎたのか、そのまま彼女はガックリと気絶した。

 

 

「……とりあえず、この女の治療の用意をお願いしていいか? 放っておいても死にはしないだろうが、ヒュンケルも女のケガを放っておきたくはないだろ?」

 

「ほほほ……でしたら、地底魔城までそちらの女性を運び、しっかりとした治療を致しましょう」

 

 その時、チリンチリンと鈴の音を鳴らしながら突然現れたのはモルグ。執事のような格好をしたゾンビモンスターであり、戦闘力は高くはないが、見た目通り細々とした調整を得意としている。

 

「地底魔城?」

 

「そうだ、今回の侵攻でパプニカの防衛線は大幅に下がった……今ならば地底魔城をこちらの手中に納めることができる」

 

 地底魔城の位置を誰よりもよく把握しているヒュンケルがそう言う。何せ故郷だ、おそらくはパプニカを攻めだした時から、地底魔城へ行く事を決めていたのだろう。

 

「そうか、これからは地底魔城を前線基地にするわけか」

 

 こうして、俺たちは王御自ら率いた大軍を撃破し、三賢者の一人を捕虜にし……そして前線基地を手に入れた。




実際のドラクエだとゾンビ系にヒャドはあまり効きませんが、ダイ大はその辺結構オリジナル色強かったのでこれでいきます。
マリンは顔を燃やされる、スカートをズリ下ろされるとカワイソス枠なイメージがあったんで捕まってもらいました。


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地底魔城にて

 俺、ヒュンケル、モルグ、その辺にいたマミー(マリンを縛った上で抱えている)は、奪取した地底魔城にぞろぞろと訪れていた。地底魔城はその名の通り、地の底にある城である。火山の火口から地下の城まで続いていると聞いた時はもしも山が噴火したらどうすんだと思ったが、流石にその辺は心配なく、とっくに火山の活動には寿命が来ているらしい。

 

 外部から超強力な干渉を受けでもしない限り、この山は決して噴火することはないそうだ。そうでなければ、15年前にハドラーが居城にするはずもないか。

 

「ここが地底魔城か……中々良い城だな」

「ヒュンケル様にいたしましては、思い出深き場でございましょう」

「ああ、城の主はともかくとして、ここにいたモンスターたちはみな、俺を家族として受け入れてくれていた……」

 

 15年も放置されていた地底魔城には既に不死騎団が先行しており、ある程度の補修作業を済ませていた。今もガイコツ兵やマミーが慌ただしく動き回っている。

 戦闘中の鬼気迫る様子からは考えられないほど優しげな顔をしたヒュンケルが、そっと城の壁を撫でる。当たり前だ。赤ん坊の時からアバンがハドラーを倒すまでの間ずっと住んでいたのだ。思い出がないわけがない。

 

 あまりにもヒュンケルが懐かしそうにするせいで、なんだかこっちまで懐かしいというか、センチメンタリズムな気持ちになってきた。

 

「感傷に浸っている暇はない……先ほど悪魔の目玉から連絡が来たが、ハドラーがここに視察に来るとの事だ」

「ハドラーが? なるほど、かつての居城を取り返したと聞いて、わざわざ出向きに来るってことか」

「ならば、お迎えの準備をしなければなりませんな……カロン様、捕虜は如何致しましょう?」

「治療だけして牢屋に入れとけばいいだろ」

 

 俺がそう言うと同時に、縛られた状態のマリンを担ぎ上げていたマミーが彼女を連れてどこかへ行った。おそらくは医務室に行ったのだろう。その辺の作業は包帯だらけのマミーに任せた方がよさそうだ。なんせ連中は包帯の扱いに慣れている。

 

 

「じゃあ、ハドラーを出迎えるか」

「ヒュンケル様、カロン様、細々とした時間の調整などはこのモルグにお任せください」

「ああ」

 

 ~~~

 

 

「おやおや、魔軍司令殿ではありませんか」

 

 嫌味ったらしく慇懃無礼な口調で、ヒュンケルがハドラーを出迎える。そう言えば、ハドラーがしっかりしてればバルトスは死なずにすんだとか何とかで、ヒュンケルはハドラーのことを嫌ってたな。まぁかくいう俺もハドラーはなんとなく嫌いっつーか苦手だが。特に理由はないんだけど、なんとなくね。

 

「む!」

「なんじゃお主! 無礼じゃぞ!」

 

 ヒュンケルの態度に僅かに眉をひそめるハドラー。その横には、何故か妖魔士団団長ザボエラの姿もあった。

 

「ふふん、ザボエラ殿も相変わらず腰巾着のご様子で」

「な、なんじゃとぅ!?」

「よさぬかお前たち」

 

 副団長としてヒュンケルの後ろに控えている俺を置いてけぼりにして、険悪な雰囲気になる面々。だが、多少不機嫌そうながらもハドラーがその場を制した。

 

「ヒュンケルよ、地底魔城の奪取、誠に大義であった……最早パプニカ陥落は時間の問題であろう」

「……は、ありがたいお言葉」

 

 ハドラーが組織人として、上司としての態度に徹している以上、ヒュンケルも一応は部下として接することにしたようだ。

 

「うむ、この城にいると15年前を思い出す……憎きアバンめにこの身を斬り裂かれた時をな」

 

 

 だというのにハドラーと来たら、わざわざ自分から地雷を踏み抜いていった。ヒュンケルの表情が一気に険しくなる。

 

「此度ここに来たのは、かつての城に感傷に浸りに来たわけではない……ヒュンケル、お前には伝えておかねばならぬことができたのでな」

 

「……何でしょうか?」

 

 険しい表情のまま次の句を待つヒュンケル。何がおかしいのやら、ザボエラはそれを見てニヤニヤと笑っている。

 

 

「俺はこの度、バーン様から重大な任務を拝命した……そう、勇者アバン抹殺の任務をな!」

「な!?」

 

 なるほど、話が読めた。ヒュンケルがアバンを深く憎んでいることを知っているハドラーが、拝命した任務をダシに煽りに来たということか。

 

「……15年前の二の舞を演じることになりませんかな?」

「ククク……よもや文句はあるまい? アバン抹殺は大魔王バーン様より直接拝命した任務……覆したくば、バーン様へ直々に掛け合う他ないが?」

「……バーン様のお決めになられたことに異を唱えるなど、そのような真似は致しませんよ」

 

 表向きは平静を装うヒュンケルだが、その表情は苦渋に満ちている。内心はもっと複雑だろう。親の仇を横から搔っ攫われたのだから当たり前だ。

 

「アバンを憎むお前には伝えておかねばならぬと思ってな……では俺は準備がある故、そろそろ行くとしよう」

 

 ハドラーは黒いローブを大袈裟にはためかせて振り返ると、そのままザボエラを引き連れて去って行った。マジでヒュンケルを煽りに来ただけだったんかい。

 

 つーか俺一言も喋ってないな……いや、副官として後ろに控えてるんだから、必要がなかったら喋らないのは当たり前っちゃ当たり前だけどな。

 

 ずっと黙ってるミストバーンってどんな気分なんだろうな……などと有り体もない事を考えつつ、俺はヒュンケルに声をかける。

 

「ヒュンケル……」

「カロン、アバンは弟子作りなんぞに現を抜かして弱くなっていることだろう……だがハドラーは以前よりも強くなっている……結果は火を見るより明らかだ」

「……勇者アバンも年貢の納め時ってわけか」

「ふん! 俺自身の手で引導を渡してやろうと思っていたのだがな、口惜しいものだ」

 

 ヒュンケルの表情は複雑だ。怨敵を自身の手で討てないことへの悔しさ……だけではないように思える。

 

 自分自身の手で討てないとは言え、ずっと憎んでいた親の仇がこれから死ぬのだ。普通ならもう少し喜色を浮かべていいだろう。だと言うのにヒュンケルは、全く嬉しそうにしていない。いや、むしろこの表情を喜怒哀楽でカテゴライズするとしたら……

 

「なぁヒュンケル、お前ひょっとして……」

 

 

 ────アバンが死ぬことを哀しんでるのか? 

 

 

 俺はそう続けようとして、止めた。あり得ない。ヒュンケルのアバンへの、人間への憎しみを一番間近で見てきたのは俺だ。あの憎しみに満ちた瞳をずっと見てきたのは俺だ。そんな俺が一瞬でも、ヒュンケルが哀しんでると思ってしまうなんてどうかしてる。

 

「どうした?」

「いや、なんでもない」

 

 

 ……考えてみれば俺に人の感情なんて分かるはずないか。俺はバーン様によって作られた紛い物の命。骨が人間の皮を被って人間ぶっているだけだ。そんな骨人間がヒュンケルの感情を見誤っただけ。何もおかしいことなどない。

 

 同じ魔法生命体同士ということで、結構話をすることが多いフレイザードは、自らの人格に歴史がないと嘆いていた。だが俺はその人格すらあやふやだ。アイツのように勝利と栄光だけを生きがいにして生きていくこともできない。バーン様に生み出され、言われるがまま不死騎団団長になろうとし、ヒュンケルに負けてからは漫然と副団長をしている。

 自分でも自分がどんな性格なのかよく分かっていないのかもしれない。まぁ強いて言えば、女の趣味は賢者っぽいのが好きかもしれないが。

 

 

「カロン、悪いな……少し一人にさせてくれ」

「あぁ、まぁ、元気出せよ」

 

 俺が自らを顧みている間、ヒュンケルも物思いに耽っていた。そして複雑な表情のまま、その場を去っていく。その背中が少し哀しそうに見えるのは、やはり俺の錯覚だろう。

 

 俺もいつまでもここにいてもしょうがない。その辺にいたガイコツ兵にマリンの様子を聞いてみた。マリンは既に治療は終わり、今は牢屋に入れているとのこと。

 

 他にやることもない、捕虜にダメ元の尋問くらいはやっておこう。まぁ別にパプニカにはゴリ押しで勝てると分かってるから、機密情報なんてあってもなくても変わんないだろうがな。

 

 ということで牢獄へと向かっていたのだが……途中で意外な人物とすれ違った。

 

「ザボエラ? あんたまだいたのか?」

「ひょひょ……お主にプレゼントをやろうと思うてのう」

「俺に? あんたが? プレゼントだと?」

 

 当たり前だが、俺とザボエラはプレゼントを送りあって「キャーありがとーうれしー! 今度お返しするねー! あたしたちゎズッ友だょ……!」とか言い合うような仲ではない。というかほとんど会話したことなかったんじゃないか? 

 

「時が来れば分かるぞ、そう、すぐにな……ヒョヒョヒョヒョ……」

 

 気持ちの悪い笑い声をあげながら去っていくザボエラ。なんだったんだ? 

 俺は首を傾げながらも、牢獄の前までたどり着いた。

 

 

「カロン様! お疲れ様です!」

「よぉ、捕虜の女はここだな? 何か異常はなかったか?」

「は、それが……先ほどザボエラ様がお見えになられ、中で何かをなさっていたようなのですが……」

「なに、ザボエラが?」

 

 少々罰の悪そうな顔を(多分)浮かべている見張りのガイコツ兵士。勝手に捕虜のいる牢獄に誰かを入れて咎められると思っているようだ。だがまぁ、ザボエラは六団長の一人だ。無下に追い返すわけにはいかなかったのは理解できる。

 

「気にするな、奴が何を企んでるのかは知らんが、人間の捕虜に何をされた所で、俺たちには大して関係ないさ」

「はっ!」

 

 俺はガイコツ兵士にそう言ってやると、牢獄の中に入っていった。

 そこにはロープで後ろ手に縛られ、足首も縛られて床に座らされているマリンの姿があった。彼女は俺が入ってきたことに気付くと急に顔色を変えて……

 

「カロン様! おはようございます!」

 

 ……虚ろな目をして、なんかやたら馴れ馴れしく接してきた。事ここに至り、俺はザボエラの思惑にやっと気づいた。

 

「ははぁ、ザボエラの奴、この女の心を弄ったな……フレイザード辺りから俺の好みが女賢者って聞いたのか?」

「カロン様? 如何なさいまし……ゔ!?」

 

 座らされた体勢のまま、ずいずいとこちらに近寄ってきたマリンは、その露出の多い身体をピッタリと俺に引っ付けきた。反射的に俺はマリンの首筋に鋭い手刀を叩き込んでしまい、マリンは濁った呻き声をあげるとその場に倒れこんで気絶した。

 

 

 何というか、この女って不幸な星の下にでも生まれたんじゃないか……? 

 俺は倒れ伏すマリンを見下ろしながら、ザボエラの思惑を考察する。

 

 ザボエラはハドラーの腰巾着をしていることからも分かるように、権力の虫だ。だが決して無能というわけではなく、その魔力と知恵で狡猾に立ち回るタイプである。

 

 大方、予想よりも早く俺たちがパプニカ侵攻を進めているのを見て、ヒュンケルに取り入ろうとしたのだろう。相手が人間でも使えそうならば取り入り、甘い汁を啜ろうとする……あいつの考えそうなことだ。

 

 だがヒュンケルは物で釣られるような人間ではない。そこで、将を射んとする者はまず馬を射よ、と俺を取りこみに見当違いのお節介を焼いた……というところだろう。俺が女賢者好きなのはフレイザード辺りから聞いたか? アイツは社交的とは言い難い性格をしているが、俺ともザボエラともそこそこ親交がある。

 

 

「あ、やべ……尋問できなくなっちまった……」

 

 完全に伸びているマリンを見て、俺は自分の失態に気づく。でも俺は知的な感じのする女賢者が好きなんであって、あんな風に急にベタベタされたら嫌悪感の方が勝ったというか……。

 

「しょうがない、またあとでにするか」

 

 水をぶっかけて無理矢理起こしてもいいんだが、流石にちょっと可哀相に思ったので止めた。どうせ尋問だって形だけのものだ。無抵抗の女に拷問なんかしたら、俺がヒュンケルに殺されてしまう。

 

「とりあえず、この城を見学でもするかな……」




原作よりも前倒しされたハドラーの地底魔城訪問でした


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一方その頃

今回は三人称視点です。


 パプニカ王城、会議室。そこではパプニカの王及びその側近や大臣たちが難しい顔で円卓を囲んでいた。

 

「此度の敗戦での損害は計り知れません……大変申し上げにくいのですが、再び軍団を編成し、正面から魔王軍と戦うのは不可能かと……」

 

 パプニカ王の側近の一人である、眼鏡をかけた老人が歯切れの悪い口調で報告する。普段であればもっとハッキリと報告するように注意が飛ぶような口調も、今回ばかりは誰も咎めはしない。

 

「不死騎団……恐ろしい奴らだった……特にあの鎧の魔物……」

 

 あわやパプニカ王の首を取るかという所まで肉薄して来た鎧の魔物。当然ヒュンケルのことである。中に人間が入っているなどという発想を持たなかったパプニカ軍は、アムド状態のヒュンケルを鎧を纏った人間型の魔物だと認識していた。

 

「あれだけの猛者、しかも魔法も全く効かぬとは……打つ手はあるのか?」

 

 パプニカ王が的確な指揮でヒュンケルと周りのガイコツ兵を分断し、軍団長である彼を孤立させたまでは良かった。だがそこからヒュンケルは予測できない行動に出た。

 孤立させられたことを意に介さず、パプニカ王へ向けて突撃して来たのである。いくら鎧の防御力に自信があったとしても、単騎で軍団に突撃するなど正気の沙汰ではない。

 

 まるで死を恐れていないかのように苛烈に、激烈に兵士を斬り殺し、どんどん陣中深くへと迫ってくるヒュンケル。頼みの三賢者は前線を荒らすもう一人の難敵に当たらせていたが、魔法を弾く鎧を前に、賢者がいても対応できたかどうか……

 中の魔物も疲れ知らずではないはずだと、守りを固めて消耗戦を強い、その上で忠実な側近が身を挺してパプニカ王を凶刃から庇い、ようやく逃げることができた。そう、これだけの損害を出しながら、逃げるだけで精一杯だったのである。

 

「やはり、大魔導士マトリフ殿に頭を下げて助力を乞うしか……」

「率先してマトリフ殿を追い出したスコット殿は、王を庇って戦死なされた……今ならば戻って来てくださるのではないか?」

「どこにいるかも分からぬ男を探し出す間、魔王軍が待っていてくれるとでも思っているのか!?」

「今はマトリフ殿のことよりも、不死騎団への対応策を考えるべきではないか!?」

「その対応策がないからマトリフ殿を探そうというのではないか!」

 

 

 会議は紛糾した。大臣が互いに責任を押し付けあうなどといった無様極まりない事態には辛うじてならなかったが、誰もが有効的な対策を考えることができず、参列者たちに鬱屈としたイライラが溜まっていくばかりであった。

 それを見て、パプニカ王はある決意を固める。

 

「……レオナを呼べ」

 

 その言を受けて、大臣の一人が会議室の外に待機している兵士に命令を飛ばす。それからしばらく後……

 

 

「お父様……」

 

 扉を開けて現れたのは、今年14歳になるレオナ姫。流石にその表情は固いが、一国の姫として、国の危機にあっても必死に凛とした佇まいを保とうとするその姿には、指導者としての高い素質が感じられる。

 

 レオナの後方には、三賢者の残り2人……アポロとエイミ、そしてお付きの兵士であるバダックが控えている。アポロとエイミは、先の戦いで三賢者の一人、マリンが敵によって囚われてしまったこともあって、かなり思い詰めた表情をしていた。

 

「以前話していたダイという少年のことだが……」

「アバン先生にダイ君の家庭教師になってもらう話!?」

 

 

 それまでの固い表情を崩し、一気に年頃の少女らしい顔になるレオナ。その様子にパプニカ王は苦笑しながらも、やはりこの可愛い娘を死なせるわけにはいかないと決意を新たにした。

 

「うむ、我々パプニカでは魔王軍は手に余る存在であった……かくなる上は、勇者殿に頼る他ないのが実情だ」

「大丈夫よお父様! ダイ君がアバン先生に鍛えられたら鬼に金棒よ! 魔王軍なんて何とかしてくれるわ!」

「そうであるか、頼もしいな……」

 

 疲労の色を残しながらも、パプニカ王は周囲に指示を出す。

 

「アバン殿に王家からの依頼状をしたためる。内容はデルムリン島にいる少年、ダイの家庭教師となって頂くことである!」

「はっ!」

 

 指示を受けて、その場にいた大臣や側近たちは慌ただしく動き出す。会議室にはパプニカ王とレオナ、そしてそのお付きたちのみになった。

 パプニカ王がアイコンタクトを送ると、老兵バダックは素早くその意図を察した。アポロとエイミを連れて部屋を退出する。これで部屋には、父娘2人だけとなった。

 

「……勇者、か……結局最後は他人任せになるのは、15年前と変わらんな……」

「お父様?」

 

 尊敬する父王のただならぬ様子に、再び緊張した面持ちになるレオナ。

 

「……側近たちがマトリフ殿を追い出そうと画作していることは知っていた……だが彼らも、あまりに強大なその力を恐れていただけであったことも理解していた……だからこそ止めなかった」

 

 尊敬する父に対し持っていた唯一の不満点……大魔導士マトリフを追放した件についての話が聞けるとなり、レオナは佇まいを正した。

 

「今思えば、アバン殿が各王家と距離を取り、どこにも仕官せずに家庭教師をしていたのも、魔王の脅威が去った後は、自分が迫害されることが分かっていたが故なのかもしれんな……」

 

 アバンは故郷であるカール王国にすら帰らず、各地を放浪して勇者の家庭教師をしていた。レオナの尊敬するカール王国のフローラ女王は、そんな彼にやきもきしていたのをレオナはよく知っている。

 だが適度な距離感を保ち続けていたおかげで、マトリフのように行方すら掴めないという状況にはならず、アバンにダイの家庭教師となるよう依頼することができる。

 

「側近たちも決して我欲を満たそうとしていたわけではなく、後に国の脅威となりえることを警戒していたのだ……私にもそういった警戒心がなかったと言えば嘘になる」

 

 パプニカ王は淡々と、無感情に語る。

 

「その結果がこの惨状だ……彼がいれば、ここまで多くの兵士を犠牲にすることもなかったであろうな……」

「お父様……お父様はできるだけのことをなさったではないですか」

「確かに、私はできるだけのことをした……だが、結果は伴わなかった」

 

 パプニカ王はゆっくりとレオナに歩み寄ると、その小さな両肩に手を置いた。

 

「レオナよ、ダイという少年は、きっと立派な勇者になるであろう……お前はその時、彼のそばにいてあげなさい……私のように、その強大な力を恐れ、遠ざけてはならない」

「……はい、元よりそのつもりです、お父様」

 

 

 もう、ゆっくりと父と娘で会う事は何回もないかもしれない……そのことを理解していた2人は、その後は穏やかに、思う存分語り合った。

 

 

 

 ~~~

 

 

「ククク……首を洗って待っているがいい、勇者アバン……血祭りにあげてくれるわ!」

「ヒョヒョヒョ、滾っておいでですな、ハドラー様」

「む、ザボエラか……何をしておった?」

「骨男に少々老婆心を……いえ、大したことではありませぬ」

 

 地底魔城を後にし、本拠地である鬼岩城へルーラで帰還したハドラー。それから一泊置いてルーラで戻ってきたザボエラを見て訝しげな声をあげるが、ザボエラはのらりくらりと躱していた。

 

 カロンの推測通り、ザボエラはハドラーに取り入り甘い汁を啜ろうとしているが、保険として人間でありながら大魔王バーンに気に入られているヒュンケルにも取り入ろうとしている。

 

 

 だがヒュンケルは復讐と剣にのみ生きているような男で、取り入る隙がなかった。女に現を抜かすようであれば、自らの魅了魔法で女をヒュンケルの虜にでもして恩を売ろうと思っていたのだが、ヒュンケルの周りには女の影もない。

 

 

 そこで、まずは人間の皮を被った骨男、不死騎団副団長カロンと渡りをつけることにしたのである。ザボエラはフレイザードから聞いた話により、カロンは人間の女賢者を気に入っているという事を知っていた。そして悪魔の目玉での情報収集の結果、カロンが先のパプニカ侵攻で女賢者を1人、捕虜にしている事を突き止めたのだ。

 

 

 となれば後は単純だ。その女賢者に魅了魔法をかけて、カロンの虜にしてやればいい。あの女賢者は必死に抵抗していたが、たかが人間が妖魔師団団長の魔力に抗える道理はない。今頃カロンは感謝していることだろう……とザボエラは見当違いの策に溺れていた。

 

「……まぁよい、貴様は各地の悪魔の目玉でアバンを探せ。俺もガーゴイルに捜索の指示を出す。世界のどこに隠れていようと、数日で必ず見つけ出してやろう」

 

 世界の主要都市などには悪魔の目玉やザボエラの水晶、それでもカバーしきれない田舎の島などには大空を飛ぶガーゴイル。数日で必ず見つけ出す、というのは大言壮語でもなんでもない、単なる事実であった。

 

 だが、ハドラーは知らない……そのほんの『数日』、具体的に言えば3日間の空きが……とある少年を大きく成長させ、後々の最大の敵となることを……



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戦いの前々夜

なんかまるでエロ同人の導入を書いているかのような錯覚に襲われました。


「なぁモルグ、ちょっといいか?」

「おやカロン様、如何致しました?」

 

 地底魔城を探索していた俺は、モルグとバッタリ会った。丁度良かったので質問する。

 

「ザボエラの奴が捕虜の女に魅了魔法を使ったみたいでさ、引っ付いて来てキモかったから思わず首に手刀をやっちゃったんだけど、大丈夫と思うか?」

 

 戦闘に使われるメラやヒャド、ギラやイオならともかく、ザボエラの使った魅了魔法などの知識は俺にはない。ここは大人しく、物知りそうな奴に聞くに限る。

 

「そのような事が……魅了魔法は強い衝撃を与えれば解除されます故、カロン様が手刀をしたのならば、目が覚める頃には元に戻っていることでしょう」

 

 モルグは一瞬驚いたような顔をするものの、すらすらと説明してくれる。流石は有能執事ゾンビだぜ。

 

「そうか、それを聞いて安心したよ……ずっとああだと尋問はおろか会話すらできないからな」

「ほっほっほ……カロン様もお優しい方ですなぁ」

「そう褒めるなよ」

 

 その後は他愛ない世間話……まぁどこの国が滅んだとかどこの騎士団は手強いとか、他愛ないというには些か物騒かもしれんが……をいくらかした後、モルグとは別れた。

 

 そろそろヒュンケルの奴も気持ちの整理がついた頃だろうし、王の間に行く。別にヒュンケルは王様ではないが不死騎団で一番偉いのだし、いるとしたら王の間だと思ったのだ。推測通り、王の間で、鎧の魔剣を傍らに携えたヒュンケルが、目を瞑り腕を組んで玉座に座っていた。

 

 

「……タイミングがいいなカロン、そろそろ呼ぼうと思っていたところだ」

「ああ」

 

 俺の気配を察知して閉じていた瞳を開けたヒュンケルは、組んでいた腕を解いて俺を見据える。

 

「……アバンをこの手で討てぬのは口惜しいが、致し方ない……八つ当たりというわけではないが、今はパプニカを滅ぼすことに全力を注ぐ!」

「そうか……いや、そうだな。今の俺たちのやるべき事は、パプニカを滅ぼすことだ」

 

 仕事に邁進して嫌なことは忘れる。古来から続く気持ちの切り替え方だ。

 

「カロン、お前はパプニカの都に、明後日総攻撃をかけると布告しろ。明日一日だけ非戦闘員が逃げる時間を与えてやる」

「……えげつないな、兵士共はパニックが起きないように市民を逃がすのに必死で、明後日は疲れ果ててるんじゃないか?」

「む、そういう意図はなかったが……だが、それも兵士の責務だ。それで疲れて力が出せないというのは言い訳にはならん」

 

 天然でえげつないやり方を思いつく辺り、末恐ろしい男だ。末も何も現在進行形で恐ろしく強いのだが。

 

「逃げ遅れた女子供には手を出すなよ、家の戸を固く締めて中で怯えている者も捨て置け。狙うは王の首ただ一つのみ」

 

「……パプニカには姫が一人いたはずだが、そいつはどうする?俺としては女とは言え、王族を下手に生かしとくのは反対だが……」

 

 俺がそう言うとやや眉をひそめるヒュンケル。だが、こればかりはちゃんと話し合わなければならない。

 

「例え捕まえたとしても、王族は生きているだけで反攻の旗標になりえる……分かるだろ?」

「……お前の言うことは尤もだが、俺は女は殺さん。姫はこの城の牢屋に入れて捕虜とし、表向きには死亡したと伝える」

「まぁ、それならいいか……」

 

 騎士道もいいが、部下としてはもう少し融通を効かせて欲しいところだ。まぁ、頑なな騎士道がヒュンケルの強さを支えている一要素である以上、あまり悪くは言えないのだが。

 

「あと、お決まりのパターンとしては一部の者のみが知っている王族専用の脱出経路とかありそうだな……」

「ふむ、あり得るな」

「逃げた王族がレジスタンスやゲリラ化されても面倒だな……こういう事こそ、捕虜に聞くか」

「あの女か……手荒な拷問などはするなよ」

 

 相変わらず騎士道精神旺盛なことで……と思ったその時、俺の脳に閃きが走る。天啓を得た俺は、ニヤリと口の端を上げて笑った。

 

「わかってるわかってる、手荒なことはしないさ、手荒なことは、な……クク」

 

「……何かくだらないお遊びでも思い付いた時の顔をしてるぞ、カロン」

 

「失敬な奴だな。まぁあれだ、こないだ吟遊詩人からロモス発祥の歌を聞いてな、偽勇者の仲間の女がくすぐりに根負けしてパーティの情報を敵に流すという下りがあったんだが……そういうのならヒュンケルも文句はないだろ?」

 

 その時のヒュンケルは、まるで出来の悪い弟に呆れているかのような表情をしていた。

 

 ~~~

 

「う、ううん……はっ!」

 

 マリンが目を覚ました時、そこは薄暗い地下牢だった。手の後ろ手にロープで縛られ、足首も同じく縛られて床に寝転がされていた。

 マリンは上体を起こすと、必死に意識を失う前の記憶を辿る。確か不死騎団との戦いでアポロとエイミを逃がす為に人間のような魔物をアストロンで足止めし、それから……

 

「ひょひょひょ、お目覚めのようじゃのう、人間の女よ」

「っ!誰!?」

「ワシは妖魔司教ザボエラ……妖魔師団の団長じゃ」

「妖魔師団?」

 

 おかしい、自分が捕まったのは不死騎団のはずだ……とマリンは訝しむ。そんなマリンの困惑を知ってか知らずか、ザボエラは説明を始めた。

 

「なに、お主を捕まえた不死騎団副団長殿に、サプライズプレゼントを贈ろうと思うてのう」

「……サプライズプレゼント?私の知っている機密情報でも探ろうというの?」

 

 妖魔師団団長と一対一で対峙しており、しかも自分は縛られていて抵抗もろくにできない……という絶望的な状況であるが、毅然とした態度を崩さないマリン。だがザボエラは、その体が僅かに震えている事を目敏く見つけていた。

 

「ほう?なぜそう思う?」

「……私からあの男に贈れるものなんて、命か情報しかない……そして私を殺すならいつでもできる……なら、プレゼントなんて情報しかないでしょう?」

「なるほど……泣き喚いて命乞いでもするかと思えば、中々生意気な女よ」

 

 コツコツとマリンに歩み寄ったザボエラは、クイッ、と マリンの形の良い顎を持ち上げると、その瞳を覗き込んだ。

 

「な、なにを……」

「お主は若い女であろう?ならば、カロンに贈れるものがあるではないか」

 

 ニタァ、という底意地の悪い笑みを浮かべるザボエラ。そして、その瞳が妖しく輝いた瞬間……マリンの全身に、言い知れぬ不快感が走った。

 

「んぐ!?」

「魅了魔法でお主の心を少々弄らせてもらう……何、カロンの虜になるだけ故、心配はない」

「な!?」

 

 人の心を容易に書き換え、弄ぶ魅了魔法……御伽噺の中だけの魔法と思っていた恐ろしい魔法を当たり前のように扱うザボエラの凄まじい魔力と技量に、マリンは只々戦慄するしかなかった。

 

「ふざけ、ないで……!」

 

 だが、マリンは屈するわけにはいかない。カロンの虜になる……マリンはそこから最悪のパターンを推測していた。自分の身が穢されるだけならばまだいい。だがもし、パプニカへの忠誠心すら消され、不死騎団にパプニカ秘蔵の気球や、火急の際の避難場所として決められているバルジ島のこと等を洩らしてしまったとしたら……考えるだけで恐ろしい。

 

「私は、こんな魔法になんて、負けない……!」

 

 ザボエラと比べたら月とスッポンとは言え、マリンもパプニカ3賢者に数えられる程の実力者である。ザボエラの魅了魔法に必死に抵抗していた。

 

「ほう、人間にしてはそこそこの魔力を持っておるな……じゃが、それが却って苦しみを増すことになる……キィーヒッヒ!」

 

 ザボエラが魔力の放出を強める。次の瞬間、マリンを凄まじい頭痛が襲う。

 

「あ、がっ……!?」

「大人しく魔法にかかっておれば、そのように苦しむこともなかったのにのぅ……」

 

 マリンは鉄の意思と鋼の理性でザボエラの魅了魔法に抗っていたが、凄まじい頭痛のせいで意識が飛びかけたのを機に、ザボエラの魔力が雪崩れ込むかのように襲ってくる。

 

「ぐぁ、ううぐうぅあああああ!!!」

「キヒヒヒ!これであの骨男も、ワシに感謝することじゃろう!キーッヒッヒッヒ!」

 

 耳障りなザボエラの笑い声を聞きながら……マリンは、気を失った。

 

 ~~~

 

 

「う、ううん……はっ!」

 

 マリンが悪夢から目を覚ました時、そこは薄暗い地下牢だった。手の後ろ手にロープで縛られ、足首も同じく縛られて床に寝転がされていた。

 マリンは上体を起こすと、必死に意識を失う前の記憶を辿る。確か不死騎団との戦いでアポロとエイミを逃がす為に人間のような魔物をアストロンで足止めし、それから……

 

「……ひゃ!?ちょ、ははは!や、やめ、あはははははは!!ひ、ひゃはぁ!?あはははは!」

 

 気持ちの整理がつく前に、凄まじいこそばゆさに襲われた。

 

 

 ~~~

 

 

「なんか思ったより面白くないな……」

 

 俺は吟遊詩人から聞いたロモス発祥の歌の再現として、マリンをキメラの翼のフサフサで擽っていたが、あまり面白いものでもなかった。

 

「お、面白くなくて、わ、悪かったわね……」

 

 息も絶え絶えの様子のマリンが、恨めしげな視線を俺に向けている。正直すまんかった。

 

「まぁ捕虜を手に入れた以上、機密情報を吐かせる尋問はせざるを得ないからな」

「……尋問?ただの子供染みた嫌がらせじゃなく?」

 

 子供染みた嫌がらせとは手厳しいな。いや、確か歌によれば偽勇者を懲らしめたのは子供だったとのことだから、その再現を受けた感想としては正しいのか?

 

「あんまりガチな拷問とかしたらヒュンケルに睨まれるからな、それともザボエラの魔法が効いてるうちに聞いて欲しかったか?」

 

 そう言われたマリンは口を噤む。まぁあの状態のマリンに質問しなかったのはフェアな精神とかでなく、ただ単にキモかったからだが。

 

「最初からあんたが口を割るとは思ってないさ、今のはこれから襲撃予告しに夜勤確定の俺の憂さ晴らしも兼ねてたし」

「……襲撃予告?」

 

 憂さ晴らしの方にツッコミ入れられると思ってたのに、襲撃予告の方に食いつかれた。

 

「明後日の正午、俺たちはパプニカに総攻撃を仕掛ける……その予告さ」

「……奇襲はしないの?」

「うちの団長様は、非戦闘員が逃げる為に一日待ってやるんだと」

 

 それを聞いたマリンは、何かもの言いたげな、けれど複雑そうな表情で俺を見据えてきた。悪逆非道の魔王軍の癖にやたら騎士道精神旺盛な俺ら(つーかヒュンケル)に、思うところがあるのだろう。

 

「あんたもパプニカを落とした後はどっかに逃がしてやる予定だ、安心して待ってるんだな」

「……!く、私だけこんな、安穏としてるなんて……!」

 

 敵の捕虜になってるのは世間一般では安穏としてるとは言わないと思うが……まぁ、責任感が強いんだろうね。

 捕虜と話すのは結構楽しいが、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。そう、これから夜勤だからな、夜勤。

 

「……まぁ、元気出せよ」

 

 雑な形だけの励ましをしてから、俺は牢獄を出て、そのまま地底魔城からも出る。

 

「さて、と……キメラの翼!」

 

 さっきマリンを擽ったキメラの翼でパプニカ近くの平原まで飛んだ。

 これから大声を出す魔道具でパプニカの都に攻撃予告をしなければならない。俺らは魔法の資質のない奴らばっかだし、敵への示威行為も兼ねているから水晶玉で手軽に済ませる、というわけにはいかないのが辛いところだ。

 

 俺は歩いてパプニカの都の近くまで来た。もう夜だというのに、篝火がメラメラと燃えていて昼のように明るい。奇襲を警戒にいるのだろう。ご苦労なことだ。

 

「む?そこの男!止まれ!」

 

 仕事熱心な兵士が俺を見咎めて鋭い声をかける。こんな夜分遅くに来るなんて怪しさMAXだし、そりゃ警戒されるよな。面倒くさいし手早く済ませよう。

 

 俺は声を増幅させる魔道具……マジックメガホンを口に当てると、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「『聞けぃ!!我々は魔王軍所属、不死騎団である!!我々は2日後の正午、貴国へ全面攻撃をかける!!慈悲深い我らは、非戦闘員が避難する為の時間を作ってやることにした!戦う意志のn……』おっと!」

 

 口上を言っている最中に弓矢が飛んできた。普通こういうのって最後まで聞くのがお約束じゃないの?

 

「人相書きとそっくりだ!あの男は不死騎団副団長、カロンに間違いない!」

「たった一人でここまで来るとは笑止!戦友の仇を討たせてもらう!」

 

 兵士がワラワラ沸いてきた。なんだか面倒なことになったな……もう伝えるべきことは伝えたし、さっさと帰っちまおう。俺は二つ目のキメラの翼を空に放り投げた。

 

「戦ってやってもいいんだが、これ以上夜勤はごめんなんでね……あばよ!」

 

 こうして俺は締まらない形ではあったが攻撃予告を完了させ、地底魔城に帰還した。

 



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決戦ではなく──

 さて、あれから2日経ったが、昨日はガチで1日何もせずに非戦闘要員が逃げるのを待つ事になった。まぁヒュンケルが待つと言ったのだから待つに決まっていたのだが。

 

 何はともあれ、今現在俺たち不死騎団は、大量のガイコツ兵士を率いてパプニカの都のすぐ近くまで来ていた。軍隊のお出迎えは今のところない。籠城戦でもするつもりなのだろうか。

 

「一気に王宮まで攻め入る。足の遅い別働隊には神殿や詰所といった別の場所を攻めさせるが、カロンは俺と共に来い」

「ああ、あくまでも本命は王ってことだな」

 

 王さえ何とかすれば、国民は基本的に烏合の衆だ。逆に言えば王さえ生きていたら、国民は決して諦めないだろう。王を重点的に狙うというのは、非戦闘員を殺したがらないヒュンケルの心情と戦略的な合理性が合わさった稀有な例と言える。

 

 

「よし、進軍だ!」

「パプニカ王国は今日滅亡する!」

「ヒュンケル様とカロン様に続け──!」

 

 

 一気にパプニカの都に攻め入り、中を蹂躙する。あ、いや別に率先して建物とか壊してるわけじゃないんだけど、武装集団が一斉にごった返したら、結構通った後は荒れるんだよね。

 

 そうしてしばらく進んでいたら、兵士の一団と出くわした。

 

「パプニカのために──!」

「陛下のために──!」

「レオナ姫のために──!」

 

 鬨の声をあげながら突進してくる兵士たち。てっきり市民の避難誘導で疲れ果てているかと思ったが、気力はかなり充実しているようだ。

 

「はぁああああ!」

「でぇえりゃあ!」

 

 だが、相手が悪すぎた。ヒュンケルと俺が左右から同時に突進し、すれ違いざまに剣で切り付けまくる。それだけで兵士はほぼ全滅した。僅かに残った幸運な兵士たちも、ガイコツ兵に呑まれて見えなくなる。と、その時……

 

「ぱ、パプニカ王国、バンザ────イ!!」

 

 ガイコツ兵士の群れに呑まれた兵士たちの中から一際大きい声が聞こえてきたかと思うと、ボン、という小さな破裂音がした。その直後、何かが放物線を描きながら空中へと登っていき……パン、と青い爆発が起こった。

 

「なんだ?」

「報告します! 敵兵の一人が、火薬玉を隠し持っており、メラで着火した模様!」

 

 思わず漏れた俺の呟きに、ガイコツ兵士が報告する。なるほど、遠距離連絡手段として火薬玉による信号弾を使ったということか。魔族のように強力な魔力を持っていれば血文字やら水晶やら幻影やらで手軽に遠距離通信できるのだが、普通の人間や俺のように魔力のない魔物だとそうは行かない。

 

 パプニカも色々考えて工夫を凝らしているということか。

 

「情報伝達か……だが、色による識別じゃあ大した情報は送れていないはずだ」

「ああ、どの道ここで止まるという選択肢はない……作戦を続行する!」

 

 小細工を力で捻じ伏せられるのは強者の特権だな。

 そうして、その後も俺たちは順調に進撃を続けていたのだが……

 

「妙だな……」

「ああ、やけに抵抗が弱い」

 

 そう、パプニカの抵抗が想定よりもずっと弱いのだ。いや、厳密に言えばパプニカ兵個人個人の抵抗は相変わらず頑強だ。だが、組織的な行動としてはやけに散発的な抵抗しかして来ない。

 その辺の家に潜んでいた少数の兵士が飛び出して来て俺たちに迫って来たり、バリケードを作って抵抗しているかと思えば、バリケードの中には小規模な兵士しかいなかったり……正規兵というより、まるでゲリラのような戦い方をする。

 

 そしてどの兵士たちもやられ際に青い信号弾をあげて、パプニカ王国の名を叫びながら絶命していった。

 

「カロン、どう思う?」

「……戦力の低下からゲリラ戦をせざるを得なくなった……ってのは都合よく考えすぎだよな……罠、かもな」

 

 

 よくある戦術としては、敵が陣中深くに誘い込まれてきた所を包囲して一網打尽……などが怪しいか。うちのお優しい団長様の意向によって、丸一日の準備期間があったのだから、罠なんていくらでも準備できただろう。

 

 俺がジト目でヒュンケルを見ていることに気づいているのかいないのか……ヒュンケルは指示を飛ばす。

 

「多少進軍速度を落とし、警戒を密にして進むぞ」

「そうだな……王宮まで行けば、どのみち真実も分かるだろ」

 

 不可解な抵抗を受けながら、俺たちは王宮の目の前にまで到達した。残りの三賢者、エイミとアポロすら姿を現さなかった。一体全体どうなってるんだ? 

 

 首をかしげながらも、俺たちは王宮へ入る。中は藻抜けの殻だった。兵士が襲ってくることもない。

 

 これはいよいよどういうことかと突き進んでいるうちに、ある一室……謁見の間へと辿り着いた。扉の向こうにはようやくというべきか、人の気配がする。だが、その数は多くはない。

 

「……ここからは俺とカロンで行く。あまり大勢と押し掛けるのは王族に無礼だ」

 

 騎士道精神を発揮させたヒュンケルがそう言う。まぁ、扉の向こうの気配は明らかに兵士が大勢ひしめき合っているようなものではないし、俺も反対しなかった。

 

 仮に兵士が大勢いても、どんな巧妙な罠があったとしても、俺とヒュンケルなら簡単に切り抜けられる自信はあったが。

 

「行くぞ、カロン」

「あぁ、ヒュンケル」

 

 重厚で豪奢な扉を開けて、俺たちは王の間に入った。

 

「逃げてなかったのか、てっきり尻尾を巻いて逃げたんだと思ってたが」

 

「……そなたらが、不死騎団か……」

 

 謁見の間の玉座には、パプニカ王が悠然と座っていた。その周囲には、重装備をした歩兵が10人ほど控えている。

 

「人間と見紛う魔物というのは本当だったのだな……報告によれば一人とのことだったが……」

 

「……俺は、不死騎団団長ヒュンケル……アバンを、正義を憎む『人間』だ」

 

 王の疑問に、ヒュンケルが無表情で返す。

 

「なんと、なぜ……いや、事ここに至っては、理由など聞くのは無意味というものか……」

 

 まぁデリケートな部分だからな、ヒュンケルだって自分の出生を言いふらしたくはないだろう。それに王の言う通り、今さら理由なんて関係ない。俺たちはただ殺すだけだ。

 

「……パプニカ王、なぜ逃げなかった?」

 

 ヒュンケルが聞く。問答無用で殺さないのは騎士道か。騎士物語の騎士って敵の王にも礼節を弁えるし。

 

「私は王だ……臣民たちが過不足なく他国へ渡れるように差配しなければならなかった。逃げるわけにはいかなかったのだよ」

 

「ご立派だが、王だからこそ生き延びる責任があるんじゃないか?」

 

 俺はそこで話に入る。指導者ならば、全体の為に少数を切り捨てる決断だってしなければならないだろう。王さえ生きていれば反抗の意思を失わないような連中の存在を考えると、こいつは何を犠牲にしてでも真っ先に逃げるべきだったんじゃないか? 

 

「一理あるな……だが、生き延びる責任があるのは、私ではない……」

 

「……なに?」

 

「……私の妻は産後が悪く、レオナを産んだしばらく後に病死した。それからは王として、父親として、母親のいない寂しさを感じさせないように目一杯の愛情を注いできたつもりだ。

 王族としても立派に成長しており、あの子はやがては偉大な指導者になるだろう。これは決して、親の贔屓目だけではないはずだ」

 

 なんだ? なに急に親馬鹿っぷりを発揮してるんだ……? いや、待てよ……

 

「まさか……!?」

 

「うむ、そのまさかよ……私はレオナを、そして一人でも多くの臣民を逃がすことに全力をあげた! 魔王軍は手強い……今の我々には勝機はない……だから私は未来に賭けたのだ! レオナと、あの子の信じた小さき子が、やがて立派に成長し、今日という日を生き延びたパプニカ臣民たちと協力して、国を再興し……お主らを打ち倒してくれることを信じて!」

 

「……申し訳ない、貴方を過小評価していた……その威風堂々たる姿、敵ながら天晴れと言うほかない」

 

 ヒュンケルは心から感服したように頭を下げる。俺も柄にもなく感嘆してしまった。レオナ姫さえ生きていれば、いつか魔王軍に反攻し、パプニカを取り返してくれる。民が一人でも多く生きていてくれれば、その際に国に帰ってきて復興してくれる……希望的観測と言ってしまえばそれまでだが、俺はその心意気を否定することができなかった。

 

「こちらこそ敵ながら礼を言う、そなたらが一日待っていてくれたおかげで、たくさんの臣民を事前に避難させられた……昨日逃げられなかった者や最後まで誘導をしていたレオナも、死兵が命を賭して稼いだ時間で既に避難は完了した」

 

 てっきり罠でもあるのかと思ったら、ゲリラ連中は少しでも時間を稼ごうとしていただけで、信号弾も敵の接近を知らせていただけだったってことか……

 

 

「エイミとアポロも、本当ならば不死騎士団と戦い、マリンを取り返したかっただろうに、レオナのそばについてくれた……私には過ぎた家臣だよ」

 

 しんみりとした口調でそう言うパプニカ王。アポロとエイミは元気なようだ。

 

「だから私は、少しでも将来、彼らが楽になるよう……今ここで死力を尽くす!」

 

 王がそう叫んだ瞬間、彼の横に控えていた重装備をした10人のパプニカ兵士が前に出て、俺たちに武器を向ける。

 

「私の死に付き添ってくれるという酔狂な者達だ……せめてお主らどちらかだけでも、道連れにさせてもらおう!」

 

 

 半数ずつに分かれて、俺とヒュンケルに向かってくる重装歩兵たち。

 

「受けて立とう……」

「だが、道連れになるつもりはないぜ」

 

 俺たちも剣を構え、それぞれ歩兵たちに突っ込んでいく。

 

「はぁああ!」

 

 盾を構えて突っ込んで来た歩兵を切り裂く。あと4人。だが、盾ごと切り裂く為に大振りにならざるを得ず、その隙に他の歩兵に斬られてしまった。

 

「ぐぅ! 流石だ、俺が人間だったら今ので死んでたぜ!」

 

 返す刀で俺を斬ってきた兵士の首を切り落とす。あと3人。

 

「……? その太刀筋……イオラ!」

 

 王の援護魔法が飛んできたが、近くにいた兵士を蹴り飛ばして盾にする。怯んだ隙にそいつを鎧ごと切り裂いた。あと2人。

 

「がぁああああ!」

 

 兵士の一人が特攻し、自分から剣に貫かれに来た。だが、こいつはとち狂ったわけではない。自らを貫いている刀を身体全体で抑え、剣を封じるのが目的だった。

 

「はぁあああ!」

 

 その隙に残った一人が槍で俺を突いてきたが……俺は剣を持っていない方の手で穂先を掴んで止めた。

 

「なに!?」

 

「……俺は剣が得意だが、槍だって使えないわけじゃないんだぜ!」

 

 無理矢理槍を奪い取った俺は、クルリと手の中で槍を回転させると、そのまま兵士の心臓を刺した。あと1人。いや……

 

「立ち往生、か」

 

 俺の剣を身体を張って封じ込めていた兵士は無理が祟ったのか、立ったまま死んでいた。

 

 ふと横を見れば、ヒュンケルも既に5人の兵士を殺していた。つーかよく見たらアムドしてないよあいつ。絶対負けない鎧で勝負するのはフェアじゃないとでも思ったのかね。

 

 

「お主……何者だ!? その太刀筋はどこで覚えた!?」

 

 その時、王が俺に向けて血相を変えて叫んだ。なんだ? なぜここで俺の戦い方なんてのの話になる? 生まれた時には覚えてたから、どこでも何もないんだが……

 

「冥途の土産に教えてやるよ、俺の名はカロンだ」

 

「そういうことを聞いているのでは……カロン、カロンだと? そしてその太刀筋……ま、まさかお前は……!?」

 

 

 

 

 何か重大なことに気付いたようなパプニカ王。何となく、本当に何となくだが、俺はその先を聞いてはいけない気がした。だから、だから俺は────

 

 

 ────王の左胸、その心臓に、諸刃の剣を突き立ててやった。

 

「が、がは……! あ、哀れな……お主は、自らの数奇な運命に気づいていないのか……?」

 

「……そういうさも意味深ですよみたいなセリフ、俺は好かんぜ」

 

 

 ……俺に数奇な運命? バーン様によって作られただけの命である俺に? そういうのは伝説の勇者とかが感じるべきもので、俺とは縁がないもののはずだ。俺はただ命じられるまま戦うだけのケチな魔物だ。

 

 

「ぐ、ぐぶ……! れ、お……な……あぁ、瞼の裏に、浮かぶようだ……おま、えと……ダイ、という、少年、が……魔王軍を、倒す、その、光景……が……」

 

 最期に愛娘の名を呼んだ王は、ゆっくりと地に崩れ落ち……やがて、事切れた。

 

 

 ……想定よりもずっと簡単に王を殺した。その分、姫をはじめ取り逃した人間も多いが、それはこれからゆっくりと狩っていけばいい。

 この結果は客観的に見れば大勝利と言える。普通ならば、諸手をあげて大喜びするところなのだろう。

 

 

 

『あ、哀れな……お主は、自らの数奇な運命に気づいていないのか……?』

 

 

 

 だというのに俺は、喜びもせず、ただそこに突っ立っていた。王の遺した謎めいた言葉が、文字通り骨身に染みていて……心の中にいつまでもいつまでも、こびりついていたからだ。

 

 ……所詮人間ぶってるだけの骨魔物に、心なんてものがあるのかは分からないが。

 




決戦ではなく──
決戦ではなく罫線
決戦ではなく継戦

パプニカ王の考えをダジャレにしたのが今回のタイトルです。


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その後、あの頃、そしてこれから

 王を殺した後、不死騎団はパプニカを占領した。王の尽力もあってパプニカには逃げ遅れた市民はおらず、敢えて逃げずに抵抗するような戦士が僅かにいるのみであった。そういう奴らにはガイコツ兵共をけしかけるそうだ。レオナ姫の一派は終ぞ見つからなかったが、そのうち見つかることだろう。

 

 

「……数奇な運命、ね……」

 

 そういった事後処理を尻目に、俺はパプニカの建物の残骸である瓦礫の山に腰掛けて、深く物思いに耽っていた。パプニカ王の最期の言葉が、頭から中々離れない。

 

 

 あの後、王を殺した俺は、まずヒュンケルに謝罪した。団長を差し置いて副団長の俺がいきなり王を殺してしまったからだ。まぁヒュンケルがそういう手柄やら首級やらに拘らない奴なのは分かっていたが、一種のケジメだ。

 王を殺した後の、ヒュンケルが俺を気遣っているような何とも言えない空気を切り替えたかったのもある。

 

 ヒュンケルは俺を一切咎めずに許すと、しばらく自由にしているように言った。まぁ、残党狩りは大して急ぐわけではない。そもそも人間の国を滅ぼすこと自体、別に早さを競っているわけでもない。結構自由気ままに戦争そっちのけで色々やってる軍団長とかもいるし。

 

 そんなこんなで俺は戦争の跡が色濃く残るパプニカを眺めながら、何をするでもなくボーっとしていた。

 

 ……やっぱり俺は、あの王の言葉の真意を知ってはいけないと思う。俺は人の骨がベース故に、人間ぶるのが好きなだけの魔物だ。数奇な運命がどうとか……そういうのを詳しく知ってしまうと、俺が俺でなくなってしまう気がする。というか普通に考えて、あの王の言葉は妄言の可能性だってある。

 

 そう、気にしないことが一番いい。頭では分かっているのに、気が付いたら色々ウジウジと考え込んでしまっている。

 

 

「……こんな風に悩んでるのを見たら、アイツはイラつくだろうな」

 

 

 瓦礫の上で寝転んで、目を閉じる。嫌なことを考えてしまうのから逃れるには、不貞寝が一番いい。少々危機感に乏しいかもしれないが、どうせパプニカの残党はこの辺にいないだろうし、いたとしても残党程度に俺は殺せない。

 

 ……頬を撫ぜる優しい風を感じながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていく。世界一美しいと謳われたパプニカの街並みは崩壊しているが、皮肉にもそのおかげで大分風通しが良くなった。

 

 ああ、これは良い夢が見れそうだ……

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 どちらが不死騎団団長になるかを決める試合で、俺はヒュンケルに負けた。悔しさのような感情が全くないと言えば嘘になるが、アイツの方が強かったのだからしょうがない。別に不用品として『処理』されるわけでもないし、俺はあまり気にしていない。

 

 だが……

 

「テメェ……いくらバーン様のお気に入り相手とは言え、たかが人間に負けやがって……」

 

 同じ呪法生命体である氷炎将軍フレイザードはどうやら、俺以上に俺が人間のヒュンケルに負けたのがご立腹のようだ。まぁ俺は元が人の骨だからあまり人間が嫌いじゃないけど、フレイザードは人間全般を見下してるフシがあるしな。

 

「フレイザード……お前とはそこそこ話す仲だが、これに関してはとやかく言われる筋合いはないな」

「そこそこ話す仲ぁ?確かに不本意だが、同じ呪法生命体同士、俺はそこそこテメェを意識していた……」

 

 まぁ、多少の差異はあるが同じ境遇だしな。

 

「だが、だからこそ気に食わねぇ……同じであるはずのテメェの、その腑抜けさがな!」

「腑抜けだと?」

 

 俺は眉をひそめる。流石に正面から腑抜け呼ばわりされたら少々不愉快だ。

 

「テメェはなぜそんな風に納得してやがる……?不死騎団団長になる為に生み出されたテメェは、自分の存在意義を奪われたんだぞ?」

「別に……ヒュンケルの方が強かったってだけだ、そこに異論を挟むつもりはない」

 

 そもそも存在意義はまだある。副団長とかいうオマケみたいなものではあるが。

 

「気に食わねぇな、その腑抜けた態度……まるでクソ弱ぇ人間みてぇだ」

「……俺は元々のベースが人間だからな」

「屁理屈捏ねてんじゃねぇ!」

 

 そう言うと、フレイザードの炎の半身が燃え上がった。もっと怒らせてしまったようだ。

 

 

「ケッ、俺はこの後軍団長としてバーン様に謁見する……テメェは指を咥えて見てやがるんだな!」

 

 怒ったと思ったら、捨て台詞を吐いてズカズカと去っていった。ったく、なんだったんだか。

 

 

 その後、俺は六団長たちが顔合わせを済ませ、ヒュンケルが出てくるのを謁見室の前で待っていた。だが、ヒュンケルよりも先に出てきた人物……フレイザードの姿を見て驚愕する。フレイザードは、その氷の半身がドロドロに溶けていた。

 

 「フレイザード!?お前、それ……!」

 

「ククク……バーン様への忠誠心を示すため、業火の中のメダルを取りに行ったのさ……ケケ、あのバランやクロコダインでさえ躊躇した炎の中に、俺は真っ先に飛び込んでやったのよ」

 

「馬鹿な……お前は半分氷だろ?なんて無茶を……そこまでする必要はなかっただろ?」

 

 半分の炎にとっては業火など何でもないかもしれないが、半分の氷にとってそれは致命的だ。無茶どころか、自殺行為に近い。いくらバーン様への忠誠を示す為とは言え、異常だ。

 

「俺の人格には歴史がねぇ……」

「なに?」

 

 俺が驚愕している様子を見て、フレイザードは語りだす。

 

「生み出されてから一年も経ってない『俺』という存在を証明できるのは、とてつもない手柄だけだ!だから俺はこの半身が消え去ろうと、手柄を手に入れられるなら構わねぇ!」

 

「……馬鹿が……長く生きて人格の歴史を刻もうとは思わないのか?生きてりゃ存在の証明なんていくらでも……」

 

「ケッ!テメェみてぇな腑抜けには分かんねぇだろうがなぁ!勝利の瞬間の快感だけが!仲間の羨望の眼差しだけが!このオレの心を満たしてくれるんだよ!安全な場所で死なねぇように、大した手柄もなく長く生きても……俺は『俺』を証明できねぇ!」

 

 一方的に言葉を叩き付けると、フレイザードはそのまま去っていった。俺はその背中に、何も言うことができなかった。生き急ぐかのようなフレイザードの激烈さ。アイツは百年や千年生きるよりも、一年で死のうと未来永劫消え去らない栄光を求めている。

 

 なまじ不死であるが故に、俺は空っぽの目をした髑髏のように、無感動に生きてきた。でももし、もしも俺もあんな風に……一瞬でも、閃光のように耀き、その光が瞼の裏に残り続けるような生き方ができたら……

 

 

「……羨ましいよ、フレイザード……俺もあんたみたいに、炎のような激情を持てれば……」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

「……あー、良い夢というより、懐かしい夢を見たな……」

 

 俺はゆっくりと身体を起こす。いつの間にか随分暗くなっている。

 

「流石にそろそろヒュンケルに顔見せるか……」

 

 一眠りしたら、気持ちの整理もついた。王の言葉はただの死に際の妄言と思うことにする。分からない事を気にしてもしょうがないからな。

 

 俺は占拠したパプニカ城へ赴き、ヒュンケルを探し出した。

 

「カロン、もういいのか?」

「ああ、手間をかけたな」

 

 俺を気遣うヒュンケル。こいつはこう見えて感情の機微に敏い。俺がパプニカ王の言葉を気にしていたことも、今は既に気にしていないことも、話さずとも察しているようだ。

 

「で、何か状況に変化は?」

「パプニカ王殺害の連絡を悪魔の目玉で行ったのだが……その時に、ある情報を聞いた」

「ある情報?」

「……ハドラーがアバンを葬ったらしい」

「そうか……」

 

 

 そう話すヒュンケルの表情はやはり複雑で、悲しんでいるようにも見える。俺がそのことについて言及すべきか迷っているうちに、ヒュンケルは話を進めた。

 

「憎きアバンめは死んだが、モルグから少々気になる噂を聞いた……アバンの弟子が生きているという噂だ」

「なに?」

 

 モルグは各地の情報に詳しく、噂を集めてくることがある。その内容は往々にして正しい。しかし、アバンの弟子か……ヒュンケルはアバンを弟子作りに現を抜かす阿呆と言っていたが、弟子一号のこいつの強さを考えると馬鹿にできないんだよな。

 

「ハドラーは弟子を殺さなかったってことか?なぜだ?」

「さぁ、な……殺す価値もない木偶だったか、そもそも卒業していてアバンのそばにいなかったのか……」

「……アバンから受けたダメージのせいで殺せなかったとかもあり得るかもな」

 

 

 その後も推測を重ねたが、結局のところ、現状では真実は分からないという当たり前な結論に行き着いた。

 

「……考えても詮無きことだ……だがもし、その弟子が魔王軍に牙を剝く存在であれば……」

 

 ――――そいつらだけでも、この手にかけたいものだな。

 

 ヒュンケルのその言葉を聞いた時、俺は……何の根拠もないが、なんとなくこう思った。

 

 

 これから、俺の魔物としての生は加速していくことになると……



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僅かな変化と戯れ

はじめての予約投稿です


 王を殺してから数日後。俺はパプニカ各地に潜む残党狩り兼レオナ姫の捜索に勤しんでいたのだが……

 

 

「ひ、ひぃいい!? お、おたすけぇええ!」

 

 

 ……灯台下暗しで探索していなかった王城の牢獄で見つけた小太り中年のオッサンが、ものすごい命乞いをしてきた。

 そのオッサンの名はテムジン。なんでもレオナ姫暗殺を画作して失敗した元司教らしい。牢獄に入れられていて逃げることもできず、パプニカがどういった状況になっているかも把握できないまま魔王軍の影に怯えていた……といったことを聞いてもないのにベラベラ喋ってきた。

 

 

「わ、わ、ワシはこう見えても元々はパプニカ上層部に通じる身! ワシの持っている情報は役に立つぞ! だから頼む! 見逃してくれぇ!」

 

「……しっかりした作りの牢獄だったし、ただの詐欺師ってわけじゃなさそうだな……」

 

 少なくとも、犯罪者だとしてもケチな牢屋に入れるわけにはいかない程の身分ではあったらしい。だからといって全面的に信じるかと聞かれたら首を捻らざるを得ないが……

 

「そうだな、王は俺が殺したが、レオナ姫が見つかっていないんだ、潜伏先に心当たりは?」

「バルジ島じゃ! あそこは塔が一つあるだけの辺鄙な島であるが、だからこそ有事の際の避難先に指定されているのじゃ!」

 

 すげーなこいつ、ノンストップでレオナ姫の情報を売りやがった。しかも王が死んだと聞いても全く気にしていない。

 なんかここまでクズだといっそ清々しいな……

 

「そうか、じゃあその情報をマリンにカマかけて確認してみるか……もし嘘だったら……」

「マリンというと、三賢者の一人か!? あやつ捕虜になっておったのか! ええい、そのようなことはどうでもよい! とにかくワシを殺さんでくれぇ!」

「だぁうるせぇな! 情報が本当だったら、情報提供者として命だけは助けてやるよ!」

 

 俺の靴でも舐めんばかりにすり寄ってきたテムジンに、思わず安請け合いしてしまった……まぁ俺たちは食事が必要なくて物資は余りまくってるから、捕虜を増やすくらい問題はないだろうが。

 

「ほ、本当か!? い、言っておくが小娘はバルジ島にいる可能性が高いというだけで100%ではないぞ!? バルジ島の他の避難先候補もワシは知っておる! もしもいなかったらワシの情報を頼るがいい! だからどうか、どうか命だけは!」

 

 その後も助かりたい一心で俺にガンガン情報を売るテムジンをうるさいから一旦気絶させて背負い、俺は地底魔城に帰還する。パプニカ王城は立派な建物だが、戦闘の余波であちこち壊れているので拠点にはしていない。

 

「それにしても、思ってたより人間も内ゲバが好きなんだな……」

 

 テムジンから聞いた話では(聞いてもないのに一方的に話されたのを聞いたと表現するかは疑問符が浮くが)テムジンと共にレオナ姫暗殺を企んで投獄されたバロンという賢者が、俺たちのパプニカ侵略のどさくさに紛れて魔法を駆使して脱獄したらしい。ちなみにテムジンのことは助けなかったそうだ。

 

 そのバロンが、投獄された復讐として、レオナ姫を狙ってバルジ島に向かっているとのこと。

 

「一応ヒュンケルに報告しとくか……」

 

 信憑性としては怪しい部分もあるが、レオナ姫の足取りが一向に掴めていないのも事実。テムジンの言う通り、足がつかないように秘蔵の気球で孤島まで逃げたのだとしたら、一応説明はつく。

 

 

「お帰りなさいませ、カロン様……突然ですがこの後、お時間の方よろしいですかな?」

 

 俺が帰還すると、どこからか鈴の音色を鳴らしながらモルグが現れた。どうやら、俺が戻ってくるのを待っていたらしい。

 

「どうしたんだ急に? あ、そこのガイコツ兵、このオッサンを適当に牢屋にぶち込んどいてくれ」

 

 

 テムジンをその辺にいたガイコツ兵に預け、俺はモルグの話を聞く。

 

「実は、ヒュンケル様に大魔王バーン様からお呼びがかかったのですが……そのしばらく後に、ハドラー様から六団長集結の命が出されたのです」

「なに? 入れ違いになったってことか?」

 

 基本的には指示を出すのはハドラーだが、立場としては当然バーン様が上。なのでバーン様とハドラーは指揮系統に曖昧なところがある。

 

「これは悪魔の目玉で聞いたのですが……先日申し上げた、アバンの弟子……いえ、アバンの使徒の話は覚えておいでですか?」

「ああ、覚えてる」

 

 別にアバンの弟子でいいと思うんだけど、みんなカッコつけた言い回しが好きなのか、アバンの使徒と呼ぶ。

 

「そのアバンの使徒が、新しい勇者一行となり……小さき勇者ダイを中心として、獣王クロコダイン様を倒してしまったとのことです」

「なんだと!?」

 

 獣王クロコダイン。ヒュンケルも一目置く歴戦の武人であり、百獣魔団の団長だ。単純な腕力で言えばハドラーをも超え、鍛え上げられた逞しい肉体は生半可な攻撃を通さない。その強さは本物だ。だというのに、まさかクロコダインがやられるとは……アバンの使徒、そして勇者ダイ……油断できない相手のようだ。ハドラーはなぜアバンを殺す時に弟子も一緒に始末しなかったんだ。ひょっとして負けたのか? 

 

「これは憶測なのですが……アバンの使徒への対策にて、バーン様とハドラー様がすれ違いになったのでは……」

「……バーン様はヒュンケルを勇者討伐に任命し、ハドラーは六団長を揃えて相談しようとしたということか」

 

 まったく、報告、連絡、相談をしっかりしないからこういうことが起こる。

 

「そこでご相談……いえ、お願いがございます」

 

 モルグが佇まいを正して言う。

 

「ヒュンケル様は人間故に、魔王軍にて色々と敵の多いお方です……勇者ダイの件が片付くまで、カロン様にはしばらくパプニカ残党の処置を休止し、ヒュンケル様を支えて頂きたいのです」

 

「そんなの頼まれるまでもない……実を言うとさっきの捕虜から情報提供を受けてな、俺も完全ではないがレオナ姫の潜伏先の目途はついた。残党はやろうと思えばいつでも滅ぼせる」

 

 副団長として団長をサポートするのは当たり前だし、優先順位的に考えても、滅びかけのパプニカ残党とクロコダインを倒したアバンの使徒とではどちらが重要かなど分かり切っている。

 

「それを聞いて安心しましたぞ……それにしてもカロン様、捕虜と申されれば、近頃はあの賢者の女性の元へ行っていらっしゃらないのでは?」

 

 表情と雰囲気を和らげたモルグが、軽い世間話のノリで聞いてくる。確かにちょっと前まではマリンにちょっかいをかけて遊んで……もとい、軽い尋問をしていたが、最近はすっかりご無沙汰だ。

 

「どうせ口を割らない相手に尋問して仕方ない……実を言うと最近、女の趣味が変わってきてな」

「おや? カロン様はよく女性の賢者がお好きだと公言していらっしゃいましたが……それが変わったと?」

「ああ、なんとなく好みが変わったんだよな、最近好きなのは……」

 

 

 ★ ★ ★

 

「不死騎団団長ヒュンケル、アバンの使徒抹殺の命、確と承りました」

 

「うむ、ヒュンケルよ……余はそなたの人間への憎しみを高く評価している……アバン殺害はハドラーに命じたが、せめてその弟子はお前に討たせよう」

 

「ははぁ!」

 

 大魔王バーンに呼び出されたヒュンケルは、小さき勇者ダイをはじめとするアバンの使徒抹殺の命令を受けていた。アバンをこの手で殺すことができなかったヒュンケルだが、彼の者の遺した弟子を潰すことができる……ヒュンケルはそのことに、暗い喜びを覚えていた。

 

「うむ、してヒュンケルよ……カロンの様子はどうか?」

「……カロン、ですか?」

「どんな些細なことでもよい……何か変化はあったか?」

 

 カロンのことを突然聞かれたヒュンケルは訝しげな表情をする。今までバーンがカロンを気にすることはなかったからだ。

 

 ヒュンケルにとってカロンは、人間故に侮られることの多い自分を色々とサポートしてくれる上、自分に近しい実力を持つ信頼できる副官だ。故にあの時の様子は心配しており、創造主であるバーンにも報告していたのだが……その際も特にこれといった感情はバーンから感じられなかった。それが一体どういう風の吹き回しかと、ヒュンケルは探りを入れる。

 

「先日申し上げた、パプニカ王殺害の際の様子以外で……ですか?」

「うむ、お主は生真面目故に、あまり些細なことは戯言と報告したがらないだろうが……」

「いえ……」

 

 この突然の質問は、何かあの時のことと関係があるのだろうか。流石に突然我が父バルトスのように父性に目覚めたわけではないだろうが……と考えながらも、ヒュンケルは最近のカロンの言動や行動を思い返す。

 

「……これは真に些細なことですが……カロンは女の趣味が変わったと申しておりました……以前は賢者でしたが、今は……」

 

 カロンの現在の趣味を報告するヒュンケル。それを聞いたバーンは、満足そうな笑い声を出す。

 

「クックック……そうか……ご苦労だった、下がってよい」

「……は!」

 

 腑に落ちない何かを感じながらも、ヒュンケルはその場を辞する。カロンのことも気にはなるが、今のヒュンケルは、アバンの使徒との戦いに心の多くを向けていた。故にここでバーンの真意を深く問い質すような真似はしなかった。

 

「ふむ……」

 

 ヒュンケルが去った後、バーンはチェスの一人遊びを始めた。以前は指す相手が大勢いたが、今となってはただ手慰みに自分で両の駒を動かすだけだ。機会があればこのチェスの駒は誰かに譲ろうと考えている。

 

「カロンくんも可哀想に、自分が玩具であることに気づいてないなんて」

「キャハハ! マヌケマヌケ!」

「…………」

「キル、それにミストか」

 

 突然現れた側近2人(使い魔を含めれば3名)にも動じることなく、バーンは手を動かす。白のナイトが、黒のポーンを打ち倒す。

 

「今のタイミングで女の子の趣味が変わるかー、バーン様の読み通りのタイミングだったってことですか?」

「うむ……ヒュンケルのあの憎しみに満ちた瞳には叶わぬが、あやつも中々面白い男よ」

「バーン様は相変わらず、お戯れがお好きですねー」

 

 突出し過ぎた白のナイトは、黒のビショップの急襲を受けて敗れる。

 

「退屈は魔族をも殺すぞ……特に余のように永遠に近い時を生きる者にとっては、戯れこそが正道」

「あー、あの鍛冶屋さんも言ってましたね、魔族の人生は密度が薄いだの退屈過ぎるだの……ピロロ、なんて名前だったっけ?」

「ロン・ベルクだよ! ロン・ベルク!」

「…………キル」

 

 ミストバーンがバーン直々の勧誘を蹴ったロン・ベルクを嫌っている事を知っていて、わざと話題に出すキルバーン。普段はほとんど口を開かないミストバーンが、僅かに苛立った声を出す。

 

「アバンの弟子が想定以上にやるのも面白い……しばらくはハドラーの手並みを拝見するとしよう

「うーん、何だか頼りないんだよなぁ、ハドラーくんって」

「…………」

 

 強大な魔の者たちにとっては、地上に生きる人間はおろか……人間と戦うモンスターたちすら、戯れの一つに過ぎなかった……

 



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エースなき戦場

驚くべきことに、日間ランキング70位、ルーキー日間ランキング40位、週間「その他原作」ランキング50位になってました。
皆さんの応援のおかげです、ありがとうございます。


「おい、この食料は俺のものだぞ!」

「うるせぇ!俺は今日何も食べてないんだ!分かったら寄こせ」

「俺だって一日中島の周りを見回ってたんだぞ!そんな横暴が通るか!」

「お、おい、落ち着けよお前ら……」

 

 バルジ島……パプニカ王族の生き残りであるレオナ姫の一派は、この中央の塔以外何もない島に潜伏し、魔王軍不死騎団へ反撃する機会を伺っていた。

 

 だが、国を追われ、いつ終わるとも分からぬ潜伏生活は、兵士たちの心を着実に蝕んでいた。今も、少しの食料を巡って兵士2人が争っていた。周囲の兵士は止めようとするが、一向に争いが鎮まる気配はない。

 その時、途方に暮れる兵士たちの合間からスッと出てきた少女が、兵士2人が取り合っていた食料を奪い取って地面にぶちまけた。野菜がぐちゃぐちゃに飛び散り、パンは埃まみれになり、とても人が口に入れられるようなものではなくなってしまった。

 

「あぁ!?貴様なにをしやがる……ひ、姫様!?」

 

 

 突然の暴挙に声を荒げようとした兵士だが、少女の顔を見て固まった。なぜならその少女とは、レオナ姫その人であったからだ。

 

「何をなさるのです!姫、貴重な残り少ない食料を……」

「いくら大事なものでも、争いの種になるならいらないわ」

 

 

 未練がましく文句を言い出した兵士をバッサリと一言で切り捨てるレオナ。それを受けて押し黙る兵士。

 

「みんな、私たちがこうして身を隠し、反撃の準備を整えているのは、魔王軍の悪事を挫くためなのよ?それなのに、私自身が自分の欲望の為に、他人を傷つけたりしてどうするの!?それじゃ魔王軍と変わらないじゃない!」

 

 周囲の兵士たちに言い聞かせるように、毅然とした口調で告げるレオナ姫。

 

「魔物と同じ道を歩むくらいなら、人間として飢えて死にましょう!」

 

 14歳とは思えぬ、その堂々とした態度に、周囲の兵士たちは感嘆する。それと同時に、くだらない喧嘩をして和を乱してしまった自分たちを深く恥じた。

 

「面目ない……姫とてろくに食事を取っておられないのに……」

「陛下が行方不明になられ、姫様とて心細い思いをしておいででしょうに……申し訳なございません」

「もういいのよ」

 

 

 気落ちした様子で謝罪する兵士たちを笑顔で許すレオナ。自分たちの置かれている状況が芳しくないことは理解しているが、だからこそ彼女は殊更に明るく振る舞った。

 

「とにかくみんな、最後のひと踏ん張りをしましょう!きっと勇者が助けに来てくれるわよ!」

「姫様がいつも話されている少年ですね、確か名前は、ダイ……」

「そう!ちょっと背が低いのが難点だけど、それなりに勇者してるし、結構頼りになるはずよ」

「希望の救世主にしては酷い言われようですな!ハハハハ!」

 

 勇者ダイ。以前、レオナ姫が王族の儀式を行う為に赴いたデルムリン島にいた少年である。司教テムジンと賢者バロンの裏切りによって暗殺されかけたレオナ姫を救った、命の恩人である。

 魔王復活後はパプニカ王家の依頼で島を訪れた15年前の勇者アバンに鍛えられ、伝え聞く話ではロモス王国を襲っていた魔王軍を仲間と共に追い返したらしい。

 レオナはダイならば、この絶望的な世界を救う希望の光になってくれると信じていた。

 

 

「しかし、本当に来るのでしょうか?そんな少年が……」

「来ると信じよう、姫様が信じるものは我々も信じるのだ」

 

 兵士たち、特にデルムリン島の件に関わっていない兵士たちの中には勇者ダイに懐疑的な者もいた。しかしそれでも、何の希望もないのに比べれば大違いである。信じて生きてさえいれば、いつかはチャンスが巡ってくるのだから……。

 

「残念だが、その希望は空振りだな!」

「!?」

 

 その時、突如として響いた声に、兵士たちは警戒する。声のした方に目を向けた兵士たちだが……その先にいた人物を見て驚愕する。

 

「お、お前は……!?」

 

 

 そう、突如現れた謎の男の正体とは……!

 

 

「レオナ姫……貴様から受けた屈辱……今ここで晴らさせてもらう!」

 

 裏切りの賢者、バロンであった。

 

「裏切り者のバロン!貴様、生きていたのか!」

「おのれ!レオナ姫には指一本触れさせはせんぞ!」

 

「フハハハハハ!愚かなり!我が魔法を喰らえ!イオラーー!」

 

「うわああああ!!」

「ぎゃあああああ!」

 

 先ほどまでいがみ合っていた兵士2人が同時に飛びかかるが、イオラを受けた2人は吹き飛ばされてしまう。

 

「ククク……レオナ姫、貴様の首を持ち帰れば、魔王軍も助命くらいは聞き届けてくれよう……」

 

「バロン……!」

 

 じりじりとレオナに近づいていくバロン。その時!

 

「そこまでだ、バロン!」

「みんな下がって!賢者には賢者よ!」

 

 

 騒ぎを聞いて駆けつけた、三賢者の2人……エイミとアポロが現れた!

 

 

「げ、げげぇ!?エイミ!?アポロ!?なぜ貴様たちが!?三賢者は捕虜になったという噂は嘘だったのか!?」

 

 所詮賢者の卵に過ぎないレオナ姫や雑兵程度ならばいくらでも蹂躙できる自信のあったバロンだが、同じ賢者が相手ではそうもいかない。

 

 

「……姉さんが捕虜になってしまったのは事実よ」

「バロン、貴様はもう少し思慮深い男だと思っていたのだがな」

 

 つまり、バロンは多少尾ひれのついた噂を丸っきり信じて、レオナ姫への復讐を胸にバルジ島まで来たのである。

 

「ま、待て!早まるな!話し合おう!そ、そうだ、マリンはどうせもう死んでいるだろう?私が三賢者に入ってやる!そうすれば魔王軍にも渡り合えるぞ?過去のことは水に流し、今は人間同士力を合わせようではないか!」

 

「何を都合の良いことを!」

「待って、アポロ」

「ひ、姫様!?危険です!」

 

 アポロとエイミの静止を振り切り、レオナは一歩前に進み出て、まっすぐにバロンを見据えた。

 

「我が魔法の師、バロン……野心に狂う前の貴方は、理想的な賢者でした……」

「そうだ!私は三賢者を差し置いて、姫の魔法の教育係に抜擢されたのだ!陛下は分かっていらっしゃったのだ、私の能力を!」

「バロン……私は心から反省し、贖罪に励んでいるならば、過去の罪を問うことはしません」

「姫様!」

 

 咎めるようなアポロの声。手を上げてそれを制すると、レオナは言葉を続けた。

 

 

「しかし貴方からは、何も感じません……後悔も誠実さも、何も……過去の忠誠に免じて、この場は不問とします……即刻立ち去りなさい!」

 

 凛とした口調で、強く言い放つレオナ姫。それを受けたバロンは、一歩、二歩と後ずさり……

 

「ふん!所詮は道理の分からぬ小娘か!メラゾーマ!!」

 

 会話の間、後ろに隠した右手に溜めていた魔力で、強力な炎系呪文を放つ!

 

「フバーハ!」

 

 すぐにレオナの前に飛び出したアポロが、フバーハでメラゾーマを無効化する。その隙にバロンは回れ右し、全速力で逃げ出した。

 

「クハハハ!さらばだレオナ姫よ!こうなれば、あのダイとかいうガキを探し出して、レオナ姫の分まで復讐してくれ……」

 

 

 高笑いをあげながら逃げようとしていたバロンに……どこからか飛んできた矢が突き刺さる。

 

「……はへ?」

 

 間抜けにも漏れた声は誰のものだったか分からない……ただ確かなことは、その後に大量の矢が降り注ぎ……バロンはハリネズミのようになり、息絶えたということだ。

 

「て、敵襲ーー!」

 

 ★ ★ ★

 

「ふむ、カロン様の情報通りでしたな」

 

 パプニカから鹵獲した船を中心に編成された船団……その指揮を執るモルグは、船の上で一人呟いた。

 レオナ姫の一派はバルジ島に潜伏していること、そしてレオナ姫に恨みを持つ賢者がその島へ向かっていること、その賢者が休憩を挟みつつバルジ島へ向かった際のおおよその到着時間……カロンがテムジンから聞き出した情報は、嘘偽りのないものであった。

 

 情報が正確だったが故に、モルグは最高のタイミングで奇襲をすることができた。バルジの大渦を迂回して島に接近しなければならない故に、本来ならば奇襲など不可能であるにもかかわらず、だ。もちろん、正確な情報を的確に運用したのはモルグ自身の力量であるが。

 

「ヒュンケル様とカロン様は勇者への対策を練っておられる……ここは我々だけでパプニカ残党を処理しなければなりますまい」

 

「者ども続けー!ヒュンケル様とカロン様だけが不死騎団でないということを、人間共に知らしめるのだー!」

 

 

 後方で指揮を執るモルグとは別の、前線指揮官とでも言うべきガイコツ兵士たちが、一斉にバルジ島へと雪崩れ込んでいく。

 

 本来ならば同士討ちを避ける為に弓兵たちの攻撃を止めさせるべきだが……アンデットモンスターたちは人間と違い、弓が刺さった程度では死なない。

 

 

「可哀想ですが、これも戦争……このままパプニカ残党を圧倒し、目的を果たさせていただきます」

 

 

 ★ ★ ★

 

「ええい、警備は何をしていたのだ!バルジの大渦を迂回して接近して来た船にも気づかんとは!」

「そ、そうは言っても、一度はレオナ姫を暗殺一歩手前まで追い込んだというあのバロンが攻めて来たとあっては、外の警戒などしている暇は……!」

 

 裏切りの賢者、バロンの襲撃で周囲の警戒が疎かになったタイミングでの、不死騎団軍の襲来……否が応でも関与を疑ってしまうが、聞くべき相手はもうこの世にいない。

 

「姫様!バルジ島はもうダメです!せめて姫様だけでも、お逃げください!」

「我々はここで、時間を稼ぎます!お早く!」

「そんな、みんなも……っ!いえ、ごめんなさい……私だけでも、生き残る義務が……っ!」

 

 思わず気心の知れた家臣たちを引き留めようとしたレオナだが、自らの責任を思い出し、血が滲むほど強く唇を噛み締める。

 

「姫様さえ生きていらっしゃれば、我々は敗北しておりません!」

「……みんな、ごめんなさい……っ!」

 

 

 僅かな供回りと共に気球に乗り込み、バルジ島からの脱出を図るレオナ姫。エイミとアポロをはじめとする忠義の士たちは、決死の覚悟で不死騎団の足止めを行う。

 

 

 だが、おかしい。レオナ姫の気球がバルジ島を出発した辺りで、ガイコツ兵士たちはゆっくりと後退していった。まるで、もうここには用がないかのように……

 

「っ!しまった!姫様が危ない!」

「どういうこと、アポロ?」

 

「奴らの狙いは姫様だ!このバルジ島を知っているということは、他の潜伏候補を知っていたとしても不思議ではない!」

「まさか……魔王軍の狙いは最初から、私たちに姫様をごく少数で脱出させることだったとでも言うの!?」

 

 

 レオナ姫は勇者ダイこそが人類の希望だと言うが、パプニカの人民にとっては、レオナ姫こそが最後の希望である。もしも彼女の身に何かあれば、各地で抵抗を続けているパプニカ残党たちは、たちどころに活動を止めてしまうだろう。

 

「何としてでも、姫様には逃げて頂かなくては……!」

「でも、信号弾では『予め指定された潜伏候補先以外に逃げろ』なんて複雑な命令は飛ばせないわ!」

「ぐ、おのれ……!マリンだけでなく、姫様までも守れないとは……!クソ、クソォオオオオ!!」

 

 アポロの慟哭も虚しく、レオナ姫が気球で逃げた先には不死騎団の別働隊が待ち構えており、レオナ姫は虜囚の身となった。

 

 

 

 

 そして、レオナ姫が処刑されたという発表が、パプニカ中を駆け回った。




ランキングに載ったこのタイミングで、サブキャラメインの話を持ってくる迷采配


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邂逅

マァムは途中から(つーか最初以外ほぼ)ゴーグルせずに魔弾銃使ってるけど、眩しかったりしないのかな。
この作品ではなんだかんだでゴーグル使ってる設定です。


 地底魔城、謁見の間……そこでは玉座に座り鎧の魔剣を傍らに携えたヒュンケルが、モルグからの報告を聞いていた。ちなみに俺はヒュンケルの隣に休めの姿勢で立っている。

 

「……ご命令通り、レオナ姫はこの地底魔城でも特に人目のつかぬ場所に幽閉しております……そして、表向きには我らが処刑した、と流布致しました」

「……ご苦労、下がっていい」

「は、では失礼いたします」

 

 恭しく一礼した後、謁見室から退出するモルグ。それにしても、いくら好条件が揃っていたとは言え、レオナ姫をあっさり攫ってくるとは……モルグも中々隅に置けないな。

 

「さてカロン、お前も報告を頼む」

「ああ、俺もモルグが働いている間遊んでいたわけじゃない……勇者ダイとレオナ姫に深い親交があったことは掴んでるし、数日前、ロモスの大型船がパプニカへの航路を取っていることも確認済みだ……そして港町付近にはガイコツ兵を見張りにつかせた」

 

 船による航海というのは、どうしても天候に左右される。ロモスからパプニカへ向けて出発した、勇者ダイ一行が乗っていると思しき船の出港日は調べがついたのだが……具体的にいつ到着するか、と聞かれると分からないのが実情だ。

 

「航海が順調に進んでいると仮定した場合、今日にでも着くだろうな」

「報告ご苦労……ならば、準備を整えておくか」

 

 ヒュンケルは懐から首飾り……アバンの印を取り出して装備する。

 

「ん?それ着けてくのか?」

「これがあれば、アバンの弟子共の方から寄ってくるだろうからな」

 

 ヒュンケルは鎧の魔剣を引っ掴み、マントを翻しながら立ち上がる。

 

「最近は天気の荒れもなかった……ならば航海は順調だと仮定して考えるべきだろう」

「……今日、小さき勇者一行と戦うってわけか」

「少しは楽しめる力量(レベル)だといいのだが、な……」

「あの獣王クロコダインを倒した勇者一行様だろ?お眼鏡には適うんじゃないか?

「どうだか、な……行くぞ」

 

 そう言うとヒュンケルは、ずんずんと進んで行った。俺は慌ててその辺に立て掛けてあった『今日の上着』を羽織り、ヒュンケルについて行った。

 

 ヒュンケルは一瞬、チラリと横に並んだ俺の『上着』を見て微妙そうな顔をしたが、すぐにいつもの澄まし顔に戻って歩みを進めた。

 

 しばらく歩いていって到着したのは、瓦礫が積み上げられた港町の外れである。俺とヒュンケルはその瓦礫の天辺に飛び乗ると、そこから見える海を見回した。

 

「なぁヒュンケル、どうせ奴らが来たらガイコツ兵共から連絡くるんだから、来るか定かじゃない今ここで待機するのはどうよ……って聞くのは野暮か」

 

 周囲を見回している間の暇つぶし……というわけではないが、分かりきっていることを質問してしまった。

 

「ああ、俺は戦いを望んでいる……アバンをこの手で討てなかった分、その弟子を一刻も早く討ち取りたいんだ」

「そうだよな……それに、ちんたらしてるとハドラーやフレイザード辺りが横から掻っ攫いそうだしな」

「ふ、そういうことだ……それに、待ちぼうけを食う心配はなくなった、見ろ」

 

 ヒュンケルが指差した水平線の先には、立派な船が一隻浮かんでいた。その船は着実にパプニカの港へと近づいてくる。

 

「あの船か……」

 

 俺とヒュンケルはパプニカの瓦礫の山から、その船を眺めていた。おそらくはあの船が、勇者ダイ一行の乗っている船であろう。

 

「見張りのガイコツ共では相手にならんだろうな……カロン、行くぞ」

「俺は後から行くよ、アバンの弟子同士の運命の出会いに茶々を入れるほど野暮じゃないさ」

「……この際聞いておこう……お前、その格好は何だ?」

 

 その時になって、ヒュンケルが今さら俺の『上着』に突っ込む。俺は普段は戦士風の軽装の上に、ヒュンケルとお揃い(支給品だから同じ型なのは当然だが)のマントを羽織っている。だが今の俺は普段の軽装の上から、フード付きの黒いローブを羽織っていた。ちなみに、このフードを深く被れば顔がすっぽりと隠れるタイプだ。

 

「俺は上司の顔は立てるタイプだ。同じ人間にして同じアバンの使徒……そのお前が魔王軍にいるって衝撃展開に、俺みたいな見た目だけ人間っぽいのがいたら邪魔だろ?」

 

 そう、だから俺はフードで顔を隠してダイ一行の前に立つことにしたのだ。適当なタイミングで乱入して、露払いとして勇者以外の相手でもすればいいだろう。その「適当なタイミング」が来る前にヒュンケルが全員倒す可能性もあるが。

 

「……相変わらず妙なところに気を遣う奴だな」

 

 そんな俺のできる気遣いに苦笑するヒュンケル。まるで出来の悪い弟に呆れているような表情だ。まったく、失礼な奴だな。確かに年齢的にはヒュンケルの方が上だが……こいつちょくちょく兄貴ぶるよな。

 

 ――――まぁ、ヒュンケルに兄貴ぶられるのは悪い気分ではないが。

 

 と、そうこうしているうちに、船はパプニカの港に到着する。そしてすぐさま、一人の小柄な少年が飛び出して来た。少し遅れて、少年と少女が一人づつ船から降りてきて、最初の小柄な少年を追う。距離がある故に顔は見えなかったが……遠目に確認できた装備故に間違いない。あの一行こそが勇者ダイのパーティーだ。

 

「……あいつらか……カロン、お前の妙な気遣いは嫌いではないが、あまり遅れるなよ」

 

 

 そう言って瓦礫の山から飛び降りたヒュンケルは、勇者パーティーの方向へ向かっていく。一方、勇者パーティーはというと……勇者ダイと思しき小柄な少年が、パプニカの崩壊した街並みを見て、ガックリと膝をついていた。

 

 俺には彼が何を考えているのか分からないが……大方、救えなかった後悔だろう。正直、ヒュンケルの取った戦略のおかげで、町の惨状の割には死人は少ないから、あんなに落ち込むことないと思うんだけど……まぁそんなことあの勇者ダイには知りえないことだから、しょうがないか。

 

 

 そして、パプニカの港町を見張らせていたガイコツ兵士たちが、勇者ダイ一行と戦闘を開始する。そろそろ俺も行かなきゃならないか。

 

 俺は瓦礫の山から飛び降りると、港へ向けて駆ける。もちろん、ローブのフードを深く被ることを忘れない。今日の主役はヒュンケルだ。だから今日は目立たないよう、顔を隠して行く。

 

 ……こんな怪しげな格好してたらそれはそれで逆に目立ちそうだが、まぁ『人間が魔王軍にいる』インパクトを『人間にそっくりの魔物がいる』衝撃で潰さないようにすることが目的だからいいか。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

「俺の名を知りたがっていたな……教えてやろう……俺は、ヒュンケル……!魔王軍六団長の一人……不死騎団長ヒュンケルだ!」

 

 勇者ダイは驚愕していた。たった3日間だけとはいえ、アバンの素晴らしい教育を受けたダイには、同じアバンの弟子が、魔王軍にいることが信じられなかった。

 

「そんな……先生の弟子が……軍団長だなんて……!」

 

「やっぱりさっきの大地斬は手加減してやがったんだな……ちっくしょうめーー!」

 

 

 ダイが驚いている横では、魔法使いポップが魔法の杖でガイコツ兵士の頭部を強打する。倒れ伏すガイコツ兵士……だが、そのガイコツ兵士は頭部が欠けながらも、何事もなかったかのように立ち上がる。

 

 

「げぇ!?」

 

「フ、別に手加減などしていない……こいつらは死を超越し蘇った骸の兵士!コナゴナにでも砕かん限りは前進をやめないのだ」

 

 不死の兵士たちはじりじりと、ダイたちににじり寄っていく。

 

「ピピーッ!」

「待ってヒュンケル!あなた知ってるの?先生は……アバン先生は殺されたのよ魔王軍に!あなたは……それでも魔王軍に味方するの!?」

 

 ゴールデンメタルスライムのゴメちゃんが飛び回り、僧侶戦士マァムはヒュンケルを止めようとする。

 

 

「ああ知っているとも、ハドラーに殺されたんだってな……がっくり来たよ」

 

 その言葉を聞いて、僅かに喜色を浮かべるマァム。だが……

 

「まさか一度倒した相手にやられちまうとはな……弟子作りなんぞにうつつを抜かし自らの修行を怠った証拠だ。ククク、俺自身の手で引導を渡してやろうと思っていたのに、全く口惜しいわ」

 

 ヒュンケルはそんな彼女の喜びを一瞬で踏み躙る。

 

「腹いせに弟子共に始末を申し出てみれば、このような小僧共とは、拍子抜けもいいところだ……ガイコツたちの遊び相手がちょうどよかろう」

 

 そう言ってヒュンケルは手を振り上げて、ガイコツ兵たちに指示を出そうとする。ダイは剣を構え、ポップは魔法の準備をし、マァムは額のゴーグルをかけて魔弾銃を構える。

 

 今まさに戦線の火蓋が切って落とされようとしたその時……!

 

「おいおい、冷静になれよヒュンケル……クロコダインを倒した奴らに、ガイコツ兵の相手をさせるのは役不足だろ」

 

 黒いフードで顔を隠した怪しげな人物が、その場に新しく現れた。

 

「こ、今度はなんだぁ!?」

 

 ポップがおっかなびっくり叫ぶ。

 

「ヒュンケル、ガイコツ共を下がらせろ……無駄に部下を消耗させるような人間じゃないだろ、お前は?」

「ふん……副団長殿がそういうなら、そうしよう」

 

 ヒュンケルが手を上げると、命令を受けたガイコツ兵士たちはどこかへと去っていく。

 

「副団長だって……!?」

「そうだ、俺の名はカロン……不死騎団副団長、カロンだ!……と言っても今日はヒュンケルの単なる付き添いだ、俺は覚えてくれなくていいぜ」

 

 ダイの剣を握る手に、思わず汗が滲む。副団長……おそらくは団長のヒュンケルと同等か、それに近い実力……少なくとも、ガイコツたちとは比べ物にならない力を持っているのだろう。

 

 団長と副団長を同時に相手にする……苦戦は免れないだろうが、ダイは逃げるつもりはない。彼にも譲れないものがある。

 

「先生を……殺すつもりだっただと……!?」

 

 ダイにとってアバンは、自分をずっと憧れていた勇者に近づけてくれた存在……そして命を落としてまで、自分をハドラーから守ってくれた存在……そんな彼を殺そうとしていたと聞いて、ダイは憤っている。

 

「たとえ誰でもそんなことを言うやつは許さないぞ!取り消せ!」

「ほう、面白い……取り消せない、と言ったら、どうするつもりだ?」

「こうだ!」

 

 互いに剣を構え、ぶつかり合うダイとヒュンケル。ポップとマァムも本当ならばダイを援護したいのだが……

 

「じゃあ、お前たちの相手は俺だな、魔法使い君に……戦士ちゃん、か?」

 

 黒いローブに同色のフードで顔を隠した、もう一人の強敵、カロンの相手をしなければならない。

 

「へ、こいつは僧侶戦士……僧侶の魔法と戦士のバカ力を合わせ持ったハイブリッドなんだぜ!」

「へぇ、そいつは凄い……純正な僧侶だったら俺の最近の好みだったかもな」

「こ、好み!?ふ、ふざけた野郎だぜ……!」

「ポップ、ふざけてないで構えて!メラミーー!」

 

 ポップは呪文で、マァムは魔弾銃で炎系呪文を放つ。

 それに対しカロンは、豪快に剣を振るって魔法を打ち消し、そのまま肉薄してポップを殴り飛ばす。

 

「ぐぁああああ!」

「ぽ、ポップ!」

「魔法使いは体が弱いからな、最初に潰させてもらった」

「だ、誰が誰を潰したってぇ……?ギラーー!」

 

 だが、ポップはつい最近、あの獣王クロコダインの攻撃を生身で食らった身だ。それに比べたら、カロンの素手の攻撃は軽い。

 殴り飛ばされて地面に転がったものの、意識を失うまでには至らなかったポップは、覚えたての閃熱系呪文を放つ。

 

「っと……驚いたな、魔法使いが今のを耐えるか……」

 

 だが、不死であるカロンには閃熱呪文は効かなかった。例えばこれが極大閃熱呪文ベギラゴンであったら、その身体も無事ではすまなかっただろうが……ベギラマですらないただのギラでは、有効打足りえなかった。

 

「え……!?」

 

 だが、彼の纏っていたローブは違う。灼熱系呪文を受けたローブは焼け落ち、その下の戦士風の軽装と素顔が晒される。

 

 

 

「……似て、る……」

 

 

 

 カロンの顔を見て、一瞬固まるマァム。そして、カロンはそんな余りにも明確な隙を見逃さなかった。

 

「あぅ!?」

 

 カロンは左足の蹴りあげで、マァムの持っていた魔弾銃を蹴り飛ばす。あらぬ方向へ飛んでいく魔弾銃。これでマァムは攻撃手段を失った。

 そして、カロンの持っている剣が煌めく。

 

「っ!」

 

 マァムは咄嗟に仰け反って斬撃を避けるも、ハラリ、と彼女の髪が舞い……そして、ゴーグルの紐が切れてずり落ち、素顔を晒すことになった。このままでは斬られると思った彼女は素早くバク転し、カロンから距離を取る。

 

 先ほどは思わず動きを止めてしまったが、何とかこの『あの人』に似てる男を撃破して、ダイの援護に行かなければ……そう思ってキッとした目つきでカロンを見据えたマァム。だが、カロンはゴーグルの飛ばされたマァムの素顔を見て、驚愕したような表情を浮かべていた。

 

 

 

 

「レ……イ、ラ……?」

 

 

 



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気づいた真実、築いた絆

まるで夢小説を書いているかのような錯覚に襲われました。


「レ……イ、ラ……?」

 

 目の前の少女の顔を見た瞬間、俺の口は勝手に動いた。なぜだ?会ったことなんてないはずなのに、俺はこの顔を『知って』いる……?

 

「あなた……一体……!?」

 

 そして、奇妙な感覚に陥っているのは俺だけではなかったらしい。目の前の少女も、俺の顔と「レイラ」という呟きを聞いて、驚愕している。

 

「いてて……何ぼさっとしてんだよマァム!ヒュンケルだって人間なんだ!もう一人くらい人間がいたっておかしくはねぇだろ!」

 

 ポップと呼ばれていた魔法使いの少年が叫ぶ。ああ、そういえばこの少女の名前だけは知らなかったな……と思う間もなく、俺の頭の中は「マァム」という文字で埋め尽くされる。

 

「マァ、ム……?あ、がっ……!」

 

 凄まじい頭痛が俺を襲う。思わず左手で強く頭を押さえ、ふらふらと後退ってしまう。なんだ?俺はどうしてしまったんだ?

 

「だ、大丈夫!?」

 

 マァムは敵だというのに、俺が苦しがっているのを心配している。まったく、優しい子に育ってくれて俺は嬉し……!?

 

「お、俺は今、何を……」

 

 ()()()()()()()()()()

 

「……あなた、ひょっとして……」

「よ、寄るな!」

 

 俺に手を差し伸べてきたマァム。俺は反射的にその手を振り払おうとする。マァムの手と俺の手がぶつかり合った瞬間……

 

 

 

『ひっく、うぇえん……お父さん、死なないでぇ……』

『泣くな、マァム……ぅ、ゴホ、ゴホ!』

 

 

 

 俺の脳裏に、映像が浮かぶ。目の前で泣きじゃくる幼い少女の手を、俺の手が優しく握っていて……。

 

 

 

「う、ぷ……!」

 

 突然頭の中に流れ込んできた情報の波に、俺は思わず口元を抑えてえずく。足が生まれたての小鹿のようにプルプルと震え、気づけば俺は地に膝をついていた。

 

「あ……ベホイミ!」

「げぇ!?何してんだよマァム!?」

「ごめんなさいポップ、少しだけこの人と話をさせて!」

 

 

 意を決したような顔をしたマァムが俺に回復魔法をかける。そんな利敵行為に対し、ポップの文句が聞こえてくるが……回復魔法をかけられた俺の脳裏に、また映像が浮かんできた。

 

 

 

『✕✕✕様、△$……今回復するわ、ベホイミ!』

『ありがとうございます、いやぁ、レイラのベホイミはベリーベリー効きますねぇ!』

『……ケ、まぁ、ありがとよ』

『ちょっと△$、回復してあげたのにその態度は何よ!』

『まぁまぁ、落ち着いてくださいレイラ……彼は素直じゃないんですよ』

 

 

 新しい映像では、俺と誰かが『レイラ』の治療を受けていた。そう、今、マァムからベホイミを受けている俺のように……。

 

 

「だ、誰だ……あいつは……お、俺は……」

 

 俺の混乱が最高潮に達した瞬間……今この場で繰り広げられているもう一つの戦いの声が、俺の耳に響いた。

 

 

「ま、まだだ……!これがかわせるかぁ!アバン……ストラッシュ!!」

 

 

 ダイがアバンストラッシュをヒュンケルに放ったようだ。そう、アバン、アバンストラッシュ……だがあれは違う。あのストラッシュは未完成だ。そう、まるで……アバンストラッシュではなく、ただの光の剣と呼んでいた頃のように……

 

 

『俺はあの光の剣に希望を見た!』

『俺はあの光を信じる!』

『あなたの信じた光の剣……これがその完成形ですよ、△$』

『アバン……ストラーーーッシュ!』

 

 

 再び、俺の頭の中に知らないはずなのに知っている映像が流れ……俺は、全てを理解した。

 

「は、ははは……あはははっは!!あーーっっはっはははは!!!」

 

 

 そうだ、俺と一緒に僧侶レイラの治療を受けていたのは勇者アバンだ。勇者アバンに僧侶レイラ……ああ、なんだ、簡単なことじゃないか。どうして今まで気付かなかったんだ。ほんと、おかしすぎて、狂ったような笑いが止まらない。

 

 

 そうだ、俺は……俺の本当の名前は────!!

 

 

「────ロカ、だったんだ……」

 

 

「……!やっぱり、やっぱり貴方は……」

 

 

 俺が『(ロカ)』であるということに気づいた俺は、思わず『(ロカ)』の名前を呟く。それを聞いたマァムは、俺に何か言おうとしたが……

 

「っ!?待って!お願い、話を……!」

 

「カロン!?どうした!?」

 

 頭の中がぐしゃぐしゃになった俺は、勇者ダイ一行を倒すという任務も、団長であるヒュンケルを支えるという義務と義理も捨てて……気がつけば、そこから逃げ出していた。

 

 

 なぜ逃げ出してしまったのか分からない。いや、違うな……分かってるけど認められないんだ。俺は……俺はマァムと一緒にいることで、俺が『(ロカ)』になってしまうことを恐れたのだ。我ながら情けない。

 

 

 少しでも『(ロカ)』から逃げる為、俺はカロンとしての……不死騎団副団長としての時間を過ごした地底魔城に、逃げるように……いや、正しく逃げ帰ってきた。

 

 だがそれでも、俺の中に宿る『(ロカ)』は消えてはくれない。俺は、突然突き付けられた真実に……半狂乱になってしまっていた。

 

「クソ、違う、俺は……俺は……!!」

 

 俺はロカだ。ああ、なんてことをしてしまったんだ。大勢の人を殺してしまった。まさかこの俺が、魔王軍の手下になっちまうなんて……。

 

 違う、俺はカロンだ、バーン様に生み出された魔物だ。だから俺が人間を殺すのは、魔王軍なのは当たり前のことなんだ……。

 

「俺の……俺の中に入ってくるなぁああ!!」

 

 頭をブンブンと振り、俺の中の『(ロカ)』を振り払おうとする。だが、できない。『(ロカ)』を意識すればするほど、アバンやマトリフ……そしてレイラやマァムのことが頭から離れなくなる。

 

「なんでだ……なんで今さら……!クソ、マァム……レイラァアアアア!!」

 

 地底魔城の壁を殴るが、そんなことで気分が治まるわけもない。俺の頭の片隅には、レイラマァムがいる。2人は何かを伝えたそうな表情で、じっと(ロカ)のことを見つめていて……。

 

「か、カロン様、どうなされました!?」

「女を殺す……連れてこい」

「は、はい?今なんと……」

「捕虜の女がいただろ!連れてこい!」

「は、ははっ!」

 

 俺の命令を受けたガイコツ兵が慌ただしく去っていく。何かに激情をぶつけないと、俺が壊れてしまいそうだ。そうだ、ならばぶつければいい。殺せばいい。

 魔物が人間を殺して何が悪い。女を殺せば、きっと俺の中のレイラとマァムも消え去ってくれる。殺せば人間(ロカ)の心をなくし、魔物(カロン)として生きていけるはずだ。

 

 

 自分の考えが支離滅裂であることに、心のどこかで気づきながら……俺は、縛られた状態で引っ立てられてきたマリンの姿がどこかレイラに重なって、冷静さを完全に失くした。

 

 ああ、そういえば……レイラの法衣って、帽子以外はちょっと賢者っぽかったよな……。

 

 

「レイラ……レイラァアアア!!」

「あぅ!?」

 

 俺はマリンの胸ぐらを掴んで、地面に叩きつけると、その上にまたがって剣を振り上げた。

 

「な、何を……ぁが!?」

「クソ、死ね、消えろ……消えろぉおおお!!」

「や、やめ……ぐぁあああぁああ!!」

 

 俺はマリンの体に思いっきり剣を突き刺す。技量も何もない、子供の癇癪みたいな攻撃。持っているのが剣でさえなければ、きっと微笑ましくすらあっただろう。

 

「ぎ、が、あぁあぁ!!」

「クソ、クソ……!うぉおあぁぁあ!!」

 

 心臓を一突きすれば死ぬのに、首を切り落とせば殺せるのに……俺はただ何も考えず、我武者羅にマリンの体を剣でめった刺しにする。返り血を浴びるのも気にしない。

 

「い、や゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!止めてぇええ゛え゛え゛!!」

「レイラ、マァム……!俺は、俺は……!」

 

 マリンの腹に剣を思いっきりぶっ刺した後、剣に身を預けて体重をかける。

 

「死ね、レイラ……死ね、マァム……死ね、俺の中の『(ロカ)』!」

「ぅ、が、は……ぁ、ぁ、ぐ……」

 

 口から吐血し、顔を青褪めてピクピクと痙攣しているマリン。とても危険な状態に見える。だが、関係ない。俺が力を込めてマリンの腹から剣を引き抜き、トドメを刺そうとした瞬間……!

 

「カロン!止せ!」

 

 いよいよマリンが断末魔の叫びをあげようとした瞬間……俺の背中を、人肌の暖かさが包んだ。骨である俺には持てない暖かさだ。あぁ、この暖かさは……。

 

「止せ、カロン……無抵抗の女は殺すな……お前は不死騎団の副団長だろう?そのお前が、ここのルールを忘れたか?」

「ヒュン、ケル……?」

 

 背中から組み付いて俺を止めたのは、いつの間にか帰って来ていたヒュンケルだった。

 

「ヒュンケル、俺は……」

「何も言うな……お前はお前だ……死人の骨から産み出されたことなど、最初から知っていただろう?その死人が誰だったかなど、今さら関係ない」

 

 その優しい言葉に、俺は思わず、俺の背中から首もとに伸ばされているヒュンケルの腕にすがり付いてしまう。

 

「でも、俺は……まさか戦士ロカだったなんて……」

「それが関係ないと言っている、何度も言わせるな……まったく、世話の焼ける弟分だ」

 

 弟分。ヒュンケルはたまに俺を世話のかかる、出来の悪い弟かのように扱うことがあるが……直接、面と向かって言われたのは初めてだ。それを聞いて俺は……胸の奥が暖かくなるような感情を覚えた。

 

「おと、うと……分……か」

「お前は俺にとっては背中を預けるに足る戦友であり、信頼する副官であり……手間のかかる弟分だよ」

 

 ヒュンケルは赤ん坊の頃からバルトスが死ぬまで、ずっとこの城で暮らしてきた。こいつにとっては魔物こそが友であり、仲間であり……家族、ということか。

 

「……すまない、ありがとう……ヒュンケル」

「……団員の世話を見るのも、弟分を守るのも、俺の仕事だ……気にするな」

 

 ぎゅ、とヒュンケルの腕にすがり付いたまま震えている俺だったが……その頬を、温かい何かが伝った。

 

「……はは」

 

 ああ、俺もつくづく、人間ぶるのが好きな魔物だな……。

 

 

 

 涙を流すなんて、本当に、人間みたいじゃないか。

 




男2人がピッタリ引っ付いてるのを、瀕死の状態で眺めさせられるマリン……流石に可哀想になってきましたね。


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小休止

「マリン!?大丈夫!?」

 

 俺が自らの存在を改めて認識している時、近くで悲鳴に近い声があがる。この声は……?

 

「レオナ姫だ、あの賢者が危険だという事を告げて連れてきた」

 

 すっ、と俺から離れたヒュンケルが説明する。何でも、俺の異常な様子をガイコツ兵から報告されたヒュンケルは、回復魔法に頼らざるを得ない事態になっていると想定し、賢者の卵であるレオナ姫を連れてきたらしい。

 うちの団って魔法使える奴いないからな。

 

「っ!なんて酷い傷なの……!」

 

 ヒュンケルの言う通り、俺を押しのける勢いでマリンの元にやってきたのは、パプニカ王女であるレオナ姫であった。いや、王亡き今は女王と言うべきか……?とにかく、俺も治療の邪魔にならないよう、跨っていたマリンの上から退く。

 

「マリン!死んじゃ駄目よ!ベホマ!」

 

 レオナ姫はマリンに駆け寄って膝枕をしつつ、その体にベホマをかける。すると、傷だらけで瀕死状態だったマリンの傷はゆっくりと、だが着実に治っていった。

 

「ベホマが得意という噂は、本当だったようだな……」

「ヒュンケル……今の時期は、レオナ姫を幽閉箇所から出したくなかったろうに……すまないな」

 

 レオナ姫を城の奥底に幽閉し、その上で世間にはレオナ姫は処刑したと公布する……パプニカ残党狩り、そして人間の支配が完了したら、どこかへ逃がしてやる……そう考えていたヒュンケルにとっては、城内とは言えレオナ姫を幽閉先から出したくはなかっただろう。

 

 今までは兵士たちも一部を除きレオナ姫は処刑されていると思っていたようだが……今回のことで彼女の姿を見る者がいれは、そうはいかない。

 

 

「気にするな、城内にはいずれ発覚していたことだ」

「……ありがとな」

 

 そうこうしているうちに、レオナ姫のマリンの治療が終わったようだ。ベホマによって、傷は完全に塞がっている。

 

「姫、さま……申し訳、ござい、ま……」

 

「いいのよ……無理して喋らないで……今はゆっくり休んでいて……」

 

 だが、レオナ姫のベホマは怪我の治療と体力の回復を同時に行う事ができないようだ。傷は塞がっても、ダメージは残っているようで、マリンは息も絶え絶えにレオナ姫に礼を述べた後、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 怪我の治療が終わったタイミングを見計らってヒュンケルが前に出ようとしたが、俺はそれを抑える。ここはマリンを殺しかけた張本人である俺が行かねばなるまい。

 

 とは言え、なんて声をかければいいやら……人間を殺しかけたことを謝るのは、魔王軍として戦っている俺が言うのもおかしな話だしな……ここは無難にいくか。

 

「……レオナ姫、礼を言う……おかげでここのルールに背かないですんだ」

「……あなた……さっきの鬼気迫る様子は尋常じゃなかった。一体……」

 

 おお、俺がマリンを殺しかけたことに激怒するかと思いきや、かなりクールだなレオナ姫。まぁ、この状況で魔物が人間を殺そうとすることに怒りを顕わにしてもしょうがないとは分かっているらしい。

 

「……言い訳にしかならないが、俺は……俺は自分が自分じゃないってことを知って……混乱してたんだ。そのせいでマリンを殺しかけてしまった」

 

「自分が、自分じゃない……?」

 

 レオナ姫は俺の言っていることの意味が分からないようだ。当たり前だ。急にこんなこと言われて理解できる方が怖い。だが、わざわざこの場で俺の出生についてまで語るような必要はない。むしろ、簡単に言いふらしてはいけないだろう。

 

 

「……これで納得しろとは言えないが、俺から話せることはそれだけだ……じゃあな、ありがとう」

 

 

 結局のところ、俺たちは今現在殺しあっている魔族と人間。不死騎団は騎士道精神溢れるヒュンケルが率いているが故に、殺さずに助ける人間もいるが……それはあくまでも例外に過ぎない。

 レオナ姫は家臣が殺されかけたことに憤りはしても、それをここでぶつけることを無意味だと理解し……俺は八つ当たりでマリンを殺しかけたことを申し訳なく思っても、それをこの場で伝えることの滑稽さを分かっている。

 

 

 だから俺は謝罪をせず、ただ礼だけを言って、レオナ姫に背を向けた。レオナ姫は何か言いたげだったが、何も言わずに、苦しそうに息を荒らげながら眠りについているマリンの看病を続けていた。

 

「ヒュンケル……そういえば、勇者たちは?」

 

 俺を追いかけて来たということは、勇者パーティーを放置してきたのだろうか。だとしたら流石に申し訳なさすぎる。

 

「ああ、どこから話したものかな……お前が去った後……」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

「カロン……あいつ、どうしたんだ……!?」

 

 ヒュンケルは、突然狂ったような笑い声をあげた後に走り去って行ったカロンを見て、嫌な予感がした。今、カロンから目を離してはいけない……そんな漠然とした不安が、ヒュンケルの胸中を覆う。

 

「はぁ……はぁ……ど、どうなってるんだ……?」

 

 ヒュンケルに手も足も出なかったダイも、もう一つの戦場……ポップとマァムがカロンと戦っている場の状況を掴みかねていた。

 

「ヒュンケル!お願い、教えて!あの人は一体……!?」

 

 

 その時、かなり焦った様子のマァムがヒュンケルに声をかけた。

 

「なに……?どういうことだ?」

 

「あの人……カロンは私を見て、レイラって……私の母の名前を呼んだわ!そしてその後、父ロカの名前を呼んだ……ヒュンケル、ひょっとして……ひょっとしてカロンは私の……!」

 

「ロカ、レイラだと……?まさか!」

 

 カロンのあの尋常でない様子。僧侶レイラと戦士ロカの娘マァム……彼女との間で何かがあったのは間違いない。そしてカロンがマァムを見てレイラと言ったという……そしてカロンは、人間の遺骨を元に産み出された呪法生命体……

 

 そこまで考えて、ヒュンケルは気づいた。様子がおかしかったのは……自らの『生前』を思い出して、混乱していた……?

 

「……運が良かったな、お前たち……カロンに感謝するがいい……この場は見逃してやる」

「な、なんだって!?」

 

 

 突然剣を収めようとしたヒュンケルに、ダイは訝しげな声をあげる。

 

「お前たちの力量は既に知れた……後回しにしても問題にならん相手だ」

「や、やろ~、舐めやがって……」

 

 舐められたと感じたポップは、杖を握りしめる。

 だが、ダイもポップも本能的に気づいていた。ヒュンケルは今の自分たちでは、正攻法では決して勝てない相手だということを……そしてヒュンケルはまだ、本気を出していないであろうことを……

 

 ダイたちにとっても、作戦を立てるなり態勢を整えるなりために、この場での決戦を避けられるのは悪い話ではない。不死騎団団長を前にして倒せないというのは悔しいが、ここは戦いを止めてヒュンケルが去るのを待つべきか……。

 

 だが、マァムにはヒュンケルに聞いておかなければならないことがあった。

 

 

「待ってヒュンケル!最後に質問に答えて!カロンは、カロンは私の……兄さんなの!?」

 

 

 例えその質問が、真実を知る者から見たらとてつもなく滑稽だとしても。

 

「な、なんだって~!?」

「あいつが、マァムの……お兄さん……!?」

 

 

 マァムの衝撃的な質問に目を剥いて驚くダイとポップ。

 

「カロンが私を見てレイラと言ったということは、彼は母さんの昔の顔を知っていたんだわ!そして多分、今の母さんのことは知らない……あと、私のことはよくは知らないみたいだったけど、名前を聞いてから余計に様子がおかしくなった……だから、だからひょっとして……」

 

 マァムは禁呪法について詳しくない。そういった危険かつ非人道的なものがあるということ自体は知っているが、具体的にどういう魔法なのかは知らない。

 

 だからこれは、決して的外れな推測というわけではない。

 ただ、本人の持っていた知識と、与えられた情報が噛み合わなかっただけである。

 

 少々要領を得ないながらも、必死に自分なりの根拠を述べるマァム。その痛ましい姿を見ていられなくなったヒュンケルは、ゆっくりと首を横に振る。

 

「マァムといったな……一つだけ言ってやる、カロンはお前が思っているような存在ではない……そうだろう、クロコダイン?」

 

「むぅ、気づいておったのか」

 

 その時、物陰からぬぅっと姿を現したのは、獣王クロコダイン。先日勇者ダイ一行と戦い、そして敗れた百獣魔団団長、クロコダインである。

 

「く、クロコダイン!?」

「そう警戒するな、ダイ……俺はもうお前たちと戦うつもりはない」

「え?」

「ヒュンケルが相手ではダイたちがピンチかと思ったが……何やらトラブルらしいな」

 

 明らかに以前戦った時の様子とは違うクロコダイン。ダイさんたちが困惑しているのを尻目に、ヒュンケルはクロコダインの言葉の真意を読み取っていた。

 

「ほう、裏切るのかクロコダイン……六団長の中でも、お前とバランだけは尊敬に値する男だと思っていたが、見込み違いだったようだな」

「……ヒュンケルよ、俺はこいつらと戦い、人間の素晴らしさを知った……最早魔王軍にはいられぬ」

 

 

 同じ人間であるお前には、人間の素晴らしさが分かるはずだ、と語るクロコダイン。

 

「え!?と、いうことはまさか!」

「ああ、これからはお前たちに力を貸そう」

「本当!?ありがとうクロコダイン!」

「お、おいダイ、そんなに簡単に信用して大丈夫なのかよ……」

 

 思いがけない人物が味方になったことを純粋に喜ぶダイ。対してポップは半信半疑だ。例えばの話だが、もしもクロコダインがヒュンケルの攻撃から身を呈してダイを庇う……といった登場の仕方をしていたら、ポップも疑いを持たなかったかもしれない。

 

「クロコダイン……貴方はカロンの正体が何者なのか知っているの!?」

「……?確かに、俺は奴のことを知っているが……」

 

 それに対し、マァムが気にしているのはやはりカロンのことであった。先ほどまで様子を伺っていたクロコダインは、マァムがカロンを自分の兄だと誤解していることを知っていた。ここはその誤解を解いておくべきか……

 

「クロコダイン、いくらお前でも、奴の出生を言いふらすことは許さん」

 

 が、それに対してヒュンケルは釘を刺した。クロコダインは、その真剣な鋭い瞳に射貫かれ、軽はずみにカロンが呪法生命体だと言ってはいけないのだと理解した。

 

「マァム、答えが知りたいならば地底魔城に来い……そして本人から聞き出すのだな。ダイ、貴様との決着もそれまでは預けておく」

「ま、待ちやがれ!」

「よせ小僧、今のお前たちのレベルでは策もなしにヒュンケルには勝てん」

 

 マントを翻して振り返るヒュンケル。ポップはその背中を反射的に追おうとするが、クロコダインに止められる。そういったやり取りを尻目に……ヒュンケルは、カロンが帰還したと思われる地底魔城に向かった。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

「クロコダインが裏切った!?」

「信じがたいことだが、事実だ」

 

 

 ヒュンケルの説明を聞いて色々言いたいことはあったが、一番驚いたのはあのクロコダインが裏切ったということだ。

 

「勇者一行だけじゃなく、クロコダインとも戦わないといけないのか……」

「いや、それはない」

 

 少々厄介なことになったと頭を抱えそうになった俺だが、そんな心配をヒュンケルはあっさりと否定する

 

「上手く隠していたが、クロコダインはダイとの戦いで負った傷が完治していなかった……あれでは戦うのは不可能だろう」

「なるほど……じゃあ勇者パーティーだけが相手で済みそうだな」

「……奴らは必ずここに来るだろう……カロン、ダイと魔法使いの相手は俺がやる。お前はマァムと……いや、『前世』と決着をつけてこい」

「……ああ」

 

 マァム……俺の『前世』であるロカの娘の僧侶戦士。ただ父の骨を再利用して産まれただけの魔物を、生き別れか何かの兄だと勘違いしている哀れな女。

 

 先ほどは思わず逃げてしまったが……今度は逃げない。俺は、マァムと正面から向き合い……俺の中の『(ロカ)』と決着をつける。

 

 

 今日はもう休んでいろ、というヒュンケルの言葉に甘え……俺は自室で、眠りについた。

 

 

 

 その日、俺は『初めて』地底魔城に来た時の夢を見た。あの時懐かしさを感じたのは、懐かしそうにしているヒュンケルに引っ張られたのだと思っていたが……今となってはそれは、勘違いだったのだと分かってしまって……何だか無性に、悲しかった。

 

 



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抱擁

 そして、運命の日。俺が眠っている間にハドラーとザボエラが視察に来たようだが、ヒュンケルはすげなく追い返したらしい。正直、今の俺がハドラーと出会ったら『(ロカ)』が冷静でいられるか分からないので、その場に呼ばれなくて助かった。

 

 とにもかくにも、俺たちは地底魔城に来るであろう勇者ダイの一行を待ち構えていた。作戦は闘技場跡まで勇者たちをガイコツ兵で誘導し、そこをヒュンケルが叩くという単純なものだ。

 ヒュンケルが机に広げた場内の地図の一ヶ所を指差して、全体に指示を出す。

 

「クロコダインのタフさは軽視できないが、怪我が完治していないのは紛れもない事実……おそらくはあの3人で攻めてくるだろう」

 

 そう言った後、ヒュンケルは俺の目を見つつ、指を地図の一ヶ所にツゥと這わせる。

 

 「ガイコツ共には、闘技場へ奴らを誘導するように言い含めている……カロン、お前はこの位置で奴らを待ち構えていろ」

 「なるほど、勇者たちは俺を避けようとすれば、自然と闘技場に出ることになるな……」

 

 相変わらず手際の良い指示だ。

 

 

「……その際、マァムの相手を任せる。お前の好きなようにしろ、ただし……」

「分かってる、女は殺すな……だろ?それが不死騎団のルールだ……もう見失わないさ」

「そうか、ならいい……俺はダイの相手をする。お前は自分のことに集中していろ」

 

 過保護なことだ。少なくとも表面上は、いつも通りに振る舞っているつもりだが……ヒュンケルにはこれが空元気に見えているのかもしれない。

 

 それはそうと、俺たちナチュラルにポップとかいう魔法使いの事をスルーしているな。別に彼を侮っているつもりはないが、どうしても勇者ダイ以外のメンバーはインパクトが薄い。俺にとって一番インパクトがあったのはマァムだが。

 

「ヒュンケル様、カロン様!勇者たちが攻め込んで来ました!」

「来たか……カロン、手筈通りに行くぞ」

「ああ、了解だ」

 

 そうこうしているうちに、勇者ダイ一行が攻めてきたようだ。俺は愛剣を掴むと、指定された場所へ向かう。

 

「俺は……前世と決着をつける」

 

 きっと、マァムと正面から向き合い、打ち勝った時……俺は……俺は吹っ切れるはずだ。

 

 そう思って、地底魔城を歩いているうちに……ふと、自嘲めいた笑みが浮かぶ。

 

 吹っ切れるとか決着をつけるとか……どうにも曖昧なことしか言えない。まるで、俺自身もどうしたいのか具体的には分かっていないかのようだ。

 

 いや、事実分かっていないのだ。マァムと会えば、きっと何か、大きなターニングポイントになる……そんな漠然とした、曖昧なことしか考えられていないのだから。

 

 まぁ、なまじ相手が前世という超然とした概念だから、仕方ないのかもしれないが。

 

 そんな、有り体もないことをつらつらと考えているうちに、指定の場所に着いた。俺は腕を組んで、勇者たちが来るのを待つ。

 

 

 どれだけ経っただろうか……ざわざわと騒がしい音が聞こえてきて、俺は組んでいた腕を解く。

 

 通路の奥から、ガイコツ兵に追われて現れたのは予想通り……勇者ダイ、魔法使いポップ……そして、僧侶戦士マァムであった。

 

 

 「よう、待ってたぜ」

 

 「げげ!?」

 

 突然声をかけた俺に声をあげて反応したのはポップ。ダイは警戒し、マァムは何とも言えない表情を浮かべた。

 

「よし、このままカロン様と挟み撃ちにするぞ!」

「逃がすな!追えー!」

 

 だが、そうこうしている間にも、ガイコツ兵士たちは勇者の後方から迫っている。正面から戦わないのは数の不利からか、あるいは本来の目的は隠密行動だったのか……確かなのは、ガシャガシャというガイコツ兵の鎧の音がどんどん近づいてきているということだ。

 

 

 「……昨日ぶりだな、マァム」

 「……カロン」

 

 その喧騒を敢えて無視して、俺はマァムに語りかける。

 

「俺とお前の今の望みは、多分同じだ……だから、そうだな……一騎討ちとでもしゃれ込もうぜ」

「一騎討ちだって!?」

 

 俺の提案に反応したのはダイ。

 

「俺はマァムと二人になりたい気分なんでな……もちろん、ガイコツ共に手は出させないさ」

「ふ、二人になりたい気分!?」

 

 ポップが素っ頓狂な声をあげる。何か変な意味にでも取ったのかもしれない。

 

「……ダイ、ポップ……私を置いて、早くレオナ姫を探してきて」

 

 マァムが意を決したような表情でそう言う。なるほど、ヒュンケルや俺と決着を着けに来たわけではなく、レオナ姫を救出しに来たというわけだ。その辺にいたレジスタンスからレオナ姫の情報でも手に入れたのかもしれない。

 

「カロンはきっと、ガイコツ兵を私にけしかけるようなことはしないわ……だから行って!」

「で、でもよぉ……」

「早く!」

「……ポップ、行こう!きっとマァムも、カロンと二人になりたいんだよ」

「ぐぐ……おいカロン!マァムに妙なことすんじゃねえぞ!」

 

 バタバタと騒がしくしながら、ダイとポップは去っていく。

 まったく、青臭いというか単なるガキというか……年齢的には一歳の俺が言うのもおかしな話だが。

 

 そしてその後、ガイコツ兵士たちが追いついてきた。

 

「カロン様!」

「勇者たちは向こうに行った。もうしばらく追いたてれば、ヒュンケルのいる闘技場まで着くだろう。引き続き頼むぞ」

「ははっ!」

 

 俺の命令……というより激励を受けた兵士たちは、ダイたちを追いかける。それを見て、マァムは少々焦ったような声をあげる。

 

「まさか、罠……!?」

「正面から堂々と戦うために広い場所へおびき寄せることを罠と呼ぶかは、意見が分かれるところだろうな」

 

 それを聞いてほっとした様子を見せるマァム。

 

「ヒュンケルもカロンも卑劣なことはしないとクロコダインから聞いていたけど、本当みたいね」

「……クロコダインから俺について聞いたか?」

「いえ、彼は話してくれなかったわ、本人以外がペラペラと喋ることじゃないって……」

 

 どいつもこいつも気を使ってくれてありがたいことだ。

 

「ねえ、今度こそ教えて……どうして私を見てレイラと言ったの?どうしてあの時急に様子がおかしくなったの?ひょっとして、あなたは……私の、兄さんなの?」

 

 「……年齢的に辻褄が合わないことくらい、お前も理解しているだろう?俺が兄だとしたら、ロカは何歳の時にレイラと出会っていなければならない?まさか、昔外につくった子供だとでも言う気か?」

 

 ……現実的な考え方をすれば、兄か何かだと思うのは決して不自然ではない。むしろ、真実の方が奇抜で、非現実的で……信じ難いことだ。でも、言わなければならない。俺の正体を教えなければならない。それが両者のためだ。

 

「だけど、そうじゃないなら、一体どうして……」

 

 「教えてやるよ……俺はバーン様の禁呪法によって産み出された、遺骨の剣士だ……ここまで言えば、分かるだろ?」

 

 「遺骨、禁呪法……?っ!?ま、まさか……!」

 

 

 頭が良いっていうのは、時に残酷だな。気づきたくもないことに気づいてしまう。

 

 「そうだよ、俺は……俺は戦士ロカの骨から生まれた剣士カロン!敢えて家族に当てはめれば、腹違いの弟とでも言うべきかな?勿論、お前の父であるとも言える」

 

 同じ父から生まれたと考えれば、腹違いの弟というのが一番近いが、俺自身がロカだと言うこともできる。そもそも、呪法生命体の俺を家族構成に当てはめること自体がナンセンスだが。

 

 「そ、そんな……嘘よ、だって、だってお父さんは……ネイル村のお墓に埋めたもの……!」

 

 「お前は墓参りの度に土を掘り返して骨があるか確認するのか?しないだろ?いつの間にかなくなってても、誰も気づかなかったのさ」

 

 「う、そ……だって……」

 

 「マァム……お前だって本当は分かっているはずだ……俺はお前の、父であり、弟でもある……魔王軍不死騎団副団長、カロンなんだ!」

 

 「いや……そんな、嘘……お父さんが……いやぁあああああああ!!」

 

 

 地底魔城に、マァムの悲鳴が響き渡った。その悲鳴を聞いて、俺の胸が痛む。俺だって、別に好き好んで女の子の悲鳴が聞きたいわけじゃない。それに……マァムは俺にとって特別だ。

 

 

「……マァム、悪いようにはしない……この城で捕まっていてくれ……姉を傷つけたくはない」

 

「……う、う……そ、れは……できない、わ」

 

 マァムは衝撃の事実を聞いて涙ぐみながらも、強い意志の籠った瞳で俺を見つめる。

 

「カロン、あなたは自分とお父さんの間で苦しんでいるのでしょう?だからあの時、あんなに様子がおかしくなって……」

 

 

 驚くべきことにマァムは、俺を気遣うかのようなことを言ってきた。俺は驚きのあまり、目を見開く。

 

 「……俺が、憎くないのか?安らかに眠っていたロカを掘り起こして、人殺しの道具にした魔王軍が憎くはないのか?」

 

 「辛いけど……!魔王軍は許せないけど……!でも、あなたを憎むことはできない!」

 

 不条理だ。マァムはあろうことか、父親の骨から生み出された俺を本気で心配しているようだ。普通ならば生理的嫌悪を抑えられないだろうに……。

 

 「人は、自分で生まれる場所を選ぶことはできない……あなただって無理矢理生み出された被害者よ、恨むなんてできないわ」

 

 「……俺が……被害者だと……?俺は魔王軍として、何人もの兵士を殺してきた!その俺が被害者だと!?」

 

 

 あまりに予想とかけ離れたマァムの対応に、俺は冷静さを欠き、大声をあげてしまった。

 

 「……苦しんでるのね、人を殺したことを」

 

 だというのにマァムは、どこまでも俺を受け止めようとする。

 

 「やめろ」

 

 「人の心を捨て去ることも、魔物になりきることもできずに苦しんでるのね」

 

 「分かったような口を……!」

 

 俺は、マァムに剣を振り上げて……振り下ろすこともできず、そのまま固まってしまった。ゆっくりと、俺の手から剣が滑り落ちていく。俺は、彼女を傷つけられない。ロカとしても、カロンとしても。

 

 「……最初はマァムもレイラも、ネイル村の連中も皆殺しにして、ロカの残照を消そうとしたさ」

 

 「……でも、できなかったのね」

 

 確かにできなかった。だがひょっとしたら、マリンを殺しかけた時にヒュンケルが止めてくれなかったら、俺はその選択肢を取っていたかもしれない。

 

 「ああ……俺がカロンとして生きるには、女や非戦闘員は殺しちゃいけないんだ……不死騎団のルールは守らなくちゃならない」

 

 魔物(カロン)として生きるには、人間(ロカ)の頃の思い出を消さなければならない。

 だが人間(ロカ)としての思い出を消すには、魔物(カロン)として生きる上でのタブーを犯さなければならない。

 

 雁字搦めだ。どうしようもない。

 

 「ヒュンケルは、俺の前世を関係ないと言ってくれた……けどな、ダメなんだよ……忘れようとしても、頭の中のロカが、レイラが、マァムが!俺の事をじっと見つめてくるんだ!」

 

「……辛かったのね」

 

「マァム、娘にして姉であるお前にもう一度会えば、何かが変わると、何かが分かると思ってた……でも、俺の心は変わらなかった、どうすればいいのか分からなかった……」

 

「カロン……」

 

「どうすればいいんだよ、人にはなれず、魔物にもなり切れない俺は……どうすればいいんだよ!!」

 

 

 俺の魂の慟哭を聞いたマァムは、決意を固めたような、凛としてた顔をすると……魔弾銃を床に放り捨てた。そして、ゆっくりと、俺に近づいてくると……

 

 

 

 「……大丈夫よ」

 

 

 

 穏やかに、優しく……まるで子を抱く母のように……俺のことを、抱き締めた。

 

 



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許しと戦い

 マァムは少し背伸びして、彼女より身長の高い俺のことを、優しく抱きしめる。突然の行為に俺は驚いて、その場で身をすくめて固まってしまう。

 

「な、なにを……」

 

「強がってるけど……私に、許して欲しそうな顔をしてたから……」

 

 ギュ、と俺を抱きしめる力を強くしながら、マァムが言う。許して欲しそうな顔。なんだその漠然とした、くだらない……それでいて、これ以上ないくらいに俺の心情を表している言葉は。

 

「はっ、なんだそりゃ……どんな顔だよ」

 

「……お父さんが、無茶して怪我して帰ってきて、お母さんに治療されてる時と、同じ顔……かな。本当は謝りたいのに、上手く謝れない時の……」

 

 血は争えない……いや、この場合は骨は争えないと言うべきか。どうやら俺は、自分が思っている以上に、ロカと似てるのかもしれない。

 

「……ヒュンケルといいマァムといい……なんでもお見通しってわけか」

 

 見透かされるのは嫌いだが……相手が彼らならば、それも悪くないと思える自分がいる。

 

「……その通りだよ、マァム……俺は、ロカを奪ってしまったことを申し訳なく思っていても、上手く謝る言葉が出てこないんだ」

 

 マァムにロカを奪ったことを謝るということは、俺という存在を俺自身で否定することに他ならない。謝りたいと心の中で思いつつ、踏み切れていなかった……だから俺は、マァムに許して欲しかったんだ……俺という存在を。

 

「奪ったのはあなたじゃなくて、あなたを生み出した魔王軍よ……あなたは悪くないわ」

 

 

 そう言って、俺を抱きしめる力を強くするマァム。よくもまぁ、父親の骨から生み出された、会ったばかりの化け物を、ここまで実の弟のように思えるな。

 

 

「ねぇ、あなたも魔王軍と戦いましょう!こんな残酷なことをする魔王軍に、手を貸すことなんてないわ!」

 

 マァムが俺から少し身を離して、俺の目を真剣に見つめながら言ってくる。戦いたくない、という想いが痛いほど伝わってくる。でも、それでも俺は……

 

「……悪いが、俺はヒュンケルを裏切れない……俺を受け入れてくれたマァムには感謝してる……でも、これだけは譲れない」

 

 バーンに生み出された以上、俺は魔王軍として戦うことを義務付けられているようなものだ。それに何より……あんなに良くしてくれたヒュンケルのことは裏切れない。

 

「ヒュンケルだってアバンの使途よ、話せばきっと……」

「あいつの人間への憎しみは、とても深い……話しても無駄さ」

「……ヒュンケルに、一体何があったの?」

 

 

 マァムが俺の顔を覗き込んで聞いてくる。

 

「……本人以外がペラペラ喋ることじゃない。ヒュンケルが俺のことを話さなかったように、な」

「そう……」

「だが、私利私欲だとか単純に暴れたいとか、そういう理由で戦っているわけじゃないってことだけは言っておく」

 

 

 俺としては安心して欲しいからそう言ったんだが、マァムは複雑そうな表情をした。

 

 

「ならなおのこと、どうして魔王軍に……」

「月並みな言葉だけど……人にはそれぞれ事情があるのさ」

 

 

 俺はそう言いながら、さりげなく、ゆっくりとマァムの腕を解いて彼女から離れる。

 

 

「ヒュンケルは裏切れないが、マァムも傷つけたくない……俺はいつもジレンマだらけだ……だから、今日はこうしよう」

「か、カロン?」

 

 俺は先ほどマァムが捨てた魔弾銃を拾う。マァムの困惑したような声を敢えて無視して……俺は近くの壁に向けて発砲した。

 ガラガラと音を立てて壁が崩れ、奥の通気口が見える。

 

「そっから逃げてくれ、マァム……俺の前を通らずにヒュンケルの所に行くなら、俺は止めない」

 

 ヒュンケルはダイとポップの相手をしており、マァムの足止めを俺に命じた。そしてマァムは仲間である2人を助けに行きたい。

 ならば、これが俺にできる最大限の譲歩にして、ヒュンケルとマァム両方の意見を尊重する折衷案だ。

 

「……俺を受け入れてくれてありがとう……けど、俺は魔物で、不死騎団の副団長……マァムは人間で、勇者の仲間……姉弟以前に、決して相容れないんだ」

 

「カロン……」

 

「願わくば、戦わないでいられることを祈るよ……早く行ってくれ、見逃している所を誰かに見られたくない」

 

 

 俺は魔弾銃をマァムに投げ渡す。それをキャッチしたマァムは少し迷っていたようだが、早くダイたちを助けに行かなければならない現状をちゃんと理解しているらしく、ゆっくりと俺が空けた穴に向かっていく。

 

「カロン……先生がアバンの印を渡したということは、きっとヒュンケルの中には正義の心があるのよ」

 

 穴から通気口に入る直前に振り返ったマァムが、最後に語りかけてくる。

 

「どうせ祈るなら、戦わなくて済むだけじゃなくて……あなたもヒュンケルも一緒に、私たちの仲間になってくれる日が来ることを祈るわ」

 

 

 穏やかな表情でそう言うと、マァムはサッと身軽に通気口の中に入っていった。

 

 ……俺はしばらくその場に立っていたが、ゆっくりとその場に座り込んだ。

 不死騎団団長のヒュンケルが兄貴分として俺を受け入れてくれて、俺の実質的な姉であるマァムも、父親の骨から生み出された俺を受け入れてくれた。

 

 俺はなんだか、周囲にものすごく甘やかされている気がする。

 

 彼と彼女が受け入れてくれたならば、俺は俺として……アバンの仲間のロカから生まれたと言うことを事実として納得した上で、不死騎団副団長カロンとして生きていくことができる。

 

 だが、俺は……ロカとカロンの中で揺れ動くことはなくなっても、今度はヒュンケルとマァムの間で苦悩している。どちらも俺は感謝しているし、どちらとも争いたくない。

 

 マァムが言うように……ヒュンケルが勇者たちの仲間になるのが、一番幸せな結果だろうが……そんな、都合よくいくかは分からない。

 

 それに何より、バーンから生み出された俺は、きっと……

 

 

「か、カロン!大変!」

 

 

 と、俺が物思いに耽っていると、先ほど別れたばかりのマァムが、何やら血相を変えて駆け付けてきた。

 

「いやマァム、そこはもうちょっとこう別れの余韻を残してだな……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないの!これを!」

 

 そう言ってマァムが差し出してきたものは……

 

 

「それは……魂の貝殻?」

 

「とにかく、これを聞いて!」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

「はぁ、はぁ……!」

「ち、ちくしょう……」

「思っていたよりはやるが……この程度か」

 

 勇者ダイ、そして魔法使いポップは、ガイコツ兵士に誘い込まれた闘技場にて、本気の殺意の現れなのか、前回の戦いでは見せなかった鎧姿で待ち構えていたヒュンケルを相手に苦戦していた。

 

「ポップ、ラナリオンは?」

「魔力はまだ余裕あるけどよ、いけるか?百発百中って程には練習してねぇだろ?」

「こうなったらやるしかない……!俺が何とかヒュンケルに剣を抜かせる……!」

 

 つい先日仲間になったクロコダインから聞き、情報としてだけは知っていたヒュンケルの魔法を弾き返す魔剣の鎧。2人はその対策自体は考えていた。金属は電気を通す性質を利用して、ライデインでヒュンケル本人に感電ダメージを与えるのだ。

 

 だがそのためには、2つほど問題点がある。

 

 まず一つは、ヒュンケルが剣を抜いていなければ、鎧に電気を通せないこと。

 そしてもう1つは、現在のダイのレベルではポップのラナリオンで雨雲を出現させなければ、ライデインを打てないことだ。

 

 つまり、ヒュンケルを倒すには、上に空が覗いている場所で、ポップにラナリオンを使用させる魔力を残した上で、ヒュンケルに剣を抜かせなければならないのだ。

 

 そして、ダイたちが戦っている闘技場には空は覗いているが……ヒュンケルは剣を抜いていなかった。

 

 仮にヒュンケルが剣を抜いていたとしても、ライデインの命中は万全ではない。練習が完璧であれば、何も憂うことなどなかったのだが……練習は万全とは言い難かった。

 

 とは言え、それには理由がある。ヒュンケルが去った後に合流したパプニカのバダックから、レオナ姫はおそらく地底魔城に囚われているということを聞いたのだ。故に彼女を助ける為にダイたちは潜入したのだ。

 

 そう、あくまでも今回の潜入の目的はレオナ姫の救出。ヒュンケルを倒すことは主目的ではない。

 

 故に、ライデインの練習も決して手を抜いたわけではなかったが……気絶するほどやりこんだ訳ではないので、命中率に少々不安が残る結果となった。

 

 

 なお、クロコダインは怪我が完治していないのと、巨体故に隠密行動には向かないため、別行動中でこの場にはいない。

 

「ダイ、こうなりゃ怒って紋章の力を使うんだ、そうすりゃあヒュンケルに勝てる!」

「でもポップ、無理矢理怒るのって難しいよ、あの力は使おうと思って使えるものじゃ……」

「何をコソコソ話している?」

 

 紋章の力……ダイが怒りを爆発させた時に額に現れる、謎の紋章。これが出現している時のダイは、普段とは比べ物にならない力を発揮する。

 

 だが、それはダイ自身も言っているように、好きに出したり引っ込めたりできるものではなかった。

 

「ヒュンケル!お前、なんだって魔王軍なんかにいやがるんだ!?」

 

 ポップはダイポップはダイが紋章の力を引き出す間の時間稼ぎのため、ヒュンケルが魔王軍に協力する理由を聞く。あわよくば、その理由が自分勝手なものであり、ダイが怒ってくれることを期待もしていたが。

 

 

「……いいだろう、教えてやる……それは、それはアバンが……俺の父の仇だからだ!」

 

 捨て子だったヒュンケルを拾った地獄の騎士バルドスのこと、彼の下で健やかに育っていったヒュンケルのこと……そして、バルドスがアバンのハドラー討伐の際に殺されたこと。

 

 ヒュンケルの口から語られた彼の過去は、ダイとポップの予想を大きく裏切るものだった。

 

「たとえ正義のためだろうとなんだろうと、その力が俺の父の命を奪ったことに変わりはない……!それを正義と呼ぶなら……!」

 

 ヒュンケルは、懐に持っていたアバンの印を取り出すと、遠くに放り捨てた。そして目を力強く開いて、ダイとポップを睨み付ける。

 

 

「正義そのものが俺の敵だ!」

 

 

「う、うぅ……!」

 

 ヒュンケルの宣言を聞いたダイは、思わずたじろぐ。何故なら、ダイもまた魔物に育てられた少年だからだ。

 もしも自分の育ての親であるブラスが、正義の名の下に勇者に殺されてしまったら……そう考えると、ダイは正義を憎まないでいられる自信がなかった。

 

「さぁ、トドメを刺してやるぞ……アバンに食らわせてやるつもりだった……俺の必殺技でな……!」

 

 ヒュンケルはそう叫ぶと、鎧の魔剣の兜から剣を取り出す。

 

「兜から剣が……!?今だ、ラナリオーーン!」

「ぬぅ!?」

 

 剣を構えるヒュンケルに対し、ポップは天候操作魔法ラナリオンで雨雲を呼び出す。

 

 

「ダイーー!今だーー!」

「ぅ、ううっ……!ライデ……」

 

 作戦通り、ライデインを撃とうとするダイ。しかし、先ほどの話を聞いてヒュンケルが自分と重なってしまったダイは、一瞬攻撃を躊躇してしまう。そしてその一瞬が、ヒュンケルの前では致命的な隙となりえる。

 

 

「何を企んでいるか知らんが、たった今つまらん小細工もできんようにしてやるわ!闘魔傀儡掌!」

「う、うわぁあああ!?」

 

 一度剣の構えを解いたヒュンケルの掌から伸びた暗黒闘気が、ダイの体躯を拘束する。

 

「う、ああああ……!ぐうぅうう!!」

「この技は暗黒闘気によって相手の自由を奪う……!本来は骸共を操るのに使う力だがな……」

 

 身動きの取れなくなったダイに、再び剣を構えるヒュンケル。

 

 

「今度こそ終わりだ!ブラッディスクライドーー!」

 

 

 ヒュンケルの必殺剣が、ダイに迫る!

 

「だ、ダイーーー!」

 

 



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落城

「だ、ダイーーー!」

 

 突如その場に響く、焦りを帯びた声。その直後、どこからか飛んできた瓶状の物体がヒュンケルの剣にぶつかる。ぶつかった瓶は爆発を起こし、ヒュンケルの剣の軌道を僅かにずらす。

 

 それにより、ヒュンケルの放ったブラッディスクライドはダイに命中こそしたものの、直撃はしなかった。

 

 「ぬぅ!?」

 

 直撃を免れたダイは、どしゃり、という音と共に地面に倒れる。

 

 「あ……ま、マァム!」

 

 ダイを救った瓶状の物体……それは、ギラの籠った魔弾を投擲しマァムによるものであった。

 

「ヒュンケル……あなた、何てことを……自分の後輩を斬ろうとしたのよ!」

 

 「お前か……カロンはどうした?」

 

 

 アバンの弟子など後輩ではない、と思ったヒュンケルだが、そのことは言わずに、マァムと共にいるはずのカロンの姿が見えないことを問いかけた。

 

「ヒュンケル、カロンについても話すことは山ほどあるのだけれど……これだけは言わせて、アバン先生はあなたのお父さんの仇ではないわ!」

 

「……なに?」

 

 マァムの言葉を聞いて、怪訝な顔を浮かべるヒュンケル。

 

「俺の過去はカロンから聞いたのか?」

 

「いいえ、彼は話さなかったわ……私が知っているのは、地底魔城の隠し部屋で見つけたこれが理由」

 

 そう言ってマァムが差し出したものは……綺麗な貝殻であった。無論、ただの貝殻ではない。

 

「こっ、これは、魂の貝殻……!?死にゆく者の魂のメッセージを封じ込めるという……」

 

「あなたのお父さん、地獄の騎士バルトスからの遺言状よ!」

 

「父さんの?」

 

 ヒュンケルは兜を脱いで、自らの耳に魂の貝殻をあてがう。すると貝殻から、バルトスの声が聞こえてくる。

 

『ヒュンケル……我が子よ……』

 

「父さん!?」

 

「聞いて、ヒュンケル!あなたのお父さんの残した真実を!あの……地底魔城が滅びた日に何があったのかを!」

 

 

 マァムの必死な説得を受けて、ヒュンケルは魂の貝殻のメッセージに耳を傾け続ける。

 

『我が最愛の息子ヒュンケルよ……お前に真実を伝えたいが故に、ここにワシの魂の声を残す……』

 

 

 魂の貝殻に入っていたメッセージは、ヒュンケルにとって衝撃的であった。なんと、魔王の間へと続く門を守っていたバルトスは、アバンに敗北した後、ヒュンケルのことを人間の温もりの中で暮らせるようにとアバンに頼んでいたのだ。そしてアバンはそれを快く承諾した……父の仇として狙われるであろうことを知っていながら、である。

 

 しかも、ハドラーは大魔王バーンの力によって生き永らえていたため、アバンがハドラーを倒した時点ではバルトスは死んでいなかった。バルトスを殺したのは、アバンを通したことに激怒したハドラーであったというのだ。

 

 

「それでは……父の命を奪ったのはハドラーだったというのか……!?そしてアバンは、俺が父の仇と恨んでいることを知りつつ……俺を見守ってくれていたというのか……!?」

 

 今まで信じていたものが根底から否定されるような真実。それを知ったヒュンケルの声が震える。

 

「う、嘘だ……嘘だぁああああああ!!」

 

 

 叫びながら魂の貝殻を地面に投げつけるヒュンケル。それと同時に、ポップの呼んだ雨雲が雷鳴を轟かせ……倒れていた勇者ダイが立ち上がった。彼の目は完全に据わっている。

 

 

「ダイ!?止めろ、行くな!殺されちまうぞ!」

 

 

 しがみついて止めようとするポップを振り払い、ゆらゆらとヒュンケルに近寄っていくダイ。まるで、KOされた後も無意識に戦い続けるという格闘家のようだ、とポップは思う。

 

「……メラ!」

 

 据わった目つきのまま剣を構えたダイは、突然剣に炎を纏わせた。

 

「な、なに!?」

 

 それを見て、さしものヒュンケルも動揺する。なぜなら、如何に剣の腕を磨こうと、どれだけ魔法の研鑽を積もうと……剣と魔法を同時に扱うなど、不可能なはずの芸当だからだ。

 

 もし、そんなことをできる存在がいたとしたら……それは、人間以上の種族にしかあり得ない。

 

 

「おのれ……!今度こそ成仏させてやる……!」

 

「やめて!」

 

 再び剣を構えたヒュンケルに対し、マァムはその腕を握って止めようとする。

 

「聞いたはずよ!あなたのお父さんの言葉を!あなたが真に憎むべきなのは魔王軍だわ!もう……悪の剣を振るうのは止めて!」

 

「う、うるさいっ!」

 

 バシッ、と音を立てて、ヒュンケルはマァムを突き飛ばした。マァムは壁に思いっきり叩き付けられる。

 

「あ、うっ……!」

 

「今さら……今さらそんなことが信じられるか……!オレは……オレはもう、魔王軍の魔剣戦士ヒュンケルなんだ!」

 

「ヒュンケル……お願い、せめて今だけは戦うのを止めて!カロンが……あなたと私の弟が、今危機に陥っているのよ!」

 

「……あなたと、私の弟……?マァム、お前は……カロンを弟だと?」

 

「……ええ、彼は同じお父さんから生まれた弟よ……見た目は私の方が妹みたいだけどね」

 

 父親の遺骨を利用して生み出された存在を、一点の迷いもなく弟と言い切ったマァム。その姿に、ヒュンケルは一瞬怯む。

 

 

「ヒュンケル、カロンを助けに行きましょう!ダイも止めて!」

 

「う、うぅん……あれ、マァム?」

 

 マァムがヒュンケルとダイの間に入って止めると、ダイはぼんやりとした様子ながらも、ヒュンケルの方へ向かう足を止めた。

 

「……なぜ、そこまで……」

 

 カロンに危機が迫っているとは何があったのかも勿論気になるが、それ以上にマァムの献身的な態度に心を揺さぶられたヒュンケルが問いかける。

 

「例え、彼がお父さんの骨で作られたんだとしても……他人には思えないわ。だから、助けたい……それだけよ」

 

「……そう、か……敵である魔物すら、お前にとっては……」

 

「敵なんかじゃないわ……カロンも、そしてヒュンケル、あなたも」

 

 そう言ってマァムは、いつの間にか拾っていたのか……闘技場に落ちていたアバンの印を取り出した。

 

 

「それは……!」

 

「ダイやポップが捨てるわけはないし……だから、あなたのでしょう?」

 

 ヒュンケルにアバンの印を差し出すマァム。ヒュンケルは躊躇いがちに、アバンの印に手を伸ばして……

 

 

「ククク……!クックックック!ヒュンケルゥ!まさか裏切るつもりかぁ!?」

 

 突然、下卑た笑い声が辺りに響いた。

 

「き、貴様は……氷炎将軍、フレイザード!?」

 

「情けねぇなヒュンケル!そんな小娘に言い包められるたぁな!」

 

 

「な、なんだぁアイツ!?炎と氷がくっついてやがる!」

 

 突然その場に現れたのは、魔王軍六大軍団が一つ、氷炎魔団団長、フレイザードであった。ポップの驚いている通り、炎の半身と氷の半身を持っている、強大な呪法生命体だ。

 

「な、何故貴様がここに……!?」

 

「クハハハハ!決まってんじゃねえか!てめぇの息の根を止めてやろうと思って来たのさ!」

 

 さも当たり前かのように、フレイザードは一応は仲間であるはずのヒュンケルを殺しに来たという。

 

 

「大体てめぇは昔から気に入らなかったんだ。人間の分際で俺様の手柄を横取りしようなんざ、100年早ぇんだよ!」

 

 フレイザードはそう叫ぶと、炎の体に貯めたエネルギーを、闘技場の地面に向けて放つ。次の瞬間、地の底からゴゴゴゴゴ、という何かがせり上がってくるかのような音が響いた。

 

「う、ううっ!?」

「こ、これは……!」

 

「クカカカカ!ちょいとここいら一帯の死火山に渇を入れてやったのさ!もうじきこの辺りは……マグマの大洪水になるぜ!」

 

「ええっ!?」

 

 人間であるヒュンケルどころか、不死騎団全体を巻き込むような攻撃。そんな残虐行為を平然と行うフレイザードに、ヒュンケルは吠えた。

 

「フレイザード……!人間の俺を疎ましく思っていたのは知っているが、この城には他の団員も……カロンもいるんだぞ!」

 

「あ~?カロンだぁ?ケケ、まさか、奴との友情がどうとか言うわけじゃねぇよなぁ……?俺にはなぁ!そんな甘っちょろいもんよりも、勇者を葬ったという手柄の方が、何倍も重要なんだよぉ!ケーッケッケ!」

 

「お、おのれ……!フレイザードォ!!」

 

 余りにも身勝手な言い分に、ヒュンケルは怒りを爆発させた。手に握る魔剣を、フレイザードへ向けて投擲した。

 だが、ヒュンケルは剣の達人ではあっても、剣投げのような曲芸の枠に入る芸当は得意ではない。フレイザード足元の岩場にヒュンケルの魔剣が突き刺さった。

 

 

「おっと、危ねぇ……へへ、歓迎されてねぇみたいだな……じゃあここらでオサラバするぜ、せいぜい溶岩の海水浴を楽しみなぁ!ファッハッハッハッハ!」

 

 

 それを見届けたフレイザードは、最後まで挑発を繰り返し、笑いながら去っていった。地底魔城の闘技場には、溶岩に囲まれたダイ、ポップ、マァム、ヒュンケルだけが残る。

 

「だ、だめだ、もう逃げられない!」

 

「みんな!何とかあの上へ!私はカロンを迎えに……」

 

「ば、バカ言うなマァム!そんなことしてる場合かよ!?今すぐにでもマグマが……ってどわぁああああ!?」

 

 ポップが声をあげている間にも、地面から溶岩が続々と噴き出してきた。足元の地面も崩れ、そこから数多の溶岩が、ダイたちを襲う……!

 

 

「う、ぐぅ……ア、ガ……!!」

 

 

 なんとその時、ヒュンケルがダイたちの乗っている崩れた地面を掴み、溶岩がかからないように守った!

 

 

「ヒュンケル!」

 

「ぅ、ああ、ググ……!」

 

「やめてヒュンケル!無茶よ!」

 

「こ、こんな所で、お前たちを死なすわけにはいかん!」

 

 

 歯を食いしばって力を込めながら、必死に溶岩からダイたちを守るヒュンケル。その瞳は、正義への憎しみで濁り切っていた頃とは違い、澄んだ光を宿していた。

 

「ダイ、すまない……レオナ姫は、この城に幽閉している……」

 

「え!?そ、そんな、じゃあレオナが!」

 

「よ、寄せダイ、諦めろ!このマグマの海じゃもう手遅れだ!お前まで心中するつもりかよ!?」

 

 

 慌てて身を乗り出すダイを、ポップが必死に押さえつける。

 

「ポップ……だけど、だけどレオナが……!」

 

「ご心配には及びませんぞ!小さき勇者殿!」

 

 突然響いた声の後に、ヒュン、と何かを投げ渡したかのような音が聞こえてくる。その直後、ダイたちの乗っている地面の残骸の上に、どさりと何かが落ちる音がした。

 

 

「あ……レ、レオナ!」

 

 地面の残骸の上に落ちてきたのは、気を失っているレオナ姫であった。また、彼女をマグマから少しでも庇おうとしたのか、パプニカ三賢者のマリンがレオナ姫を包み込むように抱きしめていた。

 

 

「ほほほ……ヒュンケル様、お探しの方は、こちらでよろしかった、ですかな……?」

 

「モルグ……!」

 

「女性を、見殺し、にしては、不死騎団の、名折れ……ですから、な……」

 

 レオナ姫とマリンを投げ渡したのは、老執事ゾンビのモルグであった。彼はマグマに巻かれながらも、レオナ姫とマリンを救出し、ここまで連れて来たのである。

 

「ヒュンケル様、せめてこのモルグが、地獄の案内人となりましょう……」

 

 その言葉の直後……モルグの肉体は、完全に溶岩の中に呑まれてしまった。

 

 

「モルグ……!お前の忠義、感謝するぞ!」

 

「ま、待ってヒュンケル!ダメよ!」

 

「うおおおぉおおおおおお!」

 

 

 気合一閃。力を振り絞ったヒュンケルは、5人もの人間の乗った地面の残骸を、安全圏まで投げ飛ばした。

 

 

「うわぁあああああ!!」

 

 投げ飛ばされた面々は悲鳴をあげて安全圏の大地に叩き付けられる。ダイはレオナに怪我がないか確かめ、マァムはすぐに地底魔城を確認する。

 

「ヒュンケル!?」

 

 

 力を振り絞ってダイたちを救ったヒュンケルは、ゆっくりと溶岩の中に呑まれていく。

 

「ありがとう……最後の最後で目が覚めたよ……できるなら、お前たちの力になってやりたかったが……俺はもう、ここまでのようだ」

 

 

 別れを告げるかのように、ヒュンケルは右腕を掲げる。

 

「さらばだ、ダイ、ポップ……さよなら、マァム……」

 

 その右腕すら、溶岩に沈んで見えなくなっていく。

 

 

「カロン、お前まで道連れにしてしまって……すまない……」

 

 

「あ、あ……ヒュンケルーーー!!カローーーーン!!!」

 

 

 

 

 魔剣戦士ヒュンケルは、マァムの慟哭を置き去りにして、不死騎団とともに、溶岩の中へと消えた……。

 

 不気味な火山の響き……うず巻くマグマの鳴動……それはまるで死してもなお戦い続ける戦士たちへの子守唄のように、山々にこだましていた……。

 

 いつまでも、いつまでも……。




前回、魂の貝殻を見つけたマァムと合流してから、カロンの身に何があったのか……待て、次回!


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卑劣の奇襲

前々回、魂の貝殻を持ったマァムがカロンと合流しましたが、前回ヒュンケルの元に現れたのはマァムのみでした。

今回は、カロンはその間なにしてたの?という話になります。
視点変更って難しいですね。


 そして、場面は僅かに巻き戻る。そう、まるで……ビデオ・ゲーム(ドラゴン・クエスト)のセーブ&ロードのように。

 

 ただしビデオ・ゲーム(ドラゴン・クエスト)は、いくらロードして直前のセーブからやり直そうと……既に定められている物語(シナリオ)からは、決して逃れられない。

 

 どれだけページを捲る手を遅めても、小説の内容が変わることが、決してないように……それは、不変の真理である。

 

 ★ ★ ★

 

「まさか、バルトスがアバンにヒュンケルのことを頼んでいて……しかも、バルトスを殺したのがアバンではなく、ハドラーだったとは……」

「先生は、仇として憎まれていることを知っていながら、ヒュンケルのことを見守っていたのね……」

 

 魂の貝殻に入っていた、地獄の騎士バルトスのメッセージを聞いた俺とマァムは、衝撃の真実を前に驚愕していた。だが、このことを一刻も早くヒュンケルに伝えなければならない、という意見は、わざわざ確認するまでもなく双方一致している。

 

「とにかく、一刻も早くヒュンケルにこの事を伝えっ……!」

「きゃっ!?」

 

 次の瞬間、通路の奥から攻撃の気配を察知した俺は、床に落ちていた剣を素早く拾って防御の姿勢を取った。直後、剣に何かが刺さったような感触が走る。

 

「これは……!」

 

 剣に突き刺さっていたのは、一枚のトランプであった。それを見た俺の脳裏に、噂でしか知らない人物の名前が浮かぶ。

 

「カロン、大丈夫!?」

「マァム、逃げろ……何が目的かは分からないが……どうやら、ヤバイのが来たみたいだ」

 

 魔王軍には、その姿を見たが最後、無惨に殺されるしかないと言われる存在がいる。ただの噂だと思っていたが、まさか実在するとは……

 

「どういうこと?」

「悪いが説明している暇はない、マァムはヒュンケルに真実を伝えに行ってくれ!」

「でも……!」

「早く!」

 

 俺が鋭く叫ぶと、マァムは一瞬躊躇しながらも、俺が本気で言っていることを理解したのか、背を向けて走ろうとする。だが、彼女はその状態で首だけこちらを振り返り、どうしようもなく不安そうな顔をした。

 

「カロン……! 本当に、大丈夫なのね?」

「……心配するな、俺はよっぽどのことがないと死なない」

「……何があったかは分からないけど……ヒュンケルを説得したら、彼を連れて戻ってくるわ!」

 

 そう言うと、マァム今度こそ走り去っていく。俺はマァムが去ったのを見届けると、通路の奥の虚空を睨む。

 

「ククク、女の子を逃がして自分が盾になるなんて、泣かせるじゃないか」

「……死神、キルバーン」

 

 

 ゆらり、と現れたのは、大魔王バーン直属の殺し屋と呼ばれる……死神キルバーンであった。

 

「死神様が何のようだ? マァムを追わなかったのを鑑みると、勇者を殺しに来たってわけでもなさそうだが」

 

「今勇者クンたちにちょっかいを出したら、ハドラーくんどころか、バーン様も良い顔をしなさそうだからね……ボクが用事があるのはキミだよ、カロンくん」

 

「なに? どういう……!?」

 

 問答の途中で、再びトランプを投げて攻撃してきたキルバーン。それを俺は剣で防ぐが……その直後、どこからかレイピアを取り出したキルバーンが、俺に突っ込んできた! 

 

「く、何の真似だ!?」

「さてね! 死神は気まぐれなのさ!」

 

 

 キルバーンの鋭い剣筋を受け止め、返す刀を浴びせる。が、レイピアでくるりと華麗に受け流される。俺は暗器を警戒して、大きく飛び退って距離を取った。

 

「……ロカの記憶が戻った俺を始末でもしに来たのか?」

「始末? むしろ再利用……リサイクルと言ったところかな」

 

 レイピアをクルクルと回しながら、キルバーンは仮面越しでも分かるほどの不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「バーン様は対アバンの保険、そしてカール王国の攻略に於けるお遊び……それらの為に君を作ったのさ」

 

「……だろうな、わざわざアバンの仲間を墓から掘り起こして……趣味の悪いことだ」

 

「でもアバンは予定通りハドラー君が殺したし、カール王国はあのバランが向かってるからね。つまり君は、用意したはいいけど結局使わなかったオモチャってことさ」

 

 ピシィ! というオノマトペが聞こえてきそうな、胡散臭さに似合わぬ綺麗な構えを見せるキルバーン。

 

「君の記憶が戻るタイミングを読んで遊んでいたけど、それも終わった……ならせいぜい、ボクが有効活用しようと思ってね!」

 

 そう言って再び向かってくるキルバーン。だが俺も、何合か渡り合ってキルバーンの太刀筋は多少掴めた。真っ向から迎え撃つ。

 

「はっ!」

「せりゃっ!」

 

 レイピアは刺突剣だ。直線の動きにさえ注視していれば、躱すのはそう難しくはない。こちらの攻撃も的確に受け流されているが、そいつを見たら人生終了確定とか言われていた死神キルバーンを相手に互角というのは、我ながら悪くないのではないだろうか。

 

 そうして何合目かの剣戟の後、俺とキルバーンは鍔迫り合いの体勢に移行する。ギリギリとせめぎ合いながら、互いの隙を探り合う。

 

「意外だな、死神はもっと暗器なり何なりを使うと思ってたが」

 

「確かに普段はそういうの使ってるけど……今はこっちの方が楽しめるからね」

 

「……なに?」

 

「どうして暗殺者であるボクが、わざわざ剣で真っ向勝負しているか……それはね、君の迷いを感じるためさ」

 

 

 キルバーンの珍妙な言葉に、俺は眉をひそめる。

 

「だってキミ、ボクが攻撃してきたから『なんとなく』反撃してるだけで……本当は勇者クンやヒュンケル君たちに協力したい癖に、魔王軍を離れる決心はついてないだろう?」

 

「っ!」

 

 図星だった。いくらマァムが俺を受け入れ……いくらヒュンケルが魔王軍に味方する理由がなくなり……いくら俺がバーンに勝手に生み出された恨みを持っていたとしても……バーンによって生み出された俺は、魔王軍を離れて生きていける気がしない。故に、もはやバーンに対する忠誠などないにも関わらず……魔王軍を離れる決心はついていないのだ。

 

「いくらキミが特別製だろうと、バーン様に作られた物であることには変わらない……レベルアップすれば目の上のタンコブくらいにはなれる勇者クンたちと違って、キミはどれだけ強くなってもバーン様の指先一つで消滅する、儚い存在なのさ」

 

「お、俺は……」

 

「キミのその中途半端でどっちつかずな迷い……ボクはね、それを直に感じたいのさ!」

 

 

 そう叫んだキルバーンが、レイピアを押し込んで、鍔迫り合いを強引に終わらせる。そして、体勢の崩れた俺に剣を突き刺してきた。俺は体勢が崩れたのを逆に利用してバックステップして避ける。

 

 戦ってみて分かったことだが……キルバーンの技量自体は超一流であるものの、正直、ガチれば勝てなくはない気もしている。

 暗殺者故かは分からないが、キルバーンからはここぞという時に必殺の気迫が感じられない。本来真っ向勝負は不得手なのだろう。だからこそ、今の攻防でも俺を仕留められなかった。

 

 しかし、俺も奴に対して攻めきれていない。その理由は……キルバーンの言う通り、迷っているからだ。魔王軍に正面から歯向かうことを。

 

「別に気に病むことはない、誰だって死にたくはないからね……キミの剣がブレブレなのも、仕方のないことなのさ!」

 

 俺の内心を見透かしているかのように、キルバーンが煽ってくる。

 

「こ、の……! 馬鹿にしやがって!」

 

 キルバーンのレイピアを紙一重で避けた俺は、愛剣「諸刃の剣」をキルバーンの左胸……心臓の位置に突き刺す。グザ、という小気味良い音と共に、剣がキルバーンの中に沈み込んでいく。

 

「しまった!? ……なーんて、ね!」

 

 だが、キルバーンは心臓を貫かれたというのに、何事もなかったかのように再びレイピアを繰り出してきた。

 

「なに!? 馬鹿な、急所だぞ!?」

 

 予想外の出来事に、俺は剣を抜き取って後方に大きく跳躍して、レイピアを避けた上でキルバーンから距離を取る。

 

「キミだって急所を斬られたくらいじゃ死なないだろう? ボクもそうだとしても、何もおかしなことはない……ハドラー君も心臓を2つ持ってたしね」

 

「ちっ……流石は死神ってところか……」

 

 俺は毒づいて再び剣を構えたのだが……諸刃の剣の様子がおかしい。

 

「ククク……気が付いたかな? ボクの血は魔界のマグマと似た性質を持っていてね、超高熱かつ強酸性なのさ。そのボクの体に突き刺した以上、カロン君の剣はしばらく使い物にならないんじゃないかな?」

 

 確認してみれば、俺の剣は切っ先がドロリと融解しかかっていた。これでは剣としてはナマクラ未満だ。

 

「いいねぇ、剣を失った剣士や、魔法力を使いきった魔法使い……強者が無力に成り下がった瞬間の表情は、やっぱり最高だよ!」

 

「ち、サディストが!」

 

「誉め言葉として受け取っておくよ!」

 

 攻撃手段を失った俺に対し、キルバーンは勝利を確信したようで、ケタケタと笑っている。クソ、なぜロカはアバンから素手でも戦えるアバン流牙殺法を習わなかったんだ! おかげで俺が苦労する。

 

「さて、それじゃあ……バーン様のお下がりを拝借するとしようかな。キミでやってみたい遊びがあるんだよね」

 

「……お前にそんな権利があるのか? バーンの私物を勝手に利用する権利が」

 

 

「あるとも。なんせ、君の身体の元になった骨を手に入れたのは……何を隠そう、このボクなんだからね!」

 

 

 それを聞いた瞬間、俺の身体は動き出していた。俺がオモチャだの人形呼ばわりされるのは、事実な面もあるから幾ら言われても構わない。だが、安らかに眠っていたロカを掘り起こした下手人……そう聞かされてしまえば、俺は激情を抑えることができなかった。

 

「貴様ぁああああ!」

 

 俺はナマクラ未満と化した諸刃の剣を壁に叩きつけて、切っ先を力尽くで折る。

 

「生命の剣!!」

 

 叫びながらキルバーンに向かっていく俺。生命の剣。それは自身の生命力を削り発動させる技であり、生命力そのものを闘気に転化させ剣の形に形成する。記憶の中のロカも数こそ少ないが使用していた。決して折れないこの剣ならば、キルバーンも倒せるはずだ。

 

 

 

 ……だが……生命の剣は、発生しなかった。

 

 

「キミ、何してるの?」

 

 

 ああ、そうだ。頭に血が上って、肝心なことを忘れていた。まったく、本当にしょうもないミスだ。

 

 

 

「ひょっとして、自分が人間にでもなったつもりだったのかな?」

 

 

 ……アンデッドである俺に、生命エネルギーなんてあるはずもなかったのに。ヒュンケルやマァムに人間扱いされて……どうしようもない、勘違いをしていた。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 武器を失った俺は、キルバーンに敗北した。

 そんな俺は今、キルバーンの新たな武器である『不可視の剣』で四肢を壁に縫い付けられ、磔の状態で拘束されている。

 

「いい格好だねぇ、オモチャに相応しいよ」

 

「……どう、するつもりだ?」

 

「クク、こうするのさ!」

 

 

 そう言って、キルバーンは……貫き手の要領で、俺の腹部に手を貫き通してきた。その後、内臓を掻き回すかのようにグリグリと手を動かし始めた。

 

「ぐっ! 何を……」

 

 

 俺は不死身故に、痛みにはかなり鈍感である。この程度、少々不快なだけであったはずなのだが……

 

「ああ、見つけたよ……君を構成する術式を」

 

「……っぐぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 

 その直後、俺の身体に凄まじい激痛が走り、思わず無様に大声をあげてしまった。

 

 

「さすがはバーン様の術式……いっそ芸術とすら呼べるような緻密さがあるね」

 

 

 俺を構成する術式……つまりはバーンがロカの骨にかけた禁呪法。それは本来、ちょっとやそっとのことで崩れるようなシロモノではない。だが……相手が暗殺と呪法に特化した『死の神』である場合、話は変わってくる。

 

「キャハハ! でも壊しちゃうんでしょ?」

 

「もちろんだよピロロ、針の上に立っているような絶妙なバランスで構成されているもの……それをぐちゃぐちゃに壊すのは楽しいからね!」

 

 キルバーンの悪意に満ちた、愉悦を孕んだ嘲笑……その笑い声が、徐々に徐々に遠くなっていき……俺は、意識を失った。



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夢と現実

投稿遅くなってしまい申し訳ありません。

今回、太陽系ネタがございますので、「ドラクエには太陽と月以外の現実にある惑星はないだろ」という方はご注意ください。


 夢を見ていた。みんなが幸せに満ち溢れた、誰もが笑っている……そんな、優しい夢を。

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 「カロン!いい加減に起きなさい!お母さんがいつまでも朝ごはんが片付かないって怒ってるわよ!」

 

 「ううん、マァム姉ちゃん、あと5分……」

 

 とある小さな村の、とある小さな家庭。休日ということで惰眠を貪っていた少年を、一人の少女が起こしていた。

 

「今日は森の外れに住んでるヒュンケルとバルトスさんが来る日でしょ!早く起きて準備を……」

 

「え、ヒュンケルが!?今日!?バカ姉、なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」

 

「何回も起こしたのに寝てたのはそっちでしょ!ってこら!パジャマはちゃんと畳みなさい!」

 

 

 バタバタと慌ただしく準備を始める少年。ポイポイと服を脱ぎ捨てて素早く寝間着から着替える。少女は呆れた様子で、畳むというより丸めるといった風になっている弟の寝間着を綺麗に畳んであげた。

 

「サンキュー姉ちゃん!まじありがたみー!」

 

「まったく、どこでそんな言葉覚えてきたのよ……」

 

 姉に感謝の言葉を(一応)告げた少年は、両親がいる居間へと向かう。

 

 

「あら、おはようカロン、今日は早いのね」

 

「おはようお母さん……って謀ったなマァム!お母さん別に全然怒ってないじゃん!休日であることを考えると別に寝過ぎって程の時間でもないじゃん!」

 

「こらこら、お姉ちゃんを呼び捨てにしないの。まったく、誰に似たのかしら……」

 

「レイラ、なぜそこで俺を見る」

 

 どさくさに紛れて姉を呼び捨てにする少年を、やんわりと注意する女性。その女性はため息をついた後、伴侶である男性をジト目で見る。

 

「お父さん、おはよう……お父さんも姉ちゃんを呼び捨てにしてたの?あれ、でも俺に叔母さんなんていないような……」

 

「おはようカロン、まぁその、なんだ……俺も昔はヤンチャだったというかな……」

 

「お父さんはね、昔っから女の子への扱いが酷かったのよ……カロンはお父さんみたいになっちゃダメよ」

 

「レイラ、その言い方は語弊があるだろ!俺にも父としての威厳がだな……」

 

 その時、少年の服を畳み終わった少女も居間に入ってくる。少女は開口一番、弟への文句を連ねる。

 

「カロン、あなたねぇ……そんなんで独り立ちできるの?まったく、服くらいちゃんと畳みなさいよ」

 

「大丈夫だよ、そういうのはお父さんみたいに、お嫁さんにやってもらうから」

 

 ぷりぷりと怒る少女を前に、へらへらと笑いながら言い返す少年。まったく憎たらしい、と思いながらも、結局いつもいつも甘やかす自分も原因の一つか、と思い少女はため息をつく。

 

「カロン……子供は親の背中を見て育つと言うが、そういうところは俺に似なくていいぞ」

 

「はぁ……今度カロンが見ている前で、ロカには家事を手伝ってもらおうかしら」

 

「それよりさ!今日はヒュンケルが来るんだろ!俺、ヒュンケルと遊びたいゲームがあるんだよね!村長の爺さんに教えてもらったやボドゲなんだけどさ……」

 

 

 

 

 

 

 幸せな四人家族。世界中のどこにでもある、ありふれた光景。

 

 それは、とても美しく、尊く、優しく……そして、どこまでも、哀しい夢だった。

 

 

 最初から叶う見込みのある夢は、夢ではなくただの目標だ。夢は叶わないから夢。父がいて、母がいて、姉がいて、兄のように慕う友がいて……そんな誰もが幸せな世界は、夢の中でしか実現し得ない……正しく夢物語だ。

 

 

 

 

 

 俺が生まれてきた時には、母の温もりも、父の逞しさも、姉の優しさも与えられはしなかった。

 

 ただ、酷く寒かったのと……創造主であるバーンの、薄布越しの威圧感。それが、俺が生まれてすぐに感じたもの。

 

 今でも覚えている。生まれ出でた俺に、バーンが最初に言った言葉を。

 

 

 「……お前は不死の軍隊を率いることになる……言うなれば、冥王のような存在」

 

 

 いや、ただの人形に冥王など過ぎたものか……と言いながら、クツクツと笑うバーン。

 

「冥王は冥王でも、太陽系になれなかった冥王星(プルート)……いや、それよりさらに格下の衛星(カロン)、とでも名付けよう」

 

 名前……そう、俺の名前は、こうして付けられた。そこに、普通の家族が子供に名を付けるような情愛などない。

 なぜなら俺は、人形だから。所詮骨から生れたただけの魔物だから。愛や情……そんなものとは無縁の存在だったから。

 

 ああ、だけど……そんな俺を、人間のように……弟のように思ってくれる人たちがいた。

 

 

 ヒュンケル、マァム……俺は……俺は、ただ、……二人と……一緒に……

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 夢を見ていた。楽しい夢だった気もするし、哀しい夢だった気もする。何だか不思議な夢だった。

 

 そして俺は、ゆっくりと目を開ける。キルバーンに体を弄くり回されたはずだが、不思議と気分はいい。

 

 俺は起き上がって、周囲を見回した。

 

「……テムジン?」

 

「起きたようだな」

 

 俺の近くには、一人の中年男性……テムジンが佇んでいた。だが、何やら様子がおかしい。

 

 「お前、目が……?」

 

 テムジンの目には真一文字の痛々しい傷があり、その瞳は固く閉ざされていた。恐らく、もう光を取り戻すことは不可能であろう。

 

 「これは奇怪な魔族にやられたのだ……マグマに呑まれて死ぬよりはマシだろう」

 

 「……キルバーンのことか?それにマグマだと?何があった?」

 

「うむ、それをお前に伝える為に、ワシはあの魔族に生かされたらしい……お前には辛い話だろうが、落ち着いて聞いてくれ」

 

 

 あの奇怪な魔族から聞いた話故、全て鵜呑みにするのは危険だが……と前置きするテムジンの声は穏やかだった。

 

 盲目となったことで、最早成り上がることは不可能だと踏ん切りがついたのか……今までの権力に妄執したギラついた雰囲気は鳴りを潜め、ただただ穏やかな老人になっていた。

 

「不死騎団は、壊滅した」

 

 その後、テムジンから聞かされた話は……眠りから覚めたばかりの俺にとっては、正に寝耳に水だった。

 

 「な……!?どういうことだ!?」

 

 「突然マグマが噴火したのだ……ワシは奇怪な魔族に目をやられた上で助けられたが、モンスターは全滅だろう」

 

 「そ、そんな……じゃあヒュンケルは、マァムは!?」

 

 「落ち着け、モンスター『は』全滅と言っただろう」

 

 宥めるようなテムジンの声。なんか調子狂うな。モンスター『は』全滅ってことは、人間であるヒュンケルとマァム、ついでに勇者と魔法使いも……

 

 「生きてる、ってことか……」

 

「重ね重ね言うが、あの奇怪な魔族に聞かされたことをそのまま伝えているだけだ……鵜呑みにするのは危険だぞ」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 だがどちらせにせよ、モルグを始めとする気心の知れた連中はほぼ全滅してしまったのだろう。そう思うと、俺の胸に悔しさが滲む。

 

「……全ては、不死騎団長ごと勇者一行を亡き者にしようとした半炎半氷の魔物の仕業だ」

 

「フレイザード、か……は、あいつらしいよ」

 

 フレイザード……人間であるヒュンケルを疎んでいた代表みたいな奴だ。

 武功を挙げることを第一にしているあいつなら、味方を巻き込むことを何も躊躇わずにできることだろう。

 

 モルグたちを殺したのはもちろん許せないが……奴の歪んではいるが強固な精神に、一種の憧れさえ抱いていた俺は、あまり心から憎むような気持ちにはなれなかった。

 

 

 その後、テムジンから色々と話を聞いたが、やはり確実なことは分からないままだ。

 

 足で情報を集めることにした俺は、とりあえず人も情報も集まるであろう人里を目指すことにした。

 

 

 「テムジン、お前はこれからどうするんだ?良かったらどっかの村まで送ろうか?」

 

 「そこまで世話にはなれんよ。それにワシは権力や命欲しさに、二度も祖国を裏切った……目も見えぬまま彷徨い、どこかで野垂れ死ぬのがお似合いというものだ」

 

「そうか……それがアンタの選択なら何も言わないさ。運よく生き残れたなら、もう悪事すんなよ」

 

「……魔王軍のお主に悪事するなと言われるのも、妙な話だがな」

 

 奇妙な縁もあったものだな……と思いながら、俺はテムジンと握手をして別れる。多分、もう会うことはないだろう。

 

 マァムだったら、きっとテムジンすら助けようとしただろうが……死に場所を探しているように見える相手を無理に助けるほど、俺は熱い性格じゃない。

 

「とりあえず、ヒュンケルたちがどうなってるか情報を集めるが……その前に水でも飲むか」

 

 なんとなく喉が渇いた俺は、近くの川に向かう。真水を飲んでもお腹を壊す心配がないのは、この体の良いところだな。

 

「…………な、に?」

 

 そして俺は、水辺に移る自分の顔を見て驚愕する。瞬間、俺は全てを理解した。

 

 キルバーンがどんな風に俺の体を弄ったのか、なぜ説明役として生かしておいたテムジンの目を潰したのか……

 

「そういうことか……!」

 

 道化にして死神であるキルバーンの行った『遊び』を理解した俺は、何かの間違いであって欲しいという一抹の願いを抱いて手を頬に這わせるが……水面に写る『俺』は、全く同じ動きをした。

 

「っ、ぐぅ……!」

 

 自分が好き勝手に改造された事を理解した瞬間、俺の体を鋭い痛みと相当な不快感が襲う。

 

 怪我や病気を自覚した瞬間に痛みに襲われるという話は聞いたことがあるが、自分の身で味わうことになるとは思わなかった。

 

「は、はは……結局、こうなっちまうのか」

 

 同じなようで違う、『俺』の顔を見ながら……俺は、痛みに蹲り……悲哀の涙を流した。本当に、俺は……あんな目に逢っても、人間ぶるのが大好きらしい。

 

 しょせん俺は、仮初の命でしかないのに。




カロンとは冥王星の衛星です。


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再会、そして……

めっっっちゃ更新遅れて大変申し訳ございません!!
なんと言いますか、世の中に大量の未完SSが溢れる理由を身をもって感じてしまう数ヶ月でした。
こんな作者ですが、よろしければ今後もよろしくお願いします。


 ヒュンケルは驚愕していた。目の前にいる、死んだと思っていた弟分……カロンの予想外の姿に、ただただ吃驚するしかない。

 

 

「……驚いたみたいだな、ヒュンケル。まぁなんていうか……俺にも色々あったのさ」

 

 色々あった……そういう意味でならヒュンケルやダイたちにも色々あった。ほんの数日前までは、自分が魔王軍を裏切り、アバンの使途に協力することになるとは思ってもみなかった。

 

 目の前のカロンの姿からの、無自覚な現実逃避からか……ヒュンケルは溶岩に呑まれて以降の自分、そしてアバンの使途たちの動向を、思い返していた。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 ……あの後、ヒュンケルは単独行動していたクロコダインのガルーダによって助けられた。

 

 ダイたちが地底魔城に潜入していた間も、クロコダインはただ怪我の治療に専念していたわけではない。

 

 彼の持つ獣王の笛……周辺のモンスターを呼び寄せ、それを倒したら自らの従者にするマジックアイテムによって、急場ながらも飛行系モンスターの集団を結成させていたのだ。

 

 というのも、魔の森から遠いパプニカでは、魔王軍ではなくクロコダインにのみ従う魔物は少なく、飛べるモンスターで言うとガルーダが一匹いるのみであった。

 

 クロコダインはそれを補強し、飛行系モンスター軍団で周囲を哨戒させることによって、勇者パーティーの力になろうとしていた。その結果、偶然というには高すぎる確率の元に地底魔城周辺を飛んでいたガルーダによって、ヒュンケルは救われたのである。

 

 

 ヒュンケルにとっては後から聞いた話だが、その頃、地底魔城を脱出した勇者パーティの面々についても触れなければならないだろう。

 

 彼らは、気絶していたレオナが目を覚ました時にダイと再会を喜んだものの、ムードもへったくれもなく無邪気に振る舞うダイにみんなが呆れる……などといった出来事がありつつも、バダック、クロコダインと合流を果たしていたそうだ。

 

 ちなみに、その時クロコダインはまだヒュンケルの生存を知らなかった。ガルーダがヒュンケルを安全な場所まで連れて行くのに少々時間がかかり、報告をできていなかったからだ。

 

 

 その後はバダックが神殿に隠していた信号弾で、各地に潜伏しているはずのパプニカ残党に『レオナ姫救出』のメッセージを送る。

 

 だが、いつまで経ってもアポロやエイミをはじめとするパプニカ人たちは現れない。レオナたちが不審に思ったその時、レオナの持っていた手鏡に血文字が浮かび上がった。

 

 それは、かつてハドラーがカール王国のフローラ王女に使用した通信魔法と同じものであり、送り主はフレイザードであった。

 

 そのメッセージの内容は、恐ろしいものだった。なんと、レオナ姫が魔王軍に捕らえられた後もバルジ島にて潜伏していたパプニカ残党が、フレイザードの急襲を受けて敗北したというのだ。そしてそれだけではなく、フレイザードは仕留め損ねたレオナ姫を誘き寄せる為、彼らを敢えて殺さずに氷漬けにして晒し者にしているという。

 

 レオナ姫はその血文字を見てフレイザード撃破を誓う。しかし流石王族というべきか、彼女は猪突猛進ではなく、努めて冷静に振る舞い、フレイザード撃破作戦を入念に組み始めた。

 

 まずはクロコダインの飛行系モンスター軍団にバルジ島付近の偵察に行ってもらうよう依頼し、偵察の報告が来るまでの間、逸る心を押さえつけてクロコダインからフレイザードの情報を聞き出していた。

 

 それにより、フレイザードの得意戦法である氷炎結界呪法をあらかじめ知ることができた。

 

 しかし、対策を立てようにも氷炎結界呪法は禁呪法であり、魔法使いのポップはおろか、賢者であるマリンも、2つの塔がこちらの戦闘力を弱らせること以外の詳細は分からなかった。

 

 せめて塔の出現する大まかな位置さえ掴めれば、あらかじめバダックの用意していた爆弾を持ち込んで、フレイザードが呪法を使った直後に別働隊が塔の破壊を試みる事もできるのだが……

 

 と、彼らが頭を悩ませていた時、偵察したモンスターの一部が何やら慌ただしく帰還した。なんでも付近の洞窟から強力な魔力を探知したとのこと。気になってダイたちがその足で洞窟を調べてみれば、なんとそこには隠居状態の大魔道士マトリフがいた。

 

 マトリフがいきなりマァムの胸を揉みしだくセクハラをする、レオナ姫に懇願されても、過去に受けた仕打ちから最早パプニカに協力する気は欠片もないと突っぱねる……など紆余曲折ありながらも、ダイの真摯な言葉によって何とか彼から助力を得られた一行は、氷炎結界呪法の詳細を聞き、塔が出現するある程度の場所を把握した。

 その後数日間の修行を経て、一行はバルジ島突入作戦を決行した。

 

 作戦自体はそこまで複雑なものではない。まずマトリフの魔法でダイとポップ、マァムの3人がボートでバルジ島へ正面から向かい、真っ直ぐフレイザードの元へ向かう。

それと並行して、フレイザードが氷炎結界呪法を使うのに備えて、クロコダインとバダックが炎魔塔が出現するであろう場所に、レオナとマリンが氷魔塔が出現するであろう場所に、クロコダインの飛行系モンスターに乗って別働隊として向かう……というものだ。

 

 打てる限りの手を打ってフレイザード戦へと赴いた一行。だが、フレイザードのいるバルジ島には、なんと残る六軍団長のうち、バランを除く全員と、ハドラーが集結し、待ち伏せをしていたのだ。ある程度の罠は予想していたレオナだが、流石に六軍団長がほとんど揃っているのは想定外であった。

 

 レオナはそれでも作戦を強行しようとしたが、危険が大きければ退却するという約束をダイやマリンと事前にしていた事もあり、王族として生き残る義務を優先して後ろ髪を引かれながらも撤退。例えパプニカの仲間たちを救出したところで……旗印であるレオナ姫が生きていなければ、意味がないのである。

 

 しかし撤退中、ザボエラの配下である飛行能力を持った悪魔系モンスターの追撃を受ける。マリンとレオナは応戦したが数の差は如何ともし難く、徐々に追い詰められていった。

 

 

 

 その頃、どういうわけかゴメちゃんが島に蔓延る邪悪な力に気付き、必死にダイへそのことを伝える。罠が張られていたこと、つまりはレオナが危ないことを知ったダイは無意識のうちに紋章の力を解放。フレイザードの元へ向かう作戦を中止して、トベルーラでレオナの元へ急ぐ。

 

 ポップとマァムはジッとしていても仕方がないと、レオナとマァムが向かうはずだった氷魔塔へ向かい、とりあえず偵察を行うことにした。

 

 

 しかし、そこで彼らが見たものとは……

 

 

 

 ここでようやく、視点はヒュンケルのものへと戻る。

 

 

 

 

「……ばか、な……!貴様、なぜ……!」

 

「……あの時と同じだな、『魔王』ハドラー……あの時もお前は、『俺』に腕をやられてたっけな」

 

「な、に……?貴様、何の、話、を……」

 

「……お前も知らなかったのか?意外だな」

 

 ハドラーは信じられないとでも言わんばかりに目を見開きながら、ドシャリと音を立てて倒れ、息絶えた。

 彼の左腕は、肘から先がキレイさっぱり切断されていた。いや、それだけではない。

 

 ハドラーの両胸……それぞれの心臓がある位置には、ぽっかりと穴が……剣で突き刺された穴が開いていた。

 

 意気揚々とアバンの使途を待ち伏せていたハドラーだが、死んだと思われていたヒュンケルが現れて、いざ一騎討ち……というタイミングで、後ろからカロンに腕を斬られたのである。そしてその直後、ヒュンケルに心臓を刺され……心臓が二つあることを『知っていた』カロンに、もう一つの心臓も突き刺されたのである。

 

「後ろから斬るとは卑怯……とは言うなよ。人質だの待ち伏せだのを先にやり出したのはこいつだ」

 

「カロン、お前……生きていたのか」

 

「……久しぶり……でもないな、ヒュンケル……まだ数日しか経ってないなんて、信じられないよ」

 

 ゆっくりとヒュンケルの方へ向き直るカロン。だが彼は、黒いローブ……かつてダイたちと初めて遭遇した際に着ていたのと同じ種類のローブを着ていた。同色のフードを深く被っており、その表情を伺い知ることはできない。

 

「お、おい、どうなってんだぁ、これは!?」

 

「あれは、ヒュンケル……!?それに、まさか、ひょっとして……!」

 

 

 そこに、偵察に来たポップとマァムが到着する。

 

「……マァムか……タイミングが良いのか悪いのか、分からないな」

 

「生きてたのね……!カロン!」

 

 何が何やら理解できていない様子だが、とにもかくにも兄弟子のヒュンケルや弟のカロンが生きていたことに、心底嬉しそうな顔をしてカロンとヒュンケルに駆け寄るマァム。

 

 しかし……

 

「ぐっ!?」

 

 駆け寄って来たマァムの腹部に鋭いパンチを放つカロン。マァムは濁ったうめき声をあげ、カロンの体に倒れ込んでしまう。

 

「カ、ロン……?」

 

「ごめんな……姉さん」

 

 マァムを抱き止めたカロンは、そのまま気を失った彼女をゆっくりと地面に横たわらせた。

 

「て、テメェ!何しやがる!?やっぱり悪い奴だったのか!?」

 

 カロンの突然の凶行を前に、ポップは思わず叫ぶ。マァムから、カロンが彼女の弟……戦士ロカの骨から禁呪で生み出された存在というのは聞いていた。

 その生い立ちには同情すると共に、魔王軍としての所業は許せないという思いも抱いていた。

 

 「ポップとか言ったか……そうだな、今さらいい奴ぶるつもりはないけど、俺なりに姉さんを思ってのことだよ……いや、悪い。それは、違うな」

 

 そう言った後、カロンはかぶりを振った。

 

「ただ、姉さんに今の俺を見て欲しくないだけなのも、否定できないな……」

 

「さ、さっきから何をわけわかんねーこと言ってやがるんだ!?」

 

「……カロン、説明してくれ」

 

「そうだな……こういう、ことだよ」

 

 ゆっくりと、顔を隠していたフードをまくり上げるカロン。

 

 その下の素顔を見て……ポップは僅かに眉をひそめただけだったが、それとは反対にヒュンケルは、とてつもなく驚愕したような表情をする。

 

「カロン……!?」

 

「あの日……お前とアバンが出会った日のこと……覚えてるか?そりゃ覚えてるよな。お前にとっては父親を亡くした日だ」

 

 それを見て悲しそうな、切なそうな表情を浮かべる『カロン』。

 

「確かあの時に、ちょっとだけ会ってたよな、ヒュンケル……なら、分かるだろ?」

 

 カロンの顔は元々、見る者が見れば驚くほどにロカと似通っていた。

 

 だが、今は……

 

 

「これが……ロカだよ」

 

 

 似通っているというレベルではない。正真正銘……ハドラー討伐の頃のロカと全く同じ顔をしていた。

 

 

 

「……驚いたみたいだな、ヒュンケル。まぁなんていうか……俺にも色々あったのさ」

 

 

 



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おお、愛しうる限り愛せ

「ゲヒヒヒ!!レオナ姫を殺せぇええ!」

 

 

 クロコダインが集めたガルーダは精鋭揃いだったが、人間を2人も乗せた状態での飛行で戦闘などできるはずもない。レオナやマリンの放つ迎撃の魔法も虚しく、2人は徐々に、ザボエラの配下のモンスターたちに追い詰められていった。

 

「こうなれば……!姫様!私は今から飛び降ります!乗せているのが一人ならば、このガルーダも逃げ切れるでしょう!」

 

 魔力の少なくなってきたマリンは、自らを犠牲にして少しでもレオナの生存率を上げようとする。彼女は今までも執拗にレオナを狙う魔物たちの攻撃から主君を庇い続けており、その若く瑞々しい肌に大量の生傷を付けていた。

 

「ダメよ!命を懸けることと、命を安易に扱うことは違うわ!」

 

 マリンの献身によって比較的軽傷なレオナだが、それでもダメージを受けていないわけではない。

 

「しかし、このままでは……!姫様!危ない!フバーハ!」

 

 大量に飛んできたメラミを、何とかフバーハで防御しようとするマリン。だが、既に彼女の魔力はほとんど底をついていて……

 

 

「抑え、きれないっ……!きゃあああぁああああああ!!!!」

 

 

 防ぎきれなかった炎系呪文がマリンを襲い……彼女の端正な顔を炎で焼き尽くした。

 

 

「ま、マリン!!今回復を……!」

 

 

「ゲハハハ!鬱陶しい賢者が消えた!今こそレオナ姫を殺す時!」

 

 

「くっ、こんのぉ……!ヒャダルコ!」

 

 

 マリンを治療する暇もない、魔物たちの連続攻撃。マリンが戦線離脱したことで、辛うじて保たれていた均衡が崩れ……大量の炎や氷が、レオナに殺到する!

 

 

(こ、こんなところで……!お父様……!ダイ君……!)

 

 

「止めろぉおおおおおおおおお!!!ライデイーーーーーン!!」

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 俺は、なぜ俺がこんな姿になってしまったのかを……死神キルバーンに襲われたことを、ヒュンケルとポップに説明した。

 

 

 

「……俺は結局……バーンの作った操り人形に過ぎない。そして今は、死神の玩具さ……俺は……魔王軍の中でしか、生きられない」

 

 あまり顔を出したくなかったから、俺は再びフードを被って顔を隠す。

 

 

「で、でもよぉ、お前はさっき、ハドラーを倒したじゃねぇか!ならいっそのこと、俺たちと一緒に……!」

 

「……俺は、バーンの気まぐれ一つで、元の骨に戻る……そんな俺に、バーンと戦えとでも?」

 

 自嘲気味に笑いながらポップに答えてやった。

 

 

「それにさ……この顔を見れば分かるだろ?俺はもう、ぐちゃぐちゃになってるんだ……今も、身体中が滅茶苦茶痛くて、吐き気が止まらないんだよ」

 

 

 それを聞いて、ポップが悲痛そうな顔をする。ポップとはほとんど接点がなかったはずだが、それでもそんな表情をしてくれることに、胸が傷んだ。随分と、優しい性格のようだ。

 

 

「……俺はもう、魔王軍にいるしかない……」

 

 

 自分に言い聞かせるように、もう一度言う。俺が生きていくにはもう、手柄を立ててバーンに認められ、もう一度禁呪法をかけてもらうしかない。これは絶対に変わらない事実だ。

 でもこれ以上、罪もない人を殺したくない。俺の心の中にいるロカ……そして何より俺自身が、もう人殺しに耐えられない。

 

 けれど、なまじ不死身であるが故に、自害もできない。

 

 

 

 

 

 だから俺は……俺は、ヒュンケルに殺されたい。その為に痛む全身に鞭打ってここまで来て、気力を振り絞ってハドラーを倒した。

 

 

 

 だけど……ヒュンケルに、これ以上重く深い業を背負わせたくはない。つまり、どうするのかというと……

 

 

 

 

「ヒュンケル……なぜフレイザードが、レオナ姫が生きていることを知っていたと思う?それはな、俺が教えたからだよ」

 

 

 俺の独白を受けて、それまで一言も発さなかったヒュンケルが、ピクリと反応する。

 

 

「手柄を立ててバーンに認られれば、また術式を書き換えて貰えて、この気持ち悪い顔ともオサラバできるし、生きられるからな……ハドラーを殺したのも、お前を倒す手柄を独り占めする為さ」

 

 俺はそう言って、剣をヒュンケルへと向ける。

 

「……俺は最初から、『魔王軍不死騎団』だった……お前やマァムに情が沸いてるのは否定しないが、まぁ別に無関係の人間がいくら死のうが、俺には関係ないからな」

 

 どうか、どうかこの挑発に乗って、俺と戦って欲しい。そうすれば、ヒュンケルだって気負うことなく俺を殺せるだろう。

 

 

「カロン……嘘が下手だな」

 

「……なに?」

 

 

 それまで黙って俺の話を聞いていたヒュンケルの発した言葉に、今度は俺がピクリと反応する番だった。

 

「大方……フレイザードに殺されそうになったパプニカの者達を助ける為に、殺さずに人質として使うように勧めた……といったところか」

 

「……おいおい、そんなの……それで勇者たちが負けたら、本末転倒じゃないか」

 

 内心冷や汗をかきながらも、俺は悪足掻きをする。ああ、でも……あの冷静なヒュンケルが、こんな安い芝居に引っかからないことなんて、本当は分かっていたのかもしれない。

 

 

「……お前の中のロカが、アバンの信じたダイを信じ……お前自身が、俺とマァムを信じたのだろう」

 

 

「……やっぱり、なんでもお見通しか……いや、確かに俺の嘘が下手だったな……最初からもっと悪役ぶればよかったぜ」

 

 

 ヒュンケルの言う通り……俺は自分の顔がロカのものになっているのを確認した後、顔を隠した上で魔王軍に戻った。そして、フレイザードにレオナ姫やヒュンケルがまだ生きていることをリークして、パプニカの人間たちが奴に殺されるのを先延ばしにしたのだ。

 

 だからこそ、先ほど俺に斬られたハドラーはあれだけ驚いていたのである。

 

「カロン、お前は……魔物として生きるのではなく、人として死ぬつもりだな?その為に、わざわざ露悪的な言動をした……」

 

 努めて表情を変えないように、でも傍から見たら唇を強く噛んでいるのが丸わかりの表情で、ヒュンケルが言う。

 

 

「ああ、そうだよ……俺はもう……魔王軍には死んでも戻りたくない。だから……死ぬしか、ないんだ」

 

 

 俺はそう言いながら、氷魔塔を背にするようにして立つ。

 

「それに、あの死神のことだ……どんな術式を書き込んだのか、分かりゃしない……不測の事態を防ぐ為にも、さっさと死んだ方がいい。それに何より……滅茶苦茶痛くて苦しいから、楽にして欲しい」

 

 おちゃらけた感じでそう言う俺だが、当然というべきか、ポップもヒュンケルも笑わなかった。

 

「本当は、姉さんには会わないつもりだった……あのまま城で死んだってことにした方がまだマシだ、ってな……けど、会ってしまった……だから俺のことは、上手く誤魔化しておいてくれ」

 

 

「……カロン……分かった、後のことは、俺やダイに任せろ」

 

「……ああ、塔ごと、バッサリやってくれ……悪いな、死んで俺だけ逃げるような形になって」

 

「……俺が死んで逃げるならばいざ知らず……お前の死を逃げだという人間などいないさ」

 

 ヒュンケルが口を噛みしめながら、ゆっくりと剣を構える。いくら不死身の俺でも、バラバラにされれば復活できない。

 

 

 

「…………弟のように思っていた。かつて父が俺にしてくれたように……愛し、慈しんでいた」

 

「……知ってたさ、そんなこと」

 

 そんなの、わざわざ言わなくても、伝わっているに決まっているのに……まったく、バカな奴だ。

 

 

「俺もお前のことを、本当の兄だと思ってたよ」

 

 

「ふ……知ってたさ」

 

「……だよな」

 

 そして俺も、わざわざ言わなくても伝わっているに決まっていることを言う、バカな男だ。

 

 

「……さらばだ、カロン……我が弟よ!お前の命……!俺も全身全霊……命を賭して、それと向き合おう!」

 

 ヒュンケルは剣に手を添えて十字を作る。すると、十字になっている部分が光り輝き始めた。ヒュンケルの闘気が、十字にどんどん溜まっていくのを感じる。

 

 

 

 

「アバン、技を借りるぞ!グランド……!」

 

 

 

 

 

「ばっかやろおぉおおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 ヒュンケルが今正に闘気を解放しようとした瞬間……それまで黙っていたポップが、横合いからヒュンケルの顔を思いっきり殴って止めた。

 

「ぐっ!ポップ!何をする!」

 

「そりゃあこっちの台詞だ!そいつはマァムの弟で……お前の弟でもあるんだろ!何アッサリ殺そうとしてるんだ!このキザ野郎が!!」

 

 ポップは、涙を流しながらヒュンケルの胸ぐらを掴む。その姿を見て、俺は胸が締め付けられるように感じた。

 

 

「お前もお前だカロン!ちょっと顔が変わったくらいで、気を使い過ぎなんだよ!マァムが、そんなこと気にするわけねぇだろうが!!アイツは……たまに女の子っぽいところもあるけど、そこまで繊細じゃねえよ!」

 

 ポップは、今度は俺の方に向き直り、俺の目をまっすぐ見ながら怒鳴る。

 

「でも、俺は……もう、どうせ長く生きられないんだ……!俺を作ってる術式は、ボロボロだ……!」

 

「長く生きられないなら、なおさら自分から死のうなんてすんじゃねぇ!!」

 

「ポップ……」

 

「生きろよ、最後まで……!お前はアバン先生の仲間でもあったんだろ!アバン先生は、残り少ない命だからって、自分から投げ出せなんて言うような人だったか!?」

 

 真っ直ぐ瞳を見つめて問うてくるポップに……俺は、何も言えなくなってしまった。

 

「ポップ、そう言ってくれるのは、すごく嬉し……ぅ、ぐ……!」

 

 何とか、ポップへの感謝の言葉だけでも伝えようとした俺の体に、再び激痛が走る。元々戦えるような状態じゃなかったのに、無茶をし過ぎたのだ。

 

 立っていられなくなった俺の体は、ゆっくりと後ろに倒れていき……柔らかく、暖かな感触に包まれた。

 

 

「カロン……大丈夫?」

 

「姉さ、ん……?どうして……」

 

 

 倒れかけた俺を優しく受け止めたのは、先ほど気絶させたはずのマァム……姉さんだった。

 

「私だってあなたと同じ、ロカ父さんの子供よ……体の丈夫さには自身があるんだから」

 

 倒れかけたことでフードが捲れ、中の顔がハッキリと見えているにも関わらず……姉さんは変わらずに、俺に向けて慈悲に満ちた笑顔を浮かべている。

 

「姉さん、俺……俺は……!」

 

 咄嗟に顔を逸らして、フードを再び被ろうとするが、姉さんが俺の手をそっと包んだことで、それは阻まれた。

 

「カロン、ごめんね……あの時、あなたが私を庇ったから……こんな事になってしまって」

 

 

「謝らないでくれ、姉さん……!」

 

 

 あの時俺がキルバーンに負けたのは、単純に俺の実力不足だ。俺が魔王軍を抜ける覚悟がなかったのが原因だ。

 

「ポップもありがとね、ヒュンケルとカロンを止めてくれて」

 

「お、おう!」

 

「け・ど・ねぇ~!そこまで繊細じゃないってのはどういうことよ!」

 

「げぇ!?聞いてたのか!?」

 

「ふ……失言だったな、ポップ」

 

「ヒュンケル!なにキザに決めてんだよ!お前だって俺が止めなきゃ大変なことになってたんだぞ!」

 

 

 ギャーギャーと騒がしいながらも、どこまでも暖かいやり取り。先ほどまで全身を襲っていたはずの痛みが、不思議と和らぐのを感じる。

 

 

「あぁ……やっぱり……たとえ短い生命だったとしても……最期まで、みんなと……一緒に、いたいな……」

 

 

 そう言って見上げた空に……勇者の証である(ライデイン)が走った。

 

 

「お!ダイの方も多分姫さんを助けたみたいだな!じゃあいよいよ、フレイザードの野郎のところへ乗り込むぜ!」

 

「俺はカロンをクロコダインに預けてから追う。ポップとマァムは先に行っていてくれ」

 

「分かったわ!カロン!それじゃあ行ってくるわね!」

 

 マァムが俺をヒュンケルに預け、ポップと共にフレイザードのいると思しき中央の塔まで走っていく。

 

 その、眩しい背中を眺めながら……俺は兄の腕の中で久方ぶりに、安らかで穏やかな眠りについた。

 




マリンごめん……!でも、君がケガをして、それをレオナに治させないと……マァムが安心して、武道家の修行に行けないんだ……!


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さらば、遺骨の剣士よ

 俺がヒュンケルの腕の中で眠りについた、その後の話をしよう。ザボエラやミストバーンの妨害を受けながらも炎魔塔を破壊したクロコダインとバダックの元まで、俺はヒュンケルによって運ばれた。

 

 その後はクロコダインのガルーダで、戦闘区域外であるマトリフのいる洞窟まで運ばれた。俺を乗せたガルーダが飛び立つのを見届けたヒュンケルたちはフレイザードの元へ向かったという。

 

 レオナ姫とマリンを襲っていたモンスターたちは、駆けつけたダイによって全滅。その後2人は無事にマトリフのいる洞窟まで撤退し、ダイも急いでフレイザードの元へ向かった。

 

 

 こうして、ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケル、クロコダイン……あとバダックと一度に戦うことになったフレイザードだが、圧倒的な戦力差を前にしても、奮戦したらしい。

 

 

 ……こう言うとフレイザードが中々大した奴に聞こえるが、実際には地中からの奇襲や部下を捨て石にした作戦……そして自らも大ダメージを受ける弾岩爆花散と、正に手段を選ばない戦い方だったとのこと。

 

 

 ……最後はダイの『空の技』でコアを破壊された後、突如現れたミストバーンに渡されたデッド・アーマーで再度戦いを挑むも……完成されたアバンストラッシュを受けてまたも敗北した。

 そして、ミストバーンにゴミのように残りカスの炎を踏み潰されて死んだ……らしい。

 

 

 最後まで自らの功名心や自尊心……空っぽな自分を満たすための虚栄を求め続けたその死に様は、どこまでもアイツらしいと思う。

 

 俺も……一歩間違えたらアイツのように、ひたすらに自分を満たすためだけに戦っていたかもしれない。

 

 その後はパプニカの気球やクロコダインの飛行モンスターたちを中心に、皆をパプニカの王城跡まで運び……不死騎団襲撃以来、長らく魔王軍の驚異に怯え続けていたパプニカは、ようやくひとまずの安定を手にした。

 

 そして、今……

 

 

「マトリフおじさん……カロンの容態は……?」

 

「……この禁呪法は既に決壊を始めている。俺にゃあ治すのは不可能だ……言っておくが、こいつがロカと同じ顔をしてるのが気に食わねぇからって手を抜いてるわけじゃねぇぞ」

 

「っ、ぐぅ……!はぁ、はぁ……!」

 

 

 

 息が苦しい。体中が悲鳴をあげている。俺ははぁはぁと荒い息を出しながら、パプニカ王城跡地の簡易診療所のベッドで横たわっていた。

 

 

 フレイザードが死んだことで氷漬けから解放された大勢のパプニカ人たちも、近くに横たわっているが……ベッドを使わせて貰っているのは俺だけだ。申し訳ないが、彼らは数が多すぎて簡易診療所ではベッドが足りないのでその辺に転がしとくしかないし、命に別条はないから構わない……とは兵士バダックの談だ。彼らが目を覚まし次第、パプニカ奪還の祝勝会を開くことも決まっているとのこと。

 

 ちなみに、作戦の途中で顔に重症を負ったマリンは、レオナ姫がベホマで治したそうだ。

 

 先ほどは憎まれ口を叩いていたマトリフだが……真剣な表情で俺の禁呪法を確かめてくれた後では、ただの不器用な物言いなのだと分かる。そういえば、俺は眠っていたので知らないが、話によれば彼は俺の顔を見て仰天したらしい。

 

「……カロン……」

 

 

 レオナ姫とマリンは、複雑な表情で俺を見ている。当たり前だ。俺は、余りにも多くの命を彼女らから奪った。そんな俺が仲間面して、こんな所で勝手に死にそうになっているのだ。思うところの一つや二つあるだろう。

 

 

「……ヒュンケル、そしてカロン……話があります」

 

「れ、レオナ……」

 

 

 神妙な面持ちで俺たちに話しかけてきたレオナ姫。ダイはそれを見て、緊張したような面持ちをする。レオナ姫には俺やヒュンケルを憎むのに、十分すぎる理由がある。この状況で何をするのか、ダイも心配なのだろう。

 

「……あなた達が仁義を持って行動していたことは、理解しているつもりです。『事故』はありましたが……あなた達は戦う力のない者や既に無力化した者には、決して手を出さなかった」

 

 事故……言わずもがな、出生を知って錯乱した俺がマリンを殺しかけたことを言っているのだろう。

 

「そして、カロンがフレイザードにアポロたちを撒き餌にするように進言したことで、彼らが生き残ることができたことも聞いています」

 

 ……あれに関しては博打もあったから、そう言われるとこそばゆい。だが当然、礼を言うつもりなどではないだろう。

 

「けれど、あなた達がパプニカを滅ぼしたことは、拭いようのない事実です」

 

「……ああ。その罰だけは受けねばならない。レオナ姫、貴女に今ここで斬り捨てられても、俺は構わん。だが叶うならば……今ここで、その命を枯らそうとしているカロンには、天寿を全うさせてやってほしい」

 

 ヒュンケルは、俺を庇うようなことを言うと、まっすぐにレオナ姫の目を見つめる。

 

 

「ヒュンケル、そりゃないだろ……お前がレオナ姫に裁かれるなら、俺も……っ!ぐぅ……!」

 

「カロン!無理しちゃダメよ!」

 

 キルバーンに体を無茶苦茶に作り変えられて以降、俺を苦しめ続ける激痛。それに耐えながらベッドから身を起こすが、姉さんに止められてしまった。

 

「……ならば、パプニカの王女、レオナが判決を下します。カロン……あなたは、その歪な、けれど美しい命を、最期の時まで懸命に生きなさい……父もきっと、それを望むでしょう」

 

 

 それを聞いて、俺は目を見開いた。王族とは言え、14の子供が……父親や臣下の仇である俺たちを、許すという。

 

「ヒュンケル、貴方は……残された人生の全てを、アバンの使途として生きることを命じます。友情と正義と、愛のために、己の命を懸けて戦いなさい」

 

 そしてヒュンケルも俺と同じように、僅かに目を見開く。

 

「そして、むやみに自分を卑下したり、過去に囚われ、歩みを止めたりすることを禁じます」

 

「レオナ……!」

 

 ダイが嬉しそうな声をあげる。

 

「……これでいいかしら?」

 

「……はい……!」

 

 

 僅かに声を震わせながら頷くヒュンケルの目元が光っているのは……きっと、気のせいではないだろう。

 

 

「……良かったな、ヒュンケル……お前の罪は、許されたんだ」

 

 本来は正義に属する人間でありながら、父への愛から魔王軍についてしまったヒュンケル。俺は万感の想いを込めて、ヒュンケルに告げる。だがヒュンケルは、悲しそうな表情で俺を見やる。

 

 

「カロン……俺は正直、今の苦しんでいるお前を見ていると……あの時、介錯してやるべきだったのではないかと、少し後悔している」

 

「ヒュンケル、お前まだそんなこと……!」

 

「やめて、ポップ」

 

 ポップが突っかかるが、姉さんが止める。

 

「いいんだ、ヒュンケル……闘い続けることが、お前の罰であるように……ここで苦しんで最期まで生き抜くのが、俺の贖罪なんだ」

 

 

 それを聞いて、姉さんが悲痛そうな表情をする。違うんだ。俺は、そんな顔をしてもらいたいわけじゃない。

 

「それに、嬉しいんだ……バーンの人形として、生きていたら……姉さんやヒュンケルと、出会えなければ……こんな風に、満たされる気持ちになることは、なかった……」

 

「……たとえ、それで死んでも……か?」

 

「ああ……フレイザードと、一緒さ……奴も俺も……この空虚な心を埋める為に……自分の命よりも大切な何かを、探していた……それが、栄光か……絆か……違うのは、それだけだ」

 

 

 フレイザード……俺と同じ呪法生命体。アイツの強い心に……俺は一種の憧れさえ抱いていた。

 

「ヒュンケル……思えば俺の生のほとんどは……不死騎団の副団長だった……命のほとんどを……このパプニカとの戦いで費やした……けど、争いじゃあ……空っぽな心は、埋まらない……お前と姉さんが、教えてくれたんだ……だから、ヒュンケル……思い出を、ありがとう……」

 

 俺の言葉を聞いたヒュンケルは、唇を噛みしめると……一筋の涙を流しながら、首を振った。

 

「……礼を言うのは、俺の方だ……お前がいてくれたから……俺は、かつて父がくれたような温もりを、感じることができた」

 

「……そう、か……」

 

 そう言って天を仰ぎながら、自分の手を見てみれば……少しずつ、皮膚が灰になっているのが見える。そして灰の下からは、俺の……いや、ロカの骨が見え隠れする。

 いよいよ、俺の命の灯が消えかけている。この体を、ロカに返す時が来たのだ。けれどもう、やり残したことはない。

 

 本来ならば俺は、存在しないはずの……存在してはいけないはずの存在だ。自然の摂理に逆らって産まれた俺が、こうして、姉さんやヒュンケルに見守られながら……それ以外にも、ポップやダイ、レオナ姫に、悲しんでもらいながら死ねるなんて……これ以上を望むのは、流石に贅沢というものだ。

 

 

「でも、そうだ……姉さん……最期に、ロカから……レイラに、伝言……」

 

 俺は、ロカの記憶を持っている。彼が死の間際に一つだけ、レイラに伝えきれなかったことがある。それを伝えなければ。

 

「父さんが……?」

 

「『俺のことなんて忘れて、再婚してくれ。お前みたいな美人が未亡人は勿体無い』……ってさ」

 

「……マトリフおじさんと、同じこと言うのね……」

 

「昔から付き合いのある大人同士なんて、そんなもんさ……やれ結婚だやれ再婚だ、子供はまだか……とか……さ」

 

「……カロン……私……あなたともっと、こういう、普通の話を……たくさんしたかった……」

 

 涙目でそう言った姉さんが、俺の灰まみれで薄汚れた手をギュッと掴む。

 

 

 「カロン……!短い間だったけど……!私、あなたと会えてよかった!」

 

 

 

 姉さんが、また何か呼びかけてきている。けれど、彼女が何を言っているのか……もはや、それすら聞こえなくなってきた。仮初だった命が、それでも本物の命として触れ合ってくれた人たちに囲まれながら、零れ落ちていくのを感じる。

 

 

 そして、段々と……今まで見えていなかったものが、見えるようになってきた。

 

 

 

「……ああ……なんだ、ずっと、そこにいたんだ……」

 

 

 

 

 姉さんに握られていない方の手を、ゆっくりと天に向けて伸ばす。最早灰すら、その手にはほとんど残っておらず、骨がどんどん見えてきている。

 見えているのは、綺麗な青空。けれどそれだけじゃない。俺には『彼』が見える。

 

 『彼』は俺のことを気にかけ、ずっと見守っていてくれていたんだ。今になって、その姿が見える。

 

 少し照れくさそうに、ぶっきらぼうに、天に昇っていく俺に手を伸ばしてきたのは……俺は消え入りそうな声で、『彼』を呼ぶ。

 

 

 

 

 「とう……さん……」

 

 

 

 

 

 こうして、不死騎団の副団長としてヒュンケルと共に戦った遺骨の剣士は、ヒュンケルがアバンの使途として戦うことが決まるのと入れ替わるようにして、命を落とした。

 

 多くのものに翻弄された、たった一年近くの、余りに短く……けれど、幸せな、人生であった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「へー、カロンくんの骨はロカの墓に戻して、灰をその隣に埋めたのか……しかも魔弾銃も一緒に、ねぇ」

 

 鬼岩城ではない、どこか薄暗い謎の場所。大魔王バーンですら全ては把握していないであろう、キルバーンの隠し拠点の中の1つ。

 そこで、黙って椅子に座っているキルバーンの隣にいるピロロは、顎に手を据えながら意味深に呟く。

 

「思い出の武器を死者の手向けに、か……相変わらず人間の感傷っていうのはよく分からないね」

 

 ピョン、とキルバーンの肩に飛び乗るピロロ。その直後、キルバーンは椅子から立ち上がる。

 

「まぁいっか、全てボクの想定通り。手品の種は蒔いておいた……もしも勇者クンたちが思ったよりめんどくさかったら……彼には精々、ボクの役に立ってもらおうかな」

 

 ピロロ……否、キルバーンが懐から一枚のトランプを取り出す。それは、キルバーンの得意とする、相手を徹底的に追い込む死の罠(キル・トラップ)の中の1つ。

 

 今はまだ、このカードを使う機会が来るかは分からない。だがもし、このトラップを鬼岩城かバーンパレスに仕掛ける日が来たら……きっと、愉しいものが見れることだろう。

 

 

「ククク……クフフフフフ……!フハハハハハ!!」

 

 

 キルバーンが笑いながら懐にしまったトランプ……それは、トランプ占いで『裏切り』を意味する……スペードのクイーンであった。

 

 

 

 

To be continue……

 

 




というわけで、第一部完です。
この前3ヶ月近く放っておいてすぐ言うのも申し訳ないですが、次もちょっと空くと思います。

追記
裏切りはどちらかというとスペードのJじゃなくてQだったので修正しました。


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遺灰の剣士
空白の数ヶ月


滅茶苦茶遅くなって申し訳ございません!今年の4月から少々環境が変わりまして……
何はともあれ、待っていてくださった方、お待たせしました。ようやく新章開始です。
サブタイトルは決して言い訳ではありません、はい。



 本来の歴史ならば、存在しないはずの遺骨の剣士。彼の存在によって、歴史はある程度歪んだものの、大まかな流れは変わることはなかった。

 けれど、逆に言えば……歴史書には記されないような、個人の想い……そういった小さなものは、大きく変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 パプニカで戦勝祝いの宴が開かれている頃……ヒュンケルとクロコダインは、鬼岩城へ偵察に向かおうとしていた。そこに、ヒュンケルがいなくなっていることに気づいて探しに来たマァムが追いつく。

 

 ヒュンケルとクロコダインはこのまま鬼岩城へ偵察に赴くつもりであること、元軍団長である2人だけの方が身軽に動けるので、下手に他の仲間は連れて行かない方がいいことなどをマァムに説明した。

 

 マァムは心配が抜けきらないようだが、一応は納得の姿勢を見せる。そのまま別れるかと思われた3人だが……ヒュンケルはおもむろに懐に手を入れて、鞘に入った状態の剣をマァムに手渡した。

 

 

「マァム……これを、奴に……カロンに供えてくれ」

 

「これは……カロンの?」

 

 その剣は、カロンが使っていた諸刃の剣であった。

 

「最初は、この剣で戦おうと思ったが……これは不死である奴だから十全に使いこなせたものだ。それに、下手に二刀流に手を出しても、使いこなせければ意味がない」

 

 

 流石のアバンも二刀流殺法までは残していないからな、とニヒルに笑うヒュンケル。

 

 

「……ヒュンケル……無茶はしないで。カロンも……あなたが自棄になることは、望んでないわ」

 

 ヒュンケルの影が強くなったことを感じたマァムは、改めてヒュンケルを制する。今のヒュンケルは、贖罪と敵討ちの為に、自分の身を顧みずに、死ぬまで闘いそうな危うさがあった。

 

「分かっているさ……俺は、アバンの使徒だからな。生きて罪を償うのが……俺の戦いだ」

 

 そう言って振り返り、ヒュンケルはクロコダインと共に鬼岩城の偵察へ赴く。マァムは、カロンの形見である剣を胸に抱きながら……ずっと、その後ろ姿を見守っていた。

 

 


 

 

「私……一度みんなと別れて、武道家になろうと思うの!」

 

「ええ!?」

 

 場面は代わって、ダイたちがパプニカにて今後の作戦会議をしている頃。

 

 そこでは、マァムの突然発した爆弾発言が場をざわつかせていた。

 

「なんだっていきなり……」

 

「これから、敵はどんどん強くなるわ……きっと魔弾銃だけじゃ、そのうち限界が来ると思うの」

 

「そんなことないよ! だってその魔弾銃は、アバン先生が作ってくれたものでしょ?」

 

 ポップが当然の疑問を発し、ダイもマァムを止めようとする。しかし、マァムの意思は変わらなかった。

 

「ポップがどんどん新しい魔法を覚えて、ダイだってすごく成長してる。私も、いつまでもアバン先生に頼りっぱなしってわけにはいかないわ」

 

「……そうかもしれないわね」

 

「レオナまで!」

 

 マァムの離脱発言に同意するようなことを言うレオナに、ダイは非難めいた声をあげる。

 だがレオナは、冷静な態度を崩さずに言葉を続ける。

 

「魔弾銃は確かに凄い武器よ。けれど……攻撃力の劇的なアップは望めないわ」

 

 レオナのその言葉に、マァムはしっかりと頷く。

 

「魔弾銃は出力が大きくなり過ぎると、反動で壊れてしまう……」

 

 魔弾銃に弾丸を複数込める、或いは今の何倍もの威力の魔法を弾丸にするなど……今後の戦いに向けて無理矢理攻撃力を上げる方法はないか模索しているうちに気づいた、魔弾銃の弱点。

 

 天才である勇者アバンが作成したが故の複雑過ぎる構造は、魔法の威力が大きくなり過ぎると、破壊されてしまう。

 今はまだ表面化していない問題だが、これからさらに激化するであろう魔王軍との戦いを思えば、決して無視できない問題であった。

 

「もちろん、マァム自身の立ち回りである程度カバーも可能よ。けれど……」

 

 そこで一端言葉を区切るレオナ。マァムだけではなく、ダイとポップの方も見ながら言葉を続ける。

 

「厳しい事を言うようだけど、みんなには今の2倍3倍……それ以上にレベルアップしてもらわないと、魔王軍を打倒することはできないわ」

 

 レオナの理路整然とした正論に、思わず口を噤んでしまうダイとポップ。

 

「ハッキリ言うのね……貴女のそういうところ、すごく好きよ、レオナ」

 

 だが、当のマァムは気にしていない……どころか、むしろ嬉しそうにレオナの言を受け入れている。

 ダイが首を傾げながらレオナとマァムを交互に見る。純粋な少年には理解できない、『女同士の何か』が、2人の間にはあるようだった。

 

「それにマァム……カロンのこと」

 

「え?」

 

 そしてレオナは、毅然とした態度を軟化させると、優しい声音でマァムに語りかけた。

 

「供え物にしようと思ってるんでしょ? アバン先生の銃を」

 

「レオナ……どうして……?」

 

 

 自分のやろうとしていることを見抜いてみせたレオナに、マァムは目を丸くする。

 

「私も、同じようなことを考えたから……お父様が、亡くなった後に」

 

 少々遠い目をしながら告げるレオナに、マァムは息を呑む。レオナの父を殺したのは、ヒュンケルとカロンだ。レオナ本人が赦したとはいえ……その事実は、決してなくならない。

 

「レオナ……ごめんなさい」

 

「謝らないでよ、別に責めてるわけじゃないわ……二人のことはもう赦したし……そうでなくても、死者への手向けを邪魔しようとするほど野暮じゃないわ」

 

 ウインクしながら、敢えておチャラけた雰囲気を出すレオナ。マァムはレオナの心の強さに感嘆しながら、カロンの遺灰が入った袋を、ギュッと胸に抱きしめた。

 

 

「本当は先生の敵を取るまで、ネイル村に帰るつもりはなかったけど……」

 

 

 ……カロンが死んだ後、マァムは灰になった彼の体と、ロカの骨を泣きながら分けて袋に入れた。

 

 ロカの墓に骨を戻し……その隣に、新しくカロンの墓を作るために。

 

「……私は、カロンに、何もしてあげられなかったから……だからせめて、精一杯の思い出を……」

 

 

 


 

 

「あらマァム、お帰りなさい!」

 

「お母さん……ただいま」

 

 ポップにルーラでネイル村まで送ってもらったマァムは、そのまま自宅に行き、母レイラと顔を合わせた。

 

「聞いたわよ、ダイ君たちとロモスやパプニカを救って、大活躍だそうじゃない!」

 

「うん、まぁ……ね」

 

「……マァム? どうしたの?」

 

 レイラは、娘の様子が明らかにおかしいことに気付く。そもそも、いくら旅がひと段落ついたとは言え、責任感の強いマァムが、戦いの途中で家に帰ってくること自体が、考えてみればおかしい。

 ……もちろん親としては、元気な姿を見せてくれた方が嬉しいのだが。

 

「お母さん……後でお父さんの所にも、報告に行くんだけど……その、お墓の隣に……もう一つ、お墓を作っても、いいかな?」

 

「え?」

 

 マァムの突然の不可解な言動に、思わず目を丸くするレイラ。

 

「……詳しいことは、言えない……けど、父さんと一緒に、眠らせてあげたい人がいるの……」

 

 本当は、何があったのか母に話して、辛い心情を吐露したい。けれど、母を悲しませなたくない。結局マァムは、母には全て隠すことにした……ダイとポップが、アバンが死んだことを隠そうとしたのと、同じように。

 

 唇を噛み、俯きながら、辛そうにそう言う娘を見て……レイラは、喉まで出かかった疑問を飲み込むと、娘を抱きしめた。

 

「マァム、貴女がそこまで言うってことは、本当に大事なことみたいね……いいわ、村長には私から言っておくから、お父さんの所に行ってらっしゃい」

 

「お母さん……ありがとう」

 

 

 母に抱きしめられながら、マァムは、カロンの遺言であると同時に、ロカの伝言でもある言葉を思い出していた。

 

「お母さんは……再婚とか、しないの?」

 

「え? どうしたの、急に? マァムがそんなこと聞いてくるなんて珍しいわね」

 

「別に……ただ、なんとなく」

 

 レイラは娘の突拍子もない質問に益々目を丸くするが……きっと、旅を通じて思うところがあったのだと、暖かく微笑んだ。

 

「そうねぇ……あの人は口では『俺のことなんて忘れろ』とか言うでしょうけど……きっと、拗ねちゃうと思うのよね」

 

「そんなことないよ」

 

「え?」

 

「そんなことない……お父さんもきっと、母さんが幸せになることを……願ってるよ」

 

 確信めいたはっきりとした口調で語るマァム。それを見て、レイラは感慨深そうな表情をする。

 

「マァム……なんだか少し見ないうちに、大人っぽくなったわね」

 

「そう、かな……」

 

「ええ、前よりお姉さんっぽくなったわ」

 

 お姉さんっぽくなった、という言葉に、マァムは息を呑むと……母の胸に顔を埋めて、ゆっくりと泣き出した。

 

「マァム、大丈夫? ……旅の中で、とても辛いことがあったのね……」

 

「ごめん、お母さん……でも、今は……今だけは、甘えさせて……」

 

 

 マァムは母の胸の中で、子どものように、泣きじゃくり続けた……。

 

 

 


 

 

 

 人々の心に傷を残しながらも、消滅していったカロン。

 だが……彼の数奇にして悲劇的な運命は、まだ終わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

『目覚めるがいい、異端よ』

 

 

「……ここ、は……?」

 

 カロンが目覚めたのは、どこまでも暗い、地の底を思わせる場所であった。どこからか謎の声が響いているが……不思議と、声の主の姿は見つからない。

 

「俺は、死んだ、はず……」

 

『今の貴様は魂だけの状態……本来ならば忌まわしい天界の精霊共が貴様の魂も持って行ったのだろうが……異端故、見捨てられたようだな』

 

「な、に……?」

 

 謎の声に困惑しながら、カロンは自分の手を見つめる。すると……自分の体が半透明になっていることに気づいた。

 

「これは、一体……お前は、何者だ……?」

 

『……オレは、冥竜王ヴェルザー……名前くらいは聞いたことがあるだろう? かつて大魔王バーンとこの魔界を二分せし竜よ』

 

「ヴェルザーだと……待て、この魔界?」

 

 思いもよらぬ名前が出てきて驚愕したカロンだが、それよりもさりげなく発せられた言葉が引っかかった。

 ゆっくりと周囲を見回したカロンは、今自分がいる場所が、文字通り地の底……魔界であることを察した。

 

『察しがいいな、小僧……天界に行けなかった貴様の魂は今、魔界に囚われている』

 

「……呪法生命体は、死ぬことすら許されない、ってことか……」

 

『いいや、それは違うぞ』

 

 自虐めいたことを言うカロンを、以外にもヴェルザーは否定した。だが……それは決して、優しさなどからではない。

 

『貴様は、自分が思っている以上に異端な存在だ……自然の理どころか、世界の摂理に逆らって産まれ……貴様の存在そのものが、この世を冒涜していると言っても過言ではない』

 

「……随分酷い言い草だな……魔界に君臨する冥竜王様にそこまで言われると、自分が大した奴に思えてくるよ」

 

『クク、目覚めて早々言うではないか、生意気な小僧よ……』

 

 カロンの皮肉を気にした様子もなく、クツクツと笑うヴェルザー。それに対しカロンは、ヴェルザーの言葉の意味を考えるが……答えは見つからない。

 

『貴様には到底理解できん話だ……神の座に手をかけた、オレやバーンでもなければ、貴様の異端さを正しく理解することはできん』

 

 

 カロンの考えを見透かしたようにそう言ったヴェルザーは、ゆっくりと姿を現した。その姿は……一言で言えば、石化された竜。

 かつて竜の騎士バランに敗れ、転生して復活しようとした所を、天界人によって魔界に封印され……それでもなお地上支配を諦めない、強欲な竜。

 

『天界の精霊共によって魔界に魂を封じ込められたオレは、行動のほとんどを制限された……だが、精霊の加護もなく魔界を彷徨う魂……貴様という例外だけは、オレも好きに干渉できる』

 

 

「……悪いが、さっきから何が言いたいのか分からな……!?」

 

 カロンがそう言った瞬間、ヴェルザーの瞳が妖しく輝き……一筋の閃光が、カロンを貫いた。

 

 

「……っぐああああああ!!」

 

 

『キルバーンが貴様の体に細工を施した。あとはオレが貴様の魂を消耗させ、抵抗力を削げば……手駒にすることができる』

 

 

「が、はっ……!」

 

 命の危険を感じるほどの凄まじい威力だったが、カロンは死ななかった。魂だけの存在となった今、カロンは以前とは別の意味で不死身と言えた。

 

 ……それがいいことだとは、決して言えないが。

 

「俺を、手駒にだと……!? それに、キルバーン……!? まさかキルバーンは、お前の……!」

 

『賢しいな、小僧……察しの通り、キルバーンはオレの部下だ』

 

「っ……う、あああああぁぁぁぁぁあああっ!!!」

 

 再び、閃光がカロンの体を貫いた。カロンは絶叫をあげる。

 

『バーンに地上を破壊されては叶わん……オレの目的は、地上すら支配してみせること……その為には、猫の手すら借りたい状況なのでな』

 

 

「ぐ……! 俺が簡単に、従う、とでも……!?」

 

 

 カロンが必死に抵抗の言葉を紡ごうとした瞬間……先ほどの閃光とは違う衝撃が、カロンを襲う。心臓……左胸の辺りに激しい痛みを覚えたカロンは、息を荒げながら胸を押さえる。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

『言ったはずだ、キルバーンが貴様の体に細工を施したとな……地上で灰となった貴様の体は、オレの配下として復活しようとしている……』

 

「ふざけるな……よりによって、キルバーンの、野郎や……お前なんか、に……!」

 

 

 心臓を無理矢理動かされているかのような劇痛を抑え込み、カロンは必死に耐える。

 ここで屈したら、自分はヴェルザーやキルバーンの手駒として復活し、ヒュンケルやマァムの敵となってしまう……2人への想いが、カロンを奮い立たせた。

 

 

『ククク、面白い……オレも久しぶりに好きに甚振れる相手ができて嬉しかったところだ。簡単に屈してもらっては困る』

 

「ぅあ、あ゛っぅあっあ゛っ! ああうっ! うあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

 ……こうしてカロンの、ヴェルザーから拷問を受け続ける日々が始まった。

 

「うあ"ああ"あ"あ"ぁあああっ!」

 

 何度も何度も、何日も何日も……

 

 

「ああぁあぁぁあ!!! っぐ、あああぁ……!!」

 

 なまじヴェルザーがほとんどの行動を制限されているが故に、唯一行える行動(拷問)に、彼は全精力を注いだ。

 

「っぐっがあああああああぁぁあああっ!!!」

 

 バーンと互角の力を持つヴェルザーの全力の拷問に、カロンはよく耐えたと言えるだろう。だが……数ヶ月後、限界が訪れた。

 

『……ここまで持つとは思わなかったぞ。悪くないオモチャだった……だが、ここまでだな』

 

「あ、ぅ……」

 

 元々半透明だったカロンの体が、ゆっくりと透明になっていく。キルバーンの施した『仕掛け』により、地上にあるカロンの本来の体……数ヶ月前に灰になった体が、再び形作られようとしている。

 

 

『今、バーンと勇者共の戦いは、最終局面を迎えようとしている……すぐにバーンパレスに急行し、オレの役に立つがいい』

 

 

 ただし、今度は不死騎団の副団長ではなく……ヴェルザーの尖兵として。

 




こいついっつも魔界勢にボコボコにされてんな


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謎の男

マァムVSアルビナスとかいうリョナ回、正直すごい好きです。



 骨は燃やされて灰となる。灰は風に飛ばされる。風に乗って、灰はどこまでも登っていける。

 人は、人が死ぬことを星になると表現する。或いは、空の上で見守っているとも……

 どちらにせよ、死んだ人間が高い所へ行く……というのは、一般的な考えなのである。

 

 

 ならば、天高くそびえるバーンパレスに……『彼』がいても、不思議ではないのかもしれない。

 

 

 

「フフフ……ようやく君も使い物になるみたいだね……それじゃあ早速、一働きしてもらおうかな」

 

 

 


 

 

 

「ハドラー様を……生かしたかった……この……あの方に頂いた命にかえても……」

 

「……アルビナス……」

 

「さぁ、お離れなさい……そして私の代わりに見届けて……あの方の、最後の雄姿を……」

 

 バーンパレスへと辿り着き、大魔王バーンとの最後の戦いへ向かう勇者一行。だが、彼らの前に突如現れたハドラーとハドラー親衛騎団によって、ダイたちは分断されてしまう。

 

 マァムは最強の駒である女王アルビナスと単独で戦い、ボロボロになりながらも奥義猛虎破砕拳で撃破した。

 駒という作られた命でありながら、一途にハドラーの為を想って行動していたアルビナス……マァムも本当は戦いたくはなかったが、彼女にも譲れないものや守りたいものがあった。

 

 作られた命でも、命は命……核を破壊されたアルビナスの起こした爆発の風を受けながら、マァムの脳裏に、『作られた』弟……カロンの姿がよぎる。

 

 後ろ髪を引かれながらも、ハドラーと戦っているであろうダイの元へ走ろうとするマァム。

 

 

 だが、その時……ガシャン!! という、金属のぶつかり合うような音が響いた。それと同時に、マァムの右足首を凄まじい激痛が襲う! 

 

 

「あぁああっ!? ぐ、っ……! これは……!?」

 

 

 突然マァムを襲った衝撃の正体……それは、いつの間にか足元に現れていたトラバサミであった。

 

 

 突然の謎の出来事に混乱するマァム。何とかトラバサミを外そうとするが……

 

 

 

「……ふん」

 

「っ! 誰!?」

 

 近くで鼻を鳴らす音が聞こえたマァムは、激痛に耐えながら音のした方を見る。

 

 

 そこには、怪しげな仮面……キルバーンが被っているものと似た仮面を被った男が、武器も持たずに佇んでいた。

 

(あの仮面、キルバーンの物と似てる……おそらくは彼の配下……!)

 

 見たことのない敵でも、その外見的特徴からおおよその見当をつけるマァム。

 だからといって、それが事態の打破に繋がり得るわけではない。

 

 

 仮面の男がスッと手をかざすと……今マァムの足首を捕らえているものよりも一回り大きいトラバサミが、マァムの左太股を噛み千切らんばかりに、深々と食い込んだ! 

 

「うあ"ああ"あ"あ"ぁあああっ!?」

 

 マァムが万全であれば、突然の奇襲にも対応できたであろう。

 だが、ハドラー親衛騎団の中でも最強である、クイーンアルビナスとの激闘で疲弊しきっていたマァムには……攻撃を避けることができなかった。

 

 

 

「はぁ、はぁ……! こ、のぉお……!!」

 

 再び手をかざす仮面の男。

 また攻撃が来ると感じたマァムは、激痛に耐えて無理矢理足をトラバサミから引き抜くと、すぐさま横に跳躍する。

 直後、先ほどまでマァムがいた床から、剣山が生えた。

 

 

「…………」

 

「ぐっ、痛……!?」

 

 攻撃自体は避けれたが、トラバサミから抜け出す為に無理をした足にはさらなる痛みが襲い掛かる。

 

 

 そして仮面の襲撃者は、休む暇など与えないと言わんばかりに、罠を生成する能力で執拗にマァムの足を狙う。

 機動力を削ごうとしているのは、一目瞭然だった。

 

 

「……」

 

「さっきから、罠ばっかり……!」

 

 黙ったまま、遠くから罠でマァムをじわじわと追い詰める仮面の男。

 遠距離攻撃手段を持たないマァムにとってはかなりやりにくい、卑怯かつ合理的な戦法であった。

 

 マァムも接近しようとするが、次から次へ現れるトラップを避けるのに精一杯なのと、仮面の男の立ち回りに隙がなく、常に一定の距離感をキープされている。

 

 

 

「……みんなのためにも……アルビナスのためにも……! こんなところでぇ!!」

 

 だが、ずっとこのままではジリ貧だ。マァムは多少のダメージは覚悟して、まだ動けるうちに勝負に出る。

 迫りくるギロチンの刃や、足元に現れるトラバサミを、致命傷になり得るものだけ避けて、一気に仮面の男へ肉薄する。

 

 

 今まで数々の戦いをくぐり抜けてきたマァムにすれば、コソコソと隙を伺って、罠だけでしか攻撃してこない「小物」など……その気になれば、負けるような相手ではない。

 

 

 

「…………悪魔の……目玉…………」

 

 

「ぐ、っぅうう!?」

 

 

 ……本来のマァムであれば、だが。

 

 アルビナスとの戦いのダメージが色濃く残り、回復魔法をかける暇もなく仮面の男の猛攻に晒されていたマァムの動きは、本来のものよりかなりスピードが落ちていた。

 

 今まさに、拳を放とうとしたマァムの腕を、触手……悪魔の目玉から飛び出した触手が、絡みついて止める。

 本来ならば謎の男の仮面を砕くはずだった拳は、仮面の直前で停止してしまう。

 

 

 そして悪魔の目玉から伸びる触手は、マァムの首に巻き付き、ギリギリと激しく締めつける。

 

 

「ああぁああああ!?」

 

 

 気道を締め付けられ、悲鳴をあげるマァム。

 だが、以前クロコダインとの戦いで悪魔の目玉に捕まった時とは、マァムも比べ物にならないほどレベルアップしている。

 

 力尽くで振り払おうとするのだが……

 

 

「ぐっ、ぅ、つっ!!」

 

 動きの止まったところを、四方八方から生えてきた剣山で貫かれてしまう。

 

「う、ううぅ……!」

 

 咄嗟に体を捻って急所は外したものの、血を流しすぎた手足からはダラリと力が抜け、自らを拘束する触手に身を預けてしまっている。

 

「はぁ、はぁ……! ぐ、ぅうう……!」

 

「………………ぁ……」

 

「う、ぅ……?」

 

 しかし仮面の男は、完全に拘束されたマァムを前にして、突然動きを止めた。

 いつでもトドメを刺せる状況でありながら、何もせずに立ち尽くす仮面の男を見て、マァムは怪訝な顔をする。

 

「…………ぇ……ん」

 

「え?」

 

 

 何か小さな声で呟いた仮面の男は、フラフラと無防備にマァムに近寄って来る。

 

 

「……その……鎧……」

 

 マァムのボロボロになった鎧……魔甲拳に、ゆっくりと手を伸ばす男。それを見て、マァムは敵の目的がロン・ベルクの作成した強力な装備、ないしはオリハルコンに次ぐ強度を持つ素材そのものだと推測した。

 

「っ……! そうは、させないわ!」

 

 男の手が鎧に触れるか否かの瞬間、マァムは気力を振り絞って腕に力を込める。

 当然、未だマァムを捕らえている悪魔の目玉の触手も、彼女の動きを抑えようと締め付けてくるが……

 

「はぁっ!!」

 

 男の方へ向かうマァムの力と押さえつけようとする触手の力が拮抗した瞬間……マァムは敢えて触手の締めつけに身を任せた。

 すると必然的に、マァムの腕は男と反対……マァム自身の体へ向かう。

 

 そう、先ほどアルビナスとの戦いで行ったのと同じように……わざと自分の鎧を砕いて、金属の石礫を相手に浴びせようとしたのだ。

 

 消耗しきった今は、鎧を砕くほどのパワーが出るか不安だったが……敵の力を利用することで、マァムはその問題を解決したのである。

 

「……ぐっ!」

 

 砕けた鎧の破片が仮面を掠り、男はくぐもったうめき声をあげる。男はマァムの攻撃によってヒビの入った仮面を手で押さえると、すぐにバックステップで距離を取った。

 

 

「…………ふん……」

 

 現れた時と同じように鼻を鳴らした仮面の男は、そのまま逃げるように走り去っていく。

 仮面の男が去ると同時に、マァムを捕らえていた悪魔の目玉の触手と、肩や足を貫いていた剣山も消滅した。

 

 

「……ぐ、っ…………」

 

 支えを失ったマァムはそのままドサリと地面に倒れる。度重なるダメージでとうに限界を超えていたマァムは、既に意識を手放していたのだ。

 そしてその表情は、どこか驚いているように見える。

 

 

 なぜなら……

 

 

 マァムが意識を手放す瞬間に見たものは……男の壊れた仮面の隙間から覗いた、桃色の髪であったからだ。

 

 


 

 

「やれやれ、使えないなぁ……確かにボクはダイ君とハドラー君を共倒れさせる時に、あの駒……アルビナスが邪魔になるだろうから殺せと命令したよ? 

 既に駒が死んでたからって、あの駒を倒した武闘家ちゃんを放置するなんて……」

 

 バーンパレス内の、どこか。

 ダイとハドラーの一騎討ちの最中、消耗した両者を殺す為のキル・トラップ……『ダイヤの9』を仕掛けてきたキルバーンは、仮面の男と向き合っていた。

 

「…………あの武闘家は……大したことない……」

 

「確かに、魔法使いクンほど機転が効くわけでも、ヒュンケルほど強いわけでもない武闘家ちゃんがボクの脅威になることはないだろうけど……」

 

 

 キルバーンは納得がいっていないような声を出しながら、手元でトランプを弄んでいたが……しばらくすると、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

 

「まぁいいや、ヒュンケルの体を欲しがってるミストのサポートをするための、ただの道具……それが君、『スペードのQ』だ……くれぐれも変な気は起こさないようにね」

 

 そう言ったキルバーンは、スゥっと影に消えるように、どこかへと去っていった。

 

「…………俺、は……どう、ぐ……」

 

 後には、壊れた仮面の隙間から桃色の髪を覗かせる……一人の男だけが残された。

 




ロカがピンク髪って滅茶苦茶分かりにくいですよね。アニメで一瞬出た時は兜被ってましたし、単行本だと当然白黒ですし……
wiki以上の明確なソースあったら教えて頂きたいくらいです。


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共闘

前からそっちの気はありましたが、この間進撃の巨人一気読みしてから、キャラが酷い目にあう系の話めっちゃ好きになりましたね……
ただ、自分はそういうの好きでも、今のオリ主不憫路線が読者方にどう思われてるかちょっと不安なんで、よろしければ評価・感想・お気に入りお願いします


 頭が痛い。ズキン、ズキンとした鈍痛が、武闘家……マァムという女と戦ってから続いている。

 

 

 どこかで見たような気がする。あの顔を。似たようなものを知っている気がする。あの鎧を。

 

 

 だが、そんなことは有り得ない。自分は『作られて』から……キルバーン以外と会話を交わしていない。

 そう、あの日……地上の小さな村で目が覚めた俺は、隣にあった墓が何故か気になって、夢中で掘り返して……中身がちゃんとあるのを見て、とても安心して……その後……

 

「ぐっ……!」

 

 頭痛のせいで思考が定まらない。俺が『作られた』日のことなどどうでもいい。

 とにかく、勇者が罠で死ぬのを確認してから、残ったパーティーをさっさと始末して、人間も滅ぼして……

 

 

 

 頭痛に耐えながら今後のことを考えていた時……キルバーンの罠にかかって死にかけていた勇者たちの周りに、眩い光が立ち込める。

 

「……あれ、は……」

 

 あれは、そう……勇者の、光……

 

 


 

 

「アバン……! あの男、許さない……!」

 

 ハドラーとの激戦の後の隙をつき、あと一歩のところまでダイとポップを追い詰めたキルバーン。しかし、生きていた勇者アバンによって、2人は救出されてしまった。

 

 そればかりか、アバンに気を取られているうちに、自慢の罠を作動させる暇もなく、ダイたち勇者一行は一気にバーンパレスに辿り着いてしまった。

 これだけでもキルバーンにとっては許し難い事態であったが、あまつさえアバンは、キルバーンの仮面を剣で破壊した。

 

 キルバーンにとっては、これ以上ない屈辱。罠を破られたことも、仮面を壊されたことも……死神である自分が、一瞬、死の危険を感じてしまったことも。

 

 あと少しアバンの剣が奥に届いていたら、自分は……

 

「クソッ!!」

 

 怒りを発散するために周囲の物に八つ当たりしながら、キルバーンは代わりの仮面を探す。

 伊達や酔狂だけで仮面を付けているわけではない。キルバーンにとって顔を隠すのは、死活問題であった。

 

「…………」

 

 そんな荒れているキルバーンを近くで無言で眺めているのは、先ほどマァムを強襲した仮面の男。

 

「ああ、キミか……どっか行ってくれるかい? 最初はアバンを殺すのにキミを利用することも考えたが……あの男は、ボクが直々に殺さないと気が収まらない」

 

 キルバーンにそう言われても、男は話を聞いているのかいないのか、自分の腕をぼぅっと見ている。

 

「……聞いているのかい? ボクは隙を見つけてアバンを狙うから、君はミストの手伝いでも……おや?」

 

 

 キルバーンの言葉がピタリと止まる。なぜなら、呆けたように自分の腕を見ていた仮面の男の手の中に……突然、大振りの剣が現れたからだ。

 先ほどまでイライラしていたキルバーンだが、それを見て興味深そうな表情をする。

 

「簡単な罠なら出せるようにしておいたけど……そんな手品は教えてなかったはずだよね? どうしたんだい?」

 

「……分からない……ただ、武闘家と戦ってから調子が悪くて……それで、勇者アバンを見たら、急にできるようになって……」

 

 

 仮面の男が握っている剣……それは、諸刃の剣という……かつて不死騎団副団長カロンの使っていた、強力だが使用者にもダメージの行く、危険な魔剣であった。

 

 しばらく剣を見ていた男だが、ヒュッ、と剣を横に振るうと、いつの間にか魔剣も消えていた。

 

 

「へぇ……以前の君を思い出しかけているのか……武闘家ちゃんやアバンを見てそれなら、ヒュンケルと会ったらどうなるだろうね……ククク」

 

「ヒュン、ケル……? っ゛、あっ……!? 頭、が……!」

 

 

 ヒュンケル……その名を聞いた瞬間、頭を抑えて先ほど以上に苦しむ仮面の男。

 キルバーンはそんな彼を見て、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「まったく、仮面にヒビが入ったせいでおかしくなったのかい?」

 

 そう言いながら、キルバーンは手を伸ばして、男の仮面……マァムとの戦いで欠けて、ピンク色の髪が覗いている部分に手をかける。

 

 その瞬間、男…………カロンの全身を、凄まじい激痛が襲う。

 

「ぐっ……あぁああああああぁああ!!!」

 

「ロカの脱殻だった頃なら、かつての仲間を見て思う所もあっただろうけど……今の君は脱殻ですらない、空っぽの器だろ?」

 

 グリグリと仮面の欠けた部分を抉るキルバーン。しばらくそうやってカロンを責めた後、腕を振るって彼を地面に叩きつけた。

 

「ぅ……! がはっ!! あ゛っ……げほっ!!!」

 

 咳き込んだカロンの口の中から、血と……微かに赤く染まった灰が吐き出される。

 

「最早骨ですらない、残りカスの灰で作られた空っぽクンがそんな風に、誰かを見て感じ入る必要があるのかな?」

 

「う、ぐ……! そ、うだ……おれは、道具で……使われるのが、存在意義で……あの方の為に、地上を……」

 

 

「クフフ……ま、君のおかげで少しは気が晴れた……ボクはアバンを狙うから、君には本来の仕事をしてもらおう……幸い、ヒュンケルはしんがりみたいだし、ね」

 

 今の不安定な状態のカロンとヒュンケルを会わせる……キルバーンにとっては是非ともその時の状況を見て愉しみたい所だが、今はそれよりもアバンへの怒りが勝った。

 

 お楽しみをこの目で見れないのは残念だが……その結果どうなったかは、アバンを殺した後にでもゆっくり確認すればいい、とほくそ笑むキルバーン。

 

 アバンに壊された代わりの、怒りの仮面を付けたキルバーンは、そのままアバンたちの元へと向かって行った。

 

 

「……俺、の……剣……」

 

 後に残されたカロンは、再び手の中に剣を出現させ、刀身を撫で回した後……剣を引きずりながら、ゆっくりと歩き出した。

 

 ……ヒュンケルと会うために。

 


 

 

 ヒュンケルは絶望の決戦に挑もうとしていた。

 

 目の前には王であるマキシマムが率いる、オリハルコンでできた金属戦士たちの軍団。対するは、ヒムとの闘いでボロボロになったヒュンケルただ一人。

 

 誰が見ても、ヒュンケルに勝ち目はないと断言するだろう。

 実際、ヒュンケルはこれを自らの最後の闘いであると位置付け、ヒムはヒュンケルの後ろで必死に逃げるよう促している。

 

「ヒム、悪いな……約束は、果たせそうにない……」

 

 もう一度相手をする、という約束を守れそうにないことを謝罪するヒュンケル。

 それでも、ダイたちに手を貸してもらうため、何より、友となったヒムを見殺しにしないために、決死の戦いを挑もうとした。だが、その時……

 

「ヒュンケル、お前……!? な、なんだアイツは!?」

 

「…………」

 

 いつの間にかヒュンケルとマキシマムたちの間に、怪しげな仮面をつけた男が現れていた。

 

「っ!? お前は……!?」

 

「んー? なんだ、誰かと思えばキルバーンの奴の手下か……まさかとは思うが、吾輩の手柄を横から奪おうというわけではあるまいな?」

 

「……別に、手柄を奪おうってわけじゃない」

 

「ふん、ならば、一体何の用でここに……な、なにぃ!?」

 

 

 突然、マキシマムが驚愕したような声をあげる。それもそのはず、味方であるはずの仮面の男が……いつの間にか取り出していた剣で、ヒュンケルに向かっていたポーンの駒を破壊したのだから。

 

 その剣は、刀身が灰で覆われている、奇妙な剣であった。

 剣の形状自体は華美な装飾もない、質実剛健を表したようなシンプルなものだからこそ……その灰の異質さが際立っている。

 

「……ロカの剣を、俺の灰でコーティングしてみたんだが……オリハルコンも砕けるなら、十分以上だな」

 

「き、きき、木様ぁ!! 血迷ったか!? やはり吾輩の手柄が目的か……それともキルバーンの差し金か!?」

 

「…………全部思い出したよ、自分のことを……あと、思い出してもどうにもならないってことも」

 

「ええい、何をわけのわからないことを……! 構わん! そいつを殺せ!」

 

 マキシマムの命令で、駒たちの標的がヒュンケルから仮面の男に変わった。

 向かい来る駒を前に、仮面の男……カロンは、既に握っている灰の剣とは別の剣……諸刃の剣を取り出すと、二つの剣を別々に構えた。そう、所謂二刀流である。

 

「……最近、あるクソ野郎のせいで器用になってな……こんな芸当もできるようになった」

 

「やれぇ僧兵(ビショップ)!! そいつを切り刻めぇ!!」

 

 ビショップが全身の刃物を光らせて、カロンへと迫る。カロンもがボロボロになる姿を想像し、ニタリと笑うマキシマムだが……その直後、ビショップはカロンの後ろから伸びてきた槍に呆気なく貫かれる。

 

「……新たな敵にかかりきりになり、既存の脅威を疎かにするとは……指揮官としても2流だな」

 

 それは、マキシマムがカロンに気を取られている間に、槍を回収したヒュンケルの攻撃であった。

 

「ば、馬鹿な!? 貴様はもう立っているのがやっとのはず!?」

 

「お前の不死身っぷりには、もう驚かないよ、ヒュンケル」

 

「……行くぞ、カロン……久しぶりだが、合わせられるな?」

 

「おいおい……当然だろ」

 

 その直後、ヒュンケルとカロン、それぞれの武器が同時に煌めいた。

 ヒュンケルは剣から槍へ、カロンは一本の剣から二刀流へ……武器は変わっても、根底の戦い方は変わらない。

 不死騎団であった頃、長い間共に戦っていた2人の動きは、正に阿吽の呼吸……マキシマムの出す指示による、駒たちの仮初の連携とは雲泥の差だ。

 

「お、おのれぇ……! ナイト! ジャンプだ!」

 

 マキシマムの指示を受けて、ナイトがその機動力を活かして空高くジャンプする。

 剣士である2人には、空中への攻撃手段がないと思っての行動だったが……

 

「……カロン!」

 

 ヒュンケルは、自分の槍をカロンへと投げ渡す。槍の方を見もせずにそれをキャッチしたカロンは、槍を利用して棒高跳びの要領で高く跳び上がる。

 

「げ、げげぇ──!?」

 

「……はっ!」

 

 ナイトの駒と同じ高さまで飛び上がったカロンは、一太刀でナイトを斬って捨てる。そのまま、飛び上がるのに利用した槍の位置まで着地していく。

 

「おのれ、ならば……! 城兵(ルーク)! ヒュンケルを狙え!」

 

 マキシマムは今度は、武器をカロンに投げ渡して丸腰のヒュンケルを攻撃するように指示を出す。

 槍は地面に転がっていて、カロン本人はまだ着地していない。武器を投げ返すとしても、まだ少し時間がかかるはずだ。

 故に、その間にヒュンケルだけでも倒そうとしたのだが……

 

 

「ヒュンケル!」

 

 

 カロンは、不死身である自分以外が使えばダメージを受けてしまう諸刃の剣ではない方の、灰の剣を空中でヒュンケルに投げ渡す。

 灰の剣は、吸い込まれるようにヒュンケルの手の中へ収まった。

 

「……大地斬!」

 

 久しぶりの剣だが、そんなブランク程度で鈍るほどヒュンケルの腕は甘くない。ヒュンケルの剣は寸分違わず、ルークの駒を両断する。

 

「お、おのれぇぇい……! 我が最強のオリハルコン軍団が、なぜ……!」

 

「……こいつらには、心がない……ハドラー親衛騎団とは似ても似つかない、ただの人形だ……!」

 

「心のない、本当の意味での『人形』……同情するね……ヒュンケル!」

 

 カロンは悠然と着地すると、落ちていた槍を拾ってヒュンケルに投げ返す。

 

「これは実体験なんだが、俺の剣とロカの剣をただ思いように振っていたら、割とサマになる二刀流ができた……つまり」

 

「……アバン流刀殺法と槍殺法、それぞれをマスターした俺ならば……全く新しい戦い方も可能、ということだな」

 

「こうなれば、玉砕覚悟……! 残る兵士(ポーン)よ! 防御を捨てて突撃せよ!」

 

 マキシマムの無茶苦茶な指示を受けて、ポーンたちが特攻紛いの突撃を始める。

 それに対しヒュンケルは……片手に槍を、片手に剣を持った状態で、群がるポーンの駒たちに立ち向かっていく。

 

 

「ヒュンケル、今だけは、昔に戻ったみたいだ……思い出すなぁ……血塗られた道を征く人間と、人間ぶるのが好きな骨の……あの戦いの日々を」

 

 

「一刀一槍……ブラッド・ボーン!!」

 

 

 

 槍と剣、どちらを扱わせても超一級のヒュンケルが、その両方を振るえば……その力は計り知れない。

 ましてや今のヒュンケルは、カロンと共に戦っていることで絶好調。

 

 特攻のどさくさに紛れて、最後の足掻きでヒムを人質にしようというマキシマムの企みも失敗に終わった。

 予想以上のスピードで倒されていく駒たちを制御しきれず、僅かに残った駒もカロンの剣で次々と壊されていったからだ。

 

「ぐ、ぐわああぁああああ!!!??」

 

 最後に残ったマキシマムは、その自慢の頭脳を活かす暇もなく……ヒュンケルの剣と槍によってなます切りにされ、爆発しながら息絶えた。

 

「す、すげぇ……流石ヒュンケルだ! あの怪我でなんてぇ動きだよ……! そっちの変な仮面の兄ちゃんもやるじゃねぇか!」

 

 ヒュンケルとカロンの抜群なコンビネーションによる圧倒的な戦いを見て、興奮した声をあげるヒム。

 一度は絶望したからこそ、その喜びはひとしおだ。

 

「……相変わらず凄い動きだな、ヒュンケル……多分わざわざ俺が助けに行かなくても、お前ならあの場を切り抜けられただろうな」

 

「……カロン……」

 

「そして、今は敵を倒して、かつての弟分とも再会して、油断している……もし例の死神だったら、喜んでこのタイミングで仕掛けるだろうな……油断させるためなら、味方すら殺して」

 

「……! そう、か……カロン、お前は……」

 

「ヒュンケル……呆れるだろ? 性懲りもなく俺は……お前にも姉さんにも、手をかけさせてばかりだ」

 

「ふ……お前は確かに手のかかる奴だが……それ以上に、何度も助けられた……今、俺の危機を教えてくれたようにな」

 

「……? おい、お前ら……何の話をしてるんだ?」

 

 だが、ヒュンケルとカロンの間に、重いとも軽いともつかない微妙な空気が流れているのを感じて、ヒムは怪訝そうな顔をする。

 

「ヒュンケル……もう一度だけ、俺を助けてくれ」

 

「……お前がどれだけ運命に翻弄されようと……俺が何度でも助けてやる」

 

「お、おい、お前ら!?」

 

 ヒムが困惑の声をあげた瞬間……ヒュンケルの槍とカロンの剣が、激しい火花を散らしてぶつかり合った。

 

 




ここに来て初のオリ技
しかし使うのはオリ主ではなくてヒュンケルという


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不幸なる我が身、されど……


お久しぶりです。


「ぐっ……!」

 

 勢いよくぶつかり合ったヒュンケルの槍とカロンの剣。

 そのぶつかり合いを制したのは……カロンであった。ヒュンケルの体が吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がっていく。

 それと同時に、ヒュンケルがもう片方の手に持っていた灰の剣が抜け落ちて、別方向へ飛ばされていった。

 

「もう限界だろ、ヒュンケル……いくらなんでも連続で戦い過ぎたよな」

 

 ヒュンケルの力がカロンに及ばなかったのは、単純な、しかしとても深刻な疲労が原因だ。

 

 バーンパレスの魔物の群れ、ヒム、マキシマムの駒たち……さらにはグランドクロスのエネルギーを2回、不発を含めれば3回も使用しているヒュンケルに残された体力は、限りなく少ない。

 先ほど槍と剣で大立ち回りを演じられた時点で奇跡だ。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 ボロボロの体に鞭打って、槍を支えにして立ち上がるヒュンケル。カロンはその瞳を見て、儚げに微笑む。

 

「変わったな、ヒュンケル……真っ直ぐな目をするようになった」

 

 

 どれだけ絶望的な状況でも、諦めずに立ち上がるヒュンケル。その瞳の力強い輝きは……

 

「俺には……眩しすぎる」

 

 

 素早く肉薄したカロンは、剣を横薙ぎに振るう。最早握力も残っていないヒュンケルの手から、槍があらぬ方向へ飛んで行く。

 返す刀でヒュンケルに斬りかかるカロンだが、ヒュンケルは武器を失って身軽になったことを利用してバク宙で回避。

 それだけではなく、バク宙の勢いを利用してカロンにサマーソルトキックを放つ。

 

「ぐっ……! やるな、最後まで油断はできないか」

 

「言ったはずだ、俺がお前を、救ってやると」

 

 互いに距離を置いて仕切り直す両者。だが、方や疲労困憊の丸腰。方や体調万全で剣を装備……どちらが有利かは、言うまでもない。

 

「……俺はずっと……心のどこかで思っていた……もう一度、お前と戦いたいと」

 

 剣の切っ先を丸腰になったヒュンケルに向けながら、カロンは心情を吐露する。

 

「だけどそれは……こんな、疲労困憊の所を狙うような、卑劣な形じゃなかったはずなのにな」

 

 そう言いながら、剣を持っていない方の手でパチンと指を鳴らすカロン。直後、何もなかったはずの中空から、突然ギロチンの刃が落ちてくる。

 

「なにっ!?」

 

 咄嗟に横に転がって回避したヒュンケルだが、続けて響いた指の音の直後、背後から突然現れた丸太によって、強かに背中を打ち付けられる。

 

「かはッ……!」

 

「キルバーンの奴から教わった……しょうもないマジックさ」

 

 態勢を崩してたたらを踏むヒュンケル。その隙を突いて、カロンは再び肉薄。その手に握った諸刃の剣……かつてヒュンケルと共に数多の戦場を駆けた剣を持って、カロンはヒュンケルの首を狙う。

 

 

「じゃあな、ヒュンケル……俺の生涯の友……兄よ」

 

 

 ────カロンは結局、どこまで行っても、誰かの操り人形でしかなかった。一度死ぬ前も、死んだ後も、変わらない。自由などとは程遠い存在。ヒュンケルのように、熱い意思を持って正義のために戦うことも選べない。

 

 

 どこまでも不自由で、どこまでも自らの意思では動けない人形。哀れで不憫なピノッキオ。

 

 だが、だからこそ……その間の悪さ、その運の悪さが……却って事態を好転させることも、ある。

 

 

「が、はッ……!?」

 

 カロンの剣が、ヒュンケルの首を落とそうという間際……突然飛んできた槍が、カロンの体を貫き、大きく吹き飛ばす。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 

「お前は、まさか……」

 

 素っ頓狂な声をあげるヒム。どこか呆けたような声を出すヒュンケル。反応に多少の違いはあれど、両者共に驚いているのには変わらない。

 

 

「卑劣な戦い方をする奴には、例外なくその魔槍をブチ込んでやるのが流儀でな」

 

「……誰だ、あんた?」

 

 吹き飛ばされた状態から立ち上がったカロンは、槍を体から引き抜き、傷口から大量の灰を零しながら問うた。

 

 

 

「陸戦騎……ラーハルト推参!」

 

 

 カロン、ヒム、ラーハルト……それぞれの面識はないが、ヒュンケルに影響を受けた男たちが、一堂に会した。

 

 

 

 

「アバン、カロン、そしてラーハルト……どうやら今日は、冥府の門は開き放題になっているらしい」

 

「おいおい、さっきから訳分かんねぇぞ! 結局誰なんだよアイツら!」

 

「陸戦騎ラーハルトか、名前くらいは聞いたことがある。超竜軍団長バランの直属の部下、竜騎衆の一人だったな」

 

 ヒムの疑問に答える形になったのは、意外にもカロンであった。魔槍に貫かれた部分は、いつの間にか元通りになっているが……ほんの僅かに、服に灰が付着していた。

 

「カロン、お前、その体……」

 

「今の俺は、骨じゃなくて灰だからな」

 

 以前とは違う不死身性に対するヒュンケルの疑問にも、カロンは端的に答える。

 

「俺も名前くらいは知っているぞ、不死騎団副団長カロン……死んだと聞いていたが、まだ魔王軍に与していたのか」

 

「不本意ながらな」

 

 そう言って剣の切っ先をラーハルトヘ向けるカロン。もう片方の手には、先ほど引き抜いた槍がしっかりと握られている。

 

「かなりの手練れらしいが……ヒュンケルを救うためとはいえ、いきなり武器を投擲したのは失敗だったな」

 

「救う? ふん、俺は負け犬を助ける趣味などない。あの状況では、投げ槍が効果的だったというだけだ……相手が不死のアンデッドである可能性を無視したのは、確かに失態だがな」

 

「そういうことにしておくよ。だが俺も、丸腰の相手に負けるつもりは……!?」

 

 ない、と続けようとしたカロンの言葉は噤まされる。ラーハルトが一瞬で距離を詰め、素手で攻撃してきたのだ。

 

「どうした、随分鈍いんだな」

 

「っ……! なら!」

 

 ラーハルトは武器を取り返すつもりだ。そう考えたカロンは……力の限り槍をあらぬ方向に投げ、バーンパレスから地上へと落とそうとする。

 

「ふっ!」

 

 当然ラーハルトはそれを凄まじいスピードで追い、槍がバーンパレスを出る前にキャッチする。

 わざわざ武器を相手に返すような行為……だがあのまま打ち合っていても遅かれ早かれ槍は取り返されていただろう。ならば……取り戻される前に利用した方がいい。

 

「『そこへ行く』と分かってれば……いくら速くても、当てられるよな! ギラ!」

 

 カロンが素早く懐から取り出したのは……魔弾銃。マァムがカロンの墓に供えた、魔法を込める拳銃である。カロンは復活した後の記憶が朧気だが、この銃をしっかりと回収していたのである。

 そしてそれに込められたギラの魔法を、ラーハルトに向けて既に射出していた。

 

鎧化(アムド)!」

 

 それに対しラーハルトは、当然というべきか魔槍を鎧にして魔法を弾こうとする。ほとんどの魔法を弾く鎧がある以上、その選択はなんらおかしいことではない。鎧に頼り切るのは論外だが、有効な手段をわざわざ捨てるのもまた論外である。

 しかしここで一つ誤算があったのは……ラーハルトが鎧の魔槍を使うのに、ブランクがあったこと。

 

「いくらお前が速くても……武器の変形スピードまでは、変わらないだろ!」

 

 ラーハルトがバランの血で強化されているが故に、以前の感覚で槍を使っても……以前よりも、鎧化状態への移行が遅く感じた。

 無論それはラーハルトがそう感じているだけで、実際には変形スピードは変わっていない。強くなったが故に感覚的に遅く感じているだけだ。

 一度でも鎧の魔槍を事前に使っていれば、容易く修正できたであろう、ブランクによるタイムラグ。

 それがたまたま……悪い方向に作用しただけのことだ。

 

「がはっ!」

 

 

 鎧化は成功したが、鎧化しきる前にギラの直撃を受けたせいで態勢を崩したラーハルト。とは言えこれだけなら、カロンが接近してくるまでに立て直すことができる程度だ。

 

「さらにもう一発!!」

 

 ……ダメ押しの如く、カロンが足元にあった剣……先ほどヒュンケルが落とした灰の剣を、ラーハルトに向けて蹴り上げていなければ、の話だが。

 

「ぐあああ!?」

 

 いよいよもって、大きく体勢を崩したラーハルト。ダメージ自体はそこまでではないが、晒した隙は余りあるほどに大きい。

 その隙を逃さず、カロンは一気に肉薄すると、諸刃の剣を振るう。

 体勢を立て直す暇も与えない、防御を度外視した猛攻。鎧の上からとは言え、無視できないダメージがラーハルトに蓄積していく。

 

「お、おいおい大丈夫かよあのラーハルトって奴!?」

 

「いや、一見カロンが押しているように見えるが、優勢なのはラーハルトの方だ」

 

 加勢に来た男が押されているのを見て、ヒムが慌てた声をあげるが……両者の実力をよく知っているヒュンケルは冷静だった。

 

「本来カロンはラーハルトのスピードに太刀打ちできない。長期戦向きのはずのカロンがここで一息に勝負を決めなければならないほど、追い詰められているとも言える」

 

 そんな中でも勝負を決め得る状況に持ち込めたのは流石だな、と続けるヒュンケルを、ヒムは不思議そうに見ていたが、すぐに両者の闘いへと目線を戻す。

 

 

 ヒュンケルの言うとおり、カロンはここで勝ちきれなければもう勝ち目はないことを悟っていたし、ラーハルトもここさえ凌げば勝てることを理解していた。

 

「……非礼を詫びよう。どうやらお前を侮っていたようだ」

 

 カロンの剣を喰らいながらも、どこか余裕のある態度を崩さずに、ラーハルトが言う。

 

「だからこそ惜しい……中途半端に操られた状態ではなく、全力のお前と戦えないことがな!」

 

 叫んだ直後、ラーハルトは離脱するのではなく……槍を短く持って即席の手槍とすると、正面からカロンと力比べをしかけた。

 

「なにっ!?」

 

 崩れたままの体勢。加えて槍のような長物は懐に飛び込まれると弱い。ましてや一度離脱して仕切り直しさえすれば確実に勝てる状況……そんな中での正面突破という全く予想していなかったラーハルトの行動に、カロンは気圧される。

 

「スピードだけが能だとでも思ったか!」

 

 

 図らずも、先ほどヒュンケルと力比べをした時と同じような状況になった。しかし今回鍔迫り合いを制したのは……カロンではなく、ラーハルトの方だった。

 

「アンデッドとは言え、これは耐えられまい!」

 

 逃げるのではなく、正面から打ち勝って距離を取ったラーハルトは、槍を片手で持ちながらクルクルと高速回転させ、必殺技の構えに移る。

 

「あの構えは……!」

 

「ハーケンディストール!!」

 

「ぐわあああああ!!」

 

 ラーハルトの必殺技を喰らったカロンは、灰をまき散らしながら絶叫をあげる。

 

 

「が、は……!」

 

 体のほとんどが灰になったが、その灰が集まってまた体になろうとしている。しかしながら、それも遅々として進まない。

 

「大した生命力だが……流石にすぐには復活できんようだな」

 

 槍を構えなおしたラーハルトが、再び穂先をカロンに向けるが……

 

「ラーハルト、そこから先は俺に任せてくれないか」

 

 そこに、這う這うの体で立ち上がったヒュンケルが立ち塞がる。

 

「……ヒュンケル」

 

 互いに鋭い目線で睨み合うヒュンケルとラーハルト。かつて激しくぶつかり合い、認め合った好敵手同士の邂逅において……先に口を開いたのはヒュンケルの方だった。

 

「ラーハルト、お前が生きていたとはな」

 

「その表現は違うな……俺は確かに一度死んだ。だがバラン様の体を流れる竜の血を授かり死の淵から蘇ることができたのだ」

 

 ラーハルトはそのまま、バランが竜騎衆3人の遺体にそれぞれ自分の血を与えたこと、しかし強靭な精神を持つラーハルトしか生き返らなかったことを語る。

 

「長い眠りから覚め、棺から目覚めたのはほんの数日前だ。危うく最後の戦いを寝過ごすところだった」

 

「すまん、お前が助けてくれなければ、俺は……」

 

「さっきも言ったが、貴様などを助けたつもりはないぞ、ヒュンケル」

 

 礼を言おうとしたヒュンケルをぴしゃりとはねのけるラーハルト。

 

「大方甘いお前のことだ、その敵兵を庇って傷つき、このアンデッドも殺す気もなしに戦って敗れたのだろう。

 戦闘のプロフェッショナルである戦士にあるまじき行い!! 敗れて当然だ!」

 

「こっ、この野郎!」

 

「そうかもしれん」

 

 厳しい言葉を続けるラーハルトにヒムが突っかかろうとするが、当のヒュンケルがラーハルトの言うことを認めた。

 

「冷徹に戦局だけを考え、ただマシーンのように敵を倒す……それが戦士というものなら、もうオレにはできない」

 

 ゆっくりとヒムやカロンへ視線を移したヒュンケルは、ラーハルトに視線を戻すと、毅然とした口調で続ける。

 

「たとえどんな状況であろうとも、俺にはヒムやカロンを見捨てることはできない」

 

「……どうやら、お前にバラン様やディーノ様の運命を託したのは、オレの間違いだったようだ」

 

 ラーハルトは「カロンの直線上にいるヒュンケル」ではなく「ヒュンケル」へ改めて槍を構えて狙いを定める。

 

「かつての部下の不始末を自分で付けるわけでもなく、どこまでも救おうとするなど、とても戦士とは言えん」

 

「……いっそ、俺ごとヒュンケルを介錯するか?」

 

 それまで黙っていたカロンが、おもむろに口を開いた。

 

「そんな感じの事言い出しそうに見えるぜ……ついでに言うと、言うだけで実際に友人やそのツレに手を出すタイプには見えない」

 

「……ふん、この期に及んで軽口か……くだらん」

 

 カロンの軽口を受けたラーハルトは、言葉とは裏腹に穏やかな表情を浮かべた後……カロンとヒュンケルに背を向ける。

 

「戦士ヒュンケルは死んだ、そこで倒れているアンデッドや敵兵との情に絆されてな。ならば、鎧の魔槍を俺が持っていても、誰も文句は言うまい?」

 

「ああ……死体はもう、鎧を使わんからな」

 

「……さらばだ強敵よ。お前は敵を倒すのではなく、仲間を救う方が似合う。戦い続けるには……お前の心は、優しすぎた」

 

 そう言い残すと、ラーハルトは身を翻して走り出し、ダイの……主バランの元へと走る。

 

「素直じゃない奴だな、アイツ……」

 

「そうかぁ? 俺にはただのいけ好かない魔族にしか見えなかったがなぁ」

 

「ふ、あれが奴なりの思いやりなのさ」

 

 ラーハルトが去った後、3人の間に和やかな空気が流れるが……やがてカロンがヒュンケルに向き合う。

 

「ヒュンケル、どうするつもりだ? 俺は放っておけば、回復してからまたお前たちに襲い掛かるぞ」

 

「単純な話だ。俺の光の闘気を使う」

 

 そう言うとヒュンケルは、バーンパレスへ突入する直前の出来事……ミストバーンによって暗黒闘気を体に入れられたが、光の闘気と暗黒闘気を体内で戦わせることで急速に光の闘気を成長させ、完全に暗黒闘気を抑え込んだ事を話す。

 

「俺の光の闘気は暗黒闘気の塊を抑え込んだが、あれはそう簡単にできることではない。普通なら流し込まれた闘気に負ける」

 

「つまり、ミストバーンがお前にやろうとした事を、お前が俺にやるってわけか……皮肉だな」

 

「ラーハルトとの戦いで弱った今ならば、上手く行けばお前を蝕む呪いを解き……悪くすればお前が消え、ただの灰になるだろう」

 

「生きるか死ぬか、か……なんだ、別に今までの戦いと変わらないな」

 

 近くに散らばっているオリハルコンの破片の中から器として使えそうな物を見繕ったヒュンケルは、即席の器に自らの光の闘気を流し込む。

 

「ミストバーンほど器用に、飲料のように闘気を扱えるかは分からなかったが……」

 

 ヒュンケルは器に入れた自らの光の闘気を眺めた後、ワインのように一口飲み込んだ。

 

「この分なら問題はなさそうだ」

 

 毒味と言わんばかりに闘気を飲み込んだヒュンケルは、そのまま器をカロンへと渡す。

 

「まるで、義兄弟の契りだな」

 

 同じ器に注がれた酒を、2人が交互に飲む……どこかの文化では義兄弟や義理の親子の誓いで似たようなことをやるらしい、とカロンは知識を教える。

 

「ふ、今さらだな。俺たちは……ずっと仲間で、義兄弟のようなものだった」

 

「ああ、だから、お前を信じてるよ」

 

 互いにニヒルに笑った後……カロンは器に残った光の闘気を、一気に呷って飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、あれは……!?」

 

「ヒュンケル、か……!?」

 

 地上での戦いが片付いた後、バーンパレスに突入したクロコダインたちが見たのは、壁に背中を預けるヒュンケルと……その横で俯きながら座るヒムであった。

 

「お、お前は親衛騎団の……!? ヒュンケルは、ヒュンケルはどうした!?」

 

「うるせぇなっ!」

 

「っ!?」

 

 ヒュンケルの容態を尋ねたクロコダインが怯む。それは大声を出されたからではなく……顔をあげたヒムが、泣いていたからだ。

 

「静かにしろよ。今こいつは初めて安らかに睡ってるんだ。

 きっと生まれて初めて、闘いも宿命も忘れて……傷ついた心と体を癒やしてるんだよ」

 

 

 安らかな顔で眠るヒュンケル。それは、それなりに長い付き合いのクロコダインも、見たことがないような表情であった。

 

「なぁ……ヒュンケル……!」

 

 

 

 そして、ヒュンケルの周りには……灰が彼に寄り添うように、風に舞っていた。

 

 



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狂いゆく歯車

「待ちなさい、その男とは……私が戦います!」

 

「……私が、とは……『私一人が』という意味かな、アバン」

 

 ところ変わってバーンパレス、白い宮庭(ホワイトガーデン)……そこでは最後の壁とでもいうべき男ミストバーンと、ダイ一行が対峙していた。

 しかし、そこに遅れて現れたアバンが、ミストバーンへと一騎打ちを申し出たのである。

 

「む、無茶だぜ先生!」

 

「そうよ! 先生に戦うなとは言わないけど、ハドラーたちのように一対一で正々堂々と戦う必要のない相手だわ! みんなで戦えば……っ!」

 

「……受けますか? ミストバーン……この私の挑戦を!」

 

 アバンを止めようとするポップたちだが敢えてアバンはそれを無視してミストバーンを挑発する。

 

「……断る!」

 

「なに……!?」

 

「忘れていたわ、あの男の存在を……酷く執念深い奴だからな……自分の獲物を横取りされたとあっては、何をされるか分からん……!」

 

「っ! 先生!」

 

 突然虚空より現れた穴から飛び出してきた鎌が、アバンの体を捕らえようとする。それに気づいたダイが声をあげるが、もはやどうしようもないと思われた。

 

 

 

 しかし、虚空から現れた鎌は、アバンの周りに突如現れた灰に阻まれる。

 

「えっ!?」

 

「……全ての戦いを勇者のためにせよ。ダイには悪いが、俺にとっての勇者は、やっぱりアンタだったみたいだ」

 

「あ、あなたは……」

 

「カロン!?」

 

 灰はゆっくりと人の形を……カロンの形を取ると、アバンを遠くへ突き飛ばし、自らは鎌が現れた虚空へと引き込まれていく。

 

「カロン、ダメ! それは死神の罠よ!」

 

「分かってる、だからだよ……なぁ、アバン」

 

「ロカ……? いえ、ロカは死んだ……まさか、あなたがカロン君ですか?」

 

 突然の展開にさしものアバンも驚いたようだが、それでも正確に事態を把握していた。

 

「礼はいらない。礼なら俺をこんな便利なビックリ存在にしたキルバーンと……そいつに言うんだな」

 

 カロンが現れたことで周囲に大量に舞った灰……それは一瞬ハドラーの形を取ったと思うと、風に流されて消えていった。

 

「ハドラー……」

 

「ヒュンケルの光の闘気で、俺ごと暗黒闘気が消えようとした時……ハドラーの声が聞こえた」

 

 万感の想いを込めてそう言った後……カロンは一転して、茶目っ気のある笑みを浮かべる。

 

「そうそう、『奴』が来たら言っといてくれ。お前の一番槍はカロンが頂いたってな」

 

 笑みを浮かべた後、カロンは手を振ってそのまま虚空へと消えていった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「まったく、肝心なところで邪魔をしてくれたね……!」

 

「まぁ、そう言うなよ」

 

 キルバーンがカロンを取り込んだ空間……そこは、魔界の者がどうしても決着をつけたい相手との決戦に用いる、一騎打ちの為の異空間。

 審判(ジャッジ)である機械型モンスターが、近くに佇んでいる。

 

「むしろ感謝して欲しいぜ? 俺が邪魔したおかげで、お前はアバンの策略に乗らずに済んだんだからな」

 

「……どういうことだい?」

 

「お前はアバンの作戦にまんまとハマったんだよ。死神の目を自分だけに向けて、ダイたちに余計な手出しをさせないのがアバンの目的だったのさ」

 

「なに……? いや、確かに考えてみれば、ボクの罠にハマって何もできずにダイが死ぬのが、アバンが最も警戒するところか……?」

 

「だから俺は、アバンが危険になった時に、ハドラーの灰を目印に飛んでくればいいだけだった」

 

 いくらラーハルトが早くても、空中を最短距離で、かつ障害物も僅かな隙間を通っていく灰よりは遅い。

 

「俺は別に、ここで未来永劫戦っていても構わない。アバンがダイの盾になったように、俺もアバンの盾になる。アバンやダイがバーンを倒してくれるまでな!」

 

「……君を玩具にしたのは失敗だった。あの日、あのまま死んだままにしておくべきだったよ!」

 

「は、ご愁傷様だな!」

 

 

 カロンとキルバーンは、互いに剣を構える。カロンが不死身であることも、ミストバーンの体が普通ではないことも、両者理解している。だからこれは、決着のつきようのない、ただ時間が流れるだけの泥仕合。

 

 しかし────

 

 

 

「泥試合は好きじゃないが……仲間の為に泥を被るのは嫌いじゃない」

 

 


 

 

 

 再びところ変わって、カロンが消えた後のホワイトガーデンでは、アバンが鋭い眼光でミストバーンを射抜いていた。

 

「思わぬところで、思わぬ人物に助けられましたね……さてミストバーン、今度こそ私の挑戦、受けてもらいますよ」

 

「ぬぅ……」

 

「先生! 俺たちも!」

 

「いいえ。あなた達はただバーンを倒すことだけを考えてください」

 

「でも……!」

 

「先ほどカロン君も言っていたでしょう? 全ての戦いを勇者の為に……ダイ君には万全の状態でバーンと戦わなければなりません」

 

「なら先生! ダイは先に行かせて、私が!」

 

「いいえマァム。ここで言う『万全』とは、可能な限り多くの仲間も含みます。それに……ミストバーンとの戦いは、単純な力比べというわけにはいかないようです」

 

 

 アバンの類稀なる頭脳は、ミストバーンは『切り札』を隠し持っていること。そして『切り札』はミストバーンにとってもギリギリまで追い詰められないと切らない、言うなれば『爆弾』である事を見抜いていた。

 

 切り札の具体的な内容が分からない中で、追い詰め過ぎないように、かつ負けないように戦う……そのバランス感覚を若輩のポップやマァムに求めるのは酷だとアバンは一人で戦うことを選んだ。

 

「でも……」

 

「……みんな、行くわよ! みんなが行かないなら……私だけでバーンのところまで行くわ!」

 

 それでもなお迷うダイたちを一喝したのは、レオナであった。そしてあろうことか……一気に階段を駆け上がっていく。

 

「ええ!? ちょ、ちょっとレオナ!?」

 

「ちょ、そりゃねぇだろ姫さん!」

 

「みんな、待って!」

 

 そのままなし崩し的にレオナを追いかけるダイ、ポップ、マァム。後には、アバンとミストバーンのみが残された。

 

「……アバンよ、このまま私があいつらを行かせると思うか? 無粋ではあるが、パレス内部であればいくらでも先回りはできるのだぞ」

 

「ええ、思いますよ。みんなも以前戦った時よりレベルアップしたとはいえ、バーンの元へ辿り着く人数も減っている……『切り札』を切ってまで止めたいとは、思っていないでしょう?」

 

「……!」

 

 アバンやヒュンケル、先ほどのカロン、そして地上にいる戦士たちまでもがバーンに殺到するとなったら、ミストバーンもバーンを守る為に切り札を切りかねない。

 故に勇者ダイ、大魔導士ポップ、武闘家マァム、賢者レオナの4人パーティーがベスト。

 バーンパレス突入前、ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケル、クロコダインの5人がかりでバーンに敗北したことはアバンも知っている。

 ミストバーンも高く評価しているクロコダインやヒュンケルがいないこの戦力が、おそらくはミストバーンが切り札を切らないデッドラインギリギリ。

 

 

「……本当は、死神の目を私だけに向けて、ダイ君たちに手出しさせないようにするつもりでしたが、ロカ……いいえ、カロン君のおかげで、その必要もなくなりました」

 

「アバン……全くもって、恐ろしい男だ……分かっていても、私はお前の策略に乗らざるを得ない」

 

 ミストバーンの『切り札』……大魔王バーンの全盛期の肉体は、バーンの許しがなければ決して使ってはいけない。

 アバンに時間を稼がれるのを分かっていても、『切り札』を切らずに戦うしかない。

 

「だが、私もただで奴らを行かせるつもりはない……貴様の悲鳴で、ダイたちを呼び戻してやろう!」

 

「それは……ごめん被りたいですね!」

 

 

 

 ここでもまた、バーンの名を関する幹部と、あの世から帰ってきた男の一騎打ちが幕を開けた。

 

 

 

 


 

 

 

「ふぅ、言わんこっちゃない……一人で突っ走るからそうやって捕まるんだよ」

 

「捕まったことは謝るわ。でも、ああでもしないとみんなはアバン先生のそばを離れなかったでしょ?」

 

「……ええ、私も頭が冷えたわ。ヒュンケルが後ろで大群を、カロンがキルバーンを、先生がミストバーンを抑えてくれている……なら私たちは全力で、バーンを倒しましょう!」

 

「にしても……ったく、ここまで来て変な相手だったぜ、ゴロアっつったっけ? 魔力を無駄にしちまったよ」

 

「あ、それならポップ君、先生から預かった羽があるわ」

 

 

 

 

 ────ポップとマァムがいたことで、ゴロアは呆気なく敗れた……ダイの紋章が、両手に移ることなく。

 

 それを、魔界の奥深くで感じ取ったヴェルザーは、一人不気味に微笑む。

 

 

「……ここが、分岐点だ」

 

 




ちょっとFF7Rに影響受けてますが、まぁ同じスクエニということで


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