---------------キリトリセン--------------
和泉守兼定への愛を綴っていたら、知り合いに支部にあげろと脅された()所存です。何気に処女作なので、生温かい目で見てやってください。
記憶の一部を失った審神者と、彼女の新しい刀剣である和泉守の記憶探しと再出発の恋です。
よろしくお願いします(泣)
読みやすくする為に定期的に多少加筆修正しています。
ご了承お願いします。
巡り合わせ。不思議なもの。
たぶん、たぶんだけれど…きみとわたしは、きっと強い縁で繋がっていた。好きだった。でも、言えなかった。大好きだから、言いたくなかった。
でも、そんな夢は簡単に壊れてしまって。
きみは、居なくなったんだ。
『……きみは、だれだっけ』
思い出せない。でも、大事な事を、忘れている気がして────
***
わたしの一日は、他の審神者と大して変わらない、平々凡々な普通の日だ。
まず目覚ましで起床。起床すれば手持ちの巫女服(みたいなもの)に着替えて、近侍と昨日の戦について振り返る。
そして、朝の鍛刀。
審神者にとって当たり前の神事。
刀剣を顕現し、新たな戦力とする為の仕事だ。わたしはその日その日で気まぐれに資材の量を変えるから、いつどんな刀剣が顕現するかはその日の運による。
「ふう…さて、どうしようかな」
夜戦室内戦特化と言われている短刀や脇差も良いけど、やっぱりバランスが取れている打刀や太刀が魅力的だ。
うん、打刀太刀狙いで行こう。
統計上、資材をそこそこ多めに入れると出やすい。わたしは適当に、資材オール800を突っ込む。
“02:59:59”
「3時間…?」
3時間と言えば、まだあまり出した事はない。
3時間で出たのは、燭台切光忠に山伏国広、大倶利伽羅に獅子王、そして同田貫正国。もうこれ以上3時間枠はないだろう。「残念だなぁ…」と言いつつわたしは手伝い札を使い、すぐさま新しい刀剣を顕現させる。
太刀、とも違うし打刀よりは少し大きい。刃紋は奇麗に波打っていて、美しさも感じるがどこか格好良く凛々しい品格があたりに漂っていた。
「万物の神に畏かしこみ畏み申す。わたしは万物に心と肉体を与え、戦う力を励起れいきさせる者也。千瀬の名に於いて、姿を顕あらわし給へ…」
静かに祝詞を奏上する。パァン、と弾ける音を聞いてゆっくりと目を開くと黄金色の光の粒が舞い、それはだんだんと人間の男の形を成した。
こんな刀剣が出たのは、初めて。
なのに、どこか懐かしさを覚える。
……気のせいかな。
装束は金の鳳凰が描かれた小豆の上衣に、小町鼠の袴。
黒い烏羽色の髪に、透き通った半透明の瞳。
肉体はほどよく引き締まっている彼のその全てが幻のように整っていて、わたしは一瞬心を奪われそうになった。
「ん…ここは…」
彼は目をぱちくりさせてその手を握ったり開いたりする。その事によっぽど驚いたのか、彼は「ゔぉあっっっ!!」と漢らしい叫び声をあげて腰を抜かしそうになってしまった。
「ここは…江戸か、京都か…?! それとも黄泉とか…てかテメェは誰だ!! 名前を言え!」
予想通り今の状況に混乱している。
わたしは落ち着いて彼が刀の付喪神である事と、今が2205年で日本が日本の歴史改変の危機に遭っている事、そして自分の事を話した。
「んーと、オレは刀の付喪神で、今は土方さんが死んでから336年後の2205年…そして審神者、アンタがオレに要求している事が他の刀剣達と一緒に日本の歴史の改変を阻止する為、歴史修正主義者や時間遡行軍と戦って欲しい、これで合ってんだな?」
「そういう事」
案外話をすぐわかってくれたのが意外だ。
彼はうーん、と呟くと「それで何か利益があるのか?」とわたしに尋ねた。
「利益、というか。今の日本が守られる事は確か。何億人もの日本人が、守られるの。」
「日本が、守られる…」
彼は鋭い眼差しでわたしを見つめると、少し憂いを帯びたような目つきになる。
「…どう、仲間と一緒に手伝ってくれる?」
すると彼は我に戻ったのか、またわたしに質問で返した。
「その前に、オレは刀だろ? 人間の生活なんて必要ねぇんじゃないか?」
多少戸惑ったけど、慎重を言葉を選んで質問に答える。
「貴方が今この姿で居るのは、遡行軍と真っ当に戦う為にこうなっているの。刀のままじゃ、人の手を借りないと戦えない。人に使われて戦うとなると、人にはいろんな意味で数に限りがある…簡単に傷を癒すのにとても時間が掛かるし、大怪我をするし下手をしたら死んでしまう。だから、付喪神という形であれば傷をそこまで時間を掛けずに癒すことも出来る。何よりも付喪神本人が刀自分達の使い方をわかっているから。」
「ほぉ…」
彼は何となく理解したそぶりをし、相槌を打つ。
そして、何故か笑っていた。
「なるほどな。あの人が守りたかったもんを守れるならアンタの言う事も悪くはねぇし…任されてやってもいいぜ?」
何だ今のは。任されてもいいとは?!
不満だ、とても不満だ。
わたしはあくまで彼に仕えられる立場なのに、「任されてもいい」という台詞。少しイラっとする。
「任されてもいい? そこは任された、でしょ」
「あ? アンタみたいなガキに仕えるなんて断る。背も低いしな。」
背が低い…一番のコンプレックスを指摘するとは、目の付け所が良いのか悪いのかショック過ぎて言葉が出ない。もしかして、もしかしなくてもこの刀とわたしの相性は…
この空気が証明している。
「わたしはガキじゃないです! わたしは17歳の女の子! ガキじゃない! 半分大人への階段を登り始めてる少女!」
「17だあ? オレの事何年生きてると思ってるんだ?」
「知らないわ!」
「340年だぞオラァ」
「貴方はこの本丸で一番若いんだけど!」
「だとしてもテメェよりは大人なんだよ!」
「そんなの知るか!」
双方とも息絶え絶えになったところで、わたしは息を整えると改めて、「とにかく、わたしに仕えてくれる?」
と告げた。
「…ったく、しょうがねぇな! 言う事聞けば良いんだろ? わかったからその顔どうにかしろ!」
行儀悪く彼はわたしの顔を指差す。
どこがおかしいのだろうか…今手鏡を持っていないから、わからない。
「どういう事?」
「すんげぇ赤いから、どうにかしろってんだよ」
「貴方のせいでしょう!? 背が低いなんて言うから…」
「へぇへぇ、悪かったよ…」
彼は呆れたように目を逸らすと、またちらりと様子を窺うようにわたしを見る。
あ、そうだ。危うく忘れそうになった事がある。
「…貴方の名前をまだ聞いてなかった。貴方は、何ていう刀剣なの」
「オレは和泉守兼定。格好良くて強い、流行りの刀剣だぜ?」
「和泉守、兼定…」
土方歳三が使っていた、和泉守兼定作の打刀。
やっぱり、初めてのはずなのに初めて会った気がしない。何故だろう。
この感覚は────
「…主?」
「主、主ー」
「あ、うん、何?」
「魂抜けてたぞ? 大丈夫か」
すると和泉守はそっとわたしの頰を撫でる。背中がぞわっとして、ドキドキしてしまう。
「ちょっと、やめて…!」
「は? 嫌なのか」
「嫌だよ」
「そうか…難しいな」
「難しくて結構」
学習した和泉守は少しむっとすると手を引っ込めた。
とりあえず一区切り付いたところで、わたしは彼を本丸の仲間達に紹介する事にした。
「そうだ、この本丸の仲間達を紹介するから付いて来て。」
「おう。」
やっぱりわたしの勘違い、かな。
***
わたしはいつも決起集会や宴を催す時に使う広間に刀剣男士を集合させ、和泉守に彼らを紹介した。
「あそこの布被ってるのが初期刀の山姥切国広…通称まんば君、眼帯が燭台切光忠、赤い目と着物が加州清光、逆に青いのが大和守安定に青い目と赤いジャージが堀川国広君、白い髪が骨喰藤四郎君に黒い子が鯰尾藤四郎君、眼鏡掛けてて白衣を着てるのが薬研藤四郎、髪の毛短いのが厚藤四郎、髪が頰に掛かってるのが前田藤四郎に髪を目の下で切り合わせてるのが平野藤四郎、虎を連れてるのが五虎退、袈裟は江雪左文字さんに宗三左文字さん、小夜左文字君、とにかく真っ白なのが鶴丸国永、緑の着物が石切丸さん。」
「長過ぎてわかんねぇよ!」
「じゃあみんなに名前を言って。多分みんなも自己紹介してくれるから。」
和泉守は気を取り直すと、さっきわたしにしたように、「オレは和泉守兼定だ。元の主は会津藩預かり、京都守護職新選組副長の土方歳三って言えばだいたいわかるよな?…宜しく頼む。」と自己紹介をする。
他の刀剣男士達は一瞬固まった後、空気を読んでそれぞれ自己紹介をしてくれた。
清光達も居るから、きっとすぐ慣れてくれるかな。
そんな事を思ったわたしはこの場で忘れない内に、厨くりや三銃士達に歓迎パーティーの準備を頼む。
「歌仙、光忠、堀川君。後で宴の準備、お願いできる?」
「…あー、うん、そうだね、勿論だよ!最高のパーティーにしないとね?」
光忠は最初の方だけ、挙動不審になって答える。何かいけない事でもあるのだろうか?
「光忠、どうしたの?」
「いや、何でもない。主は気にしないで」
「そう…」
何でもない、と言うのなら信じよう。光忠はいつも第1部隊で戦っているし、信用している。もしわたしが間違っていたとしても、一回くらい見逃しても良いはず。
「じゃあ、わたしは仕事に戻るから。
みんなと仲良くしてるんだよ?」
「ガキでもあるまいし、わかってる!」
「はいはい」
こうしてわたしは、また仕事に戻って行った。
***
〈裏〉
和泉守兼定、仲間への疑問
主が去った後、広間にはそのまま他の奴らが居座り、“流行りのあれこれ”やら“次の戦の事”について談笑していた。
何かを察した加州清光が、和泉守兼定…つまりオレに話し掛ける。
「…あ、あぁ、和泉守。俺の事覚えてる?」
知ってて当然の事を訊くから、オレは半分呆れそうになった。
「ったく、変な事訊くなよ…清光だろ? 新選組一番隊隊長、沖田総司の。流派も天然理心流の同門で同郷だろうが。」
「あったりー。どう、元気してた?」
「元気してたって、顕現して間もない奴に聞く事か?」
「そう答えるくらいには元気なんだー? …良かった。」
そう清光はにやにやしながら、オレをじろじろ見る。
「そんなヤラシイ目つきで見んな!」
「えー? どうって事ないよ?」
「んだよ…」
「はいはい、落ち着いて。清光も和泉守をいじらないの。」
見兼ねた安定が清光とオレを宥める。安定も清光と同じ沖田総司の愛刀。2振りで1つなのが当たり前だ。
「安定も久しぶりじゃねぇか。待たせたな。」
「それを言うなら堀川に言えば良いのに。ずっと待ってたみたいだよ?」
「カネサン…」
「うおっ!?」
「ほら、もう地縛霊みたいになってるでしょ」
いつの間に居たのか、国広がオレの背後から出てきて、清光が国広を指差して笑う。でもこっちは笑うところじゃねぇ…
「く、国広、すまなかった…はは」
「もう兼さん、僕がどれだけ待ち惚けしてたか知ってるの?」
「知らねぇよ」
「5 4 2日だよ」
あまりにも正確な数字に、オレも清光も安定も真っ青だ。でも、あいつなら毎日数えられそうなのは知っている。国広はそういう奴だからな…
そういえば、さっきの光忠とか言う奴の言動がおかしかったが、清光達は何か知っているんだろうか?
「そうかよ…そういえば、さっき光忠とか言う奴が挙動不審になってたが、あれは何だ?」
「「「え」」」
「ん?」
「いやっ、あれはただの気のせいだよ!! 和泉守には本当に関係ないから。」
「うん、ボクモナンニモシラナイ」
「兼さん、あれはたぶん幻聴だよ」
何か触れちゃあいけないものに触れたか…でも、知りたくて胸の奥がムズムズしている。
「本当かぁ?」
「うん、ほんとほんと」
「ほんとのほんとか?」
「俺達が噓吐くと思う?」
清光はここぞとばかりに瞳を潤ませて、同情を得ようとする。でも、それでも、オレには響かなかった。
「怪しい」
「怪しくない! 俺達、同じ新撰組だろ? まさか裏切るつもり?」
「裏切るつもりはねぇが何だその光忠以上の挙動不審は!? 信用失うのも当然だろ!?」
「和泉守酷いよ! っ、安定、堀川…俺が死んだら、後は…!!」
「清光、僕も一緒に」
「後始末は僕が」
「2人ともー!!」
迫真の茶番だ。面白いを通り越して無の境地に達しているのは気のせいだろうな…あぁ。
「ねぇ、今回は見逃して。鬼の副長にも慈悲はあるはず…でしょ?」
これは遠回しに『許せ』と言っているんだろう。言わねぇと何が起こるかわからない…
「…諦めれば良いんだろ?わかった、今回だけだからな、次はないぞ」
「ありがとう和泉守!」
清光は途端に笑顔になって、何もなかったかのようにまた別の話に逸らしてしまった。
どうだったと言われたら新撰組の奴らと久し振りに話せて楽しかったが、やっぱりあの挙動不審さはオレの中でまだ消化しきれないで居た。
あいつら、オレの知らないところで何か──────
***
顕現してから数週間、何もなく時は過ぎた。ようやく和泉守もだいぶ戦慣れしたようだ。
仕事もそこそこ順調で、休憩がてらお茶を縁側で飲もうとした時、和泉守が通り掛かった。
「主、そこで何してんだ?」
「だいぶ疲れちゃったから休憩中。和泉守は?」
「似たようなもんだな。行き場所がなくてふらふらしてたらたまたま休憩中の主に出くわしたって感じか?」
「そっか。一緒に休憩する? 今なら淹れたてだし」
わたしは縁側の廊下を手で優しく叩いて、お茶に誘った。和泉守は不思議そうにわたしを見つめると、「アンタから誘うなんて珍しいな」と言う。
「そう?まあ、時々刀剣男士との一対一の時間を作る為にこんな事もたまにするけど…」
「今回はたまたま、オレって事か。」
「そう、偶然。通り掛かってくれたから。」
和泉守は納得するとわたしが手で叩いたところにどかっと座った。
「誘われたからには、受けねぇとなあ?」
そう、和泉守はわたしの方に寄った。
近い。何か、距離が。
他の刀剣男士はちゃんと距離の取り方をなんとなく知っているけど、和泉守は何て言うか…こっちに入ってくる。
「えっと…近いんだけど」
「何が?」
「距離が」
「いけないのか?」
悪気がない顔で尋ねてくる和泉守。全く、この人は他の刀剣男士達より厳しく“人間のいろは”を教えないといけないみたいだ。
「女の子と一緒に座る時は少なくとも15、20センチ以上は距離を取って座って。わたしは慣れてるから良いけど、もし万が一わたしが居なくなって、他の女の子の審神者に引き継がれる事態になったら───」
「他の審神者に引き継ぐ?」
口が滑った。新入りの彼に別に言わなくても良い事を言ってしまったが、しょうがない。これは本当に最悪の事態になった時の話だけど、ありえなくはない。話しておいて損はないはずだ。
「わたしがもし、死んだり、何か理由があって行方不明になったり失踪したら、政府から自動的に他の審神者に引き継がれるようになってるの。まあ、本当に最悪の事態になった時にしかそんな事起こらないけど…」
自動引き継ぎは断る事も出来たのだが、わたしは万が一の事を考えて、それを了承したのだ。そして、刀剣男士の行き場所がなくならないように。
「アンタが、居なくなるような事があるのか?」
母鳥にいつもくっ付いている純粋な雛鳥のような疑問の一言に、わたしは返答に困った。
「…あのねぇ、その、霊的な何かに引き摺り込まれたりして帰ってこなくなったり…わたしには寿命ってものがあるから、いつかは最悪事故、病気とか…何かしらの理由で死ぬの。とにかく、行方がわからなくなったり何かで死んだらここには戻ってこれない。だから、次の審神者にここに来てもらう。そういう事。」
「アンタが、死ぬ…」
和泉守はぽかんとした顔で呟く。
「そう、わたしはいつか死ぬ。今この場で時間遡行軍が襲って来たりしてもおかしくない、もしくは霊的なものに縛られたり呪われたりしたらその時はわたしが最善の方法を考えるけど…そんな事が起こったりしたら、わたしが死んでしまうかもしれない事を常に頭に入れておいてね…」
和泉守はわたしが永遠の命を持っていたと勘違いしていたようで、震える声で「こ、怖い事言うなよ…そん時は…」と言った。
他の刀剣男士にも彼のような勘違いをしている者が居たが、こんなにビビっている者は初めてだ。
「その時は?」
「…その時は、アンタを死なせないようにオレが敵を斬り捨ててやる」
「え、でも他の子も居るから…」
「オレが誰よりも先に一番前に出て斬り伏せるってんだ!」
彼は照れたように赤くなって、熱い茶を一気に飲み干し、そして咽せた。
「でも、まだ練度が低いでしょう?その時まで上がってるかなぁ」
「だから戦に出せよ。アンタからの指令がねぇとオレは動けないから…って自分でもわかってるくせに、意地悪いな」
視線を逸らす回数が増える。鬼の副長と言われた前の主の刀にしては、子供っぽいところがあるのか…
「わかってるよ。きみがいつも前線に出て頑張ってくれてるから、ちょっと心配になって休ませてるだけ。怪我も多いし…」
「あれは大した怪我じゃねぇよ。ただの擦り傷だから、平気だ」
そう強がる和泉守だけど、わたしはそれで“失敗してしまった”事がある。
わたしの、どうしても思い出せない記憶だ。
「ダメ、それでも心配なの」
「アンタ第1部隊の古参面子以外の奴には、ちょっと過保護だよな…何でだ?」
「そっ、それよりも、さ。お茶飲もう?ちょっと気が立ってない?一旦落ち着こうよ」
「話をはぐらかすな。オレは、何でオレには少し過保護なんだって言ってるんだ。」
和泉守の目がキッと鋭くなる。胸ぐらを掴まれて、苦しい。これは、元の主譲りの目つき。全身が動こうにも動けなくなって、答えようとしても声が出ない。…一種の拷問である。
「…わか」
「ん?」
「わか、らないの」
「は?」
「わたし、わからない」
自然と、涙声になる。
どうしてこんなに過保護になっているのか、わからない。───覚えていないのだ。
“あの記憶”を、思い出していないから。
「どうして」
「わからないものは、わからない。わたし、何で過保護になってるのか…思い出せないの」
「何が、思い出せない?」
「昔の、第1部隊の…阿津賀志山の」
「第1部隊が?」
阿津賀志山で、何か嫌な事が起こったのは知っている。でも、思い出せない。何か、大切な事を忘れているはずなのに。深い霧が掛かったように。
「思い出せない、か…なら…」
和泉守はまた元の目に戻って、手を離した。
「…わたしも、思い出そうとはしてるの。でも簡単にはいかないし、他の子達も気のせいだ…って」
「もしかして、この間の」
この間の───
宴の支度を頼んだ時の、光忠の反応だ。
「うん。主は思い出さなくて良い、知らなくて良いって言うんだ。」
「アンタだけに?」
こくり、とわたしは頷く。
みんなはあの事を覚えているのに、主のわたしだけ仲間外れだった。
主として、その事実を知りたいのに。みんなは、ダメだって。
わたしも、半分諦めていた。
でも突然、和泉守はわたしの手を取った。
「じゃあ、オレが手伝ってやるよ。」
「え?」
「記憶探し。思い出したいんだろ?」
でも、和泉守が手伝ったところで彼に利益はない。
「本当に?しょうもないよ」
「何か、主が可哀想に見えてきたから…」
「は?」
そんなに悲しそうな顔をしていたのか、わたし!?
「んだよ、不満かよ」
まあ、ここは手伝ってもらえるなら喜んでおこう…
「ふふふ不満じゃないですハイウレシイデス」
「じゃあ、今日から…んー。えーっと…そうだ!〈記憶を思い出し隊〉、発足か!?」
嬉しそうだが、発想が小5男子だ。とてもダサい。
「ネーミングセンス皆無か」
「えー、じゃあ何にしろってんだよ」
「…んーじゃあもうそれで良いよ…」
こうして、わたしと和泉守の“記憶探し”は始まった。
─────それが思わぬ結末を辿るとはまだ知らず。
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