ハリポタ世界に双子転生したった (島国の魔法使い)
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子どもの頃にすげーこれ魔法だ!って思ったんだよしょうがないだろ、今さら超能力って訂正するのもなんかヤなんだよ分かれよ思い出は大事にするスタイルなの俺は!

付け加えた方がいいよーってタグあれば教えてください。不定期更新です。頭空っぽにして書くので、小難しい事は考えずに頭空っぽにして夢詰め込んで読んでもらえたらへっちゃらかなって。


私と――

 

俺は――

 

産まれた時から魔法が使えた。

 

 

 一卵性双生児の俺たちは……聞くたびに一卵性ソーセージって頭に浮かんで、目玉焼きとソーセージが皿に盛られた朝の朝食風景が目に浮かぶ……おい、話の最初から腰を折るなよ馬鹿!……ごめんごめん、つい……ついじゃない、黙ってろ、説明は俺の役目だろ?……分かってる分かってるよ、ちょっとしたお茶目じゃん。ほらはい、お口チャック!……よし、もう一回初めからな。

 

 俺たちは一卵性双生児だ。先に母親の体内から出た方を兄、後から出てきた方を妹とすると、今説明しているのは兄である俺だ。もっとも「ほとんど時間の差もなくつるつるんと出てきた」と母親は笑って語ったので、特にどちらが上だ下だと揉めたりすることはないが、性格的にも俺が兄の役割を持っている。……え、何それ初耳だよ!っていうかどっちが上とか下とかなにそれエロい……お前口チャックどうしたんだよ?……あ、そっか、お口チャック!

 全く。ええと、そういう訳で俺達は双子だ。双子というのはアニメや漫画じゃ割と不思議な力を持っていたりするもんだが、普通の双子はただ容姿が似てるってだけのただの兄弟だ。……私は妹だよ?弟じゃないよ?……お前いい加減にしろ、口縫い付けるぞ!

 ったく、俺達は兄妹で、そんでもって双子で、さらに普通じゃなかった。そう、アニメや漫画みたいな双子だった。もっと言えば、魔法が使えた。とはいえ大げさなものでもなくて、テレパシーみたいなものだ。……ちょっと待って、あのね、テレパシーは超能力だよ。超能力の中でもPKの分類的に……黙れってば!

 ああ、もう、お分かりいただけただろうか?っていうかもう分かってるよな。さっきから俺が真剣にモノローグ紡いでるのを邪魔するこの『妹』の声こそ、テレパシーみたいって言った俺たちの魔法だ。超能力とか今騒いでたが、もちろんこれだけじゃない。他にも、危険を察知した時に虫の知らせの様にお互いの状況が分かるとか、片方が怪我をしたらもう片方にも同じ傷が出来るとか……やっぱこれ魔法じゃなくて超能力の一種じゃないかな?シンクロって事でしょ。それに双子だとよくある事ばっかりじゃない。……お前の言うよくある事は二次元限定の事ばっかだろうが。現実には起こらないんだよこういうことは!……ええー?でも、よくあるから起こってるんでしょ?現にほら、今だってこれ転生したとか今時驚く事柄でもないよ?……お前の中ではな!ならないの、普通!生まれ変わったら読んだ事がある本の世界に生まれ変わるとかないから。しかも前世の記憶があるとかいう時点でアウトだから!……何がアウトなのかよく分からないけどさぁ、まあ、あれだよ。早くホグワーツ通いたいよね!……呑気過ぎだろ本当お前。

 

「あら、今イヴが笑ったわ」

 

「それに比べて、アダムはしかめっ面だな……ほら、よしよし」

 

 父親が木の枝みたいな杖を取り出して振り、俺をひょいひょいと空中で揺すった。止めろ馬鹿!まだ首が座ってないんだぞ、そんな乱暴に揺らすやつがあるか!……いやぁ、魔法使いって乱暴だよね。ってか、イギリス人だからかもよ。ああ、単に両親が大雑把って線もあるか。……この間俺たちを見に来た親類も滅茶苦茶だったろうが。……んー、じゃ、あれかな、大雑把な血筋なのかもよ?だって私たちの名前、アダムとイヴだよ?適当過ぎるだろマジ笑えるぅー!……なんで今最後ギャルっぽく言った?……なんとなく?

 

「ふふふ、本当に可愛い、私の子供たち」

 

「僕たちの、だろう?」

 

「ええ、ごめんなさい。私たちの子供たち、ね?」

 

 両親が頬を寄せ、ベビーベッドに寝ころぶ俺たちを覗き込む。父親は茶色の瞳に赤い髪をした……ちょっとちょっと、もうちょっと詩的にいこうよ。パパはローストビーフの外側の様なよく焼けた牛肉色の深い瞳と、熟成させた高級赤ワインの様な髪をしている。でもってママは、必殺仕事人のワイヤーのごとく美しい銀の髪を後ろで一つに束ね、真夏に喉を通るサイダーの様に爽やかな薄水色の瞳をしていた。ドヤッ!……その表現でドヤ顔するお前の気持ちがよく分からねぇよ俺には。詩的って意味を辞書で引いて来い。

 ともかく両親は微笑んでいた。俺たちは愛されてる。夫婦仲も良い。幸せなイギリス魔法界の家族ってわけだ。……今のところはね。……そうだな、今のところは。

 

 

 

 

 

 少し前、俺たちは日本で暮らしていた。ところがある日交通事故で死んだ。もうすぐ三十路の魔法使い一歩手前だったのにだ。……ねえねえ、なんで女は三十路になるまで純潔守り抜いても魔女にならないのかな?やっぱ股間に魔法のステッキを持ってないから?……お前の事を純潔って表現できるなら、きっと『名前を言ってはいけないあの人』は聖人君子だろうよ。……どういう意味よー、処女膜守り抜いて来た妹に向かってそれはないわー。……そのセリフが出るお前の方がねえよ。

 ともかく、お互い1人暮らしをしていたので、久々に兄妹で飲みに行った帰りだった。美味しいローストビーフとワインを堪能してちょっと酔ってたが、ふわふわして気持ちいいくらいのかわいいもんだった。……なんで俺と付き合ってくれる美人や可愛い子がこの世にいないんだって管巻いてただけだよねー。……お前だってなんで三次元の人間は二次元の人間と結婚できないんだとか訳の分からない事を喚いてたろ!……とにかく二人でふわふわ帰ってたら、仕事帰りのお父さんを迎えに来たらしい親子がいたんだよね。美人の奥さんに、可愛らしい女の子。3歳くらいかな?……多分な。

 道路挟んで「パパー」って女の子が手を振って、父親も手を振り返してた。嫌な予感はしたんだ。……予感なんてもんじゃないね。私は確信してたよ。あ、これ事故るやつだって。完全にフラグ立ってたもの。……現実にはそんなもんない、と言いたいところだけどあれは俺も嫌な予感がした。で、大型トラックが走って来るのが見えて本当に嫌な感じがした。……あとは皆さまご想像通り、女の子はお母さんの手を振りほどき道路に向かって走り出し、恐怖に固まったご両親に舌打ちして私はそこに突っ込んだ。予想外だったのはお兄も突っ込んで走ってたって事かな。私が女の子を守って死んだ暁には、私の代わりに甲子園を目指すか、もしくは私が生き返るために霊界の獣が孵る卵を温めてもらう予定だったのに。……三十路手前でどうやって甲子園に行くんだよ。いいとこグラサンかけて鬼コーチ役くらいしか出来ねぇよ。あと、俺は何があってもお前にキスはしない。絶対にだ。……えー、そんなに拒否しなくても。私だってしたいわけじゃないけど。……話を戻すぞ。

 

 女の子を父親側に突き飛ばす事には成功した俺たちだったが、さすがに大型トラックに轢き殺された。そして次に目が覚めたら、動く事すらままならない赤ん坊だった。……あはは、お兄のあの慌てた声、大爆笑だったわ。……ちょっと狼狽えた俺は、まあ、驚きの声を上げて、すぐに妹の声に我に返った。……そして私がそっと教えてあげたわけですよ。周り見てみって。

 首も動かない状況だったが、天井を浮遊するぬいぐるみは見えた。テグスか何かで天井に吊るすとかシュールだなって思った。でもって、次の瞬間、木の棒を持った女性に引き寄せられて宙を浮かんだ。正直泣いた。……ギャン泣きだったね。ちょっと引いたわ。でもそれでようやくお兄は自分が赤ん坊に生まれ変わった事に気付いたんだよね。……生まれ変わってもこいつと兄妹って事に絶望しかけたわ。なんでだよ、もっと可愛い妹か美人の姉が欲しいです神様。……ママは美人だからいいじゃん。パパもカッコいいし。あれ?って事は私も美少女に生まれ変わっちゃうんだからあいやいやーなんじゃない?私は今世に文句ないかな、いずれ魔法も使える訳だし。……そう、その魔法だ。

 生まれ変わって、現在の両親が魔法使いだというところまでは納得したくはないが受け入れざるを得なかった。でも、この間親戚らしき連中が来て話していた内容に俺は耳を疑った。……え、なんで?私は「あっ、聞いた事ある!」って楽しかったけど。『名前を言ってはいけないあの人』だとか『死喰い人』だとか『ダンブルドア』とか!……極めつけが『ポッター家』に息子が生まれた、だった。混乱するだろ、普通。……だから、なんで?これもう原作知識有りの異世界転生もので決まりじゃん。ハリポタ転生で、お決まりのハリーと同級生ルート確定のやつじゃん。……それをしれっと受け入れるお前の方がどうかしてるんだよ。おかしいだろ、本だぞ?ここ、本の世界ってことなんだぞ?……やったぁ、ついに二次元の人間と結婚出来る!でも私、ハリポタに推しはいなかったんだよなあ。どうせなら違う世界が良かった。……ホントもう、お前おかしい。

 

 深々とため息を吐く赤子の俺の横で、キャッキャッと赤子の妹の笑う声。死ぬ前の名前も覚えているが、今の俺はアダムで、こいつはイヴ。イヴってキャラじゃないと思うんだが。まあ、言っても仕方がない。俺たちはここに生まれた。じゃあ、ここで生きていくしかないよな?……他にやることある?まあ、人生楽しんだもん勝ちだよ、お兄。

 

 

 



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1年生:石を守るハリーの物語
BLってカップリングの順番で戦争起きるんだって前世の友人が言ってた。正直BLさほど興味ないし雑食だから戦争したことないし友情も壊れなかったよやったね!


公式がダングリ(ダンブルドア×グリンデルバルド)だからね。しょうがないね。




「おい、急げよ!」

 

「そう思うなら手伝ってよ!」

 

 発車直前の合図を聞きながら、俺はもたもたとトランクを持ち上げているイヴに声をかけ、イヴは俺を睨んだ。仕方ない、とトランクを上から引っ張ってやると、イヴは手伝ってくれるのが遅いと愚痴った。手を貸してやったのに何て奴だ。

 

「大体、こんなにギリギリになったのはお兄がうんこしてたせいでしょ!私は前日から準備万端だったのに!」

 

「しょうがないだろ、緊張すると人はもよおすんだよ」

 

「お兄だけでしょそれ」

 

 昔からテストの前だとか、会議の前だとか、出張で新幹線に乗る前だとか、そういう時には急にしたくなる性質だったが、それは今世でも変わらないようだ。「アダム君はうんこマンでやんす!」とか不名誉且つ女の子の言葉とは思えないセリフを吐きつつ、イヴはずるずるとトランクを引きずって歩く。列車が動き出したせいで、床が揺れるのがまた歩き辛い。本当は手伝ってやりたいところだが、正直今の俺は自分のトランクを持つので精一杯だった。なんせ今の俺は十一歳の少年なのだから。……非力な男はモテないんだからね!……頭の中に割り込むなって!言葉を喋るようになってからは、さすがに四六時中思考を共にする訳じゃない。それは前の時もそうだった。会話ができるので、頭で喋らなくてもよくなるからだ。ただこうやって時々、入り込んでくる……それはお兄もでしょ……から困る。って、俺は必要な時以外は喋りかけないだろ!なんか前世の時より割り込み度合いが酷い気がする。まあでも、どこで誰が聞いているか分からない以上、頭の中の会話というのはこれ以上ないほど安全な内緒話だ。未来のハリーの話を堂々とするわけにもいかない。

 

 真っ赤な蒸気機関車の内部は、各個室に仕切られている。コンパートメントってやつだ。通路を歩きながら扉の窓を覗き込んでみるが、どこもいっぱいの様だ。……もー、だから早く来たかったのに。ホグワーツ特急もじっくり見たかったし、九と四分の三番線をくぐり抜ける時も、もっとゆっくり感慨にふけりたかったのにぃー!……うっせぇ、過ぎた事言ってもしょうがないだろ。……だってだって、せっかくのハリポタだよ?ドッキドキの原作開始だよ?……俺にはその感覚は全く分からん。つーか、ユニバでホグワーツ特急乗ったことあるじゃんお前。……本物と偽物の区別くらいつけよう、お兄?……急に真面目な声で言うなよ、ついてっから区別。ため息を吐かれながら、車両を次々に渡っていく。っと、ここのコンパートメント空いてるっぽいぞ?

 

「馬鹿お兄」

 

 入ろうとした俺のローブを引っ張るイヴ。なんだよ、と目を向けると、頭の中でまたため息を吐かれた。……なんでサラッと原作介入しようとするのかなぁ?……原作介入?何のことか思ってあっと気付く。二人しかいないコンパートメントの中には、黒髪と赤毛の男の子。よく見ればなんか見た事がある気が、しないでもない。……しないよ初対面だもの。お兄しっかりして。初対面だけど想像はつくでしょ、あれ十中八九ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーだよ。……あのな、俺はハリー・ポッターは金曜日に映画で観たなくらいにしか覚えてないんだよ原作未読だしさ。再放送多かったから何度も見たとはいえ。……いやいや、これくらいは分かるでしょ馬鹿お兄。ともかくそっと逃げよう。原作に介入しても良い事なんて一つもないし正直高学年になるにつれて危険が危なくなる。……分かったから落ち着け。イヴに従って、俺はコンパートメントを離れようとする。しかし遅かった。

 

「そこにいるのは誰?」

 

 長くここにいすぎたせいだろう。中からコンパートメントのドアが開かれ、少年二人が俺たちを見る。イヴが呻く声が背後で聞こえた。……こうなったら逃げるのは不自然だと思うよ。……だな。

 

「俺たち、空いてるとこがないか探してたんだ」

 

「じゃあここに入りなよ。まだ空いてるから2人くらい大丈夫だよ」

 

 眼鏡の奥で明るい緑の目を細め、黒髪の少年が笑顔で部屋の中を指す。仕方ない。俺はありがとうと言って中に入った。イヴもそれに続く。……やっばい、一年時のハリー・ポッターだ!握手してサインを求めたい!……原作介入危ないとか言ってたの誰だよ。……それはそれ、これはこれなの。分かんないかなあ、お兄には。……さいですか。

 

 

 

 

 

「へー、じゃあ君たち双子なんだ?」

 

 ハリーが興味深そうに俺とイヴを見比べる。ロンはさっきハリーが大量に買い込んだ駄菓子をくちゃくちゃさせながら、うちの兄貴たちと一緒だと呟く。ロンは俺やイヴと同い年だが、頭一つ分くらい背が高い。ただ、肉付きの方はそれほどでもないので、感じとしてはひょろりと長い少年だ。因みにハリーはひょろりとした小柄な少年だ。ロンと並ぶと差がすごい。

 

「でも、ジョージとフレッドは見分けがつかないけど、アダムとイヴは見分けつくよ」

 

 ロンがドヤ顔るのに、ハリーがうーんと唸る。

 

「でも、本当にそっくりだよ」

 

「そうかな」

 

 二人の会話を聞きながら、イヴがニヤニヤしているのが妙に気持ち悪い。……お兄、後で覚えてろ!目の前で生ハリポタ見せられたらついニヤつくのは普通でしょ?それに私は今美少女だから問題ない!……いやでも気持ち悪いぞお前。

 ハリーとロンの意見が食い違っている理由は分かる。俺とイヴは顔のパーツは一緒だ。髪型もお揃いのお洒落なショートボブ。そっくりの双子。間違いない。だが、髪の色と目の色がそれぞれ違う。前の時はどっちも黒髪黒目でもう誰がどう見ても双子だったけど、今回は明らかに差異があるのでパッと見は双子とバレにくい。因みに俺が銀の髪に青の瞳、イヴが真紅の髪とこげ茶の瞳だ。……要はお兄がママ似で私がパパ似でしょ。思ったんだけど、今回私たち一卵性じゃないのかもね?……さあ、どうだろうな。顔はそっくりだけど、まあどっちでもいいさ。

 

「それはそうと、二人はどの寮に行きたいの?」

 

 無邪気な様子でハリーが尋ねてきた。俺はそうだなーと言いながら。イヴ、俺、グリフィンドールしか知らねぇ。……せめてスリザリンも覚えててよ。っていうかママは確かスリザリンでしょ?……知らん、興味ないから聞いてなかった。でもそうか、なら……あ、お兄ちょっと!

 

「スリザリンかな」

 

 俺の髪や目は母譲りなので、寮もそうかと思って発言すればこの空気である。ハリーはえっ?みたいな顔をして固まり、ロンはおもくそ顔をしかめて嫌悪を表している。あれ?……お兄、お願いだから興味持ってよ。スリザリンって言ったら、例のあの人の出身寮で悪人ばっかってイメージの寮だから。……えっ、母上そんな酷い寮出身なの?!

 

「因みにうちは、ママはスリザリンで、パパはグリフィンドールだったの。私はまだ決めかねてるかなぁ」

 

 イヴがフォローを入れてきた。ハリーとロンはまたえっ?みたいな顔をした。

 

「両親がグリフィンドールとスリザリンなんて、君ん家、変だよ」

 

 ロンがうーわーと首を振る。初対面の人の家を変呼ばわりとは。子供とは恐ろしい。ハリーも驚いてはいるが、さすがにロンは言い過ぎだと思ったのか頷いたりはせずにそういう事もあるんだと呟いていた。

 スリザリンに行きたいと言った事で妙な雰囲気にはなったが、それでいきなり仲間外れになったりはしなかった。実際にはまだスリザリンじゃないというのが大きいのかもしれない。しばらくの間、俺たちはわいわいと会話を楽しんだ。ハリーは百味ビーンズを食べるのは初めてだったみたいで、食べる度に良いリアクションを取ってくれた。

 

「おっどろいた!イヴって本当に外れを引かないんだな」

 

 ロンが目を丸くする。イヴはまあねと言って袋からビーンズを摘まみ出す。濁った緑のそれに「ヘドロ味かも」とロンが忠告したが、イヴは気にせず口に入れた。抹茶味だったらしい。

 

「イヴは昔からこういうのに強いんだ。くじで外れを引いたことがない」

 

「すっげえ!」

 

 心底尊敬した目を向けられて、イヴは苦笑いしていた。こんな事で尊敬されるとは。子供は純粋だな。と、ノックの音。しもぶくれ気味の男の子が目に涙をためた今にも泣きそうな顔でドアを開ける。

 

「僕のヒキガエルを見ませんでしたか?」

 

「あら、逃げたの?一緒に探してあげる」

 

 イヴが立ち上がる。男の子はつぅーっと一筋頬に涙の筋を作って、嬉しそうに顔を明るくした。本当に?と尋ねるその子に、イヴは微笑む。うん、中身を知っているからアレだが、顔だけなら天使か女神に見えるかもな。……お兄?……っと、なんだい可愛い妹よ。イヴは前世から幼い子供に対して優しい。保育士になりたかった、と言うくらいだしな。ま、ならなかったんだが。大丈夫、大丈夫と優しく背中をさすってあげながら、イヴはその子とコンパートメントを出て行った。

 

「ヒキガエルなんて何で探すんだろ?僕なら逆に逃がすよ。って言っても、人のペットの事をとやかく言えた義理じゃないけどさ」

 

 ロンがポケットからねずみを取り出す。ぽとり、と膝に落とされても、ねずみはぐーすか眠り続けた。っていうかポケットにねずみを入れるとか、何かの拍子に潰しそうで俺なら怖くて入れない。完全に野生を忘れたその姿に、何かを思い出しかけた。なんだったか、このねずみに関係する事だったと思うんだが。イヴに聞けば分かるだろうが、わざわざテレパシーで問いかける事でもない。向こうも蛙探しに忙しいだろうし。

 ロンはスキャバーズという名のそのねずみを黄色に変えると杖を取り出した。かなり年季の入ったその杖は、芯材が少しはみ出している。ユニコーンのたてがみだとロンが指で白い糸をつついた。ハリーは目の前で魔法が見られるかもと期待している様子だ。俺も興味を持ってそれを眺める。

 

「誰かネビルのヒキガエルを見なかった?いなくなったの」

 

 杖を振り上げたロンが、急に入って来た女の子に驚いて固まった。梅雨時期でもないのに、ぼふっと膨らんだ栗毛のふわふわパーマ女子は、杖を上げたロンに興味を引かれた様だ。見なかったと答えるロンを無視し、魔法を見せてくれるの?とイヴが座ってた場所にストンと座る。うーん、ちょっと前歯が出てるが、なかなか目鼻立ちは整っているし可愛い顔だ。髪を纏めればこれは化けそうだな。でもちょっと高圧的と言うか挑戦的と言うか、生意気な委員長タイプのオーラが滲み出てるのがなぁ。

 

「えへん、えへん」

 

 ロンがわざとらしい咳払いをして、呪文を唱えた。完全に誰かに嘘を教えられたな、と分かる呪文だった。もしもこの女の子がいなければ、何だよその呪文~と笑い話になっていただろうが、女の子のせいでそういう雰囲気じゃなかった。「その呪文、間違ってるんじゃない?」と小馬鹿にしたように(本人にその気がなかったとしても)言い、自分はいくつかの呪文に成功し、教科書も全て暗記していると誇らしげに語る。ヤバイこれは敵を作るタイプの子だわ。現にロンの顔が凄い。

 

「私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなた達は?」

 

 ハーマイオニー?聞いた事があるな。って事はあれかな、この子原作の重要ポジションの子かな?……ハリーの友達って言えばロンとハーマイオニーでしょ!お兄、本当にハリポタ映画観たことあるの?……おう、いきなり喋んなビビるから。あと今ちゃんと思い出したから。映画のハーマイオニーがべっぴんさん過ぎてちょっと一致しなかっただけだから。っていうかお前、ヒキガエル見つからないなら誰かに頼んでみれば?さすがに大人の1人くらい乗ってるんじゃないか?……そだね、そういや先頭の方に監督生がいるって言ってたな。そこに行ってみる。ありがとお兄。……ああ、気を付けてな。

 ハリーの名前に興奮するハーマイオニーを眺めつつ、妹との脳内会話を終える。ハーマイオニーは親切にも「もうすぐ到着するから着替えた方が良い」とアドバイスを残して「ヒキガエルを探さなくちゃ」と去って行った。いい子なんだけどなー。ちょっとお友達にはなり辛いわあれは。ロンとハリーも同意見らしく、特にロンは絶対同じ寮にはなりたくないと言っていた。その後、ロンの家族の話から銀行強盗の話、クィディッチと言う魔法界のスポーツの話題で車内は盛り上がった。

 

「ただいま」

 

 イヴが帰って来て、無事にヒキガエルが見つかったと報告した。ハリーは良かったねと言った後、どうしてハーマイオニーもこのコンパートメントに探しに来たのかと聞いた。

 

「一緒に探してくれるって言うから頼んだの」

 

 イヴがにっこりと必要以上に輝く笑顔で言った。おい、何を誤魔化してるんだ?……人聞きの悪い事言わないで。っていうか考えたら分かるでしょ、原作変えないために決まってるじゃない。ハーマイオニーは列車でハリー達と会うって事になってるんだから。……ふぅん、そこまでして原作通りにしなきゃいけないもんかね?……分かんないけど、さすがにこの三人には友達になってもらわないと。最悪、原作から大きくズレた挙句、例のあの人にハリーが殺されて暗黒時代再びになる可能性だってあるんだよ?……そりゃ困るな。……でしょう?

 

「それで、ヒキガエルはどこにいたの?」

 

「分からない」

 

 ハリーに肩をすくめ、イヴは指を空中でひょいと振った。

 

「先輩に相談したら、杖をひょい、でヒキガエルがすっ飛んで来たの」

 

 魔法ってほんと便利。目を丸くしたハリーにイヴがどんな風だったか詳しく説明しようとした瞬間、ガラリとドアが開いた。金髪をオールバックにした少年が、ごつい二人組を従えて入って来た。子供のオールバックってなんか粋がってる感すごくて可愛いよな。将来の頭皮がちょっと心配だけど。肌が白いせいか唇が男の子にしては赤く見える。良いとこの坊ちゃん臭も相まって、変にオールバックにしなきゃただの美少年になりそうだ。

 

「ここにハリー・ポッターがいるって聞いて来たんだが……まさか君なのか?」

 

 坊ちゃんが驚いた、という顔をした。会話からして、ハリーは一度この子と会ってるようだ。……ようだ、じゃないよ会ってるんだよ。ダイアゴン横丁の洋装店でハリーとドラコは会ってるんだよ!……知らんがな。ドラコって名前に聞き覚えもないわ。

 

「彼らはクラッブとゴイル。そして僕はマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」

 

 いや、知ってた。マルフォイは聞き覚えがある。何かの動画でフォイフォイ言い続けるの見た事ある。思い出して一瞬吹き出しそうになったが俺は堪えた。前世でだてに社会を渡って来た訳じゃない。笑ってはいけないのに笑いたい場面と言うのは往々にしてあるものだ。そういや前世、年末に家族で笑ってはいけない番組を誰が最後まで笑わずに観られるかを良く競ったのをふと思い出す。たしか俺と親父がいつも優勝争ってたな、懐かしい。だが、ロンはまだお子様、堪えきれず笑い声が漏れている。っていうかなんでロンは笑ってるんだ?フォイフォイ動画見た事ないだろうに。

 

「僕の名前がおかしいか?ウィーズリー、お前の名前は聞くまでもない。赤毛でそばかす。育てきれないほどの子供を作る家だって父上が言っていたよ」

 

 頭からつま先まで軽蔑の眼差しを向けられ、ロンは笑うのを止めてドラコを睨んだ。ハリーもドラコを警戒した目で見ている。……生ドラハリ(゚∀゚)キタコレ!!……おい、人の脳内で顔文字はさすがに怒るぞ。……ごめんごめん、つい興奮して。ところでお兄はドラハリ(ドラコ×ハリー)だと思う?それともハリドラ(ハリー×ドラコ)だと思う?……どっちも興味ねえし何言ってるかちょっと分からん。ていうか今それ考える事か?

 

「ポッター、魔法界にも家柄ってものがある。間違った付き合いは君のためにならない。何が正しいか、僕が教えてあげよう」

 

 スッと差し出された手を、ハリーは冷たい目で見た。そしてキッパリとドラコに言った。

 

「何が正しいのか、間違っているのかは自分で決められるよ。どうもご親切に」

 

 完全な拒否。ドラコの頬にサッと赤みが差してピンクに染まる。……やっばい、ドラ→→→ハリだこれ。片思い切な過ぎる。……お願いもう静かにしててくれよ。俺そういうの本当興味ないからさ。……知ってる。そして私もBLよりNLのが好きかな。そういや友人にトムジニ(トム×ジニー)を推された事があるけど、さすがにあれは同意できなかったな。……用語は良く知らんが黙ってて、お願い。懇願する俺をよそに、ドラコはハリーをじろりと見た。

 

「言葉に気を付けた方が良い。さもなければ君も、君の両親と同じ道をたどることになるだろう。ウィーズリーやハグリッドなんていう底辺の奴らとつるめば、君も同類になるぞ」

 

 なんてテンプレで嫌な子だ。……しょうがないよ、ドラコはツンデレ貴族だから。父親が死喰い人だしね。

 

「死喰い人?」

 

 ドラコがバッとこちらを向いた。まずい、声に出てた。……お兄、何やってんのもー。そんな事してもお兄はリバイバルできないからね?お兄サトルって名前じゃなかったでしょ?……なんだリバイバルって。そしてサトルって誰だ。ていうか、しょうがないじゃん、びっくりしたんだよ。

 

「君の名は?」

 

 ドラコが振り向いた体勢のまま尋ねた。……やべえ、これお兄とドラコが入れ替わっちゃうフラグかな?……止めろ入れ替わらないから。かつて散々テレビのCMで聞いた前世前世言ってるフレーズが頭に流れるのを聞きながら、俺は答える。

 

「アダム・キャロル」

 

「ふうん、キャロルね……聞いた事がないが、今君が口にした言葉、どういう意味かな?」

 

「どうもこうも、ただの独り言だよ。あるだろ、時々意図せずに考えが口に出ちゃうことって」

 

 ドラコは目を細めて俺を見た。何かを探るように。

 

「別に驚く事じゃないだろ!お前の父親が死喰い人だって、魔法族ならみんな知ってる事だ!」

 

 会話に割り込んだロンが吐き捨て、ドラコはロンをきつく睨みつけた。

 

「ウィーズリー、僕の父上は死喰い人じゃない。それ以上言ったら名誉棄損で訴えてやるぞ。もっとも、お前の家に賠償金が支払えるとは思えないがね」

 

「なんだと!」

 

 立ち上がったロンに、ドラコの後ろに控えていたごつい男の子の一人が飛び出す。えーと、多分ゴイルって紹介されていた方の子だ。あまりの体格差に、ロンが負けるのは目に見えていた。しょうがねぇなと俺はその間に身を挺して割り込もうとして。

 

「ぎゃあ!」

 

 俺が何もしないうちにゴイルが悲鳴を上げた。ブンブンぐるぐると腕を振り回すゴイル。よく見ればその手の指にはねずみが噛みついている。振り回されまくって、ねずみはついに窓に叩きつけられてポトリと落ちた。ドラコ、クラッブ、そして指を押さえたゴイルは悪態を吐きながら足早に去って行った。入れ替わるようにやって来たのはハーマイオニーだった。

 

「一体何をしていたの?」

 

 どうも騒ぎを聞いて駆けつけてきたらしい。うーん、さすが委員長。ロンはハーマイオニーではなくぐったりしたねずみを掴み上げていた。叩きつけられた衝撃でさぞ弱っているだろうと思ったら、なんと寝ていた。……ねぇ、このねずみ今のうちに縊り殺さない?……何いきなり物騒な事言い出したの?ロンのペットに何か恨みでもあるわけ?……個人的には何もないけど。お兄映画観たんでしょ、このねずみさえいなきゃ例のあの人は復活しない。かもしれない。……かもかよ。ああ、でも思い出した。このねずみ見てなんか思い出しそうだったのそれだ。でも正直な、人のペットを勝手に殺すのはどうかと思うし、そもそもいくらねずみの姿でもこれ殺人じゃないか?……言われてみれば殺人かも。……じゃあダメだ。俺たちは殺人を平気で行える『死喰い人』とは違う。そうだろ?

 

「マルフォイは『例のあの人』が消えた時、魔法で操られていたって言い訳をして罪を逃れた1人なんだ。でも、パパは信じていない。さっきアダムが言ったように、あいつの父親は間違いなく『死喰い人』さ」

 

 ロンがハリーに説明する声。死喰い人、という言葉には嫌でもあの日の事を思い出させられる。……ママが殺されて、パパが泣き崩れていたあの日ね。……ああ、今世で初めて幸せが欠けたあの日だよ。

 

「さっきも言いましたけど、あなた達、急いで用意した方がいいわ。運転手に聞いたんだけど、もう到着するそうよ」

 

「ああどうも、ご親切に!」

 

「それと、到着もまだのうちから問題を起こすのはどうかと思うわ!」

 

「僕たちはケンカなんかしていない!」

 

 相変わらずツンツンした態度のハーマイオニーと、それに噛みついているロン。受け流すという事が出来ない辺り、やっぱり子供なんだよな。ハリーもハーマイオニーへの心証は悪いようで、着替えるから出て行ってくれとつっけんどんな言い方をする。

 

「あなた、着替えるなら私のコンパートメントに来るといいわ。女の子ばかりだから」

 

 個室から出る瞬間、ハーマイオニーはイヴにそう声をかけた。イヴはふわりと笑顔を浮かべ、ありがとうと立ち上がる。

 

「じゃあ、お兄様、私少し着替えてくるわね」

 

「ああ」

 

 ハーマイオニーとイヴが出ていくのを見送ると、俺は悪態を吐きながら着替え始めた2人に混じりながら、自分も着替えるために服に手をかけた。制服と黒のローブに着替えると、魔法使いという雰囲気が増す。やはり何事も形からだな。ロンはローブもお下がりなのか、少し丈が足りていなかった。子だくさんの家は大変だな。うちはうちで、双子だからなんでも二つ必要で、親には苦労をかけていると思う。あ、ロンのとこ双子もいるんだったな、そりゃ大変だわ。

 列車は徐々に速度が落ちてきているみたいだし、空ももう夕方から夜に変わりつつあった。到着のアナウンスに、先程の無邪気にはしゃいでいた顔から一転、ハリーもロンも緊張した面持ちになる。このまだ幼い彼ら2人とあの女の子は、魔法界の未来のために、ハリーが生き延びるために、この先戦っていかなきゃいけないのか。……ねーねー、外国の女の人って乳でかいイメージだったんだけど、やっぱピンキリなんだね。ちっぱいのも私好きだけどさ。もっとみんなボインボインだと思ってた。いや、これから成長するのかな?……しんみりした雰囲気が台無しだよこの馬鹿!

 

 



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これ大人になって就職先で「お前どこ寮?」「あ、自分蛇寮出身っす」って獅子寮の先輩に言ったらその後めっちゃいびられるやつじゃん!

タイトルをめっちゃ長いセリフ風にしてやろうと思うけど、あんまり長いとウザい。丁度いい長さで納めるのって大変なんだね。
そして誤字報告ありがとうございました!ハーメルンには、すごく便利な機能があるんだね。びっくりした。


「難しい組み分けだね……」

 

 頭の中で声がする。妹以外の声がするというのはなんとも新鮮だ。しわがれた声は今俺が被っているこの帽子の声に違いない。ふと気になってイヴに声をかけてみるが、拒否された感覚も伝わった感じもしない。おお、これも初めての経験だ、この帽子を被っている間はイヴとはテレパシー出来ないらしい。

 

「勇気のグリフィンドール、もしくは誠実なハッフルパフ……しかし、君の母親同様スリザリンという手もある。さてさて……」

 

 帽子は唸った。俺は今組み分けの儀式の真っ最中だ。新入生は列車から降りて巨体のおじさんに連れられホグワーツ城に辿り着いた後、いかにも厳しそうな雰囲気のすらりと背筋の伸びた女性に促されるまま見世物の様に全生徒と教師の前に立たされ、そして一人ずつ古びた帽子を被されている。そして今、俺の番という訳だ。正直胃がぎゅるってなる。ヤバイ、トイレ行きたい。だって今これ全員から注目されてるんだろ?俺は入学早々「組み分け中にうんこを漏らした男」と呼ばれたくないとケツの穴に念じながら、今言われた内容を考えてみる。そういえば、前世ではよく誠実で優しい人だとか言われたっけ。誠実で優しいというのは素敵な言葉だ。どうして俺はモテなかったのだろう。いや、悲観することはない。今世の俺は父上と母上のおかげで結構な顔面偏差値をいただいている。大丈夫だ。うんこさえ漏らさなければこの先彼女の一人くらいは出来るはずだ。

 

「まあ、だが、やはりここだろう。グリフィンドール!」

 

 ワッと歓声が上がる。あれ、誠実で優しいはガン無視?ともかく俺はようやくこの無数の目から解放されるとホッとしつつ、お尻をキュッと締めながらもそっと帽子を脱いでグリフィンドール寮の席へと向かう。組み分けってあとどれくらいかかるんだろう。途中でトイレ行く時間あるよな?っていうか今もう行っていいかな?席に近づき、上級生の許可を得て、俺はトイレへと小走りに向かった。その背後でイヴが帽子を被っていたが、まあ多分同じ寮だろ。

 ――と思っていたのだが、どうやら違ったようだ。トイレから帰ってきた俺はグリフィンドールのテーブルにイヴの姿がない事に首を傾げた。あれぇ?……あれぇ?じゃないよお兄、本当にうんこマンって呼ぶよ?……やめて、入学早々変なあだ名付けられたくないから。そんでもって、今どこ?……その首をもうちょっと左に向けてみ。もっと。行き過ぎもうちょっと右。そうそう。……ひらひらと手を振る真紅の髪の少女が遠くの席に見えた。……可愛いでしょ?……いや同じ顔してるからコメントし辛いんだけど。それよりちょっと待って?お前の隣の隣にフォイフォイがいるんだけど。……そうだよ、だってここスリザリン寮の席だもの。……え、マジか。……うん、マジマジどマジ。

 

 組み分けの結果が意外過ぎてちょっと茫然とする俺に、ロンとハリーが同じ寮だったねと声をかけてきた。ロンはハーマイオニーも同じ寮だったことが不満らしいが、ひとまず家族と同じ寮で喜んでいる様だ。ロンはたくさんいる兄弟全員が同じ寮だったというのに。なんで俺は双子なのに寮違ったんだ?……私があんぱんよりバイキンの方が好きなタイプだからじゃない?……それ関係ある?……むしろ私はお兄がハッフルパフじゃなかった事にびっくりだよ。なんで熱血正義馬鹿の集うグリフィンドールに入っちゃったの?……知らねぇよ俺が聞きたいし、この寮ってそんな暑苦しいとこなの?

 組み分けに使った帽子や椅子を片付け終わった仕切り役の教師が……マクゴナガル先生はお兄の寮監の先生だよ……サッと目で合図をする。すると、教師席の真ん中にいた老人が立ち上がり腕を広げた。……魔法界最強の肩書きを持つダンブルドア校長だよ。……イヴからの注釈がめっちゃ入る。ありがたいけど、ちょっと鬱陶しい。いかにも老魔法使いとはこうあるべきみたいな一歩間違えばサンタクロースっぽい風貌のダンブルドアは、校長のお話とはかくあるべきという短くておまけに意味が分からない新入生への祝辞を述べると、そのまま席に座った。

 

「あの人、ちょっとおかしいと思うんだけど……僕だけかな」

 

 ハリーが自信なさそうに呟くが、周りのこれから七年間を一緒に過ごすことになる同級生たちや、途中で卒業してしまうだろう先輩たちは割れんばかりに拍手喝采していた。俺はハリーの肩をポンポンと叩き笑ってやった。俺も変だと思ったよ、と。まあ、よく見ればぽつりぽつりと、ハリーの様に戸惑っている生徒もいる。上級生にそういう生徒がいないところを見ると、恐らくこの1年の間に俺たちはこれをおかしいとは思わなくなるのだろう。……教育という名の洗脳だね!……なにそれちょっと怖い。

 

「ふらりほも、はへはいほ?」

 

 ハリーの隣から不明瞭な声が聞こえ、俺とハリーはロンを見る。口いっぱいにステーキを頬張って、頬張り切れずに口から一部はみ出してるぞ?ともかく食べないのかと言いたかったらしい。ハリーはテーブルを見て驚いていたが、俺はさほど驚いてはいない。ま、派手な演出だなーとは思うが、魔法界で一応この見た目の年齢まで生きてきたわけだ。さっきまで空っぽでピカピカして並んでいたゴブレットや皿に、いつの間にかジュースや料理が盛られていた。ハリーは喜んで手元の空いた皿に料理を盛る。てんこ盛りに。いや、盛り過ぎじゃないか?ほとんど全種類盛ったぞ今。

 

「僕、預けられた親戚の家でお腹いっぱい食べた事がなかったから……」

 

 俺の視線に気づき、赤くなってそう言い訳するハリー。想像してちょっと目頭が熱くなった。「悪かった……しっかり食えよ」と言った俺の声は多分ちょっと涙声だった。「おかわりもいいぞ」ハリーは嬉しそうに素直に頷くと、その山盛りの皿を崩しにかかる。……ちょ、トラウマやめてよ。……トラウマ?まあ、ハリーはきっと育てられた家でトラウマを抱えているんだろうけど。……いやそういう事じゃなくてね?セリフのチョイスがね?……何言ってるのかよく分からん。イヴに内心首を傾げ、俺も目の前の皿に好きなものを盛って食べ始めた。

 

「あの、君はさっき僕を助けてくれた女の子の兄弟だよね?」

 

 ローストビーフにナイフを入れながらワイン欲しいなと考えていた俺は、しもぶくれのヒキガエルを探していた少年に声をかけられた。熱血暑苦しい寮と聞いたが、この子もグリフィンドールなのか。……グリフィンドールのドジっ子担当だよ。……ドジっ子担当ってお前。

 

「アダム・キャロルだ。蛙探しを手伝ったのは妹のイヴ。双子だよ」

 

「僕はネビル。ネビル・ロングボトム。さっきはありがとう、って……君の妹さんに伝えておいてくれると嬉しいな」

 

「どうして?お礼なら直接言った方が良くないか?イヴは三日後でも、一週間後でも、君から直接言われた方が嬉しいと思うよ、ネビル?」

 

 俺の言葉にネビルはもじもじとした。なんだ?と思う俺に、ネビルはチラリと視線をスリザリンの寮へ向ける。イヴが隣に座る女子と何か喋ってる。(パグ犬って可愛いけど、人間の顔だとすっごい微妙。おっさんでこんな顔の人いるよなぁ。って、ダメダメ、女の子相手にこの考えはちょっと失礼だよね。いやーでも、性格も悪そうっていうか悪いわ。純血純血うるさいし。聖二十八族じゃないって言った途端の見下しが半端ないんですけど!)うん、スリザリン寮でやっていくの大変そうだな。イヴの思考をちょっと盗み聞いた後、本当にパグ犬みたいな女の子に吹き出しそうになるのを耐え、ネビルに視線を移す。

 

「ばあちゃんに、スリザリンには近付かない方が良いって言われてるんだ……」

 

 これはあれかな、差別かな?それは間違っていると言うのは簡単だが、列車でのロンの態度やフォイフォイの性格、あとさっきのイヴの様子を見ると、寮全体がそういうイメージなのもしょうがない気がする。だがまあ、フォローくらいはしておくか。

 

「でも、スリザリンじゃなくて、俺の妹には近付くなって言われてない。だろ?」

 

 ネビルは何を言われたのか分からなかったのか、ポカンとした顔をした。たっぷり時間をかけた後、くすっと笑う。

 

「本当だ、言われてないや!」

 

 初対面の印象通り、擦れていない素直な少年の様だ。ちょっと人よりのんびりしているところがあるようだから、この先苦労はしそうだが。真っ直ぐに育っていくんだぞネビル少年。……おやじ臭いよ、お兄……しょうがないだろ、精神年齢は四十だぞ。……途中から赤子や子供の経験値しか入ってないから、四十歳の精神があるのかは微妙だけどね。……精神年齢って経験値制なのか?……それより、さっき私の頭の中覗いたでしょ変態!……お前、自分はしょっちゅう俺の思考覗くのに?!……お兄がハリポタ知識なさすぎるからでしょ!

 理不尽な妹はパグ犬似の女の子と話を続けながらそう俺に怒る。器用な奴め。食事があらかた終わると、テーブルの上は綺麗になった。お皿はそのまま、汚れや食べ残しなどが一掃されてピカピカの状態に戻る。ハリーは満足そうにお腹をさすっていたし、ロンはちょっと行儀悪くゲップをした。俺も口元をナプキンで拭っていると、空っぽになったお皿に今度はデザートが現れる。ハリーは心底驚いた顔をした後、嬉しそうに糖蜜パイを手元の皿に入れた。さすがにもう全種類は食べられないらしい。俺は少し考えて、空のゴブレットにアップルパイを刻んで入れる。

 

「僕はハーフなんだ。パパがマグルで、ママが魔女。魔女だって事は結婚するまで秘密にされてて、パパはもの凄く驚いたって言ってたよ」

 

 雨上がりの運動場に似た髪色の男の子が笑って言った。なんかこう、お調子者感が溢れ出てる。名前はえーっと……シェーマス・フィネガン。……そうそう、シェーマスだ。……映画で授業に使う羽を爆発させたり、広間でゴブレットの中身に魔法をかけようとして爆発させてたりしてた子!……んー、そんなシーンあったようななかったような。っていうかイヴめっちゃ割り込んでくる。スリザリンに目を向けると、パグ犬の相手は終わって、今度は黒人の男の子と話をしていた。結構イケメンぽい。なんかこう、少女漫画に出てくるアラブの石油王子とかこんな感じじゃないか?……お兄の中の少女漫画どうなってんの?いやでも言われてみれば確かにそんな感じぶふふっ!

 

「僕の魔力じゃ入学は無理だと思われてたから、入学が決まった時は親戚中が大喜びしちゃって。アルジー大おじさんなんかヒキガエルをプレゼントしてくれたんだ」

 

 ネビルの話に相槌を打ちながら、遠くで笑いを堪えきれずにイケメンに首を傾げられているイヴを視界の端で確認する。あいつ笑いの沸点低いんだよなー。ゴブレットの中のアイスクリームの上にいちごを乗せて、俺はようやくスプーンを手に持つ。

 

「アダム、それ何?」

 

「デザートのパフェさ」

 

 即席パフェを口に入れ、俺はハリーに笑顔を向ける。うん、うまい。サクサクのアップルパイの上に溶けかかったアイスが絡まり、軽く崩したゼリーと食べやすいサイズに切ったいちごが爽やかだ。

 

「そういえば、アダムの兄弟はスリザリンになったんだよな?」

 

 シェーマスがスリザリンのテーブルへ目を向けて尋ねる。俺は頷いて、微妙な表情のロン達に聞かせるためにシェーマスへ説明した。

 

「双子の妹なんだ。てっきり同じ寮になると思ったんだけどな。俺なんかよりよっぽど正義感のある良い奴さ。ちょっと変人なとこはあるけど」

 

「でも、スリザリンだろ?」

 

 スリザリンに組み分けされたんだから、たとえどんなに良い奴だとしても実は悪人だったんじゃないか?とでも言いたげなロン。寮差別パネェです。でもこれはロンがというよりは、ホグワーツの、イギリス魔法界全体の問題だよな。完全に親のケンカを子供の世代まで持ち込んでるやつ。しかもその親はさらにその親のケンカを引き継いでるんだろうな。……残念、ホグワーツのグリフィンドールVSスリザリンは創立以来のいざこざです。つまり日本風にすると、平家と源氏のいざこざを現代まで守り抜いてきた感じ。……そんな歴史的なケンカなの?!

 

「僕、イヴは良い子だと思っていたから……ちょっとショックだった」

 

「ハリー、良い子だって思ったんなら、ハリーにとってイヴは良い子なんだよ。寮が違ったって、それがなんだよ。別にイヴがあの寮に入ったからって悪い奴になるって決まってるわけじゃないさ」

 

「そうだね……」

 

 ハリーは笑ってくれたが、ロンはまだ懐疑的な目をしていた。うーん、根は深いなー。

 

 その後、デザートタイムも終了して、テーブルの上は食べかす一つない綺麗な状態へと変わった。お腹が膨れ、列車の長旅の疲れがドッと押し寄せる。要するに眠い。ふぁ、と小さく欠伸をしたら、向かい斜めに座っている女の子と目が合った。黒髪が綺麗な東洋系の美少女。俺は欠伸を誤魔化す様ににこやかな笑顔を浮かべて手を振った。うん、無視された。

 そういやイヴからの注釈が入らなかったなと思ってスリザリンの方を見ると、イヴは目を細めて真っ直ぐ教師席を見ていた。真剣な顔をしているが、双子の兄妹の俺には分かる。あれは半分寝ている顔だ。あいつは昔からああやって、授業中に寝てませんアピールをするのが得意だった。ざわざわしていた生徒たちは、教師席のダンブルドアが立ち上がるのを見て話をやめた。十分に静かになったことを確認すると、ダンブルドアは一つ咳払いをして話始める。

 

「さて、皆思う存分に食事を楽しんだ事と思う。始まりと同様、また二つ三つ、君たちに伝えておく事にしよう。まず新入生への注意だが、敷地内の森へと入らない様に。これは上級生の何人かにも改めて注意しておこう」

 

 なんで学校内に森があるんだろうな。俺がもし学校を作るなら、絶対敷地内に森を作ったりはしない。中に入るのも危険だし、生息する生き物も危険だし、学校に侵入する経路としても危険だし、逆に良いとこって何がある?自然が豊かとか?

 

「管理人のフィルチさんからは、授業の合間に廊下で魔法を使わない様にとの注意があった」

 

 これは休み時間に廊下で箒野球して用務員のおっちゃんに叱られるやつだな。魔法界も外国も、学生のやる事は一緒らしい。あー、でも懐かしいなー。昔それで窓ガラスを割って、学校に親呼び出しくらってげんこつ落とされたっけ。

 

「今学期の二週目にはクィディッチの予選があるので、チームに入りたいという者はマダム・フーチまで申し出るように」

 

 この知らせに生徒たちはざわめいた。やっぱクィディッチ人気だな。俺は観客でいいや。

 

「そして最後に、悲惨な死に方をしたくなければ、今年いっぱい四階の右側の廊下には立ち入らない事」

 

 何人かのくすくすという笑い声が聞こえ、すぐに止んだ。さすがに何のことか分かった俺は、すぐ側で笑いをひっこめて赤毛の上級生に冗談じゃないのかと聞いているハリーを見て、心の中で頑張れよと応援した。

 

 その後、ダンブルドアから好きなメロディーで校歌を歌う様にと指示があり、俺は前世で大好きだった曲に似せて歌った。空中に金のリボンで表示された歌詞は、ダンブルドアの魔法によるものだ。それが終わると俺たちはそれぞれ帽子に組み分けられた寮へと向かう。

 先程ハリーが話しかけていた赤毛の上級生は監督性で、パーシーという名のロンの兄だった。彼を先頭に俺達は大広間から出て、冗談みたいに分かり辛い隙間や掛け軸ならぬタペストリーの裏をくぐり抜け、馬鹿みたいに階段を上り続けた。ああ、これはあれか、七年間階段を上り続けるのか。グリフィンドールは外れだったな。途中でゴーストが悪戯して来るというアクシデントはあったが、無事に廊下の突き当りに到着する。

 

「合言葉は?」

 

 少しふくよかな体に、薄いピンクのドレスを纏ったご婦人の絵画。ウェーブした金の髪と体を揺らし、両の手を広げてパーシーに問いかけた。

 

「カプート、ドラコニス」

 

 パーシーの答えに微笑んで、婦人の絵が前に開く。絵の後ろにぽっかりと開いた穴の奥が、どうやら寮の様だ。前のハリーがギリギリ登れる高さの穴に四苦八苦する間に、俺はそっと絵の方へと近づいた。婦人は扉の様に開いている間は廊下の壁しか見えないために油断していたらしい。回り込んだ俺に欠伸を見られ、慌てて取り繕う。何事もなかったかのように佇んでいるが、羞恥で頬がピンクに染まっているのが可愛らしい。

 

「七年間よろしくお願いします、レディ?」

 

 微笑んでそう挨拶してから、俺はようやく穴に登ったハリーの後を追った。前を行くハリーから「わあ……」と小さな歓声が聞こえた。穴から出た俺は、ほうと息を漏らす。殺風景な石造りの廊下から入った後、寮の中の赤と金の装飾が飛び込んでくる様はなかなかぐっとくる。丸みを帯びた部屋。基本的に廊下と同じ石の造りだが、床は絨毯が敷かれ、壁も深めの赤い壁紙が貼られている。家具はほとんどが木で作られ、重厚なダークブラウンの色味が壁紙や部屋の雰囲気に合っている。明るいながらも結構落ち着いた色味に、俺はホッとした。

 

「さあ、男の子はこっちの階段を上がって。女の子はこっちだ」

 

 パーシーの声に従って、俺はのろのろとその螺旋の階段を上がる。寮内でまだ階段を上がるとは。この寮は本当に外れだな。一階の寮ってどこだったんだろう。ようやく部屋に入ると、まず天蓋付きのベッドが六つ目に飛び込んで来た。そのベッドの側にはトランクが置かれ、それぞれ誰がどのベッドかは決まっている様だ。俺が自分のトランクが置かれたベッドに行くと、他のみんなもそうした。ハリーとロンのベッドと比較的近いなと思いつつ、俺はパジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。他の皆もそうみたいだが、もの凄く眠い。

 ベッドの天蓋のカーテンを閉め切ると、六人部屋だがまあまあプライバシーは守られる。ロンがハリーに話しかける声が聞こえたが、それに混ざる余裕はなかった。イヴは今頃スリザリンの寮にいるんだよな、と思って声をかけてみるが返事はない。どこにあるかは知らないが、グリフィンドールみたいに城のほぼてっぺんまで登らなきゃいけないほど大広間からは遠くないとしたら、とっくに着替えて寝ている可能性は高い。もしかすると大広間から一番近いのかも。もしそうなら、俺もスリザリンに入ればよかったなと、じわじわと眠りに侵食される頭でぼんやりそう考えた。

 

 



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同じ顔が1人いるだけで何か変な感じなのにそっくりの6つ子とかどんな気分なの?というわけで帝王は魂を分ける時に6つ子の美少年を作るべきだったと主張してみるが如何か!

あんま描写のない人や、名前のみ出た人は、容赦なく勝手にイメージ作ってやんよ。っていうか原作読んで確認しようとしても、どこに書いてあったか、なかったか、分かんないのは勝手に書いていく事にした。なので原作と違ったらスマソ。


 朝起きて、俺は部屋に鏡がない事に気付いた。これじゃ身だしなみが整えられないじゃないかと言うと、同室の男の子らはみんな変な顔をした。全く、いくら十一歳だからって油断し過ぎだ。モテ戦争はすでに始まっているというのに。清潔感を基本とする身だしなみチェックはモテへの基本だと説いたら、一歩引かれた。なんでだ。……お兄、トランクに折り畳みの鏡入れといたから使えば?……え、マジかサンキュ。用意良いじゃん、といそいそ取り出すと、閉じた状態の鏡は超デコられていた。星とか月とか黒猫とか薔薇とかキラッキラだ。皆の「うわぁ」という声が聞こえる。……美少女戦士っぽく仕上げておいたよ!……ドヤ顔が浮かぶが全然嬉しくねぇよ。使うけど。

 

 朝ごはんは昨日の大広間で食べられるらしい。俺たちは寮の皆で食べに行くことにした。昨日はほとんど会話もないまま爆睡だったしな。とはいえ、自己紹介は歓迎会で済ませてある。俺の同室は説明不要のハリーとロン、純粋なネビルと特技がイオナズンのシェーマス、そして都会っ子のディーンだ。せっかく俺が注意してやったのに、ロンはよだれの跡がそのままだし、ハリーは豪快な寝癖をつけたままだ。ロンの顔の洗い方は正直水で湿らせただけで意味がないんだよ汚ねぇな。そんなだから昨日も鼻の頭に泥くっつけてんだよ。……でも、高学年になったらロンって彼女出来るよ?覚えてない?……マジかよ爆発しろ。いや爆発はシェーマスの役か。シェーマスの爆発に巻き込まれろ!……とんだとばっちりじゃんシェーマス君。

 シェーマスとディーンも身だしなみには気を使わなくていいと思っているらしく、ボタンを掛け違えていたり、シャツがだらしなくズボンから出ている。ネクタイも発火寸前のタコ足配線の電気コードくらい酷い。唯一、ネビルだけは俺の助言を受け入れ、綺麗に髪を整えて服もきちんと着ていた。

 昨日通って来た道をそのまま逆に進むだけでいいはずなのに、俺たちはなかなか大広間に辿り着けなかった。遊園地やアトラクションに遊びに来ているならともかく、普段生活する場所で階段が動いたり扉が消えたりするのは勘弁願いたい。下っているはずなのにいつの間にか上っているとかエッシャーかよ!……あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!……分かった分かった、いいからお前は黙っててくれ。今本当にそれどころじゃないから。ようやく大広間に辿り着くと俺たちはへとへとだった。

 

「これを毎日通うなんて無理だよ」

 

 すでに泣きそうになっているネビルに反論する奴はいない。泣きはしないが、皆思っている事だ。すぐそばにいた上級生の女性たちが、そんな俺たちにくすくすと笑いを漏らした。その中の一人、活発そうな雰囲気の黒人女性が大丈夫だと笑う。

 

「あたしたちも最初の頃はそう思ったけど、案外すぐ慣れるわよ。とくに大広間は毎日通うしね」

 

 ドレッドヘアを揺らして、白い歯をにっこりと見せる。健康そうな雰囲気がいい。その後ろで頷いている明るい茶の髪をポニーテールにした女性も明るくて元気な雰囲気だ。グリフィンドール女性はこのタイプが多いのか。

 

「秘訣は自力で解決しようとしない事よ。城のいたるところに絵があるでしょ?困った時は中の人に聞くといいわ、みんな親切だから」

 

「礼儀正しくね」

 

 アドバイスを聞きながら、俺たちは顔を見合わせる。絵に聞く、という発想はなかった。だが考えてみればグリフィンドール寮の入り口のレディは会話が出来る。ならば他の絵画も会話が可能という事だ。

 それから俺たちは朝ごはんに取りかかった。昨日お腹がはち切れそうだと言っていたハリーは、朝ごはんもモリモリ食べた。若いな。俺はネビルとトーストのジャムを何にするか相談しながら、ゆっくりと食べる。シェーマスたちもハリーやロンと同じく勢いよくベーコンに齧りついてほぼ丸のみにしている。よく噛まないと消化に悪いんだぞ少年たちよ。……何、お兄もう老化が始まってるの?……始まってないから。っていうかイヴ、あんまり頭に割り込んでこないな。……まあね、こっちの寮はかなり気を使うから、正直それどころじゃない。でも時々探りは入れて、生ハリポタ実況中継は楽しんでるからそのままよろしく!……よろしくって言われても。別に実況とか関係なく普通に行動しているだけだから。

 まあ、イヴがちょいちょいこっちの考えを盗み聞いてるのは知っているし、必要もないとこでちゃちゃ入れて来るのは今さらだしそれはいいんだけど。いやよくないのか?昔は抵抗があったはずだが、この世界に生まれてこっち、頭の中に割り込まれることが多いので抵抗がなくなっている。多分、思春期をとうの昔に終えてしまっているせいもあるだろう。慣れって怖い。

 

 お腹が満ちてきたころ、急に頭上が騒がしくなった。何事かと上を見ると、目を疑う様な数の鳥が一斉に窓からなだれ込んでいた。……あれは何だ?!鳥か?!飛行機か?!いやふくろうだ!……べたなボケが聞こえたが無視だ。驚いた顔のディーンに、ふくろう便だよとシェーマスが教えていた。母親から手紙が来る予定なのだそうだ。へえ、と呑気に相槌を打っていたら、俺のところにもふくろうが来た。ネビルとロンにもだ。俺は額のあたりに目立つ傷のあるふくろうに礼を言って、足の手紙を取ってやる。ふくろうはそのへんの食べ物を適当に咥えると、代金はもらっていくぜと言わんばかりに俺を一瞬振り向いてから飛んで行った。何あのふくろう男前。

 手紙は父親からだ。俺とイヴ、二人に宛てられている。……読んで、聞いてるから。……俺は手紙を取り出して、心の中で読んだ。父らしい硬い文章だったが、要約すれば「入学おめでとう。どの寮に入っても、君たちが君たちらしくある事を祈っているよ。愛してる」だろう。子供に愛してるとサラリと言えちゃう辺りがさすが外国。……その点、お兄すでに染まってんじゃん。……俺、お前に口が裂けても愛してるとか言わないから。ネビルは祖母からの手紙だったみたいだ。ちらと見えたが長々と書き綴られている。ネビルは複雑そうな顔で、しかしそれをちゃんと読んでいた。

 

「俺もふくろう買ってもらおうかな」

 

 ディーンが羨ましそうに呟く。ロンはそれに「学校のふくろうを使えばいい」とアドバイスした。さすが、兄が何人も通っているだけあって詳しい。……私たちもパパに手紙返さなきゃね。……そうだな。寮が別々になったと知ったら、驚くだろうか。だが、多分そう気にしないだろう、そういう人だ。……いいパパだよね。……ああ、尊敬してるよ。この学校に来てからは特に。グリフィンドール寮の出身なのにスリザリン寮の母を愛した人。これが讃えずにいられようか。そう、美人ならどこ寮かとか関係ない!……パパのこと馬鹿にしてる?……してないよ、なんで?

 

 その後、寮監のマクゴナガル先生から配られた時間割に従って、俺たちは授業のある教室へ向かった。先輩からのアドバイス通り絵に道を聞くとすんなり教えてもらえる。ただ、親切心から分かりにくい近道を教えてくれる絵の人もいて、城の中に慣れていない俺たちは二次遭難しかける事も度々だった。

 授業は楽しかった。魔法界で十一年生きてきた俺は、ある程度魔法に慣れている。だけど未成年である以上、自分で杖を振って何かをするという事はなかったため、理論や仕組みを知るのは面白かった。転生した時に魔法が実際あると知って驚いたこともあるので、多分俺はマグル育ちと魔法界育ちのどちらの気持ちも分かる。だからどうっていう事もないけど。……ねえねえ、私マッチを針に変えろって言われて爪楊枝になっちゃったんだけど。……知らんがな。その授業まだ受けてないから。俺は呪文学のフリットウィック先生の説明をノートに書き写しながら、頭の中で突っ込みを返した。ゴブリンの血でも入っているのか、この先生はとても小柄で、山の様に積んだ本の上に立って授業をする。ぐらぐらしないんだろうか。もっと適切な踏み台がなかったのだろうか。気にはなるが今までもずっとこれでやって来たんだろうなという手慣れた感はある。今さら俺がどうこう言う事じゃないとは思うが。でも気になるなあ。

 

 その次の授業は変身術だった。寮監のマクゴナガル先生が担当している。綺麗にまとめ上げた黒髪を天辺付近でくるりと輪にして留め、四角い眼鏡をかけている。もうそれだけできっちりとした性格だと分かるが、何よりぎゅっと引き結ばれたような口元が、余計にそれを表している。でも、ああいうタイプの人ほど恋人の前では甘えん坊だったりすると聞いたことがある。髪をほどいて恋人に甘えるマクゴナガル先生を想像して、俺は頬を緩めた。

 

「最初に言っておきますが……」

 

 俺を眉をしかめて訝し気に見ながら、マクゴナガル先生。

 

「私の授業で学ぶ変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中でも複雑で危険なものに当たります。ふざけたり、いい加減な態度の生徒は即刻教室から追い出し、二度と授業は受けさせません。よろしいですね?この説明は一度しかしません。それがどういう事か分かりますね?」

 

 じろりと教室を見渡すマクゴナガル先生に、隣の席のネビルがビクンと跳ねた。俺はその背を撫でてやりながら、ツカツカと教卓に近づき杖を取り出す先生を見つめる。マクゴナガル先生は「よく見る様に」と言うと、机を軽く杖で叩いた。ぐにゃ、と机が歪んだと思った次の瞬間教卓のあった場所には豚がいた。ブヒブヒ、と鳴いて豚は生徒に顔を向ける。くるんと巻いた尻尾にだらしのないピンクの体、上に向けた大きな鼻からフゴッと音が漏れる。豚だ。……飛べない豚は、ただの豚だ。……その一言のためにずっとタイミング計ってたの?暇なの?……いや、今授業中。でも魔法史の授業、くっそ面白くないからつい。……妹の暇人加減に驚く俺と、純粋に驚く生徒たちの前で先生は杖で豚を叩き、机に戻す。ネビルも感激したようにふぁーっとかいう謎の感嘆が漏れていた。気持ちは分かる。なんか台無しにされたが、俺もそんな気分だ。

 マクゴナガル先生はその後、俺たちにノートを取らせる。変身術の基礎的な事。なるほど、これは危険な学科だ。というかむしろ危険すぎるんだが大丈夫なのか?箒をチョコスティックに変えて食べさせた後、運悪く体内にある時にその変身が解けてしまったら、とか。考えるだけで胃が痛いし、それ新種の殺人トリックかな?お腹に箒がぶっ刺されてる死体を見て、まさか被害者にチョコスティックを食べさせたのが手口だったとは思うまい。……じっちゃんの名にかけても、真実はいつも一つだったとしても、頭がおかしいか魔法使いでもない限り絶対解けない迷宮入り事件だよね。……前世で名探偵が現場を見て捜査した後、推理パートで「事件の鍵はチョコスティックにあったのです」とか言い出したら嫌だわ。苦情殺到するわ。……消えた凶器の正体は氷とか言われた方がまだマシなレベルだね。……正体不明の粉を舐めて「毒だ」とか言うくらい可愛く思えるわ。

 その後も教科書の中の悲惨な事件を延々読み聞かせられた後(前世の未解決事件は全部魔法使いが犯人だったとかいうオチな気がしてきた)、俺たちはマッチを一本手渡された。針に変えてみろ、というお題だ。何この無茶ぶり。

 

「無理だよ……」

 

 弱気なネビルの声が聞こえた。俺は教科書の実践のコツを読み上げてやりながら、ネビルを励ましつつ自分でもやってみる。ピンと細長く硬い一本の針。それを思い浮かべながら杖を軽く持って、マッチに触れる。よし、何も起きない。何がダメなんだよ言ってみろよこのマッチめ。正確なイメージを持ち、杖を対象に触れさせてそのイメージを伝えるように魔力を注ぐ。呪文学のように決まった呪文もなく、杖を振る動きもない。この変身術というのは驚くほどの集中力と想像力が必要の様だ。授業が終わるギリギリで、俺はなんとかマッチをマッチ以外のものに変える事に成功した。銀には光らないが形はそれっぽい。うん、これはあれだ、間違いなく()()()だ。ネビルは凄いと褒めてくれたが、なんだか素直に喜べない。

 

「皆さん、そこまで。……どうやら針に変身させることが出来たのは、ハーマイオニー・グレンジャーだけのようですね」

 

 マクゴナガル先生が、ハーマイオニーの針をクラス中に見えるよう持ち上げる。銀の針は刺されたら痛そうに先が尖り、照明の光を受けて見事なまでに輝いていた。初めての授業でここまで完璧なものを見られる事はそうないと、マクゴナガル先生は微笑みを浮かべてグリフィンドール寮に点をくれた。そして俺に向かっても笑みを向ける。

 

「あなた達は本当に双子なのですね」

 

 言われた事は全く嬉しくないが、マクゴナガル先生の笑顔が可愛かったから良しとしよう。

 

 

 

 

 夕食の席で、俺は周りを見渡してみる。一番端のスリザリンのテーブルにイヴの姿を見つけて、その妹がとんでもなく可愛い女の子と話をしているのを見てびっくりする。え、え?何あの子めっちゃ可愛い!ちょちょちょ、ちょっとイヴさん何、誰その子!……ダフネ・グリーングラス。私もよく知らない。けど、喋ってみた感じ結構好きな感じがする。……うん、俺も好き。趣味は?好きな食べ物は?俺の事好きになりそう?……お兄うっぜえ。あー、確かにお兄の好きそうなタイプの顔かなぁ。でも初対面でそのテンションで迫られたら、私なら今後一切恋愛対象にはならないからね。……ええー、そんな酷かった?……うん。マジ引くから気を付けてね。ダフネは聖二十八族のお貴族様の子だけど、そこまで鼻にかけてこない子だよ。今日一日一緒にいたけど、純血主義ではあるけど、率先してマグル出身をいじめに行くタイプじゃないね。別に庇いもしないけど。……純血主義なのか。……スリザリン寮の九割は純血主義だよ多分。……何その寮怖い。

 ダフネさんは優雅に微笑み、イヴと何かを話している。口元に手をやる仕草や、少し首を傾げて長い金の髪をさらりと流す辺りなど気品がある。貴族出かぁ、敷居は高いが可愛いなあ。

 

「何を見てるの?」

 

 前の席に座った黒髪の少女、グリフィンドールの同級生、パーバティ・パチルが俺に尋ねた。昨日欠伸を目撃された東洋系美人だ。口元を笑みの形に上げ、ん?と俺の返事を待っているのがめっちゃ可愛い。可愛い子多いとかホグワーツ最高かよ。

 

「妹を見てたんだ。上手くやってけてるか心配でさ」

 

 本当は妹の隣を見ていたのだが、俺はそう答えた。パーバティはそれに眉を寄せてそれは心配ねと答える。

 

「私も双子なの。妹はパドマっていうんだけど、彼女はレイブンクローだったわ。双子だし、てっきり同じところになると思っていたから、ちょっとびっくりしちゃった」

 

「はは、俺もだよ」

 

「しかも、あなたの妹さんはスリザリンでしょう?良い噂聞かないし、心配よね」

 

 何この子めっちゃ優しい。俺パーバティと結婚する。思わずプロポーズしかけそうになる俺の隣でネビルがでもと声を上げる。

 

「彼女、スリザリンだけど僕のヒキガエルを探すのを手伝ってくれたんだ。その……悪い子じゃないんだよ」

 

 何この子めっちゃ良い子。俺は思わずネビルの頭をいい子いい子したが、本人には嫌がられた。なんだ、グリフィンドール寮も捨てたもんじゃないな。こんなに優しくて良い子が多いんなら大丈夫だ。いつかスリザリンとも和解できるといいよな。……無理でしょ。……無理って言うなよ。

 ちょっと気分が軽くなって、俺は夕飯を終えて寮に戻る。ネビルはまだ全然道を覚えていないみたいで、ちょっと油断するとすぐわき道に逸れる。俺はある程度覚えたので目印にするものをネビルに教えてやった。

 

「絵の内容や甲冑を目印にするのは止めとけよ。何があっても変わらなさそうな、動かないものがいい。って言っても、ここじゃ何がどうなるか予想付かないけどな」

 

「本当だね。僕、朝はここで綺麗な取っ手の扉を見たんだけどな」

 

「え、マジ?扉まで動くの?ちょっと勘弁してほしいよなぁ」

 

 だはーっと息を吐き脱力して肩を落とす仕草をすると、ネビルは何が面白かったのか大声で笑った。祖母からかなりのプレッシャーをかけられているネビルは、授業もここでの生活も、絶対に失敗しない様にしなければとずっと肩に力が入りまくっている。そのネビルが年相応に笑い転げるのが嬉しくて、俺は無意味にその脱力の仕草を三回も続けた。

 

「も、もう、止めてよアダム、お腹が痛いよ!」

 

「笑わなきゃいいだけだろ、だはああああああっ」

 

「くくくっ、あははは!もう止めてってば!」

 

 結局ネビルは談話室に到着するまで笑い転げ、いや本当何がそんなに面白かったのか分かんないんだけど、明日は筋肉痛になっちゃうと最終的にはぷりぷりしていた。……よっぽどお兄の顔が変だったんでしょ?……同じ仕草したらお前も同じ顔になるんだからな。……私は美少女だからそんな顔しませぇーん!……言いながら変顔してるのが目に浮かぶのは何でだろうな。多分本当にしてはいないんだろうけど。

 寝る準備を終えてベッドに潜ると、まだ起きている他のルームメイトたちの話し声が聞こえる。ハリーとロンは今日、教室移動の時にあの四階の立ち入り禁止の廊下の入り口をこじ開けようとしたらしい。クィレル先生のおかげで何もなかったが、もし助けが入らなければ、管理人のアーガス・フィルチにどんな罰則を受けさせられたか分からなかったと愚痴っている。用務員のおじさんも大変だな。正直、この分かりにくい城の中で迷子になり、扉をこじ開けてでも早く次の教室に行こうと急いだハリー達の気持ちも分かるし、死ぬと脅されてる廊下に入ろうとしている生徒を怒って止めるフィルチさんの気持ちも分かる。多分。……いや、フィルチさんはデフォルトで結構根性悪いよ?……そうなの?でも普通止めるし怒るよね?しかも猫飼ってるっていうじゃん。……ミセス・ノリスっていう猫だよ。……動物好きだぞ、きっと良い人なんだよ根は。……動物好きは良い人って、不良が捨て猫拾ったら惚れる委員長かよチョロ兄って呼ぶぞ。ん?チョロ兄だと私以外にあと四人兄弟が必要だね。……よく分からないがチョロ兄は止めろ。

 ところでお前、寮の方はどうだ?……気になるならこっち覗きにくれば?……頭覗いたら嫌がるから、出来るだけ覗かない様にしてやってんだろうが。……それはどうも。まあ、ぼちぼちってとこかな?一部の貴族出が威張り散らしてるのが鬱陶しいけど、話合わせておけばいいし。中にはそんなに悪い子じゃないのもいるしね。親の思想をめっちゃ受けてるけど、言ってもまだ十一の子供だし。ま、可愛いよね、まだ。先輩はキッツイけど。……九割が純血主義、か。……実際は純血主義だと言ってるけどそんなに気にしてない人とか、本当は違うよって人もいるだろうけど。間違っても寮内で「自分、マグル大好きっす」とか言えないよね。次の日からいじめられるわ。狡猾に大人からバレない様に。……何その寮怖い。……なんせ狡猾なのが取り柄の寮らしいからね!……嫌な寮だな。……ハリポタでも悪者扱いだったからね、スリザリンは。まあ、実際嫌な奴も多いんだけどさ。あ、でも寮は思ってたより過ごしやすそうだよ。スリザリンって地下牢にあるんだけど……待って、地下牢って言った?牢屋なの、スリザリンの寮?……牢屋らしいよ?でも中は結構豪華と言うか、落ち着いた雰囲気でいい感じだよ。静かで暗くて、そう、明かりを消すと一面淡い光が瞬く飛行石の欠片の洞窟の様な。ビカビカに光ってないから、お年寄りの目にも優しい雰囲気。……その例えじゃ分からんわ。……そう?ピッタリな表現だと思ったのに。

 俺は息を吐いた。妹の頭のおかしいのは相変わらずのようで、なんだか逆に安心した。寝るの?と尋ねてきた声に、寝ると答えてお休みを言い合う。気付くと周りも静かになっていた。俺も目を閉じて、明日の授業は何だったか思い出すより早く夢に落ちた。

 

 

 

 



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多分皆が一度は考えた事だと思うけどナメクジの入った薬なんて飲みたい?漢方薬?でもやっぱ材料見た後に飲みたくはないよね!

11歳のガキに火を使わせている最中、「はーい、こっちちゅうもーく!」とか言うスネイプはバカなの?危ないでしょ!……というお話。



「なあ、宿題が多すぎると思わないか?」

 

 寮の談話室で宿題を片付けていると、ロンがそう言って羽ペンを乱暴に机に置いた。ロンが今やっているのは薬草学のレポートだ。とはいっても、そんなに小難しいものじゃない。薬草学の授業は黄色くてはちみつが大好きな『例のあのキャラ』を思い浮かばせる体型の、マスコットみたいなスプラウト先生が担当する授業だ。温室で育てられている色々な魔法の植物を学ぶ。俺たちに出された宿題は、初日に温室で見て説明された植物の中からひとつ選び、それがどんな植物で、それに関してどう思ったかを書けというものだ。前半は教科書を書き写して、後半は感想書くだけの簡単なお仕事だと思うが、ロンには辛いらしい。俺は昨日の夜にあった天文学の、星の名前を書き写す宿題の手を止めてロンに助言をしようと口を開く。

 

「あら、まだ薬草学の宿題をやっているの?」

 

 それより早く、ロンの背後から声が聞こえる。ふわふわと栗毛を揺らしながら、ハーマイオニーがロンを見下ろす。ロンは椅子に座っているから必然そうなるのだが、なんというか気のせいかもしれないんだけど見下されてる感が凄い。ロンもそう感じたのか不機嫌丸出しに「あっち行けよ」ときつく言った。ハーマイオニーはツンとしながら去って行く。他の女子に混ざらず、独りで本を読んでいる。宿題はもう済ませたのか、早いな。今日の変身術で出された宿題は結構な量だったが。

 

「本当、嫌な奴だよ。まだやってるの?だってさ!」

 

 ハーマイオニーの声を真似してロンが言う。正直似てないが、嫌な奴だというのは伝わった。俺はちょっと考えて、もしかしたらハーマイオニーは宿題を手伝ってくれようとしたんじゃないかと思う。まあ、第一声はあまり良くなかったが。それをロンに伝えると、ロンは嫌そうな顔をしておえぇっと吐く真似をした。

 

「冗談じゃないよ、あんな奴に頼むくらいならトロールに勉強を教わった方がまだマシさ」

 

「それこそ冗談だろ、トロールにそんな知能があるわけない」

 

「でも、少なくともトロールは僕に知ったかぶってはこない」

 

 ロンがそう言って、再び羽ペンを手に持つ。俺はそれに肩をすくめ、ハリーが「トロールって?」と聞くので、それに答えた。俺の説明に、何故かハリーではなく隣のネビルが小さく悲鳴を上げたのはなんでだ?

 

「アダムの説明、なんでそんなグロテスクなんだ?」

 

 会話に混ざっていなかったシェーマスが眉をしかめて言った。俺はただ、もし手ぶらでトロールに会ったらとても悲惨な事になると伝えただけだったんだが。……棍棒で頭蓋骨ぐしゃああとか、首を捻り千切られてぶしゃああとか言ったら引くに決まってるじゃない。……ええー、臨場感出しただけだったのに。

 

「ちょっと失礼?あなた方、今日の変身術の宿題に手を付けてもいない様ですから、無駄なおしゃべりは止めて、早く終わらせた方がいいんじゃないかしら」

 

「うるさいな!入って来るなよ!」

 

 ロンが怒鳴る。ハーマイオニーは再びツンとしてさっきの場所に戻っていく。ロンはイライラして羊皮紙の端をくしゃりと握った。

 

「ハーマイオニーってお節介だよな」

 

 ディーンがぽつりと言った言葉を皮切りに、ロンを中心にハーマイオニーの悪口合戦が始まった。俺はあんまりいい気分じゃなかったし、ネビルもそうらしかったが、他の男子は言いたい放題だ。ロンは目立つのか、よくハーマイオニーに今の様に絡まれるため、言いたい事は山ほどあるみたいだった。

 

「いい加減、その辺にしておけよ。相手は女の子だぞ?」

 

「はあ?女の子?ハーマイオニーが?」

 

 小馬鹿にしたようなその言い方に、俺はカチンとくる。いやいや、相手はまだ子供だ。俺は大人だ。ムキになって怒ってどうする。俺とロンの間の不穏な空気に、ハリーが「やめよう」と声を上げる。

 

「ハーマイオニーの事で僕たちがケンカするのはおかしいよ。そうだろ?」

 

 ロンはその言葉に「そうかも」と言って口を閉ざした。とりあえずもう悪口は言わないようだ。気になってハーマイオニーを見るが、さっきまでいた場所に姿は見えない。さっき無駄なおしゃべりを止めに来たくらいだ、多分聞こえてただろうな。……ロンとハーマイオニーって確かにこういう雰囲気だったけど、ちょっと険悪になるの早すぎないかな?ハロウィンまでは決定的なケンカはなかったんじゃなかった?……いや、俺に聞くなよ。……こっちもなんか、私の知ってるハリポタとなんか違う気がして。ちょっと不安。……不安?……原作通りに事が運ばないかもって事。ハーマイオニーがハリー達と友達にならないとか、『例のあの人』が1年生の時点で復活しちゃうとか。そんな事になったら大参事スーパーロボット大戦始まっちゃうよー。ゴング鳴らしちゃうよー。……ロボット大戦は始まらないよ?大丈夫イヴさん?何、そっちの寮で何があったの?!

 心配で覗きに行ったら、ブロックされた。妹曰く、これは『ATフィールド』だそうだ。因みに俺もやろうと思えば出来る。前世では大体ブロックしっぱなしだったが、こっちに生まれてからブロックされたのは初めてだったのでちょっと驚いた。が、直後に「今お風呂入ってるから覗くな変態!」と言われたので納得した。別に視界は共有しないが、今どこを洗っているとか次はどこを洗うとか考えているのを聞くのはちょっと気まずいからな。……ところで、私のおっぱい全然大きくならないんだけどなんで?……別にお前のおっぱいに興味なんて欠片もないよ!言わなくていいよ!

 

 自分の宿題を終えた後、まだ唸っているロンの宿題を手伝ってやって、俺たちは部屋に戻った。ネビルにはあらかじめ助言していたので、時間はかかったが一人でちゃんとやり遂げていた。それにそもそも、ネビルは薬草学が得意の様だし。

 勉強で疲れたのか、あまりだらだら喋らずに手際よく寝る準備を整えて皆ベッドに潜り込む。俺もそうして、目を閉じた。……そういえば明日はお兄と合同の授業だね。……ああ、魔法薬学か。……私、今寮の皆と仲良くしようと関係を築いてるとこだから、出来れば話しかけないでね。特にダフネに変な事言ったら怒るよ。……え、ダメなの?ダフネさんとはお友達になろうと……無理だから。言ったでしょ、彼女は純血主義なの。適当に話合わせたりできないでしょ、お兄は。……お前は出来るのか?……出来るよ。というか、してる。そうじゃなきゃ、この寮でやっていけない。……俺は動揺してごくりと喉を鳴らした。……別に本気じゃないよ。率先して何かをすることもない。ただ、何かそういう事があった時、止めに入ったりせず、見ているのが今の私の正解なの。……それを感じたのだろう、イヴが少し優しい声で囁く。けどそれは、今イヴが言った事は、いじめに直接加担せず傍観している、といういじめに他ならない。……組み分け帽子ってすごいね。お兄はグリフィンドール、私はスリザリン。ピッタリだったって事だよね。……なんて答えていいか分からないうちに、イヴはおやすみと言って俺の頭から去って行った。

 

 

 

 昨夜の妹との会話のショックから立ち直らないまま、スリザリンとの合同授業が始まった。噂ではすでに色々聞いているし、さすがの俺でもセブルス・スネイプの事ははっきり記憶にある。

 薄暗く冷たい地下牢の教室。普段城の上の方で暖色と明かりに包まれているグリフィンドールとしては、教室の雰囲気がすでにアウェイ感半端ない。壁の棚にわけの分からないホルマリン漬けの瓶が並ぶ様は、学校の理科室を思い出す。……探せば人体模型もあったりして。夜な夜な学校を歩き回る恐怖の人体模型!……魔法学校的には特に不思議でも何でもないし、見た目はともかくそんなに恐怖は感じないな。……そうだね。ひとりでにピアノが鳴ろうと、モーツアルトの肖像画がこっち見ようと、なんら不思議じゃないね。……肖像画に関してはデフォルトだしな。

 いつも通りの脳内会話をする。昨日の事はなかったように。とりあえず、俺はこの事は保留にすることにした。寮内のイヴの立場を悪化させたいわけじゃない。だから、と、俺はイヴの隣で金の髪をハーフアップにしたダフネさんを見る。声をかけるのは我慢だ。いいんだ、遠くから眺めて君の笑顔を見られるだけで!……いや、あまり見て欲しくもないんだけど。……そんな殺生な?!

 

 開始時間丁度になると、スネイプ先生が教室に入って来た。バサリとマントを払って教壇へと向かう。……育ち過ぎた黒い蝙蝠。……バカやめろ笑わすな!……いやいや、これはハリーがそう表現してたんだよ?……だとしても笑わすな!この授業で吹き出したらどうなるか分からないほど俺は間抜けじゃねぇよ。まあ、でもその表現は的確だと思う。

 黒い髪と目。服もマントも黒一色で、なんとも闇の中が似合いそうな風貌をしている。映画のスネイプ先生はえらく格好良かったが、実物はなかなか、色んな意味でモテなさそうだ。もっと清潔感出したらいいのに。たとえ髪をサラサラにして普段から小綺麗にして明るい服を着てにこにこしたとしてもあまりモテそうにはないが、今の状態じゃまず恋愛対象になるとかならないとかいう以前の問題だ。……人気だったけどね、あっちだと。……全てを知った上で彼の身の上やら心情を考えるとまあ同情やらなんやら沸いては来るが、正直こうやって目の前にして好意が欠片も浮かばないのはすごい。だってめっちゃ睨んでくるし。……なんでお兄睨まれてんの?睨まれるのはハリーだけなんじゃないの?いつ原作介入したの?……知らん!介入した覚えはこれっぽっちもない!

 

「出席を取る……」

 

 ゆっくりと、スネイプ先生がそう言って出席簿を広げた。映画ほどではないがまあまあ低音の良い声ではある。耳に妙に残る粘っこささえなければ。……太陽の下で聞くと笑いそうな声だよね。……やめろって!スネイプ先生だって太陽の下で運動くらいするだろ。元気よくラジオ体操とか。

 ぶふぉっという変な音が地下の教室に響いた。あ、イヴの奴吹き出したな。スネイプ先生がじろりとイヴを睨むが、自寮の生徒なのでいきなり叱る事はないようだった。イヴは「すみません……緊張して、気管に……」とか弱々しい声を出して誤魔化している。スネイプ先生は気を付ける様にと一言、出席を続けた。……覚えてろよ、お兄ぃいいい!

 

「ああ、そうだったな。ハリー・ポッター……我々の新たなスターだ」

 

 俺何も悪い事してないじゃん。なんで怒ってんの?と、俺がイヴに首をかしげていると、スネイプ先生が一段と粘ついた、しかし優しい声でハリーを見つめた。俺がチラリとハリーを見ると、ハリーは眉をしかめている。スリザリン生はくすくすと笑い、先程のスネイプ先生の言葉をさらに嫌なものに変えていた。ダフネさんはちょっと口元に笑みを作り、イヴは微笑んでいる。俺は目をそらした。

 出席の後、スネイプ先生は演説を始める。見た目にカリスマ性は全くと言っていいほどないが、いっそ詩的ですらあるこの演説に、俺はちょっと感心した。名声を瓶詰にして栄光を醸造し、死にさえ蓋をする。めっちゃ格好良くない?……中二心くすぐるフレーズだよね!……中二って、俺もう中身四十なんですけど?!……大丈夫だよ、お兄。スネイプ先生もいい歳して未だ中二病拗らせてるタイプだから。なっかーま!……嫌だ、スネイプ先生と仲間になるのは嫌だ。……でもって多分だけど、初恋拗らせてるから童貞仲間でもあるんじゃない?……あれ、どうしてだろうな。なんか涙出てきた。

 

「ポッター!」

 

 泣きそうになっていた俺は、その鋭い声にビクリとした。隣のネビルなんて数センチ椅子から跳び上がっていた。呼ばれた本人はもっと驚いただろう。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか答えろ」

 

 ハリーは困惑しながらチラリと隣のロンを見た。ロンに正解を聞くなんて、ハリーはバカかな?ロンはこういうことは全然だって、この一週間で十分に分かっているだろうに。ハーマイオニーはハリーへの質問だというのに、高々と手を挙げていた。……正解は眠り薬です。……えっ、イヴ分かるのか?……だってここ、有名なシーンだもん。……俺も見覚えあるけど、普通暗記するものなの?……何言ってるの、国民の一般常識でしょ?

 

「分かりません」

 

 妹の常識に頭を痛めている間にも、スネイプの質問は続き、イヴの回答は続き、ハリーの分かりませんは続いた。ハーマイオニーの挙手は徐々に高くなり、ついに立って挙手している。ハリーは訳の分からない質問を名指しでされ、泣くか怒るかするかと思ったが、最後の「分かりません」の後、案外落ち着いた声で「ハーマイオニーに聞いてみてはいかがですか?」と返した。シェーマスは口元に笑みを浮かべ、ハリーにウィンクをしている。こらこら、そういうのは教師から見えない様にやりなさい。

 案の定、スネイプ先生は不愉快そうにそれを見て、ハーマイオニーには座るように指示し、今の質問の答えを言った。映画を見た時も思ったが、今から魔法を学ぶ子供にする質問じゃないよな。……どう考えても、スネイプ先生はハリーへの初期対応を間違えたよね。君のお父さんとは犬猿の仲だったが君のお母さんとは幼馴染だったんだ、とかいう出だしならきっとハリポタは全然違うお話になっていたに違いないよ。……それはそれで、どんな話になるか気になるな。ハリーの態度が無礼だったとグリフィンドールを減点するスネイプ先生。それを見るハリーの目に怒りの色が徐々に滲むのを見て、俺は首を振った。

 

 その後、二人一組に分かれて『おできを治す薬』を調合する事になった。ハリーはロンと、俺はネビルと、シェーマスはディーンと組むことにした。ネビルは緊張でガチガチだったので、俺はまず調合の手順を一緒に確認するところから始めることにした。この薬は一年生のまだ基礎を知らない俺たちでも、レシピを守れば作れる簡単なものだ。というかそのはずだ。そうじゃなかったら、俺はスネイプ先生の教師としての適性を疑う。他の組が鍋を火にかけたり、材料を砕いたりし始めるのを見てネビルは慌てたが、俺は気にしないでやろうとネビルを引っ張って教科書を広げた。

 

「要はお菓子作りみたいなもんだ。ネビル、お菓子作ったことあるか?」

 

「な、ない……けど。お菓子と薬は違うんじゃ……」

 

「今回に限れば似たようなもんだろ?チョコレートは溶かす前に刻む。溶かすときは直火にかけない。もし直接鍋で溶かすと……」

 

「ど、どうなるの……?」

 

「暗黒物体みたいな凄い塊になる。今度やって見せてやるよ。すっごい不味いぞ」

 

 ネビルは想像して震えた。そんなに怖いもんじゃないから。俺は手順を読んで、分量を指さす。

 

「プリンは好きか?」

 

「好きだよ」

 

「プリンは卵と牛乳と砂糖で作るんだが……この分量の比率はきっちりと決まっている。もし間違うと……」

 

「ど、どうなるの……?」

 

「カッチカチの甘い蒸し卵になるか、逆にでろっでろの固まってない卵液が出来る。蒸し卵はともかく、でろでろ卵液は不味い。今度作ってやるよ」

 

「ひい……」

 

 ネビルは首を振った。

 

「はは、嘘だよ。ともかく、手順と分量は間違えないようにしようって事。手順は俺が読み込むから、ネビルは材料を全部量ってくれるか?きっちりこのレシピ通りにさ。さもないと……」

 

「す、すごく不味い物が出来るんだね?」

 

「そういう事。じゃ、始めようか」

 

 ネビルは頷いて、はかりを慎重にセットした。干イラクサを始めとする材料を量る様子を時々見つつ、手順を読む。ざっと見ただけでもかなり簡単に作れる。材料を入れる順番と火加減がコツかな。ネビルが「出来たよ」と言ったので、俺はネビルにヌルヌルと力仕事、どっちがしたい?と尋ねた。

 

「僕……あんまり力が強くないから……」

 

「じゃあ、ネビルがヌルヌルだ」

 

 ネビルは「ヌルヌルもあんまり嬉しくないけどね」と少し笑った。うん、この調子だ。ネビルと角ナメクジのゆがき方を一緒に確認してから、俺は蛇の牙を砕き始めた。その間にネビルは角ナメクジをゆでる準備をする。スネイプ先生がドラコ・マルフォイのゆがいた角ナメクジがお手本になると、皆に見る様にと伝えた。ネビルはそれに、ひょいと首を伸ばして見ようとする。そのせいで、手に持っていた鍋が傾き中の水が零れ、ネビルは自分の足元をびしょびしょに濡らしてしまった。

 

「バカ者!魔法薬を扱う教室で、注意力が足りていない証拠だ!グリフィンドール一点減点!」

 

 スネイプ先生はそう怒鳴って杖を振った。ネビルのズボンは濡れたままだが、床は綺麗になる。怒鳴られて首をすくめたネビルに、お湯じゃなくてラッキーだったなと笑ってやり、俺は次は気を付けてゆがけよと鍋を火にかけてやった。ネビルは落ち込んではいたが、角ナメクジをゆでる作業に入る。牙を粉々にすり潰した後、俺はネビルがゆがいた角ナメクジを刻む作業に入る。ネビルには鍋を洗い、新たに材料を煎じる準備をしてもらう。……ネビルにやらせなくていいの?この先もずっとお兄がそうやって手を出してたら、テストの時に困る事になるよ。……分かってるけど、今はネビルに自信をつけさせてやりたいんだよ。……まあ、いいけど。あんまり過保護もどうかと思うよ?……イヴの助言を受け取って、俺は鍋をかき混ぜる作業をネビルに任せた。まずは少量の水と俺がさっき砕いた粉を入れて、ネビルがよくかき混ぜながら温める。

 

「いいぞ、ネビル。優しく、一定の速度で時計回りにだ」

 

「うん、分かってる」

 

「ふつふつしてきたら……干イラクサを加える。ネビル、さっきより少し早めにな」

 

「これくらいかな?」

 

「うーん、多分。そうしたら、刻んだナメクジを投入……っと。ちょっとヌルヌルするはずだけど、どうだ?とろみは出たか?」

 

「えーっと、うん、さっきよりそんな感じだよ」

 

 俺も鍋を覗いたが、混ぜた跡がスッと残るのが見えるので、十分とろみはついていそうだ。

 

「じゃあ、仕上げだな」

 

「山嵐の針を入れるんだね」

 

 ネビルが手を伸ばそうとするのを俺は慌てて止める。もうすぐ完成だと思ったら、気が緩んだらしい。俺は火を止めてからだとネビルに言って、鍋をそっと机に移動させた。まだぐつぐつと音を立てている中に、ネビルに針を入れさせる。硬そうな針はじゅわ、と溶けていく。それを下からすくう様にしてよく混ぜた。

 

「……どう?」

 

「いいんじゃないか?……多分だけど」

 

 見た限り失敗はしていないと思うが、なにせ完成品を見た事がないのでなんとも言えない。が、少なくとも変な色や臭いや煙は出ていないし、教科書に書いてある薬の特徴にも合致している。火を消した後、俺はネビルに薬瓶を二つ渡して提出用に二人分詰めてもらう。

 

「さ、持っていこうぜ」

 

 促す俺に頷いて、ネビルは自分の持っている瓶を見た。その顔は嬉しそうで、俺は思わずその頭を撫でた。そして、嫌がられた。

 

 

 

 



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美少女の箒になりたいって皆思うでしょう?箒に跨って空飛ぶ時は太ももで箒の柄を挟み腕の力で体を固定するんだよ!ギッチギチに絞め落とされるから気を付けてね!

なんで箒なんだよ、とググったらR15で語っていいのか分からない説がめっちゃ出てくる。箒の柄でピーをピーするとかただのエロ小説になるじゃねぇか。



 

 実は前々から思っていた。なんで魔法使いって箒で飛ぶんだろうな。だってどう考えてもお尻を乗せるのに適さない。鉄棒を跨いで一回転する技を小学生の時にやったことがあるが、正直ナニがアレで超痛かった。……いや、それはお兄のやり方が間違ってたんじゃ……ともかく俺は箒なんて不安定なものに乗るのはおかしいと思う。よって新しい魔法使いの乗り物を提案したい!……例えば?……えっと、ソファとか?……持ち歩き不便過ぎるよ。それに見た目が死神ディストとか嫌すぎる。……死神?何のことか分かんねぇけど、じゃあ軽量化して座椅子ならどう?……前のめりになったらすぐ落ちそう。……安全ベルトつけたらいいじゃん。……っていうかさ、アラビアとかの魔法使いは絨毯で空飛んでるんだけど知ってた?……何それ!なんでイギリスの魔法使いもそうしないの?!

 

「アダムは箒で飛んだことある?」

 

 俺がどうやって魔法のじゅうたんをイギリス魔法界に定着させるかを悩んでいると、ハリーがそう言って尋ねた。魔法界育ちのロンやシェーマスが箒に乗った時の話をひっきりなしにするので、ハリーは不安らしい。ネビルも祖母から箒に乗ることを禁じられていたらしく、今はハーマイオニーが本で読んだ飛行のコツを説明しているのを、必死に聞いて不安を紛らわせているようだった。

 

「ないこともない。ただ、俺にはその才能がなくてね。正直、今日の飛行訓練は憂鬱でしかないよ」

 

「アダムは魔法使いの家で育ったんだよね?」

 

「ああ。でも、飛べない奴もいれば、飛べてもへたくそな奴もいる。結局のところこういうのは才能と努力次第さ」

 

 俺がそう言った途端、空にふくろうの大群が現れた。配達の時間だ。頭上から一羽のふくろうが目の前に降下し、トットット、と足踏みしてピタリと目の前に着地した。いつぞやのイケメンふくろうだった。俺の前にほらよと言わんばかりに手紙を投げ、ベーコンを咥えて去って行く。心なしか、羽ばたきの音が他のふくろうよりも切れ味鋭い気がするんだが。

 

「両親から?」

 

「え?ああ、いや。父からだ。母は昔に亡くなってる」

 

「あ、ごめん……」

 

 羨ましそうに俺の手紙を見ていたハリーは、ハッとして謝った。俺はいいよと気にしていない事を伝える。ハリーは両親がいない事もあり、手紙を受け取ることがない。以前に一度受け取っているのを見たが、どうやら入学時にホグワーツ特急から城まで案内してくれた大男、ハグリッドからのお茶のお誘いだったようだ。そのせいか、他の生徒たちが手紙を受け取っているのを見る目はどこか悲しそうだ。

 俺に届いた手紙は、またもやイヴと俺両方に宛ててあった。父はすごく良い人だが、こういうところはとても物ぐさだ。……支障はないんだしいいじゃない。ほら、読んで読んで。……はいはい。

 

「ばあちゃんから、思い出し玉が来た」

 

 俺が心の中で読んでいると、ネビルがガラスの玉を目の前に掲げて言った。祖母から受け取った荷物に入っていたようだ。ネビルは首をかしげるハリーにそれが何かを説明するが、「何かを忘れていると赤くなる」と説明しながら握った玉が赤くなってしまった。丁度その時、わざわざスリザリンのテーブルからこちらへ移動してきたドラコがネビルから玉を奪った。後ろに従えたグロッブとゴリル……クラッブとゴイルだよー。……そうそう、その二人と一緒になってニヤニヤとネビルを見下ろす。ハリーとロンは素早くそれに立ち上がるが、何かを言う前にマクゴナガル先生が現れた。

 

「何事ですか?」

 

 厳しい目がテーブルをサッと撫でる。それだけで、何か悪い事をしたような不思議な感覚になる。例えば、テーブルの上のパンくず。特に散らかしてはいないが、もっとお行儀よく食べれたんじゃないかとか。そういった事が急に気になるのだ。……気にし過ぎじゃない?……イヴから突っ込まれる。でもあの視線に逆らえる人間なんている?

 マクゴナガル先生の介入で、特に何かが起きる前にドラコは思い出し玉を置いて去った。ネビルはそれをポケットに入れてドラコを睨む。全く、何であいつはグリフィンドールにちょっかいかけたりケンカをふっかけるんだ?……スリザリンだから、でしょ。こちら側から言わせてもらえば、グリフィンドールはどうしてスリザリンを攻撃してくるんだ?俺たちはまだ何もしていないのに、だよ。廊下ですれ違う時とか、めっちゃ睨んでくるからね?……あー、鶏が先か卵が先かってやつか?……最初はイメージでスリザリンは嫌な奴、グリフィンドールは嫌な奴と思っていたのが、睨んだりいざこざがあったりして、いつの間にか本当にそうなるってのが怖いとこだよね。……寮のイメージか。……言っとくけど、イメージ以前に性格の不一致や心理学的要素がてんこ盛りだからね?……心理学的?……そう。育って来た環境が違えば、好き嫌いだって違うし、セロリが好きって……やめろ訴えられるぞ!……つまり、単純に相手が好きかどうかなんだよね。最終的には。そんで、お互いが好きになる心理を考えてみる、と。お兄、そういう本読んでたじゃん。

 言われて、俺はああ、と思い当たる。前世に読んだビジネスのコツ、心理学の本だ。客の懐に飛び込むために、手っ取り早く仲良くなる方法。まず初対面での印象。相手を褒める。共通項を探す。距離を物理的に縮めるなどなど。

 有名な例で言えば『吊り橋効果』。一緒に危険な体験をすることで、一気にお互いに好意を持つ事になる。あれは決してただドキドキを勘違いしたという訳ではなく、心理学的なステップを踏んでそうなるのだ。

 そういう心理学に当てはめれば、なるほど、この組み分けの寮制度と言うのはなんとも罪作りだ。同じ寮の仲間はどんどん仲良くなる仕組みになっている。ビジネス会話で相手と仲良くなる基本は同意だ。もし自分の考えと違っていた場合でも、返事はまず「YES」から入る。間違っても相手の意見を否定しちゃいけない。だが、他の寮だと否定から入る事が多くなるだろう。「授業かったるいしサボりたい」と言えば、グリフィンドール寮生なら大多数が「そうだね」と答える。でもハッフルパフは?レイヴンクローは?スリザリンはどう答えるだろう?

 そんな居心地のいい仲間たちの集団に属していて、果たして他の集団の人間とあえて仲良くなろうとするだろうか?特にスリザリンなんて初対面時にはマイナスイメージが付加されている。相手もこちらに対してそうだ。好意は伝染するが、悪意もまた伝染する。その状態でどうやって相手に好意を抱けばいいのだろうか。……おおう、話を振ったのは私だけど、お兄ってば真剣に考え過ぎだよ。……え、今って真剣な話してたんじゃないの?

 そろそろ移動しよう、と誘ってきたディーンに頷いて俺はため息を吐いた。色々考えてはいるが、正直な感想を言えば俺もスリザリン生は苦手だし、あえて友達になりたいと思うやつもいない。あ、ダフネちゃんとか可愛い子は別ね?

 

 

 

 午前の呪文学で『机に置いた豆をコロリと動かす』のを練習した後、昼食を食べて薬草学の教室へ向かう。スプラウト先生がたくさん生えている植物の中から、ひとつの葉っぱを指さした。うーん、俺には紫蘇(しそ)の葉に見える。

 

「この植物が何か、分かる人は?」

 

 即座にハーマイオニーの手がびゅんと挙がる。風を切る音が聞こえたのは気のせいだろうか。っと、ハーマイオニーを横目で見る俺の視界にネビルの手首がちょこ、と挙がるのが見えた。俺はその手をぐいと掴んで上げさせる。

 

「はい、ネビル・ロングボトム」

 

 ハーマイオニーの不満そうな視線が痛い。が、ネビルのなんてことするんだよ、みたいな視線の方が近い。俺は指で先生を指して、ほら早く答えろよと急かした。

 

「……い、イラクサです」

 

「正解です、ロングボトム。これはイラクサと言います。先日、魔法薬学で材料として扱ったと聞いていますが、その時はすでに干した状態だったはずです。では、この生えているイラクサを扱う時に気を付けるべき事は何だと思いますか?」

 

 ハーマイオニーの手が挙がると同時に、俺もネビルの手を挙げさせる。ちょっと!というネビルの小さな抗議の声が聞こえたが無視した。

 

「では、ロングボトム。続けて答えられますか?」

 

「あ、あの……茎や葉っぱに産毛の様な刺があって、触ると痛くなったり、腫れたり……します……」

 

 尻すぼみになるネビル。だが、スプラウト先生はにっこりと笑って「正解です」と答え、グリフィンドールに一点をくれた。俺もネビルにニヤッと笑ってやる。ネビルは赤くなって俯いた。

 

 

 

「もう!勝手に僕の手を挙げないでよ!」

 

「悪い悪い、でもネビル答えられるじゃん」

 

「そうだとしても!」

 

 授業が終わると同時に、ネビルと俺は教室を出る。ぷりぷりするネビルに謝りつつ、俺はネビルが内心喜んでいる事に気付いていた。まあ、口元がさっきから笑わない様にしようとひくひくしているからバレバレだ。寮に得点できたのが嬉しいのだろう。

 

「あんなの、私だって答えられたわ」

 

 ツンとした声がそこに割って入る。ハーマイオニーだ。手を挙げていたのは知っているし、授業での才女っぷりはすでに全員が知っている。あの場面でなぜスプラウト先生がハーマイオニーを無視してネビルを連続指名したのか。それは普段、ハーマイオニーばかりが答えているからだ。それをわざわざ言いに来る辺りが、なんというか……。

 

「ハーマイオニー。そりゃそうだよ、君に分からない事なんてないもの」

 

 しかし、当のネビルはにこにことハーマイオニーにそう返す。ハーマイオニーは毒気を抜かれた顔をして頷いた。そして、自分がちょっと嫌な言い方をしたと気付いたらしい。

 

「あー……薬草学は得意なの?」

 

「うん、僕、この教科好きなんだ」

 

「そう。じゃあ、今日の宿題一緒にやらない?」

 

「いいよ!……あ、でも」

 

「彼も一緒で構わないわ」

 

 ハーマイオニーがチラリとこちらを見る。まあ、根は悪い子じゃないんだよなぁ。俺は乗り気なネビルに水を差すつもりはなかったので頷いた。ホッとした様にはにかむハーマイオニー。うん。やっぱりちゃんとすれば可愛くなると思うんだよなぁ。……まあ、あれだよ。その変身はダンスパーティーまでのお楽しみだよ。……ダンスパーティー?ああ、そういえばあったな。……今からダンス練習しておかなきゃね!……ダンスパーティーか。女の子のドレス姿が見られるとかホグワーツ最高だな。

 

「箒を選ぶときはなるべく枝がまとまったものがいいらしいわ。そして乗る時の重心は……」

 

 いつの間にか薬草学からハーマイオニーの箒飛行教室へ会話の内容がシフトしている。今から始まる飛行訓練がやはり気がかりの様だ。俺は皆に笑われるのかなー、嫌だなーと思いながらその少し後ろを歩いて行った。

 

 ザ・体育の先生といった風のキビキビした先生が、飛行訓練の担当教師だった。フーチ先生は鷹のように鋭い目つきに、ベリーショートの髪型。運動が得意そうな雰囲気がバシバシしてくる。グラウンドに等間隔で並べた箒。その隣に立つよう指示され、俺は適当な箒の隣に立った。ネビルはうろうろと箒の周りをうろつき、やがてこれだ、とばかりに位置に着いた。さっきハーマイオニーが言っていた、なるべく枝がまとまったものを探していたのだろう。ハーマイオニーもお目当ての箒が見つかったのか、緊張した様子で立っている。というか、今は緊張していない人間の方が少数か。

 

「こんな箒で空を飛ぶなんて、正気じゃないよ」

 

 俺の呟きに、隣にいたロンが顔をしかめる。いやだって、箒だよ?絶対に絨毯の方が乗り心地最高だよ?……諦めなよお兄。魔女と言えば大鍋と箒。ハッキリ分かんだね。……いや、俺は諦めない。いつか絶対乗り物改革を起こしてやるぞ。

 やがてフーチ先生の指示で、一斉に「上がれ」と声が聞こえる。箒を見つめ、俺も上がれと発生する。ピタリ、と手に飛び込んで納まる箒の柄。周りを見れば、一発で成功した生徒は少ないようだ。魔法使いの家で育った子はさすがに何度かやれば成功している。慣れだから仕方ないかな。俺の感覚的には、これは自転車に乗る時の様なものだ。一度乗り方を掴めばそんなに苦労しない。それが証拠に飛行訓練は一年生時のみの教科だ。

 ところが、初めての人間に対して嘲りを隠さない人間がいる。ドラコを始めとするスリザリン生の何人かは、未だ箒が手に納まらない生徒にくすくす笑いや、わざと指をさしてこそこそ喋る姿を見せつけた。ネビルはその煽りをくらっている一人で、顔を真っ赤にしながら必死に上がれと連呼する。焦る気持ちでますます上手くいかないという負の連鎖。場所が遠いせいで、背を叩いて落ち着かせてやることも出来ない。眉をしかめてその様子を見る事しかできないのがもどかしい。

 ああいう光景を見てしまうと、やっぱりこの二寮が仲良くするのは不可能なんじゃないかと思えてしまう。公平を期すために言えば、グリフィンドールの方に全く非がない事もない。現に「上がれ」と声をかけて失敗したスリザリンの生徒を、シェーマスが「スリザリンなのにできない奴もいるんだな」という類の事を言って笑っていた。それを差し引いても、スリザリンの方が悪質だとは思うが。

 

「イヴはこれ、得意なの?」

 

 聞こえてきた声に目を向けると、一発で手に収めたイヴはブルドック女子……パンジー・パーキンソン。……そのパンジーに尋ねられていた。逆側にはダフネちゃんがいて、一生懸命箒に「上がって、お願いだから」と声をかけていた。何アレ可愛い。

 

「得意と言うほどでは。聖二十八族の皆様には敵いませんよ」

 

「そう?」

 

 微笑んで答えたイヴに、パンジーは「でしょうね」とでも言いたげだ。イヴの隣の純貴族のダフネちゃんが苦戦してようやく箒を手にできたのはなかったことになっているらしい。……まあ、パンジーだから。……その一言で片づけちゃって大丈夫なの?……大丈夫大丈夫。それよりダフネさんからダフネちゃんに呼び方変わってるんだけど。……心の距離を縮めようかと思って。……実際には話すらしたことないのに?

 妹に軽く心を抉られる。酷い。

 

 その後、先生から乗り方や柄の握り方の指導があり、俺たちはついに飛ぶことになった。まずは二メートルほど浮いて降りる。二メートルか。俺は自寮から笑われ、蛇寮からバカにされる未来を思い浮かべてため息を吐いた。……お兄。私ね、ハリポタを映画でも観たし、原作も何度か読んだし、なんならイベントで薄い本も買ったんだよね。……ん?いきなりどうした。薄い本ってなに?……それで、この世界に生まれて、思った事があるの。……ハリポタ転生ひゅう~!って?……『()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ネビル!」

 

 いつになく真剣で重いイヴの言葉に首を傾げる前に、周りの空気が一変した。フーチ先生の鋭い声にそちらを見ると、ネビルが空高く浮上していくところだった。黒ひげ危機一髪のごとく勢いよくポーンと跳ねあがった後、今度はきりもみをしながらさらに高度を上げていく。全員が見守るしかなかった。俺たちはまだ一年生で、暴走する箒から友人を助ける魔法なんて覚えていない。

 先生なら、とフーチ先生を見ると、杖を出してはいるが迷っているようだった。なぜと思う間に、ついにネビルの手が箒から剥がれる。地面に叩きつけられる姿に、心臓が止まる、ような気分だった。

 

「ああ、手首が折れてるわ。ネビル、大丈夫ですから。医務室に行きますよ」

 

 涙でぐしゃぐしゃのネビルを立たせ、フーチ先生は他の生徒をぐるりと見まわした。

 

「箒に触らず、そのまま待つように。空を飛ぶ危険性は今しっかりと見たはずです。それが分からず足を地面から浮かせた者は、退学になる事を覚悟するように」

 

 フーチ先生の姿が見えなくなると同時に、生徒たちが騒めきだす。その中で俺はイヴを見つめていた。パンジーからさっきのネビルが間抜けだったと話を振られ、微笑みながら頷く姿。原作は改変してはいけないと、あいつは言った。そしてネビルが連れていかれて、俺はようやく思い出した。この光景を俺は知っている。

 

「見たか?あのロングボトムの間抜け面を」

 

 ドラコの声が聞こえた。わざとこちらに聞かせるような声に、側にいたロンやハリーも目を向ける。ネビルのポケットからいつの間にか落ちていた例の『思い出し玉』を拾い上げ、ドラコはお供の二人とネビルを貶める。

 

「その玉を返してもらおうか。それはネビルのものだ」

 

 ハリーが一歩前に出た。正義感からか、単に怒りからか。やや強い口調のハリーにドラコが一瞬表情を消して見返し、そしてニヤリと笑った。

 

「ロングボトムのものであって、お前のじゃないだろう、ポッター?」

 

「僕がネビルに返す。同じ寮の人間の方が返しやすいはずだ」

 

「確かにね。……だが断る」

 

 ドラコはガラスの玉を宙に放り投げ、落ちてきたところをキャッチして言った。――何か言わなくてもいいのか、イヴ。だが断るって言葉、聞いた事あるぞ。……いいの?そんな事言って。今そんな気分じゃないんじゃない?……まあな。……怒ってないの?……怒ってないと思うのか?だが、それで会話をしなくなるほど俺は子供じゃないしお前との付き合いも浅くはない。……そっか。うん、そうだね。

 ドラコがハリーを挑発して、箒にまたがり空に誘う。ハリーはそれを見て、箒にまたがった。

 

「ダメよ!先生の言葉を聞いていなかったの?」

 

 ハーマイオニーが止める。ハリーはそれに答えを返すことなく飛び上がった。

 

「どうして後先考えずに行動するのかしら!ネビルの様に怪我をするとは考えなかったの?それに、減点されるかもしれないし、下手をしたら退学なのよ?!」

 

「落ち着けよ、ハーマイオニー。ハリーは箒で飛ぶのが得意そうだ。ほら」

 

 隣に立って宥めながら、俺も空を見上げる。ドラコがハリーと何かを話しているが、さすがに何を喋っているのかまでは聞こえない。ドラコはガラスの玉を思いっきり振りかぶって投げた。クィディッチではなく野球が流行っていれば、ドラコは強肩として活躍したのではないかと思うような見事な投げっぷりだ。……この一件で、ハリーはクィディッチ選手になる。それは今後の話の展開に、絶対に欠かせない要素だと思ったから。……それに、ネビルは手首を骨折するだけで、大きな怪我はしないし、か?……うん、そう。そう思った。

 イヴの声は苦々しかった。手首を骨折するだけ。大きな目的の前の小さな犠牲ってやつだ。ただ、その犠牲を仕方がないと割り切る事は出来ないのだろう。むしろそうであってホッとしたというのが本音だ。ただ、だからといって納得は出来ない。理解は出来るけどな。

 見事にガラス球をキャッチしてみせたハリーと、それを目撃して連行していくマクゴナガル先生。城へと遠ざかっていく二人を眺めながら、俺は今学期の終わりの事を考えていた。イギリス魔法界を恐怖の底に叩き落とす闇の魔法使い。それを確実に倒すためには原作を改変してはいけない、か。

 

 

 それが正しいのかどうか、俺には分からないし、多分――分かる事はないだろう。

 



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ナース・スチュワーデス・婦警さんはコスプレ3種の神着だと思ってたんだけど妹がナースになったせいで夢がひとつ儚く散ったんだ。あれは悲しい瞬間だったさ!

三頭犬と聞いて出てくるのはドードリオ。トライアタックは何故ノーマル技なのか。解せぬ。ランダムで3属性どれかとかだと面白かったのにな。
まあ多分、そんな不確定な技はすぐリストラするけど。


 

 夕食時、俺はハーマイオニーの隣にいた。今夜、俺とハーマイオニーはネビルと一緒に宿題をする予定だったが、今ここにネビルはいない。

 

「大丈夫かしら、ネビル……」

 

 ハーマイオニーの呟きに、俺は「大丈夫だよ」と返す。実際、ネビルは医務室に行ったわけだし、校医のマダムは腕がいいと評判だ。ただ、俺の返事が弱かったせいか、ハーマイオニーを逆に不安にさせてしまったようだ。申し訳ない。

 俺は目をスリザリンのテーブルに向けた。イヴが友人たちと喋っている。時折場がワッと沸く様子が見えた。ジェスチャーでそれが先程のネビルの事を笑っているのだと分かる。ドラコは手を叩いて嬉しそうに笑い、お供の二人はそれに追随する。パグ犬、もといパンジーはゲラゲラとお腹を抱え、名も知らないスリザリン生も嘲るように笑っていた。イヴは微笑んでいる。それが心からではないと分かっていても、やっぱりいい気分じゃない。……そう思うんだったらこっち見ないでよ。……見ちゃうんだよ。ため息を吐いた俺に、ハーマイオニーがそうだと声を上げる。

 

「この後、ネビルのお見舞いに行かない?」

 

「ああ、いいね。ネビルは晩飯食ったのかな?何か包んでやるか……」

 

 その辺にあったナプキンを広げてパンにハムを挟んでいると、ハーマイオニーが俺の腕を肘でつんつんした。何だと顔を上げると、ハリーの後ろにドラコがニヤニヤ顔で立っている。そこそこ距離はあったが会話の内容は聞こえた。真夜中の決闘を申し込むドラコとそれを受けるハリー。というかむしろロン。ハーマイオニーは憤慨して意見しに行ったが、あえなく玉砕して帰って来た。

 

「規則を何だと思っているのかしら!」

 

「ま、男の子ってのは基本的にバカだからなー」

 

「そういうアダムも男の子でしょ?まさかあなたも彼らが正しいと言うつもり?」

 

 眉を吊り上げる彼女に、俺は落ち着いてと手を挙げる。

 

「正しいとは思っちゃいないけど、気持ちは分かるって事。規則を破るとどうなるかっていう事を考える前に行動しちゃうんだよ、男の子は」

 

「一体何のために頭がついていると思ってるの?」

 

「手厳しいな、ハーマイオニー。でも、男の子もいつかは成長するさ。女の子を守る王子様にふさわしくね」

 

 ネビルへの即席サンドイッチを包む俺に、ハーマイオニーは不思議そうな顔を向ける。じっと見つめられるとなんだか照れるな。

 

「私、時々アダムがうんと年上に見える時があるわ」

 

 ぎっくんちょ!と内心でビビりつつも、俺はわざとふざけた様に顎の下で手をピストルの形にしてニヤリと歯を見せて笑った。効果音はキラリーン!だ。

 

「ふふふ、俺の大人の魅力に惚れちゃったかい?」

 

「いいえ」

 

 ふざけたとはいえ容赦なくバッサリやられた。……頑張れお兄、傷は浅いぞ!……ああ、ありがとうよ。雑な妹の慰めに返事して俺は席を立った。ハーマイオニーとネビルのお見舞いに行くために。

 

 

 医務室の主マダム・ポンフリーは年配の女性だ。短い髪をシスターの様な布で隠し、キビキビと患者を治療する。俺がハーマイオニーと見舞いに行くとマダムは少し眉を寄せたが、ネビルの手首を調べた後「帰っていい」と言ってくれた。

 

「本来ここは飲食する場所ではありませんが、今回は許可をします。ここで食べておしまいなさい」

 

 俺がサンドイッチを持っている事に気付くと、そう許可も出してくれた。

 

「ごめんね。宿題する時間、なくなっちゃうね」

 

 サンドイッチを齧りながら、ネビルが申し訳なさそうにそう謝る。俺は気にしていないよと言って、側の小さな丸机で薬草学とは別の宿題を進めているハーマイオニーを見て苦笑する。あまりにソワソワしているので、「何かあるなら俺たちの事は気にするな」と言ったらこうなった。ハーマイオニーは器用に狭いテーブルで羊皮紙に文字を書き込み、ネビルを見た。

 

「別にいいのよ。次の薬草学の授業まではまだ何日かあるもの」

 

 ハーマイオニーはロンたちの言う通り、確かに頭がいいのを鼻にかけたところがあるし、なんだかんだ小うるさい。けれどやっぱり根は良い子だ。俺たちは明日改めて宿題をする約束をして、ハーマイオニーの宿題がひと段落するのを見計らってから医務室を出た。

 

「夜の学校って不気味だよな」

 

「やめてよ……」

 

 俺の呟きに、ネビルがぶるっと震える。石造りの城は壁の色が暗い。そのせいで、廊下にぽつぽつと設置された明かりが届かない場所は、まるで闇が待ち構えているかのように真っ暗闇に見えた。……つついたら黒くて丸いススワタリがぶわわわわっと出て来るよ!さあ、やってみよう!……やらねぇよ。っていうかススワタリって何?……お兄、世界の駿を知らないの?……誰だよそれは。……伝説の引退するする詐欺の監督だよ!名作製造機だよ!……や、分かんないす。

 暗い城内は昼間とはがらりと印象が変わる。ただでさえ分かり辛い道がさらに難易度を上げるのだ。さすがに通い慣れつつある自寮への道とはいえ、うっかり1つ曲がり角を間違えただけでとんでもない場所へ出る。おまけにご老人の絵画は早々に寝ているし、夜のお出かけをしているのか人物のいない空っぽの風景画がやたらと多い。そんな中をバカな妹の会話に気を取られたらどうなるか。ようは俺たちは迷った。

 

「信じられない。自信満々だから、てっきり分かってて進んでるんだと思ってたわ」

 

「面目ない」

 

 ハーマイオニーになじられて、俺はハーマイオニーに先頭を譲って来た道を戻る。が、またもや知らない道。

 

「アダムがさっき間違えなければ、私も迷わなかったのよ?」

 

 ツンと言い訳するハーマイオニー。ま、本当の話ではある。その時、ネビルがおずおずと手を挙げた。ちょっと前に見た事あるドアがあったというのだ。どうせ今いるのは突き当りの道だと、俺たちはそこまで戻ることにした。

 

「ご、ごめん……」

 

 ネビルが言ったドアは全く知らない場所に繋がっていた。しかも振り向いた時にはもう見当たらないという魔法のドアだ。ますます迷子になって、俺たちは一度休憩することにした。廊下の端に座り込み、誰かこの廊下を通りかからないかと耳を澄ます。なんならこの目の前の額縁に誰かが通るのでもいい。

 

「はあ……」

 

「ほ、本当にごめんなさい」

 

 深いハーマイオニーのため息に縮こまるネビル。それにハッとして、ハーマイオニーは違うのと首を振った。

 

「ネビルに腹を立ててるわけじゃないのよ」

 

「そうそう、そもそも最初に道を間違ったのは俺だしな」

 

「そう、全部アダムのせい……って、そうじゃなくって!」

 

 ハーマイオニーは言い辛そうにした後、ごめんなさいと謝った。

 

「あそこで大人しく引き返していればよかったのに、私がさらに道を間違えちゃったせいだわ。近道だと思って……」

 

「それを言うなら僕なんか、僕が余計な事言わなきゃあのドアを通る事なんてなかった」

 

「ああ、だからつまり最初に道を間違えた俺が悪い」

 

 三人で顔を見合わせる。そして、なんだか急におかしくなって笑いだした。ひとしきり皆で笑った後、俺たちは腰を上げた。

 

「さ、もう一回頑張ろう。ところで今って何時くらいだろうな?」

 

「分からないけど、医務室を出た時間を考えれば、そろそろ日付が変わるんじゃないかしら?」

 

「考えたんだけど……今見つかったら、僕たち怒られるのかな……」

 

 その可能性は考えていなかった。ハーマイオニーも口を押え、急ぎましょうと表情を硬くする。その瞬間、静かだった廊下のどこかで驚くほど大きな物音がした。これはあれだ、昔夜中に妹が腹が空いたとこっそりラーメンを作ろうとして、流し台の上の棚から重ねた鍋を落っことした時の音に似てる。……大人しくどんぶりにポットのお湯を入れて作ればよかったよ。なぜあの時私は鍋で作ろうと思ったのか。何のための玉子ポケットなのかを考えさせられた夜だったな。……いやいや、そもそもなんでこっそり夜食を食べようとしたんだよ。しかも胃カメラ検査の前日に。……父さん激おこだったねぇ。……俺も激おこだったよ!

 何の音だったんだろうと首を傾げながらも進むネビルとハーマイオニー。俺もイヴと会話しながらもついて行くが、何となく見慣れた場所に出て足を止める。

 

「ここって……」

 

「呪文学の教室の近くだわ。ここからなら帰れそう!」

 

 緊張を緩めて笑顔を見せるハーマイオニー。俺とネビルもホッと胸をなでおろした、その瞬間。

 

『生徒がベッドを抜け出した!呪文学の教室の廊下にいるぞぉお!』

 

 甲高く笑う声。まさか自分たちの事かと身を固くすると同時に、側の曲がり角から誰かがドンと俺にぶつかって来た。びっくりした俺は、それが誰かを見てさらに驚いた。

 

「ハリー?!」

 

 俺に名前を呼ばれたハリーは、俺を見るなりこっちだ!と腕を引く。

 

「えええ、ちょちょちょ?!」

 

 強引に誘われるのは女性にだけでいい。何だ何だと訳も分からないまま引っ張られるままに走る。見ればロンも一緒のようで、後ろをネビルとハーマイオニーと一緒に走っていた。

 

「フィルチだ!追って来てる!それに、ピーブズに、見つかった!」

 

「私たちを巻き込まないでよ!」

 

 ロンとハーマイオニーの会話を聞いて、俺は夕食時に言っていた真夜中の決闘の話を思い出す。ハリー達はまんまとドラコの罠にはまったようだ。

 

「ダメだ!開かない!」

 

「もうお終いだ!」

 

 走って来た先は行き止まり。ドアはあるが鍵がかかっている。ガチャガチャとドアノブを力任せに引っ張るハリーを「どいて」と押しのけ、ハーマイオニーは杖を取り出した。

 

「アロホモラ!」

 

 カチャリと音がした。瞬間、なだれ込むようにドアの向こうへ入り鍵をかける。完全にハリー達に巻き込まれた形だが、この状況でフィルチに見つかればどんな言い訳も聞いてくれそうにないと俺の勘も言っている。全員が息をのんで外の気配を窺う。フィルチが来たようだが、悪戯ゴーストのピーブズにからかわれて激怒しながら去って行くようだった。ピーブズは教師の味方でもなければ生徒の味方でもない。どちらにとっても敵だ。

 

「……危なかった。でももう大丈夫だ」

 

 ハリーが溜めていた息を吐く。俺はハリーの様に息を吐くことが出来なかった。ああ、知ってる。知ってるよこの展開!イヴの奴、また知ってて言わなかったな!……ごっめーん!てへぺろっ☆

 やけに明るい謝罪の言葉。今度は誰も怪我人が出ないからか?だが、目の前でこれを見ている俺は、だーいじょーぶーい♪みたいな楽観主義にはなれなかった。ぐるるる、と不機嫌そうに威嚇の喉鳴りを聞かせ、大きな犬の顔が牙をむきだしてこちらを見ている。しかも三つも。……ヤマタノオロチとかも思うんだけどさ、頭同士がケンカしたら大変なことになるよねー。……ねーじゃねぇよ!

 計った様に一斉に悲鳴を上げ、俺たちはドアの外へ転がり出た。そのまま一目散に寮に向かって走る。あれだけ迷いまくったのに、今度はあっさりとふくよかなレディが見張るグリフィンドールの寮の入り口に辿り着いた。帰巣本能ってやつか、ただハーマイオニーが先頭だったからかは分からない。いや、後者だな。

 

「一体どうしたの、あなた達」

 

 驚くレディに、俺は何でもないですと誤魔化して合言葉を告げる。訝し気な顔をしつつも、レディはその扉を開けた。

 

「はあ……」

 

 すぐにでも寝てしまいたいほど疲れたが、皆とにかく気分を落ち着けたかったようだ。誰が言ったわけでもないのに、全員談話室のソファに深く座る。暖炉も消え、窓からの月光だけが明るい、誰もいない薄暗い談話室。時計を見ればもうとっくの昔に日付は変わっていた。イヴの奴、いつもなら完全に寝てる時間じゃないか。絶対に分かってて起きて覗いていたな。……えへへ。……えへへで誤魔化されるか。大方俺に話しかけて道に迷わせたのも確信犯だったんだろ。……ご名答です、はい。いやでも、あんなに綺麗にハリー達と合流するとは思わなかったけど。……全然悪びれてない。飛行訓練でのあの落ち込みやシリアスな感じは一体何だったんだ。いや、確かに今回のは誰も傷つかなかったけど!

 

「見たか、あの化け物を。あんな怪獣を学校に置いておくなんて正気じゃないよ。世界で一番運動不足の犬を探せって言われたら、僕はあいつだって答えるよ」

 

 ロンが震え声で首を振る。その割にはジョークを言う元気はあるようだ。ハーマイオニーは息を整え、そのロンを睨む。

 

「どこに目を付けてるの?あの犬の足の下に何があったかちゃんと見た?」

 

「頭を見るのに精一杯だよ!頭が三つもあったんだぞ?!」

 

 言い返すロンにハーマイオニーがため息を吐く。ハリーが空気を和らげようと思ったのか、床の上じゃないの?と答えた。

 

「仕掛け扉の上、よ。つまりあの犬は、何かを守るためにいるのよ」

 

 俺はハーマイオニーを尊敬の眼差しで見つめる。正直、何がどうなっているのか知っている俺でさえ、あの状況では犬の頭に目がいって足元なんて見もしなかった。

 

「ああ、もう!私、忠告したでしょう?ドラコ・マルフォイの誘いになんか乗るべきじゃないって。それをあなた達は無視して寮の減点になる行動をした挙句、無関係の私たちを巻き込んだのよ?!」

 

 ハーマイオニーはじろりとハリーとロンを睨んだ。

 

「入学式の時、ダンブルドア校長が言っていたのを覚えている?四階の廊下に立ち入れば死ぬ!私たち、もしかしたら死んでいたかもしれないし、下手をしたら退学だったのよ?――全く、これ以上付き合っていられないわ」

 

 足音荒く、いや絨毯があるので実際は何の音もしないが、とにかく怒っているとアピールして女子の部屋に去って行くハーマイオニー。ロンとハリーは顔を見合わせて好きで巻き込んだんじゃないという類の愚痴を言い合う。俺もネビルと顔を見合わせたが、それはもう寝ようぜ、という合図のためだった。

 ハリー達は落ち着いて来たのか、今度はあの三頭犬が何を守っているかという事に気を取られているらしかった。ベッドに潜ったハリーがロンにそれを喋っているのが聞こえたが、疲れていた俺は最後まで聞くことなく眠りについた。

 

 

 

 

 

 



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アクションのRPG戦闘では下手に人外の敵よりトロールみたいな人の形をした敵の方が攻撃を当てやすい!と言う訳で↑↑↓↓←→←→BA!!…え、違う?

アクションRPGは苦手です。
かぼちゃは好きです。


 

 ハーマイオニーはあの夜の一件以来、ハリーとロンを避けていた。ロンは知ったかぶられなくてせいせいすると言っていたが、俺としては全く反省の色が見えないロン達に少し腹が立っていた。理由や経緯はどうあれ女の子を危険な事に巻き込んだ、その事に少しも罪悪感がないようだ。むしろ、なんであんな凄い冒険が出来たのに怒っているのかと言いたげだ。……全く、これだからグリフィンドール脳は。……いや、さらりと貶めるのやめて。俺もグリフィンドールの一員だし、ハーマイオニーもグリフィンドールの人間だから。……その内みーんな朱に交わって赤くなるから問題ないよ。大丈夫大丈夫。……全然大丈夫くないやつだろそれ。

 なんにせよ、俺もしばらくハリー達とは距離を取りたかったので、ネビルとハーマイオニーとの宿題の会はありがたかった。なにせ、ハーマイオニーといればあちらから声をかけられることはない。ネビルも、ハーマイオニーが丁寧に勉強を教えてくれるのでありがたがっていた。

 

 授業は相変わらず面白かった。あれから頑張って練習したかいもあって、マッチは爪楊枝から針に進化を遂げた。……人、これを成長と呼ぶ。……そうだな。お前もちゃんと針に成長したんだろ。よかったな。……うん、ずっと爪楊枝しか作れなかったらどうしようかと思ってたよ。

 ついでに言えば、魔法薬学でも今のところマシなものが作れている。極端な失敗はしていない。ネビルが時々やらかしそうになるが、基本的にはあの授業の雰囲気のせいだ。落ち着いてやらせればそうそう大きな間違いはしない。……時々ドジはかますんでしょ?……だって、ドジっ子担当なんだろ?しょうがない。

 薬草学は逆にネビルに頼りっぱなしだ。俺は園芸とか苦手だし、植物の見分けがあんまりついていない。その点ネビルは詳しく丁寧に教えてくれる。……お兄は夏休みの朝顔を毎年枯らしてたもんね。……クラスで植えたチューリップ、俺だけ芽が出なかったのは今も軽いトラウマだ。

 呪文学も悪くない。これぞ魔法という感じがして、覚えるのは楽しい。……逆に魔法史は全然面白くないよ。なんだってあんなつまんない授業がこの世に存在するんだろう?……確かに、あの授業は毎回気付くと寝てしまっていてきちんと最後まで受けれたためしがない。……闇の魔術に関する防衛術もどうかと思うよ?くっさい。……にんにくの臭いがなぁ、頭が痛くなるよな。……授業が終わった後、自分に臭いが染みついてるのが嫌。ダフネもいつも、早くお風呂に入りたいわってしずかちゃんみたいな事を言ってるよ。……ダフネちゃんの入浴シーンかぁ。……想像しなくていいから。ロリコンって呼ぶぞ!……ロリコンって俺たち一応同い年だよ?!

 天文学はちょっと感じが違って面白いよな。……夜中に授業って今までないもんね。……天体望遠鏡で星を見るとか、なかなかロマンがある。授業というか単に楽しい。……それは同意する。

 

 さて、三頭犬と出会ってしばらくしたある日、ハリーに箒が届いた。部屋で聞いた話だが、本来一年生はクィディッチの選手にはなれない。しかしハリーは規則を超えたのだ。マクゴナガル先生からの強い推薦で、一年生にしてクィディッチチームのシーカーになった。これは百年ぶりの珍事らしい。……わあい、主人公補正ってやつだね!……そだね!って事で、必然ハリーは週に何回かある練習に参加することになり忙しそうだった。俺はクィディッチの良さがあんまり分からないからロンほど喜んではしゃいだりはしなかったが、シェーマスは興奮気味だった。……因みにドラコは歯ぎしりして地団駄踏んでたよ。……坊ちゃんはなんであんなにハリーに突っかかるんだ?ほっときゃいいのに。……プライド高いからね。列車で友達になろうって誘ったのを、ハリーが断ったのをよっぽど根に持ってるみたいよ。……本当これだから坊ちゃんは。

 

 その日も、俺はネビルとシェーマス、ディーンと朝食に向かった。ハリーとロンはもう先に行っていたので、残ったルームメイトで向かう事にしたのだ。途中、ハーマイオニーが一人で歩いていたので声をかけて立ち止まると、シェーマスたちは先に行ってるぜと早足に行ってしまった。残ったネビルと俺は肩をすくめ、ハーマイオニーを誘って朝食に向かう。

 

「ハーマイオニーのルームメイトは先に行ったのか?」

 

「ええ、パーバティとラベンダーは仲がいいから」

 

 男の子が六人で一つの部屋を使っているのに、女の子は三人で一つを使っているらしい。聞いた感じでは部屋の大きさは違うようだが、羨ましい話だ。今はまだいいが、これから成長して体もがっしりしてきたら、六人部屋はさぞむさくるしいだろう。……原作では五人だけどね。お兄がいないから。……俺のせいなの?!いや、五人でもむさくるしいけどさ!

 

「……ねえ、私ってそんなに嫌な女の子かしら」

 

「どうしたいきなり」

 

 俺はうつむきがちにポツリとこぼしたハーマイオニーを見る。ネビルも驚いて目を向けていた。ハーマイオニーは大広間の方向を見ながら、ため息を吐く。そして歩きながらぽつりぽつりと喋り始める。

 今みたいに、ハーマイオニーが側に来ると急に用事が出来たり急いだりして皆が離れていく事。部屋でもパーバティたちと話が合わない事など。

 

「だってあの子たち、口を開けば男の子の話ばっかりで。私が授業の話をするとすごく嫌がるの」

 

「男の子の話って、誰が好きかとか?俺の名前は?出てた?俺の事イケメンって誰か言ってなかった?」

 

「落ち着きなよアダム……」

 

 思わず食いついた俺を、呆れた顔でネビルが引っ張る。ハーマイオニーも少し呆れた顔をして、しかし笑った。

 

「アダムは人気高いわよ。だからあなたの事も聞かれるの。どんな女の子が好みかとか」

 

 ううん、ここでダフネちゃんの名前を出すと、一気にグリフィンドール女子から総スカンされる気がする。……そして恐らくその予感は当たると思うよ。……やっぱり?

 

「私だって、そういう話が嫌いってわけじゃないのよ。でも、それ以上に……」

 

「勉強が好きなんだね」

 

 ネビルが言った。ハーマイオニーはそれに首を振る。

 

「少し違うわ。私は『勉強ができる私』が好きなの」

 

「えーっと、それはつまり……?」

 

 勉強が好きというのとは何が違うのかと、ネビルが首をかしげる。俺は意味は分かるが、何を言いたいのかが分からず首をかしげる。

 

「ようするに、知ったかぶるのが好きなのよ。皆の言う通り、私って嫌な知ったかぶりなんだわ」

 

「そんなことないよ!僕、君にいつも助けてもらってる!」

 

 ネビルの大声に、ハーマイオニーは驚いた。俺は笑ってそれを後押ししてやる。

 

「そうだな。ハーマイオニーが知ったかぶってくれなきゃ、この間の魔法薬学でネビルは大鍋を大爆発させるところだった。その前は変身術で危うく自分の手を変身させかけたのを食い止めてた。そうだろ?」

 

「それに君が助けてくれなきゃ、呪文学で豆を転がすことも出来なかったよ」

 

 にっこりと笑うネビル。ハーマイオニーは頬を赤くして嬉しそうに微笑み、丁度そこで大広間に到着した。俺とネビルは一緒に座ろうと誘ったが、ハーマイオニーは首を振って離れた場所に座る。無理強いするのも良くないと、俺とネビルはシェーマスたちの隣に座った。朝食はいつも通り、トーストにベーコンにサラダとウィンナーなど。置いてあるのはお馴染みのかぼちゃジュースだ。

 

「そういえばもうすぐハロウィンだろ。皆はかぼちゃ好きなのか?」

 

 俺が尋ねると、全員「もちろん」と頷く。

 

「もしかして、アダムは嫌いなの?」

 

「嫌いってわけじゃないけど、あんまり好きでもないかな」

 

 まさかという顔をするネビルに俺が言うと、皆は眉をしかめる。

 

「じゃあ君、かぼちゃジュース飲まないの?」

 

「かぼちゃパイも?」

 

 シェーマスとディーンも信じられないと言いたげだ。

 

「じゃあ、ハロウィンのディナーはアダムにとっては災難だな。当日はかぼちゃフルコースなんだ」

 

 近くで話を聞いていた上級生、ロンの兄のパーシーがそう言って笑った。イヴからそれを聞いていて知っていたが、やっぱりそうかと肩を落とす。食べられないほど嫌いと言う訳ではないが、苦手なものばかりが並ぶ食卓なんて地獄だ。今からハロウィンが憂鬱になる俺に、シェーマスが杖を取り出した。

 

「じゃあ、アダムのために僕がかぼちゃジュースをワインに変えてあげるよ」

 

「あー……いや、気持ちだけ受け取っておく」

 

 ハロウィン会場で爆発させるわけにはいかない。彼の特技を思い出して丁重に断る俺。シェーマスは遠慮しなくていいのにと肩をすくめた。そう言えば、ハロウィンに何かあった気がする。猫が可哀想な目にあったような。なあ、あったよな、何か。おーい、イヴさーん?

 返事がない。首をかしげてスリザリンを見ると、イヴは金髪オールバックと会話をしていた。見た感じ、フォイフォイが何かをイヴに渡している。何だろう?袋?その隣に同じ袋を持ったパンジーがいるところをみると、皆に配っているのか。お菓子かな?

 

「そういや、ホグワーツって家庭科室みたいなところはないのか?」

 

「家庭科室?なにそれ」

 

 ロンが首をかしげる。俺は料理できるところ、と答えながら、そう言えばホグワーツに副教科がない事に気付いた。家庭科と技術みたいな授業はないのか。そうか。調理実習で女子の作ったマフィンをチラチラ見ながらドキドキすることもないのか。

 

「ぼ、僕、暗黒物体のチョコレートも、でろでろの卵液もいらないよ……!」

 

 何を勘違いしたのか、ネビルが泣きそうな声で俺に訴えた。いや、そういえばそんな話したな。忘れてたよ。俺は今にも席を立って逃げだしそうなネビルを捕まえて宥めながら、目の前のハリー達を始めとする男の子たちを眺める。どう考えても料理とか出来そうにない。こいつら大きくなって自炊する事になった時、ちゃんと生きていけるのか?

 

 

 とまあ、そんな心配はさておき。毎日毎日必死に過ごしていたら、あっという間にハロウィンの日はやって来た。グッドモーニングからかぼちゃが主張するこの日は、巨大なかぼちゃを口に押し込まれる悪夢で目が覚めた。スプラウト先生が腕によりをかけて作った魔法の巨大かぼちゃをマッシュにして、マダム・ポンフリーが健康のためだと言って子供の腕くらいあるスプーンで俺の口にぎゅうぎゅうに詰め込んでくるのだ。それを冷ややかな目で見ながら「残してはいけませんよ、ミスター・キャロル」とマクゴナガル先生が厳しい口調で言うものだから、俺は必死でそのかぼちゃをもごもご咀嚼しているという、一歩間違えば何かに目覚めそうな、まさに悪夢だった。

 深呼吸して落ち着こうとすると、胸いっぱいに広がる甘い匂い。パンプキンパイを焼くこの匂いのせいで、俺はあんな訳の分からない夢を見たらしい。他のベッドのカーテンはまだ開いていない。うなされて目が覚めた俺が一番起きのようだ。……ふぁああ、お兄おはよぉ。……おはよう。早いな、イヴ。お前もパンプキンパイの匂いで目が覚めたのか?……パンプキン?なあに、それ。私いつもこれくらいにおきてるよぉおあああうふ。……欠伸交じりに訳の分からん返事をするな。っていうかそっちは匂いしないのか?めっちゃパンプキンパイの匂いするんだけど。

 これだけ充満している匂いに気付かないはずがない。まさかグリフィンドール寮にだけ充満しているのか?……多分、そうかも?いや、逆かな。うちは地下だから。ハッフルパフは確か厨房の近くだし、レイブンクローもきっと匂いしてるんじゃないかな。大丈夫なの、お兄かぼちゃの何が一番苦手って、匂いがダメなんじゃなかった?……マジか。って事は今日一日、授業中もずっとこれ?

 

 ――はい、ずっとこれでした。

 

 今日は城中にパンプキンが充満している日らしい。すっごい気分悪い。なにこれー。俺、今日だけスリザリン生になるぅ。地下に住みたいぃ。

 などとテンションだだ下げていた俺は、フリットウィック先生の呪文学も半ば死んでいた。いつもならネビルやハーマイオニーと仲良く授業を受けるのだが、今日はちょっとそんな気分じゃなかった。教室の端に座った俺を心配してネビルも端っこに座ってくれたが、授業の途中で気分が悪くなった俺は手を挙げて途中退場し、医務室に向かった。フリットウィック先生には悪いが、後日補習を受けさせてもらおう。

 かぼちゃの匂いで気分が悪くて吐きそうだと訴えた俺を、マダム・ポンフリーは呆れた顔をしたが手厚く看病してくれた。天使かなと思ったが、胸焼けを治すためだとくれた薬はかぼちゃよりひどく吐きそうな匂いと味だった。これどっちがマシかって話ですね。

 

 

 

「アダム、具合はどう?」

 

 医務室で大人しく横になっていた俺は、いつの間にかぐっすり眠っていたらしい。薬のお蔭だろうか。ネビルの声で目が覚めた俺は、その瞬間意識に訴えてきたパンプキンに眉をしかめつつも大丈夫だと体を起こした。

 

「ところで今何時だ?」

 

「もうディナーの時間だよ。大広間は今頃かぼちゃまみれだと思う」

 

「もうそんな時間か……」

 

 大広間のテーブルに溢れるかぼちゃフルコースが目に浮かぶ。って、ちょっと待てよ。

 

「なんでここにいるんだよ、ネビル。ディナーに行かなくていいのか?」

 

「いいんだ。アダムがこんな事になってるのに、僕だけ楽しめないよ」

 

「気にするなよ。俺はかぼちゃが苦手だけど、ネビルは楽しみにしてたじゃないか」

 

「そうだけど……」

 

 ネビルは一瞬迷う様な素振りを見せた後、俺が教室を出た後何があったのかを教えてくれた。二人一組になって羽を浮かす実践訓練で、フリットウィック先生に運悪くペアにされたロンとハーマイオニー。例によってハーマイオニーはロンに口出しをして、ロンはそれを知ったかぶりだと気分を害した。

 

「ハーマイオニーは親切で教えてくれたんだ。ロンがあんなに怒るのはお門違いだよ」

 

「ううん……多分、ハーマイオニーの言い方が、ロンには気に障るんだろうな。それにほら、男として女の子に格好悪いところを見られたくないっていう無意識の防衛反応とかもあるんじゃないか?」

 

「それじゃあ、単なる八つ当たりじゃないか!」

 

 ネビルの言葉はもっともだ。俺は授業の後、ロンの心ない言葉に泣いてハーマイオニーがトイレにこもっていると聞いてため息を吐いた。女の子相手にロンは何をしてるんだか。

 

「僕、声をかけてあげたかったんだけど、女子トイレには入れないから」

 

 同室のパーバティとラベンダーが声をかけに行ったらしいが、ハーマイオニーは出てこなかったそうだ。あの二人ともあまり上手くはいっていないみたいだったしな。せっかくのハロウィンだっていうのに、可哀想にハーマイオニーはトイレで泣いているのか。

 

「ロンはハーマイオニーが泣いてトイレにこもってるっていうのに、ハロウィンに夢中なんだ。大広間は確かにすごい飾り付けだったけど……」

 

 なるほど、ネビルはハーマイオニーを泣かせた張本人が呑気にディナーを楽しんでいるところに居たくなかったのか。納得した俺は、ネビルに寮に帰ろうと声をかけた。このまま起きていても腹が減るばかりだ。こういう時は眠ってしまうに限る。もしもハーマイオニーが帰って来ているなら、慰めてやりたいしな。

 

「ちょっとだけならお菓子があるよ」

 

「でも寝る前にお菓子はなあ……美容に悪い」

 

「アダム……」

 

 ネビルが呆れた顔をするが、男だって気を使うべきなんだからね?年頃になってお肌ブツブツの顔になりたくないだろ?そこのところを説明しようとした俺は、マダム・ポンフリーに医務室を出るのを止められた。え、そんな重病人扱いなの?と思った俺は、マダムの顔が険しい事に気付いて首を傾げた。

 

「今、連絡がありました。校内にトロールが侵入したという話です。安全のため、二人とも今日はここに泊まりなさい」

 

 トロールの言葉にネビルの喉がひゅっと鳴った。俺は分かりましたと頷いて、ネビルとベッドに戻る。

 

「どうして学校にトロールなんか……」

 

 ネビルの声が震える。俺はトロールと聞いて、今日がハロウィンで、ハーマイオニーがトイレにこもっているというのを思い出して、そういう事かと思っていた。()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「ま、ここなら大丈夫だろ。へたに廊下をうろうろしなけりゃ安全さ」

 

「そうだね……うん。そうだよね。ハーマイオニーは大丈夫かな……」

 

「先生が動いてるんだ。ダンブルドアもいる事だし問題ないよ」

 

 いや、本当はあるんだがな。

 でも放っておいても大丈夫で、むしろ今となればその方がいいだろうと俺は判断する。下手なタイミングで介入するよりは、このまま原作の流れに沿ってトロールを三人でやっつける方が安全だろう。誰も怪我しない様にと、俺は内心で祈るしかできない。

 マダムが大広間のディナーが中止になったので、と。各寮に運ばれた料理のおこぼれを俺達にも持って来てくれた。狭い机に広げられるかぼちゃ祭り。俺はそれを全部ネビルに押し付けて、ベッドに頭まで潜り込んだ。

 

 

 



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クィディッチのルール考えたやつって本当何考えてあんなルールにしたんだ?オリンピックだってしょっちゅう採点方法変わるんだからそろそろ誰か改正しろよな!

飲み過ぎて吐いて体調崩して風邪ひいてたらめっちゃ投稿遅くなった。別にHUNTER×HUNTERを1巻から読み直してたとかそんなんじゃないから。幽白を冬のボーナスで一括購入する予定とかもないから。昔母親に全巻捨てられた事を今も根に持ってるとかそんな事もないから。

あ、これ魔法学校の話だったっけ?



「一体、何が起こったの?」

 

 ポカンとしたネビルの声。目の前には仲の良さそうなハーマイオニーとロン、そしてハリー。俺は何があったかを知っているので大丈夫だが、ネビルにしてみりゃ不可思議だよなぁ。あの状況が一晩でこれだからなぁ。……でもこれで原作通りに進んだわけでしょ。これで一安心って言うか、まあ、このケンカを乗り越えなきゃ未来はなかったって言うか。……ああ、そうだな。だから俺がかぼちゃに気を取られてハーマイオニーから離れるのを狙ってたって訳だ。……あー、うん。ほらだって、お兄が側にいたら、ハーマイオニーがトイレにこもらなさそうだったし。へたしたらロンがトロール騒ぎの前に謝りに行っちゃいそうだったし。……それはへたしたら、なのか?ああ、もういい。

 妹との会話を遮って、俺はネビルと授業に向かう。あいつの原作への執着にはちょっとうんざりしていた。大体、もしも俺やイヴがいる事で物語の流れが変わったとして、それは自然な事じゃないのか?そもそも、俺達の存在がすでに原作をぶち壊しているんだ、もはやこれは俺やイヴが知っている『ハリー・ポッター』ではない。

 とはいえ、だ。イヴの不安も分かる。もしも変えてしまった事で予期せぬ死者が出たら。例えば今年、ネビルが殺されるような事が起こってしまったら。――俺は原作の流れを変えてしまった事を悔やまないと言えるだろうか?

 

 

 かぼちゃ祭りの後は、一気に冬がやって来た。真夏に野球やるのもどうかと思うが、この寒い中を高速で飛び回るクィディッチは頭がおかしい。シーズン到来と言う事で、ハリーは前にもまして練習に励み、寮内どころか学校中がそれについて盛り上がっていた。

 

「サッカーの方が面白いって」

 

「バカ言うなよ、それ、地面を走ってるだけじゃないか」

 

「何だよ、クィディッチなんか箒の性能の良し悪しじゃないか。こっちは選手の肉体だけの勝負だぞ!」

 

「クィディッチの事よく知らないくせに。箒の性能をどう選手がカバーするのかも見どころなんだよ」

 

 ディーンとシェーマスが言い合うのも最近ではよくある光景だ。今日も、夕食後の談話室で仲良く争っている。マグル育ちのディーンは贔屓のサッカーチームがあるくらいにはサッカー好きらしい。俺は野球派だ。それも日本の。誰とも話が合わないどころか、言い出すのも難しい。さらに言えば、今この時代の野球がどうなってるかさえ知らない。……ホームランも打つけどヒットも打つよ!……誰がだよ。なにサラッと脳内に入って来てんだよ。怒ってるんだぞ、俺は。……怒らないでよお兄。これからは大人しくするから~。……どうだか。

 サッカーとクィディッチの良さをお互い延々と語っている二人を眺めながら、俺とネビルは宿題を片付けている。ハーマイオニーは最近、ハリーとロンの二人と行動することが多く、前の様に一緒に勉強をすることは少なくなっていた。以前の様にツンツントゲトゲした態度は和らぎ、それは多分良い事なのだろうけどちょっと寂しい気分だ。

 ネビルなんて経緯を一切知らない状態でこれだ。最近、ちょっとハーマイオニー達を避けている節もある。

 

「アダムとネビルはどうなんだ?」

 

「は、え?何が?」

 

 急に話を振られて驚く俺に、シェーマスがひそひそ話で再度尋ねた。

 

「だから、あの三人の事だよ。あんなにハーマイオニーの事を邪険にしてたのにさ、何があったんだと思う?」

 

「さあ……」

 

 俺は言葉を濁して肩をすくめた。ディーンはニヤニヤと笑みを浮かべながら三人を見る。

 

「ロンはハーマイオニーに気があったんじゃないかって思うんだ。だってそうだろ?あの態度は異常だったし、あれは好きの裏返しだったんだよ。それで、付き合う事にした、とか」

 

 ディーンの推測は半分くらいは当たりなのだろう。多分、ロンはハーマイオニーを意識していた。知ったかぶりの嫌な奴だと思っていたのも本当だろうが。人の好き嫌いは複雑なものだ。……私としては、神兄さまプロデュースの攻略法説を推すね!嫌いで頭を埋め尽くして、一気に好きにひっくり返す!ってやつ。エンディングが見えた!!そして肉まんが食べたい!……相も変わらず訳が分からん妹は置いておいて。事実を知らなかったとしても、あの二人がくっついたというのは無理があるだろう。未来にどうなるかは知らんが、現在は仲のいい友達という域を出ていない。

 

「そんな事あるもんか!」

 

 だからネビルが大声でそう叫んだ時、俺はびっくりしてその顔を見た。いつも大人しいネビルのその様子に驚いたのは俺だけじゃなかったようで、寮にいたみんながネビルを見ていた。当のロン達もだ。

 

「僕は、僕はっ……!」

 

「おおお落ち着けよネビル」

 

 ディーンが動揺しながらそう言ってネビルの肩を押さえる。ネビルはそれを振り払って、走って行ってしまった。追いかけようか迷うディーンに、俺が行くと告げると寮を飛び出したネビルの後を追う。一体どうしたんだ、あいつ?……まさか、ハーマイオニーの事が好きだった、とか?ネビルにそんな設定なかったはずだけど。……また原作の話か!それはもう置いておけよ。現実に今、ネビルがどうなのかが問題だろ。……ううん。だとしても、多分色恋沙汰はまだ早い、と思うけど。こればっかりは本人じゃないとなんとも言えないんじゃないかな。……ああ、俺もそう思うよ。だから本人に聞く。

 寮を出てしばらく走ると、いつか夜中に見たドアを見つけた。ハーマイオニーとネビルの三人で入ったあの魔法の扉だ。もし間違いならネビルを完全に見失う事になるが、俺は妙な確信をもってそのドアを通り抜けた。

 

「やっぱり」

 

 廊下の端で膝を抱えるネビルの姿に、俺はホッとした。ネビルは顔を上げ、俺だとわかると目に浮かぶ涙を袖口でごしごしと拭った。

 

「アダム……僕……」

 

「ちょっと待て、ネビル。走って来て、今息が切れてるんだ」

 

 実際そこまで息切れしている訳ではなかったが、ちょっと間が欲しかった俺はそう言ってネビルの隣に座った。しばらくすると俺の息は落ち着き、ネビルの瞳も乾いて来たようだ。以前来た時に留守だった廊下の絵画は、今日も無人だった。ただ鮮やかな緑の草原が、風に揺れて波打つのを繰り返している。

 

「あの葉っぱの形と花。生息してる場所からして、多分トウヤクリンドウじゃないかな。薬として使えるんだ」

 

「へえ……」

 

 俺はじっと目を凝らすが、ただ草が揺れているようにしか見えない。白っぽい花が咲いてはいるが、あれが何かなんて分かるわけがない。

 

「アダムは分からないだろうけど、ハーマイオニーなら分かったと思うよ。彼女は物知りだし」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 ネビルは植物関連に強い。得意科目、という言葉で終わらせるのはもったいない才能だと俺は思っている。だが、ハーマイオニーのは得意科目とかいう次元じゃない。全科目多岐にわたって知識が豊富なのだ。勉強家というのももちろんだが、元々の記憶力もかなりいいのだろう。仮に俺が同じ量、同じ時間、同じ勉強をしてもハーマイオニーほど頭が良くなれる気が全くしない。

 

「こんな事言ったら迷惑かもしれないけど……僕、アダムとハーマイオニーの事、お兄ちゃんやお姉ちゃんが出来たみたいだと思ってたんだ」

 

 おお、お兄ちゃんお姉ちゃんときたか。俺は返事の代わりに頷く。同い年だろ、と突っ込みを入れるのは無粋だと思うし。……ネビルは一人っ子で、両親も側にいなかったし、祖母は厳しい人のはずだから。お兄やハーマイオニーみたいに側にいて優しくしてくれる存在に飢えていたんじゃないかな?……でも、俺としてはネビルを弟みたいに扱った覚えはないぞ。薬草学では頼ってたくらいだ。……それだけでしょ。お兄、ずっとネビルをこっそり援護してたじゃない。ハーマイオニーも、ネビルを手伝ったり、フォローする場面が多かったはずだよ。

 

「僕は、二人が好きだった」

 

 ネビルの目と声が、再び水気を増す。

 

「だから……ハーマイオニーの事を悪く言うロンやハリーが、許せなかったんだ」

 

 言われて、俺は気付く。ネビルはハリー達とあまり喋らなかった。特に、ロンとは。

 

「どうしてこんな気持ちになるのか、自分でもよく分からないんだ。けど……僕、今、ロン以上に、ハーマイオニーを許せないと思ってる……。なんでか分からないんだけど……」

 

 第三者だから分かる。ネビルはハーマイオニーの側にいて、守っているつもりだったんだ。……大好きなハーマイオニーを虐めるロンを、ネビルは嫌ってたんだね。なのに、ハーマイオニーは勝手にロンと仲良くなって、自分から離れて行ってしまった。ロンを嫌っていたのはハーマイオニーのためなのに。そのハーマイオニーは、あんなにも酷い事を言ったロンと楽しそうに一緒にいる。以前、自分と一緒にいた時よりも楽しそうに。許せない。絶許!ってところかな。……丁寧な解説どうも。

 俺は繊細なネビルの心理を容赦なく解説する妹に半ば呆れつつ、多分それが正解だろうとも思っていた。ハーマイオニーのためとはいえ、全部ネビルが勝手に怒って勝手に傷ついて勝手に失望しているだけ。彼女にはなんの罪もない。それが分かっているからこそ、ネビルはこうして一人で泣きに来たのだ。

 とはいえ、辛い。この気持ちはすごく分かる。いくら自分の勝手な親切だったとしても、それを踏みにじられた、台無しにされたといった感情は少なからず沸いてしまう。

 昔、俺は保育所に大好きな先生がいて、その先生は一人の悪ガキにすっごい手を焼かされていた。俺は先生を困らせるそいつが嫌いだったし、そいつが先生を困らせているときは、率先して先生を助けに行った。……あー、吉永みどり先生ね。お兄の初恋の。……いや、確かにみどり先生だけど、吉永じゃなかったぞ。……職員室で「優等生のアダム君より、なんだかんだでああいう手のかかる子の方が、かわいくて好き」って言われてるの聞いてギャン泣きしちゃった初恋ブレイク事件だね。……あん時の俺はアダムじゃねぇえよぉお!

 ――っともかく!それは人として仕方のないことだと思うし、ましてネビルはまだ子供だ。

 

「でもさ。許せないって思っても……ハーマイオニーの事を嫌いにはなれないんだよな?」

 

 無言で頷くネビルにホッとする。……場合によっては、そこから憎悪の対象に変わって、ストーカーやら犯罪者になるパターンもあるもんね。お兄みたいに。……してないよ?!っていうか(いわ)れのない誹謗中傷止めて?!大体、ネビルはそんな子じゃありません!

 

「付き合わせちゃってごめんね、アダム。僕もう寮に帰るよ。見つかったら大変だもんね」

 

 ネビルの言う通り、時間はもう遅い。今見つかったら怒られるだろう。でも。

 

「もうちょっと時間潰してから行こうぜ。全員が寝ちゃうまでここでさ」

 

 俺は引き留めた。今帰ってディーンたちに色々質問されるのは辛いだろう。それが例え、心配からくるものだったとしても。ネビルは視線をさまよわせて少し迷ったが、ううんと首を振った。

 

「帰るよ。ここにこれ以上座ってたら、お尻が凍り付いちゃうもの」

 

 底から冷えるような廊下に防寒もせずに直に座っているため、確かにお尻は冷え冷えだった。俺は自分で言った冗談に少し笑って見せたネビルを見て、頷いて立ち上がる。

 

「ネビルは強いな」

 

 顔色悪く、それでもしっかりと寮に向かって歩き出すネビルに、俺はそう小さく呟く。……お兄は初恋ブレイクの後、しばらくお家に引きこもって登園拒否したもんね!……ああ、そうだよ。あの時の俺は悪ガキも先生も、なんなら心配してくれる人間含めて世界中のみんなが嫌いでたまらなかったよ。

 運よく誰にも見つからず寮に戻ると、シェーマスとディーンが心配そうに駆け寄って来た。ネビルは二人に謝り、具合が悪いから先に寝るよと部屋に帰って行く。

 

「アダム、えっと……」

 

「お前らが想像してるような事じゃない、とだけ言っとく。後はプライバシー保護のために俺は完全黙秘を貫くぞ」

 

 ネビルの姿が見えなくなると同時に駆け寄って来た二人に、両手を上げて俺はそう伝えた。気になる様子ではあったが、あのネビルを見た後でそれをあれこれ詮索してからかう様な気にはならないようだ。良かった。二人が人の心を持った優しい友であることに俺は胸を撫で下ろす。

 少し離れた場所からハーマイオニーがこちらを窺っているのが分かったが、俺はあえてスルーした。今、俺の口から伝える事じゃないだろう。

 

 

 

 

 

 そして、クィディッチの試合がとうとう始まった。

 今日はグリフィンドール対スリザリン。寮も学校もお祭り騒ぎの大賑わい。ロンとハーマイオニーは渦中のハリーにつきっきりで、例のネビルの事はすっかり忘れてしまったみたいだ。寮の皆もそれは同じで、良かったのか悪かったのか、ネビルは誰からも放っておかれた。……もちろん、お兄以外にね。……いや、俺も別に構ってはいないぞ。……嘘つけ過保護お兄め。

 

「ハリー、大丈夫かなぁ……」

 

 朝食の後、ネビルが心配そうに呟く。いやいや。ネビルお前他人の心配してる場合じゃないだろ。とはいえ、数日経ってネビルは大分と気持ちが落ち着いたようだった。現に今も、初試合を控えて吐きそうな顔で朝食を終えて出て行ったハリーを心底心配している。

 

「なあ、お前らも応援行くだろ?一緒に行こうぜ!」

 

 ディーンが俺の肩を叩いて誘う。少し離れた場所では、シェーマスとロンが大きな布を広げ、ハーマイオニーがそれに杖を振っていた。俺はチラッとネビルを窺う。

 

「うん、全力でハリーを応援しなくちゃね!」

 

 屈託なく、少なくとも俺にはそう見える笑顔でネビルはディーンに二つ返事で頷いた。俺もそうだなと頷いて、久しぶりに寮のみんなとクィディッチ競技場へと移動する。

 

「うへぇ……さっむ……」

 

 吹きっ曝しのグラウンドに木で組み上げられた高所の観覧席。そのさらにてっぺんに陣取り、俺達は大きな布を広げて座った。『ハリー・ポッターを大統領に!』って書かれているけど、なんで大統領なんだ??

 しっかし、耳当てをしてきて正解だった。風が当たる頬が切れそうに痛い。

 

「マジでこんな中をハリーは箒で飛ぶのか?」

 

「当たり前だろ、クィディッチなんだから」

 

 シェーマスが俺に何言ってんの?みたいな顔をする。グラウンドの端々にそれぞれの寮の観覧席があって、俺達がいるグリフィンドールの席は寮カラーの赤い色で染められていた。赤と金。暖かくて良い色だなぁ。

 

「あっ、ハリーよ!」

 

 ハーマイオニーの声が途中でかき消される様に、ワッと歓声が上がった。選手が入場してグラウンドに整列する。真っ赤なグリフィンドールチームと緑のスリザリンチーム。箒に跨り空に浮き上がった選手たちが定位置に着くと、審判のフーチ先生が開始の合図に笛を鳴らした。

 放り上げられたクアッフル(赤茶のボール)は瞬きする間もなく選手に奪われて、弾丸の様に突き進んで行く。赤のユニフォームがはためいているので自チームが取ったのだという事は分かるが、正直目まぐるしくて理解が追っつかない。目で追う間にも、クアッフルは別の選手にパスされてさらに突き進む。

 うおー!いけー!やれー!と、前後左右から飛ぶ応援の声で聞き取り辛いが、競技場全体に響くジョーダン先輩の解説の声を拾うと、今のはアンジェリーナ先輩とアリシア先輩だったようだ。さすが、うちの寮は女性が活発でいらっしゃる。そのままゴール、という甘い展開を一瞬予想したが、残念ながらそうもいかない。前方から接触し、掠め取るようにスリザリンの緑のユニフォームがクアッフルを奪った。

 すぐさま、ため息や怒鳴り声やドンマイ!の声が周りから上がる。俺も思わず「ああ~」という情けない声が出てしまった。そしてそのまま、クアッフルはグリフィンドールのゴールへ投げられる。「ああっ……うぉ、おおおお!」またもや思わず声が出る。キーパーのウッド先輩が見事にブロックし、こぼれたクアッフルはまたまたグリフィンドール側へ移った。

 その後もクアッフルは行ったり来たりを繰り返し、そしてようやく、アンジェリーナ先輩がクアッフルをゴールに決めた。思わず立ち上がった俺だが、それは俺だけじゃなかった。みんなが空を飛ぶアンジェリーナ先輩に拳を突き上げて歓声を送った。

 

「すっげぇ!今の見たか?!あのシュート!」

 

 ディーンが興奮気味に俺を揺さぶる。俺も興奮していたので大して気にならずにディーンに頷きながら、さらに隣のネビルを揺さぶった。

 

「めっちゃすげぇよな、うちの先輩!美人でカッコいいとか無敵かよ~!」

 

「そうだね!ほんとすごいや!」

 

 鼻も頬も真っ赤にして俺達は大歓声を上げていた。たった一つのゴールで、と言われるかもしれないが、この状況で興奮しないわけがない。右に左にクアッフルが動くたびに俺達は声を張り上げた。そして――。

 

「うわあああ、行けハリー!」

 

 金のスニッチ――クルミ大の羽の生えたボールが高速ですっ飛んでいくのを見つけ、両チームのシーカーがそれを追って箒を繰る。競り合いはハリーに分があった。スリザリンのシーカーとはじりじり差を広げ、逆にスニッチとの距離はゆっくりと縮まっていく。ハリーが箒からせり出す様に手を伸ばし、あと少し、というところで弾き飛んだ。スリザリンのシーカとは別の選手が、ハリーに横から体当たりをかましたからだ。

 観客席全体から「反則だ!」「汚いぞ!」と怒声が上がる。高速で飛んでいたのだ、あの反則は一歩間違えれば大怪我に繋がっていたし、下手すりゃ死んでた。フーチ先生からは注意を受けていたが、それで済む問題ではない。

 

「退場だ!レッドカードだ!」

 

 ディーンが叫ぶのに、ロンが「サッカーじゃないんだ!」と説明する。その間に、ハリー殺害未遂にしては軽すぎるペナルティーシュートをもらって、試合は再開した。昔から思っていたが、この競技はもうちょっとルールを改変すべきだと思う。

 この件で調子が狂ったのか、ペナルティーシュートを決めた後、逆にスリザリンに得点を許してしまった。

 

「ねえ、あれ……ハリーがおかしいよ」

 

 ネビルにつつかれ俺は上空を見上げた。定位置についたハリーは、本来ならそこからグラウンド全体を見渡してスニッチを探しているはずだ。だが動きがおかしい。ハリーが箒を動かしている、というよりは、動く箒にハリーがしがみついているように見える。

 周りも徐々にこの事に気付き、今や全員がハリーを見ていた。箒はますます動きを激しくし、ハリーは振り落とされる寸前のようだ。

 

「さっきハリーがぶつかられたとき、スリザリンの奴が箒に何かしたのかも」

 

「そんなこたあ、ありえん」

 

 シェーマスが呟くが、それはハグリッドが否定した。って、ハグリッド?あれ、いつ来たの?俺全然気づかなかった。

 

「強力な闇の魔術でもない限り、箒に悪さなんぞできん。ましてやハリーのは最新のニンバス2000だ」

 

 双眼鏡でハリーを凝視しながらハグリッド。ハーマイオニーはその言葉にハッとして、ハグリッドの手から双眼鏡をひったくった。

 

「おい!」

 

「何してるんだよハーマイオニー!」

 

 抗議の声を上げるハグリッドと、疑問の声を上げるロン。ハーマイオニーはどちらも無視をして双眼鏡を観客席に向けて何かを探していた。あ、なんだろうな。これはもしかすると……間違いなく原作絡みですよ。この後、ハーマイオニーのおかげでうちの寮監が酷い目に遭います。……ああ、そうかやっぱりか。やべえ、ここの展開覚えてない。っていうかハリー大丈夫なんだろうな。……大丈夫に決まってるでしょ。じゃなきゃハリポタが一巻で完結になるじゃない。

 イヴの言葉が終わるや、ハーマイオニーが「思った通りだわ」と双眼鏡から顔を上げた。その後、ロンとこそこそ何かを話した後、素早くどこかへ走って行く。

 

「どうしたんだろう……ハリー、大丈夫なのかな……」

 

 顔を真っ青にしたネビルが、慌ただしいその様子を見て心配そうに震える。俺はいつ落ちてもおかしくないハリーの様子にハラハラしながらも、恐らくは大丈夫だろうと自分を落ち着かせた。

 やがて、ハリーは急に安定した箒によじ登って跨ると、そのままビュンと降下した。そのまま箒から転がるように降り、芝生に膝をついて四つん這いになる。

 

「本当だ、どうしたんだろう」

 

 シェーマスが四つん這いのままのハリーを心配して立ち上がる。俺もネビルも、ディーン達も立ち上がった。ざわざわとする心配の声は、だが次の瞬間、爆発に変わる。

 四つん這いだったハリーがゆっくりと立ち上がり、金色に光るものを掲げたせいだ。

 

「――っスニッチだ!ハリーだ!ハリーが取った!」

 

「グリフィンドールの勝ちだ!勝ったんだ!」

 

 左からディーン、右からネビルに揺さぶられながら、俺は誇らしげにスニッチを掲げるハリーを見て歓声を上げる。勝ったんだ、という実感がじわじわと沸き上がり、年甲斐もなくはしゃいでしまう。

 

「今年はグリフィンドール優勝も夢じゃない!」

 

「やれる!今年こそ優勝杯を掴めるかも……!」

 

 あちこちから聞こえる先輩たちの期待の声。俺はネビルとディーンにハイタッチして、その奥のシェーマスとも手を合わせる。そして。

 

「あれ、ロン達は?」

 

「そういえばいないな……」

 

 さらに向こうにいるロンやハーマイオニーともハイタッチしようとして、その姿がない事に驚く。ハグリッドの姿もない。

 

「それより寮に戻ろうぜ!ハリーが帰ってきたら祝ってやらないと!」

 

 シェーマスが特に気にした様子もなくそう言うと、ディーンとネビルも頷いた。

 

「僕、ベッドの下に隠してあった、とっておきのお菓子出すよ!」

 

「じゃあ、俺は飲み物でも探してくる!」

 

 せっかくならレッツ・パーティーといきたい。俺はみんなに先に寮に帰っててくれと言い残して、先に観覧席を下りる。さて。どこに行けばジュースが手に入るだろう?……レッツ・パーリーピーポー!イェエエエアアアアアア!……うっるせ!何なのいきなり人の脳内で。どうしたのイヴさん。……何じゃないよ!今お兄は勝利に酔いしれてるかもしんないけど、こっちはお通夜ですよ!敗北者ですよ!何がパーリーピーポーですかバカですか?!……ええええ。

 妹がなぜか怒っている。いや、そうか。今の試合、グリフィンドールが勝ったって事はイヴの寮、スリザリンは負けたって事だ。当たり前だけど。……そうだよ当たり前なんですよ。妹の気持ちも考えずにはしゃがないでよね!……無茶言うなよ。嫌ならこっちの頭覗かないでくれよ。……あーあーそういう事言いますぅうう?せっかくジュースの入手方法を教えてあげようと思ったのにぃ~!……えっ、分かんの?

 俺は下からキョロキョロと上を探した。遠く、緑の観覧席に豆粒の妹の姿を見つける。遠すぎて顔は見えないが間違いなくこっちをジト目で見ているだろうイヴ。俺はピシリと背を正すと、頭を下げた。九十度に。たっぷり三秒以上かけて顔を上げた俺に、イヴはゆっくりと頷いた。よく見えないけど、多分。

 

 そして妹が俺に告げたジュースの入手方法は。

 

『マクゴナガル先生にお願いすれば?きっと今ならグリフィンドールが勝って上機嫌だから大盤振る舞ってくれると思うよ?』

 

 というとってもシンプルなものでした。何それ。もっと裏技的なの期待してたのに!

 

 



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真夜中に煙突から不法侵入して寝ている子供の枕元に不審物を置いて行くサンタクロースってばマジパない。とはいえ欲しい物はしっかりお願いするスタイル。もらえるものはもらっとかないとね!

今から正月に某スクールアイドルの映画観に行くのを楽しみにしている。

ところで、クリスマスにちゃんと欲しい物をくれるサンタクロースが家に来た人が羨ましい。うちの家を担当していたサンタクロースは、毎年金額の上限を設けてきたからなあ。しかも微妙な額の。
友達の家に来るサンタはそんなことないらしいって親に言ったら、『母子家庭の家は政府から補助金をもらう代わりにクリスマスのプレゼントは協会に制限されている』って言われたんだよね。
でも、大きくなって他の母子家庭の子に聞いたらそんな規則はないって。
もしかしたらうちの家の担当、悪徳サンタだったのか?サンタクロース協会からもらうプレゼント購入予算をピンハネしていたのか?いまだに謎は解けていないんだよなー。



「うう、さむ……」

 

 目が覚めた瞬間、俺は毛布を引っ張り上げて顔を埋めた。最近ますます寒さは増していたが、今日はまた一段と寒い。あー、このままベッドでずーっと寝ていたいなぁ。って、そんな訳にはいかないか。

 意を決してベッドから出ると、俺はうんと伸びをしてカーテンを開けた。うひいぃ、何だよこの寒さ。とりあえずトイレに行こうと部屋を出て、窓の外を見てなるほどと納得する。このホグワーツのてっぺんから見える景色全てが、一晩寝ている間に真っ白に染まっていた。

 こりゃ冷える訳だ。……えっ、なになに、雪積もってるの?……ああ、見事な雪景色だぞ。そっちは地下だから見えないか。……むぅ、窓がないのがこの寮の最大の欠点なんだよね。いや正確には窓あるんだけど、窓の外は湖の底だからなぁ。……っていうか、それ精神的に大丈夫なのか?太陽の光は大事だぞ?……ここじゃセロトニン不足の憂鬱は日常茶飯事だよ。スリザリンの性格が陰湿なのは寮の環境のせいじゃないかとちょっと疑うレベルでヤバイ。授業ある日はまあいいけど、休日に寮にいたら一切太陽に当たらないんだよ。今から老後の骨粗しょう症が心配で心配で。……スリザリンって本当、なんでそんな冷遇されてんの?

 くだらない脳内会話をしながら朝の準備を進めていく。寒くても眠たくても、準備を怠る事は出来ない。三百六十五日、隙なんざ作らねぇぜ!全ては女の子にモテるため!今日の俺も輝いているッ!

 

「寒いと思ったら雪が積もってたのかぁ……って、鏡に向かって何やってんのアダム?」

 

 ようやく起きてきたネビルが、鏡に格好良いポーズをとる俺を呆れた目で見た。……ただし魔法は尻から出る!……でねーよ?何言ってるのイヴさん?

 

 

 

 さてさて。クリスマスも近付いた十二月の半ば。朝食のパンを優雅に口に運ぶ俺の前に、フクロウが飛んで来た。額に傷のあるいつもの彼だ。最近、吹雪が続くせいで手紙を運ぶフクロウたちは疲弊し、ホグワーツに辿り着くころにはふらふらしている。だが、こいつはバサリと羽を広げて雪を払うと、いつもの様に手紙をよこした。なんというオトコマエなフクロウ!他のフクロウたちがよろめき、倒れる中、ベーコンを一切れ口に咥えて奴は悠々と広間を一度旋回して飛び去って行った。

 俺はそれを見送って、手紙の差出人を確認する。父上からだ。恐らくクリスマス休暇の事だろう。相変わらず宛名はイヴと一緒になっていた。……パパから何って?……ああ、クリスマスのディナーにセロン叔父さんを呼んだらしい。……って事は、シムとビアンカ叔母さんも来るわね。……今年のクリスマスは賑やかになるな。父上があんまり張り切らないでくれると嬉しいんだけど。

 

「魔法薬学に遅れるぞ、アダム」

 

「おー、ちょっと待ってすぐ行くから」

 

 手紙をポケットにしまい、俺はディーン達の後を追った。とりあえずあと数日、クリスマスの事は考えずに授業に集中しよう。

 一段下りる度に一度気温が下がってるんじゃないかと錯覚しながら地下に続く階段を下る。地下牢の教室は今日もまた一段と冷え込む。かじかむ指で鰻の目玉を刻むのは結構難しい作業だった。大鍋を火にかける作業になると、さすがに教室も少しは温まる。ただ、這い上がるような冷気は健在で、温まりたい誘惑に負けたシェーマスは鍋に近づき過ぎてズボンを少し焦がしてしまった。もちろんすぐさま減点された。スネイプ先生は本当にグリフィンドールを減点することに生きがいを感じている様だ。

 なあ、イヴ。スリザリンの寮も確か地下だろ?寒くないのか?……寒くない事もないけど。うちは湖の下にあるからね。隙間風もないし、湿気も十分だし、暖炉のお蔭で案外暖かいんだよ?……ならいいんだけど。……紫外線に当たらない上に保湿されてるから、スリザリンの生徒は色白で肌がきめ細かいのかもね。……って事は!ダフネちゃんのお肌は!白くてもっちもちって事だな?!……うわぁ、きめぇ。

 

「クリスマスなのに家に帰らせてもらえない可哀想な子がいるって本当かい?」

 

 またかと声の方を向けば、ドラコがハリーを見ながら笑っていた。ハリーはそれを無視し、鍋をかき混ぜ続ける。隣のロンの方がよっぽど挑発に乗りそうな顔をしていた。

 

「次のクィディッチのシーカーは、きっと木登り蛙になるぞ。何故かわかるか?」

 

「さあね」

 

 ドラコの問いかけに素っ気なく答えるハリー。

 

「ポッター、お前より口が大きいからさ」

 

 打合せしていたのかと思いたくなるほど完璧なタイミングで後ろのグラッブとゴイルが笑う。が、周りの生徒はそれにつられることはなかった。そりゃ、この間の試合はすごかったからな。それに今のギャグはあんまり面白くなかったし。

 ハリーは特に怒った様子もなくグラッブとゴイルが笑い終わるのを待って、そうだねと頷いた。

 

「その蛙が箒に乗れるなら、考えてみる価値があるかも。君にしてはいい案なんじゃないかな」

 

 ドラコの頬にサッと赤みが差す。言うなぁ、ハリー。さっきまで殴りかからん勢いだったロンは、そんなドラコにニヤニヤとしている。ドラコはそれを睨みつけると、不愉快そうに口を閉ざした。これはハリーの勝ちだな。……そうだねぇ。これは後で寮で荒れるな、ドラコ。

 

 授業が終わって昼食のために広間を訪れると、いつもの見慣れた広間はすっかりクリスマス色に染められていた。さすがホグワーツ、広間のツリーだけでも十本以上はあるぞ。しかも飾り付けはすべてバラバラという手の込みよう。下手に家に帰るより、派手なクリスマスパーティーを楽しめそうだ。

 

「すごいな!こりゃ、クリスマスディナーも期待できそうだぞ。僕も残ればよかったかな」

 

 シェーマスが呟くのを聞いて、ロンがニヤリと笑う。そういや、ロンはホグワーツに居残り組だったか。ハリーも期待した目でツリーを眺めている。

 

「俺は母さんのクリスマスプディングが楽しみだから帰るぜ」

 

 言って、ディーンは肉を頬張る。意外だな、ディーンがデザートの方を楽しみにしてるなんて。いつも肉肉言ってるのに。

 

「うちのは、ドライフルーツの種類が他より多いんだ。色んな味が楽しめるんだぜ」

 

「でも、ディーンのとこはマグルの家だから普通のクリスマスプディングだろ?うちはもっとすごいぞ。フランベする時に炎が色んな色に変わるんだ」

 

 シェーマスが自慢げに胸を張る。ディーンはあんぐりと口を開けた。

 

「それ、どうやるんだよ?特別なブランデーなのか?」

 

「あー、いや、多分家族の誰かの魔法だと思う」

 

 その答えに、ディーンはがっかりとした様子だった。今年、家で披露しようと思ったのだろう。

 

「うちは普通のクリスマスプディングだよ。ばあちゃんが作るんだ」

 

 ネビルがそう言って、少し悲しそうにジュースを飲んだ。

 

「アダムの家は?」

 

 ディーンの問いに俺は苦笑いした。

 

「うちは誰が作るかによるな。今年は父が作るから、ネビルんとこと同じ普通のクリスマスプディングだよ」

 

「誰が作るかによるって?どういう事?」

 

 ハリーが首を傾げるので、俺はスリザリンの席を指差した。グリフィンドールなら埋もれるが、スリザリンでは真紅の髪は目立つから探しやすくていい。

 

「妹が作る年もあるんだよ。その時はクリスマスケーキになる」

 

「それってクリスマスプディングじゃないの?」

 

「ふわふわのスポンジケーキの間に新鮮な生の果物を挟んで、甘い生クリームでデコレーションしたものを、うちはクリスマスケーキって呼んでるんだ。日持ちはしないからすぐ食べなきゃいけないんだけどな」

 

 ハリーの喉がごくりと鳴った。うんうん、美味そうだよな。実際美味いぞ。ショートケーキは正義だぜ!……っていうかイギリスの料理があんまり、なもの多過ぎるんだよ。クリスマスプディングはまだしも、私いまだにオートミール食べられないもん。……あれ、見た目が完全にゲr……言わないで!

 

 その後、みんなでワイワイとクリスマスの食事について盛り上がった。大体どこも似たようなメニューだが、家庭ごとのちょっとしたこだわりを聞くのは結構面白い。俺は今年のクリスマスプディングにはカスタードを添えてみようと考えながら、電子レンジが使えたらカスタード作るのも楽ちんなんだけどなぁとない物をねだってみた。

 

 

 

 

「もう行くけど、いない間部屋の中をぐちゃぐちゃにするなよ二人とも。じゃあ、良いクリスマスを」

 

 翌日、鞄を手に俺はハリーとロンにそう言って寮を出た。もっとも、ホグワーツには老舗旅館の仲居さんばりに気付かないうちに掃除やベッドメイキングしてくれる屋敷しもべ妖精(ハウスエルフ)がいる。そうそう酷い事にはならないだろう。

 

「アダム遅いよ!シェーマスとディーンは先に行っちゃったよ」

 

「悪いな、ネビル。っていうかあいつら俺を置いて行ったのかよ」

 

 どうせ時間にならなきゃ特急は出ないというのに、酷い友人たちだ。俺は入り口のレディにも挨拶を済ませると、玄関へと向かった。ネビルと一緒にホグワーツ特急のホームに向かう馬車へ乗るためだ。玄関には馬車が停まっていたが、それを牽く馬は何とも言えない生き物だった。それをネビルに伝えると、ネビルは首を傾げる。ネビルには馬車が勝手に動いているように見えているらしい。何でだろう?

 

「あ、ハーマイオニー!」

 

「えっ……アダム……?」

 

 馬車を下りて列車の乗り場に向かう途中。前を歩くふわふわの栗毛に声をかけると、ハーマイオニーは驚いたように振り返った。

 

「一人か?一緒に行こうぜ」

 

「え、でも……」

 

「行こうよ、ハーマイオニー。僕、君に冬休みの宿題で教えてほしいところがあるんだ。列車の中で教えてくれると嬉しいな」

 

 ネビルの言葉に、ハーマイオニーは一瞬の間の後、嬉しそうに頷いた。

 

 こうして三人でいるのは久しぶりの事だった。正確にはハロウィン以来だ。あれからロンやハーマイオニーを避けていたネビルだが、最近、ネビルがハーマイオニーを時折気にしているのは知っていた。だから、一度ちゃんと話をした方がいいと思ったのだ。

 おあつらえ向きに、ロンとハリーは居残り組のため特急には乗らないし、イヴには寮のみんなと乗るので一緒に乗れないとあらかじめ言われている。

 

「私、ネビルとアダムに嫌われたんだと思ってたわ……」

 

「ええ?なんでそうなるんだよ。俺が可愛い女の子を嫌うなんてあるわけないだろ」

 

 コンパートメントに入って落ち着いた瞬間、ハーマイオニーが切り出した言葉に俺はおどけて笑う。だが、冗談や軽口じゃなく、ハーマイオニーは目に涙を浮かべながら「良かった」と口にする。

 

「本当に、嫌われたわけじゃないのね?」

 

「ああ、もちろんだよ」

 

 俺はネビルと顔を見合わせる。ネビルも驚いているようだった。だが、そう思われる原因に心当たりがないこともない。ハロウィン以来、ハーマイオニーはハリー達と行動していて以前の様に一緒に授業を受けたり話すことはなかった。それにネビルの精神的不安定もあり、ずっと避けていたのは確かだ。あからさまに避けたりはしていなかったとはいえ。

 

「僕、ハーマイオニーを嫌ったりしてないよ。けど……」

 

 ネビルがぎゅ、と拳を握った。

 

「教えてほしいんだ。どうして急に、ロンと仲良くなったのか……」

 

 言った。言いよった。俺はネビルを見て勇者かと思った。真っ直ぐハーマイオニーを見つめ、恐らく避けていればそのまま気持ちの底に沈んでうやむやにできるだろう問いを、真っ向からぶつけたネビル。俺には出来なかった事だ。

 ハーマイオニーは迷っていた。ネビルの真剣さは伝わっている様だが、あの出来事を喋っていいのか迷っているのだろう。確かに、あんまり口外するような事じゃないもんな。でも。

 

「ハーマイオニー、俺達を信じろよ。秘密にしろって言うなら、墓まで持ってってやるさ。なあ、ネビル」

 

 ネビルがしっかりと頷く。ハーマイオニーはそれを見て、頷き返した。

 

「ネビルは知ってると思うけど、ハロウィンの日に、私ロンと揉めたの。それで――」

 

 ハーマイオニーはロンの言葉に傷つき、トイレにこもって泣いた事。そこへトロールが現れた事。ハリーとロンが助けに来てくれた事を話した。

 俺はすでに知っていた話だが、ネビルにとっては初耳だ。トロールが襲ってきた件では、ハーマイオニーが無事だったことを大いに喜んで涙ぐむくらいだった。

 

「トロールが校内に侵入した時、確かに私は危険だったわ。けれどハリーとロンは私を助けに来るべきじゃなかった。あの時、彼らは勝手に探しに来たりしないで、マクゴナガル先生か誰かに知らせるべきだったの」

 

 確かに。トロールに出会ってしまった時の事も考えず、思いつくままに助けに行ったハリー達。はっきり言って考えなしだし無謀だし一歩間違えば全員死んでいた。

 

「でも、あの時ハリーとロンが助けに来てくれた時、私すごく嬉しかった。ホッとした。助かったって思ったわ。冷静に考えて、トロールがうろついているのに私を探しに来たなんて馬鹿だと思う。でもそうじゃない……」

 

 ハーマイオニーは息を吐いて胸を押さえた。その時感じた想いを、確かめる様に。

 

「規則を守るとか、そういうのより大切な事があるんだって分かったわ。私、今まですごく視野の狭い中で生きていたんだなって、そう思ったの」

 

 微笑むハーマイオニーには、以前の様な辛さや刺は見られない。

 

「なるほど、ハーマイオニーにとって、価値観がひっくり返るような出来事だったんだな」

 

 その出来事を共有したのが、それなりに仲の良かった俺やネビルではなくロンやハリーだったというのはちょっと悔しいが。ただ、()()()というのもあるのだろう。反発していた、直前までいがみ合っていたロン達だったから。響くものがあったのかもしれない。

 

「そっか……」

 

 全部納得したわけじゃないだろう。けれどネビルはどこかすっきりした顔で、ハーマイオニーに向かって言った。

 

「ハリーやロンと仲良くなったとしても……これからも、僕たち友達だよね?」

 

「当たり前じゃない!もちろん、アダムも!」

 

 勢い込んでそう伝えてきたハーマイオニーは少し耳が赤い。可愛い。彼女にしたい。いやダメだ、俺にはダフネちゃんという将来の嫁が!いやでもしかし!

 

「私たち、これからもずっとずーっと友達よ!」

 

 はい、一生お友達宣言いただきましたー!ちくしょう!

 

 

 

 

 ロンドンに着くまで、俺とネビルとハーマイオニーは冬休みの宿題をした。といっても、お喋りしながらでそう進みはしなかったが。一度、コンパートメントを覗きに来たシェーマスたちが呆れて出て行ったが、俺達は気にならなかった。勉強しながら育める友情だってあるはずだ。

 ロンドンに着くと、ネビルはマグルに全く溶け込めていない珍妙な出で立ちでやって来ていたお祖母さんに連れられて行った。ハーマイオニーは歯科医だというマグルの両親と帰って行った。俺は、というと。

 

「お兄様、お待たせいたしました」

 

「ああ、そう待ってないよ。じゃあ、行こうかイヴ」

 

「ええ。それでは皆様、良いクリスマスを」

 

 同僚生たちに完全に猫を被っている妹と合流し、駅の外、待ち合わせ場所まで移動していた。

 

「ホグワーツにいる間中ずっとあれなの?しんどくない?」

 

「その分のストレスはお兄の頭で発散してるからいーの!」

 

 えぇ、俺の頭で勝手に発散しないでほしい。……しょうがないから諦めて。妹を鬱にしたくなくば耐えよ!……何で俺脅されてんの?

 

「アダム!イヴ!」

 

 聞こえた声に、俺達は立ち止まる。声のした方には、真紅の髪の男性。すらりとした細身の長身に、しかしながらしっかりと引き締まった体躯。整った顔立ちは爽やか且つ精悍で。そこに今浮かぶのは、俺達に対する優し気な微笑。久々に見るけど、やっぱうちの父上ってばスゲーわ。将来俺もあれだけ格好良くなれたらいいんだがなぁ。……いやぁ、無理っしょ。……悲しいなぁ。……いやいや、全部パパみたいになるのはどうかと思うよぉ?

 

「アダムにイヴ!元気だったかい、僕たちの子供たち!ちょっと見ないうちにこんなに大きくなって……」

 

 人目もはばからず往来のど真ん中でハグされ、俺とイヴは父上から頬にキスを頂戴する。

 

「アダムはますます美人に育っているね。その爽やかな青い瞳……うううう、アリス……」

 

「ち、父上……とりあえず家に帰りませんか?」

 

「ああ、そうだね。しかし美しいなぁ、アリス譲りのこの銀の髪の手触り……おや、アダム。少々髪が痛んでいる、トリートメントはしているか?」

 

「え、ええ……欠かさずに。もちろんですとも父上」

 

 俺は全力で頷いた。……頭だけをコレクションされる前にお兄逃げてー!……父上はそんな事しないよ?!ちょっと母上に対する愛情が強すぎるだけだよ?!……知ってるよマジレスするなし。

 

 

 



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イギリスに転生して分かった事が一つある。いいか、プディングはプリンじゃない。大事な事だからもう一度言う。プディングはプリンじゃないからな!

ピクシブ百科事典のイギリス料理のページが悪意に満ちていてワロス。

イギリスのクリスマスってどんな感じだ、と迷走してたら遅くなったうえに長くなった。
あと、プリンはプディングの一種ですので、プリンはプディングですが、プディングはプリンじゃありません(混乱)



 うちの両親はお互いを深く深く愛していた。結婚して子供が出来てもバカップルのままだった。暇があればいちゃついていたし、四六時中「愛している」と言い合ってはちゅっちゅしていた。……赤ん坊には分からないだろうと思ってか、目の前で濃厚なラブシーンが繰り広げられることもしばしばあったね。……あったな、そんなことも。寝返りもできない赤ん坊の時に、音声だけお楽しみくださいを何度やられた事か。……ママってば案外激しくて、情事の最中にパパの上で……ストップ!止めろ!それ以上は止めるんだ!

 

 思い出に浸っていたらうっかりR15を超えかけた。危ない危ない。

 俺は姿現しで家の前に来てもなおくっついて離れない父上を引きずりながら、自宅の玄関から居間に移動する。すぐさまハウスエルフのマーニーがやって来て、俺を歓迎してくれた。ああ、帰って来たって実感するなぁ。

 

「アリスお嬢様!おかえりなさいませ!マーニーは信じておりました、きっとお嬢様がいつかお帰りになると……!」

 

「ああ、アリス……いやアダム。いやもうどちらでもいいよ僕の愛しい人!」

 

 どっちでもよくないです目を覚まして二人とも。……なんせしばらく会ってなかったからなぁー。

 

「ただいま、マーニー。親切に教えてあげると、今貴女が抱きしめているのは私の兄、汚らわしきグリフィンドール寮の血が混ざったアダム・キャロルの足よ」

 

 イヴが帽子を脱いで告げた言葉に、マーニーはハッと顔を上げた。俺と目が合うとみるみるうちにその顔は歪み、汚いものを触ってしまったと言いたげに離れて体を叩きはじめた。うん、いつもの事だから別にいいけどさ。そんなバイキン触っちゃったみたいにしなくてもさ。エンガチョして走り去らなくってもさぁ!

 

「そしてパパ、いい加減にしないとママに言いつけるよ?息子と妻を見間違うダメな父親だって」

 

「イヴ!それはダメだ!もしも天国で再開した時にアリスに嫌われたら生きていけない!」

 

「いやいや父上、天国にいる時点でもう死んでるから」

 

 父上は渋々俺から離れ、名残惜しそうに俺の髪を梳いた。前にも説明したが、俺の髪と目は母上譲りだ。……そして私の髪と目はパパ譲り。良く焼けたローストビーフの様な瞳に芳醇な赤ワインの……うん、その例えはもういいから。っていうかお気に入りなの?

ともかく、愛してやまない妻を亡くした後、父上は悲しみで死にかけた。……育児放棄したまま泣き続けて衰弱していくパパ。危うく孤児になりかけたし、なんなら私たちも死にかけた。……正直、あの頃俺たちが生きていられたのはマーニーのおかげだ。……赤ん坊二人と嫌いな男の世話を嫌々ながらもしてくれたマーニー。でもずっとこのままじゃダメだってのは分かっていた。……そこで俺達は、父上が死なない様にどうすればいいか考えた。そして。

 

『フィル、悲しまないで……私の分まであの子たちを愛してあげて。大丈夫、私はずっとあなたの側にいる。アダムの髪と目は、どうして私と同じ色なのか分かる?』

 

 ある晩、泣き疲れた父上のところへ行き、俺は半分眠りかけた父上の前に立った。……そして私が精一杯ママの声音をマネして、そう語りかけた。私、結構ママの声と似てるのよね!……そう、お前が一言余計だったんだよ。おかげで父上は過剰なほど俺に母上を重ねるようになった。……おかげですっかり立ち直ったじゃない?……いくら美男子とはいえ父上は男なんだぞ。ああも毎回頬ずりされるのがどんなに悲しいかお前に分かるか?!……しょうがないじゃん、私ってばパパに似ちゃったんだもーん。……もーんじゃねぇよ全く!

 

 因みにマーニーは母上が実家から連れてきたハウスエルフだ。……ママは聖二十八族ではないものの、それに連なるいいとこの貴族のお嬢様だった。パパと結婚したせいで勘当されちゃったみたいだけど。貧乏グリフィンドールが深層の令嬢を誑かして孕ませたって、代々スリザリン出身者しかいないママの一族は激おこぷんぷんした。……なんとこんなところにもグリフィンドールとスリザリンの亀裂が。……できちゃった婚に寮は関係ないよね!って言いたいけど、できちゃった婚の夫婦のうち片方もしくは両方がグリフィンドール寮出身の確率はなんと八割近いというデータがこんなところに。……週刊魔女の記事なんて俺は信じないぞ!でもちょっと本当っぽいと思っている俺もいる!

 とにかくそんなわけで、マーニーは父上及びグリフィンドールを嫌っている。そして母上の事はとても好きだ。……ママが亡くなった時、マーニーも酷く悲しんだ一人だった。そして今もその悲しみは続いている。時折お兄をママと見間違えて、さっきの様になることもよくあった。……なんとかしてやりたいんだけどな。俺嫌われてるからなぁ。……ふふふ、そこでこのイヴちゃんの出番ですよ。なんと今年から私には『スリザリン寮生』という肩書がついているからね!これで一気にマーニーとお友達になる!……でもお前、父上に色が似てるからなぁ。……それなんだよねぇ。人生ままならない。

 

 

 

「そういえばパパ、セロン叔父さんたちはいつ来るの?」

 

 夕食の席でイヴが尋ねる。

 

「明日だよ。クリスマスディナーに合わせて来るはずだ」

 

 父上は豆をフォークに乗せてそう答えた。俺は父上お手製のコテージパイを口に運びながら内心首を傾げる。

 セロン叔父さんは父上の母の兄の息子。父上とは従兄弟になる。……ようは親戚って事ね。……大雑把に説明すればな。そのセロン叔父さんだが、母上が亡くなって以来家に来たのは数えるほどだ。……大体が玄関で要件をすませて帰るか、中に入ってもお茶を一杯飲むくらいの時間で帰っちゃうから、あんまり話をしたことないよね。……そのセロン叔父さんが、なんだって今年クリスマスを一緒に過ごすことになったんだ?……分かんないけど、セロン叔父さんの息子のシムも今年一年生でしょ?それが何か関係してるのかもね。

 

 疑問はあったが、久々の家族の団らんだ。親戚とはいえ、明日はお客様が来るとなれば家族水入らずの会話は今日を逃すとしばらくない。夕食を進めながら、俺とイヴは順番にホグワーツであった出来事を父上に話していった。ハリーの話になると、父上はハリーの父であるジェームズ・ポッターの話を少しした。同じグリフィンドール寮の後輩でみんなの人気者だったという話だが、話しぶりから父上はそれほど好きではなかったようだ。逆にネビルの話になった時には、何を思い出したのか泣き笑いの様な顔をして目頭を押さえた。何かと尋ねてもはぐらかされるだけで、俺は何度も首を傾げた。

 その後、今度はイヴが話した。組み分けの後、イヴがスリザリンでどんな生活をしているのか知らなかった俺は、初めて聞く話に相槌を打つ。

 

「ルシウス・マルフォイの息子と仲良くしているのかい?」

 

 ずっと微笑みながら話を聞いていた父上が、寮の友人関係の話になった途端に片眉を上げる。イヴはそれに肩をすくめた。

 

「まあまあね。良くも悪くも、ただの同寮生よ」

 

「だが…………いや、そうだね。イヴの立場を考えれば、それも仕方がないか」

 

 父上は反論しかけるが、すぐに考え直してそう言った。苦い表情ではあったが。

 

「僕は君たちを信頼しているよ。自分で正しい道を選ぶ事が出来る子たちだと。けれどまだ子供だ。だから親として忠告をさせて欲しい」

 

 父上はそう前置きをした後、イヴを、そして俺を見つめる。

 

「僕もアリスも、君たち二人を愛している。何があっても、どこにいても。だから、間違いを恐れないで正しい道を進むんだよ。何が正しいのか迷った時は、僕を頼ってほしい。決して、何を聞いても、君たちを嫌いになったりすることはないから」

 

 真面目な顔で、真っ直ぐにそう伝えられる。……イケメンに真摯に見つめられると死にそうになるね!……うん、本当にね、お前は残念な妹だな!……なんで?呼吸を止めて一秒真剣な目で見つめられたら死ぬってのは常識でしょ?……どこの国の常識?!

 

「さ、話の続きを聞こう。談話室での様子は聞いたから、今度は女子寮の話を聞こうか。言いたくない事は、言わなくていいからね」

 

 眼差しを真剣なものから優しいものに変え、父上がイヴに促した。イヴはそれに微笑みを返して、そうね、と口を開ける。

 

「スリザリン寮は、優しい緑の光に包まれた場所だっていうのは言ったでしょ?寝室もそう。アンティークの大きくて立派なベッドには、緑の天蓋がついてるの。絹で出来てるのよ。ベッドのシーツも手触りが良くて、繊細な銀の刺繍が施されてとても綺麗よ。ママのハンカチに、銀の刺繍の入ったものがあるでしょ?あんな感じの」

 

 ふーん、と俺はそれを聞いていた。陰気でじめじめと暗くて寒い場所かと思っていたが、案外そうでもないらしい。日の光が入らない湿気た場所なのは間違いなさそうだが、それを言えばグリフィンドール寮だって毎日毎日アホほど階段を上り下りさせられるし、城の天辺なので大雨の日なんて雨が屋根に叩きつける音がやかましくて仕方ない。家具も、グリフィンドール寮のものはアンティークっていうか、ただ古いだけだしな。味があって俺は好きだけど。

 

「寝る前には、部屋のみんなとお茶を飲みながらお話したりするの。日替わりで色々飲むんだけど、最近はローズヒップにハマってて……」

 

 いいな。女の子の睡眠前のお茶会か。パジャマでリラックスしながらキャッキャしてるのかと思うと癒されるな。……パグ犬のパジャマ姿でも?……やめろ、俺は今ダフネちゃんのパジャマ姿を思い浮かべてんの!……大体、キャッキャウフフと話してる内容って「くたばれグリフィンドール」「ドラコ超かっこいい」「あいつは穢れた血」の三本です。来週もまた見てくださいね。じゃん、けん、ぽん!うふふふ!だけど。……なんでサザエさん?あと、そこに「アダム君超かっこいい」も入れて欲しい。……無茶言うなし。

 

 その後も、ホグワーツでの色んなことを俺達は父上と話した。授業の話や、食事の話。……先生の話とかね。パパの学生時代から変わってない先生の事とか、とっても盛り上がったね。……まさかフリットウィック先生がそんなに強かったなんて。マスコットキャラ的存在だと思ってたのに。……私としては、あの優しいパパの口から「幽霊の喋る事に意味を見出すのは無駄だから教科書を読んだ方が早い」って言葉が出た事に驚いたけど。……父上も俺たちと同じ学生だったんだなって、なんかすごく実感したわ。……私も。

 

 ――夜。靴下をセットした後、自室のベッドに潜り込むと、寮とは違う天井に違和感を感じて笑ってしまった。……分かるー。私も天井が緑の布で仕切られていない事に違和感を感じてるよ。……正直、最初の頃はこれから寝るのに興奮色の赤色なのはいかがなものかと思っていたのにな。……その睡眠学習的刷り込みのせいで、グリフィンドールはやたら血の気が多い直情型お馬鹿さんが多いのかもね。今度グリフィンドールを貶める話のネタに困ったら使おう。……寝る前のお茶会の?もっとふわふわ可愛い事話してくれよ!夢くらい見させろ!……ダフネのパジャマはもこもこネコさんの可愛いやつです。……あ・り・が・と・う、ございぃまぁあす!

 くだらない話をしているうちに、意識がどんどんまどろんでいく。こうして妹がくだらない事を喋りかけてくるのは家でも寮でも変わらないなと、俺は安心していいのか悲しんでいいのかと悩みつつ意識を途切れさせた。

 

 

 

 

 翌朝、目が覚めると俺は上着を羽織って自分の部屋を出た。

 

「おはよう、アダム。イヴはもう起きてプレゼントを開けているよ」

 

 父上の言葉に小さなビニール製のクリスマスツリーを見ると、その側に座り込んで丁寧に箱を開けているイヴがいた。

 

「おはよう、お兄。メリクリー」

 

「ああ、おはよ。メリークリスマス。……なんちゅう顔してプレゼント開けてるんだよ」

 

 しかめっ面で一個一個を確認するイヴに、俺は呆れた顔をする。

 例年、5つくらいが平均して送られてくるクリスマスプレゼントだが、今年はプレゼントが小さな山になって積まれていた。ざっと見て10個以上はありそうだ。ホグワーツの友人たちから送られたものがあるせいだろう。普通の子供なら喜色満面でプレゼントに突撃するものを、しかめっ面しているのはどういう事だ。

 

「別に、なんでもない」

 

 なんでもないという顔じゃなかったけど、と思いながらイヴの持っているものを見る。白い小さな花だった。茎の先端がお辞儀をし、その先に白く小さな花のつぼみが下向きになっている。イヴが軽く揺らすとキラキラとつぼみが光り、粉の様なものが落ちる。しかしそれは途中で消えた。魔法で光が降る細工なのか。へえー、キザー。しかもよく見れば、手で持ったところにリボンが結ばれている。深い緑に銀の刺繍とレース。こっちが本当のプレゼントか。お高いリボンだな、あれは。

 

「人のプレゼントより、自分のプレゼントを開ければ?」

 

「そうだな」

 

 言われて自分宛てのプレゼントを手に取る。昨日置いておいた靴下の側の箱は、ファザークリスマス、いわゆるサンタクロースからのものだ。中はお洒落なネクタイピン。赤い石のついた金のそれは、間違いなくグリフィンドールを意識したものだろう。ちらっと父上を見ると、バチっと目が合う。

 

「ファザークリスマスから何をもらったんだい?」

 

「えっと、お洒落なネクタイピン。学校でさっそくつけます」

 

「アダムの制服に、それはよく映えるだろうね」

 

 俺は頷いた。カッコいい事間違いなしだ。俺は父上のセンスが良い事を感謝した。

 

「イヴは何をもらったんだ?」

 

「え?ああ、私はこれ。可愛いでしょ?」

 

 イヴが胸元を指差す。銀細工のブローチ。薔薇と蝶がモチーフのそれは、緑のステンドグラスで色がついている。他の色は使わず緑の濃淡だけで表現されたそれは、落ち着いた雰囲気で品が良い。さすが父上、じゃなかった、ファザークリスマスさんだ。

 父上は俺達がプレゼントを開けていくのを微笑みながら見守っている。嬉しい反面、なんというか恥ずかしい。プレゼントをもらうのはもちろん嬉しいのだが、嬉しそうにプレゼントを開けている自分の本当の年齢を考えるとなぁ。……中年のおじさんがプレゼントに囲まれてにこにこしてても、別になんら問題ないと思うけど。エロ本片手にうへうへしてるわけじゃないんだし。……いやまあ、そう言われるとそうなんだけどな?

 友人たちからのプレゼントの大半はお菓子だった。ファッジやチョコ、飴やグミといったカラフルなお菓子が並ぶ中、ハーマイオニーは安定の本だった。植物の見分け方を写真入りで細かく解説してくれるやつだ。因みに、ネビルからも本をもらった。こっちはもっと子供向けの植物図鑑だ。どれだけ薬草学を心配されてるんだよ俺は。

 

 それぞれ全てのプレゼントを開け終わった後、俺達はクリスマスパーティーの準備に取り掛かった。父上はやはり張り切っていて、セロン叔父さんが来ると分かった日からクリスマスプディングを用意していた。今年はショートケーキはお預けか。……お兄は昔思いっきりコインを噛んで歯が欠けてから、クリスマスプディングが苦手なんだっけ。乳歯だったんだし、そろそろ忘れちゃいなよそんな苦手意識。……ケーキ食べてて歯が欠けたんだぞ?しかも、口から欠けた歯と血とお金が出て来たんだぞ?めっちゃ怖かったんだからな!……もう誤飲する歳でもないしって仕込んだのは良いけど、「コイン入ってるよ」って言い忘れちゃうパパがすごくパパっぽい。……何言ってるか分かんないけど分かる。……どっちなの?

 過去のクリスマスの思い出に浸りながら、飾り付けや料理の準備を進めていく。途中、お茶の休憩を入れつつ、俺達はクリスマスパーティーの準備を終えた。あとはセロン叔父さんを待つだけだと思った瞬間、まるで計った様にチャイムが鳴った。

 

 

 

 

「やあ、アダムとイヴ!大きくなったね」

 

 セロン叔父さんは大きなお腹を揺らしながら、その柔らかな肉に俺達を抱きしめた。同じ柔らかいなら女性の胸にでも埋もれたいと内心で思いつつも、俺もハグを返す。父上と同じ赤い髪だが、セロン叔父さんは父上の髪より少し暗い。……乾いた血の色っぽいよね。……なんでそういう表現になるのかな?!

 

「シム、こっちに来てお前も挨拶なさい」

 

 叔父さんが俺たちを解放して振り返る。静かに入って来たシムは、叔父さん譲りの赤い髪を短髪にした、ガタイの良い少年だ。……グラッブとゴイルに通ずるものがあると思わない?……あー、まあな。シムの場合は柔道とかやってそうだよな。

 

「っス」

 

 素っ気ないシムの挨拶に、俺は笑顔で「久しぶり」と応えた。イヴも「いらっしゃい。元気だった?」と微笑みを向ける。シムはそれに「まあ」という返事を返す。もうちょっと会話を弾ませたいところだが、俺は彼と会話のラリーが続いたためしがない。

 

「いやいや、うちの息子は寡黙でね。気を悪くしないでくれよ?」

 

「大丈夫だよ、セロン。うちの子たちは気にしないさ。さあ、中に入って。……ビアンカの姿が見えないが、遅れて来るのかい?」

 

「ああ、その事なんだが……」

 

 父上の疑問に、セロン叔父さんは頭を掻いた。

 

「ビアンカは体調が悪くてね。すごく来たがっていたんだが、残念だよ」

 

「ついていてあげなくて大丈夫なのか?」

 

「ああ、安静にしていれば問題ないさ」

 

「そうか……。会えないのは残念だが、そういう事なら今年は僕たちだけで楽しむとしよう。こっちだよ」

 

 父上は手招きをして、二人を部屋に案内した。テーブルはすでにクリスマスをイメージしたテーブルクロスや飾りつけで覆われている。特別な時のための銀の食器と、クリスマスクラッカー。部屋中に漂う香辛料と美味しそうな料理の焼ける匂いに、セロン叔父さんは待ちきれないという顔で椅子に座った。シムもその隣に座り、不愛想ながらもソワソワした様子で台所を窺う。

 俺がそっとビアンカ叔母さんの席を片付けると同時に、イヴが前菜を運んで来た。野菜スープとサーモンのマリネが、まずは並べられる。

 

「じゃあ、用意はいいかな?」

 

 父上が尋ね、俺達は頷く。

 

「ハッピーメリークリスマス!」

 

 父上が言うと同時に、全員が「ハッピーメリークリスマス」と声をそろえた。俺はクラッカーを二つ持ち上げ、父上とイヴにそれぞれ反対側を向けた。いまだにクラッカーって言うと円錐型の紐がついたものを想像するけど、ここじゃ円筒形で、キャンディみたいに両端を捻った形をしている。……で、この捩じった部分をお兄と私が両側から引っ張る、と。

 大きな音と共に紙吹雪が舞う。と同時に、色んなものが飛び出した。ぴょんぴょんと四方八方に飛んでいく蛙チョコ。バチバチと音を立ててカラフルな火花が散るのはゾンコの悪戯グッズの一つかな。入学式で見たダンブルドアの魔法。それに似た金のリボンに紛れてひらひらと舞う紙きれをキャッチする。『妻に似たとても素敵な動物がいたので、名前を尋ねてみたんだ。そうしたらこう答えたよ。「あ、リスです」ってね!』と書かれていた。駄洒落だ。……パパ、張り切ってるねぇ。……張り切っちゃってるなぁ。

 向かいの席では、シムとセロン叔父さんが紙を覗き込んで微妙な顔をしている。父上お手製のクリスマスクラッカーは、ジョークが微妙なのが難点だよな。……しかも身内ネタっていう。……すごく微妙な顔だけど、あれ、何が書かれてるんだろうな。……イヴがイヴニングドレスを着てるとか、アダムが逆立ちして「無駄ぁ!」って叫んでるとか。……あり得るな。

 

 一瞬微妙な空気が漂ったが、父上はにこにことしてクラッカーの感想を待っている。俺とイヴは転がり出た王冠を頭にのっけ、急いで拍手をした。それにようやくハッと我に返り、セロン叔父さんとシムも王冠を被る。

 

「思い出したよ。フィルは昔っからこういうのを作るのが好きだったな」

 

 スープとマリネに手を付けながら、セロン叔父さんが呆れた様子を見せる。

 

「うちのクリスマスクラッカーに、いつも自作のものを紛れ込ませてた。初めての年は、失敗作だったな。危うく家が燃えかけた」

 

「兄さん、覚えているかい?クラッカーに蛙チョコを入れるアイディアは君からもらったんだ」

 

「覚えていないよ。いつの事だ?ちょっとタイムターナーで戻って、自分の口を塞いでくる」

 

 父上に肩をすくめ、服についた蛙チョコの魚拓ならぬ蛙拓を擦る叔父さん。火薬と一緒に飛び出したせいで、蛙チョコは少し溶けていたらしい。俺とイヴは服よりも、叔父さんの額についた小さな蛙の手形の方が面白くてつい笑ってしまう。

 ジョークは寒かったが、なんだかんだで場は温まった。俺達は前菜を食べ終わると、大きな七面鳥のローストを切り分けた。イヴが作ったクランベリーのソースと、父上の作ったグレイビーソースの2種類を好きに選べる。添えてあるのはジャガイモと芽キャベツとにんじんのロースト。それにウインナーにベーコンを巻くという、日本人だった時には考えもつかなかった肉ウィズ肉料理。焼いたフルーツもある。

 それらに舌鼓を打ちつつ……あー、お酒が飲みたぁい……言うな。俺だってビールが欲しいよ!ともかく食事は進んだ。父上とセロン叔父さんの昔話を中心に、俺とイヴのホグワーツでの話、そしてシムの学校の話もした。

 

「シムはダームストラングに通っているんだって?」

 

 俺が話を向けると、シムは短く頷いた。ダームストラングはヨーロッパの北にあると噂される魔法学校だ。実際どこにあるのかは分からないようになっているとか。……なんでも、学校から出る際には忘却術にかけられるそうよ。……はえー、徹底してるんだな。

 

「ホグワーツからも入学許可証は届いたんだがね。ビアンカがダームストラングに入れると言って聞かんかった」

 

 セロン叔父さんがグラスを片手にそう言った。口ぶりからして、叔父さんは自分の母校であるホグワーツに入れたかったのだろう。シムはどう思っているのだろうと見たが、表情から気持ちを窺う事は難しい。……むっつり系男子。……それだとシムがむっつりスケベみたいだから止めてやれ。

 

「ビアンカはダームストラング出身だったね。息子に入学を進めるんだ、きっと良いところなんだろう」

 

「だがなあ、フィル……今年はホグワーツにあのハリー・ポッターが入学する年だった。折角だし、やっぱりホグワーツに行かせてやりたかったんだよ」

 

「父さん、今さら言ってもしょうがない。それに俺はそのハリーって奴に興味はないよ」

 

 シムが軽く管を巻くセロン叔父さんにきっぱりとそう言った。

 

「例のあの人に関して、俺は良く知らない。その良く知らない相手から生き残った赤ん坊って言われても興味持てないよ」

 

 心底興味なさげに七面鳥をつつくシム。意外だな、シムはクランベリーソース派なのか。イヴはポテトを口に運ぶのを止めて、叔父さんの話を逸らした。

 

「叔父さんは、そのハリー・ポッターの両親とは交流があったの?」

 

「ああ、父親は生意気な悪ガキどもの一人だったな。母親は、魔法薬学の……そう、スラグホーンのお気に入りだった。マグル出身のくせに、どういう訳か腕が良かった」

 

 イヴが逸らした話の方向はあまり良くなかったようだ。俺は父上をそっと見た。表面上笑っているように見えるが、その実目が笑っていない。

 

「セロン、マグル出身なのは関係がないよ。ホグワーツでは皆平等に学び、成長するものだ」

 

「いいや、どうかな?ハッフルパフの落ちこぼれがいくら勉強したところで、俺のようなレイブンクローには敵うまい。マグル生まれだってそうさ。俺達選ばれた魔法族とはスタートからして違うんだ」

 

 セロン叔父さんは酔っている。だが、だとしてもあまり聞いていて楽しい話題じゃなかった。シムは小さなため息を一つ落とし、俺とイヴに目を向けた。

 

「そろそろデザートじゃないか?外も暗くなってきた」

 

「あ、そうね!私持ってくる」

 

 イヴが立ち上がり台所へ向かう。シムも話題と空気を変えたかったらしい。俺はシムに感謝したが、しかし叔父さんは止まらなかった。

 

「しかしフィル、まさかお前の娘がスリザリンとはな。狡猾で残忍、高慢な寮だ。気を付けるんだな、今はまだまともみたいだが……その内悪い影響を受けるぞ」

 

 セロン叔父さんとはあまり深く話したことはなかった。お酒の席で話をしたことがないというのもあるかもしれない。だが、俺は何故今までセロン叔父さんがうちに泊まる事がなかったのかを理解した。

 

「残念だよ、セロン。久しぶりに連絡をもらって、僕は嬉しかった。だけど君は相変わらずなんだね」

 

 父上が立ち上がってそう言った。叔父さんはどうしたんだと言いたげに父上を見上げている。

 

「アリスはスリザリン出身だった。僕は今も彼女の事を誇りに思っているし、娘の事も立派な子だと思っている」

 

 俺は座ったまま、状況が呑み込めていない叔父さんを見つめる。イヴはクリスマスプディングを抱えたまま、どうしたものかと成り行きを見守っている。シムは自分の父親を眉をしかめて見ながら、席を立った。

 

「帰ろうか、父さん」

 

「なんだシム、急にどうした?まだクリスマスプディングを食べていないぞ?」

 

 不思議そうな顔をするセロン叔父さんの腕を引いて立たせるシム。イヴはそんな二人と父上を見た後、台所に引っ込んだ。

 

「シム、セロンは酔っている。万が一と言う事もあるし、私が送ろうか?」

 

 父上の言葉にシムは首を振った。

 

「父さんは失敗しないよ。それに、うちに来ない方がいい。母さんは叔父さんに会いたくないそうだから」

 

「おい、シム!」

 

 叔父さんが声を上げる。ビアンカ叔母さんが体調不良と言うのは嘘のようだ。セロン叔父さんはなにやらブツブツと言っていたが、帰るしかないようだとようやく察してコートを手に取った。

 

「全く、ちょっとした冗談じゃないか。お前の頭が固いのは治ってないようだ」

 

「セロン兄さんの頭が固いのも、相当だと思うよ」

 

 父上が言った。お互いしばらく目を合わせた後、セロン叔父さんはシムに行くぞと声をかけて玄関へと向かう。

 

「あ、シム待って。これ持って行って」

 

 イヴが走って来て、シムに包みを手渡す。シムは少しの間の後、口元を緩めて笑い、そして俺とイヴに近づいてそっと小声で言った。

 

「ありがとう。俺、シュートレンよりこっちの方が好きなんだ」

 

 今度手紙を送ると言って、シムはセロン叔父さんの方へ駆けて行った。俺とイヴは手を振り、二人がバシッという音と一緒に消えるのを見送る。……意外。シムって笑うことあるんだ。……そりゃ笑うだろ、と言いたいが俺も同意見だ。

 

「悪かったね、二人とも。せっかくのクリスマスディナーなのに。……シムにも悪い事をした」

 

 叔父さんが消えた空間をしばらく眺めた後、父上が嘆息してそう謝って来た。

 

「大丈夫です、俺もあまりいい気分じゃなかったし」

 

 父上は俺の頭を無言で撫でる。そしてイヴを抱きしめた。

 

「悪かったね。クリスマスを一緒に過ごそうと言ってきたから、てっきりああいう偏見は改めたのかと思っていたよ」

 

「パパ、気にしないで。あんなのよくある事だし」

 

 その言葉自体どうかと思うが、イヴはあっけらかんとそう答え、それよりもと父上に微笑んだ。

 

「クリスマスプディングを食べましょう?半分になっちゃったけど、フランベして、今年はお兄がカスタードクリームを作ってくれてるから、それを添えて……ね?」

 

 



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思い込みは良くない。あらすじと絵柄で決めつけるのも良くない。たまたま流し観ていたアニメで、生涯の推しに会う事だって世の中にはあるのだから!

年末年始は人のパソコンを覗き込む輩がいるのでちっとも書けなかったぜ。

ラブライブ映画観てきました!面白かったよ!
ツッコミどころ満載で面白かったよ!

っていうかツッコミしかない。



 何とも言えないクリスマスの二日後、シムから手紙が届いた。それを読んで、俺はさらに何とも言えない気持ちになってしまった。……私も。

 

 父上とセロン叔父さんの仲があまり良くないのは知っていた。だが、それがどういう理由かまでは知らない。父上はそういう事を俺達に話さないからだ。だが、叔父さんの方はそうじゃなかったみたいだ。シムは普段から父親のそういうところが嫌で、あまり顔を合わさないようにしているらしい。今回、クリスマスに一緒にうちに来たのは、この事態を心配しての事だった。……シムって何考えてるか分からないぬぼーっとした筋肉馬鹿かと思ったら、まさかのめっちゃ良い奴だったわ。……褒めてんの?けなしてんの?……え、褒めてるでしょ?

 手紙で父親の言動や態度を謝罪し、シムは嫌でなければ文通しないかと誘ってきた。もちろん、俺はオッケーした。……シムはダームストラングに通っている事を、私たち家族が誰も非難しなかった事が嬉しかったと書いてた。普段から叔父さんに散々コケにされてるみたいね。……ホグワーツに通わせたかったって言ってたしな。そういや、叔父さんがわざわざうちに来たのって、ハリー・ポッターの話が聞きたかっただけだって?……手紙にそう書いてたわね。……どうりでハリーの事すっごい聞いて来ると思ったよ。

 

 

 

 

 結局、家族だけの休暇をゆっくりと過ごし、俺達はホグワーツ特急で学校に戻った。途中、イヴはスリザリン生の集まるコンパートメントへ移り、俺は俺で何故か美女に囲まれていた。

 

「ふふっ、アダムってとっても可愛いのね」

 

 つん、と頬をつつかれ、俺はもじもじとしながら下を向く。いやいや、何コレ何が起きてんの?

 

「ね、年上は嫌い?」

 

「いえ、まさか」

 

「クッキー食べる?はい、あーん……」

 

「ありがとうございます……」

 

「あ、ちょっとズルい!アダムこっちも、ほらぁ、お口開けて?」

 

 えええ、何コレェ?!どういう状況なのぉ?!

 混乱する頭で俺は必死に差し出されるお菓子を口に含む。食べた食べたとキャッキャするのは、グリフィンドールのお姉様たちだ。

 茶の髪をポニーテールにしたアリシア先輩が、もう一つどうぞとクッキーを摘まんで差し出す。俺は先に食べたクッキーを急いで飲み下すと、その新しいクッキーを口に含んだ。それをアンジェリーナ先輩がドレッドヘアの黒髪を揺らして笑い、その隣では対抗意識を燃やしたケイティ先輩が私のも、と新しいクッキーを差し出す。それを笑いながら、じゃあ私もとリーアン先輩がくすんだ金の髪を耳にかけながら、反対の手でクッキーを摘まんでこっちに差し出した。そんなクッキーばっか食べられないよ?!……クラッカーよりは口の中パサつかなくていいじゃん。……急に喋りかけてきて気休めの慰めはいらないよ!口ん中パッサパサだよ!

 

 

 

「アダムはもうホグワーツには慣れた?」

 

 ケイティ先輩が尋ね、それをアンジェリーナ先輩とアリシア先輩がくすくすと笑う。俺は口に三つもクッキーが入っているため、頷く事で返事を返した。

 

「あなた、大広間に辿り着くのに精一杯だったものね」

 

「餓死していないところを見るに、順調に道順は覚えているみたいだけど」

 

 俺は初日の朝、彼女たちとした会話を思い出す。

 

「あの時はありがとうございました、先輩。おかげで道に迷ってもなんとか寮に辿り着けてます」

 

 なんとか口いっぱいのクッキーを飲み込み頭を下げた俺に、いいのよとアンジェリーナ先輩がウインクする。

 

「私も、絵に道を聞くといいっていうのは先輩から聞いたわ。きっと、代々こうやって受け継がれてきたホグワーツの伝統ってやつなのよ」

 

「そうそ、私もアンジェリーナから聞いたのよ。一年生の時はどうもお世話になりました、先輩?」

 

 ケイティ先輩が茶化すのに、リーアン先輩が思い出したように吹き出す。

 

「そういえばケイティったら、運悪く面倒な絵画に話しかけちゃって酷い目に遭ってたわよね」

 

「笑い事じゃないわ、リーアン!おかげですっかり遅刻して、スネイプに羊皮紙三巻き分も罰を食らったのよ?」

 

「運がなかったのね、ケイティ。ホグワーツの絵画にそうそう厄介な人はいないのに」

 

 笑いながらそう言ったアリシア先輩に、唇を尖らせるケイティ先輩。こういう女の子のワイワイは、心が癒されるな~。……運がない、ね。……ん?どうしたイヴ?……なんでもなーい。それより、その厄介な絵画ってもしかしたらカドガン卿かなぁ?……誰だそれ。……いずれ嫌って程会う事になると思うよ、お兄は。

 意味深な妹の言葉に首を傾げていると、先輩たちは俺そっちのけで新学期の話をし始めた。アリシア先輩とアンジェリーナ先輩は三年生、ケイティ先輩とリーアン先輩は二年生だ。寮の話は共通の話題だが、授業内容となれば個々に違ってくる。それぞれ話している内容を聞くともなしに聞きながら、俺はネビルとハーマイオニーの事を思い浮かべていた。

 本当はホグワーツに帰る列車の日時を合わせたかったのだが、ネビルはおばあちゃんの気分次第で予定は不明。ハーマイオニーは今日のはずだが、探しに来ないところを見ると、誰か他の人といるのだろうか。俺はぽつんと一人浮いた状態で、今度はクィディッチの話に変わった女子たちを眺める。本当、うちの寮は活発美人の多い事で何よりだ。

 

「アダムはクィディッチに興味ないの?」

 

 少し引いて話を眺めていた俺に、リーアン先輩が尋ねる。

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「目の前でクィディッチの作戦や練習の話が始まれば、皆キラキラ目を輝かせるものよ。特に、男の子はね」

 

「そうですね……」

 

 俺はクィディッチの試合の結果に一喜一憂している寮の様子を思い浮かべて苦笑した。

 

「興味ない訳じゃないんですけど、そこまで熱くはないかな。俺、箒は苦手だし」

 

「あら、そうなの?」

 

 リーアン先輩が意外そうな顔をして、あっという顔をした。

 

「そういえば聞いた気がするわ。今年の一年生に、変な箒の乗り方する子がいるって」

 

「それ、多分俺です。……昔っからなんでかああなっちゃって」

 

「ねえ、何の話?」

 

 いつの間にか俺とリーアン先輩の話に耳を傾けていたケイティ先輩たちが、そう言って割って入った。俺は恥ずかしさに頭を掻きながら説明する。

 

「変な乗り方ってどんな乗り方なの?」

 

「……逆さまになるんです」

 

「え?」

 

「だから、こう……ぐるんと回って逆さまになっちゃうんです」

 

 ――逆に聞きたい、皆はどうしてそうならないのか。イヴは太ももで挟めば回らないと言うが、ズボンと木の柄は良く滑る。どんなに挟んでいても、しばらくすればぐるりと回転して気付けば逆さに箒に乗っている。

 俺の言った事を理解した先輩たちは、大爆笑した。アンジェリーナ先輩はヒイヒイとお腹を抱えて座席をバンバンしている。埃舞っちゃうから止めて先輩。

 

「いいじゃない、後ろに女の子を乗せて飛ぶ時、上と下で見つめ合えるじゃない!ロマンティックね!」

 

 絶対思ってないと分かるアリシア先輩の慰め。想像したのか、アンジェリーナ先輩の笑いが更に加速して「お腹痛い!死んじゃう!」に変わっていた。ケイティ先輩も大爆笑中だが、リーアン先輩だけは笑ってはいるもののそこまで酷くなかった。

 

「まあ、得意不得意はあるものね。私はそんな風にはならないけど、後ろに人を乗せられるほど上手くはないから」

 

 選手に選ばれるケイティ先輩たちほど、箒に自信はないらしい。まあ、それでも俺に比べればまともに乗れるんだろうけどな。

 その後、箒に乗るコツやどうすれば回転しないか、もういっそ一回転してしまえばいいのではというのはアンジェリーナ先輩の案だが、ともかくそういう話で盛り上がった。というかほとんどからかって遊ばれていたわけだ。クィディッチの練習の前にでも一度飛行を見てあげると、にやにやと笑いながら言われたのは、多分実際に逆さまになって飛ぶのを見てみたいからなのだろう。あんまり気乗りはしなかったが、美女たちからのお誘いを断る事は俺には出来なかった。笑いものにされるにしても、美人にならまだご褒美の感覚でいられるはずだ。

 

 

 

 ともあれ。始終こんな感じで、俺はお姉様方にからかわれたり可愛がられたりしながらようやく目的地に着く。ホグワーツ特急を下りた後は、馬車で城に向かうようだ。一緒に馬車に乗り込んでも良かったのだが、俺は馬車を待っている時に信じられないものを見つけてしまったので先輩たちとはそこで別れることにする。

 

「ネビル!いるならなんで俺の事探してくれなかったんだよ!」

 

「あなたが年上の女性に囲まれて幸せそうだったから、遠慮しただけよ」

 

 馬車に乗り込み親友にそう言えば、答えたのは親友ではなくその隣の友人だった。眉をしかめているハーマイオニーを見て、俺は言わない方がいいと自覚しつつ、つい口が滑る。

 

「ハーマイオニー、まさか焼きもち……」

 

「違うわよ」

 

 照れもなにもない平坦なその言葉の、しかしなんという切れ味の良さよ。瀕死の重傷を負わされた俺を困ったような顔で見ていたネビルがごめんねと謝る。

 

「声かけようかとも思ったんだけど、僕、あの中に入る勇気なかったし……なによりアダム、好きなんだろう?女の人が……」

 

「ちょっとちょっと、誤解を生みそうだから言葉を選んでくれネビル。ほらみろ、ハーマイオニーがすごい顔してる……!」

 

 汚い物を見るような顔で、「本当に誤解なの?」と呟くハーマイオニー。俺は男性より女性が好きだが、それは男として普通の事で、特に害はなくごく正常な事だと伝える。ますます眉間にしわが増えた。何故だ。

 

「それはそうと、プレゼントありがとうアダム!」

 

 ネビルがわざと明るくそう言って、話題を変えた。俺は全力でそれに乗っかる。

 

「俺こそ、プレゼントありがとう。でも、まさか二人とも薬草学の本だとは思わなかったよ」

 

「あら、ネビルも本を送ったの?まあ、アダムはその辺の雑草と薬草の違いも分からないから、心配になるのは無理もないけど」

 

「それもあるけど、ただ単純に、興味を持ってもらえたら嬉しいなって思っただけだよ。あの図鑑、本当に面白いんだ」

 

「へえ、それはちょっと興味があるわね。アダム、見終わったら私にも読ませて」

 

「もちろん、貸してあげるよハーマイオニー。それで、二人は何を送り合ったんだ?」

 

 俺の質問に、ネビルは鞄から羽ペンを取り出した。どこにでもある普通の羽ペンに見えるが、柄の部分の飾り彫りは少しかっこいい。

 

「僕はこれ。単語のつづりを間違えたら、羽の色が変わって教えてくれるんだ」

 

「だってネビルってばしょっちゅう間違うんだもの。もっと落ち着いて書けばいいのに」

 

 ハーマイオニーが笑って、私はこれ、と取り出したのはハンカチだった。淡いピンクの花柄のものだ。デザインは少し子供っぽいが、俺達の年齢を考えれば妥当なところだろう。

 

「自動乾燥魔法がかかっているの。手を拭いても、ハンカチが自動で乾くのよ」

 

「へえ、ポケットが濡れなくていいな、それ。雑菌の繁殖も抑えられるし、俺も買おうかなぁ」

 

 思わずそう呟くと、アダムらしいと何故か二人に笑われる。

 

「それで、クリスマスはどうだった?親戚と久しぶりに会ったんでしょう?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 尋ねたハーマイオニーに、俺は何と答えようか一瞬詰まる。その様子を見て、ネビルは首を傾げた。

 

「もしかして、あんまり楽しくなかった……?」

 

「んー。そうだな、正直に言えば、楽しい事にはならなかった。でも、今まで疎遠だった従兄弟とはペンフレンドになれたから、トントンかな?」

 

「従兄弟?」

 

「そ、従兄弟。同い年で、男なんだ。今年ダームストラングに入学した」

 

「ダームストラングですって?」

 

「それって、あの……?」

 

 ハーマイオニーとネビルが驚いた顔をした。俺はそれに何でもない事の様に笑う。

 

「多分、あの、ダームストラングだ。今まで何考えてるか分からん無口で愛想のない奴だと思ってたけど、すっごい常識ある良い奴だった。なんでも付き合ってみるもんだよな」

 

 俺の言葉に、二人は顔を見合わせた後、盛大に息を吐きだした。

 

 

 

 

 

 新学期が始まり、クィディッチの練習はますます激しいようだった。ハーマイオニーはハリーとロンの三人で行動することが多かったが、時折俺とネビルの勉強会にも参加してくれた。ロンとハリーも誘ったが、ハリーはクィディッチとの両立が難しく、ロンは端から参加する気はなさそうだった。

 お茶と、マシュマロなんかの軽めのお菓子。それを摘まみながら授業のおさらいや、まだ終わっていない宿題の相談をする。もちろん雑談だってする。たまにお菓子につられて他の女子がやってくることもあった。リラックスした状態で分からないところを説明してくれるハーマイオニーは鼻につく雰囲気が薄れ、今までハーマイオニーを遠巻きにしていた寮の皆の雰囲気も少し和らいだ気がする。

 

「アーダム!今晩辺り、どう?」

 

 朝食の時間、パンを口に運ぼうとした俺の肩を組み、アンジェリーナ先輩がそう言ってきた。断る選択肢は残念ながらない。

 

「ええ、構いません。……あんまり笑わないでくださいね」

 

「あはは!頑張ってみるわ。じゃあ夕食の後、準備して寮にいてね?」

 

 ひらひら、手を振って去って行くアンジェリーナ先輩の後ろで、楽しみにしてる、と口パクしながらアリシア先輩が笑う。俺は手を振り返しながらため息を吐いた。……なんの話?……列車で約束してたやつだよ。……約束?ああ、私、列車では貴族の豪華絢爛なクリスマス自慢に必死で相槌打ってたから、聞いてなかったんだよね。凄いですね、さすがですね、羨ましいですね!の三段活用。……接待かよ!スリザリンも大変だな。……まあ、前世でも上司や患者の相手で慣れてるけどね。

 現在は十一歳だというのに、仕事に疲れて飲み屋で愚痴る三十代独身会社員みたいな雰囲気でため息を吐くイヴ。同情するわ。……同情するなら金をくれ!……やらねぇよ。

 隣で何の話?と首を傾げているネビルにも説明をしながら、俺は今夜の事を少しばかり憂鬱に感じていた。

 

 

 

「じゃあ、まずは飛んでみてもらいましょうか」

 

 クィディッチ競技場から少し離れ、城の陰になった場所。なんとなく校舎裏を思い出させるな、ここ。

 この後練習があるため、ユニフォーム姿のアンジェリーナ先輩がウキウキと言った。俺は気乗りしないながらも箒に跨る。同学年のグリフィンドールとスリザリンにはすでに笑いものにされた後だ。笑われるのはともかく、これがモテポイント減点に繋がらないかという点は心配だ。……大丈夫。完璧イケメンのちょっとした欠点は、十分に萌えポイントになりうるよ!がんば!……イヴの慰めに、俺はそうだといいけど、と飛び上がる。

 ふわりと浮き上がる箒は安定している。そのままゆっくり上昇するが、ふらついたりする様子は一切なく、完全に俺のコントロール下にあった。ごつごつした柄をぎゅっと握り、足を畳んで太ももに力を入れる。学校の貸し出し用の箒は、自宅のそれより手入れが悪い。本来ならそうそう滑らないはずだが、そろそろ皆の身長より高くなるというあたりで体が傾いた。

 

「……っ!」

 

 手に力を入れて抵抗するが、気付けばぐるんと回転し、俺は上下逆さまの状態で皆を見下ろしていた。アンジェリーナ先輩は地面に這いつくばって爆笑し、ケイティ先輩は逆に頭を逸らす勢いで爆笑し、アリシア先輩は笑っちゃ可哀想よと言いながらアンジェリーナ先輩の肩に顔をうずめて笑っていた。唯一の良心、リーアン先輩も笑いをこらえきれず吹き出した。うん、泣いて良いかな?

 項垂れて――いや、今の状態だと天を仰いで?涙をこらえていると、何だ何だ、何あの箒の乗り方!という先輩たち以外のざわざわした声が聞こえ始めた。……ざわ…ざわ…。……あー、クィディッチの練習に来た他のメンバーか。俺の名前を呼ぶハリーの声がした。……無視しないでよ!……この状況でお前の相手が出来るか!

 逆さになったせいで視界を遮るローブを片手でかき分けながら、もう下りていいですかと聞こうとして、俺はその声に身をすくめた。

 

「なにをしているっ……!」

 

 一瞬にして笑い声が止む。びっくりして逆さまのまま空中停止していた俺は、急に何かに引っ張られて地面にやや強引に落とされた。痛い。

 何事かと自分のローブから這い出ると、そこには鬼の形相のスネイプ先生がいた。……スネイプ先生が?

 

「貴様ら、何をしていた」

 

 スネイプ先生がじろりとその場の全員を見渡した。俺はごくりと唾を飲み込み、掠れそうな声を叱咤して口を開く。

 

「俺の、飛行訓練の手伝いをしてもらっていました」

 

 ギッとスネイプ先生がこちらを睨む。縮み上がる思いで……どこが?……今下ネタはいらねぇよ!ともかく縮み上がる思いでその視線を真っ向から受け止めると、スネイプ先生は杖を懐にしまった。

 

「キャロルか。……良い同寮生を持ったものだな。噂には聞いている。世にも珍妙な飛び方をするとか……」

 

 小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、しかし目をそらさないスネイプ先生。……あ、お兄の飛行はスリザリン寮で馬鹿にされて盛り上がってたよ。ネビルの手首の件やハリー死すべし!に隠れてあんま目立ってなかったけど。……ほんとスリザリン酷いな!

 

「それで……その誰にもマネのできない飛び方で、練習前の選手の緊張をほぐしてやっていたという事か?なるほど、ならば今度、試合の前の余興として全校生徒の前で披露してやるといい」

 

 意地の悪いその言葉に、グリフィンドールの面々が殺気立つ。ロンの双子の兄なんか、今にもとびかかりそうなくらいだ。いやいや、でもさっきお前らも笑ってたよね?スネイプ先生と同罪だよ?クソ爆弾投げつけようかなみたいな声、聞こえてたからな!

 

「勘弁してください、先生。俺、この飛び方がかっこ悪いのは知ってます。さすがに全校生徒の笑いものにされたら、翌日退学願いを出しそうですよ……」

 

 俺が両手で降参のポーズを取ってへら、と笑ってそう言うと、スネイプ先生は眉をしかめた。

 

「……ふん、そんな程度の精神力では、将来使える魔法の高も知れているな。……ついて来い、キャロル」

 

「スネイプ先生、あの……」

 

 それまで見守っていたアンジェリーナ先輩が、俺を連れて行こうとするスネイプ先生に抗議の声を上げかける。元々これを言い出した責任を感じたのかもしれない。俺はそんな先輩に大丈夫と言って肩を叩いた。あんな怖いスネイプ先生と女性と対立させるわけにはいかない。……これが男、例えば双子とかなら?……一緒に怒られてほしい。一人怖い。スネイプ先生の後を追って歩きながら、本当はとってもビビってる。だってどう考えてもこの後めちゃくちゃお説教されるやつじゃん。……お説教で良かったじゃないお兄!……全然良くない。

 平静を装ってはいるが内心ビクビクしていた俺は、城の玄関をくぐり、辿り着いた場所に軽く驚いた。医務室にノックして入ると、マダム・ポンフリーがすぐさま飛んで来た。

 

「スネイプ先生?どうかしましたか?」

 

 サッと俺を見た後、スネイプ先生に事情を尋ねるマダム。

 

「箒から落ちた。高さもなかったし、怪我はないようだが、一応診てもらった方が良いと思いまして。手も震えていたようですしな」

 

「手が?どこか筋でも違えたのかしら」

 

 マダムが俺の手を取って見るが、震えてはいない。俺はじっとスネイプ先生を見上げた。目が合ったが、それだけだった。

 

「では、私はこれで。後は頼みました」

 

 踵を返して立ち去るスネイプ先生。それを目で追う俺を、マダムは色々検査してみないと、とベッドへ誘導した。どこか痛いところはないかという質問に首を振りながら、あのどこにも好感を抱けない見るからに陰湿で負のオーラ全開の人物の事を考える。……酷い言われようである。……仕方がない事だ、自分から変わろうとしないあの人が悪い。

 ともかく一晩様子を見た方がいいでしょうと、俺は医務室お泊りが決定した。……お兄、手が震えてたの?……んー、まあ、ちょっとな。逆さ吊りになってる状態で大勢に笑われるのは、分かってたけど思ったより応えた。情けない事に、地面に降りてからしばらく手が震えてたよ。……そっか、頑張ったねぇ、お兄。泣かない泣かない。……泣かないし泣いてないよ?

 ただ、スネイプ先生がなぜここに連れてきたのか、俺は一つその理由を考えてみた。もの凄く、彼らしくないんだが。……お兄はどうしてだと思ったの?……俺の手が震えていたからかなって。あのまま、笑いものにする生徒たちの中に置いておくのを躊躇ったんだと思う。箒で浮かんでいたのを、乱暴だったけど地面に下ろしたのはスネイプ先生の魔法だろう。あの時、杖を持ってた。もしそれが当たりだったとして、急に尊敬に値する大好きな先生になるかと言われれば無理だが。……スネイプ先生、結構気分屋なところあるからなあ。今回の事も、多分、状況が違ってたらここまでお兄を気遣わなかっただろうね。なんせ憎いグリフィンドールのイケメン()だし。……今、イケメンの単語の後なんか間がなかった?何?何なのその含み。

 

「キャロル、これを飲んで今日はもう寝なさい」

 

 マダム・ポンフリーが差し出した、あまりいい匂いとは言えない睡眠導入剤らしき薬を飲み、俺は大人しくベッドに潜る。ネビル、心配するだろうな。俺は小さくため息を吐き、白い医務室の天井をしばらく眺めた後、静かに目を瞑った。

 

 

 



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蛙チョコ食う時どこから食べるかって話題は結構盛り上がる。因みに世の中にはどこから食べるかで性格が分かる蛙チョコ占いというものもある。

頭から:単純一途
腕:神経質
足:気まぐれで嘘つき
尻:理屈屋でマイペース
丸のみ:短気で大雑把
口の中でゆっくりと溶かす:個人主義のカリスマ性あり

もちろん適当ですが、この占いだと闇の帝王はお口の中でお楽しみタイプになるのかな。




「アダム、昨日はごめんなさい」

 

 翌朝、寮に戻った俺に真っ先に駆けてきたのは、ネビルではなくアンジェリーナ先輩だった。

 

「スネイプがあなたを連れて行くとき、もっとちゃんと止めればよかったわ」

 

 不安そうな顔のアンジェリーナ先輩。隣にはアリシア先輩、ケイティ先輩、リーアン先輩もいる。頭を下げる彼女たちに、俺は気にしないで欲しいと笑った。

 

「先輩たちが笑うのはまあ、想定内でしたし、そもそも俺の飛行の練習をしてくれるためだったわけですから」

 

 むしろ、アンジェリーナ先輩たちより双子とかキャプテンのウッドとかに謝ってもらいたい。野郎に笑われるのは想定外だったぞ。

 

「もしそうだったとしても、あんな風に笑うべきじゃなかったわ。本当にごめんなさい」

 

「本当、大丈夫ですよ。ただ、まあ、次はあんまり笑わないでくれると嬉しいですけど。恥ずかしいですし」

 

 へら、と笑って見せる俺に、先輩たちの表情も少し緩む。良かった。女の子にあんな顔させたままじゃ男が廃るところだった。

 

「言い訳に聞こえるかもしれないけど、アダムの飛行訓練を見てあげるつもりだったのは本当なのよ。だから、昨日見た限りで分かった事を言っておくわ」

 

 ホッとした様に肩の力を抜いたアンジェリーナ先輩は、そう言って昨日の事に話を戻した。この切り替えの早さ、サバサバしてて俺は嫌いじゃない。……グリフィンドールはデリカシーなさすぎるよ。

 

「貴方の話じゃ、箒の柄に滑ってぐるりと逆さ吊りになるって話だったけれど……実際、アダムはしっかりと柄を握って固定していたわ。回っていたのはアダムじゃなく、箒の方よ」

 

「はい?」

 

 首を傾げた俺に、先輩たちは分かりやすく説明してくれた。つまり、鉄棒で回転するように逆さになっていると思い込んでいたが、まさかの回っているのは鉄棒の方だった。そりゃ、いくら頑張って箒にしがみついても、いつの間にか逆さになるわけだ。

 

「きちんと飛び方を覚えるなら、私たち力になるから。相談してちょうだいね」

 

「ええ、頼りにしますよ、先輩」

 

 にっこり笑うと、アンジェリーナ先輩も笑顔を向けてくれた。でも正直な話、しばらく箒には乗りたくないかな。……意識して飛んでみて、回転しないか早速試してみればいいのに。……その内な。

 

「アダム、大丈夫だった?」

 

 先輩たちがいなくなった後、心底心配そうな顔でネビルがやって来た。また俺が年上美人に囲まれてたんで遠慮していたらしい。全くこの遠慮しいめ。そこが美徳でもあるんだけど。

 

「ハリーに聞いたのか?この通り、五体満足だよ」

 

 俺はおどけて両手を広げたが、ネビルはそれでも心配なようだった。スネイプ先生は生徒を頭から食べるとでも思われてんのかね。ま、俺も連行された時はこのまま朝まで罰則かもとか考えたくちだが。……その場合、スネイプ先生完全なサービス残業だね。……そう考えると仕事熱心なのか?……グリフィンドールに嫌がらせするためと思えば半ば趣味の域かもよ。

 

「アダムは優しすぎるよ」

 

「ネビルがそれを言うのかよ」

 

「僕はただ、ハッキリ言えないだけだよ……。でもアダム、君は違う」

 

「そんなことないさ、俺は結構な小心者だよ」

 

 嫌われたくないという気持ちが強いという自覚がある。だから八方美人をしてしまうし、だから他人に優しくもする。誰からも好かれるというのが不可能だと知っていながら、そうあるように動いてしまう。誰かに対して何かを否定するのは怖い。よっぽど『そうしよう』と思わない限り、俺はいつも肯定して流されてしまう傾向にある。

 

「そうね。いくら女好きでも、あの人達にはっきりノーと言うべきだったと思うわ。簡単に許し過ぎよ。確かにあなたの飛び方はちょっと見ないくらい個性的だけど、それを大勢で囲んで笑いものにするなんてどうかしてる!」

 

「ハーマイオニー、いたのか」

 

「ええ、いたわよ。気を付けてねアダム。私、今、友人が笑いものにされたって聞いて、すっごく機嫌が悪いの」

 

「それはおっかないな」

 

 腕を組み、目に見えて不機嫌なハーマイオニー。チラッと視線をやれば、ハリーたちがこっちを窺っている。なるほど。……お兄、三人の仲を悪くしないでよ。……俺のせいなの?いや、俺のせいか。

 

「まさかハリーと喧嘩してないよな、ハーマイオニー。やめてくれよ、俺のせいで二人が喧嘩するなんて嫌だぞ」

 

「別に喧嘩なんかしていないわ。ただ、どうしてその場にいたのに笑うのを止めさせなかったのかって言っただけ」

 

「で、ハリーは何て?」

 

「アダムの飛び方が変なのはハリーのせいじゃないだろってロンが。それで頭にきちゃって」

 

 またお前か、ロン。全くロンは子供だな。言葉を選ぶとか空気読むとかしろよ。頭を抱えたくなるのを我慢して、俺はハーマイオニーを宥めた。

 

「俺は良く知らないけど、なんかハリー、最近様子がおかしかったろ。ボーっとしてるっていうかさ」

 

 俺の言葉に、プリプリしていたハーマイオニーはちょっとバツの悪そうな顔をした。ふむ、自覚はあるのか。なら話は早い。

 

「ロンはそんなハリーが心配だったんだろ。そこにハーマイオニーが責める様な事を言ったから、ついハリーを庇っちゃったんだよ。あとは、まあ、ロンは子供っぽいからな。売り言葉に買い言葉さ」

 

「……そうね」

 

 ハーマイオニーはぶすっとしながらも組んでいた腕を解く。

 

「ハリーの事は分かってるわ。でも……」

 

「俺のためにハーマイオニーが怒ってくれたのは嬉しいよ。けど、それで喧嘩するのは嬉しくない。それに多分、ハリーは俺を見捨てたりしてないさ」

 

 あの時、たくさんの笑い声を聞いたが、その中にハリーの笑い声はなかった。

 

「きっとスネイプ先生が来なかったら、ハリーが止めてくれてたよ。先生の方が早かったってだけさ」

 

「……分かった、アダムの言う通りね。ハリーはそんな酷い人じゃない。責める様な言い方をした私が悪かったわ。でも……」

 

 ハーマイオニーは頬を膨らませたままフンと鼻息を荒くした。

 

「ロンが私に頭でっかちのブスって言ったのは許せない」

 

「ああ、それは怒っていてもいいと俺も思う」

 

 俺は頷いた。ロンは一回舌を引っこ抜かれるべきだ。……完全に好きな子にブス連呼しちゃうガキだねー。ハーマイオニーが何でロンを選んだんだろうっていうのは、ハリポタ七不思議の一つだよ。……あとの六つは?……今ちょっと思いつかないから考えとく。……創作かよ!

 ハーマイオニーはハリー達の方へ行った。ハリーに謝って、ロンとは口論している。俺はそれを眺めながら、なんだかんだでいいコンビだと思ってしまう。あの口は縫い付けた方がいいと思いつつも、ハーマイオニーが全力で感情をぶつけられる相手って今のところロンだけじゃないだろうか。俺やネビルといる時は、比較的落ち着いているし。

 ロンとしばらく言い合った後、ハリーの仲裁で二人は仲直りしたようだった。ホッとした俺に、今まで黙って事の成り行きを見ていたネビルがため息を吐く。

 

「ほら、やっぱり優しいじゃないか」

 

「女の子相手にだからだよ」

 

「僕は男だけど、アダムは優しいじゃないか」

 

 肩をすくめた俺に、ネビルは何とも言えない顔をして呟いた。俺は無言でその頭を撫でて、そして怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アダム、これあげる!」

 

 練習用のユニフォームを着たケイティ先輩が、談話室で寛いでいた俺に蛙チョコを放った。いきなりの事に慌ててキャッチすれば、お見事、とウインクをいただく。あれ以来、俺は先輩たちに貢がれていた。罪滅ぼしだと彼女たちは言うが、正直遊ばれている。今日は普通の蛙チョコだが、気になる色を集めた百味ビーンズをその場で食べさせられたり、甘くいい匂いのする女子用シャンプーの小瓶を使わされたり、正直反省の色はあまり見えない。まあ、落ち込まれるよりはいいけどさぁ。

 

「ありがとうございます。……まさか今から練習ですか?」

 

 お礼を言って、俺は首を傾げた。外は雪だ。

 

「ええ、ウッドがやるってきかないの。もっとも、実際の試合も天候はあまり関係ないから、色々な天気のプレーになれるのも練習の一つだわ」

 

 天候次第で中止は考えるべきだろうに。本当にクィディッチはルールが雑だ。

 

「じゃあ行ってくるわね」

 

 ひらひらと手を振って出て行くケイティ先輩。ハリーも向こうでロンとハーマイオニーに手を振って、談話室から出て行くのが見えた。大変だな、と他人事の様に思いながら、俺は蛙チョコに目を落とす。寝るまでまだ時間はある。夕食の後だが、チョコ一つくらいならたまにはいいか。

 

「ネビル、一緒にチョコ食おうぜ」 

 

 ネビルは珍しいねと言いながら一緒にソファに座った。

 

「いつもは美容に悪いって言うのに」

 

「たまにはな」

 

 箱の封を切ると、チョコの甘い匂いがした。……お兄、蛙チョコのカード何が出た?……カード?ええっと、キルケってお姉さんのカードだ。

 

「うわ、えげつないな……」

 

 『迷った船乗りを豚に変える専門家』というカードの説明に俺は眉をしかめる。ネビルは横からそれを見て、わあと声を上げた。

 

「キルケはレアなカードだよ」

 

 レアって言っても、俺はカードを集めていない。確かネビルもだ。……お兄、そのカード、後でハリーに言ってダンブルドアと交換して。……え、いいけど。お前カード集めてたの?……集めてるけど、そうじゃないよ。大体ダンブルドアとか究極のクソカードじゃない。蛙チョコパック買いしたら必ずダブるし。遊戯王カードなら重量換算で売れるかどうかのレベルの。……おま、仮にも自分とこの校長をクソカード呼ばわりとは。

 まあ、イヴがこういう事言ってくるって事は、十中八九原作絡みだろう。カード交換にどんな意味があるのか分からないが、それくらいならいいかと胸ポケットに入れる。

 

「そうだアダム、チョコ食べ終わったら図書館についてきてくれない?」

 

 言いながら、二つに引き裂いた蛙のまだひょこひょこと動く足を摘まんで口に入れるネビル。チョコレートと分かっていてもグロテスクだな。と思いつつ、俺もその腕を齧っているのだが。

 

「図書館って、何か本を借りるのか?」

 

「ううん。宿題でちょっと調べたい事があって」

 

 別にいいぞと返事をしようとした俺に、待ったをかけたのは妹だった。……ダメ、お兄今日は行かないで。多分今日はまずい。……何がまずいんだ?……もし今日が今日であるなら、ネビルは図書館に近づかない方がいい。……今日は今日だろ?いやなんだ、これも原作絡みか?またネビルが骨折するとかじゃないだろうな。……そうならないための忠告だよ。

 前科持ちの妹の言葉だが、俺は信じることにした。

 

「図書館には明日行こうぜ。また階段を上ったり下りたりしたくないし。今日は別の事をしよう」

 

「そう?じゃあそれでもいいよ」

 

 ネビルはあっさり頷いた。別の事をしようと誘った手前、何か案を出さないとな。他の宿題でもいいが、たまには勉強から離れるかと談話室を見渡す。寮の皆はお喋りに花を咲かせていたり、魔法のゲームをしていたりと賑やかだ。

 

「またなの?ロンってばいっつもそう!」

 

「なんだよ、自分がいつも正しいって思い込みはやめろよな」

 

 聞きなれた声に目を向けると、ロンとハーマイオニーがまた言い合っていた。なんだなんだと近づくと、テーブルには本や羊皮紙が広がっていて、二人は宿題をしていたようだった。

 

「そりゃ、ハーマイオニーは頭がいいよ。でも、何でもかんでも自分が正しいって思うなよ!」

 

「あら、頭がいいって認めたなら、私の言った事に従うべきだわ。ロンの言う事はお門違いなことばっかりじゃない」

 

「ほらそれだ!僕の方が下だって、君はいっつも見下してる!」

 

「見下してなんかいないわ」

 

「いいや、見下してるね。僕が君に勝てるわけないって、そう思ってるんだろ」

 

「思ってない」

 

「思ってる」

 

「思ってい・な・い」

 

「いいや、思ってる」

 

 最後の言い合いは一瞬バカップルの会話と間違えそうになったが、このまま放置してるとまた喧嘩しそうだ。

 

「なあ、ロン。ハーマイオニーに何でなら勝てる?」

 

「はあ?なんだよアダム、お前もどうせハーマイオニーの肩を持つつもりなんだろ。この女たらしめ!」

 

「なんだとロン、訂正しろ。俺は女の子は大好きだが、たらし込んだりはしていないぞ。ただの女好きだ!」

 

「いばるなよ!」

 

 急に毒っ気の抜けた顔をして、ロンはため息を吐いた。

 

「そうだな、チェスならハーマイオニーにだって負けない自信はあるよ」

 

「あら?知らないの、ロン。チェスってとっても頭を使うゲームなのよ」

 

 クスっとハーマイオニーが笑った。まったくハーマイオニーは、そういう態度がロンを怒らせるのに。実はわざとなのかな?……そういうとこだぞ、ハーマイオニー!……どした?……いや、言いたかっただけ。……そうか。気は済んだか?……うん。

 ハーマイオニーの挑発じみた態度にロンは顔を赤くしたが、なら証明してやるとチェスボードを取りに行った。

 

「で、実際のとこロンはチェス強いのか?」

 

 残ったハーマイオニーに尋ねると、彼女は肩をすくめた。

 

「さあ、分からないけど……前にハリーが強いって言ってたわ。家族で一番だって言っていたし、実際に自信はあるんじゃないかしら」

 

 そう言いって、ハーマイオニーは口元に笑みを浮かべた。

 

「でも、ロンの負けよ。チェスって本当に頭脳戦なの。私、マグルの学校でチェス大会に出た事があるわ」

 

「……なるほど。それで結果は?」

 

 予想はついたが、一応聞いておいた。

 

「優勝よ」

 

 フン、とドヤ顔のハーマイオニー。前はちょっと鼻につくと思う事もあったが、最近、この顔が可愛いと思えるようになった。彼女にはドヤ顔が凄く似合う。

 

「凄い、ハーマイオニー!僕にも今度教えてよ」

 

 ネビルが褒めるので、ハーマイオニーはさらにドヤる。と、そこへチェスボードを抱えたロンが戻って来た。

 

「勝負だ!」

 

「望むところよ!」

 

 ――かくて、戦いの火ぶたは切って落とされた。

 そして意外な事に、ロンは本当に強かった。序盤、余裕の笑みのハーマイオニーと、絶対に負けるかという顔のロンの姿は、見ていてハーマイオニー優位に見えた。だが、中盤になると盤上はロン優位だった。定跡通りのハーマイオニーの打ち筋に対し、ロンはその一歩先をいった。傍から見ているだけだし、そんなに強くないので何とも言えないが、多分ロンの方が数手先を読めているんだろう。ハーマイオニーはさっきから後手に回っている印象だ。そしてそのまま逆転することなく、ハーマイオニーはロンに負かされてしまった。

 

「どうだ、僕の勝ちだ!」

 

 チェックメイトの後、ロンがそう言って勝ち誇った。ハーマイオニーは心底悔しそうにしながらも、「今のはまぐれかもしれないわ。もう一勝負よ!」と譲らない。

 ロンは「この負けず嫌いめ、素直に負けを認めろ!」と言いながらもう一戦に応じた。今度は初っ端からハーマイオニーも色々手を変えてきたが、ロンはそれに応じて手を打って来た。ううん、これは本当にロンの方が強いな。

 

「あれ、珍しい……」

 

 練習から戻ったハリーが、チェスをしている二人を見て驚いた顔をした。俺がここまでの経緯を話すと、ハリーはため息を吐く。

 

「いっつもなんだよ。ロンはつっかかるし、ハーマイオニーは一言多いんだ」

 

「ハリーはクッション役って事か」

 

「僕を挟んで喧嘩するのは止めてって言うんだけど……」

 

「もう、隣でごちゃごちゃ言うなよ!今集中しなくちゃいけないんだ!」

 

 ロンがたまらず声を上げた。俺とハリーは謝って、一歩下がる。ネビルは二人の戦いを凄く熱心に見ていた。

 

「あ、そうだハリー頼みがあるんだ……」

 

 小声で、俺はポケットからカードを取り出した。

 

「俺のキルケと、ハリーのダンブルドア、交換してくれないか?」

 

「魔法使いのカード?いいよ。僕、ダンブルドアなら十枚くらい持ってる。ちょっと待ってて」

 

 言うなり部屋に取りに行くハリー。確かハリーがカードを集め始めたのって入学からだよな。それでもう十枚って。……ね、クソみたいなノーマルカードでしょ?

 妹の言葉に何と返すべきか迷っていると、ハリーが慌てて階段を下りてきた。どうした、と思っていると、ハリーはロンとハーマイオニーに向かって「見つけた!」と叫んだ。

 

「もう、ハリー邪魔しないで!」

 

「そうだよ、集中したいんだ」

 

 ハーマイオニーとロンが眉をしかめるが、ハリーは興奮してまくしたてた。

 

「魔法使いのカードだ!ダンブルドアだよ!ここ見て、『パートナーであるニコラス・フラメルとの共同研究……』って書いてある!」

 

 俺とネビルは何のことか分からず首を傾げたが、ハーマイオニーはパッと立ち上がった。そして女子寮に入ると、すぐに古めかしい分厚い本を手に戻って来た。

 

「どうしてこの本を探してみようと思わなかったのかしら!」

 

 ハーマイオニーはドン!と机に本を乗せる。衝撃でチェスの駒がいくつかひっくり返った。ネビルはアッと声を上げ、チェスの駒はハーマイオニーに向かって怒ったが、全て無視して凄い勢いで本を捲っていく。

 

「……あー、悪いけど、ちょっとだけ向こうに行ってて」

 

 ハリーが申し訳なさそうに俺達に言った。俺はネビルに行こうと声をかけてその場を離れる。

 

「チェス、いいところだったのにどうしたんだろう……?」

 

 ネビルが不思議そうに三人を見る。何やら顔を突き合わせて興奮しているのを眺めながら、俺は首を振った。

 

「よく分からないけど……ネビル、俺とチェスする?」

 

「いいね」

 

 その後、俺とネビルはチェスをした。俺とネビルのチェスの強さは同じくらいで、案外盛り上がった。

 

 

 

 



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努力、友情、勝利!を目指すのは良いとして、才能、環境、逆境!も、もちろん必要だと思うわけですよ。という訳で兄が親友は谷底に突き落とすスタイルだった件。

嫌いな先生だからと殺しかけるグリフィンドール怖い。殺すつもりがなかったとしても、死ぬかもと考えないこの浅はかさよ!

あと、スネイプ先生は完全な悪人でもないが、もの凄い善人でもない。
そこが人間らしくて好きだが、時折殴りたくなる事もある。(ハーマイオニーの前歯事件など)


 賢者の石。そう聞いて頭に思い浮かぶのは、某国民的RPGの回復アイテムなわけだが。最近、ハリー達の隠す気あるのかってくらいザルい内緒話から漏れるこの単語に、俺は少年心をくすぐられていた。……何、大量殺戮して賢者の石を生み出して、魔法ブーストでもするつもり?……しませんよ?大量殺戮って何?賢者の石ってHP回復するような幸せ寄りのアイテムだろ?何でそんな殺伐とさせるんだよ。……何を言う、賢者の石にまつわる話はトラウマ必須ですよ。ってか、お兄は新旧どっちのアニメが好きなの?それによっては私戦うよ?……戦えないよ?何の話か分かってないけど恐らくどっちも観てないよ?……いや、漫画は読んでたの見たよ。

 

 ともかく、賢者の石がこの学校にあるというのは間違いない。禁じられた廊下というヒント以外、正確にどこに隠されているかは覚えていないが、映画でハリーが赤い石を持っていたのを俺は覚えている。この分だと、世界樹の葉も案外どこかに落ちている気がしてきた。壁の間の秘密の隠し部屋、樽の中、引き出しやタンス。さすがに宝箱は置いてないよなぁ。……ってか、万能薬が欲しいならベゾアール石持ってりゃいいじゃない。……あんな茶色のしなしなのじゃテンション上がんないです。……全くお兄はワガママだなー。

 イヴはそう言うが、せめて綺麗な丸い石ならともかく、見た目のグロい萎びた茶色の塊にロマンは感じない。しかし、魔法界にまだ隠されたお宝が眠っている可能性は十分にある。そう、このホグワーツにだって。

 

「よし、学校探検しようぜ、ネビル」

 

「探検?どうしたの、急に」

 

 休日、朝食の席でネビルを誘うと、思いっきりキョトンとされた。

 

「そういうのって、入学してすぐの頃にするんじゃないの?」

 

「でも俺達、入学すぐの頃にやってないじゃん。それにそんな時期に探検したら、この学校じゃ遭難するぞ?」

 

「確かに……」

 

 クスっとネビルが笑う。俺の口元も笑ってしまっている。お互い、あの夜を思い出したようだ。ちら、とネビルはハーマイオニーを見たが、ハリーとロンの三人で何かを話し込んでいるのを見て諦めた様だった。

 

「それで、いつするの?」

 

 尋ねたネビルに俺はううんと唸った。今日は昼過ぎからクィディッチの試合がある。グリフィンドール対ハッフルパフ戦だ。どれだけ試合が長いか分からないし、それが終わった後は勝っても負けても探検なんていう気分じゃないだろう。

 

「次の週の休みは?」

 

「いいよ。じゃあ、色々と準備をしておくよ」

 

 ウキウキとネビルが答えた。何を準備するのか分からないが、楽しみにしてもらえているらしい。やっぱ探検・冒険は男のロマンだよな。俺も恐らくは不要であろう、しかし探検には必須のアイテムを色々と持っていく事にした。今からワクワクが止まらない。……オラ、すっげーワクワクすっぞ!……うわ、全然似てないイヴさん。……くっそ、あの大御所を私がマネできるはずがなかった!

 

 昼食後、昼寝には最適な時間となった。俺とネビルはクィディッチ競技場へ向かい、スタンドの席に着く。応援グッズとして用意した『スニッチ掴んで!』『グリフィンドール最強♪』『チェイサー三人娘愛してる!』『敵にブラッジャーぶつけてっ!』とデコったうちわをサッと掲げる。ふふふ、準備は万端だ。……っていうかそれ、私が教えてあげたやつじゃない。……おう、お前が前世、イベントやらに持って行ってたあれを再現させてもらった!

 

「アダム、これ本当に使うの?」

 

「当たり前だろネビル。せっかく用意したんだぞ」

 

「僕、時々君の事が分からない時があるよ」

 

 呆れ顔になりながらも、ネビルはスニッチ掴んで!とグリフィンドール最強♪のうちわを持ってくれた。本当いい友達だよ。因みに今日はディーンとシェーマスは少し離れた席で観ている。別に無理やりうちわを押し付けたりしないのにな。まあ、確かに二人の分も作ろうかって聞いたけどさ。

 

「ん?……ちょっと待て、まさか、今日の審判はスネイプ先生なのか?」

 

 グラウンドに目を向け、箒を持って佇む黒い人物を見て俺は驚いた。ネビルも首を振って呟く。

 

「大変だ……そんなのグリフィンドールが不利だよ」

 

 大変申し訳ないが、普段の態度から公明正大に審判に徹するとは到底思えない。不安を感じる俺の隣に、ハーマイオニーとロンがやって来た。

 

「いい、ロン。ロコモーター・モルティスよ」

 

「同じ事何度も言うなよ!覚えてるったら!」

 

 杖を持ち、呪文をおさらいする姿に俺とネビルは首を傾げる。クィディッチ観戦に来たとは思えない顔をしている二人は、真っ直ぐスネイプ先生を見つめていた。

 

「おい、まさかとは思うが、スネイプ先生を攻撃するつもりか?」

 

「アダム、止めないでね。これはハリーの命を守るためなの」

 

 予想外にも、ハーマイオニーから返事が来た。ハリーの命?

 

「ちょっと待てよ。いくらなんでも命は取らないだろ。せいぜい嫌がらせのペナルティや、相手に有利な判断を下すくらいだと思うぞ」

 

「君はスネイプの正体を知らないからそんな事を言うんだ。いいか、スネイプは……」

 

「ストップストップ!ロン、ダメよ!……ともかく、私たちの事は気にしないで」

 

 ネビルは眉を寄せた。そんな思わせぶりな事を言って、気にするなもあったもんじゃない。

 

「はあ……いいか、確かにスネイプ先生は酷い。グリフィンドールに対して逆贔屓が過ぎるし、正直いけ好かない。きっとこの試合も不公正な審判しかしないだろう。だけどあの人がハリーの命を奪う事だけはないと俺は確信してる」

 

 これは正直『知っているから』以外の何物でもないが。それに、と俺は付け加えた。

 

「ほら見ろ、校長がいる。この状況でハリーに攻撃する馬鹿はさすがにいないだろうぜ」

 

「……本当、ダンブルドア校長だわ!」

 

「見ろよあのスネイプの顔!すっごい意地悪そうな顔してる」

 

 スネイプ先生殺人鬼説は撤回できなかったようだが、とりあえずハリーの命の心配は止めた様だった。二人は杖を仕舞い、ホッとした表情で試合に集中した。

 

「よーし、試合開始だ!……っいて!」

 

 誰かにぶつかられ、ロンが頭を抱える。

 

「おっと、悪いなウィーズリー、君の存在に気付かなかった」

 

 ニヤニヤと笑いながら、ドラコがいつもの二人を連れて後ろに座っていた。

 

「この試合、ポッターはどれくらい箒にしがみついていられると思う?誰か僕と賭けをしないか?」

 

「はいはい、一ガリオン賭けてやるから黙っててくれドラコ」

 

 ドラコが話しかけて来るが、試合はもう始まっている。それどころじゃない。適当に返事を返すと、気安く名前を呼ぶなと後ろで怒っていたが無視した。

 試合はウィーズリーの双子がブラッジャーでスネイプ先生を攻撃した、という理由でペナルティーを早くも食らったところだ。とはいえ、今のは間違いなく審判めがけて打っていたのでペナルティーは仕方ない。あのまま当たってれば後頭部に直撃コースだったぞ。正直ハリーの命より、あの双子からスネイプ先生を守ってやるべきじゃないか?

 

「なあ、グリフィンドールの選手が選ばれる基準を知ってるか?不幸な人間かどうかだ」

 

 静かになったと思ったら、再び口を開くドラコ。試合は再びハッフルパフのペナルティーシュート。これは間違いなくスネイプ先生の嫌がらせだ。何に対してのペナルティーかちょっと分からなかった。とはいえ、さっきの双子のプレーで大分心証は良くないからな。元から良くないのに。

 

「ポッターは親なしだし、ウィーズリーは貧乏だ。ああ、ロングボトム……君もチームに入るべきだな。脳みそがないから」

 

 隣のネビルが反応した。ドラコはそれに目ざとく気付き、さらに言葉を続けようとする。それより早く、俺はため息を吐いて振り返った。

 

「ドラコ、静かにしろったら。これ以上騒いだら、今度スリザリン戦の時にお前の観戦を邪魔しに行くぞ」

 

「キャロル、気安く呼ぶなと言っただろう!」

 

「なんだよいいだろ、俺もアダムって呼んでいいぞ」

 

「誰が呼ぶか!」

 

「ネビル、気にするなよ。あいつ、この間の魔法薬学で自分より綺麗な薬を作ったネビルが妬ましいだけだ」

 

 ネビルは俺とドラコを交互に見た。怒っていたところに水を差され、どうしていいか迷っている。ドラコは顔を真っ赤にして、インチキだと叫んだ。

 

「あれはお前とグレンジャーが作ったんだ!こいつ一人であんな薬が作れるものか!」

 

 俺はネビルの背を軽く叩いた。言ってやれ、という意味だ。確かに俺とハーマイオニーはいつもネビルを手伝っている。だけど、この間のアレは以前に一度作った薬の復習だった。だから俺達は、とんでもない失敗をしない様見守りはしたが、一切手伝っていない。

 ネビルはぐっと拳に力を入れ、ドラコを真正面から見た。

 

「僕……僕、一人で作れるよ。マルフォイ、僕、君より上手に作れる!」

 

「よく言ったネビル!もっと言ってやれ!」

 

 試合から目を離さず、なぜかロンが煽る。だが煽られたのはネビルじゃなくドラコの方だった。

 

「黙れウィーズリー!貧乏人は喋るな!」

 

 嫌味が尽きたのか、ただの頭の悪い悪口になっているドラコ。だがロンに効果はあったようだ。

 

「マルフォイ、次に何か言ってみろ、ただじゃ……」

 

「ロン!ハリーが!」

 

 ハーマイオニーが立ち上がる。ロンも目を凝らした。俺とネビルもハリーを目で追う。他の選手の頭上を旋回していたハリーが、スネイプ先生めがけて一直線に急降下している。え、っていうか危なくないか、あれ。

 

「やったぞ、ウィーズリー!ポッターは地面にお金が落ちてるのを見つけたに違いない!大金持ちになれるぞっ!」

 

 後ろからドラコが下手くそなヤジを飛ばす。この状況でそんなわけがないだろ。さすがにそれは無理があり過ぎる。ほとんどの観客が立ち上がっていた。あちこちでハリーの名前が叫ばれる。それに混じって、ぐえっと蛙の潰れた声が後ろで聞こえた。グラウンドでは、丁度スネイプ先生がほんの少し箒で飛ぶ位置をずらした瞬間、ハリーがその横を掠めたところだった。俺はネビルの肩に手を置こうとしてネビルがそこにいない事に気付く。俺はハリーから背後に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 頬が痛い。頭がズキズキする。俺は目を開けた。

 ここはどこだと考えて、すぐに医務室だと気付いた。ああ、そうだ、あのゴリラ二人と取っ組み合いをしたんだった。

 体を起こすと、体のあちこちが痛んだ。ぶつけたか、殴られたか、覚えていないが青痣になるのは避けられないだろう。あっ、ちょっと待て。頬が痛いって事は、まさかと思うが――。

 

「げっ……」

 

 手鏡を取り出して見た自分の顔に、思わず声が漏れる。こんな腫れた頬じゃ外を歩けない。ちくしょう、あのゴリラめ!……最近、名前を考える事すら放置してるね。……ゴリッブとグロルだろ?覚えてるよ。……いや覚えてないよそれ!グラッブとゴイル!グラッブとゴイル!私がいつかつられて間違えそうだから!……つられるなよ。それに多分グラッブじゃなくてクラッブじゃなかったか?……覚えてるんじゃない!

 あの時、振り向いた瞬間、ドラコとロンが取っ組み合い、ネビルがクラッブとゴイルにしがみつき殴られていた。俺はとっさにネビルを助けに行ったが、あのゴリラの様な二人を俺の力で引き剥がせるわけもなく、簡単にボコられてノックアウトされてしまった。……禁じられし左手の封印を解けばよかったのに。……俺の左手に何が封印されてるんだよ。はあ、体鍛えたほうがいいかな。……まあ、もりもりマッチョにならない程度になら鍛えた方がいいかもね。時代は細マッチョだよ!

 

「目が覚めましたか、アダム・キャロル」

 

 シャッとカーテンを開け、体を起こしている俺をマダム・ポンフリーが見下ろした。

 

「全身の痛いところにこの薬を塗りなさい。全く、クィディッチが絡むとどうしてこう怪我人が増えるのでしょうね!」

 

 俺の手に薬瓶を押し付け、マダムはプリプリと棚に向かった。それを目で追った俺は、隣のベッドで体を起こしているドラコの片目と目が合う。

 

「どうしたんだ、その目」

 

 思わず尋ねた俺に、ドラコはそっぽを向いた。いや、聞くまでもなく状況からいってロンに殴られたのだろう。左目が酷く腫れ、目が開いていない。マダムは棚から薬とガーゼを持って来てドラコの側に座り、その腫れた目に薬を塗った。

 

「痛い!そうっとしてくれ!」

 

「お黙りなさい!こんな痛みがなんですか!全く、場合によっては失明していましたよ!」

 

「僕のせいじゃない、あのウィーズリーが……」

 

「あなたも同罪です!」

 

 マダムはあくまで喧嘩両成敗の精神を貫くようだった。俺は念入りに頬に薬を塗り込みながら、そのやり取りを見守っていた。そしてハッと気づいて逆側のカーテンを開く。だが、ネビルが起きてこっちを見ているという事はなかった。カーテンは閉ざされている。

 

「ネビル・ロングボトムならまだ気を失っていますよ。可哀想に、頭に大きな瘤が出来て……」

 

 マダムの言葉に「いい気味だ」と呟いたドラコは、次の瞬間痛みに悲鳴を上げた。マダムが強く薬を塗ったせいだ。

 

「頭を打ったって事ですよね、大丈夫なんでしょうか?」

 

 俺の言葉に、マダムは微笑んで頷いた。

 

「ええ、杖で調べましたが、異常はありませんでした。もちろん、様子を見るために今日はここに泊まらせますが、恐らく何もないでしょう」

 

「なんだって?僕はロングボトムと一晩ここで泊まらなきゃいけないのか?!」

 

「安心なさい、キャロルも一緒です」

 

 ドラコはとんでもないと言いたげに俺を指差した。

 

「僕はこいつらとは一緒に泊まらない。どうせ大したことないんだ、あいつらを寮に帰らせろよ!」

 

 わがままなお坊ちゃんそのものな態度に、俺はため息を吐いた。対してマダムは冷静な顔でドラコに告げる。

 

「そこまで言うのなら仕方がありませんね。あなたが帰りなさい、ミスター・マルフォイ。寮に帰れば夜中に目がもげるほど痛くなるかもしれませんが……彼らと一緒にいたくないというのなら私は止めません」

 

 ドラコはぐっと口を閉ざした。マダムは薬を塗り終わった目をガーゼで塞ぐと、どうしますかと再度尋ねた。

 

「くそっ、父上に言いつけてやるからな!」

 

 言うなり、布団を頭まで被ってしまったドラコだったが、マダムはすぐにそれを引っぺがして顔を出させた。怪我をしている目を布団に入れない様にしなさいと注意する。

 顔を真っ赤にして憤死しそうなドラコをほったらかし、マダムは今度は俺の治療を始める。

 

「あのぅ、この頬の腫れ、どれくらいでひきますか?」

 

 ガーゼを貼るマダムに恐る恐る尋ねると、マダムは明日には綺麗になっていると保証してくれた。この腫れがたった一晩で!さすがマダム!

 ホッとする俺の耳に、布の擦れる音が聞こえた。マダムも気付いたようで、ガーゼを貼り終えると、ネビルのベッドのカーテンを開けた。

 

「あ……アダム……っいたた」

 

 頭を押さえて呻くネビルに、マダムが怒りながら手際よく治療を進める。髪にべっとりとした変な臭いの薬を塗られ、ネビルは情けない顔をしていた。

 マダムは治療を終えると、それぞれの寮監に泊まりの事を伝えて来ると席を外した。ネビルはそれに首を傾げる。

 

「それぞれって?」

 

「マクゴナガル先生と、スネイプ先生にって事だろ」

 

 答えた俺に、えっとネビルが声を上げる。それに、俺は気付いてなかったのかと体をずらして反対側のベッドを指す。

 

「ほら、こっちに寝てるドラコも、今日は泊まりなんだとさ」

 

「だから気安く呼ぶな!僕は聖二十八族のマルフォイなんだぞ!」

 

 鼻のあたりまで布団を被ったまま、くぐもった声で不満を漏らすドラコ。言いつけ通り目は出しているのがちょっと可愛いな。ネビルは顔をしかめていたが、俺は飄々とドラコに返す。

 

「何言ってんだ、それならネビルも確か聖二十八族だろ?それにロンの家もだ」

 

「ウィーズリーは血の裏切り者だ!それにロングボトムは落ちこぼれだ!」

 

「はは、ネビルはきっとお前より薬草学得意だし、そもそもそうやって例外を作っていいなら、その聖二十八族って括りは意味ないじゃん。だってマルフォイは性格悪いからノーカン!って言えばいいんだろ?」

 

「ふざけるな!何がノーカンだ!僕の家は由緒正しきマルフォイ家の……」

 

 ガバッとベッドから半身を起こし、こちらを睨みつけるドラコ。俺はあえて、それを煽る。

 

「でも性格悪いからノーカン!ノーカン!ノーカン!はい、そーれご一緒に!ノーカン!」

 

「通るかそんな理屈!」

 

「そうか?じゃあやっぱ、ロンもネビルもお前と同等の血筋って事だ」

 

 俺の言葉に、ドラコは歯ぎしりした。……はい、QED!って、なんなの、この地下チンチロ的展開は?!……チンチロ?そもそもここ地下じゃないぞ。……分かってるよ!

 

「お前たち、兄妹揃って僕を馬鹿にするのか……!」

 

「妹の事は知らないけど、いつ俺がドラコの事馬鹿にしたんだよ」

 

「しただろ、今!それに列車で……っ!」

 

「列車で?」

 

 俺は首を傾げた。ドラコはチラ、とネビルにも視線を走らせ、他に誰もいない事を確認した。

 

「僕の父を死喰い人だと」

 

「ああ、あれな……」

 

 隣でネビルが息を飲むのが聞こえた。俺は頭を下げた。

 

「悪かった。別にお前の父親をそうだと指摘したかったわけじゃない。あの場であの言葉を言ったのは不適切だったよ」

 

 ドラコは不機嫌に黙ったまま、俺を見ている。下げた頭を上げて、俺はその片方だけの目を真正面から見た。

 

「でも……俺の母は死喰い人に殺された。だから俺は死喰い人を許せない。それは確かだ」

 

「……そうか、でもお前の母親が死んだのと、僕の父は関係ない」

 

 ドラコはフイと顔を逸らした。おかしいな、列車ではロンに名誉棄損で訴えるとまで言ったのに、どうして今回は真っ向から否定しないんだ?

 じっと様子を窺っていると、ドアが開く音がした。そちらに目を向けると、マダム・ポンフリーとスネイプ先生が入って来るところだった。

 

「スネイプ先生!」

 

 ドラコがホッとしたような顔をした。逆にネビルは顔を引きつらせる。スネイプ先生はドラコの目のガーゼを確認した。

 

「怪我の具合はどうかね、ドラコ」

 

「すごく痛みます。ロン・ウィーズリーが無抵抗の僕にいきなり殴りかかってきたんです。もしかすると失明していたかもしれない……」

 

「なんと、それは災難だったな。グリフィンドール寮の生徒の野蛮さは、見るに堪えない。お前が一生の傷を負わなかったのを奴は感謝すべきだ」

 

 ドラコの大げさな甘えた訴えに、スネイプ先生の大げさな甘やかし。なんだこの茶番は。……気にしない方がいいよ、スリザリン寮ではよくある光景だから。……この気持ち悪い茶番を毎回見せられないってだけで、グリフィンドールで良かったって心底思ったわー。

 半眼になっていると、スネイプ先生と目が合った。瞬間、しかめっ面をされる。

 

「……ところで、こいつらはどうしてここに?」

 

「貴方の寮の生徒が怪我を負わせたんです。彼なんて死ぬかもしれなかったんですよ」

 

 スネイプ先生の疑問に、今度はマダムがしかめっ面で答える。死ぬかもしれなかったネビルは、頭に包帯を巻いて震えている。スネイプ先生はそれを一瞥した後、フンと鼻を鳴らした。

 

「大方、何か怒らせるような言動を取ったに違いない。その頭も、どうせ自分でぶつけるか何かしたのだろう」

 

 その言葉に、俺とネビルはショックを受けた。まさか、今のが教師の言葉か?マダムも憤慨して、スネイプ先生に「なんてことを言うのですか!」と詰め寄るが、聞く耳持たずで医務室から出て行った。俺の中でスネイプ先生の株が大暴落中なんだけど。……むしろ今までの株価が高すぎたんだよ。元々あんな先生じゃない?……いや、お前んとこの寮監だからな。

 

「僕……自分でぶつけてなんかいない」

 

「分かってるよ、気にするなよネビル」

 

 涙声になりかけたネビルを慰めると、マダムも「そうですよ」と頷いた。

 

「全く、セブルスは教師でありながら公平さに欠けます。特にグリフィンドールに対しては。過去にあんな事があったのは同情しますが……」

 

「あんな事?」

 

 マダムはハッとして、首を傾げたネビルを見て口を押えた。

 

「いえ、今のは失言でした。さあ、夕食の準備をしますから、少し待っていなさい」

 

 そそくさと部屋を出るマダム。ネビルはあんな事ってなんだろうと呟いた。

 

「どうせ、お前らグリフィンドールが何かしたんだろう」

 

 ハッと小馬鹿にした様子でドラコが吐き捨てる。ネビルはムッとした様子で言い返した。

 

「どうして君たちはそうやって何でも決めつけるのさ!」

 

「決めつけてない。真実だ。お前らグリフィンドールは、粗暴で、デリカシーがなくて、何でも自分たちが正しいみたいな顔をしてくる!」

 

「そんなの、スリザリンだって!意地悪で、乱暴で、思いやりがないし、すぐに人を見下すじゃないか!」

 

「見下すのは仕方がないだろう、実際にクズばかりだからな!ロングボトム、お前みたいな!」

 

「僕はクズじゃない!」

 

「いいや、クズだよ、この出来損ないの馬鹿が!」

 

「馬鹿って言った方が馬鹿だ!」

 

「じゃあやっぱり馬鹿はお前だ、今口にした!」

 

「君だって言っただろ!」

 

 俺を挟んで言い合いをする二人。珍しく強く言い返すネビルに驚きながら、俺は黙って様子を見ていた。その内「馬鹿」「間抜け」「傲慢」「いくじなし」と、単語で罵り合い始めた二人を見て、俺はこのケンカの落としどころを考える。さて、どうしたもんかな。

 正直、親友をぼろくそ言ってくれるドラコにはむかっ腹が立っている。げんこつくらいお見舞いしてやっても罰は当たらないんじゃないだろうか。そもそも、言う事がいちいち気に障る嫌味ばかりだし、ゴリラ二匹を使って暴力に訴えてくるあたりなんかも禿げろ!としか思えない。……けどお兄は、心底憎む気にはまだなれない、と?……まだ無邪気な子供なんだ。周りがそうだから、そういう価値観の中で生きてきたから。その価値観を壊せたら、そこから一歩出るきっかけを与えられたら、何かがドラコの中で変わるかもしれない。……ほほう、なるほど。甘いね、お兄は。そしてそれが我が兄の長所で短所だ。

 なぜか妹に褒められて貶される。俺はその声を聞きながら、声の大きい方が勝ちとでもいう様に顔を真っ赤にして怒鳴り合う二人にストップをかけた。

 

「よし、学生らしく期末テストで決着をつけよう」

 

「はあ?何だって?!」

 

 肩で息をするドラコとネビル。俺の提案に、ネビルは首を振りかけてイタタと瘤を押さえた。

 

「テストって、アダムでも……」

 

 途端に弱々しくなるネビルの声。俺はそれに気付きつつも話を進めた。

 

「聖二十八族だが落ちこぼれだと、ドラコはネビルを見下している。そしてキャロルなんて無名の家柄の俺も見下している。もちろん、優秀なマルフォイ一族のお坊ちゃんは、俺達よりも出来が良いと思っている。じゃあ、()()()()()()()()()()()()。……そうだろ?」

 俺の挑発に、ドラコはぐっと言葉に詰まった。ここで勝負を拒否するのはプライドが許さないだろう。やがて、渋々といった風に「分かった」と返事をした。

 

「その勝負受けてやってもいい。だが、もし僕が勝ったら、今度から僕の事はマルフォイ様と呼べ。そして僕に絶対逆らうな。この条件なら受けてやる」

 

「俺はそれでいい」

 

 俺とドラコはネビルを見た。ネビルは迷っていた。瞳は揺れ、震えている。……いいの?なんだかんだ、ドラコはぼんぼん。当然いい家庭教師がついていたし、一年生の学力としては平均値以上だよ。正直な話、私はネビルが勝てるかどうかは怪しいと思う。……そうか。ドラコって頭いいのか。てっきりアホぼんかと思ったが、案外頑張り屋なんだな。……その言葉のチョイス、本人が聞いたら憤死しそう。

 

「やっぱり自信がないのか、腰抜けめ。それでよくグリフィンドールに入れたな」

 

 尻込みするネビルを見てドラコが小馬鹿にする。ネビルはそれに、ぐっと顔を上げた。

 

「僕だって勇気あるグリフィンドール生だ!勝負してやる!」

 

「フン、言ったな?……後悔させてやる」

 

 ニィッと笑うドラコ。震えながら、それでもネビルは怯まなかった。負けるわけにはいかない。そう、俺達の勝負はこれからだ!……打ち切りみたいになってるよ?アダム先生の次回作にどうぞご期待ください!

 




 ――次回、真夜中の医務室編。扉の向こうで何かが起こる……。(かもしれない)


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修学旅行とかで皆で好きな子の名前を言い合うやつって大体一人は好きな子が被ってることが判明しないか?

好きな子の名前言わなかったのに、当てられてバレるタイプだった。
つまりポーカーフェイスが出来ないって事だよ。
そして告白してもないのにフラれるっていう黒歴史。


 

「――でさ、正直な話、うちの妹はスリザリン寮で上手くやれてるのか?」

 

 夕食のスープをすすりながら、俺は左隣のドラコに尋ねた。

 

「僕が知るか!自分の妹に聞けばいいだろう!」

 

 イライラしつつも完璧な所作でフォークを口に運ぶドラコ。俺はさすが坊ちゃんと感心しつつ、パンを口に運んで続ける。

 

「もちろん聞いたさ。イヴは上手くやってるっていうけど、正直兄としては心配なわけだよ。だから模範的スリザリンであるドラコから見てどうなのかなって」

 

「あと気安く名前を呼ぶなと何度言えば分かる!」

 

「あ、でも僕この間、彼女が数人のスリザリンの女子生徒と中庭で楽しそうに遊んでるの見たよ」

 

「え、いつだよ。ネビルが見たって、俺その時一緒にいなかったのか?」

 

「うーん、確か君がマクゴナガル先生と話し込んでる時じゃなかったかな。ほら、僕トイレに行きたくて先に教室を出た日だよ」

 

「やめろ、ロングボトム!食事中にトイレの話なんかするな!」

 

 ネビルを怒鳴るドラコに、マダム・ポンフリーが眉を吊り上げた。

 

「喋るなとは言いませんが、ミスター・マルフォイ、もう少し静かにお食べなさい!」

 

「どうして僕が怒られるんだ!」

 

 俺とネビルはそれに肩をすくめた。

 

 

 

 マダム・ポンフリーの自室は医務室のすぐ隣にある。夕食の後「何かあったらすぐに呼ぶように」と言いつけて、マダムは自室へと帰って行った。今夜は他の患者はいないので、医務室には俺とネビル、そしてドラコの三人しかいない。

 

「よし、じゃあ好きな子の名前言い合いっこしようぜ!」

 

「誰がするか!」

 

 マダムがいなくなったのを確認して俺がそう切り出すと、ドラコがすかさずそう突っ込んだ。

 

「アダム、好きな子がいるの?僕、まだそういうの良く分からなくて……」

 

「何をさらっと会話を進めているんだロングボトム、いい加減にしろよ」

 

 ベッドに体を起こした状態で、ドラコがネビルを睨む。サイドテーブルには灯りがあり、ベッドのカーテンは全開なので、三人とも顔は良く見えた。睨まれたネビルは眉をしかめて首を傾げる。普段なら怖気づくところだが、さっき怒鳴り合ったのがきいているのか、普段と違うこの状況のせいか、はたまたドラコの片目が塞がっていて怖さ半減なのか、寝る前で髪がオールバックじゃないのが良かったのか、とにかく今日のネビルは普段通りだ。

 

「いいじゃない、どうせまだ寝るには少し早いし。嫌なら君、参加しなければいいだけだろ」

 

「僕は最初から参加なんかしていない」

 

「因みにここだけの話、俺の好きな子はスリザリンなんだ……」

 

「何?!」

 

「えっ?!」

 

 いきなりの俺の告白に、二人は驚いて声を上げた。

 

「ほら、気になるだろ?続きが聞きたいならお前も言えよドラコ」

 

「お前、さては僕をからかったな?!」

 

「びっくりした、僕一瞬本気にしちゃったよ」

 

 怒るドラコと胸を撫で下ろすネビル。本当なのにどうして信じないんだ。

 

「なんだよ、二人とも。年頃の男子がお泊り会で話す内容って言ったら恋バナは鉄板だろ?じゃあ、お前らはどんな話が良いんだよ」

 

「そもそもお前たちと話す必要がない」

 

 ドラコは素っ気なくそう言った。でもじゃあ、なんで体起こしてんの?嫌なら寝ればいいのに。俺とネビルは顔を見合わせて呆れた。

 

「あ、じゃあ怪談にするか?怖い話って言うのもお約束だよな」

 

「えっ?!」

 

 ネビルが動揺する。怖い話は苦手なのか?

 

「いいぞ、僕がとっておきを話してやろう。これは父上から聞いた話なんだが……」

 

 ネビルの怯えを瞬時に悟り、急に生き生きと喋り出すドラコ。ネビルは「やめてよ」と言ったが、ドラコは構わず続けた。

 

「ホグワーツには誰も知らない秘密の部屋があるらしい。そこには恐ろしい化け物がいて、スリザリンの真の継承者だけがその化け物を従えられるんだ」

 

「まさか……」

 

 ネビルが恐々と口を挟んだ。

 

「そんな化け物がいたら、先生たちが何とかしてるよ……そうでしょう?」

 

「全く、聞いていなかったのかロングボトム?だからお前は間抜けだって言うんだ。僕は『誰も知らない秘密の部屋』だと言ったんだ。当然先生も知らない。どこにいるかも分からない化け物をどうやって倒すんだ?」

 

「でも、入学してもうすぐ一年だけど……そんな噂聞いたことないぞ」

 

 俺が言うと、ドラコは嬉しそうに口元を吊り上げた。

 

「だからとっておきと言ったのさ。これは代々の由緒正しきスリザリンにしか伝えられない話だからな。何せ、初代ホグワーツ創始者の一人、サラザール・スリザリンその人が造ったと言われている」

 

「一体、なんのためにそんな部屋を……?」

 

 囁くように聞いたネビルに、ドラコは間を取って雰囲気たっぷりに答える。

 

「もちろん、穢れた血のやつらを――根絶やしにするためだ」

 

 ひぃっと小さな悲鳴。思った通りの反応を得られたことに満足したらしいドラコは、さらに付け加えた。

 

「実際、五十年前に一度、部屋は開かれたと聞く。その時は一人の穢れた血が死んだらしいぞ。……次は、お前だロングボトム!」

 

「ひぃいいいいいいい!」

 

 怯え切ったネビル。ドラコはその様子に嬉しそうな笑い声を響かせる。あんまり騒ぐとマダムが来るぞ、お前ら。いや、楽しそうで何よりだけどさ。

 

「本当にどうしようもないな、お前は。ロングボトム、お前は純血だろ?どれだけ出来が悪くっても、殺されるのはまずマグル生まれの奴らからさ」

 

「マグル生まれの奴……か」

 

「お前も純血なんだろう、キャロル?」

 

「ん?ああ、俺はな。でも……」

 

「ハーマイオニーは純血じゃない!」

 

 ネビルが焦った様子で言った。

 

「それにディーンも!」

 

 ドラコが眉をしかめてネビルを見る。俺は親友を誇らしい気持ちで見た。

 

「他にも、ホグワーツにはたくさんマグル生まれはいるだろうな。今日日、自分は絶対に純血だと胸を張れる方が少数だろ」

 

「そんな奴らの心配をして何になる?グレンジャー?あいつが死んだからって何だって言うんだ!」

 

「ハーマイオニーは僕の友達だ!」

 

「穢れた血と友達だって?お前も聖二十八族なら、そういうのとつるむのが良くない事だと分かるだろう?」

 

「良くないなんて決めつけるな!」

 

「決めつけてない、事実だ!」

 

 ムキになる二人に、俺は落ち着けと唇に人差し指を当てる。

 

「あんまり大声出すなよ、マダム・ポンフリーが来るぞ。……因みにドラコ、何が良くないのか具体的な理由を教えてくれよ。何でマグル生まれの奴と純血は仲良くしちゃダメなんだ?マグル生まれとはいえ、ホグワーツに通って卒業すればそいつらは魔法使いだ。就職も魔法界でするのが大半だし、そうなればもう魔法界側の人間だろ?単に生まれが魔法界じゃなかったってだけで何でそう差別するんだ?」

 

 これは純粋にずっと疑問だった。純血だのそうじゃないだの言っても、結局は魔法使いは魔法界で生きていく。マグルの家庭から生まれて魔法使いになった奴が、魔法界に定住して子供を産んで……そして百年がたてばそれはもう魔法使いの一族ではないのか。

 ドラコはそんな俺をハッと嘲笑った。

 

「お前は何も分かっちゃいない、キャロル。穢れた血は何故、穢れているんだと思う?」

 

「え、お前らが差別的にそう呼んでるだけだろ?」

 

「違う、本当に穢れているんだ。魔法使いの血には、魔力がある。ごく稀に例外はあるが、基本的に魔法使いの夫婦には魔法使いの子供が生まれる。――それは、血に魔力が宿っているからだ」

 

 真剣な顔でドラコ。俺はネビルをチラと見るが、黙ってドラコの言葉を聞いている。

 

「いいか、魔法界にマグル生まれの穢れた血が増えればどうなる?生まれた子供が魔法使いである確率は下がるだろう。スクイブが溢れる世の中になってみろ、僕たちの生活はどうなっていくと思う?」

 

 魔法界で生きる夫婦の間に生まれた子供が、魔法力を持たないスクイブだったら。こっちで生きていくのは確かに大変だろうな。学校にも通えず、就職先も限られ、そしてなにより世間から差別される。マグル生まれを差別するのは純血主義の奴らだけだが、スクイブに対しては魔法界全体がその傾向にある。悲しい事だが事実としてそうだ。

 なら諦めて、マグルの世界で生きる?それも無理だ。両親は魔法使いで、魔法界に就職している。子供だけをマグルの世界に行かせるわけにもいかない。そうなればやっぱり学校には通えず、一人立ちする頃には今さらマグルの世界にも馴染めない、かといって魔法界にも受け入れてもらえない、そんな辛い状況だけが生まれる訳だ。

 そしてドラコの言葉を信じるなら、そんな状況に陥る人間が増えていく……。

 

「まあ、そうなれば破綻するな。魔法界自体が」

 

「そうだろう!」

 

 分かってくれたか!と笑顔になるドラコ。

 

「……本当にそうなるのかな」

 

 だけどネビルは、そんなドラコに首を傾げた。

 

「は?ロングボトム、ちゃんと聞いていたのか?」

 

「聞いてたよ!……けど、マグル出身は昔からいたじゃないか。だけど今現在、君の言う様な事にはなってないよ」

 

「だから、これ以上穢れた血の奴らを増やせばそうなるという話だろう」

 

「それは君の、……君たちの予想であって現実じゃない。それに僕たちの様な純血にだって魔法力がない子供が生まれる可能性はある。……僕はずっと、それを心配されてた。ばあちゃんは、純血の一族にもスクイブは生まれるって言ってた。それは昔からある事だって」

 

「一部の人間の話だ」

 

「マグル出身の両親からだって、ほとんどの場合は魔法使いの子供が生まれてる。つまり、スクイブになる子は一部だけだ」

 

「何が言いたいっ!」

 

「……つ、つまり、君の言ってることはおかしい!」

 

 苛立ったドラコにネビルは一瞬怯むが、だがハッキリと言った。その目は真っ直ぐで、ドラコはそれに気圧されているように見えた。いや、これは実際に気圧されてんな。

 

「僕は間違ってないぞ!」

 

「でも、僕はそれを信じられない!」

 

「……っキャロル、お前はどうなんだ!お前も僕を間違ってるって言うのか?!」

 

 ドラコが俺を見る。俺は頭を掻いてそれに答えた。

 

「分からん。正直、二人とも現時点では間違ってるって断言できない。今までの状況を見て、ネビルの言う事は事実だ。だけど、これからマグル出身がホグワーツの生徒の半数以上を占めるようなことになった場合、本当に大丈夫だと言い切れる根拠としてはちょっと薄い気がする」

 

 考えながら答えつつ、俺はふと思いつく。

 

「……さっきネビルが昔からマグル生まれはいたって言ってたよな。昔に比べて、ホグワーツの中にマグル生まれの生徒は増えてるのか?」

 

「えっ、どう……かな……」

 

「……僕も知らない、が、父上の時代にも、それなりにマグル生まれの生徒はいたと聞く」

 

 父上の時代か。それはそんなに昔って程じゃないな。歴史あるホグワーツだ、もっと百年、二百年、千年単位での生徒の割合を見てみたい。実際、純血主義の奴らが言ってる事が正しいのかどうか、俺は興味がある。正しかったからといって差別的な態度を肯定は出来ないが。

 

「なあ、ドラコ。一緒に調べてみないか?」

 

「は?」

 

「ネビルも、気にならないか?」

 

「僕は……」

 

「俺はすっごい気になる。本当にマグル生まれからはスクイブが生まれる確率が高いのかどうか。もし、ネビルの方が正しければ、純血主義の言う『穢れた血』ってのは根拠のないただの思い込みって事になる。逆に本当に、スクイブの生まれる確率が上がるっていうなら、純血主義の行動はただの思い込みじゃなく根拠に基づいた否定だって事になる。だからって、差別的な行動を全肯定する訳じゃないけどな」

 

 二人は俺の言葉にしばし考え込んだ。先に口を開いたのは、ちょっと驚くことにドラコの方だった。

 

「……本当に調べられると思うか?」

 

「さあな。でも、資料か何か……探せばありそうだと思わないか?」

 

 ドラコは頷いた。

 

「いいだろう、僕もはっきりさせたい。僕は……僕たちは、間違ってなんかいないと証明して見せる」

 

 きっぱりとそう言って、ドラコはネビルを指差す。

 

「お前も来い。僕が正しい事をお前に証明してやる」

 

「僕は……」

 

 ネビルは手元のシーツを握った。だけど目はドラコから逸らさない。俺は頷いた。何に頷いたのかは自分でも分からなかったが、ネビルが何かを言い淀むのを見て、大丈夫だと背中を押してやりたかった。

 

「マルフォイ、君のハーマイオニー達に対する態度を、僕は許せない。僕に対してもだ。どうしてそんな風に、酷い事を言ったりしたりできるのか理解もしたくない。でも、だからってここで目と耳を塞いで蹲っていたら、結局は何も変わらない気がするんだ」

 

 だから、とネビルは言った。

 

「行くよ。君が正しいかどうかなんてどうでもいいけど、僕はどうして友達が差別されるのかを知りたい」

 

「フン、言ってろロングボトム」

 

「んじゃあ、決まりだな」

 

 俺はそう言ってごろんとベッドに横になった。

 

「今度の休みは、三人で学校探検な!」

 

「探検してどうする、調査だ!」

 

 突っ込みながら、ドラコも横になる。

 

「なんでこんな事になっちゃったんだろう?」

 

 我に返ったのか、ため息を吐きながらベッドに潜り込むネビル。俺は痛む頬をさすりながら、夜になって一向に話しかけてこなくなった妹を想った。どうしたんだろう。呼び掛けてみたが返事はない。――まあ、いいか。早々と寝息が両側から聞こえてきて、俺も欠伸を一つ目を閉じた。

 

 

 

 

 翌日、目を覚まして俺は体を起こした。左を向くと、隣のベッドですやすやと天使の寝顔を晒すドラコがいた。ちょっと考えて、俺は逆側を見る。体を丸めこちらもすやすやと眠るネビルの姿に、ようやく昨日のことを思い出す。

 そういや、うちの妹はもう起きたんだろうか。呼びかけてみると、返事が聞こえた。一応起きてはいるらしい。昨日の夜に何かあったのか?……ん、まあちょっとね。それよか、お兄の方はなんかあったの?……まあな。今度の休みにドラコとネビルの三人で探検に行くことになった。……はぁ?

 一段低い声で聞き返すイヴの声に、俺は昨日のことを説明した。イヴは聞き終えてため息を吐く。……何それ、なんでそんな事になってんだか。……成り行きってやつ?……成り行きでハリポタ人間関係を塗り替えないでよ。あーもー!もう知らん!お兄なんかドラアダでもアダドラでもネビル含めて三角関係でも好きに薄い本になってろばかああああああ!

 イヴは不機嫌に唸り、言いたいだけ言って頭から去った。なんなんだあいつ。アレの日か?首を傾げていると、マダム・ポンフリーが入って来た。俺を見ると、おはようございますと挨拶をしてくれる。

 

「頬はまだ痛みますか?」

 

「いえ、全く」

 

 首を振る俺に頷いて、マダムは頬に貼ったガーゼを優しく外す。軽く押されるが、痛みはなかった。マダムはにっこりと笑って、完全に治っていると請け負ってくれた。俺とマダムの声に、ネビルとドラコも目を覚ます。二人もそれぞれマダムに確認を受けて、全員が寮に帰る事を許された。

 

「僕、頭を洗いたい……」

 

 ネビルが包帯が取れたべたべたの髪の毛を摘まんで言った。俺は拭き取ればいい場所だったが、気持ちは一緒だった。昨日入れなかった分、お風呂に入りたい。

 

「なら早く寮に帰ろうぜ。一時間目に遅刻する」

 

 ベッドから下りて俺はドラコを見た。

 

「今度の休みまでに、待ち合わせの場所とか時間とか考えとくよ」

 

「ああ、分かった」

 

 すっかり腫れの引いた綺麗な目で、ドラコは頷いた。

 

「じゃあ僕たちは先に寮に帰るよ、マルフォイ」

 

 ネビルはそう言って手を振ってドアに向かった。俺はそれに微笑んで便乗して手を振る。部屋から出るその一瞬、ネビルが気付いたかどうかは分からないが、小さく手を振り返しているドラコが見えて、なんかすっごく嬉しい気持ちになった。

 

 

 

 



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妹萌え属性は日本が世界に広げたものの一つだけれど、血の繋がった現実妹はそんなに萌えないというのは実際に妹がいるお兄ちゃんの一般的な意見だし、というかそうでないと事案だからね?


お久しぶりです遅くなりました。

実際のとこ実の妹が可愛くて可愛くて、彼氏が出来たら全力で別れさせたいしずっと俺の妹でいて欲しいしなんなら俺が妹と結婚したい、っていうリアルお兄ちゃんを見た事がない。
妹が可愛いし守ってあげたいと思っている、くらいの奴はいたが。




 

 

 一週間は長いようで短い。すぐに休日はやって来た。俺とネビルは用意したリュックを背負い、ドラコと待ち合わせの場所へ向かう。五分前に到着したにもかかわらず、城の玄関にはもう腕を組んだドラコが立っていた。

 

「遅いぞ!」

 

「まだ時間前だろ。お前、いつから来てたんだ?」

 

 怒るドラコにそう聞くと、カッと耳を赤くしてうるさいと怒鳴った。

 

「どうせロングボトムがノロノロしていたんだろう」

 

「勝手に僕のせいにしないでよ。それにどっちかって言えばアダムが身だしなみに時間をかけ過ぎたのが原因だよ」

 

 ネビルは眉を寄せてさり気なく俺の罪を暴露した。本当の事だから弁明のしようもないが、よく考えたらなんで遅刻もしてないのに怒られているのか。解せぬ。

 

「しょうがないだろ、今日は何でか髪が一房、はねてちゃんと纏まらなかったんだ」

 

 俺はいまだに変な方向を向いている髪を手で撫でた。ドラコは呆れたような顔をしたが、小さく舌打ちをしてポケットから楕円形の入れ物を取り出した。

 

「そんな事で僕の時間を無駄にするな!これを使ってすぐ直せ」

 

 いやいや、だから、そもそもまだ約束の時間前だろ。まるで俺達が盛大に遅刻してきたみたいな言い方だな。こいつ、いつからここで待ってたんだ?

 少し呆れながら受け取った綺麗なガラス細工の蓋を開けると、薄緑のジェルが入っていた。ふわりとグリーンシトラス系の爽やかな香りが立つ。この匂い、どこかで、と思ってドラコの髪を見た。そうだ、ドラコの側に行くとたまに香る匂いだ。ってことは、これはドラコが使ってるワックスかな?……それに思い当たった瞬間、胸がきゅっと締め付けられるような気がした。俺の胸はトゥインクルトゥインクル。……トゥインクルしないよ?イヴさん久々にやって来たと思ったら何を言い出したの?……うるさい、妹は怒ってるんです。お兄はこんなに可愛い妹がいながら、少年ばっか侍らして!絶対薄い本発行してやるから!……焼きもちの方向がおかしいし、そもそも何で焼きもちやかれにゃならんのだ。

 妹の精神状態を心配しつつ、せっかくなのでワックスを使わせてもらう。ネビルに手鏡を持ってもらってちょいちょいと使うと、びっくりするほど綺麗に纏まった。

 

「うわ、すっげ。ドラコこれどこのメーカーの?」

 

「聞いてどうする、お前の小遣い程度で買えるわけないだろ」

 

 悪態を吐きつつ答えたメーカーは確かに俺では手が出ない高級メーカーだった。さすが坊っちゃん、良いもん使ってら。

 

「ほら、ちゃんとしたならもう行こう?まずは図書館にでも行く?」

 

 手鏡を畳みながらネビルが尋ねる。俺はそれを受け取りながら首を振った。

 

「ハーマイオニーに聞いたけど、図書館にはそれらしいものはなかったらしい」

 

「グレンジャーが見落としただけじゃないか?図書館の本を全部把握してるわけじゃないだろう?」

 

「その可能性もあるだろうけど、多分本当にないと思う。ハーマイオニーは図書館の常連だし、俺がこの質問をした日、司書のマダム・ピンスに確認してくれたみたいだ」

 

 行動が早くて優しい、ハーマイオニーたんマジ天使である。

 

「じゃあ、どこを探すんだ」

 

 当てがないのかと眉をしかめてそう聞くドラコに、ネビルが眉をしかめ返す。

 

「君も一緒に考えなよ」

 

 一瞬ムッとしたドラコだが、言い返すことなく腕を組んで考え始めた。俺はフィルチさんのいる管理人室や、トロフィーの展示室、昔から城にいそうなハウスエルフたち、最悪ダンブルドア校長に聞くことを考えていたんだが。……ダンブルドアに聞くのはドラコがめっちゃ嫌がりそうだけどね。……なんで?……簡単に言えば、ダンブルドアがグリフィンドール出身の正義マンで、スリザリン出身の闇の陣営であるドラコの家とは仲が悪いからだよ。……へえ、そうなんだ。

 真剣に考えているドラコの姿に、俺も考えるふりをして口を閉ざす。俺の案を言うのは簡単だが、まずは二人の考えも聞いてみたい。

 

「先生に聞いてみるのはどうかな?」

 

 ネビルが先にそう口を開いた。だが、ドラコはそれを却下する。

 

「どの先生に聞く気だ?もしも本当にその案で行くなら、僕はスネイプ先生以外は認めないぞ。――なぜなら、先生は僕の味方だからだ」

 

 ネビルは露骨に嫌そうな顔をしたが、ドラコが言いたい事は伝わった。今欲しいのは主観の混ざった意見ではなく、動かしようのない証拠だ。マクゴナガル先生や、良識ある先生ならマグルが不利になる意見は隠す、もしくは違うという意識が働くだろうし、スネイプ先生ならその逆だろうという事だ。因みにスネイプ先生に良識がないと言ったわけじゃないぞ。あるとも言っていないが。――とはいえ。

 

「ネビルが言ったのは、資料のありかを先生に聞くって事だよ。心当たりがないかってさ。別に俺はスネイプ先生に尋ねてもいいが、むしろお前は困るんじゃないのか?」

 

 ドラコは少しバツの悪そうな顔をした。ネビルは首を傾げる。

 

「……確かに、スネイプ先生にはあまり知られたくない。その間抜け面をやめろ、ロングボトム。ちょっと考えれば分かるだろう?僕はマルフォイ家の長子だぞ。純血主義の主張が本当かどうか確かめる、なんて……父上や母上、他の者たちに知られたら困る事になる」

 

「だよなぁ」

 

 俺は頷いた。ネビルもようやくその事に気付いたらしい。

 ドラコの家は聖二十八族の中でも特に権力を持った純血主義の一族だ。その長男が、穢れた血が本当に穢れているかを確認するというのは、その主張を疑っていると言っているようなものだ。実際はより確固たる主張にすべく確認したいってのが発端なんだが。……まあ、誤解は招くよね。グリフィンドールと一緒に探してる時点で言い訳し辛いよね。私としてはスリザリンで噂になってハブられればいいのにって切に思うけど。……お前、ドラコと仲悪いの?嫌いなの?お兄ちゃんその意見にビックリだよ?

 

「じゃあ、君が決めなよ」

 

 ネビルに言われ、ドラコは唸った。

 

「肖像画はどうだ。あいつらなら、何かいい方法を知ってるかもしれない」

 

 ドラコ曰く、絵画は生きている人間よりも好奇心が強いらしい。額縁がそこかしこにあるホグワーツなら、城の中を自由に歩き回れる。色々と見聞きしている絵も多いだろうとの事だ。

 

「僕の家には、歴代のマルフォイ家当主の肖像画が飾られている。おじい様や、ひいおじい様辺りはまだ絵画としての日が浅いが、もっと前の代になると、それこそ百年は余裕で壁に飾られている。ようは、暇を持て余しているんだ」

 

 ずらりと並ぶ親族の、しかも会った事すらないじい様たちの絵か。俺ならそんな実家はごめんだ。……歴代おばあ様(美女だった頃の姿)の絵画なら?……もちろん喜んで!

 

「中には、屋敷に来る来客者を全て覚えている方もいる。僕が尋ねればいつでも教えてくれるんだ。例えばこの五年間の間で、ゴイル夫妻は何度うちを訪ねてきたか、とか」

 

「めっちゃ暇人じゃないか」

 

「だから、暇を持て余していると言ったろう」

 

 なるほど、肖像画ってのは大変だな。……もっとも、ホグワーツは城中に額縁があって、みんなそれぞれ好き勝手移動するから、もしかするとそこまで暇を持て余してないかもだけどね。よく他の絵の額縁に遊びに行って、パーティーとかお茶会とかしてるみたいだし。

 妹の呟きに、俺は城の中に人物のいない風景画が多い事に思い当たる。

 

「じゃあ、どこの絵に聞く?僕、グリフィンドールの入り口の、太った婦人が良いんじゃないかって思うんだけど」

 

 確かにあのご婦人なら、グリフィンドールの生徒に関してかなり詳しそうだ。いつ頃からあの扉にいるのかは知らないが、もしかすると引退した昔の肖像画の事も知っているかもしれない。俺はネビルの意見に賛成だったが、ドラコが待ったをかけた。

 

「他の寮の事は誰に聞く気だ?言っておくが、スリザリン寮の入り口には肖像画はいないぞ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 ネビルが驚いて、ドラコが頷く。自寮がそうだからといって、他もそうとは限らないという事を忘れていた。てっきり、全部の寮の入り口に婦人の様な肖像画が飾られていて、合言葉を尋ねられるのだと思っていた。

 

「どの肖像画に聞くかという話だが、それも聞いてみたらどうだ?」

 

 俺とネビルが顔を合わせていると、ドラコがそう提案した。

 

「こういう事に詳しい絵か、人物の事を聞いてみるんだ」

 

「それ、良い案だね」

 

 ネビルが感心した様に頷き、ドラコが少し鼻を高くした。俺もそれに頷く。確かに、いいかもしれない。

 ドラコの案に乗っかって、俺達はまず手当たり次第に聞き込みをすることにした。ドラコは「グリフィンドールと一緒にいるところなんて見られたくないからな」と別行動をとると言い出し、だったらと全員で手分けする。ネビルは城の上から。ドラコは地下から。俺は中間あたりの階をうろつく事にする。べ、別に階段の上り下りが嫌だからさり気なく誘導とかしてないからな?本当だぞ?……誰に言い訳してるの、お兄?

 

 

 肖像画の皆さんは、今日が学校の休日なのもあってお茶会をしているところが多かった。ご婦人たち五人が大きなバラ園の額縁で華やかなドレスを揺らして笑う様は、穏やかな休日の午後そのものだ。俺がその談笑に声をかけ、質問を投げると、ご婦人たちはクスクス笑いながらいろいろな事を教えてくれた。

 

「そうねぇ、そんな事を逐一覚えている人は少ないと思うわ。私たち、確かに暇だけれど、退屈はしていないもの」

 

「毎年新しい子供がやってくるし」

 

「友人には恵まれているものねぇ?」

 

「なんなら恋だって……」

 

「やだぁ!内緒って言ったじゃないのもう!」

 

「ええ?どういう事?教えなさいよ~」

 

「そうよそうよ、秘密なんてダメよ?」

 

 キャッキャとはしゃぐご婦人たち。なるほど、親戚ばかり、しかも年配の先代達に見張られている貴族の屋敷と違って、ここは自由だ。しかも肖像画の人口も多く、交流も盛んときている。生徒がマグル生まれかどうかを監視する変人の暇人はいないか。……そう考えると、貴族の家に生まれて死後に肖像画になるのはとんだ拷問だよね。疑似人格だとしても、本人と変わりないなら尚更さぁ。……父上が、母上の肖像画を作らなかったのは、それが原因かもなぁ。……その代わり、漣ちゃんのバッドエンドさながらにパソコンに喋ってたけどね、一時期。……レンちゃん?パソコンに喋る?何の事?……お兄知らないの?じゃあ知らないままでいればいいよ?……何だろうこの疎外感。

 俺はご婦人たちに礼を言って、次の絵画へと向かう。まあ、予想通り変人の暇人は見つからなかった。他の心当たりも聞いてみたが、出るのは俺が考えたのとほぼ同じ。校長に聞く、図書館をあたる、とかまあそんな感じだ。結局特に収穫なく、約束の時間になって待ち合わせの場所に向かった。

 

 

 

「僕、見つけたかもしれない!」

 

「何をだ?」

 

 再会するなり興奮した様子のネビル。ドラコが聞き返すが、答えるのももどかしいと言わんばかりに服の裾を引く。

 

「おい、引っ張るなロングボトム」

 

「いいから二人とも来て!」

 

 俺とドラコは何事かと首を捻りながら、言われるまま階段を駆け上がる。すれ違った高学年の男子生徒が、俺達を見て首を傾げた。だが、俺もドラコも、ネビルが興奮してどんどん進んでいくのを追いかけるのに必死で、それどころじゃなかった。っていうかまさか、八階までダッシュさせられると思わなかった。

 

「ほら、ここ……あれ?」

 

 息を切らしながらネビルが指差すが、そこにあるのはただの石壁だった。俺とドラコはゼイゼイ言いながら、不思議そうにペタペタと壁の石を触るネビルを見る。

 

「お、おかしいな……ここに……扉があったんだけど……。中には、歴代のホグワーツの生徒の資料がたくさんあって……それで……」

 

「ロングボトム……」

 

 もう息が整ってきたのか、ドラコが怒ってネビルに詰め寄った。

 

「扉なんか見えないぞ!お前が寝ぼけるのは勝手だが、僕を巻き込むな!」

 

「寝ぼけてなんか……」

 

 ネビルは言い返そうとして、壁を見て口をつぐんだ。実際に扉がないので、言い訳できないのだろう。ネビルが扉を見たっていう場所はただの石壁だ。となると、他の場所と勘違いしてるっていう可能性も……いつからここに扉がないと錯覚していた?……いや、錯覚も何も、ないから実際。……ふぅー、やれやれだぜ。兄さま、ここはホグワーツ魔法魔術学校。そう、魔法学校なんだぜぃ?……あ、そうか。っていうかその喋り方やめろ。

 

「でも、見たんだ……僕……」

 

 責めるドラコに涙声になるネビル。俺はネビルの肩に手を置いた。

 

「ネビルが見たんなら、本当にあるんじゃないかな」

 

「アダム、いい加減な事を言うな。どこに扉があるって?」

 

「今はない、ってだけじゃないか?なんせ、ここは魔法の城だからな」

 

 俺の言葉にドラコは眉を寄せ、ネビルはあっと声を上げた。

 

「条件か何かあるんだよ、きっと。その扉が出て来る時間なり行動がさ」

 

「僕、この廊下の絵画を探すのに、ここを何度か往復したんだ。トロールに棍棒で殴られてるこの絵、記憶があるよ。最後に見た時、こんなところに扉なんかあったかなって不思議に思って……」

 

 ネビルが思い出したように語る。

 

「そう、それまでここに扉なんかなかった。急に現れたんだ!」

 

「急に?……条件が何か分からないんじゃ、どうやったら出て来るのか分からないじゃないか」

 

 ドラコの言葉に、俺は肩をすくめた。

 

「とりあえず再現してみればいいだろ。全く、ドラコはすーぐそうやって答えを欲しがる。本当、欲しがりさんだなぁ」

 

 茶化す様に言えば、ドラコはぐぐぐっと顔を歪めて俺を睨んだ。……そんな顔も可愛くて、お兄はその広いデコッパチにちゅーした。……しないよ?まだそれ続くの?やめようよ。新手の精神攻撃なの?

 妹の嫌がらせに耐えながら、ネビルの行動を聞いて試してみる。色々聞いてみた結果、ネビルはホグワーツ歴代生徒のマグル出身率の分かるものが欲しいと考えながら、この廊下の前を行ったり来たりしていたらしい。しかし、隠された扉か。ますますRPGの雰囲気が出てきたな。

 

「扉だ!」

 

 俺が試しにやってみると、本当に扉が現れた。ドラコが驚いて、俺の前に現れた扉に飛びつく。三人で駆け込むようにしてその部屋に入ると、そこは部屋と言うには広すぎる、大きな広間の様な場所だった。

 中はもの凄く散らかっていた。一本だけ足の折れたアンティークの椅子、飾りの美しい箱、ひび割れた皿、それらがあちこちに山のように積まれている。高い場所にある窓から、光が差し込む。その柔らかな光がぼんやりと浮かび上がらせるのは、壁に沿って積み上がった沢山のガラクタ。または、お宝の山だ。

 

「資料なんてどこにあるんだ?ゴミしかないじゃないか」

 

「おかしいな、僕が入った時はこんなじゃなかったのに……」

 

 ドラコの呟きに、ネビルが戸惑った声を上げる。見上げるように歩いていた俺は足元のカップにこけそうになった。とっさについた手がガラクタの山を揺らすと、そこからガラガラと色んなものが降って来て慌てて飛び退った。

 

「気を付けろよ!」

 

「ああ、悪い」

 

 ドラコの声に謝って、俺は落っこちてきたものを見た。木箱、ほつけたウィッグ、良く分からない胸像、髪飾り、元は何かだった割れたガラス片、金属の――って、おいおい。まさか、と思って俺はそこに落ちていたものを拾った。

 

「これ……まさかオリハルコンの剣か?!」

 

 赤い飾り石、紋章っぽい飾り、このなんか見たことある形状、間違いない!……ああ、売ってもたった1ゴールドの勇者の剣じゃないの。……値段の問題じゃないんだよ!たとえあんまり攻撃力とか有用性とかなかったとしても!っとととと?!

 

「う、わっ!」

 

 カッコつけて鞘から引き抜き掲げていた俺は、足場が悪かったせいもあるが、その重さにぐらついた。

 

「バカ、キャロルっ……!」

 

「わあ!」

 

 剣先が前を歩いていたネビルに向いて、俺は慌てて体を捻った。ドラコが怒鳴り、ネビルが目を覆う。ガツン!と剣を地面に叩きつけ、俺は冷や汗を拭った。心臓がバクバクいってる。……何やってんのお兄!……わざとじゃないって!でも、もう少しで友人を斬り殺すところだった。

 

「何やってるんだ、お前っ……ロングボトムを殺す気か?!」

 

「いや、その、ごめん……そんなつもりじゃ……」

 

「そんなつもりもなにも、実際死ぬところだったんだぞ!」

 

 ドラコが目を吊り上げるのに、ネビルがまあまあと間に割って入った。

 

「大丈夫だよ、ほら僕、怪我一つしてない」

 

「ごめん、本当。不注意が過ぎた」

 

「いいよ、アダム。それに……」

 

 項垂れる俺にそう言って、ネビルがクスクスと笑う。

 

「マルフォイが僕の身の安全についてアダムを怒るなんて、滅多に見られるものじゃないよ」

 

「なっ、べ、別に僕はお前を心配したわけじゃないぞ!調子に乗るなよロングボトム!」

 

 顔を真っ赤にして反論するドラコ。……見事なテンプレのツンデレかましやがったぞー。狙ってるのか、この坊ちゃん。本気で受けを極める気かな?かなかな?……とにかく、俺は安堵のため息を吐いた。ネビルに怪我がなくて本当に良かった。……あ、スルーされた。

 

「アダム、何か壊しちゃったみたいだよ」

 

 俺が剣を慎重に鞘に仕舞うのを見ていたネビルが、地面を指して言った。見れば、銀細工の破片が飛び散っている。俺が剣を床に叩きつけた時に壊してしまったらしい。

 

「放っておけ、どうせガラクタだろ」

 

 ドラコが軽く顎をしゃくる。確かに、ここにあるのは大多数がガラクタのようだ。でもこれ、さっき見た『ぎんのかみかざり』っぽいな。古そうだけど、鳥か何かの細工が付いていて、高価そうな感じだったのにな。確かにゲーム終盤使わない装備だけど、すごくもったいない事をした気分だ。……銀の髪飾り、ね。その剣、オリハルコンじゃなくてミスリル製の『ひかりのつるぎ』じゃないの?……いいや、これはきっとロトの剣だね。だって赤い石がついているからな!……まあ、どっちにしろいい加減ドラクエから頭切り替えなよお兄。……いや、ついテンションが上がって。ドラクエ楽しいじゃん?……ごめんね、私テイルズ派だから。……そこはFFじゃないのかよ?!

 

「それより、やっぱりこの部屋おかしいよ。僕が入った部屋じゃない」

 

 一通り部屋を見渡したネビルが首を振る。俺はそれにそろりと手を挙げた。

 

「その事なんだが……俺、さっき部屋の前を行き来した時、どうも雑念が混ざってたみたいだ」

 

「雑念?」

 

「ああ、もう一回部屋の前でやり直してもいいか?」

 

 

 

 と言う訳で、テイクツー。部屋から出ると扉は勝手に消えた。その後もう一度行ったり来たりして扉を出現させる。入った部屋は、さっきとは打って変わって書斎の様な造りだった。

 

「ここだよ!僕が見つけたのは!」

 

「……どういう事だ?」

 

 ネビルが叫び、ドラコが首をひねるのに、俺は謝った。

 

「さっきこの消えたり現れたりする扉があるって分かって、つい『伝説の勇者の剣』や『回復アイテム』とか、何か重要なアイテムが隠されてる部屋もあったりしないかなーって考えちゃってさ」

 

「…………」

 

 無言の二人の視線が痛い。

 

「すみませんでした」

 

 深々と頭を下げる俺に、ドラコはため息を、ネビルは小さな笑いを漏らす。

 

「そういやアダム、ホグワーツ探検がしたいって言ってたもんね」

 

「お前でも、子供みたいな事を考えるんだな」

 

 呆れたドラコ。面目ない。ああ、ハーマイオニーにアダムって大人っぽいのねって頬染めて褒められたのになんという失態。……と、いう夢を見たんだね。……夢落ちじゃないよ?現実だよ?……兄は現実が見えていないのです。

 ともかく三人で本棚の本をひっくり返す作業を始める。手始めに今年の生徒たちの情報から、と思ったのだが。

 

「十年前辺りから遡ろうぜ。さすがに今いる生徒の情報は、個人情報がてんこ盛り過ぎてその、色々ヤバイ」

 

「何がヤバイんだ?人に見られて困るような情報をしている奴が悪いんだろう」

 

「そういう問題じゃないよ」

 

 両親が離婚しているとか、兄弟が何人いるとか、その辺りの情報も書かれているので実際に関わり合いになる人たちの情報を見るのは気が引ける。俺とネビルは問題ないと言い切るドラコをジト目で見た。どんな神経してるんだ。

 その視線に気付いて、ドラコはちょっと考えるそぶりを見せた。そして、口を開く。

 

「僕たち貴族には、プライバシーはあってないようなものだ。家族構成は逐一情報として周囲に知らされる」

 

 だからといって他の一般人にもそうしろと言うのは酷いが、まあ、だから『何がヤバイのか』と聞くのだろう。要は文化の違いってやつだ。貴族の家に生まれなくてよかった。いや、母上が勘当されていて良かったというべきか。いやしかしそれは良かったのか?……パパがママの実家と上手くいくとは到底思えないし、良かったんじゃない?まあ、マーニーには不幸な事だったかもしれないけれど。

 

「でもまあ、お前たちが嫌なら、十年前からでもいいぞ。それでもデータは十分取れるからな」

 

 こうやって譲歩する辺り、ドラコもまだガッチガチの石頭って訳じゃないんだろう。多分。そう信じたい。……願望だね!

 

 十年前、五十年前、百年前、二百年前――。間隔をあけて表を作っていく作業。黙々と進める俺達だったが、三時間目に突入する辺りで俺は解散しようと声をかけた。

 

「疲れてきたし、今日はこのくらいにして続きは今度にしないか?」

 

「そうだね……僕ももう疲れたよ」

 

「ああ……そう、だな……」

 

 ドラコの返事は歯切れが悪かった。その理由は簡単だ、今のところドラコの言い分を裏付ける表にはなっていないからだ。少なくとも、百年前と十年前でマグル出身の生徒の数にそう違いは見られない。変化が緩やかであるならもっと遡ってみないと分からないので、まだどちらが間違いかはハッキリしないが。

 

「次はいつにする?今度来るときはお茶と甘い物も持って来ようぜ」

 

 手元の資料を閉じながら、俺はそう言ってうんと伸びをした。

 

「いいね、僕もう喉が渇いちゃって」

 

 ネビルがカラカラの喉を見せるように口を開けるのと同時に、ふわりと紅茶の香りが漂った。え、と思って振り返ると、側に会った小さなサイドテーブルにはいつの間にか湯気の立った紅茶とクッキーが置いてある。

 

「いつの間に……?」

 

 驚く俺に、ドラコがハウスエルフだろ、と言って遠慮なく紅茶をカップに注いだ。

 

「これはいい茶葉だ、香りが良い。丁度ダージリンが飲みたかったんだ。それにこのクッキー、杏ジャムを使っているな」

 

 手にしたクッキーに顔をほころばせるドラコ。ネビルもそれに続く。俺も丁度三つあったカップの一つを手に取って、お茶をすすった。

 

「美味しい!」

 

 ネビルが齧ったクッキーを見る。俺も食べてみたが、サクッとしてホロっと溶けて、そして上品な甘みでお茶の邪魔をしないそれに驚いた。必要以上に甘いお菓子が多いイギリスで、こんなに美味しいクッキーは久しぶりだ。二人には甘さが物足りないんじゃないかと思ったが、ジャムのお蔭でそういう事はないらしい。俺はジャムなしで丁度いいが。ハウスエルフ凄い。

 

「母上が以前買ってきてくださった、高級菓子店のものに似ているな。一日一個しか販売しない希少なお菓子だが、母上がパティシエに言って特別に作らせたんだ」

 

「はいはい」

 

 自慢げに語るドラコに適当に相槌を打って、俺とネビルは清潔なハンカチにクッキーを包む。それに気付いたドラコが眉をしかめた。

 

「……おい、何をやってるんだ」

 

「見て分かるだろ」

 

「ハーマイオニーにも分けてあげるんだよ」

 

「やめろ、貧乏くさい事をするな!」

 

「はっは、悪いな貧乏人で」

 

「皆が皆、君と同じだと思わない方がいいよ、マルフォイ」

 

「せっかくの優雅なお茶がお前らのせいで台無しだ!くそっ!」

 

 

 

 その後、ドラコと別れて寮に戻った俺達は、ハーマイオニーにクッキーを差し入れてとても喜ばれた。ロンには何故ハーマイオニーだけなのかと文句を言われたが、そんな事は知ったこっちゃない話である。……なんで妹にもないの?……し、知ったこっちゃない話である。……忘れてたんでしょお兄のバカ!

 

 

 

 

 ――そして一週間後の休日、例の不思議な部屋でホグワーツの生徒たちの出自を調べる作業、その第二回目は開催されなかった。なぜかドラコがいきなり「あんな作業に意味などない」と言い出したからだ。

 あの日は何も言わず三時間も調べたじゃないか、というかいきなりどうしたんだと混乱するこちらに対し、ドラコはその理由を述べた。曰く、あの部屋はネビルが見つけたものだから怪しい。そもそも資料が本物であるかが怪しい。それによく考えたら、なぜ自分がお前たちのために主張の正当性を証明しなければならないんだバカバカしい。学年末に、テストでお前らを負かせば僕の主張が正しいという証明になるだろうからこれ以上の時間の無駄はごめんだ。

 そして言うだけ言ってドラコは聞く耳持たずに去って行った。一体なんだっていうんだ。ネビルと俺はポカンとその後ろ姿を見送り、そんな気持ちであの膨大な資料を纏める気力は沸かなかった。

 それに、ドラコの最後の言葉に、ネビルと俺は勉強をしなければいけないという事実を思い出した。いや、忘れていたわけじゃないが、ドラコが作業せず勉強に打ち込むというなら、俺達も勉強をするしかない。例の資料の事はいつでも出来るが、テストは学年末と決まっている。釈然としない気持ではあったが、俺とネビルはテスト勉強に打ち込むことにした。

 

 しっかし、本当にドラコは一体全体どうしたんだ?仲良くなったとは言わないが、それなりに打ち解け始めたような気がしていたのに、あれは完全な錯覚だったのか?……ま、ツンデレ貴族ってのは貧乏人の一般人には理解しがたい生き物って事じゃないかな。

 イヴの言葉に、俺は返す言葉がない。確かに俺には貴族の価値観とか、そういうのは理解できない。でも、ああ、やっぱすっげぇもやもやする。……欲求不満なんじゃない?抜いてくれば?……だからお前はそういう事言うなよ!

 




こんなにドラコとキャッキャウフフする予定じゃなかったけど何故かこいつとの絡みに三話も使ってしまった。でも楽しかった。ツンデレ難しい。


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