妄想フロントライン (杭打折)
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番外編
EX.勝手に解説ラジオHK417


傭われもすなる解説というものを、我もしてみむとてするなり。




HK417

「……はい、という訳で始まりました勝手に銃器解説ラジオ。メインパーソナリティは私HK417と」

 

HK417

「私、HK417でお送りするよ…………あのさ、ちょっといい?」

 

HK417

「なんでしょうかHK417さん」

 

HK417

「呼び方紛らわしくない?」

 

HK417

「確かに…それでは、この中から好きなのを選んでください」

 

①HK417

②MR762

③MR308

④G27

 

HK417

「何これ?」

 

HK417

「私達の呼び名一覧ですね。上から通常モデル、アメリカ民間向けモデル、ヨーロッパ民間向けモデル、ドイツ軍制式名称です」

 

HK417

「見たところ20インチバレルの様ですし、G27(げゔぇあーずぃーべんうんとつゔぁんつぃひ)なんかは似合うのでは?」

 

HK417

「ずぃーべんうんと……えっと、何て?」

 

HK417

「G27です」

 

HK417

「あ、G27ね」

 

 ※因みにG28は「げゔぇあーあはとうんとつゔぁんつぃひ」、ドイツ語の数字くっそ長いよな

 

 別名一覧を眺めること十数秒

 

HK417

「うーん……」

 

HK417

「イマイチですか?」

 

HK417

「うん……MR762とか、違う名前にしたらお姉ちゃんとお揃いじゃなくなるみたいで、ちょっと寂しいなあって」

 

HK417

「なるほど……うん?」

 

HK417

「どうしたの?」

 

HK417

「今、床が揺れたような……?」

 

HK417

「地震かな……?」

 

HK834

「「あっ」」

 

 にわかに騒がしくなるスタジオ。

 

スタッフ

「ディレクターが血を吐きながら倒れた!」

 

????

「人工呼吸は俺が! そして416っぱいも俺が……!」

 

スタッフ

「誰かあいつを止めろ! あと快速修復もってこい!」

 

????

「HA☆NA☆SE!!」

 

HK417

「ディレクターが倒れたみたいですね。大丈夫なんでしょうか?」

 

HK417

(お姉ちゃん…!ディレクターってお姉ちゃんだったんだ……)

 

〜数分後〜

 

HK417

「無事ディレクターも戻ってきたところで、番組再開です」

 

HK417

「良かった……」

 

HK417

「それで、私達の呼び方なんですが……」

 

ディレクター(カンペ)

『HK417の名称が入る形にしなさい』

 

HK417

「……というお達しなので、私達のバレル長で区別しましょうか」

 

HK417-20"

「こんな感じ?」

 

HK417-16"

「そんな感じです。それでは、本題に入りましょうか」

 

 ※厳密にいうとHK417A2のバレルは16.5インチだけど省略して16と表記します

 

〜HK417ってどんな銃?〜

 

 

HK417-16"

「HK416の弾薬口径を7.62mmに拡張した銃です」

 

HK417-20"

「……それしか書いてないんだけど」

 

HK417-16"

「メカニズムや構造的な部分はHK416と大差ありませんからね」

 

HK417-20"

「確かに、操作方法とか殆ど同じだよね」

 

HK417-16"

「そこがメリットですね。HK417とHK416の操作方法は全て同じと言っても良いくらいです」

 

HK417-20"

「お姉ちゃんと私、使う銃を交換しても使えるね」

 

HK417-16"

「そうなりますね。HK417の訓練を受けた兵士はHK416も扱えるのは、非常に優れた点です」

 

〜HK417の来歴とか色々〜

 

HK417-20"

「そういえば私達って、どういう経緯で作られたの?」

 

HK417-16"

「始まりは7.62×51mm弾が、中東などの戦場で再評価されたことです」

 

HK417-20"

「広くて、見通しの良い場所だから、射程の長い私達の弾の方が有利だよね」

 

HK417-16"

「7.62×51mm弾はベトナム戦争での戦訓から5.56×45mmをはじめとする小口径高速弾に劣るとされていたのですが、戦場の変化がその評価を覆しました」

 

 ※なお、最近では小口径高速弾自体が火力不足と言われつつある。理由は色々あるけどボディアーマーが強くなってきたり、距離減衰が激しいのが理由

 

HK417-16"

「そういった流れの中、当時のドイツ連邦軍でDMRとして用いられていたG3の後継を目指したのが私達です。その頃のモデル――所謂初期型やプロトタイプと言われるものが此方です」

 

机下から引っ張り出すような仕草で机に置かれる初期型HK417。

 

HK417-20"

(何処から出したの……?)

 

HK417-16"

「この型は試作ということもあってかマガジン周りがG3のものに近く、マガジン自体もG3と共通です」

 

HK417-20"

「HK416から弾のサイズを拡張したその試験型ってところだね」

 

HK417-16"

「そして、次に試作されたモデルがこちらです。初期型からはホールドオープン機能の追加がされていて、マガジンも樹脂製で専用のものになります」

 

HK417-20"

「わたし達には馴染み深い形になってきたね」

 

HK417-16"

「そして2005年、HK417は遂にお披露目となります。HK417には独特のメカニズムや機構はありませんが、その代わりに得た高い場合保守性と耐久性が最大の強みです」

 

HK417-20"

「10,000〜15,000発までパーツの破損や、交換は不要ってHK社が保証してるくらい自信がある部分なんだろうね。この辺りは、G3が耐久面を欠点としていたのが影響してるのかな」

 

HK417-16"

「先代の欠点を克服した後継となれば、言うことは何もありませんからね。そして、HK417はG3の後継の座を正式に勝ち取るために、ドイツ軍のトライアルを受けることになり……」

 

HK417-20"

「遂に私達の時代が……!」

 

HK417-16"

「G3に敗北し、不採用となります」

 

HK417-20"

「えっ」

 

 

〜HK417は時代の敗北者なの?〜

 

HK417-16"

「より詳細に言うと、G3SG/1などの特に精度の良い個体を選別してカスタマイズしたものに、精度て劣るという理由で不採用となりました」

 

HK417-20"

「G3系列の精度って凄いんだね」

 

HK417-16"

「世界四大アサルトライフルの呼び名は伊達ではないということでしょう。不採用にはなりましたがしかし、HK417自体のポテンシャルは高く評価されていました」

 

HK417-20"

「どんなところが評価されたの?」

 

HK417-16"

「やはり、最初に挙げられるのは先述した保守性と耐久性ですね」

 

HK417-20"

「あ、やっぱりそこなんだ」

 

HK417-16"

「耐久性については先程お話したとおりですが、それが試験においても評価されたということですね」

 

HK417-20"

「保守性はどんなところが評価されたの?」

 

HK417-16"

「ショートストロークガスピストン方式を採用したことで機関部が汚れにくく、掃除が非常に簡単なのが一つ」

 

 ※ショートストロークガスピストンなどの動作方式については長くなるので割愛。

 

HK417-16"

「もう一つは、G3のような特殊なメカニズムじゃないので、メンテナンスが簡単ということです」

 

HK417-20"

「ローラーロッキングとディレイドブローバック方式だね。精度の良さはその機構のお陰だけど、作るのもメンテも大変なんだっけ」

 

HK417-16"

「そうです。例を挙げるとG3はトリガー周りの分解、組み立てにも部品点数の多さなどから容易ではありませんでしたが、HK417はこの辺りは少なくなってるので簡単ですね」

 

HK417-20"

「お姉ちゃん譲りの特徴が評価されたって事かあ……」

 

HK417-16"

「嬉しそうですね?」

 

HK417-20"

「すごく嬉しいよー?」

 

HK417-16"

「さて話を戻して……他に評価された点として操作性と携行性ですね」

 

HK417-20"

「操作性はG3の頃と大分変わってるんだっけ。チャージングハンドルも銃口の近くからストックの付け根に移ってるし、セレクターも片手で操作しやすくなってるね」

 

HK417-16"

「チャージングハンドルは射撃姿勢を維持したまま操作が出来ること、セレクターは指を伸ばす距離が短くて済むことなどですね」

 

HK417-20"

「後は携行性だっけ?」

 

HK417-16"

「まあ、これは単純に私達の方が軽いので。貴女の使ってるモデルですら、比較対象G3SG/1より軽いですから」

 

 ※HK417-12":4kg

  HK417-16":4.2kg

  HK417-20":4.8Kg

  G3SG/1  :5.54kg

 

HK417-20"

「うーん、そうかなー……?」

 

HK417-16"

「どうかしましたか?」

 

HK417-20"

「いや、私そんな軽く感じたこと無いけど……」

 

HK417-16"

「……それは貴女の銃だけです」

 

 HK417-20"のカスタマイズから目をそらすHK417-16"。

 

 

~トライアルを経たHK417の進歩と現在~

 

HK417-16"

「それからHK417は改修に入ります。トライアルの結果を受けた仕様変更といったところですね」

 

HK417-20"

「あ、もしかして……」

 

HK417-16"

「此処からG28に発展していくというわけですね。G28は高精度なマッチバレル、スチール製のアッパーレシーバー、新型の伸縮式スナイパーストック、サプレッサーの使用を想定したガスレギュレーターを搭載するなど新機構を盛り込みつつも、75%もの部品をHK417と共用してます」

 

 G28を机の下から床の上に置くHK417-16"。

 

HK417-20"

(いや、だから何処から出したの……!?)

 

HK417-16"

「発展型となるG28は以前のトライアルで評価された部分はそのままに、精度の強化を重視しています。結果、2011年にドイツ連邦軍に採用されました」

 

HK417-20"

「やったねG28、おめでとう!」

 

HK417-16"

「更に最近では、2016年にアメリカ軍にもG28EというモデルがM110A1として採用されています。今は試験などを行いつつ最終的な仕様を模索しているところですね」

 

HK417-20"

「なるほどね……それだけ派生型が発展してるなら、本元のHK417も変わっているの?」

 

HK417-16"

「勿論。G28からのフィードバックを受けて仕様変更などが行われていますよ。アメリカに採用されたG28Eも、ベースになっているのはMR308A3というモデルですから」

 

HK417-20"

「A3っていうことは2回仕様変更があったんだ……民間用にもきちんと反映していたりするのを見ると、結構期待されてるのがわかるね」

 

HK417-16"

「ちなみにHK417だとHK417A2が最新モデルですね。外観上での大きな違いはストックが行われたこと。機能面では右側にボルトリリースレバー、左側にマガジンキャッチボタンがそれぞれ追加されたことです」

 

HK417-20"

「左右どちらからでも操作できるようにして、今より更に操作性が高くなってるから……良いなあ、確実にアップグレードしてるじゃん」

 

HK417-16"

「ここからもっと良くなりますよ。何せHK417はまだ発展中の銃ですから」

 

HK417-20"

「これから先、どうなるのか楽しみだよ。あと、長く使われると良いなあ」

 

HK417-16"

「同感です」

 

 

 

〜収録終了後〜

 

HK417-20"

「A2モデルも良いなあ……私の銃も一部更新してみようかな」

 

HK417-16"

「烙印済みの銃の仕様変更って可能なんでしょうか……?」

 

HK417-20"

「Modとかでゴリ押せば行けるんじゃない?」

 

HK417-16"

「そんな無茶苦茶な……あれ、ディレクターがまた何か……」

 

ディレクター(カンペ)

『貴女がA2にするなら、私もHK416A5にするわ』

 

HK417-20"

(お姉ちゃん……!)

 

HK417-16"

(これが姉堕ちした姿か……)




まずは通りすがる傭兵さん、カカオの錬金術師さんに感謝を。

前々からやりたいとは思ってた。
下調べとかはしたつもりだけど、間違ってる部分があれば教えてくださいな。


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EX2.D08の結婚式(前)

カカオの錬金術師氏作の「元はぐれ・現D08基地のHK417ちゃん」とのコラボ回。
すまねえ、いつもの遅刻組なんだ。

前後編の二本立て予定の全編。

今回のはHK417ちゃんとうちの417の区別をするために、うちの417の一人称視点となっております。

あと、時系列的には本編からだいぶ外れてるので、そのつもりでよろしゅうたのんます。



「結婚式ですか」

「そうだ、先方は君をご指名らしい」

「それは有り難い話ですが」

 

 作戦から帰還した私は、急遽呼び出しを受けていた。作戦内容に不備があったかと多少身構えていたのだが、告げられた言葉は私の予想からは大きく外れていた。

 しかも、クライアントから自分を指名しての依頼ということである。非常に有り難い話だが、しかし、結婚式である。

 何故人形である私に――いや、なるほど、そういう事か。私は完全に理解した。

 

「なるほど、周辺地区の敵を掃討して式の安全確保が任務ですか」

「違う」

 

 違っていた。私はこれ正解に違いないと思っていたのだが。

 

「では、会場内の警備でしょうか?」

「違う」

 

 では、と考え得る可能性の中で2位に来るものを問う。また、これも違うらしい。だがそうなるとお手上げだ。

 作戦内容を考え込む私に、呆れたような口調の言葉が続く。

 

「普通に出席しろ。お前宛の招待状だ」

「……なるほど、これはめでたいですね」

 

 差出人の名前を見た私の口からは自然と祝福する言葉が出ていた。

 

 

 

 さて、そんなやり取りをした次の日。2日間の特別休暇を与えられた私は今、D08司令部行のヘリで移動している。

 普段のスーツとは異なり、今はグリフィンの制服だ。別の座席にベルトで固定されているケースの中身は用意してもらった披露宴用の正装だ。 

 正式な場所であるということで、グリフィンの制服で行こうとしたのだが、猛反対を食らった。結果、昨日は一日かけて衣装合わせが行われた。前線勤務よりも疲労感を感じたのは此処だけの話だ。

 

「着陸します。少し揺れますよ」

 

 パイロットからの言葉で思考を断ち切り、丸窓から外を見る。

 窓から見える基地は何処か慌ただしい雰囲気だ。結婚式が始まるのだから、それも当然だろう。しかし、これほどの人員を動かしているとなれば思った以上に大掛かりな式になりそうだった。

 浮ついてる。電脳の演算処理に対する影響――平時と比較して、戦闘状態への移行まで0.1msの遅延が生じる可能性あり。

 どうやら、自分も思った以上に浮かれているのかもしれない。

 

 

 

「あなたもHK417なのね♪」

「はい、紛れもなく私も417です」

 

 受付を務める豊満な胸を揺らす戦術人形からの問いかけに答える。彼女が名前を口にしたことで周囲から集まる視線が何割増しになった気がするが、気にしない。新婦と同じ名前の人間が居れば多少なりとも視線が注がれるのは当然だろう。隣の受付を務める男性からの視線も強く注がれている。知的好奇心を感じさせる目だろうか。

 

「面白い人形だな……どんな仕組みだあ゛ぁ゛い゛だい゛い゛い゛い゛い゛い゛っ!?」

「ふふふ……ダーリン、お客さんに色目使っちゃぁだめよー♪」

 

 と、そう思ったら、豊満な胸を揺らす戦術人形が男性のわきばらをつねっていた。手首の角度から察するに割と皮を広くつまんでいる。痛覚は……考えるのをやめておこう。

 

「わかってるって、別にそんなつもりじゃあ、い゛っ゛て゛ぇ゛!?」

「ふふ、わかってるわよー♪ これは嫉妬だから」

「んな理不尽な! 俺はイサカ以外には興味ないってわかってんだろ!?」

「あん、うれしいわ、ダーリン♪」

 

 喧嘩したと思ったらいつの間にかいちゃつき始めた。この二人はそういう関係なのだろうか。だとすればD08では割と人形と人間での関係が深いと考えるべきなのかもしれない。

 しかし、行ってもいいものなのだろうか。あーでもないこうでもないと言い合いながらいちゃついてる二人を眺めながら、受付に視線を通す。狛犬のように鎮座しているデータ共有用の個体と目が合った。

 

―――イッテモイイヨ

 

 無言でコクリと首を縦に振るその仕草に意思のようなものを感じ取り、受付を通り抜けた私はその場を後にして更衣室へと向かうことにした。

 

 

 

 更衣室で着替えを済ませた私は、会場へと向かいながら基地の中を歩く。通路の突き当りを左に曲がってさらに直進。二つ目を今度は右に曲がって――ナビゲートは自分で行いながら、会場までの通路を向かう。

 こうしてみていると、参列者の多くは何人かでやってきている場合が多いのが分かる。一人で来ている私は結構珍しい部類のようで、すれ違うのは二人連れであったりと、皆楽しそうである。

 D08基地を見学して、思ったのは活気にあふれているという一言に尽きる。最前線でない事もあるのかもしれないが、私にとっては新鮮味にあふれる光景だ。人間と人形が皆幸せそうなのだ、それだけでも処理不可能な感情が電脳を満たすのだ。

 

「……ん?」

 

 そうして目的地に向かおうと思って曲がり角を曲がったところで、一体のDinergateが私の脚と接触事故を起こして転がった。咄嗟に回避行動を取ろうとしたのだろう、姿勢制御プログラムにない姿勢で仰向けになって四足歩行の脚をじたばたともがく様子は見るに堪えない。屈んで抱き上げると、メインカメラの単眼レンズで私をじっと見つめている。この基地に来て驚いたことなのだが、ところどころに姿が見られる鉄血の兵器Dinergateはどうやら鹵獲されたものなど、無害化されているものであるらしい。IFFで識別を行った私は悪くない。

 元は鉄血の作った敵性兵器なのだが、IFFが彼らを味方だと認識している以上は咄嗟に攻撃するような醜態を見せない。しかし、その姿にはむずむずするというか、気持ちが落ち着かないのはある。

 きっとこれが職業病というものなのだろう。

 

「そんなに急いでどうしたのですか」

 

 私は問いかけてみる。じたばたと訴えかけるように四足を動かすDinergate。音声出力機能付与などの改造はされていないと見える。ワイヤレスでローカルネットワークを構築――失敗。外部スイッチでネットワークが切られている? 仕方がないので接触部を介してネットを構築する。プロトコル方式と言語識別はDinergateに合わせて―――

 

「……ふむ、なるほど。枝を付けられそうになって、急いで逃げてきたと」

 

 Dinergateと会話をして、彼?の置かれている状況と事情は概ね把握した。確認のため問いかけると両手をばんざいするように挙げる。正解であるらしい。さてどうしたものか、D08の戦術人形ネットワークに接続すれば―――却下、認証コードを知らない。共通ネットワークでもよいのだが、それでは参列している他の地区の人形にも知れ渡ることになる。さて、どうしよう。いや、そう言えば以前救出された際に一緒に行動したスオミとは個別回線ログがあったから、回線リクエストを送ることができるのではないだろうか。

 

「お、いたいた。ダメじゃないか急に逃げ出すなんて―――」

 

 私が考えにふけっていると、後ろから男性の声がかかった。振り向くと、D08の印章の入ったつなぎを身に着けた、整備兵らしき人間が歩み寄ってきて、私を見て固まっていた。

 

「お、おぉ――――」

「あの?」

 

 目を見開いて、私を爪先からなめ上げるように視線を動かして何やら感極まったような声を漏らし―――

 

「銀の月を写す清らかなる湖、夜の闇を映して深いその漆黒は貴方の心の深奥を隠す。故、誰もがその深淵を解き明かさんと、そこに飛び込まずにはいられない……」

「……?」

 

 そして、目にもとまらぬ速度でひざまずいて、私の手を取りながら奇怪な文章を口にした。

 

「揺らぐ瞳もはそよ風に波立つあなたの心なのか……そのそよ風に私はなりたい。おお可憐なりし魔性の月よ、古来より人を狂わすその魅惑、我が身は抗うことを知らない愛の奴隷」

 

 私の左腕に抱えあげられているDinergateの単眼レンズの形が半月状に変形しているのを錯覚するほどに、奇怪な光景だった。

 

「故に、どうぞこの哀れな整備兵にお情けを与えてください……そう具体的には、あなたの流麗なおみ足と、爪先から踵を覆い踝までを艶めかしく彩るヒールにて……」

 

 そんな私たちを前にして、しかし彼は止まらない。一体どこにため込んでいたと思うような言葉の羅列。恍惚とした表情で私を見上げながら語る声の端々に熱がこもっている。いや、なにこれ。

 

「ふみふみ、と」

「もしもしスオミ、変態が居ます」

 

 さすがに私でも、擁護できる人間とできない人間がいる。彼は後者であった。

 

 

 

 

「ご迷惑をお掛けしました」

「いえ、気にしていませんので」

 

 数分後、ガタイのいい警備員に連行されていく整備兵の姿を見送って、スオミが私に謝罪をしていた。いや、気にしていないので問題はないのだ。問題はないのだが、あれはいったい何だったのかは結局よくわからないままである。手に抱えたままのDinergateが頬をぺちぺちとはたいている。接触解析―――どうやら私を慰めているらしい。

 

 

「彼にはいろいろと罪状があります。警備用のDinergateを使用しての盗撮とその映像画像音声データ各種の販売計画。販売ルートも含めて、一斉摘発されるでしょう」

「はあ」

 

 淡々と語るスオミの口調に慈悲といったものは一切ない。盗撮魔死すべし慈悲はない、といったところだろうか。同意するようにDinergateが両手を挙げてもぞもぞしていた。それを見たスオミは優し気に微笑んだ。

 

「懐かれていますね」

「そうでしょうか?」

「そうですよ」

 

 そもそもDinergateに懐かれるという感覚がよくわからない。然程高度な電脳を持たない彼らが懐くものなのだろうかという疑問がまず生じる。

 そんなことを考えつつ、私の手におとなしく抱えられながらも時折ちょっかいを出してくるDinergateの頭部ユニットをむぎゅと抑えつけておとなしくさせる。

 

「それにしてもこんな日に警備ですか。ご苦労様です」

「ありがとうございます。皆さん此方の誘導に従ってくださってますし、それほど大変ではありませんよ」

「私に言ってくだされば警備に参加しましたのに」

 

 私としても警備の方が今日という目出度い日に、一帯の安全を提供することで貢献できるのではないか。しかし、招待状を受け取ったのは素直にうれしかったからというのもある。眉を寄せて考え込んでいると、スオミはくすくすと笑みをこぼしていた。

 

「あなたには素直に祝ってほしかったんですよ」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものです」

 

 結婚というものは複雑怪奇であると結論付けた。そもそも恋愛感情というものが私の電脳に許容された経験領域に存在するのかもわからない。いやそもそも、戦術人形の恋愛とはプログラムとは異なるものなのだろうか。恋愛をするように最初から汲み上げられた電脳であるならば、それは機械としての機能を発揮しているにすぎず、純粋な恋愛といえるのだろうか――

 

「さて……私はそろそろ警備に戻りますね。今日は楽しんでいってください」

 

 思考のループに陥りかけていた私をスオミの言葉が引き上げる。確かに、彼女には警備という仕事があるのだ。ここでいつまでも時間をつぶさせるわけにはいくまい。

 

「あ、引き止めてしまいましたね。警備、頑張ってください」

 

 私はおとなしく見送り、そして手に抱えていたDinergateも彼女と同様に警備の任務を与えられているものだと思い返し、地面にそっと降ろす。Dinergateは数秒私のことを見つめた後、自分の役割を果たすために走り去っていった。

 接触解析が解けたことで、電脳の一部リソースが解放された感覚が起こる。空き領域を速やかに有効活用するにはキャッシュをクリアするべきなのだが、私は経験領域にキャッシュデータをを暫く残しておくことにした。

 




というか結婚式なのにHK417ちゃんが出てこないんですがいいんですかねぇクォレは……こ、今回のは導入というか前フリみたいなもんだから(震え声

次回から式本番。


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EX2.D08の結婚式(後)

結婚式を書いていたらいつの間にか子供が出来ていた。
な……何を言っているのかわからねーと思うが……


HK417-ar
「貴方の筆が遅いだけです」


ヘヘッコラボ回ダゼ……

因みに我が家のHK417はこんな感じのドレス姿でしたとさ。
イメージの手助けになれば幸いにござる。

【挿絵表示】



 式が始まった。

 先程受け付けをしていた戦術人形――イサカと呼ばれていた――が、司会運行を行っている。先程目の前でいちゃついていた時の幸せそうな笑顔とはまた違って、今は穏やかな微笑みをたたえている。

 先程言葉を交わしたスオミや、他のすれ違ったD08の戦術人形たち、皆が同じように微笑んでいる。受付の際に見かけた緑髪の戦術人形も、狙撃任務中でありながらも嬉しさを隠せていないように思えた。

 ただ、なぜかは知らないが、私に時折スコープを向けてくるのだけは止めてほしかった。トリガーに指をかけずに居ることからも撃つ気はないのは分かるのだが、銃口を向けられてるのとは違う何か嫌な感覚を覚えた。

 

「心配してた事はなさそうですね……」

 

 まあ、なんにせよ、彼女達の結婚が同じ基地の戦術人形にも受け入れられてるというのにはホッとした。衣装合わせの際に聞いた話では、中には戦術人形との誓約が原因で、式当日に大規模な実弾演習をした基地もあるらしい。この雰囲気なら、その心配もないだろう。

 しかし気になるのは、廃棄都市から脱出したあの作戦に支援部隊で参加してくれたメンバーに挨拶をしに行こうと、FAL、Mk23、G36Cの居場所を聞いたときのスオミの反応だ。

 

『今は忙しいみたいですけど、すぐ会えますよ』

 

 何処か遠い目をしていたスオミの表情が印象的だった。まあ結婚式当日だし、彼女らも式で何らかの役割があるのかもしれない。

 そう考えていると、新郎の入場が始まった。白のタキシードできっちりと決めた姿、髪型や肌もしっかり整えられてだらしない雰囲気はない。俗に、あれが決めた姿というやつなのだろう。

 事前に調べた時は様々な悪評を耳にしたわけだが、言われていたほど悪い印象は受けなかった。

 

『それでは、新婦達も準備ができたようです。皆様、拍手で迎えてあげてください』

 

 そして次は新婦達の出番だ―――待て、新婦"達"って?

 荘厳な音楽が流れ、私は振り向き、ヴァージンロードを辿って式場の入り口へと目を向ける。仮設ではあるのだろうが、しっかりとした佇まいを感じさせる扉がゆっくりと開いた先には、各々に合わせてデザインされた白のドレスを身に着ける花嫁"達"。 

 

 ひい(HK417)ふう(HK416)みい(FAL)よお(G36C)いつ(Mk23)むう(春田)なあ(WA2000)やあ(Uzi)ここの(ハイエンド)―――総勢九名の花嫁博覧会である。スオミがなぜあんなことを言ったのか私は理解した。D08の指揮官は両手の指全部に指輪を嵌めるつもりなのか。

 そして、それだけならばまだ落ち着いていられる。しかし最後の一人がそうはさせないと豊満な胸部装甲とともに存在感を主張する。データと外見はだいぶ異なっているが、どう見てもデストロイヤーだ。9人同時の重婚で、うち一人は鉄血製のハイエンド。前代未聞にも程がある――はずなのだが、意外なことに周りはあまり驚いていない。

 

 夫婦連れのような指揮官と戦術人形や、頭にベルトリンク巻いたりしてたり、ピエロ仮面を半分かぶった仮装パーティーのような戦術人形御一行。そして、その他含め、あまり驚いてるようには思えない。

 つまり驚いてる私がマイノリティというわけで、現実とは小説よりも奇なりと言った過去の人物は、きっとこんな気持ちだったのだらう。

 

――気を取り直して(まあいいや)

 

 通り過ぎていく花嫁たちの姿を拍手で迎え、送り出す中で私は彼女らを見つめる。HK417のドレスは谷間を見せつつも、どうしてか清らかさを感じさせる仕立てになっている。花飾りやレースに彩られ、華やかさも演出し――と、自分のドレスを他の人形に選んでもらった自分が褒めても仕方がないし、むず痒い。

 言うまでもなく、他の皆もドレス姿はとても良く似合っている。なにはともあれ、その笑顔に祝福のあらんことを。

 

 

 

 

 新郎と新婦たちが誓いの言葉を交わし合って、キスをする。指輪はどうやらHK417が代表するらしく、新郎であるタカマチ指揮官から受け取っていた。その時の彼女は、私が知る中で一番の幸せそうな笑顔だったと思う。

 ちなみにブーケトスの結果だが、私には来なかった。私の近くに居たベルトリンクを巻いた人形と、夫婦連れだと先程見かけたときには思った人形が受け取っていた――後者のSMG、貴女は誓約をしていなかったのか。なんというか、もうくっついてしまえよと言いたくなるような雰囲気だったのだが。

 その後は食事会である。各テーブルごとに参加者と歓談をしながら食事を進める。私の所属を聞かれたが、答えると一部の反応が少々変なものになっていた――まあ、私が気にすることではない。きっと政治的ななにかがあるのだろうが、今それを気にするのは無粋というものだろう。

 私は出される料理に舌鼓を打つことに専念する。料理はどれも美味しく、普段前線で口にしているものとは全く異なるものだった。食事は最低限以外は不要であると考えていたのだが、こういう料理ならば定期的に食べたくなる。なお、切り分けられて配られたケーキは私には少し甘さが強かったが、それでも美味しいものだった。

 

「楽しんでる?」

 

 声をかけられる直前、二人分の足音を拾い上げていた私は口元を拭きながらそちらを見る。色直しを終え、挨拶回りをしている新郎新婦の二人がそこには居た。

 

「おめでとうございます、HK417にタカマチ指揮官殿。とても素敵な式ですね、此処に参加出来ることを光栄に思います」

「相変わらず堅すぎじゃない?」

 

 主催である彼女らに礼を尽くして挨拶をする。招待を貰ったときは少々困惑したのは事実だが、今となってはそれも良かったと本心から伝える事ができた。

 

「それにしても、貴女が結婚をするとは……」

 

 初めて顔を合わせた廃棄都市での作戦の頃と比べ、だいぶ雰囲気が変わったように思う。何が変わったかまではっきりと言葉には出来ないが、何かが違う。そんな感覚だ。

 

「んふふ、素敵なダーリンに巡り会えたからね♪」

「花嫁が9人も居るのには流石に驚かされましたが」

「私のダーリンは懐が広いからね」

 

 喜色満面の笑顔を見せながら、隣に立つ新郎の腕にぎゅっと抱きつく花嫁。胸を押しつけて変形するほどに――いや、谷間に挟み込むくらい強く押し付けてる。新郎はどんな顔をしてるのかと見てみれば、真面目そうな顔を作ろうとしていた。しかし口元は若干緩み始めているし、目元も愉しげだ。口では諌めるようなことを言いながら身を捩っているが、私は理解した。あれは、自分から挟まれに行っている――!

 ふと視界に入ったテーブル席の方では、先程までケーキを食べていた参加者達が胸元を抑えている。私も気持ちはわかる。今すぐ口の中にコーヒーを流し込みたい気分だ。それもかなりきついやつを。

 

「……見せつけは良いです」

 

 若干の呆れが混じった溜息を吐き出す。

 本当に、幸せそうで何よりだ。

 

 

 

 折角なので、面識のある花嫁たちにも挨拶に行こうかと、パーティーの中で向かったのだが――

 

「おめでとうございます、ヴィオラさん」

「ありがとう。ヴィオラで良いぞ、えっと……」

 

 私は何故か、デストロイヤー・ヴィオラと向かい合っていた。最初はFALやMk23辺りと軽く近況報告を兼ねた話を、G36Cからは最近G36の何が可愛かったかを話されていたのだが、その流れでいつの間にか、である。FAL辺りが若干意地悪な笑みを浮かべていたのを見る辺り、彼女の謀略であろう。

 

「HK417です、そちらの彼女とは別の」

「417が二人?よくわからないぞ、うん……だけど覚えたぞ、よろしく」

「はい、こちらこそ」

 

 むず痒いような、何処かすわりの悪そうな表情でヴィオラと軽く自己紹介を交わす。

 まあ、当然の反応なのだろう。私とて同じ名前の戦術人形が二人も同じ場に居たら困惑する。彼女についてグリフィンのデータベースに潜ってみたところ、彼女が今此処に居る経緯に関しては情報規制がされるレベルで重いものであることがわかった。

 部外者である私にはただ、不運だったなとしか言いようがない案件だが、彼女がこうしてこの場にいられることは祝福したい。そしてその幸福が長く続くことも。

 そう考えていると、ヴィオラは私の手を握りながら好奇心に輝く目を向けていた。その姿に、大型犬のような耳と尻尾を幻視する。

 

「ところで、417は417と何処で知り合ったんだ?もしよければ、教えてくれないか?」

「いいですよ。ではそうですね、まずは――――」

 

 どんなにつらい過去があったとしても、幸せな現在があれば、未来の幸福を信じることが出来るのだろう。

 そこに人形も人間も違いはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<<おまけ>>

 

 私は後悔していた。それは先程、ヴィオラに対してある一言を聞いてしまったことをだ。

 

――新郎の何処が一番好きですか?

 

 軽い気持ちであんなことを聞くべきではなかった。その言葉を聞いた途端彼女は目の色を変え、先程HK417とタカマチ指揮官が生成していた蜂蜜ゾーンを形成して、彼が如何に素晴らしい人間であるかを語り始めたのだ。私にそれを止める術はなく、かつて廃棄都市でスオミからメタル談義をかまされた時と同じように、ただ相づちを打つしかなかった。

 途中で気付いたFALがヴィオラに何かを嗅がせて沈静化させたことで、難を逃れたが、果たしてあの布切れは一体何だったのだろうか。私の電脳は、それは知らないほうが良いと告げている。

 立食会のようにみんな好きなようにパーティーの空気を楽しんでいる中、私は少し休憩がてら壁際によりかかっていた。そして、気づくと先程のベルトリンク頭がグラスを片手に其処に居た。

 

「足りてねえよ、あんた」

「は?」

「シケた面しやがって。あんたもHK417なんだろう?だったらあたしの話を聞いてもらうぜ。まず第一にマシンガンがどういうものかということについてだマシンガンって言われたら何を思い浮かべる?ああ言わなくても良いわかってるそう瞬間火力だ。っていうか瞬間火力って概念を考えたやつは天才だとあたしは思うぜなにせ弾を100発でも1000発でも吐き出すってのは時間をかけりゃあライフルでもリベレーターでも紅茶足りてない時の英国(L85A1)にだって出来ることだからなだが瞬間火力を出せる銃器ってなるとそいつは誰にでも出来るもんじゃない―あ?レートならばサブマシンガンのほうが早いのがあるって?―馬鹿かお前はよく見てから物を言え頭22LRかよ瞬間火力ってのは秒間にいくら弾を出せるかってだけじゃねえどれだけデカくて重い弾を敵のいる場所にブチ込めるかってのが重要なんだよつまり何が言いたいかっていうとそれが出来るのはマシンガンだけでありマシンガンってのは銃火器のベスト・オブ・ベストでありマシンガンこそ最高位の銃器を示す称号ってことだマシンガンは世界を救う。わからねえ?しょうがねえなだったらもっとわかりやすく説明してやるぜシュライク5.56って知ってるか?知ってるって顔してるな知っての通りベストセラーアサルトライフルなんて世の中では呼ばれてるAR15カービンをLMG化するっていう神パーツだんでもってRPKだがこいつはAKMをLMGにするっていうトールにゼウスをかけ合わせてタケミカヅチでコーティングしたような超正当な進化を果たした形態だなんでどいつもこいつも西も東もアサルトライフルをLMGにするかわかるか簡単な話だ全ての銃はマシンガンに通ずるつまりマシンガンこそ至高であり原初の存在であり原点にして頂点ってことになるジ・モスト・オブ・ベストガン・イズ・マシンガン OK?OK! それにお前らHK416シリーズにもIARとかいうLMGになった素敵な姉妹が居るだろつまり全ての存在の本能レベルでマシンガンを求めるってことできっと人間もマシンガンが作――」

「M27IARは弾幕を張る目的の銃器ではありませんが」

「オーケィ……ぶちかましてやるよ!」

「やめろバカ!」

 

 金色の流星が包帯頭をぶっ飛ばし、そのまま引きずって立ち去っていく。

 なんだったんだ今のは。




遅くなってごめんねカカオさん。

あと、現時点で出してもらったと認知している限りの方を出し返しますた。出されたら出し返す、当然のことだ。
ただどの程度やってよいのかわからなかった部分もあるので、そこは許してくだしあ。


~コラボ作品一覧~
元はぐれ・現D08基地のHK417ちゃん(作:カカオの錬金術師)
G&K補給基地の日常(作:ソルジャーODST)
ドールズディフェンスライン(作:Rione)

では次の更新は本編となります。
今週末から来週を目処にあげたいところ……




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本編
episode.0


各関節駆動系統ーーーー異常なし。

 

神経伝達速度ーーーーーー異常なし。

 

外部環境適合性確認ーーーー全て適正値。

 

起動に対する障害はなし。AIを起動します。

 

躯体名「HK417」

 

世界にようこそ。あなたの誕生を祝福します。

 

 

 

 

「あ、ぐ……っ!?」

 

 とある廃墟、かつては住居として使用されていた建物の奥深く。隠されていた研究施設。一つのカプセルから一人の少女が吐き出されていた。

 無造作に地面へと放り出された痛みに苦悶の声を上げた彼女は、自らの発した声にギョッとした様子で周囲を見回し始める。そして見つけた鏡へと飛びつくと、その中を覗き込んでいた。

 

「どういうことだ……なんで、私は生きているんだ!?」

 

 見つめ始めてから十数分経って、少女はようやく声を発する。自分がこうしてこの場所にいることに驚愕を隠さず、自らの死亡を信じてやまない彼女は、自らの権限により許容された範囲の自傷行為を行う。

 つまりは、頬をつねった。

 

「……痛い。正常」

 

 五感の一つ、触覚は正常に動作していることを確認。視覚聴覚は言わずもがな、嗅覚についてもの埃っぽい匂いを感じていたら正常と判断。周囲の環境データを計測し、五感として伝えてくる戦術人形としての機能すべてが、今目の前にあるのは夢ではなく現実であると少女に伝えていた。

 

「やっぱり解らない。私は既に廃棄されたはず。だというのに何故ここに」

 

 自分は正常な状態という結論に至り、少女は自分が何故ここに居るのかという疑問へと立ち戻っていた。

 

「私のAIには欠陥がある。だから廃棄するのだと、研究所の人達はそう言っていたはず」

 

 彼女の記憶領域に残された最後の記憶。自らの欠陥を説明され、全機能停止を言い渡された記憶。てっきりそのまま廃棄されるものとばかり思っていたが、現実は異なっていた。

 

「だとすれば、何故?」

 

 何もわからない状況で、疑問だけが強く浮かぶ。再度記憶データを漁ってみるが、AIが停止した以降のデータは彼女の中に存在していなかった。

 致命的なまでの情報不足。少なくとも、どうにかして自分の身が置かれている状況くらいは把握しなくてはならない。彼女のAIはそのように判断し、自分が眠っていたカプセルを介し、施設のデータバンクへの接続を試みた。

 

「駄目、か。重要なデータは何も残ってない」

 

 しかし、結果は芳しくない。殆どのデータが破棄され読み取りは不可能。簡単な日記データのサルベージは出来たが、わかったのはこの施設が廃棄されたということと、この場所は鉄血の勢力圏内だということ。どちらの情報もある程度予想していたことではあったが、後者については当たってほしくないと願っていただけに、少女の口からは大きなため息が零れ落ちる。

 

「どうしたらいい?」

 

 いわば敵陣のど真ん中。周囲に味方は存在せず、コンタクトを取る方法は存在しない。ちゃんとした戦術人形であるならば非常時の手段が一つくらいは用意されてるのだろうが、生憎と、彼女は廃棄された存在。なので非常回線や、その他の連絡手段など知るはずもない。

 

「この施設に籠もったところで先は短い。なら、外に出るべきか」

 

 かといって、この施設に籠もって居た所で何かが変わるわけでもないことも理解していた。寧ろそれは悪手である、とも。

 少女のAIはそう結論付けて、独自の行動指針を取ることを決める。

 

 第一目標は味方との合流。これは少女にとって直近の急務である。何をするにも、自分一人のこの状況から抜け出さなくてはならない。

 

 第二目標は、自らが起動した理由の究明。完全停止していた己が再起動した理由はわからない。しかし、起動させられたからには何らかの意味がある筈。それが自分に与えられた役目ならば果たす事も目標に含む。

 

 そして最後の目標。自らの処理を適切な存在に実行してもらうこと。

 

 この三つを果たすため、戦術人形「HK417」は行動を開始する

 

 417はまず最初に始めたのは、自分の銃を探すことからだった。しかし戦術人形にとって自身の銃を探すことなど呼吸をするようなものである。事実、417は特別何かをするわけでもなく最初からそこにある事を知っているよう別室へと向かっていた。そこに保管されていた自らの銃と、そのついでに幾つかのマガジンと弾薬、使えそうなオプションパーツに、メンテナンスで使う道具や気持ちが悪くなるくらいご丁寧に用意されていた装備を確保できた。

 また、自らのものと理解できる服をはじめとする装備一式も一緒に用意されている。試しに着てみたところスリーサイズから丈に至るまでぴったりに仕立てられていたことが、彼女の電脳に不気味という回答を吐き出させた。

 

「やはり、私が起動したのは偶然ではない? なら、誰が何の為に?」

 

 目覚める事を前提として、自分のために用意しておいたと言わんばかりの光景に417の疑念は強くなる。廃棄されるはずの自分のために、なんのために?

 だが、丸腰で危険な外へ出なくて済むことは有り難い。今は用意をしてくれていた誰かへの感謝をすることにした。

 

「初弾装填……問題なし」

 

 マガジンを装填。チャージングハンドルを引いて弾丸を薬室に送り込む。烙印システムの恩恵により、417は一連の動作に問題が無いことを感覚として理解する。

 

「準備完了。417、行動を開始します」

 

 ボイスログ機能を有効にする。これでもし自分が破壊されたとしても、誰かが残骸からログを回収してくれるかもしれない。

 417は施設の外へと向かう。

 

「――――――――」

 

 空から照りつけてくる太陽があまりにも眩しく、417は目元を掌で隠しながら各種フィルタを有効にする。これからは外に出る前にやっておこうと心に決めていた。

 施設の外は、瓦礫と朽ちたビルで構成された廃墟だった。今のご時世、どこへ行ってもこんな光景が広がっている。しかし417にとっては初めて見る景色でもあった。勿論知識として彼女の記憶装置に記録されてはいるが、それでも初めて見る光景には強く意識を向けていた。

 

「ああ、これが世界なのですか」

 

 僅か数秒、理由不明のフリーズにより停止していた彼女の電脳が零した第一声。精神状態を解析し、自己の内側に芽生えたのが喜びであることを認識する。

 我に返り、一歩を踏み出す。厚いブーツの底がコンクリートの破片やガラスを巻き込んでいくつもの高い音を立てる。417にはそれすらも新鮮で楽しさを感じるものだったが、何処に敵が潜んでいるかわからない状況が、彼女の心を落ち着かせていた。

 なるべく足音を立てず、トラップに配慮して、物陰に身を隠しながら進んでいく。

 まず探すのは荷物を置いておく場所だった。交換部品に予備弾薬、オプションパーツなどを一纏めにしたおかげで荷物は大きく膨れ上がり、持ち運びに向かなくなっている。戦術人形の身体能力なら容易に持ち運びできることが救いだろう。

 

 

 

 

 

「こんなところかな」

 

 数時間後、外は既に夜になっている。417は廃墟となった建物の中に荷物をまとめ終わり、一連の行動計画の完了に満足という結果を示す。

 比較的状態の良い部屋を仮設拠点とした417は、そこに探索行動には過剰な量の弾薬などの余剰資材を残して外部に探索へ出るという判断を下す。いざというときにはこの仮設拠点に戻らないことも考慮する。

 そうして探索に出ようかというときに、417の聴覚が散発的な複数の種類の発砲音を拾い上げる。

 

「銃声? しかも鉄血と、何種類かが混じってる……」

 

 鉄血の銃声の中に混じる複数種の銃声。発砲音の頻度から数を推測すると数的有利は鉄血側にあるようだ。果たして自分が加われば勝てるか。音はそれほど遠くない。戦っている相手の実力次第だが、悲観的に見積もった数字でも十分に間に合うという結果を417の電脳は状況予測の結果として算出する。

 

「間に合うのなら、救援に向かうべきでしょう」

 

 そうと決まれば行動は一つしか無い。愛銃をスリングで肩から提げ、手榴弾と予備弾倉を邪魔にならない数だけ、出来る限り多く携行し、仮設拠点を飛び出す。多少の足音は戦場の音がかき消してくれる事を期待しながら、銃声のする方へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

「まずいにゃ、このままじゃあ!」

「撃ってくださいIDW、喚いたってどうにもならないでしょう!?」

 

――――なんでこんなことになってしまったのか。

 

 グリフィン所属の戦術人形であるSIG-510は自分達の置かれている状況の理不尽さを思い、愛銃をフルオートでぶっ放したくなるのを堪えながら隣で混乱状態にある同僚を叱咤する。叱咤を受けた猫耳の戦術人形ことIDWは「に゛ゃぁ゛あ゛」と叫びながらフルオートで拳銃弾をばら撒いていた。

 しかし悲しいかな。敵は9mm拳銃弾では貫通できない装甲型。辛うじて脚を遅くすることには成功しているが、それ以上の効果は望めない。よってSIG-510が仕留めなければならない。

 

「っ……なんて硬さっ!」

 

 隠れている瓦礫から上半身を出して数発をフルオートで放つ。彼女の使用するGP11弾は装甲兵の外骨格を穿ち、よろめかせるが、足を止めるには至らない。決して射撃の狙いは悪くないし、弾薬の火力も弱くはない。しかし、装甲兵を相手にするにはどうあっても貫徹力が足りない。

 

「覚悟を決めるべき、かもしれませんわ……」

「にゃー、私は死にたくないにゃー……」

「そんなの、私だって……」

 

 装甲兵の背後に控える装甲鉄血機械兵の砲撃が再開され、IDWとSIG-510は再び瓦礫に隠れてやり過ごしそうとする。重く響く着弾の震動に、悲観的な声音を出すIDWの言葉につられてSIG-510も弱音を吐きたい気持ちになるのをどうにか堪える。

 基地にバックアップを残しているから此処で破壊されても大丈夫――――などとはとても言えなかった。戦術人形として、兵士として考えるのならば正しい答えだ。一人前の兵士を目指しているSIG-510の電脳はそれを正答であると評価するが、組み込まれた疑似感情ソフトウェアは弱々しく否定する。基地にバックアップは残している。しかし、其処にいる自分は出撃直前の自分自身で、今此処にいる自分ではないのだと。

 誰だって、人形だって好き好んで死にたくなど無い。

 

「死にたくなんて、ありませんわ……っ」

 

 言葉をこぼすと同時、彼女の聴覚はこぶし大の大きさのものが落下するような、よく聞き慣れた音を拾い上げた。

 

「っ、伏せますわよ!」

「にゃっ!?」

 

 一瞬、反応の遅れたIDWの頭を抑え込むようにしながらSIG-510は地面に伏せる。

 その直後、自分達の隠れている瓦礫の向こう側で幾つもの手榴弾が爆ぜる音がした。

 

「っぅ……いきなり手榴弾なんて、どこの戦術人形?」

「うぅっ、頭がぐるぐるするにゃあ……」

 

 いきなりの出来事に二人は状況をつかめずに居た。しかし、今の攻撃が決して自分達を狙い損ねたことによる誤爆などではないことは明白な事実として認識していた。人と違い、戦術人形が投擲先を誤るなど、相当に致命的な欠陥が存在しない限り有り得ないからだ。

 相当な数の手榴弾が炸裂したことは先程の音で認識していた。音から割り出した爆発位置と敵の予測される位置は近く、先程の爆撃で多くの装甲兵が被害を受けたことは容易に想像ができた。

 そして、攻撃は未だに終わらない。再び動き出そうとする鉄血兵に対して狙撃が加えられる。ありえないことだが、狙撃手に標的と間違えられないように自分達は伏せたままじっと身を固める。夜の廃墟に反響する銃声に、装甲兵達が膝をつく音が続いていく。

 そうして、ものの一分も経たぬうちに辺りを静寂が満たしていた。

 

「なんとか、助かったようですわね……」

 

 辺りに敵の動く気配はない。自分達が助かった事を認識するとSIG-510はIDWを押さえつけていた手を離して身体を起こす。瓦礫を踏む音がして、そちらに顔を向ける。其処に居たのは銀髪に黒い衣装を身にまとった少女。身の丈に合わないライフル程の長さの銃を手にしている。SIG-510は、何よりも優先して確認しなければならないことを問いかけた。

 

「私達を助けてくださった……ということでよろしいのでしょうか?」

「そう受け取ってくれるなら嬉しいですね」

「でしたら、御礼を言わせてください。ありがとうございます、助かりましたわ」

 

 眼の前の少女―――-見たことのない容姿だが、自分達と同じ戦術人形であることに違いはないのだろう。自身の電脳が彼女を人間と認識していないことからも、SIG-510はそう判断した。

 

「自己紹介がまだでしたね……私はSIG-510。そしてこっちが……」

「IDWだにゃあ! 助けてくれてありがとうにゃー!」

 

 先程まで泣き出しそうな表情をしていたIDWが、助かったとわかるや否や元気を取り戻している切り替えの早さをSIG-510は少し羨ましく思っていた。感謝を告げられた戦術人形の方は特に何かを思った様子もない。短く儀礼的にどういたしましてと返し、自身の名を告げる。

 

「私はHK417。廃棄予定の戦術人形です」

 

 




Q.なんでHK417なの?
A.実銃含めて好きだから。


リハビリがてらに一筆認めようと、最近やっているソシャゲを題材にしてみる見切り発車の二次創作小説。

HK417はG28だろとか、G28は既に本国実装済みだろとかそう言うツッコミは無しの方向でお願いします。
G28はマークスマンライフルで、Hk417はバトルライフルという私の中でのカテゴリー分けをしてるので、私の中では別物扱い。
ちなみに、HK417の区分はAR。徹甲弾装備できて射速はちょっと低めというのが妄想性能。6P62とかぶってるね。


それとこの先、捏造設定、独自設定、妄想設定がたくさん出てくるのでそう言うのが苦手な方はそっ閉じ推奨です。
あんまり長くならないようにサクッとお話をまとめたい。まとめれたら良いなあ……

10/18 3:47 誤字修正
投稿してから誤字見つける習性治したい。IDW-20ッテダレヤネン


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episode.1

「私はHK417。廃棄予定の戦術人形です」

 

 417の口にした自己紹介に、SIG-510は彼女の自身の性格故に若干の警戒心を顕にしながら問いかけた。

 

「それは、貴方が逃亡した人形ということでしょうか?」

 

 自律人形の製造技術は今ではそれなりに広く知れ渡っているものだが、戦術人形となると話は変わる。戦術人形に関わる技術には当然ながら開示されないものがあり、その中でもコアと呼ばれる部品については厳重にブラックボックス化され、秘匿されている。そのため、廃棄もしくは回収が決まった戦術人形からは技術流出を防ぐためにもコアは必ず回収される。そして、コアを失った人形がどうなるかと言えば戦闘能力を喪失するのだが、目の前の417を名乗る人形からはそういった様子は見受けられない。

 SIG-510は、彼女が処分を拒み逃亡した、重大な倫理違反を起こした戦術人形ではないのかという疑念を抱いていた。もしそうならば、彼女のことは機密保持のためにコアだけでも回収していかなくてはならないからだ。

 

「いいえ。正確な状況については私にも把握できていないので……」

 

 だが、417はこれを否定する。これまで変化といったものを余り感じさせなかった表情に、若干の困ったような色味を浮かばせていた。その返答にSIG-510は少しの安堵が湧き上がる。彼女は自分達の恩人である。素性や正体は不明という問題点こそあれど、そんな相手に銃を向けるようなことは極力避けたかった。

 

「処理済みである私が、どういう訳か稼働し続けてしまっています。なので人間に処遇の判断を願いたいと」

「な、なるほど……それは、とても適切な考えだと思いますわ」

 

 SIG-510には、自分の廃棄について淀みなく肯定しようとする417の思考は、人形として非常に適切な考えと思えた。それと同時に、自分であったらこうまで肯定することはできないだろう、とも。

 

「なので、良ければあなた方に合流させていただけないかと」

「それは非常にありがたい提案なのですが、指揮官に確認をとらないとお答えできませんわ」

 

 提案はSIG-510にとってはまさしく渡りに船な内容だ。しかし、部隊編成を変更する権限をSIG-510は持っていない。戦術指揮官に確認をとらなければ決定を下すことは出来なかった。

 

「指揮官の指示を仰ぎますわ。それでもよろしいでしょうか?」

「構いません。私も、人間の指示を仰げるのであればそれに越した事はありませんから」

 

 指揮官の判断に委ねるというSIG-510の言葉に、417にも異論はなかった。戦術人形である以上は人間の指示に従えるのならばそれに従うべきだからだ。

 

「IDWもそれでよろしいですか?」

「問題ないにゃー」

 

 もともと、SIG-510とIDWにそれ以外の選択肢はないのだが、互いの認識共有の意味も兼ねての確認を行った後にSIG-510は司令部への通信をつなぐ。暗号化されたデータを認証する少しの時間をかけてから、SIG-510は本部との通信を開始した。

 

「IDW、私は周辺を確認してきます。すぐに戻りますので」

「わかったにゃ。何かあったら駆けつけるから心配はいらないにゃ」

「お互い様です。何かあったときは私も駆けつけますから」

 

 その様子を見ていた417は、SIG-510が指揮官との間で通信をしている間に自分にできる事はあるかと考える。自分の特性も踏まえれば、周辺状況の偵察がもっとも適していると417の電脳は結論を算出する。周辺に動体反応はないのですぐに鉄血の部隊が襲ってくることはないだろうが、敵部隊の挙動を察知できるかもしれない。情報は多いに越したことはなかった。

 417は周囲の警戒にあたっていたIDWに声を掛けてその旨を告げ、付近の崩れかけのビルの上層階へと駆け足で向かった。

 

 

 

 

 ビルの6階に登るまでわずか1分と経たないうちに登りきった417は、周囲の様子を暗視スコープで眺めながら先程出会った二人の人形について考えていた。417が一度二人から離れたのは、偵察の他にもこうして自分が考える時間を欲したというのも理由の一つに入っていた。

 人形が二人。それも鉄血の支配領域に。一体どんな任務を受けていたのだろう。考えられるところで敵地の偵察、あるいは潜入して調査したい何かがあったということなのだろうか。自分の目覚めたあの研究所の事を思うと、彼女らの目的が其処にあったのかという可能性も湧き上がる。

 しかし、417が調べた限りでは研究所には自分の装備や武器以外に何もなかった。そうなると、自分か装備かそのどちらかあるいは両方か、彼女らが目的とするようなものがあったのか――――

 

「……わからない」

 

 導き出された結論は"不明"の二文字。何を考えるにしても、417自身が自分の情報について知らなすぎていた。情報不足からくる予測は無数の可能性へと分岐して、そのどれもが状況予測に基づくもので、正確性というものがまるでない。417はため息を吐き出して、自分を目覚めさせた誰かに準備が足りないだろうと内心で不満を漏らした。

 

「――見つけた」

 

 結論を出せずに堂々巡りを始めていた彼女の電脳は、より優先度が高い存在を見つけたことで自動で切り替わる。417の暗視スコープが廃墟の中を進む部隊を捉えていた。

 417は景色から予測される廃墟群の構造と、自分が仮拠点を探す間に記録していた地形情報と照らし合わせて簡易マッピングを行いながら索敵とルートの予測を行う。

 接近してくる部隊はおよそ3。それぞれ別の方向からの進路をとっているが、全て417達の隠れている方向に向いている。

 部隊の構成を確めるためにスコープの倍率を上げた417の表情が苦々しく歪められる。417の視線の先には多数の脚を持つ重火力装甲型。名をManticoreという。

 

「厄介な。たかだか数名の戦術人形に、過剰すぎるでしょうが」

 

 IDWの火力であれは落とせまい。幸いにも極端に分厚い装甲を持っているというわけではないので、狙う部位によってはSIG-510の弾丸でもダメージを与えられる。しかし、アレの相手は徹甲弾を有する自分の役割だろうと417は考える。

 これだけ情報を集めれば十分だろう。417はそう判断して、急ぎSIG-510たちのところへと戻る。3つの部隊を同時に相手して勝てるほど甘くはない。戦う場合は1部隊ずつ相手をするのが大前提になるだろう。

 階段を飛び降りるように駆け下りて、登る時よりも更に短い時間でSIG-510とIDWの残った地点に戻った417。それを見たSIG-510はどこか安堵したような表情を浮かべて彼女を迎えた。

 

「ちょうど良かったですわ。417さん、貴方と話したいという方が……」

 

 彼女の指揮官だろうか、と思いながら417はSIG-510が差し出してきた端末を受け取り、投影されている人物に目を向ける。其処にはワインレッドの軍服を身にまとい、モノクルを掛けた毅然とした雰囲気の女性が映し出されている。彼女は417の姿をじっと睨むようにモノクルの奥で目を細めた後に、数秒の後に口を開く。

 

『お前がHK417か。たしかに、登録情報にはない人形だな』

「私は開発段階で廃棄された人形です。登録されていないのは当然かと、ヘリアントス様」

 

 417の記憶装置の中に、眼の前の女性に関連する情報が存在していた。ヘリアントス――戦術人形を扱う民間軍事会社"グリフィンアンドクルーガー"、通称グリフィンの高官。417は彼女の情報を認識すると同時に権限の照合を行う。自己に対する命令権限はなかったが、彼女は人間。417は、人間の為なら何かしたいという計算結果を吐き出す自己の電脳に従って接する。

 

『私を知っているのか』

「知っているだけです、ヘリアントス様」

『長い呼び方は嫌いだ。ヘリアンで構わない』

「ではヘリアン様と」

 

 ヘリアン、と彼女の呼称を電脳に記録する。また合理的な人間と予測できることをヘリアンの評価として417は付記していた。

 

『身元不明の戦術人形、か……一体どこの誰の差金かは置いておくべきだろう。重要なのはお前の銃口の向き先だ』

 

 ヘリアンが気にしているのは敵か味方、どちらなのかということだろうと417は考える。自分ですらわからない経緯を経てこの場所にいる存在を信じないのは適切な判断であるとして、思考の中でのヘリアンの評価を上方修正する。データ更新を終えると417は自らの認識上の敵を告げる。

 

「私の敵は鉄血工造であり、IOP製の人形は味方であると認識しています」

 

 鉄血は敵だと告げる自己の敵味方識別用のデータベースに則って417は言う。しばし考えるような間を開けるヘリアンの姿に417は少しの不安を覚え、言葉を続けた。

 

「データ的証拠は持ち合わせませんが、信じて頂ければと」

『……いずれにせよ、我々にはお前の戦力が必要だ』

「それは……」

『お前を信じる、ということだHK417。その言葉が真実であると証明してみせろ』

「了解」

 

 返す言葉の音色は、先程よりも少し高い。未だ信頼されたということではないが、自身を信じてくれたことが417は嬉しかった。

 

『ではこれより、お前はSIG-510達と同様の指揮系統へと組み込まれる。情報の共有はそちらで行うように』

「了解しました」

 

 通信が終わったことで廃墟は本来の静寂を取り戻す。417はSIG-510へと端末を返そうとするが、彼女はそれを首を横に振って受け取らない。417がどういうことかと尋ねると、どうやら彼女の指揮官からの指示であるらしかった。

 

「指揮官があなたに渡しておくように、と仰られてましたわ。私には予備があるので、どうぞ使ってください」

「なるほど、そう言う事ならありがたく」

 

 正直に言えばありがたかったので、感謝しながら通信端末を頂戴することにした。417はもらった通信端末を落とさないようにランヤードで自らに固定する。何度か軽く引っ張って落ちたり外れたりしないことを確認してから、SIG-510達の方へと改めて意識を向ける。

 

「お待たせしました、お二人とも」

「では行きましょう。敵も此方に向かって来ているのですよね?」

「はい。北と南、西の3方向から。確認できた戦力は――」

 

 417は戦力の分布と、確認できた兵力の情報の共有を行う。Manticoreの存在を聞き、IDWがげんなりとした表情を見せる。

 

「あいつ嫌い」

「私も正面から撃ち合うのはやりたくありませんわ」

 

 IDWにつられてSIG-510も似たような表情を浮かべる。先程の装甲兵との戦闘を思い出していた。自身の弾丸が装甲に弾かれる様は、思い出して気分のいいものではない。視線は自然とHK417に向かう。自分たちにとって残された突破の可能性、鉄血の装甲持ちを倒すための希望だった。

 

「大丈夫ですよ」

 

 向けられた視線に応える417の言葉に揺らぎはない。

 

「私が居ますから」

 

 彼女の言葉に根拠はない。

 

「頼りにしてますわ、417さん」

 

 しかし、大丈夫だと思わせるような強さがSIG-510には羨ましかった。




続きが書けたから投稿。
とりあえず一週間に一話を目標にやっていきます。


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episode.2

色々詰まって約一ヶ月。書ける時も書けない時の逆境が激しくてつらい。


 赤く染まる夜空。絶え間なく響き続ける銃声。

 その中を姿勢を低くしてIDWは駆けていく。鉄血の戦術人形によって放たれた弾丸のおかげで周囲の建築物の壁は醜く抉れ、廃墟から瓦礫へと状態を変化させられていく。しかし、IDWの身体が傷つくには至らない。それはIDWの防御性能が特筆すべきものであるというわけではない。IDWは防御力で言えば、かなり低い部類だ。射程の関係から最前線に出ることが多いサブマシンガンを持つ戦術人形には致命的な欠陥だ。しかしIDWは、自らが避けることに特化することでこれを解決した。

 複数の銃口から放たれる銃弾の射線を銃口の向きから予測して、発射タイミングよりもほんの少し早くに身体を動かすことで撃たれるよりも先に避けていく。避けられないと判断したものは、猫を思わせる軽い身のこなしで瓦礫に隠れることでやり過ごす。ならば、と自分を無視して後方の味方へと向かおうとした敵に対しては、横合いから9mm弾を浴びせることでその場に釘付けにする。

 今もそうして、防衛線を抜けようとした敵兵に9mm弾を放って一人を行動不能にする。先程のように装甲兵で強引に前線を押し上げるというような事をされなければダミーリンクが居なくても十分に戦える。だが――――

 

「あいつを止めるのは流石に無理だにゃ……」

 

 敵兵の後方に存在する多脚戦車"Manticore"。サブマシンガンを持つ鉄血の戦術人形"Ripper"の背後からやってくるその姿にIDWは思考の中で自らに与えられた役割を再度確認して、それを成し遂げることの障害にはならないことを認識。

 

「もう少し頑張ってみるにゃ」

 

 IDWは残弾を確認し、自らの隠れていた瓦礫から飛び出していく―――

 

 

 

「敵部隊の一つを撃破して進む?」

「それが指揮官から頂いた作戦計画ですわ」

 

 戦闘開始から少し時間をさかのぼって。417とSIG-510、IDWの三人は通信の際に指揮官から受け取ったという作戦計画について、移動しながら情報共有と確認を行っていた。417が偵察した結果とSIG-510の持つ回収ポイントの情報を照らし合わせれば、いずれかの部隊に察知され交戦となることは明白なこと。しかし、SIG-510が通信している間はまだ、417はその情報の共有を行っていなかった。それを読んだ上での指揮官からの作戦計画なら大したものだ。しかし、417はSIG-510から共有を受けた戦闘計画に眉をひそめる。そして話を聞くうちに抱いた一つの懸念を口にする。

 

「実力を疑うわけではありませんが……」

「にゃ?」

 

 417の視線はおとなしく聞いていたIDWへと向けられる。視線が自分に向いたことに気づいたIDWは、不思議そうな声を上げた。

 

「彼女への負担が多いのでは? ダミーリンクも無い状態では……」

 

 417が言うのは一人に攻撃が集中することへの懸念。これがダミーリンクの残ってる状態ならば417も特に思うことはなかったのだが、彼女は合流時にはすでにダミーを失っている。残るはメインフレームのみ。メインフレームの損失は今いるIDWの損失。何かあったとしても復活は出来るのだろうが、それはヘリアントスから受けた指示に反する。417の電脳はそれを避けるべきと個人的な感情を含めて強く願っていた。

 そんな想いを抱く417の内面を知ってか知らずか、IDWは417へと笑いかける。

 

「だめそうになったらすぐ逃げるから、私のことは心配いらないにゃ」

 

 

 

 

―――飛び出したIDWの背後で、つい先程まで隠れていた瓦礫が弾け飛ぶ。飛散する破片と共に襲いかかる衝撃波にIDWは耐え切れず、思わずたたらを踏んでよろめいた。

 

「っ!?」

 

 即座に敵の行動予測を叩き出したIDWの電脳は、退避せよと窮地を告げる。Ripperの持つ二丁の短機関銃の真っ暗な銃口、それがIDWを見つめていた。

 

「やらせませんわ!」

 

 短機関銃とは違う銃声が鳴り響く。IDWへと銃口を向けていたRipperの頭部が破壊され、その身体は制御を失い崩れ落ちていく。銃声と距離からしてSIG-510だろう。更にいくつかの銃声が続いて数体のRipperが倒される。

 

「助かったにゃ!」

「さあ、ここから反撃しますわよ!」

 

 間一髪のところで窮地を脱したIDWだったが、先の砲撃でのダメージは皆無というわけには行かなかった。ペースを乱された事で少しずつ被弾が重なり始めて、服は土埃に塗れ、ところどころが破けている。破けた場所からのぞく肌もところどころが掠めた銃弾や破片による裂傷が存在している。

 

「ああもうっ、邪魔だにゃ!」

 

 先程よりも敵のRipperたちは距離を詰めてきている。攻撃をすべて避けきっていた先程までと違い、彼女の動きは精彩を欠き始めている。それは積み重ねていた負荷が先程の砲撃で許容範囲を越えたことに起因する。ある意味で、民生上がりの戦術人形でしか無いIDWにとっての限界だった。

 

「IDWさん、後退を!」

 

 後方より援護するSIG-510の銃弾が再びRipperの一体を撃ち貫き行動不能に陥れる。後退を指示する彼女の声に従って二又に別れているY字の地形を、SIG-510の居る方へと脱兎のごとく後退する。しかしRipperたちはそれを深追いせず、IDWは無事にSIG-510の陣取る瓦礫裏へと滑り込む。

 

「ご無事で何よりですわ」

「三回くらい、死ぬかと思ったにゃ……」

 

 肩で息をするIDWの様子にまだまだ余裕はありそうだと、無事を確認したSIG-510は牽制射撃を行いながら敵の陣形に変化が起きたことに気づく。後方列で散発的な砲撃を行っていたManticoreが、今では最前列へと移動している。それに合わせて周辺の護衛を行いながらIDWの追撃を行っていたRipperたちはManticoreを盾にするような位置取りで前進をしている。

 

「まるで私達の弾薬事情は把握しているとでもいいたげですわね」

「性格が悪いにゃ」

 

 悪態をついてみるが、敵の行動は効果的でありSIG-510とIDWのふたりの弾薬での装甲貫徹が困難であることは紛れもない事実。劣化したアスファルトを砕き、邪魔なスクラップを前脚で押し退けて戦線の最前へと進軍したManticoreに弾丸を放ってみるが、脚部前面の強固な装甲に防がれて意味をなさない。それどころか射撃により二人の位置を把握したのであろう、Manticoreは四脚で地面を強く噛み締め、砲撃体勢に入っている。それもただの砲撃ではなく、SIG-510とIDWをまとめて薙ぎ払う範囲殲滅。今までIDWに対して決定打を繰り出すことなく追い立てるだけにとどめていたのは、この瞬間を待っていたから。

 視覚情報より危機を確定した未来として察知したSIG-510の電脳は退避行動を提示。しかし、SIG-510はそれを却下して、逃げるどころか瓦礫から上半身を出して断続的な射撃を敢行。IDWもそれに続く。弾倉いっぱいの弾丸を装甲などお構いなしにフルオートで吐き出していく。

 

「私達をただ逃げるだけと侮ったこと、思い知ってもらいますわ!」

 

 マズルフラッシュは夜間の戦闘において照明灯となり、SIG-510の位置を正確に知らせるだろう。

 だが、例えそうだとしてもかまわない。

 少しも銃撃を途切れさせぬようにと放たれる弾丸は、しかし当然の如く有効打には成り得ない。それでも二人はとにかく弾を撃ち続け、RipperたちもManticoreを盾にしながら反撃を行う。この時、両陣営はお互いの敵を正確に認識し、戦線は一瞬の膠着状態に陥った。

 

 

 

―――撃つならば今しかない。

 

 

 

 そう思ったのはこの戦場の誰だったのか。ただ一つ言えるとするならば、その瞬間、最速を勝ち取ったのはただ一人だけということ。 

 

 最前線より離れ、その距離はおよそ400メートル。Y字の分岐路のもう一方、SIG-510達の反対側を進んだ先のビルの屋上。瓦礫に紛れる形で417は伏射姿勢をとっていた。左手をストックの上に載せて安定性を高め、左目の視覚は完全に遮断。利き目である右側へと全てのリソースを束ねる。

 400メートル。夜間という環境では光源がなければ何も見えないような距離。狙撃するならばナイトビジョンと赤外線レーザーサイトの併用でなんとかなるというところ。しかし、それでは敵に察知される。人間の視覚では認識不可能な赤外線レーザーサイトも、機械的なフィルターを通常装備している鉄血の兵たちの前では自分の位置をわざわざ知らせているようなもの。故に、隠密性を重視した417はスコープだけを使用していた。真っ暗な夜の闇を見つめ続け、そしてその瞬間が訪れる。

 予定通りにIDWが誘導して分岐路に誘い込み、銃撃戦を開始したことで戦線が膠着。敵兵は分岐路に押し止められて側面を晒している。

 

 この瞬間を待ち続けていた417は、電脳が思考を巡らせるよりも早く、引き金を引く。

 

 撃発。前進した撃針が雷管を叩く。

 

 鳴り響く銃声。それよりも早く弾丸は銃口から飛翔する。

 

 排莢口から空になった飛び出た薬莢が、陽炎を立ち上らせながら落下する。空の薬莢が地面にぶつかり奏でる音が正常動作を射手へと告げた。

 417は弾着確認を待たず、射撃の反動により生じたズレを即座に修正して再度撃発。

 次発装填までの僅かな時間の間に銃口を修正し、撃発。バレルの過熱具合をはじめとする状態の変化を加味して再演算、修正、撃発。

 二発、三発と繰り返すたびに生じる大きなマズルフラッシュが、417の隠れるビルの一角をストロボのように幾度も照らす。

 

 

――――金属を食いちぎる音が前線に響いた。

 

 

 417の放った弾丸は、正確にManticoreのアキレス腱を――即ち、前面装甲裏側に存在する姿勢制御用油圧シリンダを違わずに貫いていた。砲撃の姿勢制御のためにかかっていた負荷に耐え兼ねたロッドは断裂を起こし、Manticoreはその巨体を支えきれず地に沈む。

 

 それを境にして、形勢は逆転する。盾としていたManticoreを失った護衛のRipperたちは即座に陣形を立て直そうとするが、既に手遅れ。姿を隠す必要性がなくなったと判断した417が視覚を暗視モードに切り替え、赤外線レーザーサイトを起動。此処に至ってRipperたちは自分たちを狙い続けていた狙撃手の位置を把握するが、彼女らが417を狙う手段は存在しない。一人、また一人と7.62mmの狙撃を受けて破壊されていく。射線を切る位置へと隠れたものも居たが、そんな者たちには417からデータリンクを受けて待ち構えていたIDWとSIG-510が襲いかかる。

 

 そして、ものの数分と経たぬうちにこの場の鉄血兵は一人残らず鉄屑と化していた。

 

 

 

 

 

 

「中央の隊が殲滅された。そう……」

 

 部隊が敗北した報を受けた夢想家と呼ばれる鉄血のハイエンド個体。彼女はまるで興味が無いような態度を見せ、他の部隊へと向けて次の指示を出す。

 命令内容は追撃。目標は全敵の排除。

 

「じっくりと楽しませてもらうよ。何処まで出来るのか」

 




銃撃戦の描写がある小説を読みたい。
スティーブン・ハンター以外で面白いのないかなとか、色々探して回って見る日々。


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episode.3

今回は戦闘なし、会話のみ。
それと今回から日本語版本編未登場の単語が出るのでタグにネタバレを追加。
そういうのが苦手な方にはごめんなさい。


――グリフィン&クルーガー本社情報室

 

「HK417。IOPから供給を受ける予定だった戦術人形とあるが、製造後にAIに欠陥が見つかったため廃棄。欠陥内容については、人格が反抗的かつ破壊的、か」

 

 深夜――――ちょうど417達がManticoreの部隊と戦闘を行っている頃、ヘリアンはデータベースへアクセスし、HK417と名乗る戦術人形について調べるため、グリフィンとIOPの関与する記録の閲覧を行っていた。調べる内容は先程言葉を交わしたHK417と名乗る人形について。しかし、そこに記されていたのは納得の行く内容ではなかった。

 

「私ですら知らされていなかった人形。記載されている内容の欠陥とは印象が異なる。少なくとも彼女の精神は安定していた。だとすれば、もっと別の問題があった?」

 

 ヘリアンが通信で話した417という戦術人形は、人間に忠実であるように思えた。彼女の態度が処分を免れるための偽装であるという可能性もあるが、彼女が戦術人形であるならばその線は薄い。

 戦術人形は基本的に、人間と接する際に自己を偽ることが滅多にない。AIの個性とでも言うべき部分が表に出やすいのだ。故に人格面での問題というデータは、廃棄理由としては考え難い。

 ならば何故、HK417は廃棄されたのか――更に深くに答えはあるはず。高等代行官の権限を使い、過去の取引や計画、秘匿されるべきデータといったものまで洗いざらい目を通していくヘリアンの目が一つの人物情報の上で止まる。

 

「ロマーシカ、IOPの元研究員…?」

 

 そこに記載されていたのは一人の女科学者について。元、とつけたのは既にその人物が病死となっているからだった。

 ロマーシカというその科学者は、HK417という戦術人形を開発するにあたっての開発主任であったらしい。経歴をざっと洗ってみると、材料物理科学を専攻し、それ以外にも機械工学や人工知能など、節操無しと思える程に手を出している。総じて言えば優秀な科学者と言えるだろう。

 だが、そんな諸々が霞むような一文が付け加えられていた。

 

――過去にコーラップス技術の解析を担当

 

 その文面を見たヘリアンは後悔した。事態は思っていたよりも遥かに重い案件であるらしい。コーラップス技術関連の事案など、あまり関わりたくなかった。ロマーシカという女科学者が既に病死となっているのを見れば尚更である。

 ヘリアンは陰謀論者ではない。だが、世界の動向の裏側には人が考え得るよりも遥かに多くの思惑が動いていることを知っていた。

 禁忌の技術に触れた女科学者と、彼女が関わった戦術人形。コーラップス技術とHK417の廃棄理由を結びつけて考えるなと言う方が難しい。

 

「いずれにせよ、回収は必須か……」

 

 HK417という人形については非常に厄介な案件だと改めて認識した。とはいえ、回収しなければならない事に変わりはないだろう。グリフィンとIOPとの間で交わされた、はぐれ戦術人形の回収に関する取り決めもあるからだ。変わったことと言えば、HK417という人形は確実に回収しなければならないということ。

 そうと分かれば行動は決まっている。ヘリアンは確実に回収を行うため、権限の内で動かせる駒を可能な限り動かすつもりでいた。

 手早くデータベースへのアクセスを終わらせた彼女は、通信端末を操作し呼び出しをかけた。わざと少し待たせて楽しむように、相手の性格を感じさせるような連続したコール音の後に通信が繋がる。

 

「至急対応してもらう案件が出来た……そうだ、休暇は終わりだ」

 

 

_________

 

 

「ナイス狙撃だったにゃ!」

 

 敵部隊を撃破後、合流地点に到着した417をIDWの陽気な声が迎えていた。片手を高々と挙げ、何かを求めるような仕草を見せるが417には彼女の意図は伝わらず、417の頭上には疑問符が浮かぶ。待ちかねたIDWがぴょんぴょんと何度か飛び跳ねることで漸く意図を理解し、417は彼女とハイタッチを交わす。

 

「ありがとうございます、IDW。そちらも見事な囮でした」

「それほどでもないにゃ」

 

 褒められて悪い気はせず、417も胸の内に抱いていた称賛を素直に送っていた。

 だが、その光景を見つめるSIG-510の表情は複雑な色合いを含んでいた。

 

「どうかしましたか?」 

 

 その様子に気付き、そして気になった417が問いかける。SIG-510は躊躇うような反応を見せつつも思い切ったように口を開いた。

 

「まだ、敵が多く居ます。そんなに気を抜かれては困りますわ」 

「確かに。仰る通りでしたね、申し訳ありません」

 

 一息で言い切ったSIG-510の指摘に、417は即座に非を認めて謝罪する。その間髪許さぬ早さの反応に、SIG-510は若干たじろぐ。

 

「あっ……あの、別に責めているというわけではなくて。誰ひとり欠けることなく切り抜けれたことは、何より嬉しいですし……」

 

 慌てて弁明するように言葉を口にするSIG-510の変貌の仕方にHK417は思わず声をかけることがためらった。助けを求めて様子を眺めていたIDWに視線とSOS信号を送ると、彼女は小さくため息を吐き出し「あー、にゃー……」と言葉に詰まったような声を出してから417に告げる。

 

「これは発作みたいなものだにゃ」

「は、はあ……」

「今日のは久々にゃ」

 

 そう言うとIDWはちょいちょいと、417に手招きをした。耳を貸せという意図で送られたそのジェスチャーを把握した417は身長を合わせるように屈んで耳を寄せる。SIG-510は二人のやり取りを不安そうに見つめていた。

 

「たぶん、褒めてあげれば元に戻ると思うにゃ」

 

 耳を貸した417にIDWは囁いた。褒めたら元に戻るとはどういうことか把握しかねていた417だったが、SIG-510を褒めない理由は無かった。417はとりあえず、先程の戦闘で自分が彼女に対して評価している事を述べてみる。

 

「SIG-510、貴女もお見事でした。IDWのフォローをした時の、咄嗟ながらも正確な射撃は特に」

「え? ええ、ええ!日頃の訓練の賜物ですわ!HK417さんも、夜間狙撃はお見事でしたわ」

「ありがとうございます……正直なところ、私の狙撃が上手く行くかは賭けでしたが」

「運も実力のうち、と言いますわ!」

 

 喜色満面とはこういうものを言うのかとSIG-510の反応を見た417の電脳はそのように学習をしていた。試しに褒めてみた417だったが、やたら嬉しそうに表情を輝かせるSIG-510の姿には戸惑いすら覚える。単純に、己には理解できないという意味でだが。

 

「二人共はしゃぎすぎだにゃ。まだ敵の支配地域だから油断は禁物にゃ」

 

 苦笑を含んだような声音で挟まれたIDWの忠告に顔を赤くするSIG-510の事を見て、417の口元も意図せずに緩んでいた。

 

 

_________

 

 薄暗い施設。かつてはショッピングモールと呼ばれたような施設は、今はその一角に鉄血の司令部が置かれていた。

 急遽、上位権限による呼び出しを受けた夢想家は、一度仕事を中断して此処を訪れていた。

 

『提出された報告を読ませてもらいましたわ、夢想家』 

「きちんと見てもらえて嬉しいわ。けれど、わざわざ確認しにくるなんて、何か不備でもあったかしら?」

 

 やはり来たか―――夢想家は通信モニター越しに対面する代理人からの言葉に辟易とした感想を懐きつつも、表面には出さずに応対する。とは言っても、高い権限と優秀な電脳を有する代理人のことだ。自分の思考などわかっているのだろう。そのように理解しながらも、夢想家は自らの態度を改めるつもりはなかった。

 

『報告にあった数字、これが正しい数値であるのなら問題です。報告のあった侵入者二人に対して、被害がこの数は多すぎる。数値の誤りでないとするならば、私はあなたの指揮能力の欠陥を指摘しなければなりませんわ』

 

 代理人という人形は、鉄血工造のすべての人形の能力を把握している。そのうえで欠陥を指摘するという代理人の言葉は、自尊心の高い個体が受ければ無視できない誹りとも言える。しかし夢想家の反応は薄い。

 

「その事だけど、敵の数に変動があったの。人形が一つ合流して、その結果がこの被害よ」

『数が変わった……たかが人形一体と合流したから、喪失も已む無しと?』

 

 想定の範囲を超える状況の変化。周到に用意し万全に備えた作戦が苦し紛れの銃弾一発でご破算になる事があるように、そういった事象は稀に起こり得る。戦場の指揮を取ることも立場上多い代理人はそれも把握していた。だが、彼女が失態を犯した事実に変わりはない。代理人は夢想家への追求を緩めるつもりは無かった。

 代理人は鉄血の人形の性能や能力、性質といったものを一通り把握している。故に、夢想家の用意していた戦力をもってすれば、人形一体が戦力に加わったところで大した障害には成り得ないことを知っている。代理人は夢想家が、報告していない情報を有しており、それが今回の戦力損失の根本原因である、と確信していた。

 相変わらず真っ当なことで―――代理人が言外に含めてくる圧力を受けて、夢想家は観念したように薄く笑みを浮かべる。

 

「そう、たかが一体の人形……けれどその人形は、調べてみたら中々どうして、これが面倒なことになりそうなの」

 

 画面越しに圧が強くなる。代理人は夢想家を睨みつけ、早く報告しろと求めていた。夢想家は、彼女の望み通りに自らの知っている情報を代理人へと告げる。

 

「彼女、侵入禁止の研究所から出てきたわ」

 

 不動を保っていた代理人の表情が揺らぐ。厳密に言えば彼女の表情に変化はない。しかし代理人が言葉を失っているというのは誰が見ても、そうだと言うくらいには明白だった。

 

『夢想家……その情報はもっと早く共有するべきではないのかしら』

「最重要命令の侵入者の排除にあたってたもの。確認が遅くなってしまったことについては謝るわよ?」

 

 そして、次に放たれたのは怒り。もともと鋭い目つきが更に細められ、薄笑いを浮かべたままの形式上の謝罪を送る夢想家を睨むように見据える。当人が目の前にいれば、その場で処断していたかもしれない。

 嘲笑しながらそれを柳に風と受け流す夢想家は、最初から代理人の反応を予測していたのだろうか。彼女の性格ならばそうする、代理人はそう判断した。

 しかし、彼女の内面に反して代理人は怒りの矛を納めた。いや、納めざるを得なかった。夢想家が得ていた情報と、彼女が意図的に情報を遅らせていたであろう疑い。それらをまとめてネットワークには報告を上げていたが、どういうわけか"ご主人様"は命令の継続を決定していたからだ。

 夢想家に与えられた命令は侵入者の排除、変更は一切ない。

 不本意ではあったが、自らの"ご主人様"の決定に異を唱えるような思考を持ち合わせていない。代理人は夢想家への追求の手を止めた。

 

『くれぐれも、ご主人様からの期待に背くようなことはないようにしなさい。もし背けば―――』

「その時はどうぞ、お好きなように」

 

 失敗は許さない―――代理人が己の排除を計算に含めたことは疑いようもない。代理人という人形のロジックは極めて単純だ。"ご主人様"の益になるか、ならないかという2つの選択肢しかない。後者に該当すると判断されれば容赦なく排除対象となる。

 代理人は、今の会話で自分をその後者のカテゴリーに分類しつつある事を明らかにした。それを受けた夢想家は、しかし薄く楽しげに笑うだけであった。代理人はそんな彼女の反応に

 

『期待してますわ』

「貴女からそう言ってもらえるなんて光栄ね」

『心にもない事を』

「お互い様でしょう?」

 

 通信回線が閉じる―――真っ黒なディスプレイに映り込んだ自身の顔を見て、夢想家はその笑みを更に深くした。

 踵を返し、夢想家は己の仕事に戻るために施設を後にする。

 

「ごめんなさいね代理人。でも、グリフィンの愛玩人形を狩るだけの仕事なんて退屈なだけ。仕事には楽しみがないといけないわ……」

 

 通路を進む夢想家は初めて、自らの心の内を零していた。そのまま狙撃ポイントとして備えた最も高いビルの屋上へと向かう。

 追跡されているドローンの捉えた、グリフィンの人形達が呑気に馴れ合っている映像を眺めながら指揮下の人形達に攻撃開始の指示を出す。

 

「さあ、ゲーム再開よ」




あけおめ!

話を書いてたらごちゃごちゃになっていたので整理してたらいつの間にやらこんな時間に。
需要あるかわからん小説だけども、見てくれてる方は今後ともよろしくお願いします。


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episode.4

「敵もしつこいにゃー……」

 

 比較的原型を残た廃屋の中を満たす静寂を破ったのはIDWだった。疲労困憊といった様子で肩を落としながら、ぐでっと壁に寄りかかっている。

 

「敵の勢力圏なのですから、仕方ありませんわ……」

 

 IDWと同様に疲労の気配を滲ませながらも宥めるSIG-510。二人とは反対の側に積み上げられた古いガスボンベに腰掛けている417は、敵である鉄血の動きについて考えていた。

 鉄血部隊によって繰り返される幾度かの追撃から逃れ、417たちは壁と天井が残る廃墟へと潜伏していた。数度の戦闘による消耗を把握するためというのと、疲弊を紛らわせるためだ。

 幾ら戦術人形が人間よりも遥かに頑強であるとはいっても、精神面での消耗は人間並みに存在する。指揮官の指揮下であればその負担もある程度軽減されるが、今のSIG-510とIDWは大まかな指針に従って自己判断で行動している状態だ。戦闘を重ねれば当然ながら負担は大きくなる。故に、彼女らは幾らかの休息を必要としていた。

 とはいえ、ただ休んでるわけではなく残弾数の情報共有などを行い、行動再開への備えをしながらだが。壁によりかかりながら腰をおろしているIDWは引き抜いたマガジンの中を覗き込んだ。

 

「残り9発、貧しいにゃ……510はあと何発にゃ?」

「私は残弾5発ですわ。417さんは?」

 

 510の残弾はIDW以上に乏しかった。全部急所に当てて、五体やっと倒せるといったところか。割と深刻に絶望的な状況だ。可能な限り戦闘は避けなければなるまい。そう考えながら、SIG-510は少し離れた場所に居る417へと話をふった。

 

「7.62mmが1マグと5発、焼夷手榴弾が一つですね」

「リッチだにゃあ……」

 

 乏しい弾薬状況の中、417は残弾数は頭一つ抜けて多かった。それは単に彼女は弾薬を持てるだけ持った状態で合流したからで、節約して使っているとかの話ではない。故に、Manticoreのような装甲標的が相手となれば側面や背後を狙え無い限り弾を節約して仕留めることはできない。それなりに弾薬を必要となる。結局のところ想定される敵に対して、弾薬が乏しいことに変わりはなかった。

 417は自らのチェストリグに付けられているマグポーチの中から細身のマガジンを一つ取り出しIDWへと差し出す。417が差し出したのは、彼女がサイドアームとして装備しているUSPの弾倉。フルメタルジャケットの9mmパラべラムを腹いっぱいに抱え込んでいる。

 

「サイドアーム用の9mmです。たぶん使えると思うのですが」

「おおっ、ありがとにゃー!」

「はい、どういたしまして」

 

 IDWは、417から受け取ったマガジンの弾を嬉々として自分のマガジンへと移し替え始める。それを見て、ボソリとSIG-510が小声で言葉を溢す。

 

「こういう時、汎用弾ではないのを惜しく思いますわ……」

「んん、何かにゃ?羨ましかったのかにゃ?」

「ちっ、違います、単に戦術的観点からですわっ!いちいち、そんな事にまで反応しないでくださいっ」

「私の猫耳は地獄猫耳だから難しいにゃー」

 

 本人からすれば誰にも聞こえないような声で呟いたつもりだったからそれを耳ざとく拾い上げ、にんまりと笑ってからかうIDWに、顔を赤くしながら反論するSIG-510。

 そのやり取りを見守りながら、417は自分の中での彼女らと居る今について考えていた。コミュニケーション経験の少なさ故にこの状況が心地よいものなのか判断はつかない。だが、離れたいと思わないということは、そういう事なのだろうと逆説的に解釈をつけて結論を出す。

 二人を無事に脱出させよう。417は改めて決意する。ヘリアンから与えられた命令であるということだけでなく、自身の電脳が彼女らの無事を願っていたからだ。

 

「んんっ! そろそろ休憩を終わりにして本題に入りますわよ!」

 

 IDWからの追撃を断ち切ろうとするように咳払いをしたSIG-510は、多少強引に話題を切り替える。出された内容が内容なだけに、今まで彼女をからかっていたIDWも緩んだ空気を引っ込めて真剣な目つきになる。二人を眺めていた417も例外ではなく、腰掛けていたガスボンベから離れてSIG-510の広げた街全体の地図を覗き込む。

 

「まず、私達は追撃を受けていますわ。交戦のあった地点は―――」

 

 これまで通ってきた経路上のいくつかの箇所にバツ印がされていく。鉄血の部隊と交戦のあったポイントだ。特に規則性などはないが、どれもが此方の移動経路を完全に読んだ上で潰してきていた。敵は自分達の位置を把握しているとしか考えられない。

 

「――結論から言うと、私達の位置は把握されてますわ。恐らくは、Manticoreを迎撃したあとからずっと」

「私も同感だにゃ。あの部隊と交戦してから追撃が増えてるにゃ」

 

 追撃の増加は全員の感じるところであった。言葉を発さなかったが417もそれは同じ考えで、敵はどうやって把握しているのかを考えていた。

 広げられたマップを見る限りレーダーサイトと言ったものの存在は確認されてなかった。それに、レーダーがあるならば照射される波長から感じ取ることが出来るだろう。動体検知機という可能性も捨てきれないが、市街地全体に配備されてるとなると最初に417達が待ち伏せに成功したことの説明がつかない。

 

「部隊に偵察要員を同伴させていたのでしょう。それが我々を今も尾行しているのかと」

「でも近くの偵察は抜かりなくやってるにゃ……ハンドガンタイプほど見渡せないけど、少しだって気配を感じないのはおかしいにゃ」

「恐らく、空ですわ。偵察ドローンを使っているのでしょう」

 

 途中から417と同様に思案にふけっていたSIG-510は最も可能性の高いものを口にした。今まで誰も警戒していなかった上空、其処から監視されて居るというのならば納得がいく。

 

「そうなると、外に出たところで再度監視をされる事になりますね。流石に、交戦はあと一回が限度ですよ?」

 

 

 監視の目が続くのであれば、敵の追撃部隊とは確実に戦闘になる。手持ちの弾薬は心もとないことの懸念を417は口にして、間接的にSIG-510の考えを問う。

 

「私達は監視の目の届かない場所を進みますわ」

 

 SIG-510は心配無用と微笑んだ。

 




短めな気もするけど区切りが良かったので投稿。

低体温症は今日からですね。
皆さん堀の用意は済ませましたか?
神様にお祈りは?
物欲センサーに震えて眠る準備はオーケイ?


とりあえずG28を一人と、発情ウサg……FIve-seveNは三人ほしいのて二人は確保したい所存なりけり。


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人形紹介(episode.4時点)

【人形】

名前:HK417

容姿:銀髪ロング。瞳は朱色。416よりも無機質な印象を与える顔つきをしており、目つきは少し鋭く、近寄り難い雰囲気を醸し出している。

服装:黒の防弾防刃仕様のボディスーツを着用し、その上から白のシャツを重ね、下半身はプリーツスカートを履く。胸部にはマグポーチをつけた黒のチェストリグを装備。マチェットを2本装備しており、腰背部へと上下にわずかに重ねて並べるようにベルトから提げている。柄は両方共右向き。

サイドアームのUSPは左脚に装着したホルスターに入れて携行している。

肩口から腕にかけては部分的に強化外骨格に覆われている。

一番上には黒のトレンチコートを着用

人格:人間至上主義。自分は人間の製造物なので人間の意向に従うべきであると考える。ただし個としての意識はきちんと有しており、コミュニケーションは取ろうとするし友好関係も築きやすい。

 

【メインアーム】

銃器名称:HK417(烙印済)

バレル長:16in

マガジン:20発仕様

発射形式:S/FS(セミ/フルオート切り替え)

使用弾薬:7.62mm✕51弾

アタッチメント:スコープ、レーザーサイト、バーティカルフォアグリップ、二点式スリング、バイポッド

備考:簡単に言うとHK416の7.62mmモデル。よく比べられるSCAR-Hより重い。作中で使用するのはHK417のA2と呼ばれるモデルでストックが初期型に比べて薄いタイプなのが特徴。

 

【サイドアーム】

銃器名称:HK USP(非烙印)

備考:サイレンサー用のネジが切られたタクティカル仕様のフルサイズUSP,

使用弾薬:9mmパラべラム(フルメタルジャケット)

マガジン:15+1発

 

【その他装備】

マチェット2本

投げ物多数

 

【作者雑記】

わりとゴテゴテ重装備。コートを着たクリスマスツリーといっても過言ではない。ゴテゴテと長ったらしく書いた服装については、イメージするならAK12とかAN94とかそのあたりに近い(日本未実装なのでネタバレやな人は調べるときに注意)。

作者はRFではなくARに近くするつもりでいるが、現時点でやってることはグレネード投げたり狙撃したりとおよそARらしいことをしていないのが特徴といえば特徴ではある。スティーブン・ハンターの小説の影響を多分に受けていることは確定的に明らか。

なお、銃の方のHK417はプロット段階ではA1モデルにしようかと思ってたけど、構えてみてストックが気に入らなかったので、HKの薄型ストック引っ張ってきて取り替えた結果A2になりました。

 




備忘録も兼ねておいておく系プロフィール。
そのうちイラスト描きたい。


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episode.5

「いったい何をするつもりかしら?」

 

 上空で待機させたドローンを使い、三体の戦術人形を監視する夢想家は、一向に動きを見せないその様子に僅かな疑念を抱いていた。

 状況は彼女らに不利で此方が有利。度重なる戦闘により彼女らは弾薬的にも躯体的にも疲労が積み重なっている。しかも夢想家は指揮下の戦術人形を数多有しており、夢想家自身に至っては損耗すらしていない。

 この場合、彼女らが取り得る最良の選択肢は休まず迅速に戦域を離脱し、ヘリとの合流地点まで急ぎ向かうといったところがセオリーだろう。

 

「でも、そうしなかったということはドローンに気付いたと言うことよね? それなら褒めてあげる……早い方よ、貴女たち」

 

 だが、彼女らは離脱するのではなく屋内へ入り、ドローンからの視線を一時的に遮断した。

 その選択は、今回の状況においては正解と言える。夢想家は監視するドローンから得た情報で三人を追い、更に何時でも彼女らを狙い撃つ事ができるからだ。実際、過去に侵入してきた人形達はドローンと連携をした夢想家の狙撃で一方的に撃破されてきている。

 夢想家は自身の戦い方も考慮して、彼女らのとった身を隠すという行動には一定の評価を下す。だが、しかし、同時に落胆もした。

 

「でも、屋内に入っていれば安全ではないの……さあ、ここからどうするの?」

 

 逃走を行う状況において、屋内に立て籠もるのは良策とは言い難い。追いかける側は単に包囲を行えばいいだけなのだ。

 ドローンから送られる映像へと目を向け、改めて彼女らの立て籠もった建造物を確かめる。見るからに古い建物で壁にも亀裂が走っているが、状態としてはだいぶマシだ。記録によれば過去は商社施設で、倉庫も兼ねた建築物とある。

 部下からの報告にも、外部からの攻撃には強い建物であるとのこと。他の建物と比較して状態も良く、侵入経路は限られているとのこと。しかし、それ以外に特別な点は無いという。 

 彼女らがどういった理由であの建物を選んだのかは不明ではあったが、この状況において夢想家の取る手段は一つしかない。

 

「ゲーム再開よ……逃げるのも戦うのも自由だけど、逃げられるかしら?」

 

 嘲笑いながら建物を包囲している人形部隊の一つへと命令を下す。それがどんな結果になるのか、予測演算をしながら夢想家は映像へと意識を傾けた。

 

 

 

 

 夢想家の視線を隔てた壁の向こう側。417達が立て籠もっている部屋に、錆びた鉄が擦れ軋むような不協和音が反響する。隠されていた床下へと続く扉の向こう側にはマンホールのように穴が掘られていて、先の見えない地下へと続いている。

 

「隠し扉に地下への孔……なんて前時代的な」

「前時代の名残ですもの」

 

 若干呆れたような口調を混ぜつつも、417の声音は感心混じりであった。これはSIG-510が事前に指揮官から受け取っていたプランの一つによるものだったが、自分が褒められたような気がしたSIG-510の電脳は、誇らしいという感情を算出する。

 

『隠し通路から下水道に入りますわ。地下に入ってしまえばドローンによる監視はできません』

 

 SIG-510の提案したのは地下からの脱出。指揮官から送られた経路の一つに存在していたもので、

 その際に共有された下水道と、辺り一帯の地図を重ね合わせて見る。下水道は街の外縁部まで広がっており、その出口は回収ポイントにもほど近い。更に言えば下水道は廃墟になった市街地よりも道として優秀な形になっている。ここを進む事が出来るのなら、確かにいい考えだと判断した417は自己の電脳に、戦術パターンの一つとして刻むことにしていた。

 

「それにしても、やっぱりボロいにゃ……」

 

 ボロいと評したIDWの言葉に、他の二人も言葉にこそしなかったが同じ感想を抱いていた。穴の内側には昇降用のはしごらしきものが取り付けられているが、金属製のそれは長年放置された結果なのか劣化し、足の置き場がところどころ崩れているような有様だ。銃器を抱えながら降りるのには到底使えそうにもない。417とSIG-510がどうやって降りるかを考えている横で、IDWは取り出したライトスティックを穴の中に放り込む。数秒の落下を経て、ライトスティックは穴の底に到達したのか落下が止まった。計算するとおよそ10mほどか。飛び降りるには不安が残るが、地下への孔はそれほど深くはないようだった。

 

「ロープを垂らして降りていきましょう。そうすれば安全ですわ」

「地下まで届くかにゃ?」

「たぶん大丈夫です。届かなくても、問題なく飛び降りれる高さまでは降りられるはずですよ」

 

 SIG-510が取り出し、手にしているロープの長さは10mもないが、戦術人形の身体能力込みで考えればある程度の高さまで降りれば、飛び降りてしまえる。用途に対する長さとしては十分だった。

 軽く話し合った結果、長さを確保するために417がロープの端を保持し、先に二人が降りてから417も続くという流れになった。417が降りる際には蓋の裏側の取手などに上手いこと括り付け、隠し扉を閉じた状態で降りるという段取りだ。

 

「では、私から行きますわ」

「どうぞ」

 

 SIG-510が背中と両足を壁面に押し付け、制動をかけながらロープを使って降りていく。強化外骨格により強化された力で保持されているロープはずり落ちるような気配はなく、命綱としての役割を十二分に果たしていた。

 

『あの、417さん』

『なんですか?』

『わたくし、重くはありませんか……?』

 

 SIG-510が少し降りた辺りでだろうか、ネットワークを介して話しかける。どことなく不安げな声音に、何か不都合でもあったのかと417は身構えたが、予想に反してその内容は軽かった。

 

『重くありません。何ならこのまま引っ張り上げましょうか?』

『い、いえ!その必要はありませんわ!』

 

 安堵したような声音に417はため息をつきそうになるが、地下へと降りていくことに色々と不安もあるのだろう。自分にそう言い聞かせて納得させる。

 

「緊張感なさすぎだにゃ」

 

 横から聞こえたIDWのため息混じりの声には、何も言わないことにした。

 

 

 

 

 

 建物から脱出しようとするHK417達とは反対に、3つの影が忍び込んでいた。青い髪に褐色の肌を露出したような軽装甲。脚部は外骨格に覆われており、両手には大振りのナイフを二刀流。鉄血の量産型戦術人形の特徴とも言える、ゴーグル状の装置で目元を覆っている彼女らの名前はBrute。猛獣の名を冠した近接戦闘を得意とする戦術人形。

 統率個体である夢想家の命令に従い侵入した彼女らはラインアイを紫色に輝かせて周囲をスキャニングし、通路の中に土埃の薄い箇所を見つけ出す。その先に潜む獲物を求め、巣穴に逃げ込んだウサギを追い詰める猛獣のように、静かに忍び寄る。

 

 

 

 

 

 SIG-510が無事、下水道へと降りた。即座に環境情報がネットワークを利用して共有される。その情報によれば、"人形なら"活動に問題ないらしく、彼女に続いてIDWもロープを降りていった。

 ロープの端を掴んでいる417が感じる重さは、SIG-510の時よりも少し軽い。何気なく一人残された部屋を眺めて見る。彼女達とは出会ってからまだ数時間しか経っていないのに、こうして一人になるのは久しぶりなように感じられた。

 思えば、二人と出会えた事は417にとって幸運だった。そうでなければ417は、取り敢えずというように人間の居住区を目指していただろう。それ自体悪いわけではないのだが、研究所から抜き出せたデータはそれなりに古く、あまり信頼はできない。

 だから、目覚めてすぐに出会えたという幸運に417は感謝の念を懐いていた。ただそれは、SIG-510達に対して不義理であると判断した417自身の電脳により、悪性パターンとして内部で密かに処理されていた。

 物思いに耽っていた417だったが、腕にかかる負荷がなくなった事に気づいてその思考を中断する。

 此処からが417にとっての本番だ。417は蓋の裏側取手にロープを結びつけて固定。裏側取手は触ってみたところしっかり固定されているが、何せ古いものなので降りてる途中で外れるかもしれない。

 

『いざという時はキャッチお願いします』

『任せるにゃ!』

『任されましたわ』

 

 返された勢いの良い言葉を頼もしいと感じながら417は最後の仕上げに入る。穴から離れ、部屋の隅に積み上げられたガスボンベから、ガス残量の多いものを優先的に四隅へと配置していく。

 そして通り道を確保するべく扉を開けて、更に奥への配置を行おうとした矢先――明かりの無い暗闇の中で何かが蠢くのに気づく。

 

 甲高い金属音が、自分の首の僅か数センチ離れた位置から発せられる。反射的に動いた引き抜き、逆手に掴んでいる腰のマチェットに貪欲に喰らいついてくる金属の刃。417はマチェットを持たぬ左の拳を固めながらナイフの刃を流して姿勢を崩そうとするが、敵は躊躇うことなく彼女から離れて真っ向から向き合うように対峙する。

 戦闘モードへと移行したことを示すように紫にラインアイを発光させ、感情を示さぬ無機質な顔立ちを顕にする。それに呼応するように暗闇の中から別の光が出現する。

 確認できた敵は鉄血製人形のBrute、それが合計三体。今にも417に襲いかかろうとしている姿がそこにあった。




低体温症終わりましたね。
今回のイベランキングは一回しかやらなかったのを少し後悔中。



あと途中まで描いた我が家の417を挿絵にしておきます。
そのうち手直し入れて全身を描きたい。

【挿絵表示】



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episode.6

今回破壊描写が入ります。
戦術人形保護団体の方は飛ばしたほうがいいかも知れません。


『敵の近接型と交戦開始、数は3。二人は先行して、退路の確保を』

 

 417はそれだけ言うと、返事を待たずにネットワークから自身を切断する。

 長々とやっていては送信先が地下に居ることを探知される可能性があったし、戦闘の前に少しでも多く演算リソースの確保をしておきたかった。とはいっても、ネットワークに接続して消費されるリソースなど大したものではない。演算リソースの確保というのは、二人から返されるであろう反対意見を無視するための建前だった。

 

 そんなことよりも――そう自分に言い聞かせ、417は現状に思考を向け直す。

 状況としては3対1の近接戦闘。あと数メートルでも離れてくれれば射撃で容易く殲滅できたのだが。此処まで近く、お互いに少し踏み込めば手の届く距離となっては銃を構える時間が命取りになりかねない。

 更に言えば敵には増援の可能性があり、時間をかけられない。

 其処まで考えて、自分の思考が不利な状況へと向かっていくことが途端にバカバカしくなってきた。突き詰めて考えてしまえば、不利な要素は並べようと思えばいくらでも並べられる。そんなことに思考リソースを使うのはひどく無駄で、非効率的。考えるべきなのは眼前の鉄クズを本物の鉄屑に変えてやる方法、それだけで良い。

 左右と正面に立つBrute達に対し、417はマチェットの切っ先を正面に向け、左手を柄にゆっくりと添えるように動かしていく。

 刹那、その行為の意図を察した左のBruteが硬質な床を砕く勢いで跳び出し、肉薄。狙うのはマチェットを持ち替えようとしている左腕――だがその刃が届くより先に、左手で逆袈裟に切り上げられた刃がナイフごとBruteを弾き返す。

 間髪入れずに次は右から別個体が417を襲う。

 しかし、417の目はそれを逃さず捉えていた。即座に逆手にて引き抜かれたマチェットの刃が、Bruteの進出方向を両断する軌道で薙ぎ払う。この状況を明確に想定していた躊躇いのない動きは、タイミングも狙いも完璧だったのだが、Bruteの反射がそれを上回る。誘い込んだ筈の獲物は寸前で踏みとどまり、強化外骨格の脚力で無理矢理に後退した。

 その急制動は、結果として417の不利に働いた。

 

「っ!!」

 

 Bruteが後退すると同時に床面が砕ける音が響き、劣化したその一部が目くらましのように417へと襲いかかったのだ。想定していなかった事態に417は敵の姿を一瞬見失う。失態を悟るのと、腹部に強い打撃が走るのは同時だった。人間であれば間違いなく消化器系の臓器がまとめて破裂していたであろう一撃は、戦術人形の身体であってようやく耐える事のできるものだった。しかし、そのあまりの衝撃は踏みとどまることを許さずに417を後方へと大きく吹き飛ばす。

 

「っか、っは……ァ」

 

 古びた床の上を埃を巻き上げながら背中でブレーキをかけていく中で、床に転がる障害物に引っかかった左手のマチェットを思わず手放してしまう。堅苦しい金属音が床を滑る音に混じり、それに続くのは開幕時と同質の―――即ち、Bruteが床を蹴って急加速をする音。減速傾向にあった417へと一瞬で追いついたBruteの一体は、彼女を押し倒して馬乗りになり、ナイフを振り上げる。その切っ先が狙うのは、仰向けで倒れている哀れな戦術人形の首ただ一つ。

 振り上げられたナイフの鋭い切っ先が、暗闇の中で歪に輝いた。

 

 

 

 交戦開始。ネットワークから送られてきた情報を受け取ったSIG-510の焦りようはかなりのものだった。

 417に何度も撤退を勧めようとするも、送りつけるたびに返ってくるのは了解ではなくエラーコード551(宛先が存在しません)のメッセージ。

 

「切断されてるにゃ…!」

 

 同じ事をやっていたらしいIDWの言葉に、最悪の事態を想像してしまう。それはつまり、HK417が敵に破壊されたのでは無いのかということ。

 

――先行して退路の確保を。

 

 最後に送られたメッセージが、想像した事態の説得力を理由もなく増大させていた。

 SIG-510はその不安を払拭すべく、垂らされたままになっているロープへと歩み寄る。しかし、その間にIDWが割り込んでSIG-510と向かい合う。その目はSIG-510が何をしようとしているのか、理解していることを物語っていた。

 

「何をするつもりだにゃ?」

「上に戻ります。敵が来たのなら、援護が必要な筈ですわ」

「反対だにゃ」

 

 だから退いてほしい。強行しようとする意思を示すようにSIG-510は一歩詰め寄るが、IDWもそこを譲らない。

 

「あのロープで、入り口まで上って戻れるだけの確証は無いにゃ」

「それなら、負荷をかけないようにして上りますわ」

「駄目だにゃ。時間がかかりすぎるにゃ」

 

 ロープを固定しているであろう、隠し扉の裏側取手。梯子ほどではないが表面には劣化が見られていた。どれ程の耐久性があるかわからないが、二人が上って行こうものなら間違いなく破損する。

 SIG-510も理解していないわけではない。しかし417が危機的な状況にあるという事実が、彼女の電脳に焦りを与えていた。

 

「ですが!」

「落ち着くにゃ! HK417は先行するように言ってたけど、置いて行けとは一言も言ってないにゃ!」

 

 尚も反論しようとするSIG-510に、口調を少し強めたIDWは言葉を続けていく。こんな状況だからこそ、焦って判断を間違えたら自分達も417も全滅すると言い聞かせていく。

 

「――今は417の事を信じるにゃ」

「……わかりましたわ。先に行きましょう」

 

 本心から納得した訳ではない。しかし、他に選択肢もないからやむを得ず……SIG-510の言葉はそんな彼女の内面を強く感じさせるものだった。

 下水道には、割れてしまいそうなほど強く握りしめられたグリップの軋む音が響いていた。

 

 

 

 

 

「――――っ!?」

 

 振り上げられたナイフは、しかし、それが振り下ろされるよりも速くBruteの首に黒い外骨格の顎が食らいついていた。毒蛇が獲物の首へと牙を突き立てるように一瞬の内に変化した事態に、417を押し倒しているBruteは困惑しつつも、瞬間的な一対一に持ち込んだ自分の失態を悟る。

 そんな後悔を置き去りにして、人工筋肉と金属の部品の軋む音が響く。417はBruteの首を掴む左手を覆っている強化外骨格へと優先的に電力を配分し、最大駆動へと引き上げた。

 その音は何に似ているだろうか。例えば、束ねた糸を引きちぎる音。或いは、力づくで鉄を引きちぎる音。言うなれば、プレス機が自動車の車体を押しつぶしてスクラップに変える音が一番近いだろうか。

 哀れなBruteは、僅かな生き残った配線を残して、人間で言うところの脊髄を砕かれ機能不全に陥る。明滅するラインアイが、未だに彼女の電脳が稼働を続けていることを示すが、電脳の出す命令を全身へと伝達する方法は完全に喪失されていた。

 

「まずは一人」

 

 キルカウント。仕留めた獲物を手放さずに立ち上がった417は残りの2体へと視線を向ける。連中が多少たじろいだように見えたのは、自分のやっていることがどの様に見えるのか、自分なりに理解しているからだろうか。罪悪感はないが、この破壊方法は戦術人形として酷いことをしたとは自覚している。

 

「来ないの?」

 

 残りのBruteは先程までとは全く異なる反応を示している。此方に攻撃をせず、様子を見るように動かない。違和感を覚えて問いかけてみるも、踏み込んでくる気配はない。まるで攻めあぐねているようなそんな気配だ。そこでふと、417は自分が未だに掴んだままでいるBruteの体の内側から、ある種の信号が発せられている事に気づく。

 

「ああ……鉄血の救難信号はこんな波長だったっけ」

 

 データ照合し、その信号の正体を把握する。それは緊急事態用の救難信号だった。緊急時、味方に回収を求めるために発せられる信号が、命乞いをするように微弱ながらも発せられている。どうやらそれが2体のBruteの動きを鈍らせているらしい。

 正直な所、417にとってその反応は意外なものだった。だが、彼女の電脳はすぐにそういうものだろうと結論付ける。SIG-510かIDW、或いは人間かがこのような状況になっていれば自分の動きも鈍るだろう。

 電子的な敵味方識別装置の働きか、それとも感情的なものの働きなのか。どちらかはわからないが、鉄血の人形への認識を少し改めるべきかもしれない。だが、壊す(殺す)

 右手に握っていたマチェットを落とすと、コートの内側で寄り添うように控えていた自らの片割れ――HK417を構える。力なく垂れ下がったBruteの腕を押し上げて突き出された銃口が自分を向いていることに気づいた標的は、脚部に力を込めている。

 だが、遅すぎる。

 銃口を向けたと同時に銃弾は放たれていた。セミオートで響いた銃声は全部で3つ。うち2つはBruteの両脚の駆動部分を撃ち抜いて、残った1つ標的の頭部へとまっすぐに飛翔して、風穴だけを残して電脳を完全に停止させる。

 

「――――!!」

 

 ようやく此処で状況を理解したのか。3回目の銃声と同時に最後のBruteは銃口が自分に向くよりも早くに行動を起こした。

 高加速の突撃に、417は左手に掴んでいたBruteを投げつける。残骸は自由になった関節をバラバラと不規則に踊らせながら放物線を描き、無視できない障害物として最後のBruteに対応を迫る。

 眼前に迫る残骸となった同胞に対し、Bruteの対応は素早かった。一際強く床を蹴って跳躍、天井を這うような動きで宙返りをし、417の背後へと降り立とうとして――

 

「流石に」

 

――自分の動きをトレースして追う、HK417の銃口と目が合った。

 

「空を飛ぶ機能は無いでしょ?」

 

 カメラを焼き尽くすようなマズルフラッシュ、それがBruteの見た最後の光景だった。

 




筆が乗ったので今回は早い。
因みに都市脱出に関わる話では、だいたいエピソード10くらいまでを予定。その後については、別の作品の構想もあるし続きの構想も浮かぶしで、正直どうしようかといった感じ。
まあ、マイペースにやる予定だけどリクエストとかあったら筆がトランザムする。

次回もよろしくです。


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episode.7

 戦闘は終わり、僅かな硝煙の香りと電子回路の焼ける音が空気中に広がり、そして消えていく。戦いの後に静寂を取り戻した建物内で、417は自らが先程落としたマチェットを拾い上げる。

 

「刃こぼれは無し、と……」

 

 落としたマチェットの刃に一度指を這わせる。大分荒く扱ってしまったので、刃にダメージが来ることを覚悟していたのだが、幸運にもそれは起こらなかったらしい。両方とも殆ど刃に傷はなく、本来の性能を十二分に発揮できるだろう。

 確認を終えた417はマチェットを鞘に収め、身体に付いた土埃を払い除ける。

 これ以上長居する必要はない。すぐにでもこの場から離れなければ、また増援として送り込まれる敵兵との戦闘になってしまう。

 次の瞬間、417の聴覚センサーは電気がスパークするような音を拾い上げた。敵か?そう思い即座に振り向くも、其処に居たのは破損部品をスパークさせているBruteの残骸だった。

 先程投げ飛ばした際に、更に破損をしたのだろう。幾つかの部品が顕になっている。417の視線はその中の一つに注がれる。

 

「……これは使えるかもしれない」

 

 鉄血のネットワークへと接続を行うための通信モジュール。下位の戦術人形から回収したものだから、ネットワーク内での権限は大したものではないだろう。しかし、それでも部隊配置を覗いたり、相互リンクを行っているであろう鉄血の全容を確認する分には問題ない。

 Bruteの亡骸へと歩み寄り、力加減に注意してモジュールを取り外して確認。接続端子に損傷はなく、使用に問題はなさそうである。 また、端子規格自体も至って汎用的なもので、417が所持する通信端末に対して通信モジュールとの差し替えを行えば動作するだろう。

 

「SIG-510には悪い気もするけど…」

 

 通信端末を渡してくれたSIG-510に対して罪悪感を覚えるも、必要なことであると417は自分に言い聞かせ、内心で彼女への謝罪を口にしながら端末の背面カバーを外してモジュールを交換し、端末の再起動を掛ける。

 

「よし、動いた」

 

 起動処理に多少時間がかかったが、接続完了を示すマークが表示される。

 417はその端末を一旦収納してから、室内より運び出したガスボンベのバルブに手を掛け、力を込める。

 

「っ、硬い……けど、問題ない」

 

 大分古い代物だからか、手には強い抵抗を感じるが感想としては先程握りつぶしたBruteの方が硬かったと言えるだろう。

 噴き出す音を聞き届けると、417は元の部屋で残りのガスボンベに対しても同様の処置を行っていく。

 全てに処置を終えた417は穴の縁に立つと、最後の焼夷手榴弾を取り出す。

 

「さて、問題はこれが耐えてくれるかどうか……」

 

 ロープがくくられた取っ手を見ながら417は不安を交えた言葉を吐き出す。

 焼夷手榴弾の信管の遅延はおよそ2秒ほど。それまでの間にどれだけ滑り降りるか――最下部まで到達するには自由落下に近い速度が必要だろう。

 

 電脳内でシミュレート――完了。417は手榴弾の安全ピンを抜いた。

 

 

 

 

 夢想家の見つめる画面は417が立てこもる建物と、その周囲を映していた。そんな中に一つだけ特異な影がある。

 

『で、夢想家は私をわざわざ呼び戻して、こんな建物に籠もった雑魚どもを押しつぶせってわけ?』

「完全に崩せとは言ってないわ、外壁の破壊だけ。爆破は得意でしょう?」

『任せておきなさい!私が爆破のプロフェッショナルだってことを見せてあげる』

 

 撮影を行うドローンを見上げ、得意げに鼻を鳴らして体躯に見合わぬ大型の重火器を誇らしげにせつける。彼女は破壊者と呼ばれる鉄血のハイエンド人形だった。

 破壊者の任務は主に周囲一帯の外縁部の警備。侵入してくるものは居ないかを探し、見つけ次第夢想家に報告するというのが仕事だ。では何故外縁部を受け持つ彼女がここにいるのかと言うと、それは夢想家が呼び出したからである。

 

「ところで、きちんと引き継ぎはやってから来たの?」

『え? 当たり前じゃない。ちゃんと見回りを続けるようにって命令してあるんだから』

「その割には、数が増えてないように見えるけど?」

 

 うぐ、と通信越しに喉を絞められたような声が届く。夢想家は大方の状況を察して、大きく呆れの混じったため息を吐き出した。

 

「自分の抜けた分のフォローは考慮していなかったのね」

『ううっ!?』

 

 夢想家は自分の想像が当たっていた事を知り、同じハイエンドとは思えない破壊者の短絡さに、再び大きくため息を吐き出す。

 

『ね、ねえ夢想家……』

「なに?」

『怒ってる?』

「怒ってなんてないわ」

 

 不安そうに問いかける破壊者だが、夢想家は少しも怒ってなどいない。ただ、失敗をしたら破壊者のメンタルデータをScoutのボディに入れてやろうとは思っていたが。

 

『やっぱり怒ってるじゃん!』

「早く仕事を終わらせなさい。そしたら」

 

 鬱陶しい――そんな感想を懐きながら仕事の遂行を求める。まともに取り合う気がない夢想家の態度に破壊者は不満がある様子だったが、最終的にはおとなしく従っていた。

 映像の中の破壊者は、二門のグレネードランチャーを標的の壁面に向ける。破壊ポイントを探っているのだろう。

 彼女の榴弾の破壊力は凄まじい。火力だけで言えば鉄血の中でも随一であり、構造物の破壊任務などには高い適性を発揮する。

 軍用の施設でもない多少頑丈な建造物であれば、壁面に穴を開けることなど、障子紙に穴を開けるようなものだ。

 

『始めるわ』

 

 夢想家に再度の通信。破壊者が行動の開始を告げる。

 映像の中でも既に姿勢の固定に移行し、発射体制を整えている。そして―――

 

『発射――って、わっ!? うそ!? きゃああa――』

 

 突如として標的であった建造物が、内側から爆発した。その規模は局所的なものだが、生じたエネルギーはかなりのものだった。衝撃波が周囲の崩れかけの建築物を道連れにし、広範囲を瓦礫と土煙が覆う。

 それに巻き込まれた破壊者の音声も途中で途切れる。

 破壊されたというわけではない。彼女が回線を開いたまま喚くので、夢想家が回線を一方的に閉じただけだ。

 静寂を取り戻した司令部で夢想家は思考に浸る。

 

「自爆という線は……薄いわね」

 

 予め命令を受けていたと言うのならそれもあるだろう。だが、それならもっと早い段階で実行するはずだ。

 だとすれば別の理由、逃走のための目くらまし。

 煙幕と衝撃波により、監視と包囲には綻びが生じている。この中を事前に定めておいた移動ルートをなぞれば離脱はできるだろう。可能性としては一番高い。よって、地上を広範囲に探すことが妥当な選択肢と言える。

 

「それとも、別の道でも見つけた?例えば、地下とか? ああ、そちらの方が面白そうね……私の裏をかいてるもの」

 

 夢想家の口が愉快そうに歪み、その思考は更に加速していく。

 人間の都市には下水道なんてものがあった、そこならば通り道になるのだろう。

――だとすれば侵入口は?

 どうでもいい。

――追撃方法は?

 マンホールと呼ばれるものがある。そこに手駒を流し込んでみよう。機種はDinergateあたりが良いだろう。

 

「期待通りよ。久々に楽しいわ……だから素直に逃がすなんて勿体無いことはさせてあげない」

 

 夢想家は部隊に対して次の指示を出していく。普段であれば退屈でしかないそれも、今日は特別だった。

 

 

 

 

 

 

 散布されたガスが爆発する衝撃と音は地下にも響いていた。地面を隔てているから幾らかマシであるとはいえ、真下にいた417にもそれは当然襲いかかる。こうなることが分かっていたから、予め聴覚センサーなどを遮断し保護モードに入れていたが、そうでない部分は影響を受けた。穴の中を反響しながら飛来した衝撃波は、オンライン状態のままであった417の触覚に痺れを感じさせるほどの衝撃を与えた。

 降下に使用していたロープを括っていた取手も爆破の威力に耐えきれず破損したが、幸いにも地面スレスレまで来ていた417は然程の影響を受けなかったが。

 

「少しは目眩ましになると良いんだけど」

 

 そう言いながら417は、足元から遠くへと見通していくようにライトを動かし、真新しい二対の足跡を辿っていく。それがSIG-510とIDW二人のものであることは言うまでもない。

 二人に先行してもらってから、およそ10分弱の時間が経っている。急げば追いつける距離にまだいると計算はするが、その過程はあくまでも予定通りのルートを辿れている場合の話だ。何らかのアクシデントに遭遇していた場合、通信を切断していた417がそれを知る方法がない。

 

「そういえば、今のうちに敵の配置を確認できるか、やっておこうか」

 

 417はこういうときのために、鉄血の通信モジュールを埋め込んだ端末を用意していたことを思い出す。降下の際の衝撃などで駄目になってないか不安ではあったが、問題なく動作し続けていた。

 端末からネットワークに接続を行う。認証済みの通信モジュールを生きたまま抜き出すことが出きたおかげで、鉄血のネットワークへの侵入は比較的容易であった。これで敵の動きを察知すれば、と417は今度は此方から先手を打つつもりで居た。

 

「嘘、早すぎる……」

 

 だが、その思惑は現実に裏切られる。

 敵が地下に展開を始めている。全ての戦力が地下へと差し向けられているということではなく、小型で機動力に優れた機械兵の「Dinergate」が主に投入されている。

 状況としては最悪だ。417は即座に遮断していたネットワークをオンラインに戻し、強引に回線を開いて呼びかけを行う。

 

「SIG-510! IDW!」

『417かにゃ!?』

『無事だったのですね!』

 

 入り組んだ下水道の中という環境だけあり電波状況は芳しくなかったが、回線はすぐに繋がった。おそらく回線をオープンにしたまま、リクエストがあれば即座に繋がれるようにとしていたに違いない。

 

「ご心配をおかけしました…それよりも、今何方に?」

『位置情報を送りますわ』

 

 送られてくる位置情報が示す座標を受信し、それを下水道の地図と敵の配置とを重ね合わせて全体のマップを構築。SIG-510達の位置と、Dinergateが投入された位置が近い。

 

「今すぐ走って逃げてください!全力で!」

 

 

 

 

「にゃ!? どういうことだにゃ?」

「それよりも合流を……って、なんですかこのデータは!?」

 

 417が送りつけたマップデータを受け取ったSIG-510達の反応は一様だった。両者とも自分たちの身に迫る脅威を十分に理解したが故の驚愕である。

 地図上では敵を示す光点が動き始めており、徐々に近づく進路を辿っている。このままのペースで進めば前方を塞がれ、撤退は不可能になる。

 弾の少ない現状、群れで襲いかかるタイプの敵と正面から戦った場合、SIG-510達に勝ち目はないだろう。急いで離脱を試みるべきなのだが、しかし――

 

「417さんはどうするんですか! 貴女は今一人でしょう?」

 

 417をまた一人で残すことを拒む感情が、SIG-510の声音を荒くさせる。

 

『後からすぐに追いつきます。それに、あなた達が逃げれば私の撤退の助けにもなります』

 

 しかし、あくまでも淡々とした声音で事実を告げていく417の声に思考は落ち着きを取り戻し、状況を正確に分析する。

 少し考えてみれば、417が言うように自分達が急ぎ撤退する意義はあると判る。敵に見つかることはどちらにしろ避けれない。だが、見つかったとしても出口に向かって走り、敵を引き付ければ後方の417に対しても脱出の可能性を作ることができる。

 

「……わかりましたわ、先に行きます」

 

 決断に迫られたSIG-510は、今度は躊躇わずに走り出す。共有した位置情報で417も走り出しているのを確認し、自身のやるべきことを強く意識する。IDWが安堵したような様子なのが非常にもどかしい。自分はそこまで不安に思われていたのか、と苦笑する。

 前から後ろへと流れていく古びたコンクリートの壁。視界の前方に、それが途切れている部分がある。

 二つの水路の合流地点――ここを通過したらDinergateは自分達を捕捉する。

 

「……、敵だにゃ!」

「ええ、逃げますわよ!」

 

 数歩先を走るIDWが敵発見を告げる。SIG-510も、通過する時、417から共有されているマップデータ通りの位置にDinergateの一群を視認した。

 417がどうやってこのデータを手に入れたのか、あまり想像したくはないが、きっと先程交戦した際に何かをしたのだろう。

 

「追加のグループだにゃ!」

 

 考えながらも走り続けていると、また別の水路との合流地点に差し掛かる。新たな敵グループとの接触を告げられるが、想定の範囲内だ。しかし、予想を上回りこちらに近い。

 最初に接触したグループからの情報を受け、即座に行動したのだろう。敵軍の指揮は相当に優秀であるらしい。

 後ろに一瞬だけ向けると蝗の群れのようなDinergate達の目、目、目。これらをどう排除するべきか、417と合流しても明らかに弾が足りない。

 考えながら、先行するIDWが曲がり角に差し掛かる。データマップ上、敵はいない問題なく進めるはず。

 

「うそ、正面っ!?」

「やりますわよ!」

 

 しかし、その予想を裏切って、正面に戦術人形らしき陰が塞ぐように待ち構えていた。

 彼女らは一様にゴーグルを装着し、こちらを見た途端に射撃態勢に入っている。存在想定外の事態ながらも、SIG-510とIDWは銃口をその一団へと向けようとして――

 

『伏せなさい!!』

 

 グリフィンの回線で送られてきた命令に、考えるよりも先に身を伏せた。

 直後に下水道内に響く、不揃いな各種口径の銃声の大合唱。装甲を貫く音がそれに混じり、静寂であるはずの下水道は頭が割れるほどの爆音に二人は思わず耳を塞ぐ。

 

 時間にして僅か数秒。

 その間に、SIG-510達の背後に迫っていたDinergate達は殲滅されていた。

 

 一団は射撃態勢を崩さないまま近づいてくる。よくよく見れば、彼女らは暗視ゴーグルをつけているが、その服装は鉄血のように規格化されたものではなく民間人のそれに近い。グリフィンの戦術人形の特徴だった。

 コマンダー役と思われる、長いARを持った人形が指示を出すと3体の人形がその場を離れる。状況的に撃ち漏らしの確認と、周囲の警戒をしにいったのだろう。

 残った2体の人形がSIG-510達の目の前までやって来る。亜麻色のサイドテールを揺らしながらゴーグルを外し、柔らかく微笑んだ。

 

「D08地区司令部所属、FAL。私達が助けに来たからには安心して」

 

 FALと名乗った人形はそこで一度言葉を区切って、改めて二人を見てから首を傾げる。

 

「要救助者は三人居るって聞いていたんだけど、もう一人は?」

 

 その内心を代弁するように、FALの隣に立つ人形が口を開いた。銀のツーサイドアップを左右に揺らし、何かを探すように周りを見ていた彼女はゴーグルをつけたままSIG-510達に顔を向ける。

 

「こら、挨拶しないのはナンセンスよ」

「あ…うん、ごめん忘れてた」

 

 うっかり、と非礼を詫びた彼女はFALと同様にゴーグルを外してSIG-510とIDWをその瞳に映す。

 

「D08地区司令部所属、HK417。ややこしいと思うから、作戦中はHK417-rfって呼んで」

 

 彼女の名前を聞いたSIG-510とIDWは、しばらくの間、開いた口が塞がらなかった。




ブルンバスト!(挨拶
カカオの錬金術師さんからキャラをお借りしました。
この場を借りて御礼申し上げます。

「元はぐれ・現D08基地のHK417ちゃん」はいいぞぉ……
ダミーの動かし方とか特にいいぞぉジョージィ…



今後の予定は次話投稿の前に番外編みたいなので一話今週中に投稿する予定。
本編には関わらない内容ですが、気が向いたら読んでやってください。
それではノシ


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episode.8

 このままでは、二人は追いつかれる。焦りという感情をこれ程までに強く認識したことはなかった。

 HK417はその脚にエネルギーを優先的に回してありったけの力で地面を蹴る。曲がり角では壁際まで遠心力がHK417を追い込もうとするのを体で感じながら、最短のルートに軸を合わせて駆け抜ける。

 道中、遭遇する敵はいない。敵は皆、SIG-510たちを追っているのだということは、端末を確かめなくてもわかる。敵はいくつかの部隊が合流して大群を形成している。捕まったらどうなるか、ダイナゲートに部品単位で解体されスクラップ行きのは間違いない。

 だが、位置関係の把握を行う為にマップデータの監視を続けていた417の目の前で、その大群の反応が忽然と消滅する。突然の事に417は困惑するが、その答えは数秒と立たないうちに自分からやってきた。

 下水道内を反響する幾種類かの銃声。分析してみると9mmパラべラムに始まり.45ACP、5.56mmに7.62mmなどが確認できた。反響し過ぎてるせいで人数は不明だったが、数は十人以上は居る。ネットワークを確認してもそれだけの部隊はSIG-510とIDWの位置に展開されていない。だとすれば――

 

「……味方?」

 

 その可能性が最も高い。417はその可能性に賭けることにして進む。

 それからさほど絶たないうちに、通路奥から照らされるフラッシュライトを見つけ、その中に姿を晒す。銃口が一斉に向けられるが、発砲はない。417は自分の予測が正しかったことに安堵し、グリップに添えていた手を離す。掌を向けながら両手を挙げると、向けられていた銃口が降りた。

 お互いに敵対勢力ではないことを確認したところで、先頭を歩いていたツーサイドアップの髪型の戦術人形が代表して歩み出る。

 

「黒コートに銀髪、情報通りね。あなたがHK417?」

「そうですが、あなた方は?」

「D08地区司令部所属、Gr Mk23よ。あなた達を助けに来たんだけど、その前に……」

 

 Mk23と名乗り、417に素性を明かした戦術人形は言葉を区切る。それを合図にしたようにダミーリンクが417を囲み、装置をかざす。

 おそらくは、何らかのスキャンを受けている――信号のようなものを肌に感じ、417はそう判断した。

 

「これは?」

「簡単な健康診断。たまに戦闘の中でウィルスに感染しちゃう子も居るからその確認……うん、良くってよ」

 

 ウィルスという単語に417は一瞬肝を冷やしたが、スキャン自体は何事もなく終わった。検査には引っ掛からず、417を取り囲んでいたダミー達も離れていく。

 スキャンが終わるまでは待機という指示があったのだろう。無事何事もなく終わったとMk23が告げたタイミングで、今まで少し離れた位置で見ていた戦術人形達の中から、ベレー帽を被った方が417に声をかけた。

 

「貴女がHK417さんですか?」

「そうですが、貴女は?」

「Gr G36Cと申しますわ」

 

 彼女はそれだけ言うと、じっと417の事を見つめる。特に何も言わずに凝視されると流石に居心地が悪くなり、今度は417から問いかけた。

 

「何か、気になることでも?」

「いえ……雰囲気がちょっとG36姉さんに似てるかもしれないと思って。ああでも、変な意味ではなくて、似た雰囲気というだけで、身体が疼くというわけではなくてですね?やっぱり、G36姉さんの時たま見せる天然さというか、少し抜けてるところというか、完璧故に見せてしまう欠点というのが堪らなく愛くるしいと…」

 

 417は後悔した。踏み込んではならない場所に踏み込んだと言うか、触れてはならないものに触れたとか、そんな気分だった。しかし、下水道で饒舌になり姉語りを始める戦術人形というのは中々に珍しいものだろう。そういう意味では彼女は貴重な経験をしたとも言える。本人が望むか望まざるかはさておき。

 

「はいはい、どうどう、大好きなお姉さんキメておちつきましょうねー」

「ふーっ!ふーっ!」

 

 さすがにそれを見兼ねてか、Mk23が紙切れを持って間に入る。G36Cは鼻息を荒くしながら、誘導されるがまま通路端によっていく。一瞬、Mk23の持つ紙切れの上に金髪碧眼の女性が見えた。きっとあれがG36なのだろう。417は今後、G36タイプの人形に会うときは気をつけようと心に決めた。

 

「気にしないで頂けると有り難いです……愛情がたまに爆発するみたいで」

「大丈夫、それほど気にしてませんから……改めて、HK417です。貴女はなんと呼べば?」

 

 417の考えていることを察してか、今まで黙っていた戦術人形が申し訳なさそうに話しかけた。彼女の名前をまだ聞いていないことに気付いて問いかける。

 

「私はスオミKP/-31、スオミと呼んでください。銃種はサブマシンガン、囮役には自信があります」

 

 そのはっきりとした紹介を聞いて417は安心した。G36Cが少々個性的過ぎるだけで、他の人形も同じという訳では無いのだろう。そう考えて、417はスオミを見る。スオミは親しげに微笑んだ。

 

「ところで、音楽はお好きですか?」

 

 

 

 

「あっちはターゲットと合流したみたい。さあ移動するわよ、三人とも」

 

 FALの言葉を合図にしてHK417-rfはダミー達を統率し、配給食料でエネルギーを補給していたSIG-510とIDWも立ち上がって移動に備える。幸いな事に、援軍の際に幾らかの補給弾薬も持たされていたようで、特にSIG-510の顔色はいくらか明るい。

 

「FAL達とも地図の共有をしておくにゃ」

「わお、びっくりする程敵だらけじゃん」

「へえ、こんなに居たの…選り取り見取り、踏み潰し放題じゃない」

 

 移動するという事になり、情報共有を行おうと思いだしたIDWはFALとHK417-rfをネットワークに迎え入れ、二人は受け取ったデータの示す敵の数にそれぞれの反応を示す。

 素直に驚きつつ感嘆するHK417-rf。そして、一つ、二つと自分の手持ちの榴弾をカウントし、それでも倒し切れない程の数が居ることを知って嬉しそうに笑うFAL。

 

「嬉しそうですわね?」

「久々の激戦区よ? 楽しまないなんてナンセンスだわ」

「頼もしいですわね。私はしばらくは遠慮したい気分ですけど」

 

 あっけらかんと言い放つFALの姿にSIG-510は苦笑する。今夜だけで何度か生き死にを彷徨ったSIG-510からしてみれば、暫くは前線はお断りしたい気分だったが、FALの自信に溢れた態度は頼もしいとも感じていた。

 

「FAL、派手にドンパチしろっていう作戦じゃないんだから」

「わかってるわ。でも、相手も私達に気づいた筈。戦闘は起きるものと考えるべきよ」

「まあ、それはそうだけどね」

 

 軽い口調でやり取りを交わすメインフレームの背後では、ダミーリンクたちが隣に立つ同型を見て、互いが不備が無いの確認をしている。メインフレームたちはメインフレーム同士で確認し、全員に問題がないことが確認された。

 歩き始めてしばらくして、そろそろ合流しようかという頃にHK417-rfがSIG-510達と並ぶように歩調を合わせてきた。

 

「今いい?」

「大丈夫だにゃ、なんでも聞くにゃ」

「……構いませんわ、なんでしょう?」

 

 SIG-510は答えるべきか、作戦行動中の私語は慎むべきではと迷ったが、彼女が悩んでいる間にIDWが応じていた。それでもと一瞬悩むも、先頭を行くFALが何も言わないのを見てSIG-510も程々にという前提の中で、IDWと同様の対応を取ることに決める。

 

「HK417-arの事なんだけど、何処から来たかとかって言ってた?」

「この都市には廃棄された研究所があるようで、そこからと言ってましたわ。けどそれ以上は……」

「じゃあ、私とは違うっぽいなぁ……」

 

 同じHK417の戦術人形であるなら、相手の方が詳しいのではとSIG-510は思ったが、目の前のHK417-rfから受ける印象は、自分達の知るHK417-arとは大きく異なる。

 戦術人形の中には、同じ銃のバリエーションごとに、それぞれ別のタイプの人形が適合する場合が存在する。有名なところでは、16Labのエリート部隊であるAR小隊がそうだろう。あの部隊で使われてるのは大きな括りをすれば全て同じ銃だ。更に別の例を挙げるとすると、G36とG36Cも挙げられる。彼女らの場合は異なるカテゴリーとして登録されている良い例である。

 SIG-510はてっきり、目の前の彼女もその類であろうと思っていたのだが、HK417-rfの様子を見る限りでは違う様子だった。気になったが、彼女が話さないのなら踏み込むべきではないと判断したSIG-510は、知的好奇心を抑えた。

 先を歩くFALが足を止め、彼女のダミーリンクが銃口を正面に向ける。暗い通路の先に光源が見えた。敵かとにわかに緊張が走る中、FALは通信回線を開いて問いかける。

 

「こちらFAL、そちらを視認したわ。ライトを振って貰えるかしら?」

『了解、確認できる?』

「確認したわ。このまま合流しましょう」

 

 応答に合わせて、奥に見える光は左右にゆっくりと揺れている。味方であることを確認したところでダミー達は銃口を下ろす。場の張り詰めた空気も僅かに軽くなり、安堵の感情を抱いていた。

 SIG-510、IDW、FAL、HK417-rfと、HK417-ar、Mk23、スオミ、G36Cの全員が合流を果たす。

 

「お待たせ。迷子ちゃんもしっかり連れてきたわよ」

「お疲れ様、Mk23。外見データにも一致してるし、間違いなさそうね……ところでスオミがやけに機嫌良さそうだけど?」

 

 回収対象であった一名の戦術人形が増えているのとは別に、明らかに部隊には変化があった。それに気づいたFALは、それは何故かとMk23に尋ねる。聞かれたMk23は若干バツが悪そうに、HK417とスオミを交互に見てから声を潜め、耳打ちして答えた。

 

「気づいたらターゲットがスオミに音楽談義で捕まってしまって……」

「何をやってるのよ全く……」

 

 呆れて溜息を吐き出しているFALの隣を小柄な人影が通り抜け、HK417-arへと近づいていく。自分の前に来た彼女の姿にHK417-arは何事かと怪訝そうに見つめるが、その手に持たれた銃を見て納得したように息を吐く。

 

「はじめまして、417。会えて光栄です」

「こちらこそ。はじめまして417、今回の作戦ではよろしくね」

 

 自分と同じ銃を扱う戦術人形の存在については、HK417-arも移動の途中で聞かされていた。話を聞いたときは驚いたが、実際目の前で向き合ってみると、なるほど何ということはない。

 顔も違う、装備も違う、HK417のバリアントもカスタマイズも異なっている。同じ名を持つ二人は、互いが互いを全く異なる別の存在であると再認識をしていた。

 

「HK417の使い心地はどうです?」

「ちょっと重いけど、最高よ。そっちは?」

「最高ですよ。良い所を教えましょうか?」

「大丈夫よ、よく知ってるもの」

 

 同じ銃を扱うのだから、と軽い言葉を交わして笑い合う。状況が許すのなら、そのままお茶を飲みながらとでもなるのだろう。しかし刻一刻と迫る時間の制限と、更に鉄血部隊の脅威は未だに去ったわけではない。それを分かっていたから、暗黙の了解の上でFALが二人の会話に横槍を入れる。

 

「仲良くなれたみたいで結構。それじゃあ早く行きましょう?ホスト達も歓迎会を開いてくれるって意気込んでるみたいだから。良い女はデートの相手を待たせないものよ」

「私はダーリン一筋だから、相手は任せても良いかしら?」

「良い女は後腐れなく振って、後顧の憂いを断つものよ」

「ふふっ…ストーカーになられても困りますものね?」

 

 戦意旺盛にして意気軒昂。HK417-arはFALとMk23が軽口を交わし合うのを横目に、SIG-510とIDWの方を向く。

 

「SIG-510達は残弾は大丈夫ですか?」

 

 二人が自衛程度にでも戦えるか否かは、部隊の行動を決める上で重要な要素だった。SIG-510とIDWはそんなHK417-arの不安を他所に、満面の笑みを返して活力を示す。

 

「弾薬も食料も補給してもらいましたわ。万全ですわよ」

「さっきよりも厚く弾幕を張れるにゃー!」

 

 その様子を見てHK417-arは二人が問題なく戦力になると判断する。だとすれば、残る問題は自分自身の残弾かと考えているとHK417-rfがコートの裾を引っ張ってきた。何かと思って振り向けば、彼女は弾薬を詰め込んだ20連マガジンをいくつも抱えていた。

 

「これ使って?問題なく使えると思うけど」

「助かります、もう少しで弾を切らしてしまいそうだったので」

 

 感謝の言葉を返しつつHK417-rfの提供してくれたマガジンを受け取る。その中から一発抜き取り、仕様を確認する。

 弾頭重量は165グレーン、弾頭先端が黒く塗られた徹甲仕様。装甲標的の多い今回はうってつけの弾だ。

 

「試し撃ちしたいところですが、今は無理ですね」

「的はこれから一杯出てくるから」

「違いない」

 

 可愛らしい顔で好戦的に笑う彼女の言葉に、HK417-arは笑って返した。

 

 




今回は合流したメンバーとの顔合わせ会。
登場人物増えると会話が増えてわちゃわちゃしてきて、楽しいですねぇ


コラボしといて遅くなるとはどういう了見かと自省してる所存。本当に申し訳ない……
理由はプロットというか、戦闘の流れを作り直してたのがありまして。当初の予定より、敵の強さ設定を引き上げてみるかといったところ。



皆も固定砲台やら多薬室砲やらレールキャノンはお好きでしょう?
つまりはそういうことだ。


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episode.9

『どうです?』

 

 HK417-arの入手した情報により敵の監視の目を掻い潜り、地下を出た後も歩みを進めていた一行は再び廃墟の街を進む。当初とは違うのは景色だろう。当初進んでいた市街地よりも見通しはよく、廃墟の背も高くない。外に近づいて来ている証だった。

 その中でも最も夜目のきくMk23が、進もうとする先の敵の存在を確かめる。HK417-arは彼女に偵察結果の共有を求めた。

 

『潜り抜けるというのは無理かも。マップデータの通りに、配置された部隊が封鎖してるみたい』

『にゃー……此処だけは情報通りじゃないことを祈ってたのに』

『現実がそんなに都合良く変化するわけ無いでしょ。どうする?私はいつでもやれるけど』

『真正面からぶつかっていく?』

『それで勝てるならやっても良いけど?』

 

 現状の戦力で敵殲滅は不可能である――ネットワーク内で行われるやり取りを聞きながらHK417-arは戦力分析を行う。

 戦力というのは往々にして流動的に表現されるものだが、発揮できる火力は絶対値で表せる。彼女の扱う7.62×51mmの弾丸で爆弾のような破壊を起こすことは出来ない。重要なのは有限かつ上限の定められた火力の集中運用。特に考えるべきは何処に火力を集中させるか。

 

『何考えてるの?』

『部隊の動かし方を、少しばかり』

 

 いつの間にか自分に視線を向けていたHK417-rfからの問いかけに、データ共有を行いながら返答する。

 

『んー、やっぱり多いね。ManticoreとAegisを配置して、その後ろにNemeaを配備。全体的に砲撃戦向け構成?』

『大通りなどは装甲部隊により封鎖。細かい路地に関してはScoutやVespidを徘徊させて偵察。見つけた敵を大通りに追い込み、砲撃の的にするといった塩梅でしょう』

『外縁部に近づけたのはいいけど、ルートは敵に特定されてる?』

『恐らくは。Dinergateから逃げた時の方向で推測されているのでしょう。投入したDinergateで下水道内の地図も作成していた筈です』

 

 HK417-arは敵部隊の指揮をしている個体の思考を読むべく演算リソースを注ぎ込んだ結果を送る。推測の根拠は自分ならばそうするという非常に不確かなものだが、あながち的外れな考えではないだろう。そう思える程度の確信はあった。

 

『でしたら、わたくしたちは次はどんな行動を取るべきかしら?』

 

 情報のやり取りをしているうちに、気付けば他のメンバーも全員、HK417達のネットワークに繋がっていた。Mk23は興味深そうに、HK417-arの考えを問う。

 

『強行突破を提案します』

 

 即答だった。HK417-arはネットワーク上に、いくつかのパターンでシミュレートした戦況推移図を展開する。敵を回避することを優先したパターン、時間稼ぎを行いながら進むパターン、敵の戦力の薄い場所を突破する方針、いずれも共通しているのは交戦は不可避であるということだった。

 

『いずれの状況においても敵兵との交戦は免れず、敵の主力部隊とは必ずぶつかるでしょう。これの突破は、我々にとって必須項目です』

 

 各種状況推移から測定した突破確率を提示する。その中で最も高い確率を出しているのは正面突破だった。

 

『敵の配置、私達の弾薬……諸々の要素を含んでも確かに一番確実なのは認めるわ。けど、その後に不測の事態が起きたらどうするつもり?』

 

 各種データの妥当性を検討していたFALがHK417-arに疑問を突きつける。共有された予測の妥当性を認めながらも、現状で分かっている情報からは予測できない事態への対処や、敵が予測を上回った際の対処を問う。

 

『その時は、私が殿で遅滞戦闘に徹底します。その間に皆さんは撤退し、私も後を追います』

 

 問われる前からそのつもりだったのか、HK417-arは即答した。

 

『反対です』

『ナンセンスよ』

『駄目ですわ』

『有り得ませんわね』

『却下にゃ』

『拒否します』

『審議拒否』

『早すぎませんか皆さん』

 

 それに対して最速の返信が七パターン。即座に返された拒絶の連打にFALを含めて多くの人形が顔をしかめた。同時に反対意見が続々とネットワークに提出される。

 シミュレーションでは最もメンバーの生存率が高かったのに、とHK417-arは電脳の片隅で惜しむ。

 ヘリアンから与えられたSIG-510とIDWを無事に回収地点まで連れていくという指示。これは何よりも優先して達成するべき命令で、人形としての義務だ。当然だが、救援に来た部隊のメンバーも送り届ける対象に含まれる。だから、危険に晒される役回りは自分が負うのが妥当と考えていたのだが拒絶されてしまってはどうしようもない。

 HK417-arはおとなしく思考を切り替え、提案した方針の優先度を下げて別の案を提示する。

 

『では別プランで行きましょう。我々で不測の事態を起こすのです』

 

 

 

 目が覚めると其処は薄暗い部屋だった。撃破された際にバックアップのメンタルデータがアップロードされる電脳空間――所謂ベッドルームとも違う。物理法則に縛られた現実の空間だと彼女自身のボディが語っていた。

 

「此処は……?」

 

 最後の記憶は射撃体勢に入った直後、爆風と崩壊する廃墟に巻き込まれた光景。その後電脳はシャットダウンされてしまっていた。意識の途絶える直前、此処で終わりかと覚悟したものだが、しかし瓦礫の中にも関わらず味方は回収してくれたらしい。

 

「なによ、夢想家のやつ……ちゃんと助けてくれたんだ」

 

 夢想家は意地の悪さもハイエンドな人形だが、なんだかんだ彼女は助けてくれたのだと安心していた。感謝の言葉を告げておくべきだろう――破壊者はそう考えた。鉄血のネットワークに接続しようとするが、未だに機器の不調が残るのかネットワークにはつながらない。仕方がないので夢想家へ直接繋がる周波数に対してリクエスト送ると、回線はすぐに開かれた。

 

『あら、目覚めたのね』

「お陰様でね。助かったわ、夢想家」

 

 感謝の意思を込めて夢想家へと助けられた事への感謝を告げる。その言葉を受け取った夢想家は、いつもの薄笑いを崩さない。

 

『気にしなくていいわ。ただ、貴女の脚は使い物にならなくなってたから、予備もすぐに用意できなかったから代替可能な部品に取り替えるけど』

「そう……わかったわ。新しい脚はいつ頃付け替えられるの?」

『戦闘が終わるまでは無理よ』

 

 廃墟の崩壊に巻き込まれたのだ。無事で済むとは思ってなかった。それに夢想家の権限であれば破壊者の脚のスペアを作る事は容易い。少しの辛抱だと思えば安いものだと考えていた。

 ひとまず、身体があるのだから自分のやるべき事をやろう。手始めにグリフィンの連中に報復を――そう考えた破壊者は立ち上がろうとして、しかし、いつものように身体が動かせない事に気付く。

 

「ねえ夢想家、今の私の脚ってどんな状態なの……?」

『今から転送してあげる。確認しておきなさい』

 

 転送されたデータを受け取った破壊者は目を見開く。そこに記されている内容を理解すると、夢想家に対する感謝の念を吹き飛ばす程の怒りが湧き上がった。

 

「こんなものをつけて、どういうつもりよ!?夢想家ッ!!」

『他に部品が無かったのよ。それに私に言わないで欲しいわね……貴方をそんな姿にしたのは、グリフィンの連中でしょう?』

 

 怒りの行き先を間違えるなという夢想家の言葉を受け、破壊者は我に返る。怒りを向けるべきは夢想家ではなく、自分をこんな姿にしたグリフィンの戦術人形達だ。だから彼女らを髪の毛の一本すら再利用出来なくなるまで破壊しよう。そしてスクラップを粉砕機にかけ、更に破壊して汚染された海にばらまこう。その光景を想像した破壊者の口元は笑みを形作るように歪む。きっとそれは、とても愉快だから。

 

「悪かったわ、夢想家……それで私は何をすればいい?」

『いつもと変わらないわ。貴女の火力で目に付く敵を破壊しなさい』

「っはは……そんなの簡単すぎてつまらないわ」

 

 敵を壊す、火力で殲滅する。なんて簡単なことだろう。確実に掴むと確信した未来の娯楽を思い浮かべた破壊者は、弾む声音で与えられた命令を受諾する。

 そして破壊者は自らの内から湧き上がる衝動に浸りつつ、新たな肉体のスペックを知る事に努める。全ては破壊のため、復讐のため、破壊者の電脳は欲望に浸されていた――――その欲望が、自身には本来備わっていないものであるとも知らずに。

 

 

 

 

 通信の先で高笑いをする破壊者を見つめて、夢想家は嘲笑う。

 状況は彼女の望むように推移している。その結果は夢想家が想定し、期待した以上であると言えるだろう。

 

「あら、動くのね?」

 

 状況は更に推移する。鉄血のネットワーク上でが敵襲を知らせる。攻撃を受けたのは装甲戦力を集中させた主力部隊。しかし、それ自体に驚くようなことは何もない。彼女らがそう選択するように誘導をしたのは、他でもない夢想家なのだから。

 

「各部隊、予定通り敵を四方から包囲し殲滅せよ。以上」

 

 脱出を望むものと望まざるもの。この前線の最終局面が始まろうとしていた。




戦闘をあーでもないこーでもないとしながら、悩んだ結果導入回を書いてお茶を濁す人、私です。
書くの遅いくせに悩みに悩んで方針変えるから更に遅くなる、ほんまそういうとこやぞ。
なので戦闘は次回から。楽しみにしてくれてた人がいたら申し訳ない。


あ、今回の話でわかると思うけどデストロイヤーは基本的に損な役回りなので、デストロイヤーは愛されなければならないの民には警告である。

※本文の一部表現を修正


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episode.10

 爆音と衝撃――付近にManticoreの主砲弾の着弾を感じ取りながら、HK417-arは身を隠している瓦礫から、僅かに銃口と半身を覗かせて応戦。短く三回、一定間隔の銃声が響く。Manticore目掛けて165グレーンの弾丸が音速を超えて飛翔する。

 多脚故の柔軟な運動性を誇るManticoreは、巨体に似つかわしくない機敏さで姿勢を変え、傾斜のついた装甲面を向けた。到達した弾丸はManticoreの装甲に食らいつくが、傾斜によりベクトルを捻じ曲げられ、あらぬ方向へと弾かれていく。

 

「大人しく壊されてくれれば楽なものを――」

 

 HK417-arは忌々しいと、不機嫌そうに口元を引き締める。反撃に随伴する人形兵から放たれていた弾丸がコンクリートの壁を抉る音がHK417-arの精神に圧力を掛けようとする。幾らかのコンクリートは衝撃によって砕け、彼女の銀髪から光沢を奪っていた。

 銃撃が弱まったタイミングを見計らい、HK417-arは強く地面を蹴って崩れかけの壁から敵の前に姿を晒す。

 逃すまいと襲いかかる小銃弾や拳銃弾の中を、両腕を覆う外骨格の装甲部分で急所を庇いながら駆け抜ける。夜間であることが幸いしたか、敵の狙いは粗い。外骨格表面を掠める音が耳に届くが、殆ど掠り傷のみで弾幕の中を抜け、HK417-arは別の廃墟に滑り込む。

 

 鉄血の部隊は追撃を望み、RipperとVespidを一部向かわせる事を戦術ネットワークへの提案を行う。その提案は上位個体である夢想家のもとへと届けられ、即座に承認と実行の命令が下される。

 部隊の中から即座に行動できるものがほぼ自動的に選出されると、彼女らは躊躇うことなく廃墟へと突入を仕掛けようとして、そんな彼女達を、廃墟の中で待ち構えていたスオミと、彼女のダミーリンクによる斉射が迎え撃つ。

 烙印システム、ダミーリンクネットワーク、一つの電脳によりまとめ上げられた統制射撃は数的不利をものともせず、最高効率で鉄血の人形兵を押し留める。

 

「助かりました!」

「同志を守るためならば!」

 

 HK417-arは滑り込んだ先で、ダミー達の指揮を取りつつ自らも迎撃するスオミに、銃声の多重奏に負けぬよう声を張って感謝を告げる。スオミも声を張りながら―HK417-arよりも幾らか澄んでいる声音だったが――それに応じる。

 HK417-ar自身も迎撃に加わるべく射撃姿勢を取り、スコープを覗く。その瞬間にHK417-arの電脳は、鉄血の一体の頭部が爆ぜる光景を視覚情報として取得した。

 

「一つ、撃破しましたわ」

 

 後方から、それを為したであろうSIG-510の声が届く。彼女の使用する弾丸GP-11の威力と、彼女自身の射撃精度は見事と言う他なく、称賛を送りたいところだったが、HK417-arの思考はそれよりも敵を殲滅することを優先した。

 無言で頷き銃を構えるHK417-arに、SIG-510は若干不満げであったが、当の本人は気づくことなくターゲットを見据え、視線データの共有をリクエスト。SIG-510もそれを受諾。互いにカバーをしながら、9mmの嵐にたたらを踏む鉄血を仕留めていく。

 

『戦術データ・リンク』

 

 銃撃戦の傍ら、HK417-arは鉄血のネットワークを逐一監視する。各種信号を拾いあげ、選択して必要なパターンとデータを分析。IOPの戦術人形達の共通通信規格であるジーナ・プロトコル。自身の電脳に標準として教育されているそれとは全く異なる信号パターンを一つずつ、HK417-arは電脳を駆使して学習する。

 

『NemeumとManticoreの砲撃動作を検知。発信地点の座標を送信』

 

 そうして、学習の結果、HK417-arは理解する。鉄血の主戦力である下級の機械兵や人形兵は兵隊アリのようなものだ。思考権限を有するハイエンド以外の個体は、インプットされた規定動作を、生物でいうところの本能とでも呼べばいいだろうか、それにしたがって動いている。故に、下級の機械兵達の中のやり取りに複雑なパターンや言語は存在していない。だから、それを少しでも読み取ることが出来るようになれば残りの答えも自ずと見えてくる。

 

『指定地点への攻撃を開始せよ』

 

 

 

 

 

 

 HK417-arのアナウンスで移動していた別働隊率いるFALは、一体の敵とも遭遇する事無く目標地点へと移動を完了していた。

 

「大した電子戦能力ね」

 

 FALは思わずそう呟いていた。彼女自身、戦場経験が非常に豊富な戦術人形であることを自負している。しかし、IOPに属する戦術人形は、元はと言えば民間用だ。其処に戦術コアを投入し、戦闘能力を付与している似すぎない。戦闘能力は後天的なものであり、人形としてのスペックの限界というものはある。並大抵の端末より高性能であることは明らかなのだが、戦術人形としての戦闘行動を行いながらの電子戦を行えるかと聞かれれば、不可能である。

 

『ねえMk23、どう思う?』

『それは、HK417-arの戦術人形としての能力評価という意味かしら、それとも……』

『良いから、思うところを聞かせなさいよ』

 

 FALの言葉にくすくすと、少し含みをもたせた笑みを漏らしながら、Mk23は自らの所感を述べる。

 

『単純な躯体としての性能はかなり高いわ。民間で彼女が使えそうな場所なんて無いくらいに、ね』

『そう、やっぱりそう思うのね……』

 

 Mk23の口にした言葉は、FALの抱いていた疑念と合致していた。強化外骨を標準装備し、その外骨格の挙動に耐えうる躯体強度。そのどれもが、民間で使用する出力規格を遥かに上回っている。こんなものを民間の人間が有していたら、違法として検挙されかねない代物だ。だとすれば、彼女は当初から、軍などの高い性能が要求される環境での運用を前提として作られているのではないだろうか。

 

『それに、実は私達が持ってきた配給食料、一人分余ってるのよ? 稼働し始めた時はエネルギーが最大だったとしても、これだけ戦闘状態が続いていればボディが不足を訴える筈なんだけど……』

『エネルギー状態のコンディションはグリーン。まったく、どれだけタフなんだか』

 

 FALは半ば呆れながら、HK417-arを取り巻く事情のきな臭さに顔をしかめた。だが、すぐに考えは切り替える。今はHK417-arを助け出す事が最優先なのだ。彼女の背後関係がどのようなものであっても、指揮官から下された命令は絶対に果たすし、仲間を見捨てるなんてものは彼女の挟持が許さない。

 

『ポイントに到着してグレネードも装填。こっちはいつでも行けるよ、FAL』

「まあ細かいことは考えててもしょうがないわよね。私達は助けに来た、それだけじゃない」

 

 そう考えているところでHK417-rfから準備を伝える通信が届く。FALも、余計なことを考えるのを止め、自らの使命に忠実であらんとする。

 HK417-ar達が交戦している地点の少し後方、射線の通った通りの向こう側に待機する装甲部隊が隊列を組んで並んでいる。Manticoreは四肢を踏み固め、Nemeumの砲身は粒子兵器特有の青白い燐光が収束している。あれの砲撃を許せば、囮をしている連中の生存確率はぐんと下がる。

 全員無事に帰還せよ。指揮官より与えられた至上命令を遂行するためにやるべき事は語るに及ばず。

 FALと同じく別働隊に組み込まれていたHK417-rfも、伏射姿勢を取って攻撃準備完了。FALは自らのダミーリンク達にもライフルグレネードを装填させ、照準器を覗き込む。

 

『目標までのコンディションを観測。お二方、よろしくおねがいしますわ』

 

 観測手を務めるMk23からの観測データが流れ込む。囮部隊の観測したデータと照らし合わせて精度向上、自身の射撃に反映――全行程完了、攻撃準備完了。

 

「よし……各員、蹂躙するぞ!」

 

 怒声に近いFALの声を引き金に、炸薬を詰め込んだグレネードの雨が降り注ぐ。

 

 

 

――主力部隊の損耗率70%

 

 砲撃陣形に入った部隊の信号が途絶したことを眺める夢想家は、表情を崩すことなく思考にリソースを割いていた。

 空中から監視するドローンの目をかいくぐって攻撃可能な地点に移動することは可能だろうか――結論から言えば可能である。数十に渡るランダムな監視パターンを幸運にも全て掻い潜っていくということが可能であるならば、だが。

 言うまでもない事だが現実的ではない。夢想家自身、そういう幸運が存在すること自体を否定はしない。だが、四捨五入しても1%に満たない確率が目の前で起きているのならば、真っ先に別の可能性を疑うのが正常な思考である。

 

「だとすれば、私達のネットワークに侵入してる輩が居るのね」

 

 鉄血の部隊の司令部にて指揮を執る夢想家は、静かにそう判断していた。しかし、ざっとログを漁ってみるが非認証アクセスや新規の接続は検知されていない。

 ならば、グリフィン側は予め認証されたネットワークモジュールを使用しているということになる。

 認証済みのネットワークモジュールを入手する方法は限られている。さらに現地調達したとなれば、それは一つしか有り得ない。

 

「残酷なことをする人形も居たものね。生きたままの人形からパーツを剥ぎ取るだなんて」

 

 おそらくは、撃破した個体から抜き取ったのだろうと、夢想家は結論付ける。代理人や錬金術士辺りなら怒りに燃えそうな事案だ。しかし、夢想家はそうは思わない。むしろ褒めてやりたいくらいだった。

 

「ふ、く、ふふっ……それは指揮官からの指示かしら?それとも独断?どちらにせよ、面白い事をしてくれる」

 

 目を細め、おかしくてたまらないと声を上げて笑う。目的達成のために手段を選ばないやり方は、夢想家としても非常に好ましい。そして小細工を弄するというのも、実に愛すべき姿だ。

 それなりに経験を積んできた電脳を持つ自身であるが、自分たち鉄血側のネットワークに侵入してきた人形は初めてだ。

 だが、しかし、汚染されたネットを排除する簡単な方法が一つ存在する。

 

「もうすぐ破壊者も到着する頃……だから、私も始めましょうか」

 

 司令部施設屋上へと続く階段を上がっていき、夢想家は屋上に備えられた武装を覆う迷彩膜を取り払う。

 それは通常、夢想家が装備する粒子ライフルとは異なる兵器だった。全長にして夢想家の身長の倍はある(カノン)。それが無数のエネルギー供給ケーブルに繋がれながら鎮座していた。

 この砲は、かつて人間同士が核戦争を行っていた時期に編み出された兵器に由来する。迎撃システムの進化により有効性の薄まった大陸間弾道ミサイルに代わり、核弾頭を迎撃不可能な高度と速度、進入角度で目標地点に到達させるための投射砲。本来であれば大型の発電施設とともに設置され、要塞砲や艦砲として使用するような兵器だ。

 夢想家が接続をしているそれは、本来の姿に比べると遥かに小型だ。サイズダウンが行われた結果、通常弾頭を使用する変更により威力は低下したものの、消費電力軽減という成果を得た。数発であれば司令部施設レベルのジェネレーターでも運用が可能な汎用性を獲得している。

 砲口が向けられるのは、グリフィンと鉄血の交戦地点。

 

 汚染されたネットを排除する最も簡単な方法とは、それは物理的な排除にほかならない。

 

「今夜は楽しいわ。久しぶりに楽しいの……だから、これはそのお礼」

 

 主人の意を受け、砲はその全長の大半を占める自らの砲身へと高圧電流を流し込む。強引に送り込まれるそのエネルギーを、接続した夢想家のシステムが制御する。

 数秒の収束(チャージ)の後に、発射準備が完了する。膨大な量のエネルギーを受け、臨界状態に達している砲身周辺と通常の大気との空間電位が爆発的に増大し、まるで粒子が収束するのにも似た光景を齎す。

 

 夢想家はトリガーを引く。

 溜め込み、抑え込まれていた運動エネルギーが一気に放出される。射出と同時に音速の壁を容易く超えた砲弾は、余剰エネルギーの放出現象による残光で夜の空を切り裂いて、狙いを過たずに交戦地点へと着弾した。

 

 爆発と、衝撃波によって巻き上げられた瓦礫と砂塵。遠く離れた司令部施設の屋上にも到達するほどの爆風。

 その中心にあって、無事でいられるものは居ないだろう。

 しかし、なんともタチの悪いことに、夢想家という人形は敵の生存を確信していた。

 そうでなければ面白くないから。到底論理的とは言えない思考だというのは自覚していたが、夢想家にとってはそれが全てだった。

 

「次の手も打っているのよ。私の気遣いを無駄にしないで頂戴ね?」

 

 




コラボしてもらってるD08のHK417ちゃんが指揮官と結婚をしたようです。
なので今回は夢想家からの祝砲を送らせていただきます。
改めて、おめでとうございます。


結婚式風景は番外編でやるよ、今執筆中。


あと、こんな亀更新小説でもお気に入りに登録してくれてる人が少しずつ増えてくれてるのが嬉しい……いやほんと、ありがとうございます。

ただ、おまえら、感想がないってことは好きなようにやってもいいって事なんだな?そうなんだな?(震え声


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episode.11

 S09地区G&K社第6基地司令本部。

 大きなモニターに向かって座る人物が一人。艶のある黒髪を後ろに流し、縁無しの四角いグラス越しの目つきは鋭く、眼前の戦局推移を見守っている。折目正しく着こなしたG&K社の制服に乱れは一切存在せず、当人の性格を表しているようであった。

 ひと目見た大多数はこの人物が極めて実務的な人間であると判断するだろう。そして、実際にそういうタイプの人間だった。

 モニターを見据え、彫像のようにピクリとも動かないその人物の代わりとでも言うように、背後の横開きの自動扉が開き、一体の戦術人形が入室する。

 

「御主人様、観測班からの報告です。交戦地区より高エネルギー反応を確認。電力量から、大型の電磁投射砲ないし粒子兵器が使用されたと推測される……とのことです」

 

 入室した副官が分析結果を口頭で伝達する。モニターに表示されている地図は広範囲を示すものに移り変わり、予想される射程を示す。その半径は凡そ18km。対空運用となれば多少射程は短くなるのだとしても、廃棄都市の中心部に備えられていたとしても十分な役割を果たすだろう。音の数倍の速度で直進する砲弾にチャフやフレアはまったくもって意味がない。そして人員輸送用のヘリの運動性などたかがしれている。回避運動など、したところで意味がない。

 

「如何なさいますか? 最悪の場合、回収は―――」

 

 ましてや、人形たちを回収した直後、離陸する瞬間を狙われでもしたらどうなるか。どうなるかなど、誰にでも想像のつくことだ。故に副官である彼女――G36という分類名称を持つ彼女は、自らの指揮官へと瞳を向ける。

 

「その心配は無用だ、G36。ヘリには当初の予定通りのコースを辿るように通達する。作戦に変更はない」

 

 回収は諦めるべきか、という最悪の事態を想定した彼女の言葉を指揮官は遮り、否定した。当初の予定通りのコースを使用しろという言葉に、不適切と理解しながらもG36は指揮官への疑問を顕にする。

 

「畏まりました……ですが御主人様、本当に宜しいのですか?あまりにも無謀では?」

「この作戦が無謀だと?ああ、その通り。対空兵装の存在が確認されている敵の支配地域に人員輸送ヘリを送り込み、離脱させるなど無謀にも程がある」

 

 指揮官は副官の疑念を全面肯定する。しかし、言葉とは裏腹にその口調に乱れは少しもない。無謀な作戦だと、公言するほどの評価を下しているのにも関わらず、だ。

 目の前の人物はそういった作戦を殊更に嫌う性格であると記憶しているが故に、不可解だった。

 

――ならば何故、そのような作戦を?

 

 メイドとして主の判断に従うという矜持からか言葉には出さなかったが、疑念を強めて表情を曇らせるG36に、指揮官は独り言じみた口調で続ける。

 

「回収は次の明け方がリミットになるだろう。それを過ぎれば周辺区域の鉄血が集結し、身動きすら困難な状況にもなり得る。状況は一刻を争う、急がねばなるまい」

「わざわざ他の司令部に要請を出してまで回収作戦を敢行する理由としては、些か弱い気もしますが」

「ふむ、不適格かな?」

「いいえ、御主人様がそうあれと望まれるのならば。それが、私にとって一番の理由になりますので」

 

 G36は思考する。指揮官は恐らく、確実に、HK417という人形についての裏を掴んでいるのだろう。いつ知ったのか、予め知っていたのかまでは分からない。だが指揮官の方から自分に明かさないのなら、それは自分の知るべきことでは無いのだろうとG36は判断して、それ以上の追求を止める。

 連邦保安庁特殊作戦部隊所属を経歴に連ねるこの指揮官が、如何なる繋がりを持ってこの場にいるのかなど、戦術人形でしかないG36が知るには過ぎた内容だというのが、彼女の自己判断だった。

 そんな思考を読み取ったのか、指揮官はそれで良いのだと薄い笑みを表情に貼り付けていた。

 

 

 

 全身に襲い掛かる衝撃波。

 受け身が間に合わないと電脳が判断すると同時に覆いかぶさってくる白い影。それをスオミのダミーの一体とHK417-arが理解したのは、破壊の嵐が過ぎ去り、建物の崩落が一段落した時だった。

 HK417-arを庇ったダミーの姿は形容し難いほどの惨状で、限界を超えたダメージによる強制停止状態に陥っている。

 彼女はダミーリンクの一体。メインフレームではない。自分にメタルの音楽性と魅力を熱く語っていた彼女とは異なる。そんな事は理解している。

 しかし、HK417-arの拳に力が籠もる。なぜ自軍の部隊ごと砲撃を仕掛けてくるという可能性を考慮しなかったのか、という自分への怒りが彼女の電脳を満たしていた。

 守られた。彼女を犠牲にして救われてしまった。HK417-arは自分を庇ったスオミのダミーリンクの頚椎に手を添える。

 救われた。ならば今度はこちらが彼女を救う。少なくとも、このまま見捨てる事はしない。

 D08所属の人形とネットで繋がって判ったことだが、D08の人形たちはダミーリンクにもある程度の個体差が存在していた。通常であれば無効化するダミーの疑似人格モジュールを有効化しているからなのだろうとHK417-arは結論づけている。

 ある程度固有の人格を有している彼女らにとって、此処での機能停止は時系列的な個体連続性の喪失を意味する。HK417-arはそれを防ぐためにスオミのダミーと有線で接続を行い、記憶された戦闘データなどの各種情報記憶や経験記憶の中で生きている部分を探す。幸いにも、メモリは完全に停止しては居なかった。即座に人格モジュールの摘出を行い、丁寧に収納する。

 それを使ったところでもとの個体と同様になるかは保証しかねるが、少なくとも記憶の連続性という観点での存在は保たれる筈だろう。HK417-arは自分にできることはやったと判断し、味方の生存と敵勢力の確認を行う。

 

「っ……此方417-ar、被害確認を!」

 

 人形同士の戦術ネットワークは悲惨な状況だった。中でも鉄血の方は悲惨と言える。損害多数の文字はさながら鉄血の下級人形たちに人格と呼べる人格が備わっていないことが数少ない救いだろう。人格があったなら、ネットワークは助けを求める声に埋め尽くされた地獄絵図と化していたに違いない。

 HK417-arは鉄血の戦術ネットワークは崩壊したと見て、どう動くべきかを思考する。着弾の際に生じたと見える電磁波の影響でグリフィンのネットワークも状態は良くない。囮部隊の他のメンバーも、撃破されていなければ近くに居るはずだが、HK417-arに返ってくるのは狂ったようなノイズ音ばかりだった。

 敵はおそらくだが交戦距離の最も近い鉄血部隊の位置情報を基に砲撃を行ったはずだと、HK417-arは砲撃が着弾した時の光景を思い出しながら推測する。

 しかし不可解なこともあった。砲撃の主は何故、自分達の座標を直接狙わなかったのか。

 

「敵はさっきの砲撃で撃滅するつもりはなかった……?」

 

 だとすれば次に行うのは何か。どんな手を打ってくるのか。HK417-ar は電脳をフル稼働させて思考する。数多の可能性を、先程のような見落としを起こさないために全力で予測する。

 砲撃を受けるまでの戦況はどうだったか。圧倒的とは行かなくとも有利であったことは間違いなく、突破の兆しが見えていた。

 敵の目標は何か。突破の阻止と我々の撃滅。

 ならば、一箇所にまとめた戦力を自らの手で排除したのは何故なのか――

 

「最初からあの部隊は捨て駒、別の戦力を投入するつもりだった?」

 

 単純に考えて、その戦力は先程まで集結していた部隊を上回るものだろう。だとすれば、考えられるのはただ一つ。

 

「ハイエンドモデルが来る……」

 

 答え合わせをするように、上空から排気音が轟いた

 

 

 

「見つけた……」

 

 間違いない。あれはグリフィンの人形だ。

 銀髪、黒コート、強化外骨格。間違いない、夢想家からの情報通りだ。あいつが私を、あれが居なければ――

 

「見つけた、見つけた見つけた見つけた見つけたァッ!」

 

 歓喜というのはこういう感情を言うのだろう。暴力的なまでに湧き上がる衝動が、喉を今にも突き破ろうとしている。

 

「私の身体をめちゃくちゃにした奴ッ!!」

 

 抑えが効かない。抑えようとも思わない。

 衝動に身を委ねる事はこんなにも気持ちが良いのだとは知らなかった。今ならばどんな事でも出来る。

 そんな高揚感に満たされながら、かつてデストロイヤーと呼ばれたハイエンドモデルは、輸送ドローンの固定アームを解除。

 音で気付いたのだろう。こちらを見上げる標的――HK417-arへと目掛け、2mを遥かに超える巨体を降下させた。

 

 

 

 




メイド好き(直球

どうも、読み直すと描写したかった事があるはずなのに上手く盛り込めてない事がたくさん見つかって落ち込んでるマンです。

GW一瞬でしたね、周回とサバゲーしてたら終わってた。
DDも近いし休める日はいつ来るんじゃろ?

そろそろリハビリ名目にし難くなってるから、放置してる作品にも手を付けないとと焦りを抱いてもいる。


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episode.12

酒飲むと早く書ける気がする。
その分誤字とかあるかも。


 暗視モードに切り替えたHK417-arの目が真っ先に捉えたのは、上空から降下してくる巨体だった。

 目測でおよそ2.8メートル、各部は鉄血の製品特有の角ばった黒鋼の装甲が固めており、一目で重量級の駆動鎧と判断できる。出会った戦術人形の腰回りよりも太い両腕には擲弾発射器――最早ソウドオフした戦車砲とでも言うべきサイズの武装を持っている。更には、背中には左右に2つの直方体を背負っている。HK417-arは直方体の中身を武装と仮定した。

 HK417-arはこの兵器を知っている。見るのは初めてだがデータベースには登録されている。

 

「重装甲二脚級駆動鎧……」

 

 通称、ヘカトンケイレス。かつての大戦末期に運用された軍用有人機動兵器。HK417-arの眼前に降り立ったそれは、当時とは細部が異なった鉄血工造版とでも言うべき代物だ。

 迷うことなく、HK417-arは銃を構えた。セレクターをフルオートに切り替え、トリガーを短い間隔で引く。彼女のパートナーは与えられたオーダーに従い、毎分600発の発射速度で7.62mmを三点射、主人に対して誇るように力強い反動で応答する。その反動は大きく、人間ならば銃口で跳ね上がらせてしまうようなものだが、HK417-arは強化外骨格と人工筋肉による人ならざるものとしての特権を振りかざし、無理矢理受け止め抑え込む。

 ほぼ完璧な反動抑制と銃口操作により、着弾した位置の誤差はほぼ無い。装甲型であれど有効に働くであろうその攻撃を、目の前の巨人は防御することもなく平然と受け止めていた。着弾した装甲表面にはライフル弾との接触を示す僅かな凹みと焦げ跡しか残っていない。

 わかっては居た事だが、実際歯が立たないと見せつけられると感情も乱れる。無力さを突きつけられた感覚に、HK417-arはその事実を受け入れつつも歯がみしてしまう。

 

「ッく――アハ、アハハハハハハッ!! そんな豆鉄砲、効かないわよォッ!!」

 

 巨体に見合わぬ甲高い叫び声のような笑い声。HK417-arはそれをヘカトンケイレスをコントロールしているハイエンドの音声だと認識した。

 

「醜くて、趣味の悪い身体だけど、性能だけは認めてあげる……これなら蟻を踏み潰すみたいにあんたをスクラップに出来る。ねえ、そう思うでしょ?」

 

 モーターの駆動音を立てながら、ヘカトンケイレスは立ち上がる。見上げるような巨体の中央の胴体部分。そこに居るのは両手両足を埋め込まれた姿で、爛々と目を輝かせる戦術人形だった。

 幼くも見える外見は髪型のせいもあるのだろう。顔や肩などのボディの表皮が顕になった部位には赤い血管のような模様が走り、禍々しく輝きを放っている。

 

「――破壊者。随分とデータと異なる見た目になってますね」

「ええ、そうよ……アンタのせいでね。だから、死んで償え‼今、此処で!!」

 

 デストロイヤー・ヘカトンケイレスは、怨嗟のこもった叫びを上げながら両腕の砲口をHK417-arへと向ける。しかし、彼女の正面に既にHK417-arの姿はない。

 何処だ――!?

 駆動鎧の視覚センサーが側面に回った標的の姿を捉える。HK417-arは走りながら射撃姿勢を取り、フルオートで射撃。無数の徹甲弾が装甲面を跳ね回る。

 

「無駄だって言ってるでしょうが、鬱陶しい‼」

 

 効かぬと分かっているが、彼女にとっては不快極まりない行為だ。羽虫が顔の周りを跳ね回っているような、そんな嫌悪感が湧き上がる。

 邪魔だ、鬱陶しい。疾く消えろ。

 デストロイヤーの電脳を示す感情は凡そこんなところか。それらが渦を巻いてヘドロのように彼女の電脳の内面にへばりつき、更に苛立ちを加速させ、破壊衝動として発露する。

 二門の砲が火を噴いた直後、HK417-arが寸前まで立っていた地面が爆ぜる。

 既に加害半径から逃れていたHK417-arだが、爆風に煽られ姿勢を崩し、動きが鈍る。追い打ちに降り注ぐ無数の砲弾の中を、HK417-arは演算リソースをフルに活用して掻い潜る。

 

 接近と反撃すら許さぬ一方的な攻撃の中、デストロイヤーは違和感のようなものを感じていた。

 何がおかしいのかはわからない。しかし、しこりのような何かが胸の中で大きくなり始めているのだ。射撃プログラムは正常、ヘカトンケイレスにも異常はない。

 数値は極めて良好。かつてないほどのベストコンディション。

 

 だからおかしい。

 単純な数値で見積もって、今の自分がグリフィンの人形(民生あがりの兵隊ごっこ)に遅れを取ることなど有り得ない。

 

――なのに何故、自分は仕留めきれない?

 

 その考えに至ったとき、デストロイヤーは煙の中から自分を覗く朱色を見た。

 その瞬間、あれ程までに温まっていた思考は凍りついたように停止する。煙の中を突き破って、あの朱色は私のことを――

 

「―――っ!!」

 

 背中を無数の蟻が這い上がってくるような不快感を浴びたデストロイヤーは、それが焦燥と呼ばれる感情とも知らず、殲滅を選択する。彼女の背負うコンテナが無数に割れる。それは破損でも損傷でもない、正常な機能として、数多に分裂したのだ。

 重なり合う駆動音と共に姿を表したのは、装甲面のついた鉄骨のようなサブアームと、それに保持されている重機関銃(6P49)。ずらりと並べられたその銃口は計8門、それらが煙の中にいるHK417-arを狙い、一斉に火を吹いた。

 

「ッハハ、アッハハハハハ!!そうよ、何も怖くなんかないのよ、お前なんかぁっ!!」

 

 12.7mmの弾丸が瓦礫を砕き、その破片を更に別の弾丸が砕いて粉塵となって舞い上がる。煙幕となって完全に視界を遮ってしまうが、そんなもの考えなくて良いだろう。

 .50口径の機銃8門による一斉射撃、壁のような弾幕を受けて無事で居られる者など一人も居ないのだから。

 じわりと、言いようのない不安をデストロイヤーは感じていた。その証拠に、銃身の冷却を行っている間も重機関銃達の照準は外さず、煙幕の向こうへと向けられたままだ。

 本当にあれを倒せたのか?生き残るなどあり得ない話だが、しかし――そんな彼女の不安を他所に、粉塵による煙幕は晴れていく。

 

 そして――

 

「なぁんだ、やっぱり」

 

 そこには、無残に砕かれ、かつて人形(ヒトガタ)であったことすら怪しい機械部品が散らばり、左腕の強化外骨格が転がっていた。

 

 

 

 

「っクソ、あいつら敵味方の区別もなしか……ッ‼」

 

 別働隊の待機していた地点。着弾した位置からは離れていたが、そんなものは関係ないと、衝撃波とそれに付随するEMPが彼女らを襲っていた。

 彼女らはG36Cと、そのダミー達のフォースフィールドにより辛うじて難を逃れたものの、足場の崩壊だけはなんともし難く。FAL達は陣取っていた建物は崩壊し、落下。無様に埋もれ、砕けた瓦礫で塵塗れ。折角キメてきたコーデなどのお洒落を台無しにされた。所々灰色で、こんなの最低のクズにも劣る格好だ。そんな姿にされたことに、FALはキレていた。

 そして同じように塵と瓦礫の山の中から幾人かの人の形が這い出てくる。

 

「髪の毛に絡まって最悪ですわ……うう、こんな姿じゃダーリンに顔向け出来なくってよ…よよよ」

「あんたは平気そうね、Mk23」

「ええ、まあ」

 

 FALが冷静に判断すると、Mk23はケロッとした顔に変わる。内心ではきっとシャワーを一番最初に頂こうと考えてるのだろう。

 FALは分隊長役であるから、帰ったらまず報告でシャワーはその後になる。畜生、現実はクソッタレだ。

 

「他の皆は?」

 

 そんなクソッタレな現実から目を背け、FALはMk23に問う。彼女は背後に振り向き、髪や服、豊かな谷間に入り込んだ塵を取り除いているダミーを見る。ダミーの数は4体、全員無事だ。

 

「わたくしのダミーは全員無事ですわ。G36Cは……」

「ヘトヘトです…もう出せません……あ、でもG36姉さんがいればあと一回くらい出せるかも……でもやっぱり、居ないから無理ですわ……」

「はいはいエネルギー切れね、ありがとう助かったわ」

「おやすい、ご用ですわ……っ」

 

 外傷はないが、稼働超過させて別働隊全員を守り抜いたG36Cのエネルギー残量はゼロ。いつの間にか足元に転がっていたG36Cは、息も絶え絶えにはにかんだ。しかし、この状態で戦闘継続は不可能だろう。

 

「それで、HK417-rf だけど……」

 

 そして、この場に残る最後の人形であるHK417-rfなのだが――

 

「ダミーしか残ってないのはどういうことかしら」

 

 FALの見つめる先には、体育座りをしてむくれているHK417-rfのダミーがいた。

 G36Cの最も近くに居たのはHK417-rfだった。G36Cや、FALが無事である以上、彼女が撃破されたとは考えにくい。

 ならばなぜ、ここには居ないのか。

 FALは、唯一の手がかりであるダミーに行方を聞いた。

 

「メインフレームは何処に行ったの?」

「G36Cを引きずり出した後、皆を連れてあっちにいった。私は見張りと連絡役で残された」

 

 むくれたまま、指で指し示した方向は囮部隊のいた方角。

 

「HK417-rfからの伝言はこう――”支援求む、なる早で“(あんまり長くは保たないから)

「あの馬鹿!」

 

 廃棄都市の空に、再び怒号が響き渡った。




デストロイヤーがそんな役回りするって言ったじゃろ?
こういうことです。
正直申し訳ないと思ってるし反省もしているけど、私は気に入っている。


お詫びに可愛い方のHK417を置いておくので癒やされてください。


<<おまけ>>

417-rfダミー達「じゃーんけん、ぽん」

BOOOOOOO!!

ダミー1「私達の勝ち」
ダミー2「ただのじゃんけんだと思ってないですか」
ダミー3「それだったらまた、次も私達が勝つだけですよ」
ダミー1,2,3「ほな、行ってきます」
ダミー4「待って、行かないで……!」

417-rf「早く決めてくれないかなー……」


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episode.13

 HK417-rfは足場の崩壊と衝撃、そしてEMPにより他のメンバーが一時的に行動不能になったときも、ほとんど意識を失わずにいた。

 崩落の際の衝撃で一瞬意識が揺らいだ程度で、EMPに関してはほとんど影響を受けなかったと言っても過言ではない。

 それが、彼女のメンタルが特殊であるからなのかは定かではなかったが、HK417-rfは思わぬ幸運に喜びながら、近くで一緒に埋まっていたG36Cを彼女のダミーリンクたちと一緒に引きずり出した。

 そして粉砕された瓦礫の中で埋まっている他の皆の位置をビーコンで把握。ビーコンから伝わってくる情報からは、損失はない事も判断できた。G36C達のフォースフィールドがなければどうなっていたかはわからないが、ただでは済まなかっただろう。

 

「さっきの砲撃、あれって間違いなく味方ごとやってたよね……」

 

 自分達が巻き込まれた砲撃の影響で周囲の電波状況は最悪。人形同士の相互通信により構築される戦術ネットワークはグリフィン、鉄血を問わず崩壊し、即座に状況把握が出来ない。

 着弾地点はHK417-ar達囮部隊がいる方だった。現状では彼女たちがどうなったかを知ることは出来ない。建物の内部に居る、ということであったから衝撃波の直撃は免れただろうが、建物の崩落に巻き込まれた可能性は非常に高い。

 

――とにかく、今はFAL達を瓦礫の中から救助してあちらの救助に急いで向かおう。

 

 そう考えた矢先だった。HK417-rfの目が一つの影を捉えた。

 夜空を行く一機のコウノトリ。そのデザインは直線が多く、色合いは黒ベースに白のモノトーン。お腹にはずいぶんと大きな子供を抱え、その重量を少しも感じさせない挙動で着弾地点の方角へと向かっていた。HK417-rfの表情が厳しくなる。

 

「全員集合!」

 

 HK417-rfは自分のダミーリンク達に集合を掛け、鉄血の増援が身動きの取れない囮部隊のもとへと向かっているという情報をネットワークで共有する。その瞬間に、ダミーを含む全員の意見は救出に向かう方針で一致した。

 

「今からあっちの救援に向かうよ……動けるのは私達しか居ない。長距離通信はまだ無理だろうから、一人は此処に残ってFAL達への連絡役。オッケー?」

 

 ダミー達から肯定の返事を受け、じゃんけんで負けた一人のダミーを残してHK417-rfはコウノトリの後を追った。

 とはいえ相手は空路を行き、此方は足場の悪い崩壊した陸路を行く。身体能力に優れた人形の性能を発揮しても、かなりの遅れをとってしまう。

 そしてHK417-rf達は開いた差を埋めることはかなわず、鉄血の増援であるあの人形兵器が囮部隊の直ぐ側に降下した。

 

――終わった。たとえどれだけ急いでも、もう間に合わない。

 

 そんな考えに頭が支配されかけた矢先、掻き消すような銃声が届いた。聞き覚えがある。そう、自分のライフルに似ている。ならばこれは、HK417-arのものだろう。

 それに続いていくつかの炎が一つ二つとあがった。交戦を開始したということだろう。走りながらいくつもの爆発が巻き起こるのを見たHK417-rfは、踏み出す脚に力を込めて更に加速した。

 聞こえる銃声は一種類のみ。であれば、他の人形たちは未だノックダウンから立ち直れていないという状況にあるのだろう。

 そして、ようやく見えてくるといった矢先に、重機関銃の斉射音とともに、7.62mmの銃声が途切れた。

 僅かに感じ取っていた、HK417-arのシグナルが絶えた。

 その事実に、どこかで抱いていた、無事だったという安堵。きっと大丈夫だろうという油断は、いとも容易く打ち砕かれた。

 弾着地点はほとんど粉砕された細かな瓦礫と粉塵で砂丘のようになっている。その中心に近い場所で、先程見た巨人が甲高い声を上げて笑っていた。

 

「……っ!」

 

 そして、その巨人の目の前には見るも無残に砕かれた人形の部品達と見覚えのある外骨格。

 ほとんど反射に近い動作で、HK417-rfはライフルを構え、側面を晒したまま笑い続ける巨人のコアユニットであろうデストロイヤーを狙撃する。

 しかし、とっさの狙撃だからなのか、それとも先程の崩落の影響で彼女のライフルに狂いが生じていたのか。狙った彼女の頭部ではなく髪の結束部分を束ねる髪留めにあたってしまう。

 原因はおそらく、ほぼ間違いなく後者だろう。いくら急な動作であったとは言え、烙印技術によるアシストを受けたHK417-rfが視認可能距離で外すはずがないのだ。

 敵が417-rfに気づく。そして、彼女の姿を見て目を見開き、その相貌は憎悪に満ちた。ぞわりとHK417-rfの背筋に悪寒が走る。直感的にこの場に残っていてはならないと、察知した。

 

「生きていたのかぁァァァァアッ!!」

「散開、散開っ!!」

 

 デストロイヤーが絶叫し、HK417-rfが檄を飛ばす。

 ヘカトンケイレスユニットの戦車砲から、HK417-rfを撃滅せんと砲弾が放たれる。

 榴弾が炸裂し、破壊と破片を撒き散らす。HK417-rf達はどうにかその加害半径から逃れたが、代償として場の主導権は敵の手に渡った。

 別方向にに散って破壊から逃れたHK417-rf達を、ヘカトンケイレスユニットの背から伸びる重機関銃が、1人あたり2門の数で追尾し、追い立てる。

 狙われたHK417-rf達は左右に進行方向の向きを変え、どうにかしてかわしていく。地面を蹴った直後、足裏を舐めるかのように地面と大口径弾のぶつかる衝撃が襲いかかるたび、命の危機を間近に感じながら、真後ろに迫る猛威から逃走する。

 

 反撃など試みようものなら一瞬で再利用不可能なスクラップだ。それをわかっているからか、HK417-rfもダミー達も逃げ続ける。

 逃げて、逃げて、ただ反撃のタイミングを待つ。

 

「ちょこまかと、ぉッ!!」

 

 痺れを切らしたデストロイヤーが、ヘカトンケイレスの両腕をHK417-rfへと向けんとし、勢いをつけ振りかざす。奇しくもそれはメインフレームのHK417-rf。

 彼女は射程圏内で、デストロイヤーがアクションを起こすと同時に、どういうつもりか足を止めている。

 シャンパンのコルクが、瓶の口から弾かれるような、先程までの戦場とは不釣り合いなほど気の抜けたガスの音。

 HK417の銃身下部より放たれた40mm径の巨大なコルクは、ヘカトンケイレスの戦車砲の砲口に飛び込む。

 危険を理解したデストロイヤーが砲撃中止の信号を送るよりも早く、ガチンと砲弾の音を叩く重い音がした。

 

「ばぁん」

 

 HK417-rfを見ると、してやったりと笑いながら握り拳で爆ぜるようなジェスチャーを見せた。

 

 例えばだが、いくら大型のパワードスーツに持たせるとはいえ、戦車砲を手持ちにするには設計上の課題をクリアしなければならない。

 それらは運用方法と要求性能、実現可能な性能と、諸々の数値との折り合いのよって妥協を挟みながら達成されていく。

 例えば給弾方式。ヘカトンケイレスの持つ砲は運用故に、一発ずつ込めるので後装填では非効率的である。また、左右に一門ずつの装備が要求されている。ゆえに、ヘカトンケイレスの装填機構はクリップ式に類似し、装填作業は背面サブアームユニットが使用される。

 

 つまり、ヘカトンケイレスの砲にはいくつもの砲弾が詰め込まれており、そのうちの一発は、今まさに撃発した直後。

 

 そんな砲弾の前で、榴弾を爆発させたらどうなるだろうか。

 

 答えは極めて単純。ある一つの現象が巻き起こされる。

 

――誘爆

 

 一度ならず、二度、三度と、次第に炸裂音を増しながら繰り返される爆発。

 ヘカトンケイレスユニットの巨体すら容易く呑み込むほどの爆炎が崩壊した廃墟を眩いほどに照らしていた。

 

 

 

 




突然ですがご報告。
平均評価点数が落ちるのを見て、モチベが若干下がったので、そのうち解除するとは思いますが、評価に必要字数を設定させてもらいました。
評価システムとやらがそういうものであるのは理解してますが、これは単に私のモチベを保つためのワガママのようなものです。
ご容赦を。

と、こんな後書き書いといてなんですが、これからもよろしくお願いします。


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episode.14

「っとと…」

 

 複数の榴弾の爆発の勢いにあおられ、HK417-rfは数歩後ろに後退ったのちに尻餅をつく。

 眼の前ではもうもうと爆炎が上がり、数多の粉塵と一緒に巻き上がっている。加害半径外だったが、それでも無視できない衝撃が起こるほどの火薬量だ。それが自分達に放たれようとしていたのだと、思い返すだけでゾッとする思いだった。

 

『ナイスショット!』

『やんややんや』

『何連鎖?ねえ何連鎖?』

 

 頭の中にダミー達からの称賛の声が送られる。騒がしくなったネットワーク

 

「知らないよ、全くもう……」

 

 こっちの気持ちも知らないで、とHK417-rfの気持ちは晴れない。理由は単純、助ける筈だった一人を救えなかったことを悔やまずにはいられなかった。

 ダミー達の、少し過剰なまでの盛り上がりはそんな彼女の気持ちを紛らわそうとするものでもあったのだが、効果のほどは今ひとつであった。

 

「今は、他の皆を助けないと……」

 

 もうこれ以上の被害は出さない。そのためにはまず、埋まっている別働隊の面々を助けるのが最優先事項である。重い腰を上げ、スカートを汚す塵を払い落とし、まずはダミーに指示を出そうと考え、行動に移そうとする。

 

「まだ、だ……」

 

 その時、地面が揺れた。

 

 ノイズがかった、ひび割れた声。

 声帯機能に異常を起こしているのだろう。自らに与えられた機能すら果たせずに壊れていくような声は、聞くに堪えない。

 しかし聞き間違える筈も無いその声の主は――

 

「まダ、終わってなイ……ッ!」

 

 煙を掻き分け、姿を現した破壊者は、未だに斃れてはいない。

 無事では、ない。ヘカトンケイレスの左腕はだらんと垂れ下がり、本体の装甲もところどころひび割れている。本体も服は殆どが消失し、その下の素体も榴弾の破片と爆風によって見るに堪えない損傷が与えられている。

 

 しかし、それでも、デストロイヤー・ヘカトンケイレスの戦闘兵器としての驚異は、未だ健在。

 

「攻撃再開!!」

 

 HK417-rfが号令を掛ける。散らばっていたダミー達から一斉に浴びせられる銃弾。

 しかし、そんなものをものともせず、憎悪を滾らせ動き出したデストロイヤーは、一直線に目の前のHK417-rfに突撃する。

 

 

 

 

 鉄血の司令部にて。ドリーマーはレールガン砲台に腰掛けたまま、上空に到達したドローンから送られる映像を流していた。

 映像の中ではグリフィンの人形たちが逃げ惑い、それをデストロイヤー・ヘカトンケイレスが追い立てている。二体目の人形の方は中々面白い抵抗をしてくれたようだが、ドリーマーからしても、そのレベルの反撃は予想していたのだ。

 状況は、彼女の想定から外れていない。むしろ想定通りと言えるだろう。普段から笑みを崩さぬ彼女だが、その事実に悪い気はしない。ドリーマーの口元は吊り上がる。

 

『こんなものを見せて、何のつもりですか』

「現状報告よ、エージェント様はご不満かしら?」

 

 ドリーマーと一緒に現場の映像をリアルタイム中継で受け取っているエージェントは、薄笑いを浮かべて映像を鑑賞するドリーマーとは真逆で、眉間に皺を寄せている。そして、表情から察せられる通りに不快感をあらわにしてドリーマーを非難した。

 避難されたドリーマーは、さして堪えた様子もなく笑う。その笑顔に、エージェントは怜悧な目つきをより鋭くしてドリーマーを睨む。

 

『悪趣味です。人間の真似事ですか、ドリーマー』

「あら、こういう風に私を設計したのは、そのエルダーブレインよ?」

 

 エージェントは口をつぐむ。命令系統の最上位であり、彼女が忠誠を尽くす名前を出されては流石に彼女の性質を咎める事も控えめになる。

 

「それに今回の行動、許可を出したのはエルダーブレインよ。私は、命令系統から逸脱した行いはしていないわ」

『……私ならば、許可はしませんでした』

 

 今回、ドリーマーは命令系統に置いて直轄の上位者に当たる代理人への行動許可を取っていない。更にその上である、エルダーブレインに直接許可を求め、そして承認された。

 彼女がそうした行動に出た理由は容易に想像できた。自分ならば許可を出さなかったと、エージェントが滅多に崩さぬ相貌をわずかに歪めた。

 

「頭を飛び越えられて、怒ってるのぉ?」

『私が気に入らないのは、貴方が好き勝手にやっていることですよ、ドリーマー』

「っく、ふふ……っ、相変わらず素直ね、エージェント」

 

 エージェントがドリーマーへと向けている感情は、少なくとも好意的と捉えられるものではない。それでもドリーマーは笑い続けていた。

 今日は気分が良い、何をしていても楽しいのだ。

 あの銀髪の戦術人形が現れてからというもの、今日はいつもより格段に退屈を感じない。

 

『それで、あの人形についてはなにかわかったの?』

「駄目ね、わからなかったし下手に手を出すのも辞めたほうが良いわ」

『それは何故?』

「通信プロトコルを解読された……そう言えば判ってもらえるかしら?」

『……』

 

 エージェントは口をつぐむ。まず最初にそんな事は有り得ないというのが彼女の電脳の出した結論であった。しかしながら、自分の知るドリーマーは欺瞞をすることはあれども、そのような虚偽報告は行わない。

 ならば事実なのだろう。

 しかし、すぐに信じることは出来なかった。

 報告によれば、戦闘をそつなくこなしているという。にもかかわらず、高度な電子戦を実施可能であるなどどれだけの演算能力であるというのだろうか。鉄血のハイエンドモデルである侵入者も、あれはあれで凄まじく高度な電子戦能力を有しているが、あれはオーガスに一部の演算処理を委任しているからという事情がある。

 ドリーマーの言うことが真実だとするならば、該当する人形の処理能力はそのオーガスを含めた侵入者と同等か、それ以上。そんなものが単体で存在するなど、想像だにできない。

 

「っふふ、そんな相手に電子戦を仕掛けたら、想像できるでしょう?」

『最悪、私達ハイエンドのネットワークも覗かれ、奪われると?』

「そういうことよ……察しが良くて助かるわ。低級の連中なら物理的に排除すればいいけど、私達のはそうもいかないわ。不届き者にベッドルームまで夜這いをかけられたくは無いでしょう?」

 

 そうなってしまえばどうなるかは容易に想像できた。鉄血の指揮系統は完全に崩壊してしまうような、最悪の事態に陥りかねない。

 であれば、今回のドリーマーの行動については妥当性が勝る。咎められるどころか、全体への貢献として評価されるべき項目なのだろう。

 そして同時に、ドリーマーがデストロイヤーに対して施した改造の理由にも合点がいく。

 

『妥当性は認めましょう。そして、だからデストロイヤー、ですか』

「そういうことよ、エージェント」

 

 我が意を得たり、とドリーマーの口元が歪んだ。

 ドリーマーは語る。

 

「機能停止したあれのボディをわざわざ回収してあげてたのは、すぐに使えるそこそこの躯体が欲しかったから」

 

 通常の人形ではヘカトンケイレスユニットの制御は不可能だろう。送信可能なデータ量や、制御プログラムの為の容量。それら全てを同時に満たすボディーを要求した場合、必然的にハイエンドモデルクラスに限定される。

 

「用済みの電脳を再稼働させたのは、使い潰せるハイエンドモデルが欲しかったから」

 

 しかし、ハイエンドモデルは製造コストも通常の人形とは比較にならない。故に使い潰すための製造は許可が降りないだろう。しかし、不要となったボディならとうか?

 新造でない分、コストは大したものではない。回収して、最低限の修復だけを行えば最小限に抑えられる。

 

「ネットワークから追放して、オフラインの状態で送ったのは、あの人形に侵入されるのを防ぐため」

 

 そして、彼女を完全にネットワークから切り離したのは、念には念を入れてという部分が強い。ネットワークに侵入してくるような輩を相手に、ハイエンドだからと油断はできない。最も良いのは、鉄血のネットワークから切り離してしまうこと。最初から繋がっていなければ、デストロイヤーの電脳に侵入されたとしても問題はない。

 

『そして、いざというときはデストロイヤーの電脳を焼いてしまえば、万事解決……と。そう言いたいのですね』

「良いでしょう? もう、バックアップから新しいデストロイヤーは作り始めてるんだし、廃棄施設を動かすコストの節約になるだけだから損失は無いわ」

 

 もし、それでも敵が侵入を試みてきたのなら、余計なことはせず彼女の電脳を焼いてしまえばいい。

 そうすれば、自分達が失うものはなにもない。

 それがドリーマーの主張だった。

 

『……私もあなたの行動に言及はしません。しかし、今回限りです

 

 そしてエージェントも、ドリーマーの主張を認めざるを得なかった。しかし、それを多用するようになってはならないと、ドリーマーへには回限りであると釘を刺す。ドリーマーもそれは判っていると薄く笑う。

 エージェントは諦めたような表情を見せる。彼女にとってこのドリーマーという人形の思考はやはり理解できなかった。結果がどれほど素晴らしくても、彼女のやり方は無駄が多い。味方の犠牲を厭わないのも、廃棄が決定した人形を使うのも、彼女がそうしたいからやっているとしか思えないのだ。

 

 結果が全てという考えを否定するつもりはない。

 

 しかし、最短で最良の結果を勝ち取ることこそがエージェントにとって、美学でもあった。だから無駄の多いものは嫌悪するし、それをわざとらしく、嬉々として実行すドリーマーのこともエージェントは好きになれなかった。

 

『後は、全て終わった後に連絡をしなさい』

「あら、飽きたの?」

『結果が全てだと言うのであれば、過程は好きにしなさい。私も結果だけを見る、それで良いでしょう?』

 

 これ以上お前のお遊びには付き合っていられないのだと突きつけ、エージェントは映像の受信を終了し、通信も切断する。

 

「せっかちね。でもまあ、別にどうでもいいわ」

 

 砲台の上で一人になったドリーマーは脚を組み直して、愚痴る。しかし、やはりどうでも良かった。

 性格の合わない上司とのことなどすぐに思考の隅に追いやって、ドリーマーは映像へと視線を注ぐ。

 

 

 

 

 

「ああァアアアッ!!」

 

 不協和音のような絶叫。突撃するデストロイヤーは、生き残った右腕から砲をパージすると、既に用済みとなったヘカトンケイレスの左腕を掴む。

 同時に腕の付け根のボルトの炸薬が、左腕を強制的に分離させる。

 そのまま、超重量の鈍器を手にしたデストロイヤー・ヘカトンケイレスは、その巨体に見合わぬ素早い挙動で腕をおおきく振りかぶり、勢いを載せて地面に叩きつける。

 

「滅茶苦茶な!!」

 

 再び大きく揺れる地面と、発せられる衝撃に受け身を取りながら、HK417-rfは悲鳴のような抗議の声をあげる。

 

「あん、タを、(ころ)セばァッ!!」

 

 ヘカトンケイレスが剛腕を一閃する度に、地面が爆ぜる。HK417-rfはそのラッシュをどうにか凌いでいくが、足取りは次第におぼつかなくなっていく。

 

「私の、躯体(カラダ)も‼」

 

 そんな獲物を前に、デストロイヤーは手を緩めるどころか、より一層追い詰めるべく、文字通り腕を振るう。風切り音と、地面が爆ぜるような音の連続は、精神的にもHK417-rfの事を追い詰める。

 ついに、ヘカトンケイレスの腕が僅かに髪留めを掠め、ツーサイドアップの髪の片方が解けた。

 

「全、部ッ、元ドオりになレるのよォッ!!」

 

 姿勢が崩れたところにヘカトンケイレスの巨大な脚部が突き出される。

 HK417-rfは咄嗟にライフルを盾にするが、重機の突撃にも似たそれは容易く金属製のライフルを捻じ曲げる。有り余る運動エネルギーは彼女を後方に吹き飛ばし、背中から地面へと思い切り叩きつける。

 

「ッは、く……っ‼」

 

 分裂しそうになる関節部の痛みをどうにか抑えつけたHK417-rfが体勢を立て直すよりも早く、デストロイヤーはその腕を振りかざした。

 対策を考えるが、ダミー達による榴弾も、狙撃も最早間に合わない。

 

 振りかざされた腕を避ける術は、無い。

 

 ならばこそ、その運命を受け入れざるを得ないのかと、理不尽な運命を睨みつけ……

 

「あッ、ヒはハはは!死ね―――ェッ!!」

 

 振り下ろされようとするその瞬間、振り上げられたヘカトンケイレスの左腕を貫き、破壊するのは目を眩ませるほどの閃光。

 

「――――ッ!?」

 

 続いて二つ、三つ、巨体目掛けて同じ光が飛来する。精度はまちまちであるものの、ヘカトンケイレスの巨体であれば直撃は必至、攻撃を中断して回避運動に入ったデストロイヤーにHK417-rfを追撃するだけの余裕はない。それに気付いて、彼女はとっさにダミー達に集結指示を出し、その方向へと逃れて九死に一生を得る。

 直撃した地面から立ち昇る、化学物質を多量に含んだ煙が嗅覚を刺激する。HK417-rfとデストロイヤーは飛来した方角へと視線を向ける。

 そこに立つ一つの影は迷彩マントを脱ぎ捨て、銃口が融解した粒子狙撃ライフルを放棄し、倒れたJaegerのライフルのストック部を蹴り上げ、手中に収める。

 

 夜風に銀の髪とマントを遊ばせながら、朱色の瞳を爛々と輝かせている人形は、先程破壊されたはずの存在。

 

「お待たせしました。続きをやりましょうか」

 

 HK417-arが、そこに立っていた。




次の更新はAK15の後です。

そういえばtwitterなるものをはじめてみました。
いろいろ準備中だけど、良ければどうぞ。
@Kuidaore762

ではまた次回もよろしく

※追記
誤字は処刑です



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episode.15

事前に警告をしておきます。
この話から独自要素、独自設定、独自解釈が多々でてきます。
この小説の基本は「ついてこれるやつだけついてこい!」なので、ご理解願います。ではどうぞ。


 いったい何が起きている?

 

 まず最初にデストロイヤーの思考を満たすのはその疑問だった。

 情報を整理すれば、それはひどく単純な話でもある。

 自分の腕に与えられたのは、鉄血の兵器に多く見られる粒子兵器による破壊。ドリーマーの砲撃により、辺りには鉄血兵の残した武装が数多散らばっている。

 眼の前の敵が所持しているのは、その中から拾い上げた、鉄血の狙撃兵が使用する標準的な粒子ライフル。

 それを、銃身が自壊する程の出力にまで暴走させて運用している。

 

 鹵獲した鉄血の武装システムの掌握というのは、理論的には不可能な話ではない。

 人形と異なり、個々でネットワークに接続されていない武装は、それぞれが備えるセキュリティさえ突破してしまえば、どんな人形でも武器として扱うことが出来るようにはなる。

 

「っ――!!」

「以外に素早いですね、非烙印武装ではこんなものですか」

 

 しかし、限界を超える出力で暴走させるとなると、話は変わる。

 射出する粒子を加速するための加速器。その動力源となるのは、使用する戦術人形のエネルギーに他ならない。

 少なくとも、粒子ライフル自体は、本来の持ち主であるJaegerが最大駆動をしても耐えきれる様に設計をされている。

 

 銃身が自壊するほどの出力ともなれば、それは現在運用されている、人間大の身体に搭載可能なあらゆる動力源で賄えるものではない。

 

 最低でも、発電所規模の出力は必要。

 

 だとすれば、目の前の人形の出力は発電所とでもいうべきエネルギー生成能力を内に秘めているという事実に他ならず――

 

「お前、まさカ……」

 

 その事実に行き着いた時、デストロイヤーは眼前の存在を最大の脅威として認識した。

 

「お前、崩壊技術を動りょクに……っ!?」

 

 デストロイヤーの電脳が至った結論にHK417-arは――

 

「私のことなんて、どうでもいでしょう」

 

 敵手の驚愕を、僅かにも意に介すことのない回答を返していた。

 

「重要なのは、貴女が命令の障害となっていること」

 

 お前は邪魔なのだと、デストロイヤーに布告する。

 

「貴女を排除しなければ我々は進めない」

 

 お前は排除すべき敵なのだと、デストロイヤーに対して宣言した。

 

「だというのならば、排除するのみです」

 

 戦闘再開を告げる閃光が、暁光に染まりつつある廃墟に迸った。

 

 

 

 

 

「ロマーシカ、について?」

 

 IOP本社直轄最重要機密研究所――16Labと呼ばれるその研究施設の中心部。主任研究室の主であるペルシカは、眠気覚ましの合成コーヒーの中に注いだミルクをかき混ぜながら、唐突に訪れた通信相手からの問いかけを反復した。

 

「元はそちらの人間だ。なにか知っているのだろう?」

「うーん……」

 

 ペルシカは曖昧に返答をぼかすようにしてマグカップに口をつける。馥郁と表現するには程遠い味だが、眠気を覚ますには十分だった。眠たげな瞳は僅かな活力を取り戻す。明瞭になったペルシカの頭の中を満たすのは、教えるか悩むというより、何故知りたいのかという疑問だった。

 

「教える前に、理由を聞いてもいい?」

 

 ペルシカは、故人であるロマーシカとヘリアンの間に繋がりを見いだせなかった。ヘリアンをグリフィンという組織に置き換えても、彼女が統括していたプロジェクト故に存在していた繋がりも、企業同士の正当な手続きの上で完全に絶たれていたのだ。ロマーシカはその後暫くしてすぐに故人となったから、その後に何らかのやり取りが行われていたとも思えない。

 結局、考えてもわからなかった。

 

「現在、我々の実施している作戦行動に関与している可能性がある」

「彼女はもう死んでいる……というのは、もちろん知っているのよね?」

 

 ペルシカは確認をするように問う。ヘリアンが口にしたロマーシカという名前には、確かに覚えがあった。

 しかし、彼女は既に故人である。最早この世界のどこにも存在しない、遠くに行ってしまった存在。それが、関与していると本気で言っているのかとペルシカは問う。

 

「無論だ。その上で、聞いている」

 

 肯定。知っているとヘリアンはペルシカに情報提供を強く求めた。

 

「そう、なら何から話しましょうか……」

 

 ペルシカは最後まで躊躇うように口元を、やがて、口を開く。

 

「彼女が研究していた中の1つは、コーラップスの存在を基底にした、ナノマシン技術」

「やはり、コーラップスなのか」

「そうよ」

 

 そこでペルシカは言葉を一旦区切って、呼吸を挟む。ゆったりと椅子に背を預け、昔の出来事を思い出すよう天井を見上げながら、ぽつりぽつりと記憶の中から引き出した言葉をそのまま出力していく。

 

「崩壊技術は物質を最小単位近くまでで分解し、原子と電子の域までわけてしまう。逆崩壊はその逆で、原子と電子を制御し既知の物質の構成に作り変え、再構築を行う技術……分解し、理解した物質に再構築する。崩壊技術の本質は、電子の運動制御……」

 

 ペルシカは淡々と語り続ける。

 

「崩壊と同時に自由になった電子の運動を制御し、原子に対して再配置を行う。それさえ可能ならば、崩壊と逆崩壊という現象は理論上制御可能だと言った科学者が居た」

「それがロマーシカ、か?」

 

 ペルシカは首肯し、認める。

 

「彼女は、それを分子で構成されたナノマシンで実現していた」

「実現していた、だと?」

 

 ヘリアンは目を見開き、僅かな時間、言葉を失った。

 

「大した技術だな。もし、その技術が本当に存在するのなら、我々人類を取り巻くあらゆる問題が解決する。私に知らせていい情報とは思えないが」

「再現不可能だからね。ロマーシカはその存在を最後まで公表しなかったし、論文も研究資料も廃棄されてしまっていた。唯一残されていた彼女の頭脳も、彼女の死によって葬り去られてしまった」

「なるほどな……」

 

 ヘリアンはその技術を、組織としての立場を抜きにしても惜しいと思った。間違いなく、誰もがそう思うだろう。崩壊液は今の人類の手に余る技術だが、その技術が一つあれば崩壊液は人類にとって福音に転じる事もできる。

 しかし、既に失われてしまった技術だというのならば、考えるだけ無駄でしか無い。そう思い、ヘリアンは情報の優先度を下げた。

 

「何故彼女は公表しなかった?もし公表すれば、さぞ名声を得られただろうに」

「嫌だったんだろうね、きっと。ロマーシカは自分の技術を、自分の望む形以外に使われることを殊更嫌っていたから」

「兵器として運用されることを拒んだ、と?」

 

 AK47を生み出したカラシニコフ、ダイナマイトを発明したノーベルなど、歴史に名を残す技術者達も抱えたジレンマか。そう思い、ヘリアンはペルシカに尋ねる。

 

「いいや」

 

 しかし、そうではないと、ペルシカは否定する。

 

「彼女は自分の技術の使い方を自分で既に決めていた。それがもう一つの研究で、ロマーシカにとっての本命だった」

 

 悼ましげに目を伏せ、瞼の裏側でその時の光景を思い返すような仕草の後にゆっくりと吐き出す。

 

「ロマーシカが最後まで求めていたのは、新たな人類の製造。崩壊液に晒されて壊れてしまう人間のような脆弱さの存在しない、あらゆる環境に適合可能な新基軸の生物を産み(つくり)出すこと。それが彼女の命題」

 

 

 

 

 

「っ……こ、のォ……ッ!」

 

 攻めるものと逃げるもの、その立場は完全に逆転していた。

 417から放たれる粒子ビームの直撃を避けるために、地面を跳ね、時に転がって、回避していく。

 

「援護射撃、足を止めさせて!」

 

 HK417-rfは集結しつつあるダミーリンクに支援射撃の指示を繰り出す。

 殺傷榴弾と関節部を狙った狙撃は、装甲を掠める熱戦により本来の強度を失いつつある装甲に少しずつ、ダメージを蓄積させていく。

 

 姿勢制御を行うために足を地面につけると同時、その隙間に滑り込んできた榴弾が炸裂する。

 元々、左腕を失ったことで体のバランスは悪化していた。そこで無理な回避軌道を何度も重ね、不安定に不安定を重ねた姿勢制御はついに崩壊の瞬間を迎え、地響きを立てながら倒れ伏した。

 銃身の冷却のために、HK417-arは一旦攻撃を中断する。初撃のような出力を出してはいないが、それでも最大を上回る値を設定している。

 銃口付近の塗装は剥げているし、冷却口から立ち上る煙を見るに粒子の通り道のバレル内部は間違いなく焼けている。

 敵が再び立ち上がるまで、時間は限られている。反撃の機は此処に在りと見たHK417-arは、少しの時間も無駄にしないためにすぐさま、HK417-rfとダミーの集結している地点へと向かう。

 

「無事だったなら言ってほしかったんだけどっ!?」

「も、申し訳ありません……!」

 

 合流しての第一声。強い語気で放たれた言葉に、HK417-arは驚きつつも即座に謝罪する。

 反論はできない、する気もない。実際、HK417-rfには結構な迷惑をかけてしまっているという自覚があった。

 HK417-arが、鉄血を身代わりにして離脱し、奪った迷彩マントを駆動させて姿を隠した直後、HK417-rfが到着した。

 勿論、最初から窮地になったら助けに入るつもりではあったが、これ幸いにと、使える粒子ライフルを探しに行ったことに変わりはない。

 無事だと告げずに、囮として利用してしまったのは紛れもない事実なのだから。

 

 助けたのだから、無事だったから、彼女は許してくれるだろうというのはふてぶてしいだろうと考えていたHK417-arは、許してもらえるだろうかと様子をうかがう。

 HK417-rfも、あまり深く追求するつもりはなく、現状、最も解決すべき事の協議を求める。

 

「それで、どうするつもり?」

「立ち上がる前に距離を詰めて、そのまま私が前衛を務めます。417はダミーと一緒に射撃支援を」

 

 自分が前に出るという発言を受けて、HK417-rfは目の前の相手のことを慮るような色が強い。

 

「それはいいけど、貴女は前に出ても平気なの?」

 

 HK417-rfは可能なのかと問う。

 HK417-arの区分はAR、基本的には後衛だ。前衛を行うには、回避用の運動モジュールやプログラムをインストールしておく必要がある。言い方は悪いが、信じれるだけの要素がないのだ。

 

「問題ありません」

 

 その懸念を他所に、可能であると、HK417-arは一切の淀みの無い口調で答えた。

 

「なら、やってみよっか……私には武装がないから、ダミーとハンドガンの支援になるけど」

 

 だから、HK417-rfもその提案を受け入れる。しかし、彼女の武装は破壊されてしまっている。標的に与え得る火薬量と鉄量はハンドガンとダミーが保有するものを駆使したもの。本体が発揮可能な火力が著しく低下しているのは痛いが、何も出来ないということではない。HK417-rfは自分の残された戦力を最大限活用する方法を考え始める。

 

「それならこれを使ってください。残弾は15発、どうせ近接には向きませんから」

 

 それならば、とHK417-arはスリングに通す腕を抜き、自らのライフルのハンドガードを掴んで差し出す。

 元々、銃身長などの差異はあれども同型の銃を扱っている。基本的な操作は共通であるならば、訓練せずとも扱えるはず。惜しいことに烙印の共有機能は存在しないので、HK417-rf本来のものと比べれば制御能力は格段に落ちてしまうが、そこはある程度、本人の経験でカバーできるだろうというのが、HK417-arの結論だった。

 受け取ったHK417-rfは射撃姿勢を取り、重量のバランスの確認などを行い、構えを解いて軽く頷く。基本操作に問題はなく、使用感覚もすぐに掴めそうだった。

 

「なんとか使えそうかな。ただ、精密射撃は難しいかも」

「十分です」

 

 HK417-arは問題ないと満足げに、口元を笑みで歪めた。




あっちが先だと言ったね(´・ω・`)
すまん、こっちが先にできたんだ、すまん!

まあ今週末か来週には人形道の方もあげるから許して。



では、またお会いしましょう。


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episode.16

お待たせしました、申し訳ない。


 一つ、昔話をしよう。

 ある一人の女がいた。彼女は産まれついて優秀な頭脳を与えられ、また機会にも恵まれていた。俗に言う、天才と言うやつだった。

 順調に学問に励み、他社との競合には尽く勝利し、博士号を有する頃にはその分野における世界的権威とまで呼ばれるようになっていた。

 才能、キャリアも、財も、男も羨望も。他者が欲してやまない汎ゆる全てを手にしていた。己にできない事は何もない。やろうと思えば銀幕で喝采を浴びることも、大衆を導く指導者にも成り得ると。そんな彼女にやがて、秘密裏に一つの依頼がもたらされる。

 コーラップス技術――超国家規模の研究者組織からの依頼は、当時漸く実行可能な段階まで漕ぎ着けた崩壊液の解析だった。

 彼女は二つ返事でそれを了承した。

 今回も己の才能と能力をもってすれば、解明可能な未知でしかない――と。

 そうして始められた解析は、資本家の想定以上に難航していたが、科学者達の想定を遥かに上回る速度で進められていた。

 放射性除去ナノマシン、崩壊炉の理論提唱と実証。莫大な富を組織に与え、彼女は此処においても勝者であった。

 やはり己は優れているのだと、個としての完全性に浸っていた彼女に、一つの不幸が訪れる。

 

 崩壊液による肉体の汚染。

 

 長期的に崩壊液に接触し、研究を行ってきた彼女の肉体は崩壊液によって汚染されてしまっていた。幸いにもE.L.I.D化の症状は見られなかったが、成功の代償として崩壊液は彼女の肉体から寿命と生殖機能を奪っていった。

 女は絶望し、悲観した。

 所詮己は只人の中の一人でしかないのだと。

 生殖により後世へと遺伝子を残すことで市に抗することすら不可能なのだと。

 女は研究に更に没頭した。

 その果てに、彼女は一つの結論へと至る。

 自分なら、人間を作ることが可能であると。

 

 

 

「衝撃力で動きを止めさせる。その隙に近づいて!」

「了解、前進します」

 

 立ち上がったデストロイヤーに間髪入れずに降り注ぐ、40mm径の特大の雨粒。デストロイヤーはその爆風からコアユニットたる自身の躯体を守る為に身をかがめる以外の選択肢はなく、結果としてそれはHK417-arの接近を許すこととなる。

 榴弾が巻き上げた、砕けた廃墟の塵埃を潜り抜けて、HK417-arはデストロイヤーとの近接戦闘に挑む。

 

 嘗めてくれる。その思いが、挑まれたデストロイヤーの思考を満たす。

 数多の榴弾と徹甲弾を受けたヘカトンケイレスユニットの装甲には、城壁のような堅牢さを見て取ることは出来ない。しかし、グリフィンの戦術人形の使用する武装で貫けるまで防御力を失ってもいない。

 デストロイヤーは思考する。警戒すべきは、表出している本体への直接攻撃と、装甲の上からでも削り取ってくる粒子ライフル。

 前者はさしたる脅威ではない。防御姿勢を取ればヘカトンケイレスユニットの装甲厚で対処できる。

 そうなると、前衛として飛び出してきたHK417-arの持つ、粒子ライフルこそが最大の脅威。

 敵の考えは予想に容易い。

 ASSTの不足を彼我の距離で支払おうという魂胆に違いない。思い通りにさせてやるつもりは毛頭ない。

 距離を詰めるというのなら、むしろそれはデストロイヤーにとっても好都合。縮められた距離で致命的な一撃を叩き込めるのはこちらも同じ事。奴を叩き潰せば、最大の脅威を排除することができる。

 デストロイヤーの口元は獰猛に歪み、ヘカトンケイレスの拳が固く握り込まれる。

 

 互いのの距離は、およそ5メートル。

 先に必殺の圏内に捉えたのは、デストロイヤー。

 

「潰れろ!!」

 

 故に、デストロイヤーが先手を取るのは当然の選択だった。握り固めた拳を振り下ろす。破裂音のような重い音を響かせて、デストロイヤーの拳を爆心地に周囲へと瓦礫を飛散させる。

 そこに、人体を連想させるパーツはない。

 

 センサー起動、動体検知、標的健在、右側面。

 

「っぅ、らぁ!!」

 

 ボディの各駆動部のギアを逆回転させて、デストロイヤーはHK417-arを追撃する。各関節への負荷増大を犠牲にした攻撃は、しかし、HK417-arを捕らえるには至らない。尾を引く彼女の銀髪をふわりと掠めるに終わり、ついに懐への侵入を許す。

 

「――――ッ‼」

 

 風切り音を立てて突き出されるマチェットの切っ先。デストロイヤーは首を逸して既の所でそれを躱し、再度の転進を果たした掌でHK417-arを握りつぶさんとする。

 だが、続けざまに飛来した7.62mm徹甲弾の雨が、直前でHK417-arを守る。攻撃を中断し、防御を強制させられたデストロイヤーは奥歯が砕けてしまいそうなほどの力で歯を食いしばる。

 後方からの、HK417-rf達からの援護狙撃が三方向から。それほど発射レートの速くないライフルであったとしても、数を揃えさえすれば、短時間ながらも制圧射撃としての効果を発揮する。動きを抑制されているという事実もまた、デストロイヤーの苛立ちを加速させていた。

 

「この、グリフィンのクソ人形共がッ……‼」

 

 射撃の緩んだ隙に跳躍。立ち位置を変えてスナイパー達の射線を切る。口汚い罵声を吐き捨てて、再びHK417-arを視界に捉えて戦闘態勢。

 態勢をすでに整えていたHK417-arが、それに泰然と向かい合う。

 

 デストロイヤーは激情に背を押されるがまま、思考を巡らせる。

 HK417-rf達の援護射撃は、HK417-arと近接戦闘を行っている間は勢いが弱まる。誤射を避けるためだろう。

 HK417-arが己にとって最大脅威の武装を有している現状、奴を自由にしておく選択肢はあり得ない。よって、スナイパーを先に排除するという選択肢はなくなる。

 何とも嫌な布陣を敷いてくれたとデストロイヤーは怒りを増大させて、眼前の敵を射殺さんばかりに睨み付ける。

 

 

 

 HK417-arの精神は絶対零度の鋼が如く、僅かな波も立てぬまま、唯一つの事象へと己を先鋭化させていた。

 只管に速く、早く、疾く―――自己の有するあらゆるリソースを演算に回し、演算処理装置(プロセッサ)超過駆動(オーバークロック)させ、自身を高速領域に住まう者へと仕立て上げていた。

 真紅の瞳は感情の機微も何も表さず、ただ観測データと標的のみを獲物にして貪欲に食らいついていく瞳は、これ以上ないほどに戦術人形としての在り方を示していた。

 温度のない視線が、殺すという処理結果だけを求めてデストロイヤーを捕捉する。

 

 

 正反対の、しかし同じ結果を求める2つの視線が互いに噛み付きあう。

 

 バチバチと、HK417-arが粒子ライフルを起動した音を合図に、2体の戦術人形は同時に動き出す。

 先手を取ったのはHK417-ar。手にしていたマチェットを、デストロイヤー本体に目掛けて投擲する。強化外骨格のアシストを受けた膂力と、高度物理演算の方程式は、APFSDSもかくやという対装甲威力で飛翔するマチェットを、解として導き出す。

 

「っぅ―――、らぁッ!!」」

 

 デストロイヤーは、ヘカトンケイレスユニットを操り身を翻し、もはや使い物にならなくなった左側面の装甲を、飛翔するマチェットに対して斜めにぶつけてあらぬ方向へ弾き飛ばす。

 お返しだと、右手に掴んだ小型自動車ほどもあるコンクリートをHK417-ar目掛けて投擲する。

 迫り来る膨大な質量は、立ち尽くしていれば必ずや押し潰されるだろう。HK417-arは即座に姿勢を低くして、同時に、全力投球を果たした隙を晒すデストロイヤーへの接近を敢行。

 背後で起こる事象を置き去りにして、必殺必中の距離に赴く。全力駆動の負荷が祟ったか、デストロイヤーは投げきった姿勢から未だに戻らず、視線だけがHK417-arに追従する。

 

 そして、互いの距離は1m未満。どう足掻こうと、引き金を引けば相手を確実に殺傷せしめる必殺圏内。

 HK417-arは粒子ライフルへとエネルギーを全力投入。臨界目掛けてキックダウンをかけられた加速器が悲鳴を上げる。頑健さと信頼性で知られた鉄血工造の製品であれど堪え難いと泣き叫ぶ負荷は、投入されたエネルギーがどれ程のものかを如実に語る。

 

 銃口で肥大化する荷電粒子の光がデストロイヤーの視界を染め上げる。

 

 その光の中、デストロイヤーは――

 

「ばぁーか」

 

 嗤った。

 

 一発の銃声が鳴り響く。

 粒子ライフルの独特の音ではない。それは、重く響く12.7mmの音。そして続く粒子ライフルの破ける音と、臨界状態が制御を失って膨張する音。

 ヘカトンケイレスユニットの背面から顔を覗かせた6P49の銃口から立ちのぼる硝煙が、K417-arの粒子ライフルをまっすぐに捉えていた。

 

 HK417-arは即座にライフルを手放し、外骨格の腕で防御姿勢を取る。

 彼女の眼前で砕けた粒子ライフルの機関部が膨張し、そして大爆発を巻き起こす。

 

「く、ぅ……っ!」

 

 爆風に煽られたHK417-arは、苦悶の声を漏らしながら一歩、二歩とたたらを踏むが、三歩目で地面を踏みしめ、立て直す。

 

――索敵を続けなければ

 

 保護のために咄嗟に閉じた目を開いた彼女の眼前には、大きく開かれた掌が迫っていた。

 姿勢を立て直した直後の彼女に抗う術はない。HK417-arはその掌に掴まれ、地面に叩きつけられる。

 

「く、ぅ……っ」

「っは、はは……ハハハッ、捕まえた……‼」

 

 じわじわとプレス機にかけるように加えていく圧に苦悶を浮かべるHK417-arの姿にデストロイヤーは嬉しそうに笑う。

 ようやく、この目障りな人形を鉄屑にする事ができる。こいつを殺せば、手足を破壊された鬱憤も少しは晴れるだろうか――いや、最低でも他の連中もスクラップにしてやらねば気は済むまい。

 

 先程まで眉一つ動かさなかった人形が見せる苦痛の表情は、荒れ果てたデストロイヤーの心を達成感で満たす。

 

 故に、デストロイヤーは致命的な失態を犯したことに気づかない。

 

 

 遥か後方で、HK417-rfはスコープの中心で笑うデストロイヤーを眉間を視界の中に捉えていた。

 

 伏せる彼女が構えるのはHK417の16インチモデル。つまりは、HK417-arから借り受けたもの。

 夜間の狙撃は困難である。静止目標とはいえ、直径1cmにも満たない範囲をピンポイントに狙撃するとなれば尚更だ。

 しかし、彼女には優秀なスポッターがいる。

 

「北向きの風、左に3ミリ、上に1ミリ――」 

 

 "最前線"から送られる観測情報と、スポッターがASSTの補助を受けて知覚したライフルのコンディション。

 取得し得るあらゆる要素を加味した修正情報に、経験という要素を加算して、HK417-rfは引き金に指を掛け――

 

「捕まえたのは私"達"よ、デストロイヤー(おばかさん)

 

――撃発。

 7.62mm弾が爆ぜる音。

 それが、この戦いの幕引きの合図だった。




何をしたのか極力わかるように書いたつもりだけど一応次回簡単な解説挟むよ。
今後ともよろしくね。


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episode.17

はい、謝罪。
遅くなって大変申し訳ないです。


「……そう、デストロイヤーは破壊されたのね」

 

 長距離狙撃砲の砲身に腰掛けるハイエンド――ドリーマーは、前線へと送り出した機動兵器からのシグナル途絶を感じ取り、そう判断していた。

 もともと、損傷したデストロイヤーのボディを廃棄する前に有効活用しておこう程度の考えであったが故に、デストロイヤーの敗北を知ったところでドリーマーは僅かにも揺らがない。

 むしろ既定路線であると言うかのように、平然とその事実を認識していた。

 彼女の立てていた想定から外れたのは、想定よりも遥かに早くデストロイヤーが撃破された事ぐらいのものだ。稼働限界まで動いてくれるだろうと少しは期待していたのだが、その期待は裏切られた。

 とはいっても、最低限の時間は稼いでいる。いつもよりは役に立ってはいるのだろう。そういう意味では、これ以上の成果を期待するのは過度な期待としか言いようがないのかもしれなかった。

 

「あら……」

 

 ドリーマーは残る手札を頭の中に並べ、現状をどう動かすかに思いを馳せる。電磁投射砲(レールカノン)による狙撃は最終手段であるが、航空兵器を飛ばしてもいいかもしれない。狙うべきは連中が脱出の為の機に乗ったタイミングがベストか。想像は止まらない。

 

 だが、そんな楽しい時間は強制的に開かれた回線によって打ち切られた。

 生憎とドリーマーの手元にディスプレイは存在していない。仕方ないと、回線の主を無視するわけにも行かないまま彼女は目を閉じ、意識の一部を電脳空間へとダイブさせる。

 

 電脳世界。無機質な黒い壁とリノリウムのような床に囲われた部屋の中にドリーマーは立っていた。子守唄のような歌声を聞きながら見渡せば、部屋の中央にぽつんと小さな机が置かれている。それを照らすよう天井に埋め込まれた照明が、この部屋唯一の光源だった。

 机の向こう側には己を呼び出したものが、置物のように静かに座っていた。ドリーマーは自分に気付いているだろうにも関わらず、微動だにしないその相手――すなわちエージェントの様子から視線をそらすことなく歩み寄る。そして自分の側の椅子を引き、その上へと腰掛けると前屈みの姿勢で頬杖を付いて問いかけた。

 

「何の用かしら?」

「遊びすぎですと、まずは忠告を一つ」

 

 向かい側に座るもの――エージェントは、開口一番に静かながらも存在感の込めて叱責の言葉を口にする。エージェントの瞳はドリーマーを真っ直ぐに捉えていた。

 ドリーマーの相方であるデストロイヤーでたれば、いや大抵のハイエンドはエージェントからそのように見られることに萎縮するだろう。だが、ドリーマーはわずかにも気にした様子はなく、クスクスと笑い声を漏らしていた。 

 エージェントの目が不快感を示すように細められる。ゆっくりと時間を掛けて笑いを落ち着かせたドリーマーに、その表情のまま苦言を呈する。

 

「治まりましたか?何か可笑しいのか、理解に苦しみますわね」

「ごめんなさいね、エージェント……でも、仕方ないじゃない。たかだかグリフィンの人形を排除しろってありきたりな命令に、代理人(エージェント)と呼ばれるあなたが、こう何度もせっついて来るものだから……可笑しくってつい」

 

 まるで何かに怯えてるみたい――更に笑みを深くしたドリーマーの発した言葉に、代理人の端々まで整った目元が鋭くなる。

 何を聞きたいのだと、エージェントは視線で問う。ドリーマーはニンマリと笑いながらも、何も知らないのだと言うように芝居がかった口調で並べ立てていく。

 

「そもそも、本社施設防衛が私の主任務の筈よ。なのに此処はそれとはほぼ無関係。戦略的に見てもそれは明らかなのに、何故私が配備されているのかしら?」

 

 予てより、ドリーマーにとって廃棄都市の防衛というのは理解しがたい任務であった。人間にも鉄血にとっても、ここは戦略的に重要な土地ではない。汚染の少ないという意味で言えば人類の生存戦略にとって価値はあるのだが、軍事的な要地とはならないというのが総合的な判断である。

 同様に、鉄血にとっても然程の価値があるわけではない。わざわざこうして、過剰なまでの防衛戦力を配置すること自体が普通ではないと考えていた。

 

「何か大事なものでも隠しているの?」

 

 此処に何かあるのだと言っているようものだ。そしてそれが、突如として都市に現れた未知の戦術人形にあるのだと、ドリーマーは確信していた。

 ドリーマーは瞳に剣呑な光をチラつかせながら、エージェントに答えを求める。エージェントは黙して語らず、肯定もしないが否定もない。

 そうしてしばらく、ドリーマーとエージェントは無言のまま互いに見つめ合う。

 

「良いでしょう……そこまで言うのなら、これを」

 

 先に口を開いたのはエージェントだった。エージェントは諦めたような様子を見せつつ口を開き、一つの記録データを送付する。

 どうやら映像記録であるらしい。そしてもう一つ、閲覧すれば第三者への伝達に関する一部権限がロックされるものであることがわかった。

 

「随分な厳重さね……」

 

 知らされていなかった情報。しかも他言無用であるときた。どれだけ好意的に受け止めたとしても、厄介な類の情報だ。

 デストロイヤーならば、受け取った途端半泣きになってドリーマーに泣きついていただろう。しかし、ドリーマーにとってはこれは千載一遇の好機でとあった。

 この廃棄都市で味わっている、身を滅ぼしかねないほどの退屈な日々から逃れられるのであれば、それがどれほど厄ネタであろうとも彼女は笑顔で歓迎するだろう。

 

「それで、私に何をさせたいの?」

 

 僅かに喜色を交えながら、ドリーマーは薄笑いで表情を歪ませた。

 

 

 

 

 

「無事?」

 

 HK417-rfは倒れ伏したヘカトンケイレスの掌へと、落ち着かない足取りで歩み寄る。覗き込むように身をかがめながら掌に握られたままのHK417-arへと声を掛けた。

 

「無事ですが、抜けるのにはもう少し」

 

 返答は早かった。HK417-arは意外というべきかはわからないが、平然とした様子で身をよじっている。最後の抵抗とでも言うように固く握り込められたままのヘカトンケイレスの手から抜け出ようとしているのだが、体勢が悪いらしく苦戦していた。

 

「なにか手伝う?」

「私の事は後で構いません。埋まっている他の方を……」

「だいじょーぶ。ダミー達に今掘らせてるから……此処で良い?」

「……助かります」

 

 スオミ、SIG-510、IDW達を優先しろと言うHK417-arに大丈夫と笑って、HK417-rfはヘカトンケイレスの指の一つに手をかけた。

 

「せーのっ!」

「っ……!」

 

 合図とともに思いっきり引っ張る。掴まれている側のHK417-arも内側から思い切り力を込めて、肘で押し広げようとする。

 ヘカトンケイレスのフレームが軋む音が響いた。それと共に、拘束が僅かに緩んで抜け出せる程度の隙間が生まれる。そこで身体をくねらせて、なんとか抜け出した事でHK417-arは自由を取り戻す。

 

「具合は?」

「問題ありません、良好です」

「そう……なら良かった」

 

 ぐるりと肩と腕を回しえ身体の具合を確かめるHK417-arの動きは軽い。ヘカトンケイレスの腕に掴まれたのだから、多少なりとも不具合の一つは出そうなものなのだが。HK417-rfは疑問に思ったが、言われた所で今の自分にはどうしようも無い事ではある。応急修理しようにも、現地には鉄血の部品しかないし工具もないのだ。

 

「あと……はい、これも拾っておいたよ」

「助かります」

 

 HK417-rfは予め拾っておいた外骨格を渡す。感謝の言葉と共に受け取ったHK417-arは再度装着し、手のひらを握ったりして動作を確かめていた。その動きはとても滑らかで、不具合の一つさえ見受けられない。

 そこに再び先程と同様の違和感は抱いたが、それ自体は喜ぶべき事だとHK417-rfは片付けた。戦力が低下していないというのは、唯でさえ少数戦力で構成されている彼女達にとっては吉報ではある。

 小難しいことは自分ではない誰か――具体的に言えば指揮官やヘリアン達――に任せよう。

 HK417-rfはそう決めて、借りていたままのライフルも本来の持ち主へと返却する。

 

「っあー……!楽になった!」

 

 ライフルを手放すと同時、HK417-rfは思わず声に出してしまうほどの解放感に全身が満たされ、カ体をぐっと伸ばした。

 HK417-arはそんな彼女に労るような目を向ける。

 

「お疲れ様でした。やはり負荷が掛かっていましたか?」

「かなり、ね。ASSTの共有だなんて、もう一度やれって言われても暫くはやりたくないよ……ああ、甘いもの食べたい……」

 

 何がそれほどまでにHK417-rfへと負荷をかけたのか。それは、先程まで彼女たちがASSTを並列に繋げていたことが原因である。

 HK417-arをホストサーバとし、HK417-rfがクライアントという構成のネットワークを即席で構築していた。結果、HK417-rfは自らの銃と同様に他人の銃を扱うことができた。

 しかし当然ながら、ASSTは本来そういった用途を想定して設計されたものではない。処理しなければならないデータは単純な情報量として膨大である。幸いにも彼女らの扱う銃は、多少の仕様の違いはあれど元(ルーツ)は同じだ。他の人形がやるよりは負荷はだいぶ軽かったのだろうと。

 とはいっても、絶えず送りつけられるデータを処理しながらダミーも操作するというのだから、かなりの負荷がかかっていた事に変わりはない。

 だから労りの言葉を掛けたHK417-arだったのだが、返ってきたのは呆れたような声とジトっとした視線だった。

 

「なんだか、そっちは平気そうなのが釈然としないんだけど」

「私の躯体(ボディ)の演算能力は高いようなので」

「なんかずるい……!」

 

 むうと頬を膨らませてすねたような表情を見せられ、そう言われてもとHK417-arは苦笑する。

 

「……それより、早く他の皆さんを見つけましょう。別働隊とも合流しないといけませんし」

「あー、それなら大丈夫。私のダミーの一人がこっちに向かってきてるから、他のみんなもそれと一緒。けどそうなると問題は……」

「瓦礫の下の皆さん、ですね」

 

 別働隊のメンバーとはHK417-rfがダミー経由で連絡をとっていた。残る問題は瓦礫の下になっているSIG-510たち囮部隊のメンバーだ。掘り返すに瓦礫の数が多く、大きな破片もある。現時点でも対処出来るものではあったが、時間が掛かってしまう事は疑いようもない。

 

「安心してください、私に考えがあります」

 

 しかし、HK417-arは後ろを指差しながら大丈夫だと告げる。彼女の指先が示すものを見てHK417-rfはその表情を若干引きつらせた。

 

「もしかして……」

「その”もしかして”です」

 

 迷いなく頷く姿に果たしてそれが可能なのかという疑問を抱きつつ、しかし一方で選択肢としての有効性を認めもしたHK417-rfは残るダミー達を招集した。

 

 

 廃棄都市、鉄血司令部の屋上にて。

 エージェントからの呼び出しを終えたドリーマーは、腰掛けていた砲身から飛び降りる。そしてG&Kの部隊が居ると思われる方へと目を向けるが、背を向け、地上へと続く階段を下り始めた。 

 金属製のヒールが劣化した床材を削る音が響くのをこれまでは不快に思っていたが、最後だと思うとそれほど悪いとは思わなかった。

 

「直接お別れを告げられないから、私からの最後の贈り物よ」

 

ドリーマーは指揮権限を用いて即応可能な部隊を予想される経路上に集結させる。

 与えた指令は、当然のように殲滅のただ一つ。そしてドリーマーは指揮権限を放棄した。放棄された権限は、エージェントが別の誰かに引き継がせることになっている。気兼ねなく全てを手放したドリーマーは、最後に一度G&Kの部隊の居る方角を見る。

 

「生き残れたら、また会いましょう?」  

 

 再開は遠くないうちに訪れるだろう。理論的ではない感覚は、予感とでも言うべきなのだろうか。ドリーマーは薄く笑って、廃墟の闇へと姿を消していった。

 

 

 

 

 FALは急いでいた。

 それは、独り救援に向かったHK417-rfが残したダミーが支援を求めていたからだ。重大な危機の存在は想像に難くない。すぐに動けるものを連れ、残る弾薬をすべて引っ提げて。

 息を切らし、案内人(417のダミー)に先導されて行った先で、見た光景に絶句する。

 

「掘り進めます、離れててください」

「ゆっくりと、繊細に、優しくね。巻き込んだら大変だから」

「……そんなに、雑に見えるのでしょうか?」

 

 そこでは、装甲は罅割れ、一部が融解したヘカトンケイレスが残った隻腕で瓦礫を掘り進めていた。ヘカトンケイレスのコアとケーブルで接続しながら制御をしているのはHK417-ar。そして、その横でダミー達と一緒に安全確認をしつつ指示を出しているのがHK417-rfといった様子である。

 危険は既に過ぎ去った後。今は何処にも、それを感じさせる要素は無い。

 

「なんなのよもう!!」

 

 叫んだFALは地面を思い切り蹴っ飛ばす。勢いを持って宙を舞う小石が、明方の空に放物線を描いていた。




というわけで解説回。裏ではドリーマーが独自行動を取り始めた感じですかね。
筆のペースが遅いのはお絵かきやらなんやらに浮気してたからです。
申し訳ない(´・ω・`)

とりあえずマイペースでやっていきます。


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