ゴブリンスレイヤーとモンスターハンター (中二ばっか)
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1-1 クエスト準備

 ハンター。

 人や村を襲うモンスターを狩る専門家。

 他にもモンスターが跋扈するフィールドにあるキノコや鉱石の採取、研究のためにモンスターの捕獲と仕事の種類は3つぐらい。だが、ハンターズギルドのクエストは膨大だ。

 

 G級にもなったことがある自分はいつもどおり、クエストを受注しターゲットのリオレウス、リオレイアの夫婦を討伐しに行った。ソロで余裕とはいかないが、何度も倒してきた相手である。

 ただ、崖付近で戦う事になってしまい、リオレウス、リオレイアも合流。火球ブレスが飛び交って地面が傾き、爆風で背中を押されて転落してしまう。

 

 この程度スリンガーを使って崖に引っ掛け落下を防ぐ事ができる。

 慣れた動作で、スリンガーを射出して崖に鉤爪を引っ掛けようとした。

 が、引っ掛けようとしたら、リオレウスが起こす風圧の影響を受けてうまく引っ掛からなかった。

 まぁ、地面に叩きつけられても、最悪死にはしない。(めっちゃ痛いが)

 

 落下の衝撃に覚悟した。

 しかし、思っていたよりも衝撃が少ない。

 

 ラッキーと思ってすぐに立ち上がって、リオ夫妻が追撃してくるかと太刀を構え警戒する。

 

「?」

 だが、周りに崖がない。

 戦っていたフィールドには全く心当たりない、牧場にハンターは戸惑う。

 牛や羊がいる囲いの中、困惑するハンター。

 どう考えても、先程まで戦っていたフィールドではない。

 

 辺りを見渡していると、その中に牛飼娘を見つける。

 牛飼娘に声をかけてみることにする。

「あの、ここは何処? リオ夫妻は?」

「は、はい?」

 突然の質問に彼女も困っているようだ。

 

「えっと、冒険者さんですか?」

「いや、ハンターだ」

 彼女が言う冒険者が何となく分かるが、自分はハンターだ。

 

「ハンター……。よく分からないけど、この道を進んで行けば辺境の街に行けるけど」

「辺境の街……? そんな地名あったか?」

 ハンターはあらゆる所で狩りを行ってきたが、身に覚えのない名称だった。

 首を傾げていると一人の男がこちらに来た。

 フルフェイス兜を被った小汚い戦士といえば分かりやすい。

 

「ゴブリンか」

「ゴブ……?」

 ゴブリン。初めて聞く単語である。思わず首を傾げるハンター。

「この人はゴブリンじゃないよ。迷子のハンターさんみたい」

「そうか」

 牛飼娘の言っていることが、最も適切だと思うハンター。

 そして、クエストは失敗だろう。

 狩場から退却しているのだから。

 

 ため息を吐いて、これからどうするか考えてみるが、どうすればいいか見当もつかない。

「あ、そうだ。ハンターさんを街まで届けて上げよう? 困っているみたいだし」

 ハンターの様子を見てだろう。牛飼娘が男に声を掛ける。

「そうなのか?」

「まぁ………。はい」

 返事をすると「付いてこい」と言って歩き出す男。

 フルフェイス兜を被っているので表情がわからない。だが、怒っていないとハンターは感じ、後を付いていく。

 

 

 

 辺境の街に着きある建物、冒険者ギルドに入っていく二人。

 入った瞬間に、こちらを見て顔をしかめるのが何人かいる。

「げっ、ゴブリンスレイヤー」

 彼の渾名はゴブリンスレイヤーらしい。

 ハンターもドラゴンスレイヤー、モンスターハンターと呼ばれたこともあるから、ゴブリンを殺す人なのだろう。

 

「ゴブ……、いや、迷子だ」

「はい?」

 受付嬢が首を傾げた。

 ゴブリンスレイヤーは少し隣に退いた。どうやら、後は自分で話せということらしい。

 できるだけ簡潔に事情を話すハンター。

「つまり、クエスト中に転落したら、この地方にいつの間にか居た。ということでしょうか」

「はい」

 疑わしい目をされたので、とりあえず自身のギルドカードを提示する。

 これでハンターの身元ぐらいは理解できると思った。

 

「申し訳ございません。冒険者ギルドの認識票ではないですし、私はこのカードを見たことがありません」

 頭を下げる受付嬢。

 どうやらここの地方では、ハンターは存在が認知されていないようだ。

 

 仕方がないと諦めたハンター。

 ともかく、お金を稼がなければならない。

「腕っぷしで冒険者になれるか?」

「冒険者登録でしたらいつでも、当ギルドはおこなっています。登録なさいますか?」

「はい」

「文字の読み書きはできますか?」

「……用紙を見せてくれ」

 提示された紙の欄には、自分の知っている文字はない。

 

「……読めません」

「でしたら代筆いたします。読み上げるので答えてくださいね」

「はい」

 受付嬢は性別や年齢、職業と聞いてきたので答えていく。

 

「これが冒険者ギルドでの身分証となります。冒険の最中になにかあった時に身分を照合するのにも使いますから、なくさないように」

 彼女が手渡してきたのは、白磁でできた札。

 つまり、これがここでのギルドカードなのだろう。

 

 新しい大陸で狩りをする場合、鍛え抜いた武具は移動のために持ってはいけない決まりがある。

 そして、ギルドカードの初期化がある。

 

 これは、武具を運送する手間を省くため。長期間移動するから大量の装備は邪魔にしかならない。仮に装備を運んでいる最中、モンスターに襲われれば積荷は捨てて逃亡するしかないのだ。そうしなければ、モンスターの餌になってしまう。

 また、その土地での狩りに慣れていないため、新人として学ばせるという意味があるらしい。新モンスターは特異な能力を持っていることが多く、また狩り慣れたモンスターであっても行動が以前と違ったりする。

 なので、モンスターの生態を学ばせるために一からやり直させられる。

 

「……教育課程(チュートリアル)とか訓練所とかないのか?」

「えっと、引退した冒険者の方や同じパーティの方に師事したい、ということでしょうか?」

「流石に予備知識無しは討伐も採取もきつい」

 

 ハンターは様々な知識も武器にする。

 モンスターの生態、調合、戦略。

 決して脳筋で……どうにかなってしまう場合もある。

 

 だが、ハンターはトラウマを忘れていない。

 採取クエストでティガレックスが乱入してきたことを。

 ハンターは失敗を忘れていない。

 同じクック先生と思って、狂化した彼に殺されかけたことを。

 

 そもそも、予備知識なしで戦うということは死亡率を高めてしまう。

 火球ブレスなら火属性に優れた防具を身に纏って戦えば、安定感は生まれる。

 水属性が弱点なら、水属性の武器を使い戦闘時間も短縮できる。

 

 なので、未知のモンスターと戦う際はかなり際どいものになってしまう。

 ゼノ・ジーヴァのときも最大まで持った回復グレートが底をつきてしまった。

 

 ハンターは一部の極まった者がするような、防具なし(縛りプレイ)をする気はない。

 狩りに出る際は、ポーチに入る多種多様なアイテムの選定。

 武器、防具の強化。

 食事での腹ごしらえ。

 これらをすることでクエストの成功率は格段に上がる、逆なら確実に下がるので事前準備は怠れない。

 まぁ、いくら準備してもダメなものはダメだったりするが。

 

「でしたら……、ゴブリンスレイヤーさんと組んでみませんか」

「ぬ?」

「ん?」

「ゴブリンスレイヤーさんほど、ゴブリンについて詳しい人もないですから。今日もゴブリンですよね?」

「ああ」

 

 どうやらゴブリンスレイヤーはギルドの職員に信頼されている。なら、ゴブリンについて教えてもらうのはありがたい。

 

「俺はそのクエストに付いていっても大丈夫か?」

「ふむ……。武器は背負っている野太刀か?」

「そうだけど」

「洞窟で取り扱うには大きすぎる、腰のナイフの方がいい」

 どうやらゴブリンは洞窟に潜んでいるようで、確かに閉鎖空間で太刀は振りにくい。

 そうでなくても、横薙ぎで周りの仲間に当たらないように留意する必要があるのが、ハンターの心構えだ。

 

 剥ぎ取りナイフはモンスターの鱗や爪を剥ぎ取るのが主な使用方法。

 攻撃に転用できないことはない。

 ハンターもこれまでモンスターに乗ったとき、動く不安定な足場で、モンスターの背中を剥ぎ取りナイフで攻撃して怯ませ、転倒させてきた。

 だが、あくまで使いやすい便利道具であり、武器ではない。

 

「ごめん、これを武器として扱うのは不安なんだ。できれば装備を整え――」

 ――たい。と、続けたかった。

 だが、今のハンターにマイホームもアイテムボックスもない。

 収納していた武具は使えず、使用できる武器は背負った太刀のみ。防具の切り替えもできない。スリンガーの投射では威力が低い。

 

 やはり、新エリアでの装備を引き継げないというデメリットはデカイと思った。

 そうなると、片手剣と盾を自腹で買わなければならない。

「――武具屋を紹介してください」

「分かった」

 

 次にポーチの中を調べてみる。持っているのは、回復薬、回復薬グレート、解毒薬、秘薬、携帯食料、双眼鏡、隠れ身の装衣、達人の煙筒、閃光弾、シビレ罠(現地調合用の閃光虫、トラップツール、電光虫)、捕獲用麻酔玉、力・守の爪、力・守の護符。後はリオ夫妻の落とし物の上位鱗。

 クエストの最中に消費したので、数はまちまちだが、量は足りているだろうか。

 ゴブリンスレイヤーに確認してもらう。

「持ちすぎだ。毒消しを10個も使うような事態になる前に、普通は死んでいる。回復類のアイテムは3つもあれば十分だ」

 リオ夫妻を相手するのに多く持ってきたが、ゴブリン相手だとポーチの圧迫にしかならないのだろう。アイテムを少なくするのはいいが、取り出したアイテムは何処に置いておこうか。

 力・守の爪、力・守の護符以外は盗まれてもあまり懐は傷まないが、盗まれると腹立たしい。

 

「余ったのはどうすればいい?」

「ギルドで引き取ってもらえ」

「できるの?」

「はい、ただ初めて見るものなので、鑑定にお時間を取らせていただきます」

「ついでに鱗も引き取ってほしい」

「わかった」

 受付嬢にポーチのものを渡す。幾らになるのか分からないし、店での売却額を考えるとあまりいい結果にはならないだろう。ただ、ないよりはマシだ。

 

「今のうちにゴブリンについて教えてほしい」

 アイテムの鑑定のために時間ができたので、そのうちにモンスターの情報を少しでも得ておく。

「基本的にゴブリンは子供程度の背丈と知能だ。だが、数が多い上に馬鹿ではあるが間抜けではない。毒を塗った武器を使い、数で袋叩きにする、横穴を使って挟み撃ちにするといったことをしてくる」

「ランポスみたいに群れで狩りをしているってことか?」

「ランポスは知らんが、群れというより集団。狩りより鬱憤晴らしだ。奴らに仲間意識などない。平気で同士討ちする」

「集団って言うと基本的にはどのくらいの規模なんだ? 10~20?」

「巣の規模にもよるが、小規模ならそのぐらいが多い。ただ、上位種ゴブリンシャーマンや渡りのホブゴブリンなどが居た場合、ただの集団よりも脅威になる。シャーマンの呪文、罠、ホブの巨体」

「呪文?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げるハンター。

「詠唱することで様々な攻撃をしてくる。詠唱が完成すると炎や雷が飛んで来る。石でも投げ当てて阻害しろ」

「分かった。スリンガーに何かセットしておく」

「スリンガー? 左手のそれか」

「ああ、閃光弾を使ったり崖を登るときに使う。石ころ・投げナイフなども飛ばせる簡易的な弩だ。一応、整備しておいていいか」

「好きにしろ」

 スリンガーを外しテーブルに乗せる。分解して調べる。

 結果は問題なし。

 整備を終えると同時に受付嬢が鑑定できたと声をかけてくる。

 

「こちらが売却額になります」

「……こんなに?」

 一袋の中に入っていた金貨は想定より多い。その中に、リオ夫妻の鱗がある。

「ポーションは珍しいものでしたから。ただ、鱗はよく分からないものなので、引取できません」

「わかった。これで片手剣と盾は買えるか?」

「十分だ。ついでにゴブリン退治を頼む」

「はい」

 白磁等級で受けられる討伐クエスト。

 ゴブリンの討伐を受けた彼ら。

 次は武具の調達だ。

 

 

 武器屋についたハンターとゴブリンスレイヤー。

 ハンターナイフに似た片手剣と盾を買う。

「他に必要なものってあるか?」

「ランタンよりも松明が便利だ。武器として殴れる」

「一応、松明とランタン売ってるか?」

 洞窟という薄暗い場所で戦うのだ。光源はたくさんあった方がいい。

 この店の頑固そうなドワーフの鍛冶職人に聞いてみる。

「武器屋で買うもんじゃねぇが、あるぞ。それと冒険者セットも買ってけ」

「冒険者セット?」

「ロープやマッチ箱、小型のナイフ。ともかく冒険に必要そうなもんだ」

「じゃあ、それも」

 ランタンは導虫を入れている小さな虫籠の反対側に装着しておく。

 買った片手剣は腰に、盾は右手に、太刀は置き場がないのでそのまま背中に装備。

 ハンターの常識として武器は2種類も装備できないが、片手剣と太刀はかさ張らないのでなんとか装備できた。まぁ、今回太刀は使わないだろうが。

 冒険者セットはポーチの中に入れておく。

 

 アイテムは揃えた。

 武器も適切にした。

 クエストも受けた。

 

「ごめん。時間をかけた」

「いい。今回は急ぎではないからな」

 

「じゃあ、一狩り行こうぜ」

「ああ、ゴブリンは皆殺しだ」

 ハンターとゴブリンスレイヤーはゴブリン共の巣へ向かった。




一応、ハンターの装備はリオソウルシリーズb、装飾に達人、防風を装備。
御守は匠3。
太刀は天上天下無双刀。装飾は防音。

嫌な方は他の装備、また自分の装備で。

というか、既に太刀と片手剣の同時装備……。
とりあえず、回避能力・距離マイナス、太刀は片手剣・盾を外さない限り使用不可にしておきます。


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1-2 チュートリアル

 夕暮れ時に獣道もない森の中を進むゴブリンスレイヤーとハンターは、ゴブリンの巣に向かっている。

 ハンターが「ゴブリンは夜目が良いのなら、昼間に攻めるべきじゃないのか」と質問すると、「奴らにとって昼間は夜だ。夜の間は警戒が強くなる。奴らにとっての早朝、夕方に奇襲するのが最も適切だ」ゴブリンスレイヤーから答えが返ってくる。

 どうやらゴブリンの専門家に間違いないらしい。

 

 ある程度、ゴブリンのことについて聞けるだけ聞いたと思う。そうなると話題がなくなった。

 道中まで、歩く以外することがなくなった。

 小型のモンスターぐらいは出てくると思っていたのだが、ランポス・ジャグラスなどの肉食モンスターどころか、アプトノス・ケルビなどの草食モンスターも出てこない。

 

 歩いていると、後ろに感じる視線。殺意、敵意を感じた。

 飛竜の敵意よりも小さい。

 導虫も一瞬、赤く光って虫籠の中でじっと動かなくなった。

「後ろになにかいるぞ」

「分かってる」

 言うやいなや、ゴブリンスレイヤーは投げナイフを後方に投げた。

 

 投げナイフは後ろの奴には当たらなかったが、奇襲を狙っていた者たちは気づかれてしまっては意味がないと思ったのか、即座に仕掛けてくる。

「Gigigi!」

 

 肌が緑色で子供ほどの背丈。手には悪質な短剣や剣、棍棒を持ち、清潔という概念がないのか体から嫌な匂いがしてくる。

 そんなのが3匹、奇声を叫びながら一気に来た。

 

 ハンターはすぐに片手剣を抜刀しながら、飛びかかって切り伏せる。

 一太刀で絶命したゴブリン。

 ゴブリンスレイヤーも長さが中途半端な片手剣で1匹切り伏せる。

 残り1匹となったゴブリンは、瞬く間にやられた他のゴブリンに気を取られている内に、ゴブリンスレイヤーが突いて絶命。

 

「これがゴブリン」

「そうだ」

 奇面族より一回り大きい。だが、ろくに強化していない片手剣でも一撃で倒せるので、耐久力は奇面族より脆い。素早さも遅い感じだ。

 

 体の臭いもそうだが、血の匂いも酷い。

 ハンターの職柄、血や汚物の匂いに慣れているが、やはり嗅いで気分が良くなるものではない。顔をしかめてしまう。

 ゴブリンスレイヤーは死体を解体するのか、ゴブリンが持っていた悪質な短剣を死体に突き刺す。

 

「真新しい武器は金臭い。それで気づかれた」

「……ごめん」

「気にしていない。それよりもこれを塗っておけ」

 そう言って彼が手渡してきたのは、血が滴る布切れ。

「これは?」

「ゴブリンの血だ。それである程度、匂いを紛らわせることができる。剣は今ので塗られたから、盾の方に塗っておけ」

「……むしろ血の匂いで寄ってくるんじゃないのか?」

「問題ない。巣はこれ以上に臭いからな」

 とりあえず、言われたとおり盾に血を滴らせ、布で塗る。

 防具は、さっきので返り血が多少付いたので問題ない。

 

「こいつらは巡回か?」

「恐らく、だが予想よりも規模がデカイかもしれん。ゴブリンにとって昼間は夜だからな。奇襲を狙ったことから、上位種がいるだろう」

 そう言い、彼はゴブリンの棍棒を拾い上げる。

「片手剣は捨てるのか?」

「剣は正しく切ればまだ使えるだろうが、巣が大きいとなると棍棒のほうが楽だ」

 ハンターからしてみれば武器は本当に大事なものだ。切れ味が落ちることがあっても、砥石を使ったり、武器屋に整備をお願いする。

 最終強化された武器の紛失など考えたくもない。

 だが、ゴブリンスレイヤーは消耗したからと捨てる。

「研いだり、あとで拾って直したりしないのか?」

「別にいらん。また買って補充できるものだ。それにゴブリンから取り上げればタダだ。一つの武器を使い続ける方が、俺には手間だ」

「そっか」

 片手剣を納刀して、彼はゴブリンスレイヤーに付いていく。

「とりあえず3だ」

 

 ハンターは双眼鏡を使い、遠くにある洞窟を見る。

 ゴブリンの巣と思われる洞窟には、見張りが2匹居る。

「なぁ、ゴブリンの見張りがいるんだが」

「やはり小規模な巣ではないな。見張りや巡回がいるのは余裕がある証拠だ」

「巣にはさっきのがどのくらいいると思う?」

 ゴブリンは単体では雑魚だ。ランポス以下と言っていいだろう。

 だが、洞窟内で20体も一斉に飛びかかって来られたら、片手剣では対処ができない。

 太刀ならまとめて屠る事もできるのだが、洞窟内では難しい。気刃を使えば岩だろうと、弾かれることなく切り続けられるが、切れ味の消耗が激しくなってしまう。

 

「40は居る。それにゴブリンだけということもない。ホブやシャーマンは確実だ。下手すればチャンピオンがいるやもしれん」

「チャンピオン?」

「ゴブリンにとっての白金・金等級だ。通常のゴブリンよりも遥かに強く脅威だ」

 ゴブリンチャンピオンなるモンスターと戦ったことがないので、具体的な強さが分からないが、厄介なモンスターなのだろう。

 戦うにしても、周りのゴブリンは駆逐しておきたい。

 

「どうする?」

「煙で燻り出す。奴らは我慢などできん。巣の中にそのまま入るのは愚策だ。少しでも間引きしておく必要があるだろう」

「わかった。ともかく見張りは排除しないといけないよな。間引く時に閃光弾と太刀を使っても?」

「ああ、構わん」

 

 ハンターが取り出したのは隠れ身の装衣。

 多数の草葉を纏った見た目のマント。モンスターから身を隠せる便利な道具だ。とは言え万能ではなく、匂いに敏感なモンスターには発見こそされないが、居場所を把握されてしまう。

 だが、先程の返り血で匂いでの感知が役に立たなくなっているはずなので問題ない。

「これで、できるだけ近づいて、すぐに仕留める」

「分かった。ヘマをしたら、俺がやる」

「頼んだ」

 

 

 

「Goー……」

 ああ、クソ眠てぇ。

 そんな声が溢れる。

 仕方ないじゃないか。

 門番なんて暇な仕事だ。メスでもくればいいのに。

 巡回に出たやつは帰ってこない。どっかに遊びに行ったのか?

 あーあー。俺も巡回に回って、村から羊なりメスなり、掻っ攫って楽しみたいものだ。

 

「Garogaga」

 ボヤいていると、隣の奴も同意見らしく、早く巣穴に戻って獲物にありつきたいらしい。

 そうだ。

 何も二人でする必要などない。

 こんな役、隣のやつ1人で十分だ。

 とりあえず、あのクソ生意気な上司に進言してみよう。

 いや、そうしてくれはしないだろう。隣のやつが言っていたと嘘を言おう。

 そうすれば、上司の苛立ちはあっちに向く。それでぶん殴られるか、燃やされるかはどうでもいい。その姿を見ているだけでも、ある程度は楽しめる。

 

「Gi、……go?」

 時間になったので、巣に戻ろうとした。

 だが、目の前が真っ赤に染まって、一瞬で意識を失った。

 

 何が起こったのかさえわからないほどに、ゴブリンは絶命した。

 

 

 

 ハンターはゴブリンの横から飛び出て、即座にゴブリンの頭に片手剣を振り下ろす。

 頭が陥没し、確実に絶命。

 剛撃直後、前転して隣りにいたゴブリンとの距離を詰め、切り上げる。

 

 だが、普段はしない片手剣と太刀の同時装備からか、移動距離が短い。負わせた傷は深いが致命傷にならなかった。

 

 悲鳴を上げられてしまうと、焦ったハンター。

 

 そこに、ゴブリンスレイヤーからの投擲。

 石礫はゴブリンの頭に当たる。

 

 追撃でハンターの片手剣がゴブリンの喉を斬りつける。

 あっさりと胴体を離れた頭はコロコロ転がり、今度こそ絶命した。

「ごめん」

「気にしていない」

 彼は本当に何でもないように言うが、ハンターにとっては申し訳のなさと、反省点ばかりだ。

 

 やはり武器を同時に装備するのは慣れない。

 回避はいつも以上に注意しておく。

 

 ゴブリンスレイヤーはポーチから瓶を取り出し、巣穴へと投げ入れる。

 次に火の付いた松明を同じ場所になるように投げた。

 すると、黙々と煙が生まれる。

「今のは?」

「大豆から得られるアルコール類。グリセリンというらしい。今、松明を入れた所に枯れ枝、落ち葉でも投げ入れてくれ」

 ゴブリンスレイヤーは準備していたのか、枯れ枝を投げている。

 ハンターも落ちている枯木を投げ始めた。

 

 しばらくして、異常事態に気付いたゴブリンたちが慌てて出て来る足音がしてきた。

「閃光弾行くぞ。光を直接見ないでくれ」

「分かった」

 そこを、スリンガーに装填していた閃光弾で狙い撃つ。

「「「「Gyaga!?」」」」

 瞼を閉じても、眼球を突き刺してくる閃光にゴブリンたちは怯み、一時的に目眩を起こす。

 

 ハンターたちは、盾で両目を覆っていたので閃光を直視していない。

 そして、ゴブリンスレイヤーが洞窟の入口付近のゴブリンを殺す。

 ハンターは片手剣と盾をその場に捨てて、背中の太刀を抜刀。流石に盾を持ちながらでは、太刀を存分に振るえない。先程の失敗もある。

 

 普段のスタイルを取り戻したハンターは、太刀を抜刀する。

 横薙ぎで、巣から出てきたゴブリンをまとめて屠る。

 目眩を起こしているゴブリンは、何も分からないまま、絶命。

 切れ味が凄まじい太刀は、何の抵抗もなく、ゴブリンの体を切断する。しばらくしてから、切り口から血が吹き出すほどだ。

 

 目眩を回復する前に、気刃斬りでケリをつける。

 少なくとも、巣穴から出てきたゴブリンはバラバラにした。

 ハンターを抜けたゴブリンはいない。

 

 辺りはおびただしい数のゴブリンの死体で、赤く染まっていた。

「23、24、25」

 ゴブリンスレイヤーが死体を数えながら、剣を突き刺している。彼の話では死んだふりをするゴブリンもいるので、油断できないという話だ。

 だが、今出てきたのが全部ではない。

 巣の中へ入るために、捨てた片手剣と盾を回収しておく。

 

「さて、半分くらい間引きはできたけど、警戒されている中をどうするか」

「問題ない」

 そう言って、ゴブリンスレイヤーは死体から斧を奪い、反対の手で盾と松明を持つ。

 ハンターもそれに習い、松明とランタンに火を点け、ゴブリン共の巣穴に入ろうとした。

「一応、そこの投げられそうな斧か槍を持ってきてくれ」

「? 分かった」

 とりあえず、ハンターもゴブリンが持っていた短槍を持って巣穴に入っていく。

 

「やはりトーテムがあるな」

 眼の前には骸骨と布、木で作られた旗みたいなものがある。

「ゴブリンシャーマンは縄張りでも主張しているのか?」

「後ろを見ろ。横穴を隠すための仕掛けだ。どうしても最初はトーテムの方に目が行く」

 彼の言った通り、トーテムの後ろには穴があった。

「これで侵入してきた奴らの背後を不意打ちするわけか」

「そうだ。覚えておけ」

 

 そして、巣穴に潜って30歩は進んだところで、敵意を感じた。導虫も一瞬赤く光った。

「来てる」

「槍を投げたら背後を警戒してくれ」

「分かった」

 正面から巨体のゴブリン、ホブゴブリン数体がゴブリンスレイヤーたちに向かってくる。

 こちらに到達する前に、手に持っていた槍を投げる。

 

 飛んでいった槍はホブゴブリンの胴体に突き刺さり、絶命ではないものの足を止めた。

 動きを止めたところを、今度はゴブリンスレイヤーが斧を投擲。

 頭に当たり、今度こそ絶命する。

 そして倒れ込んだホブゴブリン。

 その死体が大きかったので、通路が塞がり邪魔になる。

 後続のホブゴブリンも足を止めてしまい、今度は燻り出すのに使ったのとは違う瓶を取り出し、松明と一緒にホブゴブリンの死体に投げた。

 

 瓶が割れて液体が散り、そこに松明の火が燃え移る。

 一瞬にして火達磨となったホブゴブリンたち。

「来た!」

 そして、ホブゴブリンたちを囮に使おうとしたのか、普通のゴブリンが横穴を使って背後から襲いかかろうとしていた。

 が、事前に横穴の存在を知っていたハンターは、出合い頭に片手剣を叩きつける。

 2,3,4と振っているだけで、首が飛び、胴体は真っ二つになる。

 普段から大物の太刀、そうでなくても大剣やハンマー、終いにはスラッシュアックスを片手で振り回すハンターの怪力。盾で殴れば、骨が折れ、内臓が破裂する。松明ですら致命傷だ。

 

 一応、後続のゴブリンが来ないことを確認してから、もう一度念入りに片手剣で切りつけて、死亡確認。

 途中から、ゴブリンスレイヤーも武器の回収と、死亡確認を手伝ってくれた。

 

「43、44」

「まだ、シャーマンが出てきてないな」

「恐らく、奥で待ち伏せているんだろう。少なくとも出会い頭に呪文が飛んでくることは覚悟したほうが良い」

「……だったらあれ使えないか?」

 

 先程あったトーテムに冒険者セットに入っていた包帯にもなる布を取り付けて、できるだけ人に似せる。松明を持たせるようロープで縛り、偽装もしておく。

 それで巣穴の最深部を覗かせてみる。

 

 すると、トーテムに火球が飛んできて、一瞬で燃え上がった。

 どうやら、人と勘違いしてくれたらしい。

 トーテムを冒険者と勘違いしてくれたゴブリンシャーマン。

 それを巣穴に投げ込み、閃光弾をスリンガーで発射。

 ゴブリンシャーマンは強烈な光で目が眩んでしまい、まともな詠唱ができない。

 

 そんなシャーマンに接近したゴブリンスレイヤーは、一撃で喉を拾った剣で突き刺し、確実に詠唱ができないようにしてから、今度は頭に剣を突き刺した。

 

「45」

「怪我は、――なっ」

 ハンターも巣穴の最深部へと向かう。

 そこにはシャーマンの死体。

 他にもゴブリンたちの餌食になった人間の死体や骨。

 

 ここまでなら、ハンターは動揺しなかった。

 先程のゴブリンの匂いのように顔をしかめるだけに終わっただろう。

 嫌な気分になるが、現実をすんなりと受け入ることができた。

 

 だが、ぐったりと横たわった女性が数人の状態。

 まだ生きている。

 ただし、全身が切り傷だらけで、嫌な匂いのする濁液に濡れている。

 中には、人の形だけ保っている女性もいた。

 

 思っていなかった光景に、吐き気がしてくる。

 直視できない。

 

 クエストで、モンスターの食い散らしを見たことがある。

 全身がズタズタにされ血が滴る死体。

 下半身が部位丸ごとなくなり腹わたがズルズル落ちていた死体。

 最初、直視してしまって、気分が悪くなって吐いた。

 だが、今度からは耐性が付き、なんとか耐えることができた。

 いつの間にか、慣れてきたのか顔をしかめるだけに終わった。

 

 今のハンターはあの頃と同じ、駆け出しだった。

 

 ゴブリンの残酷な、悪辣な思考に耐性ができていなかった。だが、目を背けるのだけは、行動が遅延しても停止だけはしないと必死で耐えた。

 まだ、クエストは終わっていない。

 

「ここだ」

 ゴブリンスレイヤーはそんな状況でも、淡々としていた。

 もしかしたら、彼は顔をしかめるだけに終わるほど、ゴブリンの行いに慣れてきているのか。

 まぁ、今はどうでもいいことか。

 ハンターは動く。

 動かなければ死ぬ。

 導虫はまだ、いつものように淡い緑色を放たず、虫籠の中でじっとしているのだから。

 

 ゴブリンスレイヤーが木の蓋を蹴り破ると、中には更に小さいゴブリンが居た。

 ゴブリンの子供だろう。

 そして、やることは決まっている。

 

「ゴブリンは皆殺しだ」

「そうだな」

 自分たちが受けたクエストはゴブリン退治だ。

 ならば、ゴブリンは殺すべきモンスターだ。

 

 ハンターは装備を作るために、金を稼ぐための欲に突き動かされて、モンスターを乱獲したことがある。

 だが、今のハンターにあったのは、そういった欲ではなく、怒りだった。

 

 自然は無慈悲であり、残酷だ。

 だが、悪辣ではないのだ。

 

 故に、ゴブリンは――。

「ゴブリンは皆殺しだ」

 ハンターはいつの間にか、ゴブリンスレイヤーと同じ台詞を言っていた。

 そして、ハンターは赤子ゴブリンを殺す作業を手伝った。

 

 殺し終えた後、捕虜となっていた方々に、回復薬、損傷が酷い者には秘薬を使い、布に包ませる。

 

 さて、クエスト終了なので、ハンター恒例の剥ぎ取りだ。

 剥ぎ取り中に小型モンスターに襲われる経験しているハンターは、周辺の安全を確認をした後、ハンターはゴブリンの死体を剥ぎ取ろうとする。

 だが、ゴブリンには鱗も甲羅もない。

 これでは防具の素材にも金もならない。

 

 だが、耳や鼻に金属製のリングを付けているシャーマン。

 他のゴブリンも付けている金属製のリング。

 これを売れば多少程度でも金になるのではないか、と期待を込めてゴブリンスレイヤーに聞いてみる。

 

「銅貨にすらならん」

 ションボリである。

 どんな小型のモンスターでも、素材を剥ぎ取り、店に売れば多少の金になるのに。

 ランポス以下、決定である。

 

 それでも、剥ぎ取って一応集めておく。

 他にも金属類、あわよくば硬貨ぐらいはないかと探してみる。

 

「ゴブリンに経済だの、貯蓄という概念はない。なにもないぞ」

 ゴブリンスレイヤーに言われて、ハンターはため息が出る。

 こんなモンスターは本当に嫌だ。

 それでも、まだ使えそうな武器を回収しておいた。

 二束三文で売っぱらってしまおう。

 

 黙々とゴブリンから、武器や役に立ちそうもないアイテムを回収するハンター。

 いや、黙々と作業をしているが、顔が少し嬉しそうにしている。

 どんなモンスターでも、この時間はハンターの本能だ。

 

 それを見ていたゴブリンスレイヤーは、兜の下でなんとも言えない表情をしていた。




 閃光弾の使い手が良すぎる。
 やっぱり便利。
 ハンターの必需品。


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1-3 今日も今日とてゴブリン狩り

 ハンターは現在、安宿に泊まっている。

 部屋は狭い、暗い、音漏れがする。内装はベッド、机、椅子だけだ。

 条件は良くない。

 ただ、馬小屋よりは臭くないので、金を払って泊まっている。

 

 ベッドから起き上がるハンター。

 寝ぼけた目をこすり、大きな虫籠が置いてある机に向かう。

 

 机の上に置いてある虫籠の中には、光蟲と雷光虫、それと虫の餌の蜜がある。

 現在のハンターはマイハウスも農場も持っていない。

 ならば、自分で用意するしかない。

 

 まず、虫籠の中に土を入れ、朽木の木片を置く。そして、落ち葉である程度の環境になったはずだ。

 その中に、ポーチの中に入っていた光蟲と雷光虫を、虫籠の中に入れて様子を見る。

 

 光蟲が土の中で卵を生んでいた。

 雷光虫は交尾していた。

 繁殖行為、大いに結構である。

 

 だが、ゴブリン。てめぇは駄目だ。

 

 クエストが終わった後、報酬を貰った。

 報酬が金貨一枚。ゴブリンスレイヤーと報酬を銀貨で半々にした。

 そして、ここでは回復薬1個が、金貨一枚。

 これなら採取した薬草から、回復薬を作ったほうがいい。

 

 そして、ゴブリンの剥ぎ取り品と武器を売った。

 ゴブリンスレイヤーの言っていた通り、泣きたくなるほど安かった。

 もえないゴミ以下の存在である。あれでも1つ売れば僅かな金になる。ゴブリンが身に着けていたリングは、複数売って僅かな金になった。

 だが、ゴブリンシャーマンのリングだけは、多少の魔力が宿っており多少の金になった。

 

 その金で、虫籠、虫の餌、投げナイフを買った。

 投げナイフを買えることは、かなりありがたい。前までは支給品で、取り置きもできなかった。

 ここでは投げナイフを買えて、取り置きもできる。なんて素晴らしいんだ!

 

 そこで、鍛冶屋にゴブリンの剥いだ革を使って防具の製作を依頼した。

 だが、そんなことはしてくれないらしい。

 少なくともゴブリンの素材では何も作る気はないとのこと。「ドラゴンでも狩ってこい」と言われた。

 なんてことだ。加工屋では最弱モンスターのモスですら、フェイク装備を作ってくれるのに。

 ここの鍛冶屋には絶望した。

 

 それでも、消費するトラップツールの制作はすると言ってくれた。

 恐らく、畑違いなのだ。ここの鍛冶屋は。

 恐らく、加工屋の隣りにいる武具屋なのだ。

 

 ともかく、昨日はゴブリン40匹以上狩っての成果。

 ゴブリンスレイヤーは、ゴブリン討伐しかしていないが、どうやってお金を稼いでいるのか不思議に思う。

 会ったら、どうやって金策しているのか聞いてみよう。

 ハンターは装備を整え、ギルドへと向かった。

 

 

 

「ゴブリンの依頼を多くやる。それだけだ」

 質より量。

 塵も積もれば山となる。

 ギルドに居たゴブリンスレイヤーに金策のことを聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。

 

「ちなみに今日のご予定は?」

「ゴブリンだ」

「付いていっても?」

「好きにしろ」

 ゴブリンスレイヤーの無頓着ぶりに、ため息が出るハンター。

 しかし、白磁等級の仕事は少ない。

 薬草集め、ドブさらい、巨大ゴキブリ討伐、巨大ネズミ討伐、そして、ゴブリン討伐。

 

 どれも、成功報酬は少ない。

 なら、専門家に付いていって、学べるのが良い。

 効率的に殺せるのと稼げる方法を学べる。

 

「どうやって素早く片付けるんだ?」

「水攻め、火攻め、燻す、毒、疫病を発生させる。方法はいろいろだが、洞窟の場合は燃やし続けて、煙で充満させるのが良い。外に出てきたゴブリン共の動きも鈍い」

「中に、……人質や捕虜が居た場合は?」

 ハンターは昨日の光景を思い出してしまい、声が小さくなった。

「巣穴に入るのならば、松明を複数持つべきだ。戦闘時は一つは手で持ち、二つ目は地面に置いておく。進行先に松明を投げて、様子を確かめる。そして、後ろからや壁を破っての奇襲に警戒する」

 ゴブリンのことについてなら、目の前の人物はスラスラと答えてくれる。

 だが、先程の金策、同行については素っ気ない態度。

 ゴブリン以外のことは、無頓着だ。

 

「それと、閃光弾と言ったか。あれは便利だが、同じ手を何度も使うな。奴らも学習し対策を立てる。手を変え、品を変えろ」

「わかった」

 ともかく、今日も今日とてゴブリン狩りである。

 

 

「冒険者の皆さん! 朝の依頼張り出しのお時間ですよ!」

「「「待ってました!」」」

 受付嬢が大量の紙束を、掲示板の前に持っていった。

 冒険者たちが声を上げ、受付嬢の張り出した掲示板の前に集まる。

「うーん。ドラゴン退治、ドラゴン退治……」

「やめとけよ。お前じゃ、一撃であの世行きだ」

「護衛の依頼か。どうしようかな~」

「長期間だけど、報酬はいいわ。これにしましょう」

 依頼内容を吟味しながら、次々と依頼書を受付嬢へと持っていく冒険者たち。

 

「行かなくていいのか?」

「ゴブリン退治は人気がない。余る」

 報酬は安い。討伐数は多い。精神的にも苦痛。

 確かに、誰だってやりたくない。

 

 だが、誰かがやらなければならないこと。

 

「あいつらを放置して大量発生は勘弁だな」

「当たり前だ。そうなる前に皆殺しだ」

 この日、ゴブリンスレイヤーたちはゴブリン退治を3件、請け負った。

 

 

 

 

 最初はゴブリン退治の依頼を受け、依頼人の所で話を聞く。情報は大事だ。

 

 山の中腹にある古い砦にゴブリンが住み着き、討伐に向かった冒険者が返り討ちにあってしまった。

 冒険者は全員男なので、捕虜になっている可能性はない。

 依頼した村の被害者は、山菜採りや狩猟に出て帰ってこなかった男性が2名。

 時間が経ちすぎているため、生存者は絶望的らしい。

 

 その時点で巣穴ごと潰すことを決定。

「どうやってだ?」

「この地域は昨晩の大雨で地盤が緩んでいる」

「ああ」

「多少力を入れる程度でも、土が崩れてしまうほどにな」

 ハンターは泥濘んだ地面を見ながら頷く。

 ここに来る途中も、足を取られないように、力を入れて歩いていた。

 濡れた岩は滑りやすく、土なら足が沈んでしまう。

 斜面が急なところは、土肌が崩れ落ちている。

 傾いた斜面の下には、ゴブリンが住み着いている砦が見えた。

 

「ここに穴を掘る」

「?」

 不思議に思いながらもハンターは、ゴブリンスレイヤーに指示された場所に、村で借りたスコップで穴を掘る。

 雨が染み込んでいる土だが、大剣やハンマーほどの重さでもない。

 腰のあたりまで掘ったところで、ゴブリンスレイヤーがポーチから何かを取り出す。

 導火線に繋がれた円柱形の物体。

「出てくれ。これを仕込む」

「おい、それって」

「爆弾だ」

 

 泥濘んだ地面、そして爆弾とくれば何をするか。

 ちょっと考えただけでわかった。

 

 その後、4つ穴を掘り、その中にも爆弾を仕込む。

 これで準備が完了し、十分離れてから、長い導火線に火を点ける。

 先程掘った穴に燃え進み、火花は見えなくなった。

 次の瞬間に轟く爆音。

 連鎖的に、爆音が5つなる。

 その後、足元に伝わる振動が、すぐに大きくなる。

 

 不安定な地面は、爆弾によって叩き付けられた振動、急な斜面の条件も合わさって、すぐに崩れ始める。

 土砂崩れを引き起こし、下にあった砦は、すぐに大量の土石流が雪崩込み、その姿を失った。

 砦の姿はもう見えず、中に居たゴブリンは重々しい岩も転がり落ちたことで、自力では這い上がれない。

 

「おお、きれいに崩れた。凄いな!」

 ハンターは樹冠の堰堤を爆破し、土石流で寝ているリオレウスを崖下へ叩き落としたことがある。

 あれと同じで、面白いのだ。

 一網打尽というか、一方的に叩きのめす爽快感。

 睡眠爆破のように派手で、敵が狼狽し潰れていくさまは、思わず笑みが溢れてしまう。

 

「生き残りを掃討する」

「あれで生き残りがいるのか?」

「奴らはしぶとい」

 そう言って、降りていくゴブリンスレイヤーについていく。

 

 土砂に埋もれた砦は、見つけることが困難だった。

 しかし、耳を澄ますとゴブリンたちの声が、土の下から聞こえてくる。

「どうやって殺すんだ? 土の下で攻撃ができない」

「土を固める」

 そう言って彼が取り出したのは、白い粉。

「石灰は水分を吸収する。土が固まれば、掘るのも一苦労だ」

「蓋をするってことか」

「ああ」

 石灰を二人で、辺り一面に撒き、ゴブリンたちの声を確認する。

 徐々に弱くなる声は、窒息によるものか。

 土砂崩れによる洗い流し、窒息死、生き残っても蓋を閉めての餓死。

 念の為に、一日そこで様子を見るが、ゴブリンたちが出てくることはなかった。

 砦のゴブリンを全滅させたのでクエスト達成。

 

 

 

 次の村で、最初に依頼人に会う。

 依頼人に会って、ゴブリンが何処から来たのか、数は、拐われた人は居ないのかを確認する。

 ゴブリンたちは野菜だけを盗んでいるらしく、他には何も取られていないと依頼人は言った。

 

「恐らく渡りだ」

「渡りって。あの巨体のゴブリンか?」

「いや、ホブじゃない。渡りは巣を失った流れ者だ。そいつが力をつけ成長したのがホブゴブリン。今回はホブゴブリンになる前だ。5匹いるか、そんなところだ」

 

 ハンターは畑でゴブリンの足跡を発見し、導虫にその痕跡の匂いを覚えさせる。

 緑色に光る導虫たちは、即座にゴブリンたちの方へ飛んで行く。

「匂いを覚えさせることで、モンスターに誘導する虫だったか」

「ああ。交戦状態になると怯えて虫籠の中に戻るけど」

「……虫か。それならゴブリンに利用されることもないか」

 そう呟いてからジーと見ているような気がする。どうやら先程の言葉は、質問だったらしい。

「えっと。ゴブリンも利用できないんじゃないか? 導虫はモンスターに怯えるし」

「そうか。だが、その特性に気付いたゴブリンが、誘導する道に罠を仕掛けないとも限らん。過信はするな」

「わかった」

 

 ゴブリンは馬鹿だが間抜けじゃない。彼の口癖だ。

 害意を感じないのならば、導虫に変化はなくモンスターに誘導する。

 その誘導の際、意思を持たないトラップの類、虎挟みや落とし穴などは反応しないと思う。

 この世界の遺跡や迷宮などでは、侵入者撃退のトラップがあるらしい。

 

 ハンターは大自然の中、導虫の誘導、ペイントボールの匂いを嗅いで居場所を特定し、走ってモンスターを追っていた。

 追っていたら手痛い反撃を食らったことはあったが、大型、小型モンスターがトラップを作ることはなかった。

 

 ハンターが戦った人型モンスターは、アイルー、メラルー、チャチャブー、ガジャブーといった獣人種だ。

 彼らの戦い方は、爆弾を持っての突撃、ガス弾や地雷の利用、被り物を使っての擬態と様々。

 戦闘能力は高く、小さいので攻撃も当てにくい。

 深手を負わせても、地面を掘って逃げる。

 

 ゴブリンと比較すれば、獣人種の方が圧倒的に強い。

 しかし、知能が高く道具を扱い、強靭な肉体を持つ獣人種も、ハンターを罠に嵌めようとはしない。

 大型モンスターをツタで作った網で拘束する、テトルーぐらいしか思い浮かばない。

 

 ゴブリンの罠がどんなものか分からないが、悪辣なものであることは間違いない。

 気を締めて、導虫の後を追う。

 

 導虫の光点を追っていくと、畑から離れ木々の茂みに入る。

 一時間ほど歩き続けると、木の根元で寝ているゴブリン2匹を発見。

 ゴブリンにとって昼間は夜。

 警戒が一番強くなる時間帯だが、巣を持たない渡りゴブリンが一日中、警戒できるはずもない。

 音を出さないように近づき、ゴブリンスレイヤーは右の、ハンターは左のゴブリンに剣を突き刺す。

 突然のことに目を見開く彼らは、すぐに目から光を失う。

 もう一度、剣を突き刺し、死亡を確認。

 そして、ハンターは戦利品の耳のリングを剥ぎ取っておく。

 当然ではあるが、調査ポイントなんて手に入らない。

 ゴブリンなんて嫌いだ。

 

 次の村に向かう途中、見慣れたキノコがあった。パーティーを組んでいるので、今まで自重していたが、ゴブリンスレイヤーにひと声かけて採取しておく。

 簡易的な馬車の中で、先程取ったキノコと投げナイフを調合し、麻痺投げナイフを生産した。

 

 

 

 今度も、依頼人から情報を聞く。

 村外れにゴブリンが住み始めた。初めは田畑の野菜を、次に家畜を盗まれた。

 村長はこのまま野菜や家畜が盗まれ続ければ、冬を越せないと思い、冒険者ギルドへ依頼をした。

 依頼を出してゴブリンスレイヤーたちが来る数時間前に、村娘を拐われた。

 よくあること(テンプレート)で、村娘のことを思うなら早く突撃するべきなのだろう。

 だが、それで死んだら元も子もない。

 慎重に、しかし迅速にゴブリンを排除する。

 

 人質がいるのが確定しているので、巣穴ごと潰すことができない。

 

 巣に直接乗り込むのは愚策だ。

 しかし、時間はかけられない。

 

 松明を両手に持ち、腰にもランタンの灯りを点ける。

 ハンターとゴブリンスレイヤーは、ゴブリンの巣となった洞窟に潜った。

 早速、ギルドでゴブリンスレイヤーに教えてもらった方法、左手の松明を前方に投げて洞窟を照らす。

 

 洞窟はひどい匂いで満たされている。鼻が曲がりそうだ。

 

 3度松明を拾い上げた所で、ゴブリンの足音と声が聞こえた。

 

 松明の灯りを冒険者と認識しているゴブリンが複数、襲ってくる。

 即座に左手の松明を前方に投げる。くるくると回りながら飛んできた松明に、一瞬だけだが怯むゴブリン。

 その隙を逃さず、ゴブリンスレイヤー、ハンターがゴブリンに片手剣で跳びかかる。

 一匹を即座に死体に変え、続く連撃でゴブリンを殺していく。

 盾で強打し、体を回転させまとめてゴブリンを切り伏せる。

 「GOBOORO!」だの「GOBOBOA」だの、耳障りな悲鳴を上げて死んでいくゴブリンたち。

 

 そして、即座に後方へバックステップ。

 残りのゴブリン、ゴブリンスレイヤーの位置を確認し、再度斬りかかる。

 

 当然、ゴブリンも反撃してくるが、振り上げた武器は振り下ろされることなく、腕ごと切断された。

 洞窟内で幾度も奔る斬撃は、周囲のゴブリンをまたたく間に絶命させ、もしくは体の一部を切り落とす。

 

 ゴブリンスレイヤーも2、3匹切り伏せては、絶命したゴブリンの武器を拾い、また2、3匹仕留め、武器を奪う。

 

 大量に居たゴブリンの数は、もう手で数えられるほどに減っていた。

 

 そんな二人に不利を感じ、奥に逃げようとする数匹の小鬼に、スリンガーに装填されていた投げナイフを発射。

 同時に、ゴブリンスレイヤーも投げナイフ、手に持っていた武器を投げる。

 ハンターのは足に、ゴブリンスレイヤーのは両方喉に刺さり倒れ込む。

 虫の息のゴブリンだが、ゴブリンスレイヤーは近づいて止めを刺す。

 足を引きずるゴブリンにはハンターがもう一度、投げナイフを投射し、後頭部に突き刺し殺した。

 

「これで全部か?」

「いや、最後のゴブリンは奥の仲間を呼びに行こうとして逃げた。まだいる。巣の規模から10から20だろう。今ので13。恐らくホブあたりが奥にいる」

 

 再度、松明を拾い上げ、投げては進路上の視界を確保しながら進む。

「GGGOBBBU!」

 するとホブゴブリンが村から攫った村娘を片腕に抱き寄せ、無理やり立たせながら出てきた。だが、体格差のせいでホブゴブリンは完全には隠れていない。

 人質だろう。暗い洞窟で、松明の光源だけでも、汚辱の跡が見れてしまう。

 「ぅぁ……」と掠れた声を漏らして、かなり衰弱している。

 

「うぜぇ」

 思わずハンターは、人質を見たとき、カッと頭に血が上って言葉を吐き捨てる。

 しかし、体はいつもどおり動き、スリンガーに装填されていた麻痺投げナイフを発射。

 人質からはみ出している部分、肩に当たり、腕が痙攣し始める。

 すぐに全身に回り始めた麻痺毒は、体の自由を奪う。

 手に持っていた武器も、人質も落とし、完全に無防備になった。

 

 そんな好機を二人が逃すはずもなく、ホブゴブリンの首が跳んだ。

 

 人質の村娘に、回復薬を少しずつ飲ませる。

 その後、丸めてポーチに仕舞っていた外套を羽織らせ、背負って村まで送り届けた。

 

 彼女の今後がどうなるかわからない。

 ただ、背中に背負っているとき、小さく「ぁり、と」と呟くように言われた。

 その声に何か応えることが、ハンターにはできなかった。

 

 ともかく、3件の依頼達成だ。

 しかし、ハンターも、ゴブリンスレイヤーも、ボスを倒して意気揚々と凱旋したとは言えない。

 ギルドに報告し報酬をもらったら、ハンターは安宿に黙々と帰った。

 

 まぁ、それでも次の日。

「ゴブリンだ」

「同行しても?」

「好きにしろ」

「はいはい」

 ゴブリンスレイヤーは、またゴブリン討伐に出かける。

 ハンターも付いて行く。

 

 ハンターの存在意義はモンスターの狩猟だ。

 自然との調和を目指し、目的は殲滅ではない。(まぁ、繁殖旺盛のため、狩っても狩ってもモンスターが尽きることはない。ハンター自身、宝玉や延髄、素材を得るために古龍だの、飛竜だの乱獲していたのだが)

 しかし、ゴブリンはモンスターであり、放っておくと瞬く間に増えてしまう。

 それにギルドでは、ゴブリンの討伐に規制がかけられていない。

 ならば殺し尽くしても問題はない。

 

 今日も今日とてゴブリン狩りだ。




神々「「これあり?」」

自然「ハンターはあるものは、なんでも使う」


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1-4 白磁等級、ソロ依頼

 評価、感想、誤字報告をくださる皆様方、ありがとうございます。


 ハンターは今、一人でギルドに居る。

 今日はゴブリンスレイヤーは休みだ。

 彼は、装備の整備(彼の場合、武器は使い捨てるものなので防具の点検だろう)やアイテムの補給、農場の手伝いで、依頼は受けないと昨日言われた。

 

 さて、ここでハンターは思い悩んだ。

 ゴブリンの討伐依頼がない。

 いつもならゴブリンの討伐依頼は、3件はありそうなものなのに。

 

 ギルドに居る受付嬢に聞いてみる。

「はい。ゴブリンスレイヤーさんとハンターさんがこの周囲のゴブリンの巣を減らしてくれたおかげで、今の所ゴブリン関連の依頼はないですね。それでも、2、3日もすれば出てきちゃうんですけどね」

 

 今日はゴブリン狩りではなく、他の依頼で金を稼ぐことにする。

 いまだに、ここの地域の字が読めないので、受付嬢に白磁等級の依頼を見繕ってもらう。

 

 その中で、薬草集めの依頼を受けた。

 依頼主は薬医師。

 なんでも、薬草の群生地に大型モンスターが現れたらしく、戦闘能力を持たない薬医師では採集が心もとない。採取中に後ろから、モンスターに襲われることを危惧している。

 冒険者に討伐依頼を頼みはしたが、討伐対象の捜索時間がかかって、取り置きしていた薬草の底が見えてきたらしい。

 

 報酬は安い。

 だが、調合用のキノコや虫の採取をしたいハンターには、うってつけの依頼だ。

 「大型モンスターの遭遇にはくれぐれも気をつけるように!」と受付嬢に念を押され、薬草の群生地へと向かった。

 

 

 

 鬱蒼と茂る森で、せっせと森のめぐみを採取していたハンター。

 依頼内容の薬草を10束。

 自身で使う予定の薬草を集め、その場で調合し回復薬を10個制作。

 アオキノコ、マヒダケ、ネムリダケ、毒キノコ、ツタの葉、をポーチに詰めるだけ採取。ハチミツもある程度採取できた。

 虫はにが虫が3匹、不死虫2匹としょぼい結果だ。

 まぁ、虫は培養すればいいと思い、依頼を達成しようとギルドへ戻る。

 

 収納BOXやベースキャンプがないので、かなり不便だ。

 ただ、ここの地域では、これが普通とのこと。

 まぁ、最近になってベースキャンプで装備を変更でき、アイテムBOXから消費した物を補充できるほど便利になってしまった。

 不便と思うのは、便利すぎた狩猟生活に慣れていたみたいだ。

 

 世代ではないが、昔は強化や生産するのに素材を直接、加工屋まで持っていく必要があったらしい。

 アイルーが宅配をしてくれるようになって、素材をマイハウスのBOXに入れていても、強化、生産が滞りなくできるようになった。

 その他にも、農園の管理、アイルーキッチンでの食事、危険な状態からベースキャンプへ撤退させてもらえるネコタク、ハンターと一緒に戦ってくれるオトモアイルー。

 

 ハンター生活にはアイルーの協力が必要不可欠と言ってよかった。

 だが、ここではアイルーはいない。

 ここの狩猟生活の不便さにため息が出る。

 

 そんなことを考えながら森を歩いていると、後ろから声がしてくる。

 

「なんで灰色熊が2頭もいるんだよ!」

「口開くより足動かせ! あいつらかなり速いんだぞ!」

「誰ですか! 灰色熊を1頭倒すだけの簡単なお仕事って言ったのは!」

「てめぇだよ! ちくしょう!」

 何人か、そして、人ではない足音がこちらに迫ってくる。

 即座に振り返り、状況確認。

 

 灰色のアオアシラといえばいいのか。

 人の身長を越す、灰色の剛毛で覆われた体。

 太い牙や爪、太い手足、血走った目。

 眼の前を走る冒険者4人を獲物と定めた2頭が、4足で追いかけていた。

 

「! おい! そこの奴、逃げろ! 灰色熊が来るぞ!」

 ハンターに気付いた男が、警告するがもう遅い。

 こうなったら、迎撃したほうが安全だ。

 腰の片手剣と右腕の盾を捨てて、太刀を抜く。

 

 冒険者を追ってきた先頭の奴に、出合い頭、太刀を振り下ろす。

 最高峰の切れ味を持つ太刀は、熊の頭蓋骨を何の抵抗もなく真っ二つ。

 一撃で仲間がやられたことに驚き、怒ったもう1頭の熊は4足歩行を止め、立ち上がり威嚇してくる。

「GOOOOO!」

 咆哮は耳を塞ぐほど大きなものではなかった。

 やった! 攻撃チャンス!

 そう思うのはハンターの本質だろう。

 振り下ろしていた太刀を切り上げる。

 

 胴体を切られた灰色熊。

 鮮血が傷口から吹き出すが、まだ倒れない。

 ハンターを睨みつける目は鋭い。

 

 腕を振りかぶって、爪で殺しにかかる。

 だが、そんな予備動作見え見えの攻撃は当たらない。

 ハンターは豪腕を避けて、熊の攻撃後の隙を狙い気刃斬り。

 横薙ぎに払われた太刀は、熊の胴体を切断し、上半身と下半身がお別れする。

 

 しかし、それでもまだ完全に息絶えてはいない。

 情けとばかりにハンターは熊の頭に太刀を振り下ろし、今度こそ命を奪った。

 

 呆気ないほどに簡単に討伐した。

 4人の冒険者が弱らせていたのかと思った。しかし、それにしては熊たちに致命傷となる傷がない。

 

「あんた凄いな! 1人で瞬く間に2頭の灰色熊を倒すなんて!」

「銅? もしかして銀?」

 先程、熊2頭に追われていた冒険者たちが、ハンターに声をかけてきた。

「白磁だけど」

「いや、うそだ。白磁はありえねぇよ」

 素直に答えたのに、信じてもらえないのでギルドにもらったタグを見せる。

 

「本当に白磁等級かよ」

 全員が驚いていた。

 

 

 灰色熊の毛皮、牙、爪を剥ぎ取り、ギルドに薬草を届け依頼達成。

 そのときに付いてきた冒険者が、受付嬢に依頼の内容を報告した。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、剥ぎ取った毛皮の量を見て、謝罪した。

 なんでも、依頼を受けた際は、1匹という話だった。

 ハンターにとっては、狩場に他のモンスターが乱入など、珍しくもない。

 冒険者にもよくあることで、納得もしていた。

 

 だが、討伐したのがハンター。

 謝礼金としてギルドの内部にある酒場で、助けた冒険者が奢ってくれることとなった。

「まぁ、なんでも食ってくれ」

「大食いだがいいのか?」

「ああ、遠慮するなよ!」

「助けてもらったんですし、このぐらいはしないと」

 

 ハンターは彼らの奢りということで、店のメニューで高い肉料理とスープ、特大ハンバーガーという料理を注文。

「デザートは?」

「良いんだが……。1人で食べる気か?」

「無論」

 ハンターは大食らいである。

 実際に出てきた、子豚の丸焼き(数人で分けて食べる)を1人で完食。

 前菜として出てきたスープはすぐに飲んで、途中で出てきた特大ハンバーガーをぺろりと食べながらだ。

 

 それでも、最近の貧乏生活からか、もう少し食っておきたい。

「おかわりいいか?」

「す、済まない。さすがにこれ以上食べられると、こっちが持たない。デザートで最後にしてくれ」

 仕方がない。自分だって最近は、金の管理を考えなければならない。

 新人のうちはどうしても出費が厳しい。

 武器の強化、防具の生産はその最たるもので、素材を揃えたのはいいが、金が足らないなんてことも。

 まぁ、最高ランクのハンターになろうが、武具の調達で金が足らなくなるってのはあったが。

 

「それにしても凄まじい太刀筋だな。何処で習ったんだ?」

「最初は訓練所で。それからは実戦を重ねた」

 届いたデザート、アイスクリンをスプーンで掬いながら答える。

 

「実戦って?」

「いろんなモンスターを太刀で斬っただけ。まぁ、他の武器も使っていたんだけど」

 その中で、狩猟笛だけはどうしても使いこなすことはできなかった。

 楽譜、覚えるのめんどくさい。

 

「へぇー。でもなんで白磁なんだ? それだけの腕があれば、バッサバッサ大物倒して、スピード昇格できそうだけど」

「白磁ができる討伐依頼は巨大ネズミ、巨大ゴキブリ、後はゴブリンだ。俺はゴブリンスレイヤーと一緒に、ゴブリン狩りしている」

「ああ、あの雑魚狩り専門の」

 何やら含んだ言い方をする冒険者。

 

「なぁ、あいつに囮にされたりとかしてるんなら、俺らのパーティーに入らないか?」

「……はぁ? なんで、あいつがそんなことをするんだ?」

「いや、だっておかしいだろ。銀等級なのにゴブリンばっかり」

「私たち、青玉ですけど、ゴブリンより他の討伐のほうが稼げますし」

 どうやらゴブリンスレイヤーは、他の冒険者に煙たがれているらしい。

 ハンターにとっては、特定のモンスターだけを狩り続けることは、別に不思議な事でもない。ハンターは天鱗が出ないからと、何度も狩り続けるものだし。

 

 他にも、モンスターに大事な人や自分の住んでいた村を奪われれば、憎んでしまう。そのことから、奪ったモンスターに復讐するハンターもいる。

 一部の愛好家は、特定のモンスターを狩り続ける。ゲリョスやフルフルなどを、愛らしいという理由で、狩り続けるのだ。

 ゴブリンは愛らしいとは、毛ほどもないので、ゴブリンスレイヤーの場合は前者だと思う。

 

「……ゴブリンスレイヤーはそこまでクソ野郎じゃないし、どんな依頼を受けようが本人の自由だろ。それに――」

「それに?」

「ゴブリンみたいなクソ野郎は、生かしておくべきじゃない」

 少なくともハンターにとって、ゴブリンは根絶するべき存在だ。

 ハンターが居た場所のモンスターには、環境は厳しく、死ねば肉となって食われる。

 ゴブリンは悪意に満ち、ゲラゲラと嘲笑し、犯し、嬲って殺す。

 どちらも悲惨だ。

 

 弱肉強食は理解できる。納得もしている。

 

 倒した竜から鱗や牙を剥ぎ取り、それを身に着けるハンターは野蛮だと、言われることもある。

 実際、野蛮だ。

 殺した相手の骨の髄まで奪うのだから。

 そこはゴブリンと大差ない。

 

 だが、それでも、感謝はしている。

 素晴らしい装備をくれた竜は、ハンターの一部として力となってくれている。

 装備は財産であると同時に、頼りになる相棒だ。

 

 それが多分、ゴブリンとハンターとの違い。

 彼らは何も重んじない。あるのは自身の悪意と欲望。

 ただ、ハンターにとってはゴブリンたちの悪意が、許せないだけの話だ。

 

「まぁ、分からねぇけど。俺たちのパーティはいつでも歓迎だぜ」

「ああ、人手が足らなくなったら協力を頼む」

「ええ、あなたなら心強いです」

「おいおい、俺たちが心許もないのかよ!」

「ともかく、この日の出会いに乾杯!」

 

「乾杯!」

 それはそれとして、依頼達成の後に他の同業者と飲むのは、別に悪いことではない。



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1-5 どっちも変なやつ

 ゴブリンスレイヤーは農場に設置してある柵の点検を終え、朝食を食べていた。

 幼馴染の牛飼娘とその叔父と一緒に。

「そう言えば、彼どうしてる?」

「彼?」

「えっと、前ここに来たハンターさん」

「今、一緒に依頼をやってる」

「へぇ。どんな感じ?」

「どんな感じ……」

 ゴブリンスレイヤーは、少し考え込んだ。

 

「変なやつだ」

 狭い空間では全く意味がないというのに、太刀を持ってくるのは、いただけないと思う。

 だが、ホブゴブリンを倒す際は、かなり有効だ。

 洞窟内でも振れる広さなら、長い間合いでまとめてゴブリンを屠れる。

 派手に振り回しているように見えるが、ちゃんとゴブリンスレイヤーの位置や障害物などに気を配っている。

 

 そして、岩陰に潜んでいたゴブリンを岩ごと切り伏せたのは驚いた。

 あの太刀は業物であることは間違いない。

 だが、業物というだけで容易く岩を真っ二つにできるとは思えない。生半可な太刀筋なら岩の厚みで食い込んでしまい、抜くのに一苦労すると思う。

 

 太刀を何度も振るい、汗一つかかない。そのことから筋力と持久力、技量は、自分とは比較にもならない。

 調合によるアイテム作成もできることから、知識も豊富。

 

 ただ、ゴブリンの存在自体を知らないというのは、自分以上の田舎者だと思う。

 他にも、ゴブリンの皮やリングを剥ぎ取ったり、それを売って金にしようとしたり。

 なにより、剥ぎ取った皮やリングで装備を作れないことを、地面に手足を付けうなだれるほど、嘆いていた。

 

 金、白金等級の実力者で常識知らず、ついでに変人。

 それがゴブリンスレイヤーが思うハンターの印象だ。

 

 幼馴染と叔父さんは、ものすごく何か言いたそうな表情をしていた。

 何を言いたいのだろうか。

 

「結構、楽しい?」

「楽しい……?楽にはなった」

 何しろ負担が減った。

 今まで1人でゴブリンを皆殺しにしてきたが、それが単純に半分。

 ハンターのアイテムで戦闘の負担も減った。

 

「今まで、他の人ともあんまり組むこともなかったから、嬉しそうだなって思ったんだけど」

「……嬉しい」

 あまり思っていなかったが、嬉しいのだろうか?

 ゴブリンスレイヤーには、良くわからない。

 

 

 

 街に向かって荷台を引く。

 このところ牛の乳の出がよく、大量になった。

 荷台はすべて牛の乳やチーズ、バターなどの乳製品。

 これらはほんの一部であり、今日中に配達できるのか疑問に思うほど、牧場の倉庫には大量にある。

 

 牛飼娘は貧弱体質ではないが、街と牧場を何度も往復するので手伝ってほしいと彼女から言われた。

 叔父さんも年。若いときほど無理が利く体ではない。

 そして、他の仕事もしなければならない。

 牧場の手伝いをすることに異論はなかった。

 

 ゴブリンの討伐依頼は、昨日ギルドの掲示板を見たときには、張り出されていなかった。

 この頃は、ハンターという人手が増えたことで、ハイペースで巣を潰していた。

 付近にゴブリンの巣が確認されてはいない。 

 

 それでも、西の辺境周辺が減っただけで、他の地方でゴブリンの巣は多い。

 そして、明日になってしまえば、またゴブリン討伐の依頼がギルドに張り出される。

 

 彼は、いつもどおりの安っぽい鉄兜、鎧、中途半端な剣を装備している。どこで、ゴブリンが襲ってくるかわからない、用心しておくのは当たり前。

 

 そんな男が荷台を引くのは、かなり違和感がある。

 街に入った瞬間、奇妙な目で見られる。

 ゴブリンスレイヤーが、ゴブリン討伐しか受けない変人と知っている者たちは、遠巻きに見た後、去っていく。

 

 ギルドについて、荷物を納品する。

 受付嬢にサインを貰い、牧場に戻ろうとすると呼び止められた。

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさん。ハンターさんと一緒に依頼に向かわれていますが、どのような感じでしょうか、彼」

「どのような?」

「えっと、問題を起こしてないかとか、荒くれ者だったりとか。最近の依頼達成で、そろそろ昇格しそうなんですよ」

 そう言えば、ギルドでは昇級のとき、腕っぷしだけではなく、社会への貢献度、人格面も考慮する。

 そのことを聞いているのだろう。

 

「金銭の執着はあるが……問題行為は起こしていない」

 自分もゴブリンから武器を奪っているのだから、剥ぎ取りも問題にはならないだろう。

 さすがに、ゴブリンの内蔵や皮、牙は売れるかと聞いてきたときは、正気を疑ったが。他にも「ゴブリンの声帯を繋ぎ合わせれば、鳴き袋にはならないか?」と聞いてきたこともある。よくわからない奴だ。

 

「なんだか、間が気になりますが。実力的にはどうでしょう。その、冒険者としてやっていけそうですか?」

「……わからん」

 ハンターは強い。

 だが、強いから絶対に大丈夫とゴブリンスレイヤーは断言できない。

 ゴブリンに村が襲われて、そこに滞在していた紅玉等級の冒険者が戦い、敗れたといった噂を聞いた。

 実力が金、白金等級だからといって、ゴブリンに負けない保証はどこにもない。

 自身も銀等級だが、ゴブリンに手傷を負い、九死に一生を得た状況は何度もある。

 

「だが、類を見ない実力者だ」

「え?」

「俺より強いやつなど五万といるが、ハンターは別格だろう」

「……珍しいですね。ゴブリンスレイヤーさんが他の冒険者さんを褒めるのなんて」

「そうか?」

「まぁ、ソロでしたからね。他人を褒めることも初めてじゃないんですか?」

「かもしれん」

 

 自分は事実を言っただけなのだが、褒め言葉だったらしい。

 

 

 

 次の日、ゴブリンスレイヤーは、ゴブリン退治の準備を整えギルドへと入っていく。

 掲示板から、離れた場所の席に座っているハンターがいた。

「うっす」

「ああ、付いてくるのか」

「ダメか?」

「いや、助かる」

「なら、行くか」

「ああ、ゴブリンは皆殺しだ」

 今日も複数のゴブリン討伐を受注し、彼らは巣穴ごと潰しに向かった。




牛飼娘「君が言うかな」
叔父「お前が言うな」


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1-6 ゴブリンより馬鹿

 ゴブリンの生息地はどこでも。

 巣は洞窟が多いが、誰もいない空き家、神殿、遺跡などなど、多数。

 

 今回の依頼は、ゴブリンが遺跡を根城にして近隣の村が被害にあっているので、根絶やしにしてきてくれ、といった内容。

 女性が何人か拐われており、討伐に他の冒険者のパーティも向かったが帰ってきていない。

 

 辺境の街からは遠く、依頼が届くのに時間がかかった。

「人質だが、可能性は低い」とゴブリンスレイヤーは、言った。

 ただ、人質が生きていないとしても、岩でできた広い遺跡だ。

 遺跡ごと爆発で破壊する、といった手段はできない。

 

 大規模な巣らしく、2匹のゴブリンの見張りがいる。

 ハンターがゴブリンスレイヤーに麻痺投げナイフを何本か渡す。

 ゴブリンスレイヤーは投擲で、ハンターはスリンガーで麻痺投げナイフを命中させる。

 大型モンスターですら、数回当たると麻痺させて動きを奪う代物だ。

 ゴブリンなら1回で痺れて動けなくなる。

 声を上げることも、反撃することもできず、近づいてきた二人が止めを刺す。

 

 石、岩で作られた遺跡は、苔や蔦が生えて、時間が経っていることがわかる。

 中の老朽化も注意したほうが良さそうだ。

 

 こういったときは、中に入らず、できるだけ燻り出してから入るのが上策。

 

 遺跡の入り口から、毒けむり玉を中に向かって投げる。

 大量に噴出した紫色の煙は、見るからに体に悪い。

 本来は、甲虫モンスターの脆い体を破壊しないように倒す用途で、使われるアイテムだ。また、主婦層が虫を追っ払うためにも使われる。

 

 慌てて出てきたゴブリンたちの動きは悪い。

 紫色に染まった唾液をダラダラ流し、ゴブリンの生命力程度では、毒で数秒後死ぬ。

 が、そのようなことでゴブリンスレイヤーたちが、止めを刺さない理由にはならない。

 ゴブリンスレイヤーは確実に殺すために。

 ハンターは依頼通り、根絶やしにするために。

 

 ゴブリンスレイヤーとハンターは、片手剣で動きの悪いゴブリンに止めを刺す。

 遺跡は広い。

 遺跡にいるゴブリンが、この数だとは二人は思っていない。

 ここからは、遺跡に乗り込んでの掃討だ。

 

「遺跡ね。話じゃ罠はないんだっけ」

 ゴブリンスレイヤーは、斥候ではない。

 ハンターも罠の発見や解除などできない。

 だが二人とも、探索能力に長け、この遺跡の罠はないと情報で聞いていた。

 もし、遺跡に罠があるのならば、斥候がほしいところだ。

 

「ああ、だがゴブリンが罠を張っているかもしれん。気をつけろ」

 ゴブリンスレイヤーは、ゴブリンが持っていた槍を奪い、手前の地面に突き立て進む。

 シャーマンがいれば、他のゴブリンに入れ知恵し、罠を張ると彼は言っていた。

「どんな罠を張るか、わかるか?」

 ハンターが興味本位で聞いたとき、槍先が糸に触れ、バッシュっと風の音がした。

「伏せろ!」

「うぉ⁉」

 前方から音に反応した二人は、飛んできた矢を避ける。

「こんな罠だ」

「ワザと発動させたんじゃないだろうな⁉」

「そんなことはせん」

 彼はそのようなことをする人物ではないことを、ハンターは知っている。今のも軽口だ。

 だが、フルフェイスの兜で表情が見えないので、何を考えているかわからない。いや、ゴブリンを殺すことしか、考えていないように思えてしまう。

 

 それから、遺跡を警戒しながら進む。

 徘徊しているゴブリンに背後から斬りかかる。

 上からゴブリンの頭に突き立てるように飛びかかる。

 そうやって、ゴブリンを殺して行き、遺跡の掃除をしている。

 トラップに気づけば、解除か、発動させて無力化する。 

 

「変だ」

「なにが?」

「トーテムがない」

 ゴブリンシャーマンの領域を主張するかのように立てられる、木や骨で作られる旗。それがないということは、ここの遺跡にはゴブリンシャーマンがいない。

「知恵者がいない、なのに罠が作られた?」

「ああ」

 

 ゴブリンも学習すれば罠を張り、毒を作り出す。

 だが、ゴブリンに何かを作り出す知恵はない。

 作り出すとしても、学習した個体だけだ。

 学習とは経験すること。

 ゴブリンスレイヤーが言うには「お優しい冒険者が子供だから見逃そうと言う。生き残ったゴブリンが、村から家畜や女を攫うとも殺すとも考えずにな」とのこと。

 そして、見逃したゴブリンがホブゴブリンやゴブリンシャーマン、それ以上の脅威を持つゴブリンチャンピオンやゴブリンロードとなる。

 

 しかし、シャーマンではない知恵者がいる。

 そうなると、それ以上の脅威のゴブリンがいる可能性が高い。

「気を引き締めろ」

「分かってる」

 ゴブリンが奇襲してこないように、念入りに遺跡を探っていく。

 この遺跡には扉はなく、部屋の入口があるだけで、通路も直線的で左右に分かれるか、階段があるか。

 部屋にゴブリンがいないか探る方法として、ゴブリンスレイヤーが火炎瓶を投げ入れる。

 驚いたゴブリンがいれば斬りかかり、いなければ火の灯りで部屋の周囲を探る。

 火炎瓶でなければ、ハンターが閃光弾を部屋に放ち、目眩を起こしているゴブリンを叩く。

 こう派手に暴れていると、ゴブリンたちが気付いて襲ってくることもある。

 そんなときは、毒けむり玉をゴブリンの集団に向けて投げ入れ、動きが悪くなったところを殺る。

 

 そうしながら探索していると、臭い匂いが漏れ出す部屋があった。

 ねっとりとした、変な酸味の匂いのする空気が鼻孔を突いてくる。

 ゴブリンたちのひどい匂いとは違う。

 最近、嗅ぎ分けを覚えてきたハンターは、奥歯を噛み締め怒りを、焦りを抑える。

 

 中に入り、様子を確かめる。

 松明の光が照らし出したのは、ゴブリンの食べ滓と思われる骨、垂れ流しにされた糞尿、そして、横たわる女性の体。

 そして、ここまで暴れて、冒険者の存在に気づかないゴブリンもいない。

 

 ゴブリンが臆病で、隠れ潜むヤツであることを、二人は知っている。

 当然、女性の影に隠れ、助けに駆けつけた冒険者を、手に持った毒ナイフで突き刺そうとしていることも。

 

 それを理解しながらも、ハンターは即座に女性に駆け寄る。

 手に片手剣を持ったまま。

 

 女性を抱き上げようと、油断している馬鹿な冒険者だとゴブリンには見えるだろう。

 ゴブリンは女性の影から飛び出し、走ってきたハンターを突き刺そうとした。

 だが、ナイフを持っていた手はハンターが片手剣で切り落とした。

 ハンターの攻撃に反応できなかったゴブリンは、連撃で振られた片手剣で斬り伏せられる。

 

 一応、導虫を見て、光が緑色に変わっていることを確認する。

「この人たちはどうする」

「今はどうもしない。後でだ」

 もうすでに、彼女たちは事切れていた。

 

 暗くては死体の状態が良くわからないので、生きているとも勘違いする。

 その隙を前に突かれたことがある。

 大型モンスターなら、食われて生きてはいない。

 だが、ゴブリンならまだ生きている、と期待してしまった。

 ハンターは、ゴブリンが思った通りの馬鹿な冒険者なのだ。

 

「分かった。後でだ」

 まぁ、それでいい。

 馬鹿な冒険者は、馬鹿なりに殺るだけだ。

 だいたい馬鹿でないのなら、古龍や禁忌の龍にソロで、連戦で挑んだりしない。

 

 誰に何を思われていようが、いまさら生き方は変えられない。

 変える気もない。

 

 これからも、ハンターは人質を見たときは多少だが動揺してしまうだろう。

 早く、助けたいとも思う。

 だが、動揺している間に殺されるような間抜けにはならない。

 焦って、失敗だけはしないようにしなければならない。

 それだけは、意識するようにした。

 

 

 

 遺跡を虱潰しに探索していくと、奥の大広間にたどり着いた彼ら。

 大広間にはゴブリンが居ないが、ここに大勢いた様子で、寝床にしていたようだ。

 実際に足跡や糞尿などの痕跡が大量に残っている。

「この量なら、40あたりか。今まで遭遇したゴブリンの数が43。まだ、奥の方で隠れている奴がいるやもしれん」

 大広間の奥に入口が1つ。

 そこにゴブリンの親玉やゴブリンの子供が、潜んでいる可能性が高い。

 

 ゴブリンが物陰に隠れていないか、確認し、居ないことを確かめる。

 それから、進もうとした矢先、ズンズンと地面が振動するほどの足音が近づいてくる。

 

 入り口から現れた巨体。

 まず、目に入ったのは山羊の頭。

 巨大なコウモリの翼を背中に生やし、広間にはいったときに威嚇するようにして大きく広げる。

 腕は4本持っており、太く強靭な筋肉が付いていそうだ。

 体つきも腹筋が割れており、足はヤギの蹄で器用に立っている。

 

「ゴブリン共に迎撃させたが、ゴブリンでは雑兵にすらならんか。貴様ら冒険者だな。この魔将軍、デーモンの贄となるがいい」

 堂々と出てきたデーモン。

 かなりの自信があることが窺える、その立ち姿。

 凡庸な冒険者なら、その驚異を即座に理解し、顔が体が強張ってしまうだろう。

 恐怖のあまり、絶叫を上げる者、逃亡しようとする者、立ちすくんでしまう者もいるかも知れない。

 

「ゴブリンではないのか」

「亜種のゴブリンじゃないか?」

 だが、その姿を見た二人の反応は、頭に疑問符を浮かべただけだった。

 

「いや、違う。あんなゴブリンはいない」

「まぁ、何にせよ大型モンスターだよな」

 残念ながら、ここに来た冒険者は凡庸な冒険者ではない。

 

 1人はゴブリン討伐しか請け負わない、偏屈な冒険者。

 ゴブリンにしか興味がなく、それ以外のモンスターの知識は殆どない。

 なので、デーモンについて知らないので、脅威のほどがわからない。

 せいぜい、腕が4本あるから注意しておこう、と思うぐらいだ。

 

 もう1人は、デーモン以上の大型モンスターを倒してきた狩人。

 未だにこの地域の言葉を理解していないハンターは、馬車での移動中に文字を学んでいる最中。モンスターのことが書かれた本などは、まだ読めるほどではない。

 この地域の情勢も理解していない。

 ゆえに、魔将軍と言われても何のことだがわからない。

 ハンターの頭にあるのは、頭の角は破壊できるだろう、他に部位破壊できそうなところはあるか、とデーモンの姿を観察し、どのように料理するかといった内容だ。

 

「貴様ら! 俺をゴブリン風情と侮った報いを受けろ!」

 二人の言葉を理解できるデーモンは、侮られていると怒る。

 

「死ねぇ! アエテルニターティス《永遠の》……アルゲオ《凍える》……ウェントス《風》――バシュッ――ぎゃぁああ!?」

 激昂し魔法の詠唱を始めようとするデーモンに、ハンターが閃光弾を使い、目眩を起こさせる。

 詠唱は中断され、術は不発。

 

 ゴブリンシャーマンとの戦闘では、魔法の詠唱をいかに防ぐかが課題となる。

 解決策としては石でもぶつけて、詠唱を中断するのが上策だ。

 ただ、周りにいるゴブリンを盾にするので、なかなか近づくことができない。ゴブリンスレイヤーは投擲で、ハンターはスリンガーで遠距離攻撃し、詠唱を中断させるのが常套手段になっている。

 そんなゴブリンすら居ないのに、魔法を発動させようとしたこいつは馬鹿じゃないだろうか? と、ハンターは思った。

 魔法の詠唱、完成させる前に殴れ、だ。

 そこに、ゴブリンもデーモンも大差はない。

 

 デーモンが目眩を起こしている間に、シビレ罠をセット。

 大型モンスター、中型モンスターにも効く罠で、設置したところを踏むと一定時間痺れさせて、行動不能にする。重量がある程度ないと、踏んだ時にスイッチが起動しないので、小型のゴブリンには使えない。ただ、ホブゴブリンぐらい重量があれば別だ。

 デーモンも巨体なのでシビレ罠が効くだろう。古龍でもないのだし。

 設置の時間も早く終わり、動きがほぼ完全に止まるので、頭や尻尾などの部位を攻撃しやすい便利な罠だ。

 

 デーモンは暴れて、4本ある腕を我武者羅に動かして、敵を近づけさせないようにしている。近くの壁に腕が当たるが、崩落の危険性を考えていないのか。

 やはり馬鹿なんだろう。

 

「こっちだ馬鹿」

「そこかぁぁあああ!」

 ハンターが声をかけてやれば、デーモンは迷わずこちらに暴れながら向かってきた。

 馬鹿である。

 

「アババババ!?」

 先程、仕掛けたシビレ罠を踏んだデーモンは、全身に電気が奔って、動きが止まる。

 そして、そんな状態になった獲物にハンターがとるべき行動は1つ。

 

 痺れているデーモンに向かって駆け出し、太刀を抜刀切り。

 続く連撃。切り下ろし、突き、切り上げ、切り下ろしで気を溜める。

 溜めた気を開放し気刃斬りを5回繰り出し、大回転気刃斬りで気の刃を太刀に付与し、切れ味を強化。

 狙うは頭。

 角は破壊して、部位破壊を狙う。

 本来は3段階に切れ味を強化できるのだが、気を十分に練っていないので、切り下ろし、突き、切り上げ、切り下ろしのループ攻撃を繰り返し気を溜める。

 

 ゴブリンスレイヤーは、背後に回り、足の腱を斬っている。なかなかに固い表皮で、スパッと切れない。ゴブリンから奪った切れ味の悪い武器なので当然だ。

 そして、武器が壊れれば、ハンターからもらった麻痺投げナイフを、手に持って突き刺す。切れ味が凄く、硬い表皮でもグサッと手元まで刺さる。

 デーモンの足は酷く損傷し、同時に痺れ毒が蓄積される。

 

 効力が切れ、シビレ罠が壊れたときには、ゴブリンスレイヤーが蓄積した痺れ毒で麻痺った。

 

 麻痺れば何をするか。

 

 先程のループである。

 ハンターは大回転気刃斬りを繰り出し、切れ味を強化し、また気を溜めるためにデーモンの頭を切りつける。

 

 ゴブリンスレイヤーは麻痺投げナイフがなくなってしまった。

 しかし、すでにデーモンは先程からピクリとも動かなくなっている。

 なにせ先程から、ハンターの凄まじい切れ味を持つ太刀で、何度も頭部を切断されているのだ。

 

 幾ら生命力が高いデーモンでも、脳を損傷すれば死亡する。

 確かに、頭は生物にとっての弱点だ。

 

 だが、これがハンターの知る大型モンスターなら、数度切りつけたくらいでは、脳には届いていない。

 鱗、筋肉、骨に阻まれ、凄まじい生命力で傷を回復させる。

 しかし、傷を付けることによるダメージは蓄積されていくので、大型モンスターの生命力を削り切って討伐するのだ。

 

 デーモンは大型モンスター。

 しかも、話せることから知恵がある。

 なら、ゲリョスのように死んだふりをするかもしれない。

 そもそも、大型モンスターは何度も何度も攻撃してやっと倒せる強敵。

 そんな考えから、何度も執拗に頭に向かって攻撃を繰り返す。

 

 決して角がまだ壊れていないからとか、そういった理由ではない。

 この地域では、剥ぎ取り回数や依頼終了での待機時間がなかったりする。死体切りで気を溜めておくのも戦術の一つだ。

 そして、太刀の刃が3段階の強化し終えた所で、一度攻撃を中断する。

 

 すでに、デーモンは首から先が、滅多切りによっておびただしい血と脳漿をぶちまけていた。

 結局、角の破壊はできなかったが、剥ぎ取りナイフでデーモンの角を手に入れることができたので、ハンターとしてはなかなかに満足いく結果となった。

 

 その様子を見ていたゴブリンスレイヤーは、少し離れた場所で待機していた。

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーとハンターは砥石で武器の切れ味を回復させて、デーモンが来た奥に入る。

 そこには岩があった。

 その岩の下には円と文字、図形が血で描かれており、あのデーモンはこの岩で何かをしていたのだろう。

 ハンターは警戒しながら、岩に向けて松明を投げてみる。

 カツンと軽快な音を立てて、地面に落ちる松明。罠の類はなさそうだ。

 近づいて指で触れてみるが、全く反応がない。

 

「なにこれ」

「わからん」

 ここは専門家にお願いするべき案件だろう。

 二人はギルドに戻り、報告することに決めた。

 

 その帰り道。

「デーモンって言ってたっけ? これ」

「ああ」

 ハンターはデーモンから剥ぎ取った角を手に持ち、角度や位置を変えて見ている。

「一式デーモン装備作るとしたら、後何体狩ればいいんだろうな」

 今回、手に入れたデーモンの死体から丸ごと剥ぎ取った素材は、とても装備を一式作ることはできない量だ。

 ハンターギルドでモンスターを丸ごと剥ぎ取ったら、御法度者になってしまい、ギルドハンターが来てしまう。

 だが、冒険者ギルドなら丸ごと剥ぎ取っても怒られることはない。

 なんて良い地域なんだ。

 

「知らん。だが、今回のようにゴブリン以外の大型モンスターが、ゴブリンの頭目になっていることもあるやもしれん。先程の、地面に設置した、なんだったか?」

「シビレ罠か」

「ああ、それの作り方を教えてくれ。あれはホブでも有効なのだろう?」

 

 街に戻るまでの間、ハンターはシビレ罠の調合方法について説明する(ついでに落とし穴や大タル爆弾、閃光弾など他の調合の仕方も教えた)。後日、ゴブリンスレイヤーも鍛冶屋にトラップツールの制作を依頼する。

 その時に、デーモンの素材で武具を作れないか聞いたが、そんなことはしていないと断られた。

 

 ハンターはうなだれた。




オーガだと傷は付くけど、再生して無効化。
だけど、ウォーターカッターで大ダメージだと再生が間に合わない。

つまり、麻痺か睡眠の状態異常にさせて大タル爆弾G起爆すれば、それで終わり。

デーモン「はめ殺しとかヒドス」


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1-7 ソロ活動

「昇格審査を始めさせていただきます」

 始まりは受付嬢の言葉だった。

 

 ハンターたちが倒したデーモン。

 それを報告したら、疑われた。

 なので、受付嬢にハンターが剥ぎ取った角を見せたら、ものすごく驚いていた。

 後日、ギルドが調査隊を派遣し調べた。

 

 遺跡の奥にあったあの岩を基点として、強大な魔法陣を構築し、強大な結界を大陸に展開。

 デーモン、混沌の軍勢にとって有利な陣地にしたかったらしい。

 それを阻止したので、貢献度が貯まり、ハンターは白磁等級から黒曜等級へ上がることになったらしい。

 

 その手続きのために今、ハンターの前に受付嬢と監督官が座り、大柄な戦士が横に控えている部屋に居る。

 

「ハンターさんは、これまでのゴブリン討伐の活動から昇級しそうだったのですが、今回のデーモンの討伐によって黒曜等級への昇格が決まっています。他にも依頼の達成率も高く、評判、人格面……は、多少問題があるとしても、ギルドの信頼がなくなるほどではありません」

「はぁ」

 受付嬢の言葉に曖昧な返事を返すハンター。

 ハンターは、他人からどう思われているかというのは、正直どうでもいい。

 

 数々の脅威的なモンスターを狩り続け、ギルドに貢献した挙げ句、頭がおかしい人物認定である。龍歴院の研究者には、ハンターの生態を研究対象にされかけたこともある。

 

 なにせ、小遣い稼ぎで、竜をソロで討伐するような人物である。

 哀れ、ATMのモンスターたち。

 奴らを狩り続けたせいで、「ハンターのせいで生態系が壊れる!」「あれは人間じゃない。人の形をしたイビルジョーだ」とか言われる始末。

 クエストの掲示板にいつも張り出すのが悪いのだ。

 

 慣れてしまえば例え禁忌の龍でも、20分から30分でソロで討伐できる。

 そういった経緯から、ハンターは周りの人からキチガイの目で見られるのには慣れた。

 

 ハンターランクを上げるのだって、今までなら飛竜だの古龍だのを何匹も討伐すれば、自動的に上がった。

 

 故に、こういった面接は初めてで、面倒くさい。

 ギルド長との会話? 話が長いので、流し聞きで済ませた後、即座に次のランクから受注できる依頼を受けてました。

 

 さっさと等級が上がったことだけ報告するか、上がるために特定のモンスターを討伐してこいと言われる方が、分かりやすいのでそちらにしてほしい。

 そんなことを先程言ったのだが、受付嬢はやんわりと断った。

 

 ハンターは、さっさとこの面接を終えたい。

 なので、返事も生声だ。体勢も膝に肩肘付けて、頬杖をついている。

 とても、人の話を聞く態度ではない。

 

「ちゃんと聞かないと、昇格させませんよ? 冒険者にとっては、人柄や信頼、依頼人と接する際の態度も大切なことなのですから。腕っぷしだけじゃ、上にはいけませんからね」

「はぁい」

 ため息を吐きながらの肯定。

 ハンターにとっては、ハンターズギルドの規律を守ってさえいれば、降格されることはなかった。

 だが、ここでは態度も重要になる。

 

 面倒くさいな冒険者ギルド。

 住めば都、とも言うが、住まば都、でもある。

 

 しかし、疑問も思った。

 ゴブリンスレイヤーは愛想などない。あったら、逆に気持ち悪いが。

 そんな彼も、銀等級になった冒険者だ。しかも、ゴブリン討伐のみで。

 彼みたいな冒険者は好まれるのだろうか?

 

「ゴブリンスレイヤーを見習えと?」

「さすがに、彼をお手本にするのは、おすすめできませんが……。それでも、他人と接する際は、真摯に接してください。冒険者は、1人では冒険できないのですから」 

 

 ともかく、ハンターは黒曜等級へ昇格した。

 

 

 それと同時に、ゴブリンスレイヤーとのパーティも解散した。

 

 

「ゴブリン討伐以外、受ける気はない」

「ですよね」

 ハンターは冒険者ギルドに置かれている椅子に座り、ゴブリンスレイヤーと話している。

 

 ハンターは黒曜等級への昇格をし、受けられる依頼の数が白磁よりも多くなった。

 イノシシやオオカミの討伐といった、害獣駆除。

 希少な植物の捜索といった、採取依頼。

 報酬はゴブリン討伐より高くなり、貢献度も高い。

 だが、そんな依頼はどうでもいいと、ゴブリンを殺し続けてきた彼には一切合切、興味がない。ゴブリン討伐が第一の彼。

 

 だが、ハンターはゴブリン討伐だけ受ける気はない。

 まぁ、ゴブリンは邪魔者なので、別のモンスターが討伐対象でも真っ先に処理する。ブルファンゴやランゴスタと同様だ。横槍を入れられたら、殺意が沸く。

 

 金を稼いで、うまい飯を食い、農場を買って、拡張していくのだ。

 それにハンターは依頼はコンプリートして勲章を獲りたいと思っている。ハンターはやりこみ派だ。

 つまり、ゴブリン討伐だけを受注することはできない。

 

「お世話になりました」

 頭を下げるハンター。

 

「そうか」

 小鬼殺しの淡々とした返事はいつも通りだ。

 そして、いつも通り掲示板には遅く向かい、彼はゴブリン討伐の依頼を受注する。

 ハンターもそれに続くが、彼が受けたのはオオカミ討伐の依頼。

 

 ゴブリンスレイヤーがゴブリンを殺す者であるように、ハンターはモンスターを狩る者だ。ハンターもゴブリンは殺すが、ゴブリンだけがモンスターではない。

 

 ハンターはモンスターハンターなのだ。

 

 依頼人に会い話を聞くと、草原に出ていた山羊飼娘のヤギがオオカミに襲われ、ヤギを置き去りにすることで逃れることができ、ギルドに依頼を出した。

 ハンターも山羊飼娘が襲われた草原を歩き、痕跡を探すところから始めていたが、探索最中に襲ってきた。

 オオカミ討伐だったはずなのだが、なぜかオオカミの上にゴブリンが乗っていた。

 そういったゴブリンをゴブリンライダーということを、ゴブリンスレイヤーから聞いている。

 

 閃光弾をスリンガーに装填し、ゴブリンライダーの群れに向かって、発射。

 強烈な閃光は、ゴブリンとオオカミの目を焼き、一時的に使い物にならなくする。

「ギャッン⁉」

「Gobu⁉」

 いきなりの閃光に驚いたオオカミは転倒、急停止してしまい、騎乗していたゴブリンは振り落とされる。

 

 そこにハンターが近づき太刀で薙ぎ払う。

 太刀の凄まじい切れ味の前には、オオカミの毛皮程度、大した阻みはない。

 目が回復する前に、できるだけ数を減らす。

 オオカミに乗って逃げられると面倒なので、オオカミを優先的に倒す。太刀の間合いにゴブリンがいれば、オオカミごと薙ぎ払う。

 

 オオカミは全て片付けた。

 

 しかし、数が多かった。ゴブリンライダーが10騎でも、オオカミを合わせれば20体。

 

 一時的な失明から回復するゴブリンが現れる。

 先程のオオカミからの転落からか、ゴブリンやオオカミが殺されたことか、ともかく怒りの叫びを上げながら襲ってくる。

 飛びかかってきたゴブリンをハンターは空中で切り落とす。

 

 それを見ていた他のゴブリンたちは、オオカミは全て倒されていること、生き残ったゴブリンは自分たち数匹だけという現状に勝ち目が無いことを理解したのか。それとも、単にハンターが怖かったのか。

 

 ともかくハンターから一刻も早く逃げることを選ぶ。

 ハンターが先程、左手の弩を操作していることから、目を閉じながら走る。

 あの光をまた受けるのはたまったものではない。

 

 だが、放たれたのは先程の閃光弾ではない。

 

 空気が振動するほどの高周波が、ゴブリンたちの後ろから鳴った。

 

 音爆弾。ゴブリンの声帯を剥ぎ取り、縫い合わせて、爆薬を調合した物だ。

 

 本来は水中、地中に潜むモンスターを炙り出したり、耳の良いモンスターを行動不能にさせるアイテムだ。

 しかし、空気が振動するほどの高周波だ。

 至近距離ならば鼓膜が破れてしまう。 

 

 耳を手で塞がなかったゴブリンたちは、体の自由が失われ、地面に転がる。

 そこにハンターの太刀でとどめを刺す。

 

 ハンターはゴブリンライダーを掃討した後、耳に付いているリングとオオカミの毛皮を剥ぎ取り、依頼人の所に戻った。

 オオカミの討伐だったが、ゴブリンライダーの討伐になったことを説明。

「本当にオオカミだけだったのか?」

「えっと、その、逃げるのに必死で、……良く見てませんでした。ごめんなさい。報酬はその……」

 山羊飼娘は申し訳なさそうに頭を下げる。

 ハンターも怒ってはいない。

 山羊飼娘が危惧している報酬も、オオカミ討伐の分だけでいいと言う。吊り上げようとも思っていない。

 ただ、ゴブリンの巣穴がこの辺にないか聞いておきたかった。

 

 ゴブリンライダーなら、放浪するので備蓄の概念がない。殺したら、すぐさま餌にして食った後は、また移動する。

 だが、巣から出てきたなら、ゴブリンの残党が居る可能性がある。

 そして、オオカミを従えている巣ということは、ゴブリンに余裕がある、大勢いるということだ。

 

 大量のゴブリンが、山羊飼娘の居る村を襲えばひとたまりもない。

 そのことを伝えると、山羊飼娘は青い顔をしながらも、心当たりがないことを言った。

 

 とりあえず、依頼は達成。

 ハンターは辺境の街に戻り、受付嬢に報告した。

 

 そこまでは良かった。

 だが、受付嬢の次の言葉がハンターを苦しめる。

「お疲れ様です。ではアドベンチャーカードの提出、よろしくおねがいします」

 ハンターズギルドにも、何を討伐したか記録して提出する書類はあったが、ハンターはまだこちらの地域の字が読めない、書けない。

 今までは、ゴブリンスレイヤーがやってくれたことだが、これからはハンターがやらなければならないことだ。そして、これを提出しないと、報酬すらもらえない。

 

 代理筆記してもらうことも可能だが、黒曜等級程度では足元を見られてしまう。

 

 ハンターはここの地域の文字が学べる場を教えてもらった。

 神殿というところでは、文字を教えてもらえるらしいが受講料が必要。必要経費と思い、受講料を払い、一刻も早く文字を覚えるようにした。

 



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1-8 小鬼は邪魔、殺すべし、慈悲はない

 ハンターは黒曜等級になってから、ソロで依頼を受け続けた。

 

 巨大なイノシシ討伐。

 これは優先して受注した。

 何故か。

 憎いからだ。

 ハンターにとって、狩場に乱入してくるモンスター。

 その筆頭がブルファンゴという、体長1メートルを越すイノシシ。

 背後から突進をくらい、ふっ飛ばされた先で追撃をくらうといった経験。

 ハンターなら誰しもが、経験しているはずだ。

 過去の恨みを込めて、太刀でイノシシを惨殺。

 ドスファンゴのような大きな奴もいたが、太刀を3回当てた所で力尽きて倒れた。

 不甲斐ない。せめて2分位は持ってほしいものだ。鬱憤ばらしにもならなかった。

 剥ぎ取った生肉は肉焼きセットで焼く。

 たくさん上手に焼けました。

 

 鹿角の採取。

 粉にして、漢方の材料になるらしい。

 今までハンターはケルビを初期のハンマーで殴りつけ、気絶している間に角だけ剥ぎ取るといった行為をしていた。

 だが、毛皮、生肉、角を1頭分丸ごと剥ぎ取れる今。

 隠れ身の装衣を身にまとい、気付かれないように近づき、即座に太刀で首元を切断し絶命させる。これならば、内臓が飛び散ってしまうこともない。

 鹿一頭、丸ごと剥ぎ取る。

 生肉は、その場で水に晒し、血抜きを行い、肉焼きセットで焼いた。

 上手に焼けました。

 

 ゴブリン討伐。

 畑の野菜を盗んでいるゴブリンを討伐してほしいといった内容。

 畑に残っていた足跡を導虫に覚えさせて、追跡して巣を見つける。

 小さな洞窟なので10匹いるか、いないか。

 入り口から火を焚き、煙を送り込み、燻り出す。

 慌てて出てきたゴブリンを太刀で切り伏せる。

 生き残りのゴブリンが巣の中にいるか探すために、松明を点けて巣の中に入る。

 巣の中にはゴブリンは残っておらず、煙で燻り出したゴブリンが全てだった。

 そして、試しにと思い、ゴブリンの肉で肉焼きセットで焼いてみる。

 上手に焼けました。

 

 

 

 と、そんな感じに様々なクエストをソロで達成していくハンター。

 そして、四苦八苦しながらアドベンチャーカードに箇条書きで、出来事を書いていく。

 その字は、子供が書いたように下手くそだ。

 受付嬢も読み辛いだろう。

 

「提出ありがとうございます」

 だが受付嬢は、ハンターが下手くそな字で書かれた報告書を見ても、気にした様子がない。

 

「……大丈夫か?」

 ハンターはおずおずと聞いてみる。

 神殿で文字を習っているハンターだが、文字を教えている神官から見れば、誤字脱字は多く、筆跡は酷く汚い。見せればくどくど文句を言われる。

 これでいいのか、間違っているのか、不安になり何度も確認するが、自分が大丈夫と思っても間違っていることが多々ある。

 叱られるというのは、誰だって嫌だ。咆哮より音量は低く、体に影響はないのだが、心にダメージがいくのだ。

 

 受付嬢はやんわりと指摘してくれるが、こうなると申し訳無さが沸き立つ。

 なので、提出するときは緊張する。そして、祈る。どうか間違っていませんようにと。

 まるで、ハンターは新人勤め人だ。

 

「ええ、まぁ、最初の頃よりはだいぶ良くなりました。これからも、この調子で頑張ってください」

「ふー」

 安心して大きく息を吐くハンター。

 緊張が解けて思わず、立っている力さえ抜けてしまいそうだ。

 今日はもう寝ようと、安宿へと戻ったハンター。

 

 

 

 一眠りして、朝早くギルドへと向かうハンター。

 道を歩いていると、男の子が倒れているのを発見する。

 まだ、太陽が出る前だからか、人通りは全くない。

 男の子に駆け寄り、様子を見る。

 服も靴も泥だらけでボロボロの状態だが、息はある。が、このまま放置すれば死ぬ状態といったところか。

 とりあえず、回復薬とギルドで買ったスタミナポーションを飲ませようとする。

 飲む行為すらできないほど、衰弱しているらしく、口元に運んでも全く飲んだ様子がない。今日もソロで依頼を受けようと思っていたので、粉塵は持っていない。

 このままではまずい。

 

 この地域にある奇跡は、呪文を唱えれば傷を直したり、状態異常を回復させるという、まかふしぎな現象を起こせる。

 だが、奇跡を使える神官が居る神殿は、距離がある。

 冒険者が神官をやっていることもあり、冒険者ギルドに向かっていたのだから、現在地からは神殿より近い。

 まだ、早い時間帯だがギルドには奇跡を使える神官が居ることを願って、男の子を背負い走った。

 

 ギルドの扉を開けて、神官が居るパーティに奇跡を一回、使ってもらう。

 治療費として、金貨5枚ハンターが払う。無料で治療というのは、虫が良すぎる。

 奇跡とは1日に使える回数が決まっており(休憩や睡眠を取れば、その限りでもないらしいが)貴重なものだ。それを依頼の出発に使わせてしまったのだから、このぐらいの出費は必要らしく、まぁ仕方ないと諦めた。

 

 実際、男の子を回復薬を飲まずに負傷を回復させた奇跡。

 回復薬を飲んで徐々に傷を癒やす際、飲んでいる間は攻撃や防御ができない。もしくはすぐに治るが、元気ハツラツし思わずガッツポーズをして隙を生んでしまうアオキノコ入の回復薬。

 それらを考えればハンターは、後方から回復させてもらえるガンナーの回復弾に近いと思っていた。

 

 しかし、奇跡には祈祷を捧げるという手間があるものの、後方から外すこともなく、モンスターを回復させてしまうこともなく、味方に治癒を行える。

 やはり、魔法や奇跡をいつかは習得したい。

 

「男の子はどうでしょうか?」

「まぁ、落ち着いた」

 男の子は神官の奇跡を受け、衰弱状態からは回復し、今は安静にして寝かせている。ギルドの管理している宿屋のベッドを貸してもらい、そこに寝かせているが、まぁ宿泊代は取られた。

 人助けにも金はかかるのだ。

 

「どこかの村の子ですよね」

「で、村から逃げる事態になった。ゴブリンに襲われたか、ドラゴンに襲われたか」

「ゴブリンはともかく、ドラゴンはそうそう見かけませんが」

「俺のところじゃ、飛竜ならしょっちゅう見たけど」

「……なんて魔境ですか」

 大量の大型モンスターが現れる孤島にあるモガの村ほどでなくとも、ポッケ村は雪山の中にあるため行く途中でティガレックスに襲われたり、ユクモ村に行く途中でジンオウガは道に堂々と居たりとする。

 この地域でも、モンスターの脅威はあるのだ。

 何も珍しいことではない。

 珍しいことではないが、いいことではない。

 

「ぅぁ」

 男の子が目を覚ます。

「あ、お気づきになられましたか?」

「ここは?」

「冒険者ギルドの宿です。そちらのハンターさんが保護してくれたんですよ」

「冒険者……さん、お願い……助けて」

「何があった?」

「ゴブリン、大きな、奴、沢山……うぅ、ぁぁああ!」

 襲われた時を思い出したのか、泣き出した男の子。

「ゴブリンスレイヤーは?」

「その、遠方のゴブリン退治に。戻ってくるにしても、数時間はギルドには来ないと思います」

 村に生き残りが居るかどうか、際どいところだ。

 それでも、死者が少なくなる方がいい。今からなら、死んでいない人なら命はどうにかなるかもしれない。

 そして、ゴブリンスレイヤーが居ないのだから、他の冒険者が受けるか、依頼が掲示板に残ることになる。

 大きなゴブリン、ホブが居るのは確実だ。

 

「一応、依頼には報酬が必要なのですが」

 受付嬢の言葉を聞いていたのか、男の子がポケットから出した巾着袋。

 子供の財布の中身など、銅貨が数枚程度。

「あい、づら、たお、じで」

 涙を流しながら、声を絞り出した男の子。

 今日の出費だけで、大赤字だ。

 

 思わず、ハンターは小さく笑ってしまった。

 

 馬鹿げてる。

 依頼にしたって、これはない。

 慈善事業でやっているわけではないのだ。

 見捨てて、他の依頼で稼ぐのが賢い。

 

 だが、ハンターは見捨てて、後味が悪いことになるほうが嫌だった。

「どこの村だ?」

 男の子は目を拭い、鼻水を垂らしながらも、ハンターに伝えた。

「……西南の、外れの村」

 ハンターは言われてもわからないので、受付嬢に地図で教えてもらう。

 

「あの、行くんですか?」

「まぁ」

 ハンターはゴブリンスレイヤーのように、ゴブリン討伐だけする気はない。

 だが、ゴブリン討伐をしない理由もない。

 幼い子どもに助けを求められた。

 理由としては十分だ。

 ハンターは勇者になりたいと思ったことはある。凄腕のハンターになれたが、勇者になれたかと問われると、答えられない。

 これでもハンターは気絶状態、雪だるま状態の味方ハンターを叩いて救ったり、今回のような無償に近い依頼を受けたりしていた。

 まぁ、なんでわがままな第三王女の依頼がキークエストになっているのか、疑問に思ったこともあるが。無論、無茶苦茶で無茶振りな依頼も達成してきたハンターだ。

 

 無報酬ぐらい、どうってことはない。

 

 だが、周囲から勇者と称賛されたことはない。

 

 

 

 

 村に、いや、村だった所に着いたハンター。

 建物は壊れ、荒され、放逐されている。

 小鬼はぎゃあぎゃあ喚き立てて、廃村の中で死体や女性を辱めている。だが、聞こえてくるのはゴブリンの喚き声だけで、人の声はしていない。

 偵察、見張りのゴブリンが居なかった。

 群れのゴブリンは全て、廃村の中にいるだろう。

 

 ハンターは走って、ゴブリン共が集まる所に奇襲に向かった。

 毒けむり玉を投げ込むことを考えたが、衰弱している人も居る可能性があるので、使えないと判断し直す。

 

 直接乗り込んで、即座に仕留めまくるしかない。

 弓矢か、ボウガンがあれば、中、遠距離から仕留めることもできたのだろうが、ないものねだりだ。あるものでどうにかする。

 

 ゴブリンの集まる場所、バラバラになるほどに刻まれた死体、犯されてぐったりした女性が地面にいくつも転がる場所、に飛び込んだハンター。

 

 即座にゴブリンが密集している場所に太刀を振る。

 まとめて切り裂かれるゴブリン。

 そして、襲撃に気づいた、お祭りを邪魔したハンターに向かって駆け出してくる。

 

 小鬼が数匹、同時に飛びかかってくる。

 ハンターは転がって移動し、攻撃を回避。飛びかかってきた小鬼を太刀を切り上げて、まとめて倒す。だが、その太刀を切り上げたところを、隙と考えたゴブリンの何匹かが槍で、棍棒で、ナイフで、ボロボロの状態の剣で襲いかかる。

 

 どうせ、ゴブリンの頭の中では、太刀という長物は重く、振るには取り回しが悪い、続けて攻撃はできないと考えているのだろう。

 お生憎様。

 ハンターは斬り下がり、襲ってきたゴブリンを薙ぎ払う。

 だが、その程度ではゴブリンたちの群れに何の影響もない。

 続けて攻撃してくる数匹のゴブリン。

 

 ゴブリン特有の数の脅威。

 1、2匹程度は痛くも痒くもない。むしろ、その程度倒したぐらいでは、焼け石に水だ。

 洞窟の狭い通路では、壁に阻まれて襲ってくるゴブリンの数、方向も限定される。

 だが、平地では四方八方から取り囲むように襲ってくる。そうなると攻撃を避けるのは至難の業だ。

 そうならないためには、常に移動する必要がある。移動して、相手も追いかけることになり、自身の有利な位置へ誘い出すことができる。

 

 衰弱している人に太刀を振り下ろしたら、目も当てられない。

 巻き込まないように逃げるようにして離れると、ゴブリンたちは追いかけてきた。

 追いかけてきたゴブリンに太刀を振り下ろしては、ゴブリンが攻撃してくる。

 攻撃は転がって避ける、走って逃げる、もしくは太刀で切り払う。逃げては攻撃して、攻撃を見切り斬り、ゴブリンの数を減らしていく。

 そうしていると、ずしずしと出てきた巨躯のゴブリン。

 

 ホブゴブリンとは違い腹は出ておらず、筋肉が張り詰めた体。手には岩でできた大きな棍棒。田舎小鬼(ホブゴブリン)ではなく、小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)

 男の子から、巨大なゴブリンが居たことは聞いていたが、せいぜいホブゴブリンと考えていたハンター。

 ゴブリンスレイヤーから聞いた、近接戦闘能力ならゴブリンの中でも一番高い。

 多少、驚いたがやることは変わらない。

 

 ハンターに棍棒を叩きつけようとするゴブリンチャンピオン。当然、ハンターは避ける。

 外れた棍棒は、ハンターの近くに居たゴブリンを潰す。

「GOOROB!」

 棍棒が当たらななかったことに腹立ったゴブリンチャンピオン。喚いて棍棒を振り回すさまは、まるで餓鬼だ。振り回した棍棒は、周りのゴブリンを巻き込むが、まるでお構いなし。

「地雷か、お前は」

 思わず呆れながら呟いたハンター。

 

 振り下ろされる棍棒を紙一重で躱し、太刀でゴブリンチャンピオンを切り裂く。

 太刀の刃は肉を切り裂き、血を吹き出す。だが、ゴブリンチャンピオンは一撃で死ぬほど軟なゴブリンでもない。

 体を傷つけられたゴブリンチャンピオンは、怒りを、殺意を募らせる。

「GROOOO!」

 振り回す棍棒は更に力を増す。だが、ハンターには当たらない。

 ハンターは人型モンスター、もしくは人との戦闘経験はあまりない。だが、ラージャンとの戦闘経験がある。それ以外にも巨大なモンスターとの戦闘経験なら、いくらでもある。

 つまり巨大なモンスターとの戦闘で、攻撃の回避の仕方を心得ている。

 そして、ラージャンの豪腕による連続パンチに比べれば、激昂したゴブリンチャンピオンの棍棒は遅い、威力も劣る。

 ゴブリンチャンピオンの攻撃方法、攻撃範囲を理解したハンターは、振り下ろされた棍棒を見切り斬る。

 バックステップで棍棒を回避、即座に太刀を横薙ぎ。鋭い太刀の刃はゴブリンチャンピオンの肉を切り裂く。

 

 続けて、大回転気刃斬りで周りのゴブリンごと薙ぎ払おうとしたハンターだが、後ろから石が頭に当たる。

 ゴブリンが投石紐(スリング)を使って、小石を投げてきたのがたまたまヒットした。あんなデクの棒(ゴブリンチャンピオン)が暴れている中に、行く気などないゴブリンは手柄をかすめ取るようにハンターを倒す気でいた。実際、囮としてデクの棒に集中していたハンターは、ゴブリンが後ろに回っていることに気が付かなかった。

 小突かれて、動きが一瞬止まったハンターに、にたりと笑みを浮かべたゴブリンチャンピオン。

 

 両手で棍棒を握り、思いっきりハンターへと横殴りに叩きつける。

 

 ふっ飛ばされたハンターは村の家にぶち当たる。立て続けに家が崩壊し、ハンターは下敷きになった。

 

 それを見たゴブリンたちは、げらげらと大きく嗤う。

 

 その声を聞いてハンターは、ブチ切れた。

 

 小型モンスター、殺すべし、慈悲はない。

 

 ハンターは竜の突進に耐える頑丈な体である。巨体の重量が猛ダッシュで迫って来て、叩き潰しに来るのだ。それをランスの大盾で、あるいは大剣を盾代わりにして、防いでしまうのだ。例え、直撃しようともふっ飛ばされてゴロゴロと転がりはするものの、すぐに立ち上がって反撃に出る。

 そして、ハンターが身につけている防具は強力な竜の鱗や甲羅、骨などから作られた防具。元の防御力は高く、鎧玉で最大強化された防具。であれば、ゴブリンチャンピオンの棍棒による攻撃は、ハンターの命を奪うには威力不足だ。

 

 それ以上に強力な攻撃を、幾度も受けてきたハンター。

 

 痛みよりも先に怒りが、心の底から噴火のように湧き出す。

 採取時に後ろからがぶりと噛まれる。

 戦闘中に小突かれる、ふっ飛ばされて、立ち直る最中に大型モンスターの一撃を食らう。

 どう考えてもハンターを狙っているとしか思えないほどに、異種族との連携共闘も多々ある。

 縄張り争いをするようになったのは、本当に最近だ。それでも、積極的にハンターに狙いを定めている方が多い。

 

 上手くいかないことなど、人生で幾らでもある。

 だが、それに何も感情を抱くなというのは無理な話だ。

 

 だから、これは八つ当たりだ。

 ハンターは八つ当たりの対象として、ゴブリンを選んだ。まず、上に覆い被さっている家の残骸を、強引に腕力で退かす。

 這い出てきたハンターを見て、一瞬の驚きの後、殺到してくるゴブリン共。

 今度こそ、息の根を止めに来た。手負いだ、楽にやれると思っているのだろう。

 

 だが、ゴブリンたちは太刀の間合いに入った瞬間に、斬られた。

 這い出たハンターは、気刃斬りを何度も行い、大回転気刃斬りでまとめて屠っていく。

 盾を構えたゴブリンもお構いなし。盾ごと切り裂く。

 先程の投石紐(スリング)で攻撃してきたゴブリンは、スリンガーに装填した投げナイフで頭を撃ち抜く。

 ゴブリンチャンピオンも攻撃してくる。攻撃を転がって回避し、股をくぐり抜け背後から一突き。そして飛び上がって、兜割りで真っ二つに両断。

 

 大量の血が周りに飛び散り、真っ赤に染め上げる。

 ハンターも返り血を浴び、真っ赤に染まった。

 

 群れの長が殺されたことに怖気づいたゴブリンたちは、先程の威勢は消え去り一目散に逃げ出す。

 

「逃がすか」

 ハンターは今、頭に血が上がっている。

 いつもなら、閃光弾で足を止めようと思うが、今は力でねじ伏せたくてたまらない。

 

 ダッシュで小鬼たちを追う。

 ゴブリンたちの足は短く、移動速度も子供と同じだ。だから、成人しているハンターの足の速度には追いつかれる。

 小鬼に追いついたハンターは、後ろから切り伏せる。

 即座に納刀して、次のゴブリンを追って後ろから切り伏せる。

 その次のゴブリンは浅知恵が働いたか、追ってきたハンターに対して3匹掛かりで奇襲する。

 1匹目は逃げる。

 2匹目は草に隠れて、追ってきたハンターに剣を構えて飛びかかって来る。

 飛びかかって来たゴブリンに、即座に反応して太刀を抜き切り伏せるハンター。

 2匹目の後ろに隠れていた3匹目が、矢を構えて放つ。だが、竜の素材でできた鎧はゴブリンの粗末な矢など、弾いて無力化する。矢が弾かれたことに驚いた3匹目を、ハンターは太刀で一瞬にして喉を突く。血泡を吹いて倒れた3匹目。

 

 そして、1匹目は追撃に加わろうと足を止めて、だが、瞬く間にゴブリン2匹がやられるのを見て、逃げ出す。

 ゴブリンは逃げながら考える。

 どうすればあんな化物から逃げられるか。

 そして、使えない間抜け共に悪態をつく。盾にもなりはしないと。

 盾、そうだ、盾を使えばいいとゴブリンは思い至った。

 

 廃村の中で転がっていた、まだ生きている女を無理やり立たせ、後ろに隠れる。

 これで、ハンターは攻撃できない。

 そう考えているのか、ニタニタと口を歪めるゴブリン。

 それが、ハンターに怒りをさらに掻き立たせたとも知らずに。

 

 ハンターはそれを見た瞬間、一気に詰め寄る。

「GGORO⁉」

 その行動に意味がわからないゴブリンは驚いた。

 どうしてだ⁉ と言っているのか。

 別にハンターは人質ごと斬ってしまおう、と思っていない。

 ただ、怒りに任せて体を動かした。それだけだ。

 その後どうしようとかは一切考えていない。

 だが、体が勝手に動く。

 怒りに任せて動く体は、ゴブリン、人質の上を飛び越える。そして、背後に回ったハンターは拳でゴブリンを殴りつけ、吹っ飛ばす。

 ふっ飛ばされたゴブリンは、家に叩き付けられ頭を潰され、死体となってずるりと地面に落ちた。

 

 これで、廃村に居たゴブリンたちは全滅。

 

 人質にされた女性、犯され地面に打ち捨てられた女性たちは、衰弱している。

 家の中に入り、毛布や布団を敷いてその上に寝かせる。

 そして、生きている全員に行き渡るように、回復薬を少しづつ飲ませて行く。

 

 奇跡が使えないハンターには、これ以上どうすることもできない。

 一応の処置が済んだ後、ハンターはゴブリンの足跡を辿る。

 まだ、ハンターのイライラは収まっていない。

 巣にゴブリンが居るのならば、それも鬱憤ばらしにする。

 

 ゴブリンは皆殺しだ。




 大型モンスターと戦っている最中に、小型モンスターに邪魔される。もしくは大型モンスターが乱入してくる。
 大抵のハンターたちはイライラする。そして、邪魔してきたモンスターごと切りまくり。よくあるでしょ? そして、こやし玉投げる事を忘れる、もしくは持っていないこと。


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1-9 後処理

 巣の中に入って、居残りのゴブリン、生まれたてのゴブリンを太刀で皆殺しにしたハンター。

 狭い洞窟内で太刀が振れるのかと思うかもしれないが、気刃斬りならば弾かれるような硬度の物を切りつけても、強引に振り抜くことができる。

 例え岩に弾かれても、強引に何度も切りかかり、無理矢理にでも斬っていた。

 太刀の切れ味はかなり落ちているが、ゴブリンを殺すのには問題ない。例え切れ味が落ちようと、ハンターの怪力で振られる長い鉄の棒なら一撃だ。

 

 巣の中に女性もおり、回復薬を飲ませて背負って廃村まで運ぶ。

 廃村の女性ではないだろう。子供が財布を持てるぐらいには、財力がある村だ。冒険者ギルドに依頼を出せるだろう。つまり、他のところから連れ去られた女性だ。

 後はギルドに頼んで、神殿で保護してもらうしかない。

 死んでいなくても、心が死んでしまう。

 傷なら回復薬を渡すことで、どうにかなる。だが、他人の心傷の治し方など良くわからないハンター。

 ハンターが負ったトラウマは、そのモンスターを倒すことで克服してきた。それを戦闘能力がない彼女たちに強いるのは無理だ。

 

「はぁ」

 ハンターは廃村で巣から連れ出した女性を寝かせた後、小屋の中にあったスコップで穴を掘り、死んでいる者を埋めていく。死体を焼いたり、墓穴に花束でも添えたほうがいいのだろうが、被害者が居る中で焼くのは酷いし、花は見つからない。

 墓にはとりあえずといった形で、石を置いていく。

 それが済んだ後、廃村の中で金目の物がないか探す。やっていることは火事場泥棒だ。

 廃村から荷車を引っ張り出し、衣類、硬貨が入った財布、金属品、食料などを入れていく。

 

「何をしている」

「家荒らし」

 ゴブリンスレイヤーが後ろに居ることは感じていた。

 恐らく受付嬢、男の子からこの村にゴブリンが居ることを聞きつけてきたのだろう。

 

「なぜだ?」

「俺が火事場泥棒している理由か?」

「ああ」

「何にしたって金は必要だ。仏さんには三途の川渡る手間賃ぐらいでいい。だけど、生き残っているやつには、幾らあってもいい。生き残りはしましたが、金がなくて死にました。それじゃダメだ」

「……そうか」

「できたら女性の看病してくれ。苦手なんだ」

「わかった」

 

 あらかた衣類、食料を荷車に乗せた。金品は銅貨や銀貨はかなりあるものの、金貨は5枚しかなかった。馬はいなかったが、牛を使って動かすことにする。

 ただ、牛で荷台を牽かせるようなことをハンターはできない。

 アプトノス、ポポあたりなら、荷台を牽引させることなど容易いのだが。

 ゴブリンスレイヤーが農場の手伝いをしているので、牛を操ってもらう。

 

 被害者たちも荷台に乗せて、ハンターが牽引する。

 牛が何頭も居なかったので、そうせざるをえない。

 大剣やハンマーを扱う腕力と持久力を駆使して、被害者たちを乗せた荷台も街へと向かった。

すすり泣く声が後ろから聞こえてくる。

 

 

 神殿前に着いたら、被害者を荷台の荷物ごと渡して終わり。

 被害者を渡したら、眼鏡を掛けた神官がにが虫を噛んだような顔になる。荷台に乗せた金や食料を渡した途端、さらに嫌な顔をする。

「その、心はご立派ですし、寄付金としてもありがたいのですが、何でも金で解決といったやり方は褒められたものではありませんよ」

「はいはい」

「あなたのその態度もです。その適当さや字の下手さで、あなたの誠実さが伝わりづらいのです」

 眼鏡神官はハンターに字を教えている。

 ハンターが不真面目でないことは知っている。だが、礼儀や常識には少々欠けていることがある。農村の出ならば、そういったことを知らないのも仕方がない。だが、知らないままというのもまずい。依頼人と齟齬があれば、不利益を被るのはハンターだと散々言っている。

 冒険者はならず者といった偏見は未だにある。

 そして、間違ってもいない。

 基本的に冒険者は、食い扶持に困った者や家督を継げない者がなることが多い。そういった者が犯罪者にならないように冒険者にするのだ。

 ハンターは人徳者であることは間違いないのだが、態度からして粗野な印象が拭いきれない眼鏡神官。別に清廉潔白な人物にまでなってほしいとは言わないが、誠実に頼んでほしいというのが眼鏡神官の本音だ。

 

「ともかく、保護はわかりました。彼女たちはお任せください」

「頼んだ」

「あなたも少し頼み方を考えてみたらどうですか」

「そうか、考えてみる」

「前もそう言ってました」

「……そうか」

 ゴブリンスレイヤーの返事にこめかみを押さえる眼鏡神官。

 彼も神殿にはお世話になっているらしい。

 

 冒険者の仕事はここまでだ。

 ギルドに報告するためにハンターとゴブリンスレイヤーはギルドへ向かう。

「なぁ、ゴブリンが村を襲う前兆がないってことあるのか」

「基本、ゴブリンが村を襲う際は偵察が来る。だが、村の人間がそれに気づかないこともままある。チャンピオンが居たのなら、村の戦力がないことを悟った時点で襲撃の対象になったかもしれん」

「……そっか」

 ハンターが相槌を返すまでの間に、彼女たちは立ち上がれるだろうか、このようなことが起こさないようにするにはどうすればいいのか、頭の中で思い浮かべたことを口に出ないように止めた。

 彼が神殿の人と知り合いということは、村に間に合わなかったこともあるのだろう。

 第一、そんなことを聞いてどうするのか。

 ハンターが彼らの心を救えるわけがない。

 だぶん、ゴブリンスレイヤーも彼らの心は救えなかった。

 恐らく、勇者ですら救えないだろう。

 結局、自分で区切りをつけるしかないのだ。

 

「あ、報酬」

 ふと思い出したハンター。

 一応、依頼人の男の子から貰った銅貨数枚の半分をゴブリンスレイヤーに渡そうとする。途中参加とはいえ、手伝ってもらったのだ。なけなしの報酬ではあるが、渡さなければならない。

「いい。俺は何もしていない」

 受け取りを拒否された。

 ハンターの手には銅貨が数枚残る。

 その銅貨が、急に重くなった気がした。

 男の子の助けてという言葉が、果たせなかったという事実が生まれて、依頼人にどういえばいいのか気分が悪くなってしまう。

 きっと、ギルドに行けば、男の子は聞いてくる。

 村はどうなったか、家族はどうなったか。

 それにハンターはどう答えればいいのか、分からなくなってしまう。

 事実をありのまま話せばいいのか、濁してしまえばいいのか。

「どう言えばいい?」

「誤魔化す必要はない」

 ゴブリンスレイヤーのぶっきらぼうな答え。

「お前、それ言えるのか?」

「言い辛いのなら、俺が報告するが」

 この男なら、それこそストレートに言うだろう。

 それがいいのかもしれないが、報告の義務はハンターにある。

 依頼を受け、報酬を貰っているのはハンターなのだから。

 

 夜になった中を歩きながら、依頼人の男の子にどのように報告するか、考えているとギルドに着いた。未だにどのように報告するかは決まっていない。

 ギルドの扉を開く。

 ギルドの中にある食堂では冒険を終えた同業者たちが、思い思いに食事を楽しんでいる。目的の男の子は壁際にあるテーブルに座っていた。

 男の子は心配した顔だ。

 ハンターは対面になるように彼のテーブルに座る。

「……ゴブリンは、倒した」

 バツが悪く、そう言ったハンター。

「村のみんなは、お父さんとお母さんは?」

 ハンターの様子に、観念したように言う。

「居なくなった人は村に埋めた。保護した人は神殿に送った」

「……村は、どうなりまし、たか」

 彼自身、もう分かっているだろう。残っていると言ってほしいのだろうが、そんな嘘を言えるほどハンターは偽善者になれない。

 ただ、言えば眼の前の男の子は泣くか、怒るか。どっちも嫌だが言うしかない。

「壊された」

 ハンターが言ってからしばらくして、男の子は嗚咽を漏らす。

 それは、食堂の喧騒に紛れて、ハンターぐらいにしか聞こえない。

 

 結局、ゴブリンスレイヤーのようにストレートに言うしかなかった。

 男の子は泣き止んだ後、無言で頭を下げて、神殿に向かった。

 

「なぁ、ゴブリンスレイヤー」

「なんだ」

 受付嬢に報告を終えた彼に話しかけるハンターは、無駄だと分かっていても聞きたいことがあった。

「お前ならどうした。どうやって助ける」

 ハンターはモンスターが出れば、なんとしてでも狩る。ソロだろうが、アイテムを駆使し、弱点を探り、伝説の龍が討伐対象でも倒す。

 そしてハンターは、人の救い方など知らない。

「俺は、ゴブリンを殺す。それだけだ」

 ゴブリンスレイヤーの過去に何があったのか、察することはできる。今回のようなことはよくあることで、彼にもあったことなのだろう。

「……助けたりとかしないのか」

 だが、彼は被害者であり、復讐者である。

 戦うと決め、復讐をやめることをしていない。

 そして、無力さを感じたこともあると思う。

 その無力さを感じたときの対処法をハンターは聞きたかった。

「それは、俺の専門外だ。救う、助けるなど、俺にはできん。俺は小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)だ。神官でも、勇者でもない」

 聞いてみれば当たり前の話で、どうしようもない。

 彼も、無力な人なのだ。

「ただ、俺が言えるのは、お前は、良くやっている」

 ハンターは、超人的な怪力や耐久性を持っていても、神官のように奇跡が起こせはしない。

 ゴブリンスレイヤーの言葉に多少心が軽くなるくらいの、無力な人に過ぎない。

「どうも」

 そういった短い言葉を返せるくらいしか、今のハンターには元気がなかった。

 それでも、一休みして明日になれば、またいつものように依頼を受ける。

 それが、彼の日常なのだから。

 それ以外にやることも、やれることもない。




あけまして、おめでとうございます。

新年早々、鬱な話ですいません。


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1-10 禁忌モンスター

真実 「セッション考え中」
自然 「ん?どっした?」
真実 「あ、自然。ちょっとお前の駒頂戴」
自然 「どれが欲しいの?」
真実 「お、じゃあ、これ」
自然 「それでいいの?」
真実 「うんうん。この龍なら見栄えもいいし、これぞドラゴンって感じだし(四方世界にポイ)」
自然 「それ一応、世界滅ぼす龍だから」
真実 「え」

セッション終了後

神々「なにこれ」
地母神「あの、障壁が1撃で壊されたんだけど」
自然「一撃一撃が必殺技ですし」
真実「え、これ、え。こんなの絶対おかしいよ」
秩序「こんな奴らが他にも居て、人類滅んでいないとか、どう考えてもおかしいだろうが⁉」
自然「さらに強い個体が他にもいるけどな。それをソロで狩る奴らが跋扈しているから」
混沌「はよこい、勇者! 世界が滅ぶ!」
自然「あ、それ無理」
神々「は?」
自然「こいつ裏ボス的存在だから、魔王も倒せないレベルじゃ逆に返り討ち」
天界は自然を除いて阿鼻叫喚となった。


 金等級冒険者たちは廃城の調査をしていた。

 最近、この辺りのモンスターや野生動物が怯えて逃げ出し、近隣の村まで来てしまったのだ。無論、逃げ出したモンスターは他の冒険者たちが討伐に乗り出し、駆逐されつつある。

 その原因と思われる廃城を調査し、可能であれば撃破する依頼を受けた金等級冒険者たち。

 

 魔王軍の幹部、あるいは魔王の襲来と考えた国王や大臣、将軍は、王国の金等級の冒険者を招集。

 金等級。

 実力と信用を兼ね備えた銀等級のただ一つ上の位ではない。国家規模の任務を任せられるほどの一流の冒険者。それが20人。

 彼ら、彼女たちは油断なく、慎重に廃城を探索している。

 そんな中、金等級斥候が気配を感じた。

 いや、廃城に入る前から巨大な力を金等級たちは感じている。空気は重く、怪しげな悪雲が満ちている。不気味なほどに廃城は静まり返っており、お調子者の冒険者でさえ口を閉ざしていた。

 その力を発する存在が、この壁を越えれば確認できる。

 気を引き締めて、金等級斥候が鏡を使って、壁越しに姿を確認する。

 

 目が合ったわけじゃない。

 見つかったわけじゃない。

 

 だが、その姿を確認し、理解した瞬間、金等級斥候の心臓が止まった。

 

 その姿は禍々しい紫黒の鱗に覆われ、巨大な翼、長い尾と首、4本の王冠のように生えた角を持っている。おとぎ話に出てくるドラゴンをそのまま出した姿。

 

 ドラゴンは廃城に住み着き、辺りに生息していたモンスターや動物は野生の本能、勘で怯えて逃げ出したことを理解する。

 ここで金等級冒険者たちは選択肢があった。

 

 逃げるか、戦うか。

 

 相手はドラゴン。

 これが駆け出しや中堅の冒険者たちなら、よほど頭が狂ってでもいない限り、自分たちでは敵わないと早々に撤退しただろう。

 だが、彼らは金等級冒険者。

 ベテランの誇りがあり、自覚もあり、数多の経験を全員が積み、中にはドラゴンの討伐経験もあった。そして、パーティーの中には竜殺しの剣を持った前衛も居た。

 ドラゴンは寝ている。今なら奇襲するチャンスだ。

 

 油断なんてない。できない。

 ここに来るまでにモンスターとの戦闘もない、疲労もない。

 金等級の冒険者たちの殆どが、ここで討伐することを決意する。

 だが、金等級冒険者の中でも戦闘に反対するものも居た。たった1人だが。

 

 その1人をパーティー全員、臆病者と蔑むことはしなかった。

 幾ら、好条件がそろっていても、伝説のドラゴンなのだ。恐怖を感じない者などいない。

 パーティーが全滅する可能性を、誰もが感じている。だったら軍を動かして、大勢で戦う方が確実でもある。

 だが、ここで情報を持ち帰り、兵士や他の冒険者を揃え、大砲や大弩の準備をしている間に、起きたり何処かへ行ったりする可能性が高い。

 戦力を整えて戦うより、奇襲して手負わせる。

 もし、手負いでも討伐が無理だと感じたら、引き際は各自が判断する。

 

 冒険者は自己責任。

 戦うも逃げるも選択は自由だ。

 

 戦闘に反対した金等級冒険者は撤退し、この情報を王国に届ける。

 

 残った金等級冒険者たちは、寝ているドラゴンに気づかれないように移動して、配置についた。

 

 

 そして、竜殺しの剣を持つ金等級冒険者は、最初の一撃を頭に叩き込むべく走る。

 最初の攻撃。

 失敗しようと成功しようとドラゴンは目覚める。

 今ならまだ引き返せる。先程、帰った冒険者のように逃げてしまえばいい。竜殺しの剣は他の前衛に渡してしまえばいい。そんな考えが頭の中にある。

 恐らく、他の冒険者も大なり小なり、今なら逃げられると思っている。

 

 だが、最初の一撃を加える冒険者が走り出したとき、全員その思いを拭い去った。

 眼の前のドラゴンが強いのは、本能で理解している。仲間が、自分が、死ぬかもしれない、いや、死ぬ可能性が高いことも把握している。

 それでも、彼らはドラゴンと戦うことを選んだ。

 理由は様々。

 金、名誉、誇り、野心、夢、仲間。

 いずれもゆずれない願いだ。

 だから、これまで戦ってこれた。そして、今、ドラゴンとも戦える理由だ。

 

 竜殺しの剣。

 ドワーフがミスリルとオリハルコンを特別な火山の熱で溶かし合金し鍛え、柄頭の宝石が魔力を持ち加護となっている。その長剣でドラゴンを倒したことから付けられた。勇者が使っても申し分ない業物だ。

 ドラゴンの鋼みたいな鱗も切り裂いた名剣。

 それで目の前の黒龍を切り裂こうとした。

 

 が、肉を切り裂いた感覚は手に伝わらない。

 效果がなかったのか。

 いや、見れば竜殺しの剣は、黒龍の鱗を切り裂いた。だが、鱗の下にある肉に刃が到達していない。

 もう一撃、同じ場所に攻撃を加えれば、肉を断てるだろう。

 だが、追撃の一撃を振るう前に、黒龍は動き出す。

 長い鎌首を立て、目覚めの咆哮を放つ。

 

 近くに居た冒険者たちは咆哮に堪らず、耳を抑える。それでも耳に入ってくる龍の咆哮に、恐怖が湧き体中を震わせる。

 咆哮を免れた後衛、魔術師、神官が呪文を唱え、奇跡の祈りを捧げる。

火球(ファイヤボール)!」

氷槍(アイシクルレイ)!」

雷撃(サンダーアロー)!」

聖撃(ホーリースマイト)!」

 火炎の玉はモンスターを幾度も焼き尽くしてきた。

 氷の槍も敵を貫き、倒してきた。

 稲妻の矢も、当てた相手を痺れさせるには留まらず、血液を沸騰させた。

 聖なる攻撃も、邪悪な敵を滅ぼしてきた。

 他の後衛たちが放つ、練磨を重ねた呪文、奇跡が黒い龍へと殺到する。

 花火が散らばった光景。幾多もの熟練者たちの破壊が1つに集結する。

 

 その全てが、紫黒の鱗に弾かれる。

 

 後衛が放った、仲間が信頼を寄せる呪文、奇跡の数々が一時の幻だったかのように、黒龍は無傷で佇んでいる。

 

 咆哮の硬直から解けた前衛たちは、それぞれの武器を手に黒龍へと向かう。

 巨人を切り裂いた大剣が、あるいはマンティコアを貫いた槍が、鱗に弾き返される。彼らが振るった武器の数々は、決して実力が伴わないことなどない。

 超合金の大剣を手に持つ剣士は、それが存分に振るえる程の怪力を持ち、幾多のモンスターを屠ってきた。神秘の槍を持つ槍使いも、鍛え上げられた体に戦う以外の余分なものはない。

 他にも、東方の刀剣使い、名剣や魔剣を持つ前衛たちは、いずれも武器を使いこなす実力者であった。そして、竦む心を奮い立たせ果敢にも黒龍に挑んだ。

 だが、数多の強力な武器は、黒龍の鱗に傷を付けることさえ敵わない。先ほどの竜殺しの剣を持った戦士の攻撃が唯一、黒龍の鱗を傷つけるものの、肉には届かない。

 

 黒龍は巨体を地面に叩きつけ、周りに居た冒険者たちを押し潰す。

 黒龍にとっては鬱陶しそうに周りにいる者を払う動作だったのだろう。だが、冒険者達にとっては死神の攻撃だ。

 岩盤を砕き、衝撃波が周りの冒険者たちを襲う。

 即死する冒険者。

 黒龍の体に掠れば、名工が作った鎧が潰れる。

 アダマンタイトと呼ばれる鉱石で作られた盾が、飛散した石礫にひしゃげる。

 余波で超重量の鎧を着た戦士がふっ飛ばされる。

 加護を授かった鎧を身につけた斥候は、高々と打ち上げられ、地面に叩きつけられた。

 何気ない一撃で戦線は崩壊する。

 

 遠くの後衛たちは障壁(プロテクション)を使うものの、黒龍の攻撃を阻むことができない。そして、それを忌々しく思ったのか、黒龍の口から火の渦が溢れだす。その動作に全員が気づき、回避しようと逃げ出す。

 だが、薙ぎ払いながら放たれる火炎竜巻は広場を覆い尽くし、逃げようとした前衛、後衛を呑み込んだ。

 その炎に堅牢な鎧や盾が、立派な加護や奇跡がどれほどの抵抗ができただろう。

 金属は蒸発し、神秘は掻き消された。

 攻撃範囲に居た冒険者は、亡骸さえ残らないほどに燃やされ、灰へと変わる。

 炎の嵐から運良く、いや、運悪くか、生き残った数少ない金等級冒険者たちは、その光景を見た。

 

 地獄だ。

 あの龍は数秒で地獄を創り出した。

 

 あらゆる者を蹂躙し、君臨する地獄の使者。

 

 今まで押さえつけていた恐怖が、体中を支配する。

 百戦錬磨の猛者でさえも、心が折られるほどの力をこれでもかと見せつけられた。

 足を動かせて逃げ出せた者が何人居ただろう。ほとんどは圧倒的な力の前に、足を動かすことさえできない。

 

 黒龍は生き残った冒険者を、敵だとは思っていなかっただろう。

 自分の領域を侵した蝿程度にしか思っていなかっただろう。

 だが、蝿程度を追い払うのも殺すのも何も変わりはないし、何も思わない。第一、寝ているところを叩き起こされたのだ。苛立っているのだ。

 故に、逃げる者には火球が降り注いだ。すくんで逃げられない者は顎で噛み千切った。

 

 

 

 それでも、命からがら逃げ延びた冒険者。

 その数、2人。

 

 その2人は口を固く閉ざし、体を震わせることしかできない。

 その状態を煩わしく思った者が、問い詰め、揺さぶったとき、突然絶叫を上げ気絶した。

 もう1人も、口は開いたがブツブツと小声でなにか言いだした。

 正常ではない。

 下位の冒険者ではなく、最上級の金等級冒険者の壊滅。

 生き残ったとしても、絶望を植え付けられる。

 誰もが絶望感を抱いた。

 

 かと言って、放置もできない。

 国の兵士、冒険者を総動員しての討伐隊が結集されることになった。




ゴブスレなのに、ゴブリンが出てきてない。

いや、すいません。
クロスオーバー下手で、こんなセッションしか作れませんでした。


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1-11 黒龍討伐

 ギルドの掲示板には、黒龍討伐の依頼が出されている。

 それを受注するために、ギルドの受付カウンターに長い列が出来ていた。

「黒龍討伐の依頼はこちらで受け付けています!」

 その討伐依頼は全等級の参加が可能。

 なので、ハンターも依頼を受領する。

 ゴブリンスレイヤー?

「ドラゴンが世界を滅ぼすまでに、ゴブリンは村を滅ぼす」

 彼はいつも通り、世界の片隅でゴブリンと戦う。

 

 徒党(アライアンス)

 複数の一党が合わさり、通常より多い人数で挑む依頼をそう呼ぶらしい。

 ハンターは一党のパーティーではないが、ソロで参加する。そのことに受付嬢は難しい顔をするが、どの等級も参加可能なのでは、と問う。

 ソロだからと言って、受けられない理由になるのだろうか。

「本当によろしいんですか? 今なら、何処か空きのある一党に入ることもできますが」

「それで困るのは俺だけだし、受付嬢さんには関係ないと思う」

「死にに行くつもりですか?」

「死ぬ気なんてサラサラない」

 ソロでドラゴン討伐。この地域では自殺と同意らしい。いや、ここに来る前も、ソロでの討伐が正気じゃないと言われたか。場合にもよるが、狙い(タゲ)が分散しないほうが戦いやすくなるときもある。

 別に今更、ソロで戦うことに何の影響もない。

「……分かりました。ちゃんと生きて帰ってくださいね」

 言っても無駄だと感じたのか、受付嬢はハンターがソロで依頼を受諾することを了承した。

 

 

 

 黒龍討伐の徒党(アライアンス)は廃城へと向かった。

 道中、ハンターは金等級冒険者たちのパーティーが全滅していることを聞いていた。それを踏まえた上で、不謹慎ではあるが、これから出会う黒龍に期待していた。

 ドラゴンの素材はこの地域でも希少らしく、高値で取引されている。

 ならば、この地域のドラゴンから作られる装備とは、どのような格好で、どのようなスキルがあるか、ワクテカが止まらなかった。

「おい、遊びに行くじゃねぇんだぞ」

 ルンルンスキップでもしそうなほど浮足立っているハンターを、咎めるような声が後ろからする。ハンターが振り返ると、見事な槍を持つ精悍な青年、槍使いが居た。

「いいか新人、ドラゴン退治に憧れる気持ちはわかるが、命を粗末にするんじゃねぇぞ」

「ああ、まずは相手の動きと攻撃法を見て、感覚を掴むんだろ? 2回までベースキャンプに運ばれはしないんだって、ちゃんと分かってる」

「……後半何を言っているか、分かんねぇぞおい。ゴブリンスレイヤーの方がまだ……いや、あいつもダメだ」

 槍使いは何やら頭痛がするのか、頭を抱えた。

「ふふ、命は、大事に、ね」

 またも、声をかけられた方を見ると、おっぱ……げふん。胸元がはだけそうなローブを身にまとった、色気いっぱいの面妖な魔女が居た。喋り方も独特で、頭が溶けそうな言い方だ。

「けど、ソロ、で、大、丈夫? 仲間、大事、よ」

「それは分かるけど、……むぅ」

 もう一度言うが、ハンターに固定のパーティーメンバーはいない。臨時の手伝い、救援要請の参加などはしているが、基本気ままに狩りをしていた。

 故に、固定の友人は居ないのだ。

 いや、オトモアイルーが固定のパーティーメンバーと言えば言えるが、それはそれで寂しい。しかし、オトモアイルーにかなり助けられてきた。回復、罠設置、囮などなど。

 そんな状況でも、この地域ではソロでも問題ない。

 ハンターが居た地域と比べると、モンスターが弱すぎるのだ。

 G級装備で下位の小型モンスターを倒しているような感覚だ。

 まぁ、流石に今回は黒龍が相手ということで、流石にゴブリンよりは強いだろう。ポーチの中は回復薬、回復薬G、解毒薬、携帯非常食、秘薬は最大まで入れている。大タル爆弾G、閃光弾は調合分まで入れて、力・守りの護符、力・守りの爪、砥石は標準装備。一応複数での依頼なので粉塵も持ってきた。

 大タル爆弾は物理法則を無視している? 確かに荷台で大タル爆弾を運ぶハンターもいるが、自身のポーチは切り落としたモンスターの尻尾が入るような異次元のポーチだ。

 きっとマカ錬金屋か、ギルドの技術を結集して作られているのだろう。

 最近になって、弾薬専用のポーチが復活し、モンスター素材専用のポーチが生まれた。全く至り尽くせりだが、ポーチの容量がどうなっているのかハンターでも知りたくない、暗黙の領域だ。

 

 ハンターには、荷物持ちすらいらない状態でパーティーの必要性があまりない。仲間の必要がないのでソロで依頼を受けている。

「今は必要ない。ソロの方が気楽だ」

「そ、う」

「まぁ、冒険者は自由だがな、仲間がいればなんて後悔しても遅くないようにな」

「心配、性」

「うっせ」

 どうやら、ソロでいるハンターは槍使いに心配されたらしい。

「手が足らなくなったらよろしく」

 当たり障りのないことを言うハンター。それを了承と捉えたのか、納得したのか、また嫌な野郎だと見切りでも付けたのか「フンッ」と鼻を鳴らして離れていく槍使い。槍使いに続くように魔女も付いていく。

 いつか、固定のパーティーを持つことになるのだろうか。

 ならば、ゆうた以外ならば何でもいいハンターであった。

 

 

 

 廃城が見えてくる。

 周りの空気は重く、なぜか分からないが、ハンターには慣れた雰囲気を感じていた。

 討伐に参加した冒険者たちも、その重苦しい空気を肌で感じている。

 体を震わせる者、気を引き締める者、いずれも緊張している。

 

 冒険者なりたてなのか、安そうな革鎧を身に着けている者たちは、歯が震えでガチガチと鳴っている者、涙を抑えられず流している者もいる。全等級が参加している中で、やはり立派な鎧を身に着けている熟練者はさすがと言うべきか、緊張するだけに留まっている。

 

 そんな中、王国から派遣された銀等級の冒険者が指揮を執る。

「いいか、相手はドラゴンだ!まず、本隊の大砲の設置まで時間を稼ぐ。遠距離攻撃が可能な弓使い、魔術師、神官はセオリー通り、まずはドラゴンの翼に攻撃を集中し、奴を地上に貼り付けにする。戦士は、地上にいる間に各々で攻撃し、奴が飛び上がったら散れ」

 ハンターはこの地域の龍の狩り方は、そのようなやり方なのかと思った。基本、ハンターが今まで相手にした竜種は、翼を破壊しようが飛行できた。

「ドラゴンを囲うように4方向から仕掛ける。欲をかいてブレスで一網打尽などしないためにもくれぐれも隊列を乱すな。今から一党ごとに別れて廃城へ向かう」

 彼が言っていることに間違いはないのか、それぞれの一党に別れ、廃城に入っていく。

 

 廃城に近づくにつれて、雰囲気は今にでも命を落としそうなほどのプレッシャーが、冒険者たちを襲う。ここが黒龍の縄張りと感じないものは居ない。

 このプレッシャーに、この辺りのモンスターは耐えられない。

 冒険者たちさえ、耐えられずに引き返した一党がいた。

 それを責める者などいない。

 むしろ、賢明な者たちだ。例え、臆病者でも残った者たちが嘲笑うことなどなかった。

 

 そして、冒険者たちは廃城の中庭に動く影を確認する。

 小さな山にも思える巨影は中庭を徘徊し、その存在を隠そうとしない。

 壁から身を乗り出し、姿を見れば誰しもがヒッと小さく悲鳴を上げる。

 

「ミラボレアスかよ」

 がっかりである。

 新モンスターかと思えば、狩ったことがあるモンスター。

 それと同時に、冷や汗をかくハンター。今の装備は自身が最もかっこいいと思っている装備だ。ミラボレアスとの戦闘を意識などしていない。

 そして、ギルドからの支援、撃龍槍、バリスタ、大砲……は、いらない。ともかく、そういった設置物は使えず、ハンターはまさかの縛り条件有りでのミラボレアス戦である。そんな縛りでミラボレアスを討伐した経験は、ハンターにはない。

 苦戦は避けられない。むしろ、力尽きて、そのまま死亡といった流れが頭の中で思い浮かべることができる。

 なにせ、ベースキャンプまでアイルーが運んでくれることなどないのだから。

 

 黒龍、ミラボレアス。

 武器が生半可な切れ味しか持たないのであれば弾かれ、低い防御力ならば一撃で死亡。とうもろこし?拡散弾が撃てるライトボウガン?そんな物をハンターは所持してない。誰か持ってきて。

 

「奴は今、地上に居る!各個に攻撃せよ!」

「「「おおお!」」」

 奇襲のチャンスと思ったのか、指揮を執っていた冒険者の掛け声で四方八方からミラボレアスに向かっていく冒険者たち。

 

 黒龍は現れた冒険者たちに目を向け、煩わしそうに口を開く。

 顎の奥から焔が散った。

 周りに火の塵が舞い、次々と破裂する。

 一帯を爆撃地へと変え、迎え撃とうとした冒険者の命を散らす。

 

 後ろに回った者たちには尾を叩き付け、そのまま薙ぎ払い、ひき肉へと変える。

 

 弾け飛んだ血肉は焼け、辺りには酷い死の匂いが充満する。

 そして、冒険者たちは目の前の地獄を乗り越えなければならない。

 

 全員が怖気づく中、ハンターは駆け出した。

 別に英雄願望があったわけではない。

 ましてや、自分しか戦えるものが居ないと驕ったわけではない。

 ただ、ハンターとしての本能、戦うことに対しての欲望が抑えられなかっただけだ。

 

 鞘から抜き放たれた刀身は、空気を裂き、黒龍の鱗を切り裂いた。

 切り裂いた刀身は血に濡れ、黒龍は確かに傷を負った。

 だが、まだ足りない。

 そんなこと何度も戦ったハンターには分かる。

 先程の攻撃は挨拶みたいなものだ。もし、行動を言葉にできるのならば、意味合いとしては、多分こんな言葉になるだろう。

 

 こんにちは。じゃあ、殺す。素材渡せ。

 

 黒龍は傷を与えた者に向けてギョロリと顔を向ける。

 瞳には先程までの有象無象に向けるものではなくなっていた。

 敵と認識し、殺しに来る。

 人には強すぎる殺気が、黒龍の瞳から発せられる。

 さすがのハンターも心臓の鼓動が早くなる。

 だが、怯みはしない。もうすでに自身は、目の前の相手を殺すと決めた。

 

 黒龍も目の前の人の子を殺すと決めた。

 

 後はどちらかが殺されるだけだ。




 ちなみに自然が持っていた駒。
 アルバトリオン
 グラン・ミラオス
 アトラル・カ
 アマツマガツチ
 激昂ラージャン
なお容疑者の自然は「MHWに居ないから、次のアップデートには来るかなと用意していました」などと供述しており――。


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1-12 黒龍討伐2

 黒龍は四足歩行に移り、ハンターへと這いずる。

 ハンターは一度、太刀を背負い直し、全力で横へと逃げ出す。

 それはただの移動と思うかもしれない。

 その巨体が迫りくることから、攻撃範囲、威力ともに非常に危険だ。多くのハンターを屠ってきた、紛れもない猛撃である。

  黒龍が通過するタイミングを、見計らい反転。

 太刀を振り、腹へと攻撃を加える。太刀は薄白い鱗を切り裂き、龍の血を流させるが、かすり傷程度の出血だ。例え竜の鱗を斬れたとしても、その下の筋肉は固い。

 何度も攻撃を加えるが、その程度しか痛撃(ダメージ)にならない。

 

 大抵のモンスターの弱点は頭。

 ミラボレアスの弱点も頭であるのだが、立ち上がると太刀では届かない。立ち上がったときに露出する、黒鱗に覆われていない腹を斬っていくしかない。

 

 だが、そこは回避し辛い位置だ。

 ミラボレアスの巨体がハンターを押しつぶそうと前方に倒れ込む。

 圧倒的な質量。このままならば、黒龍の腹に潰されて、地面の赤いシミとなる。

 鋭い鱗がびっしりと敷き詰められた一面の壁が、眼の前に迫り来る中、ハンターは小さく息を吐いてタイミングを計った。

 鋭い鱗の先がハンターに触れる直前、ハンターは身を後方へ一回転翻しミラボレアスの巨体から逃れる。

 そして、お返しとばかりに大きく踏み込んで斬り払う。

 黒鱗さえも切り裂く一撃。

 大きく開かれた黒龍の傷口。

 先程までの薄皮を引っ掻いたような傷ではなく、血が弾け、流れ出した。

 傷口に向けて立て続けに、大回転気刃斬りを行い、一瞬にして切り裂いた。

 思いっきり切り裂くために全力で振るった一太刀。その勢いを殺しつつ体を一回転しながら、太刀を納刀して背負う。

 

 太刀の刃に気が付与され、さらに切れ味が増した。

 状況としては有利になっただろう。

 だが、有利になったと言っても微々たるものだ。

 そして、油断は許されない。

 

 ミラボレアスはハンターの攻撃に対して、何も気にしていない。

 この程度、怯むほどの痛撃(ダメージ)でもない。

 だが、斬られたところには、些細ではあるが違和感がある。

 そして、自身を傷つけたことに対しての歯がゆさがある。

 歯がゆさをなくすために、黒龍が口から焔を吐く。

 吐き出された炎の渦は、ハンターの視界を塞ぐほど。

 咄嗟に地面を転がり、立ち上がったらすぐにまた転がって、何度も転がり炎から逃れようとするハンター。

 なんとか、炎の渦から逃れる。

 だが、確かに避けているはずなのに炎の熱は鎧越しでも感じるほどに熱く、死を感じさせた。流れた汗はすぐに炎の熱で乾いてしまい、体が熱い。

 しかし、クーラードリンクはない。あったとしても、飲んでいる暇などなかった。

 

 黒龍の爪がハンターへと迫る。

 ハンターは大きく飛び込んで地面へと倒れ込んで、躱す。

 薙ぎ払われた爪は、ハンターの顔ギリギリのところを通過し、事なきを得る。

 もし、当たっていれば首が跳んでいたかもしれない。そのようなイメージができるほどに、その爪は鋭い。

 立ち上がったハンターは、ミラボレアスの首下へと潜り込みながら、縦に刃を振る。頭には届かないが、腹を切り裂く。先程よりは出血が多いが微妙な変化でしかない。

 

 相手の攻撃を避けては、斬りつける。

 攻撃回数はハンターのほうが多い。

 だが、龍には一太刀程度、かすり傷。

 そして、龍の攻撃は、ハンターにとっては冗談にならない痛手になる。

 圧倒的にハンターに不利だ。

 だから、何だ。

 どんな状況だろうが、狩るのがハンターなのだ。

 

 放たれる超高熱の火球玉を避け、腹に一太刀。

 長い首で薙ぎ払うようにして吐き出された、爆炎の中をかい潜り、一撃。

 尾による薙ぎ払いを見切り、避けて、切り裂き、もう一度、大回転気刃斬りを加えて、太刀の切れ味を上げていく。

 

 少しづつではあるがハンターの攻撃は鋭くなり、与える傷が増え、深くなっていく。

 

 それの憤りを募られた黒龍はついに咆哮を上げ、口端から火が漏れ出す。

 ハンターはその咆哮さえも見切って躱し、咆哮を上げ続ける黒龍を切り裂く。

 ついに、最終段階まで己の太刀の切れ味を高めたハンター。

 そして、先程までは本気ではなかったというように、口内に膨大な熱を貯める黒龍。その熱は地面へと向けられ大爆発を起こし、辺りを灰燼へと化そうとする。

 

 なんとか、前方に飛び込んで、ブレスを回避するハンター。爆煙の中からゴロゴロと転がり、這い出る。

 カッコ良さなどない。

 ミラボレアスの攻撃は、一撃一撃が必殺だ。

 見てくれなど気にしていられない。

 本能、反射、経験、勘。

 ハンターが持てる全てを総動員し、黒龍の攻撃を躱し、太刀を振る。

 ただ、相手を狩ることだけに全神経を向けている。

 

 故に、周りがどうなっているかなど気にする余裕はなかった。

 

 

 

「くっ」

 身を起こす槍使い。

 彼は最初の黒龍の動作から嫌な予感を感じ、全力で後ろに飛んだ。その結果、爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられゴロゴロと転がった。

 怪我の具合は爆風による叩きつけだけでも、意識が飛びそうになるほど。地面に頭を叩きつけられたのか、数秒意識が飛んでいた。

 彼はその程度で済んだ。

 彼より少し先には、爆発で四肢が吹き飛んだ死体が転がっている。アレの仲間入りをしなかったのは、自身の勘と運の良さだ。

 

 そして、その地獄の先では新人冒険者のはずのハンターが黒龍と戦っている。

 だが、ハンターと黒龍の戦いを見た槍使い。

 黒竜のブレスは全てを灰燼に変える。

 爪や尾の一撃は地を破壊する。

 顎に捕まれば死は免れない。

 ハンターはそれをギリギリで躱し、反撃する。

 太刀の刃は鋭く、素速い。

 だが、ハンターの攻撃は黒龍にとってはかすり傷が多く、痛撃(ダメージ)は少ない。

 それの繰り返し。

 少しでも反応が遅れたら、一撃で死ぬ。生き残ったとしても、致命傷に近い。

 

 辺境最強。だが、言い換えれば、辺境以外では最強ではなくなる。彼は自身より強い奴などいることは知っている。

 そして、黒龍に自分が敵わないことも。

 心は折れていないが、ハンターのように黒龍と対峙した場合、槍使いは生き残れはしない。

 では、どうするか。

 白兵戦は、まず死ぬ。

 魔術戦は、試していないが、攻撃呪文は効きはしないだろう。少なくとも生半可な威力では、あの巨体、硬い鱗、強靭な筋肉に阻まれ意味がない。

 

「大丈、夫?」

 後ろから声をかけられ、振り返ると魔女が心配な顔で見ていた。

「ああ、大丈夫だ。他は」

「生き、残った、人たち、手当し、ている」

 肩を貸し、後方へ治療を受けに行く前衛が数多くいる。槍使いは打ち身したところは少し痛むが、負傷兵ほど怪我ではない。

 ハンターのところに加勢に行っても、死ぬだけ。

 戦えはするが、有効な手段が思いつかない。行動はできるのに何もできない。

 悔しい。

 

「おい、ボーっとするな」

 槍使いは黒龍とハンターの戦いを見ていると、重戦士が声をかける。重戦士は負傷者を肩に担ぎ、後方に運ぼうとしていたのだろう。

「ここを離れるぞ。黒龍のブレスがこっちに来たら大変だしな。ハンターの方もこっちを気にして戦っている余裕はないらしい」

「分かってるっての」

 力を入れ、体を動かす。

 逃げるのは癪だが、他にできることがない。

「……くそったれ」

 槍使いはもう一度悪態を吐き捨てた。そうして、起き上がったとき、城壁の上で大砲を設置していた砲兵隊たちが映る。

「ん? ありゃ」

 彼らはせっせと準備をしている。軍の魔法部隊が、大きな鉄玉に付与(エンチャント)して威力を底上げする。

 魔法が付与(エンチャント)された弾を詰め、今にも黒龍に向けて、ハンターごと撃とうとしている砲兵隊。

「おい、ちょっと待て!」

 槍使いの言葉が届くはずもなく、大砲が放たれる。

 城壁に設置された大砲は100台を超え、その全てが一斉に火を吐く。

 何十もの鉄の玉は、黒龍の巨体に当たる。

 だが、大砲の玉は当たりづらい。と言うか当たらない。

 半数必中界という言葉がある。これは発射した半数の着弾地が見込める範囲内が大砲だと300m。この範囲に着弾すれば、命中扱いとなる。

 つまり何がいいたいかと言うと、黒龍に向けて放たれた砲弾はいかに狙いを定めようと外れる。そもそも遠距離攻撃は、味方が射線に居る状況で撃つものではない。

 その外れた砲弾は、黒龍の周囲、ハンターの近くへと向かう。

 辺り一面に着弾し、辺りは煙幕に包まれる。

 ハンター、黒龍の確認が困難になってしまう。

 

「おいおい、どうすんだっ⁉」

 槍使いは誰が砲兵たちの指揮していたのか、分かったらぶん殴ろうと心に決める。

 ハンターの与える痛痒(ダメージ)は小さい。彼が黒龍の気を引いている間に、大砲による大ダメージでケリを付けたい気持ちもわかる。状況的に仕方ないのかもしれない。だが、せめて念話(テレパス)か何かで、退避を呼びかけることぐらいできたはずだ。

 それが、槍使いにとっては胸くそ悪い。

「あれで死んだ……か?」

 砲撃が止んだ後、近くに居た冒険者の1人が恐る恐る声に出した。

 黒龍を討てたのは喜ばしいことだ。だが、そのために善戦した者を見捨てる行為が、どうしても槍使いは受け入れられなかった。

 

 あれ程の大量の砲弾が降り注いだ爆心地で、どちらも生きているはずがない。

 冒険者たち、城壁に居る軍の部隊の全員が思ったことだ。

 しかし、勝鬨は上げられない。 

 誰もが無言で煙幕の奥を見ようとする。

 そこには横たわるハンターと、龍の死体があることを確認したかった。

 

 そして、立ち込める煙の中から、のそりと動く影が見えた。

 

 その影は長く、巨大で、翼を広げ風を起こし、煙を晴らす。

 

「嘘だろ⁉」

 誰もの心の声を、最初に口にした冒険者。

 全員が驚愕している。

 あれで殺せなければ、何で殺せばいいのか。

 

 黒龍が顔を城壁へと向ける。

 口をガバッと大きく開け、喉奥から紅い焔の渦が舞う。

 

 障壁(プロテクション)を張ったのは、軍の神官部隊だろう。生きていることを予想できたのか、危険を感じ咄嗟にできた動作なのかは、わからない。

 だが、その焔の渦は障壁を薄氷のように溶かす。

 障壁(プロテクション)は、まるで役に立たず、焔の渦は軍の部隊を飲み込んだ。生存はまずない。

 これが龍。

 人の身では、抗うことすらできない災厄。

 

 その光景に誰もが、息をすることすらできなかった。

 しかし、誰しもが動けない中、ただ1人動き出した者がいた。



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1-13 黒龍討伐3

 突然の砲撃によって爆発の余波を浴びたハンターは、ふっ飛ばされ地面をゴロゴロ転がった。黒龍が追撃してくると思い、急いで身を起こす。砲弾よりも、ミラボレアスの攻撃がよほど脅威だ。

 横やりの腹いせか、黒龍は城壁への砲兵たちへと向かってブレスを放っている最中だ。

 この隙に急いで砥石を取り出し、太刀を研ぐ。

 戦闘中に武具の手入れをするなど、常識的に考えて頭がおかしいと思われるかもしれない。だが、ハンターはゴブリンスレイヤーのように武器をポイポイ捨て、相手から奪うこともできない。戦闘中なら相手から距離を取るか、安全地帯で研ぐ時間を稼ぐ。これまでよくやったことだ。

 身に馴染んだ研ぎ方で、太刀を鋭く研ぐ。

 

 太刀の切れ味を回復させた頃には、ミラボレアスの火炎竜巻は放ち終えており、城壁上の砲兵部隊は壊滅した。出来ることなら、あのまま砲撃を続けてほしかった。ハンターの攻撃はミラボレアスの体力を削っているが、どうしようもなく小さい痛痒(ダメージ)だ。

 大砲の威力はわからないが、剣でちまちま攻撃を与え続けて倒そうとすると、長期戦になり集中力が切れてしまう。

 

 ハンターは駆け出す。

 ミラボレアスは城壁上の部隊を殲滅すれば、今度はハンターにとどめを刺しに来るだろう。グズグズはしていられない。

 その手に太刀を握らず、その辺に転がっている破片、石ころをスリンガーにセット。

 ポーチの中に手を突っ込み、達人の円筒を設置。

 円筒から吹き出した煙は、ハンターの感覚を冴えさせる。

 再度、ポーチの中からアイテムを取り出す。

 

 大タル爆弾Gをできるだけミラボレアスまで近づいて、設置しようとする。

 ミラボレアスがハンターに気づいたのか、振り返る動作を開始。

 振り返る前に大タル爆弾Gを設置し終えることができた。

 ミラボレアスがハンターを押しつぶそうとボディプレスを仕掛けてくる。

 ハンターは一目散に逃げる。だが、飛び込む寸前にスリンガーにセットした石ころを投射し、大タル爆弾Gを起爆させる。

 瞬間、落雷が落ちたような轟が空気を震わせる。

 大タル爆弾Gの破壊力は途轍もない。

 だが、これでもミラボレアスを倒すには不十分だ。

 眠らせて、爆破し、眠らせて、爆破しての繰り返しならかなりの痛手を負わせる事ができるのだろうが、生憎ハンターはそこまで準備をしていない。

 ここからは先程のように、太刀でミラボレアスの体力を削る戦いを再開する。

 尻尾の薙ぎ払いを、ブレスを回避しては、太刀で一太刀、二太刀入れていく。相変わらず、黒鱗は硬く、出血の量は少ない。それでも太刀には鋭い気の刃が乗っているので、最初の頃よりは、与える傷は深くなっている。

 これを繰り返していけばいつかは、倒せるとハンターは思った。

 

 そうしていると、ハンターの頭の中で声がした。

『おい、生きているか!』

 ハンターに聞き覚えのある声だった。確か、槍使いの声だったか。 

 正直、今は声をかけないで欲しい。戦闘に集中したい。そういったハンターの気持ちが、槍使いにも伝わったのか、早口になる。

『そうしたいのは分かるが、大丈夫なのか⁉ さっき砲撃に巻き込まれなかったか』

 問題ない。むしろ、続けてほしいくらいだ。そう思ったとき、槍使いの声に呆れが混じる。

『頭いかれてるな、お前』

 うるさい。ともかく、なにかするならひと声かけてくれるだけでいい。ともかく、集中を乱さないでくれ。と、ハンターは懇願し、戦闘へ意識を集中し直す。

 

 ハンターはミラボレアスとの戦闘に集中し直し、駆け出していく。 

 スリンガーを使い、城壁の上に鉤爪を引っ掛け、ロープを高速で巻き取らせる。急速に上昇する途中で、鉤爪を外し、ミラボレアスに向かって跳躍。

 飛び上がったハンターはそのまま、すれ違いざまに太刀で斬りつける。

 狙ったのは頭だが、僅かに逸れた。

 ハンターが地面に着地したところを、ミラボレアスはブレスで追撃。地面に転がり、間一髪のところで避ける。

 一発大逆転を狙って、反撃を受けてしまうのは不味い。乗るチャンスもまだある。時間制限もないのだ。焦ることなく、僅かな傷を与え続ければいい。

 ミラボレアスの動きを見切り、攻撃を重ね、倒すしかハンターに討てる手段は思いつかなかった。

 

 

 

「どうする?」

「どうするって言ってもな」

 槍使いはハンターとの念話(テレホン)の内容を周りに伝える。

「言っては何だが、囮としてハンターがやってくれている間に、有利な状況くらい作り出したい」

 槍使いは考える。

 ハンターが時間を稼いでくれているから、体制を整える、呪文、祈りを唱える時間は十分にある。

 だが、下手な反撃は黒龍の意識が向いてしまい、先程の砲兵隊のような惨状になる。

 やるとしたら、勝負を決めるようなことをするしかない。

 そのような魔法や奇跡、道具がまだあるだろうか。

 槍使いには、そんなものは思いつかなかった。

 他の冒険者も思いつかず、どうすればいいか迷っている。

 

「あの、このままハンターさんが倒すってことはないんですか。下手に手を出さない方がいい気もするのですが」

 躊躇いながらも、1人の冒険者が進言する。

 槍使いはハンターがこのまま黒龍を倒せるのか、頭の中で考える。

 ギリギリで黒龍の攻撃を躱し、チマチマと攻撃を与えていく。

 断崖絶壁に繋がれた長く細いロープで、一歩ずつ慎重に綱渡りしているようなイメージが浮かんだ。

「……ハンターも余裕はない。何かあったら、すぐに殺られるぞ」

 絶対に崖から落ちるのが目に見えているから、自分なら御免こうむる。

「なにか手助けができればいいのですが……」

 半妖精の魔法使いが呟く。それに重戦士が答えた。

「やるとしても、俺たちの存在に気づかれずにだな。あの黒龍は攻撃したものに対して、反撃する傾向が強いように思うんだが、どうだ」

 最初の全方位からの攻撃、ハンターとの戦闘、砲兵隊からの攻撃。

 いずれも、こちらから仕掛けて、黒龍が応じる形になっている。

「同意見だな。あいつの視点からみれば、俺たちの存在も理解しているはずだ。なのに攻撃しているのは、攻撃しているハンターか、砲撃した奴らだ。巻き添えを食らいかねないが、俺たちの方に向かってくる様子はない」

 黒龍にとっては、ハンターだけを最大の敵として見ているようで、他は鬱陶しい蝿を払う程度のことなのだ。

 仕方がないと諦めそうになる。

 相手は伝説のドラゴンで、対抗できるのは同じく伝説の勇者。

 銀等級といっても、この程度。

 

 くそったれ。

 

 槍使いの胸に悔しさがこみ上げてくる。

 短期間で黒曜等級に昇格した新人冒険者。

 変な奴(ゴブリンスレイヤー)と組んでいる新人冒険者。

 最初のうちは、あまりなんとも思っていなかった。いや、背負った大太刀と何かの鱗と甲羅で作られた鎧は目立っていたし、新人冒険者のように浮足立ったような奴でないことは知っていた。

 傭兵のような戦闘に慣れている人物が冒険者になった。

 そのぐらいだろうと思っていた。

 

 だが、実際は自分が敵わない龍を相手に、1人で戦うことができる実力者であった。

 あの場に自分ではいることができなくて、こうして後方で後輩に守られている。

 悔しくて堪らない。

 ハンターの力に嫉妬していると言ってもいい。

 実際、念話(テレホン)したとき、ハンターは弱音、強がりを言わずに、邪魔をするなと言ってきた。

 新人のくせに可愛くない。

 ゴブリンスレイヤーと同類だ。

 嫌な奴と重なって、文句を言いたくなる。

 それをぐっと胸の奥に抑え、深呼吸して落ち着かせる。

 状況を把握している槍使いは、ハンターのようには戦えない。

 だが、冒険者としてこのままハンターに任せっきりは嫌だ。

 

「俺たちはできるだけ表立たず、ハンターを支援したほうがいいな」

 槍使いの考えは全力でハンターを支援することだ。

 これに他の冒険者も賛同する。

「ハンターの武器に付与(エンチャント)強化(フィジュカル)か」

「他に、は、回復(ヒール)障壁(プロテクション)、かし、ら」

 女騎士と魔女が使う魔法や奇跡を考える。後、何回使えるか、あの黒龍に対して最も有効なのは何か。

「それも、半端な量じゃダメだ。さっきの障壁(プロテクション)はすぐに砕けた。3重、いや、5重にしておいたほうがいい」

 作戦をまとめていく重戦士。

 

「俺たちが眼中にないあいつらに一泡吹かせようや」

 このまま終わって堪るものかと、全員が気力を取り戻し始めた。




 すいません。
 このシナリオは、ハンターがドラゴンスレイヤーとして名実ともに他人に認められるシナリオなだけです。
 竜殺しの報酬は破格、これはゴブスレ世界でも常識でしょう。
 でも、ゴブスレ世界なのにゴブリンが出てこない。致命的失敗(ファンブル)だ。
 というわけで短い別セッション。



 一方、黒龍討伐に参加しなかったゴブリンスレイヤーは、黒竜に怯えて逃げ出したゴブリンを討伐する依頼を受けた。
 小規模な数のゴブリンたちは、怯えるように集団で行動し、大規模な難民となった。今は、天然にできた洞窟で、夜中にゴブリン全員が逃げてきた疲れを癒やすために寝ている。夜行性のゴブリンが夜に寝るほどの異常事態。
 無論、見張りが居るものの、勤勉なゴブリンなど居るはずもなく、疲れから寝ていた。
 ゴブリンスレイヤーは巣の前で腰掛けて寝ているゴブリンに、気付かれないように近づき、音を立てずに始末する。
 次に、念には念を入れ、睡眠けむり玉を洞窟に向かって投げ込んだ。
 睡眠ガスが充満した洞窟内を、無呼吸の指輪(呼吸をしなくても活動できる魔法の指輪)を身に着け、睡眠ガスを吸わないようにして荷台車を引いて駆け抜ける。
 道中の睡眠ガスが途切れれば、再度投げ、ゴブリンたちを眠りに落とす。元々寝ていたゴブリンは、睡眠ガスによって更に深く沈むようにしてイビキをかいた。
 この睡眠けむり玉、ゴブリンスレイヤーがハンターの毒けむり玉を参考にして、知り合いの錬金術師に作れないかと頼んだものである。
 ハンターから毒けむり玉の調合の仕方は知っていたので、作成は簡単だろうと思った。素材もハンターからもらい、錬金術師に依頼。金はかかったが、素材はネムリ草と素材玉で作り出すことができた。
 洞窟奥では、かなりの数のゴブリンが眠っている。他にもゴブリンでないやつが居たが、捕虜ではない。混沌の眷属とかいう奴だろう。全て眠り煙玉によって眠りにつき、ゴブリンスレイヤーへと攻撃を仕掛ける者はいない。
 荷車に積んでいた大タル爆弾Gに信管を付け、導線を長くした小タル爆弾に火をつける。火花はジジジと導火線を伝わっていく。
 ゴブリンスレイヤーは荷台車ごと大タル爆弾を置いて、すぐに洞窟の出口まで走った。
 ゴブリンスレイヤーが洞窟から抜け出したとき、洞窟奥から爆発音が鳴る。
 直後、洞窟が崩落した。
「ふむ」
 途轍もない威力だ。
 たった1個でこの火力。

 空き地でどのくらいの爆発力があるか、威力検証で爆発させたことがある。
 その時はゴブリンに見立てたカカシが木っ端微塵になり、大タル爆弾Gの周辺の土草は吹き飛ばされた。

 通常、爆発という攻撃手段はあまり効率が良くない。
 例えば、爆弾を相手に投げつけても高温で表面が焼けるだけに留まる。
 それだけでも重症になるが、本当に怖いのは爆風によって吹き飛ばされた石の破片の方だ。これによって攻撃範囲はさらに広がる。
 だが、この大タル爆弾Gは爆発自体の殺傷能力がとんでもなく高い。
 これはいい。
 巣の後処理として最適だ。
 ハンターに追加注文することを決めたゴブリンスレイヤー。

 洞窟内にいたゴブリンたち?
 ゴブリンの体力-280×3倍ダメージ。
 文字通り木っ端微塵である。
 ちなみに、廃城を根城にしていた混沌の眷属の1体、バフォメットなのだが、無論、爆死している。最も、ゴブリンスレイヤーには知る由もなく無残に瓦礫に埋まった。
 そして、ギルドの報告にはゴブリンが爆死したことだけが書かれるだけに終わる。


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1-14 黒龍討伐4

 幾度、黒鱗を斬り裂いただろう。

 だが、怯めど、ミラボレアスが倒れる様子がない。

 

 ミラボレアスの力を見誤ったか? とハンターは思ってしまった。

 斬れども、斬れども終わりがわからない。これがただの飛竜種なら、弱ったときに見せる足の引きずり、疲労時の動きの鈍さが見て分かるのに、一部の古龍種とくればそんなものはないとばかりに行動する。

 不利なことは分かっていたが、ここまで戦闘が長引くとは思っていなかった。

 

 そんなことをふと思えば、口を開き爆炎で辺り一面吹き飛ばしにくる。なんとか転がり避けきったが、今度はミラボレアスが空中に舞い上がった。

 強力な羽ばたきは、地面の土を巻き上げ、強風を生み出す。

 これまでもされたことだが、これが龍たる所以だ。

 人は決して空を飛べない。

 人は気球や飛行船などの物で空に居ることはできる。だが、鳥や竜、あるいは龍のように自由に空を飛ぶことができない。

 その翼を広げ、飛び立てられれば、ハンターが持っている太刀は届かない。

 そして、ミラボレアスの攻撃はハンターに届く。

 

 顎から放たれる火炎弾。

 鉄を溶かし、大地を窪ませ、吹き飛ばし、破壊する龍の砲撃。

 それが連続して放たれる。

 紅い流星群。

 それがたった一人に向けられる。

 逃げるハンターは、他人が見れば龍から逃げる哀れな贄、あるいは滑稽な道化にみえただろうか。だが、ハンターは降り注ぐ火炎弾から逃げおおせる。

 それを理解しているミラボレアスは火炎弾を放ち終えても、追撃とばかりに滑空していく。

 猛スピードで龍が迫りくる中、ハンターは息を吐いて、感覚を研ぎ澄ます。

 先程まで、火炎弾を避けるために行動を取り続け、スタミナが無くなった。何分、何十分戦ったのか。正確な時間など、ハンターは知らない。お腹が減ってきたことだけは分かる。

 このままいけば直撃し、吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、かなり痛い思いをする。最悪、死ぬだろう。

 だから何だ。

 いつもと同じだ。

 この地域に来る前、来た後も変わりない。

 焦る理由も、恐怖に怯える必要もない。

 最後まで、打てる手は打つ。

 

 手を尽くして、ダメなら仕方がないのだ。

 

 ハンターはミラボレアスの滑空に合わせ、横に移動し避ける。

 大きく広げられた翼が起こした突風が、頬を殴りつけてきたがダメージはない。だが、突風に煽られ身動きが取れなくなってしまった。そこを着地したミラボレアスがハンターに向けて、火炎弾を放つ。

 超高熱の火球弾は伝承にあるように、鉄を溶かすほどの威力。

 身動きできないハンターは、回避行動もイナシも使うことができない。

 

 火炎弾の直撃。

 

 熱い、痛いといった表現では言い表すことができない。

 死を覚悟するほどの熱地獄。

 一気に体中の血が沸騰して、燃えカスとなった気がしたハンター。

 吹き飛ばされ、地面に転がる。一瞬で気を抜けば、そのまま意識を失う。それほどの威力であったが、なんとか死ぬ一歩手前で踏みとどまった。

 だが、未だに生きているミラボレアスに対処しなければならない。

 激痛を堪えながら、体を起こそうとしたとき、不思議とその痛みがなくなっていることに気がつく。

 火傷のヒリヒリとした熱も感じない。

 回復薬も飲んでいないのに、傷が治っていることに驚くハンター。それどころか、力が漲ってくる。太刀の刀身も淡く輝き出し、

 一体何が起きているのか。

 考える暇はない。

 ミラボレアスと向き合い、太刀を構える。

『おい、生きてるよな』

 そんなとき、また槍使いの声が頭に響いた。

 何だ。

『その憎たらしい口の開き方、どうにかならんもんかねぇ。いや、こっちでできる限りの支援をするから、それを伝えてるんだよ。現に今、傷が治っているだろう』

 ミラボレアスの攻撃を回避しながら、周りを見てみると他の冒険者が周りに展開しているのが目に入った。

『こっからは俺たちが魔法でお前を支援してやる。存分に暴れなよ』

 ありがたいが、飛び火してもどうしようもない。そのことを槍使いは悟ったらしく、苛立った声で、怒鳴ってくる。

『分かってんだよ。そんなことは。だけどな、こっちだって馬鹿じゃねぇ。ちゃんと作戦があるんだよ。今からやるから黒龍を誘導してくれ』

 指定された場所に走るハンター。

 釣られるようにしてミラボレアスもハンターを追いかける。時折、火炎弾や焔の渦で焼き殺そうとするものの、ハンターは後ろから来る殺気を感知し、避けることができた。他の者では、後ろに目が付いていないと、逃げ切ることなどできずに灰となっている。

 

 指定された場所は城の庭の中心。壁上、瓦礫の後ろには魔術師が隠れており、何やら口を動かしている。

 魔法の呪文を唱えているのだろう。

 ただ、ハンターにはどのような魔法なのか分からない。

 生半可な威力では、ミラボレアスには通じないのは彼らだって分かっているはず。

 

 ミラボレアスがハンターを追いかけて、中心部まで来た。

 ハンターはミラボレアスと向き直り、いつでも動けるように身構える。

 

 そのとき、魔術師たちの詠唱が完成し、魔法が発動する。

 地面に光る魔法陣が描かれる。周りの魔術師たちが、黒龍に向けている杖からも魔法陣が空中に描かれた。

 それらの中から白い糸、『粘糸』が大量に迸り黒龍を絡める。

 ミラボレアスの前脚、後脚、首、翼、尻尾などに絡みつき、拘束しようとする。それを逃れようとミラボレアスは暴れだして、白い糸がブチブチと千切れだすが、まだ拘束力がある。

 魔術師が力負けして引き倒されないように、戦士風の力自慢が数人で魔術師を引っ張って支えている。

 拘束時間はあまりない。

 拘束されたミラボレアスは鎌首が下がり、弱点の頭が下がっている。

 

『行け!』

 言われずとも、ハンターは駆け出した。

 そのまま、ミラボレアスの頭部に力を込めて突きを放つ。

 神官、魔術師がハンターにかけた強化によって、先ほどとは比べようにならない深い傷を与えることができた。

 そのまま、ミラボレアスの頭部を踏み台にして空中へと駆け飛び、落下と同時に渾身の力を込めて一閃。

 ミラボレアスの頭部が割れた。

 大量に吹き出す血飛沫。

 しかし、未だにミラボレアスの眼から光は失われていない。

 ハンターは斬りまくる。

 袈裟斬りで右目を使い物にならなくさせる。

 切り上げで下顎を切り裂く。

 太刀を振り下ろし、頭蓋骨を断ち切る。

 気刃斬りでより深く致命傷を与える。

 強化された鋭い太刀とハンターの豪然たる腕力で深々とした傷を与え続け、地面に血飛沫が血溜まりを作った。

 そして、ミラボレアスは力を振り絞り、『粘糸』からの拘束から逃れる。

 

 小さな咆哮を上げ、鎌首を大きく仰け反らせた。

 そして、地面を震わせ、崩れ倒れる巨体。

 ハンターによって幾多にも切傷が刻まれ、血で濡れて染まった体。

 それでも、最後までミラボレアスの瞳はハンターを睨んだ。

 

 動く様子はなく、黒龍の討伐を確認する冒険者が近づく。固唾を飲み見守る周囲の冒険者。息絶えたことを確認した冒険者が声を上げる。

 そこに喝采はなく、あまりにも多い犠牲に涙する者、疲労が限界に達して地面に座り込む者が居る。

 そんな中でハンターは黙々とミラボレアスの解体作業を行う。

 ハンターにとって真の敵とは何か。

 強力な大型モンスター。

 邪魔してくる小型モンスター。

 確かにそれらも手強いだろう。

 だが、ハンターにとって、真の敵とは幸運(リアルラック)だった。

 宝玉でますように、といった願い事はしない。ただ、無心(を心掛けようと)で剥ぎ取る。

 剥ぎ取りナイフでミラボレアスの鱗を剥ぎ取っていると、後ろから肩を叩かれた。

「よぉ、ハンターだったか」

 屈強な体で大剣を背中に担いでいる男、重戦士らしき者が声を掛けてきた。

「大手柄だな」

「まぁ、戦利品は多いな」

 なにせミラボレアス素材、剥ぎ取り放題キャンペーンである。他の冒険者は剥ぎ取らないのだろうか? 重戦士の後ろでは、怪我をした冒険者の治療をしている者が多い。剥ぎ取っている余裕などないのだろう。

「こんな龍の鱗に牙、皮の一頭分。全員の報酬の取り分だが、王国からの報酬金がお前が4割。6割で他全員だ。今剥ぎ取っている物はお前の自由にしてくれ」

「!? いいのか」

 重戦士の配分に驚くハンター。報酬金は配分が依頼参加人数で割られるので、その中で1人だけ4割というのはハンターの常識からすればあり得なかった。そして、龍の素材が要らないということが、ハンターには衝撃的で手が止まってしまう。

「ああ、竜の鱗は鎧に使えるし、血は魔術師なり研究者に売れば高値がつく。確かに魅力的だが、俺達はそいつの死体を見ても畏怖を感じる。その龍の素材で作った装備が呪いの品のようになりそうなんでな。素材はお前の方で処理してくれ。俺達じゃ手に負えない」

 確かにミラボレアスの素材、武具は曰く付きだ。永遠の戦いを強いられるとか、ミラボレアスと戦う夢を毎晩見るとか。重戦士はミラボレアスの異常性を肌で感じているのだろう。

「ありがとう、心配しなくても丸ごと剥ぎ取ってやる」

 目を輝かせてハンターは剥ぎ取り作業に戻った。

「……とんでもないな」

 そして、重戦士はハンターの異常性に苦笑いして引いた。

 

 

 

 ハンターがミラボレアスを解体し終えた。

 結果としては、大量の黒龍の素材が集まったので、ハンター的に大満足である。

 だが、戦果としては負けだろう。

 軍の兵隊、冒険者の死者が多すぎる。確か、損亡が4分の1を超えると全滅扱いだったか。ハンターは軍の知識を思い出した。

 通夜のような雰囲気のなか、生き残った全員はギルドの酒場まで来た。

 豪華な食卓の席に座る傷だらけの冒険者たち。だが、空席にも料理が並べられている。比較的軽傷の者も同席している。頭や肩から腕を包帯で巻いている者が多いので、薬品の匂いと血が食卓の空気に混じっていた。

 そして、空席のほうが多い。

「まぁ、俺達の勝利と新しいドラゴンスレイヤーの誕生に乾杯!」

 そんな中でも、酒を注ぎ込んだ杯を掲げ飲み干した。

 勝利とは言えない。

 黒龍は強敵で、戦死者が多数いる。

 そんな中でも、黒龍を討伐し生き残った。

 ならば、弔いと勝鬨をあげなければならない。

 みんな、自分の意志で戦いに身を投じたのだから、そこに差などない。

 幸い、王国から莫大な報酬は全員に配られる。報酬目的に参加した者であっても、あの地獄を見た後では受け取っても喜ぶ気にはなれない。

 それでも、空元気で喜ぶしかない。

 明日は我が身。

 倒された相手がドラゴンか、他のモンスターかの違いに変わるだけ。あるいは、遺跡の罠や呪いで死ぬかもしれない。

 

 だからこそ、今だけは黒龍を討伐したことで宴を開く。

 

 湿っぽいのは、先程までで十分だ。

 今日、居なくなった者を思い出すかもしれない。

 だが、それで歩みを止めたら我々は冒険者ではなくなる。

 生きていれば明日が来る。

 また、冒険に出る。

 それまでに存分に騒ごう。

 

 そこで今日の酒代はハンターが請け負った。印象を良くするため、といった心づもりではなく、単純に援護のお礼のつもりだ。そして、均等に振り分けられるはずの報酬を、ハンターの取り分が多かったので、少し心苦しく思った。

 簡単に言えばハンターが受け取った報酬金は、庭付き豪邸が2つぐらいは建てられるぐらいに多い。

「この、太っ腹だぜ! 新人のくせに!」

「いや、新人とは言えねぇだろ。言うなれば新人ドラゴンスレイヤーじゃねぇの?」

 なんというか、背中あたりがむず痒くなるハンター。

「一応、竜はかなり討伐してるんだが」

「まぁ、あの戦いを見れば信じざる得ないんだが、今までどんな竜を相手にしてきたんだよ」

「飛竜種、海竜種、獣竜種、牙竜種、蛇龍種、古龍種」

「聞いたことがないドラゴンの種類も居るな。どこの出身だ?」

「分からん。受付嬢の話だと転移とか何かに巻き込まれたんじゃないのか、って言ってたけど」

「ふーん。こっちに来る前はどのくらい竜を討伐したんだ?」

「合計で1000体は超えていると思うが、俺も正確な数は覚えていない」

 本日のメインでもあるためか、ハンターは質問攻めにあってしまう。

 中には、ハンターの発言を本当かと疑う者も居た。

 『看破』の奇跡を使える神官を連れてきたり、それに答える。

 ハンターが嘘を言っていないことを知ると、聞いていた者たちは顔を引きつらせていた。




やっと、ミラボレアスを討伐できた。

次からは1巻に入れるか、その手前ぐらいだと思います。


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1-15 エピローグ

 トントンとリズミカルに鳴る金槌。

 組み上げられていく、木材とレンガ。

 周りは芝生が最近まで生えていたものの、切り揃えられた敷地。

 敷地の横は川になっており、魚が悠々と泳いでいる。

 ハンターは今、報奨金で購入した自分の農園予定の場所に来ている。

 ギルドで不動産屋を紹介してもらい、土地を買った。

 今は建築家に家を作ってもらっている最中だ。

 贅沢して大きめの屋敷にしてもらっている。

 後は、管理人と働き手を募集するだけだ。

 金の問題は、ミラボレアスの報奨金がまだ半分ほど残っている。残った金は、移動用の馬と馬車を買うつもりだ。本当は長距離をひとっ飛びできる、大鷲や小型の飛翼種みたいな動物を飼いたかったが、使い魔を使役できる技量(スキル)がなければダメらしい。

 人に危害を加える可能性がハンターの技量(スキル)では0ではないからだ。

 調教師(テイマー)や魔術師は自身で使い魔を使役したり、生み出したりできるらしい。ずるい。

 しかし、それでも金は余る。余った金は担保に農園の運営を開始するか、貯蓄するつもりである。

 そして、ハンターは切実にアイルーの雇用がしたかった。

 いや、元居た地域ではアイルーに、少なくとも食事の代金以外は、壱銭も彼らに払っていなかった気がする。ギルドの報奨金から、税として引かれているのかもしれないが、彼らは彼らでブラックな職場で働いているのではないだろうか。

 特に自爆アイルー。

 一応、募集は冒険者ギルドを通し準備はしている。

 仕事内容としては、ハンターの調合材料の栽培、蜜蜂の飼育とハチミツの確保。日によっては馬の世話。

 住み込みOK。

 給料は、基本的な農家の収入より少し高め。

 できれば養蜂の経験がある者が望ましい。だが、そこまで都合がいい人材が確保できるとは思えない。

 まぁ、住む屋敷がまだ建てられていないので、待つしかない。

 

 ハンターはミラボレアスの素材を大量に手に入れた。防具を新たに制作したり、太刀の種類を増やしたりするよりも、別種の武器を制作しようと思っている。ヘビィボウガンや弓といった遠距離武器もいいかもしれない。

 冒険者ギルドの一角の武器屋に訪れたハンター。

 そして、素材を見てもらったのだが、武器屋の翁はミラボレアスの素材を見て言った。

「無理だな」

 残酷な一言である。

「なんで⁉」

「一介の鍛冶屋にゃ、この素材の扱いは重いっての。鉱人(ドワーフ)でも難しいんじゃねぇのか?」

「? あんた、鉱人(ドワーフ)だろ?」

「勘違いされることが多いがな、俺りゃ只人(ヒューム)だ!」

 ずんぐりとした体型。しかし、毎日金槌を扱っているからか、がっしりとした腕になっている。老顔で髭を蓄えている。

 どっからどう見ても鉱人(ドワーフ)にしか見えなかった。

 初見で只人(ヒューム)と見抜けるものは居るのだろうか。

「ともかく、知り合いの鍛冶仲間の鉱人(ドワーフ)を紹介してやる。と言っても、あんまり期待しないほうがいいぞ。素材自体から邪悪な気配が、見ただけで分かるからな」

 武器屋の翁は紹介状を書いてくれるらしく、明日また来ることにした。だが、手練れの鉱人(ドワーフ)は気に入った相手でなければ、武具の制作をしてくれないらしい。

 加工屋は、普通にお金と素材を渡して制作してくれたのだが、彼らのようには作れないかもしれない。そのことに、ハンターは不安を覚えた。

 狩ったモンスターの素材から、武具を作り出す加工屋の職人たち。

 彼らが凄腕であることは間違いない。むしろ、発見や認知すらされていなかった新種の素材でも、快く武具を作ってもらえる彼らの存在に感謝していた。

 そして、その彼らが居ないことに非常にがっかりしたハンターだった。

 

 ハンターは次に冒険者ギルドに来た。無論、依頼を受けて達成し金を貰うためだ。

 報奨金が余っているからといっても、ハンターは武具の強化に金をつぎ込む。

 今回の報奨金が一気になくなるぐらいにつぎ込む。

 8桁の数字が一式装備を制作し、強化も施せば、一瞬にして5、4桁になることなど少なくない。

 そして、作製を依頼するには金が心配だ。

 ハンターはいつも通り、依頼を受けようとしたが受付嬢に止められる。

「その前に昇格審査を受けてください」

 受付嬢は疲れている顔で無理やり営業スマイルを作り、ハンターの依頼に待ったをかけた。この辺は長年の接客業務の賜物だろう。

「なぜ?」

 首をかしげるハンター。

 ハンターとしては、依頼を受けて狩りに行きたい。ちなみに今回受けた依頼は大型猪の討伐だ。ドスファンゴ、見つけ次第、殺るべし。

「経験点が貯まったからに決まってるじゃないですか。竜殺しの立役者を早く昇格させろって上がうるさいんですよ」

「はぁ」

「受けてくれますよね?」

 ずいっとカウンターから身を乗り出し、ハンターに顔を近づけた受付嬢。だが、その顔は張り付いたような笑みで、目が笑っていない。

 その顔にハンターは身を引いてしまう。

 今のこの受付嬢なら、ミラボレアスくらい引き返していきそうだ。

 無論、ハンターも大人しく昇格審査を受けるしかない。

 

 前回の審査のように正面に受付嬢、右隣に監督官がいる。そして、左隣に立会人が2人。1人は首から金の認識票(プレート)が提げられている騎士風の冒険者。もう1人はハンターが見た感じ、立会人が上級冒険者ではなく、立派な服を着た役人に見える。

「本来は1段階づつ階級が上がっていくものですが、黒龍討伐の功績からあなたは金等級への昇格が可能です。人格面や依頼達成率の信用も高く、問題にならないと冒険者ギルドは判断しました」

「お断りだ」

「ですので、明日から……なんて言いました?」

「金等級への昇格はしないって言った」

 詫びもせず、ハンターは言い切る。

 部屋の空気が気まずくなる。

「……冒険者として高みに登る。それが不服と?」

 立会人の役人が困惑を隠しながら、ハンターに問いかけてきた。

「不服と言うか気に食わん」

 その言葉を聞いて、受付嬢、監督官、役人は顔をしかめる。

「白金等級への昇格をしたいと言うことでしょうか」

「黒曜等級から鋼鉄等級の昇格だろ。何を言っているんだ、お前は」

 役人からしたら、お前のほうが何を言っているんだ、と言いたそうな顔をしていた。

 と言うよりも、全員がそんな顔をしていた。

「えっと、折角の機会だし、ババァーンと金等級になるつもりは」

「ない」

 バッサリと監督官の言葉を切り捨てたハンター。

「ここでも等級の上がり方は、1段階づつなんだろ。それでいいんじゃないのか?」

 ハンターとしては、ランクは正式な手続きをして上がっていくものである。下位から一気にG級のクエストを受けられるようになるとか、どんな卑怯なこと(チート)使っているのやら。寄生も好きではない。知略(攻略本)誰が書いたかわからない情報誌(掲示板)が書かれた書物を読むのは好きだが。

 だいぶ前に見た集会場の悪魔アイルーなど、言語道断。と言うよりもあれは、別のなにかだ。アイルーではない。

 ともかく、ハンターはズルといった行為が嫌いだ。

 罠? ハメ? そういったのはズルにはならない。

 罠を仕掛けるのも、相手を封殺するのも、腕前の向上や思考を続けて生み出した技術である。

 故に、ゴブリンスレイヤーの頭を使った容赦ない戦術にハンターは目を輝かせた。

 

「今回の件で、多くの金等級冒険者が亡くなりました。それで、相応の実力を持つあなたならば、引き受けてほしいのです」

 役人は頼み込む。

 だが、ハンターの答えは変らない。

「順調に銀から金なら何も言わない。けど、俺の今の等級は黒曜だ。ここの規則にそっている。逆に言えば手順を踏まないと、俺は納得ができない。元の場所でも、ここでも、違う場所でも、それは変わらないはずだ」

「特例は受け入れられないと?」

「ああ、穴埋めなら他の銀等級冒険者を金等級に上げればいいだけだ。俺は順当に等級を上げていきたい」

「金等級になればいろいろな融通が利きますが、それでも断ると?」

「そうだ」

 頑なに金等級昇格を拒むハンター。

「……嘘はいっていません」

 じっとハンターを見ていた監督官は、役人に声をかける。

「……なるほど。あなたは高潔な精神の持ち主らしい。あなたが順々に等級を上げ、冒険者として次なる大成をなすことを期待させていただきます」

 報告を受け王国から派遣された役人。

 今回の件で、金等級の冒険者を多く失った。

 金等級冒険者の補充は確かに重要だが、考えなしに昇格も不味い。冒険者の等級は、実力だけではなく信頼、信用も含まれる。

 役人としては、それだけの腕を持ちながら下位に留まるのは何かしら理由があるのだろうと納得し、残念に思った。多少問題があるものの、実力は十分、先程の言葉からも誠実であり、金等級でもおかしくはない。

 無理に押し通して、冒険者を辞めるといった方が問題だ。ハンターが報奨金で農場を買ったと聞いたので、そのまま農家に転職するかとも不安に思った。

 しかし、冒険者を続けるならば問題ない。

 彼の実力、誠実な心構えなら、時間は多少かかるだろうが、等級を上げていくと確信した役人。

 

 話は終わったらしく、ハンターは室内から退場したところで、今まで沈黙していた騎士風の冒険者が声を掛けてきた。

「その、なぜ君はあの黒龍と戦うことができた?」

 冒険者は知りたかった。

 あの黒龍と戦うことができる。なるほど凄腕なのだろう。

 ましてや、討伐することができた。自分とは違うのだろう。

 あのとき、黒龍の脅威を目の当たりにした自分は、逃げ出した。

 ガチガチと震えることしかできず、もう一度挑もうとは考えられない。今も寝ているとき、あのときの悪夢にうなされる。

 それからも逃げたかった。

 だから、解決の仕方を知りたかった。

 

「そんなの決まってる」

 ハンターは何でもないように言った。

「俺がモンスターハンターだからだ」

 その言葉の意味を真に理解した者は、この場にはハンターも含めて居ないだろう。

 どこかの村人は、最高のハンターのこと、と言っていた。

 いつかの町人は、大陸一の勇者、と思っている。

 ある狩人は、自然の摂理を制するもの、と語っていた。

 ハンターの解釈はおぼろげながらに見えてきた。

 ハンターは、ハンター。それ以上でも以下でもない。

 獣だろうと竜だろうと関係ない。モンスターが害をなせば狩る。

 だから今日も狩りに出る。

 ただ、それだけだ。

 そうして、生きるのがモンスターハンターだとハンターは思っている。



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2-1 装備を作るために

すいません。
前のあとがきで、もうそろそろ原作入ると言ったと思いますが、まだ、装備、農場のことを解消したいと思うので、原作にはまだ入れません。

本当に申し訳ございません。


 ハンターは武器屋の翁から紹介状を貰い、鉱人(ドワーフ)の街に向かう馬車に乗る。

 その馬車には、ゴブリンスレイヤーが同席した。

「ゴブリンか?」

「いいや。武器を作ってもらうために職人に会いに行く」

 ゴブリンスレイヤーはゴブリン退治だ。話さなくても分かる。

「竜を――倒したと聞いたが、どうだった?」

 彼にしてみれば珍しく自分から話しかけてきた。

 彼も昔はドラゴン退治に憧れたのだろうか。

「どうって、ミラボレアスって言う黒龍だったんだが、元の地域でも居た龍だ。伝承にもなるほどの古龍種なんだが、ソロでやるときもあったけど、俺ぐらいの実力者4人で狩ることが多かったから、いつもより手間取った」

「そうか」

 それから先は沈黙した。ハンターは鉄兜で隠された顔を見るが、中の顔の表情を見ることはできない。故にゴブリンスレイヤーが何を考えているか、わからない。

 しばらくの間、沈黙した後にまた声を掛けてくる。

「大タル爆弾と言ったか。この前のゴブリン退治で使ったのだが、いいものだ。補充を頼む」

「ああ、分かった。何か他にあるか」

「……閃光弾だ。金は大タル爆弾Gが1個、金貨5枚、閃光弾が1個、金貨2枚でいいか? 数は、2個ずつだ」

「ああ。いつ渡せばいい?」

「ギルドの受付嬢に渡しておいてくれ。金も受付嬢に預けておく」

 また、しばらく沈黙が続き、今度はハンターから声をかける。

「牧場ってさ、どんなのを飼っているんだ」

「牛、豚だ」

「馬の世話とかしたことないか。もしくは、人手が余っていたりとか」

「馬は居ない。人手もいない」

「……そうか」

 そして、しばらく黙って、またどちらかが声をかけるという繰り返しになった。

 

 馬車は順調に進み、何事もなく目的地に着いた。

 

 硬い岩肌の山に囲まれた街。

 鍛冶に使われる炉の熱が充満した街。

 農具、武具があらゆるところで打たれているのか、金槌の音は止まない。

 武器屋には無論、一級品と見られる武具が並ぶ。

 商品を見て吟味している冒険者。値段を見て、財布の中身を見て、唸る冒険者。それを見て豪快に笑う店主の鉱人(ドワーフ)

 細工や調度品も凝ったものが多く、金額を見なくても高いのが分かる。

 髪飾りを手にとってカウンターに嫌な顔をして金袋を置く森人(エルフ)。カウンターに居た鉱人(ドワーフ)は袋の中の金貨を確認しながら、森人(エルフ)にガンを飛ばしている。

 鉱人(ドワーフ)の街。

 そんな街に竜の鎧を着たハンター、薄汚れた鎧を着たゴブリンスレイヤーは訪れた。

 ハンターは紹介された職人に会いに行く。

 ゴブリンスレイヤーは依頼の話を聞きに依頼者へと向かう。

 その道程が同じで、2人とも鍛冶ギルドの扉の前まで来た。鍛冶屋の街だ。ハンターの目的人物も、ゴブリンスレイヤーの依頼人も一緒な場所にいるのはおかしくない。

扉を開けて、鍛冶ギルドの中に入る。

 沢山の鉱人(ドワーフ)が昼間から酒を飲んでいる。彼ら用に椅子もテーブルも低く作られている。

 酒場のように感じるが、鍛冶に使われる炉や金床で作業している鉱人(ドワーフ)が多数いる。酒を飲みながら作業するなど正直危ないと思うのだが、鉱人(ドワーフ)にとっては酒を飲んでいなければシラフでないらしい。只人(ヒューマン)の鍛冶師も居るようだが、徒弟だろう。

 翁の知り合いの鍛冶師はここのギルド長らしく、鉱人(ドワーフ)の女性で赤いバンダナを巻いているのが特徴だ。

 奥の方に赤いバンダナを巻いている女鉱人(ドワーフ)を見つけたので、ハンターはそちらに足を運ぶ。すると、ゴブリンスレイヤーもハンターに続いて歩き出した。

 近づくと、鍛治長女鉱人(ドワーフ)は誰かと口論しているようだ。

「だから、売れないって言ってるでしょ!」

「金は出すと言っているだろう!」

「金の問題じゃないんだよ!そもそも、ここにはないんだから売れるわけないじゃん!」

 鍛治長女鉱人(ドワーフ)は浅黒い肌、黒髪ショートの黒瞳の女性、女闇人(ダークエルフ)と言い争っているらしい。ただ、周りの奴らは触れぬ神に祟りなしと思っているのか、離れている。

 そんな中、ズカズカと遠慮なく近づくハンターとゴブリンスレイヤー。ハンターたちは彼女たちの言い争いが終わるのを待っているつもりはなかった。

「装備を作って貰いに来た。これが紹介状だ」

「冒険者だ。ゴブリン退治に来た」

 それぞれの要件を言う彼らに、鍛治長女鉱人(ドワーフ)は女闇人(ダークエルフ)を押しのけ、2人の前に出る。

「待ってたよ!」

「まだ、こちらの話が終わってないぞ!」

「こっちの話と繋がってるし、何度も話すのは疲れるんだ。2人も座って話を聞いて」

 そう言って、鍛治長女鉱人(ドワーフ)は徒弟の1人に椅子を持ってくるように指示した。徒弟が持ってきた椅子は普通の大きさの椅子。ハンター、ゴブリンスレイヤー、女闇人(ダークエルフ)だけは渋々とした顔で椅子に座る。

 鍛治長女鉱人(ドワーフ)は火酒をぐいっと一杯飲み干して話し始める。

「実は坑道にゴブリンが住み着いちゃって困ってるんだ」

「数は?トーテムやホブは確認しているか?」

 早口になりながら依頼の話をするゴブリンスレイヤーだが、鍛治長女鉱人(ドワーフ)は手を上げて話を止める。

「ちょい待ち。まずはこっちの事情を説明していい?」

「分かった」

「軍に配給する武器や防具を積んだ馬車が、ゴブリンたちに襲われて盗まれたんだ。当然、冒険者に依頼したんだけど、帰ってこなかった。多分、鉱人(ドワーフ)が作った武器を装備していると思う。この中に黒長耳さんが欲しがっている剣が混じっていると思う。将軍に与えられる名剣がね」

「何だと!」

「最初から馬車に護衛を付けてはいなかったのか?」

 女闇人(ダークエルフ)は怒ったように驚き、ハンターは不思議に思った。

「護衛は付けていたよ。でも、みんなやられたみたい。辺りは血の跡だけで、死体も、馬車も坑道に引きずられた跡があったんだ」

 故に、ゴブリン討伐の依頼を依頼。

 そして、向かわせた冒険者は全滅。

「君が欲しがっている名剣はそのゴブリンが装備していると思う。倒してくれるならその剣は君にあげる。どっちにしろ坑道に入れなくちゃ、鉱石は採掘できないし。で、ハンターくんの武具の作製を依頼する件だけど、このゴブリン討伐を受けて欲しい。なにせ呪われた素材での武器作製だからね。錬金術師、術士を集めなきゃいけない。その代わりに制作費はタダにするよ」

「ゴブリンの使い古しを使えと?」

「今は坑道から金属が採掘できないんだ。特に良質なものは。君が素材を持っているのなら話は別だけどね」

「……分かった」

 渋々と女闇人は納得したようだ。

「装備の要望に折り畳みができる弓、双剣の作製を頼めるなら引き受ける。一応、俺が扱っていた武器の構造を書いた紙も上げるから、参考にして欲しい」

「了解」

 ハンターは少し不満だが、どちらにしろ時間はかかるのだ。制作費も浮くのでやっておいて損はない。

 この地域では必要数の素材と制作費を持って加工屋に行けば、装備を作って貰えるとは限らない。なので、事前にハンターが知っている限りの弓の構造を書いた紙も、素材と一緒に渡しておく。武具の手入れはハンターもしている。故に構造を思い出すのは容易なことだが、それを再現できるかと言えばできない。

 ハンターは鍛冶など専門外だ。

「それで、数は分からない。護衛は全員鉱人(ドワーフ)の戦士、冒険者の編成は前衛の斧使いに剣と盾使い。後衛に神官と魔術師。全員青玉等級で男だった」

 護衛はともかく、冒険者の編成は悪くないらしい。

 この地域の認識では前衛、後衛が分かれているのが理想なパーティー編成。

 ハンターはガンナーでも前衛の認識がある。弓・ライトボウガン・ヘビィボウガン。

「坑道の地図はあるか?」

「あるよ。これ」

 ゴブリンスレイヤーの要求に、彼女は準備していたようですぐに地図を渡してくれる。地図に書かれている坑道は、幾重にも分かれ道があり、アリの巣のようだ。散らばっているゴブリンを殲滅するとなると、かなりの手間になる。

 だが、坑道は今後も使い続ける重要な場所なので、爆破や水攻めでの一網打尽は無理。

「まずは燻り出すか?」

「いや、地図を見る限り坑道は長い。煙を入れても奥までは届かん。直接乗り込むしかない」

 つまり地道に倒していくしかない。

 

 

 明かりはなく山の横にポッカリと空いた暗い穴。

 手押し車が行き来できるように、坑道としては広く、只人(ヒューム)が入れるほどに広い。支えに頑丈な材木と金属で固めている。太刀を振るえなくはないが、他の2人を巻き込んでしまうから使えない。

 

 湿った土の匂いと腐臭が臭ってくる。

「酷い匂いだ」

 女闇人(ダークエルフ)は鼻を押さえたが、すぐに手を離し、代わりに短剣と小剣を持つ。

 ランタンをハンター、女闇人(ダークエルフ)、松明をゴブリンスレイヤーが点ける。

 それぞれの武器を手に持ち、坑道の中に入る。

 奥に行くのだが、ハンターは違和感を感じる。

「変だ」

「変だな」

「何がだ」

 ゴブリンスレイヤーの言葉にハンターは同意するが、女闇人(ダークエルフ)の方は気づいていない。

 

「女がいるのにゴブリンが襲ってこない」

 ゴブリンの特性の中に嗅覚が鋭いことが挙げられる。

 なんで酷い匂いの中で、女性のフローラルな香りが嗅ぎ分けられるのかわからない。犬なのだろうか。

 そして、臭い消し(ゴブリンの血を塗る)をしていないと、女に興奮したゴブリンがすぐにでも出てきそうなものだ。

 だが、臭い消しをしていない女闇人を襲いに来る様子がない。

 あわよくば、女闇人(ダークエルフ)の匂いでゴブリンがでてこないか期待したのだが、この様子では期待薄だ。

 

 女呼ばわりされた闇人(ダークエルフ)は不機嫌になり、鼻を鳴らす。

「ゴブリンごときが何だというのだ。最弱モンスターの生態を知っていて何の得がある」

「奴らを甘く見るな」

「小型モンスターは脅威だ」

 彼らの反応に一瞬目を点にする彼女だが、すぐに蔑みの色が浮かぶ。

「臆病者共め。分かれ道があったら二手に分かれる。私は銀等級の斥候でもあるしな。小心者共はせいぜい仲良く探索しろ」

 彼女がずいっと2人の前に出る。その足並みはズカズカと苛立って速い。

「危険だ。地図は1つしかない」

 ゴブリンスレイヤーの発言に、口を詰まらせたように呻く闇女斥候。複雑な坑道の中を地図なしで歩くことが、どれほど危険なのか理解はしているのだろう。

「くっ、せいぜい足手まといになるな」

 闇女斥候は歩くスピードを緩めるが、こちらと連携する気はないらしい。

 最初の坑道の分かれ道に着いた。

 その分かれ道の両方から金属音の足音が聞こえてくる。ガシャガシャと激しい足音からして、走ってきている。

 鎧を着たゴブリン。良質な鎧では腐臭した酷い匂いは防げないようだ。

 そして、冒険者を見つけたゴブリンたちが襲いかかってくる。

 

 一目で素晴らしい武具と分かる物をゴブリンたちが身につけている。

 ただ、筋力が足りていないのか剣や槍を両手で持っている。鎧もサイズが合わず、篭手や脛具を付けずに、胴体の部分と兜だけ身につけた状態だ。

 前に居た闇女斥候は身軽な動きでゴブリンたちの武器を避ける。

 ゴブリンスレイヤーは近づいてくるゴブリンに投げナイフを投げる。投げナイフは鎧で覆われていない喉へと吸い込まれるように刺さる。

 だが、投げナイフが喉に刺さったはずなのに、ゴブリンの動きに陰りがない。

 そのことに動揺はなく、近づいてきたゴブリンの顔に中途半端な剣を打ち込む。そこでゴブリンは動かなくなる。

 ハンターも片手剣で鎧の上からゴブリンを斬りつける。鎧に阻まれるが、ハンターの剛力で振られた片手剣によって、ゴブリンの骨が折れる音がする。だが、痛がる様子がなく、ハンターに怯えることもなく、攻撃してくる。

 ハンターはゴブリンの攻撃を盾で受け流し、兜と鎧の間の首を狙って片手剣を振る。

 振られた片手剣はゴブリンの頭と胴をお別れさせる。ゴロゴロと転がる頭から兜が脱げる。そのゴブリンの顔は目がなく、腐っていた。

「ゾンビだと⁉」

 死んでいても襲ってくるモンスター、ゾンビ。

 それが、ゴブリンの姿をしている。

「ゴブリン……ゾンビ?」

「ゴブリンであることに変わりはない。鏖殺する」

 ゴブリンスレイヤーはブレずに、突き刺した剣を引き抜き、他のゴブリンに投げる。

 防御するという考えがないのか、侵入者の排除だけを目的としているゴブリンゾンビに、投げられた剣が顔に突き刺さる。

「2」

 どうやら顔が弱点らしく、剣が突き刺さったゴブリンゾンビは倒れた。まぁ、ゴブリンも頭を潰せば死ぬのだが。

 ともかく、ゴブリンゾンビが動き出す様子はない。

 ゴブリンスレイヤーは投げた剣の代わりに、ゴブリンゾンビが持っていた長剣を持つ。

 すかさず、長剣でゴブリンゾンビの頭を突き刺す。そして、長剣を素速く手放し、倒したゴブリンゾンビの槍を奪い、また、兜の顔の部分を狙って攻撃。

 闇女斥候も小剣で武器を弾き、短剣でゴブリンゾンビの首を掻っ切る。首を切断すれば、ゾンビも動き回ることはできない。

 ハンターもゴブリンゾンビの首か頭を狙いつつ、片手剣でゴブリンゾンビを倒していく。

 正体が分かってしまえばあっけない。

 ゴブリンのように悪知恵があるわけではなく、逃げるような素振りもない。

 向かってくるゴブリンゾンビの頭を狙って、倒していった。

 

「18、19、20」

 ゴブリンスレイヤーは動かなくなった死体の数を数える。見落としがないか再度、頭に武器を叩き込む。

 死体を調べる闇女斥候。目的の名剣がないか調べているようだ。しかし、どうやら見当たらないようだ。

 ハンターは砥石で片手剣の切れ味を戻す。

 

 ゾンビ化しているので致命傷以外の傷は無視して攻撃でき、思考も落ちているので攻撃以外はしてこない。鉱人の武具で強化されている。頭を潰せば倒せるが、他の部位を攻撃しても効果は薄い。

 冒険者たちは所詮ゴブリンと思って油断し、倒れづらいゴブリンゾンビにやられたと思っていいだろう。

 護衛は恐らく、ゴブリンゾンビも居たのだろうが、それを操っていた術士も居たと思われる。

死霊師(ネクロマンサー)だろう。護衛や冒険者もゾンビとして操っているかもしれない」

「……死霊師(ネクロマンサー)とは?」

 闇女斥候の推測にゴブリンスレイヤーは疑問符を浮かべた。

「死体を操る魔術師だ。銀等級なのに知らないのか?」

「知らん。しかし、そうか。このようなゴブリンも居るのか」

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、闇女斥候は呆れている。

 

 闇女斥候は目当ての剣がないらしく、奥へと進もうとする。

 ゴブリンスレイヤーもゴブリンを殲滅しようと奥へ続いた。

 ハンターも剣を研ぎ終わったので彼らに続く。




ゴブリンゾンビ
 死霊師がゴブリンの死体を用いて作った傀儡。
 生産しやすく、扱いやすい。数も揃えられる。
 ゾンビになっているので耐久力が上がっているが、所詮元がゴブリンなので脆い。
 武器による攻撃よりも、噛みつきや爪で引っ掻く攻撃のほうが不潔なため、相手を感染させる事が可能。
 今回出てきたのは立派な武器、防具を装備しているため、攻撃力、耐久力ともに通常ゴブリンよりも高い。ただし、頭攻撃(クリティカル)ならばダメージ5以上で即死確定。


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2-2 坑道の奥

感想・誤字報告、ありがとうございます。
そして、本当にすいません。


 奥へ進んでいく3人。

 分かれ道は地図で確認しながら深く潜れるように移動する。

「こんな状況は奥に引きこもっている奴が黒幕だ」

「ああ、ゴブリンの上位種も奥でふんぞり返っている」

 何にでもゴブリンのことを持ち出すゴブリンスレイヤー。

 そんな彼に闇女斥候は呆れている。

 頭にゴブリンの恋人でも居るのではないのだろうか、とくだらない妄想をしてしまうぐらいには。

 

 今、だいぶ奥に進み3人は2層目の坑道に入る。地図では3層まであるらしく、もうすでに明かりは松明とランタンしかなく、かなり暗い。

 ここまで来るのにゴブリンゾンビと2回戦った。

 どうやら10体ずつ坑道を徘徊させ、侵入者を排除させようとしているらしい。

 倒した数は合計で40。

 それだけ倒しているが、全員怪我はない。

 そして、闇女斥候は聞き耳を立てて敵の数を確認するが、数が減っている様子がないらしい。

 死霊師(ネクロマンサー)は人海戦術でこちらを疲弊させ、弱ったところを自身か、或いは強い個体のゾンビ(護衛の鉱人(ドワーフ)、冒険者のゾンビ)をぶつけて来ると思われる。

「持久戦とか、めんどくさい」少しお腹が減ってきたハンター。

「いつものことだ」淡々とした様子のゴブリンスレイヤー。

「無駄口言うな」耳を澄まして敵の警戒をしている闇女斥候。

 3人は巡回する敵に気をつけながらも進む。

 闇女斥候が聞き耳で巡回する敵の足音を察知し、ゴブリンスレイヤーが地図で戦闘を回避しながら進んでいる。

 ハンター? できることがないので彼らに任せている。

 

 接敵を回避していたが、奥に向かうに連れて敵の数が多くなり、ついに戦うしかなくなった。

「ちっ、前方から来ている」

「奥に行く通路は他にもあるが、今からでは他の巡回している奴らと戦うハメになる」

「じゃ、強行突破だ」

 3人は前から巡回してくる敵に先制攻撃を仕掛ける。

 それぞれ、向かってくるゴブリンゾンビの顔あたりを狙い、攻撃。

 3人に気づいたゴブリンゾンビたちも反撃するが、稚拙な攻撃では傷を与えることはできない。

 闇女斥候は的確に攻撃を捌き、回避し、ゴブリンスレイヤーとハンターは盾で攻撃を弾き、受け流し、ゴブリンゾンビに攻撃を与えていく。

 闇女斥候は、ゴブリンゾンビの首へ剣を潜り込ませ、跳ね飛ばす。

 ゴブリンスレイヤーは武器を換えながら、頭に武器を叩き込む。

 ハンターの盾で兜の上からゴブリンゾンビの頭を叩き潰す。潰れなかったら、潰れるまで攻撃した。

 ゴブリンゾンビを倒し終えたら、次が来る前に移動し、奥へ進んでいく。

 

 奥へ進み、坑道の3層へと降りていく3人。

 3層目は、まだ鉱人(ドワーフ)たちが掘り進めていないので、短い通路があるだけだ。

 だが、その行き止まりに人影を見つける。

「何だお前たち」

 ランタンと松明の明かりで照らされた人物は、黒紫のローブを深く被り顔が見えない細身の人物。手には長剣と人の髑髏を持っている。

 名剣のことは鍛治長女鉱人(ドワーフ)から聞いている。剣身には文字が書かれており、杖がなくても魔法や奇跡が使えるらしい。

 その人物の周りには、血で書かれた模様と死体が置かれている。死体は鉱人(ドワーフ)、冒険者と思われるが、時間が立っているはずなのに腐敗した様子はない。

「貴様、死霊師(ネクロマンサー)だな」

「いや、この儀式を終えれば私は死霊王(リッチ)になる。ようやくだ。ようやく私は不死を得られる!」

 どうやら死霊師(ネクロマンサー)死霊王(リッチ)になるために、鉱人(ドワーフ)、冒険者を生贄にするらしい。

 冒涜的であり、邪悪。

 何より怪物になろうとしている者など、混沌の手合であることは間違いない。

 闇女斥候は気を引き締め、小剣と短剣を握った手に力を込める。

 

「なんだ、小鬼死霊師(ゴブリンネクロマンサー)とかじゃないんだ」

「これほどの坑道だ。ゴブリンならもっと悪質な罠を使う」

 気の張り詰めた空気の中での、ハンターとゴブリンスレイヤーの言葉に、死霊師(ネクロマンサー)は思考を失う。闇女斥候は、思わず2人の方へ顔を向けた。

 そして、死霊師(ネクロマンサー)は2人の言葉を「ゴブリンよりバカな奴」と解釈した。

「お前たちは、私をゴブリン以下と言っているのか⁉ 死霊王(リッチ)になるほどに知識を蓄えたこの私を!」

死霊王(リッチ)ってなんだ。金持ちなのか?」

「知らん」

  ハンターは怪物図鑑を読んでいるものの、死霊王(リッチ)の項目など後の方だ。四苦八苦、本と戦っているがその戦いは長期戦である。つまり、まだ読んでいないので、何のことだか分からない。

 ゴブリンスレイヤーはゴブリン以外に興味ない。

 そんな事情を知らない死霊師(ネクロマンサー)は、ハンターとゴブリンスレイヤーの発言に、堪忍袋の緒が切れる。闇女斥候は呆れ、向き直った。

「お前たちは殺す! 儀式の生贄にせず、骨野郎(スケルトン)にすることもなく、破棄してやる!」

 横たわっていた死体が死霊師(ネクロマンサー)の術によって動き出す。

 

 突然起き上がった死体。

 冒険者、鉱人(ドワーフ)のゾンビは生前着ていた装備のままだ。でなければ冒険者ゾンビの装備が、鉱人(ドワーフ)が作った鎧ではなく、ローブを着ているはずがない。

「血祭りにあげろ!」

 死霊師(ネクロマンサー)の号令で、突撃してくるゾンビたち。

「薙ぎ払う!」

 それに合わせて飛び出したハンター。

 背中の太刀を振り抜き、まとめて向かってきたゾンビを斬り裂く。

 彼らの防具など龍の鱗を斬り裂く太刀にとっては、紙にも等しいだろう。胴体を両断されたゾンビたちだが、それでも両腕を使って向かってくる。

 鉱人(ドワーフ)のゾンビは背丈の関係上、頭を切断され動かなくなった。

 だが、しぶとく動く破損したゾンビも、ハンターの切り返しの薙ぎ払いによって動ける個体は居なくなった。

 たった二振りで壁が全滅したことに驚く死霊師(ネクロマンサー)だが、すぐに新しいゾンビを呼び出そうとする。

「屍よ……魂をその身に……注ぎ……今一度――」

 名剣が光り始める。名剣が杖の代わりを果たし、触媒代わりとなっているようだ。

 だが、それを許す者などいない。

 素早く接敵するゴブリンスレイヤーと闇女斥候。

 詠唱中は無防備になる。

 彼らの武器が死霊師(ネクロマンサー)を襲うその瞬間、敵の唇が釣り上がる。

「馬鹿め!」

 死霊師(ネクロマンサー)は持っていた髑髏を地面に叩きつけた。

 割られた髑髏から黒紫の粉末が舞う。

「っ、毒だ!」

 咄嗟に呼吸を止める2人。

 だが、多少吸い込んだらしく、2人の動きは鈍くなる。

 2人の近くにいた死霊師(ネクロマンサー)は何か対策していたのか、影響はない。

 攻撃は外れてしまい、今度は死霊師(ネクロマンサー)がお返しとばかりに、2人に名剣で攻撃してくる。

 ゴブリンスレイヤーが盾で防ぐが、盾ごと切り裂かれ腕を負傷する。

「ぐっ」

「トドメだ! 汚らしい鎧め!」

 追撃する死霊師(ネクロマンサー)だが、それは飛来してくる片手剣によって阻まれた。無論、投げたのはハンターだ。

 飛んできた片手剣を死霊師(ネクロマンサー)は名剣で弾く。

 その隙に闇女斥候が小剣と短剣を振るい、死霊師(ネクロマンサー)に手傷を負わせる。だが、致命傷には程遠い。

「この低脳どもが!」

 傷を与えられたことに激昂する死霊師(ネクロマンサー)

 しかし、剣筋はブレることはない。

 先程の毒で動きが鈍くなってしまい、完全には回避しきれず、切り裂かれる闇女斥候。

 鮮血がほとばしる。名剣から滴る血は、地面を濡らしていく。そして、手傷を負った2人は後退しようとするが、死霊師(ネクロマンサー)が許すはずもない。

「トドメだ!」

「させるか!」

 ハンターが閃光弾を使う。坑道の通路を突如、眩しく照らした光は死霊師(ネクロマンサー)を怯ませた。傷を負った2人は後退し、ハンターは生命の粉塵を周囲に撒く。

 振り撒かれた緑色の粉塵は2人の傷を癒やし、痛みを消す。

 2人は解毒剤(アンチドーテ)を飲み込み、体の違和感を完全に消した。

「助かった」

「そりゃどうも」

 短くやり取りして、武器を構え直す。

「この、雑魚どもが」

 閃光による目潰しから回復したのか、死霊師(ネクロマンサー)は懐から新しい髑髏を取り出す。先程のように。近づいたら毒霧でも生み出すのだろう。

 そう思ったゴブリンスレイヤーはそれぞれ投げナイフを投げる。

 死霊師(ネクロマンサー)はその攻撃を軽視したのか、切り払うことも回避することもしなかった。それよりもゾンビを創り出し、戦闘の仕切り直しを図ろうとする。

 投げられた刃は、致命傷には程遠い傷しか与えられない。服の上からでは、チクリと肌に刺さるくらいだろう。

「くっ、この程度、なんと――も?」

 台詞の途中で体を崩す死霊師(ネクロマンサー)。地面に倒れた体は、ピクリピクリと痙攣している。

 ゴブリンスレイヤーが投げたナイフ。

 それには黄色い液体がベッタリと刃についている麻痺投げナイフだ。

 麻痺状態に陥った死霊師(ネクロマンサー)は、パクパクと口が動くものの声を上げることができない。

 麻痺が解ける前に、ハンターたちは死霊師(ネクロマンサー)へ武器を振り下ろした。

 

「それで、こいつはなんと言ったか」

死霊師(ネクロマンサー)だって言ってただろ」

「ともかく、ゴブリンではなかったな」

「不満か?」

 依頼は坑道に居るゴブリンの討伐であり、死霊師(ネクロマンサー)との戦闘は想定外だ。ゴブリンを殺す者にとっては、ゴブリン以外との戦闘は不本意ではないだろうか。

「……いや、ゴブリンほど手強くなくて助かった。ゴブリンが死体を操るのならば、火や爆弾でも付けて突撃させてくる、と思う。俺ならそうする」

「自爆アイルーか。有効だな」

「貴様らの頭はどうなっている」

 何やらこちらを見てげんなりしている闇女斥候。

 その手には死霊師(ネクロマンサー)が持っていた名剣を持っている。

 坑道を徘徊していたゴブリンゾンビも、死霊師(ネクロマンサー)が倒れたことで動かなくなった。

 ともかく依頼を達成したハンターたちは、依頼人のもとに戻ることにした。




 一応、ハンターの能力として、TRPGの基準を無理やり合わせるとどうなるのでしょう?
 種族は只人。習得技能としては、ファイター、人次第でシューター、レンジャー、セージ、アルケミストでしょうか。

 最近、気になってソード・ワールド2.5のルールブック買って読んでます。

 ゴブリンスレイヤーを読む。
 TRPGについて調べる。
 プレイ動画を見る。
 身体は闘争を求める。
 フロムがロボットゲームを作る。
 スナッチは持ってない。
 財布を見る。
 心が折れそうだ。


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2-3 弓は近接武器

 鍛冶場に戻ってきたハンターたち。

 中に入ると最初とは違い、働いている鉱人(ドワーフ)たちの活気がない。横に転がっている者、顔の血の気が薄くぐったりと椅子に座っている者。

 依頼者、鍛冶長女鉱人(ドワーフ)に向かう。彼女も顔が悪い。体を椅子にもたれかかっている。

「どうした」

「……疲れた」

 短く言葉を返す鍛冶長女鉱人(ドワーフ)

「坑道に居たのはゴブリンではなかった。ゴブリンの死体を操る……なんと言ったか」

死霊師(ネクロマンサー)だ。覚える気がないな」

「いや、ただゴブリンではない」

 どうやらゴブリン関連ならば嫌でも覚えるのだろうが、ゴブリンに全く関係ないことではゴブリンスレイヤーの頭には入らないようだ。

「そ……」

 力なく鍛冶長女鉱人(ドワーフ)は奥のテーブルを指差した。そこにはハンターの報酬の双剣と弓、矢筒が置いてある。

 ハンターが持った双剣、黒龍双刃。黒龍の怒りが染み付いているかのような、黒黒とした幅広い形状の剣と鋭角をそのまま使っているような剣。禍々しい龍の力を見ただけで感じる。

 そして、殲滅と破壊の剛弓。弦がX状になっており、矢をつがえる部分がミラボレアスの頭部を模している不気味な弓だ。黒龍の力を宿しているのか、これにも龍の力を感じる。矢筒は、無限に矢を撃てるように放った矢は魔法によって戻ってくる仕組みだ。魔力の宿ったデーモンの角、黒龍の素材を使い再現したらしい。

「もう二度と作りたくない」

 そんなことをこの武器の制作に関わった鉱人(ドワーフ)たちが言う。

 何でも素材に触った瞬間から気力や体力が吸われているように感じ、側に居るだけで呻き声や叫び声が幻聴として耳に入り、長く作業するのが精神的に苦痛だったらしい。

 素材はまだ余っているので、なにか作ってもらおうと思っていたが、無理なようだ。今日はもう、働いていた鉱人(ドワーフ)たちは家に帰る予定だ。

 しかし、ハンターの知っている加工屋は、ミラボレアスの素材で武具を作っても、いつもと変らない調子で武具を渡してきた。それも連続で作ってもらうこともあったが、けろっとしていた。

 ハンターと同じく非常識である。

「ともかく、今日は休業。……他になにかあるのなら明日来て」

 ハンターたちはゴブリンゾンビが着ていた鎧、武器を回収しているので、彼らに引き取って欲しかったが、今日は無理だ。明日、また来るしかない。

 他の店に売ることも考えたが、元々は軍に納品する物だ。彼らに返して謝礼を貰うほうがいい。

 

「今日はここに一泊か。宿ってどっちだ?」

「何回か来ている。泊まるのならば付いてこい」

 闇女斥候の後に付いていくハンターとゴブリンスレイヤー。

 今日はもう夕方で、空が朱色に染まっている。坑道の探索で時間がかなり経っていたようだ。

「魔法か。俺も使ってみたいな」

 ハンターは闇女斥候が持っている名剣を見ながら呟いた。

 ハンターが知っているモンスターの中には、隕石を降らせたりする奴が居る。特に古龍種が起こす超常現象は解明できていないものも多い。

 まぁ、魔法のことをハンターは知っている。

 魔獣ベヒーモス。

 森の精霊レーシェン。

 どちらも別世界から来た存在だが、それよりも前に沢山の別世界があることは分かっていた。

 悪魔祓い(デビルハンター)から依頼を受けたり、調査兵団とかいう兵士から依頼を受けたり。

 このことからハンターは、ここが自分の居た世界ではなく、別の世界に飛んでしまったと考えている。原因は分からないが。

 魔法という技術があるのならば学んでみたい。

 炎や雷を操り、武器の属性を変える。重複することができれば、かなり強いのではないのだろうか。

「貴様が魔法?只人(ヒューム)はまず学院で勉強しろ」

「手っ取り早く、習得する方法は――」

「ない」

 バッサリと闇女斥候が否定した。

「脳筋は脳筋らしく戦え」

「誰が脳筋だ」

 脳筋と言われムッとしたハンター。

 何が頭ドスファンゴだ。そりゃ、狩場に着いたら討伐対象のモンスターへ直行し、罠もアイテムも使わず武器で殴り続け討伐したこともある。凍土でホットドリンクではなく、強走薬を飲んで戦うこともしばしあった。

「そんな巨大な剣を背負っている時点で、戦士職に全経験値振っているのが丸わかりだ。今更、弓を扱っても当たらんぞ」

「何言ってるんだ。弓は近接武器だ」

「貴様こそ何言ってる。弓は遠距離武器に決まっている」

「剛射で近づいて撃つ。遠くからじゃ威力が弱まるだろう⁉」

「やはり貴様は脳筋だ」

「……ゴブリンスレイヤー。弓は――」

「近距離から矢を放つなら、弓の意味がない。剣で十分だ」

弓は近距離で扱うもの。そういった常識はこちらにはないらしい。少なくとも闇女斥候とゴブリンスレイヤーは、弓は遠距離武器だと思っている。

 しかし、ハンターの弓の概念は近接武器だ。

 ハンターは信じて疑わない。

 そんな彼を疑わしい目で見る二人。

「今度戦う時、弓で接近戦をやる。弓がいかに近接戦に向いているか理解しろ」

 そんなことを決意したハンターを呆れた目で見る二人。

 だが、その目はすぐに警戒の色に変わった。

 

 宿に着く直前、周りの住人たちが騒ぎ出す。

 何事かと彼らが向いている方を見てみると、何かが居る。

 巨大だ。

 軽く5メートル以上の背丈で、長く太い腕は人とは比率が違い、立っているのに地面に付きそうだ。毛のないドドブランゴや角のないラージャンみたいだ。

 1つだけの目が額の中央にあり、特徴的だ。

 ハンターはその1つだけある目を見て、アレがサイクロプスであることに気づいた。

 闇女斥候はサイクロプスの弱点がその大きな目であることを知っている。戦闘するときはハンターが持っている弓か自身の魔法で狙うことを考えた。

 ゴブリンスレイヤーはあれがゴブリンでないことが分かった。

 咆哮を上げ、サイクロプスが向かってきた。

「あいつで弓の戦い方を教えてやる」

 そう言ってハンターは弓矢以外の武器を地面に置き、サイクロプスへ向かう。

「脳筋が!」

「……」

 闇女斥候は悪態をつきながら、ゴブリンスレイヤーは無言でハンターたちの後を追った。

 

 ハンターはサイクロプスが繰り出す拳を避け、引き絞っていた弓を離し、鏃は大きく、槍にも使えそうな矢を放つ。

 放たれた矢はサイクロプスの分厚い筋肉に難なく刺さる。

 刺さった瞬間、黒い火のような雷のような光が生まれる。

 弓が矢に龍の力を帯びさせ、サイクロプスに着弾したときにエネルギーが炸裂し、痛みでサイクロプスが叫ぶ。

 すかさず、追撃の矢を放つハンター。

 暴れだすサイクロプスだが、ハンターは捕まらない。その間にもサイクロプスの攻撃範囲外ギリギリの距離を保って矢を撃ち続けるハンター。

 小刻みに動き紙一重で攻撃を躱すハンター。

 サイクロプスの攻撃は大ぶりで、攻撃を避けやすい。だが、威力は腕の一振りで民家が吹き飛ぶ威力だ。当たれば大怪我になる。防御力や運がなければそのまま死亡だ。

 だが、ハンターはそんな攻撃は何度も受けているし、ガンナーになったことで物理的な攻撃に弱くなっているが、それでもハンターの鎧は丈夫だ。

 サイクロプスの攻撃に怯むことも怯えることもなく、近くで矢を撃ち続ける。

 

 ゴブリンスレイヤーはサイクロプスへ接近する前に、剣と盾に減気の刃薬を塗っておいた。

 ハンターに教えてもらった道具で、片手剣をメインにするなら絶対に使ったほうがいいと、強く勧められた。

 ゴブリンスレイヤーは消耗品であること、経過時間で効力が無くなってしまうこと、塗り方が特殊で、ただ塗っただけでは効力が発揮しないことから、ゴブリンに奪われても問題ないと使うことにした。

 剣に刃薬を塗り、盾を剣に擦り付け、勢いよく振り払うことで刃薬を着火させ、刀身に炎を生ませる。

 この一連の動作によって、刃薬は効力を発揮する。

 ハンターが注意を引いている間に、サイクロプスの後ろに回り、ゴブリンスレイヤーは斬りかかる。

 中途半端な剣ではサイクロプスの筋肉に阻まれてしまい、かすり傷にしかならなかったが、減気の刃薬の効果は蓄積される。

 2,3回切ったら離脱し、サイクロプスの動きを見て、また斬りかかる。

 そうやって繰り返し、サイクロプスの気力(スタミナ)を削っていく。

 サイクロプスがハンターに夢中になっているので、ゴブリンスレイヤーに攻撃が来ることはない。ゴブリンスレイヤーの攻撃力が弱いので、鈍感なサイクロプスにはせいぜい、後ろが少し痒いぐらいだろう。

 それよりも、眼の前に居る強烈な矢を放ってくるハンターが憎くて仕方がないサイクロプス。

 だが、巨人の息は荒くなり、体はしんどくなり、動きが鈍くなっていく。

 頭に血が上って周りが見えないので、詠唱する闇女斥候にも気づけない。

「火石《カリブンクルス》……成長《クレスクント》……投射《ヤクタ》!」

 闇女斥候が持っていた名剣が発動体となり、高密度の炎の球体が生まれ、橙色の尾を引きながらサイクロプスの頭部へと向かっていく。

 サイクロプスはゴブリンスレイヤーによって気力を削られ、動きが鈍く避けることができない。

 ごうっ!っと音を立てサイクロプスの目に着弾する火球(ファイアーボール)

 顔中が焼けて息ができない苦しみと、熱く焼ける痛みをどうにかしようと手で炎を払おうとするが、その手も燃えてしまい更に痛みが増す。

 ハンターはそんな哀れなサイクロプスに止めを刺すために力を溜め、強烈な一撃を加えるべく弓を引く。

 矢を地面に擦り付けて着火させ、その場にしゃがみ、火花を散らしながら加速する矢を弓がギギギと軋む限界まで引き止め、放った。

 竜の一矢と呼ばれる、強力な一撃はサイクロプスの巨体に風穴を開ける。

 それが止めとなり、サイクロプスは後ろへと倒れていく。

 地面を軽く揺らすほどの衝撃。

 未だに燃える顔だが、サイクロプスは倒れてからピクリとも動く様子はない。

 サイクロプスが倒れたことに歓喜する周りの人々。

 

 だが、闇女斥候はいぶかしげな表情だ。

「なんでここにサイクロプスが?」

「山の食料がなくなって人里に降りてきたんじゃないのか?」

「サイクロプスはそんな熊みたいな生き物じゃない」

「ふむ……。ゴブリンならホブのようなデカブツは囮にも使える。大物が気を引いている間に他が後ろに回る。典型的な戦術だ」

「……だとすると」

「狙いは鍛冶場か⁉」

 全員が鍜治場の方へ目を向けると、そのとおりと言わんばかりに鍛冶場の方から火が燃え上がるのが見えた。



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2-4キャンプファイヤー

GWはSEKIROやってます。
さすがはフロム。
複数で殴られて死んで、ボスには何度も殺され、不意打ちで殺られ。
竜咳がマイエンしちゃったよ。\(^o^)/


 鍛冶場に火を付けた張本人、黒の外套を着た長身の男性はため息をつく。

 計画では死霊師(ネクロマンサー)死霊王(リッチ)に変貌させ、戦力を強化する。そして、サイクロプスや死霊王(リッチ)の手下のゾンビで街を襲い、死体を屍兵とし、大軍を率いて王都などの大きな都市を攻める計画だった。

 この街は軍の装備を作り出している拠点でもあるため、占拠すれば軍の質は落ち、作られていた装備をゾンビに身につければゾンビも強化される。持久戦になれば勝つのはこちらだ。聖職者の祈りは厄介だが、1000を超える死者を一度に浄化するのは難しい。

 だが、死霊師(ネクロマンサー)が討たれたことで計画は潰された。

 混沌の眷属として鍛冶場を破壊し、軍への補給を遅らせることしかできない。

 自身が眷属を作り出すのも考えたがプライドに関わる。そんじょそこらの雑兵を作る気などない。作るのならば絶世の美女だ。男を選ぶ気にはならないが、それでも作るとしたら屈強な者が好ましい……か。

 いや、今後も男を眷属とすることはない。屍鬼程度ならともかく、いや、屍鬼でも男は無理だ。むさく、臭く、まずい。嫌悪しかしない。

 それにしても職人の鉱人(ドワーフ)が居ないのが男には不思議だった。

 鍛冶と言えば鉱人(ドワーフ)

 夕暮れだが、そんな早い時間に鍛冶場を離れ、家で寝ていることは考えられない。

 居れば殺して屍鬼にし、戦力を整えようとも思ったが居ないのならば仕方がない。

 サイクロプスが暴れている裏で何人か見繕おうと思った矢先、大勢の人影がこちらに近づいている。

 ここが重要な場所なのは分かるが、サイクロプスを放置しておいていいのだろうか。戦力を2分割できるほど、今ここの戦力は高く無かったはずだ。

 男の目には先頭を走る闇女斥候が首から下げている、銀の認識票が見えた。そして美人だ。眷属とするなら、やはり美人がいい。

 その後ろの汚い鎧や鱗の鎧の奴はいらない。もっと後ろに居る野次馬はもっといらない。

 

 男は闇女斥候だけを見ながらほくそ笑んだ。

 

「冒険者か。街の入口で暴れているサイクロプスを放置していいのかね」

「倒した」

「は?」

 思わず、すっとんきょうな声を出す男。

 少しして、戯言かとも思ったが、悲鳴やサイクロプスの巨体が動く音も聞こえないので、事実かもしれないと考え直した。

 見れば汚い鎧の首元にも銀等級の認識があるではないか。

 発言した鱗の鎧の奴は鋼鉄だ。恐らく調子に乗った新人か何かだろう。ああいう輩はともかく目立ちたがる。問題にはなるまい。

 見つかった以上、いや、見つけられなくても男のすることは変わらない。

 銀には気を引き締めなければならないが、他はいつもと同じだ。

 

「……まぁいい。見つかった以上は死んでもらおう」

 男の両腕が変貌し、爪は長く伸び、刃物のような形状となった。それだけではなく、彼の犬歯が伸び、口からはみ出し、赤い眼光を放つようになった。肌色は反して死人のような薄く紫がかかった白色に変わる。

 

「吸血鬼⁉」

 男の変わった姿を見て、誰かがそう叫ぶ。

 野次馬たちに戦慄が走る。

 闇女斥候も息を凝らす。

 吸血鬼。

 血を吸って生きる祈らぬ者(NPC)

 戦闘能力は高く、生半可な攻撃では死なない。

 コウモリに姿を変えることができる能力。強力な吸血鬼は霧に姿を変え、あらゆる物理的な攻撃を無効化することも耳にする。

 だが、圧倒的な力と引き換えに聖水、聖印などの洗礼された物を弱点とする。故に、聖職者の祈祷や奇跡などが有効だ。しかし、弱体化するとはいえ油断できる相手ではない。それほどに危険なモンスターに分類される吸血鬼。

 しかし、今ここに聖職者はいない。

 鉱人(ドワーフ)の武器を求めに、ここに来る冒険者は戦士が多い。

 無論、闇女斥候のように魔法が使える冒険者も居るが、数は圧倒的に少ない。聖職者を今から探すこともできない。

 そんな不利な状況の中、淡々と場違いな言葉が発せられる。

「……吸血鬼。……なんだそれは」

「えーと、確か、血を吸う怪物。ギィギ(ヒル)みたいな奴じゃなかったけ?」

「そうか」

 ゴブリンスレイヤーとハンターの言葉に、場が一瞬凍りついた。

 二人は大真面目に言っただけなのだが、吸血鬼は二人の言葉に嘲笑った。

「私を知らないだと?吸血鬼であるこの私を!なんと、誠に只人は馬鹿よな!殺される前に、そんな戯言を言えるとは!」

 吸血鬼は眼の前の只人に向かって跳んだ。

 その跳躍は黒い風にも思えるほどに速い。

 鋭い爪の手刀でその首を跳ね飛ばしてやろうとハンターに向かう。

 次の瞬間にはハンターの首が飛び、その表情は何が起きているか理解していない間抜け面を見ることができる、と吸血鬼は思っていた。

 

 だが、ハンターの首は飛ばずに、吸血鬼の手刀は空を切った。

「なに?」

 と、吸血鬼が手応えがなかったことに疑問に思うよりも前に、眼前のハンターが弓をつがえていた。

 ハンターは、いきなり跳んできた吸血鬼をバックステップで避け、矢を放つ。至近距離から放たれた極太鏃の矢は、吸血鬼の胴を撃ち抜く。

「ごぶっ⁉」

 いきなりの反撃に面食らった吸血鬼。

 即座に後ろに下がり、傷を回復しようとするがうまく塞がらない。

 つまり、あの弓か矢に回復を阻害する力が込められているということ。

 

 実際、龍属性には龍封力と呼ばれる効果がある。これは古龍の力を抑制、封印できる。古龍種の中にはキリンのように、龍とは呼びにくいモンスターの力も抑制する。

 これは古龍の力は自然の力と呼ばれ、自然の力を持つ者であれば抑制できるということ。

 自然の力を操る古龍は超常現象の塊だ。

 だが、吸血鬼に自然を操る力などない。

 吸血鬼はアンデッド。非常識の塊ではあるが、自然に生み出たものでも、生きるものでもない。

 しかし、龍属性やられという症状がある。武器の力が弱まり、意識が薄れ、力が抜ける症状だ。

 これは龍の呪いに思える。実際にミラボレアスの防具は曰く付き。

 その呪いを吸血鬼が耐えられるのか。

 少なくともハンターたちと遭遇した吸血鬼は、龍の力を跳ね除ける力を持っていなかった。

 

「貴様ぁ。よくもやってくれたなぁ……!」

 鋼鉄等級程度の冒険者に傷を負わされる。

 そのことが吸血鬼には屈辱だった。

「殺してやる‼」

 憤怒の形相で跳び回る吸血鬼。

 高速で跳び回るので目では追いつけない。音がしても振り向く前に移動しているので捉えられない。ハンターや闇女斥候、他の冒険者、住民も走って逃げようとする。

 だが、吸血鬼の方が速い。

 そんな中、ゴブリンスレイヤーは走りながら茶色い液体をがぶりと一気飲みした。

 そうして、誰もが見失ったとき、ハンターの頭上から吸血鬼が強襲する。

 ハンターは上から来る吸血鬼の攻撃に反応し、矢を放つ。しかし、咄嗟だったので狙いは甘く、外れてしまう。

 所詮、鋼鉄等級などこの程度、と吸血鬼が思い、ハンターへと迫る。

 だがハンターへと攻撃を下す前に、横腹にサクリと何かが刺さる。

 そのことを認識したとき、体が固まったように動かなくなった。

 吸血鬼はハンターに攻撃できず、空中でバランスを崩し地面へと激突。

 地面に落下した吸血鬼。

 見れば、自分の腹にどろりと黄色い液体がべっとりと塗られた投擲ナイフが、刺さっているではないか。

「ふむ、ゴブリンにも使えるか?」

 淡々とゴブリンスレイヤーは、ハンターから貰った薬の感想を述べる。

 

 高速で跳び回る吸血鬼にゴブリンスレイヤーだけが正確に反応できた理由は、千里眼の薬を飲んだためだ。

 本来、千里眼の薬は飲むと短時間だが、大型モンスターの位置を知ることができるアイテム。

 だが、千里眼の薬は第六感を研ぎ澄ます。

 そして、ゴブリンスレイヤーの兜は元から視覚が狭い。

 研ぎ澄まされた感覚は、洞窟の中、松明の僅かな光源で小柄なゴブリンの頭や喉に正確な投擲ができるほど。

 高速で動き回るとはいえ、的はゴブリンより大きく、位置も千里眼の薬によって正確に分かるようになっている。

 そこまで出来たのであれば、よほどのことがない限り外すことはないだろう。

 

「このっ、鎧人形ごとき――がはっ! ぐぶっ!」

 悪態をつきながら立ち上がろうとした吸血鬼に、ハンターが弓で次々と矢を放つ。

 飛行ダウンである。攻撃チャンスである。

 起き上がる前にガンガン攻撃をしなければならない!

 何か言っているが、それよりも攻撃だ!

 なにせ、ナルガクルガのような速度で跳ぶのだ。そして、ナルガクルガよりも的は小さく、当てづらい。先程のように跳び回られたら面倒だ。

「このっっっ⁉」

 ゴブリンスレイヤーもそう思ったのか、追撃の麻痺投げナイフを投げる。麻痺拘束も起こり、もっと攻撃できるドン!

「ま――、た――」

 連続で遠距離から攻撃する二人。

 吸血鬼の体は矢が貫通したことによる風穴が空き、ナイフが突き刺さり、見るも無残な姿へと変わっていく。

 だが、それでも死なない。

「ぜぇ、ぜぇ、この、下等、生物、ども、が……」

 しかし、四肢を射抜かれ、臓器を貫かれ、傷を塞ぐ力も龍属性によって阻害されている。せいぜい口汚く罵るくらいしかできなかったが、ハンターが脳天に矢を放ったことでそれもできなくなった。

 ハンターは確実にとどめを刺したと思ったが、吸血鬼の体はもぞもぞと動いている。

「なんでまだ生きてるんだ?」

「吸血鬼は死に辛い。聖水をかけるか火で灰にしないと生き返ってしまう」

 ハンターの疑問に闇女斥候が答える。

 つまり、火属性が有効ということ。

 だが、ハンターは今現在、火属性武器を持っていない。

 聖水を持っている冒険者は居ない。

 未だ燃えている鍛冶場に吸血鬼を放り込む。

 なにせ鍛冶場には木炭、石炭など燃えやすく、燃え続ける物が沢山だ。

 ゴブリンスレイヤーが吸血鬼に燃える水(ガソリン)を掛ける。ゴブリン討伐のために準備してきたものらしい。

 投げた瞬間、吸血鬼に掛けた燃える水(ガソリン)が引火し、またたく間に赤い炎に包まれた。

 紅蓮の炎の中に投げ込まれる吸血鬼。

 直後、鍛冶場が倒壊し、吸血鬼は瓦礫の下敷きとなった。

 これで生きているとしたら吸血鬼ではなく真祖になると闇女斥候は断言した。

 

 つまり、吸血鬼は死んだということだ。

 

 

 なお、家に帰って寝ていた鉱人(ドワーフ)たちは、鍛冶場が燃えていることなど露程も思わず寝ていた。




 原作の4巻にゴブリンスレイヤーでも大まかに吸血鬼のことは知っているのですが、過去に戦ったことがあるからといった解釈をして、今回出てきてもらいました。
 千里眼の薬ですが、大型モンスターにしか使えませんがテキストに第六感を研ぎ澄ますとあったので、都合よく解釈しました。
 そして吸血鬼の封殺。
 最近多いから、もうこの手はだめかな……。
 他にもいい殺方を考えたいけど、ハンター思考だと怯みによる封殺、火事場発動によるノーダメクリア。
 自分には無理ですわ。


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2-5 初期農場

 鍛冶場で働いていた鉱人(ドワーフ)たちは、変わり果てた鍛冶場を見てすぐさま復興作業をしている。

 無論、火を放ってくれた吸血鬼には憤慨したが、もうすでに倒されたことを聞いている。何も思わないわけではないが、ずっといじけていることはできない。

 それに鉱人(ドワーフ)が道具を失った程度で、何も作れないと思ったのか。

 だとしたら甘い。

 彼らは、そこに金属があれば何かを作ろうと思う種族だ。

 

「だからまぁ、気にしなくていいよ」

 そう言った鍛冶長女鉱人(ドワーフ)

 彼女も最初は「なんじゃこりゃぁあああ‼⁉??」と叫んだが、しばらくして落ち着きを取り戻した。

 街の冒険者の証言から、サイクロプス、吸血鬼の討伐を感謝された。だが、鍛冶場が壊されてしまい、今すぐ報酬を払うことができないとも言われた。

 そのことに斥候闇人(ダークエルフ)は不満げだ。

 ゴブリンスレイヤーは何も言わない。

 無言の圧力を感じた鍛冶長女鉱人(ドワーフ)は、ギルドを通して、後払いで報酬を出すことを約束した。

 ハンターは報酬の代わりに、他の武器を作って欲しいと頼んだが、鉱人(ドワーフ)たちは引きつった笑みを浮かべた。

 鉱人(ドワーフ)たちは職人気質で物作りに誇りを持っている。

 ハンターの作って欲しいと頼んだ武器は、きっと一癖二癖ではすまないだろうと思った。

 だが、鉱人(ドワーフ)たちは作れないと言いたくない。

 なので、鉱人(ドワーフ)たちは口を揃えて言った。

 勘弁して、と。

 

 

 

 ハンター、ゴブリンスレイヤーは辺境の街へ、斥候闇人(ダークエルフ)は王都に向かうために馬車に乗る。途中までは一緒なため、同席することとなった。

「しかし貴様ら、ゴブリンに怯える小物かと思えば、サイクロプスや吸血鬼を難なく倒す冒険者など聞いたことがないぞ。勇者か何かか?」

「少なくとも俺はゴブリンスレイヤーだ」

「俺はモンスターハンターだ」

「小鬼殺し。怪物狩人。そっちの方が分からん」

 斥候闇人(ダークエルフ)は半目で二人を見る。

 身体能力はハンターが高いだろう。少なくともサイクロプスの近くで1回も攻撃を受けないというのは、熟練の冒険者でも難しい。

 そして。ゴブリンスレイヤーの方は銀等級としては力不足ではあるが、道具や頭を使い補っている。

「訳の分からん奴らだが、助かった」

 そんな奴らが、死霊師(ネクロマンサー)、サイクロプス、吸血鬼を続けて撃破した。

 実力はある。

「まぁ、貴様らなら私の一党(パーティ)にスカウトしてもいいぞ」

「ゴブリンか?」

「……貴様はゴブリン以外の依頼は受ける気はないのか」

「ない」

 断言するゴブリンスレイヤー。

 呆れた様子の斥候闇人(ダークエルフ)。今度はハンターの方へ向く。

「まだ、農場の経営が軌道に乗ってないからな。断る」

「……そうか」

 農場? と首を傾げたが、冒険者は家を継げなかった者がなることもある。夢が自分の農場を持つ、といったこともあるだろう。

 つまり、副業として冒険者をやっているからハンターは鋼鉄等級。

 もっと言えば、過去にかなりの実力の冒険者だったが、一度冒険者をやめた。しかし、不作か、何かしらの理由で農場では食って行けず、仕方なく冒険者を一からやり直すことになったのだろうと、斥候闇人(ダークエルフ)は思った。

 実際は違うのだが、どちらにしろ二人はスカウトできなかった。

「まぁ、機会があれば、またよろしくだ」

「ああ、手が足らなければ頼む。そっちのゴブリンスレイヤーも、ゴブリンが出てくるようなら頼むかもしれん」

「ああ。ゴブリンなら幾らでも受ける」

 皮肉で言った言葉を淡々と答えたゴブリンスレイヤーに、なんとも言えない表情になった斥候闇人(ダークエルフ)

 

 

 

 ハンターが辺境の街へ帰ってきたときには、農場の家は完成していた。

 質素ではあるが、大きな家で一人で住むには大きすぎるだろう。

 ハンターが今まで住んでいたマイハウスは、一室といった感じだ。貸し出してもらっているので賃貸住宅(アパート)の方が正しいかもしれない。

 なので、自分の家、農場というのは純粋に嬉しい。

 その一部屋の中に武器、道具を収納しようとして、アイテムBOXがないことに気づいた。

 いつも備えられていたから、家具と同じで買わなければならないだろう。(後に家具屋にアイテムBOXがないか聞いたら、「そんなの扱っているわけ無いだろ‼」と逆ギレされた)

 先代ハンターのおさがりの装備が入っていて、武器の試しに大いに役立った。

 そのことに少し寂しさを感じる。

 自分も部屋をコーディネートしていたことはあったが、一から全部自分でやるのは初めてで、どう家具を配置していくか考えるのは楽しい。

 想像を膨らませるが、そのためには家具を買うための金が必要だ。自分のだけではなく、農場の管理人、従業員のための最低限の物は必要だ。

 まだ、金はあるものの全て買おうとすると、さすがに足りない。

 金が足りないのならば、稼ぐしかない。

 ハンターは冒険者ギルドへと向かった。

 

 

 

 ハンターが冒険者ギルドに入ると受付嬢が声を掛けてくる。

「ハンターさん。農場の従業員募集の件で志望者が来ているので会ってください」

 と言うので、受付嬢に案内され、応接間に案内される。

 そこには素朴な女性が立っていた。一般的な農家の少女と言っていいかもしれない。だが、無表情な顔は苛立っているようには思えないが、虚ろな目をして元気がない。体は貧相ではないが、筋肉質でもない。

「お待ちしていました」

「えっと、遅れて申し訳ないです」

 ハンターは緊張しながら応接間に入る。これではハンターの方が志望者に見える。

 ハンターと女性は机を挟んで対面するように座った。

 そして、ハンターは何を言えばいいか迷った。

 ハンターとて、人、もといアイルーを雇った。

 だが、基本的にはネコバァ、ネコ嬢を介しての雇用であり、自分一人で雇うのは初めてである。そして、基本的に仲介料を渡していただけだ。

 後は、アイルーの特技や能力を比較しながら雇った。

「えっと、農園の経営というか、薬草や調合に使う植物の栽培、ハチミツを手に入れるための養蜂箱の世話、虫の繁殖、あと今後の予定として馬の世話も頼むかもしれない。徐々に従業員を増やしていく予定だけど、最初は俺と君とでやらなきゃならない。それに、俺は冒険者の仕事も兼ねるつもりでいるから、1人でしなくちゃいけないことが沢山あると思う。それでも働いてほしい」

 ハンターはもう一度、募集内容にも書いた仕事内容を話す。

 正直な話、目の前の女性には荷が重いと思う。体力はあるだろうが、虚ろな目が気力を感じさせない。

 アイルーのように要らなくなったら解雇するというのも、この世界では理由なく解雇することはできず、理由があっても手続きをしなければならない。

 

 しかし、ようやく来た従業員である。なんとしてでも確保したい。

 

「まだ、始めたばかりで、いろいろ手付かず、面倒で、疲れると思うけどいいか?」

「はい」

 淡々とした言葉で肯定する彼女。

「やめたければいつでも言っていい。だから、うちの農場で働いてほしい」

「わかりました」

 とりあえず、従業員1人確保。

 

 ハンターと女性、農場娘は鍛冶屋に来ている。

 彼女は農家の出で、まずは鍬やら鎌、スコップなどの必要なものを買いに来ている。

 鍛冶屋……と言うよりは冒険者相手の商売なので武具屋らしく、剣やら鎧やら飾られている。が、普通に農具が商品棚に置かれているので、鉄製品の大抵を販売している。

 店に入り、農場に必要なものを持ってカウンターに行く。

「おう、どうだった」

「?」

「ほれ、紹介したじゃねぇか」

 ああ、とハンターは思い出した。

 ミラボレアスの素材で装備を作ってもらうために、翁に紹介状を書いてもらったのだ。

 そして、紹介先に依頼を頼まれ、解決し、装備を受け取り、その後、鍛冶場が灰となったことを伝える。

「……」

 なにやら、翁は頭痛でもするのか、こめかみあたりを抑えだした。

「まぁ、なんだ。できれば作ったものを見せちゃくれねぇか。あれ程の素材で何ができあがったのか興味があんだ」

「いいけど」

 装備していた弓矢を翁に見せる。

「うぉっ⁉」

 カウンターに置いた瞬間、眼にした弓を見て、恐れ慄く翁。

 龍の頭を模した弓は不気味。しかし、その不気味さは形だけではない。

 伝わってくる負のオーラは見ただけで分かるほどに弓に漂っている。持てば呪われるか、死んでしまいそうだ。

「おめぇさん、こんなの持って大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。問題ない」

 翁は自分では扱えないと思い、紹介状を書いた。だが、紹介先もあの素材の扱いに苦労しただろう。

 しかし、この呪いの装備を扱うハンターをただの新人としてはもう見れない。

 特大の馬鹿である。

 もしくは、よほどの考えなしだ。

「ハンターさん」

 ハンターの後ろから声を掛けた農場娘。

 その手には、鍬やら鎌やら農場に必要なものを揃えていた。

 道具を買って、農場に戻るハンターと農場娘。

 

 さっそく鍬で土を起こし、土肥を撒いて力の種を植える。

 力の種は売ってよし、使ってよし、調合してよし。

 作業を終えるころには、夕方になり、家に入っていく。

 そこで家具を買っていないことに気づいた。

 そして、黒竜討伐の報酬がなくなってきた。

 ギルドで依頼を受けなくては、資金繰りに苦労するだろう。

 

 とりあえず、農園娘に毛布と金貨を渡す。

 今日は毛布を敷いて寝てもらい、明日寝具や家具を買ってもらう。

「よろしいんですか」

「いや、こっちこそ準備ができてなくてすまない」

 彼女はためらいながらも、毛布と金貨を受け取り、部屋に入っていった。

 ハンターも部屋に入り、寝具がないので、床で夜を過ごした。




TRPGゴブスレ買いました。
驚いたのが、武器や消耗品の価格。
治癒の水薬 ポーション が銀貨10枚。

まぁ、原作基準だと他の装備が買えないことになりかねないので、ゲーム補正なのでしょうが。

ゴブスレ世界の難易度はやはりハードなのは確実。


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2-6 小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)

 冒険者たち4人の一党(パーティ)は険しい斜面を転げ落ちるように、逃げながら依頼内容を思い出していた。

 

 山の洞窟に飛竜(ワイバーン)が住み着いた。退治してくれ。

 テンプレートだ。

 前足が翼となった竜。知能は低く、ドラゴンと比べると見劣りする。

 しかし、それでも人では手の届かない空を羽ばたき、上からの強襲とブレスによる一方的な攻撃は脅威だ。

 中途半端な冒険者ならまたたく間に餌となり、熟練者でも気の抜けない相手だ。

 しかし、揃ったのは銀等級の冒険者たち。

 油断もしない。

 手も抜かない。

 実力もあり、飛竜(ワイバーン)の討伐の経験もある。

 飛竜(ワイバーン)に負ける要素はなかった。

 いや、飛竜(ワイバーン)だけ(・・)ならだ。

 飛行してくる飛竜(ワイバーン)が2匹。

 そして、その奥には若火竜(ヤングレッドドラゴン)が飛んで来ている。

 さらに、その上にはゴブリンが居た。

 

 誰が、ゴブリンごときが飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)の背に乗り、操ると思うのか。

 まぁ、なんか変な奴(ゴブリンスレイヤー)なら思うのかもしれない、と闇女斥候は思った。

 

 言うなれば、小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)

 

 若火竜(ヤングレッドドラゴン)の上に乗るゴブリンの手には、ゴブリンが持つには立派な杖がある。杖の補助で呪文を使い、飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)を操っていると思う。

 冒険者たちはゴブリンごときが、小癪なと苛立ったが、戦うときはもっと苛立った。

 ゴブリンが空を飛ぶ飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)の背に乗り、悪質な矢を放ち、スリングで石を投げてくる。

 ゴブリンからの攻撃など盾、鎧で、武器で切り払って防げる攻撃だが、打ち所が悪ければ戦闘行動ができなくなってしまうため、気が抜けない。

 それに、飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)がブレス、爪や牙で冒険者を襲ってくる。その攻撃を受ければ、深手の傷、もしくは死亡だ。

 それに気を取られれば、ゴブリン共が嫌がらせとばかりに石を投げ、矢を撃ってくる。鬱陶しくて仕方がない。

 

 そして、逃げている最中、岩の陰から普通のゴブリンが奇襲してくる。

 闇女斥候は気づいて、飛び掛かってきたゴブリンを小剣で切り裂く。

 飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)が印象的で、注意が空に向いてしまう。そして、地上の警戒が薄れたところを、他のゴブリンに後衛を奇襲されてしまった。

 前衛の1人が傷を負った後衛の冒険者を背負い、逃走している一党。

 このままではいずれ追いつかれるか、逃げ切ったとしても依頼を出した街まで飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)、ゴブリンを引き連れてきてしまう。

 見失うようにして逃げるにはどうすればいいか、闇女斥候は考える。

大地(テラ)……偏在(ユビキタス)……消去(レスティンギトゥル)!」

 流砂(クイックサンド)を発動し、後方の地面を砂に変える。

 本来は相手の足場を流砂にして、動きを封じる呪文だ。追ってきたゴブリンたちは、突然地面が砂に変わったことで、足を取られて転んだ。

 だが、空を飛んでいる飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)、そして、小鬼竜士(ゴブリンドラグナー)には意味のないこと。

 立て続けに闇女斥候は詠唱する。

(ウェントス)……成長(クレスクント)……発生(オリエンス)!」

 唱えたのは突風(ブラストウィンド)

 突風は、先程作った砂を巻き上げながら飛んでいる者たちに降りかかる。

 流砂(クイックサンド)突風(ブラストウィンド)の合わせ技は、砂嵐となり、追ってきた全員を巻き込む。

 目に砂が入って視力を失い、飛んでいるゴブリンたちは必死でしがみ付く。鞍なんてものはなく、鱗を掴んでも滑ってしまい、あっけなく吹き飛ばされる。

 どちらにしろ強風に煽られ、飛行を維持できず、飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)は、地面に落ちた。

 落下距離からして、乗っていたゴブリンはともかく飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)は生きていると予測した闇女斥候。

 墜落した飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)を攻撃するチャンス。だが、後衛が痛手を受け、前衛の1人が背負っている。闇女斥候と、もう一人の冒険者だけでは手数が足りない。

 今は逃げることを優先し、その場から逃走することに成功した。

 

 

 

「この依頼は降りる」

 逃げ切った一党は、冒険者ギルドで今後どうするかを話していた。

 後衛は痛手を受け治療中で、依頼を降りざる得ない。前衛の冒険者は依頼内容の違いに危険だと判断し、依頼達成を諦めた。

 残る冒険者も若火竜(ヤングレッドドラゴン)と戦うことに怯えている。

 若いとは言えドラゴンだ。銀等級とは言え、怯えるのは仕方がない。奮い立てと言っても無理だ。

 若火竜(ヤングレッドドラゴン)は外皮は固く、呪文の効力も低下する。炎は効かず、巨体から繰り出される尾のなぎ払いは、それだけで致命傷になりかねない脅威だ。

 そして、竜の代表的な攻撃手段、ブレス。

 若火竜(ヤングレッドドラゴン)の顎から吹き出された炎は、地面を焦がし、直撃すれば大火傷する。

 そんな相手に少数で立ち向かうなど、自殺志願者に違いない。

 ともかく、一党は依頼を諦め解散となった。

 

 竜殺しは栄誉であるが、若火竜(ヤングレッドドラゴン)が現れたことを知った他の冒険者は、その依頼を受注することはしなかった。

 竜退治など、駆け出しはまず死にに行くようなことなので受注しない。

 熟練の冒険者も若火竜(ヤングレッドドラゴン)だけではなく、飛竜(ワイバーン)も居ることから、難易度がかなり高いことを悟った。ゴブリンが周りにいる? そんなのは蹴散らせばいいと考えている。

 一部の中堅冒険者は受注しようか迷ったものの、銀等級4人が逃げ帰る事態という事実に、やめることにした。周りにいるゴブリン? そんなのは駆け出しがやることだ。

 

 実際に危険な目にあった4人の銀等級冒険者たちは、そのゴブリンが厄介だったのを理解している。

 空と地上からの攻撃に意識を割かなければならず、ゴブリンは数が多い。ゴブリンの攻撃程度、1、2回なら問題にならないが、10回も攻撃されれば鎧の隙間に粗悪な武器の刃で骨も断てる。

 子供程度の腕力とは言え、10匹も同時に飛び掛かってくれば、対処するのは困難だ。前衛と闇女斥候が組み付いたゴブリンを取り払わなければ、粗悪な武器でめった刺しで死んでいただろう後衛。

 すぐに取り払っても、毒が付着した武器で1回刺された。しかし、モンスターたちに対処するのに精一杯で、解毒剤(アンチドーテ)を自身で飲むことができなければ、そのまま後衛は死んでいただろう。

 注意を飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)に向けて、後ろの警戒をしていなかったことによる奇襲を受け、後衛の戦闘不可。

 

 ゴブリンごときが生意気な、と一党の全員が思う。だが、あの逃走でゴブリンを軽視することは、してはならなかったと反省した。

 だが、闇女斥候だけで再挑戦(リトライ)することは無理だ。

 数は足らず、質も揃えなければならない。

 竜退治とゴブリン退治。

 前者は実力がなければ餌になるだけ。後者はゴブリンなど駆け出しの仕事と、熟練の冒険者はやりたがらない。

 そこで闇女斥候は思い出した。

 ゴブリンスレイヤーなる銀等級と実力が等級にあっていない駆け出しを。

 

 

 

「ゴブリンスレイヤーさん、ハンターさんにお手紙です」

 ギルドでいつものように依頼を受けようとしたハンターだが、受付嬢にゴブリンスレイヤーと同時に呼び出される。

 受付嬢はゴブリンスレイヤーに手紙を渡し、次にハンターへ手紙を渡すしぐさをした。ハンターは手紙を受け取ろうとしたが、受付嬢は力強く摘んで抵抗し渡してくれない。

「ところでハンターさん。サイクロプスと吸血鬼の討伐に参加されたそうですね」

「した」

 ハンターは受付嬢の言葉を肯定し、にっこり微笑んでいる受付嬢を見た。

 

 眼に光が灯っていない。

 

 微笑んでいるまぶたの隙間から見えた眼は暗く、数々の龍を討伐してきたハンターは、一瞬固まった。まるで一昔前に龍に遭遇し、自然と身をすくませたように。

「報告では現地で依頼を受け、死霊師(ネクロマンサー)を倒した、としか、書かれていませんでしたよ」

「あ、あれは依頼じゃなかったし?」

「追加討伐だと思うんですけどねぇ? そういったことも報告してほしいんですけどねぇ?」

「つ、次から気をつけます」

「ええ、是非そうしてください。そうしないと報告書の矛盾点や裏取りに、時間を費やす職員が出てきますし、ギルドへの虚偽報告とみなされかねないので」

 受付嬢の威圧感は凄まじい。

 彼女ならば、ミラボレアスでさえ逃げてしまうと思う。

 

 ハンターはいそいそと手紙を開けた。

 王都からの名指しの依頼で、飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)が現れたので退治してほしいというもの。

 救援要請である。

 行くっきゃないハンター。

 ゴブリンスレイヤーの手紙は、差出人が闇女斥候。その竜にゴブリンが乗って現れ、討伐を手伝ってほしいとのこと。その際、ハンターにも同行を求めることが書いてあった。

「ゴブリンだ。お前も来いと書かれている」

「場所は、一緒のところだな」

「どうする」

「無論受ける」

 こうしてゴブリンスレイヤーとハンターは、狩場に向かうことになった。




王様「ゴブリン? そんなものより竜のほうがまずいだろ! 確か辺境の街に黒竜を倒したハンターが居たな。そいつに任せよう(ゴブリン軽視、ハンターに丸投げ)」

 本当はMH世界のクックあたりで良かったかもしれない。
 小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)は、他のMHSTゴブスレ二次を見ていて思いつきました。
 ゴブリンだって乗れなくはない!
 けど、絆とか仲間とかではなく、支配の魔法で操っているだけ。
 なんで、実物よりも弱かったりする。行動が2回から1回に減少。命令も大雑把。
 3匹同時に器用に操るなんて、ゴブリンじゃ無理に決まってる。所詮はゴブリン。(慢心)


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2-7 役割

 依頼を受注したゴブリンスレイヤー、ハンター、闇女斥候は山を登っている。

 山は岩肌だらけで、樹林帯はなく見晴らしが良い。

 闇女斥候から依頼内容を聞いた。

 ゴブリンがドラゴンに乗って、かなり厄介な敵になったらしい。

「しかし、どうやって戦う?」

「手はある」

「どんなだ?」

「言わん。ゴブリンに漏れるかもしれん」

「……」

 闇女斥候はゴブリンスレイヤーの態度に声を上げようとするが、ぐっと堪えた。

 こんな所で声を上げれば、敵に気付かれる。

「ふん、作戦があるのならばいい」

 渋々と納得することにした闇女斥候。

 しかし、ゴブリンどもは鼻が良い。特に女の匂いを嗅ぎ分けられる。

「GYAGYAA‼」

 すぐに山に居る闇女斥候の匂いを嗅いで、気付いている。

 飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)に乗ったゴブリンたち。前のように吹き飛ばされないように、体に石を紐で縛って重りにしている。

 しかし、石を持ったことで飛行の速度、高度が落ちている。

 

「やるか」

 ゴブリンが乗った飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)を見つけたゴブリンスレイヤーは巻物(スクロール)を広げた。

 そこから天気の様子がおかしくなる。

 空に黒雲が突如生まれ、強い風と雨が降る。そして、ゴゴゴと鳴り響き出す。

 雷雲が生まれた。

 そんな雷雲の中を飛んでいるゴブリン、飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)は水に濡れ、氷にぶつかり、雷が走る。

 濡れた体に強力な雷が焼く。

 呪文の稲妻(ライトニング)を遥かに上回る雷は、一瞬にして命を奪う。

「雲の中は水や氷、雷の嵐だ。その中をゴブリンは無傷でいられない」

巻物(スクロール)はかなり高額だが」

「前のサイ――、なんだったか」

「サイクロプスだ。それと吸血鬼」

「その討伐報酬で買った」

「ゴブリンを倒すために?」

「ああ」

 闇女斥候の記憶では、あのときの報酬はかなりの高額。そして、その金で強力な剣なり、堅牢な鎧を買うのが普通の冒険者だ。

 巻物(スクロール)は確かに利便性があるが、消耗品だ。

 これほどの効力がある巻物(スクロール)ならば、他の場面にも使える。

 なのにゴブリンに使うために巻物(スクロール)を購入する奴を、闇女斥候は驚きと呆れた眼で見た。

 

 ギャギャと騒ぎ出すゴブリン。

 ゴブリンたちは馬鹿な奴らが死んだと大騒ぎ。

 雷に驚いた後は、雷に打たれ墜落した小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)飛竜(ワイバーン)若火竜(ヤングレッドドラゴン)を笑っていたが、ムクリと動く1つの巨体を見てぎょっとする。

 確かに自然の脅威は若火竜(ヤングレッドドラゴン)の命を脅かした。

 だが、若くとも竜だ。

 自然の脅威に、力の象徴たる竜は安々と倒れはしない。

「GUOOOOO‼」

 咆哮を上げる若火竜(ヤングレッドドラゴン)

 それは小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)の洗脳が解けた合図。

 怒りに満ちた若い竜は、ブレスでゴブリンたちを蹴散らす。

 一瞬で炎に身を包んだゴブリンは、黒焦げとなり即死。

 ブレスの範囲に居なかったゴブリンたちは逃げ出した。

「逃がすか」

 若火竜(ヤングレッドドラゴン)のことは気にもせず、ゴブリンたちを追うゴブリンスレイヤー。

 彼は決して若火竜(ヤングレッドドラゴン)のことを軽視していたわけではない。

 

「奴は任せた」

 若火竜(ヤングレッドドラゴン)はハンターに任せ、自分の役割を果たすだけである。

 

「任された」

 ハンターは若火竜(ヤングレッドドラゴン)に向かって駆け出す。

 向かってきたハンターに怒りをぶつけるように、若火竜(ヤングレッドドラゴン)はブレスを吐き出す。

 高熱の炎をひらりと横に避けて、太刀を抜き放つハンター。

 鎧よりも硬い鱗をいとも簡単に切り裂く。

 傷口から血が吹き出し、若火竜(ヤングレッドドラゴン)が悲鳴を上げる。

 与えられた傷からボタボタと流れる血は、今の一撃で相手が格上であることを否が応でも理解させられた。

 若火竜(ヤングレッドドラゴン)は勝ち目がないことを悟る。

 そして、逃亡を図ろうとするが、続く太刀の斬撃で翼の付根を切られる。痛みで怯んだ若火竜(ヤングレッドドラゴン)。続けてハンターは足を切り裂いて転倒させる。

 巨体が硬い地面に横たわり、小さく揺れる。

 小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)に操られ疲労した体に、雷の威力、今の出血量。竜の生命力が強くとも、息は荒々しく、徐々に弱々しくなっていき、もうじき命絶える。

 そんな若火竜(ヤングレッドドラゴン)の命を、太刀を振り下ろし刈り取る。

 眼から光を失い、息を引き取った若き竜。

 ハンターは、その骸を剥ぎ取りナイフで解体していく。

 初めて解体するモンスターだが、その動きには躊躇がない。

 

 その様子を岩陰から見ていたゴブリン。

 馬鹿な奴、と剥ぎ取りをしているハンターに忍び寄る。解体に夢中で自分(ゴブリン)のことを忘れていると思っている。

 だが、獲物に夢中になる故に背後に気づかない。

 自分が獲物になっていることを。

 ゴブリンが岩陰から飛び出すと同時に、闇女斥候が声を上げる。そして、ゴブリンの上から襲いかかる人影。

 いつの間にか持っていた中途半端な剣は、粗末な槍に換わっている。だが、ゴブリンを殺すのには問題ない。

 脳天から釘刺しになったゴブリンは、ハンターに一撃を与えることもできなかった。

「12、気を抜くな」

「抜いてない」

 ハンターは倒したモンスターの解体中に、小型モンスターに群がられることなど多々あることだ。気など抜いていない、抜けるはずもない。

 次々と小型モンスターが噛みつき、突進し、解体できずに村に帰らなければならなかったことは、今でも怒りとともに思い出せる。

 無論、ゴブリンが襲いかかってきたら、即座に振り向いて太刀を振り抜いた。

 剥ぎ取りを邪魔するものなど、同じハンターであろうとしてはならぬこと。

 もしすれば、ハンターとハンターが武器を手に、限界時間まで殴り合うこと間違いない、というかなった。そして最終的に、町や村に戻るまで仲間と殴り合うことが遊びになる。

「それでゴブリンは全部か?」

「いや、山に巣穴があるはずだ」

「乗り込むか」

「当たり前だ。ゴブリンは皆殺しだ」

 そう言ってゴブリンスレイヤーはゴブリンの死体にナイフを突き刺し、臓物を捻り出す。そして、ひねり出した臓物を布で包み、絞る。

「……何をしている?」

「臭い消しだ。奴らは鼻が良い」

「……なぜ私に近づく」

「女、特に子供、森人(エルフ)の匂いに奴らは敏感だ」

「わ、私は、森人(エルフ)でなく、闇人(ダークエルフ)だっ!」

「そうか。だが、女だ」

 闇女斥候に迫るゴブリンスレイヤー。

「助けろ!ハンター!」

 ハンターは死んだ飛竜(ワイバーン)から素材を剥ぎ取っていた。

 助けはない。

 

 

 

 結果、闇女斥候の軽鎧は赤黒く汚された。

 さすが、ゴブリン。ひどい匂いが闇女斥候の鼻を殺している。

 嫌なら帰ればいいとゴブリンスレイヤーが言ったが、闇女斥候は拒否した。

 何一つやっていない闇女斥候。このまま帰ってしまえば、それこそただの寄生だ。

 これもそれも、ゴブリンが悪い。

 ゴブリンなど滅びてしまえ。

 そして、ゴブリンスレイヤーは変な奴ではない。大嫌いな奴だ。

「……っ」

 闇女斥候は親の仇を見るような眼でゴブリンスレイヤーを見ている。

「剣で斬りつければ返り血は浴びるんじゃないのか?」

「浴びたくて浴びたいものではない!」

 ハンターの疑問に、我慢できず闇女斥候が叫ぶ。

「静かにしろ、気づかれる」

「ッ‼ッ‼」

 顔が赤く染まるほどに闇女斥候は憤慨した。

 ハンターは血の匂いなど嗅ぎ慣れている。確かに嫌な匂いだが、我慢できないほどではないはずだ。それに、モンスターの返り血なんて、近接攻撃をすれば頭から浴びたって、戦闘中に気にしない。

 気にすればモンスターから攻撃をもらう可能性は高くなる。

 まぁ、返り血をそのままにすることはしないが、基本的にモンスターと戦えば血生臭くなる。

 臭いと言えばババコンガのオナラだ。

 正面を避け、背後に回ったハンターに怒りで興奮し、ババコンガが噴出する茶色の悪臭。それの近くに居れば吹き飛ばされ、まともに物が口に入らなくなるくらいの酷い匂い。更に糞を投げつけるという下品な攻撃。

 そこでふとハンターは思い出した。

「消臭玉といって、体に取り付いた臭いを消すアイテムなんだが」

「くれ!」

 ハンターがポーチから取り出し、手に持っていた水色の玉を即座に受け取った闇女斥候。

 地面に叩きつけると水色の煙が吹き出し、闇女斥候に取り付いていたゴブリンの悪臭を消し去った。

 スンスンと自身の匂いを嗅ぐ闇女斥候。

「凄いな。確かに消えた。どこで売っている?」

「俺が調合した」

「ほう」

 全く匂いがなくなったのか。清々しい顔をする闇女斥候。

 だが、今から巣の中のゴブリンを倒しに行く。

「でも、今から臭いを消してどうするんだ?」

「あ」

「ああ、これではゴブリンに気付かれる」

 再度、ゴブリンスレイヤーが持った血糊で汚される闇女斥候であった。

 

 巣には子供ゴブリンが息を潜めていただけで、見つけ出したゴブリンスレイヤーと憂さ晴らしとばかりに闇女斥候が殲滅した。

 

 

 

 手に入った戦利品、若火竜(ヤングレッドドラゴン)飛竜(ワイバーン)の素材。そして、小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)が持っていた強力な力を持つ杖。

 どれも売れば高額になるものだ。

 普通は全て売って報酬に加算し、一党(パーティ)で均等に金額を振り分ける。

 だが、この一党(パーティ)では違った。

「この杖は破壊する」

「はぁああ⁉ふざけるな⁉」

 ゴブリンスレイヤーの発言に闇女斥候は反対する。

 理解ができない闇女斥候にゴブリンスレイヤーは語る。

「今後もゴブリンに利用されるかもしれん」

「むぅ」

 唸る闇女斥候。

 確かにその杖をゴブリンが利用し、追い込まれてしまった。

 故にゴブリンスレイヤーが言うことも理解できなくはないが、もったいないという気持ちが心に渦巻く。ハンターも思うことだ。

「しかし、次もゴブリンに利用されるということになるのか?」

「あの杖は元々冒険者の物だ。売って、それを他の冒険者が使い、また奪われることになりかねん」

 ゴブリンの巣には翠玉、青玉の認識票が無造作に放置されていた。そして小鬼竜操師(ゴブリンドラグナー)が着たローブ。他にもゴブリンの何体かは防具を装備していた。

 強力な装備をゴブリンが奪い、面倒になる嫌な例だ。

 今後もそんなことがあるかもしれない。

「……仕方がない」

 闇女斥候は渋々納得する。

 ハンターが太刀を抜き、立派な杖を切り裂く。

 すぱっと真っ二つにされた杖は、もう使い物にならない。

 それでも報酬と若火竜(ヤングレッドドラゴン)飛竜(ワイバーン)の素材を売ったので、かなりの高額になった。

 金貨が詰められた袋を見て、ほくほく顔になった闇女斥候だった。




 3DS MHXXを久しぶりにやってみた。
 かなり討伐に手間取った。
 と言うか、回復役Gの使用量が半端ない。


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2-8 迷い込んだ竜

真実「あれ⁉ つよっ‼」
自然「ベータ版とはいえG級ですし」


 ハンターはピッケルで鉱石を採掘していた。

 常人はまず行かない、行こうとも思わない場所、火山。

 ドロドロとした赤い液体、マグマがハンターの横を流れている。

 それどころかマグマの光で全体が赤く染まっている。

 それこそ地獄のような熱気が辺り一面で埋め尽くされており、クーラードリンクなしではハンターでも危うい。

 古の鉱人(ドワーフ)は火の耐性が高いらしいが、そんな彼らでさえ火山帯に長時間居るような者は居なかった。

 熱以外にも有毒ガスが発生し、もし噴火すれば大量の火山灰で埋まれ、振動によって落石に潰される。

 それに、こんな環境でもモンスターが居ないとは限らない。

 だが、貴重な鉱石が多く取れるところだ。

 

 鉱人(ドワーフ)でさえ尻込みする場所に、ハンターはいつもの装備とクーラードリンク、ピッケルをポーチに詰め込み、訪れた。

 なんだかよく分からないモンスターがハンターに向かって襲ってきたが、すべて返り討ち。

 

 そして、採掘した鉱石をポーチに詰め込んで下山した。

 

 

 ハンターは鍛冶場に赴き、鍛治長女鉱人(ドワーフ)に会う。

 ポーチから大量の鉱石をテーブルに置く。

「どんだけ採ってきてるのさ」

「作るんだから、素材はいくらあっても足りない」

 ハンターはそれぞれの武器種を作ることにした。

 最初はハンターはそれぞれ違う属性の太刀を作りたいと思ったが、この世界では、属性武器は魔剣とか呼ばれるらしく、かなり入手が難しい。

 太刀をメインに使っているハンターだが、どの武器種も一応は使える。

 まぁ、アイテムボックスの中で長い時間埋もれることが多い。

 だが、武器種によって有利不利になることもあり、鉱石武器は攻撃力が骨武器より低いが、切れ味はそれなりで、性能はそれほど悪くない。

 属性解放すれば、それぞれの武器種で別の属性が付与される。

 無属性強化でもいいのかもしれないが……。

 だが、ハンターは装飾品を持っていないので、どちらも無理だ。

 武器、防具、装飾品制作、そして強化とお守り。

 故にハンターは炭鉱夫になる。

 来る日も来る日も石炭集めのクエストを受注し、鑑定して使えないお守りは即座に売り払う。ついでに余った鉱石も売る。

 狩りのことなど忘れて、レアなお守りを発掘することになっていく。

 炭鉱夫、それは狩人の終わりなき作業。そして、お目当てのスキル護石はでない。

「しかし、効率を上げるためにも採取+2がほしいな。次はレザー装備で採掘に行く」

「前々から思ったけど、そんな軽装、準備なしで火山に入って死なないって、本当におたく只人(ヒューム)?」

 鍛治長女鉱人(ドワーフ)は眼の前に居るハンターが、人のようななにかに思えてきた。

 自身でさえ火山の麓まで行くのが精一杯で、マグマあふれる最深部まで向かう気はない。毒ガス、マグマは無論、その場はサラマンダーや最も恐るべきモンスター、ドラゴンが居る可能性もある。

 そんな装備で大丈夫か?と質問する気もない。

 早く装備し直せ!と激高した。

 なのに大丈夫と言い、実際に何事もなく帰って来た。

 話を聞くと大精霊級の火蜥蜴(サラマンダー)が襲ってきたらしい。

 寝床を荒らす不審者と思われたようだ。

 そして、炎で採掘を妨害してくるからとハンターと戦闘になり、勝ったのはハンターの方であった。

 普通は大精霊の火蜥蜴(サラマンダー)に火だるまにされるはず。

 もう、目の前のハンターのやることなすことに、一々自分の常識を当てはめるのが馬鹿らしくなった。

「とりあえず、ご注文のチャージアックスだよ。金を前払いで頂いているとはいえ、骨が折れたよ、本当に」

 手渡された大きな片手剣と大きな盾。特に盾は縁が刃となっており、片手剣と合体させることで斧となる。

「次は狩猟笛を」

「休ませろや」

 ドスの効いた声で拒否した鍛治長女鉱人(ドワーフ)

 チャージアックス。

 確かに面白い武器で興味を持たないドワーフはいない。

 だが、作成はかなりの労力と手間が掛かり、もう作業した鉱人(ドワーフ)たちはクタクタだ。

「じゃあ、また」

「……うん、また今度」

 もう来るな、とは言えない鍛治長女鉱人(ドワーフ)

 彼の使っていたと言う武器は、どれもドワーフにとって興味を引く物だ。

 作成を拒否はしないが、酷使は勘弁してほしいというのが鍛冶場に居る鉱人(ドワーフ)たちの頼み。

 ハンターはチャージアックスを背負って、辺境の街へと戻った。

 

 

 

 辺境の街へと戻ったハンターは、農園で素材を確保する。

「おかえりなさいませ」

 農園娘がハンターを出迎えてくれる。

「ただいま。収穫は?」

「光蟲と苦虫、力の種、守りの種が数個収穫できました。お使いになられますか?」

「ある程度。使わない分はまた栽培に回すから」

「わかりました」

 農場娘はさくさくと作業をこなし、平地は立派に小さな農園へと形を変えていた。

 ハンターは家に入り、自分の部屋で収穫した素材を調合する。

 調合してアイテムを作り出し、アイテムを補充していく。

 調合し終えたハンターは、次の依頼を受ける準備をする。

 ポーチにアイテムを詰め込み、武器はせっかく作ったので、チャージアックスを選択した。

「ハンターさん。お食事を作ったのですが、いかが致しましょう」

「食べます」

 体が資本のハンターである。

 食は欠かせない。

 振る舞われた食べ物は質素な物であったが、ハンターはバリバリと平らげた。

 食べ終えたハンターは、もう夜になっているしギルドも閉まっているだろうと考えて寝ることにした。

 

 

 

 「自然」は今、大忙しだ。

 氷に閉ざされていた新しい大陸で狩猟するハンターたちのために、駒を沢山作り出さなければならない。

 上司の「カプコン」は新しい大地の制作に大忙し。

 ともかく「自然」は大量の駒を作成し運んでいた。

 そして「真実」は「自然」の置き忘れた駒を摘んだ。

 次の冒険に使える駒かと考え、前の選んだ駒よりは常識的なモンスターである。

 なので、使うことにした。

 自然の世界から竜がまた迷い込んだ。

 

 

 

 依頼を受けた冒険者の一党(パーティ)は、あるモンスターに壊滅させられた。

 黄色と青の縞模様をした飛竜(ワイバーン)

 太古の竜を思わせるその顔に飛竜(ワイバーン)の姿をしている。だが通常の飛竜(ワイバーン)より大きい体格であった。

 大きくても飛竜(ワイバーン)ならばと甘く見ていた冒険者たち。

 一般的に、飛竜(ワイバーン)とは竜の最下位に属するモンスターになる。

 だが、戦闘して、その考えはすぐに違うと思い知らされた。

 斧槍(ハルバード)を持った戦士が、その飛竜(ワイバーン)に後ろから攻撃をしたが、鱗が頑丈で振り下ろした斧が弾かれてしまった。

 そして、自身を攻撃してきた無作法者に視線を向ける飛竜(ワイバーン)

 絶対的な捕食者としての威圧感、そして次にちょっかいを出した者に向けて放たれる咆哮。

 それは最早、音ではなく衝撃波となり、斧槍戦士を後衛が居る位置まで吹き飛ばす。

 これだけで斧槍戦士は戦闘不能となった。

 距離があった他の冒険者は斧槍戦士のように吹き飛ばされはしなかったものの、咆哮のあまりの爆音で耳が使えなくなってしまい、体が固まってしまう。

 強靭な脚力を持つ飛竜(ワイバーン)は、固まった冒険者に飛びかかる。

 一瞬にして距離を詰めてきた飛竜(ワイバーン)に、動くこともできず、その巨体に押しつぶされた冒険者たち。

 暴虐の飛竜(ワイバーン)は仕留めた獲物に、牙を叩きつけるようにして齧り付く。

 

 乱暴な捕食によって、生前の見る影もなく無残な死体となった冒険者たち。

 後から派遣された冒険者も同じ末路を辿り、王国は辺境の竜殺しの冒険者を派遣することを決めた。



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2-9 轟く竜

長い期間書かなくてごめんなさい。
IB発売から、ムフェト周回。
休日が沢山欲しい。



 四方世界へと迷い込んだ轟竜、ティガレックスは獲物を求め、夜の森を歩く。

 人程度では彼の腹を満たすことなどできない。

 歩く姿は微塵も気配を隠そうとしていない。

 轟竜は獲物を見つけたら全力で追いかけ喰らう。

 獲物に見つかって逃げられたとしても、轟竜の突進速度に敵う者などそうそういない。

 太った緑色の人型モンスター、ホブゴブリンは接近してきたティガレックスに気が付くも、逃げるようなことはしなかった。

 初めて見るモンスター。

 ホブゴブリンの周りにいるゴブリンたちは、自分より大きな存在に怯える。

 ホブゴブリンは即座に逃げようとした。

 相手が強いなら

 例え、あの黄色いトカゲが強くても、周りのゴブリンを盾にすれば自分は逃げられると考えた。

 だが、ティガレックスは迷わずホブゴブリンだけを狙って飛び掛かる。

 手下のゴブリンたちに怒号を叫ぶ暇もなかった。

 突如跳んできた自分よりも大きい相手に為す術もなく絶命するホブゴブリンと近くに居たので巻き込まれた数匹のゴブリン。

 周りにいる小さい奴らは無視する轟竜。生き残ったゴブリンたちも突如襲ってきたティガレックスから逃げ出した。

 頭を噛み千切る。吹き出した血飛沫が顔から降りかかるが、気にせずホブゴブリンの死体に齧り付き咀嚼する轟竜。

 骨を砕いて咀嚼する。

 だが、ホブゴブリンを1体丸々食べた所でティガレックスの空腹が治まるはずもない。

 ティガレックスの行動範囲は広く、砂漠、雪山といった過酷な環境下でも活動するモンスター。

 

 食い終えたら、次の獲物を探すだけだ。

 

 ティガレックスはすぐ次の獲物を見つけた。

 ホブゴブリンより筋肉質な体を持ったゴブリンチャンピオン。

 ゴブリンの匂いは人にとっては確かに臭いが、自然の中で臭みがない生物など存在しない。殺してしまえば肉、胃の中に入れば毒でない限りは養分だ。

 どうやらゴブリンたちが人里に降りて略奪するために巣から出てきたらしい。

 敵討ちといった概念はゴブリンにはない。

 ティガレックスに数を減らされたから、とりあえず数を増やすために女を攫おうとしたのだろう。

 ただ、ゴブリンチャンピオンはホブゴブリンのように逃げようとはしなかった。

 いや、ゴブリンたちは自分が負けるとは思わない。

 穢らしい小さな緑の数は20は超えている。

 そして、大柄な自分も居る。

 馬鹿な冒険者を何度もその数と巨体で殺して来たのだ。

 例え相手が竜もどきでも、この数で一斉に襲いかかれば勝てる、今回も負けるはずがない、さっきはいきなり襲ってきたから驚いただけだと、ゴブリンたちは自分が負けることは思わない。

 にったりと粘つくように笑う。

 だが、そのあまりにも稚拙な行動、考えは、死で贖うこととなる。

 

 空気を一息飲み込んだ口から放たれる咆哮。

 耳を塞いでも鼓膜が破れそうになる轟音は、近くにいたゴブリンたちに行動を一切させない。

 そして、轟音に身を竦ませ、動けない相手などカカシ同然。

 轟竜の強靭な前足が突き出すようにして地面を抉った。

 抉った岩が飛び出て、ゴブリンチャンピオンを吹き飛ばす。臓器、背骨が岩によって破砕されても、上位種はしぶとく、瀕死ではあるもののゴブリンチャンピオンは生きていた。だが、地面に叩きつけられたゴブリンチャンピオンは、起き上がる前にティガレックスが突進して轢き殺す。

 それを嘲笑っていたゴブリンたち。

 いつもふんぞり返っていた、偉そうに命令していた、ゴブリンチャンピオンが死んだ。いい気味だと、ざまぁみろと笑う。

 だが、すぐに嘲笑が止まる。

 轟竜の突進が止まらず、ゴブリンたちに向かってきたからだ。

 そして、ティガレックスは地面に爪を立て、突進の勢いを殺さず、爪を軸に高速回転。

 薙ぎ払われた尾はゴブリンたちにまとめて叩きつける。

 吹き飛ばされ、地面や木々に叩きつけられたゴブリンは息をしていない。

 そもそも、尾のなぎ払いに当たって生き残っていたゴブリンなど居なく、余波ですら軽々とゴブリンを吹き飛ばした。

 吹き飛んだゴブリンも打ち所悪く、起き上がる様子はない。

 運良く、巻き込まれなかったゴブリンたちは逃げ出す。

 辺りは破壊され、ゴブリンの無残な死体が散らばっている。

 まるで敵う物などいないと証明するように、ティガレックスの咆哮が辺りを振動させた。

 

 

 

 その光景を茂みから隠れて観察していたゴブリンスレイヤー。

 ゴブリンスレイヤーがここに居る理由は単純明快。ゴブリン討伐の依頼があったからだ。

 村の偵察をしていたゴブリンを発見し、追いかけ、巣を発見し次第倒す算段をしていた。ところが、ゴブリンたちはあの黄色いトカゲの襲撃を受けた。

 さて、本来なら逃げたゴブリンを始末しに行きたいところだが、あの黄色いトカゲが邪魔だ、とゴブリンスレイヤーは思い考える。

 ゴブリンが歩いていた、逃げた方向に巣がある。遠回りするか、と思い移動しようとしたその矢先、トカゲがこちらの方を見ている。

「ちっ」

 気づかれたかと思った瞬間、黄色いトカゲが飛び掛かって来た。

 即座に茂みから飛び出して、襲いかかってきたトカゲの攻撃を回避する。

 先程の一方的な蹂躙を見て、自分では歯が立たないだろうと、早々に戦闘を放棄する。

 全力で逃げだすゴブリンスレイヤー。

 ドドドと押し寄せてくるティガレックス。

 人の脚力と竜の豪脚。

 直線で走れば、追いつかれるのは目に見えている。

 森の中を走って撒こうとしたゴブリンスレイヤー。だが、人ならなんとか通り抜けられる木々の間を力任せに突っ込んで破壊して押し通ってくる黄色いトカゲ。

 奴は一度狙った獲物は逃さない。

 ゴブリンスレイヤーは全力で走り、逃げようとしていたが、流石に走り続けるスタミナがなくなってきた。

 閃光玉はなく、シビレ罠を設置している時間はない。

 どんどん近づいてくる音に、逃げ切れない、とゴブリンスレイヤーは思った。

 そして、ゴブリンスレイヤーは直線的にではなく横へと曲がる。

 ゴブリンスレイヤーを追いかけるために、黄色いトカゲも曲がろうとする。だが、急には曲がれず、そのまま直進していった。

 

 自分を追い抜いていったトカゲが、夜の森に紛れていく。

 だが、轟竜は地面に爪を突き立て、ゴブリンスレイヤーに向かって急転身する。

 スタミナが無くなってきたゴブリンスレイヤーは、避けられない。

「ぐはっ!」

 突進に撥ねられ、宙を舞うゴブリンスレイヤー。

 勢いよく地面に叩きつけられ、ゴロゴロと地面を転がった体は、至る箇所で激痛を感じる。

 このまま地面に倒れていれば餌として食われてしまう。

 サイコロの出目が悪い、という話ではない。

 無謀、無茶を通り越しての理不尽。

 神様だってこのような事態は予想外で、慌てふためいている。

 

 だからなんだ、とゴブリンスレイヤーは必死で手を動かす。

 

 理不尽なことが昔に起こった。

 

 今も理不尽な目にあってる。

 

 そして、まだ死んでいない。

 

 ならば行動ができる。

 

 血を口から流し、悲鳴を上げる体に鞭を打って、雑嚢の中からいにしえの秘薬を取り出す。

 ハンターから物々交換で貰った物だ。

 本人からは、プロになると回復薬グレートより秘薬を使って戦闘中に怪我を治すらしい。いにしえの秘薬は催涙弾の交換として貰った。ハンターは秘薬のほうが調合しやすく、持ち込みやすいと言っていたが、ゴブリンスレイヤーはそんなに持ち込んでも雑嚢の中が溢れてしまうと思った。それに話を聞いていたときは疑ったが、そんな強力な薬品を服用しても、悪影響が出ないという。

 ゴブリンスレイヤーが持っているヒールポーションでは、完全回復とは行かなく、そのまま力尽きてしまうかもしれない。

 

 だから、力の強い薬を使う。

 

 マスクの隙間から秘薬を零しながらも、口に含む。

 すると驚いたことに、体中の激痛が一瞬にして消えた。

 体の動きも問題ない。

 むしろ、突進を受ける前よりも活力が溢れている。

 

 だが、ゴブリンスレイヤーが多少強化したところで、轟竜は倒せない。

 そして、死ななかったゴブリンスレイヤーに再び襲いかかる轟竜。

 先ほどと同じく、突進してくる。

 ゴブリンスレイヤーは、すぐに逃げ出した。

 だが、全力で逃げていても早々に息切れにはならない。普段よりも長く走れる。

 木々の間をくぐり抜け、斜面を滑り降り、木の根や岩の段差を跳んで逃げる。

 それでも、執拗に追いかけてくる轟竜。

 森を抜けるとそこは深い谷となっていた。

 谷底の深さを確認している暇はない。

 ゴブリンスレイヤーは一気に駆け、崖際から跳ぶ。

 反対側の崖上になんとか捕まって這い上がろうとする。

 だが、這い上がったとき、轟竜がゴブリンスレイヤーの頭上を飛び越えてきた。

 獲物に向き直る轟竜。

 轟竜が爪を叩きつけようと腕を振り上げる。

 

 その時、雲はないはずなのに雷が轟竜へと降り注いだ。




ティガレックスはP2からモンハン始めた自分にとっては、トラウマ。
初めて狩るときは、太刀で心臓バクバクしながら、戦って気がする。
もう何年前だろう(´・ω・`)


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2-10 盾斧

ハンター「待たせたな」
武器、ストームスリンガー(逸品)回復カスタム。
防具、ムフェト一式。
四方世界の神々から「帰ってください」と言われましたとさ。


 懐かしい顔、と言うべきか。

 ハンター宛に討伐依頼が辺境の冒険者ギルドに届き、依頼を受けて目的地に向かっていた。途中、夜の森からの戦闘音を聞いて走ってきた。

 音を頼りに走っていると、なんと出てきたのはゴブリンスレイヤー。

 そして、後から出てきた巨影、ティガレックス。

 

 ここまで来る間に集めた痕跡、情報から轟竜、ティガレックスではないかと疑っていたハンター。

 自分の目で確認して間違いはなかった。

 そして、あわやゴブリンスレイヤーが食われそうになる前に最大の攻撃をぶつける。

 その武器の一番派手な攻撃。

 超高出力属性解放斬り。

 無属性のチャージアックス(斧モード)を地面に叩きつける。

 放たれた攻撃は地面を走る雷撃となり、ティガレックスに直撃。

 雷撃のような衝撃はティガレックスを怯ませ、そして、ハンターを認識させた。

 

 ハンターに顔を向けたティガレックスは、そのまま飛び掛かってくる。

 

 今、ハンターの手には大きな盾と剣が握られている。

 チャージアックス。

 剣と刃が側面についた盾。その2つを合体させて斧としても使える武器種。

 ただ、その特性上、使い方が複雑で、使い熟すのが難しい。

 

 ハンターは迫る巨体から逃げるために、横へと回避する。

 着地した瞬間に、回避した距離を詰めるために前転、続けて剣を振り上げ、回転斬り、溜め二連斬り、回転斬りへと繋げる。

 その動作は滑らかで、隙がない。

 

 が、その程度の攻撃で倒せるほど、ティガレックスは甘くない。

 すぐに振り向き、その巨大な顎で噛み付いてくる。

 ハンターは盾を構え、防ぐ。

 しかし、勢いが強く、盾に阻まれようが関係ないと言わんばかりに、もう一度喰らいつこうとする轟竜。

 これも防ぎ、事なきを得る。

 そして、剣を盾の中に収納し、ガチりと盾が広がり、剣に溜まっていたエネルギーがビンに蓄積される。

 

 スリンガーの狙いを定め、クラッチクローを発射する。

 鉤爪が付いたワイヤーがモンスターへと引っかかり、ハンターは素早くクラッチクローが張り付いた場所に移動、モンスターへしがみつく。

 頭を狙ったつもりだが、腕に張り付いてしまった。

 すぐに張り付いたハンターを払い落とそうと、ティガレックスが腕を振るう。

 その前にハンターが頭へと飛び移った。

 

 取り出した剣で切り裂き、突き刺した。そして、ハンターは飛び上がり、叩きつけるように盾を剣と合体させながら切る。

 軟化したティガレックスの頭に巨大な斧を2回振り回し、すぐ斧の合体状態を解きながら回転斬りのように剣で切り裂く。

 切った場所が爆発するように、肉から血が飛び、ティガレックスが飛び退る。

 

 だが、ティガレックスの目は怒りで赤く染まり、前足の血管が浮き出る。

 爆音の咆哮が地すら揺らす。

 そして、目の前の仇敵に狂ったように突進していく。

 足で土を巻き上げるほどの猛烈な加速で、ハンターを轢き肉にしようとする。

 

 そして、ティガレックスの突進が止まる。

 ビクビクと巨体が痺れ、拘束される。

 ティガレックスがハンターに注意を逸らしている間に、ゴブリンスレイヤーがいつの間にか仕掛けたシビレ罠。

 拘束されたティガレックスに向かって、突撃しながら剣を振るハンター。

 急所である頭に向けて剣を振り下ろし、ティガレックスの脳天をかち割り続ける。

 ティガレックスは、怒り状態になると頭の肉質が弱くなる。そして、先程のクラッチによる傷付けで、肉質の軟化によってさらに剣が通りやすい。

 ゴブリンスレイヤーは、中途半端な剣で斬りはしない。そんなことをしても、鱗に阻まれ弾かれるだけだ。

 だから、毒けむり玉を地面に叩きつける。

 毒々しい紫煙はティガレックスに触れ、じわりじわりと体力を削っていく。

 シビレ罠が壊れ、ティガレックスが拘束から逃れたときには、口元から紫色のヨダレと頭から出た血が混じって、地面に滴っていた。

 

 それでも、ティガレックスの瞳から怯えや恐れはない。

 あるのは怒り。

 これぞ、絶対強者。

 覇を唱えるように、咆哮し、飛び掛かってくる。

 二人共盾を構え、咆哮の衝撃を緩和させ、ティガレックスの攻撃を転がって避ける。

 すぐにビンをチャージし、高出力属性解放斬り……の動作をしながら斧へと変形させながら切り上げる。

 すると、斧の刃が回転し、威力が強化された。

 かなりのビンを消費しながら、ガリガリと掘削するような音を出しながら、ティガレックスを斬りまくる。

 

 回転する刃は肉をえぐり、辺りに血を撒き散らす。

 ティガレックスも鋭い牙や爪で反撃するも、ハンターは避ける。

 ゴブリンスレイヤーは物陰に隠れ、様子をうかがった。ゴブリンスレイヤーが出ていっても巻き込まれて挽肉になるだけ。

 彼のポケットには何があるか。

 

 雑嚢から取り出した催涙弾をティガレックスの口の中に投げ込んだ。

 催涙弾の材料は、まぁ、まずい。材料に触るとかぶれる芋虫をすり潰している。

 それを飲み込んだティガレックスは、あまりの不味さに一瞬動きが止まる。

 吐き出そうとしても、放り込まれた衝撃で催涙弾の中身が出たようで、口から何かが出てくる様子はない。

 そして、一気に暴れだす。かぶれが凄まじいのか自身の喉を掻き毟ってしまう。

 だが、ティガレックスの手は鋭い爪だ。自分で自分の喉を傷付け、血を流す。

 

 また、その隙をハンターは逃さず攻撃していく。

 ティガレックスは暴れているので、チャージアックスを盾と剣に変形して、切り裂き、ビンが溜まれば、超高出力属性解放斬りという間合いが広い攻撃に切り替える。

 

 そうやって戦っているうちに、流石に傷が深くなってきたか、ティガレックスが悔しそうに咆哮を上げた後、足を引きずり、逃げ始めた。

 森へと逃げていくティガレックス。

 だが、ハンターは盾で咆哮の硬直を退け、ティガレックスへと全力で走る。

 追撃するために、クラッチクローを飛ばし、尻尾から腕へ、頭へと飛び移る。

 頭に張り付いたときに、思いっきり頭をぶん殴る。ハンターの剛力によって無理やり横を向くティガレックス。

 そして、装填済みであった石ころを眼球にぶつけるようにねじ込み、放つ。

 ティガレックスは放たれた石に悶え苦しみ、目の前の岩に突っ込んでぶつかる。

 頭を思いっきり岩にぶつけ、昏倒したティガレックス。

 そこを斧にしたチャージアックスを、頭に叩きつける。

 

 頭をかち割られたティガレックスは、ぐったりと力尽きた。

 

 

 ティガレックスの死体を解体するハンター。

 ゴブリンスレイヤーはハンターの後ろに居た。 

「助かった」

 剥いでいるハンターに、ゴブリンスレイヤーが礼を言う。

 一瞬、ハンターの手が止まった。

「……あ、うん、どういたしまして」

 緘黙なゴブリンスレイヤーなので、その言葉を初めて聞いたような気がする。

「俺は逃げたゴブリンを殺しに行く」

「ああ、手伝うよ」

「……俺一人で十分だが」

「まぁ、援護してもらったし、道具も消費しているだろ」

「……気にしていない」

「俺が気にしている」

「好きにしろ」

 と言って、ズカズカと森へと歩き始めたゴブリンスレイヤー。

 ハンターもティガレックスを解体し終えたので、ゴブリンスレイヤーの後に続く。

 

 逃げたゴブリンたちに止めを刺す。

 時間はかからなかった。




チャージアックスはそんなに使ったことがないので、変な挙動になってると思います。

ジンオウガ ネルギガンテ ムフェト
これがモンハンの採取決戦。
(永遠に)殺したかっただけで(期限切れ)死んでほしくはなかった!
いや、本当に復興して。欲しい物が来ない、量が足りない。


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閑話 それぞれの装備

 装備1

 

 日が照りだしている空、石畳の街の道をハンターは歩いている。

 その頭部はいつもの装備ではない。

 緑色の肌、黄色いギョロッとしたカエルのような目、しかし、頭部が通常の3倍は大きい。

 ゴブリンの顔をした被り物といえばわかり易いか。

 口はギザギザ牙を模した糸で縫われて作られ、素人感がある。

 ゴブリンフェイク(自作)を装備したハンター。

 頭部以外はいつもの装備のため、凄まじい違和感だ。

 通行人たちはぎょっとして彼を見る。そして、距離を取る。

 仮装祭(ハロウィン)でもなければ祭りでもない。

 そんな格好をしていることに、ハンターの正気を疑う人々。

 

 ハンターは冒険者ギルドへと入っていく。

 入った途端、喧騒が止まる。

 そして、冒険者達がザワザワと囁き合う。

 

 あれはなんだ。

 ごぶ……りん……?

 いや、ハンターか?

 

 そんな騒ぎをハンターは気にも止めず、依頼が張り出されている掲示板を眺め、依頼書を手に取る。

 そして、受付に依頼の受領を済ませようとしたところで、受付嬢は顔が引き攣っていることを自覚しながら、ハンターに問い質した。

「ハンターさんですよね? 悪ふざけはやめてほしいのですが」

「ふざけてはいない」

 彼は真面目に答えていた。今の格好を悪ふざけとも思っていない。

 至極まっとうな、装備をしていると思っている。

 ゴブリンフェイクの下は、いつもの頭防具。

 俗に言う、重ね着だ。

 アイルーフェイク、モスフェイク、ユラユラフェイク。

 どれも、キグルミのような装備で実用性があったりなかったりする。

 ゴブリンフェイクは自作のためか、スキルも防御力もない代物だが、視界が狭いわけでも息苦しくなったわけでもない。

 故に縛りプレイといったものでもない。

 気分転換に装備してみただけだ。

 

 冒険者達が遠巻きに見ている中、ギルドの扉が開いた。

 その冒険者はゴブリンスレイヤー。

 そして、彼はゴブリン(ハンター)を見た。

 

 ゴブリン‼

 ゴブリンスレイヤーは即座に腰の剣を抜く。

 街中でゴブリンが出ないとは限らない、と彼は思っている。

 そして、街中でゴブリンが現れた。

 ならば、彼は殺る。

 ゴブリン(ハンター)に気付かれないように、忍び足で近寄る。

 あのゴブリンはハンターの装備をしている。

 どうやって奪ったのか。ハンターから奪った可能性が高い。つまり、ハンターより強い可能性がある。慎重に近づき、初撃のバックスタブで殺る。

「あ、ゴブリンスレイヤーさん!」

 受付嬢が話しかけてきて、ゴブリン(ハンター)が振り向いてしまった。

 それでも、やつは背負った太刀を抜いていない。

 

 先手あるのみ。

 ゴブリンスレイヤーが、ゴブリン(ハンター)に向けて小剣を振り下ろす。

「うぉ!?」

 慌てて横に回避したゴブリン(ハンター)。

 追撃しようと小剣を構えたところで、受付嬢が止めに入った。

「ちょっと待って下さい! ゴブリンスレイヤーさん!」

「逃げろ! ゴブリンだ!」

 ゴブリンスレイヤーも大真面目だ。

 止めに入った受付嬢を自身の後ろに隠しながら、視線はゴブリン(ハンター)から外さない。

 流石に刃傷沙汰は不味いと思ったのか、周りの冒険者達も止めに入ろうとする。

「おい、ゴブリンスレイヤー! なんで攻撃してくる⁉ 何かしたか⁉」

 突如襲われたゴブリン(ハンター)は、両手を上げる。

 が、ゴブリンスレイヤーは更に警戒した。

「喋るゴブリン……危険だ」

 必ずここで殺す。

 人に攻撃されなかったのは、喋れることで誤魔化すか何かしたのだろう。

 人に溶け込むゴブリンなど、過去最悪の脅威だ。

 例え、冒険者の資格を剥奪され、指名手配されこの街にいられなくなってしまうとしても――。

「ゴブリンスレイヤーさん! 彼はハンターです! 悪ふざけであんな格好しているんです!」

「悪ふざけなんてしていない」

「貴方はともかく早く被り物を取りなさい‼」

 憤怒の形相をした受付嬢の言う通り、ハンターはゴブリンフェイク(自作)を脱いだ。

 

「…………」

 ハンターがゴブリンフェイク(自作)を脱いだ瞬間、ゴブリンスレイヤーの動きが止まった。

 一拍の沈黙の後、彼は小さく言う。

「……すまなかった」

 それは受付嬢や周りにいる冒険者に対する謝罪。

「ハンター、それは捨てろ。ゴブリンと勘違いする」

「嫌だ。俺の自信――」

「捨てろ」

「」

「捨てろ」

 ゴブリンスレイヤーの鉄兜の奥にある目が、怒りで赤くなっている気がする。

 ハンターはなにか言いたそうにしていたが、それよりもゴブリンスレイヤーはズカズカと歩いて来る。

 そして、ハンターが持っていたゴブリンフェイスの脳天に剣を突き刺し、真っ二つにした。

「う、そぉぉおおお⁉」

「捨てろ」

 装備が壊されたことに、ガクリと膝が崩れてしまったハンター。

 その日、ハンターはその場から動くことができなかった。

 その姿は哀愁を誘うが、誰も同情はしなかった。

 

 

 装備2

 

 ハンターは新しい装備をギルドの工房で買った。

 鎖帷子を着込み、革鎧を薄汚れにし、鉄兜に付いていた角は折り、飾りの赤い髪は切って短くする。

 右腕に括り付けた小さな盾、左腰ではなく、腰につけた中途半端な剣。

 そして、左腕には小さな弩を装備している。

 みすぼらしい装備をしている冒険者、といった印象の装備。

「げぇ、ゴブリンス――?」

 槍使いがそいつを見たとき、思わず顔をしかめたが、次は頭に疑問符が浮かぶ。

 あいつは右ではなく左に盾を付けていなかったか?

 そして、ゴブリンスレイヤーは今、掲示板でゴブリン退治の依頼を探していたのではないのか?

 槍使いは振り返って掲示板を見る。

 そこには、後ろ姿がそっくりの鎧姿が2つあった。

「なんでだよ⁉」

 思わず槍使いは叫んだ。

 そして、ゴブリンスレイヤーに似た装備をしている奴の正体もわかった。腕に小さな弩をしているのはハンターぐらいだ。

 なぜハンターは高性能の装備を外し、弱い装備をしているのか。

 破損したのか、修理に出しているのか。

 だとしても、ゴブリンスレイヤーと同じ装備でなくていいだろう。

 ハンターも変な奴だが、ゴブリンスレイヤーが増えるのなんてやめてほしい。

 1人で十分だ。

「おい、ハンター! なんでそんな格好をしてるんだよ!」

「新装備だ。結構気に入っている」

「ふっざけんな!」

 頭を抱えた槍使い。

 他の冒険者もギルドの職員たちも、げんなりしている。

 

 翌日、ハンターがいつもの装備にしていたことに、冒険者たち、ギルドの職員たちは安堵した。

 なぜハンターがゴブリンスレイヤーに似た装備していたかといえば、装備を買ったから試しで使ってみただけ、だ。

 重ね着装備なら、ハンターは使い続けたが、残念ながら一括装備だ。隠密が付いていそうな装備とはいえ、防御力が低い。

 とはいえ、使えないと決めて早々に売る気はない。

 ハンターは装備を溜め込む性質(さが)である。

 

 

 装備3

 

 ゴブリンスレイヤーは工房で翁と話している。

「あれは出来たか」

「ちょっと待ってろ」

 そう言って奥に依頼されたものを取りに行った翁。

 帰ってきた時に彼の手には、ハンターが装備している小さな弩、スリンガーがあった。

 それを早速、ゴブリンスレイヤーは右手に装備する。

「どうだ」

 ゴブリンスレイヤーは右手で剣を振る動作や、スリンガーを構えながら、調子を確かめる。

「問題ない」

 普段の動きをするのに問題ないと言うだけで、後で試射したりするのだろう。

 だが、手段が増え、ゴブリンが使えても問題がない装備であった。

 小さな弩で、ただ撃っただけでは投石紐(スリング)より弱い。

 構造はやや複雑で、定期的な整備が必要であり、強化撃ちと呼ばれる特殊な撃ち方もゴブリンには真似できない。

 なぜなら、ゴブリンの小ささでは両手でスリンガーを構えるしかない。ホブゴブリンぐらいの巨体なら小さな弩など使う気にはならないだろう。それよりも棍棒を選ぶ。それに只人用なので腕に合わない。

 投擲の手段が増えるくらいだが、スリンガーならば武器を持った状態でも投擲が可能だ。

「金貨20枚だ」

 弩と考えれば、ボッタクリのような値段である。

 だが、ゴブリンスレイヤーは躊躇なく支払った。

 それだけの価値があるとゴブリンスレイヤーは思っているし、それだけの苦労を翁はした。

 ハンターにどう作ればいいか聞き、スリンガーを分解し、部品を見ながら作成し、同じ性能になるように努力した。

 

「で、殺るのは」

「無論、ゴブリンを殺すのに使う」

 翁は呆れる。

 見た目に似合わず高性能であるが、これで巨人だの悪魔(デーモン)を倒せるとは思えない。

 だが、まぁ仕事だ。

 作れないものでもないと思ったが、これが中々苦労した。特にワイヤーの巻き取りの構造や、強靭なワイヤーを作るのに、辺境の街から離れたところにいる知り合いの鉱人(ドワーフ)に頼った。

「大切に扱えよ」

 かなりきつい仕事だったので、いつもの剣みたいにポイポイ捨てられたら堪らない。きっと壊れたら直すのは自分になるのだから。

 

「ああ、大切に使う」

 ゴブリンスレイヤーは、冒険者ギルドの裏にある訓練所で、スリンガーの練習をする。

 スリンガーの照準や発射、強化撃ち、ワイヤーによる高速移動。

 動作に問題はなく、手に馴染んできた。

 ゴブリンフェイスを被せ、的にしていた物は投げナイフが突き刺さり、石ころで穴が空き、見るも無残なガラクタとなった。

 

 ゴブリンスレイヤーが受けたゴブリン退治でも、ゴブリンたちは同じような姿になる。違うのは血が出ているぐらいだろう。




実際にゴブリンスレイヤーの装備の重ね着なんてあったら、みんな着ると思う。


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3-1 ゴブリン退治さ!

 春。

 冒険者になりに来る者たちが多くなる季節。

 ただ冒険者になるだけなら簡単で、続けるのは難しい。

 新人同士でパーティーを作ろうとする冒険者。

 冒険者になり、装備を整えに工房に向かう人。

 無論新人だけではなく、依頼書が貼られた掲示板を見る熟練の冒険者もいる。

 

 女神官は先程冒険者になった。

 身につけた白磁の認識票の色のように、何をするべきか、まだ白紙だ。

 受付嬢が巨大鼠狩りの依頼を勧めてくれたが、女神官1人では達成不可能だ。

 荷物は錫杖、着替え、幾ばくの貨幣。

 とりあえず、ギルドの二階が宿場になっているので値段を確認しておこうと決めた。高ければ馬小屋で寝るしかないので、少し不安である。

 

 と、歩き出そうとしたところで人に声をかけられた。

「すまない。地母神を信仰する神官さんであってるか?」

「え、あ、はい」

 声をかけてきたのは刀と双剣を背負った冒険者。身につけている鎧は何かわからない怪物の鱗か甲羅を素材にしている。左手には小さな弩。首には鋼鉄の認識票を身に着けていた。

 少なくとも今日、昨日に冒険者になった新人ではない。そんな彼が新人の冒険者に何の用だろう。

「冒険者なんだが、農園もやっているんだ。で、豊穣になるには地母神の方に祈ってもらうのが良いと聞いたんだが、支払いはどのくらいになるんだ?」

「えっと、ただ祈るだけならお金は取らないんですけど、祈ってもらった方々に時々、収穫物や寄付を施してもらったり、お礼を言われることがよくあります」

「ちなみに、聖餐(エウカリスト)の奇跡(食料や純水を生み出す)のような、すぐに作物を収穫できる奇跡とか知らないか? あるいは扱える人物を紹介してもらえると嬉しい」

 どうやら、彼の目的は早く収穫したいといった内容だ。

 確かに地母神は農業に関わる者に信仰されやすい。

 だが、神々が信者を甘やかすこともない。

 上位の神官ならこの目先のことしか考えていないハンターに、未来の収穫を良くするために、鍬を振り、出た芽を大切に育てろと説教する。

 が、彼が身につけている鋼鉄の認識票。自分より上の存在に女神官は強気には出れず、ありのままを言う。

「その、私は若輩者ですので、そういった奇跡は習得してないです。寺院の方もそういった奇跡は習得していないと思います。すいません」

「そっか」

 ハンターは少し残念そうに、納得し「やっぱり依頼を1回終わらせた程度じゃ収穫できないのか? うーん」と唸り、頭を兜の上からガシガシと掻いた。

「あの、収穫がうまくいっていないのでしょうか?」

 少し気になって会話を続けた女神官。

「いや、その、こことは別の所から来たんだが、こっちとあっちの植物の成長に差があって、前の所の植物は最長で依頼を3回終えるぐらいには確実に実や葉が成ったから少し戸惑って」

「ええ?」

 女神官は、何だそれは、と思う。

 依頼を3回というと3日から4日ぐらいか?

 作物ならだいたい3ヶ月間はかかる。どのような植物なのかわからないが、成長が速すぎる。

 ハンターの表情から嘘ではないと思うが、女神官は到底信じられなかった。

 それこそ神官か魔法使いが奇跡や呪文を使って作物を育てていたと言われたほうが納得できる。

 

「なぁ、俺達と一緒に冒険に来てくれないか?」

「ふぇ?」

 声の主は若い剣士。傷がない胸当てと鉢巻を身に着け、腰に剣を吊るしている。

 首に女神官と同じく白磁の認識票を付けた新人の冒険者だ。

「俺にも声かけてる?」

「ああ、強そうな戦士が入ってくれるのなら心強いですよ!なぁ!」

 青年剣士の後ろには若い娘が2人。長い黒髪を束ねた道着の女武闘家、メガネを掛け、ローブと三角帽子を身に着けた女魔術師がいる。どちらも白磁等級だ。

「冒険って言うと何の依頼だ?」

 

「ゴブリン退治さ!」

 

 村近くの洞窟にゴブリンが棲み始めた。

 最初は気にはならなかったが、作物が盗まれ始めた。

 警戒はしていたが、次は村の娘が攫われた。

 流石に危機感を感じて、冒険者に依頼を出した。

 定番である。

 

 そして、今日、冒険者に成ったばかりの正義感の強い若者が依頼を受ける。

 まぁ、それは良いことだと思う。

 そして、達成か失敗かは神様でもわからないだろう。

 ハンターは青年剣士をじっと見た。

 まぁ、盾はない、防具は足りない。新人ならお金がないので仕方がない。

 ハンターは、次に女武闘家、女魔術師、女神官を見る。

 ハンターは素手の戦闘は専門外。魔法も奇跡も同様だ。なので、よく分からない。

 依頼内容でゴブリンが娘を攫ったという情報で気が重くなった。

 受付嬢は期待を寄せた目でハンターを見ていた。

 思わずため息をしたハンター。

「わかった、行く」

 

 

 

 依頼を出した村に向かい、村に着いた冒険者たち。

「依頼主は村の村長だよな」

「そうだけど、どうしたのですか?」

 ハンターの確認に女武闘家が答える。

「どうしたって、話を聞きに行く」

 ハンターの言葉に驚いた様子の4人。

「なんでそんな事する必要が?」

 青年剣士が不可解そうに眉をひそめる。

「ゴブリンの数、上位種の確認。洞窟の広さ。あとは攫われた人の確認。足跡があればそれも見ておきたい」

 ハンターの答えに気なる部分があった女神官は、続けて聞きに来る。

「じょ、上位種って、何でしょう?」

「先祖返りした大柄のホブゴブリン、魔術を使うシャーマンぐらい、居そうな規模なんだ」

「え」

 と、悲鳴に似たような声を出したのは誰だろうか。

 まぁ、気にせず続けるハンター。

「大体数は20前後、……だと良いなぁ。正直、50とかに膨れ上がっていたら最悪」

「で、でも、ゴブリンって弱いんだろ?」

 青年剣士が思った以上に数がいることに戸惑ったが、それでも自分たちが勝てない相手ではないことを確認してくる。

「単体で見ればそりゃ弱い。だがアイツラの強みは数と悪辣さだ。子供が複数、毒塗った凶器持ってすばしっこく同時に、あるいは次々襲ってくる。酷くきつい」

「……毒?」

 女魔術師がありえないと言った表情で聞いてきた。

「毒じゃなくても落とし穴だとか、横穴を掘るだの、溝掘って足場を悪くするだの、色々やってくる」

 全員がそういった状況を想像したのだろう。そして打開策が思いつかず、無言になった。

 これは不味いとハンターは思い始めた。

 事実ではあるし、的はずれなことを言っている気はない。だが、やる前から気分が沈むのは成功率に影響が出てきてしまう。まぁ、気分が乗っていようと、負けるときは負けるのだが。

「えっと、まぁ、なんだ。確かゴブリン退治の話で、楽に終わる、痛い目を見る、全滅って結果があるんだが、全滅になるのは……」

 続けて可能性が少ないと言おうとしたが、ここでは新人がゴブリン退治で全滅するというのはよくある話だという。確率としては低いが絶対にないとは言えないのだ。

 さて、ウソを吐くべきか、誤魔化すべきか。

 事実を言ってしまえば、士気崩壊になりかねないような気がするハンター。

 

 それに、ハンターの世界でもジンクスはある。

 パーティーは基本4人。5人だと1人死んでしまうという、有名なジンクス。

 まぁ、この世界では6人、それ以上のパーティーもあるので、関係ないと思いたい。

 

「ともかく、弱いからと言って油断して死ぬってのは馬鹿らしい」

「は、はい」

 彼らは気を引き締めた。

「とりあえず、1人に1個づつ渡しておく」

「え⁉これってポーション⁉」

 大げさなぐらいに驚いた女神官。

 そう言ってポーチから回復薬と毒消しを新人冒険者に渡していくハンター。

「……お金取るの?」

「俺自身で作ったものだから売れないものだ。金も取る気はない」

 下級クエストを受ける新人ハンターは、支給品を貰えるのだが、冒険者ギルドにはない。

 恐らくではあるが、新人の死亡率が高い原因でもあるだろう。

「作戦とか、隊列とかはそっちで考えてくれ」

 青年剣士は頭を悩ませ、女武闘家は首をひねり、女魔術師は顎に手を当てながら、女神官は「えーと」と呟きながら考える。

「作戦……は、ともかく、前衛が3人、と後衛が2人で、そういう風に分けるんじゃないのか?」と、青年剣士が言う。

「待って、横穴で奇襲されたらまずくない?」

 先程のハンターの話から青年剣士の考えを改めさせる女武闘家。

「それなら、前衛を1人後方に置いてほしいわ」

 女魔術師はそのように考え、続いて女神官が言う。

「そうなると、最初に前衛2人、中間に後衛2人、最後に前衛1人ですよね」

 その隊列で決定し、誰を振り当てるか考え始める。

 

「あ、あの、他にどのようなことを気をつければいいでしょうか?」

「他にって、入る前に煙を炊いて燻して洞窟外に慌てて出てきたところを殺るとか、洞窟だと松明が1つだと暗いから、両手に松明を持って1個は手前に投げて確認していくとか」

「……色々知っているんですね」

「教えてもらっただけだ」

 女神官が聞いてきたので答えるハンター。

「そう言えば、奇跡や魔術ってどういう種類を何回使えるんだ?」

 青年剣士が女神官と女魔術師に問いかける。

「私は、小癒(ヒール)聖光(ホーリーライト)の奇跡を日に3回使えます」

「私は、火矢(ファイアボルト)が日に2回使えるわ」

「じゃあ、大柄なゴブリンが現れた時に女魔術師が火矢を使って、俺達のポーションが無くなった、使えない状況になったら小癒を使ってもらう……かな?」

「それでいいと思う」

 青年剣士の考えに女武闘家は賛同し、女魔術師、女神官、ハンターも異論はない。

 

 

 

 

 村に着いたハンターは村長に話を聞き、ゴブリンが棲み始めた洞窟の場所、娘が攫われた場所を聞き、もし娘が亡くなっていたら覚悟はしてほしいと言った。

 娘が攫われた場所では足跡が多い。小さな足跡に混じって大きな足跡もある。

 つまり、ホブゴブリンは確定。数も多い。

 

 そして、村から洞窟に向かう前に「あっ」とハンターが気が付く。

 そこには小汚い鉄兜、軽鎧を着た冒険者がいた。

「準備していない新人がゴブリン退治に向かったと聞いたが、余計だったか」

「さぁ?新人と一緒の依頼なんて初めてだ」

 ハンターと話しているので冒険者だと思ったが、その雰囲気は少し近寄り辛い。

「あの、彼は?」

ゴブリンスレイヤー(小鬼殺し)



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3-2 ゴブリン退治さ!(後編)

 洞窟には自分の縄張りを示すトーテム、牛の頭蓋骨と木の棒、布で作られた物体を置いてある。

 隊列はゴブリンスレイヤー、青年剣士が先頭。中は女魔術師、女武闘家。最後尾が女神官、ハンター。

 ゴブリンスレイヤーと女神官が、松明を持って洞窟を歩く。

 洞窟は暗く、鼻が曲がってしまいそうになるくらい臭い。

 松明で照らしていても、手前が多少見えるぐらい。奥は暗く、そこに何匹のゴブリンがいるのか、新人の青年剣士は構えている剣が小刻みに震えていた。

 そして、自分の行動が無鉄砲どころか自殺行為だったことを理解する。

 薬品を持たず、調べもせず、突撃して略奪(ハックアンドスラッシュ)

 ゴブリンスレイヤーという冒険者が加わった時、不安に思った。

 銀等級の認識票に似合わない薄汚れた防具を身に着け、弱そうに見える。

 が、少なくとも青年剣士のように剣が震えてはいない。

「おい」

「は、はい⁉」

 歩いている途中、突然、声をかけられたので驚いた青年剣士。

「横穴だ」

 ゴブリンスレイヤーが松明で示した所には、洞窟の入口にあったトーテム。そして、その横には隠れるようにして、岩壁に亀裂があった。

「トーテムで視線を誘導し、横穴の存在を隠す」

 隠す理由までは言わない。

 潜んでいる奴らが、最後の岩壁を崩し襲ってきた。

 ゴブリン! と青年剣士が気付いたと同時に、ゴブリンスレイヤーが投げナイフを投擲する。

 ゴブリンスレイヤーが何をしたのか新人たちが理解する前に、ゴブリンの断末魔が洞窟に響いた。

 そして、青年剣士は改めて自分の握っている剣に力を入れる。

「剣が長すぎる。岩に引っ掛けないように斬るのではなく突け。血糊、刃こぼれで剣が使えなくなったら手放して、ゴブリンから奪え」

 淡々と言うゴブリンスレイヤーからの助言に、「お、おう」と戸惑いながらも返事した。

 両手で鋭い剣先を、彼に言われた通り、向かってきたゴブリンに突き刺した。

 肉に刺さる生々しい気持ち悪い感覚が、手元に伝わる。

「わぁあああ‼」

 畜生!(ガイギャックス)と心の中で叫び、雄叫びを上げる青年剣士。

 依頼を受けるときは、楽に終わると思っていた。

 ゴブリンなら村に来たのを追い払ったことがある。5人もいるんだから、負けるはずがない。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 ゴブリンの数は多く、洞窟は狭く、暗く、臭い悪環境。

 隣のゴブリンスレイヤーが横穴を見つけてくれなければ、後ろから奇襲された。

 まったく、自分の楽観視に頭にくる。

 されど、ゴブリンが青年剣士の気持ちを知る気はない。むしろ、怒って向かってくる。

 青年剣士はすぐに長剣を抜き、向かってくるゴブリンに長剣を突き刺し、抜いては、突き刺す。

「3,4」

 淡々と死体を増やすゴブリンスレイヤーの方は、小剣で4匹を斬ったところで、小剣を投擲する。

 投擲した小剣はゴブリンの喉に刺さる。

 得物が無くなったので、地面に落ちているゴブリンが持っていた錆びた鉈を拾う。

 そして、後方にいた弓を持った1匹のゴブリンに狙いを定め、右手のスリンガー、クラッチクローを発射する。

 鋭い鉤爪はゴブリンを捉え、そのままゴブリンを引き寄せた(・・・・・)

 引き寄せたゴブリンの脳天に鉈を振り下ろし、絶命させる。

「5」

 一方、青年剣士が持っていた長剣は、柄の部分まで血糊に塗れ、切れ味が鈍り、ゴブリンの死体から抜けづらくなっていた。

「この!」

 そして、長剣を抜くことに執着してしまった。

 戦闘の興奮で、言われたことを思い出すことが出来ない。

 もし、頭が冷えていたとしても、なけなしの金で買った長剣だ。先程、ゴブリンスレイヤーに言われた、武器を捨てるという考えがあっても、もったいないと考えてしまう。

 その一瞬、殺し損ねたゴブリンが青年剣士の足に短剣を突き刺した。

「いっづだ!」

 痛みに竦むより、傷つけられたことに対する怒りが上回った青年剣士。

 思わず、長剣を大ぶりにし、岩肌にぶつけてしまう。

 青年剣士に長剣で岩を切れる力、技量はない。

 当然、弾かれ、反動で手から剣を落としてしまう。

 無力になった青年剣士に狙いを定め、ゴブリンが殺到してくる。

「目を閉じろ!」

 ハンターがスリンガーに装填していた閃光弾が弾ける。

 青年剣士は後ろからの声に反応し目を閉じた訳ではなく、次の攻撃で死んでしまう恐怖に目を閉じた。

 しかし、目を閉じても光が目蓋を越え、視界が白くなる。

 だが、目を閉じていなかったゴブリンは目が眩み、そこをゴブリンスレイヤーが鉈で叩き殺した。

 青年剣士が再び目を開いたら、ゴブリンはすべて地面に転がっていた。そして、足が言うことを聞かず膝をついた。

「毒だ」

 無造作に青年剣士に刺さった短剣を抜き、短剣に塗りたくられた液体を見て断言したゴブリンスレイヤー。

「だ、大丈夫⁉」

 慌てて女武闘家が毒消しを持って駆け寄ってくる。

「青年剣士を治療しろ。女魔術師は呪文準備」

「え」

 ゴブリンスレイヤーは地面に円盤、シビレ罠を設置しながら指示し、戸惑った女魔術師。

「ホブだ」

 その短い言葉に、戦慄が走った女魔術師。

 言葉通り、ズンズンと歩く音が洞窟の奥から聞こえてきた。恐らく、青年剣士が痛みで上げた声をきっかけに来たのだろう。弱った相手を殺るのは楽で、女の匂いも嗅ぎつける。

 どう嬲ってやろうかと考えているホブゴブリンは、よだれを垂らしながら、走ってきた。

 足元にあるシビレ罠に気付かず、踏んだホブゴブリンに電流が全身に走り、動きが止まった。

 そこに、ゴブリンスレイヤーは薬嚢から瓶を投げつける。

 割れた瓶からガソリンが溢れ、ホブゴブリンは油に塗れる。

「サジタ(矢)……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)!」

 女魔術師が唱えた呪文、火矢(ファイアボルト)が動けないホブゴブリンに当たる。

 ガソリンを被ったホブゴブリンは、瞬く間に炎に包まれる。

 それでも上位種のゴブリンはしぶとい。全身火傷でも、未だに生きている。

 トドメを刺すために、ゴブリンスレイヤーはクラッチクローで地面に落ちているゴブリンの槍を掴み、手元に引き寄せ、ホブゴブリンに向かって投げる。

 深々と突き刺さる槍。

 だが、まだ死なない。

 次々と武器をクラッチクローで回収し、ホブゴブリンに投げつける。

 無論、重さによっては引き寄せることは出来ないが、小柄なゴブリンが持てる武器の重さには限界がある。全身金属鎧や大剣、ランス装備の重装備のハンターを高速で引き上げるので、踏ん張りが弱いゴブリン程度、楽々と引き寄せられる。

 燃えるホブゴブリンに次々と武器を投げ、シビレ罠の効果が切れた時に、ホブは倒れた。

 そうして、ゴブリンの襲撃はどうにか終えた。

 ハンターは、ゴブリンスレイヤーがスリンガーを改造していることに興味があるが、あのような改造をすることはない。小型モンスター特化にしてしまえば、ハンターが得意な大型モンスターとの戦闘に支障が出てしまう。

「大丈夫か?」

「あ、はい」

「そうか」

 青年剣士は毒消しと回復薬を飲み、体の調子を取り戻していた。

「12、13」

 それを認識したゴブリンスレイヤーはゴブリンが死んだふりをしていないか、ゴブリンの死体の数を、丁寧に武器で刺しながら確認していく。

 青年剣士は安堵すると同時に申し訳が立たない。

 事前に注意されて、無視してしまったのだ。

「あの、迷惑かけてすいません」

「気にしてない」

 ザッパリと切り捨てるようなゴブリンスレイヤーの返答に、青年剣士は気が落ち込む。

 青年剣士の武器は、まだゴブリンに突き刺さったままで、今度こそ抜き取る。だが、血まみれで、刃も欠けている。使えなくはないが、相当、悪化した状態だ。

 それでも、なけなしの金で買った剣である。

 使えないのは分かっている。もったいない、というので死にかけた。

 だけども、捨てられない。

 ゴブリンが身につけていたボロ布で血を拭って、鞘に納めようとしたところでハンターから声がかかる。

「ちょっと貸しな」

「え、はい」

 ハンターの手に渡った汚れた剣は、砥石でみるみると切れ味を回復した。ほい、と青年剣士に渡され、恐縮した。

「あ、ありがとうございます」

「後方でやることもないからな」

 ハンターがなんともない風に言うが、青年剣士が同じように研ぐことは無理だ。

 青年剣士は長剣を鞘に納め、比較的状態が良さそうなゴブリンが使っていた棍棒を拾う。

 かっこ悪いし、強い武器という感じもない。だが、これなら振り回しても、先程のように刺さり過ぎて抜けなくなることもない。

「さっきの奴らは先兵だ。この穴が奴らのねぐらだ」

 ゴブリンスレイヤーが、槍でゴブリンたちが掘ってきた穴を示す。

「だが帰ってこない。どうする?」

「え」

「お前たちがゴブリンならどうする?」

 ゴブリンスレイヤーが新人たちに唐突に質問した。

 新人たちは考える。弱く、数は多く、悪知恵があるゴブリンなら、どうするのか。

「……待ち伏せ、ます」

「そうとも」

 女神官の答えに、ゴブリンスレイヤーは淡々と言った。

「そこに踏み込む。ハンター、閃光弾はまだあるか?」

「後2つだ」

「突入と同時に使って、眩んでいる間に殺し尽くす」

 ゴブリンスレイヤーの考えに、新人たちもハンターも異論はない。

 そして、ゴブリンスレイヤーは1匹のゴブリンを解体し、内蔵と血をゴブリンが身につけていたボロ布に塗りつける。

 突然の行動に新人たちは驚く。そして、次の言葉にさっと顔が青ざめた。

「奴らは匂いに敏感だ。特に女やエルフの匂いに。これは臭い消しだ」

「え、ええ?」と引きっ面の女武闘家。

「え、ちょっと⁉ 嫌よ‼」と嫌悪した女魔術師。

「す、する必要ありますか?」と怯える女神官。

「ある」と断言したゴブリンスレイヤー。

 青年剣士は返り血を浴びているので除外。ハンターは死んだゴブリンから剥ぎ取りを行っていた。

「……無理なら帰れ」

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、少しムキになった彼女たち。

 嫌ではあるが、何もせず帰るなど、それこそ冒険者としてダメだ。

 腹をくくって、ゴブリンスレイヤーからボロ布を受けとった3人。

 3人とも、少し目が濁った。

 

 暗闇の中、松明の火がポツリと近づいてくる。

 ゴブリンシャーマンは冒険者が出てきたところに呪文を放つ気満々で待機し、他の取り巻きのゴブリンたちも武器を構えていた。

 そして、礫のような物が飛んできて、光が炸裂した。

 突然の光に目が眩むゴブリンたち。

 なだれ込んできた冒険者、ハンターが双剣を抜いて、瞬く間に近くにいたゴブリンを切り裂く。

 ゴブリンスレイヤーは、奥にいたシャーマンに向かって槍を投擲し、見事命中。

 青年剣士は棍棒で殴りつけ、再度、動かなくなるまで殴りつける。先程のように死んだふりなどされたら堪らない。

 女武闘家は鋭い手刀や蹴りでゴブリンの頭を陥没させ、首をあらぬ方向に曲げる。

「……合計18」

 と言いながら、拾い上げた棍棒をシャーマンの頭に叩きつけ、今度こそ絶命させたゴブリンスレイヤー。

 そうして、シャーマンが座っていた、人間の骨で作られた椅子を蹴り飛ばす。

 椅子の裏に木板があり、それも蹴破るゴブリンスレイヤー。

 中にいたのはゴブリンの子供が数匹。

「本当に運が良かったな」

 身を縮めて震えるゴブリンの子供に、容赦なく棍棒を振り下ろす。

 ぴぎゃ、と耳に残る音。

 彼の言った言葉がよく分からない青年剣士は声を出す。

「こ、子供も殺すのか?」

「当たり前だ」

 震えながら言う青年剣士の質問に、淡々と答えたゴブリンスレイヤー。

「どこかのお優しい冒険者がゴブリンの子供を見逃す。そのゴブリンは恨みを忘れず、学習し、知恵を付け、村、人を襲って生き延びる」

 もう一度、ゴブリンスレイヤーが、棍棒を振り下ろせば、小さな断末魔が洞窟に響く。

「生かしておく理由が1つもない」

 話すことはもうないと、作業を進めるゴブリンスレイヤー。

「……善良なゴブリンが、いたとしても……ですか?」

「善良なゴブリンはこんなことしないだろ」

 女神官の言葉に答えたハンターが地面に横たわる女性たちを介抱し始める。

 傷ついた者の口に回復薬を流し、衰弱している者には秘薬を少しづつ与える。しかし、2個しか持っていなかった秘薬が、無くなってしまった。

「女神官、こっちの人に小癒(ヒール)だ。回復薬だと喉に詰まる」

「は、はい……! いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください」

 奇跡によって癒えはしたものの、まだ弱っている彼女に回復薬を飲ませていく。一応はこれで命は、命だけは救えた。

「さっきの善良なゴブリンだが、いたとしても人前に出てこないのが善良なゴブリンだ」

 子供ゴブリンの始末を終え、ゴブリンスレイヤーはそう断言した。

 

 

 それからは全員が捕虜を背負い、肩を貸し、洞窟から抜けた。

 捕虜を村に預け、あるいは後から神殿に保護してもらう。

 よくある話だ、と彼は言った。

 自分たちは運が良かった。

 運が良くなければ、死体となったか、あるいは仲間が捕虜になったか。

 まぁ、それもよくある話だという。

 新人の冒険者がゴブリン退治に赴き、全滅する話は。

 青年剣士にとって、冒険者になって何もかもが上手くいく……とまでは思わなかったが、最初に思い描いた輝かしい夢は砕けた。

 防具がなくて死に、情報がなければ死に、準備がなければ死に、運がなければ死んでいた。

 だが、本当に幸運にも生きている。

 そして、生きていれば次が来る。

 金を稼ぐためには、依頼を受けなくてはならない。

 受けなければ金が尽きて餓死。そうでなくても、農家の三男坊が冒険者以外の仕事に就けるアテはない。

 女神官は「癒し、守り、救え」の信仰から、ゴブリンスレイヤーに付いていくことを決めた。

 青年剣士も冒険者をやることを決めた。

 自分の出来る範囲でやるしかない。

 拙い青年剣士は仲間と一緒に下水道に向かった。

 左腰に長剣を携えているが、手にはスコップを持っている。

 しばらくは、ドブさらいである。

 冒険者の仕事ではないと思うが、いつかは冒険者らしい依頼をする。

 今はその下積みの期間だ。と青年剣士は自身に言い聞かせる。

 一歩づつ、焦って急げば、どうなるか。と右腰に身につけた棍棒を、見ながら付け加えておく。




 ゴブリンスレイヤーのスリンガー。
 翁に改造を頼み、制作してもらった弩。
 地面に落ちた武器や小さいゴブリンを引き寄せることが可能となっている。
 それでいて、大型モンスターに張り付くことも、強化撃ち、ぶっ飛ばしも可能。
 が、傷つけ攻撃、クロー攻撃(そもそもゴブリンスレイヤーの腕力が足りない)が出来ない。

 スリンガーの間違った使い方1、相手を引き寄せる。
 捕獲ネットで環境生物(ムカシマンダラ)を捕獲できるので、不可能ではないはず。


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3-3「も」が増えたようです

 ハンターは依頼を終え、辺境の街に帰る途中で、ある村に立ち寄った。

「冒険者の方! 助けてくだせぇ!」

 ハンターが村に泊まれるところ、宿か、小屋を探しているところで、村の人が駆け寄ってきた。

 話を聞いてみるとゴブリンが村に近い砦に棲み着いてしまい、村娘が攫われた。助けてほしい。いつもの話だ。

 そんなところにハンターが立ち寄った。

 ハンターは依頼は受ける気でいたが、どうやら他にも依頼を受けたパーティが来たらしい。

 どうするべきだろう、とハンターは考える。

 彼女たちはハンターの参戦など予想していなかっただろう。

 だが、リーダーである自由騎士は「私は構わない」と、言った。

 周りの仲間も問題ないと頷く。

 

 まぁ、救援要請のようなものだと、ハンターは思うことにした。

 

 森の中を進み、見えてきた砦。

 巨大な木の中をくり抜いた砦であり、森人たちが住んでいた所だ。

 森人たちは今は去り、残った砦にゴブリンが棲み着いてしまった。

 森人たちが砦に仕掛けた罠は、面倒なことにゴブリンに利用されている。

 そこでハンターは、奴らの巣に殴り込むより、火でも付けて砦ごと燃やしてしまおうと提案。

「攫われた娘がいるんです。一緒に燃やす気ですか」

 ハンターを睨みつける自由騎士。他のメンバーもハンターを見る目は厳しい。

 だが、言っておくことはある。

「生きていればいいが、たぶん、もう時間がかかり過ぎて、亡くなっている可能性が高い」

「……だとしても、生死の確認、遺品の回収くらいはしなければなりません」

 彼女たちも攫われた娘が五体満足で健康そのもの。暴行も受けていないとは思えない。

 だが、生きているのならば、助けに向かうべき。そういう方針になった。

 

 圃人野伏が砦の罠を解除し、ハンターたちが後を付いていく。

 圃人野伏、ハンター、森人魔術師、自由騎士、女僧侶の順に奥へと進んでいく。

 ゴブリンたちにとって昼間は夜。警戒が強く、見張りや巡回しているゴブリンもいる。

 そういった起きているゴブリンは、ハンターが眠りナイフをスリンガーで発射し、眠らせ、悲鳴を上げることなく殺っていく。

 そうして、ゴブリンの寝床へとたどり着いた。

 ゴブリンはざっと30匹以上。

 寝床の中央に娘が倒れている。

 すぐに駆け寄ろうとした彼女たちだが、ハンターが首後ろを掴み押し留めた。

「ゴブリンを殺してから、確保だ。確保してからゴブリンたちが起きたら面倒だ。娘を守りながら戦うのはキツイだろ」

 ハンターはゴブリンに気づかれないよう、小さな声で、だが、強い口調で言った。

「……ッ」

 彼女たちはハンターを睨みつけたが、大量のゴブリンから娘を守りながら戦うことの難しさを考え、納得した。

 森人魔術師が銘酌(ドランク)を唱える。

 コップ1杯の酒が霧となって、ゴブリンたちの寝床に漂う。

 ゴブリンたちは寝ていたが、更に深い眠りへと落ちていき、刺激を与えない限りは目を覚まさないようになった。

 なので永眠させてあげよう。

 ハンターは双剣で、スパスパとゴブリンを斬っていく。

 自由騎士は剣、圃人野伏は短剣でゴブリンを殺していった。

 女僧侶が娘の無事を確認しようとしたところ、娘が息をしていないこと、娘が細い糸で繋がれていることに気付く。

 女僧侶が首をふることで、娘の生存を否定した。

 それが義憤に駆られ力加減を間違えてしまったのか、殺し続けたせいで武器が血糊で滑ってしまったのか、ゴブリンを殺し損ね、起きてしまった。

 

「GOBU⁉」

「このっ!」

 なんとか、殺し損ねたゴブリンは殺すことができたが、まだ殺していなかったゴブリンたちが起きてしまった。

 それからぞろぞろとゴブリンが起きて、次々押しかけてくる。

「ちっ。目を閉じろ!」

 思わず舌打ちしたハンターは、スリンガーに閃光弾を装填し、地面に向けて発射する。

 閃光はゴブリンたちの目を眩まし、おぼつかない体に太刀で斬りつけたハンター。

 太刀の大きな刀身は、数匹のゴブリンをまとめて斬り飛ばし、絶命させる。

 自由騎士、圃人野伏もそれぞれの武器でゴブリンと戦う。

 しかし、いくらハンターが強くとも対処できる数には限りがある。

 ぞろぞろと無限湧きにも思えるゴブリンは、ハンターがうんざりし、女冒険者達が顔を青くするくらいには多い。

「逃げるぞ!」

 ハンターの言葉に、反対はない。

 逃げる途中、ハンターは毒けむり玉を地面に投げつけ、毒煙が追うゴブリンの鼻や口から入り込み、体を蝕む。

 ゴブリンの体は小さく、走って追いかけてきているので血の巡りも速い。体中に毒が回るのも速く、走っている途中で死ぬゴブリンが続々と出てくる。

 かなりのゴブリンが毒煙を吸ったが、それでも生き残ったゴブリンたち。

 ゴブリンは、他のゴブリンが何体死んだところで、悲しみなどない。むしろ、馬鹿だ、間抜けだと嘲笑う。もしくは、殺した相手をなんて酷い奴だと罵るくらいだろう。自分たちが娘にしたことなど棚に上げて。

 そして、男は殺し、女は嬲る。

 

 しかし、そんな妄想をするゴブリンたちには、少なくともハンターたちを追っていたゴブリンには無理だった。 

 

「足止めの呪文か奇跡って何かあるか⁉」

「私が、聖壁(プロテクション)を張ります!」

 女僧侶が祝詞を唱え、透明な壁が生まれる。

 通路に生まれた透明な壁が、ゴブリンたちの追走を阻止した。

「火をつけろ! ランタンでも、松明でも、よく燃えるだろうよ!」

 火を付けた松明でハンターは、木製の砦に振り回す。自由騎士はランタンを、火が着いたところに投げ、ランタンの中にある油に引火し、燃える勢いが強くなる。

 枯木のような砦は、すぐに火が付き、燃え上がり、火が回る。

 ハンターたちは通路が火で塞いだ後にすぐに逃げる。

 前にいたゴブリンたちは、燃え移った火で焼かれる。もしくは、火に怯え後ろに下がろうとする。

 追って来ていたゴブリンも、前にいるゴブリンが邪魔で立ち止まってしまい、次々と後ろからゴブリンが走って来たので戻ることも難しい。

 大声でゴブリンが叫ぶものの、後方のゴブリンたちは男を殺そうと、女を嬲ろうと興奮気味している。速く速く! 進めよ! と言っているのに進まず、興奮が苛立ちに変わる。

 そして、苛立ちが火の驚きに変わったときは、もう手遅れ。

 煙で息は苦しくなり、ついには息ができなくなる。

 火事のときのおかし。

 押さない。駆けない。喋らない。

 守らないとこうなる。

 

 砦の出口付近まで来たハンターたち。

 しかし、騒ぎを聞きつけて、先回りしたゴブリンたちが待ち構えているはずだ。

「目を閉じろよ!」

 ハンターは装填していた閃光弾を出口外に向けて発射。

 弾けた閃光の後に、目を焼かれたゴブリンたちのギャーギャーと騒ぎ声が出る。

 目が眩んでいるゴブリンたちを、前衛の自由騎士、圃人野伏、ハンターはそれぞれの武器で倒していく。

 

 後ろは燃え盛る砦。

 周りはゴブリンの死体と血で溢れかえっている。

 疲労が溜まった彼女たちは座り込み、返り血を拭ったり、休憩したりする。

 ハンターはゴブリンの残党狩りのために、携帯食料を食べてスタミナを回復した。

「私も……っと」

 立ち上がろうとしたときに、足に力が入らなかったのかふらついてしまう自由騎士。

「リーダー休んでいてください。私が行きます」

 森人魔術師がハンターについてくる。女僧侶はこの場に残り、ゴブリンがこちらに来ても対処できるようにした。

 

 ハンターと森人魔術師は砦の周りを調べ、潜んでいるゴブリンを探す。

 森人魔術師の耳は良く、潜むゴブリンの息遣いを聞き取る。

「あそこだ!」

 森人魔術師が指示した場所に潜んでいたゴブリンが、気づかれたと自暴自棄気味に襲いかかってくる。

 ハンターへは向かわず、与し易そうな森人魔術師へと3匹がかりで。

 3匹、密集して襲いかかったのは、ハンターからすればありがたい。

 奴らは密集して襲えば、例え1匹は死んでも、森人魔術師を組み伏せ、人質にし、ハンターを脅すなり、手を出し辛くするなり考えたのかもしれない。そして、ゴブリンは殺される1匹が自分自身だとは思わない。

 だが、太刀の間合いに入ったゴブリンたちは、横薙ぎで3匹とも真っ二つだ。

 その後も森人魔術師が索敵、ハンターが殲滅で、残党も片付く。

 

 依頼を終え、辺境の街に帰るハンター。

 自由騎士たちも依頼の報告をする。

「助かった。礼を言う。私達になにかできることがあるのなら何でも言ってくれ」

「スケベなことはリーダーに頼むよ」

「なっ⁉」

 圃人野伏のチャチャに、一瞬にして顔を赤くした自由騎士。

 ハンターは早速、彼女たちに農園の手伝いをしてもらうことにした。




タイトルの「も」ですが、火事でしてはいけないことに「おかし」と学校では教えられてました。
お、押さない。
か、駆けない。
し、喋らない。
でも、最近では「おかしも」となり、も、戻らないが追加されたらしいです。


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3-4 オルクボルグ、グアサング、かみ切り丸、噛尾刀。

J・R・R・トーキン作の農夫ジャイルズの冒険から噛尾刀(こうびとう)
Wikiからグラウルングという竜を倒した魔剣から、グアサングを使っています。


「だからオルクボルグとグアサングよ」

 妖精弓手がギルドの受付嬢に言う。だが、受付嬢に心当たりはない。

「えっと、人名ですか?」

「まぁ、字名よ。ここに居るんでしょ?」

 と言われても、そんな字名を持っている方などいただろうか? 受付嬢は首を傾げる。

 冒険者の台帳を取り出し、確認しようとしたところで、彼女の横にいた鉱人道士が口を挟んでくる。

「ここは只人の領域じゃい。かみきり丸と噛尾刀(こうびとう)と言えば分かるじゃろ」

「あの、そういう方も……」

「おらんのか⁉」

「まぁ、はい」

 申し訳無さそうに受付嬢が言う。

「鉱人はだめね。頑固で偏屈、自分ばかり正しいと思ってる」

「この森人ときたら胸の金床にふさわしい心の狭さだからのう」

「な⁉なんですって⁉」

「そりゃ、黒長耳と比べてみ。圧倒的じゃねぇか」

「言ってくれるわね!私はまだ2000歳!あと2000年も経てば育つわ!」

 妖精弓手は鉱人道士にない胸を張りながら宣言する。が、現実は残酷である。

「言っとくが、私は500歳だ」

 闇女斥候がまるで鼻で笑いながら、言う。

 つられるようにして、鉱人道士もニヤリと笑う。

 顔を赤くした妖精弓手が、うがぁーと声を上げる。

 太古から続く因縁。テンプレートというか、常識的というか、ともかく森人は闇人、鉱人との仲が悪い。

 闇人と鉱人は同じ地下に住むためか、それほど仲が悪いというわけでもない。敵対関係でなければだが。

 しかし、今にも飛びかかりそうな妖精弓手に受付嬢は焦りが出る。

「すまぬが喧嘩なら拙僧の見えぬところでやってくれ」

 そこに、ぬっと大きな体格で鱗を全身に生やす男。

 蜥蜴人僧侶は受付嬢と話を続ける。

「彼らの言う字名は、人族の言葉に変えると、小鬼殺しと竜殺しという意味になるらしい」

「小鬼殺しならゴブリンスレイヤーさんなんでしょうけど、竜殺しとなると……」

「ハンターだ。野太刀を背負っている」

「ハンターさんですか。確かに彼、ドラゴンを倒していますね」

 受付嬢は、すぐにはドラゴンスレイヤーがハンターに繋がらなかった。ハンターはいろいろなモンスターを討伐している。ドラゴンだけを倒しているわけではない。なので受付嬢はハンターに、モンスタースレイヤーというイメージがある。

「それで、受付殿。小鬼殺し殿と竜殺し殿はどこに?」

「ええと、二人とも依頼で今はまだ帰ってきていませんね。ゴブリンスレイヤーさんはゴブリン退治、ハンターさんは大猪退治」

「ほほう」

「もうそろそろ戻ってくる頃だと思うんですが。……あっ!」

 受付嬢はギルドの扉が開き、そこに3人の姿を見て声をあげる。

 

「ゴブリンスレイヤーさん!ハンターさん、お客様ですよ!」

 ギルドに入ったゴブリンスレイヤー、女神官、ハンター。

 ハンターはゴブリンスレイヤーたちと一緒の依頼を受けたわけではないが、帰宅途中でばったりと会って挨拶を交わしてギルドに入る。

 そこに受付嬢が声をかけてきた。

 カウンター前にはスラリとした身体に弓を背負った森人(エルフ)。ずんぐりむっくりとした老人に見える鉱人(ドワーフ)。見事な体躯が緑の鱗を生やしている蜥蜴人(リザードマン)

 そして、黒い肌で腰に剣を2本差している闇人(ダークエルフ)

「ああ、久しぶり」

「ゴブリンか?」

 いつか会った闇女斥候だった。

 とりあえず挨拶したハンターと、早々に用件を聞くゴブリンスレイヤー。

「違うわよ!」

「そうだ。ゴブリン退治だ」

 ほぼ同時に返答した妖精弓手と闇女斥候。

「どっちだ?」

 聞き返すゴブリンスレイヤー。

「……ゴブリン退治よ。あなたがオルクボルグ? それともグアサング?」

 妖精弓手が撤回し、何かよく分からないことを聞いてきた。

「俺はそう呼ばれたことがない」

「伝説に出てくる名前だ。オルクボルグは小鬼殺しの剣でゴブリンスレイヤー、グアサングは竜殺しの剣でハンターになる」

 闇女斥候の解説で頷く妖精弓手と鉱人道士。

「ならば俺だ。ゴブリンの場所、規模、ホブやシャーマンは確認しているか」

「待たれよ。とりあえず込み入った事情もある故、説明をしたいのだが」

「でしたら、2階に応接室があるので、よろしければ使ってください」

「おお、ありがたい」

 そんなやり取りをしていると、女神官が聞いてくる。

「あ、あの私は……」

 2階に上がろうとしたゴブリンスレイヤーはいつもどおり淡々と言う。が、聞く人によっては無慈悲にも聞こえてしまう。

「休んでいろ」

 ぶっきらぼうな一言に、しゅんとした女神官。トボトボ歩いて椅子の方に歩く女神官は、まるで捨てられた子犬のようだ。

 

 

「はぁ」

 椅子に座った女神官は、思わずため息をつく。

 受付嬢が、気を配り入れてくれたお茶を口につける。

 強壮の水薬(スタミナポーション)が含まれていたのか、疲労した体にじんわりと染み込んでいくようだった。

「ふぅ」

 今度は思わず息を吐く。

 目を閉じ、ゆっくりと背もたれに体重を預けていく。

 このまま寝てしまいそうになってしまう。

「お久しぶり!」

「わっ!」

 突然声をかけられたことに驚く女神官。

 振り返ると、そこには真新しい革鎧を着て、腰に剣と棍棒を差し、スコップを背負っていた青年剣士がいる。

 そして、女武闘家に頭を殴られた。彼女も素手ではなく、拳帯(バンテージ)を手に巻きつけて、以前、青年剣士が身につけていた胸当てを、道着上から着けている。流石に手加減して殴ったが、それでも痛そうだ。

「まったく、驚かせてごめんね」

「い、いえ。ご健勝でなによりです。色々買えたんですね」

 女神官の言葉に、はにかむ女武闘家。青年剣士も誇らしそうに胸を張る。

「ええ、おかげで資金面じゃ、結構カツカツなのよ」

 女魔術師の言葉に、先程の2人の顔色が途端に悪くなる。

 じろりと睨みつけるような視線は、彼女の姿が最初の頃と変わってない様子からだろうか。

「稼ぎに行くわよ。装備強くしたのに稼ぎが減りましたじゃ、やっていけないんだから」

「うっす」

「うん」

 一党の資金管理は彼女がやっているのだろう。

 二人とも頭が上がらないようだ。

 そのことにくすっと笑ってしまいそうになる女神官。

「皆さん今から冒険ですか?」

 3人が装備を着込んでいるところを見ると、先程まで装備を整え、準備し、今から依頼を受けるところに女神官を見つけたのだろう。

「ドラゴン退治さ!」

「ええ⁉ 正気ですか⁉」

 女神官は大声を上げ、目を丸くした。

 驚きのあまり、失礼なことを言ったが、正しい言葉でもある。

 多少、装備を整えた新人が竜と戦う。

 客観的に見れば自殺志願者である。

 

 ドラゴンとは、例え若輩の竜ですら小国を滅ぼせるほどの強さを持つ。

 生半可な武器や魔法は通じず、ひとたび竜の怒りを買えば甚大な被害をもたらす。

 故に、竜殺しは多くの人に偉業とされ、冒険者にとっては憧れとなる。

 

 そして、そんな荒唐無稽なことを言った青年剣士に、女武闘家、女魔術師の拳骨が落ちる。

「馬鹿なこと言わないの」

「ちょっとは騙す相手を考えなさい」

「いや、冗談だから!だから追撃はやめてください!」

 青年剣士は両手を上げ降参の意思を表す。

 女神官は、「まぁ、そうですよね」とからかわれたことを悟る。

 なので、こちらも冗談を言うとしよう。

「ドラゴンを倒すときには、トウモロコシを持っていくといいらしいですよ」

 そんな女神官の言葉に、三人は目を点にする。

「……トウモロコシ?」

「穀物の?」

「なんでよ?」

 三人の質問に女神官はハンターから聞いた世間話のことを言う。

「なんでもハンターさんから聞いた話だと、トウモロコシで世界を滅ぼしたドラゴンを倒したらしいです。……無論、冗談でしょうけど」

 まさか本気でトウモロコシを左手に、麦わら帽子を右手に、ドラゴンを倒していたとは、毛ほども思わない新人の冒険者4人であった。

 

 

 

「あんたたち、本当に銀等級とグアサングなの?」

 応接室に入った6人。

 妖精弓手は真っ先に、ゴブリンスレイヤーとハンターを疑った。

 銀等級ではあるが、みずぼらしい革鎧と中途半端な剣に小振りな盾の装備。銀等級なら、魔剣の1振り、魔力が付与された魔法の鎧+1を身に着けてると思う。

 竜殺しと詩ではあったが、首から掛けている認識票は鋼鉄。そんな新人から中堅に変わるぐらいの人物が竜を倒したなど、にわかには信じがたい。鎧を奪ったのか、素行が悪いのかと、勘ぐってしまう。

「ギルドは認めた」

「龍を殺したという意味ならあってる」

「そっちは見るからに弱そうだし、そっちは竜を倒したなんて怪しいじゃない」

 妖精弓手の直球な感想に、ゴブリンスレイヤーもハンターも動じなかった。

「馬鹿を言うもんじゃねぇぞ、耳長」

 対して鉱人道士は妖精弓手の感想を否定する。

「見たところ、かみきり丸の方は動きやすい革鎧、不意打ち防止の鎖帷子、剣と盾は洞窟でぶん回すためにちっこい」

 鉱人にとって武具の鑑定は、それこそ朝飯前。

「噛尾刀の方は、本物の竜の鱗で作られた甲冑よ。でかい太刀を背負っても体が傾かん。よっぽど鍛えているぞい」

「ふーん」と、どうでもよさそうに相槌する妖精弓手。

「まったく、弓しか使わんから見聞が狭いんじゃよ。年長者をちっとは見習わんか」

 だが、言われっぱなしは嫌なのか負けじと言い返す。

「私2000歳。あなた、お幾つ?」

「100と7」

「あらあら、随分と老けていますこと。確かに見た目だけなら年長者ね!」

 ぐぬぬと歯ぎしりする鉱人道士。

「……で、俺達に依頼でいいんだよな?」

 話が進まないのでハンターが切り出す。

「ああ、ゴブリン退治の依頼だ。(まつりごと)の案件で、都の方で悪魔が増えているのは知っているな?」

「知らん」

「そうなのか?」

 闇女斥候は頭が痛くなったのか、頭に手を当てる。

「その原因は、魔神の復活になる。奴らは軍勢を率いて、世界を滅ぼそうとしているらしい」

「そうか」

「大変だな」

 危うく他人事のように言う2人に、大声を上げそうになるのを堪える闇女斥候。

「……それで、協力を」

「他を当たれ、ゴブリン以外に用はない」

 ゴブリンスレイヤーは、ばっさりと切り捨てる。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 妖精弓手が怒鳴り声で、ゴブリンスレイヤーにテーブルに乗り上げ、詰め寄る。

「悪魔の軍勢が押し寄せてくるのよ⁉ 世界の命運が懸かっているって、理解してる⁉」

「理解は出来る。だが、世界が滅びる前に、ゴブリンは村を滅ぼす」

 いつもどおりの淡々と言うゴブリンスレイヤー。

「世界の危機は、ゴブリンを見逃す理由にならん」

「あなたねぇっ!」

 もはや我慢の限界と、ゴブリンスレイヤーに掴みかかろうとする妖精弓手。それを押さえる鉱人道士。

「待つんじゃい耳長の。儂らとて混沌を、どうにかさせようっていうんじゃねぇだろうに」

「小鬼殺し殿、竜殺し殿、勘違いしないでほしいのだが、先程も斥候殿が言ったように、依頼したいのは小鬼退治なのだ」

「分かった。請けよう。規模は、ホブやシャーマンの存在を確認しているか」

「……ゴブリンにしか興味がないのは理解したが、そう急かさず事情を聞いてほしい。先程、斥候殿、野伏殿が言った魔神王が目覚め、王国だの軍だのが動いたのだが」

「興味がない」

 本当に切り捨てているように言うので、闇女斥候は話を進める。

「その軍が動いたので、ゴブリン退治まで手が回らんという話だ。まぁ、出たのは森人の土地だが、森人の軍を動かせば、王国が疑う。相手が相手だから、動かす必要もないだろ、動かす本当の理由は何だっ、みたいな感じにな」

「只人の王は私たちを同胞とは認めないもの」

「ゴブリン相手に軍は動かせない。いつもの事だ」

 ゴブリン以外にもモンスターは世界に跋扈し、様々な被害を与える。

 程度によるが軍を動かすにも莫大な金が必要で、一々村を救う余裕もない。そんな中、弱小モンスターに軍を動かすというのは、色々、不信感や疑惑を持たれる。

 もしや軍が出払って手薄な都を攻めるつもりか、と。

「つぅ訳で、冒険者の仕事じゃい」

 当然といえば当然で、ゴブリン退治の依頼を、ゴブリンスレイヤーに持って来た。

「なれど、拙僧らだけでは只人の顔も立たぬ」

「で、オルクボルグとグアサングに白羽の矢が立ったわけ。そこの闇人が言うには凄腕らしいし」

「なにせ、小鬼どもは数が多い」

 ついでに戦力アップのために、竜殺しもパーティに加えようということだ。

「地図は」

「これに」

 蜥蜴僧侶が懐から取り出した巻物の地図。

 それを広げ、場所を確認した。

「遺跡か」

「恐らく」

「数は?」

「大規模、としか」

「すぐに出る。俺に払う報酬は好きに決めておけ」

 ゴブリンスレイヤーは地図を手にとって、席を立つ。

 そして、部屋から出ていこうとした。

「いや待てよ。俺も行くんだから」

「分かった。下で待つ」

 そう言うと、ゴブリンスレイヤーは今度こそ応接室から出た。

「あいつとパーティ組んでるの」

 妖精弓手は、顔をしかめながら聞いてくる。

「いや、まぁ、その都度、時々だ。あんたたちはこれからどうするんだ?」

「私も行くわよ。場所、家の森の近くだし」

「拙僧も依頼を出してついていかぬでは、先祖に顔向けできませぬからな」

「儂らもあんな解りづらい性格はしとらんでの。見ごたえがありそうな若造じゃ」

「報酬もいいしな。何しろ森人からの依頼だ。貸しを作っておくのも悪くない」

 全員が応接室を出ようとして、ふと思い出したようにハンターが言う。

「ああ、そうそう、匂い袋を買っておくといいぞ」

 闇女斥候だけは意味を理解したが、他の3人は首を傾げた。



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3-5 懐かしい話

 日が落ち、暗い空に、星や月が輝く。

 広野で焚き火をする冒険者が7人。

 ゴブリンスレイヤー、女神官、妖精弓手、闇女斥候、鉱人道士、蜥蜴僧侶、ハンター。

 近くには森人たちの住んでいる森があり、明日には件のゴブリンが居る遺跡へ到着予定。

「そう言えばみんな、どうして冒険者になったの?」

「そりゃあ、美味いもん食うために決まっとろうが」

「金以外に何がある」

 妖精弓手の質問に、鉱人道士と闇女斥候は答える。

「だと思った。私は外の世界に憧れてだけどね」

 3人の理由は分かりやすかった。

「拙僧は、異端を殺して位階を高め、竜となるため」

「えっと、まぁ、宗教は分かります。わたしも、そうですから」

 蜥蜴僧侶の理由に、戸惑う女神官。

 ハンターも驚く。妄想だと思っていた擬人化する竜なのだろうか。

「ゴブリンを」

「あんたのは何となく分かるからいいわ。そっちは」

 妖精弓手はゴブリンスレイヤーの話を遮って、ハンターに聞く。

「仕事をするためだ。冒険者は誰でもなれるし」

 転移でいきなりこの地に来たので、身分の保証ができないハンターがなれる冒険者。

 ハンターになるにも、身分はいらない。

 ただ、マナーがなっていない者もいる。

 そういった者が等級を上げられない冒険者ギルドの管理はすごいものだ。

 

「美味い!なんじゃ、この肉は?」

「沼地の獣の肉だ。口にあって何より」

「沼地の獣って言うと……何の肉だ?」

 蜥蜴僧侶が出した肉。焼いた肉を食べている鉱人道士は絶賛し、ハンターも1つ手に取り食べる。確かに美味い。が、沼地にいる獣ってなんだろう。ワニだろうか?

「沼地ぃ?」

「野菜しか食えんウサギもどきには、この旨さはわからんよ」

「ぐぬぬ」

 鉱人道士がとても美味しそうに食べるので、妖精弓手は唸る。

「あの、よかったら豆のスープ食べます?」

「いただくわ!」

「私ももらおう」

 飛びつくようにして、女神官から差し出されたスープを食べ始める妖精弓手。闇女斥候も受け取って食べ始める。

「んん!優しい味ね」

「あっさりとしていて、美味いな」

 森人や闇人は感情が耳に出るらしく、二人とも長い耳がピコピコ上下に動く。

「これは私も、お返しをしないといけないわね」

 そう言って妖精弓手は、クッキーのような物を取り出す。

「乾パン……じゃないですね。クッキーとも違うような」

「森人の保存食。本当は滅多に人にあげてはいけないのだけど、今回は特別!」

「美味しい!」

 一口かじった女神官は、思わず声を上げる。

「私からは、これを出す」

 闇女斥候から出てきたのは、乾燥させた果実、ドライフルーツだった。

「1つもらい!」

 ひょいと摘んで口の中に入れる妖精弓手。

 そして、気に入ったのか、パクパクと食べていく妖精弓手だったので、闇女斥候がドライフルーツを取り上げる。

「食いすぎだ!」

「ええ、いいじゃない。ケチー」

 ガヤガヤ騒ぎ出す妖精弓手と闇女斥候。

「まぁ落ち着けやい。わしも鉱人の火酒で対抗せねばの!」

 鉱人道士が差し出さした柄杓にたっぷりと注がれた火酒。

 妖精弓手が飲めば辛さに咳き込み、闇女斥候が飲めば一口で顔が赤くなる。

「ほれ、かみきり丸、噛尾刀。おめぇさんらも飲め!」

 差し出された火酒を飲むゴブリンスレイヤーとハンター。

「……」

「くぅ! 効くね、これ」

「くくく、おめぇさんらいける口じゃな」

 ゴブリンスレイヤーは終始無言のまま。

 ハンターはいろいろなお酒を飲んできたが、それでも火酒はかなり度数が高いと思う。蒸留酒のような感じだ。

「あんたたちも何か出しなさいよ~」

「そうだな……。これはどうだ?」

 酔って絡み酒になっている妖精弓手に、ハンターはしばし悩み、ハチミツとソーセージを出す。

 妖精弓手は瓶に入っているハチミツを、指で掬って舐める。

 ソーセージは闇女斥候が火で炙って食べた。

「んぅー。あっま!」

「独創的な味だが美味いな」

 ゴブリンスレイヤーは、無言のまましていた装備の点検を一度手を止め、雑嚢からチーズの塊を取り出した。

「……これでいいか」

「なんですかな、これは」

「チーズだ。牛や羊の乳を発酵させ、固める」

 出されたチーズの塊を、不思議そうに見る蜥蜴僧侶。

「なんじゃい、鱗の。チーズを知らんのか?」

「拙僧らにとって獣とは狩るもの。育むものではない」

「貸して、切ってあげる」

 妖精弓手がチーズの塊を、石を研磨したようなナイフで切り分ける。

 切られたチーズを火で炙ると、トロォと溶け始める。それを食べた蜥蜴僧侶が、喜びのあまり叫ぶ。

「甘露!」

 ハンターはソーセージに溶けたチーズをかけて、食べようとした所、じっとハンターを(正確には手に持ったソーセージを)見ていた蜥蜴僧侶が聞いてくる。

「そのような食べ方があるので?」

「……食うか?」

「よろしければ」

 チースの乗ったソーセージをハンターから手渡され、がぶりと食べる蜥蜴僧侶。

「甘露‼甘露なり‼これぞ極上の味に他ならず‼」

 蜥蜴僧侶は立ち上がり、ソーセージを挿していた串を天高く突き刺す。

 それはさながら、石に刺さっていた伝説の剣を抜いた勇者だ。

「野菜や料理にソースをかけて、チーズを絡めるチーズフォンデュとかも地域によってはあるが」

「なんと⁉おお、世界は広く深いものですな」

 

「のう、噛尾刀。その太刀、見せてくれんかの」

 ハンターは鉱人道士に太刀を渡す。

 太刀の重さに、鉱人道士は思わず腰を抜かしそうになる。

「おっとと。か、かなり重たいんじゃな」

 刀身や柄、鍔元をしげしげと観察する鉱人道士。

「そんなの見て何が面白いのよ」

「まったく、この鋼の良さがわからんとは。かなり使い込まれていて、途轍もない切れ味に頑丈さ。この刀を打った職人はとんでもない腕利きよ。古の鉱人でさえ、打つのは困難じゃろうよ」

「へー」

 と、鉱人道士の説明に相槌し太刀を見つめる妖精弓手。

「あの双剣は置いてきたが、いいのか?」

「今回は遺跡だろ。十分太刀を振れる」

 闇女斥候の問に、ハンターは太刀を振る動作をしながら答える。

 双剣は闇女斥候も使っている。大規模なゴブリンの数なので、ほぼ確実に大型モンスターがいる。大型モンスター相手に、使い慣れた太刀を持ってきた。

「確か、竜殺し殿はこの湾刀で黒竜を倒されたとか」

「それが?」

「いえ、術士殿の説明に、納得しかなく。拙僧が竜になれば、竜殺し殿と戦うこともあるのやもしれませんな」

「チーズ好きの竜と戦うなんて初めてになるな。……チーズ投げて食っている間に斬りかかるとしよう」

「ふはは。いいですぞ。挑まれてこその竜ですからな」

 蜥蜴僧侶とハンターの物騒な話にオロオロする女神官。

「え、あの……本気じゃないですよね」

「無論、竜に成れればの話であります故」

「まぁ、今は戦う理由もないしな」

 笑い合う2人に女神官は顔を引き攣らせた。

 

 夕食はそれなりに騒がしく、楽しく過ぎていく。

「拙僧、気になっていたのだが、小鬼どもはどこから来るのだろう。拙僧は、地の底に王国があると聞いたが」

「確か、堕落した圃人だの、森人だのではなかったか?」

「わしらもそう聞いておるの」

「ひどい偏見ね。私は森人が堕落したら闇人になって、アレは黄金に魅せられた鉱人の成れの果てと聞いたわ」

 闇女斥候、鉱人道士、妖精弓手は互いに互いを睨み合う。

「どっちが先か後か。それを言ったら戦争だ」

「あら、蜥蜴人は地底から来ると伝えてるのよ。鉱人や闇人の領域じゃない」

「ぬ」

「むむむ」

 言い返せずにいる鉱人道士と闇女斥候。

 勝ったと妖精弓手は平たな胸をこれでもかと張る。

「わ、私は誰かが失敗すると1匹増える、と聞きますね。子供の躾の言い伝えですけど」

 女神官は、バチバチと視線から火花を出しそうな雰囲気を変えようとしたのか、戸惑いながら言う。

「大変じゃぞ!そこの耳長娘を放っておけば、うじゃうじゃ増えるちゅうことではないか」

 鉱人道士も、本気ではないだろう。大げさに手を振りながら、慌てた様子を表現する。

「まぁ、失礼しちゃう!明日には私の弓の腕をはっきり見せてあげるんだから!」

「……弓。まさかとは思うが接近してバンバン射る、とかではないよな?」

「そんな使い方、私がするわけないじゃない!」

 闇女斥候はハンターを見ながら、うんと頷く。

「俺は、月から来た、と聞いた」

 騒がしい中、ぽつりと呟くようにゴブリンスレイヤーが言う。

「月?あの空に浮かぶ2つの?」

「そうだ。緑の方だ。緑の岩でできた場所から、ゴブリンは来る」

 蜥蜴僧侶の疑問に答えるゴブリンスレイヤー。

「それじゃ、流れ星は小鬼なわけ?」

「知らん。だが、月には草も、木も、水もない。岩だけの寂しい場所だ。奴らはそうでないものが欲しく、羨ましく、妬ましい。だからやって来る」

 一拍置いて、淡々と言うゴブリンスレイヤー。

「だから、誰かを妬むと、ゴブリンのようになる」

 なんというか幻想的な、しかし、悲しさがあるような詩のようである。少なくともハンターはそう思った。

「あの、どなたから教わったのですか?」

「姉だ」

「お姉さんがいらっしゃるのですか」

「ああ、いた」

 なぜ、過去形で話すのか、聞くのは野暮だ。

「じゃあ、お前は月からゴブリンが来るって信じているのか」

 闇女斥候は月を見上げながら、しかし、信じてはいなさそうに言う。

「ああ、少なくとも姉は、何かを失敗したことはなかったはずだ」

 ゴブリンスレイヤーも月を見上げる。

 つられるようにして、ハンターも月を見ながら言った。

「俺の所じゃゴブリンが居ないのは、月が2つもないからかもな。月を呑み込んだ龍がいたとか、月をにぎりつぶしたとか、ってどこかで聞いた話だし」

「……想像もできませんな」

 実際にできたかどうかはともかく、古龍には地形を、天候を変えるほどの力を持っている。

 それほどの力を持った古龍が滅びたり、生まれたり。

 世界は停滞はせず、回り続けるだけだ。

「月を壊すか……」

 ゴブリンスレイヤーは、それを言ったきり無言になる。

「寝ちゃったわ」

「火酒が効いたかの」

 妖精弓手はゴブリンスレイヤーの兜に顔を寄せ、猫のように笑った。

 鉱人道士は酒を飲み終え、酒瓶に蓋をする。

「ガブガブ飲んでましたものね、そういえば」

 女神官は毛布をゴブリンスレイヤーにかけた。

「拙僧らも休もう。しっかり眠らねば、それこそ失敗してしまう」

「見張りは取り決めどおりだ」

 もぞもぞと毛布に包まり出す冒険者たち。

「ああ、明日に備えよう」

 ハンターも平原に上向きに寝っ転がり、寝始める。

 夜は静かになって過ぎていった。



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3-6 ニオイ消しの時間だ

 古代の遺跡。

 言葉通りなら昔からあったという事になるはずなのだが、その遺跡は突如現れたような気がする。

 夕日の光が辺りを朱色に染めている。

 遺跡の入口は石で作られ、門番のようにゴブリンが2匹、傍らに狼が座っている。

 ゴブリンにとっては早朝で、気が緩む時間になる。

 それに門番など、真面目な仕事をゴブリンが熱心にすることなどない。

 ゴブリン1匹は眠たいのか腰を下ろし、あくびをかく。それをもう1匹のゴブリンにガヤガヤと咎められる。

 咎められたゴブリンは嫌々と立ち上がり、不快な顔をした。

 立ち上がらなければ、射線が重ならない。まぁ、座っていても射角を変えるだけになる。

 つまり、横から曲がって飛んでくる矢が、外れることなどなかった。

 鏃に使われている硬い芽は、2匹のゴブリンの脳天を貫く。

 いきなり何が起きたのか、困惑したまま、しかし驚きで飛び起きる狼は、ほぼ同時に飛んできた矢に射られる。

 横からカーブを描くような曲射。

 神業と言う他ない。

「すごいです!」

「見事。魔法のたぐいですかな?」

 称賛する女神官と蜥蜴僧侶。

 ドヤ顔で薄い胸を張り、長耳もピンと伸ばす妖精弓手。

「十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ」

「それをわしの前で言うかね」

 魔法を使う鉱人道士は、少し苦い顔をする。

「1,2」

 相変わらず、ゴブリンの生死を確かめたゴブリンスレイヤーは、ゴブリンの死体に近づく。

 そして、ゴブリンの腹わたをナイフで引き裂く。

「ちょ、ちょっと!」

 いきなりの行動に驚く妖精弓手。多少なりともゴブリンスレイヤーと行動していれば、理解できるが妖精弓手は初めてである。

「奴らは匂いに敏感だ。特に女、子供、森人の匂いに」

 ゴブリンスレイヤーの答えになっていない答え。だが理解できるものは何人かいる。

「わ、私は匂い袋があるからな!」

 またされたのでは、たまったものではないと匂い袋を手に持ち、ゴブリンスレイヤーに突き出す闇女斥候。

 まぁ、つまりそういうことである。

 ニオイ消しの時間だ。

「い、嫌よ。誰かこいつ止めてよ」

 後ろに振り向き、助けを求めるが、慈悲深い地母神の女神官は、光が消えた瞳で言う。

 

「慣れますよ」

 

 その言葉は慈悲か、諦めか、言葉通り慣れたのか。

 ともかく、匂い袋を買ってこなかった妖精弓手が悪い。

 顔を引き攣らせた妖精弓手だが、他の者からの助けはない。

 

 

 遺跡へと乗り込んだ一行。

 石畳の通路は整然としている。

 人工的であることは間違いなく、年数が経っているが頑丈な作りで、爆弾を起爆でもしなければ、崩壊することはない。

 先頭のゴブリンスレイヤーは、剣で地面に罠がないか確かめつつ進む。

「拙僧が思うに、ここは神殿だろうか」

「この辺りは神代の頃に戦争があったそうですから。その時の砦かなにか……のようですが」

 蜥蜴僧侶のふとした疑問に、女神官は答えた。

 壁面には、何かしらの文字か絵かを表すものが描かれている。だが、誰もその意味まで知っている様子はない。

「兵士は去り、代わりに小鬼が棲まうか。残酷なものだ」

「残酷と言えば」

 ちらりと全員が妖精弓手を見る。

 そこにはゴブリンの血で汚れた衣服を着ている妖精弓手。

「うぇぇ、汚いよ~」

「あの、洗えば落ちますから。……多少は」

 そう言う女神官の衣服も血で汚れている。

 女性で血を浴びていないのは闇女斥候だけだ。

 彼女だけは臭い消しの匂い袋を持っている。

 ハンターの言葉を聞いて、買った。

 銀貨15枚の価格で、新人には痛い出費だ。

「ハンターに消臭玉でも貰うといい。臭いは消えるぞ」

「うう、後でちょうだい。後、オルクボルグは覚えておきなさい!」

「覚えておこう」

 ギロリとゴブリンスレイヤーを睨む妖精弓手。だが、返事する彼はいつも通りだ。

「地下は慣れとるんじゃが……なんぞ、気持ち悪いの、ここは」

「私はゴブリンの臭いで気分が良くないと思ったが、螺旋状になっているみたいだ」

 遺跡は単純な構造ではなく、直線の通路かと思えば、ゆるい傾斜があり、徐々に斜めに曲がるような通路。闇女斥候が言った螺旋状になっている。

 そんな構造なので、感覚が変になっている。

「塔のような作りなのでしょうか」

「塔なら頂上を目指すと思うんだが」

 女神官の言葉にハンターが答えていると、突然、妖精弓手が真剣な声をする。T字の分かれ通路に差し掛かったときだ。

「待って」

「どうした」

「動かないで」

 答えになっているような、いないような。

 命じた彼女は床を這うようにして、石畳を確認している。

「鳴子か」

「多分。真新しいから気づいたけど」

 罠があった。

 妖精弓手が示した床は、ハンターから見れば、なんの変哲もない石畳に見える。

「……どこが罠なんだ?」

「多少だが床が浮き上がっている。あれを踏めば石畳が沈んで、どこかに繋がった鳴子がなるということだ」

 ハンターの疑問に闇女斥候が答える。

 改めて見ると、確かに石畳の石の一つが、ほんの僅かにだが浮いていた。

「ゴブリンどもめ。小癪な真似をしよる」

「……妙だな」

 ゴブリンが仕掛けた罠に、鉱人道士は悪態を言うが、ゴブリンスレイヤーは疑問に思う。

「どうしました?」

 ゴブリンスレイヤーの疑問に女神官が聞いてくる。

「トーテムが見当たらん」

「?」

「つまり、ゴブリンシャーマンがいないってことです」

 ゴブリンスレイヤーの短い回答に疑問符を浮かべる何人かの冒険者。ゴブリンスレイヤーの回答を女神官が補足した。

「あら、スペルキャスターがいないのなら楽じゃないの」

 楽観的な妖精弓手。その顔は笑顔だ。だが、蜥蜴僧侶は険しい顔をする。

「いや、察するにいない(・・・)というのが問題なのでしょう」

「そうだ。ただのゴブリンどもだけでは、こんなものは仕掛けられん」

 蜥蜴僧侶の深読みを肯定するゴブリンスレイヤー。

「真新しいのなら遺跡の仕掛けではない」

「他に指揮するものがおると」

「そう見るべきだ」

 闇女斥候と鉱人道士、ゴブリンスレイヤーの言葉に、薄ら寒い風が流れたような気がした女神官。

 遺跡に、これから行く奥に、ゴブリン以上の脅威がいる。

 無論、ゴブリンが脅威ではないとは、口が裂けても言えないが。

 それでも女神官は白磁で、他のメンバーと比べれば一番経験が無く、奇跡を起こせる重要な立ち位置だ。

 今更引き返すことは出来ない。

 松明で照らせない闇の中に、大きな怪物が潜んでいるように錯覚してしまう。

 錫杖を固く握りしめた女神官。

「大丈夫か?」

 そんな女神官を見て、ハンターは声をかけた。

「は、はい。大丈夫です」

「まぁ、ソロで戦うわけじゃない。他力本願はダメだけどな」

「はい。自分のやることをしっかりと、ですね」

「それができれば死んでも文句は言わない人たちだろ?」

「え、えっと」

 ハンターの余計な一言に、女神官はなんとも言えない表情になる。

「まったく、新人を酷使するほど、銀等級(わたしたち)はブラックではない」

 そんな会話を聞いていたのか、闇女斥候はニンマリとした顔をしている。

「それで、右か左か。どっちから行く?」

「足跡は分かるか?」

 闇女斥候の問に、ゴブリンスレイヤーは考える。

「洞窟ならともかく、石の床だと」

「どれ」

 鉱人道士が身を屈め、石畳をじっと見つめる。ほどなくして鉱人道士は答えた。

「奴らのねぐらは左側じゃ」

「どういうことですか?」

「床の減り具合だの。奴らは左から来て右に行って戻るか、左から来て外に向かっておる」

 女神官の疑問の答えに、ハンターはまた石畳を見るが、まったくわからない。

「こちらから行くぞ」

 ゴブリンスレイヤーは剣で右の道を指す。

「ゴブリンたちは左側にいるんじゃないの?」

 妖精弓手は頭に疑問符を浮かべる。

「ああ、だが手遅れになる」

 ゴブリンスレイヤーの言葉はいつも足りないので、妖精弓手は更に疑問符を浮かべることになった。

「つまり、攫われた人がいるかもしれない。それに右側にもゴブリンは向かっているのなら、右側のゴブリンを見落として背後から攻撃されるのも面倒だろ」

 ハンターの言葉で納得したのか、妖精弓手の頭から疑問符は消えた。

 右の道を進むと、嫌な臭いが鼻に入ってくる。

 ゴブリンスレイヤー、ハンター、体が震えているが意外なことに女神官も、鼻は押さえていない。他のメンバーは全員が鼻をつまんでいる。

「ひどい臭い」

 その悪臭は石畳の遺跡には似合わない、木の扉で塞がれた部屋から漏れている。

「鼻で呼吸しろ。すぐに慣れる」

 妖精弓手の苦情に、扉を蹴破りながら答えるゴブリンスレイヤー。

 扉は腐っていたのか脆く、あっけないほどに壊れた。

 室内には食べ滓、なんだかわからないガラクタが散乱している。

 ゴブリンに掃除や整理整頓といった言葉は、仮にあったとしても自身が行動することなどない。

 腐りかけの一室。

「なによここ」

「ゴブリンの汚物溜めだ」

「おぶっ⁉」

 妖精弓手の悲鳴に、興味もなくゴブリンスレイヤーは奥へと進む。

 

 そして、汚物溜めの中に金色があった。

 

 松明の光で照らされた金色は薄汚れた髪。

 体の白い肌が続いてくれればと思ったが、彼女の体は至るところが傷跡だらけだ。

 彼女の傷は殺すためのものではない。拷問によるものでもない。

 いたぶるために、嘲るためにゴブリンがした。

「ひっ」

 あまりにも酷い仕打ちを見た瞬間、女神官は小さな悲鳴を上げる。

 闇女斥候は吐き気を覚え口を押さえ、妖精弓手は耐えられず吐き出した。

 鉱人道士、蜥蜴僧侶も顔が強張る。

 ハンターも怒りで拳を固く握った。

「……して、……ころして」

 憔悴した彼女は掠れた声で言う。

 それを耳にした女神官が彼女に駆け寄ろうとするが、ゴブリンスレイヤーが手で制した。

「分かっている」

 ゴブリンスレイヤーは淡々にそう言って身構えた。

「ま、待って」

「やめて!」

 女神官、妖精弓手の声を聞かずゴブリンスレイヤーは近づき、そして、彼女の背後に隠れていたゴブリンが飛び出した。

 飛び出してきたゴブリンは、ゴブリンスレイヤーが女神官のように彼女を助けようとしていると勘違いしていた。

 そして助けているときに、手に持った毒を塗った短剣を突き刺してやろうと思っていた。

 が、ゴブリンスレイヤーは飛び出てきたゴブリンの脳天に剣を振り下ろす。

「3。何を勘違いしているのか知らないが、俺はゴブリンを殺しに来ただけだ」

 淡々といつも通り、ゴブリンの死体を数えるゴブリンスレイヤー。

 そんな行動に、鉄兜の中身を確認したくなった闇女斥候。

 本当に中には只人がいるのか。

 目の前の鎧が幽鬼や彷徨う鎧(リビングメイル)類の怪物に感じる。

「あいつら……みんなころしてよ」

 声を出すのも辛そうだが、それでも呪詛か怨念を絞り出すように彼女は言う。

「無論だ」

 そんな声でさえ、淡々と応じるゴブリンスレイヤー。

 他は何も言わない。

 だが、少しくらい怒りを滲ませるような声か、悲しみを含んだ声であってほしいと闇女斥候は思う。

 ゴブリンスレイヤーが壊れた人間であることは何となく分かる。

 だが、悲劇や悪意に何も感じない、それこそただゴブリンを殺すだけ(・・)の人間であってほしくは、どうしてもあってほしくなかった。




アルバトリオン実装。
だけど、一度も勝てない。
今までも遅かったですが、また更新は遅くなりそうです。


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3-7 お薬増やしておきますね。

「なんなのよ、もう・・・・・・。訳わからない」

 泣きじゃくる妖精弓手。

 白磁の頃にゴブリン退治の依頼を達成していたとしても、ここまで酷いゴブリンの悪意を見たことはなかったようだ。

 蜥蜴人僧侶が竜牙兵を奇跡によって作り出し、近くのエルフの里へ送り届けた。

 骨で出来た、スケルトンの親戚に見える竜牙兵は、傷ついた森人を抱え走って行った。

 例え、秘薬や奇跡で体の傷が癒えたとしても、心まではどうしようもない。

 1人で薬草を摘んでいるところを襲われたか、この遺跡を探索している間に捕まってしまったか。

 ゴブリンスレイヤーが汚物溜めを漁って、彼女のカバンを見つける。中にはこの遺跡の地図が入っていた。とすると、彼女は冒険者だったのかもしれない。

 ゴブリンスレイヤーは地図を見て、ゴブリンの寝床に見当を付ける。

 その地図、カバンを妖精弓手の前に投げたゴブリンスレイヤー。

「お前が持て。いくぞ」

「ゴブリンスレイヤーさん!もう少し言い方が」

「いいの」

 ぶっきらぼうな言い方に女神官は、さすがに配慮が足りないと思った。

 しかし、妖精弓手は立ち上がって、カバンを拾い上げる。

「行かないと、いけないものね」

「ああ、ゴブリンは殺さねばならん」

 ゴブリン退治はまだ始まったばかりだ。

 

 道中の罠は妖精弓手やゴブリンスレイヤーが見つけ、闇女斥候が解除する。

 巡回しているゴブリンも妖精弓手に射抜かれ、例え仕損じてもゴブリンスレイヤーが飛びかかって即座に倒す。

 問題なく進んでいる中、いよいよゴブリンの寝床近くまで来た。

「あの」

 小休憩を取り、使える呪文、奇跡の回数確認をする。

「飲みますか?」

「ありがと」

 女神官が妖精弓手に水袋を渡す。

 喉を潤すが飲み過ぎるとまずいと思ったのか、ゴブリンスレイヤーが忠告する。

「あまり腹に物を入れるな。血の巡りが悪くなる」

「それに動くと腹が痛くなる」

 乗るようにしてハンターも忠告するが、女神官にはあまり良くなかったようだ。

「もう少し労ってあげてもっ!」

「誤魔化す必要がない」

 ハンターはすまなそうに頭を掻くが、ゴブリンスレイヤーはいつも通り淡々として動じていない。

「行けるのならこい。無理なら戻れ。それだけだ」

「馬鹿言わないで。同胞があんな目にあって黙ってられないわよ。近くには私の故郷だって!」

「そうか。なら行くぞ」

 と、妖精弓手の激昂や心情などどこ吹く風のゴブリンスレイヤー。

 彼らしいと言えば彼らしい。

「落ち着け、耳長の。敵地で騒ぐもんじゃないわい」

「・・・・・・そうね」

 落ち着くために呼吸を整えた妖精弓手。

「鉱人に従うのはシャクだけど、正しい意見ね」

「ほ、調子が戻ったようじゃの」

 先程とは顔色が変わった彼女に続くように、他の者どもが歩き出す。

「ま、頑張ってくれるのなら、こっちは楽ができていい」

「あんたも前に来る!本職の斥候でしょうが!」

 妖精弓手に叱られ、やれやれと前に出た闇女斥候。

「さ、いよいよ大詰めか?」とハンターも続く。

「でしょうな。拙僧も祈祷の準備をしなければ」

 蜥蜴僧侶が奇妙な合掌をして、歩き出す。

「油断大敵じゃぞい」

 鉱人導師が雑囊の中にある触媒を弄りながら進み、女神官は手に持った錫杖に力を込めて続いた。

 

 回廊に突き当たり、吹き抜けた大広間が下にある。

 大広間には沢山のゴブリンが床に寝ていた。少なくとも50はいる。

 ハンターは双眼鏡を使い確認するが、ゴブリンの寝顔など見ていてもなんにもならない。

 周囲を見るが、ハンターは夜目はいい方だが、さて森人や鉱人と比べるとどうだ。

 少なくとも月もない真っ暗闇を見通すことはできない。

「ちょっとグアサング、それ貸して」

 双眼鏡をしまおうとしたところで、妖精弓手が双眼鏡をねだってきた。

 まぁ、暗視持ちの彼女ならなにか見えるかもしれない。

「……奥にも通路があるけど、やっぱ中までは見えないか」

 どうやら、大広間に続いている通路がある。

 ハンターにも通路があることしかわからない。

 通路奥に他のゴブリンがいるのか。

 ともかく、大広間のゴブリンを掃討するのが先だ。

 

 鉱人導師が酩酊(ドランク)を唱え、ゴブリンたちを眠らせる。

 女神官が沈黙(サイレンス)を祈り、音を消し、気付かれ辛くなった。

 そして、下に降りたゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、妖精弓手、ハンターがゴブリンを殺す。

 例え、初撃で殺しそこねても、騒ぎ立てる前にやれる。

 呪文の効果が切れても、闇女斥候が上で惰眠(スリープ)を唱える予定だ。

 ハンターは音が出ないことをいいことに、ゴブリンを太刀で一刀両断する。

 鬼人薬を飲み、力の上がった斬撃は、綺麗な断面となっており、一拍遅れて血が吹き出す。

 それを続け、切れ味が鈍くなってくれば砥石を使い、太刀の切れ味を取り戻す。

 寝ているゴブリンに太刀を振り下ろすだけの簡単な仕事である。

 どうせなら爆弾を沢山置いて、一気に吹き飛ばしたい。だが、殺しきれずに衝撃で目を覚ましたゴブリンたちが、群れで襲い掛かってきたら堪ったものじゃない。

 作業のようなものだが、ハンターにとってこのような作業、まぁ、つまらなさはあるものの、苦にはならない。

 なにせ、目につくゴブリンをすべて殺せばクリアだ。

 レア素材を得るために何度もクエストを周回する必要もない。

 お守りを得るために、どれほどブラキディオスを殺ったか。

 装飾品を得るために、どれほどジンオウガを殺したか。

 そして、望んだ結果は得られない。

 次こそは、次こそは、とクエストをやり、だが結果は残念。

 それに比べれば、この程度の殺戮、楽だ。

 ゴブリンが真っ二つになっていくさまは、ハンターにとって爽快感すらある。

 そうしているうちに、大広間のゴブリンたちを殲滅し終えた。

 

 殲滅を確認し、女神官、鉱人導師、闇女斥候が大広間に降りてくる。

 それを確認したゴブリンスレイヤーは、大広間奥の通路へと剣で示す。

 奥に生き残りがいれば、先程までと同じように殺るだけである。

 ずかずかと無造作に歩き出したゴブリンスレイヤーに、他の者達も歩き出す。

 その時、地面が震えた。

 震源の先は、通路の奥からだろう。

 誰もが立ち止まり、警戒する。

 この感覚、ハンターには覚えがあり、即座にポーチからいろいろなアイテムを使用する。

 ずん、ずん、と巨体が動く音だ。段々とこちらに近づいてくる。

 つまり大型モンスターとの戦闘。

 その前に、万全な状態にする。

 怪力の種を食べ、鬼人の粉塵を撒く。

 戦闘前のバフは、こっちでもあっちでも常識だ。

 ついでとばかりに、閃光弾をスリンガーにセットする。

 ハンターの様子を見て、ゴブリンスレイヤーも同じように赤い種と薬を兜の隙間から飲み込み、会心の刃薬を使う。一瞬燃え上がり、よくよく見れば淡く赤い光が灯っている。

 そして、ついに通路の奥の暗闇から姿を現す。

 頭に角が生えた灰色の巨体。軽くハンターの身長を2倍は超え、まさしく巨人だ。

 手にはその巨体にあった長さの戦鎚。金色の瞳は闇の中でも分かりやすい。

 そして、2体の巨人は口を開いた。

「ゴブリンどもがやけに静かだと思えば、雑兵の役にも立たんか」

「我ら兄弟の砦と知っての狼藉と見た」

 4つの目からの殺気が突き刺さる。

 冒険者たちに緊張が走り、頬に汗が流れた。

 オーガ。人食い鬼とも呼ばれるモンスター。

 強固な盾と鎧を身にまとった騎士が、オーガの一撃で盾と鎧ごと潰され圧死する。

 優秀な魔術師の放った魔術が、オーガの魔術に敗れ死んだ。

 そんな凶悪な奴が2体もいる。

 普通に考えれば、銀等級が5人、鋼鉄が1人、白磁が1人の一党では、絶望的な状況。

 そんな中、いつも通りの奴らがいた。

「……なんだ。ゴブリンではないのか」と、ゴブリンスレイヤーは淡々と言い。

「ゴブリン亜種とかじゃねぇの?」と、ハンターは疑問にした。

 その疑問に律儀に、しかし、面倒臭そうに返答するゴブリンスレイヤー。

「あのようなゴブリンなどいてたまるか」

 2人が話す中、全員が2人を見ていた。

「オーガよ!あなた達知らないの⁉」

 妖精弓手が信じられないと叫びながら、しかし、2人の答えは冒険者としてはありえない返答をする。

「知らん」

「知らない」

 その言葉に我慢ならなかったのか、オーガは怒鳴る。

「貴様ら!魔神将より軍を預かる我らを愚弄するか!」

「我らを見てゴブリンだと⁉貴様らは、我らをゴブリンごときと同じだとでも思っているのか‼」

 彼らの望んだ答えは何だったのだろうか。

「貴様も、魔神将とやらも知らん」

「軍って……ゴブリンしか見なかったんだけど?」

 少なくとも、2人の口から出た言葉ではない。

「「貴様らは殺す‼」」

 頭に血が上っていたとしても、戦い方は忘れていない。

 1体が前に出て前衛をして、後方のオーガは手を突き出し、呪文を唱えようとする。

 だが、敵に呪文を使わせてやるほど、優しくはないハンター。

 スリンガーに装填されている閃光弾を放ち、オーガたちの目を晦ます。

 そして、その辺に落ちている石ころをスリンガーに装填し、鉤爪、クラッチクローを前衛オーガの頭を狙って放つ。

「ちぃ、ちょこざい――ながっ⁉」

 強烈な光に目を焼かれ、視力を失った前衛のオーガは、頬に何かが張り付くのを感じる。その直後、強力な力で2回殴られた衝撃で体が後ろを向き、眼球に何かをねじ込み、撃たれた。

「ぐがぁああ、あが⁉」

「ぐぅお⁉」

 あまりの痛みと衝撃をくらい、ぶっ飛ばされ、走り出した前衛のオーガ。

 そして、後衛にいたオーガにぶつかる。

 オーガたちは転倒し、起き上がろうとするも、頭をぶつけたのか上手く起き上がれない。

 

 あまりの光景に一瞬ぽかんと呆けた冒険者達だが、2人は即座に倒れたオーガへと向かい、続いて動き出す冒険者たち。

 ハンターは倒れたオーガの脳天に、先程ゴブリンたちを斬ったときに生まれた練気を使い、太刀に気を纏わせた気刃斬りで斬りまくる。

 ゴブリンスレイヤーは後方のオーガに襲いかかる。硬い皮膚を持つはずのオーガに深々と剣で切り裂くことができるのは、先程摂取した種や薬品によるものだ。

 蜥蜴僧侶、妖精弓手、闇女斥候も粉塵による恩恵を受けており、いつもよりも攻撃が強くなっているのを感じる。

「あ、に、じゃ……」

 と、ハンターが斬りつけていたオーガは、そんな言葉を残し、絶命する。

 すると同時に、転倒から復帰する後衛のオーガ。

「離れろ!雑兵ども…が」

 起き上がり、手を振り払い、攻撃していたゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶を遠ざける。

 離れる際、ゴブリンスレイヤーは地面にシビレ罠を設置する。

 そして、閃光弾による失明から回復し、見たのは弟オーガの死体。

「貴様ら!貴様ら‼許さん!殺してやる!殺してやるぞ‼」

 ダメージによる怒り移行ではなく、弟を殺されたことに対する怒りがオーガを強くした。

 が、注意力がなくなり、足元をお留守にした。

 シビレ罠を踏んだオーガは、全身に電流が走り、動けなくなる。

 そのチャンスは逃さない。

 ハンターは、兜割りでオーガの頭上へと飛び上がり、動けないオーガの頭から地面に向けて太刀を振り下ろす。

 一拍の後、滝のように流れ出した血。

 ゆっくりと後ろに倒れるオーガ。

 倒れたときに地面が揺れ、一瞬だけ静寂が辺りを包んだ。

 物言わぬ死体となったオーガたち。

「まぁ、なんと言ったか」

 死した者を貶めようとも、罵ろうとも思っていない。

 ただ、自身にとって、思ったことを口にしているだけだ。

「お前らなんぞよりも」

 倒したオーガにナイフを突き立て、角や爪、眼球、皮を剥ぎ取り、解体していくハンターを見ながらゴブリンスレイヤーは呟いた。

「奴の方がやばい」

 女神官が引きつった顔で苦笑し、他の面々は頷いていた。

 

 通路の奥も確認するが、オーガたちがいたと思われる一室には何もない。

 見るものは見たと、遺跡の入り口へと戻った。

 そこには森人の戦士が馬車を用意している。

「お疲れさまでした!中の様子、ゴブリンどもはどうなりましたか?」

「ゴブリンは倒した。オー……いや、すべて殺したと思うが、入るなら油断はするな」

「ええ、分かりました。どうぞ、街まではゆっくりお休みください」

 森人の戦士はそう言って、遺跡の中へ。

 冒険者たちが全員馬車に乗り、走り出す。

 そんな中、妖精弓手は女神官に聞く。

「ねぇ、いつもこんなことばっかりやってるの?」

「えっと、まぁ、ゴブリンスレイヤーさんは……そうですね。ハンターさんも」

 困った顔で笑う女神官。

「そっか」

 これは冒険だったのだろうか、と考える妖精弓手。

 遺跡の探索は、まぁ、冒険だ。

 ゴブリンを眠らせて、寝込みを襲うのは……、うん、違う。少なくとも冒険とは思えない。

 その後のオーガ2体には震え上がった。ただ、速攻で倒せたのはグアサングのおかげだ。

 そして、遺跡の最奥には宝箱があるのが定番なのだが、何もなかった。

 妖精弓手の冒険採点の結果が出る。

「冒険じゃないわよね。これは、うん」

 だから、妖精弓手は、いつか、こいつらに冒険をさせてやろうと決めた。




自然 怪力の種+鬼人薬+鬼人の粉塵。
 10+5+10=25
 つまり攻撃点に25の加算だ! 会心の刃薬で更にダメージボーナス!
神々 ちょっと待てぇ‼

TRPGで25も加算されたら、人間やめてますよね。実際は2+1+2=5程度でしょうか。


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3-8 こいつも参戦

「やぁああ!」

 長い赤毛の少女。輝く鎧を身に着け、太陽の聖剣を手に見事な一太刀を敵に浴びせる。

「くっ、勇者がこれほどとは……」

 勇者に襲われた魔神将のアークデーモン。

 手下のモンスターは剣聖と賢者によって全滅した。

 自身も聖剣で斬りかかられ、深手を負うものの、逃げようとする。

 背中のコウモリの形をした翼を広げ、空へと逃げようとした。幸い、勇者は人間。術で攻撃されても、一回くらいは耐えられる。

「ニャー!」

 飛び出てきた小さな戦士。

 圃人よりも小さい猫が、魔神将の逃亡を阻止しようとする。

 その猫はブーメランを投げた。

 魔神将はその攻撃を侮った。その程度の攻撃、何もせずとも防げると思っていた。

「ぐっ⁉」

 だが、そのブーメランは、魔神将の頭に易々と突き刺さる。

 小さな刃と侮り、想定外のダメージによろめいた魔神将。

 空中で姿勢を崩し、落下する。

「この、畜生、風情……が‼」

 それが、魔神将の最期の言葉だった。

 頭から落ち、首を折る。

 

「弱らせた獲物を横から掻っ攫う。これこそニャンターの醍醐味ニャ!」

「それは手柄を横取りしているだけでしょう」

 胸を張って言うニャンターに剣聖はため息を吐く。

「まぁ、いいじゃん!悪党は成敗!」

 ガッツポーズする勇者に合わせ、ニャンターも合わせてドヤッと胸を張る。

「……ともかく、報告しに帰る」

 賢者の意見に「はーい」と返す勇者。

 トテトテ付いて行くニャンター。

 

 ニャンターが、どこかから取り出す野菜や肉を、トトトンとまな板の上で切り分けていく。

 焚き火の鍋にはスープがあり、切り分けた具材を中に入れていく。

 他には焚き火の周りに、串で刺した魚を置いて炙っている。

 美味い匂いを出しつつあるスープは、腹の減らした者たちの喉をごくりと唸らす。

「ねぇ、まだぁ~?」

「もうちょいニャ」

 勇者のねだりに、ニャンターはスープをかき混ぜ、おにぎりを握りながら答えた。

 うー、と悲しげな勇者。視線はスープを凝視し、手に持ったスプーン、手を置いている膝は小刻みに振動している。

「……はしたないですよ」

「だって、おなかが減ったのと美味しそうなご飯が悪い」

「嬉しいけど、風評被害ニャ」

 おにぎりを炙り、焦げ目を付けたところで「完成ニャ」と皿に盛り付ける。

「いただきま~す!」

 と、元気よくかぶりつく勇者。

 賢者も剣聖もニャンターも食べはじめた。

「おいしー!」

「ん」

「ええ、身にしみます」

 ニャンターが作った料理を、勇者が絶賛し、賢者が賛同する。

 剣聖もコクコクと頷き、上品に食べていく。

 夜も更けてきた。

 食べ終われば、寝袋を敷く勇者と賢者、ニャンター。

 剣聖は火と見張り番をする。

 それでも、寝つくには少し早い。

「そう言えば、ニャンターって別の人とパーティ組んでたんだよね」

「そうニャ。ハンターさんと色々な所を回って、いろんなモンスターを倒してたニャ」

「そのハンターさんとボク、どっちが強い?」

 ニャンターの話は聞いていてワクワクする。

 山のように強大な龍から砦を守った。

 建物や廃材を材料に強大になる大きな虫と戦った。

 そんな人なのに、フィールドに入った瞬間にモンスターにぶっ飛ばされる。

 壁に追い詰められて、ボコボコにされる。

 地図があっても森で迷子になってしまう話など、笑い事ではない失敗談を面白く話すのでついつい聞きたくなる。

「難しいニャー」

「どちらかが上か下かなんて比べてみるまでわからない。それに強さなどは不変的で、話に聞く限りどっちもどっち」

 色々と人間やめているハンターとバグってんじゃねーのと言いたくなる勇者。ニャンターは頭の中で戦わせてみる。結果は勇者の方が若干有利じゃないかニャーと思った。だって魔法とか使えるし。

 どっちが強いかなど、不毛な争いであると賢者は言う。

「だって、お話に出てくるような人だよ。気になるじゃないか」

「そうですね。一度、腕くらべしたいものです」

 勇者は話に出てきたから、単に会ってみたいと思っているだけなのだが、剣聖は出会った瞬間に立ち会いを要求しそうだ。

「じゃあさ、雷の狼と戦った時のこと教えてよ」

「何十体も討伐したニャ。ボウガンとか、スラッシュアックスとか、本当に色々な武器でニャ。でも、雷で目眩を起こしている間にお手付き、体を叩きつけたりでぶっ飛ばされて、力尽きてキャンプに運ばれることが最初は多かったニャ」

「普通、力尽きたら死ぬと思うんですが」

「ハンターたちは3回まで力尽きることができるニャ」

 まっとうな疑問に思った剣聖に、よくわからない答えで返すニャンター。

「ともかく、もっとお話聞かせてよ」

 子供が母親にねだるように、勇者は話を催促した。

 勇者も年頃の少女なのだ。冒険譚に目を輝かす。



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間話1−1 新人冒険者たちの冒険

ゴールデントロフィーでソロ、抜刀大剣装備で15分くらいかかっていました。
YouTubeで効率的な周回方法がないか、検索をかけて見ると、散弾で2分半で歴戦激昂ラージャンをハチのする動画を見つけました。
できるだけ同じことをしようとしても、まぁ乙って倍以上の時間がかかりましたよ。

他にも10分切っている方々。

自分は底辺ハンターだと再自覚。

そして、出たのは挑戦者2とか各耐性3とか。
匠2、防音2なんて出なかったよ。


「これで、終わりだ!」

 青年剣士が棍棒をゴブリンの頭に振り下ろす。

 洞窟の中にいた最後のゴブリンは、頭を潰され倒れた後、ピクピクと手足を痙攣する。

 肉が潰れ骨が砕ける嫌な手応えだが、死んだふりをしていたらと思い、もう一度ゴブリンの頭を棍棒で殴る青年剣士。

 やり過ぎた感じがするが、これでゴブリンはピクリとも動かない。

 息を整えるために「ふー」と息を吐く。

 気分は冷えたエールをゴクゴク飲んで、ご飯を食べて寝たい気分だ。

 それができるのは辺境の街に戻ってからなのだが、エールはいいところ水で、ご飯もそんなに食べられない。寝る場所も宿のベッドではなく馬小屋だ。

 ゴブリン退治なのだ。報酬は金貨1枚。それをパーティーの人数で割り、次の冒険への準備金にもしなければならない。

 命をかけて金貨1枚だ。

 

 割りに合わないと常々思う。

 そして、楽な仕事などない。

 ゴブリン退治は2度目になるが、続けられる気がしない。

 ドブさらいは日給としては問題ない。飯を食べて、馬小屋で寝て、多少の小銭も貯まる。だが、一生ドブさらいの冒険者にはなりたくない。

 下水道のネズミ退治やG退治(奴の名を呼ぶのは憚られる)もやった。

 楽な仕事などないと改めて思う。

 ネズミと言っても野良犬より大きく、不衛生な牙で噛まれれば毒でなくともいずれは病気になる。

 Gは何よりもあの見た目とカサカサと動くのが精神的に苦痛だ。

 それでも退治しないことには報酬は得られない。例え、雀の涙だとしても金は金。

 少しずつ溜めた金で装備を買った。

 何度かやっているうちに、他のよりもでかいネズミにも遭遇した。暴食鼠と呼ぶらしい。

 青年剣士と女武闘家で足止めし、暴食鼠にランタンに補給する油を投げつけて、女魔術師の火矢で撃破した。

 それで下水道に区切りをつけ、ゴブリン退治をすることにした。

 今度はゴブリンスレイヤーやハンターの手を借りずに、自分たちの腕でだ。

 

 結果は勝利。

 洞窟に棲み着いたと言っても、ゴブリンが10匹程度だった。

 ホブもシャーマンもいない。

 楽とも言えるかもしれないが、気を抜けば錆びた短剣や折れた槍で傷つく。

 そして、それらには毒が塗ってある。

 死んでもおかしくないのは、最初から変わらない。

 

「お疲れ様」

 労いの言葉を言ってくる女武闘家。

 ポタポタと両手から滴る血はゴブリンのものだ。

 彼女が6匹、青年剣士が3匹。

 残り1匹は女神官のスリングで怯んだところを、女魔術師が杖でぶん殴った。倒れたゴブリンの短剣を女魔術師が奪い、突き刺して終わりだ。

 撃破数で競い合う気にはならないが、やはり負けた気がする青年剣士。

「怪我はしてない?」

「ああ、でも攻撃をもらった気はしないけど」

「ただの確認よ」

 青年剣士と武闘家を松明で照らす女魔術師。

 どちらも怪我をしている様子はない。

「そう言えば杖はいいのか?」

「大丈夫よ」

「怪我がなくてよかったです」

 女神官はほっと胸を撫で下ろす。

 彼女が入っているのは最初の新人だけのパーティーだ。

 ただ、彼女の認識票は3人とは違い黒曜でできている。

「ゴブリンスレイヤーって意外とせっかち?」

 彼女が急きょ青年剣士のパーティーに加わったのは、昇給審査があったためだ。

 そのため、ゴブリンスレイヤーのゴブリン退治に加われず、置いてけぼりをくらったと言うわけだ。

「そ、そうじゃなくて、急ぎのゴブリン退治だったので」

 ゴブリンスレイヤーも女神官の昇給審査が終わってから、ゴブリン退治に向かうつもりであった。ゴブリン退治の依頼は余るのだ。

 だが、依頼内容から規模が大きいことが予測されるゴブリンの群れなので、できるだけ先手を打ちたいとのこと。

「でも、加わってくれて助かったよ」

 青年剣士は心からそう思う。

「そ、そうですか?奇跡も使っていませんけど」

「そうだけど、ゴブリン退治って難易度が違うじゃないか。こう、最初の時みたいな」

 最初のゴブリン退治の時、ゴブリンスレイヤーやハンターがいなかったら、少なくとも毒の短剣で刺された青年剣士はこの場にいなかった。

 じゃあ、女武闘家は、女魔術師は、女神官は、どうなっていたか。

 ゴブリンに拐われた女性がどうなるのかは、ゴブリン退治の最後に見た。

 あれを思うと、負けるのが怖い。

 そして、あの時はホブやシャーマンという上位種がいた。

 依頼内容からでは、3人にはどれが白磁(素人)に適切か判別できない。

 そこで、ギルドで昇給審査を受け終えた女神官に声をかけ、一緒に行くことになった。

 ゴブリンスレイヤーと一緒にゴブリン退治をしているので、どの依頼がまずく、どの依頼が自分たちに適切かを知っていた。

 女を拐ったとか、村人が襲われたなどの凶暴な行動は数が多く危険。

 野菜を盗まれたという行動は、巣穴を失ったはぐれのゴブリンらしく、居ても数匹。

 今回は、村人に被害はないものの、洞窟に棲み着いたので退治してほしいという依頼だった。

「とりあえず、依頼は達成っと」

 そう言いながら、青年剣士はゴブリンたちが持っていた武器から比較的状態の良い槍と剣を拾う。研ぎ石で磨けば使える。

 それをじっと見ていた女子3人。

「な、なんだよ。懐が寂しいんだからいいだろ」

「まぁ、いいんだけど」

「そうしているとゴブリンスレイヤーみたいね」

 正直、青年剣士にとってゴブリンスレイヤーは苦手な人だ。

 夜中に見ればリビングメイル(彷徨う鎧)と絶対に勘違いする。

 銀等級の冒険者で、最初に助けてもらったしいい人なのだろう。彼から見習うこともあるし、あった。

 装備の面では、まだ青年剣士は兜も鎖帷子も揃えていないので羨ましい。

 青年剣士たちは3人で毒消し、軟膏を購入した。水薬(ポーション)は高いので、軟膏、包帯で妥協している。ゴブリンスレイヤーは各種水薬(ポーション)をパーティーの人数分揃えられる財力がある。

 だが、目指すべき上位の冒険者としては、真っ先に否定する。

 やはり槍使いや重戦士に憧れる。

 ハンター?噂を聞くと規格外すぎてなんとも言えない。

 ドラゴンを1人で倒した、ゴブリン退治の後でマンティコアを一刀両断したとか。

 流石に嘘だろと思う話だが、女神官が関わった冒険でオーガをほぼ独力で倒していると聞いた。

 女神官が嘘を言う人でもないので、真実なのだろう。

 無論、そうなれたらいいが、なれるまでにどんな努力をすればいいか分からない。

「別にゴブリンスレイヤーさんが真似しやすいだけだ」

 真似できないと分かっている人の真似をしてもどうにもならない。

 物語で聞くドラゴンを倒す勇者、仲間の危機を救う騎士のように、自分はなれると思っていた。そして、最初のゴブリン退治はサクッと終わらせて、拐われた女の人を颯爽と助けられると信じていた。

 実際は青年剣士の人生がサクッと終わりかけた。そして、その後も現実は頭の中で思い描いたようには進まない。

 だから、自分ができることを確実にやっていく。

 今は白磁なのだし、それでいいはずだ。

「じゃ、帰ろか」

「帰るって言っても村によ。宿泊代は浮くし、今からじゃ街の冒険者ギルドは開いていない時間よ」

 女武闘家はそのまま辺境の街に帰るつもりだったらしく、女魔術師の言葉にギクリと体を一瞬固めた。それに苦笑いする女神官。

 帰って報酬を得るまでが冒険なのだ。

 それに馬小屋よりも、ベッドがあるのならそっちで寝たい青年剣士であった。



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開幕1-2 怪鳥パニック

 女魔術師、女魔法使いの音の拡張魔法は、弟さんも使っていたし、彼女でも使えると思っています。

 アンケートなのですが、女魔法使い、女魔術師でどう呼ぶべきか悩んでいます。
 多分最初、女魔法使いなのですが、今は女魔術師にするべきじゃないかと思い、ご迷惑と思います。フラフラしていてすいません。


 村の宿を出て辺境の街を目指して歩く4人。

 道は森が近いので、木々の日陰を歩くようにしている。

 夏が近くなっているのか、少しづつ暑くなっていく。

 少しでも涼しい道を歩きたいのは全員の意見だ。

 もしかしたら、峠の神様に捕まって死んでしまうかもしれない。

「故郷のじいちゃんに聞いた話だけど」

「学園……王都のほうじゃ熱中症って言われていたわ」

 そんな会話をしながら、歩いていると1匹の蝶が道を横切る。

 1匹の蝶は逃げるようにして、そのまま空へと飛び去った。

 次に道に飛び出てきたのは、大きな鳥だった。

 大きな丸っこい黄色いクチバシ、まん丸な瞳、しかし、羽毛ではなく桃色の甲羅が体を覆っている。

 大きな翼や鳥のような足。

 青年剣士は怪鳥と呼ばれるモンスターの類だと思った。

 それ以上は何かわからない。このパーティでは知恵者の女魔術師も、怪鳥がどのような名をもつのか、わからないだろう。

 蝶を追っていたのか、怪鳥は道に出たときに辺りを見回す。

 そして、4人が視界に入る。

 ぎょ、っと驚いたのか飛び上がった怪鳥。

 クェェエエエ!と吠えた。

 そして、翼を広げ、背をピンと伸ばし、こちらに向かって来る。

「逃げろぉおお⁉」

 4人は突進してくる怪鳥に対して横に避ける。

 突撃を避けることはできたが、4人を走り過ぎた怪鳥は振り返る。

 そして、女武闘家に対して、口から何かを吐き出してきた。

 女武闘家はすぐに飛び退く。

 彼女の先程いた場所に、怪鳥が吐き出した可燃液が地面にぶち撒かれる。

 ボンッと火柱が上がる。

「火なんて吐く怪鳥なんているの⁉」

「どうしようもなく、目の前にいるわよ!」

 想定外のエンカウントに浮き足立ってしまう。

 だが、逃げるにしても相手が追ってくるだけだ。気を削いで追撃をやめさせるか、隙をつくって逃げ出すかしないといけない。

「この!」

 女武闘家が矢のように飛び出し、怪鳥の腹に硬い拳で殴る。

 熟年者の格闘家の拳は岩をも砕くという。

 女武闘家はその域には到達していない。だが、人にその拳を振るえば容易に骨を砕く。鎧の上から殴ろうとも痛撃になり、衝撃で息ができなくなる。

 そのくらいには、武闘家として、腕を磨いた。

 怪鳥も鱗や甲羅で身を固めている。生半可な攻撃では弾かれ、痛痒にならない。

 しかし、女武闘家の拳は怪鳥の鱗に弾かれず、打撃となる。

 拳から伝わる手応えは確かにダメージを与えた。

 が、巨大鼠や巨大Gとは比べ物にならない体力を怪鳥は持っている。

 怪鳥は痛みに耐えながら、女武闘家を叩き出そうと回転した。

 遠心力に任せ振るわれた、鞭のごとくしなった怪鳥の尾。

「うわっ」

 声を上げた女武闘家だが、振るわれた尾に潜り込むようにして回避する。

「この野郎!」

 青年剣士がゴブリンから奪った槍を投げる。

 力強く投げられた槍は、丸い扇のような耳に刺さった。

 敏感なところだった故か、怪鳥は怯む。そして、槍を投げた青年剣士に向かって突撃してくる。

 先程のように翼を広げながらではなく、猛ダッシュでだ。

「ひぃぃ⁉」

 即座に横へと転がり、難を逃れた。

 怪鳥の方を見れば、木にぶつかったのか、その木はベキベキと音を立てて折れる。

 あんな攻撃くらったら、ひとたまりもない。

 怪鳥の方は、再度猛ダッシュで青年剣士に襲いかかってくる。

「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください!」

 女神官が祈祷し聖壁(プロテクション)を生み出す。

 青年剣士の目の前に半透明の壁が生まれる。

 突然現れた壁にぶつかった怪鳥は、弾かれ、何が起きたのか困惑している。

 しかし、目の前に壁があることがわかったのか、壊そうと躍起になり、クチバシで連続して突く。

 ピキッと聖壁にヒビが入り始めた。

 聖壁を維持するのに、女神官は精一杯。

 女武闘家の攻撃では、倒すのにどのくらい時間がかかるか。

 女魔術師の魔法も、当たってもそんなにダメージにならないと思った。

 彼女の得意な攻撃魔法は火矢で、あの怪鳥は火を吹いた。

 火に慣れている怪物に火を当てたところで、効果はいまいちだ。

 わかっているのは、怪鳥にとって耳が弱点ということだ。投げ槍で怯んだから間違いない。

 耳、……つまり音が弱点?

「大きな音を出してくれ!」

成長(クレスクント)成長(クレスクント)成長(クレスクント)!」

 不可視の力場が女魔術師の前に構築される。

「わぁあ‼」っと、その力場に向かって女魔術師が大声で叫ぶ。

 その声は増幅し、振動となって大気を震わせる。

 4人は両手に耳を当て、それでも声は耳を痺れさせる。

 手が翼の怪鳥は、耳を防ぐことができない。敏感な耳に爆音が直撃した。

 ふらふらと怪鳥の体が揺れる。

 目論見は成功。

 隙だらけの怪鳥だったが、こちらには有効な攻撃手段がない。

 なので、やることは一つ。

「逃げろぉおお!」

 青年剣士は声を上げて逃げ出した。

 女性3人も青年剣士を追うように全力で走る。

 男子としては、女子に追われるという夢見た展開。だが、こんな命の危機に軽口を叩く余裕はない。

 一心不乱に、全力前進。

 最低限、転んだような悲鳴は聞こえないので大丈夫だ。

 数秒後、怪鳥の怒りの咆哮がかすかに聞こえた。だが、もうすでに戦闘を離脱できた。少なくとも、追ってくるような足音は聞こえないので、見失ったと思う。

 この中では女魔術師が一番体力がなかった。

 それで、彼女の足がもつれ転んだところで、他全員が足を止める。

 息は絶え絶え、汗はだくだく、おまけに足は重い。

「あ、危なかったぁ」

「ゴブリン退治で、なんであんなの出てくるのよ」

「こうも、想定外の遭遇が多いと、骰子の眼がどうなっているのか気になります」

「まったくだ」

 女神官の場合は、ゴブリン退治でオーガとの遭遇だ。

 非常に運が悪い。

 いや、生きているのなら運がいいのだろうか。

「まぁ、なんとかなったから、成長してるよ。うん。倒せたら文句ないけどさ」

「じゃあ、戻ってみる?」

「ごめん。勘弁して」

 全力で走って、もうヘトヘトだ。

 いつか倒す、と決めはするが、今じゃない。

 今の青年剣士は、まだ初心者だ。

 そのいつかが来る日までは、装備を整え、鍛えるしかない。

 ゴブリン退治は終わり、次は怪鳥退治へと目標を決めた青年剣士だった。




 初心者相手ならやっぱクック先生。
 ただし、ハンター共にとっては序盤の金策相手。
 最初の相手はドスランポス(ドス系統)だろ、という異論は認めます。
 ただし、リオレウス、ティガレックス。てめぇらはトラウマだ。


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4-1 フライングスタート

IPADのアプリで書いていたら、操作ミスって全部選択からの切り取りで全削除。
やる気を削がれていました。


 ゴブリン退治の依頼についてきたハンターと闇女斥候。

 ハンターとしては、暇だから依頼をこなすだけだ。他にも商人の護衛依頼や他の遺跡の調査依頼、盗まれた物を取り返す依頼などなど、冒険者ギルドの掲示板に貼られている。そう言った依頼に興味はあるし、怪物退治しかできないわけでもない。

 しかし、農園の手伝いで遅れて冒険者ギルドに来れば、掲示板に貼られているのは残り物のゴブリン退治の依頼。それに見知り合いなら別に問題もない。気楽に(でも気は抜かず)一狩り行こうぜ!と言った具合だ。

 闇女斥候としては、ゴブリン退治は遠慮したかった。ゴブリンは数が多く、面倒で、報酬は安く、おまけに臭い。嫌なことに女が負けるとどうなるか、前回そうなった森人の女を見て嫌になるくらい知った。闇人だから寝返ろうか。いや、負ける気などさらさらないし、ゴブリン相手に尻尾を振るなど嫌だ。

 そんなゴブリンが未探索の遺跡に住みついた。

 忘れ去られた遺跡だ。つまり、お宝が眠っているかもしれない。いや、寝ている。そう思うことにする。寝ていなかったら、寝ていなかっただけだ。

 それでゴブリンが怖いから無視する?そんなことをするのなら冒険者になどなっていない。

 遺跡のゴブリンを片付け、お宝を頂戴するのだ。

「冒険なら遺跡に入って怪物どもを片付け、お宝を漁って街に凱旋が基本だ」

「そうか」

「お前は遺跡で宝箱なり何なり見つけようとしたことはないのか」

 淡々と切り捨てるような言い方をするゴブリンスレイヤー。その返答が気に入らなかったのか、不機嫌な顔をする闇女斥候。しかし、ふと思い出したかのように彼は続ける。

「……だいぶ前に、指輪を見つけた」

「そうだろ!」

「ゴブリンどもの肥溜からだが、呼吸の指輪だ。重宝している」

「……そうか」

 続いた言葉に闇女斥候は、微妙な顔をする。

 宝箱からとか、金貨の山からとかではなく、肥溜。そんなところを調べる気に闇女斥候はなれない。

 それに見つけたのも呼吸の指輪。まぁ、何もないよりはマシであるが、もうちょっといいものが欲しいという欲がある。

「よくそんなところを探そうと思ったな」

「ゴブリンが潜んでいればことだ」

 もう頭が痛い。闇女斥候は頭に手を当てる。

「オルクボルグは、本当にゴブリンばっかね!」

 ゴブリン退治に文句があるのか、プリプリしている妖精弓手。

「かみきり丸にゃ、当然のことじゃろうに」

 そんな妖精弓手の様子に、笑いを噛みしめる鉱人道士。

「小鬼殺し殿が竜や悪魔と戦うのならば、名前を変える必要がありますな」

 蜥蜴僧侶は顎に手を当てながら、グルンと大きな目でゴブリンスレイヤーを見ている。

「それは俺にも言っている?」

 ハンターは聞いてみる。もしかしたら、ハンターは今日からゴブリンスレイヤーを名乗ることになるのだろうか?

「いやいや。竜殺し殿がゴブリンを退治する。奇妙ではありますが、それほどおかしな事でもないでしょうや。混沌側の竜がゴブリンを従えていると聞くこともあります故」

「……面倒だな」

 蜥蜴僧侶の言葉を聞いていたらしく、ゴブリンスレイヤーはゴブリンを従えるドラゴンと戦う状況を考えたようだ。

「まぁ、ドラゴンが出たら嚙尾刀に回せばいいじゃろ。かみきり丸は小鬼をやりゃいい。分担がわかりやすくていいじゃろ」

「楽観的というか、大雑把というか」

「じゃあ何か、ドラゴンスレイヤーにゴブリンを相手にさせて、ゴブリンスレイヤーにドラゴンと戦わせるのか?」

 それこそない。

 ゴブリンを殺るのにゴブリンスレイヤーほど上手い奴もいない。ドラゴンを倒すのにハンターほど戦える者もそういない。

「森人は繊細なのよ」

「繊細すぎて、壊れたら元も子もねぇよ」

 彼らの軽口がそのまま続く前に、遺跡の近くへとたどり着いた。

 

 森林の遺跡。

 

 ゴブリンが潜む森林の遺跡へとやってきた一行。

 森林に囲まれた遺跡は、長年放置され続け、石壁は所々崩れ、植物の蔦が張られている。

 何のために作られたのか、誰が住んでいたのか。今となっては誰の記憶にもない。

 そんな忘れ去られた遺跡に、ゴブリンたちが棲みついた。

 近くに住む狩人が、ゴブリンの足跡を大量に見つけ、住んでいる村の長に報告し、冒険者を雇う流れになり、ゴブリンスレイヤーのところに依頼がきた。

 

 近くの茂みから遺跡を覗く。

 遺跡の入り口にはゴブリンの見張りが1匹。

 見張りのゴブリンを、妖精弓手の狙撃で手早く片付けた。

 ゴブリンスレイヤーは射抜いたゴブリンに寄る。

 ナイフを取り出し、ゴブリンの腹わたを掻き出そうとして――

「おい、私は臭い袋を持っているからな」

「私だって今回は買ってきたわよ。だからアレは止めなさい!」

「そうか」

 2人の女性の言葉に、ナイフを戻した。

 失敗を活かせずして、銀等級になれるはずもない。

 女性たちはゴブリンの臓物を浴びることなく、一行は遺跡へと入っていく。

 

 珍しいことに遺跡にこれといった罠はなく、されど罠がないからと安心はできない。

 遺跡の一室。

 そこに来るまでに、道中のゴブリンは倒している。

 ゴブリンスレイヤーが数えた数字は10を超えていた。

 それでも尽きぬゴブリンの数。

「18」

 淡々とした数字を言い、同時にゴブリンの断末魔が響く。

 最初に持っていた中途半端な剣は、すでに使い物にならなくなっており、今はゴブリンから奪った剣で戦っている。

 それも、脳天に突き刺したあと、そのままにしている。次々と死んだゴブリンの落とした武器を拾って、ゴブリンを死骸へと変えていくゴブリンスレイヤー。

「えっと、これで何体目だ?」

 ハンターは太刀を振るい、ゴブリンたちを屠っていく。途中までゴブリンスレイヤーのように数えていたが、沢山倒したので数が分からなくなってきた。

 彼の周辺は、血溜まりと大小様々なゴブリンの肉片で溢れている。

 ホブなどの大物も一刀両断。しぶとく生き残っても、切り返した斬撃で容易く倒していく。

「沢山でええじゃろ」

 そう言いながら、鉱人道士がスリングで石を投げ、ゴブリンの頭蓋を潰す。

 鉱人は重鎧を着て、戦斧や大盾で前線で戦うといったイメージがある。しかし、彼は一般的な戦士にならず、術を使うことを選んだ。

 それは個々の自由であるし、それで銀等級まで上り詰めたのだから凄いと思うハンター。

 新しい武器種が出たからといって、試しに使ってみる。そして、いつもの太刀に戻った。

 そして、その太刀も使いこなせているかというと、使えていないと思う。

 少なくとも、実力に見合った敵と武器で戦い、太刀で5分針はできない。10分針がいいところだ。

 極めるというのは本当に難しい。

「私だって沢山よ!」

 妖精弓手も弓矢でゴブリンを射抜く。矢が貫通し、後ろのゴブリンの頭を撃つ。先ほどから寸分違わず、ゴブリンにヘッドショットをかましているので、そういう意味では妖精弓手は弓を極めていると思う。

 そんなことを言えば調子に乗るだろうから、言わないが。

「張り合っても、あいつらよりはやってないだろ」

「競争は修練の度合いを高めます故、いいことではありましょうや」

 闇女斥候、蜥蜴僧侶は気を抜かず、何かあれば呪文、奇跡の準備をして、戦況を見極めている。

 それなりにちゃんとしたパーティであった。

 

 そんなパーティでもゴブリンが多々襲い掛かれば、疲労する。

 すでにゴブリンの死体は30を超えているだろう。

 新人では荷が重い。

 それに加えホブもいる。

 ここに来るまでにトーテムがなかったのでシャーマンはいない。

「奥から何かくる!」

 耳が良い妖精弓手が喚起する。

 ドシドシと音を出しながらこちらに向かってくる足音は、気配を隠す気はない。

 ホブかと一瞬思ったが、松明の明かりで照らされる体つきはホブの物ではなかった。

 ギョロリとした黄色い目、歯並びが悪い牙、緑色の肌はゴブリンのそれだが、ムキムキと発達した筋肉と小さな巨人かと思うほどの背丈は、小鬼とは呼べない。

「ゴブリンチャンピオン」

 ゴブリンスレイヤーがその怪物の名を言う。

 その怪物は嫌らしく笑う。

 脳裏ではどんなおぞましいことを考えているのか。

 色違いのメスが2匹。どう遊んで犯そうか考えてる気がして、鳥肌が立った気がする闇女斥候と妖精弓手。

 そして、手に持つ巨大棍棒を邪魔で弱そうな戦士に振り下ろす。

 ゴブリンスレイヤーは、迫る棍棒を飛び退けて回避する。

 剛力で振るわれた棍棒は床を砕く、事すらなかった。

アルマ(武器)……フギオ(逃亡)……アーミッティウス(喪失)

 闇女斥候の無手の呪文。

 攻撃と同時に、ゴブリンチャンピオンの手から巨大棍棒がすっぽ抜けた。

 回避に成功したゴブリンスレイヤーは、無理に戦わず周辺にいる普通のゴブリンたちを殺しにいく。

 何せ、自分よりも戦士として技量の高い者がいる。

 ハンターは太刀を鞘に戻し、いつもは背中に背負っている鞘を腰に持ってきて、抜刀の構えをする。

 特殊納刀と呼ばれる構え。

 即座に抜き放たれた太刀は一瞬で斬り上がり、ゴブリンチャンピオンの腕を切り落とす。

 ゴブリンチャンピオンが怒号を鳴らすか、悲鳴を上げるかする前に、続く2撃目が脳天から振り下ろされた。

 それで普通なら死んだとも思えるが、上位種は無駄にしぶとい。

 傷口から溢れる血はかなり多いが、それでも動くゴブリンチャンピオン。

 残った片手で殴ろうとしてくる。

 だが、ハンターの太刀は流れるように動き、殴ってきた腕を気が練られた刃で切り落とす。

 ゴブリンチャンピオンに残った選択肢は牙で噛み殺す、足で蹴り殺すぐらいだ。

 しかし、ゴブリンチャンピオンが行動を起こす前に、ハンターの太刀はすでに振るわれている。

 足を切断されるも、倒れる前に首から上が胴体とさよなら。頭が地面に接触する前に、胴体が輪切りになる。

 ゴブリンチャンピオンは力が強く、経験を積み、技量もあった。銀等級の冒険者とも戦える。もしかすれば、銀等級の冒険者を倒すこともできたかもしれない。

 されど、ゴブリンチャンピオンが敵対したのは、龍をも狩るハンターという存在。

 前のように、不意をつく矮小なゴブリンは、ゴブリンスレイヤーや他の者が片付けている最中だ。

 例え、ゴブリンスレイヤーが初撃で怪我を負っても、他の者が助けに入った。

 断末魔を上げる事すらなく、体をバラバラにされたゴブリンチャンピオン。

 今まで運よく遺跡で生き残っている他のゴブリンも同じ末路を辿る、と思ったのだろう。

 ゴブリンチャンピオンが斬殺されると同時に逃げようとする。

 しかし、逃げるにも妖精弓手の矢が脳天を射抜き、鉱人道士のスリング投石が頭蓋を砕く。

 ゴブリンが冒険者に容赦しないように、少なくともこのパーティの冒険者はゴブリンに容赦しない。

 ゴブリンスレイヤーもスリンガーともう片手による投擲で、投げナイフをゴブリンの喉、後頭部に正確な致命傷を与える。

 それでも逃げるゴブリンは多い。

 ふと、ハンターはゴブリンチャンピオンが落とした巨大棍棒を拾い上げる。そして、力強くぐるりと腰を捻り、棍棒をぶん投げる。

 ぐるぐると回りながら飛ぶ棍棒は、ゴブリンたちの背後から襲いかかる。

 技量などなくともその大きさと力で、高い命中率と威力を誇る投擲。

 当たればゴブリンを跳ね飛ばし、巻き込まれれば挽肉へと変え、クリティカルなら頭が潰れる。

 そんな凶悪な兵器だ。城攻めに使われる投擲機の大岩をゴブリンに使ったような気分。

 いや、物理的な暴嵐か。

 ともかく、人間がしてはいけないような攻撃方法だ。

 壁の奥に突き当たり止まるまで、物理的な地獄を作り上げた。

「力自慢はドワーフがするものじゃなかったかしら」

「伯父貴でもできんだろうなぁ」

「なんであろうと構わん」

 ハンターの豪快な投擲に、しみじみと感想する妖精弓手と鉱人道士。

 だが、ゴブリンスレイヤーは運良く生き残った、しかし、巨大棍棒の投擲によって転び、或いは跳ね飛ばされた息のあるゴブリンに止めを刺す。

「ゴブリンは皆殺しだ」

 憐憫はあっても、情けはない。

 

「むむ!」

 闇女斥候はゴブリンチャンピオンの切り落とされた腕に注目している。

「おい、ハンター。この手首のところを斬ってくれ。人食い鬼(オーガ)の腕輪だ!」

「何それ」

「金になる」

「あいあい」

 と、ハンターが正確に手首を切り落とす。

 ニンマリ顔の闇女斥候。換金すればどれほどの金貨になるか、想像している。

「奥に行くぞ。取り残しがいるかもしれん」

 ゴブリンスレイヤーが、今いる遺跡の一画にゴブリンの生き残りがいないことを確かめ、奥へと進もうとする。

「更なるお宝もな!」

「そうだといいな」

 闇女斥候とハンターが続き、他の3人も後に来る。

「うわっ、血塗れすぎ。足の踏み場もないわ」

 そう言いながら妖精弓手は軽快な動きで、血溜まりを避けて進んでいく。

「耳長のはちと綺麗好きすぎんかの」

「拙僧としては、血に塗れる事はそれほど苦にはなりませぬが」

 血溜まりの中を歩き、後を追う鉱人道士と蜥蜴僧侶。

「だってあいつら臭いんだもの」

「水浴びなり洗濯なり、落とせばいいだろ」

「あれってかなり落とせないの知っているでしょ!」

「……まぁ、そうだ」

 彼女たちは同じ被害者だ。

 しかし、闇女斥候は返り血くらいは剣を振っていれば浴びてしまうものだ。

 無論、妖精弓手も冒険で泥や血で汚れることくらい知っている。

 だが、自ら進んで臓物や汚物、血塗れになろうとはしない。

 いくら匂いを消せて、先手を取りやすいとはいえ、女、人として何か大切な物を失ってしまいそうだ。

「だから臭い袋と消臭玉は必須だ」

「そうね」

 犬猿の仲の2人だが、この認識だけは共有できた。

 

 それからは遺跡にいる残党のゴブリンを文字通り皆殺し。

 隠れていた赤子のゴブリンも余さず殺した。

 これだけの数がいたゴブリンの巣。衰弱し汚濁に塗れた捕虜もいて、余っている薬品や奇跡で助けた。

 死体は無理でもせめて認識票ぐらいは持って帰る。

 この遺跡に挑んだのか、それとも他の依頼なのか、良くある冒険者の末路。

 酷いとも、痛々しいとも、悲しいとも思う。

 命があるだけマシなのか、命があるだけ(むご)いのか。

 大なり小なり、世界中で起きていることだ。過去にもあった。未来にもあるだろう。そしていつか、自分の近くで起きることかもしれない。

 微かな息をする女性を背負ったハンターは、それ以上は考えたくなかった。

「帰るか」

 依頼は終わり、辺境の街に戻ろとする。

「次はゴブリン以外の依頼にしましょ!」

 憂鬱な空気を変えようと妖精弓手は極めて元気にそう言った。

「いや、俺は次もゴブリン退治にいく」

 極めていつも通りのゴブリンスレイヤー。

「はぁ、かみきり丸。オメェさんはちと気をつかうべきじゃなかろうか?」

 ゴブリンスレイヤーの頑固さに、ため息する鉱人道士。ドワーフの中でもここまで偏屈なのはいないと本気で思う。

「だが、ゴブリンは生かしておくべきではない」

「まぁ、そうだが勝手に行くな。一応、まだパーティを解散していないからな。依頼の報酬、手に入れた人喰い鬼(オーガ)の腕輪の配当がややこしくなる」

「わかった」

 闇女斥候の言葉に返答はする。ゴブリンスレイヤーは声をかければ返事はする。ああ、いや、そうか、そうだ、と言った簡素な返事であるが。

「拙僧は、噂の小鬼殺し殿と竜殺し殿の武芸をまた拝見したいですかな。どちらも御達者でした故」

「極めていないけど、それでいいなら」

「結構結構」

 蜥蜴僧侶、ハンターも今のパーティに不感はない。

 女神官は今はいないが、加わればまた賑やかになる。

「しかし、遺跡の奥地にお宝がなかったのがダメだな」

「そうね、あればちょっとは冒険だったわ」

 まぁ、そう上手くはいかなかったゴブリン退治だった。




なんでMH新作がスイッチ。
転売でアマゾンじゃ高くなってしまうわ、店舗で定価じゃ買えないわ。
PS5も即予約終了。

発売されても、プレイできるかな。


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4−2 練習試合

PS5 デモンズソウルがやりたかった。(挨拶)

歴戦王イヴェルカーナを中々狩れず、そこからずるずると遅い投稿になって申し訳ありません。

アンケートの女魔術師か女魔法使いかも、多かった女魔術師にすることにしました。
ご協力ありがとうございます。


「たぁああ!」

 相手の意識をこちらに向かせるために声を張り上げ、木剣を叩きつけようとする青年剣士。

 その剣筋は、ついこの間まで素人だったにしては、良いものだ。気迫が乗り、力を入れすぎず、正確に相手に当てようとする。

 だが、相手となったハンターは切り払いながら、後ろへと下がる。当たらなければ、意味がない。

 いつもの剛力、速度で振るわれる。だが、手にはいつもの太刀ではなく、同じ長さの洗濯竿に布を巻いたものだ。

 青年剣士も、迫る洗濯竿に木剣で受け止めようとするが、強烈な一撃で木剣は弾き飛ばされ、体に当たってしまう。

 突き飛ばされただけで済んだが、いつもの太刀ならば青年剣士の体は輪切りにされていた。

 ただの竿であっても、かなりの痛打だ。

 何せ、布を巻いていて、革鎧の上からでも、当たった場所はアザになっている。

 だが、痛みでうずくまっている暇はない。

 そんなものは今更だ。

「せい!」

 と、女武闘家がハンターに追撃をかけている。

 彼女もハンターの竿を受け、あちらこちらアザになっているだろう。

 しかし、そんな様子など微塵も思わせない洗練された正拳突き。

 鍛錬や冒険での経験により、彼女の拳も鋭さを増している。

 このままなら、先程のように当たると思えた一撃。

 だが次の瞬間、ハンターが一瞬にして(ひるがえ)る。

 拳はあと僅かなところで、ハンターに届かず、一瞬にして攻守が逆転し、猛襲を受けた。

 拳を見切っての、見切り斬り。ハンターは体ごと回転して、なぎ払う竿は周りにいた自由騎士ごと吹き飛ばした。

 流石に地面に跳ね飛ばされたのは痛かったらしく、立ち上がるには時間が掛かる。

 その間に、新米剣士と青年剣士がハンターを抑えようと、左右に分かれて襲ってきた。

 ハンターは最初に、突きで青年剣士の胴を狙って穿つ。

「こぶっ⁉︎」

 肺の息が詰まったような悲鳴を上げて、後ろに倒れる青年剣士。

 背後から、迫る新米剣士は、犠牲の末にようやくの一撃。

 死角からの、攻撃後の隙を狙った一瞬に打ち込んだ全力の一撃。

 ハンターに攻撃は当たった。

 が、まるで効いていない。

 何せハンターの防具はいつも通りなのだ。

 竜の攻撃を受け、なお壊れない防具に、新人程度の筋力で振るわれた木剣が如何様な痛痒になろうか。

 ハンターが、お返しとばかりに竿を振り下ろそうとして、動きを止めた。

 新米剣士はヘナヘナと地面に膝をつける。

 冒険者ギルドの練習場は新人の死屍累々となった。

「いや、手加減しろよ」

 槍使いが、惨状を見て感想を述べる。

「寸止めなんてできないって最初に言った」

 なぜ、このようなことになっているのか。

 青年剣士のパーティが、ハンター相手に模擬訓練を申し出た。

 それを受けて、自由騎士も参加し、新米剣士も参戦。

 結果、新人たちは地に伏せている。

 周りで模擬戦を見ていた後衛の仲間たちは青い顔だ。

 彼らは手に回復薬Gを持って、仲間に駆け寄る。回復薬Gを飲み始めた彼らは、傷、痛みを癒していく。

「まぁ、敵討ちだ。辺境最強の実力を見せてやる」

「誰も死んでない。死んでないよな?」

 回復薬Gを飲んだ新人冒険者たちは、辿々しい足取りながらも、訓練所の端へと移動している。

 うん、死んではいない。

 

 相手に一撃を与えれば、勝ち。

 そう言った内容で、ハンターと槍使いの試合が始まる。

 槍使いは、木の長棒を構える。

 対峙するハンターも竿を背負い、柄に手を添える。

 先程の模擬戦から、槍使いは自身に多少の有利があると推察した。

 それは武器の差。槍と太刀。

 槍の突きは、素速く、どこが狙いか分かりづらい。そして、間合いがあり近づくのは難しい。

 太刀の斬撃は、広く、遠心力で威力が増す。そして、ハンターが持っている太刀は間合いも槍ぐらいありそうだ。

 つまり、速さでは槍使いが上。威力はハンターが勝る。

 先手を取ることができ、相手に一撃を入れられることが有利だ。

 ハンターを初撃で倒す。

 だが、よほど上手く致命傷でなければそうはならない。ハンターの鎧は強靭で硬い。いつも使っている槍でも、痛撃になるか怪しい。だが、これは相手に一撃当てれば勝ちだ。最初の一撃に全力を入れる。

 ハンターが槍使いの一撃を避け、反撃してくれば避け、距離を取り、仕切り直す。

 そう思っていた。

「シッ!」

「ハァッ!」

 槍使いが、ハンターより僅かに早く、長棒を突き出す。

 だが、ハンターの振った竿は、長棒の先を叩き落とす。

 速くとも、攻撃が届かなければ意味がない。

「チッ!」

 忌々しげに舌打ちした槍使い。それは攻撃を防がれたことにではなく、竿とぶつかり長棒から伝わる振動に手が痺れたことにだ。

 素早く、槍を構え直し、再度、刺突を繰り出す。

 ハンターはまた竿を切り上げ、弾く。

 そして、一歩踏み込み、竿を振り下ろしてくる。

 竿の先が、槍使いの頭上から迫る。

 咄嗟に長棒で受け流す。

 続く、ハンターの連撃に付き合う気の無い槍使いは、大きく飛び退いて太刀の攻撃から逃れた。

 それでも、ハンターから距離を取りたいのか逃げ走って槍を構えた。

 

「賭け、る?」

 魔女が三角帽子をとって、賭金の受け口にしている。賭けの内容は、槍使いとハンター、どちらが勝つか。

 帽子の中には、すでに金貨や銀貨が入っていた。

「いや、しない」

「そ」

 槍使いとハンターの試合を見ていたゴブリンスレイヤー。

 魔女に声を掛けられたが、断る。彼はダイスを極力振らない。

「今だ! やれ!」

「ぶった斬れ!」

 女騎士と闇女斥候は声を出して、試合の行く末を見ている。恐らく、ハンターの方に賭けている。

 彼女たちはいくら賭けただろうか。少なくとも新人のように、金を賭けずに試合結果を予想しているわけではないだろう。

「得物が違うとはいえ、見応えのある試合ですな。拙僧は手堅く、槍使い殿に賭けますが」

「生臭坊主め。まぁ、あれで得物がそのままだったら、槍ごと切ってたかもしれんけんども」

 言いながら蜥蜴僧侶、鉱人導師は槍使いに賭けた。

「寸止めはできないって言ってたからな。そういう意味じゃ、槍使いに分があるか」

 重戦士は槍使いに賭ける。

「どういう意味よ?」

「武器を振る勢いを自分で制御できていないってこった。筋力が高いってのも考えものじゃな」

「とはいえ、筋肉は何事も可能と言いますからな」

「ふーん。オルクボルグはどっちが勝つと思っているの?」

「わからん」

「もう、予想でいいから言いなさいよ! 私もわかんないけど!」

 妖精弓手の逆切れに、呆れたのか、困ったのか淡々と考えを言うことにしたゴブリンスレイヤー。

「まず、身体能力でハンターが上。冒険者の経験として槍使いが上。武器の性能としては互角、間合いも誤差。真っ向勝負で、策は殆どない」

「つまり互角?」

「いや」

 妖精弓手が出した答えに、すぐ、訂正を入れたゴブリンスレイヤー。

「槍使いは魔法を使える」

 

 

 

 何度も打ち合い、避けては手に持った得物を振る。

 だが、これの繰り返しでハンターの息は上がりつつ、槍使いは額に汗を流し始めた。

 そして、ハンターは果敢に攻め、槍使いを消耗させ追い込もうとする。

 互いに侮ってなどいない。

 槍使いは黒龍を討伐したのが目の前の相手だと分かっている。

 ハンターの方も、銀等級の先輩を相手にしていると気を張っている。

 故に、自分の得意なことで相手を追い詰め始めたハンター。

 ハンターの持久力(スタミナ)は人一倍強い。

 空腹時だろうが、瀕死だろうが、武器を振るえる体を駆使し、猛火や嵐を想像させるような激しい攻めに出た。

 剛力で振るわれる竿は、受け止めようとすれば押し切られ、弾けば更に強く打ち込まれる。

 槍使いは、そのような攻めに武器でいなし、回避し、防戦一方に追い込まれた。

 このままでは、すり潰される。少しでも間違えば、防御、回避しきれない。

 敢えて、槍使いは竿のなぎ払いを受け止め、反発を利用し、後ろへと跳躍。

 距離を取ることができたが、ハンターは走って距離をすぐさま詰めてくる。

 急いで、しかし焦らず、槍使いは呪文を紡ぐ。

アラーネア(蜘蛛)……ファキオ(生成)……リガートゥル(束縛)

 

 使用したのは粘糸。

 発動と同時に、ハンターの足元から白い糸が噴出した。逃げようと前転するものの、糸を操ってもいるのかハンターを捉えようと追い、捕まってしまう。一瞬にしてハンターの体に絡まった白い糸。

「このっ!」

 ハンターはもがき、拘束から抜け出そうとする。力任せに身をよじればブチブチと音を立てて、糸を千切っていく。

 だが、糸は太い。後、2秒あれば拘束から抜け出せるかといったところ。

 だが、その2秒を逃しはしない槍使い。

 何せ、成功率を上げるため全力を尽くし、2回使える呪文のリソースを使い、術を拡大させた。

 蜘蛛が糸で捕らえた獲物にトドメを刺すが如く、素早く近寄って長棒で突く。

 頭を突かれ、試合は終わった。

 

 

 

「まぁ、冒険者の年季が違うんだよ」

「そう、言って、も、かなり、苦戦、した、みたい、だけど?」

「……分かってるっての」

 槍使いが勝った。

 だが、浮かれた槍使いに、釘を差す魔女。

 彼からすれば、辺境最強の称号がハンターに奪われつつあるのだ。少しくらい、後輩を見返したっていいだろと思う。

「ま、儂らは稼がせてもらったから、高い酒が飲めっから嬉しいけんど」

「うむ。拙僧も良い試合を見れて、高いチーズを食べられる。良きこと良きこと」

 槍使いに賭けていた者たちは、儲けた金で高いものを胃に入れている。

「魔法は卑怯だ!」

「全く同感だ。戦士の試合で使ってどうする。男なら武器一つで成り上がらんか!」

 一方のテーブルでは賭けに負けた者たちが、安い酒で愚痴をこぼす。

「呪文と奇跡を使っている人が言っちゃいけないと思う」

 敗者となったハンターも賭けに負けた者たちと晩食している。ただ、呟いた言葉は愚痴をこぼし、やけ酒を飲む者たちには届かない。

「なんでもありなら、あれだ、スリンガーだの、閃光弾だの使えばいい! 今度はそれで勝て!」

 まぁ、次があったら勝つ気満々のハンター。

「おk。罠とか、閃光弾とか、いろいろ使う」

 槍使いは、冗談じゃねぇやとぼやいた。



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4-3 牧場防衛

「頼みがある」

 冒険者ギルド。

 ギルドには酒場も備えられており、冒険者がテーブルで酒を飲んでいたり、料理を食べていたり、次の冒険の相談、今回の冒険の反省などなど喧騒した中、1人の依頼人が現れた。

 ゴブリンスレイヤーと呼ばれるゴブリン退治をやり続ける変な冒険者。

 ズカズカと歩いて来て、しかし、受付には向かわない。

 そして、頼みごとときた。

 驚く冒険者たち。

 何せ、彼の冒険(ゴブリン退治ばっか)は単独(ソロ)が殆ど。

 一時期、ハンターとタッグを組んだり、今は他の数人ともパーティになっている。

 喧騒が囁きに変わっている中、ゴブリンスレイヤーは淡々と続けた。

「ゴブリンの群れが来る。街外れの牧場にだ。恐らく今夜。数はわからん。斥候(スカウト)の足跡の多さから見てロードがいるはずだ。100匹はくだらんだろう」

 100匹のゴブリンと戦えと言われて、即答でやると言う者はいない。

 白磁の頃に受けたゴブリン退治。

 失敗して死にかけた者もいれば、帰って来なかった者もいる。無論、楽勝で終わらせて、ゴブリンの鼻が曲がる異臭に顔をしかめる者も。

 そんなのが100匹。

 ゴブリン退治の経験者なら、好き好んでやる気はない。

 何も知らない新人でさえ、顔を青くする。

「時間がない。野戦だと俺1人では手が足りん」

 ゴブリンスレイヤーは頭を下げた。

「手伝って欲しい。頼む」

 ゴブリンスレイヤーは頭を下げたまま、微動だにしない。

 ギルドの冒険者たちは、どうする、どうするって、と仲間内で顔を見合わせる。

 そんな中、ハンターは手を上げ「やる」と言った。

「報酬は、一晩飯食べ放題な」

 ハンターが大食らいなことを知っている面々は「うわぁ……」と金額を想像した。

「分かった」

 だが、ゴブリンスレイヤーは即答した。 

 他の冒険者はどうだろうか。

「私もやる!その代わり、今度、一緒に冒険に来なさい!」

「分かった。行こう」

 妖精弓手の要望にも即答するゴブリンスレイヤー。

「わしゃ酒じゃ。酒樽でよこしてもらうぞ」

「ああ、手配する」

 ゴブリンスレイヤーの返答に、鉱人導師は満足気に頷く。

「拙僧としては、その、チーズを所望しますが」

「あれは牧場で作られている」

「ならば、参加しない道理はないですな」

 ギョロリと目を見開き、回す。そんな中で奇妙な合掌は、威嚇するように見えるが、彼なりのユーモアだ。

「私もやろう」

「報酬は?」

「前に手伝ってもらったからな。報酬を普通に出せ。金貨1枚がゴブリン退治の相場だ。……いや、少し色を付けろ」

「分かった」

 自分で言っていて非効率だと思ったのか、闇女斥候は報酬の修正をする。

「わ、私も行きます!」

 と、遅れながらに女神官も大声で駆け寄って来た。声で注目を集めているのが分かったのか、気恥ずかしく顔を赤くし俯く。

「報酬はどうする」

「あ、えっと、その、後で」

「分かった」

 報酬を考えていなかった女神官はあたふたする。

 いつものパーティーメンバーが揃う。

 他の冒険者は遠巻きに見て、どうしようかと呟く。

 彼らだって牧場がどうなろうが知ったこっちゃないと割り切っていない。

 ベーコンやチーズなど酒場で出されているのも多い。

 牧場を守ることにはやぶさかでは無いが、命を張る以上やはり相応の金は欲しい。

 彼らはパーティでもなければ、友人でも、お人好しでもない。冒険者という人だ。

 後、ひと押し足りない。そんな時に受付嬢が大声を張り上げる。

「ギルドからも依頼です! ゴブリン1匹につき、金貨一枚の懸賞金になります! チャンスですよ!」

 受付嬢が手を上げて主張する書類には、依頼書。冒険者ギルドの支部長が承認したらしく、その印鑑が押されている。

 ゴブリン退治で銀等級にまで昇格した冒険者からの言葉もあるのだろう。

 だが、受付嬢がこのことを持ちかけたのは違いない。

「ったく、ちくしょう」と、腰を上げる槍使い。

 出遅れたが、まだ間に合う。

 恋敵だ。いつもゴブリン、ゴブリンの変なやつ。牧場を守りたいのも、本気なのも分かる。

 ライバルだ。勝手にそう思っているが、新人でめっちゃ強いやつ。気の良いやつで、負けたくない。

「俺にも一杯奢って貰うぞ! ゴブリンスレイヤー!」

 やけくそ気味に依頼を受けにいく槍使い。槍使いについていく魔女。

「ふふ。慌て、ない、の」

 冒険者たちがゴブリン退治を引き受けていく。

 それは何も特別なことじゃない。

 新人ではなく、ベテランがゴブリン退治を引き受ける。

 高い報酬なら、やらない理由もない。ギルドから直の依頼となれば、騙して悪いが、もない。

 こうして、冒険者の軍団が出来上がった。

 

 

 

 

 ゴブリンが夜の牧場に現れる。

 ゴブリンたちは人質を板に縛り、盾として接近してくる。

 ニヤニヤと笑い、ギャギャ言いながら近づいてくるゴブリン。

 これで冒険者は攻撃できないと確信し、馬鹿な奴らだと思っている。

 しかし、その笑い声が寝息に変わっていく。

 魔女や鉱人導師が唱える、惰眠(スリープ)酩酊(ドランク)の眠りの霧がゴブリンたちに纏わり付く。

 霧を吸い込んだゴブリンは、うとうと地面に眠る。

 それを見て、眠りの霧を吸わないように近くで隠れていた冒険者たちが人質を板ごと持って走り去っていく。

 霧の範囲外にいたゴブリンシャーマンやゴブリンアーチャーが攻撃を仕掛けようとして、次々と矢で穿たれ骸に変わる。

 ゴブリンたちに前衛と後衛がいるように、冒険者側にも後衛がいる。

「悪趣味ったらないわ」

「同感」

 妖精弓手が矢でゴブリンの頭を撃ち抜きながら吐き捨てる言葉に、人質を担いできたハンターは頷く。

 人質を全員回収し終え、攻勢に出る冒険者たち。

 このようなことをするゴブリンを許せるはずなかろう。

 金貨目的にゴブリンを殺そう。

 目的は人それぞれだが、数が多いゴブリンたちを冒険者が蹂躙していく。

 ハンターも太刀一振りしてゴブリン数匹をまとめて撫で斬りにし、金貨がっぽがっぽだ。

「ここまで数が多いと嫌になっちまうぜ」

「小鬼殺し殿もお手上げですからな」

「私には金貨が山のように来てくれて良いがな」

 槍使い、蜥蜴僧侶、闇女斥候はボヤきながらも、各々の武器を振るいゴブリンを血祭りに上げていく。

 しかし、数はハンターが一番多い。

 武器の間合いは広く、手数も多く、威力もある。

 当然の結果と言えばそうなのだが、槍使いは面白くない。

 

 冒険者側が優勢といったところに、見張りをしていた冒険者が声を上げる。

騎兵(ライダー)だ!」

 狼に鞍をつけ、騎乗するゴブリン。

 平原を駆け、襲撃してくる。戦闘の最中に横槍を入れ、混戦に持ち込む気でいる。

 そうすれば、冒険者の防衛戦を崩せる。

 だが、見張りからの声に反応した冒険者たちは、懐から2種類のアイテムを取り出す。

「今だ!」

 冒険者たちが投げる多数の閃光弾に音爆弾。

 ハンターが槍衾よりも楽に相手を行動不能にできると配った。

 そんな数を用意できた理由。常日頃から農園で材料を揃え、調合していた。他にも、回復薬G(グレート)、毒消しも配布している。

 個数が100や200貯蔵、あるいは一気に調合することなど、ハンターからすれば常識。

 ボボボ、ギギギーンと2種類の音が連続し、牧場の一画が光と音で覆われる。

 光が目を突き刺し、眩んだゴブリンと狼は足を止め、バランスを崩す。

 キーンと空気を振動する音は耳に響き、聴覚を麻痺させる。

 落馬したり、ぶつかったりとして行動不能になったゴブリンライダー。

 そこに襲いかかる冒険者たち。

 我武者羅に手に持った武器を振るゴブリンだが、狙いの定まっていない攻撃を難なく躱し、振り終えたところに冒険者の攻撃で倒される。

 行動不能から回復しても、多勢に無勢。

 数の多さが強みなゴブリンが、強みを無くせば蹂躙されるのが当たり前だ。

 

 かなりの数のゴブリンを屠ったが、未だに戦力を温存していたのか森の奥から大柄なゴブリンが出てくる。

 複数のホブゴブリン、2匹のゴブリンチャンピオン。

 しかし、緑色の肌を持つモンスターでない。

 ブヨブヨのコブだらけで灰色の巨体。粗雑で巨大な棍棒を片手で持ち、ドスンドスンと威張りながら歩いてくる。体臭はゴブリンのように酷い匂いで、禿頭に不細工な馬鹿笑いしている顔。

「なんだ、ゴブリン以外にもいるじゃねぇか!」

 重戦士が、群れの先頭にいるゴブリンとは違うモンスターを判定し、獰猛な笑みを浮かべる。

 トロルと呼ばれる巨人。

 ゴブリンがホブゴブリンと同じく用心棒にするモンスターだ。

 新人でも聞いたことがあるくらいには、知名度があるモンスター。そして、恐ろしさも理解する。

 力自慢で、回復力が高く、のろまな怪物。だが、流石に新人冒険者たちは及び腰になった。

 強さで言えば、ゴブリンなどとは比較にならないのだから当然だ。

 突撃してくるホブ、チャンピオン、トロル。

 駆けていく最中、後、数歩で激突するかといった場所で、突如、足が沈み窪みに落ちる。底が何かに張り付いたようで動けず、踠いて抜け出そうとするが、時間がかかる。

 あるいは、足が痺れ、その痺れが身体中に廻り、固まって動けなくなってしまう。

 ハンターが調合し、冒険者たちが事前に仕掛けておいた、多数の落とし穴とシビレ罠。

 ただのゴブリンでは、小柄なため素通りしてしまうが、大型のモンスターならば仕掛けが作動し拘束する。

 動けない相手に対して、冒険者たちはここぞとばかりに襲いかかる。

 チャンスであり、拘束時間には制限がある。

 ここで攻めずしてどうするのか。

 1撃、2撃ぐらいならば体の頑丈さで耐えただろう、行動できない大柄な怪物たち。

 だが、何度も剣で叩き斬られ、槍で深々と突き刺され、傷口から噴水のように出血し、赤く染まったホブゴブリンの肉塊。

 大剣で脳天から潰され、太刀で首を落とされ、絶命したゴブリンチャンピオンの死骸。

 しかし、斬れども、刺しても、潰しても、その治癒能力で傷を回復する怪物、トロル。

 落とし穴の拘束から抜け出し、棍棒を我武者羅に振って冒険者を遠ざけようとする。

 時間を稼ぎ、傷を癒そうとしているのか。先程、与えた傷が塞がりつつある。

サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)!」

 そんな中、女魔術師が放った火矢(ファイヤボルト)がトロルを火達磨にした。

 トロルと戦う場合、有利になるものがある。

 酸と炎だ。

 傷口を焼き、喉を、肺を焼いて息を出来なくする。

 今まで与えたダメージと止めの魔法で、トロルは力尽きて倒れる。

 黒く焦げ残ったトロルの焼死体を見た冒険者たちは勝鬨を上げた。

「しかし、言い出しっぺはどこ行ったんだ?」

「ゴブリンスレイヤーだから、ゴブリンを殺しに行ったに決まってる」

 槍使いの言葉に答えるハンター。

 「だから、ここにいねぇじゃねぇか」と返す槍使い。

 ゴブリンロードと言っても、ゴブリンであることには変わらない。

 不利になれば逃げ出すのがゴブリンだ。

 

 

 

 

 どうしてこうなったのか。ゴブリンロードは森を一目散に駆け、巣穴へと戻っている。

 自分の考えは完璧だ。全ゴブリンはそう考える。

 牧場を奪い、街に攻め込む。そして、街を奪い、次の街を奪う。いづれは世界中をゴブリンの王国とする。

 無論、王は自分だ。自分が一番働いたのだから。

 失敗したとしても、それは別の奴が失敗したか、使えなかっただけで、自分のこととは考えない。

 今回も使えない馬鹿が居ただけの話。

 そして、失敗したとしても次がある。

 巣穴に戻り、女を拐い、数を増やし、また攻め、奪う。

「そう考えるのはわかっている」

 森の中からそんな声がした。

 走るのをやめ、声がした方を睨み付けるゴブリンロード。

 返り血を滴らせる只人の戦士が1人歩いてくる。

「お前の故郷はない」

 持っていた剣が燃え上がり、赤い光を纏った。

 

 ゴブリンスレイヤーは全力で開いていた距離を一気に走り、ゴブリンロードに斬りかかった。

 ゴブリンロードは斬撃を躱し、その頭蓋を叩き潰してやろうと戦斧を振ろうとする。

 しかし、直後右腕のスリンガーに装填していた石ころを強化打ちで発射される。

 多数の石ころが散弾となって、ゴブリンロードに当たる。

 何が起きた、と一瞬ゴブリンロードが怯んだ隙に、会心の刃薬を塗った剣で切り裂く。

 ゴブリンロードが胸甲で身を固めていても、深々とした傷口になり血が吹き出す。しかし、上位種のゴブリンはしぶとく致命傷にはなっていない。

 傷つけられた怒りから、ゴブリンロードは憎しみを込め戦斧を力強く振る。

 ゴブリンスレイヤーは盾を構え、受け流そうとしたが、ゴブリンロードの筋力が強く、体を吹っ飛ばされた。

 盾がひしゃげるものの、身体にはそれほど痛痒はない。

 事前に使用した硬化薬のおかげだろう。鬼人薬、強壮薬も使用して、力は有り余るほどだ。

 だが、いくら薬で強化されていると言っても、戦斧の直撃を喰らえば血が流れる。

 薬を過信してはダメだ。

 自分は勇者でもハンターでもない。

 ゴブリンスレイヤーだ。

 スリンガーに閃光弾を装填する。

 その際に雑囊から円盤状のものが、閃光弾を取り出す際に地面に落とす。

 走り出して、距離を詰めてくるゴブリンロード。

 ゴブリンスレイヤーは閃光弾を放ち、しかし、それを見ていたゴブリンロードは片手で目を隠し、目を固く閉じていた。

 馬鹿めと笑う。

 きっと効かないことに驚いて立ち竦んでいるであろう場所に、戦斧を振り下ろす。

 だが、手応えはなかった。

 そして、何かが伝わり、体が痺れ動かなくなる。

「GOBU⁉︎」

「目が見えていないのならば、罠を張ったことなどわかるまい」

 閃光弾を取り出す際に落とした円盤状のもの。

 それはシビレ罠だ。

 閃光弾を放った直後にゴブリンスレイヤーは飛び退いて、しかし、ゴブリンロードは目を瞑っているので分からず、自らシビレ罠の所に飛び込んだ。

「ロード?馬鹿馬鹿しい」

 痺れて動けないゴブリンロードへ、小剣を喉に突き刺す。

「お前はただのゴブリンだ」

 油断なく淡々と両手で小剣を動かし、薬で強化された腕力でゴブリンの首をねじ切って頭を地面に転がした。

 

「すまない。無駄足を踏ませた」

「いえ。その、心配でもありましたし」

 茂みから出て来た女神官。

 万が一の場合、彼女の聖璧(プロテクション)で挟むようにして閉じ込め、トドメを刺す気でいた。

 だが、自分一人で片付けてしまった。

 自分が失敗すれば必要なことであったし、彼女も否とは言わなかったとはいえ、今は稼ぎ時で申し訳ない。

 ふと、目にした戦斧を手に取るゴブリンスレイヤー。

 持ってみればずっしりと重たく、優れた筋力が必要なものだと分かる。切れ味もそこいらの鈍ではない業物の武器。高位の冒険者から奪ったと考えられる。

 そして、今は自分たちの戦利品だ。

 担ぎ上げ、持ち帰ろうとするゴブリンスレイヤー。彼の筋力は今、鬼人薬によって強化されているので持ち上げることができた。飲んでいなければ持ち上げることはできなかった。

 彼を知る女神官からすれば、彼がゴブリンから武器を拾うことはいつも通りのことだが、何かが引っかかる。

 彼は業物の戦斧を好まないだろう。

「あの、それ、どうするんですか?」

「売る」

「え」

「どうした?」

 彼女は何を驚いているのだろうか。

 戦利品を売ることは冒険者として当然のことだ。

「……欲しいのか?」

「いえ、そうじゃなくて!ないんですけど……」

 女神官は違和感を感じる。何故だろうか。

「手伝ってくれたのだから、報酬は支払わなければならないだろう」

 そういうことらしい。

 納得いったが、少し不満だ。女神官はお金が欲しい訳ではない。

「お、お金じゃなくて、その、違う報酬を希望します!」

「……どうすればいい?」

 困ったように振り返ったゴブリンスレイヤー。

 考えていなかった女神官はおろろ、あわわ。

「ま、街に帰ってから、言います」

「わかった」

 暗かった空が白く変わっていく森の中を、二人は街へと帰り始めた。




神々「和マンチになんてものを渡してくれた!」
自然「ハンターなら日常的に使います」


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5−1 ハンターに理科実験は無理

気の重くなることが多い時ですが、遅れながらにメリークリスマス!


 牧場でのゴブリン軍討伐が終わった。

 女魔術師の「トロルに賞金は出ないの⁉︎」という問いに、ギルドの受付嬢は「ないです」という世知辛い返答があったこと。

 ゴブリンスレイヤーと女神官が大量の金貨が入った袋を持っていた。ゴブリンロードの武器が業物だったらしい。それを売却し得た金貨で祝杯をあげた際、ゴブリンスレイヤーが兜を脱いで素顔を晒したこと。

 それからしばらくして、ハンターはギルドの応接室に座っている。

 

 昇級審査だ。

 

「まぁ、青玉への昇格となるわけですが、それに伴い依頼にも責任、礼節を持って受けてくれることをお願いします」

 ハンターと対面する受付嬢は笑顔でいつも通り。

 冒険者で言う中堅。

「中堅の冒険者が育たないことが多いですが、ハンターさんはその辺心配なさそうですね。ですが、どのような冒険であれ、危険があることは覚えていてください。初心を忘れないでください」

「了解」

 受付嬢の言葉は、誰にも当てはまる。

 クーラー・ホットドリンク、食事を忘れるなんてことは誰にでもあること。

 それに気づいて、速攻でクエストリタイア。

 それをこっちでやれば信用がなくなる。

「最近はキャンプでアイテム補給、装備変更が気軽に出来ていたけど、ここじゃそうじゃないからな。アイテム、装備管理は気をつける」

「何を言っているのかわかりませんが、理解してくれたならそれでいいです」

 苦笑いの受付嬢。

 ともかく、ハンターは青玉の認識票を貰った。

「別件なのですが、ハンターさんが先日の牧場での戦いの際、冒険者に配った閃光玉、罠の類を販売する気はありませんか? 冒険者の方々から要望が殺到しまして、ギルドの方で取り置き、販売すると言う形になるのですが」

「ああ、うん」

 ゴブリンロード討伐の祝杯で、閃光玉、回復薬、毒消し、罠を売ってくれないかと言う冒険者は多数いた。

 しかし、売るにしてもこちらでは新しい物で、相場がわからない。

 例えば閃光玉は聖光(ホーリーライト)1回分だとすると金貨1、2枚になるかもしれない。

 しかし、材料費と製作費を含めてもそんなにする気がしない。それに新人たちにまで回らないだろう。それこそ支給品として、無料で配給されている物なのだから。

「価格設定とかは?できれば新人にも回るようにしたいんだけど」

「お気持ちは理解しますが、それでもそれにふさわしい価格になるかと」

 薬品(ポーション)1つで命を繋ぎ止めると考えれば、金貨1枚はさて安いのか高いのか。

 そして、その薬品(ポーション)の信頼が金貨1枚になるだろう。

 実際に、ハンターが牧場で配った回復薬や毒消しは受け取らなかった者もいる。受け取ったのはタダだからと、金銭的に乏しい新人ばかりではなかったか。

「どのくらい納めればいいんだ?100ぐらいならすぐに作れるけど」

「どちらかと言うと、製法ですね。国から技術者の方をお呼びし、作ってもらい、冒険者の方々に販売するので。無論、売り上げの何割か、製法の技術料金はお支払いします」

「はぁ、お願いします」

 ハンターに経営主や販売員などできるだろうか。

 少なくとも、ハンター自身できないと思っている。体が2つも3つもあれば、いや、あっても無理だろうと思った。

 つまり金だ。それにツテ。

「農園の拡張とか作業者の増員とか、どうすればいい?俺には当てはないぞ」

 ハンターがこの世界に来て何ヶ月ぐらい経つか。

 少なくともハンターは、商人や組合にツテはない。

 強いていえば、冒険者ギルドの組合に所属している。だから、目の前の受付嬢に相談するしかない。

「冒険者ギルド、と言うよりは他の職業組合に声を掛けてみましょう。こちらで手続きしてもよろしいでしょうか?」

 少なくとも、ハンターは受付嬢を真面目に仕事する人間だと思っている。

「借金背負う事態にならなければそれでいいや」

 もう投げ槍したかった。

 

 

「で、話を冒険者ギルドに丸投げしたと」

「……はい」

 農園で土いじりをしている農園娘とハンター。

 ハンターは平鍬を振って肥料と土を混ぜ、畝を整えていく。

 農園娘は土に肥料を撒いている。

「仲介料として冒険者ギルドに毟り取られないといいですね」

「国の運営が悪どい契約を組んでいいのか?反乱だとか、抵抗行動(ストライキ)とか起こしそうだが。商人にしても信頼を損なうことするのか?」

「悪どい人間はどこにでもいますし、それが分からない馬鹿な人間も、自分のことだけしか頭にない強欲な人間もいます」

 淡々と作業し無機質な声で返す農園娘。

 それが、ハンターには怒られているように聞こえてならない。

 ハンターは正直、種や虫の自給ができればいい。

 まぁ、冒険者が欲しいのなら配るのもやぶさかではない。

 仲介人がハンターや農園の作業員より金を得ようと、まぁ、心情的に良い気はしない。

 だが、ハンターの調合物は先人たちの賜物だ。昔は、薬1つ調合するのも手間だったと言う。

 ハンターが一瞬で薬を100も1000も作れるのは、先人たちの積み重ねがあったからだ。

 それで自身だけが得をするのは、何かが違うと思う。

 そして、他人がその調合法を教えて欲しいと言うのなら、教えるのが筋だ。

「問題は教えられるか、だよな」

 異世界の技術である。

 学者でもないハンターに手順を教えることができても、どうしてそうなるのかまでは答えられない。

「1から10まで教える必要もないでしょう。それでは意味がありません」

 どこの世界も同じかもしれない。

 見て、聞いて、感じる。

 考えて、実験し、探る。

 習い、学び、成長する。

 10を教えたとしても、本当に10理解する者などごく少数だ。

 ならば、ハンターは1を教えるだけでいい。

 後は自分で考えてやらせる。そう方針を決め、ハンターは心は軽くなった。

「それはそうと、新しく来る従業員のために、布団や農具などを買いに行きますので、荷台を引くのを手伝ってください」

「力仕事なら任せろ」

 ハンターは生き生きとした声を出す。

 

「と、こう言う風にやる」

「……いや、わかりません」

 後日、集まった研究者や従業員に手本を見せたハンター。

 何せ、手すら動かさないで調合していなかったか。

 机の上にあった材料から目を離さなかった者たちが、一瞬のうちに机には調合品がある。

「わかった。もう一度やる」

 彼らは、瞬きもしない。

 くわっと目を見開き、材料を、ハンターの動きを見逃さない。

 なのに、見えない。

 魔法か何か使っているのではないか。

 しかし、ハンターは魔法など使えない。

 仕方なく、調合書を書くことにしたハンターだった。

 



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5−2 沢山ある森の遺跡へ

 森の中に遺跡があるのはもう定番。

 辺境には遺跡が多くあるようで、もうどれがどの時代のかわからない。

 神代の頃が何千年、何億年前の話になるのか、長寿の森人(エルフ)でさえ忘れた。

 そんな遺跡に訪れる者は、迷い人か冒険者。

 少なくともバラバラの装備をしている7人は、職業と考えれば冒険者だった。

 苔、蔦、木は長い年月をかけ、ここを森とした。人が手を入れた様子はなく、深々と生い茂り、倒れた木、成長した木の根は壁となり、行手を阻む。

 そんな中を、狩人装束を身に纏い大弓を担いで、軽快な動きでパーティを先導している妖精弓手。

「無理強いしたって、私にとっては意味ないんだから」

「何がだ」

 隊列の二番手にいた、薄汚れた鉄兜、革鎧を身につけたゴブリンスレイヤーと呼ばれる者が、淡々と応じる。

「この冒険が、よ」

 そう言いながら、妖精弓手はせり出た木の根を、軽々と踏み越える。先程の動きを他の誰かが見れば、彼女は軽業師か、怪盗かに見えるのかもしれない。

 森人(エルフ)は魔法の扱いがうまいと思われがちだし、実際にうまい森人(エルフ)もいる。

 しかし、野伏(レンジャー)の適性もあり、弓の扱いも優れている。

 長寿で美人が多いとくれば只人(ヒューム)の多くが憧れるのも納得だ。

 最も、ゴブリンスレイヤーは森人(エルフ)を羨ましいとは思わないだろう。

「嫌ではない」

 ピンと妖精弓手の長い耳が跳ねる。

「そう言う約束だ。報酬の支払いを拒否する気はない」

 ピンと跳ねた耳は、ゴブリンスレイヤーの返答によって、しなしなと元気が抜けて耳が垂れた。

 そんな様子を見て、物言いの配慮がないことに、隊列の三番手にいた華奢な聖衣を纏った女神官が、ため息をそっと吐く。

「そう言う態度、良くないと思います」

「そうか?」

「そうです。せっかく気を使ってくれているんですから」

「そうか」

 やや間があってから、鉄兜の中で考え込んでいた言葉が出る。

「そうなのか?」

「……聞かないでくれる?」

 妖精弓手は頬を膨らませた。

 どうやら、選択肢を間違えたらしい。

 そのやりとりを見て、四番手と五番手が笑った。

「無駄じゃ、無駄じゃ。かみきり丸だかんの。偏屈なのは今に始まったこっちゃないわい」

 手足は短く、背丈も女神官より低いのだが、華奢と表現する者はいない。むしろ、筋肉は硬く、体つきはゴロリとした大岩のようだ。

「アレだけ大はしゃぎしていたんだ。恥ずかしがってどうする」

 褐色の肌に妖精弓手のようにスラリとし、されど出るとこは出ている。長い耳を持ち、腰に小剣と短剣を携えた闇女斥候。

 暗殺者とも、混沌の眷属とも見かねないが、冒険者の銀の認識票と交易神の表徴である車輪を首から提げている祈る者(プレイヤー)だ。

「恥ずかしくなんかないわよ!闇人(ダークエルフ)!」

 キィーっと威嚇する妖精弓手。

 対する闇女斥候はやれやれと手をふった。

 こうしてみると妖精弓手が2000歳、闇女斥候が500歳と言うのが疑わしい。

 年月を重ねるだけでは、貫禄や成長はしないということだ。

「こうも激情家だと、嫁の貰い手に苦労するな」

「いないわよ、そんなの。だいたい、私はまだ若いもの」

「それに金床ではな」

「はぁ⁉︎そっちは真っ黒助に酒樽じゃない!」

 妖精弓手も闇女斥候も、眉にシワを寄せ、相手を睨む。

 このまま売り言葉に買い言葉となりそうなところで六番手が口を挟んだ。

「もはや時の彼方へ去った者どもの街とはいえ、礼節を守るべきであるまいか?」

 巨漢で緑の鱗を全身に生やす蜥蜴人(リザードマン)。民族衣装を纏い、首から護符を提げ、僧侶なのはわかるのだが、修行僧にも見える。

 ぐるりと大きな爬虫類の瞳で見られれば、蛇が獲物に狙いを定めているような感じだ。

 その蜥蜴僧侶の目が二人を見る。

「それにモンスターがいないわけじゃないだろ」

 竜の鱗や甲羅で作られた鎧を着込むハンターが最後尾だ。

 只人(ヒューム)の戦士といえばそれまでだが、がっしりとした体格はかなり鍛えられている。

「……騒いで悪かった」

「む、なんで私以外には素直なのかしら。だいたい――」

「野伏殿。先行してくれるかね、そこの大樹の根、越えるのは一苦労だ」

「はぁい」

 蜥蜴僧侶の強面に反論する気などない妖精弓手の耳は垂らすものの、背丈ほどもある大樹の根をヒョイっと難なく駆け登った。

「術師殿も斥候殿も、気を逸らせるのは止めていただきたい」

「わかっとる、わかっとる」

「流石に手は出さん。あっちは知らんがな」

 どちらも気にした様子がないので、蜥蜴僧侶は呆れぐるりと大きな目をハンターに向けた。

 ハンターは両手を上げて降参する。

 喧嘩するほど仲がいいと言葉があるのだ。そう思いたい。

 大樹の根を越えた妖精弓手から、登攀用の縄がこちらに向かって投げ込まれ、順に登っていく。

 ゴブリンスレイヤーは革鎧とはいえ、登攀の速度が速い。野伏の技術も持っているのだろう。

 次に、女神官が登っている最中、苔に足を滑らせてしまう。咄嗟にゴブリンスレイヤーが、彼女の手首を掴み引き揚げた。

「気をつけろ」

「す、すいません」

 赤面しつつ、ゴブリンスレイヤーに支えてもらって女神官は大樹の根を乗り越える。

 乗り越えたところで、鉱人道士が声を掛けてくる。

「ちーと悪いが、押し上げてくれんか」

 ハンターがヒョイっと鉱人道士を持ち上げ、一度縄に掴ませ、再度、足の裏側を押すようにして持ち上げる。

 そうやって大樹の根の向こう側に行った鉱人道士は、また妖精弓手と言い合いになった。

 次に3人が同時に登る。

 ハンターは縄で、闇女斥候は自身の身軽さで、蜥蜴僧侶は爪と尾を駆使し、それぞれ登攀した。

 そして、蜥蜴僧侶が言い合いを嗜め終えた時、ゴブリンスレイヤーが一言。

「それで、ゴブリンはどこだ」

「これだもんね」

 妖精弓手も、闇女斥候も、肩をすくめ、やれやれと呆れた。

「わざわざオルクボルグの為に、ゴブリンのいそうな遺跡を選んであげたっていうのに、ちょっとは感謝して欲しいものね」

「ふむ。つまり、気を使われているのか」

「……もう、それで良いわ」

「そうか」

 それでまた笑いそうになるのを堪える者たち。

 流石に、また言い合いにはならなかったが、キッと笑いを堪える者たちを睨む妖精弓手。

 全員の到着を待ち、全員が来たので、ゴブリンスレイヤーがズカズカと無言で歩き出した。

 皆々、慌ててついていこうとする。

「そう焦るものでもありますまい、小鬼殺し殿」

 蜥蜴僧侶が懐から巻物を取り出す。

 広げられたそれは、劣化し、されどもなんとか理解できる程度には地図と呼ばれるものだ。

 彼の爪は攻撃にも使えるほどに鋭いが、慎重に爪先でなぞり、地図を破く様子はない。

「奥に神殿があるようですな。拙僧はそこまで行くべきと思うが」

 蜥蜴僧侶が爪先で示した場所は、確かにここより奥の方。

「賛成だ。ゴブリンがいるかもしれん」

「それしかないの⁉︎もっと、こう神秘!秘密!謎!伝説!――とかそんな気持ちは?」

 第一目標。ゴブリンは皆殺しだ、のゴブリンスレイヤーにとってそれが第一。

 奥にいるかもしれない強大な敵は、面倒だの一言で済ませるだろう。

 その敵を倒して守っていた財宝は、ゴブリンを倒せるのに使える者はあるのかだ。

「それどころではない」

「信じられない」

 淡々と切り捨てるような答えに妖精弓手はぼやく。

「しかし、かみきり丸。お前さんだって立身出世した方がいろいろやりやすいと思わんのか?」

「考えたことはある。功績を挙げて、金等級になり、広範囲の冒険者に働きかけるのも、手ではある」

「じゃあ、なんでやらんのだ」

「その間にもゴブリンは村を襲う」

 そんなやり取りで、最初の出会いを思い出したのか、頭痛が妖精弓手を襲った。

「只人は先のことを見ないと聞いたけれど、みんなこうなわけ?」

「この人が特別なだけだと思いますよ?」

 女神官は苦笑しながら言う。

「前より色々話してくれるようになりましたよね」

「そうか?」と闇女斥候は首を傾げる。

「そうですよ」

 当の本人は、ズカズカと無言で歩いている。

「でも、結構わかりやすい人ですし?」

「あ、それはわかる」

「まぁ、そうだな」

 3人の女子(15歳)(2000歳)(500歳)がくすくすと笑い合う。

 ハンター、鉱人道士、蜥蜴僧侶は目配りをし、それぞれにやりと表情を崩した。

 ゴブリンスレイヤーは無言で歩く。鉄兜で表情は見えないが、恥ずかしがっているように見えた。

 

 ほどなくして、パーティは穴蔵の入り口へと辿り着く。

「見張りはいないようだ」

 ゴブリンスレイヤーは地面を調べ、ゴブリンの足跡を探すものの見当たらない。

 森に入ってから、怪物には遭遇せず、獣の気配も察知できなかった。

「これまでもゴブリンの痕跡は見当たらなかったが……」

「じゃあ、ゴブリンがいないってことですね!」

「そうとも限らん。奴らがこんな寝ぐらを見落とすとは思えん」

 女神官の言葉を即座に否定したが、彼女は表情が曇らない。彼の言動には、慣れてきたのだろう。

「なんだろ、卵が腐ったような嫌な匂い」

「いる、か」

 匂いだけで判断できるものなのか、匂いを嗅ぎ分けた妖精弓手。

 卵が腐った匂いというと、硫黄や温泉などの匂いを思い浮かべるが、こんな森の中にそうそうあるものでもない。

 全員が穴蔵を警戒し、臨戦態勢になる。

 ゴブリンスレイヤーは雑囊から、何か取り出す。

「松脂ですか?それと硫黄?」

「ああ」

 そう言いつつ、火を付け、穴蔵へと投げ込む。

「この煙は重く、沈むからな。それに毒気が起こる。ハンターの毒煙玉のように死にはすまいが、待てばいい」

 いつもの燻りだ。ゴブリンが慌てて出てくれば、そこを叩く。出てこなければ、毒気が収まってから中に入る。

 もくもくと出てくる煙は、穴蔵の奥へと流れていく。

「お前さん、えげつねぇことしよる」

「そうか?」

「自覚ないんかい」

 ハンターとしては、毒煙玉、煙玉とは違う別のアイテムだ。興味が出て、自分も使ってみたいと思う。

「俺としては製法を教えて欲しい」

「同じことする気か?」

 なぜか、闇女斥候も疑わしい目でハンターを見てくる。

 禁止されているわけでも、反則しているわけでもない。

「ダメか?」

「ダメよ!毒気は禁止!」

 どうやら、匂いに敏感な方々は嫌なようだ。

 聞いてきた闇女斥候ではなく、妖精弓手が大反対してくる。

 しかし、匂いに敏感なのはゴブリンも一緒だ。

 煙に耐え切れず、大慌てで走ってくるゴブリンの足音が聞こえてくる。

 出口から飛び出してきたゴブリンを、一太刀で屠るハンター。

 しかし、足音は1つ2つではなく、後続が次々と穴蔵から出てきた。

 太刀を突き出し、ゴブリンの脳天を兜ごと貫き、後ろにいたゴブリンの鎧も一緒に貫く。

 兜を被ろうと、鎧を纏おうと、ハンターの剛力と太刀の切れ味を考えれば、そんじょそこらの防具など紙装甲にしかならない。

 側面から逃げようとしたのか、襲おうとしたのか、左右に分かれたゴブリン。

 だが、右はゴブリンスレイヤーが剣で頭蓋を叩き割り、左は闇女斥候が首を刎ねる。

 後からきたゴブリンも、妖精弓手の矢で貫かれ、一先ずゴブリンたちの足音は聞こえなくなった。

「連中、装備が上等だ。気をつけろ」

 物言わぬゴブリンをよく見れば、兜だったり、革鎧だったり。しかし、圃人か只人か装備はゴブリンの背丈に合っているのもあれば、ないのもあり、ちぐはぐな防具だ。

 これでは、防具の効力がそのまま発揮されない。

 しかし、それでも防具であることには変わりがなく、直撃くらいは防げる。

「これ、私の知っている冒険じゃない」

「そうか」

「そ・う・よ!」

 妖精弓手が不満を言っているが、ゴブリンスレイヤーはどこ吹く風だ。

 ハンターはゴブリンが着ていた損傷が少ない装備を剥ぎ取っている。

「蛮族か貴様は」

 そんな行動を見て、闇女斥候がみっともないと思ったのか。

「したらダメか?」

「ゴブリンが着ていた物など誰も買い取らんだろう」

「装備が無価値になったわけじゃない」

 少なくとも、使えないことはない。

「なんでもいいが、煙が収まったら行くぞ。奴らしぶといからな」

 ゴブリンスレイヤーもゴブリンが使っていた武器を拾い上げ、準備する。

「もっぺん言うけど、私の知っている冒険じゃないわ、これ」

「そうか」

「冒険じゃないからね!数に入れないから!」

「そうか」

 パーティ一同は、穴蔵へと潜り始める。

 これは冒険か。

 少なくとも、遺跡に潜り、敵と戦い、探索し、財宝を持ち帰るのは、冒険だと思う。

「ゴブリンどもは、皆殺しだ」

 しかし、最奥まで行って、ゴブリンを鏖殺するのを目的とするのは冒険とは呼ばないらしい。

 さもありなん。

 彼はゴブリンスレイヤー(ゴブリンを殺す者)なのだから。



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5−3 迅竜

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ゴブスレTRPGが来年発売とのことで、病気には掛かりたくない今日この頃。
家でこもりっきりの正月になりそうですが、それはいつも通りのような気がしてきた。

もう、タイトルからお察しだと思いますが、どうかよろしくお願いします。


 結局、遺跡の奥には財宝はなく、何匹かゴブリンがいるだけだった。

「残念だ」

 そう呟いた闇女斥候。彼女は財宝目当てで遺跡に来た。

 ガッカリと肩を落としている。

 穴蔵から出てきた時には、日は落ちて、森は暗闇に包まれる。

 月明かりは木々に遮られているものの、女神官が手に持っている松明とハンターの腰につけたランタン、導虫の光源が周りを照らす。

 完全な暗闇ではないが、昼と比べれば心許ない。

「まぁ、こんなもんじゃろて。いつも幸運(クリティカル)にはならんじゃろ」

「分かる話だな。欲しいものがあって、何度も何度も挑戦しても手に入れることができない」

 周回、物欲センサー。

 悔しい。でも、欲しい。

 だからこそ、手に入れた時、狂喜乱舞するのだ。

「現金よね。闇人(ダークエルフ)って」

「……森人(エルフ)は硬貨をただの石ころとしか思わんのだったか。そんな価値しかないのならくれ」

「やらないわよ。いろいろなことに必要なんだから。ま、土から生えてくればいいと思ってるけど」

「貨幣経済の概念が崩れるな」

 妖精弓手の考えは農家であれば可能かもしれない。売る商品が生まれてくるのだから。

 ただ、そう上手くいかないのが世界だ。

 そして、冒険も一筋罠ではいかない。

「待って、何かいる」

 いち早く何かに気づいたのは先頭の妖精弓手。

 耳が上下にピコピコせわしなく揺れ、五感を研ぎ澄ましている。

 話しながらも気は抜かない。

 帰るまでが命がけだ。ましてや人外の暗い森を抜けるのに気が抜けようはずもない。

 影が動いたような気がした。

 茂みが揺れる音がする。

 しかし、音の方に向いても何かがいる様子はなかった。

 森人、鉱人、闇人、蜥蜴人と夜目が利くはずなのに発見することができない。

 ハンターが気づけたのは、導虫と経験だった。

 導虫が赤く光って怯える動き、そして、相手の視線を感じる。視線を辿れば相手の影が見えた。

「上だ!」

 その言葉に反応して、全員が見上げる。

 

 何か黒いのが襲いかかって来た。

 反射的に飛び退き、全員が回避できた。

 

 漆黒の体毛に金色の猫のような瞳をしているが黒いくちばしを持っている、猫と鳥のような顔。

 前足に業物と思わせる巨大な刃が付いている。

 ハンターには見覚えがあるモンスター。

 迅竜、ナルガクルガ。

 咆哮を上げ、威嚇してくる。飛び退いて距離を取っていたので咆哮で耳を塞ぐことはしなかった。

 しかし、いきなり怪物に襲われたことに身を竦んでしまう女神官、表情を強張らせた闇女斥候、生唾を飲み込む蜥蜴僧侶。

「……ゴブリンではないな」

「違うに決まってるでしょ⁉︎」

 ゴブリンスレイヤーは襲って来た姿を確認して、怪物判定に失敗する。

 妖精弓手は怒鳴った。

 前足の刃で切り裂くように、飛びかかってくるナルガクルガ。

 全員が回避優先で、黒い風のように迫る刃を逃れる。

 しかし、いつまでも逃れることはできない。

 ハンターは前に出て太刀を抜き、頭を狙って斬りかかる。切れ味の良い太刀はナルガクルガの頭部から血飛沫を上げさせ、自分に敵愾心を向ける。

「何じゃい、こいつは⁉︎」

 突如、現れた未知のモンスターに驚きの声を上げる鉱人道士。

「ナルガクルガ!速い!切るために発達した前足!尻尾の叩きつけ!尾のトゲを飛ばしてくる!飛竜種!えっと!以上!」

 奇襲によって混乱しかかったパーティだったが、ハンターは知っているモンスターであったので復帰が早かった。

「竜殺し殿は、こやつめを知っているようですな!抑えてもらってもよろしいか!」

「分かった!できるかどうか分からないけどな!」

 ナルガクルガは機動力が高く、ヒットアンドアウェイが多い。

 ハンターの頭上を飛び越え、後方を襲う。一度、仕切り直すために離脱する。抑えるというにはハンターの腕力、脚力でも難しい。

 だが、しなければならない。自身は前衛職なのだから。

 ここでの戦い方を理解しつつあったハンターは、ナルガクルガを抑えるために駆け出す。ともかく、敵愾心を自分に向けることを考えた。

 そんなハンターに狙いを定め、尻尾を回し、杭のような鋭く太いトゲを飛ばしてくる。

 ハンターは攻撃に合わせ、前転して飛んで来た毛を回避し、反撃の一太刀を頭に叩き込む。

 狙いは頭。肉質が柔らかく弱点であり、刃が通りやすい。

 煩わしいと思ったのか、尻尾を振り、ハンターを追い払おうとする。

 その尻尾の攻撃を見切り、身を反転させ躱し、反撃の大回転切り。

 太刀に気が溜まり、更に鋭く刃が砥がれる。

 続いて納刀し、高速の抜刀切りをお見舞いした。

 しかし、一度後方に跳んで、力を溜め、鋭利な刃の翼を使い斬りかかるようにして、突撃してくる迅竜。

 刃を掻い潜り回避するものの、そのままハンターへの後ろへと跳んで襲いかかる。強靭な脚力は助走もなしに跳躍し一気に距離を詰めた。

 しまったとハンターが思うよりも早く、少女の声が発せられる。

「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守り下さい!」

 女神官の祈祷が聖璧(プロテクション)を生み出す。

 奇跡によって出現した壁に勢いよく突撃した迅竜は、壁に弾かれ仰け反った。

 仰け反った隙にハンターが斬りかかる。頭は狙えないが、痛撃(ダメージ)を与え、体力を削る。

 痛撃に反応し、跳び、距離を取る迅竜。

 獲物を仕留められなかった苛立ちか、痛撃(ダメージ)を受けたことに対する怒りからか、目を赤く染め、怒号の咆哮を上げる。

 ハンターはその咆哮という振動を見切り、身をひねって躱し切り裂いた。

 他の者たちは聖璧(プロテクション)によって咆哮を無力化している。

聖璧(プロテクション)維持します!」

「お願い!」

 聖璧(プロテクション)の向こう側から妖精弓手が矢を放つ。

「嘘でしょ⁉︎」

 しかし、彼女の放たれた矢は先ほどよりも速く動くせいで外してしまう。

 赤眼の眼光が暗い森の中で素早く動き、赤い軌跡を生む。

 それは夜の狩人。

 その赤い軌跡とハンターが持つ太刀の煌きが交わった。

 素早く翻弄する動きをハンターはしっかりと捉え、斬撃を繰り出す。

 肉を切る手応えと途端に溢れる血の匂い。

 迅竜は力を溜め、体を高速で回転させ、長い尾で辺りをなぎ払う。しかし、今度は逆方向へと急回転し挽肉へ変えようとした。

 力を溜める動作で危険を感じたハンターは1撃目を前転して潜り避け、再度転がり距離を取って2撃目を回避する。そして攻撃し終えた隙を狙い、斬撃を繰り出した。

 そんな荒れ狂う戦いの中、呪文を唱えられる者たちは使う瞬間を見極める。

「火か、雷か」

 目の前の光景に飲み込まれず頭を回し、どの魔法を使うか考える闇女斥候。

「当てられなければ無駄打ちでしょう」

 ブルリと鱗肌が震えるのは武者震いか恐怖か。恐らく、前者の方だと思われる蜥蜴僧侶は大きな瞳で挙動を逃さない。

「じゃったら、動きを止める術が良かろう」

 あの速さが厄介なのだ。故にそれを無くす。少なくとも鉱人道士はそう考えた。

「私が持っている。掛けたら呪文を維持しよう」

「あいよ」

 使う呪文を決めた闇女斥候。そして、他の術使いたちも、それぞれ使う術を準備する。

 呪文の種類にもよるが、範囲や射程がある。あれ程、速く動く対象に対して、呪文が避けられてしまう確率が高いのだ。数回しか使えない呪文が空撃ちになる事態は避けたい。

 隙を逃さないよう、迅竜の一挙一動を観察する。

 そして、なぜかハンターに背を向けて、即座に飛び上がった。

 直後、一瞬にして地面に尾を叩き付ける。尾は伸縮するのか、かなりの長さとなっていった。

 大地が割れるかというほどの振動があるが、そのような攻撃を喰らえばハンターも無傷ではすまない。

 横に転がり、振り下ろされる尾を紙一重で躱し、即座にまた転がる。反撃はしない。なぜなら、すぐに2撃目がくることを知っているからだ。

 ハンターの予想通り、もう一度、尾が地面に叩きつけられる。

 だが、攻撃の反動からか、多少の硬直がナルガクルガに生まれ、伸びきった尾を切り裂くハンター。

 隙を逃さなかったのはゴブリンスレイヤーも同じ。聖璧(プロテクション)の近くで、右手のスリンガーに装填されていた麻痺投げナイフを発射し、雑囊からも麻痺投げナイフを手に持って投擲する。

 ハンターと戦っている中、1つは外れ、もう1つは黒い胴にナイフが刺さる。痛痒にはならないが、麻痺の毒が蓄積された。

 それでも、巨体には足らぬ毒の量なので、ナルガクルガの動きが鈍ることにはならない。

 投げナイフの刺激に注意が向いたのか、首をゴブリンスレイヤーに向け、飛びかかってくる。

 しかし、ゴブリンスレイヤーは聖璧(プロテクション)の中へと戻り、攻撃が空振りした迅竜は悔しげに威嚇する。

ホラ()……セメル(一時)……シレント(停滞)!」

 聖璧(プロテクション)に攻めあぐねている迅竜に、闇女斥候が停滞(スロウ)の術が掛けられる。

 動きが鈍くなった迅竜にハンターの斬撃が強襲。

 そして、ゴブリンスレイヤーも麻痺投げナイフを何本も投げつけ、ナルガクルガを麻痺へ追い込んだ。

 畳み掛ける、とゴブリンスレイヤーの指示で、奇跡と呪文の継続を維持している女神官、闇女斥候以外が攻撃へと転じる。

 ハンターは血飛沫を辺りに撒き散らしながら斬り裂き続け、気で刃を研ぎ澄ましていく。

 ゴブリンスレイヤーは会心の刃薬を使い、威力を上げて斬りかかる。

 妖精弓手が、矢を早撃ちして深々と刺した。

 鉱人道士の石弾(ストーンブラスト)が、ガガガと体を叩きつけて衝撃を与える。

 蜥蜴僧侶は「イヤァアアア!」と喊声(かんせい)を発する。奇跡によって生み出した竜牙刀(シャープクロー)と呼ばれるショテルのような骨の刃物で切りつけ、刃に血を塗った。

 血だらけになった迅竜。

 しかし、総攻撃を受けても、まだナルガクルガは耐えて、後ろに跳び下がる。

 そして、分が悪いと足を引きずり逃げようとした。

 だが、闇女斥候の停滞(スロウ)によって引きずる足は重く、遅い。

「はぁああ!」

 ハンターは逃すものかと、太刀で突きを放ちナルガクルガを怯ませ、続け様に宙高く飛び上がると落下の勢いと共に、気の練り上げられた太刀を振り下ろす。

 一瞬の遅れの後、ドパッと大量の血が噴射し、辺りに血の雨が降った。

 

 ハンターが意気揚々とナルガクルガを解体している最中、他の6人は焚き火をして休憩をとった。

「行きはよいよい、帰りは怖い、ったぁこのことだの」

 深い息を吐き出し、どかっと地面に足を放り出して座る鉱人道士。

「いやはや、飛竜(ワイバーン)とのことですが、拙僧は身印を立てて嬉しい限り」

 返り血を気にせず、上機嫌な蜥蜴僧侶は大声で笑った。

「ゴブリンばっかじゃ飽きるけど、最後に知らないモンスターと戦うってのは冒険でも定番よね。グアサングは知ってたみたいだけど」

 うんうんと目を閉じて、今日の出来事を振り返って冒険の評価を改める妖精弓手。

「財宝はない、帰りは飛竜(ワイバーン)に襲われるなど、踏んだり蹴ったりな冒険だ」

 不満げな顔をして大字に地面に仰向けに寝そべっている闇女斥候。

「それよりも矢が外れたことが問題よ、私は」

「森人の矢も黒い陣風には敵わぬ、か」

「なんか文句でもあるの?」

「いやなに、私の呪文は役に立っただろ」

 ニヤリと自分の功績を立てた彼女に、イーっと犬歯が見えるほど悔しがった妖精弓手。

「でも、なんとかなりましたし、良かったです」

 疲労の色が濃い女神官。ちょこんと木に寄りかかって座っている。このまま数秒したら寝てしまいそうだ。

「……冒険とは」

 独り言だったのだろう。ポツリとゴブリンスレイヤーは呟き、5人が彼に顔を向けたことがわかったので、そのまま続けた。

「こういうものなのか?」

 全員が顔を見合わせ、コクリと頷く。

「そうか」

 彼も頷き、少し間を置いて続けた。

「悪くない、と思う」




この執筆ブーストは年末休みのおかげです。
ただ、何時止まるかは気分次第。
正月休みまでに2巻終わらせたいなと思っていますが、難しいかも。


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5-4 装備更新

あけましておめでとうございます。
今年もどうか閲読よろしくお願いします。


 熱せられた鉄が槌で撃たれ、火花を飛ばす。

 熱気が鍛冶場に満ち、働く職人たちも汗を流しながら意気揚々と作業をしている。

「ふぅー」

 鍛治長女鉱人は汗を手拭いで拭う。

 彼女の作った出来上がったばかりの剣が、机の上に一振り置いてある。剣先は鋭く、刃面は磨かれ鏡のようで彼女の顔を写す。出来立ての刀身は、キラリと輝き魔剣のようにも思えるが、ただの鋼の業物。

 ハンターが依頼したティガレックスの片手剣と盾、防具の製作は終わり、通常の仕事の依頼が捗っている。

 先日この鍛冶場に流れ着いた圃人(レーヤ)の老人な風貌をしている鍛治師の手伝いもあって、与えられた素材の加工が捗りなく完成した。

 どこにでもいる竜人の加工屋と名乗っていたが、彼の技術は凄まじい。竜人が持っている鋼鉄、素材の加工の知識、技術は、鉱人の目を輝かせた。

 弟子入りを志願する職人もいる。

 鍛冶長も、軍が注文した装備を作り終えた後は、加工竜人の作業を見て技術を学んでいた。

 鋼の秘密に迫ろうとするのは上古の鉱人から続く、鍛治に携わる鉱人として宿命だ。

 例え、鋼の秘密とは違っても新たな技術を職人たちは歓迎した。

 

「こんにちはー」

 ハンターが来た。

 警戒する鍛冶場にいた職人たち。今度はどんな武器を作らされるのか。

 だが、今の彼らには心強い仲間がいる。

「ひょ?ハンター殿でなか?」

「加工屋さん⁉︎」

 シワだらけの肌、白髪、自身の背丈よりも大きい槌を持っている圃人のような老人。

「なに驚いてんでぃ。ハンターがおんのなら、ウチら加工屋がいねぇわけねぇべ」

 カカカと笑う加工竜人は、なんというか鉱人(ドワーフ)と気が合いそうだ。

「そんで、今日はどんな用件だい?」

 ハンターは迅竜、ナルガクルガの素材を引き渡す。

 容易く木々を寸断する刃として発達した迅竜の剛刃翼。暗闇に溶け込むような漆黒で非常に滑らかな迅竜の豪黒毛。他にも迅竜の重牙、厚鱗、靱尾、重尾棘、そして、天鱗。多数の金貨が入った袋も忘れずに渡す。

「おお、こいつぅあ運が良かったな! 質も申し分ねぇ! でだ、なに作る?」

「太刀と防具だ」

 ナルガクルガの素材を武器にすれば、凄まじい切れ味と会心率を誇る武器が出来上がる。防具であれば、回避重視の軽量かつ堅牢な防具になる。

「あいよ。ちっと待ってくりゃれ」

 そう言って素材を抱え奥の作業場に行く竜人。作業所の何人かが一緒についていく。

 それと替わるように、鍛治長女鉱人がハンターに製作を頼んでいた片手剣を持って来た。

「頼まれていた物だよ」

「ありがとう」

 受け取った装備の出来を確かめる。

 ティガレックスの爪をそのまま使ったような、鉤爪の剣。轟竜の甲羅を使った円盾(バックラー)。そして、黄色を基調とし青の模様に、爪が装飾された鎧。

 会心率は低いものの、素の攻撃力、斬れ味は高い。そして、着ると攻撃力を上げ、高周波のような振動にも耳を保護すること、食べ物を早く食べる技術(スキル)が身につく。

「しっかし、なんで防具なんて注文したんだ? こんな立派な鎧があるのに」

「防具を複数持つのは当然だろ。用途に合わせて使い分けるんだから」

「なるほどね」

 そんなことを話しているうちに、加工竜人が戻ってくる。

「早いよじいちゃん!」

 もう、装備ができた。鍛治長としては、どのように加工するのか見学させてもらおうとしていた。

 何せ、ティガレックスの素材を加工するときも、鍛治長たちは苦戦した。しかし、流れ着いた加工竜人に手伝ってもらったところ半日で終わっていたのだ。

 加工竜人の技術を学び、職人たちの普段の仕事も素早くなってきた。

 しかし、これほど早いとは誰も思わない。

 それに手を抜いた様子などなく、その装備がとてつもない性能をしていることが目にしただけでわかる。

「ほれ」

 忍者のような装備と一振りの漆黒の鞘に納められた太刀。

 出来上がった装備を、吟味しながら身につけていくハンター。

 しかし、統一されていた2種類の防具を組み合わせて装備したため、違うところの違和感がある。

「まぁ、こんなもんか」

「いやいや、どっちか片方にしないの?」

「うーん。スキル的にはこれが最適解だと思うんだ」

 ハンターが選んだのは攻撃力と回避性能。早食いやフルチャージはおまけ程度。

 EXドラゴンb装備の装飾品の組み合わせが優秀すぎて、前まではそれに頼りがちだったので、別の装備でリオ夫婦に挑んで腕を試そうとしたのが運の尽き。

 ただ、今ある装備でスキルの最適を考えるのも面白さがある。

 今は装飾品もそんなにないのだから。

「ほな、素材持ってきたら、また加工してやっかんな」

「次もよろしく」

 ハンターは装備を更新しました。

 

 

 

「で、それが新しい甲冑ですかや」

 街に戻ったハンターは、ギルドの酒場にやってきた。

 そこにはいつものメンツが食卓を広げており、ハンターもそこに座る。

 いつもとは違った装いに蜥蜴僧侶が声を掛けてきた。

「ああ、前に倒した轟竜と森で倒した迅竜の素材を加工してもらった」

「いやはや、見事なものですな」

「というか、迅竜の素材は全部俺がもらったけど、良かったのか?」

 ハンターが剥ぎ取った素材は、パーティで分散されることはなくハンターが全てもらった。それでは申し訳ないのでハンターが、前回ゴブリンから得た戦利品を売却した取り分を渡した。

「私としては使い道のないものよりも、金貨の方が嬉しいのでな」

 闇女斥候がパンに蜂蜜をたっぷりと塗っている。どうやら、前回で得た金は蜂蜜へと変わったらしい。

「前衛が強化されるんは、呪文使いとしてはありがたいからの」

「これ、回避重視の装備なんだけど。本格的に盾役やるなら、ウラガンキンの装備とランスをしたい」

「あー。嚙尾刀は回避重視の剣士じゃったか?」

「攻撃がきたら、反射的に避けようとするからな」

 鉱人道士は服に宝石を縫い付けている。かさばる金貨ではなく、宝石に換えるのは珍しいことではないらしい。

 ハンターは最近、銀行に口座を作って大量の金を預けるようにしている。金貨は自前の大量に入る財布があるので問題ないが、農場関係の取引は銀行の方で行なっている。誰しもがハンターのような財布を持っているわけでなく、金貨を100枚持ってこられても迷惑になるらしい。

 最近は装備を作るのも、宝石で手渡すか、銀行を使うべきかとも思ったが、今まで通り金貨で払うことにする。

 少なくとも、昨日は金貨で支払った。高額すぎて変えるよう言われたら変えよう。

 ハンターにとって相手が巨大で、ランスの大楯、大剣以外だと少しガードに不安が残る。片手剣の盾は、咄嗟の保険のようなものだ。

 

「グアサングって湾刀以外も使えるのね。詩だと湾刀の印象が強いから」

「詩っていうと?」

 妖精弓手の言葉に反応したのは、首を傾げた女神官だ。

 彼女の感覚としては、歌になるのは銀等級の冒険者からで、ハンターが非常識であることも理解している。しかし、詩になるほどの功績というとやはりドラゴン退治だ。

 森人の優雅な声で歌われる竜ゴロシの歌。

「『彼方より飛来する災厄。

 それは逃れえぬ運命。

 天を焦がす炎の息。

 黒き死を纏う鱗。

 翼は嵐を起こす。

 牙と爪は鋼の鎌。

 数多の軍をなぎ払い、英雄たちも倒れた。

 伝説を超えた神話の黒き竜。

 それに立ち向かうは、放浪する一人の戦士。

 背中に背負いし湾刀は神話の煌めき。

 世界のため、かの者は戦う。

 戦いは三日三晩続く。

 炎の吐息は地を焼き、しかし、湾刀の煌めきが炎を裂く。

 死の鱗は固く、されど神話の剣は死を払う。

 爪を潜り抜け、牙を掻い潜る。

 かくして、死闘の果てに力果てる黒竜。

 栄光を手に入れた竜殺しの戦士。

 されど、褒賞を受けずに放浪の旅に出る。 

 かの者は孤高なる竜殺し。災厄あれば、何処へも駆けつけん』

 だったかしら」

 歌われた詩を聴いていたハンターは、所々誇張された内容になんとも言えない気持ちになる。いや、誇張でもないのか?

「実物見ると、……うん」

 チラとハンターを見て、こくこくと首を上下に頷く妖精弓手。

 他も頷き、納得している。

 なにに納得しているのだろうか。

「詩通りとまでは行かずとも、事実無根なわけではありませぬゆえなぁ」

 蜥蜴僧侶はしみじみとオーガや迅竜の戦いを思い出し、塊のチーズを「甘露甘露」と言いながらかぶりつく。

 

 そんなことで話していたら、何かの用事を済ませてきたらしくどっかと席に座ったゴブリンスレイヤー。

「ゴブリン退治だ。報酬は1人金貨一袋。来るか来ないか、好きにしろ」

 そんなことを言って、溜息を吐く女神官。

「わかっていたつもりですけど、本当の意味で理解しました。ええ、あなたの行動に一々驚いていたら身が持たないということが」

 うんうん、と同意する妖精弓手と闇女斥候。

 鉱人道士はニヤリと笑い。蜥蜴僧侶はチーズを齧っている。ハンターは出てきた肉料理を食べ始めた。

「前にも言いましたけど、選択肢があるようでないのは、相談とは言いません」

「選択肢はあるだろう」

「それはただ二択を迫ってるだけです」

 女神官の言っていることを理解しているのかいないのか。鉄兜の奥でどんな顔をしているかわからない。

 だが、困っているようではあった。

「どうせ、私たちが行かないって言ったら、1人で行くんでしょ?」と妖精弓手の問いに、「当然だ」と間髪入れずに答えるゴブリンスレイヤー。

「やっぱ相談じゃないわよ、これ」

「ま、わしらにも相談するだけ、かみきり丸も柔らかくなったちゅうことかの」

「うむ、良き傾向でありましょうな」

「まぁ、理解できる話をするだけマシだ」

 鉱人道士は宝石を衣服に縫い終え、蜥蜴僧侶はチーズのお代わりを店員に頼み、闇女斥候はパンを飲み込んだ。

「では、好きにします。付いて行きますね」

 女神官は呆れ顔から淑やかな笑い顔に変えてそう言った。

 他の者たちもついていかないという選択はしない。

「小鬼どもは数が多い。呪文使いは1人でも多い方がいいでしょうや」

 お代わりのチーズを受け取りながら、頬張る蜥蜴僧侶。

「ちょうど路銀の準備も終わったとこだしの。付き合うとしようか」

 白い顎髭を触りながら、酒を注文しにかかった鉱人道士。

「ゴブリン退治が終わったら私たちと一緒に冒険一回。それでいいでしょオルクボルグ」

 ゴブリンスレイヤーを指差し、それからと続けて注文を重ねる妖精弓手。

「ゴブリンに水責めとかするの禁止ね」

「火攻めもですよ」

「毒気もなし」

 立て続けに妖精弓手と女神官の注文。

「毒もか」

「当然でしょ!」

「当然です!」

 注文内容にゴブリンスレイヤーは困ったようだが、2人は断固禁止と姿勢を崩さない。

「仕方あるまい」とゴブリンスレイヤーは言った。意外に素直に条件を受け入れたことに2人は目を合わせ笑みを浮かべた。

「そっちはどうする?」

「ゴブリン退治にしては金払いもいいからな、私も受けよう」

 ギルドを通した依頼であれば、騙して悪いがもないだろうと闇女斥候。

「装備の試し斬りにはちょうどいい」

 ハンターも、討伐系の依頼ならば文句はない。新しく手にした装備を使ってみたくてウズウズする。

「とりあえず、次の冒険に備えての祝酒といこうかの」

 そう言って鉱人道士は火酒と葡萄酒を杯に注ぐ。

 葡萄酒はあまり酒に強くない妖精弓手と女神官に。他の者たちには火酒を。

「明日の冒険に!」

「かんぱーい!」

 と音頭を取り、ガブリと杯を飲む。女神官は一気飲みはできずちびちびと飲み、他の者たちも火酒の強い酒気に一気に飲み干せる者は鉱人道士、ハンター、ゴブリンスレイヤーだけだった。

 そんなのを見て、鉱人道士は勝負を仕掛ける。

「ところでかみきり丸に嚙尾刀。わしと飲み比べせんか?鉱人(ドワーフ)が飲み比べに負けたとあっちゃーご先祖様に顔向けできんのだわ」

「オーライ。どんとこい」

「すまんが、二日酔になるわけにはいかん」

 二つの異なる返事に鉱人道士は、「ま、しゃーねぇか」と笑った。

 ゴブリンスレイヤーは勝負から降り、ハンターは勝負を受ける。

「私もやる!」と、無謀にも乗り込んでくる妖精弓手。

「ほ! 長耳娘が良い度胸しておるわ。葡萄酒で手加減しちゃる」

 彼女が飲み干した杯に葡萄酒を、鉱人道士とハンターの杯には火酒を注ぐ。

 それを見て賭けをしだす冒険者たち。

 闇女斥候も勝ちそうな鉱人(ドワーフ)の方に賭ける。

 しばらくして、妖精弓手が酔い潰れる。

 だが、顔が赤くなりつつも同じ速さで火酒を飲むハンターに、鉱人道士は負けじと杯を飲み干す。

 お、おおっと祭りのように盛り上がる夜の酒場。

 ゴブリンスレイヤーと女神官は妖精弓手の介抱をする。

 勝負の行方がわからなくなってきたことに、焦る闇女斥候と鉱人道士に賭けた多数の冒険者たち。

 結果、泣きを見ることになった多数の冒険者。

 しかし、それも泣き声はすぐに止み新たな活気に消えていった。

 

 




ハンターの装備。
武器、太刀、夜刀【月影】、片手剣、轟剣【虎眼】
防具頭、EXレックスヘルムa
  胴、EXナルガメイルb
  腕、EXレックスアームa
  腰、EXナルガコイルa 
  足、EXナルガグリーヴa

序盤で装備が統一されないのは、G級行ってもおなじこと。

加工屋のイメージはユクモ村の加工屋さん。


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5−5 水の街

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 目的地まで行く馬車に乗ったパーティ。

 妖精弓手は二日酔いで呻いている。

 ガタゴト揺れる馬車の中では、かなり気持ち悪いものだろう。

「う〜ん。お水ちょうだい……」

「まったく、昨日の酒を引きずるなんぞ森人っちゅーのは情けないの」

 鉱人道士が呆れ、女神官が零さないように水筒を差し出す。

 コクンっと差し出された水を飲んで、しかしそれだけではあまり顔色は良くはならない。

「あ、ありがと。ってあんた達は昨日私に飲み負けたじゃない」

「なーにを寝ぼけとるんじゃ。お前さん数杯で茹で蛙みたくひっくり返っとったじゃろ」

 彼女は昨日そんな夢を見たらしい。

「野伏殿は随分良い夢を見ていたようですな」

「私は昨日悪夢にうなされたがな。なんで酒の飲み比べで只人(ヒューム)鉱人(ドワーフ)に勝てる……」

「そんなに異常か?」

 気楽に言う蜥蜴僧侶だが、闇女斥候は頭に手を当て、難しい顔をする。随分と負けたようだ。

 ハンターは、昨日あれほど酒を飲んだのにいつも通りの表情で座っている。

「竜殺し殿は8つの首を持つ竜でさえ飲めなんだ酒の量を飲みそうな勢いでしたからな」

「それを言われちゃ、鉱人顔負けじゃったわい」

 がははと笑う鉱人道士がうるさかったのか、妖精弓手が呻き声を出しながら辛そうに抗議する。

「あんまり引きずるなら解毒薬(アンチドーテ)でも飲ませてやれ」

「それはちょっと……」

 あんまりではないか、と女神官が呟く前に、ゴブリンスレイヤーは言った。

「冗談だ」

 一瞬の沈黙。

 全員が顔を見合わせる。

「オルクボルグが冗談言ったー⁉︎」

 妖精弓手の叫びが馬車を揺らした。

 

 天秤のような剣が、街の象徴として白亜の城塞に描かれている。

 法と正義を象徴する、至高神を崇める神殿のお膝下。

 馬車は跳ね橋を渡り、城壁を潜り抜け、石畳の道を走る。広場の停留所で馬車が止まり、冒険者達はそれぞれ降り始める。

 昼時の広場には人々が行き交って、賑わっていた。

 商人が遠方の果物を売っており、売店が肉や焼き菓子の匂いを漂わせている。

 水の町と呼ばれ、その名の通り町中に水路が巡っており人々は移動手段に小型の船を操作していた。

「あー。やっと着いた。お尻、いったぁ〜い」

 大きく背を伸ばし、身体を解す妖精弓手。

「もう大丈夫なんですか?」

「ええ!オルクボルグの冗談ですっかり酔いがさめたわ」

 女神官の気遣いに、妖精弓手は先ほどまでのような様子はない。それでも、座りっぱなしで尻が未だ痛いようだ。これもゴブリンスレイヤーが冗談を言えば吹っ飛ぶのだろうか。

「胸は金床、尻は轍。へっこめば釣り合いが取れるわい」

「寸詰まりのくせに」

 いつものように妖精弓手と鉱人道士の言い合いが始まる。

「……我慢、我慢だ」

 しかし、言い合いに入る闇女斥候は周りをキョロキョロし、屋台から漂ってくる匂いを嗅ぎ、口から涎を垂らし腹を押さえている。

「何か買うか?」

「……いい。こんなことで仲間に借りを作りたくない」

 ハンターの言葉に、パッと目が輝いた彼女は、すぐに首を振って誘惑を断ち切る。

「金と道具の扱いは仲間内でこそ、だからな」

 買わぬなら、ここにずっといるわけにもいかない。

「依頼人に会いに行きませんか?」と、女神官の言葉で依頼人のいる法の神殿に向かうことになった。

「ならこっち!」

 ここに来たことがある妖精弓手が、颯爽と歩き出しパーティを先導する。

 広場から離れても、水の街には人の活気に溢れていた。

 石畳の道を馬車が行き交い、運河に船が渡り、ドレスを着た貴族のような婦人が歩く。

 宿屋、商店、住居はレンガで作られた建物が多く、きっちりと窓や建物の敷地が測られたように規則的だ。

 そんな街中を歩く中、女神官が疑問を口にする。

「でも、本当にこの街にゴブリンなんているんでしょうか?」

「いるとも」

 この街は活気があふれ、とてもゴブリンがいるようには思えない。

 しかし、間髪入れずゴブリンスレイヤーは断言した。

「ほう、小鬼殺し殿。して、その心は?」

 この街にゴブリンがいることを疑問視していたのは蜥蜴僧侶も同じだったらしく、興味心から聞いてくる。

「ゴブリンどもに狙われた村と、よく似た空気だ」

「空気? よぉ、わからんの」

 鉱人道士が一応、匂いを嗅いで見るものの何かを嗅ぎ取った様子はない。

「鉱人は鈍いから」

「待て、森人だってわかるわけないだろ」

 妖精弓手の意見に、闇女斥候が噛みつく。

 睨んでも、彼女は意見を変える気はない。

「森人の住処は森よ?都会の匂いがわからなくても、気にならないわ」

「街中で、あまり騒がしくするものではないと思うのですがなぁ」

 ふふん、と鼻を鳴らす彼女は得意げだが、シュルルと独特な舌を鳴らす蜥蜴僧侶の強面を見れば、口をつぐんでしまう。

 しかし、それも一瞬のこと。

 要は言い合いにならなければ良いのだ。

「匂いはわからないけどさ。流石にこんな街中には出てこないでしょ?」

「俺は一度覚えがある」

 ゴブリンスレイヤーは街中にいきなりゴブリンが出てくるというのが、過去にあったのだろうか。

 街中でも武装は解かない彼は、今この瞬間ゴブリンが襲ってきたとしても、慌てずにゴブリンを殺すことができるだろう。

 それこそ、いつも通りに。

 何せ辺境の街でも、この物珍しい街を歩いている中でも、ゴブリンの襲撃に警戒しているのだから。

 証拠にずかずかとした彼の歩き方でも、足音がそんなにしていない。

 

 しかし、街中ではゴブリンを見かけることはなく、一行は法の神殿前まで来た。

 

 女神官が感嘆を漏らす。

 白く洗礼された大理石で作られ、大きくそびえ立つ円柱の柱が並ぶ荘厳な神殿は確かに、見るものを圧倒する。

「依頼人って至高神の神官さんなのですか?」

「いや、至高神の大司教だ」とゴブリンスレイヤーがなんでもないように言った。

「え」

 予想していなかった人物が依頼したことに、目が飛び出るほど驚いた女神官。

 

 神殿の中に入る冒険者たち。

 待合室にいる係付けの神官に依頼人の場所を聞き、神殿の奥へと向かう。

 聖域を思わせる礼拝堂。

 陽光が窓から差し込み、白いカーテンのように室内を清める。

 真ん中にある祭壇に建っている白い彫像は、至高神を象ったものだろう。

 その祭壇に祈りを捧げる女性がいた。

 天秤のような杖を持ち、豊満な女性の体が白い法衣の上からでも分かる。

 金の長髪は手入れを欠かしていないからか、艶やかな煌めきを放つ。

 黒い布で目を覆っているが、美貌が損なわれることはない。邪な思いがなくとも、その布を取り素顔を見てみたいという欲求に駆られることだろう。

 そんな女性がいることもあって、神秘的な光景の中にぞろぞろと入っていく冒険者たち。

 足音に気づいた彼女は、振り返り笑みを浮かべる。

「まぁ、どなた?」

「ゴブリン退治に来た」

 問われた声は蠱惑的で、されどもそんなことを気にしないゴブリンスレイヤーは、いつも通り淡々と言う。

「あ、あの、すいません。その、お会いできて光栄です!」

 緊張して、赤面になった女神官はぺこりと頭を下げた。

「一党の同胞でありまする。恐るべき竜を奉じる身なれど、拙僧も及ばずながら力をお貸ししましょうぞ」

 奇妙な合掌をする蜥蜴僧侶。

 闇女斥候も交易神の作法らしきものをする。

「ようこそ冒険者の皆さん、心より歓迎いたしますわ」

 大司教、剣の乙女と呼ばれる女性は、朗らかに笑い会釈して迎えた。

 

 水の街に1か月前に殺人があった。

 最初の被害者は神殿の侍祭の娘。

 生きたまま切り刻まれたそうだ。

 他にも窃盗、通り魔の傷害、娘への暴行、子供の誘拐などが続く。

 衛士のみならず、冒険者も雇い警邏を強化した。

 そうしてようやく、犯人を見つける。

 女性を襲う小さな人影を斬り伏せ、その死体がゴブリンだった。

 そして、ゴブリンが街に入って来る場所、下水道に冒険者を向かわせる。

 ゴブリン退治に成功しているのならば、ゴブリンスレイヤーに話がくることもない。

 ゴブリンが多すぎて対処できないのか、それともゴブリン以上のホブやチャンピオンなどの脅威があるのか。

「お願いします。どうか、わたくしどもの街を救っては頂けないでしょうか」

「救えるかどうか、わからん。だが、ゴブリンは殺そう」

 そんなこざっぱりしたゴブリンスレイヤーの言い方に、女神官が小言を言う。

「しかし、なぜ衛士だの軍だのの類に討伐させないのか。拙僧はこの街の事情はわかりかねるが、別に管轄外というわけでもあるますまい」

「それは」

 蜥蜴僧侶の疑問に、剣の乙女が言い淀んだ。

 彼女も衛士なり、軍なりに陳情したのかもしれない。

「ゴブリンごときに兵隊を動かす必要はない、と言われたか?」

 ゴブリンスレイヤーの問いに、剣の乙女は僅かに俯く。

 街が襲われているのに、そのような対応なのか。村がゴブリンに襲われていても、軍が戦うことはなく冒険者が戦うのだけれども、街と村では規模が違う気がする。

 だが、些事と言えば、些事なのかもしれない。

 都を滅ぼすドラゴン、デーモン。脅威で言えば、ゴブリンとは比較にならない。

 それに、軍を動かすのに動く金は如何程か。

「軍を来させるのにまず金。そして、滞在に金。怪我の手当てに金。死亡したときに家族に払う給付金やらなんやら。私では見たこともない大金になるな」

 ボヤいた闇女斥候は、それをゴブリン退治に支払う気は軍には無いと断言しそうだ。

「お金お金お金って、交易神を信仰しているからって恥ずかしくないの?」

「何を恥ずかしがる?」

 妖精弓主は守銭奴な闇女斥候に眉を顰めるが、問われた方の彼女も心底不思議そうに聞き返した。

 そして、金の問題だけではない。

 戦う場所は下水道とは名ばかりの遺跡(ダンジョン)

 軍は大勢で戦う平地での訓練を積んでいるのがほとんどだろう。衛士は街を守るために警備をしている。

 閉所では大勢での行動がしづらい軍は力を発揮できず、衛士が街を離れれば悪漢どもが何をしでかすか。

「まぁ、しゃあねぇわな。ゴブリン退治はそれこそわしら冒険者の仕事か」

「やれ、只人の金銭だ政だのは、面倒なものですやな」

 鉱人道士と蜥蜴僧侶の言葉に、剣の乙女は申し訳なさそうだ。

「興味がない」

 そう言った事情を、一切合切切り捨てんとばかりに言ったゴブリンスレイヤー。

 彼の頭は、軍だの衛兵だの冒険者だのの事情はそれこそ興味がないのだ

 今は、街の下水道に潜むゴブリンをどう駆逐するか考えている。

「俺たちはどこから潜れば良い?」

 あまりの無頓着ぶりに唖然としたのか、剣の乙女が一瞬固まる。

 呼び掛けられ再び動きだす彼女は、一枚の古い下水道の地図を広げる。

 正確ではないらしいが、無いよりかはあった方がいい。

 蜥蜴僧侶に地図を渡し、早速ゴブリン退治に向かい出す。

「いくぞ、時間が惜しい」

 早足でも無いが、ゴブリンスレイヤーは一番に礼拝堂から出ていく。

「ま、オルクボルグはそうでなくっちゃね」

 他の者たちも、歩き出した彼についていく。

 ハンターはうーんと腕を組んで頭を捻りながら付いていった。

「普段使わない頭を捻ってどうした?」

 そんな、ハンターにからかうように声を掛ける闇女斥候。

「言いたいことはあるけど、今は置いとく。さっきまでの話で、何か変なところがなかったか?」

「変?どこがだ?」

「どこがって言うと、わからないけど」

 また、頭を捻るハンター。剣の乙女の話に違和感がある。何がと言えば、何なのかわからない。

 だが、何かが違うと警告している。

 ボタンを一つかけ間違えたような些細な違和感が気になってしまう。

「なんでも良いが、戦闘中はやめてくれ」

「わかってる」

 ともかく、ゴブリンが出てくる場所もわかり、古いとは言え地図も貰った。

 下水道に潜り、ゴブリン退治だ。

 戦闘に思考を切り替えたハンターは、神殿の裏庭にある井戸からゴブリンが潜む下水道へと降りた。



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5−6 水の都の下水道

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北陸に住んでいるのですが、雪が酷い。
2018年の豪雪を思い出しました。3連休は雪かきで終わりそう。
何せ、3時間で10CM雪が積もっているぐらい。
明日の朝はさてどのくらいか。


 水の街の暗い下水道に断末魔が響き渡る。

 ゴブリンは脳天を砕かれ、喉を引き裂かれ、内臓をぐちゃりと潰され、殺害されていく。

 轟竜の爪をそのまま使ったような片手剣、轟剣【虎眼】はゴブリンの雑な防具など意に介さず破壊し致命傷を与えた。

 血を滴らせる轟剣はゴブリンを威圧し凶暴に暴れる。

「まさに竜が爪を振るうが如き一撃、ですな」と、蜥蜴僧侶は言っていた。

 彼も牙の刀、彼自身の爪と尻尾を使って戦い切り裂き、吹っ飛ばしていく。

 まさしく、竜の戦士といった戦いをする彼ら。

 彼らの周りはゴブリンの血肉が散らばっている。まるで竜が食い散らかした後のようだ。

 ゴブリンスレイヤーは死骸から武器を拾いながら、致命傷となる頭や喉、心臓を的確に狙い屠っていく。

 鉈で頭を叩き斬られたゴブリンは、鉈が刺さったまま下水道へと落ちて、そのまま沈んでいく。

 武器を失ったゴブリンスレイヤーだが、スリンガーのクラッチクローを使い転がっていた剣を拾い、ゴブリンを殺す作業に戻った。

 ゴブリンの屍は大量に作られ、死屍累々の様子が松明とランタンの明かりで浮き彫りになった。

 ゴブリンにとっては地獄絵図。

「片は付いたようですな」

 蜥蜴僧侶は刃の血を払い、辺りを見渡す。

 辺りにあるのは、ゴブリンの死体だけではない。

 鎧を着た只人の骸が壁にもたれかかるようにあった。

 ゴブリン退治に向かって戻ってこなかった冒険者。

 生き残っている冒険者たちは、息を整えていく。

 だが、それ以外にも息をする輩が潜んでいた。

 その息遣いを聞き逃す長い耳ではない。

「まだだ!」

 闇女斥候が明かりが届かない闇の中で振るう小剣と短剣が、ゴブリンの喉を捉えて引き裂く。

 ごぼっと噴き出す血に悲鳴を上げることすらできず、自らの血で窒息したゴブリン。

 しかし、暗闇には他にもゴブリンがいたらしく、逃げる足音が聞こえてくる。

「逃さないわよ」

 妖精弓手が大弓に番えた木の矢が放たれ、ギャッと悲鳴がする。ドボンと水音がした後には、足音は聞こえなくなった。

「これで終わり」

 ドヤッと得意げな顔をする妖精弓手。

 ハンターは砥石を使い、切れ味を整えていく。研ぐ途中に小型モンスターに襲われることが多いので、警戒しながらも研がれた轟剣は新品のような刃の輝きを取り戻す。

「こんなにたくさんのゴブリンが、街の下にいるなんて」

 さて、倒した数はいかほどか。少なくとも今は20以上。しかも、1度や2度の戦闘ではない。

「予想はしていた」

 冒険者の遺体から長剣を取るゴブリンスレイヤー。

 ゴブリンが武器を奪わなかったのは、体格に合わなかったのか。

 長剣の具合を確かめた彼は、「よし」と頷いた。

「よし、じゃないですよ。もう」

 そんな追い剥ぎをするゴブリンスレイヤーにため息を吐く女神官。

「ああ」

 どうやら彼も死者を辱めることはしない。

 女神官が死者に祈りを唱える。

「いと慈悲深き地母神よ、どうかその御手にて、地を離れし者の御霊を御導き下さい」

 それは冒険者だけではなく、死んだゴブリンたちにも分け隔てなく念じた。

 魂は天へと昇り、浄化されるのか。

 ハンターにはよくわからない。臨死体験は不屈発動のために、自ら進んでしていたこともある。しかし、雲の上にいることも、神の前で断罪されることもなかった。

 いつも医療用担架でガタゴト揺らされ、硬い地面に転がされていた。

「できれば地上に還してやりたくはありますが、せめて鼠や虫の糧となりて、巡っていくのが幸いでありましょう」

 蜥蜴僧侶も奇妙な手つきで合掌する。

 蜥蜴僧侶によれば骸は他者の糧となり、地になり養分となり巡る。

 ハンターにはよくわかる理屈だった。実際にハンターが狩ったモンスターは武具となって糧となっている。

 闇女斥候は祈りはしなかったが、黙祷しているようだった。

「んっと」

 妖精弓手がゴブリンの死骸から矢を引き抜く。

 血を拭い、矢尻の緩みを確かめ矢筒に納めていった。

 その様子が、黙々とゴブリンから使い物になりそうな武具を剥ぎ取っているハンターの目に止まる。

「手伝った方がいいか?」

「いいわよ。言っとくけど、あなた達の真似じゃないわよ」

 ムッと睨みながら言ってきた。

「長期戦になりそうだし、小鬼の矢なんて使いたくないの。あれ雑なんだもの」

 ハンターはゴブリンが使っていた矢筒の中を見てみる。

 篦、矢の棒の部分は変に曲がっており、矢羽は千切れていた。

 確かに雑で、真っ直ぐに飛ぶか怪しい。

「そうか?」

「そうよ」

 このような矢を使いたくないのはハンターも同意だ。

 しかし、ゴブリンスレイヤーは問題ないらしい。

 ともかく十分にある矢を回収しなければならないほど、この下水道にはゴブリンが大量にいる。

 探索して3日目。何度も撃退しているはずなのに、襲撃の頻度も勢いを落とすようなことにはならない。

 明かりが届かない暗闇が、どこまでも続くような気がしてくる。

 ゴブリンの襲撃は幾度と起き、疲労も溜まっていく。

 例え、襲撃を受けなくても気は抜けない。

 妖精弓手と闇女斥候の長い耳はピンと張っており、上下に時折揺れている。

 女神官も気を張っており、この中では顔が強張っていた。

「安心しろ、ここでは壁を抜いての奇襲はない」

「は、はぁ」

 それが何だというのだろうか。いや、奇襲されるのはまずいが。

 いきなりゴブリンスレイヤーの忠告、いや彼なりの気遣いだろう。

 だが、女神官は何て返せばいいのか。「わかりました」と言って、安心してもダメだ。

「何なら休憩でも取るか?こう、キャンプして、見張り立てて寝るみたいに」

「この下水道の中で寝れるかいな。まぁ、一服するにゃ賛成じゃ」

「いや、待て」

 疲労が溜まる前に休憩を挟むべきではないか、と思ったとき闇女斥候が耳を澄ませる。妖精弓手も同じように、ピクピクと何かの音を捉えているようだ。

「水の音か?」

「上よね」

 耳が良い彼女たちが捉えた音は、その通りポツポツと水滴が落ちてくる。

 初めは数滴落ちてきているので湿ってでもいたのだろうと思っていたが、徐々に水滴の量が多くなってきた。

 一般的には雨と呼ばれる水量だ。

「地下で雨が降るとはな」

 地下で生活していたことがあるらしい闇女斥候は、感慨深く奇妙な光景を見ている。

「地下で雨なんて降るの?」

「恐らく雨が降っとるんは上だの。排水口だ運河だのから、こっちに向かってくんじゃろ」

 妖精弓手の疑問に、鉱人道士は同じく上を見上げながら答える。

「光源が消えればこちらが不利だ」

 ゴブリンスレイヤーもこの雨の中、松明の明かりを使おうとは思っていない。

 それに石畳が濡れれば滑りやすくなる。

 小休憩を取ってから、また再開することになった。

 ハンターが腰から外したランタンに油を補給し、地面に置く。

 ランタンの熱量はそんなにはないが、ないよりましだ。

 ランタンを取り囲むようにして、ハンター以外は雨具を使い暖をとる。

「グアサングは雨具持ってこなかったの?」

「ああ、使わないからな」

 ピチャピチャと弾ける水滴を浴びながら、平然と答えているので問題はないように見えた妖精弓手。

「寒くはならないんですか?」

「あんまり。極寒の吹雪でも遭えば流石に寒いが。ああ、密林とか沼地とかの洞窟も寒い」

 吹雪はともかく、洞窟はそんなに寒いのかと思った女神官。いや、そうではない。

「大丈夫なんですよね?」

「問題ない。いつも通り戦える」

 再度問う女神官に、えぇ……とシラ目で見られたハンター。

「羨ましいですな。拙僧は少々この雨が鬱陶しくなる所存」

「ほれ、鱗の。体があったまるぞい」

「おお、かたじけない」

 鉱人道士が人数分の杯に注いだ酒を、ガブリと大きな顎で一気に飲み込んだ蜥蜴僧侶。

「ん゛ぅー」

「子供か」

 妖精弓手には辛かったのか、舌を口の外に出して冷やす。対照的に闇女斥候はコクコクと飲んでいく。

「かみきり丸と噛尾刀も、ほれ」

「ああ」

「どうもありがとう」

 ガブリと飲み込んだ酒は、火を吹きそうな味だ。

 地下に降る雨は止みそうにない。

 しばらく待機しているとハンターは腹が減ってきた。

「携帯食料くらい食べていいか?」

「ん、どんなもんじゃいそりゃ?」

 ハンターはポーチから取り出した携帯食料を、しげしげと見る鉱人道士。

「あんまり美味しくはないぞ」

「かまわんかまわん」

 ハンターは携帯食料を1つ渡し、それをヒョイと食べた鉱人道士は難しい顔をする。

 非常食のような物なので、ハンターの言った通り味は旨くはない。

 ハンターも携帯食料をひと齧りで即座に食べる。どうでもいいところで早食い発動。

 腹は満たされる。しかし、口の中には味がなくパサパサとした感覚が残る。

「えっと、パンと葡萄酒がありますけど……」

「くれんかの、娘っ子」

 女神官に貰った葡萄酒で口直しをした鉱人道士。

 かび臭い下水道とはいえ、味がしない携帯食料よりは彼の舌を慰めた。

「ええい、一山越えたら旨いもん食おうかの」

「この街で旨いものといえば何だ?」

「川魚の揚げ物、子牛の肝臓と葡萄酒の炒め煮。この辺りの小麦は目が粗いから衣が旨いそうだ」

 舌が肥えている鉱人道士は下水道で食べた冒険の思い出より、祝杯での美酒美食の方が望ましい。

 何を食べようかと、顎に手をあてて考え始めた闇女斥候の疑問にゴブリンスレイヤーが答えた。

「ほほぅ。詳しいな、小鬼殺し殿」

「知り合いにここに行くと言ったら、教えてくれた」

 

 そんな小休憩の中、ゴブリンが待つ義理もない。

 ハンターが腰に付けている導虫が、淡い緑色の光から一瞬強く赤い光を放って危険を知らせてくる。

 即座に全員が立ち上がり、周りを警戒する。

「用心しろ」

 導虫は目に見えない敵意を感じることはできるが、どこから敵意を向けられているかは自分たちで判断しなければならない。

 妖精弓手と闇女斥候の長い耳が、敵の音を捉えた。

「水路からだけど」

「水を掻き分ける……ゴブリンの船か⁉︎」

 汚水の流れに乗って、何かが流れてくる。

 彼女にはギィギィと船を漕ぐ音を聞き取ったのだろう。

「これ使うか?」

「ああ」

 ハンターがランタンをゴブリンスレイヤーに渡す。

 彼がランタンを腰に吊るし、暗闇を照らすには頼りない光源でも敵を認識できる。

 暗闇から浮かび上がったのは、廃材を組み合わせた粗雑な船。

 その甲板に幾十のゴブリンの姿。

 そのゴブリンたちが、一斉に粗末な矢を放ってくる。

 ゴブリンの弓の腕などたかが知れているが、下手な鉄砲数撃てば当たる、だ。

 しかし、そのような攻撃をすんなり通すほど彼女は素人でも、あがり症でもない。

「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らをどうか大地の御力でお守りください」

 女神官が起こした聖璧(プロテクション)によって、粗雑な矢の雨は全て弾かれた。

「あまり長くは!」

 しかし、矢の数が多いのは事実であり彼女の負担となってしまう。

「油瓶と松明投げて燃やそうぜ」

「火攻め禁止!」

 ハンターの提案は即座に、矢で射ながら妖精弓手の禁止令でダメ出しを食らう。

 そういえば、そうだったと思い出すハンター。

「じゃあ、どうする?」

「決まっている。ゴブリンどもは皆殺しだ」

 ゴブリンスレイヤーは槍投げのように長剣を思いっきり投げつけた。

 投げられた長剣は、ふんぞりかえっていたゴブリンの顔面に見事命中し、そのまま後ろに倒れるゴブリン。

 悲鳴を上げる暇すらない。

「まず一つ。術はいくつ残っている?」

「たっぷりと」

「なら隧道(トンネル)の術だ。穴を掘れ」

「上の街を崩す気か⁉︎」

 投石紐(スリング)の準備をしていた鉱人道士は、ゴブリンスレイヤーの指示にぎょっとした。

「上ではない、下だ。水路に穴を掘って、水ごと落とす」

「都市ちゅうのは精密なからくり細工みたいなもんだ!ちょっとでも狂えば下水の氾濫が起こるぞ!」

「火でも水でも毒気でもないのだが」

 ゴブリンスレイヤーの案も、鉱人道士の大喝で取り下げられた。

「前衛は聖璧が解けた瞬間に切り込む。後衛は聖璧を張り直し、船を沈める術だ」

「ほいきた。じゃが少しばかし時間を稼いでもらいたいの」

 仕方がなくといった感じで、ゴブリンスレイヤーは雑囊から卵のようなものを取り出す。

「それは?」

「唐辛子と長虫をすり潰した催涙弾だ。これを投げた際は目と口を閉じ、息を止めておけ」

「承知。それはそうと小鬼殺し殿、お好みの刃渡りと思いまするが。ああ、できれば投げずに」

「努力する」

 ゴブリンスレイヤーに蜥蜴僧侶は竜牙刀を渡し、ゴブリンの船に飛び移る準備を整える。

「あと、ちょっと……です!」

 女神官の言葉に、全員が気を張る。

 聖璧にヒビが入り始めたとき、ゴブリンスレイヤーが催涙弾を投げる。

 叩き付けられた卵の殻は割れ、一瞬で中の粉塵が船中に舞い上がった。

 ゴブリンたちの目から鼻から口から粉塵が入り込み、苦痛にもがき始める。

「跳ぶぞ!」

 阿鼻叫喚するゴブリンたちの中に、前衛のゴブリンスレイヤー、蜥蜴僧侶、ハンターが船へと飛び移った。

 跳びながら、抜刀した太刀で斬りかかりゴブリンを切り裂く。

 ゴブリンは鎧を着ていたが、夜刀【月影】の切れ味は凄まじく、鎧ごと真っ二つだ。

 2人を巻き込まないように、多くのゴブリンを横に太刀を薙ぎ払い絶命させていく。

 彼らは水に落とした方が楽らしく、蹴ったり殴ったりして船から落とす。

 鎧を着ているゴブリンたちは重さで泳ぐことができず、ジタバタもがいた後は力尽きて溺れていった。

 しかし、ゴブリンたちの数は斬っても落としても絶えない。

 どれだけこの船の中に入っていたのか。

 そして、数が多ければ対処が追いつかなくなる。

 ハンターの背後から息を潜めていたゴブリンが襲い掛かろうとして、矢で射抜かれた。

「森人の弓はね、目を瞑ってたって当たるんだから!」

 妖精弓手が次々と矢を放ち、射止めていく。

 矢筒にあった矢を撃ち尽くしても、周囲に落ちているゴブリンの矢を拾い上げ放つ。

「出来の悪い矢だこと」

 彼女の言った通り、出来の悪い矢だが放てばゴブリンの脳天に刺さる。自分で言ったようにとてつもない技量だ。

 隠れていたゴブリンは弓を構え、稚拙な狙いではあるが弦を引いて矢を放つ。

 稚拙な狙いではあったが、運が良かったらしく放たれた矢は妖精弓手へと迫り、直前で弾かれた。

 女神官が再度、聖璧を張っている。

「後衛への攻撃は防ぎますから、攻めるのお願いします!」

「こっちも準備が出来たとこだわい!」

「前衛!戻れ!」

 答えたのは触媒の準備をしていた鉱人道士が小石を投げる。

 前衛に声を掛けたのは闇女斥候。

 小石には強い魔力が宿っていた。

 闇女斥候が破裂(ガンビット)の真言呪文をかけている。

「仕事だ仕事だ土精ども。砂粒一粒、転がり回せば石となる!」

 投げた小石は大きくなっていき石塊になった。

 大きな影の中にいた3人は、即座に船から跳躍し岸へと避難。

 石礫(ストーンブラスト)の精霊術によって石塊となり、ゴブリンの船に落ちる。

 その時の接触による衝撃で、破裂(ガンビット)の魔力が爆発。

 空気を震わす振動と巨大な汚水の水飛沫を作り出し、ゴブリンの船は木っ端微塵に爆散した。

 とてつもない破壊力だったが、運の良いゴブリンがいたらしく水の中を暴れもがいているが、そのまま鎧の重さで沈んでいった。

「さぁて、お次は何かしら?」

「とにかく、少し休みましょう」

 妖精弓手の気楽な言葉に、ヘトヘトな女神官は言葉に元気がない。

「いや、すぐに動くべきだ」

「同感ですな、随分と騒々しくやりましたからな。他の者どもが感づいているやもしれませぬ」

 ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶は水路を警戒している。

「背負った方がいいか?」

「あ、えっと」

 ハンターの提案に女神官は吃った。どうやら、ハンターはお呼びじゃないらしい。

 その時、水面が荒れ始める。波の勢いが強いため、ゴブリンが汚水に巻き込まれて水上まで上がってきてしまう。

「ゴブリンか」

 次の瞬間、荒波で放り投げられたゴブリンは白い大きな顎に飲み込まれた。

 一瞬見えた姿は、白い鱗の大きな蜥蜴。

「ゴブリンではないな」

「見ればわかるわよ!」

 妖精弓手の怒号が下水道に響いた。



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5−7 風呂……風呂?

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ハンターの世界にサウナはあってもヴィヒタはなかったはず。


 白い巨大な蜥蜴の影。

 ラギアクルスのようなモンスターだろうか。いや、鰐と呼ばれる動物か。

 ともかく徐々に距離を詰めてくる白い鰐に、ハンターは臨戦態勢で太刀を構えた。

「何やってる⁉︎ 逃げるぞ!」

 そんなことを構えそうなハンターを叱る闇女斥候。

「え?狩らないの?」

「逃げるって言ってんだろ!」

 自分以外が逃走したので、慌ててハンターも納刀しダッシュして追いかけ始める。

 新モンスターであり、新素材獲得できるかと浮き立っていたハンターだったが、パーティ行動中だ。

 依頼はゴブリン討伐。白い蜥蜴は討伐対象ではない。

「いや、探索し続けるなら倒しておいた方が安全になるんじゃ?」

「おまっ、沼竜(アリゲーター)をそう簡単に倒せると思っているのか⁉︎あいつは水中に引き摺り込んで肉を引き千切る!」

 確かに水中は戦いづらい。

 だが、別にハンターは戦えないわけではない。

 10分ぐらい息を止めて戦える。重鎧を着ていても、泳ぐことは可能だ。

「別に水中で倒してしまっても構わんのだろ?」

「こんな下水道の水を被ってみろ!黒死病になるぞ!」

 ハンターは黒死病と呼ばれても、あまりよくわからない。ゴア・マガラの狂竜ウイルスのようなものだろうか。あれなら克服できるのだが。

 だが、克服できなければ少々まずい。

 下水道の汚水には触れないように、ハンターは逃げ始める。

 そして、あの鰐、沼竜は黒死病にはならないのか?と純粋にハンターは疑問に思った。

 後から聞いた話だが、どこかの貴族が鰐を愛玩動物として飼っていたはいいもの、育った鰐を管理できなくなり下水道に捨てていた。その捨てた鰐が繁殖し、討伐に向かわされたと闇女斥候が言う。

「あの時戦った沼竜よりデカいぞ!」

 ハンターの脚力は強いので、先に走っていた者たちにすぐに追いつき始める。

 体力が他の者たちと比べれば低い女神官は、度重なる戦闘と探索、そして奇跡の嘆願での疲労でヘトヘトだ。

 鉱人道士は手足が短いといった体格の問題で足が遅い。

「ひゃっ⁉︎」

「ほ、こりゃ楽で良いわ!」

 ゴブリンスレイヤーが女神官を抱えて走り始める。

 鉱人道士は蜥蜴僧侶に背負われて運ばれている。

「息を整えておけ」

「だ、大丈夫です。運んでもらわなくても――」

「あと一つ、奇跡は残っているだろう。術を使ってもらうかもしれん」

 恥ずかしがってか、女神官は降ろしてもらうように言うが、ゴブリンスレイヤーの方は彼女を降ろす気はない。

「水路から逸れるべきでしょうな」

「ああ、沼竜は地上ではあまり速くないと聞く!前にあれの肉を食う奴らはそんなことを言っていたからな!」

 蜥蜴僧侶が鉱人道士を抱えたまま、片手で器用に地図を取り出し見ている。

 闇女斥候は、多数の鰐と下水道で戦ったときのことを思い出した。

「鉱人を食べさせてその間に逃げましょう!きっと食中たりを起こすから!」

「ぬかしおる!」

 妖精弓手の冗談に、彼は怒鳴った。

「やっぱ戦うか?」

「いや、この後もゴブリンと戦わなければならないかもしれん。体力は温存しろ」

 ハンターは再度問うが、キッパリとゴブリンスレイヤーが戦闘を避ける指示を出す。

 しかし、彼の予想は正しかった。

「前から何かくる!またゴブリンの船!それも複数!」

「ど、どうしましょう⁉︎」

 妖精弓手の言葉に、女神官は慌てた。

 前からゴブリン、後ろは沼竜の挟み撃ち。

「手はある」

 しかし、危機的状況であるにもかかわらずゴブリンスレイヤーは、慌てていなかった。

「ちょっと!何思い付いたか知らないけど、毒気とか燃やすのとかは――」

「お前の考えでいく」

 妖精弓手はこんな時でも、縛りプレイを実行する気だ。

 廃材の船なので火攻めでどうにかなりそうだが、しかし、ゴブリンスレイヤーの案はそうではないらしい。

 

 暗い下水道にポツリと頼りない明かりがある。

 冒険者だ。

 それを確認したゴブリンたちは船を灯りの方へと向かわせる。

 冒険者は明かりがなければ何も見えない。

 だから、冒険者たちが使っている明かりなのだろうと思った。

 しかし、なぜか明かりは水面に浮いているではないか。

 冒険者たちはどこだ?とゴブリンが思うよりも前に、水の中から白い何かが出てきた。

 パクリと牙が生えそろった大きな顎で食いちぎられるゴブリン。

 予想外の展開にゴブリンたちは悲鳴を上げた。

 ゴブリンたちは顎で食いちぎられ、爪で切り裂かれ、尾で打ち付けられて水の中に沈む。

 例え攻撃が当たっても白い鱗は硬く、粗末な武器は役に立たず、普通の武器であってもゴブリンの筋力では弾かれる。

 巨体が船に上がれば、粗末に作られているので軋み、暴れれば転覆し汚水に沈む。

 どうしようもなく、水場という白い鰐の縄張り争いにゴブリンが勝てるはずもなかった。

 

「いと慈悲深き地母神よ。闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください」

 女神官が聖光(ホーリーライト)で沼竜の尾に明かりを灯した。

 聖光には閃光(フラッシュ)以外にもこういった使い方もある。

 閃光弾は一瞬だけの強い光だ。持続して明かりを灯すことはできない。

 決して閃光弾の方が優れているわけでもないのだ。

 全ては時と場合による。

「やっぱ使ってみたいな奇跡」

「私は閃光を何回も使えるという方が、羨ましいです」

 隣の芝生は青いと言う。

 ハンターの独り言に、女神官は奇跡を使い切った疲労で顔色が悪くも笑いを見せた。

「なんにせよ、切り抜けられたんだから良いんじゃない」

「お前の縛りがなければ、楽にできただろうに……」

 ふふん、と得意げな顔をする妖精弓手に対して、闇女斥候はため息を吐く。

 そして、ゴブリンたちは白い沼竜に駆逐されたのを見届けて移動する。

 連戦に消耗し、一時撤退する冒険者たち。

 まだいけるはもう危ない、とこの世界では言うらしい。

 蜥蜴僧侶が持っている地図を見て地上へと戻る。

「にしても、明かりであっさり騙されるとはねー」

「奴らは、冒険者は明かりをつけて移動するもの、と学習している」

「そうなの?」

「いつの頃からかは知らん。だが、ゴブリンどもには常識となっている」

 妖精弓手の疑問に淡々と答えるゴブリンスレイヤー。

 他にも、ゴブリンは略奪民族、物を作る発想がない生態を普段無口とは思えないほどに、饒舌な口で言う。

「奴らは馬鹿だが間抜けじゃない」

 ゴブリンがいくら馬鹿でも、失敗すれば学び、あるいは何かを獲得する。

 教えれば船を作り、操舵できるぐらいに。

 それだけ手強くなってしまう。

「だから俺は、奴らに新たな発想を絶対に与えない。鏖殺する」

「つまり、誰かが船について小鬼ばらに教えた、ちゅうことか」

 話の要点を言った鉱人道士。

「それだけならシャーマンとかが思いついたのかもしれませんし」

「だとしたら、なぜ、あの、デカい白蜥蜴、なんだ?」

「沼竜ですか?」

「そうだ。あれの存在を知らない?知っていれば船を用いるなどとは思わんはずだ。奴ら臆病だからな」

 女神官の思い浮かんだ考えに、疑問を持つゴブリンスレイヤー。

 彼は何かに気づいているようだが、他の者たちにはよくわからない話だった。

「何が言いたいのかね、小鬼殺し殿」

 業を煮やした蜥蜴僧侶が、結論を急いだ。

「この小鬼禍(ゴブリンハザード)は人為的なものだ」

 下水道から出る鉄格子を開く。

 地上では雨が降っている。

 分厚く暗い雲はしばらく続きそうだ。

 

「……」

 ハンターは神殿に風呂があると聞いて期待した。

 ポッケ村、ユクモ村と温泉があるところにいったことがある。

 無論、各村の温泉に入った。

 心地よい湯が全身を解し狩の疲れを癒してくれる。

 もう一度言う。ハンターは風呂があると言われ、期待していた。

 いや、高揚したと言っても良いかもしれない。

 暖かい湯気が室内を満たし、湯が獅子の形をしている像の口から浴槽に注がれている。

 ここまではハンターも知っている風呂だ。

 だが、足風呂程度の湯が溜まっている浴槽。

 そして、なぜかある白樺の枝。

 ハンターは白樺の枝を手にとってみるも、使い方がわからない。

 他の者がいれば使い方を教えてくれたかもしれないが、女神官以外は風呂ではなく食事をしたり、他の用事をしていたりする。

 女神官は女湯だ。

 ハンターは男湯だ。

 1人しかいない状況。自分でどうにかするしかない。

「?」

 ともかく、ハンターは足湯のように浴槽の縁に座る。

 湯につけた足は心地よく、湯気の熱気が上半身を温める。

 悪くはない。

 悪くはないが、これではない。

 これではサウナのような何かだ。

「……」

 そして、結局この白樺の枝は何に使うのかわからなかったハンター。

 浴槽から上がり、着替え場で汗や水分を拭いてから装備を着る。

 

 ハンターは着替え場から出て、牛乳が売っていないか探していると女神官を見つけた。

 声をかけてみるハンター。

「牛乳ですか……?売ってないと思いますけど」

 ハンターは、また残念な気持ちになった。

「飯でも食いにいくか?まだ、3人いるかわからんが」

 鉱人道士、蜥蜴僧侶、闇女斥候は飯を食べにいっている。その店の場所は、神殿からそう離れていない。

「いえ、私はみなさんが帰ってくるのを待ってます」

 女神官は疲れている。無理に食べても明日の探索に影響してしまう。

「じゃ、俺は食べにいく。けど」

「けど?」

「風呂にあった白樺の枝は何に使うんだ?」

「ああ、あれは叩くんです」

「叩く?どこを?」

「自分を」

「自分を、叩く?」

「はい」

 ここの地域の方々は特殊な性癖、自傷癖でも持っているのだろうか。

「叩いたのか?」

「え?はい」

「そうか」

 女神官が自傷したことに驚きを隠せないハンター。

 だが、不屈や火事場、逆恨みのスキル発動にわざと攻撃を喰らうハンターにはやめろと言うことはできない。

「自分の体は大切にな」

 ハンターは労わりに満ちた声で女神官に忠告した。

「は、はぁ。……いや、待ってください。何か勘違いしてませんか⁉︎」



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5−8 小鬼の英雄

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あっという間に2月になってしまった。


 下水道に入る冒険者たち。

 だが、昨日とは違い小さな同行者がいる。

 ゴブリンスレイヤーは腰のあたり、ちょうど鞘の横ぐらいに小さな鳥籠を取り付けている。

 その鳥籠の中には、黄色い小鳥がちょこんといる。

「それはなんなわけ?」

「カナリアだ。鳥を知らんのか」

「知ってるわよ!」

「あの、ゴブリンスレイヤーさん。なんでカナリアを持ってきたのかってことだと思うのですが」

 妖精弓手が言いたいことを女神官が代弁する。

「カナリアは少しの毒気でも騒ぐ。ここのゴブリンどもは教育を受けている。遺跡の仕掛けを扱ってくるかもしれん」

「ちなみに小鬼殺し殿はどこでそのような知識を?」

「炭鉱夫だ。世の中、俺の知らぬことを知っている奴の方が多い」

 蜥蜴僧侶の質問に、ゴブリンスレイヤーは淡々と答える。

 警戒しながらも歩いていると通路の水路にあった橋が崩れていた。

 身軽な妖精弓手が向こう側にひょいっと跳んで縄を張る。

 それを命綱として、全員が向こう側に渡った。

 そうして障害がある下水道を進んでいくとゴブリンの巡回を見つける。

「仕掛けるか」

「いや、別の道を進む」

 ハンターは片手剣を抜刀する手を添えるが、ゴブリンスレイヤーは肩に手を置いて止めた。

 仕掛けることはせず巡回から離れるようにして移動する。

 巡回に見つからないように、戦闘を回避する行動に妖精弓手は懐疑的だ。

「ねぇ。なんでゴブリンを見逃しているの?」

 普段のゴブリンスレイヤーからすればありえない行動だ。見つけ次第、皆殺し。サーチアンドデストロイが、彼の方針のはずだ。

「別に見逃しているわけではない。頭を叩き潰す。皆殺しにするのはそれからだ」

 ハンターからすれば、手下はさっさと片付けて頭を叩く方を推奨したいが、無限沸き状態では意味がない。

「何者なんでしょうか。ロード……オーガ……」

悪魔(デーモン)闇人(ダークエルフ)かもしれないわね」

「……私が黒幕なら闇の中で背中から一刺し(バックスタブ)だ。特に上森人(ハイエルフ)

 不安な顔をする女神官を茶化す妖精弓手。

 闇女斥候はムッとして言った。

 冒険者たちは上流の方へと移動している。

 昨日のゴブリンの船は汚水の川上から流れてきた。

 ならば、そこにゴブリンの頭がいる。

 ボスとはダンジョンの最奥にいるものと相場が決まっているもの。

 移動をしていると、下水道の地図では把握できないところまで来た。

 そこは水路ではなくなって遺跡へと変わっている。

 石造りの通路ではなく壁画が描かれ、流れる水も汚水ではなく清水に変わっていた。

 水の都は遺跡の上に作られたと言っていたが、水路でさえ遺跡の一部。

 全貌を知ろうと思ったら、さてどのくらいの時間がかかることになってしまうか見当もつかない。

「この遺跡は、どういう場所なんでしょうか」

「煤の跡があるが、ゴブリンどもは灯りは使わん。随分と昔のものだな」

 ふとした女神官の疑問に、ゴブリンスレイヤーは天井近くの松明が備えられていたらしき場所を見ていた。

 昔に人が来ていたと言うことだが、こんなところに何のために訪れていたのだろうか。

「戦士か兵士……。いや、装備が統一されていないところを見ると冒険者たち、というところですかな」

 壁画の絵を見ていた蜥蜴僧侶。

 戦士のような只人(ヒューム)、魔術師のローブを着た森人(エルフ)、重装備の鉱人(ドワーフ)、ナイフを持った圃人(レーア)、拳闘の蜥蜴人(リザードマン)などなど、さまざまな人種が描かれた壁画。

 これから戦争でもするのか、とハンターは思った。

「この辺りも昔にゃ、ずいぶんとドンパチやっとったそうだからのぉ。この画風は、ここ4、500年よりも前のもんじゃろうし」

 髭を撫でながら壁画を確認していた鉱人道士は、目を細め塗料の跡を鑑定した。

「あ、もしかしてここ、お墓じゃないでしょうか」

「え、なんで?」

 女神官が何かに気づいたようだが、ハンターにはまるでわからない。

「えっと、地下墳墓なら丹念に作り上げて、静かな場所に作ると思ったんです」

「……それが今となってはゴブリンの巣か」

 沢山の人々が描かれた壮大な壁画は、描かれた人物たちを祀っているのかもしれない。

 しかし、人の記憶から忘れ去られ風化してしまう。

 神話や伝説などはそのようなものなのかもしれないが、なんとも言えない寂しさをハンターは感じた。

「猛き者も終には滅びん……か」

 妖精弓手もここの墓所に何か思ったのか、声には元気がない。

「今は関係のないことだ」

 しかし、ゴブリンスレイヤーは感傷的にはならなかった。

 彼はズカズカと歩いていく。

 その姿に顔を見合わせる者たち。

「あいも変わらず、とはあれだ」

「仕方ないっちゃ、仕方ない」

 闇女斥候は肩を落とし、ハンターは肩をすくめた。

 

 冒険者たちは回廊、階段、分岐が多く複雑になり迷路のようになった。

「下水路とは構造も全く違い迷路のよう、地図を描くのも生半可ではない。各方、気を引き締めてかからねば」

「怪物どもを迷わせ、死せる戦士たちが脅かされんように、という計らいじゃな」

 その計らいが冒険者たちにも影響している。

 蜥蜴僧侶が広げた羊皮紙に木炭で書いているのは、歩いてきた道筋や見たものを頼りに描いた地図。

 少なくとも帰りを心配することはないと思いたいハンター。

 古代樹の森で地図を見ていても迷ってしまうことがあったハンターは、全員で行動することに安心感がある。

 全員が迷うことがあっても、1人だけ迷って目的地に行けない、なんてことにはならない。

 そして、一行の前に大きな扉がある。

 大きい扉なら、室内も広い。

 ここの一室でゴブリンの頭がふんぞりかえっているのか。

「鍵はどうだ?」

「かかってないな、罠もない。室内は静かだな」

 本職の闇女斥候が、夜目が効く目で扉、鍵穴、耳を澄まして室内を確認している。

「無駄かもしれんがどうする?」

「この部屋を無視はできん。いくぞ」

 ゴブリンスレイヤーは乱暴に足で蹴って、扉を強引に開けた。

 冒険者たちが室内に入った。

 入ったら扉が閉まるといった罠がよくあるために、鉱人道士が開いた扉の下に楔を打って固定した。

 室内には石櫃が複数並び、中央には人影ある。

 見つけた妖精弓手は声を上げた。

「あれ、見て!」

 鎖で吊るされた長い金髪の鎧を着た冒険者らしき人物。ぐったりとして微動だにしない。

 遠くからでは女性に見える。……女性?とハンターは首を傾げた。

 ゴブリンの虜囚、それも女性なら凌辱されるのではないか?とハンターは経験から違和感を感じる。食べるにしても鎧ごと食べられるほどゴブリンの胃袋、歯は頑丈にはできていないと思う。

 つまり、虜囚が鎧を着ていることはない。

「ゴブリンスレイヤーさん!」

「あ、罠だ」

 駆け寄って助けたい女神官とハンターの声はほぼ同時だった。

「何?」

「女性なら鎧は剥がされていると思う」

 ゴブリンスレイヤーはハンターが呟いた声を聞き逃さず、ハンターの答えに女神官は「あ」と声を漏らした。

「……仕掛けはあるか?」

「見たかぎり部屋にそれらしいものはない」

 ゴブリンスレイヤーは助けるために駆け寄ってきた冒険者を、部屋にある仕掛けを作動しようとしていたのかと考える。

 しかし、闇女斥候の見立てではそう言ったものはない。

 そんな時、ハンターの腰に吊るしている導虫が赤い光を一瞬放って、怯え出した。

 ハンターも視線を感じて後ろに振り返れば、先ほど鉱人道士が仕掛けた楔を抜こうとするゴブリンがいる。

「後ろだ!」

 ハンターが走り出すが、間に合わない。しかし、妖精弓手が矢を放ちゴブリンを仕留める。

 楔を抜くことができず、頭を射抜かれ絶命したゴブリン。

 だが、ゴブリンは1匹だけではない。とって代わって楔を抜こうとするゴブリンだが、走りながらハンターが片手剣で切り裂いた。

 いつの間にか集まっていたゴブリンを、瞬く間に切り裂いていくハンター。

 すると、まだ多く数がいたゴブリンたちだったが、逃げ出していく。

「危なかったわね」

「お前の耳はどうした?飾りになったか?」

「そっちだって聞こえてなかったじゃない!」

「……部屋に仕掛けがないか集中していただけだ」

 ゴブリンの罠を回避し、安堵した妖精弓手に闇女斥候は皮肉を言うが、反撃され言い訳がましいことを言った。

「お二人、喧嘩している場合ではないですぞ」

 ギョロリと大きな目で2人を見る蜥蜴僧侶。強面の彼に睨まれれば、口も噤むものだ。

「大方、仲間を呼びに行ったってところじゃろな。どうするよ、かみきり丸」

「……迎え撃つ」

「ほう」

 鉱人道士はゴブリンスレイヤーの出した答えに、意外そうな顔をする。

「最初の方針に変わりはない。ゴブリンどもの頭が来るからな、備える」

「具体的には、どのように」

「……毒気はなしだったな」

 ゴブリンスレイヤーは慌てて逃げたゴブリンが落としていった袋を拾い上げる。

 中に入っているのは黄色い粉。鼻につく匂いがする。

 ゴブリンスレイヤーは硫黄だと炭鉱夫の話から知っていた。燃やせば毒気が起こる物だ。

 恐らく、部屋の隙間から毒気を流し込もうとしたのだろう。

 これを使おうとも思ったが、毒気以外の使い方が分からない。

 彼は舌打ちして雑嚢の中に入れる。ゴブリンどもに再利用されても問題だ。

 ゴブリンの数は多く、一気に雪崩れ込んでくる可能性が高い。

 もう一度ゴブリンどもは、毒気を起こしにくる可能性も考えた。しかし、毒を起こすものは回収している。

 硫黄が複数ある可能性は、この部屋に狙いを定めてきているので数はない。

 そして、毒気を感じるのならばカナリアが鳴く。

 それに、獲物を見つけた以上襲いかかってくる方が高い。

「部屋に戻って、扉を閉め、石櫃を置いて阻塞する。術は部屋の中央に聖璧を設置する」

「了解」

「承知」

「わしも手を貸すわい」

 力自慢のハンターと蜥蜴僧侶、鉱人道士が、扉の中央に石櫃を押して開けられないようにして阻塞へと変える。

「前衛が処理できないほどの数ならば聖璧に後退し、呪文で多数を巻き込む」

 カナリアがいる籠を外して、部屋の奥の方に置くゴブリンスレイヤー。

 鳴いている様子がないので、毒気は流れていない。

「となれば、拙僧も竜牙兵を呼んで前衛に立った方がよろしいか」

「私も聖璧を!」

「頼む」

 2人がそれぞれの祈祷を信仰する神々に捧げ、撒いた骨が骸骨の兵となり、室内に透明な壁が生まれる。

 ゴブリンスレイヤーは鬼人薬と硬化薬を飲み、鬼の如き力と岩石の如く皮膚が硬化する。薬の効力を実感した後、小剣を抜刀し、盾を構える。

 ハンターもゴブリンスレイヤーと同じく2つの薬を飲んだ後、鬼人と硬化の粉塵を撒く。一定時間だけだが、仲間の力と頑丈さが上がる。それから背負った太刀に手を添えた。

 蜥蜴僧侶、竜牙兵も牙の小刀を持つ。

 女神官は聖璧を維持し、妖精弓手は矢を弓に番る。

 何かあった際、鉱人道士と闇女斥候は術の準備をと気構えた。

「奴らが来るぞ。それも数がわからんほど足音が多い!」

「足音に変なの混じってる!」

 色の違う長い耳が上下に激しく動く。聴覚に優れた彼女たちの顔はこわばっている。

 長い耳を持っていない者も、足音が聞こえてきた。

 ゲラゲラと嗤いながら大勢で扉を破壊し始めるゴブリンたち。

 閉めた扉が斧なり棍棒なりで殴られ、メキメキと壊れ始める。

 そして、扉の一部が壊れた時、そこからゴブリンが入り込もうとして、妖精弓手の矢で射抜かれた。

 頭蓋を撃ち抜かれ死体となったゴブリンは、邪魔だとばかりに他のゴブリンに退けられる。

 妖精弓手がゴブリンを射抜き続けるが、矢が放たれる数よりもゴブリンの方が多い。

 そして、ゴブリンどもの雑多な攻撃ではなく、強烈な一撃によって扉が崩壊する。

 扉の崩壊とともに雪崩れ込んできたゴブリンども。

 粗末であり、身の丈に合わぬものの鎧を着ている。手には粗末な剣や槍、弓矢や棍棒。

 だが、周りのゴブリンとは違い、一際大柄なゴブリンが奥から入ってくる。

 先程の強烈な一撃は、奴が手に持った大きな棍棒で放ったものだ。

「ホブ……いや、チャンピオンか」

 ゴブリンとしては筋肉が発達して、経験を積んで力のある個体。

 小鬼の英雄(チャンピオン)というが、ゴブリンの英雄とはどういう認識なんて知りたくもない。

 ただ、倒すべき敵とハンターは判断する。

「俺があのデカブツを相手にすればいいのか?」

「ああ、派手に暴れろ」

「拙僧は邪魔が入らぬよう、周りを片付けることにしましょう」

「助かる」

 ハンターが聖璧から飛び出して、太刀を抜き放つ。

 鋭い斬撃は先鋒のゴブリンを両断し、続いて振るう太刀は目にも止まらぬ速さで周りのゴブリンたちを屍に変えていく。

 一直線にゴブリンチャンピオンに向かっていくハンター。

 聖璧から飛び出てきたハンターに敵愾心(ヘイト)が集中し、ゴブリンが向かってくる。

 しかし、蜥蜴僧侶と従えた竜牙兵が躍り出て、到達する前に骨の小刀で切り裂く。

 そうして最短でゴブリンチャンピオンに到達したハンター。

 間合いに目標を捉えた瞬間、周りのゴブリンどもを気にせずに太刀を振る。

 その攻撃をチャンピオンは必死に避けた。

 ハンターが最大の敵だとチャンピオンも理解している。何せ、瞬く間に配下の者どもを屠ってきたのを見ているのだ。

 故に、ハンターを潰せば後は楽になる。

 棍棒を両手で全身全霊を込め振り下ろすチャンピオン。

 攻撃を紙一重で躱し、即座にカウンターの見切り斬りから気刃大回転斬りをチャンピオンにお見舞いする。

 胴体から2回血を流したチャンピオンだが、上位種であるためにそう易々と死にはしない。

 傷をつけられ、激昂するチャンピオンはハンターへと突撃。

 棍棒を怒りのままに振り下ろす。しかし、ハンターは攻撃を横転して回避し、棍棒は憎き頭蓋を潰すことはできなかった。

 そして、地面を叩きつけた硬直を狙って、石櫃に隠れながら移動してきたゴブリンスレイヤーが横から飛び出てくる。

 狙いはチャンピオンへの致命傷を狙う。

 狙いを澄ませた剣先は頭蓋へと向かった。

 薬の効力で増幅している力によって、相手の頭に深々と突き刺さる。

 早々にゴブリンスレイヤーは小剣から手を離し距離を取った。

 上位種のしぶとさは彼がよく知っている。

 その辺に死んでいるゴブリンが落とした武器を、スリンガーのクローで回収しておく。

 チャンピオンの巨体が地面に倒れる振動が部屋に伝わった。

「聖璧まで後退しろ。残りを術で倒す」

 前衛たちはゴブリンスレイヤーの指示通り、一目散に走って撤退する。

 頭が死んだことに、騒いで怯えて逃げ出すゴブリンたち。だが、入り口付近で倒れたチャンピオンの巨体が邪魔だ。部屋から出るにはそこを通らなければならない。

 故に前衛たちが聖璧まで後退する方が速かった。

 そして、術の準備をしていた闇女斥候と鉱人道士は前衛が後退を完了すると同時に放つ。

カリブンクルス(火石)……クレスクント(成長)……ヤクタ(投射)!」

「仕事だ仕事だ土精(ノーム)ども。砂粒一粒、転がり回せば石となる!」

 闇女斥候が火球(ファイアボール)。鉱人道士が石弾(ストーンブラスト)

 部屋のゴブリンを焼き尽くし、石礫が釣瓶撃ちに迫撃する。

 並んでいた石櫃は壊れ、黒い煤が部屋を覆う。

 火の玉を飛ばすだけが呪文使いではないとは言うが、火の玉を飛ばせば結果は明らか。

 ゴブリンなど消し炭にするのが呪文だ。

 入り口を塞いでいたチャンピオンも炭に変わって、ぼろぼろと崩れ出す。

 だが、他のゴブリンを盾にしたのか、単に運が良かったのか、焼死体を押し除け逃げようとする奴がいた。

 

 しかし、逃げていたゴブリンは突如、何かに食いつかれ飲み込まれた。

 

 ゴブリンを飲み込む際、松明やランタンで照らされて浮かび上がった姿は、白く長い首。

 そして、飲み込み終えたのか、ぺたぺたと粘着的な水音を出しながら冒険者たちに迫ってくる。

 浮かび上がった姿は、ヒルを大きくしたような怪物。

 白い皮膚には血管が浮かび上がり不気味に感じる。

 目鼻、耳は見えず、大きな赤い口にはズラリと牙が並ぶ。隙間から垂れる涎は、地面に滴り落ちれば白い煙を上げる酸性だ。

 翼を持ち二足歩行をする飛竜種だが、到底ワイバーンには見えない。

 その極まった外見は生理的な嫌悪感を感じる。

「何よあれ!」

 妖精弓手が顔を強張らせ、声を出す。

「フルフルだ」

 冒険者の中でハンターだけはその怪物を知っている。

 そして、冒険者に開戦の合図を上げるように、フルフルが咆哮を上げた。




復帰おめでとう!

ニンテンドースイッチを持っていないので、2月27日のモンハンライズ同梱版を予約したいけど……予約自体ができるか。


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5-9 奇怪竜

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 フルフル。

 基本的には洞窟に潜んで、獲物を丸呑みにする飛竜種。

 小型の飛竜に分類され、地域によっては危険度も低く見積もられているが、決して侮っていいモンスターではない。

 むしろ、最大限の警戒を持ってして挑むモンスターだ。

 飛竜と分類しているが、鱗はなく白いブヨブヨとした皮膚で全身を覆い、血管が浮き出ている。

 しかし、ブヨブヨの皮膚は見た目に反して硬い。

 尻尾や翼が吸盤のように発達し、壁や天井に張り付く。

 洞窟が基本的な生息地なので、目が退化し嗅覚が発達している。

 身の毛もよだつ強烈な咆哮は、ハンターでも遠く離れていて手で耳を塞ぐほどだ。

 しかし、女神官が張った聖璧によって咆哮は緩和されている。

 聖璧は術者の拒絶するものを遮る。フルフルはかなり不気味で、その見た目から拒絶感が強い。

 だが、一部の方々からは人気のあるモンスターだ。

 女神官のフルフルへの無意識の拒否感が聖璧(プロテクション)となって阻む。

 緩和されても特大の咆哮は耳が良い妖精弓手と闇女斥候に耳を塞がせ、硬直させる。

 

 なぜこのような場所にいるのか、ハンターにはわからない。

 だが、耳障りな咆哮を上げたということは襲いかかってくる。

「竜殺し殿!奴を知っておいでで?」

 ハンターが呟いた言葉に、蜥蜴僧侶が聞いてくる。

「ああ、口から雷のブレスを3方向に地上に走らせる!雷撃を纏う!臭いに敏感!頭以外が硬い!けど、火に弱い!後は――」

 ハンターが頭に思い浮かんだフルフルの特徴を早口で説明をしている間に、フルフルは攻撃を仕掛けてくる。 

「伸びる!」

 首が一瞬にして伸び、ゴブリンと同じく噛みつこうとしたのだろう。

 しかし、聖璧に阻まれる。

 ガツンと牙が円に並ぶ口が迫って、グロテクスな恐ろしさを目の当たりにした女神官は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げる。

 他の面々も顔を青くした。何せ、不気味な怪物が嫌悪感がする攻撃をしてきたのだ。

 すぐさま、首を元に戻そうとするフルフル。

 しかし、倒したことがあるハンターは首が戻るよりも早く、頭に太刀を振り下ろす。

 業物の太刀は弱点の頭の表層を切り裂き、血を滴らせる。

「これ貸す!多分ゴブリンの武器じゃ弾かれるのがオチだ!」

 と、ハンターは自身の武器の片手剣と盾をその場に落とし、聖璧の外へと飛び出した。

 できるだけ防御力の高い自分に注意を向けさせ、聖璧から遠ざけた方がいい。

 聖璧は高い耐久性があっても、決して破れない無敵の防壁ではないのだ。

アルマ(武器)……インフラマエラ(点火)……オッフェーロ(付与)!」

 ハンターが聖璧から出ると同時に、闇女斥候が呪文を唱え火与(エンチャント・ファイヤ)の支援する。

 太刀の刃に魔法の炎が包まれる。

 できるだけ頭を狙い澄ませて、縦に切り裂く。

 切り裂くと同時に皮膚が焼かれるフルフルは激痛に怯んだ。

 やはり、火が弱点なことに変わりはない。

 フルフルは追い払うように自身の体ごと回転して尻尾で薙ぎ払った。

 見切って気刃大回転切りへと繋げるものの、太刀は狙いの頭ではなく一番硬い尻尾に当たってしまう。

 ガキンと硬質な音が響くが、太刀が弾かれることはない。

 むしろ、気によって強化され鋭さを増し火与(エンチャント・ファイヤ)によって火属性を得た刃。

 一度居合の構えをしたハンターが高速で抜き放つ。

 高速の2連撃は、赤い軌跡を描き、浅くない傷を与える。

 それに加え、ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶、竜牙兵が隙を晒したフルフルに襲いかかる。

 ゴブリンスレイヤーが剣だけを拾い会心の刃薬を塗った。盾の方は鉱人道士に預けた。

 ゴブリンの粗末な武器ではなく、轟竜の爪を使った孫の手のような轟剣【虎眼】は白い皮膚を抉る。

 蜥蜴僧侶と竜牙兵は小刀で切り裂く。

 聖璧内からも鉱人道士がスリングによる投擲、妖精弓手が矢を放つ。

 連続攻撃を受けたフルフルは堪らず転倒し、好機とみた冒険者たちは一斉に仕掛けた。

 ハンターも兜割りのために飛び上がり、弱点の頭に向かって振り下ろす。

 ボゥと上がった火柱。

 室内を熱くするほどの熱風を吹き上げる。しかし、それだけでフルフルの体力が尽きることはない。

 フルフルが地面に土下座でもするように貼り付き、動きに覚えがあるハンターは声を上げる。

「電撃くるぞ!」

 冒険者たちは即座に回避しようとする。

 だが、室内は狭い。

 ゴブリンスレイヤーは逃げようとしたものの、石櫃が邪魔で思うように離れられなかった。

「ちっ」

 悪あがきとばかりに、盾を構える。

「くそ!」

 ハンターは後ろに逃げようとしたものの攻撃に集中していたためか、背後が壁であることに気づかず逃れられない。

 横に逃れようと前転する。

 蜥蜴僧侶、竜牙兵は飛び上がって聖璧まで退避することができたが、それとほぼ同時に不気味な飛竜は青白い光を身体中から放った。

 雷撃が部屋に溢れた。

「がはっ!」

「ぐぅあぁ!」

 逃れられなかった2人が電撃を喰らった。

 回避できなかったハンターは吹き飛ばされ壁へと叩き付けられる。

 ゴブリンスレイヤーは盾で防ぎはしたものの、焼かれるような痛みが全身に走った。

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 聖璧によって電撃を阻んでいた女神官が声を上げるが、その言葉を聞いたフルフルがそちらに注意が向く。

 そして、飛んできた。

 グッと力を込めて飛び上がり、そのまま体を叩きつけてくる。

 緩慢な動きで、しかし体重はそれ相応の質量での飛び掛かり。

 聖璧(プロテクション)がフルフルを阻むがヒビが入り、ビキビキと音を立てて崩壊した。

 女神官が張る聖璧(プロテクション)がいかに強固とはいえ、仲間の被弾に奇跡を維持する集中が乱れてしまった。

 聖璧(プロテクション)を壊し、そのまま体を地面に叩きつける。

 それだけで地面を振動させ、衝撃を吹き荒らした。

「キャァアアア⁉︎」

 直撃ではないが、地面に叩きつけた衝撃波だけで軽い女神官の体が後ろに飛ばされる。

「こりゃ、まずいぞ!」

 女神官の体を受け止めた鉱人道士は、即座に女神官を後ろに回しハンターの盾を構える。

 フルフルが首を伸ばし、凶悪な口で食いついてきた。

 ハンターの盾で受け止めるが、吸い付くようにして盾に張り付いた口。

 口の隙間から爛れ出る酸の唾液が、強靭な盾を伝い鉱人道士の腕を焼く。

「つぅぁあああ!」

 激痛に声を出す鉱人道士。

 それでも足を踏ん張り、攻撃を防ぐ。

「こっちを向け!」

「ええい、離れなさいよ!」

 闇女斥候が二刀流で切り裂こうとして、妖精弓手が矢を放ち注意を引こうとする。

 鬱陶しそうに飛び退くフルフル。

 それを好機と思った蜥蜴僧侶は声を上げる。

「巫女殿!もう一度聖璧を!」

「は、はい!いと慈悲深き地母神よ。か弱き我らにどうか――」

 しかし、女神官が奇跡を嘆願するのと同時にフルフルの首がゆったりとした動作ではあるが持ち上げた。

 そして、地面へと吐き出すようにして雷球を走らせる。

「危ない!」

 蜥蜴僧侶が狙われた女神官と鉱人道士を抱え逃げようとする。

 が、完全には逃れられず尻尾に触れてしまった。

「ぐぅ!」

 一瞬で全身が痺れて倒れてしまう。放り出された女神官は受け身を取ることができず、地面に転がった。

「だ、大丈夫で――あ」

 起き上がり蜥蜴僧侶の確認をしようと頭を上げた瞬間、女神官の視界には首を伸ばしてグパァと口を開けた光景が広がった。

「どけぇい!娘っ子!」

 鉱人道士が女神官を突き飛ばす。

 なんとか避けきったが、再度首を戻しブレスを吐こうとするフルフル。

 妖精弓手と闇女斥候の攻撃ではフルフルを止めることはできない。

「こなくそがぁぁああ!」

 しかし、激痛に耐え復帰したハンターは注意を引くように叫んで走り出す。鉱人道士のスリングで弾かれた石ころをスリンガーに装填し、クラッチクローで張り付く。

 電流によって雷やられになったのか、軽い眩暈がするものの体は動く。

 そして、回復する暇もなく後衛に襲いかかるフルフルに、ハンターは急いで起き上がって間に合うことができた。

 張り付いた状態で電撃を流されたら今度こそ気を失う気がする。

 そうなる前に急いで頭部を殴って、強引にフルフルを横に向かせて、スリンガーを至近距離で撃ち放った。

 目が退化しているフルフルだが、完全に眼球が無くなってはいない。

 眼球に石ころを直当てし、激痛で悶え苦しみ走り出すフルフル。

 ぶっ飛ばしによって、フルフルを部屋の壁にぶつける。

 壁にヒビが入り、ガラガラと一部が崩れ出す。

 横転したフルフルとは反対にゴブリンスレイヤーが立ち上がった。

 彼もかなりの重傷ではあるが、硬化薬や硬化の粉塵のおかげか九死に一生を得た。

 生きているのなら行動ができる。

 それこそが重要で、痛みを和らげるために水薬(ポーション)を雑嚢から取り出し、呷った。本当は傷を治す秘薬の方が良かったかもしれないが、時間がない。

 焼けつく身体中の痛みは多少マシになり、また雑嚢から巻物(スクロール)を取り出した。

 ハンターの片手剣はゴブリンの武器と比べずとも強力だ。

 ゴブリンの武器では確かに微々たるダメージも与えられないだろう。

 だが、ゴブリンを倒す武器ではない。

「これでもくらえ」

 巻物(スクロール)の封を破った途端、空間が割れる。

 そこから大量の水が噴き出した。

 塩の香りが溢れ出す。

 フルフルの体が大量の海水によって叩きつけられる。

 部屋のヒビが入った壁を壊して押し流されたフルフル。

 転移(ゲート)巻物(スクロール)

 繋いでいる先は海中。

 圧縮された海水が、門という出口から溢れ出し、水流ブレス(ウォーターカッター)となった。

 高圧の水流は岩盤すら穿つ。

 ガノトトスの水流ブレス(ウォーターカッター)よりも太い。

 流石にブヨブヨとした皮膚の防御力、あるいは飛竜種としての体力の高さを持ってしても、屠る一撃へと変わった。

 立ち上がろうとして、しかし、力つき倒れるフルフル。

 海水と自分の血が混じった水溜りに、水飛沫を上げて倒れた。

 

 ハンターとゴブリンスレイヤーが秘薬を飲み、受けた傷を全回復させる。

 ついでにハンターは鉱人道士と女神官に回復薬Gを渡し、フルフルの死骸へと近づき剥ぎ取りを始める。

 女神官は痺れて倒れている蜥蜴僧侶に飲ませる。

 するとどうだ。酸、雷球によって焼かれた場所がみるみると治っていく。

「おお、こりゃいい」

「かたじけない」

 傷ついた動けるようになるまで、ゴブリン、あるいは他のモンスターがいないか警戒をする。

「しかし、さっきの巻物はなんだ?」

転移(ゲート)だ。海底に繋いでいる」

 闇女斥候は信じられないものを見るような目でゴブリンスレイヤーを見た。

 聞いていたほとんどが言葉を失う。

 基本的に巻物(スクロール)は高価だ。

 古く、今はもう失われた神秘。その中でも転移(ゲート)はかなり希少。

 その中でも転移(ゲート)の呪文が記されているのは本来は脱出や移動に使う。

 それを攻撃に転用するなどと、誰も思っていなかった。

「へー。そりゃ、俺でも使えるのか?」

「物があればな」

 と、ハンターはその巻物の価値をわかっていない。

 自分も買って使ってみようかなと思案している。

 剥ぎ取り終えたハンターは、かなりの上機嫌でそう言った。

「……な、なんにせよ。みなさん無事でよかったです」

 女神官が引き攣った笑みを浮かべる。

「そう、ですな!」

 麻痺から立ち直った蜥蜴僧侶が声を上げる。

「異形なれど竜とくれば拙僧、挑み心臓を喰らうのが礼儀というもの!」

 吠えるように叫んだ蜥蜴僧侶はギラリとした牙を出しながら、剥ぎ取りを終えたフルフルの死骸へと向かう。

 小刀で心臓を引きずり出し、ガブリと喰った。

 その行為に、うげぇと顔を顰める何名かの方々。

「竜というより混沌の眷属か、外宇宙からの侵略者だがな」

「本当にね。あれ本当に竜なの?」

「見た目はでかいヒルなんじゃがの」

「少なくとも俺の地域じゃ飛竜だ」

 闇女斥候と妖精弓手、鉱人道士の疑問はもっともだが、あれは飛竜なのだ。少なくとも学術的には。

「ってか、オルクボルグ!水責めは禁止でしょ!」

「問題はない」

「え」

「?ゴブリンに水責めはダメなのだろう?」

 妖精弓手は自身の言葉を思い出した。

『ゴブリン()水責めするとか禁止ね』

「あれはゴブリンではないからな」

「……」

 呆れた目でゴブリンスレイヤーを見て、妖精弓手は深くため息を吐いた。

 そして、息を吸って怒鳴る。

「そうじゃない!」

 

 蜥蜴僧侶が心臓を食べ終えてから、地下墳墓から脱出した。

 呪文の消費、道具の使用、疲労。

 ここで一度引くことに全員異論はない。

「こういう時に、転移(ゲート)の巻物を使うべきだろうに」

「どうせすぐ着くだろうさ」

 闇女斥候のぼやきにハンターはウキウキとした表情で答える。

 それほどまでに、電気袋やブヨブヨした皮類を手に入れたことが嬉しかった。

 そして、あわや壊滅かという状況でも持ち直し、全員が生き残ったことも。

 




 おや、蜥蜴僧侶の様子が……。
「む?」
「どうかしたか?」
「いえ、拙僧、何やら口の中がバチバチと痺れましてな」
「毒か?」
「いえ、そうではなさそうですな。今なら口から雷の吐息が吐けるやも知れませぬ」


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5−10 TRPGでは良く使われるらしい

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 フルフルを討伐したが、あれはゴブリン退治には含まれていない。

 ゴブリンを倒しても倒しても生まれ出てくる状況。

 時間を与えれば与えるほど、ゴブリンどもに有利になってしまう。

 つまり、休んでいる暇などない。

 だが、2人ほどは水の街にいる。

 ゴブリンスレイヤーは武器の補充(と言ってもすぐに使い捨てるだろうが)。それに手紙で宅配を頼んだらしく、もうそろそろ到着するかもしれないからと地上に残った。

 女神官は一番等級が下であり、才能がありゴブリン退治に慣れていると言っても、年相応の体力だ。フルフルとの激闘では神経をすり減らし、休息が必要だろうと他の冒険者は判断している。

 現在は、ハンター、闇女斥候、妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶の5人のパーティで地下墳墓を探索している。

「あのヒルもどきが暴れた時、石櫃が壊れて階段を見つけた」

「へぇ、じゃあそこを探るの?」

「それ以外に何がある」

 馬鹿にしたように闇女斥候が返す言葉に妖精弓手がムッと表情をしかめた。

 意外にもゴブリンとは遭遇していない。

「なんで、ゴブリンがいないんだ?」

「大将の首を刎ねれば統率を失い、次の頭目を決めようとするもの。大方、次の頭目争いでもしているのでしょうや」

 ハンターの疑問に蜥蜴僧侶が答える。

 ゴブリンは自分が一番偉いのだから頭目になりたくてしょうがない。それが大勢いれば揉めたり、喧嘩したりで行動が遅くなる。

 どこで内輪揉めをしているのかは知らないが、そうしている間に探索を大方終わらせたい。

 昨日の石櫃があった部屋に入り、石櫃の下に階段が続いている。

 その中を降りていくと、最奥部と思われる場所にたどり着いた。

 通路からこっそりと中を覗く。

「あれ」

「門番でしょうな。それも混沌の手合いの」

 その最奥部の室内には丸い何かが蠢いている。

 ギョロリと大きな眼球を中心に無数の触手が生えて、宙に浮く怪物。

 ハンターは見たことのない怪物だ。

 ぜひ、剥ぎ取らなければ。

「よし。倒そう」

「待て。いや本当に待て。なんでそう嬉しそうな顔をしている⁉︎」

 今にも飛び出しそうなキラキラと目を輝かせるハンターに、肩を掴んで止める闇女斥候。

「竜殺し殿。はやる気持ちはわからないでもないですが、今回は偵察。彼奴の首級を上げるのは、小鬼殺し殿たちと合流してからでも遅くはないでしょうや」

 蜥蜴僧侶の言葉に、ハンターの狩魂も沈静化。

 楽しいことはみんなで分かち合わないといけない。

 ハンターは今、ソロではないのだ。

「それに厄介なんは怪物だけでもねぇぞ」

 鉱人道士が怪物の奥を指差す。

 暗い室内を淡く照らす光がある。

 大きな鏡に見えるが、なぜこんなところに鏡があるのか。

「なにあれ?」

「知らん。だが、あの怪物が守っているものだろ」

 つまりは、誰もよくわからない。

 鏡のようなものを調べるためにはあの怪物を倒す必要がある。

 つまりは、明日以降だ。

「じゃあ、帰ろう。ここに留まる必要もないだろ?」

「そうですな。見るものは見ましたゆえ」

 全員が地下墳墓から帰還する。

 道中もゴブリンには遭遇しなかった。

 白い沼竜にも遭遇しない。

 敵を倒していないことに、少々不安になるハンター。

「一応聞くけど、ゴブリンとか沼竜とか間引きしなくていいのか?」

「なに?グアサングは戦いたくてしょうがないの?」

「いや、邪魔されないように数は減らした方がいいと思うんだけど」

 大型モンスターと戦う際、周りの小型モンスターに邪魔されないように駆逐するのが、ハンターの戦いの原則。

 もっとも、大型モンスターごと攻撃に巻き込んで倒すというのも手だが。

 それに無限沸きだとしても、沸く時間は稼げる。

「とはいえ、資源(リソース)は無限でもなかろうて。こっちで手に入らん薬品だか弾だかあるじゃろ」

「それは、まぁ」

「じゃから節約よ」

 各種薬、閃光弾の調合分は持ってきておらず、手持ちの分しかない。

 節約して死んでしまうのはアホらしいが、必要な時にないのでは困る。

 どうせ明日あのデカい目玉に挑むのだ。その時、使えばいい。

「しかし、ゴブリン退治がどうして混沌やら奇怪な飛竜やら沼竜やらに遭遇してしまう。最初の報酬とは割に合わない気がするぞ」

「うまい話には裏があるってことだろ」

 闇女斥候の愚痴にハンターが付き合う。

「そもそも、水の街の冒険者はなんで下水道のゴブリンを倒さん。自分の拠点だぞ」

「最初に入った冒険者が全滅。その後に挑んでいる者は……いないから、ゴブリンスレイヤーに依頼が来た」

 考えてみれば、おかしな話である。

 最弱の怪物がゴブリン。

 それが自分たちの地面の下で巣を作り始めた。街に被害が出ており、倒しに行った冒険者は返り討ち。

 しかし、水の街の様子に危機感はない。

 暗い顔をしている者や怯えている者はいない気がする。

 水の街の住人、冒険者たちは、ゴブリン程度は放置していても問題はないと思っているのかもしれない。

 全ては他人事。あるいは対岸の火事。

 そう言っていられるのはいつまでか。

「まぁ、だからって投げ出す気はないだろ」

「信用に響くからな」

 ムスッと顔を膨らませる闇女斥候は不満げな表情をしている。

 ハンターはあの大目玉の怪物からの素材に期待している。

 少なくとも、割に合っていないからと依頼を投げ出すほど短絡的ではない。

 

 下水道から出るともう夕暮れ時だった。

 宿としている法の神殿に戻る。

 しかし、ゴブリンスレイヤーと女神官はまだ帰ってきてない。

「腹が減った」

「なら、探しに行って合流してからにしましょ!」

 ハンターがそうボヤく。朝から下水道、地下墓地を探索し、食べたものと言えば非常食。

 食い足りないと思ってしまうのも仕方がない。

 妖精弓手がそう言って、全員で法の神殿から出ようとする。

 そんな時に、2人は帰ってきた。

「首尾はどうだった」

「それがな、ちと厄介なもんに遭遇してな。まぁ、飯でも食いながら相談といこうや。わしら腹ぁ減っちまったわ」

「ちょっと!食事の場所に仕事のこと持ち込むのは禁止よ。禁止」

「どうでもいいから、早く何か食べたい」

 ハンターはぐぅぐぅ鳴る腹に手を当てている。

 そんなハンターを見かねてか女神官が「急いで私がご飯作ります!」と慌て始めた。

「それでは、飯を食べてから相談になるか」

 未だに鉱人道士と妖精弓手が言い合っている様子に、呆れている闇女斥候。

「拙僧は異存ありませぬ。小鬼殺し殿はいかに」

「俺も構わん」

 合流し、揃った一党は法の神殿へと向かう。

 

 そして、食べ終わった後、地下墳墓の最奥にいた怪物のことを2人に話す。

 女神官は驚いた様子で、ゴブリンスレイヤーはいつも通りだ。

 もっとも鉄兜の中で表情が動いたのかと聞かれれば、多分であるが動いていない。

 オーガだのフルフルだの想定外の怪物と遭遇したが、動揺したことはなかった。

 なので、彼はいつもと変わらない顔を鉄兜の中でしているだろう。

「ふむ」

 そして、ゴブリンスレイヤーは槍使いに頼んだ一袋を見る。

 早速、明日使うことを決めた。

 

 

 ゴブリンとの遭遇を回避し、最奥部の部屋まで来た。

 昨日と同じように大目玉の怪物がいる。

 名前を呼んではいけない怪物と女神官が言ったが、呼ぶと呪われでもするのだろうかとハンターは思う。

 しかし、名前はどうでもいいとゴブリンスレイヤーは言う。

「で、いかが致す?」

「視界を遮る。術か何かあるか」

「土の精霊が強いことだしの。霊壁(スピリットウォール)でも拵えっか」

「閃光弾も持ってきているが、どうする?」

「術でできないことをするべきだ。最初に閃光で眩ませる」

 ゴブリンスレイヤーの指示に各々肯定する。

 ハンター、蜥蜴僧侶、ゴブリンスレイヤーが前衛。

 他は後衛。鉱人道士が霊壁(スピリットウォール)で視界を遮る準備をして、女神官は聖璧(プロテクション)を張り、妖精弓手は矢を放ち、闇女斥候は有事の際に備える。

 スリンガーに閃光弾を装填し、武器の具合を確かめ、突撃準備を整え始めたハンター。

「行くぞ」とゴブリンスレイヤーの声と同時に室内に侵入する冒険者たち。

 

 今まで浮かんでいるだけだったが、流石に侵入者に容赦するはずもなく、大目玉がギョロリと冒険者たちを見る。

 攻撃が来る前にと、即座に閃光弾を放つハンター。

 光は室内を一瞬だけ白く染め、大目玉の網膜を焼く。

 どこから声を出しているのか、奇怪な悲鳴が大目玉から発した。

 瞼を閉じて視力の回復をしようとする大目玉に、前衛の3人が斬りかかった。

 ハンターの太刀が触手を切り飛ばし、不気味な液体が周囲に散らばる。

 ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶の斬撃も、触手に傷をつけ、不気味な液体を滴らせた。

 視力がなくとも、近くに敵がいることを理解し、触手を振り回す大目玉。

 鞭のように振られた触手は、空振りに終わる。

 それどころが妖精弓手の矢が、瞼に突き刺さり敵がどこにいるのかわからなくなった。

 しかし、視力を回復し激昂した大目玉はその怒りを持って冒険者を睨みつける。

 

 その時、女神官が張ってくれた聖璧(プロテクション)の加護が壊された。

聖璧(プロテクション)が破られました⁉︎」

 聖璧(プロテクション)を破壊されたことに、真っ先に気づいた女神官の驚きの声。

解呪(ディスペル)の邪眼か!不味いぞ」

 闇女斥候の焦りの言葉に、呪文使いは同意する。

 支援、攻撃、他様々な術はあの怪物の一睨みで無力となってしまう。

「かみきり丸、一手頼んだ!」

「わかった」

 鉱人道士の一声に、ゴブリンスレイヤーは雑嚢から卵の形をした催涙弾を取り出す。

 その卵を怪物に投擲する。鋭く、速く怪物に叩きつけられた。割れた卵の殻から催涙弾の赤黒い煙が大目玉に降りかかる。

 刺激物が眼球を苦しめ、目を開けることができず悶絶する大目玉。

 視線を遮り、術が発動する。 

「土精や土精、風よけ水よけしっかり固めて守っておくれ!」

 鉱人道士の霊壁(スピリットウォール)が発動する。

 たちまち、土壁が彼の目の前に盛り上がるようにして現れる。

 だが、大目玉の触手の先端から光線が迸った。

 鬱陶しいと放たれた光線は霊壁(スピリットウォール)を白熱させ溶かした。

「むお!」

 溶かされていることに気づいて、飛び退いた鉱人道士。

 後衛で控えていた闇女斥候が女神官を抱き抱え、避難する。

 しかも触手は複数あり、前衛たちにも襲いかかる。

「うぉっと!」

「いかぬ!」

「ちっ!通路に逃げ込め!」

 ハンターは攻撃に驚き、即座に回避する。連続して放たれる光線を前転したり、走ったりして回避しつづける。

 蜥蜴僧侶もゴブリンスレイヤーも回避し、通路へと全員が一時退避した。

解呪(ディスペル)分解(ディスインテグレート)の邪眼だと⁉︎」

 女神官を抱え、撤退し終えた闇女斥候が叫ぶ。

 全員が通路に逃げ込んだ際、大目玉が触手からピカピカと出し続けた光線を途端にやめた。

「追撃してこない?」

「部屋に入ってこない限りは攻撃してこない、みたいですね」

 攻撃が止んだことに首を傾げたハンターに、女神官が震えながら答えてくれる。

分解(ディスインテグレート)の手数は多い、解呪(ディスペル)で術は使えん。どうしたらいい」

「問題ない」

 手詰まりの状況に闇女斥候が唇を噛むが、ゴブリンスレイヤーはいつも通り言った。

「試したい方法がある」

 全員がゴブリンスレイヤーを見る。

「じゃあ、それで」

 ハンターには先程のように閃光弾で眩ませるか、光線を回避し続けて殴りに行くくらいしか思いつかいない。

「拙僧に妙案は思いつきませぬ。ならばやるべきでしょうや」

 他に手段があるのなら、やるべきなのでハンターと蜥蜴僧侶はゴブリンスレイヤーの方法に賛同した。

「ちょっと、火攻めとか、水攻めとか、毒とかはダメだからね」

「貴様、この状況で言うか」

 妖精弓手の言葉に眉を顰める闇女斥候。

「分かってる。だが、ここはもう街の外で良いな?」

「結構歩いたし、だいぶ離れてるじゃろ」

「なら問題ない」

 ゴブリンスレイヤーは雑嚢から袋を取り出す。

 鉄兜はハンターと妖精弓手、次に闇女斥候、鉱人道士を見た。

「部屋を走って奴の注意を引いて、惰眠(スリープ)酩酊(ドランク)をかけて確実に眠らせる。できるか」

「回避するだけならなんとか」

「任せて!」

 ハンターが大目玉の残っている触手の数を数えながら、妖精弓手は元気よく答えた。

解呪(ディスペル)が無ければ、問題ない」

「距離も、ふむ、こんなんなら何とでもなるわい」

 忌々しいとばかりに大目玉を睨みにつける闇女斥候。顎髭を撫でながら距離を測っていた鉱人道士も答える。

 次にゴブリンスレイヤーは蜥蜴僧侶、女神官に鉄兜を向けた。

「1体竜牙兵が欲しい」

解呪(ディスペル)の邪眼がありますが?」

「視界はこちらで塞ぐ」

「ならば問題ありませぬな」

「はい、大丈夫です」

 蜥蜴僧侶はニヤリと獰猛に笑い、女神官は錫杖を握りしめて言った。

「やりましょう!」

 

 ハンターと妖精弓手が室内に突撃する。

 空中を漂っていた大目玉は、触手を2方向に向け熱戦を放つ。

 部屋中を走る、回る、跳ねる。

 攻撃の起点は触手の先端の眼だ。

 そこからの攻撃を予測し、射線から逃れる。

 ハンターには攻撃を回避することに余裕があり、それは妖精弓手も同じことだ。

 しかし、こちらから攻撃はしない。

 他の仲間がしてくれるのだから、欲張ることはない。

「呑めや歌えや酒の精(スピリット)。歌って踊って眠りこけ、酒呑む夢を見せとくれ」

睡眠(ソムヌス)……(ネブラ)……発生(オリエンス)

 むしろ、変に攻撃して失敗したら申し訳ないことになる。

 睡魔の霧が大目玉にまとわりつく。

 ぐらりと体を傾け、睡魔に襲われた大目玉は瞼を閉じた。

 そして、眠ったと同時にゴブリンスレイヤーが室内に飛び入る。

 大目玉の周辺に袋から白い粉を撒いていく。

 もくもくと粉塵は周囲に広がって、室内に充満し始めた。

「オルクボルグ、これなぁに?」と顔をしかめながら妖精弓手が聞いてきた。

「小麦粉だ。吸い込むな」

「こ、⁉︎」

 ハンターがゴブリンスレイヤーの意図に気づいて、急いで部屋から出ていく。

「なんで驚いているのよ」

 そんなハンターの様子に首を傾げる妖精弓手だが、小麦粉を撒き終えたゴブリンスレイヤーが撤退するのと同時に彼女も部屋から出る。

 彼らと入れ替わりに蜥蜴僧侶が用意していた竜牙兵が、モクモクと白い小麦粉が舞う部屋の中に入る。

「奴に射掛けろ。そして即座に入り口に聖璧(プロテクション)を張れ。しくじると死ぬぞ」

「は、はい!」

 ゴブリンスレイヤーの言葉に女神官が顔を硬くした。

 しかし、それで失敗するほど彼女は素人ではない。

 妖精弓手の引き絞り、放たれた矢は粉塵の中で寝ている怪物に当たり鈍い痛みを与えた。

「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください!」

 妖精弓手が矢を放ったときと同時に、女神官が祝詞を唱え聖璧(プロテクション)によって入り口が塞がれる。

 密閉された部屋に粉塵が舞い、のそりと起きた大目玉の視界に竜牙兵が映った。

 侵入者に向けて光線を放ち、撃退しようとする。

 

「耳を塞いで、口を開け、屈め!」

 ゴブリンスレイヤーが叫び、大目玉の光線が放たれた。

 

 その一瞬、最奥の部屋の中が赤い光に染まった。

 同時に(ごう)!と地下を震わせる。

 その音に妖精弓手、闇女斥候は特に長い耳を押さえて守った。

 煙が晴れた時、室内に先程までいた大目玉は上の天井に叩きつけられ、重力によって床に落下し、ぐちゃっと潰れる音がする。

 動かなくなった大目玉に近づき、死体(素材)になったことを確認するハンター。

「粉塵爆発って、まぁ、小麦粉から想像ついたけど」

「なんで小麦粉が爆発するのよ!」

 ハンターはテオテスカトルが起こす粉塵爆破で経験済みだ。

 小麦粉でも起こせると他のハンターから聞いたことはあるが、気密性があるフィールドなんてものは洞窟くらい。つまり使う機会なんてない。

「狭い場所に細かな粉塵が散って、そこへ火花が飛ぶと、燃え広がり爆発するらしい」

 ハンターが大目玉の怪物を解体している様子から、死んだものと判断したゴブリンスレイヤーは面白くなさそうに言った。

「準備が面倒だ。引火、誘爆の可能性も高い。これではゴブリンどもに使えん」

「っていうか、爆発って!」

 妖精弓手はゴブリンスレイヤーを睨む。

 こういったことは禁止ではなかったか。

「火でも、水でも、毒気でもないぞ」

「そうだけど!そうだけど!……はぁ、もういい」

 ため息を吐いて、彼女は何か言うことに疲れた。




1ヶ月ぶりですがライズがついに明日発売の為、失踪します。


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5−11 ハンターに落石は無効

だいぶ時間が空きました。すいません。


 目玉の怪物を倒し、室内の奥に設置されている鏡へと近づく一党。

 鏡は人をすっぽりと覆えるほどに大きく、壁に接着されている。

 この鏡を目玉の怪物が守っていたようだが。

「結局、この鏡ってなんなんだ?」

「調べないことにはなんとも……」

 女神官が指先で鏡面に触れると、指先が鏡面に入っていく。

 慌てて指を鏡面から引き抜く。

 それが発端だったのか、鏡に別の景色が映り始めた。

「警戒しろ」

 とゴブリンスレイヤーが盾を構えながら、鏡の前に立つ。他の者もそれぞれの得物を構え、何が起きても対処できるように気を配った。

 鏡には荒野が映し出される。

 そして、荒野に緑色の小さな人影が動く。

「ゴブリンか」

 鏡の景色に映ったゴブリンはこちらに気づいていないようで、人骨で作られた道具でよくわからない作業を続けている。

「小鬼の住処と見るべきでしょうな」

 そう言いつつ、蜥蜴僧侶が爪先で鏡に触れれば、また鏡の景色が変わった。

 今度は前に一度行ったと思われる密林の遺跡を鏡は映す。

「もしかして、あの遺跡の奴らって、ここから飛ばされてきたのかしら?」

 妖精弓手が興奮気味に言った。

「これが転移の力を持った鏡だと」

 闇女斥候は驚きで目を金の形に変えながら、鏡の値段を頭の中で考え始めた。

 何せ、転移は失われた魔法だ。

 転移の呪文を使える魔法使いは四方世界に存在するのか。居たとしても数人単位と思う。

 ゴブリンスレイヤーが転移の巻物を使ったが、それも高額で取引されるものだ。

 転移の巻物は製造法を忘却の彼方にいってしまった。

 手に入れるには遺跡や宝箱から運良く見つけるか、買い取るしかない。

 そして、目の前には失われた転移の魔法を使えるかもしれない鏡がある。

 学院の魔術師どもに売れば、さてその金額は如何程になろうか。

 少なくとも金貨が千か、万かの単位で貰える。いや、それ以上?

 だが、鏡の価値を考えるのもいいが、誰がなんのためにこんなところに置いたのだろう。

「だけど水の都を落とすために、ゴブリンをここから出すのか? もっと強力なモンスターの巣に繋いでも――」

 そう言いつつハンターも指先で鏡に触れれば、映り変わったのはどこかの洞窟。

 光源があるのか洞窟は薄暗い程度で、故にその中で蠢くものを見つける。

 何か粘ついた鉱石のようなものから、1匹2匹と這いずって出てきた。

 白いヒルのような生き物。とはいえ、生まれたてと言っても普通のヒルと比べれば体は太く、吸い付くための吸血盤の口には牙がある。

 そして、洞窟には数えきれない粘ついた鉱石のような卵が配置されており、一斉に白いヒルが飛び出てきた。

「「「キィィイイイ!」」」

 産声を上げる白いヒルは動き回り始め、ハンターは即座に鏡に触れて別の景色に変える。

「な、なんじゃい今のは」

 気色悪い光景に、顔を青くした鉱人道士の質問にハンターは答えた。

「フルフルベイビー。地下墳墓で戦ったフルフルの子供かもしれない」

 フルフルはこの転移の鏡によって、この地下墳墓に迷い込んだのか。

「ど、どうしましょう。ゴブリンスレイヤーさん」

 青ざめた女神官は顔を向けるが、そこにはいつものように鉄兜が沈黙している。

 彼が鉄兜の中で何を考えているのか。

 当然、ゴブリンについてだ。

 奴らはここから出入りをしていた。ということは、ここへと必ず戻ってくる。

 そして、先程の戦闘(粉塵爆破)は派手すぎた。そして、白いヒルの耳障りな産声も響いただろう。

 ゲラゲラと猥雑な音が近づいてくる。

 足音は多く、妖精弓手や闇女斥候の耳でも数を判断するのは難しい。

 呪文多く消費している冒険者の一党。

 そして、ここは奴らの出入り口。

 ゴブリンが逃すはずもない。

「ご、ゴブリンスレイヤーさん」

 ゴブリンどもの猥雑で醜悪な声に、顔を青くする女神官は縋るように声を出す。

「問題ない。手はある」

 いつも通りの淡々とした声に、驚くような者はいない。

 他の者たちもこの状況に全く動じていない彼を見た後、笑みを浮かべる。

 窮地でも諦めないのが冒険者だ。

 そして、窮地を脱するためにやらかすのはゴブリンスレイヤー。

 だから彼が一党の頭目であり、そんな信頼がこの一党にはある。

 

 爆発によって遺跡の砕けた岩を鉱人道士の指示で、祭壇近くに移動させるハンターと蜥蜴僧侶。

 その瓦礫が簡易的な阻塞になり、ゴブリンスレイヤーが室内に複数の松明を置いて明かりで死角を減らす。

 予備の武器、道具、小石、矢などを並べる女神官。

 妖精弓手は弓の糸の貼り具合を確かめ、闇女斥候は双剣を研いで切れ味を良くした。

 ゴブリンが迫ってくる中、できる限り準備をして迎撃できるようにする。

「術は後いくつ使える?」

 女神官や蜥蜴僧侶、鉱人道士、闇女斥候の方に顔を向けるゴブリンスレイヤー。

「私は……あと1回です」

「温存だ。使い所がある」

「はい!」

 つまり彼女が作戦の要。

「拙僧は2回。竜牙兵を呼ばなければ3回ですが温存する気はありますまい」

「ああ、竜牙兵に盾を持たせて彼女を守らせろ。それとハンターと2人で鏡を取り出せ」

「承知、承知」

「了解」

 ゴブリンスレイヤーの指示に蜥蜴僧侶は頷き奇妙な合掌で、ハンターも手の指をほぐしながら答える。

「わしゃあ、……あと2回ってとこかの」

「それも切り札として使う。取っておけ」

「ほ!なら、使うまではかみきり丸を手伝うか」

 鉱人道士は、彼がいうには恰幅が良いという腹を叩いて応じた。

「私は3回。問題なく使える」

「では、贋金(イミテーション)だ。ゴブリンどもを引きつける」

「ゴブリンどもに金の価値が分かると思えんが、それに出入り口なら金などないことは知っていると思うが」

「昔、認識票を首から下げた奴らを見た。それがどれほどの価値があるか理解はしていないだろうが、戦利品として価値を見出しはする。ここが出入り口だとしても、俺たちが手に入れた財宝と勘違いして奪いにくる」

 闇女斥候は納得し、呪文の準備をする。

「私はどうすればいいの?」

「奴らを引き付けてから仕留めろ。数を減らしつつ、1匹でも多く誘い込む」

「無茶苦茶言われてる気がするけど、いいわ。やってあげる!」

 妖精弓手は弓に矢を番え、引き絞ってゴブリンがくる方向に向けた。

 

 蜥蜴僧侶が竜牙兵を呼び出し、盾を持たせた。

 ゴブリンスレイヤー、鉱人道士は石ころを集め、スリングの準備をする。

 闇女斥候は贋金(イミテーション)の術を唱えた。

ストゥルティ(愚者)……ファルサ(偽り)……アウルム(黄金)

 祭壇に金銀財宝の幻影が生み出される。

 金貨、銀貨が辺りに散らばり、何も知らないものが見ればそれを欲しいと手を伸ばす。そのぐらいに金銀の輝きは、薄暗い室内には眩く心を惑わされてしまう。

「うわぁ、まるでドラゴンの寝床ね」

 心を惑わす財宝に、感嘆の声を漏らす妖精弓手。

「見たことがおありで?」

「ないけど、こんな感じじゃないかしら。あなたも竜になったら、こんな寝床に住むの?」

「拙僧、食えぬ幻影、金銀よりもチーズが大量にあるのが嬉しいですな」

 蜥蜴僧侶が竜になれば、寝床は冒険者よりもネズミに注意しなければならないかもしれない。

 

 ハンターは怪力の種、鬼人薬、粉塵を飲み込んで、力を底上げし鏡の縁を掴み引き剥がそうとする。

「ぬぐぅうう!」

 ぐっと力を込めているハンターだが、動くのはせいぜい爪先ほど。ハンターの怪力を持ってしても時間がかかりそうだ。

「こちらも!」

 蜥蜴僧侶は爪を使い、鏡の縁にがっつりと突き立て引き剥がそうとする。

「なんともはや、この鏡、どう供えられているのやら」

 蜥蜴僧侶が加わっても、壁と鏡は少しづつしか動かせない。

 むしろ、その方が鏡を割らなくていいのかもしれないが。

 さりとて、時間は限られている。

「おお、気高き惑和しの雷竜(ブロントス)よ。我に万人力を与えたもう!」

 蜥蜴僧侶が祈祷し、擬竜(ハーシャルドラゴン)の奇跡を唱えた。

 筋肉が膨張し、膂力を増し、鏡を壁から剥がしていく。

 

 しかし、彼らが鏡を壁から剥がすよりも奴らがやってきた。

 

 ギャイギャイと騒ぎながら、わらわらとゴブリンが向かってくる。

 光り輝く幻影の財宝を俺のものだと主張したのか。

 少なくともそんな欲に囚われ、先頭へと無我夢中で走っていたゴブリンは妖精弓手が放った矢に脳天を貫かれた。

 術を唱え終えた闇女斥候も、投げナイフの投擲でゴブリンの頭に突き刺さり、転倒して動かなくなる。

 ゴブリンスレイヤーが投石紐(スリング)を回し、飛ばされた石は頭を穿つ。

 そして、鉱人道士がゴブリンスレイヤーに次々と石を渡し、投石を途切れさせない。

「かみきり丸、好きなだけ撃て!」

「もとよりそのつもりだ」

 ヒュンと軽い音を出した石が、グチャとゴブリンの肉、そして頭蓋を潰す音が続けて鳴る。

「1」

 されど、ゴブリンの足音は少なくならない。

 ゴブリンたちは、さて何を考えているだろうか。

 自分たちを襲っている奴らが許せない。

 祭壇にいる女を犯し、嬲りたくて目をぎらつかせる。

 そして、あんなに輝く金銀が欲しくて仕方がない。

 全て自分のものにしたいのだろうが、欲望が滾ってしまい続々と勢いづく。

「右側、阻塞に取り付きます!」

「任せて!」

 女神官の言葉に、妖精弓手がすぐさま矢で射抜く。

「左から3、前から4!」

「左は私がやる!」

 次の言葉に、闇女斥候が手を振って放たれたナイフがゴブリンを刺殺する。

「もう、数が多い!」

「無駄口叩くな!ナイフを!」

「はい!」

 女神官が床に並べられ置いたナイフを闇女斥候に渡す。

 彼女たちは矢とナイフを途切れさせない。

 無論減って、矢筒は空になるし、懐のナイフも無くなるが、床に置かれた矢と投げナイフの補給を繰り返す。

 そして、彼女たちが行動する限りゴブリンたちは阻塞を乗り越えることができない。

 しかし、ゴブリンたちの方は矢を放つことはしない。

 女に幻の財宝と欲望を滾らせ、考えることを忘れた。

 手に持つ弓と矢、毒は使わず、黒い欲望の赴くまま体を動かす。

 数と勢いはある。

 そして、それが最も厄介で段々と床の矢とナイフは減っていく。

「引きつける。祭壇からは離れるな」

「ほいきた」

 ゴブリンスレイヤーが投石紐(スリング)を鉱人道士に渡し、阻塞から飛び出る。

 ゴブリンの間を掻い潜り、すれ違うごとにゴブリンを屠り、武器を奪い、また屠ってを繰り返す。

 薄暗い闇の中を獣のように俊敏に駆け抜け、ゴブリンたちが反撃しても空振りに終わる。

 次の瞬間には頭蓋を砕かれ、血飛沫を喉から出して死ぬゴブリン。

「10、11」

 ゴブリンを屠った数はすぐに2桁になり、数が段々と増えていく。

 それは数が増すごとに、早くなった。

「15、16」

 脅威はそれだけではない。

 投擲手は鉱人道士へと変わったが、彼も動く小さな的に投石を当てる。筋力もあり、鎧を着た程度なゴブリンの防御力などは問題にならない。

 矢もナイフも未だに途切れず、ゴブリンたちは骸へと変えていく。

「21」

「オルクボルグ!矢!」

「む」

 妖精弓手の言葉に反応する。言いたいことが分かるぐらいには、彼は唐変木でもない。

 脳天を潰したゴブリンの持っていた矢筒を奪い、仲間の元へと投げる。

 ゴブリンたちを倒しながらであったので、咄嗟に投げたそれはそのまま妖精弓手のところまで届かない。

「あいよ!」

 しかし、鉱人道士が受け取り繋いでくれる。

 なかなかに息が合った一党になった。

「けど、やっぱりゴブリンの矢って雑よね!」

 文句を言いながらも、放たれた雑な矢は正確にゴブリンの頭を貫く。

 阻塞から出た鉱人道士を襲おうとゴブリンが来るが、矢を補充した妖精弓手と闇女斥候が投げるナイフで屍に変えられる。

「ちっ!ナイフが無くなった!」

「これを!」

「無いよりはマシか!」

 そう言って女神官は闇女斥候にブーメランを渡す。

 ハンターが持っていた投擲武器。

 回転して飛ぶくの字の形をした投擲武器は、ゴブリンが着ていた防具を切り裂きはする。

「GYA⁉︎」

 しかし、威力自体が弱く多少の血を流させ怯ませる程度に終わる。そして、動きが止めたところをゴブリンスレイヤーが止めを刺す。

 そして、ブーメランが手元に戻ってくる。本来は当たれば落ちてしまうが、ハンター製のブーメランは切れ味が良くドラゴンの尾ですら切断することが可能。(可能なだけでやろうとは思わない)

 曲芸のジャグリングのように次々と投げられれば、ズタズタと引き裂かれるも死ぬには至らない。

 そして、使い続ければ手元に戻ってこないこともある。

 ブーメランが!

「ちっ!」

 舌打ちする闇女斥候。力加減を誤ったのか、それとも単に耐久力が無くなったのかブーメランの1つが戻ってこなくなった。

 そして、欲望を滾らせたゴブリンの1匹が運よく祭壇へと上がってしまい、竜牙兵が脳天に盾を振り下ろして潰す。

 竜牙兵は忠実に娘たちを守っている。

 とはいえ、流石にこれ以上の数が来ると撃退が難しくなるだろう。

「えぇい!まだか鱗のに尾噛丸、まだか!」

 徐々に祭壇に近づいてくるゴブリンたちを、投石紐(スリング)を捨てて手斧で撃退する鉱人道士が声を上げる。

「もう、一踏ん張り!」

 鏡と壁はもうすでに剥がれつつある。

 そして、これが最後とばかりに雄叫びを上げる。

「イィッアァァアア!」

「うぉおおお!」

 そして、筋力にできない事などないのだ。

 暴力。何事も暴力が全てを解決する。

 2人の筋力の前に、無惨にも石壁から鏡が引き剥がされた。

「や、やりました!ゴブリンスレイヤーさん!」

「鏡面を上に掲げろ!その下に入れ!」

 女神官が驚きとも喜びとも思える声に、彼はすぐに戻り走る。

 指示を聞いて、すぐさまハンターと蜥蜴僧侶は鏡を支えた。

 そして、ゴブリンスレイヤーの撤退を支援すべく、妖精弓手と闇女斥候の矢とブーメランがゴブリンを襲う。

「天井に石弾(ストーンブラスト)!」

「仕事だ仕事だ、土精ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる!」

 呪文を唱え、放たれた大岩は天井にぶつかり室内を揺るがす。

 そして、振動は止まることはなく大きくなって、石壁の破片が落ちてくる。

「壁!鏡下、祭壇にだ!」

「はい!」

 返事に迷いはない。

 これが何の守りになるのか、彼女はまだ理解はできなかった。

 しかし、自分を信頼して指示を出してくれたのだ。

 答えないわけにはいかない。

「いと、慈悲深き地母神よ。か弱気我らを、どうか大地の御力でお守り下さい」

 彼女の祈祷によって、聖璧(プロテクション)が生み出される。

 そして、祭壇をよじ登りったゴブリンスレイヤーが鏡下に入り込み、即座に後ろに閃光玉を投げる。

 一瞬の閃光が室内を白く染め上げた。

 それを直視したゴブリンの目は焼かれ、足を止めて顔を覆う。

降下(フォーリングコントロール)。落とせ」

「土精や土精、バケツを回せ、ぐんぐん回せ、回して離せ!」

 唱えられた呪文によって、室内を軋んでいた支えに力が加わり崩壊が加速した。

 天井の石弾(ストーンブラスト)によってできた破壊痕から亀裂が広がり始め、部屋の天井が土砂崩れとなって落ち始める。

 部屋にひしめいていたゴブリンたちはすぐさま土砂に飲み込まれた。

「ざっと50、と3か」

 淡々とゴブリンスレイヤーは呟き、それで終わりだ。

 

 地面が陥没し、瓦礫やゴブリンの死体が多々ある中、鏡が赤と緑の月を写す。

 その鏡がガタリと動き、下の方から7人ほど出てくる。

「ぷはぁ。何考えてるのよオルクボルグ!」

 這い出てくる妖精弓手は顔を土で汚しながらも、この作戦を考えた者に鋭い眼差しを向ける。

「びっくりしました」

「びっくりで済むのか。私は死ぬかと思ったぞ」

「慣れてきちゃいました」

 女神官の感想に、闇女斥候は活力のない愚痴を言う。

「死なないために瓦礫が最小になるよう聖璧(プロテクション)を使った。横から瓦礫が雪崩れ込んでくるとも限らん」

「そして、上の瓦礫は転移の鏡が吸い込むと。とはいえ、重いのが堪えた」

「それよりも引き剥がすのが面倒だった」

 腰に手を当てる蜥蜴僧侶。

 ハンターといえば大剣だのハンマーだの重いものを持つのは得意分野だが、鱗や甲羅を引き剥がすのとはまた違う接着をされていたので時間がかかった。

 ハンターには落石を当たっても吹っ飛ばされるだけだが、当たりたい訳じゃない。それに瓦礫に埋もれるのも、出て来るのが面倒だ。

「ま、鱗と尾嚙丸が働いたかんの」

 鉱人道士が瓦礫に座りながら転移の鏡を見る。

「もしかっすと、大昔の旅行装置かなんかだったんかもな」

「興味がない」

 ゴブリンスレイヤーはぐるりと見渡し、思い出したように妖精弓手に顔を向ける。

「おい」

「何よ」

「火も、水も、毒も、爆発もなしだぞ」

 いつもの淡々とした声が、妙に得意げに聞こえるのは何故だろうか。

 妖精弓手はにっこりと笑みを浮かべた。

「オルクボルグ」

「なんだ」

 突如、彼女は彼を蹴り飛ばす。

 さてはて、何が気に入らなかったのか。

「かなり上出来な結果だよな」

 妖精弓手の条件を満たし、ゴブリンも皆殺しにできた。

 ハンターには彼女の怒る理由がわからない。

「そういう意味じゃない!」



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5−12 ファストトラベルを手に入れた。

閲覧、評価、お気に入り登録、誤字報告、ご感想、いつもありがとうございます。

今回、エピローグ。


 昼下がりの空の下、ガタゴトと揺れる馬車に乗って辺境の街に帰る冒険者たち。

「くふふ」

 はち切れんばかりの金貨袋を見つめ、ニヤニヤとする闇女斥候。

 あの後、地下墳墓から水の街まで戻った後、転移の鏡は鏡面に蓋をして法の神殿に預けられた。

 それの謝礼として報酬が1人金貨1袋から、3倍はあろうかという大袋に溢れんばかりの金貨へと変わる。

 鏡をどうするべきか迷ったゴブリンスレイヤーに、それを捨てるなんて勿体無い!と闇女斥候は言った。

 ゴブリンスレイヤーは、きちんと管理しゴブリンに使われないよう念押し、剣の乙女に預けたのだ。

「でも、まだ使えないのよね。あーあ、どうせなら鏡で帰ればよかったのに」

「おいおい、どこへと飛ぶかもしれんものをおいそれと使えるか。飛んだ先はそれこそ海底の遺跡かもしれんのに」

 妖精弓手は不満に呟く。それを聞いた鉱人道士はおっかねぇよと相槌を打つ。

 実際、転移先が石の中で身動きが取れなくなったとか、空の上で落下するとか勘弁してほしい。

 王国から派遣される予定の賢者から、2度と混沌の勢力に利用されないように扱うよう、そしてこちらの勢力が扱えるように制御法を教わることを確約した剣の乙女。

 何せ利用できれば目的地までの時間短縮。

 これには疾走者(RTA)も思わずにっこりでしょう。

「でも、意外です」

「何が?」

「ゴブリンスレイヤーさんなら、転移の鏡を捨てると思って」

 女神官はそんなことを呟く。

 確かに、彼なら水底にでも捨ててしまうかもしれないと妖精弓手は思い、鉄兜の方を見る。

「そうも考えた」

 淡々と答えるゴブリンスレイヤー。

「だが、帰り道があるのなら仕方がない」

「帰り道?誰の?」

「ハンターのだ。転移でここまで来たらしいからな」

「え、グアサングって次元を渡り歩く者(プレインズウォーカー)なの⁉︎」

 話題を上がったハンターは何のことかと聞き返す。

「プレ……何だって?」

次元を渡り歩く者(プレインズウォーカー)。ここじゃない世界へ行ったり来たりできる者だ。大抵が魔術師と聞くが」

 闇女斥候がハンターを見る。どうからどう見ても魔術師には見えない。

 普段の行動からしても。

「ないな」

「……馬鹿にされたのか」

「いや、そんなことはない。人には得手不得手があるからな」

 不敵に笑う顔には、ハンターが魔術師なんてあり得ないと書いてある。

「まぁ、そのプレインズウォーカーとかじゃなくて、何でかたまたまこっちに来たって話だけど」

「あの、それっていろいろ大丈夫なんですか?」

「俺がいなくても、他にもハンターはたくさんいるから大丈夫だ。それに別世界の人からの依頼も受けたことあるし、異世界なんてたくさんどこかに繋がっているんだろうさ」

 そういうことじゃないんですけど、と女神官は困って苦笑い。

「あ、でも、もしかしたら故郷に帰れるかもしれないってことですよね!」

 ハンターは元の世界に帰って、会えなくなってしまうかもしれない。だが、故郷に帰れるのは良いことだ。

「ん?別に帰る気はないぞ」

「え」

 女神官は驚き、周りの者たちも目を見開いている。

 ゴブリンスレイヤーは兜の奥でどのような表情をしているかわからないが、まぁそんなに変化はないだろう。

「転移の鏡であっちとこっちを行ったり来たりできるのならそうする。何せ新大陸やら未踏の地やらで、モンスターを倒すことに変わりはないからな」

 結局のところ、ハンターにとって別に戻る必要があるわけでもない。

 こっちの世界で思う存分、狩りをする腹づもりだ。

 そして、転移の鏡であちらの世界に戻れるとしても、こちらの世界に行く術を持ってから。

 だって、こっちはこっちでまだやり込んではいない。

「まぁ、今後ともよろしく」

「い、いえ、こちらこそ」

 ハンターが頭を下げると、彼女も慌てて頭を下げる。

「まだ縁を切るには早うございますかな」

 ぐるりと目を回し、奇妙な合掌をする蜥蜴僧侶は笑っている。

「おうおう、わしゃ噛尾刀に飲み比べで勝つまでは離れる気にはなれんわい」

 瓢箪から酒を一杯飲み込み、その先をハンターへと向ける鉱人道士。瓢箪を受け取ったハンターも一杯飲み込む。

 中に入っているのは火酒だが、酔う様子のないハンターは瓢箪を返す。

「……次はハンターに賭けるべきか?」

「こりないわね、あんたら」

 そんな様子に頭を悩ませる闇人斥候。妖精弓手はそんな彼女を呆れた様子で見ている。

「そうか」とゴブリンスレイヤーは言う。

 そして、一旦間を置いてから彼は続けた。

「街に帰ったら氷菓子を試してみたい」

「氷菓子とな!拙僧も御相伴にあずかってよろしいですかな?」

「食いたいなら構わん」

「おお!」

 嬉しさ極まり、蜥蜴僧侶は尾をバタバタと犬のように振り馬車を揺らす。

 驚いた御者が何事かと後ろに振り返って、女神官が大慌てで頭を下げている。

「おう、かみきり丸。飯んことで鉱人頼らんでどうする!」

「そうなのか?」

「そうともよ!」

 鉱人道士はバンと腹を叩いて頷く。

「なら頼む」

「で、どう作る?」

「こう、混ぜるらしい。火の秘薬を使うと冷えると聞いた」

 鉱人道士が作り方を聞くと、ゴブリンスレイヤーは手を回して伝えている。

「あれ?塩じゃないのか」

「塩?」

「塩と氷を入れた器の上で、牛乳と卵の黄身と砂糖を混ぜる、って聞いた」

「そうか」

 ハンターも意見を言うと、ゴブリンスレイヤーは組み込んでいく。

「もらえるのなら、もらおうか。味については美味ければそれでいい」

「ゴブリンスレイヤーさん。私ももらって良いですよね?」

「構わん」

 闇人斥候と女神官はくすりと笑う。

 そして、全員が未だ回答していなかった妖精弓手の方を見る。

「お前はどうする」

「もらう、けど」

「失敗しても蹴るなよ」

 根に持っていたか。

 いや、単に蹴られるのが嫌なだけだ。

 この何を考えているかわからない頭目は、少なくとも根には持っていない。

「はいはい!蹴らない!蹴らないからちょうだい!」 

「ああ」

 ともかく、全員が食べることになった。




モンスターハンターストリー2。
更新速度がまた下がりそうですが、まだ買っておらず、まずは体験版からやってみようと思った次第です。


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6-1 倒せるという事はモンスターに違いない

だいぶ間が開いてしまい申し訳ありません。


 離れた村に向かう馬車。

 中にはハンターを含んだ冒険者が6人と食料を大量に詰め込んで、移動している。

 村へと食料を配給するのは、冬を越せない村への配達が多い。

 今は夏だが食料問題の村がある。

 村の食料備蓄が無くなり、理由は盗賊が根こそぎ食料を奪っていったからだ。

 村に食料を降ろしたら、そのまま盗賊退治になる依頼を冒険者ギルドが発注。

 その依頼をハンターが受けた。

 ギルドで依頼を受ける際、ハンターは食料を降ろす前に盗賊を退治しておいた方がいいと思った。

 だが、盗賊退治と馬車の護衛と2度も依頼を出すほど村や国が豊かと言うわけでもないらしい。

 経費の削れるところは削る節約思考だ。時間も節約できる。

 例え、依頼を受けた冒険者が負けるにしても、すぐに大量の食料が食い尽くされるとは思っていない。

 その馬車の護衛にハンターと闇女斥候、そして何時ぞやの自由騎士の一党が依頼を受けた。

 ハンターの農園で働いてもらったことのある彼女たち。

 そのうちの1人である森人の魔術師が、ハンター世界の植物、栽培に興味を持った。

 よく来るようになり、研究者や作業員と作業をするようになる。

 他のメンバーも休日に農園の手伝いをしてくれるようになった。

 もっとも、スープやパンなど従業員に振る舞われるまかない飯目的なのかもしれないが。

 ギルドでも会えば挨拶、会話をするくらいには気の知れた同業者になった。

 ともかく、人手が増えるのは助かった。

 ゴブリンスレイヤーが牧場の手伝いをすると言うので、冒険は休みになった。

 それぞれ休日を過ごしている。

 恐らく妖精弓手は昼まで寝て、蜥蜴僧侶、鉱人道士は釣りに出かけ、女神官は休日として本を読んでいると思う。

 ハンターは別に休息を挟む必要があるほど疲れていない。食って寝れば疲労や体力の消耗など全回復する。

 闇女斥候は水の街での報酬を賭け事に使い、負けた。流石に全部使った訳ではないが、補填は必要だ。それに疲労が溜まってはいない。

 ハンターと闇女斥候は依頼を受けることにした。

 しかし、2人だとできることは限られてくる。

 冒険者ギルドでは朝に依頼の争奪戦が行われ、モンスターの討伐という分かりやすい依頼はすぐに売り切れてしまう。

 例外はゴブリン退治ぐらいだが、せっかくだから他の依頼を、と闇女斥候は苦い顔だ。

 ゴブリン退治を何回もするほどの量もない。

 他の依頼を見繕っている途中に、同じように依頼を見繕っていた自由騎士と目を合わせた。

 そこで2と4が合わさり、6人の一党が出来上がり受けたのが馬車の護衛を兼ねた盗賊退治。

「困っている方々を見捨てることなどできませんから!」と、生き生きとした発言をする自由騎士。

 苦笑いや頷く彼女のメンバーだが、依頼を受けること自体は否定しない。

「しょうがねぇなぁ」と頭を掻きながら、圃人(レーヤ)の野伏も依頼を受けた。

 

 村までに盗賊も怪物も遭遇することなく着く一行。

 村の入り口に農具のクワを槍のように持って、衛兵の真似事をする村人がこちらが冒険者と気付いて近寄ってくる。

「あなた方が、派遣された冒険者様で?」

「ええ。盗賊退治にやって来ました。馬車の食料はギルドからの仕送りです」

「よう来てくれはりました!」と、縋り付くようにして手を組んで祈る仕草をする村人。

 馬車を村の倉庫に止め、村人たちが食料を倉庫へと降ろし始める。

 その間、冒険者たちは村人たちから少しでも盗賊の情報を聞き出す。

 闇女斥候と圃人野伏は、盗賊たちが村を見張っていないか、また足跡から追跡はできないか探すことになった。

「盗賊は森に寝ぐらを作ってるみたいで、ここ近くを通った商人の馬車も襲ったそうな」

「商人の馬車には護衛はついていなかったのですか?」

「いたようですけんど、倒されたり逃げ出したりで役に立たんかったそうです。護衛の人がこの村に逃げ込んで、聞いた話ですけんど」

「商人の方は?」

「わかりあせん。けんど、身なりの良い人やったから実家に身代金を要求するとか。盗賊の奴ら街に手紙を届けろって。さもないと女は手込めにして、男は奴隷にして売る、と。そう言って食料を掻っ攫っていきやがった」

 その時を思い出して村人は腹が立って、顔を歪める。

 盗賊は字が書け、奴隷商人とも繋がりがあるようだ。

 もっとも、実家は身代金ではなく冒険者という刺客を雇った。

 実家としては提示された身代金を払える余裕がなかったのか、また盗賊の言う事など信用に置けなかったのか。

 さりとて、身内を捨てるほど薄情ではない事だけは確かだ。

「で、盗賊は何人くらいだったんだ?」

「只人が5、6人だったかと」

 盗賊はそれで全員なのか。

「他には何かありませんか」

「って言われてもな。……暗かったが、全員が若そうだったか?」

 頭を捻りながら思い出そうとする村人。あ、と村人はそういえばと思い出す。

「逃げてきた護衛の話だと、戦っている時、霧が出てきて護衛の何人かが倒れたって言ってました」

 それで、戦線を維持できず逃げ出したとも。

 他の村人にも聞いてみるが、それ以上の情報は聞けなかった。

 闇女斥候と圃人野伏が戻るまで、他の者たちは馬車の荷下ろしを手伝う。

 ハンターは疲労は感じないが、彼女たちはどうなのか。

 食料を降ろし終えたら休息を取って森に入り索敵するべきか。

 それとも盗賊が村にやってくるまで待ち構えるべきか。

 考えてみてもどうすればいいのか決断はできず、いつの間にか斥候たちが帰って来た。

「何か手がかりはあったか?」

「ああ。素人なのか足跡は追える。それに見張っていたのかフクロウが昼間からこちらを見ていた。恐らく使い魔だろう」

 フクロウの活動時間は主に夜。昼は巣で寝ていることの方が多いらしい。

 帰ってきた斥候たちに聞けば、少なくとも盗賊には呪文使いが1人はいる。

「それに戦っている時、突然倒れたっていうのは惰眠(スリープ)でしょうか?」

「それは抗魔(カウンターマジック)で防ぎましょう」

 呪文使いの対策を立てる自由騎士と森人の魔術師。

「5、6人で全員ってことはないよな。10〜20人と考えた方がいいのか?」

「いや、6人で全員だ。他にもいる可能性は少ない」

 ハンターの疑問を闇女斥候は断言した。

「盗賊が10人以上いるのなら、何人かは村に残す。或いは実家への脅迫を村人を使わず、盗賊がする。だとすると人手不足だ」

 ふむふむとハンターは首を動かして納得する。

「それに新人の冒険者崩れだろうさ」

「なんで?」

「比較的若く、6人は一党の基本だ。盗賊にしては村を襲って食料を奪うだけ。人質の身代金を要求して、知られて道を警戒されることも冒険者が来ることも考えていない。おおかた夢見て冒険者になったは良いものの、想像通りに事が進まなかったから冒険者を辞めたのだろうよ」

 上手いハンターの装備を真似して、同じモンスターを狩ろうとする。

 モンスターの攻撃はうまく避けれず、捌けず、ハンターの攻撃は空振り、或いは狙った場所に当たらず、理由は比較するまでもなく自身が下手くそなだけ。

 だからこそ練習するしか上達の方法はない。

 別に諦めるのは人の自由で、盗賊になった彼らは冒険者を諦めただけだ。

「数が少ないなら、拙速で仕掛けるべきかと思います」

「反対しないけどさ、使い魔で村を見ているからな。オイラ達が来ていることを知っていて、盗賊の連中は入れ違いで村を襲うか、逃げるか、待ち構えるかって行動を取ると思うけど」

 女僧侶が割と神官にしては物騒なことをハキハキと言う。

 そんな彼女を圃人野伏は少し呆れる。彼女の勢いを削ぐ気はない。だが、考えられることは言っておくべきだ。

 勢いに任せて進んで罠にハマったというのは、斥候からすれば考え無しとしか言えない。

 罠を解除するのが仕事だ。罠にハマっても踏み倒すのは、よほど実力があるか、考えなしのバカだと彼女は思っている。

「冒険者が6人来たから逃げるのなら、もう使い魔ってのも連れて逃げていると思うが」

 ハンターは盗賊たちが臆病なら同数で逃げると思った。

 勝てるか分からない状況では不利になればなるほど、撤退するのが心情だと思っている。

 残り時間、消耗したアイテム、どれほど相手の体力を削ったか、そして自身の力尽きた回数。

 このまま続けるべきか、撤退(クエストリタイア)するべきかの2択。

 大抵のハンターは2回力尽きて、標的の状態が弱っているか否やで判断していると思う。

「村についてから多少なりとも時間が経ったが、使い魔ってのは未だにこっちを監視しているのなら、待ち構えるか、村を襲うか。それに人数不足なら攻めるよりも待ち構えて人数差を覆したい、有利にしたいって考えるか?」

「恐らくは」

「休息が必要なら万全の状態で行った方がいいと思うけど」

「この程度で疲れるほど柔ではありませんよ」

 ハンターの考えに苦笑する自由騎士。

 全員問題ないようで、即座に盗賊の討伐に向かうことにする。

「畑仕事で散々こき使われてるからな」

 それは軽口の類であって欲しいとハンターは願った。

 種蒔きから収穫まで1日〜3日内で終わらせるのだ。

 普通の植物とは成長速度が違いすぎて作業をせっせとしなくてはいけない。

 ハイペース作業を思い出し、彼女たち4人は目が遠くなる。

 

 

 

 どこの武具屋にでも売られているような金属鎧と長剣を装備している只人の男。

 盗賊というより冒険者なりたての戦士といった姿で、実際に数ヶ月前は冒険者だった。

 なんで盗賊をやっているかと言えば、冒険者は儲からないから。

 怪物を倒し、財宝を手に入れる。それが冒険者と彼は思った。

 そして、やってはみたが最初のゴブリン退治で稼いだ報酬はたった金貨1枚。

 それも一党で分配するので、銀貨1.5ぐらいの稼ぎだ。

 ゴブリンなど最弱の怪物。楽に終わると思いきや、数は多い、臭い、汚い、疲れる。

 そして、命を張ってその程度しか稼げないのであれば、割りに合わないどころか損の方が大きいと盗賊戦士は思う。

 その金貨1枚を村人が村中必死にかき集めたことは知らず。とはいえ、彼がそんな事情を知ったところで金貨1枚の価値は金貨1枚に変わらないと言うだろう。

 冒険者とは怪物と戦い、儲かる職業だ。そう勝手に思い浮かべていたが実際は違うとくれば、他の稼げる職に就く。

 それが盗賊だった。

 その盗賊も稼げるのかと聞かれれば、それはこれから次第だ。

 そんな彼は、同じように盗賊となった魔術師から冒険者が来たと聞いて、茂みで待ち構えることにした。

 茂みに隠れ、不意を突く。別の奴らも茂みに隠れている。

 不意打ちで倒せるのなら楽ができる。死体から金が出てくれば喜ばしい。

 しかし、期待に弾ませ待ち構えたは良いものの、獲物が来ないとくれば我慢している不満が募る。

「本当に来るんだろうな」

「黙って待て」

 矢に毒を塗り終え、やることが無くなったせいか隣の盗賊猟師も苛立っているようだ。

 最も、茂みに隠れているのに声を出した盗賊戦士に怒っているのかも知れない。

 だから盗賊戦士が黙った訳ではない。

 獲物が現れ、それに苛立ちをぶつけてやろうと思った。

 冒険者が6人。

 先頭は戦士の男。後は人種多様な女が5人。

 ハーレムかと、盗賊戦士はすぐに嫉妬する。

 最初に男を殺すことを決めた。

 だが、すぐに茂みから飛び出るような真似はしない。

 相手が通り過ぎようとしたところに、男の後ろから襲いかかる。

 

 だが、その男はいきなり隠れている茂みへと走って来た。

 

「畜生が!」

 なぜバレたのか。盗賊戦士には分からない。

 しかし、1人で先頭を走ってきたということは後方の仲間と距離を自ら離し、支援や援護を受けられないということだ。

 怒鳴ったが、すぐに馬鹿な男の戦士をほくそ笑む。

 盗賊戦士が茂みから飛び出した時と同時に、隣の盗賊猟師が毒矢を放つ。

 飛んできた毒矢を、戦士は背負っていた太刀を抜いて斬り払う。

 その太刀が振り下ろしたところを、狙って剣で斬りかかる盗賊戦士。

 大剣でなくとも、切り返しは重い得物の大きな刀だ。

 盗賊戦士は自身が大剣、太刀を持ったところで筋力が足りずに満足に振ることができなかった。

 例え、達人とて再攻撃するために僅かな時間(1ターン)を消費する。

 だが、筋力が足りていれば切り返せる。

 そして、ハンターは盗賊戦士が想定していた筋力を上回っていた。

 剣を振り下ろすよりも速く、太刀の剣先はすぐに素人盗賊(戦士)の胴を突く。

 金属鎧は容易く貫通し、傷口から血が飛び散る。

 すぐに引き戻された太刀。傷穴から勢いよく出始めた血の量は、素人盗賊(戦士)が思った以上に多い。

 なんで、と考えた後にはもう彼は次の脳天から振り下ろされた太刀によって両断された。

 

 

 実は素人盗賊(戦士)が捕捉する前に見つけていたハンター。

 昼間の太陽光によって剣なり鎧の金属が光って、斥候が認識していた。

 ハンターも導蟲が赤く光ったことで、周囲を警戒し発見する。

 そして、隠れている敵に向かって走り出した。

 標的を見つけ次第斬りかかる。

 戦闘準備はとっくに済ませており、闇女斥候が抗魔(カウンターマジック)を唱え効果範囲から出ないように気を配り戦う。

 相手が飛び出てきたということは、注意を引きつけることができたと考えていい。

 茂みから放たれた矢には、黒紫のベッタリとした液体が塗られていた。

 斬り叩いて落とし、向かってくる戦士を突き刺す。

 流れるように太刀を振るい、戦士を両断。

 どっばと血溜まりと肉塊が出来上がり、鉄と生臭い匂いが辺りに充満する。

 ハンターズギルドには人に武器を向けてはならないという決まり事がある。

 だが、ハンターが受けた依頼は盗賊退治だ。

 何より人なら大剣を振り下ろそうが、ガンランスで爆発させようが、ボウガンや弓で誤射しようが、尻餅ついたり動きが止まったりするだけだ。打ち上げれば、空も舞う。

 つまりハンターの攻撃で人は死なない。

 ハンターの攻撃で死んだので盗賊というモンスターなのだ。

 そして、後で剥ぎ取ろうと思う。

 盗賊という名のモンスターはまだ後5体いる。

 

 即座に1体倒した後、呪文の声が微かに耳に届いた。

 惰眠(スリープ)の霧がハンターたちを包み込もうとするが、坑魔(カウンターマジック)によって消失していく。

 だが、霧の中から毒矢が飛んでくる。

 どうやら視界を塞ぐ役割もあったようだ。

 しかし、それも女僧侶が張った聖璧(プロテクション)によって弾かれた。

 矢が飛んできた所にハンターが麻痺投げナイフ、呪文の声が聞こえた所に圃人野伏がクロスボウを放つ。

 苦痛の声がした後、呪文の効果が切れて霧が晴れる。

 状況が不利になりつつある中、盗賊3人が聖璧(プロテクション)を避けながら襲いかかってきた。

 しかし、避けようとしたので移動に手間がかかってしまう。

 逆にこちらは聖璧(プロテクション)を通り抜けてハンターと自由騎士が斬りかかる。

 ハンターは先程のように一刀両断。

 盗賊は恐怖で引き攣った顔のまま崩れ落ちる。

 自由騎士は剣を振り下ろし、手傷を負わせるが一撃で相手を仕留めることはできない。

 斬られた盗賊は反撃し、自由騎士と鍔迫り合いを行う。

 そうしている間に、聖璧を回り込むことに成功した残りの盗賊は手薄な後衛に襲い掛かろうとして、横から殴られた。

 僧侶が張った聖璧を盗賊を阻むように移動させただけだ。

 しかし、盗賊は聖璧を移動できるとは思っていなかったのか、不意をつかれる形で成功する。

 再び、進路を阻まれた盗賊の背後にハンターが来ていた。

「ま、待ってくれ!降参――」

 盗賊が言い終わる前にハンターは太刀を横に振って、彼を上下に切り裂く。

 まるで試し切りで使われた藁巻のように、簡単に地面に落ちた。

 鍔迫り合いをしていた盗賊も、闇女斥候が後ろから気づかれずに移動して大小の剣で体を突き刺し抉る。

 ぐりっと捻り、引き抜いた刺し傷から一瞬遅れてどっぱと流れ出す血の量。

 崩れ落ちた盗賊は人の形を保ちながらも、地面に転がって物言わぬ屍となる。

 

 麻痺が解けぬうちに縛り上げた盗賊猟師と痛みで蹲っていた呪文使い。

「こ、殺したら商人の場所は分からないわ!」

 命乞いで呪文使いは叫ぶ。

 だが、目はこちらが悪いかのように睨んでいる。

 盗賊猟師は痺れて顔を向けることすらできない。

「なら殺してから捜索すればいい。そうしないか?」

 ハンターはそう他の5人に言う。その声には呆れと本気が混じっている。

 何せ先程まで捕縛する気などなく、さっさと殺そうとしていた。

 別に殺し損ねて反撃を喰らうのを避けるとか、逃げられるのを気にしたとかではない。

 麻痺で行動不能なら攻撃する、怯んでいるのなら攻撃する。

 ただ、それだけだ。

 目標を倒す。

 討伐とはそういう依頼だとハンターは思っている。

 商人の居場所を聞き出すから殺すなと闇女斥候に言われて、ハンターは倒した盗賊から使える装備、道具を漁っていた。

 ハンターの追い剥ぎ行為に微妙な顔をする自由騎士の面々だが、彼女たちとて駆け出し冒険者のようなもの。

 追い剥ぎはせずとも、盗賊猟師と呪文使いから毒矢、杖を回収し隠し物がないか調べた。それと同時に手足を縄で結び、行動を制限する。

 そうしてからの、呪文使いの言い草。

 ハンターでなくとも呆れてしまうのは仕方ない。

「せっかちな奴め。すぐに言わせてやる」

 闇女斥候は小剣を呪文使いの指を摘んで曲がらざる方向に曲げる。

 ぽきっと指の骨が折れた。

「いっだぁああああ⁉︎」

「うるさい」

 悲鳴を上げた呪文使いの別の指を折る闇女斥候。

「ああああ、っつぶ⁉︎」

「だまれっと言っている」

 悲鳴を上げ続ける呪文使いに苛立ったのか、今度は顔を殴って口を閉ざす。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 自由騎士は慌てて止めようとするが、闇女斥候は鬱陶しそうに声を出す。

「なんだ」

「いえ、あの、そんなことしなくても」

 自由騎士は顔を青くしながらも進言するが、彼女はため息を吐きながら答えた。

「言ってもらえないからやっているだけだ。それに指を切り落としたって奇跡で治る。何も問題はない」

 普段は聞いたことのない淡々とした冷めた声を出す闇女斥候。

「問題はこいつらが言ってくれないのと、ハンターに堪え性がないことだ。別に私は言った後で殺してしまってもいいと思う」

「え?殺さないのか?」

 ついハンターは聞いてしまい、敵も含めた全員が驚愕の表情をする。

 なぜだ?とハンターは頭を捻りながら言う。

「盗賊討伐だろ?討伐依頼なんだから、盗賊は全員殺さなきゃダメだろ?」

 なぜ商人の居場所を言えば、牢屋行き、裁判にかけられると思っていたのだろうか?

 そうでなくとも、すでに4人ほど屍になった。

 後2人を屍にすること、裁判で刑を決めること。どちらが手っ取り早く、楽かと言われればハンターの中では前者だ。

 倫理的問題なら、盗賊を殺したところで問題ない。連行し裁判をしても、さほど評価には影響ないのではないように思う。

「……まぁ、そう言うわけだ。喋るまで痛みに耐えるか、言ってすぐ楽になるか選べ」

「だ、だから、そう言うのは」

「秩序に反するか?まず、秩序を乱した盗賊どもには適応しないと思うがな」

 自由騎士が拷問にいい顔をせず、しかし、闇女斥候はやめる気がない。

 彼女にとっては殺す、裁く、拷問するという選択肢があって楽な選択をしている。

 逆に、自由騎士には拷問すると言う選択はないようだ。

 ハンター?殺る以外に何があるのか。

「た、助けて!こいつら、頭おかしい!」

 そんな自由騎士の甘さに突け込もうとしたのか、呪文使いが助けを乞う。

 しかし、このままでは拷問を受けて殺されるか、すぐに殺させるかだ。

 裁判を受けて、牢の中で生きる希望があるのなら、それに縋りたい。

「だったらまず言うことがあるだろ?」

 今度は圃人野伏が笑顔で聞くと小鳥のように喋り出した呪文使い。

 盗賊猟師は未だに痺れて喋ることすらできなかった。

 

 




とんでもない暴論ですが、ならず者だってモンスター扱いでしょ?


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6−2 火吹き山の闘技場、連戦

劇強ヌシアオアシラに素で勝てないからと、ヒトダマドリを集めた上で倒すことができた凡人ハンターです。

閲覧、評価、お気に入りに登録、誤字報告、感想、ありがとうございます。


6−2

 一応、盗賊呪文使いと盗賊猟師は生き残った。

 商人の居場所を言った後は、小鳥のようにやかましく命乞い。

 縄で縛られていた商人を解放し、村に戻ってきたハンターたちは2人をどうするべきか考える。

 縛ったまま馬車の中で見張り、街に帰って衛兵に渡すことにしようと自由騎士が言う。

 しかし、救出された商人が待ったを言った。

「2人の処分は、こちらで決めさせてもらえませんか?」

「なぜです?」

「いえ、彼らに奪われた商品、金を補填させて頂きたいと思いまして」

 ニタリと笑う商人。

 その笑いに嫌悪を浮かべた自由騎士。他にも彼女の一党は苦い顔だ。

「奴隷として売るのか?」

 闇女斥候が鋭い目つきで、商人に聞く。

「まぁ、火吹き山の闘技場は人手が足りませんから」

 と、悪びれることもなく言う商人。

「奴隷売買に手を貸す気はありません!」

 自由騎士は断固として譲る気はない。

「それは全員の意見でしょうか?新人の方々は懐が寒いと聞きますが」

 しかし、商人の方も食い下がる。

 彼からしてみれば、理不尽に一文なしの状態にさせられてしまった。

 そして、盗賊の2人は商品を賠償できる金があるとは思えない。

 奴隷として売ってもいいではないか、売れば追加で金を上乗せできると言いたいようだ。

 それでも彼女たちは、商人を睨んでいる。

 闇女斥候は口に手を当てながら考え、言う。

「こいつらは私たちの戦利品と言える。生かすも殺すも、裁くも売るも、こっち次第だ。そして、私は売るにしても金は受け取らん」

 彼女は冒険者ギルドの信用をまず考えた。

 そして、盗賊を奴隷として売ることに、問題はないとも思う。

 損害を受け、賠償してもらうのに、罪人を奴隷にする。

 ここまではいいとしても、その金を受け取るのはまずいとも考える。

 もし受け取ってしまえば、奴隷商人と同類とも見られかねない。

「俺はどうでもいいけど、火吹き山の闘技場ってなんだ?」

 ハンターの場違いな疑問が彼女たちの眉を戻す。

「魔術師が闘技場を開いて日夜、死を集める場所です。興味がおありで?」

 商人は袖から鈴を取り出した。

「まぁ、行ってはみたい」

 ハンターが知る闘技場は、制限された装備、アイテムで指定されたモンスターを倒す場所だ。

 最近では制限がない場合もある。

 こちらの世界では、どのような条件で戦うことになるのか。また、報酬はやはりコインなのだろうか、と疑問に思った。

「では、ご案内しましょう」

 と、商人が鈴を鳴らし、ものすごい勢いで霧と突風が吹いて視界を奪う。

 それも、一瞬だけだった。

 霧が晴れ、風が止む。しかし、目を開ければ景色が変わっていた。

 

 石材で出来た円状の闘技場の入り口の前。

 賭博の受付や観客のための売店がある。

 人々は活気に満ちているものの、どんよりとした空気が立ち込めている。

「魔法のアイテム……」

「ええ、同意がなければ発動できませんが」

 闇女斥候の呟いた言葉に答えた商人。

 自由騎士の一党もいる。

 ハンターだけ連れて来たのではない。

 だが、捕らえた2人の姿はどこにもない。

「……酔わせて、契約書を書かせると聞いたが」

「まぁ、そういうことをする者もいますが、流石に助けられて恩を仇で返す気はありませんよ。尤も、先程の2人には自ら書いてもらいましたが」

 いつの間にと全員が思った。

 ただ、自ら書く理由は分かる。

 闘技場で優勝すれば、無罪放免にすると契約書に書いてあったのだろう。

「ご参加、賭けをされるのなら、あちらの受付からどうぞ。観戦するのならあちらの階段へ。その階段前に売っている麦種(エール)を忘れずに。お帰りになるのでしたら、この鈴をお使いください」

 そう言って、商人はハンターに鈴を渡して人混みに紛れてしまった。

「……せっかくだし、参加していい?」

 困ったように言ったハンター。

 頭をガシガシと掻き回す闇女斥候は、好きにしろと言った。

 自由騎士の一党は困惑している。

 いや、商人と罪人を取り逃したことに自由騎士は目を釣り上げていた。

「どうぞ、ご自由に!」

 と、投げやりな返事が返ってくる。

 正義感あふれる彼女からすれば、邪悪な魔術師が運営する闘技場に、嫌悪感もあるようだ。

 取り敢えず、ハンターはソロで参加してみることにした。

 自分に賭け金も賭けて。

 無論、闇女斥候もちゃっかりハンターに賭ける。

 

 

 

『さぁ、無謀にもソロでのチャレンジャーが入場だ!辺境の街から来た冒険者、ハンター!なんとドラゴンを倒したとか言うおおホラ吹きか!はたまた本物の強者か!ともかく最初の対戦相手はこいつだ!』

 闘技場のフィールドに入ったハンター。

 ワーワーと観戦客が騒ぐ。

 見せ物となっているのは、少々気恥ずかしいような、慣れない感覚になってしまう。

 しかし、それも司会の声に合わせて対戦相手の方から柵が開いた時には、戦闘へ思考を切り替える。

 入ってきたのは緑の甲殻に、2つのギザギザと牙が生えた鎌を持ち、ギョロッとした丸い緑の目を持つ人の背丈を越えそうな巨大な昆虫。

 巨大蟷螂(ジャイアントマンティス)

 本能のままハンターへと向かってくる。

 2つの鎌を振り上げ襲い掛かるが、ハンターは難なく避ける。

 避けた後は、素早く抜刀斬り。

 細い胴を難なく切り裂いて、蟷螂の体が地面に転がる。

 体液が地面のシミになり、鋭い牙を持った口はぱくぱくと、足の方はピクピクと痙攣し悶え苦しんでいるように見える。

 あっけなく決着が付き、ハンターは巨大蟷螂(ジャイアントマンティス)の死骸から剥ぎ取りをする。

 しかし、ハンターが剥ぎ取るよりも速く、死骸は霞のように消えていく。

 一瞬で勝負がついたことに観客は沈黙した後、ウォオオと歓声をあげた。

 ハンターは剥ぎ取れなかったことにしょんぼりした。仕方なく、研石で太刀を磨く。

 

『ソロで挑む奴なんて無謀、無茶、無理の死にたがりかとみんな思っていたが、そうでは無さそうだ!なら次はこいつだぁ!』

 次に出てきたのは奇妙なモンスターだ。

 獅子の体躯を持っているが、顔は人にも見える。他にもコウモリの翼、蛇頭がある尾を持っている。

 ハンターはテオ・テスカトルの亜種にも思えたが、奴ほどの脅威感はない。

 人頭獅子(マンティコア)と呼ばれる怪物。

 飛びかかって来たのと同時に前転し、回避するハンター。

 蛇頭の尾が飛び出す前に太刀を切り上げ、尻尾を切断する。

 切られた痛みで怯んだ怪物に、納刀してから俊速の抜刀を放つ。

 血飛沫が飛び散り、息が絶え絶えとなってしまった人頭獅子(マンティコア)は、それでもとハンターへ襲いかかる。

 毒爪で切り裂こうとするが、逆にあしらわれるかのように斬り下がって、腕を負傷してしまう。

 そして、気力を込めた斬撃が振るわれる。

 堪らず、どさりと地面に倒れ込む人頭獅子(マンティコア)

 追撃とばかりに太刀を幾重にも振るハンター。最後の大回転斬りで獅子の姿はただの赤い肉塊へと変わって、霞のように消えた。

『ヤベェな!ドラゴンスレイヤーじゃなくてバーサーカーじゃねぇの⁉︎でも、今度はそこいらのケダモノとは違うぜ!』

 次に入って来たのは、いつか見たことがある巨体。

「ふん、どんなやつかと思えば、ただの只人ではない――ギャアァアア⁉︎」

 戦闘は開始されているのに余裕とばかりに喋り出したオーガ。

 閃光弾を放って目を潰して、斬りかかる。

「ひ、卑怯――ギャッ!」

 足を切り裂き、転ばせてから滅多ぎりへと繋げていく。

 斬りつけるごとに鋭さを増す太刀。

 目が使えず、体を起き上がらせようにも足に、手に力が入らない。

 ハンターの太刀が血のように赤くなった気刃で覆われた頃には、オーガは息絶えた。

『ひ、卑劣!或いはただの暴力装置だ!こいつを止めるにはどうすりゃいいんだ⁉︎でも、怪物は沢山いるんだぜ!』

 巨大猪(ジャイアントボア)が10匹柵の中に入っているのを見るや、柵に向かって走り出したハンター。

 柵が開くと即座に太刀を振りまわし、気刃斬りや大回転斬りで複数巻き込んで虐殺していく。

『今までで一番殺意高くないか⁉︎畜生!次はこいつだ!』

毒蛇(ヴェノムスネーク)と呼ばれる巨大蛇が鎌首をもたげて、襲いかかる。

 毒の牙で噛みつこうとするものの、紙一重で躱し反撃するハンター。

 続く大回転斬りで首を飛ばし、歓声で闘技場の空気が震える。

『どうすればこいつは止まるんだ⁉︎こうなれば、こっちだってバンバン投入するだけだぜ!』

鉄人(アイアンゴーレム)が闘技場に入ってくる。

 しかし、太刀の鋭さ、気を纏わせた刃を振ることによって弾かれずに、鋼鉄の装甲を切り裂く。

 研石を使い、切れ味を回復させる。

巨大蟹(ジャイアントクラブ)が闘技場に入る。

 大少の鋏を使い、ハンターを捕らえようとしてくるが当たらない。

 ダッシュと前転で交互に回避し、懐に入り込んだハンターが甲羅を引き裂く。

 ぶくぶくと泡を拭きながら倒れた。

石像鬼(ガーゴイル)が5体投入される。

 だが、鉄すら切り裂いた太刀にバターのように切られるだけだった。

 腹が減ってきたので、携帯食料で腹を満たす。

巨人(トロル)が10体入ってくるが、切れ味が増した太刀に輪切りにされる。

若火竜(ヤングレッドドラゴン)。ブレスを避け、反撃の兜割りによって脳天を割られ地に伏した。

『うぉぉおお!10連勝!なんて快進撃だ!1撃もかすらねぇ、難無くソロで平らげちまった!ちなみに俺は大損こいちまったぜ!畜生め!……え、これから連戦するの?』

 ハンターにとっては物足りなかった。

 柔らかすぎる。

 もう少し歯応えのある相手が欲しい。

『なんてこった!難易度を上げての継続だと⁉︎物足りないハンターに、続々凶悪なモンスターが追加されるぜ!』

灰色熊(グリズリー)5体。

 瞬く間に大回転斬りによって、複数巻き込まれ斬殺。

腐竜(ドラゴンゾンビ)

 抜刀斬りから、気を溜めての気刃による連続斬りにて沈黙。

怒れる巨人(アンガー・ジャイアント)

 拳を見切っての反撃から大回転斬りに繋げての転倒。追撃によって討伐。

紫色の長虫(パープル・ワーム)

 地面から丸呑みしようと飛び出したものの、地面の振動を感じたハンターは回避。

 頭と思われる先端部に、クラッチクローで張り付きその首を切り落とすように落下突きを繰り出す。

 溢れ出した得体の知れない大量の体液。ピクとも動かなくなった長虫の体。

首無し騎士(デュラハン)動甲冑(リビングメイル)が5体の部隊。

 大回転斬りによって薙ぎ倒される。

石の魔神(ストーンデーモン)

 石の塊など削り切る勢いで滅多斬り、地面に倒れた。

 ハンターは研石を使う。

竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)が20。

 竜頭骨の兵士たちは、鎧袖一触と言わんばかりに蹴散らされた。

小鬼戦士(ゴブリンファイター)が1、小鬼の弓兵(ゴブリンアーチャー)が15、小鬼(ゴブリン)が20。

 闘技場を埋めそうなほどの小鬼の群れだが、知ったことかとばかりにハンターは太刀を振る。

 1人の只人(ヒューマン)など、どういたぶろうかというゴブリンの考えは開始早々なくなった。

 血風が闘技場を覆う、残虐劇。

 太刀が多数のゴブリンの命を一度に奪う。

 複数からの同時攻撃は流石にハンターでも捌き切れないが、ハンターの防具はゴブリンの稚拙な攻撃など物ともしない。居合抜刀気刃斬りで一瞬でゴブリンの間を掻き分け抜く。後に残るは噴水のように血を流して、吹き飛ぶ死骸ばかり。生き残った雑兵どもは逃げようとするが、闘技場に逃げ場などない。

 殲滅に1分もかからず平らげる。

牛人(ミノタウロス)

 大剣を持った牛頭の巨漢。剛力によって振り払われた攻撃は、あっさりとハンターに躱され反撃によって倒される。

小竜(ディロフォ)

 恐るべき竜と呼ばれ、竜司祭に崇められる竜の1体。首元の襟巻を広げ威嚇してくる。

 毒のブレスを回避し、側面からクラッチクローを使い頭部に向かって張り付く。

 顔面を殴って闘技場の壁に向かせる。

 そして、装填されている石ころを眼球に放つ。

 堪らず駆け出し、壁に激突し、転倒。

 そこに兜割りを叩き込み、頭蓋を割られ、土の上に横たわった。

『に、20連勝だとぉう⁉︎どこまで続くんだこの快進撃はー⁉︎』

 撃破する。

 斬殺する。

 薙ぎ倒す。

 多種多様な恐るべき竜を討伐。

 荒ぶる火精(バーサーク・サラマンダー)猛る水精(ヒューリアス・ウンディーネ)などの精霊を切り裂き。

 数多の不死者(アンデッド)を薙ぎ払う。

 そんなことを続けて、終わりは後どのくらいかハンター自身決めかねていた。

 流石にモンスターの攻撃に怪我をすることもあったが、回復薬G、秘薬を使い、無くなれば調合し、携帯食料で空腹を紛らわせる。切れ味は研石で元に戻し、次の対戦相手を切り裂いていく。

 そして、遂に100回戦の赤竜(レッドドラゴン)を倒す。

『もうこれは認めるしかねぇ!あんたこそ「偉大な竜殺し」だ!』

 手放しで闘技場の観客は称賛の声を叫ぶ。

「す、すごい」

 自由騎士は食い入るように闘技場のハンターを見る。

 途轍もない、伝説として語り継がれるような怪物を次々と倒していくハンター。

 噂で黒い竜を倒したと聞きはしたが、実際にあのような光景を見ると信じざるを得ない。

 まさか、黒い竜とは怪物の王(キングオブモンスター)だったのか。

「アハハハ!ハンターがそんじょそこらの怪物に負けるものか!お陰で笑いが止まらんわ!グヘヘへ!」

 目が¥へと変わっている闇女斥候は、笑いながら他観客たちと一緒に大興奮。

 圃人野伏もいつの間にかハンターに賭けていたようで、彼女と一緒にハンターを称賛する。

「あの兄ちゃんヤベェよ!すげぇよ!最高だよ!」

 あまりの興奮に語彙力が退化しているようだ。

 他の2人も彼女ら程ではないが、拍手喝采している。

 しかし、なぜか喝采を受けるハンターの顔に元気がない。

 なぜと自由騎士は疑問に思った。

 辛く厳しい戦いで消耗しているのかと考えたが、彼の動きに緩慢さは見られない。

 精神的な疲れ以外は、いつも通りに見える。

 彼にとって、闘技場での健闘は誇らしくないのだろうか。

 ハンターの顔を見てしまい、彼女は周りと一緒に騒ぐことができなかった。

 

 

 

 実際はモンスターから剥ぎ取りを行えなかったことに気落ちしているだけである。

 




流石に100連戦はやりすぎのような気がしたけど、御守りの素材集めでそのくらい回すか、と思った次第。

闘技場の20戦以降の内容としては、
基本的に巨大モンスターの場合1体1。小型モンスターは複数。
ボスエリア、運が悪い場合。
30〜40巨大モンスター2体が多くなってきたのでハンターは相打ちを誘導しつつ撃破。
40〜50巨大モンスター3体。
50〜70巨大モンスターに小型モンスター複数。
70〜80巨大モンスター複数、小型モンスター複数。
80〜90巨大モンスター、基本的にドラゴン1体。
といった内容です。
 ただ、今回出てきたモンスターたちはモンハン世界の下級モンスターとして扱っています。
 つまり全体的に柔らかい。


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6−3 闘技場の報酬と新たな狩場へ

 100連勝を成し遂げたハンターは、闘技場の主に招待された。

 風呂で身を清め、武装を外し、用意された礼服を見に纏うハンター。

 案内された部屋はハンターには価値の分からない絵やら壺、骨董品が置かれ、見目麗しいメイドが彫像品のように部屋の端に複数並んでいる。

 机の上には豪華な料理の数々。肉料理は肉汁滴り、香ばしさが部屋を満たしている。野菜は色とりどりで水々しく、パンは焼き立てのようで湯気と同時にほんのり香りが漂う。

 席は2つ。1つは闘技場の主が座っている。だが彼の方にはからのグラスがあるだけだ。

「ようこそおいで下さった。竜殺し殿」

 手を使って座るように促す。

 座るとメイドが、持っていたワインをハンターと闘技場主の空のグラスに注ぐ。

「まずは貴殿の健闘を讃えて乾杯させてほしい。100連勝を成し遂げたのはこの闘技場始まって以来の快挙なのでな」

 そういってグラスを掲げた闘技場の主。

 ハンターもグラスを掲げ、ワインを飲む。

 さて、今飲んだワインの価格は如何程か。

 少なくとも深いコクを出すワインは、そこいらで買えるほど安くない味であることだけは分かる。

 そこから豪華な料理をバリバリ、もきゅもきゅと素早く手と口を動かし、胃袋に収めていくハンター。

「そこまで健啖とは、戦士の鑑と言える。追加は必要かな?」

 ハンターは首を振って拒否する。

「では、100連勝の報酬を」

 そう言って闘技場の主人は指を鳴らす。

 メイドが荷台を押して入ってくる。

 台の上には様々な物が乗っていた。

 ハンターにはどれほどの価値か計りかねているところに、彼は物品の解説をする。

「この鞄だが、見た目以上に荷物を入れることができ重くはならぬのだよ。もっとも貴殿も同じような物を持っているが、こちらには装備も入れることができる」

 ハンターは移動できるアイテムボックスのような物だろうかと、彼の解説を聞きながら思った。

「こちらの指輪だが一度でも行った場所に転移することができる。この絨毯も使えば一党の皆も転移できる」

 他にも術の回数を日に1回肩代わりする黒い水蓮のカード1枚。モンスターを呼び出すカード1枚。呪文を封じ込め巻物(スクロール)のようにして使えるカード1枚。呪文の使用回数を1回増やせる本。どんな術でも覚えることができる本。闘技場で死亡した場合の蘇生権利などなど。

「さて、本来は魔法の武具を送りたいところだが、貴殿には不必要であろう」

 ハンターにとって装備は加工屋に作ってもらうのが常識だ。

 魔法の武器もハンターの武器と比べると、見劣りする。

 ウィッチャーの銀の剣++ならともかく。

「そこでだ。鈴の行き先に貴殿のいた世界にも行けるよう細工をさせてもらった」

 闘技場の主は、不意にそんなことを言った。

 ハンターは別の世界から来たと一言も言っていない。

 だが、自慢するように不敵に笑う彼が嘘をついているとハンターは思わなかった。

「しかし、貴殿の世界に行けはするのだが、貴殿が元いた場所かは保証できんのだ」

「転移したら、いきなりモンスターに囲まれるとか、深海や溶岩の中とか?」

「いや、人里に転移するよう設定している。確か、こちらの世界で言う東方によく似た文化の里に行けることは保証する」

 東方の文化というと、ユクモ村辺りだろうかとハンターは記憶を探る。

「ふふふ、いや、なに。少々そちらの世界とは交流があるのでね」

 笑う彼は、謎の赤衣の男みたいな只者でないと感じさせた。

「私としては、闘士になってほしいが」

「モンスターから剥ぎ取りができないから、なる気はない」

「なるほど、残念ではあるが君ほどの戦士を私が御せるはずもない。むしろ、そんなことをすればとんでもないことになりそうだ」

 それはそれで楽しめるかもしれないが、と主は口端を少しだけ吊り上げた。

 

 闘技場の主からの夕食を堪能したハンターは、魔法の鞄に貰ったアイテムを入れ室内から出た。

 みんなはどうしているだろうかと、所在を確かめようとする。

 賭けの換金場か、闘技場の客席にまだいるのか。

 まずは、客席から確認することにした。

 闘技場の客席まで行く前に、歓声があがる。

 どうやら、試合をしているらしい。

 

 

 

「次で最後!」

 気力を出して、仲間と自分に喝を入れる自由騎士。

 最初の内容は巨大な山猫(リンクス)を1体。

 木の上から奇襲してくる獣。大きさは虎や獅子のように大きく、俊敏な動きをした。

 しかし、森人魔術師が泥罠(スネア)を使い、闘技場の地面を泥沼に変える。

 山猫は泥沼によって動きが鈍くなったところを、圃人野伏のクロスボウによって射抜かれた。

 次は蛇鶏(コカトリス)を1体。

 石化の毒を持つ嘴を交わし、剣で切り裂く。

 しかし、剣の一撃で怪物が倒せるわけもなく、反撃を躱す。

 このまま戦い続けていれば、いづれ嘴か尻尾の蛇に噛まれ石化してしまう。

 そんな考えが頭によぎった時、矢尻に毒を塗ったクロスボウが蛇鶏に突き刺さる。

 毒が回り切るまで、嘴と牙から逃れる。

 走って、転がって、剣で弾く。

 回避に徹するだけでも、体を動かしていれば息が上がる。

 だが、彼女たちが根を上げるよりも、息苦しく喘ぎ始めた蛇鶏。

 全身に毒が回って動けなくなって倒れる。それでも呼吸している蛇鶏に、剣を急所に刺して絶えさせた。

 そして、最後の試合が始まる前に強壮の薬品(スタミナポーション)を全員が飲む。

 他にも、クロスボウにボルトを装填。剣の血を拭う。

 2試合分の消耗をある程度緩和し、次の試合の準備を終えた。

 

「あらぁ、あの戦士はいないし、疲労しているのなら楽勝ね」

 最後に現れたのは、自由騎士たちが捕まえた呪文使いと猟師。

 そして、ならず者のような奴隷兵が2人。無骨な剣を持ったのが1人と槍を持ったのが1人。

 4人全員が首輪を付けている。

 あちらは連戦ではなく、これが最初の試合のようだ。

 闘技場で戦う奴隷が自由を求めて戦う話がある。

 強制参加ではあるが、勝ち残れば自由だ。

 そして、目の前には疲弊した強者の腰巾着。

 勝利を確信するのも仕方のないこと。

 だが、そんな顔で見られて自由騎士たちは面白くない。

 

 試合が開始され、一番最初に飛び出した自由騎士。

 彼女の足止めとして剣を持った奴隷兵が立ち塞がる。

 剣と剣がぶつかり合い火花が散るほどの激突。

 槍を持った奴隷兵が後衛に穂先を向け、圃人野伏が短剣を抜いて対処する。

 小さく身軽な体を活かし、穂先を避ける。そのまま下へと滑り込み、攻撃がしづらい場所で回避に徹する。

 そんなとき呪文使いが奴隷兵ごと、焼き払おうと呪文を唱える。

 女僧侶が守ろうと奇跡を唱えようとする。

 そこへ猟師がクロスボウを放ち、飛んできたボルト。

 寸前で森人魔術師が女僧侶を押し倒し避ける。

 結果、呪文使いが火球(ファイヤボール)を放ち、奴隷兵と自由騎士が炎に飲まれた。

「あははは!まず1人!」

 倒したと浮かれ笑っている彼女。

 もう一撃、火球をぶつけてやろうかと考える。

 奴隷兵はいくらでも替えがきく。

 そういった考えになるのは試合が始まる前、呪文使いと猟師だけでは前衛が足りないため奴隷兵が充てがわれた。

 死んだとしても、補充はされると看守が言っていたことから。

 だが、呪文使いが死んでも奴隷兵と同じく補充される。彼女だって奴隷であることには変わりない。

 ただ、彼女だけは違うと自分に言い聞かせる。

 学院で勉強し、火球を覚えた。学生の頃は日に1回。冒険者となってすぐに、日に2回使えるようにもなった。

 首席で卒業した同期は火矢(ファイヤボルト)を日に2回使えるだけ。

 自分はまだまだ伸び代も才能もある。

 それは客観的に見ても事実だった。

 しかし、盗賊に身を置いたのは彼女自身が冒険を冒険と思えなかった。

 自分はもっと上。なんで、どぶさらいやゴブリン退治をしなければならない。

 だから、コツコツと昇格するよりも楽に早く稼げる方を選んだ。

 その選択を間違いだとは思わない。

 3回勝利できれば自由の身となり、魔法の武具も貰える。

 そして、盗賊だった汚点は今彼女たちを殺し、他2人も殺して消す。

 いくらだってやり直せると呪文使いは思っていた。

 

 今度は女僧侶、森人魔術師の方に杖を向ける。

 燃えている奴隷兵と自由騎士に撃つのは勿体ない。

 現に、崩れ落ちていく2つの人影。

 後衛が落ちれば、後は圃人野伏だけだ。猟師と奴隷兵の2人がかりで殺せる。

 

 勝利は目前と呪文を唱え始めた時に、炎の中から自由騎士が飛び出した。

 奇跡は口で祝詞を唱えずとも、心の中で強く念じれば起こる。

 仲間が助けるために体を押させたぐらいで、中断などしない。

 女僧侶の聖璧(プロテクション)は発動し、火球を防いでいた。

 そして、炎で苦しむ奴隷兵にとどめを刺す。

 地面に倒れ込む体から、剣が滑り落ちる。

 それを自由騎士が拾うために、炎で包まれたように見えるあちら側からは、しゃがんだのが崩れ落ちたように見えたのだろう。

 完全に油断していた呪文使いは、自由騎士が投げた剣を避けることもできない。

 飛龍剣。

 手に持った武器を相手に投げつける武技だ。

 手で扱う武器を投げることはないだろうといった先入観を持つ相手の虚を突く。

 本来は相手を怯ませ、隙を作り出す技だ。

 故に、剣は相手の周囲に落ちるだけに終わる。

 しかし、自由騎士が投げた剣は腹に突き刺さった。

 ローブや後衛の鍛えていない体は防御力がないこともある。

 だが、一番の理由は怒りのまま全力で投げたことだ。

 偶発的な誤射(フラッギング)などふざけ過ぎだ。

 非道な行いに怒りのまま突き走っていく自由騎士。

 猟師がクロスボウを放つが聖璧に阻まれ、止めることなどできない。

 勢いのまま体当たり(タックル)して、腹に突き刺さった剣を押し込む。

 やわな術者の体で耐えられるはずもない。

 そのまま、地面に倒れた。

 虫の標本のように、地面に突き刺さった女術者。

 口から血の泡を吹き、激痛で呪文を唱えることはもうできない。

 

 クロスボウを放り出して、両手を上げる猟師。

 槍を使っていた奴隷兵は、森人魔術師が雷矢(サンダーボルト)の援護によって倒したことを確認して勝鬨を上げた。

 

 

 

 闘技場の方を見れば、自由騎士の一党が擦り傷や怪我、返り血を負いながらも剣を高く掲げ勝鬨を上げていた。

「お前に感化して、意気揚々と参加したぞ」

 声がする方を見れば、大量の金貨が入った大袋の上でくつろいでいる闇女斥候がいた。

 いつの間にか給仕を雇ったのか、手に持つグラスにワインを注がせる。

 どうやら、賭けに勝っているらしく顔は満面の笑み。しかし、目だけは金貨(¥¥)の形をしていた。

「ハンターの賭けにも勝ち、彼女たちの健闘も成果を残した。そして、私は大金を手に入れた。ククク、ふふふ、ハハハ!」

 最初は笑いを堪えようとしたが、堪えきれず大声で笑い始める彼女。

 ついに、高揚してグラスを掲げた。

「最高だ!最高にハイってヤツだ!」

 どうやら大量に摂取したらしく、酔いが回っている。

 

「オェ」

 翌日、二日酔いになった彼女は便所に居座ることになってしまった。

 

 なんとか、調子を取り戻した闇女斥候が揃う。

 宿場に設置された食堂のテーブルにハンターと自由騎士の一党は座っていた。

「貴方に比べれば見劣りしますが、私達も3連勝を達しましたよ」

 胸を張って自由騎士は自慢した。

「簡単なやつだけどな」

 圃人野伏の一言で、俯いてしまう彼女。

 残りの2人が非難するように睨む。

 彼女たちは賭けによって得られた金銭で、装備を更新し、闘技場で3連勝した。

 闘技場の3連勝で得られた魔法の装備、+1の外套は女僧侶が纏う。

「そういえば、何を貰えたんだ?」

 顔色の悪い闇女斥候が聞いてきたので、ハンターは魔法の鞄から貰ったものを机に並べる。

 その物品に顔色の悪さは何処へやら、目を輝かせた彼女。

 自由騎士の一党だけではなく、遠目に見ていた他の客も目を見張った。

「と、途轍もないな」

「それだけ、ハンターがすごいってことだろ」

「う、羨ましい」

 ハンターが、貰った物を一通り説明した。

「魔導書は自分で使うのか?売るのか?」

「それなんだが、あんたが使うか?」

 手に取った魔導書を眺めながらハンターの言ったことに、体を固めた闇女斥候。

「……いいのか?わ、私に何をさせるつもりだ。あ、愛人になれというのなら、貴様の一生くらい付き合ってやらんこともないが」

 言っていた本人が何を言っているんだと困惑している。

 何せ、呪文は貴重だ。

 そして、呪文の回数を増やしたり、新しい種類を覚えるのには努力や経験がいる。

 それらをすっ飛ばし、本を開くだけで望んだ呪文を習得できる物だ。無償で差し出すことなど自分にはできない。

 気前が良すぎる。

 良すぎて裏を疑う。

 何せ、売ってしまえば一生遊んで暮らしていけるだけの金は手に入る。

 タダより高い物はないと言う。

「単に俺には魔法を使う才能がないってだけ。使ってはみたいが、使いこなせない。火の玉飛ばすより、太刀で斬ったり、弓矢を射つ方が馴染んでいる」

 罠や閃光玉など道具を持って来たのに戦闘に夢中で、使わずそのまま倒してしまうことが良くあった。

 使わず終わるのもいいが、使い所を忘れてしまうのは良くない。

「……後から金を請求するなどはないのだな?」

「しない」

「私が使っても構わないんだな⁉︎」

「そう言っているけど」

「いいだろう。いいだろう!」

 もう、彼女は考えが混乱した勢いのままに魔導書を使用した。

 

「それで、貴様の世界に行くのか」

「まぁ、少し気になる」

 ハンターは元の世界に戻りたいという気持ちは薄い。

 しかし、新大陸で行方不明となって調査団のみんなが心配していると思うので、登録されている場所で手紙でも書いて送るとしよう。

 そして、手に入れたアイテム、装備を早速使いたい。

「私達もお供してもよろしいですか?」

 自由騎士の一党も新たな冒険について行きたいようだ。

「呪文の回数、種類が増えた私は絶好調だ」

 どうやら、闇女斥候もハンターの世界に行くようだ。

 彼女たちは各自が言ったことを後悔することになる。

 

 彼女たちはハンターと共に、ハンターの世界へと向かった。

 

 景色が変わる。

 立派な門の前に立っているハンターたち。

 崖を繋ぐ橋を渡り、和風の建物が並ぶ里に入った。

 奥の巨大な城は大きな門が開いており、中は炎の明かりが強く光っている。

 屋根には竜を模した煙突から出る大量の火と煙。

 ユクモ村とはまた違った趣の拠点だ。

 椅子に座って団子を食べている巫女が、ハンターたちに気づいて声をかけてきた。

「ようこそ!カムラの里へ!」




火吹きの闘技場へ行かせたのはライズ版ハンターにしたかった。
自由騎士一向と闇女斥候には合掌を。
なんてことだ。もう助からないぞ。


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6−4 普通にモンハンやってます

だいぶ久しぶりの投稿で申し訳ございません。


 ハンターたちはカムラの里でハンターズギルドに登録し、ウツシ教官の訓練(チュートリアル)を受けた。

 翔蟲の使い方を覚え、ガルクの騎乗方法を学んだ。

 ハンターは即座にソロでクエストを受けていった。

 闇女斥候はハンターの助力を得ながらクエストを進めていった。

 自由騎士たちの一党はジャグラス、オサイズチたちと戦うクエストを受ける。

 そこで、彼女たちは逃げ帰る(クエストリタイア)ことになった。

 彼女たちの武器は通じず、呪文も効果が薄い。

 武器と防具を揃えるために、採取クエストで鉱石を集め、資金のために特産品を採取。

 戦いを有利にするため、虫、植物、キノコの採取も一緒に集めた。

 採取中モンスターに追われたり、必要な素材がなかなか取れなかったりしたが準備をしていく。

 そうして、彼女たちは配布されたそれぞれの里守堅守武器に変える。防具もクロオビシリーズ、熟練の護石を装備する。闇女斥候は双剣、自由騎士はランス、圃人野伏は片手剣、森人魔術師はライトボウガン、女僧侶は笛。

「至れり尽くせりなのはありがたいですが……」

 自分達が持っていた装備との性能差に愕然とした。

 装備の更新は仕方ないとはいえ、今まで使って愛着も多少ある。

 自分たちの持ってきた装備の性能を軽く超え、そしてこれらが配布(無料)

 財布事情で満足な装備ができなかった者たちからすれば、なけなしの金で買った装備が無駄だったとは思いたくない。実際、使っている間は自身を守ってくれていた。

 しかし、隔絶した性能差に泣きたくなってしまう。

 だが、装備のおかげで集会所下位のクエストを達成していくことができた。

 

 そして上位ハンターへとなるために、緊急クエストを受ける。

「鬼火だっけ?」

「マガイマガドだ」

 依頼に書かれていたギルドマネージャー・ゴコクが描いたマガイマガドは、二つの角と紫の煙を出している姿。

 しかし、ハンターが新しく手に入れたカメラで撮られた姿を見ると、紫鬼の獣といった印象だ。

「ハンター殿は1人で倒したそうだが」

「あの人が特別かと……」

「銀等級の彼女がハンターさんの手を借りて、何とか上位クエストに入られたようですし」

 一同、ははは、と乾いた笑いをする。

 何せ、2、3日で上位クエストへ昇格するハンター。ウツシ教官の訓練で数日かかった自分たちとは、あまりにも違いすぎる。

 そんな彼はエルガドでさらに強いモンスターと戦っている。

 闇女斥候も一緒について行った。そんな彼女の明日はどっちだ。

 また目が遠くを見出した彼女たちを元に戻すかのように、ガルクが吠える。

「す、すまない」と、ガルクの頭を撫で始める自由騎士。

 ガルクの毛並みはふんわりとしており、ずっと撫でていたい。

 思わず、顔がにやけてしまう。雇った日はずっと撫で続けていた。

 アイルーも戦闘を補助してくれるし愛らしいが、広いフィールドを移動するには騎乗し走ることができるガルクの方が優秀だ。

 そして、翔蟲による飛翔け連打による移動法は私たちには恐ろしくてできない。

 訓練の時も壁に激突、落下してしまう。崖から落ちて無傷なのがおかしい。

 撫でるのも、ほどほどにしてガルクに騎乗する4人。

「5分間ヒトドリダマを収穫した後、作戦通りに」

 ベースキャンプから駆け出し、崖から落ちていく。

 ガルクの四肢は強靭で、10メートル以上する崖から落ちてもしっかりと怪我なく着地し、何も問題なく疾走する。

 浮遊したり茂みに隠れている赤、橙、緑、黄の色をする小鳥から花粉を受け取り、色に応じた強化をしていく。

 フィールドにいる環境生物を集め、フクロウが教えてくれるモンスターの位置情報を教えてくれる。

 

 5分経ち、準備を終えた彼女たちは標的へと襲いかかった。

 

 沼となっている場所を、ゆっくりと歩くマガイマガド。

 鬼の形相と鎧のような紫の甲羅、十字矛の尾を持つ。

 

 発見されてないうちに自由騎士がガルクから飛び降りて、マガイマガド後ろからヒタマコロガシを投げた。

 火の粉がマガイマガドに噴き上がり、体が赤く燃える。

 火やられにさせられたマガイマガドは、すぐに下手人に向かって咆哮。

 大楯を構え咆哮を流した自由騎士は、すかさずランスの突きを繰り出す。

 鋭い先端は、紫の甲羅を突き抜け出血させるも血の量は少ない。

 それでも、繰り返し突くことで体力を削る。

 無論、十字矛の尾を叩きつけるように反撃してきた。

「くぅ!」

 大楯でいなし防ぎ切るが、衝撃が途轍もない。

 それでも、ほぼ無傷で攻撃を防ぐ。

 大楯も損傷はない。

 彼女はリオレイアのサマーソルト、ボルボロスのタックルなど様々な攻撃を防いできた。

 そして、女僧侶が狩猟笛を吹き『精霊王の加護』『気絶無効』の演奏によって強化もされる。

 しかし、紫炎の煙が彼女の近くへと近づく。

 すぐに流転突きを使い、翔蟲の糸を使って移動する。

 爆発する煙から逃れると同時に、ランスをマガイマガドに突き刺す。

 甲羅を貫き血を流すものの、構わず牙で反撃してくる。

 咄嗟に大楯で防ぐ。

 

 支援の旋律を吹き終えた後衛の女僧侶も、狩猟笛で殴りかかる。

 ガツンゴツンと奏でる打撃音。

 森人魔術師からの援護射撃がくる。

 ライトボウガンから放たれる弾丸は、甲羅に弾かれることなく痛痒(ダメージ)になっていく。

 四方世界では後衛だった彼女たちだが、この世界では後ろの方で援護するだけではいけない。

 モンスターの動きを見て、攻撃を回避し、反撃していく。

 

 だが、この世界の怪物たちは多少の攻撃で死んだりしない。

 頭部を貫く、潰すような強力な斬撃や打撃でも血飛沫を流しながら強靭な生命力で耐える。

 だから、何度も何度も攻撃して体力を削っていく。

 痛痒(ダメージ)が蓄積してきたことによって、モンスターの怒りが目に見えて分かるようになった。

 マガイマガドの口、前腕、背中の甲羅から紫の炎が吹き出し、形態が変わる。

 その炎が爆発し、咆哮を上げて、勢いを増す。

 

 そんな時、雌火竜リオレイアの上に鉄蟲糸で操る圃人野伏が来た。

 操竜と呼ばれる技術。

 クグツチグモの糸攻撃によって怯み、鉄蟲糸と呼ぶ光る糸を使い、大型のモンスターを操る。

 尻尾先端から突き出た針からは毒がある。そんな尻尾のサマーソルトは強烈だ。

 密着し顎から放たれる3連火炎ブレス。

 そのような攻撃を続け、毒と火傷の持続ダメージを与える。

 操竜中も他の3人が攻撃し、体力を削っていく。

 しかし、操竜は糸の耐久性から時間制限がある。

 制限時間内にリオレイアの大技を放つ。

 サマーソルトの強烈な攻撃は、マガイマガドを殴り転倒させた。

 倒れている内にと、4人が一斉に攻撃する。

 リオレイアは用は済んだとばかりにこの場を去った。

 

 危機的なマガイマガドだが、起き上がって周囲を駆ける。

 辺りに撒き散らされた鬼火は爆発し、4人の行動を制限した。

 そこへ、自身の爆発を利用し巨体を利用して体当たりしてくる。

 紫の凶星を思わせる強襲。

「緊急回避!」

 4人が武器をしまって、走り出したり、翔蟲を飛ばしたりして距離をとる。

 そして、飛んできた紫炎に包まれたマガイマガドが向かって来た。

 地面に飛び込み、背を低くする4人。

 次の瞬間、隕石と化したマガイマガドが爆発した。

 爆風が吹き荒れ彼女たちの背中を叩きつける。

 

 クレーターができそな惨状だが、4人はなんとか避けることができた。

 ランスの大楯でも防げるかどうか、そんなことを考えてしまう自由騎士。

 ヒィと小さな悲鳴をあげた圃人斥候。

 目を見開いて驚く森人魔術師。

 当たったら痛いんだろうなぁと思った女僧侶。

 だが、誰も先ほどの攻撃に戦意喪失はしない。

 この世界に来てから驚愕が続く。

 特に力尽きてもアイルー達が運んでくれて助かったり、この世界のハンターと言う特殊な人々は山頂付近の崖から落下しても死ななかったりする。

 自分の頭にある常識に固執するより、この世界に早く適応することを選んだ彼女達。

 元より彼女達は冒険者。未知に挑み、攻略していく。

 だから、混乱するのではなく考え行動する。

 

 モンスターの攻撃をどう躱す。

 モンスターが何をしてくるのか察知する。

 自身の常識を壊すような攻撃をしてくるモンスターにどう対処するか。

 唖然とするようなモンスターや行動に、いち早く行動しなければ攻撃を受けて1乙だ。

  

 その爆発地点から起き上がるマガイマガド。

 彼女達は武器を手に、恐ろしいモンスターに立ち向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 海上に造らせた拠点エルガドの雑貨屋で、ハンターは神妙な顔でマカ錬金術の結果をみる。

 狙いは狂化2、奮闘3、龍気変換3、激昂3のお守り。

 しかし、そんなお守りは出ない。

 がっくりと肩を落とし、膝をつき、地面に手をつけ項垂れる。

 悲痛さは、資金を全て失った者だろうか。

 実際に安くはない素材を1000も10000も注ぎ込んだ。

 それで何度も、何どもやって結果が思ったようにいかない。

 その度に犠牲になる者達。(過去にディアブロス、紅蓮たぎるバゼルギウス。現在は怪異化克服シャガルマガラ、バルファルク、イベントジンオウガ)

 ハンターが獲得できたのは、攻撃3痛撃2スロ411が最高のお守りだ。

「む、狂化2伏魔響命1スロなし。あまり良くはないのか?」

 隣で闇女斥候がしれっとそんなことを言ったので、ハンターはエルガド中に響くような大声で訳のわからない言葉を叫んだ。

 




何度回しても出てこない神おま。
どれだけ回せば出てくるのか。

この話はサンブレイク前にある程度書いていたのを修正して投稿したので、まただいぶ時間がかかると思います。


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