君の声が聞きたくて (鳥籠のカナリア)
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リサ
陽だまりな彼女


ギャル風な彼女は真面目で……優しくて……とてもかわいらしい


 仕事。仕事。……仕事。家に居る時間よりも仕事場に居る時間の方が長いことは火を見るよりも明らかだ。……いや、もしかしたらそれが働くってことなのかもしれないけれど、それでも不満がないわけではないからね。

 

 払いは悪くないし仕事内容も決してブラックとは言い難い。そんな中でこんな愚痴を言うのは贅沢かもしれないけれど、僕にだって愚痴る権利くらいあると思う。……こんなことを上司に聞かれたりしたら、苦笑されると思うけどね。

 

 いつも通り仕事を終わらせ、趣味の音楽が響く車で家に帰る。少し仕事場まで長い時間運転しないといけないからか少し疲れる。運転はあまり適当だと注意がおろそかになって事故を起こしてしまうからね。

 

 それで失うのは他でもない自分自身の命なんだから、気をつけて運転しないと。

 

 ……家で待ってくれている彼女(・・)のためにも。

 

 重い体をどうにか車という名の棺桶から動かし、家の玄関へと向かう。……今の言い方だとまるで僕が車で事故を起こして最期を迎えるみたいだね。縁起でもない。

 

 そんなことはさておき、朝より少しばかり重く感じる扉を開ける。実際は重さなんて変わるはずないのに。

 

 扉を開けば一人暮らしのような冷たい暗闇は見えず、誰かが居るような温かみのある光が出迎えてくれる。出迎えてくれるなんて言ったけれど、玄関に光が灯っているわけではないからどうやら奥に居るみたいだ。

 

 重かったはずの足取りはいつの間にか軽くなり、いつもは靴を整えて入る時間すらも、今は惜しい。

 

「おー。おかえり~☆」

「ただいま。リサ」

 

 彼女の名前は今井リサ。僕の数少ない女友達で、幼馴染で……大切な恋人だ。

 

「あー!また疲れた顔してるじゃん!無理しちゃダメだって、いつも言ってるよね?」

「……ごめん」

 

 余談だけど、僕は体が弱い。病室で寝たきり、というような弱さではないけれど、季節の変わり目には体を壊すのがお約束になっている現状、強くないのは間違いないと思う。だから彼女は僕を心配してるんだろうね。

 

「また倒れたらアタシ……」

「……」

 

 一度だけ、リサの目の前で倒れたことがあるんだけど……たしかあの時は疲労が原因の眩暈だったかな。それでリサに心配かけちゃって、泣かせたりもしちゃったんだよね。あの時反省して無理をしないようにしていることは彼女にも言ってあるはずだけど、心配性な彼女はどうにも納得してくれない。

 

 ……僕の話はどうでもいいね。それよりも彼女を心配させないようにしないと。

 

「……大丈夫。僕は倒れるかもしれないけど、本当の意味ではまだ倒れられないから」

「うーん……倒れないでほしいんだけどな……まあいっか。あなたはそういう人だもんね」

 

 どこか諦めたように苦笑交じりの笑顔を向けてくる彼女を少し愛おしく感じてしまった。相手は至って本気だっていうのに僕がこれじゃあいけないよね。

 

「そういえばご飯出来てたんだった!食べるでしょ?」

「うん。せっかくだしいただこうかな」

「じゃあ、用意するね!」

 

 そう言って立ち上がるリサを追わずに自分の部屋に行ってスーツの上を脱いでついでに鞄も置いておく。この前リサに手伝うと申し出たら……

 

『いいから休んでて!』

 

 むしろ怒られてしまった。彼女なりの気遣いなのだとしても、少し理不尽じゃないかな……。そんなことを思い出しながら部屋に戻ると箸を並べてくれてるリサの後ろ姿が見える。どうやらちょうど料理を運び終えたところみたいだ。

 

「今日はかつ丼にしてみたよ~♪あ、お味噌汁はおかわりあるからどんどんおかわりしてね!」

「うん。ありがとう。じゃあ……」

 

 食べる時の定型文を口にする。

 

「「いただきます」」

 

 

「ごちそうさまでした」

「はい。お粗末様でした~♪」

 

 彼女が片付け始める決して小さくはない、でも僕よりは小さな背中を眺める。……スタイルいいよなぁ。

 

「おいしかった?」

「えっ……あ、うん……」

 

 危なかった……。彼女にこんなこと考えてるって知られたら怒られちゃうからね。少し挙動不審になったけど、なんとか誤魔化せた……かな?

 

「そっかー……!なら良かったよ!」

 

 ……僕は、彼女の浮かべる陽だまりのような笑顔が好きだ。誰よりも優しく、抱きしめるような温かみのある笑顔。そんな笑顔を見ると、心臓がうるさいくらいに警笛を鳴らしてくる。それ以上行けば彼女に溺れてしまうと。……いいじゃないか。好きな人に溺れられるなら、それほど幸せな事はないんだから。

 

 ……自分で考えて恥ずかしくなる僕には、彼女に直接言うなんて、当分先のことになるとは思うけれど。

 

「そういえば髪少し伸びた?」

「うん、髪、伸びちゃったね~。あなたが長い方が好きだっていうから伸ばしてたんだけど……」

 

 彼女の髪は長い。髪の後ろで結わえるくらいには。どうやら僕のために伸ばしてくれてたらしいね。そんな事実に思わず口元が緩んでいた僕の気持ちは、次の彼女の言葉で揺さぶられてしまう。

 

「……切っちゃおうか?」

「え!?」

 

 あまりの衝撃に思わず立ち上がってしまう。そんな僕に彼女は苦笑している。あまりの恥ずかしさに、ショートしそうな頭を抱えてなんとか座り込む。一度、しっかりと深呼吸をする。このままだと絶対に余計なことを口走ってしまうから。

 

 ……幾分か血のめぐりが収まってきた頃、なんとか顔を上げる。まだ顔は熱いままだけど……。

 

「えっと……出来ればそのままでいてほしい……かな……」

「オッケー☆じゃあもうこのままにしとくね!」

 

 いつも通り返事をしてくれる彼女は、いつもより機嫌が良さそうだ。……なにかいいことでもあったのかな?……そういえば、明日は……

 

「リサ、スーツの準備ってしてくれた?」

「え、スーツ?」

 

 そんなこと聞いた覚えがないといったような反応をするリサ。えーっと……これはまさか……?

 

「明日、会議があるからって言ってあったはずなんだけど……覚えてない?」

「え!?明日だっけ!?やば、クリーニング出してない……」

「だよねぇ……」

 

 どうやらリサは少し前にクリーニングに出すように頼んでおいたことを忘れていたみたいだ。……とはいえ、そもそも僕がクリーニングに出しておけば良かったんだ。彼女を責めるのはお門違いというものだと思う。

 

「……たしかほとんど汚れはなかったはずだよね?」

「あ……うん……ほとんど汚れてないと思うけど」

「なら問題ないね。それを着ていくよ」

「……本当にごめん!アイロンだけかけておくから!」

 

 そういって頭を下げてくる彼女。でも、実際は彼女に一切の非がないからのだからそうされても困るのだけれど……。とはいえ、彼女は外見に反して、こういったことを気にするタイプの人だ。仮に僕が今、「顔をあげて」と言っても聞いてくれないと思う。うーん……。どうしたら顔を上げてくれるかな……。

 

「いやいいよ。リサがやったらアイロンで焦がしそうだし」

「焦がしそう!?アタシそんなにポンコツだと思われてるの!?大丈夫だって!スーツくらい。……たぶん。たぶん……」

「なんでそこで不安そうなの……?」

 

 ともあれ、なんとか顔を上げてくれた。彼女にはできるなら笑顔でいてほしい。無理をしたような影が差す、歪な笑顔じゃなくて、照らしてくれるような陽だまりのような笑顔で。

 

「とにかく、元々はクリーニングに自分で出しにいかなかった僕が悪いんだから、リサはなにも気にする必要ないよ」

「うーん……わかった……。スーツを用意するだけにしておくよ」

 

 どうやら納得してくれたみたいだね。……良かった。これで納得してくれなかったらどうしようって思ってたよ。そもそも彼女は他人を尊重し過ぎだ。自分を蔑ろにしたとしても、それは尊重とはまた違う。そんなの……ただの自己犠牲だ。

 

「あのさ……好きだよ」

「……え?」

 

 リサが急にそんなことをいうものだから、僕は固まってしまう。突然どうしたんだろう……。いや僕も好きだけど。好きだからこんなに愛おしいんだけど。それを言われて嬉しくないわけないんだけれど。

 

「……えっと、急にどうしたの?」

「たいていのことはこれを言っておけば許してもらえるかな~って」

「えぇ……」

 

 そんなことしなくても怒ってすらいないのに……。よし、なら少しいたずらをしよう。

 

「じゃあ僕のどんなところが好き?」

「え、どんなところが好きか?うーん……全部っていうのはなし?」

「それはそれで嬉しいけど、それはなしで」

 

 さすがに一切の不満がないなんてことはないと思う。僕だってリサに不満のひとつやふたつあるからね。そうたとえば……かわいすぎるだとか。気が利きすぎるとか。女子力が高すぎるとか。

 

「そうだね。それじゃあ……アタシのことを好きでいてくれるところが一番好きかな!」

「っ……!」

 

 あまりの恥ずかしさにまるでスチームポットみたいに顔が熱くなっていく。頭が真っ白になっていく。こんな答え方されるなんてまったく思ってなかった……。

 

「あと、甘えさせてくれるし。アタシに甘えてくるところもかわいくて好きだけどさ……あと、なんだかんだで優しいし。…ときどきドSだけど。やっぱり、アタシは全部好きかな!」

「……僕のこと、好きになってよかったって思ってくれる?」

 

 ダメ押しと言わんばかりにそんな質問をする僕。どれだけ彼女が想ってくれるかなんて、僕自身も分かっているはずなのに。本当に、自分勝手だな、僕は。でも、そんな僕にも彼女は笑って……

 

「うん、あなたを好きになってよかった!だって、今こんなに幸せなんだもん!……って、普段こんなこと言わないからなんだか恥ずかしくなってきちゃったじゃん!」

「あはは……ごめん……」

 

 少し無理を言いすぎてしまったね……。少しふくれっ面になってしまった。大変可愛らしいからやめてほしい。

 

「もう……あなたもアタシのこと好きって言ってくれなきゃ許さないからね」

「あ……えっと……す……好きです……」

「ん、よろしい」

 

 ちっとも男らしくない、それどころかむしろ女性なんじゃないかというほどのハッキリしない返事でも、彼女は納得してくれたようだ。満面の笑みを向けてくれる。それだけで胸のあたりが温かくなる。

 

「あなたに好きって言われると、なんだか安心するよ~!」

「そっか……」

「愛してるよ」

「えっと……急にどうしたの?」

 

 先ほどの熱が冷めていない頭に追い打ちをかけるのは出来ればやめてほしいんだけどな……。

 

「ん、なんとなく、言いたかっただけだから。深い意味はないよ?深い想いはあるけど」

「……そっか」

「あれ、あなたは私のこと愛してくれないの?ひどい、傷つきそう……」

 

 ……これはあれだろうか。僕にも同じことを言えって言っているのかな。

 

「えっと……どうすればいい?」

「んー……そうだね~……」

 

 猫みたいな口元を緩ませる彼女。……どうやら僕の予想通りになりそうだね。こういう時の彼女は普段より輝いて見える。

 

「じゃあ今度は愛してるって言ってみようか!」

「……愛してる」

「んー?聞こえないな~?ちょっと耳が遠くなっちゃったみたいで~」

「……」

 

 この恋人様は……。よし、それなら僕にも考えがある。思い付いた行動を実践すべく、彼女の耳元に顔を寄せる。驚いた顔をしている彼女だけれど、もう遅いよ。

 

「あいしてる」

「ひゃっ……み……耳元でささやくのは反則でしょ……!アタシ怒ったからね!」

 

 いくらなんでも理不尽じゃないかな……。この前されてみたいって少女漫画を読みながらつぶやいていたから実践しただけなのに……。また頬を膨らませて今度は涙目でこちらを睨んでくる。

 

「よ……夜寝るときに、耳元でずっと愛してるってささやき続けるから!許してほしければ、アタシの耳元で愛してるってささやき続けてね?」

 

 これが幸せな拷問というやつだろうか?いや、僕は明日仕事だから是非とも寝かせてほしいんだけれど……それよりさっきのやつ気に入ったんだね……。

 

「あ、ところでこのあと買い物行こうとしてたんだけど、付き合ってくれないかな?」

「今から?」

 

 切り替えが早いことで……。時計を確認すると、幸い、買い物が出来そうな時間ではある。断る理由もないし、断ったらあとが怖いから行こうかな。……リサと少しでも一緒に居たいし。

 

「いいよ」

「ありがとう!それじゃあ今の時間は……駅前のスーパーでいっかな!」

「荷物持ちくらいにしかならないと思うけど」

「うん、荷物持ちよろしく~♪それじゃあ、行こう!」

 

 先ほどまでの疲労感がなくなった体を動かして、玄関を出る。少し座りすぎたかな……。体が少し痛い。学生の時のようにはいかないね……。

 

「あ、お財布忘れた……」

「僕の財布から出すから大丈夫だって」

「そう?じゃあお願いしよっかな!じゃあ今度こそ、行こっか!」

「うん」

 




今度は……筑前煮をつくってもらおうかな


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星空の下で告げる想い

少し……昔話をさせてほしい。
あの日、星空があまりにもきれいだから、夜に一人で出歩いてみた。
ふと立ち止まって、星空を見上げていると、彼女に出会ったんだ。
でも、彼女には……


 星屑が見えた。一緒に居た人は土星が見えるだとか、それが数年に一度だとか……そんなことを言っていた気がするけど、別に土星になんて興味がなかった僕は、それを同行者たちに悟られないために皆と同じように星空を見上げた。

 

 普段住んでいる都会の方なら、ふと視界の端に映ることはあるだろうけど、立ち止まってその輝きを見ようなんて微塵も考えない星空。星々の煌めきではなく、負の遺産(科学の力)によって照らされる街並みは、星のような鮮やかさもなければ、宇宙(ソラ)のようにこの手が届かないこともない。

 

 相対的に見れば、便利なんだろうね。自由自在に光を作り出し、暗かった場所を照らすことが出来る。かく言う僕も、その恩恵に預かっているわけだ。

 

 でも、その光のせいで……星々の煌めきは、僕たちの目に……届かなくなった。

 

 星なんて見たければ山や田舎の方に行けばいい。そんな考えほど人間が元から存在した自然の恩恵を蔑ろにして、少しずつ壊しているという事実を象徴していることはないと、僕は思うんだ。

 

 いつからか、身近にあった星の温かな光は、手の届かない遠いところにいってしまった。他でもない、人間(同族)のせいで。……なんて皮肉な話なんだろうか。

 

 ……だからかな。あの時僕が、星になんて微塵も興味のなかった僕が、一筋の星屑の輝きに目を奪われてしまったのは。

 

 たった一瞬の、あの閃光がすごく綺麗に見えたんだ……。

 

 そして……その眩しいほどの輝きに魅入られて以来、僕は星空を眺めるようになった。

 

 

 

 

 この空に点在する星たちは、今なにを思っているのかな。曰く、こちらから見えている星々の姿は()()ではなく、()()()()の姿らしい。そもそも、星がなにかを思考するのかという話ではあるけれど。

 

 そんなことを考えながら、寒空の下、ダッフルコートをわざわざ着込み、星空を見上げる。口から吐き出される二酸化炭素は、白くなり空気中へと消えていく。こんな寒いなか星空を見上げているのだから……当然、手は(かじか)んでくる。ここまで寒いなんて思っていなかった僕は、生憎と手袋をつけ忘れて来てしまった。仕方ないと諦め、少しでも寒さを凌ぐためにポケットに手を入れる。

 

 そもそも、そんなことをするなら帰った方がいいと結論付けて、足を帰路へ向け……誰かの靴の音に足を止めた。

 

 足音の主を確認するために振り返れば、見知った……いや、それ以上の相手が見えた。(そほ)の柔らかな髪とアッシュグレーの優しげな双眸が特徴的な女の子。……今井リサ。僕の幼馴染で、同時に……片想いの相手。

 

「良い夜だね~♪すごく寒いけど綺麗な星空。きみは本当に星を見るのが好きだね~?」

「……リサ」

 

 ……僕は幼馴染、なんて嫌いだ。小説でも、彼女から借りる少女漫画でも……幼馴染から恋仲に進むことは、ほとんどない。

 

 負けヒロインとも言われるそれが、まるで僕の恋路を暗んじているかのようで……。

 

 こんなことを考えるなんて、女々しいのは自分でもよく分かってる。でもさ、思わずにはいられないから。自覚してるくせに、思ったことも言葉に出来ないようなヘタレだから。空に向けて想いを馳せることしか出来ないから。隣に居るのに、僕にはたった一言すら言えないんだから……。

 

「やっほ~☆星が本当に好きだね~?」

 

 考えていることを悟られるわけにはいかないと、咄嗟に貼り付けたような笑顔をリサに向ける。

 

「うん。なんとなく連れていかれたあの山の上で見た星空が忘れられないんだ」

 

 僕が星に魅入られた日に隣に居たのは、他でもない彼女だった。彼女は……優しいから。こうして星空を見る僕によく付き合ってくれる。

 

 呼んでもないのにリサはいつもここに来る。それがいつの間にか僕たち二人にとって、()()()()になっていた。

 

「ところで、さ。こんな夜に、ひとりなのかな?」

「うん。一緒に見てくれる人なんてリサ以外に居ないからね。……誘おうとも思ったけど、そもそも最近は色々忙しいんだよね?」

「寂しいこと言うね~……。誘ってくれれば来たのにな〜。でも……そっか……一人なんだ……?」

 

 一人で居ることがそんなに気になるのかな?彼女が心配性なのはよく知っているけど、リサみたいに僕は友達が多いわけでもないんだから……。

 

「実は、私も一人でさ。キミさえよければ、隣にいてもいいかな?」

「うん。むしろ居てくれたら嬉しい」

「うん……!それじゃ……」

 

 リサが見惚れるほどの笑顔を浮かべながら隣のハンカチを敷いた場所に座るのを見て、それに倣うように僕もリサの隣に座る。その距離は、手を伸ばさなくても届くような距離。

 

 そんな状況に驚かないわけがなくて……幾度となく繰り返していることなのに、激しく心臓が鼓動し始め、顔が赤くなるのが自分でもわかる。原因が隣の少女だということも。

 

 ふと、横を見ると涼しい顔で星空を見上げる彼女が見える。こんな反応しているのが自分だけなのだと思うと、なんだか恥ずかしくて、少しだけ腹が立つ。少しくらい反応してくれてもいいと思うんだけどな。

 

「なんかいいよね。こういうのって」

「こういうのって?」

「二人で肩を並べてさ、星空を見て話すの。……Roseliaではそんな余裕ないからさ。余計にそう感じるんだと思うんだよね~……」

「リサ……」

 

 寂しげに笑うその顔が、僕の言葉を詰まらせる。

 

 R()o()s()e()l()i()a()、それが彼女の居場所の名前。ひとつの目標のために頑張っている彼女を応援したくなるけど、少しくらい休んでほしいというのが僕の本音。いくら体が丈夫だからって無理をしていいわけじゃない。それを彼女も分かっているはずだけど……。

 

 僕が……外から見ているだけの……彼女たちに直接関わっているわけでもない僕が、口を出すべきではない。何故ならこれは彼女たちの問題で、僕の問題ではないから。

 

 

「それにさ……まるで、恋人……みたいじゃない?」

「っ……」

 

 急にそんなことを頬を染めていうものだから、元より彼女のことで頭がいっぱいになり、乱されていた僕の感情は、行き場のないものへとなっていく。なんとか落ち着くために、月を見上げる。……綺麗だなぁ。本当に。

 

「そう……だね……」

 

 なんとか絞り出せたのは、なんの面白みもない同意だけ。……そもそも、彼女はモテるのではないだろうか?彼女に異性として魅力を感じない男子なんて居ないだろうに。恋人みたい、なんて言わずとも居ると思うんだけど。

 

「……リサには、さ」

「ん?」

「か、彼氏とか居ないの?」

 

 ()()。その言葉を言うだけで動悸は早くなり、先ほどまで自分でも分かるほどの熱を持っていたはずの頭は、次第に血の気は引いていき、冷たくなるのを感じる。……こんなことになるのなら、聞かなければよかった。答えなんて、聞かなくても分かりきっているだろう。

 

 顔良し、性格良し、初心で……おまけに家庭的ときたものだ。誰も……放っておくわけないじゃないか。

 

 籠に閉じ込められた小鳥が窓の外の青い空に見惚れ、()()()()と願うように、雪が太陽に照らされ、溶けるように……所詮、恋なんて儚いものなんだ。

 

 さようなら。僕の初恋。外面を偽るのだけは得意なんだから、こんな気持ちは隠すことくらい、わけないはずだ……。あとは、死刑宣告(真実)を待つだけ。

 

 腹を括ったっていうのに、いつの間にか伏せていた顔を上げることが出来ない。強張った表情から元の柔らかい表情にすることが出来ない。どこまでも女々しい自分自身に嫌気が差す。

 

 こんな思いをしているのは誰のせい?リサのせいじゃない。他でもない、告白しなかった僕自身だ。だから、これは当然の報い。だから……

 

「やだな、そんなのいないよ~」

「え!?」

 

 リサが発したそのひとことには、心底驚いた。え……?居ない?リサに、彼氏が……?

 

「ならこの前一緒に歩いてた人って……?」

「え?……あっ、それCiRCLEのスタッフさんだよ!」

「あ、よく行ってるライブハウスの……」

「しかもあの人、ああ見えて中身はけっこう女の子でね~……。そもそも、普通に女の子なんだけど。女友達同士になっちゃうんだよね……」

「……あのルックスで?」

「そう。あのルックスで」

「えぇ……」

 

 遠い目ではあるけど、ルックスが良かった。つまり……僕は女の子に嫉妬してたってこと……?それに、リサには彼氏なんて居なくて……。それって……僕の勘違いってことか……

 

 あまりに馬鹿馬鹿しい結末に、思わず空を仰ぐ。空が青いな……。

 

 結局のところ、僕の早とちりだったわけか……。それに気が付くと同時に、あまりの羞恥に伏目になるのをなんとか堪える。穴があったら入りたい。僕の胸中がそんなことになっているとは露知らず、彼女は口を開く。

 

「……つまり、そういうわけで、現在アタシはドフリーです。好きな人はいますけど、全然気づいてもらえません」

「……?」

「せっかくその相手と二人っきりになれたっていうのに、なんと相手はライブハウスのスタッフさんを彼氏だと思い込んでいたんだよね」

「え……どういうこと……?」

 

 わけが分からないと頭を捻っていると、リサの機嫌が目に見えて悪くなっていき……頬を膨らませて睨んでくる。

 

 なんとも可愛らしい主張の仕方に、顔がほころぶのをなんとか抑える。

 

「ニブチン」

「えぇ……?」

 

 ニブチン……?たしか人からの恋愛感情なんかに疎い人のことを指すんだったかな。でも、それが今の状況となんの関係が……?

 

「え……それって……」

 

 自分の中ですべてが繋がり、顔に恥じらいの色が溢れるのが鏡で自分の顔を見ずともわかる。え……なんで……。そんな疑問が頭を駆け巡る。思考も整理出来ないまま、リサは言葉を続ける。

 

「そうだよ。きみが好きなんだよ!」

 

 注視しなくてもわかるほど頬を赤く染め、僕をまっすぐ見てくる。いくら体調の悪いときだって、彼女がここまで顔を赤くしたところはみたことがない。

 

 まるで林檎のような鮮やかな赤に頬が染まってるだとか、普段なら冗談めかして言うけど、今ばかりはそんなことは言えないほど目の前のことで頭がパンクしていた。

 

 リサが……僕のことを……?な……なんで……。たしかに、僕たちはいつも一緒だった。僕が彼女に惚れたように、彼女が僕に好意を寄せてくれていてもなにも不思議はない。理屈では分かっているけど……。

 

「これまでけっこうアピールしてたつもりだったんだけどなぁ……まさかスタッフさんのことを彼氏と思われてたなんてこれはさすがのアタシも見抜けなかったよ~」

「……ごめん」

 

 目の前の出来事が受け入れられないまま口から発せられるのは、相手の想いに気が付かなかったことに対する謝罪。そこまでアプローチしてくれてたなんて気が付かなかった。そもそも……僕に好意を寄せてくれているだなんて、思いもしなかった。

 

 リサは友達が多い。友人も、後輩も、バンドの人たちだっている。それは年々数が増え続けていったし、これからもそうで、きっと……僕の好意なんて届かないと、そう思い込んでいたから。自己解決して、逃げようとしていたから。彼女のことを見ようとも……彼女の想いに気付こうともしなかった。僕は……自分勝手だ。

 

「そ……それで、さ……答え……聞かせてくれないかな、なんて……さっきからずっとドキドキしっぱなしなんだから……」

 

 さっきよりもずっと、赤を通り越して紅に頬を染めて……彼女の言葉が(つむ)がれる。

 

「そういえばさ。言ってなかったけど……僕にはずっと、好きな人が居るんだ」

 

 思わず、そう言っていた。……なにを言っているんだ僕は。今の言い方がどんな受け取り方をされるなんて……驚いたように見開かれた瞳を見なくとも、分かるだろう。自分でしたことにも関わらず、自責の念にかられる。

 

「あはは……そ、そうなんだ……あ、あはは……」

 

 綺麗に咲いていたはずの赤い花は枯れて、かわりに苦笑という見るに堪えない黒い花が咲く。……違う。僕がしたいのはこんなことじゃない。せっかく、彼女も想いを伝えてくれたんだ。ここで自分の気持ちにすら嘘を吐いて、彼女を欺くなんて……そんなの、嘘だ。

 

「あ……えっと……その……」

「それでさ、その相手の人の名前はね……」

「言わないで……!」

 

 今にも泣きそうな顔で彼女は僕の手を掴む。普段見ることがない彼女の弱々しい姿に心臓を直接掴まれたような衝撃を受けるけど……そんな彼女を無視する。ここで止めてしまえば僕は彼女の想いに答えられない。

 

 たとえ、これが自分勝手なのだとしても。僕は、伝えなければならないんだ。

 

「その人の名前さ、今井リサっていうんだよね」

「……っ!そ……そうなんだ……今井リサさんっていうんだ……あの人と……お幸せにね……っ」

 

 その涙を流しながら微笑む姿が酷く歪で……心がズキリと痛む。まるで鈍器かなにかで叩かれたような鈍痛に、思わず顔をしかめる。

 

「……え?」

 

 でも……その涙は次第に止まり、かわりに目が赤くなるほど涙を流していた瞳は大きく見開かれ、頬は見て取れるほど赤く染まっていた。

 

 その様子に、安堵のため息を吐く。

 

「え、あの……ひょっとして、今井リサって……アタシ?」

「うん。……僕は、リサのことが好きだ」

 

 数年越しに言えた本当の想い。ずっと、心の片隅に追いやろうとしていた、リサへの気持ち……。結局、自分の気持ちに嘘なんてつけないんだ。それを分かった今なら、今だからこそ自分の想いを伝えられる。

 

 薄っぺらくて、ありふれた言葉なのは自覚してる。でも……余計な言葉なんて、必要ないから。ありふれていたとしても……この言葉に嘘なんてないから。

 

「ひ……酷いよ……フラれたかと思ったんだからね……!」

「……ごめん」

「絶対に許さないから……!でも……もし、もし許して欲しいんだったら……もう一度、アタシのこと、好きだって……言ってみてよ。そしたら、許してあげる」

 

 ……なんともかわいらしい許し方だ。……でも、それでリサが納得するなら……いや、違うね。そんなこと、求められなくても何度だって、何十回だって言うよ。この気持ちに……今感じているこの気持ちに嘘偽りなんてないんだから。

 

「僕は……リサが好きだ。初心なとこも、その世話好きなとこも、その優しい笑顔も……」

「うん、アタシも好きだよ。ずっと……ずっとキミと、こういう関係になりたかったんだ……♪」

 

 なるほど。時折周りからの視線が暖かいものに感じたのは、こういうことだったんだね。……結局のところ、相手の気持ちを知るのを怖がって自分の気持ちを表せず……相手の気持ちすら汲み取ることが出来なかった。結局、鈍いのはお互い様だったんだね。

 

「ねぇ……そろそろ寒くなってきたからさ……」

 

 寒さのせいか、耳まで真っ赤にしてこっちを見てくる。……ここまで彼女の気持ちに気づかなかった僕もなにをしてほしいのか分からないほど鈍感じゃない。

 

「キミに……抱きしめてほしいなぁ……なんて……」

 

 言い終わる前に……無意識に彼女を抱きしめていた。ふわりと太陽のような落ち着く香りが鼻孔をくすぐる。僕とは違う……力を入れてしまえば折れてしまいそうなしなやかな体を折らないように、優しく抱きとめる。

 

「……暖かいね」

「うん……。ねぇ、このまま離さないで……?」

「……そんなことを言うと絶対に離さないよ?」

「うん……アタシも絶対離さないから……キミも離さないでね……」

「分かってるよ」

 

 一度、抱きしめるのをやめて、リサを見据える。彼女もなにをされるか分かっているのか、両目を堅く、堅く閉じた。

 

「あっ……」

 

 そのまま……まだ誰も触れたことがないだろう花に触れた。

 

 小説や漫画なんかでは、恋に落ちる。なんてよく言うけれど……今なら、その気持ちが分かるかもしれない。恋をするって……まるで自分が水の底に沈んでいくような感覚なんだ。

 

 彼女と交わした初めてのキスは……青春の、甘酸っぱい味がした。




ふと触れたリサの体温が、とても暖かった。


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陽だまりが起こしにきた

平穏で、平和な日常。でも……


「……」

 

 重く感じる瞼を少し開いて、辺りを見回す。ベットに入る前の記憶がない。

 

 自分の熱を吸収した毛布から伝わってくる暖かさに心地よさを感じながら、まだ寝惚けてハッキリしない頭をどうにか動かして寝る前のことを思い出す。思い浮かぶのは、疲れて最低限のことを済ませて……吸い込まれるようにベットに入った記憶。

 

 思い出せる限り、昨日は心地良い微睡みに身を任せて何を考えずに寝てしまったみたいだ。

 

 ────起きようか。……そう思ったけど、よく考えれば今日は日曜日。つまり、休日だった。大学の講義は今日は休み。そして、学費を賄うためのバイトも休み。課題もしっかり終わらせている。その上、昨日の疲れが寝ても抜けなかったみたいで、倦怠感が一夜経った今でも体に残ったまま。

 

 つまり、この寝起き特有の心地よい眠気に誘われて寝てしまっても誰も僕を咎めないということ。なら、やることはひとつ。

 

「……寝よう」

 

 誰に言うわけでもなく、そう口にする。言霊とはよくいったもので、その言葉のとおり、僕の意識は先ほどまでいた場所まで……

 

 誘われることは、なかった。小気味のいいチャイムの音が聞こえてきたからだ。眠りに落ちようとしていたところを邪魔されて少し不機嫌になる。

 

 そもそも、こんな早朝に尋ねてくるのは失礼だと思う。相手がもし、休日に長く寝ていたい人だったらどうするのだろうか。……早朝と言っても7時半なんだけどさ。

 

 事実、僕は寝ていたい。大事な用があったとしても、あとでまた来るだろうと寝る体勢に入る。

 

「いるんでしょ?入るよ~?」

 

 鍵を開ける金属音が響いて、扉を開く音がする。……僕の家の鍵を僕以外に開けられる人物なんて一人しかいない。

 

「ほら、カーテン開けるよ~?」

 

 カーテンを開く独特の音と同時に外の光が彼女の背中越しに見える。寝起きの光に慣れてない目には少しキツいものがあるよ……。

 

「おはよう。目は覚めた?」

「おはよう……リサ……」

「まだ眠そうだね……」

 

 さっきに比べたら少しだけ目は覚めるけど……このままだと目の前に彼女がせっかく起こしに来てくれたっていうのに寝てしまいそうだ……。それは申し訳ないことは分かっているけれど、人間の三大欲求のひとつの睡眠欲には寝起きの状態では特に抗い難いわけで……そのまま僕の意識は微睡みに導かれて……。

 

「おやすみ……」

「ちょ……せっかく朝ごはん作ってあげようと思ってきたのに……」

「……え、ほんと?」

「起きるのはや……」

 

 眠気が一気に覚める。え、いやだってさ……リサの手料理でしょ?そりゃあ起きるよ。美味しいからね。なにより……リサが作ってくれるだけで嬉しいから。……本人には、恥ずかしくてとても言えないけど……。

 

「まあいっか。顔洗ってきて~。朝ごはんの用意、しておくから!」

「うん」

 

 朝食をリサが作ってくれると思うとさっきまであった眠気が吹き飛ぶ。軽くなった体を起こして、洗面所へと向かう。

 

 代り映えしないいつも通りの洗面所。特筆すべき点はなくて、家庭にありがちななんの面白みもない洗面所。目を覚ますために冷たい水で顔を洗ってから、水たちをタオルで拭き取る。……やっぱり顔を洗わないと起きたって感じしないな。

 

 ……考え事をしてる場合じゃなかったね。リサが料理を作ってくれるとはいえ、任せっきりにするわけにはいかないし、なにか手伝わなきゃいけない。そう結論付けて、リビングに戻る。

 

「もう用意出来てるよ」

「早すぎない……?」

 

 少し考え事をしていたとはいえ、洗面所に3分も居なかったと思うんだけどな……。テーブルの上を見てみると、たしかに朝食が並んでいた。いや、時間にも驚くけれど、本当に驚くのはその量。これ旅館とかで出てくるくらいの量があるように見えるんだけど……?

 

 それに、普段ほとんど料理をしない素人の僕でも、どれも丁寧に作られてるのが分かる。こんな短時間でいったいどうやって……

 

「実はこれさ、全部昨日用意してたんだ~♪」

「えっ!?」

 

 つまり、昨日わざわざ時間をかけて作ってきてくれたということ。たしか昨日は土曜日ではあったけど、彼女は普通に学校もあったはず。その上、たしかバンドもしていたはずだから、時間も限られるはずなのに……。その貴重な時間を、僕のために使ってくれた。……そう思うだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

「タッパーに入れて持ってきたんだ~♪だから、あとは全部お皿に移し替えただけだよ」

 

 わざわざタッパーから出したのか……。別にタッパーのままでもよかったのに。リサは本当にそういうところはよく拘るよね。

 

「それじゃ、食べよっか?」

「うん。いただきます」

 

 

「ごちそうさまでした。美味しかったよ」

「はい、お粗末様でした~♪美味しかったのなら、よかったよ~!」

 

 それにしても……これ本当にタッパーに入れて持ってきたのかな?リサのことを疑ってるわけじゃないけど、出来たてみたいな味なんだ。多少なりとも置いておけば味は劣化してしまうものだと思うんだけど……それもない。なにか技があるのかな?

 

「それにしてもさ、これだけ美味しい料理作れるんだったらいいお嫁さんになれるね」

「えっ!?あ……えっと……あはは……不意打ちだよ、急にそういうこと言うのさ……」

 

 まるで熟れた苺みたいに顔を真っ赤に染めてくれる。不意打ちもなにも事実を言っただけなんだけどな。

 

「でも、その場合、相手はあなただからね?」

「っ……」

 

 自分で不意打ちはずるい、なんて言ってたのに、どうしてそういうかな。リサも人のことなんて言えないじゃないか……。僕も顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 

 

「今日はどこに行くの?」

 

 車の鍵を開けながら、彼女に問う。今日の予定をまだ聞いてなかったのをすっかり忘れてた。目的地が分からないんじゃ、ただのドライブになってしまう。僕自身、ドライブは嫌いではないけど、それをわざわざ彼女に押し付ける必要もない。

 

 もしかしたら、彼女には彼女なりのプランがあるのかもしれない。一応聞いてみないことにはなにも始まらない。……こういうのは、男が決めるものという意見もあるだろうけど、僕は基本的にアウトドア派じゃなくてインドア派なんだ。外に出るより家で読書をしていたい人間なんだ。

 

 だからと言って自分で決めなくていいわけでは決してないけど。

 

 それでも外に出るのは……リサと居られるから。理由は結局、それだけなんだ。

 

「んーそうだなぁ……。ちょっと買い物に付き合ってもらってもいい?」

「わかった。じゃあ行きますか」

「うん!今日も一日よろしくね!」

「もちろん」

 

 朝日に照らされる彼女の姿が、とても眩しいものに見えた……。

 

 

「近所にこんな大きいショッピングモールがあったんだね……」

「そうだった……。あなたって外に出る習慣がないんだったね……」

 

 彼女に案内されること数十分。着いた場所は、大型のショッピングモールだった。ショッピングモールが近くにあったのは知っていたけど、ここまで大きいとは思っていなかった。

 

 自慢ではないけど、僕はオシャレとかには無頓着で、服も適当に済ませるから、こんな場所に来ることなんて滅多にない。

 

 そもそも、外出自体大学とバイト以外、滅多にしないし。

 

「とりあえず車降りよっか~♪ずっとここに居ても仕方ないし」

「それもそうだね」

 

 彼女に言われて、車から出る。30分ばかり座ったままだからか、少し体が痛く感じた。……普段運動しないからかな。

 

「おじいちゃんっぽいよ?」

「リサ……一応僕も社会人とはいえ20代だよ?なのにおじいちゃんっぽいって、それはちょっと酷くないかな……」

「あははっ!ごめんごめん!つい……ね?」

「つい……じゃないよまったく……」

 

 彼女のからかい癖には振り回されてばかりだ。普段は世話好きの彼女だけど、ここぞとばかりに僕のことを弄ってくるときがある。……それもきっと、心を許してくれているから。だからかな、僕が呆れながらもどこか心地よく感じてるのは。

 

 常々思うけど、もしかして僕って結構単純なのかな。……それでもいいか。

 

「そういえば、なにを買いに来たの?」

 

 駐車場を歩きながら、この日一番の疑問を投げる。正直、僕を連れてきてもあまり意味のないショッピングモール。……なにを考えているのか、皆目見当もつかない。

 

「あれ?言ってなかったっけ?アタシの服選びに付き合ってもらおうかなって」

「服選び……?なんでまたファッションセンス皆無の僕を?」

 

 自慢ではないけど、先述の通り僕はファッションは適当に済ませる。理由は……言ってしまえば、自分のセンスに自信なんて一切ないから。だから適当と言って誤魔化してしまう。

 

 そんな僕に対して、彼女のファッションセンスは抜群だ。なんでも、同級生からのファッションに関する質問も受けるらしい。

 

 彼女が僕を連れてくる理由が分からない。

 

「分かってないな~。アタシはあなたと居れればそれでいいの。つまり……服選びなんてただの付属品みたいなものってこと!」

「……」

 

 そんな恥ずかしいことを、恥ずかし気もなく、胸を張って言うものだから、さっきまで普通だった僕の体温は、自分でも分かるほどみるみる上昇していく。

 

「顔が赤くなってるね~?なんでかな~?」

「……別に赤くなんてなってないよ。さ、行こう?」

「あっ、逃げた……」

 

 聞こえないふりをして……彼女と指を絡めて、優しく手を握る。いわゆる、恋人繋ぎ。

 

「……っ」

「……リサ、どうしたの?」

 

 きっと、今の僕は、いたずらが成功した子供みたいないい笑顔をしてると思う。なぜなら……彼女の顔は、綺麗な桜が咲いているから。それがなによりの証拠。

 

 見られることが恥ずかしくなったのか、僕から顔を逸らす。

 

「……なんでもない!よーし!きっと君はいい服選んでくれるんだろうなー?」

「うぐっ……そ、その反撃は反則じゃないかな?」

「なんのことかな?ほら、行こ!」

 

 そう言って彼女は歩き出す。……僕と手を繋いだまま。

 

 

 さきほどの雰囲気を引きずることはなく、リサの服選びに付き合っていた。……とはいっても、僕は見ているだけだけど。

 

「ねえ?これどう思う?」

「ん?」

 

 そう言ってリサが見せてきたのは一つのパーカーだった。灰色に見えるのは間違いないけど……なんというか、色の配色が僕としてはあまり好みではないかな。

 

「なんか……白と黒が上手く混ざってないみたいな色だね。灰色っていうには違和感があるけど、単色かって言われると微妙かな」

「あー……そっか」

「……色の感じ方なんて人それぞれなんだから、リサが良いと思ったらいいんじゃないかな?」

「えー?なんか適当じゃない?」

「そうは言ってもね……」

 

 人の服を選ぶなんて僕には出来ないって、リサには何度も言ってるじゃないか……。

 

「んー……じゃあさっきみたいに聞くから純粋に思ったことを言ってみて?」

「それだけでいいなら……」

「やった!よーし!いっくぞー!」

「気合入ってるなぁ……」

 

 そんな彼女に苦笑しつつも、まんざらでもない自分に苦笑するしかなかった。

 

 

「あーあー……結局いい服なかったか~……」

「そういうこともあるよ。そんなに気を落とさないでもいいんじゃないかな」

 

 結局、リサと僕の意見が噛み合う服はなかった。……やっぱり僕は付いてこなかった方が良かったんじゃないかな。

 

 だって、リサがいいと思っても僕が否定してしまったわけだし。

 

「どうせあなたのことだから自分はついて来なければ良かった~なんて思ってるのかもしれないけどさ、アタシは楽しんでるんだよ?言ったでしょ?私はあなたと居られればそれでいい……って」

「……うん、そうだったね。」

 

 そう言ってくれる彼女に苦笑を返す。ネガティブなのは決して悪いこととは言い切れないけど、場合によっては相手に失礼になることを忘れてはいけないということを、改めて学んだ。

 

「んー……ここに居ても仕方ないか〜。そろそろ帰ろっか。」

「そうだね。なら行こうか」

 

 少しの間この場所に居たからか、ふと周りを見渡す。……ふと、ひとつの服が目につく。

 

「……リサ」

「ん?なに?」

「先に車行っててもらえる?運転長くなると思うから一度お手洗いに行ってきたいんだよね」

「ん、わかった〜☆じゃあ先に行ってるからね〜?」

「うん。またあとで」

 

 遠ざかるリサの背中を見送って、僕はさっきとは違う服屋に行く。好みに合うといいんだけど……。

 

 

「ただいま」

「おかえり〜……って、アタシが言うのもおかしいけどね」

「そうかな?僕はそうは思わないんだけど」

「え、なんで?」

「だって、結婚してくれるんでしょ?」

「あ……あはは……そ、そんなこと言ったかな〜?」

 

 耳まで真っ赤にしてリサは僕から目を逸らす。恥ずかしいなら言わなければ良かったのに……と出かかった言葉を飲み込む。そんなことを言えば、今度は僕がからかわれるのは分かりきってるし、この手の言葉遊びで僕が彼女に勝てるとは到底思えないからね。

 

「そうだ。リサ、プレゼント」

「……プレゼント?え、なんかあったっけ?」

 

 渡したのは綺麗にラッピングされた少し大きめの袋。外から中をうかがうことは出来ないから、なかに何が入っているのかわからない。

 

「特段なにかあるわけではないけど……普段の感謝かな」

「ふーん……?開けてみてもいい?」

「もちろん」

 

 僕からの了承を得たからか、ラッピングを解いていくリサ。そして、中にあるものに目を丸くする。

 

「これって……」

「さっき見つけたんだ。似合うかなって思って」

 

 中に入っていたのは、ファースリーブと、スカートだった。このふたつを選んだ理由は、色合いが好きだというのもあるけど……リサに似合うと思ったから。

 

「……ありがとう!ねえ、早速着てみてもいい?」

「じゃあ僕は部屋を出ておくね」

 

 

「もう入って大丈夫だよ〜♪」

 

 着替え終わったようで、彼女から声がかかる。別室から、リサが着替えていた部屋に戻り……思わず、目を見開いた。

 

「ど……どうかな……?」

 

 視点が固定される。目を閉じられなくなる。……目が離せない。似合うと思って、買ってきたのは自分なのは分かってる。でも……あまりに似合いすぎてる。白とクリーム色を基調とした温かみのある色合いのファースリーブにチェックのスカートという組み合わせが、リサのイメージと外見に合致して、言葉を失う。

 

「あ……えっと……に、似合ってるよ」

 

 なんとか形に出来たのは、そんな陳腐な言葉。なんの面白みのない言葉だった。それでも、彼女は優しく……

 

「ありがとう!大切にするね!」

 

 そう返してくれる彼女の笑顔は……とても眩しかった。

 




僕の心は、平穏なんかじゃない。


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クリスマスの魔法

クリスマスの魔法なんてなかった。


 夜空を照らす大きな光が見えた。人為的に創られた、人間にだけ都合のいい光が。

 

 街の中央には街に繰り出す若者たちを鬱陶しいほど照らすクリスマス・ツリー。街並みを白く、鮮やかに彩る雪。街をゆく笑顔の雨を降らせるカップルたち。

 

 初めて見れば注目の的だろうそれらは、見慣れてしまった人々にとってはなんの面白みもないただのオブジェクトにすぎない。あったところで「ああ。()()か」程度にしか思わない人間がほとんどだと思う。関心を持ったとしても、ごく少数であるのは明白だ。

 

 そもそも、ツリーを見に行こうと誘えば、「ロマンチストだね~」なんて言われるのが関の山。

 

 人に見向きもされず、存在しても意味もないというのにそれは毎年、決まった時期、決まった場所に()()()()()()存在していた。

 

 まるでそこにあるのが自然で、それがこれから先も不変なのだと、他でもなく、クリスマス・ツリーに見向きもしない人々が肯定していたんだ。

 

 変わらないものなんて……そんなもの、あるわけないのに。

 

 

 視界に広がる寒空。ちらつく雪。悴む指先。みんな、冬の風物詩として好まれるようなもので、決して体の強くないあの人の天敵でもあるけど……それでも、アタシは冬が好き。街に綺麗な白い雪が一面に広がって、雪化粧していくのも、寒くて羽織るコートの温かさも、目の前を歩いていくカップルが手を繋いで幸せそうに談笑しているのも。そんなことも含めて……。

 

 そんな姿を見てたらこっちまで嬉しくなってくるな~。そう思いながら悴む手を少しでも暖めるために息を吐いても、すぐにあたたかさは消えちゃった。息で手を暖めるのを諦めて、ポケットに手をしまう。危ないからあんまりやりたくないけど、この寒さを防ぐことの方がアタシには大事だから。手袋、してくるべきだったな~……。

 

 今日はクリスマス。恋人たちがデートする日。でも、アタシの隣には街ゆくあの人たちのようにパートナーは……アタシを照らしてくれる存在(ヒト)はいない。その事実が胸を締め付ける。

 

「あ~あ……フラれちゃったか~……」

 

 いつもみたいに、気楽な声を出してみるけど……あのカップルたちが羨ましい。そう思わずにはいられなくて……どうしようもなく、あの人を恨んだ。なんで、あなたはアタシと一緒に居てくれないの?

 

 楽しそうに話して笑顔を浮かべているあの人たちみたいに、恥ずかしがりながら手を繋いだりするあの人たちみたいに、夜の街並みに目を煌めかせるあの人たちみたいに……なんで、一緒に笑ってくれないの?なんで、隣に居てくれないのさ……。

 

 ……こんなの八つ当たりだって、理不尽だって、分かってる。でも、そうせずにはいられないんだよ。だってアタシ、すっごく楽しみにしてたんだよ?

 

 なにをしてもどうにも出来ないから。その悲しさを紛らわすためにあなたがくれたファースリーブとスカートを着てきたのにこんなに苦しいなんて……意味ないじゃん。

 

 たしかにアタシたちはいつも一緒にいるよ?でもね、クリスマスは……アタシには特別だから。あなたと居る時間が、なによりも大事だから。

 

「あーあー、ダメだなぁ。アタシ……」

 

 本当は、独りでクリスマスを過ごすわけじゃなかった。じゃなきゃ、予定なんてわざわざ開けたりしないよ……。

 

 彼も好きで予定を入れたわけじゃない。その彼しか出来ない仕事があるから元々休みだったのに、どうしても出ないといけなくなった。彼がそんな実力を持っているのに、彼女として……幼なじみとして、喜ばないといけないのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。

 

 ……違う。本当は、分かってる。アタシは、彼がアタシ以外の他の人と居るのが嫌なんだ。それがたとえ、仕事上の関係でも……。

 

「アタシって、こんなに独占欲強かったっけ?」

 

 普段と真逆のしおらしい自分を茶化すように、そう独り呟く。そうしないと、今よりもっと寂しいから。 

 

 彼を送るとき、アタシは上手く笑えてたかな。本心、出てなかったかな……?

 

 ────彼と恋人になってから数年。高校生だったアタシは、いつの間にか大学生になってた。その間に……色々あった。キスだってしたし、同棲までしてる。いろんな意味で未熟だったアタシが、彼のおかげもあって、少しは成長出来たと思う。

 

 でも……この気持ちをアタシから伝えることは出来ない。アタシは……臆病だから。自分自身の本音を隠しちゃう、そんな人間だから。告白の時は……その場の勢いもあってなんとか出来た。でも……今は、行かないでって自分の気持ちも言えないアタシにはきっと……。

 

「帰って寝よっかな……」

 

 独りで居ても、あなたが隣に居ないと……独りだって思って虚しいだけだから……。

 

 

 クリスマス。イエス・キリストの生誕を祝う特別な日。なんでも、正教会の中でもユリウス暦と呼ばれる暦を使用する教会は1月7日に行うらしいね。……もっとも、クリスマスは先述の通り海外の文化で、日本の文化ではないんだけど。日本ではカップルが街中に消えていくのをよく見かけるね。異国の文化を吸収して改変する日本人らしさが形になっているね。

 

 そもそも、どうして虚ろな目で現実逃避をしているのか。それは……

 

「……終わらないなぁ」

 

 パソコンに向かってため息ひとつ。画面に映るのは、本来僕がやる予定ではなかったプレゼンテーション資料や、会社のデータベース。……つまり、本来は休みを取っていたクリスマスにも関わらず駆り出されて、仕事をさせられているわけだね。 

 

 いや、僕だって先述の通り、好きでやっているわけじゃないんだ。普段ならこんなことはないし、出来ることなら、元々仕事が入っていた人間に任せたかったというのが本音なんだ。

 

 だけど、元々今日仕事があったはずの人間が、風邪を引いてしまったようで僕が代わりに呼び出されることになってしまった。今日休んだ人は、仕事に誠実でズル休みをする人じゃない。もちろん、僕がその人のことを十分に理解できていない可能性は無きにしもあらずだけど、それは置いておこう。ともかく、体調は会社に来れないだけあって良くないらしいから、今頃はベッドの中かな。

 

「ん?お前か。今日は休みじゃなかったのか?」

 

 考え事に集中していると、不意に背後から声がかけられた。声の主はわざわざ確認しなくても誰か分かってるけど、相手の立場上しっかりと顔を見て話さないといけないから振り返る。

 

「お疲れ様です。……ってあれ?聞いてないんですか?なんでも風邪引いちゃったとかいう話で、今日は休みをとってた僕に声がかかったんです」

「おう。お疲れさん。少なくとも俺は初耳だ。そうだったのか……」

 

 快活な雰囲気で苦笑交じりに返してくれるこの人は、僕の上司。仕事のことはもちろん、個人的な悩み事の相談にものってくれるある種お父さんのような人でね、僕もよくお世話になっているんだ。……もちろん、リサとのことも話してある。そのせいでよくからかわれるけどね。

 

「ところでお前さん……リサちゃんはどうしたんだ?」

「……」

 

 言ったそばから聞かれたくないことを聞いてきて、まるで喉元に刃物でも突き付けられてる気分になる。……そんな物騒なことでもないけど、今一番聞かれたくなかったことには違いなかった。そこから先は聞かれたくなくて、視線をデスクのパソコンに戻すけど、なにも言わなかったのが肯定と捉えられてしまって、逆効果だったみたいだ。その証拠に、上司の口から呆れたようにため息を吐かれた。

 

「なら、今頃リサちゃんは家ってわけか?」

「そうなりますね」

「お前なぁ……」

 

 呆れるようにまたため息を吐く上司を尻目に、億劫に思いながらも仕事に戻る。この量じゃ、いくら早く終わらせても今日中には帰れなさそうかなぁ……。表情や態度には出さないように、あくまで仕方がないと割り切ったように見せる。

 

「お前、それでいいのか?お前はもちろん、リサちゃんだって楽しみにしてたんだろう?」

「仕方がないですよ。誰かが休めば誰かが代わりをしないといけない。そうやって世の中は回ってるんです。リサには申し訳ないですけど、それが()()()()僕だった。……それだけの話なんです」

 

 そう。たったそれだけの話。どれだけ小さな仕事でも、やらなければ必ずどこかで穴が開く。まるで雨漏りでもしているかのように。小さいけど、確実に弊害が生まれる。それがひとつだけだったらまだ良かったんだ。でも、その穴は何ヵ所も開いていて、夜が明ける頃には足元にはもう水たまりが出来てしまいそうだ。

 

 当然、その水たまりを踏めば、たとえ少しでも濡れてしまう。それと一緒。だから、僕がやるしかない。自分にそう言い聞かせて自分の仕事を続けようとすると……重く、鈍い音を立ててなにかが置かれる。……僕の仕事用バッグだ。

 

「……お前さん、今日は帰れ」

 

 突然、そんなことを言ってきた。その気持ちはありがたいけど、自分のではないとはいえ、やってる仕事が終わってないのに、帰るわけにはいかない。だから、それに断わりを入れようとした……。

 

「え……いや……仕事終わってないですし……」

「若いやつが遠慮なんてするもんじゃねぇよ」

「え……でも……僕が帰ったら誰が……」

「あーめんどくせぇなぁ!そんな辛そうな顔しながら仕事されると邪魔なんだよ!なぁお前ら!?」

 

 部署の中の人間に聞こえるような大きな声で、そんなことを言ってくれる。そして、ここの人たちは……ノリが良くて、優しくて……頼りになる。

 

「作業効率が落ちるのですよ」

「さっさと行け。邪魔でしょうがない」

「ということだ、仕事は俺たちで終わらせておく!ちゃんと楽しんで来いよ!」

「ありがとう……ございます……お先に失礼します!」

 

 ひとこと、そう言ってデスクの上に置いてくれたバッグを掴んで走りながらスマートフォンを手早く開いてリサへメッセージを送る。内容は簡潔に……

 

『22時に駅前のクリスマスツリーの前に来てほしい』

 

* 

 

「……行ったな」

「部長ちょっと回りくどすぎるんじゃないですか?最後面倒くさがって素に戻ってたじゃないですか」

「ほっとけ」

 

 部下にそんなことを言われちまうし、ほんと今日はついてねぇな。

 

「よし……今日は飲むぞお前らァ!」

「お供します!」

「アイツめちゃくちゃ可愛い彼女とさっさと結婚すればいいんですがね……」

 

 まぁ、それでもいいか。部下が……自分の子供みたいなやつがあんな浮かない顔してたんじゃ仕事が出来たもんじゃねぇし、だったら俺が引き受けた方がいいもんな。幸せになれよ、坊主。

 

 

「駅前に来るのなんていつぶりかな……」

 

 思わずそう呟いた。近くにあるというのに、子供の頃は遠出となれば親の車か電車か新幹線だったのに……。今となってはドライブも兼ねて自分の車を出すのもあってここには来なくなっていた。遠出を嫌ってた僕がそんなことを言うのもおかしな話だなと苦笑する。

 

「寒っ……」

 

 しんしんと降ってくる雪に寒さを覚えて悴む手をトレンチコートのポケットに突っ込む。なにをするわけでもなく、ホッとひと息。白い息は都会の排気ガス混じる空気中に霧散していった。コートを着ていても寒いってことは、だいたい氷点下付近かな。

 

「今日は一段と冷えるね……」

 

 周囲を見渡しながら歩く。手を繋いで幸せを噛みしめるようにはにかむカップル。大衆の面前だというのに見せつけるように甘い口づけを交わすカップル。子犬同士がそうするように、じゃれ合うカップル。三種三様の光景に、僕たちはどれに分類されるのかとふと疑問に思った。

 

 少なくとも、僕たちは公衆の面前で見せつけるように行動をするタイプではなかった。いくら頭を捻ってもいい答えが見つからない。そもそも、答えを出す必要があるのかという話ではあるけど。

 

「……」

 

 考え込んでいれば、いつの間にか周囲が一際明るくなっていることに気が付いた。自然と下がっていた視線を上げて……それに気が付く。高くそびえ立つ樹齢50はくだらない木に飾り付けられた青と白のLEDライト。

 

「クリスマスツリー……懐かしいなぁ……そういえば、ここにあったっけ」

 

 眩しさに慣れるため何度かマバタキしてから真っ直ぐクリスマス・ツリーを見つめる。子供の頃からこの時期になると、いつの間にか立っているクリスマス・ツリー。いつからあるのか分からないし、何の目的で設置されているのかも分からない。

 

 イルミネーションにしては少しばかり大きすぎるこのツリーは、これから先もあるのかな。子供の頃から変わらず。

 

「ツリーは変わらないとしても……」

 

 僕たちが()()()()()なんてことは()()。少なくとも、僕たち人間は不変じゃない。僕たち自身が変わろうとしなくても……人はみな、一様に変わってゆく。仮に僕たち自身が変わることがなかったとしても……周囲の環境が、変わっていく。人間関係、経済の動き、社会……。数えていけば、変わるものはキリがない。むしろ、変わらないものを探す方がずっと苦労するんだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自然現象で、他に意味はない。ただ事象として流れていく時のように。人では変えられない。そういうものだと、決まっているんだ。

 

 変化が避けられないものだとしたら……僕は、自分自身で道を切り拓く。自分自身で閉ざしていたドアを開く鍵は、もう僕のポケットと、胸の内に入ってる。

 

 時刻を腕時計で確認する。今は……21時。少しばかり早く着きすぎてしまったけど、遅れなかっただけよしとしよう。……待つのは嫌いじゃない。

 

「ちゃんと来てくれるかな……」

 

 僕の弱音は、さっき何気なしに吐いた息のように、雪が降る夜空へと吸い込まれていった。

 

 

「来ないなぁ……」

 

 時刻は既に22時。……ここに来てからすでに1時間が経っていた。何人かカップルが合流していく様を見ているけど、リサは見当たらないまま。もしかしたら、リサは来ないのかもしれない。そんな予感が頭をよぎる。

 

 ……でも、僕がそれを責めることは出来ない。今日、僕は仕事を理由に彼女を裏切ってしまった。なら、これは当然の報いなのかもしれない。

 

「綺麗だなぁ……」

 

 眼前にあるツリーはこんなに綺麗に輝いて、辺りを照らしているのに……僕は君のことを輝かせることが出来ないのかな。そう思うと、胸が痛くなる。

 

「……さすがに23時になったら、帰ろうかな」

 

 僕は、こんなに惨めなのに……空にある星たちだけは恋人になったあの日みたいに、美しく輝いていて……その姿を()()()のように見つめる。あの時みたいに、星を眺めていれば来てくれるんじゃないかって思って。その幻想に(すが)っていたくて……。

 

 その中でふと見つけた星を繋ぎ合わせて出来上がった星座は……オリオン座だった。

 

 

「ん……ふぁぁ……もう……夜かぁ……」

 

 眠気より倦怠感が勝ってる重い体をなんとか起こして(まぶた)を開いてみると、部屋の中はいつの間にか真っ暗になってた。月明かりの仄かな光と感覚だけでなんとか電気をつける。

 

「えーっと……アタシいつの間に寝てたんだろ……」

 

 若干重く感じる思考を総動員させて寝る前のことを思い出す。……そうだ。彼が仕事に行っちゃって、寂しい気持ちを誤魔化そうとして……失敗して。帰ってきて寝ちゃったんだ。あーあー……アタシらしくないなぁ……。

 

「……あれ?メール……?」

 

 ふとスマートフォンを手に取ってみると、メールを受信していたことに気が付く。んー……大学の課題は出してあるから教授からの催促じゃないだろうし、バンドのことでもないだろうしなぁ……。とりあえず開いてみると、送信主は……アタシの大好きな彼。書かれていた内容は……

 

『22時に駅前のクリスマス・ツリーの前に来てほしい』

 

 仕事に行っていたはずの、彼からデートのお誘いの連絡だった。早めに終われたのかな……?そう思って急いで時計を確認したら……時計の針は……23時15分を指してた。つまり……もう時間はとっくに過ぎてたんだ……その事実にアタシは青ざめる。

 

「……どうしよう」

 

 完全にアタシが寝てたせいだ……。でも、電気がついてないってことは彼はまだ帰ってきてないってこと……。

 

「悩んでる暇なんてないよね……!」

 

 時間がとっくに過ぎた今行っても、もう遅いかもしれないけど……ここで待ってるなんて、なにもなかったように過ごすなんてアタシには出来ない……。だったら、すぐ動こう。迷ってる時間がもったいないもん!そう決めて、急いで靴を履いて、家に鍵をかけて走る。コートを着るのも忘れて……。

 

 

 走る。走る。走る。寒さも忘れて走る。雪で滑りそうになっても、止まらない。すべてはアタシを待ってくれてるあの人のために。……あの人に会いたいっていうアタシ自身の気持ちに嘘をつかないために。家からずっと走り続けたせいで息も絶え絶えだし、空気が冷たいせいでもっと息苦しさを感じる。でもね……そんなこと、気にしてる場合じゃない。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 息苦しさに耐え切れなくなって、足を止める。……いったい何分探し続けてるんだろう。見つからない。人通りも減ってくるはずのこの時間なのに。

 

「帰っちゃったかな……」

 

 独り、そう呟く。そのひとことで、アタシの中で諦めの感情が強くなってくる。言葉は、力。昔、彼が言ってた言葉。その意味が、やっと分かった気がする。ネガティブなことしか今のアタシには思い浮かんでこない……。分かるなら、こんな形じゃない方がよかった……!

 

「そりゃ……帰っちゃうよね……当然……だよね……!」

 

 自分自身を責めるように──実際責めて──そんなことを呟く。目尻からあたたかい()()()が流れていくのを感じる。手で目尻に触れてみる。

 

「涙……?」

 

 あたたかいものの正体は、涙だった。あ~あ……本当にダメだなアタシ。もう泣かないって決めてたのに……。自覚した途端、涙が次々と流れてくる。アタシに……幸せ(クリスマス)なんて、なかったのかなぁ。

 

「もう……やめよう……。アタシ()()()が、誰かを想うなんて、迷惑なだけだもんね……」

 

 今までを……アタシは否定した。もう……これでいいんだ。帰ったら、今までのお礼を言って、アタシの家に帰ろう……。

 

「でも、その前に……もう少しだけ、ここに居てもいいかなぁ……?」

 

 自分でも泣いてるって分かるようなアタシらしくない震えた声で、そんな未練がましいことを言わずにはいられない。……、まだ可能性があると信じてたいから……。

 

 

 

 

 

 

「リサ……?」

 

 ああ。本来聞こえない声が聞こえるなんて……アタシもダメだなぁ……。それでも、希望を捨てきれなくて目を開くと……。

 

「……どうして、ここに居るの?」

 

 とっくに帰ったと思ってた……アタシの、大好きなヒトが居た。

 

 

 寒空。コートを着ていても、防ぎきれない寒さに肩を震わせていたら、来てはくれないと思ってた僕の大好きな人を見つけた。驚きが上回って、なんの捻りもない言葉が出る。

 

「……可能性があるって、信じてたかったからかな」

 

 我ながら馬鹿だと思うよ。本当は23時になったら帰ろうとしたのに、諦めきれなくて……ずっとここで待ってた。足が……なにより、僕の心がここから動いてくれなかったんだ。

 

「馬鹿じゃん……」

 

 口ではそんなことを言いながらも、涙を流す彼女。僕もそんな彼女を見て、もらい泣きしそうになっても……なんとかこらえて、苦笑しながら彼女を答えを返す。

 

「そうだね。馬鹿だ。大馬鹿だ」

 

 少し注視すると、彼女は肩を上下させているのが分かった。……急いで来てくれたんだね。この寒さに負けないくらい、心が温かくなるのを感じる。馬鹿とはなにかと反論しようとしても、今はそんな言葉が出てこない。なぜなら……

 

「でも……リサは来てくれた。馬鹿でよかったよ」

 

 彼女は、来てくれたから。……本当に、馬鹿でよかった。そう思えば自然と彼女に微笑みを向けられる。もし、あそこで諦めるような賢さを僕が持ってたら……僕とリサはきっと離れていたんだろうね。なんとなく、そう思うんだ。

 

「リサこそ、なんでこんなとこに居るの?時間は……とっくに過ぎてるよね?」

「あはは……なんでかな~……。もしかしたら、アタシも馬鹿だったのかもしれないな~?あなたと、同じくらいにね♪」

 

 少し赤くなった目をウィンクさせながら、僕と同じようなことを言ってくるリサ。……そうじゃないか。わざと同じようにしてるんだ。僕と、同じ気持ちだって伝えるために。小舞曲(メヌエット)みたいにゆっくり、丁寧に。

 

「はは……じゃあ似た者同士ってわけだね?」

「そう……だね」

 

 見つめ合う僕たちは、手を伸ばせば届く距離。呼吸で僅かに上下するのが分かるほど近いのに、僕の体は()()をしようとしない。違う、今じゃないと……まるで止めてくるみたいに。そんなの分かりきってるのに。僕だって、今決めようとはしてないよ。ただ……そう、これは前振りみたいなもの。

 

「……とりあえず、そんな服装じゃ寒いままでしょ?これでも着てよ」

 

 最初から気が付いてはいたけど、リサは手袋やマフラーはおろか、コートすらも着ていなかったんだ。いくら体力があるからって、こんな寒空の下じゃ風邪をひいてしまうし、なにより見てるこっちが寒くなってしまうからね。だから、僕が羽織ってたコートを彼女に渡す。

 

「え……でも……」

「見てるこっちが風邪ひきそうなんだ。羽織ってくれないかな?」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおっかな~♪」

 

 「ふふ……あなたの匂いがするな~」なんて小声で言うものだから、恥ずかしくて目を伏せる。

 

「そりゃあ僕が着てたからね」

「あはは。そっかそっか~♪」

 

 そんなささやかな反撃をしても、彼女はいつものように受け流すだけ。……本当に、これでいいのかな。僕は、自分で変えようとしてるんだ。未来を。なのに……それなのに、こんな受け身じゃ、ダメだ。僕はもう……決めたんだ。今日で……僕たち二人の()()っていう関係を終わらせるって。覚悟を決めたんだ。なら……やることはひとつだけだよね。

 

「ねぇリサ……」

「ん?なーに?」

「……少し、歩かない?君に伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるかな?」

「……もっちろん!」

 

 

「ここに来たのなんていつぶりだっけ……」

「え~っと……たしか、2年ぶりくらいじゃないかな?ほら、アタシたちが付き合い始めた頃」

「え、もうそんなに経つの?時の流れって早いな……」

「も~……おじいちゃんみたいだよ?」

「リサ?一応とはいえ、僕はまだ20代だよ。それに、リサも今となっては20代だ。つまりリサも……」

「あー!この話やめよ!」

 

 いつの日かやったやりとりを、今度は僕が主導権を握る形で繰り返す。あの時とは違う。彼女に手を引かれるんじゃなく、僕が彼女の手を引くんだ。そう覚悟を決めて、立ち止まる。それにリサが気が付いて、小首をかしげてこちらを向く。

 

「どうしたの?」

「……リサ。君は僕たちが初めて会ったときのこと、覚えてる?」

「うん。もちろんだよ」

 

 なぜ。そう聞いてくることもなく、静かに彼女は答えてくれる。その顔には、疑問を見せたまま。……それでいい。なぜならこれは、サプライズ。僕が君に贈る……クリスマスプレゼント。

 

「僕ももちろん覚えてるよ。今とは違って、君は僕のこと怖がってたよね。涙目になって。子供心ながらに傷ついたのをよく覚えてるよ。なんで怖がられるのか、分からなかったからね。……でも、知らない人が、親の知り合いとはいえ目の前にいるんだ。驚くよね」

 

 記憶の粒をひとつひとつ。抱きしめるように思い出す。彼女は……なにも言わない。なにかを察して黙ってくれているのかもしれないし、いきなり語り出した僕に違和感を感じているのかもしれない。普段と違う僕に怪訝な顔をしているのかもしれない。……それでも、いい。

 

「……でも、そんな僕たちが、今は恋人として一緒に生きてる」

 

 ()()()()()()()()。その言葉に語弊があると気が付いて、別の言葉に変える。

 

「いや、違うね。君に照らされていたんだ。君はさながら太陽。僕は月。君から助けてもらうだけで、僕からはなにも出来てなかった」

「そんなことない!アタシだってあなたに助けてもらった……!」

 

 リサはそんなことを言ってくれた。……もし、本当に僕が彼女になにかを出来ていたら、それはとても嬉しいことだけど……それでも、彼女に僕が依存していたという事実は変わらない。

 

「ありがとう。でも、僕はそう思ってるよ。変わらない。変えられないんだ。僕が考えてることは。だから……こんなこと、終わりにしよう」

「えっ……?」

 

 今、ここで、それを終わらせる。そのために、僕は彼女に近寄り……片膝をつく。スーツが汚れても、少しばかり積もった雪が体温を奪っていっても、そんなことは気にならない。

 

「僕は君のことが好きだ。大好きだ。……愛してる。他に比べようがないくらい、君のことが」

 

 隠していた指輪(想いの結晶)を胸ポケットから取り出し、彼女の目の前で開けてみせる。

 

「これからは、僕も、君の傍にいるから。君に引っ張られるだけじゃなくて、時には僕が君を引っ張ってみせるから。だから……僕と一緒に、歩いてはくれないかな?」

 

 彼女を真っ直ぐに見つめる。この気持ちに嘘偽りや、その場の勢いなんてことはないって、証明するために。

 

「うぅ……遅すぎるよ……バカぁ……!」

 

 彼女の瞼から透明な二粒の結晶()が一緒に弾き出される。

 

「うん……遅れてごめん」

 

 僕は、消えるような小さな声で謝る。ひとつは彼女を待たせてしまったことについて、もうひとつは……僕の弱さで彼女を傷つけてしまったことに対して。

 

「うん……いいよ……」

 

 そして彼女は、眼のふちの涙を拭うこともなく、ニコりと良い笑顔をこちらに向けて……

 

「アタシで良ければ……よろこんで……!」

 

 勢いよく、周りに人が居るのも忘れたように彼女は僕に抱き着いてきた。僕たち二人のこの出来事は、大きな世界の小さな出来事。でも……僕たち二人にとって、とても……大きなこと。時計の針が0に達したことを報せる鐘の音色が鳴り響く。

 

 

 

 時刻は24時。

 

 

 クリスマスは終わってしまったけど……僕たちの物語は終わらない。二人で、歩み続けていく限り……それこそ、人生が続いていく限り。

 

 クリスマスの魔法は、もうとけた。でも……恋の魔法は、とけることを知らない。

 




恋の魔法は……あったね……。


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紗夜
秘色


人と関わるのは嫌いだ。何故そんな面倒をしなければならない?

だというのに……


 昼休み。それは学生だけでなく、社会人にとっても本来やることを考えずにいられる至福の一時。それは俺にだって例外ではない。昼休みにやりたいことは三者三様。友人とたわいもない話をして盛り上がるもよし、本来やることを好きでやるもよし、ストレス解消に自分の好きなことをするもよし。

 

 あまり人と関わりたくない俺は、一人で、誰にも文句を言われず気の赴くまま、自分の好きなことをしていたい。だが、学校とは社会を学ぶもの。そんな勝手は許されない。許されないなら……その中でも許される範囲の行動をすればいい。関わる時は関わり、必要のない時は関わらない。周りの人間がやってることとなんら変わらないことをしているだけ。……少しばかり過剰かもしれないが、俺の知ったことではない。

 

 そして、そんな願望を持っている俺は教師からの指摘も同級生からの絡みもない、窓際の一番後ろという素晴らしい席に座っている。

 

 くじ引きによるものだとしても、私利私欲を余すことなく叶えられるこの席を選べた自身の強運には感謝せずにはいられない。外を眺めながら缶珈琲を飲んでいると不意に声を掛けられた。

 

「すみません。今大丈夫ですか?」

「……なんだ?」

 

 声がした方向を見てみると、真面目な顔と鋭い目付き、そして水浅葱(みずあさぎ)に混じる秘色(ひそく)の髪が印象的な風紀委員兼クラス委員長の氷川紗夜が腕を組んで立っていた。

 

 彼女と俺の関係性は……クラス委員同士。彼女が学級委員長で、俺が副委員長。それ以上でも以下でもない。

 

 そもそも、なぜ本来人と関わりたくないというのに副委員長になっているのかという話だが、クラス内の多数決だ。クラス委員が決まらないからって、推薦という名目の押し付け合いで決まるというよくある話だった。

 

 もちろん、多数決というだけなら文句を言うつもりはなかった。決め方に文句などつける気はなかったし、いくらクラスの推薦投票であるとはいえ普段から人と関わろうとしない俺を推薦してくることはないだろうと高を括っていた。もっとも、それは目の前の彼女に裏切られたが。俺を副委員長に推薦してきたのは他でもない彼女だ。

 

 生徒からも、教師からも信頼の厚い彼女からの渾身のドヤ顔推薦。当然、断ればブーイングが目に見えていたため、渋々了承。クラス内の雰囲気は、氷川さんの推薦ということもありほぼ全員納得していたため、断ろうがなんだかんだと理由をつけられやらされたのだろうが。

 

 ……そういえば彼女はクラス委員に最初から立候補していた。なぜそんな面倒なことを自分から進んでやるか、俺には一切理解できないが。

 

「…………」

 

 思考を巡らせている間にも彼女は用件を言おうとしない。もしかしたら、思案を巡らせているのに気が付いて気を使ってくれたのかもしれないが。

 

「……すまないが、俺もそこまで暇じゃないんだ。誰でもいい用件だったら、別の奴に頼んでくれないか?」

 

 待つ、というのは苦手だ。時間を無駄にするし、なにより自由に行動出来ない。事実、この待っている間に何が出来ただろうか?

 

 ……小さなことの積み重ねが今。走りっぱなしというのも疲れるが、だからといって止まっていいわけではない。停滞はなにも生み出さないどころか次々と失っていく。

 

「ま……待ってください……!」

「…………」

 

 相手は離れるつもりがないのを察して、別のところで休息を得ようと席を立つ――が、彼女に止められた。普段との様子の違いに困惑すると同時に拒否出来なくなってしまう。……俺の記憶ではお前はそんな弱々しい瞳を向けてくるような人間ではなかったはずなんだがな。ため息をひとつ吐いて椅子に腰掛け直す。

 

 俺が座り直したことに安堵したのか氷川さんは表情を少し柔らかくする。

 

「……今度の土曜日、空いていませんか?」

「今度の土曜日……?」

 

 休日に彼女からの誘いがあるというのは、なにも珍しいことではない。彼女も成績優秀者だが、俺も成績だけで見れば、優秀と言って差し支えないだろう。態度はともかくとして。

 

 そのためか、彼女は俺に対して苦手な分野の教えを乞うことがある。ただし、平日は時間がないためやる場合は必ず休日。最初は面倒がっていたが、人に教えるには相手の何倍も理解していないといけないもの。いつの間にか俺の楽しみの一つになっていた。

 

 だから、今回もそうだろうと思っていたのだが……どうにも様子がいつもと違う。間違いなく勉強に誘うような態度ではないだろう。だが、それ以外なら一体なんだ?

 

「今度、夏祭りがあるんですが……よかったら一緒に見て回ってくれませんか?」

「夏祭り?」

 

 ()()()。その単語が彼女から出たことに、驚愕する。なぜなら彼女は生真面目。そんなことをするの暇があるのなら勉強でもしているような性格と認識しているからだ。なにより驚いたのは、俺を誘ってきたこと。そもそも俺たちの間柄は高校に入ったここ一年程度のもの。

 

 夏祭りに誘われるような親しい間柄ではないと、俺は考えていたのだが……。彼女の中では、そうではなかったのだろうか。たしかに、必要なこと以上に他の人間と話していることを見るのはなかなかないのは事実ではあるが。

 

「えっと……ダメ……でしょうか……?」

 

 まるで捨てられた子犬のような上目遣いで、こちらを見てくる。……ったく、俺は捨てる側で、お前は捨てられる側かよ。まあ、たしかに面倒ではあるが……

 

「……いや。大丈夫だ」

 

 たまにはいいだろう。どうせ家に居ても勉強をする以外にやることはない。

 

 それに……なによりこのまま断りでもしたら悲壮感漂う顔になるのは目に見えていた。そんなのを見たいほど俺は物好きじゃない。そうそう思いながら彼女に返事を返すと、まるで花が咲くように微笑んでくれる。……感情が表情に出やすい。しばらくしてそのことに気が付いたのか、咳払いをした。

 

「本当ですか……?それなら、今度の土曜日の夕方五時半に、この近くにある公園に集合でもいいですか?」

「ああ。分かった。楽しみにしておく」

「……!はい!私も……楽しみにしておきます」

 

 社交辞令で言ったつもりのひとことに、彼女は一度驚いた後、笑みを浮かべる。それから少し会話して彼女が俺の元から離れるのを確認して、深いため息を吐いた。やれやれ……次の休みは潰れちまうことが確定したな……。

 

 

 土曜日。休日。約束の日。なんの面白みもない毎日に特に思うことはなく、むしろさっさと過ぎ去ってくれと願うばかり。だからといって幼子(おさなご)のように早く大人になりたいなどという寝言を言うつもりは毛頭ない。だが、出来ることなら学校になど行きたくない。人と関わりたくない。……そう、思っていたんだがな。なにを思ったか、関わる必要性がない時間(私生活)まで使おうとしているのだから、自分はおかしくなってしまったのかと苦笑する。

 

 人との関係になにかを見出したことはない。ただの面倒事以外のなんでもない。そのはずだ。

 

 だから今のようにわざわざ約束をして、わざわざ早めに家を出て、わざわざ10分前に目的地に着くなど、俺にとっては異常以外の何物でもない。

 

 ────10分前。日本では社会の常識とすら定義されている5分前行動よりさらに早い。そんな時間に着くように行動をしたのにも関わらず、俺を待っていると思しき人物はそこに居た。彼女らしいといえばらしいが、わざわざこんな時間に居ずともいいではないか。そんなに急いで何処を目指しているのか。俺には理解できない。

 

「こんにちは。……思ったより早かったですね」

「……氷川さんが早すぎるだけだ。そんなに急いで疲れないのか?」

「いえ……疲れたりなどしません。それに、行動が早いのはあなたもです。あと15分は待つと思っていました」

「俺は時間を守らないんじゃなくて、守る必要性がないから守らないだけだ」

「では、今回は必要性を感じてくれたということですか?」

 

 そう言って真面目な彼女にしては珍しい、悪戯な笑みを浮かべる。その表情に、心臓の心拍数が跳ね上がって顔が赤くなるのを自分でも感じる。彼女にはどう見えているだろうか。出来ればこうなっていることに気付かれたくない。だが、きっとこの空から差す夕日の残光が顔色を誤魔化してくれたのだろう。特に彼女が反応することはなかった。

 

 だが、彼女がそうだとしても……まだ脳裏に先ほどの悪戯な笑みが焼き付いていてひとこと

 

「……そうかもな」

 

 そうぶっきらぼうにそう答えるしか俺には出来なかった。せめてもの反撃に彼女を睨みつけるように見る。先ほどまで気にしていなかったが、彼女は浴衣を着てきたらしい。……正直、意外だった。

 

 夏祭りに浴衣は付き物とよく聞くが、実際に……しかも、風紀委員である彼女の浴衣姿を見るとは思わなかった。彼女らしい力強い群青を基調として、ところどころにユリのような白い花があしらわれている。

 

 その浴衣姿があまりに綺麗で……柄にもなく、彼女に見惚れてしまう。

 

「……どこか変ですか?」

 

 不思議そうに自分の姿を確認する氷川さん。こちらの反応の理由が分からないと言わんばかりにかしげられた顔に少し腹が立つ。それと同時に、美しいとも。

 

 無意識とはいえ、彼女に振り回されてばかりではたまらない。

 

「いや……特にはおかしなところはないが……」

「……なんですか?勿体ぶらずに思うことがあったなら言ってください」

「……よく似合ってる」

 

 思った通りの言葉が出ていた。言い方が良かったのか、それとも単純に言われ慣れていなかったのか、彼女は熟れた林檎のように頬を赤く染める。彼女ほどの美貌を持っていれば、この程度のことは言われて然るべきではないかと思うのは俺の勝手だろうか。

 

「な……なにを言ってるんですか!……もう」

 

 普段の厳格な彼女とはまったく異なる血色のいい両頬に浮かんでいる豊かな微笑を向けられ、意図的に視線を逸らす。……彼女は学校でほとんど表情を変えている印象はない。なにに対しても生真面目で真顔で取り組む模範的な生徒。対する俺は何に対しても面倒がり、仕方がないと妥協して真顔で取り組む模範的とはとても言い難い問題児。同じ表情でも、彼女とは相容れない。そう思っていた。だからこそ彼女が様々な誘いをしてくる度に驚いていた。

 

 だが、実際は違うらしい。その証拠に彼女は表情をころころ変えて時折悪戯な表情を浮かべて言葉遊びをよく好んでいる。……あのイメージは関わらないからこそ、だったのかもしれない。

 

 

 屋台。喧噪。夏祭りの風情。普段寂れた街並みには屋台から漂う食べ物の匂いが辺りに充満し、数多くの人で賑わう。……それも当然だろう。ここの祭りはここら辺では最大規模。なんでも、わざわざ電車や車を使ってまで祭りだけのために来る人間も居るというのだから、物好きなは居るものだ。俺は歩いて数分という距離でも出来れば来たくなどないというのに。

 

 ふと、横に居る氷川さんに目を向ける。その瞳は……輝いていた。まるでエメラルドが太陽の光を受けて光り輝くように彼女の瞳も輝いていて……その瞳に魅入られた。

 

 氷川さんの視線が全く動かないことに疑問を感じて彼女の向いている方向……正確には凝視しているものを探すとそこにあったものは……

 

「……ポテト?」

「っ!?」

 

 ハッとした様子でこちらを向いて惚けたような顔をしたのち……顔を赤く染めて睨んでくる。

 

 その反応にふとしたことを思いつき……口元に三日月をつくる。

 

「氷川さんはポテトが好きなのか?」

「べ……別にポテトなんて興味ありません……!」

 

 あからさまに先ほど目を向けていた屋台から視線を外すが、横目で気になっているのか、横目でちらちらと盗み見るように見ている。……これはアレだろうか。女子だからあの手の物が好きなことが恥ずかしいということだろうか?

 

 氷川さんの本当に隠す気があるのか分からない言い訳を聞き流しつつ、先ほど彼女が向けていた視線の先にあるフライドポテトの屋台に足を運ぶ。

 

「いらっしゃい!いくつほしい?」

「ひとつ頼む」

「あいよ。300円な」

 

 お代を丁度出すとおっさんはポテトを揚げ始める。どうやら、この忙しいときにわざわざ揚げたてを作るらしい。この一通りならある程度売れはするのだろうから、わざわざそれに拘る必要はないと思うのだがな。

 

 おっさんが揚げている間に氷川さんも追い付いてきた。

 

「勝手に動かないでください……!追いつくのも……大変……なんですよ……!」

 

 肩を上下させながら氷川さんが合流する。合流するとは言ったが、せいぜい50メーターにも満たない程度の距離なのだが。

 

「坊主、隣の子は彼女さんかい?」

「か……かの……!?」

 

 恋仲だと勘違いされたのが余程不服だったのか、目を見開いて驚愕している。……そこまで不服なら俺を連れてくるべきではなかったと思うのだが。そんな反応をされるのが妙に気に食わない。

 

「彼女じゃねぇよ。ただのクラスメートだ」

「そんなに照れなくてもいいじゃねぇか」

「照れるもなにも事実だ。そうだろ?」

「……そうですね」

 

 先ほどのおっさんの一言が効いているのか、怒っていると言わんばかりに氷川さんはこちらから視線を逸す。そんな様子に屋台のおっさんが青春だとか言い出していたが、俺は彼女とそんな間柄ではない。……少なくとも、恋仲ではないのだから。その事実が、嫌にすんなりと入った。

 

 

「…………」

「……なんでそんなに不機嫌なんだ?」

「別に……不機嫌になどなっていません……!」

 

 どこがだ。そう言いそうになるのをなんとか堪える。もし言えばさらに不機嫌になるのは明白だったからだ。誤魔化すように先ほど買ったポテトを口にする。揚げたてということと、いい塩梅で塩であじつけ程よい食感と味がある。

 

「意外と美味いな……」

「…………」

 

 一言漏らすと先程とはまた別の視線を氷川さんは向けてくる。本当に分かりやすい人だな。

 

「……氷川さんも食べるか?」

「い……いえ……ポテトになど興味は……」

 

 そっぽを向いてそう答える氷川さんだが、その目線をチラチラと俺の手の上にあるポテトに向けられている。……分かりやすい人だ。実は隠す気がないんじゃないか?

 

「別に恥ずかしがらなくてもいいだろ。ほら」

「なっ……!?」

 

 ポテトを一本彼女の前に差し出すと、思った通りに驚いてくれる。なんというか、真っ直ぐな人だな。愚直で、曲がったことが嫌いで……。そろそろ冗談は終わりにしようか。

 

「なんてな。じょうだ……」

 

 冗談……そう言いかけた瞬間。彼女はあろうことか俺が彼女に差し出したポテトを食べ始めた。俺が、直接、手に持っていたポテトを。思考が鈍る。なにがあったのか理解できない。彼女は恥ずかしがってこんなことをする人間ではなかった。少なくとも、俺の中では。

 

「……からかわれた仕返しです」

 

 悪戯っぽく笑う彼女が、妙に可愛らしく見えた。

 

 

 

 

「……さすがに、この辺りまで来ると誰も居ませんね」

「……そうだな」

 

 人の波外れた公園。少し中心街に足を向ければ祭りが行われているとは思えないような静かさ。そして俺たち二人を包む気まずい沈黙。原因は、間違いなくさっきの一件。彼女をからかおうとした俺も悪いが、あそこで無理をしてまで反撃してくる彼女にも非があると思う。……なにもあそこで反撃に出ずともいいじゃないか。

 

 恨みがましく横目で彼女を見ると、彼女もまた、こちらを真っ直ぐ見ていた。目が合っただけだというのに急に恥ずかしさが込み上げてきて逃げるように逆の方向を向く。この状況をどうにかしようと彼女に何か声をかけようとしても、言葉が出ない。

 

 この空気をどうしようか悩んでいると、大きな音とともに夜空が光で満ちる。

 

「河川敷からはかなり離れてるはずだが……ここからでも花火は見えるものなんだな」

「……そうですね。もしかしたら河川敷で見るよりこっちの方がよく見えるかもしれません」

「……うるさくないしな」

 

 二人揃って、空を見上げる。花火が照らす夜空はとても綺麗で、きっと家に居ては見向きもしなかっただろう。……氷川さんに対する固定観念にも似たイメージも変わったことだし、わざわざ足を運んだ甲斐はあった。

 

「……あなたは、優しいですね」

「随分突然だな?」

「そうでしょうか?少なくとも、私にとってはそうではありません。今日、ずっと考えていたことですから。……私がはぐれないように、こっそり気をつかってくれていましたよね?」

「…………」

 

 彼女のひとことに目を見開く。たしかに、道中の思い付きを除けば彼女がはぐれてしまうことがないように気をつけてはいたが……まさか見透かされていたとは思いもしなかった。

 

「それは氷川さんが女性として魅力的で、()()()のことがないようにと考えていただけだ」

「魅力的……!?」

 

 魅力的。そのひとことに一瞬固まったが、慣れてきたのかすぐに元の調子に戻った。

 

「ふふっ……そういうことにしておきます。でも、私にはお見通しですよ?」

「……そうかよ」

 

 手のひらで転がされている感覚がして、彼女から視線を逸して夜空をまた見上げる。相も変わらず音を立てて花火は散っている。

 

「私は別に、今日だけのことを言っているわけではありません。なんだかんだで頼めば引き受けてくれたり、面倒がっていても、自分から動いてくれたり……そういう普段のことも含めてです」

「大袈裟だな。それは自己利益のためだ」

「大袈裟などではありません。そうだとしても……少なくとも私はいつも助けられています」

「……そうかよ」

「そうです」

 

 真っ直ぐに褒められるのが妙に気恥しい。どうやら本当に彼女の手のひらで転がされているらしい。細められた瞳が、美しく見える。

 

 そして、細めていた瞳を開く。その瞳は輝いていて……震えていた。なぜ、震えているのか。横目ではまったく分からない。……いや、横目じゃなくても俺には分からないんだろう。やがて、なにかを決意したのか俺の方を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「一年生のときのことを、覚えていますか?」

「……ああ」

 

 正直、あの時ほど高校をやめたいと思ったことはないがな。

 

「あの時、私はあなたを推薦しました。なぜだか分かりますか……?」

「さあな。そいつの考えはそいつにしか分からない。俺に出来るのは想像することだけだ」

「どうしてそうあなたは素直に分からないと言えないんですか……」

 

 そう言ってため息を吐く氷川さん。その何気ないひとつの動作でさえ彼女は絵になる。

 

「私は、あなたをクラスの副委員長に推薦しました。あれは……その……」

「なんだ?歯切れが悪いな」

 

 彼女が言い淀むのは珍しい。後ろめたいことはそもそも言葉によしない彼女がこうして言葉に詰まるのは普段の様子からは想像もできない。彼女はなにを言おうとしているんだ?

 

「……私は、あのとき、あなたが苦手でした」

「は……?」

 

 思わず、間抜けな声が出てしまう。苦手……なぜ?俺は彼女になにかした覚えは無い。そもそも、クラス委員に推薦されるまでは関わりもしなかった人間同士だ。なにかあるとは思えない。

 

「入学式の時、私はあなたの隣でした。……あなたは覚えていないかもしれませんが。そのとき、面倒くさそうに欠伸をするあなたが横目に見えて、この人は学校をなんだと思っているのだろう。そう思ってしまいました」

 

 彼女は淡々と語るわけでもなく、過去を懐かしむように、宝物を大切に取り出すように、ゆっくり語ってくれる。……そういえばその日は寝不足でさっさと帰りたい一心だった記憶がある。入学式なんて特に大事な日でもないしな。

 

「端的に言ってしまえば、腹が立ちました。だから嫌苦手な人になる……というのはあまりに短絡的だと自分でも思います。もちろん、それだけではありません。誰とも関わろうとしないあなたを見て、このままでは孤立してしまうのではないかという相反するとも言える疑問が起こりました。苦手なのに。おかしな話です」

「……そんなお節介で俺は推薦されたのか?」

 

 苦笑しながら彼女に問いかける。真顔を崩して、微笑んでくる彼女に思わず顔が熱くなるのを感じる。

 

「ええ。今思えばお節介です。でも、あのときはそれしか頭にありませんでした。とはいえ、私としても嫌いな相手と居るのは好ましくはありません」

「随分ストレートに言ってくれるな?」

「すみません。……しかし、あなたとクラスの仕事をしていくうちにそれは間違いだったことに気が付きました。やさぐれているふりをしていても、根は優しいのだと、そう思いました」

「…………」

 

 違う……そう否定しようとしたが、彼女の見透かしているような視線にその言葉を飲み込む。彼女の言葉は俺には毒でしかない。あまりに真っ直ぐで、俺とは正反対の人間性。彼女なりに考えて、感じて、出した結論だとしても、俺にはそれが少しばかり眩しすぎる。

 

「私は……いつしかあなたのことが気になるようになっていました。副委員長としてではなく、クラスメイトとしてでもなく……異性として。今日誘ったのはきっかけがほしかったからです」

「きっかけ……?」

 

 潤んだ瞳が自分に向けられている理由はもう分かっている。だが……なぜだ。どうしてだ。そんな疑問が頭を埋め尽くして他のことに思考が回らなくなっていく。頭が、腕が、足が……体が、動かない。彼女の唇が動く。一文字ずつ、ゆっくり、覚悟を決めるように。

 

「私は……あなたのことが好きです」

「…………」

 

 彼女は顔を赤くしながら……俺にそう告げてくれた。これは、いわゆる告白。自分の気持ちを相手に伝えるための……。

 

 彼女が……生真面目な彼女が俺を好いているなど、思いもしなかった。……どうすればいい?どうすればこの状況を抜け出せる?人に好かれたことなど今までなかった俺には分からない。

 

 逃げるか?いや、ここで逃げれば後々面倒なことになるだろう。それだけは避けたい。

 

 誤魔化すか?いや、いくら対人関係が壊滅的だとしても、やっていいことと悪いことの判別程度は出来る。これはそんなことをしていいことじゃない。

 

 ……悩みながら彼女を見ると、微かに震えているのが見て取れた。だが、それも当然かもしれない。結果がどうであれ、これまであったものは少なからず変わる。彼女はそれを覚悟して告白してきた。

 

 ……俺は、彼女は失敗を怖がるような人間ではないと、勝手に思い込んでいた。俺は、学校と勉強の時の彼女しか見てはいないが、何事にも妥協を許さず、失敗したなら答えを求める。そういう人物だと……そう思っていた。

 

 だが、どうやらそうではなかったらしい。失敗を恐れないわけではない。そう見えるように誤魔化しているに過ぎない。

 

 それが分かったから、だろうか。知らず知らずのうちに彼女を抱きしめていた。

 

「………」

「…………」

 

 行動に移してしまったことに自分でも驚いた。だが、こうしてしまった以上もう、あとには引けない。

 

「なあ氷川さん。去年から、色々あったよな。あんたに副委員長に推薦されて、色々な仕事をやらされて……正直、面倒なことこの上なかったよ」

「そう……ですよね。……すみません」

「だがな。……一応、感謝はしてるんだ」

 

 彼女が……氷川さんが副委員長に推薦してくれていなかったら、間違いなく孤立していただろう。そうなれば少なくとも教師の目には止まる。わざわざそんなことはしたくない。

 

「それに……俺は氷川さんと一緒に居るのは、嫌いじゃない」

「それって……どういう……」

 

 だが……これ以上待たせるのも失礼だろう。そもそも……俺の想いなど、最初から決まっているのだから。深呼吸して、彼女を真っ直ぐ見据える。言葉を間違えないように。

 

「あー……俺は小説にあるような洒落た言い回しが出来なくてな。単刀直入に言わせてもらう。氷川さん。……俺は氷川さんのことが好きだ」

「えっ……」

 

 その瞬間、彼女の体の震えは止まり、その代わりに顔には驚愕の表情が浮かび上がる

 

「ほ……本当……ですか……?」

「嘘ついてどうするんだ」

「……怒りますよ?」

 

 やや乱暴な物言いに対してか、不服そうに睨むような視線を向けてくる。とはいえ、本気ではないようで次第に瞳は潤んでいく。

 

「……なら、証明してください」

 

 どう証明すればいいのか。そんな野暮なことは聞かない。そのくらい、俺にだって分かる。

 

 ━━俺は彼女に口付けをした。ぎゅっと目を閉じて頬を染める彼女がとても可愛らしい。そんな感情が芽生え始めていることに、彼女が本当に好きなのだと実感を得る。

 

 ……順序が逆に思えるが、そんな恋愛も悪くはないだろう。

 

「ふふ……キス……してしまいましたね」

「そうだな……」

 

 季節外れに凍った川の流れは再び勢いを取り戻し、彼女からは涙が流れる。そんな彼女の涙をそっと拭ってやる。

 

「すみません……その……嬉しくて」

「……そうか」

 

 彼女らしくない素直さだが……これもまた、悪くない。そう思わせてくれるほど水面に映る笑顔は、綺麗だった。空に映える、花火と……いや、花火なんて比べる対象にならないくらいに。




どうやら人と関わるという段階をすっ飛ばして互いを知るという道を選んでしまったらしい。


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秘色バレンタイン

バレンタインなんてくだらない


「バレンタインか……」

「どうかしたのですか?」

 

 昼休み。寒空の下、彼と中庭でお弁当を食べていると唐突に彼はそんなことを呟く。どこか面倒そうな顔で。

 

 独り言だったのかもしれませんが、どうしたのかと聞き返さずにはいられませんでした。わざわざ隣で言うなら聞いてほしいのかとも思いますし。

 

「あー……いや。なんでもない」

「そこまで言って誤魔化すのですか?気になるじゃないですか」

「…………ハァ」

 

 あからさまな溜息と面倒そうな表情にむっと表情を変える。そんなに面倒がらなくてもいいじゃないですか……。私と話すのがそんなに億劫なのですか?

 

「あー……勘違いしているところ悪いが、お前と話すのが面倒というわけではないんだ。……また、バレンタインかと憂鬱になってただけで」

「……だからその理由を聞いているのではありませんか」

 

 私と話すことが億劫でないことは分かっています。勘違いなんてしていません。ええ。

 

 それはそれとして……なにをそんなに言おうとしないのか彼の思考が読めない。察する事なんて私には出来ないわ。

 

「……世界のバレンタインは共通認識として恋人の日であるということは知ってるよな?」

「ええ。もちろんです」

 

 知らないわけがありません。好きな人にチョコレートを送るというのは誰しもが抱く理想みたいなものでしょうし。……私も、渡してみたいと思っていますから。

 

「だが、どうやら日本のバレンタインというのは、お菓子作りをして意中の相手、または日頃感謝している相手に渡すのが主流らしい」

「……つまり?」

「…………そのお菓子が悩みの種なんだよ」

「……え?」

 

 確かに、彼の性格的に純粋な好意の塊のようなもののバレンタインのお菓子は受け取りたくはないでしょうね。いえ……そもそも……

 

「……まずあなたは人からお菓子などもらえるような生活態度ではありませんよね?」

「……随分な言い草だな。まぁ、その通りだよ。そういう面倒事を避けるためにこういう態度を取っているのもあるんだが……どうやらお前と同じような物好きが中には居るらしい」

「誰が物好きですか誰が……」

「……最初嫌いだったクセに、いつの間にか俺を好きになっていたのはどこの誰だ?」

「うぐ……」

 

 彼の言葉に固まる。勇気を出して告白してからというもの、彼は変わった。普段の態度はほとんど変わらないけれど……その……二人っきりの時は私のことをからかってくるようになりました。まるでどこかのベーシストみたいです。……嫌いではありませんが。

 

 してやったりと言わんばかりにいい笑顔を浮かべる彼を睨む。そんな私をどこ吹く風のように軽く受け流す。

 

「……そういうわけだ」

「ちなみに……」

「数に関しては聞くなよ……」

 

 本当に面倒そうに、深い溜息を吐く彼。心なしか、瞳の色もやや薄暗くなっている気がする。わざわざ時間をかけて作ってきた子たちを愚弄された気がするけれど……彼の性格上仕方がないと割り切る。口喧嘩をしたいわけではないですから。

 

「……そんなに面倒なら受け取らなければいいではないですか」

「……せっかく作ったものを受け取り拒否されたら喜ぶか?」

「それは……」

 

 少なくとも肯定はできないわね。誰も折角作ったものを拒否されて喜ぶ人は居ないでしょう。

 

「そう、誰も喜ばないどころか何故と不満を溜め込み、周囲に吐露する。周囲はその意見に同調し、場合によってはその人物以上に拒否した人間を恨む」

「…………」

「……すまん。少し言い方を間違えた」

 

 また深い溜息を吐く。……今日はいつにも増して憂鬱に見えます。……私が渡しても、こんな風に妥協で受け取られてしまうのでしょうか。

 

「…………」

「どうしたんだ氷川さん。そんな暗い顔をしないでくれ。せっかくの美人が台無しだぞ?」

「か……からかわないでください……!」

 

 もし……もしそうだとしたら私は……本当に、彼の恋人なのでしょうか。そんなどうしようもない不安が、私を襲った。

 

 

「……で、アタシに相談してきたってコト?」

「……はい」

「なるほどねぇ……」

「な……なんですかその顔は……」

 

 私の知る中で、この手のことに一番詳しそうな今井さんに相談した結果……ニヤニヤといい笑みを浮かべているけれど……そんなに変なことを私は言ったかしら。これでも真剣に悩んでいるのですが……。

 

「いや〜。紗夜もそんなふうに悩むんだな〜って♪」

「どういう意味ですか今井さん……?」

「あ……あはは〜……」

「まったく……今井さん、失礼ですよ」

「ゴメンゴメン」

 

 注意しても笑いながら軽く受け流してしまう今井さんに苦笑する。

 

「え~っと……つまり……自分がちゃんと恋人出来てるか分からないのと、バレンタインに渡してどんな反応をするのか分かんないってこと?」

「……はい」

「まぁまぁ。そう落ち込むことないって!」

「ですが……」

「う~ん……そうだなぁ……そんなに気になるなら渡してみればいいじゃん♪」

 

 悩んでいた私に、彼女は単純明快な答えを提示してきた。

 

 

「さ~て……じゃあそれじゃあ始めていきますか!」

「よろしくお願いします」

 

 結局、作ることになってしまったわね……いえ、渡したかったのは事実ですが……作ったところで彼は受け取ってくれるのでしょうか?

 

「紗夜~?渡す前に悲観的になるのやめよーよ!渡してみないと分かんないって……ね?」

「……はい」

 

 今井さんの言う通りね……渡してもないのに悲観的になる必要はないですよね。調理をするために、エプロンをつけて髪も後ろで結ぶ。……いわゆるポニーテールです。横を見てみると今井さんもエプロンを着て髪を後ろにまとめて自身満々な顔をしていました。いわゆる、シニョンと呼ばれる結び方でした。

 

「とりあえず材料とか器具の確認しよっか」

 

 台所の台の上には卵や生クリームはもちろんのこと、グラニュー糖や市販のチョコやココア、ホットケーキミックス、マーガリン。そして……外観を気にする今井さんらしい飾り用と思われる粉砂糖がありました。他にはいくつかのボウルに調理器具が置いてあるわね。

 

「さ~てと……じゃあまずオーブンを180度に設定して余熱しとこっか。オーブンは生地を作ってる間に温まるから次の工程いってみよー♪」

「……そういえば」

「んー?なーに?」

「今回はなにを作るのですか?一応なにを作るのかくらいは把握しておいた方がいいと思いまして」

 

 説明された通りに作れば出来上がるのは教えてくれるのが今井さんということもあり間違いないとは思いますが……私に作れるものかどうか……それが気になります。

 

「ガトーショコラだよ~☆」

「……あの、今井さん。こういってはなんですが少々難しいような……?」

「そうかな~?難しく考えすぎだよ!ガトーショコラは極論よく混ぜて焼くだけだからダイジョブだって!」

「…………」

「それに……カレシさん驚かせたいでしょ?」

「い……今井さん……!」

 

 アハハと楽しそうに笑いながら今井さんは言うけれど……少なくとも、私にとってガトーショコラは難しいイメージしかないわ。本当に上手く出来るのでしょうか……?

 

「それじゃあ続けよっか♪とりあえずボールに生クリーム、マーガリン、チョコを入れて……別のボールにお湯を入れて湯煎して溶かしていこー!」

「湯煎……容器ごと温かくして間接的に中のものを温かくする方法……でしたか」

「そうそう。完全に液状になるまでやってね」

「分かりました」

 

 手にもって適当にチョコや生クリームなどを混ぜていって、チョコの色と液体の感触になったのを確認してから今井さんに終わりましたと声をかけて、次の指示を聞く。

 

「じゃあ次に卵と砂糖をまた別のボールに入れて……ハンドミキサーで卵の色じゃなくて真っ白な色になるまで混ぜてみて」

「……卵はここまで白くなるんですね」

「うん。そだよー。だからここは妥協しないでね!」

「分かりました」

「じゃあ今混ぜたやつと、さっき混ぜたやつに入れてまた混ぜて」

 

 ボウルってここまで必要なのね……お菓子作りを少し侮っていたかもしれません。とにかく混ぜていくと、先ほどチョコを混ぜたときよりさらにチョコの色と白の中間のような色になりました。

 

「そしたら、ホットケーキミックスとココアを入れて……ダマが無くなる程度まで混ぜて?」

「はい」

 

 多分()()は粉の塊のことでしょう。普段お菓子作りをしない私でもこのくらいは分かります。

 

「うんうん。良く出来てる。じゃあ次にここにある型にクッキングペーパーを置いて破けないように適当な感じに押し込めてね。それで型に沿って敷けたら……」

「あの……今井さん……?」

「なに?」

「なんで型がハートなんでしょうか……?」

 

 その……あまりにも直接的すぎるというか……もう少し間接的なものはなかったのでしょうか。少し……いえ、かなり恥ずかしいのですが……

 

「まぁまぁ。いいじゃんいいじゃん。直接的な方が分かりやすいって!それにさ。たしか紗夜の恋人っていくらアプローチしても気が付かなかったような鈍感なヒトって紗夜が自分で言ってたじゃん?なら直接的じゃないときっと気が付かないって!」

「…………」

 

 たしかに、一理あります。夏祭りに誘ってもなかなか意図に気が付いてはくれませんでしたし……

 

「……わかりました」

「よーっし!なら生地を全部流し込んじゃおー!それでさっき180度まで熱したオーブンにその型を入れて、25分から30分くらい焼いて完成だよ!でもね。時々焼き過ぎちゃうこともあるから……終わる十分くらい前からはこまめに確認すると良いと思うよ」

「……思ったより簡単でしたね」

「でしょ?あとは熱が取れたら……粉砂糖振ったり……ラッピングかな~」

「……今井さん。ありがとうございました」

「いいっていいって♪ それより、彼氏さんの反応あとで聞かせてね! 気になっちゃってさ~」

「……考えておきます」

「え~! 教えてくれたっていーじゃん!」

「……ふふっ」

 

 教えてくれたお礼に、反応を聞かせようかとも思いましたがやめました。だって……面白くない、そうでしょう?

 

 

「……憂鬱だ」

 

 そんな俺を嘲笑うかのように青く澄み渡る空をひとつ睨みつけてため息を吐く。寒気のせいか、視認できるようになった息はやがて空気に溶けていき、そこには俺しか残らなかった。

 

 バレンタイン。俺にとっては憂鬱でしかない日だ。いや、たしかにもらうの自体は嬉しいことなのだろう。……()()()()。だが、俺にとっては面倒な事この上ない。

 

 正確にはそのあとにあるホワイトデーとかいう妙な文化が嫌いなのだ。お返しにそれぞれ意味があるだとか、マシュマロはダメだとか……それは一旦置いておこう。

 

「…………」

 

 そういえば、氷川さんも渡してくるのだろうか?

 

「……いや。それはないか」

 

 苦笑しつつ下駄箱を開けると、案の定というかなんというか……包みがいくつか入っていた。……朝一に渡されても置き場所に困ることを誰も理解してはくれないだろうが。というよりなぜ関わってもいないのに渡してくるのか。普段の言動からその手のことを好まないなんてことは分かりきっているだろうに。

 

 そもそも、何故直接渡してこないのか。何人か見たような名前があった気がするが……無視して外履きを入れて上履きを取り出す。

 

「おはようございます」

「……ああ。氷川さんか。おはよう」

 

 下駄箱の中身に苦い顔を浮かべたままだったからか、氷川さんはあからさまに顔を顰める。

 

「私では不服ですか?」

「別に氷川さんに対しての表情ではない」

 

 氷川さん……なんか今日機嫌が悪いような気がするな。というより事実悪いだろ氷川さん。記憶をたどってみても、俺がなにかした覚えはない。なんなんだいったい……?

 

「……機嫌が悪い気がするんだが。どうかしたか?」

「別に……どうもしていません。私は先に行っています」

「…………」

 

 有無を言わさないといった様子で教室へ歩みを進めていく後ろ姿を見つめながらため息をつく。本当にどうしたんだか。

 

 視界の端……校門の方に、()()()()を持つ他校の生徒が居たような気がするがきっと気のせいだろう。そもそも、見覚えもないはずなのにどうして気になったのだろうか。惚れたか?

 

「……いや、それはないな」

 

 一瞬浅はかにも出てきてしまった考えを一蹴するように苦笑する。一目惚れなんて創りモノじゃなければなかなか起こりえないだろう。それに今は……氷川さんが、居るしな。

 

 

「…………」

 

 授業中、ふと少し離れた席に居る彼を見る。いつものようにかったるそうに、でもどこか真面目な視線で黒板を見ていました。隣の席なら、彼に教えたり、教えられたり、注意したり出来るのに……そんなことが思い浮かんで、思わず頭を抱える。それよりも大事なことがあるというのに私はなにを考えているのでしょう。

 

 ───────バレンタイン。女性が意中の男性にチョコレートを渡す日。昨日、たまたま休みだったこともあって、今井さんに教えてもらいながら作りましたが……

 

 どうしても、あの億劫そうな顔が胸にチラついて渡そうと声をかけようとしても途中で言葉に詰まるのです。

 

 それに……朝、彼と会った時に見てしまったあの下駄箱の中から溢れそうなほどの小包。多分あれは……バレンタインのお菓子……よね。そう思った瞬間、何故だか分かりませんが、途端に不機嫌になっていくのが自分でも分かりました。

 

 きっとあれは……嫉妬。私の恋人なのに私以外に渡されてるという独占欲にも似た嫉妬だったのだと思います。だから彼にあんな冷たい態度を取ってしまったのでしょう。……まるで子供みたいね。

 

 彼としてもそれは不本意なのでしょうし。……それもそれでどうなのだろうと思いますが。

 

 だからこそ私は彼に作ったものを渡しにくいのです。もしかしたら私の作ったものですら不本意なのではないかと。そんなこと、心配しても仕方がないというのに。

 

 

 放課後。あいにく、空は見えず夕焼けが雲越しとなってしまう。雲越しに見る夕焼けもなかなか悪くはないが、そういうわけではない。どうせ見るなら澄み渡ってる方がいい。ただでさえ不満という雲はいくらでも出てくるのに、なにも空まで曇らなくてもいいじゃねぇか。

 

「……結局、氷川さんからはなかったな」

 

 意図せず出てしまった本音に、思わず苦笑する。別に特別欲しいわけでもないのだから、そんなひとことは出てくるはずないのに。そもそも、バレンタインのチョコなど特別なものでは決してないだろう。チョコなど渡そうと思えば渡せるのに、どうして揃いも揃ってバレンタインに手間をかけてまで渡そうとするのだ?

 

「……こんなものは、主観に過ぎないか」

 

 そんな考えすらすぐに切り替えた自分自身に苦笑する。以前ならこの考えを貫いていただろう。それだけ、氷川さんが……というより、彼女に合わせなければならなかった面が強いのだが。

 

 そもそも人に合わせるという発想すら忘れていた俺にとってはかつてない進歩だ。

 

 人間というのは簡単に変わるものだと再確認しながら帰宅しようと昇降口を出て前を向くと……一人の女生徒が立っていた。夕日に照らされて顔は見えにくいが……

 

「……こんなところでなにしてるんだ」

「一緒に帰ろうかと思いまして」

 

 そんなことを平然と言ってくる氷川さん。……別にわざわざそんなことをしなくてもいいと思うのだが。口まで出かけたその言葉を、なんとか呑み込む。間違いなく機嫌が悪くなるだろうしな。

 

「そうか。……待たせて悪かったな」

「ええ。あと15分は待つと思っていました」

「……そのイヤミ、半年前も聞いた」

 

 そうでしたか。と特にそれに触れることもなく、夕日を受けて輝く彼女はただ、佇んでいた。いつもと少し違う彼女の様子に疑問を抱きつつ、一歩踏み出して彼女の方へと振り返る。

 

「……帰るんじゃないのか?」

「え……ええ……そうですね……」

「……?」

 

 妙にハッキリしない氷川さんに疑問を抱きつつ、考えても仕方がないと帰路へ向けて歩き出す。

 

 そんな俺を見てか、慌てたようにして追いかけてくる。追いつく彼女の普段の歩調に合わせるように、歩く速度を落とす。少し息を整えながら、頬を緩ませてこちらを見る氷川さんと目が合わせるのがどうにも難しくて……逃げるように空を仰ぎ見る。

 

 そんな俺を面白がるように、その行動の原因の彼女は目を細めて笑う。

 

「……なんだよ」

「いえ……前よりなんだか柔らかくなった感じがして……すみません」

「笑いながら言っても説得力がないっての……」

 

 褒めているのか、貶しているのか……。少しでも態度が柔らかくなったなら、それはきっと氷川さんのせいだ。

 

 

「……悩む必要なんて、なかったんでしょうか」

 

 何処か優しげな呆れ顔を見てふと呟いたひとことが彼にも聞こえたらしく、「どうした?」と不思議そうに私を見る。それに対して私は……

 

「いえ。なんでもありません」

「そんな顔で言われても気になるものは気になる」

「……どんな顔をしているっていうんですか。私は至って普通の顔です」

「普通……?」

 

 普通。その言葉に突っかかった彼を軽く小突いて睨む。予想外だったのか、苦笑を浮かべているのが見えた。……夕日に照らされる少なくとも、私にとってはかっこいい彼に、思わず胸が高鳴る。それを表に出さないように、努めて真顔を貫いておくことにしましょう。

 

 少しの間、立ち止まって訝し気に私のことを見ていた彼でしたが、やがて諦めたのかため息を吐いて空を仰いだ。空を仰ぐ。彼にとっては気持ちを整理するために仰いでいるみたいだけれど……私には、分からないわね。ふと仰ぎたくなる時はあるけれど、何度も仰ぐこともないでしょうに。

 

「……俺には似合わないか?」

 

 苦笑をしながらこちらを見てくる彼に少し心臓の鼓動がうるさくなるのを感じながら、そんなことはないと否定する。似合っているとは思いますから。

 

「誰もそうは言っていません」

「言ってなくとも思ってはいるんだな?」

「どうしてそう揚げ足を取ろうとするのですか。別に思ってもいません。むしろ……」

「……?」

「な……なんでも……」

 

 

 思わず言おうとしたひとことが途端に恥ずかしくなって口を噤む。口にしたら彼ならからかってくるでしょうし……それに、まだ言うときでは……ありませんから。

 

「……じゃあ氷川さん。また明日」

 

 彼と別れる十字路。いつも通りの静かな別れに寂寥感を募らせながら……まだ、別れるわけにはいかないのです。大事なものを……渡しそびれたままですから。

 

「あの……これを……」

「……これは?」

 

 顔を彼から逸らして、聞き取れるかどうか分からないほどの声も彼には聞こえていたらしくて、不思議そうに首を傾げてくれる。……分かってはくれませんか。

 

「えっと……バレンタインのチョコを……」

「…………」

「あっ、えっと……嫌なら……」

 

 いいんですけど。そう言おうとして伏せていた目を上げて……彼の驚愕したような表情に遮られた。

 

「……渡されるとは思ってなかった」

「酷い言い様ですね……」

 

 そこまで言わずともいいではありませんか。不満をぶつけるように彼を睨むと、困ったような笑顔を浮かべる。

 

「あー……そうじゃないんだ。氷川さんが俺に渡してくれるとは思ってなかったんだ」

「私たちだって一応……こ、恋人なんですから……」

「……そうだな」

「…………」

「…………」

 

 二人とも黙り込んで、気まずい静寂が訪れる。思っていたよりずっと恥ずかしいわね……ただチョコを渡しただけなのに。表面上の感情を取り繕おうとしても、それすらも失敗して……

 

「えっと……では私はこれで……」

「あ……ああ……ありがとう……」

 

 逃げるように彼と別れる。ちゃんと顔を合わせて渡すなんて……絶対出来ないわよ……

 

 

「…………」

 

 椅子に座ってため息ひとつ。目に映るのは丁寧にラッピングされたひとつの小包。ラッピングした人物の几帳面さがうかがえる綺麗な外観に、思わず微笑が零れる。円形であることが分かるソレの中身が全く分からない。

 

 冷静に考えればなにをわざわざ予想などしているのかと至極当然の考えが浮かんでくるが、そういう問題ではないんだ。氷川さんがなにを贈ってきたのか、何故だか彼女に負けた気がするのだ。

 

 そうは言っても、時計の針が幾度動いたかも分からないほど考えているのに全く思いつかない。そもそも、俺はこの手のもの(お菓子)には疎い。だというのに答えなんて見つけられるわけないじゃないか。

 

「……ハァ」

 

 ため息、ひとつ。

 

「開けるか」

 

 結局、そんな結論に至ってしまう。自分の謎の意地に呆れながら箱を開けると砂糖かなにかでデコレーションされた柔らかそうな生地のチョコと……

 

「紙?」

 

 もうひとつ、メッセージカードの中にはひとこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッピーバレンタイン。あなたのことが大好きです

 

 

 その一通に、頬が熱を帯びていくのが自分でもわかった。




そう思っていたんだがな……どうやら、好きな人から渡されるというのは、そうではないらしい。


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大和さん
残念な彼女に呼び止められて


どこか残念な彼女……


 真っ白な廊下に静かに鳴り響く足音、外から聞こえてくる下校時特有の若々しい声に彩られた放課後の校舎。

 

 学び舎としての学校が終わってから既に一時間ほどが経過し、放課後特有の廊下の喧噪は完全下校を告げる校内放送が流れ始めた先ほどとは比べ物にならないくらい静かになっていた。

 

 なら何故ただの一生徒であるはずの僕が廊下の喧噪が落ち着くような時間まで校内に居るのかというと、僕が放送委員会の人間だから。

 

 ここの学校の放送委員会は、なんというか……ありきたりなものだったんだ。朝と昼は特になにもなく、定時連絡や急を要するような連絡のときは動かなければならないけど、基本的には下校の放送だけ。なんとも楽な仕事だと思って選んでみれば、想定していたより多くの仕事があって驚いた。機材のメンテナンスまでやるとは思わないでしょう? 普通。

 

 ――愚痴を言っていても、なんだかんだ楽しんでやっているから特に問題はないんだろうけどね。

 

「あ!先輩!お疲れ様です!」

 

 背後から声をかけられ、振り返ると……茶色の髪に赤縁メガネをかけた裏葉色(うらばいろ)の瞳が特徴的な女生徒が立っていた。

 

 意識して柔らかな表情と声色を作る。

 

「ああ。大和さんか。お疲れ様」

 

 彼女の名前は大和麻弥。僕の後輩であり、放送委員会のメンバーでもある。

 

 ――同時に、僕の好きな人。

 

「先輩は今帰りですか?」

「うん。先生からの頼まれごとがやっと終わってね……大和さんは?」

「ジブンは演劇部の帰りです。思ったよりも早く終わってよかったです……」

「そっか。お疲れ様、かな?」

 

 部活に精を出す大和さんが妙に眩しくて、誤魔化すように微笑みかける。僕は部活に入っているわけではないから、目を輝かせている大和さんが少し……羨ましい。もう三年生。しかも後半なのだから、部活動なんて二度と出来ないんだけれど。

 

 そんな自嘲にも似た笑みに気付くこともなく、いつものようにフヘヘと特徴的に笑ってから、ありがとうございます、と笑顔を浮かべてくれる。

 

 正直なところ、なんというか……君はもう少し自分に自信を持っていいと思うんだけどね。

 

「ところで先輩、聞きましたよ!好きな女の子が居ても、告白が出来ないんだとか?」

「……それは誰が言っていたんだい?」

「えっと……リサさんが……」

「今井さんか……」

 

 少し遠い目をしつつ苦笑する。彼女は口が堅いと思って相談していたんだけどね……まあ、特段責めるつもりはない。そもそもは話した僕が悪いんだし、別に話してはダメだと言った記憶もない。情報を漏らしたのはこちらで、今井さんに停止を促さなかったのだから仕方がないから割り切るとしよう。

 

 つまり……なんだ。完全に僕の自業自得というわけだね。それに対してグチグチ言うなんてカッコ悪いだろう?

 

「いやー……でも……あの先輩が……」

「大和さんは僕のことをなんだと思っているんだい……?」

 

 こう言ってはなんだが、僕は他人に対して思った事を率直に言う。歯に衣着せぬと言えば聞こえはいいが、実際はただただ協調性がないだけだよ。それにしても……ニンマリとなかなかいい笑顔を浮かべてくれる大和さんに少々腹が立ってきたわけだが、どうしたものか……。

 

「フヘヘ……そんな楽しそ……じゃなかった。大事なことならもっと人に相談してみましょうよ!」

「いや……だから今井さんに相談したんだけどね?」

 

 彼女は彼女で交友関係が広いから、そういった面にも対応できるかと思えば……どうやら彼女は彼氏が居たことがないらしい。好きな人が居るという話はポロっと漏らしていたが……。

 

 この子は気になることがあると周りのことが見えなくなる()()がある。以前から注意するように促してはいるけれど、それで治れば苦労しないよね……。

 

「え……えっと……ジ……ジブンでよければ相談に乗りますよ?」

「…………」

 

 相談に乗るのを進言する前にせめて話を聞いてね……。

 

 いや……それは置いておくとして、君には解決できることではないんだよ。

 

 実際、彼女自身も解決できるような目途は立っていないように見える。それを肯定するように彼女の瞳は大きく揺れていた。それを指摘しようとも思ったけれど、彼女の場合、若干の別の目的が混じりつつも純粋な好意と分かっているだけに断りにくい。

 

「先輩の恋だって……きっと、ジブンが手伝えば叶います!一人よりはいいですって!」

「どこからそんな確信に満ちた答えが出てくるんだい……?」

 

 彼女としては至って真面目なのだろう。思わず口から零れたひとことが彼女に聞こえていた様子はない。

 

「ところで、誰に告白するつもりなんです?ジブンの予想では……」

 

 そんな調子でなかなかに楽しそうな顔で語ってくれる大和さんだが、残念ながら全部外れている。というか、彼女の考え方的に当たることはないだろう。その確信があるからこそ、僕は無理だと思っているんだけど。

 

「フヘヘ……結構いい線いってるんじゃないですか?」

「……大和さん」

「どうしました?」

 

 言うべきか……そう悩んだが、男は度胸とはよく言ったもの。どうせなら今吐き出してしまおう。

 

「……大和さんなんだ」

「……?ジブンが……どうかしたんですか?」

 

 ここまで言っても気が付かないか……あまり自己評価が低すぎるのも考えものじゃないだろうか。

 

 片手で軽く頭を抑えつつ、言葉を続ける。

 

「だから……その好きな相手が大和さんなんだ……」

「そうですか……」

 

 それなりに思い切って告白したにも関わらず、少々反応が薄すぎるんじゃないだろうかと少し腹を立てる。気の抜けたような返事を返してきて、小首をかしげていったいなにを言っているか分からないといった様子でこちらを見てくるわ……。

 

 だけど、次第に理解していったのか、その呆けたような表情は崩れていき、顔は赤く染まり、瞳と口が驚愕で見開かれていく。

 

「ほへっ!?へっ……あ……えっ……え、あ、あ、あの……あ……」

 

 未だに処理がしきれないのか、口調が乱れていく。こうして冷静に分析している僕自身も、彼女の反応を受けて、その場の流れとはいえ告白したことをようやく自覚したようで、顔に熱がこもるのが自分でも分かる。

 

「ジ……ジブン……ですか……?」

「うん。僕は……大和さんが好きだ。……付き合ってほしい」

 

 なんの面白みのない告白にありがちなひとこと。でも、それは僕の人生にとって全然ありふれたものではなく、むしろ初めてのこと。

 

 ──フラれるのは怖いよ。でも、それだけで引き下がれるほど僕の気持ちは軽くない。

 

「えっ……あ……えっと……ふ、不束者ですが……よろしくお願いします……!」

「なんでそんなにテンパっているんだ……」

 

 心臓がうるさいけど、彼女の驚きで少しだけ冷静さを取り戻せた。

 

「え……だって……ジブンも先輩が好きで……誰かのことを好きだってリサさんに聞いて……叶わない恋ならせめて……せめて……先輩を応援したいって思ったのに……」

「大和さん……」

 

 目尻に涙を浮かべ、時折流れ落ちていくものを必死に掬うように、目元を拭う。

 

「ジブンが好きだって言ってもらえて……あ……あの……!ジブン初めてなんですけど……結婚は出来れば海の見える教会で!子供は2人くらい欲しいです!」

「ちょっと待って大和さん!混乱しすぎて先の話になってるよ!?」

「え?違うんですか……?」

「それは……たしかに、そう遠くない未来にあるかもしれないけど……今はまだ、その時ではないから……」

 

 勘違いしてしまったと言わんばかりに伏せられた目が見ていられなくて、遠慮がちに肯定すると、彼女はフヘヘと嬉しそうに笑って見せた。

 

 一度落ち着くためか、深呼吸をしているようだけど、時折事実を受け止めきれていないようにふぇと声が出ている。可愛らしいことで……。

 

「あ……あの……本当にジブンなんですか……?」

「これでも本気なんだけど……」

「この展開はジブンも予想外です……」

「うん。それを言いたいのはこっちなんだけどね?」

 

 ここまで予想外の反応をされるとこっちとしても困るんだけどね……そんな僕を気にすることもなく、大和さんは独り言を呟く。

 

1年前、競争率が高すぎて諦めてた相手がまさかのここにきて逆告白……!恋人になれば、デートとか……キ……キス……とか……フヘヘ……

 

 競争率だとかいったいなんの話をしているんだ……僕は特別モテるわけでもないし、なにかに秀でているわけでもないのだから、別に諦めるもなにもなかったと思うのだけど……。

 

 僕を置いてけぼりにしているのに気が付いたのか、それとも別の理由があるのか、大和さんはハッとしたようにこちらを向く。

 

「あ……そ……その……よ……よろしくお願いします……」

「……別に無理に自分を偽らなくていいから。素の状態の君でいいしむしろ君がいい」

 

 我ながらおかしなことを口走ったと若干の後悔をしつつ、大和さんの顔を見ると、やはりというかなんというか、驚いたように──事実驚いているのだろうけど──目を見開いていた。

 

 ああ、失敗したかと自分の発言を後悔した。

 

「なんというか……先輩ってジブンがいうのもおかしいですけど、実は相当女性の趣味が変じゃないですか?」

「君ってなかなか失礼だよね……」

 

 なかなかなことをサラっという後輩に思わず苦笑してから

 

「でもまあ──それで君を好きになったんならそれでもいいよ」

 

 思いの丈をそのままぶつける。大和さんは目を何度も……何度も瞬かせたのち……心底楽しそうに笑って口を言葉を紡いでくれる。

 

「……先輩」

「なんだい?」

「後悔しないでくださいね?」

「ある意味後悔するかもね」

「フヘヘ……」

 

 太陽の温かな光に照らされた廊下で、僕たちは恋人同士となった。




そんな彼女を僕はかわいいと思ってしまう


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彼女と放送室

彼女に誘われて久しぶりに放送室に行ったんだけど……


 あれから3か月くらいが経って、ふと気が付けばいつの間にか放送委員会も引退してた。

 

 それが原因で放送委員会として大和さんと一緒に居ることはなくなったけど、そのかわり委員会以外の時間は多くなった。部活はサボってないみたいだけど、それ以外の空いている時間を僕に使ってくれているらしい。

 

 ありがたいけど、もう少し自分のために時間を使ってほしいのが本音だ。だって……なんの気兼ねもなく過ごしていられるのは二年生が最後だから。彼女は他の人よりは忙しいし、場合によっては今の僕より来年の大和さんの方が忙しくなってしまうかもしれない。そう思うと一緒に居てくれようとすることに対する感謝と、本当にぼくと一緒に居ていいのかなって気持ちが入り交じって素直に楽しめない自分がいる。彼女に失礼だと分かってはいるけど、こればかりは別問題なんだ。

 

 ちなみに、一緒に居ることが多くなったのが以前と比べてあまりにあからさますぎたのか、この間、今井さんにからかわれた。そのからかいがちょっとだけ癪に障ったから、この前大和さんから聞いた彼氏が居ること(ネタ)を仕返しに言ったら赤面してなにも返してこなくなったんだけどね。

 

「カレシなんかじゃない」って言ってたけど、あれは彼氏が居る顔だと思う。明らかに焦っていたし。

 

 それはひとまず置いておいて、あれからくっつきすぎず離れすぎず、いい塩梅で彼女と交際出来ている思う。現状に、少し上手くいきすぎているように感じてしまうけれど……こういうこともあるのかなと、嚥下しておく。

 

 僕は大和さんの他に恋人なんて居たことはないし、女性と仲が良いわけでもないから実際のところはどうなのか、なんてまったく分からないから。

 

 いつも読む恋愛作品だって指標になるとは言えない。だって──あれは物語の進行というお題目があって、読者を飽きさせないように構成しているから。変化が訪れない日々っていうのは、過ごしている側からすれば安寧だけど、見ている側は早くくっついて欲しいものだからね。

 

 でも、そもそも、恋人になるっていうのは往々にして日々を一緒に過ごして、ああ、この人なんかいいな、付き合いたいな……となるはず。一目惚れを否定したいわけでも、惚れやすかったりすることを否定したいわけじゃないけどね。

 

 そりゃあ僕の周りでもいつの間にかくっついてましたってことがないわけではない……けど決まってそんなに時間が経たずに別れているのを見れば粗方察せてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()を。実を結び、いずれ花を咲かせる種子は、きっと誰の目にも止まるような目立つものだから。着実に月日を重ねているのならば、少なくとも一定数気が付く人間は居ると思う。

 

 そんなことを考えながら、昼休みの屋上で空を見上げる。太陽が眩しいけど、そんなことは構わないし、その眩しさも加味して、澄み渡るように雲一つないこの空はきれいで、見ていて退屈しない。

 

 目を閉じて、風を肌で感じる。初夏の日差しは人に活力を、生命に彩りを与えてくれる。鼻孔をくすぐる緑の香りが、それをなによりも証明してくれる。真夏だったらきっと、屋上で空を眺めることなんてしないんだろうけど。

 

 ひとしきりこの空気を楽しんだあと、そろそろ教室に戻るかと立ち上がろうとした時、不意に太陽の温かみが妨げられた。

 

 雲一つない、と感じるほどには綺麗な青空だ。きっと雲が太陽を遮ったわけではないだろう。そう思い、瞼を開くとそこには見慣れた顔があった。

 

「先輩、こんなところに居たんですか?」

「……大和さんか」

 

 ため息をひとつ吐いて、立とうとしたことをすっかり忘れ、また屋上に寝そべる。不貞腐れたように見えたのか、苦笑してから申し訳なさそうな表情をつくる。別に君が悪いわけではないからそんな顔をしなくてもいいんだけどね。

 

「……そんな顔をしないでくださいよ。もしかして……お邪魔でしたか?」

「別にそういうわけじゃないけど……」

 

 動こうとして出鼻をくじれたから、なんて言えるわけもなく口を噤む。もしかしたら子供っぽい、なんて思われるかもしれないし、それはとても不本意だ。……子供なのは自覚しているけれど。

 

「立ち入り禁止の屋上に居るのを見られて嫌だったとかですか?」

「……まあ、そんなところかな」

 

 本当の理由とは少しだけ違うけれど、決して間違っているわけではないから訂正をしないで話を流す。ちなみに彼女の言った通り、うちの高校は屋上への立ち入りは()()()基本的に禁止だ。

 

 そうは言っても、実際のところそれは建前にしか過ぎなくて、生徒だけでなく、少ないとはいえ教師ですら屋上に立ち入っているというのが真実。建前上とはいえ校則によって制限されていることを教師が率先してやるのもどうなのだろうと良く思う。……結局立ち入り禁止の場所(ここ)に立ち入っている僕も、人のことは言えないか。

 

 人の振り見て我が振り直せ、なんてよく言ったものだけど、現実としては逆で、むしろそれに倣うことの方が多いように感じる。他人がやっているならば自分も咎められないだろうと思うのが、人間の本質として刷り込まれているのかもしれない。

 

 かくいう僕も、最初の頃は校則を一つ一つ守っていたけれど、途中で周りがやっているならやっても構わないだろうと考えを変えてしまった人間の一人だ。自分の意思がない、だとか軟弱だ、なんて言われればぐうの音も出ない正論だと分かっているのに。

 

 「大丈夫ですか?」と、心配そうに覗き込んでくる大和さんに問題ないとだけ答える。それでも掠れた自分自身の自嘲気味の笑い声が控えめに漏れるものだから、それに対してまた小さく笑う。それを幾度か繰り返した後、笑い疲れてため息を吐く。鬱々とした表情をしているのが自分でも分かる。……きっと見ている大和さんには理由は分からずとも妙なことを考えているのは見え見えなのだろう。彼女も僕にならったように悲しそうに顔を歪める。

 

 僕は君に悲しそうな顔をしてほしいわけではないのに。

 

 そうしてまた僕は顔を歪める。

 

 これじゃあこんなことをずっと同じことの繰り返しになってしまう。どうにかしないと……。そう思っても、実際に身体が動くことはない。思考だけが巡り、それ以外はなにも進まない。

 

 ──本当のことを正直に言えばいいのに。

 

 自分でもそう思う。でも意地というのは一度張ったらなかなかやめることはできないんだ。こういったことは誰にだって経験はあると思うけど、意地っ張りな僕は特に。

 

「先輩……最近疲れてませんか?」

「自分ではそうは思わないけど……どうして?」

「最近よく悲しそうな顔をしてるからですね……」

「……そんなに?」

「はい。そんなにです」

 

 自分では顔に出さないようにしていたつもりだったんだけどな……。実際のところは、とかそういう感じだったのかな。思ったよりは進路関係で悩んでいるのかもしれない。もう悩む時期でもないから、単純にストレスなんだろうけど。

 

「……先輩、放送委員会から抜けてからそういう顔するようになった気がするんです。だから……」

 

 姿勢を低くし、前のめりになってそっと手を差し伸べて──

 

「ジブンと一緒に、あそこ(放送室)へ行きませんか?」

 

 優しさが溢れる笑顔でそう提案してくれた。

 

 

 

「ここに来るのもいつ振りになるのかな……」

 

 授業日程は全て終わってから教科書やその他諸々を通学鞄に詰め込んで来た放送室前。まるで数年越しに訪れたような懐かしさと、寂しさが一気にこみ上げて頭が真っ白になる。委員会に参加しなくなってまだ数か月しか経っていないというのにこれじゃあ卒業してからもしここにまた訪れたらどうなるのかな。きっと、涙でも流すんじゃないだろうか。そう思えるほど寂寥感のようなものがこみ上げてくる。

 

 扉を開けようと手をかけて……そっとドアノブから手を離す。もうここの人間ではない僕が、ここに入っていいのかな。大和さんは来ていいと言ってくれた。もしかしたらそれはなにか企んでいて……そこまで考えて自分を嘲笑する。

 

「……まさか」

 

 そんなの邪推でしかない。なぜなら大和さんはそういったことを目論んだりするような人ではないからだ。もちろん、恋人だから彼女のことをなんでもかんでも知っているかと問われればその限りではないけれど、少なくとも僕が認識している大和麻弥(好きな人)はそういう人間だ。

 

 一瞬でも彼女を疑ってしまった自分を呪いたい。彼女にそんな気があるわけないだろうに。不安だからといって善意すら疑ってどうするんだろうね。

 

「あれ? 先輩早いですね。……お待たせしてしまいましたか?」

「ああ……ううん。今来たところだよ」

「あはは。その言い方だとデートみたいですよ先輩」

「たしかにそう取れるかもしれないね。でも、学校の中でデートなんてするかな?」

「学校デートなんて言葉もあるくらいですからあるんじゃないですか?」

「それは初耳だね……」

 

 学校でデートなんてなにをするんだろう。図書館で勉強を教え合ったりする程度しか思いつかないけれど……いや、まず放課後デートするのなら公園やカラオケ、喫茶店じゃないのかな。マンガや小説の見すぎなのかもしれないけれど……でも実際、友人の話を聞いている限りその辺がメジャーと言えるんじゃないかって思う。学校なんてほとんどやることはないはずだから。

 

「ジブンもやったことがあるわけではないので聞いただけですけどね」

「うーん……学校でやることなんてあるのかな?少なくとも僕にはパッと思いつかないけど」

「そういう文化があるってことはきっと、ジブンたちには気付けないだけでたくさんあるんですよ」

「……難しいなあ」

 

 腕を組んで自分が気付けないことに歯がゆさを感じつつなんとか理解しようと頭を回しても結局思いつかない。そんな僕を見て、大和さんは楽しそうに笑う。なにも笑うことはないじゃないか……。

 

「先輩はきっと、難しく考えすぎなんですよ。ふとした時に気付きますよ、きっと」

「そういうものかな?」

「そういうものです」

 

 なんか……後輩に先を越されたみたいで悔しいな……。先輩と言えるようなことはしてないけどさ。

 

「ずっと立ってるのもなんですし、早く入っちゃいましょうか」

「ああ、ごめんね」

「いえいえ」

 

 鍵を差し込む音、ガチャリ、と鍵が解錠して扉が開く音……。この二つが終わったあとに広がるのは真っ白で面白みのない扉じゃなくて……埃っぽくて、機械の匂いが充満した部屋……ぼくがずっと、好きで入り浸っていた場所。

 

「どうぞ~。と言ってもホントはダメなんですけどね」

「許可とか取ってないの……?」

「一応は取ってきましたけど、ここを管理してる先生にしか言ってないのでもしかしたら怒られるかもしれませんね」

「……」

 

 言いたいことはたくさんあるけれど……直接動かなかったのはぼくだから人のことも言えない。仕方がないと割り切ってから、放送室の中に目を向ける。何一つとして変わらないこの部屋は、歓迎してくれているようでも、していないわけでもない。来るもの拒まず去る者は追わず。誰でも受け入れ誰も引きとめない。

 

 この部屋は人でも、生き物でもないけれど……この部屋にある独特の雰囲気がそう感じさせてくれるのかもしれない。まるて生きてるかのように感じるんだ。

 

「どうですか、久しぶりの放送室は?」

「……」

 

 なにをしたわけでもないけれど、ここで積み重ねてきた想い出が息づいているみたいで言葉が出てこない。まるで放送委員として活動していた数か月前が息づいているみたいだ。ふと気になって部屋の端の方を見てみると……。

 

「……お菓子?」

 

 そこに転がっていたのは油ギトギトで精密機械を扱う部屋で食べていいとは決して言えないポテトチップスやその他お菓子、二酸化炭素の中に存在する水素が泡となる炭酸水など、ぼくが放送室に居たときにはなかったものが数多く転がっていた。

 

「あー……それはですね……ほら、ここって先生の目が届きにくいじゃないですか。だから……その……」

「お菓子を持って来て飲食している生徒も多い……と」

「アハハ……一応、注意はしてるんですけど聞いてくれなくって……」

 

 横に目を逸らしながら、申し訳なさそうに話をしていく。そこのところは個人個人の注意の面だから、意識の問題だし、特になにかを言うつもりは今のぼくにはない。もう、放送委員ではないんだから。

 

「あ、カントリーマアム食べます?」

「……なんだかんだ言いながらお菓子を食べるのには賛成なんだね……」

 

 場所が場所だというだけで、機材に問題がなければいいけれど、そのあたりをもう少し細かいものだと思っていたよ。

 

「……いりませんか?」

「もらうよ……」

 

 ちょうど小腹もすいていたし。

 

「バニラ味ですけどいいですか?ココア味は……全部食べちゃって……」

「ぼくもココアが好きなんだけどな」

 

 苦笑しながら渋々受け取って封を開ける。バニラも美味しくないわけじゃないけど……。

 

「それにしても、こうしてると先輩と付き合ってるんだなぁって実感が沸きますね……フヘヘ……幸せ過ぎます……」

 

「……可愛いね」

 

 思わず漏れた一言に二人一緒に固まる。

 

「あっ……えっと……そう言ってもらえるのはすごく嬉しいんですけど、恋人に……先輩に言ってもらえたと思うと、やっぱり恥ずかしくて……」

「そ……そうだよね!ごめん!」

 

 恥ずかしいのは当たり前だよね……でも、可愛いのは事実だから言ったことを後悔はしてないけど。それを分かってくれたのかくれていないのか、それは分からないけれど微笑んでくれる。ぼくもそれにならって微笑みを返すと、さっきまでの気まずげな空気はどこかへ消えていった。

 

「ところで先輩」

「なに?」

「こんな密室ですけど……こ……恋人らしいこと……」

 

 そこから先、発した声は聞こえなかった。何故なら……

 

「ちょっと二人ともぉ?」

「あっ……えっ……リサさん……!?」

 

 扉が開いて、中に今井さんが入ってきたから。大和さんも僕も、目を見開いた。明らかに怒っている。なにかしちゃったかな……?

 

「えっと……なんでここに……?」

「気付いてないだろうけどさ、マイクつけっぱなしみたいでね~」

「えっ……!?」

 

 驚いて放送器具の操作盤を見てみると、たしかにマイクのランプが赤く点滅していて、今井さんの言っていたことが本当だと分かった。分かってしまった。

 

「つまり……?」

「二人のバカップルっぷりが校内に丸聞こえってことかな~」

「あの……先輩……ジ……ジブン……」

「分かってるよ……」

 

 大和さんはこんなことするような人じゃないし、きっと誰かがうっかり切り忘れたか、イタズラをしようとしてつけっぱなしにしてあったんだろうね。誰がこんなことをしたのか、それは気になるけれど、突き止めたところで事態は収拾のつきようがないし……どうしよう……。

 

「はぁ……」

 

 呆れたようにため息を吐いたのを聞いて今井さんの方を見ると、さっきまでの怒っているような空気はどこへやら。苦笑しながら口を開いていた。

 

「二人が付き合ってるのはみんな知ってるし、ここでなにかをしてたってわけじゃなさそうだし……おとなしく、放送室の私的利用あたりで怒られてきたら?()()()()()()

「僕もか……」

「カントリーマアム食べたのも分かってるからね~、立派な共犯だよ~?」

 

 その通りだけど少し理不尽じゃないかな……。持ち込んでいた生徒が真っ先に怒られるべきだとぼくは思うけど。言ったところで仕方がないから言わないけどさ。

 

「……行こうか、大和さん」

「は……はい……」

 

 罰を恐れているのか、それともぼくに申し訳なさを感じているのか……少し委縮しているように感じる大和さんの頭を軽く撫でて、放送室を出る。

 

 

 

 

「あーあ。思ったよりは紳士的なお付き合いしてるみたいだったな~。なにもヘンな跡もないし。あ……マイクのスイッチ切り忘れてた……早く切らないとね」

 

 言いながらスイッチを切ってため息を吐く。気休めかもしれないけれど、これで二人が不純異性交遊とかで怒られることはないでしょ。あの二人も世話が焼けるな〜。

 

「あーあ。アタシも損な役回りだなぁ」

 

 ……そうだ。あの人の家に行ってびっくりさせてあげよう。きっと苦笑しながら聞いてくれると思うし、それくらい許されるよね。

 

 

 

 

 

「思ったより怒られなくて済んだね……」

「軽く注意されただけで助かりました……」

 

 呼び出しを喰らったというのに、軽く注意された程度で開放された。注意された内容も、放送室の私的利用は避けること、今は部外者なのだから、担当者以外にも一応報告を入れておくこと。この三つが主な内容で、それ以外に触れられることはなかった。

 

「……先生に怒られたのなんて、いつぶりだろう」

「ジブンは小学生が最後だった気がしますね」

 

 小学生の頃はよく怒られた記憶がある。窓枠に両手をついて外を覗き込んだり、廊下を走り回ったり。今となってはそんなことしないけど。

 

「ちなみに何で怒られたの?」

「放送室の備品をいじっていて……」

「……ははっ」

「なんで笑うんですか!?」

「いや……ごめんごめん……でも……」

 

 本当に大和さんらしいといえばらしい理由で思わず笑ってしまう。興味があることに対して遠慮こそしても、誰よりも真っ直ぐで、目を輝かせる……。

 

「でも、なんですか?」

「大和さんらしいなぁって。そう思ったら可愛くて……」

「か……かわっ……!?」

 

 焦ったように目を瞬かせて目を右往左往させて、こっちを見ては視線を逸らしてまた右往左往させる。それがまた可愛らしくて、笑みを深める。

 

 しばらく繰り返して落ち着いたのか、深呼吸しながら胸に手を当てて、彼女もニッと笑ってくれる。

 

「良かったぁ。ジブン、先輩に嫌われてたわけじゃなかったんですね……」

「えっ?」

 

 嫌う?大和さんを、僕が?

 

「先輩、最近あまり楽しそうではなかったので……もしかしたら……って思ってて……」

「……」

 

 言われてふと、ここ最近のことを振り返る。生返事、笑顔の少なさ……挙げ連なればキリがないほど、嫌っていると思われても仕方のない行動が目立つ。

 

 それに気が付いて……頭を抱える。つまり……僕が彼女の時間を無駄にしてたってことか。僕が一番嫌っていたことを、まさか僕自身がやってたなんて……。

 

「こうやって誘うのも……もしかしたら先輩にとっては迷惑でしかないんじゃないかなって思っちゃって……」

「そんなことないよ」

 

 きっぱりと、それを否定する。これを否定する資格はぼくにはないかもしれないけれど……でも、そう受け取られるのは不本意だ。その解釈はきっと、あとで明確な軋轢を生んでしまうから。

 

「僕は大和さんが好きだし、一緒に居たいと思ってる。そう受け取れない行動ばかりしていたのは……ごめん。僕が悪かった」

 

 そこは素直に頭を下げる。謝らずに……自分をしたことを認めずに先には進めない。謝罪が全てじゃないけど……僕は、そこから始める。

 

「でもね、言い訳がましいかもしれないけど、ずっと不安だったんだ。君は楽しそうにしてくれているけど、本当はもっと、自分のために時間を使いたいんじゃないか……って。それを僕が邪魔していていいのか……って」

 

 これは僕の勝手なエゴで、それを押し付けていただけなんだろう。その証拠に彼女は……泣いていた。一度も見たことがなかったその泣き顔を、嬉しさではなく、悲しみでさせてしまった。

 

「そんなことありません……!ジブンは、ジブンだって先輩のことが好きです!大好き……なんですよ……。先輩が邪魔だなんて……そんなこと思ってません……!ですから……そんなこと言わないでください……!」

 

 普段見ない泣き顔に、罪悪感を覚えて目を背けかけて……踏み止まる。逃げてどうするんだ。

 

「……ごめん」

「……」

 

 それでも、顔を見ていられなくて俯く。

 

「……!?」

 

 そんな僕に大和さんは……両手で柔らかに顔を上げさせて……。

 

「んっ……」

 

 キスをした。付き合ってから三ヶ月も経っているのに一度もしたことがなかったキスの味は、聞いていたものとは全く違っていた。

 

「これが……ジブンの気持ちです……!」

 

 驚いた。驚愕した。彼女からこんなこと(キス)をしてくるとは思っていなかったから。男だというのに思わず唇を抑える。涙ぐんだ瞳が、僕をまっすぐ見据えていた。

 

「先輩は……どうなんですか……!私は……っ」

 

 言わせきる前に両手で彼女の肩を包み込む。

 

「ぁっ……」

 

 普段聞かないような儚げな声を漏らしながらも夕日を背に交わる二人。反対側の空は静かな色をしていたけれど、空は彼女と僕の頬のように紅かった。




まさかこんなことになるなんてね


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