オーバーロード 拳のモモンガ (まがお)
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始まり

 とある貴族の館。

 その寝室にある大きなベッドの上に、今にも泣きそうな顔をした女の子が座り込んでいる。

 

 

「私、これからあの貴族に……」

 

 

 この子は王国のとある村で暮らしていた子供で、両親が幼い頃に他界してしまったため妹と二人で支えあって暮らしていた。

 しかし、見た目が大人びているわけでも無く、まだ成人にも遠い年齢だというのに悪い貴族に目をつけられた。そして妹と引き離され、この館に誘拐も同然の扱いで妾として無理やり連れて来られてしまったのだ。

 

 自分がこれからどんな目に合うか、歳の割に賢い少女は少しだけ分かる。隙があれば逃げ出したいが、逃げたら貴族が妹に何ををしてくるか分からないため行動に移す事も出来ない。

 平民が貴族に逆らう方法などないのだ……

 少女が悩んでいるうちに寝室の扉が開き、太ったお腹を揺らした人物がバスローブを纏って入ってきた。

 

 

「ぐっふっふ…… またせたね。これからたぁっぷり可愛がってあげるからね」

 

 

 全身を舐め回すような不快な視線を向けながら、少女の座り込んだベッドに近づいてくる男。その目には少女に対する優しさなどカケラも無い。

 

 

「あ、ああ…… 嫌、こ、こないで……」

 

「ふん、平民は所詮貴族の玩具なんだ。私が飽きるまでは遊ばせてもらうよ……」

 

「誰か、誰か助けて……」

 

 

 最後の抵抗として後ろに下がっていくが、そんな少女をあざ笑うかの様に目の前の男は口を開く。

 

 

「そうそう、君の妹さんの事だけど……」

 

「っ!?」

 

 

 不意に妹のことを言われ、動きが止まってしまう。

 

 

「姉さんを返せとうるさかったから殺したよ。私に逆らうなんて馬鹿な奴だ。今頃死体は燃やされて風に舞ってるところかな。ああ、すまなかったね。遺灰を残してあげれば良かったね……」

 

「あ、ああ、そんな…… どうして……」

 

 

 本当はこの男は何もしていない、少女の妹なんぞ気にも留めていなかった。全てはこの少女をいたぶるための嘘だ。

 だが、少女はそれを真に受けてしまい、絶望の浮かぶ表情で静かに涙を流す。

 

 

「あっはっはっは!! 理由なんてあるわけないだろ。強いて言うなら貴族に逆らった者の見せしめと、君の絶望に歪む表情が見たかったんだ…… 今の君は実にそそられる表情をしているよ!!」

 

(どうしてなの。私たちは何も悪い事はしてないのに…… 私を攫うだけでなくあの子にまで。――神様、私の魂を捧げます。どうかこの男に天罰を……)

 

 

 少女は怯えて震える体で祈る様に両手をきつく組んでいるが、そんな姿も男からすればこれからの事を楽しませてくれる材料でしかない。

 

 

「ぐふふっ…… さぁ精々楽しませてもらう――」

 

 

 男は着ていたバスローブをはだけさせ、興奮で息を荒げながらベッドに上がる。

 そして恐怖を煽る様にゆっくりと近づき、そのまま少女を押し倒そうと手を伸ばし――

 

 

「――このクズがぁっ!!」

 

「ぐぼぉへぇっ!!」

 

 

 ――ぶん殴られた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 ――ああ、来てくれた。

 

 この醜い男に天罰を下すために、死の神様が来てくれたのだ。

 豪華な闇色のローブに多数の装飾品を付け、肉も皮も無い真っ白な骸骨の姿…… お腹の辺りに怪しく光る赤い玉が収まる様に浮いており、まさしく神と言えるだけの神々しさが感じられる。固まっている様にも見えるが、ゆったりとした動作の一つ一つが神秘的だ。

 

 

(一体何がどうなってるんだ!?――)

 

 

 しかし、当人はただ困惑しており、今までの事を必死に思い返す……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の円卓の間、41席あるが座っているのはモモンガただ一人だけだ。

 ユグドラシルの最終日に集まりませんかと、かつての仲間にメールを送ったが今日来てくれたのは数人。

 

 

「またどこかでお会いしましょう、か……」

 

 

 サービス終了時刻まで共に残ってくれる者は誰もいない。先程来てくれた一人も終了時刻を待たずにログアウトしてしまった。

 みんなにも色んな事情がある事は分かっている。分かっていても込み上げてくる感情は止められない。抑え込んでいたモノは一人になった途端に溢れ出し、溜まった感情を吐き出すように円卓に拳を振り下ろす。

 

 

「ふざけるなっ!! ここはみんなで作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!! あんなに楽しかったのにどうしてそんな簡単に捨てられるんだっ!!」

 

 

 振り下ろされた拳は円卓に当たり、鈍い音と0ダメージの表記だけが残される。当然円卓に傷が入るわけもない。

 『0』というこの表示も、破壊不能オブジェクトである円卓に何も残らないのも当たり前なのだ。

 しかし、何も残らないという事実が今はどうしても悲しくて、罵声と共に拳を何度も叩きつける。

 ――5回、10回と拳を叩きつけていたら、急に運営からのメッセージが届いた。

 

 

「――くそっ!! ってあれ? こんなタイミングで運営からのお知らせ…… 『嫉妬する者たちの代行者』ってなんじゃこりゃ?! アバターの筋肉量が増加って、骨だから見た目変わらねーよ!!」

 

 

 運営から送られてきたのは称号とそれと同名のアイテム。装備品ではなく一度使うと無くなる消費型のモノ。

 一応アバターの筋肉量が増加するだけでなく、魔法攻撃力を物理攻撃力に変換するという異常な効果と複数のデメリットが存在するようだった。使うと二度とステータスをリセット出来ないあたり、流石クソ運営と言えるだろう。

 

 

「ははは…… クソ運営め、魔法職にこんなの渡してどうしろって言うんだっ!! それにこんな条件普通は満たせるわけないだろ…… くそっ!! ボッチにはお似合いのアイテムだよ……」

 

 

 習得条件は『嫉妬する者たちの仮面』を12個所持しながら、破壊不能オブジェクトを一定時間殴る事。

 

 

 ヤケになったモモンガは効果の説明を最後までちゃんと読まずに使用した。

 最後は玉座に座って終わりを迎えようと思っていたため、そろそろ玉座の間に移動しようとするが気づけば残り時間が30秒を切っていた。

 

 

「あぁ、こんな終わりだなんて…… はははっ、俺は何て馬鹿なんだ。有終の美を飾ることも出来ないなんてな。運営には最後まで馬鹿にされて、みんなもこんな俺を笑ってるのか? ――ふっ、今の俺には笑ってくれる人すらいないんだ。いてもいなくても変わらないゴミ屑みたいな存在か……」

 

 

(誰もいない…… 思い出も全て消える…… たった一人でもいいから俺と一緒に居てくれる人が欲しかったなぁ。ああ、本当に俺ってやつは――)

 

 

 ユグドラシル最後の瞬間――運営と自らへの罵倒、目を背けていた現実への思いを全て込めて誰も座っていない寂しい円卓に向かって拳を振り下ろす。

 

 

「――このクズがぁ!!」

 

「ぐぼぉへぇっ!!」

 

 

 ――グシャリ……

 

 

 ――モモンガの振り下ろした拳は円卓ではなく、だらしない体型をしたバスローブ姿の男の頭に直撃していた。

 拳は頭蓋骨を陥没させるどころかほとんど上半身を引き裂いており、腰のあたりまで抉れている。正面から見れば傷一つ無いだろうが、後ろから見れば抉れた背中から折れた骨が飛び出ているのがハッキリと見える。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

(一体何がどうなってるんだ!? さっきまで俺はナザリックにいたはずなのに!? ――それに何だこの感覚…… 手についた血が気持ち悪い…… うっ、この匂い、いったいどうして…… これは俺がやっちゃったのか!?)

 

 

 いきなりの事に思考が全く纏まらない。

 モモンガの右手からは目の前の男の血がポタポタと垂れており、やってしまった事実だけを物語る。

 モモンガはあまりの事態に状況が一切掴めていないが、どう見ても背後から人を撲殺した構図そのままである。

 

 

(これはグロすぎる、R15どころじゃないぞ。いかん、吐いてしまいそうだ……)

 

 

 血で汚れていない方の手で口を抑えようとして、自らの身体がモモンガとしてのアバターのままであると気づく。

 

 

「ああ、神様が来てくれたんですね……」

 

「えっ!? いや、私はモモンガというものです」

 

 

 こんな状況にも関わらず社畜の条件反射で名乗ってしまうモモンガ。

 今まで目に入っていたにも関わらず意識から抜け落ちていたが、ベッドの上には死んだ男だけでなく一人の子供が座っていた。前面に血が飛び散らなかったのが幸いして、愛嬌のある顔立ちも綺麗な金髪も無事である。

 

 

 

「……助けてくれてありがとうございます。――これで、妹の仇も取れました。」

 

「いや、いきなりそんなことを言われても……」

 

 

(何言ってんのこの子!? いきなりの事で錯乱しているのか。この状況どう見ても俺が悪者だよね!? いや、助けてくれてってことは、この男が誘拐犯だった可能性も…… 妹の仇って事はコイツに殺されたのか?)

 

 

 モモンガこと鈴木悟は彼女いない歴=年齢である。自身の子供は勿論、兄弟もいなかったため子供への接し方など分からない。あれやこれやと考えているうちに、何故か特殊技術(スキル)や魔法が自由に使える様な感覚がして試してみる。

 

 

「〈清潔(クリーン)〉よし、ちゃんと使えるな」

 

 

 

(血を落とせて良かった…… って使えた!? コンソール無しで魔法が使えるし、特殊技術(スキル)のオンオフも自分の意思で切り替えられる気がする…… それにこの子供の表情や五感の感覚、まさかこれは現実なのか?)

 

 

 体に着いた血を落とせた事で多少は落ち着いてきた。目の前の死体を無視するために、無理やり別のことに思考に集中させる。

 

 

「モモンガ様、私には家族はもう誰も残ってません。たった一人の妹もこの男に奪われてしまいましたっ…… だから、私も連れていってください」

 

「……えっ?」

 

 

 目の前で人を撲殺した骨に自分を連れていってとお願いする子供。きっと家族のいる死後の世界に自分も連れていって欲しいと望んでいるのだろう。

 

 

(ここはきっと俺の知らない世界だ。子供なんかに構っている余裕なんてない。放っておいてここから逃げ出すのが正解だろうな…… でも……)

 

「連れて行けか…… 分かった、私と一緒に来てくれるんだな。丁度いい、この世界を旅するのに一人は寂しいと思っていたところだ」

 

「えっ、違いま――」

 

「さてっ!! 君の名前を教えてくれるかな?」

 

 

 モモンガは彼女を放っておくことが出来なかった。

 小さい時に両親を亡くしずっと一人だったモモンガは、目の前の少女と自分の過去を重ねて見てしまったのだ。

 それに、ただひたすらに一人でいるというのが寂しくて辛かった。誰でもいいから一緒に居たかった。

 

 

「――ツアレ、ツアレニーニャ・ベイロンです……」

 

「じゃあ行こうかツアレ。――君の家族もきっとまだ来るなと言ってるはずだしな……」

 

 

 モモンガとツアレニーニャ・ベイロン、全てを失ったと思い込んだもの同士の出会いと始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここから逃げるなら現場の偽装くらいはしとかないとな。とりあえずこの男はアンデッドに襲われた事にして、ツアレは死体も残らず食べられたと思わせよう。死んだ人間を探す奴はいないはずだ。特殊技術(スキル)・〈中位アンデッド創造〉」

 

 

 モモンガはこの貴族の死体とアンデッドがいれば、この現場でアンデッドに襲われたと思わせる事が出来ると考えたが問題が起きた。

 

 

「ヴォォォォ!!」

 

「……あれ?」

 

「死体、無くなっちゃいましたね……」

 

 

 特殊技術(スキル)を発動したらその場にアンデッドが出現するのではなく、近くにあった貴族の死体が『屍収集家(コープスコレクター)』になってしまった……

 

 ユグドラシルとこの世界の差を実感するモモンガだった。

 

 

 



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感動

 偽装工作で色々と問題が発生したが、貴族の家から誰にもバレる事なく無事に抜け出してきたモモンガとツアレ。

 ツアレから周辺の都市や国の名前などは聞くことが出来たため『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』の操作に四苦八苦しながら場所を確認したが、目的もなくどこに行けばいいか決められない。

 とりあえず今は屋敷から離れるように適当に歩いている。

 

 

「逃げ出して来たはいいが…… これからどうしよう……」

 

「分からないです……」

 

 

 歩いている途中にツアレからその格好は目立つと控えめに言われたため、今のモモンガは地味なローブに着替えている。

 顔はマスクをつけ、手は手袋をする事でアンデッドの要素は完全に隠せたがモモンガの今の恰好は不審者にしか見えないだろう。

 

 

「そうだなぁ、私もこの世界に来たばかりだから何をすればいいのか分からん。ツアレは何かしたい事はないのか?」

 

 

 隣を歩く骸骨は私に意見を求めてきた。

 ツアレはモモンガの事を神様だと思っているが、本人はただのアンデッドだと言い張っている。それが本当かどうかは分からないが、凄い力があるのに威張らないし今もツアレの事を気にかけてくれる変わった骸骨。

 

 

「私は…… ないです。やりたい事なんて思い浮かびません。モモンガ様、どうして、どうして私を殺してくれなかったのですか?」

 

 失礼な事を言っている自覚はあったがそれでも聞かずにはいられない。

 ツアレには分からない。モモンガが自分を連れて行く理由も、わざわざ生かす理由も。モモンガが本当にただのアンデッドならなおさらだ。

 

 

「……私も君と同じくらいの歳かもう少し幼かった頃、母を亡くして一人になった。父親は物心ついた頃には既にいなかった……」

 

 

 モモンガが昔を思い出すように語った過去はツアレには思いもよらないモノだった。骸骨に親がいるなど予想もしていなかった。

 どこにでもあるような貧しい家族の話。それを聞いてこのアンデッドは神ではなく、元は普通の人間だったのだと初めて納得した。

 

 

「――だからかな。ほっとけなかったんだ。それにツアレの両親や妹さんも君の死を望んでいるわけないじゃないか。きっと生きて欲しいって願ってるよ。いや、これも言い訳だな…… 俺が、一人なのが寂しかっただけだ……」

 

「っでも、私にはもう……」

 

 

 ツアレはどうすればいいのか分からない。妹を失い、一人で生きていく目的も気力もないのだ。

 

 

「……なら妹さんが出来なかった事を代わりに全部してみるのはどうかな? どうせ死ぬなら天国で家族に会った時、胸を張って良い思い出を報告する方がいいだろう?」

 

「妹の、やりたかった事……」

 

「ツアレが一人で立てるようになるまでは俺が一緒にいるよ。俺は不死だから、ツアレより先に死ぬ事はない。絶対に置いていかないと約束する」

 

 

 モモンガ様は優しい声で私に語りかけてくる。受け止めきれなかった想いが涙となって溢れてくる。今になって私は家族の死を、独りぼっちになった事実を受け入れて声をあげて泣き続けた。

 

 

「……っ!! うっうっ、……ぁぁぁぁぁっ!!」

 

「よしよし、悲しみを涙で流せるのは良い事だぞ。俺にはもうそんな事は出来ないからな……」

 

 

 私が泣いている間中モモンガ様はずっと背中をさすってくれた。私が今よりもっと幼い頃、両親が泣いていた自分を慰めてくれた時の事を思い出して、また泣きたくなったが我慢する。

 

 

「……っ、もう、大丈夫で――」

 

 

 ――くぅ〜

 

 

 可愛い音がお腹から聞こえ、ツアレは恥ずかしくてまた泣きたくなった……

 

 

「はっはっはっ、まずやることは腹ごしらえで決定だな」

 

「うう、恥ずかしい……」

 

「気にすることはないさ。たくさん泣いたからお腹が空いたの――」

 

 

 ――ぐぅ〜

 

 

 何も無い空っぽな骨のお腹から、可愛くない音が響いた。

 

 

「……えっ!? 俺、お腹空くの!?」

 

「思いっきり鳴りましたね……」

 

 

 骨のお腹が鳴ったことにツアレは驚いたが、一番驚いていたのはモモンガ本人だった。

 とりあえず二人のやることは決まった。

 

 

「よし、向こうの方角に別の国があるのだったな? 気分を入れ替えるためにも新天地でご飯を食べよう」

 

「えっ? でも山の向こうにあるので遠いですよ?」

 

「ふふっ、私にかかれば一瞬さ〈転移門(ゲート)〉」

 

 

 モモンガが魔法を唱えると、現れたのは空中に浮かぶぽっかりと空いた闇。

 ツアレは恐る恐るその闇に近づいていく。

 

 

(――私、あなたが見れなかったモノも出来なかった事もいっぱいやってみる…… 次に会う時に全部話してあげるから、お父さんとお母さんと待っててね……)

 

 

 ツアレは心の中で妹に別れを告げ、しっかりと決意を固める。

 ゆっくりと手を伸ばし、妹が絶対に経験したことのない最初の一歩を踏み出した。

 

 寂しがり屋でお節介なアンデッド。始まりは自身の寂しさを紛らわすため、モモンガがツアレを連れて行こうとするのはただの同情かもしれない。

 それでもツアレにとって――

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国から東にある国、バハルス帝国。

 弱冠16歳の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが治める国ではある。この皇帝は若いからといって侮る事は出来ない。

 彼は十代前半で帝位を継いでから無能貴族の位を取り上げ、有能であれば出自に関係なく取り立てるといった画期的な政策を執り行った。時に非情とも言える策すら取り、二代前から準備していた専制君主制を自らが帝位を継いでから僅か数年で成し遂げた。その苛烈なやり口と貴族への粛清から『鮮血帝』とも呼ばれたが、国は豊かになり民も希望に満ち溢れているため間違いなく優秀な皇帝である。

 

 モモンガはそんな国の成り立ちや事情など全く知らないが、魔法でチョチョっと小細工する事で関所などを全てスルーし、ツアレと共に活気ある街を歩いている。

 

 

「ほぉ、凄い人通りだ…… 見たところ中世ぐらいの文化なのか?」

 

「中世? というのは分からないですけど、確かに凄い人ですね。王国よりも活気がありそうです……」

 

 

 田舎者のようにキョロキョロと辺りを見回していたが、モモンガはふと疑問に思う。

 

 

(看板の文字が読めない…… 言語が違うはずなのに言葉が通じている? いや、よく見たら口の動きと言葉が合ってない。自動で翻訳されているのか?)

 

 

 少しだけ考えるが答えも出ないため、そういうモノとして受け入れて流す。

 

 

「さて、空腹も限界だから早いとこ店に入りたいが…… お金ってこれでいけるのか?」

 

「綺麗…… でも見たことない金貨ですね。ウチの村には金貨なんて無かったですけど、少なくとも貴族が持っていたのとは違います」

 

 

 モモンガが取り出したのはユグドラシルの金貨だ。それを見たツアレの感想を聞き、とりあえずこのままでは使えないと考えた結果――

 

 

「――よし、今の握力ならイケるな。握り潰して金塊に変えてしまおう」

 

「待ってください!! 金貨握り潰すってなんですか!? 両替してくれる所を探しましょう!!」

 

 

 力技に頼ろうとしたモモンガを止めたり……

 

 

「ココなんだろうな? 通り抜けることが出来そうだ」

 

「駄目です!! 立ち入り禁止って書いてますから!!」

 

 

 フラリと危険な場所を通ろうとしたり……

 

 

「ええいっ、もう面倒だから魔法でパパッと金貨を燃やして再加工すれば――」

 

「何する気ですか!? 街中で魔法はやめてください!!」

 

 

 ツアレは一時的に空腹も忘れるほどに神経を使ったのだった……

 

 

「――疲れました……」

 

「わ、悪かった…… 好きなものを食べて良いから許してくれ」

 

 

 なんとかお金を用意する事に成功したモモンガ達は目についた料理屋に入ったが、席に着いた途端にテーブルに突っぷすツアレ。

 

 関所を全てスルーしてこの国に侵入した辺りからツアレは薄々思っていたが、この骸骨はきっとこの辺りの常識が無い。ごくごく当たり前のように問題を起こそうとしている。

 脳味噌も筋肉もない空っぽの骨のくせに行動が脳筋すぎる。

 

 ここに来るまでの数々のトラブルにより、ツアレが最初に抱いたモモンガに対する神様的な崇拝の念はさっぱり消えていた。この骨はただの寂しがり屋で、頼りになったりならなかったりと子供のような大人だ。

 

 

 やがて美味しそうな匂いをさせた料理が運ばれてきた。限界だった空腹がさらに刺激され、食欲も増して口の中に涎が溢れてきた。

 テーブルに置かれた料理はどれも一般的な料理ではあるのだが、村で素朴に暮らしていたツアレにはとてつもないご馳走である。

 

 

「いただきます。さて、実験がてら食べてみるとするか」

 

「えっ!?ちょっと待って――」

 

 

 昼時を過ぎて店に客が少ないとはいえ、全く人目がないわけではないのだ。

 モモンガが堂々と仮面を外そうとしたので慌てて止めようとするが間に合わずに仮面は外されてしまう。

 しかし、仮面の下に現れたのは骸骨の顔では無かった。

 

 

「――ください!! ってあれ!? 顔が……」

 

「ん? ああ、私が人間だった頃の顔だよ。冴えない見た目だろうが、一時的に幻術で誤魔化す分にはいいだろう。長時間は持たないから食事の時以外はまた仮面をつけるよ」

 

 

 この辺りではほとんど見かけない黒髪で、彫りの少ない地味な顔立ちだった。珍しいタイプの顔だが老けている感じはしないのでまだ二十代くらいだろう。

 取り立てて整った顔ではないが優しげで人の良さそうな感じがあり、ツアレにはどこか惹かれるところがあった。

 

 

「……っ!! そうならそうと先に言って欲しかったです!!」

 

「ふふっ、それはすまなかった。さぁ冷めないうちに食べよう」

 

 

 モモンガに促され、スープを掬って一口。自分たちの住んでいた場所には無かった味付けだが、野菜や肉の旨味が香辛料と合わさり空腹の体に染み渡っていく。

 

 ――おいしい……

 

 初めて食べる味わいに嬉しくなって、ツアレはモモンガの方を向き声をかける。

 

 

「モモンガ様、このスープおいしいですね――ぇぇえ!?」

 

「ああ、これが本物の肉…… これが食事かぁ……」

 

 

 モモンガはありふれた串焼きの肉を齧っただけで、感嘆の声を上げるほど大げさに感動している。

 しかし、喜びで顔が震えて幻術が消えかけ、骨の顔が透けている……

 完全にホラーである。

 好意的に見ても肉を食べて昇天してるようにしか見えない。

 

 

「モモンガ様!? 顔、顔!! えっと汚れてるから拭いてあげますね!!」

 

「ぶはっ!! ちょっと、自分で拭ける!! 拭けるから!!」

 

 

 とっさにおしぼりをモモンガの顔に叩きつけて骨の部分を隠すツアレ。

 幸いモモンガがアンデッドである事はバレなかったが店員からの視線が痛い……

 

 幻術の顔に少しでもときめいた自分が恥ずかしい。骨はしょせん骨だった。

 

 

(こんな食事が出来るなんて異世界も悪く無いかもしれないな。あんな世界よりは何処だってマシかもしれないが…… でも何故食えるんだ? アンデッドの特性的に考えておかしいが…… っは!?)

 

 

 この世界に来て初めての食事に大満足しているモモンガだが、気づいてしまった。

 

 アンデッドの特性がほとんど消えている。

 全て試したわけでは無いが、アイテムも魔法も特殊技術(スキル)も概ね効果を発揮しているのだ。それなのに自身の特性が消えている理由……

 

 ――『嫉妬する者たちの代行者』

 

 デメリットをロクに読まずに使った、運営からの最後の贈り物。

 モモンガの行動が脳筋っぽいのもコレの影響なのかは不明である。

 

 

(アレのせいか!? 食事が出来るのは嬉しいけど、多分精神作用無効化も消えてるしどんだけデメリットあるんだ!! 下手したら今の俺は即死魔法とか効いちゃうんじゃ…… 後で色々実験しよう)

 

 

 何はともあれ食事を楽しみ、これからの予定を立てるモモンガとツアレだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある貴族の館、人一人いない屋敷の中であるアンデッドが暴れている。

 

 

「ヴォッ!! ヴォォ!! ヴォォォォ!!」

 

 

 モモンガが偽装工作として創造していた『屍収集家(コープスコレクター)』である。彼はモモンガから頂いた使命を果たすため、拳を振るい続けている。

 

 

『うーん、そうだなぁ…… よし、アンデッドが暴れた感じも演出しないといけないから、とりあえずテキトーに壁でも殴っといてくれ』

 

 

 テキトーだなんてとんでもない。主の御命令は絶対、手を抜くなどもってのほかである。故に屍収集家は心を込めて壁を殴る。

 騒ぎに気づいた人間達が逃げていくが気にもしない。今の彼の使命は壁を殴る事である。アンデッド故にその身体が朽ち果てるまで壁を殴り続ける。いつまでも、いつまでも……

 

「ヴォッ!! ヴォッ!! ヴォォォォ!!」

 

 

 こうして、ツアレを攫った貴族の館は更地となった……

 

 

 



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ツアレのやりたいこと

 バハルス帝国に来てから一週間程が経過した。

 モモンガ達は宿に泊まりながら少しずつ帝国内を移動し、売っている物や使われているマジックアイテムなどを見て回って過ごしていた。

 

 ツアレがモモンガと一緒に居る事にも慣れてきたこの頃。

 帝都アーウィンタールにある露天が並ぶ広場を見ながら、並んで歩く二人の仲は中々に良好だ。

 モモンガの隣を歩くツアレと体格差も相まって仲の良い親子のようにも見える。

 もしツアレがモモンガに対して気を許している雰囲気がなければ、仮面を被った誘拐犯に見えたかもしれないが……

 

 

「モモンガ様、今日もいつもの様に街の散策ですか?」

 

「いや、ある程度は見て回れたし、この世界のレベルというのも分かった。目的はまだ考えてないが、次はお金を稼ごうと思ってな」

 

 

 初めてこの国に来た時、ツアレの努力の甲斐あって少しだけユグドラシル金貨を両替出来た。実際交換したのは原型を留めていないユグドラシル金貨もどきなのだが、純金である事に変わりはなかったので価値は問題なかった。

 仮にこのまま宿暮らしでも一ヶ月以上は持つ程度の手持ちはある。

 しかし、貯蓄があってもモモンガの性格的には収入がまったく無いというのは落ち着かないのだ。

 

 

「えっ、でもモモンガ様働けるんですか? 私がどこかのお店とかでお手伝いしたほうがいいんじゃ……」

 

「流石に子供に働かせるなんて私のプライドが許せないから却下だ。というか私だって昔は普通に働いていたんだぞ?」

 

 

 モモンガ自身は小卒で働いていたが、出来ることならもっと勉強していたいという気持ちもあった。この世界の教材はやたらと高額だったが、ツアレには自分と同じような思いはして欲しくなかったので金を惜しまず買い与えている。

 

 

「何か稼げるアテがあるんですか?」

 

「任せておけ。人間やっぱり自分の長所を活かさないとな。まぁ俺はアンデッドだけど」

 

 

 そう言ってやって来たのは帝都アーウィンタールが誇る闘技場。

 公共の施設で庶民から貴族まで幅広く親しまれる娯楽施設である。

 連日満員の人気ぶりで試合結果を予想する賭け事もでき、帝都で一番人気の観光スポットと言えるだろう。

 

 

「モモンガ様…… まさか賭け事でお金を稼ぐなんて言いませんよね」

 

「そんな訳ないだろう。ちょっと肉体労働してくるだけだ」

 

 

 その言葉を聞いて少しだけホッとしたツアレ。闘技場の一部では改築やら増築の工事をやっているし、力仕事でも見つけたのだろう。

 

 

「私がここにいる間、ツアレはどうする? 闘技場内を見ていてもいいし、それとも宿に戻っておくか?」

 

「それならもう少しだけ街を見て回ってもいいですか? まだ見れてない所も多いですから」

 

「一人というのは心配なのだが…… 分かった、私も出来るだけ遅くならないうちに戻るよ。それとコレを渡しておこう。コレに念じれば相手は私に限定されるが〈伝言(メッセージ)〉の魔法を使う事が出来る。何かあったらすぐ使うように。それと危ない所には行ってはダメだからな。あと――」

 

「それぐらい分かってますよ。私はモモンガ様の方が心配なんですけど…… 骨だってバレちゃダメですからね」

 

 

 モモンガから渡されたのは飾り気の無いシンプルなシルバーの指輪。

 

 

(この指輪は一体いくらするんだろう? こういうのって凄く高価なんじゃ……)

 

 

 子供にこんな高価な物をポンと渡すなんて、モモンガの価値観はやはりズレていると思った。

 これまでの経験からツアレは気づいた事がある。本人に自覚はないのかもしれないがモモンガは過保護だ。

 子供扱いされるのもしょうがない年齢なのだが、これまでずっとお姉さんとして生きてきたので少しだけ反発したくなる。

だ が、自分の事を心配してくれる大人がいる安心感を嬉しいと思ってしまう自分もいる……

 複雑な心境のツアレはほんの少しだけ言い返すのが精一杯だった。

 

 

 モモンガと別れて一人で帝都を散策するツアレ。一人でこんな風に歩くのはいつぶりだろうかと思い返そうとするが、昔の嫌な記憶を思い出しそうで頭から振り払う。

 少し心細くなったが、自分の手に嵌めてある指輪を見ると不安もなくなっていくのだった。

 

 

「あっ、本屋さん……」

 

 

 そうして当てもなく歩いていると、目に入ったのはこじんまりとした本屋。

 印刷技術があまり進歩していないこの時代、書物とは意外と高価なものだ。それなのに自分の為に教材を買ってくれたモモンガにツアレは本当に感謝していた。

 

 

「もしかして、これ……」

 

 

 ツアレが見つけたのは一冊の本。十三英雄の物語が書かれた物だった。

 ツアレは村での生活――まだ両親が生きていた頃のことを思いだす。

 十三英雄の物語は有名だったので本は持っていなくとも、内容に差はあれ村でもほとんどの人が知っていた。自分と妹を寝かしつける為に母親が語ってくれた物語の一つでもある。

 

 

(そういえば、あの子はこの話が大好きだったなぁ…… 英雄のように冒険する事に憧れて、一緒に冒険者ごっこも沢山したっけ…… よし、決めた!! 私は――)

 

 

 ほんの少しのきっかけにより、ツアレは自らの夢を見つける。

 

 

 

 

 一方その頃、肉体労働中のモモンガ……

 

 

「さぁ、お集まりの皆様。お待たせいたしました!! 本日のメインイベント、演目はチキンレース!! 次々と放たれるモンスター達にどこまで戦い抜けるのかぁ!! 勝てば勝つほど増えていく賞金!! 挑戦者はどのタイミングで辞めても構いません。しかぁし、雑魚だけ倒してやめるようなら盛大にチキンと言わせて頂きましょう!!」

 

 

 司会者の声に合わせて異様な盛り上がりを見せる会場。

 どうやらこの演目は欲を出し過ぎた挑戦者が無様にやられるのを楽しむらしい。

 最後まで勝ち残る事、つまりは大穴狙いで賭けている客もいるのだろうが、ほとんどの者は負ける事を期待しているのだろう。

 ルールとして次に出てくる対戦相手は不明で、追加の賞金だけ表示されるのが上手い具合に欲を掻き立てる演出だ。

 これなら挑戦者が欲を出して無謀な事をしたと思われるだろう。

 

 

「さぁ、今回は闘技場に初出場の選手がいきなりチキンレースに参加だぁぁ!!」

 

 

 司会者の紹介に合わせてゆっくりと挑戦者が歩いて出てきた。仮面に地味なローブ姿の選手。肌は一切見えず、武器も何も持っていない。

 

 

「本日の挑戦者はこちらっ!! 謎の仮面の男、モモンガぁぁ!! 果たして〈飛行(フライ)〉の魔法を禁じられた魔法詠唱者一人でどこまでやれるのかぁぁあ!!」

 

 

(えー、なにこれ。みんな俺がやられること期待しすぎだろ……)

 

 

 ――おかしい。

 私は力仕事をしに来たはずなのに……

 一体どこで間違えたんだ?

 

 闘技場で工事の仕事を見つけたモモンガは責任者っぽい人に、短時間で一番金を稼げる仕事を頼むと言った。すると何故かこの演目に出場する事になっていた……

 地味とはいえ魔法詠唱者風の格好のせいで出場選手と勘違いされたのだろうか。

 いつでも辞めていいと司会者は観客に言っているが、実際は全て勝ち抜かないと挑戦者は賞金が貰えない契約だ。

 そのため重症を負う者が後を絶たず、死亡率が最も高い事も報酬の高さに直結していた。

 

 

「それでは第一試合、開始ぃぃ!!」

 

 

 試合開始の合図と共に闘技場に放たれたのは一匹のオーガ。

 銀級冒険者でも倒せる程度の強さであり、まずは場を温める前座といったところだろう。

 

 

「さて、やるしかないな。〈魔法最強化(マキシマイズマジック)火球(ファイヤーボール)〉」

 

「グォォォォォッ!?」

 

 

 強化された火球がオーガに着弾し、解放された炎が辺りに熱風を撒き散らす。燃え盛る炎の中であまりの熱さにオーガは苦しそうにもがいているが、モモンガは冷静に魔法を唱え続ける。

 

 

「……やはりそうか。〈魔法三重化(トリプレットマジック)電撃(ライトニング)〉」

 

 

 指先から迸る三本の電撃は火だるまのオーガを正確に貫き、瞬く間に絶命させた。

 

 

「なんという事でしょう!! 立て続けに放たれた〈火球〉と〈電撃〉はどちらも第3位階の魔法です。さらに〈電撃〉はなんと同時に三発!! これは凄い!! モモンガ選手、初っ端から魅せてくれます!!」

 

 

 会場はモモンガが場を盛り上げるサービスとして、オーバーキル気味な魔法を使ったと思っている。しかし、本当のところはそうではない。

 最初に放った〈火球〉でオーガは苦しんだ。そう、死んでいなかったのである。

 本来オーガ程度のモンスターなら、魔法詠唱者が余程弱くない限りは未強化の〈火球〉一発で即死させられるはずなのだ。

 レベル100であるモモンガなら尚更である。

 

 

(まるで威力が無い。見た目は変わらんが中身の無いハリボテの魔法だな……)

 

 

 レベル1の初心者が使った魔法みたいだとモモンガは思った。

 原因は間違いなくアレであり、肺の無い体で思わずため息をつく。

 オーガを倒しても挑戦はまだまだ終わらない。複数のモンスターを相手にしたり、時には亜人やワーカーとも戦った。

 四戦連続でモモンガは圧倒的な魔法の力を見せつけ、会場は湧き上がる歓声で一杯になる。

 そして第5試合、ついに最後の挑戦となった。

 

 

「素晴らしい!! これまで華麗な魔法で相手を全て倒してきたモモンガ選手!! そろそろ魔力の方も心配ですが、次が最後になります!!」

 

(やっと終わりか…… 弱過ぎる魔法の使い方も考えないとな。一から戦略の練り直しか……)

 

 

 モモンガ自身の魔力はまだまだ余裕がある。だが第3位階までとはいえ魔法を使いすぎたため、魔力量を誤魔化すのも限界である。そろそろ不味いと思っていたモモンガは安堵した。

 

 

「おおっと!! 観客の皆様、おめでとうございます!! モモンガ選手、御愁傷様です…… 最後の相手はなんと!! アダマンタイト級冒険者チーム『漣八連』だぁ!!」

 

 

 帝国に二つしかないアダマンタイト級冒険者チームの登場。会場は今日一番の盛り上がりを見せる。

 

 

(ここの責任者、俺に勝たせる気ゼロだっただろ!! なんで闘技場にアダマンタイト級冒険者が出てくるんだよ!!)

 

 

 アダマンタイト級冒険者といえば冒険者の中でも最高ランクを指す。万が一勝ち続けた挑戦者を最後に潰す要員として、あらかじめいくつか候補を用意してあったのだろう。

 

 

「すまんな、仮面の魔法詠唱者よ。これが闘技場というものだ。重傷を負わせるつもりはないから諦めてやられてくれ」

 

「……」

 

 

 9人いる中でリーダーと思われる男がモモンガに対して、少しの申し訳なさを滲ませながらも上から目線で話しかけてきた。

 

 いいだろう……

 そっちがそのつもりならやってやろうじゃないか。

 この瞬間、なるべく目立たないように加減していたモモンガの枷が外れた。

 

 

「はっはっはっ…… 連戦で魔力が尽きかけてましてね。しょうがないので最後は拳で頑張らせていただきますよ」

 

「っ!?」

 

 

 冒険者達は一斉に武器を構えて距離をとった。今までの経験からコイツはヤバイ存在であると脳が警鐘を鳴らしたのだ。同時に試合開始のゴングも鳴り響く。

 

 

「まぁ、安心しろ。こちらも重症を負わせるつもりはない――」

 

「相手は一人だが油断するな!! ここは堅実に守りを固めつつ、隙をついて攻め――ガハァッ!?」

 

 

 ――リーダーは壁に叩きつけられた。

 ――タンク役は盾が弾けた。

 ――その他7名はいつのまにか宙を舞った。

 

 

「――諦めてやられてくれ。……もう聞こえてないか」

 

 

 モモンガはシンプルに近づいて殴るを繰り返しただけだ。しかし、会場の観客からすれば魔法を使ったようにしか見えないだろう。

 アダマンタイト級の冒険者チームが一人の魔法詠唱者に倒されるという、あまりの出来事に会場はフリーズしていた。

 

 

「……っは!? 決着、決着です!! アダマンタイト級冒険者チームをまさかの瞬殺!! モモンガ選手の使った正体不明の見えない魔法に一瞬で叩きのめされましたぁ!! こんな大番狂わせを誰が予想した事でしょう。モモンガ選手の勝利だぁぁぁあ!!」

 

(はぁ、なんとかステータス差によるゴリ押しで勝てたか…… だが、レベル100クラスとの戦闘はとてもじゃないが無理そうだな…… これは今後の課題だな)

 

 

 会場はモモンガを讃える拍手に包まれた。

 こうしてモモンガは見事大金を手に入れ、ツアレが待つ宿に帰った。

 

 

 

 

 モモンガが宿に戻ると、ツアレが意を決したような顔で話しかけてきた。

 

 

「モモンガ様…… あの、聞いて欲しいことがあるんです」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「私、やりたいことを見つけました。えっと、妹は冒険者に憧れていて、冒険譚とか大好きだったんです」

 

 

 モモンガは軽く頷きながらツアレの言葉を静かに聞き、そのまま続きの言葉を待っている。

 

 

「だから、私は吟遊詩人になります。モンスターと戦うのは無理かもしれないですけど、みんなが楽しめる冒険譚を伝える人になりたいんです」

 

 

 ツアレの言ったことはまさに子供の夢だろう。要は妹が冒険譚が好きだったから、それを語る仕事をしたいというだけだ。安定していない職業で将来独り立ちした時に生活していけるかも分からない……

 

 だが、モモンガはそれで良いと思った。何がきっかけでその夢に決めたのかは分からない。子供特有の影響の受けやすさから出た一過性のかもしれない。

 それでも、ツアレの夢を語る姿が眩しかったのだ。

 それはリアルでは見られないもの――モモンガには無かったものだから……

 

 

「ふふふ、あはははは!! そうか吟遊詩人か!! ツアレは面白いモノを選んだな…… 良いじゃないか、もちろん私は応援するぞ」

 

「本当に良いんですか? あの、教材も買ってくれてたのに……」

 

「ああ、私は別にツアレに普通の職について欲しかった訳じゃないよ。どんな事をするにしても算数や読み書きなんかは必須だしな。選択肢を増やしてあげたかっただけだ」

 

「モモンガ様……」

 

「これからも学ぶことは沢山あるぞ。吟遊詩人になるというのならば様々な世界を知らないとな。一緒に冒険してこの世界を見て回ろう。自分の冒険を物語にするのも良いんじゃないか?」

 

「はい!! 行きます。自分だけの物語を書きます!!」

 

 モモンガがそれ程までに自分の事を考えてくれていたなんてと、ツアレは感謝の気持ちで一杯になった。

 更には自分だけの冒険譚だなんて、妹の夢まで叶いそうだ。

 自分には選択肢なんてロクになかったから、ツアレには好きな仕事を選んで欲しい。

 あの世界を生きていたモモンガならではの優しさは、基本的に親と同じ職に就くことが多いこの世界では珍しい考え方なのだろう。

 

 

「よし、ツアレのやりたい事も決まったし早速行こうか」

 

「えっ?」

 

「何故か闘技場で目をつけられたっぽいから、帝国に長居するのは不味そうだ。よく考えたら私たちは不法入国者だしな。調べられたら一発でアウトだ」

 

「えぇぇ……」

 

(目をつけられるって、モモンガ様はどんな仕事してきたんですか……)

 

「そうそう、今更だけど名前もツアレと名乗る方がいいかもな。フルネームだと死んでないのが何処かでバレるかもしれん」

 

「あ、はい」

 

 

 吟遊詩人を目指す事に決めたツアレ。

 彼女が普通の吟遊詩人になれるかはまだ分からない。

 

 

 

 

 

 



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出発前

 ナザリック地下大墳墓の円卓の間。そこにはモモンガがただ一人座っていた。

 

 

「みんなどうして居なくなったんだ…… 俺たちは仲間じゃなかったのか? 俺が悪かったのか? ギルド長としてみんなを引っ張っていけなかったから……」

 

「何を悩んでいるんですか、モモンガさん?」

 

「そうですよ、こいつの顔を見て気分でも悪くなったんですか?」

 

「たっちさんにウルベルトさん!? お久しぶりです!! 来てくれたんですね!!」

 

「ふふふ、それで? どうしたんですか?」

 

 

 ギルド最強の戦士と魔法詠唱者、たっち・みーとウルベルトが直ぐ側に立っていた。

 来れないはずの二人がいる理由なんて分からない。ただ会えたことが嬉しくて、モモンガは歓迎の声をあげた。

 

 

「なぁ、モモンガさん…… あの日、本当は何を思ったんだ?」

 

「えっ? 急にどうしたんですか?」

 

「最終日のことですよ。振り上げた拳は、あの思いは誰に対してだったんですか?」

 

 何故それを知っているのか……

 二人は代わる代わるモモンガに話しかけてくる。

 近くに立っているはずなのになぜだろうか、どうしようもなく距離を感じてしまう。

 

 

「そんなの運営に決まってますよ。あと自分に対しての自虐も混じってますけどね!!」

 

 

 モモンガはドキドキする自分の心臓を感じ、苦笑いしながら答える。すると別の場所からも声が聞こえてきた。

 

 

「本当に? モモンガお兄ちゃん、本当のこと話してる?」

 

「ぶくぶく茶釜さん!? 居たなら教えてくださいよ!! 何ですか、今日はドッキリの日ですか?」

 

「やっぱり本音は話さないんだね、モモンガお兄ちゃん」

 

「姉貴の言う通りだな。モモンガさん、俺らのこと仲間だと思ってる?」

 

「ペロロンチーノさん!? な、何を言ってるんですか。俺たちはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの仲間ですよ」

 

 

 分からない。何故ぶくぶく茶釜にペロロンチーノまで急に現れるように出てきたのか。なぜ誰も円卓に座らないのか。

 

 

「ギルドが無ければ?」

 

「ユグドラシルが無ければ?」

 

「リアルでは?」

 

「鈴木悟の仲間は?」

 

 

 仲間たちが口々に言葉を告げる。それはモモンガを責め立てるように頭の中に響いた。

 おかしい。さっきから仲間に手を伸ばしているのだが、何故か届かない。

 

 

「ちょっと、みんなどうしたんですか? 折角集まったのにこんな話…… どうして離れていくんですか……」

 

「君子危うきに近寄らず。モモンガさん、自分の掌を見つめてみなよ」

 

「ぷにっと萌えさん…… 貴方まで……」

 

 

 もう今更誰が出てきても驚きはしない。ギルドの軍師、ヴァイン・デスの枝が示す先には自分の腕がある。

 言われた通り自分の腕を持ち上げ、その骨の掌をゆっくりと開き見てみると……

 

 その手は、腕は、いつのまにか血で染まって真っ赤になっている。

 

 

「なっ、どうして!? なんだよコレ!?」

 

「君がやったんじゃないか。私を背後から思いっきり殴ったんだ……」

 

「あ、あ、ああぁぁぁ……」

 

「君は誰を殴りたかったんだい?」

 

 

 いつの間にかバスローブ姿の男が側に立っていた。そのだらしない身体は赤く染まり、バスローブからは血が滴り落ちている。

 

 

「モモンガさん。アンタは俺たちの事を――」

 

「モモンガさん。貴方はあの日、私たちの事を――」

 

「や、やめっ――!!――!?」

 

 

 山羊頭の悪魔と聖騎士がゆっくりとモモンガに語りかけてくる。

 その先はダメだ、言わないでくれ!!

 急に自分の声が出なくなった。骨の体なのに息がつまったように動けない。

 

 

 ――ですよね。

 

 

 

 

「――っ違う!?」

 

 

 モモンガは訳の分からない夢から覚めて跳ね起きた。

 骨の身体なのに酷く汗をかいたような、嫌な感覚が身体にこべりついている。

 部屋の窓からはまだ月明かりが見え、夜明けには遠い時間だろう。

 

 

「はぁ、アンデッドなのに寝れるのは良いけど。見る夢は悪夢か……」

 

 

 肺のない身体の息を整えながら、周囲の様子を探った。

 幸いツアレを起こさずに済んだようだ。

 

 

「嫌な夢だなぁ。人殺しを仲間から責められるなんて…… 俺だってあんな事するつもり無かったのに……」

 

 

 モモンガはアンデッドではあるが寝る事が出来た。その為、人間だった時の習慣を残す意味でも毎日睡眠を取っている。

 だが、稀に悪夢を見るのだ。内容も構成も無茶苦茶な、自分を責めるだけの悪夢を。

 忘れた頃にやってくると言ってもいい。まるで忘れさせるものかと、誰かがわざと見せているようだ。

 

 

「こんな弱気じゃダメだよな…… 俺はこんなんでも今はツアレの保護者なんだから……」

 

 

 仲間から責められたのは人殺しの事。それ自体に悔いはあるものの、自身の中で納得させて心の整理は済んでいた。

 そして仲間から告げられたもう一つの事。そっちの方がモモンガにとっては重要である。だけど今はまだ蓋をしておく。

 

 

「明日は…… いや、もう今日か。さっさと出発するつもりだし早く寝なきゃ」

 

 

 今から寝なおす時間は十分にあるだろうと、再びベッドの中に転がる。

 目が覚めたらまた仮面を被ろう。

 辛い現実に耐えられるだけの仮面。魔王ロールほど尊大なものじゃないけれど、モモンガとしてのロールプレイを。

 

 彼らに向き合える日が来るその時まで……

 

 

 

 

 通された応接室で高級そうなソファーに腰掛けている二人組。

 その格好は高級なこの部屋には余りにも似合わない。地味なローブ姿の黒髪の男性と金髪の少女である。

 対面には若いがカリスマ的な風格を感じさせる青年。非常に整った容姿をしており、こちらに笑顔をむけている。

 

 

「わざわざ来てもらってすまないね。この場は非公式なものだから固くならずともいいよ。知っているとは思うが、まずは自己紹介をさせてもらおう」

 

(くっ、一体どこで間違えたんだ!? 取引先の社長とアポ無しで会うよりキツイぞ!!)

 

(なんで国のトップに会うことになるですか!? 本当に何したんですか!?)

 

 

 仮面を外して幻術で顔を誤魔化しているモモンガ、あからさまに緊張して縮こまるツアレ。

 そんな二人を呼び出したのは目の前に座る人物である。

 

 

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

 

「お会いできて光栄です。私は流浪の魔法詠唱者をしております、モモンガと言います」

 

「ツ、ツアレです」

 

 

 二人がバハルス帝国の王城に呼ばれた理由は語るまでも無い。

 モモンガが闘技場で目立ちすぎたこと、これに尽きる。

 

 モモンガが闘技場に行った日、目立ちすぎたモモンガは早々に帝国を出てしまおうと考えた。しかし、中途半端な時間に宿を出るのも目立つと思い、その日はそのまま宿で一泊した。

 次の日の早朝には帝国を出ようと二人は思っていたのだが、朝になると宿屋の前には立派な馬車が停まっていたのだ。

 馬車から出てきた役人から説明を受けたモモンガは自身の失敗を悟った。

 皇帝からの呼び出しとあっては断ることも出来ず、そのまま二人とも王城に連れてこられて現在に至る。

 

 

「ふふふっ、闘技場での活躍は聞かせてもらったよ。あれ程の力を持つ魔法詠唱者(マジックキャスター)は中々いないのでね。名の知れた人物かと思えば全くの無名…… 気になってしまってね。是非とも一度会ってみたかったのだよ」

 

「私の魔法はそこまで大したものではないのですが、陛下から直々にお褒め頂き恐縮しております」

 

「君は中々謙虚な人柄のようだ。私の臣下にも魔法詠唱者はいるが、見習わせたいものだよ――」

 

 

 相手はモモンガよりも明らかに年下の皇帝。上手く会話ができるか不安だったが、思いの外和やかに会話は進んだ。

 これも皇帝の持つ人心掌握術というやつなのだろう。元々営業職だったモモンガも感心する程会話が上手い。程よく会話が進んだところで皇帝が呼び出した本当の理由を切り出した。

 

 

「――さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか。モモンガよ、私に仕えないか? 君なら魔法戦闘部隊でも、研究者としてもそれなりのポストを用意させてもらうよ」

 

「とても有り難いお言葉ですが、部下になるのはお断りさせて頂きます」

 

「ふむ、その娘の事を心配しているのかな? 部下の福利厚生は充実させているつもりだ。その子に十分な教育を受けさせながら養うことも可能だが?」

 

「福利厚生があるのは羨ましい…… んんっ、実はこの子には既に夢があります。それを叶える為にもこの世界を見せてやりたいのです。まだまだ冒険に行ったことのない場所も多いのですよ」

 

 

 ジルクニフは微笑を浮かべながらモモンガの事をじっと観察しているが、この言葉に嘘はないと判断した。

 髪色や顔つきも違う二人。血の繋がりは無さそうだが、この子供を大事にしているとみて間違い無いと確信する。

 そこで別方向からアプローチを仕掛けた。

 

 

「夢か、それは素晴らしい。ツアレよ、その夢が何か教えてくれるかな?」

 

「えっ、えっと…… 吟遊詩人、です……」

 

 

 貴族などに嫌悪感を抱くツアレだが、この皇帝に対してはそのようなものは感じなかった。

 しかし、自分からすれば雲の上のような存在であるため、しどろもどろ必至になって話した。

 

 

「そうか、てっきりツアレはモモンガ殿の弟子かと思っていたよ。魔法詠唱者にはならないのだね」

 

「は、はい……」

 

「私は感覚的に魔法を使ってますからね。人に教えられるようなモノでは無いのですよ」

 

 

 それを聞いたジルクニフは顔には出さないが少しだけ落胆する。

 魔法詠唱者を目指しているのならば、モモンガの側にいるこの子にも将来的に期待出来ただろう。吟遊詩人ではあまり使い道もなさそうだし、モモンガが魔法を教えている雰囲気でもない。

 だが、わざわざ冒険してまでその職業を目指すという事には興味を持った。

 

 

「吟遊詩人か、私もそれ程詳しい訳ではないが興味があるな。どうだろう、この場で何か話してみてはくれないかな?」

 

「ええっ!? わ、私はまだそんな全然、話せるようなものは……」

 

 

 ツアレはまだ吟遊詩人になりたいと決めたばかりなのだ。勿論練習もしていないため、人に話せるような状態ではない。

 それを見たモモンガはとっさに助け舟を出した。

 

 

「この子はまだ修行中の身ですからね。とてもでは無いですが、皇帝陛下に聞かせる訳にはいかないのですよ」

 

「そうか、それは残念だ。では修行が終わったら是非とも聞かせてもらおう。その時は二人ともまた招待させてもらうよ」

 

「はい、その時までにしっかり練習しておきます」

 

「もったいないお言葉です。ツアレにも励みになるでしょう」

 

「ふふふ、君も気が変わったら言ってくれたまえ。帝国はいつでも君を歓迎しよう。さて、名残惜しいが中々忙しい身分でもあるのでね、私は仕事に戻らせてもらうよ」

 

 

 こうして皇帝との謁見は和やかに終わった。モモンガはこっそりと、ツアレは分かりやすくホッとしていた。

 しかし、扉近くで皇帝がこちらに振り返り、付け加えた言葉に二人は固まった。

 

 

「そうそう、次にこの国に来る時は門を通って堂々と来るといい。先も言ったが歓迎しよう」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 去り際の皇帝からの一言は、モモンガ達が不法入国者だと分かっていて目を瞑っていると伝えている。

 これを一種の脅しと取るか、それとも過去に拘らない懐の深さを見せていると取るかは悩むところであった。

 

 

 

 

 謁見を終えたジルクニフは部下と先ほど会った魔法詠唱者――モモンガについて話していた。

 

 

「中々面白い人物だったな。言動に嘘は無さそうだが、本当の事を言っているわけでもないな。あれはまだ何か実力を隠しているぞ?」

 

「あれがアダマンタイト級冒険者を軽く倒したとは信じられませんな。特に強さや覇気といったものは感じられませんでしたが……」

 

「ふっ、逆だ。何も感じられないのにあの余裕。皇帝である私の誘いを正面から蹴る度胸もそうだが、あれは場慣れしているな」

 

 

 モモンガの対応は貴族のマナー通りでもなければ、冒険者のような粗野な感じでもなかった。目上の人物に過去に何度もあったことがあるような印象を受けた。

 どちらかというと貴族よりも商人に近いだろう。

 

 

「この世界を見せる――つまり、子供を連れて冒険しても自分一人で守りきれると言い切っているようなものだ。魔法詠唱者一人でだぞ? 爺よ、隣の部屋から見ていてどうだった?」

 

「何かしらで隠蔽していたのでしょうな。魔力を一切関知できませんでした。もちろんこの眼でも」

 

 

 ジルクニフに爺と呼ばれた老人は帝国最強の魔法詠唱者――フールーダ・パラダイン。

 逸脱者の異名を持ち、世界でも最高峰の第6位階の魔法が使える。更にその目で見た相手の使える魔法の位階が分かるというタレントを持っている。

 

 

「ますます面白い。関所を通らず入国したところを見るにワケありだな。だが悪人という訳ではあるまい…… 案外貴族から助けた奴隷を育てているだけだったりな」

 

「その予想通りなら他国にやるには勿体ない人材ですな」

 

 

 王国の方では違法な奴隷も多くいると聞く。義憤にかられた人物が救い出し、国外に逃亡して匿っていてもなんら不思議ではないだろう。

 モモンガに対して当たらずとも遠からずな予想をしているジルクニフだった。

 

 

 

 

「いやー、ビックリしたな。皇帝めっちゃ若いし」

 

「そこじゃないですよ、モモンガ様……」

 

「ふふふ、皇帝陛下に言ってしまったんだ。これはもう立派な吟遊詩人になるしかいな」

 

「はぁ、私の人生一体どうなってるのかしら……」

 

 

 一市民が皇帝に会うなどまずありえない経験だろう。

 項垂れているツアレにモモンガは元気づけるように声をかける。

 

 

「貴重な経験が出来て良かったと前向きに考えるしかないさ。さて、少し予定がズレたが冒険に行こうじゃないか!!」

 

「ええ、分かってます。やります、やってやりますよ!! みんながあっと驚くような冒険に行きましょう!!」

 

 

 元々絶対に吟遊詩人になってみせるつもりだったが、色々な意味で引けなくなってきた。

 半ばヤケクソ気味なツアレは気合を入れなおして、未知の冒険への期待を膨らませたのだった。

 

 

 

 

 



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初めての冒険

 視界を埋め尽くすのは白い雪。環境に適応した一部の生物でなければ生きていけない様な大自然。

 そんな人類未開の地――アゼルリシア山脈をモモンガとツアレは歩いていた。

 

 事の始まりはバハルス帝国を出てすぐ後のこと。

 吟遊詩人になると決めたツアレだったが、いったい何から始めたらいいのか分からない。

 

 

「冒険って何したらいいんでしょう?」

 

「冒険にも色々あるが、未知を体験するのが一番じゃないか?」

 

 

 冒険譚を書くためには何はともあれ冒険に行かなければならない。モモンガの言う未知を体験すれば、誰も知らない様な場所に行けばそれだけで冒険になるのではと考えた。

 ツアレもその案に賛成し、人類未開の地として選ばれたのがアゼルリシア山脈である。

 いざ出発とモモンガが魔法を使い、一瞬で山頂に到着した所までは良かった。

 

 だが……

 

 

「さっむっ!? 何これ寒すぎる!! 冷気の耐性まで消えたのか!?」

 

「ちょっとモモンガ様っ!! さ、寒いです!! 寒すぎです!? こんなの死んじゃいますよ!!」

 

 

 軽装で雪山に行き慌てふためく娘と骨。

 素で忘れていたがアンデッドのモモンガと違い、ツアレは生身の人間だ。何の装備もなしに雪山の気温など耐えれるわけがない。

 更にはモモンガ自身の冷気の耐性も消えていたため、急激すぎる気温の変化に二人して死にそうになった。

 モモンガが都合よく冷気の耐性を得るマジックアイテムを持っていなければ、即ゲームオーバーだっただろう。

 

 

「冒険開始と同時に凍死するところでしたよ」

 

「骨身に染みるとは正にこの事だな」

 

「……」

 

「……すまない。次からはもう少し考える」

 

 

 ギャグで流そうとしたがツアレには効かなかった。無言の圧力がモモンガにのしかかり、ツアレの心情を伝えてくるようだ。

 なんとか気を取り直して二人で大自然を堪能していたが、ふと思いついたようにツアレが口を開く。

 

 

「見たこともない景色を見れたのはいいんですけど、冒険の過程が無いので物語にならない気がするんですが……」

 

「確かにそうだな。移動は全部魔法で、なんて情緒が無さすぎるし、話として盛り上がりに欠けるな」

 

 

 料理番組で調理過程を省略して完成品を出すようなものだ。出発と同時にゴールなんて冒険譚として面白味が無さすぎる。

 

 

「ダメじゃないですか…… 決めました!! 麓までは移動のための魔法を禁止しましょう!!」

 

「帰りはちゃんと冒険しようということか。私は構わないがいいのか? 寒さとかはマジックアイテムで防いだとしても、歩きづらい斜面を下るだけでツアレには厳しいと思うんだが……」

 

「多少の苦労も無くて何が冒険ですか。ここで楽をしたら、私はきっと吟遊詩人にはなれません。雪山を降りるくらいやり遂げてみせます!!」

 

「うーん、吟遊詩人ってなんだっけな……」

 

 

 今更だがこんな事をする吟遊詩人はいない。

 子供というものは偶に突拍子も無い事を言い出す。だが、ツアレのやろうとしている事はもはや多少なんてレベルでは無い苦行である。

 モモンガの心配を他所にツアレは意気揚々と雪山を降り始めたのだった……

 

 ――そしてアゼルリシア山脈を降り始めて一週間が過ぎた。

 

 モモンガとしては数日で諦めるかと思い、好きにさせていたのだが甘かった。

 三日が過ぎ、五日が過ぎ、ついには一週間を超えてもツアレは諦めなかったのである。

 最初の方は軽く遭難状態だったため、マジックアイテムで色々と保護していなければモモンガもツアレもとっくに死んでいただろう。

 

 

「……」

 

「なぁ、そろそろ魔法を解禁しないか?」

 

「……嫌です。一度言った以上最後までやり通します。そもそも移動の度に魔法を使ってたら物語に情緒が無いって言ったのはモモンガ様の方ですよ。それにあとちょっとなんです!! 魔法は絶対に使いません!!」

 

「いや、確かに言ったけど……」

 

「絶対に自力で麓までたどり着いてみせます!!」

 

「そ、そうか……」

 

(まさかここまで粘るとは。ツアレの本気と根性を甘く見ていたな…… 自分で言ったから後に引けないってのもあるかもしれないけど)

 

「それにしても、こうも何も起こらないと暇だな。これがイベントならモンスターとかドラゴンの一匹や二匹出てくるんだが、現実はこんなもんか」

 

「ドラゴンなんて伝説の生き物が出てきたら死んじゃいますよ……」

 

「えっ、この世界のドラゴンってそんな凄いの? いや、今の私は魔法で攻撃出来ない魔法詠唱者だし、確かに戦闘になったらマズイか…… まぁ早々会うはずもないし大丈夫――」

 

 ――グォォォォォォォッ!!

 

「……」

 

「モモンガ様、なにか凄い叫び声が聞こえたんですけど……」

 

「良かったなツアレ、物語のネタが向こうからやってきてくれたぞ。未知のモンスターやドラゴンとの出会いなんて冒険譚の題材にぴったりじゃないか」

 

「それを書く前に私の物語が終わりますよ!?」

 

 

 モモンガはここぞとばかりにサムズアップしてツアレに笑いかけた。

 幸い聞こえた咆哮は遠い所から響いてきたようだ。まだ焦るほど近い距離にいるわけではないだろう。

 とはいえこのままここに留まって鉢合わせする気もない。おふざけも程々にしてさっさとこの場から離れようとした時、焦ったツアレが凍った地面に足を取られて転倒した。

 

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

「ツアレ!?」

 

 

 モモンガは咄嗟に手を伸ばしたが僅かに届かずその手は空を切る。

 そのままツアレは雪を巻き込みながらボールのように転がっていった。

 

 

「くそっ!! あんなに綺麗に転がっていくなんて。待ってろツアレ、すぐ助けるからな!!」

 

 

 そのままモモンガはツアレを追って走り出す。

 モモンガはツアレの手を掴み損ねた時点で相当焦っていたのだろう。途中で誰かとぶつかり跳ね飛ばしたが、何も気にせずそのまま突き進む。

 冷静になれば〈時間停止(タイム・ストップ)〉で助けることもできたはずだし、走るよりも魔法で飛んだ方が早かっただろう。

 

 

 

 

 ツアレを追いかけて山の麓辺りまで辿り着いたモモンガ。

 走ってきた距離は意外と大したことはない。あとちょっとと言ったツアレは正しかったようだ。

 地面が平らになっている所に倒れているツアレを見つけた。すぐさま駆け寄って様子を確かめるがマジックアイテムのお陰で怪我は無いようだ。ただしツアレはすっかり雪まみれになっていた。

 怪我はないはずだがピクリとも動かず、地面に倒れたままのツアレにモモンガは遠慮がちに声をかけた。

 

 

「えーと、大丈夫かツアレ?」

 

「……はい」

 

 

 虚ろな目で空を見上げ、弱々しくツアレは返事を返す。期待に胸を膨らませた初の冒険の結末がコレである。子供にはショックだったのだろう。

 

 

「まぁ、自力で麓までは来れたからよく頑張ったな。今回の経験は物語に出来そうか?」

 

「雪だるまになる冒険なんて誰も憧れないですよ……」

 

 

 ツアレの目元に光ったのは雪か涙か。

 吟遊詩人への道のりはまだまだ遠かった。

 

 

 

 

 とある貴族の屋敷の跡地。

 そこには一体のアンデッドが佇んでいた。

 

 

「ヴォォ……」

 

 

 ――壁でも殴っといてくれ

 

 創造主から至上の御命令を賜った『屍収集家(コープスコレクター)』である。

 モモンガは知らなかったことだが、この世界では死体を素材として作ったアンデッドは時間制限で消えないのである。

 一応このアンデッドとモモンガとの繋がりは残っている。

 しかし、モモンガ本人が忘れており、意識もしていないため気づいていない。

 

 屍収集家が壁という壁を殴り壊し、既に殴る物がなくなってどれ程の時間が経ったであろうか。何もすることが無く、屋敷の跡地に一人立ち続けるアンデッド。

 そんなアンデッドの元に一人の男が現れる。

 

 

「ふんっ、こんな所に面白いアンデッドがいるじゃないか…… 俺には分かる、お前は中々の強者だな?」

 

 

 屍収集家の前に現れたのは筋骨隆々のスキンヘッドの大男。

 露出した肌から何かの模様が見え隠れしており、身体の至る所にタトゥーが彫られているのが分かる。

 

 

「既に死んでる奴には意味がないかも知れんが、冥土の土産に覚えとくといい。俺の名はゼロ。これから貴様を倒す男だ!!」

 

「ヴォォ……」

 

 

 堂々と名乗りを上げた男は鍛え上げた肉体でアンデッドに殴りかかった。

 しかし、どれだけ殴ろうとも相手は特に反応を示さない。

 

 

「ちっ!! なんてタフな野郎だ。だが、アンデッドごとき倒せぬようでは最強とは名乗れん。意地でも倒させてもらうぞ!!」

 

 

 ゼロは中々倒せぬ強敵を前に勝手に盛り上がっていた。

 一方、いきなり殴りかかってきた男に対して屍収集家は困惑していた。

 自分は壁を殴ることしか命令されていない。こういう場合は一体どうすればいいのか……

 テキトーに相手の攻撃を受けつつ、考えること数分……

 

 ――閃いた。

 

 この者は自分の前に立ちはだかっている――すなわち壁!!

 

 

「ヴォォォッ!!」

 

「ぶべらっ!?」

 

 

 屍収集家は心を込めて殴り返したのだった。

 

 

 

 

 



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目的を決めよう

 吟遊詩人を目指すツアレとそれを応援するモモンガ。

 冒険と称して様々な場所に行ってみたものの、二人は見事に行き詰まっていた。

 どういうわけかワクワクする内容の冒険にならなかったのである。

 余り根を詰めすぎても良くないと思い、現在はモモンガの出した家形のマジックアイテムの中で休憩中している。

 どう見ても野営感はゼロで、冒険する者としては間違っているかもしれない。

 

 

「アゼルリシア山脈、トブの大森林、カッツェ平野…… どこもイマイチだったな」

 

「私は死ぬほど怖かったんですけど…… でも、冒険って感じではなかったですね」

 

「そうだよなぁ、強いモンスターとかもいなかったし。私が殴るだけで倒せる程度のやつばかりだったから、ほとんど散歩か観光みたいなものだよな」

 

「それが出来るのはモモンガ様だけです…… エルダーリッチを殴り飛ばす魔法詠唱者なんて十三英雄の物語にも出て来ませんよ」

 

「探せば結構いるかもしれないぞ? まぁそれを言うなら、行った場所で偶々強いモンスターに出会わなかっただけという可能性もあるが……」

 

「出てこなかったモンスターは賢かったって事ですね。普通は殴られるなんて思ってもみないでしょうから」

 

 

 詳しい内容は割愛するが、モモンガ達の冒険はどの場所でも基本的には変わらない。

 ――歩き回る。

 ――魔物とエンカウント。

 ――殴り倒す。

 ほとんどこれだけである。

 

 

「いやいや、いきなり自分のことを不死王だとか言い出して〈火球(ファイヤーボール)〉ぶっ放してきたんだぞ? そりゃ殴るだろう」

 

「迎撃方法の方に疑問を持ってくださいよ…… でも、あのデイバーなんたらってアンデッドは何だったんですかね。喋るアンデッドって珍しくないですか? もしかして、あんな性格のアンデッドだけ喋るとかですか?」

 

「えっ、私に対してそれを聞くのか? 流石にそれは違うと思うが…… いや、私も非公式ラスボスとか呼ばれて魔王ロールやってたから否定しづらいな……」

 

 

 ツアレは素直に疑問に思っていることを聞いただけだが、今ペラペラと話している相手もアンデッドである。

 そしてこの男も不死王発言なんて目じゃないくらい、色々としてきた経験のあるアンデッドだった。

 

 

「あー、思い返すとデイバーなんたらを倒したのは勿体なかったかもしれん。せめて色々実験、もとい尋問してから倒すべきだったか……」

 

「物語に出てくる悪役ってもしかしてあんなのだったんですかね。いや今のだとモモンガ様の方が悪役っぽいような…… うーん、十三英雄達の気持ちが少しだけ分かったような、分からないような何とも言えない気持ちです……」

 

「そういえば十三英雄は魔神とかを倒して回っていたんだったな? 今の時代に魔神とか人類の敵みたいなのは居るのか?」

 

「私は村から出た事がなかったので詳しくは…… 物語は魔神を倒して終わってるのでいないんじゃないですか?」 

 

「そうか、目立つ敵も居ないなら今のままではダメだな。何か冒険するにあたって目標を立てないか? お宝を見つけるとかレアな物を探すとか」

 

「うーん、お宝ですか…… あっ!! それなら『漆黒の剣』を探すのはどうですか? 十三英雄の一人、暗黒騎士が使っていたとされる四本の剣なんですけど、どれも有名で凄い武器のはずですよ」

 

「ほう、英雄の武器か…… うむ、ロマンがあって良いじゃないか。まさに未知を求める冒険だな」

 

 

 ツアレは半分ほど冗談で提案したが、思ったよりもモモンガが喰いついた。

 モモンガ自身強さよりもロールプレイに拘り、ネタビルドでロマンを求めるプレイヤーだった。加えて珍しいアイテムを集めるコレクター気質なところもある。

 この世界のアイテムのレベルはどれも低い。ユグドラシルでは使い物にならない物の方が多いだろう。だが、物語に登場する程の武器と聞いてモモンガは興味を持った。

 

 

「えっ、本気ですか?自分で言っといてなんですけど、あるかどうかも分かりませんよ?」

 

「四本もあるんだ、一本くらいは本当にあるんじゃないか? それに物語に出て来る物には大抵モデルがあったりするからな。その通りとはいかずとも、原典となった物なら見つかるかもしれんぞ?」

 

「うーん、でも確かにそうですね。冒険ってそういうものですよね。どうせ探すなら夢のある物を探しましょう!!」

 

「ふふっ、こういうワクワクするのは久しぶりだな。まるであの頃の仲間達と……」

 

 

 笑ったと思ったら急に黙ってしまったモモンガ。明らかに様子が変わり、ツアレはモモンガの顔を覗き込むようにして声をかけた。

 

 

「モモンガ様? あの、どうしたんですか?」

 

「いや、何でもない。嘗ての仲間のことを思い出しただけだ。いくつものダンジョンを共に踏破し、無数のアイテムを一緒にかき集めてきた…… 同じギルドに所属するかけがえのない仲間。そうであって欲しいと思い込んでいたけど、俺に本物の仲間がいたかは分からないがな……」

 

「モモンガ様……」

 

 

 仮面に隠された素顔――それは表情も何も無い骨だと分かっている。それでもツアレにはモモンガが悲しみを隠しているように思えた。こういった時なんて声をかけたらいいのかツアレには分からず、少しだけ会話に空白が出来た。

 

 

「なんてな、所詮は昔のことだ。さぁ、目標も決まったし早速出かける準備を始めよう!! 私は道具を鑑定する魔法も使えるから偽物をつかまされる事はないぞ。コンプリート目指して頑張ろうじゃないか」

 

「そうですね、伝説の装備を集める冒険。きっと凄い話になります!!」

 

 

 きっと過去に何かあったのだろう。

 モモンガの抱える何か。大切に思っていた仲間との何か。今のツアレにはそれに触れる勇気は無かった。

 しかし、モモンガが気を遣ってわざわざ明るく振舞ってくれているのだ。今はこのままその勢いに乗っかり、この先のどうやって探すかを二人で話し合うことにする。

 

 

「そうと決まればまずは情報収集だな。私はその話自体に全く詳しくはないからな、取り敢えず十三英雄の本を買い漁るか」

 

「いろんな種類がありますから、沢山買わないといけないですね。そういえばモモンガ様って文字が読めるんですか?」

 

 

 以前、街中で立ち入り禁止の看板を無視して突き進もうとしていたことを思い出した。

 当時のツアレも読み書きが完璧にできる訳ではなかったが、看板で使われるような重要な単語くらいは知っていた。モモンガに教材を買ってもらって勉強した今なら大体は読めるようになっただろう。

 

 

「いや、読めないぞ。マジックアイテムを使えば読めるから問題はない」

 

「モモンガ様こそ勉強した方がいいんじゃ……」

 

「勉強っていうのはな、若い時にしか身に付かないんだよ。だからツアレは今を大事にして頑張るといい」

 

「それっぽいこと言ってますけど、たぶん面倒なだけですよね」

 

「ははは…… それよりもだな、この後はリ・エスティーゼ王国の王都に行こうと思うがどうだ?」

 

「はい、それでいいですよ。王都なら本も沢山あると思いますし、行ったこともないので少し楽しみです」

 

 

 ツアレに確認を取り、特に問題無さそうだったので次は本屋巡りになるだろう。

 モモンガとツアレの次なる目的地はこうして決まった。

 

 

 

 

 王国の某所。

 まるで獣の雄叫びのような、それでいて悔しさを滲ませる声が辺りに響き渡っていた。

 

 

「くそっ、くそっ…… 畜生がぁぁぁ!!」

 

 

 全身痣だらけで叫ぶスキンヘッドの男――『屍収集家(コープスコレクター)』にボコボコにされたゼロである。

 

 

「負けた…… 言い訳のしようもない程に負けた。どうしようもない真実、俺がアイツより弱かった。ただそれだけの事だ…… だが、だがっ、奴は俺にトドメをささなかった!!」

 

 

 自分では勝てぬと悟ったゼロは這いずるようにあの場から逃げ出した。自分からケンカを吹っかけておいてなんと無様だろうか。

 思い出すのは過去の弱かった自分。

 何も守れず、奪われるだけだった日々。

 

 

「何故だ!? 弱者は強者に奪われる。強者は他者から奪うのみ、それが真実のはずだ!!」

 

 

 しかし、遠く離れた所まで逃げ延び、冷静になった時に気づいてしまった。アイツは自分をいつでも殺せた。だが殺さなかった……

 

 ――自分は見逃されただけだと。

 

 

「違う、違う…… もう何も奪われない為にも俺は強くなったんだ!! 鍛えて鍛えて鍛え抜いた!! 殴って殴って殴り続けた!! 俺は、俺はっ!!」

 

 

 見逃されたという事実――自分にはまるで奪う程の価値など無いと言われてるようで。

 奪わないという選択――それを出来ることが真の強者の在り方なのだと言われているようで。

 自分より弱い者を倒し続けて最強になれたと驕っていた。

 しかし結果は残酷である。自分は昔から何も変わっていない、本当の自分は強くなんてない。そう感じた自身の気持ちをゼロは必死に否定し続けた。

 

 

「そうだ、まだ俺は生きている。ならばまだ負けてない…… アイツから逃げたのは俺の心が、精神が弱かったからだ。ならば鍛えればいい!!」

 

 

 そこからのゼロの修行は苛烈を極めた。

 過酷な環境を彷徨い歩き、自身の弱さを捨て去ろうとした。

 それは他人から見れば一種の自殺行為とすら思えるものだった。

 

 ――何十、何百というアンデッドを殴り倒した。

 ――何千、何万という岩を叩き壊した。

 ――雪山の中を何の装備も付けずに走り続けた。

 ――出会った魔物は全て殴り倒した。

 

 

「グォォォォォォォッ!!」

 

(この程度ではダメだっ!! もっと自分を追い込むんだ!! 死の恐怖、さらにその先すら超えてみせる!!)

 

 

 ――雄叫びを上げながら雪山の斜面を拳だけで掘り続けた。

 ――毒草や有毒生物をロクな調理もせずに食べ続けた。

 ――木や岩が落ちてきても避けず、凍えるような滝に打たれ続けた。

 

 

「…………」

 

 

 来る日も来る日も数々の難行に挑み続けた。

 厳しい修行を繰り返す毎日。いつしかゼロの全身に刻まれていた呪文印(スペルタトゥー)は歪んでいった。複数の動物の呪文印が混ざり合い、別の物へと変化した。

 

 修行を始めてから一体どれほどの時が経っただろうか。

 顔から険しさが消え、眠るように座禅を組み続けていたゼロが唐突にその眼を見開く。

 

 

「……そうか。殴らぬ事が、暴力に屈しない心こそが強さだったのか」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、雲一つない空を見上げて決意を言葉にした。

 

 

「ならば俺は今日より名前を捨て、拳を封印しよう。武力を使わずに弱者を護ろう。この世の不幸を、理不尽に涙する者をゼロにする為に立ち上がろう」

 

 

 ――ゼロ、覚醒。

 

 

 ゼロは悟りを開いた。

 色々やり過ぎておかしくなったとも言う。

 

 

 

 



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本を買おう

 十三英雄の一人、暗黒騎士が使っていた漆黒の剣を集めることにしたモモンガとツアレ。

 少しでも手掛かりを得るため、十三英雄の物語を買いにリ・エスティーゼ王国の王都にやって来た。バハルス帝国に戻るとまた皇帝に捕まりそうな予感がして避けただけで、特にこの国を選んだ深い理由は無い。

 同じ物語でも書いた人によって内容が違ってくるし、物語だけではなく関連書物も数多く存在している。そのため色々な種類を集めようと、二人は王都中の本屋巡りをしている。

 

 

「あっ、モモンガ様、まだ見つけてないのありましたよ。これで37冊目ですね」

 

「思ったより多いな、いや多すぎる…… というかこれ利権とかどうなってるんだ? 二次創作的なの混じってないよな?」

 

「二次創作? よく分からないですけど200年も前の出来事が題材ですから。それに人気もあるので色んな人が書いてますよ」

 

「そうなのか、元の話に正確なのがあれば良いんだが……」

 

 

 この世界での著作権などは分からないが、沢山の人が同じ題材を元に書いているという事は分かった。

 回ってきた本屋の数も2桁はとっくに超えている。アイテムボックスに収納するのでいくら本を買おうが荷物にはならないが、この辺りで本の収集は一度辞めてもいいかもしれない。そんな事を考えた矢先の事だった。

 

 

「っ!?」

 

「どうしたツアレ?」

 

 

 次の本屋へ向かおうと店を出たツアレが急に立ち止まり、その顔を引きつらせた。

 その視線の先には薄汚れた格好をした子供が倒れている。ボロボロの服を着ていることから恐らくはスラムの孤児だろう。

 その子供の近くに立つのは身なりのいい男と複数人の取り巻き。

 きっと貴族だろう。男は地面に蹲る子供に何かを喚きながら蹴りつけている。巻き込まれないようにする為か、周囲の人は心配そうな顔をするものの誰も近付こうとはしなかった。

 この国では良くある光景の一つにすぎない。

 相手が貴族でなかったとしても、孤児の立場が弱いのはどこの世界でも当たり前だ。

 

 

「あの、あの子、助けてあげられませんか?」

 

「ふむ、普通に考えれば確実に厄介ごとに巻き込まれるだろうな」

 

「でも、モモンガ様。その、私の時は……」

 

「私が彼らをぶん殴れば止める事は出来るかもしれん。だが今度こそこちらが捕まるかもしれんぞ?」

 

「あっ……」

 

 

 モモンガはツアレの質問には答えなかった。

 仮面を付けた顔でツアレの方を見つめており、どんな表情をしているのかは分からない。

 

 

「それは…… でも、あんなの酷いです!! 困っているなら、助けてあげたいです……」

 

「ふふっ、ちょっと意地悪な言い方だったな。だがなツアレよ、困った人を全て助けるなんてことは無理だ。そんな都合の良い正義の味方なんていないんだ」

 

「そんな事は――」

 

 

 実際に都合よく助けてもらったツアレは、モモンガのその言葉を否定したかった。

 最初は神様だと勘違いしたが、ツアレにとってはモモンガこそ正義の味方だった。少なくともツアレの味方だった。

 ツアレはそれを伝えたかったのだが、ツアレの言葉を遮るようにモモンガは言葉を続けた。

 

 

「――だが、そう思う気持ちは大事にしてくれ。大人になると仕方のない事だと、建前ばかりが増えてくる。ああ、そうだ。本音を言えないような関係なんかじゃ、本物には手が届く訳もなかったんだ……」

 

「モモンガ様?」

 

 

 何かを考え込むような仕草をするモモンガ。

 それがどういう意味か分からず、ツアレもつられて考えこもうとする。

 しかし、答えを出す前にモモンガから急に無茶振りが飛んできた。

 

 

「ツアレよ、厄介ごとに巻き込まれずにあの子を助けるにはどうすればいいと思う?」

 

「えっ、でもどうしよう…… 私が代わりに謝ったら、許してもらえるでしょうか?」

 

「……くくくっ、はははっ!! ツアレは本当に素直だな。私なんかでは考えつかない方法だよ。そういう真っすぐな所は好きだぞ」

 

「もうっ!! 私は真剣なんですよっ!!」

 

 

 ツアレの提案を聞いたモモンガはあまりの真っ直ぐさに思わず笑ってしまった。自分に足りなかったのはコレだろうか?

 

 

「ふふっ、すまない。じゃあ、今回は普通じゃない方法を使うとするか」

 

「何をする気ですか?」

 

「まぁ、見ておけ。いや、見れないから気づいた時には問題解決かな。ここからは卑怯な大人が使う、ご都合主義の魔法の時間だ。〈時間停止(タイム・ストップ)〉」

 

 

 モモンガ自身はツアレのように誰彼構わず助ける気は無かった。モモンガの事だけを頼り切りになる様になっても、この先独り立ちした時に生きてはいけないだろう。

 だが、この子の純粋さに免じて今回だけは助けるのも悪く無いと、モモンガはこの世界では反則級の魔法を唱えた。

 

 

 

 

「うっ…… ここは、どこだ?」

 

 

 少年は目を覚ますとベッドに寝かされていた。

 貴族にボコボコにされた筈なのに自身の体には傷一つない。着ていた服も何故か綺麗になっていた。

 

 

「あっ、気がついた? 大丈夫? どこか痛いところはない?」

 

「ポーションがちゃんと効いたようで良かった。服も魔法で綺麗にしといたから大丈夫だとは思うが、何かあれば言ってくれ」

 

 

 全く状況を把握できない中、声をかけてきたのは自分より少し年上と思われる少女とローブを着た人物。ローブ姿の男はこの少女の親だろうか?

 仮面を付けているため表情は読めないが、自分を気遣ってくれているのは分かる。

 この二人が人攫いの類には見えないが、スラムで生きてきた少年は簡単には信じられない。

 

 

「なんで、俺を助けた? 俺は孤児だからお礼なんて出来ないぞ」

 

「何でって、困ってたから?」

 

「ツアレが助けたいと言ったからだな」

 

「そんなっ…… 嘘、だろ?」

 

 

 困ってたから助けた。そんな奴がいるわけない。

 今まで孤児として一人で生きてきた。ごく稀にご飯を恵んでくれる人がいたのは確かだ。だが、貴族に絡まれているところを助けてくれた人は誰もいなかった。

 

 

「信じられないのも無理は無いが…… まぁいいか。とりあえず自己紹介といこう。私の名前はモモンガ、こっちがツアレだ」

 

「ツアレです、よろしくね。あなたの名前はなんていうの?」

 

「名前……」

 

 

 仮面を外しながら挨拶してきた男は黒髪黒目の珍しい風貌だった。

 名前を聞いてきた女の子の顔は優しさに溢れていた。

 少年は聞かれた言葉を理解するのに時間がかかった。いや、意味は分かりきっている。

 だが、自分の名前を聞かれた事に驚いていたのだ。今まで自分の事を知りたいと、名前を聞いてきた人などいなかったから。

 

 

「クライム、です……」

 

「クライム。うん、良い名前ね」

 

「あ、ありがとう。ありがとう……」

 

 

 自分の名前を呼んでもらえた。何も持っていない自分が唯一持っているもの。自分の事を証明できるもの。

 この二人がどんな人かは分からない。それでもどうしようもなく暖かく感じてしまった。

 少年――クライムは震える声で返事を返す。

 そのお礼は何に対してだったのか……

 

 

 

 

 クライムを助けてから一ヶ月程が経った。

 あの後クライムをどうするか話し合った結果、しばらくの間はモモンガ達と一緒に来る事にしたのだ。

 今は手ごろな宿に泊まりながら帝国とは違う街並みを散策したり、宿屋で勉強などそれぞれがやるべき事をこなしながら過ごしている。

 

 

「ツアレ姉さんは吟遊詩人になるのが夢なのですね。私も応援します!! 私は強くなって、みんなを助けられるような騎士になります!!」

 

「はいはい、強くなるのもいいけどお勉強もね。将来の為にも読み書きは大事よ。さぁ、一緒にやりましょ」

 

「はい!!」

 

 

 クライムはツアレの事を姉さんと呼び、二人はすぐに仲良くなった。

 元々妹がいたからかもしれないが、そう呼ばれてツアレも満更でもなさそうだ。

 ちなみにクライムの言葉遣いが変わっているのは本の影響である。読み書きの勉強のためにツアレと一緒にいくつか本を読んでいる内に、その一つに出てきた登場人物の騎士に憧れたようだ。

 モモンガはそんな二人の様子を微笑ましく思いながら、買い漁ってきた本を読んでいた。

 

 

「『漆黒の剣』『四大暗黒剣』この辺の名称はどの本でも変わらんか。うーん、この物語は過去にあった話の筈なのに妙だな……」

 

 

 十三英雄の本を片っ端から読み漁り内容を吟味していたのだが、何冊か読んでいると違和感を感じた。

 

 

(十三英雄は人間種だけのパーティじゃない。本によっても微妙に異なるが、種族混成のパーティだったのは間違いない筈…… なのに人間の活躍ばかりが目立つ。この世界の強さで考えれば、素の能力で勝る他の種族の方が活躍してもおかしくない筈だが……)

 

 

 まるで誰かが意図的に登場する人物を削ったようだ。

 どの本も出てくる人間の数は変わらないが、仲間の亜人種や異形種だけが居たり居なかったりするのだ。酷いものでは全てが人間に置き換わっていた。

 漆黒の剣を使っていた暗黒騎士は悪魔とのハーフだったようで、本によっては登場しないこともある。しかし、使った剣の名称がこれだけ広く伝わっているのはそれだけ有名だったのだろう。

 

 

「まぁ、この世界の情勢を考えれば仕方ないか。嫌いな種族より自分たちの種族が主人公の方がウケがいいんだろうな」

 

 

 あまり深くは考え込まずにモモンガは読書を再開した。買ってきた本はまだまだあるのだ。一々考えていては比較もできない。

 こうして三人の日常は穏やかに過ぎていく。

 一体冒険に出るのはいつになるのか……

 

 

 

 

 おまけ~出会って直ぐにバレました~

 

 

 ツアレに名前を呼ばれたクライムは何度もお礼を言い続けていた。

 余りにも感情が込められていたので、言われたツアレが驚くほどだった。

 

 

「あ、ありがとう。ありがとう……」

 

「そんな、助けたのはモモンガ様だから……」

 

「気にするな。ツアレが助けたいと言ったのがキッカケだしな。今頃あいつらは目の前で人が消えて驚いてるかもしれんが」

 

「モモンガ様、助けてくれてありがとう!!」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 

 助けられて感極まったクライムはもう一人の恩人――モモンガの手をガッシリと掴んでお礼を言った。

 しかし、どうにも感触がおかしい。自分が握っているのは本当に手なのか?

 武人の手のひらは堅いというがそんなレベルではない。

 血の通った暖かさがなく、妙に骨ばっているような……

 

 

「えっ!? 指がめり込んでる!?」

 

「あちゃぁ…… 手袋外して幻術で誤魔化してたけど、やっぱり籠手とか付けてた方が良かったかな。でもあんまりやり過ぎると不審者なんだよなぁ。部屋の中ではくつろぎたいし」

 

「えっと、クライム!? 大丈夫よ、モモンガ様の手はそういう仕様だから!?」

 

「ツアレよ、フォローになってないぞ」

 

「あーっ!? そうじゃなくてっ!? モモンガ様は魔法使いで骨でアンデッドだけど優しい人だから!? 人じゃないけど、私も助けてもらったから!?」

 

 

 ツアレがテンパってめちゃくちゃな事を言いだした。

 というかアウトだ。完全にモモンガの正体がアンデッドだとバラしてしまっている。

 

 

「あー、気づいてしまったかもしれんが私はアンデッドだ。だが、人を襲ったりとかはしないから安心してくれ」

 

「……」

 

「大丈夫よ、こう見えて拳しか使わないから!? 結構うっかりしててお茶目な所もあるから!?」

 

「それは今のお前だ、ツアレ」

 

 

 誤魔化せないと悟ったモモンガは幻術を解除しながらクライムに語りかけた。

 なんだろう、自分より慌てている人を見ると冷静になれる気がする。

 骨の顔は流石に怖かったのか、クライムは俯いてしまった。ツアレの時とは状況も違うし仕方のない事だろう。

 そんな状況からどうしたらいいか分からず、ツアレは涙目になってあたふたしている。

 こういう突発的な事にはいい加減慣れたと思っていたのだが、まだまだ子供だったようだ。

 

 

「……凄い!! アンデッドが人助けだなんて!! 路地裏のおじさんが言ってたんだ。アンデッドは生きてる人を襲ってくるって。でも違ったんだ!!」

 

「待てクライム。怖がらないでくれるのは有難いが、そのおじさんの言ってることはあってるぞ。アンデッドに近づくとか普通はやっちゃダメだからな?」

 

 

 ロクな教育を受けてこなかった弊害、ここでは幸いというべきか。クライムはあっさりとモモンガを受け入れてしまった。

 むしろ目をキラキラと輝かせ、ヒーローを見るような視線を送ってくる。

 

 

「そうよ、モモンガ様は悪人を殴り飛ばす正義の味方なんだから!?」

 

「正義の味方なの!? じゃあ俺も死んで骨になる!!」

 

「ツアレ、いい加減に落ち着け!! 収拾がつかない!! クライム、その年で自殺宣言はやめなさい!!」

 

「分かった、じゃあ普通に人助けが出来るようになるよ!! モモンガ様みたいに!!」

 

「クライム、その志は立派だけどモモンガ様は普通じゃないのよ」

 

 

 その日はクライムに色々説明するのに丸々一日を使い切った。

 だが結果オーライと言うべきか、三人はそのまま直ぐに打ち解けたのだった。

 

 

 

 



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クライムのやりたいこと

 クライムを助けてからモモンガ達の日常は穏やかに過ぎていった。

 漆黒の剣を探すと決めてから全然冒険に出かけていないが、もちろんツアレは吟遊詩人になる事を諦めてはいない。街にいる吟遊詩人の話を聞きに行ったり、短い物語を書いてみたりと独自に努力を続けている。

 

 

「おはようございます。今日はいつもより起きるの早いですね、モモンガ様」

 

「おはよう、ツアレ。偶々早く目が覚めたんでな。クライムはまだ寝てるのか?」

 

「はい、昨日も遅くまで勉強してたみたいです」

 

「そうか、まぁ熱心な事はいい事だろう。もう少し経っても起きなかったら声をかけよう」

 

「そうですね。朝ごはんの時間までは寝かせときますか」

 

 

 クライムはあれから毎日ずっと勉強や筋トレをしていた。

 最初は魔法を教えてほしいと言われたのだが、残念ながらモモンガにはその術が無かった。なので取り合えず強くなる手段として、身体を鍛える方法だけ伝えたのだ。

 子供の頃に無理をしすぎると身体の成長に影響すると聞いた事があったので、嘗ての仲間から聞いたうろ覚えな知識でトレーニングに制限だけはかけている。

 普段の様子を見たところクライムは別に要領が良いわけではなく、頭も特別優れているわけでは無いだろう。

 だが、愚直なまでに努力する姿勢は素晴らしいと思った。

 

 

「そういえばモモンガ様は十三英雄の本を読んでましたよね。なにか使えそうな情報はありましたか?」

 

「ああ、今のところ確実と言えそうなのは剣の名前くらいだな。『邪剣・ヒューミリス』、『魔剣・キリネイラム』、『腐剣・コロクダバール』、『死剣・スフィーズ』どれも能力も見た目もハッキリしないがな。漆黒の剣と呼ばれているから黒っぽい色なんだろうが……」

 

 

 本に書いてある記述も様々である。

 斬ったら死ぬ。決して治らない呪いの傷を与える。使い手の精神を乗っ取るなど、如何にも魔剣にありそうな効果がその本それぞれに合った表現で書かれていた。

 

 

「おはよう、ございます……」

 

「おはよう、クライム。ご飯の前に顔だけ洗ってシャッキリしてきなさい」

 

「おはよう。頑張っているのは偉いが無理は禁物だぞ、クライム」

 

 

 まだまだ眠そうなクライムが起きてきた。遅くまで勉強していたのにしっかり起きてくるのは、日々の習慣からだろうか。

 部屋で朝ごはんを食べながら、これからの事について雑談も交えて話している。

 買い漁った本は粗方読むことが出来たため、そろそろ冒険を再開させようとモモンガは思っていた。

 どうせどの剣を探すにしても今の時点では情報が不足している。そこでモモンガは最初はどの剣を探すか子供の直感に任せてみる事にした。

 

 

「ツアレ、クライム。そろそろ漆黒の剣を探しに行こうと思うのだが、どれが良い?」

 

「どれが良いって、そんなご飯のおかずを決めるみたいに言われても……」

 

「モモンガ様、一番強い剣はどれでしょうか?出来れば最強の剣が良いです」

 

 

 クライムの正確な年齢は分からないが、年頃の男の子らしい意見が出てきた。

 やはり強さに憧れがあるのだろう。

 

 

「どれが最強かは比べてみないと分からんが…… 『死剣・スフィーズ』はどうだ? 本に書いてある通りなら、少しでも斬ったら相手は死ぬらしい」

 

「おおっ!! 凄い強そうです」

 

「暗黒騎士はそれで魔神の一人を倒してるんですよね。だったら最初はそれにしてみませんか?」

 

「決まりだな。第一目標は『死剣・スフィーズ』だ。今度は本だけじゃなく、足を使って情報を集めるとしよう」

 

 

 特に揉める事なく最初の目的は『死剣・スフィーズ』に決定した。

 三人でどんな剣か想像を膨らます中、ツアレがふと口を開く。

 

 

「一体どんな剣なんでしょうね。毒が塗ってあるだけ、なんてオチじゃなければ良いんですけど……」

 

「危険なフラグだな…… いや、それなら毒剣とか名前が付くはず……」

 

「いやいや、きっと凄い死の魔法の力が込められているに違いありません!!」

 

 

 ツアレの現実的にありそうな予想に対して、クライムのはロマンに溢れた意見だった。

 

 

「使っただけで相手が死ぬ魔法は流石にどうなんでしょう…… 実際に使えたら十三英雄超えちゃいますよ」

 

「あったらカッコいいと思ったのですが……」

 

「私は使えるけどな」

 

「モモンガ様、拳は魔法に含まれませんよ」

 

「本当なのに…… まぁいいか、使う機会なんて来て欲しくないし」

 

「ところでモモンガ様。魔法が使えるのに情報収集は何故魔法で行わないのでしょうか? そちらの方が効率が良いと思ったのですが」

 

「いや、クライムの言う事は最もだが、あまり魔法ばかりに頼っても楽しくないからな。それにツアレの冒険譚を書くためにも、使うのは控えようと思ってな。地道にコツコツと進めていくのも冒険の醍醐味さ」

 

「流石ですモモンガ様。ちゃんと理由があったのですね」

 

「最初はスタート直後にゴール地点にワープしてましたからね…… じゃあ、モモンガ様は魔法と拳はどっちが得意なんですか?」

 

「いや、拳って…… 魔法に決まっているだろう。〈転移門(ゲート)〉とか見ただろ? あれはこの世界だとかなり凄いと思うんだけどなぁ……」

 

 

 おかしい。ツアレの目の前で結構魔法を使った筈なのに、私に対して修行僧(モンク)みたいなイメージを持たれていないか?

 職業レベルは魔法職関連で全て埋まっているし、私はどこを取っても完璧な魔法詠唱者(マジックキャスター)なんだが……

 年中ローブ姿のモモンガはもっと魔法使いらしさを演出するべきかと、ほんのちょっとだけ悩んだ。

 

 

 

 

 情報収集といったら酒場。

 モモンガは古き良きゲームの鉄板に則り、近くにある酒場にやって来た。

 流石に子供を連れてくるような場所では無いため、ツアレとクライムは宿でお留守番である。

 時間も早い為、店内にはそれ程客がいるわけではない。それでも店に入った途端に周囲からの視線が刺さる。

 ローブ姿に顔にはよく分からない謎の仮面、おまけに籠手まで付けていればそうなるだろう。

 店主に適当に飲み物を注文しながら、世間話をするかの様に話しかけた。

 

 

「店主よ、私は十三英雄の物語に興味があってな。中でも漆黒の剣に纏わる話が知りたいのだが、何か面白い話はないか?」

 

「アンタ見ない顔、つか仮面だな。まぁいい、面白い話ねぇ…… あっ、そうだ!!」

 

 

 店主は一瞬変なものを見たような顔をしたが、変わった客には慣れているのかそのまま対応してくれた。

 

 

「アンタここら辺の人じゃないんだろ? 『蒼の薔薇』は知ってるか?」

 

「蒼の薔薇? いや、すまないがそちらの言う通りだ。田舎から来たので詳しくは知らない。それは一体何なんだ?」

 

「ウチの国では有名な冒険者チームさ。しかも女だけのな、別嬪さんも多いぞ」

 

 

 余程の有名人なのだろう。そんな冒険者を知らない人に言えるまたと無いチャンスの為か、店主は楽しそうに話し続ける。

 

 

「そこのリーダーは若いがまた一段と綺麗なもんでよ。神官で更になんと魔剣の使い手なんだ!! その剣の名前が確か『魔剣・キリネイラム』だったかな」

 

「漆黒の剣の一つじゃないですか!? 現存する物があったんですね。確かにそれは凄い……」

 

「全く若いのに大したもんだよな。まぁ一応忠告しておくが、本人を探して聞きにいったりはするなよ? 冒険者の装備やら魔法やらを聞くのはご法度だ」

 

「ええ、その辺は分かっていますよ。いやいや、非常に興味深いお話でした」

 

「そりゃ良かった。それにしてもアンタ、田舎から出て来たって言う割には丁寧な物言いだな。おっと、客にあれこれ詮索するのも野暮だったな」

 

「いえいえ、出来れば他の剣に纏わる話も聞きたいのですが。死剣・スフィーズや邪剣・ヒューミリス、腐剣・コロクダバールなどについても何かありませんか?」

 

「死剣に邪剣ねぇ、どこぞの邪教集団を思い出すから余り良さそうな物には思えないなぁ」

 

「邪教集団? 何ですかそれは?」

 

「こいつは余り大っぴらに話す事でもないんだが…… 『ズーラーノーン』って名前の秘密結社があるんだ。詳細は分からんが怪しげな儀式だったり、アンデッドを使って色々やらかしてるらしい」

 

(秘密結社なのに名前がバレバレかよ…… 意外とこの店主が情報通なだけか?)

 

「そいつらは負の力にアンデッド、死の力やらを使うような集まりだ。とんでもねぇ強さの盟主が居るようだし、噂じゃ帝国の逸脱者でも使えないような死の魔法を使うとか」

 

「帝国の逸脱者を超えるとは、恐ろしいですね……」

 

「全くだ。まっ、ただの噂だがな!!」

 

 

 その後も店主との雑談を続け、漆黒の剣やその他にも重要な話を聞くことが出来た。

 満足げなモモンガは店主にお金を払い、お礼を言って店を出た。

 

 

「あっ、お酒飲むの忘れてた」

 

 

 仮面を着けっぱなしだったのでしょうがない。

 貧乏性のモモンガは勿体ないことをしたと思いながらも、今更店に戻るのもアレなのでそのまま宿に戻った。

 

 

 

 

「――と、いうわけで『魔剣・キリネイラム』は既にちゃんとした持ち主がいるらしい。コンプリートは無理だったな」

 

「そうですか…… でもでもっ、本当にあるって分かっただけで十分です。残りもきっとあるはずです!!」

 

「そうだな、実際に見てはいないが一本あったんだ。きっと残りもあるだろう。それでだ、クライム。お前はどうする?」

 

「えっ、どういう事ですか?」

 

「朝にも言ったが、私達はそろそろ冒険に戻ろうと思う。だが、これは危険な旅になるかもしれん。一緒に来たいと言うのならそれでも構わない。ただし、もし一緒に来たいならそれ相応の理由を聞かせてくれ。別に付いて来ないからといって、そのまま直ぐに放り出すような事はしないと約束する」

 

「俺、私は……」

 

「急に言われて困惑しているかもしれんが、これは大事な事だからしっかり考えて欲しい」

 

「……」

 

 

 子供には難しい話だろう。クライムはツアレよりも年下なのだし仕方のないことだ。

 だが、モモンガはこのまま連れて行くつもりは無かった。自分の意思で決めもせず、危険な冒険など連れて行けるはずもない。

 クライムはその場しのぎの返事をする事なく、答えを出そうと必死に考えている。

 モモンガもこの場で答えられなければ、少しの間猶予期間を与えるつもりではあった。

 

 

「クライム、お前の夢はなんだ? やりたい事はなんだ?」

 

「夢…… 俺の、私の夢は騎士になる事です」

 

「身分の無い者が騎士になるのは難しいぞ? それでも目指すのか?」

 

「はいっ!! 努力し続ければきっとなれます」

 

「本を読んで憧れただけだろう? クライム、それは架空の存在だぞ。それでもやるのか?」

 

「はい。例え本の中の存在でも、憧れたのは嘘ではありません。私は本物の騎士になって、人を助けられるような存在になりたいです」

 

「そうか…… お前は凄いな……」

 

 

 モモンガはツアレの夢を聞いた時と似た感情を覚えた。

 自分もツアレやクライムと同じような年齢の時から一人で生きてきた。

 だが、現実で生きる厳しさを知った後で、同じように夢を持つことが出来ただろうか。

 クライムはスラムで暮らしていた子供。幼くとも現実の、生きる事の厳しさは十分に分かっている筈だ。

 それでも彼の目は夢に、希望に満ち溢れて輝いているのだ。

 

 

「それならもう何も言わない。私はクライムの夢を応援するよ。手助け出来ることは多くないが、騎士になる道筋を考える事くらいならしよう」

 

「ありがとうございます!!」

 

「でもモモンガ様、騎士になる方法なんて知ってるんですか?」

 

「そうだな、一つだけ身分を問わず騎士になれる方法があるかもしれん」

 

「身分を問わず?」

 

 

 ツアレはモモンガの言ったことに半信半疑なのか、頭上にはてなマークが浮かんでいた。

 

 

「さて、二人とも。出かける準備をするぞ。クライムの紹介と合わせて冒険前に一稼ぎするとしよう」

 

「何処へ行くんですか?」

 

 

 モモンガは仮面の下でニヤリと笑う。

 実際の表情は骨のままなのだが、幻術で覆っていればその顔は確実に笑っていただろう。

 

 

「――帝国だ」

 

 

 



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