オーバーロード 拳のモモンガ (まがお)
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始まり

 とある貴族の館。

 その寝室にある大きなベッドの上に、今にも泣きそうな顔をした女の子が座り込んでいる。

 

 

「私、これからあの貴族に……」

 

 

 この子は王国のとある村で暮らしていた子供で、両親が幼い頃に他界してしまったため妹と二人で支えあって暮らしていた。

 しかし、見た目が大人びているわけでも無く、まだ成人にも遠い年齢だというのに悪い貴族に目をつけられた。

 そして妹と引き離され、この館に誘拐も同然の扱いで妾として無理やり連れて来られてしまったのだ。

 自分がこれからどんな目に合うか、歳の割に賢い少女は少しだけ分かる。隙があれば逃げ出したいが、逃げたら貴族が妹に何をしてくるか分からないため行動に移す事も出来ない。

 平民が貴族に逆らう方法などないのだ。

 少女が悩んでいるうちに寝室の扉が開き、太ったお腹を揺らした人物がバスローブを纏って入ってきた。

 

 

「ぐっふっふ…… またせたね。これからたぁっぷり可愛がってあげるからね」

 

 

 全身を舐め回すような不快な視線を向けながら、少女の座り込んだベッドに近づいてくる男。

 その目には少女に対する優しさなどカケラも無い。

 

 

「あ、ああ…… 嫌、こ、こないで……」

 

「ふん、平民は所詮貴族の玩具なんだ。私が飽きるまでは遊ばせてもらうよ……」

 

「誰か、誰か助けて……」

 

 

 最後の抵抗として後ろに下がっていくが、そんな少女をあざ笑うかの様に目の前の男は口を開く。

 

 

「そうそう、君の妹さんの事だけど……」

 

「っ!?」

 

 

 不意に妹のことを言われ、動きが止まってしまう。

 

 

「姉さんを返せとうるさかったから殺したよ。私に逆らうなんて馬鹿な奴だ。今頃死体は燃やされて風に舞ってるところかな。ああ、すまなかったね。遺灰を残してあげれば良かったね……」

 

「あ、ああ、そんな…… どうして……」

 

 

 本当はこの男は何もしていない。少女の妹なぞ気にも留めていなかった。全てはこの少女をいたぶるための嘘だ。

 だが、少女はそれを真に受けてしまい、絶望の浮かぶ表情で静かに涙を流す。

 

 

「あっはっはっは!! 理由なんてあるわけないだろ。強いて言うなら貴族に逆らった者の見せしめと、君の絶望に歪む表情が見たかったんだ…… 今の君は実にそそられる表情をしているよ!!」

 

(どうしてなの。私たちは何も悪い事はしてないのに…… 私を攫うだけでなくあの子にまで――神様、私の魂を捧げます。だからどうか、この男に天罰を……)

 

 

 少女は怯えて震える体で祈る様に両手をきつく組んでいる。そんな姿も男からすれば、これからの事を楽しませてくれる材料でしかない。

 

 

「ぐふふっ…… さぁ精々楽しませてもらう――」

 

 

 男は着ていたバスローブをはだけさせ、興奮で息を荒げながらベッドに上がる。

 そして恐怖を煽る様にゆっくりと近づき、そのまま少女を押し倒そうと手を伸ばし――

 

 

「――このクズがぁっ!!」

 

「ぐぼぉへぇっ!!」

 

 

 ――ぶん殴られた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 ――ああ、来てくれた。

 

 この醜い男に天罰を下すために、死の神様が来てくれたのだ。

 豪華な闇色のローブに多数の装飾品、肉も皮も無い真っ白な骸骨の姿。お腹の辺りに怪しく光る赤い玉が収まる様に浮いており、まさしく神と言えるだけの神々しさが感じられる。

 固まっている様にも見えるが、ゆったりとした動作の一つ一つが神秘的だ。

 

 

(一体何がどうなってるんだ!?――)

 

 

 しかし、当人はただ困惑しており、今までの事を必死に思い返す……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第九階層にある円卓の間。

 全部で四一人分の席がある中で、座っているのはモモンガただ一人だけだ。

 ユグドラシルの最終日に集まりませんかと、かつての仲間にメールを送ったが今日来てくれたのは僅か数人。

 

 

「またどこかでお会いしましょう、か……」

 

 

 サービス終了時刻まで共に残ってくれる者は誰もいない。先程来てくれた一人も終了時刻を待たずにログアウトしてしまった。

 みんなにも色んな事情がある事は分かっている。分かっていても込み上げてくる感情は止められない。

 抑え込んでいたモノは一人になった途端に溢れ出し、溜まった感情を吐き出すように円卓に拳を振り下ろす。

 

 

「ふざけるなっ!! ここはみんなで作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!! あんなに楽しかったのにどうしてそんな簡単に捨てられるんだっ!!」

 

 

 振り下ろされた拳は円卓に当たり、鈍い音と0ダメージの表記だけが残される。当然円卓に傷が入るわけもない。

 『0』というこの表示も、破壊不能オブジェクトである円卓に何も残らないのも当たり前なのだ。

 しかし、何も残らないという事実が今はどうしても悲しくて、罵声と共に拳を何度も叩きつける。

 ――五回、十回と拳を叩きつけていたら、急に運営からのメッセージが届いた。

 

 

「――くそっ!! ってあれ? こんなタイミングで運営からのお知らせ…… 『嫉妬する者たちの代行者』ってなんじゃこりゃ!? アバターの筋肉量が増加って、骨だから見た目変わらねーよ!!」

 

 

 運営から送られてきたのは称号とそれと同名のアイテム。装備品ではなく一度使うと無くなる消費型のモノ。

 一応アバターの筋肉量が増加するだけでなく、魔法攻撃力を物理攻撃力に変換するという異常な効果と複数のデメリットが存在するようだった。使うと二度とステータスをリセット出来ないあたり、流石クソ運営と言えるだろう。

 

 

「ははは…… クソ運営め、魔法職にこんなの渡してどうしろって言うんだっ!! それにこんな条件普通は満たせるわけないだろ…… くそっ!! ボッチにはお似合いのアイテムだよ……」

 

 

 習得条件は『嫉妬する者たちの仮面』を十二個所持しながら、破壊不能オブジェクトを一定時間殴る事。

 

 

 ヤケになったモモンガは効果の説明を最後までちゃんと読まずに使用した。

 最後は玉座に座って終わりを迎えようと思っていたため、そろそろ玉座の間に移動しようとするが気づけば残り時間が三十秒を切っている。

 

 

「あぁ、こんな終わりだなんて…… はははっ、俺は何て馬鹿なんだ。有終の美を飾ることも出来ないなんてな。運営には最後まで馬鹿にされて、みんなもこんな俺を笑ってるのか? ――ふっ、今の俺には笑ってくれる人すらいないんだ。いてもいなくても変わらないゴミ屑みたいな存在か……」

 

 

(誰もいない…… 思い出も全て消える…… たった一人でもいいから俺と一緒に居てくれる人が欲しかったなぁ。ああ、本当に俺ってやつは――)

 

 

 ユグドラシル最後の瞬間――運営と自らへの罵倒、目を背けていた現実への思いを全て込めて誰も座っていない寂しい円卓に向かって拳を振り下ろす。

 

 

「――このクズがぁ!!」

 

「ぐぼぉへぇっ!!」

 

 

 ――グシャリ……

 

 

 ――モモンガの振り下ろした拳は円卓ではなく、だらしない体型をしたバスローブ姿の男の頭に直撃していた。

 拳は頭蓋骨を陥没させるどころかほとんど上半身を引き裂いており、腰のあたりまで抉れている。正面から見れば傷一つ無いだろうが、後ろから見れば抉れた背中から折れた骨が飛び出ているのがハッキリと見えるだろう。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

(一体何がどうなってるんだ!? さっきまで俺はナザリックにいたはずなのに!? ――それに何だこの感覚…… 手についた血が気持ち悪い…… うっ、この匂い、いったいどうして…… これは俺がやっちゃったのか!?)

 

 

 いきなりの事に思考が全く纏まらない。

 モモンガの右手からは目の前の男の血がポタポタと垂れており、やってしまった事実だけを物語る。

 あまりの事態に状況が一切掴めていないが、どう見ても背後から人を撲殺した構図そのままだ。

 

 

(これはグロすぎる、R15どころじゃないぞ。いかん、吐いてしまいそうだ……)

 

 

 血で汚れていない方の手で口を抑えようとして、自らの身体がモモンガとしてのアバターのままであると気がつく。

 

 

「ああ、神様が来てくれたんですね……」

 

「えっ!? いや、私はモモンガというものです」

 

 

 こんな状況にも関わらず社畜の条件反射で名乗ってしまうモモンガ。

 今まで目に入っていたにも関わらず意識から抜け落ちていたが、ベッドの上には死んだ男だけでなく一人の子供が座っていた。

 前面に血が飛び散らなかったのが幸いして、愛嬌のある顔立ちも綺麗な金髪も無事である。

 

 

 

「……助けてくれてありがとうございます。――これで、妹の仇も取れました。」

 

「いや、いきなりそんなことを言われても……」

 

 

(何言ってんのこの子!? いきなりの事で錯乱しているのか? この状況どう見ても俺が悪者だよね――いや、助けてくれてってことは、この男が誘拐犯だった可能性も…… 妹の仇って事はコイツに殺されたのか?)

 

 

 モモンガこと鈴木悟は彼女いない歴=年齢である。自身の子供は勿論、兄弟もいなかったため子供への接し方など分からない。

 あれやこれやと考えているうちに、何故か特殊技術(スキル)や魔法が自由に使える様な感覚がして試してみる。

 

 

「〈清潔(クリーン)〉よし、ちゃんと使えるな」

 

 

 

(血を落とせて良かった…… って使えた!? コンソール無しで魔法が使えるし、特殊技術(スキル)のオンオフも自分の意思で切り替えられる気がする…… それにこの子供の表情や五感の感覚、まさかこれは現実なのか?)

 

 

 体に着いた血を落とせた事で多少は落ち着いてきた。目の前の死体を無視するために、無理やり別のことに思考に集中させる。

 

 

「モモンガ様、私には家族はもう誰も残ってません。たった一人の妹もこの男に奪われてしまいましたっ…… だから、私も連れていってください」

 

「……えっ?」

 

 

 目の前で人を撲殺した骨に自分を連れていってとお願いする子供。きっと家族のいる死後の世界に自分も連れていって欲しいと望んでいるのだろう。

 

 

(ここはきっと俺の知らない世界だ。子供なんかに構っている余裕なんてない。放っておいてここから逃げ出すのが正解だろうな…… でも……)

 

「連れて行けか…… 分かった、私と一緒に来てくれるんだな。丁度いい、この世界を旅するのに一人は寂しいと思っていたところだ」

 

「えっ、違いま――」

 

「さてっ!! 君の名前を教えてくれるかな?」

 

 

 モモンガは彼女を放っておくことが出来なかった。

 小さい時に両親を亡くしずっと一人だったモモンガは、目の前の少女と自分の過去を重ねて見てしまったのだ。

 それに、ただひたすらに一人でいるというのが寂しくて辛かった。誰でもいいから一緒に居たかった。

 

 

「――ツアレ、ツアレニーニャ・ベイロンです……」

 

「じゃあ行こうかツアレ。――君の家族もきっとまだ来るなと言ってるはずだしな……」

 

 

 モモンガとツアレニーニャ・ベイロン、全てを失ったと思い込んだもの同士の出会いと始まりだった。

 

 

 

 

「ここから逃げるなら現場の偽装くらいはしとかないとな。とりあえずこの男はアンデッドに襲われた事にして、ツアレは死体も残らず食べられたと思わせよう。死んだ人間を探す奴はいないはずだ。特殊技術(スキル)・〈中位アンデッド創造〉」

 

 

 モモンガはこの貴族の死体とアンデッドがいれば、この現場でアンデッドに襲われたと思わせる事が出来ると考えたが問題が起きた。

 

 

「ヴォォォォ!!」

 

「……あれ?」

 

「死体、無くなっちゃいましたね……」

 

 

 特殊技術(スキル)を発動したらその場にアンデッドが出現するのではなく、近くにあった貴族の死体が『屍収集家(コープスコレクター)』になってしまった……

 

 ユグドラシルとこの世界の差を実感するモモンガだった。

 

 

 



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感動

 偽装工作で色々と問題が発生したが、貴族の家から誰にもバレる事なく無事に抜け出してきたモモンガとツアレ。

 ツアレから周辺の都市や国の名前などは聞くことが出来たため『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』の操作に四苦八苦しながら場所を確認はしたが、目的もなくどこに行けばいいか決められない。

 とりあえず今は屋敷から離れるように適当に歩いている。

 

 

「逃げ出して来たはいいが…… これからどうしよう……」

 

「分からないです……」

 

 

 歩いている途中にツアレからその格好は目立つと控えめに言われたため、今のモモンガは地味なローブに着替えている。

 仮面と手袋をする事でアンデッドの要素は完全に隠せたが、モモンガの今の恰好は不審者にしか見えないだろう。

 

 

「そうだなぁ、私もこの世界に来たばかりだから何をすればいいのか分からん。ツアレは何かしたい事はないのか?」

 

 

 隣を歩く骸骨は私に意見を求めてきた。

 自分はモモンガの事を神様だと思っているが、本人はただのアンデッドだと言い張っている。

 それが本当かどうかは分からないが、凄い力があるのに威張らないし今もツアレの事を気にかけてくれる変わった骸骨。

 

 

「私は…… ないです。やりたい事なんて思い浮かびません。モモンガ様、どうして、どうして私を殺してくれなかったのですか?」

 

 

 失礼な事を言っている自覚はあったがそれでも聞かずにはいられない。

 ツアレには分からない。モモンガが自分を連れて行く理由も、わざわざ生かす理由も。

 モモンガが本当にただのアンデッドならなおさらだ。

 

 

「……私も君と同じくらいの歳かもう少し幼かった頃、母を亡くして一人になった。父親は物心ついた頃には既にいなかった――」

 

 

 モモンガが昔を思い出すように語った過去はツアレには思いもよらないモノだ。骸骨に親がいるなど予想もしていなかった。

 どこにでもあるような貧しい家族の話。それを聞いてこのアンデッドは神ではなく、元は普通の人間だったのだと初めて納得した。

 

 

「――だからかな。ほっとけなかったんだ。それにツアレの両親や妹さんも君の死を望んでいるわけないじゃないか。きっと生きて欲しいって願ってるよ。いや、これも言い訳だな…… 俺が、一人なのが寂しかっただけだ……」

 

「っでも、私にはもう……」

 

 

 ツアレはどうすればいいのか分からない。妹を失い、一人で生きていく目的も気力もないのだ。

 

 

「……なら妹さんが出来なかった事を代わりに全部してみるのはどうかな? どうせ死ぬなら天国で家族に会った時、胸を張って良い思い出を報告する方がいいだろう?」

 

「妹の、やりたかった事……」

 

「ツアレが一人で立てるようになるまでは俺が一緒にいるよ。俺は不死だから、ツアレより先に死ぬ事はない。絶対に置いていかないと約束する」

 

 

 モモンガ様は優しい声で私に語りかけてくる。受け止めきれなかった想いが涙となって溢れてくる。

 今になって私は家族の死を、独りぼっちになった事実を受け入れて声をあげて泣き続けた。

 

 

「……っ!! うっうっ、……ぁぁぁぁぁっ!!」

 

「よしよし、悲しみを涙で流せるのは良い事だぞ。俺にはもうそんな事は出来ないからな……」

 

 

 私が泣いている間、モモンガ様はずっと背中をさすってくれた。

 今よりもっと幼い頃、両親が泣いていた自分を慰めてくれた時の事を思い出して、また泣きたくなったが我慢する。

 

 

「……っ、もう、大丈夫で――」

 

 

 ――くぅ〜

 

 

 可愛い音がお腹から聞こえ、ツアレは恥ずかしくてまた泣きたくなった……

 

 

「はっはっはっ、まずやることは腹ごしらえで決定だな」

 

「うう、恥ずかしい……」

 

「気にすることはないさ。たくさん泣いたからお腹が空いたの――」

 

 

 ――ぐぅ〜

 

 

 何も無い空っぽな骨のお腹から、可愛くない音が響いた。

 

 

「……えっ!? 俺、お腹空くの!?」

 

「思いっきり鳴りましたね……」

 

 

 骨のお腹が鳴ったことにツアレは驚いたが、一番驚いていたのはモモンガ本人だった。

 とりあえず二人のやることは決まった。

 

 

「よし、向こうの方角に別の国があるのだったな? 気分を入れ替えるためにも新天地でご飯を食べよう」

 

「えっ? でも山の向こうにあるので遠いですよ?」

 

「ふふっ、私にかかれば一瞬さ〈転移門(ゲート)〉」

 

 

 モモンガが魔法を唱えると、現れたのは空中に浮かぶぽっかりと空いた闇。

 ツアレは恐る恐るその闇に近づいていく。

 

 

(――私、あなたが見れなかったモノも出来なかった事もいっぱいやってみる…… 次に会う時に全部話してあげるから、お父さんとお母さんと天国で待っててね……)

 

 

 ツアレは心の中で妹に別れを告げ、しっかりと決意を固める。

 ゆっくりと手を伸ばし、妹が絶対に経験したことのない最初の一歩を踏み出した。

 

 寂しがり屋でお節介なアンデッド。始まりは自身の寂しさを紛らわすため、モモンガがツアレを連れて行こうとするのはただの同情かもしれない。

 それでもツアレにとって――

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国から東にある国、バハルス帝国。

 弱冠十六歳の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが治める国である。しかし、この皇帝は若いからといって侮る事は出来ない。

 彼は十代前半で帝位を継いでから無能貴族の位を取り上げ、有能であれば出自に関係なく取り立てるといった画期的な政策を執り行った。

 時に非情とも言える策すら取り、二代前から準備していた専制君主制を自らが帝位を継いでから僅か数年で成し遂げた。

 その苛烈なやり口と貴族への粛清から『鮮血帝』とも呼ばれたが、国は豊かになり民も希望に満ち溢れているため間違いなく優秀な皇帝である。

 モモンガはそんな国の成り立ちや事情など全く知らないが、魔法でチョチョっと小細工する事で関所などを全てスルーし、ツアレと共に活気ある街を歩いている。

 

 

「ほぉ、凄い人通りだ…… 見たところ中世ぐらいの文化なのか?」

 

「中世? というのは分からないですけど、確かに凄い人ですね。王国よりも活気がありそうです……」

 

 

 田舎者のようにキョロキョロと辺りを見回していたが、モモンガはふと疑問に思う。

 

 

(看板の文字が読めない…… 言語が違うはずなのに言葉が通じている? いや、よく見たら口の動きと言葉が合ってない。自動で翻訳されているのか?)

 

 

 少しだけ考えるが答えも出ないため、そういうモノとして受け入れて流す。

 

 

「さて、空腹も限界だから早いとこ店に入りたいが…… お金ってこれでいけるのか?」

 

「綺麗…… でも見たことない金貨ですね。ウチの村には金貨なんて無かったですけど、少なくとも貴族が持っていたのとは違います」

 

 

 モモンガが取り出したのはユグドラシルの金貨だ。それを見たツアレの感想を聞き、とりあえずこのままでは使えないと考えた結果――

 

 

「――よし、今の握力ならイケるな。握り潰して金塊に変えてしまおう」

 

「待ってください!! 金貨握り潰すってなんですか!? 両替してくれる所を探しましょう!!」

 

 

 力技に頼ろうとしたモモンガを止めたり……

 

 

「ココなんだろうな? 通り抜けることが出来そうだ」

 

「駄目です!! 立ち入り禁止って書いてますから!!」

 

 

 フラリと危険な場所を通ろうとしたり……

 

 

「ええいっ、もう面倒だから魔法でパパッと金貨を燃やして再加工すれば――」

 

「何する気ですか!? 街中で魔法はやめてください!!」

 

 

 ツアレは一時的に空腹も忘れるほどに神経を使ったのだった……

 

 

「――疲れました……」

 

「わ、悪かった…… 好きなものを食べて良いから許してくれ」

 

 

 なんとかお金を用意する事に成功したモモンガ達は目についた料理屋に入る。席に着いた途端にツアレはテーブルに突っぷした。

 関所を全てスルーしてこの国に侵入した辺りからツアレは薄々思っていたが、この骸骨はきっとこの辺りの常識が無い。ごくごく当たり前のように問題を起こそうとしている。

 脳味噌も筋肉もない空っぽの骨のくせに行動が脳筋すぎである。

 ここに来るまでの数々のトラブルにより、ツアレが最初に抱いたモモンガに対する神様的な崇拝の念はさっぱり消えている。

 この骨はただの寂しがり屋で、頼りになったりならなかったりと子供のような大人――というのが彼女の感じたものだった。

 

 やがて美味しそうな匂いをさせた料理が運ばれてきた。限界だった空腹がさらに刺激され、食欲も増して口の中に涎が溢れてきた。

 テーブルに置かれた料理はどれも一般的な料理ではあるのだが、村で素朴に暮らしていたツアレにはとてつもないご馳走である。

 

 

「いただきます。さて、実験がてら食べてみるとするか」

 

「えっ!?ちょっと待って――」

 

 

 昼時を過ぎて店に客が少ないとはいえ、全く人目がないわけではないのだ。

 モモンガが堂々と仮面を外そうとしたので、ツアレは慌てて止めようとするが間に合わずに仮面は外されてしまう。

 しかし、仮面の下に現れたのは骸骨の顔では無かった。

 

 

「――ください!! ってあれ!? 顔が……」

 

「ん? ああ、私が人間だった頃の顔だよ。冴えない見た目だろうが、一時的に幻術で誤魔化す分にはいいだろう。長時間は持たないから食事の時以外はまた仮面をつけるよ」

 

 

 この辺りではほとんど見かけない黒髪で、彫りの少ない地味な顔立ちだった。珍しいタイプの顔だが老けている感じはしないのでまだ二十代くらいだろう。

 取り立てて整った顔ではないが優しげで人の良さそうな感じがあり、ツアレにはどこか惹かれるところがあった。

 

 

「……っ!! そうならそうと先に言って欲しかったです!!」

 

「ふふっ、それはすまなかった。さぁ冷めないうちに食べよう」

 

 

 モモンガに促され、スープを掬って一口。自分たちの住んでいた場所には無かった味付けだが、野菜や肉の旨味が香辛料と合わさり空腹の体に染み渡っていく。

 

 ――おいしい……

 

 初めて食べる味わいに嬉しくなって、ツアレはモモンガの方を向き声をかける。

 

 

「モモンガ様、このスープおいしいですね――ぇぇえ!?」

 

「ああ、これが本物の肉…… これが食事かぁ……」

 

 

 モモンガはありふれた串焼きの肉を齧っただけで、感嘆の声を上げるほど大げさに感動していた。

 しかし、喜びで顔が震えて幻術が消えかけ、骨の顔が透けている。完全にホラーである。

 好意的に見ても肉を食べて昇天してるようにしか見えない。

 

 

「モモンガ様!? 顔、顔!! えっと汚れてるから拭いてあげますね!!」

 

「ぶはっ!? ちょっと、自分で拭ける!! 拭けるから!!」

 

 

 とっさにおしぼりをモモンガの顔に叩きつけて、骨の部分を隠すツアレ。

 幸いモモンガがアンデッドである事はバレなかったが、少し騒いだため店員からの視線が痛い。

 幻術の顔に少しでもときめいた自分が恥ずかしい。骨はしょせん骨だった。

 

 

(こんな食事が出来るなんて異世界も悪く無いかもしれないな。あんな世界よりは何処だってマシかもしれないが…… でも何故食えるんだ? アンデッドの特性的に考えておかしいが――っは!?)

 

 

 この世界に来て初めての食事に大満足しているモモンガだが、気づいてしまった。

 アンデッドの特性がほとんど消えている。

 全て試したわけでは無いが、アイテムも魔法も特殊技術(スキル)も概ね効果を発揮しているのだ。それなのに自身の特性が消えている理由――

 

 ――『嫉妬する者たちの代行者』

 

 デメリットをロクに読まずに使った、運営からの最後の贈り物。

 モモンガの行動が脳筋っぽいのもコレの影響なのかは不明である。

 

 

(アレのせいか!? 食事が出来るのは嬉しいけど、多分精神作用無効化も消えてるしどんだけデメリットあるんだ。下手したら今の俺は即死魔法とか効いちゃうんじゃ…… 後で色々実験しよう)

 

 

 何はともあれ食事を楽しみ、これからの予定を立てるモモンガとツアレだった。

 

 

 

 

 とある貴族の館、人一人いない屋敷の中であるアンデッドが暴れている。

 

 

「ヴォッ!! ヴォォ!! ヴォォォォ!!」

 

 

 モモンガが偽装工作として創造していた『屍収集家(コープスコレクター)』である。

 彼はモモンガから頂いた使命を果たすため、拳を振るい続けている。

 

 

『うーん、そうだなぁ…… よし、アンデッドが暴れた感じも演出しないといけないから、とりあえずテキトーに壁でも殴っといてくれ』

 

 

 テキトーだなんてとんでもない。主の御命令は絶対、手を抜くなどもってのほかである。

 故に屍収集家は心を込めて壁を殴る。

 騒ぎに気づいた人間達が逃げていくが気にもしない。今の彼の使命は壁を殴る事である。アンデッド故にその身体が朽ち果てるまで壁を殴り続けることが出来る。

 いつまでも、いつまでも……

 

 

「ヴォッ!! ヴォッ!! ヴォォォォ!!」

 

 

 こうして、ツアレを攫った貴族の館は更地となった。

 

 

 

 



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ツアレのやりたいこと

 バハルス帝国に来てから一週間程が経過した。

 モモンガ達は宿に泊まりながら少しずつ帝国内を移動し、売っている物や使われているマジックアイテムなどを見て回って過ごしていた。

 ツアレがモモンガと一緒に居る事にも慣れてきたこの頃。

 帝都アーウィンタールにある露店が並ぶ広場を見ながら、並んで歩く二人の仲は中々に良好だ。

 モモンガの隣を歩くツアレと体格差も相まって仲の良い親子のようにも見える。

 もしツアレがモモンガに対して気を許している雰囲気がなければ、仮面を被った誘拐犯に見えたかもしれないが……

 

 

「モモンガ様、今日もいつもの様に街の散策ですか?」

 

「いや、ある程度は見て回れたし、この世界のレベルというのも分かった。目的はまだ考えてないが、次はお金を稼ごうと思ってな」

 

 

 初めてこの国に来た時、ツアレの努力の甲斐あって少しだけユグドラシル金貨を両替出来た。

 実際交換したのは原型を留めていないユグドラシル金貨もどきなのだが、純金である事に変わりはなかったので価値は問題なかった。

 仮にこのまま宿暮らしでも一ヶ月以上は持つ程度の手持ちはある。

 しかし、貯蓄があってもモモンガの性格的には収入がまったく無いというのは落ち着かないのだ。

 

 

「えっ、でもモモンガ様働けるんですか? 私がどこかのお店とかでお手伝いしたほうがいいんじゃ……」

 

「流石に子供に働かせるなんて私のプライドが許せないから却下だ。というか私だって昔は普通に働いていたんだぞ?」

 

 

 モモンガ自身は小卒で働いていたが、出来ることならもっと勉強していたいという気持ちもあった。

 この世界の教材はやたらと高額だったが、ツアレには自分と同じような思いはして欲しくなかったので金を惜しまず買い与えている。

 

 

「何か稼げるアテがあるんですか?」

 

「任せておけ。人間やっぱり自分の長所を活かさないとな。まぁ俺はアンデッドだけど」

 

 

 そう言ってやって来たのは帝都アーウィンタールが誇る闘技場。

 公共の施設で庶民から貴族まで幅広く親しまれる娯楽施設である。

 連日満員の人気ぶりで試合結果を予想する賭け事もでき、帝都で一番人気の観光スポットと言えるだろう。

 

 

「モモンガ様…… まさか賭け事でお金を稼ぐなんて言いませんよね」

 

「そんな訳ないだろう。ちょっと肉体労働してくるだけだ」

 

 

 その言葉を聞いて少しだけホッとしたツアレ。

 闘技場の一部では改築やら増築の工事をやっているし、力仕事でも見つけたのだろう。

 

 

「私がここにいる間、ツアレはどうする? 闘技場内を見ていてもいいし、それとも宿に戻っておくか?」

 

「それならもう少しだけ街を見て回ってもいいですか? まだ見れてない所も多いですから」

 

「一人というのは心配なのだが…… 分かった、私も出来るだけ遅くならないうちに戻る。それとコレを渡しておこう。コレに念じれば相手は私に限定されるが〈伝言(メッセージ)〉の魔法を使う事が出来る。何かあったらすぐ使うように。それと危ない所には行ってはダメだからな。あと――」

 

「それぐらい分かってますよ。私はモモンガ様の方が心配なんですけど…… 骨だってバレちゃダメですからね」

 

 

 モモンガから渡されたのは飾り気の無いシンプルなシルバーの指輪。

 

 

(この指輪は一体いくらするんだろう? こういうのって凄く高価なんじゃ……)

 

 

 子供にこんな高価な物をポンと渡すなんて、モモンガの価値観はやはりズレていると思った。

 これまでの経験からツアレは気づいた事がある。本人に自覚はないのかもしれないがモモンガは過保護だ。

 子供扱いされるのもしょうがない年齢なのだが、これまでずっとお姉さんとして生きてきたので少しだけ反発したくなる。

だ が、自分の事を心配してくれる大人がいる安心感を嬉しいと思ってしまう自分もいる……

 複雑な心境のツアレはほんの少しだけ言い返すのが精一杯だった。

 

 

 モモンガと別れて一人で帝都を散策するツアレ。

 一人でこんな風に歩くのはいつぶりだろうかと思い返そうとするが、昔の嫌な記憶を思い出しそうで頭から振り払う。

 少し心細くなったが、自分の手に嵌めてある指輪を見ると不安もなくなっていくのだった。

 

 

「あっ、本屋さん……」

 

 

 そうして当てもなく歩いていると、目に入ったのはこじんまりとした本屋。

 印刷技術があまり進歩していないこの時代、書物とは意外と高価なものだ。

 にもかかわらず、自分の為に教材を買ってくれたモモンガにツアレは本当に感謝していた。

 

 

「もしかして、これ……」

 

 

 ツアレが見つけたのは一冊の本。十三英雄の物語が書かれた物だった。

 彼女は村での生活――まだ両親が生きていた頃のことを思いだす。

 十三英雄の物語は有名だったので本は持っていなくとも、内容に差はあれ村でもほとんどの人が知っていた。

 自分と妹を寝かしつける為に母親が語ってくれた物語の一つでもある。

 

 

(そういえば、あの子はこの話が大好きだったなぁ…… 英雄のように冒険する事に憧れて、一緒に冒険者ごっこも沢山したっけ…… よし、決めた!! 私は――)

 

 

 ほんの少しのきっかけにより、ツアレは自らの夢を見つける。

 

 

 

 

 一方その頃、肉体労働中のモモンガ。

 

 

「さぁ、お集まりの皆様。お待たせいたしました!! 本日のメインイベント、演目はチキンレース!! 次々と放たれるモンスター達にどこまで戦い抜けるのかぁ!! 勝てば勝つほど増えていく賞金!! 挑戦者はどのタイミングで辞めても構いません。しかぁし、雑魚だけ倒してやめるようなら盛大にチキンと言わせて頂きましょう!!」

 

 

 司会者の声に合わせて異様な盛り上がりを見せる会場。

 どうやらこの演目は欲を出し過ぎた挑戦者が無様にやられるのを楽しむモノらしい。

 最後まで勝ち残る事――つまりは大穴狙いで賭けている客もいるのだろうが、ほとんどの者は負ける事を期待しているのだろう。

 ルールとして次に出てくる対戦相手は不明で、追加の賞金だけ表示されるのが上手い具合に欲を掻き立てる演出だ。

 これなら挑戦者が欲を出して無謀な事をしたと思われるだろう。

 

 

「さぁ、今回は闘技場に初出場の選手がいきなりチキンレースに参加だぁぁ!!」

 

 

 司会者の紹介に合わせてゆっくりと挑戦者が歩いて出てきた。

 仮面に地味なローブ姿の選手。肌は一切見えず、武器も何も持っていない。

 

 

「本日の挑戦者はこちらっ!! 謎の仮面の男、モモンガぁぁ!! 果たして〈飛行(フライ)〉の魔法を禁じられた魔法詠唱者一人でどこまでやれるのかぁぁあ!!」

 

 

(えー、なにこれ。みんな俺がやられること期待しすぎだろ……)

 

 

 ――おかしい。

 私は力仕事をしに来たはずなのに……

 一体どこで間違えたんだ?

 

 闘技場で工事の仕事を見つけたモモンガは責任者っぽい人に、短時間で一番金を稼げる仕事を頼むと言った。すると何故かこの演目に出場する事になっていた……

 地味とはいえ魔法詠唱者風の格好のせいで出場選手と勘違いされたのだろうか。

 いつでも辞めていいと司会者は観客に言っているが、実際は全て勝ち抜かないと挑戦者は賞金が貰えない契約だ。

 そのため重症を負う者が後を絶たず、死亡率が最も高い事も報酬の高さに直結していた。

 

 

「それでは第一試合、開始ぃぃ!!」

 

 

 試合開始の合図と共に闘技場に放たれたのは一匹のオーガ。

 銀級冒険者でも倒せる程度の強さであり、まずは場を温める前座といったところだろう。

 

 

「さて、やるしかないな。〈魔法最強化(マキシマイズマジック)火球(ファイヤーボール)〉」

 

「グォォォォォッ!?」

 

 

 強化された火球がオーガに着弾し、解放された炎が辺りに熱風を撒き散らす。

 燃え盛る炎の中であまりの熱さにオーガは苦しそうにもがいているが、モモンガは冷静に魔法を唱え続ける。

 

 

「……やはりそうか。〈魔法三重化(トリプレットマジック)電撃(ライトニング)〉」

 

 

 指先から迸る三本の電撃は火だるまのオーガを正確に貫き、瞬く間に絶命させた。

 

 

「なんという事でしょう!! 立て続けに放たれた〈火球〉と〈電撃〉はどちらも第3位階の魔法です。さらに〈電撃〉はなんと同時に三発!! これは凄い!! モモンガ選手、初っ端から魅せてくれます!!」

 

 

 会場はモモンガが場を盛り上げるサービスとして、オーバーキル気味な魔法を使ったと思っている。しかし、本当のところはそうではない。

 最初に放った〈火球〉でオーガは苦しんだ。そう、死んでいなかったのである。

 本来オーガ程度のモンスターなら、魔法詠唱者が余程弱くない限りは未強化の〈火球〉一発で即死させられるはずなのだ。

 レベル100であるモモンガなら尚更である。

 

 

(まるで威力が無い。見た目は変わらんが中身の無いハリボテの魔法だな……)

 

 

 レベル1の初心者が使った魔法みたいだとモモンガは思った。

 原因は間違いなくアレであり、肺の無い体で思わずため息をつく。

 オーガを倒しても挑戦はまだまだ終わらない。複数のモンスターを相手にしたり、時には亜人やワーカーとも戦った。

 四戦連続でモモンガは圧倒的な魔法の力を見せつけ、会場は湧き上がる歓声で一杯になる。

 そして第五試合、ついに最後の挑戦となった。

 

 

「素晴らしい!! これまで華麗な魔法で相手を全て倒してきたモモンガ選手!! そろそろ魔力の方も心配ですが、次が最後になります!!」

 

(やっと終わりか…… 弱過ぎる魔法の使い方も考えないとな。一から戦略の練り直しか……)

 

 

 モモンガ自身の魔力はまだまだ余裕がある。だが第3位階までとはいえ魔法を使いすぎたため、魔力量を誤魔化すのも限界である。

 そろそろ不味いと思っていたモモンガは安堵した。

 

 

「おおっと!! 観客の皆様、おめでとうございます!! モモンガ選手、御愁傷様です…… 最後の相手はなんと!! アダマンタイト級冒険者チーム『漣八連』だぁ!!」

 

 

 帝国に二つしかないアダマンタイト級冒険者チームの登場。

 まさかの大物の登場に、会場は今日一番の盛り上がりを見せる。

 

 

(ここの責任者、俺に勝たせる気ゼロだっただろ!! なんで闘技場にアダマンタイト級冒険者が出てくるんだよ!!)

 

 

 アダマンタイト級冒険者といえば冒険者の中でも最高ランクを指す。

 万が一勝ち続けた挑戦者を最後に潰す要員として、あらかじめいくつか候補を用意してあったのだろう。

 

 

「すまんな、仮面の魔法詠唱者よ。これが闘技場というものだ。重傷を負わせるつもりはないから諦めてやられてくれ」

 

「……」

 

 

 九人いる中でリーダーと思われる男が前に出る。

 モモンガに対して少しの申し訳なさを滲ませながらも、上から目線で話しかけてきた。

 

 ――いいだろう。

 

 そっちがそのつもりなら、やってやろうじゃないか。

 この瞬間、なるべく目立たないように加減していたモモンガの枷が外れた。

 

 

「はっはっはっ…… 連戦で魔力が尽きかけてましてね。しょうがないので最後は拳で頑張らせていただきますよ」

 

「っ!?」

 

 

 冒険者達は一斉に武器を構えて距離をとった。今までの経験からコイツはヤバイ存在であると脳が警鐘を鳴らしたのだ。

 同時に試合開始のゴングも鳴り響く。

 

 

「まぁ、安心しろ。こちらも重症を負わせるつもりはない――」

 

「相手は一人だが油断するな!! ここは堅実に守りを固めつつ、隙をついて攻め――ガハァッ!?」

 

 

 ――リーダーは壁に叩きつけられた。

 ――タンク役は盾が弾けた。

 ――その他7名はいつのまにか宙を舞った。

 

 

「――諦めてやられてくれ。……もう聞こえてないか」

 

 

 モモンガはシンプルに近づいて殴るを繰り返しただけだ。しかし、会場の観客からすれば魔法を使ったようにしか見えないだろう。

 アダマンタイト級の冒険者チームが一人の魔法詠唱者に倒されるという、あまりの出来事に会場はフリーズしていた。

 

 

「……っは!? 決着、決着です!! アダマンタイト級冒険者チームをまさかの瞬殺!! モモンガ選手の使った正体不明の見えない魔法に一瞬で叩きのめされましたぁ!! こんな大番狂わせを誰が予想した事でしょう。モモンガ選手の勝利だぁぁぁあ!!」

 

(はぁ、なんとかステータス差によるゴリ押しで勝てたか…… だが、レベル100クラスとの戦闘はとてもじゃないが無理そうだな…… これは今後の課題だな)

 

 

 会場はモモンガを讃える拍手に包まれた。

 こうしてモモンガは見事大金を手に入れ、ツアレが待つ宿に帰った。

 

 

 

 

 モモンガが宿に戻ると、ツアレが意を決したような顔で話しかけてきた。

 

 

「モモンガ様…… あの、聞いて欲しいことがあるんです」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「私、やりたいことを見つけました。えっと、妹は冒険者に憧れていて、冒険譚とか大好きだったんです」

 

 

 モモンガは軽く頷きながらツアレの言葉を静かに聞き、そのまま続きの言葉を待っている。

 

 

「だから、私は吟遊詩人になります。モンスターと戦うのは無理かもしれないですけど、みんなが楽しめる冒険譚を伝える人になりたいんです」

 

 

 ツアレの言ったことはまさに子供の夢だろう。要は妹が冒険譚が好きだったから、それを語る仕事をしたいというだけだ。

 安定していない職業で将来独り立ちした時に生活していけるかも分からない。

 だが、モモンガはそれで良いと思った。

 何がきっかけでその夢に決めたのかは分からない。子供特有の影響の受けやすさから出た一過性のかもしれない。

 それでも、ツアレの夢を語る姿が眩しかったのだ。

 それはリアルでは見られないもの――モモンガには無かったものだから……

 

 

「ふふふ、あはははは!! そうか吟遊詩人か!! ツアレは面白いモノを選んだな…… 良いじゃないか、もちろん私は応援するぞ」

 

「本当に良いんですか? あの、教材も買ってくれてたのに……」

 

「ああ、私は別にツアレに普通の職について欲しかった訳じゃないよ。どんな事をするにしても算数や読み書きなんかは必須だしな。選択肢を増やしてあげたかっただけだ」

 

「モモンガ様……」

 

「これからも学ぶことは沢山あるぞ。吟遊詩人になるというのならば様々な世界を知らないとな。一緒に冒険してこの世界を見て回ろう。自分の冒険を物語にするのも良いんじゃないか?」

 

「はい!! 行きます。自分だけの物語を書きます!!」

 

 モモンガがそれ程までに自分の事を考えてくれていたなんてと、ツアレは感謝の気持ちで一杯になった。

 更には自分だけの冒険譚だなんて、妹の夢まで叶いそうだ。

 自分には選択肢なんてロクになかったから、ツアレには好きな仕事を選んで欲しい。

 あの世界を生きていたモモンガならではの優しさは、基本的に親と同じ職に就くことが多いこの世界では珍しい考え方なのだろう。

 

 

「よし、ツアレのやりたい事も決まったし早速行こうか」

 

「えっ?」

 

「何故か闘技場で目をつけられたっぽいから、帝国に長居するのは不味そうだ。よく考えたら私たちは不法入国者だしな。調べられたら一発でアウトだ」

 

「えぇぇ……」

 

(目をつけられるって、モモンガ様はどんな仕事してきたんですか……)

 

「そうそう、今更だけど名前もツアレと名乗る方がいいかもな。フルネームだと死んでないのが何処かでバレるかもしれん」

 

「あ、はい」

 

 

 吟遊詩人を目指す事に決めたツアレ。

 彼女が普通の吟遊詩人になれるかはまだ分からない。

 

 

 

 

 

 



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出発前

 ナザリック地下大墳墓の円卓の間。そこにはモモンガがただ一人座っていた。

 

 

「みんなどうして居なくなったんだ…… 俺たちは仲間じゃなかったのか? 俺が悪かったのか? ギルド長としてみんなを引っ張っていけなかったから……」

 

「何を悩んでいるんですか、モモンガさん?」

 

「そうですよ、こいつの顔を見て気分でも悪くなったんですか?」

 

「たっちさんにウルベルトさん!? お久しぶりです!! 来てくれたんですね!!」

 

「ふふふ、それで? どうしたんですか?」

 

 

 ギルド最強の戦士と魔法詠唱者、たっち・みーとウルベルトが直ぐ側に立っていた。

 来れないはずの二人がいる理由なんて分からない。ただ会えたことが嬉しくて、モモンガは歓迎の声をあげた。

 

 

「なぁ、モモンガさん…… あの日、本当は何を思ったんだ?」

 

「えっ? 急にどうしたんですか?」

 

「最終日のことですよ。振り上げた拳は、あの思いは誰に対してだったんですか?」

 

 何故それを知っているのか……

 二人は代わる代わるモモンガに話しかけてくる。

 近くに立っているはずなのになぜだろうか、どうしようもなく距離を感じてしまう。

 

 

「そんなの運営に決まってますよ。あと自分に対しての自虐も混じってますけどね!!」

 

 

 モモンガはドキドキする自分の心臓を感じ、苦笑いしながら答える。すると別の場所からも声が聞こえてきた。

 

 

「本当に? モモンガお兄ちゃん、本当のこと話してる?」

 

「ぶくぶく茶釜さん!? 居たなら教えてくださいよ!! 何ですか、今日はドッキリの日ですか?」

 

「やっぱり本音は話さないんだね、モモンガお兄ちゃん」

 

「姉貴の言う通りだな。モモンガさん、俺らのこと仲間だと思ってる?」

 

「ペロロンチーノさん!? な、何を言ってるんですか。俺たちはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの仲間ですよ」

 

 

 分からない。何故ぶくぶく茶釜にペロロンチーノまで急に現れるように出てきたのか。なぜ誰も円卓に座らないのか。

 

 

「ギルドが無ければ?」

 

「ユグドラシルが無ければ?」

 

「リアルでは?」

 

「鈴木悟の仲間は?」

 

 

 仲間たちが口々に言葉を告げる。それはモモンガを責め立てるように頭の中に響いた。

 おかしい。さっきから仲間に手を伸ばしているのだが、何故か届かない。

 

 

「ちょっと、みんなどうしたんですか? 折角集まったのにこんな話…… どうして離れていくんですか……」

 

「君子危うきに近寄らず。モモンガさん、自分の掌を見つめてみなよ」

 

「ぷにっと萌えさん…… 貴方まで……」

 

 

 もう今更誰が出てきても驚きはしない。ギルドの軍師、ヴァイン・デスの枝が示す先には自分の腕がある。

 言われた通り自分の腕を持ち上げ、その骨の掌をゆっくりと開き見てみると……

 

 その手は、腕は、いつのまにか血で染まって真っ赤になっている。

 

 

「なっ、どうして!? なんだよコレ!?」

 

「君がやったんじゃないか。私を背後から思いっきり殴ったんだ……」

 

「あ、あ、ああぁぁぁ……」

 

「君は誰を殴りたかったんだい?」

 

 

 いつの間にかバスローブ姿の男が側に立っていた。そのだらしない身体は赤く染まり、バスローブからは血が滴り落ちている。

 

 

「モモンガさん。アンタは俺たちの事を――」

 

「モモンガさん。貴方はあの日、私たちの事を――」

 

「や、やめっ――!!――!?」

 

 

 山羊頭の悪魔と聖騎士がゆっくりとモモンガに語りかけてくる。

 その先はダメだ、言わないでくれ!!

 急に自分の声が出なくなった。骨の体なのに息がつまったように動けない。

 

 

 ――ですよね。

 

 

 

 

「――っ違う!?」

 

 

 モモンガは訳の分からない夢から覚めて跳ね起きた。

 骨の身体なのに酷く汗をかいたような、嫌な感覚が身体にこびりついている。

 部屋の窓からはまだ月明かりが見え、夜明けには遠い時間だろう。

 

 

「はぁ、アンデッドなのに寝れるのは良いけど。見る夢は悪夢か……」

 

 

 肺のない身体の息を整えながら、周囲の様子を探った。

 幸いツアレを起こさずに済んだようだ。

 

 

「嫌な夢だなぁ。人殺しを仲間から責められるなんて…… 俺だってあんな事するつもり無かったのに……」

 

 

 モモンガはアンデッドではあるが寝る事が出来た。その為、人間だった時の習慣を残す意味でも毎日睡眠を取っている。

 だが、稀に悪夢を見るのだ。内容も構成も無茶苦茶な、自分を責めるだけの悪夢を。

 忘れた頃にやってくると言ってもいい。まるで忘れさせるものかと、誰かがわざと見せているようだ。

 

 

「こんな弱気じゃダメだよな…… 俺はこんなんでも今はツアレの保護者なんだから……」

 

 

 仲間から責められたのは人殺しの事。それ自体に悔いはあるものの、自身の中で納得させて心の整理は済んでいた。

 そして仲間から告げられたもう一つの事。そっちの方がモモンガにとっては重要である。だけど今はまだ蓋をしておく。

 

 

「明日は…… いや、もう今日か。さっさと出発するつもりだし早く寝なきゃ」

 

 

 今から寝なおす時間は十分にあるだろうと、再びベッドの中に転がる。

 目が覚めたらまた仮面を被ろう。

 辛い現実に耐えられるだけの仮面。魔王ロールほど尊大なものじゃないけれど、モモンガとしてのロールプレイを。

 

 彼らに向き合える日が来るその時まで……

 

 

 

 

 通された応接室で高級そうなソファーに腰掛けている二人組。

 その格好は高級なこの部屋には余りにも似合わない。地味なローブ姿の黒髪の男性と金髪の少女である。

 対面には若いがカリスマ的な風格を感じさせる青年。非常に整った容姿をしており、こちらに笑顔をむけている。

 

 

「わざわざ来てもらってすまないね。この場は非公式なものだから固くならずともいいよ。知っているとは思うが、まずは自己紹介をさせてもらおう」

 

(くっ、一体どこで間違えたんだ!? 取引先の社長とアポ無しで会うよりキツイぞ!!)

 

(なんで国のトップに会うことになるんですか!? 本当に何したんですか!?)

 

 

 仮面を外して幻術で顔を誤魔化しているモモンガ、あからさまに緊張して縮こまるツアレ。

 そんな二人を呼び出したのは目の前に座る人物である。

 

 

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

 

「お会いできて光栄です。私は流浪の魔法詠唱者をしております、モモンガと言います」

 

「ツ、ツアレです」

 

 

 二人がバハルス帝国の王城に呼ばれた理由は語るまでも無い。

 モモンガが闘技場で目立ちすぎたこと、これに尽きる。

 

 モモンガが闘技場に行った日、目立ちすぎたモモンガは早々に帝国を出てしまおうと考えた。しかし、中途半端な時間に宿を出るのも目立つと思い、その日はそのまま宿で一泊した。

 次の日の早朝には帝国を出ようと二人は思っていたのだが、朝になると宿屋の前には立派な馬車が停まっていたのだ。

 馬車から出てきた役人から説明を受けたモモンガは自身の失敗を悟った。

 皇帝からの呼び出しとあっては断ることも出来ず、そのまま二人とも王城に連れてこられて現在に至る。

 

 

「ふふふっ、闘技場での活躍は聞かせてもらったよ。あれ程の力を持つ魔法詠唱者(マジックキャスター)は中々いないのでね。名の知れた人物かと思えば全くの無名…… 気になってしまってね。是非とも一度会ってみたかったのだよ」

 

「私の魔法はそこまで大したものではないのですが、陛下から直々にお褒め頂き恐縮しております」

 

「君は中々謙虚な人柄のようだ。私の臣下にも魔法詠唱者はいるが、見習わせたいものだよ――」

 

 

 相手はモモンガよりも明らかに年下の皇帝。上手く会話ができるか不安だったが、思いの外和やかに会話は進んだ。

 これも皇帝の持つ人心掌握術というやつなのだろう。元々営業職だったモモンガも感心する程会話が上手い。程よく会話が進んだところで皇帝が呼び出した本当の理由を切り出した。

 

 

「――さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか。モモンガよ、私に仕えないか? 君なら魔法戦闘部隊でも、研究者としてもそれなりのポストを用意させてもらうよ」

 

「とても有り難いお言葉ですが、部下になるのはお断りさせて頂きます」

 

「ふむ、その娘の事を心配しているのかな? 部下の福利厚生は充実させているつもりだ。その子に十分な教育を受けさせながら養うことも可能だが?」

 

「福利厚生があるのは羨ましい…… んんっ、実はこの子には既に夢があります。それを叶える為にもこの世界を見せてやりたいのです。まだまだ冒険に行ったことのない場所も多いのですよ」

 

 

 ジルクニフは微笑を浮かべながらモモンガの事をじっと観察しているが、この言葉に嘘はないと判断した。

 髪色や顔つきも違う二人。血の繋がりは無さそうだが、この子供を大事にしているとみて間違い無いと確信する。

 そこで別方向からアプローチを仕掛けた。

 

 

「夢か、それは素晴らしい。ツアレよ、その夢が何か教えてくれるかな?」

 

「えっ、えっと…… 吟遊詩人、です……」

 

 

 貴族などに嫌悪感を抱くツアレだが、この皇帝に対してはそのようなものは感じなかった。

 しかし、自分からすれば雲の上のような存在であるため、しどろもどろ必死になって話した。

 

 

「そうか、てっきりツアレはモモンガ殿の弟子かと思っていたよ。魔法詠唱者にはならないのだね」

 

「は、はい……」

 

「私は感覚的に魔法を使ってますからね。人に教えられるようなモノでは無いのですよ」

 

 

 それを聞いたジルクニフは顔には出さないが少しだけ落胆する。

 魔法詠唱者を目指しているのならば、モモンガの側にいるこの子にも将来的に期待出来ただろう。吟遊詩人ではあまり使い道もなさそうだし、モモンガが魔法を教えている雰囲気でもない。

 だが、わざわざ冒険してまでその職業を目指すという事には興味を持った。

 

 

「吟遊詩人か、私もそれ程詳しい訳ではないが興味があるな。どうだろう、この場で何か話してみてはくれないかな?」

 

「ええっ!? わ、私はまだそんな全然、話せるようなものは……」

 

 

 ツアレはまだ吟遊詩人になりたいと決めたばかりなのだ。勿論練習もしていないため、人に話せるような状態ではない。

 それを見たモモンガはとっさに助け舟を出した。

 

 

「この子はまだ修行中の身ですからね。とてもでは無いですが、皇帝陛下に聞かせる訳にはいかないのですよ」

 

「そうか、それは残念だ。では修行が終わったら是非とも聞かせてもらおう。その時は二人ともまた招待させてもらうよ」

 

「はい、その時までにしっかり練習しておきます」

 

「もったいないお言葉です。ツアレにも励みになるでしょう」

 

「ふふふ、君も気が変わったら言ってくれたまえ。帝国はいつでも君を歓迎しよう。さて、名残惜しいが中々忙しい身分でもあるのでね、私は仕事に戻らせてもらうよ」

 

 

 こうして皇帝との謁見は和やかに終わった。モモンガはこっそりと、ツアレは分かりやすくホッとしていた。

 しかし、扉近くで皇帝がこちらに振り返り、付け加えた言葉に二人は固まった。

 

 

「そうそう、次にこの国に来る時は門を通って堂々と来るといい。先も言ったが歓迎しよう」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 去り際の皇帝からの一言は、モモンガ達が不法入国者だと分かっていて目を瞑っていると伝えている。

 これを一種の脅しと取るか、それとも過去に拘らない懐の深さを見せていると取るかは悩むところであった。

 

 

 

 

 謁見を終えたジルクニフは部下と先ほど会った魔法詠唱者――モモンガについて話していた。

 

 

「中々面白い人物だったな。言動に嘘は無さそうだが、本当の事を言っているわけでもないな。あれはまだ何か実力を隠しているぞ?」

 

「あれがアダマンタイト級冒険者を軽く倒したとは信じられませんな。特に強さや覇気といったものは感じられませんでしたが……」

 

「ふっ、逆だ。何も感じられないのにあの余裕。皇帝である私の誘いを正面から蹴る度胸もそうだが、あれは場慣れしているな」

 

 

 モモンガの対応は貴族のマナー通りでもなければ、冒険者のような粗野な感じでもなかった。目上の人物に過去に何度もあったことがあるような印象を受けた。

 どちらかというと貴族よりも商人に近いだろう。

 

 

「この世界を見せる――つまり、子供を連れて冒険しても自分一人で守りきれると言い切っているようなものだ。魔法詠唱者一人でだぞ? 爺よ、隣の部屋から見ていてどうだった?」

 

「何かしらで隠蔽していたのでしょうな。魔力を一切関知できませんでした。もちろんこの眼でも」

 

 

 ジルクニフに爺と呼ばれた老人は帝国最強の魔法詠唱者――フールーダ・パラダイン。

 逸脱者の異名を持ち、世界でも最高峰の第6位階の魔法が使える。更にその目で見た相手の使える魔法の位階が分かるというタレントを持っている。

 

 

「ますます面白い。関所を通らず入国したところを見るにワケありだな。だが悪人という訳ではあるまい…… 案外貴族から助けた奴隷を育てているだけだったりな」

 

「その予想通りなら他国にやるには勿体ない人材ですな」

 

 

 王国の方では違法な奴隷も多くいると聞く。義憤にかられた人物が救い出し、国外に逃亡して匿っていてもなんら不思議ではないだろう。

 モモンガに対して当たらずとも遠からずな予想をしているジルクニフだった。

 

 

 

 

「いやー、ビックリしたな。皇帝めっちゃ若いし」

 

「そこじゃないですよ、モモンガ様……」

 

「ふふふ、皇帝陛下に言ってしまったんだ。これはもう立派な吟遊詩人になるしかいな」

 

「はぁ、私の人生一体どうなってるのかしら……」

 

 

 一市民が皇帝に会うなどまずありえない経験だろう。

 項垂れているツアレにモモンガは元気づけるように声をかける。

 

 

「貴重な経験が出来て良かったと前向きに考えるしかないさ。さて、少し予定がズレたが冒険に行こうじゃないか!!」

 

「ええ、分かってます。やります、やってやりますよ!! みんながあっと驚くような冒険に行きましょう!!」

 

 

 元々絶対に吟遊詩人になってみせるつもりだったが、色々な意味で引けなくなってきた。

 半ばヤケクソ気味なツアレは気合を入れなおして、未知の冒険への期待を膨らませたのだった。

 

 

 

 

 



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初めての冒険

 視界を埋め尽くすのは白い雪。環境に適応した一部の生物でなければ生きていけない様な大自然。

 そんな人類未開の地――アゼルリシア山脈をモモンガとツアレは歩いていた。

 

 事の始まりはバハルス帝国を出てすぐ後のこと。

 吟遊詩人になると決めたツアレだったが、いったい何から始めたらいいのか分からない。

 

 

「冒険って何したらいいんでしょう?」

 

「冒険にも色々あるが、未知を体験するのが一番じゃないか?」

 

 

 冒険譚を書くためには何はともあれ冒険に行かなければならない。モモンガの言う未知を体験すれば、誰も知らない様な場所に行けばそれだけで冒険になるのではと考えた。

 ツアレもその案に賛成し、人類未開の地として選ばれたのがアゼルリシア山脈である。

 いざ出発とモモンガが魔法を使い、一瞬で山頂に到着した所までは良かった。

 

 だが……

 

 

「さっむっ!? 何これ寒すぎる!! 冷気の耐性まで消えたのか!?」

 

「ちょっとモモンガ様っ!! さ、寒いです!! 寒すぎです!? こんなの死んじゃいますよ!!」

 

 

 軽装で雪山に行き慌てふためく娘と骨。

 素で忘れていたがアンデッドのモモンガと違い、ツアレは生身の人間だ。何の装備もなしに雪山の気温など耐えれるわけがない。

 更にはモモンガ自身の冷気の耐性も消えていたため、急激すぎる気温の変化に二人して死にそうになった。

 モモンガが都合よく冷気の耐性を得るマジックアイテムを持っていなければ、即ゲームオーバーだっただろう。

 

 

「冒険開始と同時に凍死するところでしたよ」

 

「骨身に染みるとは正にこの事だな」

 

「……」

 

「……すまない。次からはもう少し考える」

 

 

 ギャグで流そうとしたがツアレには効かなかった。無言の圧力がモモンガにのしかかり、ツアレの心情を伝えてくるようだ。

 なんとか気を取り直して二人で大自然を堪能していたが、ふと思いついたようにツアレが口を開く。

 

 

「見たこともない景色を見れたのはいいんですけど、冒険の過程が無いので物語にならない気がするんですが……」

 

「確かにそうだな。移動は全部魔法で、なんて情緒が無さすぎるし、話として盛り上がりに欠けるな」

 

 

 料理番組で調理過程を省略して完成品を出すようなものだ。出発と同時にゴールなんて冒険譚として面白味が無さすぎる。

 

 

「ダメじゃないですか…… 決めました!! 麓までは移動のための魔法を禁止しましょう!!」

 

「帰りはちゃんと冒険しようということか。私は構わないがいいのか? 寒さとかはマジックアイテムで防いだとしても、歩きづらい斜面を下るだけでツアレには厳しいと思うんだが……」

 

「多少の苦労も無くて何が冒険ですか。ここで楽をしたら、私はきっと吟遊詩人にはなれません。雪山を降りるくらいやり遂げてみせます!!」

 

「うーん、吟遊詩人ってなんだっけな……」

 

 

 今更だがこんな事をする吟遊詩人はいない。

 子供というものは偶に突拍子も無い事を言い出す。だが、ツアレのやろうとしている事はもはや多少なんてレベルでは無い苦行である。

 モモンガの心配を他所にツアレは意気揚々と雪山を降り始めたのだった……

 

 ――そしてアゼルリシア山脈を降り始めて一週間が過ぎた。

 

 モモンガとしては数日で諦めるかと思い、好きにさせていたのだが甘かった。

 三日が過ぎ、五日が過ぎ、ついには一週間を超えてもツアレは諦めなかったのである。

 最初の方は軽く遭難状態だったため、マジックアイテムで色々と保護していなければモモンガもツアレもとっくに死んでいただろう。

 

 

「……」

 

「なぁ、そろそろ魔法を解禁しないか?」

 

「……嫌です。一度言った以上最後までやり通します。そもそも移動の度に魔法を使ってたら物語に情緒が無いって言ったのはモモンガ様の方ですよ。それにあとちょっとなんです!! 魔法は絶対に使いません!!」

 

「いや、確かに言ったけど……」

 

「絶対に自力で麓までたどり着いてみせます!!」

 

「そ、そうか……」

 

(まさかここまで粘るとは。ツアレの本気と根性を甘く見ていたな…… 自分で言ったから後に引けないってのもあるかもしれないけど)

 

「それにしても、こうも何も起こらないと暇だな。これがイベントならモンスターとかドラゴンの一匹や二匹出てくるんだが、現実はこんなもんか」

 

「ドラゴンなんて伝説の生き物が出てきたら死んじゃいますよ……」

 

「えっ、この世界のドラゴンってそんな凄いの? いや、今の私は魔法で攻撃出来ない魔法詠唱者だし、確かに戦闘になったらマズイか…… まぁ早々会うはずもないし大丈夫――」

 

 ――グォォォォォォォッ!!

 

「……」

 

「モモンガ様、なにか凄い叫び声が聞こえたんですけど……」

 

「良かったなツアレ、物語のネタが向こうからやってきてくれたぞ。未知のモンスターやドラゴンとの出会いなんて冒険譚の題材にぴったりじゃないか」

 

「それを書く前に私の物語が終わりますよ!?」

 

 

 モモンガはここぞとばかりにサムズアップしてツアレに笑いかけた。

 幸い聞こえた咆哮は遠い所から響いてきたようだ。まだ焦るほど近い距離にいるわけではないだろう。

 とはいえこのままここに留まって鉢合わせする気もない。おふざけも程々にしてさっさとこの場から離れようとした時、焦ったツアレが凍った地面に足を取られて転倒した。

 

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

「ツアレ!?」

 

 

 モモンガは咄嗟に手を伸ばしたが僅かに届かずその手は空を切る。

 そのままツアレは雪を巻き込みながらボールのように転がっていった。

 

 

「くそっ!! あんなに綺麗に転がっていくなんて。待ってろツアレ、すぐ助けるからな!!」

 

 

 そのままモモンガはツアレを追って走り出す。

 モモンガはツアレの手を掴み損ねた時点で相当焦っていたのだろう。途中で誰かとぶつかり跳ね飛ばしたが、何も気にせずそのまま突き進む。

 冷静になれば〈時間停止(タイム・ストップ)〉で助けることもできたはずだし、走るよりも魔法で飛んだ方が早かっただろう。

 

 

 

 

 ツアレを追いかけて山の麓辺りまで辿り着いたモモンガ。

 走ってきた距離は意外と大したことはない。あとちょっとと言ったツアレは正しかったようだ。

 地面が平らになっている所に倒れているツアレを見つけた。すぐさま駆け寄って様子を確かめるがマジックアイテムのお陰で怪我は無いようだ。ただしツアレはすっかり雪まみれになっていた。

 怪我はないはずだがピクリとも動かず、地面に倒れたままのツアレにモモンガは遠慮がちに声をかけた。

 

 

「えーと、大丈夫かツアレ?」

 

「……はい」

 

 

 虚ろな目で空を見上げ、弱々しくツアレは返事を返す。期待に胸を膨らませた初の冒険の結末がコレである。子供にはショックだったのだろう。

 

 

「まぁ、自力で麓までは来れたからよく頑張ったな。今回の経験は物語に出来そうか?」

 

「雪だるまになる冒険なんて誰も憧れないですよ……」

 

 

 ツアレの目元に光ったのは雪か涙か。

 吟遊詩人への道のりはまだまだ遠かった。

 

 

 

 

 とある貴族の屋敷の跡地。

 そこには一体のアンデッドが佇んでいた。

 

 

「ヴォォ……」

 

 

 ――壁でも殴っといてくれ

 

 創造主から至上の御命令を賜った『屍収集家(コープスコレクター)』である。

 モモンガは知らなかったことだが、この世界では死体を素材として作ったアンデッドは時間制限で消えないのである。

 一応このアンデッドとモモンガとの繋がりは残っている。

 しかし、モモンガ本人が忘れており、意識もしていないため気づいていない。

 

 屍収集家が壁という壁を殴り壊し、既に殴る物がなくなってどれ程の時間が経ったであろうか。何もすることが無く、屋敷の跡地に一人立ち続けるアンデッド。

 そんなアンデッドの元に一人の男が現れる。

 

 

「ふんっ、こんな所に面白いアンデッドがいるじゃないか…… 俺には分かる、お前は中々の強者だな?」

 

 

 屍収集家の前に現れたのは筋骨隆々のスキンヘッドの大男。

 露出した肌から何かの模様が見え隠れしており、身体の至る所にタトゥーが彫られているのが分かる。

 

 

「既に死んでる奴には意味がないかも知れんが、冥土の土産に覚えとくといい。俺の名はゼロ。これから貴様を倒す男だ!!」

 

「ヴォォ……」

 

 

 堂々と名乗りを上げた男は鍛え上げた肉体でアンデッドに殴りかかった。

 しかし、どれだけ殴ろうとも相手は特に反応を示さない。

 

 

「ちっ!! なんてタフな野郎だ。だが、アンデッドごとき倒せぬようでは最強とは名乗れん。意地でも倒させてもらうぞ!!」

 

 

 ゼロは中々倒せぬ強敵を前に勝手に盛り上がっていた。

 一方、いきなり殴りかかってきた男に対して屍収集家は困惑していた。

 自分は壁を殴ることしか命令されていない。こういう場合は一体どうすればいいのか……

 テキトーに相手の攻撃を受けつつ、考えること数分……

 

 ――閃いた。

 

 この者は自分の前に立ちはだかっている――すなわち壁!!

 

 

「ヴォォォッ!!」

 

「ぶべらっ!?」

 

 

 屍収集家は心を込めて殴り返したのだった。

 

 

 

 

 



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目的を決めよう

 吟遊詩人を目指すツアレとそれを応援するモモンガ。

 冒険と称して様々な場所に行ってみたものの、二人は見事に行き詰まっていた。

 どういうわけかワクワクする内容の冒険にならなかったのである。

 余り根を詰めすぎても良くないと思い、現在はモモンガの出した家形のマジックアイテムの中で休憩中している。

 どう見ても野営感はゼロで、冒険する者としては間違っているかもしれない。

 

 

「アゼルリシア山脈、トブの大森林、カッツェ平野…… どこもイマイチだったな」

 

「私は死ぬほど怖かったんですけど…… でも、冒険って感じではなかったですね」

 

「そうだよなぁ、強いモンスターとかもいなかったし。私が殴るだけで倒せる程度のやつばかりだったから、ほとんど散歩か観光みたいなものだよな」

 

「それが出来るのはモモンガ様だけです…… エルダーリッチを殴り飛ばす魔法詠唱者なんて十三英雄の物語にも出て来ませんよ」

 

「探せば結構いるかもしれないぞ? まぁそれを言うなら、行った場所で偶々強いモンスターに出会わなかっただけという可能性もあるが……」

 

「出てこなかったモンスターは賢かったって事ですね。普通は殴られるなんて思ってもみないでしょうから」

 

 

 詳しい内容は割愛するが、モモンガ達の冒険はどの場所でも基本的には変わらない。

 ――歩き回る。

 ――魔物とエンカウント。

 ――殴り倒す。

 ほとんどこれだけである。

 

 

「いやいや、いきなり自分のことを不死王だとか言い出して〈火球(ファイヤーボール)〉ぶっ放してきたんだぞ? そりゃ殴るだろう」

 

「迎撃方法の方に疑問を持ってくださいよ…… でも、あのデイバーなんたらってアンデッドは何だったんですかね。喋るアンデッドって珍しくないですか? もしかして、あんな性格のアンデッドだけ喋るとかですか?」

 

「えっ、私に対してそれを聞くのか? 流石にそれは違うと思うが…… いや、私も非公式ラスボスとか呼ばれて魔王ロールやってたから否定しづらいな……」

 

 

 ツアレは素直に疑問に思っていることを聞いただけだが、今ペラペラと話している相手もアンデッドである。

 そしてこの男も不死王発言なんて目じゃないくらい、色々としてきた経験のあるアンデッドだった。

 

 

「あー、思い返すとデイバーなんたらを倒したのは勿体なかったかもしれん。せめて色々実験、もとい尋問してから倒すべきだったか……」

 

「物語に出てくる悪役ってもしかしてあんなのだったんですかね。いや今のだとモモンガ様の方が悪役っぽいような…… うーん、十三英雄達の気持ちが少しだけ分かったような、分からないような何とも言えない気持ちです……」

 

「そういえば十三英雄は魔神とかを倒して回っていたんだったな? 今の時代に魔神とか人類の敵みたいなのは居るのか?」

 

「私は村から出た事がなかったので詳しくは…… 物語は魔神を倒して終わってるのでいないんじゃないですか?」 

 

「そうか、目立つ敵も居ないなら今のままではダメだな。何か冒険するにあたって目標を立てないか? お宝を見つけるとかレアな物を探すとか」

 

「うーん、お宝ですか…… あっ!! それなら『漆黒の剣』を探すのはどうですか? 十三英雄の一人、暗黒騎士が使っていたとされる四本の剣なんですけど、どれも有名で凄い武器のはずですよ」

 

「ほう、英雄の武器か…… うむ、ロマンがあって良いじゃないか。まさに未知を求める冒険だな」

 

 

 ツアレは半分ほど冗談で提案したが、思ったよりもモモンガが喰いついた。

 モモンガ自身強さよりもロールプレイに拘り、ネタビルドでロマンを求めるプレイヤーだった。加えて珍しいアイテムを集めるコレクター気質なところもある。

 この世界のアイテムのレベルはどれも低い。ユグドラシルでは使い物にならない物の方が多いだろう。だが、物語に登場する程の武器と聞いてモモンガは興味を持った。

 

 

「えっ、本気ですか?自分で言っといてなんですけど、あるかどうかも分かりませんよ?」

 

「四本もあるんだ、一本くらいは本当にあるんじゃないか? それに物語に出て来る物には大抵モデルがあったりするからな。その通りとはいかずとも、原典となった物なら見つかるかもしれんぞ?」

 

「うーん、でも確かにそうですね。冒険ってそういうものですよね。どうせ探すなら夢のある物を探しましょう!!」

 

「ふふっ、こういうワクワクするのは久しぶりだな。まるであの頃の仲間達と……」

 

 

 笑ったと思ったら急に黙ってしまったモモンガ。明らかに様子が変わり、ツアレはモモンガの顔を覗き込むようにして声をかけた。

 

 

「モモンガ様? あの、どうしたんですか?」

 

「いや、何でもない。嘗ての仲間のことを思い出しただけだ。いくつものダンジョンを共に踏破し、無数のアイテムを一緒にかき集めてきた…… 同じギルドに所属するかけがえのない仲間。そうであって欲しいと思い込んでいたけど、俺に本物の仲間がいたかは分からないがな……」

 

「モモンガ様……」

 

 

 仮面に隠された素顔――それは表情も何も無い骨だと分かっている。それでもツアレにはモモンガが悲しみを隠しているように思えた。こういった時なんて声をかけたらいいのかツアレには分からず、少しだけ会話に空白が出来た。

 

 

「なんてな、所詮は昔のことだ。さぁ、目標も決まったし早速出かける準備を始めよう!! 私は道具を鑑定する魔法も使えるから偽物をつかまされる事はないぞ。コンプリート目指して頑張ろうじゃないか」

 

「そうですね、伝説の装備を集める冒険。きっと凄い話になります!!」

 

 

 きっと過去に何かあったのだろう。

 モモンガの抱える何か。大切に思っていた仲間との何か。今のツアレにはそれに触れる勇気は無かった。

 しかし、モモンガが気を遣ってわざわざ明るく振舞ってくれているのだ。今はこのままその勢いに乗っかり、この先のどうやって探すかを二人で話し合うことにする。

 

 

「そうと決まればまずは情報収集だな。私はその話自体に全く詳しくはないからな、取り敢えず十三英雄の本を買い漁るか」

 

「いろんな種類がありますから、沢山買わないといけないですね。そういえばモモンガ様って文字が読めるんですか?」

 

 

 以前、街中で立ち入り禁止の看板を無視して突き進もうとしていたことを思い出した。

 当時のツアレも読み書きが完璧にできる訳ではなかったが、看板で使われるような重要な単語くらいは知っていた。モモンガに教材を買ってもらって勉強した今なら大体は読めるようになっただろう。

 

 

「いや、読めないぞ。マジックアイテムを使えば読めるから問題はない」

 

「モモンガ様こそ勉強した方がいいんじゃ……」

 

「勉強っていうのはな、若い時にしか身に付かないんだよ。だからツアレは今を大事にして頑張るといい」

 

「それっぽいこと言ってますけど、たぶん面倒なだけですよね」

 

「ははは…… それよりもだな、この後はリ・エスティーゼ王国の王都に行こうと思うがどうだ?」

 

「はい、それでいいですよ。王都なら本も沢山あると思いますし、行ったこともないので少し楽しみです」

 

 

 ツアレに確認を取り、特に問題無さそうだったので次は本屋巡りになるだろう。

 モモンガとツアレの次なる目的地はこうして決まった。

 

 

 

 

 王国の某所。

 まるで獣の雄叫びのような、それでいて悔しさを滲ませる声が辺りに響き渡っていた。

 

 

「くそっ、くそっ…… 畜生がぁぁぁ!!」

 

 

 全身痣だらけで叫ぶスキンヘッドの男――『屍収集家(コープスコレクター)』にボコボコにされたゼロである。

 

 

「負けた…… 言い訳のしようもない程に負けた。どうしようもない真実、俺がアイツより弱かった。ただそれだけの事だ…… だが、だがっ、奴は俺にトドメをささなかった!!」

 

 

 自分では勝てぬと悟ったゼロは這いずるようにあの場から逃げ出した。自分からケンカを吹っかけておいてなんと無様だろうか。

 思い出すのは過去の弱かった自分。

 何も守れず、奪われるだけだった日々。

 

 

「何故だ!? 弱者は強者に奪われる。強者は他者から奪うのみ、それが真実のはずだ!!」

 

 

 しかし、遠く離れた所まで逃げ延び、冷静になった時に気づいてしまった。アイツは自分をいつでも殺せた。だが殺さなかった……

 

 ――自分は見逃されただけだと。

 

 

「違う、違う…… もう何も奪われない為にも俺は強くなったんだ!! 鍛えて鍛えて鍛え抜いた!! 殴って殴って殴り続けた!! 俺は、俺はっ!!」

 

 

 見逃されたという事実――自分にはまるで奪う程の価値など無いと言われてるようで。

 奪わないという選択――それを出来ることが真の強者の在り方なのだと言われているようで。

 自分より弱い者を倒し続けて最強になれたと驕っていた。

 しかし結果は残酷である。自分は昔から何も変わっていない、本当の自分は強くなんてない。そう感じた自身の気持ちをゼロは必死に否定し続けた。

 

 

「そうだ、まだ俺は生きている。ならばまだ負けてない…… アイツから逃げたのは俺の心が、精神が弱かったからだ。ならば鍛えればいい!!」

 

 

 そこからのゼロの修行は苛烈を極めた。

 過酷な環境を彷徨い歩き、自身の弱さを捨て去ろうとした。

 それは他人から見れば一種の自殺行為とすら思えるものだった。

 

 ――何十、何百というアンデッドを殴り倒した。

 ――何千、何万という岩を叩き壊した。

 ――雪山の中を何の装備も付けずに走り続けた。

 ――出会った魔物は全て殴り倒した。

 

 

「グォォォォォォォッ!!」

 

(この程度ではダメだっ!! もっと自分を追い込むんだ!! 死の恐怖、さらにその先すら超えてみせる!!)

 

 

 ――雄叫びを上げながら雪山の斜面を拳だけで掘り続けた。

 ――毒草や有毒生物をロクな調理もせずに食べ続けた。

 ――木や岩が落ちてきても避けず、凍えるような滝に打たれ続けた。

 

 

「…………」

 

 

 来る日も来る日も数々の難行に挑み続けた。

 厳しい修行を繰り返す毎日。いつしかゼロの全身に刻まれていた呪文印(スペルタトゥー)は歪んでいった。複数の動物の呪文印が混ざり合い、別の物へと変化した。

 

 修行を始めてから一体どれほどの時が経っただろうか。

 顔から険しさが消え、眠るように座禅を組み続けていたゼロが唐突にその眼を見開く。

 

 

「……そうか。殴らぬ事が、暴力に屈しない心こそが強さだったのか」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、雲一つない空を見上げて決意を言葉にした。

 

 

「ならば俺は今日より名前を捨て、拳を封印しよう。武力を使わずに弱者を護ろう。この世の不幸を、理不尽に涙する者をゼロにする為に立ち上がろう」

 

 

 ――ゼロ、覚醒。

 

 

 ゼロは悟りを開いた。

 色々やり過ぎておかしくなったとも言う。

 

 

 

 



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本を買おう

 十三英雄の一人、暗黒騎士が使っていた漆黒の剣を集めることにしたモモンガとツアレ。

 少しでも手掛かりを得るため、十三英雄の物語を買いにリ・エスティーゼ王国の王都にやって来た。バハルス帝国に戻るとまた皇帝に捕まりそうな予感がして避けただけで、特にこの国を選んだ深い理由は無い。

 同じ物語でも書いた人によって内容が違ってくるし、物語だけではなく関連書物も数多く存在している。そのため色々な種類を集めようと、二人は王都中の本屋巡りをしている。

 

 

「あっ、モモンガ様、まだ見つけてないのありましたよ。これで37冊目ですね」

 

「思ったより多いな、いや多すぎる…… というかこれ利権とかどうなってるんだ? 二次創作的なの混じってないよな?」

 

「二次創作? よく分からないですけど200年も前の出来事が題材ですから。それに人気もあるので色んな人が書いてますよ」

 

「そうなのか、元の話に正確なのがあれば良いんだが……」

 

 

 この世界での著作権などは分からないが、沢山の人が同じ題材を元に書いているという事は分かった。

 回ってきた本屋の数も2桁はとっくに超えている。アイテムボックスに収納するのでいくら本を買おうが荷物にはならないが、この辺りで本の収集は一度辞めてもいいかもしれない。そんな事を考えた矢先の事だった。

 

 

「っ!?」

 

「どうしたツアレ?」

 

 

 次の本屋へ向かおうと店を出たツアレが急に立ち止まり、その顔を引きつらせた。

 その視線の先には薄汚れた格好をした子供が倒れている。ボロボロの服を着ていることから恐らくはスラムの孤児だろう。

 その子供の近くに立つのは身なりのいい男と複数人の取り巻き。

 きっと貴族だろう。男は地面に蹲る子供に何かを喚きながら蹴りつけている。巻き込まれないようにする為か、周囲の人は心配そうな顔をするものの誰も近付こうとはしなかった。

 この国では良くある光景の一つにすぎない。

 相手が貴族でなかったとしても、孤児の立場が弱いのはどこの世界でも当たり前だ。

 

 

「あの、あの子、助けてあげられませんか?」

 

「ふむ、普通に考えれば確実に厄介ごとに巻き込まれるだろうな」

 

「でも、モモンガ様。その、私の時は……」

 

「私が彼らをぶん殴れば止める事は出来るかもしれん。だが今度こそこちらが捕まるかもしれんぞ?」

 

「あっ……」

 

 

 モモンガはツアレの質問には答えなかった。

 仮面を付けた顔でツアレの方を見つめており、どんな表情をしているのかは分からない。

 

 

「それは…… でも、あんなの酷いです!! 困っているなら、助けてあげたいです……」

 

「ふふっ、ちょっと意地悪な言い方だったな。だがなツアレよ、困った人を全て助けるなんてことは無理だ。そんな都合の良い正義の味方なんていないんだ」

 

「そんな事は――」

 

 

 実際に都合よく助けてもらったツアレは、モモンガのその言葉を否定したかった。

 最初は神様だと勘違いしたが、ツアレにとってはモモンガこそ正義の味方だった。少なくともツアレの味方だった。

 ツアレはそれを伝えたかったのだが、ツアレの言葉を遮るようにモモンガは言葉を続けた。

 

 

「――だが、そう思う気持ちは大事にしてくれ。大人になると仕方のない事だと、建前ばかりが増えてくる。ああ、そうだ。本音を言えないような関係なんかじゃ、本物には手が届く訳もなかったんだ……」

 

「モモンガ様?」

 

 

 何かを考え込むような仕草をするモモンガ。

 それがどういう意味か分からず、ツアレもつられて考えこもうとする。

 しかし、答えを出す前にモモンガから急に無茶振りが飛んできた。

 

 

「ツアレよ、厄介ごとに巻き込まれずにあの子を助けるにはどうすればいいと思う?」

 

「えっ、でもどうしよう…… 私が代わりに謝ったら、許してもらえるでしょうか?」

 

「……くくくっ、はははっ!! ツアレは本当に素直だな。私なんかでは考えつかない方法だよ。そういう真っすぐな所は好きだぞ」

 

「もうっ!! 私は真剣なんですよっ!!」

 

 

 ツアレの提案を聞いたモモンガはあまりの真っ直ぐさに思わず笑ってしまった。自分に足りなかったのはコレだろうか?

 

 

「ふふっ、すまない。じゃあ、今回は普通じゃない方法を使うとするか」

 

「何をする気ですか?」

 

「まぁ、見ておけ。いや、見れないから気づいた時には問題解決かな。ここからは卑怯な大人が使う、ご都合主義の魔法の時間だ。〈時間停止(タイム・ストップ)〉」

 

 

 モモンガ自身はツアレのように誰彼構わず助ける気は無かった。モモンガの事だけを頼り切りになる様になっても、この先独り立ちした時に生きてはいけないだろう。

 だが、この子の純粋さに免じて今回だけは助けるのも悪く無いと、モモンガはこの世界では反則級の魔法を唱えた。

 

 

 

 

「うっ…… ここは、どこだ?」

 

 

 少年は目を覚ますとベッドに寝かされていた。

 貴族にボコボコにされた筈なのに自身の体には傷一つない。着ていた服も何故か綺麗になっていた。

 

 

「あっ、気がついた? 大丈夫? どこか痛いところはない?」

 

「ポーションがちゃんと効いたようで良かった。服も魔法で綺麗にしといたから大丈夫だとは思うが、何かあれば言ってくれ」

 

 

 全く状況を把握できない中、声をかけてきたのは自分より少し年上と思われる少女とローブを着た人物。ローブ姿の男はこの少女の親だろうか?

 仮面を付けているため表情は読めないが、自分を気遣ってくれているのは分かる。

 この二人が人攫いの類には見えないが、スラムで生きてきた少年は簡単には信じられない。

 

 

「なんで、俺を助けた? 俺は孤児だからお礼なんて出来ないぞ」

 

「何でって、困ってたから?」

 

「ツアレが助けたいと言ったからだな」

 

「そんなっ…… 嘘、だろ?」

 

 

 困ってたから助けた。そんな奴がいるわけない。

 今まで孤児として一人で生きてきた。ごく稀にご飯を恵んでくれる人がいたのは確かだ。だが、貴族に絡まれているところを助けてくれた人は誰もいなかった。

 

 

「信じられないのも無理は無いが…… まぁいいか。とりあえず自己紹介といこう。私の名前はモモンガ、こっちがツアレだ」

 

「ツアレです、よろしくね。あなたの名前はなんていうの?」

 

「名前……」

 

 

 仮面を外しながら挨拶してきた男は黒髪黒目の珍しい風貌だった。

 名前を聞いてきた女の子の顔は優しさに溢れていた。

 少年は聞かれた言葉を理解するのに時間がかかった。いや、意味は分かりきっている。

 だが、自分の名前を聞かれた事に驚いていたのだ。今まで自分の事を知りたいと、名前を聞いてきた人などいなかったから。

 

 

「クライム、です……」

 

「クライム。うん、良い名前ね」

 

「あ、ありがとう。ありがとう……」

 

 

 自分の名前を呼んでもらえた。何も持っていない自分が唯一持っているもの。自分の事を証明できるもの。

 この二人がどんな人かは分からない。それでもどうしようもなく温かく感じてしまった。

 少年――クライムは震える声で返事を返す。

 そのお礼は何に対してだったのか……

 

 

 

 

 クライムを助けてから一ヶ月程が経った。

 あの後クライムをどうするか話し合った結果、しばらくの間はモモンガ達と一緒に来る事にしたのだ。

 今は手ごろな宿に泊まりながら帝国とは違う街並みを散策したり、宿屋で勉強などそれぞれがやるべき事をこなしながら過ごしている。

 

 

「ツアレ姉さんは吟遊詩人になるのが夢なのですね。私も応援します!! 私は強くなって、みんなを助けられるような騎士になります!!」

 

「はいはい、強くなるのもいいけどお勉強もね。将来の為にも読み書きは大事よ。さぁ、一緒にやりましょ」

 

「はい!!」

 

 

 クライムはツアレの事を姉さんと呼び、二人はすぐに仲良くなった。

 元々妹がいたからかもしれないが、そう呼ばれてツアレも満更でもなさそうだ。

 ちなみにクライムの言葉遣いが変わっているのは本の影響である。読み書きの勉強のためにツアレと一緒にいくつか本を読んでいる内に、その一つに出てきた登場人物の騎士に憧れたようだ。

 モモンガはそんな二人の様子を微笑ましく思いながら、買い漁ってきた本を読んでいた。

 

 

「『漆黒の剣』『四大暗黒剣』この辺の名称はどの本でも変わらんか。うーん、この物語は過去にあった話の筈なのに妙だな……」

 

 

 十三英雄の本を片っ端から読み漁り内容を吟味していたのだが、何冊か読んでいると違和感を感じた。

 

 

(十三英雄は人間種だけのパーティじゃない。本によっても微妙に異なるが、種族混成のパーティだったのは間違いない筈…… なのに人間の活躍ばかりが目立つ。この世界の強さで考えれば、素の能力で勝る他の種族の方が活躍してもおかしくない筈だが……)

 

 

 まるで誰かが意図的に登場する人物を削ったようだ。

 どの本も出てくる人間の数は変わらないが、仲間の亜人種や異形種だけが居たり居なかったりするのだ。酷いものでは全てが人間に置き換わっていた。

 漆黒の剣を使っていた暗黒騎士は悪魔とのハーフだったようで、本によっては登場しないこともある。しかし、使った剣の名称がこれだけ広く伝わっているのはそれだけ有名だったのだろう。

 

 

「まぁ、この世界の情勢を考えれば仕方ないか。嫌いな種族より自分たちの種族が主人公の方がウケがいいんだろうな」

 

 

 あまり深くは考え込まずにモモンガは読書を再開した。買ってきた本はまだまだあるのだ。一々考えていては比較もできない。

 こうして三人の日常は穏やかに過ぎていく。

 一体冒険に出るのはいつになるのか……

 

 

 

 

 おまけ~出会って直ぐにバレました~

 

 

 ツアレに名前を呼ばれたクライムは何度もお礼を言い続けていた。

 余りにも感情が込められていたので、言われたツアレが驚くほどだった。

 

 

「あ、ありがとう。ありがとう……」

 

「そんな、助けたのはモモンガ様だから……」

 

「気にするな。ツアレが助けたいと言ったのがキッカケだしな。今頃あいつらは目の前で人が消えて驚いてるかもしれんが」

 

「モモンガ様、助けてくれてありがとう!!」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 

 助けられて感極まったクライムはもう一人の恩人――モモンガの手をガッシリと掴んでお礼を言った。

 しかし、どうにも感触がおかしい。自分が握っているのは本当に手なのか?

 武人の手のひらは堅いというがそんなレベルではない。

 血の通った暖かさがなく、妙に骨ばっているような……

 

 

「えっ!? 指がめり込んでる!?」

 

「あちゃぁ…… 手袋外して幻術で誤魔化してたけど、やっぱり籠手とか付けてた方が良かったかな。でもあんまりやり過ぎると不審者なんだよなぁ。部屋の中ではくつろぎたいし」

 

「えっと、クライム!? 大丈夫よ、モモンガ様の手はそういう仕様だから!?」

 

「ツアレよ、フォローになってないぞ」

 

「あーっ!? そうじゃなくてっ!? モモンガ様は魔法使いで骨でアンデッドだけど優しい人だから!? 人じゃないけど、私も助けてもらったから!?」

 

 

 ツアレがテンパってめちゃくちゃな事を言いだした。

 というかアウトだ。完全にモモンガの正体がアンデッドだとバラしてしまっている。

 

 

「あー、気づいてしまったかもしれんが私はアンデッドだ。だが、人を襲ったりとかはしないから安心してくれ」

 

「……」

 

「大丈夫よ、こう見えて拳しか使わないから!? 結構うっかりしててお茶目な所もあるから!?」

 

「それは今のお前だ、ツアレ」

 

 

 誤魔化せないと悟ったモモンガは幻術を解除しながらクライムに語りかけた。

 なんだろう、自分より慌てている人を見ると冷静になれる気がする。

 骨の顔は流石に怖かったのか、クライムは俯いてしまった。ツアレの時とは状況も違うし仕方のない事だろう。

 そんな状況からどうしたらいいか分からず、ツアレは涙目になってあたふたしている。

 こういう突発的な事にはいい加減慣れたと思っていたのだが、まだまだ子供だったようだ。

 

 

「……凄い!! アンデッドが人助けだなんて!! 路地裏のおじさんが言ってたんだ。アンデッドは生きてる人を襲ってくるって。でも違ったんだ!!」

 

「待てクライム。怖がらないでくれるのは有難いが、そのおじさんの言ってることはあってるぞ。アンデッドに近づくとか普通はやっちゃダメだからな?」

 

 

 ロクな教育を受けてこなかった弊害、ここでは幸いというべきか。クライムはあっさりとモモンガを受け入れてしまった。

 むしろ目をキラキラと輝かせ、ヒーローを見るような視線を送ってくる。

 

 

「そうよ、モモンガ様は悪人を殴り飛ばす正義の味方なんだから!?」

 

「正義の味方なの!? じゃあ俺も死んで骨になる!!」

 

「ツアレ、いい加減に落ち着け!! 収拾がつかない!! クライム、その年で自殺宣言はやめなさい!!」

 

「分かった、じゃあ普通に人助けが出来るようになるよ!! モモンガ様みたいに!!」

 

「クライム、その志は立派だけどモモンガ様は普通じゃないのよ」

 

 

 その日はクライムに色々説明するのに丸々一日を使い切った。

 だが結果オーライと言うべきか、三人はそのまま直ぐに打ち解けたのだった。

 

 

 

 



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クライムのやりたいこと

 クライムを助けてからモモンガ達の日常は穏やかに過ぎていった。

 漆黒の剣を探すと決めてから全然冒険に出かけていないが、もちろんツアレは吟遊詩人になる事を諦めてはいない。街にいる吟遊詩人の話を聞きに行ったり、短い物語を書いてみたりと独自に努力を続けている。

 

 

「おはようございます。今日はいつもより起きるの早いですね、モモンガ様」

 

「おはよう、ツアレ。偶々早く目が覚めたんでな。クライムはまだ寝てるのか?」

 

「はい、昨日も遅くまで勉強してたみたいです」

 

「そうか、まぁ熱心な事はいい事だろう。もう少し経っても起きなかったら声をかけよう」

 

「そうですね。朝ごはんの時間までは寝かせときますか」

 

 

 クライムはあれから毎日ずっと勉強や筋トレをしていた。

 最初は魔法を教えてほしいと言われたのだが、残念ながらモモンガにはその術が無かった。なので取り合えず強くなる手段として、身体を鍛える方法だけ伝えたのだ。

 子供の頃に無理をしすぎると身体の成長に影響すると聞いた事があったので、嘗ての仲間から聞いたうろ覚えな知識でトレーニングに制限だけはかけている。

 普段の様子を見たところクライムは別に要領が良いわけではなく、頭も特別優れているわけでは無いだろう。

 だが、愚直なまでに努力する姿勢は素晴らしいと思った。

 

 

「そういえばモモンガ様は十三英雄の本を読んでましたよね。なにか使えそうな情報はありましたか?」

 

「ああ、今のところ確実と言えそうなのは剣の名前くらいだな。『邪剣・ヒューミリス』、『魔剣・キリネイラム』、『腐剣・コロクダバール』、『死剣・スフィーズ』どれも能力も見た目もハッキリしないがな。漆黒の剣と呼ばれているから黒っぽい色なんだろうが……」

 

 

 本に書いてある記述も様々である。

 斬ったら死ぬ。決して治らない呪いの傷を与える。使い手の精神を乗っ取るなど、如何にも魔剣にありそうな効果がその本それぞれに合った表現で書かれていた。

 

 

「おはよう、ございます……」

 

「おはよう、クライム。ご飯の前に顔だけ洗ってシャッキリしてきなさい」

 

「おはよう。頑張っているのは偉いが無理は禁物だぞ、クライム」

 

 

 まだまだ眠そうなクライムが起きてきた。遅くまで勉強していたのにしっかり起きてくるのは、日々の習慣からだろうか。

 部屋で朝ごはんを食べながら、これからの事について雑談も交えて話している。

 買い漁った本は粗方読むことが出来たため、そろそろ冒険を再開させようとモモンガは思っていた。

 どうせどの剣を探すにしても今の時点では情報が不足している。そこでモモンガは最初はどの剣を探すか子供の直感に任せてみる事にした。

 

 

「ツアレ、クライム。そろそろ漆黒の剣を探しに行こうと思うのだが、どれが良い?」

 

「どれが良いって、そんなご飯のおかずを決めるみたいに言われても……」

 

「モモンガ様、一番強い剣はどれでしょうか?出来れば最強の剣が良いです」

 

 

 クライムの正確な年齢は分からないが、年頃の男の子らしい意見が出てきた。

 やはり強さに憧れがあるのだろう。

 

 

「どれが最強かは比べてみないと分からんが…… 『死剣・スフィーズ』はどうだ? 本に書いてある通りなら、少しでも斬ったら相手は死ぬらしい」

 

「おおっ!! 凄い強そうです」

 

「暗黒騎士はそれで魔神の一人を倒してるんですよね。だったら最初はそれにしてみませんか?」

 

「決まりだな。第一目標は『死剣・スフィーズ』だ。今度は本だけじゃなく、足を使って情報を集めるとしよう」

 

 

 特に揉める事なく最初の目的は『死剣・スフィーズ』に決定した。

 三人でどんな剣か想像を膨らます中、ツアレがふと口を開く。

 

 

「一体どんな剣なんでしょうね。毒が塗ってあるだけ、なんてオチじゃなければ良いんですけど……」

 

「危険なフラグだな…… いや、それなら毒剣とか名前が付くはず……」

 

「いやいや、きっと凄い死の魔法の力が込められているに違いありません!!」

 

 

 ツアレの現実的にありそうな予想に対して、クライムのはロマンに溢れた意見だった。

 

 

「使っただけで相手が死ぬ魔法は流石にどうなんでしょう…… 実際に使えたら十三英雄超えちゃいますよ」

 

「あったらカッコいいと思ったのですが……」

 

「私は使えるけどな」

 

「モモンガ様、拳は魔法に含まれませんよ」

 

「本当なのに…… まぁいいか、使う機会なんて来て欲しくないし」

 

「ところでモモンガ様。魔法が使えるのに情報収集は何故魔法で行わないのでしょうか? そちらの方が効率が良いと思ったのですが」

 

「いや、クライムの言う事は最もだが、あまり魔法ばかりに頼っても楽しくないからな。それにツアレの冒険譚を書くためにも、使うのは控えようと思ってな。地道にコツコツと進めていくのも冒険の醍醐味さ」

 

「流石ですモモンガ様。ちゃんと理由があったのですね」

 

「最初はスタート直後にゴール地点にワープしてましたからね…… じゃあ、モモンガ様は魔法と拳はどっちが得意なんですか?」

 

「いや、拳って…… 魔法に決まっているだろう。〈転移門(ゲート)〉とか見ただろ? あれはこの世界だとかなり凄いと思うんだけどなぁ……」

 

 

 おかしい。ツアレの目の前で結構魔法を使った筈なのに、私に対して修行僧(モンク)みたいなイメージを持たれていないか?

 職業レベルは魔法職関連で全て埋まっているし、私はどこを取っても完璧な魔法詠唱者(マジックキャスター)なんだが……

 年中ローブ姿のモモンガはもっと魔法使いらしさを演出するべきかと、ほんのちょっとだけ悩んだ。

 

 

 

 

 情報収集といったら酒場。

 モモンガは古き良きゲームの鉄板に則り、近くにある酒場にやって来た。

 流石に子供を連れてくるような場所では無いため、ツアレとクライムは宿でお留守番である。

 時間も早い為、店内にはそれ程客がいるわけではない。それでも店に入った途端に周囲からの視線が刺さる。

 ローブ姿に顔にはよく分からない謎の仮面、おまけに籠手まで付けていればそうなるだろう。

 店主に適当に飲み物を注文しながら、世間話をするかの様に話しかけた。

 

 

「店主よ、私は十三英雄の物語に興味があってな。中でも漆黒の剣に纏わる話が知りたいのだが、何か面白い話はないか?」

 

「アンタ見ない顔、つか仮面だな。まぁいい、面白い話ねぇ…… あっ、そうだ!!」

 

 

 店主は一瞬変なものを見たような顔をしたが、変わった客には慣れているのかそのまま対応してくれた。

 

 

「アンタここら辺の人じゃないんだろ? 『蒼の薔薇』は知ってるか?」

 

「蒼の薔薇? いや、すまないがそちらの言う通りだ。田舎から来たので詳しくは知らない。それは一体何なんだ?」

 

「ウチの国では有名な冒険者チームさ。しかも女だけのな、別嬪さんも多いぞ」

 

 

 余程の有名人なのだろう。そんな冒険者を知らない人に言えるまたと無いチャンスの為か、店主は楽しそうに話し続ける。

 

 

「そこのリーダーは若いがまた一段と綺麗なもんでよ。神官で更になんと魔剣の使い手なんだ!! その剣の名前が確か『魔剣・キリネイラム』だったかな」

 

「漆黒の剣の一つじゃないですか!? 現存する物があったんですね。確かにそれは凄い……」

 

「全く若いのに大したもんだよな。まぁ一応忠告しておくが、本人を探して聞きにいったりはするなよ? 冒険者の装備やら魔法やらを聞くのはご法度だ」

 

「ええ、その辺は分かっていますよ。いやいや、非常に興味深いお話でした」

 

「そりゃ良かった。それにしてもアンタ、田舎から出て来たって言う割には丁寧な物言いだな。おっと、客にあれこれ詮索するのも野暮だったな」

 

「いえいえ、出来れば他の剣に纏わる話も聞きたいのですが。死剣・スフィーズや邪剣・ヒューミリス、腐剣・コロクダバールなどについても何かありませんか?」

 

「死剣に邪剣ねぇ、どこぞの邪教集団を思い出すから余り良さそうな物には思えないなぁ」

 

「邪教集団? 何ですかそれは?」

 

「こいつは余り大っぴらに話す事でもないんだが…… 『ズーラーノーン』って名前の秘密結社があるんだ。詳細は分からんが怪しげな儀式だったり、アンデッドを使って色々やらかしてるらしい」

 

(秘密結社なのに名前がバレバレかよ…… 意外とこの店主が情報通なだけか?)

 

「そいつらは負の力にアンデッド、死の力やらを使うような集まりだ。とんでもねぇ強さの盟主が居るようだし、噂じゃ帝国の逸脱者でも使えないような死の魔法を使うとか」

 

「帝国の逸脱者を超えるとは、恐ろしいですね……」

 

「全くだ。まっ、ただの噂だがな!!」

 

 

 その後も店主との雑談を続け、漆黒の剣やその他にも重要な話を聞くことが出来た。

 満足げなモモンガは店主にお金を払い、お礼を言って店を出た。

 

 

「あっ、お酒飲むの忘れてた」

 

 

 仮面を着けっぱなしだったのでしょうがない。

 貧乏性のモモンガは勿体ないことをしたと思いながらも、今更店に戻るのもアレなのでそのまま宿に戻った。

 

 

 

 

「――と、いうわけで『魔剣・キリネイラム』は既にちゃんとした持ち主がいるらしい。コンプリートは無理だったな」

 

「そうですか…… でもでもっ、本当にあるって分かっただけで十分です。残りもきっとあるはずです!!」

 

「そうだな、実際に見てはいないが一本あったんだ。きっと残りもあるだろう。それでだ、クライム。お前はどうする?」

 

「えっ、どういう事ですか?」

 

「朝にも言ったが、私達はそろそろ冒険に戻ろうと思う。だが、これは危険な旅になるかもしれん。一緒に来たいと言うのならそれでも構わない。ただし、もし一緒に来たいならそれ相応の理由を聞かせてくれ。別に付いて来ないからといって、そのまま直ぐに放り出すような事はしないと約束する」

 

「俺、私は……」

 

「急に言われて困惑しているかもしれんが、これは大事な事だからしっかり考えて欲しい」

 

「……」

 

 

 子供には難しい話だろう。クライムはツアレよりも年下なのだし仕方のないことだ。

 だが、モモンガはこのまま連れて行くつもりは無かった。自分の意思で決めもせず、危険な冒険など連れて行けるはずもない。

 クライムはその場しのぎの返事をする事なく、答えを出そうと必死に考えている。

 モモンガもこの場で答えられなければ、少しの間猶予期間を与えるつもりではあった。

 

 

「クライム、お前の夢はなんだ? やりたい事はなんだ?」

 

「夢…… 俺の、私の夢は騎士になる事です」

 

「身分の無い者が騎士になるのは難しいぞ? それでも目指すのか?」

 

「はいっ!! 努力し続ければきっとなれます」

 

「本を読んで憧れただけだろう? クライム、それは架空の存在だぞ。それでもやるのか?」

 

「はい。例え本の中の存在でも、憧れたのは嘘ではありません。私は本物の騎士になって、人を助けられるような存在になりたいです」

 

「そうか…… お前は凄いな……」

 

 

 モモンガはツアレの夢を聞いた時と似た感情を覚えた。

 自分もツアレやクライムと同じような年齢の時から一人で生きてきた。

 だが、現実で生きる厳しさを知った後で、同じように夢を持つことが出来ただろうか。

 クライムはスラムで暮らしていた子供。幼くとも現実の、生きる事の厳しさは十分に分かっている筈だ。

 それでも彼の目は夢に、希望に満ち溢れて輝いているのだ。

 

 

「それならもう何も言わない。私はクライムの夢を応援するよ。手助け出来ることは多くないが、騎士になる道筋を考える事くらいならしよう」

 

「ありがとうございます!!」

 

「でもモモンガ様、騎士になる方法なんて知ってるんですか?」

 

「そうだな、一つだけ身分を問わず騎士になれる方法があるかもしれん」

 

「身分を問わず?」

 

 

 ツアレはモモンガの言ったことに半信半疑なのか、頭上にはてなマークが浮かんでいた。

 

 

「さて、二人とも。出かける準備をするぞ。クライムの紹介と合わせて冒険前に一稼ぎするとしよう」

 

「何処へ行くんですか?」

 

 

 モモンガは仮面の下でニヤリと笑う。

 実際の表情は骨のままなのだが、幻術で覆っていればその顔は確実に笑っていただろう。

 

 

「――帝国だ」

 

 

 



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モモン・ザ・ダークウォリアー

 バハルス帝国の帝都アーウィーンタールにある大闘技場。

 連日人で賑わっているこの場所であるが、今日はいつにも増して熱気と歓声に包まれている。

 観客が見つめる視線の先には二人の戦士が激しい闘いを繰り広げていた。

 一人は南方由来の珍しい剣、刀を装備した男。この闘技場で無敗を誇る天才剣士、エルヤー・ウズルスである。奴隷のエルフもチームメンバーとしてその場にはいるが、特に戦いに手出しはしていないようだ。

 それに相対するのは全身に漆黒のフルプレートを纏った謎の人物。その名をモモン・ザ・ダークウォリアー。もちろん正体はモモンガである。

 両手で持つのがやっとであろう巨大なグレートソードを二刀流で使うという、常人には不可能な荒業で観客を大いに沸かせている。

 

 

「ハァッ!!」

 

「甘いですよ!!〈縮地改〉!!」

 

 

 エルヤーに向かって振り下ろされた二本のグレートソードはアッサリと躱され、振るわれた勢いのまま地面を大きく凹ませた。

 エルヤーの使う武技〈縮地改〉は移動系の武技である。地面を滑る様に俊敏に移動して、先程からモモンガの全ての攻撃を難なく躱していた。

 

 

「ふむ、アダマンタイト級のアイツらよりも粘るな。単に相性の問題か?」

 

「貴方の剣は掠りもしないというのに、考え事とは余裕ですね。それに何ですかその太刀筋は? 棍棒でも振り回しているつもりですか?」

 

「まぁ普段はこんなの使う事ないからな」

 

「全く酷い負け惜しみだ。武技すら使わないなんて、私を馬鹿にするのも大概にして欲しいですね」

 

「そちらこそ私を何度も斬りつけているが、本当に力を入れているのか? 痛くも痒くもないぞ。もっと筋トレして筋肉をつけた方がいいんじゃないか?」

 

「このっ!! ど素人の棒振りがぁ!!」

 

 

 モモンガの自分を棚に上げた簡単な挑発にエルヤーはキレた。

 明らかにこちらの方が剣の技量は上。身体能力では負けているかもしれないが、総合的に見て自分の方が遥かに強いとエルヤーは判断していた。

 それなのに相手がまるでこちらを格下の様に扱うのだ。元々気の短いエルヤーがキレない理由はなかった。

 

 

「お望み通りその鎧ごと真っ二つにしてあげますよ!!〈能力向上〉〈能力超向上〉!!」

 

 

 エルヤーは武技を重ねがけしていき、どんどん身体能力を上げていく。

 だが、それだけでは終わらない。

 

 

「まだだっ!! お前達、魔法を寄越せ!! 早く強化しろ、この屑ども!!」

 

「武技の重ねがけに、補助魔法か……」

 

 

 エルフ達の魔法によってエルヤーが強化されるのを見ても、モモンガは何もしない。

 内心奴隷に対する扱いに少し苛立ちを覚えたが、余裕の態度を崩さず棒立ちで見守るだけだった。

 

 

「お待たせしました。これで貴方には万に一つの勝機も無くなった……」

 

「お前はぶっ飛ばしても許されそうな気がするな。それに、それだけやってもそんな程度か……」

 

「減らず口がっ!! その余裕の態度、身体ごと切り落としてあげますよ!!〈縮地改〉!!」

 

(剣一つ満足に振れない筋肉バカがっ、その首貰った!!)

 

 

 エルヤーはモモンガの死角に回り込み、その首に目掛けて刀を振るう。

 例え今から反応しても重いグレートソードでは防御は間に合わない。エルヤーは完全に勝利を確信した。

 

 

「甘いですよ、と〈絶望のオーラⅠ〉」

 

「なっ――!?!?」

 

「そこだぁっ!!」

 

「グァーーーッ!?」

 

 

 モモンガはエルヤーが自分の視界から消えた瞬間に特殊技術(スキル)を発動した。

 更にその場で一回転しながら剣を振り回す。

 〈絶望のオーラⅠ〉を受けて一時的に硬直したエルヤーは、ちょうどグレートソードの平たい部分に直撃して吹き飛んだ。

 何度も同じ技を見せられたのだ。モモンガにとってタイミングを合わせることなど造作もなかった。

 

 

「ジャストミートだ。いや、こういう時はホームランと言うのだったかな」

 

 

 エルヤーは白目を剥いて地面に転がっており、起き上がってくる様子はない。

 周りのエルフも戦う気は無いようだった。

 

 

「決着っ!! 今まで無敗を誇ってきた天武のエルヤー・ウズルスが、本日初出場の剣士に敗れたぁぁ!! モモン・ザ・ダークウォリアー、いったい何者なんだぁぁ!?」

 

 

 謎の剣士の勝利に観客席は湧き上がり、司会者は大いに声を張り上げる。

 これなら良い宣伝になっただろうとモモンガはうんうんと頷いた。

 その後もモモンガは試合に出続けた。

 連戦連勝、更にはどの試合も派手な立ち回りをする事で会場を盛大に盛り上げ続ける。

 結局モモンガは一度も負けることなく、その日の試合が全て終わった。

 

 

「ふぅ、これだけやれば十分だろう。殺さない様に手加減するのも大変だ…… さて、二人とも待ってるだろうし、さっさと戻るか」

 

 

 こうしてモモンガは目的を達成し、おまけに今回も大金を手に入れることに成功した。

 

 

 

 

「モモンガ様、いきなり闘技場に行くなんてどういう事ですか?」

 

「言っただろう? クライムを騎士にする方法があると」

 

「いったいどういう事でしょうか? 騎士を探していたのですか?」

 

「全然分かりません。それならどうしてモモンガ様が戦ってるんですか……」

 

 

 ツアレとクライムは闘技場でモモンガの試合をずっと観戦していた。試合が終わった後はモモンガと合流して三人で適当な宿屋に泊まっている。

 二人はモモンガが戦っていた理由が分からないため、宿の部屋に入るなりモモンガに質問をぶつけてくる。

 

 

「まぁ明日になれば分かる。それよりもどれくらいの当たりになったんだ? ツアレもちゃっかり私に賭けてたんだろ?」

 

「それは!? その…… 闘技場に行った記念、というか…… モモンガ様は絶対に勝つって、思ってましたし……」

 

 

 こっそり賭け事をやっていた事がバレたからか、それともモモンガに賭けていた事を見抜かれたからか。ツアレはそっぽを向きながら、段々と尻すぼみになっていく。

 

 

「ふふっ、お小遣いの使い道は好きにしたら良いさ。その年で賭け事というのは余り良くないかもしれんが、私を信じてくれたという事で良しとしよう」

 

「う〜、もうっ、なんかズルイですモモンガ様!!」

 

「はっはっは、大人というのはズルイのだよ。骨になっても変わらんよ。さぁ、クライムも今日は早く寝なさい。ツアレは明日は多分お留守番かな?」

 

「もう、全然意味が分かりません……」

 

「分かりました、モモンガ様。おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 クライムはよく分かってなさそうだが、言われた通り早々にベッドに入っていった。

 

 

 

 

 翌朝、モモンガは部屋の窓から下の通りを見る。

 そして、宿の前に馬車が停まっているのを発見した。

 予想通りの光景に楽しくなり、思わずガッツポーズが出てしまう程だった。

 

 

「よし、ビンゴだ」

 

「朝から何言ってるんですか?」

 

 

 

 

 通された応接室で高級そうなソファーに腰掛けている二人組。

 その格好は高級なこの部屋には余りにも似合わない。漆黒のフルプレートを装備した戦士と短髪の少年である。

 対面には若いがカリスマ的な風格を感じさせる青年。非常に整った容姿をしており、こちらに爽やかに笑いかけている。

 

 

「わざわざ来てもらってすまないね。この場は非公式なものだから、気にせず楽にしてくれたまえ。知っているとは思うが、まずは自己紹介をさせてもらおう」

 

(うん知ってる。イケメン皇帝ジルクニフだよな。二度目だし慣れたぞ。今回は心構えも準備もバッチリだ)

 

(モモンガ様!? 何故いきなり皇帝と会うことに!? というか何でモモン・ザ・ダークウォリアーの格好を!?)

 

 

 二度目のモモンガは余り緊張しておらず、むしろ自然体で戦士モモンになりきる事だけを考えていた。前回と違う所といえば皇帝の側で控えている人物が違うくらいだろうか、あとは連れてこられたクライム。

 何も知らされていないクライムは皇帝を目の前にして、誰が見ても分かるくらいガチガチに緊張している。

 

 

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

 

「初めまして皇帝陛下、私は旅をしながら武者修行をしております。モモン・ザ・ダークウォリアーといいます。モモンとお呼び頂ければ幸いです」

 

「ク、クライムです……」

 

 

 モモン・ザ・ダークウォリアーことモモンガは皇帝に呼び出された。

 理由も流れも分かりきっているのでその辺は割愛する。

 

 

「実は君が出場した日に私も闘技場にいてね。いやぁ、実に素晴らしい戦い振りだったよ」

 

「皇帝陛下に直接見て頂けたとは…… ありがとうございます」

 

「さて、武人である君には長い前置きは要らないだろう。率直に言わせてもらうよ。モモンよ、私の所で働かないか? 君の実力なら直ぐに上にいけるだろう。騎士になる事だって夢じゃないぞ?」

 

「有難いお言葉です。しかし、私は一つの場所に留まる訳にはいかないのです」

 

「そうか、それは残念だ」

 

「ええ、なので代わりにこの子を雇うのはどうでしょうか?」

 

「えっ!? ちょっとモモン様!?」

 

 

 急な展開にクライムは全くついていけない。モモンガと呼ばずにモモンと呼べたのは奇跡だろう。

 

 

「ふむ、君ほどの戦士が推薦するとは…… だが、そう簡単にハイ分かったと頷く訳にはいかない。私は身分や過去、もちろん年齢にも拘らないが、我が帝国は実力主義だ。その子供には何ができる?」

 

「何も出来ません。しかし、全て出来ます」

 

「……よく意味が分からないな」

 

「クライムは努力で可能な範囲なら、必ず全て出来るようになる筈です」

 

「それは只の凡人ではないのか?」

 

「いえ、違います。武術で言うのならば、どんな武器や武技でも人並みに使えるようになるでしょう。学問ならば、どの分野でも人並みに理解できるでしょう。そしてその思いは他の全てを圧倒するでしょう」

 

「なるほど、言いたいことは分かった。だが、君は何故そう思う? その子が実際に何かするのを見た訳じゃないだろう?」

 

「この子の目に夢を見たからです」

 

「……」

 

 

 今までスムーズに問答をしていた中で初めて皇帝が黙った。

 クライムは先程から会話に入れず、二人の様子を固唾を呑んで見守っている。

 僅かな沈黙が部屋の中を支配したかに見えたが、ジルクニフは急に口元を手で覆った。

 なぜだか身体も少し小刻みに震えているようだ。

 

 

「……くっ、くっ、あははははっ!! 夢ときたかっ!! まさかそのような事を言われるとは思ってもみなかったよ…… 私の元に自身の力を売り込みに来る者は多いが、君のような者は初めてだ」

 

 

 ジルクニフは心底楽しそうにそう言った。

 そして、今まで見ていなかったクライムの方を向いた。

 

 

「クライムといったな。先も言ったが我が帝国は実力主義だ。使えないのならば切り捨てる。それでも私の為、この国の為に働く気はあるか?」

 

「はい。私は騎士となり人々を救えるその日まで、決して諦めません」

 

「人々を救うために騎士を目指すか。……確かに良い目をしている。ならば這い上がってくるがよい。それが出来ればお前を私の騎士に加えよう」

 

「ありがとうございます!!」

 

「ふっ、バジウッド・ペシュメル。この者はお前に任せる。必要なものを全て叩き込んでやれ」

 

「はっ!! 陛下のご期待に沿えるよう、必ずや立派に鍛え上げてみせます!!」

 

 

 その後ジルクニフは挨拶もそこそこに部屋から居なくなった。

 そのタイミングで後ろに控えていた騎士の一人、先程バジウッドと呼ばれていた男がクライムの肩を叩きながら挨拶を交わす。

 

 

「よろしくなクライム。陛下はあんなだからな、実力さえ付ければあっという間に騎士になれるさ。俺がなれたんだ、保証するぜ」

 

「はいっ、よろしくお願いします!!」

 

 

 バジウッドも元々身分不詳からの成り上がりで騎士になった男である。

 クライムの教育者としては適任だろう。

 こうしてクライムは夢の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 クライムはこれから帝国で頑張っていく事になる。

 そのため二人とのお別れの挨拶をしていた。

 

 

「モモンガ様、ツアレ姉さん。本当に、本当にありがとうございました……」

 

「ちょっと手助けしただけだ…… 私が出来るのはここまでだ。後はお前の努力次第さ」

 

「私も頑張るから、クライムも頑張ってね」

 

「はいっ!! 救ってもらったこの命は無駄にはしません。絶対に、絶対に夢を叶えてみせます……」

 

「ふふふっ、ではクライム。お前の成功を祈ってこれをやろう、餞別だ」

 

 

 モモンガがクライムに差し出したのは、小さな宝石の付いた指輪だった。

 ユグドラシルではよくある魔法を込められるタイプのアイテムである。

 同系統のアイテムである魔封じの水晶より優れている部分が無い訳ではないが、指輪という特質上装備枠を一つ潰すことになる。そのため魔封じの水晶の劣化版と言われた不人気アイテムの一つだ。

 

 

「これには私の魔法が込めてある。一日にたった一度だけしか使えない、いつ壊れるかもわからん。だから、本当に必要な時に使いなさい。まぁ、ちょっとした御守りだな」

 

「ありがとうございます…… 私は二人のことは絶対に忘れません!! また、会いましょう。その時は物語の騎士に負けないような、人々を助けられる騎士になってますから!!」

 

「クライムが立派な騎士になれたらまた会いましょ。元気でね!!」

 

 

 クライムは二人と過ごした短くも大切な思い出、そして受け取った指輪を胸に自分の人生を歩き出した。

 まだ幼い彼には多くの困難があるだろう。

 しかし、彼はどんなに時間がかかろうが諦めずに乗り越えるだろう。

 

 

「ほんの少ししか一緒にいなかった筈なのにな…… クライムは出会った頃から直ぐに成長してしまったな」

 

「そうですね。それに、やっぱりちょっと寂しいです……」

 

「そうだな…… だが、クライムは自分の夢をきっと叶えるはずだ。ツアレも負けてられないぞ。さぁ、寄り道だらけだったが冒険の再開だ!!」

 

「はいっ、モモンガ様!!」

 

 

 

 

 ジルクニフは執務室で仕事をこなしながら、いつになく上機嫌だった。

 それは周りで仕事をしていた秘書官にも伝わるほどだ。

 

 

「陛下、どうされたのですか? 何やらご機嫌のようですが」

 

「今日、新しい部下が増えてな。今はまだ使い物にならんが面白そうな子供だ。きっと将来役にたつぞ」

 

「それは良うございました。陛下にそう言わせるとは余程の才がお有りなのですね」

 

「それはどうだろうな。いや、恐らく才能は無いかもしれん。だが、あれは化ける。これは私の勘の様なものだがな……」

 

「陛下がそのような曖昧な理由で部下になさるのは珍しいですね」

 

「まぁ、ちょっとした打算ありきだよ。それに偶にはこういった投資も悪くない。私にデメリットはほぼ無いのだからな」

 

 

 ジルクニフは勘だと言っているが、あの少年が成長する事を確信しているかの様な目をしていた。

 

 

「本当に面白い男だ。いったい次はどの様な力を見せてくれるのかな。また会える日が楽しみだよ、()()()()……」

 

 

 

 

 



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有力な手掛かり

 クライムと別れたモモンガとツアレはエ・ランテルにやって来ていた。

 クライムが夢を叶えるべく歩み出した姿を見て、ツアレも吟遊詩人になるため一層やる気を出している。

 モモンガはそんなツアレを変わらず応援しているのだった。

 

 そして、二人は今……

 

 

「モモンガ様、私達は今何をしているんでしたっけ……」

 

「ん? 寄り道のし過ぎで忘れたのか? 漆黒の剣の一つ、『死剣・スフィーズ』を探しているんだぞ。此処には手掛かりを探しに来たんだ」

 

「ですよね、手掛かりを探しにきたんですよね。ならどうしてこんな場所に? お墓しかありませんよ」

 

「それは『ズーラーノーン』のアジトとやらを探しているからだぞ」

 

「それモモンガ様が言ってた危ない秘密結社ですよね!?」

 

「邪教集団なら漆黒の剣の情報を持ってる気がしないか?」

 

「そんなテキトーな理由で!?」

 

 

 ツアレは思う。最近モモンガ様の勢いが凄い。

 思い立ったらすぐ行動というか…… いや、よくよく思い返してみると元々その傾向はあったかもしれない。

 クライムと過ごし、そして別れた事でモモンガにも何か変化があったのだろうか。

 モモンガが楽しそうにしている事自体はツアレも嬉しい。

 しかし、もうちょっとやる前に相談して欲しいと思うのだった。

 

 

「死の魔法と漆黒の剣の能力って似てると思わないか?」

 

「確かに似てるかも知れませんけど……」

 

「死の魔法、これは即死魔法の事だと予想出来る。だが、それは第8位階以上の高位の魔法の可能性が高い。その場合この世界の魔法詠唱者(マジックキャスター)が使えるレベルからは離れすぎている。盟主とやらは本当にそんなのが使えると思うか?」

 

「あくまで噂なんですよね? でも、噂があるって事は近い事が出来るとか……」

 

「ああ、その可能性はある。あとはマジックアイテムを使っているとかな」

 

 

 盟主が本当に自力で即死魔法を使えるレベルなら、国によっては単騎で落とせているだろう。違うとすれば後はアイテムを使っている可能性がある。

 モモンガはそのアイテムこそ、漆黒の剣の一つ『死剣・スフィーズ』ではないかと思ったのだ。

 

 

「モモンガ様って魔法の事になると詳しいですよね。まるで専門家みたいです」

 

「いや、私の本職は魔法詠唱者だが…… っと、あったぞ。あそこがアジトになっていると噂の場所だな。さてさて、今回の酒場の情報はどうかな」

 

「酒場……」

 

 

 たどり着いた場所はエ・ランテルの共同墓地の最奥。そこにある建物が目的地である。

 全体的に明るい白色を基調としているが、枯れた木々など周りの雰囲気と合わさってどうにも不気味さが滲み出ている。

 

 

「うう、やっぱり怖いです…… いきなりゾンビとか出て来て襲って来たりしませんよね?」

 

「ゾンビくらいもう慣れたものだろう? カッツェ平野で沢山会ったじゃないか」

 

「何度見ても怖いものは怖いんですっ」

 

 

 少しでも離れる事が怖いのか、ツアレはモモンガのローブの裾をしっかりと掴んでいる。

 モモンガもそんなツアレの歩調に合わせてゆっくりと進んでいった。

 

 

「私もアンデッドなんだがなぁ……」

 

「モモンガ様はほら、モモンガ様じゃないですか」

 

「ツアレよ、全く説明になってないぞ」

 

 

 吟遊詩人がその語彙力で大丈夫かと、墓地を歩きながらモモンガは呑気に考えていた。

 扉を開き建物の中に入ると明かりはほとんど無く、扉を閉めると部屋全体はかなり薄暗い。

 とりあえず辺りを物色しようと思ったが、部屋の奥から物音が聞こえてきた。

 何が出てくるかは分からないため、モモンガは緩んだ思考を切り替える。

 

 

「こんな所に何の用だ? お前達は冒険者か?」

 

 

 奥から出て来たのは赤紫のローブを着た丸坊主の男。髑髏の首飾りに杖まで持って、見た目は悪い魔法使いそのものだ。

 しわがれた声からはこちらを歓迎している様子はまるで感じられない。

 

 

「ひっ!? モモンガ様やっぱり出ましたよ、エルダーリッチです!?」

 

「まだアンデッドにはなっとらんわ!!」

 

「まだ? とりあえず落ち着け、ツアレ。よく見ろ、顔色が悪くて毛の無い普通のおっさんだ」

 

「えっ、本当だ。ごめんなさい、暗くてよく見えてなくて…… てっきりアンデッドかと勘違いしちゃいました」

 

 

 モモンガはアンデッドのため暗い所でもハッキリと見える。更には自身の能力でアンデッドの感知も出来る。

 能力を過信するのは禁物だが、目の前の相手がアンデッドでは無いと判断していた。

 もっとも敵になるかどうかはまた別の問題だが……

 

 

「驚かせたようですまないが、私たちは冒険者ではない。『死剣・スフィーズ』を探してるんだが何か知らないか? 他の漆黒の剣についてでもいいんだが」

 

「ふんっ、何かと思えばそんな事を聞きに来たのか。儂は何も知らん。他を当たるんだな」

 

(一体なぜ十三英雄の持ち物など自分が聞かれなければならないのか……)

 

 

 モモンガの直球な問いかけに男は顔を顰める。

 面倒なものを追い払うように答え、こちらの相手をする気が無いのか早々に部屋の奥に戻ろうとしている。

 

 

「そうか、ズーラーノーンなら知ってるかと思ったんだが……」

 

「何っ!? 儂をズーラーノーンの十二高弟の一人と知っていたのか!?」

 

「えっ、そうなの? すまんが知らなかった。所でズーラーノーンって具体的に何をする組織なんだ?」

 

「くっ、誘導尋問か。お前達は何者だ!! 何のためにここに来た!!」

 

 

 男は自分から所属をバラしたくせに、勝手に警戒態勢に入った。

 杖をこちらに向けて、敵意のこもった目で睨みつけてくる。

 

 

「ツアレを見習って最初に素直に言った筈なんだが…… 何がダメだったんだ?」

 

「さぁ? ちなみに私の目的は吟遊詩人になることです」

 

「見え透いた嘘を言うな!! こんな危険な事に首を突っ込む吟遊詩人が何処にいる!!」

 

「確かに怖いですけど、それでも私は吟遊詩人になりたいんです。そのために必死なんです!!」

 

「自らの夢を叶えるため、危険を顧みずに挑戦する。確かに他人から見れば馬鹿げているのかもしれんな。だが、この子の願いを、夢を否定する事は許さん!!」

 

「お前らは吟遊詩人を何だと思っとるんじゃ」

 

 

 男は段々と頭が痛くなってきた。

 本当は今すぐにでもぶち殺してやりたいが、とある計画の準備を行なっている途中なのだ。長期に渡って準備が必要な為、早々に目立つ事をして計画に影響があっては困る。

 こんな奴らに真面目に相手をする事は無いと思い、テキトーな嘘でも話して終わらせることにした。

 

 

「はぁ、そこまで言うなら仕方ない。その熱意に免じて教えてやろう。『死剣・スフィーズ』はズーラーノーンの盟主が持っておる」

 

「おおっ、本当か!!」

 

「ああ、本当だとも。盟主の使う死の力はそれだ。あと『腐剣・コロクダバール』も盟主が持っておる。その二つの魔剣により力を増幅させておるのだよ」

 

「モモンガ様、これは本当なら凄い情報ですよ。悪い組織の親玉なら懸賞金もかかってる筈です。別に倒してしまっても問題ありません!!」

 

「はははっ、ツアレも段々と染まってきたじゃないか。こうやって少しずつ情報を集める感じ、まるでゲームのクエストのようでワクワクするな。よし、盟主を倒して戦利品に漆黒の剣を頂こう!!」

 

「そうか、頑張れ。儂も盟主の場所は知らんからな」

 

(本気で信じるとは…… いつの世もこういった馬鹿は一定数いるものだ。流石に盟主を見つけられる筈もないだろう。もし万が一にも見つけたとしたら、それはお主らが死ぬときだな……)

 

 

 男からすればズーラーノーン自体はどうでも良かった。彼の目的を達成するのに都合が良かったから在籍しているに過ぎない。

 先ほどの嘘に釣られてこの二人が盟主を探そうと関係ないのだ。

 もっとも盟主の強さだけは本物なので、もし仮に見つけたとしても殺されるだけだと思っていた。

 

 

「実際にお前が何をしているのか私は知らない。だから今回は見逃そうと思う。怪しい組織なんてさっさと足を洗うんだぞ」

 

「忠告に感謝しよう。儂も目的…… 願いを達成したら直ぐにでも抜けるとも。分かったから早く出て行け。そして二度と来るな」

 

「はい、色々と教えてくれてありがとうございました。お願い事、叶うと良いですね」

 

「ふんっ……」

 

 

 二人が出て行った後、男は近くの椅子に深く腰掛けて息を吐いた。なんだか精神的に酷く疲れたようだ。

 

 

「はぁ、何が夢だ。現実を知らん、何も考えていない子供はこれだから嫌いなんだ。……儂は必ず母を蘇らせる。何年かかろうが絶対に、どんな事をしてもっ!!」

 

 

 男にとってあの子供の目は綺麗すぎた。過去の馬鹿な自分を思い出し、苛立ちが募るばかりだ。

 これから彼がやろうとしている事は願いというには無謀過ぎて、ツアレの事を馬鹿に出来る立場ではないかもしれない。そのための手段は余りにも犠牲が多く、他人に語る事など出来ない。残酷で血塗られた道は決して誇れるような物ではないと分かっている。

 この感情はもしかしたら自身に残された良心かもしれないが、その事実に彼は目を背け続けた。

 

 

 

 

 先程は有力な情報が手に入ったと、余り深くは考えずに舞い上がっていた。

 しかし、興奮が少し落ち着いて来た頃、ツアレは先程出会った男の事を考えていた。

 

 

「モモンガ様、あの人はアレで良かったんでしょうか……」

 

「捕まえなかった事か? 現行犯でも無いし悪事を働いている証拠も無い。ズーラーノーンが何をしているのか、詳しくは知らないからな。あの場でどうこうは出来ないだろう」

 

「いえ、そうではなくて。なんて言うんでしょう、その、あまり悪い人には思えなくて……」

 

「実際の所はどうなのだろうな。悪の組織にいる人間の全てが悪人とは限らん。まぁ、逆もまた然りだがな」

 

「大人って難しいですね…… もし目の前に悪い人がいたら、困っている人がいたらモモンガ様は助けてくれますか?」

 

「さぁな。前にも言ったが、私は正義の味方でも何でもない。この世界に迷い込んだだけの、ただの元人間のアンデッドだ」

 

(そう言いながら結局助けるんですよね。ただの優しい元人間のアンデッドだから)

 

「元の世界に戻りたいと思った事はないんですか?」

 

「無いな。あの世界には未練も何も無い。本当に何も無かったんだ……」

 

「それならモモンガ様もこの世界での夢とか、大切な物が見つかると良いですね」

 

「確かにツアレにあれだけ言って自分に夢が無いのは不味いな。まぁ死ぬまでには見つかるだろう」

 

 

 私はアンデッドだから死なないけどな。

 そう言って笑うモモンガにも何か夢を見つけて欲しい。

 自身に希望を与えてくれたこのアンデッドにも大切な物が見つかれば良いなと、ツアレは心から思うのだった。

 

 

 

 

 この世界ではどこの都市でも孤児はいる。教会や孤児院が出来るだけ多くの子供を救おうと奮闘しているが、予算は少なく人手も足りていないのが現状だ。

 教会や孤児院では時々ボランティアなどを募っているが、中々人は来てくれない。

 

 そんな中、孤児院の門を叩く男が一人……

 

 

「はい、どちら様……」

 

 

 その音に気づいた院長が玄関に出ると、立っていたのは筋骨隆々でスキンヘッドの大男。地味な服装だがタトゥーが見え隠れしており、どう見てもならず者にしか見えない。

 控えめに言っても不良グループのボスだろうか。

 

 

「こちらで人手が足りていないと聞いて来たのだが」

 

「ウチでは用心棒は雇っておりません」

 

「いや、ボランティアに協力をしに来た」

 

「えっ?」

 

「教会や孤児院を回っていてな。困っている人を助けたいと思ったんだ」

 

 

 男の声は見た目にそぐわず穏やかだった。よく見れば鋭い眼光の中にも優しさがある。

 本当なら得体のしれない人物を招き入れるのは間違っているのかもしれないが、やるべき事は多くて猫の手も借りたい状況なのだ。多少見た目が厳つくても構わないだろう。

 それにこの体格なら力仕事も得意そうだと、院長は彼を信じてみることにした。

 

 

「そうでしたか、これは失礼致しました。私はこの孤児院で院長をしているイレキと申します。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「申し訳ないが名前は無いんだ。ただの修行僧(モンク)、モンクとでも呼んでくれ」

 

 

 

 

 



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真実は闇の中

 陽の光が余り届かない薄暗い路地裏。

 普通の人は寄り付かないであろうそんな場所に動く人影が二つ。

 薄汚れた少女が転がるゴミを蹴飛ばし、水溜りを踏みつけながら必死で走り続けている。まるで怪物に追われているかのようだ。

 

 

「誰か、誰か助けて…… っあ!?」

 

 

 走り続けて極度に溜まった疲労は集中力を途切れさせる。足元に転がるゴミに足を取られて、少女は派手に転んでしまったのだ。

 擦りむいた膝からは血が滲み、一度止まると再び立って走り出す力は湧いてこなかった。だが現実は待ってはくれない。背後から自身を追う足音が段々と近づいてきている。

 少女は最後の抵抗として傍にあるゴミの山に潜り込んだ。じっと息を潜めて相手が通り過ぎてくれる事を祈った。

 

 

「あれれ〜、どこに行ったのかな〜。君達みたいな居なくなっても困らない存在って、すっごく助かるんだよね。怖くないから出ておいで〜。邪神様に捧げる時は綺麗な服を着せてあげるよ〜」

 

 

 少女を追っていた男はわざと声を出しながら歩いて来た。既に少女の居場所が分かっているからだ。近くのゴミ山が微かに震えており、足まではみ出していれば見逃す筈もないだろう。

 わざわざこんな事を口に出して言うあたり、この悪人は絵に描いたような小物だった。

 

 

「うーん、どこかな――っなんだお前!? 何処から出て来た!?」

 

「これは丁度いい。現行犯だな」

 

「なっ、アンデッドだと!? や、やめろ…… 来るなぁ!!」

 

 

 少女はゴミ山の中でじっと息を潜めていたが、何やら様子がおかしい。

 先程まで追いかけて来た足音が、急激に遠ざかっていった。

 

 

「あー、これは私の独り言だが…… 今、大通りの先にある教会では炊き出しをやっていたなー。あー、残念、忙しくなければ行きたかったなー。あのデカイ男なんか山盛りに入れてくれそうだったのになー」

 

 

 追いかけて来た男とは別の人の声が聞こえる。なんて棒読みなんだろうか。

 少女は声が止み、辺りが静まり返った後も少しの間はそのまま動かないようにしていた。

 そして、恐る恐るゴミ山から出た時には周りに誰もいなかった。

 

 

「助けてくれた、のかな?」

 

 

 先程自分が見ていない間に何が起こったのか、きっと少女が真実を知ることはないだろう。

 よく分からないがお腹も空いてきた少女は、とりあえず教会に行ってみる事にした。

 炊き出しが無くなる前に早く行かなければと、先程よりほんの少しだけ明るい表情で歩き出す。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…… 何なんだアレは……」

 

 

 少女を追い回していた男は壁に手をつき、ゆっくりと呼吸を整え始めた。ローブの袖で額に浮かぶ汗を拭うが、不快感は治まりそうもない。

 着ていた濃い紫色のローブは汚れ、見るも無残なものになっているが男は気にしない。

 いや、それどころでは無いのだ。

 あの場に何故かアンデッドが居たのだ。訳の分からない事を言いながら、自分に近づいてきたので反射的に逃げ出してしまった。

 

 

「だ、駄目だ、もう走れない……」

 

(こうなったら一度大通りに出て人混みに紛れるか? 余り人に見られたくはないが……)

 

 

 今の自分はズーラーノーンの一員。怪しい格好もあって衛兵に捕まるかもしれないが、アレに捕まるよりはマシだろう。

 頭の中で大体の逃走経路を決めたら即行動に移すことにした。

 そして男は気合いを入れて一歩を踏み出す。

 

 

「よし、慎重に行こう」

 

「どこに行くんだ?」

 

「そりゃ、とりあえずこの路地を出て……」

 

「路地を出て?」

 

「ひ、人の多い所へ……」

 

「残念、ゲームオーバーだ」

 

「…………ヒィィッ!?」

 

「貴様のような居なくなっても困らない存在って、すっごく助かるんだよね。〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉」

 

 

 振り向くとそこには骨の顔があった。

 アンデッドが何かを喋っていたが、それを理解する間も無く男の意識はそこで途絶える。

 

 男が次に目を覚ました時、目の前にあるのは牢屋の硬い壁。持ち物も全て没収されており、どうやら自分は捕まってしまったようだ。

 ぼーっとする頭で何となく気を失う前の事を思い出そうとする。

 

 

 ――えーと、確か俺は子供を攫おうとしてて、路地裏で仮面を付けた変な奴に捕まったのか。……仮面、仮面? うん、仮面だな。

 

 

 妙な違和感を覚えながらも、捕まってしまったのだから諦めるしかないだろう。

 男が真実を知る日は来ない……

 

 

 

 

 ツアレは物語とは別に日記も書いている。

 これも将来のネタ帳になるかもしれないからと、モモンガの勧めで出来るだけ毎日書いているのだ。

 宿の一室で今日は何を書こうか悩んでいると、部屋のドアが開く音がした。

 どうやらモモンガが帰ってきたようだ。

 情報は足で探すと言って、また酒場に出かけたようだが収穫はあったのだろうか。

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい、モモンガ様。情報収集の方はどうでした?」

 

「末端の構成員を捕まえて衛兵に引き渡して来た。一応引き渡す前にそいつを尋問したが、残念ながら目ぼしい情報は持ってなかったな」

 

「えっ、どうしてそんな展開に…… 酒場に行ったんじゃないんですか?」

 

「行ったぞ。酒場でズーラーノーンっぽい奴を見かけなかったか聞いたんだ」

 

「酒場って凄いですね……」

 

「ああ、他にも面白い噂話なんかも聞けたぞ。何でも土地にアンデッドが居座っているせいで、その場所が売れなくて困っている人がいるそうだ。元々の持ち主はもう居ないみたいだが……」

 

「人の土地に居座るアンデッドなんているんですね。地縛霊みたいなアンデッドなんですか?」

 

「かもしれんな。それが本当に居るようなら『蒼の薔薇』という冒険者チームが討伐に行くそうだ」

 

「魔剣を持ってる冒険者チームですね。やっぱりこんな話ばかり聞くと、冒険者はモンスター退治の専門家って感じがしますね」

 

「まさにその通りだな。もうちょっと夢のある仕事ならやってみたかったんだが…… まぁ今は地道に盟主を探すかな」

 

「魔剣探しだけだと中々進展が無いですね…… そうだ!! 折角なので今日のモモンガ様の話、詳しく教えてください。短編の物語の参考になるかもしれません」

 

「……ああ、いいぞ。始まりは酒場の店主が教えてくれた噂話でな。どうにも怪しい格好の男が路地裏で――」

 

 

 ツアレに今日の出来事を話しながらモモンガは考える。

 情報は足で探す、魔法には出来るだけ頼らないと言っておきながら直ぐに魔法を使ったからだ。

 魔法を使った尋問の所はどうやって説明したものか……

 

 

(どうしよう、思わず使っちゃったけどアレってアウトだよな。記憶を覗くとか攻略サイトどころか、ゲーム内データにハッキングしてるようなもんだし…… いや待てよ。あれはアンデッドだとバレない様にする為、つまり証拠隠滅の為と考えればセーフか?)

 

 

 頭の中で適当な自己弁護を繰り返すが、中々妙案は出てこない。

 話をしながら言い訳を考えるという妙に器用な事を続けていたが、とうとう話している場面は相手を捕まえた所に差し掛かる。

 

 

「――そこで私はこう言ったんだ。『貴様の命など奪う価値もない。だが、お前の運命は返答次第だ…… さぁ、盟主の居場所を吐け』とな……」

 

「凄い…… モモンガ様って悪役みたいな台詞が上手ですね!! 私ももっと練習しなくちゃ!!」

 

「そ、そうだなっ、客を惹きつけるには声の演技も大切だぞ!!」

 

(なんか悪い事した気分だ…… ツアレ、お詫びに今度プロ直伝の発声練習を教えてあげるからな……)

 

 

 結局モモンガはそれっぽい事を言って、この場を切り抜けたのだった。

 

 

 

 

 冒険者チーム蒼の薔薇は未知のアンデッドを退治する依頼を受け、目標が居座る屋敷の跡地にやってきていた。

 その場所には家の残骸が打ち捨てられており、ただ一人アンデッドだけが立っている。

 リーダーの神官戦士――ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは初めて見る目の前のアンデッドから只ならぬ強さを感じとった。

 

 

「ヴォォォ……」

 

「アレが討伐対象のアンデッド…… 確かに手強そうだわ」

 

「デカイ。ガガーランといい勝負」

 

「いや、大胸筋ならガガーランの圧勝」

 

「ったくお前らは、これは胸だって言ってんだろ」

 

 

 巨大な戦鎚を持つ戦士――ガガーラン、瓜二つの双子の忍者――ティアとティナはいつも通りの平常運転だ。

 

 

「ふんっ、多少デカかろうが関係ない。お前達では手こずるかもしれんが、私の敵ではないな」

 

 

 後方で踏ん反り返っているのは、赤いローブに仮面を付けた魔法詠唱者(マジックキャスター)――イビルアイ。

 メンバーの中で一番小柄で、チームに加入したのも一番最後である。

 だがその正体は吸血鬼であり、見た目と違いこの中で一番年上である。

 

 

「はぁ、イビルアイからしたらそこらのアンデッドは全部そうでしょ。逆に勝てる奴がいたら知りたいわ……」

 

 

 イビルアイは残りのメンバー全員を相手にしても圧倒できる程の強さを持っている。

 尊大な態度は確かな実力に裏打ちされたものなのだ。

 緊張をほぐす軽口も終わり、戦闘態勢に入るがアンデッドは動こうともしない。

 どちらから先に仕掛けるか、蒼の薔薇の面々は様子を伺っていた。

 

 

「ヴォォォ……」

 

 

 『屍収集家(コープスコレクター)』は非常に困っていた。

 以前やって来た男は壁判定して殴り飛ばしたが、今回はどうするべきか……

 今回やって来た人間はどうも壁要素が薄い。

 いっそこのまま放っておくべきかと思ったが、仮面を付けた人物が視界の端に入った瞬間に腐った脳に激震が走る。

 

 ――これは見事な絶壁…… すなわち壁!!

 

 首を動かし、他の人間と再度見比べてみる。

 どの人間も何処とは言わないが確かな膨らみがあり、こちらに立ちはだかる様子もなく壁には見えない。

 だがどうだろう、この仮面を付けた人物は。

 壁に相応しい力強さを感じ、ストンッという表現の似合う見事な壁である。

 

 

「ヴォォォッ!!」

 

「なっ!? 急に動き出した!? こいつ、イビルアイを狙ってるわ!!」

 

「流石イビルアイ、同族にはモテモテ」

 

 

 ――殴らねばならぬ。

 

 この人物は自分よりも強いだろう。だが、そんな事は関係ない。

 至高の創造主の御命令は絶対。たとえこの身が朽ちようとも、与えられた命令だけは絶対にこなしてみせる!!

 屍収集家は狙いを定めて突進した。

 

 

「なんだか知らんが無性に腹が立つな…… 塵も残さず消してやる!!〈魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)〉!!」

 

 

 イビルアイの放った魔法が屍収集家に直撃する。

 散弾の如く撃ち出された無数の水晶が屍収集家の身体に突き刺さっているが、怯んだり足を止めるそぶりは全くない。

 最短距離を走り抜け、その拳をイビルアイに心を込めて叩きつけようとする。

 

 

「正面から来るとはいい度胸だ!!〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉!!」

 

「ヴォォォ!!(正面から見てもいい壁だ!!)」

 

 

 周りを完全に無視して二人は熱い戦いを繰り広げた。至近距離で魔法と拳が飛び交っており、その激しさ故に誰も割って入ることができない。

 

 

「なんかあのアンデッド、俺達を無視してイビルアイだけ狙ってないか?」

 

「ああ、もうっ!! あんなに接近されたら援護も出来ないじゃない」

 

 

 だが時間が経つにつれ、戦いは段々とイビルアイが優勢になっていく。

 イビルアイの魔法は当たるが、屍収集家の拳は躱されたり魔法で防御されたりと届かないのだ。

 

 

「そこそこやるようだが、私には届かん!!」

 

「ヴォォォッ!! ヴヴォッヴォォォ!!」

 

 

 それでも拳を振るう事はやめない。アンデッドゆえに疲労は無く常に全力である。

 しかし、殆どノーガードで殴りかかっていた事もあり、ダメージの所為で動きにほんの少し衰えが見え始めた。

 

 

「どうした、最初の勢いが無いぞ。〈砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)〉」

 

「ヴォォォッ!! ヴォッ!?」

 

 

 僅かでも動きが鈍れば、それは一定以上の強さを持った者の戦いにおいて致命的な隙となる。その隙を的確に突き、イビルアイの魔法が屍収集家を捉えた。

 魔法で生み出された砂が全身に纏わりつき、身体が思うように動かなくなる。

 

 

「どうやらそこまでの様だな。これで終わりだ!!〈魔法最強化・龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉!!」

 

「ヴォォォォォォ!?」

 

 

 ――ああ、我が創造主、偉大なるモモンガ様。御命令を果たせず、申し訳、ありま……

 

 

 至近距離で放たれた一撃は屍収集家を容赦なく滅ぼしていく。

 白い雷撃が全身を包み込み、黒焦げになった身体は遂に崩れ落ちた。

 

 

「ふん、どうだ!!」

 

「あーあ、折角の相手だったのに俺の出番は無しか。うちのチビさんは容赦ないねぇ」

 

「イビルアイは空気が読めない」

 

「でもドヤ顔可愛い」

 

「依頼は達成だけど、冒険者チームとしては不合格ね…… やっぱりもっと連携の訓練とかしなきゃ駄目かしら……」

 

 

 今回の依頼はイビルアイ一人で達成してしまった様なものだ。

 チームとして成長していきたいラキュースにとって、この内容は満足のいく結果ではないだろう。このままにしておくつもりはない為、今後の課題として連携訓練を考えるのだった。

 

 

「でもどうしてイビルアイだけ狙われたのかしら? 最初に殺された貴族を除いて、他の一般人の被害もほとんどなかったようだし……」

 

「同族のみを狙う」

 

「つまり貴族はアンデッドだった」

 

「そりゃ面白い!! おいラキュース、依頼人には是非ともポーションを飲んでもらわないとな!! アンデッドかどうか確認しようぜ」

 

「どちらにしろ依頼は終わったんだ。早く帰るぞ」

 

「もうっ、ちょっとは真面目に考えてよ!!」

 

 

 アンデッドがイビルアイのみを狙った本当の理由。彼女たちが真実にたどり着くことはこの先も無い。

 ちなみに未知のアンデッド討伐成功により、彼女達のアダマンタイト昇格が早まったとか……

 

 

 

 



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次のステップへ

 ズーラーノーンハンターと化したモモンガ。物語の執筆と発声練習に励むツアレ。

 そんな二人はエ・ランテルの街で特にこれといった変化の無い日々を送っていた。

 しかし、平穏で変化の無い毎日がいつまでも続くはずもない。

 もちろんモモンガが叩き壊すからだ。

 

 

「そうだ、田舎に泊まろう」

 

「今度は急に何を言ってるんですか?」

 

「いや、ここの街並みにも飽きてたのでな。気分を変えて辺境の地にでも行こうかと」

 

「私は勿論どこでも付いて行きますけど、良いんですか? たぶん村に酒場はありませんよ?」

 

「いや、私は別に毎日酒場で呑んだくれてる訳じゃ無いんだが……」

 

「ふふっ、冗談ですよ。もうこの辺りで得られる情報には限界が来たんですよね?」

 

「ああ、その通りだ。情報に目新しい物が無くなってきた。そもそもズーラーノーンの関係者がそこら中に転がってる訳じゃ無いしな。それに記憶操、じゃなかった。尋問も得意じゃ無いからしんどいし……」

 

(ズーラーノーンの関係者を捕まえても結局魔法に頼っちゃうんだよなぁ。しかもあの魔法、無茶苦茶MP消費するし。頑張った割には下っ端じゃロクな情報持ってなかったり、どう考えても効率悪いよな…… いやいや、効率だけ重視する訳じゃないけどね)

 

 

 モモンガにそんなつもりは全くなかったが、街に潜んでいたズーラーノーンの構成員は粗方狩り尽くされている。

 尋問と言う名の〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉で覗いた記憶は末端の下っ端だったという事もあり、以前共同墓地で会った男について新たに知ることはなかった。

 

 

「結局の所分かったのは、下っ端程度じゃ盟主の顔も名前も全く知らんという事だけだな」

 

「折角有力な情報を得たと思ったのに、なんだか振り出しに戻った感じがありますね……」

 

「ふむ、それにしてもあの下っ端達は何のためにこの街に来たんだろうな? 全員よくわからん奴に指示されてここに来ただけで、目的も何も知らされていなかった」

 

「たぶん情報漏洩を防ぐ為ですよね。もしかしたら、ここから更に経由して何処かに行くつもりだったのかも……」

 

「次の行き先を指示する奴が居た場合か…… もしそうなら、これ以上の情報を探るのは無理があるな。生け贄を用意する為に人攫いしてた奴はいたのだが……」

 

 

 捕まえたズーラーノーン関係者を屯所送りにし続けた結果、とある男の計画を非常に邪魔している事などモモンガは知る由も無い。

 

 

「まぁこれ以上考えても仕方あるまい。話を戻すが、次はトブの大森林付近にでも行こうと思ってるんだ」

 

「確かトブの大森林の近くにはいくつか村がありましたよね。そこの村ですか?」

 

「ああ、そうだ。これは提案なんだが、そろそろツアレも次のステップに進むのはどうかと思ってな。その村で物語を披露するというのはどうだ? いきなり大きな街でやるよりはマシかと思ったんだが」

 

「ええっ!? でも、まだ物語は出来てませんよ」

 

「今回は練習だと思えばいいさ、十三英雄の話ならもう何度も読んだだろ? それをやれば良い」

 

「それなら確かに…… でも……」

 

「習うより慣れろというじゃないか。子供のうちに失敗出来るだけ失敗しておけ、大人になると失敗も出来なくなるぞ」

 

「むぅ、分かりました。でも、今回は徒歩での移動にしましょう。魔法は無しでゆっくり行きますよ!!」

 

「ふふっ、ああ分かった。偶にはのんびりと、一週間くらい掛けて行くとしよう」

 

 

 なんと分かりやすい意思表示だろうか。

 ツアレが何を心配しているのか察したモモンガは、意を汲んで練習出来る期間を示すのだった。

 

 

「あとはそうだな、物語を披露する時に良かったらこれを使うと良い」

 

「これは?」

 

「ツアレの語りを助ける秘密兵器だよ」

 

 

 

 

 エ・ランテルを出発してからちょうど一週間後、徒歩で移動する二人は目的の村を発見する。

 

 

「おっ、村が見えてきたな。森が近くにあるのに柵も無いとは、えらくのどかな所だな」

 

「お話、ちゃんと聞いてくれる人がいるでしょうか…… よく考えたら農村の人達って忙しいですし……」

 

「もし客が居なければそれを笑い話にすれば良い。それに大人は無理でも子供達なら喜んで聞いてくれるんじゃないか? こういう場所は娯楽が少ないっていうし」

 

「……そうですよね、始まる前からくよくよしてられません。行きましょう!!」

 

 

 一週間かけて心の準備が出来たのか、ツアレは明るい表情を見せた。

 

 村の様子を見てみると予想の一つが当たり、大人達は皆忙しそうに畑で働いていた。

 だが子供達は辺りを元気に走り回っている。おそらく幼すぎて農作業などは手伝える事が限られているのだろう。

 

 モモンガ達が村へ近づくと、近くにいた畑仕事中の一人がこちらに気がつく。

 優しそうな顔をした男性は額に浮かぶ汗を首にかけた布でぬぐい、わざわざ手を止めて声を掛けてくれた。

 

 

「この村にお客さんとは珍しい、こんな辺鄙な所に何か御用ですか?」

 

「初めまして、私は流浪の魔法詠唱者(マジックキャスター)でモモンガと申します。この子は吟遊詩人見習いのツアレです」

 

「初めまして、ツアレといいます。えっと、この村で吟遊詩人としてお話をしたいんですけど、許可とかはどうしたらいいですか?」

 

 

 モモンガは少しでも印象を良くする為、仮面を外しながら挨拶をする。相手はモモンガの顔を少し珍しげに見ただけで、特に嫌な顔はされなかった。

 

 

「はっはっは、別にそんな堅い許可なんてこの村には要らないよ。なんなら私が後で村長に伝えておこう。この辺は娯楽が無いからね、子供達も喜ぶだろう。まぁこんな村だ、お捻りは期待しないでくれよ?」

 

「そんな、私なんてまだ修行中なので受け取れませんよ!!」

 

「お気遣いありがとうございます。ところでこの村に宿はありますか? なければどこか空いた場所だけでも貸していただきたいのですが」

 

「泊まっていかれるのですか? それなら良かったらウチに来ませんか。妻と子供がいるので、狭くて大したおもてなしも出来ませんが……」

 

「よろしいのですか? こう言ってはなんですが、私は異国の者ですし怪しいと思うんですが……」

 

「髪や目の違いなんて気にしないですよ。もちろん妻もね。貴方は悪い人にも見えませんし」

 

 

 不用心と言えなくもないが、なんと器の大きい人だろうか。こういった温かな人との交流はリアルでは絶対に無いだろう。それが出来ただけでもこの場所に来た甲斐があったとモモンガは思った。

 

 

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

「ありがとうございます。お世話になります」

 

 

 その後、男性の妻にも挨拶をしに行ったが、二人が泊まる事を快くOKしてくれた。夫が言っていた通り、朗らかでとても人の良い女性のようだ。

 この夫婦――エモット夫妻には二人の子供がいる。

 その子たちを一言で説明するならしっかり者の姉と天真爛漫な妹だろう。

 

 

「初めまして、エンリ・エモットです」

 

「ネム・エモットです!! ねぇねぇ、ツアレさん達は何しに来たの? その仮面は何?」

 

「こら、ネム。お客さんに失礼でしょ」

 

「構わないさ、私の顔付きはこの辺りでは珍しいだろう? 困った事に巻き込まれないように、普段は仮面を付けて隠しているんだよ」

 

「ふふっ、私は吟遊詩人になる為にお話の練習に来たの」

 

「凄ーい!! 聞かせて聞かせて!!」

 

 

 長女のエンリはツアレと歳も近く、お互いに姉妹の長女という事もあってすぐに打ち解けていく。妹のネムは歳が離れているが、人懐っこい性格なのか最初から距離がとても近い。

 

 

「ははは、お友達が出来て良かったじゃないか。やっぱり同年代との交流も大切だよな。いや、物語を披露するなら友達の前だとやりづらいかな?」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、モモンガ様。バッチリ練習したんですから!!」

 

 

 来る前の不安はどこへ行ったのか、ここに来てツアレのモチベーションも上がっていた。

 

 

「ねぇねぇ、なんでツアレさんはモモンガ様って呼ぶの? もしかして貴族?」

 

「まさか、貴族なんてとんでもない。私は極々普通の一般人だよ」

 

 

 モモンガが幻術で作っているのはリアルと同じ顔、黒髪黒目の日本人顔である。二人の髪色や顔のつくりから、流石に親子には見えなかったのだろう。

 二人の関係性がよく分からないネムにとって、この呼び方は何となく気になるものだった。

 

 

「えっと、それは……」

 

(どうしよう、最初神様と間違えてましたなんて言えない!? 貴族から助けて貰ったから…… これも秘密にしないと不味いかも!? あー、呼び慣れてて全然気にしてなかった!?)

 

「確かに、ツアレさんは様づけで呼んでますね。どうしてですか?」

 

「モ、モモンガ様は色々出来て、とっても凄い人なの!! だから、尊敬を込めてそう呼んでいるの」

 

「ほう、ツアレがそんな風に思っていたとは。直接聞くと少々気恥ずかしいな」

 

「じゃあネムもそう呼ぶ!! モモンガ様、凄いの見せて下さい!!」

 

「えっと、私もそう呼んだ方がいいですか? モモンガ様?」

 

「別に無理して呼ぶ必要はないぞ、エンリ。名前くらい好きに呼んだらいい」

 

「うーん、でも私だけ違う呼び方なのも嫌です。なので私も様付けで呼びますね、モモンガ様」

 

「そうか、ならば期待に応えない訳にはいかないな。それにしても凄いものか…… よし、後で私も少し芸を披露しようじゃないか!! その呼び方に恥じないモノを見せるとしよう」

 

 

 こんな小さな子供達にまで様付けで呼ばれてしまったのだ。ここは是非とも凄いところを見せなければとモモンガは少し張り切る。

 ツアレが本当は何を思ってそう呼んでいたのか分からないが、モモンガは尊敬していると言われて満更でもなかった。その事実もモモンガのやる気を後押ししていた。

 

 

 

 

 ツアレが物語を披露すると聞いて、近所の子供達が集まってきてくれた。大した人数では無いが、ツアレの吟遊詩人デビューには丁度良いだろう。

 ここから先はツアレが一人で頑張らなくてはならない。モモンガは少し後ろに下がって見守るだけだ。

 子供達がワクワクした目で見つめる中、トランクケースのような黒い箱の上に立ったツアレが咳払いをして語り始めた。

 

 

「お集まりの皆さん、これからお話しするのはかの有名な十三英雄の一人、暗黒騎士の物語で御座います。語り部は私、ツアレが務めさせていただきます。どうか最後までお楽しみください――」

 

 

 ツアレが物語を披露するのに合わせて、乗っていた箱から音楽が流れ出した。

 まさかの出来事に子供達の顔に驚きが見える。

 そう、これこそがモモンガの考えた秘密兵器である。吟遊詩人は楽器が無くては出来ないとまでは言わないが、音楽があった方が物語に臨場感が出やすいだろう。

 アイテム自体は大したものでは無い。ユグドラシルのBGMが再生出来るだけのモモンガのコレクションの一つだ。

 話の展開に合わせて音楽は切り替わり、物語もどんどん進んでいく。

 

 

「――彼は腰に差した黒き刃を掲げます。その名も『魔剣・キリネイラム』……夜空に浮かぶ星のような輝きが辺りを満たして――」

 

 

 物語はクライマックスに入り、暗黒騎士と魔神の一騎討ちに突入する。ゲーム特有のテンションを刺激する音楽も合わさり、子供達の興奮がこちらにも伝わってくるようだ。

 

 

「――こうして暗黒騎士は魔神を退治し、人々の世界に平和をもたらしたのでした…… 本日のお話はここまで、ご静聴ありがとうございました」

 

 

 面白かった。暗黒騎士カッコよかった等、子供達から拍手と共に精一杯の称賛が贈られる。

 後ろで見ていたモモンガも静かに籠手を鳴らして、ツアレの頑張りを喜ぶのだった。

 

 

「よくやったな、ツアレ……」

 

 

 

 

 あの後ツアレは村の子供達に連れられて、どこかに遊びに行った。子供達の元気な様子から、きっとクタクタになって帰ってくるだろう。

 モモンガはその間にエモット家の仕事の手伝いをしていた。細かい事は出来ないが、レベル100のステータスなら力仕事は余裕でこなす事ができる。

 夕方になると家族団欒に混ざって一緒に夕食を御馳走になった。街の料理の様な派手さは無い。寧ろ質素といえるものだが、優しい家庭の味を感じる事が出来てモモンガは大満足だった。

 そして夜、エモット家の一室を貸してもらったツアレとモモンガは並んで横になって休んでいる。

 

 

「今日は凄かったじゃないか。子供達も喜んでいたぞ」

 

「そんな、モモンガ様に貸して貰ったマジックアイテムのおかげですよ。操作が慣れなくて二つしか音楽使えなかったですし……」

 

「そんな事はないさ、道具はあくまでも道具だ。ツアレがどう活かすかだよ。使い方だって追い追い慣れていけば良い」

 

「そうでしょうか…… あの、みんな本当に楽しんでくれてましたか?」

 

「お前も見ただろう? あの子達の笑顔が答えだよ」

 

「そう、ですね。モモンガ様…… 私、吟遊詩人を目指して良かったと思います」

 

「私も応援して良かったよ。だが、ここで満足して気を抜いてはいけないぞ。いずれはこれで稼いで生活していくんだ。まぁ副業というのもあるからな、偶にはボランティア活動として趣味でやるのも良いだろうがな」

 

「はいっ!! 私、もっともーっと頑張ります!!」

 

 

 一人前の吟遊詩人になるにはまだまだ先は長い。今日の事は夢を叶えるためのほんの小さな一歩に過ぎない。

 だがそれはツアレにとって何よりも大切な一歩だった。

 今日の喜びをいつまでも忘れないように、しっかりと胸に仕舞ってツアレは眠りについた。

 

 

 

 

 モモンガとツアレがカルネ村に来てから数日後。

 いつまでもエモット夫妻のお世話になる訳にはいかず、そろそろ旅立とうとしていた。

 

 

「今日まで大変お世話になりました。ロクなお手伝いも出来ませんでしたが、とても楽しい貴重なひと時でした」

 

「とんでもない、力仕事を手伝って頂いたので大助かりでしたよ。それにツアレちゃんのお陰で子供達も楽しそうにしてましたから。こちらの方こそ御礼を言わせてください」

 

「本当にありがとうございました」

 

「ツアレさん、また遊びに来てね」

 

「またね、ツアレさん、モモンガ様!!」

 

 

 今日も忙しいだろうにわざわざ四人は見送りまでしてくれているのだ。本当に優しくて温かい家族だと思う。

 これだけよくして貰ったのに何も返せないのは非常に申し訳なく思った。お礼がしたくて何かないかと考えたモモンガは、アイテムボックスから丁度良さそうな物を取り出す。

 

 

「宿代の代わりという訳ではありませんが、どうかこれを受け取ってください」

 

「ん、これは…… ランプですかな?」

 

「ええ、〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉が付与された物でずっと使えるはずです」

 

「魔法の道具ですか!? そんな高価な物を頂くわけには……」

 

「良いのですよ。この数日間はそんなランプよりもずっと価値がありましたから」

 

「……分かりました。そこまで言われて断るのも失礼ですし、今回は有り難く頂きますよ」

 

 

 

 魔法が付与された道具は効果が弱いものでもかなり高額で、一般的な村人がそう易々と買えるような物ではない。

 最初は受け取るのを断ろうとしたが、モモンガの気持ちが伝わったのだろう。

 エモット夫妻も最後は笑顔で受け取ってくれた。

 

 

「では、私達はそろそろ……」

 

「あーっ、忘れてた!! モモンガ様、まだ凄いの見せて貰ってない!!」

 

 

 二人がこの場を後にしようとした時、急にネムが大声をあげて二人を引き止めた。

 その理由にモモンガも思わず笑ってしまう。

 

 

「もう、ネムったら……」

 

「そういえば約束していたな。ではこんなのはどうだ?」

 

 

 モモンガはアイテムボックスから大きくて見栄えの良い剣を三本取り出す。

 太陽の光を浴びて、刀身と装飾がキラキラと輝いている。三本全てが国宝だと言われてもこの場の全員が信じただろう。

 

 

「よっ、ほっ、よいしょっと〈魔法無詠唱化(サイレント)魔法三重化(トリプレットマジック)物体操作(コントロール・オブジェクト)〉」

 

 

 見せるだけでも十分に凄かったのだが、モモンガは次なる行動に移る。

 それを気軽に空中に放り投げ、ジャグリングを始めたのだ。

 

 

「キラキラの剣だ!! 凄い、凄ーい!! モモンガ様、凄すぎるよ!!」

 

「これは、なんと!?」

 

「これは凄いわね、あなた」

 

「……」

 

(えっ、剣を取り出した事に驚けば良いの!? それともあんな重そうな剣を簡単に投げられる力!? 高価そうな剣を三本も持ってる事!?)

 

 

 ネムには大ウケで、エモット夫妻も驚いてくれたようだ。エンリに至っては口をポカーンと開けて固まっている。

 この様子なら凄いものを見せるという約束は果たせただろう。

 

 

「――よっと。まぁこんなものかな。ではツアレ、今度こそ行くとしよう」

 

「はい、モモンガ様」

 

 

 適当な所でジャグリングを切り上げ、再びアイテムボックスに剣を戻した。

 こうして手を振るエモット一家に見送られ、モモンガ達はカルネ村からまた別の場所へ向かうのだった。

 

 

「そういえばモモンガ様ってあんな曲芸みたいな事も出来たんですね。全然知らなかったです」

 

「いや、曲芸なんて出来ないぞ。さっきのアレは剣を魔法で動かして、ジャグリングの様に見せただけだ。魔法の関係上、同時に三つまでしか出来ないが」

 

 

 モモンガの場合、やろうと思えば脱出マジックでも瞬間移動マジックでも何でも出来ただろう。王国の一部の間では魔法はペテン扱いされているくらいだ。高位すぎる魔法は逆に魔法だと信じてもらえず、大道芸としては素晴らしいモノになったかもしれない。

 

 

「私の感心を返してください…… そんな事に魔法を使うなんて、なんかズルイです……」

 

「誰もジャグリングをするとは言ってないからな。リクエスト通りに凄いものを見せただけだ。いや、驚かせるならあそこで幻術を解くというのもアリ――」

 

「ナシですよ」

 

 

 これまで常に一緒に過ごしてきて、モモンガの突飛な行動には慣れてきたつもりだった。

 しかし、未だに時々モモンガのセンスについて行けなくなるツアレだった。

 

 

 




 感想で見事にやること(壁)を予想されていた方がいました。嬉しくも悔しくもあるのでこれからも楽しんで頂けるよう頑張ります。
 モブキャラの院長の名前の由来を当てられた方がいたのはもっと驚きでした……
 名前が浮かばずテキトーに考えただけで、八極拳とかは使わない極普通の院長ですのでご安心ください。


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三者三様

 トブの大森林近くのカルネ村に行ったモモンガとツアレ。

 ツアレはそこで吟遊詩人として初めて物語を披露する事になった。

 観客は子供だけだったが、子供達を笑顔にする事が出来て見事成功と言える結果を残す。

 その後も周辺の村をいくつか回り、どこも少数ずつだが村の人を喜ばせることが出来た。

 ツアレはその人達の笑顔を見て、これからも一歩ずつ夢に向かって頑張ろうと思うのだった……

 

 が、いつまでも順調に進む訳ではないのが人生である。上手く行った後にはそれなりの困難が立ちはだかるものだ。

 ツアレの場合その切っ掛けを作るのは言うまでもなく、勿論モモンガなのだが。

 

 現在二人は再びエ・ランテルに戻ってきていた。適度に休憩を取っているとはいえ、帰りも歩き続けたツアレはそれなりに疲労が溜まっている。

 

 

「流石にちょっと疲れましたね。歩くのには慣れてきたと思ったんですが……」

 

「今回は距離も長いし仕方ないさ。今日はもうゆっくり休んだら良い。私は少し出かけてくるよ」

 

「はい、そうしますね。いってらっしゃい、モモンガ様」

 

 

 モモンガの言葉に甘えて、ツアレは今日はおとなしく宿で休む事にする。

 その間にモモンガは久し振りに覗いてみるかと、以前行った事のある酒場の一つに足を運んだ。

 

 店内に入ると人もまばらで店主に忙しそうな雰囲気は無かった。うるさ過ぎず静か過ぎず、店主と話をするには丁度いい塩梅だった。

 

 

「いらっしゃい――ってアンタか。前はそこそこ頻繁に来てくれたのに急に来なくなったから、てっきり徴兵でもされちまったのかと思ったよ」

 

「いや、少し辺境の村へ旅行に行っていたので。ところで徴兵とは何のことかな?」

 

「ん、知らないのか? ああ、そういやアンタはどっか遠い田舎から来たんだったな」

 

 

 常に仮面を被った男など早々いないからだろう。店主はモモンガの事をハッキリと覚えていたようだ。この辺の常識を知らない理由に思い至り、勝手に納得してくれている。

 久しぶりに酒場の店主と話して出てきた興味深い単語。疑問に思っているモモンガに店主は詳しく説明してくれた。

 

 

「王国と帝国は毎年戦争をやっててな。毎回どっちが勝ったか分からんような有耶無耶な結果に終わるんだが、それが例年通りなら涼しくなってくる秋ごろにあるはずなんだよ」

 

「秋、という事は収穫期のあたりですね」

 

「おうよ。夏の暑さはこれからが本番だから、まだ少し先だがな」

 

「帝国へは以前行った事がありますが、優秀な皇帝の治める国でした…… 王国には毎回引き分けに出来る程度の軍事力があるのですね」

 

「いや、違うな。これも大っぴらには言えねぇ事だが…… 戦争の勝敗として引き分けだったとしても被害はこっちが圧倒的に多い。所詮は徴兵された平民の寄せ集めだからな、強さは専業兵士を多く抱える帝国とは比べものにならんよ。毎年この戦争で何千何万人と犠牲になってる」

 

「……それはかなり不味いのでは?」

 

「不味いどころじゃない。帝国は収穫期を狙ってやってくるからな。農村の人出は取られる、税は多いでどこの農村も毎年苦しんでる」

 

 

 店主が途中から声を潜めたのに合わせてモモンガも小声で返す。

 苦虫を噛み潰したような顔で口から吐き出された内容から、立場の弱い平民にはかなり深刻な問題のようだ。

 

 

「噂じゃ上の方は腐敗だらけらしい。王様は御高齢だし二人の王子もイマイチ信用ならん。一番下の姫様に至っては病気なのか殆ど人前に出てこない。おっと、これ以上は王族批判になっちまうな。忘れてくれ」

 

「ええ、私は何も聞いてませんとも」

 

 

 モモンガの返事が気に入ったのか、店主は声のトーンを戻しながら更に色々喋ってくれた。

 

 

「そうそう、アンタが好きそうな噂話があるんだが、カッツェ平野に時々現れる幽霊船ってのは知ってるかい? こいつは――」

 

 

 戦闘になったらどうするべきか等、ユグドラシルでの活動を基準に考えていたモモンガには国の話は新鮮な情報だった。

 今まではそれ程気にしていなかったが、国同士の関係なども頭に入れておいた方が良いのかもしれない。知ったところで国の政治に関わるなど面倒でしかない為、モモンガのやる事に変化はないかもしれないが。

 その後も店主との会話を楽しみ、ではそろそろ帰るかと席を立とうとしたモモンガに店主は声をかけてきた。

 

 

「アンタに一つだけ忠告だ。散々話したからこの国の危うさは分かっただろう。この国の法には強制徴用があるから気を付けな」

 

「忠告感謝致します。いざとなったら国外へ逃げますよ」

 

「旅人はそれが出来るから羨ましいねぇ」

 

「フットワークが軽いことが唯一の特権ですから」

 

 

 店主からの忠告にしっかりとお礼を言い、モモンガはツアレの待つ宿屋に帰った。

 

 

 

 

 宿屋に戻ると少し休んで元気になったのか、ツアレは普通に起きていた。

 折角なのでモモンガは今後はどうするかをツアレと話す事にする。漆黒の剣探しを再開するにしても、今のままではズーラーノーンハンターに逆戻りだからだ。

 

 

「しばらくはこの街でゴロゴロ休んでても良いんだが、その後はどうする? 漆黒の剣に関しては今の所お手上げだ」

 

「どうしましょう。他の目的もこれといって思い当たりませんし……」

 

「ふむ、そういえば酒場に行った時に聞いたんだが、バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国は毎年戦争してるらしいな」

 

「ええ、そうですよ。税の取り立てで大変だったので、村にいた時は私も妹も戦争なんて全然意識もしてなかったですけど」

 

 

 ツアレは幼い頃に両親を亡くしている。ならば家族が徴兵された経験も無いのかもしれない。戦場もカッツェ平野と村から遠い場所なので子供の感覚としてはそんなものだろう。

 

 

「私も戦争の事はよく分からん。ただこの国は色々とアレらしいから、何かあった時に巻き込まれたくないなぁ」

 

「それなら別の国にでも行きますか? ちょっとした冒険と観光気分で」

 

「アリだな。亜人や異形種の村とか国も探せばあるかもしれん」

 

「良いですね。色んな場所を回るのも冒険譚には良くある要素ですし。私は賛成です!!」

 

「よし、なら行き先を決めよう。戦争相手だから帝国は除いて、近い所だと法国か竜王国だな」

 

「聖王国とかは遠いですからね。それ以前にアンデッドのモモンガ様には居心地が……」

 

「バレなきゃ何処でも大丈夫だとは思うけどな。別に遠くとも魔法を使えば一瞬だが、それでは面白くないのだろう?」

 

「はい、折角の冒険ですから!!」

 

「ならドンドン候補を挙げていこう。ふふっ、長い旅になるぞ」

 

 

 旅行前にはしゃぐ子供の様に少しだけ夜更かしをしながらモモンガとツアレは話し続けていた。計画を立てている間、モモンガはほんの少しだけユグドラシルでクエストを受ける時のことが頭にちらついていた。

 人と何かを一緒に考えることはモモンガにとってとても楽しいことの一つだ。中立で決を採っていたあの頃とは違い、少しだけ素直に言い合える今なら尚更だろう。

 最終的に行きたい場所やルートを二人で考え、次の目的地となった場所は――

 

 

「次に向かう場所は『エイヴァーシャー大森林』に決定だな」

 

「どんな所か楽しみです。エルフの国も見つかると良いですね」

 

 

 戦争から逃げる為に王国を離れ、再び旅に出ようとする二人。

 しかし、エルフの国がスレイン法国と戦争している事は知らなかった。

 行った先の事を余り知らない方が冒険の楽しみが増すという事はある。しかし、情報不足で本末転倒になりかねない事になるとは、まだ二人は思ってもみなかった。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼ。その最奥に位置するロ・レンテ城の一室で、国王であるランポッサ三世と一人の医師が苦い顔をして話していた。

 

 

「陛下、誠に申し訳ありませんが、我々では王女様の病を癒す事が叶いません……」

 

「やはり、駄目なのか……」

 

 

 ランポッサ三世は少しだけ分かっていた様な顔をしながら、医者の言葉を聞いて深い溜息を吐いた。

 打つ手が無かったのは別にこの医者だけでは無い。王宮付きの医者を始めとして国中から腕の良い医者をかき集めたが、どれも返ってきた言葉は同じだった。

 

 

「王女様の御身体が衰弱されている原因は精神的なものと思われます。心が弱り、身体が食べ物を受け付けないのでしょう。どの様なポーション、魔法を使っても原因を取り除く事が出来なければ変わらないと思われます」

 

「余はもう同じ言葉を幾人もの医者から聞いた。はあ、分かった、もう下がって良い……」

 

「お力になれず申し訳ありません。せめて、何か楽しめるもの、気分を変えられるものがあれば良かったのですが……」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げて退出する医者を見やりながら、何か手は無いものかと考える。

 しかし、何も思い浮かばない。娘が苦しんでいるのに何もしてやれない、そんな自分を情けなく思う。

 せめて方法を探し続けよう、親として見守ることは続けようと、表情を取り繕って娘の部屋に入った。

 

 

「ラナー、調子はどうだ」

 

「お父様……」

 

 

 王族に相応しい天蓋付きの豪華なベッドに横たわっている一人の少女――ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフはこの国の第三王女である。

 いつからか食が細くなり、日に日に身体が痩せていった。握れば折れてしまいそうな程細くなった腕。金髪の長い髪は傷んで艶がない。

 そして何よりも目には光がなく、生気が感じられない。元気だった頃とは別人のようである。

 もはや『黄金』と称される程可愛らしかった少女の姿はどこにも無い。

 

 

「ラナー…… 無力な私を許してくれ。きっとお前を元気にする方法を見つけて見せる。必ず、必ずだ。だから、もう少しの辛抱だ」

 

「……」

 

「今はゆっくり休むといい。また来るよ」

 

 

 医者の診療前と変わらず元気の無い娘に声をかけ、ランポッサ三世は部屋を後にした。

 

 

「つまらない」

 

 

 父親が部屋を出た後、少女はボソリと呟いた。本当に何も見えていない父親だと。

 何もかもが自分の予想通りでしかない世界。自分の様な子供でも理解出来る事が何故周りは理解出来ないのか。愚かな事ばかりをしている大人達。そのくせ私が正しい答えを教えても周りはそれを不気味に思うだけ。

 周囲の人間は自分の事を化け物を見るような目で見ていた。

 自分と同じ様に見てくれる人は、私を普通の個人として見てくれる人は誰も居なかった。

 同じ人間であるはずなのに同族というものを周りの人間からは感じられず、ラナーの心はずっと孤独だった。

 

 

 

「私が死ぬのと国が死ぬのはどちらが先かしらね」

 

 

 自分の生死すら興味がない少女は冷めた思考をしていた。

 貴族を御しきれない、甘いだけで決断力も何も無い国王。

 担ぎ上げられている事に気が付きもしない、とことん愚かな第一王子。

 自らを豚の様に演じて、来るはずの無い機会を待つ第二王子。

 

 

(この国はあと五年も経たずに消えるのに、みんなは何を考えているのかしら)

 

 

 ――周りの人間の考えている事が本当に分からない。

 

 

 淡々と国が滅ぶ過程を予想するラナー。

 王国が帝国に吸収される所までを想像し、別に国が滅んだところでどうでもいいと途中で考える事を辞めた。

 

 

「一度くらい、私の予想を、想像を超える出来事が起こらないかしら。たった一度でもいいから。たった一人でもいいから…… 間違えた事ってないのよね、私……」

 

 

 ――本当につまらない。

 

 

 たった一人しかいない部屋の中に響きもしないほどの小さな声。

 ラナーの発した言葉は誰にも聞かれる事はない。

 

 

 

 

 バハルス帝国の兵士達が集まる訓練所。

 そこでは屈強な男達が剣や槍などの様々な武器を持ち、いずれ来る戦いのために訓練をしている。全員が汗を流し、真剣な顔つきで武器を振るっていた。

 そんな暑苦しいほどの光景の中、隅で一人だけ周りより一回り小さい剣を振るっている少年がいた。

 

 

「四十八、四十九、五十!! ……ふぅ」

 

 

 決められた回数の素振りを終えて、休憩がわりにゆっくりと息を吐く少年。

 息を整え少しだけ体力を取り戻し、訓練を再開させようとする彼に近づいてくる人物がいた。

 

 

「よう、クライム。今日も頑張ってるじゃねぇか」

 

「バジウッド様!? 確か今日は来られないと。本日は予定があったのでは?」

 

 

 熱心に素振りをしていた少年――クライムに声をかけてきたのは帝国四騎士の一人、バジウッド・ペシュメルである。彼は自分の公務のほかにクライムの教育係もしている人物だ。

 そんな彼が片腕をポケットに突っ込みながら、訓練用の服に身を包んでやって来た。

 

 

「なに、予定が早く終わったんでな。身体を動かすついでにお前の訓練を見に来たんだよ」

 

「お気遣い頂きありがとうございます。今日も用意して頂いたメニュー通りに訓練をしていました」

 

「相変わらず固いやつだな。子供の頃からそんなんで疲れないのかねぇ」

 

「一日も早く立派な騎士になる為には休んでなどいられません。バジウッド様の弟子として、恥じぬよう頑張らせていただきます」

 

「俺の弟子ならもっと遊ぶ事を覚えろ。全く似やしねぇな」

 

 

 バジウッドは妻帯者だが愛人もいる。正妻も妻公認の愛人も、皆同じ屋根の下で暮らしており全員の仲も良い。

 きっちりと全員愛している為、フラフラしているという訳では無い。

 言動は軽いが芯は通っており、根は真面目で皇帝陛下にも忠誠を捧げているがクライムとは丸っ切り性格も違うだろう。

 

 

「まぁいいや。遊びのやり方はまた今度として、今日は実戦の厳しさを教えてやるよ」

 

 

 バジウッドはそこらにあった訓練用の剣を取り、クライムにかかってくるように言う。

 

 

「ありがとうございます。それでは胸を借りさせて頂きます!! はぁっ!!」

 

 

 クライムはバジウッドに向かって真っ直ぐに踏み込み、上段から剣を振り下ろす。

 

 

「真っ直ぐすぎるし一撃だけで止まってちゃダメだな。もっとドンドンこいや!!」

 

「はいっ!! せいっ!! やぁっ!!」

 

 

 バジウッドに問題点を指摘され、それを修正しながら剣を振るい続けるクライム。

 だが訓練を始めて数ヶ月、まだまだ子供のクライムの剣に重みはない。バジウッドは片手で持った剣で軽くいなすことが出来ていた。

 

 

「うぉぉぉ!!」

 

「ほれ、プレゼントだ」

 

「えっ、っぁ!?」

 

 

 クライムが必死に剣を振るう中、バジウッドは急に剣を握っていない手を開いて砂をぶちまけてきた。

 クライムは見事に目潰しを喰らい、怯んだ隙にお腹に強烈な衝撃が走る。

 どうやら蹴り飛ばされてしまった様だ。

 

 

「どうよ、路地裏で鍛えた喧嘩の必勝法だ。ポケットは砂塗れだがな」

 

「くっ、目潰しとは、卑怯では…… それに騎士が蹴りを使うのは如何なものかと……」

 

 

 よろよろと立ち上がりながら、クライムは抗議の声をあげるがバジウッドは笑い飛ばした。

 

 

「馬鹿野郎、戦いは生き残った奴が勝ちなんだよ。クライム、お前も誰かを守って尚且つ生き残りたいなら手段を選ぶな。使える物は何でも使え」

 

「はい、覚えておきます……」

 

 

 クライムは微妙に納得がいかない顔をしながらも返事を返した。

 

 

「ほう、その顔はまだまだ元気が有り余ってる様だな。よし、今日は乱戦の厳しさも教えてやるよ。おい、そこのお前ら。自分より小さい奴と戦う訓練だ。三人一組でこいつと戦ってみろ」

 

「バジウッド様、そんな無茶な!?」

 

 

 急にバジウッドに声をかけられ、周りで訓練していた兵士達の顔に動揺が見える。

 

 

「はっはっは、戦場で敵は一人とは限らんぞクライム。どうしたお前ら、遠慮は要らん。先輩兵士の力を見せてやれ。だが、もしこいつに負けた奴がいたら俺が直々にシゴいてやるからな!!」

 

 

 クライムは何時も真面目に訓練をしており、子供にしては礼儀正しく周りからの評価も悪くない。そんな子供と戦う事に訓練とはいえ兵士達は気が引けていた。

 しかし、バジウッドの最後の一言で目つきが変わる。

 

 

「クライム、悪く思うな」

 

「そうだ、あんなシゴキに耐えられるのはお前くらいだ」

 

「お前の夢を応援している」

 

「お前ならできる」

 

「もっと熱くなれよ!!」

 

「これが大人の戦いの厳しさだ」

 

「そんな!? ……ええ、分かりましたよ。やってやりますよ!! うぉぉぉ――」

 

 

 クライムが雄叫びをあげながら必死に戦う様子を見続ける。周りの兵士たちも大怪我をさせるつもりは全くないが、手心を加えるつもりもない。

 クライムは強くなれて兵士達との絆も深まり一石二鳥だと、バジウッドは一人ウンウンと頷いていた。

 

 

「見上げた根性だよ、まったく。こりゃ数年後には本当に最年少の騎士になれるかもしんねぇな」

 

 

 これが終わったら飯にでも連れてってやるか。

 そんな事を思いながら時たまアドバイスをしつつ、クライムがぶっ倒れるまで様子を見守り続けるのだった。

 

 

「うぉぉぉぉ!! 人々を助けられるような騎士になれるまで、私は、絶対に諦めませんからぁぁぁ!!」

 

 

 こうしてクライムはよく動き、よく食べ、すくすくと成長していくのだった。

 

 

 

 

 

 



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若さ故の

 エイヴァーシャー大森林にあるらしいエルフの国を探す旅に出たモモンガとツアレ。

 エ・ランテルを出発した二人はスレイン法国を通らず、アベリオン丘陵を経由して大森林に行くルートを選択していた。

 もちろん移動手段は基本的に徒歩である。冒険者らしさを演出するため、ツアレにとってそこは外せないポイントだった。

 本当は他にもっと大事にするべき所があるのだろうが、モモンガは特に指摘はしなかった。時間など膨大にあるのだ。多少の無駄も楽しめばいいと楽観視している。

 

 アベリオン丘陵は広大な丘陵地帯で、多種多様な亜人種達が住まう土地である。

 亜人種の大多数は他種族との共存はしておらず、部族間で日夜戦いが繰り広げられている。

 人間にとってはかなりの危険地帯と言っていいだろう。

 

 

「ふぅ、今日も結構歩きましたね」

 

「お疲れ様。今のところ完全不可知化の魔法を見破れる様な奴がいなくて良かったよ」

 

 

 人間に友好的な亜人種などこの地にはほとんどいない。亜人と会う度に争いごとに巻き込まれるのも面倒なため、モモンガは自身とツアレにいつも魔法をかけて移動していた。

 リアルではとっくの昔に無くなったものだが、サファリパークを歩いている様な気分だ。

 ただしここで見られるのは蛇と人を合わせた様な見た目の蛇身人(スネークマン)、二足歩行の山羊の様な山羊人(バフォルク)など危険度は段違いだが。

 モモンガの魔法を信用しつつも、最初はおっかなびっくりでモモンガにくっ付いて歩いていたツアレだった。しかし、慣れてきたのか今では珍しい亜人が居たら少し離れて観察する位の余裕は出てきたようだ。

 

 

「もうすぐ日も落ちるし、そろそろ野営をするか」

 

「そうしますか。もうクタクタです……」

 

 

 野営の際はマジックアイテムを使って拠点を作成している。加えて周囲に魔法で罠を仕掛けたりと、モモンガらしい安全第一な野営だ。

 割と本格的なコテージのため、もはや野営とは言えないレベルである。

 しかし、そこにこだわりは無いのか、それともちょっと抜けているのかツアレは特に気にしていない様だった。

 

 

「もう森は見えてきているから、あと数日もすればエイヴァーシャー大森林に入れそうだな」

 

「早く森の木陰に入りたいです。最近は日差しも強くて暑くなってきましたから」

 

「ツアレは熱中症とかにも気をつけた方が良いな。私は汗をかかないし、身体も風通しが良いからあまり問題はないが」

 

「不思議な身体ですよね。食べた物とか何処に消えてるんでしょう?」

 

「たぶん気にしたら負けだろう。身体を洗う時は面倒だが、骨でもそれ以外に不便は特にないし問題ないさ」

 

 

 モモンガとツアレは晩御飯を食べて、設置されたお風呂で一日の汚れを洗い流す。

 そしてふかふかのベッドで休み、次の日に備えてぐっすりと眠る。

 荷物は全てモモンガのアイテムボックスに入れて持ち運べるため、食料も着替えも制限する必要はない。

 二人は何だかんだ冒険とは思えない程快適に過ごしているのだった。

 

 翌日、森を目指して歩いていると、モモンガは遠目に不思議な集団を見かけた。

 

 

「ん、何だあれは…… また亜人達の争いか?」

 

「何でしょう、よく分からないですけど人が戦っているようにも見えます……」

 

「こんな所に来る物好きな奴か、怪しい…… 少し警戒が必要だな。〈千里眼(クレアボヤンス)〉〈兎の耳(ラビッツ・イヤー)〉」

 

 

 自分達のことは完全に棚上げして、魔法でウサ耳を生やした骸骨は様子を探り出す。

 どうやら人間の集団が亜人と戦っている、いや一人だけ異様に強い存在がいる。一方的に狩っているようだ。

 

 

「人類を食い物にするケダモノどもよ!! この俺が一匹残らず滅ぼしてくれる!!」

 

 

 周りの大人が実用性のある見た目の装備をしている中、一人だけゲームに出て来る装備の様な浮いた格好をしている人物。

 長い黒髪で一瞬少女かと思ったが、声からしておそらく男だろう。

 ツアレと変わらないくらいの見た目の少年が槍を振り回し、亜人相手に無双していた。

 

 

「流石はあの年で隊長に推薦されただけはありますね…… 化け物じみた強さだ」

 

「ええ、彼が今後も人類を守る砦となってくれるでしょう」

 

「間引きを兼ねたこの任務も問題なさそうね」

 

「でも彼は彼女に会ったらどうなるんでしょう。たぶんこの任務が終わったら顔合わせがありますよね?」

 

「……上には上がいる。壁を知る事も大切だ」

 

 

 周りの大人達は彼の能力を評価しながらも、なんとも言えない表情をしていた。

 

 

「俺たち漆黒聖典こそが人類最強の守護者!! ……いや俺が、俺こそが、俺一人で漆黒聖典だ!!」

 

 

 ほぼ一人の力によって、いくつもの亜人の死体が積み上げられる。

 手に持つ槍を高く突き上げ、バァーンという効果音が鳴りそうな程ポーズを決めている少年。

 そんな彼を周りの大人達は生暖かい目で見ていた。

 

 

「うわぁ…… イッタイなぁ」

 

「モモンガ様、何が見えたんですか? どこか痛いんですか?」

 

 

 ツアレがモモンガの事を心配そうに見ている。今見た光景をどう伝えるべきかモモンガは悩んだ。

 この世界の人間にしては異常な程の強さ。そして怪しげな装備。別に敵対する訳ではないのだから多少は省いても構わないだろう。

 

 

「いや何でもない。どうやら人間の集団と亜人の集団が戦っていたようだ。間引きとか何とか言ってたから、組織的に動いているのかもな。関わらない方が無難だろう。少し迂回しながら森を目指そう」

 

「はい、分かりました。モモンガ様が居るから気が抜けてましたけど、ここってやっぱり危ない所なんですよね……」

 

「そう心配するな、今は私が居る。その意識を忘れなければ問題ない。それに多少の危険は冒険には付きものだ。刺激の無い冒険譚などつまらないだろう?」

 

「そうですよね。はいっ、今までの事もちゃんと記録してますから、無駄にはしません!!」

 

 

 それなら良いとモモンガは笑って、二人は再び歩き出した。

 

 

 

 

 エイヴァーシャー大森林の北方。

 森の外縁部に近い所で弓矢を背負った女性が脇腹を押さえていた。緑がかった金髪からはみ出して見える彼女の耳は尖っており、苦しげな表情をしてはいるがとても整った顔つきをしていた。

 長命で美しい容姿として知られる森妖精(エルフ)である。

 全身の至る所を怪我しており、特にお腹のあたりの傷は浅くはないようだ。服に少しだけ血が滲んでいるのが分かる。

 体を庇いながら歩いているため、その足取りはかなり覚束なかった。

 

 

「はぁ、はぁ…… 逃げ、なきゃ……」

 

 

 もう自分がどこを歩いているのか、正確な位置は分からない。それでもあの国から逃げ出したくて、必死に足を動かしていた。

 しかし、そんな弱り切った状態でさらなる不幸が重なる。

 

 

――シューシュー。

 

 

 物音から敵の存在に気がつき、周囲の木々を見上げると三体の絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)がいた。

 蜘蛛を大きくした様な姿のそいつらは、こちらに襲いかかる機会を今か今かと待っている。

 しまったと顔を顰めるがもう遅い。ちょうど三角形に囲まれてしまっている。仮に囲まれていなかったとしても、この怪我では奴らの吐く糸を躱す事すら出来ないだろう。

 

 

「あーあー、野伏(レンジャー)失格ね。モンスターの気配にも気がつかないなんて……」

 

 

 彼女は諦めにも似た様な声を出した。

 走って逃げる体力、弓矢を構える気力も共に残ってはいない。

 完全に詰みである。

 

 

「ここまでか…… まっ、あのクズ王に殺されるよりはマシかもね」

 

 

 自分の運命を受け入れ、木に寄りかかって座りながら最後の時を待った。

 絞首刑蜘蛛は獲物が弱り切る瞬間を待っていたかの様に、エルフに狙いを付け――

 

 

「――〈集団標的(マス・ターゲティング)魔法三重化(トリプレット)魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉!!」

 

 

 ――突然聞こえてきた空気を切り裂く様な鋭い音。

 

 

 そして真っ二つになって木から落ちてきた絞首刑蜘蛛。三体ともまるで一流の剣士が斬ったかのような、綺麗な切り口だった。

 

 

「えっ、一体何が……」

 

 

 今の一瞬で何が起こったのか分からない。おそらく魔法だろうかと予想することしかできない。

 傷の痛みでぼーっとする頭で状況を把握しようとしていると、こちらに歩いてくる人の気配が二つ。

 

 

「ふぅ、仕留め切れた様で良かった。そこの貴方、大丈夫でしたか?」

 

「もうモモンガ様、急に魔法を使ったからビックリしましたよ。えっと、大丈夫ですか?」

 

 

 一人は金髪の女の子。

 そしてもう一人は地味な黒いローブに籠手、そして変な仮面を付けている。

 

 

「女の子に、仮面……」

 

 

 そこまで確認した所で緊張の糸が切れてしまい、地面に倒れこみそのまま意識を失った。

 

 

 

 

「あれ、ここは……」

 

 

 エルフは目を覚ますと、自分が森ではなく家の中にいる事に気がついた。自分が寝ているベッドも、この部屋も全く見覚えがない。

 気を失う直前の記憶を思い出そうとしていると、部屋を軽くノックする音が聞こえた。

 反射的に返事をすると、入って来たのは金髪の少女と黒髪の男。

 男の方のローブと付けている籠手には見覚えがある。

 

 

「貴方達はさっきの…… 仮面の人?」

 

「ええ、その通りです。目を覚まされた様ですね。体の調子は如何ですか?」

 

 

 男の方は珍しい黒髪だが優しそうな顔つきで、こちらに穏やかに話しかけてきた。

 言われて気づいたが身体のどこも痛くはない。お腹の傷すらも綺麗に消えている様だった。

 

 

「すっかり良くなってるわ。貴方達が助けてくれたのよね? ありがとう」

 

「いえいえ、偶々通りがかっただけですから」

 

 

 謙遜ではなく本当にそう思っている様だった。詳しくは分からないが、彼はあのモンスター達を瞬殺する程の実力者のはずだ。

 戦争相手という事もあって、人間というのは正直苦手である。だが、力のある魔法詠唱者(マジックキャスター)にも関わらず、紳士的で謙虚な姿には非常に好感が持てた。

 

 

「それでもよ。貴方達がいなかったら私は今頃死んでたわ。本当にありがとう。出来ればお礼をしたいけど、ごめんなさい。今は手持ちもほとんど無いの」

 

「構いませんよ。ただ一つお願い、というか聞きたい事があるのですが」

 

「いいわよ。私に答えられる事なら何でも聞いて」

 

「貴方はエルフですよね。実は私達はエルフの国に行ってみたいのです。それでこの地に足を運んだのですが、詳しい場所が分からなくて」

 

「冒険と観光のつもりなんですが、もし良かったら教えてくれませんか?」

 

 

 何でも教えてあげるつもりだったが、二人の話しを聞いて固まってしまった。

 それに気づいた二人は慌てて訂正しようとする。

 

 

「すみません。何か悪い事を聞いてしまった様ですね。今聞いたことは忘れてください」

 

「ごめんなさい。何か失礼なことを言ってしまったみたいで……」

 

「えっ!? あっ、いや、いいのよ。 ……うん、命の恩人だし説明しないのも失礼よね。ちょっと長くなるけど話すわ――」

 

 

 そう言って彼女は事情を話し出した。

 エルフの国には最強の王がおり、そいつ一人が国を支配して民を苦しめているという事。

 そいつのせいで関係を拗らせて、エルフの国とスレイン法国が戦争をしている事。

 エルフの王は強い子供を作る事にしか興味がなく、女を手当たり次第に孕ませてきたクズ野郎だという事。

 今は自身と掛け合わせる強い母体を用意するため、能力を引き出そうと女を無理やり戦争に駆り出している事。

 そんな国が嫌になって逃げ出して、途中でモンスターに襲われていた所を救われた事。

 

 

「そういう訳なの。ごめんなさい、だから案内は出来ないわ……」

 

「そうだったのですか……」

 

 

 彼女は非常に申し訳なさそうにしていた。そんな様子を見てモモンガは考える。

 うん、全てその王様が悪いと。

 

 

「私にもっと力があれば…… あのクズを討つ事も出来るのに。魔法も使えてあんな邪悪な魔剣も使う戦士なんて反則なのよ!! 勝てる訳ないじゃない……」

 

 

 目の端に涙を滲ませながら、悔しそうに手を握りしめている。

 そうか、魔法も使えて魔剣も…… ん、魔剣?

 

 

「あー、すまない。その魔剣というのは?」

 

「エルフ王を最強たらしめる力の一つよ…… ヒューミリス、血肉を喰らって使用者を強くすると言われている魔剣。人間達には邪剣・ヒューミリスって言った方が馴染みがあるかしら?」

 

「見つけたぁ!! 漆黒の剣の一振り!!」

 

「モモンガ様、どうしましょう!! こんな所で見つけちゃいましたよ!?」

 

 

 説明を聞いた途端、モモンガとツアレが騒ぎ出した。しんみりとした雰囲気は何処かに吹っ飛んだようで、一人だけついていけずに戸惑う。

 

 

「えっと、その剣がどうかしたの?」

 

「ああ、取り乱してしまったようですまない。実は漆黒の剣を集めるというのも旅の目標にしててな。まさかこんな所でその名前が聞けるとは思ってなかったんだ」

 

「そうなんです。でも手掛かりも全然見つからないから、漆黒の剣を探すのは一旦やめてたんです。今回は冒険と観光を兼ねて偶々エルフの国を探していただけだったので」

 

 

 この二人はあの剣に並々ならぬ思い入れがあったようだ。理由を聞いてエルフはとりあえず納得した。

 しかし、次の発言で再び驚愕する。

 

 

「一つ提案があるんだが。私がその王とやらを倒したら、その魔剣を貰っていってもいいか?」

 

「はぁ!? 私の話聞いてたの? 人なんかじゃ勝てるような相手じゃないわ。確かに貴方は難度30の絞首刑蜘蛛を、同時に三体も倒せる力がある。その実力は認めるわ」

 

(難度って確かレベルに直すと三分の一くらいだったか? 俺はレベル10の雑魚モンスターに第10位階の魔法使ってたのか……)

 

 

 モモンガが自分の弱体化加減に情け無さを感じている中、彼女はこちらを心配してエルフ王の強さを説明し続けた。

 

 

「あいつは第5位階の魔法が使えるのよ。近接戦闘の強さだって化け物じみてて、難度にすると150すら軽く超えてるはずよ……」

 

「ふむ、第5位階か。その程度の使い手なら今の私でも十分勝機がありそうだな」

 

「その程度って…… 貴方一体――」

 

 

 訳が分からない。彼は魔法詠唱者のはずだ。それなら第5位階を使えるというだけで、相手がどれ程の実力者か理解できるはずだ。

 

 

「詳しくは言えないが、私もそれなりの使い手のつもりだ。勝てないと思ったら転移を使って逃げるから、どうか会わせてはくれないだろうか? もちろん貴方も一緒に転移で逃がす事が出来るぞ?」

 

 

 彼の顔には気負ってる様子は無い。ただ自分に出来ることを淡々と伝えているだけのように見える。

 転移も使えるようだし、自分の命の恩人だ。

 よし、この人を信じてみよう。そう思った彼女は笑って答えた。

 

 

「分かった…… 貴方を信じる。エルフの国まで案内するわ。本当に倒せたら剣の一本くらいあげるわ、仲間も私が説得するし。ただし、勝てないと思ったらちゃんと転移で逃がしてよね!!」

 

「ああ、約束だ。移動だけなら私の魔法はこの世界の最高峰だ。何処までだって連れて行ってやるとも」

 

 

 真剣な思いが伝わったのか、モモンガも同じように笑って答えた。

 

 

「さて、勝手に決めてしまって、今更だが…… ツアレもそれでいいか?」

 

「本当に今更ですよ、モモンガ様。はい、ちゃんと私もついて行きます。悪い王様を倒して宝物を手に入れる――最高の冒険譚になるじゃないですか!!」

 

 

 どうやら連れの子供も異論は無いようだった。むしろワクワクしてるようだ。

 そんな時、ふとある事をしていないと気が付いた。

 

 

「色々あって忘れてたけど、自己紹介がまだだったわね。私はカナト・ツルペ・エーツー。カナトでいいわ」

 

「私はツアレです。よろしくお願いします、カナトさん」

 

「モモンガだ。よろしく頼むよカナトさん」

 

「よろしくねツアレちゃん、モモンガ。でも、モモンガにさん付けで呼ばれるのはしっくりこないわ。呼び捨てでいいわよ」

 

「ふふっ、言われてますよ。モモンガ様」

 

「そうか…… じゃあカナト。案内を頼む」

 

(女性を呼び捨てというのは慣れていないんだけどな…… エルフは長命種だと思うけど、カナトは意外と見た目相応に俺より年下だったのかな?)

 

 

 アンデッド、人間、森妖精。カナトは知らないがこの場にいるのは全員バラバラの種族である。

 こうして変わった三人組でエルフの国へ向かうことが決まった。

 

 

「あっ、そういえばどうやって私の傷を治したの? 結構やばかったと思うんだけど。それに服も綺麗になってるし」

 

「ああ、ポーションを一本ぶっかけただけだ。簡単に完治してたぞ。服は魔法でチョチョっとな」

 

「あのポーション万能ですよね。クライムの時もあっという間に治りましたし」

 

「そうなんだ……」

 

 

 テキトーにかけただけで傷が全快するポーションって何!? と、ツッコミたかったがカナトは抑えた。

 

 

「ええと、エルフの国までの案内なんだけど、ところでここ何処?」

 

「ん? カナトがさっき倒れていた場所だぞ? マジックアイテムで家を出した」

 

「持ち運べるお家って便利ですよね。旅の時はいつもこれを使ってるんです」

 

「えー……」

 

 

 持ち運べる家って何!? ツアレも普通に話しているし、人間達の間ではそれが普通なの!?

 カナトはまたしてもツッコミを飲み込んだ。

 

 

「到着まではピクニック気分で行こうじゃないか。それとも急ぐなら魔法を使うか? 『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』というものがあってな、これで場所を確認すれば私の魔法で一瞬で行けるぞ」

 

「これを使うと冒険としては味気ないんですけどね」

 

 

 そう言って机の上に置かれたのは、モモンガの身長の半分程もある楕円形の鏡。

 そんなデカイ物何処から出したんだ…… そろそろ驚くのにも疲れてきた。

 暴虐の王に挑むシリアスな話のはずなのに、この二人の余裕はどこから来るのだろう。

 

 

「私も少しゆっくりしたいわ。だから歩いて行きましょう……」

 

「そうか? それなら明日の朝から出発しよう。ツアレ、あとでこの家を案内してあげてくれ」

 

「はい。カナトさん、ここは部屋が沢山あるんです。だから安心して寛いでくださいね」

 

「うん、ありがとう……」

 

 

 人間って凄いなー。

 カナトは深く考える事を放棄した。

 そして、めちゃくちゃ寛いだ。

 

 

 



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Momonga vs Elof

 エルフの国を目指してエイヴァーシャー大森林を進む三人。

 モモンガとツアレ、そしてこの森で出会ったエルフのカナト。

 二人はカナトの案内で目的地へと真っ直ぐに突き進んでいる。道に迷う事は一切なく、それを抜きにしても快適な道中だった。

 モンスターが出てきてもモモンガが拳でワンパンで倒してくれる。

 野営はマジックアイテムの家の中でゆっくり休める。

 国から逃げようとした時のように神経をすり減らす事もなく、カナトは二人と談笑しながら歩く余裕すらあった。

 

 

「――見て、湖が見えてきたわ。この先にあるのがエルフの国よ」

 

 

 視線の先には巨大な湖――三日月湖があった。夏の日差しを反射して湖面がキラキラと輝いている。

 

 

「わぁ、大きな湖ですね。それに透き通ってて綺麗です!!」

 

「釣りとかなら良いけど、泳ぐのはオススメしないわよ。普通にモンスターとかもいるから」

 

「見るだけにしときます……」

 

「それが無難ね。ここを沿っていくのだけど、実は法国の前線基地も近くにあるの。だから少し遠回りしながら行くわ」

 

「分かった。そういえばエルフの国には入国の際に審査とかはあるのか?」

 

「ええ、簡単なものだけど。門番がいて……」

 

 

 モモンガの何気ない質問にカナトが答えようとして急に黙った。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「どうしよう。私、戦争から逃げてきたから、正面から入ったら捕まるかも……」

 

「少し考えたら予想できるだろう……」

 

 

 意外なところでポンコツが露呈した。

 これまでがほのぼのとした道中だったので、彼女は自分の立場をすっかり忘れていたようだ。

 しかし、それを聞いたモモンガとツアレはさほど慌てなかった。

 

 

「大丈夫です。そんな時はモモンガ様お得意のアレがありますから」

 

「いつもやってる訳じゃないんだが…… まぁ、今回は仕方がないという事で」

 

「え?」

 

 

 

 

 木や植物で出来た建物が多く並ぶエルフの国。

 周りは美男美女だらけで、みんな耳が尖っている。

 

 

「……凄いです。正に自然の国って感じがします」

 

「そうだな。人の村とはまた違う感じだな。自然に囲まれたというより、自然の中にあると言えばいいのかな?」

 

 

 自然にある物をそのまま利用したような形が多く、草花が至る所に生えている。ここに住む者達は自然と調和した暮らしをしているのだろう。

 

 

「いやいや、貴方達って何者なの? なんか妙に慣れてない?」

 

「ただの吟遊詩人見習いです」

 

「極々普通の魔法詠唱者(マジックキャスター)だが?」

 

 

 モモンガが魔法でチョチョっと小細工をして、正面から堂々と不法入国した三人。

 二人の慣れた様子にカナトは聞かずにはいられなかった。

 

 

「ただのでも極々普通でもないでしょ……」

 

「私は本当にただのなんですけど……」

 

「まぁ何でもいいじゃないか。それでエルフ王とやらはどこに住んでいるんだ? 流石に偵察くらいはしてから挑みたいんだが……」

 

「あそこよ。ここからでも見えるでしょ? あの馬鹿でかい木の集まり。あれが城になっているの」

 

「あれか……」

 

 

 カナトが指差す先にあるのは一際目立つ巨大な木。かなり距離があるはずだが、ここからでも十分に視認できる。

 木製の家を複数くっ付けたような構造で、遠目から見るには城よりも巨大なツリーハウスに近そうだと思った。

 

 

「予想してると思うけど、あれの一番高い所にいるわ」

 

「分かった。じゃあ軽く偵察に行ってくる。おっと、その前に二人を安全な場所に送り届けてからだな」

 

 

 今はモモンガの魔法で周囲の認識を誤魔化しているが、離れるとなったらそれも維持できない。

 

 

「私達は手伝わなくて良いの? それなら何でわざわざ三人で入ったのよ」

 

「冒頭くらい一緒にいないとダメだろう。新しい土地での始まりは、仲間と共に感想を言い合うと相場が決まっている」

 

「こっちの都合ですので気にしないでください」

 

「ああ、冒険譚のネタの問題ね……」

 

 

 ツアレの夢について聞いていたカナトは非効率だと思いながらも納得した。

 転移で二人を湖の近くまで送り届け、そこに家を設置した。その後モモンガは再びエルフの国へと戻った。

 そして完全不可知化など複数の魔法を使って、万全の状態でエルフ王の住む城へ向かう。

 

 

(ギルドでもこういうのは俺の役目じゃなかったから、何気に一人の偵察って初めてなんだよな)

 

 

 罠などの確認をしながら慎重に城の中へ入っていき、30分もしないうちにエルフ王の座る玉座を見つけた。

 

 

「あいつがそうか……」

 

 

 エルフ特有の尖った耳に白銀の髪、そして特徴的なのは左右で色の違う瞳。まるでルビーとエメラルドのような、紅色と翠色のオッドアイ。

 完全武装かどうかは分からないが、装備はどれもこの世界では中々見ないレベルのものだ。流石王様といった所だろう。

 

 

「〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉――」

 

 

 情報系魔法を複数使用し、相手の体力や魔力の量などを測っていく。

 モモンガはユグドラシルでは相手の戦術などを見極めて戦うタイプだった。そのため既に彼の戦いは始まっていると言える。

 

 

(ちっ、思ったより魔力も体力も多い。種族がエルフ、そこに魔法職と戦士職の二つを積み上げるとしたら……)

 

 

 ユグドラシルで培った自身の持つ膨大な情報から、相手のレベルや能力を想定していく。残念ながら低めに見積もることは出来ない。この世界にはユグドラシルには無かった武技やタレントがあるからだ。

 しかし、途中で考えに没頭しそうになったため、一度帰ってから細かい作戦は立てることにした。

 

 

「特殊な職業(クラス)レベルが無いと仮定して、最低でも60レベル。100ではないだろうが80オーバーの可能性もある、といったところか。思ったより厳しい戦いになるかもしれんな…… まぁいい、一度戻って――ん、あれは……」

 

 

 転移で帰ろうとした時、ふと目に入ったのはエルフ王のそばに控えていた女性達。

 

――目が死んでいる。

 

 モモンガは思い出す。ここに来るまでの間に笑顔だった者はいただろうかと。女性も男性も関係なく、殆どが暗い目をしていた。

 

 

「やっぱり、ゲームとは違うんだもんな……」

 

 

 この世界はゲームでは無い。悪い奴がいれば、当然それに苦しめられている人がいる。

 モブなんかではない、生きた人たちが。

 そんな事はとっくに理解していたはずだ。それでもモモンガは転移の瞬間、口からそんな呟きが溢れていた。

 

 

 

 

「案外早かったわね。もっと遅くなるかと思ってた」

 

「お帰りなさい。偵察はどうでしたか?」

 

「ああ、バレなかったし問題ないぞ」

 

 

 モモンガが家に戻ると二人は居間で話しながら待っていたようだ。

 早く作戦を立てて脳内でシミュレーションをしたいが、先に確認しなくてはならない事がある。

 

 

「ツアレ、今回の戦いだが、私は本気で戦う事になるだろう」

 

 

 そこまでやるつもりは無かったんだけどな、とモモンガは薄く笑う。

 

 

「モンスター相手じゃない血みどろの戦いになるかもしれない。英雄譚のようにカッコイイ、綺麗なだけのモノじゃない。それでもお前は見る覚悟があるか?」

 

 

 相手が想像以上に強そうだった為、今まで戦ってきたモンスターをあしらう様には出来ないだろう。手加減しきれず殺してしまう可能性だってある。もちろんこちらが死ぬ可能性も無い訳ではない。

 モモンガはツアレの目を真っ直ぐ見ながら返答を待った。

 

 

「はい、私はちゃんとモモンガ様の戦いを見ます。……モモンガ様から見たら私なんて甘い考えしかない。まだ子供なんだと思います」

 

 

 ツアレはモモンガの言葉の意味をしっかりと飲み込む。そしてその上で躊躇う事なく答えを返した。

 夢を語ってくれたあの時と同じように。

 

 

「それでも私の夢は、やりたい事は変わりません。だから、モモンガ様の戦いを見せてください」

 

「ツアレ……」

 

「それにモモンガ様は負けませんよね? 仮にカッコ悪くても、どんな勝ち方でも、私が吟遊詩人としてカッコイイ物語に修正してあげますから!!」

 

 

 ああ、本当に甘いよ。そうだ、ツアレはまだまだ子供だ。どうしてそんな簡単に信じられるのか。俺自身も覚悟をしなければならない、命を奪ってしまうかもしれない戦いなのに。

 だけど、これは本物の気持ちだ。俺に向けられた気持ちだ。

 それなら俺のやるべき事は――

 

 

「ふん、それは心外だな。ならばツアレが修正する必要のないくらい、カッコイイ勝ち方を見せてやる。とっておきの魔法で決めてやるさ」

 

 

 彼女の期待に応えてあげる事くらいだろう。

 そう決めたモモンガは頭の中で考えていた最も勝率の高い作戦の一つ――開幕に即死魔法での不意打ちをするというのを辞める事にした。

 何とか殺さずに勝つしかない。ギリギリまで足掻いてみるとしよう。

 

 これはモモンガの中にある本心でもある。こんな命が容易く失われる世界でも、相手がどれ程の外道であっても人間種を殺したいとは思わない。

 モモンガの心は人間のまま――彼にとっては同族なのだから。

 

 その日の夜、作戦を立て終えたモモンガは外の風を浴びて涼んでいた。そうして疲れた頭を冷やしているとカナトがやってきた。

 無言で隣に座った彼女はやがてポツリポツリと話し出す。

 

 

「ねぇ、モモンガはさ、ツアレちゃんに覚悟を聞いてたけど……」

 

「けど、なんだ?」

 

「あれってモモンガ自身の事でもあるんじゃないの?」

 

「ああ、そうだな。王様を倒す代わりに剣をくれ。なんて言ったが、どこかゲーム感覚な所があったんだろうな」

 

 

 カナトからの問いにモモンガは誤魔化さずに答えていく。

 

 

「私は遊びで戦った事は何度もある。いくらでもやり直しのきく戦いなら、数え切れないほどの敵を倒してきた。だが、本気で喧嘩した事は一度もないんだ」

 

「やり直しって何よ。それじゃあなんで――」

 

「城に居るエルフ達を見た。死にそうな目をして、それでも生きてた。生きてる人を見たんだ……」

 

 

 深く考えていないような、何となく思ったことを話す感覚で話し続けた。

 

 

「それにな、本気の気持ちには全力で応えてやりたい。そう思ったんだよ」

 

「行き当たりばったりね。それに説明も下手。何言ってるか私には全然理解できないわ」

 

「そうだな。自分でもよく分からん」

 

 

 営業先での説明は得意だったんだがと、モモンガは頭を掻きながら思う。

 

 

「ちゃんと勝ってよね。いや、あんな奴ボコボコにしちゃっていいわ!!」

 

「同族にここまで人気の無い王というのも凄いな……」

 

「いいのよ。エルフの未来が掛かってるって言っても過言じゃないんだから、頑張ってよね」

 

「そんな重い物は私には背負えないよ。だが安心しろ。私のPVPの勝率は五割を超える」

 

「それって二分の一くらいじゃない……」

 

 

 期待は裏切らない。さっきの事は恥ずかしいから忘れてくれ。そう言ってモモンガは家の中に戻っていった。

 

 

「男って何であんなに格好付けたがるのかしらね……」

 

 

 一度信じたのだから、ここまで来たら最後まで信じよう。

 カナトは命の恩人の勝利を祈った。

 

 

 

 

 そして翌朝、決戦の日がやって来た。

 モモンガは今回の戦いの為、物理防御力重視の灰色のローブに身を包んでいる。

 

 

「ではまた後でな。指定の場所で待っていてくれ」

 

「はい、待ってますね」

 

「無理そうだったらちゃんと逃げるのよ。もちろん私達を連れてね」

 

 

 準備を終えた後ツアレとカナトに後のことを伝え、エルフ王のいる城に堂々と乗り込んでいった。

 

 

 

 

 エルフ王は玉座に座り、こちらを胡散臭そうな目で見ている。周りのエルフも同様だが、モモンガは気にせず話しかけた。

 

 

「やぁ、御機嫌よう。いきなりだがエルフの王よ、お前を倒しにきた」

 

「こんな朝から何かと思えば。道化師を呼んだ覚えは無いのだがな」

 

「いやいや、今の私はどちらかというと勇者だとも」

 

「そんな変な仮面の勇者がいるものか。相手にする価値もない、帰れ」

 

「自分が悪虐の王だという自覚がないのか? お前を倒す為にわざわざ来てやったというのに」

 

 

 王を倒すという発言に周りのエルフがほんの少しだけ反応した。無駄だという諦めが九割と、もしかしたらという希望が一割混ざったような顔だ。

 モモンガはやれやれと過剰な身振り手振りを入れながら、エルフ王の神経をどんどん逆撫でする。

 相手を煽るジェスチャーはお手の物だ。何せあのNPCの創造主であり、あのギルドのまとめ役だったのだから。

 

 

「悪虐だろうが何だろうが、王は最強であるこの我だ。弱者の民をどの様に扱おうと貴様には関係ない」

 

「そうか、ならば自称最強の王様に挑戦だ。この手を取ってみせろよ、本当に強いのならな。私が戦場に連れて行ってやる」

 

 

 モモンガは握手を要求する様に手を伸ばした。

 周りに部下がいる中でここまで言われたのだ。退けなくなったエルフ王は玉座からゆっくりと立ち上がる。立て掛けてあった剣を腰に付け、こちらにやって来た。

 

 

「ちなみに転移系の魔法が使えるなら、場所を教えるから自力で来てもいいんだぞ?」

 

「ふん、その挑発に乗ってやろう。どんな場所だろうと我が勝つ。どこの誰だか知らんが身の程を教えてやる」

 

「そうか、こちらも因果応報という言葉の意味を教えてやる」

 

「どうでもいい。夜の運動ばかりで飽きてきた所だ。我も偶には別の運動もしないとな」

 

 

 ――この野郎、手加減無しでぶん殴ってやる。

 リアルでも魔法使いなモモンガの魂が燃え上がった。

 そしてエルフ王の手を握ったモモンガは転移の魔法を発動させた。

 

 

「ここは……」

 

 

 エルフ王は辺りを見渡すと湖を見つけた。

 移動した場所は三日月湖の近くのようだ。まさか自分が使えない転移の魔法を使えるという事に多少の驚きはあった。

 しかし、魔法も剣術も修めた自分が負けるはずもない。

 ふと、他にも誰かいることに気がついた。観察するが相手の援軍にしては随分と弱そうだ。

 

 

「おっ、来たわね」

 

「モモンガ様、頑張ってください!!」

 

「……」

 

 

 エルフに人間の小娘が一人。そして巨大なタワーシールドを持ったアンデッド。

 勿論これはモモンガが彼女たちの為に用意した壁である。

 

 

「四対一なら勝てるとでも?」

 

「いやいや、あれはただの観客だよ。未来の吟遊詩人が混じっているから、お前が負ける様はちゃんと語り継がれるぞ」

 

 

 本当にふざけた男だ。この女達も後で捻り潰してやろうとエルフ王は決めた。

 

 

「これ以上待たせるわけにはいかない。先手は貰うぞ。〈魔法三重化(トリプレット)魔法最強化(マキシマイズマジック)火球(ファイヤーボール)〉!!」

 

 

 戦いの口火を切ったのはモモンガだ。

 放った三発の火球がエルフ王に直撃し、辺りに爆風を撒き散らす。

 煙がもくもくと上がり、辺りは静まり返っている。

 

 

「うそ、まさか今のでエルフ王を倒しちゃったの!? 凄い、凄いわモモンガ!!」

 

 

 少し離れた位置で見ていたカナトが見事なフラグを建ててくれた。

 煙の中に影が見え、視界が晴れるとそこには無傷のエルフ王が立っていた。

 

 

「見掛け倒しの魔法だな。マッチ程の熱さもない」

 

「ふん、今のはただの火球では無い。強化も三重化もした火球だ」

 

「つまりは全力じゃないか。くくく、あっはっはっ!! 本当に道化だったとは、笑わせてくれる…… お礼に本物の魔法を見せてやろう。〈魔法二重化(ツインマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 

 今度はエルフ王の番だった。両手から放たれた電撃は龍の様に唸り、モモンガを包み込んだ。

 その瞬間を見ていた二人はヒッと息を飲む。

 

 

「準備運動にもならなかったな…… さて、そこの貴様らも覚悟はいいな?」

 

 

 エルフ王が見ていた二人に振り向いた時、電撃を放った方から声がした。

 

 

「静電気を飛ばしたくらいで勝ちを確信するとは、せっかちな奴だ。まだ私はピンピンしているぞ?」

 

「馬鹿な!? 確かに直撃したはずだ!!」

 

 

 モモンガも同様に傷一つない姿で立っていた。仮面で顔は見えないが、声から余裕の表情をしている事が伺える。

 

 

「答えを教えてやろう。私は物理攻撃以外の全ての攻撃を無効化するというタレントがあるのだよ」

 

「何だと!?」

 

(まぁ、嘘だがな。第5位階なら上位魔法無効化Ⅲでギリギリ無効化できるし。ハッタリとしては十分だ)

 

 

「状況が理解できた様だな。さぁ勝負はここからだ。その腰の剣が飾りではないならかかって来い」

 

 

 モモンガは仮面を取り払い、先の丸まった打撃攻撃用の杖をアイテムボックスから取り出す。

 この時相手が人間だったと初めて気が付き、エルフ王はほんの少しだけ驚いた様な顔をした。

 

 

「同族の反乱かと思えば下等な人間だったとは。我をそこいらの魔法詠唱者と一緒にするなよ。寧ろこちらの方が得意なのだ……」

 

 

 エルフ王は静かに怒りを滲ませながら、右手で剣を握りしめた。

 

 

「下等生物には勿体無いが見せてやろう。我の剣技と、このヒューミリスの力をなっ!!」

 

 

 鞘から抜き放たれた刀身は植物を思わせる深い緑色。葉脈のように広がる模様は血のような赤。脈打つように模様が輝き、まるで剣そのものが生きているかのような錯覚を覚える。

 

 

「何が漆黒の剣だ。思いっきり緑色じゃないか――うおっ!?」

 

「考え事とは余裕だな!!」

 

 

 モモンガの感想など意にも介さず、再び戦闘が始まった。

 エルフ王は剣を構え、突進するように踏み込む。そのまま上段から振り下ろされた一撃をモモンガは咄嗟に杖を両手で掲げて防いだ。

 しかし、ビリビリとした衝撃が杖を通してモモンガの骨を震わせる。

 

 

「今の一撃を防げたのは褒めてやろう。だが我の力はこんなものではないぞ!!〈能力向上〉〈能力超向上〉そら、もう一撃だ!!」

 

「がはっ!?」

 

 

 武技によりエルフ王の身体能力が跳ね上がる。

 横薙ぎに一閃された二撃目は直撃してしまい、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされた。

 エルフ王の攻撃はモモンガの上位物理無効化Ⅲを確実に貫き、少しずつだがダメージを与えていた。

 

 

「ヒューミリスの能力が発動しない…… お前のタレントとやらは本物だったか」

 

「くっ、なかなか痛い。 運営め、本当に物理攻撃しか上がってないな。せめて防御力も上げてほしかったものだ。〈上位硬化(グレーター・ハードニング)〉〈上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)〉」

 

 

 幸い籠手に当たっていたため、骨を断ち切られずに済んだ様だ。相手が何かを勝手に納得しているが、今は考える余裕はない。

 吹き飛ばされた先で体勢を戻しながら強化魔法を唱える。モモンガの力はエルフ王を超えているが、防御面は完全に負けている。魔法で強化した事によって、防御のステータスは多少マシになっただろう。

 

 

「はぁっ!!」

 

「ふんっ!! 魔法で自らを強化して殴りに来るとは面白い。だが、その程度の攻撃など効かん!!」

 

 

 杖を鈍器として振り回すというモモンガの力技をエルフ王は剣術で受け流していた。

 今のモモンガの物理攻撃力はレベル100の戦士職にも劣らない。それをいとも容易く防げるとは最強の名は伊達では無かった様だ。

 

 

「ならば!!〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

「こんなもので止められると思ったか!!〈剛腕剛撃〉〈強殴〉!!」

 

 

 モモンガが魔法でアンデッドで出来た骨の壁を出した途端、エルフ王は瞬間的に腕力を強化した。

 更にスケルトン系の打撃に弱いという弱点を突き、そのまま殴打系の武技で壁を殴り壊した。

 ――しかし、崩れた壁の先にモモンガはいない。

 

 

「喰らえっ!!」

 

「しまっ――!?〈不落要塞〉!!」

 

 

 壁で相手の視界を塞いだモモンガは、その瞬間に転移で背後に回り込んでいた。

 エルフ王が気づいた時には既に振りかぶっており、そのまま全力で杖を叩きつけた。

 しかし、相手はギリギリで左腕を出し、防御系の武技を発動させたようだ。生身と杖がぶつかったとは思えないような音が鳴り、モモンガ渾身の一撃は弾かれた。

 武器や盾ではなく腕で発動に成功している事から、エルフ王の武技の技術力の高さが垣間見える。

 

 

 

「くっ、なんて馬鹿力だ。〈不落要塞〉を使ってもここまで衝撃が残るとは……」

 

「今のは決まったと思ったんだがな。武技というのは随分性能が良い技らしい」

 

(小癪な。我を力で上回るとは、ふざけた魔法詠唱者だ…… だが、戦士としての技量は素人)

 

「次は当てるぞ。〈骸骨壁〉〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉」

 

 

 相手が少しでも弱っている隙に畳みかける。相手の腕が痺れている間にモモンガは再び魔法を発動し、エルフ王の目の前に壁を作った。

 

 

「そう何度も同じ手を喰らうか!! そこだぁっ!!」

 

 

 頭上から来る杖の気配を感じ取り、迎撃のために全力で剣を振るう。

 しかし、意外なほど簡単に杖は弾けた。

 予想外の出来事に思考が一瞬固まり、僅かに隙を見せてしまう。

 

 

「何っ!? 杖だけだと!? 奴は何処に――」

 

 

 ――壁から拳が飛び出して来た。

 

 

「うらぁっ!!」

 

「がっはっ!?」

 

 

 モモンガは壁を作り、今度はその壁ごと殴り飛ばしたのだ。

 ご丁寧にバフまでかけた今日一番の力でだ。

 

 

「杖は転移させたブラフだよ。同じ手ばかり使うわけないだろう」

 

「クソがっ!! やってくれたな…… もう容赦はせん!!」

 

 

 今回の戦闘で初めて傷を負った事で、エルフ王の怒りが爆発した。

 血反吐を吐きながら立ち上がり、怒声を上げながらモモンガを睨みつける。

 エルフ王は腕の痺れが回復すると即座に武技を発動し、モモンガが魔法を唱えるよりも早く斬りかかった。

 

 

「ハアァァッ!!〈流水加速〉〈斬撃〉〈斬撃〉〈斬撃〉〈斬撃〉〈斬撃〉!!」

 

「がぁぁぁっ!?」

 

 

 急加速からの流れる様な五連斬。

 前衛職としての経験が足りないモモンガは、連続して放たれた攻撃を防ぐ事が出来なかった。

 エルフ王と違って戦士並みの身体能力があるだけで、技術が無いという事が見抜かれてしまっている。

 斬られた衝撃でフラフラと後退し、いつのまにか近くまで来ていた湖の畔で膝をつく。

 

 

「はぁ、はぁ、随分と上質なローブを着ているのだな。先程から何度も斬っているのに、まだ破けないとは…… だがダメージは通っているようだ」

 

「くっ、ここまでの力があって、何故お前はあんな事をする…… 無理やり強い子供を作ってどうすると言うんだ」

 

「あんな事? ああ、そんなのは決まっている。最強の軍団を作り、世界を手に入れるためだ。あれらは全て我の野望を実現するための道具に過ぎない」

 

「自国の民を、自分の子供すらも道具だと言うのか?」

 

 

 エルフ王は何を当たり前の事をと、馬鹿にしたような笑いを漏らす。

 

 

「我の方こそ分からん。お前は何故こんな無駄な事をする?」

 

「こんな私でも本気で信じてくれている人がいる。今の俺にとってそれ以上に大切な物は無い」

 

「なぜこの状況で笑える?」

 

「ああ、あと個人的に女性を道具の様に扱うお前が気に食わない。それ系の事にトラウマ気味の連れがいるというのに…… 」

 

「ふん、他種族の問題に首を突っ込み、そのくせ我の問答にはロクに答える事が出来ないか…… 中身のない奴だ」

 

「そんな男一人斬れない王様は何処のどいつだ。こんな安物のローブくらい貫いて見せろ。貴様の魔剣は爪楊枝ほどの鋭さも無いのか?」

 

 

 ボロボロにやられて膝をついている。それでもこちらを煽る事を辞めない。

 こんな奴は相手をしてもイライラが溜まるだけだと、さっさとトドメを刺すことにした。

 

 

「道化の戯言は聞き飽きた…… もうよい、それを貴様の遺言としよう。〈疾風走破〉」

 

 

 エルフ王は剣を両手で持ち、腕を大きく引いて刺突の構えを取る。

 更に武技を重ねて発動し、自身の速度を極限まで高めた。

 

 

「死ねっ〈神穿撃〉!!」

 

 

 刺突系の武技〈穿撃〉に改良を加え、鋭さと速さを神域まで高めたエルフ王のみが使える絶対の奥義。それを終わりの一撃として放つ。

 

 

「っあ……」

 

「モモンガぁぁぁぁ!?」

 

 

 モモンガはその奥義に反応することすら出来ず、お腹から背中までを真っ直ぐ貫かれた。

 エルフ王に寄りかかる形で、体から力が抜ける様にゆっくりと頭が垂れる。

 それを見て先程まで固唾を呑んで見守っていたカナトの悲鳴が辺りに響き渡った。そして彼女はそのまま気絶してしまう。

 しかし、その隣でツアレは黙ってモモンガを見つめ続けていた。

 

 

「人間にしては強い方だったが、何とまぁ呆気ないものだ――がっ!?」

 

 

 ――ギシリ……

 

 

 エルフ王が剣を引き抜こうとした時、自分の腕から嫌な音が鳴った。

 先程事切れたはずのモモンガの腕が、何故か自分の手首を掴んでいる。

 

 

 ――捕まえたぞ。

 

 

 そのまま万力の様な力で握り締められ、右腕から耐え難い激痛が走った。

 

 

「ギャァァッ!? 離せっ!! 何故だ、何故生きている!? 確実にローブごと貫いた筈だ!!」

 

「お前の言う通りだよ。私は中身のない奴なんでね」

 

 

 まぁ骨は削れたから痛かったが。モモンガの言葉はエルフ王にはもう届いていない。

 理解出来ない現実に脳の処理が追いついていなかった。

 

 

「この距離なら外さんぞ。殴り放題だ!!」

 

「グゥゥゥッ!!〈不落要塞〉」

 

 

 握り締めた相手の右手を決して離さず、ゼロ距離から拳を連打する様に叩きつける。

 しかし、それでも相手の武技に阻まれて僅かしかダメージが通らない。

 

 

「〈飛行(フライ)〉死ぬ気で頭を冷やすんだな!!」

 

「何っ!? ゴボボッ!?」

 

 

 キリがないと悟ったモモンガはエルフ王を持ったまま飛び上がる。

 そして湖面に向かって全力で叩きつけた。

 

 派手に飛沫をあげながら、エルフ王は湖のかなり深くまで沈んだ。

 しかし、モモンガの手から逃れることが出来た。身体を休ませたい彼にとって、寧ろこれは好機だ。

 

 

(馬鹿め。私に再び反撃の機会を与えるとは…… 上がったら首を落として今度こそ殺してやる!!)

 

 

 水面を見上げると太陽が反射して薄く光っている。

 息が続く間にゆっくりと浮上し、少しでも身体の調子を戻す時間を稼ぐ。

 その間、手を閉じたり開いたりして様子を確かめ続けた。

 よし、もう大丈夫だ。右手は剣を握るのに何の問題もない。

 

 

「――っぷはぁ…… はぁ!?」

 

 

 水面から顔を出すと、なんと目の前にあったのは巨大なドーム型の立体魔法陣。

 蒼白く光っており、水中から見たあの光は太陽なんかでは無かったと知る。

 

 

「発動前に上がってきたか。そのまま死んでしまうんじゃないかと冷や冷やしたぞ」

 

「黙れっ!! 貴様の魔法なぞどれ程当たろうが毛ほども効かんわ!! どうせそれも見掛け倒しだろう!!」

 

 

 砂時計を片手に持ったモモンガが余裕の表情で話しかけてきた。

 こっちが水中にいるため、どうしても相手を見上げる形になってしまう。上から物を言われている様で、エルフ王にとってはこの上ない屈辱だ。

 

 

 

「どうせ最初の一撃で判断したんだろうが、その慢心が命取りだ。道化の魔法を舐めるなよ」

 

「何をしようが所詮は下等生物!! 待っていろ、今すぐ上がって貴様の首を――」

 

(時間切れ――さぁ、フィニッシュだ)

 

 

 立体魔法陣が更に輝きを増していく。

 そして、エルフ王が陸に上がろうとする前にモモンガの魔法が発動した。

 

 

 ――〈超位魔法・天地改変(ザ・クリエイション)

 

 

 

 

 ツアレは最初からずっとモモンガの戦いを見ていた。

 魔法を撃たれた時も、何度も斬られた時も。

 魔剣で貫かれた時は思わず悲鳴を上げそうになった。

 モモンガの苦しげな声を聞いて目を背けたくもなった。

 それでもずっと見ていた。

 信じているから、約束したから。

 

 

「勝ったぞ、ツアレ」

 

「はい。ずっと見てましたよ、モモンガ様」

 

「とっておきの魔法、中々凄かっただろう?」

 

「はい、とっても。でも、この戦いがカッコイイかどうかは微妙ですよ。最初にお互いに名乗るシーンすら無いですし」

 

 

 そう言われてあのエルフの名前を知らない事を思い出した。まあ今更知ってどうなる物でもないし構わないだろう。

 

 目の前に広がるのは真夏だというのに凍りついた湖。

 そして頭だけが凍った湖から生えるように出ているエルフ王。

 顔がパンパンに腫れており、耳が尖っている以外エルフの面影が無い。

 

 

「アイツへの鉄拳制裁はもうちょっと考えた方が良かったか。でもほら、同族からもボコボコにして欲しいって言われてたし」

 

「動けない相手を殴る様は完全に悪役でしたよ……」

 

「途中からグーは不味いかと思ってビンタに変えたんだが…… そうか、それならしょうがない」

 

(殴ってから考えようは俺には向いていなかったかな…… そもそもこういう事自体が柄じゃないし、物理でどうにかするのは慣れないな)

 

 

 一度何かを考えるように顎に手をやった後、モモンガはこちらを向いた。

 

 

「なぁ、ツアレ」

 

「なんですか、モモンガ様?」

 

「修正しといてくれ」

 

「……はいっ!! 任せてください!!」

 

 

 モモンガからのお願いに、ツアレは満面の笑みで答えた。

 

 

 

 

 




ちなみにサブタイトルはエルフではなくエロフです。




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春が来たら

 今までの感想欄でいくつか同じような疑問があったので、この作品での補足を前書きと後書きで少しだけ書きたいと思います。

Q.モモンガ様の物理攻撃はもっと強いんじゃ?
A.魔法攻撃力分は加算されていますが、筋肉量は増えてません。骨なのでその恩恵は受けられませんでした。
 それでもレベル100の戦士職に負けないくらいの物理攻撃力はあります。ただし近接系のスキルが無いので、ユグドラシルのレベル100としては戦闘力はかなり低めです。

Q.エロフ王が意外といい勝負してる?
A.実はエロフ王は装備や技量を含めてかなり強めにしました。レベルとしては70台後半くらいですが、レベル差で一方的な戦いにならない様に戦士寄りで殴り甲斐のある強さに設定しました。
 ただしモモンガ様が殺す気でやったらもう少し一方的になります。

 そして普通のレベル100戦士職、コキュートスとかと戦ってたら真っ二つです。



 エルフの国から少しだけ離れた三日月湖の近く。

 そこに倒れていたエルフの女性がピクリと動いた。

 モモンガが魔剣で貫かれる姿を見て、戦いの途中で失神してしまったカナトである。

 

 

「――っう…… あれ、ここは……――っモモンガ!? モモンガは!?」

 

 

 意識が覚醒するにつれて、先の光景が鮮明に蘇ってきた。慌てて起き上がるが辺りはとても静かで、木々を揺らす風の音しか聞こえない。

 どう考えても戦闘は終わっている。

 

 

「何よ、カッコイイ勝ち方を見せるって…… とっておきの魔法で決めるって言ったじゃない……」

 

 

 理解した途端に視界が歪み始めた。拳を握りしめ、震える声で文句を呟く。

 するとツアレが控えめに横から声をかけてきた。気が動転していて、隣に居たのにすら気がついていなかった。

 

 

「あの……」

 

「ツアレちゃん…… ごめん、ごめんね。私が連れて来なければ、モモンガは――」

 

 

 今更意味のないことだと思いながらもツアレに謝罪の言葉を口にしていると、仮面を付けたローブ姿の人物がやって来た。

 

 

「おーい、湖を元に戻してきたぞ。ああ、起きたのか」

 

「死なずに…… っえ?」

 

「どうした、大丈夫か?」

 

 

 掘り出したエルフ王を縛り上げ、凍った湖を元に戻す。その作業を終えたモモンガが二人の元に戻って来てみると、こちらを見たカナトが固まった。

 

 

「キャーッ!? 幽霊!? ゾンビ!? アンデッド!?」

 

「何故バレた!?――っじゃなかった。んんっ、私だ、モモンガだ!!」

 

「だからよ!! 剣で貫かれて死んだじゃない!!」

 

 

 どうやら魔剣に刺されたあの時、完全に死んだと思われていたようだ。錯乱する彼女を宥めながら、モモンガはテキトーな理由をでっち上げる。

 

 

「えーと、実はマジックアイテムの効果で一度だけ致命傷を無効化出来るんだ。だから私は死んでないぞ。アンデッドなんかじゃないぞー」

 

「先に言いなさいよ!! 本当に死んじゃったかと思ったじゃない、馬鹿。馬鹿、馬鹿馬鹿っ!!」

 

「ちょっ、やめ、打撃は弱点――」

 

 

 馬鹿と言いながら、モモンガの胸をポカポカと叩くカナト。

 そして叩いた内の一発が、ローブの首元にスルリと入ってしまった。

 

 

「手が、めり込んで…… この感触は、骨?」

 

「あちゃー、そうかー、このパターンかー」

 

 

 この後どうなるかは一度似たような事を経験しているので分かる。

 先の展開が読めてしまい、モモンガは頭を押さえながら天を仰いだ。

 

 

「いひゃいです」

 

「うん、ごめん。ツアレちゃんも肉が無いのかと思って」

 

 

 ツアレのほっぺをムニムニと引っ張り、彼女は一瞬冷静になった。

 しかし、もう一度モモンガのローブに手を突っ込む。

 

 

「やっぱり死んでるぅぅう!?」

 

 

 悲鳴を上げて再び失神してしまったようだ。パタリと倒れた彼女を見て、呆れた様な表情をしたツアレがモモンガを見ている。

 

 

「どうするんですか?」

 

「うーん、なんとか夢だったと思ってもらおう……」

 

 

 記憶を操作する魔法は使えるが、余り知り合いにやりたい手ではない。

 再び彼女が目を覚ました後、モモンガとツアレは30分かけて誤魔化す羽目になるのだった。

 

 

 

 

 エルフ王を倒した後の事。

 ぐるぐる巻きにしたそいつを他のエルフに引き渡し、お礼に魔剣を貰ってハイさようならとはいかなかった。現実はゲームの様にスムーズにはいかない。

 現在スレイン法国と戦争をしているため、彼らとの和平の目処が立つまでここに残って欲しいと言われたのだ。

 

 

「どうかお願い致します。貴方様は我々を王の支配から解放してくださった。その上で更にお願いするのは無礼だと承知の上です。しかし、交渉が終わるまで、貴方様のお力をどうかお貸しください」

 

 

 モモンガはこの国の事情や政治の駆け引きについて、正直なところ詳しくは知らない

 どうやらエルフ王を倒した存在が国を守っていると法国に誤認させる事で、和平交渉を拒まれるリスクを減らしたいらしい。

 確かに国に強い存在がいないとなれば、法国が強引な手に出て来る可能性もあるだろう。法国はエルフ王の力をある程度知っている様だ。そのため、そんな奴を倒す存在がいると分かれば相手も慎重になるしかないだろう。

 

 

「確かモモンガ様はヒューミリスをお望みだとか。実はあの王のせいで若いエルフは知らない者もいるのですが、あれは本来国宝なのです」

 

「それは初耳でした…… 申し訳ありません。国宝を欲しがるなど、無理な事を言ってしまいました」

 

 

 国宝というのも頷ける。この世界の水準から考えるとあれは最高クラスの武器と言っても良い。

 そして鑑定魔法で調べると、あの剣はユグドラシルではあり得ない性能をしていた。

 特殊能力は『血肉を喰らって使用者の体力を回復』『装備するとステータスがアップ』である。シンプルで強いが、似た様な効果ならユグドラシルにも沢山ある。

 問題はレアリティだ。レアリティはさほど高くはない、つまりデータ量が多くはないという事。

 しかし、この剣の効果はデータの容量を超えた、破格の効果量だったのだ。

 

 

(あのポンコツは国宝を俺に渡しても良いと言ってたのか。一体どうやって説得する気だったんだか…… たぶん知らなかったんだな)

 

「いえ、ですが…… 国を挙げて式典を開き、正式な褒美として救国の英雄に渡す。そういう形ならば何とかなるはずです。いえ、周りに反対されようとも何とかしてみせます!!」

 

 

 鬼気迫る勢いで交渉を続ける重鎮。

 法国との戦争は余程切羽詰まっているのだろう。

 

 

「その式典を開くまでの間だけだと思って、私達に時間を頂けないでしょうか。国に滞在していただく間は精一杯おもてなしをさせて頂きます。それに、エルフ王を倒した救国の英雄がこの国にいる。その事実だけで指導者のいなくなった民達も安心するのです」

 

「はぁ…… 分かりました。少しの間だけこの国に滞在させてもらいます。ただし、私の正体はバラさないで頂きたい。私の顔や名前が広まるのは面倒です。あくまで国を救ったのは名も無き仮面の人物だという事で」

 

 

 国を立て直そうと必死な重鎮達に頭を下げられ、渋々モモンガは頷いた。

 あまり後先考えずに戦ったが、悪い王とはいえトップがいきなり消えるのは何かと問題があったのだろう。

 実際エルフ王を倒したのは自分だし、それくらいの責任は持つべきなのかもしれない。

 それに考えようによっては、ゆっくり待つだけで魔剣が手に入るのだ。王国と帝国の戦争から逃げる意味もあったのだし、避暑だと思えば別段悪くは無いだろう。

 

 

「貴方様は名声を求めないのですね…… 今の貴方なら、大抵の事は夢では無いのに」

 

「地位や名誉といったモノには興味が無いのです。今は彼女の夢を応援したいので」

 

「分かりました。一般の民には貴方様の名前は伝えません。式典の際も仮面を外さずに参加してくださって結構です」

 

 

 良い方向に勘違いされて、モモンガの株が勝手に上がっていた。この事が他のエルフにも伝わり、仮面の勇者の好感度は爆上がりである。

 そしてエルフの重鎮はああ言ったが、王の持ち物であった『邪剣・ヒューミリス』を渡す事に反対する者は実は最初から誰もいない。式典など必要ないのだ。

 ミラクルを起こしつつ、若干騙されている事をモモンガは知る由もなかった。

 

 

 

 

 エルフ国のとある広場。そこには沢山の人集りが出来ていた。

 その中央に居るのは音楽の流れる箱に乗り、物語を語るツアレである。

 内容はエルフ達の間で今一番の関心を集めるお話――エルフ王と仮面の勇者の戦いである。

 

 

「――エルフ王の魔剣に貫かれ、遂に力尽きたかに見えました。しかし、勇者は震えながらも立ち上がります。これには流石のエルフ王も驚きを隠せません。『お前は何故こんな無駄な事をする? エルフですら無いお前が私に挑む理由はなんだ!! 』――」

 

 

 物語のクライマックス、ツアレの語りにも熱がはいる。男性の様な力強い声ではなく可愛らしい声なのだが、その様は不思議と観客を引き込んでいった。

 

 

「――『私を信じてくれる人がいる。ならば、それ以外に理由などいらない!! 例え魔力が尽きようとも、この身にどれ程の刃を突き立てられようとも、貴様に負ける訳にはいかないんだ!!』しかし、彼の手にはもう武器となる杖はありません。そんな彼が最後の力を振り絞り、放ったのは願いを込めた拳――」

 

 

 微妙に台詞が違うが、そこはツアレのアレンジだろう。モモンガの言った言葉をそのままにすると、所々で悪役らしさが出てしまう。

 

 

「――両者が地面に崩れ落ち、そこから立ち上がったのは仮面の勇者。最強と謳われた悪虐の王を見事に打ち破り、彼は勝利を収めたのです。その結果、何が起こったかは皆さんが知る通り…… 本日の物語はここまでとなります。皆さま、ご清聴ありがとうございました」

 

 

 物語は締めくくられ、盛大な拍手と共に周囲から歓声が飛び交う。それをツアレは丁寧にお辞儀をしながら聞いていた。

 彼女にしてはやけに落ち着いている。それもそのはず、この話をするのは既に四度目。

 流石に観客の反応にも慣れてきたのだ。

 

 

「くぅぅぅっ、私はあんな事は言っていないはず…… 所々ぼかしているけど、直接聞くとやっぱり恥ずかしい!!」

 

 

 そんな裏ではモモンガが羞恥でのたうち回っていたとか。悪い事ではないのだが、黒歴史を暴露されているような気分になっている。

 ちなみに最近は表を歩くとすぐ囲まれる為、認識阻害の魔法が欠かせなかった。

 モモンガが開き直って堂々と表を歩く様になるのは、まだまだ先の事である。

 

 

 

 

 モモンガ達がエルフの国に来てから一ヶ月程が経った。

 既に夏の暑さは弱まってきており、時たま秋風が吹き始めている。

 

 

「そこそこ時間があったと思うのだが、法国との交渉は上手くいっていないのか?」

 

「いえ、元エルフ王を引き渡したので、順調に進んでおります。元はと言えばあの王が蒔いた種ですから、もう暫くしたら纏まるでしょう」

 

「そうか、それならば良いんだが」

 

 

 順調ならば焦ってもしょうがない。しかしいくらお礼とは言え、世話になりっぱなしも申し訳ない。モモンガは暇つぶしも兼ねてエルフ達のモンスター狩りを手伝ったりしていた。危険なモンスターが出てもモモンガにかかれば瞬殺である。

 そうして秋も終わりを告げ、寒い冬がやって来た。モモンガ達はまだエルフの国にいた。

 

 

「あの、長くないですか?」

 

「というか式典の準備とか本当にしてるのか?」

 

「はい、和平交渉も無事に終わりました。お互いに不可侵の条約を結んだので、この国にもまた平和が訪れるでしょう。後はこの国の新しい指導者、王が決まれば式典は行えますよ」

 

 

 そう言われれば引くしかない。モモンガ達はエルフの国に滞在し続ける。しかしあらかた観光も終わり、やる事もなくなって来た。

 暇なモモンガは魔法を使った大道芸もどきをして、子供達を楽しませたりしながら過ごしていた。

 

 ――そして、遂にはエルフの国へ来てから半年ほどが経った。

 

 

「おい、流石におかしいだろ。夏、秋ときて、この調子だと冬を越えそうなんだが?」

 

「春まで体験したら完璧ですね。ところでモモンガ様はこの国の王様とか興味ありませんか? 今ならヒューミリスが付いて来ますよ?」

 

 

 どこからかヒューミリスを取り出しながら、重鎮のエルフは王様になる事を勧めてきた。

 

 

「えっ? いやいや、私はエルフじゃないぞ」

 

「しょうがないじゃないですか。国を救って、危険なモンスターも進んで倒してくれる。オマケにお二人は子供達まで喜ばせる術がある。モモンガ様の人気が高すぎて、他のエルフが王になりたがらないんですよ」

 

「知らねーよ!!」

 

 

 愚痴のような物言いに思わず素が出てしまった。

 

 

「分かりました…… それならこちらっ!! 最高に美しい女性が貴方様の妻にっ!! 今なら希望者が多いので選り取り見取りですよ? 複数もオッケー、寧ろ推奨致します」

 

 

 挙句の果てに、まさか深夜にやってる通販番組みたいな事を言い出すとは。わざわざ後ろに女性陣までスタンバイさせて一体何がしたいんだ。

 

 

「どうですか。どの女性も貴方に夢中ですぞ」

 

「えっ!? んんっ、普通に魔剣だけください…… 実は貢献度的にはもうくれても問題ないんじゃないか?」

 

 

 元々容姿に優れるエルフの中でも特に美人な者を連れてきたのだろう。熱っぽい多数の視線にさらされて、流石に動揺してしまう。

 それにしてもこの重鎮エルフ。最初の頃、俺に頼んできた真摯な態度はどこに行ったんだ。

 

 

「モモンガ様、今ちょっと揺らぎませんでしたか?」

 

 

 不味い、ツアレの頬っぺたが膨らんでいる。ここは大人の対応を見せねば、紳士的モモンガのイメージが崩れ去ってしまう。

 冷や汗をかき、雫が頬を伝っていく――リアルタイムな心情をきちんと反映した、無駄に高度な幻術を仮面の下で展開しているモモンガだった。

 

 

「元エルフ王の私物なんかより、こっちの方が断然お得だと思うんですけどね。国民から愛されるハーレム王なんて中々いないんですよ? 富、名誉、異性、権力の全てを手に入れられる滅多に無いチャンスなんですがねぇ」

 

「おい、お前。今、私物って言ったな? 国宝は嘘か? 嘘なのか? おい、どうなんだ?」

 

「ああ、遂にバレてしまいましたか…… これ以上お引止めするのは無理ですね。仕方ありません。遅くなりましたが、国を救って頂いたお礼です。どうぞこちらをお受け取りください」

 

「……」

 

 

 絶望のオーラを凄く出したくなった。

 なんだろう、レベル1くらいなら使っても許されるんじゃなかろうか。

 『邪剣・ヒューミリス』を遂に手に入れたモモンガ。しかし、なんとも感動は薄い。

 これ以上相手のペースに呑まれる訳にはいかない。知り合いに挨拶だけすますと、何か言われない内に転移で逃げる様に国を出たのだった。

 

 

 

 

 長い長い旅を終え、久しぶりにリ・エスティーゼ王国に戻ってきたモモンガとツアレ。

 今回はエ・ランテルではなく王都の方に来ていた。

 

 

「ふぅ、久しぶりの王都だな。そういやクライムは元気でやっているだろうか」

 

「そうですね。きっと今も努力を続けてますよ、きっと」

 

 

 自然に浸り過ぎたせいか、人の多いこの街が少しうるさく感じる。ここで出会い、そして別れた少年の事を思い出しつつ、ツアレと約半年振りに人の街を歩いた。

 ふらふらと当てもなく歩いてると、本通りを少し外れたところで子供達が遊んでいるのを見かけた。

 

 

「ツアレ、折角だからここでもアレをやってみないか? エルフ達にはウケたが人間相手の反応も知った方がいいだろう」

 

「そうですね。私の初めてのオリジナルな物語ですし、気になります。モモンガ様の活躍が世に広まりますよ!!」

 

「そういわれると辛いな。名前は出すなよ、あれはあくまで謎の仮面の人物なんだからな」

 

 

 完全な思いつきだったがツアレは意外と乗り気だった。

 エルフの国で散々披露したが、何も知らない人達にも聞いてもらいたいという気持ちがあったのだろう。

 分かってますよと言いながら、彼女は音楽の出るマジックアイテムの箱に乗った。

 それに気づいた何人かの子供が興味を持ったようで、こちらの様子をちらちらと窺っている

 

 

「皆さん初めまして、私は吟遊詩人見習いのツアレです。ほんの少しだけ、どうぞお付き合いください。これより話すのはまだ人の世に広まっていない物語。エルフの国を救った名も無き英雄の話で御座います――」

 

 

 ツアレが話し始めたのを見守りながら、最初にカルネ村でやった時のことを思い出す。

 あの時の彼女はかなり緊張しており、道中に散々練習していた。それがどうだろう。今も子供が多いとはいえ、実に堂々と話せるようになった。

 

 

「――『君が信じてくれるのなら、私はどんな敵にも立ち向かおう』仮面の勇者はそう告げて――」

 

 

 マジックアイテムも以前より上手に使えるようになっている。場面に合わせて音楽を切り替え、そのBGMは物語をより盛り上げている。

 聞いたことのない音楽の効果もあって、通りにいた人は皆足を止めて聞いてくれていた。

 

 

「――こうして仮面の勇者はエルフ達の未来を切り開いたのでした…… 本日のお話は以上になります。ご清聴ありがとう御座いました」

 

 

 周りから拍手が起こる中、モモンガは奇妙な一団が目に入った。

 集団から少し離れた位置で護衛の騎士に囲まれ、車椅子に乗った子供。白い帽子を被っており、レースが付いていて顔は全く見えない。仕立ての良いドレスと騎士がいることから、どこかの貴族だろうか。

 そして気になったのは顔が隠れている筈なのに、何故かこちらを見られているような気がしたからだ。

 

 

「ツアレではなく私の方を見るとは…… この仮面が気になったのか?」

 

 

 まぁ、目立つし当たり前か。どうでもいい事だと頭から振り払い、ツアレと一緒に今日の宿を探しに行くのだった。

 

 

 

 

 少女は今日、初めて自分の理解出来ないものに出会った。いや、興味が湧いたものだろうか。

 変わらない生活に少しでも刺激を与えるため、父親からの勧めで護衛を連れて城を出た。

 護衛に車いすを押されながら、特に珍しいものもない王都の街並みを眺め続ける。

 

 ――つまらない。

 

 そう思っていた彼女の耳に、どこからか聞き慣れない音が聞こえてきた。管楽器、弦楽器、打楽器、鍵盤楽器などの様々な音色が混ざった曲。

 しかし、その音の中にはどの様な楽器を使っているのか分からない音色が混じっている。

 自分の知らないことがあった。久しぶりにそう感じた彼女は護衛に伝え、音の発信源へ向かった。

 

 

「あれは吟遊詩人というものかしら……」

 

 

 そこにいたのは自身よりほんの少し年上に見える程度の少女。そんな少女が不思議な音楽の流れる箱の上に立っている。

 別に吟遊詩人を見たことが無い訳ではない。子供の吟遊詩人が珍しかっただけだ。

 そして、彼女の口から語られる物語は全く聞いた事の無い内容。

 冒頭は聞き逃したが、内容の予想は簡単に出来る。恐らく英雄が悪を倒す、極々普通のありふれた勧善懲悪モノ。

 

 

「――『私を信じてくれる人がいる。ならば、それ以外に理由などいらない!!』――」

 

 

 物語に登場した勇者は信じられない様な魔法を使って戦い、敵の剣に刺されようが立ち上がる。あり得ない。そんな人間が居るわけがない。

 想像の産物だと切り捨てることは容易だ。むしろこの内容で現実だと信じる方がどうかしている。

 だが、しかし――

 

 

「あの子は…… どうして、あんなにも誇らしげに語るのかしら」

 

 

 少女にかかれば人の感情を見抜くことなど容易である。理解も共感もできずとも、真剣に観察すれば何を考えているかは大抵予想がつくのだ。だが今はそんな自分の能力も信用しきれないでいた。

 彼女の語りからは物語の登場人物を本当に信じている。本気で尊敬している。愛情にも似た本物の感情が込められていたのだ。まるでその冒険をずっと見てきたかのようだ。

 そのまま観察していると、ふと気がついた。観客を見渡している時、ほんの僅かだが彼女の表情が嬉しそうに動く瞬間がある。

 気になって辺りを見回すと、少し離れた所にそれは居た。

 黒い地味なローブに籠手、そして顔にはよく分からない仮面。

 どう見ても不審者――怪しさ満点の魔法詠唱者(マジックキャスター)だった。

 

 

(いけない、見つめすぎて気付かれたかもしれない)

 

 

 向こうがこちらに振り向いた気がして、ゆっくりと視線をずらした。お互いに顔が隠れているため、実際に見られたという確証はない。

 やがて物語が終わり、その二人は仲良さげにどこかへ行ってしまった。

 

 ――あの二人の事を知りたい。

 

 この少女、リ・エスティーゼ王国第三王女――ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは久々に心が動くのを感じた。

 

 城に戻り自室のベッドで休んでいると、国王である父親がいつもの様に自分の様子を見に来た。

 その時ラナーはあるお願いをする。

 

 

「ねぇ、お父様。今日とても面白い話をする吟遊詩人と、仮面を着けた変わった人を見つけたの。その人達をここに呼べないかしら?私、その人達とお話ししてみたいわ」

 

「ああ、ラナー、お前が我儘を言うのはいつぶりか…… 分かった、必ず連れてくるよ。だから少しでも良くなっておくれ」

 

 

 最近は明るい話題など何もない。そんな国の国王にとって、娘の回復に繋がるかもしれない希望の発見は何よりの良いニュースだ。

 国王ランポッサ三世は娘が心から楽しめるように、万全を期して手筈を整えるのだった。

 

 

 

 




Q.武技強すぎない?
A.ハムスケ(物理攻撃27%)以下の力しか無さそうなブレインが、シャルティア(物理防御85%)の爪を斬れる。
 もしや武技って振れ幅が大きくて、使い手によってはかなり強いのでは?と想像しました。
 ちなみにこの作品でクレマンティーヌなんかが、モモンガ様の本気のフルスイングを〈不落要塞〉するとたぶん死ぬ。
 あくまで自分の想像なので「俺のリュラリュースはもっと強いんだ!」といった具合にお考え下さい。

 描写不足で伝えきれていない部分があるかもしれませんが、これからもお読みいただければ幸いです。


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その目に映るものは

 リ・エスティーゼ王国の王都に戻って来たモモンガとツアレ。

 しばらくはゆっくりしようと適当な宿に泊まっている。そんな二人の元に一人の人物が現れた。

 

 

「いきなり押しかける様な形になってすまないね。私の名はエリアス。王国に仕えるしがない役人だ。貴方がモモンガ殿で、君がツアレさんかな?」

 

「そうですが…… 私たちの様な旅人に御役人がどの様な御用でしょうか?」

 

 

 どうやら自分達のことを多少は調べて来た様だ。

 少し怪しいと思ったが、内密な話があるとの事で一先ず話を聞くことにしたモモンガ。

 相手は金髪をオールバックにした長身で痩せ型の男性。年齢は三十代後半から四十代前半といったところだろうか。

 切れ長の目に色白で、笑みを浮かべていなければ蛇の様な印象を持っただろう。

 

 

「先程も言ったが、これはあまり公には出来ない話だ。貴方達の力を貸して頂きたいのです」

 

「私達の力?」

 

 

 モモンガはエルフの国での出来事や、帝国の闘技場での事がバレたのかと考えた。

 しかし、この男は()()()と言った。ツアレも含んでいるとなると、単純に武力面の事とは考えにくい。

 

 

「実はとある少女が貴方達に会いたがっている。まぁ年齢は君よりも少し年下かな。なんでも物語を話しているところを聞いたとかで、非常に興味を持たれた様だ」

 

「ふむ、会いたいというのは分かりました。しかし何故、これが内密な話なのですか?」

 

「詳しく話せないがその少女は今体調が優れない。そんな少女の薬――気晴らしになればと思って貴方達を呼ぶのだが…… 実は訳あって王城の一室で保護されていてね。貴方達をそこに招く訳だが、そんな理由で部外者を城に招き入れたとなれば他の貴族連中が煩いのだよ……」

 

 

 男は心底疲れた様な顔をして言った。これは本心なのだろう。

 

 

「今の王家は絶妙なバランスで保たれていてね。王といえど貴族を無下には出来ない。部外者は良くて我々は駄目なのかと、それを理由に数多の貴族達がこぞって城にやって来るだろう。療養が目的なのにそれでは本末転倒だ」

 

「なるほど、事情は分かりました。とりあえずこの場で聞いた事は他言無用と言うわけですね」

 

 

 妙に誤魔化されている感じはあるが、病気の少女がいるというのは本当だろう。

 あとこの人の苦労は演技ではなさそうだ。

 

 

「理解が早くて助かるよ。それと貴方の仮面には何か理由があるのかもしれないが、流石に顔も分からない人物を会わせる訳にはいかない。こちらから頼んでいる立場なのに申し訳ないが、顔を見せて頂けないだろうか?」

 

「これは失礼。トラブルに巻き込まれない様に普段は隠しているのです」

 

 

 そう言いながらモモンガは仮面を取った。とても便利だが考えが顔に出やすくなる、無駄に高度な幻術で覆った顔である。

 

 

「異国の方でしたか…… 成る程、確かにその黒い髪では目立つでしょう」

 

「ええ、この辺りでは珍しいですから」

 

「そういう理由でしたら問題ありません。それでどうでしょう? 引き受けて頂けませんか? もちろん謝礼はお支払いさせて頂きます」

 

「ツアレ、おそらくその少女は物語を聞きたいんじゃないか? まぁ本当に私達と話がしたいだけ、という可能性もあるが。どちらにせよ今回はお前が決めれば良い」

 

「私が、ですか?」

 

 

 今までは大人の話だと思い、ツアレは黙って聞いていた。

 しかし、今回はツアレがメインの可能性が高いため、モモンガはどうするかの決定をツアレに任せた。

 

 

「病気の少女に見舞いに行くと思って、どうか引き受けてはもらえないだろうか」

 

「……分かりました。力になれるか分かりませんが会ってみます」

 

 

 ツアレからしたらこの話は非常に怪しい。正直行くのは躊躇われる。

 しかし、自分より年下の少女と聞いて、死んだ妹の事を思い出したのだ。

 そんな少女が自分達に会いたいというならば、会ってあげようと思った。

 それにモモンガも一緒に行くのだ。これ以上の安心できる要素はない。

 

 

「ああ、ありがとう。本当に助かるよ。それでは日時などは後日、また私の同僚が知らせに来る」

 

 

 ツアレが会ってくれると決めた途端、男はホッとした様な表情を出した。

 その後は忙しそうに必要事項だけを伝えて、足早に帰っていった。

 

 

 

 

 先程モモンガ達の元に訪れた男――エリアス・ブラント・デイル・レエブンは帰路につきながら疲れた様に溜息を吐いた。

 

 

「はぁ、いくらラナー王女様のためとはいえ、私にこんな仕事が回ってくるとは。王の心配も理解はするが……」

 

 

 彼は六大貴族の一人であり、本来ならばこんな小間使いの様な事はしない。

 しかし、王が彼に頼むのも無理はない。

 ラナー王女の現状を詳しく知る人間は少ない上に、彼以外だと無理矢理連れて来ようとした可能性が高い。彼しか任せられる存在がいなかったのだ。

 

 

「少々怪しまれた様だが、来てくれるのだからまぁいいだろう。異国の者なら第三王女を知らん可能性もあるが……」

 

 

 つい独り言が多くなってしまった。誤魔化すために馬車ではなくわざわざ徒歩で来たのだ。

 周りに人はいないが、迎えの馬車の所までは用心して口に出さない方が良いだろうと黙り込んだ。

 

 

(王女だとバレたらそれはそれで構わん。一度でも会えたら取り敢えずはそれで良い。全く我ながら酷い誤魔化し方だ……)

 

 

 身分を言わずにあくまでお願いという、下からの立場で説得することを彼は選んだ。

 色々と準備をする時間も無く、公に出来ないのは本当なのだから手段としては悪くない。

 だが、実はレエブン侯のように時には身分も関係なく、平民にも礼を尽くせる貴族はこの国では稀なのだ。

 別の貴族が来ていた場合、モモンガ達の事を旅人だと軽く扱っただろう。

 ロクな結果にならないのは目に見えている。

 

 

「全く、他の貴族は先の見えん無能しかいないのか!! これだからプライドばかり高い奴は使えんのだ」

 

 

 馬車に入って周りに聞こえないと分かった途端にまた愚痴が溢れた。

 彼は非常に優秀で、この国の未来が危ういと認識している数少ない貴族の一人だ。

 今でもギリギリな王派閥と貴族派閥の関係なのだ。万が一にも王女に何かあれば悪い方向に動く事も簡単に想像出来る。

 ただでさえ多忙なのに、こんな事までやっていたら叫びたくもなるだろう。

 彼は崩れかけの王国を何とか繋ぎ止めようとしている、王国の貴族の中では一番の苦労人である。

 

 

「ふぅ、まぁ私も子供の事になれば王の様になるのだろうな…… ああ、早く仕事を終わらせてリーたんに会いたい」

 

 

 そして非常に子煩悩な父親でもある。

 嘗ては王家簒奪を目論むほどの野心家だったが、子供が産まれてからの彼は変わった。

 子供の為にもこの国には長生きしてもらわなければならないのだ。

 子供が病気になればなりふり構ってはいられない。そんな王の気持ちを察しながら、まだ一歳にもなっていない息子の事を思うのだった。

 

 

 

 

 ロ・レンテ城のとある一室。

 ラナー王女はゆったりとした椅子に腰掛けながら、ぼんやりとあの二人を待っていた。

 久々に知りたいという欲求が起こったのは事実だ。だが、その中身まで大したものであるとは思っていない。そこまでの期待はしておらず、ただ確認したいだけだ。

 この世界に希望なんてモノは無いのだから。これが終わったら死んでも未練すら無いレベルだ。

 

 ――化け物と言われる程の知能がある。

 ――異形と言われる程の人間離れした発想が出来る。

 ――どんな答えにも辿り着ける程の思考能力がある。

 それでも人は孤独には耐えられない。

 

 

 部屋の扉が控えめにノックされ、その時が来た事を知らせる。

 そして扉が開くと、そこにはあの日と変わらない恰好の二人が立っていた。

 

 

「貴方達は隣の部屋で待機していてください」

 

「しかし、それでは……」

 

「大丈夫です。何かあればこの鈴を鳴らしますから、お願いです」

 

 

 ラナーは周りに控えていた人達を少々強引に下がらせた。

 しかし意外な程簡単に引き下がり、こうもアッサリと三人だけになれるとは思ってはいなかった。

 相手が王族の前に仮面のままやって来た事もそうだが、ここまでスムーズに事が進む理由を考える。そしてすぐに思い当たった。

 

 

(これはお父様ではないわね。レエブン侯が手を回したのでしょう)

 

 

 ラナーの想像通り、この日の為にレエブン侯が頑張ったのだ。

 そう、あの手この手を使い、今日の護衛達は自分の息がかかった者を用意した。

 彼は本当に頑張ったのだ。

 

 

「来て頂いて感謝します。私の名前はティエール。そのままティエールと呼んでください」

 

「心遣いに感謝致します、ティエールさん。私は旅人で魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモンガといいます」

 

「初めまして、ティエールさん。私は吟遊詩人見習いのツアレです」

 

 

 人払いをしてもらったと気がついたのだろう。自分の目の前で仮面を外しながら彼は挨拶をした。

 黒髪に黒目、この辺りではかなり珍しい容姿だ。だが特別整っているわけでは無い。若くも年老いてもいない平凡な見た目だろう。

 ワザワザ誘導して仮面を外させたので、瞳を見つめながらじっくりと観察していこうと思った。

 

 

「こんな形で呼んでしまってすみません。あまり外で情けない姿を見せる訳にはいかなくて……」

 

 

 実際今の自分の容姿は酷いと自覚している。

 服こそ綺麗だが、体は痩せて髪もボロボロ。その上この目は暗く濁っている。

 さぞかし彼らの目には不気味に映ることだろう。

 

 

「いえ、御身体の調子が悪いとはお聞きしましたので」

 

 

 彼は当たり障りなく言葉を返す。なんて事の無い凡人だ。

 そう思って興味が無くなりそうになったが、彼の表情からある感情を読み取った。

 

 

(この目は私の病気に対する同情…… いや、違う。私の立場を哀れんで――っえ、同族意識!? なんで、どうして私をそんな目で見るの!?)

 

 

 ラナーは顔にこそ出さないが、頭の中では非常に混乱していた。

 彼は自分と同じ人間として私を見ているのだ。

 いや、彼は私の能力を知らないだけだ。それを知ればきっと……

 

 

「ありがとうございます。実は前にツアレさんが物語を披露しているのを見かけたの。仮面の勇者の話なのだけど、途中からだったから全部聞けなくて。それで最初から聞いてみたくなって呼んだの」

 

「私はまだまだ半人前ですが、ティエールさんにそう言って貰えて嬉しいです。それでは始まりから最後まで、どうぞお楽しみください――」

 

 

 彼女がマジックアイテムの箱に乗り、物語が始まる。

 それを聞きながら、やはり彼女の思いは彼に向けられたもので間違いないと確信した。仮面の勇者とはモモンガのことだ。

 一つの湖が凍りついた話などは流石に話を盛りすぎだろう。しかし、部分的に脚色されてはいるだろうが、これは実際に旅をした二人の物語なのだ。

 ツアレが語る姿、それを彼は優しげな瞳で見守っていた。

 

 ――貴方は人をそんな目で見る事ができるの?

 ――そんな貴方が私を同族として見たの?

 

 自分の中にほんの少しの希望、もしかしたらという期待が生まれる。

 

 

「――魔剣を手に入れても彼はその力を無闇に振るいませんでした。伝説の剣と新たな出会いを求めて、彼はエルフ達に惜しまれながらも再び旅に出るのでした…… お話はこれで終わりになります。仮面の勇者の物語、如何だったでしょう」

 

「とても素晴らしかったわ。信頼に応えて勝利を掴む所なんて、私本当に感動しました!!」

 

 

 これは嘘ではない。

 空想ではなく本物の物語だと思って聞くと、音楽も合わさって心が熱くなるのを感じた。

 

 

「ねぇ、これってもしかしてモモンガさんの話かしら?」

 

「えっと、それは……」

 

 

 彼女が言い淀んだが、自身の力の一端を見せるべく畳み掛けた。

 仮面を着けていたのは髪色では無く、自身の名や顔が広まるのを防ぎたいと見抜いた上で。

 

 

「ふふっ、実は私、観察力には自信があるの。何でも分かるわ、エルフ王と本当に戦ったのでしょう? モモンガさんは魔法詠唱者だけど、拳で戦う所は真実でしょう? 湖は元から氷が張っていてそれを戦いの中で叩き割ったのかしら? きっと戦いは割と最近の出来事ね」

 

 

 ラナーはこれでどうだと言わんばかりに言い切った。

 ツアレの熱の入り具合からエルフ王との戦いが、拳で殴った事が真実だと見抜いた。

 最近この街に来た事から、推測される戦いの時期は冬。

 語っている様子から凍った湖を見たのは嘘ではない。考えられるのは冬の寒さで氷の張った湖、そこからインスピレーションを得た所までを読み解いた。

 

 

「いやぁ流石ですね。そこまで見抜けるとは、ティエールさんは頭が良いのですね」

 

(どうして!? 当たっているはずなのに、貴方は隠そうとしたはずなのに…… 見透かされて、何故まだそんな優しい目で私を見れるの!?)

 

 

 モモンガもラナーの推測はそこそこ当たっているので驚いてはいた。

 だが、別に心を読んでるわけじゃない。実際に人の記憶を覗いた事のある自分に比べれば、この程度の精度なら可愛いものだと思っていただけだ。

 もしも完璧に当てられていたら、また違った反応をしていただろう

 

 ラナーのミスを挙げるとすれば、魔法とモモンガに対する情報不足。すぐに確かめたいという焦りから、今ある情報だけで判断してしまったことだ。

 この話を広める吟遊詩人のツアレが一緒にもかかわらず、今までモモンガ達のことが一切噂になっていない。もっと以前にこの話が、例えばエ・ランテルで話されているのならば、こちらでも多少は噂として情報が入った可能性がある。

 しかしそれが無い――つまり戦いは最近の事、冬の出来事だと思ってもしょうがない。

 

 だが、モモンガ達は転移で直接王都にやって来た。しかも話をしたのはまだ一度だけで、さらにエルフ王を倒したのは夏だ。

 まさか善意で半年もエルフの国に残っていたとは分かるまい。

 

 

「モモンガ様、言っちゃって良かったんですか?」

 

「ここまでバレたら仕方ないさ」

 

 

 ツアレに聞かれてもモモンガは笑いながら答えていた。

 そして再びこちらを向いた。

 

 

「ティエールさん、確かにエルフ王と戦った仮面の人物は私です。でも私は勇者や英雄なんて呼ばれたくはないし、物語は謎がある方が浪漫があって良いでしょう? なのでこれは私達だけの秘密にしといて下さいね」

 

「はい、ちゃんと私の胸の内に仕舞っておきます……」

 

(ああ、これが人と気持ちを共有するという事なのね。この人は私を人として、彼女と同じ様に優しい目で見てくれる。私の事を恐れもしない。私はこの人と同じ、ちゃんと人間だったのね……)

 

 

 ラナーは人生で初めて人に受け入れられたと感じた。

 

 

 

 

「こんな形で呼んでしまってすみません。あまり外で情けない姿を見せる訳にはいかなくて……」

 

「いえ、御身体の調子が悪いとはお聞きしましたので」

 

 

 モモンガは最初にその少女を見た時、痩せた体よりも目に注意がいった。

 暗く濁ってドロドロで、人生の希望が失われた様な目に。

 

 

(うわー、まだ子供だってのにこれはヤバいな。いやなんかこれ見た事あるというか、身に覚えがあるな――)

 

 

 それはモモンガが鈴木悟として、まだリアルで働いていた時の事。

 ちょうどユグドラシルのサービス終了が発表された辺り。

 

 

『――おい鈴木、営業に行くぞ――ってなんだその目は!?』

 

『えっ、課長どうかしましたか?』

 

『そんなんで人前に出せるか!! トイレ行って鏡見て来い』

 

『は、はい。少し失礼します』

 

 

 その時鏡で見た自分の顔は今のこの少女に負けず劣らずで、ゾンビの様な濁った目だったと朧げながらに覚えている。

 

 

(ユグドラシルが無くなるって分かった時は絶望したんだよなぁ。仲間との居場所がなくなる。この先の楽しみも何もかも無くなる。残りのつまらない人生をどうしようかと悩んだもんだ。この子もあの時の俺と同じで何かに悩んでるんだな)

 

 

 そしてツアレの物語が終わり、ティエールが感想を語り出した。

 こちらに聞いて欲しいのが伝わる様な早口だ。

 所々予想が間違っているのだが、その様子は聞いているだけで微笑ましくなる。

 

 

「ふふっ、実は私、観察力には自信があるの。何でも分かるわ――」

 

(おお、中々鋭い。自分達もユグドラシルで新しい発見をした時なんかはこうだったなぁ。仲間に聞いて欲しくてこんな感じで喋ってたかも。それにどうだと言わんばかりのドヤ顔。この子もツアレと変わらない、事情は分からないけど普通の子供だな。ここは指摘せずに褒めてあげよう)

 

「いやぁ流石ですね。そこまで見抜けるとは、ティエールさんは頭が良いのですね」

 

 

 その後モモンガは自分が登場人物である事を認める。

 その上で自分の事を秘密にしておくようにお願いした。

 

 

「はい、ちゃんと私の胸の内に仕舞っておきます……」

 

(うん、素直な良い子じゃないか)

 

 

 絶妙にすれ違っているが、一人の少女の心を少しだけ救ったモモンガだった。

 

 

 

 

 物語の感想を伝えながら、二人と雑談をしていたラナー。

 ずっとこうしていたいが時間には限りがある。

 そして、少しの欲が出始めた。

 

 

「そういえばお二人は漆黒の剣を探しているのよね?」

 

「はい、そうですよ。魔剣は言い伝え通りの見た目とも限らないですし、どこにあるか全然分からないんですけどね」

 

「一度とある結社が持っている。なんて話も聞いたのですが、今思うとそれが本当だったのかすら分からないくらいです」

 

「魔剣ですか…… もしかしたら王家にある五宝物の一つかもしれません」

 

「本当ですか!?」

 

 

 モモンガが分かりやすく食いついてきた。

 ああ、宝物を探す子供の様な純粋な目。

 これをもっと近くで見ていたい。この目で自分を見ていてほしい。

 

 

「私も名前とかは知らないんですけど、凄い魔法の剣だとしか…… ただ、国宝ですので、一般の目に触れることは余程のことが無ければありえないでしょうね」

 

 

 嘘である。

 王家に伝わる五宝物の中に確かに剣はある。だがそれの名前は『剃刀の刃(レイザーエッジ)』というものだ。

 間違いなく漆黒の剣ではない。

 

 

「そうですか…… まぁ残念だが仕方ない」

 

「国宝となると手が出せませんね……」

 

「ああ、もうそろそろ時間ですわね。今日はありがとうございました。私が元気になったらまたお話を聞かせて下さいね!!」

 

 

 名残惜しいが本当に時間である。

 ラナーは退出していくモモンガとツアレに、今出来る精一杯の笑顔で見送るのだった。

 

 そして部屋には自分独りだけが残る。

 

 

「とりあえず布石は打てたわね…… ふふ、フフフフ、アハハハッ!! あー、なんて素敵なのかしら。これが生きている感覚なのね。でも嫉妬しちゃうわ…… あんな素敵な人の視線を独り占めしているなんて…… 私ももっと自由に会えたなら……」

 

 

 ラナーは口を大きく開いて笑う。口が裂けるように広がっていき、三日月のようだ。

 そして、これからの事を考える。久しく考えていなかった未来の事だ。やりたいこと、やるべき事が山の様に浮かんでくる。

 

 

「こんな事なら見た目にも、もっと気を使えば良かったわ。こんな顔じゃ王女とすら気づかれなかったでしょうし」

 

 

 今まで健康等どうでもいいと蔑ろにしていたが、これからはそうはいかない。

 さっさと調子を戻して、最高の状態の自分を彼らに見せたい。

 今なら食事はいくらでも取れそうだ。

 

 

「そうだわ。こんな腐った国じゃ来たくなくなるわ。どんどん改革案を出さないと」

 

 

 自分が変わるだけではダメだ。身の回りも綺麗にしておかなければ、二人を招待することも出来ない。

 自分にかかれば国を良くする策など、それこそいくらでも思いつく。

 

 

「あぁ、でも手っ取り早く一緒にいるにはどうしたらいいかしら。宮廷魔術師になってもらう? それとも私専属の騎士? 家庭教師がいいかしら?」

 

 

 国をどうにかするより、さっさと壊してしまって逃げた方が早いかも。

 そんな不穏な考えすらも頭をよぎる。

 しかし、やり直しの効かない計画に走るのはまだ時期尚早だ。

 

 

「あなたたちの事をもっと調べないとね。でも先ずは何から始めましょうか――」

 

 

 ラナーはひっそりと動き出す。

 しかし、その事に王城にいる者は誰も気がつかない。誰にも気がつかせずに彼女の計画は進んでいった。

 

 ――王都で御前試合が開かれる。

 

 ある時そんな先触れが出され、国中に広まっていく。

 その事がモモンガ達の耳に入るまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 




モモンガ様のミラクルが引き起こす全力のすれ違いです。
これで心置きなくラナーが動けます。


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御前試合

 モモンガがこの世界に来てから大体一年が経とうとしていた。

 ユグドラシルのサービス終了時、こんな事になるとは当たり前だが全く想像もしていなかった。ツアレと共に好奇心のままに進む冒険の毎日、それは夢の続きの様な日々でとても充実している。

 リアルでの事を思えば自分も随分とフットワークが軽くなったものだ。

 元いた世界で結婚や恋愛経験がある訳ではなく、ましてや子供と関わる機会なんて全く無かった。そんな自分が子供を連れて旅をしているなど、彼らが知ったらどう思うだろうか。笑うか、心配するか、それとも何も思わないか。

 

 

「一年か…… 時間が経つのが早く感じるよ。なんだか濃密な毎日だったな」

 

「もうそんなに経つんですね……」

 

 

 ツアレとの付き合いも一年という事だが、彼女にとっては妹を失ってから一年という事でもある。

 モモンガはこれまで一緒にいて、ツアレが泣いているのは最初の一度しか見たことが無い。家族を失ったのに本当に強い子だと思いながら、その顔をぼんやりと眺めていた。

 そんな時、ふと自分の母親の事を思い出す。

 物心ついた時には父親はおらず、たった一人で自分を育ててくれた。自分の学費を稼ぐために身を粉にして働き、死んでしまった唯一の家族。

 

 

(滅多に思い出す事すらないなんて、俺も親不孝な子だな……)

 

「私の顔に何か付いてますか?」

 

「いや、ツアレが独り立ちしたらどんな生活を送るのかと思ってな。今年で十四歳になるのだろう?」

 

 

 この世界では十六歳程で成人と見なされるそうだ。モモンガ自身は小卒で働いていたので、これが早いのか遅いのかは分からない。

 別に成人になったら直ぐに独り立ちさせる訳では無いが、この調子だと気づけばあっという間にツアレも大人になると思っていた。

 

 

「っ気が早いですよ。私なんてまだまだ子供で、半人前ですから……」

 

 

 それよりもと、ツアレは少し前から巷で話題になっている事に話を変えた。

 

 

「そういえば、この国でもうすぐ御前試合があるそうですね!!」

 

「確か、何年か振りに行われるんだったか。酒場でも話題になってたよ」

 

「モモンガ様は興味ないんですか? 魔法使いの大会もありますよ?」

 

「うーん、賞品に興味はあるが、悪目立ちするのは避けたい。でもなぁ……」

 

 

 モモンガもこの話については知っていた。

 どうやら今年行われる御前試合は今までよりも大規模なものらしい。

 異例の事だが、戦士が戦う大会と魔法使いが戦う大会の二つが行われるようだ。

 更に優勝者以外でも試合で実力を示す事ができれば、身分に関係なく取り立ててもらえるともっぱらの噂だった。

 一部の貴族達が使える人材を発掘する為の場ではないか。そう考える者も酒場にはいたが。

 どちらにせよ、この国最強という称号に憧れて参加する者も多いだろう。

 

 そしてモモンガを非常に悩ませているのは優勝者に与えられる賞品、権利の一つ――

 

 

「金貨百枚の賞金、または王家の五宝物を見せてもらう事が出来る。この二つから選べるんだよなぁ」

 

「負ける事は微塵も考えてないんですね」

 

「ツアレは私が負けると思うのか?」

 

「いえ、全く。魔法なら会場ごと吹き飛ばせそうです。戦いなら武器がいらないどころか、指一本でも勝てるんじゃないですか?」

 

 

 正直なところエルフ王以上の相手じゃなければ問題ない。以前闘技場で戦ったアダマンタイト級冒険者ですら、おそらく40レベルも無かっただろう。30に届いていたかもあやしいものだ。

 如何に自分が弱体化したとはいえ、その程度の相手に負ける気はしない。

 

 

「大会の概要を読んだが、五宝物を見る場合は家族や友人、鑑定役などを一人だけ連れて来れると書いてあった」

 

「えっ、それじゃあモモンガ様が勝ったら私も一緒に見られるんですか!!」

 

「ああ、鑑定は私の魔法でやればいい。五宝物の剣が漆黒の剣なのか、確認出来るまたと無い機会ではある」

 

「出ましょう!! 是非とも出ましょう!!」

 

 

 ツアレはチャンスだと興奮している。

 しかしモモンガは微妙に違和感を感じていた。

 

 

(御前試合の賞品に国宝を見れる権利なんて普通入れるか? 私もツアレも丁度見たかったからいいんだが……)

 

「そうだな、チャンスには変わりない。正体は隠して出てみるか」

 

 

 自分はそういった事に詳しくないし、もしかしたら伝統なのかもしれない。

 これ以上考えてもしょうがないと、モモンガは御前試合に出場する事に決めた。

 

 

 

 

 御前試合が近日中に迫ってきた。それによって王都は普段より多くの人で賑わっている。行き交う人の中には鎧姿やローブ姿の者、武器や杖を持っている人も多い。御前試合に参加するため、離れた都市からもやって来ているのだろう。

 そんな中、一際目を引く戦士が一人の少女と一緒に大通りを歩いていた。

戦士は全身を漆黒のフルプレートで覆い、巨大なグレートソードを背中に二本も背負っている。

 もちろんその二人はモモンガとツアレである。魔法で作った装備品を纏った『モモン・ザ・ダークウォリアー』スタイルだ。

 

 

「せっかく魔法の大会もあるのに、わざわざ戦士の方で出るんですか?」

 

「ああ、第3位階程度の魔法までしか使わないとなると流石に弱すぎてな」

 

「弱い、ですか?」

 

 

 ツアレから見たモモンガは魔法も近接戦闘も何でも出来る超人だ。

 だが実際にモモンガが魔法を使うとなると、高位階の魔法を使ってもほとんど火力は出せない。

 同位階の魔法で比べると、銀級冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)よりも弱い威力しか出せないだろう。

 

 

「それに魔法詠唱者のモモンガとして普段は旅をしているからな。これならモモンガという存在が後々目立たないで済むだろう」

 

「そうなんですね。あっ、そうだっ!! 今回の登録名は私が考えていいですか?」

 

「ん? まぁ別に何でもいいから構わんが……」

 

「物語の登場人物の名前とか、そういうの考えるのってちょっと楽しいんですよね」

 

 

 ツアレも自分で物語を書く内に、いつの間にかそういった楽しみに目覚めたのだろうか。自分も魔王ロールが好きだったので、設定などを考えるのが楽しいというのは共感できる。

 モモンガとしては以前闘技場で使った『モモン・ザ・ダークウォリアー』でも良かった。しかし、ツアレが楽しそうにしているので、御前試合に出場する際の名前は任せる事にしたのだった。

 

 

 

 

 御前試合の前日。

 王城の一室では一人の少女が、明日の試合を今から楽しみにしていた。

 

 

「わざわざ五宝物が見れるように賞品をねじ込みました。魔法詠唱者が出られる仕組みも作りました。あわよくば自分の専属にする為の前準備も…… ふふふっ、後はモモンガ様が優勝して、授賞式の際に私が王女だとバラすだけね!!」

 

 

 目をキラキラと輝かせて、今までの苦労を一人で呟く少女――リ・エスティーゼ王国の第三王女ラナーである。

 明日のために様々な策を弄し、その上短期間で健康も取り戻そうとしたのだ。その努力は並では無い。

 

 

「それにしても準備が間に合ってよかったわ。まぁ、あの程度の事なら簡単ですけど」

 

 

 王国での魔法詠唱者の地位は低い。扱いが悪く、魔法使いの大会など行われるはずが無かっただろう。しかし――

 

――帝国が出来る事を王国が出来ないままでいいのか。次の戦争で我が国の力を思い知らせてやる。

 どこかの馬鹿にそれを言わせるだけでいい。

――国宝を見せるだけなら実質費用はかからない。わざわざこんな事に金を使ってやる事もない。

 どこぞの愚か者にそう思わせるだけでいい。

――最近は物騒ですし、お父様が心配です。ああ、身分に関係なく本当に力のある人が私達を守ってくれたら良いのに……

 娘の安全をチラつかせて、身分と実力を天秤にかけさせるだけでいい。

 

 

「本当に彼らは単純で扱いやすい……」

 

 

 自分は直接関わらずに周囲の人間を動かしていた。私が直接何かをする様な事はない。

 だってそんな事よりも自分の美貌を取り戻す事に時間を使いたかったから。

 片手間に周りの人間を操りながら、適度な運動に栄養のある食事を摂る毎日を過ごした。マジックアイテムもポーションも以前使った時が嘘のように効果を発揮した。

 努力の甲斐あって今では髪もすっかり艶を取り戻し、肌にも張りがある健康的な肉体に戻った。

 『黄金』と呼ばれた可愛らしさを完璧に復活させたのだ。

 

 それも全てはモモンガに今の自分の事を印象付けるため。過去の見窄らしい姿の自分なんて早く忘れて貰いたい。

 モモンガへの呼び方が変わっているが、どこかのチョロインも『……がんばれ、ももんさま』なんて急に言い出す事があるくらいだ。この程度は些細な変化である。

 それに次に会うときは第三王女として会うのだ。多少の事は相手も別に不思議に思わないだろう。

 

 

「それにしても、まだ参加者名簿の中にモモンガ様のお名前が無いわ。帝国の闘技場ではそのままの名前で出ていたはずだし、王都から出たという情報も無い…… うん、当日参加よね!!」

 

 

 夢を見る様になった少女は少しだけ冷静さが落ちていたのかもしれない。

 戦士の大会側の名簿にはとある名前があるのだが、魔法詠唱者のイメージが先行した為に見落としてしまう。

 モモンガの行動を読み切れる様になるには、まだまだ時間が掛かるようだ。

 

 

 

 

 御前試合当日。空は雲一つなく晴れ渡り、春の陽射しが暖かな風を運んでいる。

 ロ・レンテ城の周りにある、城壁で囲まれた広大な土地。その一角にはこの日の為に試合会場が用意されていた。

 厳重な警備の元、一般の人が観覧出来るように土地の一部が解放されている。娯楽の少ない民衆からは好評である。

 四方に観覧席が設けられ、正面の一段高い位置に国王であるランポッサ三世の姿があった。

 

 

「――そして、先に公言していたように、優勝者は二つの権利より一つを選ぶ事が出来る。ランポッサ三世の名においてその事を約束しよう。ではここに御前試合の開催を宣言する」

 

 

 お決まりの挨拶を聞き流しながらモモンガは出場する選手を見ていた。

 闘技場と同じ感覚で来たが、どうやら自分が着ている装備は周りよりもかなり豪華に見える。

 国で最強を決めるならそこそこ強い奴が出て来るかもと、聖遺物級(レリック)の性能で用意したがやり過ぎたかもしれない。

 そんな事を考えていると大会はどんどん進行していき、次々と名前が呼ばれ始めた。

 

 

「呼ばれた者は前に。第一回戦の次の試合はブレイン・アングラウス。そして対戦相手はモモン・ザ・デスナックラー」

 

「よし、いくか」

 

 

 ツアレが考えてくれた名前が呼ばれ、試合場の開始位置に立った。

 

 

(うんうん、シンプルだが中々悪くない名前だ。モモンというのはそのままだが、ツアレはセンスがあるな)

 

 

 ツアレのネーミングセンスはモモンガ寄りだった。

 元からこうだったのか、この一年でこうなったのかは定かでは無い。

 

 

「俺の対戦相手はお前か。全身鎧に馬鹿でかい剣が二本。一人だけ派手な装備だから目立ってたぜ。王家に仕えるのが目的か?」

 

「いや、それは興味がないな。五宝物を見るのが目的だ」

 

 

 対戦相手はボサボサの髪に無精髭を生やした男性。引き締まった肉体をしており、普通のロングソードを手に持っていた。

 男の質問にモモンガは真面目に答えたが、相手は予想外だったようで驚いている。

 

 

「そうか、そりゃ悪かった。てっきりパフォーマンスのつもりかと思ったが」

 

「この二本の剣は飾りでは無いさ。そういう君はどうなんだ? ブレイン・アングラウスよ」

 

「俺は剣に関しては天才でな。ここらで自分の強さを証明したいだけだ」

 

 

 審判の合図とともに両者は武器を構える。

 モモンガがグレートソードを両手で一本ずつ持った事で、周囲からは驚きの声が上がる。

 見掛け倒しじゃないと理解したのか、対戦相手は顔を引き締めた。

 

 

「先手は譲ってやる。どこからでもかかって来い」

 

「その余裕、叩き潰してやるぜ!! 武技〈能力向上〉〈斬撃〉!!」

 

「ふんっ!!」

 

 

 袈裟懸けに振られた一撃をモモンガは容易く受け止める。そのまま鍔迫り合いに持っていくこともなく、相手の体を力任せに吹き飛ばした。

 

 

「っ!? いってぇ、何だその馬鹿力……」

 

「言ったはずだ、飾りではないとな」

 

「おもしれぇ。そうだ、俺が望んでいたのはこういう相手だ。強い奴と戦わなきゃ、ワザワザこんな試合に出た意味がない!!」

 

 

 男は好敵手を見つけたような顔をし、獰猛な笑みを見せる。

 天才だと自分で言っていたが、もしかしたら対等な相手がいなかったのかもしれない。

 

 

「モモンって言ったな。まさか初戦で使う事になるとは思わなかったが、お前に俺の切り札を見せてやる。武技〈瞬閃〉!!」

 

 

 腰だめに構えた剣が全力の踏み込みに合わせて振り抜かれる。その速さは先程の一撃とはまるで違う。

 高速の一撃が不可視の剣速にまで達する、ブレインのオリジナル武技。

 それはモモンガの反応を超え――

 

 

「ふんっ!!」

 

「何っ止められ!?――ぐはぁっ」

 

 

 ――られなかった。

 モモンガは先程と全く同じように受け止め、そのまま今度は地面に押し潰すように剣ごと叩きつけた。

 

 

「が、あ……」

 

「勝者、モモン・ザ・デスナックラー!!」

 

(うわぁ、今更だけど初心者狩りをしてる気分だ…… 殺さない様にだけは気をつけないと!!)

 

 

 相手が完全に伸びているのを確認し、審判は勝者の名を告げる。

 モモンガは悪い事をしてると思いながら、参加者が想像以上に弱いと判断して別の意味で気を引き締めた。

 

 ――そして遂に決勝の時が来た。

 モブに活躍の場は無いので、途中の試合は全て割愛する。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフだ。デスナックラー殿、お互いに良い試合をしよう」

 

「こちらこそよろしくお願いします。ストロノーフさん」

 

 

 決勝の相手は年季の入ったバスターソードを持っていた。そして驚く事に短く刈りそろえられた髪の色は黒い。

 この辺りでは珍しい黒髪黒目の容姿だ。ただし顔の彫りは深く、ワイルドな顔つきで自分とは似ても似つかない。

 

 

「ではいくぞ!! 武技〈能力向上〉〈流水加速〉」

 

 

 相手は序盤から武技を使って攻め立てるが、モモンガからすれば遅すぎて簡単に受け止められる。

 今までの様に剣で殴って終わらせようと、加減しながら二本の剣を振るった。

 

 

「くぅっ!!〈即応反射〉〈要塞〉!!」

 

「……ほう、今のを耐えるか」

 

 

 しかし相手は無理やり体勢を整えて一本目の剣を躱し、もう一本は防御系の武技を使って受け止めていた。

 手加減しすぎたのかもしれないが、これにはモモンガも素直に感心していた。

 

 

「はぁ、はぁ、デスナックラー殿。あなたは俺の遥か高みにいるようだ…… だが俺にも剣士としての意地がある。たとえ届かずとも、最後の剣に全力を込めさせてもらう!!」

 

「ヤケになるのでは無く、力の差を理解した上で挑むか…… 私も貴方の在り方に敬意を表し、その技を真っ向から受けましょう」

 

 

 ――感謝する。

 そう言って笑ったガゼフは、今出せる自身の最高の技を放った。

 

 

「うおぉぉっ!! 武技〈四光連斬〉!!――」

 

 

 

 

 モモンガとツアレはこれから見られる物に期待し、ワクワクしながら王城の通路を進んでいる。

 

 ちなみに御前試合の結末や、ランポッサ三世の勝者を讃える有難い御言葉は全てカットである。

 本当は授賞式で国王自らモモンガを勧誘したり、それを断られて一悶着があった。

 更に国王は準優勝のガゼフもその実力を認め、取り立てられた事に恩義を感じた彼が忠誠を誓う感動のシーンがあったのだが割愛する。

 魔法使いの大会だが、モモンガがいないと分かった途端に見ていたラナーは消えた。

 特筆すべき事はそれだけだ。

 

 先導していた兵士が部屋の前で止まり、扉をノックした後一礼して去っていった。

 

 

「中までは案内しないのか。というかこれは入っていいんだろうか」

 

「中に誰かいるんでしょうか?」

 

 

 ――どうぞ入って来てください。

 迷っていると中から入室を許可する女の子の声がした。この声はどこかで聞いた事があると、モモンガとツアレは頭をひねる。

 しかし、長々と待たせる訳にもいかず、扉を開けるとそこに居たのは――

 

 

「お久しぶりですわ。モモンガ様、ツアレさん」

 

 

 黄金といっても過言では無い、輝くような笑顔の少女が立っていた。

 

 

 

 

 モモンガが戦士側の大会で優勝が決まった後の事。

 優勝者の名前と一緒にいる少女の事を聞いたラナーは気がついた。そして自分の失態を挽回するべく、直ぐさま行動を開始する。

 

 

(迂闊でした…… 正体を隠す事は想定内。でもまさか戦士の大会に出ているなんて)

 

 

 過去に帝国の闘技場では魔法詠唱者として、そのままの名前で出ていた事は調べがついている。しかし一度あった事でも今回もそうとは限らない。

 旅人であるモモンガが優れた魔法詠唱者である事を隠すメリットとデメリット。帝国の闘技場では良くてこの国ではダメな理由。わざわざ戦士のフリまでして、得意の魔法で戦わずに勝てる確率を減らす意味。

 どれも一貫性や合理性に欠け、正確な答えは分からない。

 

 

(モモンガ様、貴方は私の想像をこんなにも簡単に超えてくれるのですね。嬉しいけど、今は少し悔しい気持ちがあるわ……)

 

 

 しかし、多少の近接戦闘が出来る事は予想出来ていたのだから、戦士として出場する可能性も考えるべきだった。まだまだモモンガに対する情報収集が甘かったと言わざるを得ない。

 

 

(大丈夫。五宝物を見に来るのは確実のはず…… 時間がもう少ない、それなら!!)

 

「あっ、ちょっといいかしら」

 

「これはラナー王女様。このような所でどうされたのですか」

 

「貴方は確か大会の優勝者を案内する役目よね? 実は――」

 

 

 即席の計画を実行するため、臣下の一人に声をかける。

 ラナーは一つでも目的を達成しようと、自分らしからぬ強引な手段に踏み切ったのだった。

 

 

 

 

「お久しぶりですわ。モモンガ様、ツアレさん」

 

「貴方はどこかで――っいや何故私の名前を!?」

 

「観察力には自信がありますから」

 

「もしかして…… ティエールさん?」

 

「正解です、ツアレさん」

 

 

 どこかで見たことがあると感じたが、あまりにも纏う雰囲気が違ったために気がつかなかった。

 今見ると納得できるが、体型といい、目の輝きといい、完全に別物だったので二人とも最初は分からなかったのだ。コールタールの瞳がサファイアになったと言えば違いが伝わるだろう。

 服装も綺麗なドレスを着ており、頭には小さな王冠のような飾りまで付いている。見違えるように変化した彼女はまるでお姫様だ。

 

 

「改めて自己紹介を、私の名前はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。この国の第三王女です」

 

「えっ?」

 

「前は秘密にしていて、ごめんなさい」

 

 

 訂正、本当にお姫様だった。

 

 

「これは失礼しました。王女様」

 

「そんなに畏まらなくていいですわ。ラナーと呼んでください」

 

「しかし……」

 

「……ダメ、ですか?」

 

「分かりました、ラナー様」

 

 

 モモンガは王族に対して失礼の無いようにしたかったが、このように上目遣いで頼まれると断りづらい。

 

 

「ふふっ、嬉しいです。ツアレさんもそう呼んでくださいね」

 

「は、はい。ラナー様」

 

「それでは早速ですけど、王家の五宝物を紹介しますね」

 

 

 案内された先には四つの装備品が飾られていた。この部屋には自分たち以外誰もいないが、警備体制とかはどうなっているのだろう。隣の部屋に待機でもしているのだろうか。

 そんな事が気になりつつもラナー王女に許可を取り、モモンガは順番に鑑定魔法で調べていった。

 

不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)』――HPの自動回復が出来る癒しの効果を持つ護符。

守護の鎧(ガーディアン)』――致命的な一撃を避ける魔化が施されたアダマンタイト製の鎧。

活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)』――疲労無効化の効果を持つ籠手。

剃刀の刃(レイザーエッジ)』――鋭利さに特化した魔化が施され、防御系のパッシブスキルを貫通できる魔法の剣。

 

 唯一『剃刀の刃』だけが『邪剣・ヒューミリス』と同様に気になる効果だった。

 しかし、これは漆黒の剣では無かったようだ。

 

 

「残念と言っていいのかは分からないが、これは漆黒の剣では無かったようだ」

 

「大丈夫ですよ、モモンガ様。それならまた探す楽しみがあるんですから」

 

 

 ツアレは単純に国宝を見られただけでも嬉しかったようだ。もしかしたら自分のコレクションを見せれば案外喜ぶかもしれない。

 ユグドラシルでPKした数など数え切れない程だから、戦利品もそれこそ山のようにある。整理し切れなかった物が無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中にテキトーに詰め込んであるだろう。

 

 

「ところで後一つはどこにあるのですか?」

 

 

 今のところ四つしか見当たらない。一つだけ別の場所に置いてあるのだろうか。

 

 

「ああ、それは……ええっと……」

 

「何かあったのですか?」

 

 

 ラナー王女が視線を泳がせたのを見て、モモンガは何かあったのではと考える。

 

 

「わ、私です!!」

 

「……えっ?」

 

「私が、王国の宝で、『黄金』と呼ばれる、ラナー、です……」

 

「……」

 

 

 段々と尻すぼみになっていく少女。無言のモモンガ。どう反応したら良いか分からず、こちらを見ているツアレ。

 なんと凄い事か、この少女は骨の耐性すらも貫く〈時間停止(タイム・ストップ)〉を使ったのだ。

 

 

「な、なるほど!! 確かにラナー様の美しさは国宝ですね。その可愛らしい笑顔はどんな宝石よりも価値があるでしょう!!」

 

 

 元営業職の鈴木悟、現在アンデッドのモモンガは空気を読むという大人の対応――もといヤケクソでこの場の空気を吹き飛ばそうとした。

 

 

「あ、ありがとうございます…… 五宝物を見る権利ですから。是非、私の事も…… よ、良くっ、見て、ください、ね……」

 

(ふふふ、完璧ね)

 

「ええ、こんなに素敵な可愛い女の子は滅多に見られるものでは無いですから。なぁツアレ!!」

 

(恥ずかしいっ!! いったい俺は何を言っているんだ!? 何故この歳で黒歴史を量産しているんだ!!)

 

「そうですね、モモンガ様。ラナー様はとても可愛らしいですよね」

 

(ラナー様は確かに可愛らしい。目がぱっちりしてて、髪も私より綺麗で、私なんかよりも…… うぅ、でもでもっ!!)

 

 

 ラナーは見事最初の思惑通り、今の自分を強烈に印象づける事に成功したのだった。

 

 

 

 




男の出番が少ない……
ブレインはまた出せるといいなぁ。


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各国のあれこれ

この話は前作よりもかなり真面目に、シリアスな感じで作ったつもり……のはず。
いまいち緊張感が出ないのは何故だろう?

今回は今後の展開のための話です。


 ツアレは非常に困った事実に直面していた。いつまでもモモンガに頼り切りではいけないと、一人であれこれ悩むが答えは出ない。部屋の中をグルグルと回り、ベッドでゴロゴロと考え続ける事三十分。

 結局自分ではどうしたら良いかわからず、身近に頼れる唯一の大人――モモンガに相談することを決めたのだった。

 

 

「どうしましょうモモンガ様……」

 

「どうしたんだ、今日も物語を披露しに行くんじゃないのか?」

 

 

 最近はモモンガがついて行くことも少なくなり、一人で出かける事も増えてきた。

 音楽の出るマジックアイテムを大事そうに抱えながら、意気揚々と宿を出る姿を昨日も見送ったものだ。

 

 

「実は、お金が貰えないんです……」

 

「はい?」

 

「お捻り、投げ銭、お布施、言い方は何でも良いです。それが貰えないんです」

 

「最後のは違うような…… ふむ、それはいつからだ?」

 

「最初から…… というか、今までもらった事ありません……」

 

「……」

 

「うぅ、私、吟遊詩人の才能無いんですかね」

 

 

 眉を八の字にし、弱々しい声をだすツアレ。

 ついに現実――お金という壁にぶつかる時期になってしまったか。

 音楽や物作り等にも言える事だが、趣味のレベルならそこそこ満足するものは作れる。

 だが、お金を貰うという域に入ると格段に難しくなるのだ。

 それが悩み所らしいんだよなぁと、かつてのギルドメンバーとの会話を思い出す――

 

 

「はぁ、ネットで出した時の反響はそこそこ良かったんだけどなぁ。同人誌にするとまるで売れなかったんだよね。何がダメだったんだろう……」

 

「それは残念でしたね。どんな内容だったんですか?」

 

「聞かない方がいいよ、モモンガさん。あんなニッチなもん売れるわけねーだろ愚弟が」

 

「メイド成分が足りなかったんだ。ヒロイン全員にメイド服を着せていたら最高だった。むしろそれだけで最強。ビバ、メイド服」

 

「いやいや、やっぱり獣成分ですよ。ケモ耳に尻尾のある女の子って可愛くないですか? いや、普段は生えてなくて、変身したらってのも良いな。褐色なら尚良し」

 

「甘いな、黒髪ポニテこそが至高だ」

 

「皆さんは分かっていませんね。ヒロインの魅力を引き出すもの、それすなわちギャップですよ」

 

「モモンガさんはどう思う? ぶっちゃけ性癖なに?」

 

 

 ――うん、やめよう。

 うちのギルドにはこんな奴しか居なかったのかと頭を抱えたくなる。いや、記憶を探ればもっと良い、そうカッコイイ思い出もあるはずだ。

 最近は彼らの事を思い出しても平気になりつつあるが、今はツアレのことだと頭を切り替える。

 

 

「そんな事はないと私は思うが」

 

「でも銅貨の一枚も貰えないんですよ? ごく稀にお菓子とか食べ物をくれる人がいるくらいです……」

 

 

 モモンガは今まで気にした事は無かったが、これは確かに不味い。お金を稼ぐ事が出来なければ将来生きてはいけない。

 そして何より現在のモチベーションにも関わる。拍手や歓声といったものも大事だが、金額という形として貰える反応も大切だ。

 

 

「うーん、今はまだ子供だからって要因もあるんじゃないのか?」

 

「広場に来ている人の数も心なしか減っている気がするんです……」

 

 

 ネガティブな思考の渦に飲み込まれていくツアレ。しかし、それを聞きながらモモンガは不思議に思う。

 立ち止まる人が少なくなったなら分かるが、人の数そのものが減るのは少しおかしい。

 何やらきな臭いものを感じ、立ち上がる。どうせ今は目的も無くて暇なのだ、少し調べてみてもいいだろう。

 

 

「ツアレ、私はちょっと出てくる。ああ、それと上手くいかない時は休むことも大事だぞ。時間を置けば自然とアイディアが浮かぶこともある」

 

「あ、はい、いってらっしゃい」

 

 

 宿を出たモモンガが目指すのは酒場。

 自分にとって情報収集といったらこれである。

 

 

 

 

「はぁ、やっぱりこの国を滅ぼした方がいいかしら」

 

 

 自国の王城に住みながら物騒な事を呟く少女。

 明るくてちょっと恥ずかしがりやで、天然で抜けているところもあるけど笑顔の可愛い――そんな極限までのプラスイメージをモモンガに植え付けたラナーである。

 

 

「モモンガ様は地位とか名誉に全く興味が無いのよね。国を良くしようかと思ったけど、結局冒険が好きだから留まってはくれないでしょうし意味無いわね」

 

 

 御前試合の後、それとなく自分に仕えるような事を聞いてみたが、結局やんわりと断られている。さらに、彼は珍しい物は好きだが、金銭に興味はないようだった。

 地位や金銭に価値を感じないのなら、自分の使える手札は意外と少ない。

 世間一般から見て自分の容姿は最高クラスだと自負しているが、同様に自分がまだ子供だと言う事も理解していた。成人を迎えるという意味でも、後数年は女としての魅力を武器には使えないだろう。

 相手の美醜感覚が普通で、特殊な性癖を持たないという前提の話だが。

 

 

「ああ、王女だとバラした時の反応、名前で呼んでくださいと言った時の対応……」

 

 

 モモンガ様は普通に驚いてくれた。

 そして何より王女の威光にではなく、歳下からのお願いに折れてくれた。

 

 

「もっと見てもらいたい。ずっとずっと私だけを……」

 

 

 あの後、正体はバレているのだから顔を見せて下さいと言ったら、なんと鎧が消えてローブ姿になった。なぜか腕の籠手だけは別のものを着けたままだったが。

 まさか鎧ごと魔法で作っていたとは思わず、モモンガ様が自分をまた驚かせてくれた事が嬉しかった。

 ついでに腰を抜かしたフリをして、その場で転んでみたら手を差し出してくれた。籠手越しだが、手を握る事にもちゃっかり成功している。

 転んでもただでは起きない――本当は失敗などしていないが――演技派のラナーだった。

 

 

「私を私として見てくれる。隣にいる普通の人間、ツアレに向けるものと変わらない、優しい瞳」

 

 

 自分が一人ではないと、人間であると実感できる。あの暖かい視線を手に入れるにはどうすればいいか考える。

 実際は父親であるランポッサ三世もラナーに親として、十分に愛情のこもった目は向けている。

 だが、ラナーは本当の自分にすら気がつかず、時折この国の第三王女として見る様な目には興味がなかった。

 自分はもっと純粋な思いが欲しいのだ。

 

 

「そうね、逆の発想をすればいいのよ。国を滅茶苦茶にして助けに来て貰えばいいんだわ」

 

 

 モモンガは積極的に誰かを助けるような善人ではない。だが、一度知れば見て見ぬ振りが出来るほど悪人にはなれない。優しさと甘さの両方を持つ、力はあるが普通の人。

 目立つ事を避けたいが為、理性では行動する事を否定しながら、何かと理由をつけては手を伸ばすのだろう。

 これはラナーが実際に話した時に感じた事と、今まで集めた情報から判断したものだ。

 今度こそ間違っていないと確信している。

 

 

「何人不幸にすれば貴方は気付いてくれるのかしら。何人悲鳴を上げれば貴方の耳に届くのかしら。何人の死を積み上げれば貴方の目に映るのかしら――」

 

 

 この国に問題など山の様に溢れている。そこを突けば国の崩壊は早まるだろう。

 国はモモンガを呼ぶ為の巨大な呼び鈴、壊れたら捨てればいい。

 こんな国など消えようが最終的に帝国が統べようが自分には関係ない。たとえ帝国に吸収されても、自分が処刑されないだけの価値や状況を作っておけばいいのだ。

 

 

「――気が付かないなら、直接会いに行くだけですけどね……」

 

 

 ――そのために全てを利用する。

 

 

「まずは孤児院でも作って、それと犯罪組織の動きを活発にさせなきゃ。王派閥と貴族派閥の対立も煽らないと…… そうだわ、使える政策で密偵(メイド)にアピールするのも忘れないようにしないと」

 

 

 彼女は笑顔を浮かべながらこれからの事に想いを馳せた。

 この身を焦がすような思い。破滅も全て覚悟の上だ。

 神に縋ったり祈るような不確実な事はしない。

 全てを自分の手で、貴方の瞳に自分の姿が映るまで何度でも繰り返そう。

 

 部屋の片隅にある鏡、そこに反射する彼女の姿。

 その目は映る光の全てを飲み込むような暗さだった。

 

 

 

 

「――王国から流れてきている麻薬に関してはその様に致します。次の報告ですが、王国で御前試合が行われたようです。そこで王が平民を取り立てた事で少し話題となっているようです」

 

「ほう、彼らも血ではなく能力の重要性にやっと気がついたのかな。それとも我が帝国の真似事かな」

 

 

 次々と出てくる部下からの報告を聞き、小馬鹿にした様な声を返すのはこの国の若き皇帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 ちなみにこの言葉は皇帝なりの冗談だ。彼は王国が変わったなどとは微塵も思っていない。

 王国が大幅な方向転換をしたというなら帝国も対策を考えるべきだが、たった一人平民を召抱えただけなら問題にはならないと判断している。

 寧ろその平民が王派閥と貴族派閥の対立の元となり、国の纏まりを崩してくれるとさえ思っていた。

 

 

「彼らにそれだけの知恵があるかは不明ですが…… それと密偵によると第三王女が病から回復した様ですね」

 

「ああ、それは私も小耳に挟んで気になっていた。なにやら急に元気になったと思ったら、見事な政策を提案しているそうじゃないか」

 

「貴族派閥の横槍でまともに通ってはいないみたいですがね」

 

 

 苦笑いしている部下の話を笑って聞きつつも、ジルクニフは妙な引っ掛かりを覚えていた。

 それらの政策は帝国に取り入れて良いと思えるレベルの物ばかりで、実際にいくつかそうしようと彼は考えている。

 しかし、あれ程の策を考えられる者が手回しを怠るのかと。第三王女で後ろ盾も無く、年齢も考えれば当たり前とも思えるが違和感は拭えない。

 

 

「すみません、報告漏れが一つ。御前試合にて取り立てられたガゼフ・ストロノーフという人物ですが、彼は優勝者ではなく準優勝だそうです」

 

「二番手を取り立てるとは思い切った事をしたものだ。そいつは余程の者だったのか? 期待は出来んが、本当に強ければ私が直接スカウトしたいくらいだ。それで勝ったのはどんな奴だ?」

 

 

 ジルクニフは能力を重視するため、敵の兵士であろうと勧誘する。皇帝が身分や過去に拘らないのは既に周知の事実のため、帝国でその事に反感を覚えるものは少ない。

 仮に貴族などが反対しても、何か出来るほどの力はそいつらに残していない。改革の際にほとんど削ぎ落としている。

 しかし、そんな帝国と違って今の王国でそれをするのは不味い。

 只でさえ平民だというのに、一番ですらない者を王が取り立てるのは問題だろう。派閥間の争いをどうにかできるなら別だが。

 

 

「ええ、無名の戦士で『モモン・ザ・デスナックラー』というそうです。全身鎧でグレートソードを二本も振り回す凄まじい強さの男だったとか」

 

「……そうか」

 

 ――アイツだな。

 

「王の誘いを断って、なにやら一緒にいた子供と国宝だけ見て帰ったそうです」

 

 ――思いっきりあの子のためだな。

 

「ガゼフという男は、きっと相手が悪かったのだな……」

 

 

 闘技場であれだけ暴れた男だ。王国の御前試合程度、優勝しても何もおかしくはない。

 ガゼフという男も結構強かったのではないか。そう思い直すジルクニフだった。

 

 

 

 

 戦争が起こる際を除き、年中霧が晴れず大量のアンデッドが跋扈する呪われた土地――カッツェ平野。

 帝国の兵士クライムはこの場所でアンデッド狩りをする予定だ

 弱いアンデッドを放っておくと、それに引き寄せられる様に段々と強い存在が現れるからだ。それを防ぐために帝国と王国の両者が度々行っている。

 もっとも今のクライムは修行の為という意味合いが強いが。

 

 

「本気で殺しにくる相手と戦う事で得られるものもある。万が一お前が勝てない様な相手が出てきたら全力で逃げ出せ」

 

「はいっ!!」

 

 

 クライムにそう告げるのはわざわざ監督をしに来てくれたバジウッド・ペシュメル。

 雷光の異名を持つ帝国四騎士の筆頭。そして今はクライムの教育係だ。

 バジウッドはクライムの将来ぶつかる限界を見据え、それを打ち破ることが出来るか見極めようとしていた。

 

 

「では行って参ります!!」

 

「おう、あんまり深くは行きすぎるなよ。訓練じゃなくて自殺になっちまうからな」

 

 

 バジウッドは笑いながらクライムを送り出す。自らが鍛えた弟子の初陣だ。

 正直かなり荒っぽいやり方だとは思う。しかし才能の無い者――クライムが限界を超えるには必要だと思っていた。

 死の寸前まで追い詰められなければ発揮出来ない類のものもある。今のクライムはまだまだ成長期だから、今回は壁にぶつかる前のテストといったところだろう。

 

 

「死ぬ目に遭いつつ無事ってのがベストなんだがな……」

 

 

 霧があるためクライムの姿はもう見えない。戦闘などで激しい音が鳴らないかぎりはどこにいるかも分からないだろう。

 厳しい事をやっているが、バジウッドはクライムの事を結構気に入っている。

 そのため危険が迫れば死ぬ気で助けるつもりだが、そんな甘い事までは伝えていない。

 バジウッドはいざという時のため、耳を澄ましてクライムの様子を探るのだった。

 

 

「霧が濃い…… アンデッドはどこから……」

 

 

 視界が悪く、迂闊に進めば思わぬ接敵を許すことになる。そんな死の恐怖を感じながらもクライムは慎重に進んでいた。

 歩くだけで消耗するような緊張の中、一キロも進まない内に人影を見つけた。

 すぐさま対応出来るように剣を抜き、盾を構えながらゆっくりと近づいていく。

 しかし、いたのはアンデッドではなく老婆だった。日向ぼっこでもする様な気軽さで地面に座り込んでいる。

 もしかしたら怪我をして動けないのかもしれない。そう思ったクライムはさらに近づいた。

 

 

「こんな所になぜお婆さんが…… 大丈夫ですか? ここは危険です。もし歩けないのなら私が背負いますから、直ぐに避難を――」

 

「ん、アンタは冒険者かい? こりゃえらく若いねぇ」

 

 

 クライムが声をかけると快活な声が返ってきた。フードを被った老婆は長い白髪を一つの大きな三つ編みにして、腰にはなんと剣まで下げていた。

 

 

「いえ、自分は帝国の兵士をしております。クライムといいます」

 

「そうかい、わしの事は気にせんでもええ。これでも若い頃は冒険者をやっとったんじゃからな」

 

「いえ、それでもこの様な所に置いていくのは……」

 

「わしより弱いお前さんに何が出来るんじゃ?」

 

 

 初対面の相手から、いきなりのズケズケとした物言い。クライムは怒りよりも驚きで言葉に詰まった。

 いくら過去に冒険者をやっていたとしても、この見た目なら引退してかなりの年月が経っているだろう。

 流石に自分がこの老婆より弱いとは思えなかったが、人に誇れる程強いとは思っていない。そのため否定して言い返すのも情けなく感じた。

 

 

「弱くとも私は帝国の兵士です。今は引退されているのですから、一般人を守るのは兵士の務めです」

 

「子供が持つにはちと大きすぎる程に立派な志じゃのう。じゃが――」

 

 

 老婆は変わらず笑っていたが、急に真面目な顔になる。

 

 

「――お前さん、気持ちは立派じゃがそれに見合う才能がカケラもないのぉ。兵士には向いとらんのじゃないか?」

 

「なっ、いきなり何を言うのですか。何も知らない貴方に言われる筋合いはありません」

 

 

 ここまで来ると流石にクライムの声にも少しだけトゲが混じる。

 それを聞いた老婆は怒るでもなく、ふっと顔を緩めながら遠い目をした。

 

 

「すまんの、歩き方や気配なんかで分かってしまうのじゃよ。お前さんは強くはなれんよ。強者の持つ覇気が、才能が圧倒的に欠けておる。これでも長い事冒険者をやっとったからな…… まぁ、年寄りの戯言と聞き流してくれてもええ」

 

 

 老婆の放つ不思議なオーラに納得しそうになるが、クライムの意思は変わらない。

 

 

「いえ、たとえ才能がなくとも、強くなれずとも私のやる事は変わりませんから」

 

「頑固じゃの。そこまでしてお前さんは何がしたいんじゃ?」

 

「人々を助けられる騎士になる。私が目指すのはただそれだけです」

 

 

 微塵の迷いもなく、ただ真っ直ぐに老婆の方を向いて答える。

 それはあの日より一度として変わらないクライムの夢。

 才能が無い。それがどうした。

 命を救ってくれた憧れの一人は、凡人の自分とは別種の存在。そんな事は知っている。

 これまでの訓練でも別の道はどうだと、気を使われながらも聞かれたことがある。それこそバジウッド様からも初めに伝えられている。

 だがそれは夢を諦める理由にはならない。

 

 

「はっはっはっ、こりゃ筋金入りじゃの。ああ、良い目をしとるよ。才能が無い事だけが悔やまれるの」

 

 

 自分の目をじっくりと見つめた老婆は急に笑い出した。つまりはやる気しか無いと言いたいのだろうか。

 ひとしきり笑った後、老婆はこちらに向き直る。さらに自らの手から一つの指輪を外し、こちらに渡してきた。

 

 

「ああ、笑って悪かったね。お詫びにこれをやるよ」

 

「い、いえ、事実ですし、そのお気持ちだけで結構ですので!!」

 

「良いんだよ、わしにはもう必要の無いものさ。若いもんが引き継ぐ時だろう…… これはね、限界を打ち破る指輪さ。使えば少しの間だけ自分の才能を超えた力を発揮できる」

 

「えっ!?」

 

 

 そんなマジックアイテムなど尚更受け取れない。そう言って返そうとするが、老婆は自分の手の平を掴んでそれを乗せてきた。

 目の前にあると思わず観察してしまうが、指輪は小さな宝玉を爪が掴む様なデザインをしている。

 

 

「これにそんな力が……」

 

「お前さんの夢、叶うと良いねぇ。才能の無い坊や――クライム、わしも応援しとるよ」

 

 

 クライムにはこれがどれほど価値があるものなのか、全く見当もつかない。

 気持ちは嬉しいが、やはり受け取るべきでは無いと思う。

 

 ――強い力にはリスクがあるからね。滅多な事では使うんじゃ無いよ。

 

 

「あのっ!! あれ、いない……」

 

 

 しかし、顔を上げると目の前には誰もいない。指輪に意識がいっていた間に老婆の姿は完全に消えてしまっていた。

 聞きたい事は沢山あったが仕方がないと諦める。クライムは無くさない様に指輪を着け、いつかまた会った時に返そうと思った。

 

 

「あっ、いけない。バジウッド様を待たせてしまう」

 

 

 ここへ来た本来の目的を思い出し、クライムは慌ててきた道を戻って行った。

 

 

 

 

 とある国の上層部が行なっている、秘密裏の会議。

 この国は元々秘密が多いが、この件は国内に絶対に知られてはいけない相手がいる。それにより本当に極少数しかこの会議の内容を知らない。

 

 

「アレの様子はどうだ?」

 

「制御は問題ないようだ。装備も問題なく使いこなせている。伸び代が残っているのなら、以前やられた正体不明の修行僧にも勝てる様になるだろう」

 

「そうか、このまま上手くいけば第一席次と合わせて、動かせる中では最強の手札が増える事になろう」

 

「既に人間では手に負えないレベルの強さですがね。もう少し記憶が残っていれば相手も判明したのですが……」

 

「ふん、その相手の顔だけ分からぬとはな…… アレに嘘はつけぬ筈だが腹立たしいものよ」

 

「思い出せぬのなら仕方ない。それに顔の殴打された傷跡を見れば分かる。相手は確実に修行僧系の人物だ」

 

「アレの使い道ですが、ビーストマンの国でも滅ぼさせてみますか?」

 

「ああ、まずはそれで様子を見よう。少なくとも竜王国が襲われなくなる程度には出来るはずだ。それと絶対にアレをこの国に入れるんじゃないぞ。念のため近付けることも避け、任務の報告は別のやつが行え」

 

「分かってますよ。アレは人類のために使い潰――すのは勿体ないですね。潰れない程度に使い続けましょう」

 

「贖罪にたっぷり働いてもらうとしよう」

 

 

 ――全ては人類存続のために。

 

 

 

 

 評議国某所での出来事。

 

 

「ところで指輪はどうしたの?」

 

「あれは超若いのにやったよ」

 

「超? まぁ君がよいと言うなら、それで良いんだろう……」

 

「心配せんでも後数年もすれば良い青年になるじゃろ」

 

「ん?」

 

「才能はカケラも無かったがのぉ」

 

「んん?」

 

 

 




ラナーの魅力をもっと出したい……あとブレイン。

色々な感想を書いてくださりいつもありがとうございます。
偶に酷い誤字がありますが見つけてくださって感謝しています。

更新のタイミングは不定期ですが、これからも読んで頂けたら幸いです。





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天才剣士の行く末

タイトルで分かる登場人物。


 王都にある普通クラスの宿。

 その宿の中でも二人部屋にしてはそこそこ広い一室で、骨と少女――モモンガとツアレがベッドに並んで腰掛けている。

 二人とも真剣な表情をしており――厳密には骨に表情の変化などないが――部屋の中には一種の緊張感が漂っていた。

 

 

「さて、本当にいいんだな?」

 

「はい…… 覚悟は出来ています。私は前に進みたいんです」

 

「ツアレ……」

 

「モモンガ様…… お願い、します……」

 

 

 緊張から少女の喉がゴクリと音を鳴らす。

 そんな様子を見て少しだけ躊躇いながら、モモンガはゆっくりと口を開いた。

 

 

「――お前、投げ銭を入れて貰う容器とか用意してなかっただろ?」

 

「……あっ!?」

 

 

 そう、ツアレから相談されていた事――吟遊詩人として活動してもお金が貰えない件について二人は今話している。

 モモンガは酒場などで数日かけて独自の調査を行った。

 そして、結論が出た後、お金が貰えなかった理由を聞きたいかツアレに確認した。

 彼女は自身の才能に疑問を抱いていた。自分は吟遊詩人に向いていないかもしれないと。

 しかし、悩んだ末に問題をきちんと理解して悪い所は直す――前に進むため、その理由を聞く事を決意した。

 

 ――どんな厳しい事でもいいから、本当の事を教えてください!!

 

 その結果がこれである。

 

 

「酒場とかで偶に噂にはなってたんだが、物語の評判は悪くなかった。いくら子供とはいえ、一人もお金を払わないのは何かあるとは思ってたが…… まさか、なぁ?」

 

「うぅ、もう言わないでください。そんな理由だったなんて…… 次からはちゃんと用意します」

 

 

 モモンガの半笑いの声がツアレの精神を揺さぶった。

 覚悟していた事とはまるで別方向からの理由に、彼女は思わずベッドに倒れこむ。

 そのまま枕に顔を埋めているが、チラリと見えた耳は羞恥で赤く染まっていた。

 

 

「後はそうだな。そんな事を続けていたものだから、周りの人間は趣味かボランティアでやってると思ってるな。無償で人々を楽しませている、謎の吟遊詩人少女の出来上がりだ」

 

「そんなっ!? それじゃあ今更入れ物とか出しづらいじゃないですかぁ……」

 

 

 モモンガのさらなる追い討ちを喰らい、驚きでツアレはガバリと起き上がった。

 その声にはどうすることも出来ない無力感が満ちていた。

 

 

「今の王国は景気も悪いし、元から吟遊詩人が活動するには向いてないのかもな」

 

「酷いですモモンガ様…… こんな、こんな事って……」

 

 

 ツアレは枕を抱きしめながら、上目遣いで隣に座るモモンガを睨んだ。

 どんな事でも受け入れる。本当の事を知りたい。覚悟は出来ている。

 そう言ったのはツアレだが、やり場のない感情というモノはあるのだろう。

 恨めしげな目で見られるが、そんな可愛い睨み方ではモモンガは痛くも痒くもなかった。

 

 

「ははは、時間を置くか、一度場所を変えるしかないな。心機一転で再チャレンジだ」

 

「……分かりました。次は、次こそは銅貨を一枚貰えるように頑張ります!!」

 

 

 再び目に力を宿し、次なる目標に燃えるツアレ。

 やる気に対して妙に小さい目標だったが、水をさす気は無いので何も突っ込まない。

 

 

「ああ、頑張れ。問題を改善出来ればきっと貰えるさ」

 

 

 穏やかにエールを送っているが、内心では誤魔化している事に若干の後ろめたさがあった。

 厳密に言えば、モモンガが今まで伝えた事に嘘は無い。ツアレの準備不足も物語の評判が悪くない事も、王国の景気が悪い事も全て本当だ。

 だが、あえて伝えていない事もあった。

 上手く話を逸らしたが、以前ツアレが言っていた事――人が減った事については触れていない。

 

 

(いや、これで良いはずだ。一度貴族に攫われたツアレには辛い話だろうからな……)

 

 

 モモンガがここ数日、いくつかの酒場を回って聞いたのは犯罪組織絡みの話だった。

 何やら犯罪組織の勢いが急激に増して、麻薬の取引や違法な奴隷売買などが活発に行われているらしい。

 薬で廃人になった人や奴隷にする為に攫われて消えた人などがいる。そう噂されていた。

 挙句に貴族や役人などもその件に絡んでおり、摘発しようとしても揉み消されるため、手が付けられない状態である事も教えられた。

 優しいツアレの事だから、こんな事を言えば気にするに決まっている。

 貴族が絡んでいるとなれば、過去の出来事と重ねてしまい尚更だろう。

 

 

(こんな話はしてもしょうがない。どの世界にも腐った人間はいるものだ。それに王女様のような権力があっても、世の中上手くはいかんらしい……)

 

 

 ――ラナー王女が奴隷廃止の制度を作ろうとしている。

 ――ラナー王女が孤児院を作ろうとしている。

 ――ラナー王女が冒険者のために……

 

 酒場ではこの国の第三王女であるラナーの奮闘も噂になっていた。

 あまり上手くはいっていないようだが、酒場は相変わらず情報の宝庫だと感心していた。

 まるで自分の気になる情報が全て酒場に集まっている――そんな風に錯覚してしまいそうになる程だ。

 

 

「ああそうだ。時間を置くついでに帝国に行っていいか? そろそろお金を補充しようと思うんだが」

 

「また闘技場に行くんですね。良いですよ、私も折角なんでお小遣いを増やします」

 

「いや、確かに闘技場に行くつもりだが……」

 

(絶対に負けないギャンブルか…… 出場している俺が言うのもなんだが、これは教育的に見て止めるべきか? でも普段から無駄遣いはしていないし、見方によっては投資と言えるかもしれない。独り立ちした時の資金を貯めているのなら計画的だが……)

 

 

 ツアレが将来ギャンブルにハマって身を滅ぼす、なんて事にはならないとは思う。

 

 

「モモンガ様、どうせ勝つならギリギリの勝利を重ねて下さいね。あんまり圧倒的だと賭けの倍率が下がっちゃうかもしれません」

 

「普段でも結構手を抜いているんだが…… まぁ、追い込まれる演技でもしてみるよ」

 

 

 しかし、保護者の立場としてコレを認めていいのか悩むモモンガだった。

 

 

 

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタールにある大闘技場。

 今日も観客の歓声と選手の血飛沫が飛び交い、会場は大いに盛り上がっている。

 しかし、そんな会場の楽しげな雰囲気とは打って変わった出場選手の控え室。

 ガンッと壁を殴り、苛立ちを隠そうともしない一人の男がいた。

 

 

「くそっ!! アイツだ、あのモモンとかいう奴に負けてから何もかも上手くいかない!!」

 

 

 自分の他に誰も人がいない控え室で、額を押さえながら叫び声をあげる剣士――ワーカーチーム『天武』のリーダー、エルヤー・ウズルス。

 こんな姿はみっともないと自分でも思うが、以前なら奴隷を嬲る事でイライラを抑える事も出来たはずだ。そう思うと余計に腹が立ってくる。

 

 

「ふぅー、こうなると前の奴隷を殺したのは早計でしたね…… あんなのでも私のストレス発散には役立ったのですから」

 

 

 自分を抑えるようにゆっくりと息を吐いた。

 あの試合の後、役に立たなかったエルフの奴隷は三人とも全て嬲り殺した。

 あんな物はまた買えばいいと思っていたからだ。

 しかし、闘技場で『不敗』の天才剣士として売り込んでいた為、一度負けてからは仕事が激減した。

 更にチームの仲間とは名ばかりだったが、奴隷がいなくなった事で以前のように仕事がこなせない。危険を犯しながら一人でモンスターと戦う日々だ。

 今まであまり気にしていなかったが、横の繋がりが少ない事も災いした。一時的に他のワーカーと組もうにも、取り分が減る事や仲間を使い捨てにする人物というイメージもあって、ワザワザ自分と組む者はいなかった。

 一応、自分と同等の実力を持つ者が少ないという理由もあったのだが。

 

 

「くそっ!! せめてもう一度アイツと対戦さえ出来れば……」

 

 

 不敗の名は取り戻せずとも、更に強くなった証明にはなるはずだ。

 そうすれば大口の仕事もまた増える。もう一度お金さえ貯めればまた奴隷が買える。

 ワーカーの仕事で役に立つエルフの奴隷――野伏(レンジャー)魔法詠唱者(マジックキャスター)の技術や能力を持つ――は非常に高額である。

 四人分の仕事の報酬を独り占めしていた頃ならともかく、小さな仕事しか回ってこない今ではそう簡単に買えるものではない。大口の仕事がどうしても必要なのだ。

 

 

「天才の私がワザワザ鍛え直したというのに、アイツが出たのはあの日だけだ!! ……ああ、首を落としてそのヘルムの下を晒してやりたい」

 

 

 あの鎧を思い出して怒りが再燃しそうになったが、そろそろ試合の時間だ。

 観客の前で無様は晒せないと、表情を戻して試合会場へ向かった。

 

 

「はぁ…… さてっ、今回の相手はどんな奴ですかね」

 

 

 アイツに一度負けはしたが、それ以前は負けなしだったのだ。それなりに実力のある相手が来るだろう。

 少しでも強い奴に勝って、自分をアピールしなければならないと気合を入れなおす。

 

 

「さぁ、まず登場するのはこの男!! 天武のリーダーにして天才剣士、エルヤー・ウズルス!! 今回は一人での参戦です!!」

 

 

 自分の紹介の中に不敗の文字がない事に気が付き、思わず舌打ちが出てしまう。

 闘技場のど真ん中で待っていると、次に聞こえてきた紹介で思わず目を見開く。

 

 

「対戦するのはモモン・ザ・ラブボーン!! 純白のフルプレートに身を包んでの登場だ!! 事前情報によりますと彼はどうやら修行僧(モンク)のようです。全身鎧の格闘術とはどんなものなのか、面白い戦いが期待できそうです!!」

 

 

 ――そんな訳があるか!!

 

 私には分かる。目の前にいる奴の歩き方はアイツと同じだ。

 

 

「初めましてウズルスさん。お互いに正々堂々と良い試合をしましょう」

 

「私が気が付かないとでも思ったのですか……」

 

「はて、何のことでしょうか?」

 

「このっ――」

 

 

 なんて白々しい奴だ。前回も最後に私が刀を振るった瞬間、急に体が動かなくなった。

 別の仲間が魔法を使ったか、何かイカサマをしたに違いない。そうでなければこんな奴に私が負けるものか。

 勝負開始が間近に迫ったため言い返すのをやめ、代わりに殺意をぶつけながら神経を研ぎ澄ませた。

 

 

「……いや、構いませんよ。二度とそんな真似が出来ないよう、その兜を剥ぎ取ってあげます!!」

 

 

 試合開始と同時に後退して距離を取る。

 相手は思った通り、自分が何をするかも分からず呆けている。

 

 

「そんな距離をとってどうするつもりだ? その剣でも投げるのか?」

 

「そんな馬鹿な事する訳ないでしょう。……あの日の屈辱を返してあげますよ。手も足も出ずに負けるという敗北を与えてねぇ!! 武技〈空斬〉!!」

 

 

 相手との距離が十メートル以上離れているにもかかわらず、エルヤーは剣を振るう。

 その直後、モモンの鎧から金属をぶつけ合った様な衝撃音が鳴った。

 

 

「ぐぁっ!? 飛ぶ斬撃だと!?」

 

「その通り。今の私にとって攻撃出来ない間合いは存在しないのです」

 

 

 相手の悲鳴に思わず笑みが零れた。

 傷つき驚く様を見て、自分の精神が高ぶっていくのを感じる。

 今のは全力の一撃には程遠い。

 ――私の気が晴れるまで、このままジワジワと痛めつけてやる。

 エルヤーは獲物を狩るハンターのような目つきに変わった。

 

 

「くっ、距離さえ詰めれば!!」

 

「無駄ですよ〈縮地・改〉」

 

 

 武技を使って距離を維持しながら相手の側面に回り込み、必死に間合いを詰めようと走ってくる相手を嘲笑う。

 

 

「ほらほら足元がお留守ですよ〈空斬〉〈空斬〉!!」

 

「ぐっ、がっ……」

 

 

 横から飛ばした斬撃が足に直撃し、体勢を崩した所に更に追加の一撃が当たってモモンが膝をついた。

 ゾクゾクとする興奮が体中を駆け巡り、体温が上昇していくのが分かる。

 相手は無様にも追い縋ろうとし、それを苦も無くあしらう自分。

 人を思い通りにする感覚はやはりたまらない。エルヤーはもう既にこれを戦いとは思っていなかった。

 

 

(以前とは違い、鎧越しでも十分ダメージが通っている…… 私も随分と強くなってしまったようです。これなら戦闘に使えなくても、ただの玩具として奴隷を買ってもいいかもしれませんね)

 

 

 今の自分なら一人でも戦える。世の中には自分より下等なものばかりだ。

 今までは他種族だけを奴隷にしていたが、なんだかそれも馬鹿らしく思えてくる。

 人間にも下等な者は多くいるというのに。

 

 

「悔しいでしょうねぇ。貴方の仲間がどこかに待機しているのかもしれませんが、貴方に近づかなければイカサマも出来ないようです」

 

「くっ、何を言ってるか分からんが、勝負はまだ終わっていない!!」

 

 

 相手は立ち上がり構えを取るが、自分には滑稽に映って仕方がない。

 まだ私が本気でないと知ったらどう思うのやら。

 

 

「そうこなくては、武技〈能力向上〉 ……さぁ、耐えてみてください〈空斬〉!!〈空斬〉!!〈空斬〉――」

 

「がぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 一段と大きくなった悲鳴と衝撃音。

 剣を振るう度に踊り狂う様は、自分が相手を操っているとすら思えてしまう。

 相手は無様にも地面に転がり、とうとう死んだかと思った。

 しかし、ゆっくりと立ち上がり正拳突きの構えを見せる。

 どうやらまだ反撃する気力があったらしい。

 

 

「あははははっ!! 貴方の動きなんて遅すぎて私には追いつけませんよ!! その拳は絶対に届かない。魔法でもなければこの圧倒的な力の差は埋まりません」

 

「はぁはぁ、そうか――」

 

「最後にサービスで本気を見せましょう。武技〈能力超向上〉、盛大な悲鳴を聞かせてください。武技〈空斬〉!!」

 

 

 今の自分に出せる最大の力で技を放つ。

 相手の最後の瞬間を見てやろうと、目を開き瞬きもせずに見続け――

 

 ――もういいよな?〈時間停止(タイム・ストップ)

 

 突如視界から純白の鎧が消えた。

 そして背後から、内臓が吹っ飛んだと思える程の強烈な衝撃が走る。

 

 

(おかしいですね…… まだ、奴の悲鳴が――)

 

 

 私は勝利を確信したまま、相手の悲鳴を待ちながら意識を失った。

 

 

 

 

 開拓村に住む人達の朝は早い。

 リ・エスティーゼ王国にある辺境の村――ここカルネ村でも一人の男が畑仕事に精を出していた。

 ボサボサの髪に無精髭を生やした男は慣れた手つきで畑を耕している。

 農業を生業とする人達は体つきが良いことが多いが、その男は周りで働く農夫達よりも一段と鍛え上げられた肉体をしていた。

 引き締まった体で鋭く鍬を振り下ろす姿は剣士を思わせる程だ。

 

 

「やぁ、おはようブレインさん。相変わらず仕事が早いね」

 

「おはようございます、エモットさん。畑仕事自体は慣れてるんで、真剣にやれば案外楽しいもんです」

 

 

 額の汗を拭いながら、笑顔で村人と挨拶を交わしている男――その名はブレイン・アングラウス。

 彼は自らの剣の才能を確かめるために王都での御前試合に出場し、初戦の相手に手も足も出ずに負けてしまった剣士だ。

 元々辺境の村で暮らす農夫だったが、王都での御前試合に出るために実家を飛び出している。

 それ故に元の村に帰る訳にも行かず、どうすればいいか途方に暮れていた。

 実家に帰る踏ん切りもつかず、王都から帰る途中のエ・ランテルで立ち止まっていたのだ。

 

 

「いやー、ブレインさんが来てくれて本当に助かってるよ。こんな村じゃ男手はどこも不足してるからね」

 

「そんな、行く宛のなかった俺を受け入れて貰って、この村には感謝してるんです。これくらいなんて事ないですよ」

 

 

 そんな時声をかけてくれたのがこの人――カルネ村に住むエモットである。

 ブレインは偶々街に薬草を売りに来ていたエモットに出会ったのだ。そして心配した彼に誘われるまま、何となくでこの村にやって来て今に至る。

 普段から世話になっており、ブレインはこの男性に頭が上がらない。加えて心の底から感謝していた。

 今の生活を送るキッカケとなったこの人に。

 

 

「あの時エモットさんに声をかけて貰ってなかったら、きっと今でもフラついてましたよ」

 

「そうかい、まぁ君にも色々あるんだろう。でも今の君はこの村にちゃんと貢献してくれている。それは誇って良い事だと私は思うよ」

 

 

 ブレインは若気の至りを思い出す様に、自嘲気味に笑っている。

 そんな彼の過去についてエモットは深く掘り下げず、今の頑張りを認めていた。

 だが、周りが認めても当のブレインはまだまだ満足出来ない。

 

 

「ありがとうございます。でも俺はまだ、これっぽっちも恩を返せたとは思っていないんです。だから自分に出来る仕事を頑張らせてもらいますよ」

 

「うんうん、なら時間をかけてゆっくりと答えを出せば良い。この村にこのまま定住してくれても勿論歓迎するよ」

 

 

 エモットとの談笑も切り上げ、ブレインは再び仕事に戻った。

 畑の雑草を毟り取り、村で使う薪を割る。休憩がてらに子供達と遊んだり、人手が足りない家の手伝いをする。

 剣を握っていた時に見せた鋭い目付きはどこにも無い。

 村での生活は質素だが、充実した日々だ。

 

 

「人の幸せってのは身近な所にあったんだな。天才だと自惚れてたあの頃が嘘みたいだ……」

 

 

 ロクに剣の練習もせず、それでも村で一番強かった自分。

 必死に訓練している奴がいる中、ちょっと見ただけで武技だって誰よりも早く使えるようになっていた。

 ――俺は畑仕事なんてやるべき男じゃない。

 地元にいた時は周りを内心馬鹿にして、いつも仕事は手を抜いていた。

 ――俺は周りとは違う。

 剣さえあれば何とかなる。俺は強い…… そう、思い込んでいた。

 だが本当は――

 

 ――俺に剣の才能なんて無かった。

 

 自分より強い奴なんて幾らでもいた。ちょっと大きな大会に出れば、俺なんて初戦すら突破できない。

 俺は井の中の蛙、ただの凡人だと気付かされた。

 

 

「俺はその辺の村で偶々一番強かっただけに過ぎない――」

 

 

 自らの驕りが消えた今、周りで懸命に畑を耕す彼らが輝いて見えた。

 生きていく為に必死に働く姿に憧れた。

 

 

「――だがまぁ、この村でやってくには十分すぎるよな」

 

 

 彼の顔にあるのは過去への未練ではなく、前向きな意思がこもった笑顔。

 自分に出来ることを精一杯やっていこうという未来への希望。

 

 類稀な才能を持った剣士、ブレイン・アングラウス。

 勘違いで剣の道を捨てた男。

 彼は剣ではなく鍬を握り、この村で第二の人生を歩み始めていた。

 

 

 

 

「ああぁぁぁ!! アイツ何しやがった!! 何故私が敗者として扱われなければならない!! クソがぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 人気の無い路地裏で怨嗟の声を上げる人物――いつのまにか負けた男、エルヤー・ウズルスである。

 あの後意識が戻ったエルヤーは、試合の結果を聞かされて激怒した。

 あの状況から自分が負けたと言われても納得がいかなかったのだ。

 自分が勝ったはずだと騒ぎ続けた結果、闘技場を追い出されて出禁になった。

 

 

「いつか必ず殺してやる。私の目の前に這いつくばらせて――誰です?」

 

 

 恨み言を吐き続けていたが、人の気配を感じて振り返る。

 こんな所にいるやつがまともな訳がない。鬱憤ばらしに斬り捨てようかと思ったが、相手がその前に声を出した。

 

 

「や〜ねぇ、そんな怖い顔しないで。素敵な顔が台無しよぉ」

 

 

 そこにいたのは派手な格好をした線の細い男性。

 なよっとした雰囲気にオネェ言葉が合わさり、どう見たって怪しい人物だ。

 

 

「まぁ、警戒してくれても構わないわ。私は貴方をスカウトしに来たの」

 

「スカウト?」

 

 

 一瞬ワーカーとしての仕事の誘いかと思ったが、相手の言葉でそれも違うと悟る。

 

 

「元々この国には視察に来ただけ。でもまさかこんな所で逸材に会えるとは思わなかったわ。天賦のリーダー、エルヤー・ウズルス。貴方、人を服従させるのが好きでしょ?」

 

「何が言いたいのですか?」

 

 

 こちらを値踏みするかのように話しかける男。癪に触る言い方だが、こちらの核心を突いてくるため聞き流せない。

 

 

「私の下で働かない? ちょうど腕の立つ護衛が欲しかったのよ。これでも大きな組織で奴隷部門の長をしているわ。報酬には貴方の望む奴隷が好きなだけ……」

 

「大きな組織の奴隷部門…… それは素晴らしい!! ですが、それだけでは足りませんね」

 

 

 以前の自分なら十分と言える報酬だが、今必要なものが後一つ足りない。

 相手は一瞬驚いたような顔をしたが、にんまりと笑ってこちらの言葉を待った。

 

 

「私が強くなれる装備品、マジックアイテムも用意してもらいましょうか」

 

「うふっ、欲張りね…… でもそういう男は嫌いじゃないわ。いいわ、その条件を飲んであげる。その代わり、それに見合うだけの働きはしてもらうわよ?」

 

 

 目の前の男は嬉しそうに手を差し出す。

 こちらもそれを握り返し、相手はこちらを知っていたが改めて名乗った。

 

 

「交渉成立ですね。では改めて、私の名はエルヤー・ウズルスです。これからよろしくお願いしますよ」

 

「以前のワーカーチームの名前を使うのもあれだし、二つ名を付けるとしたら…… 天賦の才を持つ剣士、()()エルヤー。どうかしら?」

 

「天剣…… 良い名前です。それで、貴方の名前は?」

 

「私の名前はコッコドールよ。私たちの組織に歓迎するわ――」

 

 

 ――ようこそ、八本指へ……

 

 

 

 




このペースだと五年経つのに時間がかかりすぎるので、このあたりから物語内の時間をどんどん早めていくつもりです。


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大人の計画

 雨の多くなる梅雨の季節がやってきた。

 そんなジメジメとした日が多くなる時期でも、魔法によって湿度や気温が快適な環境に整えられた執務室。豪華かつ機能的な部屋で青年――バハルス帝国の皇帝ジルクニフは今日も仕事に励んでいる。

 行政を担える人材をもっと用意してから貴族たちの粛正をすればよかった。いや、タイミング的にもあれがベストだったから仕方がないと、膨大な仕事をこなしながら文官の不足に悩んでいた。

 鮮血帝という呼び名が全く似合わないデスクワーク姿。ジルクニフは部下から上がってきた報告書に目を通していき、その中の一つを見て目を細めた。

 

 

「これは…… 予想よりも早い。いくら王国が愚か者の集まりとはいえ妙だ。誰かが裏で糸を引いているのか?」

 

 

 ――王国の崩壊が早すぎる。

 ジルクニフが見ていたのはリ・エスティーゼ王国についての報告書だ。

 元々の計画では毎年収穫期に戦争を仕掛け、国力を削って徐々に国を疲弊させてから乗っ取るつもりだった。

 だが、報告書には『八本指』と呼ばれる犯罪組織の勢力が増している事。貴族の腐敗や麻薬売買、違法な奴隷の存在など、王国内の治安の悪化が顕著になっているとある。

 国が弱る事自体は狙い通りだから問題はない。

 しかし、こんな組織が裏に潜んでいては自分が国を治める際に邪魔になる。麻薬で再起不能になった民など労働力にならず、先を見れば税収にも影響してくるだろう。

 あと五年は時間をかけるつもりだったが、そこまで待っていては支配した後の立て直しに苦労するだろう。

 頭の中で計算を終えたジルクニフは王国を手中に収める為、本格的に動き出すことを決めた。

 

 

「“雷光”を呼べ」

 

「畏まりました」

 

 

 近くに控えていた部下に四騎士の一人を呼ぶように伝え、他の仕事を処理しながら待つ事約三十分。

 

 

「お待たせいたしました、陛下」

 

 

 仕事モードで畏まって現れた部下を前に、堅苦しいのはいらないから楽にしろと伝える。その言葉を待ってましたと言わんばかりに、目の前の男――四騎士筆頭、“雷光”バジウッドは早速砕けた口調に戻った。

 

 

「今日は俺がやる様な目ぼしい仕事も無かったと思うんですが、何の用ですかい?」

 

「お前に預けてある、あの少年について少し聞きたくてな」

 

「クライムについて?」

 

 

 バジウッドはジルクニフが何故そんな事を気にするのか分からない。

 疑問の混じった声をあげるが、聞かれたからには意図は読めずとも正直に話し出した。

 

 

「そうですね。アイツを鍛え出してから一年程ですが、一般兵と同等かそれ以上にはなりましたよ」

 

 

 恐らくクライムの年齢は十五歳にも満たない。孤児の為出生は不明だが、精々十二か十三歳くらいの少年だ。

 どちらかというと小柄で体格的に恵まれていない事も含めて考えれば、大人の兵士と戦えるというのは破格の強さだろう。同年代ならば勝てる者はほとんどいないと断言できる。

 アイツの努力は常人のそれとは段違いですからね。根性だけなら帝国一ですぜ。

 自分が直接鍛えている事もあって、バジウッドは嬉しそうに弟子の事を話した。

 その評価を聞き、ジルクニフは顎に手を当てて少し考える。

 

 

「分かった。ならばクライムには今年の王国との戦争で手柄を立ててもらう。それを以って我が四騎士、いや五人目だから五騎士だな。その末席に加えよう」

 

「本気ですか、陛下!?」

 

 

 周りは年上ばかりだ。側に置く一人くらい年下の部下がいてもいいだろう?

 ジルクニフの本気とも冗談ともとれる態度に、バジウッドは信じられないとばかりに目を見開いた。嫉妬などではなく、単純に早すぎるという驚愕の表れだった。

 いくら自分がクライムを褒めたとはいえ、そこまでする理由が分からないのだろう。

 

 

「ああ、私もクライムの実力が他の騎士に比べて劣っているのは承知の上だ。だが、王国を手に入れる計画を早める必要が出てきたのでな。多少の手荒な方法を取るやもしれんし、民の反発を抑える為にも彼の様な存在が必要なのだ」

 

 

 冗談めかした態度から一転して、真面目に理由を話し出す。

 それを聞き、バジウッドは頭をひねって考え始めた。

 努力家、根性がある、正義感が強い、決して裏切らない精神性――彼の良いところをいくつも思い浮かべるが、クライムを騎士にする理由がイマイチ見えてこない。

 そんな様子に気付いたジルクニフは口元に笑みを浮かべて説明を続けた。

 私のイメージアップの為、王国を統治する際に人材を集めやすくする為――要するにクライムを広告塔にするのだと言った。

 

 

「クライムは元々王国の孤児だ。そんな子供でも帝国ならば要職につける。王国の人間にそれを示すには丁度いい」

 

 

 人材の流失は避けたいし、力尽くで従えても効率が悪い。優秀な者が自分から従ってくれるのなら、それに越した事はない。

 その為に四騎士の枠をわざわざ広げてでも、使える人間は出自に問わず受け入れると、国内外に分かりやすく示すのだ。

 子供の騎士を連れて動く事で、先行した『鮮血帝』の悪いイメージも多少は和らぐだろう。子供を大切に召し抱える慈悲深い皇帝、良いと思わないか?

 そんな説明を聞き、バジウッドは成る程と頷いた。

 

 

「流石にお前たちの様に部下を動かす権限までやる訳にはいかんがな。基本的には私専属の護衛とする事になるだろう」

 

 

 帝国の四騎士は皇帝から直接指示を受けて行動することもあるため、帝国内ではかなりの権限を持っている。

 しかし、権限があってもクライムが部隊の指揮をするのは無理だろう。周りから慕われているとはいえ、上に立つには若すぎるし経験も足りていない。

 

 

「陛下のおっしゃる事は分かりましたよ。ふぅ、これから急いでアイツを強くしないといけなくなりましたね」

 

 

 夢が叶うとはいえ、中身の無い御飾りの騎士だと言われては可哀想だ。

 バジウッドはクライムが必死に努力している事を誰よりも知っている。そんな風には絶対に呼ばせない。呼ばせてなるものか。

 誰にも文句を言わせないほど強くしてやろうと、密かに心の中で誓う。

 

 

「最低でも近衛の奴らを倒せるくらいには鍛えますよ。モンスターを倒しまくったり、死ぬ程実戦を繰り返せば何とかなるでしょう」

 

「ははは、幸運と災難が一緒にやって来るとはアイツも忙しい奴だ」

 

「そういう訳なんで陛下、俺とクライムにしばらくの間特別休暇を頂けませんか?」

 

「……良いだろう。二人とも公務扱いにしてやる。使う費用も全部経費にしてやるから、存分に鍛え上げてこい」

 

「流石陛下。話の分かる上司ってのは最高ですね」

 

「ただし結果は出してもらうぞ?」

 

「そりゃこっちも妻達と過ごす時間を返上するんですから、絶対に無駄にはしませんよ」

 

 

 バジウッドがニヤリと笑ったのを見て、ジルクニフは心の中で合掌した。

 今でさえ大人の兵士が音を上げるレベルの訓練をしている筈だ。それが仕事もせずに修行のみに力を入れるとなったら、一体どこまでするつもりなのか。

 

 

(何物にも屈しない、決して諦めない不屈の精神か。ここまでくれば努力が出来るというのも立派な才能の一つだな……)

 

 

「場合によっては計画の変更もあり得る。鍛えるのは直ぐに始めて構わんが、騎士にする話はまだ秘密にしておけよ」

 

「もちろん、分かってますよ」

 

 

 未来の騎士になるであろう少年――クライムの成長を楽しみに思いつつ、ジルクニフは再び報告書を手に取った。

 

 

 

 

 最近モモンガ様が怪しい。

 いや、体は骨だし、魔法使いでありながら拳で戦う事もしばしば。普段から顔に仮面を着け、腕には籠手を装備し、全身は魔法詠唱者が着る様なローブ姿で覆われている。

 そういう意味ではモモンガの怪しさは今に始まったことでは無い。

 しかし、ツアレはここ数日のモモンガの様子から何かを感じ取っていた。

 

 

「さて、私はまた出かけて来るよ。昼は戻らないが、夜には帰って来るから夕飯は一緒に食べよう」

 

「はい、いってらっしゃい、モモンガ様」

 

 

 モモンガはこうやって毎度行き先も告げずに宿を出て行く。

 今までは毎食一緒にご飯を食べていたが、昼はツアレ一人で食べる事も増えている。

 自身も偶に一人で出かける事はあったため、最初は特に何も思わなかった。しかし、一人で食べる食事はどこか味気ない。

 それにこうも毎日続くと、モモンガが一人で何をしているのか流石に気になってしまう。

 

 

「よし、私も行ってみよう」

 

 

 謎の正体を突き止めるべく、ツアレはモモンガの後を追う様に宿を飛び出した。

 

 

「……」

 

 

 速くもなく遅くもない、普通の足取りで道を歩くモモンガ。

 そして、気づかれない様に一定の距離を取り、物陰に隠れながらついて行くツアレ。

 用意した帽子を深く被り、尾行する姿は完全に探偵である。

 決まった目的地があるのかは分からないが、モモンガ転移の魔法などを使っていない事は幸いだった。これならツアレでも十分追いかけることが出来る。

 

 

(モモンガ様、一体どこに向かって――)

 

 

 バレない様に慎重について行くと、モモンガがある店の前で止まった。

 店先には色とりどりの花が飾られており、看板もあることから直ぐに花屋だと分かった。

 

 

「お花屋さん? なんでこんな所に……」

 

 

 モモンガが店に入ったのを確認したツアレは、仕方なく少し離れた所で待機する。店が小さい為、中に入れば流石にバレてしまうだろう。

 店内の様子はよく見えなかったが、十分もしない内にモモンガはまた出てきた。

 手には何も持っていないが、モモンガには荷物を仕舞える魔法の様なものがある。

 仮面を着けていて表情は分からないが、店先で店主と話している様子から何か買ったのだろう。

 ありがとうございましたと、頭を下げる店主に見送られてモモンガはまた歩き出した。

 その後も仕立て屋に雑貨屋、装飾品を売る店など、統一性もなく様々な店に入って行く。

 

 

「どこもモモンガ様が好きそうな感じじゃないけど……」

 

 

 モモンガはコレクター気質な所がある為、珍しい物なら何でも集めたがる。それでも今日寄った店は趣味では無いように思う。

 目的は全く分からないが、このまま尾行を続けるのも悪い気がしてきた。

 そろそろ止めようかな。後をつけてしまった事はモモンガが帰ってきた時に謝ろう。

 ツアレがそう考えていると、モモンガがとあるお菓子屋の前で止まった。

 そのまま店に入るのかと思ったが中には入らず、少し待っていると一人の女性が出てきた。

 ツアレが驚いたのはここからだ。その女性はモモンガと挨拶を交わしたかと思いきや、なんとそのまま一緒に歩き出した。

 

 

(えっ!? 嘘っ、どういう事!?)

 

 

 ツアレはあんな女性知らない。

 混乱しつつも反射的に一歩を踏み出し、ある事に気がついて足を止めた。

 花、服、アクセサリー――モモンガの見ていた店はどれも贈り物を選ぶ様な所ばかりだ。そう、女性へのプレゼントに渡すような物だ。

 

 

「帰ろう……」

 

 

 別にモモンガの交友関係に口出しするつもりは無い。今の自分にとってモモンガは保護者であり、何の義理も無いのに育ててもらっている立場なのだから。ただ、あの二人の後ろ姿を思い出すと、心の中がモヤモヤするだけだ。

 今日見た事はどう伝えればいいのか、ツアレは悩みながら宿に帰っていった。

 

 

 

 

 特に何かする気力も湧かず、ツアレは宿でぼーっと過ごしていた。

 モモンガが帰って来たら直ぐに話そう。そう思ってベッドでゴロゴロしながら時間を潰していると、ガチャリと扉が開く音が鳴る。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりなさっ――」

 

 

 飛びつくようにモモンガを出迎え――ふわりと香る僅かな匂いに気が付いてしまった。

 ――甘い匂いがする。

 ツアレは使った事は無いが、香水だろうか。フローラルな香りでは無く、バニラの様な甘い香り。

 

 

「ああ、遅くなってすまなかったな。ん、ツアレ? どうした?」

 

 

 モモンガが香水を使うとは思えない。こんな甘い匂いなら尚更のこと。

 それなのに匂いがつく理由は一つ――この香りのする人と一緒にいたに違いない。

 

 

「いえ、何でもないです」

 

 

 動揺が顔に出ない様に、何でもないと笑って誤魔化した。

 この日は結局何も聞けず、ご飯を食べた後は何となくモモンガを避ける様に早めにベッドに潜り込んだ。

 ツアレがベッドに入って三十分程が経っただろうか。モヤモヤとした気分が抜けず、いつもより早い時間というのもあってどうにも眠れない。

 完全に目が冴えてしまっている。そんな時、モモンガが部屋から出て行く音が聞こえた。

 

 

(こんな時間なのに、やっぱりあの人に会いに行くのかな……)

 

 

 ツアレは枕に顔を埋めながら、モモンガと一緒に歩いていた女性の事を思い浮かべた。

 今まで考えた事は無かったがモモンガに恋人などが出来た場合、自分はどうなるのだろう。

 そんな事はしない人だと分かっている。それでも自分一人が置いていかれる――捨てられるという嫌なイメージばかりが頭に浮かんでくる。

 ツアレは悪いものを追い払う様に頭を振り、無理やり意識から外して布団を頭から被り直すのだった。

 

 

 

 モモンガを尾行したあの日から数日後。

 穏やかな気温で空には雲一つなく、この時期には珍しい快晴である。

 だが、ツアレの吟遊詩人としての活動も今はお休み中。

 朝はとりあえず起きるが、特に予定は立てていない。最近は冒険にも行ってないなぁと、楽しかった時間を思い返しながらベッドに転がっている。本を読んでもさっぱり内容が入ってこない。

 モモンガは今日も出かけるつもりなのか、先程からチラチラと部屋の時計を気にしていた。これといって何かをするでもなく時間だけが過ぎていき、既にお昼に差しかかろうとしている。

 これではいけないと分かってはいるが、外の天気とは真逆にツアレの心はモヤモヤと曇ったままだった。

 しかし、そんな曇りを吹き飛ばす風が吹く。

 

 

「ツアレよ、今日は今から出かけるぞ!!」

 

「ああ、はい。いってらっしゃい」

 

 

 何故だかテンションの高いモモンガに驚きつつも、テキトーに返事を返す。

 そんなツアレの事をモモンガは何を言っているんだと、表情の読めない仮面越しに見てきた。

 

 

「いやいや、是非とも一緒に行きたい所があるんだ」

 

「私と、ですか?」

 

 

 当たり前だ。他に誰がいるんだと当たり前の様に返される。

 そのまま押し切られる様に出かける準備を始めた。そしてツアレが落ち着く間もなく、モモンガは移動する為の魔法を唱えた。

 

 

「ここは…… カルネ村、ですよね?」

 

 

 目の前に広がるのは村人が畑仕事に精を出す、どこにでもある様な田舎の風景。

 初めて来たのは吟遊詩人デビューの時だったから、だいたい一年ぶりくらいだろうか。

 少しの懐かしさを感じながら、モモンガに手を引かれるまま見覚えのある家までやって来た。

 

 

「モモンガ様にツアレさん!! ふふっ、待ってましたよ」

 

「待ってたよー!!」

 

「えっと、こんにちは……」

 

 

 出迎えてくれたのはこの家に住む二人の姉妹――エンリとネム。

 久しぶりに会えて嬉しくはあるが、ツアレは二人の待ってたという反応に違和感を覚える。

 状況が飲み込めないまま家の中に入り、エモット夫妻とも挨拶を交わして促されるままに席に着いた。

 

 

「よし、みんな席に着いたな。ふっふっふっ、それではパーティを始めようか」

 

 

 モモンガは楽しそうに告げるが、この状況でパーティとはどういう事だろう。

 目の前にある机の上には何もなく、みんなでお喋りでもするのか――

 

 ――〈時間停止〉

 

 ――モモンガが何か呟いたと思ったら、突然パーティーの準備が完了していた。

 

 

「モモンガ様はやっぱり凄い人ですね」

 

「凄い、凄ーい!!」

 

「これって……」

 

 

 机の上にはいつの間にか料理が並べられて、花まで飾られている。

 そして一際気になるのは、机の真ん中を占領している特大のケーキ。デコレーションのクリームが所々歪で、イチゴがこれでもかと盛られた豪快なケーキだった。

 それを見てエンリとネムの二人は素直に賞賛の声を上げている。

 ツアレは何が起こっているのか頭が追い付かず、戸惑いのこもった視線をモモンガに向けた。

 しかし、目に入ったのはワザワザ仮面を外した状態のドヤ顔だけだった。

 

 

「どうだ、驚いたか?」

 

「ええ、それはまぁ…… でも、何でこんな事を?」

 

 

 何だ、まだ気付いていないのかと、モモンガはニヤリと笑った。

 そして、フッと優しく笑顔を作り直し――

 

 

「――ツアレ、誕生日おめでとう」

 

「あっ…… 私、今日が……」

 

 

 エンリとネムの二人からもおめでとうと言われ、今日が自身の十四歳の誕生日だと思い出した。普段から刺激的な日々を送っていたため、自分の誕生日などすっかり忘れていたのだ。

 

 

「去年は知らなくて祝ってやれなかったからな。今年はサプライズというやつだ。料理は店で買ったが、実はあのケーキは私の手作りだぞ。服とかアクセサリーの様な物も考えたんだが、私はそういうセンスには自信が無くてな……」

 

「モモンガ様の選ぶものは何というか…… 独創的な物が多くて」

 

「面白いものがいっぱいあったんだよ!!」

 

 

 どうやらこの二人には、同年代という事でプレゼントの相談でもしていたのだろう。

 今までの準備を思い返しているのか、モモンガは頬をかきながら少し恥ずかしげに語った。

 

 

「でも自分の力でお祝いしたかったから、ケーキにしてみたんだ。自分で言うのも何だが、中々良い出来だと思わないか? 何度も練習したから味もバッチリだぞ」

 

 

 最近はずっと本職の人に習いにいってたからな。途中でバレないか冷や冷やしてたよ。

 その言葉でツアレはここ最近のモモンガの行動を理解した。

 

 

(勘違いして馬鹿みたい。花屋も、あの甘い香りも、全部、私のため……)

 

 

 自分はこんなにも大切にされている。そう思うと涙が溢れてきた。

 

 

「……あれ? 手作りとかダメだったか? いや、私も誕生日とか祝ってもらったのは、母親の手料理くらいしか記憶が無くてだな!? ええと、こういう時は自分で作るべきかと思ったんだが!?」

 

 

 友達とのパーティーってこんな感じじゃないのか? いや、リアルで友達なんかいなかったけど……

 自分の様子を見て何を勘違いしたのか、モモンガが急に慌てだした。

 

 

「っ違うんです、あんまりにも嬉しくって……」

 

 

 ツアレは涙を流したまま、心からの笑顔をモモンガに向ける。

 今の気持ちが少しでも伝わるように。

 

 

「モモンガ様、ありがとう!! こんな幸せな誕生日プレゼントは初めてです」

 

「どういたしまして。ふふっ、この中で一番のお姉さんなのに、泣き虫のままではいけないな」

 

 

 ハンカチを差し出したモモンガに笑われるが、嫌な気持ちは全くなかった。

 涙を拭き、喜びを分かち合う様にこの場にいる四人で笑いあう。

 曇っていたツアレの心はこの瞬間、綺麗に晴れ渡っていた。

 今日の出来事は決して刺激的な冒険なんかじゃ無い。英雄譚には入る事のない物語だろう。

 しかし、これはツアレだけの物語にしっかりと記録される。

 

 ――モモンガ様、大好きです。

 

 いつか独り立ちする時が来ても、この感謝の気持ちだけはきっと消えない、忘れない。

 モモンガとの大切な思い出が、また一つ増えたツアレだった。

 

 

 

 




会場の提供はエモット夫妻。
この後ご飯とケーキはみんなでおいしくいただきました。


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黄金の計画

これは判定が微妙な所なので、かなり悩んだ設定でしたね。

Q.モモンガ様はコックの職業レベルがあるのか?
A.「俺のリュラリュースは料理だって出来るんだ!」
 というのは冗談で、モモンガ様に調理系の職業レベルは無いと思います。
 NPCでも特殊な効果のある料理、特殊な効果のある食材じゃなければ料理が出来るそうなので、モモンガ様にもその設定でケーキを作ってもらいました。


 バハルス帝国の帝都アーウィンタール――その中央に位置する皇城。

 皇帝陛下の住まうその場所で今、新たな騎士が誕生しようとしていた。

 

 

「――先の王国との戦争での働き、見事であった。そして、其方は普段より帝国の民を助け続けた。その功績を称え、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名の下に、汝を我が騎士に任命する」

 

「ありがたき幸せ。非才の身ではありますが、必ずや陛下のご期待に応えてみせます」

 

 

 皇帝より渡された剣を受け取り、クライムの騎士任命式は終わった。

 任命式と言ってもこの場にいるのはジルクニフとクライム、それから弟子の晴れ姿を見届けに来たバジウッドだけだ。

 

 

「王国最強の戦士長であるガゼフ・ストロノーフと戦って生き残ったんだ。騎士にする理由としては十分だ」

 

 

 クライムの戦争での表向きの功績は、王国最強の戦士長を食い止めたという事になっている。

 バジウッド達も合わせての複数がかりでの戦いだったが、クライムも勇敢に戦っていたので全くの嘘という訳でもない。

 

 

「いえ、バジウッド様や他の方々が居なければ、きっと私はやられていたでしょう……」

 

「気にすんな、俺も結局討ち取れなかったしよ。アイツもあんなしょぼい装備でよくやるぜ。王国最強は伊達じゃねぇな……」

 

 

 クライムの強さなら死んでもおかしくはなかったが、何とかその戦いから生きて帰ってこれた。

 生き残れた理由としては、ガゼフの装備が貧弱だった事が大きい。相手の装備はそこらの一兵卒が使っている物とあまり大差が無かったのだ。

 それに対してクライムと一緒に応戦したバジウッドが使っていたのは、帝国では最高クラスの装備。お互いが使った装備には雲泥の差がある。

 バジウッドが悔しいながら、呆れた声を出すのも無理はない。

 

 

「あの愚かな王国のことだ。二番手の平民に国宝は装備させられない。そんな風に馬鹿な貴族が横槍でも入れたのだろう。さて、堅苦しいのはここまでだ。すまないなクライム。お前の騎士任命は早めにやる必要があったから略式で行わせて貰った」

 

「いえ、私の事を騎士として認めてくださった。それだけで十分です」

 

 

 簡易的なものだと予め伝えてあるのにもかかわらず、クライムは終始真面目だった。

 ジルクニフは空気を切り替えるように真剣な表情を崩し、親しみの感じる声で話しかけた。

 

 

「それにしても、ここまで真面目に騎士の任命を受けた奴はいつ以来だ? レイナースは言うまでも無いし、バジウッドもテキトーだっただろう?」

 

「勘弁してくださいよ、陛下。そんなのばかり選んだのは陛下自身ですよ」

 

「全く、鮮血帝とやらは人を見る目が無いな。部下はきちんと選ぶよう言っておかなければならん」

 

 

 こんなやり取りも慣れたものだと、クライムを除いた二人は軽口を叩く。

 そこには確かな信頼と気安さの両方、理想的な主従関係があった。

 

 

「まぁ帝国四騎士――お前が入って五騎士となったが、その中身はこんなものだ。バジウッドをよく知るお前には今更だがな」

 

「すんませんねぇ。ちょいとばかし学が足りねぇもんで。ニンブルの奴に預けとけば、クライムもそっち寄りになったかもしれませんよ」

 

 

 激風か、あいつは育ちが良いからな。

 そんな軽い冗談も終わり、ジルクニフは再びクライムに向き直った。

 

 

「では、ここからはお前個人との契約だ。我が騎士はそれぞれ違う約束をして騎士となっている。レイナースの場合、自分の命の危機には逃げて良いといった具合だ。クライム、お前はどうする?」

 

「私は……」

 

 

 クライムは悩んだ。

 元々騎士に選ばれただけでも十分だった。

 人々を救う騎士を目指している自分が、望むべきはなんなのか。

 

 

「――私は、代わりに誓いを立てさせてください。皇帝陛下も、ただの一市民も、その両方を助けると」

 

 

 クライムの思いを表した真っすぐな誓い。

 本来は個人に合わせて便宜を図る為の約束――騎士になった際の特典なのだが、ここまでくると清々しいものだ。

 

 

「……良かろう。我が騎士クライムよ、本来ならばお前は私専属の護衛ではある。だが、私だけではなく、全ての民を守る事を許可しよう」

 

「ありがとうございます。忠誠は陛下に、救いの手は守るべき全ての者に伸ばします!!」

 

 

 ――これは使える。

 ジルクニフは表情には出さず、心の中でほくそ笑む。

 

 

「よぉし、今日は祝いだ!! 死ぬほど飲み食いしに行くぞぉ!!」

 

「バジウッド様、私は未成年で……」

 

 

 バジウッドにガッチリと肩を組まれたクライムは抗議の声を上げる。

 しかし、そんな事でこの男が止まる訳がない。

 特別休暇中に、ポーション以外の水分を取らせなかった――否、そうしなければ死んでしまう程の死闘を繰り返したのだ。

 そんな馬鹿みたいな特訓を自分に課した男からの誘い。

 クライムの運命は既に決まっている。

 

 

「何言ってんだ、お前年齢不詳だろ。なら問題ねぇ!! 俺の奢りだ、一回くらい酒でぶっ倒れる経験もしとけ。潰れたら嫁さん達に介抱させるからよ」

 

 

 一応仕事中なのだが、クライムはそのまま引きずられて連れて行かれた。

 ジルクニフは助けを求める視線には気が付いたが、わざと目を逸らして仕事に戻る。

 

 

「さて、王国にも伝わるように大々的に発表させてもらうとしよう。折角、本人から出た言葉だ。使わない手はない。さあ、いつまでも小競り合いが続くと思っている、愚かな王国の者どもよ。見ていろ――」

 

 

 ――次の春には王国を獲る。

 

 その後、バハルス帝国に新たな騎士が誕生した事は国内だけでなく、リ・エスティーゼ王国でも広く伝えられた。

 全ての民を守ると宣言した不屈の騎士――クライム。

 元々王国の孤児だった事や、日頃から帝国内のパトロールなどで民を積極的に手助けしている事。騎士になった際の見事な宣言に至るまで、広報活動にはバッチリ利用されている。

 それを知った王国民の中には帝国の統治を羨む者も増え、ジルクニフの思惑通りに事は進んでいく。

 少年騎士クライムは帝国の、つまりは皇帝の素晴らしさを伝える広告塔として、十分に機能したのだ。

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王城、その一室。

 気品ある調度品に囲まれた部屋に少女が一人――王国の第三王女ラナーである。

 少女は自身の計画が上手く進んでいるためか、鼻歌を歌うほどご機嫌な様子だ。

 

 

「ふふっ、王国にも終わりが見えてきたわ。戦争と重税で民はボロボロ。『八本指』と貴族の癒着で政治も治安も最悪。そんな状況の中、王族で唯一民に慕われている私――」

 

 

 誰もが見惚れる『黄金』の笑顔――だが、その口から出て来る言葉は、とてもお姫様が言って良いものではない。

 

 

「――帝国が次に攻めて来るのは春かしら。収穫期に戦争を終えて、厳しい冬をやっと乗り越えたばかりの平民達。その時には戦う気力はもう残っていないでしょうし、王国の敗北は確定ね」

 

 

 ラナーは別に帝国にスパイを送っている訳ではない。

 そもそも次の戦争の時期など帝国の人間ですらまだ知らない。

 バハルス帝国の皇帝であるジルクニフ以外は知るはずがない情報だ。

 それでも本格的に帝国が王国を獲りに来ると断言しているのは、ラナーが僅かな情報から計算して導き出したからだ。

 

 

「今回で戦士長が死ななかったのは誤算だけど…… まぁ、一人で戦況を覆す事は不可能でしょうし、どちらでも問題ないわ」

 

 

 もしかしたら王国を滅ぼす為にどう動けば良いかラナーが計算して、誘導するように相手を動かしたと言った方が近いのかもしれない。

 ラナーにとって唯一の計算外は、帝国の兵士が意外と弱かった事。これはガゼフがラナーの予想より強かったとも言えるだろう。

 人外の頭脳を持っているラナーだが、彼女は戦士ではない。細かい戦闘能力の分析はラナーが苦手とするものだ。

 流石のラナーも情報が無い状態、全く知らない事までは計算しきれない。

 

 

「国がこんなに荒れているんだもの。私が誘拐される事件が起きたって、不思議じゃないわよね……」

 

 

 ――さぁ、モモンガ様。囚われのお姫様を助けに来てください。

 そのための招待状も、貴方が活躍する舞台も、バッチリ整ってますから……

 

 

「そうだ、ちゃんと表情の練習をしとかなくっちゃ」

 

 

 鏡を確認しながら自身の頬をムニムニと動かす。

 怯えた表情、驚きの顔、泣き顔、とびっきりの笑顔。

 モモンガの力や魔法の凄さはラナーの理解を超え、時として全く予想が出来ない事がある。それ故に全く手は抜けない。

 

 

「――怖かったですモモンガ様…… うーん…… ありがとうモモンガ様!! こっちの方が良いかしら?」

 

 

 どんな早さで来るかも予測しきれない為、出来ることは予めやっておくに限る。

 ラナーは頭の中で妄想を繰り広げながら、鏡に向かって必要な顔を何度も繰り返し作るのだった。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王都で、ラナー王女主催のオークションイベントが開催される。それは戦争で疲弊した民にとっても、嬉しい出来事になる。

 そこで得た利益の一部を孤児院の経営に使う事が宣伝されており、経済の活性化だけでなく、子供達の事も考えられたチャリティーイベントだ。

 正に『黄金』と呼ばれるお姫様らしい、慈愛に満ちた内容である。

 オークションに出品されるのは、掘り出し物の武器や珍しいマジックアイテムなどが多い。

 中でも目玉となるのはラナー王女が雇った冒険者が、古代遺跡から見つけたマジックアイテムだ。

 偶々それを知ったモモンガはそれに参加してみようと、ツアレと共に王都にやって来ていた。

 そもそもの情報源は帝国の酒場で聞いた噂話――どう考えても黄金の影がチラついているが、モモンガ達が気付く事はなかった。

 

 

「古代遺跡の発掘品か。どんな物があるのか楽しみだ」

 

「競り落とす気満々ですよね。闘技場で荒稼ぎしてましたし……」

 

 

 古代の遺跡からの発掘品。

 それはモモンガのコレクター魂に火をつけるには十分なキーワードを含んでいる。

 オークションの存在を知った後、モモンガは帝国の闘技場で遠慮なく金を稼いだ。

 もちろん偽名は使っての参加だが、闘技場での暴れ具合は他の選手が可哀想になる程であった。

 それを間近で見ていたツアレは若干呆れ気味である。

 自分もちゃっかり賭ける方で参加していた為、責める気は全くないのだが。

 

 

「気になるのがあったらな。まぁ、社会貢献にもなるし良いじゃないか。でも、そろそろちゃんとしたお金の稼ぎ方を考えた方がいいかな? 纏まったお金が必要になる事がこの先あるかもしれないし……」

 

「モモンガ様なら何でも出来るじゃないですか。そんなに悩まなくても大丈夫ですよ」

 

「いや、意外とそうでも無いぞ。専門職の事は練習しても全く出来ないんだ。魔法の食材を使った時はキッチンが爆発して大変だったな……」

 

 

 さらりと不穏な台詞が聞こえたが、ツアレは聞き流して歩き続けた。

 まだ見ぬマジックアイテムに想いを馳せ、少々浮かれながら道を進むモモンガ。

 会場の近くまで来ると、辺りには予想外に多くの人が集まっていた。

 

 

「オークション以外にバザーとか出店もやってたのか」

 

「何だかお祭りみたいですね」

 

 

 メインとなるのはオークションだが、周囲にはここぞとばかりに屋台が並んでいた。

 彼らがどこから来たのかは分からないが、稼げるチャンスに商売人達は食い付いたようだ。

 

 

「オークションまでは時間もあるし、少し回ってみるか」

 

「はいっ!! あっ、見てください。あっちにお面が売ってますよ。モモンガ様、買いますか?」

 

「いや、別に私は仮面が好きな訳じゃないんだけど。でも記念に買ってみようかな……」

 

 

 モモンガにとってこれは初めてのお祭である。

 リアルの日本にも縁日や花火大会と呼ばれる祭りがあったが、大気汚染が進んでからはほとんど過去のものとなっている。

 そもそも家族も友人もいなかった鈴木悟には、外で行われる祭りは縁のないイベントだった。

 精々ユグドラシル内で開催された祭りをモモンガとして楽しむくらいしか経験が無い。

 そんな理由で物珍しさから、あれもこれもと屋台を回っていたが、いつの間にか人混みに流されていた。

 

 

「おっ、ツアレ。アレも食べてみないか? ……ツアレ?」

 

 

 祭りなどの人が多い場所で良く起こる現象――迷子である。

 この場合モモンガとツアレのどちらを迷子とするかは微妙なところだが。

 

 

「しまったな…… これじゃあ探すのに苦労しそうだ」

 

 

 普段ならツアレは自分の事を見失ったりはしないだろう。

 しかし、自分の怪しい格好も、人の多い今この場においてはあまり目立たない。

 変わった衣装を着ている者は多いし、仮面やお面を着けている人もそこら中に歩いている。

 魔法を使う事も考えたが、悪目立ちは避けた方が無難だろう。

 一旦人気の無い所に移動してから、改めて魔法を使おうと動きだした。

 

 

「――仮面に籠手を着けた魔法詠唱者(マジックキャスター)。アンタがモモンガだな?」

 

 

 屋台から少し離れた所で、モモンガは突然声をかけられた。

 辺りにはまだまだ人が多い場所だが、こちらを気にしている者は少ない。

 相手はお面で顔を隠しており、一見祭りの参加者にも見えるが、立ち振る舞いは剣呑として一般人とは思えない。

 

 

「確かにそうだが…… お前は誰だ?」

 

 

 この状況でモモンガだと一目で分かるのは少し奇妙だ。

 籠手を除けば似たような見た目の人間はそこら中にいるし、魔法詠唱者だと断定しているのも怪しい。

 明らかにこちらの事を知って接触している。

 何かあるかもしれないと、モモンガは警戒を強めた。

 

 

「ふん、慌てなさんな。俺はこれを見せるように頼まれただけだ」

 

 

 相手は短い文章の書かれた紙をモモンガの目の前で広げて見せてきた。

 一瞬何かのイタズラかと思ったが、取り替えず手を伸ばす。

 

 

「なんだイタズラか? 折角のお祭り気分を壊さないで欲しいものだ……」

 

「おっと、手に取ったら五秒で燃えるぞ。証拠が残ったら不味いんでな、魔法のかかった便利な紙さ」

 

「――えっ? ちょっ、先に言えよ!! 待って!?」

 

 

 手に取った後で言われても困る。

 モモンガの懇願虚しく、紙は燃えて灰となった。

 

 

「あのガキはお前さんの事を凄い人だと言ってたが、本当に助けられんのかねぇ。まぁ、俺は細かい事は知らねぇし、詮索する気もない」

 

「助ける? おい、待て、どういう事だ!!」

 

 

 紙が燃えて驚いている隙にお面の人物は走り去った。逃走術に長けているのか、人混みに紛れて一瞬で何処にいるのか分からなくなる。

 

 

「まさか、アレに書かれていたのは……――っツアレ!!」

 

 

 去り際に言った「助けられるのか」という言葉。

 何かしらのメッセージと思われる紙を燃やす――証拠を残さないやり口。

 そこから誘拐を連想したモモンガは、直ぐに動き出そうとし――

 

 

「――はーい。やっと見つけましたよ、モモンガ様。置いてくなんて酷いじゃないですか」

 

「……あれ? ツアレ、何でここに?」

 

「何でって…… モモンガ様がいなくなったから、探してたんですけど」

 

 

 ツアレはモモンガに置いていかれた事で、微妙に不機嫌な様子を見せる。

 何者かにツアレが誘拐されたと思っていたモモンガは一時的にフリーズしていた。

 

 

「いや、すまん。さっき変な奴に絡まれてな。てっきりツアレが誰かに誘拐されたのかと」

 

「はぁ、モモンガ様。知らない人に付いて行くほど、もう私は子供じゃありませんよ」

 

 

 何にせよ無事で良かったと、ほっと一息。

 ツアレの姿を確認して気が抜けてしまい、思わず笑いが溢れる。

 

 

「ふふっ、そうだよな」

 

 

 初めて会った時、知らない骨に付いて行っただろ。なんて事は言わない。

 いつまでも子供扱いはいけないなと、モモンガは感慨深げに微笑んだ。

 

 

「そもそも何でそんな勘違いをしたんですか?」

 

「ん? いや、さっき変な紙を渡されてな。そいつが『ガキを助けられるのか』とか、私の事を『凄い人』って人伝てに聞いた様なことを言ってたのでな。私を知ってる子供が誘拐でもされたのかと勘違いしてしまったよ」

 

「もう、それで最初に浮かぶのが私なんですか? 心配してくれたのは分かりますけど……」

 

 

 ガキで連想された事が納得いかないのか、それとも最初に頭に浮かんだのが自分だという事が嬉しかったのか。

 ツアレは少しだけ頬を膨らませているが、怒っているのかは判断しづらい表情をしている。

 

 

「いい時間だし、オークションの方に――」

 

(――待て、私の事を知っている。ガキ、子供…… 凄い……――まさかっ!?)

 

 

 そろそろオークションが始まる時間になる。

 モモンガは先程の事はイタズラだと判断して、そちらに向かおうと考え――寸前で思い留まった。

 

 ――知っている。ツアレも知っている少女。条件に当てはまる人物がツアレ以外にもいる。

 

 

「すまん、ツアレ。ちょっとだけ確認したい事がある!!」

 

「えっ? ちょっと!?」

 

「――〈転移門(ゲート)〉」

 

 

 この条件に当てはまる人物に思い至った。

 これが杞憂で終わってくれと祈りながら、モモンガはツアレを抱えて転移門に飛び込んだ。

 

 

 

 

 オークション会場の近くに用意された複数の倉庫。中には出品される商品などが置かれている。

 それらに対して一つだけ他より離れた位置――会場からは見えない場所――に今は使われていない倉庫があった。

 

 

「既にモモンガ様に手紙は届いたはず。ふふっ、計画は順調。今度こそ完璧です!!」

 

 

 ラナーは倉庫内にポツンと置かれた椅子に座り、モモンガが来るのを待っていた。

 

『ラナー王女は預かった。助けたければ〇〇時に一人で〇〇まで来い』――用意した手紙の文面はそんな感じのものだ。

 

 自分が用意したとバレないように何重にも人を中継して、モモンガに手紙を届けさせた。何も知らない子供も間に挟んでいるのだ。追跡は不可能だろう。

 後で手紙を調べられないように、念入りに証拠を隠滅する手段まで講じてある。

 魔法のかかった紙を用意するのは苦労したが、ここまでやれば狂言誘拐とは疑われる事はない。

 

 

「ああ、モモンガ様。早く会いたいわ……」

 

 

 囚われた私を颯爽と助けに来るモモンガ様。

 怯える少女を慰めるように抱きしめて、安心しろとその瞳で私を見つめ――

 完全に自分の世界に入り込み、妄想に浸るラナー。

 その時、扉をぶち破る音が倉庫内に響いた。

 ラナーはその音に反応して即座に現実に戻り、怯えた少女の顔を作る。

 

 ――勝った!! ああ、遂に来てくれたのね。モモンガ様――

 

 

「――ラナー!! 無事なの!? 助けに来たわ!! 私が来たからにはもう安心よ!!」

 

 

 扉を蹴破って現れたのは冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー。

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ――ただの知り合い、どうでもいい女だ。

 彼女は放心状態の自分を見つけるや否や、駆け寄って来てしっかりと抱きしめてきた。

 ああ、本当に鬱陶しい。その役目はお前じゃない。

 

 

「ああ、ラナー…… よっぽど怖い思いをしたのね。目が死んでいるわ。でも、もう大丈夫よ。私がついてるわ!!」

 

「……」

 

 

 モモンガ様、モモンガ様はどこだろう……

 ――なんでなんでなんでなんで違う違う違う違う死ね死ね死ね死ね死ね消えろ消えろ消えろ消えろ、お前じゃない、お前じゃない、お前じゃない!!会いたかったのはお前なんかじゃない!!見て欲しかったのはお前なんかじゃない!!どうしてどうしてどうしてどうして、何が駄目だったのモモンガ様――

 ラナーの心の中で、目の前の女に対する罵倒が呪詛の様に幾度も繰り返された。

 ラキュースは知り合いのどうでもいい女から、殺したい女に格上げされている。

 頭の中ではもう既に五十回は殺している程だ。

 

 

「会場近くで偶々ティアとティナが怪しい人物を見つけたの。『自分達の同類に近い気配』ってね。それで問い詰めてみたら貴方が誘拐された事を――」

 

 

 目の前の女が助けに来た経緯を話すが、そんな事はどうでもいい。

 この私の完璧な計画を邪魔するなんて、モモンガ様との逢瀬を邪魔するなんて許せない。

 しかもそれがただの偶然の結果だと?

 一体どんな確率だというのだ。

 

 

(殺す。いつか必ず殺すわ…… 邪魔する者は全部。みんなみんな殺してやる)

 

 

 本当にどこで失敗したのだろう。自分の計算に狂いは無かったはずなのに。

 そうだ、やっぱり人を使ったのが間違いだったのだ。

 全て自分で動かなければ、自分自身が会いに行かなければいけない。

 その為には――

 

 

「――早く滅べばいいのに……」

 

 

 心からの本音が、小さな小さな呟きが、思わず口から漏れてしまう。

 

 

「ごめんなさい、何か言ったかしら?」

 

「いいえ、なんでもないわ。ラキュース、助けに来てくれてありがとう……」

 

「気にしないで。友達だもの」

 

 

 私の濁り切ったどろどろの目を見ながら、彼女は何でもない事の様に言う。

 これが怖い思いをした人間の目だと勘違いするとは、何も分かっていない。頭の中がお花畑なのかと思う程おめでたい人間だ。

 ラキュースは本当に善意で私を助けに来たのだろう。

 だがそんなこと自分には関係ない。

 こいつも王国と一緒に消え去ればいいのに。

 

 

「そうね…… ああ、寒くなって来たわ。早く春が来ないかしら」

 

「春? ふふっ、春になるにはまだまだ気が早いわよ」

 

 

 

 本当に春が待ち遠しい。

 我が世の春(王国の滅亡)はまだかしら。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国にある辺境の村――カルネ村。

 なんの変哲も無い村に、突如ぽっかりと空いた穴の様な闇が現れた。

 

 

「エンリ、ネムっ!! 無事かっ!!」

 

 

 その闇――転移門から飛び出して来たのは、ツアレを小脇に抱えたモモンガである。

 

 

「わぁっ!? びっくりしたぁ……」

 

「モモンガ様にツアレさん!? 急にどうしたんですか?」

 

「そうです。先ずは私を下ろしてください……」

 

 

 突然出て来た知り合いに、エンリとネムは驚いた。

 ツアレも取り敢えず離して欲しいと、モモンガに抱えられながらも冷静に抗議する。

 

 

「いや、すまない。私の勘違いだったようだ」

 

「ああ、今度はエンリさんとネムちゃんの事だと思ったんですね」

 

 

 怪しげな男の言ったキーワード――「凄い」の代名詞でもあるネムの事を心配して飛んで来たのだが、モモンガの予想はまたしても外れた。

 むしろ外れて欲しかったので安心しているが。

 

 

「なんの事ですか?」

 

「なんの事?」

 

 

 ツアレが何か納得したような表情を見せる中、エンリとネムの頭にははてなマークが浮かんでいた。

 

 

「何でもないさ。驚かせてすまなかったな。お詫びに二人にはこれをあげよう。いつか怪我をした時にでも使うと良い」

 

 

 劣化しないから何時でも使えるぞ。そう言ってモモンガは真っ赤なポーションを二人に手渡す。

 何かを貰える事自体が嬉しいのか、ネムは声を上げて喜んでいる。

 しかし、一般的なポーションの価値を知っているエンリは困った様な顔をした。

 

 

「えっと、いいんでしょうか。こんな高価な物……」

 

「あー、そうだな。じゃあこのポーションの事とさっきの私の魔法は秘密にしてくれ。口止め料という奴だ。じゃあそう言う事で」

 

 

 一度渡した物を返して貰うのはかっこ悪いし、オークションの時間も迫っている。

 焦ったモモンガはテキトーに理由を付け、ツアレを抱えて再び魔法で王都に戻って行った。

 

 

「一体何だったんだろう?」

 

「分かんないけど秘密だね、お姉ちゃん」

 

 

 いきなり来ては突然に去っていく、まるで嵐の様な出来事。

 本人達は何があったのか理解はしていない。

 しかし、それでも律儀に約束は守るのがこの姉妹の良いところだ。

 二人だけの秘密として――両親にもバレない様な所に――貰ったものを大切に仕舞い込むのだった。

 ラナー王女誘拐事件――ラナー本人の計画した狂言誘拐。

 あの紙を今度こそイタズラだと判断し、記憶から消したモモンガがその真実を知る事は無い。

 

 

 

 

「モモンガ様…… 何ですか、それ」

 

「叩くと相手がちょっとだけ怯むピコピコハンマーだ」

 

「へぇ、いくらですか……」

 

「金貨十二枚だ」

 

「……使うんですか、それ」

 

「いや全く。あ、色違いも落札したぞ」

 

「……」

 

 

 モモンガは満足した表情で告げる。 

 ツアレは何とも言えない気持ちになった。

 

 

 

 




モモンガ様はマジックアイテムを使わないと文字が読めない……
知らなかったラナー、痛恨のミス。

今回の話で遂に前作「ありのままのモモンガ」の文字数を超えました!!
これからもネタが浮かぶ限り、不定期ですが書いていきたいと思います。



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ツアレのネタ集め

 リ・エスティーゼ王国の国王――ランポッサ三世と六大貴族が一堂に会する会議。

 いつもの彼らが行う会議とは名ばかりで、やっている事は派閥に分かれて足の引っ張り合いをするだけだ。

 しかし、今日の会議は普段とは違う様子だった。お互いに嫌味を飛ばしているのは相変わらずだったが、いつもよりピリピリとして余裕のなさが感じられる。

 議題の中心となっているのは、バハルス帝国の使者から届けられた宣言書――

 ――帝国から宣戦布告が来たのである。

 

 

「私の持つ五千の精鋭達で蹴散らしてくれる。いい加減こちらも帝国の領土に攻め込むべきだろう」

 

「帝国はよほど焦っているのでしょうなぁ。前回の戦争から半年も経たずに再び使者を寄越すとは……」

 

「一々平民どもを徴兵するのも面倒なものです。そろそろ帝国を黙らす時期ではありませんか?」

 

「あの若造め。兵達に配る食糧などの備蓄もほとんど無い時に来るとは、性格の悪い事だ」

 

「ふん、ならば短期決戦で打ち破れば良い。平民を囮に使い潰し、そのまま消えれば食糧も必要ない。丁度良いわ」

 

 

 この場にいる六大貴族の一人――エリアス・ブラント・デイル・レエブンは一言も発さず、黙って会議の成り行きを傍観していた。

 王国はもう終わりかもしれない。

 そんな諦めにも近い感情を、無表情の裏に隠して立っている。

 

 

(馬鹿どもが!! 帝国が春一番に攻めて来る意味が何故分からん…… いつもと違う時期に戦争を行う意味に何故気が付かんのだ……)

 

 

 農村などに住む平民達にとって、冬というのは地獄なのだ。

 収穫物の大半を税として失い、僅かな備蓄で飢えを凌ぎ、凍えながら春を待つ。

 この時期に自然界から食べ物を集める事は難しく、餓死者が出る事も当然ある。

 帝国が次の戦争に指定してきた時期は春だ。

 やっとの思いで冬を乗り越えたばかりの民は弱っている。無理に徴兵した所でロクに使えないだろう。囮どころかまともに動いてくれるかも怪しいものだ。

 

 

「備蓄が足りませんし、帝国との戦争を理由に臨時で税を徴収しませんか?」

 

「いや、流石にそれは不味いだろう」

 

(帝国兵よりも先に自国の兵に襲われるかもしれんな。どちらにせよ民が減れば税収が少なくなり、国の運営は成り立たなくなる。奇跡的にこの一戦を凌いだとして――いや、そもそも奇跡など起こるはずもないか……)

 

 

 戦争時期をわざわざ早め、鮮血帝が満を持してやって来るのだ。

 それは向こう側が本気になった――勝利を確信したと言ってもいい。

 奇跡など起こるはずもない。

 

 

(完璧なタイミングだ。戦略という意味でも、次の支配への布石という意味でも隙がない……)

 

 

 もし帝国が王国を落とすだけのつもりなら、冬の真っ最中に来ればいい。

 ロクな装備もない平民は寒さで動きが鈍り、どれほど数を集めようと帝国の専業兵士には勝てないだろう。

 

 

(私はどうすればいい。どうすれば息子を、妻を…… 家族を守れるのだ)

 

 

 帝国の支配が始まってしまえば、普通の平民達は諸手を挙げて喜ぶはずだ。

 皇帝がごく普通の統治を行ったとしても、この国の現状より何倍もマシな生活が待っているに違いない。

 しかし、貴族である自分はどうなるか分からない。

 王国の中核となる六大貴族ともなれば尚更だ。統治の障害になると判断されて、一族全員の処刑もあり得る。

 両派閥の間を動き回り、蝙蝠と揶揄されてもこの国を維持しようと必死だった。

 全ては愛する我が子に完璧な形で領地を継がせる為だった。

 

 

(あの皇帝なら、使い道のある者は生かしてくれる可能性があるはずだ。それに縋るしかないか……)

 

 

 しかし、もはや国を維持するのは不可能な段階まで来てしまった。自分の領地どころか命まで奪われかねない。

 レエブン侯はその時が来たら、皇帝に全力で自分を売り込む事を思案する。

 それぞれの思惑が飛び交う会議は進み、国王は苦々しい表情で決断を下した。

 

 

「降りかかる火の粉は払わねばならん…… 苦渋の決断だが、疲弊した民には今しばらくの間辛抱してもらうしか手はない。民を再び徴兵し、戦争に備えよ。帝国を迎え撃つ」

 

 

 会議がどう転ぼうと、この結末はほぼ決まっていた。

 戦う事なく降伏し、領土を明け渡すなど出来るはずもない。

 リ・エスティーゼ王国の民は、再び徴兵される事が正式に決定した。特に辺境の村に住む者達は働き手を奪われ、更なる苦境に立たされる事になるだろう。

 

 

(一体この中で何人が生き残るのだろうな。無能に屑、裏切り者。弱い王、馬鹿と力の無い王子。それから、得体の知れないお姫様か……)

 

 

 会議が終わった後、レエブン侯は一人で宮殿の廊下を歩く。

 これからの事を考えていると無意識に自嘲気味の笑いが溢れた。

 どこで誰が見ているか分からない為、弱みなどは見せられない。

 普段は気を張って演技しているのだが、流石の自分もこの現状に参っていたようだ。

 会議中ほとんど口を挟まない――普段のレエブン侯らしからぬ態度だったが、周りの者は然程気にした様子はなかった。

 威勢の良い事ばかりを言っていたが、全員周りを気にする程の余裕がなかったのかもしれない。

 何も気が付かない馬鹿ばかり――いや、気付いていないフリだった可能性も捨てきれないが。

 

 

「私は生き残るぞ。どんな事をしても、家族だけは何としても守ってみせる」

 

 

 レエブン侯はひっそりと声に出して呟き、会議中に考えていた決意を固める。

 もう蝙蝠の役割は捨てた。

 国を守る事は諦めた。

 ならば今の自分に残された役割は父親である事――家族を守る――それだけだ。

 レエブン侯は国の為ではなく、家族の為に動き出した。

 皇帝に仕える事が出来なかった時の事も想定し、お抱えの元冒険者チームと国から脱出する準備も整えておく。

 帝国からの宣戦布告が周知の事実となり、独自に動き出した者は他にもいる。

 辺境の村には男手がいなくなる――それを聞いて村に向かった者がいた。

 

 

 

 

 トブの大森林には『東の巨人』、『西の魔蛇』、『南の大魔獣』と呼ばれる三大支配者が存在している。

 彼らは東、西、南に分かれて部下達と共に支配領域に陣取り、森の中で三すくみを形成しているという。

 中には自身の支配領域――縄張りを増やそうと考える者もいるが、お互いの実力が拮抗している事もあって長い間その均衡は保たれていた。

 その内の一体、南の大魔獣――またの名を『森の賢王』と呼ばれる存在は、三大支配者の中で唯一部下や仲間を持たない。

 そんな存在と真正面から向かい合うモモンガとツアレ。

 

 

「それがしの縄張りに侵入した者よ。覚悟は良いでござるな?」

 

 

 自らの縄張りに入って来た者は誰であれ殺す――そんな純粋な殺意を二人に叩き付けてくる。

 

 

「さぁ、命の奪い合いをするでござる!!」

 

 

 何故このような事になっているのか。

 それはツアレの吟遊詩人としての活動――とある理由から始まった。

 

 

 

 

「物語のネタが尽きてしまいました……」

 

 

 独り言とも愚痴とも取れるトーンで淡々と事実を告げる少女。

 充血気味の目で、モモンガに何かを期待している視線を向けたツアレである。

 意識はハッキリしているようだが、彼女にしては珍しく目に隈が出来ていた。

 

 

「なので冒険に行きませんか?」

 

「ああ、もちろん構わないぞ」

 

 

 客を飽きさせないようにする為、常に新しい話を仕入れようと努力する姿勢は素晴らしい。

 ツアレから冒険に誘ってくるのは久しぶりという事もあって、モモンガは快く頷いた。

 

 

「それでどこに行くつもりなんだ。また漆黒の剣でも探すのか?」

 

「残りの剣も気になりますけど、今回は違いますよ。実はもう必要な情報は集めておきました。冒険のテーマも決めてあるんです」

 

 

 何やら自信有り気な様子と、自分で情報を集めてきた事に感心するモモンガ。

 事前に情報を集めて計画を立ててあったりと、何気ないところで彼女の成長が垣間見える。

 

 

「トブの大森林に潜む南の大魔獣を探しに行きませんか? 以前カルネ村で聞いた時から興味はあったんですよ」

 

「ああ、そういえば村でそんな話を聞いたな。前に行った時は何も見つからなかったが、その様子だと本当にいるようだな」

 

 

 数百年の時を生き、蛇の尻尾と白銀の毛皮を持つと言われる大魔獣。

 その縄張りに踏み入り、生きて戻ったものは誰一人いないという。

 村で言い伝えられるくらいだから、実際は何人か生きて戻っているのだろう。

 

 

「ええ、題して『森の()()と殴り合え。伝説に挑む魔法詠唱者(マジックキャスター)』っていうのを考えたんです!!」

 

「……え?」

 

 

 テレビ番組の企画の様なタイトルを聞かされ、モモンガはどう反応したらいいか分からず固まってしまう。

 成長と共に怪しい物が垣間見えてしまった。

 確かに伝説のモンスターに挑むというのは物語のテーマとして面白いと思う。冒険譚としては王道だろう。

 しかし、殴り合えとはどういう事だ。まさか魔法詠唱者の自分に近接戦闘をやれという事だろうか。武器も持たずに? 中々に斬新な企画ではある。

 ()()と言われるくらいだから、相手は修行僧(モンク)系の職業を習得している可能性が高い。

 この世界で強い存在はめったにいない。しかし、モモンガの知る中ではエルフ王などの例があり、ゼロではないのだ。

 エルフ王と同様に長く生きている分、それなりに高レベルだと予想される敵との戦闘――しかも相手の土俵でわざわざ戦うというのは少々危険ではないだろうか。

 

 

「どうですか? いつまでもモモンガ様に教えて貰ってばかりじゃダメですから。自分でアイディアを考えてみたんですよ。知力と腕力のぶつかり合い、ワクワクしませんか?」

 

「あ、ああ、中々斬新で面白いとは思う。だが――」

 

 

 ツアレが自分で考えたという努力は認めてあげたい。

 だが、敵の強さなど、場合によっては却下しなければならない。

 ニッコニコの笑顔に向かって告げるのは酷だが、少しばかり内容を修正してもいいんじゃないかと注意しようとし――

 

 

「はぁ、良かったぁ…… 実はここ最近ほとんど徹夜で案を練ってたんです。何回も何回も書き直して、遂に納得のいく案が出来たんですよ。モモンガ様にそう言って貰えて安心しました」

 

「――そ、そうか、そんなに頑張ってたのか。偉いじゃないか、でも睡眠はきちんと取った方がいいぞ」

 

「ごめんなさい。夢中になってたので、つい」

 

(い、言えない…… ツアレは毎晩そんなに頑張ってたのか。知らなかったなぁ…… そんな思いで作った案を修正したい――なんて言えるわけないだろっ!!)

 

 

 ツアレが取り出したのは没企画が書かれた大量の紙束。

 冒険の内容まで全て頼り切りではいけないと、必死に考えたのだろう。

 こちらに向けるキラキラとした笑顔の裏に涙ぐましい努力の跡が見えて、モモンガは断る事が出来なかった。

 モモンガは基本的に身内の期待を裏切らない。頼られたら駄目だと言えないタイプの人間なのだ。

 

 

(くっ、どうする。寝ずに考えた案というのは大抵失敗する。私の経験がそう告げている)

 

 

 ツアレの頑張り方と作った企画は常識の斜め上に吹っ飛んでいた。

 モモンガもギルドメンバーと夜通しユグドラシルにログインしていた時、みんなで変なテンションになって色々やらかした覚えがある。

 

 

「モモンガ様、拳を使ったインファイトを期待しています」

 

 

 テンションが上がっているのか、ツアレがシャドーボクシングをしながら要望を告げてくる。

 モモンガは十二年間ユグドラシルをやり続けた、自他ともに認める廃人プレイヤーである。

 ロマンビルドでありながらPvPの勝率も悪くはなかった。自己評価は低いが、相手の戦い方を分析し、弱点を突くような戦略を立てるのが非常に上手い。

 弱体化する前であったなら、レベル百のガチビルドと戦っても十分に勝ちを拾える――どんな相手にも勝てる可能性を秘めたプレイヤーである事は間違いない。

 

 

「そういえばこの世界のレベル上限っていくつだ? 百以上があったらやばいかも……」

 

 

 しかし、そんなモモンガでもレベルという圧倒的な差があった場合は厳しいものがある。

 万が一相手のレベル上限が無く――数百年かけてレベリングされた――二百レベルのモンスターなんてものが出てきたら勝てる訳が無い。

 今更ながらこの世界の仕組みに疑問を覚えたが、そんな不安の呟きもツアレには全く聞こえていないようだった。

 

 

「やってはみるが、危なかったら魔法で即逃げるからな?」

 

「さぁ、トブの大森林に出発です!!」

 

「全然聞いてないし…… はぁ、本当に大丈夫かな」

 

 

 心配事は尽きないが、これ以上考えても仕方がない。

 あらかじめ入念に魔法でバフをかけて備えておけば、逃げるくらいは何とかなるだろう。

 致命的な勘違いに気付かぬまま、物理防御の高いローブに着替えて準備を整えるモモンガだった。

 

 

 

 

 トブの大森林の南部を捜索するモモンガとツアレ。

 縄張りへの侵入者に気が付いたのか、この地の支配者はさっそく二人の目の前に現れた。

 

 

「さぁ、命の奪い合いをするでござる!!」

 

 

 相手はこちらを威嚇する様に後ろ足で立ち上がり、短い両腕を広げている。

 言い伝え通り、目の前の魔獣には蛇のような鱗を纏った尻尾があった。

 しかし、毛並みは白銀というよりスノーホワイトに近い。

 そして、大魔獣と言っても問題ない程にデカイ。モモンガでさえ見上げる程のサイズで、確かにデカイ事に違いはない。

 だが、つぶらな黒い瞳、齧歯類の様な前歯、大福の様な体型――その姿はどう見てもジャンガリアンハムスターだった。

 

 

「これが森の賢王…… 瞳に知性を感じます。でも想像してたより手は小さいですね。体の割に腕も短いですし、あれでモモンガ様と殴り合いは出来るでしょうか?」

 

「ハムスターとの殴り合いかぁ…… これ、冒険譚になるのか?」

 

 

 こちらを睨みつけ、闘争心を剥き出しにしている魔獣。

 強大な力を感じさせる魔獣の姿に驚くも、真剣に観察を始める少女。

 密かに情報系魔法で相手のステータスを完全に把握し、あまりの能力値の低さに緊張感の抜けた骨。

 考えている事は見事に全員バラバラだった。

 

 

「なんだか非常に良心が痛むが、とりあえず戦って貰うぞ」

 

「命のかかった戦いに遠慮は無用でござる」

 

 

 モモンガの知る限りではユグドラシルにはいなかった種族。そのため正確なレベルは分からない。

 しかし、ステータスから推測するに、どんなに高く見積もっても四十レベルすら届いていないだろう。はっきり言って弱すぎる。

 モモンガはこの程度の相手なら何とかなると、ボクサーの様にファイティングポーズを構えた。

 ここから熱い殴り合いが始まる――

 

 

「隙ありでござる!!」

 

「あぶねっ!?」

 

 

 ――訳もなく、敵から飛んできたのはいきなりの遠距離攻撃。

 森の拳王は尻尾を伸ばして鞭のように振るってきた。

 どうやら尻尾は伸縮自在で、かなり正確に動かせるらしい。

 モモンガは顔面に襲いかかる尻尾を咄嗟に躱して、相手の様子を見る。

 

 

「森の()()とか呼ばれてるくせに拳は使わないのか?」

 

「何を言ってるでござる? それがしは森の()()と呼ばれてるでござるよ。そう呼びだしたのは人間達――そもそも呼び名など関係無いでござる。自分の得意な戦い方をするのは戦士として当然でござろう?」

 

 

 正論である。

 デカイハムスターに諭されるという、珍しい体験をしたモモンガだった。

 

 

「いや、まぁそうなんだが。これだと企画がな……」

 

「今更戦意を喪失しても遅いでござる。それがしは手を抜かないでござるよ!!〈全種族魅了(チャームスピーシーズ)〉」

 

 

 モモンガの事情など御構い無しに、魔獣は更なる一手を打ってきた。

 体にある模様が発光し、第四位階の魅了の魔法を使ってきたのだ。

 

 

「魔法まで使えるのか。だが残念だったな。私は精神作用への対策も――」

 

 

 魔法を使われた事には驚いたが、対策は既にしてあった。

 モモンガはアンデッドの基本的な特殊能力の一つ――精神作用無効がなくなっている。

 恐らくはあのアイテムの所為だが、その弱点は装備品によって克服済みである。

 そもそも〈上位魔法無効化Ⅲ〉は健在なので、第四位階程度の魔法は効かない。

 しかし――

 

 

「――モモンガ様、今回はやっぱりやめにしましょう。殴り合いなんて駄目です。森の賢王は私の友達なんですから」

 

「あちゃぁ、ツアレには全く対策してなかったな……」

 

 

 額に手を当て、自らの迂闊さを呪った。

 魅了魔法の対象はツアレだ。

 ツアレは精神作用に対する耐性を持っておらず、見事に魅了されてしまった。

 このハムスターを完全に友達だと認識してしまっている。

 

 

「それがしの一撃を躱したお主は見事でござったが…… そっちの雌は弱すぎでござるな」

 

 

 ツアレの事は敵にならないと判断したのか、魔獣はモモンガにのみ狙いを定める。

 

 

「はぁ、今回は失敗だな。ツアレ、少しばかり伏せていろ」

 

「はい、分かりました。でも、殴っちゃ駄目ですよ」

 

 

 幸い相手が使ったのは魅了であって支配ではない。

 ツアレはモモンガの忠告には素直に頷き、こちらの様子を観察しながら地面に伏せてくれた。

 

 

「そっちも早く力を見せるでござる!!」

 

 

 魔獣の猛攻は止まらない。

 巨体を利用した突進――腕をクロスして受け止めるが、本当に毛皮なのか疑問に思うほど硬い感触だった。

 さらに、仮面を叩き割ってやると言わんばかりに、振るわれた尻尾が再びモモンガに迫った。

 

 

「まったく、好戦的なハムスターだ」

 

 

 見た目に似合わず戦いが好きなのか、こちらの反撃を待ち望んでいる雰囲気すら感じる。

 振るわれた尻尾が顔面に当たり、勢いが止まった所でモモンガはそのまま尻尾を掴み取る。

 

 

「なんとっ!?」

 

 

 効いている様子がないからか、それとも尻尾を掴まれた事に対してか、魔獣は驚きの声をあげた。

 凄まじい力量の持ち主だと魔獣は感心しているが、所詮は〈上位物理無効化Ⅲ〉に頼った力技だ。

 ちなみに内心ではモモンガもビビっている。

 顔に目掛けて飛んでくる物をあえて避けないというのは、中々勇気がいるのだ。

 アンデッドよりの精神だったなら苦も無く出来ただろうが、今のモモンガは人間よりである。ダメージが無いと分かっていても、怖くないはずがない。

 

 

「お前を殺すと色々問題があるみたいだからな。勝負はお預けにさせてもらうぞ!!」

 

 

 近くの村の事情――この魔獣が自然の防波堤になっている――と、いずれリベンジするかもしれない時の為、あくまで殺さずの無力化を選ぶ。

 掴んだ尻尾を両手でしっかりと握り直し、ハンマー投げの様に振り回し始めた。

 

 

「はぁぁ、なぁぁ、すぅぅ、でぇぇ――ぐぇっ!?」

 

 

 周囲の木々を薙ぎ倒しながら、勢いよく振り回される森の賢王。

 遠心力を存分に浴び、加速していった魔獣の悲鳴が森に響きわたる。

 途中で気絶したのか、後半は風を切るブンブンという音しか聞こえなくなった。

 

 

「よいしょっ!!」

 

 

 飛ばすのに十分な勢いをつけて、掛け声と共にパッと手を離す。

 伝説のハンマーは星となり、森の奥深くに飛んで行った。

 どこかで盛大に衝撃をまき散らして落下しているはずだが、ふわっと落ちるように山なりに投げたつもりだ。

 木々がクッションになっただろうし、あの魔獣のステータスなら落下ダメージ程度で死ぬ事はないだろう――

 ――たぶん。

 

 

「お友達が飛んで行っちゃいました……」

 

「また会いにくればいいさ。さて、今日は帰ったら反省会だな」

 

「はい……」

 

 しょんぼりしているツアレを連れて森を出るモモンガだった。

 

 

 

 

 モモンガは正気に戻ったツアレと一緒に『森の賢王』の新しい呼び名を考えていた。

 既にこの異名が広く定着しているため、物語で使う時はそのままである。

 つまり特に意味はない。ちょっとした遊びの様なものだ。

 

 

「あの魔獣の名前は『ハムスケ』なんてどうだ?」

 

「なぜだか妙にしっくりきますね…… 私が考えたのは『ぶんぶんまる』です。尻尾をブンブン振り回してましたし、モモンガ様も振り回してましたから」

 

「なるほど…… 『ぶんぶんまる』も良いな。あいつのござる口調には似合うかもしれん」

 

「いいでしょう。あとはそうですね『モフモフキング』とか」

 

「あいつの毛皮はめちゃくちゃ硬かったけどな。おっ、そうだ『ダイフク』とかどうだ?」

 

「それなら――」

 

 

 色々な名前を出しては意見を言い合ったり、次はどうすれば上手くやれるかを話していたが、ふとツアレが今後の展望を口にした。

 

 

「私、冒険者と直接会って、お話を聞いてみようと思うんです。高位の冒険者でも依頼としてなら会えるかもしれません」

 

「いいんじゃないか。冒険として直接体験せずとも、何か話の足しにはなるだろう。それに護衛の依頼よりは安上がりのはずだ」

 

「ですよね!! 実は貯金も結構ありますし、せっかくなら『蒼の薔薇』とかの話が聞いてみたいです。魔剣も見せてもらえたらなぁ」

 

「その時は私も一緒に行こうかな。やっぱり魔剣は気になる」

 

 

 一日の終わりに大事なこと、くだらないことを延々と話し合う二人。

 一緒に過ごす誰かがいるからこそ出来る――気心の知れた相手との何気ないひと時をモモンガは楽しんでいた。

 ユグドラシルで楽しかったのは冒険――モンスターと戦ったり、アイテムを集めたりする事――だけではない。

 むしろ冒険に行く前と、終わった後――仲間たちと話す時間こそが一番楽しかったのだ。

 ちなみに『森の拳王』は『森の賢王』だと、モモンガはまだ気が付いていない。

 ツアレの言った知力と腕力のぶつかり合い――モモンガはもちろん腕力側である。

 

 

 

 



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武を捨てた男

主人公よりも主人公してる。


 エ・ランテル近郊の森の奥深くにある洞窟。

 その中には〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉が付与されたランタンが至る所に置いてあり、野生の生き物ではなく人が使っている様子が見受けられる。

 ここはとある傭兵団がアジトとして使っている場所である。

 『死を撒く剣団』――基本的にリ・エスティーゼ王国がバハルス帝国と戦争をしている時のみ、傭兵として活動する荒くれ者達だ。

 普段は街道を行く人々を襲って金品を巻き上げたり、人質を取って身代金を要求するなど、かなり精力的に活動している。

 もはや傭兵より野盗がメインと言われてもおかしくない程で、立派な犯罪者集団である。

 

 

「団長、どうすんだよ。流石にこの人数じゃやってけねぇぞ」

 

「くそっ、帝国の騎士どもめ……」

 

 

 しかし、七十名以上いた団員も先の戦争でかなりの数が死んでしまった。死ぬまではいかずとも、負傷して抜けてしまったメンバーも多い。

 挙句の果てに下っ端達――獲物を誘い出す役目などを行う――も、ここはもう落ち目と判断したのか、ため込んであった金を持って逃げだしてしまった。

 

 

「今は女もいねぇし、金もねぇ。これじゃ仲間を増やすのも一苦労だ」

 

 

 現在は仲間の補充も出来ていないため、過去最高に人数が少なくなっていた。

 団員達の遊び道具――どこからか攫ってきて、この洞窟で監禁して性欲処理に使う女――も、前回捕らえた分が死んでからはそのままだ。

 今この洞窟にいるのは、団長を含めてもたったの十七人しかいない。

 

 

「しかもまた戦争に呼ばれてるんだろ? 次は流石に死んじまうって……」

 

「噂じゃ次の戦争、帝国は本気を出してくるってよ」

 

「まじかよ。団長、あれ以上はやばいって」

 

 

 周りの面々が焦りを見せる中、一人だけ落ち着いている者がいた。

 この集団の頭――団長と呼ばれた男は不敵に笑う。

 

 

「ふん、問題ねぇ。すぐに稼ぐ策はある。もちろん女もな」

 

 

 これだけ人数が減ったにもかかわらず、団長が見せるのは自信満々な態度。

 これまでに潜った修羅場は数知れず、数多の戦場から生き残ってきた事実が一種のカリスマ性を発揮していた。

 

 

「流石、団長だぜ。で、どうすんだよ?」

 

「決まってる。俺たちは今回の戦争には参加しねぇ。わざわざ負け戦に参加するのは馬鹿のやることだ。その代わり王国から奪えるだけ奪ってオサラバすんのさ。徴兵が始まれば辺境の村には若い男がいなくなる。ただの村人、しかもジジイや女、子供しかいねぇんだぞ? 少数でも十分やれるぜ」

 

 

 団長が考えたのは、徴兵で若い男がいない――抵抗する術を持たない村を襲うという、賢くも下衆な作戦だ。

 団員達はそれなら余裕だと思った。むしろ普段からやっている仕事――街道の馬車を襲う事より楽かもしれない。

 馬車で移動するような相手は護衛を雇っている事があるので、罠に嵌めて奇襲をかけたとしても多少は命がけだ。

 しかし、ロクに戦いを知らない村人が相手ならば話は別だ。

 さらに若い男もいないとなれば、数人でも余裕で村を蹂躙出来る自信があった。

 

 

「理解したな? それならさっさと人数を分けて準備するぞ」

 

「なんでわざわざ分けるんだよ?」

 

 

 何人かの団員達が首をかしげる。

 仮に五人で行ってこいと言われても、村人の相手程度なら問題はない。

 なにせここに残ったのは、幾つもの戦場を生き残った古強者ばかり。まぁ、一部例外も何人かいるが。

 しかし、固まって動いた方が仕事としては楽な事には変わらない。数は力だ。

 

 

「馬鹿か、一つ一つチマチマやってたんじゃ逃げる時間が無くなるだろうが。いくら戦争前でも国の連中に見つかる可能性はゼロじゃねぇんだ」

 

「あー、確かにな。こんなんで戦士長の部隊とかやってきたら洒落にならん」

 

「まぁ流石にそんな精鋭は来ないだろうが、冒険者に見つかるパターンもある。おら、分かったらさっさと準備しろ」

 

 

 全ての団員を納得させた後、団長は素早く二つの班の編成を考え、もう片方の班のリーダーを決めた。

 そして戦力が偏らないよう、手元に残った装備を割り振っていく。

 

 

「俺にはクロスボウをくださいよ。射撃は得意なんでね」

 

「てめぇはチキンなだけだろうが」

 

「狡猾と言ってください。それに剣もちゃんと使うつもりですよ?」

 

「上半身裸で戦うクセしてよく言うぜ」

 

 

 前回の戦争で武具を消耗していた為、団員達はまともな装備がほとんど揃っていない。

 胸当てが無い鎧を着た者。兜だけ着けて他は軽装の者。消耗した革鎧だけの者。

 見た目の統一性は皆無だ。

 戦争時と違っていささか貧弱だが、それでも村を襲うだけならお釣りがくる。

 あらかた準備を終えたところで簡易的な地図を広げ、作戦の全容を仲間達に説明し始めた。

 

 

「かさばらない物を中心に、金目の物は根こそぎ奪え。ただし、女は二、三人にしとけよ? 持ち運びに不便だからな。そっちの班はこの村を襲った後、このルートでここの村に行け。ここが最後に襲う場所で、合流地点になる。俺らの班はこっちの村を襲った後にその村へ向かう」

 

 

 団長は比較的周りに気付かれにくく、防衛能力の低そうな村をピックアップした。

 あり得ない事ではあるが、百人の村人が死に物狂いで抵抗してきた場合、いくらこちらが戦いに慣れていても限界はある。

 数の暴力とは恐ろしいものだ。こちらにも大きな被害がでる可能性がある。

 その為、出来るだけ平和ボケしてそうな――モンスターなどにも襲われた経験が少なそうな村を選んだつもりだ。

 作戦自体はかなりシンプルである。

 二手に分かれて二つの村を同時に襲い、その後もう一つの村で合流。そして、その村も襲う。

 合計三つの村から金品を強奪して、エ・ランテル近郊からどこか別の所に活動の拠点を移すのだ。

 

 

 

「国にバレる前に、全部奪ってトンズラだ。お前ら、行くぞぉぉ!!」

 

「おぉぉ!!」

 

「やったるぜぇ!!」

 

 

 出発前に雄叫びをあげ、団員達を激しく鼓舞する。

 団長を含めた七人の班と残りの十人で構成された班――『死を撒く剣団』はそれぞれ標的の村に向かって動きだした。

 

 

 

 

 『死を撒く剣団』の団長がいない方――十人で構成された班は、目的の村までたどり着いた。

 徴兵で人が減り、今現在の村の人口が百人にも満たない小さな村。

 彼らはこの村を蹂躙し、略奪の限りを尽くすべく真正面から突撃を仕掛ける。

 

 

「てめぇら、命が惜しけりゃ金目のもんを全部出しなぁ!! さっさとしねぇと――」

 

 

 団員の一人が脅し文句を叫んでいる途中、目の前に現れた人物を見て急に言葉を詰まらせた。

 

 

「この村に何の用だ?」

 

 

 ――異様に凄みのある低い声。

 団員達の前に立ちはだかったのは、一見地味な服装をした大男。

 しかし、どう見ても只者ではない風格を漂わせていた。

 一切の弱さを感じさせないスキンヘッドで、その瞳には力強く鋭い眼光が宿っている。

 体は服がはち切れんばかりの筋肉に覆われ、肌が露出した部分からはタトゥーが見え隠れしていた。

 犯罪組織のボスだと言われたら、素直に納得する。傭兵団にだってここまで厳つい奴は中々いない。

 

 

「もう一度聞くぞ。この村に何の用だ?」

 

 

 視線だけで殺されそうな程強く睨まれ、団員達は思わず後ずさった。

 無意識の内にゴクリと喉を鳴らし、緊張で額に汗が滲んでくる。

 

 

(くそっ!! 武器も持っていない奴に何が出来る!! こっちは十人もいるんだぞ!!)

 

 

 一瞬気後れしたが、いくらガタイが良くても相手はたった一人だ。

 班のリーダーを任された男は、自分を奮い立たせて声を荒げた。

 

 

「お、俺たちは『死を撒く剣団』だぞ!! こんなハゲ一人にビビってんじゃねぇ!! お前ら、やっちまうぞ!!」

 

「お、おぉ!! 死ねや、このハゲ野郎!!」

 

 

 リーダーの声に気勢を取り戻し、団員の一人が未だ微動だにしない男に斬りかかった。

 しかし――

 

 

「――悪いな。そんな鈍で斬れるほど、俺の体は柔じゃないんだ」

 

 

 ――無傷である。

 一流の修行僧(モンク)が〈アイアン・スキン〉を使用すると、その肉体は鋼をも超える強度を持つ。

 避けるそぶりも見せず、こちらを見つめたまま一歩も動かなかった男からは、一滴の血も流れていない。

 むしろ振り抜いた剣の方が欠けてしまっていた。

 

 

「剣が弾かれた!? 魔法か!?」

 

「奴は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ!!」

 

「あの見た目で!?」

 

 

 ――武器より生身の肉体が勝る。

 斬りかかった団員は元より、見ていた全員が自分の目を疑った。

 このレベルの修行僧に彼らは出会った事がない。もちろん知識としても持っていない。

 それ故に、すぐさま魔法だと判断した。

 傭兵達にとって、不可思議な現象は全て魔法である。

 リ・エスティーゼ王国では魔法詠唱者の立場が低く、魔法の知識に疎い事も理由の一つだろう。

 特別この団員だけが馬鹿な訳ではない。

 

 

「なっ、何なんだよ…… 何者だてめぇ!?」

 

 

 何故こんな村に魔法詠唱者がいるのか。

 そして、魔法詠唱者にしては鍛え上げられすぎた肉体――団員は未知への恐怖を感じ、声を上擦らせながら叫んだ。

 

 

「ボランティアだ」

 

「……は?」

 

「この村にはボランティアに来たと言っている」

 

 

 目の前の男は淡々と口を開いた。

 予想の斜め上をいく返答に、言葉の意味を理解しきれずフリーズしてしまう。

 無駄に固まっていた面々だったが、リーダーは誰よりも早く現実に戻ってきた。

 

 

「お前みたいなボランティアがいるか!! 村が雇った護衛かなんかだろ!! お前ら、ボサッとするな!!」

 

 

 相手が誰であろうと関係ない。いつも通り邪魔者は殺してしまえばいいのだ。

 すぐさま指示を飛ばし、目の前の男を抹殺しようとする。

 

 

「魔法といえど無限には防げないはずだ。クロスボウを構えろ!! 全員で狙え!!」

 

 

 団員達は慌ててクロスボウを構える。

 武器も防具も無いたった一人の男に、複数の殺意が向けられる。

 勢いよく放たれた矢は男に向かって真っ直ぐに飛んでいき――

 

 

「俺は村で人手が足りないと聞いて来ただけなんだがな……」

 

 

 ――当たるたびに硬質な音が響き、弾かれた矢が地面にポロポロと落ちていく。

 男は全く怯まない。クロスボウで撃たれているというのに涼しい顔をしている。

 

 

「チクショウがっ!! 矢を装填して準備しとけ!!」

 

 

 人に当たれば簡単に致命傷を負わせる事が出来るはずの武器が全く通じない。

 周りにいる剣を持った仲間も完全にビビってしまい、前に出る事が出来なくなっている。

 準備が整うまで時間を稼ごうと、リーダーは特攻を仕掛けた。

 

 

「ああぁぁぁっ!!」

 

「どうしたものか……」

 

 

 雄叫びをあげ、武器をやたらめったら振り回した。これでも決死の覚悟で攻撃しているつもりだ。

 それなのに目の前の男は顎に手を当て、自分を無視して考え込んでいる。

 剣は斬りつける度にボロボロと崩れていき、当たった衝撃で自分の手がジンジンと痛む。

 あまりの理不尽さに挫けそうだ。

 

 

「俺は暴力には頼りたくないんだ。全員大人しく捕まってくれ」

 

 

 相手は急に何を思ったのか、突然こちらの剣を素手で掴んだ。

 一体どんな握力をしているのか。リーダーが掴まれた剣を両手に持ち直し、どんなに踏ん張っても一ミリも動かせない。もちろん血なんて一滴も出やしない。

 そして、こちらを見つめながら――

 ――片手で握り潰し、刀身をへし折った。

 

 

「あ、あはは…… ば、化け物が……」

 

 

 剣が、心が折れる音が聞こえた。

 この男の前では金属の塊もそこらの小枝と変わらない。武器など無意味だ。

 あまりの現実に笑う事しか出来ない。

 後ろでクロスボウを準備していた仲間達も、この光景を目の当たりにして戦意を失っていた。

 「暴力には頼りたくない」――大人しくしなければどうなるか分かるな?

 団員達にはその言葉が脅しにしか聞こえていなかった。

 危険な傭兵団に所属していても命は惜しい。こんな筋肉ダルマから逃げ切れるとも思えないし、追われたくもない。

 わざわざ自殺する趣味もない為、十人とも大人しく降伏して縛られた。

 

 

「ふぅ、奪うだけでは結局何も得られる物は無いというのに……」

 

 

 男は溜息をつき、悲しげに呟いた。

 ――奪う事しか出来ない力など、本当の強さではない。

 その男の心中は、彼自身しか知らない。

 

 

「だが、俺がこの村に来た意味はあったようだ」

 

 

 拳を封印した事――自分の選んだ道は間違いなんかじゃなかったと、満足げに笑みを浮かべていた。

 ボランティアに来ていた男――名も無き修行僧によってこの村は救われた。

 しかし、『死を撒く剣団』はまだ七人残っている。

 もう一つの班が向かった先、その村の名前は――

 

 

 

 

 武器を持った七人組――突然やって来た野盗達に殴り飛ばされ、この村に住む一人の男は派手に地面を転がった。

 未だにトドメを刺されていないのは、野盗達が遊んでいる証拠である。

 そして、血まみれで息も絶え絶えな男――エモットの挑発が成功した証でもあった。

 もしも最初に手に持った剣で斬られていたならば、その時点で彼は動けなくなっていただろう。

 

 

「どうだい? いい加減くたばったらどうだ」

 

「まだ、まだ……」

 

 

 土を握り締めながら、必死に意識を保つ。

 地面に転がされた回数は、もう何度目かもわからない。

 体中を殴られ、蹴られ、全身が隈無く痛む。

 そんな絶体絶命の状況にあっても、カルネ村の人達の安否を、自らの家族の事を心配していた。

 

 

(ああ…… 妻は、子供達は逃げられただろうか)

 

 

 野盗の襲撃に気が付いた時、エモットは真っ先に妻と子供を逃した。

 その後はわざと彼等に見つかりにいった。

 自分が野盗達の前に出る事で、彼女達が逃げられる時間を作ろうとしたのだ。

 

 

「……どうした、私程度を殺すのに武器はいらないんじゃなかったのか? 『死を撒く剣団』というのは名前負けだな。私はまだ死んでないぞ」

 

 

 悲鳴をあげる体を無視してゆっくりと立ち上がる。

 七人いた野盗の内、既に一人は先行して村の中心に向かってしまった。

 だが、相手が一人なら村の人達でも逃げ切れるかもしれない。妻と子供が狙われずに済むかもしれない。

 その可能性をあげる為、一人でも多く、少しでも長く、野盗達を此処に留めておかなければならない。

 

 

「はぁ、はぁ…… 剣を使わねば、こんなオッサン一人すら殺せないとは…… お前達は随分と情けないな。昔妻から貰ったビンタの方が余程痛かったぞ?」

 

「ちっ、お望み通り死ぬまで嬲ってやるよ」

 

 

 拳を握りしめ、再び野盗が近づいてくる。

 この行動の先に自分の生きる未来は無い。

 それを理解した上で、恐怖を押し殺して相手を煽り続ける。

 

 

「もういいっ!! オッサンとの遊びは終わりだ。時間がねぇのを忘れたのか?」

 

「わ、分かってるよ、団長」

 

 

 この集団のトップと思われる人物――団長と呼ばれた男が一喝し、剣を抜いた。

 自分を甚振ろうとしていた部下を下がらせ、自らが前に出てくる。

 どうやら時間稼ぎも此処までのようだ。

 囮としては充分すぎるほど役に立っただろうと、ただの村人である自分の働きを心の中で自画自賛した。

 

 

(私はここまでだ。どうか、私の分まで――)

 

 

 既に気力だけで立っている。逃げる事はおろか、一歩を踏み出しただけで倒れてしまいそうだ。

 ゆっくりと振りかぶられた剣を目の前にして、自らの終わりを自覚する。

 最後は痛み無く死ねる事と、家族の無事を祈り――

 

 

「――やめろぉぉぉぉっ!!」

 

 

 ――絶叫と共に一陣の風が自分の横を通り抜ける。

 猛烈な勢いで飛び出して来た人物は、スピードを緩める事なく飛び蹴りを放ち、自分から死を遠ざけてくれた。

 

 

「君は……」

 

 

 自分を助けてくれた人物――鍬を持って現れた彼の事をエモットは知っている。

 彼をこの村に連れて来たのは自分である。

 ――畑仕事に精を出す姿を毎日見ていた。

 ――真面目に薪割りをする姿を毎日見かけた。

 ――村の子供たちと追いかけっこをして遊び、フラフラになった彼を見て笑った。

 ――自分には感謝していると、毎日笑って挨拶をしてくれた。

 そんな彼が村の人達と一緒に逃げ出さずに、自分を助けに来た。

 あろう事か野盗達に戦いを挑もうとしている。

 

 

「ブレインさん、どうして……」

 

 

 エモットは彼のあんな姿を知らない。

 彼の過去を深く聞いた事はないが、この村に来てからあんな姿を見せた事はなかった。

 鍬を正眼に構え、寒気がする程の殺気を撒き散らしている。

 今まで感じた経験のない、恐ろしい程の威圧感だ。野盗達ですら息を飲んでいる。

 持っている農具が凶悪な武器に――彼は鍬ではなく剣を握っている――見えてくる。思わずそう錯覚してしまいそうになる。

 

 

「エモットさん。這ってでもいい、少しずつでもいいから逃げてくれ。村に来た野盗の一人はラッチモンさんが対応してるから大丈夫だ」

 

「だが、それでは君が……」

 

「貴方には家族が待っている。だから振り向かずに行ってくれ。貴方が逃げ切るまで、絶対にここは死守する」

 

 

 六人もの相手と戦えば、自分がどうなるかは分かるはずだ。それでも相手から目をそらさず、私に早く逃げろと告げた。

 普段より言葉遣いも荒くなっており、チラリと見えた横顔にはいつもの不器用な優しさが欠片も感じられない。

 

 

「ここは通さない。それとな――」

 

 

 だが、私を気遣う所は変わっていない。

 彼は野盗達の前に立ち、その視線から私を隠すように壁となる。

 ここに立つのは、覚悟を決めた男――

 

 

「――俺は、絶対にっ…… お前らを許さねぇ!!」

 

 

 ――ブレイン・アングラウスは戦いに挑む剣士の顔をしていた。

 

 

 

 

 ブレインは野盗達を威圧しながら、背後にも気を配っていた。

 ゆっくりと人が遠ざかる音がする。エモットも必死に動いてくれているのだろう。

 しばらくすると段々と気配も感じなくなってきた。

 

 

(それでいい。俺は貴方に恩を返したかったんだ)

 

「お前みたいなのが何で村に残ってる?」

 

「あぁ、徴兵のことか? 元いた村ではきっと行方不明者扱いだからな。いや、もしかしたら死亡届けとか出てんのか? まぁいい、そういう訳なんでとりあえず無視させてもらったよ」

 

「なんて野郎だ……」

 

 

 お互いに別の思惑があって、ダラダラと意味の無い会話を続ける。

 エモットが無事に逃げる時間を稼ぐ事が出来ればそれで良い。

 しかし、不意打ちでお腹を蹴り飛ばされ、悶絶していたはずの男――相手の団長もすっかり回復して立ち上がってきている。

 自分の実力では六人同時に戦って勝てる見込みは少ない。

 なにせ自分はただの凡人だ。しかもロクな武器すら持っていない。

 せめて弱っている間に一人は倒しておきたかったが、エモットを安全に逃がす為には仕方がない。途中で人質にでも取られたら一巻の終わりだ。

 相手側の準備も整ってしまったが、そろそろ逃げ切れた頃だろう。

 とりあえず作戦は成功と言える。

 

 

「わざわざ待っててくれてありがとよ」

 

「っうるせぇ!! 農民風情がふざけた事しやがって…… お前ら、アイツを嬲り殺しにするぞ」

 

「いや、でも、時間が無いんじゃ……」

 

「アイツ一人を斬るのに時間がかかるのか、お前は?」

 

 

 蹴られた事が相当頭にきているようだ。

 激怒した顔の団長に睨まれ、野盗の一人が慌ててこちらに襲いかかってきた。

 

 

「農民を舐めるなよ。武技〈戦気梱封〉」

 

「はぁ!? 武技だと!?」

 

 

 余りの驚きに野盗は動きが鈍り、戦場で間抜け面を晒した。

 その隙を逃さず、ブレインは手に持った鍬を相手に向かって真っ直ぐに振り下ろす。

 動き自体はいつもと大して変わらない。この村に来てから幾度となく繰り返した――畑を耕すのと同じだ。

 間抜けな団員は顔面を抉り落とされ、悲鳴すらあげる事も出来ずに絶命した。

 

 

「なんで村人が武技なんか使えるんだよ!? おかしーだろ!?」

 

「あんな農民がいてたまるか!? きっとワーカーだ!!」

 

「落ち着け馬鹿野郎ども!!」

 

 

 現実を受け止め切れず、五人となった野盗は騒ぎ出す。

 仲間が殺された事よりも、武技を使われた驚きが勝っていたようだ。

 しかし、野盗達が驚くのも無理はない。

 武技とは修行を積んだ戦士のみが使える技である。普通の村人には使える筈のないものだ。

 しかも〈戦気梱封〉は本来なら武器を強化する技――武器に戦気を込めることで、一時的に魔法の武器と同等の効果を付与する武技である。

 間違っても農具を強化する技ではない。

 しかし、それが出来るのは一重にブレインの持つ、人並み外れた才能のおかげである。

 彼は自分に剣の才能は無いと、勘違いで剣を捨てた男だ。

 だが、戦う事に関しては間違いなく天性の才を持っている。

 

 

「こうする方が畑を良く耕せるんだよ!!」

 

 

 ――相手が冷静さを失った今が好機。

 ブレインは少し離れて間合いを調節し、今度は鍬を横薙ぎに振るう。

 

 

「ぎゃぁぁっ!?」

 

「あぁぁぁっ!?」

 

 

 神速の鍬が二人の野盗を同時に捉えた。

 相手の胸を肋骨ごと抉り飛ばし、噴き出した二つの鮮血が辺りを赤く染め上げる。

 

 

「そうか、お前の弱点は見切ったぞ!!」

 

 

 立て続けに仲間を殺され、残り二人となった部下が恐怖で後ずさる。

 そんな中、団長だけはブレインに向かって突進してきた。

 叩きつけられた剣を鍬で受け止める。

 一度距離を取ろうとするが、団長は密着するように剣を押し込んでくる。

 

 

「一瞬騙されそうになったが、いくら武技で強化しようが斬れるのは先端だけだろ」

 

「くっ……」

 

 

 団長の言う通りである。

 ブレインが持っているのは鍬だ。土を耕す先端の金属部分でしか、相手に致命傷を負わせる事は出来ない。

 それに加えて重量が上に寄っている為、大きく振らなければ威力が出せない。

 落ちている剣を拾いたいが、流石にそんな隙は与えてくれなかった。

 体力的にどこまで持つか分からないが、身体強化の武技も発動して、短期決戦を仕掛けるべきか一瞬だけ考える。

 一度相手を押し返し、次の行動に移ろうとした時――

 

 

「ぐぁぁっ!?」

 

 

 ――鋭い痛みがブレインの体に走った。

 団長の背後にいた男がクロスボウを構えている。

 ――ニヤリと笑った顔と目があった。

 剣と鍬で鍔迫り合いを行い、無理やり相手との距離を離した瞬間を狙われたのだ。

 咄嗟の事で躱し切れなかったブレインの左肩に、深々と矢が突き刺さっている。

 

 

「あははははっ!! いいザマだ。俺の部下はまだ二人も残ってるんだぜ。油断したら駄目じゃないか、よっ!!」

 

 

 左肩を押さえて蹲るブレインを見下ろし、団長は嘲笑った。

 さらに傷口を抉るように蹴り飛ばされる。

 激痛で肩が燃えるようだ。痛みで意識が飛びそうになる。

 ブレインは苦しげな表情で歯をくいしばって耐えた。

 しかし、傷自体は致命傷ではないが、当たりどころが悪い。

 

 

(ここまでか…… 凡人にしては良くやったかもな)

 

 

 この怪我では両手で鍬を使えず、振るう時に速度が出ない。

 肩から溢れる血は止まらず、痛みも増してきて意識も朦朧としてくる。

 

 

「おい、クロスボウの矢はまだもう一本残ってんだろ。今度は足を狙え」

 

「団長、もう直接斬った方が早いぜ。俺にもやらせてくれよ」

 

 

 もう戦えないと判断したのだろう。

 今まで戦いに参加していなかった一人が、剣を担いで近寄ってくる。

 

 

「お前も物好きだよな。あんなオッサンを助けに来るなんてよ」

 

 

 部下に剣でペチペチと頬を叩かれ、悔しさがこみ上げてくる。

 戦ってみて分かった。一対一なら確実に勝てたはずだ。せめて最初から剣で戦えていれば、こんな奴らに負けはしなかった。

 元々たいした努力もしていなかったが、久しく戦いの練習をしていなかった所為で、感覚が鈍っていたのかもしれない。

 一番強そうな団長ですら、凡人の自分より弱かったはずなのに。

 

 

「俺はあのオッサンをボコボコに殴ってやったんだ。へっ、楽しかったぜぇ」

 

「おい、やるなら早くしろ」

 

 

 苦痛に歪むブレインの表情を見て、団長の溜飲も下がったようだ。

 冷静さを取り戻して、時間を気にし出している。

 

 

(エモットさんは本当に凄いなぁ…… 尊敬するよ)

 

 

 ――必死に足掻いてもどうにもならない事がある。

 

 この恐怖を前に武器も持たず、一人で立ち向かっていたのだ。

 自分の命を捨てる覚悟で、必死に家族を守ろうとしていた筈だ。

 

 ――御前試合で目にした圧倒的な力。そんなの俺は持っていないんだ。

 

 

「あばよ。後でちゃんとあのオッサンと、その家族も一緒に殺してやるからよ――」

 

(村のみんな、あの人の家族もみんな良い人だったな……)

 

 

 目の前で剣が振り上げられる。ここで俺は死ぬのだろう。

 だが、それでも、たとえこの命に代えても――

 

 ――殺させるものか!!

 

 

「――があぁぁぁっ!!」

 

 

 獣の様に咆哮し、自らに突き刺さる矢を掴む。

 怒りで痛みを振り払い、肉が千切れるのも構わず無理やりに矢を引き抜いた。

 ――既に剣は迫ってきている。

 足に渾身の力を込めて跳ね上がり、相手が剣を振り下ろしきるよりも早く――

 ――握り締めた矢を突き立てた。

 

 

「――かはっ!?」

 

 

 天が味方したのはブレインの方だった。

 決死の一撃は相手の心臓に届き、目を大きく見開いた野盗が崩れ落ちる。

 

 

「この死に損ないがぁ!!」

 

 

 部下が死ぬや否や、団長が即座に斬りかかってくる。

 容赦のない一撃に、疲労困憊の体は何とか反応してしてくれた。

 身を引きながら、咄嗟に拾い上げた鍬を盾にして防ごうとする。

 

 

「はぁ、はぁ…… ここは通さないって、そう言ったのは取り消す――」

 

 

 しかし、武技の効果も切れている鍬はスッパリと断ち切られてしまった。

 相手の一撃を完全には防ぎ切れず、袈裟懸けに浅く胴体を斬られて血が滲んでくる。

 

 

「――道連れだ。一人も、生きては、帰さねぇ…… 武技〈能力向上〉!!」

 

 

 残った気力を振り絞って武技を発動し、身体能力を引き上げる。

 左腕は動かない。体力も限界。手に持っているのは先を失った鍬の残骸。木で出来た部分しか残っていない。

 だが、斬られて尖った部分を突き刺せば武器になる。急所を狙えば殺せるはずだ。

 

 

「くそっ、クロスボウだ!! 早く、早く撃てぇ!!」

 

 

 長年傭兵として戦場を生き抜いてきた団長は、自身の経験からブレインの変化を察知した。

 自らの命の危機を感じて、ジリジリと後退していく。

 ブレインは満身創痍には違いない。放っておいても、出血多量でいずれ動けなくなるだろう。

 だが、本気で相討ちになってでも、野盗達を殺しきる決意をみなぎらせている。

 まるで死兵だ。

 早くトドメを刺さなければと、団長は焦りの隠せない声で一人だけ残った部下を急かす。

 

 

「し、死にやが――」

 

 

 部下は慌ててクロスボウを構え――

 ――横から飛んできた矢が、ちょうど耳を貫通する様に刺さって死んだ。

 

 

「は?」

 

 

 続けて団長の腕にも矢が突き刺さった。痛みと驚きで気の抜けた声が出ている。

 ブレインは突然の出来事に理解が追いつかない。

 しかし団長が隙を見せた。これは自分に訪れた最後のチャンス。

 ――全力で踏み込み、右手を伸ばす。

 

 

「うぉぉぉぉっ!!」

 

「っ!? しまっ――」

 

 

 ――団長の体が崩れ落ち、地面に血が染み込んでいく。

 鍬の残骸で喉を貫かれ、隙間からひゅーひゅーと声にならない音が漏れている。

 やがてその音も聞こえなくなった。

 『死を撒く剣団』は全滅した。

 

 

「やった……」

 

 

 ブレインは気力も体力を使い果たし、その場で仰向けに転がった。

 いつも通り空は青く、太陽がとても眩しい。

 そんな自分の顔に影がかかった。

 

 

「ふぅ、間一髪だったな。無茶しすぎだよ、ブレインさん」

 

 

 その正体は野盗達に矢を放った人物。

 この村に住む野伏(レンジャー)――ラッチモンだった。

 

 

「はははっ、助かりました。本当にありがとうごさいます、ラッチモンさん」

 

 

 彼はつい先程まで、先行してきた野盗と死闘を繰り広げていた。

 弓矢で弱らせ、短剣で応戦して何とか相手を倒した後、体を引きずりながら戻ってきたエモットを見つけたのだ。

 そして、話を聞いて慌ててブレインの所まで駆けつけた。

 

 

「お互い酷くやられたもんだ。まぁ、お前さんの方がちっと重症かもな」

 

 

 ラッチモンは倒れた自分の側で、疲れた体を労わるように腰を下ろした。

 ブレインの傷を確認すると、止血して応急処置を施してくれた。

 

 

「それにしても最高の一撃でしたね」

 

「森で動物を狩るのに比べりゃ楽勝さ」

 

「あはは、違いない。最近は肉のお裾分けが少なかったですし」

 

「こいつめ、言いやがる」

 

 

 危機が去った事を自覚し、ボロボロの二人は笑みを浮かべていた。

 

 

「お前さん、実は戦士とか向いてるんじゃないか? 冒険者になっても充分やってけると思うが……」

 

「よしてください。俺は今野盗と戦ってこんな有様ですよ? それに畑を耕したり、子供達と遊んでる方がよっぽど楽しい」

 

「才能あると思うんだがなぁ。まぁ、お前さんがそう言うなら、それでいいか」

 

 

 ブレインはもう戦う事に興味はない。

 遥か遠くにある頂きより、近くの幸せを選んだ。

 

 

「あーあー、鍬、ダメにしちまったなぁ……」

 

 

 今はもう普段と変わらない、穏やかな表情をしている。

 この村に住む一人の村人――畑を耕し、毎日をのんびりと過ごすブレイン・アングラウスとしての顔に戻っていた。

 

 

 

 



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戦争開幕、そして終了

 リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国との戦争まで残り三週間を切った。

 戦いが迫るに連れて、王城の中でも慌ただしい雰囲気が満ちはじめている。

 しかし、普段と余り変わらない日常を過ごしている者もいた。

 

 ――モモンガ様成分が足りない。

 

 非常に座り心地の良い椅子、表面が綺麗に磨かれた高級なテーブル、香りの良い紅茶で過ごす優雅なティータイム。

 そんな誰もが憧れる状況に置かれながら、紅茶を淹れた人物は浮かない顔をしていた。

 心の中で深い溜息を吐いた一人の少女――その名はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 この王国の第三王女である。

 

 

(はぁ、最近はお見かけする事も少なくなりました……)

 

 

 今まであの手この手を使って、偶然にモモンガ様とバッタリ出会うことは出来た。

 王女という立場上、大っぴらに連絡を取ろうとする事は出来ないが、偶然会ってしまったのならしょうがない。

 毎回キッカケを作るのは大変だが、それを何度も繰り返し行い僅かな時間の会話を楽しんだ。

 

 

(関係性を強めようとすると何故か失敗するのよね…… どうしてかしら?)

 

 

 しかし、大掛かりな事を行おうとすると奇跡的な確率で問題が起こり、あと一歩のところで失敗するのだ。

 自分の計算に狂いはないはずなのだが、計算を超えた何かが計画を破綻させる。

 神の存在などロクに信じてもいないが、いるとすれば私は相当嫌われているようだ。

 

 

(戦争後に私が処刑される可能性は全て潰した。もうやる事も無くて暇です……)

 

 

 地道に逢瀬を繰り返したい所だが、モモンガが冒険に出ていたり国外にいる時はそうもいかない。

 自分で動かせる駒が無いため、新鮮な情報が集め辛い事も痛い。

 メイド達の何気ない会話から、貴族などが持つ情報は簡単に抜き取れる。しかし、王城に勤める者は流浪の魔法詠唱者(マジックキャスター)の事など気にも留めない。

 如何にラナーといえど、何も無いところからは情報を得る事が出来ないのだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 心の中の溜息が外に漏れ出す。

 最後にモモンガ様とお話し出来たのが、もう随分と昔の事に思える。

 

 

「ねぇ、急に溜息なんか吐いてどうしたのよ」

 

 

 そんな自分の思考を乱し、現実に引き戻してくる目の前の女。

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ――計算を超えた何かを起こし、抹殺対象に見事ピックアップされた女だ。

 

 

「今の王国の現状を考えれば、溜息を吐きたくなる気持ちも分かるけどね…… でもきっと大丈夫よ。この国にはストロノーフ様もいるし、何とかなるわ」

 

 

 ピンク色のドレスを身に纏った彼女は、王国でもかなり美人の部類に入る。

 この姿しか知らなければ、彼女が冒険者として剣を振り回す様はとても想像出来ないだろう。

 紅茶を傾けながら茶菓子を摘む姿は、まるで一枚の絵画のようだ。

 

 

「ラキュースは強いわね……」

 

「そんな事ないわよ、ラナー」

 

 

 いつも食べ合わせの悪い紅茶と茶菓子を用意するのだが、目の前の女に変化は見られない。

 そうは見えなくてもやはり冒険者――ラキュースは一般人より胃も強いのだろう。

 

 

「気晴らしに何か明るい話でもしましょ。そうそう、最近知り合いになったというか、変わった依頼をしてきた人がいてね。それが――」

 

 

 この女のくだらない話よりも、モモンガ様との未来を想像する方が余程楽しくて有意義だ。

 直接的な毒物はバレてしまう。いっそのこと副作用の強い栄養剤か下剤でも――

 

 

「――吟遊詩人の女の子と仮面を着けた魔法詠唱者だったのよ」

 

「その話、詳しく」

 

 

 ――意外とこの女にも良いところがあったかもしれない。

 うん、次からは普通の紅茶と茶菓子を用意してあげよう。

 

 

「えっ? ええと、自分から言っておいて悪いんだけど、依頼内容の詳細とかは守秘義務があるのよ。だから依頼主の許可がないと話せないんだけど……」

 

「ならアポイントを取ってください。是非ともそのお二人に直接会いたいです」

 

「まだ何も言ってないのに…… ラナー、貴方そんなに吟遊詩人とかに興味あったの?」

 

「ええ。女の子の吟遊詩人、それに仮面の魔法詠唱者。とても気になります」

 

「仮面の魔法詠唱者ならうちのチームにもいるわよ。イビ――」

 

「あくまでそのお二人が気になりました。ツアレさんとモモンガ様限定です」

 

「そ、そうなの…… って何で名前が分かるの!?」

 

「戦争が始まればどうなるか分からないわ。出来るだけ急ぎましょう。依頼で会ったなら〈伝言(メッセージ)〉は使えないかしら? 無理でも組合経由なら連絡を取るための窓口があるはずよね。恐らく滞在先くらいは記録されてるはず。ううん、別に無くても依頼された日を逆算して――」

 

 

 巧みな弁舌で丸め込み、ラキュースと一緒に会いに行く算段をつける。

 モモンガと二人きりになれるのがベストだが、この程度なら妥協範囲だろう。欲を出すとまた失敗する気がした。

 勘などという曖昧なものを信じるのは癪だが、今までの事を考えれば謙虚に控えめにいくのが丁度いい。

 

 

「ふふっ。やっぱり持つべきものは友達よね」

 

「ラナー…… 貴方変わった?」

 

「何を言ってるのよラキュース。変わったのは貴方の方よ?」

 

「意味が分からないわ…… 本当にどうしたのよ? 元気になったなら良いんだけど……」

 

 

 ラキュースは抹殺対象から使える駒にジョブチェンジした。

 そう、これからもラキュースはラナーに度々付き合わされる事になるのだ。

 

 

 

 

 バハルス帝国の若き皇帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは上機嫌な様子で仕事に励んでいた。

 普段と変わらない業務だというのに、演技とは違う本心からの笑みが口元に表れている。

 ――もうすぐ王国が手に入る。

 自分が二十歳にもならない内に一国を落とせるとは、計画当初では考えられなかった。

 次はどうする。王国を手中に収めた後は竜王国か。それとも未開の地を切り拓くか。ゆくゆくは亜人種すらも纏め上げる人類史上初となる皇帝に――

 

 

「おっと、これではいかんな。過ぎた野心は身を滅ぼす」

 

 

 似合わない妄想までするとは、自分は思ったより浮かれているのかもしれない。

 

 

「随分と楽しそうですな、陛下」

 

 

 ジルクニフが気を引き締めていると、声をかけてきたのは長い白髪の老人。

 自身が最も信頼する家臣であり、幼い頃から世話になった恩師でもあるフールーダ・パラダインだ。

 

 

「それはそうだろう。帝国を治めるものとして、我が国の繁栄に繋がるものは何よりも喜ばしいさ」

 

「私としては戦争に出なければならないというのは辛いのですが……」

 

 

 フールーダの辛いとは戦いが嫌だという訳ではない。単に魔法の研究の時間が取られるのが嫌なだけだ。

 教師として人を導く一面があるため、彼は周囲からは尊敬を集めている。

 しかし、彼は魔法の深淵を覗くためなら何でもする狂人でもあるのだ。それはもう普通の人が見ればドン引きするレベルの事でも躊躇いなくやる。

 

 

「そう言うな。王国に魔法の凄さを伝えるには爺を出すのが一番だからな。魔法詠唱者の教育を進めるためにも必要なデモンストレーションだよ。そう考えれば少しはやる気も出るだろう?」

 

 

 正直なところ戦争に勝つのにフールーダの力は必要ない。どう考えても過剰戦力だ。

 だが、魔法の力を知らしめる事――王国に住んでいた者への意識改革には丁度いい。

 

 

「私を超える者が早く出てきて欲しいものですな。弟子の一人、若い者に私と同じ生まれながらの異能を持つ者がおりますが、彼女の才能は素晴らしい。何とですな――」

 

「逸脱者と呼ばれる爺を超える存在か…… ああ、待ってくれ。私に魔法の事はよく分からんよ」

 

 

 熱くなり始めたフールーダの言葉を強引に切った。

 フールーダは魔法の事になると周りが見えなくなり、話しが非常に長くなるのでいつもこうしている。

 

 

(魔法といえば、あの男はどうしているのだろうか)

 

 

 ジルクニフの頭に浮かんだのは仮面を着けた魔法詠唱者。

 厳密には魔法も使える者だろうか。

 部下からの報告では時々闘技場に現れては、苦戦しつつも全戦全勝しているらしい。

 ――『モモン・ザ・モモン』『モモン・ザ・テイマー』『モモン・ザ・レッド』『モモン・ザ・ブルー』……

 挙げればキリがない。

 毎回名前と武器と戦い方を変えているにもかかわらず、いまだ無敗。

 苦戦しているのも演技だろうとジルクニフは判断していた。

 

 

「毎度金貨を持っていかれるが、その程度で済むのだ。繋がりを維持出来ていると思えば安いものか……」

 

 

 何故あんな分かりやすい名前にしているのか理解は出来ないが、他の国――王国などに行かれるより余程ましだ。

 一応調べたが、王国に『モモン』または『モモンガ』と名のつく冒険者、ワーカーなどはいなかった。

 強者の動向を多少でも掴めているのは、今後の帝国にとっても重要なことだ。一応クライムという繋がりもあるにはあるが――

 

 

「――いずれ別方向から接触させてみるか。爺よ、その若い弟子とやらはいくつくらいの者だ?」

 

「学院の者ですから、まだ十代半ば程でしたかな」

 

 

 魔法の腕以外に興味はないのか、うろ覚えで少し曖昧に答えるフールーダ。

 

 

「同じくらいの歳の者は他にどれくらいいる?」

 

「学院には腐るほどおりましょうが、彼女ほどの才となるとおりませんな」

 

「ふむ、いずれその者を使うやもしれん。念のため気にしておいてくれ」

 

「畏まりました」

 

「戦争の準備も大詰めだ。期待しているぞ」

 

 

 既に王国は手に入れたも同然である。

 帝国の更なる繁栄のため、常に策を巡らすジルクニフだった。

 ちなみに複数の『モモン』と『モモンガ』が同一人物であると確信している事は、一人を除いて周りには伝えていない。

 目の前の老人が暴走するかもしれないネタは、自分の懐にしまっておくに限る。

 

 

 

 密会というほどのものではないが、余り騒ぎにならないような場所で不思議なお茶会が開かれていた。

 参加しているのは年齢が少しずつバラけた金髪三人娘、それに加えて仮面で顔を隠した骨一人だ。

 

 

「お久しぶりですね。モモンガ様、ツアレさん」

 

「無理言ってごめんなさい。モモンガさん、ツアレさん」

 

「いや、少々驚いたが、問題ありませんよラキュースさん」

 

「なんて言ったらいいのか、もう分からないです」

 

 

 お姫様との再びの会合により、自称極々普通の吟遊詩人であるツアレは狼狽していた。

 しかし、そんな緊張感も最初だけだ。この場の空気にもやがて慣れ、四人は楽し気に笑っていた。

 

 

「ところで、以前モモンガさんは流浪の魔法詠唱者でツアレさんと旅をしてるって言ってましたけど、具体的にお仕事は何をされてるんですか? 冒険者でもないんですよね?」

 

 

 和やかに会話をしていたが、ラキュースの一言がモモンガの中に潜む何かを刺激する。

 

 

 ――『俺は、俺は…… 今、無職だ』

 

 ――『なっ!? 本気なのか、本気で働いていないのか!?』

 

 

「――さん、モモンガさん」

 

「――っは!?」

 

「どうしたんですか? 私、何か聞いてはいけない事を……」

 

「い、いやなんでもありません。嫉妬マスクから変な電波を受信しただけで……」

 

「それはもしかして――」

 

「あーっ、それより、ラナー様とラキュースさんの付き合いはどれくらいになるんですか?」

 

 

 モモンガは必死にごまかしたが、ラキュースからの視線はお茶会が終わるまで終始突き刺さっていた。

 

 

(モモンガさん、もしかしてあなたも闇の人格が!? そうよ、仮面で常に顔を隠しているのだって、何か組織から追われて…… いや、組織から逃げ出したツアレさんを匿っているとか? くっ、私の中のもう一人の自分が…… 駄目よラキュース、このままでは三人とも巻き込んで――)

 

 

「モモンガさん、お互いに頑張りましょう!!」

 

「は、はぁ、頑張ります?」

 

 

 知らず知らずのうちに、モモンガはラキュースに同類判定されていた。

 

 

 

 開戦の日、戦場となるカッツェ平野にはいつも立ち込めている霧が全くない。

 空は晴れ渡り、両軍共に並んだ兵士達の様子がよく見える。

 帝国軍の陣営は兵士達が整然と並んでおり、何かを待っているかのように静まり返っていた。

 そして、その静寂を破る声が響く。

 

 

「諸君、リ・エスティーゼ王国と我がバハルス帝国の争いはついに終わりを迎える」

 

 

 皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)を周りに配置し、〈浮遊板(フローティング・ボード)〉の魔法によって作り出された半透明の板の上に立つジルクニフ。

 

 

「王国は腐敗し過ぎた。王は家臣をまとめきれず、貴族は平民を搾取し続けた。彼らの様子を見るがいい。戦う前から疲れ切り、何の希望も持たぬ瞳を…… もはや彼らは敵ではない。救いを求める民だ」

 

 

 魔法によって声は拡散され、帝国軍の兵士達は神妙な面持ちで空に浮かぶ皇帝を見上げていた。

 

 

「此度の戦いで逃げる者には慈悲を与えよ。それは未来の帝国の民となる。敵軍の数は多い。だが、我々の勝利は揺るがない。我が帝国の誇る最強の魔法詠唱者――フールーダ・パラダイン率いる魔法部隊もこの戦いには参加する」

 

 

 帝国の兵士たちの士気は最高潮に達しようとしている。

 皇帝からの鼓舞に加えて、帝国の切り札であるフールーダまで参加するのだ。相手の数が自分達より多かろうが、彼らは負けるなど微塵も思っていない。

 

 

「民を導けぬ者に王たる資格は無い!! 哀れな王国の兵士たちに、我ら帝国の力を示すのだ!!」

 

 

 総数約六万の兵士達が一斉に雄叫びをあげる。

 空気を震わすその光景は、離れた王国軍にも伝わっているだろう。

 

 

「王国の最後だ。足掻く事すら許さぬ絶対の力の差を見せてやろう……」

 

 

 遠くに見える王国軍を見下ろし、ジルクニフは笑みを浮かべて呟く。

 自らの足元では兵士達が一糸乱れぬ動きを見せている。

 約束された勝利に向かって、ゆっくりと進軍が始まった。

 

 

 

 

 王国軍の陣営は開戦直後の時点で負けムードに包まれていた。

 揃えた兵士の数でいえば、王国軍は帝国軍の二倍以上を用意している。

 しかし、約十五万もの人数がいるにもかかわらず、徴兵された誰もが勝てるとは考えていなかった。

 春一番でまだ肌寒さを感じる今日この頃、無理やり徴兵された兵士の体調は万全とは言い難い。

 そもそも前回の戦争から半年も経っておらず、民はボロボロなのだ。

 

 

「戦士長、不味いですよ。あちらの様子が聞こえてから軍全体が、特に徴兵された平民達が萎縮しきっています」

 

「仕方のない事だろう…… 元々練度で遥かに劣っているのは自覚していた事だ。その上こちらには士気を上げる者がいないのだからな。私がもっと強ければ……」

 

 

 平民と傭兵をかき集めて、数だけ揃えた烏合の衆。王国軍に士気など皆無に等しい。

 王国戦士長ガセフ・ストロノーフは遠くを見つめながら返事を返す。

 自らの無力さを噛み締めながら、部下の手前溜息だけは飲み込んだ。

 

 

「ガゼフ戦士長はこの国で一番強いではありませんか!! それに五宝物を全て装備していれば帝国の騎士などには……」

 

「副長、その言葉は嬉しいが私は一番ではない。それ故に王も私に全てを預ける事は出来なかったのだ」

 

 

 今のガゼフは王国の秘宝である五宝物の一つ『守護の鎧(ガーディアン)』を装備している。

 しかし、それ以外はごく普通の装備だ。

 

 

「平民出身で、その上二番手である私に国宝を一つでも身に纏う事を許可してくださった。王には感謝しかない」

 

「周りの貴族連中が何と言おうと、ガゼフ戦士長は王国最強の戦士です」

 

「ふふっ、ありがとう。その期待には応えさせてもらおう」

 

 

 直属の部下である副長は、強い目でこちらを見つめていた。

 ガゼフは御前試合の時からかなり鍛えたつもりだ。あの時より確実に自分は強くなっているが、それでもあの時決勝で戦った人物に勝てるとは思わない。

 しかし、部下の期待に応えるため、王国最強の看板を背負って挑む事を決意していた。

 

 

「今年も多くの犠牲が出そうだな」

 

 

 そろそろ第一陣が帝国の兵士とぶつかる。

 そう思っていた最中、目に映ったのは左右に分かれて逃げていく王国兵の姿だった。

 

 

「戦士長、兵士達が!!」

 

「不味い、帝国兵が一直線にこちらに向かってくる!!」

 

「狼狽えるな!! 各班はすぐに伝令を回せ!!」

 

 

 兵士達の混乱は酷いものだった。

 作戦では傭兵と平民の数に任せた波状攻撃――特攻によって相手を弱らせ、そこをガゼフ率いる戦士団とボウロロープ侯の精鋭兵団で迎え撃つはずだった。

 しかし、囮となる兵士達は戦わずに逃げ出し、相手は無傷のままゆっくりと突き進んでくる。

 

 

「ガゼフ戦士長、伝令が……」

 

「どうした?」

 

 

 一刻を争う自体にもかかわらず、部下は口ごもった。

 

 

「一度戦線を後退させ、迎え撃つ手はずを整える。その間、我々戦士団とここにいる兵士達で足止めせよと……」

 

 

 無謀にも程がある作戦。

 実質ガゼフ達を捨て駒にする作戦だったが、自分達は断る事が出来ない。

 

 

「分かった。彼らの真正面に向かうぞ。出来るだけ乱戦に持ち込んで、進行速度を落とさせる」

 

「了解しました」

 

 

 伝令を伝えた者も理解していたのだろう。これは自分達が平民にやらせようとしていた事と何ら変わらない。だからこそ自分達にやりたくないなどと言える資格は無い。

 部下は文句も言わずにただ静かに了承した。

 

 

 

 

 王国軍の本陣ではこの戦いで全軍の総指揮を任された男――ボウロロープ侯が荒れていた。

 

 

「くそっ!! 兵士達が逃げ出しただと!? いったいどうなっている!!」

 

 

 王国軍と帝国軍がぶつかる直前、使い捨ての囮にする予定だった兵士達が逃げ出したのだ。

 彼の怒気に当てられ、ビビりながらも伝令係は話し続けた。

 

 

「は、はい。傭兵達が最初に逃げ出し、それにつられて徴兵した者達も一斉に……」

 

 

 これはジルクニフが仕掛けた罠だった。

 傭兵に自分の手の者を紛れ込ませ、集団心理により一斉に逃げ出すように仕向けたのだ。 

 王国への不満が溜まり、戦う気力もなかった者達には非常に効果的だった。

 

 

「ちっ!! あいつらが足止めしている間に立て直す。予備の兵士も全て向かわ――」

 

 

 ――魔法三重化(トリプレットマジック)火球(ファイヤーボール)

 

 

 本陣は爆炎に包まれた。

 

 

 

 



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帝国の統治

 残っていた肌寒さも消え、街を行き交う人々は暖かな春を満喫していた。

 現在、元リ・エスティーゼ王国の領土では、帝国による穏やかな統治が行われている。

 それが何を意味するか――王国と帝国の戦争は半日とかからず決着したのだ。もちろんバハルス帝国の圧勝である。

 二十万を超える人数が参加した戦争にもかかわらず、死傷者は四桁にも届いていない。ちなみにその犠牲も王国側だけだった。

 フールーダ・パラダイン率いる魔法部隊による空からの爆撃――指揮官のみを強襲するという大胆な作戦によって被害は最小で済んだ。

 そもそも大半の帝国兵――魔法部隊以外は戦ってすらいないので無傷だ。

 帝国との交渉の席で、国王のランポッサ三世は自らの命と領土を引き渡す事を宣言する。そして、それを条件に親族と残った民の助命を嘆願した。

 しかし、皇帝ジルクニフはそれを突っぱねる。

 

 

「貴様の首などいらん。私の手によってこの国が生まれ変わるのを黙って見ているがいい」

 

 

 六大貴族を含めた貴族達は全ての領土と多くの資産を奪われたが、命まで取られた者は少なかった。

 その少ない内の一人は、総指揮官として真っ先に爆撃されたボウロロープ侯。

 そして、裏で王国を裏切り、帝国に情報を流し続けていたブルムラシュー侯だ。

 

 

「もうすぐ私の十九歳の誕生日だ。血生臭い事は遠慮しよう」

 

 

 流石に国のトップがそのままというのは怪しまれたが、取ってつけたような理由――ある意味恩赦に近い形をとり、王族で処刑された者はいなかった。

 それどころか貴族の中には一度帝国の領土となった上で、再び各都市の統治を任される者までいた。

 税は軽減され、横暴な貴族は全て消え、真っ当な貴族のみが役人として要職に残る。敗戦国としては破格の待遇だ。

 元王国民の間でジルクニフは慈悲深い皇帝だと話題になり、爆発的に人気が上がっていくのだった。

 

 

「それにしても、あのような対応で良かったのですか? 王族を処刑せず全て残すというのは流石に…… 鮮血帝と呼ばれた陛下にしては少々手ぬるいかと」

 

「私はそんな血生臭い名前の男は知らないな。せっかくのイメージを壊さないでくれ。今の私は慈悲深い皇帝だぞ? それに――」

 

 

 絶賛大人気のジルクニフは執務室で軽口を叩きつつ、部下とともに仕事に励んでいた。

 部下の物言いは失礼とも言えるが、このくらい言えなくては自分の部下足り得ないと考えていた。

 

 

「――死んでしまえばそこで終わりだ。民の不満を生きながらに受け止めて貰わないとな」

 

「前言を撤回致します。手ぬるさなど欠片もありません」

 

 

 不満は死んだ者より生きている者に向かいやすい。要は国王に死んで責任を取らせず、生きたまま不満の捌け口になってもらったのだ。

 また、ジルクニフが王族や貴族を処刑しなかったのは統治しやすくする為――新たな民に自分のイメージを印象付ける目的もあった。

 他にも自分が帝位を継いだ時、粛清のしすぎで文官の不足に悩まされた事など複数の理由がある。

 

 

「元第一王子が何やら王国の元貴族達、それから帝国の没落貴族と集まって動いている様です。如何されますか?」

 

「ああ、なんという事だ。慈悲をかけたのに裏切られるとは……」

 

「お戯れを、全て陛下の掌の上でしょうに。それで、どの様な対応を?」

 

 

 わざとらしく芝居がかった声を出してみるが、部下は平然と応えるのみだった。

 自分も笑みを消し、淡々と指示を出す。

 

 

「全員捕らえて処刑せよ。口にするのも憚られる罪状を添えてな」

 

 

 戦争に負けたからではなく、罪人として裁くチャンスをくれた馬鹿には感謝しよう。

 これなら慈悲深い皇帝というイメージを崩さず、邪魔な物をまとめて処分できる。

 王国と帝国では扱いが違った為、奴隷制度や幾つかの法については若干の問題が残っている。しかし、それも些細なことだ。元王国民もいずれ慣れるだろう。

 

 

「私の代でどこまでいけるか…… 我が国のこれからの繁栄が楽しみだよ」

 

 

 歴代のバハルス帝国皇帝の中でも、史上最高と言われている皇帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、着実に元王国領の統治を盤石なものにしていった。

 

 

 

 

 モモンガがこの世界に転移してから丸二年が経過した。

 ゲーム風に考えるなら総プレイ時間は一万七千時間オーバー。廃人もビックリなやり込み具合だ。期間は全く違うが、既にユグドラシルでのログイン時間より長い時間を過ごしている。

 異世界生活三年目ともなると、段々と落ち着いて将来を考えるようになった。

 自分の事もそうだが、やっぱり気になるのはツアレについてだろう。

 

 

(子供の成長って早いよなぁ。俺は骨だから全く変わらないけど)

 

 

 彼女ももうすぐ十五歳になる。この世界ではほとんど成人に近いだろう。

 まだまだ危なっかしく思う時もあるが、ツアレは自立しようと毎日頑張っている。

 精神的にも強くなり、初めて会った時から身長も随分伸びた。

 大人びてきた部分がある反面、自分に対してのあまり変わらない態度を見ると嬉しくなる。

 

 

「どうですかモモンガ様。銅貨です!!」

 

 

 泊まっている宿の一室で、ジャラジャラと容器の中身を見せてくるツアレ。

 えっへんという擬音の似合う胸の張り方で、ちょっぴりドヤ顔をしている。

 帝国に統治されるようになってから、エ・ランテルなど街の治安も良くなり、景気も右肩上がりだ。

 吟遊詩人として活動していたツアレも、今までが嘘のようにお金が貰えるようになっていた。

 

 

「今日も凄いじゃないか。もう立派に吟遊詩人としてやっていけるな」

 

 

 吟遊詩人として初めてお金を稼いだ日、ツアレは今と同じようにモモンガに稼ぎを見せてくれた。

 喜びを共有――いや、自身の成長の証として伝えたかったのかもしれない。

 ささやかな恩返しのつもりか、その日ツアレは料理を作ってくれた。

 初めて自分で稼いだお金で材料を買い、彼女が振舞ってくれたのはじゃがいものシチュー。

 あれが家庭の味というものだろう。エモット家でご馳走になった時と同じように、とても温かい気持ちになったのを今でも覚えている。

 

 

「えへへ、でもまだまだです。一人で暮らしていくにはもっと稼げるようにならないと!!」

 

 

 最近ふと思った。ツアレはもう半分ほど夢を叶えたのではないだろうか。

 彼女の語る物語は人々を笑顔にしている。

 他の誰もが経験したことのないような冒険――自分だけの冒険譚を伝えている。

 冒険者の話を聞くことで、なかば創作に近い物語も作っている。

 あと彼女に足りないのは現実的な部分――生活力だろうか。

 実際今の稼ぎだと、一人で生活するには家賃だなんだと考えると少し厳しいだろう。

 

 

「ああ、そうだな。冒険者を雇ったり、経費を考えるともう少し欲しいかもな」

 

 

 でも逆に言えばそれだけなのだ。

 ツアレはもう読み書き計算などは十分に出来る。これからはどうなるか分からないが、王国だった頃の識字率を考えると、普通にどこでも働けるレベルの学力はあるはずだ。

 普通の仕事と吟遊詩人、二足のわらじを履くという事もあるかもしれない。

 

 

「そこなんですよね。モモンガ様に貰ったマジックアイテムがあるから、楽器とかにお金は使わなくて済むんですけど…… やっぱりネタ集めには少しお金がかかります」

 

「まぁ、どうやりくりするかは自分で考えてみろ。結構重要な事だからな」

 

 

 どのような選択をするかはツアレ次第だ。

 なんにせよ、自分が教えてやれる事はもうほとんどない。

 自分が手助けしなくてもやっていける――ツアレが独り立ちする。

 それはそう遠くない未来のような気がしていた。

 

 

「そうだ、モモンガ様。今度ひょうたん湖に行ってみませんか? その辺りに住む蜥蜴人(リザードマン)が至高のお宝を持ってるそうなんです」

 

「いったいどこでそんなネタを…… まぁいいか。ああ、一緒に行ってみよう」

 

 

 だけどまだその時じゃない。

 だから今はまだ、この冒険を楽しもう。

 

 

「あっ、ラナーさんも誘いますか? 最近よく会いますし」

 

「ラナーなぁ…… あの子自分の国が滅んだのに割と元気だよな? もう王女じゃないから呼び捨てにして欲しいとか、かなりフレンドリーになったし」

 

「お城の中で窮屈な思いをしてたんですかね? それがなくなって自由を満喫してるとか」

 

「私は様付けで呼ばれたままなのに……」

 

「尊敬の証ですよ、きっと」

 

 

 うん、元王女も人生を楽しんでいるのだ。

 世の中やっぱり楽しんだもの勝ちだ。

 モモンガは特に関係のない理由で自分を肯定した。

 

 

 

 

 『八本指』の各部門の長が集まる会議。

 各々が現状報告をしているが、皆一様に暗い顔をしていた。

 

 

「かなり不味い事になった…… 我々は裏から王国を牛耳ってきたつもりだったが……」

 

「操る先がバッサリいなくなったか。表がいないんじゃどうしようもない」

 

「あの皇帝なんて手が早いんだ。麻薬の畑がごっそりやられたよ……」

 

 

 取り締まりが強化され、密輸、金融、賭博の三部門は商売そのものがやりづらくなった。

 麻薬取引部門は販売どころか製造元が潰されつつある。

 今までは貴族と癒着していた為、多少の事は賄賂でどうにでもなった。しかし、その貴族がいなくなったので捕まればそこで終わりだ。

 

 

「こっちもかなり不味いのよねぇ。売れ筋が全部パァだわ」

 

 

 帝国では元々奴隷が認められているが、王国と違って何をしてもいい奴隷――いわゆる違法奴隷に関しては禁止されている。

 メインの商品が売れないのだから奴隷売買部門も傾斜傾向だった。

 

 

「はぁ、無茶な依頼ばっかしてきやがって」

 

「同じくだよ」

 

 

 そして暗殺と警備部門も難しい問題を抱えていた。

 暗殺部門にくる依頼は分かりやすく、皇帝の抹殺だ。しかしそんな事上手くいく訳がない。いくら金を積まれても断るに決まっている。

 警備部門は身内から引っ張りだこだが、単純に人手が足らない。

 今回の会議に警備部門の代表として出席している女――ルベリナも溜息を吐く。

 依頼を受ける度に身内の戦力が減るばかりで、この状況に辟易としていたのだ。

 

 

「ねぇ、ここは各部門が協力して皇帝を殺すべきじゃない? 八本指存続の危機よ」

 

「へぇ、コッコドールも皇帝を暗殺しろとでも言う気? 冗談じゃない。帝国五騎士程度なら私でも殺せるけど、向こうには逸脱者がいるんだよ。王国と違って戦力が違いすぎる」

 

 

 中性的な美貌を持つ男装の女性――ルベリナの冷たい視線が奴隷部門の長であるコッコドールを射抜く。

 しかし――

 

 

「――あの逸脱者に対抗出来る手段があるとすればどう?」

 

 

 その発言により会議の場が騒ついた。

 八本指は王国を拠点とする組織だが、一般人のように馬鹿ではない。各部門のトップである彼らは魔法詠唱者(マジックキャスター)の恐ろしさをきちんと理解していた。

 

 

「流石に信じがたいね…… お前のとこにいる『天剣』でも使うの? あいつは確かに私達『欠けた六腕』に匹敵する。それは素直に認めるよ。でも帝国のフールーダに勝てるような強さじゃないよ」

 

「違うわよ。私もそれくらいは理解しているわ。彼にあげたアレを使いこなせてたら可能性もゼロじゃないけど…… その事は今はいいわ。最近エ・ランテルで使えそうなのを見つけたのよ。正確にはフールーダに勝てるじゃなくて、魔法詠唱者の弱点を突ける男ね」

 

「それが本当ならウチに欲しいもんだよ。それならちゃんと六人――『六腕』が揃うしさ。いい加減名前に欠けたって付けるのダサいしね」

 

「残念ながら彼は別の組織の男なのよ。一時的に協力関係になるだけね。利害の一致ってやつよ。まぁ、ぶっちゃけた話、フールーダは無理でも帝国騎士の何人かはやれるでしょ」

 

「まずは少しずつ戦力を削るわけね」

 

「ふむ、逸脱者に対抗出来る組織など思い浮かばんが……」

 

 

 ルべリナの横で疑問を浮かべる暗殺部門の長に向けて、コッコドールは微笑んだ。

 

 

「――『ズーラーノーン』よ。そこの幹部とちょっと手を組んでみない?」

 

 

 

 

 トブの大森林付近ある開拓村のカルネ村。

 今年の春より王国領から帝国領へと変わったわけだが、村に住む人達の生活は変わっていなかった。

 これからの税が軽くなると聞いて、みんなで喜んだくらいだろうか。そもそも辺境の村は国との関わりが薄い為、トップが変わろうがあまり気にしていないようだ。

 そんな村に一人の移住者がやって来た。

 

 

「今日からこの村の一員としてお世話になります。ガゼフ・ストロノーフと申します」

 

「おお、よろしく、ストロノーフさん。にしてもアンタもいい体しとるね。アングラウスさんより筋肉ある人は初めて見たよ」

 

 

 ガゼフ・ストロノーフ――リ・エスティーゼ王国で王国戦士長の地位にいた男。

 彼は最後の戦争で何も出来なかった。

 帝国の策に嵌り、剣を振るう事すらなかったのだ。

 

 

(あの時、もしも私が戦えていれば何か変わったのだろうか…… いや、思い上がりだな。仮にフールーダ・パラダインと対峙出来ていたとしても、死体が一つ増えただけだろう)

 

 

 皇帝であるジルクニフからは、部下にならないかと直々に誘いを受けたが断った。

 王国が帝国に支配された後も、ランポッサ三世に最後まで仕えて忠義を尽くしたかったのだ。しかし、それは国王本人から止められた。

 王国の武力、力の象徴であった戦士長が近くにいると再び担ぎ上げられる可能性がある。

 もう二度と争いを生まない為、ランポッサ三世は自身の周りから戦力となる者を全て引き離したのだ。

 

 

「これでも元兵士ですから体力には自信があります。生まれは農村ですので畑仕事も任せて下さい」

 

 

 胸の前で力こぶを作って見せ、村長に笑いかけた。

 故郷に帰っても良かったが、元の肩書きのせいで周りも扱いに困るかもしれない。

 その為、ガゼフは自分の事をあまり知らないであろう場所――辺境の村で暮らすことを決めたのだ。

 

 

「それは頼もしい。何か困ったことがあったら相談して欲しい。あと、さっき言ったアングラウスさんも移住者でね。ストロノーフさんと似たようなもんだし、色々聞いてみるといいよ」

 

「ありがとうございます、村長」

 

 

 自分の過去はもう変わらない。

 悔いがないと言えば嘘になるが、これからこの国は良くなっていくのだろう。

 自分は王国に何も貢献する事が出来なかった男だ。きっぱりと諦めて再スタートを切るとしよう。

 こうしてガゼフ・ストロノーフは戦いから退き、この村で再び農民となった。

 

 

 

 

 オマケ〜ガゼフのカルチャーショック~

 

 

「初めまして、俺がブレイン・アングラウスだ」

 

「ガゼフ・ストロノーフだ。よろしく頼む、アングラウス殿」

 

 

 カルネ村で暮らすことになったガゼフは、先輩移住者であるブレインの元を訪ねていた。

 

 

「ブレインでいいよ。そんな畏まることもないぞ。ここはゆるい村だ」

 

「そうなのか。ではブレイン、こちらもガゼフと呼んでくれ」

 

「ああ、よろしくなガゼフ」

 

 

 村長が自分の体を見て驚いていたが、正直自分の方が驚いた。

 一目で分かった。このブレインという男の体は並みの戦士を凌駕している。

 自分の部隊にいた部下よりも鍛え上げられているだろう。

 とても村人には思えない。

 

 

「さて、俺らのやる仕事は大体が力仕事だ。薪割りだったり、畑を耕したり――あとは子供達と遊んだりだな」

 

 

 ガゼフはニカっと笑うブレインを見て、悪い人間ではないと思った。

 村長も親切な人だったし、この村に住む者はだいたいこんな感じなのかもしれない。

 今日はこの村の事を説明してもらいながら、ブレインに付いて仕事を手伝う事になったのだが――

 

 

「ふんっ、ふんっ!!」

 

 

 木を割る音が一定のリズムで鳴り響く。

 力仕事その一である薪割り――ガゼフは隣で斧を振り下ろすブレインの姿を見て、思わず手を止めてしまった。

 一切ブレない体、寸分違わず真っ二つに両断されていく薪、そして何よりも――

 

 

(武技を使って薪割りだと!?)

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 

 こちらの視線に気がついたのか、ブレインは手を止めて話しかけてきた。

 

 

「あ、いや、すまない。あまりに綺麗なフォームだったんで驚いた。その、ブレインはいつもそうやるのが普通なのか?」

 

「そうだな、いつもこうしてるぞ。普通だな」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

 ガゼフは盛大に勘違いしているが、他の住人は武技を使わない。というか使えない。

 

 

(いや、待て。薪割りだけかもしれない。そんな日常的に武技を使う訳ではないはずだ……)

 

 

 ガゼフは思いとどまり、次の仕事場に向かう――

 

 

 

 

 ――そして、畑を耕すブレインを見て自分の認識を疑い始めた。

 

 

「ふっ、ふっ、ふっ――」

 

(畑でも使うのか!? これは俺も使うべきなのか!? 使い方が間違って――いや、俺は後から移住してきた身だ。こちらの流儀に従うのが筋……)

 

 

 王国戦士長になってから、開拓村の現状など見る機会はなかった。

 最近の農村は進んでいると、ガゼフは変な方向に納得し始める。

 それに加えて仕事に手を抜くなど、真面目な性格のガゼフからすれば許されない。

 しっかりと鍬を握って集中し、武技を使うために気合いを入れる。

 

 

「よし、いくぞ。武技〈四光連斬〉!!」

 

 

 何だかんだで元戦士長も凄かった。

 慣れないはずの鍬で武技を発動し、四つの同時斬撃――斬撃と言っていいかは分からないが、畑には四つの耕した跡が生まれた。

 

 

「おお、凄いなそれ」

 

「ああ、これは俺が作っ――」

 

 

 その様子を見ていたブレインに褒められ、気をよくしたガゼフは解説しようとして――

 

 

「――こうかな。武技〈四光連斬〉」

 

「……」

 

 

 ――ガゼフは言葉を失った。

〈四光連斬〉は自分が磨き上げてきたオリジナルの武技。それを一度見せただけで完璧に模倣されてしまったのだ。

 いや、もしかしたらブレインの方が精度が高いかもしれない。自分よりも綺麗に畑が耕されている気がする。

 

 

「あー、これ使えば四倍仕事が出来るかと思ったけど、体力的にキツイな…… ん、どうしたガゼフ?」

 

「う、うぉぉぉぉっ!!〈六光連斬〉!!」

 

「おおっ!! 流石にそれは真似出来そうにないな。凄い技じゃないか!!」

 

 

 悔しかったガゼフは〈六光連斬〉を使い続けた。

 

 

 

 



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蜥蜴人の村

期間が空いたので簡単な前回のあらすじ
ジルクニフ「王国獲りました」
ツアレ「リザードマンのお宝を見に行きましょう」
八本指「皇帝ぶっ殺してやる。ズーラーノーン幹部と手を組むぞ」
ガゼフ「農民に再就職した」


 バハルス帝国の領土となったエ・ランテル。

 ここは元々三国の領土に面していた為、交通の要として多くの人や物資が行き交っていた。帝国領となった現在でもそれは変わらない。

 そしてその都市は今、正体不明の襲撃を受けていた。

 

 

「組合長、最低でも百体以上のアンデッドが確認されています!!」

 

「衛兵達数名が負傷!! 襲撃犯の中には魔法詠唱者(マジックキャスター)と手練れの戦士がいるとの報告も!! このままでは門が持ちません!!」

 

 

 冒険者組合では慌ただしく言葉が飛び交い、送られて来る情報の裏付けも全く取れていない。

 それでも冒険者組合の組合長――プルトン・アインザックは必死に指示を飛ばし続けていた。

 

 

「住民の避難が最優先だ!! 銅級(カッパー)に避難誘導をさせろ。鉄級(アイアン)以上は全員戦闘準備だ。魔術師組合にも連絡、他の都市からも応援を呼べ!!」

 

 

 ――共同墓地よりアンデッドの集団が押し寄せている。

 何の予兆もなく、突然にそんな報告を受けた。

 アインザックはすぐに対応を始めたが、状況はあまりよろしくない。

 相手が低級なアンデッドのみであれば、数は多くともこの街の冒険者で十分に対応出来ただろう。

 しかし――

 

 

「――くっ、上位の冒険者がいないこんな時に……」

 

 

 エ・ランテルの冒険者はミスリル級が最高位だ。

 そしてミスリル級の冒険者チーム『クラルグラ』『虹』『天狼』は全て依頼でこの地を離れている。

 さらに間の悪い事に、白金級(プラチナ)以下の冒険者すらも多くが出払っていた。

 どう考えても人手が足りない。

 

 

「おい、君っ!! ここは任せるぞ!!」

 

「は、はいっ!! って、えっ!? 組合長どちらへ!?」

 

「これ以上報告を待っても出来ることは何もない。私も加勢してくる!!」

 

 

 目をパチクリさせる受付嬢を無視して、アインザックは組合を飛び出していった。

 その後、駆けつけた冒険者達によって襲ってきたアンデッドは全て倒された。

 幸いなことに住民への被害は全くなく、怪我人は多いものの冒険者や衛兵の中にも死者は一人もいない。

 

 

「一体何が目的だったんだ……」

 

 

 事後処理に追われながら、アインザックは今回の襲撃について思考を巡らせる。

 ――この事件は何かおかしい。

 結果だけ見ればこちらの被害は少なく、冒険者達の完全勝利と言えるだろう。

 しかし、アンデッドを操っていた者や手練れの戦士は捕まっていない。

 騒ぎに乗じていつの間にかどこかへ消えてしまった。

 

 

(何だこの違和感は――そうか、被害が少なすぎる。相手の引き際が早すぎるんだ)

 

 

 目撃した者の話ではかなりの強敵――それこそあの場にいた冒険者では太刀打ち出来ない程の敵がいたはずだ。

 他所からくる応援を警戒したのかもしれないが、それにしたって逃げるのが早すぎる。

 劣勢どころか優勢の内に逃げる意味が分からない。

 

 

「念のためエ・ランテル内で他の事件がなかったか調べる必要があるな」

 

 

 アインザックは今回の襲撃の目的は陽動の可能性があると考えた。

 アンデッドを陽動に使って、その間に他の場所で本命の事件を起こす。そちらの線でも調べたが、襲撃時に特に変わった事は起きていなかった。

 今回の事件で相手が得たものはないはずなのだ。それ故に相手の狙いも分からず、完全に事件は迷宮入りしてしまう。

 アンデッドに襲われたという事実だけが残り、周辺に住む者達の不安だけが溜まっていく結果となった。

 ――そして、事件はまだ終わりではない。

 

 

 

 

 ジルクニフは各都市からの報告書に目を通し、僅かに表情を曇らせた。

 エ・ランテルでのアンデッド襲撃事件を皮切りに、リ・エスティーゼ領の各都市で似たような事件が頻発したのだ。

 

 

「はぁ、面倒な事になったな。下手に襲撃が続いている分、民の不安だけでなく不満も溜まっているだろう」

 

「はい。一部ではそのような意見も上がっております」

 

「死人が多ければ恐怖が勝っただろうに。相手は上手いこと不満が上がる様に被害を調節しているな」

 

 

 部下からの報告を聞き、ジルクニフは本当に面倒なものだと頭をかいた。

 正直なところ直ぐにどうこうなるものではないが、放っておけば民の不満が爆発する可能性もある。

 それに襲撃の規模が拡大する可能性も否定は出来ない。

 

 

「仕方ない。何も手を打たずに今の私のイメージを崩すのは少々勿体ない。慰問の名目で私自らが襲撃に遭った都市を回ろう」

 

「民の不安や不満を抑えるには良い手ではありますが、主犯格の目的や正体が分かっていない現状では少々危険ではありませんか?」

 

「問題ないさ。おおよその見当はついている。護衛に五騎士も全員連れて行くつもりだ」

 

「畏まりました。直ちにスケジュールを調整させて頂きます」

 

「ああ、私の方でも色々と準備はしておこう」

 

 

 頭を下げて部屋を退出した部下を尻目に、ジルクニフは髪をかき上げ僅かに獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「私に喧嘩を売るとは舐めた真似をしてくれる…… 降りかかる火の粉は元から消し去ってやろう」

 

 

 表情を変えたのは一瞬――部下が部屋に戻ってきた時、いつもと変わらぬ様子でジルクニフは再び執務に励んでいた。

 

 

 

 

 『八本指』の各部門長が集まる会議。

 こちらは前回と打って変わって皆が笑顔を浮かべていた。

 

 

「まさかここまで上手くいくとは…… アンデッドの兵というのは便利なものだ」

 

「ちょっと予定は変わったけど、安全地帯から皇帝自ら出て来てくれるなんてね。しかもフールーダはお留守番だってさ」

 

「んもう、せっかくのフールーダ対策だったのに。まぁあれだけのアンデッドを操れるんだから、戦力としては想像以上だったけど」

 

「若いだけの馬鹿だな。危険だと知りながらトップが自ら慰問など愚かとしか言えん。襲ってくれと言わんばかりだ」

 

「皇帝を殺す機会が回ってきたのだからいいではないか。民衆に見守られながら死んでもらうとしよう」

 

 

 作戦が上手くいき完璧に帝国を出し抜いたと、彼らの声には余裕が戻っていた。

 会議室内に皇帝へ向けた嘲笑が響き渡るほどだ。

 

 

「まったく、浮かれ過ぎだよ。早くケリをつけないと。戦力を手薄にする為にどんだけ冒険者に無駄な依頼を出したか……」

 

「たしかに作戦の為とはいえ出費は痛かった。だが、次でそれも終わりだ」

 

「都市を訪れた間抜けな皇帝に襲撃。楽な仕事ね」

 

 

 気を引き締めようとするが、それでも頬の緩みが抑えられない。

 皇帝ジルクニフの最後を想像して、彼らは高らかに笑い続けるのだった。

 

 

 

 

 『八本指』がリ・エスティーゼ領のいたる所で事件を起こしていた頃。

 そんな事を全く知らないモモンガ達はトブの大森林にある巨大な湖――『ひょうたん湖』周辺にやって来ていた。

 目的はその辺りに住む蜥蜴人(リザードマン)が持つという至宝を見る事――ツアレの物語に使うネタ集めも兼ねている。

 そして今回の冒険にはモモンガとツアレの他に、もう一人参加者がいる。

 

 

「今日は誘ってくれてありがとう。とっても楽しみだわ」

 

「ふふっ、期待するような冒険じゃないかもしれないですけどね」

 

 

 黄金に輝く様な笑顔を振りまく少女――国が滅んで絶賛自由を満喫中のラナーである。

 冒険初心者の彼女が同行しているため、今回は出来るだけ荒事は無しにする方針だ。

 間違っても殴り込んで宝物を奪う――なんて事は微塵もするつもりはない。

 

 

「〈転移門(ゲート)〉とりあえず森までは直行だな」

 

 

 三人はエ・ランテルを出発し、闇を通り抜けてトブの大森林に向かった。

 普段から長距離を歩き慣れていないラナーに配慮し、森の中までは魔法でショートカットである。

 こうして大した問題もなくモモンガ達の冒険はスタートした。途中で休憩を挟みつつ、蜥蜴人の村を見つけるまでは非常に順調だったのだ。

 しかし――

 

 

「おい、怪しい奴らがいるぞ。特にあの仮面はヤバイ気がする」

 

「なんだアイツ。こんな所に人間か? 念のため族長を呼んでくる」

 

「分かった。俺たちはここで変な仮面を見張っておく」

 

「急いでくれ。アレは嫉妬に塗れた邪悪な気配がする」

 

「子孫を残せない雄の僻みか……」

 

「モテないんだろうな」

 

「結婚してる雄だけ殺されそうだ」

 

 

 こちらの接近に気がついた途端、蜥蜴人たちは迷う事なく厳戒態勢をとった。

 いきなりやって来た人間の三人組――一人はアンデッドだが――に対して彼らのとった反応は特別おかしなものではない。

 未知の危険への対処としては普通の事だろう。

 

 

「うーん、思いっきり警戒されてるな。どうしたものか……」

 

 

 かなり言われたい放題だが、モモンガには全く聞こえていない。距離がそこそこ離れているため、蜥蜴人の喋っている内容までは聞き取れないのだ。

 しかし、相手の慌てた様子からして、自分たちがかなり警戒されてしまった事だけは理解出来た。

 

 

「宝物を見せて欲しいだけなんですけど…… どうしましょう?」

 

 

 蜥蜴人たちをこれ以上刺激しないよう、村の入り口から離れた位置で作戦会議を始めるツアレとモモンガ。ラナーは無言で笑顔を浮かべて、只々二人の会話を聞いていた。

 頭の中では既に解決策を無数に思いついているが、彼女はあえて意見を言わずに黙っている。二人がこの状況をどう対処するのか、成り行きを楽しむ腹積もりである。

 

 

「ツアレやラナーのような子供がいても警戒するとは…… 向こうは人間自体に慣れていないのか? けっこう閉鎖的な文化なのかもしれないな」

 

「手土産とか用意した方が良かったんでしょうか? 彼らが喜ぶ物なんてサッパリ分かりませんけど……」

 

 

 今回は一度諦め、蜥蜴人について調べ直してから再び訪れるか検討していると、今まで黙っていたラナーが口を開いた。

 

 

「あら? モモンガ様、ツアレさん。向こうから一人近づいて来ましたよ」

 

 

 ラナーの指差す方向を振り向くと、村の中から一人だけこちらに向かって来る蜥蜴人が見えた。

 距離が縮まってから気が付いたが、その蜥蜴人は彼らの中でもかなりデカイ。二メートルは優に超えているだろう。

 そして特徴的なのはその腕――右腕だけが異様に太い。

 一人だけ別の種族、亜種だと言われても納得出来る程だ。

 

 

「よお、俺たち竜牙(ドラゴン・タスク)族の村に何の用だ」

 

 

 何となく雰囲気がチンピラっぽいが、ありがたい事に向こうから話しかけてくれた。

 このチャンスを逃すまいと、モモンガは社会人らしく挨拶を――

 

 

「初めまして、私の名前は――」

 

「って、てめぇは!?」

 

 

 ――出来なかった。

 しようとは思ったのだが、相手の驚いたような反応に遮られてしまった。

 

 

「てめぇはあの時の仮面野郎じゃねぇか!!」

 

 

 相手は口を大きく開けて、モモンガに向かって指をさして叫ぶ。

 その反応を見てツアレとラナーがモモンガに問いかけた。

 

 

「モモンガ様、お知り合いの方ですか?」

 

「いや、知らん。リザードマンに会うのも今日が初めてだと思うんだが……」

 

「ふふっ、でもあちらの方はモモンガ様を知っている様ですね」

 

 

 あの時と言われても、モモンガには心当たりが全くなかった。

 もちろんユグドラシルでは蜥蜴人という種族は珍しくなかったので、何度も会ったことがある。だが、この世界に来てからは初めてのはずだ。

 そこでモモンガはある可能性に気付いた。

 

 

「もしかして、プレイヤーの方ですか!!」

 

 

 ――そうだ、コレしかない。

 ユグドラシルのサービス終了時、自分以外にもログインしていた人は沢山いたはずだ。

 異世界に転移する条件などは分からないが、自分以外にも転移した人がいないとは言い切れない。

 

 

「はぁ? ぷれいやー? なんだそれ?」

 

 

 ――違ったようだ。

 同郷の人に会えた――そう思って上がったテンションは即座に下がった。

 だが、この仮面に見覚えがあるという事は、過去にもこれを持っていたプレイヤーに会った事があるのかもしれない。

 

 

(もしかして…… 転移の条件は嫉妬マスクを所持している事なのか?)

 

 

 馬鹿らしい仮説を生み出し、いや流石にそれはないなと即座に頭から妄想を振り払った。

 

 

「忘れたとは言わせねぇ。てめぇの所為で俺は死にかけたんだ」

 

「いや、本当に身に覚えがないんだが……」

 

「シラを切る気か? 二年ほど前、俺はこの村を離れて武者修行の旅に出た。その時行った雪山でお前に跳ね飛ばされたんだよ。危うく死ぬ所だったぜ」

 

 

 相手の言い方に鬼気迫る物を感じて、モモンガも真剣に過去を振り返る。

 二年前といえばモモンガがこの世界に来た年だ。ツアレと一緒にアゼルリシア山脈に行った覚えはあるが、蜥蜴人どころか他の生き物にもほとんど会った記憶がない。

 

 

「ツアレ、なんか覚えてるか? 雪山はツアレと一緒に行った記憶しかないのだが……」

 

「私も覚えてないです。たぶん誰とも会ってないと思うんですけど……」

 

 

 念のためツアレにも確認したが知らないようだ。おそらくこの蜥蜴人の勘違いだろう。

 

 

「ちっ、もういい。昔の事を言っても埒があかねぇ。それで、お前らは何しに来たんだ?」

 

 

 納得はしていない様子だが一先ずその話は置いといてくれた。

 モモンガはこれ幸いにと、今回の目的を話し出す。

 

 

「実はリザードマンに伝わる至宝があると聞きまして、私達はそれを――」

 

「ふん、お前が言いたい事は予想がついたぜ」

 

「えっ?」

 

 

 嫌な予感――それも確信めいたものがモモンガの脳裏をよぎる。

 

 

「宝が欲しいんだろ? だが、そんなもん認めねぇ。俺たちの部族は力が全てだ。欲しけりゃ力尽くでかかってこいやぁ!!」

 

「ええぇっ、ちょっと待って!? こっちは見せてもらうだけで――」

 

「貴様ら聞けぇ!! もし俺がこの戦いで死んだら、宝はコイツらにくれてやれ。俺が負けたんならお前らに勝ち目はねぇ。異論反論、うざってぇ事は一切認めねぇ。族長命令だ!!」

 

「お前こそ聞けよっ!?」

 

 

 相手が全く話を聞いてくれない。

 それどころか仲間達にも決闘をすると宣言してしまった。

 

 

「まどろっこしいのは無しだ。お互いに武器なんか捨てて殴り合おうじゃねぇか」

 

 

 相手は手に持った石斧のような武器を投げ捨て、こちらに拳を見せつけてきた。

 

 

(武器を手に持ってたのはお前だけだけどな)

 

 

 話がややこしくなりかけているので、口には出さずに心の中でツッコミを入れた。

 このまま流されてたまるものかと、元営業職モモンガは冷静に言葉を返す。

 

 

「いや、ちょっと待ってほしい。私達は戦いに来た訳ではないのだ。それに私は魔法詠唱者なんだが」

 

「あぁ? 俺を殺しかける程の突進かます奴が魔法詠唱者なわけねぇだろ?」

 

 

 身に覚えのない過去の所為で完全に肉体派だと思われていた。

 

 

(お前の目は節穴か!! 少しは俺の装備を見ろよ!!)

 

 

 過去に会ったという勘違いのせいだろうが、全くもって酷い偏見だ。

 仮面に籠手にローブ、どう見ても自分は魔法詠唱者の格好をしているはずなのに。

 

 

(宝物の扱いも勝手に決めちゃってるし、こんなのが族長でこの部族は大丈夫か?)

 

 

 モモンガには関係ない事だが、相手の豪胆さと無鉄砲さには少々不安を覚える。

 石橋を叩いて渡るなら新しく橋を作って安全策を複数用意して、結局空を飛んで渡る小心者のモモンガには真似出来ない所業だ。

 

 

「族長の勇姿を見届けるぞぉ!!」

 

「そんな変な仮面なんてやっちまえ!!」

 

 

 ――だが、彼ら的にはどうやら大丈夫らしい……。

 周りの蜥蜴人からは一切の反対が無かった。

 彼の信頼が厚いのか、それともこの種族の文化ゆえか、モモンガの意に反して場はどんどん盛り上がっていく。

 

 

「これがリザードマンのやり方…… やりましたねモモンガ様、異文化交流ですよ。しかもモモンガ様の得意分野です!!」

 

「こうやって物語は作られていくんですね。ツアレさんから聞いた戦いが生で見られるなんて嬉しいわ!!」

 

(味方がいないっ!! みんな何故そんな物騒な方向に持って行きたがるんだ!?)

 

 

 ――戦いで決着をつけたがる蜥蜴人。

 ――物語のネタを逃すまいとする吟遊詩人。

 ――モモンガの活躍が見たいだけの元お姫様。

 ――そして、身内に甘いアンデッド。

 色んな意味で期待の眼差しに全包囲され、モモンガは戦う事を余儀なくされた。

 

 

「俺は竜牙族の族長、ゼンベル・ググーだ!!」

 

「ただのモモンガです……」

 

「殺す気で来い。俺はお前が戦ってきた中でも最上級の相手だろうよ」

 

(確かに最上級だな。人の話を聞かないって意味ではだけど)

 

 

 相手の堂々とした名乗りに、気の抜けた返事を返すモモンガ。

 種族、職業、性格、モチベーション、戦う理由――性別以外全てが一致しない二人。

 この世界でも類を見ない、最高に温度差とレベル差のある戦いが幕を開けた――

 

 

「いくぞぉぉぉっ!!――」

 

 

 

 

「――ちくしょう、なんて重い拳だ。骨身に、沁みたぜ…… 俺の、負けだ」

 

 

 モモンガとゼンベルの決闘は直ぐに決着がついた。

 両者のレベル差は約五倍。

 何をどうやったってまともな戦いになる訳がない。

 

 

「流石ですモモンガ様。投げやりなボディブローで一発KOですね。個人的にはもうちょっと引き伸ばしてくれても良かったんですけど……」

 

「モモンガ様の戦い、とっても凄かったです。相手が悶絶して飛んでいく様が最高でした」

 

「あー、うん。ありがとう……」

 

 

 勝敗が分かりきっているため、戦いの内容は割愛する。二人の感想が全てだ。

 

 

「敗者は勝者に大人しく従うぜ。ただし仲間には手を出さないでくれ。あとは宝を持っていくなり、俺を殺すなり好きにしな」

 

 

 一度戦って満足したのか、ゼンベルは清々しい声で話しかけてきた。

 

 

「じゃあ私の話を聞いてくれ」

 

「おう!! と、言いたいところだが、酒だ。こんな強ぇ奴を讃えない訳にはいかねぇ。お前らぁ、宴の準備だぁ!!」

 

「いや、先に話を――」

 

「慌てんなよ。お前の言わんとしている事は大丈夫だ。お前が悪い奴じゃないってのは拳を合わせて理解したからよ。それにめんどくさい話は酒の席でするもんだ。分かるだろ?」

 

「お前さっきから何一つ理解してないだろ? それにこっちは未成年が二人もいるんだが。っていうか敗者は従うんじゃないのかよ……」

 

「がはははっ、宴の時は従ってやるよ。何時間でも話を聞いてやるぜ!!」

 

 

 ゼンベルは牙を剥き出しにして豪快に笑い、サムズアップした。

 

 ――結局流されて宴に参加する事になったモモンガ一行。

 村の中央に櫓が組まれ、原始的な炎が辺りを照らしている。

 三人は炎を囲むように座り、それぞれ彼らと談笑していつの間にか打ち解けていた。

 モモンガは勿論のこと、ツアレとラナーもキャンプファイヤーの経験はないため何気に新鮮な気分を味わっている。

 

 

「リザードマンに伝わる物語も独特で面白いですね。とっても勉強になります。他には――」

 

「食糧難ですか? うーん、それなら自分たちで魚を育てて――」

 

 

 ツアレは蜥蜴人たちに伝わる冒険譚を聞いていた。吟遊詩人の活動に使える貴重な経験が出来たと、彼女は今回の冒険に大満足な様子だった。

 ラナーは蜥蜴人の抱える問題を何となくで解決していた。

 本人は養殖など試した事もないのに、僅かな情報から一瞬で最適な方法を導き出せるあたり流石である。

 人間ではない者たちとの交流――自分の事を色眼鏡で見ずに、対等にただ賢い子として扱われる事が意外と心地良かったのかもしれない。本人に自覚はないだろうが、蜥蜴人たちと話す少女は自然な表情を浮かべていた。

 

 

「えっ、至宝ってこのお酒だったの!?」

 

「おうよ。凄えだろ? いくら飲んでもなくならねぇんだ。食いもんに困る事はあっても、ウチじゃ酒に困った事は一度もねぇ!!」

 

 

 モモンガは宴で出されたお酒――正確にはそれが入っていた『酒の大壺』がこの部族に伝わる至宝だと知り、結果的に目的を果たす事が出来たのだった。

 酒が無限に出て来るだけのアイテムであり、酒の味という意味でもユグドラシル基準で大して価値のある物とは思えない。

 

 ――だがレアだ。

 

 

(味は微妙だけどちょっと欲しいな…… いや、でも最初に見たいだけって言っちゃったし。村に伝わる宝物を欲しがるのは……)

 

 

 ゲラゲラと笑いながら酒を飲むゼンベル。

 そんな彼の横で顔に幻術を展開し、仮面を外して座るモモンガは密かに頭を捻っていた。

 

 

(あぁ、どうせ勝負するなら最初から賭けといてもらえば良かったなぁ)

 

 

 心の中で小さく湧き上がる蒐集欲。

 今更ながら彼らの至宝をコレクションしたくなったとは、隣で座る蜥蜴人には言い出せないのであった。

 

 

 

 



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