僕と、君と、歩く道 (小麦 こな)
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第1話

みなさんこんにちは!初めましての方は初めまして。小麦こなです。
初見さんは良ければデビュー作「月明かりに照らされて」を読んでみてね!作者ページを見ていただければTwitterに飛べます。
あとがきにて次話投稿日とお知らせを書いておきます。


 

4月1日(火) 天気 晴れ

 

 

こんなテンプレートな日記みたいな始め方はどうなんだろうって僕は思うけれど、たまには良いかなって思うからこのままいくね。

 

僕は今日も目覚まし時計で目を覚まして両親と一緒に朝ご飯を食べる。僕が中学生になって三回目の四月を迎えているから特に変わった事も無い。

僕はありふれた小説の主人公のような明晰な頭脳も持っていないし、抜群な運動神経も無い。だから中学校も公立なんだ。

 

副菜も添えるならば、かわいい幼馴染もいない。

 

朝ご飯を食べ終わってから自室に戻り、少しくたびれた制服を着る。正直学校になんて行っても格段面白い事なんて無い。だって僕に主人公補正なんてない平凡な人生を歩んでいるから。でも行かないと両親に迷惑をかけるんだから行かなくちゃ。

 

 

「行ってきます」

 

抑揚のない僕の声とは裏腹に小鳥たちはリズムに乗って歌を歌う。

外を出るとまだ気温が低いのに桜の花びらが舞ったり、新芽が出たりと寒色と暖色がぶつかっていて鼻がムズムズした。

 

歩いていると同じ制服を着た生徒らが僕より大きな一歩でズンズンと前に進んでいく。みんな新しい季節に気持ちが華やいでいるらしい。みんな暖色。

 

 

僕はみんなとは違い冬眠中に無理矢理叩き起こされたクマのようにのしのしと歩いて中学校に到着、そして二年の時と同じ下駄箱に靴を入れて掲示板に向かう。

 

「えーっと。や……や……」

 

僕は自分の名前を探していた。新しいクラスを見る為なんだけど、友達が少ない僕にはどのクラスになっても不利益が無いから気楽な気持ちなんだ。だからクワガタ虫欲しさに雑木林の中に入るようなドキドキ感なんて僕の心には存在しないんだ。

 

僕の新しいクラスは3-Aだった。僕はそのまま教室に向かって歩いていき、自分の席を見つけるや否やすぐに座り始業式の時間になるまで机に突っ伏した。

今だから言える事なんだけど、今回の始業式の記憶が全く残って無いんだ。校長先生のありがたい言葉など、僕にはただのお経にしか聞こえなくてこのありがたい言葉の意味を理解するにはまだまだ時間がかかるんじゃないかな。

 

 

 

それにね、この後の出来事が印象的だったんだ。

 

始業式が終わったらお決まりのクラス内自己紹介。みんなハキハキと声を出して精いっぱい自分の事をプレゼンしていた。

そして僕の番になる。僕はすっと立って自己紹介。

 

「山手聡士です。一年間よろしくお願いします」

 

すごく普通にやりこなした。ちなみに読み方は「やまて」であって日本の首都圏を延々とぐるぐる回っている鉄道路線のような読み方では無い。名前は「さとし」と普通に読む。みんなこっちを向いて言い終わったら温度の分からない拍手を僕にくれた。

 

ここで後悔したのが、僕の後ろの席にいる女の子の自己紹介を真剣に聞いていなかった事。後ろから読んでも同じ読み方だとしか聞いていなかったんだ。

この後、僕はちょっとした事件に巻き込まれる。

 

 

自己紹介が終わって、今後の予定を担任の先生が話し終えれば学校初日なんて終わる。みんな中学生活最後の部活動だからか、やる気の満ちた表情で持参した弁当にがっついている。

 

僕は部活に入っていないから帰ろうとした時。

 

つい「あっ」って言ってしまった。

 

スクールかばんが開けっ放しだったのを忘れて肩に掛けようとしたら僕のかばんの中からA4サイズでA罫の薄い青色の大学ノートが床に鈍い音を立てながら落ちた。

僕はそのノートを拾おうと思ったんだけど……。

 

 

 

 

女の子らしいきれいで華奢な手が先に僕のノートを拾ったんだ。

 

「これ、山手君のノートですよね?」

 

メガネをかけたショートカットの女の子。

僕は妙にドキっとしたんだ。だって女の子に話しかけられる事なんて今までにほとんどなかったから。それに声のトーンで分かったけど、僕の後ろの席に座ってる女の子だ。自己紹介なんて聞いてなかったから名前が分からない。

だから僕は「ありがとう」って言った。

 

「いえいえ!当然の事ですから!……どうして始業式にノートを持ってきているんですか?」

 

まさかこうして話が継続するなんて思わなかった。かなりドギマギしながら答えたから声は震えていたし、所々噛んだ言葉もあるけどこう伝えたんだ。

 

「僕は毎日このノートに日記を書いているんだ。最近始めたんだけど」

 

「おお!日記なんて凄いッスね!」

 

確かに日記を書いている人ってほとんど見かけない。毎日になるとめんどくさいし、そんな事をする暇があったら受験勉強した方が良いって考える人も多いと思う。

でもね、僕がそれでも日記を書くには理由があるんだ。

 

「今日の出来事をバネに明日は今日より一歩進みたいから日記を書くんだ」

 

これは僕のモットー。人間は目に見える成果しか見ないんだ。だけど僕はたとえどんな小さな一歩でも前に進めたら進歩なんだって思う。今は友達も少ないし勉強も、スポーツも出来ないけど何にでも頑張ってみようって三月の最終日に思ったんだ。

 

 

 

こんな出来事が事件では無いと思う人もいると思うけど、僕には事件。それにまだ終わっていなかった。

 

と言うのも日記を拾ってもらって帰ろうとしたんだ。すると、

 

「良かったら、途中まで一緒に帰りませんか?」

 

その時、僕のドキドキはキャパシティーを越えた。胸の鼓動が視界を揺らしているように感じてしまうほどだった。もちろん断る理由もないから了承した。

だけど問題が山積みなんだ。まずこの女の子の名前を知らないという問題がある。女の子は僕の名前を知っているのに。それに加えてこの女の子、かなりかわいい。

 

でも今日から少しづつ進むんだから勇気を振り絞ったんだ。こんなに勇気を出したのは生まれて初めてかもしれない。

 

「キミの名前、なんだっけ?」

 

高いところが苦手でまだ飛ぶことが出来ないひな鳥のような気持ちだった。みんなは当たり前のように出来る事が僕には勇気のいる事なんだ。

勇気を振り絞って良かったと今になって思う。

 

「え!もう忘れたんですか!?……大和麻弥です。覚えてくださいよ~」

 

こうして大和さんと知り合えたのだから。僕のルール上、名前の知らない人は知り合いの数に入れないから、今年に入って出来た初めての知り合い。

ひな鳥のような僕も、いつか大空に飛べる日がくるのかな。

 

「うん。もう覚えたよ。これからはよろしくね、大和さん」

 

 

 

 

僕と大和さんはそのまま一緒に帰った。僕と大和さんは帰り道の方向が同じで大和さんの通学路の途中で僕の家があるという事実を知った。

僕は大和さんと別れた後、無性に落ち着かなかったんだ。多分女の子と一緒に帰ったという高揚感が原因なんだと思う。

 

「何か良い事でもあったの?」

 

晩御飯中もずっとそわそわしている僕に母親はそう聞いて来た。女の子と一緒に帰ったんだって言ったらいじられそうだったから僕は「別に何も」って言ってやった。

 

そのままの状態でお風呂に入って自室に入り、大学ノートを机に出して昨日始めたばかりの日記をつらつらと書いたんだ。

今日はなんだか字までもがフワフワとしていたけど、今日ぐらいは良いんじゃないかな。

 

 

僕は大和さんとの別れ際にした会話が頭から離れてくれないんだ。大和さんは普通に出した言葉だと思うけど、僕は嬉しくてつい大きな声で返事をしたんだ。

 

今日は目に見えるような大きな一歩を踏み出したんだ。人間みんなが欲しくてたまらない成果。そんな成果を今日は達成できたから明日は目に見えない一歩かもしれないし、また見えるかもしれない。けど僕は今日より明日は成長している事を願ってみる。

 

別れ際、二人で交わした会話。

 

 

 

「では、山手君。また明日」

「うん、大和さん。またね!」

 

 

 




@komugikonana

次話は11月28日(水)の22:00に投稿予定です。

少しだけお知らせを。

・『月明かりに照らされて』のエンドロールを最新版にしました。最終話のあとがきにエンドロールを載せました。
・私にメッセージを送ってくださった方々、出来れば返信をお返ししたいので設定を「すべて受信」にしていただくか、お気に入りユーザーに入れていただければ幸いです。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第2話

 

少しずつ過ごしやすい気温になってきた4月28日。ちなみに今日は月曜日だから学校が始まるので僕はいつも通りの朝を迎えている。

いつも通りの朝って言うのは二階にある自室から下に降りると焼きたての食パンが置いてあって、それにイチゴジャムをたっぷり塗って食べるいつもの朝。食パンは五枚切りを好んで食べる。

 

僕はぽけーっとある事を考えていた。それはゴールデンウィークの事なんだけど、今年のゴールデンウィークははっきり言ってクソなんだ。三日の憲法記念日が土曜日でみどりの日が日曜日に配置されていて、日曜日だけ振替休日になって四連休しかない。

ゴールデンとか言っているけど金メッキがはがされてガタガタに錆びついている。

 

そんな不満を心に秘めながら学校に行く準備をする。着替えながら窓で外を見るとどんよりと重たそうな雲が空を覆っていたんだ。

まるで僕の心を投影したような、そんな空模様だったんだ。

 

僕は準備を終えて家のドアを開けた。たしか、テレビの星座占いを見てから出たから八時ちょうどぐらいだったと思う。ドアを開けると、ちょうど家の前を通っていた同じ学校の女子生徒とばっちり目が合った。

 

そう言えば今日の占いの結果によると、僕の今日の運勢は一番良いらしい。

 

 

「あ、おはようございます!山手君」

 

僕の目の前に現れた女子生徒は新学期になって知り合った大和麻弥さん。実のところ最近の登校時間はかなりの頻度で大和さんと出会うんだ。しかも僕の家の前で。偶然ってすごいと思う。

大和さんはどう思っているかは知らないけど、僕は大和さんと一緒に登校出来るかもしれないって毎朝期待しているんだ。……ここだけの話だよ?

 

だから僕は嬉しさを隠しきれずに大和さんとあいさつするんだ。

 

「おはよう、大和さん!」って。

 

それから二人で並んで片道十五分の通学路を歩く。他愛のない世間話からいつも話すんだけど、大和さんはいつも話に乗ってくれる。まだ僕は大和さんがどんな趣味を持っているのか、好きな事は何なのかって分からないんだ。

それらが分かればもっと仲良くなれるのかなって最近思うんだ。この気持ちは何なのかはまったく分からないけど、大和さんの事をもっと知りたいって思うのだ。

 

 

 

僕たちは学校についても大抵、同じ行動をするんだ。だって下駄箱も僕の下は大和さんだし、クラスも同じで席も僕が前で大和さんが後ろなんだから。

中学生って恋を恥ずかしいって思うよね。僕も思う。ちょっと男女二人で話をしたりするだけですぐに「あいつら付き合ってるんじゃね?」って噂になるんだ。

 

この事例は僕と大和さんにも当てはまったんだ。

 

「なぁ、山手。お前大和と付き合ってんの?」

 

昼休み、僕は前の席にいる桃谷って奴と仲良くなって一緒にお弁当を食べるようになったんだ。桃谷って結構チャラい見た目だけど根は凄く良い奴で人脈も広いしおまけに誰とでも仲良くなれるタイプなんだ。

 

「ううん。付き合ってないよ」

「そうなのか?大和って目立ちはしないけど結構かわいいよな」

「僕もそう思う。クラスで一番かわいいかもしれないね」

「山手、お前大和にぞっこんじゃん」

 

僕はうっかり本音を言ってしまった。でも桃谷がかわいいって言うぐらいだからみんなそう思っているかもしれないって考えてみたら、何だか面白くない。

そのまま僕はぶっきらぼうにお弁当のおかずを口に放り込んだ。

 

 

 

今日の午後の授業は散々だった。

五時間目に社会の授業なんだけど、お昼ご飯後の社会なんてこんなの生徒に催眠術をかけているようなものだ。しかもこの催眠術の命中率はずば抜けて高く、ぐったりしている人も多い。

僕もその被害者の一人で、まるで和風旅館の庭にあるししおどしのように頭を上下に揺らしていた。

 

ししおどしって鳥獣を驚かせて追い払う仕組みなんだけど、今回はどうやら教壇にいる獣に見つかってしまったらしい。

 

「山手君!起きてください!」

 

後ろから背中をシャーペンでつつかれ、僕は起きる。

大和さんの指示通りに起きてみると、教壇に立っている先生が僕の方を睨んでいた。寝ぼけ眼の僕にはクマにしか見えなかった。

 

 

「山手。放課後職員室に来なさい」

 

 

 

僕は放課後職員室に向かった。クマだから鈴か撃退スプレーを持っていったら何とかなると考えて鈴っぽい物が付いているペンを大和さんに借りたけど、効果は無かった。

所詮、世の中の撃退法なんてほとんど迷信なのかもしれない。

 

僕はクマから渡された補習プリントを持って図書室に向かう。このプリントを提出してからじゃないと帰れないらしい。猟友会の方を呼びたい。

 

 

僕は社会が苦手で、特に公民なんてさっぱりだったりする。覚えても訳の分からない言葉の羅列ですぐに忘れてしまう。補習プリントも全く分からないから今度は死んだふりをしてやり過ごそうか。

 

「ここにいましたか!どうです?がんばっていますか?」

 

図書室のドアが開いたと思えば開けた人物は大和さんで、僕を見つけるなり僕の椅子の隣に座ってきた。僕はそう言えばペンを借りたままだった事を思い出して、何だかデートの待ち合わせ時間に遅れたような申し訳ない気持ちになった。

 

「ごめん、大和さん。このペン返すね」

「いえいえ。お役に立ちましたか?」

「結果、補習プリントがどっさり来たよ」

 

僕は大和さんにプリントを見せると、大和さんは苦笑いをしていた。量もそうだけど、白紙の多さにも苦笑いを浮かべたのじゃないかな。

 

「ジブンも手伝いますよ」

「え?」

 

僕は大和さんがどうしてそのような言葉を僕に掛けたのかは分からないけど、とにかくびっくりしたんだ。

それと大和さんのメガネ越しから見えるきれいな目に見とれていたんだ。

 

 

 

 

「ありがとう大和さん!すぐに終わったよ!」

「お役に立てて良かったです」

 

僕たちはまた二人で家に帰る道を歩いている。

ひっつきすぎず、離れすぎずの適度な距離を保ちながら。

 

「大和さんって友達と話す時も敬語なの?」

「はい。ジブンはこの口調で慣れていますので……」

「そっか」

 

少し軽めの話題を振ってから、僕は核心を聞きだす。

 

「どうして大和さんは図書室に来たの?」

 

僕は大和さんに聞いた。図書室に来た時の大和さんは「ここにいましたか!」って言っていたから僕を探していた可能性があるって思ったんだ。

そう思っていると、僕の心臓が急に仕事をし始めた。

 

 

「社会の熊谷先生に山手君の様子を見て来いって言われたんですよ」

「あ、そうなんだ。僕ってそんなに信頼が無いのか~」

 

少しがっかりしたと同時に本気で猟友会を呼んでやろうかって思った。

 

 

だけど、ここから先は凄く鮮明に覚えているんだ。

大和さんとの会話も、僕の心情も。

 

「でも、山手君ってすごいなってジブンは思いますよ」

「え?どうして」

「苦手な事に妥協しないで取り組んでいますから!それにジブンは前向きなところに憧れます」

 

褒められて恥ずかしいやら嬉しいやらでちょっと顔をそらしてしまったんだ。まだ目に見えないような距離しか進んでいない僕にも人から褒めてくれる長所があるなんて。

 

「ありがとう、大和さん」

「とんでもないですよ~」

 

でも、僕は少し気になった点があるんだ。それは大和さんの目の表情で、何だか一瞬だけ下を向いたんだ。もしかしたら大和さんは何か前向きになれない事があるのかもしれないって思ったんだ。

 

だから僕はもし大和さんが何か前向きになりたい事とか今夢中になっている趣味とかがあるならばそれを応援したいなって思った。

 

「大和さんも一緒に頑張ろうね!」

「?……そうですね。頑張りましょう!」

 

 

 

 

僕はこの日、密かに決心したんだ。

何か大和さんの力になりたいって。

 

 




@komugikonana

次話は11月30日(金)の22:00に投稿予定です。

この小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterをフォローしてくれた方もありがとうございます!

評価9と言う高評価をつけていただきました Miku39さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

なんと!第1話からルーキー日間にランクインしていました!これも読者のみなさんが始まったばかりのこの小説を支えてくださった結果です。
ありがとうございます!これからも応援よろしくね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第3話

 

金メッキがはがされている事も知らずにドヤ顔で「今日は国民の休日なんだよ」って言われているような気がする5月4日(日)。

僕はそんなゴールデンウィークに何だか腹が立ってきて家に居るのが億劫に思うようになり外に飛び出した。

 

だけど、今なら言える事が一点ある。

それは、今日外出していて良かったと言う点に尽きる。

 

 

僕は特に用事が無かったから、街にある本屋さんに出かけて文庫本の新刊コーナーに行って良さげな物があったら買おうって思っていた。

その途中で、僕は見覚えのある女の子を見つけたんだ。その瞬間僕の心臓が速足になったから、つられて僕も速足で彼女のいる方向に向かう。

 

「おはよう!大和さん」

「あ、おはようございます山手君!奇遇ッスね~」

 

やっぱり彼女の正体は大和さんだった。僕の心臓がまだ速足なのは多分、休日にクラスの女の子に会うと言うシチュエーションが何だかデートみたいだって思ったからだ。

 

「大和さんは何をしていたの?」

「ジブンはこれから楽器店に行こうって思っていました」

「え?楽器店?」

 

中学生の行先にしてはいささか稀有な回答に僕は頭にクエスチョンマークを浮かべる。確か大和さんは吹奏楽部に所属していないし、中々大和さんと楽器がイコールで結ばれない。

 

「良かったら、山手君も一緒に来ますか?」

「ほんとに?やった!」

 

正直なところ、楽器に少なからず興味があったんだ。テレビでバンドを見ていたらギターってかっこいいな、とかドラムって難しそうだな、とか。

それに楽器屋に入る事なんて普通の人は経験できないじゃん?楽器が素人なのに店に入って店員に絡まれたらどうしたらいいか分からないし。

 

だから僕は大和さんの誘いに乗った。

それと同時に、もしかしたら大和さんは趣味が楽器を弾く事なのかもしれないって思ったんだ。僕はギターを弾く大和さんを想像する。普段はおとなしいけど、ギターを手にした瞬間すごい音を出してヘドバンしながらメタル系を演奏するのかも。

 

「ここです!」

 

大和さんに着いて行って到着したのは「江戸川楽器店」。楽器店ってもっとこじんまりしているのかなって思ってたけど、案外大きさがある。

それに大和さんはいつもより表情がイキイキしている。目が北極星のようなまばゆい光を発しているようにも感じる。

 

僕たちは楽器店に入店する。入った瞬間、壁にたくさんのギターやベースが掛けられていることに驚いたんだ。まるでプラネタリウムにいるような感覚だった。見渡しても周りはきれいに輝く楽器ばかり。

 

呆気にとられていた僕は横に大和さんがいなくなっているのに気づけなかったから、ふと横を見て誰もいなかった時、肝がヒヤリとした。

周りを見渡してもいなかったから慌てて探していると、何だか箱みたいな機械の前でしゃがんでいる大和さんを見つけた。

 

「急にどこか行かないでよ、大和さん」

Marshall(マーシャル)に、Fender(フェンダー)のヘッドアンプ……フヘへ」

「……大和さん?」

「うわあ!?山手君!」

 

見つけたのは良かったけど、大和さんは何やら訳の分からない言葉を発していた。何だか僕だけ外国に飛ばされたような錯覚になった。

用語も、周りの人間も、僕の常識が通じない。

 

「あ、スミマセン。機材を見てると興奮しちゃうんです」

「そうなんだ。……大和さんの見ていたこの箱はなんなの?」

「これはギターアンプのヘッドです!スピーカー内蔵のキャビネットの上に載せて使うんですけど、このMarshallは真空管が付いていてパワフルな音が鳴る代表的なアンプで、このFenderはこの会社にしか出せないジャキジャキ感がもう……」

 

身の周りが外国で訳が分からないから大和さんに通訳をお願いしてみたけど、その通訳が外国語で話されていて全く分からない。

けど大和さんが話す時はとても楽しそうで本当に好きなんだなって思えてきて、言葉の意味は分からないけど、僕は自然と笑顔になった。

 

「おー!このMarshallのアンプ、フットスイッチが付いていて触らずに足で自在にクリーンと(ひず)みを変えれますよー!これならエフェクターを使わずギターとアンプの……」

「大和さんってギター弾けるの?」

「あ、ジブンはギターを弾けないんです」

 

僕は危うく転びそうになった。だってあんなにギターのアンプ?について熱く語っていたのにギターを弾けないって凄く矛盾しているから。逆を言うなら、弾けない楽器の機材でこんなにも語れるなら弾ける楽器はとてつもない知識量なのかもしれない。

 

「ジブンはドラムをしています」

「へー!ドラムって難しそうだけどかっこいいよね」

「そうですよね!ドラムって実はバンドで使う楽器の中で一番簡単って言われていますが、リズム感が物を言う楽器ですし、ドラムの実力がバンド全体に反映されるといっても過言では無いです。ドラムと言えば、現在の配置にしたのはあの有名なイギリスのロックバンド……」

 

 

大和さんはドラムの事について熱心に話す。話の大半が理解できないけど、好きな事にこんなにも向き合える大和さんがすごいなって思えて。

だから4月28日に見せた下向きの表情の意味が分からなくなった。

 

 

ちなみにこの後も楽器屋に居た。僕も個人的に楽しませてもらったし、また来たいと思えた。帰る時、入り口の横にあったスピーカーみたいなものを大和さんが見つけて「おー!これはヤマハの名器、BR12ですよ!リーズナブルなのに……」とまた訳の分からない言葉が飛び出したりしたんだ。

 

 

楽器店を後にしたら、大和さんが少しシュンとしていた。

 

「スミマセン……また熱くなってしまって……」

「楽しそうだったよ。大和さん」

「ジブン、こんな感じで機材を目の前にすると語りだす悪い癖がありまして……みんなひくんですよ……山手君もひきましたか?」

 

 

失敗してしまって怒られた子供のようにうなだれている大和さんに、僕は思った事をしっかりと言おうって思ったんだ。

僕は大和さんを呼んで、こっちを向いた彼女の顔をしっかりと見る。目と目を合わせて。

僕の感じた想いを、嘘偽りなくまっすぐに伝えるんだ。僕は大和さんに悲しい顔をしてほしくないんだ。

 

「僕はひかなかったよ。逆にすごいって思った」

「……どういう事ですか?」

「好きな事に真剣で。前向きで。それは誰にでも出来る事じゃないから」

「山手君……」

 

僕は好きな事って長続きしないって思っているんだ。簡単に言えば好きな事っていつか飽きると思っている。昔は良くやっていたのに今は……という経験はあるんじゃないかな?

でもそれは、どこかで真剣になれていないから飽きるんだ。大和さんは真剣に好きな事と向き合っている。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

少し顔を赤らめてお礼を言う大和さん。

何だか僕まで熱くなってきた。僕と大和さんの周りにはむずがゆい空気が漂っていて僕の身体をくすぐっている。

 

「や、大和さん!そろそろご飯食べない?ファミレスとかで」

「あ、はい!」

 

 

 

 

僕たちはファミレスに行き、注文を取った。

たしか僕はランチセットAを、大和さんは野菜たっぷりクリームスパゲティにサラダを注文したと思う。どうやら大和さんは野菜が好物らしい。

 

各々注文をしていた商品たちは、僕たちの机にオシャレな服装を装ったようなきれいな盛り付けをされてやって来た。

僕は主役のエビフライをナイフで一口大の大きさに切ってからフォークで口まで運ぶ。

 

僕も大和さんも食事中はあまり話さなかったから黙々と食べて、食べ終えるとそのまま今日は解散になったんだ。

ご飯を食べている時に僕はちらっと大和さんの方を向くと、たまたま目が合いお互い顔が赤くなり微妙な空気になったんだけど、お別れの時は元気よく言えた。

 

「山手君、今日は楽しかったッス!」

「ばいばい!大和さん」

 

僕も、今日は楽しかったよ。大和さん。

 

 




@komugikonana

次話は12月3日(月)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにしてくれた方々、ありがとうございます!
Twitterをフォローしてくれた方もありがとう!

評価10と言う最高評価をつけていただきました 黒猫ウィズさん!
評価9と言う高評価をつけていただきました ふがふがふがしすさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました シフォンケーキさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました ゆいがはまさん!
評価8と言う高評価をつけていただきました tk00さん!
評価7と言う高評価をつけていただきました 麻婆豆腐の人さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!

「ここを改善した方が良いよ」と言う点があればアドバイスを頂ければと思っています。

評価バー点灯&お気に入りが50を超えました!これも読者のみなさんのお陰です!
お礼として、来週は月火木金の4回投稿しますのでお楽しみに!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第4話

 

もうすぐ梅雨入り前だから今のうちに照らしておこうと太陽が頑張っている5月21日(水)。

 

今日の天気は快晴で気温も過ごしやすく、僕の中では一年で一番好きな季節辺りなんだけどテンションは天気のように晴れ晴れしない。

通学路を歩く同じ学校の生徒も心なしかうつむいて歩いているように見える。

 

今日からテストの一週間前なんだ。小学生の時のテストなんて勉強しなくても高得点は難なく取れるけど、中学ではそう上手くいかない。学力で評価される世の中は中々辛辣で、この先がとても不安になる。

 

「山手君はテスト、大丈夫なんですか?」

 

今日も一緒に登校している大和さんが僕に聞いてくる。

今回の僕は一味違うぞというところ大和さんに見せてあげよう。僕はその場所で立ち止まって控えめにだけど、立派に胸をはって答える。

 

「今回はなんと二週間前から勉強を始めたんだ!すごいでしょ!」

 

僕はまだ覚えている。大和さんが言った言葉を。

 

「それって普通の事じゃないですか?」

 

 

僕は田舎の畑に走り回るキジのような気持ちになったんだ。

僕にとっては大きく助走をつけて飛べるような高さも、他の種の鳥なら助走が無くても僕より高く飛べるんだ。

僕と大和さんは同じ種だけど、ベクトルが違うって思い知ったんだ。

 

 

 

「べ、別に悔しくなんかないもん」って感じでそのまま僕は速足で学校に到着した。そして一時間目の授業を受ける。科目は社会。

今日はテスト前だからプリントを貰って、授業中に解答して答え合わせする時間なんだ。僕の二週間の成果を見せてやると意気込んでプリントを解き始めたんだけど。

 

数分後、白紙だらけのプリントが出来上がったんだ。

 

 

 

「大和さん!勉強を教えてくださいお願いします!」

「ちょ……山手君……みんな見てますよ」

 

僕は一時間目が終わって礼を終えてそのまま180°振り返ってきれいにお辞儀してお願いした。お願いする身なんだから元気よく言葉を発した。

周りからざわざわ聞こえるけど関係ない。僕は本気なんだ。

 

「わ、分かりました。……放課後に図書室でしましょうか」

「ありがとう!大和さん!」

 

僕は思わず大和さんの手を握ってブンブン振り回す。大和さんは「うわあ!?」と言いながら真っ赤な顔で僕の行動にされるがままだった。

 

 

そこから放課後に僕は図書室に向かうんだ。

……そうだ。その前にちょっとしたトラブルがあったんだ。それは昼休み。

 

五時間目は体育で、女子たちは更衣室に向かった。要するに3-Aは中学生男子しかいないんだ。僕はそそっと着替えていると桃谷と数人がやって来た。

 

「おい山手!お前大和にナニを教えてもらうんだ!」

「え、ちょ、そんなんじゃないって!」

 

僕は上半身裸の桃谷と、数人の男子に囲まれた。本当に中学生男子はダメだ。すぐに性の方向に持っていくんだから。それと桃谷にはちゃんと体操服を着てから僕の近くに来てほしい。

 

「中間テストの勉強だよ、桃谷」

「とか言って、こっそり期末に出る保健体育の勉強なんだろ?」

「それに大和も顔赤かったぜ……お前、まさかすでに……」

 

僕は(らち)が明かないと思い、体育館シューズを持って逃げた。後ろから上半身裸の桃谷と数人が追って来て、周りから見たらカオスな追いかけっこが始まったんだ。

ちなみに中3の保健の授業は公害問題やら応急処置の仕方である。

 

体育の授業はこう言う時に限ってドッジボールで先生までグルなんじゃないかって思えてしまった。

僕は練習の時点からボコボコ球を当てられて、試合が始まったらみんな僕を一斉に狙ってきて散々な体育だったんだ。

 

桃谷が「顔面に当たったらセーフ」とか言う小学校の時にあった謎ルールを適用してきた時には冷や汗どころか、僕の心臓にドライアイスをつけられたかのようだった。

 

 

 

こんなトラブルがあった後の放課後、僕は桃谷や数人がくれた保冷材を持っていたハンカチにくるんで頬っぺたに当てながら図書室の方に向かった。

僕と大和さんは掃除の順番で、トイレ掃除だったから終わるのが別々。だから掃除が終わったら各々図書室で待ち合わせようとなったんだ。

 

図書室に入るとまだ大和さんは来ていなかったから、先に道具を広げて勉強を開始する。僕は大和さんに勉強の仕方を中心に聞きたいと思っていたんだ。新学期が始まって早二ヶ月、大和さんは優秀な頭脳の持ち主だと言う事が分かったんだ。

 

「お待たせしました。……ぷっ」

「大和さん、来て早々笑わないでほしいな」

「スミマセン……つい」

 

僕も掃除の時に鏡を見て気づいたのだけれど、顔が異様に赤くなっててそれでいて顔がむくんでいるかのようにパンパンだったんだ。

後で桃谷には嫌いな牛乳を1ℓパックで用意して五個ぐらいロッカーに突っ込んどいてやろう。

 

「それで本題なんだけど、公民ってどうやって勉強してるの?」

「公民ですか~。覚えにくいですけど、ジブンは意味を理解しながら覚えていますよ」

「えっ?どういう事?」

「例えばですね……。ジブンは機材を知る為にまずどうしてこの部品が付いているんだろうって考えるんですよ。それが分かったら他にも応用出来ますし、忘れにくいですからね。ギターなんて内部部品をちょっと変えるだけで違うギターが出来上がったり、自分でピックアップなんかをカスタマイズして……」

 

大和さんはまた自分の世界に入ってしまったけど、この言葉はとても重みのある言葉だってその時思ったんだ。

僕も毎日日記を書いて今日より明日は一歩でも進歩しようって思っていたけど、意味を理解しながら書いて、意味を理解しながら読み返したらきっと効果は今までより倍増するはず。

 

僕は大和さんに会ってから、日記を書き始めてから多少は進んでいるんじゃないかなって思っていた。今まで数人だった友人もそこそこ出来たし。

でも、今気づいたんだ。どういう方向に歩を進めたらいいのか自分でも分かっていなかったんだ。

 

「ハッ!……スミマセン。また癖で」

「いや、十分分かったよ。ありがとう、大和さん」

「そうですか?では続きをやっていきましょう!」

 

大和さんはルーズリーフにペンを走らせて数学を解いている。僕はこのまま公民の教科書を読みながら、ピンクの蛍光ペンで作った枠の中に書かれている法律を理解していく。

 

「ねぇ、大和さん」

「どうかしましたか?」

 

僕は、悪いと思いつつ問題を解いている大和さんに声をかけたんだ。

僕の歩く道が不明瞭だから、明かりを灯したくなったんだ。

 

「大和さんって……将来してみたい事ってある?」

「ジブンですか?」

「うん」

「ジブンは……難しい事ですけど、音楽に携わって生きていきたいって思っています」

「それって、プロのミュージシャンになりたいって事?」

「ジブンはサポートが得意ですからスタジオミュージシャンになりたいって思っていました」

「そっか」

 

僕にはスタジオミュージシャンって何をやる仕事なのかは分からないけど、音楽だけで生きていける人間は一握りだって言う事は僕でも分かる。

 

「本当はスタジオミュージシャンになりたいです。しかしほとんど諦めました。ジブンには無理な気がしたので」

 

僕はこの時、自分の歩を進める方向が分かったような気がしたんだ。

それはまるで真っ暗闇の中に一匹のホタルがぽっと出てきてフワフワしているような、そんな感覚。

一匹のホタルが出てくれば他のホタルも出てくる。そしていつかは大きな光になるんだ。

 

 

 

「大和さん、きっとスタジオミュージシャンになれるよ。僕はそう思う」

「えっ……。あ、ありがとうございます?」

 

僕の進む道、しっかりと見ていてほしい。

 

 




@komugikonana

次話は12月4日(火)の22:00に投稿予定です。

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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

もう12月なんですね。一年は早いですね。
私は来年から社会人ですね……。23歳ですけど(笑)
みなさん、体調には気を付けてくださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第5話

 

テレビの天気予報で梅雨前線が停滞して今週も天気は優れないと毎日毎日同じような内容を繰り返す6月9日(月)。

天気予報が言うには晴れ間は今日までと言う早速の矛盾発言にうんざりしながらイチゴジャムを塗った食パンを咀嚼する。今日は念のため折り畳みの傘をカバンに入れておこうと思いながらニュースを見る。

 

僕ははっきりとニュースなんて聞いていないけど、今日の地方枠トップニュースは車のドライバーのミスによる物損事故だった。

まだ僕は車を乗ったことが無いからアクセルとブレーキの踏み間違いなんてするものなのか分からないが、いきなり車がトップスピードでぶつかってきたらたまらないと他人事のように考えていたんだ。だって僕たちの街は高齢者が少ないから。

 

僕はその後服を着替えに二階へと上がったから知らないけど、そのニュースで若年層もよくアクセルとブレーキを踏み間違える傾向にあるってどこかの大学の偉い教授が言っていたらしい。

 

 

僕は登校する準備を終えて家のドアを開けると、玄関付近の電柱に背中を預けている大和さんがいた。

僕たちは朝の八時に集合して一緒に登校するようになったんだ。たしか、楽器店やファミレスで食事した日に僕と大和さんは連絡先を交換して、その日辺りに。

 

ちなみに集合を決めた最初の方に、母親が大和さんを見つけて僕にどういう関係かを朝っぱらからしつこく聞いて来た時もあった。最近はニタニタしながら僕の方を見るだけなんだけど、なんだか腹が立つ。

 

 

僕は大和さんに「おまたせ」と一言断りを入れて一緒に登校を始める。夏服になって薄着な大和さんと歩く僕は、胸をドキドキさせながら歩いていた。

まるで、レアなカードを手に入れたかのような高揚感。

 

 

 

僕たちは他愛もない会話をしながら学校に着いて、少し桃谷と雑談していると担任の先生がやって来て配布物を配る。

 

どうやらこの前行われた中間テストの結果が書かれた紙らしく、右下にはしっかりハンコを押す場所がある。この紙を「成績ノート」って言う訳の分からないノートに貼って親の一言メッセージとハンコを押して提出しなくちゃいけない。

 

僕は先生から成績の書いてある紙を受け取った。

そこには、前の試験から一つだけ順位を上げた僕の成績がこじんまりと書いてあった。

 

 

 

一時間目から移動教室の僕たちはみんな理科の教科書とノートを持ってぞろぞろと出て行く中、僕と大和さんはみんなが出て行くのを待っている。

理由としては、今日僕たちは日直なんだ。教室の鍵を閉めたり学級日誌を書いたりするあの日直。まだ大和さんとペアで良かったと思う。

 

「では、ジブンたちも行きましょうか」

「うん、そうだね」

 

教室の鍵を閉めて僕たちは理科室に向かった。

途中の渡り廊下に差し掛かった時、僕はまるで、北半球から南半球へ一気に跳んだかのような勢いで急に視界が反転したんだ。

 

「うわっ!?」

 

僕はダイナミックにこけてしまった。なぜだか僕の通った箇所だけ水で濡れていて滑ってしまったらしい。教科書と筆箱を手に持っていた僕は受け身が取れず頭からがっつりとぶつけてしまったんだ。

 

「大丈夫ですか!?山手君」

「う……ちょっと頭が痛むかも……僕は保健室に行ってみるから大和さんは先に」

「ですが……」

「ちょっと遅れるって先生に伝えておいて」

「わ、分かりました」

 

大和さんは小走りで理科室の方に向かったのを見届けて僕は鈍痛のする頭部を抱えながら保健室の方に行った。

 

 

保健室に着いたのだけど、保健の先生が不在だった。

僕は保健室に先生がいないのってギャルゲーの世界だけだと思っていたから正直びっくりしたけど、冷蔵庫にあった氷をポリ袋に入れて、それを痛む部分に当てた。

 

しばらく保健室のベッドで腰掛けていたらぱたぱたと走る音が保健室の方に向かって来たからやっと先生が来たのかなって思って待っていた。

扉が開く。

 

でも扉を開けた人物は、保健の先生では無く生徒だったんだ。

 

「失礼しまーす……。あ、山手君!大丈夫ですか!?」

「えっ!?なんで大和さんがいるの!?」

 

大和さんが保健室の方に来るなんて思ってもいなかった。

今頃理科室で永遠と水を電気分解していると思っていたから。

 

「それは山手君が心配だったからですよっ!」

 

僕はその瞬間、僕の頭から水素が爆発する音が確かに聞こえた。ポンって言う音。呼吸が速くなって、心臓が酸素を欲しているかのようにバクバクさせたんだ。

 

「保険の先生はいないんですか?」

「え!?あ……うん。いないみたい」

「ジブン、職員室に行って呼んできますのでじっとしておいてくださいよ」

 

そう言って大和さんは保健室から出て行ったんだけど、大和さんの香りがかすかに残っていて僕の思考を停止させたんだ。

近くの鏡で見ると、顔が真っ赤になっていて速く元の顔に戻さなきゃって思うけど、意識すればするほど顔が熱くなっていった。

 

その頃、僕は頭の鈍痛を感じなくなっていた事に気づかなかった。

 

 

 

 

保健の先生から「問題は無いけど、今日は安静にしておくこと」と言われ、氷の入ったポリ袋と共に授業を受けて、放課後になる。

 

途中、桃谷が「お前、授業中に保健室で大和と大人の階段を上ったんだろ?」って言って来たから、持っていたポリ袋を全力で投げつけてやった。

 

 

僕は放課後、学級日誌を書いていた。教室の戸締りや、お弁当の時のお茶を運ぶなどの日直の作業を全部大和さんがやってくれたから自分から日誌を書くと申告した。

 

学級日誌なんて今日の授業の時間割を書いて、それから今日あった事を書けば良いから楽だ。

 

僕は日誌に「今日は廊下で転んで頭を打った。廊下の水拭きはきちんとしようと思った」と言う小学生の一行日記のような内容を書きなぐってやった。

 

 

「山手君、書き終えましたか?」

「うん。終わったよ」

「では、職員室の方に向かいましょう」

 

隣を歩く大和さんは明るい表情でこちらをちらっと見ながら歩いている。僕は大和さんにさりげなくだけど、真剣な表情で話しかける。

 

「今日は本当に助かったよ」

「頭はもう大丈夫ですか?」

「うん。もう痛みも無いし大丈夫だよ」

 

後から桃谷から聞いたけど、理科室に入って先生に事情を伝えてすぐに僕のいる保健室に向かったらしい。それもすごく不安そうな雰囲気だったんだって。

 

職員室に入って、担任の先生の机に日誌を置いておく。

 

僕はその話を聞いた時にすごくうれしかったんだ。僕の事をこんなにも心配してくれていたなんて。僕は大和さんに出会えて良かったって本当に思う。

僕たちは下駄箱までやって来た。

 

「僕は、大和さんと知り合えて本当に良かったよ」

「山手君!?急にどうしたんですか~」

 

顔を真っ赤にした大和さんがうろたえている様子を見てついつい笑ってしまう。

でも、今思い返したら僕の言った言葉って相当クサイセリフでキザだなって思った。恥ずかしいからもう二度と言わないと思う。

 

「も、もう今日は帰ります!山手君気を付けてくださいね!」

「え、ちょ、大和さん!」

 

僕は彼女を呼び止めようとした。今、外は雨が降っているから。大和さんは今日、傘を持ってきていないって朝の登校時間に聞いていたので僕の傘を貸してあげようって思っていたから。

 

「僕の傘使って良いよ。結構雨降ってるし……」

「走って帰りますから大丈夫ですよ。傘も山手君が使ってください」

 

そう言って大和さんは顔を赤くしたまま走って帰ってしまった。

女の子をずぶ濡れのまま帰らせてしまうと言う、男として失格のような事をしてしまった。

 

 

 

僕はしばらく逡巡したけど、傘を急いでカバンから出して傘をさしながら、走って大和さんの後を追ったんだ。

途中で大和さんに追いついて相合傘の要領で傘を貸したけど、既に大和さんは雨でぼとぼとだった。

 

それに僕が走って来たから「今日は安静にしておいてください!」って逆に怒られてしまったんだ。

 

 

僕の家に着いて、僕が普段使っている黒色の大きな傘とタオルを大和さんに貸した。返すのはいつでも良いよ、って言った。

 

この時は難なく取れるゴロをエラーしてしまったようなもやもやとした気持ちはあったけど、気にしないでおくことにしたんだ。

 

 




@komugikonana

次話は12月6日(木)の22:00に投稿予定です。
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たかちゅーさんは感想もいただきましたね。ありがとう。

第4話で日間ランキングに載りました!(21位)これで第1話から4回連続でランキング入りを果たしました!これもすべて読者のみなさんのお陰です。これからも応援よろしくね。

では、次話までまったり待ってあげてください。
唐突なんですけど、次話辺りからコーヒーを相方にする事をお勧めします(笑)


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第6話

 

黒く、そして厚く重たそうな曇が一帯を覆う空、屋根にかかる雨の音がより一層テンポを速くする6月11日(水)。

 

雨が好きな変わり者の母親とは逆に空を覆う雲と同じぐらいどんよりとしている僕は、自室で制服に着替えている。

その時に僕の携帯が、外の雷の音にびっくりしたかのようにぶるぶるっと震えた。

 

僕は携帯を手に取り、メッセージを開く。もしかしたら警報が出て今日は休みかもしれないって思ってみると、いつも一緒に登校しているあの子からの連絡だった。

僕はドキドキしながらメッセージを見た。

 

「今日は遅れるので先に学校に行ってください」

 

大和さんが時間に遅れるなんて今まで無かったから意外に思ったんだ。大和さんだって人間だ。寝過ごすぐらいはするだろう。

だから僕は大和さんにメッセージを送った。

 

「分かった。先に行っとくね。学校で待ってるよ!」って。

 

 

 

その時、僕はまだ気づいていなかったんだ。

現在時刻が七時を回ってまだ二十分しか経って無くて、急いで支度をすれば間に合う時間である事に。

 

 

 

 

僕はいつもの時間に家を出て、大和さんに昨日返してもらった黒色の傘をさして一人で登校する。

いつもはお話をしていたらすぐに学校に着くのに、一人で口も開かず歩いていても中々学校に到着しなくて困惑する。

一人って寂しいね。だから僕はあの時、自分の道の進む方向は正しいのかもしれないって密かに思ったんだ。

 

どんな道に進むかって?それは今は秘密だよ。

 

 

 

僕は学校に着いて机に座っていて、先生が来るまで待っていた。

先生がやって来て黒板の欠席者の欄に何か書くのが見えた。僕は視力は悪くないからなんて書いたか見えたけど、見間違いじゃないかって何回も目をこすって見たんだ。

 

けれど、見える文字に間違いは無い。

 

 

欠席者の欄に“大和”って書いてあったんだ。

 

 

「そんなに落ち込むなよ~休むぐらい誰でもあるって」

「そりゃ、そうだけど」

「まぁ彼女が休んだら心配になるわな」

「彼女じゃないって」

 

お昼休み、僕と桃谷はお弁当を食べている。桃谷のお弁当は僕のやつより二倍ほど大きいのにすぐぺろっと平らげる。

 

僕が気になっているのは、大和さんは遅れるって言っていたのに学校を休んだからだ。もしかしたら事故にあったのでは?って飛躍しすぎてしまうような考えが多々ある。

この事は桃谷には言ってない。また変な方向に話を持っていくのが分かるから。

 

 

僕は正直、桃谷は良い奴だとは思ってるけど憧れはしない。だってシャツはズボンから出しているし、ズボンも下げ気味でダボダボ。おまけに冬に着る学ランなんて第二ボタンまで開けているぐらい。髪の毛もばれない程度に染めている。

 

だけど、この時だけ僕は桃谷を見直したんだ。

 

 

「そんなに心配なら、学校終わったら大和の家に行けばいいじゃん」

「え、そんなの急に行ったら迷惑になるし」

「ばーか。女の子は気にかけてほしいって思うもんなんだよ」

「それは桃谷の周りにいるヤンキー女子だけだよ」

「ちげーよ!自分に置き換えて考えてみろよ。それと、俺の周りの女の子は清楚系だからな」

 

僕は自分に置き換えて考えてみる。

確かに廊下で転んで頭を打って、大和さんが保健室に来てくれた時は嬉しかった。今日の登校時間も、一人で寂しかった。

……もしかしたら大和さんもそう思っているかもしれない。桃谷、ナイスだ。

 

でも、やっぱり桃谷は桃谷で、見直したのはこの瞬間だけだった。

 

「いいか?」

「どうしたの?桃谷」

「もし大和が風邪をひいて熱を出していたらキスして治せ。ついでに最後までヤれ」

「ばか」

 

 

 

そんな感じで、大和さんの家に寄ってみようって決心したら時間が経つのが速いもので。放課後になって僕は職員室を後にした。

 

何を隠そう、僕は大和さんの家を知らないから担任の先生に聞こうと思った。そして今日の配布プリントを先生からもらって、おまけに住所も教えてもらった。

個人情報の流出具合がペットボトルのキャップ並みにゆるゆるで、ふたを開ければどばどばと情報が出てきたからこの学校の危機管理は大丈夫なんだろうかって一抹の不安を感じた。

 

 

今回においては好都合だから、気持ち速足で大和さんの家に向かう。僕の家からさらに十分ほど歩いたところにあるらしい。

大和さんの家に行くのに何か持って行った方が良いのだろうか。桃谷は「薬局は絶対に行けよ」って言ってたけど、それは無視していいアドバイスだ。

 

 

結局何処も寄らずに大和さんの家の前まで到着したんだけど、何とも形容し難い緊張感に包まれてそわそわしてきたけど、思い切ってインターホンを鳴らしたんだ。

 

ここで大和さんが出てきて、プリントを渡そうって思ってたんだけど。

 

「はーい。……どなた?」

 

死んだ。

ドアから出てきたのは大和さんのお母さんらしき人物だった。

 

 

 

「え、えっと……。大和さんと同じクラスの者で、大和さん、き、今日は休みだったからプリントを渡しに来ました」

 

噛み噛みで恥ずかしい。壊れたラジオでも、もっとまともに言葉を発しそうなものだ。だって仕方ないじゃん。急にお母さんが出てきたら緊張しちゃうよ。

 

「あら、そうなの!ごめんね~わざわざ。部屋まで案内するわ」

「あ、はい」

 

思ったより簡単に通れたし、まさか女の子の部屋に行くなんて。

お昼に桃谷と話した会話が脳裏を走り回るから、一発自分の頬っぺたをぶん殴っておいた。

 

「ここが麻弥の部屋」

「あ、ありがとうございます」

「入る前にこれ、つけてね?」

 

僕は大和さんのお母さんからマスクを受け取った。

え?なんでマスク?って僕は思ったけど、瞬時に答えが頭をよぎったんだ。

 

「風邪……ですか?」

「そうなの。あの子ね、一昨日ずぶ濡れで帰って来て」

 

僕は一昨日の自分の行動に後悔した。もっとしっかり大和さんを止めていれば、大和さんは風邪をひかなかっただろう。今更後悔しても遅いのは分かっているけど、僕の行動が悔やまれるんだ。

 

「熱もあるんですか?」

「今朝は三十八度もあったわ」

 

高熱じゃないか。心の中で大和さんに謝る。ごめんなさい。

それに冗談だと思っていたけど、桃谷の言う事も聞いておけば良かったかもしれない。本当に薬局に行けば良かった。

 

 

だけど、後悔ばっかりしても意味ないじゃないかって思ったんだ。

僕は大和さんを心配してこの家に来たんだ。寂しい思いをしてるんじゃないかって思って来たんだ。僕だけでも笑顔でいなきゃいけないんじゃないか?

僕の進む道、なりたい自分。決めたんだろ。

だから、僕は。

 

「お母さん、すみません。マスクは大丈夫です」

「え?風邪、感染(うつ)っちゃうわよ?」

「僕、丈夫なんで」

 

僕は丈夫って訳じゃないけど、今この時ぐらいは丈夫になってもいいだろう?

僕は大和さんの部屋のドアノブを握って開けようとしたんだ。

でも、後ろからちょろっと言葉が聞こえたんだ。

 

 

「ねぇ君。もし良かったら今日ここで晩御飯食べない?」

「え!?悪いですよ」

「ううん、平気よ。君のご両親が許してもらえるなら遠慮なく。君にお礼をしたいのよ」

 

 

そう言って、大和さんのお母さんは階段を降りて行った。

 

僕はお辞儀をした後、握っていたドアノブを開けて部屋に入る。

 

 

 

そこには、冷えピタを貼った大和さんが少し苦しそうに眠っていたんだ。

 

 




@komugikonana

次話は12月7日(金)の22:00に投稿予定です。

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評価8と言う高評価をつけていただきました 菘亜杞さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!!

次話はみなさん、看病回ですよ!
私が出来る限りの甘さを出したので、お楽しみに!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第7話

 

まるで僕の心をシンボライズしたかのような黒く淀んだ雲が空を覆い、太陽を隠していた6月11日。

この日、僕は人生で初めて同級生の女の子の自室にお邪魔したんだ。

普段ならドキドキワクワクの甘酸っぱいイベントなんだけど、今日はそんな気持ちにはなれない。

 

ベッドでは、冷えピタを貼った大和さんが少し苦しそうに寝ている。

 

今、彼女は寝ているから起こすのも悪いって思った僕は、すこーしだけ部屋を見渡した。機材の好きな彼女だが、あまり機材があるわけでも無く普通の女の子の部屋。ドラムみたいな置物はあるけど。

本棚には機材カタログがたくさん並んでいたのは、大和さんらしいや。

 

 

うん……?」

 

ベッドの方から微かに声が聞こえたから、僕はそっちの方向を向いた。そこには寝起きだからか、それとも熱でしんどいのか分からないけど、うっすらと目を開けた大和さんがいた。

 

僕は思わずドキッとしたんだ。

熱のせいで軽く赤らんだ頬もそうだけど、メガネを外した大和さんを見たのは知り合って初めてだったんだ。

メガネを外した大和さんはギャップ萌えかもしれないけど、アイドルのようなかわいさがあった。

 

「お、おはよう……。大和さん」

「……」

 

僕は少しの緊張感を乗せて挨拶をした。まだ大和さんはぽけーっとしているから返事も無い。

けれど、すぐに大和さんの目が見開いて……。

 

「うわあ!!」

 

大和さんの大きな声が家中に響いて、僕の頭にも響いた。

それは声の大きさも一因なんだけど、びっくりした大和さんが僕に向かって投げてきた目覚まし時計がクリーンヒットしたのもあると思う。

 

 

 

「だ、大丈夫ですか!?山手君!」

「あ~……うん。大丈夫だよ」

 

僕は頭をすすりながら答える。今年の僕は良く頭をケガしているような気がするから今後も気を付けようって思った。

 

「スミマセン……本当に」

「起きていきなり男がいるんだもん。驚いて当然だよ」

 

大和さんはベッドに腰掛けて、その隣に僕は座らせてもらった。

僕は大和さんに飛んできた目覚まし時計を返す。何だか目覚まし時計はへの字のような口をしているように思えた。長い針と短い針は逆だけど。

 

「どうして山手君がジブンの家にいるんですか?」

「あ、それはね」

 

大和さんの問いかけに、僕は答えたい事がたくさんあった。

でも百あるものから一を伝えるのは無理だって思ったから、一番最初に思った事を伝えることにしたんだ。

一つの物事に百の意味を込めて。その中から少しでも良いから伝わってほしいんだ。

 

 

「心配したんだよ?だから来たんだ」

「へ?」

「朝のメッセージでは休むって言ってなかったし、何かあったのかなって思ったんだ」

「あ……」

 

顔をさらに赤くして、目を潤ませながら俯く大和さん。

僕はそんな大和さんを見てとっさに抱きしめてあげたいって思ったと同時に、そっと触れただけで割れてしまいそうなシャボン玉のようにも思えて……。

結局、僕からは何もしなかった。

 

 

そう、僕からは。

 

 

「山手君。少しだけ手を繋ぎませんか?」

「え?手を?」

「はい。手を繋げばお互いの体温が分かります。それと一緒に想いも伝えられるんじゃないかって思ったんです」

「僕の手で良ければ」

 

僕の左手は大和さんの右手を繋ぐ。きゅっと。

大和さんの手は、僕の手よりも温かくて。何だか太陽の日の光を直接手に集めたような、不思議な感覚に陥ったんだ。

 

「メッセージの件ですけど」

「うん」

 

大和さんの震える右手をしっかりと包む。僕は怒っていないし、むしろ事故にあったとかそんなのじゃ無かった事に安心しているんだから。

 

「山手君に心配をかけたくなかったんです」

「そっか」

「はい。風邪をひいて、熱まで出ましたから」

「今もしんどい?」

「マシになりましたよ」

 

大和さんは笑顔を見せてくれた。とっても可愛くて、素敵な笑顔。

僕は照れくさくなったけど、握っていた左手を強く握った。

 

僕は大和さんを優しく包み込むように、自然と握っていた手で大和さんの指に絡める。いわば恋人繋ぎをした。大和さんも受け入れてくれた。

恋人じゃないのに恋人繋ぎなんて違和感はあるけど、たまには良いよね。

 

 

「ジブン、何だか今はぽかぽかしていて心地いいです」

「大和さんも?僕もぽかぽかしてる」

「きっと、山手君が来てくれたからですよ」

「僕も、今日大和さんに会えて良かった。だってずっと違和感があったんだ。大和さんがいない事に」

 

今思えばすごく女性を口説いているような恥ずかしい言葉も、この時はさらっと、さも当然のように言えたんだ。

僕は大和さんの方を向き、軽く微笑んだ。

 

「ジブンも、今日山手君がいなくて寂しかったんですよ?一緒ですね」

 

微笑みながら大和さんも僕の方を向いてくれた。

夕方の日差しがより一層大和さんの可愛さを増長させていて、僕は見惚れた。

 

恋人繋ぎをしていて、見つめ合っていて、二人きりの密室で。僕の心臓は今頃になって大暴れしだした。僕の心音は大和さんにも聞こえているんじゃないかって思うぐらい心拍数を上げる。

 

僕の目線は大和さんの麗しい唇に目が行って。そのままキス出来るんじゃないかって思ってしまって。大和さんも目を閉じていて。

僕は徐々に大和さんとの距離を縮めて……。

 

 

 

 

「麻弥、気分はどう……。あら!ごめんなさいね、邪魔しちゃった♪」

 

ドアが開いたのはとっさの出来事で、僕たちは固まってしまった。

大和さんのお母さんは「ごゆっくり~」と言って出て行ったけど、僕たちはまるで全力ですべった漫才師のように顔が真っ赤になって、急に恥ずかしくなったんだ。

 

 

 

 

僕は現在、大和さんの家で彼女のお母さんに晩御飯をご馳走してもらっている。

僕の母親は「礼儀よく、しっかりお礼を言うんだよ」ってしつこく言われた。おまけにお世話になった友達を家に招待しろとも。

 

ちょっと引っかかる人もいると思うけど、ご飯を食べているのは僕と大和さんのお母さんの二人。

大和さんはあの後、「ジブン、もう一回寝ます~!おやすみなさい!」と言って布団に潜ってしまった。僕も穴があったら入りたかったけど、入る穴なんて無かった。

 

 

僕は晩御飯のおかずであるハンバーグを一口サイズに切って口に運ぶ。口に入れた瞬間、肉汁があふれ、また噛めば噛むほど肉の旨味が口全体に広がってとっても美味しかった。

 

「それで、聡士君は麻弥と付き合ってるの?」

「ぶふっ!!」

 

僕はハンバーグの付け合わせとして一緒に食卓に並んでいたコンソメスープを吹いてしまった。慌てて布巾で机を拭く。

 

「あら、その慌てっぷり。もしかしてビンゴ?」

「びっくりしただけですよ!……付き合ってませんよ」

「そうなの?あれだけピンク色の空気を作っていたのに?」

 

僕たちはそんな空気に着色できるような特殊技術は持っていないと思うけど。それにピンク色の空気って何だかいやらしくて嫌だな。

 

「ふふっ!冗談よ」

 

大和さんのお母さんは口に手を当てて上品に笑う。こういう冗談が一番きついなって思いながらハンバーグをもぐもぐと食べる。

 

「それにしても、麻弥に男の子の友達がいるなんてね~」

「大和さんって誰とでも仲良くなれそうですけどね」

「そうなの?あの子、機材の事ばっかりだから困ってるのよ」

 

少しは年頃の女の子らしくして欲しいわ、ってため息を混ぜながら話す。確かに機材って女の子らしくないかもしれないけど、機材の話をする大和さんは年相応の女の子の顔をしていると思う。

 

「あ、そうだ!このタオル、もしかして聡士君のやつかな?」

 

そう言って大和さんのお母さんは僕が一昨日貸したタオルを出してきた。そう言えばタオルはまだ帰ってきてなかったっけ。

 

「そうです。すみません、きれいに洗ってくださって」

「やっぱり聡士君のだったんだ!……ふふっ」

 

僕はタオルを受け取ったんだけど、その後大和さんのお母さんが「これは面白い事になりそうね」なんて独り言を言っていたけど気にしないでおく。わざわざ爆弾にちょっかいを出す必要は無いだろう?

 

 

 

食事を終えた後、僕は大和家を後にすることにした。

突然の事なのに晩御飯まで作ってもらえて。感謝しかない。

 

「すみません、今日は本当にお世話になりました」

「いいのよ。またいらっしゃい」

 

僕はこのまま家に帰ろうと思ったけど、後ろから大和さんのお母さんが最後に一言くれた。

 

 

「麻弥の事、よろしくね」

「こちらこそ、ですよ」

 

僕は帰り道、携帯で大和さんにメッセージを送ったんだ。

「お大事に」って。

 

 




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私のTwitterで私に関する質問を受け付けております。ただ私が赤裸々になるドM企画ですので良ければ覗いてやってください。書き込んでくれても結構ですよ。
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では、次話までまったり待ってあげてください。




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第8話

 

真夏の太陽が僕たちに容赦なく光を当て続ける7月7日(月)。今日の夜と言えば一年で一度だけおりひめとひこぼしが出会えるロマンチックな日。

余談だけど、七夕って古事記とかにも出てくるんだって。

 

そんな事はどうでも良いよね。僕たちは朝に登校してすぐに体操服に着替えている。期末テストも終わり、普通の学生なら三者懇談が来るまで家で居れるけど、僕たちは違う。

 

僕たちの学校の上層部は頭が腐っていると思う。こんな暑い日に毎年体育大会をするんだ。「真夏の体育大会」とか謳っているけど、考えがやばい。

 

「今年で最後だぜ?元気出そうぜ山手ぇ!」

「こんな暑い日に元気なんか出ないよ……」

 

こんな暑い日なのにやたらと桃谷は張り切っている。

桃谷は授業の体育終わりにもプロテインを摂取するぐらいの戦闘狂だからこういうイベントは大好きらしい。

ちなみにプロテインなんて持ってきているのがばれたら即没収だ。

 

「なんだよ、お前まだ引きずってるのか?そんなんじゃ女の子にモテねぇぞ」

「別にそんなんじゃないけど……」

 

桃谷にすっぱりと僕の気持ちを言い当てたから、ちょっと図星をする。

その理由は日にちをちょっとさかのぼるんだけど。

 

 

 

 

 

 

期末テストが終わって、僕たちの背中に羽が生えたかのように気分が高揚する7月4日(金)。

この日に、体育大会の出る種目を決めたんだ。

 

あんまり運動が得意でない僕は一番楽な種目である百メートル走でお茶を濁そうって思っていたんだけど、後ろの席の女の子の提案によってその案は棄却された。

 

「山手君。ジブンと二人三脚に出ませんか?」

「あ、良いね!そうしよっか!」

 

二人三脚は運動があまりできなくても息さえ合えば高順位を取れる。それに相手が大和さんならいける気がする。

だから、僕たちは、二人三脚に立候補した。けど、男子だけ人数超過したんだ。

 

理由は簡単。二人三脚は男女ペアでやるから、下心満載の男どもが立候補するんだ。

男子はじゃんけんだ。五人で三枠を取り合う。

 

「良いか?最初はグーだぞ?」

「「「「おう」」」」

 

僕は負けるわけにはいかない!!

 

「じゃーんけーん」

「「「「「ぽん!」」」」」

 

 

 

 

こうして、僕は悪夢の初戦負けを屈した。しかも最後の希望である百メートル走のじゃんけんにも負け、僕は騎馬戦とクラス対抗リレーと言うスペシャルフルコースになった。

 

そんなフルコースを出されても前菜でお腹いっぱいの僕は、力なく応援席に座る。

応援席は出席番号順だから、左隣が桃谷で右隣が大和さん。

 

「山手君、げっそりしてますよ……」

「き、気のせいだよ。大和さん」

 

校長先生の長いお話を応援席で聞く僕たち。大和さんと二人三脚に出れたらきっと今の雰囲気は違うんだろうなって思う。大和さんには応援するよ、って言ったけど、他の男と大和さんが二人三脚しているところを見たいって思わない。

ちなみに桃谷はトイレに行くって先生に行って隣にいないけど、今頃日陰で時間を潰しているはずだ。

 

「百メートル走に出場する生徒と、二人三脚に出場する生徒は入場門に向かってください」

「あ、では行ってきます。応援してくださいね?」

「頑張ってね、大和さん」

 

大和さんが入場門の方へ歩いていく。

大和さんって意外に胸があるんだよなぁ……じゃなくて。やることが無いから暇だな。騎馬戦は午前の部の最後で、リレーが午後の部最後だから。

 

しょうがないからストレッチでもしておこう。これなら一人で出来るし、騎馬戦は僕が上らしいからケガしないように。

 

 

 

僕がストレッチをしていると、何やら笑い声が聞こえたから見てみると僕のクラスの男子が盛大に転んでいた。たしかあいつは大和さんと二人三脚のペアの奴で、僕は内心ちょっと面白かった。ざまぁみろ、ばーか(笑)

 

 

あの出来事でちょっと機嫌が良くなると言うクズっぷりが発揮された僕は、応援席に座って百メートル走を見学している時だった。

 

「はぁはぁ……山手君。ちょっといいッスか?」

「あれ?どうしたの大和さん?」

 

二人三脚の準備で入場門に居るはずの大和さんが息を切らして僕のところに来たんだ。

走って来るなんて何か急用でもあるのかなって僕は思っていた。僕に用事?

 

「原田君が足を捻ったらしくて……」

 

原田って誰だっけって最初は思ったけど、百メートル走で盛大に転んだ奴だ。わざわざそんな事まで知らせてくれる大和さんは優しいなって思っていた。

普通、この後に続く言葉くらい分かりそうなものだけど。

 

 

 

「なので、代役でジブンと二人三脚に出てもらえませんか?」

 

 

 

急遽、二人三脚に参戦する事になった僕は大和さんと入場門に並んでいる。まさか大和さんと出場できるなんて考えもしていなかった僕は、今日の体育大会は最高だなぁ!なんて早速の手のひら返しをする。

 

「ねぇ大和さん。僕たちって何走目なの?」

「ジブンたちは三走目ですよ」

 

たしか三走目が一番最後だったな。それで一年生から順番に消化していくんだ。と言う事は僕たちは必然的にラストを飾る組だ。

あんまり目立つのが好きでは無いけど、今日ぐらいは良いかなって思えたんだ。

 

 

二人三脚が始まった。一年生たちがスタートを切る。

その間に僕たちは作戦会議を開く。掛け声や、どの足から歩を進めるか。

 

僕の左足と大和さんの右足を鉢巻きで結ぶ。緊張感と密着度に胸をドキドキさせながら僕たちの出番を待つ。

そして、僕たちはスタートラインに立った。

 

 

「よーい」

 

パン!とピストルが鳴る。少しの火薬のにおいを吸いながら最初の第一歩を進めようとした。最初の一歩は内側の足のはずだったんだけど。

 

「わっ!」

「うわあ!」

 

僕たちは早速つまずいてしまった。一緒の組の人達はゆっくりと確実に一歩を踏み出している。

それに焦ってしまったのか、大和さんの動きがぎこちなくなって全く息が合わなくなったんだ。大和さんの顔を伺うと焦燥に駆られていて。

 

 

だから僕は、大胆にも立ち止まってから向かい合って大和さんの両手をぎゅっと握ったんだ。僕の両手が大和さんの手を優しく包み込む。

 

「大和さん。ちょっと深呼吸してみない?」

「山手君!手!み、みんなの前ですよ~」

「良いから。ね?」

 

僕と大和さんは深呼吸をした。顔を赤らめながらも一緒に深呼吸をしてくれる大和さんはやっぱり素直だなって思う。

周りからは黄色い声が聞こえるけど、今の僕には気にもならなかった。殺気はかなり感じてしまったけど。

 

「大和さん。いつもの朝のように気楽に歩いてみない?」

「え?分かりました」

 

僕たちはもう何十回も、もしかしたら何百回も一緒に歩いて登下校している。その時の僕たちは、ほぼ歩幅が一緒なんだ。息が合えば僕たちに敵はいないはず。

もう一度僕たちは一歩を踏み出す。今度はとても上手くいって、どんどんと前に進める。

 

「おお!いけそうですね!」

「そうだね、ちょっと走ってみよう」

「はい!!」

 

 

僕たちはどんどんとスピードを上げる事が出来て。そのまま僕たちはゴールラインを越えることが出来たんだ。

結果は五組中、四位だったけど無事にゴール出来たし、何より楽しかった。

 

 

 

応援席に戻った時に、僕と大和さんはクラスの女子たちに囲まれて質問攻めにあって大変だったんだけどね。

 

 




@komugikonana

次話は12月11日(火)の22:00に投稿予定です。

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この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!!

7以上の評価をつけてくださったのに私の確認不足で紹介するのを忘れていた方がいます。ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした。
今回挙げさせてもらいました。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第9話

 

「山手だけ目立ってて面白くねぇから俺たちも頑張ろうぜ」

「「もちろんだ!」」

「何だか傷つくんだけど」

 

僕と桃谷と、数人は騎馬戦の為に入場門の前にいる。

僕は二人三脚の時に甘すぎる恋愛映画みたいな事を全校生徒の前で堂々と行ったから、女子生徒からは輝いた目で見られ、男子生徒からは敵の目で見られるもので。

僕は湖に泳ぐブラックバスのような気持ちになった。釣り人からは良い目で見られるけど、そうじゃない人からすれば厄介な生物。

 

 

「まぁケガするのは山手だし、俺たちは全力でぶつかりに行こう」

「さすがに怒るよ」

 

始まる前から騎馬の人達に不安を覚える。騎馬が暴走しないように今のうちに手綱を締めておこうって思ったけど、相手は桃谷だし無理かもしれない。

 

「でもよ、山手」

「どうしたの?」

「お前も大和に良いところを見せたいだろ?」

「まぁ……そうだね」

「だから本気で一位を狙いに行くぞ!」

 

 

僕たちは颯爽と入場して、騎馬を作り僕は上に乗って臨戦態勢に入る。

僕たちの学校の騎馬戦は特にルールなんて無い。大将もいないからね。クラスごとに三騎作って時間終了までに多く残った方が勝ちだ。

 

応援席は異常なほどに盛り上がる。騎馬戦は三年生限定の種目で、午前の部最後と言う事もあって毎年すごく盛り上がる。

 

 

スタートの合図と共に十五騎が一斉にぶつかり合う。

僕たちA組の作戦は三騎とも固まって誰も死なないようにするオーソドックスなタイプだから様子を見ながら戦いの中心に入っていく。

 

……気のせいかな?何だかたくさんの騎馬が僕たちの方に向かってきている。嫌な予感しかしない。

 

「女たらしから潰すぞ!お前ら!!」

「「おー!」」

「俺たちも続くぞー!」

 

うそやん。そんな事ってありなの?なんでこの時だけ他のクラスの息も合うんだよ、お前ら敵同士だろ。

現にC組とE組はグルらしい。ずるくね?

 

「山手!お前後でぶっ殺すから覚えとけよ!」

 

そう言って桃谷はC組の騎馬にぶつかりに行った。フィジカルモンスターの桃谷にかかればどんな騎馬でも揺らぐかもしれない。揺らいでいる隙に僕は騎手の鉢巻きをすっと取る。

 

「女たらしに負けるなんて……一生の不覚!」

 

鉢巻きを取られた騎手がそう叫んでいたけど、無視しておこう。お前の一生狭すぎるだろ。

僕たちはぶつかりに行って一騎潰したけど、その弊害で周りを敵に囲まれた。

 

「桃谷!前だけやっつけてこの場を去ろう!」

「言われなくても分かってる!山手!」

 

こうして僕たちは前にいる騎馬に襲い掛かった。

 

 

けれど、後ろから来た騎馬にものすごい勢いで体当たりされて僕の足元が完全に揺らいでしまって。

前の騎手の鉢巻きを取ったと同時に、後ろからの衝撃によって僕は思いっきり地面にたたきつけられたんだ。

 

 

 

 

「山手君、じっとしててくださいね」

「うん……」

 

体育大会のお昼休み休憩。僕は大和さんに連れられて保健室にいる。

このセリフに場所。先生もいない。思春期男子なら大興奮のシチュエーションなんだけど、生憎今はそんな雰囲気ではない。

 

大和さんに、僕は顔に出来た擦り傷を消毒してもらっている。冷静沈着な大和さんはまず「消毒をしましょう」と言ってくれたんだ。

僕はケガしても特に消毒なんてしないから久しぶりに感じる染みるような痛みに顔を引きつらせる。

 

仕上げに大和さんは保健室にあった絆創膏を貼ってくれた。顔に絆創膏なんてやんちゃ坊主みたいだなって思った。

 

「これで大丈夫ですね。他に痛めているところはありますか?」

「大丈夫。大丈夫だよ、ありがとう大和さん」

 

僕たちはこのまま保健室を後にした。

僕はここである隠し事を大和さんにしてしまったんだ。

 

落ちた時から、右足首に違和感がある事を……ね。

 

 

「山手君」

「どうしたの?大和さん?」

「リレー応援します!勝ってくださいね」

「もちろん!死んでも一位取るよ」

 

僕は大和さんにそう宣言した。

女の子に応援されて頑張らない男なんていないよ。男って単純なんだから。

 

「体育大会が終わったら、ジブン校門で待ってますから一緒に帰りませんか?」

「うん。もちろん」

 

 

 

 

「お前最近ケガしすぎじゃね?疫病神でも憑いてんのか?」

「「山手、もしそうなら悪い事は言わない。だから近寄らないでくれ」」

「泣いても良いかな?」

 

体育大会ラストの競技、クラス対抗リレーに出る為に入場門にいる。走る前にリレーメンバーである桃谷や他の二人にも足に違和感がある事を告げる。

 

「じゃ、代役誰かに頼むか?」

「みんなが良かったらなんだけど、僕は出たい。良いかな?」

 

僕はメンバーの三人の顔を見てお願いする。大和さんにあんなこと言って代役に変わってもらいましたなんてダサいし、何よりこんな時ぐらいかっこつけたい。

たまにはこういうのも良いよね。

 

「「「メンバーは山手だからな。このメンバーで行くぞ!」

「ありがとう、みんな」

 

 

「その代わり聞きたいんだけど、大和とキスした?何味だったか教えろ」

「僕の感動を返せ、桃谷」

 

 

 

メンバーたちは各々場所に就く。

100m×4リレーだから、アンカーの僕と第2走者の桃谷は二人でグラウンド奥の位置に着く。グラウンドは一周200mだから半周しなくちゃいけない。

どうして僕がアンカーなのかはA組の作戦で、第二走者の桃谷で一気に距離を離して第三走者とアンカーで逃げ切る作戦だ。

 

ちなみに第一走者は陸上部の短距離専門だから間違いないはずだ。

 

 

 

一年生、二年生とリレーを消化されていき、ついに僕たち三年生の番になった。

ピストルの音が鳴って、第一走者たちはダッと走り出した。

そして桃谷にバトンが渡り、駆け抜けていく。

 

僕は深呼吸をしながらスタートラインに立つ。

ちょっとは落ち着いたかな。僕は50mのタイムが七秒五ぐらいでそこまで速いわけでは無いと思うけど、アンカーなんだ。みんなが守ってくれた順位を譲るわけにはいかない。

 

第三走者からバトンを受け取る。現在の順位は一位。

僕は必死に走り抜ける。風が僕の頬をチクチクと刺激する。右足が少し痛むけど、走りに支障をきたすほどでは無い。

 

残り20mぐらいに差し掛かった時、後ろから足跡が聞こえる。追いついて来たんだ。後ろを振り向く時間なんて無いから今までより全力で足を回転させる。

でも現実は非情で、残り10m付近で横に並ぶ。

 

 

 

でもね、その時に

「山手君!頑張ってください!」ってあの子の声が聞こえた気がしたんだ。

 

 

あの子はあまり目立つことを好まないから彼女の声は聞こえないと思ったけど。

聞こえたんだ。

その声援は不思議と僕の背中を押してくれたみたいに感じて

 

一番最初にゴールテープを切る事が出来たんだ。

 

 

 

 

まだ明るいけれど、少しだけ夕焼けの雰囲気を感じる午後五時。

真夏の体育大会は終了して、今日は各自で応援席を片つけたら帰宅しても良いと聞いていたから片つけていたら、リレーメンバーやクラスメイトから手荒い祝福を受けた。

よくやったとか言いながらポコポコ叩くのはやめて欲しい。

 

 

 

体操服から制服に着替えて、しっかり制汗剤をつけて僕は校門に向かう。

校門に背を預けて待っていた大和さんを見つけて声をかける。

 

「ごめんね大和さん。お待たせ」

「いえいえ。そんなに待ってませんから」

 

 

 

「山手君は今日、日記に書く事が多そうですね」

「そうかも、色々あったからね」

 

二人三脚から始まって、何故か女の子からキラキラした目で見られるし、男はみんな敵だし。だけど最後はしっかりと一位で終われた。

二人三脚の後は大和さんも大変だったらしく、詳しく聞こうとすると「あ、はは……」と誤魔化される。

 

今日は内容も濃かったから、帰り道もあっという間に感じた。僕の家の前に着く。

僕は大和さんにまたね、って言った。次の学校は終業式だから携帯で連絡を取って夏休みも何回か会いたいなって思ったからさよならでは無くて、またね。

 

「今日の山手君。とてもかっこよかったですよっ!」

「え?」

「では、また!」

 

 

大和さんは小走りで帰って行ったけど、僕はしばらく家のドアの前で立ちっぱなしだった。

 

 




@komugikonana

次話は12月13日(木)の22:00に投稿予定です。
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この場をお借りして御礼申し上げます。本当にありがとう!!

この作品が第1話から第8話まで、8連続でランキング入りを果たしました!!これも読者のみなさんが支えてくれたおかげです!このまま10連続、行きたいですね!
これからも「僕と、君と、歩く道」の応援、よろしくお願いします。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第10話

 

激闘を終えて、晴れ渡る青空を胸いっぱいに感じる7月8日(火)。

梅雨明けに伴い本格的な夏がやって来るであろうこんな日に、僕は自分の母親と学校に向かっている。

別に問題行動を起こして校長室に行くとかじゃない。三者懇談だ。

 

僕たちも実は中学三年生で来年、人生で初めての受験を経験する事になる。

今回の三者懇談は、主に進路調査。別に今の段階で完璧に決めなくても大丈夫だけど、そろそろ具体的な学校名ぐらい言えるようにしておけと言う目的だろう。

 

 

僕と母親は教室に向かって歩いていると、前から知っているお母さんとあの子がいた。

 

「あら!聡士君じゃない!」

「あ、大和さんのお母さん。ご無沙汰してます。大和さんもこんにちは」

 

どうやら僕の前の時間は大和さんの三者懇談だったらしい。大和さんは優秀だから進路とかもう決めてそうだよね。……僕も決めているけど。

 

「山手君。三者懇談後、良かったらどこか行きませんか?」

「うん、良いよ。図書室で集合しようか」

 

会話もほどほどに僕たちも時間が迫っているので大和さん親子とはお別れ。大和さんは終わった後に会うけどね。

 

 

「何?あんた、あの可愛い子と付き合ってたの?」

「付き合ってないよ」

僕の母親までもこんなことを言う。僕の周りは野次馬だらけだ。いつからこの国は遊牧国家になったんだ。

 

 

僕たちは教室に入り、先生と進路のお話をする。

僕の学校での生活態度、成績などを通知簿を見せながら説明をされる。

 

「山手はどこの高校を受験したいか決めているか?」

「僕は花咲川西高校に受験しようと思っています」

「そうか、山手なら今よりちょっと頑張らなくてはいけないけど不可能ではない。頑張りなさい」

「あの……先生、少し聞きたいことがあるんですけど」

「何かね?」

「夢を追いかけているけど行動に移せない。そんな生徒がいたら、先生はどうしますか?」

「先生もその人と一緒に出来る事をすると思うよ。ただ背中を押すだけって言うのは理不尽で無責任だからね」

「そうですよね。僕もそう思います」

「先生という職業はな、勉強を教えるだけじゃない。生徒一人一人の夢を叶えられるようにサポートする事も重要な仕事なんだ」

 

 

 

 

「お待たせ、大和さん」

「あ、山手君。三者懇談お疲れ様です」

 

僕は三者懇談が終わってから小走りで図書室へ向かった。大和さんは本を読んで待っていたみたいで、僕の姿を確認した大和さんは本を閉じた。

本をあった場所に直すらしいけれど、本棚の一番上にあった本らしく、背伸びしても届かない大和さんは小さい台にのって背伸びをする。

 

何だか危ない気がしたから大和さんの近くに向かったけど、それが正解だったんだ。

 

「うわあ!」

「わっ!……大丈夫?大和さん」

「へっ……あっ」

 

僕はバランスを崩して倒れそうになった大和さんを必死に止めたから、身体がかなり密着している。

……正直に言うね。男性諸君は怒らないで聞いて欲しいけど。

台に乗っている大和さんの方が背が高いから、僕の顔辺りにその……大和さんの胸が。それに密着どころかほぼ抱き着いていました。

 

「ジブンは大丈夫ですっ///」

「そ、それなら良かった。本を貸して?僕なら多分届くから」

 

そう言って台に上がって本を戻そうと思っていたけど、僕が大和さんにやった大胆な行動を今更恥ずかしくなった僕はわざと時間をかけて本を元に戻した。

 

「……あれ?山手君」

「どうしたの?大和さん」

「足、湿布貼ってありますけど痛めたんですか?」

「あー、うん。階段から落ちちゃって……」

 

僕は騎馬戦の時に痛めた足首をまだ内緒にしておこうと思ったから、とっさに誤魔化したんだ。今は本当の事を言ってはいけない気がしたから。

大和さんはジト目で見てきたけど、あはは……と誤魔化した。

 

 

 

 

学校を後にした僕たちは、ある場所に向かう。僕の目的地なんだけど、大和さんが居てくれたら安心だと思ったし、面白い大和さんも見れる。

 

「それにしても、山手君から楽器店に行こうって珍しいですね~」

「そうだね。実はギターを始めようかなって思ったんだ」

「おお!いいですね~ジブンもギター選び、手伝いますよ!」

 

僕がギターを始めるのは目的があるんだ。僕はどこまで弾けるようになるのかは全くの未知数だけど、やれるだけやってみようって思ったんだ。

 

 

「おお!見てください、山手君!!Gibson USAのレスポールカスタムがありますよ!黒のボディに金色のピックアップにブリッジ!!そして見た目に反してゲインで音を歪ませた時のあま~い音がギャップを……フヘへ」

「すごく高いギターだね……」

 

楽器店に入ってギター売り場に入ると、早速大和さんのスイッチがオンになった。訳の分からない事の羅列で意味は全く分からないけど、伝えたい事は凄く分かる。

例えるなら、洋楽を聴いているような感じかな。

僕には彼らの歌詞の意味が分からないけど、曲に込められた感情とか良い曲だなとか、漠然とだけど分かる。

 

2に0が五つ並んだ値段もそうだけど、大和さんの熱の入りようがこのギターの凄さを表しているのだって分かったのだから。

 

 

 

 

「……そう言う事でしたら、アコースティックギターの方が良いかもしれませんね」

「アコースティックギターって、あそこに並んでいる真ん中に穴が空いてるギターの事?」

「そうです!では早速行ってみましょう!」

 

凄そうなギターを見た後、僕は大和さんに何処でも気楽に弾けるようなギターが欲しいと伝えたんだ。すると大和さんはアコースティックギター売り場へ案内してくれた。

 

「山手君、予算ってどれくらいですか?」

「うーんと……三万円くらいかな」

「それならこのギターはどうです?このギターはボディが薄いですので初心者の方でも弾きやすいと思います」

 

大和さんは僕に合いそうなギターを紹介してくれた。僕はこのギターになぜだか愛着が湧いたんだ。

僕はボディの厚さで何か変わるの?って聞くと「ボディが厚いほど空気の入る量が違いますから、音の大きさが違うんですよ。それにですね~……」と長く、丁寧に教えてくれた。

別売りの部品をつければアンプにも繋げるから、音の大きさは調整出来ると言う事も教えてもらったのでこのギターを買うことにした。

 

 

僕は店員を呼んでこれが欲しいので精算してください、と言って店員に連れられレジに一人で向かった。

 

「あの、すみません。この紙って貰っても良いですか?」

 

僕はレジの横に置いてあった紙を手に取って店員に聞いた。

 

「はい、良いですよ。よろしければ参加してみてください」

「じゃあ、一枚貰いますね」

「お待たせしました。またのご来店をお待ちしております」

 

僕は店員からギターを受け取ってそのまま背負った。

ギターを購入すればギターケースも付いてくる。そのギターケースのポケットにレジの横に置いてあった紙を丁寧に折りたたんでから入れた。

 

 

「おお!似合いますよ~山手君」

「そう?ありがとう」

「大和さん、今日のお礼に晩御飯食べに行かない?ちょっとだけ奢るから」

「良いんですか?」

「もちろんだよ」

 

 

僕はギターを背負ったまま大和さんと二人でファミレスに向かう。

今日から僕と背中を預ける仲間になったギターの事も大和さんから聞いておきたい。僕と一緒に歩いて行こうね、ギター。

 

 

「あ、そう言えば山手君」

「どうしたの?大和さん?」

「ピックとか、ストラップ、交換用の弦とか買いましたか?」

「……なんの事?」

「あ、はは……」

 

最低限ピックはあった方が良いらしい。

僕たちはまるで、小さい頃によく遊んだ吹き戻し笛のように楽器店を行ったり来たりしたんだ。

 

 




@komugikonana

次話は12月14日(金)の22:00に投稿予定です。

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評価10と言う最高評価をつけていただきました なお丸さん!
評価9と言う高評価をつけていただきました 天草シノさん!
評価10の最高評価に付け直していただきました 麻婆豆腐の人さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

今日のお話で聡士君がギターを購入しましたね。13話で何に使うかが分かりますが、そこから新たな局面に入っていきます。
ちなみに1話で聡士君は「友達が少ない」「学校になんて行っても格段面白い事なんて無い」と言っていた事を覚えていますか?ですけど9話まで、今話もですけど学校を楽しんでいますね。聡士君の日記のモットーは……。
「僕はたとえどんな小さな一歩でも前に進めたら進歩なんだって思う」

では次話までまったり待ってあげてください。



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第11話

 

真夏のうなるような暑さも、セミたちの大合唱もひとまず休憩を取る8月5日(火)時刻は20:00。

僕は今日も自室でギターの練習をしている。アコースティックギターはコードを弾くのが主な演奏方法らしく、ネットで調べてコードを弾いている。

今は難なくこなしているけど、指が痛くなる。そしてFコードの指が押さえられない。

 

けど、これさえクリアできれば曲が弾けると考えるとやる気も出るんだ。僕は10月までにスムーズに演奏が出来るように頑張ろうと思う。

 

「ブーッ、ブーッ」

 

僕の携帯が夏の夜を怖がっているかのように震えた。携帯を開くと、僕もオバケを見たかのように固まってしまったんだ。

携帯に着信が入っていて、尚且つ相手が大和さんだったんだ。

 

「もしもし」

「あ、山手君。今時間ありますか?」

「うん。大丈夫だよ。……どうしたの?こんな時間に」

「あのですね、良かったらですけど……」

「何かな?」

「明日、私とお祭りに行きませんか?」

 

僕は即答で行くことを大和さんに伝えた。電話を切った後、僕の胸の鼓動が時計の秒針よりも速く動いていたんだ。

 

そのまま練習に集中できないから今日は辞めてベッドに寝転んだけど、にやにやが止まらなくて年頃の女子みたいに布団の中で悶えた。

 

 

 

 

夏の鬱陶しい暑さも気にならず、セミたちのコーラスも小鳥のさえずりもみんな嬉遊曲のように聞こえる8月6日(水)。

昼をギターの練習で費やした僕は、晩御飯を食べないと言う趣旨を母親に伝えてからお祭りに向かう準備を行う。

 

 

僕は寝癖が無いかだけをしっかりと確認して、財布をかばんに詰めて集合場所である大和さんの家に向かう。

心臓の音と同じくらいのステップで僕は歩を進めていったから、約束した時間より二十分も早く着いてしまった。

僕は大和さんの家の横で携帯を触って待っていると、ドアが開く音がした。

 

「あら、聡士君いらっしゃい。麻弥を待っているのでしょ?」

「あ、そうです。少し早く来てしまって」

「家に入っておいで。外は暑いから」

 

僕は家から出てきた大和さんのお母さんに進められ二度目となる大和家の門をくぐった。

僕はリビングに座らせてもらっておまけに冷たいお茶まで出してもらった。

 

「麻弥はもうちょっと準備に時間がかかるから待ってあげてね」

「もちろんですよ。それより……」

「あら、何かしら?」

「僕たちがお祭りに行くこと、知っているんですね」

「私が行っておいでって助言しておいたの!感謝してよね~」

「あ、ありがとうございます……」

 

どういう経緯で助言してくれたのかは分からないけど、大和さんと二人っきりでお祭りに行けるのだから本当に感謝しかない。

……二人っきりでお祭り。それってデートっぽくないか。

冷たいお茶を飲んでいるのに冷や汗が止まらない僕に、更なる追い打ちが来たんだ。

 

「聡士君はいつ麻弥と結婚するの?」

 

僕は飲んでいたお茶を勢い余って鼻からぶすっと出してしまった。鼻から飲み物を出すなんて小学生の牛乳以来で鼻がむずがゆい。

 

 

「スミマセン、お待たせしましたっ!」

 

僕が鼻をマッサージしていると二階から大和さんが来たから、待ってないよってお約束のセリフを言おうって思ったけど、そのセリフは僕が飲んだお茶と一緒に胃まで流れていったらしく僕の口にはもうその言葉は見つからなかった。

 

目の前にいる大和さんは浴衣姿だったんだ。明るい青色をベースに、白色の花柄模様の浴衣は彼女にぴったりだった。

手に持っている緑色を基調とした巾着に付いている鈴がちゃりんと心地よい音色を鳴らす。

 

「ど、どうですか?似合っていますか?」

「に、似合ってるよ。すごく」

 

僕と大和さんは同じタイミングで顔が赤くなってしまって、俯いてしまった。

それを見た大和さんのお母さんから「こんな甘い空間にいたら溶けそうだから早く行ってきなさい」と言われたんだ。

 

 

 

 

「スミマセン、浴衣は慣れていないので歩くスピードが遅くて」

「気にしないでよ。その分大和さんとゆっくり話が出来るから」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

僕たちはゆっくりと祭り会場まで歩いて向かう。僕はこのような時間がこれからもずっと続けば良いなって叶う訳もないお願いを心の中でお願いする。

三者懇談の後、よく考えたら約半年で僕たちは卒業するんだ。半年は長いようで短い、夜道のトンネルのようなものだ。出口が見えないから長く見えるけど、車で走ってみたらすぐに外に出るような感じ。

 

 

「大和さんはどこの高校を受けるか考えてる?」

 

僕は大和さんにこんな事を聞いた。同じ高校だったら良いねと言う少しの希望もあるけど、それ以上の意味を含む言葉。

 

「ジブンは羽丘女子を受験しようって考えています」

「……。そっか、お互い頑張ろうね」

 

羽丘女子って偏差値も高いしこの辺りでは有名な学校。女子高だから大和さんと同じ高校生活って訳にはいかない。

だから僕は、高校生になっても忘れないような半年を過ごしたいんだ。

……大和さんと一緒にね。

 

 

「あ、人が多くなってきたね。もうすぐ会場かな?」

「そうですね。少しずつですが屋台も見えてきましたよ」

「僕、ちょっとお腹空いたな」

「屋台をゆっくり回りましょうか」

 

僕たちはまだお祭り会場の入り口にも入っていないのに気分はもうお祭り会場の中。現実と想見の乖離を楽しみつつ心を躍らせながらお祭り会場に足を踏み入れる。

 

 

子供も大人もみんな同じ表情をしている会場内は、嬉々とした喧騒がこだまする。

僕は大好物の屋台を見つけた。

 

「大和さん、あの屋台に寄っても良い?」

「もちろんですよ!えっと……唐揚げですか!」

「そう!僕は唐揚げが好きなんだ」

 

早速屋台に向かって三百円で唐揚げを購入した。このスパイシーな香りが食欲をそそって、今にもお腹が音をあげそうだ。

僕は出来立ての唐揚げを爪楊枝で刺してぽいっと口の中に放り込む。

 

「あ、これうまいわ!大和さんも食べてみる?」

「遠慮しておきます。あ、はは……」

「遠慮しなくても良いよ」

「い、いえその……爪楊枝が一つしかありませんから」

 

大和さんは多分、間接キスになるのが恥ずかしいのかもしれない。箸とかペットボトルなら分かるけど爪楊枝だし。

僕は少しだけイタズラしたくなって、適度な大きさの唐揚げを爪楊枝で刺して大和さんに近づけてみたんだ。

 

「爪楊枝なら僕の口に触れてないし、大丈夫だよ。ほら、大和さん」

「ええ!?わ、分かりました!覚悟を決めますよ!」

 

僕はこの時にやっと気づいたんだ。大和さんは間接キスで恥ずかしがっていた訳では無かったと言う事に。

僕が爪楊枝を持っているからもし大和さんに食べさせてあげるなら方法は……。

 

大和さんは目を閉じてゆっくりと口を開く。

僕の手が震えて唐揚げがぷるぷるしている。いや、だって何故か今の大和さんはすごく色っぽいのだ。これが大人の階段なのかもしれない。

 

 

僕は優しく大和さんの口の中に唐揚げを置いた。

大和さんは口に手を当てながらゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。

 

「山手君……。大胆ですよ~」

 

頬を赤らめ上目遣いでそう訴えてくる大和さんの方が僕からしたら大胆だなって思った。

 

 

 

 

その後は、何件か屋台を回った。ビー玉入りのラムネとか、ベビーカステラとか。

楽しい時間はあっという間に過ぎるから、気が付けば空は暗くなっていたんだ。

 

「あの、山手君」

「何かな?」

「この後、花火が上がるんですよ!観に行ってみませんか?」

「でも、この時間帯ってどこも人でいっぱいじゃないかな?」

「少し離れるんですけど、公園でも見れますよ」

「そうなんだ!じゃあ、行ってみようか」

「はい!」

 

 

僕たちはこの後、賑やかなお祭り会場とは正反対の公園に足を運んだんだ。

この時の大和さんはどうしてか、何かを決心したような顔になった気がした。

 




@komugikonana

次話は12月17日(月)の22:00に投稿予定です。

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お気に入り数が150に達しました!かなり速いペースで私自身ビックリしております。ありがとうございます。

連続ランクインの事なんですけど、途切れました。1話から9話まで9回連続だったんですけど、第10話は載りませんでした。
ともあれ、9回も連続でランクインと言う夢みたいな体験をさせてくれた読者のみなさん、ありがとうございました!
私自身ランキングに載せるために小説を書いているわけではありませんので、これからもいつも通り連載していこうと思いますので応援よろしくね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第12話

身を刺すような暑さも太陽と共に帰って行き、暗いけれど何故か情緒ある夜道を僕と大和さんは歩いている。目指す場所は公園。

さっきまでお祭り会場にいたからかもしれないけど、今歩いている夜道はとても静かでまるでこの世界に僕たちしかいないような気さえする。

 

「ここの公園です。少し遠いですけどしっかり花火が見えるはずです!」

「この公園、僕が小さい頃よく遊んだっけ。懐かしいな」

「あっちの方向から花火が上がりますからブランコに腰掛けながら観ませんか?」

 

僕たちはブランコに腰掛ける。ブランコに腰掛けながら二人で花火を観るっていかにも青春の一ページみたいな感じがして自然と口角が上がる。

 

 

ドーーン!!

 

 

「おお!花火きれいですねっ!」

「うん、そうだね」

 

花火が上がり始めて、大和さんはブランコのチェーンを掴みながら目を輝かせている。

僕は花火が咲いた時に発せられる光に写される大和さんの顔を見ていた。もちろん花火もきれいなんだけど、浴衣を着て目をキラキラさせている大和さんも負けないくらいに美しかったんだ。

 

だから僕は、もっと近くできれいな大和さんを見たいって思った。

 

「ねぇ大和さん」

「どうかしましたか?」

「大和さんの方に行っても良いかな?」

「え?……ええっ!?」

 

僕は大和さんの後ろに立って、彼女の肩に手をぽんっと置いた。本当はそのまま後ろから包み込みたかったけど、今の僕にはそこまでの勇気は無かったんだ。

それに僕たちは恋人ではないから的確な線引きは大事だと思った。

 

「や、山手君」

「花火きれいだね、大和さん」

「そ、その……」

 

大和さんは立ち上がって僕の方を見た。顔はやや下向きだったからちょっとやりすぎてしまったかなと思って目が下の方を向いてキョロキョロとしてしまったけど。

僕の心配は杞憂に終わった。

 

 

「ずっと立っていたら疲れますから……い、一緒に座りましょうっ!」

「え?」

「山手君が先に座ってくださいっ!」

 

大和さんにほぼ無理矢理ブランコに座らされて、その上から大和さんがちょこんと座ってきたんだ。簡潔に言えば、僕の膝の上に大和さんが座っている。

 

大和さんと出会って、初めてこんなにも長く密着したのかもしれない。大和さんからはほんのりと良い香りがしたんだ。シャンプーとかそんなのじゃなくて、女の子の香り。

 

「お、重たくないですか?ジブン」

「軽すぎだよ大和さん。また野菜ばっかり食べてるの?」

「あ、はは……。野菜が好きですから」

「一度、サーロインステーキでも食べてみたら?」

「そんな高級品食べれませんよ~」

 

僕たちは無邪気に笑う。同時に大きな花火がドーーンと花開く。

僕は以前まで花火を長時間見ていると飽きてしまうからあまり好きでは無かったけど、今日から考えが一新された。

 

 

 

花火大会も最後に差し掛かり、たくさんの花火が宙を舞う。

そして花火大会が終わると、公園内では華やかさもにぎやかさも花火と一緒に消えてしまい、残ったのは質素な空間と静寂だけだった。

 

「ジブンたちもそろそろ帰りましょうか」

「そうだね。家まで送っていくよ」

 

僕たちはブランコから立ち上がった。さっきまであった大和さんのぬくもりが無くなることに少しの違和感を感じる。

僕は周囲に忘れ物は無いかだけを確認して大和さんと公園を出ようとした。

 

 

この時に厄介な出来事が起きたんだ。

 

 

この公園には一か所しか出入り口が無いのだけれど、その出入り口から茶色い生き物が入って来たんだ。

正体は犬で立ち上がると僕の身長ぐらいはあると思う。まだ犬はこっちに気づいていない。

この時代に野良犬なんていないと高を括っていた僕は全身に緊張感を走らせる。

 

「どうしたんですか?山手君?」

「大和さん、今は静かにして」

「え?」

 

急に静かにしてって僕が言ったから驚いたのか大和さんの持っていた巾着の鈴が音をあげた。普段は心安らぐ音なんだけど、今は寿命が縮んでしまいそうな音。

 

ウゥ~……

 

「まずい、犬に気づかれちゃった……」

 

僕はこの状況を打破するために色々策を巡らす。だけど途中、僕は大事なことに気づいたんだ。

大和さんの方を見ると微かにだけど震えていて、顔は青ざめていておびえたような目をしていた。

大和さんはとっさに逃げようとしていたから僕は彼女の腕を握った。

 

「大和さん!落ち着いて!今動いたら犬が確実に大和さんの方に行ってしまう!」

「で、でもあの犬こっちに近づいてきてますよ」

「僕が公園の奥の方に走るから、大和さんはその隙に公園から離れて」

「そんな事をしたら、山手君が危ないですよ!」

「僕なら大丈夫」

 

僕はぎゅっと力を込めて大和さんの手を握る。震えている大和さんの不安を少しでも吹き飛ばせるように。

 

「僕が合図を出すから、大和さんは落ち着いて確実にこの場を離れてね」

「分かりました……」

 

僕は肩にかけていたかばんを手に抱え込んでゆっくりと公園の真ん中に歩み寄って犬の興味を僕に向ける。……よし、今だ!

 

「大和さん!今だっ!!」

「は、はい!」

 

僕は全力で奥の方に走る。ちらっと後ろを向いたら犬が吠えながら追いかけてきている。流石に犬に走力は勝てないから徐々に距離が狭まっていく。それに痛めている右足も完治していないから縮まるスピードが早い。

良い距離感になったところで僕は手に持っていたかばんのチャックを開けて犬に投げつけた。

 

かばんは犬に直撃し、中からベビーカステラがころころと出てくる。

犬がベビーカステラを食べている内にこっそりと公園を後にしたんだ。かばんと財布は回収出来なかったけど、大和さんが無事なら良いかなって思えた。

 

 

 

 

「山手君!大丈夫ですか!」

「うん。噛まれてもいないし、無傷だよ」

 

公園を後にした僕はしばらく歩いていると大和さんを見つけた。僕を見つけた瞬間走って来てくれた。

そのまま僕は大きな衝撃を受けた。走って来た大和さんがそのまま僕の胸に飛び込んで来たんだ。

 

「本当にケガしていないんですね?」

「うん。ベビーカステラに助けてもらったよ」

「携帯に何回も電話したのに出なくて心配したんですよ!」

「ごめん、携帯はマナーモードだから全く気付かなかったよ」

「本当に……山手君がケガしたらって……ううっ……」

 

うっうぅっ……うわああぁああ―――――――――

 

 

僕は泣きじゃくる大和さんを引き寄せて、頭をゆっくり撫でてあげた。そうする事しか出来なかったから。

恥ずかしいとか、いやらしい考えとかはこの時は全くなかった。あったのは大和さんに心配かけないような、もっと上手いやり方があったんじゃないかと言う想いだけだった。

 

 

 

「スミマセン……取り乱してしまいました……」

「ううん、気にしないで」

 

落ち着いた大和さんを僕はゆっくりと解放してあげる。そして今日はもう帰ろう、と伝えて大和さんの家に向かう。

歩いている時、大和さんは僕の手を握って来たから僕も握り返した。

 

無言のまま僕たちは手を繋ぎながら歩いて、無事に大和さんの家の前まで着いた。

 

「今日は色々あったけど、お祭りに誘ってくれてありがとう、大和さん」

「いえ、こちらこそまたご迷惑をおかけしましたから……あっ!」

「え?どうしたの大和さん」

「み、見てください!きれいな星ですよっ!」

 

僕は大和さんの手の指している方向を見ても星がたくさんあってどれがきれいな星か分からなかったから、大和さんにどの星?って聞こうとしたんだ。

 

僕が大和さんの方に振り返った時。

 

僕の口に柔らかいものが触れたんだ。そして近くには大和さんのきれいな顔。

口と口の、そっと触れたようなキス。

 

 

「き、今日はありがとうございました!ま、またどこか行きましょうね!」

 

大和さんはそそくさと家に入っていったけど、僕はしばらく何が起きたのか整理に時間がかかってしまって。大和さんとキスしたんだって分かった僕はこの日、全く寝付けなかった。

だって、唇のあの感触が忘れられなかったから。

 

 




@komugikonana

次話は12月19日(水)の22:00に投稿予定です。

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今話は少しぶっ飛んだ内容ですね。書いてるときは普通だったんですけど添削中に「すごい内容になってんな」ってなりました。たまにはこういう内容も良いよね?(笑)

余談ですけど
私、実は今日15時47分に起きたんですよ……。皆さんはこんな大学生になってはいけませんよ。私はド底辺ですから良いんですけど。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第13話

お世話になったご先祖様も牛に乗ってゆっくりとあの世に戻っていき、またこの世にいる人間が社会を動かしていく日に戻った8月18日(月)。

 

お昼過ぎに僕は、大和さんの家に向かっているんだ。

理由はお土産を渡すため。僕の実家は関西にあるからお盆期間はずっと関西にいたんだ。

 

ただ今日僕が大和さんの家に行くよ、って彼女には伝えていない。サプライズにお土産を渡せば面白いかもしれないって思ったから。

……と言うのは嘘で、実は初めて大和さんとキスをしてからお互い恥ずかしくなってしまって連絡すらお祭りの日から取っていないんだ。

 

 

このまま連絡を取らなかったら余計に気まずくなってしまうって思ったから少し大胆な行動に出てみた訳だけど。

 

ピンポーン

 

僕は大和さんの家の前に着いてインターホンを鳴らす。何やら家の中で誰かが動いたような気配がするから大和さんが出てくるのかなって思っていた。

 

「はーい……あら?聡士君?」

「こんにちは。突然ですみませんが、大和さんいますか?」

「麻弥?今は出かけていていないわよ」

「あ、そうですか。……いきなり押しかけてすみません」

 

また楽器店に行って新しく入荷した機材とか機材カタログを見に行っているのかもしれない。しょうがないから時間を改めて出直そうかな。

 

「せっかく来たんだし上がって良いわよ、聡士君」

「迷惑じゃないですか?」

「気にしなくて良いのよ。麻弥が帰ってくるまでいてくれても良いから」

 

 

僕はお母さんに連れられてリビングに座る。何回もこの家に来ていて少しづつ慣れてきているのが怖いと感じる。

今日は紅茶を出してくれた。

 

「あの、これ良かったら受け取ってください」

「あら、クッキーじゃない!ありがとうね」

 

僕はお土産であるクッキーを渡した。僕は紅茶をすすっていると、僕の前に大和さんのお母さんが座って向かい合わせになった。

所々大和さんと似ている部分もあるから何だか緊張する。

 

「ふふっ。聡士君には話してみたいことがたくさんあるのよね~」

「ははは……」

「じゃ、まず一つ目!麻弥とキスした?」

「ごほっ!」

 

僕は飲んでいた紅茶を全力で飲んでしまいむせてしまった。もう鼻から出したり、吹いてしまったりしてはいけないから飲み込んだけどこれはこれでしんどい。

むせた事と、否定の出来ない事で顔が熱くなっていく。

 

「あら、その表情!……もうしたわね」

「言い方がいやらしいですよ!」

 

僕の周りは精神年齢が中学生ぐらいの人しかいないのかもしれない。

……母親勢以外は全員中学生でした。

 

「じゃ、二つ目!」

 

大和さんのお母さんはもう次の聞きたい事にシフトしていたから僕は速攻で紅茶を机の上に置いた。もう何を聞いてきても驚かないように色々想定していたんだ。

例えば「結婚はいつするの?」とか、「私の事はお義母さんって呼んでも良いのよ!」とか、「子供は何人欲しいの?」とか。

 

だけど、僕の耳に届いた言葉は想定していたものとは全く違っていたんだ。

僕は、ピーマンを収穫せずに置いておくと緑色から赤色になる事を初めて知った時のような感情になった。

驚きと言うか、呆気にとられたと言うか、そんな感じがしたんだ。

 

 

「麻弥の事、気にかけてくれてありがとうね」

「えっ?」

「多分聡士君と出会ってすぐくらいかな?麻弥が笑顔でいることが増えたのよ」

「は……はぁ」

「去年の12月だからもうすぐ一年前の事だけどね、ある出来事がきっかけで少し元気を無くしてたの」

 

僕はUFOキャッチャーの商品が落ちそうで落ちない、そんなむずがゆい気持ちになった。

僕は今の大和さんしか知らない。その出来事について聞きたいけど聞いてもいいのかなって思ったんだ。

でも、僕は。

 

「あ……あのっ!」

「どうかした?聡士君?」

「僕に教えてもらえませんか?ある出来事について」

「う~ん……」

「もし今もその出来事をまだ引きずっているなら、僕は助けてあげたい!」

「ふふっ」

 

そんなの自己満足かもしれない。大和さんはもうその事を触れて欲しくないって思っているかもしれない。でも僕は助けてあげたい。

そして大和さんに次の一歩を進んでほしいんだ。

 

「聡士君ってかっこいいわね。私が同い年なら放っておかないわ」

「そ、そんな事ありませんよ」

「でもね、その事を私からは言わないわ。麻弥から直接聞いてみて?」

「そうですね……」

「ただし!今はタイミング的に良くないから、もっと仲良くなってから聞いてあげて」

「分かりました」

 

僕は決心したんだ。その出来事を大和さんから聞き出すのではなくて、大和さんの口から聞けるような、そんな心から信頼してくれるような関係になるんだって。

 

 

 

 

僕がその出来事について聞いて十分ぐらい経った時に、家のドアが開いて誰かが入って来た。

 

「あ、あれ!?山手君!?どうしているんですかっ!」

「こんにちは、大和さん」

「連絡とか貰いましたっけ?」

「ううん。突然お邪魔しちゃって……」

「そ、そうでしたか!気にしなくて結構ですからっ!」

 

何だかとても焦っている大和さんを見るのは新鮮で面白い。そりゃ家に帰ったら突然クラスの男子生徒がいるんだから焦るよね。

実は、大和さんに話したいことがあるのもここに来た目的の一つにあるんだ。

 

「大和さん、ちょっと話したいことがあるから大和さんの部屋にお邪魔しても良いかな?」

「え?話……ですか?構いませんよ。ジブンも山手君に用があったので」

「じゃあ、行こうか」

 

僕は大和さんの部屋にお邪魔する事にして話したい事を伝えようとしたのだけど、冷やかしの言葉が来たんだ。

 

「あら、私は耳栓でもしておくから遠慮なく……ね?」

「「何もしませんよ!!」」

「わっ!息ぴったりね。ふふっ」

 

 

 

「あ、はは……スミマセン。ジブンの母が変な事を言って」

「ははは……僕もう慣れたかもしれないや」

 

僕たちは大和さんのベッドに腰掛けた。部屋全体がほんのりと大和さんの香りがして、僕の肺はいつもよりたくさん仕事をしているような気がする。

心なしか、お見舞いに行った時より二人の距離が近いように感じたんだ。

 

「それで、大和さんが僕に用があるって何かな?」

「はい!これを渡したかったんですよ~」

 

そう言って大和さんから財布を渡された。え?これって……。

 

「これ、かばんと一緒に無くした僕の財布だ!どうして大和さんが持っているの?」

「実は、お祭りがあった日の翌日から交番に落とし物申請をしまして、今日電話があったのでさっきまで交番に行ってたんですよ」

「そうなんだ……。ありがとう!拾ってくれた人にもお礼を言わなきゃね」

「それが……。拾ってくれた人は名前も言わずに去ったみたいなんです。黒髪で釣り目が特徴で白の七分袖シャツに黒色のズボンの男性の方と警察官の方が言っていました」

 

僕は大和さんに財布を渡してもらった時から、心が熱くなっていたんだ。もしかしたら今日まで大和さんは僕の財布を探してくれていたのかもしれないって思ったから。

僕はそんな大和さんに惹かれているのかもしれない。

 

「それで、山手君はジブンに話したい事って何ですか?」

「あ、うん。大和さんにお願いがあるんだ」

 

僕はすーっと深い呼吸をしてから大和さんの方を向いた。

 

 

「大和さん。ハロウィン祭の出し物で僕と一緒に演奏してください!」

「ええ!?ハロウィン祭で、ですか!?」

 

僕の言ったハロウィン祭と言うのは他の学校で言う文化祭のようなもので、僕たちの中学では10月31日にクラス内展示や出し物をする事が出来るんだ。当日は好きに仮装しても良いと言う、我が中学では数少ない良イベントなんだ。

 

大和さんはちょっと苦い顔と言うか、渋っているような顔をしていた。

だから僕は、結論を急がせるのは良くないって思った。

 

「大和さん。答えはまだ先で良いよ」

「で、でも……それでは迷惑をかけてしまいますから……」

「気にしないで。イエスかノーか、どっちでも良い。ギリギリまで僕、待つから」

 

 

 

もし大和さんと演奏が出来なくても僕は、大和さんに届くように気持ちを込めて楽器を弾くから。

僕はそう言い残して、大和さんの家を後にしたんだ。

 

気持ちと言うのは、大和さんに向けてのエール。僕の心に秘めた気持ちはもうちょっと後。

僕はこの時、楽器店で貰った紙の内容を頭に浮かべた。

 




@komugikonana

次話は12月21日(金)の22:00に投稿予定です。

新たにこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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評価9と言う高評価をつけていただきました 時雨皆人さん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました steelwoolさん!
評価8と言う高評価をつけていただきました とーーーーーーーーすとさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

主人公の聡士君がアコギを購入した目的は文化祭(ハロウィン祭)で演奏するため、と判明しましたね。彼が麻弥ちゃんと一緒に演奏したいと考えている理由は後々明かされます。
今話は結構重要なネタが入ってますね。ちなみに私のちょっとした遊び心も入れてみました。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第14話

 

8月も終わり、暑さはまだ残りつつも確実に季節は前に進んでいる9月1日(月)。

9月って何だか雰囲気が変わるような気がするんだ。空気が秋って感じがする。あと一つ、特定の年齢層だけ雰囲気が変わるんだ。

 

その年齢層と言うのは……。

 

「どうよ?模試の成績は?」

「僕は最初からずっとC判定だよ」

 

僕たち受験生の事。夏休みまでは「受験なんてまだまだ先だぜ!」って思っていても二学期が始まってから何故か急に焦りだす生き物。それが受験生だと思うんだ。

あの脳筋で有名な桃谷でさえ受験の事を話すものなのだから。

 

「まぁでも高校ぐらいで人生なんて変わらねーからテキトーで良いわ!」

「桃谷、今の日本は学歴社会なんだよ?」

「そんな社会すぐに崩壊してしまえ」

 

僕もその意見には同意する。でも社会がそうなら僕たちもそのように適応しないと生きていけない。僕たちは操り人形みたいなものかもしれないね。それが嫌なら上に立つしかない。……なんて自尊心を大事にする日本人っぽい考えだなって思う。

 

学歴はもちろんある方が良い。だけど学歴が無くても素敵な人間なんてたくさんいる。学歴だけあって持っている知識を応用できない高学歴の方がダメな人間だって僕は思う。

 

「あ、そうだ!俺ぁ驚いたぜ~山手」

「何か面白い事でもあったの?」

「今朝大和から聞いたんだけどよ、お前らついにキスしたらしいな~」

「なっ!」

 

僕は勢いよく立ち上がった。座っていた椅子が勢い余って後ろの大和さんの机に当たってしまって大きい音が教室中に響いた。

え、いや、ちょっとまって。なんで大和さんはそんな恥ずかしい事を言いふらしているんですか!ビッチなの?

 

「どうしたんですか?山手君。すごい音が廊下まで聞こえていましたけど」

 

大和さんがタイミングよく教室に入って来る。手にはハンカチが握られていて手を拭いているようなしぐさを時折している。

 

「大和さん!どうしてあんな事を桃谷に話しちゃったの!?」

「え、えっと……。話が全く分かりませんけど……」

「キスしたことだよ!僕たちが!」

「ちょっ!山手君!声が大きいですよ!」

「そんな事を言いふらしていたのは大和さん……で、しょ……」

 

僕は急に我に返ったんだ。

だって僕と大和さんはいつもと同じように一緒に登校して、教室に入る前に大和さんはお手洗いに行ったから僕が最初に教室に着いた。それに僕が教室に着いた時にはすでに桃谷がいたから……。

 

桃谷が大和さんと話す機会なんて女子トイレに潜伏していない限り不可能だ。

 

 

何故だろう。すごく身体が冷たくなってきている。半袖のシャツも冷たい汗でぐっしょりなんだけど……。

大きい音を立てたからクラス全員が僕たちを見ている。

 

「は……はったりのつもりだったんだけど、山手……お前まじか」

「ははは……な、何のことかな?」

 

あ、運動部の男が一人食べかけのパンを握力で潰してる。

そう言えば小学校の時、コッペパンを両手で縮めて「これならパン嫌いでも一口で食べれるぞ」とかやったっけ。口に入れた瞬間地獄だったな……今はそれどころじゃ無い。

 

「お前、中学校を卒業するだけじゃ足りないからって童……」

「桃谷!これ以上しゃべらないで!」

 

 

 

 

今日は学校が半日で終わりなのに僕は乾燥させた唐辛子のようにげっそりしていた。理由は言わずもがなだと思うから割愛するね。

大和さんはクラスの女子に連行された。かばんはまだ置いてあるから教室に帰って来るはずだけど連れていかれてもうすぐ一時間が経つ。

 

帰ってきたら大和さんにちゃんと謝ろう。

 

 

僕は大和さんが帰って来る間、今まで起きた事を日記に殴り書いていたんだ。

でも、この時に思った事があったからその事について書く。

 

「大和さんと会って、もう半年になるのか」

 

たしか、ここで僕が帰ろうとした時にこの日記を落として、それを大和さんが拾ってくれたんだ。

あの時の僕は惰性で動いていたけど、今は違う。

 

僕は、歩きたい道を見つけたんだ。

まだ僕は何もやり遂げていないけど、本当に小さいけど、一歩進んでいる。

たとえそれが、亀が踏み出す一歩ほどの歩幅であっても。そんな一歩を踏み出し続ければ、いつかウサギにも勝てるんだ。

 

 

「どこか遠くに行きたい……」

「あ、大和さん。その……お疲れさま?」

 

大和さんが抜け殻状態で教室に戻って来て、僕の早とちりのせいでこんな姿になってしまった大和さんを見ると罪悪感しか湧かない。

 

「その、大和さん。今日の事は僕が全部悪い。ごめんね」

「良いですよ……。それより、中学生の女子って怖いッス……」

 

聞いた話を抜粋すると、「やっぱり体育大会の時から付き合ってんの?」とか「ファーストキスだったの?」とか「初めてのキスの味は?」とか。

本当にごめんなさい、大和さん。

 

「元気出して?……ほら、大和さん。楽器店に行こうよ」

「おお!良いですね!たしか今日は新しい機材が入荷される日ですよ~!」

 

「山手君!急いで行きましょうっ!」と言ってかばんと僕の腕を掴んで走り出す大和さんを見て、やっぱりこうじゃないとねって思った。

 

 

 

 

楽器店に着いてからの大和さんは、学校にいた時とはうってかわっていつもの機材モードに突入していた。

「この会社さんだったら良いコーラスエフェクターを作ってくれると思っていましたが、本当に実現するとは!」なんて小さい機材の入ったショーケース前で興奮したり、小さいPAミキサーを前に「これなら家に置けそうですね~!色々試したいことが……フヘへ」って言ったり。

 

他にもたくさんの名言が飛び出したんだけど、僕は以前までは宇宙人と交信しているみたいに意味不明だった言葉たちが、単語ごとに意味が分かるようになってきたんだ。

 

僕も近い将来、機材オタクになるのかもしれない。

 

 

その帰り道、たしか……花火を観ていて野良犬に襲われそうになった公園付近での出来事だったと思う。

 

「山手君」

 

こんな感じで僕は大和さんに話しかけられたんだ。空はきれいな夕焼けで、赤らめた太陽を背景に位置している大和さんはとても映えていた。

 

「ジブン、あれから考えました。ハロウィン祭の事」

「うん」

「何度も考えたんですけど、答えは同じで……。ジブンはみんなの前で演奏なんて出来ないですから」

 

僕はふーっと息を空に向けて吐いた。

僕には大和さんの出した答えに反論するつもりなんて無いし、そんな権利も無い。だから僕は笑顔を作ってその答えを受け入れようとした。

 

だけど大和さんの言葉にはまだ、続きがあったんだ。

 

 

「ですが、それは昨日まででした」

「え?」

「ジブン、今日気づいたんですよ。君と、いや山手君となら出来るんじゃないかって」

 

その時の大和さんの表情は、夕焼けのきれいさなんて足元にも及ばないくらいの、輝いた表情に見えた。

 

「ジブンも山手君と一緒に演奏したいですっ!」

 

僕は左手を大和さんに向けて出す。そして僕は言う。

 

「大和さん、よろしくね!」

「はいっ!」

 

大和さんは僕の出した左手を両手で握ってくれた。大和さんは「迷惑をかけるかもしれませんが」って言っていたけど、フォローするに決まってる。

 

 

ほらね。僕はカメみたいな小さな一歩を踏み出している。

君も進んでね。小さな一歩を。

 

 




@komugikonana

次話は12月24日(月)の22:00に投稿予定です。
次の投稿日ってクリスマスイヴなんですね……私はぼっちですので元気に投稿しますのでよろしくお願いします。

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評価9と言う高評価をつけていただきました 空中楼閣さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

麻弥ちゃんがハロウィン祭で聡士君と演奏する事になりました。この先の展開もどうかご期待ください。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第15話

 

テレビを見ていると、お天気のお姉さんが台風情報をお茶の間に伝える日が毎日のように続く9月11日(木)。

台風は僕たちの敵だなって最近思うようになってきた。最近の台風は絶対に土曜日日曜日を狙って直撃してくるから、休日遊びに行けないのに月曜日になれば台風はきれいさっぱり通過してるから学校はあるんだ。

証拠に今週の日曜日に台風が直撃して月曜日の午前三時には台風一過らしい。

 

 

今日からその情けない台風の影響により雨が降っていて、受験生の僕らのオアシスである体育まで中止になってしまい男子は自習の時間。女子は体育館で教室にはいない。

僕は勉強。……といっても楽譜を見ているんだけど。ハロウィン祭で僕と大和さんが演奏する曲の楽譜だ。

今日の放課後、一度大和さんの家で合わせてみようってなったから楽譜を見ておさらいをしている。

 

「なぁ山手!ちょっと手を貸せ」

 

自習時間なんだけど監督をする先生がいないから誰一人勉強をしていない雰囲気の中、僕は桃谷に何やらお願い事をされた。

 

「また黒板消しを隠して授業妨害とかする気?」

「ちげーよ!あの先生隠され慣れて黒板消しを持参してくるようになったからもうしねーよ」

「じゃあ、何?」

「今回は大掛かりなミッションなんだぜ?」

 

桃谷の周りには複数人の男子が集まり始めた。すごく嫌な予感がする。

 

「女子の着替えを覗くぞっ!」

「僕はそんな事やらないよ」

「そうはいかねぇぞ!もう女子更衣室にお前の筆箱を置いて来たからな!」

「なっ!」

 

机の上を見ると、さっきまであった僕の筆箱が本当に無くなっていたんだ。こいつらは目的の為なら手段を選ばないらしい。

 

「観念しろ!お前は大和の裸を見慣れているかもしれないが、俺たちはそうじゃないんだ!」

「すごく誤解をしてるよ……」

 

 

いつもは待ち遠しいはずのチャイムの音が鳴る。こんなにもチャイムの音が憂鬱に感じたのは義務教育人生で初の快挙だ。

僕は四人の男子生徒の先頭に立ってとぼとぼと歩く。女子が着替え中の更衣室に向かって。

 

桃谷の作戦は「山手は普段覗きとかしないタイプだから筆箱を取ってほしいと言えば女子はドアを開けるっ!」との事。

 

「よし、山手!ノックをしろ!」

「わ、分かったよ」

 

トントンとドアを叩いてから、名前と筆箱を取ってほしいと伝えた。

正直、こんなのでドアが開くわけないと思っていた。「着替え終わるまで待ってて」って言われるのが普通だと思っていたから。

だけど、僕の考えとは裏腹に更衣室のドアが開いたんだ。

 

 

「この筆箱ですか?山手君」

「や……大和さん」

 

ドアの隙間から顔だけひょこっと出した大和さんが出てきたんだ。下の方を見ると筆箱も同じように出てきている。

何だか僕は好きな女の子が自分以外の男と話しているようなもやもやした気分になった。もし今の大和さんが下着姿だったら、桃谷たちに見られてほしくないって気持ち。

 

だから僕は、筆箱だけ大和さんから貰ってすぐにドアを閉めることにした。

 

 

 

しかし、そうは問屋が降ろさなかった。

 

僕はものすごい勢いで桃谷に吹っ飛ばされて、残りの男子たちがドアを全開にした。

この後聞いたんだけど、女子生徒全員がまだ体操服姿だったらしい。桃谷たちが張り切りすぎてチャイムが鳴ったと同時に更衣室に行ったことが敗因だ。

 

僕たちは放課後、生徒指導室に向かう羽目になった。

 

 

 

 

「はぁ~……やっと終わった」

 

僕はやっと生徒指導室から解放された。時計を見るともうすぐで6時になりそうだから約2時間こってり絞られた事になる。

生徒指導の先生曰く僕が止めるべき立場なのに止めなかったから一番悪いみたいな事を言われて、何故か発起人の桃谷より怒られてしまった。

 

生徒指導室に向かう前に大和さんに先に帰ってて、と伝えておいて正解だった。

雨が降りしきる中、僕は下駄箱に向かってすぐに帰ろうとした。

 

下駄箱に到着した時、僕は急に重力の強い星に着地したかのような気持ちになったんだ。

僕の動きが止まる。

 

「あ、山手君!ずいぶん怒られてしまったようですね……」

「大和さん!?なんでいるの?遅くなるから先に帰っててって言ったのに」

「図書室などで勉強していたらすぐ時間が経ちますから、遅くなるなら山手君と帰れるって思いましたから」

「そ……そうなんだ」

「それに、今回の件での山手君はある意味被害者ですから、落ち込んでいるかもしれないって思ったんで待ってたんですよ?」

 

あれ、おかしいな。僕はまだ下駄箱の前にいるから校舎内のはずなのに僕の頬を冷たい水が伝ったんだ。雨漏りでもしてるんじゃないかな。

 

「ええっ!?どうして泣いているんですかっ!?」

「何でもないよ!ほらっ、早く帰ろっ」

「あ、はい!」

 

 

 

「せっかくですし、山手君さえ良ければこの後予定通り一度曲合わせしてみませんか?」

「もう6時だし、大和さんのお家の人にも迷惑じゃない?」

「ジブンの母なら大丈夫ですよ。何故か山手君の事気に入っていますし」

「そっか。じゃあ言葉に甘えてやってみようか」

 

帰り道にそんな提案を大和さんが出してくれたから、僕は一旦家に帰ってギターを背負って大和さんの家に向かった。

 

夕ご飯の時間も近いこんな時間にもかかわらず、大和さんのお母さんは嫌味も一切言わず心から歓迎してくれた。僕は涙が出そうになったけど、こらえた。

 

大和さんの部屋にお邪魔すると、彼女は部屋に置いてある電子ドラム(シンバルなどがゴムみたいなもので、電気によりドラムの音を出す)をセッティングしていた。

その間に僕はギターを取り出し、チューニングをしていた。

 

「山手君、少しチューナーを借りても良いですか?」

「別に良いよ、はい」

 

僕は大和さんにクリップチューナーを渡した。電子ドラムは生ドラムみたいにチューニングなんてしなくても良いし、そもそもドラムのチューニングをクリップチューナーなんかでは出来ないはずだけど。

 

「クリップチューナーを指に付けて……フヘへ」

 

大和さんはチューナーを指に付けてにやにやしている。

ギターをやっている身としてとても気持ちが分かるからそっとしておいてあげた。きゅっと指に挟んだ時の心地よい圧迫感がくせになるんだよね……。

 

 

「さて、やってみましょうか!」

「うん。いくよっ!」

 

僕の拙いギターと大和さんの完璧なドラムが合わさる。

演奏する曲は名曲である「空も飛べるはず」。コード進行が簡単で初心者でも弾けると言う理由もあるけど、僕は歌詞が好きだからこの曲にしたんだ。

 

「うーん……山手君少し歌いづらそうですね」

「そうなんだ。ちょっと原曲キーではしんどいかな」

「では、キーを下げて歌ってみるのはどうでしょうか?」

「なるほど……。たしかカポタストをギターに付ければ良いんだよね?」

「そうですっ!」

 

僕たちは一度合わせるだけと最初は言っていたけど、何回も何回も大和さんと演奏した。一人でやるより数倍も面白く感じて、音楽が古くから愛される理由が分かったような気がした。

 

 

「お疲れさまでした。山手君、ギター始めてばかりなのに上手でしたよ~」

「ううん。もっと練習しなきゃ大和さんの正確なドラムに失礼だよ」

 

僕はギターの後方付けをしてから、電子ドラムの方付けも手伝った。思っていたより配線類がとても多くてびっくりした。もっとコンパクトだと思っていたから。

この後は時間も遅いからもう解散、なんだけど。

 

「大和さん」

「どうかしましたか?」

 

僕は大和さんを包み込んだんだ。簡単に言えばハグをした。

大和さんはかなり驚いていたけど、こんな僕を受け入れてくれたみたいでそっと背中に手を回してくれた。

 

「大和さん、今日はありがとう」

「ど、どうしたんですか?急に」

「僕を心配してくれて、僕が戻ってくるまで学校で待っていてくれた事」

 

僕は生徒指導室で怒られている時、僕もしっかり止めなかったのは悪かったけどそこまで怒られなくても良いんじゃないか、って思っていた。僕だけが一番の悪者扱いだった。

だけど、大和さんは僕の味方で居てくれて。

 

大和さんは図書室で時間を潰していたというのは嘘だと思う。だって僕がいつ終わるか分からないから最悪すれ違ってしまう。

だからずっと、下駄箱の前で待ってくれていたんだと思った。

 

そう思ったから、僕はあの時涙を流したんだ。

 

 

だからありがとう、大和さん。

 

 




@komugikonana

次話は12月26日(水)の22:00に投稿予定です。

新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterをフォローしてくれた方もありがとうございます!

クリスマスイヴの夜ですね!私はギターで山下達〇さんのあのクリスマスソングを弾くって言うのが毎年の恒例行事です(笑)みなさんは素敵なクリスマス、過ごしてくださいね。
今年はアコギで弾いてやろう。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第16話

9月も終わって残っていた暑さもどこかに身を潜め、本格的に秋の気配が漂い出した10月17日(金)。

なんだかんだ言って今年も残すところあと二ヶ月と時の経つ速さに驚嘆しつつ、僕たちは開催から二週間と迫ったハロウィン祭の出し物申請に生徒会室へやって来ている。

 

10月ともなるとさすがに朝夕は肌寒くなってきており、午後4時30分の廊下には生徒に変わって冷たい風がたくさん歩いている。

隣を歩く大和さんは来ているセーターに手を隠しながら歩いていて、この子の萌え袖姿は様になるなって思った。

 

 

生徒会室であらかじめ記入しておいた申請書を生徒会長に渡して僕たちはある場所へ向かった。

僕は緊張でガチガチなんだけど、大和さんは嬉々とした表情を浮かべている。

 

 

「さて、到着しましたよ!……まだ迎えが来ていませんが」

「うん。でも送迎バスが出ているなんて知らなかったよ」

 

僕たちは駅前に来ている。向かう先は音楽スタジオ。

僕にとっては人生初のスタジオでの練習だからかなり緊張している。大和さんは多分何回か使用しているんだろうなぁ。

 

「あ、あの車ですっ!行きましょう、山手君」

「う、うん」

 

送迎バスって聞いていたからバスが来るって思っていたけど、一般の中型車にスタジオのステッカーが貼ってある車だった。

バスの運転手の人はとても若く、スタジオのスタッフの方なのかもしれない。

 

「二人で音楽グループやってるの?」

「いえ、ジブンたち文化祭の出し物で演奏するんですが、その前にドラムを叩いておきたくて」

「へぇ~」

 

バスの運転手さんは気さくに僕たちに話しかけてくれる。音楽をやっている人って意外と社交性があるのかもしれない。

 

「カップルで演奏なんて良いじゃん。恋の歌でも歌うの?」

 

僕たちは同時に顔を赤くさせる。どうしてみんな僕たちをカップルとして見てしまうんだ。僕たちの表情をバックミラーで確認したらしい運転手さんはニヤッとした。

 

「初々しいね。お願いだからスタジオをラブホテル代わりに使わないでね?掃除するの大変だから」

「「そんな事しません!!」」

 

 

 

運転手さんのいじりに耐えながらようやくスタジオに到着した。バスで10分って聞いていたけどそれより長く感じて、この運転手さんは僕たちをからかう為にわざと遠回りしているんじゃないかって思った。

 

受付を済まして僕たちは使う部屋の前に来た。ドアを開けようとすると、思ったよりも重たくて思わず両手で開けた。

 

「わぁ……!」

 

僕はテレビでよく見る有名人を初めて生で見たような気持ちになった。部屋はかなり狭いけど、音楽番組で見た事があるような大きなアンプやスピーカーが置いてあってここで練習すると思うと武者震いした。

 

「マイクとか周辺はジブンが用意しますので、山手君はギターのチューニングをしておいてください」

「分かったよ。ごめんね、色々してもらって」

「いえいえ、ジブンが楽しいからやっているだけですから」

 

僕がギターのチューニングを終えるといつの間にかマイクスタンドが僕の前に現れていて、大和さんはギターアンプの前で何やらガサゴソしている。

 

「これでよしっと……。山手君、これをギターに付けてください」

「えっと、この丸い穴に付けるのかな?」

「そうですっ!これをつければアンプからアコギの音を出せるようになります」

 

僕は大和さんから貰った黒い機材(ピックアップと言う)をギターの中心部にある丸い穴に付ける。ネジで固定するタイプらしく、一緒に渡されたドライバーを使って固定した。

そしてアンプの電源をオンにしてボリュームのつまみをあげていくと、アンプから音が鳴って何だか新鮮な気分になった。

 

「では、一度本番を想定して演奏してみましょうか」

「うん。じゃあ、大和さんお願い」

「はいっ!」

 

カンカンカンと三回ドラムスティックを叩いて音を出し、そのリズムで演奏を始める。

いつも練習をしていたし、何回か大和さんと会わせた事もある。

 

だけど僕のギターの音がアンプを通し、僕の歌声がスピーカーから出てくる事に慣れていなくてあまり上手くできない。

それに電子ドラムと生ドラムでは迫力も違う為、頭がこんがらがってしまった。

 

「ごめん、上手くいかなかった」

「初めてマイクも使いましたし、スタジオに慣れていませんから仕方ないですよ」

「もう一回しよう」

「あ、待ってください」

 

大和さんは携帯を取り出して使っていないギターアンプに変換を使って接続した。それとスタジオの真ん中にボイスレコーダーを置いた。

携帯からはアンプを通してメトロノームの音がピッピッっと流れる。

 

「さっき合わせた時、山手君のリズムがバラバラでしたのでメトロノームに合わせてやってみましょうっ!メトロノームを意識してみてください」

「そうだね。分かった、やってみるよ」

「それと本番を想定していますが、練習ですからもっとリラックスしてください」

 

もう一度大和さんの合図から演奏が始まる。僕はメトロノームの音に合わせて足でリズムを取りながらギターを弾き、歌う。

狭い密室で僕の歌が響く。たしかにメトロノームを意識しただけでさっきより上手く合わせられていると実感して、リズムの大切さを学んだ。

 

それと僕にちょっとした案が頭にぽっ、と浮かんだ。

 

「さっきより上手くなりましたね。さすがですっ!」

「大和さんのお陰だよ」

「一度メトロノームを切ってみましょう。これでグダったら次からメトロノームを使って練習すれば良いですから」

「なるほどね」

「ジブンのドラムをメトロノームだと思ってください。そうすれば大丈夫だと思います」

「分かった。……ねぇ大和さん」

「はい?何ですか?」

「大和さん、サビ一緒に歌わない?」

「ええっ!?ジ、ジブンも……ですか?」

「そう!やってみようよ」

「ジブン、あまり歌は上手じゃないですよ……」

 

そう言いながらちゃんとドラムの横にマイクスタンドを置いて座りながらマイク位置を調整する大和さんは優しい。

 

「あー……。マイクオッケーです。時間的にラストですねっ!」

「よし、最後頑張ろう!」

 

 

 

 

一時間のスタジオ練習が終わった。

大和さん曰く「スタジオでは終了五分前には完全に退出すると言う暗黙のルールみたいなのがあるんです」らしいから、僕たちは余裕を持って十五分前に終えてゆっくりと片付けを行った。

 

行きと同じ運転手さんが僕たちを駅まで送ってくれた。帰りはちゃんと「文化祭頑張れよ」とエールをくれた。

 

「山手君、少しで良いのでジブンの家に来てもらえませんか?」

「良いけど……どうして?」

「これを聞いて今後の練習を考えましょうっ!」

 

大和さんはかばんからボイスレコーダーを取り出した。このレコーダーには僕たちが演奏した音を録音してあり、客観的に良い部分と悪い部分を見つけるらしい。

 

 

僕たちは大和さんの家に着いて、早速レコーダーを再生する。

 

「山手君、全体的にリズムが走っていますね」

「ちょっと速いって言う事?」

「はい。家で練習する時は原曲では無くてメトロノームでやってみてください。携帯のアプリで無料でも取れますから」

「了解。今日からその方法で練習してみるよ」

「スタジオ練習でも回を重ねるごとに上手くなっていますから山手君なら出来ますよっ!」

 

僕はありがとう、と言って頭にメモをする。

それと、今日の最後に合わせた音を聞いて僕はお願いをする。

 

「大和さんの歌声、きれいだし僕の声とちゃんとハモってるや」

「そ、そうですか?」

「うん。本番もコーラス入れてくれないかな?大和さん」

「わ、分かりました。やってみますっ!」

 

 

僕次第だけど、もしかしたら質の高い演奏が出来るかもしれないってこの時思った。

だから僕は今日から猛練習をする事にしたんだ。ギターも、歌も。

 

絶対に良い演奏をして、笑顔で終えようね。大和さん。

 




@komugikonana

次話は12月28日(金)の22:00に投稿予定です。
この小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやってます。興味があれば覗いてみて下さい。

評価10と言う最高評価をつけていただきました 来夢 彩葉さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!!

25日のクリスマスの日にこの小説が日間ランキングの26位に入っていました。これは読者のみなさんからの素敵なクリスマスプレゼントですね。ありがとうございました!!

感想もお陰様で盛り上がっております!気楽に感想を書いてくださいね。
「麻弥ちゃんも主人公とのお話をお母さんと良くするの?」など、ちょっと気になるような事を書いていただいても大歓迎ですよ!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第17話

コンビニなどの小売店でさえ売っている商品がハロウィン一色になって来て、何だかこの世界が紫色とオレンジ色に染まっていくんじゃないかと思える10月22日(水)。

 

いきなりなんだけど、僕は今、約一週間前の僕をぶん殴ってやりたい。

あの時はただ猛練習しておけば良いって思っていたんだ。何も考えずにひたすら練習したんだ。

 

猛練習って響きはとっても良く聞こえる。だけど僕は気づいたんだ。

猛練習や猛勉強。響きは良いけどどっちも事前に計画を立てて早くから用意をしていなかったから焦ってしまい、短期間に一気に詰め込むことだ。優秀な人は絶対にそんな事はしない。

 

だってそんなの、ただの付け焼き刃なんだから。

そして、一気に詰め込むことによって副作用が出てくるんだ。

それが今の僕。

 

 

「ねぇ、もうちょっと音を控えて欲しいわ。こっちまで寝不足になるから」

「もうちょっと我慢してよ、母さん」

「何?あんた、声ガッサガサじゃない」

 

僕は今日の朝起きた後、すぐに喉に違和感を感じたから声を出してみると自分でも分かるほどの声の枯れようだった。

良く歌手の人が喉のケアは大事とかテレビで言っていたけど、まさかこんなにもすぐに喉がおかしくなるなんて思ってもいなかった。どうしたら治るのかも分からない。

 

 

こんな状態でどんな顔をして大和さんに会ったら良いのか分からない。後一週間と二日で本番なのに喉を壊すバカは僕ぐらいしかいないだろう。

 

「おはようございますっ!山手君」

「おはよう、大和さん」

「えっ……えー!?どうしたんですか?その声」

「なんか朝起きたらこんな声になっちゃってて……」

 

僕は乾いた声でははは……と笑うことしか出来なかった。大和さんは少し困ったような顔を作って僕の方を覗いてくる。

 

「山手君、無理はしないでくださいね?」

「もうすぐ本番なのに申し訳ないです……」

「仕方ありませんよ。今は治すことに集中しましょうか」

「例えばどんなことに注意すればいいかな?」

「えっと……極力話さない、とかですかね」

「これから学校へ授業を受けに行く人に言うアドバイスでは無いよね」

「あ、はは……」

 

 

 

僕の皮肉通り、今日は精神的に大ダメージを受けた授業だった。今日に限って僕に教科書を読ませてくるんだ。読んだら読んだで、前に座る桃谷が大声で笑うし。

今日が水曜日で学校が早く終わるのはせめてもの救いなんだけど、明日からもこの声が続くなら、おろし金で生姜をすりおろすように神経がズリズリと減っていくのだろう。

 

「山手君、今日の合わせ練習は中止にして病院に行って来てはいかがですか?」

「喉ってどこの科に行けばいいか分かんないや」

「えーっと……たしか耳鼻科だったと思いますよ」

「そうなんだ、じゃあ行ってくるよ。ばいばい大和さん」

 

僕はそのまま一人でとぼとぼと学校を後にする。

一人で学校から出るのも久しぶりだ。それに大和さんとの合わせ練習を楽しみにしていたからテンションも上がらない。

 

プールの中を歩くような重たさを両足に感じながら、僕は近くの耳鼻科に向かった。

 

 

 

 

診療を終えて、僕は自宅に着いた。

医者の先生が難しい事ばかり言っていてイマイチ良く分かっていないんだけど、声帯が炎症を起こしているらしい。一~二週間ぐらい声を出すことを控えれば問題なく治るとは言われたものの、最短で治らないと本番に間に合わないと言う焦燥感に僕はベッドの上で寝転がった。

 

病院で貰ったトローチを舌の上で転がしながら、天井を見つめていると家のインターホンが鳴った。今日は母親がいるから僕は出なくて良い。

 

「聡士~お客さんよ~」

 

なんて思っていたら一階から母親が呼んでいるので僕は気だるく階段を降りる。

玄関に着くと、少し大きめのトートバッグを持った大和さんが居た。

 

僕は危うくトローチを一気に食道に放り込んでしまうところだった。それほど口をポカンと開けたような気持ちになったんだ。

 

「や、大和さん!?どうしたの、急に」

「練習しましょうっ!山手君!」

 

 

 

「お、お邪魔しま~す」

「遠慮なんてしなくて良いよ。どうぞ入って」

 

僕は何故かやる気満々の大和さんの気迫に押されて自室に案内した。一瞬だけ川の流れに無慈悲に流される小魚のような気持ちになった。

 

「男の人の部屋に入るのは初めてでして……」

「あー、そのむず痒い気持ち分かる。僕も初めて大和さんの部屋に入った時もそんな気持ちだったから」

「でも、思っていたより普通の部屋ですね」

「え……部屋の中がごみ屋敷だと思ってたの?」

「い、いえ!そう言う訳では無く、プラモデルとかあると思っていました」

「僕は組み立てる事とか細かい作業がちょっと苦手なんだ」

 

大和さんは僕のベッドに腰掛けて周りを見渡しているから、何だか恥ずかしくなってしまった。別に僕の部屋にはやましいものとか無いから大丈夫なんだけど。

 

「あの、大和さん。今日の合わせ練習は中止にするって言ってなかったっけ?」

 

大和さんが家に来てくれた理由が分からなかったから聞いたんだ。僕自身、大和さんが会いに来てくれただけで嬉しい癖に、そんな感情を必死に隠して聞くんだ。

でも、そんな努力も口の中のトローチと同じスピードで溶けていった。

 

「今日の帰りでの山手君、悲しそうな顔をしていたので。それに一人で練習していたのですが、なんだか寂しくなっちゃいまして」

「僕は大和さんと合わせ練習するのが楽しみだったから、表情に出ちゃったのかも」

「フヘへ……。ジブンも山手君と一緒に練習するの、好きですよ」

 

「好きですよ」と言う言葉に僕の心臓がぎゅっとなった。僕に向けて言った「好き」ではないけど、僕の心臓をドキドキさせるには十分だった。

「さて、準備をしましょうか」と大和さんがトートバックから色々な物を出しながら準備を進めていたけど、僕は手が震えて上手くギターのチューニングが出来なくて時間がかかってしまった。

 

 

今日の合わせ練習は僕の歌声も、大和さんの電子ドラムの音も無く始まった。

大和さんはラバー製の練習パッドを僕のギターに合わせてタンタンと鳴らしている。そしてサビは大和さんのコーラスが入る。

 

丁度何回か会わせた後、母親が僕たちにジュースを持ってきてくれたから休憩することにしたんだ。

 

「それにしても山手君!すごく上達していましたよっ!リズムも完璧でしたし」

「たくさん練習したから。でもそれで声が枯れちゃったら意味ないよね」

「ジブンはそうは思いませんよ。日記もそうですけど、小さい事でも毎日一生懸命積み重ねていった結果ですから。ジブンはすごいって思います」

「大和さん……」

 

大和さんの立場なら普通、「こんな時に喉痛めて何してるの?」とか嫌味の一つや二つぐらい出てきてもおかしくないと思う。

だけど大和さんは笑顔ですごい、って言ってくれたんだ。

 

そこまでされて、僕は何をするべきか。

そんなの決まってる。本番までに絶対に喉を治して最高の舞台にする事。

 

それくらいしないと、男じゃないでしょ?

 

「大和さんっ!」

 

僕はガサガサな声を出した。今はまだガサガサだけど、絶対……。

 

「もうちょっとだけ練習しない?喉はこんなんだけどさ、ギターは絶好調なんだ」

「分かりました!では、やりましょうっ!」

 

 

この後僕たちはちょっととか言いつつ、何回も合わせた。

部屋の中はタンタンとジャカジャカが中心の、他人から見たら何をしているか分からないような音だけど、僕たちにはちゃんと本番の機材と音が目に浮かぶ。そんな有意義な練習が続いたんだ。

 

 

 




@komugikonana

次話は12月31日(月)の17:00に投稿予定です。
大晦日は少し早めの時間に投稿しますのでよろしくお願いします。

この小説を新しくお気に入りにしてくれた方々、ありがとうございます!
Twitterもやってます。良ければ覗いてやってください。

評価10と言う最高評価をつけていただきました ユグドラ汁さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!!

評価投票者があと1人で40人に到達しますね。たくさんの評価、ありがとうございます!
感想数も77になりました。感想もどんどん受け付けておりますので気楽に書いてくださいね。待ってます!

新年一発目にハロウィン祭(文化祭)に到達します。次話は練習編ラストです。甘く仕上げておきましたので、乞うご期待!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第18話

目を閉じれば、ジャックオーランタンの足音が近くで聞こえてきているような雰囲気と、明日の為に仮装やお菓子を買い漁り今にも明日へ飛んでいきそうな舞い上がった気持ちが街全体を支配する10月30日(木)。

 

今日の授業は午前で終了し、午後からハロウィン祭の準備をクラスで行う。

僕たちのクラスは小さいシールで作られた大きなかぼちゃのモザイクアートを一つ飾ると言う中学生らしい盛り上がりに欠ける物を展示する。

 

中学生レベルの文化祭では屋台は出せないらしい。その楽しみは高校に行ってから、と言う事だと思う。まだ文化祭があるだけ喜ばなくてはいけない。

 

 

ともあれ僕たちのクラス展示はクラスの中心に位置する人達に任せておけば出来るので、その他の人達はすぐに帰る。

僕と大和さんはする事があるから学校に残っているんだけどね。

 

「ジブンたち、出番が最後なんですね……」

「そうみたいだね。僕たちが最後を飾るんだね」

 

僕たちは出し物を行う人達で集まる集会兼リハーサルの為に体育館にいる。

生徒会の人から渡された出し物の順番が書かれたプリントを手に取りながら、肌が粟立っている大和さんが何だか面白い。

ちなみに僕は今マスクをしている。理由は喉のケアの為で、実はまだ声が完全には治っていないんだ。通常会話は違和感なく出来るけど。

 

簡単な集会が終わり、本番の流れでリハーサルを行っていく。僕たちの前の出番である二年生の二人組は漫才をするらしい。

 

続いて僕たちのリハーサルなんだけど、実際音を出すわけでは無く、運営をしている生徒から流れを説明されるだけだった。

生ドラムは吹奏楽部の使っているドラムを借りられるらしいけど、アンプは持参して欲しいと言われた。

 

生ドラムでやるとアコギの音が消されるから、アンプを使いたかったんだけど。

大和さんにピックアップと一緒にアンプを借りようかな。

 

出し物の参加者たちが「楽器で演奏かぁ~」や「ギター弾くのかな?」などそれなりには注目してくれているみたいだから照れくさいながらもやる気が出てくる。

僕はマスクの下で、口の口角を上げた。

 

 

 

 

「かなり良い感じですね~。山手君の音とジブンの音がきれいにシンクロしていますよっ!」

「じゃあ、本番前に最後の練習をやろう!」

 

僕たちは本番前の最後の練習をスタジオで行っている。

もう何度も二人で合わせて演奏したから僕たちの音は大和さんの言う通り、きれいにシンクロしているような錯覚を覚えるくらいだった。

 

「山手君、歌は……入れますか?」

「いや、大事を取るよ。大丈夫。明日はきれいな声を出せるようにしておくから」

「あ、はは……」

 

僕の喉は本当にもう少しで治るような気がするんだ。喉に何かがちょっとひっかかっていて、それが明日にはころっと取れそうな、そんな気がするんだ。

 

大和さんの合図から演奏が始まって、僕はギターを優しく奏でる。でもサビ部分では少し力を入れてギターをかき鳴らす。

この楽しい時間が明日で終わるかもしれない。そう思った僕はギターに想いを託してかき鳴らしてやった。

大和さんは少し驚いた顔を僕に向けたような気がした。

 

 

 

スタジオ練習を終えた後、僕から先にある提案をしたんだ。

 

「大和さん。帰りに神社に寄ってみない?」

「おお!明日の成功を願って神様にお祈りをするんですね!」

「そう言う事。たまには神様にお願いしてみようよ」

「分かりました。行きましょうっ!」

 

こういういきさつで僕たちは近所の神社に向かう。初詣などで人がにぎわう比較的大きな神社が近くにあるから使ってみようと思ったんだ。

 

普段は歩かない道を歩いて到着した神社は平日の夕方にもかかわらず、参拝客が何人かいた。

神社の奥にある本堂に向かう。階段が長く、ギターを背負っている僕には結構つらい。階段を上るたびに背中のギターが僕のお尻をパコパコと叩く。「ほら、もっとしっかりしろ」って言われているかのように。

 

「ふぅ、やっと着いたね」

「……はい。少し疲れました」

「ちょっと休憩してから本殿に行こっか」

「では、休憩ついでにおみくじを引きませんか?」

「おみくじ?そう言えば今年はおみくじ、引いていなかったよ」

 

境内にあるおみくじ売り場で三百円を払っておみくじを貰い、近くのベンチに座ってから一斉に結果を見ようと言う事になった。

恋人っぽいと言うか、何か青春しているような甘酸っぱい風が吹いている中、僕たちはベンチに座った。

 

「では……」

「うん……」

 

「「いっせーのっ!」」

 

「ジブン、大吉ですよっ!フヘへ……」

「僕は小吉だったよ」

 

僕のおみくじの内容は実に小吉らしいものだった。結論から述べると今は良くないけど、徳を積めば良い方向に導かれる。みたいな感じだ。

もうちょっと徳について詳しく書いて欲しかった。徳って言っても何かわからないよ。

 

僕がそんな事を考えていると隣の大和さんがすごく顔が赤くなっていることに気がついた。隣から熱が伝わったから気づいたのかもしれない。

 

「どうしたの?大和さん?」

「い、いえ!何もありませんからっ!」

「いや、絶対に何かあるよね……おみくじ見せてよ」

「で、では山手君のおみくじも見せてくださいよ!」

 

僕は大和さんが引いたおみくじを眺めていた。恋愛の欄に「幸せはすぐ近くにあります」って書いてあった。たぶんこれを見て顔を赤くしたのかもしれない。

でも僕の目は、違う欄に留まった。

 

「大和さんの幸せは近くにあるんだね。好きな人って誰なの?」

「ちょっと山手君っ!?」

「さて、そろそろ本殿に行こうか」

「ま、待ってくださいよ~」

 

僕が先にベンチから立って歩き出すと、大和さんは慌てた様子でこっちまで着いてきてとてもかわいらしかった。大和さんは僕の事、どう思っているのだろう。僕は君の事が……。

 

僕が恋愛より目を奪われた欄、それは。

夢の欄。「もうすぐあなたの夢が叶います」って書いてあったんだ。

 

 

 

本殿の前に着いて、僕たちは五円玉を投げ込んだ。御縁があるようにと言う事で五円玉なんだけど、これを最初に考えた人って鋭いよね。

鐘を鳴らして手を合わし、お願いする。横をちらっと見ると大和さんもどんな願いか知らないけど、入念にお願いをしているように見えた。

 

「大和さんはどんなお願いをしたの?」

「ジブンですか?明日の演奏が上手くいきますように、ってお願いしましたよっ!」

「さすが大和さんだね」

「え?では山手君はどんなお願いをしたんですか?」

「こういうお願いを人に言うと叶わなくなるって言うから、教えないよ」

「ずるいですよ~山手君!」

 

神様は一人に対して一つの願いを叶えてくれるなら、明日の演奏の成功は大和さんがお願いしてくれるって思っていた。二人で一緒のお願いって損した気分がしない?

それに僕のお願いは大和さんに言わないのではなく、言えないんだ。

 

大和さんが将来、スタジオミュージシャンになれますように。

 

そんなお願い。今回の出し物で演奏をしようって大和さんを誘ったのも、これが狙いなんだ。中学生から応募が出来る音楽事務所もあるって楽器店で貰った紙に書いてあった。

生徒の前で良い演奏が出来たら自信になるはず。

 

大和さんが本気でその夢を追いかけたいのなら、僕は全力で応援したいから。

それが僕が、歩くと決めた道なんだから。

 

 

帰ろうと言って僕が歩き出すと、大和さんが後ろからドンっとぶつかって来た。

 

「山手君のおみくじの病の欄に『後ろからの衝撃に注意が必要』って書いてありましたから」

「今やらなくても良いよね!?」

「山手君だけお願いを言わないなんてずるいですから仕返しです」

「後ろからの衝撃は騎馬戦の時でお腹いっぱいだから許してよ、大和さん」

 

ぶつかって来てからは、僕の隣にいつものように並んで歩いてくれる大和さん。僕はそんな大和さんに、にっこりと微笑んで言った。

 

この神社のおみくじは当たるのかもしれない。そんな気が漠然とだけど、したんだ。

 

「明日、絶対に成功させてみんなを感動させようね!」

「はいっ!もちろんです!」

 

 




@komugikonana

次話は1月2日(水)の22:00に投稿予定です。
新年から3日まで恐らく母親側の実家に帰るので、次話分は予約投稿しておきますね。

新しくこの小説をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
Twitterもやってます。良かったら覗いてあげてください。

評価9と言う高評価をつけていただきました 八雲藍1341398さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!!

通算UAが1万を突破、さらに投票者が40人になりました!
これも読者のみなさんの応援のお陰です。温かく見守りながら応援していただいたみなさん、ありがとうございます!これからもよろしくね。

年内最後の投稿となりました。今年はみなさんと出会えたかけがえのない一年となりました。来年も小麦こなをよろしくお願いします。

年内最後の18話、伏線がたくさんあるお話になりましたね。スタジオミュージシャンと言う言葉が久しぶりに出ましたね。おみくじ、当たるみたいですよ。
「楽器店で貰った紙」と言うのは、10話で聡士君がギターを買った時にレジの横に置いてあった紙の事です。

では次話までまったり待ってあげてください。


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第19話

いつから日本の風習にこの日が定着したのか分からないけど、もうすっかり日本文化の一部となっている10月31日(金)。ハロウィンだ。

 

僕たちの学校の文化祭、通称ハロウィン祭の日であり僕と大和さんが舞台の上で演奏をする日でもある。

登下校は流石に制服でないといけないが、学校に着いたら自宅から持ってきた衣装に着替えることを許可されている。もちろん僕も一昨日にペンギンがモチーフの店で買った。店名はたしか金槌だっけ?鈍器だっけ?忘れた。

 

吸血鬼の衣装らしいけど、ちょっとしたベストにマントがあるくらい。

曲名と合うと思って某戦闘漫画に出るM字王子の戦闘服に目が行ったのは内緒だ。僕も気を自在に操って空を飛びたいものだ。

 

 

学校に着いたら早速着替える。と言っても学ランを脱いで、制服のシャツの上にベストを着てマントをつけたら終わりだから気楽で良い。

 

「なんだ?サラリーマンの仮装か山手」

「桃谷にはサラリーマンに見えるの?」

「おう。給料が低くてインフルエンザにかかりながらも残業をするおっさんに見える」

「嘘だ……」

 

僕はそんな疲れ切った顔はしていないと思うけど。もしかしたらマスクをしているせいかもしれない。

ハロウィン祭、最初で最後の仮装なんだけど僕には似合わないらしい。去年と同じく制服で過ごそうかな。

 

「マスク外してみろよ。そしたら変わると思うぜ」

「やっぱり?……どうかな」

「これで山手の仮装が分かった。ポ○モンリーグにいるチャンピオンの仮装だろ?」

「僕はドラゴンタイプばっかり使わないよ……」

 

手持ちキャラ全員に破壊光線を覚えさせる人間でもないんだけど。

大和さんの感想が微妙なら制服で過ごそう。

 

「ねぇねぇ、山手君っ!今暇だよね。こっち来てよ!」

 

突然、クリーム色の髪色をしたクラスの女の子に話しかけられたから桃谷をほっておく。桃谷からあからさまな舌打ちが聞こえたけど気にしてはいけない。

 

着いて行ってみるとたくさんのクラスの女の子がドア付近で集まっていて、いきなり呼ばれた僕には何が起きているのか全く分からない。

 

「山手君連れてきたよっ!」

「ほら、旦那が来たよ!大和さんも早くおいでって!」

「え、ちょっと待ってくださいよ~」

 

女の子たちがきゃぴきゃぴしていてとても近づける雰囲気では無かった。僕は少し離れたところで傍観していたけど、周りにいた女の子に「山手君から行ってこい!」といきなり背中を押されて廊下まで出た。

 

そこで僕は大和さんを見つけたんだけど。

僕はおとぎ話に出てくる魔法の鏡に浮かび上がった美しい女性を見ているような気分になった。

 

僕の目の前にいた大和さんは黒を基調にした衣装で、スカートのように見えるショートパンツ。薄い黒色のタイツだから若干素肌が見える。おまけにへそ出しで、猫耳としっぽが生えてあって……。

 

僕は鼻から何か違和感があった事ぐらいしか覚えていない。その後すぐに目の前が暗くなったから。

「山手君!鼻血の量がすごいですよっ!」と言う慌てた大和さんの声は覚えているけど。

大和さん、かわいすぎるわ……。

 

 

 

 

「急に倒れたのでびっくりしましたよ」

「ごめんね。でもそれは大和さんが悪いって」

 

吸血鬼が鼻にティッシュを詰めると言うシュールな事を成し遂げている僕は現在、保健室で大和さんに看護されている。

聞いた話によると「ジブンが持っているポケットティッシュはすべて、一瞬にして赤く染まった」らしい。僕はどれだけ鼻血を出したんだろう。

 

「さて、鼻血も出なくなったしどこか歩く?」

「もう大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。それにせっかくのハロウィン祭を保健室で過ごしたくないよ」

「それもそうですね」

 

僕は座っていた椅子を元の場所に戻してどこの教室から行こうかなって考えていたが、大事な事を忘れていて大和さんの方を向いたんだ。

 

「あ、そうだ。大和さん」

「どうかしましたか?」

「今日の大和さんの仮装、とってもかわいいよ」

 

大和さんは顔を赤らめながら上目遣いで「あ、ありがとうございます……」と消え入りそうな声で返事をした事で僕はまた鼻から血を出す羽目になった。

 

 

「山手君、お昼ご飯食べ終わってから少しだけ合わせませんか?」

 

各クラスの展示品を見終わった後、大和さんがそう提案してきた。確か生ドラムを借りる旨を吹奏楽部の顧問の先生に行った時「ハロウィン祭当日に音楽室は使わないから練習に使っても良いよ」って言っていたっけ。

 

なので弁当を持って音楽室に行って食事を終えた後、僕はギターを用意した。

ドラムセットは既に体育館に移動してあるらしく、大和さんは持ってきていた練習パッドを使うみたいだ。

 

本番二時間前ぐらいだからそこまでがっちり練習と言う訳ではないけど、今まで何回も二人で合わせたフレーズを確認していく。

そこで僕はちょっとした大和さんの変化を見出した。

大和さんの雰囲気はあまり変わらないけど、ドラムスティックを持つ手が若干だけど震えているような気がした。

 

「大和さん、もしかして緊張してる?」

「は、はい。ジブン、あまり人前に出て演奏とか得意ではないんです。サポートなら自信あるのですが……」

「そっか。そうだよね」

 

本番前になれば誰だって緊張はする。正直、僕も緊張で心臓の辺りがもやもやしている。だけど大和さんの緊張は僕とは違うような気もした。何かに怯えているような感じ。

 

だから僕は、そっと大和さんに近づいて前からぎゅっと抱きしめた。

 

「や、山手君。ここ学校ですよ……?」

「知ってる。でも大和さんが緊張と一緒に何かに怯えているような気がして」

「少し、怖いんです。失敗したらどうしようと思ってしまって」

「心配しないで。たくさん練習したから。それにね」

「……はい」

「緊張しているのは大和さんだけじゃない。僕も緊張してる。僕の心臓の音も気持ち悪い動き方してるから。大和さんにも聞こえるかも」

 

大和さんに入っていた余計な力がどこかに飛んで行った気がしたから、僕は大和さんからそっと離れる。だけど大和さんの両肩に手を乗せて僕はちっぽけな魔法を唱える。

 

「僕は大和さんのドラムの音、好きなんだ。だからきっとみんなの心に届くよ」

「山手君……。」

「きっと演奏が終わったら大きな拍手で会場が包まれるから」

 

 

僕は魔法使いじゃないから魔法なんて使えない。

だけど今は演奏が成功に終わって会場が拍手に埋まるような、そんなちっぽけな魔法ぐらいなら使えるような気がしたんだ。

 




@komugikonana

次話は1月4日(金)の22:00に投稿予定です。
新年、あけましておめでとうございます。これからも小麦こなをよろしくお願いします。

新しくこの小説をお気に入りにしてくれた方々、ありがとうございます!
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評価9と言う高評価をつけていただきました UNDERTREEさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました ケチャップさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

遂に文化祭が始まりました。次話で演奏します。
麻弥ちゃんの衣装は去年のハロウィンイベント、Trick or Escape!の麻弥ちゃんの衣装を借りてきました。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第20話

ハロウィン祭が始まってから早くも5時間が経過した。

ほとんどクラス展示しかないから午後は出し物を見る為に体育館に集まるのが通例となっていて、今年もその例に漏れずたくさんの生徒が体育館に集まって来ている。

 

午後2時に生徒会が主催で出し物が始まる。

大体一組で10分の持ち時間を与えられ、出演者たちは思い思いの時間を作り出す。

 

今年は僕たちも入れて10組がエントリーしたらしい。最初は3-C女子によるダンスからスタートした。

僕たちは最後だからまだ体育館に出されているパイプ椅子に座っている。

 

「すごい盛り上がりですね……」

「そうだね。椅子から立って舞台前までたくさんの人が集まってるもんね」

「あ、はは……。ジブンたちもあんな風になるのでしょうか」

「もしなっても大和さんは後ろの方だから、僕がもみくちゃにされそう」

 

今年は例年より盛り上がっているような気がするなぁ、なんて考えながらダンスを観ていた。会場を良い雰囲気に持って行ってくれた彼女たちに感謝しつつ、僕は盛大な拍手を送った。

 

 

5組目の一年生がインスタントラーメン早食い競争を行っている時、僕は大和さんにちょっと外の空気を吸ってくるよ、と言って体育館の外に出てきた。

体育館の裏辺りに行って、発声を確かめる。そしてその後最後のトローチを口に含む。

 

「こんなとこで何やってんの?」

「ん?いや、発声の確認をね。桃谷がここにいるのすっごく怪しいけど」

「お前は俺をどんな目で見てるんだよ」

「えっと……。女の子の事しか考えてない思春期変態野郎」

「ひでぇな!……まぁでもよ」

 

桃谷の雰囲気が急に変わった。真剣な時の彼の顔は整っていて、普段と真剣な時のギャップにハートをぶち抜かれる女の子は多いらしい。

僕もサッカーをしている時しか見せない彼のその表情に目が離せなかった。

 

「お前の出番、しっかり観といてやるからしっかりやれよ聡士!」

「言われなくても分かってるよ、桃谷」

 

桃谷からエールを貰えるなんて思ってもいなかったからびっくりしたけど、せっかく応援してくれるんだから期待には応えたい。

桃谷が「そこは隼人って呼べよ!空気読めねーと女の子に嫌われるぞ」なんて言わなければ、僕は桃谷を見直していたかもしれないのに。

 

僕は桃谷と別れてから体育館の正面入り口に行くと、前に大和さんが立っていた。

大和さんに声をかけてから僕たちは体育館の舞台袖に向かった。

もうすぐ、僕たちの演奏が始まる。

 

 

 

 

9組目、すなわち僕たちの前の人達が舞台に上がった。

二年生の男子二人で漫才をするらしい。

 

僕は隣にいる大和さんの様子を見ると、雰囲気がいつもと同じであまり緊張していないように見えて、何かに怯えているようなそぶりも無かった。

まじまじと見ていたかもしれないけど、大和さんがこっちを向いた。

 

「どうかしましたか?顔に何かついていますか?」

「そうじゃなくて。落ち着いたいつもの大和さんだな、っと思っていたんだよ」

「音楽室で山手君が勇気をくれたので」

「そ、そっか。何だかいきなり恥ずかしくなってきたよ」

 

僕たちはお互い微笑み合った。いつから僕たちはこんな関係になったんだろう。考えても分からない。だけど、ずっとこんな関係で居れたらいいな。

心から信頼出来て、一緒にいると心地がいい。そんな関係。

 

その時だった。大和さんは僕の左手をきゅっと握ってきたんだ。大和さんの手は何だか温かかった。

 

「山手君、声が出なくなったら途中でも良いですので知らせてください」

「ありがとう。でもそうならないようにするから」

「楽しみましょうね」

「うん。もちろんだよ!大和さん」

 

丁度漫才が終わったらしい。生徒会の進行役の人に促されて、ついに舞台上に立った。

舞台でさっと配線を繋いで、アンプに差し込む。

 

「みなさん、こんにちは。僕たちが最後らしいので思いっきり楽しんでください」

 

僕が話し出したら、桃谷がクラスの男子と女子を連れて舞台前までやって来た。それをみて下級生や同級生もぞろぞろと寄って来る。

 

後ろをちらっと見て大和さんとアイコンタクトをする。

 

「では、聞いてください!」

 

 

カンカンカンと大和さんがドラムスティックを叩いてからそのテンポで僕は足でリズムを取り、ギターを弾き始める。

僕は歌い始める。大和さんを横目で見るととても驚いた顔をしていた。

僕の歌声は、元に戻っていたから。

 

舞台の前で立って聞いている生徒たちは曲調に合わないのに飛び跳ねたり、僕の足をちねってきたりして来る。

ちねった奴は許さないけど、ここまで盛り上がってくれて僕も自然と笑みが増す。

 

サビは僕の声に大和さんがきれいにかぶせてきて、観客からは声援が上がる。

 

 

正直、演奏が楽しくて気が付いたらアウトロを弾いていた。ちゃんと歌えていたかどうかは分からないけど、前ではしゃいでいる生徒を見たら成功したんだなって思った。

 

「最後まで聞いてくれてありがとう!」

 

その言葉を皮切りに、たくさんの拍手が僕たちを包み込んだ。

 

 

 

 

「今日はお疲れさま、大和さん」

「本当に疲れました……」

 

演奏を終えた後、教室に戻ると僕たちはクラスメイトにもみくちゃにされた。桃谷が「山手のギターは普通だったけど大和うますぎ」って僕に嫌味っぽく何回も言うから一発殴っておいた。

でも大和さんのドラムは上手いのは本当の事で、尚且つ中学生でドラムを自在に操れる人は少ないから物珍しさもあったのだろう、僕より大和さんの方に人が多く集まった。

 

「でもさ、大和さん」

「そうですね」

「「楽しかったね!!」」

 

二人の感想は同じものだった。楽器をみんなの前で演奏する事がこんなにも楽しいなんて思ってもいなかった。

 

「山手君。今日はありがとうございました」

「え?どうしたの急に?」

「山手君が誘ってくれなかったら、こんな経験出来ませんでしたから」

「それなら僕もありがとうだよ、大和さん。僕にも楽しい経験をくれたから」

 

 

 

「あ、もうお別れですね。ではまた学校でお会いしましょう」

「うん。ばいばい、大和さん。今日はゆっくり休んでね」

 

内容の濃かった一日が終わる。内容の濃い日はたくさんの思い出があるのに時間は速く感じる良く分からない日だよな、と思いながら僕も家に帰る。

 

晩御飯を食べ終えて、自室でゆっくりしている時に携帯が僕を呼んでいることに気が付いた。見ると大和さんから電話がかかって来ていた。

 

「もしもし。どうかした?大和さん」

「聡士君よね?大和の母です」

「えっ!?」

 

なんで大和さんの携帯から大和さんのお母さんが電話してくるんだ?僕何か大和さんに悪い事したっけ?……あ、音楽室で抱き着いたわ。

 

「えっと!音楽室での出来事は大和さんを励ますことしか考えて無くて、ほんとすみませんでしたー!!」

「あら?音楽室で何かしたの?ふふっ、まだ子供を作るには早いわよ」

「え?あっ……忘れてください。それでどういった要件ですか?」

「ふふふ。聡士君に良い情報を教えてあげようと思って」

 

良い情報ってなんだ?もしかしたら大和さんの好きな人のタイプを教えてくれるのかもしれない。素早く綿棒で耳を掃除する。

 

「良い情報って……な、何ですか?」

「11月3日。麻弥の誕生日なのよ」

「そうなんですか!?知りませんでした」

「その日って文化の日でしょう?だからね……あら、麻弥が来ちゃったわ!切るわね」

 

 

まるでF1の車体のように突然出てきて、突然いなくなるような電話だった。

でも、大和さんの誕生日がその日なんて全く知らなかった僕は悩みの種を頭に植え付ける事となり、中々その種は芽を出してくれなかった。

 

 




@komugikonana

次話は1月7日(月)の22:00に投稿予定です。

この小説をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
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なんと!この小説のお気に入り数が200を超えました!!
これも読者のみなさんの応援のお陰です!みなさん本当にありがとう!!
今作品も前作同様、エンドロールを書くのでお気に入りにしていただいた方々や評価をつけてくれた方々は作品のエンドロールに出ますよ!
エンドロール書くのに4時間くらいかかるんだよなぁ(笑)

さて、二人は演奏を成功に収めることが出来ましたね。今話から20話目に入っております。ここから一気に物語、進みます。次話は麻弥ちゃんの誕生日回ですね。きっとみなさんの予想をいい意味で裏切れるんじゃないかな?

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第21話

僕からしたら大昔に憲法が公布された日で特に何もありがたみを得ることが無かった11月3日(月)。

だけど、僕は三日前にこの日が文化の日よりも大事な日であることを知った。

それは、僕の中学校のクラスメイトである大和さんの誕生日。

 

女の子にどんなプレゼントを送れば喜んでくれるかなんてノウハウを全く持っていない僕は、ずっと悩みの種に水を撒いていたけど、結局芽が出ることは無かった。

 

もちろんネットでも調べた。「女の子 誕生日 プレゼント」と打ち込んで色々見てみたが、どこのサイトもネックレスやらピアスが上位に入っていた。

あまり大和さんがネックレスとかピアスをつけるイメージが湧かない。と言うか大和さんがネックレスやピアスをつけるような性格ではないような気がする。

 

 

「……と言う訳なんだ。桃谷」

「知るか!朝早くに惚気電話してくんな!」

 

なので当日になって最終手段に出ることしか出来なかった。

ただ、桃谷に電話して良かったかもしれない。

 

「例えばだけどよ。お前が大和からプレゼントを貰ったらどう思うよ」

「そりゃ、嬉しいよ。僕の為に考えてくれたって気持ちだけでも嬉しいもん」

「もう答え、出てんじゃねーか」

 

肥料を入れてみると、すぐに種からぴょこっと芽が出たんだ。

 

 

 

 

その日の夕方、僕はグレーのパーカーにジーンズと言う女の子にプレゼントをあげるような服装ではないラフな格好で大和さんの家に向かった。

グレーのパーカーには「go ahead」って書いてあるけど、中学生の僕には読めないし辞書で調べようとも思わない。だけど何故かお気に入りだったりする。

 

僕はお昼には楽器店に行っていて、目的の物を貰って来た。これを僕は大和さんに渡したいなって思ったんだ。誕生日にプレゼントするようなものではないけど、僕のまっすぐな気持ちが届くと思ったから。

 

 

ピンポーンと無機質な音が僕の手から振動として伝わってくる。振動は手から身体へと伝わり背筋がピンとなる。

いつ鳴らしても大和さんの家のインターホンは緊張する。

 

「はーい……あら!聡士君!やっぱり来たのね、待ってたわよ」

「お、お邪魔します。いつもすみません」

「麻弥は部屋にいるから襲っても良いわよ!」

「部屋にはお邪魔しますけど、襲いませんから……」

 

毎回のこんなくだり。本当にこの人が大和さんの母親なのだろうかって疑問に思うようになってもう半年ぐらい経つ。

でも、髪質から髪形、それに目元に鼻の形がそっくりなんだよな。大和さんのお父さんはプロのアーティスト専属スタッフらしく、日々全国を回っているらしいので普段家にいないらしい。

 

「うわあ!?どうして山手君がいるんですか~」

「あ、こんにちは。大和さん」

 

運悪く廊下でばったりと大和さんに遭遇した。せっかくサプライズで驚かせようと思ったのに。大和さんは緑色のワンピースに水色のカーディガンを羽織っていて、家に居るのにおしゃれだなって思った。

 

 

「まずはお誕生日おめでとう、大和さん」

「え、ええ!どうして今日がジブンの誕生日だって知っているんですか?」

「僕の情報網は広いんだ」

「そ、そうなんですか?あ、はは……」

 

大和さんの部屋にお邪魔して来た理由を単刀直入に言った。情報ソースをばらすわけにはいかないから適当に誤魔化す。何か大和さんのセリフが棒読みっぽいけど本題はここから。

 

「プレゼントっぽくないけど、大和さんに渡したいものがあるんだ」

「ジブンに……ですか?」

 

女の子座りをしている大和さんが頬を赤らめ、目をうるうるさせながら見てくる。何だかすごく色っぽくて、どうにかなりそうだ。

かばんからA4のクリアファイルを出し、そこに挟まっていた紙を大和さんに渡した。

 

僕はこの時、大和さんの表情を見ていなかったから気づかなかったんだ。

大和さんの表情が一変したことに。

 

「これを見てよ大和さん!12月の上旬にスタジオミュージシャンの募集を複数の事務所がするんだって。デモテープを送るんだけどね」

「……てください

「ハロウィン祭でも成功したし、いけるよ大和さん!それともう一つ渡したいものが……大和さん?」

「もうやめてください!!」

「え、ど、どうしたの?大和さん」

「もしかしてハロウィン祭で一緒に演奏しようってジブンを誘ってくれたのも、募集を促すためだったんですか……?」

「う、うん……。大和さんのドラムをみんなに聞かせてあげたくて。そして成功したら大和さんの自信にもなるって思って」

「余計なお世話ですよっ!もうあんな体験したくないんです!」

「あんな体験って……」

「もうっ!早く出て行ってください!」

 

ぱちん、と平手打ちをされて僕は大和さんを怒らせてしまったと言う事実を突きつけられた。頭の中が訳が分からなくなってしまい僕の目からは一筋の涙が伝った。

僕はかばんを持って階段を降りる。降りると大和さんのお母さんが心配そうに僕を見つめていた。

 

「ごめんなさい。大和さんを怒らせてしまいました」

「……何かあったのね。話を聞かせてくれる?」

 

 

 

 

大和さんのお母さんに連れられて、近所のカフェチェーン店に入った。「好きなの、頼んでも良いから」って言われたが、今の僕は何も喉が通らない気がしたから店には悪いけど水を貰った。

 

「……そっか。確か聡士君がお盆の時期、お土産を持って来てくれた時に私が話した事、覚えてる?」

「……あ!ある出来事がきっかけで大和さんが元気なかったって」

「そうなの。その出来事って聡士君が持ってきてくれた募集要項なの。去年、麻弥は同じ時期にデモテープを送ったの」

 

そんな事実、初めて聞いた。僕が意気揚々と出した募集要項を去年チャレンジしているなんて。

 

「そ、それで……結果は?」

「ダメだったの。すべて一次審査で落ちちゃったみたい。まだそれだけなら来年も頑張ろう、って思ったと思うけど」

「何かあったんですか?」

「麻弥はアドバイスが欲しくて担当者に電話したのよ。けど『惹きつけられる音が無かった。率直に言えば下手だ』って言われたみたいなの」

 

僕の持っていたコップが震える。ひどすぎるよ。

アドバイスが欲しいって聞いているのに何も改善点を言ってくれないなんて。

 

だけど、大和さんの過去も知らずに嬉しそうな顔で募集要項の紙を渡した僕も、その担当者と同じくらいひどい事をしたのだ。

僕が下を向いて唇を噛んでいると、「ねぇ」と声がしたから顔を上げる。

 

「聡士君。日進月歩って言う言葉、知ってる?」

「言葉ぐらいしか知らなくて。意味までは分かりません」

「毎日進むことを続ければ一か月後には月まで届く!って覚えたわ。一日一日の進歩が大きな成果を生むって言う意味ね」

「はぁ」

「今の麻弥は歩くのを辞めてしまっているの。夢は諦めきれてないけど歩けないの。だから聡士君が支えてあげて欲しいなっておばさんは思ってるよ」

「僕にそんな事、出来ませんよ」

「いや、出来るわ。だって日進月歩を体現している聡士君なら、ね?」

 

 

僕は砂に埋もれきっていて見えなくなっていた宝石を拾い上げたような気持ちになった。

 

僕と大和さんは歩く道が違う。僕は一般人で大和さんはアーティスト。

だけど、今なら寄り添って歩ける。そしたら手伝えることもある。

 

「聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」

「もちろん!何かしら?」

「今日、僕が大和さんに誕生日を祝いに来るって大和さんに伝えましたよね?」

「あら?お見通し?」

「今日の大和さん、家に居たわりにはおしゃれでしたから。今日は本当にすみませんでした」

 

今日は最低な一日だけど、明日は今日より良い日にする。

そのために僕は日記を書いているんだろう?

 

罪悪感で見えなくなっていたキラキラと輝いた自分の意思(宝石)を拾い上げた。

 

 




@komugikonana

次話は1月9日(水)の22:00に投稿予定です。

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麻弥ちゃんの誕生日回をまさかの展開に持って行ってしまいましたね……。
次話、聡士君はある行動に移します。果たして麻弥ちゃんの心に響くのか!?
お楽しみに!

感想も随時募集しております。どんどん書き込んでくださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第22話

徐々に冷たくなる秋の風がより一層僕を寒く感じさせる11月5日(水)。

 

僕は学校に向かっているけど、隣には大和さんがいない。いつもは他愛も無い世間話で学校まで歩いていた日常が無く、僕は寒さに身を震わせる。

今日の朝のHRでも大和さんは欠席と伝えられた。今日で二日目。

 

「今日も大和は休みだって?風邪か?」

「違うみたいだけど、しんどいみたいだよ。どっかのバカが嫌な事をしたから」

「まじで?彼氏としてそのバカぶっ飛ばせよ、山手」

「言われなくてもだよ。桃谷」

 

二日前に大和さんを傷つけたバカは反省しきりだけどね。反省ばっかりではダメだからちゃんと行動に移して謝らないとね。

 

 

もう受験も近くなっている僕たちはそれなりに授業を受けている。僕もルーズリーフに先生のコメントまではっきりと書いておく。これは大和さんに渡す分だけどね。

 

そして放課後には担任の先生の所まで行って、今日配布されたプリント類をクリアファイルに丁寧に入れて一旦教室に戻る。

教室ではちょっとした言葉をプリントに書いて学校を後にする。向かう場所は大和さんの家。僕が逃げるわけにはいかないから。

 

 

 

 

「今日も来てくれたの?ありがとね、聡士君!」

「来たくて来ていますから。そんなに褒めないでください」

 

大和さんのお母さんの言葉からも分かるように昨日もここに来た。昨日はプリントをお母さんに渡して帰った。

でも、今日は違った。

 

「聡士君、家に上がって。お茶ぐらい出すから」

「そんな気を遣ってもらわなくても良いですから」

「子供がそんな事気にする必要なし!ね?ちょっとで良いから」

「……少しだけお邪魔させてもらいます」

 

僕は一生この人には言葉で勝つことが出来ないな、って悟った。でも僕の罪悪感を少しでも軽減してくれるその姿に羨望を覚えた。

 

「あの、これを大和さんに渡してください。今日配布された分です」

「分かったわ。ちゃんと渡しておくね」

 

目の前にお茶を注いでくれたグラスコップを置いてくれて、僕はすっと口の中に入れる。今までカラカラだった僕の喉に一握の水分が広がる。

 

「このプリント、聡士君の手書きの言葉も入れてくれてるの?」

「はい。今の大和さんは僕の声を聞きたくないかもと思いまして、文字にしたんです」

「そんな事思ってないと思うけど……なになに?」

「わっ!声に出して読まないでくださいって!」

 

僕の抵抗もむなしく終わった。

部屋に響くような、それでいてきれいな声が僕の書いた文字をゆっくりと読み上げていく大和さんのお母さんに、僕は手持ち無沙汰になる。

 

「この前はごめんね、大和さん。知らなかったとは言え大和さんを傷つけてしまった事に。でも僕は大和さんの味方だし、もう一回ゆっくりで良いから夢に向かって歩こうよ。僕も一緒に歩くから。楽しい事もつらい事も一緒に背負って、歩くから」

「あの……もうその辺で辞めてもらえませんか?すっごく恥ずかしいんですけど」

「後、学校にも来てよ。みんな心配してるから。僕はすごく寂しいから」

 

そのままの勢いで書いた文字をすべて読み上げられてしまって僕は頭を掻くしか出来なかった。今思えば訳の分からない事ばっかり書いてるし、僕の学力の無さが露呈しているような気もしてむず痒い。

 

僕の書いた文字を読み終えた大和さんのお母さんはふふっ、と笑いながら僕の方を見る。

 

「本当に麻弥の事、大事に思ってくれてありがと。普通の子ならこんな事書かないもの」

「大和さんは僕に進むべき道を間接的にですけど見つけてもらったんです。本当は死ぬほど嫌なんですけど、大和さんに嫌われているかもしれない。でも嫌われていても良いからもう一度話がしたいって思いまして」

 

制服の袖を手でぎゅっと握りながら、こんな長く暑苦しい言葉が僕の口から出るなんて思ってもいなかったけど、今の自分の気持ちを吐露した。

 

その後すぐ、僕は全速力で走っていたらいつの間にか空の上の方まで走って行ったような気持ちになった。正直何を言っているか分からないと思う。

だけど、その時はそれくらいびっくりしたと言う事。

 

 

「そう思ってるんだ聡士君。……この話を聞いてどう思う?麻弥」

 

びっくりしすぎると声が出ないってよく聞くけど、本当らしい。

リビングの奥からこそっと出てくる大和さんに僕は言葉を失った。

 

「二人で話してみたらどうかしら?おばさんはどこかに行っておくから」

 

そう言っておばさんは奥の方に歩いて行った。

リビングに残された僕と大和さんはお互い気まずい空気を出していた。だけどこれはチャンスなんだって思ったらすっと言葉が出てきたんだ。

 

「その……大和さん。まず一番に伝えたいことを言うね?ごめんなさい」

「……はい」

「つらい思い出を嬉しそうな顔をして大和さんを追い詰めた僕は最低だ」

「そ、そんな事……無いですよ」

「でも結果的に大和さんに苦しい思いをさせた」

 

僕は淡々と懺悔する。二日ぶりに会うにもかかわらず、少しやつれ気味の大和さんは首を左右に小さく揺らしながら涙目で僕の方を向いた。

 

「どうして……ですか」

「えっ?」

「どうしてもっとジブンを責めないんですかっ!?」

 

僕は黙って大和さんを見つめる。我慢できるところまで我慢するつもりだけど、無理かもしれない。

涙に染まった大和さんの声が僕の心に刺さる。

 

「ジブンの過去を山手君は知らなかったんですよ!?それなのにジブンが勝手に怒って、勝手に……!?」

 

僕はもう我慢できなかった。

自分で自分を傷つける大和さんを見ていられなくて、抱きしめた。ぐっと。

 

「僕らはどっちも悪かった、と言う事にしよう。大和さんの過去を踏みにじった僕も、怒った大和さんも、どっちも悪かったんだって」

「どうして……山手君はそんなに優しいんですか……」

「どうしてだろう……分かんないや」

「山手君らしいですね。……ううっ」

 

うわぁああ、と大和さんは大きな声で泣いて。僕は彼女の背負っている重荷を一緒に背負う事を決めた。そして、大和さんの夢を絶対に叶えるって決めた。

男に二言は無いってよく言うけど、今回は実行しよう。

 

 

「山手君、頬を叩いてしまってごめんなさい。痛かったですよね」

 

胸の中に納まっている大和さんの左手は僕の腰に回され、右手は僕の頬をさすってくれている。

 

「ちょっとだけ。だけどね」

「だけど……何ですか?」

「二日間大和さんと会えなかったこと、一緒に登下校できなかったことの方が痛かった」

「何を……言ってるんですか~」

「ねぇ大和さん」

「はい」

「これからつらい出来事が起きても、一人で涙を流さないようにしない?」

「どうしてですか?」

「人を強くする涙もあるけど、人を弱くする涙もある。つらい時はお互い支え合って二人で一緒の涙を流そうよ」

「山手君ってたまにロマンチックな事を言いますね」

 

その時、「カシャッ」と言う音が部屋中に響いた。僕の携帯のカメラはこんな音では無いし、大和さんも違うだろう。

後は大和さんのお母さんだけど、たしか奥の方に……奥の方?外じゃなくて?

 

「あらあら!良い写真が撮れたわ!主人にも送らなきゃ!」

「「今すぐ消してください!」」

「ほんと、息ぴったりね」

 

 

 

 

「どうしていつもジブンの母はああなってしまうのでしょうか……」

「僕はユーモアがあって良いお母さんだと思うけどね。でも流石にあの写真は勘弁してほしいけど」

 

写真を撮られてしまった僕たちは消しておくように入念に言っておいたけど、彼女のお母さんはニヤニヤして僕らの言葉を流していたような気もする。

少しだけ外を歩く事を提案して近所をぐるっと回る。

 

「あ、そうだ!大和さんに渡したいものがあって」

「……また募集要項ですか~?」

「違うよ。……その、これ。あげるよ」

 

僕がポケットから緑色の手作りお守りを渡した。細かい事が苦手な僕だから、縫い目もバラバラで小学生でももっと上手く作れるような代物。

 

「お守りですか?」

「そう。大和さんがスタジオミュージシャンに絶対になれるお守り」

「何だか心強いですね。後、かわいいです」

「それとさっき約束したけど、どうしても一人で泣きたくなった時はこのお守りの中を開いて欲しいんだ」

「分かりました。ですが、つらい時は山手君がそばに居てくれるんですよね?」

 

もちろん、と僕は力強く宣言する。

夕焼けの空は、いつもより輝いて見えた気がした。

 

 




@komugikonana

次話は1月11日(金)の22:00に投稿予定です。

新しくこの小説をお気に入りにしてくれた方々、ありがとうございます!
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前回のシリアスっぽい展開から一転して甘い展開まで持って行きました。
これからの聡士君、そして麻弥ちゃんの頑張りを見守ってあげてくださいね。

感想が100件を超えました!読者さんとの感想のやりとりが小説を書いている時よりも楽しいです(笑)
これからも気楽にドンドン感想くださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第23話

少しのドキドキと、少しのハラハラと、もうすっかり冷たくなった風が僕の肌身にこびりついて震えを生む12月6日(土)。

 

大和さんは今まで立ち止まっていた時を取り戻すかのように練習に励んでいる。大和さんは音楽事務所にデモテープを送る決意をしたみたいだ。

もちろん、僕も支えてあげる……と言っても僕の音楽歴では大和さんにアドバイスをあげることは出来ないけど。

 

そんな事を言っても、大和さんは「山手君はそばに居てくれるだけで良いんです。ジブンに勇気をくれますから」なんて言ってくれる。

 

これは大和さんには言っていないけど、僕は毎日こっそりと神社に足を運んで、神様にお願いをしている。お願いの内容は言ったら叶わなくなるから言わないけど。

 

 

 

「確かここです!何回か使用しましたが、昔なので記憶は曖昧なんです」

「いかにも、って感じがするね」

 

デモテープの締め切りまで一週間を切った今日、僕と大和さんは電車を乗り継いで都心の方までやって来た。

やってきた場所はレコーディングスタジオ。大和さんのお父さんの友人がやっているらしい。何だかプロっぽい響きのするスタジオを使用したことのある大和さんに、僕は一瞬だけ彼女が遠い存在の人物に見えた。

 

中に入ると優しそうなおじさんが迎えてくれて、「麻弥ちゃんかな?久しぶりだね」って言っていたからこの人がお父さんの友人の方だと分かった。

 

早速レコーディングに取り掛かるらしく、大和さんはドラムセットを叩きやすいように調整したり、ちょっとした音をチューニングしたりしている。

その間、僕はおじさんとレコーディングをする高級そうで尚且つボタンが多く扱うのが難しそうなPAミキサーの前で大和さんを見ている。

 

「それにしてもあの麻弥ちゃんが彼氏を連れて来るなんて思ってもいなかったよ」

「あの、僕たち恋人ではないんですけど……」

「えっ!?いやいや。恥ずかしいからって嘘ついちゃダメだよ?」

「事実なんですけど」

「じゃ、二人はどういう関係なの?ただの友達?」

「それは、えっと……」

 

そう聞かれると、僕と大和さんはどんな関係なのか分からなくなった。ただの友達にしては距離が近いけど、告白もしていないから恋人でもない。よく友達以上恋人未満、なんて言い方をするけど僕たちはそんな安っぽい関係でもないような気がするんだ。

だから僕は友達だけど誰よりも大事な人です、って答えたら「もう恋人じゃん。こう言うのは男から告白するものだぞ」って言われた。

 

確かにそうかもしれないと思い後頭部をガシガシと掻いていると、大和さんから準備が出来たと伝えてきた。

その瞬間、おじさんの雰囲気がぱっと変わったから僕も息を飲む。

 

出来る大人は、オンとオフの切り替えがとても上手く出来るって事を目の当たりにした。

 

「それでは、これからレコーディングを始めます。麻弥ちゃん、よろしくね」

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

 

しばらくして休憩に入る。僕の耳から聞こえる大和さんのドラムは正確無比なんだけど、おじさんの耳には違って聞こえるらしい。何回も録音した音源を再生しては改善点を挙げていった。

休憩中にその改善点を頭に入れている大和さんもずっとドラムを叩きっぱなしだからか、汗だくになっている。

 

「お疲れさま、大和さん。タオル借りてきたよ」

「スミマセン、ありがとうございます」

 

大和さんは渡したタオルで汗を拭きとっている。男の汗ってくさいけど、女の子の汗って何故かさわやかでくさくないよね。ちょっと不思議に思う。

汗を拭いている大和さんは、右手でタオルを持っているけど左手は何かを握りしめていた。

 

「大和さん。左手に何を持っているの?」

「あ、これは山手君がくれたお守りですよ。今日ずっとズボンのポケットに入れていましたよ」

 

そう言って左手を開いてくれた大和さん。握られていたから少ししわが付いていたけど、誇らしいぐらい緑色の生地が輝いていた。

 

 

休憩が終わった後も大和さんはたくさんドラムを叩いた。一度ドラムスティックが折れて交換していたけど、折れたドラムスティックに触れたら持ち手がとても熱くて大和さんの熱意が伝わった気がした。

 

多分5時間ぐらいスタジオにいたと思う。

おじさんがこの音源が一番いい出来だと評価したものをCD化したり、パソコンで音源を保存する。使用費用は先に大和さんのお父さんが支払ってくれたらしい。

 

「「お疲れさまでした!」」

「今日はお疲れさま。ちょっと麻弥ちゃん来てくれる?」

 

おじさんは最後に大和さんを呼んで、何やらこそこそと話をしている。

あっ、大和さんと目が合った。すごく顔を赤くさせているけど……。おじさんは一体何を大和さんに吹き込んだのだろう。

 

 

「大和さん。あれだけドラム叩いてしんどくないの?」

「流石にしんどいですけど、スタジオミュージシャンになればそんな事言えませんから」

「やっぱりすごいね、大和さんは」

 

僕たちは帰りの電車で揺られている。そこまで遠くは無いけど時間帯が悪く部活生やスーツの人達による帰宅ラッシュの真っ只中に電車に乗った。

スタジオを後にした時、おじさんが僕の方を向いてぐっとサムズアップしていたけどどういう意味なんだろうか。

 

「ふぅ、しかし流石に今日は疲れました……」

「そりゃあれだけドラム叩いたら僕なんか筋肉痛になるよ。……今日は帰ろう。大和さんもゆっくり休まなきゃいけないし家まで送るよ」

「そうですけど……」

 

電車から降りて、僕たちが良く知っている道を二人で歩く帰り道。

僕の左肩がちょっと重たくなったから見てみると大和さんが頭を預けてきてて。すごくいい匂いがする。

 

「もう少し、山手君と一緒にいたいです」

「うん。外は寒いからファストフード店に行こうか」

 

 

近くのハンバーガー店に入って注文をする。今日頑張ったご褒美として大和さんの分は僕が奢る事にした。

僕は100円のハンバーガーと飲み物を頼んで、大和さんはポテトのMを注文した。

 

「ポテトだけでいいの?せっかくだからもうちょっと頼んでも大丈夫だよ?」

「いえ、これで大丈夫ですよ」

「そう?ならいいけど」

 

注文したものを受け取って、席に座る。大和さんとご飯を食べるのは久しぶりで、こうして向かい合わせで食べることに少し緊張する。

 

「山手君もポテト食べてくださいね」

「貰っても良いの?」

「はいっ!もちろんですよ!」

 

ポテトを大雑把にだけど分けている大和さんを見て、僕は思う。

この時期だから、受験勉強もしっかりしているはずだ。大和さんは羽丘女子学園を受験するみたいだし。それに今日のドラムを見てもかなり練習したように見えた。

僕も、負けていられないな。

 

「……て君!聞いてますか?」

「えっ!?ごめん、聞いてなかった」

「もう一度言いますよ?11日、CDとデモテープを出しに複数の音楽事務所に行くんですけど、一緒に来てもらえませんか?」

「そんなの答えは決まってるよ、大和さん。僕も行くよ」

 

僕は長いポテトを半分に手で切ってから半分だけ口の中に運んで、それから大和さんにこんな事を言った。

 

 

「大和さんの夢、見届けるから」

 

 

半分に分けられた片方のポテトはまだトレイに横たわったままだった。

 

 




@komugikonana

次話は1月14日(月)の22:00に投稿予定です。

この小説を新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやってます。良かったら覗いてやってください。作者ページからサクッと飛べます。
感想もぜひ気楽に書いてくださいね。

評価9と言う高評価をしていただきました こーやどーふさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

明日の22時に私のTwitterで第3作目である小説のタイトルとヒロインを発表します。ぜひご覧頂けたらなと思っております。

今日からガルパ、麻弥ちゃんイベントですね。私は早速イベントストーリ―を全話見ました。最高でしたね。
私は見開きの麻弥ちゃんのグラビア、めっちゃ見たいです(笑)

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第24話

デモテープの提出期限も4日後に迫って来て、寒さと緊張感で肌がピリピリして来た12月8日(月)。……あまり上手く言えないけど、今回は許してください。

 

マフラーと手袋と言う最大級の防寒具に身を包んで今日も二人で学校に登校しています。

 

「いよいよ4日後だね、大和さん!自己PRとかってもう書けたの?」

「はいっ!もちろんですよ。誤字脱字が無いか何回も確かめましたよ?」

「そうなんだ!……ねぇその自己PR僕にも見せてよ」

「ええ!?そんなの恥ずかしいですよ!」

「そんな恥ずかしい事書いたの?」

「違いますよ!山手君に見せるのが恥ずかしいんですよ!」

 

いつも登下校中はこんな他愛もない会話で楽しいのだけど、最近は特に楽しく感じるようになってきた。

もっと早くに出会っていればこんな楽しい時間が3年も続いていたのかな、って思ったら運命って何だか意地悪な気がしてきた。

 

 

「でも、今日の放課後にその自己PRの書いた用紙をコンビニでコピーしますけど……」

「僕も一緒にコンビニに行くよ!」

「きっと今の山手君は来なくても良いですって言っても付いてきそうですね」

「ははは……」

 

もう学校に着いた。時間は不平等だと中学生ながらに思う。心が満ち足りている時の時間はすごく速く感じるのだから。

 

左ポケットに入れてあるものを強く握る。あの日から毎日肩身離さず持っているあれ(・・)

この先もずっと自分のそばに置いておくと思う。

 

「おい山手!今日の体育は女子と合同でリレーらしいぜ!フゥー!燃えてきたぁ!!」

「ちょっとうるさいよ、桃谷」

「お前は大和っていう美人な彼女がいるからそんな弛んでるんだ!俺はこの体育でたくさんの女子のハートを掴むぜ!」

 

いつもこんな感じで一日が始まる。男子の大多数が本当に燃えていてちょっと引いてしまった。自分はあまり運動が得意ではないからここまでは盛り上がれないな、って思っていた。

 

 

12月ともなれば授業も公立高校の予想問題などのプリント演習が多くなってきた。いわゆる自習。自分は忙しいけれど、しっかりと勉強の時間を確保しているからそれなりには解ける。

でも、志望校の問題となると話は別で全然解けなかったりする。

 

「ねぇ大和さん。この問題なんだけど……」

「どれですか……?基本的人権の問題ですね」

「そう!やっぱり公民は分かんないよ。あのクマ絶対に僕の事嫌いだよ」

「あ、はは……」

 

授業中にも関わらずこうやって教え合えるのも、受験期直前で自習の良いところだったりする。

ちょっと距離が近くなるから匂いが鼻をくすぐる。その匂いが自分の心をきゅっと掴み、ドキドキが急加速する。

 

「おい、山手!自習中に彼女とイチャイチャしやがって……次の体育の時間覚えてろよ!」

 

こうやってたまに邪魔が入って来るけど、困っている顔から勉強モードに入った時の真面目な顔のギャップにまた心を打たれてしまう。

 

 

 

男子が急に熱を帯びて狂喜する四時間目の体育の時間。リレーは男女混合だけど、準備運動やサーキットトレーニングは男女別で行う。

この時期の男女混合リレーはこの中学校伝統らしい。何でも、受験は団体戦だから男女で同じ種目をやって力を合わせてクラス結束を高める目的らしい。

 

事前に体育委員が作ったくじ引きでチームは分けたのだけど、どこかの脳筋男子が体育委員を買収して一部操作したとクラスで情報が流れていた。クラスみんなが納得らしいけど。

 

「山手!アンカー対決だ!ここで決着をつけて女子人気は俺がもらうっ!」

「桃谷、何から何まですべて間違ってるよ……」

 

この会話にクラスの中心女子たちも加わるのだから大変なもの。どうなるか予想はついてしまうから嫌なんですけど……。

 

「山手君がアンカーなの?じゃ、女子のアンカーは大和さんで決定っ!」

「大和さんからのバトンを山手君が受け取るんだね!」

「ラブラブバトンパスじゃない!キャー!!」

 

何だか大変な事になってしまって、思わず二人で顔を合わせて苦笑いをするしか出来なかった。

 

 

体育の先生曰く「リレーでここまで盛り上がったクラスは教員生活23年で初めて」と言う異様な空気の中、自分たち紅組と白組の第一走者が走り出す。女子→男子と交互に変わっていく形式だったりする。

 

自分の走る番になる。運動が苦手だから走るのにも精いっぱいであまり覚えていない。

覚えているのは走っている最中に白組の走者に負けた事と、バトンを渡し渡される時の胸いっぱいに染みわたる感情と頑張ってと言うエールぐらいだった。

 

 

「山手君、お疲れさまでした。その……惜しかったですね」

「ありがとう、大和さん。でもボロ負けだよ」

「でもバトンを渡した後の山手君、すごく速かったですよ!」

「そうかな?……あ、でも」

「どうしたんですか?」

「大和さんからバトンを貰った時、なんか頑張らなくちゃって思ったよ。大和さんが『頑張ってください!』って言ってくれているように、そ、その、感じたんだ」

「えっ!?……そ、そうでしたか!」

 

結局二人で一緒のタイミングで照れてしまうからクラスのみんなの餌食になってしまうのだろうけど。

 

「おい山手ぇ!お前俺に負けた癖に女と良い雰囲気になってるんだ!お前は絶対に許さんからな!」

「なんでそんなに怒ってるのさ、桃谷は」

「お前が運動場のど真ん中で堂々とイチャついてるからだよ!」

 

そう言い残して嵐は去っていった。別にそこまで怒る事なんて無いと思うけど。それにクラス全員がこっちを向いてにやにやしている。自分たちのクラスは恋愛好きしかいないのかもしれない。

 

「あ、そうだ。大和さん」

「はい?どうかしましたか?」

「あんまり気にしないでね、リレーの結果なんて。大和さんがリードを保って僕にバトンを渡せたとしても、僕は桃谷に勝てないだろうから」

「気にしてなんていませんよ!あ、はは……」

「大和さん、嘘下手だね。僕には分かるよ、ちょっと雰囲気が暗いから」

「……スミマセン、山手君」

 

ほんの僅かの表情の違いを見抜いてくれた事に自分の心臓の鼓動はリレーで走っていた時よりも暴れまわっている。

でも、自分も君の僅かな表情の違い、見抜けるよ。

 

「嘘ついた罰に大和さんの自己PR見せてね!」

「どうしてそうなってしまうんですか~」

 

 

二人で笑い合う楽しい中学生生活。

この365分の1しかない楽しい学校生活が今日も終わる。

 

君がいなくなってしまったら、もうこんな日は来ないのかなって思ってしまった。

そんな事、今は絶対に思ってはいけない事だけど思ってしまうのです。

 

 




@komugikonana

次話は1月16日(水)の22:00に投稿予定です。

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さてさて、この小説も終盤に入ってきました。
ここから先は私の腕の見せ所ですね。これからも期待して最後まで読んで下さると幸いです。

感想も募集しております!
気楽にドンドン書き込んでくださいね!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第25話

放課後になる。

学校のみんなは「もう二人付き合ってるでしょ?」みたいな空気が本格的に流れてきているから、友達といてもすぐそのような話題になる。

最初は否定ばっかりしていたけど、最近は否定もしない。多分、自分の気持ちも友達が思っている方向で間違っていないから。

 

正確に言うと「好き」なんだ。だから登下校がいつもより楽しく感じてしまう。いつも別れの時間が近づけば寂しいし、少しでも一緒に居たいと思ってしまう。

……何を言っているんだろう。恥ずかしい。

 

 

いつものように校門近くで壁に背を預けて待ち人を待つ。何人かは「おっ、これからデート?良いなー」なんて冷やかしてから帰って行く。

 

「あ、山手君。では、行きましょうか」

「うん。大和さん、ちょっと遠いけどFriendlyマートに行かない?」

「別に良いですよ?何か買いたいものがあるんですか?」

「うん。ちょっとね。それにあそこならYポイントカード使えるし」

 

心臓のドキドキがピークから落ち着いてきて、丁度心地の良い高揚を手に入れる。心が両手で優しく包まれているような、ちょっとくすぐったいけど温かい感情。

Friendlyマートに到着するまでの道のり、どちらからともなく手を繋いで歩いた。手袋をしていると手の温かさが分からないから右手だけ手袋を取る。

 

手袋を取ったばかりの右手で触れた左手は、とても冷たかった。

 

 

「大和さん。大和さんって機材以外に好きな物って何かある?」

「えっ!?ジブンですか!?」

「そう。大和さんの好きな物」

「そうですね……。スミマセン、急に言われても分からないです。野菜スティックぐらいしか思いつきません」

「大和さんらしいや!じゃあさ、スタジオミュージシャンになれた日には野菜スティックパーティでもしようか」

「倍率も高いですし、そう簡単にはなれませんからいつになるか分かりませんが……」

「来年の3月には決まっているよ。だって今回は大和さん一人じゃなくて、僕も付いてるから」

 

ぐっと繋がれた手が握られる。自分で言っておいてなんだけど、本当に合格するような気がする。だって、他の受験者と違って二人で受けるんだから。

本当は手を強く握るよりもキスをしたかった。でもキスは恋人たちがするものだから今はお預け。……一回してしまっているけど。

 

「ところで山手君、野菜スティックパーティって何をするんですか?」

「え?色んな野菜スティックを用意して数種類のソースをつけて食べ比べかな?」

「パーティと言うか、立食会みたいですね」

「あ、じゃあ、部屋を暗くして闇鍋みたいにしよう!ハズレ枠はドラムスティックね」

「ドラムスティックはもっと大事に使わないといけませんよ!」

 

だから、繋いだ手を指と指で絡めて繋ぐ。これも恋人同士でやる事だけど、我慢できなかった。

絡まった手からは君の温もりをたくさん感じた。

 

 

 

二人で歩いていると距離は遠いはずなのにすぐにコンビニに着いてしまう。コンビニに入る時、繋いでいた手が離されることに少し物寂しく感じてしまった。

 

「僕は買い物をするから大和さんはコピー機で先にコピーしておいて」

「ジブンも山手君の買い物手伝いますよ」

「え!?あ、すぐに終わるからさ」

「そうですか?」

 

今まで二人でいたけどコンビニでは別行動をとる。コピー機の前はおばあさんが何かをコピーしているようだから一緒に買い物をしても良いとは思うけれど今回はダメらしい。

 

「おまたせ、大和さん」

「え!?もう買い物は終わったんですか?」

「うん。だってすぐ終わるって言ったし……ね?あ、ほら大和さん、コピー機が空いたよ」

「何だか誤魔化されたような気がするんですが」

 

気にしないで気にしないで、と言いながらコピー機の前に行く。

コンビニのコピー機って何故か重装備で敵を薙ぎ払うロボットアニメなんかで出てきそうな風貌をしているように見える。

そのコピー機のふたをよいしょと持ち上げると、赤外線みたいな赤いラインが行ったり来たりする様子を見てますますロボットに見える。

 

少し離れたところにある精算機に100円が入れられて、コピー機には自己PR 文の原稿が置かれる。

ふたを閉じるのがめんどくさいから手で押さえてコピーしてしまおう、と言う提案があったからその方法でやってみると、案外きれいにコピーされていた。

 

お釣りを取ってからコンビニを出る。

コンビニの周りは自動車の交通量の多さで鋭い風がビュンビュンと吹いている。

 

「それにしても大和さんって字もきれいだよね」

「えっ!?や、山手君!自己PR読んだんですか!?」

「読んでないよ!ちらっと見えただけだから」

「本当ですか~絶対ウソですよ!」

 

 

 

自分はその時、ちょっと走って君を困らせてみようって思った。

だけどそれと同じ瞬間に普段では聞かないようなものすごい自動車のアクセル音が後ろから聞こえた。

ちらっと音のする方を見たら、自動車が自分に向かってきていた。

 

「大和さん、危ない!!」

「えっ?」

 

自分はどうして車がこんなスピードで走ってきているのか、って分かるはずの無い疑問しか思わなくて、気づいたら君に押されて前に倒れた。

その瞬間すぐ後ろからものすごい爆音が響いて。

 

 

自分は頭が真っ白になったと同時に視界がぼやけた。

 

後ろを向いたら、電柱にぶつかってボンネットが大破した黒の軽自動車と。

ピクリとも動かない君が少し離れたところで倒れていたから。

 

 

 

 

その後の記憶はほとんどないんですけれど、通行人の人が救急車を呼んでくれたみたいで自分はずっと君を揺すっていたような気がする。

通行人は「あまり揺らすのは良くない」と言って的確に応急処置をしていて、自分は何も出来なかった。

 

救急車に自分も乗せてもらいましたが、病院に着いた後は厳かな部屋の中に君を運んで行って自分は外で待って手を合わせて祈る事しか出来ませんでした。

その時もずっと視界が揺らんでいたけど、君と約束したから涙をずっとこらえていました。

「これからつらい出来事が起きても、一人で涙を流さないようにしない?」と言う仲直りした時にした大切な約束。

 

君のお母さんと自分の母が病院に着いた時に医者の人が症状について話していた。

自分に聞こえてきた言葉は到底信じられるものでは無くて何回も頭の中で反芻した。

 

「山手聡士君は現在昏睡状態に陥っています。やれることはやりましたが、回復の見込みは未定です」

 

自分の中で何回も聞こえた言葉を繰り返しても、出てくる答えは同じ。

 

「そ、その……山手君はいつ……目覚めるのですか」

「分かりません。昏睡状態に陥った患者はそのまま目を覚まさない事も多いです」

 

 

そんな自分に出来る事を聞けば「出来るだけ声を掛けてあげてください。五感の中で一番早く回復するのが聴覚ですので昏睡状態の患者に効果がありますから……」と医者に言われて自分はきれいな顔をして眠っている君のそばにいるんです。

電子音しか聞こえない病室で優しく声を掛ける。

自分は、いや、ジブンは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全て真っ暗になった。

 

 

 

それは、涙ですっかりふやけてしまったA4サイズでA罫の薄い青色の大学ノートを閉じてしまったから。

そのノートはジブンが4月1日に拾った、初めて君と出会った瞬間(とき)の日記。

 

 

 

 

 

「スミマセン、山手君。もうジブン、我慢できませんよ……うっうっ……うわあぁあああ―――――――――

 

病室には昨日から目を覚まさない君と、声をあげて泣くジブンの声。

ジブンの手には、今まで見ていた君の日記を胸に抱きかかえて持ったままだった。

 

 




@komugikonana

次話は1月18日(金)の22:00に投稿予定です。

この小説を新しくお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
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評価10と言う最高評価をつけていただきました 暁 蒼空さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。 本当にありがとう!!

やっと時系列が現在まで戻ってきましたね。
1話から今話まで、聡士君の日記を麻弥ちゃんが「病室で」読んでいたんですね。1話から必ず冒頭に日付と曜日を書いたのはこの仕掛けの為です。1話は日記色が強いので読み返していただくとより理解できるかもしれません。

24話と今話、日記の書き手(一人称)が麻弥ちゃんになっていたのはお気づきでしょうか。その理由は次話で明かされます。あと、日記なのに会話文がある理由も明かされます。

聡士君が事故にあってしまいました。恐らく車の運転手は「若い人」だと推測できます。第5話の冒頭で地方枠のテレビニュースが伝えています。

長々と解説してしまいましたが……。
大きな転換点になりましたね。最後にもう一つだけ、大きな仕掛けを入れておきました。最後まで応援、よろしくお願いします。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第26話

声をあげて泣いて、昨日もいっぱい泣いてしまっていたから涙が枯れてしまったのかもしれませんが、少し落ち着きました。

 

病室の小さな机の上に置いてあるカレンダー。それによると今日は12月9日の火曜日。

 

ジブンは、今日の学校が終わった後すぐに山手君が眠っている病室まで行きました。

その時、その小さな机の上にジブンと山手君が出会うきっかけを作ってくれた日記が置いてありましたから、今まで読んでいたんです。

 

「こんなテンプレートな日記みたいな始め方はどうなんだろうって僕は思うけれど、たまには良いかなって思うからこのままいくね」という面白い書き方から始まっていた彼の日記を読んでいて、途中からたくさん涙をこぼしてしまいました。

 

山手君の思っていた感情、山手君の夢など今まで知らなかったことが多くありましたから。

それと日記を読んでいたら、思い出が山手君の声付きで思い出してしまったと言う理由もあります。

それに毎日書くことを目標にしていましたからジブンも昨日の事を書いていたんですが、ノートがふやけてしまってペンで書けないんです。

 

時計を見ると短い針が7を指していて、面会時間が後1時間しかありません。

 

 

“コンコン”

 

と言う音がドアから聞こえたからどうぞ、とジブンは答えました。看護師の方でしょうか?

 

「えっと、大和麻弥ちゃんだっけ?今日も来てくれたの?」

「あ、山手君のお母さん。お邪魔しています」

「そんな硬い事言わなくて良いの!聡美さんって呼んでって言ったじゃない」

 

山手君のお母さんである山手聡美さんでした。一度家にお邪魔させていただきましたけどかなり優しい方です。

 

「このバカ息子の為に毎日なんて来なくてもいいのに」

「いや、その、ジブンが会いたいんですよ。山手君に……」

「そうなの?このバカにはもったいないわね。速く目を覚ましなさいよね」

 

多分、優しい方です……。今はこんな事を言っていますが昨日も面会時間ぎりぎりまでこの病室に居ましたから。

 

「その、聡美……さん。本当にスミマセン」

「どうしたの?麻弥ちゃん」

「ジブンがもっとしっかりしていれば、山手君はこんな事になっていませんから」

 

あの時ジブンが走らなければ車と接触する事もありませんでした。

それに、もしかしたら神様がジブンにこうなってしまう事を事前に伝えてくれていたのかもしれません。山手君のおみくじには「後ろからの衝撃に注意が必要」って書いてありましたから。

 

そんなジブンを聡美さんは肩をさすりながらにっこりと笑いかけてくれました。

そして聡美さんのくれた言葉がとても温かくて抱きしめてもらっていないのに包容力を感じたんです。

 

「麻弥ちゃんが謝らなくても良いのよ。麻弥ちゃんにケガが無かっただけでも良かったんだから」

「ですけど……」

「心配しないの。このバカの事だからこのまま死なないわよ」

 

ジブンは寝ている山手君の顔を見ました。彼の顔はちょっと誇らしい事をしたような顔に見えました。

 

 

「もう7時だし、麻弥ちゃん家に帰らなくても大丈夫?」

「はい。面会時間ぎりぎりまでいるって山手君にも伝えましたから」

 

ジブンは今日病室についてすぐに彼の分のプリントをファイルに入れて病室の机に置きました。その時に今日も最後までいますから安心してくださいね、って言ったんです。

 

「でも麻弥ちゃん、確か三日後に何か締め切りがあるんでしょ?」

「あ、ご存じでしたか。そうです」

 

そうなんです。山手君と一緒に録音したデモテープやCD、それに自己PRの提出締め切りが今日を入れて三日後なんです。そうなんですけど……。

 

「今回は辞退しようかなって考えているんです」

「え!?どうして?」

「それは……」

 

それはスタジオミュージシャンになる以上に大事なことが目の前にあるからです。スタジオミュージシャンに応募するのは来年でも出来ます。ですが、山手君は……。

なので、ジブンは山手君のそばにいるって決めました。今は世の中のどんな事よりも山手君が大事ですから。

 

 

「母親の勘なんだけどね」

 

聡美さんはジブンに優しい声で語りかけてくれました。山手君にはちょっと口の悪いところがありますが、山手君の性格はこの人に似ていると思いました。優しく接してくれて、励ましてくれるところが、です。

 

「この息子は麻弥ちゃんに受験して欲しいって思っていると思う」

「そうなんですか?山手君」

「だってそう思っているから一緒にコンビニに行ったんじゃない?麻弥ちゃんをかばったのは色んな感情があると思うけど、一つに受験して欲しいっていう思いもあると思うの」

 

本当に山手君はお人よしですよね。ジブンの夢なのにまるで山手君の夢みたいに協力してくれるんですから。

ジブンはこれまで山手君とたくさんの時間一緒に居ましたが、山手君の歩く道が日記を読んでも分かりませんでした。もし山手君の道が「大和さん(ジブン)を助ける事」ならお人よしすぎますよ。

 

「それにうちの息子、何か麻弥ちゃんに伝えていないの?」

「えっと……無いと思います……け、ど」

 

その時、ジブンのスカートの左ポケットに入れてあるあれ(・・)の事を思い出したんです。

ジブンと山手君が仲直りして、ジブンが受験すると決心した日に彼から貰った緑色のお守り。

ジブンは慌ててお守りを取り出しました。

 

「そう言えばこのお守りを貰った時に山手君から『どうしても一人で泣きたくなった時はこのお守りの中を開いて欲しいんだ』って言ってくれました!」

「今、開けてみたらどう?麻弥ちゃん」

「え、今ですか?」

「うん。今の麻弥ちゃんの目、真っ赤よ。私がここに来る前に泣いていたんじゃない?もしそうならぴったりね」

 

ジブンはボタンによって閉められていたお守りを開けました。

そこには小さく折りたたんである紙があって。その紙を開きました。

 

 

 

 

 

人は成果が目に見えなければ、それは失敗だと思い込む

大きな前進を好むものだ

 

だけど、考えてみて

小さな一歩でも、それは前進しているんだ

その行動を取った時点で、君は輝いているんだ

 

たとえそれが、カメが踏み出す一歩ほどの歩幅であっても

 

そんな一歩を踏み出し続ければ、いつかウサギにも勝てるんだから

 

ねぇ大和さん。僕はずっと進んでいる君を見てきたんだ。

これを見ているって事はつらいことがあったんだよね。でも僕はずっと君のそばで応援してる。どんなに離れていても君の事を考えてるから。

たとえ僕が星になったとしても、ずっと大和さんのそばにいるよ。

だから君は一人じゃない。僕もいる。一緒にスタジオミュージシャンの夢を叶えようよ。今は泣いても良いよ。だけど明日は笑顔の君でいてね。

明日すぐ君の所に駆け寄ってつらい事なんてぶっとばしてみせるから。

 

 

 

 

 

ジブンの手がまるで山手君の手で、身体で包み込んで温めてくれているように感じてしまいました。あぁ、また視界がぼやけてきました。

 

「ずるいですよ、山手君は」

 

お守りだけでもうれしいのに、こんな紙まで残して。ジブンまたたくさん泣いてしまいますよ。

嗚咽も激しくなってしまいました。ジブンは君に怒らなくてはいけない事があります。

 

「ううっ、それなら山手君、明日駆け寄って来てくださいよ!うっ、うっ、そばにいて慰めてくださいよ……。山手君も寝ていないで一歩踏み出してくださいよ!本当に星にならないでくださいよぉ。ううっ、うわあぁああああ!ぐすっぐすっ!っあああ――」

 

 

 

 

泣いた。今日はたくさん泣きました。山手君のせいですからね。

ですけど、ジブンは決心出来ましたよ。

 

「聡美さん、ジブン、明日音源とPR文を持って事務所に出してきます」

「それが良いと思うわ。それとね」

「はい、何でしょうか?」

「この子の日記を麻弥ちゃんに持っていてほしいの。たくさん愚痴を書いて目が覚めたこの子にたたきつけてあげて」

「あ、はは……。でも、それも良いですね」

 

胸にもう一度君の日記を抱えました。もう面会時間は終わりますから今日はお別れの時間ですね。

 

「麻弥ちゃん。家まで車で送ってあげるね」

「ありがとうございます!」

 

 

「見ていてくださいね、山手君。それとまた明日も来ますから」

 

 




@komugikonana

次話は1月21日(月)の22:00に投稿予定です。

新しくこの小説をお気に入りに登録してくれた方々、ありがとうございます!
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評価10と言う最高評価をつけていただきました ✝里見✝さん!
評価9と言う高評価をつけていただきました horou02さん!
評価8と言う高評価をつけていただきました 桜田門さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

通算UAが15000を突破しました!これも読者のみなさんの応援のお陰です!
UAが5000増えるごとに私のTwitterで新作の本文の一部を公開します。19日の22時に公開を予定しているので良かったら覗いてくださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第27話

ジブンの家の前まで聡美さんに送っていただいて家に帰りました。家では母が山手君の具合を聞いて来たんですが、ジブンは迷わず良い顔で寝ていました、って答えました。

その後はご飯を食べて、お風呂に入ってから少し勉強をしましょうか。

 

自室に入って通学かばんを開けると、いつもはここにはいないから居心地の悪そうにしている山手君の日記がそこにはいて思わずクスッと笑ってしまいました。

 

明日も、これからもずっと笑顔で君に会いに行こうって決めた後は少し勉強して寝ました。

 

 

 

 

そして君が目覚めないまま、中学校の終業式を迎えました。君の日記風で言ってみるならば「ぽっかりと空いた君の存在に打ちひしがれながらも、周りの生徒と同じように少しの希望を追い求める12月22日(月)」と言ったところでしょうか。

 

あれからジブンは毎日1日も欠かすことなく病院に通いました。あれから二週間が経っていますから足の筋肉なども少し減ってきているのが目に見えてきましたが、顔色はとても良いんです。すぐ目覚めて「おはよう、大和さん」って言いそうなんですよね。

桃谷君とかは1回しか来ていません。「山手はこんな事で死ぬ奴じゃないから意識が戻るまで会わない。もし死んだらぶん殴りに病院に殴りこむ」って言っていました。

 

ジブンもこれから山手君に会いにもう通い慣れた病院までの道を歩きます。学校から片道30分もかかりますから最初は大変でしたけど今は慣れました。

 

「♪~」

 

病院が見えてきたところでジブンの携帯が鳴って心臓が救急車のサイレンのように高鳴りました。もしかしたら山手君が……って思ってジブンは勢いよく電話に出ました。山手君の声が聴けるかもしれないって思ったんです。

 

「もしもし!」

「お忙しいところ申し訳ございません。私、芸能事務所trueの斎藤と申します。大和麻弥さんのお電話で間違いございませんでしょうか」

「あ、はいそうですが……」

 

ジブンは山手君関係で無かったことに少し落胆しましたが、芸能事務所からの電話でまた違った緊張感がジブンを包み込みました。

 

「大和さんにはぜひ最終面接に進んでいただきたいのですが、どうなされますか?」

「はい!受けさせてください!」

「ありがとうございます。日時なんですけれども24日の水曜日、午前10時から1時間を予定しておりますが大丈夫でしょうか」

「はい!大丈夫です」

「分かりました。では24日の水曜日の午前10時にお待ちしております。失礼します」

「お電話ありがとうございました!失礼いたします」

 

向こうから電話が切れた事を確認してからジブンも電話を切る。

左のポケットに入っている緑色のお守りをきゅっと握りました。君の言う通りでしたね。立ち止まってばっかりだと思っていましたが、本当に去年から進めていたんですね。

 

いや、もしかしたら君と二人で一緒に頑張ったからかもしれませんね。

 

 

 

「今日も来ましたよ、山手君」

 

ジブンは君が眠っている病室に入って挨拶をする。マフラーと手袋を通学かばんの上に乗せる。今日の君も気持ちよさそうに寝ていますね。

 

「山手君!さっき電話があって最終面接に呼ばれましたよ!スタジオミュージシャンまであと一歩の所まで来ましたよ!」

 

まだ誰にも伝えていない大事な事を、一番に知ってほしい人に伝えました。電子音で聞こえる規則正しい心音なんて今は耳に入りません。

君の手を優しく握る。ほんのりと温かい手は離したくないほど気持ちが良いんです。

 

「ジブン、絶対にスタジオミュージシャンになります!ですから山手君も目を覚ましてジブンと一緒に喜んでくださいよ?約束ですからね」

 

握っていた君の手をちょっとだけ細工してジブンの小指と絡ませる。指切りげんまん。

嘘ついたら針千本どころかドラムスティックも飲ませますからね。

 

 

「あ、そう言えば懐かしいものを持って来たんですよ、山手君」

 

芸能事務所からの電話があったり、君と約束したりと病院に来てから忙しくてジブンは君に聞かせてあげようと思って持ってきたものをうっかり忘れていました。

それはボイスレコーダー。

 

「覚えていますか?ハロウィン祭の練習で自分たちが初めてスタジオで合わせた時の音源ですよ」

 

実は昨日、君に速く目を覚まして欲しいからネットで昏睡状態について調べたんです。ネットの情報ですから全てが正しい情報では無いとは思っていますが、少しでも知識になればと思ったんです。

 

ネットに書いてある事は時々残酷で、昏睡状態に陥っての回復はまず見込めないだとか、植物状態だとか出てくるんです。

しかしジブンは少し気になる情報を得たんです。思い出深い音楽を患者に聞かせると良いと言う情報です。

 

ジブンは音量を小さく、尚且つしっかり君にも聞こえるような絶妙な音量で録音を再生しました。

 

伴奏が始まってから久しぶりに聴く君の声に寂しさで胸が締め付けられましたが、一方できれいな君の声に心が満たされ、ジブンはシーソーのようなドギマギと照れくささを覚えました。

サビに差し掛かって、君の声とジブンの歌声が合わさる。

 

「こうして聴くと、言葉には上手く出来ませんけど、良いですね山手君?」

 

録音したのは二ヶ月ぐらい前だからそこまで昔の出来事ではないのに、懐かしく感じる。君の声が聴けなくなって二週間ぐらいだから最近の出来事なのに、寂しく感じる。

けれど、当時の思い出が目を閉じれば鮮明に浮かび上がって来て目頭が熱くなるような、けれど心が満たされるような。そんな感じがしました。

 

ジブンは君に問いかけた時、つい咄嗟にえっ、と声を出してしまいました。

一体どうしたんですか?山手君。

 

「どうして、山手君は泣いているんですか?」

 

何度も目をこすって見直しました。けれど何度見ても同じでした。

 

眠っていて、ピクリとも動かない山手君の目から一筋の涙がこぼれて頬を伝ったんです。

サビが始まって、終わるまでに見せた君の行動にジブンは思わず寝ている君の首にそっと抱き着きました。

ジブンはここにいますよ。

 

 

 

 

現在、ジブンは部屋で面接の練習を一人で行っています。

あの後、担当医や看護師の方に君が涙をこぼしたと言う事を伝えたのですが、誰もが「見間違いじゃないかな」と返答されました。

 

でも、ジブンは違います。君が見せてくれた「行動」だと思っています。例えみなさんに虚像だと言われても、ジブンは確かにこの目で見ましたから。

虚像も見ることが出来れば実像なんです。

 

 

もう日付もまたぎましたから正確に言えば明日ですが、面接の日が近づいてきました。

疲れをためないように今日はもう寝ましょう。

ジブンは寝る前にいつも君の日記とお守りを手に持って君との面会が終わった後の事を伝えるんです。……母からは「怖い」と言われてしまいましたが。

 

 

面接の日は朝から事務所ですから、朝は行けませんが昼には絶対に君に会いに行きますから。

待っていてくださいね。

 

 




@komugikonana

次話は1月23日(水)の22:00に投稿予定です。

新しくこの小説をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
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~評価していただいた方々を紹介します~
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~次話予告~
麻弥ちゃんは最終面接。クリスマスイヴの日に奇跡は舞い降りるのか!?ラスト、麻弥ちゃんが……!?お楽しみに!!

~感謝と御礼~
・「僕と、君と、歩く道」が評価バーをすべて埋めることが出来ました!!しかも赤色で調整平均が9以上!これも読者のみなさんが温かく見守り、応援していただいた結果です。本当にありがとうございます!
・私、小麦こなのデビュー作「月明かりに照らされて」が完結しておよそ2ヶ月……。いまだに読んでくれている人がたくさんいます。お気に入りが300を突破、さらに昨日で評価バーも赤色ですべて埋まりました!本当にありがとうございます!

では、次話までまったり待ってあげてください。





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第28話

目が覚める。冷たい空気と独特の緊張感がジブンを迎えてくれました。

今日は12月24日、水曜日。

 

クリスマスイヴの今宵、テレビ番組もクリスマス特集が組まれていたりと華やかなムードを醸し出しています。

街中も歩けばたくさんの方がクリスマスを楽しんでいそうです。

 

ジブンは、みなさんとは違うクリスマスを過ごします。今日は芸能事務所へ向かって最終面接です。これをクリアできれば夢のスタジオミュージシャンになれるんです。

 

「せっかくですから、サンタさんにお願いしてみましょうか」

 

クリスマスイブの夜にはサンタさんが良い子にプレゼントを配りますよね。ジブンはもう信じていませんが、お願いくらいなら聞いてくれたりしませんかね?

 

最終面接に合格して、君と笑顔で喜びを分かち合えますように。

 

一つのお願いですが、実質二つ分を要求するジブンは欲張りでしょうか?それなら今日でなくても良いです。一つだけでも良いです。

君が目覚めると言う最高のプレゼントをください。

 

 

 

 

朝から電車を乗り継いで芸能事務所近くに着きました。時刻は9時20分。

少し早めに着いたジブンは緊張で飛び跳ねている心臓を落ち着かせる為、近くの公園に腰を下ろしました。

 

朝の冷たい空気を目一杯吸ってみれば、冬の空気は夏より澄んでいて綺麗な気さえしてジブンの感情が浄化されていくように感じます。

 

……よしっ!気合いを入れて面接を受けましょう!

ジブンの左ポケットに緑色のお守りが入っていることを確認して意気揚々と事務所に入りました。

 

面接の待合室は大きい割に人数が少なくて心細く感じましたが、それは最初だけでした。

だってジブンの近くには、君も居てくれているんですよね?

 

「大和さん。入ってください」

「はい」

 

若そうな人がジブンを呼んで、面接が行われる部屋に連れて行っていただきました。

多分エライであろう方々が三人一斉にこちらを向いて、緊張が走ります。

 

ジブンの自己紹介やら自己PRを伝えました。面接官の方があまりメモを取っていない事が少し気になりますが。

 

「大和さんはね、どうしてこの年でスタジオミュージシャンになりたいの?来年高校生ですよね?今じゃなくても良いと思うけど」

 

自己紹介で社長と名乗っていた方がそう聞いてきました。

確かに来年は高校生になる予定ですし、スタジオミュージシャンになるチャンスは後々にもたくさん有ります。ですが、「今しか」ダメなんです。

 

「スタジオミュージシャンになる事が夢でしたが、去年失敗してほぼ諦めかけていました。ですが、大事な人がそんなジブン(わたし)を支えてくれたんです」

「……それで?」

「その大事な人は今、生死をさまよっています。ですがその人と一緒に夢を叶えようって約束しました。ですからきっと目を覚ます彼に伝えたいんです。ちゃんとスタジオミュージシャンになれましたよって」

「聞いているとね、大和さんがスタジオミュージシャンになる事が目的では無くて手段に聞こえる。大事な人が目を覚ますための手段として、ね。では、どちらかしか選べないって神様に言われたとしよう。スタジオミュージシャンになる事と大事な人、どっちを選びますか?」

 

おそらくですが、この場面ではスタジオミュージシャンになることの方が大事です、っていうのが正解だと思います。

ですが、ジブンの口から出た言葉は違ったものでした。

 

「大事な人、山手君が目を覚ます方が大事です!」

 

 

 

 

正午になって人が多くなってきた時にジブンは芸能事務所を出ました。

……言ってしまった。君の方が大事ですって。

きっとスタジオミュージシャンにはなれないと思います。ごめんなさい。

 

ですが、あの場面で嘘をつきたくなかったんです。嘘をついてしまったら今までの君との思い出がすべて泡のように消えて無くなるって思ってしまったんです。

 

電車に揺られて、見覚えのある駅で降りる。

確か、似たような事をレコーディングスタジオから帰って来た時に思いました。

 

あの時はもう少し君と一緒にいたいって言いましたけど、今は言えないんですよね。

 

「♪~」

 

そんな事を思っていた時に急に携帯が鳴ったのでジブンは訳が分からないまま電話に出ました。いきなりすぎて頭が着いて行きませんよ。

 

「先ほど最終面接を受験された大和麻弥さんのお電話で間違いないでしょうか?」

「あ、はい!大和です」

「申し遅れました。私、芸能事務所trueの斎藤と申します。大和さんは来年からうちの事務所のスタジオミュージシャンとして契約させていただきます」

「え?」

 

それってもしかして、ジブン……。

 

「社長が大和さんの事、気に入ったみたいです。『普通あの場面で本音は言えない』って太鼓判ですよ?」

「あ、ありがとうございます!」

「詳しい事は書類を郵送いたしますので。不明な点がございましたら遠慮なくお電話でお問い合わせください」

 

携帯が切れて、ジブンは少しふわついた気持ちになっていました。

夢のスタジオミュージシャンになれるんですよ!早く君に伝えたいって思いました。

 

ですが、気づいたんです。母からたくさんの不在着信が来ていることに。

母に電話を折り返しますが、電話に出てくれる気配がしません。

 

「もしかして、山手君……?」

 

君に何かあったのかもしれない。急に不安がジブンに襲い掛かってきました。

面接の時の会話が頭を離れないんです。

 

 

 

「では、どちらかしか選べないって神様に言われたとしよう。スタジオミュージシャンになる事と大事な人、どっちを選びますか?」

 

 

 

ジブンは急いで病院に向かって走り出しました。駅からだとバスがあるのですが、さっき出たばかりで30分後にしか来ないらしい。

それなら運動が苦手なジブンでも走って向かった方が早いって感じたから。

 

本当にジブンが走っているのかって思うほど景色が流れるように変わりました。しかしそれも最初だけで、段々と足が痛くなってきたり足が絡まるようになってきました。

 

やっとの思いで病院に到着しましたが、あれから30分ぐらい経過していましたからあとちょっと、と言い聞かせながら走っていると知っている人がいました。

 

「あれ?大和じゃん。お疲れさま」

「はぁはぁ……桃谷君?どうしているんですか?」

 

桃谷君は以前、「山手はこんな事で死ぬ奴じゃないから意識が戻るまで会わない。もし死んだらぶん殴りに病院に殴りこむ」って言っていましたよね?……どうして病院にいるんですか?

 

「どうしてって言われてもな……。さっきまでクラス全員来ていたし」

 

クラス全員が一度に病院に来る事なんてよほど大きな出来事が起こらない限りありえませんよね?

 

「ほんっとあいつはいつも急に……。大和もあいつに会いに来たんだろ?待ってるんじゃないか?」

 

桃谷君の言葉を最後まで聞くことなく走りました。

病室では静かにして走らないように、なんてよく注意されますが、今はそれどころではありません。

 

「いつも急に……」なんですか?

君は今まで一度もジブンとの約束を破ったことがありませんよね!ジブンが勝手に怒ってケンカした時も慰めてくれましたよね!

 

勝手に死んだりしませんよね、山手君!

スタジオミュージシャンになれたら野菜スティックパーティするんですよね!

 

息は絶え絶えで足元もおぼつかないジブンの身体にムチを打って階段を上る。

 

山手君が眠っている5階に到着して、いつも通い慣れている病室に行くだけなのに今日はやけに遠くに感じるんです。

 

ジブンは思いっきり閉まっていたドアを開けました。

 

 

 

途端にジブンの目から熱いものがたくさんこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「久しぶり、だね。大和さん」

 

 




@komugikonana

次話は1月25日(金)の22:00に投稿予定です。
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~評価していただいた方々を紹介します~
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同じく評価10と言う最高評価をつけていただきました ジベレリンさん!
評価9と言う高評価をつけていただきました すくすくLv.Xさん!
評価9と評価を上方修正していただきました 菘亜杞さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援よろしくお願いします。

~次回予告~
これは、12月24日の朝の出来事。最終面接を受けている君は知らない、裏側の物語。
そして……な物語。お楽しみに!

~お詫びと訂正~
「僕と、君と、歩く道」において、第20話で誤字が確認されました。
(誤)まだ子供をつくるには速いわよ
(正)まだ子供をつくるには早いわよ
執筆過程から使い分けを特に気を付けていた漢字でしたが、ミスをしてしまいました。読者さんのみなさんにご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。
誤字報告していただいた方、ありがとうございます。

~感謝と御礼~
「僕と、君と、歩く道」のお気に入り数が300を超えました!!読者のみなさんの応援無しでは成し遂げられない事です。みなさん、本当にありがとうございます!!
これからも応援、よろしくお願いします!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第29話

「うん……?」

 

あれ?僕は一体何をしていたんだっけ。それに身体の節々がガラクタのような感覚ですごく痛い。寝違えたのかなって思って僕は起き上がろうとするも力が入らない。参ったな。

 

瞬間、僕は異変に気づいたんだ。ここは僕の家では無い。それに僕の布団のシーツはどこまでも行き届くような青色でこんな味気の無い白色では無い。

 

「あ、そう言えば僕は……」

 

確かコンビニで大和さんの自己PRをコピーするから僕も着いて行ったんだ。そして後ろから車が猛スピードで大和さんに向かっていったから大和さんを押して……。

どうしよう。ここから先の記憶が無い。大和さんは無事なのか!?

 

「大和さん!!あっ……いててて」

 

急に動いてしまったからか身体がすごく痛いのを忘れていて思わず大きな声をあげてしまった。僕が入院しているらしい部屋は幸いなことに個室だから他人に迷惑をかけてないから良かったかもしれないね。けど大和さんは?

 

僕の出してしまった大声が響いたのかもしれない。その後すぐに病室の扉が開かれた。

……え?ノックくらいして欲しいな。

 

僕はさっきまで寝ていた布団の上で上体を起こして空いたドアを確認する。

普通起きてすぐは視界がぼやけていて良く見えないのに、今日はやけにすっきり見える。

身長は少し高いくらいで、髪質から髪形、それに目元に鼻の形が大和さんにそっくりな人が立っていたんだ。

 

「うそ……!?聡士君!起きたの!?」

「え、はい。さっき起きました」

「よかったぁ~~!心配したんだから!」

 

すごいスピードで近づいて来たと思ったら、急に大和さんのお母さんに抱き着かれたんだ。

やっぱり大人の女性は身体つきがグラマラスだなぁ。

 

……なんて思っていない。本当だからねっ!?

だって急な事で僕の頭が着いていけてないし、何よりかなりきつめに抱き着かれているから身体がすごく痛くて失神しそうなんだ。

 

「いたたたた!どうしたんですか急に」

「これくらいの痛みは我慢しなさい!……目が覚めて良かった……」

 

痛いって言っても離してくれなくて、もしかして僕は大変な事をやらかしてしまったのかもしれないって薄々感じてきたんだ。

 

「その、聞きたいんですけど大和さんは無事ですよね?」

「あら?自分の事より麻弥の心配?本当に良く出来た子ね」

「は、はぁ……」

 

 

大和さんのお母さんは僕が目覚めた事を看護師や担当医に知らせてくれた。みんな二度見したり、目をあからさまに大きくしたりと中々失礼な振る舞いを受けた。

さっき「麻弥は聡士君のお陰でケガ無く過ごせているわ」って聞けたのでひとまずは安心しているんだけど……。

 

「山手君。今日は何日か分かりますか?」

「えっと……」

 

担当医からの質問が藪から棒どころか、藪から鉄パイプが出てくるような素っ頓狂な質問に僕はたじろいだけど、そう言えば起きてからカレンダーを見ていないなって思ったんだ。

確かコンビニに行った日は8日だったから……。

 

「12月9日くらいですか?」

「……それは君が事故にあった次の日だよ」

 

僕が質問したのに答えが返ってこない、何だかちぐはぐな返答。

すると大和さんのお母さんが携帯の画面を見せてくる。……なんで僕と大和さんが抱き合っている写真が待ち受けなんですか。

仲直りしたあの日の写真なんだろうけど、何回も消してください、って言いましたよね。

 

そんな待ち受け画面に映し出される日付を見た。

 

「……。えっと、この携帯壊れてます?」

「まだ寝ぼけているの?聡士君。今日は12月24日よ」

 

嘘だ、って思って周りの人たちにも目を合わせてみたけど目が真実を伝えているように感じた。と言う事は僕は二週間も寝ていたのか。

……待って。僕が二週間もの間ずっと寝ていたって事は!

 

沙弥(さや)さん!!大和さんはスタジオミュージシャンの受験、どうしたんですか!」

 

大和さんのお母さんを咄嗟に名前で呼んでしまった。失礼かもしれないけどかなり焦っている。僕はあんな偉そうな事を言っておいて大和さんが頑張っている時に寝ていたなんて。

 

「麻弥は今ね、最終面接を受けに事務所に向かっているわ」

「場所はどこですか!今すぐ行きますから!」

「ちょっと落ち着いて、聡士君」

 

落ち着いてなんていられるわけないじゃないか。あれだけ「一緒に頑張ろうよ」なんて言っておいて結局大和さんを一人にしてしまっているじゃないか。

僕の足はまだ動かないのは起きてからでも分かる。でも大和さんの近くに行きたい。

例え這ってでも行きたいんだ。

 

「車いすとかは無いんですか?先生」

「落ち着きなさい、山手君。君は頭を強く打っていたんだよ!精密検査しないといけないから」

「僕は大丈夫ですよ!僕の命なんて……」

 

言いかけて、辞めた。僕の命なんてどうでも良いって言ってしまいそうになったんだ。

だけど、沙弥さんの喜び方を見て想像できたんだ。きっと大和さんは二週間の間ずっとお見舞いに来てくれていたんじゃないかなって。

 

そんな事言ったら大和さんや、沙弥さん。それにお見舞いに来てくれた人達に失礼だよね。

 

「……すみません。冷静を欠いていました」

「まず精密検査を受けようか」

「はい。……その前に少しだけ良いですか?時間」

 

僕は急いで電話を大勢の人にかき鳴らした。

 

 

 

僕は事故にあった後何も覚えてないって自分で思っていたけど、今になって違う気がする。

どうしてか知らないけど、ハロウィン祭で大和さんと二人で歌ったあの曲が流れていたような気がしたんだ。

 

久しぶりに聴いた大和さんのきれいで、温かみのある歌声に僕は泣いたような気がする。

多分気のせいだけど、そんな気がする。

 

 

 

 

精密検査は思っていたよりも速く終わった。脳をスキャンしたり色々されたけど、僕自身頭痛がしたりは無いから大丈夫だろう。足は筋肉が落ちていておまけに骨折しているのでしばらくはリハビリが必要らしい。

 

沙弥さん曰く、大和さんに何回電話を掛けても出ないらしい。きっと面接の最中なんだろう。僕の母親は仕事中でメッセージを入れたら「やっと起きたか、バカ」って帰って来た。辛辣すぎて涙が出た。

 

 

「来たわよ、山手君!」

 

クリーム色の髪の毛をしたクラスの女の子が病院に来た。この子は桃谷と同じくクラスの中心的存在で、たくさんのクラスメイトと一緒に来ていた。

 

「あれ?桃谷はいないの?」

「桃谷はクラブチームの練習試合だって。でも途中で抜けて病院に行くって言っていたわよ」

 

これは桃谷の八つ当たりコースかもしれないと苦笑いを浮かべる。けどそこまでしてでも来てくれる桃谷には感謝しないといけないな。

 

「ごめんね、みんな。急に集まってもらって。これをみんなにやって欲しいんだ」

 

 

 

 

クラスのみんなは帰って行った。桃谷も本当に来たけど、一発殴られた。「心配かけさせた上にいきなり来いはねーだろ!」って。

でも久しぶりのやり取りで笑みが浮かんだ。もちろん桃谷も。

 

「それにしても麻弥は幸せね」

 

病室の端っこで椅子に座っている沙弥さんがそんな事をこぼした。もう12時が過ぎているのにご飯を食べられないのかな。正直、お腹空いた。

 

「大和さんが幸せってどういう事ですか?」

「そのままの意味よ。聡士君って意外と鈍感?」

 

僕は鈍感じゃないと思うけど、同じことをクラスの男子にも言われたことがある。

鈍感って恋愛に対してだよね?僕に向けてくれる好意なんかすぐに気づけると思うけど。

 

なんて好意を向けられるまで分からないのは当たり前じゃないの?って思いながら青く澄み渡る空を病室から見渡す。

この時期の空って雲が多いイメージがあるけど、今日は雲一つも無い快晴って感じで僕の心の中を明るく照らしてくれる。

 

……病院の廊下を走る誰かの足跡がここまで聞こえる。

沙弥さんはくすくす笑っているけど。

 

 

ドアが思いっきり開けられた。

 

 

そこには息を切らしながらも、僕と視線を合わせてくれる君がいた。

久しぶりの感覚がしないのに、一年ぶりに再会したような感情が僕の周りを渦巻いた。

 

僕は君に、にっこりと笑いかける。

 

 

「久しぶり、だね。大和さん」

 

 

 




@komugikonana

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~次回予告~
「久しぶり、だね。大和さん」それは僕が君に掛けた最初の言葉。もっと他に伝えたいことがあるんだけど。でも、君が無事で本当に良かった。
記念すべき30話、ラストは甘く……!?

~お知らせ~
・この作品では、感想を募集しております。気楽にドンドン書き込んでください。お待ちしております!!
・1月27日(日)の22:00に私のTwitterで新作「幸せの始まりはパン屋から」の本文を一部公開します。良ければ覗いてみて下さい。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第30話

「久しぶり、だね。大和さん」

 

僕は君に伝えたいことなんて、いっぱいある。

 

一次選考に受かったんだね。やっぱり大和さんは凄いね

僕の作ったお守り、まだ中身は見てないかな

野菜スティックパーティは僕の家でやる?それとも大和さんの家でやる?

本当にケガしてない?きつく押しちゃってごめんね

……ずっとそばにいれなくて、一人にしてごめんね

 

さっと思い浮かべただけでこんなにも伝えたいことがあるのに、どうしてこんな抽象的すぎる言葉を選んだんだろうか。

 

君は一瞬信じられない事が起きたような顔になって、その後は顔がくしゃくしゃになってぽろぽろと涙を流していた。

 

「ここにいたら私邪魔よね?先に家に帰っておくから聡士君、麻弥の事よろしくね?」

 

沙弥さんはすっと立って病室を出て行った。

ぐすっ、ぐすっ、ひっく、ひっく、と感情を抑えきれない君の嗚咽だけが病室に響く。

 

……また、君を悲しませてしまったね。

お祭りの時にもう悲しませないって決めたのに。

 

 

「山手君っ!」

「え!?大和さん!?ちょ、ちょっと待って!いたたたた!」

 

やっぱり親子って似るのかもしれない。抱き着いてくるのも、僕が痛める箇所も一緒なんだから。

違う点と言えば、僕も優しく大和さんの背中に手を回したことと、泣きながら抱き着いて来たことぐらい。

 

「山手君ですよね!生きてるんですよね!」

「うん。僕は生きてるよ」

「心配したんですよ!二週間もずっと目を覚まさないでいたんですよ!」

「うん」

「山手君がずっと目覚めなくて……。眠っている君にそばにいて欲しいとか、一歩踏み出してくださいだとか言ってしまって、ジブン……」

「ごめんね、大和さん。僕も君との約束を守れなくて。大事な時に一人にしちゃって」

「怖かったんですよ!君がいなくなって、もう会えなくなっちゃうんじゃないかって……山手君が死んじゃうんじゃないかって!ううぅ」

 

こんなに心配させてしまって男としてダメだなって思う反面、僕の好きな人がこんなにも僕の存在を肯定してくれてて嬉しかった。

 

だからかな。僕もいつからか分からないけど、涙が溢れてこぼれているんだ。

 

 

「ですが、山手君はずっとそばにいてくれました」

「え?僕、何も出来なかったよ?」

「そんな事ないです。だってほら、見てくださいよ」

 

大和さんは僕から離れて左ポケットからあれを取り出した。

それは、僕が作った緑色の拙いお守り。ずっとそばに置いてくれてたんだ。

 

「このお守りをぎゅっと握っていると山手君と手を繋いでいるような、そんな感じがするんです。不思議ですよね?」

「お守りの中身、大和さんはもう見た?」

「はい。泣いている時に助けてもらえました!ですが、山手君が目覚めない時に『たとえ僕が星になったとしても、ずっと大和さんのそばにいるよ』と言う言葉は心に刺さりました」

「本当だね。シャレにならないや」

「本当ですよ。……ですが」

 

大和さんは涙で目を赤くさせていたけど、僕の目を見て嬉しそうな顔をした。

僕はやっぱり今の大和さんが好き。メガネを外している時のギャップも良いけど、照れくさそうに笑う君の顔が世界で一番好きなんだ。

 

「いつもすぐ近くで山手君を感じられました。それに今日、芸能事務所の面接に受かったんです!これでスタジオミュージシャンになれるんですよ!」

「え……大和さん、それって……」

 

 

僕の耳には大和さんがスタジオミュージシャンになれるっていう風に聞こえた。それって大和さんの夢が叶ったという事だよね!?

僕は痛む体を無視してもう一度大和さんを抱きしめる。

 

「やったぁあ!おめでとう!大和さん!」

「はい!ありがとうございます!」

 

他人の事なのに自分の事のように喜べるのは、僕たち人間に与えられた最高の功名なんだと思う。

だって、人間は支え合って生きていくんだ。歩く道は人それぞれ違うけど、専用車両なんかじゃない。誰でも介入できるんだ。一緒に並走できるんだ。

 

「あ、じゃあこれはもういらないかな?」

 

僕は布団の中に隠していたものを取り出す。さっきクラスのみんなにわざわざ来てもらって書いてもらったもの。

大和さんは「えっ?な、何かあるんですか?」ってあたふたしていた。

 

「これを見て頑張ってもらおうって思って事故にあったあの日、コンビニで買ったんだ」

「これって……」

 

僕が用意していたのは寄せ書き。寄せ書きの色紙でオシャレな物がFriendlyマートに置いてあるって報道番組のエンタメでやっていたんだ。

本当は大和さんの最終面接前日に渡そうって思っていたけど、寝坊してしまったからその計画は息でふっと吹いたほこりのように消えてしまったけどね。

 

「山手君って他人の事を考えすぎですよ?もっと自分の事もやらないといけませんよ?」

「大丈夫、大和さん。ちゃんと僕の夢も叶ってるから」

「そうなんですか?ですが、ありがとうございます!ジブン、こんな寄せ書きをいただくのは人生初なので嬉しいですっ!」

 

僕の夢……。それはもう歩き出しているよ。大和さんにも伝える機会があったら伝えたいな。びっくりするかな?君に出会って見つけた道なんだよ?

 

「クリスマスは明日なのに、ジブンは今日たくさんのプレゼントを貰いました」

「事務所の合格と僕の渡した寄せ書きの事?」

「それもありますけど」

 

他に今日は何か良いことが大和さんにはあったのかな。と言うか今日はクリスマスイブなんだ。正直今まで意識していなかったから忘れてた。

でも、すぐ後に意識し始める僕がいたんだ。

 

「今日、山手君が意識を取り戻したこと。それが何より大きなクリスマスプレゼントなんです」

「大和さん……」

 

心臓が喉元にあるんじゃないかって思えるくらいにドキッとした。だけどその衝撃はとても心地よくて、程よく柔らかいものに触れるような感じで気持ちが良い。

 

「……今まで寂しかったんですよ?山手君」

 

大和さんは少し体重を僕の肩に預けてきた。僕はどうすれば正解なのか分からなくてちょっとぎこちなくなってしまった。

多分大和さんにもばれた。だってその証拠に大和さんがじーっと僕の方を見るんだから。

 

そ、そんなに近くで見つめられたら。僕の目線は大和さんの麗しい唇に目が行ってしまう。

 

「本当はダメですよ?ですが……や、山手君なら……良い、ですから」

「えっ!?」

 

大和さんは僕の方を向いて、それからゆっくりと目を閉じた。僕の心臓にちくっと刺した針は全身に降りかかって来た。

恋の針は、ちくっとするけどその痛みが人を恋しくさせるもの。

 

「ん……」

 

大和さんの唇にそっと触れた時、全身がそわっとしたけどつながった一部分は温かく心地がいい。多分このそわっとするけど一部分だけは心地が良い、離したくないと言うギャップが、キスしたいと言う欲求を生み出すんだろう。

 

「ぅんん……」

 

粘っこい、だけどしつこくない熱いキスをして僕たちは離れた。時間にして10秒も経ってないと思うけど、1秒1秒を噛みしめたから長く感じた。

お互いとっても赤い顔だけど、クリスマスイブなんだから赤の方が似合うよね。

 

「メリークリスマス、大和さん」

「メリークリスマス、ですね。山手君」

 

 




@komugikonana

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~評価していただいた方をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけていただきました nas師匠さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
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~次回予告~
新学期初登校。冒頭は1話と対比に!?
今まで大事にしていた物、僕は捨てるよ。だってそれが正解だから。

~お知らせ~
「僕と、君と、歩く道」が残すところあと3話となりました。最後に大きな仕掛けを入れておいたので最後の最後に、「まじか~」となってくれると作者としては嬉しいです。

では、次話までまったり待ってあげてください。



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第31話

「行ってきます!」

 

新年を迎えて、この冷たい風も年を越したのかなって思いながら僕は家の外に出る。

今日は始業式だから久しぶりに着る制服に少しウキウキしながら家の前にある電柱で立っている君に会う。

 

「おはようございます、山手君!」

「おはよう、大和さん。じゃあ行こうか」

 

僕は松葉杖を両手に持ってゆっくり歩いていく。足が治るのはまだまだ先らしい。受験までには治ってほしいと思う反面、ゆっくり歩くから長く大和さんと登校出来ると言うメリットを失いたくない僕もいる。

 

「……山手君、もう少し速く歩けませんか?遅刻してしまいます……」

「ははは……大和さん、一緒に遅刻して反省文を書こう」

「そんなの嫌ですよーっ!」

 

どうやらゆっくり歩きすぎたらしい。三学期って一番少ないけど、今までの集大成だから何が起きても楽しい思い出になる気がする。

ミニトマトと同じだと思う。実が出来るまで時間はかかるけど、実が出来て赤くなるまでの方が期間は短いのに印象に残る。何事も最後が良かったらそれで良い。

 

 

「ねぇ大和さん。さすがに怒っても良いよね?」

「あ、はは……」

 

僕も約一ヶ月ぶりの学校とあってちょっと楽しみだったんだ。だけど、僕の机を見たら、どうしてそんな事を思っていたんだろうってなった。

 

机の中にカビが生えたパンが置いてあった?そんなの捨てたら終わりでしょ。

机に下ネタが彫られてあった?そんなの机を変えたら一件落着。

 

じゃあ、何があったのって思っているよね。

僕の机の上に花瓶が置いてあったんだ。菊の花が活けられていた。

教室の端っこで笑いを堪えている桃谷も忘れてはいけない。

 

「やって良い事と悪い事が世の中にはあるってしっかり桃谷に教えなきゃ」

 

途中まで良くても、最後にやらかしてしまったらすべては水の泡になってはじけて消えてしまうんだ。桃谷のようにね。

 

 

 

 

今日は始業式だから学校は午前で終わりを迎える。学校に残って勉強の発散に運動している人や学習塾にそのまま行く人など時間の使い方は十人十色。

僕は大和さんに付き添ってもらって自宅まで帰るけど、今日はちょっと遠回りして帰りたい気分だ。

 

「大和さん。ちょっと遠回りして帰らない?」

「え?……良いですけど」

「やっぱり辞めた。まっすぐ家に帰ろ」

「え?ジブンに気を使わなくても良いですよ?」

「僕、足が折れてるの忘れてたんだよね。さぁ帰ろう!」

 

大和さんも僕の事を気にかけているから、おあいこだよ。

遠回りして帰ったらあの日みたいにまた事故にあっちゃうって思ったのかな?

あんまり聞く事じゃないけど、もしトラウマを植え付けたのならその芽を取ろう。

 

「大和さん。言いたいことがあるけど良いかな?」

「松葉杖で手が疲れましたか?おんぶ以外なら聞いてあげれますけど」

 

中学校から僕たちの家に変える方向にある橋の上でそんな事を言った。

この橋の下の川は都会のわりにはきれいな川が流れていて、春になれば河川敷の脇にあるソメイヨシノが一斉に花開くんだ。

 

「遠回りして帰ったら、また事故にあったらどうしようって考えた?」

「あ、はは……。勘が良いですね、山手君は」

「僕は大和さんの事なら何でも分かるよ」

「ま、また変な事を急に言い出すんですから」

 

桜の花びらのような顔色になった大和さん。でも僕にはちょっとつらそうにも見えた。

橋の下を流れている川は心なしか汚れて見える。流れ方も荒々しい。

 

「その、怒らないで聞いてくれますか?」

「うん。僕で良かったらぜひ聞かせて欲しい」

「山手君が昏睡状態に陥っていた時に、ジブンは山手君の日記を何回か読んだことは知っていますよね」

 

知ってる。二人でキスした後、僕は母親に電話をして大和さんを家まで送ってあげてほしいって伝えて、別れ際に返してもらった僕の日記。

その日記は後半になるにつれて所々ふやけていて大和さんがどんな状態だったのかは火を見るよりも明らかで僕の胸をくすぐった。

 

「山手君の日記を読んでみたら、脳裏でその時の思い出が映像になって流れるように感じました。きっと山手君の想いが詰まっているからです」

「そこまで想いを込めては無いけどね」

「それで……山手君が事故にあった瞬間も映像になって流れてしまったんです。ジブンで書いた文章なのに、思い出してしまって……」

 

つらいんです、って大和さんは言った。僕は気を失っていたからどんな事故現場か分からないけど、昏睡状態に陥るくらいの衝撃を受けたんだからひどい現場だったのだろう。

 

「山手君の日記を悪者みたいに扱ってしまってスミマセン」

「ううん。大和さんは何も悪くないから安心して」

 

僕が日記を始めた理由は、今日の出来事をバネに明日は今日より一歩進みたいから。でもそれはちょっとでも日記に関わってくれた大和さんにも当てはまるんじゃないか?

僕も目を覚ましてから毎日日記を書いているけど、以前のように書けなくなっていて何か違うなって感じ始めていた。

 

僕は通学かばんから日記を取り出す。A4サイズでA罫の薄い青色の大学ノート。

 

それを僕は思いっきり、

 

 

川に向けて放り投げた。

 

「山手君!何をやってるんですか!」

「多分、これが正解だと思うから」

 

 

僕の手から離れた日記は荒々しい川の流れに飲み込まれて、見えなくなった。

今まで僕が毎日やっていた習慣を放棄する事だからダメな事だと思う。今まで積み重ねていた山を一気に崩したようなものだから。

でもね。

 

「誰かを不幸にするような日記なんて僕は望んでいないし、僕は日記を書くことで逃げていた部分もあったと思うから」

「ですが、山手君の毎日の頑張りを否定しているみたいに見えてしまいます……」

「違うよ、大和さん。日記を書かなくても僕はもう進めるから」

 

だからさ、大和さん。

 

「だからさ、大和さん!後ろを見ないで前を見て歩こうよ。もう僕は戻って来たし、どこにも行かないから」

「山手君……」

 

怖いのも分かる。だけどきっと大丈夫なんだ。

 

「一緒に前を向いてゆっくり歩こうよ!大和さん!」

「はいっ!」

 

僕は思い切り一歩を踏み出したけど、骨折している事を忘れていて盛大にバランスを崩してこけてしまったけど、大和さんは笑顔だった。

きっと、明日になればこの川も元通りきれいな川に戻るだろう。

 

 

 

「ただいま」

 

大和さんと別れて僕はまだ誰もいない家に着いた。ちょっと疲れたからソファーに腰掛けて松葉杖を床にそっと置いた。

 

偉そうな事を大和さんに言ったけど、僕も実はちょっと悩んでいる事があった。

それは大和さんに告白するかどうかと言う事。

 

もちろん僕は大和さんの事が好きなんだ。その事実は変わらない。大和さんはどう思っているかなんて分からないけど、僕を嫌っているようなしぐさは無いからもしかしたら……なんて思う。

 

でもさ、来年から大和さんはスタジオミュージシャンになるんだよ?事務所に所属するから芸能人なんだ。一方、僕は一般人。

 

僕には到底届かないところまで大和さんは行ってしまったように感じたんだ。

 

 

「どうしたら良いのかな……」

 

僕の小さなつぶやきが、暖房によって発生したカラカラとした空気に呑まれてどこかに行ってしまう。

告白しても良いのかな?

僕の想いを伝えたら、これから頑張る大和さんの足枷にならないかな?

 

 

僕はいつもの癖でかばんをごそごそして何かを取り出そうとして気づいた。

そうだ。僕はさっき日記を川に投げ捨てたじゃないか。その時僕は一緒に前を向いてゆっくり歩こうよ、って言ったよね。

 

もう決めた。もう迷わない。

 

この想いを、卒業式が終わったら伝えるんだ。

 




@komugikonana

次話は2月1日(金)の22:00に投稿予定です。
この小説を新しくお気に入りに登録してくれた方々、ありがとうございます!
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~評価してくれた方々をご紹介します~
評価10と言う最高評価をつけていただきました Wオタクさん!
同じく評価10と言う最高評価をつけていただきました 伝説のラグネルさん!
同じく評価10と言う最高評価をつけていただきました 桜紅月音さん!
同じく評価10と言う最高評価をつけていただきました 破砕さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援よろしくお願いします。

~次回予告~
卒業式。今まで秘めてきた僕の想いを伝える、運命の日。
卒業式は静かには終わらなくて……!?そして最後、隣にいる君と一緒に最後まで観よう、ね?

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第32話

普段気慣れた制服をこの先永遠に着ることが無いって考えたら何だか感慨にふけるよね。僕はいつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ制服を着るけど今日でおしまい。今日はちょっとだけセミの気持ちが分かったような気がした。

セミは幼虫で3年過ごしたのち、脱皮して成虫になる。

 

僕の母親は息子の卒業式を口実に会社を休める事でやたらと機嫌が良い。僕からしたらまだ高校の合格発表が明日で心から卒業式を楽しめないんだけど。

そんな気分を忘れる為、人生で初めてヘアワックスをつけた。

 

「聡士、式が終わったら校門の前で麻弥ちゃんと待ってなさいよ」

「え?そんなの初めて聞いたんだけど」

「今言ったんだから初めてに決まってるじゃない」

 

ケンカを売っているのだろうか、僕の母親は。

今の僕の足は完治しているから飛び蹴りも出来るんだよ?

 

そんなしょうもない事を考えていたって仕方がない。今日で大和さんと登校するのは中学生として最後だからしっかり思い出に残さないといけない。

僕は母親にいってきます、って言ったんだけど呼び止められた。

 

「聡士」

「なに?」

「中学校卒業おめでとう、聡士」

「あ、ありがとう」

 

やけに調子が狂うな、今日は。

 

 

 

「おはようございます!今日は早いですね」

「おはよう、大和さん」

 

僕はいつもより早く家の前の電柱で大和さんを待っていた。理由なんて特にないけど、あえて言うなら、なんとなく。

 

「それにしても、中学校生活はあっという間でした。特に三年生の一年間は」

「そうだね。大和さんに会ったのが昨日のように感じるね」

「少し大袈裟ですが……その気持ち、分かりますっ!」

 

中学三年の思い出はほとんど大和さんと同じだったから、余計に感じてしまう。逆に言えば、君がいたからこんなにたくさんの思い出が作れたんじゃないかな。

 

「あ、そうです!山手君っ!」

「どうしたの?大和さん?」

「明日、必ず電話くださいよ!ジブンも緊張しているんですから」

 

電話って言うのは、僕の合格発表の事。ちなみに大和さんは見事、羽丘女子学園に合格した。来年からは高校生兼スタジオミュージシャンの道を歩く。

 

「山手君が受けた花咲川西高校って確か演劇部が有名でしたよねっ!」

「そうらしいけど……どうして大和さんが知ってるの?」

「あ、はは……なんででしょうね~」

 

大和さんって凄く誤魔化すのが下手なんだけど、本当にどうして知っているんだろう。美術部(・・・)の方が有名なんだけど、大和さんって演劇に興味あるのかな。

……もしかしたら演劇に使う機材の方に興味があるのかもしれない。

 

だけど本当の事を言えずに何とか誤魔化そうとする大和さんを見て、やっぱり君といるのは楽しいな、って改めて思った。

 

 

 

学校に到着したら、クラスの黒板が派手に装飾されたり、チョークで絵が描いてあったりと今日が特別な日であるとまじまじと伝えてくる。

僕たちは適当に雑談しながら出席番号順に廊下に並ぶ。中学生って小学生と違ってほとんど卒業式の練習なんてしないから特に緊張なんかしない。

 

「山手君」

「どうしたの?大和さん?」

 

僕たちが体育館に入場して、下級生の子達が頑張って並べてくれたパイプ椅子に座っていると、大和さんが小さな声で僕に話しかけてきた。

僕たちはA組だから一番早くに座るからちょっと暇なんだ。

 

「今日の山手君、かっこいいですよ?」

「あ、ありがとう……大和さん」

 

急にそんな事を言うなんてずるいよ。心臓の音が隣の桃谷にも聞こえてしまったらバカにされるじゃないか。でも、とても嬉しくて大和さんの顔をじっと見つめた。

 

「みなさん!A組が誇るカップルがいきなりイチャついてますよ!!」

「桃谷!ふざけたらダメだって!」

 

いきなり桃谷が立ち上がって大声でそんな事を言いふらす。お前、バカなの?

僕は桃谷を抑え込んだけど、後ろの保護者席の方から「聡士君、大胆ね!麻弥はもっとアタックしなさい!」ってカメラのシャッターを高速で押す誰かのお母さんがいて……。

 

開始早々違う意味で涙を流してしまった。

横の大和さんを見たら、すごい量の冷や汗を流していた。

 

 

 

 

結論から言うと、僕たちはまったく卒業式で感動の涙を流せなかった。もちろん僕たちって言うのは僕と大和さん。

ある意味強烈なインパクトを残したこの卒業式を僕は一生忘れないだろう。

 

 

桃谷はすごく泣いていて腹が立ったのは内緒にしておこう。

 

 

「山手君スミマセン。ジブンの母が……」

「気にしないで。それより校門の方に行こうか。母親が大和さんと一緒に来いって言ってて」

「そうなんですか!?ジブンも今朝、母に同じ事を言われましたよ」

「大和さん、僕また冷や汗が出てきたんだけど」

「あ、はは……」

 

僕たちの母親同士が関わったら良い事なんて絶対に起きないだろうな……。どうしよう、校門の前で「結婚式は明日よ!」とか言われたら。

 

でも行かない訳にはいかないから、僕と大和さんはクラスのみんなとの別れを済まして校門に向かう。勇者が魔王に立ち向かう時の気持ちってこんな感じなのかもしれない。

僕が今持っているのは卒業証書の入った筒なんだけど。

 

「あ、来たわね!麻弥ちゃん久しぶりね!」

「聡美さん、お久しぶりです!」

 

僕の母親と大和さんのお母さんである沙弥さんが校門に立っていて僕たちを待っていてくれた。沙弥さんは何もしなければ大和さん似で美人なのに。

それに僕の母親が大和さんを呼ぶときの声色の変化にドン引きしたんだ。あんな声、僕は今まで聞いた事ないんですけど。

 

「早速写真を撮りましょ!表札の前でツーショットね」

 

案外普通な要求だった。僕は学校名が書かれた表札の右側に、大和さんは左側に立った。

何だか幼馴染との卒業式みたいで心臓の裏側がかゆいけど、精いっぱいの笑顔をレンズに向けたんだ。

 

「はい、チーズ!」

 

この写真がいつまでも僕たちを見守ってくれて、たまに見た時は君と一緒に思い出を笑いながら語り合えたら良いなって僕は思った。

 

「完璧ね。聡士、あんたこんなに笑えるなんて知らなかったわ」

「ふふっ、それじゃ私たち母親は食事に行ってくるから。それと麻弥」

 

僕の母親はさらっと毒を吐いた。沙弥さんは大和さんに何か耳打ちをしている。

あ、大和さんの顔が真っ赤になった。いったい何を吹き込んだんだろうか。

 

でも、母親たちがいなくなるのは好都合なんだ。

だって今日は大和さんに僕の考えを、想いを伝える日なんだから。

 

「大和さんっ!」

「山手君っ!」

「「あっ……」

 

どうしてこんな時に被るんだろうか。神様が僕たちに見えないゼンマイをつけていて、巻いたり止めたりしているように人生って上手い具合に誰かに調整されているんじゃないかって思った。

 

「その、山手君からで……良いですよ?」

「分かった」

 

僕はすーっと息を吸い込む。多分卒業式で名前を呼ばれる前よりも、息をお腹にためて言葉を放ったんじゃないかな。

 

「ちょっとだけ、僕たちのクラスに行かない?」

 

 

 

いつもは活気に湧いていて、楽しい時もつらい時も僕の居場所を作ってくれた教室は、今年の役目を終えたようにひっそりと休憩しているようでとても静かだった。

 

「僕たちは4月1日にここで出会ったんだよね。僕が日記を落としたのを大和さんが拾ってくれた」

「あの時は、当然の事をしただけでしたが……まさかその後こんなに山手君と思い出を作るなんて思ってもいませんでした」

 

僕たちの会話が教室内に優しく響き渡る。

もし僕があの時日記を落とさなければ大和さんに出会っていなかった、って考えたら運命って皮肉だと思う。たまたまチャンスが訪れたけど、訪れない事だってあるし、活かせない時だってある。

 

「色んな事があったね、この一年間」

 

公民の授業で寝てしまって補習したり

大和さんが目指したいけど、一歩踏み出せない夢の存在を知ったり

僕が廊下で転んで頭を打って看病してくれて、2日後に大和さんの看病をしたり

体育大会で二人三脚をやったり

一緒にギターを選んだり

お祭りに行って、野良犬にベビーカステラを持って行かれたり

ハロウィン祭で一緒に演奏したり

去年の出来事を知らずに大和さんを傷つけたり

僕が大和さんをかばって昏睡状態に陥ったり

そして、

 

「そして、大和さんは夢を叶えた。本当にすごいよね」

「すべて山手君がいてくれたからですよ!ジブンだけだったらスタジオミュージシャンになれていませんし、こんな素敵な一年間は過ごせませんでしたから」

 

僕も同じことを思っている。大和さんがいてくれたから、こんな楽しい一年間を過ごせなかったし、僕の歩く道を見つけられなかった。

そして、大和さんの夢を叶える手伝いを出来た。

 

「それでね、大和さん。僕は君に伝えたいことがあるんだ」

 

大和さんは顔を赤くして、上目遣いで僕の方を見つめてくる。これが夕焼けが差し込む教室ならとっても幻想的だったと思うけど、生憎今は昼間なんだ。

夕焼けに映える大和さんもすごくきれいだったっけ。

 

「僕は大和さんの事が好きです」

 

大和さんは目をはっと見開いて、瞳を潤ませながらじっと見てくる。

でも、僕の言葉には続きがあるんだ。

 

「でもね、僕はまだ大和さんに見合う人間じゃない」

「そんな事ありません!!ジブンも……っ!」

 

ゆっくりと優しく大和さんを包み込む。お願いだから最後まで、落ち着いて聞いて欲しいんだ。

 

「大和さんは夢を叶えた。だけど僕はまだ道半ばなんだ。中途半端な僕と今付き合っても、きっと大和さんの足枷になってしまうんだ。だから、もうちょっと待ってほしいんだ」

「……いつまで待っていれば良いんですか?」

「僕が夢を形に出来るまで。大和さんもスタートラインに立ったばっかりなんだから、お互い立派になってから付き合おうよ」

「こ、怖いです!山手君がどこかに行ってしまったり、ジブンの事を忘れてしまって他の人と仲良くなったりしたら……」

「だから今告白したんだ。僕はこれからもずっと大和さんの事が好き。約束するよ」

「では、その約束を忘れないようにしてください。山手君」

 

大和さんは目を閉じて僕に近づいてくる。僕もそれにこたえるように口を近づける。

僕たちのシルエットが一つになる。

 

短いキスをした後、大和さんは口を開いて、

 

「ジブン……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷつん

 

 

 

「うそだよね!?」

「もうこれ以上は恥ずかしいですよ~っ!」

 

 




@komugikonana

次話は2月4日(月)の22:00に投稿予定です。
次話が最終回となります。

新しくこの小説をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
Twitterもやってます。良かったら覗いてやってください。作者ページからサクッと飛べますよ。

~次回予告~
言いたいことがたくさんあるんですけど、今回は無しと言う事で……。
最後はきっと、小説という枠を超える。

~お詫びと訂正~
新作「幸せの始まりはパン屋から」の更新日時をTwitterで2月6日とお伝えしたんですけど2月11日に変更します。新作はあと最終回を書くだけなんですけど、添削やあらすじ、また私の休憩期間を設けさせていただきます事をご理解お願いします。

~お知らせ~
2月6日(水)の22:00に私のTwitterで4作目のヒロインアンケートを行います。Afterglowの5人が候補です。フォロー内外関係なくぜひ参加してくださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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最終話

あとがきはエンドロール風にしてありますので良かったらゆっくり下にスクロールしていってください。
次回作「幸せの始まりはパン屋から」(2月11日公開)でまた会いましょう!!


「……麻弥、すごく良いところだったのに。それに中学生役の麻弥なんて今後見れないのに、残念」

「もう見てはいけません!誰ですか!ジブンをこのドラマの主演に推した人は!」

「ごめん、僕が言った。『大和麻弥が主演で無ければドラマ化はNG』って」

「ええっ!?そ、そんな事今初めて知りましたよ!」

 

僕がジト目で左隣に座っている麻弥を見つめる。

 

あの後、僕たちは高校生になって別々の高校へ進学した。麻弥は羽丘女子学園へ、僕は花咲川西高校へ。

僕は高校で演劇部へ入部して、脚本を一生懸命勉強したんだ。

 

高校卒業後は、大学に通いながら僕の歩く道をまっすぐ歩いて行った。

僕の夢。それは「夢を持っている人を後押し」する事。

 

とっても偽善者っぽい夢だけど、これが僕の歩く道だって決めた。

そして在学中に高校の時に学んだ知識を基に本を出版、大学卒業後は中学校の教師をしている。

 

小説「僕と、君と、歩く道」は僕が書いた小説で、中学生特有の甘い展開が若者の間で大ヒットしてドラマ化した。麻弥の実名は小説では伏せたけど、ドラマ化に伴い「ドラマヒロインの名前は主演女優と同じで」って言ったからドラマでのヒロイン名は大和麻弥。

口実は「その方がリアリティがある」だけど、この話が実話だと言う事は僕と麻弥以外、誰も知らない。中学校のクラスメイトとお互いの母親たちは気づいているかもしれないけどね。

 

ちなみに僕は小説ではペンネームだからいくら本名を出しても問題ない。

それに一般人がドラマの登場人物と同姓同名でも違和感なんて抱かないでしょ?

 

「それにしても麻弥がアイドルになるなんてびっくりしたよ」

 

そう。言い忘れていたけど、麻弥は高校二年生の時に突如アイドルデビューして僕の肝がぶっ飛んで行ったのを覚えている。スタジオミュージシャンはどうしたの!?ってテレビの前で思わず叫んでしまったほどだ。

 

「あれから気楽に麻弥の家に行けなくなったんだよね……」

「それはスミマセン……ですが、聡士君はジブンのファン一号になってくれました」

「それは僕は麻弥の事が好きだから、ね?」

「もう……また言ってますよ」

 

ちなみにドラマには複数のキスシーンがあったけど、相手の俳優に「寸止めにしろ」ってしつこく言っておいた。「僕の嫁にキスしたら干す」とも。

もちろんそんな権限や力は持っていないけど、あまりの迫力にドラマ共演者がドン引きしていたらしい。

 

「それにしてもドラムの腕も凄いけど、ドラマもしっかりやれてるじゃん」

「それは、千聖さんに指導していただきましたから……」

 

遠い目をしてそんな事を告白する麻弥が面白い。千聖さんって言うのは白鷺千聖さんの事。このドラマでもクラスの中心的な女の子の役として出演している。クリーム色の髪色をしているのが彼女だ。

白鷺千聖さんは、麻弥と同じアイドルグループPastel*Palettes(パステルパレット)のメンバーなんだ。

麻弥はドラマとか演じる事が苦手らしくて、かなりみっちり教えてもらったらしい。芸能人は大変だ。

 

2年前にアイドルを辞めた麻弥は現在、スタジオミュージシャンを中心に芸能活動を行っている。

 

 

麻弥がアイドルになってからは直接会う機会はほとんどなかったけど、電話での通話はたくさんした。ライブも毎回行って握手会も行った。

 

でも今は麻弥と結婚して夫婦になっているけど、付き合うまでの道のりがとても長かった。僕の夢が形になったのは最近だし、麻弥がアイドルをやっている間に告白なんてしたら麻弥のファンに刺される。

でも、僕たちの仲は中学校卒業からずっと続いていたから、その時からずっと付き合ってるって言われても否定は出来ないかもしれない。正式に付き合ったのは僕たちが25歳の時。

 

そしてその後すぐ、僕たちは結婚した。

麻弥の方が稼ぎが良いのは男としてダメだと思うけどね。

 

「良いところで麻弥がテレビを切ったから最後のセリフが聞けなかったよ」

「聡士君は知っていますよね!?」

「えー?知らない。じゃあ、今ここで言ってよ、麻弥」

 

「付き合ってからの聡士君は意地悪ですよね……」って小さい声でつぶやいたのを僕は見逃さない。僕はニコニコしながらそのセリフを待っている。

 

 

ドラマってよくこれはフィクションです、って最後に出る。もちろんこのドラマも表向きにはそう伝えている。

だけど、このドラマは本当にすべて僕と麻弥が体験したこと。ちょっと事実を盛ったりとかそんな事は一切していない。だって、僕と麻弥の大事な思い出なんだからそんなおざなりには扱えないでしょ?

 

小説にしたのは、少しでも似た境遇の人たちに「そこで立ち止まっていないで進んでみようよ。支えてくれる人はきっとそばにいるから」って僕が本を通して伝えたかっただけ。大ヒットしたのは正直想定外なんだけどね。

 

「聡士君は、そ……その、今もその気持ちを持っていますか?」

「もちろん持ってるよ。さっき言ったじゃん」

「そうですか……そうですよね。フヘへ」

 

このお話は中学生の時、ぼんやりとして前に進めなかった僕と、君と、歩く道を見つけて一緒に歩いていく物語。

 

 

 

麻弥は最後のセリフを顔を赤くしながら言う。

 

「ジブンも、これからもずっと山手君の事が好きです」

 

 

 

 

Fin.

 




僕と、君と、歩く道



作者

  小麦 こな



キャスト

  山手聡士
  大和麻弥


  山手聡美
  大和沙弥


  原田
  担任の先生
  主治医
  看護師


  クラス中心の女の子(白鷺千聖)
  桃谷隼人


  結城拓斗(友情出演)



テーマソング

  楽曲名『もういちど ルミナス』

   歌 Pastel*Palettes
  作詞 Pastel*Palettes
  作曲 Pastel*Palettes




アシスタント

  ちかてつ
  和泉FREEDOM
  シフォンケーキ
  正月のアレ
  RTO@ガリア
  たかちゅー
  咲野皐月
  伊咲濤
  ゆきろー
  新庄雄太郎
  こーやどーふ
  メロンパン染色体
  黄金炒飯
  SKN
  〔福〕良太鼓



Twitterアシスタント

  弱い男
  しおりん
  正月のあれ
  ジベレリン
  にゅ~とん
  団長



エンドロール賛同

  柊椰



スペシャルサンクス

  麻婆豆腐の人
  正月のアレ
  這いよる脳筋
  なお丸
  *青葉*
  ✝里見✝
  SKN
  夜刀神@sora
  Wオタク
  ゆきろー
  ちかてつ
  来夢 彩葉
  たかちゅー
  赤の断末魔
  伝説のラグネル
  桜紅月音
  破砕
  LAIM
  暁 蒼空
  黄金炒飯
  ユグドラ汁
  金月
  NoMuSoN34
  和泉FREEDOM
  麒麟@
  深き森のペンギン
  ジベレリン
  伊咲濤
  咲野皐月
  雷神ライオン丸
  ニコアカ
  nas師匠
  レオパルド
  時雨皆人
  ふがふがふがしす
  UNDER TREE
  ケチャップ
  こーやどーふ
  silverhorn
  もっつ
  シフォンケーキ
  菘亜杞
  すくすくLv.X
  天草シノ
  steelwool
  れすぽん
  八雲藍1341398
  デュアルK
  Miku39
  horou02
  ホワハ
  キズナカナタ
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  とーーーーーーーーすと
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  takeno
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  ユキ11
  N.N.
  カフェイン大好き
  アラヤ
  雨降る夜
  フル
  wizace
  段階世代
  IT会社の犬
  雅1191
  揺紅
  Sin-ka
  虹の光
  タクミ★
  煉獄万花
  飛ぼう永却
  シュンちゃん
  ハァー
  karman0925
  こにのこ
  カイリーン
  木場此葉
  フェルト
  ぐまい
  勧酒
  アスヒ
  ぬこさん
  ✝フロスト✝
  緋村 蓮
  ◇空◇
  strigon
  祐星
  dami
  飛翔翼刃
  ダディエル
  ショボボンix
  紅葉 秋
  pocket
  RYUBA
  ぷぷぷ天王
  ニコ=クラウド
  ソウソウ
  ミカエラ
  羽紅
  John・doux
  佐沼幸人
  カズーーーー
  練炭
  織音
  カイザーホース
  星の王子(笑)。
  鏡の国の鏡
  Na7shi
  銀の護衛艦
  ロイローイ
  弥生。
  hinasuke
  ユカユハ式
  Tein20
  N.D.シノタ
  玄武 水滉
  ふっくぅ
  十六夜64
  流離う旅人
  日色
  たみね
  八葉刹那
  ようやくサラダの逆
  春夏零夜
  double
  弾バカ
  Ryuichi
  村人という脇役
  たなかひろき
  クロぱんだ
  オニキス012
  ヴェイト
  天宮銀一
  静寐
  CRAZYBABY
  フユニャン
  Haru@
  軍曹ニキ
  Advanced
  津村屋
  Lairu
  城山
  E風
  天道刹那
  ハヤッシーXG
  ことと
  眠たい兎
  深々
  のの殿
  局地戦闘機 電電改二
  Dr. P
  なんかヤバイやつ
  エネゴリくん
  月本
  柊椰
  ひらっち
  鯆(いるか)
  シンノスケさんゴリラ
  トゥーの
  ARTINA
  mas-hiro
  留守番
  鈴本カズテル
  共政
  どこにでもいそうな凡人
  LDD
  通りすがりの阿頼耶識
  曇メガネ
  色々
  東雲 圭
  うらら
  きんぐもりりんんーえむ
  連次
  Maverick
  トルベ3
  松本大樹
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