如月が見た桜の旗の下で (weryu)
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如月の世界が変わった日

アズレンの如月ちゃんが好きすぎてSS書いてみることにしました。愛が歪んでいるので、これから如月ちゃんが酷い目に遭っていく予定です。酷い!色々と原作準拠じゃないオリジナル設定がぶち込まれてるので、まあこんな考え方もあるよね!と広い心で読んでみて頂ければ幸いです


 その女児は、自身が今までとは全く違う世界に来たことを自覚していた。

 違う世界、という表現は正確ではない。実際に彼女が連れてこられた場所は異世界でもなければ生まれ育った国をさえ出ていない。しかし、年端のいかない児童にとっては当人が知覚できるごくごく狭い範囲、それだけが世界の全てだった。痩せた土、なんとか体裁を保った畑、今にも崩れ落ちそうな灰茶色の家屋―――その光景だけが世界の全てであった彼女の目には今、堅牢な赤レンガの建造物が立ち並ぶ別世界が映し出されている。

「配属の手続きは完了しています。着任式は後日。本日は寮舎にて待機しましょう。共同宿舎ですから既に僚艦となる予定の艦船(KAN-SEN)もいますが……」

「……ぁ」

 丸眼鏡に深藍色の和服に身を包む女性―――二航戦・蒼龍の言葉に、不安そうにかつ困惑した眼差しを向ける幼女が、蚊の鳴くようなか細い声で啼いた。

 蒼龍の整った和服とは対照的に、幼女の服は薄汚れた襤褸(ぼろ)であった。幼く、小さな身長に比較して長い髪は煤けて浅黒く、頭垢(ふけ)が浮いて点々と白い。そして、その姿はこの国……“重桜”の民の窮状を示す、とくに珍しくもない姿でもあった。

 それでも、幼女は美しかった。煤の黒さに元々明るい色であったろう髪色は埋もれきっておらず、頭垢(ふけ)が吹く粉でさえ、季節外れの雪粒を纏っているようだった。そして、最も特徴的なのは頭部から生えているネコの耳、そして臀部から長く伸びるネコのしっぽだった。

「ああ、分かりにくかったかしら。そうですね、こんなに小さいんだもの。えぇっと、お名前は?」

「あぅ……え、えっと……」

 俯いて目を伏せる幼女の姿に、蒼龍は察した。

「……そうか。初めから軍に売ることが決まっている娘に名前など不要だった……というわけね」

 そう、忌々しそうに一人ごちる。

「……?」

「なんでもありません、気にしないで。どの道、ヒトの頃の名前は捨てなくてはいけないのだから。さあ、行きましょう」

 言うが早いか、スタスタと先を行く蒼龍の後を、幼女が慌てて追いかける。

「ま、待って……」

 小さな歩幅でパタパタと後を追ったその先には、蒼龍が寮舎と呼ぶ建物があった。

「あの、そうりゅう、さん。ここは……」

「今日からあなたが住む場所、重桜海軍幼等寮舎です。そうですね、まずはお風呂に……」

「あれぇ、そーりゅー。だれーその子?」

 不意に二人の背後から声が掛けられ、幼女はビクリと身体を震わせ、蒼龍は溜息混じりに振り向いた。

「……やれやれ。どうしてこんな所にいるのですか、睦月。この時間は教室で授業を受けている時間でしょう?」

「だって、んべ、アメさん、ペロ、なくなちゃったんだも~ん。はらがへっては~、ペチャペチャ、いくさはできぬぅ~って、ペロペロ、前、テレビで言ってたよ」

 二人の背後には睦月と呼ばれた女の子がいた。蒼龍に連れられた幼女とちょうど同い年くらいの子で、今は棒キャンディーを咥え、チュパチュパと音を立てている。

「食べるか話すかどちらかにしてください。だからと言って、勝手に教室を抜け出さないの。そもそも授業中にお菓子を食べてはいけないと何度言ったら……」

「んもー。そーりゅーはそうやっていっつもガミガミゆうー。それより、この子だれなのか教えてよー。ぐんの、新しいお友達なのー?」

 水色のスモックに明るい黄色のスカートをを纏い、黒髪はボブカットで整えられ、後ろは鮮やかな赤いリボンで結ってある。(今の重桜では、主に裕福な家庭の)まさに女の子らしい姿の女の子は、しかしキャンディーに這わせる舌の動きを止めずに、その丸く大きな緑の瞳を幼女に向けた。

「……まあいいでしょう。先に紹介しておきます。何せ、あなたの僚艦となる子なのですから」

 蒼龍は睦月から幼女に視線を移し、徐に告げた。

「あなたは睦月型駆逐艦、その二番艦の如月。今日からあなたの名前は如月。自分のことを如月と呼びなさい」

「きさ……らぎ?」

 蒼龍を見上げる目。美しい桜色に染められた虹彩が見開かれ、おずおずと訊き返した。

 

 

                       ⚓    ⚓

 

 

 この海軍の者は皆、ヒトとして生きる選択肢を与えられなかった。

 畜生の耳や尾を持つ彼女らは民にとって、ヒトに劣る存在とされ、生まれたその瞬間から忌み子であった。皮肉にも、動物の身体を持つ彼女らは兵器としての適正が高く、戦場で『消費』する理由として都合が良かった。

 これは物心がつくかつかないかの境目から兵器として生きるしかなかった幼女の、小さな瞳から見た母国の姿と、戦争のお話である。

 

 




こんな感じの暗ーい、気分が重たくなるようなお話にしようかなーと思います。でも救いがある話にする予定だよ、ほんとだよ!


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毛皮のミミと鬼のツノ

ここからしばらく重桜でのゆるふわ日常パートとなります。ゆるっゆるのふわっふわです。ところどころに不穏な過去回想が入るのは気のせいです。


「あの、その……あうぅ……」

 その日名前を授かったばかりの幼女は、矢継ぎ早に押し寄せる未知の場所やモノで、頭がパンクしそうであった。艦船(KAN-SEN)とは何なのか、という真っ当な疑問に加え、そもそも名前とは何か、この場所はどこか、そもそも自分は何故、衣服を脱がされ見たこともないような板状の何かが張り巡らされた知らない部屋に連れてこられたのか。

 如月の疑問はまずそこからだった。彼女片手で足りるか足りないかという年齢であることを差し引いても、如月の知らないことはあまりにも多い。

「どうしたですか、そんな所に突っ立って。まだお湯に入ってないのに、のぼせたです?」

「あの、あやなみ、さん。ここ、どこ? わた、、如月は、どうすれば……」

「ここはお風呂で、如月はお風呂に入るです。大分、汚れてましたですから」

「え……お風呂って、おっきな缶にお湯を入れたのじゃ……。如月、入ったことない、です。お水で十分だって……」

「それなら尚更、お風呂入るです。清潔にした方が気持ちがいいです。サッパリしたら分かるです」

 持たされたタオルをぎゅうっと抱きながら、不安げに大浴場のタイルを見渡す如月。その小さな手を、綾波と呼ばれた少女が掴む。

 綾波型駆逐艦のネームシップ、綾波。彼女の持つ『鬼神』の異名に反して、その肢体は白く華奢である。だが、その頭部には他の重桜の艦とは異なる、機械仕掛けの2本のツノがあった。単艦で突撃し戦艦をも怯ませるその戦闘スタイルの凄まじさは小さき鬼そのものであり、そのツノはまさに鬼神の象徴であった。

 今日も綾波は戦場で大戦果を上げ帰投し、身体に染みついた火薬と潮の臭いを落とそうと浴場に向かっていた際、蒼龍に呼び止められたのだった。まだ一人で入浴も難しい新兵の世話の為に。

「じゃあ、ここ。早く座るです。お湯に浸かる前は身体を流してから。マナーなのです。はい、目、閉じて」

「え、何……ひゃっ……!」

 湯椅子に座らされた如月の返答を待たず、小さな身体に湯をかける綾波。幼女にとって身体を洗うことは、冷え切った井戸水を粗雑に頭からかけられるもの。痛みさえ錯覚するような冷水の感触に身構えていた如月は、温かな湯が全身を伝う感覚に戸惑うこととなった。

「ミミ、縮こまってるです。怖くないです。大丈夫」

 怯えで俯く如月の耳を撫でると、彼女の全身がくすぐったそうに小さく震えた。

「フサフサ……。可愛いミミなのです。綾波のは怖がられて誰も触ってくれないから、羨ましい」

「……でも。如月は、あんまり好きじゃない、です」

「どうしてなのですか?」

 耳は俯き、しっぽは股を潜って丸まり、眉を寄せる。

「如月のは、“ちくしょう”の耳としっぽだから……。如月には“ちくしょう”って何か分からないけど、みんなすごく嫌そうな顔をして、そう言うから……」

 お前は矮小な存在なのだと。醜く劣った存在なのだと。皆が、口で、視線で、表情で。彼女の自尊を殺いだ。彼女にとって自分を肯定する言葉、それは、向けられてはいけないものだ。幼い知能は、そんな余りにも悲しい学習をしてしまっていた。

「皆と違うから、公然と侮蔑する。畜生は、どちらなのですか……」

「え……? わぷっ……」

 如月の訊き返しは、頭から湯桶をひっくり返す綾波に遮られ消沈した。

「頭を洗うから、今度こそ目を閉じるです。シャンプーが目に入ったら痛いのです。綾波がその埃まみれの髪をわっしゃわしゃにして、本当はキレイなその髪の化けの皮を剥がしてやるです」

「え、あの、綾波さん。如月の髪に何つけてるの? どうなってるの、このふわふわしたのって、」

「目、開けたらダメと言ったです。おとなしく綾波にわしゃわしゃされるのです。……如月は、自分が思っているより、いいとこいっぱいあるです。きっと今まで、誰にも褒められなかったから分からないかもしれないけど、いつかきっと、如月を好きになってくれる人がいるのです。いつか、きっと……」

「…………」

 綾波の呟きは如月に向けた言葉であり、自身に向けた祈りでもあった。このおぞましくそそり立つ人工のツノを、いつか誰かが可愛いと言って撫でてくれるような、夢見がちで、有り得ないと高を括った少女の祈り。

 けれど、そんな純粋な祈りの意味を、未だ誰にも愛されたことがない幼女には理解ができなかった。




2話目から欲情ダダ漏れのお風呂回という、なかなかにパワーのある構成になったと自負しています。浴場だけにね。ガハハ。
なんだか今後の活躍が期待できそうな綾波さんですが、如月ちゃんのお話なので彼女の出番はここで終わりです。綾波ファンの皆さん、本当にすいません。次回作にご期待ください。あるのか分からないですけど。


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睦み合う月日のために(1)

艦これのマンスリー任務消化してたらちょっと遅くなりました。ゴメンナサイ。
せめてアズレンやれって? ゴメンナサイ。
今回のタイトルの睦み合う、とは『お互いに親しく接すること』という意味です。この物語では如月に次いで欠かせない存在である、あの子の名前を入れたタイトルにしてみました。
言い忘れてましたが、史実の艦艇の進水日とかはあんまり意識してません。あの子は着任済みなのに、あの子は着任してないとかはほぼほぼ筆者の気分です。ご了承をば。


「あ、如月! おふろ、あがった? あがった??」

 先刻、教室に戻っていた(「一緒に入るぅ~!」という駄々も空しく連れ戻された)筈の睦月が、更衣室でそわそわと待ち構えていた。

「睦月、授業は終わったのですか?」

 綾波が如月の身体をバスタオルで(くる)みながら睦月に尋ねる。如月は心地よさそうに瞼を閉じ、綾波の身体を預けていた。

「うん、おわった! あとねあとね、おふろあがったら如月にいろいろおしえてあげなさいって! これから、だい、えっと……いち、にーさん、よん……わかんないけど、睦月、くちくたいのおねえさんになるんだもんね。えへへ~すごいでしょ!」

「それは頼りになるですね。では、後のことは睦月お姉さんに任せればいいのです?」

「うん、ほら、きがえるのももってきたよ。ぐんぼーと、ぐんぷく。睦月が如月ちゃんにきせてあげるの!」

 睦月が持ってきた水色のスモックと黄色のカラー帽子を二人の前で掲げる。これは子供服ではなく、海軍幼等部に在籍した水兵に支給される、れっきとした軍帽・軍服であった。しかし、お揃いの服が着られるとはしゃぐこの幼児にとって、そんな軍規などさしたる意味を持たないのかもしれない。

「大丈夫なのです? 最近やっと一人で着替えられるようになったと白露が……」

「白露はかほご(・・・)なのー、睦月、もうひとりでなんでもできるのに。ねー、如月!」

 唐突に話を振られ、如月がピクリと震える。ネコの耳が、ピンと立ち上がる。

「え、あの、如月は……」

 俯いて、もごもごとしている如月の顏を下から覗きこんだ睦月は、これまた唐突に、

「ハ!」

「……は?」

 一音だけ、叫んだ。

「睦月ね、いまカタカナならってんだよ。如月ちゃんのまゆげはいっつも、ハ!」

「え、えっと……」

 戸惑う如月からパッと離れて、(くう)にハの字を書く睦月。そもそも文字を知らない如月には、何を言っているのか見当がつかない。

「でもね、ハのかおしてるときはしょんぼりするときなの。睦月はニコニコしてるほうがいいな。わらうかどにはふくきたるのじゃーって、かげろーがいつも言ってるし。だからね、如月」

 小さな手が、同じくらいに小さな手を取る。おもむろに俯いた顔を上げる如月の前には、笑顔の睦月の顏があった。

「睦月がいっぱいニコニコできること、おしえてあげる! おままごととか、おえかきとか、つみきとか、おいしいアメさんとか、た~っくさん! いっぱいあそんでなかよくなったらね、そしたら、」

 風呂上がりの、濡れそぼった髪からポタリ、ポタリと雫が垂れる。埃塗れだった髪は、今や汚れが綺麗に落とされ、眩しいくらいに鮮やかな桜色。そして見開かれた同じくらい鮮やかな色の瞳が映したのは、

「睦月とおともだちになろ、如月!」

 生え変わり途中の凸凹した歯並びと、一本だけ重なった八重歯が見えるくらい口角を思い切り上げた、睦月の満面の笑顔だった。




幼児の取り留めのない会話尊い……みたいなのを目指したんですが、快活な睦月ちゃんが一方的に喋りまくってるだけになりました。というか3話目にも入るというのに、如月ちゃんほとんど喋らないですね。口を開けば気分がおもーくなるようなことばっかり言いますし。原作の内気さに拍車がかかってるようなこのお話の如月ちゃんですが、あたたかく見守ってあげていただければ幸いです。酷い目に遭うのはもうちょっと先です。


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睦み合う月日のために(2)

幼女二人のイチャイチャパートその2です。


「おともだちって、な……わぷ」

「それより、はやくぐんぷくきようよ。おふろあがりははやくきないと、ゆざめ(・・・)してかぜひいちゃうんだよ?」

 何か言いかけた如月の言葉を遮る形で、肌着を頭から被せる睦月。彼女の言葉は、湯冷めをはじめ発する状況こそ合致しているものの、自身が意味を理解している言葉は少ない。半分以上は、お姉さん代わりである年上の少女達の受け売りである。周囲のものを真似したがる月齢ではあるが、殊に睦月はそういった好奇心は旺盛な方だった。

「ほらほら~。バンザーイして、バンザーイ!」

「バンザ……?えっと、あの、あうぅ……」

 対して、如月は違った。生まれたその瞬間から疎まれ、蔑まれていた彼女は、周囲の人間を真似事しようものなら、ひどく反感を買う事を知っていた。だから、いつも周囲の顔色を窺った。不愉快にしないように。怒らせたりしないように。ただじっと、言いつけを守り、口答えや反抗をしない。それが幼い彼女に課せられた、理不尽で過酷な処世術だった。内向的な性格が形作られてしまうのは必定とも言えた。

「……本当に大丈夫そうなのです。では綾波は睦月に任せて先に出てるです」

「うん。あやなみ、まったね~!」

 頭から被った肌着がひっかかって、中でもごもごしている如月に「バンザイって、こうだよ、こう」とジェスチャーする睦月に「こうって……みえないよぅ……」と籠った声で返事する如月を見ながら、瞬刻だけ微笑む綾波。二人から目を逸らした直後には、彼女の眼光は鬼神のそれに変わっていた。戦場の垢を落して休む間もなく、次の戦場に抜錨する事は決まっていたからである。

「……ぷは」

 やっとのことで襟から頸を出した如月の前で、睦月がスモックの上着とスカートを持ってニコニコ顏。

「じ、じぶんで……」

「ダメー。睦月はおねえさんなんだから、如月はいうこときくの!」

 睦月に半ば強引に着替えさせながら、如月は戸惑っていた。

「うん! 上も下も、バッチリおそろいだね。じゃ、さいごはぼうし~」

 誰からも肯定されてこなかったから、誰かに肯定されることを想像できなかった。

「……ぃたっ」

「? ぼうし、かぶれないね。……あ、そっかぁ!」

 肯定されないから、誰かの視界に入ることを恐れた。誰かの手を掛けることを厭った。

「じゃ~ん! 睦月、ハサミつかえるんだよ」

 視界に入る事、手が掛かる事はすなわち、誰かの感情を損ねることを意味するのだと知っていたから。生まれた時から、誰かの迷惑になることに怯え続けてきたから。

「いっくよ~、えい!」

「ぴっ!? あ、あうぅ……、ぼうし、ダメにしちゃった。きっと、おこられるよ……」

 でも、この場所は。そして目の前のこの子は。視界から逃れようとしても自分から飛び込んできて。手を掛けまいとしても嫌な顔一つせずに世話を焼いてくれて。

「そんなことないよ。はい、ぼうし!」

「……あれ。ちゃんと、かぶれた」

 この施しは、この好意は。本当に自分が受け取っていいものなのか、心の奥底が躊躇っていた。

「うえのおみみがジャマでかぶれなかったんだよ。睦月は、え~っと……おはしをもつほうだから、みぎ。みぎのおみみがピーンってたってるの。如月は睦月とはんたいだから、ひだりのおみみ! 睦月のもあながあいてるんだから、如月だけおこられたりしないよ!」

 けれど、初めて感じるこの気持ちは、どうしようもなくあたたかくて、心地良くて。

「やっとおそろいのふくになった! 睦月、おんなじくらいの子がぜんぜんいなかったから、おともだちができてすっごくうれしい!」

「……ダメ、だよ。如月なんかがおともだちなんて、睦月にめいわくだよ……」

 だから、考えてしまった。きっと自分は、生まれた場所を間違えただけで。

「えー、なんでー? めいわくじゃないよー。ともだちなろうよー。……むぅー。じゃあ、はい!」

「えっと……これ……」

「わたしのアメさん。あげる! ほんとはあげないけど、如月とはなかよしになりたいもん。如月は睦月のアメさんもらったから、これでなかよし。おともだちだよ!」

 自分が居てもいい場所は、本当は、もしかしたら、初めからここだったのではないかと。

「それで、おともだちでいいの? ほんとうに、如月とおともだちになってくれるの?」

「いいの! やったー、これで睦月たち、おともだちだよね!」

 そう、思いたくなった。そう思った。

「……睦月、ありがとう。如月と、おともだちになってください……」

 

 

 そう思って、いたのに。




もうちょっと二人のやり取りを濃厚に書きたかった気もするのですが、物語的にもそろそろ展開が欲しいなー、ということでちょっと巻きの進行となりました。より感情移入するための日常を濃密に、かつくどくならないようなちょうどいい塩梅で書くのはなかなか大変ですね。精進しないとなー


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砲撃演習(1)

これから海戦シーンとかも挑戦する予定なのですが、軍事的な知識は素人も同然なのでツッコミ所は寛大にスルーしていただければ幸いです。
ぜんぜんわからない。筆者は雰囲気で描写を書いている。


 如月にとって、海軍での生活は毎日のように心躍るような体験ばかりだった。

 睦月にとって、いつもの変わり映えしない生活は同い年の友達によって彩られた。

 ある日は、お絵描きをした。如月はクレヨンの豊富な色彩に心を奪われた。如月の似顔絵を描いたげる!と胸を張る睦月にピンクと肌色でぐちゃぐちゃした何かを差しだされ、流石の如月も眉を顰めた。お返しに、と生まれて初めて描いた睦月の似顔絵は辛うじて人型の体を成している程度のものだったけど、睦月には手放しで喜ばれた。満面の笑顔でお礼を言う睦月に、照れて頬がほんのりと紅潮した。

 ある日は、積み木をした。大きなお城を作りたい、という睦月の提案で積み上げられたブロックの城壁は二人の身長を越えた。背伸びをして更にブロックを積もうとする睦月が転倒し、作りかけのお城はバラバラになってしまったけれど、積み木に埋もれる睦月の様子が可笑しくて、二人は声を上げて笑った。

 ある日は、教官の神風の目を盗み二人で戦術教室を抜け出した。如月は怒られるからと何度も睦月を制止しようとしたけれど、悪びれもしない睦月を見ていると罪悪感と同時に得も言われぬ高揚感を覚えた。授業をサボってやって来た、工廠を一望できる高台の景色は、ずっと如月の心に残った。帰ったら二人そろってこっぴどく叱られた。

 他愛ないけれど、楽しい日常がこれからはずっと続くのだと、如月は思った。

 けれどもここは、幼稚園ではなく『軍隊』だった。軍人であれば戦闘訓練を積み、戦場に出なければならない。その日は、如月にとって初めての砲撃演習だった。

 

 ⚓     ⚓

 

「ふむ、海上航行も随分安定してきたのう。覚えの早い童じゃ。良き哉、良き哉」

「よく水鉄砲撃って遊んでたみたいだからね。飲み込みが早いと僕らも助かるよ」

「あ、ありがとうございます……」

 砲撃演習の教官である神風と松風に、おずおずと感謝の言葉を述べる如月。いつも実習は沿岸で行われていたが、今日は沖合の方まで三人は航行していた。

「今日は120mm単装砲の実弾演習を行う。軽量砲では、わっちら神風型に一日の長があるからのう」

「標的は鹵獲した敵量産型の艦艇を使うよ。もう少し先で機関停止して浮かばせてるけど……お、見えてきた見えてきた」

 双眼鏡で水平線の先を覗きながら、松風が呟く。

「ふむ、まあ目視できるくらいの距離には近づこうかの」

 二人に誘導され、如月は指定の座標で停止した。如月の視界の先に、小さな艦艇のシルエットが見えた。

「さて、ここで簡単な座学じゃ、如月。艦砲が目標を射撃するために必要なデータを射撃諸元と言う。通常、水上射撃で必要なのは方向、目標、左右苗頭、照尺距離じゃ。これを計算し、最終的に砲手が照準合わせて発射するわけじゃが……」

「……???」

「……分からんじゃろ?」

 疑問符を顔いっぱいに浮かべながら神風を見上げる如月。神風は苦笑しながら返答する。

「だから、お主は余計なことを考えなくてよい。目で見よ、水平線の先を想像せよ、貫きたい場所を強く願え。この、“カミ”の国である重桜の艤装は心に強く感応する。先に、かの敷島型がそれを示した」

「要するに、『ここに当てたい』と強く念じればいいんだ。そうすれば、カミの気に当てられて艤装が勝手に動いてくれる。その心の力が強ければ強いほど、遠くにいる敵も正確に撃ち抜けるようになるんだ。砲の射程内ならね」

「あの……如月に、そんなことできるんですか?」

 松風の言葉に如月は懐疑的だった。どうしても自分にそんな力がある実感がなかった。

「いや、出来ると思うよ。詳しい仕組みは分かってないんだけど、これが出来る艦船には、共通点があるんだ」

 そう言って、松風は自分の耳を指差す。

「ここさ。“カミ”の力を使えるのは、生まれつき獣の耳や尻尾を持って生まれたヒトだけなんだ。まあ、鉄血の連中はもっと別の力を使っているみたいだけど」

「まあ、モノは試しじゃやってみない事には実感も湧かんじゃろう。あれに向かって単装砲を構えよ」

「は、はい!」

 神風に言われ、慌てて砲口を艦艇のシルエットに向ける如月。

「目を凝らして、よく見るんだ。船の真ん中に、ひときわ高く、尖っているように見えるところがあるだろう? あれが艦橋。量産型にとってあそこは急所だ。まずはあそこに直撃させる事を目指してみよう」

「……」

 如月は目を凝らす。豆粒のような小さな影の、うっすらと尖っているように見える部分。それが松風の言う艦橋と言う場所だ。

「(……当たって……当たって……当たって……)」

 目を細め、影を凝視する。当てる場所を見据えながら、何度も何度も懇願するように反芻する。それに応えるように、単装砲の仰角が自動で上げられていく。

「(……当たって!)」

 刹那。如月は発射音と共に目標に向かって弧を描いて飛ぶ、砲弾の姿を視認した。




ちょっとづつ、出撃に向けて物語を動かしてきました。
さて、そろそろ如月ちゃんにはひどいめに遭っていただきましょうか……ねぇ?


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砲撃演習(2)

お ま た せ


 射出された砲弾が風を切って飛翔する。遥か遠方に見える艦のシルエット、そこに砲弾が届くのはわずか数秒の後であった。

「着弾を確認。……すごいな、司令部を正確に貫いてる」

 双眼鏡を覗きながら、松風が呟く。如月の肉眼からは、小さな影にパッと赤い点が灯り、その後、煙らしきものが上がっているのが分かっただけだった。

「カカ、初弾からそれとはスジが良いのう。重畳、重畳」

 哄笑しながら如月の頭を撫でる神風。褒められた理由は理解していなかったものの、如月はまんざらではない気分だった。

「艦橋に当たるまでは演習を続けようかと思ったけど、その必要もなさそうだ。じゃ、砲撃演習の後の恒例。結果確認に行こうか」

「うむ、参ろうぞ。己が挙げた功績をしかと確認するのじゃぞ、如月よ」

「あ、はい……」

 如月は、標的艦に向かって航行する神風たちの後を追いながら思う。自分は、褒められることをした筈だ。それなのにどうして、こんなにも胸騒ぎがするんだろう、と……。

 

 

   ⚓    ⚓

 

 あれだけ小さかった艦のシルエットは、如月の身体を凌駕する大きさとして目の前に在った。

「脚部艤装は浮かせておいて。梯子で最上甲板まで上がるよ」

 梯子を一段、また一段と登る度、如月の心臓がざわついた。胸騒ぎを裏付けるような、嫌な臭いが鼻をつく。それは、むせ返るような鉄の臭い。そして、何かが焼け焦げたような悪臭。そして、今まで嗅いだことがないような……。

「うわぁ、これは酷いな。誘爆用の爆薬を積んでおいたとはいえこれほどとは。爆風で吹き飛んだのかな」

「よいよい。どの道、魚雷演習に使うなり自沈させるなりして沈める予定なのじゃ。捕虜の口減らしには、誂え向きの墓標じゃろ」

 先に上がった二人が何かを言っている。如月はやっとの思いで最上甲板までよじ登る。

 そして、見た。その場所に広がる惨状を。

「ぁ……ひゃっ、ひっ、あああああああああぁぁぁ……!!!」

 小さく悲鳴を上げ、如月はその場にへたり込んだ

「おお、来たか。そら、見よ。お主の放った砲弾が、見事に艦橋を潰しておるぞ」

「ち、ちが……そうじゃなくて、これ、これぇ……!」

 頸をブンブンと振りながら、甲板に散らばるそれら(・・・)を指す。

 まず目に入ったのは真っ赤な血だまりだった。その上には、おそらくヒト型だった何か、がある。それは、そこかしこに飛散していた。肉片、頭部、腕、足、臓物……それらは、ある部分は粉々に、ある部分はごちゃごちゃにもつれ、ある部分は黒く焦げて異臭を放っていた。

「ああ、これ? この艦を鹵獲したときの敵の乗員さ。我が国は捕虜を養えるほど余裕があるわけじゃないしさ、有効に活用したんだよ。司令部室に捕縛してた奴らだから、ここに散らばってるってことは大当たりだったってわけだね」

「うぁ……あぁ……」

 如月は、震えていた。震えが、止まらなかった。凄惨な屍の山も十分に恐怖だった。でもそれ以上に、この光景を前に平然と会話をする二隻の艦船少女が、堪らなく恐ろしかった。

「おお、童、気をつけよ。そこな近くに……あー……」

 神風が何か言っている途中、如月の右手に“ぶちゅり”と何かが触れた。腕を動かした時、何かを潰してしまったようだ。やかましいくらいに早鐘を打つ心臓の音を感じながら、如月が手を退けると……。

「どこぞの眼窩から飛び出した眼球が転がっておった故、手のやり場には気をつけよ。と忠告しようと思ったのじゃが、遅かったかの」

「ぇ……うぇ……うええぇぇ…………、カハッ……ゲホッ、ゲホ、ゴホ……カハッ……!」

 酸っぱいものが一気にせり上がり、如月は嘔吐した。煮え湯のような熱い胃酸が喉を焼く。溜まった涙液で霞む視界に、自身の吐瀉物がビチャビチャと足元を汚すのを見た。神風、松風という艦船達が苦笑するノイズと、自分の背中をさする感触がとにかく気持ち悪くて、吐き気に拍車をかけた。

 如月の胃から内容物が出し切られるまで、その嘔気は治まることはなかった。




いつから如月ちゃんがリョナると錯覚していた? お前がリョナをするんだよ!
というわけで、如月ちゃんが酷い目に遭う回でした。筆者は身体を欠損したりするより、精神的に追い詰めるような残酷さが好みなのでこんな感じになりました。多分、ここが作中で一番残酷だと思います。ハードな展開を切望しておられた諸氏、もしいらっしゃればここで解散です、お疲れさまでした。拙著の如月ちゃんの顛末を見届けて頂ける方、今少しお付き合いくだされば幸いです。


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弱肉強食と強者の理

更新ご無沙汰してました。冬コミとか艦これのイベントとかやってたら遅れました、ゴメンナサイ。如月ちゃんのうすい本もいっぱい買ったよ!うへへへ……。


 如月たちが演習の帰途についているとき、まだ日は高かった。抜けるような青空を鏡面の如く映し出す蒼い海は、如月の心境とは真逆に美しかった。例え不自然なくらいに空っぽの胃の不快感が残っていても、例え胃酸が焼いた喉が火傷のような熱さを保っていても、例え目に焼き付いて離れない光景が心を黒く汚しても、世界は何も変わらない。世界の誰か一人を慮って、空は涙の代わりに雨を降らせたりはしない。虚ろな心を黒く塗りつぶすように、黒雲を呼び寄せたりしない。激情を鼓舞するように雷雲を呼び寄せたりしない。無慈悲なほど平等に、快晴で在り続けるだけだった。

 談笑しながら如月に先行していた神風たちが船速を落しているのを如月は認めた。1隻の艦船が如月たちの方角に向かって航行していた。神風たちが停止し、向かってくる艦船に敬礼しているの見て取り、如月も虚ろな目と緩慢な動作でそれに倣う。

「お疲れ様です、加賀殿」

「ああ、ご苦労」

 白羽織と青藍色のスカートの間、帯代わりに装着された艤装の中心には菊の紋を掲げ、とりわけ印象的なのが新雪のように真白い髪、額に留めた狐の面、狐耳、……そして、複数の尾。九尾には満たずとも、伝説の大妖怪を彷彿とさせるその艦船こそ、重桜の常勝を支える機動部隊の1隻、正規空母・加賀であった。

「加賀殿、こちらは演習場ですぞ。先程演習を終え、帰投するところですじゃ。この先は標的に使った練習艦があるのみ。艦はのちほど片付けておきますゆえ……」

「いや、その件で来た。どうせ沈めるのなら、‐玖玖‐の急降下爆撃の練度を上げたい。その練習に使わせてもらおうと考えてな」

「そうでしたか。であれば、遠慮なくお使いください」

「そうさせてもらう。沈めるまで使う予定だから、処分用の雷撃艇は不要と伝えておいてくれ。ところで……」

 神風たちと会話しながら、加賀は如月を一瞥する。視線を感じ、ピクンと如月の身体が震えた。

「筋の良い新兵がいるようだ。少し話がしたい。お前たちは先に帰投していてくれ」

「はい、それでは失礼させていただきます」

 神風たちが再度敬礼し、如月を残して港の方角に去っていく。 

「……」

 加賀は無言で如月に向き直り、その小さな姿を見下ろしていた。

「……あの、」

「砲を撃ったその時、お前は弱者を殺めた感覚があったか?」

「……!?」

 如月の戸惑いを遮るように、加賀が鋭い言葉が告げる。

「ぅ……く、ぁ……」

 瞬間、脳裏にあの光景がよぎり、如月は思わず口元を押さえていた。

「……艦隊決戦はあまり私の性には合っていない。砲雷撃戦も、航空戦も、弱者を蹂躙した感覚が希薄だからな。だが、お前のようなものには好都合なのかもしれない」

「……ハッ、ハッ。……どういう、ことですか?」

 自然と荒くなった息を必死に抑えながら、絞り出すように如月が尋ねる。

「……公平も正義も強き者にのみ享受できる。弱き者はただ虚しく、すすり泣きをするだけよ。……この世は弱肉強食。強者のみが弱者を蹂躙し、強者のみが世の理を形作る権利を持つ。弱者のままであるなら、我らはあらゆるものを奪い尽くされるだろう」

「おおかみさんに、ですか?」

 光沢が失われた目が加賀を見上げ、ポツリと漏らす。

「……ふむ。まあ、そのようなものだ。だから、我らは常に強者の側であり、征服者の側でなければならないのだ。だから……」

 紺碧の釣り目が幼い兵士を見据えながら、加賀は続けた。

「お前は蹂躙する側になれ。さもなくば、全てを喪うことになる。砲は、魚雷は。刃で肉を斬った感覚も。槌で頭蓋を潰す感覚を持たずとも強者になることができる。早く慣れて、重桜の為に尽くせ。それだけだ」

 そう告げて、加賀は練習艦の方角へ去っていった。

「……私もヤキが回ったか。幼子に理解できることでもあるまいに」

 ポツリと、小声で独言を漏らしながら。

「……」

 独り残された如月はすぐに母港に帰還する気も起きず、呆然と視線を上げ、ただただ青い空を見上げていた。




そういえばアズレンの重桜イベント『縹映る深緋の残響』をやったんですけど、シナリオがとても良かったですね! 戦艦加賀、カッコイイ! 偶然ではありますが拙作でも空母の方の加賀さんが初登場です。プロットはこのイベントをやる前に作ったので戦艦時代のお話を絡められるかは分かりませんが、積極的に取り入れていきたいですね。


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迷子の海に鳴る鈴の音

隙あらば、すぐに幼女をイチャイチャさせたがる


 カラフルな色彩と遊具で満たされた幼等寮舎の隅で、如月は独りうずくまっていた。この寮舎に居住するのは未だ睦月と如月の二人だけ。その唯一のルームメイトも留守にしているようで、広すぎるフロアーは、如月の孤独感を深めていた。

「……」

 視界に映る積み木の電車、トランポリン、ボールプール、室内用のシーソーに滑り台。つい昨日まで遊びつくした遊具たちも今はあまり興味が湧いてこない。それに、二人で遊ぶ楽しさを知ってしまった今、一人で遊ぶのはきっと、味気ない。

「……如月は、どうしたらいいのかな」

 広間に、独言が吸い込まれる。静寂の中に投げ込まれた、か細くて舌足らずな、けれど可愛らしい小鳥の囀りのような音。そんな自身の言葉はやけに如月の頭に反響して、もう一人の自分が自分を問い詰めているような錯覚を覚えた。

「わからないよ……おおかみにたべられるのは、いやだよ。でも、おおかみさんにいたいことをするのも、如月は……」

 加賀との会話を思い起こす。彼女の言葉は如月には難しすぎて、半分以上は理解できなかった。できなかったけれど、察しの良い如月には解った。怖い狼に頭から喰い殺されたくなければ、襲ってくるその前に銃を向けろ、と。それができなければ、ここにはいられないのだ、と。

「……」

 視界の遠く遠く、砲弾が到達して赤い光が散った時、如月が最初に抱いた感情は安堵だった。命中して良かった、上手に当てることができた、言いつけを守ることができた、と。その瞬間には、あの場に捕縛された異国の水兵たちの命運は決していたのに。

「……でも、如月のために。如月なんかのために……」

 ヒトを、自分と同じ形をしたモノを殺める抵抗感が薄かったのは事実だった。しかし、簡単には許容できなかった。自分のような誰もに厭われる存在が、誰かを犠牲にしてまで生きるのが本当に正しいのだろうか、と。天秤に掛けた自分の命の重量は、きっと他の誰よりも軽い。そうであるならば、

「やっぱり、如月は……」

「たっだいまぁ~! 如月、もうかえってるー?」

 快活な声が、寮舎の扉が開け放たれると同時に響いた。

「ぁ、睦月……」

「あれぇ、なんでそんなすみっこでまるくなってるの? カタツムリさんごっこ?」

 睦月が寮舎の入口から、トテトテと小さな歩幅で広間の隅の如月に駆けよる。どこからか、チリン、チリンと鈴の音が聞こえた。

「ね、ね、如月。きょうはとおくのほうまでいったんでしょ? どうだった、どうだった??」

「……あ、うん」

 わくわくした表情の睦月とは対称的に、如月が俯きながら返答する。

「……えっと、如月、まよってて。如月、どうすればいんだろう、って……」

「え、如月もまよったの?」

「……え、睦月、も?」

 一切そんな素振りを見せないことに驚く如月をよそに、睦月は流暢に話しだす。

「あのね、ふぶきたちについてったらアメさんみたいなくもがプカプカしててね。おいしそ~とおもってくもさんおいかけてたら、ふぶきたちがまいごなっちゃったの。しょうがないな~っておもって、睦月、もってきたアメさんなめてたら、そーりゅーのテーサツキ? がきてね。かえってきたらすっごいおこられた! ヒドイよね! まいごになったのはふぶきたちなのに!」

 手を広げて天井を見上げて、大好きな飴を見つめるように目を輝かせて、不満そうに口を尖らせて。大きな手ぶりとコロコロと変わる表情を変える睦月を見つめて、

「……ふ、フフ……」

 クスクスと、如月が微笑んだ。いつも天真爛漫な睦月と言葉を交わしていると、如月の胸にかかった黒く、重苦しい靄が晴れていくようだった。心が軽くなった。

「あ、それでね。もうまいごにならないようにってこれもらったの!」

 睦月が自身のルーズソックスを指差す。そこにはリボンに巻かれた鈴が付けられていた。

「たくさんもらってきてよかったー。如月もまいごになったんなら、これいるよね。おそろいのやつ、つけよー!」

「うん、如月も、睦月のおそろいの、つけたい」

「じゃあ、睦月がつけたげるー。おねーさんだもん! ……あれぇ?」

 如月のニーソックスを眺めて、睦月が不思議そうな声を上げる。

「如月のくつした、つけるとこないよ。どうしよ、う~ん。……あ!」

 睦月の膨らみのあるルーズソックスとは異なり、如月の肌に密着するニーソックスはリボンを巻く場所が少ない。困って腕を組んでいた睦月は、何かを閃いたようにポンと手を叩き、

「如月、うしろむいてて、うしろ!」

「……え、睦月とおなじところじゃないの?」

「つけらんないんだもん。はーやーくー。うしろむいて?」

「う、うん……」

 如月が背を向けると、睦月の小さな手が尻尾に触れる感触があった。

「ひゃうっ……!? む、睦月。くすぐったいよぅ……」

「がーまーんー。しっぽうごかしちゃダメー。

 …………よーし! 如月、しっぽうごかして!」

 こそばゆさに耐え睦月の言う通り尻尾を動かさないでいると、今度は逆に動かすように言われた。言われるままに如月が尻尾を振ると、

 チリン――――。

 涼やかな鈴の音が、寮舎に響いていた。

「ぁ……」

「えっへへ~♪ これで睦月がまいごになっても、如月がまいごになっても、すぐに会えるね!」

 如月が目の前に回り込んできた睦月が、ニーッと白い歯を見せながら、屈託のない笑みを浮かべていた。

「……うん。うん! これでまいごになっても、すずのおとがしたらすぐ睦月にあえるね」

 如月は睦月の手を取って、朗らかに微笑んだ。

「ありがとう、睦月」

 もう、如月の心に迷いはなかった。目の前の、大事な友達。その大事な友達がいる大事な場所を守るためなら、もう迷わない。どんなに怖い狼ががやってきても、この場所を、友達を、奪い取ろうとするのなら。

 如月は自分たちを襲う狼をやっつけようと、そう決心した。




如月ちゃん園児にしては考えすぎじゃない……?って感はありますが、そういう子なんですよ。とっても賢い子なんですよ、きっと。
薄い本とか読んでサボってたぶん、がんばって書き進めたいなーと思う今日この頃です


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実戦 -馬蹄の島で-

わたし……睦月型でいちばんはやくしずんで……人が怖くて…でもみんなにはあいたい……


 如月は……睦月型駆逐艦は、決して強い艦というわけではなかった。120mm単装砲4門、7.7mm対空機銃2挺、610mm3連装魚雷発射管2基6門の兵装は吹雪たち特型駆逐艦のそれに劣っていた。小柄な体躯は砲が命中しにくくはあるが、かといって速力は脚部艤装に搭載するタービンに依存するため、小回りが利くわけではない。そも、敵艦船を砲戦で華々しく撃沈するのは巡洋艦・戦艦クラスの役割であった。水雷戦に特化する駆逐艦は、魚雷が直撃すれば大型艦に大打撃を与えられる程度に留まる。

 如月は、自分が強くないことをよく理解していた。だから、艦隊戦演習ではサポートに徹することを覚えた。常に周囲の顔色を窺う性格は、艦隊の支援に向いていた。煙幕で味方の艦を隠し、砲は敵艦隊のかく乱に使い、雷跡が視認し難い酸素魚雷の射線に誘い込む。味方が何を望み、敵が何を忌避するか敏感に感じ取り、立ち回る。貧弱ながらも高い精度の砲撃と取り回しの早さ(快速装填)は彼女の特技(スキル)であり、兵装以上に強い武器だった。

 ……だからこそ、油断があったのかもしれない。演習で優秀な成績が続いたことで、艦隊(みんな)を守れるようになったのだと思い上がってしまったのかもしれない。驕った新兵の末路は、決まっていたのかもしれない。彼女は誰よりも幼く、その本質はあまりにもか弱い幼女であることに変わりはなかったのに―――。

     

       ⚓   ⚓

 

 馬の蹄のような形をした島での戦いが、如月の運命の日になった。

「如月は南側から島を砲撃して支援してくれ。大丈夫だ、相手の砲台と基地は、こちらの空襲で壊滅しているぞ。だから安心して行ってきてくれ」

 夕張の言葉を信じて、如月は他の駆逐艦船1隻と連れ立って島の南側に航行していた。

「如月、りくにあがるみんなをちゃんとたすけられるかな……?」

 そう、眉尻を下げた不安げな表情で僚艦に尋ねる。僚艦は、きっと大丈夫、演習ではあんなに上手に砲を撃ってたじゃない。といった返答をしていた、その、途中だった。

 ヒュッ、という風切り音が如月の耳朶を打つ。直後、爆音とともに如月の視界は夥しい粒の塊に、真っ白に染められていた。

「え……?」

 何が起こったのか、分からなかった。混乱して鈍重になっている頭を無理矢理に駆動し、状況を確認する。まず感じたのは塩水でびしょ濡れになった身体。視界を覆った粒は、海水だった。すぐ近くで水柱が上がり、その波に覆われた結果だと分かった。そして、水柱が上がる理由は一つしか考えられない。

「あ……うぁ……そんな、だって、夕張さんは、あんしんだって……!」

 次に如月の視界に入ったのは、先刻まで会話していた駆逐艦がいた場所に浮かぶ粉々になった艤装と、赤黒く染まった海であった。その時になってようやく、如月は全てを察した。

「……っ!?」

 敵の攻撃。どこから? 頭を上げ島を見る。緑に紛れて、それは如月に砲口を向けていた。それは辛くも重桜の空襲を逃れた、固定砲台の1基だった。

「あ、……やっ……!」

 慌てて全速で舵を切った直後、先刻まで如月のいた位置に水柱が上がる。恐怖に引きつる相貌でそれを眺めながら必死に島から離れるよう速度を上げる。

「……こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわいぃ……! 睦月、た、たすけて……!!」

 その場にいない親友の名を叫びながら、必死に逃げた。恐慌状態になりながらも、砲台の射程から離れればきっと逃げられる。そう思っていた。

「あ、あれ、は……」

 空から自分を追うエンジン音に、恐怖で目を見開く。この作戦に、重桜の航空母艦は参加していない。だから、答えは出ていた。

「あいての、ひ、ひこうき……!?」

 制空権のない海での戦闘。如月はその恐怖を、演習で身をもって経験していた。水上艦にはどれだけ正確な射撃も、空には届かない。海に浮かぶ自分は、空にいる敵に対して圧倒的に不利だと、危険なのだと身体が警鐘を鳴らすように、如月の心臓が高速で拍動した。

「……い、いや、いやぁ……! やめて、おって、こないでぇ……!」

 我武者羅に放たれた如月の単装砲は空に届くことなく、海に落下し水しぶきを上げる。その後にやっと如月は対空機銃の存在を思い出したが、遅かった。敵の戦闘機は反撃に転じようとしていた。

「……ひっ!?」

 低空飛行で如月に接近したF4F戦闘機が、如月に向かって機銃を掃射する。

「……ひっ、あ゛、がっ……! いたい、いたい、いだい゛い゛ぃ……や、やめてぇ……!」

 機銃は水上艦を撃沈する決定打になりにくい。装甲分は機銃の弾丸を弾き、海へ落とした。しかし、駆逐艦の装甲は薄く、何発かの弾は如月に届き、その身体を強く打つ。艦船にとってそれは豆鉄砲であったとしても、大量に浴びせられたそれは如月にとって激痛だった。

「……こないで、こないでよぉ……!!!」

 ようやく機銃を手に取り、振り返って応戦しようとした直後。如月の目の前に、黒い物体があった。

「……ぇ」

 それが爆弾だと理解する間もなく、視界は光と炎に呑まれ、鼓膜を突き破るような炸裂音が満ち、そして全身を猛烈な熱さと激痛が走ったのを最期に、如月の意識はプツリと断線し、暗転した。




もう如月ちゃんにひどいことしないって言ったじゃないですかヤダー!
……ソンナコトナイヨ? イチバンザンコクナノハオワッタヨッテイッタダケダヨ?


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異国

天城さんが出る前にイベント終わっちゃったんですけど!?   


「あ、吹雪~! またえほん(・・・)よんで~!」

「えぇ……また~? はいはい、わかったから。如月ちゃんも一緒に聞く?」

「ぁ……はい、聞きたいです」

「観客が睦月ちゃんだけなのも寂しいもんね。え~っと、これはとっても悪い狼さんです。狼さんはとっても悪いので、出会ったら最後、頭からかぷっと食べられてしまいます」

「食べられちゃうの!?」

「ひっ……」

「食べられてしまう前に、狼さんをみんなでやっつけるんだ! そう言ってみんなは頑張って、“軍”を作りました。でも、狼さんも私達を食べてやろうと必死です。毛むくじゃらの身体でヨダレを垂らしていたら、すぐにやっつけられてしまいます。だから、ヒトの姿をしてヒトの中に紛れ込むことにしたのです」

「えっ……じゃあ、おおかみさんは、ヒトにそっくりなの」

「そうなの!? 如月、あったまいー!」

「そうね、如月ちゃん。正解だよ。じゃあ、二人にはここで質問です。ここに、重桜と、ユニオンと、ロイヤルの水兵さんがいました。さて、この中で、」

 

狼さんは、だ~れだ?

 

 

    ⚓   ⚓

 

 

 突如海より出でた異形の艦隊、セイレーン。海神(わだつみ)の名を冠することとなった強大な異形の撃退のため、当時造船技術に秀でた4大国家が結んだ軍事連合、アズールレーン。……その連合が凍海海域の海戦を契機に二国が離反、レッドアクシズとして対立してからは事実上形骸化して久しい。そんな内紛の中、セイレーンの侵攻は未だ続いている。

 二分された世界情勢の渦中において、しかしその小規模基地は、特殊な事情でどの陣営にも属していない。経緯上、ユニオンやロイヤルといった国家を出身とした艦船・水兵が多くはある。

 その小さな基地に所属するアーク・ロイヤルは、地下の捕虜収容所への道を急いでいた。本来レッドアクシズに与している筈の重桜出身の工作艦、明石。いつの間にか部隊に転がり込んでいた工作艦が、爆撃で沈みかけていたある駆逐艦をサルベージしたとの報が彼女の耳に入った。無類の駆逐艦愛好家である彼女は当然様子を見に行ったのであるが……その駆逐艦が引き上げられた直後は、見るも無残な姿をしていた。

「にゃ、やっぱりロリコンとしては気になるのかにゃ? 艦船(KAN-SEN)はメンタルキューブが生きてれば大抵修理できるにゃ。これだけボロボロだと資材も時間も掛かるけど、指揮官には直せって言われてるにゃ。……ま、明石はダイヤをたんまり出世払いして貰えれば、細かいことは気にしないにゃ」

 以前容態を尋ねた時、ニヤニヤと真意の分からない笑みを浮かべながら明石は回答した。……食えない工作艦(マッドサイエンティスト)だが腕は確かで、信頼はできる。それがアーク・ロイヤルが抱く明石への評価だった。

 度重なる手術と治療(明石は溶接とか調整と呼ぶ)の末、その駆逐艦は一命を取り留めた。しかし、元は他陣営の艦船である。扱いは捕虜として、治療が終わった後は収容所への収監となった。

「捕虜の艦船に面会に来た。閣下の許可も貰っている。通してもらえないだろうか」

 守衛に声を掛けると、彼は憮然な態度で返答する。

「重桜の兵器にですか? あなたが駆逐艦船を好いているのは聞き及んでいますが……流石に趣味が悪い。アレは、敵ですよ」

「……随分な物言いだな。私は駆逐艦の妹に会いに来ただけだ。どこの陣営にいたかなど些細な問題だろう」

「些細な……ですって!?」

 守衛は、語気を荒げアーク・ロイヤルに食ってかかる。

「奴らが何人の同胞を殺したと思っているのですか。それが、些細なことですって……? 奴らは、ヒトの形をした人でなしだ! 見てくれだけで慈しんでどうするおつもりか、お抱えの娼婦にでもするつもりですか!?」

「……おい」

 アーク・ロイヤルはそう一言だけ発し、守衛の胸倉をつかみ上げ睨みつける。

「……申し訳、ありません。全面的に私の失言です。貴艦を、侮辱するつもりは……」

「……私のことはいいんだ。君は東煌の出だろう。重桜を恨む気持ちも分かる。だが、駆逐艦の妹を悪くは言わないでくれないか」

「どうして、そこまで……」

 アーク・ロイヤルは胸倉から手を離し、続ける。

「駆逐艦は、まだ幼い。だから、分からないじゃないか。本当に、あの子たちは戦争をしたかったから戦争をしていたのか、なんてことはな」

 それだけ言い残し、アーク・ロイヤルは収容所の奥に進んでいった。

 件の駆逐艦は、独居房に一つに収監されていた。指揮官から渡されたメモで部屋番号を一瞥し、番号が合っているのを確認してから鉄扉の格子に向かって声を張る。

「ロイヤルネイビー、アーク・ロイヤルが参ったぞ。失礼する」

 開錠し、扉を開ける。粗末で不潔な部屋に最低限の手洗い場、便器、寝具が備え付けられた部屋。その寝具の上で、生気のない目を天井に向ける、幼女がいた。

「君が、ムツキ級駆逐艦の、如月ちゃんだね?」

 如月の眼だけが、声のする方角に気怠げに滑り動いた。




絶対にロリコンを出すんだ、という鋼の意志。筆者が絶対に、心の友であるアーク姐さんをかっこよく書いてやるぜ!
そして遂に主役が一言も喋らない回になってしまいました。次回は多分いっぱい喋ってくれるはず!


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ケージの中の煩悶(1)

読者様の中に、限定建造で1時間30分の建造時間しか出ない呪いに掛かっている指揮官はいらっしゃいますか?


 鉄錆の暗い黒褐色に覆われた独居房。明らかに光量の足りない電球がぶら下がるその部屋で、如月は灰色の捕虜服に身を包み天井を眺めていた。色彩の乏しいその空間に、鮮やかな桜の髪と獣の耳が不釣り合いに際立っている。彼女はアーク・ロイヤルの声に一瞥だけくれると、すぐに視線は天井に戻っていった。

「……じんもん、ですか? ごめんなさい、如月は、なんにもしりません。やくたたずで、ごめんなさ……」

「じ、尋問? い、いやいや、そんなつもりで参ったわけではないぞ。私は、ただ君に会って、話をしてみたかっただけだ。怖がらなくていい」

 アーク・ロイヤルが頭を振り、努めて優しい声色で返答する。

「……」

 無言が返る。警戒と猜疑、そして無関心を含有した返答だと、アーク・ロイヤルは感じた。駆逐艦に対して、よく行き過ぎた愛を向けるアーク・ロイヤルにとって、この程度の反応には慣れている。すかさず艦載機の滑走路となるマスケット銃を取り出し、

「そ、そうだ、これで遊んではみまいか? 駆逐艦の妹たちの中には、結構これで喜んでくれる子もいるんだ」

 言いながら、ラジコンサイズの小さな複葉機を射出した。航空機らしいエンジン音を響かせて飛び立つ、ソードフィッシュのレプリカ。瞬間、如月の身体がビクンと跳ねた。そして、天井付近を飛ぶ航空機が如月の視界に入った時、

「……ひっ!?」

 引きつった悲鳴を上げるが早いか部屋の隅に駆けよって縮こまり、アーク・ロイヤルに背を向けてガタガタと震え出した。

「な……!? す、すまない! ソードフィッシュ、戻れ!」

 航空機を飛行甲板で受け止め、慌てて駆けよろうとした瞬間、

「こないで!」

 如月の叫びが、アーク・ロイヤルを制止した。

「ひこうき……いやっ……! こないで……ください! もう、如月を、いじめないでぇ……。おねがいします、おねがい、します……!」

「…………」

 後悔しても遅かった。震える背中を前に、アーク・ロイヤルは咄嗟に掛ける言葉を何も思いつけなかった。

「……本当にすまいな。君を怖がらせるつもりはなかったんだ。日を改めさせてもらう。……また、来させてくれ」

 力なく言い残し、アーク・ロイヤルが退室する。如月は頭を抱えてうずくまりながら、助けを求める言葉を呟き続けていた。

 これが、二人の出会いの初日である。

 

   ⚓    ⚓

 

 2日目。怯えた瞳で警戒する如月に、アーク・ロイヤルは昨日の謝罪、そして取り留めのないことを1時間、一方的に話し続けた。如月は終始無言だった。

 怯えられるのはまだいい。それは生きることを諦めていない故の反応だから。

 3日目。食事に全く手を付けていないという話を聴いたアーク・ロイヤルが、昼下がりに食事を持って現れた。燃料で薄めたスープと、一緒に食べるためにパンを持参したが、如月は一口も手を付けなかった。

 恐怖や不安の中に見え隠れする、何もかも諦めたような力ない瞳。節々に垣間見せるそんな瞳が、アーク・ロイヤルはとにかく気がかりだった。

 4日目。

「食欲が湧かないのは分かる。しかし、燃料が無くなれば動けなくなってしまうよ。少しだけでいい、口をつけてはくれないか」

「……」

 無言で、最小限の身じろぎしかなかった如月に変化があった。アーク・ロイヤルが持参したスープを手に取り、口をつけた。

「……! やっと食べてくれるのだな。あ、熱いからゆっくり飲んでくれ。これで、少しは元気に……」

「……あーくろいやるさんは、」

 カップから口を話し、如月が声を出す。アーク・ロイヤルにとって彼女の声を聴くのは実に3日ぶりだった。

「如月を、たべるんですか……?」

「た、たべ……!? あ、いや、えっと、そ、そんなことはしないゾ? いや、それは確かに魅力的な提案ではあるが、そういうのは、こう、段階を踏んでだな?」

 一人狼狽するアーク・ロイヤルを尻目に、如月は続けた。

「……えほんでよみました。おおかみさんは、あとでたべるひつじさんに、たっくさんおいしいものをあげて、まるまるとふとらせてからたべるんです」

 言いながら顔を上げる如月の瞳が、アーク・ロイヤルを見据える。

「……!」

 思わず、息を呑んだ。その幼女の瞳はあまりに、あまりにも、

「如月は、おいしいひつじさんになれますか?」

 生気を宿していなかったから。

「……どうして、そんな」

 今にも嗚咽に変わりそうな、震える声でそう絞り出した後、ぎゅっと唇を結び、アーク・ロイヤルは続けた。

「私は、君を食べたりしない。確かに、君を快く思わないもののもこの基地には大勢いるが、その者たちにも君を食べるようなことはさせない。……だから、ちゃんとそのパンとスープを食べておくんだよ。また、来させてくれ」

 アーク・ロイヤルが如月に背を向けて部屋を出る。鉄扉を閉め施錠し、通路を少し歩いた後、手近の壁に思い切り拳を叩きつける。殴った拳は赤く腫れ、血が滲んでいた




いつもネタキャラ扱いなアクロ姐さんをかっこよく書きたい! が目標なのですが、アクロ姐さんはアクロ姐さんなので、どこまで特殊性癖的なアレを出していくのか実に悩みますね!


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ケージの中の煩悶(2)

シリアスー!なんできてくれないんだー!!!



 如月が食事を完食するようになったという報が耳に入った時、アーク・ロイヤルの内心は複雑だった。だが、その事由が破滅願望に基づくものであったとしても、食べてくれるのであればそれでいい。そして彼女はまた、如月の独居房に足を運ぶ。

 5日目。6日目。7日目。……毎日。ある日は、終始無言で終わったこともあった。ある日は、気の無い相槌だけで終わることもあった。首を数ミリ動かすのも億劫とばかりに微動だにしなかったのが、ある日から顔をこちらに向けてくるようになった。取り留めのない日常と、近況報告だった。晴れていた。雨が降っていた。駆逐艦たちがこんな遊びをしていた。波が高く、駆逐艦と一緒に海に出られなかった。閣下にはせめてこの房から出られないか交渉している。異国の艦に会ってみたいという艦船がいる。多くは年上だが、近い年齢のものもいる。一緒に遊べばきっと楽しい。

 ……そんな話を。戦争から切り取られた穏やかな日常を、アーク・ロイヤルは話して聞かせていた。ここは基地であり、軍隊である以上は戦争と切り離すことはできない。それは如月も感づいていたし、感づいているだろうことも理解していた。それでも、戦争の話はしない。彼女自身がそれを望まない限りは。それは恐怖に震える如月の姿を見てからの、アーク・ロイヤルの配慮と決意だった。

 n日目。何もいらない、と返されるのを覚悟で、何か欲しいものを尋ねた。

「……アメ。アメさんが、ほしいです」

「む……飴か? そういえば購買にドロップが売っていたな。待っていろ、すぐに持ってこよう」

 意外なことに嗜好品を欲しがった如月に歓喜し、アーク・ロイヤルは飛ぶように独居房を出た。高揚のしすぎで扉は開け放したまま飛び出したが、アーク・ロイヤルが大量の飴を抱えて帰って来るまで如月が房を抜け出すことはなかった。下手をすれば大事に至っていた所であるが、可愛い駆逐艦の妹の心境変化を思えば、アーク・ロイヤルにとっては些事でしかない。

「ほら、たくさん持ってきたぞ。好きなだけ食べるといい」

「……りんごさん。まんごーさん。いちごさん」

 飴の包装を眺めながら、如月が淡々と口に出す。個包装の一つを破り、小さな口に球体を含み入れた。

「……」

「美味しいか?」

 口元がもごもごとうごめき、飴が歯に当たってコツン、コツンと音を立てていたが、しかし如月の表情は緩むわけでも、まして笑顔になるわけではなかった。

「……おいひ……かった、でふ。れも……ん、コクン……。でも、睦月といっしょにたべたときは、もっとゆめみたいにあまくておいしかったのに、いまは、あんまりあじがしません……」

「飴、好きだったのか?」

「如月もすきだったけど、もっと、もっとアメさんがすきなこがいました。もう、あえないのかな、睦月……」

 そのか細い声はアーク・ロイヤルへの返事ではなく、独り言に近かった。アーク・ロイヤルはその名に聞き覚えがあった。指揮官からの情報では、彼女の艦船としての艦種はムツキ級。つまり、同型艦船のネームシップのことを指していると推察ができた。

「(……仲のいい、友達だったのだろうな)」

 戦場で撃沈される寸前で、目を覚ませば知らない異国で長く拘禁され、元の陣営にいたであろう友人と引き剥がされ……アーク・ロイヤルが想像で補完できるのはそこまでだったが、例えそれだけでも、小さな身体と心が背負うにはどれだけの苦しみだったかは想像に難くなかった。

「あーくろいやるさん、如月をたべないんですか?」

 いつか訊かれたことがある質問に、アーク・ロイヤルは毅然として返答する。

「食べないさ。そして君を食べたり、襲ったりするような連中から出来る限り守ってあげたい。そう思っている」

「こまります……あーくろいやるさんがわるいおおかみじゃないと、こまるんです……」

 今日の如月は饒舌だった。抑揚の乏しい平板な声色に、少しづつ感情が混ぜ入れられながら、如月が吐露する。

「ろいやるとゆにおんのひとたちは、わたしたちをあたまからかじってたべちゃう、わるいおおかみさんだって。わるいおおかみだから、やっつけていいって。でも、あーくろいやるさんはいいひとで、でもそれじゃこまるんです。だって……だって、それじゃあ、如月のほうが、おおかみになっちゃうよ……!」

「ま、まってくれ。私の知る限りの君のカンレキでは、まだどの艦船を撃沈したことも、」

「いいえ」

 キッパリと、アーク・ロイヤルの言葉が遮られた。

「如月は、うちました。バラバラになってました。あかいちがいっぱいで、こげたにおいがいっぱいで、如月はきもちわるくなって。あーくろいやるさんがいないときに、ここでたくさんいわれました。『ひとごろし』『あくまめ』『じゅうおうのちもなみだもないばけもの』……。如月は、おおかみさんより、きっともっともっと、わるいひとなんです」

「………………」

 アーク・ロイヤルは俯き、震えている。

「如月はうまれたときから『ちくしょう』で、やっと如月がいてもいいところにこれたとおもったら、ろいやるやゆにおんのひとたちにひどいことをしないといけなくて、それはとってもいやで、でもそうしないとここにいられないとおもって、だいじなおともだちができて、でもはなればなれになっちゃって、ひこうきが如月をしずめて、おきたらどこにいるのかわからなくて、そこでも如月はいっぱいおこられて、だから……」

 言葉を切って、すぅっと息を吸う。幼い心が辿り着いた悲愴な結論を言葉に出そうとして、

「如月は、うまれてこないほうが」

 その言葉は、アーク・ロイヤルが固く抱きしめたことにより遮られた。

「……もういい。もういんだ。その先を言わないでくれ。お願いだから……」

「…………」

 程なくして、如月の耳に嗚咽が届いた。如月はアーク・ロイヤルが自分を抱きながら泣いていることに気づいたが、どうして泣いているのか分からなかった。力を込めて抱かれた腕は痛くて、胸に埋まった顔は息をし辛くて苦しい。けれど、自分を抱く彼女の身体は今までに感じたことがないくらい、どうしようもなく暖かかった。

 如月の頬に一筋の水滴が伝ったことは誰も、如月自身も気づくものはいなかった。




アークロイヤルさんは駆逐艦の妹たちに発情するヤベー人ではありますが、駆逐艦たちを一番思いやってあげられるのもこの人だと思うんですよ・・・。
さて、描写を挟む場所が思いつかなかったのでここで書きますが、如月ちゃんが着てる捕虜服は基地に一致するサイズがなかったため、大人サイズのを上衣だけを着ています。ワンピースみたいになってるってことですね。
袖の辺りはもちろんブカブカなので萌え袖状態です。捕虜服萌え袖とか業が深い。さぞ飴さんの個包装は開けづらかっただろうなーと思います。


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幕間 陰の翼 

時系列は『聖域』侵攻作戦発動前くらいです。


「閣下、私はこの作戦に反対だ! 単艦で偵察任務など無謀だ」

「……は? なんだそれは? そんなもの、もはや作戦とは……。いや、やはり反対だ、閣下。あの子はそれを伝えてもきっと無茶をする。あの子の目は……死に場所を探しているんだ。老練の戦士がするのならいい。戦場に慣れ過ぎて達観した兵士がするのならいい。だが、……あんな小さな子が、あんな目をするべきではないんだ……」

「……な!? そう言うと思っただと? 私をからかっているのか、閣下!?」

「配置変更? …………く。ははははは! 閣下、あなたは本当に訳の分からない人だ。そんなマヌケな編成をする指揮官など、今まで見たことがないぞ。……だが、願ってもないことだ。アーク・ロイヤル、その任を全身全霊を以て遂行することを約束する!」

 

   ⚓    ⚓

 

「話は済んだかな、ロイヤルの空母殿」

 執務室から出たアーク・ロイヤルは、既視感を覚えながら返答する。

「エンタープライズか。近頃はよく出会うな」

「全くだ。そして、これからもっと顔を合わせる機会が増えそうだ。私の予想が間違っていなければな」

「どういうことかな?」

 怪訝な顏で尋ねるアーク・ロイヤルに、エンタープライズが返答する。

「私も指揮官に抗議に行ったのだ。恐らく、指摘したのはあなたと同じ箇所だ。その後、すぐに配置転換を通達されたよ。いや、初めて聞いた時には耳を疑った。流石のあなたもそうだろう?」

 フフッ、と微笑した後、エンタープライズは続けた。

「駆逐艦“が”護衛するのではなく、我々空母が駆逐艦“の”護衛に当たれ。あなたが与えられた任務もそれで相違ないか?」

 先刻言い渡された任務の内容を言い当てられ、アーク・ロイヤルがたじろぐ。理由はそれだけではなかった。

「私ならともかく、聡明な貴艦が承諾したのか、その任務を?」

「ああ」

 逡巡なく、エンタープライズが断言する。

「前衛が主力を護衛し、決戦まで温存するのはセオリーだ。主力が前衛を護衛するなど、愚策も良いところだ。指揮官も理屈では分かっているだろう。私はあの人を、指揮官としては愚かだと思う。しかし、あの人の人間的な所は嫌いではないんだ。『この作戦に反対したものを護衛任務に付けるつもりだった』と、最初から決めていたらしい」

「クク……本当に面白い人だな、閣下は! ハハハハハ!」

 アーク・ロイヤルはひとしきり哄笑した後、肩を竦めながら続ける。

「しかし、残念だな。貴艦からそのことを伝えられる形になるとは」

「私と同道することに、あなたは不服か?」

「いや、そんなことはない。むしろ心強いくらいだ、ラッキーE。ただ……」

 アーク・ロイヤルは極めて勿体つけ、彼女が出来得る限りの凛とした表情で(別の言い方をすれば渾身のキメ顔で)言った。

「駆逐艦の妹たちに関する案件を、貴艦に先を越されてしまった。そんな私の至らなさが慚愧に耐えなくてな」

「……全く、あなたらしい」

 エンタープライズは額に手を当てながら、深いため息をついた。

 

 




Q:なんでアーク・ロイヤルとエンタープライズなんですか?

A:なんでだろう……趣味?


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開戦の狼煙

春節衣装、みんなちょっとえっちすぎない???
如月ちゃんのえっちチャイナドレスもはよ


「話は済んだかな、ロイヤルの空母殿」

 アーク・ロイヤルが独居房を出るが早いか、待ち構えていたかのようにその艦船が声を掛けてきた。透き通るような銀髪に白の軍帽が印象的な、端麗の少女。

「……うぁ。あ、あなたは、エンタープライズか? なぜこのような所に」

 着流した軍服をマントの如くはためかせ、奇跡のような時機を武功と共に掴み続けるその艦船の名を、アーク・ロイヤルは口にする。泣きはらして腫れた目を慌てて拭いながら。

「あなたは気づかなかったかもしれないが、私もよくここを訪れていた。指揮官が助けること(サルベージ)を決めた重桜の艦がどんな子か気になったのと、……まあ、あなたが何か良からぬことしないかと不安があったからな」

「不安? ハハハ、安心してくれ。この私が、駆逐艦の妹たちを害するようなこと、決してする筈がないからな!」

「よく言う。あなたが初対面のCクラスの子たちに全長(しんちょう)排水量(たいじゅう)と3サイズを訊いて回り、彼女たちを怯えさせた日のことを、私は未だ忘れていないぞ」

「駆逐艦のスペックを隅から隅まで知っておかなければ、いざという時に妹たちを守れないではないか」

「もっと他に訊くことがあるだろうと思うんだが……。まあ、その話はいい。私の杞憂だったようだからな。本題に入ろう」

 悪びれもせずに答えるアーク・ロイヤルに苦笑して肩を竦めつつ、エンタープライズが続ける。

「珊瑚海周辺に、特異点出現の兆候が検出されたらしい。本日、ヒトゴーマルマルに指揮官から招集が掛かっている。そして、あなたは反対するかもしれないが……」

 エンタープライズは一度言葉を切ってから、ゆっくりと告げる。

「その時点よりムツキ級艦船の釈放、及び招集に応じて欲しい、とのことだ……」

 

 

   ⚓    ⚓

 

 特異点、『聖域』。その偵察と前路哨戒が如月が受けた任務だった。しかし基地の指揮官から告げられたのは、「出撃を拒むのであれば待機でいい」「会敵したらすぐに撤退して構わない。かつての同胞を撃つ必要はない」「作戦に従うかは一任する」という、およそ作戦と呼ぶには不可解すぎるものであった。それに対し、如月は虚ろな、けれども毅然とした瞳を向け、返答した。

「あいてがいたら、如月はちゃんとほうこくします。でも如月は、みつけたらやっつけます。それが“せんそう”だって、ずっとずっといわれてきましたから……」

 作戦当日、重桜特有の獣耳の艦船に、撃沈された際に焼け落ちた筈の服と艤装を渡された。

「艦船にとって、身に着ける服と艤装は装甲と同義にゃ。これがないと、至近弾だけでもズタボロにゃ。……ま、睦月型の軽装甲なんて、もともと厚いものでもないけどにゃ」

 ……いつしか、一人ではできなかった着替えも、艤装の装着も、自分でできるようになっていた。修復されたスモックは、憎らしいくらいに忠実に復元されている。

『みぎのおみみがピーンってたってるの。如月は睦月とはんたいだから、ひだりのおみみ!』

「…………」

 穴の開いた黄色の軍帽を見つめていると、記憶の底からそんな声が聞こえた。その声を振り払うように頭を振って、如月は帽子をかぶり、尻尾に鈴付きのリボンを巻き、抜錨する。

 

 如月に躊躇いはなかった。かつての同胞と―――例え偵察という形であっても―――敵対することも、他の艦船が待機する中、歪なスコールの渦中に飛びこんでいくことも、そして、敵を見つければ撃つということも。躊躇しないと決めた。その筈だった。

 暴風雨で時化る波濤は、小柄な駆逐艦である如月には常に転覆の危険性を伴う険路である。それでも、如月はその航路を全速で突っ切った。その先には、信じられない光景が広がっていた。

「……ここ、は」

 視界を覆い尽くす桜色。スコールで荒れた空や波は晴天と凪に変わり、多数の浮島は溢れんばかりの桜を宿している。春風のようにそよぐ風がその花弁を散らし、中空に舞い踊らせていた。スコールという結界に守られた異世界の箱庭、それが『聖域』と呼ばれる特異点の風景だった。……そしてそれは同時に、敵の拠点に入ったということでもある。

「……指揮官。如月、すこーるのさきにきました。……えっと、きゅうにはれて、さくらがたくさんあります。これから、ていさつをします」

 音声通信で報告した後、対潜・対空警戒しながら海上を微速で前進する。スコールに阻まれている以上、未だ巡洋艦や空母が追いついていない現状では、偵察機による空からの目は期待できない。そもそもこの方面の偵察・哨戒は単艦での作戦だと、如月は聞いていた。無茶な作戦だと如月でも分かったが、都合が良かった。

 静まり返った海を慎重に、慎重に前進していく。如月は浮島の桜に身を隠すように、島々の間を縫って航行していた。やがて島が途切れ、障害物の少ない開けた場所に差しかかった。……もし敵が索敵機を出していれば、空から丸見えのこの場所では真っ先に見つかってしまう。ここまでに敵艦との遭遇はなし。この方面での敵影は認めずとして、一旦引き返そうか悩みながら双眼鏡を覗いた時、

「……!」

 遠くの海で、小さな影を発見した。

「……てきかん、はっけんしました。たぶん、くちくかんせん1、りょうさんがたじゃ、ないです。……如月、とつげきします。これがさいごのつうしんになったら、ごめんなさい……」

 通信を切った如月は、すぐに発煙管から煙幕を展開した。理由は2つ。一つ目は敵に主力艦の存在を誤読させること、2つ目は煙に紛れて一気に敵艦に肉薄すること。相手が同じ偵察目的の単艦であれば、数的不利を悟って撤退を始める筈。そうなれば、逃がさない。転舵している間に一気に距離を詰め、至近で雷撃による撃沈を狙う。もし相手が艦隊単位ならば、こちらと同様に煙幕を展開し、艦隊決戦に備えるだろう。その時は単艦の自分に勝ち目はないが……それでもいい。彼女はこの海に、死にに(・・・)来たのだから。

 煙幕を出来る限り広範囲に撒きながら、如月は大きく息を吸う。そして、最大戦速で突撃を敢行した。相手もこちらの動向に気づき、煙幕を炊いているのを視認する。それを見て、如月は思った。規模は分からないが、相手は艦隊。弱い自分には万に一つも勝ち目はない。きっと、相手が自分のような自棄で無謀な単艦でもない限り、ここで沈む。生まれたことそれ自体がきっと間違いで、誰の役にも立てず、昏い海の底に沈む。それならば、今の自身の役割をほんの少しだけ果たすために、1隻でも多く沈めてから逝きたい、と。最初で最期の駄々のように暴れ回って、それから逝きたいと、そう思っていた。

 視界不良の煙幕を突っ切っている最中、如月は至近距離に影を視認した。

「……!」

 ほぼ反射的に単装砲を向ける。その後で、相手も同じ意図で肉薄を試みたものと、やっと理解が追いついた。……が、直後、如月の頭は真っ白に塗りつぶされた。

 

 チリン――――

 

 海原に、鈴の音が響く。如月は、砲口を向けたまま静止した。きっと相手にも同じ音が聞こえたから、煙の向こうにいる影も静止している。

『これで睦月がまいごになっても、如月がまいごになっても、すぐに会えるね!』

「……ぁ、そんな、ことって……」

 煙幕が薄れていく。水色を基調としたスモックは黄色いものに変わっていたけれど、鈴の位置はポケットに変わっていたけれど、如月はその姿を決して見間違う筈がなかった。

「……睦月!」

 砲口を向け自分を呆然と見つめる親友の名を、如月は叫んでいた。 



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『聖域』方面偵察作戦(1)

今年のバレンタインも、如月ちゃんからチョコレ―トを貰いました!!!   


「……如月」

 如月の言葉に、ポツリと呟くように返答する。その声は紛れもなく、睦月のものだった。

「あいたかったよ、如月……」

 煙幕の中、如月からは睦月の表情がよく見えない。

「睦月ね、ずっとまえにきゅうに如月がいなくなって、さびしくて、なんで如月はいないのって、みんなにたくさんきいてまわったの」

 白煙の中、鈍色に光る砲口は如月を捉えて離さない。

「そしたらね、みんなこういうんだ。如月は、」

 煙幕が晴れていく。その瞬間、やっと如月は睦月の表情を視認する。

「アメさんをうばう、わるいひとになっちゃったんだって」

 その顏はやつれて、その瞳は虚ろだった、ただ光沢のない虹彩が、如月を見据えていた。

「ぇ……睦月……?」

 親友の再会に、緩みかけた口元が困惑に歪む。

「わるいひとをいっぱいやっつけたら、ごほうびにアメさんもらえるの。睦月はよわっちくてちょっとしかもらえないけど、睦月だけじゃなくて、みんなごほうびがすくないから、あんまりワガママいえないよね。……ズルいよ、如月。うばったアメさんいっぱいたべてたんでしょ? 睦月だってほしいよ。おなかすいたよ。睦月、如月のこと、キライ……」

 抑揚のない睦月の言葉が如月を口撃する。身に覚えのない呪詛が、容赦なく如月の胸を刺す。キライ、という言葉が頭の中をぐちゃぐちゃに搔き乱して、口元がわなわなと震えだす。

「だからね、如月」

 如月の様子を省みることもなく、睦月は平坦な声で続ける。

「ケンカしよ。やっつけたほうが、これからも、アメさんも、ごはんもいっぱいたべられるの。……どっちがどっちをやっつけても、バイバイだね、如月……」

 ゆっくりと睦月が単装砲を持ち上げ、如月に狙いを定めていく。照準を合わせる必要のないくらい、二人の物理的距離は近い。けれどその瞬間、二人の心的距離はかけ離れていた。……かに見えた。

「……ぃ」

 砲を向ける睦月とは対称的に、如月は俯いたまま動かない。

「……だ」

 蚊の鳴くようなか細い如月の声に、睦月の動きが止まる。

「……?」

「……いやだ」

 如月の足元の海面に、ポタリ、ポタリと水滴が落ちて小さな波紋を生む。虚ろな睦月の表情が動き、如月を覗きこむ。次の、瞬間だった。

「いやだあああああああああぁぁぁぁぁぁ…………!!!」

 如月が、慟哭した。

「やだ……! いやだ、やだやだ、や゛だも゛ん゛……!!!」

 如月は、泣いても何も変わらないことを知っていた。むしろ、泣くなと怒鳴られ叩かれて、状況が悪くなる事の方が多かった。

「如月は、睦月とケンカなんて、しないもん、ぜったい、やだも゛ん゛、だって、だっで、ちがうもん、睦月は、ぜっだいに゛……!」

 それでも、とめどなく溢れる涙は止まらなかった。鼻が、のどが詰まって声が出しにくくなっても、叫声を上げるのを止めれらなかった。

「わるいおおかみさんじゃ、な゛い゛……!!!」

 だから。その時にやっと、如月は気づいた。大事な人を想う涙は、理性ではどうやっても止めることができないのだと。

「うぁ……うあ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……! ひぐっ、ぐすっ……うぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!!」

 一心に、泣き叫んで、しゃくり上げて、駄々をこねて……。その時、凪いだ海の真ん中に浮かぶ小さな姿は兵器などではない。ただの、子どもだった。

「…………!」

 歯噛みした睦月から放たれた砲声が聞こえた時、如月の心はひどく穏やかだった。怖くないと言ったら嘘になる。機銃の痛みも、爆風の熱さも、未だ感覚として残っている。異国の水兵の肉塊や、あっという間に水底に沈んだ駆逐艦船の変わり果てた姿は未だ脳裏に焼きついて、怖くて堪らない。

 彼女は、『戦果』という言葉を知らない。けれど、敵を倒せば褒められることくらいは知っている。誰にも望まれなかった。生まれてきたことが、きっと間違いだった。そんな自分をの手をただ一人「友達になろう」と握ってくれた人がいた。そんな大事な、大事な友達に撃たれて、自分の命がその人の飴玉の一つになれたのなら……それなら、自分が生まれてきた理由としてはあまりに上出来だ。如月はそう思いながら、止まらない涙をせき止めるように、ぎゅっと瞼を閉じた。



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『聖域』方面偵察作戦(2)

 砲戦とはとても呼べない、白兵戦と呼ぶ方が相応しい近距離。仰角0度、水平射撃で命中する。撃てば、当たる。それが、二艦の物理的な距離であった。

 ……それでも、睦月の放った砲弾は大きく逸れて、如月の右舷後方に水柱を上げた。

「……やっぱりズルいよ、如月。睦月だって、睦月だって……!」

 いつまでも痛みがやってこないことに当惑しながら、如月がゆっくりと目を開ける。そこには、砲を両手に構えたまま俯く睦月の姿があった。大粒の涙がポロポロと睦月の目から零れて、潮に混じり合っていく。

「……やだもん、ひっ、ひぐっ……。きゅうにいなくなって、もうあえないって、なんでいなくなっちゃったんだろうって、さびしくて……」

 重桜の艦船は兵装を“心”で駆動する。未だ硝煙のくゆる睦月の砲は、遥か上空を仰ぎ見ている。それは紛れもなく、睦月の“心”だった。

「……みんないなくなっちゃって……そーりゅーだって、いなくなっちゃって。ゆにおんやろいやるはアメさんだけじゃなくて、睦月のなかよしなひとぜんぶもってっちゃって。ねんりょーもぜんぜんたべられなくなって。だから睦月、ゆにおんもろいやるも、だいキライになった。如月にまたあえるかもってきいてすごくうれしかったけど、如月もあいつらみたいにわるいひとになった、やっつけないといけないっていわれてたから、睦月、如月はキライだって、なんどもなんどもじぶんにいってた。でも……」

 泣き顔に歪んだ顔を上げ、睦月が如月を見据える。涙を湛えたその瞳は、もはや虚無に沈んではいない。

「如月は、睦月の……う、うぁ……と、ともだちだもん! キライになんて、なれないもん……! う、うぁ…………うわああああああぁぁぁぁぁぁん゛ん゛ん゛ん゛、ひっ……ぐすっ、うぁ、あ、あああああああぁぁぁぁぁぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!!!!」

「…………睦月!!!!!」

 号泣する睦月の姿を見つめ、悲哀を覚悟に変えて引っ込んだ筈の如月の涙は再び溢れ出した。涙の水滴を宙に舞わせながら、飛びつくように睦月に抱擁する。

「う、うううぅぅぅ…………」

「あ、う、あああぁぁぁ…………」

「うあ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………!!!!!」

「うわああああああぁぁぁぁぁぁん゛ん゛ん゛ん゛…………!!!!!」

 かたく、かたく抱き合いながら二人は泣きじゃくる。戦争という都合に翻弄され、成す術もない子ども達は、途方に暮れてだただ泣き続けた。前線から程遠い、戦場の隅。二人の悲痛な慟哭が海に木霊した。

 不意に、二人の涙を止める音が上空から響いた。

「……ひっ!」

 その音に初めに気がついたのは如月だった。如月の小さな悲鳴を聞き、睦月も我に返る。

「ひ、ひこうき……いやっ!」

 航空機の編隊。それは明確に、二人に向かってきていた。

「……如月!」

 睦月は如月から身体を離して、震える如月を背に隠す。

「如月、睦月のうしろにかくれてて。だいじょうぶ、睦月は、睦月がたのおねえさんだよ。かいぞうして、つよくなったし、ぜったい如月をまもってあげるよ!」

 機銃を向け、空を睨みながら、睦月が吠えた。

「如月を、イジメるなあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

   ⚓     ⚓

 

 空母機動部隊本隊旗艦、赤城。イケニエの白鶴を供物とし、ヤオヨロズのカミの復活が為された時、作戦は完遂される。これはイケニエを取り戻そうとする鶴の片割れから、贄を捧げる“ヤシロ”を守る防衛戦である。しかし、赤城たちが予想した以上に『聖域』に侵攻する艦隊は多かった。重桜海軍から分裂した瑞鶴率いる新生連合艦隊、それに乗じて重桜殲滅を目論むアズールレーンの任務部隊、そして謎の艦隊。赤城たち機動部隊は寡兵に関わらず、『聖域』多方面に渡り防衛網を広げる必要があった。

 その一つ。戦力を割く余裕はなく、半ば捨て石として単艦偵察を命じた睦月。そこから傍受した通信から流れ出る音は、赤城にとってあまりに不愉快なものであった。

「……ギャーギャーと喚き散らすしかない能のない餓鬼ほど耳障りなものはない。そうは思いませんか、加賀? 私たちが抱く崇高な戦の理念など、餓鬼には所詮、理解できないのです」

「……」

「加賀。魚雷装備の零―ゼロ―は現在何機ありますか?」

「……現在は全機に爆弾を搭載しています、姉さま。聖域を嗅ぎ回る艦隊は多数確認していましたが、今の所はスコールの結界内に侵入したのは駆逐艦1隻だけでしたから」

「そうですか。であれば、有象無象どもがこの聖地に土足で踏み入るのも時間の問題でしょう。都合がいいですわ。加賀、攻撃機は魚雷換装作業に移りましょう。そして……」

 赤城の口角が吊り上がり、獰悪な笑みを形作る。

「換装が終わり次第、発艦。捨て石と一緒に、無知蒙昧な餓鬼共を掃除してしまいしょう」

 それは、弱い獲物をいたぶる悦楽に浸る、残忍な笑みだった。

「……分かりました」

「どこの馬の骨かは知りませんが、元々我らが有していた駒を差し向けた不埒を沈め、カミに捧げる神楽の開幕と致しましょう。くく、あははは……!」

「(……天城さん。私の……私たちの行動は。本当に重桜の未来を照らしてくれるのでしょうか)」

 畏敬する今は亡き艦船の名を呟きながら、加賀は偽りの青空を見上げていた。



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小さな戦争、小さな終戦

新しいロード画像の睦月ちゃんと如月ちゃんと三日月ちゃんと卯月ちゃん可愛い!!!最高!!!


 水上の艦船を屠る鳥。その駆動音が大きくなるほど恐怖が背筋を伝い、震えが止まらなくなるのを如月は感じていた。強く結んだ瞼は視界を閉ざし、余計に鮮明に聞こえる空のエンジン音が耳朶を打つ。次に目を開いたその時、目の前には黒光りする爆弾があって、まさに炸裂する瞬間。そんな実感を伴った恐怖が、身体全体をぞわぞわと這い回って離れなかった。

 ……でも。如月は別の感覚があった。閉ざされた視覚以外に、鼓膜をかき鳴らす艦上機の音以外に、目の前の背中を抱く腕。

「如月を、イジメるなあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 そこから睦月の、その威勢とは真逆の震えが伝わってきた。

「(……睦月。如月をこわがらせないようにがんばってるけど、ほんとは、睦月も……)」

 その優しい虚勢は、何よりも如月を勇気づけるものだった。

「……睦月」

 震えは止まらない。それでも、如月は瞑った目をおもむろに開く。

「如月も、ぜんぜんつよくないけど、でも睦月をまもりたい。だから……!」

 睦月の隣に並んだ如月が、同じように機銃を掲げた。2挺の対空機銃が鋭く空を睨む。

「ひこうきはこわいけど……如月も、睦月といっしょにがんばる!」

「……! うん!!!」

 睦月の顏に満面の笑顔が咲き、大きく頷く。

「……あ、あれ? む、睦月。ちょっと、まって……」

 震えを押し殺しながら目を凝らした空。近づいてくるその航空機を、如月は見たことがあった。その複翼はその時と違って、おもちゃの羽ではなかったけれど。

「睦月、たぶん、たぶんだけど。あのひこうきは、てき、じゃない……」

「えっ、どういう……」

『そこの駆逐艦たち。我らが信仰する博愛の神の名に誓って、危害は加えない。どうか銃を下ろして欲しい。そしてあなたを率いる機動部隊本隊よ、傍受しているのなら聴け。これは空母エンタープライズより発艦した航空機から拡声して話している。そう、あなたがたがグレイゴーストと呼ぶ空母から、だ』

 複葉機の編隊、その1機から声が響き下りてきた。如月の言葉に戸惑う睦月の機銃は空を睨んでいるが、編隊は攻撃の素振りを見せない。声は続けて降ってくる。

『これは小さなあなたへの警告ではなく、あなたの背後にいるものへの警告だ。私の攻撃隊は既に発艦し、迎撃態勢の態勢は整っている。この方面に航空戦を仕掛けることをお勧めしない。素直に手を引くのならいい。そうでなければ……あなたたちは再び、「魔の五分間」を体験してもらうことになるだろう。

 ……さて、待たせてしまってすまない。我らの基地の捕虜であった駆逐艦と、その友達だった駆逐艦のあなたに、指揮官から伝令だ』

 拡声器の向こうから、一度言葉を切る気配があった。そして、次に紡がれた伝令は、その言葉は。

『私たちの仲間になって欲しい。君の大事な友達と一緒に、たくさんのアメさんをごちそうしよう』

 ただ、二人がずっと仲良しでいられるだけの、福音だった。

「……睦月!」

 如月が手を取った。もう二度と離さないと、ぎゅうっと握りしめた親友の手を。 

「……いこう!」

 目にはいっぱいの涙を湛えていた。頬は涙が伝った跡がたくさん残っていた。けれど、睦月を見つめる彼女は、

「……うん!」

 満面の笑顔だった。

 

        ⚓    ⚓

 

『……あなたたちは再び、「魔の五分間」を体験してもらうことになるだろう。』

「……は?」

「バカな、なぜここに奴が……。まさか、明石殿……」

 その航空機の読み通り、機動部隊本隊にその声は届いていた。

「姉さま、睦月型の攻撃は中止しましょう。挟撃は警戒すべきですが、敵の弁を信じれば、こちらが手出ししなければ撤退する筈。奴の性格なら、自身の言葉を反故にすることもないでしょう。先程、瑞鶴らしき部隊が結界に侵入した気配がありました。その迎撃に全力を……」

「……零―ゼロ―、全機発艦準備」

 低音で短く告げる赤城。

「……姉さま? なにを……」

 加賀の耳に、ギチリ、ギチリというが聞こえた。それは、歯牙を砕かんとばかりに噛みしめた、赤城の歯噛みであった。

「この赤城を恥辱に沈めた奴を……同じ屈辱を味わわせてやる、グレイゴーストオオオォォォ……!!!」

 複数の尾がまとめて逆立ち、煌々と燃え盛る狐火が飛行甲板を覆う。やがて火は航空機の形をとり、甲板に並び立った。

「姉さま、冷静になってください」

「必ず撃滅せよ、零―ゼロ―、はっか……」

「……赤城!!!」

 加賀が一喝する。空母に改修されてから滅多に声を荒げなかった加賀に虚に赤城が怯んだ。赤城の周囲で燃え盛った狐火が消沈していく。

「……なぜ止めるのです、加賀。あの亡霊は我らが仇敵であり、宿業。あれを撃滅しなければ、運命の呪縛から逃れられないのですよ」

「存じ上げています。ですが、今はその時ではありません。瑞鶴は強敵です。ここはカミの招聘に死力を尽くしましょう。攻勢に転じるのはその後でも遅くない筈」

「…………。零―ゼロ―、戻りなさい。中断した魚雷換装作業を再開しなさい」

「……英断に感謝します、姉さま」

 舌打ちしながら、赤城は加賀に背を向け“ヤシロ”に向かった。

「……悔恨に喘ぐのは姉さまだけではありません」

 加賀が一人、ごちる。

「……私は、あなたの背中を見て冷静さを学んだ。策を練り、そして相手の策を思索することも。ですが、一時的に踏みとどまることができたとしても、私の根底を成す性分は変わらないようです。だって、私はこんなにも……」

 火が、灯っていた。彼女の周囲を取り巻く青い火は、ごうと噴き上がって炎となる。

「いつか奴と戦い、徹底的に叩き潰してやりたいと、そう思ってしまうのだから……」

 冷静に見える青は、赤のそれよりもより高温で燃え滾っていた。

 

        ⚓    ⚓

 

「あの子……如月から撤退を伝える通信があった。説得は成功したようだ。本当に助かったよ。エンタープライズ」

「ああ。……しかし、分からないな。あれはあなたから発艦したソードフィッシュだろう。なぜ私に説得を任せたんだ?」

 如月の護衛として追従していることは、如月自身には伝わっていない。スコールに飛びこんだ如月を認め、遮二無二に後に続いたのはアークロイヤルだった。アークロイヤルはスコールを抜けてすぐに艦載機を発艦。遅れて到着したエンタープライズに説得を要請したのだった。

「重桜の機動部隊、赤城と加賀はあなたに因縁のある相手だと踏んだのだ。嵐を抜けてすぐに発艦できる編隊は少数、奴らがもし迎撃にきたら勝ち目はないのは分かり切っていたことだ。なんとか相手を威圧し、撤退を決断させるには私の言葉だけでは足りなかっただろう」

「しかし平静を失い、こちらに攻撃をしてくる可能性もあった。因縁が強ければなおさらそうなることも考えられたわけだが……」

「そこは敵機動部隊の指揮が賢明で、別部隊の迎撃に当たることを信じた。そしてなにより……」

 アークロイヤルはエンタープライズを向き直り、ニッと笑んだ。

「あなたの幸運に賭けることにしたんだ、ラッキーE」

「……とんだ買いかぶりを受けたものだ」

 エンタープライズが肩を竦めると、アークロイヤルは声を上げ、豪快に笑う。

「あなたは誤解されやすいが、子供たちを助けることに真摯だった。子供たちを害するのはあなたのような者ではなく……戦争という国家の軋轢に巻き込んだ、我々のような身勝手な大人なのかもしれないな」

 エンタープライズは自身の両手に目を落とし、続ける。

「正義を成すためと、いくら取り繕ったところで、戦争に参戦した我々の手は既に血で塗れている。巻き込まれた、子供達もだ。いくら購っても拭いきれるものではない。それでも私は、私の信じる正義を貫いてきたつもりだ」

「正しいものが何かなど、誰にも分からないさ。だが、今回に至っては私は正しかったと胸を張ろうと思う。見ろ、エンタープライズ。正しくあろうとした私達の行動が結実した結果が、あの子達だ」

 水しぶきを上げながらアークロイヤル達に向かってくる、二つの小さな姿があった。その小さな手は、しっかりと繋がれていた。




次回が最終回になる予定です


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如月が見た桜の旗の下で

 これはメンタルキューブが照らす、可能性の光。

 

「ふぁ……ぽかぽか。ラフィ―、眠くなってきた……」

「ま、まだ着いたばかりですよ!? 早速シートに横にならないでください!」

「そんなにかたいこと言わないでいいのですよ、ニーミ。綾波のふるさとでの過ごし方は、人それぞれなのです」

「こっちの言葉では花より団子って言うんですよね? ラフィ―ちゃんにとっては、団子より枕なのかな? ジャベリンはお花見、めいっぱい楽しんじゃいますよ~♪」

 

 いつか、どこかで有り得たかもしれない泡沫の記憶。

 

 

「わぁ……キレイだね、イラストリアス姉ちゃん」

「そうね、ユニコーン。本当に美しいチェリー・ブロッサムですわ……」

「陛下、ブルーシートなどの上ではお召し物が汚れてしまいます。僭越ながらベルファストが、お席を設えさせていただきました」

「フン、当然よ! ……こういう所では、“ハナミザケ”っていうのを飲むらしいわね。たまには紅茶以外のものを……って、なんで取り上げちゃうのよ、ベルファスト!? なっ、わ、私は子供じゃないわよー!」

 

 

 異なる時間軸と異なる空間の出来事は、刻まれて、蓄積されて。

 

「……見当たりませんわ。この大鳳が腕によりをかけて、指揮官様の好物を重箱に詰め込んだお弁当を頂こうと思いましたのに。それとも、人気のない所で、二人きりでお花見をしたいということなのかしら? ウフフ……♪」

「目障りな害虫が、身の程を弁えない妄想をしているようね? 指揮官様と相伴にあずかるのはこの赤城だけだというのに。“ソウジ”しておこうかしら?」

「……久方ぶりの帰郷だというのに、相変わらず騒々しいなあの二人は……。天城さん、もう猪口が空になっているではないですか、お注ぎします」

「ありがとう、加賀。でも、げほ、げほ……。身体に障るからこのくらいでいいですわ。……それにしても、まるで夢の中にいるよう。空母としてのあなたと、あの子を見ることができるなんて、ね……」

 

 初めは模造として建造された彼女たちはやがて覚醒し、夢を見る。

 彼女たちが望んだ、穏やかで平穏な海を征く夢を。

 

 

 

「…………」

 この国の名を冠する神木、重桜。この四季を通して散らぬ万年桜を囲うように神社が建てられ、何代も受け継がれてきた巫女が守護している。今や救国の英雄として持て囃される指揮官。その人が擁する艦船であっても、無闇に立ち入ることは許されない。しかし、その周囲に点在する浮島はどれも、全体を覆い尽くさんばかりで桜で溢れていた。重桜の神気により、地方のそれとは目に見えて大きさも、数も、生長の度合いも違う。春爛漫。どこに行っても桜並木が続き、春風に舞う花弁が島に、海に踊る。この国が、最も美しい時期だった。

「…………ぁ」

 半舷上陸した艦船たちの喧騒から離れ、如月は人気のない小島の一つに降り立っていた。ふと、重桜を奉る神社を見上げると、掲揚された国旗がはためく様子が見て取れた。重ねた扇に桜の花弁と勾玉。それらは日出ずる国、太陽を象徴するように赤く染められている。ある日、ある場所で。如月がこの旗を掲げて戦場に立った時、彼女にはそれが血の赤に見えていた。けれど、今は……。

「…………」

 小島の奥まったところにひっそりと根を伸ばす、一本の桜。並木になっている他の桜と違い、一人佇むその桜が如月は妙に気になっていた。

「……あなたは、ひとりなの?」

 如月が、優しい声色で問いかける。問いに応えるように、風がさわさわと枝を揺らした。

「……だいじょうぶ。いつかきっと、あなたをみてくれるひとが、ともだちになってくれるこがいるよ。如月、そのひとりになりますね」

 言いながら、そっと幹を抱く。不意に背後からの足音に気づいて如月が振り返った。

「あ、しきかん……」

 艦船は艤装を付ければ海上の移動は容易である。しかし人の身である指揮官は短艇(カッター)を使用せねばならず、手間だ。それでも指揮官は自分を見つけて、ここまで来てくれた。如月はそれが堪らなく嬉しかった。

「しきかん……」

 如月が、指揮官の方に向き直る。そよ風が色鮮やかな花弁を散らし、それに負けないくらい鮮やかな桜色の髪を泳がせて、如月は言った。

「如月、ここにずっといてもいいですか? おおかみとひこうきがきても、しきかんは如月をまもってくれますか?」

 期待と不安が入り混じる瞳が見上げてくる。指揮官が口を開こうとした直前、気配を感じて振り返る。彼は、如月に微笑みかけると、答えずに踵を返した。自分より雄弁に語ってくれる者たちが来ていると、それだけを言い残して。

「あ、しゅきかん! 如月ちゃんをさがしてるんだけど、みなかった? え、むこう? あ、ほんとだ、お~い、如月ちゃ~ん!」

 指揮官と入れ替わるように、見知った声が如月を呼んだ。

「あわわ……如月、あたしみたいにまいごになっちゃったと思ったよぉ……」

「そろそろおひるにしようって。ベルファストさんとたいほうさんが、いっしょにすごいおべんとうばこつくってたよ。……たいやきはなかったけど」

「およ……おはなみのおべんとうにたいやきははいってないとおもう……」

「ねーねー、おべんとうにあったおにぎりのなかに、こっそりたくさんからしをいれておいたの! だれがひっかかるかな~みにいこうよ~」

 卯月、三日月、文月、水無月がわいわいと如月に話しかける中、

「いこ、如月ちゃん!」

 睦月がパッと如月の手を掴んだ。

「……うん!」

 友達に囲まれて、手を引かれ。大きく頷いた如月は、いつものおどおどした表情ではない。困ったように眉を落してもいない。心から安らげる場所を見つけた者だけができる表情。満面の笑みが、顔いっぱいに咲いていた。

 うららかな陽気と喧騒。桜を愛でる声、酒盛りに羽目を外す声、弁当に舌鼓を打つ声、長月が鳴らしたピー子のアラームとアークロイヤルの悲鳴。呆れるほど平和で穏やかな、いつかどこかで、誰かが夢見た風景がそこにあった。

 小島にぽつりと立った一本の桜。その根元に寄りそうように、新しい息吹がひっそりと芽吹いていた。




おしまい


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あとがきに寄せて

何の変哲もないあとがき


 ここに目を通されている皆さんはウチの基地の如月ちゃんを最後まで見守ってくれた読者様でしょうか。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます!

 こちらは本編とは無関係の如月ちゃん可愛い語りと、設定資料的な何かとなります。興味なければ読み飛ばしてください。

 あ、とても今更ですがこの物語はフィクションです。実際の人物、団体名とか艦艇とか国家とか、題材が題材なのでそれっぽいのはありますがそういう思想信条とは一切関係ございません。筆者は右も左も向いてないですよ。真ん中です、真ん中! ですがアズレン国家の中では明確に重桜贔屓です。やっぱり、ケモ耳しっぽは最高なんやなって……。

 1話冒頭の前書きに書いた通り、筆者は如月ちゃんが可愛くて仕方がないです。如月ちゃんが主人公のお話を書きたい……いつも困り眉でおどおどしがちなうちの如月ちゃんが、少しだけでも自己肯定感を高めて欲しい……そういう想いを一心に込めて書いたのが拙作となります。……荒療治が過ぎる!

 アズールレーンを始める切っ掛けもこの子でした。プロモーション広告にどう見ても園児な二人を中心に「これが君の望んでいる海戦(ロマン)」とかいう煽り文句がデカデカと踊るインパクト。「えっ、これヤベーやつでしょ……(歓喜)」と呟きながら即DLという運びとなりました。一番ヤベーのは、一も二もなく真っ先に園児にケッコン指輪渡した筆者じゃないかな。そしてこの重苦しい話の着想もそこから来ていて、「この容姿と年齢(推定5歳)で艦隊決戦はムリでしょ……」とか思い至った所にあります。園児を戦争に駆り出すとかどんだけ世紀末なんだと、そんな深く考えなくてもいいことをひたすら考え、筆者なりに幼い子が戦争に向かう経緯というものを絞り出した末、こんなストーリーになっています。

 一応、断片的ではありますがどういう作戦があって(察している所だとは思いますが、聖域の偵察作戦モチーフはイベント紅染の来訪者、その端の、端の方で行われたものです)、どういう勢力が関わって、それぞれがどんな思惑を持っていたかとかは考えてはいます。ですが、あくまで“如月”という子から見える範囲での戦争の姿を書きたかったので、あえてそういう情報は最小限にしました。なので、説明不足な部分や派手さにかける所は目立ったんじゃないかなと思っています。うるせえ、筆者は如月ちゃんにフォーカスを当てた話が書きたかったんじゃ! などと供述しており。

 

 うちの基地の如月は虐げられた生い立ちを持って、他者の機微を読む賢さを得た代わりに、怯えて萎縮して自分に自信が持てない子でした。まだ右も左も分からない幼女だったこの子は、戦争やそれに関わる人々の意志に翻弄され流されながら、それでも睦月の手を引いたのは明確にこの子の意志だと思います。その意志はきっと、この子が経験した過酷な運命を覆い尽くすくらいの幸せな未来を引き寄せるものと信じたいです。その未来ではきっと真夏の鍋大会で睦月とケンカしたり、倒壊してしまった三笠だいせんぱいのコレクションをみんなで補修したり、遥かに年上のお姉さんであるセントーの先輩と呼ばれて戸惑ったりするような、他愛ないけれど尊い日々を過ごすのでしょう。

 

 

 さて、以下はウチの基地における艦船や世界設定です。今の所、その設定で続きを書くかは未定ではありますが……いっぱい感想と高評価をもらえたら続きますのでよろしくね!(承認欲求火の玉ストレート)

 

 

〇如月

 本編の主人公。重桜の辺境で、貧しい村に生まれた。ネコに似た耳としっぽは生まれつき。重桜の民が全員、ケモノの身体の一部を持つわけではなく、むしろ少数派。古い慣習が根強い彼女の生まれた村は、動物=下等生物と見なされ、その身体を一部を持って生まれた幼児は迫害の対象だった。そのことに嘆き、乳母が生後すぐに殺害して死産として処理する事例もあった。如月の場合は、海軍が兵士として高額で徴用(という体を取るが、実質は人身売買に近い)する年齢の下限が5歳であったため、それまでは粗雑に育てられた。両親も彼女を忌み嫌っていたため、両親の愛情を受けたことはない。名前も付けられなかった。人類の敵、セイレーンと似た武器(艤装)を操る力があるという噂が流れてから、村での迫害や差別は激化。公然と心無い言葉を浴びせられた。物理的な暴力を振るわれることはほぼなかったが、あくまで商品に傷をつけないため、程度の扱いだった。

 本編は海軍に徴用された日から始まる。体内にメンタルキューブを埋め込まれ、人間から艦船となる。名前を与えられ(元の名前がある場合は改名することが多い)、軍事的な知識を学びつつ、生家よりは幸せな日々を送る。アズールレーンとの開戦間もない時期に馬蹄の島で大破。艦砲射撃で壊滅したと思われていた基地航空隊の残存部隊に接敵したためと言われている。腹部断裂し、艤装の力でなんとか浮揚している状態のところある艦隊に引き上げられる。人間でいえばとても助かる怪我ではないが、艦船だった彼女はリュウコツの生着手術と一命を取り留めた。リュウコツは生物・無生物問わず復元特性があり、生着させると完全に元通りになる(この際、軍服も一緒に復元した)。時間も資金も掛かるため建造しなおした方が早く、安上がりであったが、指揮官の強い希望で明石が修復を担った。

 セイレーンとの戦いが終わったら、将来は看護婦さんかお医者さんになりたいらしい。

 

〇睦月

 迫害の厳しい村に生まれたものの、両親は彼女を見捨てることはなかった。村の人間から奇異な目で見られることを感じつつも、両親の愛情を受け活発な子に育った。両親は彼女を軍に徴用することを猛反対したものの、貧しい村の資金繰りのために村ぐるみで迫られ、泣く泣く手放す格好となる。開戦直後は物資も潤っていた重桜海軍も、アズールレーンとの抗戦・戦略的敗北が続き徐々に疲弊、艦船を駆動する燃料もままならない状態だった。如月と共に指揮官の下に就いてからは、しゅきかんに両親のままごとをせがむことが多い。

 なお、彼女の両親は重桜が降伏した段階で死亡が明らかとなる。死因は不明。栄養失調に伴う衰弱死とされている。

 みんなが笑顔になるお菓子屋さんになりたいが、アメさんだけは自分で作って自分で食べるので、売り物にしないらしい。

 

〇綾波

 鉄血と重桜の共同開発実験、その被検体となった少女。重桜のケモノの身体は、神木である重桜の近くで最も高いポテンシャルが発揮されることが確認されていた。セイレーンの艤装解析で兵器開発してい鉄血の研究者が興味を示し、共同開発を提案。ケモノの身体を艤装でコーティングし、より強力な兵器を生みだす研究が行われた。もともとケモノの耳が備わっていなかった彼女に接続される。なお、コーティングしている部分は人工物であるが、元となった部分は他の重桜の少女から切除したものを用いている。実験成功例の彼女は、その後も驚異的な戦果を上げることになる。

 

〇蒼龍

 MI諸島での海戦にて飛龍と共に戦没。赤城、加賀も共に撃沈されたと思われたが……。

 

〇明石

 人間的な感情に疎い科学者気質であり、自分も含めて艦船を人間扱いしない。重桜海軍の創成に関わったとされているが……。

 

Q:明石のこと嫌いなの?

A:原作の明石にゃんはめちゃくちゃ大好きですが、黒幕だと思う!(偏見)



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