ぐだアナなお話 (Luxuria )
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貴方で染まる小さな世界

 パシャ、唐突になった音についビクッとなった。

 後方からなったその音を確認する為に振り返ればこちらに携帯端末のような何かを構えている白髪の少女の姿が映った。

 

「……何やってるの?」

 

「カメラを貰ったから、試しにとってみたの」

 

いたずら心を含んだ笑みを浮かべる少女、アナスタシアはそういった。

 

 

 事のあらましはアナスタシアが何故かダヴィンチに呼ばれたことから始まる。

 

「やあアナスタシア、さっそくで悪いけどこれを見てくれるかな」

 

言ってみるやダヴィンチは薄い板を渡してきた。

それ自体には見覚えがある。彼女のマスターたる立香も通信用として支給されたと言っていた携帯端末、スマホ、というものだと記憶している。

 

「言っとくけどこれはスマホじゃないよ。カメラだ」

 

「カメラ?」

 

「そう、カメラ。君の知るカメラは確かにいいとは思うけど手軽さがないだろう? なんせ今から頼むことにはあっちのカメラは向かないからね。でも安心してくれたまえよ、性能に関してはあっちを凌駕することをこのダヴィンチが保証する」

 

 この薄い板にそんな性能があるとは思えないが、まあ彼女の言うことだと受け取って実物に手を触れてみる。サラサラとして触り心地、首に下げれるようにとネックストラップに繋がれたそれを首に回して画面をつけてみる。ここカルデアのマークが最初に映し出され、そのあと暗転、数秒も経たないうちにカメラとして起動し始めた。

 

「基本は画面の右中央にあるボタンをタップで撮影できる。その上にあるマークが設定だ。いろいろできるよ? 暗い中でとっても午前中みたいに撮れる機能とかはよく考えつくだろ? ああいうのがいっぱいある。あと左上が画面の切り替えだ。指を二本添えて広げるようにすればズームできるしその逆も然りだ」

 

 彼女に言われたことを実行してみるが全部ちゃんと動作するしそこまでの動作がすごく滑らかだ。なるほど、と頷いてしまうぐらいにそれはカメラとして機能していた。

 

「さて、それを使ってあることをして欲しいわけだ」

 

「あること?」

 

「そ、頼みごとってやつだ。簡単にいうとねーー」

 

 

「へえすごいな。こんな機能まで」

 

 彼の世代から見てもこのカメラはすごく有能らしい。

 

「というかこれだけでどれだけかけたんだろね、軽くうん十万くだらなさそうな機能なんだけど、さすがダヴィンチちゃん」

 

 ダヴィンチに感心して目をつぶって頷く彼をアナスタシアはまたパシャりと撮った。流れるように出た驚き顔も続くようにショット。

 

「ア、アナスタシア?」

 

「何かしら?」

 

「そんなに撮られると俺が恥ずかしいっていうか……」

 

 頬を指で描いて照れている彼をカメラに再び写す。パシャり。

 ブレもなく完璧に映し出されるそれに彼女は満足する。

 そう、これだ。カメラはやはりこうでなければ。

 

「ねえマスター、私と一緒に写ってもらえる?」

 

「……君がそう望むんだったらいいけど」

 

 もう何枚も撮ったしょうに、なんて呆れた彼も撮る。

 諦めたのかなにも言及せずにアナスタシアの隣に移動する立香に嬉しみを感じながら画面を切り替え内側にして手を伸ばす。手が少し震えてしまうがダヴィンチ曰くブレ補正でなんとでもなるとか。二人がちゃんと画面に収まったのを確認するとシャッターボタンをタップする。

 

パシャ。

 

 画面が凝縮され左下に撮った画像が表示される。ぎこちなく笑う彼と愛らしく笑うアナスタシア。

 だが彼女はこんなのでは満足しない。

 

「笑顔がぎこちないわリツカ。ちゃんと笑って?」

 

「今そんなこと言われてもなあ。今できる最上の笑顔なんだけど」

 

「そんな事ないわ、貴方ならできるでしょ?」

 

 カメラから手を離してアナスタシアは彼の頬に手を添える。

 そうすれば彼は驚いて、でも優しく微笑む。ほら。

 

「貴方の笑顔、私は好きよ」

 

 パシャ、今日何回も聞いたシャッター音。

 今度はちゃんと笑っている。アナスタシアの好きな優しい表情に自然と彼女も緩んでいく。

 

「これからカルデア内を撮ろうと思うの、一緒に回ってくれるかしら?」

 

「いいよ、君の気がすむまで」

 

 立香が彼女の手を優しく握って、それに応えるようにそっと握り返す。

 まずは食堂にでも行こうか、ええそうね。静かな廊下に彼と彼女の声は響いて消えて静かな世界に戻る。

 

 私の小さな世界は、もう貴方で染まっているから。だからこのカメラに映る世界も、貴方一色であるように、と彼女は誰にいうわけでもなくただ思うのだ。

 

 

「彼、最近張り詰めてるだろう? だから彼に休息を、と思っててね。君に頼むならこれだなと思って徹夜で作ったんだ。だからこれで彼をいっぱい撮って欲しい。現像したいものが出れば来てもらったらしよう」

 

「ええ、いいわ。とても楽しそう」

 

 そう答える彼女は、やはりというべきかいたずら心を漂わすたった一人の少女だったと彼は言う。

 ついでにいうならカメラを渡した当日に現像を頼みに来た少女の画像フォルダを見れば彼一色だったのはいうまでもない。

 



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貴方が願うのならば

 カルデアという組織のある一室から大勢の声が聞こえる。

 それは場を盛り上げるための歌、それは酒に酔って悲しみに嘆く声、それはその場を心の底 から楽しむ声。

 それが人のものか、人でありながらも人ならざる者の物かは分からないが。

 

 その声の中一人周りをキョロキョロしながら 歩いている少女がいた。

 衣服から肌、髪に至るまでまるで雪のような純白、その気品さはお嬢様を連想させるほど、けれどて人形を抱く姿はどことなく子供の頃を思い出させるような少女。

 

 アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。

 

 このカルデアに人理修復のために召喚されたキャスターの一人である彼女は自分の主である少年を探していた。

 

「どこに行ったのかしら」

 

 さっきまでは人に囲まれながら雑談を楽しんでいたのだ。遠目から見ても彼はよく目立つ、何せこのパーティが始める直前の事件を含め数々の修羅場を走り抜いたマスターなのだ。ここの人間、サーヴァント含め彼の人気は高い。だから少し目を離したところですぐ見つけられると思っていた。けれど今、その彼ーー藤丸立香が見当たらない。先ほどまで彼と喋っていた人たちに聞いてみてもいつの間にかいなくなっていた、と言い放つ。つまり彼は人しれずこの場を去ったということだ。

 

「部屋にでも戻ったのかしら……」

 

 そう思い当たったアナスタシアは会場を抜け彼の部屋へと早い足取りで向かう。

 いつもならこういったイベントは最後まで残っていた彼にしては珍しいことだなとは思うが、大方別の空気を吸いたいとかそういう理由だろう、と彼女は思い込む。

 

 会場から離れていくにつれ静かになっていく廊下、響く足音だけが耳元に届く虚無感。

 虚無、それを思うと心の中の何かが痛んだ。

 

「……お茶」

 

 それを誤魔化すように思いついて給湯室からそれら一式を揃えて再び彼の部屋へと向かう。

いまの位置からだとそう時間はかからない距離を埋めた先に彼の部屋はあった。

 

「マスター、いるかしら? お茶を持って来たのだけど」

 

 部屋の前に置かれた小さな物置にお茶一式を置いたトレイを置いてノックする。

 暫く待つと「入っていいよ」と声がかかる。とても弱々しく。

 

 なんで悲しい声をするの? よりにもよって貴方が。

 

 声に出さずにただ心の中だけに押しとどめて私はその扉を開く。

 その先にあったのはベッドに身を置いて片足だけ膝を曲げその上で頬を乗せこちらを覗く彼の姿。

 

「どうしたの? パーティ終わった?」

 

「貴方こそ、パーティを人知れず抜けるなんてらしくない」

 

 彼の部屋に置かれたテーブルにお茶を置いて彼に出すお茶を準備する。

 それを側からじっと彼はみている。どことなく恥ずかしくなりそうだが我慢して彼のために淹れたお茶を差し出すと彼は大事そうにそのティーカップを受け取った。

 

「少し疲れちゃって。もう少ししたら戻ろうとは思ってたんだけど」

 

 そうぎこちなく笑う彼は弱々しい。

 何があったのだろうか。思えば今日は妙に様子がおかしい気がする。何かに悲しんでいたような弱い笑みはこちらが不安に思えるほどに、彼がここまで弱々しい姿を見せたのは初めてだった。

 

 私と初めて戦場に立った時も、様々な強敵、ましてあの魔術王や全ての母と謳われる神と対峙した時ですら彼は強くそこに立っていたのに、いまの彼にはそれがない。

 

「……何か、あったの?」

 

 どことなく理解はしている。けれどそれは彼の口から聞かねばならない気がして。

 

「何もないよ、本当に」

 

 けれど彼はそう答える。

 

「いいえ」

 

 アナスタシアは否定する。

 

「貴方がそんなに弱々しいのにその言葉、ただの強がりにしか見えないもの」

 

 アナスタシアがどれほど彼のそばにいたか、それはマスターである彼が一番知っている。

 そう、ただの強がりにしか見えないのだ。必死に殺そうとしても溢れ出す弱さを隠すための強がり。彼女にはそうにしか見えない。

 

「私じゃなくても、きっとここにいる誰もが貴方を見ればそう思うわ。いまの貴方は強がっているだけの子供」

 

「……君には、関係ない」

 

「関係あるわ。私は貴方のサーヴァントだもの」

 

「もう少ししたら俺の前から消えてしまう君には、関係ない」

 

 何かをこらえて言い出された言葉に納得がいった。ああそうか、と彼女は思う。

 彼女含むサーヴァントは、もう時期英霊の座へと帰還する。人理の修復は終わった。ならば役割を終えたサーヴァントは帰還するのが道理だ。当然反発するものはいたが、彼のためだとカードを切られれば断れるサーヴァントはいなかった。アナスタシアもその一人なのだから。

 

「ここから先、ただの独り言、聞いてくれる?」

 

「ええ」

 

 立香の手をそっと握る。初めてあの言葉を口にしたときのように彼の手を握った。

 何かが崩れていく音がした。こらえていたはずの涙が瞳から流れて頬を伝ってシーツに落ちていく。

 

「掴んだ手を、離さないでくれ」

 

「ええ」

 

「俺の目の届く場所にいてくれ」

 

「ええ」

 

「俺の声を聞いたら、いつでも返事をしてくれ」

 

「ええ」

 

「俺はもう……」

 

 何も失いたくないんだ……。

 

 いつかいった言葉を彼は言い返してきて、それを彼女は全て肯定する。

 その答えとして彼女は紡ぐ。

 

「貴方の願いであるならば」

 

 続くように。

 

「掴んだ手を離さないで」

 

「ああ」

 

「私の目の届く場所にいて」

 

「ああ」

 

「私の声を聞いたら、いつでも返事をして」

 

「ああ」

 

 ただ強く抱きしめられた。

 優しくも荒くもなく、ただ強く。

 

「私はもう」

 

 何も失いたくないの。

 

 貴方が願うのであれば、私はそれを叶えるまで。

 我が身はマスターのためにあるのだから。

 

 故に私は留まろう。

 私は彼の願いのために留まろう。私の願いのために留まろう。

 

 

「疾走せよ、ヴィイ」

 

 得体の知れないそれを、瞬時に凍結する。

 彼の後ろ姿を追うように後ろから一歩ずつ、一歩ずつ近づいていく。

 その先には見慣れた過ぎた顔。ああ、なんて偶然なのかしら。

 

「待たせたわね? リツカ」

 

 けれど負けはしない。

 例え私以上に強い私だろうと必ず打ち破ってみせる。

 もう二度と、貴方にあんな顔をさせない為に、支える為に。




ただただ甘いのが続くだけの小説だと思いましたか? はい残念!
まあぶっちゃけわたしが書きたいと思ったら書く感じですからね。
というわけで二部のカルデア襲撃時、もしアナスタシアがいたら、って話でした!


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stay by my side

アナスタシアの絆ボイスを題材に書きました深夜投稿です(てへ
Switchでスマブラとかしててさぼってましたごめんなさい

それはそうと皆様アナスタシアのバレンタイン聞きました!? やばいかわいい今年は年始からぐだアナ供給が多すぎて泣いちゃいそう
去年のクリスマス礼装のも良かったですね! もちろんゲットしましたよ!

次は何を書こうかな、日本に帰国する話とかも書いて見たいんですよね。うーん、迷う


「近づかないでください」

 

そう言われて彼、藤丸立香は苦笑いを浮かべながら頬を指で掻いた。

今彼がいる場所はカルデアのサーヴァントたちが住まう部屋の一室。つい先日召喚された少女、名をアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。ロマノフ帝国における皇女がこのカルデアに召喚されいざコミュニケーションを取ろうとしたらこの始末だ。ドア越しに言われたその言葉には流石に彼とて苦笑いをしてしまった。

 

「いやあの、アナスタシア?」

 

「近づかないでください」

 

「おうふ」

 

さらなる追撃に今度は精神的ダメージに彼はついには膝をつき、胸にくる痛みを抑えつつ目標が奥にいるであろう部屋に視線を送る。

今きっと、彼女は凍てついた氷のような表情で俺のことを見ているのだろうな、と立香は思う。けれど彼は引かずに、また改めて来ようと思い「また来るね」と言い残す

 

立香における最初の彼女のイメージは『難敵』

アナスタシアにおける彼の最初のイメージは「おせっかいな人」

彼と彼女の始まりはここからだったのだ。

 

 

あくる日の昼ごろ、俺は再び彼女の部屋に来た。

が、肝心の彼女はいつもと同じように部屋から外に出て来ようとはしない。サーヴァントゆえ魔力供給さえあれば食事も何もいらないため外に出る理由はないのは知っているが少し暗い顔を見せてくれてもいいのにな、なんて思いながら俺は部屋の扉に背中を預け座った。

 

「……アナスタシアはさ、雪合戦とかしたことある?」

 

なんて聞いてみる。

彼女の国、ロシアは北に位置する大国だ。それ故に常に雪があって当たり前のような環境、他の人から聞くに彼女は遊び好きだったようだからやったことくらいはあるのでは、と思った次第だ。

返事を期待してはいるものの、やはりと言うべきか彼女の声は聞こえない。それがわかった俺は少しばかり笑ってから口を開く。

 

「俺がいたところさ、雪あんまり積もらなかったから積もった日は友達と雪合戦やったり雪だるまとか雪うさぎ作ったりして一日中手の感触がなくなりそうってくらいまで遊んだんだ。すごい楽しかったよ」

 

もう誰もいないであろう故郷での思い出。

二、三人でチームを組んで雪でガードを作ってそれに隠れつつ、少し見えた敵に手頃な大きさで作った雪玉を放って、それを避けて投げられた雪玉が顔面に直撃したときはそれなりに痛かった記憶がある。

いや案外硬いんだよね、おかげで顔は真っ赤でヒリヒリするのに冷たいなんて変な感覚を味わった。

 

「……ただの雪玉でですか?」

 

「……え?」

 

「ただの雪玉でやったのですか?」

 

「そう、だけど」

 

扉の奥から聞こえたその声に俺はつい硬くなった。

応えてくれたのが嬉しい反面、むしろ普通の雪玉以外に何があるのだろうかと言う疑問が湧いて来る。雪玉に何か細工でもしていたのだろうか、だとしたら一体何を?

 

「それではつまらないでしょう。石を混ぜるべきです。宝石だとより良いと思います」

 

「痛い痛いそれすごい痛いと言うかまさかそれを!?」

 

「容赦なく姉にぶつけました」

 

「痛い! 考えるだけでも痛い!」

 

容易に雪の上を顔を手で押さえながらもがく人間の姿が想像できる。

俺の体験よりひとまわりどころかふたまわりも違う雪合戦はさぞ壮絶だったんだろう、アナスタシアの姉さん、苦労したんだろうなあ。

 

「ただの雪合戦などつまらないでしょう?」

 

「いやいやいやそれ病院案件だから! 普通に!」

 

「大丈夫です。回転をかけた私特製雪玉でもがいている姉の姿で私が少し涙してしまうぐらいで」

 

「ならやめよ! ね!?」

 

 

またあくる日も彼女と会話を続けた。

扉越しに聞こえる彼女の声、最初は淡々としていたが次第に感情がちゃんとこもり始めた。それが素直に嬉しくてまた会話をしに来ようと思えるくらいには俺は彼女との会話を楽しんでいる。

今日も今日とていつも通りに彼女の部屋のドアに背中を預ける。これが俺が来たというサイン……

 

「うぇ!?」

 

だったのだが唐突に背もたれにしているドアが開かれ倒れてしまった。

そしてその視線上にはいたずらに成功して嬉しいのかニコニコしながらこちらを見るアナスタシアの姿。

 

「部屋で、喋りたいわ」

 

「へ?」

 

「同じ部屋にいるくらいなら、いいです。ちゃんと顔を見て話がしたいから」

 

久しぶりに見る彼女の顔はどことなく赤く感じる。

初めて会った時の無表情は消えてただ一人の少女として映る彼女はとても愛らしく思える。

 

「……君がいいなら、喜んで」

 

「ええ、今日は何を話しましょうか」

 

彼女は俺の手を取って部屋の中に招き入れる。

俺の部屋と刺して変わらない光景、その中に置かれているテーブルの上で鎮座する人形、彼女の契約精霊であるヴィイが俺を見ているような気がして少し気まずく感じてしまうけれど。

 

「さあマスター」

 

彼女の声を聞いて、また一つ彼女との間にできた感情に、彼女との距離が縮まったことへの嬉しさを示すように。

 

「この前、ダヴィンチちゃんがさーー」

 

 

そして、時間は進み、今現在。

 

「酷いやられようだ、早く医療魔術を使えるサーヴァントを!」

 

俺は怪我を負った。しかもそれなりにシャレにならないくらいの。

理由は単純だ、ただ単に油断していた。小さな歪みを持った特異点にレイシフトしていた俺は後ろにいるそれに気づけずに気づけば龍牙兵

に背中を切りつけられ、そして吹き飛ばされた。

あまりにも一瞬すぎて頭が追いつけなかった。その龍牙兵は一緒に来たサーヴァントたちが一瞬で灰にしたが、俺の傷はどうしようもなく一旦レイシフトを中断しカルデアに戻り医療室にて応急処置を受け、現在に至る。

 

鮮烈な痛みが、身体中に巻きつかれた包帯に染み付いた自分の血が痛々しい。つい顔を歪めてしまいそうになる。

それを必死に抑えて、俺は口を開いた。

 

「アナス、タシアには」

 

「どうしたんだい? マスター君」

 

「彼女だけ……には、どうか」

 

彼女の最後、家族とともに迎えた残酷な最後。

その彼女が今の俺を見たらどうなる。

俺が彼女の家族と同じくらい彼女に大切にされているとは思わない、けれど家族を、大切なペットを、使用人達が目の前で死んで最後には自分が残酷な最後を迎えた彼女がこんな俺を見たらきっと崩れてしまう。ここまで積み上げた彼女との間にあったものが崩れてしまう。

それだけは嫌だ、それだけは。

 

そう、思っていたのに。

 

「もう遅いよマスター君」

 

ダヴィンチちゃんがそう告げた後、この部屋の扉が開いた。

その先には、青ざめた表情のアナスタシアが、ヴィィを抱いて立っていて。

 

「リツカ……?」

 

ああ、遅かった。

きっとダヴィンチちゃんのことだ、誰よりも先に彼女に連絡したのだろう。現に医療のために呼ばれるサーヴァントより先に彼女が来ているのが何よりの証拠。

 

「後は任せたよ、アナスタシア」

 

ダヴィンチちゃんは自分が邪魔者だと言わんばかりにアナスタシアと入れ替えで部屋を出て行ってそれとすれ違いのように彼女が入ってくる。

 

彼女の瞳に、涙が見えた。

目尻に溜まっていたものが彼女の白い肌を伝って落ちていくには見えた。

悲しみが、痛みが、激情が、その粒となって地面に落ちていく。

俺のそばに駆け寄った彼女の表情はただただ悲痛に満ちていて。

俺の力がこもらない手を拾い上げた小さな手は震えていて。

 

ああ、彼女を、アナスタシアを泣かせてしまった。悲しませてしまった。恐怖させてしまった。

 

「ごめん、ね」

 

ただ俺に言えることはこれだけだった。

 

背中の傷よりも、腹に残る痛みよりも、ただただ胸にくる痛みが強く響いてくる。

 

「もう、嫌なの」

 

弱々しい彼女の声。震えながらも強く俺の手を握る彼女の手。

彼女の感情を読み取るには十分なそれらに俺はできる全てを、といっても彼女の手を握り返すことしかできないけれど。

 

「掴んだ手を、離さないで」

 

「ああ」

 

「私の目の届くところにいて」

 

「ああ」

 

「私の声を聞いたら、いつでも返事をして」

 

「ああ」

 

「私はもう」

 

失いたくないの。

 

 

次の日、さすがは世界に名高い魔術師が揃いも揃っているおかげで俺はだいたい回復していた。

痛みはもう引いてはいるし、背中の傷跡もまるでなかったかのようにすっかり消えてしまい少し身体が重いこと以外はさしていつもと変わらないくらいには、回復しているのだが……

 

「あのー、アナスタシア?」

 

「何かしら」

 

「いやあの、そろそろ離れてもらえると嬉しいんだけど……?」

 

「貴方が悪いのだから、もう少しだけ我慢して」

 

アナスタシアが昨日からずっと隣にいるのだ、しかもすごい距離近い。健全な男の子にはとても悪いと思うのだが彼女はそんなの知らないとばかりにずっとこのままだ。

 

「ね?」

 

彼女が昨日の苦痛に満ちた表情ではなく柔らかな笑みで俺に声をかける。

 

「……負けました」

 

これから先、俺は彼女に勝つことはないんだろうなと複雑な感情を抱いて俺は両手を上げて降参するのであった。

 

 



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