ようこそ実力至上主義の教室へ~もしも坂柳有栖に幼馴染がいたら? (ソラたん)
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再会の幼馴染

 高度育成高等学校に向かうバスの中、一人の少年が大きなあくびをこぼす。

  彼の名前は葉桜晶(はざくらあきら)。今年から高度育成高等学校に通う事になった生徒の一人だ。

  そんな彼はバスに揺られながら頬杖をつき外を見ていた。

 

「やっと、あの場所からおさらばできたな」

 

 誰に言う訳でもなく呟いていた。

  晶を縛っていた場所から解放され、幸せに満ちた気持ちを胸に秘め目的地に着くまで、のんびりとしようと思っていた矢先――少し騒ぎがあった。

 

「席を譲ってあげようって思わないの?」

 

 そんな声が耳に届いた。

  そして視線を外から車内に戻すと、一人のOL風の女性とガタイの良い金髪の男がもめていた。

  一瞬なんの騒ぎだ? と疑問に思ったが、その答えはすぐに導きだされる。

  女性の隣に老婆が居るのだ。そして男が座っているのは優先席。

  ここまで言えば馬鹿でもわかる。ようはあの男が優先席に座っていて、女性が隣にいる老婆に譲ってあげて欲しいと言っているのだ。

 

「あの感じだと、譲る気はなさそうだな」

 

 男の態度は実に堂々としていて。譲る気配は全くない。

  正直、あの男にお願いするくらいなら、他の人にお願いした方がまだ譲ってもらえる可能性は高いだろう。

  まぁ……僕には関係ないけど。

  そう思い再び視線を外に戻そうとした時――

 

「あの……私も、お姉さんの言う通りだと思うな」

 

 若い女の子の声が聞こえてきた。

  僕は目線を動かすのを止めて、その声の主を見る。

  どうやらその声の主は先ほどからOLの女性の隣に立っていた少女だったようだ。

 

「制服……」

 

 その少女が身に着けている制服は高度育成高等学校の物だった。

  そして良く見ると、優先席に座っている男も僕と同じ制服を着ていた。

  マジかっと。内心思う。

  同じバスに乗っているという事は、おそらく僕と同じで今年入学する生徒だろう。

 

「同じクラスじゃない事を祈るしかないな」

 

 もし彼と同じクラスになったら、きっとめんどくさいことになる。

  あんな唯我独尊を体現したような存在は、学校行事で皆に迷惑かける事になること間違いない。

  アニメやラノベでもそうだったしな。間違いないだろう。

  視線を男から少女に向ける。

  あの子とてもかわいい子だな。

  制服の上からでもわかるが、スタイルが良い。

  一度でも良いから、あの大きさの胸とか揉んでみたいな。

 

「ん?」

 

 誰かの視線を感じて、辺りに視線をめぐらす。すると、一人の男と目が合った。

  その男も僕と同じ制服を着ていた。そしてその隣に非常に顔が整った少女がいる。

 凄い無表情だなあの子――

 

「皆さん、少しだけ私の話を聞いて下さい。どなたかお婆さんに席を譲ってあげて貰えないでしょうか? 誰でもいいんです、お願いします」

 

 立っている少女がバスの中全体に聞こえるようにそう言い放った。

  ほう、あの子結構勇気あるな。

  少し溜息を吐きながらも、僕は手を挙げた。

  流石にあのお婆さんも可哀想だし。名も知らない少女の勇気に敬意を表し、席を譲ろうと思った。

 

「あの。良かったらどうぞ」

 

 少女と目が合う。そして笑顔を向けて頭を下げてきた。

 

「ありがとうございますっ!」

 

 そう言って老婆を先ほど僕が座っていた席まで導いていく。

  老婆は少女に何度もお礼を言い。そして、僕にもお礼を言って来た。

  悪い気はしないな。

  しかし、あの二人の男女全く譲る気配無かったな。他の客はどうしようって悩んでいる風だったのに……。

  あ。また男と目が合った。

  なんか良く目が合うよな。アイツも周りを観察してるのか?

  そんな事を思っていると、バスが次の停車する場所を告げる。

  そこは――高度育成高等学校。

 

 ☆☆☆

 

  バスから降りると大きく伸びをする。

  混雑していたため窮屈だったのだ。

 

「あのっ!」

 

 唐突に後ろから声を掛けられる。振り返ると、先ほど老婆に席を譲ってあげてくれませんか。と言って老婆を助けていた少女が立っていた。

  あの時も思ったが、胸でかっ! こんな風に制服って押しあがるものだったんだな。

 

「あ……あの」

「あ。あぁごめん何かな?」

 

 僕は日々の日常で培った笑顔を少女に向ける。

 

「えっと。さっきは席を譲ってくれてありがとうっ!」

 

 どうやら、老婆に席を譲ったことのお礼を再度してきたみたいだ。

  律儀だなと思いながらも、僕は口を開く。

 

「大した事ないよ。それにちょっと譲るか悩んでしまったから」

「それでも、席を譲ってくれたよね?」

「まぁ……そうだね。あのお婆ちゃんも可哀想だったし」

「優しいんだね、えっと」

 

 少女が少し困った顔になる。

  そしてすぐに口を開いた。

 

「名前、教えてくれないかな?」

 

 あー、なるほど。別に隠すつもりもないし。これからも同じ学校に通うんだ、教えても良いかな。

 

「葉桜晶」

「はざくら君?」

「そう、葉っぱの葉にあそこに咲いている桜で葉桜」

「あきらはなんて書くの?」

「水晶の晶であきらだよ」

「ふーん。結構珍しい漢字だね!」

「よく言われる」

 

 お互いに笑い合う。

  そして僕は答えたんだから、この子の名前も教えて貰わないとな。

 

「君の名前は?」

「私? 私は櫛田桔梗」

 

 ききょうちゃんか。なんか桔梗って言うと犬の妖怪が出てくる作品のキャラを思い出すな。

  確かあのキャラは桔梗だったかな?

 

「櫛田の櫛は……これ」

 

 そう言いながら、鞄の中から一つのくしが出てきた。

  確か……くしを漢字にすると『櫛』になるな。

 

「田は田んぼの田!」

「桔梗は、花のあの桔梗で良いのかな?」

「うん! そうだよ、良く分かったね」

「何となくね。そんな気がした」

「あははっ。そうなんだ、名前教えてくれてありがとうね! じゃあまた学校で!」

「こっちこそ教えてくれてありがとう。また学校でな」

 

 お互いに手を挙げて別れの言葉を言う。

  僕もそろそろ行こうかと思った矢先、視界の端に男女が映り込み足を止めた。

  アイツらは……。

  先程バスにいた二人だ。

  何かを話しているようだけど、何を話しているかは全く聞こえない。

  まぁ盗み聞きする趣味は無いし。今はする必要は無いのだから、さっさと行こう。

 

 ☆☆☆

 

 

  自分に割り当てられたクラスを目指す。

  確か……Dクラスだったかな?

  Dクラス、Dクラスと小さく呟きながら、自分のクラスに向かう。

  到着――

  教室に入ると、何人かの生徒が既に来ていた。教室の扉を潜りながら、教室全体を見渡す。

  今日からこの人たちが僕のクラスメイトか……あれ? あの男は――

  僕が視線を向けてた先には、先程のバスにも、そして降りた時にも見かけた男がいた。

  アイツも同じクラスなのか。それと……隣の席の少女も見たことあるな。

  なんだかあのバスにいた生徒が、このクラスに集まっているような気がするのは気のせいだろうか? まぁ気のせいだと思っておこう。

  とりあえず、あの男子の前が僕の席みたいだな。席に座る。

  すると、後ろから声が聞こえる。誰と話しているのか気になり、窓の外を見るふりをして薄っすら反射している部分を見る。

  すると後ろの男は隣の女子と話しているようだった。

 

  あの二人は前から知り合いだったのか?

  そう思っていると、次に聞こえた言葉に僕は耳を疑った。

 

「オレは綾小路清隆。よろしくな」

 

 あやの……こうじ、きよたか?

  同姓同名なだけか? それとも、僕の知っている、『あの』綾小路清隆なのか?

  僕は視線を窓から自らの机に移し、口に手を当てて考える。

  もし、『あの』綾小路なら何故こんなところにいる? 彼はあそこから出られないはずだ……それとも彼もまた、逃げてきたのだろうか?

 

  そんな考えを巡らせている間も、後ろの二人は会話を続けている。

 

 そしてなんとなく視線を上げると、教室の入り口に一人の男子が立っていた。

  げっ!

 

「……なるほど。確かに不運ね」

 

 後ろから女子の声が聞こえる。

  僕も会話に参加してないが内心で同意しておく。まさしく不運だ。

  なんでよりにもよってあの男子もこのクラスなんだよ……。

 

「はぁ……」

 

 小さく溜息を吐く。

  そう、その人物とは、先程バスで櫛田桔梗とひと悶着起こしていた男だ。

  あまり関わりたくはないが、少しだけ観察してみるか。

  高円寺と記された席に向かっていくな。高円寺っていうんだな。

 

「え?」

 

 高円寺は席に座ったかと思うと両足を机に乗せて、鼻歌を歌いながら爪とぎを始めた。

  ダメだ。あの高円寺とかいうやつ。僕の予想通りの人物かもしれない。

  はぁ……本読むか。

  僕は時間が来るまで読みかけだった『罪と罰』を読むことにした。

  数分後、始業を告げるチャイムが鳴る。

  ほぼ、同時にスーツを着た一人の女性が教室に入って来た。

  ふむ……結構厳しそうな人だな。あの人がこのクラスの担任か?

  年齢は……予想でしかないが30くらいかな? でも、美人ではある。

  スーツでぴっちりしているから、スタイルも悪くないのは見て取れるな。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校は学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から一時間後に入学式が体育館で行られるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布はしてあるがな」

 

 前から見覚えのある資料が回って来た。

  まぁもうほとんど覚えているから、もう一度見る事はないとは思うけどな……。

  そんな事より、3年間このクラスでやっていくのか。

  チラリと、高円寺の方を見る。そして小さく溜息。

  憂鬱だ……。

  そして次に学生証カードという物が配られてきた。

  学生証カード――この学校の敷地内にある全ての施設、売店で商品を購入できたりする、クレジットカードの様な物。と茶柱先生が説明してくれている。ただ、ポイント制のため使い過ぎには注意がいるとか。

  学校内でポイントで買えないものは無い……ね。ちょっとだけそれが引っかかりを覚えたが、今は深く考えることをせず、茶柱先生の説明に耳を傾ける。

 

「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで利用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう」

 

 教室が一瞬ざわつく。

  まぁそうだろうな。今の説明を聞く限り、10万のお金が手持ちにあるのと変わらない。

  普通の学生なら本来持つことができない大金だ。

  僕は自分の学生証でポイントを確認する。確かに10万ポイント入っていた。

  毎月1日……ね。

  色々と気になることも多いけど。

  今はこの10万をどう使っていくか考えないとな。

  その後、茶柱先生の説明が続き最後に「良い学生ライフを送ってくれたまえ」と言って教室を出て行った。

 

  先生が居なくなった教室から話声が聞こえ始める。

  浮足立っている。するとそこに一人の男子が手を挙げた。

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

 その人物は好青年の雰囲気を漂わせている。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間あるし、どうかな?」

 

 ほう。櫛田さんもそうだったが、この生徒も中々すごいことする。

  みんな……まぁ一部違うかもしれないが、思っていたことを簡単に言ってのけた。

 

 そして一人が賛成! と言い口火を切る。それから、他の生徒達も後に続き賛成していく。

  最初に言い出した生徒が自らの自己紹介をする。

  名前は平田洋介というらしい。スポーツ全般好きだけど特にサッカーが好きらしい、そしてこの学校でもサッカーをするみたいだ。

  あの見た目でサッカーと来たか。これは女子からモテるだろうな。ほら、隣の女子とか見惚れちゃってるよ。

 

「もし良ければ、端から自己紹介始めて貰いたいんだけど……いいかな?」

 

 その端の女子生徒は戸惑ってはいたが、意を決して立ち上がる。

 

「わ、私は、井の頭、こ、こ――――っ」

 

 あらら。詰まっちゃか。

  まぁ仕方ないな。突然だったし、見た感じ平田君に対応しようとした感じだったからな。

  まだ自己紹介の言葉をまとめてなかったのだろう。

  傍からみて、わかりやすいほど青ざめていっているな。

  これだとちょっと難しいか?

 

「がんばれ~」

「慌てなくても大丈夫だよ~」

 

 それじゃあダメなんだよな、あのタイプは……。

  頑張れや大丈夫は一見優しい言葉だけど、余計にプレッシャーになってしまう時がある。まさに今がそのプレッシャーになってしまう状況だ。

  少し助け船を出そうと思っていた時、一人の女子が井の頭さんに声をかける。

 

「ゆっくりでいいよ、慌てないで」

 

 お。それはすごく今の彼女に適切な言葉だ。

  今の言葉で少し落ち着きを取り戻したみたいだな。ゆっくりと深呼吸をしている。

  これなら、大丈夫だな。

 

「私は、井の頭……心と言います。えと、趣味は裁縫とか、編み物が得意です。よ、よろしくお願いします」

 

 ホッとしたような表情をして、少し恥ずかしがりながら席に座った。

  そして次の生徒が立ち上がる。

  山内春樹。小学では卓球で全国にいき、中学は野球部でエースで背番号4番だったらしくインターハイで怪我をしてリハビリ中らしい。

  なんだか色々矛盾がある自己紹介だが、まぁ本人はウケ狙いだったのだろう。

  まったく何もウケては無いがな。

  そして次に、先ほど井の頭さんに助け舟を出した生徒――櫛田桔梗が自己紹介を始める。

  ずっと気が付いていたが、彼女もDクラスだったんだな。本当にあのバスにはクラスメイトがたくさん乗っていたんだな。

  高円寺、綾小路、そして黒髪の少女と櫛田さん。

  というか、彼女の目標すごいな。ここにいる全員と仲良くなりたいとは。

  パッとみ、難しそうなのが何人かいるんだが。それ以外なら、櫛田さんは打ち解けるだろうな。コミュニケーション能力は僕より上だ。

  さて……と、あと少ししたら僕の自己紹介だな。

  なんて言おうかな?

  普通にやるのもいいだろうし、少しウケを狙うのもありだな。

  そんな思考を巡らせている間に自己紹介が進んでいく。

  そして、自分の番が来た。

 

「皆さん初めまして。葉桜晶と言います。趣味は読書です。先ほどの櫛田さんじゃないですけど、自己紹介終わったら僕とも連絡先交換してくれると嬉しいです。よろしく」

 

 精一杯の笑顔を僕は作る。

  何人かが僕をみて頬を朱くしているのが見受けられた。

  まぁ色々考えてはみたが、やっぱり普通が一番だな。変にウケ狙うと滑る。

 

  それから赤髪が少し場を乱し、教室を出ていき、それを合図に自己紹介を乗り気じゃなかった生徒達が出て行った。その中には綾小路の隣にいた女子も含まれている。

  そして、高円寺の自己紹介が終わり、最後に綾小路の自己紹介の番が来た。

 

  まぁ……結果は、うん。可もなく不可もなくと言った感じだった。

 

  ☆☆☆

 

  偉い人のありがたいお言葉を聞き入学式が終わる。

  現在、僕はコンビニにいる。するとどういう事だろうか? 黒髪の少女と綾小路がいるではないか。あの二人よく一緒に居るよな。見た感じだと、前からの知り合いって雰囲気では無いし。

  とういうか、今気が付いたけど、僕あの黒髪の生徒の名前知らないな。

  接触してみるか。

 

「やぁ二人とも偶然だね」

 

 僕は二人に声をかける、綾小路は特に警戒した様子もなく、軽く手を挙げてくれた。

  しかしもう一人は警戒している……というよりは、僕に無関心なのか、テキパキと日用品などを籠に入れている。

 

「えっと確か……」

「葉桜だよ」

「葉桜。お前こそこんな所で何しているんだ?」

「ちょっと買い物をね。そっちもそうでしょ?」

「あぁ」

「……」

 

 僕と綾小路が話している間も、少女は籠に品物を入れている。

 

「えっと、確か、Dクラスにいたよね? 名前教えてくれないかな?」

「何で私があなたに名前を言わないといけないのかしら?」

 

 その辛辣な言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

「悪いな」

 

 そして何故か綾小路が謝る。

  さて、どうしたものか。

 

「別に綾小路君が謝ることはないと思うよ? うーん。そっかぁ名前教えて貰えないか。残念、じゃあこれから何かの行事で君を呼ばないといけなくなった時は、綾小路君と仲が良い女子って言って呼んでもらうしかないんだね……」

「…………堀北鈴音」

「え?」

「だから、堀北鈴音。私の名前よ」

「そうか、堀北さんって言うんだね。教室でも自己紹介したけど、僕の名前は葉桜晶。これから三年間よろしく」

 

 またスルーされた。

  この子スルースキル高いな。

  小さな溜息を吐きながら僕は気になったことを言った。

 

「ねぇ、君たち高円寺君が乗ってたバスに乗ってたよね?」

「あぁそうだな。それは葉桜も乗ってたよな? 何回か目が合ったし」

「あ。やっぱり気のせいじゃなかったんだ。なんか綾小路君とよく目が合うなって思ってた」

「オレも同じこと思ってた。さらに教室でも見かけたからな、なおさらびっくりした」

「僕もびっくりしたよー、そういえば、堀北さんと綾小路君って幼馴染とかそんな感じなの?」

「は?」

 

 僕の言葉に綾小路君ではなく堀北さんが反応する。

  しかも少しこちらを睨んでいる。

  え? 何か僕不味い事言っちゃった?

 

「私と綾小路君が幼馴染? 寝言は寝てから言うのね」

 

 よくはわからないが、綾小路君と幼馴染ってことが気に障ってしまったようだ。

 

「え? 違うの? だって二人ともバスに下りてから、何か話していたし」

「それは、彼が私の方を見ていたから理由を問いただしていたのよ」

 

 確かに、綾小路君はチラチラと堀北さんの方を見ていた気がするな。

  確かに筋は通ってるね。

 

「そ、そうなんだ。綾小路君はなんで堀北さんを見ていたの? やっぱり全く席を譲る気が無かったから?」

「あ、ああ。まぁそうだな。しかしよくわかったな」

 

 綾小路君が少し驚いた顔をする。

 

「まぁ僕も二人を見ていたからね。あの二人譲る気なさそーって」

 

 そう言うと、綾小路君と堀北さんは僕の顔をジッと見てくる。

  それを僕は笑顔で首を傾げる。

  ちょっと警戒させてしまったかな? でもまぁこのくらいは大丈夫だと思う。

 

 

「あなたも私を見ていたのね」

「正しくは綾小路君も見ていたけどね」

「そっちの趣味があるのかしら?」

「うーん。残念ながら、そっちの趣味は無いな」

「二人とも、そっちとか何の話をしているんだ?」

 

 どうやら、綾小路君は僕と堀北さんの会話についていけてないようだ。

 

  まぁそっちとか普通はわからないよね。

  むしろ、堀北さんが知っていることに驚きだった。

 

「うーん。今は秘密って事で。そのうち教えてあげるよ」

「そ、そうか」

 

 ふと、辺りから話声が聞こえてきた。

  カップ麺の話をしているようだ。

  そして綾小路君が少し挙動不審だ。僕と堀北さんは同時に顔を覗き込む。

  誤魔化すためか、近くにあったやたら目立つカップ麺を一つ取った。

 

「これ、凄いサイズだよな。Gカップって」

 

  同じカップ麺を手に取る。

 

「本当だね。なんかすごい」

 

 とりあえず、同意しておく。

  ふむ、どうやらギガカップという意味らしいなこれ。

  何となく自然の流れで堀北の胸を見てしまう。

  制服の上からでしかわからないが、堀北さんの胸って貧乳っていう訳でもないよな。かといって巨乳って程でもない。おそらく、その中間くらいの大きさだと予想する。

  ウエストとかも見ても結構細いから、無駄な脂肪が無いんだろうな。運動はちゃんとしている証だ。

 

「二人とも、今くだらないことを考えなかった?」

「……考えてないぞ」

「考えたよ?」

 

 綾小路君と僕が同時に発言する。

  そして、僕たちの中だけ一瞬の静寂が訪れた。

  そんな中でもニコニコと笑顔を崩さない。しばらくして、堀北さんが溜息を吐きながら「そう」と言って買い物を続けた。

  それからは他愛無い会話をしながらも、必要な物を籠に入れていった。

  あ、それと綾小路君はもう少し言葉を選んだ方がいいと思う。

  流石にストレートに言葉を放って来るからと、女子に髭剃りを持ちながら、顎とか脇とか、下の処理の事を言うのはダメだよ。

  まぁ正しくは下のっで汚物を見るような目で凄まれて止めたんだけど。

  そして無料の品物があることに気が付く。一ヶ月3点までと但し書きもされていた。

 

「無料……ね」

 

 その小さなつぶやきを聞き、堀北さんと綾小路くんはこちらの顔を覗き込む。

  僕は「なんでもないよ」っと言った。

  無料の品物か。ポイントを使い過ぎた人への配慮だと考えるのが妥当だろうな。

 

 

「っせえな、ちょっと待てよ今探してんだよ」

 

 そんな声が聞こえ、そちらに向くと一人の赤髪の男子がごそごそと何かを探しているのが見えた。

  あれ? あの男子は確か……同じDクラスだった人だ。名前はまだ知らないけど。

  見た所会計で揉めているようだな。そして、おそらくだが彼は学生証を忘れてきたのだろう。

  まだ、学生証がお金の代わりになる実感が湧いていないからこそ、起きた問題だろうな。

  普通の生徒ならここで「取りに戻ります」の一言を言ってすぐ解決するのだが、あの男子は見た感じ不良だ。それに周りからも「早くしろ」と言葉を投げかけられているから、なおさら怒りのボルテージも溜まっているのだろう。彼は見るからにイライラしている風だからね。

 

「何かあったのか?」

 

 綾小路くんが赤髪の生徒に声をかける。

 

「あ? なんだお前」

 

 綾小路くんは友好的に話しかけていたのだが、どうやら相手の方は敵が増えたと思ったのだろう。強気な態度で綾小路くんを睨んでいた。

  それから、綾小路くんは、自分は困ってそうだから声を掛けたんだと誤解を解き、そして代わりにポイントを払う事になった。

  ちなみにこの時の会話で、赤髪の名前が須藤だと判明。

  一応彼もクラスメイトだし覚えておこう。

  その後も、堀北さんとも揉め、コンビニから出てきた2年生にも絡んでいた。

  それを見た僕は少し呆れていた。いくらなんでも怒り過ぎだと思う。

  しかし、先輩も先輩だ。須藤がDクラスだとわかると態度を急変させていた。

  それに気になることも言っていた。

  不良品――

  一体それはどういう意味なのだろう?

  それから、須藤は怒りをあらわにさせながら、歩いて行った。

  いや――自分がまき散らした物の後片付けしなよ。

  そしてチラリと、コンビニの外壁を見る。

  監視カメラがある。この学校よく見るとあちこちに監視カメラが設置されているのだ。

  安全のためにしても少し多すぎる気がする。

  まぁ今はそれより、須藤がまき散らした物を片付けるか。

  僕がそう思い動き出すと綾小路くんも同じことを思っていたのだろう。片づけをしようとしていた。

 

「二人で片付けようか?」

「そうだな」

 

 こうして、二人で後片付けをした。

 

 ☆☆☆

 

 

 午後2時頃、その辺を探検しながら、我が家となる寮を目指す。

  そして寮の建物が見えたあたりで、後ろから声を掛けられる。

 

「あの、ちょっとよろしいですか?」

 

  そしてその声を聞き僕は嫌な予感がした。

  ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには身長150くらいでベレー帽を被り片手に杖を持つ銀色の髪の少女。

  僕はこの少女を知っている。何故か? その理由は実に単純。

  彼女――坂柳有栖は僕の幼馴染だ。

 

 

「……有栖」

「お久しぶりですね。晶くん」

 

  彼女はとても笑顔だ。しかし、今の僕の顔は傍から見てもわかってしまうほどに引きつっていることだろう。

 

「な、なんで君がここに?」

「あら? 私が居てはダメなのですか?」

「いや、そこまで言ってないよ……」

 

 そうある程度は心構えはしていた。もしかしたら有栖がいるのでは、と。

  しかし実際に目の当たりすると。なんというかうまいこと感情のコントロールができないな。

 

「フフフ。私は会えて嬉しいです」

 

 そして一拍間を開けると。

 

「やっと晶くんとの決着を付けられそうですので」

 

 ほらやっぱりな!

  そうだと思ったよ。僕が彼女が苦手な理由。

  容姿は非常に可愛らしく。有栖という名にふさわしいほどの見た目だ。

  本当に不思議の国から抜けてきたのではないかと思わせるほどにね。

  でも、そんな彼女は非常にプライドが高く、そして好戦的で冷酷。

  昔から僕はそんな彼女の標的にされていたのだ。

 

「晶さん」

「何?」

「1年と150日前の勝負の結果覚えていますか?」

 

 しばらく無言でいる。

  しかし、有栖はそんな僕が喋るのを待っているようだった。というか、1年前でもいいのではないか? なんで150日まで言う。

  本日本当に何度目かの溜息を吐くと口を動かした。

 

「忘れた」

 

 僕がそう言うと、笑顔のまま杖を地面にたたきつけ、カンッと鳴らす。

  その音に思わず肩を震わせてしまった。

  その杖で威嚇する癖やめて欲しい。

 

「嘘はダメですよ?」

「…………100戦中。10勝90敗だよね」

「やっぱり覚えているではないですか」

「でも、決着って言うけど。有栖が90勝したんじゃないか。だから、正直もう決着はついている気がするんだけど?」

 

 すると、有栖は瞑目する。そして静かに目を開けると、上目使いでこちらを見つめてくる。その瞳は少し怒りがこもっている様に思えた。

 

「それは。本気で言ってますか?」

「本気で言っているけど……」

 

 カンっと本日2度目の杖での威嚇。

  今度はびっくりしなかった。

 

「晶くんは私に10連勝しました」

「そうだね」

「私が気が付かないと思ってました?」

「何が?」

「晶くんが11戦目からワザと負けていることにです」

 

 僕は何も答えない。否定もしないし肯定もしない。

  僕と有栖はお互いに見つめ合う。それは1分、もしかしたら10分、もしかしたら、10秒だったのかもしれない、と思わせるほど短く、長い時間だった。

  そして、折れたのは有栖の方だった。

  有栖は溜息を吐き、笑顔を向けてくる。

 

「わかりました。今回はここまでにしておきます」

「今回だけじゃなくて、これからも止めて欲しいんだけど……」

「それは約束しかねます」

「そうか……」

「でも――」

「ん?」

「晶くん。本当にお久しぶりです。また会えて心の底から嬉しく思います」

 

 彼女の笑顔に思わず見とれてしまった。

  先程から作っていた笑顔とは違う。本当に彼女の心が籠った笑顔だった。

  そしてその笑顔が僕に向けられていることにちょっと気恥ずかかしさがあるため、目線を逸らす。

 

「まぁ、なんだ。僕も久しぶりに会えて嬉しいよ有栖」

「両想いですね」

「そうだね」

「それでは、私はお先に失礼しますね?」

「あぁ、また会おう」

「はい」

 

 そしてゆっくりと杖を突きながら有栖は寮の中へ消えていった。

 

「あ。有栖の連絡先聞くの忘れてた」

 

 そんなことを呟きながら、僕も寮の中へと入っていく。

 



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とある昼休みの出来事

「へぇー」

 

 寮の自分の部屋に入ると、自然とそんな呟きが出てきた。

  もちろん特別豪華ではない。しかし、僕にとっては『普通』の部屋とは新鮮な物なのだ。

  これからここで、寝て、起きて、学校に行く支度をするんだよな。

  そう思うだけで胸が高ぶる。僕が普通の生活できるなんて夢にも思わなかった分。その高まりは計り知れない。

 

 

「確か電気代やガス代は、特に制限はなかったよな」

 

 そんなことを口にだし。マニュアルを開く。うん。記憶通りだ。

  男女共用の寮なのは最初驚いたな。そして、有栖が居たことも。

  共用という事は、有栖と出会うこともあるんだよな。

 毎回、今回みたいに決着がどうのと言われたらたまったもんじゃないぞ。

 まぁ、それは置いておいて、ふむ。高校生にそぐわない恋愛は禁止……か。

  これってつまり、表向きの性的行為を禁止ってことを遠回しにいっているのだろうな。

  恋愛自体は禁止しているわけではないみたいだが。

 それは当然か、どこかのアイドルってわけでもないんだし。恋愛禁止にしても、隠れて付き合う人とか出てくるだろうから。

  それなら、境界線を引いてあげて、それを越えなければいいと言ってあげた方が、まだ健全な恋愛をする生徒が多いだろう。

 

「ヤル人はヤルと思うけど」

 

 再びマニュアルに視線を落とす。

  この学校は高い就職率を誇り、その施設や待遇も他校との追随を許さない日本屈指の高校。

  と、言われてはいるが、そんなものは僕には関係ない。

 僕がこの高校を選んだ最大の理由――それは、友人であれ肉親であれ、許可なく在校生との接触を禁止する。これが一番の理由だ。

  僕は自由が欲しかった。自分の好きな事に打ち込める時間が。それこそアニメやゲーム、ショッピング、料理。または心を許せる友人と遊びに行くでもいい。とにかく、何でもできる時間が欲しかった。

  常に他者の目を気にして過ごさなければいけない日々――

  常に自分がトップであり続けなければいけない日々――

 

「今思い出してもくだらない日々だな」

 

 そう吐き捨てる様に呟く。

  本当に良かった。この高校に受かるかどうかわからなかったから。

  でも、受かった。これで僕は自由を手に入れたんだな。

  少し気になることも多いが、それでもそれは僕の自分の意思で判断して動いていけばいい。誰かに強要されることはないんだ。

  それだけでも、受けた甲斐があるという物だ。

  ベッドに飛び込む。その僕が飛び込んだ衝撃で数回大きく弾むが、次第に小さくなっていく。

  ジッと天井を見る。そして小さく「やった」と呟き、今まで生きてきた人生を忘れるためのように、少しだけ仮眠をとることにした。

 

 ☆☆☆

 

 学校二日目、授業初日だったためか、大半が勉強方針の説明だけだった。

  先生達もフレンドリーで好印象だった。表向きは……ね。

  なんか引っかかる。いくら何でも、須藤くんの居眠りを見逃すだろうか? というか、須藤くんも結構な大物ぶりを見せてくれたものだ。

  こういう生徒が一人くらい居ても悪くないかもしれないな。短気なのはどうかと思うが。

 

  昼休みに入ると後ろから話し声が聞こえてきた。

 

「哀れね」

 

 この声は堀北鈴音の声だろう。

 

「……何だよ? 何が哀れなんだ?」

 

 こっちは綾小路清隆の声だな。

  僕は静かにごく自然な流れで、昨日交換した連絡先を確認するそこには『綾小路清隆』と書かれている。

  漢字も一緒か。

  やっぱり、僕の後ろにいる綾小路清隆は、『あの』綾小路清隆なんだろう。

  どういう経由でここに来たのか、どうやってあの『場所』から抜け出せたのかわからないが……。

  僕とは違うが、僕とほぼ同じ境遇の人物。

  人間好奇心には勝てないな。綾小路くんの事がすごく気になる。彼がどんな人物なのか、どんな考えで、どんな欲求を持っているのか。

  僕個人で興味がある。

 

「何の話しているの?」

 

 僕は体を後ろに向けて二人に話かける。

  すると二人は同時にこちらに顔を向けてきた。

  君たち仲良いね。堀北さんに言ったら怒られそうだけど。

 

「あぁ、葉桜か」

「あら、葉桜くんの席って、綾小路くんの前だったのね」

「そうだよ?」

 

 今まで気が付いていなかったのか……周りの事に関して全く眼中にないって事なんだろうな。

  でも、それだと色々とダメなんだけどな……。

  まぁそれは置いておいて。

 

「お前……それは酷すぎるだろ」

「あら? 何が酷いのかしら?」

 

 綾小路くんが苦笑いしている。そして僕も苦笑いする。

 

「と、とりあえず。何の話してたの?」

「あぁ、それは――」

「綾小路くんがあまりにも、誰かに誘って貰いたい、誰かと一緒にご飯を食べたい。という考えが透けて見えていて、哀れだって話しをしていたの」

「お前も一人だろ。同じように考えているんじゃないのか? それとも三年間友達も作らず一人でいるつもりか?」

「そうよ。私は一人の方が好きだもの」

 

 うわぁ……ここまで間髪入れず、しかも迷いすら感じさせないとなると、本心で言っているなこれ。

 

「で、でも友達の一人でも作らないと。いざって時に困るよ?」

「葉桜の言う通りだ」

「そのいざって時は来ないわ。それより、綾小路くんは私に構ってないで、自分の状況をどうにかしたら?」

「まあ、な」

 

 正論を言われてしまったな、綾小路くん。

  確かに綾小路くんは今のところ周りに溶け込めてないからね。

  見た感じだと、本人はそれをどうにかしたいとは思っているみたいだけど。

 孤立はそれはそれで、目立つ存在になる。それなら少しでも誰かの輪の中に溶け込んでいたほうが、まだ目立たないだろう。

  というより、孤立が原因でいじめでも起こったら目も当てられない。綾小路くんがいじめられる事はないと思うけど。

  本人はそれを避けたいんだろうね。

  綾小路くんの目がクラス全体を見ている事に気が付き、僕も少し見渡す。

  授業が終わって1分近く経過しているが、クラスの半分の生徒が姿を消しているのがうかがえた。

  残っているのは、誰かとどこかに行きたい人や、一人を好む人くらいだろうか? あ、あとは僕の様に特に気にしてない人とかかな。

 

「えーっと、これから食堂行こうと思うんだけど、誰か一緒に行かない?」

 

 平田くんは立ち上がると、そんなことを言った。

 お、さすが平田くんだね。自ら率先してきっかけを作りに行ったみたいだ。

  これなら迷っている人も安心して、手を挙げることができる。

  その証拠に綾小路くんが手を上げようとしている。頑張れ綾小路くん。

 

「私も行く~!」「私も私も!」

 平田くんの周りに女子が集まっていく。それを見ていた綾小路くんは上げかけていた手を下げた。

  あー残念。でも、イケメンの宿命でもあるよねアレ。

  平田くんの考え的には、一人でいる男子に向かって発言していたんだろうが、クラス全体に向かって言ったことが裏目に出てしまった。

 どんまい、綾小路くん

 

「悲惨ね」

 

 堀北さんが綾小路くんに向かって、冷笑、侮蔑の視線を向けていた。

 

「そんなこと言っちゃダメだよ? 堀北さん」

「そう言うってことは、あなたも同じこと思ったってことよね?」

 

 そう言われると苦笑するしかなかった。

 

「二人とも。勝手に心中察するなっ」

「他に居ないかな?」

 

 平田くんが辺りを見渡す。まぁあれだけ女子が多いと男子が欲しくなるよね。さすがにあれは寂しい。

  お。視線が僕の後ろの席で止まった。ということは、綾小路くんと目が合ったということだ。

 まだ二日目だけど、平田くんなら綾小路くんの訴えに気が付いてくれるはず。

 

「えーっと。綾小――――」

 

 平田くんが『あやのこ』まで言った時だ。

 

「早く行こ、平田くん」

 

 ギャルっぽい子が平田くんの腕を掴んだ。

  残念。今ので平田くんの視線が女子に戻された。そして和気藹々(わきあいあい)と平田くんと女の子たちが教室の外へ出て行った。

 そして、僕は視線を綾小路くんに戻すと、手と腰が中途半端に上げられていた。なんかここまで来ると可哀想だな。

  その状態が恥ずかしかったのか、手を頭の上に持っていき掻くふりをしていた。

 

「それじゃ」

 

 憐れむような視線を残して、堀北さんは教室を出て行った。

 

「虚しい……」

「どんまい」

「その言葉で、さらに虚しさが込み上げてきた」

 

 ここまで来ると本当に可哀想だ。仕方ない。助け船をだそうかな。

 

「良かったら。僕と一緒に学食に行く?」

「……」

 

 僕がそういうと、何故かポカーンと口を開けて間抜けな顔をこちらに向けてきた。

 

「いいのか?」

「うん。綾小路くんが嫌じゃなければ」

「あぁ、じゃあ是非一緒に行こう」

 

 そんな言葉と同時に、彼は立ち上がった。

  どうやら僕が誘ったのが相当嬉しかったようだ。

  僕も後に続くように立ち上がる。

 

「綾小路くん……だよね?」

 

 僕と綾小路くんが学食に向かおうとしていると、突如一人の美少女に声を掛けられる。綾小路くんが。

  その女子は短いショートの茶髪でストレート。

  その人物を僕は知っている。何故なら彼女とは一度自己紹介をしているから。そう――櫛田桔梗だ。

 

「同じクラスの櫛田だよ。覚えてくれてるかな?」

 

 僕はもちろん覚えているが、綾小路くんはどうなんだろうか? 櫛田さんと話すのは初めてだよな。この感じだと。

 

「何となく、だけどな。オレに何か用か?」

「うん……綾小路くんと葉桜くんに聞きたいことがあって。ちょっとしたことなんだけど葉桜くんと綾小路くんって、もしかして堀北さんと仲がいいの?」

 

 綾小路くんや僕が目的ではなくて、堀北さん目当てだったか。

  少し綾小路くんが残念そうにしてるな。

 

「僕は普通かな。向こうからは話しかけてくれないし。綾小路くんは仲良さそうには見えたけど?」

 

 僕が顔を向けると、綾小路くんは首を横に振った。

 

「別に仲良くないぞ。普通だ普通。あいつがどうかしたのか?」

「あ。もしかしてあれ? クラスのみんなと友達になりたいってやつ」

「うん。そうなの。それで一人一人連絡先聞いて回ってたんだけど……堀北さんには断られちゃって」

 

 なるほど。それで僕や綾小路くんに話しかけてきたわけか。

  特に綾小路くんは、結構話しているところを見かけるし、なおさら仲良いように見えたのかも。

 

「入学式の日も、綾小路くんは学校の前で二人で話してたよね?」

 

 あぁ櫛田さんも会話しているの見てたんだね。まぁ見ていてもおかしくはないけど。

 

「堀北さんってどういう性格の人なのかな。友達の前だと色んなこと喋ったりする人?」

 

 随分と堀北さんにこだわるね。それほど仲良くなりたいのかな?

  僕は櫛田さんをジッと見つめる、するとこちらに視線を向けてきてにっこりと笑いかけてくる。

  少し気になる。ちょっと彼女は警戒しておいた方がいいかもしれない。せめてこちらのプライベートをペラペラと喋らなようにはしないと。

 

「人付き合いが少し苦手なタイプだと思うけど。でも。どうして堀北のことを?」

「ほら、自己紹介の時、堀北さん教室出て行っちゃったでしょ? まだ誰ともお話ししてないみたいだし、ちょっと心配になっちゃって」

「話は分かったけど、オレも昨日出会ったばっかりだからな、助けにはなれない」

「僕も同じようなものだし、ごめんね。助けになれなくて」

「いいよ、いいよ。気にしないで。でも、ふぅん……そうだったんだ。葉桜くんはともかく、綾小路くんは同じ学校の出身か昔からのお友達だと思っちゃった。ごめんね、いきなり変なことを聞いて」

「いや、いいよ。ただ、なんでオレの名前を知ってたんだ?」

 

 自己紹介してたから、それで覚えていただけだろうけど。

 確かに大半の生徒はあれだけで名前は覚えられてないかもしてないが、覚えている人は覚えているものだ。そしてそういう人はクラスの中心になることが多い。

 

「なんでって、自己紹介してたじゃない? ちゃんと覚えているよ」

 

 そしてこの櫛田さんも。このDクラスの中心となる人物になるとは思う。見る限りどこかのグループに属するとかはしない感じには見えるが。

  ふと、綾小路くんの方を見るとちょっと嬉しそうだった。良かったね。あんな微妙な自己紹介でも聞いてくれていた人いてくれて。というか、平田くんも覚えていたんだけどね。

 

「改めてよろしくね、綾小路くん」

 

 櫛田さんは綾小路くんに手を伸ばしている。

  その行動に一瞬戸惑ったような反応をするが、すぐにズボンで手を拭いて手を握り返していた。

 

「よろしく……」

「はい。葉桜くんも」

「え? 僕も?」

「うんっ!」

「じゃあ。改めてよろしく。櫛田さん」

「よろしくね。葉桜くん」

 

 僕とも握手を交わす。

 

「それじゃあ、僕は綾小路くんと学食行ってくるね」

「あ。そうなんだ。邪魔しちゃってごめんね」

「気にしてないよ。ね、綾小路くん」

「あぁ、全然気にしてない」

 

 それだけ言って、僕は櫛田さんに「またね」と言って綾小路くんと一緒に学食に向かう。

 

 




初めましてソラたんです。自分で考えたとはいえ、この名前恥ずかしいですね。

とりあえず、今回も読んでくださってありがとうございます! それと、沢山のお気に入り登録と感想ありがとうございます。

基本的にはこの物語は原作沿いで進んでいきます。なのでちょっとしばらくは坂柳有栖の出番はないかもしれないです。でも、出せそうな場所があればしっかり出しますので、楽しみにしていてください。

それではまた次回もよろしくお願いします。


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ちょっとしたお遊び

たくさんのお気に入り登録ありがとうございます。

今回はオリジナルのお話が多くなっておりますので楽しんでいただけると嬉しいです


「うぁ……」

「……これは流石に無理そうだな」

 

 二人で学食に来たのはいいが、その混雑ぶりに二人して引いてしまった。

 

「どうする?」

「コンビニで何か買って教室で食べるか」

「そうだね」

 

 同意して僕たちは学食を後にした。

  それからコンビニまで来て、綾小路くんが僕に話しかけてきた。

 

「なぁ葉桜」

「何かな?」

「お前とオレはどこかで会ったことあるか?」

 

 突然そんなことを言い出した。

  正直なことを言いうと僕は知っている。けど、それは遠くで見ていただけ。綾小路くん本人とは話すのは、初めてだった。

 

「うん? 綾小路くんと話すのは初めてだよ?」

「そうか……悪いな変なことを聞いて」

「気にしなくてもいいよ。でも、どうしてそんなことを聞いたの?」

 

 もしかして何か勘づいたのかもしれない。

 

「いや……よくわからないんだが、葉桜からは同じにおい? っていうのかそんな感じがしてな」

「え!? 僕綾小路くんと同じ匂いする!?」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「あはは。わかってるよ。でも、そうだね僕も同じこと思ってたよ!」

 

 笑顔を作り明るく言い放つ。

 

「そうなのか?」

「うん。綾小路くんとはどこか似ているところがあるなって。そして仲良くできそうだなっとも思った」

 

 これは嘘ではない。綾小路くんとは仲良くできそうだと思ったのだ。

 しかし、まさか綾小路くんがそんなことを思っていたとは意外だった。何か本能的に感じ取ったのかもしれない。

  となると、『あの』場所――ホワイトルームにいた彼ならちょっとしたことで何かを勘づいてしまうな。

  僕自身はバレても問題はないが、綾小路くんがどうなのか今の段階ではわからないのだ。

  もし、彼が自分を知る人がいるだけでも邪魔だと思うなら。僕と敵対してしまう。それだけは避けたい。

 

「そうか。オレもお前とは仲良くできると思う」

「うん。とりあえず、まずは食料確保だね」

「あぁ」

 

 そして僕たちはコンビニの中へ入っていって、適当にパンを買って教室へ帰る。

 教室の中には10人ほどクラスメイトが残っていた。机をくっつけて友達同士で食べる人や一人で食べている者と様々だ。

  僕たちは二人で食事をしようとしていると、綾小路くんの隣の席の人物が戻ってきていた。

  その手にはとても美味しそうなサンドイッチを持っていて、それを口に運んでいっている。

 そして、相変わらずの話しかけるなというオーラを醸し出しているな堀北さんは。

  あんなオーラを出されては無理に話しかけるわけにはいかないので、僕たちは他の人たちにならって、机をくっつけて買ってきた菓子パンを食べる。

  食べている間、無言というのも寂しいので「これ美味しいね」など言って舌鼓をうって会話をしている。すると学校のスピーカーから音楽が流れる。

 

「本日、午後5時より、第一体育館にて部活動の説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、第一体育館の方に集合してください。繰り返します、本日――」

 

 

 ふーん。部活動か。ちょっとは興味があるけど……やめておこうかな。

 

「ねえ堀北さん――」

「なあ堀北――」

 

 僕と綾小路くんが同時に発言する。

 

「私は部活動に興味ないから」

 

 まだ何も言っていないのに、何故かそんなことを言われる。

 

「まだ何も言ってないよ?」

「じゃあ何かしら? 葉桜くん」

「部活に入らないの?」

 

 うっ……なんか冷たい目で見られた。

  まぁ言いたいことはわかるよ。

 

「はぁ……綾小路くんは?」

「オレも葉桜と同じことを言おうとしていた」

「あなた達ねぇ……」

 

 呆れたような声を出す堀北さん。

 

「私最初に興味ないって答えたはずだけど? あなた達は痴呆なの? それともバカなの?」

「僕はただのバカかな?」

「……」

 

 またも冷たい目で見られた。そして小さく溜息を吐いた。

  呆れられたかな? 

 

「興味が無くても、部活に入らないとは限らないだろ?」

「それを屁理屈と言うのよ。あなたの辞書に追加しておきなさい」

「そうします……」

 

 苦笑いを浮かべる僕。

  しかし、堀北さんはやっぱり友達とかは作る気はないみたいだね。

  進学か就職が目的だったとしても、そのままだといずれ社会で孤立する。

  社会で孤立は……事実上の死を意味する。

  僕はそれを良く知っている。だからこそ、コミュニケーションは最低限必要なんだ。

 

「よっぽど友達がいないのね」

「悪かったな。未だに満足に話せるのは葉桜とお前だけだ」

「やった! なら、綾小路くんと堀北さんは僕の友達だね」

「私を入れないでもらえるかしら?」

「え? なんで?」

「私はあなたの友達じゃないからよ」

「そうなの? 残念」

「それと、綾小路くんも私を友達にカウントしないでね」

「お、おう……」

 

 別にカウントしてもいいと思うんだけどな。

  とりあえず、これ以上は突っ込むと痛い目にあいそうだし、話題を変えようかな。

 

「それで、綾小路くんは部活は何を見に行く予定なの?」

「実はまだ考えていない。というか、入らないと思う」

「そうなんだ」

 

 なんで説明会に行くんだろうか? 

  今までの綾小路くんの行動を考えると、それこそ友達作りのためだったりしそうだな。

 

「入部するつもりもないのに、説明会には行きたいなんて。変わっているわね。それとも部活を口実に、友達を作ろうと画策しようとしている、とか?」

 

 どうやら、堀北さんも同じことを思っていたようだ。

  綾小路くんがわかりやすいのもあるけど、結構、堀北さん頭の回転がいいな。

 

「初日失敗したオレにとって、残された最後のチャンスは部活しかないと思うんだよな」

「私以外を誘えばいいじゃない。というより、葉桜くんを誘いなさいよ」

「それもそうだな。なぁ葉桜――」

「ちょっと待った!」

 

 僕は綾小路くんをが次に紡ごうとした言葉を止めて。

  先程からずっとポケットの中でなっている携帯を取り出す。

  番号は知らない。だけど、これを誰かなんとなく予想はできた。

  だから、「ごめんちょっと電話出てくる」と言って。二人から離れる。

  そして呆れながら息を吐くと。電話に出る。

 

「もしもし」

「やっと出てくれましたね」

 

 その声は間違いなく、僕の幼馴染、坂柳有栖の声だった。

 

「何の用かな? というか、どうして僕の番号を知っているの?」

「フフフ。まず後者の質問からお答えしますね。それは調べたからですよ。そして次ですが、これから説明会が始まりますがそれには参加せず、私と会ってはくれませんか?」

 

 僕が聞きたいのはその調べた方法なんだけどな。

  まぁこれに関しては、理事長が僕の番号を知っているから聞いたんだろうな。

  理由は適当に作ってね。

 

「うーん。これから友達と一緒に参加しようと思っていたんだけど?」

「あなたならそうすると思いまして、先手を打たせて貰いました」

 

 僕が友達と約束を付けることを予想して、ずっと鳴らしてきていたのか。

  もう少し綾小路くんと話したいが、彼とはいつでも話せるし、何より有栖の誘いを断ると後々怖いんだよね。

  ここは有栖の誘いに乗っておこうかな。彼女も理由もなく僕を呼んだりしないだろうし。

 

「わかった。どこで待ち合わせする?」

「そうですね……では、コンビニの前でどうでしょう?」

「じゃあそこで、すぐ向かって来るの待ってるよ」

「いいえ、待っている必要は無いですよ?」

 

 ん? それはどういう事だろうか? あ。まさか……。

 

「もしかして……コンビニの前にいる?」

「はい。流石ですね」

 

 有栖のやつ初めからコンビニの前で待ち合わせするつもりだったな。

  小さく溜息を吐き。「すぐ行くよ」と言って電話を切った。

  そして、教室にいる綾小路くんに一緒にいけない事を伝えた。少し残念そうな顔をしていたのがとても申し訳なかった。

  そして、急いでコンビニの元へ向かう。そして目的地が見えてくるとそこには杖を持っている女子が一人いた。

  そしてその人物は僕が良く知る人物――坂柳有栖だ。

 

「お待たせ」

「電話を切ってから約10分ですか。少し走りました?」

 

 確かに少し走った。全速力じゃないため特に息は切れてはいないが、時間で走ったことを言い当てられるとは思わなかった。というかなんで時間計っていたんだ?

 

「まぁ少しね。それで僕に何の用?」

「ちょっとしたお遊びに付き合ってくれませんか?」

「お遊び?」

「はい。あちらです」

 

 有栖はコンビニの方へ顔を向ける。僕もそれに釣られるように見ると、そこには何人かの生徒がいた。やっぱり全員が全員、説明会に行くわけではないようだ。

  しかし、なんだろう? 何も不自然なところはないけど何か違和感がある。特にあの女子。

 

「何かわかりましたか?」

「うーん。なんかあの長髪の女子少し気になるかな」

「今飲み物を見ている方ですか?」

「そうそう」

 

 なんだろう。別に怪しい素振りはないのだが何かが変だ。まるで視察しているようなそんな感じがする。

 

「有栖」

「何でしょう?」

「お遊びって言ってたけど、何をするの?」

「あそこの方が万引きを成功させるかどうか、賭けませんか?」

 

 やっぱりそういう類のお遊びか。もっと別の遊びが良かったな。

 

「はぁ……」

「何故そこで溜息をなさるのですか?」

「いや、それわかって言ってるよね?」

「フフフ。さぁ? どうでしょう」

 

 とりあえず、こっちに来た以上、有栖の遊びに付き合うしかないか。

  とりあえず、あの女子が万引き成功させるか、失敗するかのどっちかに賭ければいいんだよね?

  だとしたら、あの子は成功すると思う。動きがとても自然でまるで今から万引きするように見えないのもあるし、監視カメラの位置もしっかり確認している。

 

「決めましたか?」

「うん。で、どっちから言う?」

「私から誘ったのですから、お先にどうぞ」

 

 手を前に少しだけ出してそう言う。

 

「……失敗する方に賭けるよ」

「そうですか。では私は成功する方へ賭けますね」

「というか、何を賭けるんだこれ?」

「お遊びですから、何も賭けなくてもいいのですが、そうですね。せっかくですから100のプライベートポイントを賭けましょうか」

「了解」

 

 ジッと有栖と僕はコンビニの中にいる女子を見る。そして、彼女は何事も無かったかのようにコンビニから出てきた。

  そして結果は――何も盗まなかった。

 

「あら残念ですね」

「この場合どうなるの?」

「引き分けですね」

 

  まさか何も盗まないとは思わなかった。あの感じだともうコンビニの中を把握していると思っていたんだが、まだ視察するつもりなのかそれとも次にこのコンビニに来た時に何かを盗むのか。僕にはわからないけど。

  ちょっとあの子は可哀想に思える。完全に有栖に目を付けられているからね。彼女が有栖の前で万引きすれば、きっと有栖のおもちゃにされるだろう。

 

「さて、お遊びも終わりましたし。行きましょうか」

「え? どこに?」

「その辺を散歩するんですよ。最初に晶くんがしていたじゃないですか。だから、私もしようかと。是非、エスコートしてくださいませんか?」

 

 元々このために呼んだね有栖。

  まぁいいか。なんだか昔を思い出すし。

  小さいころは僕は有栖を守る騎士だった。彼女の後ろに付いていき彼女に危険が迫ればその危険分子を排除した。そして彼女が命令すればその命令通りに行動した。

  今思うと良いように使われていたな。

  でも、ある日――有栖は僕と戦いたいと言った。僕はいつも通り命令に従い全力で有栖の相手をした。結果勝利した。

  そこから、有栖は他の人には目もくれず僕だけを追いかけるようになり、そしてその度に勝負を挑んできた。

  最初の数回は有栖が楽しそうだったからいいかなとも思っていたのだが、流石に10回もするとうんざりして来たので、手を抜いた。

  懐かしいな。本当に。まぁここでも勝負はすることになるだろうけど、どうせ試験の点数の結果くらいしか勝負することはないだろうし、ちょっと安心。

 

「……どうかしました?」

「あぁ、なんでもないよ。それじゃあ行きましょうか。姫様」

「ええ、お願いします。私の騎士(ナイト)様」

 

 その後は有栖と雑談を交え(杖で僕の足を狙いながら)、学校の敷地を見て回った。

 



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図書室での出会い

 昼休みが終わると、次は水泳の授業が始まる。一部の男子がやたら盛り上がっている。

  綾小路くんも結構興味あったりするのだろうか? と思い目線を向けてみるが全くそんな気配はなかった。表情だけで、内心もしかしたらワクワクしているかもしれないが……流石にそれは無いな。

 

「一緒に行こうぜ、綾小路」

「え? そ、そうだな」

 

 池くんが綾小路くんを誘って更衣室へ、そのあとを綾小路くんも早足気味でついていく。

  池くんは女子の水着が見れるということで盛り上がっていた一人だけど、あのコミュ力は素晴らしいと思う。

 あの辺は堀北さんや綾小路くんも見習った方がいいね。と、そんなことを考えながら更衣室に入る。

  中に入ると目に入ったのは須藤くんのバスケで鍛え抜かれた肉体だった。流石と言うべきか、他の生徒達と比べてもよく鍛えられて良い体格をしている。

  というか、堂々とパンツ一丁になっているな。綾小路くんがそのことについて聞いていた。

  まぁ確かにコソコソとしていた方が逆に目立つのは同感だ。

 

 

「うひゃあ、やっぱこの学校はすげぇな! 街のプールより凄いんじゃね?」

 

 プールに来るとそんな声が聞こえてきた。どうやら池くんの声のようだ。確かに普通のプールよりは凄いかもしれない。結構水も綺麗だからしっかり管理されている証だ。しかも室内にあるため天候には左右されることがないため、雨で中止ということは起こらないだろう。だけど、それは嬉しい人は嬉しいが、嬉しくない人は嬉しくないだろうね。

  水着とはいえ自分の体を他人に見せるのは苦手な人はいるだろう。特に女子はね。

  しかし、先ほどから池くんと綾小路くんが会話しているね。会話の内容はちょっと酷い物だけど盛り上がっている。

  しばらくして、「うわ~。凄い広さ」という声がプールに響き渡る。その声に男子達が落ち着きがなくなる。そう――女子が着替え終わり出てきたのだ。

  池くんが身構えている。流石にそれは露骨すぎるよ? あと、嫌われるからもう少し冷静になった方が……。

  まぁ僕も全く興味ないわけじゃないけどね。櫛田さんや長谷部さんとかね。特に長谷部さんはクラスで一番大きいとか言われているらしい。教室に戻った時、胸の大きさで賭けているということで参加させられた時に聞いた。

  賭け自体に興味はなかったが、胸が大きい子には僕も男なので興味はある。だけど、男子達の期待は裏切られてしまった。

  何故なら――長谷部さんが見学組に居たのだ。

  なんだか少し周りが騒がしいがそれは無視して、ざっと見渡す。長谷部さんの他に何人か見学者がいるね。

  長谷部さんの他に佐倉さんもいるね。

  んー、なんか佐倉さんどこかで見たことある気がするんだよね。一体どこだったかな?

  おっと、目があったな。流石にこれ以上見るのは失礼だ。

  視線を戻すと、櫛田さんが山内くんと池くんに話しかけていた。あの妖艶な身体に見惚れている男子達はすぐに目線を逸らした。どうやら自らの男の象徴がそそり立つのを避けるために逸らしたようだ。

  まぁ……確かに櫛田さんのあのDかEくらいの胸に程よくついているふとももやお尻の肉……あれで反応しない男はそうそういないだろうね。僕は別に何とも思わなけどね。女性の肉体は見慣れているし。

 

  と、そろそろ。僕も混ざろうかな。

 

「やあ、堀北さん」

「あら、葉桜くん……」

 

 何故か僕の体を凝視してくる。そして次に綾小路くんの体も見ている。

  なんだかよくわからず首を傾げる。

 

「綾小路くん、何か運動していた?」

「え? いや、別に。自慢じゃないが中学では帰宅部だったぞ」

「そう。じゃあ葉桜くんは?」

「え? 僕は運動部とかには入っていなかったよ。まぁたまに体動かしたくなるから、少しランニングはするけど」

「そう。でもなんか二人とも、帰宅部だったり、ランニングする人間の体じゃあないわよ?」

 

 堀北さんのその言葉に僕と綾小路くんは顔を見合わせる。そしてお互いに自分の体と相手の体を交互に見る。

  確かにね、腕の発達とか背中の筋肉とか帰宅部ではありえない筋肉の付き方しているな。

 

「確かにな葉桜の体はランニングだけしている人の筋肉の付き方じゃないな」

「それはこっちの台詞だよ。綾小路くんの腕の発達とか背中の筋肉とな普通じゃないよ?」

「両親から恵まれた身体貰っただけじゃないか?」

「うーんとてもそうには見えないけどな。ね、堀北さん」

「え? えぇ、私も同感だわ」

「お前たちは筋肉フェチか? 言い切れるか? 命賭けるか?」

 

 そこまで否定するのか……随分と必死みたいだね。

  堀北さんも少し不満そうだ。自分の目には自信があったのかな? 多分その目は間違いないけど、綾小路くんからそのことを聞き出すのは無理だろうね。

 

「堀北さんは泳ぎは得意なの?」

 

 櫛田さんからの質問に少し怪訝な表情になるが、質問に答える堀北さん。

 

「得意でも不得意でもないわね」

 

 なんとなく堀北さんの体に目線を向ける。服の上からでも何となく予想はついていたけどやっぱり結構良い身体しているよね。変な意味じゃなくて。

  無駄な肉が無いと言うか、健康的だ。

 

「私は中学の時、水泳が苦手だったんだ。でも一生懸命に練習して泳げるようになったの」

「そう」

 

 興味なさげに返事を返すと、櫛田さんから距離を少し取った。これ以上は会話をしたくないのだろう。櫛田さんも可哀想に。

 

「振られちゃったね」

「あはは。だね。でも私諦めないよ!」

 

 そう言って両手に拳を作り胸まで持っていく。その時少し胸が揺れ、辺りの男子の視線を集める。

 

「よーしお前ら集合しろー」

 

 体育会系の細マッチョが集合をかける。おそらく体育の先生なのだろう。

  ちょっと暑苦しい雰囲気があるな。少し近づきたくはない。

 

「早速だが準備体操をしたらお前らの実力が見たい。泳いでもらうぞ」

 

 うーん。さてどうするか。少し力をセーブした方がいいよね。そんなことを考えていると。一人の生徒が先生に泳げない事を伝えていた。しかし、先生は何故かその言葉に夏までには泳げるようにしてやるっと言っている。

  やっぱり見た目通りの熱い先生のようだ。

 

「別に無理して泳げるようにならなくていいですよ。どうせ海なんていかないし」

「そうはいかん。今はどれだけ苦手でも構わんが、克服はさせる。泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」

 

 必ず、ね。随分とその部分を押すんだね。これはやっぱり何かあると考えべきかな? この学校はどうもおかしな点が多すぎる。

  まぁただ教師としてカナヅチを直してあげたい気持ちがあっての言葉なのかもしれないけど。

  準備体操をして、プールにつかる。冷たいと感じる事はなかった。しっかり温度が適切に調整されているのだろう。泳げない人は歩いてもいいということらしく、歩いている生徒もいる。僕は泳げるので体がプールに馴染んで来たあたりで泳ぎ始める。

  50m泳いだ後は全員が終わるのを待つ。

  皆が泳ぎ終わると、先生が競争をしてもらうと言い放った。そして一位になった者には5000ポイントを支給するとか。一番遅かった者は補習らしい。

 

  ポイント云々は置いておいて、流石に最下位にはなりたくないな。補習は面倒だよ。

 

 そして競争が開始したわけだが、女子が最初のため男子が興奮気味だ。正直ちょっと気持ち悪い。いやまぁ同じ男子だから品定めする気持ちはわかるんだけど……あからさま過ぎて引く。だけど、平田くんはやっぱり他の男子と違うみたいだ。そんな目で見ている気配もない。

  皆モテたいならあのくらいはできるようにならないとね。

 

  そして開始の合図とともに女子たちがプールに飛び込む。ふむ。堀北さん結構早いなー。流石に水泳部の人には劣ると思うけど。まぁ流石にそれは仕方のないよね。

 

  タイムは28秒ほどか。やっぱり早い。

  そして次々と女子が泳いでいく。が、試合は一方的だった。水泳部の小野寺さんが26秒を出したため、圧勝だ。

  ちなみに櫛田さんは31秒といい結果を残している。

 

  さて、と次は男子の番だ。僕の相手は……須藤くんに綾小路くんか。

  笛が鳴り全員が一斉に飛び込む。そして50mを泳ぎ切った。結果は26秒05。

 

「ふう」

「おい」

「ん? 何?」

 

  泳ぎ終わり休憩していると須藤くんが話しかけてきた。

 

「お前意外と泳げるんだな」

「本気で泳いだからね! でも流石須藤くんだよ。25秒切っちゃうなんて」

「ふん。当たり前だろ!」

 

 少し誇らしげに笑っていた。

 その時、女子の黄色い声が聞こえる。一瞬何事かと思ったけど、そこには平田くんが居たため、納得する。

 

  平田くんのタイムは26秒13だった。サッカー部だったと言っていたが水泳もできるんだね。これは尚更女子からの人気が高まりそう。というかもう既に人気は上がるところまで上がっているな。

  さっきから歓声が女子のものばかりだ。

 

  その後高円寺くんが泳ぎ始めるが、それがすごい早かった。プロ顔負けのフォームと速さだ。そして、タイムを計っていた先生も思わず二度見してしまうほどのタイム――23秒22だ。

  そして決勝戦が始まる。あ。そうか僕も出ないといけないのか。

  その後、高円寺くんがぶっちぎりの一位で終了した。僕? 僕は流石にほぼ同じタイムでゴールして終わった。

 

 ☆☆☆

 

 

 プールの授業があった日から一日が経過した放課後。僕は図書室に来ていた。本を読むことは自己紹介で話した通り趣味なので、この学校の図書室にどんな本が置いてあるのか気になったのだ。

 

  んー、やっぱり図書室を使う人はほとんどいないようだ。一応利用している人は何人かいるけど、どの生徒も見たことがない。他のクラスの人か上級生しか利用していないのだろう。うちのクラスの人もできれば利用して欲しいものだけどな。

  そんなことを思いながら本棚を見ていく。結構品揃えよさそうだ。ミステリー小説からSF小説、恋愛小説と多数のジャンルが揃っている。

 

「これなら本で困ることもなさそうだ」

 

 そんな独り言をつぶやいていると、一人の女子生徒が背伸びをして本を取ろうとしているのが見えた。

  とりあえず、彼女の手に沿って目線を上にあげ取ろうとしている本を確認する。

  そして彼女の隣まで行くと、その本を取る。その時「あ」という声が聞こえたが、すぐに女子生徒に向きその本を渡す。

 

「はい。これが取りたかったんだよね?」

「はい……ありがとうございます」

 

 僕の手から本を受け取ると頭を下げてお礼を言って来た。そして顔を上げるとジッと僕の顔を見てくる。

 

「どうしたの?」

「いえ、知らない顔だと思いまして」

「なるほど。そうだね僕も君の顔知らないね。自己紹介する?」

「はい」

「じゃあ言い出しっぺの僕から。僕はDクラスの葉桜晶だよ、よろしく」

「私はCクラスの椎名ひよりと言います。よろしくお願いします」

 

 なるほどCクラスの人だったのか。

  お互いに自己紹介が終わると少しの無言が訪れる。

 

 

「椎名さんはミステリー小説好きなの? それとも、その著作者が好きなのかな?」

 

 僕は椎名さんが手に抱えている本を指さして言う。そしてそれに釣られるように椎名さんは視線を本に移し、再びこちらに顔を向けてくる。

 

「そうですね。著作者も好きですが、本全般が好きです」

「そうなんだ。いいよねドロシー・L・セイヤーズの本」

 

 僕がそう言うと椎名さんの目がキラキラと輝きだした。

 

「葉桜くんはドロシー・L・セイヤーズの本を読んだことがあるのですか?」

「え? う、うん。読んだことあるよ。全部は流石にないけど、『誰の死体?』とか、『不自然な死』とか。あとは……『毒を食らわば』とかも読んだよ」

 

 読んだ本を次々言うと、彼女は笑顔になっていった。

 

「もしかしてですけど。葉桜くんは読書家なのでしょうか?」

 

 とても言い方はほんわかしているが、何故か力強い物を感じた。

 

「読書家って程でもないけど、本を読むのは好きだよ」

「是非、お友達になってください!」

 

 ずいっと椎名が一歩近づいてきた。その時の甘い香りが鼻腔をくすぐる。しかしそれを堪能する余裕はない。

  今の彼女の態度に僕は困惑しているのだから。

 

「と、友達?」

「はい。私実はまだまともに本の話ができる人が居なくてですね」

 

 なるほどね。それで僕と友達になりたいのか。まぁその気持ちは僕にもわかるな。自分の好きな物を話せる友達が居ないのは寂しいものだ。

  丁度僕も本の話をできる知り合いが欲しかったし、椎名さんと連絡先交換しておこうかな。

 

「そうなんだね。良いよ。友達になろう。じゃあ、まずは連絡先の交換からだね」

「はい。よろしくおねがいします」

 

 そう言って椎名さんはポケットから携帯を出した。僕も同じ様にポケットから出して連絡先を交換した。

  その時一件のメッセージを受信する。送り主は……有栖だ。

 

 

「……」

「あの……どうかしました?」

 

 連絡先を交換して直ぐに無言になったため、椎名さんが心配そうな顔を僕に向けてきた。

 

「ごめん。知り合いにちょっと呼ばれちゃった。また今度本の話ゆっくりしよう」

「そうなんですね……ちょっと残念ですが、お友達に呼ばれたのなら仕方ないです」

「うん。本当にごめんね。あ、まだこの図書室で本を読んだりする?」

「え? はい、もうしばらくはここにいようかと思ってます」

「なら、何か面白い本あったら教えて。僕もそれ読むから」

「はい! わかりました。葉桜くんの為にピックアップしておきます」

「ありがとう。じゃあまたね」

「はい。また」

 

 お互いに手を軽く振って僕は図書室を後にした。

  椎名ひより、か。まさかこんな所で同じ読書好きに会えるとは。ちょっと学校生活楽しくなるかも。

 

 

 ☆☆☆

 

 有栖に呼ばれて、コンビニの前へと来た。

  するとそこには昨日の昼間と同じくベレー帽を被り、銀髪を揺らしながら優雅に立っている有栖の姿があった。

 

「有栖。一体今度はなんの用なんだい?」

「良いじゃないですか。さて、では行きましょうか」

 

 そう言い有栖は杖を突きながら歩き出そうとする。

 

「待て待て、一体どこに行くの?」

「あぁそういえば言ってませんでしたね」

 

 いや、その顔ワザと言わなかったよね?

  有栖はいつもこうだ。人を振り回しておもちゃみたいに扱う。困った姫様だよ本当に。

 

「一緒にお茶をしませんか?」

「ここまで来て断ることも出来ないとわかってたよね? まぁいいよ。行こうか」

「はい。では行きましょう」

 

 歩き出した有栖の隣に並びゆっくりとカフェへと向かう。

  というよりも、何故校舎の一階にあるカフェ、パレットに向かうのにここで待ち合わせなんだろうか? そんな疑問を残しつつ僕は有栖と一緒にパレットに向かう。

  そしてしばらくしてカフェに着いたわけだが……すごい人数だ。

 

「なんか、すごい人数だね」

「そうですね」

 

 僕と有栖は周りを見渡す。どうも人が多すぎる気がする。しかもよく見るとDクラスの生徒ばかりだ。

 

「どうかなさいました?」

「いいや。なんでもないよ」

 

 そう言って注文を終わらす。頼んだドリンクを持って、再び周りを見渡した。

  やっぱり多いなDクラス……。

  ん? あれって綾小路くんと堀北さん? 二人ともこんなところに来るような人ではないと思ったけど、あれ? 櫛田さんが二人に挨拶している。

  あーなるほどそういう事か。元々パレットは人気のあるカフェだったけど、流石に満員になるには早すぎる。ということは、これは櫛田さんが仕組んだことだねきっと。そうまでして堀北さんと仲良くなりたいのか、昨日釘を刺されていたはずなんだけどな。

 

「何を見てらっしゃるのですか?」

「知り合いがいただけだよ、ほら席を探そう」

「……そうですね」

 

 怪訝な顔をこちらに向けてきていたがスルーする。

  そしてこれが櫛田さんのが仕組んだのなら、たぶん一言声を掛ければ。

 

 

「ごめん。良かったら相席してもいいかな?」

「え? 葉桜くん。いいよ。私たちもう出るところだけ」

 

 そう言ってクラスメイト二人が立ち上がり席を譲ってくれた。

 

「本当? ありがとう」

「ううん。いいよ、じゃあまた明日学校でね」

「うん。また明日学校で、あとこのお礼はさせてもらうから」

「わかった。楽しみにしておくね」

 

 クラスメイト二人は僕に手を振って去っていった。

 

「人気者なんですね」

「何が?」

「先程のお二人は同じクラスの人ですよね?」

「そうだよ」

「仲良さそうですね、少し妬けてしまいます」

「へー、本当にそうなら嬉しいことだけど。実際はどうなの?」

「さあ?」

 

 首を軽く傾げて笑顔を向けてはぐらかす。

 

「まぁいいけどね」

「それより、なんだか懐かしいですね」

「何が?」

「こうやって晶くんとお茶するのが、ですよ」

「あぁ、確かにそうだね。前は結構お茶しに一緒に出掛けていたっけ?」

「はい。本当に懐かしいです。あの頃はお互いまだ12でしたね」

「あの頃はまだ有栖の騎士だったね」

「はい。あの時はとても頼もしかったですよ?」

「嬉しい事言ってくれるね」

 

 そうあの頃はまだ少しだけ自由だった。しかし小学校の卒業まじかで自由は無くなった。

 

「……は」

「晶さん」

 

 僕が昔を思い出して苦笑していると。有栖が手を握って来た。

  何事かと思い有栖を見る。

 

「今は自由ではないですか? なら、今を楽しむべきですよ?」

「有栖……」

 

 有栖のその言葉がとても嬉しかった。

 

「そうだね。存分に楽しませてもらうよ。君のお父さんのこの学校でね」

「はい。存分に楽しんでください。しかし――」

 

 少しだけ間を置き有栖は喉を鳴らす。

 

「いずれ、今は隠している『牙』を見せてくれると嬉しいです」

「それはもう見る事は無いと思うけど……」

「いいえ。きっと晶くんはもう一度見せてくれます。私はそう確信しているのです」

 

 その自信はどこから来るのかわからないが、有栖が何も確証無しにそうい事をいうはずがない。ということは、やっぱりこの学校は何かあるんだろうな。

 

「牙……ね」

 

 ちらりと綾小路くんの方をみる。どうやら堀北さんに作戦を看破されてしまったようで、堀北さんが居なくなっていた。

 そんな光景をみて息を一つ吐き、まだ温かいコーヒーを口に一口含む。

 

「そうだな。あの坂柳有栖が言うんだ、期待しているよ。ぜひ僕に本気を出させてみせてよ」

 

 そんな僕の言葉に有栖は嬉しそうに微笑む。紅茶を一口飲むと口を動かす。

 

「ええ、保証しますよ。きっと貴方は本気になります。いいえ、私が本気にさせます。楽しみにしていてください。葉桜(はおう)晶くん?」

「その呼び方やめてくれない? あまり好きじゃない。」

「そうですか? 私はぴったりだと思いますが」

「勘弁してくれないかぁ……僕の苗字は『はざくら』なんだけど。間違っても『はおう』なんて物騒な苗字じゃない」

 

 そんな会話をしながらも、有栖とのお茶を楽しんだ。

 

 




はい。今回は椎名ひよりの初登場と有栖た葉桜くんの絡みでした。


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神室真澄との出会い。

 入学してから三週間が経過した。有栖とお茶してからその後は有栖からのお誘いは無くなった。もちろんメッセージのやり取りはある。

 そして、椎名さんとも定期的にメッセージのやり取りをしている。僕がおすすめあったら教えてと言ったためか、初めて出会った日の夜に初のメッセージのやり取りをしたのだ。その内容が――数々のおすすめの本のタイトルで埋め尽くされていた。 

 流石の僕でも一瞬引いてしまった。だけど、折角、僕の為におすすめの本を教えてくれたので、次の日に図書室に行き借りることにした。もちろんおすすめに書いてあった気になるタイトルだけだ(三冊くらい)。もしあれを全部借りようとしたら大変な事になる。何故ならあのメッセージに掛かれていたタイトルはちゃんと数えてはいないが、10冊以上はあった。

 

「綾小路くんも、随分友達が増えたんじゃないの?」

「まあぼちぼちと」

 

 そんな声が後ろから聞こえて来る。確かに綾小路くんはこの三週間で友達が増えたと思う。池くんに山内くんに須藤くんだ。まぁこの三人は3バカトリオなんて呼ばれているが……。これは他人の評価だし気にしなくてもいい。誰が誰と仲よくしようが本人の自由なのだから。

 

「うーっす」

 

 授業も後半に差し掛かろうとした時、そんな声と共に教室の扉が開かれた。須藤くんが登校してきたのだ。眠そうに欠伸をしながら自分の席に着く。

 やっぱり注意はしないのか……。ここの学校は本当に不思議だ。遅刻、居眠り、私語。これらをしていても先生たちは何一つ注意をしない。放任主義だと言われればそれまでだが、それにしても不自然だ。

 普通の学校なら言うことを聞く聞かないは置いておいても、何かしら注意をするもの、でもこの学校は全くそれをしない。

 それを僕は疑問でしかたがない。

 そんなことを考えていると、ポケットに入れていた携帯が振動する。そしてちらっと画面を見ると、一部の男子で作られているグループにチャットが入ったようだ。そして内容を見てみると、今日は食堂で食べるという話をしているようだった。

 

「なあ堀北。昼、一緒に食わないか?」

「遠慮しておくわ。あなたたちのグループには品がないから」

「……それは否定しない」

 

 いや、そこは否定しておこうよ。でも僕も否定はできないな。だって彼らはいつも下ネタを言っていたり、誰々が可愛いや、誰と誰が付き合っていてとかそんな話題ばかり。

 もっと他に話題がありそうなものだなのだが、どうしてかそんな話題ばかりになる。

 といっても、僕はあまり関わってはいないんだけどね。平田くんたちといる事が多いからなのか。僕を誘う事は少ない。一応このグループチャットにはいれて貰えたけど。

 再びグループにメッセージが入る。内容を確認すると、平田くんと軽井沢さんの二人が付き合っているという話題だった。

 少し前から知っていたので驚きはないが、初めて知った時は驚いた。平田くんの性格なら告白されても断ると思っていた。

 だからこそ、軽井沢さんと付き合う事になったと聞いたとき、一瞬だが何か理由があるのでは? なんて無粋な考えが思い浮かんだ。

 まあ流石にそれは無いだろうと思い。すぐに頭の端っこに追いやったけどね。

 

 しかし軽井沢さんか。チラリとクラスメイトの軽井沢恵を盗み見る。平田くんはあんな感じの子が好きなのかな? ギャルっぽい見た目のためか、近寄りがたいと思っている男子が何人かいるようだ。僕もちょっと苦手とする見た目だからあまり話したことはない。一応平田くんと一緒にいること多いから話しかけられたりはするんだけどね。

 

 

 ☆☆☆

 

 次の3時間目の授業は社会。そしてその担当の先生はこのDクラスの担任の茶柱先生だ。

 

「ちょっと静かにしろー。今日はちょっと真面目に授業を受けて貰うぞ」

「どういうことっすかー。佐枝ちゃんセンセー」

 

 誰が最初に言い出したのかわからないが、佐枝ちゃん先生という愛称で呼ばれるようになっていた。先生にたしてその呼び方はどうかとは思うだ。個人的に可愛いので本人を前では呼んでいないが、心の中でたまに呼んでいる。

 

 

「月末だからな。小テストを行う事になった。後ろに配ってくれ」

 

 前からプリントが配られてくる。僕はそれを受け取ると1枚だけ残して後ろの綾小路くんに回す。

 そして視線をプリントに落とす。主要5科目の問題がまとめて載っていた。

 

「えぇ~、聞いてないよ~。ずる~い」

「そう言うな。今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されることはない。ノーリスクだから安心しろ。ただしカンニングは当然厳禁だぞ」

 

 なんだか引っかかる言い方をしたな。成績表に『は』反映されない、ね。

 まぁ成績表には反映されないけど、一応今後の参考用とは言っているから真剣に問題解くのを頑張ろうかな。

 突然小テストが始まり、僕は問題に目を通す。1科目4問で全部で20問、そして各5点の配当の100満点だ。

 しかし随分と問題が簡単だな。これならケアミスとかしない限り満点取れるんじゃないかな? と思っていると最後の3問だけが桁違いの難しさだった。

 なんとなく茶柱先生の方を見ると、教室をゆっくりと巡回を始めていた。一応カンニングの監視をしているのだろう。

 

「ふむ。問題解いていこうかな」

 

 そんな独り言を言いながらプリントの問題を解いていく。

 

 ☆☆☆

 

 

 お昼を食べ終えるタイミングで携帯がメッセージを受信する。そして携帯を開くと、そこには送り主の名前が書いてあった――坂柳有栖。

 

『こんにちは、晶くん。先ほどの小テストでお話がしたいので、会えませんか?』

 

 そんな短い文だった。

 

「小テスト……ね」

 

 とりあえず、『わかったよ。じゃあどこで待ち合わせする?』とメッセージを送信する。そしてそれと同時にメッセージを受信した。もう返信が来たのかな? と思ったが送り主が違った。

  送り主は椎名さんだった。

 

『こんにちは。先程の小テスト最後の3問だけすごく難しかったですよね。葉桜くんは最後の問題解けましたか?』

 

 こちらも小テストについての話題だった。

 すぐさま指を動かし文字を打つ。

 

『こんにちは! めちゃくちゃ難しかった(´;ω;`) 全然わからなかったよ』

 

 と、返信しておいた。

 

「ねえ、葉桜くん」

 

 僕の隣で一緒にご飯を食べていた平田くんから声をかけられる。僕は「何?」と言って返事をした。

 

「一緒に教室に戻らない?」

 

 うーん。いつもならOKを出すんだけど生憎と今日は有栖に呼ばれているからな。

 

「ごめん。ちょっと昼休み終わる前に行きたいところがあるから」

「そうなんだ。なら仕方ないね、ごめんね」

「いいよ。気にしなくて。こっちこそごめんね」

「うん。じゃあまた教室で」

 

 軽く手を挙げて返事をする。その時ふと視線を感じてそちらに向く。すると軽井沢さんが何故かこっちをジッと見ていた。僕は首を傾げて軽井沢さんに話しかける事にする。

 

「どうかした? 軽井沢さん」

「別になんでもない。教室に戻ろ! 平田くん」

 

 そう言って平田くんの腕を引っ張り連れて行ってしまった。

 何だったのか良くはわからないけど、気にしない方がいいだろう。それよりも有栖だ。遅れると何言われるかわからないからね。

 待ち合わせ場所はお決まりのコンビニ前。ここ以外に他にないのかな? そんなどうでもいいようなことを考えながら、コンビニ前まで行くと、有栖の他にもう一人女子生徒がいた。その女子生徒はどこかで見たことある気がする。

 

「お待ちしておりました」

「待たせてごめんね。それで、その人は?」

「……」

 

 女子生徒はこちらと目を合わせようとせず横をずっと見ている。

 

「この方は神室真澄さんです。私の最初のお友達です」

 

 神室真澄と呼ばれた女子に目を向ける。あの態度見る限り、向こうは友達だと思ってないように見えるのは僕の気のせいだろうか? というかなんで鞄持っているんだろう? まぁ……それは置いておこう。

 しかし、彼女が最初の友達ね。彼女確か前に有栖と『お遊び』したときに有栖に目を付けられていた人だよね。ついに弱みでも握られちゃったんだろうか? 御愁傷様としか言えないな。

 

「ふーん。それでそのお友達を僕に紹介するために今回呼び出したの?」

「いいえ。メッセージで送りましたよね? 小テストについて話がしたい、と」

「うん。それは覚えているよ。でもなんでその話をするのに神室真澄さんも必要なの?」

「彼女は私の『お友達』なのでぜひ話し合いに参加してほしかったんですよ」

「お友達、ねぇ」

「なんですか?」

 

 ニコニコと笑みをこちらに向けてくる。何かを期待するように……。

 

 

「本当に神室さんは友達なのかな? この人、万引きしようとしていた人だよね?」

 

 その言葉に神室真澄は瞠目(どうもく)してこちらに顔を向けてくる。

 

「ちょっと坂柳! あんたこいつに言ったの!?」

「いいえ、何も言ってませんよ? ただ、前に神室さんがコンビニで偵察していた時に万引きを成功させるかどうか、軽いお遊びで賭け事をしていただけです」

「な!?」

 

 神室さんは何かを言おうとしたが、すぐに言葉を飲み込んだ。

 

「まぁ今はそれは置いておいて、小テストの話だよね?」

「はい。どうでしたか?」

「そっちと同じかはわからないけど、結構簡単だったよ。最後の三問以外」

「はい。こちらも同じです。それで、問題は解けましたか?」

 

 僕は手を上にあげて首を振る。

 

「全然わからなかったよ」

「そうですか。晶くんなら三問全部解けると思っていましたが……」

「それは買いかぶり過ぎじゃないかな?」

「そうですか? このぐらいでも全然足りないと思いますけど」

 

 そこまで買われると結構プレッシャーになるんだけど。というか、それがわかってて言っているよね? これ。

 

「ねぇ」

「なんですか?」

「何?」

「あなた達ってどういう関係なの? こいつは坂柳の名前を呼び捨てにしているし、坂柳も親しそうに話しているけど」

 

 有栖まだ僕と幼馴染だってこと話して無かったんだね。何も知らないのに僕と坂柳が親しそうに話しをしていたらびっくりするよね。

 

「そういえば、まだ晶くんの紹介はしていませんでしたね。では、改めて。こちらはは葉桜晶くん。私の幼馴染です」

「よろしく」

「幼馴染?」

 

 そんなことを呟きながら怪訝そうな顔をする。

 

「坂柳に幼馴染が居たなんてね。意外」

「それはどういう意味ですか?」

「別に深い意味はない」

 

 まぁ言いたいことはわかる。有栖の性格を考えれば友達なんて居るのか? と思ってしまうからね。その考えは正しいとは思う。だって彼女にと友達は必要ない、必要なのは『駒』なのだから。

 その駒を手に入れるためなら友達のフリくらいはしてみせるだろうが。

 

「そうですか……ところでお二人とも喉が渇きませんか?」

「そうね。私はちょっと飲み物欲しい」

「晶くんは?」

「そうだなー今はそんなにだけど、一応何か買っておこうかな」

「では、ちょうどコンビニの近くですから、何か買いましょう」

 

 そう言って中に入っていく。そして僕と神室さんもコンビニへと入る。

 コンビニに入ると真っ先にドリンクが置いてある棚へと向かう。神室さんが。

 僕はその姿をジッと眺めていると、ちょっと違和感を覚える。神室さんの動きが何か変なのだ。さらに良く観察してみると、一個のドリンクに()()を伸ばし一つ取る。その後、こちらをちらっとみたあと、視界から見えないところに移動した。

 辺りを見渡す。店員はレジにいて、監視カメラもしっかりと配置されて死角が無いように思える。

 

 

「神室さん」

「何?」

 

 僕は神室さんの後を追い後ろから声を掛ける。そして神室さんは()()振り返る。

 

「神室さんは何を買うの?」

「そうね、やっぱりいいかなって思えてきてた。ポイントもったいないし」

「そう……でも、さっき何か飲み物取ってたよね?」

「あー、アレね。やっぱり棚に返してくる。だから、あんたもさっさと買って来たら?」

「そうだね。でもその前に――」

 

 そして神室さんに一歩近づく、近づいて来て僕に怪訝そうな顔を向けてくるが、それを無視して神室さんにしか聞こえない程の小声でしゃべる。

 

「万引きは良くないよ?」

「……」

「気が付かないと思った? 今の僕の位置からだと、鞄が邪魔で飲み物を取った右手が見えないけど。ちょっと挙動がおかしかったよ?」

 

 その言葉に神室さんは僕の目を見てくる。それに答えるように僕もジッと見つめた。お互い数秒無言で見つめ合ったあと、神室さんは一つ息を吐き鞄から飲み物を取り出す。

 

 

「坂柳の言うとおりだったわけか。じゃあ買ってくる」

 

 それだけ言ってレジに向かっていった。

 これも有栖の命令でやったってことかな。なんとなくは予想してたけど。僕を呼んだのは、神室さん僕を見せるためだったのか。

 それなら万引きするのを止めなければ良かったかな……でも気が付いちゃってら止めないわけにもいかないしな。

 しかしあの神室真澄って女子すごいな。命令されたからって普通万引きを実行するかな? しかもまるで当り前の様に平然としていた。普通の人なら全く気が付かなかっただろうな。その冷静さと度胸に賞賛を送りたくなる。万引きは悪い事だけど。

 しかし有栖良い駒を手にいれたみたいだな。ちょっと僕も『欲しい』と思ってしまった。

 

「……やめておこう」

 

 独り言を言い飲み物を持ってレジへと向かった。

 そしてコンビニから出てくると。有栖と神室さんが入り口の近くで待っていた。

 

「どうでしたか?」

「どう、と言われてもな……まぁ神室さんがすごい人っていうのはわかったかな?」

「そうですか。それは紹介したかいがありました」

 

 ニコリと笑った。その時風が吹く。有栖はベレー帽が飛ばされないように手で押さえる。

 そして隣に居た神室さんも風で揺れているサイドテールの髪を押さえている。

 

「しかし二人とも随分と回りくどいことしたね」

「……なんのこと?」

 

 神室さんが怪訝そうな顔をする。どうやら本当に理解していないようだ。そして対称的に有栖は表情一つ変えず、こちらを見つめてくる。

 

「だってこれ単なる自己紹介でしょ?」

「自己紹介?」

「そう。有栖は僕に神室さんを紹介したかったんだよ。そして神室さんにも僕を紹介したかった。違う?」

「はい。その通りです」

 

 いまだ理解ができてないのか、神室さんが首を傾げる。

 

「普通の自己紹介って名前とか趣味とかいうだけでしょ?」

「そうね」

「じゃあちょっと話がそれるけど、今回神室さんは僕に対してどんな印象を抱いた?」

「どんなって……すごい目ざといやつ」

 

 その辛辣な言葉に思わず苦笑いするが、そのまま話しを進める。

 

 

「そ、そうなんだ。とりあえず神室さんはそう思った。そして僕も神室さんのことを冷静ですごい人だと思った。これが有栖が仕組んだ自己紹介だよ」

「どういうこと?」

「有栖が何を考えて行動しているのかわからないけど、神室さんの能力を僕に見せたかったんだろうね。そして、神室さんに僕の能力を見せたかった」

 

 有栖の方に顔を向ける。

 

「はい。その通りです。早めに神室さんには、晶くんがどんな人なのか知ってもらっておかなければならないと思いまして」

 

 だから万引きで試したわけだ。

 

「それでもう満足した?」

「ええ、十分です」

「じゃあもう帰っていいかな? そろそろ昼休み終わりそうだし」

「はい。では私たちも戻りましょうか神室さん?」

「……わかった」

 

 二人は歩き出そうとする。しかし僕は一人の名前を呼び止める。

 

「あ。待って神室さん」

「何?」

「連絡先教えてくれないかな?」

「なんで私が――」

「良いではないですか? 教えてさしあげては?」

「……はぁ」

 

 大きな溜息を吐きながら、携帯を出してくる。そしてこちらも携帯を出して連絡先を交換した。

 その後、次の授業を準備をした。



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実力至上主義

「あれ? 偶然だね」

「あ。葉桜くん」

 

 僕はぶらぶらと学校の敷地を歩いていると、平田くんと軽井沢さん、そして、松下さんと森さんの四人の集団を見つけて声を掛けた。

 

「四人とも何しているの?」

「これからどこに遊びに行こうか話をしていたんだ」

「へえー、僕は適当にブラブラしていたよ」

「あ。そうなんだ。だったら、僕たちと一緒に遊びにいかない?」

 

 本当は既に答えは決まっていたが、一瞬だけ考える素振りをした。

 

「うん、じゃあ一緒に行こうかな」

 

 こうして五人で行動することになったわけだが、少しして櫛田さんと出会った。どうやら池くんたちと遊びに行くらしく、良かったら僕たちも来ないかと誘ってくれた。

 これは僕の予想だけど、おそらく池くんたちは僕たちが来ることを良しとしないだろうと思っている。でも、断る理由もないので、そのお誘いに乗ることにする僕と平田くんたちであった。

 そしてしばらく歩くと、池くんたちの姿が見えてきた。そのメンバーの中には綾小路くんの姿もある。

 

「遅くなってごめんね。お待たせっ!」

「うおお、待ってたぜ櫛田ちゃん! って、何で平田たちが居るんだよ!?」

 

 池くんは櫛田さんを見るなり飛び跳ねたあと、後ずさり大げさに転んだ。随分と忙しい。

 そして綾小路くんも呆れたような顔をしているが目に入った。

 

「あ、途中で一緒になってさ。折角だから誘ってみたの。ダメだった?」

 

 櫛田さんがそう言うと、池くんは近くにいた綾小路くんの首に腕を回して何かを耳打ちしている。

 何を言っているのはだいたい予想ができる。おそらく平田くんや僕を追い返す方法を聞こうとしているんだろう。綾小路くんの表情を見る限りでは、別に僕たちはいても良いとは思ってはくれてはいるみたいだ。

 

「あの、もし僕たちがお邪魔なら別行動するよ?」

 

 僕の隣にいた平田くんが遠慮がちにそう言った。おそらく池くんたちがコソコソ話しているのが気になったのだろう。僕も邪魔だと思われて一緒にいるのは申し訳ない気持ちがあるから、平田くんが言わなかったとしても僕が言っていた。

 

「べ、別にいいんじゃね? なあ山内っ?」

「お、おう。一緒に遊ぼうぜ。賑やかな方が楽しいし。な、池っ?」

 

 随分とわかりやすい。二人とも本当は邪魔だ!と、言って僕たちを追い返したい気持ちがある筈なのに、櫛田さんの好感度を下げない為に無理して僕たちを歓迎している。

 

「つーか、当たり前でしょ? なんであたしらがこの三人の顔色窺わなきゃいけないわけ?」

 

 軽井沢さんの意見はもっともだけど、そこに綾小路くんは入れないで上げて。たぶん彼はこの三人の中だと何倍もマシだと思うから。

 そんなことを思いながら、僕は綾小路くんと同じで、やや後方で皆についていく。

 池くんと山内くんは平田くんを両サイドで囲んでいた。人間って不思議なものでなんだかんだ言いながらも、男子は男子、女子は女子で固まることが多い生き物だ。そして池くんも山内くんも平田くんが邪魔だと思っていても、こうやって両サイドで囲んで話をしている。

 

「ぶっちゃけ聞くけどさ、平田。お前、軽井沢と付き合ってんだよな?」

 

単刀直入に池くんは平田くんにそんなことを聞いている。これはあれだろうか? 敵かどうかの確認だろうか?

 

「え……。それ、どこで聞いた話?」

 

 流石に驚き、慌てた様子だ。これは結構出回っている噂だから、そんなに驚くことでもないとは思うけど。平田くん自身は広まって欲しくなかったのかもしれない。

 

「ほら、やっぱりバレてたみたいよ? あたしらが付き合っていること」

 

 平田くんが肯定、否定する前に軽井沢さんが平田くんの腕を取ってぎゅっと挟み込んだ。そして苦笑して頬を人差し指で掻きながら付き合っている事実を認めた。

 そんな二人を見て、僕は目を細め観察する。

 この二人何かが引っかかる。確かに恋人同士に見えなくはない。ないのだが……。なんだろうか? 違和感がある。まるで、作り物の恋人を演じているような感じがする。

 いや――流石にこれは考え過ぎか、この二人が恋人同士を演じるメリットがない。

 

「マジかよー! 軽井沢みたいな可愛い子と付き合えて超羨ましいぜ」

 

 心底羨ましそうに山内くんが言った。これはどっちなんだろうか? 本当に羨ましいと思っているのか、それとも嘘で言っているのか。嘘を嘘と思わせず口にするのは結構難しいものだ。

 

「櫛田ちゃんは、彼氏とかいんの?」

 

 池くんが櫛田さんに話題という名のバトンを渡す。

 

「私? 私は残念ながらいないなぁ」

 

 その言葉に池くん、山内くんは顔をニヤけさせていた。もう少し隠す努力をしてもいいとは思ったが、とりあえずスルーする。

それに櫛田さんが彼氏が居るのを隠している可能性もあるだろう。だけど概ねフリーなのはこれで決まったも同然だ。綾小路くんも少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

 

「ねえ、葉桜くんは、どうなの彼女とか?」

 

 今度は櫛田さんが僕にバトンを渡してくる。

 

「僕? 僕も居ないよ」

「そうなんだ。でも、図書室とか、コンビニの前で女子と仲良く話しているの見たって言っている子とかいたよ?」

 

 おそらく、それは有栖と椎名さんのことだろう。有栖は幼馴染で椎名さんとも友達なだけだ。どちらかが彼女というわけではない。

 さて、どういったものか。

 

「あーコンビニの前で話していたのは僕の幼馴染だよ」

「へー、幼馴染の子もこの学校に通っているんだ」

「うん。偶然にもね」

「じゃあ図書室では?」

「あの子は同じ趣味を持っている友達だよ」

「そうなんだ。じゃあその子も本が好きなんだね」

 

 その言葉に内心驚く。まさか僕の趣味を覚えていてくれていたとは。

 

「そうだよ。僕ともすごく話が合うんだ」

「ふーん。じゃあ、誰かと付き合いたいとか思ったことはないの?」

 

 何故か櫛田さんは質問攻めをする。しかし……誰かと付き合ってみたいと思ったことか。

少し考える。僕は今まで誰かと付き合ってみたいと思ったことはない。何故か? それはとても単純明快。周りに僕と釣り合う人が居ないから。

 僕に言い寄って来る女性は沢山いた。だが、その全てが醜い理由で近づいてくる人ばかり。だから、誰とも付き合いたいとは思ったことはない。

 

 

 

「僕も男だからね。一度くらいはあるよ考えたこと」

 

 心にもないことを言う。

 

「そうなんだ!」

「さて、この話は終わりにして。何か別の話をしようよ!」

 

 無理やり僕はこの話を終わらせる。そして再びみんなで雑談をしながら歩く。平田くんと軽井沢さん、山内くんと池くんは露骨に櫛田さんを囲んでいて、森さんと松下さんは僕を囲んでいる。そのさらに後ろは綾小路くんが一人でいた。

 

「なぁ池、どこに行くんだ?」

 

綾小路くんのそんな質問に池くんは鬱陶しそうに振り返って不愛想に答えた。

 

「俺たち、まだ入学してそんなに経っていないだろ? 敷地内の施設を見て回るんだよ」

 

 つまり、明確な目的地がないということだ。チラリと肩越しに綾小路くんの方へ眼をやると、少し居心地が悪そうな顔をしていた。そろそろ流れ変えようかな。

 

「ねぇ、松下さん、森さん。二人はどこか見に行ったりした?」

 

 僕を囲んでいる二人に話を振る。

 

「え? あ、えーっと、どうかな。映画館には一回いったかな。ね?」

「うん。学校が終わってから二人で」

「そうなんだ! 僕も行ってみたいとは思っていたんだけど、まだなんだよね。軽井沢さんたちはデートで何か特別な場所には行った?」

 

僕は3つのグループを繋ぐための行動をしていると、櫛田さんがジッとこちらを見ていることに気が付いた。そしてその目を見た時に背筋に寒気が走る。

 

「どうしたの櫛田さん?」

「何が?」

「いや、なんかジッと見てたから……」

「あー、葉桜くんコミュニケーション能力高いなって」

「そ、そうかな? 普通だと思うよ? それなら櫛田さんの方が高いと思うし」

「私なんて全然だよ。葉桜くんの方が高いと思うよ?」

 

 手を前に出しブンブンと振る。

 いや、それは無い。間違いなく櫛田さんの方がコミュニケーション能力は上だ。彼女の今までの行動を見ているとわかるが、人をよく見ている。無駄に話題を振っても困ってしまう人がいても、しっかりとその人の性格や考え方に配慮している。だけど、けして無視をしているわけではないと目で伝えたりしている。僕でも意識しないとできない。

しかしなんだろうか。彼女から威圧感に似た何かを感じるのは気のせいか?

 そんなことを考えていると、辺りが騒がしくなってきた。どうやら敷地内のブティックで足を止めたようだ。

 僕も何回かは来たことがあるため、中に入ろうとする。しかし、そこで足を止めて後ろに振り返る。そこには綾小路くんがいる。

 

「綾小路くんここに来るのは初めて?」

「あ、あぁ」

「せっかくだし、私服でも買ったら?」

「そうだな。そうしよう」

「綾小路くんは何が似合うかなぁ?」

「まさか俺のを選ぶつもりか?」

「そうだよ? 自分のは何着か持っているから、綾小路くんの選んであげようかと」

「なんだその理屈……」

「気にしない、気にしない。さぁいくよ」

 

 そう言って綾小路くんの後ろに回り込み、背中を押して店の中へ入る。

それから、程ほどに洋服をチェックした後、カフェに足を運んだ。

 そして平田くんは袋をたくさん持っている。これは全て軽井沢さんの選んだ洋服だ。しっかりと会計しているところを見てないが、3万は使っているのではないかと思う。

 

「皆はもう学校には慣れた?」

「最初は戸惑ったけど、もうばっちりだぜ。つか、夢の国過ぎて、一生卒業したくなねー」

「あはは、池くんは学校生活を満喫しているって感じだね」

「あたしとしては、もっとポイントが欲しいって感じ? 20万……30万ポイントくらい? 化粧品とか洋服とか買ってたら、もう殆どポイント残らないっつーの」

「高校生で毎月30万も小遣い貰ったら異常じゃね?」

「それを言うなら、10万でも相当だと思うよ。僕は少し怖いよ。このまま生活を続けていたら、卒業した時困るんじゃないかって」

 

 平田くんがそんなことを言う。確かに金銭感覚が狂うかもしれない。軽井沢さんや池くんみたいにもっと欲しいを思う人が居れば、平田くんみたいに先の事を見据えている人もいる。どちらが正しいかなんて野暮なことは言わないが。僕はどっちらかと言えば、平田くんに賛成派だ。

 

 「金銭感覚が狂うってこと? それは、確かに怖いかもね」

 

 櫛田さんも同じ考えの様だった。

 

「綾小路くんはどう? 10万ポイントは多いと思う? 少ないと思う?」

 

 ずっと聞き専だった綾小路くんに櫛田さんは話を振る。実は僕も同じ話題を振ろうかと思っていたのだが、さっきの事が頭に引っかかっていたのでスルーした。

 

「どうかな……まだ実感がないっていうか、良くわからない」

「なんだよそれ」

「僕は何となく、綾小路くんの言うこと分かるよ。ここは正直、普通の学校とはかけ離れ過ぎているから。どこか宙に浮いた感じが抜けきれないんだ」

 

 そんな会話をしながら僕たちは雑談をしていった。

 

☆☆☆

 

 

 5月の最初の学校開始を告げる始業チャイムが鳴った。程なくして、ポスターの筒を持った茶柱先生がやって来る。

 

「ん?」

 

 茶柱先生の顔がいつもより険しい。それは他の生徒達も気が付いたのだろう。池くんが「生理でも止まりましたー?」と酷い冗談を言っている。

明らかにいつもと雰囲気が違う。僕はこれから何かが来ると予想して心構えをしておく。

 

「これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」

 

 まるでみんなが何が気になっていることがあることが、わかっているようなセリフを言う。

 

「あの、今朝確認したらポイントを振り込まれてないんですけど、毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか? 今朝ジュース買えなくて焦りました」

「本堂、前に説明しただろう、その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今朝も問題なく振り込まれたことは確認されている」

 

「え、でも……。振り込まれてなかったよな?」

 

 確かに今朝は僕も確認した。ポイントは変動していなかった。今この時までもしかしたら何かの不手際があったのかもしれない、と。思っていたわけだが、それすら打ち砕かれる。

 

「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」

 

 不気味な気配をまとう茶柱先生にDクラスの生徒たちが騒ぎ出す。

 本堂と呼ばれていた生徒が、、聞いたことも無い口調に腰が抜けて椅子に収まった。

その後、再びポイントは振り込まれた、その事実を伝えた。その時に僕は教室を見渡す。そして一人の生徒が笑い出す。

 

 

「ははは、なるほど、そういうことだねティーチャー。理解できた、この謎解きがね」

 

 そう――笑い出したのは、高円寺だ。足を机の上に乗せて、偉そうな態度で本堂を指さした。

 

「簡単なことさ、私たちDクラスは1ポイントも支給されなかった、とうことだよ」

「はぁ? なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれえるって……」

「私はそう聞いた覚えはないね、そうだろ?」

 

 ニヤニヤしながら茶柱先生に指先を向ける。

 

「態度には問題ありだが、高円寺の言う通りだ。全く、これだけヒントをやって自分で気がついたのは数人とはな。嘆かわしいことだ」

「先生、質問いいですか? 腑に落ちないことがあります」

 

 平田くんが手を挙げる。それは自分のためではなく、クラスメイトを心配しての挙手に見えた。

 

「振り込まれなかった理由を教えてください。でなければ僕たちは納得できません」

 

 もっともな疑問だと思う。茶柱先生の先ほどの説明で10万が毎月振り込まれるわけがないと言う事はわかった。だけど、1ポイントも振り込まれなかった理由はいまだ不明だ。

 

「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイントを吐き出した。それだけのことだ。入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。そして今回。お前たちは0という評価を受けた。それだけに過ぎない」

 

 この学校に来てからの疑問がここに来てからの疑問が解決していく。最悪なタイミングではあったが。

 しかし、全てを数えられていたとは……。

 有栖はこの学校のシステムを知っていたのだろうか? いや――たとえ知らなくても彼女ならどこかで勘づくことができただろう。

  この状況を冷静に判断して行動しないと不味いことになりそうだ。流石にポイント節約していたとはいえ、毎月0ポイントになるといずれ底が尽きる。

 その後は平田くんが奮闘していたが呆気なくあしらわれてしまった。挙句の果てに、今月をマイナスポイントを0にできたとしても、ポイントは増えることがないので、いくら遅刻しようが、授業を欠席しようが全く関係がないという。ありがたくもない話まで始めた。このままだと、私語などを控えようと考えている生徒たちの考えが変わってしまう。

 これは茶柱先生の考えなのか、それとも学校側がそう言うように仕向けているのか……。どちらにしても、不味い状況なのは変わらない。

 

「どうやら無駄話が過ぎたようだ。大体理解できただろう。そろそろ本題に移ろう」

 

そう言って手にした筒から白い厚手の紙を取り出し、広げた。それを黒板に磁石で張り付けた。

 あの紙が何なのか、解釈に困るところだが、これはおそらく各クラスの成績だろう。

下からDクラス0。Cクラス490。Bクラス650。Aクラス940。となっている。これらが全てポイントなら1000ポイントが10万円に値する、ということだろう。

 Aクラスがほとんどポイントを下げていない。有栖が仕切ったからか?

 そして、各生徒たちに目を向けると、阿鼻叫喚している生徒もいれば、文句をいまだ言い続けている生徒もいる。

 

「何故……ここまでクラスのポイントに差があるんですか?」

 

 どうやら平田くんは気が付いていたようだ。このポイントの奇妙な点について。そう――このクラスのポイントを見るとよくわかるが、綺麗にポイントの差が付いている。

 

「これってもしかして……」

 

 目を細め、小さく独り言をいう。

 

「段々理解してきたか? お前たちが、何故Dクラスに選ばれたのか」

「俺たちがDクラスに選ばれた理由? そんなの適当なんじゃねえの?」

 

 各々が友人たちと顔を見合わせる。

ここまで来ると、嫌な予感がしてくる。僕たちがDクラスに選ばれた理由――

 

「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。もっとも優秀な生徒はAクラスへ、ダメな生徒はDクラスへ、と。ま、大手集団塾によくある制度だな。つまりDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦というわけだ。つまりお前たちは、最悪の不良品というわけだ。実に不良品らしい結果だな」

 

 やっぱりそういうことだったみたいだ。さらに茶柱先生は生徒たちに追い討ちをかけるように、次のことを言い放った。「1ヶ月で全てのポイントを吐き出したのは過去のDクラスでも初めて」と。

 そしてここで初めて無料のモノがある理由が判明する。つまり、アレはポイントを使い過ぎた人のための救済処置ではなく、ポイントが全く入らない人のための救済処置だったのだ。そしてものの見事に僕たちのクラスはその救済処置にお世話になることになるだろう。

 今まで贅沢三昧の生活を送っていた生徒たちにとってた地獄のような日々になるだろう。

 

「……これから俺たちは他の連中にバカにされるってことか」

 

 そう言いながら、ガン、と机を蹴る。減るポイントがないから影響はないが、今の行動も減点対象になるのだろう。

 そして、その後の茶柱先生はクラスのポイントは金額と連動しているだけはでなく、クラスのランクにも反映されると説明してくれた。つまり、仮に500ポイントを所有できていれば、DクラスはCクラスになることができたという事だ。

 

「さて、もう一つお前たちに伝えなければならない残念なお知らせがある」

 

黒板にもう一つの紙を追加する。そこにはクラスメイトの名前がずらりと並んでいる。そしてその名前の横には数字が書かれていた。

 

「この数字が何か、バカが多いこのクラスの生徒でも理解できるだろう」

 

 カツカツとヒールを踏み鳴らし、生徒達を一瞥する。

 

「先日やった小テストの結果。揃いも揃って粒ぞろいで、先生は嬉しいぞ。中学で一体何を勉強してきたんだ? お前らは」

 

 目の前の小テストの点数が書かれている紙を見ると、見るも無残な結果が書かれている。一部の上位の人を除き、殆どの生徒が60点前後しか取れていなかった。須藤くんの14点。そして池くんの24点と茶柱先生の言った通り、中学で何を勉強してきたのかと言いたくなるような点数を出している生徒もいた。

 

「良かったな、本番だったら7人は入学早々退学になっていたところだ」

 

 その言葉に辺りが騒がしくなる。もちろん僕も表情には出していないが驚いている。

 

「なんだ、説明していなかったか? この学校では中間テスト、期末テストで1教科でも赤点を取ったら退学になることが決まっている。今回のテストで言えば、32点未満の生徒は全員対象と言うことになる。本当に愚かだな、お前たちは」

 

 驚愕の声を上げるのは対象の7人。7人で一番点数が高いのは菊池くんの31点、その上に赤い線が引かれている。つまり菊池くんを含めそれ以下の生徒は赤点と言うことだ。

 

「ティーチャーが言うように、このクラスは愚か者が多いようだねえ」

 

 先ほどから爪を研ぎながら机に脚をの乗せていた高円寺くんが偉そうに微笑む。

 

 その偉そうな態度に皆が、お前も赤点だろう!と言うが、残念ながら彼はあの難問を1問解いて90点を取った者の一人なのだ。

 そしてその後は茶柱先生がこの学校が国の管理下にあること、そして高い進学率と就職率を誇っていることを説明をして、最後に進学先が叶う恩恵を受けることができるのは、Aクラスだけと言い放った。

 中間試験まであと3週間、か。

 僕はしっかりと1ヶ月は過ごせるポイントが入れば、DクラスでもAクラスでもどちらでもいい。

 みんな頑張ってね。そう思いながら、みんなのこれからの行動を見守ることに決めた。

 しかし、この学校は実力で生徒を測る……か。有栖が言っていた僕がもう一度『牙』を見せてくれると確信しているというのは、このことだったのだろうか? 確かに少しは退屈しのぎにはなるかもしれない。だけど――まだ足りないな。



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指導室に呼ばれる。

今回も坂柳は出ません。ごめんなさい。


「ポイントが入らないって、これからどうするんだよ」

「私昨日、残りのポイント全部使っちゃったよぉ」

 

 茶柱先生がいなくなった休み時間、教室の中は騒然、いや、酷く荒れていた。

 自分たちが招いたこととはいえ、はい。そうですかっと納得できるものではないよな。

 しかし、流石にこれは失敗した。別に他の人がどうなろうと関係はないんだが、クラス全体が連帯責任を取らされるとは……。しかも、配布されるポイントは0というとんでもない結果のおまけ付きだ。

 

「ポイントよりもクラスの問題だ……ふざけんなよ。なんで俺がDクラスなんだよ……!」

 

 そう言い。憤慨するように声を荒げているのは、幸村くんだ。

 確か彼はクラスの小テストの結果は上位だったはずだ。彼なりに何かしらプライドがあるのだろう。しかし、Dクラスが不良品の集まりだと言われ、そのプライドが傷付けられてしまった。冷静さを失うのも無理はない。

 その後、平田くんが落ち着かせようとするが、逆に怒りを買ってしまい、今にも胸倉を掴みそうな勢いだった。しかし、間に櫛田さんが割って入ったためいひと先ずは自体は一応収拾した。

 堀北さんが何かをやっているのが気になり声を掛けようと思ったが、喉から声を出すよりも早く、ポケットの携帯にメッセージが届く。

 

「……このタイミングでメッセージを送ってくる人といえば」

 

 誰が送って来たのかはなんとなく予想はできているが、一応をする。差し出し人はやはり有栖だった。

 

『こんにちは晶くん。そちらのクラスは確かDクラスでしたよね? どうやら0ポイントの様ですが、晶くん個人のポイントの方は大丈夫ですか?』

 

 どやら他のクラスも各クラスのクラスポイントが載っている紙が張り出されていたようだ。

 とりあえず有栖に返事をする。

 

『一応。まだ、8万ポイントは残っているから大丈夫』

 

 そうメッセージを送ると、しばらくして返事が返って来た。

『そうですか。それは良かったです。もしポイントを枯渇させていたら、私のを分けてあげようと思いまして。もちろん、ちょっとしたゲームの相手をしてもらいますが』

 

 珍しく心配してくれてると思って感動していた矢先これである。彼女は僕と戦う事で頭が一杯のようだ。

 返事を返そうと文字を打っていると、別の人からメッセージが届いた。差出人は――椎名ひより。

 

『葉桜くん。Dクラスでしたよね? 0ポイントになっていますが葉桜くん自身のポイントは大丈夫ですか? もしよかったら私のポイントを少し差し上げます』

 

 どうやら心配してメッセージを送ってきてくれたようだ。思わず笑みを零してしまう。有栖の返事を後回しにして、椎名さんに返事を返すことを優先する。

 

 

『ありがとう。でも大丈夫だよ。これでも結構節約家で、まだ8万くらい残っているから』

 

 そう送ると、すぐに返事が返ってきた。

 

『それはよかったです。でも、もし足りなくなったら言ってください』

『わかった。その時はお世話になります』

 

 そこまで打ち終わると一人の男子の声が教室に響く。

 

「皆、授業が始まる前に少し真剣に聞いて欲しい。特に須藤くん」

 

 まだ騒然としている教室の教壇に一人の男子が立っていた。平田くんだ。

 

「チッ、なんだよ」

「今月僕たちはポイントを貰えなかった。これは、今後の学校生活において非常に大きく付きまとう問題だ。まさか卒業まで0ポイントで過ごすわけにはいかないだろう?」

「そんなの絶対に嫌!」

 

 一人の女子が悲鳴にも似た声を上げる。誰だってこのこのまま卒業まで過ごしたいなんて思っている人はいないだろう。

 

「もちろんだよ。だからこそ、来月は必ずポイントを獲得しなければならない。そしてそのためにはクラス全体で協力しなきゃならない。遅刻や授業中の私語はやめるようにお互いに注意するんだ。もちろん、携帯を触るのも禁止だね」

 

 当り前のことを言っているだけだが、このクラスにとって大切ことだ。これが守れなければ、折角、ポイントを増やせてもすぐに0に戻してしまう。まぁそのポイントの増やし方がわからないんだが。それでもやらないよりはマシだろう。

 

「は? なんでそんなことお前に指示されなきゃならねえんだ。ポイントが増えるならともかく、変わらないなら意味ないだろ」

「でも、遅刻や私語を続ける限り僕たちのポイントは増えない。0から下がらないだけで、マイナス要素であることには間違いないんだから」

「納得いかねーな。真面目に授業受けてもポイントが増えないなんてよ」

 

 須藤くんは鼻を鳴らし、腕を組む。そんな様子を見ていた櫛田さんが発言する。

 

「学校側からすれば、遅刻や私語をしないのは当たり前の話ってことなのかな?」

「うん、櫛田さんの言う通りだと思う。出来て当り前のことなんだよ」

「それはお前らの勝手な解釈だろ。それにポイントの増やし方がわからねーんじゃやるだけ無駄だろ。増やし方を見つけてから言えよ」

「僕は、何も須藤くんが憎くて言っているんじゃないんだ。不快にさせたなら謝りたい」

 

 平田くんは不満を漏らしている須藤くんにも頭を下げる。 本当に彼は誠実な人だ。このクラスに平田くんのような人が居て本当に良かった。彼が居なければもっとクラスは荒れていたかもしれない。

 

「だけど、須藤くん、いや皆の協力がなければポイントを得ることが出来ないのは事実だ」

「……お前がなにやろうが勝手だけどよ。俺を巻き込むな。わかったな」

 

 この場にいる事に居心地の悪さを感じたのか、それだけ言うと須藤くんは教室を出て行った。

 その姿を僕は目で追っていた。クラス一丸となってこの逆境を乗り越えようとは言わないが、流石にあそこまで反発をする人が現れるとは思わなった。典型的な目の前しか見えていないタイプだな。目の前じゃなく先の損得を見なければいけない。それは社会に出ても同じだ。一時の得よりも、継続して得られる得を見据えなければいけない。

 ふと、辺りに耳を傾けると須藤くんの悪口を言っている声が聞こえて来る。確かに彼の行動は目立つ。しかし、クラスのポイントが0になったのを彼一人のせいにするのはどうかと思う。これはクラス全体が招いた結果なのだから。それから、気が付くと平田くんが僕たちの席の前まで来る。珍しい。

 

「堀北さん、それに綾小路くんと葉桜くんも少しいいかな。放課後、ポイントを増やすためにどうしていくべきか話し合いたいんだ。是非君たちにも参加してもらいたい。どうかな?」

「どうしてオレたちなんだ?」

「全員に声をかけるつもりだよ。だけど一度に全員に声をかけても、きっと半数以上は話半分に聞いて真剣に耳を傾けてくれないと思うんだ」

 

 だから個別にお願いしていくことにしたのか。何か良案が浮かぶとは思えないけど。それでも、彼なりに真剣にクラスの為に考えて行動しているんだろうな。

 別に参加しても良いかな?

 

「ごめんなさい。他を当たって貰える? 話し合いは得意じゃないの」

「無理に発言しなくてもいいよ。思いつくことがあったらで構わないし、その場にいてくれるだけでも、十分だから」

「申し訳ないけど、私は意味のないことに付き合うつもりはないから」

「これは、僕たちにとって最初の試練だと思う。だから――」

「断ったはずよ。私は参加しない」

 

 強く冷静な一言。平田くんの立場を斟酌しつつも堀北さんは再度拒絶を示した。

 

「そ、そうか。ごめん……もし気が変わったら、参加して欲しい」

 

 残念そうに引き下がる平田くん。少し可哀想になる。

 

「綾小路くんは、どうかな?」

「あー……パスで。悪いな」

 

 そんなことを綾小路くんは言い放つ。

 もしかしたら、堀北さんだけ不在になったら、先ほどの須藤くんのように異物扱いを受ける可能性があるから、綾小路くんも参加を拒否したのかもしれない。

 

「……いや、僕こそ急にごめん。でも、気が変わったらいつでも言ってよ」

 

 そして平田くんはこちらに顔を向けてくる。チラリと斜め後ろを見ると、堀北さんが次の授業の準備をしている。

 

「葉桜くんは……どうかな?」

 

 少し弱々しく言葉を発した。堀北さんと綾小路くんに断られて、僕にも断られると思っているのかもしれない。どうするかな……別にどっちでもいいわけなんだけど。

 

「そうだね。じゃあ参加しようかな? 力になれるかわからないけど」

「うん。大丈夫だよ。参加してくれるだけでも助かる」

 

 笑顔でそう言ってくる。

 その後は次の授業の準備をした。

 

☆☆☆

 

 

 放課後になり、平田くんは教壇に立ち、黒板を使って対策会議の準備を始める。

 周りを見渡すと意外と参加率が高く。須藤くんと堀北さん、数人の男女を除きほぼ満席になっている。不参加の人は綾小路くんを除き、誰もこの教室には残っていなかった。

 本格的に始まる前に教室を出ようと思ったのか、綾小路くんは鞄を持とうとしたその時に、一人の男子がそれを遮った。山内くんだ。

 手にはゲーム機が握られており、綾小路くんに20000で売りつけようとしている。

 しばらく会話したあと、博士と呼ばれている生徒に向かって歩いていき、綾小路くんにしたように売りつけようとしていた。22000で。さっきより金額が上がっている。

 それを見ながら櫛田さんが綾小路くんに近づいて話しかけている。そしてしばらくすると、軽井沢さんが櫛田さんに話しかけていた。

 話に聞き耳をたてていると。軽井沢さんはポイントを使い過ぎたため一人2000ポイントを貸してもらっているみたいだ。頼み込むような態度ではなかった。普通なら即断られそうなものだが……。櫛田さんは了承した。

 そろそろ、平田くんのところに向かおうと思った矢先、穏やかな効果音が響き渡る。

 

『1年Dクラスの綾小路くん。同じく1年Dクラスの葉桜くん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』

 

「え?」

 

 綾小路くんと僕が呼ばれた? なんだろう? 

 しかしどうしたものか、と思い。チラリと平田くんの方を見ると、同じタイミングで彼もこちらも見ていた。そして、軽く顎を引く。

 どうやら行っていいようだ。軽く両手を合わせて頭を下げると、綾小路くんの元へ向かう。

 

「綾小路くんも呼ばれていたよね? 一緒にいこう」

「そうだな」

 

 何か悪いことしたつもりはなんだけど……。とりあえず、僕たちは教室を抜け出した。

 職員室の前まで来ると、そっと扉を開き辺りを見渡す。茶柱先生の姿は見当たらなかった。仕方がないので鏡の前で自分の顔をチェックしている先生に話しかけようとすると。先に綾小路くんがその先生に話しかけた。

 

「あの、茶柱先生居ます?」

「え? サエちゃん? えーっとね、さっきまでいたんだけど」

 

 振り返った先生はセミロングで軽くウェーブのかかった髪型をしている。先ほど茶柱先生にのことを『サエちゃん』と呼んでいたので親しい間柄なのかもしれない。

 

「ちょっと席をはずしているみたい。中に入って待ってたら?」

 

 僕はチラリと綾小路くんの顔を見る。すると向こうも同じ様にこちらを見ていた。僕は軽く顎を引くことで、綾小路くんの判断に任せることを伝える。

 

「いえ、じゃあ廊下で待っています」

 

 それを言い終わると、こちらに「それでいいか?」と目線で訴えかけてくる。先ほどと同じ様に顎を引き、返事をして。廊下で待つことにした。

 すると何故か若い先生がひょっこりと廊下に出てきた。

 

「私は星之宮知恵っていうの。佐枝とは、高校の時からの親友でね。サエちゃんチエちゃんって呼び合う仲なのよ~」

 

 聞いてもいないのに、何故かそんな情報を提供してもらった。そんなことを知っても何も使い道なさそうなんだけど……。

 

「ねえ、サエちゃんにはどういう理由で呼び出されたの? ねえねえ、どうして?」

「さあ。それはオレにもさっぱり……葉桜は?」

「僕も呼び出された理由はわからないな」

「分かってないんだ。理由も告げずに呼び出したの? ふーん? 君たちの名前は?」

 

 怒涛の質問攻め。僕たちをまるで観察するかのように、上から下を見回してくる。

 

「綾小路、ですけど」

「葉桜……です」

「綾小路くんと葉桜くんかぁ。何ていうか、かなり格好いいじゃない~。二人ともモテるでしょ?」

 

 随分と軽いノリの先生だな。うちの茶柱先生と違い、教師というより学生に近い。そのため親しみやすいだろう。男子だけの学校なら生徒の心を鷲掴みしていただろう。

 

「ねえねえ、二人とも、もう彼女とか出来た?」

「いえ……あの、別にオレ、モテないっすから」

「僕も彼女は居ないです。あと、モテてるとかはよくわからないです」

 

 関わると火傷すると思ったのか、綾小路くんは嫌そうにしていた。もちろん僕もこの手の類はちょっと苦手だ。何考えているのかわからない。

 しかし僕たちの反応を楽しむ様に積極的に近づいてきた。そして、するりと細く綺麗な手が綾小路くんの腕を掴む。

 

「ふーん? 意外ね、私が同じクラスなに居たら絶対に放っておかないのに~。ウブってわけじゃないでしょ? つんつんっと」

 

 綾小路くんの頬を人差し指で突っついている。綾小路くんがどんどん困った表情に変わっていく。しかし、彼には申し訳ないが、対象が僕じゃなくて良かったと思っている。

 

「何をやっているんだ、星之宮」

 

 突然、現れた茶柱先生が手に持っていたクリップボードでスパン、と響きのいい音をさせて星之宮先生の頭をしばいた。痛そうに頭を押さえて蹲る星之宮先生。

 

「いったぁ。何するの!」

「うちの生徒に絡んでいるからだろ」

「サエちゃんに会いに来たって言ったから、不在の間相手していただけじゃない」

「放っとけばいいだろう。待たせたな綾小路と葉桜。ここじゃ何だ、生徒指導室まで来て貰おうか」

「いえ、別に大丈夫ですけど、それより指導って……オレ何かしました? これでも一応目立たないように学校生活を送って来たつもりなんですが」

「僕も何か指導されるような事はしてない……と、思うんですけど」

「口答えはいい。ついてこい」

 

 なんだかよくはわからないが、有無を言わせない雰囲気なのでおとなしく付いていく。すると、綾小路くんと横並びに笑顔の星之宮先生もついてきた。すぐにそれに気が付き、茶柱先生は鬼の形相で振り返る。

 

「お前はついてくるな」

「冷たい事いわないでよ~。聞いても減るものでもないでしょ?だって、サエちゃんって個人指導とか絶対にしないタイプじゃない?なのに、新入生の綾小路くんと葉桜くんをいきなり指導室に呼び出すなんて……何か狙いがあるのかなぁ? って」

 

 ニコニコと茶柱先生に答えた後、僕と綾小路くんの背後に回ると片方の肩に手を置いた、綾小路くんの肩にも手を置いている。

 背後の星之宮先生の顔は見えないが、ビリビリとした気配がぶつかり合うのがわかる。

 ほらね。こういうタイプの人は色々と厄介なんだ。

 

「もしかしてサエちゃん、下克上でも狙っているんじゃないのぉ?」

 

 ぴくり、と眉を動かす。下克上? どういうことだろうか?

 

「バカを言うな。そんなこと無理に決まっているだろ」

「ふふっ、確かに、サエちゃんにはそんなこと無理よね~」

 

 含みのある台詞を呟き、星之宮先生は僕たちの後を追ってくる。

 この先生は本当にどこまでついてくる気なんだろうか?

 

「どこまで着いてくる気だ? これはDクラスの問題だ」

「え? 一緒に指導室だけど? ダメなの? ほら、私もアドバイスするし~」

 

 無理やり星之宮先生がついて来ようとした時、一人の女子生徒が僕たちの前に立ちはだかる。どこかで見たことがある、薄ピンク色の髪をした美人の生徒だ。

 あれ? あの子は確か……一之瀬さん?

 一之瀬帆波――Bクラスをまとめている生徒だ。僕もちゃんと見るのは初めてで、彼女の名前もBクラスの知り合いから聞いただけだ。

 

「星之宮先生。少しお時間よろしいでしょうか? 生徒会の件でお話があります」

 

 一瞬、僕と綾小路くんに視線を向けたが、すぐに視線を逸らし星之宮先生に向き直った。

 

「ほら、お前にも客だ。さっさと行け」

 

 パンっとクリップボードで星之宮先生のお尻を叩く。こういうのを見ていると、あながち親友だったというのは嘘ではないのかもしれない。

 

「もう~。これ以上からかっていると怒られそうだから、またね、綾小路くんに葉桜くんっ。じゃあ職員室にでも行きましょうか、一之瀬さん」

 

 そう言い、踵を返して一之瀬さんと職員室に入っていった。

 星之宮先生を見送り、頭を掻いた後、茶柱先生は指導室に向かって歩き出した。程なくして職員室の近くにあった指導室へと入る。

 

「それで先生、僕たちを呼び出した理由ってなんですか?」

「うむ。それなんだが……話をする前にちょっとこっちに来てくれ」

 

 指導室の壁に掛けられている丸時計をちらりと確認して、指導室の中にある扉を開いた。そこは給湯室になっていて、コンロの上にヤカンが置いてある。

 

「お茶でも沸かせばいんですかね。ほうじ茶でいいですか?」

 

 そんなことを言いながら、綾小路くんは近くにあった粉末のほうじ茶が入った容器を手に取った。

 

「余計なことはしなくていい。黙ってここに入っていろ。いいか、私が出てきて良いと言うまでここで物音を立てず静かにしているんだ。破ったら退学にする」

 

「え? 言っている意味が全く――」

 

 説明を求めようとしたが、扉を閉められてしまう。茶柱先生は一体何を企んでいるのか……。

 綾小路くんと目を合わせて二人で小さく息を吐いた。とりあえず、おとなしく待つことにした。退学にさせられたくないから。

 程なくして指導室の扉が開く音が開く音が聞こえた。

 

「まあ入ってくれ。それで、私に話とは何だ? 堀北」

 

 どうやら指導室に入って来たのは堀北さんだったようだ。

 

「率直にお聞きします。何故私がDクラスに配属されたのでしょうか」

「本当に率直だな」

「先生は本日、クラスは優秀な人間から順にAクラスに選ばれたと仰いました。そしてDクラスは学校の落ちこぼれが集まる最後の砦だと」

「私が言ったことは事実だ。どうやらお前は自分が優秀な人間だと思っているようだな」

「なあ葉桜」

 

 突然聞こえるか聞こえないくらいの声で横に居た綾小路くんから声が掛けられる。

 

「何?」

 

 僕も同じくらいの声で返事を返す。

 

「堀北はどう返すつもりだと思う? オレは強気に反論する方にベットする」

「それ……賭けになってないよね?」

「そう言うってことは。お前もそう思っているということだな?」

「否定はしない」

 

 苦笑いしながら答える。

 

「入学試験の問題は殆ど解けたと自負していますし、面接でも大きなミスをした記憶はありません。少なくともDクラスになるとは思えないんです」

 

 どうやら予想通りだったようだ。彼女は自分が優秀な人間だと思っているタイプだ。もちろんそれが自意識過剰という訳ではない。実際彼女は優秀だ。先日のテストでも同率1位になっていたのだから。

 

「入試問題は殆ど解けた、か。本来なら入試の問題の結果など個人に見せないが、お前には特別に見せてやろう。そう、偶然ここにお前の解答用紙がある」

 

 偶然と言っているが、彼女が抗議に来ると踏んで、あらかじめ用意していたのだろう。

 

「随分と用意周到ですね。……まるで私が抗議のために来る、と分かっていたようです」

「これでも教師だ。生徒の性格はある程度理解しているつもりなんでな。堀北鈴音。お前の入試結果は自分の見立て通り、今年の一年の中で同率で3位の成績を収めている。一位二位ともとも僅差。十分すぎる出来だな。面接でも、確かに特別注視される問題は見つかっていない。むしろ高評価だったと思われる」

 

 一位は一体誰なんだろう? 有栖か? それとも別の生徒なのか。

 

「ありがとうございます。では――――何故?」

「その前に、お前はどうしてDクラスであることが不服なんだ?」

「正当に評価されていない状況を喜ぶ者などいません。ましてこの学校はクラスの差によって将来が大きく左右されます。当然のことです」

 

 正当な評価か……。僕から見れば正当な評価に思える。彼女――堀北鈴音は確かに優秀だ。だけど、それはあくまでも成績で見た時の話。おそらくこの学校はそこだけを見ていない。

 おそらく彼女がDクラスに配属された理由それは――いや、やめておこう。

 また悪い癖が出てしまったようだ。今まで自重していたが、気を抜くと他人に評価を付けてしまう。

 意識を堀北さんと茶柱先生に戻す。そしてその後は世襲制のことだったり、成績が良いだけではAクラスになれないこと、この学校は本当の意味での優秀な生徒を生み出す学校だと言っていた。

 そして、正当な評価をされないことをよしとする者がいると言った時に、綾小路くんが少しだけ反応した。おそらく、これは彼に向けて発言したものだろう。

 

「残念だが堀北。お前がDクラスに配属されたことはこちらのミスではない。お前はDクラスになるべくしてなった。それだけの生徒だ」

「……そうですか。改めて学校側に聞くことにします」

 

 諦めが悪いね。上から目線だけど、嫌いじゃないよ。

 

「上に掛け合っても結果は同じだ。それに悲観する必要はない。朝も話したが、出来不出来で上下する。卒業までにAクラスへと上がれる可能性は残されている」

「簡単な道のりとは思えません。未熟者が集まるDクラスがどうやってAクラスよりも優れたポイントを取れるというのですか。どう考えても不可能じゃないでしょうか」

 

 堀北さんの言う事ももっともな話だ。流石にこれだけのポイントの差を見せつけられたら、誰でも無理だ不可能だと言ってしまう。

 

「それは私の知ったことではない。その無謀な道のりを目指すか目指さないかは個人の自由だ。それとも堀北、Aクラスに上がらなければならない特別な理由でもあるのか?」

「それは……今日のところは、失礼します。ですが私は納得していなことだけは覚えておいてください」

「分かった、覚えておこう」

 

 椅子のギッと音が聞こえる、どうやら話し合いは終わったようだ。

 

「あぁそうだった。もう二人指導室に呼んでいたんだった。お前にも関係のある人物だぞ?」

「関係ある人物って……? まさか……兄さ――」

「出てこい綾小路と葉桜」

 

 このタイミングで呼ぶとは…これは出ないでおこう。あと、綾小路くんは初日から関わりがあるし、教室でも話しているの何回も見たことはあるから不思議ではないけど、僕とは他の人より話したことがあるだけで、綾小路くんに比べれば関係殆どないと思うんだけど。

 

「出てこないと退学にするぞ」

 

 ひ、酷い。聖職者とは思えない言動だ。退学を武器にするとは卑怯な。

 

「いつまで待たせれば気が済むんスかね?」

「あはは……」

 

 綾小路くんは溜息をつきながら、僕は苦笑いをしながら指導室へ入っていく。

 

「私の話を……聞いていたの?」

「話? 何か話しているのは分かったがよく聞こえなかったな。意外と壁が厚いんだ。な? 葉桜」

「うん。僕も内容までは聞こえなかった」

「そんなことはない。給湯室はこの部屋の声が良く通るぞ?」

 

 折角、綾小路くんに合わせたのに! 僕たちをそんなに同じ土俵に立たせたいみたいだ。

 

「……先生、何故このようなことを?」

 

 流石にこれが仕組まれていたことだとわかるよね。そしてかなりご立腹のご様子。これは誰でも怒るよね……。

 

「必要なことと判断したからだ。さて、綾小路と葉桜。お前たちを指導室に呼んだワケを話そう」

「私はこれで失礼します……」

「待て堀北。最後まで聞いておいた方がお前のためにもなる。それがAクラスに上がるためのヒントになるかもしれないぞ」

 

 指導室を出て行こうとしていた堀北さんの動きが止まる。そして椅子に座り直した。どうやらAクラスに上がるためのヒントになると聞いて、興味が沸いたようだ。結構ちょろい。

 

「手短にお願いします」

「まずは、綾小路、お前だ。随分と面白い生徒だな?」

「茶柱、なんて奇特な苗字を持った先生ほどオモシロイ男じゃないですよ、オレは」

 

 その言葉に思わず吹き出しそうになった。だが、それを何とか堪える。傍から見たら笑いをこらえているのは一目でわかるとは思うけど。

 

「全国の茶柱さんに土下座してみるか? んん?」

 

 茶柱なんて苗字はアナタだけな気がします。

 

「入試の結果を元に、個別の指導方法を思案していたんだが、お前のテスト結果をみて興味深いことに気が付いたんだ。最初は心底驚いたぞ」

 

 そう言いながらクリップボードから入試の解答用紙を並べていった。

 そしてその解答用紙を見ると。すべての教科が50点だった。

 流石の堀北さんも驚きの表情をして、テスト用紙を食い入るように見ている。

 

「偶然って怖いっスね」

 

 いやいや。流石にこれが全て偶然で押し通すのは無理があると思うよ。綾小路くん。

 茶柱先生も意図的にやっただろ? って言っているし。おどけてはいるが……。

 

「お前は実に憎たらしい生徒のようだな。いいか? この数学の問5、この問題の正解率は学年で3%だった。が、お前は問の複雑な証明式も含めて完璧に解いている。一方、こっちの問10は正解率は76%。それを間違うか? 普通」

「世間の普通なんて知りませんよ。偶然です、偶然」

 

 あ。その3%のやつ僕も解いたやつだ。同じ証明式だし合ってたんだな。

 

「全く。その割り切った態度には敬服を覚えるが、将来苦労することになるぞ」

「当分先ですし、その時になって考えます」

 

 茶柱先生はどうだ? と言いたそうに、堀北さんの方を見る。

 

「あなたは……どうしてこんなわけのわからないことをしたの?」

「いや、だから偶然だっての、隠れて天才とか、そんな設定はないぞ」

「どうかなぁ。ひょっとしたらお前よりも頭脳明晰かも知れないぞ堀北」

 ピクリと堀北さんが反応する。息を少し吐き瞑目する。くだらないちょっかいだな。

 

「さて、次は葉桜お前だ」

 

 この流れなら僕にも来るとは思っていたが、やっぱり来たようだ。

 

「僕は流石に綾小路くんみたいな不思議なことはないと思いますよ?」

「そうだな……お前は入試の点数は、綾小路みたいに驚くところはなかった。点数も一年だと四位と堀北より下だ」

「だったら――」

「だけどだ」

 

 僕の言葉を遮り、茶柱先生は言葉を続ける。

 

「ここにお前の小テストの結果がある」

 

 僕は眉を少し動かす。

 綾小路くんと堀北さんが用紙を除きこむ。

 

「お前の小テストはの点数は85点だ」

「そうですね。最後の三問が難し過ぎて、100点とまでいきませんでした」

「本当にそうか?」

「何が言いたいんですか?」

「ここに、答えを書いて消した後がある」

 

 確かに小テストの最後の三問の部分に消した後が残っている。それがどうしたというのか。

 

「それが何か? 一度、何か書こうと思って書いたけど。やっぱりわからなかったんですよ」

「そうか……では、ここにうっすらと文字が見えるのがわかるか?」

「確かに、うっすらと消し残しで何か書かれていますね」

 

 堀北さんがそう言う。

 

「あぁ、そして、少し気になってな。それをよく見てみると、解答欄に掛かれていた答えは、全て正解しているんだ」

「え――」

 

 堀北さんが驚きの声をだす。

 

「葉桜。お前は本当はこの問題を解けたんじゃないか?」

「あー、それ正解だったんですね。書いてみたんですけど、やっぱり違う気がして消しちゃいました。もったいない事しましたね」

「ワザと消したんじゃないか?」

「そんなことしませんよー?」

 

 おどけてみせる。

 

「堀北どうだ? お前はこの問題の三問全部答えられたか?」

「……不服ですが。一問しか解けませんでした」

「ということは、葉桜はお前より頭脳明晰ということになるな」

「待ってください。本当に偶然なんですよ。答えなんて適当に書いただけですから」

「今はそういう事にしておこう」

 

 それって偶然だと思っていないってことだと思うんだけどな。

 

「しかしお前ら、二人そろってわけのわからないことをするやつらだ。もっとも、お前たちの場合、高円寺のように、、AでもDでも良いと思えるような、他の生徒と異なる理由があるのかもしれないが」

 

 この学校は生徒だけでなく、教師を普通ではないようだ。堀北さんとの会話の時も動揺させる言動をしていた。在校生徒全員の『秘密』でも握っているのだろうか?

 

「何ですか。その異なる理由って」

「詳しく聞きたいか?」

 

 綾小路くんの質問にそう答える茶柱先生。その眼光の奥の方に鋭い光がある。どうやら誘導されていたようだ。

 

「僕はやめておきます」

「オレも遠慮します。聞くと発狂してしまうかもしれないので」

「そうか。なら私はそろそろ行く。職員会議の始まる時間が近いからな。ここは閉めるから三人とも出ろ」

 

 背中を押されながら僕たち三人は廊下に放り出される。なんで僕と綾小路くんと呼び出したのか。そして何故堀北さんと鉢合わせたのか。理由はわからないけど、あの人は意味の無いことはしないと思う。

 

「どうする?」

「とりあえず……帰るか」

「そうだね」

 

 そう言って歩き出す。

 

「待って」

 

 堀北さんが僕たちを呼び止める。僕は一瞬足を止めようとしたが、綾小路くんが足を止めなかったので、ついていくことにした。たぶん寮まで逃げ切れればゴールとでも考えているんだろうな。

 

「さっきの点数……本当に偶然なの?」

「当事者がそう言っているだろ。それとも意図的だって証拠でもあるのか?」

「根拠はないけれど……じゃあ葉桜くんはどうなの? 答えが本当にわかっていたの?」

「僕のも偶然だよ。それより、堀北さんは何かAクラスに並々ならない思いがあるみたいだね」

「……いけない? 進学や就職を有利にするために頑張ろうとすることが」

「別にいけないことじゃないよ。むしろ普通のことだよ。ね? 綾小路くん」

「あぁそうだな」

「私はこの学校に入学して、ただ卒業すれば、それがゴールだと思っていた。でも、実際は違った。まだスタートラインにも立っていなかったのよ」

 

 堀北さんは歩く速度を上げて気が付くと隣に並んでいる。

「じゃあ堀北さんは、本気でAクラス目指すんだね」

「まずは学校側に真意を確かめる。私が何故Dクラスに配属されたのか。もしかしたら茶柱先生の言うように私がDだと判断されたのだとしたら……。その時はAを目指す。いいえ、必ずAに上がってみせる」

「相当大変だぞ、それは。問題児たちを更生させなきゃならない。須藤の遅刻やサボり癖、授業中の私語、テストの点数。それだけやって、やっと±0だ」

 

 綾小路くんの言う通りだ。Aを目指すのは大変だ。今のこのクラスは色々問題が多すぎる。

 

「そうね――とりあえず、すぐに改善しなければいけないことは大きく分けて3つ。遅刻と私語。それから中間テストの点数で全員が、赤点を取らないこと」

「前者の2つはある程度何とかなるだろう。けど、中間テストはなぁ」

「言っちゃ悪いけど。難しいだろうね」

「そこで――あなたち二人にも協力をお願いしたいの」

「協力ぅ?」

「綾小路くんそんな嫌そうな顔しなくても」

 

 露骨に嫌な顔をしている綾小路くんを見て苦笑いを浮かべる。

 

「今朝平田に断りを入れるお前を見たし、同じような理由で断ってもいいんだよな?」

「断りたいの?」

「あのな、オレが喜んで協力するとでも?」

「喜んで協力する、とまでは思っていなかったけれど、断られると思っていなかったわ。もしも本気で断ると言うのなら、その時は……いえよしましょう。今その先を考えても仕方のないこと。それで、協力して貰えるのか貰えないのか、どっちなの?」

 

 僕的にはさっきの黙り込んだ先の台詞が気になるな。

 それよりどうしたものか。堀北さんが何故かやる気を出しているし、僕には特別断る理由もないからな。協力してあげようかな。

 

「断る」

「いいよ」

 

 僕と同時に声を出す。

 

「葉桜くんと綾小路くんなら協力する、そう言ってくれると信じていた。感謝するわ」

「オレは言ってねーし! 見事に断っただろ!」

「いいえ、私には心の声が聞こえたもの。協力するって言ってた」

 

 僕は確かに協力するとは言ったが、何? その電波的なもの。ちょっと怖い。

 

「でも協力って何をしたらいいの? 僕たちにできることなさそうだけど」

「ああ。オレも同じことを言おうとしていた」

 

 堀北さんは頭の回転も速いし、テストの成績もいいから。僕や綾小路くんが力を貸す必要はないと思うんだよね。

 

「心配することはないわ。綾小路くんと葉桜くんが頭を使う必要は欠片もないから。作戦は私に任せて、あなたたちは身体を動かしてくれればいい」

「は? なんだよ、身体を動かすって」

「うん。何をするの?」

「あなたたちは私の指示に従っていればいいわ。必ずプラスポイントまで持っていくと約束する。悪い話ではないはずよ」

「まぁそうなってくれたら嬉しんだけど……他の人とかには頼まないの?」

「残念だけど。Dクラスにはあなたたち以上に扱いやすそうな人材が思い当たらないわ」

「いやいや、山ほどいるって。ほら例えば平田とか。あいつならクラスメイトにも顔がきくし、頭もいい、完璧だ。おまけに堀北が孤立していることを気にかけてくれている」

 

 確かに平田くんなら喜んで協力してくれそうだ。

 

「彼ではダメね。確かに一定の才能は持っているけれど、私はそれを受け入れられない。そもそも葉桜くんで事足りているわ。残りは将棋で言いうところの歩が欲しいだけ」

 

 えぇ……確かに僕もクラスメイトに顔はきくけど。平田くん程じゃなんだけど……。

 あと、それって綾小路くんが歩だと言っているように聞こえるよ。

 ほら、当の本人が変な顔している。

 

「なぁ悪いが。堀北やっぱり協力はできない。オレ向きじゃないよ」

「じゃあ、考えがまとまったら連絡するから。その時はよろしく」

 

 堀北さんはそう言って去っていった。残された僕たちは顔を見合わせる。そして、綾小路くんは大きく溜息を吐いて肩を落とす。

 

「そのー、思い伝わらなくて残念だったね」

「あぁ……本当に残念だよ。でもお前はよかったのか?」

「何が?」

「堀北に協力して」

「あー。別にいいよ。彼女がどう行動するのか興味があったから」

「……そうか。ところで。お前は平田の対策会議に参加するんじゃなかったか?」

「あ」

「もしかして忘れていたのか?」

 

 その通りである。すっかり忘れていた。

 

「あはは。うん」

「まぁ呼び出されていたから。まだそれほど時間が経っていないから。戻ったらどうだ?」

「そうする。じゃあね綾小路くん」

「ああ」

 

 こうして僕は綾小路くんと別れて、平田くんの元へ戻っていった。

 




日間ランキング53位ありがとうございます! これも皆様の応援のおかげです。いつもありがとうございます!

これからも頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします!


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坂柳と神室のティータイム

今回はオリジナルです。ただし、主人公である葉桜くんは出ません!


 各クラスのポイントが公表された日の放課後。坂柳有栖は神室真澄を連れてカフェへ来ていた。

 

「ねぇ、坂柳」

「はい。なんでしょう?」

「アンタの幼馴染がいるクラス、ポイント0だったけど大丈夫なの? 」

 

 坂柳は紅茶を口に含み喉に通すと静かに笑った。

 

「大丈夫ですよ。あの0ポイントはおそらく、他の生徒が原因でしょうから……。それに、これはかえって好都合です。少しは晶くんも動いてくれると思いますので」

「ふーん。でも、アンタが認めてるくらいだから凄いんだろうけど、私はそんな凄いようには見えなかったけど? 目敏いくらいで……」

 

 かちゃっとティーカップを置くと。坂柳は瞑目する。そして、ゆっくりと目を開ける。

 

「今はそう見えるでしょう。でも、いずれ彼の恐ろしさが身に染みると思いますよ?」

「そう……じゃあ0ポイントになったみたいだし。その恐ろしさとやら見ることできるの?」

 

 坂柳は首を小さく振り、綺麗な銀髪を揺らす。

 

「いいえ、この程度で晶くんは本気を出しません」

「そう……」

 

 一瞬2人の会話が途切れる。そして、最初に口を開いたのは坂柳だ。

 

 

「ですが……先程も申し仕上げた通り。多少は晶くんも動くと思います。現在のDクラスがどのような状態なのか存じ上げませんが、彼がどのように動くのかは予想は多少なりともできます」

「アイツはどんな風に動くの?」

 

 坂柳有栖はいつものように清楚な笑いを浮かべ喉を鳴らした。

 

「秘密です」

「は?」

 

 神室は間抜けな声を上げた。まさか教えてもらえないとは毛ほどにも思っていなかったのだ。

 

「そこまで言っといて何それ……」

「お気を悪くしないでください、神室さん。あくまでも私の予想、外れている可能性もあります。もし、外れていたら恥ずかしいじゃないですか」

 

 彼女は笑顔を浮かべたまま、おどけて見せる。本当は恥ずかしさなんてこれっぽっちもないはずなのに。

 

「もういいわ。じゃあなんで葉桜にこだわるの?」

「晶くんにこだわる理由ですか……? そうですね、やっぱり楽しいからでしょうか?」

「楽しい?」

「はい。彼と一緒にいると楽しいんです。今まで満たされていなかった気持ちが、彼と関わることで満たされていくんです」

 

 神室はまるで信じられないものを見たように瞠目する。

 それを見た坂柳は怪訝そうな顔をする。

 

「どうかなさいましたか?」

「それって……坂柳、アンタは葉桜のことが好きってこと?」

 

 今度は坂柳が瞠目する番だった。

 そして、心底おかしそうに笑う。

 

「私が……彼に恋愛感情を抱いているとおっしゃりたいのですか?」

「そう……ね」

「…………どうなんでしょうね。私は『恋』というものをしたことがありません。神室さんはどうですか?」

「私も恋愛なんてしたことないわよ」

「お互い経験無し……ですか。では、私のこの気持ちが恋愛感情なのかは不明のままですね」

 

 坂柳有栖はそう言ったが、その心は葉桜晶が好きなのっと言われた時から揺れ動いていた。

 坂柳はまだこの気持ちが理解はできてないが、本当に恋愛感情なのかもしれないと、頭の端に置いておくことにした。

 

「まあ、アンタが誰かに恋するなんて想像つかないしね」

 

 そんな、神室の嫌味も坂柳は笑顔で返すだけ。

 しかし、そんな坂柳を見ながら神室は思った。もし、もし仮に本当に坂柳有栖という少女が、葉桜晶に恋愛感情を抱いているとしたら……。

 坂柳を虜にさせる彼に神室真澄は興味を抱いた……。




はい。読んでいただきありがとうございます! どうでしたか?お楽しみいただけましたか? 今回はいつもよりだいぶ短いと思われたかと思います。それでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。

それと、皆さん沢山のお気に入り登録ありがとうございます!そして、評価してくださった方もありがとうございます! 評価の一言や感想は全部目を通させていただいております。いつもそれをみてこの作品のモチベとさせていただいているので、どうぞこれからもよろしくお願いします。


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罠なのは火を見るより明らか?

皆さん大変お待たせしました。
色々と忙しくて執筆する時間がありませんでした。それでも待ち続けてくださった方本当にありがとうございます。

それではお楽しみください。


五月初日から一週間が経過した。周りの生徒たちはは須藤くん以外はまじめに受けている。これも平田くんたちと一緒にやった対策会議のおかげだろう。

 ただ……やはり、須藤くんはいまだ煙たがられている。こればっかりは仕方ないとしか言えないが。

 

「たうわ!?」

 

 突然、僕の後ろの席――綾小路くんが変な声を上げる。その声に皆は一斉に振り向く。そして、もちろん、現在の授業の担当の茶柱先生もだ。

 

「どうした綾小路。いきなり大声をあげて。反抗期か?」

「い、いえ。すいません茶柱先生。ちょっと目にゴミが入りまして……」

 

 謝罪の言葉を述べる綾小路くん。

 今のが私語に入るのは基準がわからないため判断できないが、ポイントに敏感になっているこのクラスの皆から痛い目線を送られている。

 しかし一体どうしたんだろう? いつも授業中に声を上げる生徒じゃない。とくにポイントに敏感になっているこのクラスで……。

 授業が終わり、先ほどの事を聞こうとしたら、その前に綾小路くんが堀北さんに詰め寄っていった。

 

「やって良いことと悪いことがあるだろ! コンパスはやばいぞコンパスは!」

 

 その言葉になんとなくとある仮説を思い浮かべる。

 もしかして……さっき声上げたのは堀北さんにコンパスで刺されたから? それなら納得もできる。問題はなんで刺されたかだけど。居眠りでもしそうだったのかな? まぁそれは本人に聞けばわかることか。

 

「ひょっとして怒られているの? 私」

「腕に穴が開いたんだぞ穴が!」

「何のこと? 私がいつ綾小路くんにコンパスの針を刺したの?」

「いや、だって手に持っているだろ、凶器を」

「まさか手に持っているだけで刺したと決めつけたの?」

 

 やっぱりそういうことだったようだ。声を上げたのは綾小路くんがコンパスで腕を刺されたからなんだ。しかし、本当になんで堀北さんは綾小路くんを刺したんだろう?

 

「気を付けて。あなたが居眠りをして、それを見つかれば間違いなく減点よ」

 

 なるほど。居眠りしそうになっていた綾小路くんを見て刺したわけか。それでもコンパスの針は不味いような……。

 各々が食事の為に立ち上がろうとした時、平田くんが声を上げた。どうやら、赤点を取れば即退学と言う事で、心配な人の為に勉強会を開こうとしているようだ。そして平田くんの視線は須藤くんに向けられていた。須藤くんも参加していいよ。という合図だろう。

 しかしそんな平田くんの厚意も無視して腕を組み目を瞑る。自己紹介の件からこの二人は仲は悪いままだ。

 平田くんは苦笑いしながらも、皆に説明する。

 

「今日の5時からテストの間、毎日2時間やるつもりだ。参加したいと思ったら、いつでも来て欲しい。もちろん、途中で抜けても構わない。僕からは以上だ」

 

 平田くんが話を終えると、赤点組の数名が立ち上が平田くんの元へといく。しかし、池くん、山内くん、須藤くんは彼の元にはいかなかった。出来れば彼らにはちゃんと参加して欲しいと思っていたが、やはり無駄だったようだ。須藤くんは平田くんとの関係が悪いままだからというのもあるが、他の二人は何故だろうか?

 いつも一緒にいる須藤くんの機嫌を損ねたくないからか。それとも、単純に勉強すること自体が嫌なだけなのか……。それとも一番くだらない。平田くんのモテるのが気に食わないだけなのか。まぁ、理由なんて本人たちにしかわからないんだ、考えても仕方がない。

 

☆☆☆

 

 僕もそろそろお昼を食べに行こうかと思っていると、後ろで堀北さんが綾小路くんを食事に誘っていた。

 僕は内心珍しいことがあるな。と思いながら彼らの隣を通り過ぎようとした瞬間――

 

「待ちなさい」

 

 何故か腕を掴まれた。

 

「え、何?」

「葉桜くん今からお昼かしら?」

「そ、そうだけど?」

「なら、葉桜くんも一緒に行きましょう」

 

 まさか僕まで誘ってくるとは予想外だった。もしかしたら何か企んでいるのかもしれないな。

 

「堀北さんから誘ってくれるなんて珍しいね。少し怖いよ」

「だな。俺も同じこと思ってた」

「別に怖くないわよ。山菜定食で良ければ奢らせてもらうけど」

 

 それは無料の定食だね。別に嫌という訳ではないけど、今は山菜の気分じゃないから 別の物が食べたい。

 

「冗談よ。ちゃんと奢ってあげる、好きなものを食べて構わないわ」

 

 ますます怪しさが増す。流石の綾小路くんも「なんか裏があるんじゃないだろうな?」と堀北さんに言っている。

 

「人の好意を素直に受け取れなくなったら人間お終いよ?」

「まあ、そりゃそうだけど……」

 

 渋々といった感じで綾小路くんは堀北さんの誘いに乗り食堂へ来た。もちろん、僕も一緒だ。特に誰かと食べる予定はなかった。それにちょっと堀北さんが何を企んでいるのか気になった。

 綾小路くんが高めのスペシャル定食を頼んでいる時に堀北さんに耳打ちする。

 

「何を企んでいるかわからないけど、僕は奢ってくれなくていいよ。そんな事しなくてもお手伝いするから」

 

 突然耳打ちしたことで、堀北さんの表情が驚きの色に染まっていたが、その僕の言葉にいつもの顔に戻して「わかったわ」と一言だけ言った。

 その後、席を確保して席に座る。

 

「それでは、頂きますっと?」

 

 今から食べようかと思った時、綾小路くんは堀北さんの方へ向く。もちろんその理由は、彼女が何故かジッと綾小路くんの方を見ているからだ。流石にそんな風に見られていれば誰だって気になってしまう。

どうやら彼女は綾小路くんが食べるのを待っている様に思えた。綾小路くんもそれには気が付いているのか、まだ食べようとしない。

 

「どうしたの綾小路くん? 早く食べたら?」

「あ、ああ」

 

 チラチラと堀北さんの方へ目線を向けながら、一口かじった。

 

「早速だけど話を聞いて貰えるかしら」

 

 一口かじるのを確認したと同時にそんなことを堀北さんは言い出す。

 これはもしかしなくても、綾小路くんが定食を食べるのを見計らっていたよね?

 

「圧倒的に嫌な予感がする……」

 

 綾小路くんが立ち上がる。この場から逃げようとしているようだが、堀北さんが腕を掴み阻止する。

 

「綾小路くん、もう一度言うわ。話を聞いて貰える?」

「ふぁい……」

 

 表情はいつもと変わらないはずなのに、その一言が強力なプレッシャーを放っている。これには誰もが逃げる事を諦めるだろう。

 

「茶柱先生の忠告以降、クラスの遅刻は確かに減り私語も激減したわ。大半のマイナス要素だった部分は消せたと言っても過言じゃない」

「ま、そうだな。元々難しい事じゃないし」

 

 二人の考え――というよりも、堀北さんの考えが気になってので、黙って二人の会話に耳を傾けることにした。

 

「次に私たちがすべきこと、それは2週間後に迫っているテストでよりいい点を収めるための対策よ。さっき、平田くんが行動を起こしたようにね」

「勉強会か。ま……確かに赤点対策は出来るだろうな。ただ――」

「ただ、何? 随分と含みのある言い方ね。何か問題でもあるの?」

「いや、気にしないでくれ。でもお前が他人を気にするなんて珍しいな」

「本来なら、テストで赤点を取るなんて私には考えられない。けれど、世の中にはどうしても赤点を取ってしまうような、どうしようもない生徒が居るのも事実」

「須藤たちのことか。相変わらず容赦ない物言いだな」

「事実を事実として述べただけよ」

 

 二人の話を横で聞いていると、僕の携帯がバイブする。差出人を確認すると有栖からだった。内容を確認しようかとも思ったが、堀北さんたちの話の方が重要だし、一旦無視をする。

 しばらく二人の会話を軽くまとめるこういう事らしい。赤点組である3人が平田くんたちの勉強会を参加しなかったのが気になり。勉強会を開く、と。

 そして、その3人は一筋縄ではいかないので、綾小路くんに説得して欲しいとのこと。

 そこまで聞いて僕はとあることが気になり、今まで挟まなかった口を挟んだ。

 

「あれ? それだと。僕が呼ばれたのはなんで?」

「確かにそうだな。悔しいが、オレを呼ぶのはまだわかる。だけど、葉桜は関係ないだろ?」

「もちろん、無意味に葉桜くんを呼んだわけではないわ。あなたには須藤くんたちに勉強を私と一緒に教えて貰いたいの」

 

 なるほど、堀北さんは僕の点数を知っている。そして、茶柱先生に満点取ろうと思えば取れたかもしれないと思わされているから、なおさら、勉強教える係りに僕を選んだわけだ。

 

「なるほど。どこまで役に立つのかわからないけど、お手伝いするよ」

「ありがとう。流石は葉桜くんね。そう言ってくれると思っていたわ」

 

 そう言うと、堀北さんは綾小路くんの方へ向く。その視線を向けられた綾小路くんは嫌そうな顔をしていた。

 

「さて、綾小路くんはどうするのかしら?」

「無茶を言うな。オレにはそんなリア充も真っ青な行動できるわけないだろ」

「出来る出来ないじゃない。やるのよ」

 

 その言い方だと、綾小路くんが堀北さんの飼い犬か何かに聞こえる。

 そしてその言葉を聞いた綾小路くんは頬を引きつらせている。

 

「堀北がAクラスを目指すのは自由だが、オレを巻き込むなって」

「食べたわよね? 私の奢りで。お昼を。スペシャル定食、豪華で良かったわね」

 

 やっぱりこの為に奢ったんだね……。うすうすは予想できていたけど実際に目の当たりにすると可哀想に思えてくる。

 

「人の好意を素直に受け取っただけだ」

「残念だけど、それは好意ではなくて他意よ」

「一言も言ってねえし……よし、じゃあポイント分オレも奢る。それでチャラだ」

「私、人に奢られるほど落ちぶれているつもりはないから。お断りします」

「今初めて、オレはお前に対して怒りを覚えたかも知れない……」

「それでどうなの。協力してくれるの? それとも私を敵に回すの?」

「拳銃を額に突きつけられて、やれと脅されているようだ……」

「ようだではなく、事実脅しているようなものね」

 

 しかし本当にこの暴力の力は効率的だ。

 しばらく綾小路くんが何かを悩んでいる風なのを眺めていると、堀北さんが畳みかけた。

 

「櫛田さんと結託して、嘘で私を呼び出したこと、許したつもりはないのだけれど?」

「あの件は責めないって言っただろ。今更持ち出すなんてずるいぞ」

「それは櫛田さんに対してであって綾小路くんを許した覚えはないの」

 

 櫛田さんの件? 一瞬頭を捻るが、すぐにとあることを思い出した。

 有栖と一緒にカフェに行ったとき……確かあの時綾小路くんと櫛田さん、そして堀北さんがいた。おそらくそのことを言っているのだろう。

 御愁傷様だね、綾小路くん。

 

「うわ、汚ねぇ……」

「帳消しにしてほしかったら私に協力することね」

 

 最初から綾小路くんには逃げ道は無かったみたいだ……。

 櫛田さんの件で元々手伝いを強要できたのだから、まぁそれを使わずに綾小路くんを手伝わせたかったみたいだけど。

 

「集められる保証はないぞ? それでもいいのか?」

「私はあなたなら全員集められると信じているから。これ、私の電話番号とアドレス。葉桜くんにも渡しておくわ。二人とも何かあったら、連絡して」

 

 意外な方法で堀北さんのアドレスをゲットすることが出来た。今のところこの学校で僕と綾小路くんだけじゃないかな、彼女のアドレスを知っているのは……。

 そんなことを思いながら携帯を開きアドレスを入力しようとして、有栖から連絡来ていることを思い出した。

 内容を確認すると、いつものお呼び出しだった。今回は僕は誘う役ではないので、了解っとだけ送って。いつもの場所へ足を運ぶことにした。




 読んでくださってありがとうございます。
 さて早速ですが、よう実10巻発売されましたね。私は買ったその日に読み終わりました。はい……執筆遅くなった原因もこれもあります。

 試し読みの時点で読みたくて仕方なかったですが、実際に読んでみてもう興奮しました。まだ読んでない方がいらっしゃったら是非読んでください。この坂柳も予想しているより出番が多くてうれしかったです。

 
はい、では雑談はここまでにして、本題を入りますね。まず最初に本当に遅くなって申し訳ありません。でもこれからもこんな風に更新が遅くなることもありますのでご了承ください。

 それと、皆様にお願いしたいことがあります。
 皆さまこの作品は展開スピードはどうでしょうか? 他の皆様の作品見ていると、もうすでに一巻の内容が終わっている物が多くて、私の作品は遅いのでは? と思うようになりました。なので私の活動報告にてアンケートを少し取りたいと思います。

 展開をもっと早くするべきか、それともこのままで良いのか。お答え頂けると嬉しいです。
それではこれからもよろしくお願いします


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またまた2人との待ち合わせ

大変お待たせしてしまいました。


 いつもの場所に向かうと。有栖と神室さんがいた。二人は僕が来たことに気が付きこちらを向く。

 僕は手を上げて、小走りで二人に近づく。

 

「ごめん、待たせたかな?」

「いいえ、そんな事はありません。私も今来たところですから」

「そうなんだ良かったよ」

 

 そんな会話をしていると、神室さんが鼻を鳴らし口を開いた。

 

「何言ってるの? 結構前から待ってたじゃない」

「……神室さん? 嘘をついてはいけませんよ?」

「私は本当のことをいったけど?」

 

 

 有栖は不敵な笑みを浮かべている。

 

「ま、まぁまぁ。それより今回はなんで僕を呼んだの?」

 

 二人は同時に僕の方をみた。

 

「そうでした。今度のテストどうですか?」

「テスト? まぁ……ぼちぼち」

「そうですか。流石に赤点はないですよね?」

「それはない。赤点を取らないように頑張って勉強するよ」

「そうですか、安心しました。もしここで赤点を取るようなら拍子抜けでしたので」

「何言ってるのよ……葉桜なら絶対に赤点取るはずないって言ってたくせに」

「何か言いました?」

「何も言ってないわ」

 

 あの有栖に、ここまで言い返せる人材はなかなかいないな。

 

「まぁ、それより聞きたかったのはそれだけ? それならもう帰っても良いかな? 色々忙しくて」

「あら? 今日は随分とつれないことを仰るんですね?」

 

 有栖が目を細めた。

 不味い……。この目はこっちに探りを入れてこようとしている目だ。

 別に他クラスに教えてはならないとか言われてはいないが、かと言って教える義理とない。そもそも、うちのクラスにAクラスは関係ないからな。

 

「色々とあるんだよ。僕にも人付き合いってやつが」

「晶くんなら、のらりくらりと躱せると思いますけどね……?」

「そんなに僕は器用じゃないよ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべてはいるが、心はドキドキとしている。

 有栖のやつ一体何を考えているのか……ほんの些細なことも彼女は見逃さないからな……。流石天才だよ君は。

 

「そうですか、仲良しの女子達と遊びに行くわけですね」

「いや、別に仲良しってほどでもないけど……遊びでもないし」

 

 そういった瞬間しまったと思ってしまった。

 

「女子達は否定しませんでしたね?」

「……女子でもないよ?」

「いま、変な間があったわね」

 

 神室さん? 余計なこと言わないでほしいなーなんて心の中で思ってみたり。

 

「わかった降参、女子との用事ではあることは認める」

「そうですか」

 

 ニコニコといつもの笑顔……のように見える。だけど、何故だろうか? 黒いオーラのようなものも見えているような気がする。

 

「それは、あんたの彼女か何か?」

「いいや? さっきも言ったけど仲良しってほどでもない女子。ちょっと色々あってお願いされたことがあったから、手伝っているだけ」

「ふーん」

 

 口調は興味が無いように思えるが、彼女の目はこちら見極めよとしている目をしていた。

 前は無かった目だ。一体何があった。

 

「ふーんって。自分で聞いておいて、素っ気ないなぁ」

「まぁ実際に興味はないからね」

「なら、なんで聞いたんだ……」

「なんとなくよ」

 

 そう言われてしまえば、こちらから深く踏み込むことはできない。

 

「ところで、晶くんのクラスには赤点候補はいらっしゃるんですか?」

「まぁ……落ちこぼれのクラスだしな。何人かいるよ」

「そうですか……。では、もう一つ、もし仮に赤点が出たらどうしますか?」

 

 もし赤点がでたら? そんなものはどうしようもないとは思うが……。

 

「その時はその時だと思うよ。僕ではどうにもできない」

「そうですよね……でも、その人が仮にあと1点だけ、足りないって状況になってしまったら、可哀想ですよね」

「まぁ……確かに可哀想だね」

 

 有栖は一体何が言いたいんだろう?

 あと1点足りないからといっても赤点は赤点。覆すことなんてできない。

 それとも覆せる何かがこの学校にはあるのだろうか? だとしたら、少し調べてみると必要がありそうだけど。

 

「まぁ仮の話ですし、何より助ける方法はないですからね。赤点……取る人がいないと良いですね」

「そうだね」

 

 口ではそんなことを言っているが、有栖の目は赤点が出て欲しいと思っているようにしか見えなかった。

 須藤くんたちには赤点はとって欲しくないな。有栖が何を考えて言っているのか意図が読めないが、有栖の思い通りに運ばされるのは悔しい。

 

 

「もう行ってもいいかな?」

 

 これ以上彼女と話していると誘導尋問されそうだ。

 もうされてる気がするけど。

 

「最後に一つだけ」

「何?」

「今夜、神室さんの部屋で勉強会を開きますので来てください」

「は!?」

「え?」

 

 神室さんが驚いているんですが……。もしかして勝手に決めてない? 有栖……。

 

「まぁ……僕は良いけど、でも……」

 

 ちらりと神室さんの方へ見る。すると彼女と目が合い、神室さんは目を逸らす。

 僕は深く息を吐く。

 

「やめたほうが良いみたいだね」

「そんなことないですよ。ね? 神室さん?」

「別に嫌とは言ってないでしょ? いいわよ。私の部屋で」

「と、言ってますよ?」

 

 これは有栖に逆らえないから、言っているだけなのでは……。まぁいいか。有栖と勉強するのも久々だし。

 と言っても、彼女に教えるべき科目があるとは思えないけど。

 

「了解。じゃあ、どこで待ち合わせする?」

「そうでね……後ほどメッセージを送るということでよろしいですか?」

「いいよ。じゃあ楽しみにしておくね」

「はい。私も楽しみにしています」

 

 いつもの優雅な微笑みを見せる。

 本当に有栖は可愛いよな。腹のなかは真っ黒で怖いけど。

 そんなことを思いながら。2人と別れた。

 そして、先ほどの会話を思い返す。

 赤点を取ったら、回避する手段があるような感じに有栖は語っていた。

 本当にそんな手段があるのか、又は有栖のフェイクなのか……その辺はわからないが頭の端には置いておいてもいいかもしれない。




はい。改めまして大変お待たせして申し訳ありません。
それとアンケートですけど、見事に3つに分かれてしまいました。なので、今後はようしょようしょで長くしたり、短くしたりします。
これからもこの作品をよろしくお願いします。


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勉強会?

 時刻は八時頃。自室で椎名ひよりさんのおすすめされた本を読んでいると、メッセージを知らせる通知音が聞こえた。本に栞を挟み閉じると、メッセージを確認する。

 送り主は、もはやお決まりになっている坂柳有栖だ。内容は単純で、勉強会を始めるから来てくださいと言ったものだ。しかも、抜かりなく神室さんの部屋の番号まで送ってくれている。

 

「行くか」

 

 椅子から立ち上がると、軽く身なりを整えて自室を出る。

 エレベーターに乗り、神室さんの部屋がある階のボタンを押した。だけど、一つ気を付けないといけない事がある。これから向かうのは女子の場所だ。こんな時間に男子が行くには憚れる場所だ。

 他の女子に会わないと良いなっと思っていると、ちょうどエレベーターが止まった。そして、扉が開くと――

 

「あ……」

「え……?」

 

 そこには椎名ひよりが立っていた。

 マジですか? 一体どんな確率で知り合いの女子と会うんですか?

 

「こ、こんばんわー」

「こんばんわ」

 

僕は挨拶をして何食わぬ顔でエレベーターから降りると、椎名さんの横を通り過ぎようとしたのだが……。

 

「あの……ここ女子の階ですよ? 葉桜くんはなんでこんな時間に?」

 ピタリっと足を止める。別にやましい事をするわけではないが、冷や汗が止まらない。

「えっと……勉強をしに……」

「勉強? 女子とですか?」

「う、うん」

「そうですか……ちなみに、差支え無ければ、どなたとするのか教えてくれませんか?」

 

 一瞬、どうするべきか悩んだが、あえてここで名前を出しておいた方が疑いもなくなるだろうと思い、神室さんと有栖の名前を伝えることにする。

 

「えっと、神室さんと坂柳さん」

「Aクラスの……お二方」

 

 流石に名前は知っていたようだ。とりあえず、これで、夜中に女子の階にいる変質者の疑いはかけられない……はず。

 でも別の意味で勘違いはされそうだが……流石に二人の女子の名前を出せばその心配もないだろう。

 

「じゃあ、僕はこれで」

「あの……! 葉桜さんはそのお二人と仲いいんですか?」

「うん? うーん。最近知り合ったばかりだからな、でも仲は悪いわけじゃないよ。こうやって勉強会にお呼ばれされるくらいだし」

「そう……ですか。お引止めしてしまってすみません。勉強頑張ってください」

 

★★★

 

 それから、僕は神室の部屋の前へ到着する。

 軽くインターホンを鳴らすと、鍵が開ける音が鳴ったと同時に扉が開かれる。

 

 「本当に来たんだ……」

「うん。一応、有栖に呼ばれたからね」

「まぁご愁傷さまって事で」

「え?」

 

 首を捻り頭に疑問符を浮かべていると、女子の声が聞こえてきたので、すぐに神室さんの部屋に入った。

 

「危なかった……」

「何をそんなに焦ってるの?」

「だって、ここ女子の階だよ?」

「あーそういう事。まぁ見つかったら変態のレッテル張られるよね」

 

 少し悪戯っぽい表情する。最初からわかってて聞いてきたみたいだ。

 わかっていたのなら、初めから聞かないで欲しかった。

 

「こんばんわ。晶くん」

 

 少し高い声が特徴的な声が聞こえてきて、僕は聞こえてきた方を見ると、坂柳有栖がニコニコしながら立っている。

 あの笑顔は……嫌な予感がする。というか、さっきご愁傷さまって神室さん言ってたよね? アレの意味って……もしや、有栖の隣にあるチェス盤と関係あったりするのだろうか。

 

「こんばわ。勉強会だって聞いたんだけど、その隣にあるのは勉強道具じゃないよね?」

「ええ、勉強会ですよ? チェスの……ですが」

 

 満面の笑みを浮かべて、ナイトの駒を手に持っていた。

 

「はぁ……神室さん知ってたよね?」

「もちろん」

「そう……」

 

 諦めて坂柳有栖の遊戯に付き合う事にした。

 

「では、さっそくですが、タイマーの使い方は分かりますよね?」

「あー、結構本格的にやるんだね」

「もちろんです」

 

 端末を操作して、アプリのタイマーを起動する。

 

「持ち時間は?」

「そうですね……晶くんなら三十分で行きましょう」

「了解」

 

 タイマーを三十分に合わせる。そして邪魔にならないところであり、すぐにタイマーが押せるところに置いた。

 

「それじゃ、先攻後攻決めましょう」

「いや、別にいいよ。そっちが先行で」

「ありがとうございます」

 

 そしてゲームが始まった。

 最初はお互いお決まりの動かし方をする。

 ハイスピードで繰り広げられる攻防に神室さんは「すご……」と呟いていた。

 

 「チェックです」

「ふむ……」

 

 別に積んでいる訳じゃない。ならここはキングを守ることを優先するべきか。

 

「へぇ」

「いいえ、相変わらず腕は衰えていないと思いまして」

「ありがとう」

 

 再び有栖との攻防が繰り広げられる。

 僕が衰えていないと言うなら、有栖は昔よりだいぶ強くなっていると思うんだけど。

 ナイトの駒を動かしながら、そんなことを思っていた。

 ルークを動かし、ポーンを動かし、クイーンを動かす。

 お互いに一手、一手は一秒にも満たない間に打たれている。

 

「チェック」

「あら?」

「坂柳が……チェックされた?」

「ふふふ。やりますね」

「楽しそうだね」

「ええ、楽しいですよ? ゲームですから」

「そうなんだ」

 

 駒を置く。

 

「ん?」

「いいえ。何でもないです」

 

 それからしばらくして、ちょうど持ち時間がニ十分を切ったあたりで決着がついた。

 

「チェックメイトです」

「参った」

 

 両手を上げた。

「最後はやっぱり有栖が勝ったね。昔より強くなっていてびっくりした」

「ありがとうございます」

「やっぱり、彼に勝つため?」

「ええ、この学校に居るのは知っていますので、いずれ対戦できる日が楽しみです」

「そうなんだ。頑張ってね」

「はい」

 

 そう言いながらチェスの駒を片付けていると、有栖から視線を感じて顔を向ける。

 

「どうしたの?」

「晶くん。途中で手を抜きませんでしたか?」

「うん? そんなことないよ。全力だった、弱く感じたのならきっと有栖が強くなったんだよ」

「……そうですね」

 

 すると、ナイトの駒を手に持つ有栖。そしてこちらに見せつけるように持っている。

 

「晶くんも強くなってくださいね。ナイトだったんですから」

「善処します」

「二人で盛り上がっている所悪いけど、結局なんでチェスしたの?」

「チェスの勉強ですよ」

「え? でも、試合のようにもみえたけど?」

「気のせいです」

「そう」

 

 もう何を言っても無駄だと悟ったのか、神室さんは首を振りこれ以上、何も言うはなかった。

 そのあとは、本当に勉強を三人で始めた。そして、九時半には解散した。

 元々勉強のできる有栖が居るのだから、僕なんていらなかったような気がするけど、それに神室さんも赤点取るほどでもなかったし。

 チェスで無駄に神経使ったから、すぐに眠りについた



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