坊や哲がお嬢哲になった話 (ユックリ殿)
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坊や哲がお嬢哲になった話
朝田哲、現在13歳の中学二年生である、がその前世をいつ思い出したか、と聞かれたら初めからと答えるだろう。友と共に米軍基地の賭博場を荒らし、敬愛する師匠に麻雀士…玄人の極意、心意気を習い、オヒキを連れて新宿の雀荘で数々のコンビ技を魅せ、最高…そして最強のライバルと凌ぎを削った、あの人生を。各地方での博打の相手の名前を全員覚えているかは分からないが、どのような打ち手、どのようなイカサマであったかは完璧に覚えていると言い切れる自信がある。勿論、その後のペンネーム『阿佐田哲也』としての執筆活動を忘れた訳ではない。だが、坊や哲の玄人としての人生の色の濃さを知っている者ならば、どうしても作家時代が薄く感じられるだろう。
故に、彼女が3歳の、まだ言語すら覚束ない頃の誕生日プレゼントに望んだものは麻雀牌だった。
雀卓がないのに気がついたのは誕生日当日だった。
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新宿の繁華街から少し裏道に入るとその雀荘がある。
大通りの雀荘と比べると少し型落ちしたタイプの自動卓、外観、内装だが、それ故に近所の老年期の方々には評判が良かった。
「…ツモ。門前、嶺上開花…」
「なっ、嶺上開花?!だが、それじゃあ逆転が出来ねぇなぁ!」
だからこそ、その玄人にはいいカモに見えた。
新宿では、今時珍しい玄人が雀荘を荒らしているという噂が流れていた。
曰く、異様に聴牌速度か早い。
曰く、レートを少し上げた途端に早上がりを見せ、賞金を勝ち逃げしていく。
曰く…と悪評が山ほどあるので全てを記載することはないが、新宿の雀荘からすれば、厄介者の印を押されていた。
「…カンドラ捲りますよ。」
「……!!」
その玄人からすれば、(少々口が悪いが)ボケたおじさんどもなど屁でもないと思った。だからその雀荘へ首を突っ込んだ。
___________そこの常連である、『お嬢哲』の異名を持つ、一部では新宿最強とすら呼ばれている、1人の女子中学生のいる、その雀荘へ。
「なぁ…?!カンドラがモロ乗りだと…?!」
「…ドラ4。跳満、キッチリ逆転。これで勝負アリ、ですね。」
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その身が女性のそれになってしまったとしても、坊や哲…お嬢哲の『したい事』とは、強者との闘牌だった。印南、ドサ健といった強者と麻雀を打ちたいと彼女は何度も思った。肌のヒリつき、喉がカラカラになりつつも相手の技を見抜き、返し技で応戦するあの独特の感覚がどうしようもなく、好きだった。しかし、彼女が身を置く環境では裏にはいけない、かといって表の雀荘に彼ら程の強者がいるはずもなく。
彼女は燻っていた。
「貴女、麻雀部に入ってみない?!」
後に、『お嬢哲』のライバルとなる、地元の中学校の同級生、そしてその麻雀部トップである、大星淡に勧誘を受けるまでは。
—————————————時代は1年後へ…
白糸台高校、女子麻雀部の部長の弘前菫の指揮による、新入生の自己紹介会が開かれていた。白糸台は全国トップのため、退部者も数多く存在してしまうが、それでも顔合わせぐらいならするべきだろうと配慮された結果、その重荷は部長へと回った。
「____あー、ありがとう。次、頼んだ。」
人数が多い為か、菫の顔は少し怪訝としている。が、次の者の台詞によって血管が浮き出ているかのような、キレた顔になった。
「はーい!高校100年生の大星淡でーっす☆!よろしく!えっと、私、私よりも弱い人の言うことは聞きたくないから、そのつもりでいてね!」
勿論、菫も彼女の強さは知っている。何せ、去年の中学全国大会優勝者だ。その強さも含めて、今の台詞を勝手に総評した。
____コレは、ないな。
淡のブランドヘアーを無言で叩く。
「痛ったー?!部長ー!?いきなり何するんですか?!」
「……次、頼んだ。」
「幾ら何でもスルーはナシですよ!!」
菫は視点を横にそらし、次に並んでいる新入生を見た。
身長は自分よりも低め、恐らく165センチメートルぐらいか。肩幅は小さめ、おもちも小さめ、良い言い方をすれば、女性らしい。悪く言えば全体的にちっちゃい。そんな感じだった。
だが、彼女の自信に満ちた顔は、となりの大星となんら遜色なかった。
「○○中学から来ました、朝田哲です。」
______ここに、白糸台過去最強とも揶揄される、チーム虎姫のメンバーが揃った。
ここのお嬢哲は勿論能力を持ってます。でも、使わなくても基本天運を持ってるので関係ないかも…。続編あったら能力の話でも書いてみようかね。
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2話目
「ロン。
白糸台高校麻雀部、強豪校故に広々とした部室にて、一年生の順位付けが行われていた。正確に言うならば、『どのチームに所属するか』を決めるものだ。
白糸台麻雀部のシステムは打ち筋がある程度5人で1グループを作る。防御に特化した所、攻守のバランスが良い所といったイメージだ。それにより、大会での次の対戦校の見本と対局できるというメリットが存在する。
よって、新入生同士を対局させ、一年生は今後仲間となる、もしくは敵となる者を見定め、三年生等はその対局を観察し、タイプの似通った新入生を自陣に引きずり込む。
「ねぇ菫。あの子、中々良いんじゃない?」
「ん?お前が興味を持つとは、珍しいな。どの子だ?」
「む、失礼な。三年生にもなったら、後輩にも気をかけるよ。…あそこ、今満貫和了った子。」
昨年度、部内戦を勝ち抜き白糸台全国優勝に貢献した、全国第1位の雀士、宮永照も、その一員だった。横に二年間共に闘った友、弘瀬菫を引き連れて。
「…あぁ、アイツか。中々いい筋してるとは思うが、何処がピンと来たんだ?」
「……えっと、名前分かんないから、教えて欲しいんだけど。」
「おいおい、さっきの自己紹介聞いてなかったのか?…朝田哲だ。」
「ありがとう。…んと、手つきを見て欲しいんだけど、他の子と比べて一番慣れてる。」
「慣れ…?どういうことだ?」
「……なんだろう…一番、」
「牌の扱い?に慣れてる感じがする。」
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「…投票の結果を発表するぞ。」
無論、引きづら込むと記載したが、チームが被った者は投票によって決まる。強い者はそれだけ票が集まるし、弱い者には票が集まらない。弱肉強食、と変換してもミスではないだろう。
「_______…票、チーム○○に入ってくれ。次、朝田。票数、三票。」
部室が騒つく。全国的に有名な選手には、三票は少ないと感じるかもしれない。(ただし、淡に限って言えば自己紹介時にとんでも発言をしたので票は4票だった。)だが、『朝田』という選手は聞いたことがなかった。それなのに、三票入っているという事実に、対局しなかった新入生達は驚いた。
「チーム虎姫に入ってくれ。次、○○…」
流れ作業故に、そのざわつきは直ぐに幕を下ろした。だが、新入生達の心に、少しの傷跡を残した。
「…改めて、部長の弘瀬菫だ。よろしく、朝田。」
「はい、よろしくお願いします。部長。」
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「なぁ大星、朝田。この後も自主練習として打てるんだが、どうだ?」
菫からの提案。哲はその言葉に裏を感じなかった。何かを隠している訳でもなく、単純に実力を図りたいのだろう、と思った。
「…はい、いいですよ、私は。淡は?」
「もっちろーん!麻雀ならいつでも大歓迎ってわけよぉ!」
「おい、せめて敬語ぐらい使え。他の三年生が敬語は要らないと言っていても、私は敬語を使わん新入生には何かを指導するつもりはない。」
「えー…いいじゃないですかちょっとぐらい…」
その膨らんだ頬が可愛らしく見える。自身のあざとさを最大限に活用した、良き演技だと菫は思った。だが私には効かん、とも思ったが。
「はぁ。…おい、照。こっち来い。打つぞ。」
「…ん、許可取れたんだ。」
____________昨年度優勝チームの対局。居残り中の部員はその対局を見逃すことは出来なかった。
麻雀描写出来ないのでもしかしたら対局描写カットするかもしれんのです。ご理解ぐだせぇ。
次の回が続くなら、生まれ変わってからの哲ちゃんの人生でも書こうかな。まだ哲ちゃんの一人称視点マトモに書いてないや。
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3話目
ナルコレプシー、日常生活をおくっていると突然寝てしまうという難病…今は治療法が確立されているらしいが、当時の医療では対応出来なかった病気だ。その時の『俺』はその名前すら知らなかった。が、俺には運が無かったらしい。その難病にかかっちまった。
文庫本を書くのは嫌いではなかった。寧ろ、ある程度長生きした『俺』からしたら、作家だった時代の方が長かった。
しかし、『坊や哲』の原点は何処までいっても作家としての机上ではなく、玄人としての卓上だったらしい。
気がついたら、あの技はどういう仕組みだったか、あの玄人は今何処で食費代を稼いでるのか。考えてもどうしようもないことを考えてしまっていた。また、『阿佐田哲也』が始めて出版した本のタイトルは「麻雀放浪記」だ。コレをママのバーで書いてる時には、オヒキのダンチから「いい顔してるっスよぉ〜」と言われてしまった。拳骨で返すのは少し酷だと思ったから、あまり茶化すなよ、と釘を刺しておいた。まぁ、その次の日も戯言を述べていたので拳骨を叩き込んでいたが。
つまり、だ。
『俺』には、未練があった。
たとえ玄人人生の目標だった、ドサ健からの勝利を達成したとしても。難病で玄人人生に終止符が打たれたとしても。
まだ、麻雀で生きていたかった。と。
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俺は別に仏教徒だった訳じゃない。まぁ、飯を食う時には頂きます、やらご馳走さま程度なら言ってはいたが、毎日寺やら神社やらへ赴き、お祈りを続けていたかどうかと聞かれれば間違いなくしていなかったと言う。
故に、『私』が『私』を自覚するまで、輪廻転成を信じていなかった。
自分を自覚したとき、私はとてつもない歓喜に包まれた。
また牌を触れる。また卓を囲える。また肌のひりつく勝負が出来る。
また、麻雀を打てる。
幸いなことに、私の家庭は恵まれていた。私の3歳の誕生日の時に麻雀牌を買ってと強請り、4桁を超えてしまった牌を買ってこられた時は驚いた。…黒の練り牌だったことを、ここに記載しておく。
私は一人っ子だったので、基本的には三麻を家族で嗜んでいた。が、両親はそこまで麻雀に興味がなく、精々麻雀会日本チャンプの名前を知っている程度だった。強さを期待する方が酷というものだ。よって、私は両親に、雀荘に連れて行ってくれ、とせがんだ。この世界では、麻雀の人気はベースボール、サッカーと遜色ない程だった。だから、私のような当時7歳のガキンチョでも、雀荘は寛容にも入店させてくれた。
奇妙なことに、私の生まれた土地は新宿だった。
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学内では帰宅部のエースを貫いた。『自分』の原点はどうしようもなく麻雀であったが、やはり半生を作家に費やしたからだろう。私は本を読むのが好きだった。『俺』が死んだ後の、大人気と評される本を読破していくのは楽しかった。主人公がイギリスの魔法学校へと通う長編小説だったり、アメリカの小さな州に住む兄妹が不思議な小屋によって、本の世界へ入り込む小説など。それによってか、私は他人よりも勉強できた節があった。
思えば、私はこの頃、麻雀で食い扶持を繋ぐのを諦めていたと思う。玄人は自由気ままだ。勝つも負けるも、全てその本人の実力次第で決まる。負けが嵩むと当然のように有り金が底を尽き、焦りが生まれるかもしれない。だが、玄人は何にも縛られなかった。自分が打ちたい雀荘へ赴き、好きな時間にフラリと現れる。そこに自分の意思以外に介入するものはない。負けがこんだとしても、勝ちに勝ったとしても、それは自身の責任。そういう意味では、玄人は何者にも縛られない、自由なものだ。
だが、プロは違う。そのプロ活動に、チームの意思、はたまたその企業の意思が介入することが度々発生する。(決して公にはならないが。)それは、「勝たなければならない。」、「負けてはならない」
といった縛りではない。「このように発言してはならない」といった、自己が蔑ろにされてしまう縛られ方だ。
そうまでして、プロ業界に入りたいか、と聞かれると。正直首を縦に振ることはなかっただろう。
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『はやりんの!ハヤヤッ☆超分かりやすい麻雀の説明書☆』
中学三年生の半ばに差しかかる頃、私はその本を借りた。
正直、苦笑いを浮かべるしかなかった。表紙に胸の膨らみが主張しすぎた女性(アイドルのような格好をしている。)がポーズを決めている。私は当時、テレビを見るような、というより、麻雀の大会を見るようなタイプではなかったので、この表紙の女性を知らなかった。
だがその理論的、且つ正確、更に分かりやすい説明に私は舌を巻いた。あぁ、この筆者は
席に座って黙々と熟読している私は、他の人から見れば奇怪なものだっただろう。事実、私の周りには誰も近寄ってこなかった。
「おっ!!その本ちょっと痛いはやりんのヤツだよね!貴女麻雀部に居ないよね?!今からでも麻雀部入部しても損はないよ!私は大星淡!貴女は?」
目の前でマシンガントークを広げた、強者の香りを漂わせる、ブロンドヘアーの輩が声を掛けてくるまでは。
次はぁ…どうしましょうねぇ…
淡ちゃんの話は番外編に回すとして…
気ままに書きます(思考停止)
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4話目
「大星」という苗字は、大概出席番号が一桁後半になる。ア行の姓を持った人間は比較的多い。よって、その席は2列目の前の方、ということになる。
今の三行は、『私と大星の席が隣同士』という事実を解説しただけである。読み飛ばしてもらっても構わない。
「…いや、流石に名前ぐらい知ってるさ。大星淡。」
「あっそりゃそうだよねー」
「…それで?こんな、受験シーズン間近に迫ったこの時期に、何で貴女は私を麻雀部に誘ったんだ?大体、大会だって、もう終わったろ。」
大会、というものにあまり興味を感じなかった私だったが、正門側の校舎の壁に麻雀部の〇〇優勝おめでとう!!(前述の通り、私は興味がなかったので完全なるうろ覚えだ)とデカデカと横断幕が掲げられていると、大会が終わったことぐらい察しがついた。
「いやー、それがねぇ!麻雀を教える楽しみを知ったの!」
「……そうか。確かに、後輩に指導するのは良いことだと思うが、部活ってのは同級生と切磋琢磨して実力を高めるモンじゃないのか?私なんぞに構わず、部活に行けよ。」
「あー、そういうの無理なんだよねぇ」
「…?」
「
「…!?」
この世界には、麻雀を打つときに奇妙な力を発揮する人間が一定数存在する。ドラが集まる打ち手。東場が異様に強い打ち手。過去に、哲も、一索で待つと必ず上がれる打ち手と戦ったことがある。ちなみに、その時の卓では、哲は一索4枚を配牌時に集め、その打ち手が立直した直後に槓をして、上がり目を潰した。「私の鳥さんがぁ…」と半泣きになっていたので、申し訳ない気分になったことをよく覚えていた。
淡の話をしよう。
やはりと言うべきか、彼女も奇妙な力を持っていた。しかも、破格の強さだった。
配牌時の手が良いか悪いかによって麻雀(サマなし)で上がれるかどうかは大体決まってくる。その配牌を、彼女は操れた。
『絶対安全圏』。淡が名付けた名前だ。自身以外の配牌は全て必ず五向聴で始まるという厄介極まり無い能力。
分からない読者がいた場合は、ポーカーで必ず配られたときにブタしか引けない、と思ってくれれば分かるだろうか。
無論、そんなことをされてしまえばほぼ確実に上がらない。だが、この世には豪運の持ち主がいる。案外、五向聴など軽く超えてきてしまうかもしれない。だが、
淡が強いのは、その更に奥があるからだ。
彼女の二つ目の能力は『ダブリー出来る』という、彼女の脳筋っぷりが滲み出たものだった。これによって、どんな豪運の持ち主が相手でも本人は何もせずとも勝てる。
本当はもう少し先…「山が差し掛かった時にカンをすればカンドラがモロ乗りする」という物があるのだが、また後の話…。
これが大星淡が大星淡たる所以だった。
当然、それを毎日のように受け続けるチームメイトは堪ったものではない。自分の配牌はどこまでいっても進まないのに対し、大星はダブリーを軽く見せつけてくる。彼女のチームメイト達の牙は、もう既に折れるどころか、粉々になっていた。
大星淡がここまで大口を叩けたのは、これらが原因だった。
「だからね!勝負じゃなくて、教えを説くことにしてみたの!」
「…よし、良いだろう。放課後、麻雀部に行けばいいんだな?」
「よっし!ばっちこいだよ!」
哲からすれば、それは淡に自覚がないと分かっていても明らかな挑発に聞こえた。まだ、「私は強い」と言われたならおぉそうかと思うだけなのだが、「私に勝てるヤツはいない」と面から言われてしまった。だから、その尖った鼻を折りたくなる気持ちが沸々と湧き出てくるのを感じた。そして、何よりも…
_____コイツは、あの執念と熱意をぶつけ合ったドサ健とは違う、哀愁のような何かを感じる孤独感に包まれている。
『私』になって少し衰えてしまった勘が、そう訴えてきた。
________________________
『私』は、基本的に不器用であった。6歳の頃、左手芸のコツを掴み直そうと練習したことがあったが、今でもその動きはぎこちない。ぶっこぬきだけでさえ、牌と牌のぶつかる音を立ててしまう。『私』には、あまり玄人としての才はないようだ。
だが、麻雀の神様は俺のことが嫌いではないらしい。他の強者が持っているように、私にも能力があったのだ。
『相手の能力が分かれば、その返し技を繰り出せる』…つまり、前述の事象を例とするならば、相手が一索で上がるのを得意とすれば、それを積み込みによって私の手配に4枚収める。だが、自動卓ではそれは出来ない。積み込み防止用の機械だから、当たり前だろう。
それを、私は可能にした。
大星淡の能力、『絶対安全圏』、『ダブリー』、『山に差しかった時にカンをすればカンドラがモロ乗りする』能力を東風、そして南3局までかかってようやく看破した。
「南四局、私の親だな。」
「…あ、うん。サイコロ早く振ってよ。」
どうやら、私が大見得切って挑みかかったのにこの時までヤキトリなのに対し、失望しているのだろう。待ってろ、目を覚まさせてやる。
自動卓特有の騒がしい音が鳴るなか、次の牌が下から出てくる。
『ダブリー』、そして『絶対安全圏』。どちらも強烈な能力だ。これに対抗するには…
______これが玄人の真骨頂…!
何処かで、房州さんの声が聞こえたような気がした。
「…ツモ。天和、四暗刻、緑一色。トリプル役満だ。これで勝負あったな。」
これは、淡の初めての、正真正銘の敗北だった。
弁明です。
哲ちゃんは玄人なんですが、咲の世界は自動卓が普及し過ぎてるのでどうしても能力として積み込みしてもらわないとキツイんですよね。淡々と天運使ってツモりまくるのもいいかもしれないんですけど、それなら小泉ジュンイチローに任せればいいかなーと。
やっぱり、哲ちゃんのカッコいい所は燕返しと2の2の天鳳だと思ってるので、こういった形になりました。
日間短編小説ランキング11位、ありがとうございます。
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5話目
まだ四月の中旬、肌寒い気温が観測されている中、照と菫はチーム虎姫に加入した期待の新人の2人の打ち筋について、語り合っていた。
たった半荘1回だけだったが、そこは昨年度全国優勝者。少ない情報でもそこから推測する能力は2人とも身につけていた。
「それで、どっちの方が脅威に見えた?」
麻雀の団体戦は、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人がそれぞれ半荘を2回ずつ行う。何となくではあるが役割も決まっており、先鋒はこれより続く戦いの勢いをつけるため、火力の高い選手が、次鋒と副将は先鋒、中堅で稼いだ点を大将に繋げられる選手が、中堅は真ん中であるが故に悪い流れの場合はそれを断ち切り、良い流れの場合はそれを助長するために、守備が硬く、点を稼げる選手を。そして、大将は負けている時はドカンと稼げ、勝ってる時は手堅く、つまりエースが入る。
チーム虎姫内での役割としては、まず宮永照が大将。そして弘瀬菫が次鋒。これは2人が入部した時からコレのため、あまりズラしたくはないなと思っていた。つまりは『慣れてる』からだった。
次に、中堅に渋谷尭深が入る。彼女の能力である『一巡目で捨てた牌がオーラスに配牌時に戻ってくる』というものだった。つまり、一巡目で捨てる牌を字牌のみにすれば字一色や大三元、大四喜和といった役満が狙える強烈な能力。それまでは降りたり、自風のみで上がったりして場を流し、オーラスで一気に役満で上がる。そのため、彼女は点数を稼ぎやすい選手だった…というより、負けが混みにくいといった方がいいだろうか。
彼女はオーラスに役満を和了れるので流れを作りやすい。だから、彼女は中堅という役割がよくあっていた。
そして最後に、先鋒と副将が残る。
菫の「どちらが脅威か」という質問には、淡と哲、どちらの方が先鋒に相応しいか。という意味が込められていた。
「んー…単純に面倒くさかったのは、淡かなぁ。」
「やはりか…確かに、あのダブリーと5向聴は強い。なす術がなく、うまくツモれない間にさっさとツモってしまう。あれの対処法は未だに思いつかないぞ、私は。」
「…うん、やっぱり淡が先鋒かな。」
「まぁそうなるか…でも、私は哲のヤツからお前のような気配を感じたぞ。」
「えっ?私みたいって?」
「あぁ、お前の照魔鏡で覗かれている時の気配だったよ、アレは。」
菫は、哲から淡とは違う、言わば『不気味さ』を感じ取った。また、それは照も同じこと。だが、照の感想は少し違った。
「…覗かれてる、というよりも…観察されてる、の方が感覚的にあってる気がする…。」
「そうか?私には、違いが分からなかったが…」
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東一局9巡目、ダブリーを仕掛けてきた淡への安牌である一筒を切り出した。照はその能力故に和了ることを半ば諦めていた。彼女は一局目を捨てることで、相手の特性を理解出来る。なので、彼女は一局目は和了り牌を確保しつつ相手の観察につとめ、二局目から怒涛の攻めを繰り広げていく。それは、彼女の必勝法だ。
その局は、淡が軽く満貫をツモ和了りを決め、1000点棒を2本差し出すと、その『照魔鏡』で、淡と哲の打ち筋を覗き込んだ。
この時、淡と哲は後ろから見られている感覚を味わった。少し酷な表現をするが、全身を舐め回されてるかのような、そんな感じだ。
淡は思わず後ろを振り返ってしまうが、気のせいか…と流してしまう。
が、哲。これは気のせいではないと勘と経験で看破した。手早く未知の対戦相手の特性を掴まなくてはならないため、この視線は菫と照、どちらかの能力によるものだと断定した。そして、先程の捨て牌を鑑みるに、照のものだと思った。菫の捨て牌は、淡の『絶対安全圏』により、手作りに四苦八苦しているように見えた。だが、照の捨て牌は右往左往しているように感じだ。序盤にしては中張牌が多く見受けられたのと、それでチャンタ狙いかと思うとキーとなる么九牌の1筒の対子落とし。淡がツモ和了り、この視線が感じられて、その行動の意味を悟った。
そこからは全日本チャンプ、宮永照の独壇場だった。断么を4巡目にして哲から和了り、そのまま東四局の2本場まで照が3連続でツモ和了った。
そして、その2本場。
(…読めねぇ。この宮永照の能力は、『相手を覗く』のと、『連続でツモ和了れる』か?まだ情報が足りねぇ…だが、点棒が…!)
現在、哲の点棒は15000を少し下回る程。この調子で行くと、いつか跳満や倍満をツモられた時にどうしようもなくなる。早いとこ見切りをつけねば、彼女の未来はない。
そして、8巡目
(張った…平和、断么、一盃口、ドラ1、赤ドラ1の満貫手。既に満貫は確定している。リーチはしない…ん?)
哲は、上家に座ってまだ一度も和了っていない菫が、やけに此方を見ているように感じた。冷静で少し冷たくもあるがその目の奥は勝気に溢れた、熱意の視線だった。
(…聴牌に気づいたのか?中々いい勘してるじゃねぇか…)
そう思いつつも、手牌に余った不要牌を強打する。
「ロン!平和、一通、ドラ1!7700!」
「なっ?!」
哲は遂に4桁となった点棒を眺め、焦りを感じた。
まず、自分の小説に赤バー付いてるのをみてビックリしました。
皆さんありがとうございます。
未だに哲ちゃん和了れてないという衝撃の真実。でもイメージ的な話だけど哲ちゃんは初めはどんな技使ってるか分からずに負けるイメージがあります。その後、「そういうことか!」つって返し技を見せつけるのがカッコいいんですよねぇ。
あと、ここの哲ちゃんの運は大体池田ァ!ぐらいを想定してます。低すぎるかな…
そして、なによりも誤字報告ホント有り難いです…
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6話
お待たせしました。
しかしまぁ何というか…短いな、相変わらず。
半荘が経過し、点棒が10000を切ってしまったが、難敵宮永照と弘瀬菫の『技』が読めず、得意のポーカーフェイスで顔に出さずにいたが哲は焦っていた。哲の『技』の弱点だが、最初に対局相手の『技』を観察し、見破る必要がある。それを言い換えるならば、『一度自身がその技を喰らわなければならない』。相手が役満を一度に叩き出せるタイプだったり、『技』が見極められ難いものには相性が悪いのはまぎれもない真実だ。
そういった意味では、宮永照、弘瀬菫の『技』は相性がそこまで良くない。
読者の皆さんは知っているだろうが、解説しておこう。宮永照の『技』は『連続和了する度に点数が高くなっていく』。彼女の持つ、天運とソレが加われば、その連続和了を止められる者は少ない。それに、天運と書いたが…それだけかと言われると間違いなく違う。彼女の海底すら見通せる程の深い読みが、他人の和了を止め、彼女の連続和了を促進している。
弘瀬菫に備わるのは『他家の不要牌で聴牌することが出来る。』それは必然的に他家よりも早い段階で聴牌しなくてはならないが、彼女の培った経験がものをいう。その和了は弓道の構えの様。狙った牌を確実に射止める。
南一局、半荘の為後半に差し掛かる。
(流れが悪い…振り込んじまった後だからだろうが、この感じ…淡か…)
哲の親番だったが、その手はバラバラ。字牌が5枚、いずれも対子はなし。混全帯幺九でも狙うかと思うが、萬子の順子が少しあるのでどうしようもない。
それもその筈、この場面で淡が温存していた『絶対安全圏』を使用していた。
「もう許さないからねー!センパイが強いのは分かったけど、私のは最強無敵だから!覚悟しときなよ!」
南風戦、1人を除く3人で、乱戦が始まろうとしていた。
________________________
南2局13巡目。淡が親番である。
あいも変わらず良い配牌が来ずに四苦八苦している哲を尻目に、淡は断么清一色ドラ2の倍満手を聴牌していた。
哲に負けてから、淡は基本的に『ダブリーをする』力をつかわないようにしていた。理由としては、哲の前でそれを使うと手のひらで踊らされてしまうからだ。哲の『技』を理解してる淡からしたら、彼女の前で同じ技を使うのはカモと同じと悟っている。なので、普段は対策のしようがない『絶対安全圏』のみを使用している。また、真の強者はその力をひけらかさないと哲を見て思った。その姿は淡に少なからず影響を与えた。尚、東1局で『技』を使っていたのは、哲が他家2人の様子見をすることは分かっていたので使用出来ると踏んでいた為だ。
(もうこの巡目だし、2人はもう聴牌してるよねー…何とかこの手、上がりたいんだけどー、自摸れると楽だなー!)
そう楽観的に考えながら自摸ってきた牌は北、当然
それはまさに菫の狙い所。
「和了!白、混全帯幺九で、
「えっーーー?!」
「…どうしたんですか淡、まだその点数なら逆転も可能でしょうに。」
「そうじゃないんだってテツ!これ見てよ!倍満上がれると思ったのにー、3900で流されちゃったんだよ!不要牌で待ってるなんて菫のイジワル!」
「はぁ…。先輩に対する口調というものがあってだな…。それに、まだ対局中だ。他家に手牌を見せてはいけないだろうが。」
「礼儀は大事だよ、淡。」
「……ちぇー。」
後輩を指導しながら、先程から妙に口を開かないもう片方の後輩を眺める照。だが、その表情は焦りを感じなかった。照の『照魔鏡』をもってすれば、幾ら哲がポーカーフェイスが上手くてもその内面を覗き込むことが出来る。彼女が感じていたのは、どうしようもない焦りだった。が、それを今は感じない。
何かが起こる。照はその優れた勘で察知した。
(…そうか、淡が手牌を見せてくれたお陰で分かったぜ…菫先輩、アンタの『技』は…!)
(『不要牌で和了る』…だ!)
次回から逆転していきたいと思っています。
半年後ぐらいになっても、エタったりはさせたくないとは思ってます。
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