我は斬る、故に我あり (春眠暁を覚えず)
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一話


性懲りも無く書いてしまった。




 

 

 斬りたい。

 幼い日、父に見せてもらった刀が脳裏に浮かぶ。あの日、あの瞬間——俺は刀に魅入られ、そして斬りたいと願った。

 俺は父に懇願し道場に通わせてもらった。父は反対していたが、俺の初めての願い、そして熱弁が功を奏したのだろう、若干の渋りはあったが許可が出た。

 道場に入り、周りには年上の門下生、師範代と共に刀の稽古をした。

 型に倣った素振り、座禅、足さばき、剣の打ち方、その他諸々。厳しくもあったが、何よりも楽しかった。

 門下生も良くしてくれたし、師範代も熱心に教えてくれた。

 だが、それだけでは何かが足りなかった。

 俺の心が満たされない。今やってるのは俺が望んだモノではない。だけどそれが分からない。

 何が足りない? 何が欠けている。分からない。

 

 そんな苦悩の日々は続いて半年、道場に師範がやってきた。

 聞けばこの師範、数十年前、異形のみならず人と人が争っていた時代を駆け抜けた歴戦の侍。数多の人を斬り、幾多の異形を斬り、その武功を挙げた英雄とのこと。

 だが寄る年波には勝てず、老後は隠居していると噂で聞いた。それ故、幼い俺はあまり興味がなかった。老人に教わったところで何の意味もない。過去の栄光はどれだけ誇ろうと所詮は過去だ。昔に縋っていなきゃ生きられないのなら一生隠居していろと……今にして思えば愚かな考えをしていたと笑い話くらいには出来る。

 だからそんなくだらない考えは……彼を見た瞬間に露と消えた。

 齢100を超えながらも、その風格に衰えはなし。服の上からでもわかる引き締まった筋肉、その動きその仕草に無駄はなく、師範代を含めた道場にいる門下生全員が襲いかかっても間違いなく彼に軍配が上がると幼い俺ですら解ってしまった。

 呆然と師範を見ていると彼と眼が合う。

 数多の修羅場を潜り抜けてきた獣の眼光、その二つの眼が俺を見ている。ただそれだけで息を呑む。足がすくむ。殺されるのではないかと、刀を持っていないのに斬られるのではと思えた。

 師範は暫くして師範代に俺を指差して、

 

『この餓鬼、俺に預けろ』

 

 その時の師範代の顔は忘れられない。そして俺もこの日を忘れない。

 

 

 ————其処こそが俺の分岐点であり、運命だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆらゆらと小船が揺れる。

 小舟に身体を預け、楽な態勢で座り、周りに存在する音を楽しんでいた。

 水を掻き分け進む音と風の音、櫂の漕ぐ音。その少ない音は安心感を与え、心地よい気持ちになる。

 

「しかしまあ、珍しいもんですな。このご時世、西に渡りたいなんて」

 

 漕ぎ手の声に意識が呼び戻される。だが気分は害していない。周りの音だけでもいいのだが、実はさっきからこの音しか聴いていない。何時迄も聴いていれば飽きがくる。何より男二人、何も言を発さずにいるのは少し気まずい。

 

「そうかな?」

 

「ええ、西には異形の化外が沢山いるって聞きました。それに人ならざる種もいるらしいって噂です」

 

 確か……えるふとどわぁふだったっけ、と呟く漕ぎ手の話に興味が湧いた。

 どうやらこの世界で生きるものは人間と異形だけではないらしい。また一つ世界の広さを知った。やはり己は大海を知らぬ蛙であった。

 胸が踊る。知らない世界、知らない人、未知が広がっている。

 

「それでお客さん、どんな用事で西へ行くんですかい? やっぱり冒険者に?」

 

「そうだねぇ……まあ取り敢えず今はお使いかな」

 

「お使い、ですか」

 

「そそ」

 

 ある日、師範に手紙が届いた。

 送り主は何処かの国の王様。

 魔神だの悪魔だのが増えまくって襲ってくるとかなんとかで師範の腕を聞きつけ手紙を出したとか。

 まあそれは正しい。師範は可笑しいくらいに強い。というかアンタ本当に人間? って疑いたくなるレベルだ。

 だけど師範の腕前を知ってはいるが、師範の事は何も知らない。

 というのも——

 

『は? んなもん行くわけねえだろ、面倒くさい。こちとら隠居してんだ。世界の危機とか知ったこっちゃない、俺の生活の方が大事に決まってんだろ』

 

 このように自分本位なのだ。しかもやる気にならないと動かないタイプ。さらに超がつくほど頑固だから行かないと決めたら梃子でも動かない。

 だが送り主は王様だ。行きませんとか抜かしたら国家反逆罪だとか難癖つけられて面倒くさい事この上ないというのが容易に想像出来る。

 まあ魔神やら悪魔やらが襲撃しようとしてるのにわざわざ兵を割く余裕は無いとは思うのだが……万が一というのもある。

 そんな感じの事を言うと、

 

『あー、じゃあ丁度いい。お前、俺の代わりに行ってこい。そろそろ外の世界って奴を見に行け』

 

 とまあ、こんな感じで有無を言わせず少ない路銀と手紙と一緒に入っていた合流する場所が書かれた地図、それと刀を貰って放り出された。

 なんたる横暴、これが師範じゃなきゃぶん殴ってたぜ。というか地図入ってる時点で強制じゃねえか。

 しかし、師範の言う事も分かる。俺は外の世界を知らない。人だって殺した事はないし、異形も殺した事はない。狩りで獣は殺したが、まあそれだけだ。

 

「あとはまあ、あの噂が本当かどうか確かめたいかな」

 

「噂? ……ああ、あの小鬼殺しの噂ですか?」

 

 とある日、ある噂が広まった。何処かの詩人が語った物語が巡り巡ってこんな田舎まで伝えられたんだろう。

 異形があまり少ない場所でそんな噂が広まったから珍しくて少し興味があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

此処より西に小鬼を殺す英雄あり。

 

 其の者、名誉を求めず、地位を求めず、富を求めない。

 

 彼の者が求めるのは小鬼の首、ただそれのみ。

 

 小鬼が滅びるその時まで、彼は地獄の果てまで追いかける。

 

 ———例えその身が朽ち果てようと。

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまあ……いるんですかねぇ。その小鬼殺しとやらは」

 

「さあ? でも火の無いところに煙は立たないというし、尾鰭背鰭は付いてるだろうけどある程度本当なんじゃないかい?」

 

 曰く、彼は小鬼——西側ではごぶりんだったかな——にしか興味がないらしい。他にも異形はいるのだが小鬼にしか狙わない。

 理由など考えれば少しはわかる。

 恐らくは復讐。家族か、あるいは同等の人を殺されたか。

 彼は富や名声に興味がないらしい、ならば考えられる理由など復讐しか思い浮かばない。まあ小鬼を殺す事に悦を見出してる変態ならば話は変わるが。

 とまああれこれ考えてはいるが、優先すべきは地図に書かれた合流地点まで行くこと。

 噂の小鬼殺しは、その道中で運が良ければ会えるだろう。

 

「お、見えてきましたぜ」

 

 漕ぎ手の声と共に進む先を見る。薄っすらと見える地は、やがてはっきりと見えた。

 漕ぎ手は小舟を岸と平行につけ、流されないよう固定する。

 

「よっと……」

 

 船から降り軽く伸びをする。小気味好い音を身体から鳴らし、辺りを見回す。

 風で草木は揺れ、俺が居た所とは違う匂いが漂う。

 

「そういえば旦那、あっちでは何をやってたんですか?」

 

 唐突に漕ぎ手が問い掛けた。

 ———何をやってたか、か。

 かなり難しい質問だ。あっちでは特別なにかしていた訳じゃない。やっている事は師範との稽古と、獣を狩るぐらいしかしていない。

 

「残念ながら何もやってないんだよ。あっちでは師範との稽古や獣を狩りに行ったり村の皆の手伝いをやってるだけだったからね」

 

 ある意味で村では何でも屋みたいな扱いではあったが、特に不満を感じた事はなかった。生きる為にやらなければならない事だったのだから、恥じる事など何一つとしてないのだ。

 

「でも、そうだね……なりたいものはあるんだ」

 

「へえ、そりゃ何です?」

 

 何年、何十年掛かるか分からない。もしかしたら成れるのかさえ分からない。

 だが成ってみせよう。

 あの日、あの時、俺が刀に魅入られそして願った想いを裏切らない為に。

 漕ぎ手に向き合い、そして告げた。

 

 

 

 

 

 

「————天下一の剣士になりたいんだ」

 





ゴブスレブームに乗っかって見た。(遅い)
妖精弓兵可愛い。(可愛い)
Fgoの1180日連続ログインを途切れさせてしまった怒りで書いてしまった。(ここ重要)

矛盾やら何やらがめっちゃあると思うので、温かい目で見てください。
あと豆腐メンタルなんで優しくオブラートに包んでくれると超嬉しいです。嬉しいです!


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二話

 

「……不味いな」

 

 ————非常に不味い。

 剣士はかつてない窮地に立たされていた。

 漕ぎ手と別れ、けもの道を歩き続ける事約半日。街に近づくにつれて道は舗装され、故郷でも見たことの無い門が見えた。

 門を潜れば煌びやかな街並み。見たことのない装飾が飾られた服を着て歩く住民。只人(ヒューム)森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)圃人(レーア)と多種族が共存し生活している。

 未知の景色に目を奪われ興奮していた剣士は、これはいかんと頭を振って当初の目的を思い出す。

 師範に渡された手紙にはこれから他種族の者たちと出会う為の合流地点が書かれてある。すぐさま街の入り口から歩き出す剣士。

 未知の場所なので目的地に着くのに少し迷ったり……する事もなく、目的地まではさほど時間はかからなかった。

 そこは冒険者ギルドと呼ばれる場所で、冒険者と呼ばれる者達が集う酒場。

 そこの入り口が合流場所となっていた。

 剣士は入り口付近に立ち、ギルドの前を通り過ぎる人たちを見ながら来るのを待つ。

 そこまではいい。だが直ぐに致命的な事に気付いた。

 まずは誰が来るかという事。合流地点まで来たはいいが誰と待ち合わせているのか全く分からない。性別、人数、種族、全くこれっぽっちも知らない。

 次に何時来るかという事。具体的な日時が書かれていない為、もう来てるのか、まだ来ていないのか分からない

 最後に金が無い。漕ぎ手に渡した金が最後、というより元々渡されたのがぴったりだったのだ。

 

 ——いやだが待て。

 

 そこでは彼はふと思った。手紙を渡したのも師範で金を渡したのも師範、何も言わなかったのも師範だ。

 つまりこれは師範が悪いのでは? と。

 

 ——そもそも師範が金を渡したところで疑うべきだった……!

 

 師範は金を一切貸さない。

 曰く、「俺が稼いだ金は俺のもんだろ」という師範にしては至極真っ当な事を言っている。

 故に剣士は師範に金を貰った事がない。自分で村の手伝いをし駄賃を貰って生活していた。

 だから師範から金を渡された時の衝撃は凄まじかった。

 どれくらいかというと、魔神やら悪魔やらが襲って来て世界の危機と聞いても「何それ?」というレベルだったのが、金を渡された瞬間「確かに世界の危機だ」と納得するレベル。

 そんな異常事態を目の当たりにし、ほぼ放心状態のまま放り出されそして此処まで来てしまったのだから金を持って来るのを忘れるのは仕方のない事だ。

 

 ——つまり師範が悪い。

 

 責任を押し付け、さて如何しようかと頭を悩ませる。

 依然、事態は変わらない。飯を食う金も無ければ宿に泊まる金もない。

 周りを見れば、うんうんと頭を悩ませる剣士を奇異の眼差しで見る人たち。少し離れたところでは小声で何か言っている。

 あと少しすれば憲兵でも呼ばれそうな雰囲気になっていることを気付きもしない剣士は何を思ったのか、

 

 ——きっと心優しい人が話し掛けてくれるはずだ。

 

 普段の彼ならそんな世迷言言わないはずなのだが……彼も混乱しているようだ。

 既に日は沈みかけ空は紅く所々暗くなって来ている。完全なる野宿コースだ。

 だが剣士は諦めない。きっと良い人が拾ってくれるはずだから! 見ていろ、明日起きる時には布団の上だ————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、何アレ?」

 

「さてなぁ、物乞いに見せかけた物盗りじゃあ……なさそうだな」

 

「触らぬ神に祟りなし——拙僧は、関わらぬが吉と見るが如何に?」

 

「それもそうね。……あーもう、何処にいるのよ! ダインスレイフはー!」

 

 以上、とある剣士の痴態を遠目で見ていたとある三人の会話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——無理でした。

 

 何が駄目だったのだろう。剣士は深く考える。

 動かざること仔犬の如し作戦は上手くいくはずだった。憂えた顔で見ていれば余りの可愛さと切なさに拾ってくれると思っていたのに……。

 拾ってくれるという思考が出てくる辺りもう完全に駄目になっている。

 

「あーもう、いつ来るんだよ! 誰かとやらはー!」

 

 もう既に日は昇り、商人たちは朝の仕入れを店頭に並べている。

 

 ——このままでは駄目だ。待っているだけではいつまで経っても来るはずがない。

 

 漸く自分から行動する事を決意した剣士。遅いような気もするがまあ其処はいいだろう。

 取り敢えずずっと居る此処で尋ねるとしよう。

 剣士は冒険者ギルドに入る。中に入れば街の冒険者がボードに貼られた依頼書を手に受付に並んでいた。

 剣士はそのすぐ隣、椅子に座って同じパーティメンバーと談笑する男戦士に声をかけた。

 

「すまない。ちょっといいかな」

 

「え? あ、はい」

 

 声を掛けると、多少戸惑った様子を見せた男戦士だがすぐさま笑顔を見せる。まだ子どもの幼さを隠しきれない顔立ち、簡素な胸当てに剣と小さい盾を身につけているところを見る限り、まだ冒険者になりたてなのだろう。

 

「人を探しているんだが、知らないだろうか」

 

「え、いや……ちょっと分からないです。誰を探しているんですか?」

 

「分からない」

 

「へ?」

 

 間の抜けた声が男戦士の喉から吐き出された。

 無理もない。人を探しているのにその人が分からないなど人探し以前の問題だ。

 一瞬にして、男戦士の目が不審者を見る目に変わった。

 

「あの、分からないんですか」

 

「うん、全く。これっぽっちも」

 

「……それじゃあ僕も分からないですね。……そうだ! 受付さんに聞けばいいんじゃないですか?」

 

 面倒事は避けたい、と至極真面な心情の男戦士は冒険者の事をよく知っているであろう受付に剣士を任せた。というか早く打ち切りたかった。

 

「お、そうなのか。いやぁ悪いね、ありがとう」

 

 そんな心情を知る由もない剣士は、親切にしてくれた男戦士に礼を言い、受付に並ぼうとしたのだが……未だ受付の前では依頼を受けようとする冒険者でごった返しているため、空くまで待った。

 漸く受付が落ち着いた頃を見計らって受付嬢に近づく。

 

「おはようございます。今日は如何かなさいましたか?」

 

 笑顔で対応する受付嬢。アレだけの人数をさばいて尚疲労感を見せない。

 

「人を探してるんだ。多分この近くにいる、はずなんですけど……」

 

「相手のお名前は分かりますか?」

 

「分からない」

 

「え?」

 

「だから、名前、分からないんだ」

 

「えっと……相手の特徴は?」

 

「それも分からない」

 

「種族は?」

 

「知らない」

 

「全く?」

 

「全く」

 

「これっぽっちも?」

 

「これっぽっちも」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………如何しましょう?」

 

 困り果てる両者。普通はそうなる。しかし受付嬢は諦めない。受付歴数年、こんな事などたまにある、本当、稀に。

 流石はベテラン受付嬢としか言いようがない。困惑顔はしても決して相手に嫌な顔を見せないのだから。

 

「あの、何か伝えられている事とかありませんか? 例えば何の用があるのか、とか」

 

「あぁ、えっと、確か魔神やら悪魔やらが復活して襲いかかって来そうだからとかなんとか————」

 

「ねえ」

 

 その時、剣士の後ろから声が掛かった。

 

「ん?」

 

 振り返ると耳の長く、背には大きな弓を持ち狩装束に身を包んだ女性がいた。何故か訝しげな表情を浮かべ剣士を見ている。

 

「もしかして……あなたがダインスレイフ?」

 

 女性の質問に首を傾げる剣士。あいにくとそんな名前で呼ばれた事はないし、聞いたこともない。もしかしたら人違いではなかろうか。

 

「すまないが、恐らく違うと思う」

 

「…おっかしいわねぇ。聞いた限り格好は似てると思ったのだけど」

 

「……えっと、そのだいんすれいふって何?」

 

「ダインスレイフってのは森人(エルフ)に伝わる魔剣のことよ。抜けば生き血を吸うまで収められない修羅の剣。持ち主まで殺してしまう可能性のある危険な剣よ」

 

 女性、妖精弓手の言葉に思考を巡らせる剣士。

 ……なんだろう。全く聞き覚えがないのに、心当たりがありすぎる。服装は自分と似ていて、修羅、というかもう確定でよくね? いやでも……。

 思い悩んだ末、取り敢えず目の前の彼女に手紙を渡すことにした。この手紙が分かるのであれば自ずと彼女が目的の人であると分かるだろう。

 師範から渡された手紙を妖精弓手に渡す。

 受け取った手紙を開け中身を確認し——

 

「やっぱりあなたじゃない! 全く……」

 

 見つかったわよー、と大きな声で二階に叫ぶ妖精弓手。暫くするとずんぐりむっくりな体に長い白髭、東洋系の服装に様々な道具が入ってるであろう大鞄を腰につけた老人と人と呼ぶには余りにも違いすぎる鱗の肌に爬虫類のような瞳、見たこともない民族衣装を身に纏った僧侶のような蜥蜴の人型が降りて来た。

 

「ようやっと見つかったか耳長の。……ん? そこにいるのが村正か? ……意外と若いな、話では儂と同じくらいと聞いておったが……」

 

 また知らない単語が出た。剣士はどんどん増える師範の呼び名にため息を吐く。あの人本当何してたのよ。

 

「しっかし、あなたなんで最初にそうかって聞いた時頷かないのよ」

 

 少し焦ったじゃない、と妖精弓手は不機嫌な声音で言う。

 それを見た老人、鉱人道士は鼻で笑いにやりとした表情で妖精弓手に告げた。

 

「馬鹿め。ここは『のっぽ(ヒューム)』の領域じゃい。森人(エルフ)の耳長言葉が通じるわけがあるまいて。のう村正」

 

 自慢気に口髭を捻り、剣士に同意を求める。

 

「いや、うん……ごめん。どっちも知らない」

 

「なんと⁉︎」

 

 そんな馬鹿なと驚愕する鉱人道士。

 それに気を良くした妖精弓手はやれやれとあからさまな仕草をして肩を竦めてため息を吐いた。

 

「これだから鉱人(ドワーフ)は。自分が正しいって疑わない。そんなだからダメなのよ」

 

「なんじゃとぉ!」

 

「なによぉ!」

 

 ぐぬぬぬ……! と啀み合う二人。

 取り残される剣士と受付嬢はどうしたらいいのかと困惑の表情を浮かべる。

 そして最後の一人、蜥蜴僧侶(リザードマン)はやれやれと先程までの妖精弓手とはまた違ったため息を吐いて、二人を間に割って入る。

 

「二人とも。喧嘩ならば拙僧の見えぬところでやってくれ。今の我々の目的は眼前の御仁との合流ではないか?」

 

 蜥蜴僧侶の言葉で喧嘩は止まったが、妖精弓手と鉱人道士はふん! と互いに背を向ける。

 

「すまぬな。拙僧の連れが迷惑をかけた」

 

 不思議な合掌をし、剣士と受付嬢に頭を下げる蜥蜴僧侶。

 そんな彼に受付嬢は「元気があっていいですね」と笑って許した。流石はベテランと言ったところだろうか。

 

「別に俺も少し戸惑っただけで気にしてないからいいよ」

 

「それは有難い。……ふむ、少し話と違うな。聞いた限りでは剣豪殿はかなりの高齢だと思っていたのだが……」

 

「あー、その事なんだけど……」

 

 説明しようとしたところでふと気付いた。

 今彼らがいる場所は冒険者ギルド、しかも受付の前だ。当然人の通りが多く集まりやすい場所である。そんな場所でたむろしていれば視線が集まるのは自明の理。さらに森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)と珍しい組み合わせなのだから余計に集中する。

 要するにとても迷惑になっている。

 

「……取り敢えず、別の場所で話してもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあーーーー⁉︎ 違うーーーー⁉︎」

 

 劈く叫びがギルド内に響く。慌てて耳を覆った剣士はもの凄く、それはもう本当に申し訳ない顔をする。

 受付嬢に二階の一画を使っていいと言われ、二階に移動した四人。

 妖精弓手は剣士と向かい合うように座り、鉱人道士は地べたに座る。蜥蜴僧侶はその大きさの為二人の後ろに立っている。

 さて何から話そうかと悩んだ剣士は取り敢えず本来来るはずだった師範の代わりに来たという旨を伝えた。

 結果、妖精弓手が叫び声をあげた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! じゃあ本物のダインスレイフは」

 

「今頃、家でくつろいでるんじゃないかな」

 

「—————」

 

 絶句。もうそれしか言い表せない妖精弓手の思考は完全に許容を超えて停止している。

 

「あー、こりゃ駄目じゃ。完全に止まっておるわい」

 

「いやまあ、なんかすみませんね」

 

 呆れ顔で妖精弓手を見る鉱人道士。蜥蜴僧侶は哀れなりと合掌。

 

「使えない耳長娘は置いといて、お前さんが儂らの旅について来るって事でいいんじゃな?」

 

「まあそういう事になるね」

 

「ふむ……儂は別について来てもいいと思ってるが鱗の、お前さんはどう思う?」

 

「そうですな。拙僧もそれで構わぬが、さて……」

 

 彼女は如何ですかな? と未だに機能停止している妖精弓手を見る。

 しかし漸く事態を呑み込み、そして先の話を聞いていた妖精弓手は動き出す。

 

「ちょっと待ちなさいよ。あんた達本気で言ってるの⁉︎ どう見ても強そうに見えないじゃない‼︎」

 

「むっ」

 

「はあ、全くこれだから森人(エルフ)は。人を見た目でしか判断できん田舎者じゃな」

 

 諭すようなそれでいて馬鹿にしたような声音で妖精弓手に言う。このままではまた喧嘩が始まると予想できた剣士は、怒りを表しすぐさま鉱人道士に噛み付こうとした妖精弓手を遮って話す。

 

「それじゃあ、俺の実力を見てくれ。あんたが駄目だと思ったのなら大人しく元の場所に引き返すさ」

 

「おお、そりゃあいい! そら耳長の、これならお前さんも納得出来るだろ」

 

「……まあいいわ。じゃあ適当な依頼受けて来るから、あなた等級は?」

 

 もう疲れたと言わんばかりに投げやりな妖精弓手は冒険者としてのランクを聞く。

 銅か、それとも自分達と同じ銀か。最低でも紅玉くらいはあって欲しいと望む妖精弓手に対し、剣士は「何のこと?」と首を傾げ、

 

「そもそも、その冒険者ですらないんだけど」

 

 また、妖精弓手の叫びがギルドに響いた。

 




剣士のキャラと口調が定まらない……! あと蜥蜴僧侶の口調が分からん。

マジで戦闘描写とちゃんとした文が書けるようになりたい。日本語難しいネ。
取り敢えずゆっくり更新していく予定。
早ければ来週、遅ければ……知らん。

ゴッドイーター3たーのしー!


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三話

 

 冒険者ギルドにて冒険者登録を終えた剣士は妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶の三人を連れて地下下水道に来ていた。

 依頼内容は地下下水道に増えた巨大鼠(ジャイアントラット)の駆除。冒険者に成り立ての者は皆此処から始めるらしい。つまり初心者用の依頼だ。しかし、だからといって侮ってはならない。

 巨大鼠はゴブリンのように孕み袋を必要とせず雌がいるため繁殖率と成長率が極めて高い。さらに生活圏が下水道の為、病原体を保菌している。群れで襲いかかるので油断は出来ないのだ。

 

「いい。私たちは危なくなったら手を貸すだけ。基本あなた一人で依頼を行なってもらうわ」

 

「まあ、危なくなったら儂らを頼るといい」

 

「拙僧も多少の助太刀をしよう」

 

「助かるよ」

 

 地下下水道のマッピングは蜥蜴僧侶が行い、四人は歩く。

 カツンカツンと歩く音が響き、それが逆に不気味さを生む。風が反響し鈍い重低音を響かせる。

 さらに視界は暗い為、気分は最悪と言ってもいいだろう。

 白磁でこんな事やらされるとは気が滅入るなと剣士は思った。

 

「にしても臭いわね。白磁ってこんな事もやるの?」

 

 同じ事を思ったのか、うぇ、と顔を歪ませる妖精弓手。腐ったドブの臭いにおそらく此処に巣食う巨大鼠(ジャイアントラット)の臭いだろうか、それはもう言い表せないほどの腐臭に鼻を覆う。

 それを見た鉱人道士は鼻で笑い、ここぞとばかりに煽る。

 

「田舎者らしい発言じゃな。汚れたモノを見た事がない森人(エルフ)らしいわい」

 

 その言葉に妖精弓手はムッとし、しかし直ぐに笑みを浮かべて鉱人道士に返した。

 

「あら、いつも酒と泥の臭いしかしない鉱人(ドワーフ)よりはマシだと思うのだけれど?」

 

 火花が散る。睨み合い、啀み合う。

 また言い争う二人。

 剣士は蜥蜴僧侶に近づき、二人に聞かれないように小声で話す。

 

「ねえ、なんでこんなに仲悪いの?」

 

「ふむ。定かな事は知らぬが、森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)という種族の仲は太古の戦争より続く因縁、ある種の伝統と化している。木を尊び火を嫌う森人(エルフ)、木を切り火を焚く鉱人(ドワーフ)。何れも相容れぬ間柄ゆえ、あのような関係なのだろう」

 

「ふぅん」

 

 つまりあれが彼らの友情なのだろう。揶揄い、罵り、喧嘩し合って適度な距離を保つ。しかし其れこそ彼らの信頼関係とでも言えるのだろう。

 種族全体という目線で見れば心底から相容れないのだろうが、彼ら二人のみと見れば互いに罵倒しあってはいるものの、心の底から侮蔑してないし見下してもいない。対等に認め合っているからこそ出来る事だ。

 

「しっ、静かに……何か来るわ」

 

 言い争っていた妖精弓手は長い耳を動かし、警戒を促す。

 途端、四人の声しか聞こえなかった地下下水道に僅かな振動と何かの足音が聞こえてくる。それも一つや二つではなく、十や二十、それ以上は超えている。

 剣士は刀を抜く。その刀を見た鉱人道士はほぉ、感嘆の声を上げた。

 

「その刀、なかなかの業物じゃな」

 

「あ、分かる? これ師範から貰った刀でさ」

 

「ほう! 村正から……刀の、ちょいとそれ見せてもらってもいいか?」

 

「あなた達! 静かにしろって言わなかったかしら!」

 

 一喝され、大人しく眼前を見る剣士とぐぬぬと唸り、後で見せてくれと頼む鉱人道士。やはり鉱人(ドワーフ)という種族故に武具には目がないのだろう。

 四人は暗闇の奥を警戒する。足音は大きくなり、そして暗闇から紅く光るモノが複数見えた。それは徐々に近づいて行きその数も増えていく。

 やがて全身が露わになる。

 人間の子供ほどあろう大きさを持った巨大な鼠、それが大群となって襲いかかる。

 

「ちょ、多すぎじゃない⁉︎ どれだけ繁殖してるのよ!」

 

 思わぬ数に少し上擦った声を出す妖精弓手。不快な音を出しながら進む鼠の大群に鳥肌を立たせる。

 

「こりゃちと不味いな。刀の、手を貸そうか?」

 

 鉱人道士は助力の提案をし、蜥蜴僧侶はいつでも助けられるよう牙を置いて詠唱の準備を行なっている。

 しかし剣士は笑って首を横に振った。

 

「いや、いい。……それより姫さん」

 

「ひ、姫? それって私の事、よね?」

 

「うん、そう。それよりも此れ、俺の好きにやっていいんだよね?」

 

「……え、ええ。——()()()()()()()()()()

 

 瞬間、剣士の雰囲気が変わった。

 辺り構わず撒き散らす殺意。三日月の如く開かれた獰猛な笑みは今か今かと餌を待ち望む獣のソレ。

 

「あは」

 

 声が漏れた。瞬間、爆発。

 

「あははははははははは————‼︎」

 

 呵々大笑と雄叫びのような笑い声をあげながら巨大鼠(ジャイアントラット)の群れに突っ込んだ。

 巨大鼠達は剣士を捕捉し飛び掛かる。

 群れに突っ込んだ剣士に驚き、すぐさま援護をしようと背にある大弓を執る妖精弓手。鉱人道士と蜥蜴僧侶も続くとばかりに己が武器を手に持つ。

 だがそんな事は知ったことではないと、剣士は喜々として鼠達を斬る。

 

「さあ、さあさあさあ‼︎ お前達の敵は此処に居るぞ、餌が居るぞ! 総て悉く斬ってやるから掛かってこい!」

 

 殴って斬る。蹴って斬る。尻尾を掴んで別の鼠にぶつけて突き刺す。

 しかし巨大鼠の数は増えるばかり。しかも地下の所為で声が響く、先程から大声を上げているのでもっと増えるだろう。

 

 ——ならば良し。

 

 彼は笑う。

 もっと掛かってこい。もっと殺しに来い。お前達の全力を俺にぶつけるがいい。

 俺も殺しに行く。

 さあ——戦を始めようか。

 刀を突き出し、巨大鼠()に告げる。

 

「————滅尽滅相。お前ら全員、鏖殺(みなごろ)しだ」

 

 

 

 *

 

 

 

「何よ、アレ……」

 

 目の前の殺戮を目の当たりにした妖精弓手は呟いた。

 瞬時に変わった剣士の雰囲気に驚いたが、そこから転じた戦い——いや違う。最早これは蹂躙だ。

 

「こりゃたまげたわい……」

 

「なんと……」

 

 鉱人道士も蜥蜴僧侶も剣士の豹変に驚いている。

 ギルドで出会った彼の面影はもう全くと言っていいほど無い。

 

「村正の弟子は、それもまた村正っちゅーわけか」

 

「まさしくあれこそ噂に聞こえし悪鬼の相貌、なんと恐ろしき力」

 

 巨大鼠を圧倒する彼の姿は最早人と呼ぶには違いすぎる。刀で斬り裂き、または突き刺し、鞘で殴って撲殺する。辺りは血で溢れ、血の海とそう表現するに相応しい凄惨な光景が広がっている。

 

「しかし驚くべきはその技量じゃな。身体全身は血で濡れているがその総てが返り血、彼奴に一切の傷は負っておらん」

 

 無論、巨大鼠は無抵抗で殺されている訳ではない。未だ量という点では剣士を上回っている。

 だが巨大鼠の攻撃を剣士は紙一重で躱している、ただそれだけのことだ。しかしそれを冒険者に成り立ての白磁に出来るかと言われれば不可能としか言えない。

 そしてやはり鉱人道士が目をつけたのは剣士の持つ刀だった。

 

「やはりあの刀、かなりの業物じゃな。見てみぃ」

 

 鉱人道士の言葉に妖精弓手は剣士の持つ刀を見る。

 

「……()()()()()()()?」

 

 それはあり得ない事だ。この場には夥しい血が降り注いでいる。現に今だって巨大鼠から血は吹き出し剣士を濡らしている。

 そら、斬ったのだから血に濡れて——

 

「え?」

 

 ()()()()()()()()()()。比喩でもなく本当に血が刀に触れた瞬間、吸い込まれるように消えたのだ。

 一瞬だけ薄い紅が枝葉の脈のように光り消える。

 その様はまるで——

 

「ダインスレイフ……」

 

 血を吸うまで暴れ続ける森人(エルフ)に伝わる魔剣。血を求め、血を欲し、血に狂う剣。担い手すら吸い尽くす主殺しの剣。その伝承が今正しく目の前にあった。

 進軍する鼠の数が徐々に減っていき、その間に剣士は道を進む。

 気づけば彼と三人の距離はかなり離れていた。

 

「って、呆けてる場合じゃないわ。追いかけるわよ!」

 

 呆けてる三人の事など気に留めず剣士は斬りながら進む。

 妖精弓手達は辺りを埋め尽くす屍を避けながら剣士を追った。

 

 

 

 *

 

 

 ——いるな。

 

 ただ漠然とした気配を剣士は知覚する。

 先程の鼠よりも強い奴がこの先にいる。それを思うだけで足取りが軽く興奮する。

 道中、襲い掛かる鼠達を退ける。おそらく奥にいる奴に会わせたくないのだろう。攻撃は一層激しく、物量を持って押し潰そうとしている。

 

「邪魔だ」

 

 もうお前達に用はない。この先に用があるんだ。邪魔をするな。消えろ。斬られろ。

 最早、ただの巨大鼠など眼中に無く、塵を払うが如く斬り捨てる。

 斬り進み斬り進んでそして漸く開けた場所に出た。

 より一層臭いは強まり、辺りにはおそらく冒険者だろうか。何か人のような骨がいくつか転がっている。

 

「でっかいな」

 

 柱に隠れながら剣士は呟いた。

 そこに居たのは通常の巨大鼠(ジャイアントラット)の二倍かそれ以上はあるかと思われる鼠が二匹。それも雄と雌、差し詰め(キング)女王(クイーン)と言ったところか。

 (キング)の方は尻尾は短いのに対し女王(クイーン)は自身の身体を一周して巻きついても余る尻尾をゆらゆらと揺らしている。

 漸く剣士に追いついた三人が現れ、覗くように二匹の鼠を見た。

 

「凄いわね、あんなの見たことない」

 

「かなり長く生きとったんじゃろうな」

 

 そう感想を述べる。

 (キング)の髭がピクピクと揺れた瞬間、雄叫びを上げ剣士達が隠れる柱を睨む。どうやら気づかれたらしい。同時に女王(クイーン)も警戒し、王が見ている場所を睨む。

 

「如何やら、隠れてても無駄なようだな」

 

 蜥蜴僧侶の言葉に剣士は二匹の前に姿を現わす。瞬間、警戒は敵意に変わった。

 先ほどの巨大鼠たちも敵意が無いわけではないが、これに比べれば微々たるもの。

 

「ああ……最っ高だ。なんて素晴らしい日なんだ」

 

 二匹の殺意に身を震わせる。興奮を隠せない。

 昂ぶる剣士は地を駆ける。瞬間的な加速によって瞬く間に王の懐に入り、先ずは挨拶の横一文字。

 これで斃されるのならそこまで。だがその予想は期待通りに裏切られた。

 巨体に似合わぬ俊敏さ。横一文字を後ろに跳んで躱し、短い尻尾を鞭のように撓らせ叩きつける。

 剣士は右に跳び躱すが、既に王は次の一手に移行している。身を屈め、全力で地を蹴り突進。

 

「速ッ……!」

 

 足のバネを利用して生み出された爆発的な加速は砲丸の如く剣士に突っ込む。

 回避は間に合わない。

 

「ぐっ、ぎぃ……!」

 

 済んでのところで腕をクロスさせて防ぐが、その衝撃に骨は軋む音を上げ後方へ吹き飛ばされた。

 

「————ッ!」

 

 体勢を立て直した剣士を襲うのは王の後ろにいる女王の尻尾。長く伸ばされた尻尾の先端は鋭くまるで槍のようだ。

 真横は転がる。尻尾は侍がいた場所に突き刺さり地面を抉った。

 

「っ、あっぶな……てか、柔らかくて硬いとか何それ……」

 

 あんなしなやかな尻尾からこんな凄まじい突きが出るとは思わなかった。

 ならばと今度は女王に狙いを定める。

 先程から一切動かない女王。故に攻撃手段はあの尻尾のみなのだと仮定し踏み込む。

 迫る尻尾を刀で受け流す。その横から王の突進を避け、更に接近。

 

「どわっ!」

 

 しかし女王の尻尾は先端から曲がり、背後から突き刺さんと剣士に迫った。

 辛うじて避けた剣士だったが王の突進を喰らい元の場所に戻される。

 

「良い連携ですね。非常に面倒くさい」

 

 王が近距離、女王が遠距離。互いの短所を補う連携は敵ながら天晴れと言う他ない。

 再び突進を仕掛ける王。

 だが先のように行かないと軽やかに躱す。王の側面に回って上から下への斬りつけ。

 王は地を蹴って避ける。が、体毛を斬り裂かれ鮮血が舞った。

 

「……ちっ!」

 

 しかし浅い。致命傷には至らずそのまま追撃を掛ける剣士。更に踏み込んで与えた傷口に一突き。

 だが、横合いから迫ってくる女王の尻尾に阻まれた。

 

「くっそ……!」

 

 刀を弾かれた事によって大きく身体を仰け反らせた剣士。それを王は見逃さず尻尾を振り抜いて剣士の腹を打った。

 

「かっ、——づぁっ!」

 

 吹き飛ばされる直前、剣士は身体を捻り王の尻尾を斬り裂いた。絶叫を上げる王。

 しかし剣士に与えられた衝撃は殺す事は出来ず吹き飛ぶ。吹き飛ばされた剣士は三人の近くの壁に激突し、背中を打つ衝撃で肺にある空気は血とともに吐き出され、地面を紅く染めた。

 

「剣士!」

 

 慌てて剣士に駆け寄る三人。妖精弓手と鉱人道士は牽制し、蜥蜴僧侶は剣士の身を優しく起こす。

 意識はある剣士は咳き込み喉にまだ詰まってる血を吐いて笑った。

 

「いやー、強いなぁ。巨大鼠(じゃいあんとらっと)ってのはこうも強いのか?」

 

 それだったら嬉しいなぁ、と興奮を隠せない剣士に鉱人道士は巨大鼠から視線を外さず、一切の恐怖も無く笑う剣士に苦笑いして答える。

 

「いんや、ありゃおそらく突然変異か何かじゃろうな。見た事も聞いたこともないわい」

 

「それは残念。でもまあ、いつか現れる可能性があるわけだ」

 

「何嬉しそうな声出してんのよ。あんなのが何匹もいたら溜まったものじゃないわ」

 

 顔を顰め、絶対拒否の意を込めて剣士を睨む。

 あんなの白磁に任せるわけにはいかないわよと、半ば投げやりな口調の彼女は言う。

 蜥蜴僧侶は剣士を壁に寄りかからせ、獣の牙を研いだ刀を抜く。

 

「剣士殿、此処は拙僧らにお任せを。あの鼠、想像以上の強敵である」

 

「そうね。あなたの実力も分かったし、此処は私たちに任せなさい」

 

 それは善意からの言葉だった。ここに至るまでの剣士の実力は見せてもらったし、十分だとも分かった。

 あの二匹の鼠相手に自分一人で立ち向かい無事でいられるか、妖精弓手も分からないし他の二人でもそう言える。

 

「やだなぁ…… 何を言ってるんですか」

 

 だが剣士は若干の苛立ちを込めて言う。

 

「俺の実力を見極める条件は()()()()()()()()()()()。それじゃあ道理に合わないじゃないか」

 

「な、何言ってるのよ。いい? アレは白磁には厳しすぎる相手よ。確かに白磁より強いあなたでもあの二匹相手取るには難しいわ」

 

「それは分からないじゃないですか。俺はまだ死んでない。死んでないのだからまだ分からない」

 

 ニヤリと不敵に笑い、一切自分が負ける事など考えていない。

 妖精弓手は少し恐怖を抱いた。

 分からない。何故この状況でも笑ってられるのか。

 そんな彼女の気持ちを察した鉱人道士は会話に割って入り剣士に問うた。

 

「だが刀の、お前さんあれらを倒す算段はついておるのか?」

 

 未だ与えた傷は側面と尻尾のみ、致命傷を与えられていない。対して剣士は恐らく先の横薙ぎで肋骨二、三本はいってるはず。

 しかし剣士は笑い、

 

「動きは何となく分かりました。ええ、()()()()()()()()()

 

 確信の意を示し、断言する。

 その瞳を武具の真贋、精好粗悪を見抜く鉱人(ドワーフ)の観察眼が射抜き——ため息を吐いた。

 

「やれやれ、ただの妄言ならば頭叩いて正気に戻してやったが、まさか正気で言ってるとは」

 

「俺はいつでも正気ですよ」

 

 こりゃ駄目だ、鉱人道士は笑いそして頷いた。

 

「行ってこい」

 

「ちょっと、あなた何を言って」

 

「だが」

 

 慌てて止めようとした妖精弓手の言葉を鉱人道士は遮ってさらに続けた。

 

「だがもしお前さんが無理だと感じたら、お前さんの意思など関係なく儂らは助けるぞ」

 

 いいな、と有無を言わさぬ眼力。

 例え、さっき会ったばかりの者でも眼の前で殺されるのはいい気分ではない。ましてやこれから旅をするかもしれない相手、それに見捨てるには余りにも勿体ない。

 蜥蜴僧侶も何も言わないが同じ事を考えているのだろう。ただジッと剣士を見つめるのみ。

 

「ええ、分かりました」

 

 刀を杖に立ち上がり、軽くぼんやりとしている意識を覚醒させる。

 不安気は表情を浮かべる妖精弓手を見て、ふと笑う。

 

「すみません、貴女の好意無碍にしてしまいました」

 

「ちゃんと戻ってくるのね?」

 

「約束しましょう」

 

 会話はそれだけ。ただそれだけでも妖精弓手の優しさだけはわかる。

 初めて会ったのに対してこんなにも心配してくれる。良い人たちだ。彼らとの旅は、きっと楽しいのだろうな。

 そんな事を思った剣士は視線を眼前の相手を移す。

 女王は無傷、王は傷は軽くはないがそれでも軽傷と言える範囲だ。

 

「ああ、痛いなぁ……」

 

 肋骨が歩く度に響く。しかし胸を駆け巡る激痛は、最早彼にとって興奮する材料の一つ。

 

 ——死が、死が近づいている。一つのミスで惨めに死ぬ。ああ、いいなぁ、素晴らしいなぁ。

 

 互いの生存を掛けた命のやり取り、生きるか死ぬか、二つに一つ。こんな素晴らしい戦い——燃えないはずがない。

 剣士は駆け出す。身を屈め風の抵抗を少なくして全速力で駆ける。

 真正面から空気の壁を壊しながら王は突進。地を踏みしめ砕き、鋭い牙を剥き出しに剣士を襲う。

 徐々に縮まる互いの距離。その距離が1メートルを切った——瞬間、剣士は跳んだ。

 王の身体の上をすれすれを跳び越える剣士。一瞬にして目標を見失った王は戸惑い勢いを殺せずに剣士との距離が瞬く間に開けていく。

 その間に彼は着地、加速して今出せる最高速度で女王の元へと向かう。

 無論、女王もただ突っ立っているだけではない。襲い掛かる女王の尻尾。蛇のように蛇行させ、確実に貫き殺すという意志を持って剣士の心臓を目指す。

 女王までの距離は目前。だが避ければ、先のように背後から戻ってくる尻尾と既に体勢を立て直し、剣士に向かおうと力を溜める王の突進が来る。

 剣士にとって尻尾を避けさらに王の突進を回避するのは非常に面倒くさい。というよりさっきと同じだ。

 女王はさっきから一切その場を動かない。牙で噛み付く様子も突進する動作も一切見せない。

 ならば——

 

()()()()()()()()()()()()

 

 迫る尻尾を刀で受け流し軌道をずらす。心臓を貫く尻尾はその道筋を逸れ——剣士の左肩に突き刺さった。

 

「っ、ぐぅ……!」

 

「剣士ッ⁉︎」

 

 妖精弓手の悲鳴が上がる。肩は貫通し赤く染まった尻尾の先端が剣士の肩を通して見える。

 だが剣士は笑う。——()()()()()()()()

 

「捕まえたっ……!」

 

 貫かれた左腕で尻尾を掴む。力み、血が噴き出し顔を歪ませるがそれでも離さない。

 女王の焦る声が分かる。必死に抜こうともがいているが抜けない。

 

「っ——雄ぉおぉぉおおおおおおぉぉっっっ‼︎」

 

 掴んだ尻尾を思い切り引っ張る。歯を食い縛り、肩を貫通させながらも全力で力を入れる。

 そして遂に女王の巨体が持ち上がった。すぐさま女王を助けようと王は剣士に突進する。

 だが遅い。

 

「ぜぇぇえぇえぁぁあああぁっ‼︎」

 

 引っ張られ、横薙ぎに振られた女王と王がぶつかる。王は吹き飛び血を撒き散らした。

 これで王の助力は消えた。守ってくれる王はおらず、無防備な姿を晒して宙に浮く女王。

 更に引っ張る。先程のように思い切り引っ張らずとも軽い力で方向を転換させ、成す術無く剣士に向かって行く。

 

「まずは、一匹」

 

 女王の身体を真っ二つに斬る大上段。割られた二つの断面から血が噴き出し溢れ、剣士の全身をさらに濡らす。

 王は女王の死に激昂し、剣士に向かって一直線に突っ込む。それを躱され、勢い殺せず壁に激突。頭からは血を流しているが、そんな痛みなど最早感じない。

 我が伴侶を殺した男を殺す、ただそれのみを考えて駆ける。

 だがそれは悪手だ。元々直線的な攻撃しか出来ないのに怒りで更に分かりやすくなっている。

 

「感謝するよ。鼠の王と女王。うん、これなら——今なら出来そうだ」

 

 左肩を貫く尻尾を抜いて逆袈裟の構えを取る。

 漏れる血など一切無視して意識を深く、更に深く集中させ己が想いを剣に纏わせるように込める。

 師より賜った技と術理の結晶。その一端を此処に見せよう。

 

天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄と祓給う。八百万の神等諸共に小男鹿の八の御耳を振立て聞し食と申す

 

 剣に込める想いは殺意。ただ斬り、ただ殺す。

 向かって来る王の動きがとても遅く感じる。頭が今までで一番冴えてる。景色が鮮明だ。だけどとても興奮している。

 さあ鼠の王、この一撃、今放てる至高の一撃を手向けとして逝け。

 

「————天地一切清浄祓

 

 斬り上げと同時に発生する一閃の斬撃。地を抉り斬り裂き進む。大気を斬り、汚濁を斬り、不浄を斬る純粋なる殺意の剣閃。

 己の渇望を刀に込めて放つ斬撃。故にその斬れ味は鋭く、悉くの総てを断ち切る。

 此処に決着はついた。

 避けられぬ斬撃に鼠の王は真っ向から衝突し、その意識を永遠に閉ざし——剣士の勝利が決まった。

 

 

 

 

 

 

 




すっごい此処にダクソのバジリスクぶち込みたいと思ってしまった。
こいついるだけでゴブスレ世界の白磁冒険者急成長すると思ったからやめたけど。

あとこの話書いてる時、頭の中に「ハハッ☆」がリピートされまくって精神汚染されてた。
誰も勝てねぇわ。

道ォォ理とか加ァァ持とか言ってみたい。


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