スペースアヴェンジャー (アサルトゲーマー)
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リベンジャーとアヴェンジャー

↓スペースバズーカはこんなゲーム↓

・プレイヤーはマイケルの相棒となってロボットバトルを行う
・世界は経済破綻と天災が同時多発的に起こりもはや国が機能していない
・スーパーファミコンとソフトのほかにスーパースコープが必要
・難易度は高いが必ず攻略法が複数存在し、敵のアニメーションも相まって飽きにくい
・たのしい


 私は、人間の屑だ。

 復讐に狂い、人を殺し、自らに火をつけ自殺した。

 

 だから私は地獄に落ちたのだと思う。

 

 

 

■■■

 

 

 

 足元には血のしみ込んだアスファルト。前を向けばガラスの割れた高層ビルたちが目に入り、後ろに傾いた自由の女神像が空を見上げている。

 自分の記憶が確かならここはアメリカのニューヨークなんだな、と。どこか遠い出来事のように考えていた。

 

 私は死んだ。しかし私は生きている。

 

 復讐を遂げ自身を焼いた私は、この世界にただ一人放り出された。

 知人に合おうにも電話は通じず、交通機関は完全に死に、治安すら街中に居ながら追いはぎに出会う始末。国は完全に崩壊していたのだ。

 日常的に誰かが殺されたという噂話が耳に入り、そして首を切られて処刑され並べられた人たちを見て、ここが地獄なのだと確信を持った。

 

 しかしながら私は幸運なのか、この世界にやってきてから不思議な力を持っていた。言ってしまえば、魔法だ。

 地面を蹴れば自身の伸長の十倍は飛び上がれたり、自らの存在を薄れされて他人に意識されなくなったり、とても飲めないような汚い水を浄化できるようなものだ。これのおかげで私は孤独でも生きていられるのだろう。

 自ら死んだ手前、かなり自分勝手だと思うが…今の私には死にたくない理由がある。しかし生きるための理由もそれだけで、暇を持て余した私は魔法を使えるのをいいことに海をまたいで散歩をしていたのだ。

 

 そしてたどり着いたのはどこかの港。自らの存在を薄れさせながら上陸すると、さっそく誰かが袋叩きにされているのが目に入った。

 この世界の日本でもよく見た光景だ。末法の世というのはこのような事を言うのだなと観察していると一人二人とその場を離れていき、最後に血まみれの男が残った。

 若い白人の男だ。手の指を全て折られ、右膝が逆に曲がり、額からどくどくと血を噴き出している。

 

 酷い事をするものだ。たとえ生き残れてもこの怪我ではまともな生活は送れまい。

 私はどうするべきなのだろう。次にやるべきことを考えるために視線を巡らせた。

 足元には血のしみ込んだアスファルト。前を向けばガラスの割れた高層ビルたちが目に入り、後ろに傾いた自由の女神像が空を見上げている。

 適度な大きさの割れたガラスを手に取り、顔を映しながら自らに問いかける。

 

「私ならどうする」

 

 ガラスに映る顔。かつての私の妻が、分かり切った質問をしていた。

 

 

 

 

 結局。私は男を助けた。

 魔法とは便利なもので、なんの下準備もなしに骨折した患者を完治させるだけの力がある。

 適当に廃ビルの中に連れ込んだ私は頭、手、足の順番で治していった。頭蓋が陥没していたので放置していれば間違いなく死んでいただろう。

 

 やる事はやった。あとは彼次第だとその場から離れようとすると、目を開けた彼と目が合った。

 英語は喋れない訳でもないが、私は無言でその場を立ち去った。男も何も言わなかった。

 

 

 

 

 それから数日が経った。

 私は何をするのでもなくニューヨークをフラフラしていた。日本と違って住人同士のいざこざが起こるとすぐに発砲音が聞こえるあたりに国際色を覚えながら廃ビルの中を漁っていた時だった。私がドッグフード入りの缶詰を鞄に入れようとしていたところで一人の男がガラスを突き破って入室してきたのだ。

 突然のことに目を白黒させながら男を見ると、ばっちりと目が合う。

 

「お前はあの時の…」

 

 飛び込んできたのはどうやら治療してやった男だったようだ。部屋に鉛玉が次々と押し寄せてきている状況に退っ引きならない状況だと理解するのに時間はかからなかった。

 私は男の手を引き、魔法で風を起こして部屋のドアを乱暴に開けた。喋らないように無理やり手で口を押さえ、存在を極限まで薄めさせる。

 

 しばらくすると銃声が止み、銃を持った男たちが窓から入ってきた。男たちはテーブルの下やベッドの裏などを見ているようだが、まさか部屋の真ん中で息を殺しているとは思わなかったのだろう。男たちのうち一人が開いたドアを見つけ、やがて全員がその場を後にした。

 

 ぷは、と息を吐く。流石に鉛玉までは魔法でどうこうしたことがないので緊張していたようだ。

 何が起こったのかわかっていない男と顔をあわせる。撃たれたのか腕から血を流していたので、そっと触れて治してやった。

 ころん、と転がり落ちる鉛玉を信じられないような目で見る男。

 

「あんたは触るだけで人を治すことができるのか?」

 

 私ができるのはここまでなので、部屋の中を漁りなおそうとしていたら男から質問された。そうだ、という意味で首肯する。

 

「どうして二度も俺を助けてくれたんだ?」

 

 そんなもの、ただの偶然だ。肯定も否定もせず、棚を漁る。

 

「なあ、あんたに礼をしたい…。俺のセーフハウスまで来てくれないか。水もメシもまともなものがある」

 

 その言葉に私の動きがピタリと止まった。棚から出てきた消費期限切れのパスタソース缶と男の顔を見比べる。

 

「俺はマイケル。マイケル・アンダーソン。あんたは?」

 

 右手を差し出し、握手を求めるマイケル。少し悩んだ私は、マイケルの手にパスタソース缶をぽんと置いた。

 

「私はアザミ」

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 マイケルのセーフハウスは巨大な地下倉庫だった。

 地面から天井まで軽く10メートルはあり、様々な機械部品が所狭しと並んでいる。そして何より目立つのが中央にある巨大なロボットだ。

 

 スタンディング・タンク。通称STと呼ばれるそれはこの世界における娯楽品であり、また権力の象徴だ。

 この世界において武装グループには必ず一台はSTを持っていて、武力衝突を起こす前にこれを使って決着をつける。

 抗争とは相手から物資を手に入れるチャンスではあるが、この世界においてはもはや残り僅かな自らと奪う先のリソースを食いつぶすだけの行為であり、忌避される傾向にある。そこで生まれたのがSTを使った「バトルゲーム」だ。

 バトルゲームの勝者は栄光と新たなる地位を得、敗者は勝者に跪かなければならない。当然敗者側にはそれを受け入れない者がいる。そういった輩は始末されるか奴隷よりもなお酷い扱いをされるかの二択なのだが、稀に第三の選択肢を取れる者が居るのだ。

 

「驚いたか?俺の自慢のSTさ」

 

 それは勝者に反逆するという事。マイケルは私と出逢う前から逃亡生活を続け、そして運よくここを見つけたのだ。

 しかして幸運は続かず。必要なパーツを手に入れようと地上に出たところを見つかりなぶり殺しにされそうになったのだ。

 

「君、なかなかハードな人生を送っているね」

「ハードじゃない人生を送れてるやつの方が稀だろう」

 

 マイケルの言葉にそれもそうか、と納得をする。

 彼の言うまともなメシとやらを食べながら話をしていて分かったことがあった。

 

 

 こいつは私と同じ復讐者だ。

 

 

 彼はバトルゲームで父を殺され、その仇を討つ(アヴェンジ)ためにSTを利用しようとしている。

 いや、それだけではないのも分かっている。彼は正義感あふれる好漢であり、今アメリカを支配しているST乗りを降して弾圧の無い平和な治世を実現しようとしているのだ。そしてそれを足掛かりに世界中のST乗りを支配して恐慌政治を行う、父の仇でもあるアヌビスを斃そうと計画している。

 なんともはや壮大な話だ。復讐(リベンジ)に狂っていた私には世界を救うついでに仇討ちなんて思いつきもしなかっただろう。

 

「なあアザミ。一緒に世界を変える気はないか?」

 

 その言葉で思考の海から戻り、マイケルの顔を見る。その瞳には力があった。

 

「あんたは…見ず知らずの俺を治すようなお人好しだ。少なくとも死体から物を盗るような悪人なんかじゃない」

「人と違う特別な力があるから余裕があるだけだ。それに私は……」

 

 私怨に狂った人殺しだ。その言葉は口の先から空気が漏れただけで、音にならなかった。

 

「アザミ。俺は協力者が欲しい」

 

 マイケルは私の手を取って、STを見上げた。つられて私もSTを見る。開いた胴体部には前後に分かれたコクピットが二つあった。

 古い設計だ。最近のSTに複座式は無いと聞く。コンピュータの高性能化によってパイロット一人分の重量を浮かせれる分装甲や武器を積めるため、今のSTと言えば一人乗りを指すものがほとんどだ。それに息の合わないパートナーと組みなんかすれば上半身と下半身がぶつかり自壊する可能性もある。

 

「コクピットが二つなんて古い設計だろ?これはな、親父の設計図で作ったんだ」

「通りで。それでバディが見つからないなんて思いもしなかったのかい?」

「まあ、そうなんだ」

 

 ハハ…と笑いながら頭を掻くマイケル。

 こいつはいい奴なんだろうが、愚か者でもあるようだ。そうでなければ二度も死にかけてはいないが。

 手を握るマイケルが私の顔をじっと見た。

 

「俺はこのクソッタレの世界であんた以上のお人好しを見たことが無い。だから俺の相棒になってほしい」

 

 まっすぐな言葉が私を貫いた。しかし。私は。

 

「私は、復讐に手を貸すことはできない。すまない」 

 

 その手を振りほどき、逃げるようにその場を後にした。そのときのマイケルの顔が、妙に頭から離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 私は廃車の上に寝転がって夜空を見上げていた。文明崩壊により排ガスの薄くなった空には色とりどりの星が瞬いている。

 

「私は…」

 

 どうすればいいのだろう。この世界に救いをもたらす者はいない。いるとしたら彼のような愚か者だけだ。しかし愚か者だけでは何も成せやしない。

 

 目を閉じると、今でも殺した男の顔が鮮明に浮かぶ。

 私の妻を車で轢き殺した男。その男が誠実で、罪を償おうという心があれば恨みはすれども、殺すまではしなかっただろう。

 だがあの男は、金で目撃者を買収し、のうのうと暮らしていた。裁判の判決は執行猶予4年の実刑2年。これだけだ。

 

 奴は酔っていた。奴は明らかに制限速度を超過していた。そして愛する妻がすぐそばで轢かれ、尻もちをついて茫然としていた私にこう言い放ったのだ!

 

「あーくそ、やっちまった。いくら払えばいい?」

 

 思い出すだけでも腸が煮えくり返るようだ。

 その日から私はあの男を殺すと決意した。探偵を雇い、家の鍵を手に入れ、そして夜中に忍び込み…。胸を、刺した。

 

 

 何度も何度も刺した。ドロドロした気持ちが晴れる思いだった。そして私は…何もかも無くした事に気が付いた。

 

 復讐に金を使い込み。殺すために家族や親族とも縁を切り。会社には連絡すらせずに無断欠勤を続けている。

 そして目の前の死体だ。金も、家も、親類も、愛する人も、復讐する相手すら失った私には何も残っていなかったのだ。

 

 目を開ける。いつの間にか夜は明けていたようで、黄金の光が摩天楼の街から顔を覗かせていた。

 

「私ならどうする」

 

 車から降り、顔をミラーに映す。かつての私の妻が、分かり切った質問をしていた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「マイケル」

 

 私は再び地下倉庫にやってきた。酒でもやっていたのか、ビール瓶を握ったまま机に突っ伏して寝ていた彼はびくりと体を揺らして顔を上げた。

 

「アザミ!」

「君に聞きたいことがあったから戻ってきた。いくつか質問をしたい。いいか?」

 

 私の言葉にマイケルは姿勢を直し、頷いた。

 

「君に家族は?」

「おふくろは俺を産んだ時に死んじまったし、親父も殺された。兄弟もいない」

 

「配偶者や親友は?」

「いない。そんなことを考えている暇もなかった」

 

「では仇を討った後、君はどうしたい?」

「それは…」

 

 彼が言いよどむ。やはりだ。彼には復讐のあとのビジョンが無い。…私と同じで、何もないのだろう。そう思って質問を切り上げようとしたとき、マイケルが声を張り上げた。

 

「世界をもっとよくする!アヌビスを斃せば次の支配者は俺だ!だから、まずは独裁状態をぶっ壊す!」

 

 ……ああそうか。こいつは馬鹿だった。馬鹿で、愚か者で、お人好しで…だからこそ、放っておけない。

 

「本当にできるのか?」

「できるさ!」

 

 即答。あまりの無思慮っぷりに笑いさえこみ上げてくる。

 くつくつと笑った後、私はマイケルの手を握った。

 

「正直、復讐に手を貸したくはないが…。世界を救うためだったら協力してやってもいい」

「アザミ…」

「それに正直、放っておいたら直ぐに死にそうだからな。夢見が悪くなる」

「こいつ!」

 

 彼に頭を掻きまわされた。しかしそれは決して気持ちの悪い物ではない。

 かつて私と妻がやっていたじゃれ合うような行為に私の心には喜びすら浮かんでいた。

 

「じゃあこれからよろしく頼むぜ、アザミ!…いや、相棒!」

 

 マイケルの言葉に私はひとつ大きく頷いて見せた。

 

 




スペースバズーカおじさんがいたら今すぐスペースバズーカの二次創作を書こう!!


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正道と魔道

スペースバズーカおじさんが誰一人現れなかったので怒りの第二話投稿です。
おそらく次話で完結です。


 

 

 人が人を愛すること。人が人を憎むこと。それはどちらもありふれたものだ。

 もし、そのどちらも一度に失くしてしまった場合、人はどうなるのだろう。

 

 

 

■■■

 

 

 朝、おそらく六時ごろ。ばしゃばしゃと水音を立てながら私は顔を洗っていた。

 ここはマイケルの倉庫にあるトイレだ。幸いにも水道は通っていて水もまだ出るため、私は手洗い場を洗面所として活用している。

 

 やや襤褸になったタオルで顔を拭いて鏡を見る。そこには私のかつての妻が映っていた。

 ぺたりと自身の顔に手を当てると鏡の妻も頬に手を当てる。艶のある黒髪も大きな瞳も生前の頃そのままで、だからこそ彼女が見せた事のない仏頂面が酷く違和感を醸し出していた。

 

 これこそが私が死ねない理由だ。私は妻を二度も死なせることなどできやしない。たとえそれがガワだけの偽物であってもだ。

 

 かつての彼女は笑顔が素敵でおしゃべりな女性だった。一方で私は口は上手くなく不器用で、笑うのもヘタクソ。つい妻の笑顔を観ようと思って鏡に笑いかけてみたが、ぎこちない笑みが返ってくるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ相棒。何で朝っぱらから暗い顔をしているんだ?」

「笑顔の練習をしていた。それで自分の才能の無さに気落ちしているんだ」

「笑顔ねぇ」

 

 こんな感じか?とマイケルが画面越しにニカッと笑う。悔しいが満点かそれに近い笑みだ。私は抗議するように視線を向けた。

 

 私は今、STファルコンのコクピットのガンナー席に座っている。目の前にはブラウン管のディスプレイが置かれていて、外の景色である割れたアスファルトとマイケルの顔、それと自身のSTの予想耐久力が表示されている。右腕の操作レバーを動かすとこの機体のメイン武器であるエネルギーハンドガンが視界の中に入ってきた。

 

「体調は大丈夫か?」

「心配いらないよ」

「基本戦法は覚えているか?」

「相手の弾を相殺したいときは連射の効くターボショット、相手の装甲を撃ち抜きたいときはチャージしてからスーパーショット」

「そうだ、合ってるぜ。…そういやトイレは済ましたか?」

「済ましたよ。君は私の親か」

 

 

「ホーッ!人をほったらかしていちゃつくとはいい度胸じゃねえか」

 

 ドシン!と大きな地響きがした。視線をマイケルの顔から前に移すと今回戦う敵、STガラムが目の前に立っていた。

 一目見た印象としては緑のゴリラだ。大きな上半身に貧弱な下半身。あまり強そうには見えない。 

 それにディスプレイに映る敵パイロットも文明人というよりは野人と言った方がよさそうだ。清潔感は感じられず、身に纏っているタンクトップの色はくすんでいる。さらに筋骨隆々の体と伸ばし放題の髭もあいまって、たとえゴリラと共に生活していてもなんら違和感を覚えないであろう見た目をしていた。

 

「野人のような男だな。とてもパイロットには見えない」

「ヘッ。お前たちの方こそ戦い方もしらねえようなただのガキじゃねえか。オレ様もずいぶんと甘く見られたもんだ」

 

 私の言葉にグイドーがそう返すとSTガラムが戦闘姿勢をとった。私とマイケルもSTファルコンに戦闘姿勢を取らせ、ハンドガンを敵に向ける。

 

「しかたねえ。このバトルゲームで本当の強さを見せてやらぁ!ホ!ホーッ!」

 

 グイドーが野人のごとく叫ぶ。その瞬間、お互いのSTが円を描くように動き始めた。バトルゲームの始まりだ!

 

 STガラムが地面を削りながら疾走する。そして奴は両腕をこちらに向けて腕のロケットエンジンに点火した。

 

「ホーッ!食らいな!」

 

 一瞬のうちに迫る二つのロケットパンチ。大質量のそれをまともに受ければいかにSTと言えども大損害は免れない。

 それに対して私が取った行動はとてもシンプルなもの。それは左腕に握っていたST用ボムを投げるという事だった。

 そのボムは先頭を飛ぶ左腕に命中し、爆炎をまき散らす。

 

「くっ!見えねえ!」

 

 マイケルがそう愚痴をこぼした。視界は炎と粉塵で覆われ、とても敵を捉えることはできない。

 ST用ボムとはいえ所詮は手投げ弾。直撃でも無ければSTを破壊するのに至らないはずだ。ならばまだ右腕が残っている。

 

「ハハハーッ!そのまま死になぁ!」

 

 グイドーのその言葉と共に爆炎の中から残った右腕が飛び出してきた。明らかにコクピット直撃のコースだ。

 このまま食らえばSTファルコンは胴体をペチャンコにされて大破することだろう。そして新米ガンナーである私には高速で飛来する腕に射撃を当てられる腕前などない。

 すわ万事休すか。もし私がただの人間であればそうだっただろう。

 

()()をするようで申し訳ないが、こっちも死ぬわけにはいかないんだ」

 

 ハンドガンから放たれたスーパーショットが魔法(ずる)によってスライスを描き、STガラムの右腕を貫いた。

 側面から撃ち抜かれたそれはバラバラになりながら転がり、ひょいと避けたSTファルコンの近くにあった駐車場に突っ込むことでようやく動きを止める。

 

「グイドー。本当の強さとやらはさっきの手品で終わりか?」

 

 マイケルが皮肉気に言い放つ。

 爆発の後に残っていたのは地面に散らばる緑の腕と、その両腕を失くしたSTガラム。翻ってこちらのSTファルコンはボムを消費したものの、無傷のボディにチャージの終わったハンドガン。この後の展開など、推して知るべし。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「やったな相棒!」

「ああ。快勝だった」

 

 私たちはグイドーを降し、そのSTと地位を奪い取った。

 今は奴の拠点である廃墟の中でやつが溜めに溜めていた酒やベーコンを戴いている。

 

「まさかまたベーコンを食べられる日が来るとは思わなかった」

「これも勝者の特権さ。まあ、コイツはやりすぎてるみたいだが」

 

 廃墟の中には貴金属が所狭しと積まれており、さらにビールの空き瓶が散乱している。なんとも言えないような汚い部屋だ。

 そしてそこに転がされているグイドー。惨めな姿だ。

 

「さて…マイケル。一応聞いておくがグイドーの始末はどうする」

 

 玉座から転がり落ちたST乗りの末路は決まっている。即ち死だ。

 ロープで簀巻きにされて口を塞がれたグイドーは逃げようとしているのか、必死に体をよじっている。

 

 そうだな…とマイケルが顎に手を当てた。

 

「何もしない。そのまま放り出そう」

「マイケル…その考えは甘いぞ」

 

 私はマイケルを咎めた。人の恨みとは恐ろしいものだと、誰よりも知っているからだ。

 しかし彼は澄んだ瞳で私を見返す。

 

「俺の目的はコイツをどうにかすることじゃない。それに、世界を救おうってのに殺さなくてもいい奴を殺すって、なんかおかしいだろ?」

 

 やはり、こいつは馬鹿だ。世界を救うという大きな目的があるなら敵になりかねない奴は全員殺しておくべきだ。

 だが…それが私とマイケルの決定的な違いなのだろう。私はフゥとため息を吐く。

 

「分かった。マイケルの言うとおりにしよう」

「ずいぶん聞き分けが良いじゃないか。腹でも痛いのか?」

「うるさいよ」

 

 私は私のやり方で失敗をした。なら、今回はマイケルのやり方に任せてみよう。ただ、そう思っただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 

 マイケルはやはり正しかった。

 

 私とマイケルは世界中のST乗りと矛を交えた。空を飛ぶST、装甲の厚いST、私たちと同型のST…。

 個性豊かで、しかし強く、それでも私たちは勝ちを重ねてきた。そして彼ら彼女らにも事情があることを知った。

 人質を取られた者、自身の研究のための者、洗脳されていた者、はたまたただ支配が好きな者。

 マイケルはその誰にも手をかけることはなかった。そして私はそれに倣った。

 

 だからこそ奇跡は起きた。

 

「こんなところで諦めちゃだめよ!私のエネルギーを分けてあげる!」

「貴様らは気に食わんがわしの研究の成果を試す絶好のチャンスじゃ!」

「お前たちに世界の未来が掛かっている!立て!」

 

 かつて打倒したST乗り達が私たちのピンチに乗り込んできてくれたのだ。

 タナトスは強敵で、私の魔法があってもどうにもならないほどの性能を持つSTサナトスを駆っている。今日まで戦ってきたSTのいいところだけを取ったような出鱈目な性能だ。

 それに宇宙という今までにない戦闘条件も相まって勝ち目はまるでなかった。しかし、これならば。

 

「マイケル。やはり君は正しかった」

「正しい正しくないじゃない。俺はやりたいようにしただけだぜ」

「時たま凄く羨ましく感じるよ。君は本当に…」

 

 馬鹿で愚か者で、それなのに一緒に居たいと思わせてくれる。

 今、STファルコンにはMADな科学者がくれた特別なボムが握られている。

 そして満身創痍だったボディには応急装甲が貼り付けられ、破損したハンドガンは同型のSTバーロンのスペアガンと取り替えられた。

 STサナトスとの間に入り込み、盾を構えて壁として立ちはだかっているかつての強敵STバーロン。やつの背中がこうまで頼もしく見えるとは、人生とは分からないものだ。

 

「ここまでされて負けちゃカッコ付かねえぜ、相棒!」

 

 そう言って笑いかけてくる()()

 正直、勝つとか負けるとか今はどうでもいい。彼にだけは死んでほしくないと、心からそう願った。

 

 

 




満身創痍のST、不器用女と熱血漢、宇宙空間で二人きり。何も起きないはずがなく…。


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死ねない理由と生きる理由

最終話です、どうぞご覧ください。


 

 カシュ、と缶を開ける音が響いた。

 

 ここはマイケルのセーフハウス、地下倉庫だ。そこの主であるマイケルはテーブルに着いて一人で食事を取っていた。

 缶詰から中身を取り出し、口に運ぶ。その傍に相棒の姿は無い。

 

「一人の食事って、こんなに味気ないものだったんだな」

 

 塩を振っただけの脂っこいシーチキンがあんなにも美味しかったはずなのに。マイケルは独り言ちた。

 

 

 彼の生活はかつてアザミの存在によって大きな転機を迎えていた。

 ドッグフードをひと手間加えることで美味しく食べる方法を教えてもらい。生活の分担を決め。STを弄っているときに魔法でアシストをしてくれた。

 マイケルの生活にはあの日から常にアザミという存在があった。

 

 アザミの居ない生活ではそれまでは不便だとも思っていなかったことでも酷く面倒に感じ、全てのことに倦怠感が付きまとう。

 後回しにするのは駄目だと思っても何もする気が起きない。こんなことは彼の父親が亡くなって以来のものであった。

 

 彼は机に突っ伏しながら相棒、アザミのことを頭に思い浮かべる。

 不思議な力を使い、なんでも器用にこなし、しかし他人と接するのはてんで不器用な彼女。何か大きな秘密を抱えているようで、そしてそこが魅力的だった。

 

 ふと上を見上げる。視線の先には相棒と世界中を共にしたSTファルコン。その頭部と肩部は大きくえぐれ、ガンナー席があった場所が丸見えになっていた。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 激闘の末、STサナトスは砕け散った。パイロットであるアヌビスの安否は分からないが、宇宙空間に放り出されたのであれば先は長くないだろう。

 

「やったぞ相棒!俺たちはあのアヌビスを倒したんだ!」

 

 ブラウン管に映るマイケルの顔は喜色に染まっている。それを見て私は、ああやっと終わったんだなと息を吐いた。緊張していたのだろう、手にはじっとりとした汗が付いていた。

 

「ここまで身の危険を感じたのは初めてだ」

「流石の相棒も弱音を吐くぐらいには弱ってるか」

「ああ…もう駄目だと今日だけで何度も思ったよ。だけど皆生きている」

 

 私はSTファルコンであたりをぐるりと見回した。そこには大小さまざまな損傷を受けているものの、まだ健在のライバルたちが私たちを注視していた。ほどなくしてブラウン管いっぱいにいくつもの顔が現れる。

 

「やったわね貴方たち!」

「流石だ」

「わしの発明品はどうじゃったね?ひょーっほっほ!」

「ふ…よくやった」

 

 それぞれが思い思いの言葉で祝福してくれる。そして私はその流れに便乗することにした。

 

「おめでとう、マイケル…いや、相棒」

 

 私の心は安堵と達成感で満たされた。いつになく浮かれていたと言っていい。だからこんな下手を打ったのだ。

 

 

「お前だけは逃がさんぞ!!マイケェェェル!!」

「なっ!?」

 

 

 突如STサナトスの瓦礫から飛び出してくる一発の高誘導ミサイル。私は慌ててハンドガンのトリガーを引くものの、弾は発射されなかった。

 

「こんな時に不発か!」

 

 とっさにハンドガンを投げつけたが当たるはずもない。

 こうなったらなにふり構っていられない。私は魔法を使ってミサイルを曲げに掛かった。しかしどれだけ曲げようともミサイルは直ぐに軌道を修正してくる。ミサイルは重く、素早いためこれ以上曲げるのも難しい。必ずSTファルコンのどこかに命中するだろう。

 ハンドガンは撃てず、ST用ボムも切らしている。ライバルたちは満身創痍で戦える状態ではない。万事休すだ。

 

「すまない、マイケル」

「相棒…?お前まさか!」

 

 ガンナー席とパイロット席の隔壁を下し、通信を切って覚悟を決める。

 隔壁が閉まったことで緊急モードが発動したコクピットの中で操作レバーに触れて周囲を限界まで強化する。

 パリパリと音を立てて補強されていく内壁。質量を増やしながら膨張した内壁はディスプレイと私を除くすべてを押し潰し、強大な装甲に変化した。

 

 けたたましくブザーが鳴り響くなか、私はブラウン管に映る妻の姿を見つける。

 

「君も、きっとこうするだろう」

 

 忘れもしない、妻が死んだあの事故。彼女は暴走する車から私を救うため、私を突き飛ばしたのだ。そんな心優しい彼女なら、彼のために犠牲になる事を許してくれるかもしれない。

 

 ぐんぐんと近づいてくるミサイル。私はSTファルコンを回転させ、それを強化した頭部に導いた。

 STファルコンの頭部にはガンナー、つまりは私が居る。

 

 身震いが止まらない。これを食らえば私は間違いなく死ぬ……。

 怖い。死というものはこんなにも恐ろしいものだったのか。

 いや違う。私が怖いのは失うこと。心残りがあること。

 

 心残り。それは勿論、

 

「嫌だ。君を置いて逝きたくなんか、」

 

 誰かに向けたその言葉は最後まで紡ぐことはできず。私の視界は光と炎に呑まれた後、深い闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶはっ!!」

 

 私はなぜか水中に沈んでいた。辺りは真っ暗でどちらが上かも判らず、口中にしょっぱい味が広がったことでここが深い海の中だと気が付いた。

 慌てて気泡を作り出してその中に潜り込む。もう少し脱出に時間が掛かっていれば私は潰れていたのではないだろうか。ぞっとする。

 少し呼吸を整え、今までにあったことを思い返す。記憶の最後にあったのは接近するミサイルと死を恐れた自分、そして炎に呑まれるコクピット。

 

「何故私は生きている?」

 

 また私は死んだのか?そしてまた別の地球にでも飛ばされたのだろうか?

 それとも何かしらの奇跡が起きて宇宙からここまで瞬間移動でもしたのか?

 考えても分からない。私はひとまず海上に出ることに決めた。 

 

 

 

 

 

 

 足元には血のしみ込んだアスファルト。前を向けばガラスの割れた高層ビルたちが目に入り、後ろに傾いた自由の女神像が空を見上げている。

 自分の記憶が確かならここはアメリカのニューヨークなんだな、と。どこか遠い出来事のように考えていた。

 

 チラリと視線を移すと駐車場の車に乗り上げる形で転がる緑の残骸。大きな手投げ弾が爆発したような大穴。そして上半身と下半身が泣き別れした緑のゴリラSTが見える。

 

 私は街を歩く。追いはぎも居なければ発砲音も聞こえず、釘打ちバットなどの武器を持った青年グループもあまり見かけない。

 それどころか小さなマーケット市場まである。私はそれの一つに立ち寄って店主らしき人物に話しかけた。

 

「すまない。以前来た時より大分様変わりしているようだが何かあったのか」

 

 半ば答えが分かっているような質問。だが訊かずにはいられなかった。

 

「ああ、それはね。ここの支配者が変わったんだ。前はグイドーとかいうゴリラが仕切ってたんだけどこいつが随分横暴でさ。それに心を痛めた正義の味方がガツンと追い出しちまったのさ!」

 

 ホラアレ、と指を指す店主。その先にはゴリラのST。

 

「そんでもってゴリラの取り巻き達も一斉に捕まっちまって、ここにも平和が訪れたってわけさ」

「店主。新しい支配者の名前は分かるか?」

 

 ああ、うん。確かね…。店主はそう言いながら額を揉む。この間がどうにももどかしい。早く答えてくれ!

 心の声は聞こえていないだろうが、店主は私の期待に応えるように手を打った。

 

「思い出した!確かマイケル!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マイケル・アンダーソン!」

 

 

 

 

 

 

 私は居ても立っても居られず、マイケルの名を叫びながら地下倉庫に飛び込んだ。

 いつかのようにテーブルに突っ伏していた彼は体をびくりと揺らし、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 

「相棒!お前生きてたのか!」

「ああ!ああ!私は死んでなんかいない!」

 

 わき目も振らずにマイケルへと駆け寄り、その体にしがみ付く。

 本当は別の地球なんじゃないかと疑っていた。でもマイケルは私を知っていて、受け止めてくれた。

 自分を受け入れてくれる人がいる。それがこんなにも心地良いものだなんて!

 

「マイケル…すまなかった。私はあと少しで君を置いて死ぬところだった…!」

「相棒…」

「でも、君を失う事の方がもっと恐ろしかったんだ…!」

 

 涙で前が見えなくなる。私は目をぎゅっと閉じて、マイケルの服に顔を埋めた。

 

「あんなことをして、すまなかった…」

「いいんだ」

 

 彼がポンと頭に手を置いた。そして優しく髪を梳く。

 それが堰を切る引き金となったのか、私は年甲斐もなくワンワンと声を上げて大泣きしてしまった。

 

 

 

 

「マイケル。私は今まで生きる目的を見失っていたんだ」

「ああ」

「だがな…新しい当面の目的が見つかった。それは君と共に生きることだ」

「なんだって?」

「君は目を離すとすぐにでも事件に巻き込まれて死にそうだからな。さすがにそれでは夢見が悪い」

「……」

「そ、それに。君といると毎日が楽しい。君さえよければまた共に暮らしたいのだが、どうだろう」

「ああ、俺のほうも覚悟は決まったぜ。アザミを必ず幸せにしてみせる」

「……?マイケル、君は何か勘違いをしていないか?」

 

 

 

 

 この後マイケルと私の間に認識の違いがあることで少しの話し合いをしたが、結局共に暮らすことになった。

 そして少し前から魔法の力が強くなっているように感じる。一体何がどのように作用しているのかは全く不明だが、マイケルからはよく笑うようになったと言われる。このことから考えて、きっと私が生きる明確な目的を自覚したからなのだろう。

 鏡に映る妻の姿は確かに微笑んでいる。それはきっと私が過去()ではなく(マイケル)を選択した証。

 

 

 私は死んでいないだけなんかじゃない。いま、私は確かに生きている。

 

 




これにてマイケルとアザミの物語を幕引きとさせていただきます。

最後までご拝読いただいた諸兄姉の皆さま、本当にありがとうございました。


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