Search Secret Salvation Side 新条アカネ (ルシエド)
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夢のヒーロー

 逃げた。

 色んなものから、私は逃げた。

 

 人と関わるのは、とても面倒で。

 でも人間がいる場所で生きてる限り、人間と関わらずに生きていくことは不可能で。

 私以外誰もいない私の部屋に逃げ込むまでに、時間はかからなくて。

 そこから更に、私は逃げに逃げ、もっと逃げた。

 

 逃げるのは楽だった。

 何も背負わず、何にもぶつからないのは楽だった。

 逃げるように堕ちていった。

 

 でも、退屈だった。

 誰とも話さない時間は楽だったけど、何故か退屈だった。

 私しかいない空間は楽だったけど、何故か退屈だった。

 とてつもない気楽さと、息が詰まりそうな閉塞感。

 "誰かと話したい"と、ふと思ってしまった。

 

 そして、『普通』の人よりずっとずっと『低い』ところまで堕ちていった先で、私は『それ』と視線が合った。

 

「私はアレクシス・ケリヴ」

 

 仮面のような顔。

 大きな体躯。

 全身を隠すマントのような、布のような何か。

 そして、燃える炎。

 人間じゃなさそうなその容姿。

 

 普通の人は、私を不快にさせたり、私を苛立たせたり、私を傷付ける。

 人間はそういうことが当たり前。

 だから、人間と関わるのが嫌になって逃げ出した先で私が出会ったのは、見ただけで人間じゃないとわかるヤツだった。

 

「君の心が私を呼んだ。私にとって、何より素晴らしい心を持つ者よ」

 

 そいつが、手を差し出す。

 

「君に、君が必要なものを与えよう。私は君を退屈から救いに来たのだ」

 

 よくわからなかったけど。

 

「だから、私をこの退屈から救ってくれ」

 

 他人に必要とされることは、私の価値を認められるのは、それだけで嬉しいのだということを。

 

 私は久しぶりに、思い出していた。

 

 

 

 

 

 彼の名はアレクシス・ケリヴ。

 

 遠いところから来た、私達人間と違うものを食べ、違うものを好み、違う時間と世界を生きる宇宙人のような何か。

 

「私にとって、君の心は特別なんだ。

 その心から発せられる感情こそが、私の心の虚無を埋めてくれるのだよ」

 

 特別だと言われて、悪い気はしない。

 

「私みたいな心の持ち主なんて、どこにでもいるよ」

 

「だろうね。だから君に断られれば、また別の候補を探そう」

 

「……」

 

「だが私は君を選んだ。これでは不満かね?」

 

 私が選ばれた、という台詞に、少しばかりの嬉しさを覚えてしまった。

 

「うん。分かったよ。で、私に何をしてほしいの?」

 

「君が思うがままに生きてほしい」

 

「それだけ?」

 

「私は君に要求しない。

 私は君に強要しない。

 お願いはするかもしれないけどね。

 君に何の責任も背負わせないさ。

 私はただ君に与えるだけだ。君をその退屈から救うためのものを」

 

 ああ。

 気楽だ。

 アレクシスは私のことを認め、必要としていて、でも期待を押し付けてこない。

 期待は重い。

 期待に応えないと、と自分が思うたびに嫌になる。

 

 アレクシスは強要しないし要求しない。

 好きに生きればいい、としか言わない。

 私の自由を尊重してくれる。

 アレクシスは私を縛らない。

 "あなたのことを思って言ってるのよ"なんて言って、私を縛る人とは大違いだ。

 

「私は君に必要なものをあげよう。そうだね……」

 

 アレクシスは私と出会ったその時、私の周りにあったものを見回して、私に与えるものを選ぶ。

 

「小さな世界で無敵である、『怪獣』なんてどうかな」

 

「怪獣……」

 

 そうして私は。

 

 アレクシスの差し出した手を握り。

 

「では、同盟を結ぼうか。私達は今日から、同じ方向を向き必要とし合う仲間だ」

 

 いつもテレビの向こうに見ていた、大好きな『怪獣の力』を与えられた。

 

 

 

 

 

 怪獣が、好きだった。

 いつからか、好きだった。

 最初は純粋な気持ちだったと思う。

 

 でもある日、私は気付いてしまった。

 根暗で卑怯で泣き虫で癇癪的な私より、私が現実で大嫌いな人達の方が、人種としては『怪獣を倒すヒーロー達』に近いんだってことに。

 

 私には仲間がいない。心許せる親友もいない。

 怪獣を倒すヒーロー達にはいる。

 

 私はいつも負け続け、最後に笑えない。

 怪獣を倒すヒーロー達はいつも勝ち続け、最後に笑う。

 

 私は誰の役にも立てず、周りに良く扱われず、周りに優しくできない。

 ヒーロー達は皆の役に立ち、周りからも支えられて、いつも周りに優しくしてる。

 

 私は要らない。誰にとっても要らない。私が消えればそれで笑う人がいる。

 ヒーローは要る。怪獣を倒すヒーローだから。怪獣が消えればそれで笑う人がいる。

 

 皆、よってたかって私を責める。

 ヒーローは仲間を集めて、力を合わせて、よってたかって怪獣を攻める。

 

 私は嫌われてるから、周りは私に何をしてもいい空気がある気がする。

 怪獣は嫌われてるから、ヒーローは怪獣に何をしてもいい。

 

 全部私の思い込みだったらと思ってしまう。

 

 でも、そうじゃなくて。

 

 私は、人の中の怪獣で。

 

 いつからか純粋な気持ちは混ざって、薄れて……私の中の怪獣が好きな気持ちは、大きくなっていった。

 

 色んな気持ちが注がれて混ざって、そうやって私の怪獣愛は大きくなっていった。

 

「君は本当は怪獣になりたいんだろう?

 テレビの中の怪獣じゃない。

 ヒーローがいない世界で、絶対に誰にも負けない、勝ち続けるだけの怪獣に」

 

 思わず、頷く。

 アレクシスは私のことをよく分かってくれている。

 それがほんのりと心地良い。

 

「君に、私と共に怪獣を作り操る力を与えよう。怪獣が勝ち続ける世界を作りたまえ」

 

「怪獣が、勝ち続ける世界」

 

「気に入らないものは壊せばいい。殺せばいい。

 好きなように暴れたまえ。

 誰も君を咎めはしない。

 君が裁かれることもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのための力だ」

 

 自分を見失いそうになるくらい、甘い誘惑だった。

 

「あんまり、良くはなさそうだね」

 

「それは誰が言ったのかね?」

 

「え?」

 

「赤の他人だろう?」

 

「え……」

 

「冗談めかしても悪口のような軽口を言われると、イラっとするのだろう?

 ぶつかってきた人間が謝りもしないと、苛立つのだろう?

 君が失敗すると露骨に嫌な顔をして、後で陰口のようにバカにしている人が嫌いだろう?

 そして彼らはこう言うのだ。

 『そんなことで怒るなよ』とね。そんな人間が語る『倫理』はそんなに大事かね?」

 

「―――」

 

「大事なのは君の心。

 君の人生だ。

 何故赤の他人のために君が我慢しなくてはならんのだ?

 壊したまえ。殺したまえ。

 この箱庭で君を責める人間はいない。

 君こそが神だ。君は全てにおいて自由であり、君の心こそが何よりも優先される」

 

「……念頭にでも入れておくよ」

 

「フフッ、決めるのは君だとも。

 ここは君の世界。

 君の心を苛むものをどうするかも、君の自由だ」

 

 アレクシスの言葉は、とても耳に優しかった。

 

「君は私にとっての特別だ。

 代わりはいるが、君を選んだことには相応の理由がある。

 つまらないことで怒る。

 何気ないことで憎む。

 そんな自分が嫌い。

 それ以上に周りが嫌い。

 愛されたい。

 でも愛される努力はしたくない。

 信頼されたい。

 でも信頼される努力はしたくない。

 得たい。

 欲しい。

 嫌われたくない。

 大切にされたい。

 他人をたまにでも自分より優先できない。

 自分本位で自分勝手で自分が大切。

 だがね。

 君がそれを理由に自分を責めているなら、それは周りに流されているだけの間違いだ」

 

「アレクシス……?」

 

「楽な方に流れるのは人間の習性だ。

 それが自然な人間の心の動きなら、それが当たり前のことなのだ。

 当たり前のことを、何故否定する?

 君に逃げるなと言っているのは、君の周りの人間だけだろう?

 君の人生は君が決めていいのだ。

 周りの者は"自分に迷惑をかけられくない"という理由で、君に負担を強いているだけなのだよ」

 

「……ありがとう」

 

「褒められるようなことはしていないさ。

 これはね、皆が目を逸していることなんだ。

 『常識』を周りに押し付ける人。

 『人の輪』を強要する人。

 『まともじゃない人間は叩きのめされて排除されても仕方ない』と言う人。

 それらは皆、この事実から目を逸しているだけに過ぎない。違うかな?」

 

 胸に染み入るような言葉だった。

 

「私は、私でいいのかな」

 

「いいのだ。つまらないことで怒り狂う君のままでいい。

 そんな君を私は愛おしく思うし、そんな君が私には必要なのだ。

 そのままの君であることを私は望もう。思うまま殺し壊すことが許される、神でいたまえ」

 

 私が神なら、アレクシスは甘い言葉で誘惑する悪魔だった。

 

 私を堕落させる悪魔だと分かっていた。

 

 それでも。

 

 私を甘やかしてくれる、私を傷付けない言葉を選ぶ悪魔の存在は、本当に心地良かった。

 

 

 

 

 

 私はアレクシスを信頼せず、アレクシスも私を信頼していない。

 

 私は怪獣を作る。自分だけのために。

 アレクシスは怪獣を作る。自分だけのために。

 自分のため。

 全ては自分のためだ。

 

 だから私は『アレクシスに申し訳ない』とか思わない。

 『アレクシスのために頑張らないと』なんて思わない。

 アレクシスが重荷にならない。

 なので身軽。

 アレクシスが頑張る理由にならない。

 なので頑張らなくていい。

 私に何も強要しないアレクシス。

 だから、だから私は、『アレクシスの期待に応えられなかった』っていう心の傷付き方をすることがない。

 

 それが、とても気楽で、とても救われる。

 

 私もアレクシスも、自分を犠牲にしてまで、この共犯者を助けようなんて思わない。

 見捨てることに躊躇いはない。

 互いが必要だけど、互いを信頼してない。

 だから、信頼を裏切る心配がない。

 アレクシスは私の価値を認めてくれて、私が何かを成すと褒めてくれるけど、私の心に何の負荷もかけない、ふわふわ浮いてる宇宙人だ。

 

 それが、とても気楽で、とても救われる。

 

 この世界での私……『新条アカネ』にとってのアレクシスよりも、救いになってくれる人間なんて、きっと地球のどこにもいないよね。

 

「素晴らしい怪獣だよ、アカネ君」

 

「ありがと、アレクシス。

 アレクシス、ちょっと言葉に感情乗ってきたね。

 でもまだまだ全然、言葉が薄っぺらくて偽物ってカンジ」

 

「私は虚無だからね。

 君の感情で私の心が満ちるまではこうさ。

 でもだからこそ、君の感情をあまり逆撫でしないでいられるという面もある」

 

「……」

 

「君の感情を、虚無の私はあまり刺激しない。

 そして徐々に、君の感情で君に寄って行く。

 私が選んで食べている感情だけだがね。

 私は君とは違う君になるだろう。そうして、私は君を理解していく」

 

「私の怪獣みたいだ。私の心と感情から作ってるんだっけ?」

 

「ああ。私は君の心から生み出され、作られる最後の怪獣になるかもしれないね」

 

「私なんかで心を満たしてもロクなものにならなそうだ」

 

「君がいいのだ、アカネくん。私は君の心に呼ばれ、君の心を求めて来たのだから」

 

 信頼は重い。だから要らない。

 でも私を求めて欲しい。

 だからアレクシスは、心地良い。

 

 アレクシスがいると嬉しくて、楽しくて、面白いのに、私はアレクシスを大切だなんて思えないし、アレクシスをいつでも裏切れる。

 

 こんなに気楽な隣人を、私は今までの人生でただの一人も見たことがなかった。

 

 

 

 

 

 私は一人だ。

 作った箱庭がなければ、私が神様になれなければ、私の毎日は退屈だ。

 何もすることがない。話すことができる人もいない。

 だから、退屈だった。

 

 アレクシスは虚無らしい。

 永遠の存在であるアレクシスは、その心が虚無になってしまったとかなんとか。

 真面目に聞いてなかったから覚えてないけど、アレクシスの心は空っぽらしい。

 だから、退屈だった。

 

 そんなアレクシスの視界の中に、落ちるとこまで落ちて来た私が見えて。

 そんな私の下に、私みたいな人間を探しているアレクシスがやってきて。

 

 私は、アレクシスを退屈から救いに来た。

 アレクシスは、私を退屈から救いに来た。

 

 そうして、怪獣がスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す箱庭ができた。

 私が神様。

 アレクシスが悪魔。

 作られた街に、作られた人間。

 怪獣が街を壊し、怪獣が街を直し、怪獣が街を管理する。

 そして。

 

「最近少し退屈そうだね、アカネ君」

 

「そう? そんなことないけど」

 

 アレクシスに言われて、初めて気付いた。

 

 全てが自由になるわけじゃない。

 でも、この世界の人間は、私が設定して、私が作ったものだ。

 皆私が好き。

 皆私を不快にさせない。

 だからほとんど私の予想外のこともしない。

 私はいつの間にか、そこに退屈を覚えていたみたい。

 

 結局ここには、アレクシス以外には、私が作ったものしかないから。

 刺激がない。

 私は毎日、同じような感覚しか味わってない。

 

 アレクシスがいてくれて、本当に良かった。

 私が何も設定していない彼との会話は、本当に救いになってくれている。

 すごいよね、アレクシスは。

 私イラっときたらすぐそいつを潰しちゃおうとか考えるのに。

 私が設定して作った人間ですら、時々私をイラッとさせるのに。

 アレクシスが私をイラッとさせたこと、一度も無いもん。

 

「今日君は、馴れ馴れしくしてきた男の子のクラスメイトに少し怒っていたね。

 世界構築用の怪獣でなく、戦闘用怪獣を作ってあの子を踏み潰してみてはどうかな?」

 

「え」

 

「きっと刺激的だぞ。

 君の退屈を晴らしてくれる。

 ストレスも感じただろう?

 君の心に良くない。君の心のため、少しのストレスでも解消しておくべきだ」

 

「え、でも」

 

「迷う必要があるとは思えないがね。ほら、そこにある、君が製作途中で捨てた怪獣の人形」

 

 一瞬、迷った。一瞬だけ、迷ってしまった。

 

「あの怪獣の人形とこの街の人間、何が違うのかね?

 どちらも君が作ったものだろう。

 君が壊すも捨てるも自由なものだろう。

 君を楽しませるためだけに作られた作り物だろう。好きに捨てて良いんだよ」

 

「―――」

 

「大事なのは君の心だよ。

 君の心が楽しいか。

 君の心が安らいでいるか。

 だから、君のストレスの原因になるものは、君の怪獣で排除してしまっていいんだ。

 何故、君の心の平穏が、君の作った人形の平穏のための犠牲にならないといけないんだい?」

 

 でもよく考えたら、私が作った人形を私が壊すことに、迷う理由なんてなかった。

 

「そうだね」

 

 私が心を込めて怪獣人形を作る。

 アレクシスが力を込める。

 それで、完成。

 

「インスタンス・アブリアクション!」

 

 アレクシスが手を掲げて呪文みたいなのを唱えると、私が作った人形は、あっという間にテレビで見たような怪獣に。

 

 その怪獣が、クラスで人気者の私の、この世界で一番かわいい私に、身の程知らずに馴れ馴れしくしてきた男の子の家を吹き飛ばす。

 

 その瞬間、暗い喜びが私の中に湧き上がった。

 

「あは」

 

 私が、私じゃなくなるような。

 嫌いな私を卒業して、夢の中の私にようやく成り切れたような。

 そんな感覚があった。

 

 現実の私には、きっとこんなことはできなかった。

 現実の私は、何を言われても何をされても、言い返すこともやり返すこともできないような、そんな情けない子だった。

 

 クラスにいる新条アカネも、きっとこんなことはできなかった。

 皆、私を愛するように設定した。私の容姿やクラスでの立場も最高レベルに設定した。『新条アカネ』っていう外見の皮まで被った。

 そこまでしても私は、周りの人間にその場で強く言い返したりやり返したりできなかった。

 現実の私のように。

 周りに話しかけられたら愛想笑い、強く自分が出せなくて、周りに流されやすく、嫌なことを嫌と周りに言えない人間のままだった。

 私の作った人間しかいないから、私が生きやすいクラスのはずなのに。

 なのに、私は嫌なことを嫌と言えず、クラスで不快感を覚えることをしているバレー部の子とかに、「やめろ」ということすらできなかった。

 

 なのに。

 怪獣に任せれば。

 こんなにも簡単に、「お前が嫌い」という意志を表せる。

 こんなにも簡単に、気に入らないヤツを潰せる。

 

 アレクシスは分かってたんだろう。

 ちょっとやそっと追い詰められたくらいじゃ、私は自分の手を汚せない。

 自分の手で誰かを傷付けられない。そんな度胸がないから。

 だから、怪獣を渡した。

 だから、怪獣にやらせた。

 自分の手で誰かを刺せなくても、怪獣に指示を出してそれを眺めてることはできた。

 

 自分が作った作り物の人間でさえ、自分の手では殴ることもできなかった情けない私は、これでようやく、要らない人間を消しちゃえる方法を手に入れたんだ。

 

 それが嬉しくて、嬉しくて、でもなんでか苦しかった。

 

「あははははは! 本当だ! 誰も私を咎めない!

 しかもすっごくスッキリする! なんで今までやらなかったんだろ!」

 

「くだらない現実の常識を引きずっていたからさ。君もようやく吹っ切れたようだね」

 

「うん! ありがとう、アレクシス!」

 

「神に常識を説く人間がいるかね?

 神を罪に問い、罰を与える裁判所がいるかね?

 君はこの世界の神だ。

 周りの人間を気遣い、感情を抑え込み、自分の心を犠牲にする必要などないのだよ」

 

「そうだね!」

 

「幸せになりたまえ、アカネ君。

 君が周りを気遣って心を抑え込み、自らの心を犠牲にするなら、君は幸せではないのだ」

 

 アレクシスが肯定してくれる。

 怪獣の出来を褒めてくれる。

 私の選択に賛同してくれる。

 嬉しい。

 

 この世界で私が作ってない、自由意志を持ってるのはアレクシスだけだ。

 だからアレクシスが肯定してくれると、世界中全てが私を肯定してくれるみたいな気分になる。

 それがとっても嬉しい。

 

 クラスで、クラスの人が大勢私を責めると、クラスっていう狭い世界の中で私は、世界の全てから責められているような気分になる。

 原因が私で全部私が悪かったとしても、辛い。

 自業自得なんて言われても、辛いことは変わらない。

 耐えられない。

 でもアレクシスは私が悪くても、私が失敗しても、褒めてくれるし肯定してくれる。

 それがとっても心地良い。

 

 繰り返した。

 何度も。

 何度も。

 私を傷付ける人がいない世界で、『新条アカネの心を深く傷付けたから殺意を抱かれた』という人間が絶対に発生しない世界で、私を少しでも苛立たせた人間は、全部怪獣に踏み潰させた。

 

 死んだ人間は、ずっと前から死んでたことになる。

 全ての人間の記憶は書き換えられる。

 壊れた街は怪獣が直す。

 そうして、街は発展し、大きくなり、私にとっての理想郷に改良されていく。

 

「いやあ、それにしても楽しいね」

 

「そんなに楽しい? アレクシスがそんなこと言うのは珍しいね」

 

「楽しいとも。

 人がぐちゃりと踏み潰される瞬間の顔、それもいいが……

 何より、アカネ君の感情だ。

 私は君の情動で心を満たそうとしている。

 怪獣は君の情動で作られている。

 君の心から作られた街の、君の心から作った人間を、君の心から作られた怪獣が壊す。

 こんなにも胸躍るものが他にあると思うかね?

 永遠を生き空洞になった私の心を……これが、満たしてくれそうだ。

 そうだね、アカネ君の好きなものでたとえるなら、怪獣が暴れる番組を見ている気分だよ」

 

「……あはは、なにそれー、面白い」

 

「アカネ君は、他人が作った怪獣の映像が好きなのだろう?

 それを見て、怪獣を好きになったのだろう?

 君の情動を食らってきたからかな。

 怪獣が街を壊し、人を踏み潰して暴れる光景を見る時の心の高鳴りを、私は共感したのかもだ」

 

 どこまで本気か、分からないけど。

 全部ウソかもしれないし、全部本当かもしれないし、本当のことのなかにウソを混ぜているのかもしれないけれど。

 嬉しかった。

 

 私の『怪獣好き』に共感してくれて、私と一緒に怪獣を作ってくれて、私と一緒に怪獣が街を壊すのを楽しんでくれる存在が、救いだった。

 

「君といると退屈しないよ、アカネ君」

 

「私もだよ、アレクシス」

 

 この世界には、私にとっての『楽しい』と、『安らぎ』だけがあればいい。

 

 退屈がなくても、怖いものがある現実の世界。

 退屈はあるけど、私を誰も傷付けない作り物の楽園。

 それなら、誰でも後者を選ぶでしょ?

 アレクシスだってそう言ってるもん。

 それじゃあ私が次にするべきことは、楽園から退屈を追放することだよね。

 

「アカネ君。退屈はね、命を殺すんだ。

 人間の多くは退屈に殺されそうになる前に寿命を迎えるから気付かないけどね。

 でも、あくまで多くだ。

 君達人間の歴史を検索してみたよ。

 退屈を紛らわせるために人の命を奪うような人間は、山のようにいるようだね」

 

「あはは、漫画みたい」

 

「つまり、人間の中に秘められた、『常識』とやらに封じられた性質なんだろう。

 こういう人間の形質を封じている最たるものは……

 『人を殺してはいけないという法律』あたりかな?

 その点、君は自分が生み出した人間を整理しているだけの神様だからね。良心的だ」

 

「なーにその詭弁みたいなのー」

 

「実際、感覚的にはそうだろう?

 いくらでも作れる人間。

 いくらでも補充できる生き物。

 君が部屋で作って、出来が良ければケースに飾り、悪ければ捨てる人形と何が違うのかね?」

 

「……うん、そうかも」

 

「同じでいいのだよ。

 怪獣の人形と同じでいいんだ。

 出来がいいものは、人形はケースに、人間は街と学校に飾ればいい。

 出来が悪いものは壊して潰して捨てればいい。良いものだけを残せば良いんだよ」

 

 そうだろうか。

 そうかもしれない。

 アレクシスがそう言ってるなら、そうなのかもって思える。

 罪悪感なんて覚える方が変だよね。

 私の心から作った怪獣から、更に作った人間で、いくらでも生み出せる、成人状態で記憶を埋め込んだものを作ることすらできる物だし。

 

「そうだよね」

 

 その時、ふと、思った。

 

「ねえ、アレクシス。こんな私をバカにしてる?」

 

「かもしれないね」

 

「っ」

 

 ……アレクシス。

 

「だが、私は君の愚かしさを嘲笑しているが、大切にも想い、同時に愛してもいるのだよ」

 

 アレクシスは邪悪だ。

 悪いやつだ。

 コイツの愛は地球人の愛とかとはぜんぜん違うし、もしかしたら口だけかもしれない。

 アレクシスほど信じられないヤツもいない。

 

 でもね。

 ウルトラシリーズなら、現実で友達がいっぱいいる幸せそうな人達を踏み潰してくれるのは、ヒーローじゃなくて怪獣で、邪悪は怪獣の味方なんだ。

 世界が嫌いな人の味方は、怪獣と邪悪なんだ。

 何もかも壊したい人の味方は、怪獣と邪悪なんだ。

 "アイツの幸せを壊して"って願うような子の味方は、怪獣と邪悪なんだ。

 

 だから、私の味方は怪獣と邪悪なんだよね。

 

「アレクシス……」

 

「私が嘲笑するような愚かな人間の情動がなければ、私の心は満たされないからね」

 

「さいってー」

 

「私がもし、この世界を出て行く時があっても。

 その時は君を一緒に連れて行くと約束しよう。必ずだ。

 どんな形であってもね。

 君の情動が消えれば、私はまたこの虚無を抱え、永遠の命を生きなければならない」

 

「なんだか、卵を吐き出すニワトリをペットとして連れて行くみたい」

 

「あながち間違っていないな。私には君が必要だからね」

 

 正義は私の肌に合わない。

 私は他人に優しい人になれない。

 私は愛されたいけど、私だったら私みたいな人間は絶対に愛さない。

 

 だからきっと、私の心はアレクシスを呼んで、私の心は怪獣を産むんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、何かが来た。

 

「お客様が来たよ、アカネ君」

 

「お客様?」

 

 ここは私の世界。

 アレクシスに言われるままに防備を固めて、『それ』を迎撃する。

 あっという間に、アレクシスは奇襲気味に、その何かを一撃で倒してしまった。

 

「ただいま、アカネ君」

 

「おかえり、アレクシス。なんなのアレ」

 

「私と似たような場所から来たものだろうね」

 

「そうなの? じゃあ私達の味方に付けられたんじゃない?」

 

「無理だね」

 

「え?」

 

「味方に付けるなど無理だよ。迎撃し、殺すしかないのさ」

 

「え、でも。アレクシスと同じようなスタンスの人が来るかもしれないじゃん」

 

「私と同じようなものなど来ないよ、アカネ君。その認識は捨てたまえ」

 

「そっかなぁ」

 

 こんなに頑なに私の認識を修正しに来るアレクシスは初めてで、少し戸惑ってしまった。

 

「目を醒ませ。私達の世界が誰かに侵略されてるぞ」

 

「―――!?」

 

「あれは君の楽園を終わらせに来たんだ。

 君の夢を終わらせに来たんだ。

 『こんな現実逃避はもう止めなさい』とね。

 君の好きな作品で言うところの、ヒーローというやつだ」

 

「……なにそれ、余計なお世話!」

 

 心にチクリと刺さるものがあった。

 何。

 いいじゃない、別に。

 誰にも迷惑なんてかけてない!

 私は、私の作った世界の中で、私の作ったもので理想郷を作ってるだけ!

 

 テロリストみたいに、周りが全部悪いから周り全部壊すだとか、そんな物騒なことは考えることもしてもいない!

 何も、何も、悪いことなんてしてない!

 ……何も悪いことなんてしてない!

 私は、悪いことなんて!

 

 だから、放っておいてよ。

 私は『現実に戻れ』って言われて、無視してこっちの世界に浸っていられるほど強くないから、放っておいてよ……こっちに、来ないでよ。

 

「アレは君と、この世界と、私の敵だ。

 まだ油断はできない。

 倒したものの、破片はどこかに行ってしまったからね」

 

「また来るってこと?」

 

「私を終わらせたくて仕方がないんだろう。永遠の私に対しては、無駄なことだが」

 

 重い。

 会話の中身が重い。

 ストレスが全く無い日々を過ごしてきた私に、このストレスは耐えられない。

 からかうような声色を作って、ふざけたような話題を振った。

 

「アレクシスを退屈から救いに来たんじゃない?」

 

「―――ほう?」

 

「倒されて、終わっちゃえば。もう虚無も退屈も感じずに済むんじゃない?」

 

「なるほど、面白い解釈だ。だが、それは君に対してもそうかもしれないな」

 

「……」

 

「アレは君をここから元の世界に連れ戻しに来たのかもしれない。

 君が逃げ出した、ここよりも退屈でない、君の思うがままにならない世界に」

 

 意識して、思考を止める。

 考えたくない。

 アレクシスの言うことを深く思案したくない。

 だって。

 それでもし。

 私の心がほんの少しでも、現実の方を向いてしまったら。

 この世界に浸り続けることに疑問を持ってしまったら。

 私は。

 

 ……この世界で、何も考えず、何も疑問を持たず、純粋に幸せになれない。

 余計な感情が混ざってしまえば、純粋に毎日を楽しめない。

 この世界が一番のはずだよ。

 この世界が私にとっての理想のはずだよ。

 だから、迷っちゃ駄目だ。

 

 私自身が"この世界が理想で一番"だと信じられなきゃ、誰が信じるの。

 信じなきゃ。

 この世界が一番だって。

 ここは、私にとって夢のような世界なんだ。

 

「救われたくないねえ」

 

「まったくだ」

 

「私の退屈は、アレクシスがどうにかしてくれるよね」

 

「アカネ君がいれば、私は退屈しないさ」

 

「でもアレクシスは私とかの情動でもっと心を満たさないとね。

 まだまだ、言葉が薄っぺらくて感情無く見えることが時々あるし」

 

「はっはっは、君の情動で心を満たしたら、いいウソツキになれそうだ」

 

「やっだなーもー、そういうのは遠慮したいよー」

 

 アレクシスの顔からは感情が読み取れない。

 彼の感情が読み取れるのは、陽気で気安い声だけだ。

 だからアレクシスは。

 "周りが認識するアレクシスの感情"を、声色だけで完全に制御できるんだと思う。

 

 信頼できないよね、本当に。

 

「あのお客様がまた来たら、気を付けることだ。特に負けてはならない」

 

「? 負けるつもりはないけど、どういうこと?」

 

「君が今幸せなのは、全能感に酔っているからだ。

 君は何でもできる。

 君に逆らうことは許されない。

 君のストレスになるものは全て消される。

 つまりその幸福感は、あらゆる要素において君が『勝ち続けている』からだ」

 

 そりゃそうだよ。私はこの世界の神様だもん。

 

「多少負けるくらいなら、アカネ君にもいい刺激になるだろう。

 退屈は失われ、君はドキドキワクワクの戦いに挑むことになる。

 この世界を守るためにね。

 最初はやる気が出て、楽しいかもしれない。

 けれども負け続ければ、君は思い出すだろう。

 『どんなに頑張っても報われない、勝てない、現実の自分』をね」

 

「―――」

 

「負ければ負けるほど、君の夢は覚めてしまう」

 

 やめてよ。

 そういうの。

 楽しいことだけ考えてたいんだからさ。

 そのお客様ってのがまた来ても、倒せばいいんでしょ?

 

「正義が勝つ。

 絆が勝つ。

 現実に向き合った者が勝つ。

 人に優しく在れる者が勝つ。

 我慢して他人に寛容になれる者が勝つ。

 君が好きな作品の中では必ずこのルールが守られていたが、ここではそうではないだろう?」

 

「任せといてよ」

 

「いいねえ、頼もしい。君の世界だ。君のルールを押し付けてやればいい」

 

 任せといてよ、アレクシス。

 

「普通に生きてるだけで人生楽しくて、退屈しない人達になんて……

 普通に頑張ってるだけで仲間が出来て、一人じゃなくなる人達になんて……

 正論吐くヒーローになんて……私は負けない……絶対に負けない……!」

 

「そう、その通りだ。それでいいのだ、アカネ君」

 

「お客様がなんだか知らないけど、私の世界にまで来て、私を正論で虐めないでよ!」

 

 自分の心を誤魔化すように。

 

 何も考えないようにしながら、心の表面に浮かんだ感情を、そのまま口に出していた。

 

 私はまだまだ夢に浸かっていたかった。ずっと、夢に浸かっていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝てない。

 勝ってくれない。

 私の作った怪獣が、『グリッドマン』に勝ってくれない。

 頑張って作っても、グリッドマン対策をしても、怪獣が勝てない。

 

 グリッドマンは街を守って、人を守って、怪獣を倒して、必ず勝つ。

 ヒーローのように。

 怪獣が出て来るテレビ番組のように。

 そうだよね。

 人を踏み潰して街を壊して、辺りを堂々と練り歩く嫌われものの怪獣は、いつだって必ずヒーローに倒されるんだ。

 それがルール。

 

 でもこの世界の神様(わたし)は、そんなルールが適用されることを許したことなんて、一度も無いんだけどな。

 

 だから、グリッドマンの力を簡単にそのままコピーできる、人間の姿にも大怪獣の姿にもなれる『アンチ』君を作って、ぶつけることにした。

 

「アレクシスが言っていた。

 人間は模倣の歴史だと。

 模倣は時に本物にも勝つのだと。

 人類史とは模倣による改善の繰り返しだと。

 人間の世界とは、偽物が本物に勝つ世界だと」

 

「アレクシスは難しいことを言うよねえ」

 

「よく分からなかったが、俺がそれを証明すればいいんだな」

 

「そうだよ。頑張って勝ってねアンチ君。

 この現実よりも素晴らしい偽物の街、本物より素晴らしい街を、君が守るのだ!」

 

「分かった。俺の使命は、グリッドマンを倒すこと。行ってくる」

 

 さあ行けアンチ君!

 頑張れ、勝て、アンチ君!

 偽物が本物を超えて勝っちゃえ!

 

 ……正義の味方は。

 きっと、こんな偽物の街から、本物の街に帰れって言う。

 夢見てないで目を覚ませって言う。

 現実を見ろって言う。

 

 だからどうか負けないで。

 偽物は本物に劣るだなんて見せつけないで。

 偽物が本物より素晴らしいってことを証明して。

 私が現実よりこの街を選んだことが正しいんだって、私に思い知らせて。

 

 現実の輝き(グリッドマン)に、作り物の価値(アンチくん)が勝る現実を見せて。

 

 君が負けたら私は、きっとあなたの顔も見たくなくなっちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝てない。

 勝てない。

 勝てない。

 自信作をいくら作っても、勝てない。

 

 追いかけてくる。

 現実が追いかけてくる。

 ここまで逃げても、現実はグリッドマンって名前で私を追いかけてきた。

 いくら逃げても逃さないぞと、言わんばかりに。

 

 嫌だ。

 嫌だ。

 せっかくここまで逃げてきたのに。

 どうして放っておいてくれないの。

 なんで逃げちゃ駄目なの。

 あんなに辛くて、嫌だったのに。

 どうして現実に立ち向かわないといけないの。

 この世界はこんなに幸せなのに。

 終わってしまう。

 このままじゃ、私の街が、なくなっちゃう。

 

 グリッドマンが来てから、退屈はない。

 楽しい?

 ううん、とてもイライラして、とても怖い。

 楽しくなんかない。

 

 今まで私の心の周りに作ってたものが、消えていって。

 むき出しの心が、追い詰められてる気がする。

 怖い。

 とても怖い。

 

 クラスで授業を受けながら、チラっと横を見る。

 横目で見つめる先には、私の隣の席の響 裕太くん。

 ほぼ確実に、グリッドマンに変身してるっぽい子だ。

 

 なんでこの子がグリッドマンなんだろう。

 見てる限りでは普通の子なのに。

 いや、あんまり邪気がない、光っぽい子ではあるか。

 私はこの映し身(アバター)が可愛らしくて陽気な光っぽい笑顔を浮かべてるだけで、現実だと笑おうとしても、笑っても……いや、考えたくないや。

 

 横目で何度か彼を見てるから分かる。

 授業中でも、そうでない時も、彼がずっと一人の女の子を見てる。

 時々じっと見て。

 時々チラッと見て。

 暇さえあれば、一人の女の子を見てる。

 

 これは、恋だ。

 

 響裕太は、クラスメイトの宝多六花に恋してる。

 

 趣味わっる。

 ……本当に趣味悪いよ。

 意味ワカンナイ。

 なんで?

 

 設定したんだよ。

 皆、私のことを嫌いにならないように。

 皆、私のことを好きでいてくれるように。

 神様だから、そう設定したんだよ。

 

 ねえ。なんでそっちを好きになるの。ねえ。

 

 なんで私より、そっちの子の方をずっとずっと好きになってるの、響君。

 

 隣の席の私より、遠くの六花ばかり見てるのは、なんで?

 

 好きになる要素、その子に、そんなないでしょ。

 "アカネ"みたいに小顔じゃないよ。

 ほら、"アカネ"はよく見ると二重だよ。目もパッチリしてて、唇も艶やか。

 六花って愛想良くない感じで、空気もそんな読めてる方じゃないでしょ。

 "アカネ"は愛想良いよ。皆の人気者だよ。響君にパンだってあげたじゃん。

 

 六花は……本当の私と違って、親友もいるし、クラスでも馴染めてるし、ちゃんと明るくて友達思いで、女らしくて、響君はだから好きになったのかもしれないけど、それだけだよ。

 

 ホラ足太いじゃん。

 ああいうのホントからかわれるんだよ。ここが私の世界だからいじめられてないだけで、周りに笑われてもおかしくないんだよ。六花もきっと気にしてるよ。

 

 結構キツい性格してるよ。

 愛想振りまくのが苦手な女の子って、ああやって自分を守って、ますます周りからの心象悪くしちゃって、嫌われたりしちゃうんだよ。

 あれで六花みたいに面倒見良くて優しい女の子じゃなかったらね、キツい性格とか周りを睨む目とかで、嫌われものになるんだよ。

 

 胸もね、もうちょっと欲しいとか思ってるよ六花、きっとね。

 だから私も結構盛ったよ。

 細身のまま、女の子らしく。

 だから私の方が魅力的でしょ?

 ねえ、外見はこっちの方が魅力的でしょ?

 "新条アカネ"は私が手に入れられなかった特徴、欲しかった体の特徴を全部詰め込んだんだから……絶対、魅力的なんだよ。

 

 外見が理由でも、私は嫌われてたんだから。

 私の外見だけが理由で、私を嫌って、私の外見をバカにした人はたくさんいるはずなんだから。

 私みたいな外見をしてる子は男の子には好かれないし、『新条アカネ』のアバターを使ってる私は、好かれるはずなんだ。

 はずなんだ!

 

 なんで響君は、六花を好きになったの?

 そんな、『現実の私みたいな外見してる六花』を、『私が作った理想の美少女・新条アカネ』よりも好きになんてならないでよ。

 

 あなたがグリッドマンだから六花を好きになったの?

 

 それとも六花を好きになったからグリッドマンになれたの?

 

 ねえ。

 

 『響裕太は新条アカネが好き』って設定組み込んでも、六花ちゃんへの恋の方がずっと大きいのって、本当にやめてよ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()って―――現実思い出しちゃうじゃない。

 

 私が生まれてきたことが、間違いだったみたいじゃない。

 

 違う、違う、違う。

 六花は私になんて似てない。

 性格だって似てないはずで……外見だって似てないはず。

 

 だから。

 

 神様になっても、世界を丸ごと作っても、人間を全部作っても、皆の記憶や認識を自由自在にできても、望んだ通りに愛されることができないなんて。

 私がそこまで、"愛されない存在"だなんて。

 "外見関係なくお前の心が問題で好かれないんだ"なんて。

 "だからお前の願いは叶わないんだ"なんて。

 そんなこと、思わせないでよ。

 ただの私の思い込みなんだって、思わせてよ。

 

 そんなことは絶対ないただの思い込みなんだって、私に信じさせてよ。

 

 ここは、私にとって夢みたいな世界なんだから。

 私が頑張って。

 私が好かれたいって思って。

 私が仲良くしたいと思ったら。

 その想いが必ず届いて、必ず報われる世界なんだから。

 

 『夢でも届かなかったら』なんて不安を、思わせないでよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレクシスが、私に語りかける。

 

「君にとって宝多六花は特別らしいね」

 

「アレクシス。……何、それ」

 

「『他の子とはちょっと違う』と、言ってたじゃないか」

 

「……覗いてたの。趣味悪」

 

「君が一人でいる時に、襲われたらと思ったら心配でたまらなかったんだよ。

 特にあの、新世紀中学生だったかな?

 彼らは時折、宝田六花や響裕太の護衛として付いて来ているようだったからね」

 

「そ、ありがとう」

 

 アレクシスは、私のことを心配してる。

 私のことが大切じゃないけど、私のことが必要だから。

 

 六花は私のことを心配してる。

 私が、私の友達だと設定したから。

 

 内海君は、私のことを想ってる。

 怪獣や特撮が好きな私のために生まれてきたから。

 

 響君は……あれ。

 彼は、六花のことが好きなのに。

 彼の中の順序で私はもう六花未満の女の子達の中の一人でしかないのに。

 好きじゃないなら、記憶喪失の彼にとって私は、友達ですらないのに。

 記憶の操作も効かないグリッドマンなのに。

 なんで私をさっさと殺そうとかせずに、私に歩み寄るスタンスをずっと続けて……私に憎しみをぶつけてこないんだろう。

 

 響君が私にぶつけてこようとしてる気持ちは、憎しみみたいなものじゃなくて、もっと眩しくて輝いてて、綺麗で、透き通ってて。

 暖かくて、優しくて、強くて。

 あれを見ていると、何かを思い出しそうになる。

 

―――やらなくちゃいけないことがある気がするんだ

 

―――それって私より大事なこと?

 

―――いや!

―――アカネにとって大事なこと

―――俺にしかできない、俺の、やるべきこと……

 

 そっか。

 

 あれは。

 

―――ずっと夢ならいいって思わない?

 

―――夢だから目覚めるんだよ

―――みんな同じ。それは、新条さんも

 

―――私はずっと夢を見ていたいんだ

 

 『ヒーロー』、だからか。

 

 私の夢にやってきた、私の大切な夢の世界を壊しにきた、終わりの夢のヒーロー。

 

 ずっと見てきたじゃん、私。

 ヒーローは怪獣を倒すものだよ。

 怪獣が来ればヒーローは現れるんだよ。

 助けを求める叫びを聞けば、怪獣を倒しに、人を救いにやってくるんだよ。

 ヒーローがいない私の世界の欠けた部分を埋めに、ヒーローはやってくるんだよ。

 

 だから、響君/グリッドマンは。

 

「そっか」

 

「? どうかしたかね、アカネ君」

 

「グリッドマンは……アレクシスと同じで、私の心が呼んだのかな……?」

 

「……アカネ君。今の君は冷静じゃないんじゃないか。意味が分からないぞ」

 

「わかんないよ。何もかもわかんない。だから、もう何もしたくないの」

 

 怪獣が現れると、ヒーローはやって来る。

 人を守るため、助けを求める人の声を聞き届けてやって来る。

 それがルール。

 

 この世界の怪獣は、全て私の心の一部。

 だから怪獣は私の叫び。

 嫌いなものを嫌いと言い、辛い時は助けを求める私の心の叫び。

 自分の口で何も言えない私の心は、ずっと怪獣という心の声を外に出し続けていた。

 だから、ヒーローはやって来た。

 

 アレクシスと出会うまで、私の胸の奥で叫ばれていた『助けて』って叫びを、私の心の声を、人間は誰も聞いてくれなかった。

 でも、聞いてくれた人間じゃないヤツもいて。

 先に来てくれたのが、アレクシス。

 次に来てくれたのが、グリッドマン。

 

 アレクシスはその叫びを食べに来た。

 グリッドマンはその叫びを止めに来た。

 アレクシスと響君を見てたら、それが分かった。

 

 だからアレクシスは私の味方で、響君は私の敵なんだ。

 ずっと、ずっと。

 

 私はまだ、夢を見ていたい。

 私を起こさないで。

 私のために、私を救わないで。

 

 人間が私しかいない世界の、ひとりぼっちの寂しい神様のままでいいから。

 

 誰も私を傷付けない退屈の中から、私を引っ張り出さないで。

 

 嫌だよ。

 あんな現実、嫌だよ。

 誰も彼もが、無自覚に私を傷付けて。

 私も、無自覚に人を傷付けちゃう。

 私の手で誰かを傷付けながらでないと生きられない。

 あんなところに、戻りたくない。

 

 『でも現実に戻って頑張らなくちゃ』って思うような私を、これ以上大きくしないで。

 

「なんで六花とか、響君とか、私の胸の奥を揺らすバグが産まれるんだろう」

 

 ボソリと漏らした私の声を、アレクシスが拾う。

 

「怪獣は君の心から作ったものだ。

 この世界の人間は君が怪獣から生み出したものだ。

 その過程で偶発的に、余計なものが混じった個体が生まれてもおかしくはない」

 

「余計なものって、なに?」

 

「さあ、なんだろうね。

 未練、後悔、過去の自分。

 逆に、何も混じっていないという可能性もある。

 君が"現実の私に似てる"と少し認識すれば、その影響が出る可能性もある。

 君の心が荒れればこの世界も荒廃に向かって行くからね。この箱庭は、そういうものだ」

 

「そう」

 

 私みたいな人間が、アレクシスの胸の内を満たすなら。

 

 最初に出会った時私の中で鬱屈していた感情も。

 この世界で作った人間に対して持った怒りも。

 その人間を殺した時に得た爽快感も。

 街の一角を完成させた時の達成感も。

 グリッドマンを倒そうとした闘志も。

 グリッドマンに勝てない私の絶望と、焦燥と、憎悪と、自己嫌悪も。

 

 全部、アレクシスの心を満たすために使われたんだろう。

 だから答えを知ってるはずだ、アレクシスは。

 もう私のことも分からなくなってる私より、きっと私の情動で心を満たし続けたアレクシスの方がきっと、私のことを分かってるはずだ。

 

 でも、教えてくれない。

 

「そろそろ決着をつけないと。怪獣がもう作れないなんて言わないでくれよ、アカネ君」

 

「……」

 

「戦いの鐘が鳴る。ぼうっとしてないで、目を覚まそう。君の世界が侵略されてるぞ」

 

 アレクシスが私の前から消える。

 ねえ、知ってる? アレクシス。

 

 内海君が大好きなウルトラシリーズって、あれね。

 『怪獣と宇宙人を倒して』、物語が語られて、終わるんだよ。

 

 まだグリッドマンは『宇宙人』を倒してないんだよ。……だから、きっとね。

 

「そうだね、アレクシス。史上最大の侵略……おせっかいな、優しい正義の侵略者だ」

 

 終わらせないで。

 私が作ったこの世界の日々を。

 私の夢を終わらせないで。

 夢のヒーロー。

 

「……光」

 

 怪獣を、グリッドマンの光が()いているのが、遠くに見える。

 

光に近づこう(アクセス・フラッシュ)だっけ……叫んでたなあ」

 

 誰だって知ってる。

 

 朝に起きたことがある人は、皆知ってる。

 

 光は、人を夢から目覚めさせるもの。

 

「眩しいよ」

 

 光が目に染みて。

 

 なぜだか、泣きそうだった。

 

 

 




日本国語大辞典より抜粋

>たい‐くつ【退屈】
>〘名〙 (形動)
>③ なすべき事をしないこと。
>④ 畏縮すること。おそれしりぞくこと。不安になること。
>⑤ 困りはてること。




『君を退屈から救いに来たんだ』


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