東方煙焔記 (Amaryllis___)
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序章
前兆


眩い光が降り注ぐ歓楽街。

人々は煌々と光る太陽の熱に恨めしそうな目を向けながら汗を拭い、それぞれ交差して歩いている。

その歓楽街の外れに佇む曰く付きの一軒家に訳ありの夫婦が住んでいた。

「都内を主として活動する指定暴力団、柊会の事務所で集団殺人…団員全滅…」

 

煙草を咥えながら新聞を読むガタイの良い男、葛城龍二は新聞の表紙いっぱいに書かれた事件を読んで驚いた

 

「最近は暴力団同士の抗争は落ち着いてたんじゃねェのか…?そもそも柊会は自分から手を出すことはしねぇはず…」

 

物騒な世の中になったもんだ。と呟きながらコーヒーを飲む。

深みのある苦味が口の中いっぱいに広がる。

 

?「…くれぐれも復讐しようだなんて考えないでよ?」

「馬鹿言え、俺ァもう柊会の人間じゃねえんだ。ンな事はしねぇよ。」

 

?「どうだか」

 

龍二の独り言に釘を刺した女性、葛城瑠美は新しいコーヒーを龍二のもとへ運んだ。

 

「ありがとよ。」

 

瑠美「いーえ。」

 

瑠美に礼を言った龍二は煙草の灰を落とし、再び煙草を咥え、新聞の続きを読んだ。

 

「…被害者は全員、外傷が切り傷のみ。だァ…!?」

 

瑠美「忍者か侍でもいるんじゃない?」

 

「ツッコミ所なんだろうけどよ、そうじゃねえと可笑しいぜこりゃ…」

 

煙を吐きながら龍二は新聞を畳み、立ち上がった。

茶髪を後ろに流した彼の鋭い目がガラス1枚隔てた青空へ向けられる。

 

「良い天気だなァ、暑くてたまんねぇよ。」

 

瑠美「そんな真夏日に熱いコーヒーを飲むなんてマゾなの?」

 

「喧しいわ、コーヒーってのは熱くてナンボなんだよ。」

 

瑠美「私はアイスコーヒーも好きだけどなぁ。」

 

仲が悪いのか仲が良いのかわからないような会話をしながら、二人は外出の支度を済ませ、玄関に向かった。

 

「なァ、こんなクソ暑い日に田舎まで行くってのはどういう了見なんだ?」

 

瑠美「たまにはいいじゃん、気分転換だよ!」

 

「…しょうがねぇなぁ。」

 

眩いばかりの笑顔を向けられ、断る気力も無くなった龍二はアロハシャツのポケットに煙草とジッポライターをしまい、靴を履いた。

こんなイカつい男でも嫁には弱いのだ。

 

「んで?行く宛はあンのか?」

 

玄関を出てから瑠美に行先を聞く。

普通は家を出る前に聞くはずなのだが、龍二は少しズレているのだ。

 

瑠美「この前電車乗ってた時にね!凄い私好みの森があったの!だからそこに行ってみたいな!って!」

 

「オイオイ、随分テンション高ェな…ホントおめぇは田舎が好きだよな。」

 

龍二の質問に心底楽しそうに答える瑠美、龍二はなんだかんだ言ってこの嫁が可愛くて仕方がないのだ。

 

瑠美「まぁね!ちなみに電車で片道2時間くらい!」

 

「旅行レベルじゃねェか!電車で2時間はかったりぃし、車で行くぞオラ。」

 

可愛いとは言ってもやはりこの嫁は曲者であった。恐らく同年代とはあまり趣味が合わないタイプの女なのだろう。

 

瑠美「はぁい!運転お願いします!」

 

やれやれ…。と頭を掻きながら苦笑する龍二であったが、夫婦で遠出するのは久しいので内心は結構楽しんでいるのであった。

イカつい割に可愛いやつなのだ。(筆者談)

 

「…なぁんか癇に障る声が聞こえたような気がしたんだが…」

 

瑠美「どうしたの?早くいこ?」

 

「…おうよ、準備は万端だな?」

 

瑠美「モチロン!もちもちロンロンだよ!」

 

「麻雀でそんなロン打たれたらメンタルやられちまいそうだな」

 

この男、雀厨のようだ。

そんな他愛のない話をしながら二人は車に乗り込み、アツアツのアスファルトを走ったのだった。

 

 

オレは瑠美と車に乗り込み、エンジンをかけてから煙草に火をつけてアクセルを踏んだ。

数時間眠っていた車の中は、夏ということもあってムワッとした熱気に包まれていた。

堪らず車の冷房を入れ、お気に入りの曲をかけた。

日差しが眩しいのでティアドロップ型のサングラスをかける。

 

「港のヨーカ・ヨコハマヨコスカァ〜〜♪」

 

瑠美「…あなた28よね?曲選が渋すぎない?」

 

「まだまだピチピチよォ、イケてるだろ?」

 

瑠美「自分で言うことじゃないよね」

 

ふふっ。と微笑みながら瑠美にツッコまれる。

たしかに同年代でこの曲を知ってる奴はなかなか見たことがない。

そもそも、この曲を歌っている「ダウンダウンブギブギバンド」というグループすら知らない奴がほとんどだろう。

 

「んで、適当に車走らせてたけどよ、どこ行きゃいいんだ?」

 

瑠美「んー、説明難しいからカーナビでルート入れておくね」

 

「おうよ、助かるぜ。」

 

瑠美がカーナビを操作しているのを横目に見ながら煙を少し開けた窓から吐き出す。

オレの吸ってる煙草は別段タールが高いわけではなく、メンソールの強いクールーとブリザードブラストという煙草だ。

ブリザードブラストはフィルターの所にカプセルが仕込まれており、それを噛み潰す事でメンソールの味が出る仕組みだ。

冬場に吸うとかなり寒いが、とてもやめられない。

 

瑠美「よし、ルート設定できたよー。運転ヨロシク!」

 

「おうよ。…ってホントに遠いなぁこりゃ…。まぁ、田舎の方なら混むことも無いだろうしのんびり行くかァ!」

 

瑠美「いぇぇぇぇぇぇぇい!!!」

 

「っしゃああああああああ!!!!!」

 

車内で瑠美と勝どきのような咆哮を上げ、オレはあえて窓を閉めてから、より強く煙を吸い込んで勢いよく吐き出した。

冷たい煙が車内に充満する。

 

瑠美「けっっっむ!!!」

 

「ガハハハハ!煙幕よ煙幕ゥ!!」

 

こうして、オレ達の田舎旅行は(煙)幕を開けたのだった。



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不穏

やぁやぁ皆さん、お正月ぶりですね。
お餅は食べましたか?お仕事や学校は休めましたか?

そうですか、まぁ皆さんそれぞれのお正月があったことでしょう。

え?私ですか?





私は腰が痛くて引きこもってました。FFタノシイ


車でしばらく走っていると、瑠美がトイレに行きたいと言い出したので近くのコンビニに車を停めた。

 

「オラ、漏らさんうちにはよ行ってこい。」

 

瑠美「うんありがとう行ってくる!」

 

早口で礼を言って小走りでコンビニのトイレに入っていった瑠美。

家を出る前に済ませておけば良いものを…と思いつつ、煙草に火をつける。

ふと、窓の外にある深緑色の山が目に入った。

 

「…結構走ったなァ。随分と辺境まで来ちまったようだ。」

 

瑠美はかなりの田舎好きだが、実はオレも都会よりは田舎の方が落ち着いていて好きなのだ。

前職はずっと都会で過ごしていたからこそ、都会に対しての苦手意識が少しあるのかもしれない。

 

「変わっちまったな、オレも。」

 

車のスピーカーから流暢な曲調に合わせて渋い歌声が聴こえてくる。

窓を開けているので音量は少し下げている。

 

「…聴く曲だけは昔から変わらねェんだがねぇ…」

 

フゥーっと煙を吐きながら外の景色を眺めていると、真っ黒なロングコートを着て仮面を付けている人がいることに気がついた。

 

「このクソ暑い日に変な奴だな…」

 

すると突然視界が影に覆われた。

 

瑠美「ただいま、龍二が好きなホットコーヒー買ってきたよ!」

 

「おう、ありがとな。」

 

目の前に瑠美が来たことによってロングコートの人は自然と視界から外れた。

そして瑠美が助手席に戻った時にはもうその人は居なくなっていた。

 

「…白昼夢、みてェなもんか。陽炎が見せた幻、とかな。」

 

瑠美「どしたの?27歳にして厨二病発症した?」

 

「今すぐ家に帰ってもいいんだぞ。」

 

瑠美「ごめんなさいナンデモナイデス。」

 

タラリと汗を流しながら謝る瑠美を横目にエンジンをかけ、再出発した。

目的地にはもう間もなく到着するだろう。

フィルターぎりぎりまで燃えた煙草を灰皿で押し潰して、ハンドルを握りながら器用に片手で二本目の煙草に火をつけた。

 

瑠美「龍二ってホント煙草が似合うよね。健康には悪いけど。健康には悪いけど。」

 

そう言って瑠美は先程買ったアイスコーヒーを飲む。

褒められるのは悪い気分ではない。むしろ嬉しいもんだ。

 

「…2回言わんでもわかってらァ…」

 

しかし褒められたことよりも煙草そのものに関しての言葉が気になってしまった。

健康に悪いのは百も承知なのだ。

万病の特効薬だとか言いながら煙草を吸っているが、煙草は所詮害煙。

百害あって一利なしとはよく言ったものだ。

 

「まぁ…それでも辞められねェんだけどな。」

 

そう呟いてオレは潰し忘れていたブリザードブラストのカプセルをパキリと噛み潰した。

 

 

 

 

 

「この辺だよな?瑠美が言ってた森っつーのは。」

 

カーナビを見る限り、現在地が目的地周辺を指していた。

遠くから電車の走る音が聞こえてくる。

 

瑠美「そうそう、あれ見て!あの如何にも怪しげな森!近くに駐車場もあるみたい!」

 

瑠美がそう言いながら指をさした先には本当に怪しげな、本当に怪しげな(強調)森が佇んでいた。

 

「如何にもだなァ…なんか出るんじゃねェか?」

 

瑠美「や、やめてよ…お化けとかもぉマヂ無理…」

 

「…おめぇは幾つだよ…」

 

いい歳こいてお化けを怖がる瑠美を横目にオレは駐車場へ走った。

ふと目に入った森の入口に、さっきコンビニで見たロングコートのシルエットが見えたような気がした。

 

「この辺は森ばっかで涼しいなァ、瑠美よ。」

 

瑠美「ね!だからこそ真夏の田舎はいいのよ!」

 

先程の恐怖はどこへやら、数秒でいつもの調子に戻った瑠美は誇らしげに言った。

 

「…別におめぇの土地ではないんだがな…」

 

そんなこんなで駐車場に着いたオレ達は駐車して車から出た。

もちろん煙草とジッポライターはポケットに入れてある。絶対に忘れない。そう、絶対にだ。

 

瑠美「森の中は結構涼しいから一応上着持っていった方がいいよ?」

 

「そんな涼しいのか。車ン中革ジャンしかねェぞ。」

 

瑠美「ま、まぁそれでいいんじゃない…?」

 

仕方が無いので車から古ぼけた革ジャンを引っ張り出し、手に持つのも面倒なので羽織っておく。

いくら森が涼しいとはいえ、やはり少し暑い。

暑いので煙草に火をつける。

メンソールがかなり強いので暑い時にはとてもありがたい。寒くても構わず吸うが。

 

「うっし、行くかァ。」

 

瑠美「はーい!レッツゴー!」

 

陰陽師かな?とかしょうもないことを思いながら車の鍵が閉まっていることを確認し、オレ達は森の中に足を踏み入れた。

先程見えたロングコートのシルエットは無くなっていた。

やはり気の所為だったのだろう。

 

「流石だな。こんな厳かな森になるとここまで涼しいもんなのか。」

 

瑠美「そうそう。快適でしょ?」

 

「違ェねぇ。」

 

煙草を吸いながら森の涼しさに感動する。

道は整備されておらず、誰かが草刈りをしている様子も見受けられない。

木には苔がびっしりと生えている。

ちなみに入口には看板があったが、赤褐色に錆び付いていて何が書いてあるか読めなかった。

 

瑠美「やっぱ自然は良いなぁ。実家のような安心感!」

 

「親の声より聞いたセリフだな。」

 

瑠美「もっと親の声を聞いて?」

 

もう居ねェけどな。と言いながら少し前方を見据えると、古びた鳥居が目に入った。

 

「信仰が集まらなさそうな神社だな。」

 

古ぼけた神社に大して感想(嫌味)を述べながら鳥居をくぐった。

だが瑠美が鳥居の下で突然立ち止まった。

 

瑠美「…この鳥居、単に朽ちてるだけじゃない…」

 

「…?どうした?瑠美……ッ!」

 

珍しく真剣な瑠美の表情に若干戸惑いながらも、瑠美が見ている鳥居を近くでよく見てみる。

かなり朽ちているが、それに加えて尋常じゃない量の傷。

それもサバイバルナイフで付く程度の傷ではない。

日本刀で力強く切りつけて漸く付くようなデカい傷痕だ。 それが幾つもある。

 

「…この傷、新しいな。」

 

鳥居に付いた傷が新しいことに気づいたオレは確かに見た。

 

瑠美の後ろの暗い森に佇む黒いシルエットを確かに見た。

 

背丈程の長い刀を持っているそのシルエットを確かに見た。

 

 

 

刀を構えたそのシルエットが、今にもその凶器を瑠美に振り下ろさんとしている所を確かに見た。



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異界

「瑠美ィィィィ!!!!!!」

 

オレは瑠美の腕を掴んで強く引いた。

簡単に折れそうな華奢な腕だが、そんなことを言っている場合ではない。

 

瑠美「痛ぁ!!急に何さ、びっくりした…」

 

間一髪、ロングコートの刀は瑠美の脇すれすれで空を切った。

仮面越しでもわかる明確な殺意を帯びた目がオレを捉える。

 

「おらァ!!!!!!!」

 

オレは境内に転がっていた少し大きめの石をロングコートに向けて全力でぶん投げた。

その石は見事にみぞおちに入ったようで、ロングコートはよろけた。

 

瑠美「え……なに…この人…」

 

「瑠美、逃げろ。車のキーは預けておくから、とにかく逃げて人のいる所に行け。」

 

コイツは今確実に瑠美を狙っていた。

偶然近くに居たからという可能性も捨てられないが、瑠美を遠ざけておいて間違いはないだろう。

ポケットから車のキーを取り出し、瑠美に投げ渡す。

 

瑠美「で、でも龍二は…!」

 

「バカヤロウ、俺は元柊会のトップだぞ。相手が刀を持ってようがタイマンで負けはしねェよ。

コイツを警察に突き出してちゃんと帰るさ。」

 

正直、本当に勝てるなんて確信はない。

だが瑠美を逃げさせるためにはこうでも言わねェと厳しい。

この言葉は、自分自身に言い聞かせてもいるのだ。

 

瑠美「…ッ、絶対だからね。警察も呼んでおくからね!だから無事でいてね!!!」

 

「…おうよッ!!!」

 

瑠美が車を停めている方向へ走っていった。

ノルマはクリアだ。あとはコイツをどうにかする。

腹を押さえながらロングコートは刀をオレに突きつけた。

 

ロングコート「…私の目的は葛城龍二、お前を絶望に落とすことだ。」

 

くぐもった低い声がロングコートから発せられた。

絶望に落とすこと…なるほどナ、だから瑠美を殺して…ということか。

ここで、今朝見た新聞の内容を思い出した。

柊会の事務所が襲われた事件。被害者は全員、外傷が切り傷のみ。というものだ。

 

「…っつーことは柊会を全滅させた犯人もテメェだな。」

 

ロングコート「そうだ。お前の身内と呼べる人間を一人残らず殺してお前を絶望させる。あとはあの女だけだ。」

 

「馬鹿なヤツだ。柊会の奴らはもうオレの身内じゃねェんだよ。」

 

ロングコート「…フン。まぁいい、あの女に逃げられては仕方がない。まずはお前を殺す。」

 

話し終わった途端に刀で切りつけてきたロングコート。

だが元ヤクザは喧嘩(?)で油断などしない。

右足を軸に体を回転させることで斬撃を躱し、そこから地を蹴って全体重を乗せたタックルを放った。

 

「…ったくよ、穏やかじゃねェなァ」

 

超筋肉質な男のタックルを受けたロングコートは成すすべもなく吹き飛び、大木に身体を強く打ち付けた。

オレは近くにあった金属の看板を引き抜いて、吹き飛んだロングコートに歩み寄った。

 

「看板で殴られたことはあるか?」

 

ロングコート「…衰えたな、葛城龍二。」

 

全体重を乗せたタックルを食らったにも関わらず突然起き上がり、飛び上がって刀を振り下ろしてきたロングコート。

 

「ちっ…頑丈な奴だなァ…!!!」

 

オレは金属の看板を下から強く振り上げ、その斬撃を受け止めた

 

 

 

…はずだった。

 

「な…ッ!?」

 

ロングコート「………!」

 

オレは確実に看板で刀を受け止めたはずだった。

しかし、看板には切り傷ひとつ付いていない。

刀は看板をすり抜け、躊躇なくオレに肉薄した。

 

 

 

そして視界がブラックアウトした。

 

 

その時俺が斬撃を食らって死んだのかはわからない。

ただひとつ分かること、オレはロングコートに負けた。

 

「…………あん?」

 

気がついたらロングコートはおろか、オレがいたはずの神社さえ消えて無くなっていた。

ただ何も無い空虚な森の中にオレは立っていた。

 

「…訳がわかんねェな。」

 

森と言っても、先程まで居た森ではない。

見たことも無いような形の木々に囲まれている。

兎に角、オレはこの森から出ようと歩き出した。

 

?「グギュルルルル…」

 

「あ?」

 

突如不快な唸り声が聞こえ、声のした方を向くと、そこには見たことも無い動物がいた。

 

「動物とは言っても、こんなクソでかくて物騒な爪を持ってンだ、こりゃ怪獣だな。」

 

?「グギャアアアアア!!!!!」

 

その怪獣はオレを捕食しようと襲いかかってきた。

大きさの割にはかなり素早く、その爪を避けることは出来ないだろう。

 

ドンッッッ!!!

 

だが、回避不能の怪獣の爪がオレのすぐ目の前で止まった。

反射的に出したオレの拳が怪獣の顔にクリーンヒットしたからだ。

それ故に怪獣は原型をなくして吹き飛んだ。

「悪いなァ…オレは今、虫の居所が悪いンだよ…!! 」

 

一撃で息絶えた怪獣に悪態をついて、今さっき怪獣を殴った自分の拳を見つめた。

あんなに強く殴ったのに傷一つついていない。

あの怪獣の顔は殻のようなもので覆われていたので、普通は傷がついたり赤くなるものなのだが。

 

そもそも原型がなくなるほどの威力で殴ったつもりは無い。火事場の馬鹿力のようなものか。

 

「…明らかに威力がおかしい。まるで夢の中に入ったみてェだな。」

 

まぁ、強くなる夢なら悪くねェな。と呟いて周囲を改めて見渡す。

大量の何かから見られてるような視線を感じる。

だが、その視線の殆どは恐怖を帯びているようだ。

恐らく、先程オレが怪獣を殴り飛ばした光景を見ていたのだろう。

 

「…今のは正当防衛だよな、オレ食われそうになったしな。」

 

今感じる目線以外にも、今殴り飛ばしたような怪獣は何匹かいるのだろう。

これから来るであろう怪獣達との戦いに備えて右腕をグルグル回し、自分の拳に目を向ける。

 

「筋肉がありゃなんでもできらァよ。」

 

そう呟いてポケットから煙草を取り出し、ジッポライターで火をつける。

独特な冷たい煙を強く吸い込み、目を瞑る。

 

(煙草っつーのは、本当に心を落ち着かせてくれるよなァ…)

 

 

煙を味わってから目を開け、煙を大きく吐いてオレは再びこの未知なる森を歩き出した。




展開がマッハスピードでしょう?
現代編書くの飽きちゃって早く幻想入りさせたかったんです。
分かりづらいかもしれませんが、よかったら見てくださいね(⌒▽⌒)


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異界編
目に悪い舘


前回から随分と間が空いてしまいました。
申し訳ないと思っていますが反省はしていません、すみませんね…


不可解な化け物をぶっ飛ばした後、タバコに火を付け歩き出した。

しかし、どうにも視界が悪くて本当に出口に向かっているのかも分からない。

真っ直ぐに歩いてるつもりだが、実はフラフラ変な方向に歩いてるんじゃないかとさえ思えてきた。

 

「…なんかイライラしてきたなァ。」

 

そう呟いて新しい煙草に手を伸ばしかけた時、前方に微かな光が見えた。

暗く視界の悪い森の中に浮かぶ微かな光、幽霊でもない限り出口だろう。

 

「っしゃオラァ!しめた!出口だァ!」

 

チンピラのように大声を出し、煙草に火を付けてから光の方へ向かう。

興奮からか煙草がいつもより美味い。

本当にいつも吸ってる煙草なのか怪しいほどだが、独特なメンソールは健在なのでいつものブラスト(ブリザードブラスト)だろう。

 

 

不可解で薄ッ気味悪い森を抜けて眼前に広がったのは霧のかかった広い湖だった。

空気が冷たく、あまりにも美味しい。

 

「こんな所があったのか…」

 

一種の感動を覚え、湖に近づいて水をすくってみる。

とても透き通った綺麗な水だ。アルプスの少女バイジは毎日こんな感じの水を見ているのだろうか。

大自然ってすげぇな…としみじみ思っていたがハッとした。

 

「ってちッげーよ!!ここはどこなんだよ!?」

 

本来の目的を思い出し、改めて辺りを見渡す。

霧がかってよく見えないが、目を凝らしてみると近くに大きな建物があるのが見えた。

人が居るかもしれない。そう思い、オレはその建物に近づいてみた。

 

「…なんだァ…?このクッソ目に悪い程に赤い舘は…」

 

近づいてみて漸く気づいた。

それは外壁の全てが真紅色の極めて目に悪い舘だった。

ここの主は相当赤が好きなんだろう。これじゃまるで血塗れだ、趣味わりぃ…

いつの間にかフィルターギリギリまで燃えた煙草を投げ捨てて環境破壊、新しい煙草に火を付けた。

 

「あ…この特徴的な色合いはラ○ホか?それなら多少は納得かもしれんなァ。」

 

訳の分からない解釈をし、館の門に近づいてみる。

だが受け付けの人間もいなければインターホンもない。

遅れてるとは思ったが、そういう趣向なのだろう。

きっと敷地内にはピンク色の銅像やら看板やらがあるに違いないな。

そう思い、少し躊躇ったがオレは木製の大扉を力強く開いた。

ギィィ…と重い扉の音が響く。

 

「なんだ、庭は普通にオシャレじゃねえか。期待して損したぜ。」

 

完全にこの館をラ○ホだと思っているオレは少しガッカリして玄関の扉を開けた。

それにしても静かだ。誰もいないのだろうか。

扉を開けると大きな広間に出た。

壁は相変わらず紅いが、別段変でもない小綺麗な空間だ。

広間を見渡してると突然目の前に無数の何かが現れた。

 

「うおッ!?なんだァ!?」

 

流石に驚いて声を上げてしまったが、目の前に現れた無数の何かは軽い金属音を立てて床に落下した。

落下したその何かは銀色の刃に青い筒が付いた物だった。

 

「ってこれナイフじゃねえか…おっかねぇな。」

 

驚いたが、そのナイフを拾い上げてじっくり見ていると前方から突然声がした。

 

?「…やっぱり門番の休憩時間は無しにしようかしら。」

 

その声の主は青いメイド服を着た銀髪の少女だった。

このラ○ホの従業員か?管理人ではないだろう、赤い館でこんな青い奴が主なわけがない、しらんけど。

 

「あ?いつの間にそこにいた?」

 

?「あら、下賎な狩人には認識できなかったかしら?」

 

「下賎な狩人だァ…?まぁ、そんな事はどうでもいい。ここがどこなのか教えてくれねぇか?それか電話を借りたいんだが。」

 

癇に障る事を言われ一瞬イラっとしたが、きっとそういう趣向なのだろう(意味不明)

てかラ○ホなら従業員はそんな設定つけなくていいのでは…

 

?「そんなことも調べないでここに来たの?デカい体の割には頭が悪いのね。」

 

「一言二言がいちいち余計だなお前は。どういう趣向なのか知らんが教えてk…って危ねェ!?」

 

イラッとしながらも冷静に改めて質問しようとしたら再び大量のナイフが目の前に現れた。

しかし先程と同じように大量のナイフは金属音を立てて床に落下した。

 

?「…!さっきは私のミスだと思ったけどまたナイフを弾くなんて…何者なの?」

 

「弾いたって…お前が手品か何かで落としてンだろうよ?」

 

?「惚けても無駄よ、投げて駄目なら直接切り裂くだけ…!」

 

「おいおい…随分物騒な事を言うヤツだな…」

 

ナイフを持った少女が「切り裂く」なんて恐ろしい事を言うとは世も末である。最近、若者に流行っているメンヘラというやつだろうか。

こういう設定もなかなか今の若者にはウケるのか…?

そんなことを考えていると突然目の前にメイド服の少女が現れ、ナイフを振り下ろしてきた。

 

「いやホントに切り裂く奴がいるかよゴラァ!」

 

反射的に腕で顔を守ったが、腕に痛みはない。

少女の刃はパリンと音を立てて砕け散った。

どうやら刃のない玩具だったようだ。これは安心設計だな。

 

「なんだ玩具かよ、吃驚したぜ。」

 

?「……腕でナイフを砕くなんて…これは玩具なんかじゃないのに…!」

 

本物だったら俺の腕からはこの館のように真っ赤な血が滴っているだろう。こいつは何を言っているんだ。

それよりもとにかくここがどこなのかを聞かなければだ。

しかし、再び質問をしようとしたら突然酷い頭痛と吐き気に襲われた。

 

「うッ…ガァ…!なん…だよ、急、に…」

 

頭をガンガンと打ち付けるような酷い頭痛。

そして全ての臓器が喉に上がってきたような吐き気に耐えきれず、オレはその場に倒れ伏した

 

?「…?なにをしているの?立ちなさい。」

 

しかしオレは何も言えない。あまりの頭痛と吐き気にただ嗚咽を響かせるだけだった。

 

 

 

そしてオレの意識は暗黒に旅立った…



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見知らぬ天井

目が覚めると見知らぬ天井。(このフレーズすき)

気がついたらオレはフカフカの赤いベッドで寝ていた。

暖かく寝心地の良いベッドにもう少し潜っていたかったが、ここがどこなのかをハッキリさせないと安心できない。

仕方なく起き上がり、部屋の中を見渡す。

 

白が基調の清潔感ある洋部屋だ。

ベッドの横にはアンティーク調の机と椅子が置いてあり、壁にはオレが着てた革ジャンがハンガーにかけてある。

机の上には俺の煙草が二箱とジッポライター、財布、ティアドロップのサングラスが置いてあった。

 

「…ここはあの赤いラ○ホかァ?まさか無理矢理事を起こして俺から金を搾り取る気か…ッ!?」

 

こうしてはいられない、早くここから脱出して瑠美と合流しなければ。

そう思って動こうとした時、部屋の扉が静かな音を立てて開いた。

扉の方を見ると、あの青いメイド服の少女がティープレートを持って立っていた。

 

「やめろォ!俺は瑠美しか抱かねェ!」

 

?「何を言ってるの貴方は…具合はどうなの?」

 

「あ…?あぁ…まぁ大丈夫だ…」

 

焦って大声で叫んでしまったが、どうやらオレが想像していたものとは違ったようだ。

会って間もない奴に妙な暴露しちまったよクソが。

 

「ちなみにこれはどういう状況なんだ?お嬢ちゃんが手品を披露してくれてる途中で、急に具合が悪くなった事までは覚えてんだがよ…」

 

そう、オレはこの少女がナイフで手品を見せてくれてる時に突然酷い頭痛と吐き気に襲われたのだ。

 

?「私は十六夜咲夜(いざよい さくや)よ、咲夜でいいわ。貴方は急に苦しみ出したと思ったらそのまま倒れたのよ。それに、そもそもあれは手品でもなんでもないのだけど…」

 

そうか、オレはあのまま気絶しちまったのか。

それならこれも納得だが…

 

「手品じゃないだァ?じゃあお嬢s…あー…咲夜は本気でオレを殺そうとしてた事になるぜ?」

 

咲夜「そうよ。あのナイフは全て貴方を殺すために向けてたわ。」

 

現在地を聞くためにラ○ホに入ったら殺されそうになるとか怖すぎか。

本当にあった怖い話に投稿してやろうかな。

 

「どいつもこいつも物騒だな…それでェ?なぜオレを殺さなかったんだよ。」

 

咲夜「あら…怒らないのね?」

 

「自分の命が狙われるのは慣れてンだよ。んでなんで殺さなかったんだァ?」

 

咲夜「お嬢様…この紅魔館の主であられる方が貴方に興味を持って『丁重にもてなせ』って言ったのよ。」

 

「ンン…?紅魔館ってこのラ○ホの名前か?」

 

咲夜「ハァ…?ラ○ホ…?よく分からないけど、ここは紅魔館、人間が恐れる吸血鬼の館よ。」

 

なんと…どうやらここはラ○ホじゃなかったらしい。

確かによく考えればインターホンも受付もいなかったしな…

 

「…って、あ?吸血鬼ィ?」

 

咲夜「そう、吸血鬼。知らないの?」

 

「いや知ってるけどよ…あれは架空の生物じゃねェのか…」

 

吸血鬼。

架空の生物だと思っていたが実在したのか…

でも確かにこの舘、まさに秘境って感じの所にあるしひっそりと存在していたのかもしれねェな。

 

新たな発見をしたところで咲夜が持ってきた紅茶を飲み干し、煙草を吸ってもいいか聞くと「窓を開ければ大丈夫。」とのこと。窓も開けて、どこからともなく取り出した灰皿を渡してくれた。

 

寛大な御心に感謝。煙草を取り出し、ジッポライターで手際よく火をつける。

煙を大きく吸い込むと肺中に冷たい煙が入っていくのを感じた。

やはり寝覚めの煙草は美味い。煙を外に向けて吐き出した。

 

「ところで、そのお嬢様はなんでまたオレに興味を持ったンだ?珍しい来客だからか?」

 

咲夜「それもあるけど、私のナイフが効かない貴方を面白そうだと思ったらしいわよ。お嬢様の気まぐれにも困ったものだわ…」

 

「そういえば玩具じゃなかったんなら、ナイフで切られたのになんでオレに切り傷一つ無いんだろうな。」

 

「ナイフが効かない」と聞いて咲夜のナイフがオレの腕に触れて砕けた事を思い出した。

本物のナイフであればオレの腕を切り裂かずに砕けるなんて可笑しい。

劣化していた可能性もあるが、あのナイフはどう見ても丁寧に手入れされていた。

そんなマメな人間が劣化した物を使うのは考えにくい。

煙草を吸い終わって吸い殻を潰した後、咲夜から革ジャンを渡された。

 

咲夜「貴方の準備が整い次第、お嬢様の所に行くわよ。大丈夫?」

 

「おう、あんがとな。大丈夫だ、行こうぜ。」

 

咲夜から革ジャンを受け取り、暑いので羽織るだけにしてから煙草やら荷物をポケットに突っ込むんで扉に向かう。

咲夜は窓を閉めてからオレの所に歩いてきた。

 

咲夜「じゃあ、お嬢様の所に案内するわよ。」

 

「おうよ、頼むぜ。」

 

ここの主であるお嬢様と会うことにオレが乗り気なのは、色々とこの辺りに関しての情報や何かしらの手助けをしてくれる思ったからだ。

産まれて初めて吸血鬼を見れるから。というのもあるが…

 

案内してもらいながら、道中で咲夜が色々なことを教えてくれた。

その内容があまりにも衝撃的で、オレは理解するのに時間がかかったが簡単にまとめると

 

この紅魔館は吸血鬼『レミリア・スカーレット』が主であること。

その他に、地下にある大図書館を『パチュリー・ノーレッジ』という魔法使いが『小悪魔』を使役して一緒に管理しているということ。

オレが入った時は居なかったが、本来この紅魔館には『紅美鈴(ホン メイリン)』という中国拳法を武器とする門番が居るということ。

その他、咲夜が率いる妖精メイド達が色々な仕事を任されているということ。

 

紅魔館には『能力』を持つ者がほとんどだということ。

咲夜は『時間を操る程度の能力』を持っているらしい。

ナイフがいきなり目の前に現れたのは、その能力を使ったからだそうな。

 

 

そして最後に…

 

 

───ここは『幻想郷(げんそうきょう)』という世界で、オレが生きてきた世界とは違うということ。

 

 

咲夜と話しているうちにこの館の主、レミリア・スカーレットが居るという部屋の前に辿り着いた。

 

咲夜「失礼します。お嬢様、あの男を連れて参りました。」

 

レミリア「えぇ、どうぞ。」

 

「違う世界。」

それを聞いてかなりの衝撃を受け頭が真っ白になったが、まだ手はあると自分に言い聞かせてオレは咲夜が扉に手をかけるのを見ていた。

金の装飾が施された立派なアンティーク調の扉は重い音を立てて開き、広く豪華な広間を展開した。

 

 

レミリア「初めまして、葛城龍二。歓迎するわ、ようこそ紅魔館へ。」



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麗しき紅魔

立派な扉を開けた先には、それに相応しい威厳に満ちた玉座の間が広がっていた。

月明かりは美しいステンドグラスを通して七色の光を玉座の主を照らしていた。

 

レミリア「初めまして、葛城龍二。歓迎するわ、ようこそ紅魔館へ。」

 

薄いピンクのナイトキャップを被った少女が黒き翼を大きく広げ、スカートの裾を持って優雅にお辞儀した。

その主は水色の髪をしていて、何も知らない者が見たら単に綺麗な少女としか思わないだろう。

 

「見た目に反して優雅なお嬢ちゃんだな。」

 

レミリア「ふふっ…正直ね、やはり面白そうな人間だわ。」

 

吸血鬼って言ったらもっとおぞましくて恐ろしいもんだと思っていたが、全くそんなことはないようだ。

寧ろ、そこらに居る女性よりよっぽど美しいだろう。

 

「遠慮が無ェだけよ。だがなぜオレの名前を知ってンだ?咲夜にもオレの名前は言ってねェぞ。」

 

レミリア「それは私が紅魔の王だからよ。」

 

「…??全く繋がりが見えねェな。勿体ぶらずに教えてくれよ、能力っつーのが関係あったりすんのか?」

 

レミリア「あら、なかなか鋭いのね。咲夜のナイフを弾いただけあるわね。」

 

むしろ能力でもなきゃ怖ェよ…と呟いてオレは疑問に思った。

咲夜の能力は「時間を操る程度の能力」だった。

従者がそんな大それた能力なんだ。その主が名前がわかるだけの能力なんてショボすぎる。

だとしたら心でも読めるのか?それはいくらなんでもチートすぎねェか?

 

「なァ、お前の能力はなんだ?まさか名前がわかるだけの能力とかじゃねェよな?」

 

レミリア「私の能力は『運命を操る程度の能力』、様々な運命を視て操ることが出来るわ。もちろん、色々な条件があるのだけど。」

 

「運命を操る程度の能力」…か。

簡単に言えば未来を視たり変えたり出来るのだろう。

流石紅魔の王と言うべきか、恐ろしい能力を持ってやがる。

だがそこでオレは素朴な疑問が浮かんだ。

 

「その能力じゃオレの名前を知ることは出来なくないか?」

 

運命を操る、逆に言えばそれだけだ。

名前を知るのは不可能なはずでは?と思ったが簡単に一蹴された。

 

レミリア「誰かの運命を視るなら、名前がわからなきゃ仕方ないでしょう?」

 

「お、おう…まぁ確かにな…」

 

随分とアバウトだが間違ってはいない。

誰かの運命を見れたとしても、それが誰かわからなければただの夢だ。

 

「どいつもこいつも能力持ってて羨ましいぜ…強いて言うなら、オレは筋肉が能力だな。」

 

レミリア「あら、面白いことを言うのね。貴方にもちゃんとした能力があるわよ。」

 

「…あん?『ダジャレを言う程度の能力』とかそんなもんじゃねェだろうな?」

レミリア「あ、ダジャレが得意なのね…?ってそうじゃなくて貴方、咲夜のナイフを弾いたじゃない?」

 

しょうもないことを言ったら、ダジャレが得意だと思われてしまった。

確かにダジャレは好きだが。ほっとけない仏(微笑)

 

「そうだな。だがあれは弾いたわけじゃなくて、当たる前に落ちた感じだったぜ? 」

 

レミリア「成程ね…貴方、ちょっとこれを手で触れずに取ってみて頂戴。」

 

そう言って、レミリアは徐ろに小さなペンダントを取り出した。

悪魔を象って作られたのだろう、禍々しいながらもやはり美しい赤いペンダントだ。

 

「触れないでって、念を送って動かせって事か?オレはMr.マリックじゃねェんだぞ。」

 

レミリア「誰よそれ…いいからやってみなさい。」

 

「ういうい…動け動け…」

 

レミリアの掌の上にあるペンダントを睨みつけて念じてみるが動かない。

やっぱり無駄なんじゃねぇかと思って、短気なオレはイラッとしてきた。

 

「〜ッ!動けオラァッ!!」

 

レミリア「うるさいわねもう…あら?」

 

ついイラッとして叫んでしまった。

だがその瞬間、ペンダントはとんでもない勢いでオレに向かって飛んできた。

顔に直撃、およそ時速100kmほどの速度でオレの顔に攻撃を加えてから落下したペンダント。

悪魔を象ったそれは嘲笑うようにオレを見つめていた。

 

「クッソ痛ェ…」

 

レミリア「できたじゃない!私の推理通りね。」

 

咲夜「流石です、お嬢様。」

 

痛む顔を擦りながらオレは先程飛んできたペンダントを拾いあげた。

あんな勢いで飛んでくることねェだろ…ペンダントに軽いデコピンを食らわせて、ペンダントをレミリアに投げ返した。

 

「…物を動かす能力か…?」

 

レミリア「そうね…近からず遠からず、と言ったところかしら。」

 

「あん?どういうことだ?」

 

レミリア「名前まではわからないわ。ただ、私の推理では貴方は空間に自分の手を何本も持っている。それを駆使して色々な物を動かしたり、破壊したり出来るんじゃないかしら。」

 

「空間に手を持ってるだァ…?」

 

分かりづらいな…ペテ公みたいなもんか?

だが、どちらにせよ離れた物を動かせる事は証明された。

オレにも能力があったという事だ。

 

「オレにも能力があったのか…だが今までそんな事はできなかったぞ?ガキの頃、超能力に憧れて物を動かそうとしたことは何回もあるしな。」

 

レミリア「別世界から幻想郷に来たタイミングで能力が発現するのは珍しくないわ。能力だけじゃなくても何かしらの恩恵があったりなかったり…ね。」

 

「なるほどなァ…」

 

わけがわからなくて早く戻りたいと思っていたが、どうやら幻想郷に来たことで能力を発現することが出来たらしい。

悪い事ばかりでも無いんだな。

 

レミリア「さて…咲夜、少し席を外してもらっても良いかしら?」

 

咲夜「…?かしこまりました。」

 

レミリアが咲夜に退出を願うと、咲夜は音もなく一瞬で消えた。

能力で時間を止めて退出したのだろう、便利な女だ。悪い意味ではない。

少し間を置いてからレミリアが言葉を発した。

その顔からは先程までの妖艶な笑みが消え、真面目な表情になっていた。

 

レミリア「龍二、貴方はたしか煙草を吸うわよね。煙草を吸いながらでも良いから聞いて欲しいことがあるの。」

 

「お、おう?ありがとな、ちょっと待ってくれよ。」

 

なんとも不思議な事を言うレミリアに少し困惑したが、ポケットから煙草を取り出し、ジッポライターで火をつける。

紅が七色に照らされている美しい空間に冷たい煙が広がってゆく。

不思議な感覚だ、こんな綺麗な空間で煙草を吸っていいものかと疑うくらいに。

 

「……それで、話ってのは?」

 

レミリア「龍二、私が貴方を迎えた理由を咲夜から聞いたかしら?」

 

「あぁ、たしか『咲夜のナイフが効かないオレを面白そうだと思ったから』だったか?」

 

レミリア「えぇ、そうね。でも本当は違うの。」

 

「…あぁん?」

 

従者に嘘をついてまで、会ったことも無い人間のオレを迎える必要性が全くわからない。

まさかどこかで会ったことがあるのか?

…いや、無いな。こんな特徴的な奴をオレが忘れるはずがない。

 

「じゃあ、なんなんだよ?心当たりが全く無いぞ。」

 

レミリア「………」

 

レミリアが少し俯いて何かを言おうとしている。

オレは煙草の煙を吸っては吐いてを繰り返し、急かすことなくレミリアの発言を待った。

吸っては吐いてを4回ほど繰り返したところでレミリアがゆっくりと口を開いた。

 

レミリア「葛城龍二、貴方は果てしなく永く苦しい運命を背負っている。」

 

「あぁ…?永く苦しい運命だァ…?」

 

少し声を低くして『運命』だとかいう大層な事を言いだしたレミリアに少し驚いたが、彼女は『運命を操る程度の能力』を持っていたはずだ。

だからつまり、レミリアはオレの運命を視たということなのだろう。

 

レミリア「えぇ…でも大丈夫よ。貴方の運命は私がきっと変えてみせるわ。」

 

 

そして顔を上げたレミリアの目は紅く光っており、妖しい雰囲気を漂わせていた。



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魔法図書館

「……なんかどっと疲れたな。」

 

咲夜「どんな話をしたのか知らないけど、お嬢様と話した後にそんな事言わないの。」

 

レミリアとの対談を終えて、オレは咲夜と紅魔館の廊下を歩いている。

レミリアはオレの運命を視て、何かを思ったようだった。

あの話をされたオレは少し戸惑って固まってしまったが、レミリアはすぐに元の調子に戻ってオレに「咲夜と地下の図書館に行ってきなさい」と言った。

 

話の移り変わりが激しすぎて色々と困惑しているが、とにかくレミリアの言う通り、オレは地下の図書館に案内してもらうことにした。

 

「そういえば、ここって外観に比べて内装が広過ぎねェか?」

 

咲夜「それは私が空間を歪めて拡張しているからよ。」

 

「おう…」

 

今こいつ平然ととんでもない事を言ったが頭大丈夫か?

とはいえこの世界は能力だとか吸血鬼だとか、非現実的な物が沢山存在しているのだ。

空間を歪めるメイドが居てもおかしくはないか。

そう納得して、オレは咲夜に図書館まで案内してもらうことにした。

 

咲夜「そういえば貴方、龍二って言うのね。」

 

「そうだな、そういえば自己紹介がまだだった。」

 

咲夜「本当よ、私は名乗ったのに貴方は名乗ってなかったわね。」

 

「悪かったよ。改めてオレは葛城龍二、マトモとは言えねぇ人間だがよろしく頼むぜ。」

 

咲夜「何よその自己紹介、改めてよろしくね。」

 

そう言って、さっきまでオレを殺そうとしていた人間はまるで別人のように素敵な微笑みを浮かべた。

 

 

 

咲夜「着いたわ、ここが紅魔館が誇る最大の地下図書館よ。それと、私は仕事があるからここで失礼させてもらうわね。」

 

「わかった、あんがとな。」

 

咲夜に案内されて着いたその図書館はとても広く、建物のように大きな本棚がびっしりと並んでいた。

ここを知らない人間が本を探そうものなら簡単に迷ってしまいそうな程、その図書館は広かった。

 

「…こりゃすげェな…」

 

?「来たわね、貴方がレミィの言ってた人間ね。」

 

図書館の中央(と思われる場所)にある椅子に腰掛けた紫の長髪の女性。

月型の飾りが付いたナイトキャップを被っているその女性が俺に話しかけてきた。

 

「レミィ…?レミリアの事か。オレは葛城龍二、好きなように呼んでくれや。」

 

パチュリー「龍二と呼ばせてもらうわ。私はパチュリー・ノーレッジ、パチュリーと呼んで頂戴。」

 

パチュリー・ノーレッジ。

レミリアと会う前に咲夜が説明してくれた人物だ。

魔法使いで、確か『小悪魔』という使い魔を使役してこの図書館を管理しているんだったか。

 

パチュリー「レミィに『龍二を強くして欲しい。』って頼まれたの。だから貴方には魔法を使えるようになってもらうわ。」

 

「強くして欲しい…?それは置いといて、オレに魔法なんか使えんのか?」

 

パチュリー「それは貴方次第ね、早速だけど貴方にはこの魔法球に触れてもらうわ。」

 

そう言ってパチュリーは徐ろに水色の水晶を取り出した。

金色の装飾が所々に施されているその水晶はとても美しく、気を抜けば引き込まれてしまいそうなオーラを漂わせていた。

 

能力があったんだ。魔法が使えるようになってもおかしくはないが…

 

パチュリー「これには膨大な魔力が秘められていてね、触れることでその魔力を取り込むことができるの。取り込める量は人それぞれだけど物は試しよ、やってみなさい。」

 

「おう、触れりゃいいんだな…」

 

パチュリーが机に置いた水晶にゆっくりと触れてみる。

ひんやりとした感触、しかし体の中に温かい何かが勢いよく流れてくるのを感じた。

その何かは絶え間なく流れてきて、体がどんどん熱くなっていった。

 

パチュリー「ねぇ、ちょっと、大丈夫…?」

 

「あぁ…大丈夫だ…多分な…。」

 

体が熱くなりすぎて限界かと思ったその時、絶え間なく流れてきていた何かは突然無くなった。

水晶を見ると、先程まで水色だった水晶は暗い青色に変わっていた。

 

パチュリー「…まさか魔法球の魔力を全部取り込むなんて思わなかったわ。」

 

「全部もらっちまったのか。大丈夫なのか?それ。」

 

パチュリー「まぁ大丈夫よ。これを使う事はまず無いから。」

 

「なら良いんだがよ。」

 

どうやら魔法球の魔力を全てもらってしまったらしい。

ということはこれでオレも魔法が使えるようになったのだろうか?

体の変化はあまり感じないが。

 

「魔法ってのはどうやって使うんだ?なんか唱えんのか?」

 

パチュリー「要はイメージよ。例えば炎を出したいなら、掌の上に炎があがってる状態をイメージするの。」

 

そう説明して、パチュリーは掌の上で炎を起こした。

これなら煙草に火をつける時に便利そうだ。

オレも使えるようになれるだろうか。

そう思い、言われた通り掌の上で炎があがってる状態をイメージしてみた。

 

すると、オレの掌の上に炎が現れた。

だが…

 

「…なんか硬くね?」

 

パチュリー「それは炎じゃなくて『炎の形をした物体』ね…。取り込んだ魔力が多すぎてうまくコントロールできてないわ。」

 

「ふむ…やっぱり一筋縄じゃいかねェもんなんだな。」

 

炎のイメージを解くと、掌にあった『炎型の物体』も消えた。

もう一度、掌を広げて炎のイメージをしてみたが、何度やってもやっぱり『炎型の物体』しかできない。

 

パチュリー「貴方には気体や液体の魔法は難しそうね…」

 

「クッソ…。ん?待てよ…」

 

炎のイメージをやめて、メリケンサックをイメージしてみた。

すると赤いメリケンサックが掌の上に現れた。

しっかりと重さもあり、硬い。

 

「…こりゃ使えそうだなァ…」

 

パチュリー「なによそれ…変な指輪ね。」

 

「これはメリケンサックって言ってな、こうやって指にはめて握り拳を作ると良い武器になンだよ。」

 

パチュリー「…貴方は魔法より格闘の方が向いてそうね、見た目通り。」

 

オレにはパチュリーのような魔法は使えないようだが、こうやって物を生み出すことはできることがわかったから妥協点だろう。

煙草の火はライターで付けろってことらしい。

 

パチュリー「そういえば龍二、貴方能力の練習もした方がいいわよ。いざという時に使えなかったら大変。」

 

「まぁ確かにな…丁度いいや、このメリケンで練習すりゃ良いか。」

 

パチュリー「確か貴方の能力は、離れたところから物を動かせるのよね。もしかしたら魔法の知識が役に立つかもしれないし、もし何か聞きたいことがあれば私に聞いて頂戴。」

 

「おうよ、あんがとな。」

 

この館には優しい奴しかいないのだろうか。

いや咲夜は最初オレを殺そうとしてきたし、身内に優しいタイプだろう。

どちらにせよ有難いこと限りなし。

レミリアにもまた礼を言わなければいけないな。

 

「そういや、なんでオレを強くして欲しいなんて頼まれたんだ?」

 

パチュリー「私も詳しくは教えてもらってないのよ。でも貴方の運命が関係してるらしいわよ?」

 

「運命ねェ…」

 

レミリアが言っていた運命。オレもあまり分かっていないが、どうやらかなり重大らしい。

オレは一体どうなってしまうのだろうか。

すると背後にある図書館の扉が開く音がした。

何かと振り向くとそこには銀髪のメイド、咲夜がいた。

 

咲夜「お嬢様が暫く貴方を紅魔館に泊めてくれるらしいわよ。だから貴方の部屋を案内するわ。」

 

「まじかよ、だがまだパチュリーと話しててな。」

 

パチュリー「大丈夫よ、目的は果たしたし。貴方も疲れたでしょう?休んできなさい。」

 

「…わかった、ありがとな。助かるわ。」

 

どいつもこいつもお人好しだな。

オレがいた世界では初対面の人間にここまで優しい奴はなかなか居なかった。

ある種の感動を抱き、パチュリーに礼を言ってから咲夜に部屋まで案内してもらうことにした。

 

咲夜「じゃあ行くわよ。パチュリー様、失礼します。」

 

「また来るぜ、じゃあな。」

 

パチュリー「ええ、咲夜も無理しないでちゃんと休みなさいよ。」

 

咲夜「ありがとうございます、そうさせていただきますね。」

 

なんというホワイト企業か。元いた世界のブラック企業が見たら眩しすぎて見れないほどのホワイトだ。

『門番の休憩時間を無しにしようかしら』とか咲夜は言っていたが、きっとなんだかんだ門番にも優しいに違いない。

 

 

咲夜に暫くオレが世話になるであろう部屋まで案内してもらった。

色々な事がありすぎて気が付かなかったが、時刻は既に0時を回っていた。

 

咲夜「着いたわ、ここが貴方の部屋よ。」

 

「おう。色々ありがとな、咲夜。」

 

咲夜「えぇ、どういたしまして。」

 

濃い一日だった。

最初は殺されかけたが、レミリアの粋な計らいで歓迎してもらい、色々なことを教えてもらった上にこうやって泊まるところまで提供してくれた。

 

「……良い所だな、ここは。」

 

咲夜「そうでしょう?ここの住人は優しい方ばかりなの。私も何度助けられた事かしらね…」

 

「あぁ、どいつもこいつもお人好し過ぎらァ。咲夜もたくさんオレに付き合ってくれてありがとな。あとは適当に過ごしとくからゆっくり休んでくれよ。」

 

咲夜「えぇ、そうさせてもらうわ。ありがと、失礼するわね。」

 

「おう、じゃあな。」

 

咲夜と別れの挨拶を済ませ、咲夜が退室してからオレは窓を開け、煙草に火をつけようとしたが、ついでに能力の練習もしようと思ったので、煙草とライターを机の上に置いて能力で動かしてみた。

 

「2つ同時となるとなかなか難しいなァ…」

 

『無数の不可視の手で物を動かす能力』らしいが、やはり難しい。

そういえばパチュリーが「イメージが大切」だと言っていたのを思い出した。

なので無数の手で煙草とライターを持ち上げる情景を想像して念を送ってみた。

 

「おっ、これは割といけるか…?」

 

するとイメージ通り、煙草とライターが宙に浮いた。

そしてここが難しい。見えない手がジッポライターのフタを開けるのをイメージしてみる。

ゆっくりと宙に浮いたジッポライターのフタが開いた。

 

「良い調子だ。コツを掴めば簡単にできそうだな。」

 

少しコツを掴んだので、そのまま煙草のフタを能力で開け、煙草を1本口元に引き寄せて咥えた。

そして同じようにジッポライターを引き寄せ、火をつけた。

ライターのフタを開けてから割と簡単にできたので、ちゃんとコツを掴めている証だろう。

 

「これでオレもペ○ルギウスだな。怠惰だなァ?」

 

こうやってすぐ別の作品を出したがるのは投稿者の悪い癖だ。

言わされているオレの身にもなって欲しい。

ライターを宙にプカプカ浮かせながら煙草の煙を吸い込む。

 

「デカいことを成し遂げた後の煙草は格別だァ…」

 

相変わらずのヤニカスっぷりを発揮しつつ、オレは窓の外を見やった。

夜空には無数の星が煌めいており、一際存在感を放つ緋色月が浮かんでいる。

 

「紅い月か…夜空なんて前の世界じゃろくに見てなかったからな、余計綺麗に感じるぜ。」

 

しばらくして煙草を吸い終わり、オレは煙草を灰皿に押し付けた。

 

「煙草吸ったら眠くなってきたな。寝るか…」

 

落ち着いたら眠気が急に襲ってきたので寝ることにした。

今日はとても濃く、良い一日であったと思う。

あとは瑠美の安否が確認できれば一安心なのだが、世界が違うのでなかなかそうはいかないようだ。

 

焦っても何もできない。

そう思い、オレは毛布を被って微睡みの中に身を投げた。




今更ですがかなり駄文で申し訳ないです。
これが投稿頻度の代償か…


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自称最強 vs 他称最強

遅れてすまんな。
今日は文字数多いから許してちょ 


「…朝か…」

 

目を開けると見覚えのある天井。

流石にまだ見慣れてはいないが、何故かこの天井を見ると心なしかホッとする。

 

ひとまず起き上がり、煙草とジッポライターを手に取って窓を開ける。

春の陽気を感じさせる新鮮な暖かい風を浴びながら煙草に火をつけた。

 

冷たい煙を肺に運びながら外を見やると、遠くの方に見える山に桃色の綺麗な桜が何本か生えていた。

 

「なんだか昔、親父と花見に行った時を思い出すなァ…」

 

 

オレの親父、葛城信治。

オレと同じく元ヤクザで、数年前に突然姿を消した。

組では基本的に事務所で管理する備品や武器の調達、整備を担っていた。

 

例えば、日本の暴力団は拳銃…所謂チャカを仕入れる際、警察の目が届かないように慎重に事を運ばなければならないため、チャカ1本仕入れるのに手間と費用が余分にかかってしまう。

 

だが、親父が組にいた頃は親父が自力で金属を加工し、チャカを組み立てて組に提供していた。

機械工学のエキスパートと呼べるだろう。

 

「…あの野郎、今は何処でなにしてんだろうな。」

 

オレは昔から親父に憧れていた。

ヤクザになったのも、親父の背中を追いかけていたからだ。

 

「立場を汚す理由が父親への羨望たァ、救いようの無ェバカ助だなオレは…」

 

過去の自分を嘲笑し、今吸っていた煙草の火を消してから二本目の煙草に火をつける。

そもそも朝起きて最初にやることが喫煙とは、自分の不健康さを改めて実感する。

 

冷たい煙を吸い込んでいると、部屋の扉がコンコンッとノックされた。

 

咲夜「失礼するわ。」

 

「おう、咲夜か。昨日は色々とあんがとよ。」

 

咲夜「どういたしまして。昨夜はよく寝れた?」

 

「お陰様でな。いいベッドだぜこりゃ。」

 

煙草を吸いながらベッドのシーツを撫でる。

ブランドとかそういうものに関しての知識が全く無いオレでも、触っただけで高級だとわかる程の質感だ。

 

寝心地はもちろん最高。

 

咲夜「朝食の用意ができたから着いてきて頂戴。」

 

「朝食ゥ?そマ?」

 

咲夜「そマ………?とにかく朝食があるのよ。」

 

無償で泊めてくれる上に飯まで用意してくれるなんて、至れり尽くせりとはまさにこの事か。

 

ご好意を無下にするわけにもいきませんので、お言葉に甘えることにいたしました。

 

…ダメだこの口調。

 

「…敬語は苦手です。」

 

咲夜「…寝ぼけてるの?ほら、いくわよ。」

 

 

 

 

咲夜に案内してもらった広い部屋には白い長テーブルがあり、その上にはまさに貴族のような料理が並んでいた。

 

「うっひゃァ…なんじゃこの豪華な朝飯は…」

 

咲夜「お嬢様の計らいよ、感謝する事ね。」

 

「感謝してもしきれねェよ。」

 

「頂きやす!!!」と言いながら手をパンと叩いて、咲夜の作った料理を食べ始めた。

なんだこのフワッフワな柔らか〜い肉は…

今までこんなの食ったことねぇぞ。

 

咲夜「ところで、吸血鬼って何の肉を食べるか知ってる?」

 

「あ?そりゃ人とか……オイ。」

 

まさかこのクッソ柔らかくて美味い肉は人肉なのか…!?

今まで食ったことある肉とは比べ物にならねェぞ…!?

恐るべしカニバリズム。

 

咲夜「…たしかに人肉を食す事もあるけれど、それは牛肉だから安心して…」

 

「…騙しやがったなコノヤロウ。」

 

咲夜にまんまとハメられた。飯だけに(微笑)

悔しがっていると、部屋の扉がガチャっと開いてレミリアが入ってきた。

昨日かぶっていたドアノブのようなナイトキャップは外している。

 

レミリア「おはよう龍二、今日の朝食は豪華でしょう?」

 

「おうレミリア。ありがとな、豪華すぎて一瞬言葉を失ったくらいだぜ。」

 

軽く挨拶を交わした後、レミリアが席に座ったタイミングを見計らって咲夜がレミリアのティーカップに紅茶を注いだ。

 

紅茶を一口飲んで、レミリアが再び口を開いた。

 

レミリア「少しは能力のコントロールできるようになったかしら?」

 

「まァ、それなりにな。とはいえまだまだよ。」

 

そう言って、オレはテーブルの上に置いてあったフォークを宙に浮かせてみせた。

 

レミリア「ふふ、2日目にしては上出来じゃない。」

 

レミリア「そうそう、朝食が終わったら門の外に行ってほしいの。我が紅魔館が誇る最強の門番に会わせるわ。」

 

「門番…紅美鈴って奴か?咲夜から話だけは聞いてるぜ。なんでも、中国拳法の使い手だとかなァ。」

 

“門番”と聞いて、昨日咲夜から聞いた話を思い出した。

根っからの喧嘩太郎であったオレからしたら、とても会ってみたい存在だったのだ。

 

レミリア「それなら話が早いわね。その美鈴から格闘の稽古をつけてもらってほしいのよ。」

 

稽古。そういえばレミリアはオレの事を強くしたいらしい。

パチュリーから聞いただけだったので、まだ理由を説明されていなかったことを思い出した。

 

「なァレミリアよ。お前はなんでオレを強くしようとしてるんだ?」

 

素直に気になったので、率直に聞いてみることにした。

 

レミリア「…貴方が背負っている運命を乗り越えるには、それ相応の“力”が必要なのよ。」

 

「どんだけ大層な運命なんだかね…」

 

やはりレミリアは一筋縄では教えてくれないようだ。

だが昨日の話を聞いた感じだと、レミリアはオレに対して悪意ある事は考えていないようだった。

 

現にレミリアは微笑んでいるが、心なしか少し不安と心配の混じったような目をしていた。

 

 

 

 

レミリアとの朝食を終え、オレは紅魔館の門に向かうことにした。

昨日、今日で少しはこの建物の構造を覚えることができたと思う。

昨日入った玄関から館の外に出て、広い中庭を抜けてオレは門の前に辿り着いた。

 

「しっかし、とんでもねェ館だよなぁ…デーモン閣下もビックリだ。」

 

「お前を吸血鬼にしてやろうか!」と呟きながら木製の大きな門を開いた。

 

美鈴「初めまして龍二さん、私が紅美鈴です。お嬢様から話は聞いてますよ。」

 

「おう、よろしくな。一度挨拶したかったのと、稽古をつけてもらいに来たぜ。」

 

門の外を見ると、オレンジの長髪をたなびかせ、緑色の帽子を被り、緑色のチャイナドレスのようなものを着たスレンダーな女性が立っていた。帽子には“龍”と書いてある。

 

美鈴「勿論です!ですがその前に現段階での実力を見ておきたいので、軽く手合わせ願えますか?」

 

おお、早速本格的だな。

パチュリーも呼吸をするように魔法を発動していたし、美鈴も相当な手練なんだろうな。

そもそもレミリアが「紅魔館が誇る最強の門番」って言っていたくらいだからな。

 

美鈴「そうそう、能力と魔法の練習も兼ねるそうなのでルールは無しです。私にダメージを与えてみせてください。いつでもいいですよ。」

 

「おう?随分ナメられたもんだなァ…」

 

相当自信があるのだろう。

美鈴は不敵な笑みを浮かべてオレを見据えている。

美鈴の姿勢は一見自然体に見えるが、色々な奴らと喧嘩してきたオレにはわかる。

あれは武闘家特有の構えだ。腕は無造作に下ろしているが、どの方向にも動けるような足の配置になっている。

 

「っしゃオラァッッッ!!」

 

美鈴がどれほどの腕前なのかは知らないが、最初から能力や魔法を使うのは些か癪なので躊躇った。

だからオレは敢えて真っ直ぐに突っ込み、敢えて大きく腕を引いた。

 

美鈴「動きがわかりやすいですよッ!」

 

「そんなもんわかってらァよ。」

 

大きく引いた右腕は前に出さず、オレは右足を前に強く振り上げた。

だが、美鈴はこれを足で受け止めた。

流石格闘家。

小細工は通用しないようだ。

 

美鈴「…流石のフェイントです。龍二さん、とんでもないバカ力ですね。私は妖怪ですが、貴方のキックはとても骨に響きましたよ。」

 

「皮肉なんだか褒めてんだかわかんねェな。」

 

不意打ちは無用。

美鈴に止められた足を戻し、反対側の足を軸に回転して回し蹴りを加えた。

もう一度蹴りがくるとは思わなかったのか、美鈴はこれを手で止めた。

 

その片手が塞がった隙を見て右ストレート。

それを止めるため、もう片方の手を使った美鈴に左ストレートを放った。

 

「もらったぜ…ッ!?」

 

絶対に決まったと思ったのだが、美鈴は後ろに大きく仰け反ってこれを回避。

その反動でムーンサルトを放ってきた。

片足飛びでムーンサルトなんてできるんだな。

 

しかも威力がハンパではない。

ハンマーで強く打たれたような衝撃がオレを襲った。

恐るべし紅魔の門番、侮れない。

 

「バカ力ってオメェも人の事言えねえじゃんかよ…」

 

美鈴「そりゃ私は妖怪ですし。次は私からいきますよ。」

 

妖怪ってなんでもありかよ。

そう返す暇も無く、美鈴は強く地面を蹴ってオレに殴りかかってきた。

地面を蹴った勢いも上乗せされた強い拳だ。

 

だがオレは避けるのが苦手だ。

筋肉にものを言わせて、つい受け止めようとしてしまう癖がある。

この妖怪(美鈴)の拳も、自身の放つ拳で相殺できると勝手な自信を抱いていた。自身だけに(微笑)

 

昨日刀を止めようとして斬られたのに未だ懲りていないのだ。

 

「オラァッッ!!!」

 

強く右腕を引いて、美鈴の拳が放たれるタイミングでオレも右ストレートを放った。

何故か、いつもと比べてかなり力が漲っている気がする。

 

オレにとって“最高の拳”を美鈴にお見舞いしてやる。

 

オレの“最高の拳”と妖怪の拳がぶつかり合う。

拳を重ねた衝撃で空気が強く鳴動した。

 

美鈴「ッ!!ホンットにバカ力すぎませんか…!?」

 

「バカバカ言ってんじゃねェよ照れんだろ…!!オレは最強の男なンだよ…!!!」

 

美鈴「そんなの初めて聞きましたよッ!!」

 

「あたりめェだろ!今考えたんだからよ!」

 

空気の鳴動は止み、紅魔の門前には鳥のさえずりが戻ってきた。

美鈴の拳はオレの拳と重なり、ピタリと止まっている。

オレは妖怪の拳を止めたのだ。

筋肉は裏切らない。う〜ん煙草が吸いたい(禁断症状)

 

美鈴「…今のパンチ、私結構本気でやりましたよ?」

 

「そうかそうか。オレは最強のマッチョだからな、もっと持ち上げてくれていいんだぞ。」

 

最強の男だとか最強のマッチョだとか、オレは最強という単語が好きなようだ。

妖怪である美鈴の拳を止められたことが嬉しくてついついドヤってしまう。そりゃドヤりたくもなるだろう。

 

美鈴「貴方の体格を見た時からかなりマッチョだとは思いましたが…いくらマッチョでも、人間が妖怪の拳を止めるなんて普通できませんよ…」

 

「オレくらいの筋肉になれば有り得るんじゃね?」

 

美鈴「無理です!そこで思ったんですけど、幻想郷に来る前からずっと鍛えてました?」

 

オレの発言を完全否定されたところで、美鈴が面白い質問をしてきた。

オレが本格的に鍛え始めたのは20歳の時…あのボケナス親父が居なくなってからだ。

目標としてた人物が突然消えて焦ったんだろう。

ワソパソマソもビックリなメニューでトレーニングしていた。

 

「そうだな、7年くらい前から鍛えてるぜ。」

 

すると美鈴が「うーん…」と唸りはじめた。

筋トレのメニューでも考案してくれているのだろうか。

 

美鈴「幻想郷は魔力が豊かな地です。幻想郷の地に宿る魔力が、元来から所有している秀でた点をインフレーションさせてしまうことが稀にあるらしいです。」

 

「ほう?その話面白そうだな。」

 

美鈴「パチュリー様は幻想郷に来てから魔力の増幅が著しいらしいですし、龍二さんの場合は筋肉が異常に発達してしまったのかもしれませんね。」

 

「ヘェ…なるほどねェ…」

 

幻想郷という世界はつくづく面白い。

その地に立ち入るだけで得る恩恵があまりにも大きすぎる。

今思えば幻想郷に来てすぐ妖怪に襲われた時、妖怪を殴ったら異常な程ぶっ飛んだのもそれが理由だろう。

 

元いた世界とは違って、幻想郷には妖怪や自然の脅威が大きい。

だからその対価や対策として恩恵が与えられるのは、ある意味当然と言えるかもしれない。

 

「じゃあオレもう怖いもん無いんじゃねーか?」

 

美鈴「どれほど身体的特徴が優れていても体術を習得していなければ、ただの木偶の坊ですよ。」

 

「…お前ってちょいちょい毒吐くよな。まァ、これからよろしくな。」

 

美鈴「ふふふっ、こちらこそよろしくお願いしますよ!」

 

こうしてオレはレミリアの計らいによって、魔法や能力をパチュリーに、体術を美鈴に教わることになった。

 

依然レミリアの狙いはわからないままだが、ここまで親切にしてもらってるんだ。

他意があろうと構わない。

何かしらの形でこの大きな借りを返さなければならない。

 

そう思いながら、オレは紅魔館での生活を続けたのだった。



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寂しげな魔力

ギマリンは 通学の電車内で 小説を 書き進めること を 覚えた!


美鈴との稽古を終えた日から、オレは代わり映えのない日々を過ごしていた。

元の世界に帰る手立ては未だ見つからないままだ。

 

そんな日々が続いているせいで、少しずつ瑠美に関しての危機的意識が薄れていった。

 

しみじみと思いながら、オレは煙草を咥えてジッポライターで火をつけた。

 

「オレ自身がこの世界に馴染んできてんなァ…全世界マッチョ選手権、幻想郷代表!なんつってな

。」

 

ほざけ。

 

…パチュリーのおかげで魔力のコントロールにも慣れてきたが、未だに液体や気体の魔法は扱えないままだ。

だが、個体を同時に何個か創り出せるようになったのでかなり上等だろうと思う。

 

体術に関しては未だに美鈴に勝てないままだが、少しずつ美鈴の動きについていけるようになっているのでセーフ。上等上等。

 

感慨深く思いながらスゥ-っと息を吸い込む。

独特な冷たい煙が肺に充満する。

 

そんな中、オレはある違和感を感じていた。

この紅魔館の地下、それも大図書館のさらに深層地帯から魔力を感じるのだ。

 

とても大きく、それでいて酷く寂しげな魔力。

だがよく感じてみると、狂気的に尖っている魔力ともとれる。

 

最近はこの不穏な魔力が気になって仕方が無い。

パチュリーに聞いても、教えられることは無いとしか言ってくれない。

 

「やっぱ館の主に聞くべきなんかねぇ…」

 

「レミィには言っちゃダメよ。」とも言われたが、あまりにも気になって夜しか眠れないのでレミリアに直接聞いてみることにした。

 

「レミリアなら大丈夫だろ。あんなに親切にしてくれてるしな、甘えるようで少し嫌だけどよ。」

 

いつの間にかフィルターまで燃えてしまった煙草の火を消し潰し、レミリアの部屋へ向かうことにした。

 

 

 

 

冷たく、張り裂けそうな程の鋭さをもった空間がオレを包む。

オレの視線の先には真紅の瞳を煌めかせた水髪の吸血鬼、レミリアが立っている。

 

レミリア「…教える必要は無い。」

 

「なんでだよ。」

 

レミリアは呼吸が止まりそうな程に鋭い視線をオレに向けてきた。

理由は簡単、紅魔館の地下深くから感じる魔力について聞いたからだ。

 

だが、その質問に怒る要素があるのだろうか。

なにかまずいものでも隠しているのだろうか。

 

レミリア「…………」

 

レミリアは黙り、俯いてしまった。

 

「……なァ、レミリアよ。お前妹いんだろ。」

 

レミリア「…ッ!何故お前がそれを知っている?」

 

「……図書館にな、アルバムがあった。」

 

この紅魔館に居候し始めてからの数日間、オレは暇な時によく大図書館に行って本を読んでいた。

ある日、面白そうな本を探していたらアルバムのようなものを見つけた。

他人のアルバムはあまり見るものでは無いが、つい興味本位で見てしまったのだ。

 

そのアルバムにはパチュリーや美鈴、咲夜など紅魔館の住民がうつっていた。

だが、ある写真でレミリアの隣に見覚えの無い金髪の少女がうつっていたのだ。

 

その少女の脇には「My sis.」と書いてあった。

 

レミリア「…………そこまで知られてはね。えぇ、貴方が感じている地下深層の魔力は私の妹、フランドール・スカーレットのものよ。」

 

やはりそうか。

だが何故レミリアの妹が地下にいるのだろうか。

引きこもり…?ならあの寂しげな感じはなんだろうか。

 

レミリア「あの子の能力、外に出すには危険なのよ。私が管理してないといけないの。どんなにあの子が空を求めてもね。」

 

「そこまで危険な能力なのかよ?」

 

レミリア「そうよ。私はあの子を495年もの間、外に出したことがない。仮に外であの子の能力が暴走しても、私には何も出来ないのよ。」

 

「ンなの不憫すぎる。地下から感じる魔力は酷く寂しげだったぜ。」

 

レミリア「………。」

 

口を開く度にレミリアの表情は暗くなっていく。

自分でどうにかできない事に、悔しさを通り越してやるせないのだろう。

 

この「どうにもできない」というのはレミリア自身の力もあるだろうが、“紅魔の王”という立場も重なって、あまり無理なことは出来ないのだろう。

 

「レミリアには世話になってるからな、オレがどうにかしてみせらァ。実の姉妹がすれ違ったままなんてのは虚しいだろうよ。」

 

レミリア「人間には無理よ、あの子に刺激を与えるだけ。それでも行くと言うのならここで殺してでも止めるわ。」

 

「オイオイ、どいつもこいつも人間を舐めすぎだろ。そこまで言うならオレは何がなんでも行くぜ。」

 

っと少し強い言い方をしちまった。

短気な性格は治さないといけないな。

気持ちを宥めるために煙草を取り出し、火をつけた。

 

初めてレミリアに会った時と同じように、七色の光が照らす空間に冷たい煙が広がる。

 

少し間を置いてから、レミリアは「残念ね…」と呟いた。

 

 

 

レミリア「お前はここで死ぬ運命のようだ。」

 

「…ッ!!」

 

レミリアの赤い瞳が強く発光し、身が震えるほど空間に衝撃が走った。

レミリアが魔力を解放したのだろう。

かなりの圧だ。逆鱗に触れてしまったらしい。

 

でも煙草は美味い。

 

レミリア「私は紅魔の王よ、死にたくなければせいぜい足掻け!」

 

レミリアが右手に魔力を凝縮させ、真紅の槍を創り出した。

不気味。それでいて妖艶なオーラを漂わせるその槍をオレに向け、レミリアは言い放った。

 

レミリア「“スピア・ザ・グングニル”…私だけが扱える至高の神槍だ。お前はこれで刺し殺される。」

 

レミリアは黒い翼を大きく広げ、高く飛び上がった。

オレを殺そうと睨みつける目。

だが、微かに迷いがあるように感じる。

 

「…迷いがある奴に、オレは殺せねェぞ。」

 

レミリア「…ッ!!黙れッ!!!」

 

レミリアは上空からオレに向けてグングニルを投げ放った。

とてつもない勢いだ。時速500km程はいっているだろう。

 

さて、オレの能力は空間に無数の手を持っているわけだが。

どうやら、この無数の手の力は能力者の筋力に依存するらしい。

 

吸血鬼の力は人間が敵うような生半可なものでは無い。

通常ならば、吸血鬼が投げ放った槍を力ずくでいなす事はできないだろう。

 

そう、通常ならば。

 

「こりゃ、ちっとくたびれそうだな。」

 

レミリア「…何故避けないッ!死ぬぞッ!!」

 

オレは幻想郷の恩恵を強く受けている。

美鈴が言っていた「本人の秀でたものがインフレーション」するような。

元々、人間離れしたトレーニングをしていたオレは筋力がインフレーションしてくれた。

 

そのおかげで、吸血鬼と渡り合える程度には筋力が鍛えられたはずだ。

 

…はずだ。

 

「…ゥゥオラァァァァア!!!!!!!!!!!」

 

しんどい。なかなかにしんどいのだ。

煙草は依然咥えたままだが、灰を落とす余裕なんて全くない。

むしろ衝撃で勝手に灰が落ちた。

 

やはり吸血鬼、一筋縄ではいかない威力だ。

だが、ここで何も出来ないまま終わるわけにはいかない。

実際に手で触れるわけにはいかないので、“無数の手”を活かして与える負荷を2倍にした。

 

レミリア「…ッ!?」

 

オレの眼前まで迫っていた槍はギリギリで軌道を変え、オレの脇に突き刺さった。

突き刺さった周囲の床面は砕けている。

 

恐ろしく高い威力…オレでなきゃ見とれちゃうね。

 

「…ケッ!迷いのある奴にオレは殺せねェって言っただろ…!」

 

得意気にドヤ顔で言い放ったが、オレは色々な意味の汗をダラダラと垂れ流している。

それでもレミリアは驚愕の表情をしていた。

 

咥えていた煙草はいつの間にかフィルターまで燃えていたので、レミリアの槍によって砕かれた床面の瓦礫にポイッと紛れさせた。

ポイ捨ては良くないですね。

 

そんなことを考えられるのも束の間、すぐにレミリアは先程と同じ表情に戻った。

 

レミリア「…私はお前を見くびっていたらしい。」

 

レミリアの声色が少し変わった。

心なしかいつもの声に近くなったような気がしたが、レミリアから放たれる魔力は依然変わらないままだ。

 

レミリア「お前は強い。こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ。」

 

…むしろレミリアは、オレを殺す覚悟を決めたようだった。



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永遠に紅い幼き月

レミリア戦ですよ。
思ってたより戦闘表現が難しいっすわ。


「オイオイまじかよ…」

 

 

オレの前には黒き両翼を広げ、威厳に満ちた吸血鬼が立っている。

レミリアの目の色はより一層紅くなり、完全に覚悟を決めた目をしていた。

 

レミリアは再び、右手で赤い魔力を凝縮させて赤い槍を創り出した。

 

 

レミリア「槍を投げるだけだと思ったら大間違いだ。」

 

 

手馴れた手つきでバトンのように槍を振り回し、レミリアはオレに槍を突きつけてきた。

 

 

「…おもしろくなってきたなァ…!!!」

 

 

久々に命がかかった戦いが始まるということでオレは興奮してきた。

やはり根っからの喧嘩太郎だということだ。

 

 

レミリア「いくぞッ!!」

 

 

レミリアは高く飛び上がり、オレに槍を突き立てるように着地した。

FFの“ジャンプ”のような感じだ。

 

って解説しとる場合か。

間一髪、後ろに飛んで回避した。

もちろん槍が直撃した床面は砕けている。

 

 

「ッッぶねぇ!?!?竜騎士じゃねぇんだから!」

 

 

レミリア「竜騎士…?まぁいい。」

 

 

休む暇もなく、レミリアは素早い刺突を繰り出してきた。

咄嗟に魔力で鉄パイプのような物を形成し、これをいなした。

日頃の特訓の賜物だ。ありがとうパチュリー。

 

 

「根比べといこうかァ…!」

 

 

レミリアが槍を横に凪ぎ、それをパイプでいなす。

パチュリーから貰った魔力が膨大であったため、その魔力を結集させて形成したパイプには傷一つつかない。

 

レミリアとオレの筋力が拮抗し、良い具合の戦闘が生まれている。

 

 

楽しい。

 

 

やはりオレは喧嘩太郎。

こういう時はかなりテンションが上がってしまう。テンアゲってやつだ。

 

 

「オラオラオラオラァ!!!打ってこい打ってこい!!!」

 

 

槍とパイプを打ち合う金属音が連続で響き渡る。

 

 

レミリア「…ッ」

 

 

極度のテンションアップのせいでレミリアへの攻撃が強めになり、実質オレのターンが始まった。

オレが攻撃をし、レミリアはそれを弾く。それの繰り返しだ。

 

だが、同じことの繰り返しでうんざりしたのだろう。

オレが強くパイプを振り下ろした時、レミリアは槍で弾かずに後ろに飛んで距離をとった。

すかさず距離を詰めようと前に出ると、レミリアは槍を投げてきた。

 

レミリアが投げる槍はかなり速く、一瞬身が震えるほどだ。

咄嗟にパイプで受け止め、弾いた。

槍を受けたことでオレの動きが止まり、レミリアが魔法を発動するのに十分な距離を取らせてしまった。

 

 

レミリア「紅魔の王を舐めるなよ。」

 

 

レミリアが手を横に広げ、赤い魔方陣がいくらか展開された。

その瞬間、その魔方陣から赤い魔力の弾が連続で発射された。

 

 

「魔弾って奴か?T.M.Rev○lutionじゃねえんだから…」

 

 

「ってそんなん言ってる場合じゃねェ!」

 

 

ギリギリで身を捩り、魔弾を無理やり回避した。

対象を失った魔弾は床面に直撃し、また瓦礫を生み出した。

 

 

「相変わらずイカれた威力だぜ…」

 

 

レミリア「よそ見している場合か?」

 

 

「!…ッテェ!!」

 

 

一瞬気を抜いてしまったのが災いし、続けて発射された魔弾がオレの右足と左肩を撃ち抜いた。

傷はそこまで深くないが、衝撃で体制を崩してしまった。

 

 

「…ッ!隙を…ッ!」

 

 

レミリア「もう遅い。」

 

 

再び発射されたレミリアの魔弾がオレを貫こうと迫ってくる。

だが、忘れてはいけない。オレには能力があるのだ。

レミリアの攻撃によって生まれた瓦礫を幾つか能力で飛ばし、瓦礫と魔弾を相殺させた。

 

 

レミリア「随分と能力を使いこなしてるじゃないか。」

 

 

しかしレミリアに動揺した様子はない。

むしろオレが能力で魔弾を打ち消すのを予測していたようだ。

運命を視たのだろうか、相変わらず規格外な存在だ。

 

 

「フン!土魔法、ストーンだッ!」

 

 

レミリア「ほざけ、瓦礫を飛ばしただけだろう。」

 

 

バレたか。

魔弾での攻撃が一段落ついたので、オレはレミリアに走り寄って飛び蹴りを食らわせた。

流石にこれは予想外だったのか、レミリアは蹴りをモロ腹に受けた…

 

ように見えたが、蹴りが直撃する瞬間、バックステップをとって衝撃を和らげたようだった。

 

 

レミリア「妙な格闘術だな、これは自己流か?」

 

 

「ただの喧嘩術さね。」

 

 

ここからは攻撃、防御、攻撃、防御……これの繰り返しだ。

レミリアが槍を振り下ろせば、オレはパイプを振り上げて弾く。

オレがパイプを横に振れば、レミリアは槍を縦にして防ぐ。

この攻防に最初に変化を与えたのはレミリアだった。

 

レミリアは突然飛び上がり、空中で無数の槍を創り出した。

 

 

レミリア「どうせ死ぬならば華麗に散りたいだろう?」

 

 

「テメェまさかとは思うが…」

 

 

とてつもなく嫌な予感。

こういう予感ってのはだいたい当たるもので。

 

 

レミリア「…そのまさかだ。」

 

 

レミリアは無数の槍をオレに向けて魔法力で飛ばしてきた。

赤い槍の雨がオレに降り注ぐ。

 

レミリア「そうだな…“ブラッドルイン”とでも名付けておくか?」

 

 

「センスねェなオイ…!チッ…、やるしかねェか…!」

 

 

周囲の瓦礫も先程使ってしまった。

自信はないが、魔力と能力を掛け合わせるしかないようだ。

オレはレミリアとは違って、無数のドスを創り出した。

 

 

「これ、結構集中力いるんだよなァ…」

 

 

練習の成果をここで見せるときだ。

 

創り出した無数のドスを、オレに向けて飛んでくる槍に当たるように飛ばす。

軽い頭痛を起こしながらも、全てを飛ばすことに成功。

ドスは何個か槍に直撃して槍と相殺したが、槍はまだ幾つか残っている。

 

 

レミリア「…やはり未熟だったか。」

 

 

「ほざけ、予想通りよ。」

 

 

槍が迫り来る中で、今度は篭手を創り出した。

右手を硬い鎧が包む。

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

その硬くなった右手で握り拳をつくり、眼前まできていた槍に向けて拳をぶつけた。

 

本気の右ストレート。

これが喧嘩であれば“止めの一撃”になるものだ。

 

赤い飛沫。

その場を見ていれば、誰もがオレの血飛沫だと思うだろう。

だがこれは違う。

 

 

レミリア「…ッ!!」

 

 

赤い飛沫の正体は、レミリアが放った“スピア・ザ・グングニル”であった。

オレの拳がレミリアの槍を砕いたのだ。

これには流石のレミリアも驚きを隠せていなかった。

 

ここですかさず、オレは足に力を込めて跳躍。

レミリアに詰め寄って右腕を大きく引いた。

 

 

レミリア「ッ!しまっ…ッ!?」

 

 

「悪ィな、覚悟があってもオレは殺せないらしいわ。」

 

 

大きく引いた右腕を思いっきり前に押し出す。

オレの本気の拳はとてつもない衝撃波を起こした。

その衝撃によってレミリアは勢いよく吹っ飛び、何度かバウンドして床面に打ち付けられた。

 

 

「…死んじゃいねェよな。」

 

 

レミリアは動かない。

玉座の間に立ち込める砂煙のせいでレミリアのシルエットしか見えないのだ。

心配していると、シルエットが起き上がった。

 

 

レミリア「舐められたものだ。あれだけ本気で拳を突き出しておいて、直撃させないとはな。」

 

 

「ケッ、子供を本気で殴るほど落ちぶれちゃいねェよ。」

 

 

レミリア「誰が子供だ。」

 

 

「見た目は子供だろうよ。」

 

 

砂煙が晴れ、ガラクタまみれになった玉座の間に傷だらけのレミリアが現れた。

 

オレは先程、レミリアに向けて本気で拳を突き出した。

しかし、それをレミリアに当てる事はしなかった。というよりは出来なかった。

そもそも女に手をあげることさえ躊躇うのに、見た目が幼いレミリアの顔面など殴れるはずがないだろう。

 

それでも衝撃は充分だったようで、レミリアはかなりの勢いで吹っ飛んだ。

だからレミリアは傷だらけなのである。

 

傷だらけのレミリアは再び赤い槍を形成し、オレに槍を向けてきた。

 

 

「なンだよ、まだやんのか?」

 

 

レミリア「………。」

 

 

レミリアは何も語らない。

だがやはり、何かを言いたそうにしていた。

 

このまま攻撃してくることは無いだろう。そう思ったオレは警戒心は解かずに煙草を取り出し、ジッポライターで火をつけた。

 

息の上がった状態では少々堪えるが、相も変わらず冷たい害煙はオレの心を満たした。

 

一応命がかかった戦いの最中であるにも関わらず喫煙を嗜むオレに何を思ったわけでもなく、顔を上げたレミリアは漸く口を開いた。

 

その目はいつも通りに戻っている。

 

 

レミリア「…わかった、今回の件は貴方に預けるわ。」

 

 

「おぉ、そうかいそうかい。そりゃ嬉しい限りよ。」

 

 

「でもね…」とレミリアは一言付け足した。

 

 

レミリア「フランとの(遊び)には、この戦いとは比べ物にならない程の痛みが伴うわ。」

 

 

レミリアの表情が少し引き攣っている。

その表情に宿るは悔しさか、不安か。

だが、オレを心配していたのは確かだった。

 

 

「全部覚悟の上よ、あまりオレを舐めんじゃねェぞ?」

 

 

レミリア「そう…そうね、貴方は私に勝ったものね。」

 

 

「…フン、そもそもハナからオレを殺す気なんて無かったろ。全部予想通り、そうだろ?」

 

 

レミリア「…全てお見通しなのね。でも殺す気が無かったとはいえ、私は本気で戦ったわよ。貴方の実力は確かめられたわ。」

 

 

「…ケッ!オレはもう行くぜ。指くわえて待ってな!」

 

 

レミリア「えぇ、期待しているわ。」

 

 

レミリアは微笑みながら、玉座の間を後にするオレを見送った。

 

 

レミリア「これも…全て運命が導くまま…。」

 

 

玉座の間を出て廊下を歩きながら、さっきまでのレミリアの表情を思い出した。

 

レミリアの威厳がありながらも、どこか苦さを感じる表情。

 

まるでそれは、戦争に行く息子を見送る母のように。

あるいは死にゆく父を見守る娘のように。

レミリアの表情は酷く辛そうであった。

 

 

「“紅魔の王”がなんつー顔してんだよ…」

 

 

本気を出した(実際はわからないが)“紅魔の王”をオレは退けたのだ。

自分で言うのもアレだが、そこまでの男を信用しないというのはどういうわけなのだろう。

 

いや、信用していないわけではないのか。

ただ、心配なのだろう。

運命を視れることから、やはりレミリアはオレの事をかなり知っているようだ。

オレ自身でさえ知らないような事すら、レミリアにはお見通しのようである。

 

 

「…仁義を欠いちゃいられねェ、オメェの妹は絶対オレが助けてやるから心配すんな。」

 

 

男、龍二。

覚悟を決めた。

恩義の為、仁義の為、理由は後付けで好きなようにできる。

しかし、オレには深く考える程の脳は無い。

 

ただ、今回はレミリアに尽くしたかった。

一度衝突はしてしまったが、やはりオレなりに考えた結果である。

 

“姉妹が一緒に居られるように。”その一心でオレは地下への扉に向かったのであった。




ちなみにスペルカードルールはまだ無いわよ。


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悪魔の妹

遅くなってすまん。


レミリアとの戦いを終えて、オレはその足ですぐに地下へ向かった。

地下への行き方は知らなかったが、大凡の検討はついていた。

大図書館の中、普段パチュリーが座っている椅子の裏に金属製の大きな扉があるのだ。

それはまるで銀行の金庫のように大きく、宮殿の門のようの厳かであった。

 

 

「まァ、開け方はパチュリーに聞くしかねぇわな…」

 

 

それほど大きい扉なだけあって、簡単に開くようなものでは無かった。

レミリアから地下に行く許可(?)を貰ったのでパチュリーに聞きに行くことにした。

 

地下の話、レミリアとの戦いの話をパチュリーにすると呆れたような不機嫌なような、微妙な顔をされた。

 

 

パチュリー「…貴方ねぇ、私レミィに話すなって言わなかったかしら?」

 

 

「わりィ、あんまりにも気になったもんでよ。」

 

 

「呆れた…」とでも言わんばかりのため息をパチュリーにつかれたが、弁解しようとしても仕方ないので改めて聞くことにした。

 

 

「そういうわけでよ、地下に案内して欲しいんだわ。そこのデカい扉なんだろ?」

 

 

パチュリー「そうよ、貴方の馬鹿力なら無理矢理開けれる物だと思っていたけれど。」

 

 

「あんだけ厳重な扉を壊して、もし地下に通じる扉じゃなかったら滅茶苦茶無駄だろ?」

 

 

パチュリー「ふふっ、そうね。…いいわ、地下に案内してあげる。着いてきて。」

 

 

パチュリーに案内してもらい、地下に通じる扉の前に移動する。

 

目の前に立つと余計に大きく感じるこの扉。

開けてはならない。触れてはならない。

それはまるでパンドラの箱のように恐ろしいオーラを放っていた。

 

 

パチュリー「さて、今からこの扉を開けるわけだけど…ここで開けることは出来ないのよね。」

 

 

「あ?専用の鍵とか、強大な魔法とやらで開けるんじゃねェのか。」

 

 

パチュリー「鍵穴なんてどこにも無いでしょ。魔法に関しては創作小説の読みすぎね。扉を開けるのならこっちよ。」

 

 

オレの勘違いを簡単に一蹴し、パチュリーはスタスタと歩いていった。

今はパチュリーに着いて行くことしか出来ないので、反論はせずに大人しく着いていく。

 

…まぁ、反論できることもないのだが。

 

 

パチュリー「私も扉を開けるのは2、300年ぶりくらいなのよね。普段はメイド達に行かせるから。」

 

 

「っつーことは、パチュリーもそれぐらいフランドールに会ってないわけか。」

 

 

パチュリー「……そうね。…さて、たしか第21本棚のe列…5段目、だったかしら…」

 

 

フランドールの話を軽く流し、ブツブツ独り言を言うパチュリーにそのまま着いていく。

パチュリーは本棚を見ながら歩いている。

 

 

「なァ、扉開けんのになんで本棚に行くんだ?」

 

 

パチュリー「見てればわかるわ…e列5段目の赤い本…ん、4段目ね。赤い本…あった、これよ。」

 

 

そう言って、パチュリーは“第21本棚e列4段目の赤い本”を強く押し込んだ。

パチュリーが赤い本を押し込むと、地下への扉の方からガコン!と大きな音がした。

恐らく今の本が鍵になっていたのだろう。

 

 

「ゼルダの伝説やらドラクエやらにありそうだな…」

 

 

パチュリー「貴方って博識なのか単純に馬鹿なのか知らないけれど、たまに意味不明な単語使うわよね。」

 

 

「博識な馬鹿って事だよ。んで、今ので扉は開いたんだな?」

 

 

パチュリー「開いたのは鍵ね、あとはあの扉を強く押せば勝手に開くわよ。」

 

 

やはり先程の赤い本が鍵となっていたようだ。

にしても、ここまで大掛かりな解錠をしておいて最終的に自力で開けるとは…

本を鍵にするロマンを求めたかっただけだろうというのが丸わかりである。

 

 

「これの作者はレミリアか…。」

 

 

パチュリー「あら鋭いのね。って言っても結構わかりやすいかもしれないけれど。」

 

 

うん、結構わかりやすい。

 

…やっぱ500年生きてても子供なんだなと再確認。

とはいえ、この大掛かりな仕掛けに驚いたのも事実、ここはレミリアの顔を立てて何も言わないでおこう。

もう手遅れかもしれないが。

 

扉の解錠をしたので、パチュリーと地下への扉の前に戻った。

 

 

パチュリー「この扉から先は貴方一人で行くのよ。覚悟は出来ているの?」

 

 

覚悟…

たしかにレミリアの妹、フランドールは恐ろしい能力を持っているらしい。

オレがいくら能力を使いこなせていようと、たちうちできないのかもしれない。

勿論、死ぬことだってありえる。

 

(…レミリア、心の中で泣いてたんだろうな。)

 

オレが「地下に行く」と言った時のレミリアの顔が記憶から呼び起こされる。

 

 

(覚悟…ね、そんなもん…)

 

 

「とっくに出来てらァ。語るまでもねェわな。」

 

 

レミリアへの恩義の為。

レミリアの妹の為。

姉妹が、いや、紅魔館が笑顔でいれるように。

 

───オレはオレの仁義を通す。

 

 

パチュリー「そう、でも油断しないことよ。」

 

 

「おうよ。」

 

 

オレは目の前の大きな扉に手を当てて、強く押し開けた。

ゴゴゴゴゴ…という地震のような重低音を立てて、その大きな扉はオレに道をあけた。

 

扉を開けると、地下に続くものであろう石造りの階段が闇の中でオレを待ち構えていた。

 

 

「夕飯までに帰るって咲夜に伝えといてくれよ。」

 

 

パチュリー「呑気ね…はいはい、気をつけて。」

 

 

重要な場面の前に、少し緊張をほぐそうと軽いジョークを言う。

フフッ、と笑ってオレは地下への階段に足を踏み入れたのであった。

 

 

パチュリー「……レミィが貴方に拘る理由、少し分かった気がするわ。」

 

 

オレが地下への階段に足を踏み入れたあと、パチュリーの呟きがオレの耳に届くことはなかった。

 

 

 

 

地下へ続く階段はとても暗く、壁に等間隔で設置されている蝋燭が無ければ一寸先も見えないほどだ。

とはいえ、蝋燭があっても足元が微かに見える程度だが。

 

 

「…嫌な空気だなァ、煙草でも吸うかね。」

 

 

地下へ続く階段というだけあって気温が低いという理由もあるだろうが、この階段に足を踏み入れてから妙に心臓が圧迫されるような感覚に襲われていた。

 

ソワソワする気持ちを落ち着かせるためにポケットから煙草とジッポライターを取り出し、煙草に火をつけて煙を大きく吸い込む。

 

 

「ッ…!さみィ!?けどやっぱり……」

 

 

落ち着く。

 

非喫煙者などの通常の人間がオレを見たなら「末期だ。」と言うのであろうが、他の喫煙者もだいたい同じだ。これが普通なのである。

 

煙草の煙があまりにも冷たすぎてこの空間の気温が下がったような気がするが、二呼吸目は全く気にならなくなった。

 

 

「それにして長ェ階段だな、終わりがあるのかも怪しいくらいだぜ…ッと?」

 

 

ブツブツと独り言を呟いていると、長い下り階段が終わり、鉄製の扉に到達した。

サビだらけの片開きのドアだ。

この先にレミリアの妹、フランドール・スカーレットがいるのだろう。

 

オレは煙を吸い込み、瞼を閉じた。

 

ずっと感じていた悲しい魔力の主と漸く対面できるのだが、レミリアは「彼女との“遊び”には痛みが伴う」と言っていた。

まぁ簡単に言うと戦いになるのだろうが…

 

煙を吐き、目を開けて扉を再び見やる。

と、ここであることに気づいた。

 

 

「…よく見たら半開きじゃねェか。まぁもう一個バカでかい扉あるし、そこまで厳重にする必要はないのかもな。」

 

 

ここまで厳重に幽閉しているのだ、半開きなのは少々警備が緩いような気もするが…

外に出るにはもうひとつの大きな扉も突破しなければならない。

だから部屋の扉は開いてても別段問題がある訳では無いのだろう。

 

そう勝手に納得し、オレは錆び付いた扉を押し開けた。

ギィィィ…と不快な金属音を立てて開いた扉の先は階段に比べると大分明るく、部屋の大まかな全体像を把握することが出来た。

 

 

「広いな…」

 

 

まず第一印象、広い。

天井はドーム状で、どデカいシャンデリアがぶら下がっている。

レミリアがいつも過ごしている玉座の間に比べてもだいぶ広い。

ここまで広い空間を作るのは結構難しいだろう。

 

そしてもうひとつ、ツンと鼻に来る嫌な臭いが漂っていた。

これはオレも嗅いだことがあり、普通ならば漂うはずのない、いや、漂ってはならないはずの臭いだ。

 

 

「…腐乱死体、だろうな。部屋中にこびり付いた血の臭いも微かに混ざってる。」

 

 

元々ヤクザだったオレからすれば、ある程度は嗅いだことがある臭いだ。

とはいえ、それでもこの臭いに慣れることはできない。

 

吸い込んだ煙を鼻から吐いて、鼻の臭いを煙草で洗浄する。

すると、まだ腐乱臭は残っているが、鼻呼吸が出来ないほどの臭いはしなくなった。

 

 

「…腐乱臭漂わせやがって…これぞまさに腐乱ドールってか?」

 

 

は?

 

 

……………場を和ませたところで、肝心のフランドールを探す。

一部屋とはいえ、ここまで広いとどこかに隠れていてもおかしくはない。

 

だが、腐乱臭漂う部屋を歩きながらキョロキョロしていると幼い声が聞こえた。

 

 

?「おじさん、ここに何の用?」

 

 

突然かかった声に少し吃驚したが、周りを見ても声の主は見当たらない。

だが、声の感じからしてフランドールだろう。

吸っていた煙草を床に落とし、踏み消した。

 

 

「お兄さん、な。お前はフランドールだろ?遊びに来たぜ。」

 

 

?「…そう、フランでいいよ。」

 

 

呼び方の訂正は完全にスルーされたが、思っていたよりちゃんと話はできるようだ。

すると背後からタンッという音がしたので振り向くと、そこに金髪の吸血鬼、フランが姿を現した。

フランの手には赤いふにょふにょした物が握られていた。臓器…恐らく脳漿辺りだろう。

 

 

「随分とマブいスケさんだな。オレは葛城龍二、レミリアに頼まれてな。フランと遊びに来たぜ。」

 

 

フラン「ふぅん…お姉様ね………。」

 

 

レミリアの名前を出すとさっきとは打って変わって暗い顔になった。

いや、憎悪や恨みと言うべきか。

フランは手に持っていた臓器を握り潰し、投げ捨てた。

投げられた臓器は木っ端微塵になっていた。恐ろしい程の握力だ。

 

 

フラン「人間って飲み物の形でしか見たこと

無いの。貴方も飲んでみる?」

 

 

「いや、オレはコーヒーがいいな。とびっきり苦いやつで頼むわ。」

 

 

フラン「こんなに図々しい人間初めてよ。貴方ほんとに人間?」

 

 

やはり普通ではない。とはいえ吸血鬼ならば当たり前なのかもしれないが、カニバリズムは遠慮したい。

それにしても、どいつもこいつもオレを人外扱いしやがって。

確かに前とは違い、今のオレは魔法や能力が使える上に筋力がインフレーションしているので人間を辞めていると言っても過言ではないが。

 

 

「話は変わるけどよ、フランはレミリアについてどう思ってンだ?」

 

 

「どうって何。」

 

 

やはりレミリアの名前を出すと不機嫌そうだ。

“踏み込んでくるな殺すぞ”というオーラが凄い。

たしかに仲は険悪…なのかもしれない。

だがオレはレミリアと約束したので、ここで引き下がることは出来ない。

 

ポケットから煙草を取り出し、火をつけて気持ちを落ち着かせる。

 

 

「まァ…なんさな。レミリアはお前の事を大事に思ってるのは知ってるか?」

 

 

フラン「ふざけてるの?私は495年も地下に閉じ込められてたのよ?」

 

 

「…その理由は知ってるか?」

 

 

フラン「質問ばっかでつまんない。お姉様は私の事が嫌いなの、だから私を閉じ込めるのよ。」

 

 

やはりそうか。

レミリアはフランに幽閉の理由を伝えていない。もしくは伝わっていないのだろう。

ということはレミリアの気持ちを伝えてやれば、あるいは…

 

 

「レミリアがフランを閉じ込めてた理由はな、フランの能力が大きな原因だ。フランの能力は危険で、仮に外で何かあって能力が暴走したらフランの身も危ない。だから外に出したくても出せない。って言ってたぞ。」

 

 

フラン「……そんなの知らない。おじさんの嘘つき。」

 

 

少し動揺しているようだ。

未だにオレをおじさんと呼んでいるのはこの際おいておこう。

ただ動揺しているとはいえ、495年分の恨みが溜まっているはずだ。

それを簡単な会話で消すことは出来ないだろう。

 

そこで恨みの置き所が無くなった場合、ターゲットになるのは確実にオレだ。

そうなったらオレはフランの怒りを命懸けで受け止める事になる。

 

もちろん命の保証はないが、全て覚悟の上である。

 

 

「嘘じゃねェよ。レミリアはな、ずっとお前のためだけに生きてきたんだ。それが間違ってたとしてもな。」

 

 

フラン「…うるさいな。もう黙ってよ、壊すよ。」

 

 

「レミリアはフランとまた一緒に笑えるような生活をしたいって願ってるぞ。」

 

 

フラン「黙って……黙れ。」

 

 

「フランを…愛してるってよ。」

 

 

我慢が効かなくなったのか、フランは憎悪の宿った瞳を真っ赤にさせてオレを睨みつけた。

目からは涙が流れている。

 

するとフランはオレに掌を向けた。

 

その顔は“絶対に殺す”と言わんとばかりの殺意に満ちた顔だった。




ちなみに、「マブいスケさん」というのは「可愛らしいお嬢さん」みたいな意味やで。


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家族

のんびり書いてたわ


「フランを…愛してるってよ。」

 

 

フラン「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!もう壊れちゃえ!!!!!」

 

 

フランの叫び声と共にドカン!という音と共に目の前が爆発した。

どうやら吸っていた煙草を爆発させたらしい。

勿体ない………じゃなくてとても危険だ、下手したら顔面が爆発してたかもしれない。

そうすればオレは一発KOだ。

 

 

フラン「ッ!……こいつの“目”はどれ…?」

 

 

「あん?どうしたよ。」

 

 

フラン(こいつの“目”、どれを壊せばいいの…試しに一個壊したけど何も起こらないし…)

 

 

フラン「…まぁ直接壊せばいいだけね。おじさんは喋んないで、うるさいから。」

 

 

そこまで言う?ちょっと傷ついた。

“目”がどうとか言ってたみたいだが、オレの目は顔についてる2つのたまっコロだ。他に何があるのか。

と、考えている暇もなくフランの掌から無数の赤い弾が超速で発射された。

 

 

「オイオイ…こりゃあレミリアも手に負えないわけだ、速すぎるぜ。」

 

 

フラン「当たってよッ!!壊れてよッ!!!」

 

 

「無茶言うな。」

 

 

オレは魔力で精製した無数のパイプを能力で飛ばし、レミリアの時と同じように弾を相殺した。

相殺しなかった弾は床や壁に当たって爆発した。

レミリア戦で多少慣れたのもあるが、日頃の訓練の甲斐あってある程度は無意識にいなせるようになった。

 

見た目が子供とはいえ、油断は禁物だ。

あのレミリアが手に負えない程の能力。警戒するに越したことはない。

ちなみにフランは未だ休む間もなく魔弾を放ち続けている。

 

 

「どんだけ連射できんだよ…とんでもねェ弾倉だな。」

 

 

フラン「だんそう…男装…?」

 

 

普通に通じなかった。

そういえば幻想郷に銃はないのだろうか。

いや、恐らくは存在するのだろう。紅魔館の造りから見て、元いた世界で例えるなら中世ほどである。

海賊とかが使ってそうな銃はありそうだ。

 

そもそも幻想郷の奴らは魔法使えるから要らねぇのか。

 

 

フラン「あ…短小?」

 

 

やめろ。

 

 

フラン「こんだけ連射してもバテないなら撃たなくていいか。」

 

 

そう言って、ずっと魔弾を連射していたフランが攻撃をやめた。

攻撃が止んだのでオレも周囲に展開していた魔力のパイプを消した。

 

バテはしないけど普通に疲れたぞ。

 

 

「…なンだよ、話を聞く気になったか?」

 

 

フラン「ううん?臟えぐろうと思って。」

 

 

そう言ってニコリと天使のように笑った悪魔は突然、瞳孔をガン開きにして殴りかかってきた。

レミリアとは比べ物にならない程のスピードだ。

 

だが殴られる手前の一瞬、ほんの一瞬だけオレにとっての時間がゆっくりになった。

フランの翼に装飾されている7色の宝石がオレを嘲笑うように煌めく。

 

 

(“ゾーン”…ってやつか。)

 

 

フランの攻撃は確かに速い。もはや音を置き去りにしているのではないかという程にそれは速かった。

だが命を賭した戦いというのは感覚、第六感も養うものだ。

 

その第六感が生み出す究極、その1つが“ゾーン”。

 

だが世界がゆっくりになると言っても、その間は約1秒程度だ。

悠長に構えていられるほどの時間はない。

今まさに、フランの拳がオレの腹を貫く寸前なのだ。

なのでオレはフランの腕を上から強く殴り、フランごと床に叩きつけた。

 

 

「ゾーンね…まさかオレも習得していたとはなァ。」

 

 

フランの腕は叩きつけられた衝撃で床に埋まってしまった。

一瞬フランは目を驚愕とともに見開いたが、すぐに口角をあげた

 

 

フラン「アハッ、そうこなくっちゃ…おじさんには苦しみながら死んでもらうんだからァ…!」

 

 

床に埋まった腕を乱暴に引き抜き、フランはユラユラとオレに微笑んだ。

もはや狂気しか感じないほどの邪悪さを孕んだ笑みである。

フランは妙な方向にねじ曲がった右腕を忌々しそうに見つめ、左の手で強引に元の方向にバキリと戻した。

 

 

「オォウ、良い音。」

 

 

強引に戻した右腕をグルグル回して具合を確かめると、フランは両の手を広げて力んだ。

すると真っ赤な長い爪がフランの指先から伸び、フランは口角を吊り上げてその場から消えた。

 

恐ろしい程の悪寒を感じて横に跳んだが、その瞬間、左腕に激痛と共に赤い華が散った。

 

 

「…ッ痛ぇなァ…!」

 

 

左腕を見ると大量の血が出ており、血みどろになりながらも視認できるほどの深い切傷がついていた。

単純な事だ、フランの爪に切り裂かれたのだろう。

油断はしていなかった。

だがあまりの速さと爪の鋭さに吃驚したと同時に、元の世界で最強だったはずの自分がそれを受け止めれなかった事実に段々とイライラが募ってきた。

 

 

フラン「おじさんの臟抉って撒き散らしてあげるよ。」

 

 

「…やってみィやバカ助がァ!」

 

 

オレが叫ぶとフランの姿が再び消失し、それと同時にオレは周囲に魔力のパイプを展開、そして両腕に魔力の篭手を装着して構えた。

 

その出来事からコンマ数秒後

 

左方からの殺気を感じ、その方向にパイプを飛ばして右ストレートを放った。

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

フラン「…っ!」

 

 

左方に飛ばしたパイプはフランの右腕を貫き、動きの止まったフランの頬に右ストレートが決まった。

顔面に衝撃を受け、狂気的な圧力を孕んだフランは成すすべもなく吹き飛んだ。

 

やった本人が言うのもなんだが、ちょっとばかり心がいたい。

 

 

「死んじゃ…いねェな、ほんの一握りの情けもいらねェか。」

 

 

吹き飛んだフランは壁を砕き、砂煙と瓦礫を生み出した。

砂煙で見えないが、フランが居るであろう点に目掛けてその瓦礫を能力で飛ばした。

よくある言い方をすれば“オーバーキル”である。

すると予想通り、飛ばした瓦礫は粉々になってオレの方向に返ってきた。

 

 

フラン「どうして反応できるの?人間が反応できる速度じゃないと思うけど。」

 

 

やっぱり死ぬわけがないのだ。

というより死んでいたら流石に困る。殺すことが目的ではないのだ。

 

 

「人間特有の本能がそうさせるのさ。」

 

 

フラン「ふぅん…」

 

 

聞いた割には心底興味無さそうである。

それにしても、彼女に痛覚は無いのだろうか。

いくら吸血鬼とはいえ、流石にあれほどの衝撃を受ければかなりの痛みがあると思うのだが。

 

そんなことを考えていると、フランは雲を掴むような動きで右手を前方にかざしだした。

 

 

「あァ?」

 

 

フラン「私のステキな“玩具”を見せてあげる」

 

 

かざしたフランの右手から赤黒い魔力が温泉のように湧き出てくる。

その湧き出た魔力はフランの右手から棒状に伸びてゆき、やがて赤黒い大剣となった。

その赤黒い剣は妖艶に煌めき、その柄からは鎖が垂れている。

 

この剣がRPGにあるのなら、ラストダンジョンで手に入るレベルの呪われた武器だろう。

そんな印象を持てるビジュアルだった。

 

 

フラン「…かつて神話では“魔法の剣”として崇められ、あるいは“禁忌”として恐れられ…悠久に語り継がれる剣…」

 

 

フランは淡々と語りつつ、その刀身を愛でるように指を優しく添わせた。

すると指で撫でられた刀身から、突如血のように赤い火炎が発生した。

 

 

フラン「“レーヴァテイン”」

 

 

フランは“レーヴァテイン”を横に薙ぎ、地下室の壁に大きな水平線を描いた。

瓦礫が崩れ、砂埃が舞う世界。

フランの姿は見えずとも、レーヴァテインの火炎によりその位置は明確である。

 

 

「……それが“玩具”、ねェ。」

 

 

きっと模倣品なのだろうが、神話の産物を飽くまでも“玩具”と言い張るフランに多少の呆れを覚える。

レーヴァテインによって、寒く冷たい地下室の温度が上がってゆく。

 

 

「サウナにしては湿度が低いんじゃねェのかァ?」

 

 

フラン「サウナ…?湿度…?何言ってるかよくわからないけど、ちゃんと避けないと…」

 

 

フランがオレにむかってレーヴァテインを強く振り下ろす。

反射的に身体を捻り、これを回避した。

今度は縦の線が壁に刻まれ、先程の水平線と重なって十字を創造した。

頬に伝うのは冷汗か、この空間に満ちる熱気によるものか。自分でも分からない。

 

 

フラン「壊れるよ。」

 

 

「吸血鬼が十字を描くたァ随分な冒涜だな。つってもオレは神なんざ信じちゃいねェが。」

 

 

フラン「神様が存在してるなら、私は迷いなくそいつを壊すなぁ。」

 

 

随分お怒りのご様子で…と呟き、オレは床を強く蹴ってフランに迫る。

単なる正面突破。流石のフランもこれを嘲笑うかのような表情をし、レーヴァテインの切っ先をオレに向けた。

このままではオレはレーヴァテインに貫かれ、残酷な死を遂げる。

なによりも、フランとレミリアはすれ違ったままだ。

 

まぁ…

 

 

「そんな事はわかってらァよ。」

 

 

右腕にありったけの“力”を集中させる。

オレは左手を前に突き出し、右腕を強く後ろに引いた。

所謂“パンチ”だ。

 

その全速力のパンチをフランではなく、あえて“レーヴァテインに”放つ。

 

 

「オッ──ラァッ!!!」

 

 

衝突する剣と拳。

バリンという音とともに真っ赤な粒が飛び散った。

 

オレは右手を突き出した状態で数秒間、静止する。

 

その右手に握るのは拳──

だがそれは拳であって拳ではない。

その右腕に纏うは緋色のガントレット…

 

今まで使っていた魔力の篭手とは似て非なるもの。

そのガントレットは燃えたぎる焔を彷彿とさせるような形状をしていた。

 

 

「“カグツチ”とでも名付けておくかァ・・・!」

 

 

フラン「…ッ!」

 

 

目を見開き、動揺を隠せないフラン

その手に握られている物は“レーヴァテインだったもの”。

 

オレが図書館で初めて魔法を使った時、炎を出そうとして“炎の形をした物体”を生み出したことを覚えているだろうか。

実はあの魔法が生み出した物体にはしっかりと炎の大きな要素、“熱”が生まれていたのだ。

 

言うなれば“炎の結晶”のような感じだ。

 

 

フラン「どうして…」

 

 

「質量のある炎と無い炎なら、質量のある炎の方が強いよなァ〜!?ガハハハハハハ!」

 

 

フラン「なんて単純……」

 

 

予想通りの威力にゲラゲラと笑っていると、フランがため息混じりにオレを睨んできた。

 

 

“495歳児”にすら呆れられるオレってなんなんだろうな。

 

 

フランの“玩具”が壊れたことで“遊び”が一時停止されたので、オレはすかさず煙草を取り出し火を付けた。

上昇した室温が冷たい煙で冷却されてゆく。

 

 

 

フラン「…はぁ……」

 

 

 

フランは少し俯いて何か考え事をしているようだ。

もしかしたら話を聞く気になったのかもしれないのでオレはフランを待つことにした。

 

煙を吸って

 

吐いて

 

また吸って

 

また吐いて

 

 

………しばしの沈黙。

 

オレが二本目の煙草に火を付けた数秒後、フランが漸く口を開いた。

 

 

フラン「私は…495年間ずっと独りだったの、この暗い部屋で。」

 

 

「……知ってるぜ。」

 

 

フラン「お姉様がどう思ってるかは知らないけど、私はずっと独り。」

 

オレはまだ28だ。もし28年ずっと独りだったならオレは発狂できる自信すらある。

それを約495年…

 

どれほど辛く、どれほど寂しかったなど

語るまでもないだろう。

 

 

フラン「私だって…妖精メイドが持ってきてくれた本に書いてあったような家族みたいになりたかった…っ!」

 

 

「…………ッ」

 

 

フラン「それなのに…っお姉様はいつも私を独りにしてっ…私を置いて…家族で幸せになって……っ………」

 

 

 

何も言えなかった。

今まで生きてきて色々な苦労があったが、それでもオレの周りには人が居た。家族が居た。

 

 

 

フラン「私も……っ、入れてよ…!家族に…っしてよッッ!!」

 

 

 

叫び、魔弾を放つフラン。

その魔弾をオレは避けようともせずに直撃した。

腹に強烈な衝撃を受け、流血した。

 

 

 

フラン「何も知らないくせに…ッ、知ったようなこと言わないでよッッッ!!!!」

 

 

 

フランの言っていることは最もだ。

495年間の孤独、実の姉は別の家族と笑顔。

 

オレはフランとレミリアがまた笑い合えるようにするなどと大層な事を言っていたが、フランの事を理解しているようで全く理解できていなかったのだ。

 

それは、“孤独”を知らないから。

 

 

ならば、今のフランに必要なのは何か……

 

 

フラン「わかったらさっさと…ッ壊れてッッ!!」

 

 

叫びと共にフランが地を蹴った。

フランが居たところの床はドカンという音と同時に砕けた。

 

オレに向かって突進してくるフラン、その右手には真っ赤な爪が五本伸びている。

 

今にもフランはその鋭い爪をオレの腹に貫通させるだろう。

 

 

それでもオレは動かない。

こんな“遊び”はもうやめだ。

 

 

(オレが、フランにできること……)

 

 

 

オレは煙草を床に吐き捨てた。

その瞬間、真っ赤な飛沫が部屋中に飛び散った。

 

 

 

広い部屋の壁にまで散った紅い百合。

 

 

 

その広い部屋の中心で、オレはフランを抱きしめた。

フランの右手はオレの背から突き出ている。

真っ赤な鋭い爪で貫かれたのだ。腹からは大量の血が流れている。

 

 

それでもオレはフランを離さなかった。

 

 

フラン「…何…して…ッ」

 

 

「今のオメェに必要なのは…愛情、親だと思ったんでなァ……」

 

 

ゴボッと吐血し、小さなフランの頭を撫でる。

どんなに力が強かろうと、どれほど恐ろしかろうと、やはりフランは子供なのだ。

何がなんでもフランを“普通の子供”として生きさせてやらねば報われないじゃないか。

 

ならば、オレが親になればいい。

“親になる”というとどうも暴力団時代を思い出してしまう。

あの時の“親父”とはよく口喧嘩をしていたものだ。

 

 

フラン「何…それ…っ、壊れる寸前のくせにそんなこと…っやめてよ…っ」

 

 

「ガッハッハ……漢 葛城龍二、そう簡単には死なねェよ…。」

 

 

フランの目から涙が流れた。

先程までの狂気的な目は面影もない。

オレがフランの親になるってことは、相乗効果でレミリアの親にもなるってことか。

 

どうも激しい親子喧嘩をしてしまったらしい。

だが、これで充分に目的は達成できるだろう。

 

 

「…これでフランも“家族”の一員…だな……」

 

だんだんと視界が霞み、意識が朦朧としてきた。

あとは誰かが何とかしてくれるだろう。

 

 

(少し、休むか…)

 

 

 

 

フラン「……お父さん…」

 

 

フランがオレの顔を見つめ、心配そうに呟く。

オレはニシシっと笑い、安心して意識を手放した。




ちなみにフランが龍二の“目”をうまく掌握できなかったのは、龍二の能力が“無数の不可視の手”を持ってるからです。
つまりフランにはその手の数だけ“目”が見えてたってことやね、こわぁ〜


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スカーレット

小説内では数十分程度のお話
珍しく戦いはないです。


───窓から差し込む白昼の光

オレは見慣れた家のリビングで寛いでいた。

その空間にはオレと親父の2人だけ、ブラックの苦いコーヒーを飲んでいる。

 

そんな、日曜の朝のように平凡な時間。

退屈を感じざるを得ない中、リビングの扉がガチャリと開き、赤い長髪を流した高身長の女が入ってきた。

葛城玲亜(れあ)…妹だ。

 

玲亜はスタスタとリビングを抜けてキッチンに向かっていき、冷蔵庫を開けた。

だが、冷蔵庫の中を見て不機嫌そうな表情をする。

 

玲亜は冷蔵庫の扉を乱雑に閉めると、ズカズカとオレの所へ歩いてきた。

 

 

玲亜「ねぇお兄ちゃん、私のファンタ飲んだでしょ!」

 

 

突然あらぬ疑いをかけられ、きょとんとしてしまった。

その硬直によって余計にオレを疑ったのか、「ねぇ!」と追い打ちをかけてきた。

 

ふと親父の方を見てみると、玲亜を気にしてソワソワしているようだった。

 

 

「オレはそんな甘ったるいモン飲まねェぞ。……そういやさっき親父が何かァ〜飲んでたようなァ〜…」

 

 

すると玲亜は親父の方をギロリと睨みつけた。

玲亜は華奢だが、高身長なのもあって睨みつけられると中々の威圧感がある。

それを見て親父はビクリとし、立ち上がって玲亜に頭を下げた。

 

 

信治「…悪ィ玲亜!オレがさっき飲んじまった。」

 

 

玲亜「…はぁ…最後の一本だったのになぁ、後で買ってきてね?」

 

 

玲亜は呆れたような顔をしてリビングから立ち去った。

それをなんとも言えない表情で見つめる親父をふと見やる。

親父はツーブロックの金髪で、マッチョな上に身長も高いのでナリは相当イカつい。

 

だが、こうして妹に何か言われると反抗できないのだ。

玲亜はきっと、嫁と同じような立ち位置なのだろう。

 

オレと親父は根っからの喧嘩太郎だが、身内には絶対に手を出さない。

もし仮に喧嘩しても、口喧嘩で済ますのが信条だ。

 

と、ここでオレが飲んでいたコーヒーが空になっていることに気づいた。

新しいコーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。

 

 

信治「…よォ、龍二よ。」

 

 

「あん?どうした親父。」

 

 

さっき妹に怒られてしょげていた親父だが、突然真面目な表情で話しかけてきた。

先程ファンタの件でチクった事を怒っているのだろうか。

 

 

信治「…これからの人生、テメェになにがあっても泣き言は言わねェって、約束できるか?」

 

 

「…急になんだよ、気持ち悪ィな……オレがそんな事でメソメソするタマに見えんのか?」

 

 

なんの脈略も無く意味深な事を言ってくるあたり、流石親父と言うべきか…

なんの意図があってそんなことを聞くのかわからないが、オレは親父の息子だ。

こう見えて、親父の息子であることに誇りを持っている。

 

だから何があっても泣き事など言うわけがないのだ。

 

 

信治「……そうだな、そうだったな。だが龍二、テメェはもっと強くなれ。強さだけは純粋だからな──────

 

 

「急になンだ───

 

 

霞む視界、乱れる音。

沸かし始めたばかりなのに、けたたましく咽び泣くヤカン。

ボヤのかかった視界で親父が立ち去っていくのが微かに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───気がつけばオレは見知った天井をボーっと眺めていた。

 

 

「……紅魔館か。」

 

 

窓の外は既に暗闇だった。

窓を開け、冷たい風によって段々と覚醒していく意識。

そう、オレはフランとの“遊び”で腹を貫かれて意識を失ったのだ。

腹には包帯が巻かれているので、誰かが運んでくれたことは間違いないだろう。

 

そして先程まで見ていた夢を思い出す。

 

 

「…懐かしい、夢だったな。あの日を境に親父は居なくなったんだよな。」

 

 

そういえば、筋肉を鍛え始めたのもそれが原因だった。

ただ強さを求めて、せめて親父の意志を継ぐために。

目標が消えて焦っただとかそんなもんじゃない、何故忘れていたのだろう。

 

………。

 

 

「ってそんな事は二の次だァッ!フランはどうなったんだよ!?」

 

 

突然現実に帰って大声を出すと同時にコンコンと音が聞こえ、部屋の扉がガチャリと開いた。

ノックしてもすぐに開けたら意味などないだろう…

 

 

レミリア「あら、随分と吸血鬼に優しいお目覚めじゃない。」

 

 

「……よく言うぜ。最近のオメェは昼でも夜でも起きてる時は起きてンだろ。」

 

 

レミリア「ふふっ、そうだったかしらね。」

 

 

部屋に入ってきたレミリアにフランのことをすぐに聞こうと思ったが、話が和やかになってしまった。

いつもと何も変わらないような普通な会話。

だからこそ、聞くべきことを聞こうにもタイミングが掴めない。

 

参ったな……と頭をポリポリ掻いていると、俺の心情に気づいたのか、レミリアは微笑んだ。

 

 

レミリア「…ふふっ、焦らないの。今咲夜が紅茶を用意してるわ。」

 

 

「……オメェはなんでもお見通しなんだな。ほんなら、煙草でも吸うかねェ…」

 

 

お話は茶を飲みながらゆっくりと…ということらしい。

それならばと、懐から煙草を取り出して火をつける。

冷たい煙が体も心も満たしてくれる。

 

外へ流れ出た害煙が暗闇に灰色の波を描いていく。

レミリアとオレ二人だけの空間。

なんてことはない、見慣れた光景だ。だが今だけは落ち着かない。

 

 

レミリア「…具合はどう?」

 

 

「ン…さすが最強ってところだな、ピンピンしてらァよ。」

 

 

レミリア「ふふっ…自分で言うのね」

 

 

落ち着かないオレを見かねて話題を作ってくれたみたいだが、どうも続かない。

レミリアをよく見てみると、平然としているように見えてレミリアも心なしか顔色が悪い。

吸血鬼だからだろうか…?

 

タバコの火がフィルターに到達する前に灰皿にタバコを押し付ける。

そして2本目のタバコに火をつけた。

 

 

「…………。」

 

 

レミリア「…………。」

 

 

一体どれほどの時間が経ったのだろう。

そう思って時計を見ると、まだ5分程度しか経っていなかった。

人間の脳とは恐ろしいものだ。

とはいえ、もうすぐ咲夜が紅茶を持ってきてもいい頃だろう。

 

そう思っていると案の定、静寂がコンコンという2つの打音によって打ち破られた。

 

 

レミリア「入りなさい。」

 

 

扉が開き、バランス良く片手でティープレートを持った咲夜が入ってきた。

パッと見は普段通りだが、その表情はどこか固いようにも見える。

 

 

咲夜「紅茶が入りました。」

 

 

レミリア「えぇ…ありがとう。」

 

 

「あんがとよ。」

 

 

紅茶をテーブルに置かれ、咲夜に礼を言う。

ただフランがどうなったか聞きたいだけだが、妙に緊張してしまっている自分がいる。

 

フランはどうなった?

 

それだけ。たったそれだけ聞けばいいのだ。

だが思考とは裏腹にその思いは声にならない。

そう思っていると、その重くのしかかるような静寂に終わりを告げたのはレミリアだった。

 

 

レミリア「龍二。」

 

 

「………おうよ。」

 

 

先にレミリアが話すという予想外の結果に驚いたのか恐怖したのか、オレは妙な間を空けて返事しかできなかった。

 

 

レミリア「フランがどうなったか…知りたい?」

 

 

「……!」

 

 

ぎょっとした。

わざわざ含みのある聞き方をするということはそういうことなのだろうか…

オレは途端に不安になり、レミリアを凝視した。

レミリアは目を伏せている。

 

 

「……聞かせてくれ。」

 

 

レミリア「…えぇ。」

 

 

レミリアは目を伏せたままだ。

息が詰まるように感じた。

まるでアルプスの頂上かのように、息が苦しかった。

頭の中では最悪の結果が浮かんでは消え、また浮かび…そして消えてゆく。

 

レミリアはゆっくりと口を開いた。

 

 

レミリア「フランは無事よ、今は眠っているわ。」

 

 

「…!フランとは話せたか?」

 

 

最悪の予感は的中しなかった。今はそれだけでも充分に良い。

あとはフランとレミリアだ。

お互いに分かり合えるのならばそれがベストである。

 

 

レミリア「えぇ…あの子が貴方を担いで図書館まで来た時は驚いたわよ。話も色々聞いたわ。」

 

 

「アイツが…フランが運んでくれたのか」

 

 

レミリアが驚くということはレミリアも図書館に居たという事だ。

レミリアもなかなか心配性である。

だがそれはひとまず置いておき、フランとどう接したのかということだ。

 

 

レミリア「当然だけど、フランはやっぱり私のことを許してくれていなかったわ。」

 

 

「ッそうか…」

 

 

本当ならすぐに和解というのが理想だが、やはりそうはいかないようだ。

だが495年物の怨みが溜まってるのだから、当然といえば当然だろう。

それでも二人にはわかりあってほしいが…

 

けれどね…と付け足してレミリアは続けた。

 

 

レミリア「また最初からやり直して笑い合いたいって、そう言ってくれたのよ。」

 

 

そう言ったレミリアは涙を浮かべながら微笑んでいた。

今までの悔しさ、虚しさから解放されたようなものだ。

それほどまでに嬉しいのだろう。

気づいたらオレはレミリアの頭の上にポンと手を乗せていた。

 

 

「良かったなァ…!!」

 

 

わしゃわしゃとレミリアの頭を撫でる。

オレとしても姉妹が笑い合えるということで嬉しいのだ。

レミリアは目に浮かんだ涙を拭き、再び微笑んだ。

 

 

レミリア「ありがとね、お父さん(・・・・)?」

 

 

「…おうよッ!」

 

 

レミリアにまでお父さんと呼ばれ、内心ドキッとしたが今回は何も言わないことにした。

普段は妖艶な微笑みを浮かべる彼女だが、今日は無邪気な子供のように明るい笑みを浮かべていたからだ。



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暫しの別れ

こいついっつも執筆遅れてんな


眩い光に煌々と照らされる昼下がりの紅魔館…

とはいえ、基本的に陽光を受け入れないこの館ではそれも無意味だろう。

 

その陽光を忌み嫌う館の中でオレは唯一、窓を開けて煙草を吸っていた。

 

フランとレミリアの1件を終え、数日が経った。

そんな中オレは瑠美の事(厳密には元いた世界の事)について考えていた。

忘れていた訳ではないが、紅魔館での生活で危機意識が薄れていったこともあり、あまり本格的に手をつけていなかった。

 

 

「そもそも世界越えるなんて常識的に無理だろ…魔法でも使えねェと………あ。」

 

 

使えたわ。

 

 

ここは幻想郷、魔法など当たり前の非常識な世界だった。

魔法といえば、この館にはその道のエキスパートがいるではないか。

彼女に聞けば方法が分かるのは必然、古事記にもそう書かれてる。

 

そもそもこんな簡単な事を思いつかない辺り、オレのIQも知れたものだ。

 

思い立ったら即実行。

煙草を灰皿に押し付け、大図書館へと向かおうと窓とカーテンを閉める。

 

と、ほぼ同時ぐらいに部屋の扉がドーンと開いた。

何だと思って入口を見やると、背に7色の宝石をあしらった羽を生やした金髪少女が居た。

 

 

フラン「お父さんっ!!遊びに来たよ!!」

 

 

開口一番“お父さん”とはなかなかに心臓に悪い。

あの件以来、フランはすっかりオレに懐いてしまっていた。

本当ならレミリアにくっついていて欲しいが…笑顔でいれるなら及第点だろう。

 

 

「今日も元気だなァ、今からパチュリーんトコ行こうと思ってたんだが来るか?」

 

 

フラン「行く!魔法でも教わるの?」

 

 

満面の笑みで頷いて素朴な疑問を投げかけてきたフランの頭に手をポンと置き、オレは図書館へと歩き出した。

 

 

「世界を超越するのさ。」

 

 

フラン「……?」

 

 

 

カッコつけて言ったが、おそらく超越の使い方は間違っているだろう。

 

 

 

 

 

 

──紅魔館が誇る知識の庭園、大図書館。

 

 

パチュリー「…そう、言われてもね…」

 

 

その大図書館の管理者、パチュリーは三日月形の栞を額に当てて唸った。

 

幻想郷を越え、オレが元いた世界に帰る方法。

それをパチュリーなら分かると踏んで聞いてみたが、思い当たる節は特にないらしい。

 

フランは本棚から気に入った本を何本か引っ張り出し、夢中で読んでいる。

相手はしてやれてないが、それなりに楽しんでいるようだ。

 

 

パチュリー「昔に私たちが幻想郷に来た時は、八雲っていう大妖怪の能力で結界を越えたのよ。」

 

 

「ならソイツに頼めば越えられるんじゃねェのか?」

 

 

八雲…幻想郷に来て初めて聞いた名だが、世界を越える事に関しては大きく関わってきそうだ。

単純にソイツに頼めば解決しそうなものだが…パチュリーの事だ、何かしらの問題があるから唸っているのだろう。

 

 

パチュリー「頼めれば、ね。実は幻想郷に来てから1度も八雲に会ってないうえ、会い方もわからないのよ。」

 

 

なるほど、これはよくある話だ。

飲み会で会ったばかりの奴と打ち解けて仲良くなっても、連絡先を交換しないでそのまま解散したらもう会うのは難しい。

オレが昔居酒屋で会った土方の兄ちゃん、浮浪者のおっさん、鷲などにはもう会えないだろう。

 

 

「っつーことは探すか偶然見かけるかしねェとダメってわけだ。」

 

 

パチュリー「そういうこと…力になってあげれなくてごめんなさいね。」

 

 

「いんや、話聞いてくれてありがとよ。」

 

 

どうやら世界を越えるのは暫く難しそうだ。

付き合ってくれたパチュリーに礼を言うが、どうしても悩ましい。

これは諦めるしかないのか。

 

 

フラン「ねぇねぇ見て見て。」

 

 

落胆していると、フランが本を持って走ってきた。

手元を見ると、あるページに指を挟んで栞代わりにしている。

 

 

「ン…どうした?フラン。」

 

 

悲報を聞いた後で多少やつれているオレは素っ気ない反応を返しそうになる。

そんなことを気にも留めず、フランは本のとあるページを見せてきた。

 

 

フラン「死んだ魂はみんなここに辿り着くらしいんだけど、綺麗なところじゃない?」

 

 

「……“冥界”ねェ。」

 

 

フランの見せてきたページには暗い世界に大量の桜が咲いた屋敷の絵が描かれていた。

その絵の上には“冥界”の文字。

確かに、暗い空に妖しく光る桜は妖艶な美しさを醸し出していた。

 

 

フラン「私も死んだらここに行くのかなぁ」

 

 

「…ッ!」

 

 

フランのその一言でオレはハッとした。

オレの脳に電流が走ったようにも錯覚するくらいにはハッとした。

ここに行けば瑠美の安否がわかるんじゃないか。

厳密にはわかるのは生死だけだが、それだけでもわかれば充分だ。

 

 

「フラン、ちィとばかしその本借りてもいいか?」

 

 

フラン「え〜でもまだ読み終わってないからなぁ」

 

 

読み終わってないからと渋るフラン。

まぁこの本を見つけたのも教えてくれたのもフランだ、責めることは出来ないだろう。

 

ここは1つ、大人の男ってものを見せてやろう。

 

 

「…今夜のデザート、フランにやるよ。」

 

 

フラン「はい、どーぞ!」

 

 

チョロいもんだ。

子供心を利用するのは少々心が痛むが、致し方ない。

 

フランから冥界の本を受け取ってページをパラパラと捲ってみるが、冥界への行き方が書いているページは特に見当たらない。

首を傾げていると、パチュリーがオレのもとへ歩いてきた。

 

 

パチュリー「冥界といえば、たまに紅魔館に来る楽団から話を聞いたことあるわよ。」

 

 

「楽団だァ?」

 

 

世界を越える方法は分からないようだが、どうやら冥界には心当たりがあるようだ。

さすがパチュリー、紅魔館の知識担当なだけあるな。

 

 

パチュリー「プリズムリバー楽団…騒霊の三姉妹で結成されている楽団ね。」

 

 

「騒霊って幽霊みたいなもんか?今時パンクなお化けも居たもんだなァ。」

 

 

楽団と聞いてもあまりピンと来ないオレは、なんとなく幽霊達がヘヴィメタルをシャウトしている様を思い浮かべた。

Ghooooooooooost!!!!!!!!!

みたいな。

 

 

パチュリー「パンク…?まぁそれは置いといて、冥界がどうかしたの?」

 

 

ここで馴染みのない言葉を使ったことでパチュリーを困惑させる。

幻想郷は横文字に弱い。パチュリー・ノーレッジも横文字なのにな…

 

 

「元いた世界でちょっとした事件に巻き込まれてな。その時に女房も居たから、冥界に行けば生死はわかるんじゃねェかってよ。」

 

 

超天才的推理である。

バカな俺の頭もどうやら悪くないらしい。

これは金田二やコナソも唸る天才だ。

 

ちなみに天才は自分を天才とは言わない…つまりそういう事だ。

 

 

パチュリー「ッなるほどね…。冥界の行き方なら心当たりがあるわ。」

 

 

オレの推理に納得したのか、パチュリーは説明の為に魔法で羽根ペンと手帳のようなものを引き寄せた。

フランは暇だったのか、いつの間にか居なくなっていた。

 

パチュリーは手帳を開き、羽根ペンを走らせた。

羽根ペンの擦れるカリカリとした音が子気味良い。

 

 

パチュリー「私も行ったことがあるわけではないから、あまりアテにしすぎないでね?」

 

 

「構わねェ、本当に助かるぜ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【⚠この辺から作者がスランプ気味!】

 

 

 

冥界の本をお父さんに見せたら買収されました。でもデザート貰えるからいいよね!

こんばんは、フランだよ。

 

お父さんに本を貸したら、お父さんってばパチュリーと話し込んじゃってつまんないの。

っていうことで暇つぶしに面白い本を探してるってわけだ!天才かな?

 

 

 

フラン「それでも私には、本がある!デザートがある!そして父親がいるッ!」

 

 

 

お父さんの事を思い出し、私はフフンと微笑んだ。

初めて会った時は変な人間だと思っていたが、自分を殺そうと襲ってきた私を、「オレが父親だ」って言って抱きしめてくれた。

 

今私がウッキウキで楽しく過ごせているのは一重にお父さんのおかげだ。

そう思うとついニヤっとしてしまう。

 

 

 

フラン「…ん、この本面白そうかも!」

 

 

 

と、上機嫌になっていると、本棚にある1つの本が目に入った。

本棚から抜き取り、軽くページを捲ってみる。

ページ一面には色とりどりの紙が織りなす造形美の数々が展開されていた。

 

 

 

フラン「これでお父さんと遊ぶネタができたね。」

 

 

 

お父さんと遊べるから。というだけで口角が上がりそうになる衝動を堪え、本を閉じた。

 

 

 

フラン「お父さんの所に持って行ってあげよっと!」

 

 

 

私は本を小脇に抱えて再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冥界と顕界を乖離させる結界の穴ねェ…」

 

 

 

よくわからないが、幻想郷の上空を飛行していれば穴を見つけることはできるらしい。

ただ、根気よく探さないと見つからない可能性も高いようだ。

 

 

 

パチュリー「とはいえ、まずは浮遊術を修得しないとよね。」

 

 

 

浮遊…と聞いた瞬間、オレに稲妻が走った。

青いイナズマがオレを責める〜ってか?

 

 

 

…………

 

 

 

「…いや、その必要はねェぜ。オレに考えがある。」

 

 

 

ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら腕を組むオレにパチュリーはきょとんとした顔をした。

 

 

 

パチュリー「…?まぁそれならいいんだけど…早速向かうの?」

 

 

 

「そうだな、まァレミリアとかには伝えてからだけどよ。」

 

 

 

こういうのはなるべく早く済ませたいものだ。

そう考えていると、本棚の並びから小脇に本を抱えたフランが歩いてきた。

表情はどことなく嬉しそうだ。

 

 

 

フラン「お父さん!これやって遊ぼ!」

 

 

 

フランは心底楽しそうにその本を見せてきた。

その本には見覚えのある色とりどりの造形美が描かれていた。

 

 

 

「ほォ、折り紙か。懐かしいモン見つけてきたな。」

 

 

 

折り紙。幻想郷にもこういった遊びの文化があったのかと多少の感動を覚え、それと同時に少年時代の思い出が蘇った。

そのうえ、純粋なフランのキラキラとした目を見て心が洗われるようだ。

 

だが、フランには悪いが今は瑠美の安否を早急に確認したい。

 

 

 

「すまんなァ、フラン。オレはこれから大事な用事があって出かけなきゃいけねェんだ。」

 

 

 

そう言った途端、輝いていたフランの顔に陰りが刺した。

 

 

 

フラン「え〜…遊びたかったのになぁ。用事と幼児どっちが大事なのよ!」

 

 

 

なんだそのダジャレ…似ちゃいけないところがオレに似ちまったらしい。

 

それにしても、渋るフランに申し訳なさを感じざるを得ない。

だが、用事さえ終わってしまえば時間は有り余っている。

その後にたくさん遊んでやろう。

 

 

 

「これが終わったら、たくさん遊んでやるからよ。それまで待てるか?」

 

 

 

そう言うとフランは少し悩む素振りをし、数秒と経たないで顔を上げた。

その顔色は先程と比べて大分明るくなっていた。

 

 

 

フラン「わかった!でもちゃんといい子で待ってるから、なるべく早く帰ってきてね?」

 

 

 

いい子だ。

オレは猛烈に感動しているッ!

フランの為にも、早く目的を達成して帰ろう。

 

フランの頭に手をぽんと置いて、オレは出掛ける支度を済ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリアや咲夜に挨拶を済ませ、オレは今紅魔館の門前に立っている。

後ろではパチュリー達が見送りに来てくれている。

よく見たら2階のテラスからは咲夜とレミリアがこちらを見下ろしていた。

 

 

 

「じゃあ、行ってくるぜ。待ってろよ、フラン。」

 

 

 

フラン「うん!いってらっしゃい!」

 

 

 

元気のいい子供は最高だ。

いい子に育つだろう。

 

 

 

パチュリー「結局、どうやって行くつもりなの?」

 

 

 

「ン…まァ見てロッテ明治ブルガリアヨーグルト。」

 

 

 

パチュリー「え?明治?ブルガリ?ヨー…?」

 

 

元いた世界の意味わからん単語を言ってパチュリーを困惑させる。

正直、これは結構楽しい。

 

さて、とオレは近くにあった大岩を能力で持ち上げ、その岩に飛び乗った。

大岩があった地点には大きな穴が空いている。

 

 

 

「この岩を能力でぶん投げるッ!」

 

 

 

パチュリー「馬鹿なの?」

 

 

 

良い発想だと思ったのだが、パチュリーには呆れられてしまった。

 

とその時、テラスの方から声が聞こえた。

 

 

 

レミリア「…ねぇ、紅魔館の外観が損なわれるのだけれど…?」

 

 

 

確かな怒気を含む声にギクリとし、恐る恐るテラスの方を振り返る。

だが、その声とは裏腹にレミリアは満面の笑みでオレを見下ろしていた。

 

 

 

レミリア「ふふふっ、冗談よ。気をつけて行ってきなさい。」

 

 

 

ニコニコと笑うレミリアに、オレはとても騙されて負けた気分になった。

正直、めちゃめちゃビビった。

 

 

 

「…どうもありがとうよ……さて、今度こそ行ってくるぜ!」

 

 

 

少々名残惜しいが、少しの間でかけるだけだ。

紅魔館ってのは暖かいなと改めて感じる。

 

…今は瑠美の安否確認が最優先だ。

 

 

 

「生きててくれよ…瑠美。」

 

 

 

覚悟を決め、オレは能力で自分が乗っている岩をぶん投げた。

そういえば、幻想郷をマトモに散策したことはなかった。

幻想郷の景色を楽しみつつ、結界の穴を見つけるとしよう。

 

そんなことを考え、後方で手を振ってくれているフラン達に手を振り返した。




結界の穴までの流れ、なんか上手くまとまる気がしないんで流しますよ…


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純白の双刀

そいえば○符〜とか書いてないのはスペルカードルールがまだ無いからです。


───

 

涼しいような、冷たいような…

そんな空気が身を包んでいた。

 

宵を彷彿とさせる薄暗い空。

だがそこに月はなく、かといって暗月でもない。

 

 

 

ただ、そこは闇であった。

 

 

 

そして目の前には、その闇の空を貫くように鎮座する石造りの登り階段。

その階段を縁取るように、蒼白い人魂のような火が灯っていた。

 

 

 

ここは冥界。

罪無き死者達の観光地。

 

 

 

結界の穴を抜け、その冥界にオレは降り立った。

 

 

 

「良い気分だなァ、適温だ。」

 

 

 

冒頭にあったように冥界の気温は低く、夏場などは特に過ごしやすいそうだ。

そのおかげで気分もよく、目の前の長い階段に気を落とすこともなかった。

とはいえ、長い階段をわざわざ登るのも面倒である。

 

 

 

「さァて、頂上までひとっ飛びだ。」

 

 

 

オレは魔力でスノーボードのような板を精製し、紅魔館を出発した時と同じように飛行した。

 

正直かなりの荒業だと思っているが、飛べればなんでもいいよな。

 

 

 

「ン〜、気持ちがいいなァ。おっ?」

 

 

 

死者達のように冥界を観光しつつ飛行していると、眼下に大きな日本庭園と屋敷が見えた。

その庭園はとても綺麗な枯山水で、よく手入れが行き届いているのが見て取れた。

 

このままその庭園に降り立つのも良いが、流石にそれは社会的によろしくない。

元反社会勢力のオレが言うのもなんだが、それこそ不法侵入というやつだ。

 

 

 

「よっこらセッター」

 

 

 

セッターとはセブンスターの略である。おいしいよ。

 

と、その大きな敷地の門前に降り立った。

目の前には木製の大きな門。

まさに富豪が住んでそうな家の門だ。

 

あれだけ大きな庭園を持っているわけだから、当然といえば当然なのだが。

 

 

 

「…おっ?」

 

 

 

じっくりと門を眺めていると、その門が大きな音を立てながらゆっくりと開きはじめた。

 

誰かが出てくるようだ。

今まさにゆっくりと開いている門。オレはその様をじっと見続けた。

 

 

 

???「怪しい気配がしたと思って来てみれば…」

 

 

 

開いた門から現れたのは、生気を感じない程に白い肌の白髪少女。

その白いおかっぱ髪に着けた黒いリボンとカチューシャがよく映えている。

そして何より目を引くのは帯刀されている二振りの刃。

片方は長く、もう片方は短い。剣道の二刀流と同じような感じだ。

 

あ、あとついでにその少女の脇には白い幽霊のようなものが浮かんでいる。

 

 

 

あれ?これイメージとしては一番大事じゃね?

 

 

 

…その少女は眉間にシワを寄せながら嘆いた。

 

 

 

???「如何にもな悪人面が待ち構えているとは…。」

 

 

 

「あァ〜?失礼な嬢ちゃんだなコラ。」

 

 

 

正直自覚はあったつもりだが…“悪人面”とストレートに言われたのは初めてだった。

ふむ、こうして受け止めてみるとなかなか来るものがあるな。

 

 

 

???「私は白玉楼の剣術指南役兼庭師として、侵入者を弾き返す“バウンサー”の…」

 

 

 

「待てやそれは作品が違ェだろ。」

 

 

 

すぐ他作品を頼るのは筆者の悪い癖だ。(治らないね)

 

小ボケのせいで危うく流すところだったが、ここはどうやら白玉楼というらしい。

随分と洒落た名だ。

 

まあ話の流れから察するに、オレはただの侵入者として扱われているらしい。

まァオレは怪しいからな。“悪人面”だもんな。そうだよな。ふん。

 

「ともかく…」と少女は呟く。

そして長い方の刀をゆっくりと抜き、刀を両手で持って姿勢よく構えた。

これも剣道でよくある構えだ。

 

少女は目付きを鋭くし、声高に叫んだ。

 

 

 

妖夢「私の名は魂魄妖夢!妖怪が鍛えたこの楼観剣に…斬れぬものなど、あんまり無い!」

 

 

 

あまり決まらないセリフを言い放った直後、その少女…妖夢は力強く地を蹴り、長い刀身の楼観剣をオレに振り下ろした。

オレは楼観剣の直撃に合わせて左腕を構えることでそれを防ぐ。

 

ガキンという甲高い金属音が冥界に響き渡る。

 

 

 

妖夢「ッ!?」

 

 

 

刀はオレの左腕と拮抗している。

もちろん、オレの左腕には魔力のガントレットで防護を施している。

反応されたのが予想外だったのか、防御されたことに対してか。

それはわからないが、妖夢は目を見開いていた。

 

 

 

「悪ィなァ…どうやらオレはその“あんまり”の中に含まれていたらしいワ。」

 

 

 

妖夢「くっ…!その顔で魔法を使うなんて…」

 

 

 

オレの扱い酷くねぇ?

まぁたしかに、ドラクエで武闘家がメラゾーマを唱えるようなもんだしそう考えるのも仕方ないのかもしれない。

 

オレは刀と拮抗している左腕を外側に大きく回して刀を弾き、その勢いのまま左足を軸に回し蹴りをキメる。

回し蹴りは妖夢の脇腹に命中し、妖夢はその衝撃で横に吹き飛んだ。

 

 

 

妖夢「ッ…まだまだ!」

 

 

 

「来なァ!!」

 

 

 

両拳に魔法のガントレットを装着し、ガシンガシンと打ち鳴らす。

オレなりの気合いの入れ方だ。

 

一方、妖夢は楼観剣を構え直し、此方を睨んだ。

刃の腹を上に向けて前方に突きつける。

そして刃の背を撫でるように指を添わせ、深く腰を落とした。

 

妖夢の纏うオーラが段々と濃密になっていくのが感じ取れる。

 

 

 

妖夢「…現世斬!」

 

 

 

その瞬間、背筋にゾクッとした寒いものを感じ、オレはとっさに右腕を横に薙いだ。

 

直感、本能、勘…きっとこれらは生きていく上でかなり重要な役割を担うのだろう。

不明瞭な感覚が日本刀のように研ぎ澄まされる。

 

オレが右腕を薙いだとほぼ同時ぐらい、妖夢の姿が突然消失し、ガキンという甲高い金属音が鳴り響いた。

だがもちろん、本当に消えたわけではない。すぐ真後ろを振り返ると、妖夢は低い姿勢でこちらに背を向けていた。

 

 

 

「居合か、流石に今のはビビったぜェ…」

 

 

 

オレが本能的に右腕を薙いだ時、妖夢は居合の要領で刀を振り抜いたようだ。

奇跡的に斬れてはいないが、刀の強烈な衝撃が腕に伝わっているのがよくわかる。

 

 

 

妖夢「今の…反応できるんですね。」

 

 

 

「ンあ?…あ〜、あたりめェよ。オレにかかりゃ余裕のよっちゃんさ。」

 

 

 

ほとんどマグレのようなものだが、折角なのでと強がりを言う。

先程、現世斬を去なした右腕のガントレットを見てみる。

特筆すべき大きな傷はついておらず、魔力の飛散も見当たらない。

 

「よし…」と一言、オレは再びガキンガキンとガントレットを打ち鳴らした。

 

 

 

「次はオレから行くぜェ…お嬢ちゃんよォ!!!」

 

 

 

両足にも鎧を装着し、オレは地を思いっきり蹴った。

妖夢に急接近し、勢いに任せて大きく振りかぶった右ストレート。

それに反応し、しっかりと防御の姿勢をとる妖夢だったが…

 

それはフェイク。右ストレートは当てずに身体を回転させ飛び回し蹴りを喰らわせた。

まともに不意打ちを喰らい、吹っ飛ぶ妖夢。

そして吹っ飛ばした先に魔力で壁を生成し、妖夢を叩きつけた。

受身も取れずに体を打ち付け、妖夢はその場に崩れ落ちた。

 

 

 

妖夢「…〜ッ!カハッ…!」

 

 

 

「…オメェよ、殺し合いした事ねェだろ。」

 

 

 

オレは、叩きつけられて硬直状態の妖夢に近づきながら無数のパイプを展開した。

妖夢の技は常軌を逸しているが、刀に覇気がない上、敵から受けた攻撃への防御が酷く脆い。

日頃の訓練は欠かさないが、実戦経験が乏しい奴によくあるケースだ。

 

 

 

妖夢「!な…なにを…ッ!」

 

 

 

「オメェの技はどれも一級品だァ、認めるよ。だが、殺し合いに置いちゃあ半人前だ。」

 

 

 

オレは展開したパイプのうち一つを手に取り、大きな刀の形に変えた。

その刀を肩にのせ、妖夢を見下ろす。

 

 

 

「死にたくなきゃ喰らい付いてこい。まァ、幽霊にとっちゃ死なんぞ恐ろしくはねェのか?」

 

 

 

妖夢「!!」

 

 

 

オレは刀を高く掲げ、崩れ落ちている妖夢に向けて容赦なく振り下ろした。

戦いってのは生きるか死ぬか、その駆け引きが楽しいんだ。

 

そんな死の恐怖を感じ取ったのか、妖夢はオレが振り下ろした刀を楼観剣で受け止めて横方向に跳躍した。

 

 

 

妖夢「確かに私は半人前…でも信念だけは誰にも負けません!」

 

 

 

その直後、オレは展開していた無数のパイプを妖夢に向けて全て投擲。

それに対して妖夢は腰に掛かっていた短めの刀を抜き、二刀流で全てのパイプを斬り捌いた。

その様を見たオレはヒュウと口笛を吹き、手に持っていた刀を妖夢に投げつける。

もちろんこれも弾かれ、妖夢は素早く体勢を立て直した。

 

そして妖夢は両手に持った刀をクロスさせ、竜巻を起こすかのような動きで体を回転させた。

 

 

 

妖夢「業風閃影陣…ッ!」

 

 

 

すると妖夢が回転した地点から大量の刃が円を描く様に放出された。

その様はまさに竜巻。今までとは打って変わって派手な技である。

その刃は、容赦なくオレの体を切り刻みに迫ってきた。

 

 

 

「いいねいいねェ!!いいよオメェ!!」

 

 

 

もう完全に下衆な悪役っぽくなっている気がするが、オレは元々ヤクザなのだ。

それこそ当然というものだろう。

オレは再び無数のパイプを展開し、眼前に迫る大量の刃にぶつけて打ち消した

 

…と思っていたのだが、先程とは打って変わって純度が高くなった妖夢の技の圧に押し負けてしまった。

 

 

 

「クククッ…やるじゃねェか」

 

 

 

仕方が無いので1枚1枚殴って打ち消すが、流石にこれでは物量で敵わない。

迫る刃を裁き切ることも出来ず、かまいたちに襲われたかのような傷を体に刻んでしまった。

 

 

 

妖夢「これで終わらせます…ッ!」

 

 

 

「チィッ…!終わらせねェよ、カグツチィ!!!」

 

 

 

妖夢の口振りからして、この盤面でかなりの大技を叩き込む気だろう。

これでは今出せる全力を出さなければやられるのは必然。

今度は魔力の密度を高めた無数の刀を精製し、フランとの戦いで生み出した“カグツチ”を両手足に発動した。

 

驚く程に鋭さの増した妖夢の刀が、今にもオレの首を刈り取らんとうねっている。

それに対してオレは妖夢を睨み、全ての刀の切っ先を妖夢に向けた。

 

妖夢は両手に持った二刀をオレに向け、腰を低く構えている。

おそらく、現世斬と同じような居合だろう。

 

一瞬でも気を抜けば喉元を貫かれるのではないかと錯覚する程に、その空間は張り詰めていた。

 

 

 

時が止まったようなその世界を動かしたのはとても軽い事象であった。

 

 

 

 

 

───ひたっ

 

 

 

 

 

妖夢「未来永劫斬ッ!!」

「オラァ!!!」

 

 

 

滴る汗が落ちただけの小さな音。

その汗はどちらのものか、それを聞くのは野暮というものだ。

その小さな音を合図に、2人は同時に地を蹴った。

 

覇気に満ち溢れ、気温が10数度ほど上がったように錯覚する空間が生まれる。

 

冥界中に轟く金属音。

 

刹那の居合はどうにか凌いだ。

しかし妖夢の技はそこでは終わらない。

楼観剣を振り抜いた勢いで体を拗らせ、白楼剣の追い討ち。

一瞬の虚をつかれたが、ギリギリで刀を操作してどうにか弾いた。

 

 

 

妖夢「ッ!」

 

 

 

白楼剣を弾かれるのは予想外だったのか、妖夢は一瞬の隙を見せた。

修羅場をくぐり抜けてきた数でいえば確実にオレが上だろう。

その経験が生きたのか、オレはその隙を見逃さずに渾身のアッパーをキメた。

 

 

 

「もらったァ!!!」

 

 

 

渾身のアッパーは見事に妖夢の顎に命中し、妖夢は後ろに吹っ飛んだ。

モロに顎に入ったのだ、人間ならば暫くは立ち上がれないだろう。

 

 

 

そう、人間ならば。

 

 

 

妖夢「はぁっ!!」

 

 

 

妖夢は吹っ飛びながら白楼剣を地面に突き刺し、その勢いのまま体を回転させて楼観剣で斬りかかってきた。

 

 

 

「ぐゥッ!!」

 

 

 

完全に虚をつかれ、オレの腹に赤い線が走る。

傷はそこまで深くはないが、ダメージを受けたという事実が追い込まれているという錯覚を起こす。

 

ダメージを与えたことで勢いづいた妖夢は振り抜いた楼観剣を回し、追い打ちの横薙ぎを放つ。

 

 

 

「チィ……ッ!」

 

 

 

これはなんとかガードしたが、バランスを崩したオレは地面に片膝を付いてしまった。

 

その隙を妖夢は見逃さず、飛び上がって楼観剣を振り下ろした。

直撃すれば間違いなく死は免れない大きな一撃。

それにこの体勢だ、避けることは不可能だろう。

 

 

 

妖夢「とどめですッ!」

 

 

 

振り下ろされる一撃。

ガキィンと響く金属音。

 

 

 

─── 宙を舞う楼観剣。

 

 

 

「よォ…欲張りすぎたなァ。」

 

 

 

妖夢「なん……ッ」

 

 

 

オレは瞬間的に魔力を左腕のガントレットに集中させ、無理矢理左腕を振り上げることで妖夢の楼観剣を弾いた。

強烈な“パリィ”をくらった妖夢は、衝撃が体中に響いたのかガクリと膝を崩してしまった。

 

その大きな隙をオレが見逃すはずもなく、妖夢のみぞおちに痛烈な打撃を放つ。

 

 

 

妖夢「うぐッ…」

 

 

 

「痺れるような良い戦いだったぜ…しばらく眠ってな。」

 

 

 

そのまま倒れ伏した妖夢に素直な賞賛を送り、オレはその場をあとにした。



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赤に擬し紅、煌めく緋。

文章力。


白玉楼の門をくぐり抜けた先は、やはり綺麗な枯山水が広がっていた。

なんとなく砂利を踏んではいけないような気がして、オレは飛び石だけを踏んで先へ進んだ。

 

 

 

妖夢「まっ…待ってください…っ!」

 

 

 

妖夢との戦いからあまり時間は経っていないはずなのだが、妖夢はボロボロの体を引き摺りながらオレを追ってきた。

幽霊というのは中々に頑丈らしい。

 

 

 

「そんな体たらくじゃオレには勝てねェよ、諦めな。」

 

 

 

満身創痍の妖夢を見たオレは冷たく吐き捨てる。

今の状態の妖夢がオレに勝てないのは事実だが、この状態の奴と戦うのは俺自身も抵抗があるからだ。

 

 

 

妖夢「幽々子様に…何の用ですか…」

 

 

 

「幽々子様ァ〜…?誰だそりゃ。」

 

 

 

産まれたての小鹿のように足を震わせながら楼観剣を構えて妖夢はオレを睨む。

 

 

 

妖夢「幽々子様に危害を加える気なら…私は命に替えても貴方を斬ります…ッ!」

 

 

 

どうやら盛大な誤解を生んでいるらしい。

恐らく“幽々子様”というのは妖夢の主人なのだろう。

もちろんオレはそんなつもりで来ているわけではない。

 

そっか、悪人面だから勘違いされてんだな。悪人面だからな。ふん。

 

 

 

「オレは嫁の生死を確かめるためだけに来てンだ。勘違いも甚だしいぜェ…」

 

 

 

ひとまず、剣を納めてもらうために事情を軽く説明する。

完全にオレを悪人だと思っていた妖夢は、何を言っているのか理解できないと言わんばかりに目を丸くして硬直し、数秒後にハッとして刀を納めた。

 

 

 

妖夢「し、失礼しました。そういうことなら幽々子様のもとにご案内致しますね。」

 

 

 

どうやら誤解は溶けたようで、妖夢は先程と180°態度を変えてオレを先導しようと歩き出した。

 

が、膝をガクンと落としてその場に崩れ落ちた。

妖夢はその後すぐ立ち上がろうとするが、やはりガクンと崩れ落ちる。

 

 

 

「…肩ァ貸してやろうか。」

 

 

 

そんなバンビガールに見かねたオレはゆっくりと歩み寄り、手を差し出した。

 

 

 

妖夢「…お願いします。」

 

 

 

誤解したうえに助けてもらうことが単純に恥ずかしいのだろう、妖夢は目を逸らしながらオレの手を掴んで立ち上がった。

 

 

 

妖夢「勘違いで斬りかかってしまったのにすみません…」

 

 

 

「命を狙われんのは慣れてンのさ。」

 

 

 

妖夢は酷く申し訳なさそうにしてオレに謝罪した。

まぁ正直、オレ自身喧嘩が大好きなわけで。

妖夢との戦いはスリル満点で非常に楽しめたのであまり気にしてはいない。

 

…悪人面、ね。ふん。

 

 

 

妖夢「…ふふっ、優しいんですね。」

 

 

 

「悪人面の割には、ってか?」

 

 

 

妖夢「い、いえ…すみません…」

 

 

 

オレもオレで容赦なく殴ったり蹴ったりしたわけなので、優しいなどと言われる資格はない。

というより、単純にケツが痒くなるので皮肉で返した。

すると更に申し訳なさそうにするので、逆にこちらが申し訳なくなってきてしまった。

 

 

 

「…その幽々子様とやらの話を聞かせてくれよ。」

 

 

 

なんとなく気まずいのでひとまず話題転換。

これから会いに行く“幽々子様”の話を聞くことにした。

嫁の生死を確かめると言われて案内するということは、きっとその“幽々子様”にしかわからないのだろう。

 

 

 

妖夢「わかりました。まず幽々子様は幽霊で、この屋敷、白玉楼の主です。」

 

 

 

「ほォ、幽霊か。その幽々子様とやらが瑠美の…いや、オレの嫁の生死を教えてくれんのか?」

 

 

 

やはり冥界というだけあって、基本幽霊しか居ないらしい。

感心と共に、瑠美の生死がもうすぐ分かるということで単刀直入に聞いてしまった。

あの神社での事件から色々あって、暫く日が空いてしまった故の焦りからかもしれない。

 

 

 

妖夢「そうですね、冥界を出入りする幽霊の管理は幽々子様に一任されているので。」

 

 

 

となるとやはりその幽々子様とやらに頼むしか道はなさそうである。

事を急いても仕方がない。どのみちこれから会いに行くわけだから、焦らず妖夢に案内してもらおう。

とにかく生死確認の方法はこれで一安心。

落ち着いたオレは突然、無性にタバコが吸いたくなってきた。

 

 

 

「なァ、タバコ吸ってもいいか?灰は落とさねえからよ。」

 

 

 

妖夢「いいですよ。一旦離れましょうか?」

 

 

 

「ン…あァ、気にすんな。片手で平気だ。」

 

 

 

気を使ってオレの両手を空けようとする妖夢だが心配無用。

オレの能力を持ってすれば片手どころかノーハンドでもタバコに火をつけることが可能である。

改めて考えるとなかなかいい能力だ。

 

器用にタバコの箱と携帯灰皿を取り出し、タバコを咥えて火をつける。

携帯灰皿は能力で持っているので宙に浮かんでいるように見えている。

 

 

 

妖夢「戦っている時から思っていましたけど、それってどんな能力なんですか?」

 

 

 

興味津々といった感じで妖夢はオレに問いかけてきた。

一見すると手品のように見えるわけだから割と気になるのだろう。

 

 

 

「見えない無数の手を操る能力、らしいぜ。ほら、神の見えざる手ってよく言うだろ?」

 

 

 

妖夢「面白い能力ですね…あと、神の見えざる手はきっと関係ないです。」

 

 

 

知らないと思って適当なこと言ったら知ってた!博識…っ!

きっと教養に恵まれていたのだろう。

 

そんな話をしていながら歩いていると、目の前に立派な屋敷が現れた。

正面から見ただけでわかる、非常に広い平屋だ。

その屋敷の縁側には水色の着物を着たピンク髪の少女が腰掛けていた。

 

 

 

妖夢「あちらに座っていらっしゃるのが幽々子様です。」

 

 

 

幽々子「あら、随分と屈強なお客様ね?」

 

 

 

そう言って口元に手を当てながらふふっと笑ったその少女こそ、オレが喉から手が出るほど欲しい情報を握っているらしい幽々子様だ。

想像の数倍は若い見た目に内心驚きを隠せないが、未だこの世界を自分の常識で見ていたことにガクリとする。

 

 

 

「オレは葛城龍二。マブもマブなスケさんに聞きたいことがあって来たンだ。」

 

 

 

幽々子「褒め上手ね♪ようこそ白玉楼へ、何が聞きたいの?」

 

 

 

褒め言葉が通じたようで、眩いほどの笑顔を浮かべた幽々子に安心感。

だが彼女のどこか…どこかに黒い何かを感じるのは何故だろうか。

 

しかしそれも気の所為だろうと自己解決し、オレは早速本題に入った。

 

 

 

「オレの嫁…葛城瑠美の生死が知りたい。」

 

 

 

すると幽々子はほんの一瞬だけ暗い表情をし、鉛のように重い雰囲気を纏っていたが、すぐ元の表情に戻ってオレに笑いかけた。

 

 

 

幽々子「お安い御用よ♪貴方は現世から来たのね。」

 

 

 

「現世?」

 

 

 

聞いたことのない単語に素で質問を返してしまった。

だが幽々子はその質問に答えず、白玉楼の周りに浮かぶ幽霊達を呼び寄せ始める。

代わりに妖夢がオレの質問に答えてくれた。

 

 

 

妖夢「貴方が元いた世界のことです。貴方はきっと、幻想郷とは別の世界からいらっしゃったんですよね?」

 

 

 

「…なんだ、幽霊には何でもわかンのか?」

 

 

 

妖夢「幽々子様は博識ですからね。」

 

 

 

それは博識とかそういう問題なのか…?と疑問を抱いていると、幽々子がオレに声をかけてきた。

 

 

 

幽々子「おまたせ、留美さんの魂はここには来てないわ。きっとその子は生きているみたいね♪」

 

 

 

どうやら恐れていた事態は避けられていたようだ。

最も知りたかったことがわかって一安心。大きく安堵の息を吐いた。

だが幽々子は突然真剣な眼差しでオレに質問をしてきた。

 

 

 

幽々子「…ところで、現世で何があったか聞いてもいいかしら?」

 

 

 

「ンあ…?まぁ別にいいけどよ。どうかしたのか?」

 

 

 

幽々子「ん〜…まぁ興味本位かしら?」

 

 

 

突拍子もなく事情を知りたがる幽々子。

さっきの重い雰囲気といい、どこか引っかかる節がある。

とはいえ瑠美の安否を教えてくれた恩もあるし、オレは素直に事情を説明することにした。

 

 

 

「かくかくしかじかってな?」

 

 

 

書くのが面倒だったのでサクッと説明した(手を抜いた)

 

 

 

幽々子「そう…刀の、ね。少し待っててくれる?」

 

 

 

事情を説明してやると、幽々子は何か考え込むような素振りをして不意に席を立った。

返事を待たずに席を立たれて困惑したオレは、ひとまず妖夢に話しかけた。

 

 

 

「…どういうことだァ?」

 

 

 

すると妖夢もまた困惑していたようで、困ったように答えた。

 

 

 

妖夢「いえ…どうしたんでしょう?」

 

 

 

妖夢も分からないとなると、幽々子だけが知っている事情…つまり中々に深い意味を含んだ何かがあるのだろう。

刀の男を知っているようにも見えたし、疑問は絶えない。

 

考え込むこと数分、席を立った幽々子が戻ってきた。

その手には古ぼけたひと振りの刀。

何が何だか分からないオレの眉間にはシワが寄り、妖夢もまた分からないといった表情で首を傾げた。

 

 

 

幽々子「貴方が言っていた男の刀、きっとこの刀が助けになると思うわ。」

 

 

 

妖夢「幽々子様、それは?」

 

 

 

妖夢の問いかけに幽々子は無言でその刀を抜刀して答えた。

その刀身は緋く煌めき、暗く寒い冥界を仄かに赤熱させる。

 

 

 

幽々子「これは“彼岸剣”、質量無き物を斬り裂く魔剣よ。」

 

 

 

「そんな大層なモン貰っちまっていいのか?」

 

 

 

そう言って幽々子から刀を手渡される。

細々とした刀身の割には少々重量感があった。

彼岸花のように緋いその刀身は美しく、かなり念入りに手入れされているように見える。

しかしビジュアルだけは特殊だが、ただの刀にそんな能力があるものなのだろうか。

 

 

 

幽々子「蔵の肥やしになっていたようなものだし、貴方さえ良ければ好きに使ってちょうだい♪」

 

 

 

「それなら遠慮無く頂くとするぜ、あンがとな。」

 

 

 

何か意図があるように見える幽々子だが、敢えて詮索しないでおいた。

確かに何か隠しているようだが、幽々子の目には悪意を全く感じない。

つまり聞くのは野暮というものだろう。

オレの直感はよく当たるのだ。

 

 

 

幽々子「さて、妖夢?そろそろお夕飯の時間じゃないかしら。」

 

 

 

妖夢「もうそんな時間でしたか、すぐにご用意致します。龍二さんも如何ですか?」

 

 

 

冥界には陽が無い。故に時間の感覚が掴みづらいのだろう。

さて、どうやら夕飯をご馳走してくれるらしい。

正直ここで断るのはよろしくないのだろうが、早く帰るとフランに言ってしまった以上、あまり時間はとれない。

 

 

 

「ありがてェんだが、もう行かねェといけねえんだ。悪ィな。」

 

 

 

致し方なし、もしまた機会があればご一緒させてもらおう。

 

 

 

妖夢「それは残念です。よかったらまた来てくださいね、幽々子様も私もお待ちしております。」

 

 

 

「そうするさ。色々と助かった、あンがとな!」

 

 

 

刀を貰ってからは少々駆け足になったが、こうしてオレは白玉楼、そして冥界を後にした。

 

 

 

彼岸剣を背負って結界の穴を越えると、見事に真っ赤な空。

冥界で夕飯の時間だと言っていたように、幻想郷でも夕陽が沈みかけていた。

 

 

 

本当に見事な赤い空。

 

 

 

 

「…ちっとばかし赤すぎんじゃねェのか?」

 

 

 

夕陽の見当たらないその“空”は、とても紅かった(・・・・)



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惨劇

目が痛くなる程に紅い空に不審感を抱きながら、ひとまずオレは煙草に火をつけた。

肺に冷たい煙が充満し、気分が良くなる。

やはり煙草は気持ちがいい。

冷たい害煙が体を徐々に蝕んでいくのがよくわかる。だがその感覚が病みつきになるのだ。

薬物中毒者もきっと似たような感覚に魅入られているのだろう。

 

そんなことを思いながら遠くを眺めていると、なにやら黒い塊のような生物が動いているのが見えた。

 

 

 

「なんだありゃ。妖怪にしてはどうも雰囲気が違うよなァ…」

 

 

 

どうにも不審なその風貌が気になり、オレは眉間にシワを寄せてその化け物を睨みつけた。

 

その瞬間、その化け物は突然咆哮をあげてこちらに向かって走ってきた。

後退りしそうになるほど凶悪な面構えをしたその化け物はどんどん速度を上げ、オレに強靭な腕を振り上げた。

純度の高い殺意、確実にオレを仕留めようとしているのが五感にビリビリと伝わってくる。

 

それに対し、オレは反射的に拳を突き出してその化け物をぶっ飛ばす。

幻想郷中にパァンと破裂音が鳴り響く。

その化け物は四肢が千切れ、彼方の大木に体をうちつけてそのまま動かなくなった。

 

すると今度は周辺から数多の咆哮が溢れんばかりに轟いた。

辺りを見渡してみると、先程ぶっ飛ばした化け物が何体もこちらに向かって走ってきていた。

紅い空の下、闇のように黒い化け物が犇めく様はまるで世界の終わりのようだった。

 

 

 

「どうも嫌な予感がすんなァ…加えてオレの勘はよく当たるってんだから困ったもんじゃい。」

 

 

 

胸騒ぎがしたのでオレは煙草を投げ捨て、走り寄る化け物を放っておいて紅魔館に向かって跳躍した。

もちろん、お得意のぶん投げ飛行法だ。

 

陽が出てないにも関わらず真っ赤な空、殺意の高すぎる黒い化け物の群れ。

どう考えてもこれは異常事態だ。もしかしたら紅魔館の方でも、いや、幻想郷中がこんな状況なのかもしれない。

 

ハイスピードで紅魔館に向かいがてら、地上の様子も伺おう。

 

ある程度飛行が安定してから、オレは地上を見下ろしてみた。

 

 

 

「ッ!?オイオイどうなってンだこりゃあよ…」

 

 

 

眼下に映し出された景色は酷く惨いものだった。

地上を埋め尽くさんとばかりに化け物の大軍が逃げ惑う人々を襲っていた。

あらゆる所がこの空のように真っ赤に染まっており、化け物たちが動かなくなった人間の四肢を引きちぎって食い散らかしていた。

 

それに対して一部の戦える人間達が応戦しているようだが、化け物のあまりの数に圧されている状況だ。

このままでは全滅も十二分に有り得るだろう。

 

 

 

「クソが!オメェら無事でいてくれよ…ッ!」

 

 

 

だが、今のオレには眼下で襲われている奴らを助けてやれる余裕はない。

オレにとって紅魔館の面々は家族も同然。

1番優先すべきは彼女らなのだ。

悲鳴が響く地上をよそに、オレは更にスピードを上げて紅魔館に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全速力で飛行すること数分、漸く紅魔館が見えてきた。

見たところ、先程人々が襲われていた辺りに比べて化け物の数はだいぶ少ないようだ。

塀はある程度壊されてしまったようだが、紅魔館の内門前で美鈴が化け物と戦っている様子を見ると、化け物達はまだ館内には侵入していないようだ。

しかしさすが紅魔最強の門番というべきか、美鈴は化け物の大群を素手で難なく蹴散らしていた。

 

 

 

「とはいえ、流石のアイツもこの数じゃいずれ限界が来るなァ…」

 

 

 

魔法で巨大な槌を生成し、オレは化け物共に向かってその槌を叩きつけた。

一件の家屋のように巨大な槌は、一振りで何体もの化け物共を叩き潰すことができた。

 

 

 

「こりゃあ良いな。」

 

 

 

美鈴「龍二さん!来てくれましたか!」

 

 

 

「元気そうでなによりだ。にしてもこりゃどうなってやがんだァ?」

 

 

 

サイズのせいもあってか魔力の消費が激しいので、ひとまず槌を消滅させる。

かなりの数の化け物が減ったので一安心だとは思うが、オレはひとまず美鈴に状況を聞くことにした。

 

 

 

美鈴「お嬢様達が危険かもしれません…ッ!」

 

 

 

「なにィ!?まさか中に化け物が侵入してんのか!?」

 

 

 

一瞬の安堵も束の間、どうやら既に中で何かが起こっているらしい。

だが、紅魔館の奴らは実力者揃いだ。

それに美鈴が数を減らしてくれているわけだからそこまで大袈裟な事態では無いと思うのだが…

 

 

 

…だが………

 

 

 

美鈴「いえ…」

 

 

 

オレはそれを聞いた途端、心臓が止まるんじゃないかと思う程の衝撃を受けた。

 

 

 

美鈴「刀を持った男と巫女服の女が中に…ッ」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

その瞬間、オレは紅魔館の扉を乱暴に開けてレミリアのもとに走り出した。

とても嫌な予感がする。化け物に会った時とは比べ物にならない程の嫌な予感。

 

 

 

「まさかアイツもこの世界に来てたってのかよ…ッ!?」

 

 

 

全速力で走りながら、オレは背中に背負っている彼岸剣を抜く。

刀の男の話をした時に幽々子がくれたものだが、あまりにもタイミングが良すぎる。

幽々子がグルだとは思わないが、何か知っていることは明白だろう。

 

 

 

「クソッ!あん時に聞いておくんだった!ちゃんと使えんだろうなこの刀ァ!!」

 

 

 

妖しく輝く緋い刀身を睨みつけ、オレは彼岸剣を鞘に戻した。

それにしても、美鈴は「刀の男と巫女服の女」と言っていた。

あまり考えたくはないが、刀の男はおそらくオレを現世で襲った奴だろう。

だが、巫女服の女というのは皆目見当もつかない。

もしかしたらその女こそが黒幕なのかもしれないが…想像だけで物事を考えてもあまり意味が無いだろう。

 

 

 

「もうすぐか!間に合ってくれよォ…ッ!?」

 

 

 

もうすぐレミリアの玉座というところで廊下の脇に咲夜が倒れているのが見えた。

辺りにはナイフが散らばっており、床や壁に大量の血飛沫がべっとりと付いている。

 

 

 

「ッ…咲夜ァ!大丈夫かッ!?」

 

 

 

あまりの惨状に一瞬思考が停止したが、すぐ我に返って咲夜のそばに走り寄った。

オレの声に対し、咲夜の反応は無い。

これはまさか…いや、きっと気を失っているだけだろう。

むしろ、無理矢理にでも自分にそう言い聞かせなければ、オレはとても正気を保てそうに無かった。

 

早くレミリアのところに行かなければ手遅れになる。

そんな予感がし、オレは再びレミリアの玉座へ向かって走り出した。

 

 

 

「すぐ戻っから死ぬんじゃねェぞ咲夜ァ!」

 

 

 

相変わらず反応は無い。

だが今はレミリアの所へ行くのが先だ。

不安と焦りからか、オレは更に走るスピードを上げていった。

 

目の前の扉を開ければレミリアがいるはずだ。

どうか無事で居てくれと願いながら、オレは走っている勢いのままその扉を蹴破った。

 

 

 

扉を蹴破るバゴォンという破壊音とともにオレが見たのは巫女服の女とレミリアだった。

 

いや、厳密には…

巫女服の女をレミリアがグングニルで貫いている光景だった。

 

壁は酷く破壊され、天井には大きな穴が空いている玉座の間。

その部屋で大きな瓦礫の山に巫女服の女が磔にされていた。その瓦礫はおそらく、元々天井のものだったのだろう。

 

 

 

レミリア「博麗の巫女といえど、紅魔の王には到底届かないわ。」

 

 

 

巫女服「う…ぐっ…!」

 

 

 

おそらくかなり激しい死闘だったのだろう、満身創痍の巫女服の女と同様、レミリアにも夥しい量の生傷が刻まれていた。

レミリアはグングニルを捻って巫女服の女に追い打ちをかけ、乱暴に引き抜いた。

磔にされていた巫女服の女は崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 

 

 

レミリア「…龍二、来たのね。」

 

 

 

レミリアはこちらを向かずにオレに話しかけてきた。

薄いピンク色だったレミリアの服は返り血で真紅に染まっていた。

そう、まるでこの不気味な空のように。

 

 

 

レミリア「全く、とんだ因果に巻き込まれてしまったものね…。」

 

 

 

「レミリアお前…ボロボロじゃねェかよ。」

 

 

 

よく見てみるとレミリアの服は各所に傷が付いており、付着した血も全部が全部返り血というわけではないようだ。

緋色のグングニルを消したレミリアは微笑みながらこちらに向き直る。

その表情は、どこか物悲しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

レミリア「なに、大したことは無いわ………それよりも龍二、貴方に…ッ!?」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

唐突に響くドスっという音。

レミリアの腹から飛び出た、黒曜石を彷彿とさせるような黒い刃。

更に紅く染まってゆくレミリアの服。

 

 

 

 

 

───レミリアの背後から覗く不気味な仮面。

 

 

 

「レミリアッ!!!」

 

 

 

レミリア「来るなッ!!」

 

 

 

思わずレミリアの傍に駆け寄ろうとするが、それは突如響いた大声によって止められた。

刀の男は刀を乱暴に引き抜き、レミリアを背中から蹴っ飛ばした。

血飛沫がまうと同時にレミリアは吹っ飛び、力なく倒れ伏す。

 

倒れたレミリアのもとへ男がゆっくりと歩み寄る。

 

 

 

「おいッ!?」

 

 

 

レミリア「龍二…!あとで私の寝室に…行って……ッ!」

 

 

 

「どういうことだよ…ッ!」

 

 

 

刀の男は倒れ伏しているレミリアに刀を振り下ろそうとしていた。

それに気づいているのか否か、それはわからないが、レミリアは口から血を垂らしながらこちらに微笑んだまま動かなかった。

 

 

 

「おいッ!避け…」

 

 

 

レミリア「…今までありがとうね、お父さ」

 

 

 

ドシャ

 

 

 

レミリアの頭上から振り下ろされた刀は鈍い音と共にレミリアの頭蓋を叩き斬った。

レミリアはそのまま動かなくなり、何も喋らなくなった。

刀の男はまるで不潔な物を扱うかのように、刃についた血を乱暴にはらった。

 

 

 

「テメェェェェェェエエ!!!!!!!」

 

 

 

その瞬間、オレは喉が枯れるほどの大声で叫びながらその男に殴りかかった。

 

絶対に殺す。

オレの思考はそんなドス黒い色だけに染まりきっていた。

渾身の力を込めた拳を刀の男に向けて叩きつける。

 

…が、その瞬間その男の姿は消失し、殺意に満ちたオレの拳は床面のタイルを砕いた。

 

 

 

刀の男「お前の家族は死んだ。あの金髪の吸血鬼もな。」

 

 

 

「ッ!!!テメェ、フランまで…ッ!!!!」

 

 

 

背後から男の声が聞こえ、振り向きざまに裏拳を放つ。

しかし、その拳はまたもや男には届かず、ブゥンと空気を裂くだけに終わった。

 

オレが裏拳を振り抜いた瞬間、その隙をついた男は黒光りする刃をオレに向けて振り下ろす。

 

 

 

ガキィン!

 

 

 

刀の男「な…ッ!?」

 

 

 

オレは咄嗟に彼岸剣を抜き、男の刀を弾いた。

幽々子から貰ったこの刀は質量無きものを切り裂く。疑っていたわけではないが、幽々子の言葉は本当だったようだ。

とはいえ、刀相手では流石に切り裂くことはできなかった。

 

 

 

刀の男「なんだその刀は…ッ!」

 

 

 

「……」

 

 

 

オレは男の質問に答えることなく、刀を手放して無防備になった男の腹に懇親の一撃を放った。

その威力で為す術なく彼方まで吹き飛んだ男に、オレは強い憎しみを込めて一言だけ言い放つ。

 

 

 

「死ねや。」

 

 

 

間髪入れずにオレは鋭利なパイプを生成し、吹き飛んだ男に向けて放った。

 

 

 

刀の男「グハッ…!」

 

 

 

まずは一本、そのパイプは腹を貫いた。

 

 

 

二本、右肩を貫く。

 

 

 

ただ殺意のみを込めて。男を殺すことだけに集中して。

 

 

 

「……。」

 

 

 

オレは男を睨みつけ、何も言わずに次々とパイプを突き刺した。

顔に飛び散る血飛沫などは一切気にせず、ひたすら突き刺した。

 

 

 

腕を貫き、太腿を貫き、腹を、手を、胸を、足を、腰を、股を、心臓、首、顔、頭、頭、頭、頭、頭…………

 

 

 

 

 

 

 

───どれくらいの時間が経っただろう。

既に刀の男はそこに存在せず、ただ血肉の欠片が無数に飛び散っていた。

紅い部屋を更に赤く赤く赤く染めて、オレはただ一人そこに呆然と立ち尽くしていた。

 

割れたステンドグラスからは夏の冷たい夜風が吹き、返り血に染まったオレの肌を撫でた。

 

復讐は終わった。

オレはゆっくりとレミリアの元へ歩み寄り、レミリアを抱き上げた。

 

 

 

「なァ…レミリアよ。野郎はぶっ殺したぜ…いい加減、起きろや。…なァ……なァ!!!!」

 

 

 

何度語りかけてもレミリアは動かない。

元より冷たい吸血鬼の肌が、更に冷たくなっていた。

 

もう生きていない。頭の中では分かっていたが、どうしても認めたくなかった。

レミリアをオレの運命に巻き込んでしまった。それが一番辛くて、やるせなくて、許せなかった。

 

 

 

「…クソが。」

 

 

 

そこでふと、レミリアが殺される直前に叫んでいた事を思い出した。

 

“寝室に行け。”

 

レミリアの最後の願いだ。

オレはレミリアが遺したものを探すべく、レミリアの亡骸を抱いたまま部屋を後にした。




キッツ


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運命

物音一つ聞こえない、嫌に静かな紅魔館。

 

刀の男を殺したあと、オレはレミリアの亡骸をレミリアの寝室に運んだ。

 

レミリアをベッドに寝かせた後、オレは寝室の窓を開けた。

宵の空から流れ込む冷えた風を顔に浴び、煙草に火をつける。

冷たい煙が、レミリア達と過ごした短い日々を思い出させる。

 

 

 

「ワケがわかんねェよ…」

 

 

 

未だに実感の湧かないこの惨状、しかしうだうだ言っていては何も変わらない。

 

オレはふ、と小型の丸テーブルに目をやった。

テーブルには白い封筒が置かれていて、紅い蝋で封がされていた。

 

封筒には綺麗な字でDear Ryujiと書かれている。

 

 

 

「……レミリア、オメェは自分が死ぬ運命も見えてたってのか?」

 

 

 

ベッドに横たわるレミリアに顔を向け、オレは消え入るような掠れた声で聞いた。

しかし、事切れているとはとても思えないほど綺麗な顔をした吸血鬼の少女は何も答えない。

顔に付着していた血はオレが全て拭いたので、傷口以外を見ればただ寝ているだけの少女だ。

 

なのに、何も反応しない。

 

その様が、レミリアが死んだという事実をオレの中でより明白にした。

 

 

 

「……」

 

 

 

オレは深く溜息をつき、オレに宛てられた封筒を開けて見ることにした。

そばに置いてあった銀のペーパーナイフで封筒を開け、幾重に折りたたまれた紙を抜き取った。

 

 

 

「手紙、か。」

 

 

 

開いてみると結構な長さの手紙だ。

オレは煙草を咥えながらその場で手紙を読み始めた。

 

 

 

“親愛なる龍二へ。

貴方がこれを読んでいるということは、私はもうこの世には居ないのよね。ふふっ、ベタだけれど。

きっと貴方は今、酷く混乱しているのでしょう?

少し出かけている間に幻想郷が、いえ、紅魔館がこんな状態になっていたのだから無理もないわ。

 

私は自分が今日死ぬことを知っていたわ。貴方も分かっていると思うけれど、勿論私の能力よ。

貴方に初めて会った時、私は貴方に言ったわよね。「果てしなく永く苦しい運命を背負っている。」って。

加えて「その運命、きっと変えてみせる。」とも私言ったのだけれど、まるで変えられなかったわ。ごめんなさい、龍二。

 

前置きが長くなったわね。

龍二、貴方は「世界を再構築する運命」を背負っているわ。

…ふふっ、いきなり言われてもまるでわからないわよね。

 

まず、八雲紫を探して。

 

八雲は幻想郷を創造した大妖怪。八雲に会えば全てがわかるわ。

幻想郷に来てから八雲には一度も会っていないから、どこに住んでいるかはわからないけれど…

迷いの竹林の奥部には、八雲の知人とされている“月の賢者”が隠れ住んでいるらしいの。

だから恐らくは……その竹林の奥部に身を隠しているのではないかと私は推測するわ。

 

結局、全て貴方一人に背負わせてしまってごめんなさい。

せめて貴方の運命がより良いものになるように祈っているわ。”

 

 

 

「…オレのやる事はハナっから決まってたわけか。助けられたかもしんねェのに…なんで黙ってたんだ…。」

 

 

 

手紙の内容はまだ残っており、“ここからは私個人のメッセージ。見なくてもいいからね。”と付け足され、更に下へと続いた。

 

 

 

“貴方、「紅魔館を自分の運命に巻き込んでしまった。」とか考えてたりしないでしょうね?

…まぁ貴方の事だから、きっと今頃自分を責めているのでしょう…

けれどね、紅魔館に貴方を誘ったのは他でもない私なのよ。

私は貴方の運命を初めから知っていた。あの時貴方を追い返していれば、私は死ななかったでしょうね。

 

それを分かっていた上で私はあえて貴方を招き入れたのよ。

だから貴方が気負いする必要はないの。

 

 

 

けれど…けれどね。

そうまでして貴方を招いたのに。

運命を変えてみせるって心に決めていたのに。

紅魔館を、家族を犠牲にしてまで成そうとしたのに。

やっぱり何も出来なかった。それが悔しくて…ね。

 

 

 

けれどやっぱり、私は貴方に会えて良かったわ。

私だけじゃない、フランも貴方のような父親ができてとても喜んでいたしね。

 

だから龍二、何度も言うけれど、気負いしないで。

私は、私達紅魔館は、貴方を家族として愛しているわ。”

 

 

 

「……なンだよ…オレはオメェらに何にも礼できてねェよ……。」

 

 

 

やるせなさと共に手に力が抜け、オレはゆっくりと手紙をテーブルの上に置いた。

だがよく見ると、手紙の一番下に滲んだ文字で一文だけ書かれていることに気がついた。

 

 

 

“最後に安心あげれた、かな…?ありがとう…お父さん。”

 

 

 

その文は水玉模様に滲んでおり、手紙自体もその部分だけ少し拠れていた。

オレは咥えていた煙草を落とし、その場に力なく崩れ落ちた。

 

 

 

「最後の最後に…ッ泣いてんじゃねェよ…ッ!」

 

 

 

突然目から溢れ出した無数の雫。

大の男が泣くなんぞ情けない…そんな事も考えず、オレはただひたすら涙を流し続けた。

 

耐えきれなかった。

結局全ての運命を押し付けて殺してしまったのはオレなのに。

それなのに何故レミリアは歩み寄ってくれるのか、それが嬉しくて、幸せで、辛かった。

 

大粒の涙が、床に落下した煙草の火を潰す。

 

レミリアはいつも“大人”だった。

だが500歳といえど、本来なら彼女はまだ子供なのだ。

そんな彼女に無理をさせてしまった自分が非常に恨めしい。

 

 

 

──だが、やはりいつまでも立ち止まってはいられない。

紅魔館が…家族が命を賭して支えてくれた運命だ。

オレにはそれを果たす、義務がある。

 

 

 

「ンだが…まずは弔いだな。」

 

 

 

いつまでもベッドに寝かせておくわけにはいかないので、オレはレミリアの亡骸を抱き抱えて館の外に運び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館の外、相も変わらず宵の空の下。

誰かまだ生きていないかと紅魔館を全て見て回ったが、望んだ答えは何一つ返ってこなかった。

紅魔館の全員の亡骸を内門前に寝かせ、オレは彼女らを見下ろした。

 

 

 

「………ごめんな。」

 

 

 

紅魔館は全滅。

 

 

 

実際に殺される現場を見てはいなかったものの、心のどこかで察しはついていた。

なので取り乱すことは無かったが、やはり家族が死んでいる様を何度も見るのは堪えるというものだ。

 

 

 

「クソッ…呆けてんじゃねェよ…やることやんねェとな。」

 

 

 

力が抜けそうになる体に鞭を打ち、早いうちに弔いを終わらせることにした。

他人の運命に巻き込まれて死んだ上、弔いもされずに腐ってしまうなんて、それではあまりにも彼女らが不憫じゃあないか。

 

オレはひとまず紅魔館の庭に幾つか穴を掘って、その中に彼女らの亡骸を焚いて埋めることにした。

まずはフランから…とフランの亡骸を抱き上げると、ポロっと、何かが落ちた。

 

 

 

「…?」

 

 

 

フランの亡骸を抱えたまま、それを拾い上げてみる…

それは朱色の歪な折り鶴だった。

初めて作ったからか、所々余分な折り目があったりシワになっている所も見られた。

 

 

 

「…約束、守れなかったな。」

 

 

 

“ちゃんといい子で待ってる。”

その言葉がオレの中で反芻し、込み上げてくる何かを感じた。

こんな体たらくじゃあ、弔いが終わるまでに日が昇ってしまう。

 

オレはフランの折り鶴を形を崩さないようにポケットにしまい、重い足取りで弔いを始めたのだった。



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再度の別れ

夕方の襲撃がまるで嘘だったかのような静寂に包まれた真っ暗な世界。

広大な闇の世界の中では砂のようにちっぽけに感じる火が、天高く煙を上らせていた。

 

家族の亡骸が火に包まれている様を見て、心に大きな穴が空いたような、そんな気持ちになった。

亡骸とはいえ、やはり火をつけるまでにもかなり葛藤があった。

だが、あのまま腐敗してしまうよりはこうして焼いてしまった方が彼女らも報われるのではないかと考え、今に至るわけだ。

 

オレはその場にしゃがみこみ、煙草に火をつけて大きく煙を吸い込んだ。

紅魔館での日常を思い出し、肺に充満した冷たい煙をフーッと吐き出す。

 

 

 

「いい加減、吹っ切れねェと、か……」

 

 

 

名残惜しいが、本当なら今すぐにでも八雲を探しに旅立たなければならない

だがせめて今日だけでも、オレ自身の気持ちにしっかりとケジメを付ける時間が欲しい。

 

オレはひとまず、自分の寝室に戻ったのだった。

ほんのひとときの微睡みに負を投げ込んで……

 

 

 

 

 

 

 

───

 

─────

 

 

「ン……。」

 

 

 

窓から射し込む黄昏が俺の意識を覚醒させた。

こんな早朝に起きてしまったのかと外を見ると、かまぼこ型の太陽が西の空にて煌々と光を放っていた。

 

 

 

「チッ……寝すぎたな。」

 

 

沈みかけた太陽を横目にいそいそと身支度を始める。

季節外れの薄汚れた革ジャンを羽織り、彼岸剣を抜いた。

先の戦闘であれほど乱雑に使ったにも関わらず、一点の陰りも無い緋が刀身を妖艶に煌めかせている。

 

 

 

「アイツはヤったが、まだ暫く世話になりそうだな。」

 

 

 

ボソっと呟いて彼岸剣を鞘に納め、オレは紅魔館の門へと歩き出した。

まずはレミリアの言っていた竹林に行く道を人里まで聞き込みに行く必要がありそうだ。

…だが、あれ程の化け物が溢れていたのだ、人里がほぼ壊滅状態になっていてもおかしくない。

その場合は空から竹林を探しながら飛ぶしか無さそうだ。

 

 

 

「なんにせよ、ちゃんとやんねェとな。」

 

 

 

紅魔館の門を開け、後ろに振り返る。

これが最後だ。今までの礼を込めて深く頭を下げた。

世界の再構築…長い道になりそうだが、もしかしたらまた会えるのかもしれない。

絶対に果たしてみせる。その決意を胸に、オレは歩き出した。

 

 

 

「いつかまた、きっと会いに来るからな。」

 

 

 

まずは人里に向かわなければならない。

冥界から紅魔館に帰る途中で見かけたものが恐らく人里であろう。

だから何となくの位置は分かっているので、お得意のぶん投げ飛行法で跳躍する。

既に宵闇、薄暗い空を眺めながら冷たい風を頬に感じた。

 

とはいえ、思ってたよりも紅魔館から人里は近かったようで、すぐにそれらしき集落を見つけた。

 

 

 

「こんな近かったか…?」

 

 

 

オレは訝しんだ。

だが冥界からの帰り道に通った時は、一刻も早く紅魔館に着いて欲しいという願望が大きくあったので、それで時間が長く感じていただけなのかもしれない。

人間とは不思議なものだ。

 

 

 

「よっと…こんな薄暗さじゃ外に出ている人間なぞそう居ねェか。」

 

 

 

人里に着陸し、ぐるりと辺りを見渡す。

人の気配はするが、既に住民はそれぞれの家に引きこもっているようだ。

仕方ないので、ひとまず暗い人里を歩き回る事にする。

 

 

 

「あの事件で全壊した建物も少なくねェんだな。」

 

 

 

歩きながら煙草に火をつけ、1つ大きく吸い込んだ。

冷たい煙が肺に充満する。

そして味わってからフゥゥっと煙を吐き出すと、吐いた煙の先から住民らしき影が歩いてきた。

痩せ型の人間…妖怪?どちらとも言えぬその雰囲気に戸惑うが、その男から敵意は感じなかった。

 

 

 

「ちょっといいかい。」

 

 

 

?「なんでしょう…」

 

 

 

その男は暗い声で返答した。

如何にも幸の薄そうな男は暗い声に恥じない暗い顔でオレを見据える。

あまりの暗さに一瞬ギョッとしたが、オレは負けじと渋い声でその男に質問した。

 

 

 

「迷いの竹林って…知ってるかな?」

 

 

 

?「知wらwなwいwよw」

 

 

 

真面目な質問に半笑いで答えられて些か苛立ちが募るが、これはおそらく作者の陰謀だろう。

何となくそんな気がする、オレは詳しいんだ。

 

 

 

?「冗談ですよ、竹林はここから南に行ったところにあります。」

 

 

 

「おぉ、ありがとな。」

 

 

 

?「ところで貴方…恐ろしい程に易の無い方だ、今までもこれからも災難に溢れていそうです。」

 

 

 

「……否定は、出来ねェわな。」

 

 

 

突如“易”だとかいう意味不明な言葉を用いてオレを困惑させるこの男は名を易者というらしく、その名の通り人の易を見ることが出来るそうだ。

そもそも易がよく分からないが、災難がどうとか言っているんだ、運気とかそういう感じだろう。

 

本来ならオレはそんなオカルトめいた話は全く信じないのだが、今回ばかりは説得力があった。

つい昨日の悲劇を忘れる事などできるはずもなく、オレは眉間に皺を寄せながら南の方を睨んだ。

 

 

 

「オレは行くぜ、ありがとな易者の兄ちゃん。」

 

 

 

易者「えぇ、易があればまた。」

 

 

 

易者に別れを告げ、オレは早速南に向かって飛行を始めた。

竹は非常に背が高いため、恐らく竹林の上空から永遠亭を見つけるのは至難の業だろう。

そのため、竹林に着いてからは徒歩になりそうだ。

 

八雲…今頼れるのはソイツしか居ない。

どうにか早急にコンタクトを取りたいものである。

 

 

 

「…ん?アレか?」

 

 

 

竹林は思っていたよりも距離が短かったらしく、人里から程なくして到着した。

 

竹林の入口前に着陸すると、暗闇に包まれた厳かな竹林がオレを偉そうに見下ろしていた。

竹林入口には看板が設置されており、そこには“立ち入るべからず”の一文。

看板は随分と古ぼけており、相応に文字も風化していた。

 

 

 

「誰かが住んでるようには思えねェけどな。」

 

 

 

まるで生物の気配を感じない至高の闇。

そんな竹林に賢者が居るなど、レミリアの言葉でなければ到底信じられないだろう。

 

 

 

「RPGじゃねェんだからよ…」

 

 

 

オレは訝しげに思いながらも、躊躇うこと無く竹林の中へ歩みを進めていくのであった。



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双賢の潜む屋敷

竹林に響く異形共の咆哮、相反して長閑さを感じさせる梟の鳴き声、竹林を抜けてゆく冷風達……

完全なる暗黒の中でそれらの音が不規則に響く中、草を踏みしめる音だけが唯一規則的に響いていた。

 

オレは煙草を吸いながら視界の悪い竹林の草土をただひたすら踏みしめていく。

 

 

 

「高純度の闇でしかねェな。」

 

 

 

足音に反応してか、煙の匂いに反応してかは定かでは無いが、時々襲い来る異形の妖怪共を殴り飛ばしながらオレは闇をひたすら進んでいた。

 

しかし歩めど歩めど無尽蔵な闇が広がり続けるばかりで、永遠亭についての手掛かりを全く掴めずにいたオレは止めどなく煙を煽るばかりで何の進展もない。

 

 

 

「ったく、人っ子一人居やしねェ…っても当然か。」

 

 

 

こんな闇の竹林で人が居たら居たで寧ろ警戒物である。

仮に力のある人間がいたとして、相当な用事が無ければこんな妖怪だらけの暗黒に包まれた竹林になんぞ入るわけが無い。

居たとしたら単なる物好きか、呆れ返る程のドM…または自殺志願者くらいだろうか。

 

それにしても、こんな暗黒じゃ見えるモンも見えやしない。

どうにかして灯りを確保できないものか。

カグツチのような質量を持った炎を生み出す事は可能であるが、アレは仄かな光を放つばかりで何の視界補助にもなりゃしない。

我ながらしょーもない事しか出来ないものだ。

 

だからオレは能力で見えざる無数の手を操って周囲をペタペタ触り、その感触で周囲の物体や地形を確認しながら歩いているわけだ。

非常に効率が悪い、生産性を高めろって倉庫のおっちゃんもよく言ってんだろ?オレにゃそれが足りんのだ。

 

 

 

「ま、ンな事はどーでも良いワ。」

 

 

 

そんな事を考えたとしても、所詮オレに出来ることなんぞ限定的なわけで。

結局は今可能な事を続け、虱潰しに永遠亭を探すしかないのだ。

全く以て気が遠くなる難題である。

 

と、ふと草土を踏みしめる規則的な音が変容し始めた事に気付いた。

先程まではズシャ、ズシャ、ズシャといった音だったのが、今はズズシャ、ズズシャ、ズズシャといった音へ変わっているのだ。

 

あからさまにオレ一人の足音ではない。

 

 

 

「妖怪…ってわけじゃあ無さそうだがなァ。」

 

 

 

オレと同じような規則性を持った二足歩行の足音。

ほぼ確実に人間の足音であろう、違ったとしても二足歩行である事に間違いは無い。

段々と近づいてくるその足音に多少の警戒を備えつつ、オレはなるべく平静を装った素振りで進み続けた。

 

 

 

「フン、人だったとしても可笑しいんだがよ。」

 

 

 

警戒しつつ、そのまま歩みを進めていくオレ。

近づきつつある足音の主が、前方からゆっくりと姿を現す。

その主は白いシャツに赤いもんぺ、長い白髪に赤いリボンのようなものを着けた少女であった。

 

オレに気づいた紅い瞳の少女は、肩に掛けた剣をゆっくりと引き抜く。

その刀身は灼けた鉄のような色をしており、節々に見える溝からは溶岩のような光を放っていた。

 

剣を抜いても尚、オレはポケットに手を突っ込んだまま平然と歩き続ける。

そんなオレの様子に苛立ちを覚えたのか、少女は舌を打ってオレに斬りかかってきた。

人では無いのだろう、少女のそれは人を遥かに凌駕した速度であった。

 

しかしポケットに手を突っ込んだまま、能力で彼岸剣を抜刀して斬撃を防ぐオレ。

何に驚いたのかは定かではないが、その少女は目を見開いた。

 

 

 

「………勘弁してくれや、姉ちゃんよォ…。」

 

 

 

?「アンタ…もしかして、真っ当な奴なの?」

 

 

 

「真っ当だァ?…そりゃ無ェな。」

 

 

 

オレは元々は任侠モンだし、幻想郷に来てからも許されざる罪を犯した。

真っ当かと聞かれれば、お世辞にも「はいそうです」とは答えられない。

 

しかし、その少女は歯切れの悪いオレの返答を聞くと静かに紅い剣を納めた。

 

 

 

?「悪かった、先日の異変で皆イカレちまったからさ。」

 

 

 

「そうかい…あれ程の異形共が闊歩してたんだ、そりゃ仕方無ェかもな。」

 

 

 

話を聞く限り、妹紅は“マトモな奴”なようだ。

いや、いきなり襲いかかってくる奴は本来マトモじゃあないんだが、今は状況が状況だから仕方が無いのかもしれない。

妹紅はもんぺのポケットから煙草を取り出すと、指先を発火させて煙草に火を灯した。

 

こんな白くて美麗な少女が煙草を吸うなんぞおかしな事だとは思ったが、煙草を吸う彼女の姿は意外にも様になっており、その常識を覆さんとしていた。

 

 

 

妹紅「私は藤原妹紅(ふじわらのもこう)、妹紅って呼んでくれ。ところでこんな所に何の用だい?」

 

 

 

「オレは葛城龍二ってんだ、賢者に会う為に永遠亭ってのを探しに来たんだがよ…。」

 

 

 

煙をフーっと吐いて「なるほど」と呟く妹紅。

妹紅の吐いた煙は天高く昇ってゆき、暗黒の空へと消えていく。

 

 

 

妹紅「このタイミングで永遠亭…ね、運命かもな。」

 

 

 

「…運命っつったか今」

 

 

 

“運命”という単語につい食いついてしまったオレだが、妹紅はそれに「あぁ」とだけ返して再度煙を吸い込んだ。

目を瞑ってスゥーっと煙を肺に入れ、目を開けた妹紅はオレに背を向けて歩き出す。

 

 

 

妹紅「着いて来な、案内するよ。」

 

 

 

「助かる、サンキューな。」

 

 

 

妹紅の好意に感謝を示し、オレは妹紅に案内されて永遠亭へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳かな闇夜の竹林にひっそりと佇む日本家屋、それは家主が大いなる富を手にしていることが外装だけで理解出来る程度には立派であった。

 

その建物の名は永遠亭。

月を追われた賢者の隠れ処であり、八雲が身を隠しているであろう拠点でもある。

運命を司る吸血鬼のレミリアが言うならばきっと間違いはないだろうが、それは決して確定されたものではない。

 

運命もまた、気紛れなのだ。

 

 

 

妹紅「着いたよ、ここが永遠亭だ。」

 

 

 

「随分とまぁ立派な屋敷だなァ。」

 

 

 

妹紅に案内されて永遠亭に辿り着いたオレは、その外観に感心した。

賢者が貧乏であるイメージは無いが、逆に裕福であるというイメージも無い。

外門の閂を手慣れた手つきで外し、そのまま門を開けて敷地内へと足を踏み入れる妹紅。

 

 

 

妹紅「龍二だっけ、きっと八雲紫に会いたいんだろ?ここに居るよ。」

 

 

 

「……心でも読めンのか?」

 

 

 

妹紅「そんな妖怪も居るらしいけどね、アンタの場合は顔に書いてあるよ。」

 

 

 

妹紅のあまりにも的確な発言に本気で読心が可能な能力を持っているのではと疑ったオレだが、それは勘違いだったようだ。

どうやらオレは随分と分かりやすい人間のようである、あまりにも不本意であるが。

 

妹紅に連れられて永遠亭内に入ると、ブレザーを着たうさ耳の少女が現れた。

その少女は紅い瞳を携えており、ストレートな紫色の髪を下ろしている。

 

 

 

うさ耳「妹紅おかえり、その人は?」

 

 

 

妹紅「あぁ、どうやら紫に会いたいらしい。」

 

 

 

「葛城龍二だ、よろしくな。」

 

 

 

茶の満たされた椀を二つ持っている事から、恐らく永遠亭内での使用人といったところだろうか。

軽い自己紹介をしたオレに礼儀正しく頭を下げ、彼女は同じく返してくれた。

礼儀正しいのは良い事だが、オレはあまり下からペコペコされる話し方が得意ではない。

 

 

 

鈴仙「はじめまして、私は鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバといいます。長いので鈴仙と呼んでください。」

 

 

 

「こりゃ丁寧に悪いな。覚えたぜ、うさ耳の鈴仙。」

 

 

 

鈴仙「…まぁ間違ってはないです。」

 

 

 

鈴仙を和ませようと軽いジョークを言ったオレだが、苦笑いしている鈴仙の様子を見るに、あまり有効では無かったように思う。かなしい。

 

ひとまずオレは簡潔に事の顛末を話し、改めて八雲の所へ案内してもらうことにした。

勿論、紅魔館が襲撃されて酷い有様になった事は話していない。

話すべきなのかもしれんが、それはどうしても気が進まなかった。

 

決して忘れてはならないが、思い出したくない。

そんなオレの、弱いところかもしれない。

 

八雲が居るという居間の障子の前で立ち止まった鈴仙は大きすぎず、しかし障子の向こうに届く程度の声を出した。

 

 

 

鈴仙「紫様、失礼します。」

 

 

 

八雲「えぇ、どうぞ。」

 

 

 

紫と呼ばれたその女性の声は思っていたよりも若かったが、それでいて大人びたような落ち着いているような雰囲気を醸し出していた。

八雲紫…幻想郷を創造した大妖怪であり、賢者でもある存在。

 

さて、オレの“運命”を左右する程のそれは果たしてどんな存在なのか。

 

木材の擦れる音と共に開かれた障子が見せたその解答に、オレは衝撃を受けた。

 

 

 

「な………」

 

 

 

八雲「はじめまして、貴方が葛城龍二ね。」

 

 

 

多量のリボンを着けた長い金髪をたなびかせるその存在は、女性というよりは少女であった。

完全に大人の女性だと思い込んでいたので、先入観というのは恐ろしいものである。

 

数秒間の沈黙が、その空間を支配したのであった。



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日常を取り戻す為の非日常

厳かな竹林の奥地にひっそりと佇む古き良き日本屋敷。

そのとある一室で、オレと八雲紫は卓袱台を挟んで座していた。

 

 

 

「さて、と……」

 

 

 

暗い一室は蝋燭の灯りによって仄かに照らされており、その薄闇でオレは徐ろにジッポライターと煙草を取り出す。

 

 

キン

 

シュボッ

 

ガチン

 

 

という金属音が響き渡り、ミントのような爽やかさを孕んだ煙が漂う。

 

オレは鈴仙と妹紅による案内のおかげで、目的の人物である八雲紫と接触することに成功した。

 

賢者、八雲紫。

この幻想郷を創り上げた大妖怪であり、“境界を操る程度の能力”と並外れた頭脳によって紡がれた圧倒的な力所以、彼女は人々や妖怪から一目おかれる存在となっている。

幻想郷の武力を担い、また幻想郷の頭脳を担う。

そんな彼女は、まさに幻想郷の要と言っても過言ではないだろう。

 

 

 

「何を話しに来たかと聞かれれば…どう答えりゃ良いか分からねェんだけどよ……」

 

 

八雲「……“レミリア・スカーレット”、よね。」

 

 

「…そうか、レミリアは知ってんのか」

 

 

 

何処から話を切り出したもんかと悩んでいると、八雲の口からレミリアの名が出た。

だがレミリアの名を口にした八雲の表情としては、別にレミリアと知り合いであるというわけではなさそうだ。

単純に、知っていた。ただそれだけだろう。

 

 

 

「レミリアが、竹林の奥地に潜む八雲を訪ねろってよ……ただ、当のレミリアは…」

 

 

八雲「いえ、皆まで話す必要は無いわ。その話は、もう伝わっているの。」

 

 

「…そりゃ…助かるな。」

 

 

 

ならばオレは何を話せばいいものか。

ただ賢者を訪ねろとしか言われていないので、実際問題なんの用事があるのかはオレ自身にも分かっていない。

 

しかし、どうしたものかと思案していると、今度は八雲の方から話を切り出してきた。

 

 

 

「あの剣士は、貴方が殺したのね。」

 

 

 

「!!…知ってんのか?あの野郎のことをよ。」

 

 

 

「…昨今の異変、首謀者はあの剣士ではない。更に上の、糸を引く支配者がいるわ。」

 

 

 

「そうなのか、オレァてっきり奴が本丸だと思ってたンだが……なんで知ってンだ?」

 

 

 

いくら幻想郷を管理する立場だからと言って、幻想郷の全てを把握できるなんて事はありえない。

それに幻想郷を創成できる程の力があるなら、異変の時に何かしらの救済はできたのではないだろうか。

 

 

 

「…異変の首謀者と戦ってたの、私にはソイツの足止めだけで精一杯だったわ…」

 

 

 

あのいけすかねぇ長ドス野郎だけではあんな大規模な異変を起こすのは無理だと思ってはいたが、やはり首謀者なだけあってかなりの力を持っているようだ。

 

すると八雲は表情を隠すように扇子を開くと、突拍子もなく不可思議な事を言い始めた。

 

 

 

「駆け足で行くわよ。貴方には、過去に行ってもらうわ。」

 

 

「過去?ンなこと出来んのかよ」

 

 

「貴方は正式に幻想郷の住人ではない。だからこそ、これは貴方にしか出来ないの。」

 

 

過去に行く。

随分と簡単に言ってくれるが、オレが元いた世界じゃそんなの世迷言にも等しい。

何をトチ狂ったのかと聞かれてもおかしくは無いレベルである。

 

ただ…もしホントに過去に行けるなら、あのクソったれな運命も変えてしまえるのではないだろうか。

 

 

 

「…行くぜ。詳しい説明は要らねェ、筆者もストーリーなんて覚えてねェってボヤいてらァ」

 

 

「どうしてそういうこと言うの……いや、今はそんな事後回しね」

 

 

 

オレの不可思議な発言に対して八雲は呆れたようにため息を吐き、縁側と客室を仕切る障子に向けて手のひらを翳す。

 

そして憂いの籠った紫色の瞳をオレに向けると、八雲は苦虫を噛み潰したような表情で語り出した。

 

 

 

「時間という概念を含めた境界を開くのは至難の業、首謀者との戦闘で多量の力を行使した後だから微調整は難しいの。だから貴方には不老不死になってもらう必要があるのだけれど…」

 

 

「構わんよ、オレにはお似合いの業さ。」

 

 

 

すると八雲は驚愕と困惑を混ぜ合わせたような表情で目を見開いた。

先程から感情を隠すように扇子で口元を隠していたが、それでも明確に読み取れる程には感情が顕になっていた。

 

 

 

「不老不死って決して良いものではないのよ?いくら貴方とはいえ、それは分かっているでしょう?」

 

 

「貴方とはいえ………?まぁいいさ、オレはそれだけの十字架を背負う程にはやらかしてきたつもりだ。だから、それで良いンだよ。」

 

 

 

ちょっと蔑みが見て取れたが、触れたら脱線しそうなのでスルーしておく。

オレは今まで、下らん矜恃で人道を外れた人生を歩んできた。

それを精算できるとは微塵も思っちゃいないが、十字架を背負って然るべきなのは確かなはずだ。

 

それを聞いた八雲は見開いていた瞳を直し、先程と同じように感情を隠すような表情に戻った。

 

 

 

「そう……では、境界を開くわ。」

 

 

「頼むぜ。」

 

 

 

すると八雲が翳した手の先に黒い線が走り、形容し難い異音と共に黒い空間が開かれた。

その黒い空間の中からは無数の瞳がこちらを見つめており、なんとも言えない未知の恐怖が感じ取れる。

 

 

 

「ここをくぐればそこは過去の世界、覚悟は出来てる?」

 

 

 

時空をも超越する禍々しいゲート。

確かに吃驚はしたが、覚悟なんてとっくに決まっている。

あの刀野郎が事を起こす前に野郎をとっ捕まえて、瑠美もレミリア達の事も救ってやる。

 

バチンと拳を鳴らしたオレの口角は無意識に上がっていた。

 

 

 

「当たり前よ、ドーンと任せてくれや。」

 

 

「…よかったわ。幻想郷を、頼むわね。」

 

 

「…おう!」

 

 

 

さぁ、クソッタレな運命を変える為の時間旅行の始まりだ。

オレはそれ以上何も言わず、静かに異空間に足を踏み入れたのであった。



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