騎士見習いの立志伝 ~超常の名乗り~ (傍観者改め、介入者)
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人物紹介
本作の主要?オリジナル選手


追記したりするかもしれません。


磐田 

 

小川知良 身長181㎝ ポジション FW LWG 20歳

 

 昨年に12ゴールを決めたベストヤングプレーヤー。アンダー20日本代表で、五輪のレギュラーでもある。名将倉敷のもとで哲学を学び、開幕戦でETU相手にゴールを決めるも逆転負けを喫し、宮水青葉を意識し始める。

 

 

 

甲府 

 

中島秀哉 身長162cm ポジション ST LWG OMF 22歳

 

甲府の小さな大巨人。小回りが利き、且つ加速力と当たり負けしない小さな戦車並の爆発力を秘める、地方クラブ屈指のエース。元々東京ヴィクトリーユース出身だが守備のもろさが原因で昇格できず、甲府に流れ着いた経緯がある。そこでとある外国人コーチからデュエルを学び、フィジカルや高さに関係ない守備理論を叩き込まれた。

 武器はミドル、ロングレンジからのシュート精度とバルサのエースを彷彿とさせるドリブル。英語を独学で学び、日常会話程度に使いこなす。が、元々学生時代にブラジル留学したのもあり、ラテン系も同等に話せる。

 

 得点王争いにおける、青葉最大のライバル。

 

 

 

中村慎吾  身長178cm ポジション OMF CMF DMF 20歳

 

甲府の若き熱血ファイター。大阪ガンナーズユース出身で、中島と同様に競争に敗れた経緯がある。元は攻撃的な選手だったが、守備力を磨き、甲府の心臓と言われるようになる。ガンナーズの窪田とはライバル関係だった。

 意外性のあるミドルシュートを備え、セカンドボールに対する反応もすさまじい。ダイナミックな運ぶドリブルが特徴であり、ドリブルスピードは攻撃陣顔負けで、中央で一気にチームを押し上げる。

 

インターセプトからのカウンターは彼の十八番である。

 

 

岩城淳治 身長178cm ポジション CMF CB DMF RSB 35歳

 

 甲府のゲームキャプテン。色々なポジションを任されるが、しっかり仕事をこなすベテラン。主役になれないと自覚しつつも、残り少ない現役生活に全力を尽くす。

 若い時はオーストリア、イングランドでプレーしており、経験豊富。元日本代表の選手であり、達海のデビュー戦に遭遇したエピソードを持つ。棚ぼたでカップ戦のタイトルを獲得している。

 

 

山田 幸太 身長177cm ポジション LSB  38歳

 

甲府の左サイドバックのレギュラー。全盛期ほどではないが、それをカバーするポジショニングと運動量が武器。スプリント力も並の選手を上回るなど、まだまだ若い者には負けない。元日本代表であり、現代表のLSB城島にとっての高い壁だった。全盛期はイタリアのローマで不動のレギュラー。リーグ優勝も経験している。

 

 

 

新潟

 

榎本文人 身長182cm ポジション DMF CMF CB 20歳

 

新潟のCMF。アンダー日本代表レギュラーで、五輪代表候補。地方クラブの命運を背負うことに喜びとプライドを持っている。ゆえに国内クラブからのオファーは無視している。狙うはビッグクラブからの移籍金。

 

フリーキックの精度は国内屈指であり、昨年の公式戦では13得点を記録したが、その内の8得点が直接フリーキックからの一撃である。止まったボールを蹴る技術に関して言えば、青葉を圧倒する実力。

 

フリーキックに関しては世界トップレベル。無回転や曲がるボールを自在に操れる技巧派。

 

 

ロアーツ・ユルキナイネン 187cm ポジション FW 32歳

 

元イタリア代表。しかし1キャップのみ。代表に関しては黒歴史なので、触れないのが賢明。打点の高いヘディングシュートと、強烈な右足を持つ。シザースが得意で、当たり負けしないフィジカルでガンガン体をねじ込んでくるファイター気質のアタッカー。

 

 

皆川 巧 ポジション 183cm ポジション FW 22歳

 

 色々不器用な空中戦得意なフォワード。頭が利き足と言われ始める。破れかぶれのミドルシュートを叩き込む癖がある。追い込まれたら枠を捉えに来るシュートが多く、それが相手のファウルを誘い、榎本のフリーキックの機会を与えている。逆起点になることに悩みを抱えているが、監督からはどんどん仕掛けろと指示を受けており、ドリブルが進化しつつある。

 

昨年はヘディングで5発、顔面で2発、足で3発、クリアボールが股間に直撃した1発を決めた。

 

 

 

 

海外若手選手

 

 

 

堂本貴史  178cm ポジション RWG OMF ST 20歳

 

 オランダの一部チームでプレーする世代別日本代表のエース。カットインからのシュートと、縦に突破してもシュートを狙う積極性が武器。昨年夏に欧州挑戦し、23得点で得点王のタイトルに輝く。今最も日本でネクスト花森と言われる若手ナンバーワンアタッカー。

 セブンこと、美島奈々の大ファン。

 

 



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主要人物

まだまだここの欄は増えていきます。




宮水青葉 15歳 身長175cm(中三)→177cm(入学時)

 

所属 江ノ島高校 U-18日本代表 五輪日本代表 

適正ポジション RWG、RMF、OMF、LMF、LWG

 

世界が再構築された後に書き換えられた宮水青葉。糸守町の悲劇を阻止した際に、2013年からの記憶と経験が変化している。史実とは異なり、東京蹴球高校からの誘いを受けるも、古豪江ノ島高校に入学する。

しかし、入学早々に近藤の指導方針と合わず、FCに移籍。2つのチームがある現実に直面することになる。完ぺきではないが、互いに必要な指導方法を備え、それを統合する方法を模索するようになり、江ノ島サッカー部の復活を志すようになった。

代表決定戦では獅子奮迅の活躍を見せ、SCの指導力の限界を思い知らせる。ゆえに、青葉は互いの長所と短所を指摘し、チームの統合を提唱する。この一言がきっかけとなり、江ノ島高校サッカー部復活が実現し、その立役者となる。

プレースタイルはウイング特有のスピードとフェイントで相手を抜き去るカットイン、正確なクロスボールを供給すること。対人能力で屈指の実力を誇る、世代最速のサイドアタッカー。

 颯との初恋を終わらせ、サッカーの修羅として高校サッカーを席巻中。規格外の存在として良くも悪くも注目の的になっていく。

 

 

得意技 跨ぎフェイント系、ダブルタッチ、マルセイユ・ルーレット、クライフターン、足裏フェイント、ルーレットカット、マシューズフェイント、

 

 

小野寺颯 開始時点15歳 身長171cm(中三)→173cm(入学時)

 

所属 江ノ島高校 なでしこ日本代表

所属クラブ 湘南

適正ポジション CFW、ST、RMF、LMF、OMF、

 

世界が再構築された際、立花瀧とともに、宮水青葉の消失を知る数少ない人物。失っていたはずの右足を取り戻し、その恩人であり恩人では無い青葉に対し、複雑な想いを寄せている。

 江ノ島高校に籍を置いているが、それは青葉のことが心配だからであり、クラブチームに所属し、なでしこのエースを目指し奮闘中。後に同僚となる美島奈々に対し、試合勘を考慮しない彼女の現状に煮え切らない想いを抱いていたりする。

 プレースタイルは青葉と同様足首の強さを活かした瞬間的な加速力とフェイント、特にエラシコとクライフターンを好む傾向にある。さらに足首の強さを活かした強烈なミドルシュートが武器の、規格外の能力を誇るなでしこの次期エース候補。

 青葉との初恋を終わらせ、気持ちを一新して前に進んでいる。半年後に糞雑魚メンタルの選手と知り合うことになる。

 

逢沢駆

 

所属 江ノ島高校サッカー部 

 

原作主人公。押しも押されぬ江ノ島のエースとして成長していくことになる。フィジカルでは劣るが天性のボールへの嗅覚と豊富な運動量を駆使し、ディフェンスの穴を見つける本能を兼ね備えている。

 代表決定戦での試合で対人能力の低さを痛感し、以後青葉とのデュエルを意欲的にするようになる。美島奈々には想いを寄せているが、代表での活躍を契機に距離を置く。

 静止した状態から相手のプレスを引きはがし、シュートコースを開ける為にターン、タッチ系のフェイントに挑戦中。後に高難度のフェイントの数々を覚えていくことになる。劇中で、ついにルーレットを会得。その派生技を習得し、更なる飛躍を期待される存在に。江ノ島屈指のアタッカーとして、ライバルに恐れられる存在になる。

 世代別代表を経験することで、世界との差を痛感し、兄に似た傾向にかわっていく。

 

 

美島奈々

 

原作ヒロイン。入学当初から逢沢傑が「右に預けたら高確率で突破してくれる」と言わしめた宮水青葉のことに注目していた。

駆が青葉とのデュエルを意欲的にするようになり、夜の秘密練習が減ったことに少し嫉妬を覚える等、原作とは違い年相応な一面を見せる。

さらに、色々な武器を備える青葉に対して、駆が感化され、器用貧乏な選手になるのではないかと危惧もしている。しかし、殻を破ろうともがく駆の姿に心を打たれ、その成長を後押ししてくれている青葉には感謝している。

しかし小野寺との仲は微妙で、マネージャーと選手の中途半端な状態であることを度々指摘され、駆への恋心を見透かされる。

プレースタイルは華麗なフェイントを駆使し、ディフェンスを寄せ付けない上手さが持ち味。視野も広くパスセンスもある為、司令塔の理想像のような選手。

小野寺颯、群咲舞衣と同世代にはタレントが揃い、なでしこ黄金時代の司令塔として、活躍が期待されている。

 

荒木竜一

 

所属 江ノ島高校サッカー部

適正ポジション OMF CMF

 

原作の江ノ島高校の王様。逢沢傑の死後、自堕落な生活を送っており、青葉にも見限られるような状態だった。しかし何となく気になった代表決定戦を観戦後、サッカーに戻ることを決意し、ダイエットに成功。以降は江ノ島の中盤を支える名手として全国に名を轟かせることになる。

多彩なパスとフェイントを駆使し、相手を翻弄するプレースタイルを好む。自らもある程度の決定力を備える等、真ん中でのポジションで真価を発揮する。スタミナやフィジカルに関して課題を残すも、その弱点をカバーするほどの上手さを誇る。

 

群咲舞衣

 

所属 東京蹴球高校 日テレ ビルマーレ

適正ポジション CFW、ST、OMF

 

東京蹴球高校の学生であり、美島奈々を通じて江ノ島高校の面々と知り合う。その中で一人だけ次元の違う宮水青葉に選手として注目し、彼が一目置いている荒木と駆にも目を向けるようになる。

優れた身体能力を駆使し、ブラジルの格闘技・カポエイラのリズムとアクロバティックな動きで相手を翻弄し、一人で打開する能力にたけている。

一方連携面で課題を抱えており、代表選出当初はチーム内で浮きがちだった。

改変前の世界では、颯の一番の親友。友人以上の感情を互いに向けている節がある。

 

 

高瀬達郎

 

所属 江ノ島高校

適正ポジション CFW

 

江ノ島が誇る、空飛ぶ要塞。圧倒的な制空権を誇り、ポストプレーが得意。

 

 

織田涼真

所属 江ノ島高校

適正ポジション CMF、DMF

 

江ノ島の中盤を支えるCMF。ロングフィードを武器としており、後に織田から青葉へのロングフィードは必殺のパターンとなる。デュエルに感化され、体幹トレーニングに着手。当たり負けしない体を手に入れようと奮闘中。プロ入りを目指し、一段上のプレーを模索している。

 

八雲高次

所属 江ノ島高校

適正ポジション SB、WB

 

江ノ島のサイドバック。足元の技術があり、スピードもある為、江ノ島の攻撃に欠かせない戦力である

 

兵藤誠

所属 江ノ島高校

適正ポジション DMF,CMF,OMF,RMF,LMF,

器用な選手。江ノ島分裂時代から足元が上手く、高水準でどのポジションもこなせる。しかし器用貧乏な面を自覚しており、青葉や駆といったスペシャルを輝かせるにはどうすればいいのかを模索し、縁の下の力持ちとしてレギュラー死守を狙う。

 

 



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ETU選手

FW

 

背番号11 夏木陽太郎 通称 ナツさん 26歳

利き足 右 身長175cm 69㎏

昨シーズンのチーム内得点王。とにかく難しいシュートを決め、簡単なシュートを外す。テンションは高く、ムードメーカーにもなれるが、実はメンタル雑魚。現在は長期離脱中。

 

背番号20 世良恭平 通称 セリー 22歳

利き足 左 身長166cm 60㎏

小柄だが、運動量とスピードを備えるフォワード。守備力に難はあるが、左サイドハーフでの出場も可能。

 

背番号9 堺良則 通称 サック 31歳

利き足 右 身長174cm 69㎏

ベテランフォワード。クレバーなプレーを身に着けた経験豊富なフォワード。夏木の台頭で昨年は出場機会が減少したが、準備は怠らない。紅白戦で達海の真意を理解したレギュラー組の一人。

 

背番号18 宮野剛 通称ミヤちゃん ミヤーノ 20歳

利き足 右 身長175cm 70㎏

椿大介と同年代の俊足フォワード。センターフォワードというより、ウイング気味。持ち味のスピードを生かした裏抜けが最大の武器。ツートップの一角だと能力が向上する。

 

背番号25番 上田研人 通称 ケンちゃん 18歳

利き足 右 身長175cm 65㎏

 高卒ルーキーだが、ゴール前での落ち着きはフォワード内でも堺に次ぎ、シュートセンスもある。ルーキーながらクレバーさもある。

 

 

MF

 

背番号17 宮水青葉 通称 アオ アー君 16歳

利き足 左 身長182cm 75㎏

プロ編の重要人物の一人。高校篇で主人公を務めた。変幻・緩急自在のドリブルと、平均以上の速度に至る時間が短く、さらにトップスピードへと加速していく化け物。開幕戦で磐田を絶望に突き落とし、リーグジャパンを代表する選手へと駆け上がっていく。ボランチ、サイド、トップ下でプレー可能で、ワントップもできない事はない。制限なしのチート、バグ野郎。

 

背番号19 逢沢駆 通称 駆っち かっちゃん 16歳

利き足 不明 身長174cm 体重68㎏

 プロ編の主要人物の一人。高校篇のもう一人の主人公。世代別から飛び級で五輪候補に昇格。司令塔としての能力は申し分なく、運動量も豊富。しかし青葉同様サイドでのプレーも可能。シャドーストライカーが最適格かもしれない。しかし、体の入れ方が非常にうまく、フィジカルで上回られても、ボールをキープする技術に長けており、実はポストプレーも得意。万能型アタッカー。美島奈々とは男女の仲である。リア充で、チート野郎その2。

 

背番号7 椿大介 通称 バッキー つっくん 20歳

利き足 右 身長 174cm 65㎏

 本作の主要人物。FC武蔵野から移籍した快足MF。サテライトでは昨年目を見張るプレーを連発し、今年トップ昇格。弱点はそのチキン並みの精神力。気分が乗ると手が付けられない。しかし、長年そのチキンを直したい、変わりたいという気持ちが、彼の原動力となっている。原作と違い、紅白戦で違いを出せず、落ち込んでいたが、なでしこのエース、小野寺颯との出会いで、何かが変わっていく。本人は否定しているが、彼女を意識しまくりであり、彼女が観戦に来ると、若者の人間離れ現象を引き起こす。制限付きのチート野郎。

 

 

背番号6 村越茂幸 通称 コッシー コシさん 32歳

利き足 右 身長180cm 74㎏

 長年チームを引っ張る精神的支柱。ミスターETU。二部落ちを経験し、元日本代表栗澤とともにチームを昇格へと導いた。新体制で構想外になりつつあったが、リンクマン、アンカーとしての側面が強いボランチにモデルチェンジし、流れを維持するプレーを心掛けるようになる。年の離れた元アイドルの奥さんがいる。

 青葉と駆、飛鳥には、多大な期待をしている。

 

背番号10 ルイジ吉田/ジーノ 通称 王子 ジーノ 26歳

利き足 左 身長176cm 64㎏

 背番号10番ではあるが、自分が納得しない指示や命令には従わず、気まぐれな性格の持ち主。守備意識が低いが、守備が下手というわけではない。チーム一のプレースキッカーで、成功率もなかなかのもの。自分の動きを理解する従者が増えたので、裏抜けも要請を受けたらしようかなと思っている。

 

背番号15 赤﨑遼 通称ザッキー ザキさん 21歳

利き足 右 175cm 68㎏

 自信家で、いずれビッククラブで活躍することを目指している海外志向が強い。相手が誰であろうとはっきりとモノをいうタイプで、中堅の黒田とはよく衝突する。ETUユース出身で、クラブからも期待されている。が、右サイドハーフはルーキーの宮水青葉にポジションを奪われ、彼がボランチでの出場時ではファーストチョイス。トップ下、右サイドバックもプレー可能。しかし後者は守備意識が甘いので、フォローが必要である。

 

 

背番号8 堀田健司 通称 堀田さん ほっさん 29歳

利き足 右 身長178cm 73㎏

 ポリバレントで特徴がない選手。しかしどこでやっても及第点は出せる。ユーティリティ。ジーノに次ぐキックコントロールを持っているが、新人三人の技術の高さに舌を巻く。チーム戦術上、村越とのターンオーバーで出てくることが多い。

 

背番号14 丹波聡 通称 たんさん タンビー 31歳

利き足 右 身長173cm 66㎏

 左サイドハーフがメインだが、サイドならどこでも行ける。堀田と同様ポリバレント。何かと頼りになる存在で、このチームの真のムードメーカー。守備的な布陣の際、つまり逃げ切り体制の時によく途中出場でピッチに出てくる。その為、赤﨑とは間接的にレギュラー争いをしている。

 

背番号21 矢野真吾 通称 やんさん ヤンヤン 24歳

利き足 右 身長170cm 体重68㎏

 左サイドハーフがメインだが、最近は他のサイドのポジションに挑戦中。足元が意外に上手く、クロスが一定の範囲に来る。しかし、そこしか上げられない。

 

背番号4 熊田洋二 通称 くまさん クマー 27歳

利き足 右 178cm 68㎏

 守備能力が高いサイドの選手。左サイドでプレー可能で、ボランチまでこなせる。しかし攻撃の組み立ては未知数。

 

背番号24 住田 克樹 通称 スミやん 27歳

利き足 右 173cm 70kg

ポリバレントだが、あまり目立たない。そこそこ足は速い。コスモを感じるシュートが武器。

 

背番号28 広井 邦明 通称 ヒロヤン 26歳

利き足 右 172cm 70kg

モブ。サイドが得意な攻撃的なプレーヤー。が、やはりユーティリティの枠を超えない。宇宙開発が目立つ。

 

 

 

DF

 

背番号2 黒田一樹 通称 クロさん クロエ 28歳

利き足 右 身長170cm 67㎏

 小柄だが、昨シーズンのセンターバックのレギュラー。当たり負けする回数が意外にも少なく、自分よりも大柄な選手相手にも果敢にボールを奪いに行く。赤﨑とはよく対立しており、青葉とも衝突があった。しかし後者はしっかり守備もするし、プレーを言語化する能力に長けており、すぐに仲良くなった。なんだかんだ言いつつ達海監督を認めるようになり、タイトル獲得を常に言葉にするなど、チームの意識を向上させる要因の一つとなる。

 

背番号3 杉江勇作 通称 スギさん 28歳

利き足 右 身長182cm 76㎏

 ETUのラインコントロールを任されているチームの守備の要。かつては日本代表候補にも挙がるほどの実力者。長身の為、コーナーキックでのセットプレー時に上がってくることが多い。他チームからも一番いいディフェンスを持っていると警戒されている。

 達海監督の真意を最初に見抜いたレギュラー組の一人であり、当初は対立していた監督と黒田を見放さず、説得するなど人情味もある。

 

背番号16 清川和巳 通称 キヨ 23歳

利き足 右 174cm 66㎏

金髪に染めた長髪と出っ歯が特徴の左サイドバック。俊足飛ばした攻撃参加が得意。クロスの精度もあるが、守備に不安を抱える。ちょっとお調子者。

 

背番号22 石浜修 通称 ハマさん 23歳

利き足 右 176cm 76㎏

パイナップルの様な髪型の右サイドバック。フィジカルとスタミナに優れているが、最後の精度が甘い。球際でもその傾向がある。

 

背番号5 石神達雄 通称 ガミさん 30歳

利き足 右 176cm 72㎏

 ベテランらしく相手選手の癖や特徴を読み取ることが上手い右サイドバック。ベテランらしいクレバーなプレーが光る。

 

背番号26 小林実 通称 コバヤシィィィ!! コバさん 25歳

利き足 右 178cm 76㎏

 控えのセンターバック。特徴がないがまだ経験が浅い。狙うは下克上。

 

 

背番号27 亀井武士 通称カメさん 22歳

利き足 右 身長177cm 78㎏

 攻撃参加気味なセンターバック。ヘディングが強く、空中戦に強みを持つ。一方で経験が浅いところもある。時々ボランチとして出場し、順調に成長中。

 

背番号 29 飛鳥亨 通称 アスカァ! 18歳

利き足 不明 身長184cm 体重79㎏

 世代別代表のディフェンスの要。足元の技術に優れ、両足から正確なロングフィードを蹴りこむことが出来る。しかも、デュエルの能力にも秀でており、一対一に強い。リベロとして攻撃参加していた経験もあり、シュート精度も攻撃陣顔負け。

 

 

背番号12 鈴木 順 通称 スズキィ! 28歳

利き足 右 174cm 67kg

 飛鳥選手の加入で、ボランチも出来るサイドバックを目指している。ボランチの層は薄いのでチャンスあるかも。そろそろ中堅。

 

背番号13 向井 慎一 通称 しんちゃん 25歳

利き足 右 180cm 75kg

 飛鳥選手の加入で、中盤もサブポジションにすべく、去年よりトレーニングを積んできた。フィジカルがあり、空中戦に強い。スピードタイプのドリブラーに対し、前からの積極守備こそ自分の生き残る道だと感じている。

 

 

GK

 

背番号1 緑川宏 通称 ドリさん 33歳

利き足 右 身長184cm 77㎏

 ベテランキーパー。元日本代表で、名門清水インパルスの選手だった。その頃から栗澤コーチとは交流があり、仲が良い。的確なアドアイスと助言、人望も兼ね備えた精神的支柱の一角。

 

背番号23 佐野正 通称 サーノ サノス 27歳

利き足 右 身長188cm 89㎏

 2番手。攻撃的なゴールキーパー。

 

背番号31 湯沢洋行 通称 ユザワァ!! 21歳

利き足 左 身長184cm 77㎏

 3番手の若手。プレーにやや安定感はないが、反応の良さはチーム随一。経験を積めば化けそうな予感がある。性格はおっとりしている。

 

 



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ETUスタッフ陣

ついにプロ編の登場人物を一部紹介します。




達海猛 35歳 

 ETUの新監督。かつては日本代表のエースとして期待されていた時期もあった。しかし、プレミア移籍後のデビュー戦で足の故障が再発し、長期離脱。そのまま26歳の若さで現役引退に追い込まれてしまった。当時の様子をETUスタッフと栗澤、前田、そして幼少の宮水青葉もその光景はリアルタイムで見ていた。性格は飄々としており、寝坊・遅刻の常習犯。一見常識を度外視したように見えるが、実は意外といろいろ考えている。他チームの研究に時間を割き、徹夜することが多く、良く眠そうにしているのはその為。

 試合の分岐点で適切な選手を投入する、敢えて選手の能力を信頼するなど、臨機応変に変えており、その一方で相手の弱点や弱みを徹底的につく獰猛さも兼ね備えている。

 就任後、サポーターからは「裏切り者」呼ばわりされるなど、就任に対する反対意見もあったが、多くを語らず、指揮を振るい続ける。

 当初はもっと荒療治を行う予定だったが、ルーキートリオの頑張りに影響され、「自分のような選手生活は歩ませない」という誓いを心に秘め、多少真面目に仕事をこなす。

 

 

栗澤優斗 38歳

ETUのスカウト兼、コーチ。長らく日本代表の右サイドバックを担った経験があり、ETU一筋の名選手だった。現役時代は攻撃的なビルドアップと芸術的なクロスボールを幾度となく打ち上げ、日本を初のベスト16に導いたメンバーの一人。その後3大会連続ワールドカップ出場を果たし、時代が違えばビッグクラブも夢ではなかった。

 達海との約束を守る為に、かならずETUを立て直すと誓い、後に無念の二部落ちを経験するが、再昇格を果たし、現役を終えるまでチームを離れなかった。

 村越が精神的支柱になる前の、先代ETUのキャプテン。出身地は東京町田市、高校時代は八王子市で選手として活躍。笠野GMに誘われ、ETUに入った経緯がある。

 達海と対を為す、ETUの伝説的な選手で、全国クラスの知名度を持つ一方、地元町田市、八王子市では根強い人気があり、新たなサポーター層の獲得の一因となっている。

 なお、現役時代に元アイドルの奥さんと婚約し、彼女のファンに感謝される異常な事態に遭遇する。現在三児の父親。長男はジュニアユースで有望株。

 

前田芳樹 38歳

現GM補佐。フロント入りした、元ETUの選手。栗澤と永田会長の指示により、海外移籍のチャンスを無駄にするなと諭され、スペイン一部、アラベスの主力として活躍。往年の大スターとの対戦経験豊富な名選手へと成長した。その経緯もあり、不動の日本代表のCBとして、2大会連続で日本代表入りし、最後のワールドカップが終わった年に引退。しばらくアラベスのスペシャルコーチとして現地で活動していたが、ETUに戻り、後藤を助けるべく日本に拠点を移す。

出身は台東区浅草で、高校時代は栗澤と同じチームに所属していた。その為、20年を超える付き合いなので、お互いのことはよく知っている間柄。

 現在、代理人経由で知り合った、元秘書の一般女性と家庭を築いており、二児の父親で、栗澤とは家族ぐるみの付き合いになっている。なお、親友の息子に娘はやらないと宣言した模様。

 英語、ポルトガル語、スペイン語を話し、日常会話程度にフランス語も嗜む。

 

笠野スカウトマン

元GM。達海のプレミア移籍を提案した一人であり、彼の選手生命を終わらせたことに責任を感じている。現在はスカウトとして有望な選手をリストアップしている。椿大介には特に期待をしており、「達海猛の再来」とさえ評している。宮水青葉のことを、奇跡の存在と評し、ETUに来ることへの嬉しさと不安を覚えている。

 

コーチ陣以下略

松原・・・ツッコミ役

金田、野口、徳井(夏木の監視役)、所(湯沢のツッコミ役)、鹿賀(ポルトガル語上手い)

 

フロント

 

永田会長

頑固おやじだが、人情味もある。栗澤スカウトの会心の一撃により、新チームの船出に期待している。

 

永田副会長

口がうるさい。なお、頭部装甲には————それ以上言ってはいけない

 

後藤恒生 39歳

元ETUの選手で、達海移籍時は外の世界を知るために当時一部チームの京都に在籍していた。ゆえに、なぜあのプレミア移籍が起こったのかを良く知らない。達海に全幅の信頼を寄せている。そして、栗澤スカウトの縁により、スタッフの数も増えており、業務が捗ると彼に感謝していたりする。(本作ではオリキャラのスタッフがプロ編で登場します)

 

永田有里 22歳

幼少期からETUの歴史を見続けてきた女性。現在は広報を務めており、何とか集客率アップ、観客動員数アップを目指す戦いの日々。現在、有望な高卒出身者が活躍する一方で、大卒の選手にも目を向けるべきではと考えている。現役時代の達海は彼女にとってヒーローのような存在で、監督達海には厳しい。

早期の海外移籍を目指す青葉に対し、複雑な心境を抱くことになるものの、オランダ語の勉強を求めた彼の要望を断れ切れず、悩みを抱えたまま彼と関わることになる。

 

注意(本作の有里は、複数の語学をしゃべれます)

 




前田GM補佐と、栗澤コーチ兼スカウトマンの経歴がやばいことになりました。

そして、プロ編は一度新規投稿して別枠で話を作ろうかなと思います。

その為、この登場人物一覧が引っ越すかもしれません。





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オーストラリア代表

オーストラリア代表

 

ロビエル・オズボーン

オーストラリアの至宝。強靭なフィジカル、そして強力なシュート力とパスセンスを備える、超攻撃的なストライカー。性格は苛烈そのもの、勝利への執念が強く、その一方で姑息な手段(ダイブ、シュミレーション)に対しては怒りを覚える直情的な性格。

好きな選手はヨハン・ヘイデン。オーストラリアを強豪国に躍進させた彼とともに、ワールドカップを制覇するのが目標。異性にはモテるが、興味はなさそう。シドニー・シティに所属しており、イングランド一部の強豪、アーセナルの熱視線を浴びている。

何でもできる万能型パワータイプのセンターフォワード。

 

 

アレックス・リンス

オーストラリアのモラタと評されるほどの俊足とシュート力を誇り、抜群の攻撃センスでスペースを見つけるのが上手い。チーム一の俊足であり、彼のドリブルは、トップスピードに乗ると止めるのが困難である。鎧の筋肉には興味がなく、機能性重視の筋肉を追求する筋肉マニア。同性との付き合い方は、筋肉で決める噂もある。日本リーグへの移籍が噂されている。現在は国内リーグのブリスベン・アローズ所属。

 

ヴェイラ・トロワ

若きオーストラリア代表のサイドで輝く、超攻撃的なサイドバック。元々は攻撃を担う選手ではあったが、オーバーラップのセンスを買われ、コンバート。チームで二番目の俊足と、チームトップクラスのスタミナを誇る彼の運動量は脅威である。

キック力は相当なものであり、クロスボールには自信がある。いつも笑みを浮かべており、女性にナンパしたい気持ちを抑えている。アデレード・キングダム所属。

くだらない情報だが、ロシア美女の栄枯盛衰について嘆いているらしい。

 

 

ウィリアン・テイナー

 オーストラリアの心臓と言われるスタミナ自慢のボランチ。ロングフィードとディフェンス能力に優れ、オーストラリアのショートカウンターを支える一人。ロビエルの幼馴染であり、性格は気さくで真面目。一番モテる。ヴェイラによく嫉妬されているが、互いに実力を認め合う仲である。ブリスベン・アローズ所属。

 

ジョシュア・スパロー

 オーストラリアが誇る、次世代サイドアタッカー。宮水青葉に対して憧れを抱く。日本に対しては食べ物がおいしいという認識。日本のプロサッカーリーグへの移籍を検討しているが、ヨーロッパのスカウトが熱視線を送っている。オーストラリアのアザールと言われ、打開力に優れたドリブルが武器である。アデレード・キングダム所属。

 

 

ヨハン・ヘイデン 

 オーストラリアの英雄。17歳で代表デビューを果たし、18歳で迎えた2006年ワールドカップでブレイク。その後マジョルカで欧州挑戦をスタートさせ、3年後にレアル・マドリードに移籍。以来、白い悪魔という異名をつけられ、バルサの夢を阻み続けている。

 バロンドール受賞3回の怪物。チャンピオンズリーグ、スペインリーグ、カップ戦で優勝を経験しており、トップクラスの経歴を持つ。

 日本のアジア王者を阻み続ける高い壁として、君臨している。

 

 

 



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江ノ島高校サッカー部結成編
第一話 聞いてないぞ、江ノ島高校!


遅れましたが、続編始まります。


江ノ島高校。全国の中でもトップクラスの高校数を誇り、熾烈な競争が県内で勃発する激戦区の中に、この高校のサッカー部は存在していた。

 

 

部員数は県内の強豪ほどではないが、中堅クラスを上回る層の厚さ。そして、組織的な守備と少ない手数と一気に敵ゴールへと迫るカウンターが武器の、統率の取れた戦術を伝統としていた。

 

 

その為に、江ノ島サッカー部は監督の行動の指導の下、厳しい規律と守備の約束事を敷き、その粘り強さが武器となっている。

 

しかし、近年は決定力を備えるアタッカー不在が響き、10年も全国の大舞台から遠ざかっている。

 

 

決定力不足。高さのある高瀬、フィジカルが武器の工藤が悪いわけではない。しかし、前への推進力を考えれば、まだ駒が足りない。

 

現在の江ノ島サッカー部は、中盤と前線を寸断された状態にある。リンクマン、ボールの運び手がおらず、ロングパスの成功率も満足なものではない。

 

 

そんな中、東京蹴球高校を筆頭に争奪戦が繰り広げられていた宮水青葉の獲得に成功した近藤。

 

世代最速と謳われたサイドアタッカー。その推進力は必ずチームに化学変化を与えると信じて。

 

生前、逢沢傑が在籍していた鎌学に、逢沢駆はいると考えていた青葉。しかし、聞くところによると、彼は王様の隣で鋭いパスを供給していた荒木の在籍する江ノ島へと入学する噂があった。

 

試しに自分の名前を出して鎌学の熊谷監督に聞いてみたところ、やはり逢沢駆は鎌学ではなく、江ノ島を選んだという。

 

王様の言いつけ通り、プロに入るまでは目を配らせると約束したが、人見知り所以外知らない。奴がどんな奴なのかも。

 

そんなことを考えつつ、江ノ島SCの練習に参加している青葉だが。

 

「―――――中々固いなぁ、後ろは」

 

実戦練習の前の基礎練習から、技術的な面は高校平均以上のものを持っている。特にリトリートの仕方が長年染みついているため、ブロックの構築が比較的早い。

 

 

高校クラスであれば、ディフェンスが万全の態勢で敷いたブロックを崩すのは容易ではない。短いパスをいくつも連動させ、早い球足を維持できるプレーで崩すのか。

 

それともサイドを抉り、クロスボールやミドルシュートで徐々にブロックの綻びを生じさせ隙を伺う。

 

そして最後は――――――

 

 

「ま、色々あるけど化け物に対しては相性が悪いシステムでもあるなぁ」

 

 

U-15日本代表として、世界の舞台で戦ったときに感じたリトリートの限界。同世代の選手はブロックがあっても切り込んでくる。

 

それが世界のサッカー。仕掛けることが当たり前。自分からアクションを起こす。

 

あの舞台で学んだ、自ら仕掛けて戦局を動かすことの重要性を理解した青葉は、現状の江ノ島サッカー部の総合力に物足りなさを感じていた。

 

 

「おい、青葉。さっきからなぜパスをあまり出さない?」

 

このチームのエースであり、一つ年上の織田涼真が、あまりパスを中央に出さずにカットインとやりたい放題の青葉に対し、咎めるような物言いで迫ってきた。

 

 

「―――――カットインを許すような陣形だったので。出したところで攻撃の速度を落とすと判断しただけです。」

 

その先の言葉を青葉は言わなかった。

 

――――だってバックパスや横パスで遅れるのはストレスたまるんですよ

 

それを悪と彼は決めつけているわけではない。しかしあれでは隙をうかがうこともできないほど緩い速度のパススピードである。

 

 

あれではパスカットで一転ピンチになりかねない。ボールを保持している状態に胡坐をかき、責任から逃れるようなボール回し。

 

視点を変えて隙をつくにしては、お粗末だ。

 

「だが、お前の自己中心的なプレーはチームの士気にかかわる。誰もがお前の実力を知っている。カットインに関して言えば、お前ほど長けている奴は知らない。だが、これは全員の練習でもあるんだ」

青葉の突破力は監督が渇望していたものを体現するものだ。だからあまり強くは言えない織田。しかしそれでもチームを引っ張るエースとして、彼の勝手を許すわけにはいかない。

 

「―――――以後気を付けます」

 

ならばもっと動いてくれと言いたい青葉。ツートップの高瀬はボックスの中で突っ立っているだけなのだ。一方火野はましな動きをしているが、彼一人ではディフェンスに潰されてしまっている。

 

他の中盤もボックスの外側付近にいる為、必然的にセカンドボール勝負になっている。

 

こぼれ球を拾うことが出来れば一転してチャンスだが、奪われればピンチでもある。それを恐れてWBは高い位置を取れず、ピンチの局面ではCBとともに5バックを形成している。

 

 

現在、中盤右WBを任されている青葉。中盤の二枚にエースの織田と、主将の沢村が攻撃的なポジションに降り、右の推進力を得たチームは青葉にボールを渡す頻度が高まっていた。

 

しかし、チーム事情で彼に高い位置を立たせることが難しい。近藤監督はここで既存のシステムではあのスピードを生かしきれないと悟り始める。

 

 

―――――彼の推進力は勿論、キープ力とスピードはアタッカーとして魅力的だ

 

 

特待生扱い(一般入部)の青葉は入部テストで同学年の生徒がこのサッカー部に入るのを見ていた。

 

————そういえば、弟君いないな、どこだ?

 

見覚えのある少年の姿が見えないと考えた青葉。しかし直に会えるだろうと楽観視し、SCの練習に戻る。

 

その後、江ノ島高校のレギュラーを張れる同学年はいるのかと興味本位で見ていた中、

 

―――おっ、中々テクニックがあるな、あいつ

 

コーンに当たらないようドリブルテストを行う選手の中で、小柄ながらスピード感のある面白いリズムで動く選手がいた。

 

しかも両足のタッチが上手く、彼が中盤、もしくはプレッシャーの薄いサイドにいると、一気に中盤が活性化すると考えていた。

 

しかし―――――

 

「17番、テスト終了! 失格!!」

 

 

「―――――――は?」

織田の言葉に声が出てしまった青葉。今のプレーで何かとがめられるようなことはあったのかと耳を疑いたくなった。

 

 

しかも、失格の原因はインサイドキック縛りを勝手に放棄したこと、だ。あまりにもあまりにもな理由に呆れてしまった青葉。

 

 

―――――は、ははは………入るところ間違えたかなぁ

 

青葉は、10年前に反旗を翻した司令塔がこの学校にいたという話を聞き、当時の彼もそんな思いをしていたのだろうと察した。

 

—————つうか、荒木の奴はどこにいるんだ……

 

姿が一向に見えないナルシストパサーの存在感が察知できない。あのバカっぽい性格はどこかで騒ぎになるはずなのに、感知できない。

 

————おいおい。目当ての選手がいないとかだったらユース入りか? 神奈川だとどこがいいか。いや、横浜マリナーズぐらいだろうなぁ

 

万が一彼らがフェードアウトなんて言うことになっていたら、今すぐユースに行こうと考え始めた青葉。幸い一般受験なので、特待生の縛りはない。

 

 

「くしゅん、はて、誰かが私のことを噂したような」

 

この学校の敷地内にある部室で、一人の教師がくしゃみをその瞬間にしていた。

 

 

近藤は、テストを経て生き残った入部した学生を鍛えつつ、やはり規律を迅速に順守できる選手を起用することに重きを置いていたが、青葉の存在でその考えにひびが入り始めていた。

 

彼がWBにいることで、右が崩される心配はほぼなくなった。しかし、彼の攻撃力を活かすには、彼をさらに前のポジションで起用しなければならない。

 

 

――――ここまで有望な選手だ、大切に育てる必要がある。

 

大会まで青葉を温存する方針を固めた近藤。

 

 

都道府県リーグ第2節。初戦を勝利で飾った江ノ島だったが、続く相手は県内でも有数の強豪校。

 

 

相手は葉陰学院。神奈川県下でも実力校として名を知られており、ライバルの鎌倉学館と双璧を為す存在だ。

 

新入生として初めてベンチ入りを果たした青葉は、先発出場できるのではと考えていたが、近藤監督は彼をベンチスタートにする。

 

確かに彼の実力はトップレベルだが、チームプレーに難があると近藤は考えていた。5秒以上のドリブル禁止を平然と無視し、個人技に走るカットイン。

 

ヒールなどを使ったクライフターンや軸足当てなど、トリッキーで相手の意表を突くテクニック。

 

ロングボールに競りに行くし、走れる選手ではあるのだが、まだまだ精神的に未熟と考え、彼はあえて青葉をベンチに置いた。

 

「――――――まさかのスタメン落ち。予想外」

 

 

「当たり前だ、入部したての1年が、スタメンはまだ早い」

ディフェンダーの一人に独り言を聞かれた青葉は、睨みつけられながらそんな言葉を投げられた。

 

「調子に乗るなよ。最速アタッカーだか何だか知らないが、今までのサッカーと高校サッカーは違うんだからな」

そして、中盤のレギュラー選手にも悪態をつかれ、訳が分からないといった表情の青葉。

 

 

――――サッカーはサッカーではないのかな。

 

どうしようもない違和感。これが本当にサッカーなのかと疑いたくなる。

 

「はぁ、俺の推進力はだめなのかよ~~~」

隣にはやたらとテンションの高い男がベンチに座っていた。髪を立てており、まるでお調子者を体現したような存在。

 

入学式の際に、颯に対してアタックを仕掛けてきたチャラそうな男だ。

 

「推進力は重要だが、お前の足元の技術は落第点だ」

 

彼のスピードは認める、スタミナも高校離れしている。しかし、クロスボールをゴールのバーのはるか上を行くのはどういうことだと文句を言いたい。

 

 

とある実戦形式の練習では―――――

 

オーバーラップまでは完璧だった。動き出しも合格点だった。彼のクロスボールが誰にも触れることなくラインを割るまでは完璧だったのだ。

 

「――――――どこを狙っていたんだ、君は――――」

頭を抱える青葉。そして哀れんだ目で彼を見る織田。

 

「気にするな。動き出しまでは完璧だった。お前に責任は一切ない。」

 

 

というエピソードもあったため、青葉は彼――――中塚に対し苦手意識を覚えていた。

 

 

 

 

前半から攻め手に欠いた江ノ島高校は、我慢の時間帯が続く。ボール離れが早く、キープしているときは小気味のいいパス回しをするが、葉陰学院のディフェンスを剥がすことが出来ない。

 

そして苦し紛れの織田のボックスへのロングボール。そしてセカンドボールを取ればまた同じことの繰り返し。

 

 

そして――――

 

 

葉陰の皇帝、飛鳥亨がセカンドボールをキープ。そのままカウンターに転じたのだ。

 

 

「戻れぇ!!! カウンター来るぞ!!」

部員のほとんどがレギュラー組に戻れと叫んでいる。前に出過ぎていた江ノ島高校はディフェンス陣の陣形すらまともに構築できていない。

 

「リトリートでブロックを作れ! 奴にシュートを打たせるなぁ!!」

 

 

しかし、この局面で織田に対し、青葉は別の指示を叫んでいた。

 

織田は、カウンターの担い手である飛鳥の近くを走っていた。当然彼もリトリートでブロックを敷くために戻っている。

 

 

 

「彼のドリブルを遅らせろ!! 止めなくていい! 時間を作れ!!」

 

 

近くにいた織田は、一瞬迷ったが青葉の指示を無視し、リトリートを選択。この選択で江ノ島はブロックをある程度形にはできたが、それは葉陰学院にも時間を与え、飛鳥にノープレッシャーで自陣に侵攻を許す形となってしまう。

 

 

3対2の局面。サイドに流れていた鬼丸がブロックを敷いた江ノ島守備陣の穴を衝いた。

 

 

「浮き球来るぞ!! サイドをフォローしろ!!」

 

ダイアゴナルに走りこんでくるのは、相手MFの鬼丸という選手。彼の裏抜け。サイドからの突破を警戒した江ノ島の守備陣に綻びが生じる。

 

 

「―――――くっ」

 

あと少しで飛鳥に届きそうな沢村の眼には、鬼丸の動きでシュートコースが広がったことが目に見えていた。

 

――――くっ、まずい

 

飛鳥がシュートを狙っている。それを理解したときには――――――

 

 

「――――――うおっ!?」

 

飛鳥が強引に右足を振りぬいたのだ。バイタルエリアとはいえ、ミドルを選択した、江ノ島イレブンの意表を突いた攻撃。

 

ゴールキーパーの紅林は飛び込んだが――――――

 

 

 

ボールに軽く触るだけでボールはゴールの右上隅に決まってしまったのだ。

 

ニアサイドへのシュートコースが鬼丸の走り込みで開いてしまい、ニアをケアしていた紅林の逆を突くシュート。

 

 

これだけディフェンスを崩されたら、ゴールキーパーはノーチャンスだ。

 

 

この失点でバランスが崩れた江ノ島は後半も幾度となく攻め込まれ、反撃の機会すら活かしきることも出来ずに敗戦。

 

 

3対0と完敗を喫してしまう。出番のなかった青葉は遠い目で先輩たちの姿を見ていた。

 

 

シュート数は葉陰学院の15本を超えたあたりから数えるのをやめた。たいしてこちらはシュート数が4本。時間帯の大半を相手の攻撃に奪われていたことになる。

 

 

――――こんなんじゃ、ベスト8すら厳しいな―――――

 

冷静に強豪校との実力差を分析した青葉。ロングボールにたけた織田がいても、ポイントがセンターオンリーでは簡単にボールを奪われてしまう。なにより、堅守速攻の完成度で圧倒されている現状だ。

 

せめてサイドにポイントがあれば、フィールドを広く使うことが出来るのに

 

 

反省会でも特に有効な打開策を見いだせないまま終わってしまい、より守備の局面で走ることが重要であり、連携の強化もテーマになった。

 

―――――話にならない

 

 

日常生活でも、彼にはショッキングなことがあった。

 

それは入学早々颯とともに食堂を利用していた時のことだった。

 

「チームの完成度についてはどう?」

颯にチーム状況を聞かれたのだ。あんまりなあんまりすぎる状況なので、入学を後悔するぐらいなほど。青葉は困り果てた様に愚痴を言い始める。

 

「―――――何とも言えない。ただ、あの練習方法だと、攻め方を読まれやすい、と感じたかな。相手がカウンター一本だし、インサイドキックに慣れ切っているからボールをどう動かすかが簡単に読めてしまう」

 

個人の技術は高いが、その技術を腐らせるのも上手い。失格を言い渡された小柄な男子学生は、江ノ島FCという同好会へと入部したらしい。

 

「前途多難というわけね。もうあと4か月もしないうちに予選が始まるのに――――」

 

チームは低い次元で完成されてしまっている。いや、あれは完全な停滞という名の脳筋サッカーだ。

 

フィジカルのごり押しで何もできない。本物には勝ち目のないチームだ。

 

「サッカー部なんて、つまんないだけだぞ」

後ろから声をかけられた青葉は、聞き覚えのある声に恐る恐る後ろを振り返る。

 

 

 

「―――――荒木、さん?」

呆然としてしまった青葉。あまりにも自堕落な体系に変貌していたパスの名手の惨状に言葉が続かない。

 

「―――――あんなサッカー部の戦術に浸っていると、お前もだめになってしまうぞ」

 

冷めた目で、青葉に忠告する荒木。逢沢傑の死後から彼の名前も聞かなくなったが、まさか江ノ島でドロップアウトしていたとは予想できていなかった。

 

「―――――理由は、それだけですか?」

 

しかし、青葉には許せなかった。あれだけのパスセンスを持つ彼が理由はどうあれ幻滅してしまいそうな姿になっている。

 

 

「逢沢さんは、貴方のこんな姿を見て―――――」

あの人とともに中盤で暴れまわった彼は活き活きとしていた。彼の遺志を継ぎ、司令塔に名乗りを上げることもできたはずだ。

 

なのに、それすらしなかったのは――――――

 

 

「てめぇが、傑を語るな。もうあいつはいないんだ。あれは夢だった。一瞬だけの、日本の希望だったんだ」

 

 

寂しそうな笑みとともに、荒木は二人の前から離れていく。そんな寂しい後姿を負うことも出来ず、青葉と颯は呆然とした表情でその姿を見送ることしかできない。

 

 

 

 

そんな経験もあってか、青葉はこの学校のもう一つのサッカー部、江ノ島FCのことについて興味を持ち始める。

 

 

いや、これは興味ではなく嘆願。このままでは江ノ島の夜明けはやってこず、自分も腐ってしまう気がした。

 

 

「中塚、お前がもしよければだが、FCの様子を見に行くぞ」

 

「へ? どうしたんだよ、とうとう壊れたのか?」

サッカー部に所属していながら、FCの名を出す青葉を見て、中塚は目を丸くする。

 

 

「すまん。こんなサッカーを見せられたんじゃ、希望を託せない。」

 

 

 

―――――まずは、FCのサッカーを見極める。ここを見限るのは、それからだ

 

 

 

放課後、青葉は練習終了後にFCの様子をうかがうために、彼らが練習の場所に選んでいる海辺に橋を運んだ。

 

「けど、どうして海辺で練習しているのかな? あんな砂ばかりの劣悪な場所だと、ボールも前に進まないし、踏ん張ることも難しいわ」

 

訳が分からないといった様子の颯。練習でぐったりしている中塚を放置して、青葉とともに練習風景を見に来た。

 

 

「―――――ほう、あれは―――――」

 

彼ら二人がここに来たことを知ったFCの監督、岩城鉄平は青葉の顔を知っていた。

 

――――まさか、とんでもない逸材が江ノ島高校に入るとはね

 

世代最高のサイドアタッカーにして、ドリブルとスピードが武器の新進気鋭。あの逢沢傑が認めたサイドアタッカー。

 

「―――――SCの部員が偵察に来ていますけど、いいんですか?」

FCのキャプテンを務める兵藤誠は、SCの切り札的な存在が偵察に来ているのではないかと警戒するが、

 

「いや、彼の邪魔をするのはまだやめておきましょう。それに、偵察が目的ではないですよ、あれは」

 

「???」

 

不敵な笑みを崩さない岩城の様子に、兵藤は首をかしげる。

 

 

「あれは、飢えた狼の眼だ。サッカーに飢えている。刺激を欲しているのさ、彼は」

 

 

青葉の姿を見た岩城は、去年SCから移籍したパスの天才と、10年前の自分の姿と被って見えた。

 

「だからこそ最大限見せよう。私たちのサッカーを」

 

 

部員が彼に厳命されているのか、青葉と颯を遮るものは何一つ存在しない。

 

砂浜で試合形式の練習を行うFCの練習を見た青葉は微笑んだ。

 

「いいねぇ。サッカーはそうでないと」

 

久しぶりに獰猛な笑みへと変わる彼の表情。ついに探していたものが見つかったと言わんばかりの眼だ。

 

「?? 技術的にはさほど差はないと思うけれど――――」

 

 

「なら、彼らは砂浜で同じ動きが出来るかしら?」

 

不意に横から女性の声が聞こえた。そこには颯と同年代の女子学生がジャージ姿で立っていたのだ。

 

「――――砂浜という足場の悪い場所でパスをするには、ボールを強く蹴る必要がある。それに、ボールのキープ力向上。まずはこんな利点が見つかるな」

 

正解かな、と尋ねる青葉。

 

「大正解~♪ やっぱり只者ではないですね、宮水青葉さん」

 

満面の笑みで青葉をほめたたえる女子学生。さらにフルネームで呼ばれたことに、一瞬ドギマギしてしまう。

 

――――女の子しているなぁ、この子

 

 

「ふん!」

 

そんな青葉の様子に颯はジト目で脇腹を引っ張る。しかし体脂肪率の低い彼に、そこまでぜい肉はなかった。

 

「痛い、痛い。皮を引っ張るのは無理……」

 

戦術も面白い。ポジションチェンジを適度に行い、チャンスメイクに突破。自ら仕掛けてくるし、それに受けて立つ姿勢が随所に垣間見られた。

 

 

「―――――なるほど、確かに練習環境で大きく水をあけられているが、質はこちらだな。惜しむらくは選手層の薄さ。」

 

SCに対して、FCは人数ギリギリ。

 

――――近藤監督には悪いが、あの戦術と実力では、葉陰学院はおろか、

 

全国に出たとしても、炭鉱スコアで惨敗するのは目に見えている。

 

――――盾しか持ちえない弱者が、強者に勝てるわけがない

 

「―――――どうですか、宮水さん。うちの練習を見た感想は」

 

すると、担任の教師でもある岩城が、彼に感想を尋ねてきた。

 

「人少ないですね」

 

「うっ、まあ、大体はあちらの公式の方に流れてしまいますからね。あそこの水に合わなかった生徒が、こちらに来ているのも事実です」

 

「けど、面白いサッカーしていますよ。今は監督が許していますけど、カットインをしたときは凄い目で見てくるので……」

 

肩をすくめる青葉。あの葉陰学院の守備陣形を見て、何度もあそこは突破できると感じずにはいられなかった。ワンツーが決まればいくつか崩せる可能性もあった。

 

「それに、このチームが成長すれば、今日のリーグ戦の相手だった葉陰学院を炭鉱スコアにすることもできますからね」

 

それは、そのチームの中に自分がいればという想定で行われた確信。

 

 

青葉の眼から見ても退屈な試合だった。ベンチ外にしてほしいとさえ思えた、情けない試合。

 

 

あの試合、どちらともに不足していた動きがあった。

 

 

3人目の動き。サッカーにおいて重要な用語である。パスワークは基本受け手と出し手が存在するものではあるが、これでは動きや攻め方を読まれてしまう。

 

重要なのは、出し手から受け手がボールを受け取るのか、そこでまた一段階変化をつけるのかの違いが相手ディフェンスに混乱を引き起こす。

 

スルーするのならその選手は受け手ではなく、囮となりボールは動き続ける。ワンタッチを入れることで、パスの方向を変え、相手ディフェンスの穴へボールを移動させることも可能だ。

 

出し手と受け手の動きに注目しがちなディフェンスを翻弄するには効果的だ。

 

それが互いに存在しないからこそ、攻め手に欠く展開が続き、退屈な時間が続いた。大量得点で快勝した葉陰学院だが、正直底も知れた。

 

飛鳥亨以外は小粒揃い。そして何より彼を封じればあまり怖くはない。裏抜けの上手いテクニシャンがいるようだが、それはサイドで自分が封じればいいだけだ。

 

「では、どうしますか? 貴方はSCの部員です。近藤監督は移籍を許すほど寛容な方ではありませんよ?」

 

岩城は、心が傾いている青葉に対して移籍のリスクについて話す。

 

「どうせあのチームにいても上には行けない。そこそこの舞台で大敗するのが目に見えている。なら、虎子を得るために行動する。ドリブラーはそんな生き物ですからね」

 

これが分水嶺。そして――――――

 

 

「まるでギャンブラーですね、貴方は」

岩城も笑う。確実な地位を捨て、可能性に生きるその選択をしてしまう青葉を見て、驚嘆もしていた。

 

――――この忌まわしい風習も、今年で終わるかもしれない。

 

この少年が、終わらせてくれるかもしれない。

 

しかし、ギャンブラーという言葉に首を横に振る青葉。

 

「俺は勝つことしか考えていません。なので、ギャンブラーとは違いますよ。それに、このチームはSCに勝てる。というより―――――」

 

 

 

「俺の持てる全てを以て、勝利に貢献しますよ」

 

虚勢でもない。青葉はここに宣言する。

 

————というか、SCにいないと思ったら、ここにいたのか、逢沢弟

 

ビーチサッカーの中に回っている彼の姿を見た時、青葉は笑った。

 

————なるほど、やっぱいい位置取りだ。

 

錆び付いていない彼のスキルが健在で、サッカーへの情熱も消えていないことに満足する。年上のパサーが何か諦めているようだが、彼なら焚きつけることも可能だろう。

 

————俺一人で勝たせるなんてさっきはいったが、やっぱり戦力はいくらかあったほうがいい。荒木は間に合いそうにないが。

 

しかし、あの図体のパサーは見苦しすぎるので、やはり目的を達成した後、しばらくは使い物にならないと考え、嘆息する青葉だった。

 

 

後日、SCのロッカーから彼の名前が消え―――――

 

代表決定戦が始まろうとしていた。

 

 




青葉「荒木がデブっているし、同好会とクラブだぁ? 馬鹿野郎!! 俺は勝つぞ!!」

岩城&駆「なんか凄い人が来た」




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第二話 貴女は誰?

今日はここまでにします。

第一話から読み進めてください。




代表決定戦前日。海王寺は青葉がSCを抜けてFCに移籍してしまったことに憤りを隠せないでいた。

 

「あの野郎、近藤さんの期待を裏切りやがった。」

 

翌日から何事もなかったかのように青葉は同好会でサッカーに励んでいた。しかも、無気力やチームプレーに欠けた動きの多かった彼のパス数が増えていた。

 

それは、彼にとってSCにはパスをする相手すらいなかったということに他ならない。

 

 

昼休みに、青葉は沢村と織田に面をかされることになる。

 

「どういうつもりだ、宮水。チームを抜けてなぜ同好会に移籍した?」

 

厳しい瞳を隠そうともしない織田。規律を重んじる彼の性格的に、宮水の行為は最悪の裏切り行為だ。しかも、チームの中でも彼に期待する声が大きかっただけに、その反動は大きく、動揺が広がっていた。

 

「―――――確かに規律については堅苦しいところがあるかもしれない。だがうちは堅守速攻。お前のスピードが活かされることだって――――」

 

沢村も、移籍について今ならまだ間に合うと説得を試みていた。

 

 

「―――――理由は、葉陰学院が予想よりも弱かったことがまず一つ」

 

青葉は、ここでは全く関係のない強豪校の生を出し、それを理由に使った。

 

その強豪校と対戦した江ノ島は、惨敗を喫していた。

 

「―――――なら、俺たちはお前の言う葉陰よりも弱いということか!!」

単純に考えれば、江ノ島は葉陰に惨敗した存在だ。強豪校が弱いと思うなら、それに負けた自分たちはどうなるんだと。

 

 

「タレントならうちの勝利ですよ。タレントならね」

青葉は掴みかかってきた織田に抵抗もせず、真剣な瞳で、自分にとってのあたりまえを言い放つ。

 

「しかも、手かせをはめられた状態。小粒揃いの似非強豪校に遅れを取るほど、江ノ島は自虐が好きみたいですね」

 

 

「どういう意味だ、宮水。うちは全力で勝負をしていたぞ。」

 

手枷。それはどういう意味だ、と沢村が質問する。

 

 

「まずは戦術。先輩方にとっては楽な戦術ではありませんか?」

カウンター任せの単純な戦術。フィジカルの割合を占め、計算づくされたリトリートディフェンス。

 

「効率的な方法だからな。しかも勝率もいい。今までいろんな方法もあったが、これが江ノ島のやり方だ」

 

織田は何を当たり前のことを、と青葉に対して不審な目をしてしまう。

 

「そして、テクニシャンの多くはFCに集まってしまっている現実。これがどういうことかわかりますか? 今の江ノ島は、全力を出し切れていない。他の高校とは違い、サッカー部としてスタートすらしていない」

 

 

「―――――お前は、自分が言っていることが何なのかを理解しているのか?」

沢村は、青葉の言う言葉を理解し、そんなことが可能なのかと動揺する。

 

 

しかし、青葉は真剣だった。葉陰学院の試合でもフィジカルでは負けていなかったディフェンス陣。中盤でボールをキープできた織田、そして黒子役としてチームに貢献していた沢村。

 

他の面々も、個人としての能力なら勝負は出来ていた。

 

劣っていたのはチーム戦術。そして個人の姿勢だ。

 

 

「―――――江ノ島高校のFCとSCの統合。これこそ、全国制覇の近道に他ならないんです、先輩方」

 

 

 

「――――絵空事だ、そんなのは」

壮大な野望を掲げる青葉に対し、織田は冷めた口調で言い放つ。

 

裏切り行為をした相手に対して怒りも消えていた。しかし、彼の言葉を理解しようとも思わない。

 

「そんなことが出来ていれば、10年も分裂したままであるわけがない」

そう言って、織田は感情の失せたようなつぶやきを残し、屋上から去っていった。

 

「織田!? 宮水、それはお前ひとりの考えなのか?」

 

 

「ええ。ですが、あの試合で俺は宣言します。江ノ島は、いい加減一つに纏まるべきなのだと」

 

覚悟を秘めていた。裏切り者とののしられても、この学校の中で一人だけ別の次元を見ている。

 

思えば、入部当初から彼の出すパスは鋭かった。特にゴール前での起点となるパス、アシストは彼のパスに操られたかのように最適な選択肢が分かる。

 

去年に相対した荒木のようなパスとも違う。

 

 

彼は意思を垣間見せる。そして苛烈でもある。彼は、ゴールに最も近い選択をパスに乗せているのだ。

 

 

その苛烈なパスから、周囲とはだんだん溝が出来始め、パスの数も激減した。しかし、沢村と織田はその時違うことを考えていた。

 

――――あと少し、動き出しが早ければ

 

厳しいパスを貰ったのに、まず考えたのが其れだった。彼を責めるという気持ちがわかなかった。

 

「―――――互いにいい試合をしよう。主将として、今はそれしか言えん」

 

 

「――――ええ。覚悟してくださいよ。特に、俺なんかに手心を加えたら、まずいですよ」

 

互いに握手をする沢村と青葉。そこにはもう選手と選手の果し合いにも似た状況が生まれていた。

 

沢村は今度の試合で一番脅威となる青葉を強く意識した。

 

 

青葉は江ノ島が変わるための一芝居をする覚悟を決めた。

 

 

それぞれの覚悟を胸に、彼らも屋上を後にするのだった。

 

 

一方、屋上に織田と沢村とともに向かった青葉に取り残された状況の颯は――――

 

 

「はぁ……大丈夫かな、青葉さん」

 

「大丈夫よ。織田先輩は規律には厳しい人。少しひと悶着はあるかもしれないけれど、そこまでのことは起きないわよ」

 

「そうだよ。青葉さんなら何とか突破してしまいそうだし」

 

友人となった美島奈々、逢沢駆とともに昼食をとっていた。

 

サッカー部のマネージャーにしては、サッカー経験者の動きをしている奈々。サッカーの戦術についても、経験者である自分を大きく上回っており、とても悔しいとさえ感じていた颯。

 

――――この子、何者? あの世界では影も形もなかったのに

 

改変前の世界では、こんな子はいなかった。というより、青葉の気まぐれで選んだこの高校が全国に来ることもなかった。

 

そして見てしまった。

 

美島と逢沢が公園でボール遊びに興じていたところを。

 

「―――――なん、なの……彼女……」

 

フィジカルに難がある、彼が相手とは言え、とても女子とは思えない。いや、女子だからこそ可能なフェイントの数々。

 

男子学生を圧倒する技術の高さ。あんな選手がもし中盤にいればと思わずにはいられなかった。

 

――――なぜあの世界で貴女は現れなかったの?

 

その様子を邪魔することなく、じっと観察する颯。

 

 

なでしこを背負う、エースになる。かつての親友はそう豪語していた。しかし、彼女はチームの中で孤立し、自分が気づくまでかなり浮いてしまっていた。

 

メンタル的にも自信を失い、フォローがないからボールロストもしてしまう。精彩を欠いた彼女は五輪メンバーから外れ、問題児として扱われた。

 

 

――――ごめん、ごめんね。私、颯の夢を背負うことが出来なかった

 

泣きながら謝る彼女を抱きしめ、悪くない。舞衣は全然悪くないと慰めることしかできなかった。

 

リオ五輪では男子の台頭とは対照的に、女子は予選リーグで敗退し、まさかの結果となってしまった。

 

――――もし、私がいい子だったら。あそこにいられたかな?

 

女子サッカー代表が負けた時に、舞衣は自嘲するように颯に聞いてきた。

 

――――舞衣は、サッカー選手として当たり前のことをしたの。仲良しこよしで勝てるほどサッカーは甘くないわ。

 

強くボールを要求する。表現する。自分勝手と勘違いするな。彼女のエゴの根底には、チームが勝利するため、自分のできることという根っこがあったことを周囲は知らなさ過ぎた。

 

チームのエースとして期待された彼女は、バッシングこそ受けなかったが、代表から外れたことで、伸び悩んだ、もしくは頭打ちといった言葉も聞こえてくるようになった。

 

 

――――私、強くなる。今は評価がガタ落ちだけど、絶対に取り返して見せるから

 

大会が終了した後、彼女は強く宣言した。

 

 

その先の未来を、知るすべはない。

 

「どうして、貴女はそんなところにいるのよ、美島奈々―――――」

 

 

 

 

だからこそ、颯は奈々に対して苦手意識を持っていた。深く考えると自分がどうにかなってしまいそうだから。

 

「小野寺さん?」

 

怪訝そうな顔をして、こちらの様子をうかがう美島。声をかけられた颯はハッとして周囲を見回す。

 

「えっと、ごめん。少しぼうっとしていたの」

理由を言うわけにはいかない。少々お茶を濁すようなやり方でやり過ごす颯。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん。大したことは、ないから……」

 

結局、颯は彼女がどうしてあそこまで高い技術を持っているのかを質問することは出来なかった。

 

 

 

「でも、入学早々小野寺さんは凄いね。なでしこのリーグチームに入団して、さらにはもうフル代表入りでしょ? すごいや!」

 

話題を変えようと逢沢がなでしこの話に話題を変える。すると、彼は気づかないが美島の表情が曇る。

 

「――――正直、まだ15歳の私がどこまでやれるかわからないけど、選ばれたからには全力を出すわ。」

 

小野寺にとっては、東京蹴球高校でのアピールが思わぬ場所でいい宣伝になっていた。高校サッカーではなく、すぐにプロ入りすら視野に入れた交渉が、神奈川の新居に来るとは考えていなかった。

 

悩んだ末に湘南の女子チームに入団することになった彼女は、江ノ島の顔として早くも注目の的だった。

 

「僕もいつか、代表に入って、絶対に―――――」

彼も颯の代表入りに触発されて闘志を燃やす。将来、兄が果たせなかった願いを必ず果たす。

 

そして自分はあの世界の舞台で戦うんだという気持ちが強くなっていた。

 

「なら、もう少しフェイントを上手くなることね。土壇場で切り込める力がなければ、そのFWは味方にも信用されないし、敵にも軽くみられるわ」

そうだ。単純に彼には個の力が足りない。ボールの流れを読み切る嗅覚と、その運動力。ディフェンスの穴を見つける本能的な才覚と、FWとして必要な資質をいくつか備えている。

 

しかし――――個の力が足りない。

 

 

「でも、FWに求められているのはそう言ってフェイントよりも、決定力だと私は思います。対人能力も、ワントラップで前を向けたり、裏抜けが出来れば関係ないわ――――」

美島はゴールに最も近い場所で精度の高いシュートを狙うことで、敵のディフェンスを下げることもFWにとって重要だと考えていた。

 

「いかにシュートが上手くても、ボールの置き所が悪ければシュートコースも開かないわ。いろいろ選択肢があることで、いいことも悪いこともある。」

 

颯は駆の眼を見て、真剣に話す。奈々の言うことも一理ある。しかし、当たり前のことが出来るだけでは一流のFWにはなれない。

 

 

奈々はあくまで駆のレベルに合わせて指導し、颯は荒療治が必要だと考えていた。

 

 

「貴方たちFWは、最初に敵陣に切り込む存在。その存在が相手に軽んじられる時点で形勢は不利なの。そして、それはチームの力量を測る物差しの一つにもなり得るわ。」

 

FWに対して、ある種の使命感にも似たものを押し付ける颯。

 

「は、はい」

颯に顔を近づけられ、ドギマギしてしまう駆。一方、奈々の方は少し面白くなさそうな顔をしていた。

 

―――駆にはまだ早いわ、小野寺さん。

 

しかし、彼女の意見が間違っているといえない自分がいるのも確かだ。

 

 

「貴方はその場合、敵の勢いを真っ先に感じることになる。貴方の影響力で、相手ディフェンスは上げてくるか、それとも下げてくるか。それは巡り巡ってチームの勝敗にさえ直結する」

 

脅威を感じるアタッカーがいれば、ディフェンスラインを下げてくるチームもいる。裏を抜かれたらたちまち失点の可能性がある。シュートが上手ければミドルレンジからも撃ってくるかもしれない。

 

そして、ドリブルで抜かれた場合、対処が困難になる場合もある。

 

「だから、貴方には位置取りが上手い選手程度で満足してほしくない。貴方は相手チームに恐れられるような選手になってほしいの。逢沢君が本当に日本代表のFWになりたいのなら、それほどのレベルを求めなくちゃいけない」

 

美島は、FWにかける颯の強いこだわりを感じていた。そして、その高い理想はいずれ彼をさらなる高みに成長する劇薬にもなり得ると考えていた。

 

――――間違っていない。間違っていないわ。でも―――――

 

 

今の彼ではまだ届かない。彼女の隣にいる、彼のような選手にはまだ届かない。

 

「確かに、FWにはいろいろな能力が必要よ。でもね、小野寺さん。」

颯にとってのスタンダードが宮水青葉になっている。それは危険な考えだ。

 

未熟な選手に対しての劇薬だ。

 

「駆と宮水君は違う。歩んできた道のりも、サッカー観だって違うのよ?」

 

その言葉に気づかされたのか、颯はハッと真顔に戻り、

 

「――――ごめんなさい、美島さん。そうね、少し舞い上がってしまったかも。ピッチに立つ駆君を見ると、何かをしてくれる雰囲気がある。きっと代表決定戦でも、練習以上の何かを見せてくれるかもしれないって」

 

顔を少しだけ伏せ、彼女に謝罪する颯。

 

「こちらこそ、ごめんなさい。私も少し意地になってしまったと思うの」

そして美島の方も我を通し過ぎたと謝る。

 

二人の少女が互いに気まずくなっている状況を見た逢沢は何とかしようと考え、

 

「だ、大丈夫だよ!! 僕はそんなに気にしていないよ! というより逆に参考になったから!! サッカーは主張し合うのが当たり前だし、セブンも小野寺さんも、真剣だったから……だからありがとう!!」

 

こんなことでしか、彼女らの気分を良くすることしかできない。自分のことで真剣に考えてくれた二人に、お礼の気持ちを見せないといけないと考えた逢沢。

 

「―――――本当にいい子ね、逢沢君は」

そんな彼の言葉に毒気を抜かれたのか、颯は微笑んだ。

 

「――――え、ええ。駆は本当にサッカーに真摯で、頑張り屋さんだもの。ずっと努力している姿だって見てきたから」

フンス、と駆のことを見てきたんだということを語る奈々。その仕草で颯は気づいた。

 

――――ああ、そうだったのね。

 

なぜ自分が一生懸命になったかわかった。彼と彼女は同じなのだ。

 

自分と青葉と、同じようにサッカーで努力しあい、刺激し合っている間柄なのだ。

 

だから親身になって、過剰にアドバイスをしてしまうのだ。

 

「―――――代表決定戦。必ず勝ちなさい、応援しているわ」

 

「はい! でも、青葉さんにも言わなくていいんですか?」

しかし、青葉のことについて何一つ語らない颯に対し、怪訝な顔をする逢沢。

 

「彼は勝手にやるわよ。私が心配するだけ無駄。むしろ手心を加えそうで怖いのよ」

 

 

その日の夕方、颯のもとに一本の電話が鳴る。

 

 

「―――――もしもし、小野寺です」

 

そしてその番号は彼女がよく知る番号の主。

 

 

『久しぶりね、元気にしていたかしら颯ちゃん。』

 

その声の主は一色妙子、現なでしこ日本代表のエースだ。

 

『あと数日に迫った今度の親善試合だけれど、そろそろ招集の日が近づいているわ。何も問題はないと思うのだけれど、もう一人だけ代表に呼びたい人がいるの』

 

まさか群咲舞衣がこの時点で呼ばれるのだろうか、と期待していた颯。

 

「この前U-15で活躍していた子ですか? もしくはなでしこリーグでブレイク中の楢崎選手ですか?」

 

 

『リトルウィッチィって名前、聞いたことある?』

 

 

「――――――なんですか、その名前?」

 

少しの間を置き、記憶にないと言い切った颯。

 

『そうね。記事になったのも、話題になったのもとても短いしねぇ。知らなくても仕方ないかぁ。』

 

少し残念な一色。しかし、なぜこの無銘に等しい二つ名を持つ選手が出てきたのか。その理由は明らかだ。

 

「その小さい魔女とやらを、今度の代表に召集するということですか?」

 

 

『ええ。颯ちゃんの学校にその子がいたからもしかしたらと思ったのよ。もしよければ颯ちゃんも同席する?』

 

 

 

「――――――私の通う学校に、その件の人物が!? どういうことですか妙子さん!!」

一瞬間をおいて、盛大なリアクションを起こしてしまう颯。まさかまさかの展開。その無名は自分の通う学校に在籍していると聞いて驚きを隠せない。

 

 

『お、大きな声を出さないで! びっくりしたじゃない!』

狼狽えたような声を出す一色の声が電話から聞こえる。さすがに驚き過ぎたと心の中でまず反省した颯。

 

「すみません、妙子さん。でも、そんなサッカーの上手い子、学校に―――――あ」

 

ものすごく思い当たる人物を発見した颯。なぜ今の話で気づかなかったのかと思わずにはいられない。

 

クスリ、と笑う一色。おそらく颯はその人物に心当たりがあるようだ、と考えた彼女はその名を口にする。

 

『美島奈々。アメリカと日本の国籍を持ち、現地で話題を掻っ攫った世代屈指のテクニシャンよ』

 

 

自分たちと彼女らは似ていると思っていた。

 

「美島、奈々………」

 

その時感じた感情は何だったのか。それは恐らくきっと

 

――――彼女と一緒にプレーするまでわからない。

 




もし彼女がいれば、と思わずにはいられない颯。

颯はやはり、舞衣ちゃんが気になるのです。


しかし、青葉の方はギャグ路線・・・・

青葉「俺、同好会に入るから。あと代表決定戦で( `・∀・´)ノヨロシク」

織田「ブチッ」血管の切れる音

沢村「破天荒な奴め」

酷い男である。

駆「もっと上手くなりたい」うずうず


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第三話 代表決定戦 前編

代表決定戦を迎え、学校内では独特の緊張感を醸し出していた。

 

江ノ島FCと江ノ島SCの意地とプライドをかけた代表チーム決定戦。勝ったチームが公式戦への参加資格を得られる。

 

 

「―――――少しいいか、宮水」

 

試合前、青葉に声をかける織田。もはやそこにわだかまりはなく、サッカー選手として自らの全てをぶつける相手と認識している彼は、もう青葉に対して悪感情を持っていない。

 

「―――――合戦前の口上ですか、織田先輩」

 

 

「茶化すな。今日の試合、俺はお前の胸を借りるつもりで戦わせてもらう。それだけだ」

 

 

それだけを言い、織田はピッチへと戻っていく。

 

 

「―――――変に意識をされてしまっているなぁ、これ。」

 

やりづらいことこの上ない。相手が過小評価してくれたいいものを。

 

「―――――ついに代表決定戦だ。頑張ろう、青葉さん!」

そこへ、今日はツートップを任されている逢沢。練習でしか彼の動きは見ていないが、実戦になるとどうなるか見モノではある彼に、注目している青葉は

 

「――――前線でのポストは、火野先輩に任せればいい。狙える時にためらうなよ」

 

 

江ノ島FCのフォーメーションは3-5-2のフォーメーションを採用。ツートップには逢沢と火野を起用。逢沢はこの試合ではST気味のポジションを取ることになる。

 

 

GK 紅林

CB 三上

CB 堀川

CB 錦織

DMF 桜井

DMF 浜

LWB 的場

OMF 兵藤

RWB 宮水

ST 逢沢

CFW 火野

 

右には注目の宮水。世代最速と謳われたサイド攻撃を担うアタッカーは、すでにSCの中でも危険人物として徹底マークの指示を受けていた。

 

 

一方、SCの戦術も3-5-2。同じようなフォーメーションだが、ポジションチェンジ、中盤でのパスワークを駆使するFCに対し、堅守速攻が武器。

 

GK 藤堂  

CB 不動   

CB 海王寺  

CB 若村  

DMF坂本  

DMF織田 

LWB中村  

OMF沢村  

RWB八雲

FW 工藤  

FW 高瀬  

 

注目は何と言っても守備的MFの織田。これまで幾度となくロングボールでカウンターを成功させ、FCを苦しめてきた。中盤ではキープ力もある沢村、前線に高さのあるFW二枚に守備陣もフィジカル自慢。

 

「宮水の突破は何としても止めろ。スピードに乗らせるな。許せばリトリートで前に進む時間を遅らせるんだ」

 

近藤はなぜ宮水が自分のもとを去ったかを理解しつつあった。彼はどことなく荒木竜一や相手チームの監督と似ている。

 

この分裂の状態が始まってから10年がたち、自分が誘った選手が今、敵として立ちはだかっている。

 

 

――――私の指導方針では、限界があると言っているのか、岩城

 

あの時、彼は最後まで話し合いを続けていた。厳しい規律とチームワークがあれば、ミスは少なくイレギュラーも起こりにくい。それに対し、それでは驚きが少ない。対処されやすいと言い続けた岩城。

 

結果は歴然。彼が率いたチームは全国の切符を手にし、自分の率いたチームはいまだに全国の壁を打ち破れていない。

 

監督として、戦術として確かに違うのかもしれない。しかし自分の意地がここまでこのサッカー部に遠回りをさせてしまっていたのかもしれない。

 

 

不敵に微笑む宮水の姿。FCの中で、気迫を前面に出す選手が多い中、ある意味自然体ともいえる彼の雰囲気。

 

 

――――ならば見せてみろ、江ノ島FC。私のチームに食らいついて見せろ

 

 

 

一方、FCのベンチでは―――――

 

「――――――――」

若干表情の暗い美島と、

 

「―――――――――」

気まずい顔をしている颯の姿。なぜこんなことになっているのか皆目見当がつかない岩城は

 

 

「さ、さぁ! もうすぐ試合が始まりますよ! 声援の方もよろしくお願いしますね」

 

とにかく試合が始まればなんとかなる。そう思い込んだ岩城。女心に対しては有効な攻め手が思いつかない彼は、やはりサッカーバカだった。

 

 

それは代表決定戦の前日の夕方の話になる。

 

 

「小野寺さん!? どうしたの急に?」

 

「ええっと、その。今日は美島さんに会いたい人がいて――――」

伏目がちに答える颯。その先にいるのは―――――

 

 

「――――――え?」

 

美島の視線の先には、なでしこのエース、一色妙子と監督の五島監督がいたのだ。テレビでも最近取り上げられるなど注目度が高い女子サッカー。

 

その二人が来るということは―――――

 

 

「―――――えっと、その――――美島さんにも召集がかかったのよ。」

いつもはすらすらと言葉が出てくるのに、歯切れが悪い颯。

 

詳しい事情は五島監督と一色から聞かされることになった。近年なでしこの実力が上がり、海外とも対等に試合をできるようになった。

 

しかし、下の世代では、まだまだ世界と戦える人材は少ない。しかしその数少ない人物に、早めに世界を経験させ、代表チームへのプラスにしたいと考えている。

 

 

監督は頭を下げて美島に参加をお願いした。

 

 

 

「――――でも、クラブチームに入っている小野寺さんはともかく、私は試合にも出ていませんし―――」

当然美島もその招集に戸惑いを隠せない。試合勘が欠如した選手はいても迷惑になるだけだ。

 

何より自分は、迷っている。

 

優勝に近いと言われているアメリカでプレーするのか、それとも幼き日々で誓った夢を追い求めるのか。

 

現実と理想、その狭間で彼女は揺れていた。

 

「―――――それはなぜなの、美島さん? どうしてサッカーから貴女は遠ざかっているの?」

 

探るような眼で、一色は美島にその理由を尋ねる。それだけの実力を持ちながら、なぜ日本でプレーすることを選ばないのか。

 

「――――――美島さん?」

それは気になっていた颯。その理由を知りたい。しかし彼女も歯切れが悪く、きっと教えてくれないだろう。

 

「―――――そんなにプレッシャーを背負うのが怖いの?」

サッカーを嫌っているわけではない。しかし代表を前にして臆する理由。周囲のプレッシャーがそんなに嫌なのかと一色は考えてしまった。

 

「それは―――――」

 

それだけではない、だが、いざ目の前でいうべきことでもない。理由ははっきりしているが、その答えを打ち明けずにいる彼女を見て首を横に振る一色。

 

「監督、行きましょう。これ以上は時間の無駄です」

 

「一色君!?」

 

一色の物言いに慌てる五島。確かに彼女の態度に何も思わないわけではないが、こんなに早々に切り上げてもよいのかと戸惑っているのだ。

 

「少なくとも、私のいるチームには、代表を前に臆するようなメンバーはいないわ。それを誇りに思い、自分の力を試したいと意気込む選手が大勢いたわ」

 

代表に選ばれるために、ワールドカップで優勝するために彼女らはうまくなりたいと意気込み練習する。かつての自分もそうだった。

 

「美島さんはきっと才能はあるのでしょうね。貴女は上から数えたほうが早いかもしれない。けれど、」

 

心底失望したという表情で、美島を見下ろす一色。

 

 

「そんな闘志のない選手は、代表に必要ないわ」

 

そして、美島の反応を見る一色。俯いたまま何もしゃべらない美島を見て、彼女はさらに理解が追いつかない。

 

――――自分の力を、今の自分に自信がないからそう思っているのかしら?

 

根本にある彼女の悩みが、さらに二の足を踏ませていることに気づいた一色。そういえば、彼女がアメリカと日本の国籍を持っていることに気づいた一色。

 

そして、騒がれた瞬間に消えたという事実を証明する、プレッシャーに対しての戸惑い。

 

若年層にはまだ早い、この試練。ある意味この反応は当然なのかもしれない。

 

「妙子さん! それはさすがに―――――」

 

たまらず学友の味方をしてしまう颯。確かに彼女の言うとおりだ。反論の余地はない。しかし、いろいろな悩みを抱えている。すぐに一歩を踏み出せるような選手ばかりではない。

 

代表を引っ張ってきた一色のように誰もが強いわけではないのだ。

 

「―――――そう言えば貴女も、最初は踏ん切りがつかなかったわね」

 

厳しい表情を緩め、二人に対して優しい表情を見せる一色。彼女の説教は終わったのだろうか。

 

「五島監督に“私は、代表に本当に必要とされているんですか”と尋ねたのだっけ?」

 

「妙子さん! その話は今はいいでしょう!!」

顔を赤くする颯。おじけづいた恥ずかしい記憶を引っ張り出され、騒ぐ彼女の様子を見て口を少しだけ開けて呆然とする美島。

 

 

「――――みんな誰かしら悩みは抱えているわ。それでも前に進もうと歩き続ける人たちがいる。その姿に私は感銘を受けているし、彼らはきっと目標に辿り着ける。諦めない限りね」

 

 

「妙姉……」

ポォと顔を赤くしたまま、一色をぼんやり見つめる颯。その意志の強さ、精神的支柱である彼女は、だからこそなでしこのエースを張っている。

 

「妙子でいいわと何度言ったらわかるのかしら。またその呼び方に戻っているわよ」

クスリと笑う一色。

 

「は、はい! 妙子さん!!」

 

何も立ち上がれと言っているわけではないのに、はじかれたように立ち上がる颯。

 

「―――――美島さん。今回の代表は見送ることになるけれど、なでしこは貴女がやってくるのを待っているわ」

 

 

 

 

そんな夜のやり取りがあった。学校の友達に情けないところを見せてしまった美島は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

 

「―――――――ごめんなさい、私が意気地なしで」

だからこそ翌日も心が沈んだままの美島。

 

「ううん。誰だって戸惑うよ。いきなり妙子さんに頼まれて、期待されていると言われても、ね。」

颯も、自分も最初はあんな感じだったと白状する。

 

「――――小野寺さんは、どうして召集を受けたんですか?」

彼女も召集を目前にしてしり込みしていたという。しかし彼女は代表に入ることを決めた。

 

不安はなかったのだろうかと、聞かずにはいられない。

 

「―――――昔、私にサッカーを取り戻してくれた人がいたの。その人の前で誓った夢が、ワールドカップ優勝。だから、かな?」

 

 

「取り、戻す? 小野寺さん?」

いったい彼女は何を言っているのだろう。以前は奪われていたというのか。美島には颯の言葉の真意を読み取れない。

 

 

「―――――サッカーをするのも、見るのも好き。そして、そのサッカーで誰かの期待を貰えることが嬉しいの。一番私を見てほしい人はいないけれど、私は彼を想い続ける。彼がいたことを忘れないために」

 

 

「―――――小野寺さん……」

 

今まで見たことがなかった愁いを帯びた颯の顔。その顔を知っている。

 

 

あれは誰かを想い続けている顔だ。もう会えない誰かとの別離を経験した人の顔。

 

それはあの時の自分を思い出させるようなもので、胸が締め付けられた。

 

「颯でいいよ、奈々ちゃん。私はいつでも待っているから。」

 

「うん」

手をつなぎ、笑みを交わす二人の少女。

 

 

 

そして場面は戻り、代表決定戦。颯は自分勝手な予想をいきなりぶちまけることになる。

 

 

「さぁ、今日は青葉と駆が得点を量産してくれる、はず?」

 

 

「って、えぇぇ!!!! そこはしてくれるでいいと思いますけど!!」

 

そこはしてくれる、で断言しようよ、と突っ込む奈々。

 

 

 

その様子を観察していたのは、江ノ島SCの中塚。

 

「あぁ………あぁぁぁ………尊い」

 

浄化されていくようだ。

 

 

「試合が始まりますよ、お二人とも」

 

 

 

前半は江ノ島SCからのボール。ボールを回し、ロングパスを入れるタイミングを図る織田。

 

 

サイドでプレーしている青葉は、サイドでLMFの中村をケアしているが、おそらくこちらにはなかなか来ないだろうと考えていた。

 

事実、織田は自陣から左サイドにいる宮水のいる場所にパスを出しづらかった。

 

――――中村の動きは悪くない。だが、競る相手が悪すぎる

 

仕方ないので中央、右サイドが攻撃の中心となる。

 

 

江ノ島SCは宮水のいるゾーンを嫌い、制限されたスペースでパワープレイを繰り返す。

 

「くそっ!」

真ん中のポジションにいる兵藤は、フィジカルで勝るSCに悉く競り合いで負けている現状に歯噛みする。

 

「確かに、お前たちの技術は高い。目を見張るものがある。だが――――」

 

宮水のいない右サイドへとボールをパスする沢村。そこにはフィジカルで劣る的場と、RMFの八雲のマッチアップ。

 

テクニック勝負なら負けないと意気込んできた的場だが、単純な前へのロングボール勝負では前に体を入れることが出来ず、

 

――――テクニックも何もない!! これじゃあ……

 

八雲のボールキープを許してしまう。そのままクロスボールが上がり―――――

 

 

「おらぁぁぁ!!!!」

ボックス内でポジションを取る高瀬の打点の高いヘッドが決まってしまう。FCのGK紅林が必死に追いすがるも、後右手一つ及ばない。

 

江ノ島FCが去年に続いてまたしてもフィジカル勝負で潰されるのか。

 

「――――――」

気まぐれにこの試合を観戦していた荒木は、逢沢が何度も戻ってきてほしいと懇願していたことを思い出す。

 

そして、そのすぐ後に――――――――

 

 

駆は、どうして荒木がここまで自堕落な体になっているのか驚いていた。そして、去年FCは惨敗し、希望を失った彼はサッカーから遠ざかっていたという理由も。

 

 

しかし、そんな事情は知るかといわんばかりに青葉はずけずけと切り込んできた。

 

「――――――FCが勝てば、江ノ島サッカー部に入ってくれませんか?」

 

 

「――――――は?」

 

この江ノ島高校には、FCとSCがあるだけだ。なのに、青葉は江ノ島サッカー部に入ってくれとお願いしてきている。

 

「SCでも、FCでもない。江ノ島サッカー部。俺は次の試合で、その覚悟を示さないといけない」

 

衝撃を覚えた。こんな感情は逢沢以来だ。代表では一つ年下のくせに右サイド暴れまわり、ブラジル戦で勝利した立役者の一人であり――――

 

 

 

去年、前線にもし彼がいてくれたらと思わずにはいられなかった。

 

「お前は、この学校のサッカーと、真正面から戦う気か?」

そして彼は、10年の呪縛からこの学校を解放しようとしている。

 

「サッカーのことはサッカーで語る。まずは俺がその姿勢を見せる。見せかけのチームプレーと、エゴしかないプレーではなく、本当に勝ちたいと思うプレーを見せ続けないといけない」

 

このメンタリティはどこから来るのか。事なかれ主義、責任を分散する傾向にある風習の中、彼は異色だった。

 

 

 

「俺はただ、総体と、選手権を制して、その栄冠を通過点にしたい。それだけですよ」

 

 

 

 

当日、荒木はベストな体重にあと一歩届かなかったものの、この試合を眺めていた。

 

 

去年と同じ流れ。但し右サイドにいる宮水を嫌い、徹底して中央と左サイドを狙う形ではある。戦略としては間違いではない。

 

――――どうする、青葉。お前はこの状況で何をするつもりだ。

 

 

開始15分に失点してしまった江ノ島FC。兵藤は青葉に話しかけられた。

 

 

「―――――少しの間、ポジションチェンジをしましょう。敵は中央から左を重点的に攻めています。この試合をかけて、俺を真ん中に入れてほしいんです」

 

真剣に頼み込む青葉。このままではこの状況が続く。彼のいう変化はありなのかもしれない。

 

監督を見た兵藤。彼もまた青葉の言いたいことを理解していた。

 

 

――――突破力のある彼を真ん中に置くことで、フィジカル勝負でも五分になるはず

 

本職ではない真ん中のポジション。そこで青葉がどのようなプレーをするのか――――

 

 

江ノ島FCボールで始まるリスタート。

 

右サイドの兵藤とDMF、青葉の中盤でのボール回しが始まるが―――――

 

 

「―――――――」

 

「お前の好きにはさせん!」

 

青葉を警戒していた織田涼真が彼に対してのマークを強める。DMFは受け渡しで青葉への徹底マークを行い、彼にスピードを出させないようにしていた―――――

 

――――マンマークで抑えたつもりですか、織田先輩

 

 

ボールを相手ゴールから後ろ向きでトラップする青葉。その前にいるのは織田。

 

 

織田を背中でブロックしながら、青葉は右足で大きくボールをまたいだ。

 

――――左、いや違う!!

 

ターン系で躱す。青葉にはそう映った。インサイドオーバーステップ。それは去年の荒木が見せた技の一つだ。

 

――――子供だましもそう何度も――――!!

 

しかし、ここで織田の予想を超えたちょっとした動きが青葉の中に起きたのだ。

 

「―――――なっ」

 

右足の跨ぎを入れたのに、左へ行かない。逆を突かれることを警戒した織田は、青葉との距離を開いてしまった。

 

 

青葉は跨いだ右足のインサイドでボールを当てながらロールバッグしたのだ。

 

 

何気ない簡単な動き。無駄のない動きで、織田と青葉の距離が広がり―――――

 

「―――――くっ」

 

体を近づけ、彼にスピードを出させない。それをきつく厳命されていた織田は厳しく彼にプレスをかけに行く。

 

 

右に青葉は動く。距離が離れ、このままトップスピードに乗った彼を止めるのは難しい。

 

ワンタッチ、ツータッチと徐々に加速していく青葉。右への加速をする事前動作に見えたそれは、織田の確信をより確実なものとした。速度に乗せれば、追いつけないからだ。

 

 

―――――っ

 

 

右足の踵付近のインサイドで、トラップフェイント。右へと体の流れていた織田は驚愕で目を大きく見開いた。

 

崩れ落ちる織田。今から左へと向かおうとして、重心を崩して転倒。倒れこんでしまった織田は、

 

――――ここで、クライフターンっ

 

 

もう彼のスピードを阻む者はいない。彼の眼前で青葉はダブルタッチで体勢を立て直しながら加速していく―――――

 

 

「いかん、もどれぇぇ!!!」

 

 

江ノ島入学以来初めて彼の持ち味が見せつけられ、彼のストロングポイントが明らかになる。

 

 

前線にいた主将の沢村は、選手に戻れと声をかける。あの織田が抜かれたことで呆然としている選手が一部おり、ブロックも万全とは言い難い。

 

 

陸上選手並みに加速していく青葉は、尚もスピードに乗って江ノ島SCの陣へと切り込んでいく。

 

 

「凄い、あれが青葉さんの実力っ!」

 

前線でトリッキーな動き出しをし続けていた駆は、青葉のドリブルテクニックに舌を巻いた。

 

――――あれが、土壇場での個の力―――――

 

もっていないからこそ、その重要性が分かる。

 

 

DMFの壁を易々と突破した青葉はCBの海王寺とのマッチアップ。

 

「この一年坊主がぁ!!」

 

その大きな体格を利用した強烈なプレス。青葉はボディフェイクを左右にし続け、尚も突進をやめない。

 

 

しかも、その歩幅も狭くなり、足の動きも加速していく――――――

 

 

その動きに逢沢の頭に電流が走る。そして彼は周囲を見て――――――

 

 

――――来るっ!!!

 

一瞬だけ、青葉がこちらを見た。見間違いではない。彼は自分に何かを期待している。彼がこれから起こすプレーに、自分のプレーが関与する瞬間が来ると、

 

 

 

駆は確信していた。

 

海王寺対青葉のマッチアップは、やはり青葉が仕掛ける。

 

ボディフェイクからの左。からのインアウト。スピードに乗った状態での爽快感のあるフェイントで一気に海王寺すら抜き去りに行く青葉。

 

 

海王寺はそれでも青葉に追いつこうと巨体を動かす。幸いにして青葉のドリブルスピードはやや落ちていた。

 

――――止めてやる!!

 

 

トンっ

 

 

「―――――来たっ!!」

 

 

ここで青葉のノールックヒールパス。青葉は彼がこの穴を見つけると信じていた。彼もここでもしかすればパスを出すかもしれないと予測していた。

 

 

海王寺が釣られ、カバーリングに回ったセンターバックの穴を衝く、全ての目線が青葉に集中する今こそ、仕掛け時だと。

 

 

—————駆は、本能でそれに至っていた

 

 

海王寺と若村の空いたスペースが、そのままシュートコースになる。

 

 

「なぁ!? 9番――――」

ずたずたに寸断されたディフェンスラインなど、もはや恐れるに足らず。キーパー藤堂の焦燥し切った視線が、駆を捉える。

 

 

青葉からのラストパスに合わせたのは勿論この男。

 

 

―――――決めるっ!!

 

 

そのパスをダイレクトで合わせた逢沢。シュートはそのままゴールネットを突き刺し、キーパーは一歩も動くことが出来なかった。

 

そのヒールパスからのシュートに要した時間は、僅か数秒の出来事だった。

 

 

そのゴールを見た監督の岩城は、震えずにはいられなかった。

 

「―――――これが、最高のサイドアタッカーの実力――――」

 

たった一人で、去年までは崩すことのできなかったディフェンス陣を食い破った。いや違う。

 

 

FCでもパスワークとポジションチェンジで展開を良くしていたが、こんな動きをする者はいなかった。

 

そして、彼のヒールパスを予測し、最高のシュートを放った背番号9番。

 

近年稀に見るボールへの嗅覚。ディフェンスの穴に気づく観察眼。

 

 

そんな彼ら——————強烈な個が生んだ、技ありのコンビプレー。

 

 

「なんだ今の!? 何が起きたんだ!?」

 

「何処からパスがいったんだ!?」

 

「最後のラストパスは何だよあれ!」

 

「というか、なんであそこに走りこんでいるんだよ! 普通気づくわけないだろ!!」

 

観客の間でも、逢沢と青葉で一気に崩した中央突破で鉄壁と言われたSCの壁を易々と突破したことに驚く。全ての視線は青葉に集中しており、あたかもボールを持ったかのような自然体でダイアゴナルに走りこんでいたのだ。

 

目を切ってしまった選手と観客、もしくは振り切られた海王寺には、ボールが消えたと錯覚させただろう。

 

 

応援席でその試合を見ていた荒木は、体から湧き出るような闘争心を偽ることが出来なかった。

 

彼の実力は知っていた。しかし、真ん中であれほど動けるのかと思わずにはいられない。

 

機動力を生かしたゾーンディフェンスによる守備。パスコースを限定させ、相手に無理なパスを誘発させる。

 

プレスでボールを奪うのではなく、相手のミスを誘い続け、しびれを切らしたところでカウンター。

 

そして攻撃に転じた際は、突破力のある青葉と、左サイドの的場の連携。そして右サイドハーフになりつつある兵藤、FW2枚の前線での動き出し。

 

流動的な攻撃で一気に流れを掴み、攻勢に出る江ノ島FC。

 

そして――――――

 

 

江ノ島FC劇場はまだまだ終わらない。

 

 

 

 




青葉の才能。強靭な足首の強さ。

山育ちで培われた強靭なボディバランス。


駆の本作での才能の一つ。

ディフェンスの穴を見つけること。もしくは、相手チームにとって、致命的な動き出しが上手い。

しかしまだ突破力が足りないので、いくつもの道がただ出来ているようにしか見えない。ゆえに、選択肢も少ない。


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第四話 代表決定戦 後編

疑惑の判定ですが、勝ててよかったですね・・・・オマーン戦・・・

キーパーさん凄すぎ・・・


尚も、青葉が真ん中にいる効果が増す。

 

前半開始から得点機以外はまともに前に出すこともできていない江ノ島SC。真ん中の青葉の動きに合わせ、パスコースを限定させるやり方でロングボール以外の攻め手を欠く。

 

「うわっ!」

 

ロングボールを出そうにも、堀川が高瀬に倒されファウル。重心を低く、じりじりと彼のポジションをどかそうとする彼を、手で押してしまったのだ。

 

イエローカードこそ出なかったが、これで高瀬は体格に劣る選手であろうと油断できない状況に陥った。

 

「にししし………」

倒されながらも、してやったりな笑みを見せる堀川。無理に勝とうとする必要はない。そもそも勝算のない空中戦。

 

ならば地上戦で仕掛けるしかない。重心の高い選手をぐらつかせることは、簡単にできる。背が低ければ、必然的に重心は低くなる。

 

ゆえに――――――

 

続けてのロングボール。高瀬がポストプレーで落とすも――――――

 

 

「セカンドボール!! 追いつけます、浜さん!!」

 

鋭い声とともに青葉がDMFに指示を出す。声で指示を受けた浜が難なくセカンドボールをキープ。プレスに着た沢村をワンタッチパスでさばき、

 

中盤の青葉にボールが渡る。

 

 

「次は行かせん!!」

 

後ろから今度は織田と坂本のダブルチーム。まずはボールへと果敢にタックルを仕掛ける坂本だが―――――

 

 

「か、はっ――――!?」

 

タックルでボールを奪おうとしたにもかかわらず、加速しているのではないかと錯覚するほどの衝撃が坂本を襲う。

 

笛はない。足元からぐらつく坂本はファウルをアピールしたが、青葉はそれに該当することをしていない。

 

 

対して、青葉の方は手を使って坂本を進行方向に活かせないようにしていたものの、その衝撃を生み出したのは手ではない。

 

 

―――――体格に劣るはずの宮水が、坂本を吹き飛ばした!? 

 

いったいどんな手品を使ったのか。先に近づいていた坂本のタックルを跳ね返し、加速する青葉は一気にトップスピードに乗った。

 

セカンドボールをひたすらに拾う戦術がここに来て仇となる。その際にカウンターを武器としていながらセカンドボールを狙う選手を増やし過ぎていた。

 

当然ディフェンスラインは高くなっている。さらに言えば、本来ボールを奪う予定だったDMFの列で青葉がボールキープすることで、江ノ島SCは反撃の機会を奪われている。

 

 

対処するのはもはやCBとGKのみ――――――

 

 

「ドリブルで切り込ませるな!! ブロック作れ!!」

 

 

「ゴール前固めろ!! 9番と11番マーク!!」

 

火野と逢沢の動きも警戒しなければならない江ノ島SC。キーパーを除き、3対3の状況。

 

 

前に出てこない相手を前に、青葉が選択するのはただ一つだった。

 

 

 

2つのコースが空き、それは火野と逢沢がおぜん立てしたコース。低い弾道にして球足の速いミドルシュートが左隅に襲い掛かる。

 

「くっ!!!」

 

キーパーの藤堂が手を伸ばすもボールには届かず――――――

 

 

ガンっ!!!

 

そのシュートはゴールポストに強く跳ね返り、ラインを割るのだった。

 

「――――――っ」

あと数センチの誤差を修正できなかった青葉は悔しそうな顔をする。強烈な左足は江ノ島SCのゴールに襲い掛かり、あと少しで勝ち越しを決める逆転ゴールとなっていた。

 

 

「惜しい惜しい!! ナイスシュート、青葉!」

切り替えていけと兵藤が青葉に声をかける。ここまで敵陣で自由自在なプレーができること自体凄いことだ。

 

 

ドリブルで駆け上がり、そのままシュート。まるでアニメの世界のような獅子奮迅の活躍。さらには同点アシストを演出する華麗なヒールパス。

 

 

彼一人が加入することで、まったく違うチームに変貌した。

 

「あと少しだったんですけどね。やはりサッカーは甘くないです」

 

その後も前半は江ノ島FCペースで続き、SCはカウンターやロングボールといった戦術を強いられることになる。

 

 

1対1の同点とは言え、勢いは江ノ島FCにある。

 

 

前半35分。

 

ロングボールを迂闊に出せなくなった織田は、沢村、坂本の中盤に加え、サイドの八雲へとボールを回すことで手いっぱいとなっていた。

 

中盤ではゾーンディフェンスをしつつ、虎視眈々とボールカットのスキを窺う青葉の姿。

 

かといって前線に一気にロングボールを出してもキーパーの紅林は高瀬をマークしている。

 

「―――――っ」

 

その時、ものすごい勢いで青葉がプレスをかけに来たことを見てしまう。周囲を広く見ようとしていた織田のスキを突いた、青葉の左斜めからの猛チャージ。中央のパスコースを塞ぎながら、こちらに迫ってくる。

 

 

たまらずサイドへとボールを流すが、

 

「貰いッ!!」

 

ここまでフィジカルに押し負けていた的場がボールをカット。一転してカウンターのチャンスとなる。

 

 

――――しまったっ

 

的場は華麗な足技を使うまでもなく、動揺した八雲をワントラップで躱す。

 

 

左サイドで有利な状況を作り出した江ノ島FCが一気に攻勢に出る。

 

「ボールを奪いましたよ、的場君!」

美島も上手く回り込んでいた的場をほめる。

 

「さすがにセンスのある動きをしているわ。あの子。」

颯も、これまでいいところがなかったテクニシャンの活躍に、笑顔である。

 

「―――――え、ええ。本当に。流れが一気に変わりましたね」

 

――――違う。今のは“全員”が誘導されていた。

 

岩城だけは違う視点だった。このボールカットは青葉が誘発させたものだ。

 

トップ下宮水がここまでハマるとは考えていなかった岩城。彼の希望するポジションはサイド。しかし、運動量とテクニック、さらにはスピードすら兼ね備えている。

 

往年の司令塔タイプとは違う、現代フットボールに適応した新しい司令塔の姿。

 

真ん中というポジションで、ゾーンディフェンスを徹底して相手のパスコースを塞ぎ、味方のボールカットを誘発する。

 

文字通り、ピッチの上の要。

 

 

サイドを完全に攻略した的場のドリブルに反応したのはFW2枚。

 

火野と逢沢は真ん中にてクロスボールに対応するため動き出しを図っている。

 

――――この距離、このプレッシャーのない状況なら

 

 

駆と目が合った的場。相手はフィジカルで勝る江ノ島SCのディフェンス陣。

 

駆の選択肢は、初めから一つだった。

 

 

低い弾道のクロスボールを選択した的場。鋭いクロスはファーに広がった火野ではなく、

 

 

「そこだぁぁぁ!!!!」

 

 

ニアに飛び込んだ駆が不動のマークを振り切って飛び込んできた。駆は的場とアイコンタクトをした時から意図的にニアのスペースを見ており、そのスペースを開ける為にひたすら真ん中付近で小刻みな動き出しを図っていた。

 

 

不意を衝かれたディフェンス陣は急激な彼の加速に追いつけず、振り切られた。

 

 

1対1の局面を決めてこそ、エースストライカー。

 

 

駆のボールのコースを変えたヘディングシュートがゴールに飛び込み、これで一気に逆転。

 

「――――――!!!!!」

これにはさすがの近藤も絶句。立て続けに失点し、立ち直る機会すら許さない、怒涛の攻撃。しかも波状攻撃のような断続的なものではなく、

 

確実に息の根を止める攻撃が、確実に突き刺さっていた。

 

 

――――真ん中に彼がいるだけでここまで変わるのか。

 

 

その機動力を生かした攻撃と守備力。

 

 

汗をかくことをいとわない司令塔の存在は、ここまでチームを変貌させるのかと。

 

そして禁止していた5秒以上の長いドリブルが、ここまで効果的だと、認めざるを得ない。

 

 

前半はこのまま得点に変動はなく、2対1で江ノ島FCが1点リードで折り返すことになる。

 

「すげぇぇな、青葉! あんなにドリブルで前に進めるなんてさ!」

2年生の桜井からは、賞賛の声を浴びる青葉。

 

「相手がリトリートしてきてくれるので、前にスペースが空いているので。これがフォアチェックなら少し考えないといけませんが」

 

リトリート型のディフェンスのままでは、青葉に嬲り殺しにされる。まさに弱者のサッカーをする相手にとっては天敵といってもいい。

 

そして、彼は個の力においても高いレベルを誇り、守備力に優れているはずの織田ら実力者を翻弄し、中盤を支配し続けている。

 

「火野君は常にゴール前で前を向けるポジションを取り続けてください。逢沢君は折を見てラインの裏への飛び出し。二列目は常にフォワードを先に見てください。いいですね」

 

岩城も、さらに攻勢にでられるチャンスと踏んでいた。大きく歴史が動く。

 

――――ここに荒木君がいないのは残念ですが――――

 

スリムな体系になって観客席の中に彼がいるのは途中で分かった。しかし彼は動かない。

 

何かを意図しているのだとわかる。しかし、彼が真ん中で、サイドに青葉がいることで、このチームはさらに―――――

 

しかし途中でその考えを否定する。今は、荒木を頼る局面ではない。試合後に、その後に、彼を温かく迎え入れる。それが自分の務めだ。

 

「守備陣もパスコースを限定する中盤の守備に連動して、ロングボール警戒を怠らないでください」

 

 

後半もリトリートで来ると思われていたが、前に出なければ前半の二の舞だと考えたのだろう。

 

フォアチェックでポゼッションを高めようとしてきたSC。しかし―――――

 

 

「くっ!」

 

沢村がマッチアップに入るが、ロールしながら左右の揺さぶりをかけて余裕を感じさせる青葉に飛び込めない。抜かれた瞬間にピンチになるという状況を察知し、積極的なプレスに行けない。

 

 

しかし、左右への揺さぶりに耐え抜いた沢村は青葉を下がらせ、ゴールに背を向けた姿勢に追い込むことに成功。

 

跨ぎを入れる青葉。右足の動作から先ほどは右のアウトサイドでロールしながら織田から距離を取ったが、今度はどうなるのか。

 

―――――とにかく奴をつぶせばカウンターだ。

 

沢村を背にして青葉は彼の動きを見ている。先ほどから一瞬たりとも視線を外さない。

 

そして―――――

 

トンっ

 

フォアチェックでつり出されていたSCのディフェンスをしり目に中に絞ってきた兵藤が青葉のスルーパスに反応。スピードに乗った彼が一気にバイタルエリアへと殺到する。

 

「これ以上好きにさせるな!!」

 

織田が兵藤のスピードを止める。たまらず兵藤は揺さぶりをかけるがそれに動じない織田。

 

「くっ」

 

折角のリズムが乱れてしまったと渋い表情をする兵藤。

 

「ボール寄こせ!! 」

 

ここで、あまり目立っていなかった火野が前線から下がってボールを要求。敵を背負いながらもパスコースは開いている。

 

「頼む!!」

兵藤から火野への縦パスでスイッチが入る江ノ島FCの攻撃。その火野には前線から沢村と坂本を振り切った青葉が走りこんでいる。

 

 

「!!! ミドル来るぞ!!」

先ほどの失敗を取り返すミドルシュートを警戒する海王寺と不動。そして逢沢の裏抜けを警戒する若村。

 

―――――これ以上1年生にゴール前を好きにさせるわけには―――――

 

 

ダイレクトシュート。あれほどうまい選手ならばそれをやってくる可能性もあると考えた海王寺だが、ここで前に飛び出さない。

 

「―――――っ」

一瞬だけ歪んだ表情を見せた青葉。トラップして今度は跨ぎフェイントによるドリブル突破を図る彼に対し、海王寺が詰める。

 

連続シザース。跨ぎ系のフェイントの中でもそこそこ有名な技の一つ。しかしその技で青葉は海王寺を抜くことが出来ず、ゴール前への突破を阻まれる。が、減速しつつも右へと流れていく青葉の速度は未だ侮れない。

 

――――フェイントを使うことしかできないのか!!

 

しかし、その横への鋭い動きは海王寺を大きく移動させ、逢沢のランニングゾーンをわずかだが生じさせていた。

 

しかし、若村が逢沢をケア。競り合いでボールの奪い合いは若干若村が有利か。

 

――――しかし、パスを出させて万が一というのも――――

 

だが、端から青葉は逢沢にパスを出す気はなかった。じっくりと海王寺を見つめる青葉。海王寺ではない何かを見つめるその瞳は何を映すか。

 

————奴が見ているのは何だ? 俺なのか、それとももっと何か—————

 

海王寺の思考は中断される。青葉が仕掛けたのだ。

 

 

右足のアウトサイドでボールをけり、細かくタッチ。そしてトラップミスに見える最後のタッチ。

 

—————ここだ!

 

少ない確率だった青葉のミス。トラップが大きく見えたそれに反応する海王寺。

 

 

大きく踏み出した青葉の右足が見える。そしてボールをトラップして静止したのだ。

 

 

 

――――クライフターン!! ここで左か!

 

海王寺は決断した。この技は先ほど織田を抜いたフェイント。逢沢とのワンツー狙いだと。

 

 

「―――――あっ」

 

 

青葉ならば、ここで左へと加速していくのではないかと考えた。逢沢は若村に潰されかけているとはいえ、左にいるのだ。

 

あの逢沢をうまく利用して、ワンツー抜け出し、その他のコンビネーションも考えられた。

 

 

大きく転がしたボールに目が入っていた海王寺は、青葉が背中を見せながら体の向きを変えているのを見ていることしかできない。

 

右足にあったボールは、まるで最初から左足でトラップしたかのような鮮やかなターンで転がっていく。

 

 

—————クライフターンの派生技

 

 

切り返しを警戒した相手の重心をあざ笑う、シングルルーレットにも似た弐の式。ブレーキしたかのように見えて、していなかった青葉の加速力は、今の海王寺には致命傷だった。

 

 

しかし、見ている者は”そこ”にしか目がいかない。青葉が何を見ていたのかを知り得る者は、この空間にはいなかった。

 

 

左への突破を許してしまったディフェンス陣。キーパーと青葉の1対1の勝負――――

 

 

「ちく、しょう―————」

揺れるゴールネットと、大きく弾んだボール。藤堂の前に、現実がつきつけられる。

 

 

「―――――」

全てが理想通りで、最後は冷静に叩き込んだ青葉。ニアサイドを撃ち抜いた強烈なシュートは、キーパーにまともな反応を許さなかった。

 

スッ、

 

人差し指を立て、天に向けて伸ばす青葉の姿に、観客は声援を送る。

 

 

 

この得点で、試合は一気に傾いた。後半からはポゼッションを優位に進め、シュート本数は15本を超える。

 

 

青葉のドリブルを警戒したSCは迂闊にプレスをかけに行くことも出来ず、そしてほかの選手が自由にピッチを走り回り、良いように攻撃を許してしまう。

 

結局後半の終わりごろはボール回しで時間稼ぎをしつつ、そのまま終了。

 

スコアも6対1と圧倒的結果に終わった。

 

ハットトリックの逢沢駆に、1アシストの的場。零れ球を押し込んだ火野の1得点。

 

しかしその中心は2ゴール1アシストの宮水青葉だろう。

 

試合後、まさかといった表情の織田、沢村らSCのベンチへと向かう青葉。そして、岩城監督をも呼ぶ。

 

「青葉君!? さすがにそれは不作法ではありませんか?」

 

負けたチームのところへ行くという行為に、思うところがある岩城。傷に塩を塗る行為だと青葉をとがめるが、

 

「別に、笑いに行くわけではありません。作法については重々承知です。しかし、それ以上になさねばならない事が、この学校にはあります」

 

 

 

「―――――敗者になんのようだ、宮水」

さすがにムッとする沢村。勝者が気軽に敗者のところへ行くのはマナー違反だ。

 

「――――沢村先輩に聞きたいことがあるんです」

 

敗者を笑いに来たような雰囲気ではない青葉の姿に、近藤は黙ったまま彼の様子をうかがう。

 

「―――――葉陰学院との練習試合と、今日の試合。どちらがどうしようもありませんでしたか?」

 

先日完敗した葉陰学院との試合と、今回の試合の対比を求める青葉。

 

 

「――――――お前が真ん中に来てから、中盤で何もできなかった。お前たちのほうが厄介だった。これで満足か?」

 

 

「なら葉陰学院は敵ではないですね。“江ノ島高校サッカー部”にとって、取るに足らない相手です」

 

 

「「「!!!!」」」

SCの面々は、SCでもなく、FCでもない江ノ島高校サッカー部という名前を口にする青葉にクエスチョンマークを浮かべる。

 

あるいは、そのありえないことを志す彼の心意気に衝撃を受けたのか。

 

「岩城君、これはどういうことかね?」

近藤も絵空事を言う生徒に対し、どういうことだと説明を岩城に求める。

 

「えっと、私も今日初めて知ったことです。青葉君、君はまさか――――」

 

信じられない事を為そうとしている。

 

 

 

「俺は、10年以来分かれたこのチームを一つに戻したい。サッカー部として、第一歩を踏み出したい。」

 

 

 

「―――――本当に、お前は馬鹿正直な奴だな。勝者の権限でFCが出場権を独占すればいいだけの話だ。なのに、なぜそれをしない?」

織田は、先日から言っていた理想をこの場でも言い放つ青葉に対し、FCが公式戦に出ればいいではないかと考えていた。

 

なのに、そのチャンスを無駄にするような行いに疑問を覚えていた。

 

「―――――勝てないからです。江ノ島FCでは、全国で勝ち進むことはできない。よくて2回戦まで。層の薄いFCでは連戦に耐えることもできないでしょうし」

 

 

残酷なまでに容赦なく、FCの監督の前で、全国で勝てないと断言する青葉。岩城監督も層の薄さを指摘され、連戦に耐えうることが出来ないと予期はしていた。

 

それこそ、SCのように選手層があればその弱点もフォローできるかもしれないと、考えてはいた。

 

「――――俺は勝ちたい。やるからには一番を目指したい。だからこそ、俺は提案します」

 

 

辺りを見回し、青葉は高らかに宣言する。

 

 

「SCとFCが力を合わせる———————10年前まで存在していた、江ノ島サッカー部の復活こそ !! 総体・選手権制覇への王道であると!」

 

 

覚悟を決めた、青葉の言葉。自分という試合を支配した存在をバックに、図々しい願いを言い放つ。

 

 

 

「俺は勝ちたい。だから江ノ島サッカー部に、みんなの力を貸してほしいんです! いい加減手枷を解き放って、ここにいるみんなで、神奈川の似非強豪校どもに、ドデカい風穴を開けてやりましょう!」

 

 

 

「10年前の忘れ物を、みんなで取りに行きましょうよ!」

 

 

 

 

そして、偽ることのできない言葉。生の感情をむき出しにした言葉は、着飾った言葉よりも効力を放つ。

 

 

「青葉君!?」

願いを聞き入れてもいいのではと傾きかけていた岩城は、過剰な彼の覚悟に焦る。これほどの逸材を腐らせたら、サッカーの歴史を刻んできた先人たちに申し訳が立たない。

 

 

彼がこれ以降孤立するようなことになれば、もう二度と彼は江ノ島サッカーに振り向くことはないだろうと。江ノ島の負の歴史は、もはや取り返せないところまで来てしまうと。

 

しかし、岩城の不安は杞憂だった。

 

 

周囲の様子は青葉の一挙一動に注目していた。彼から目を離すことが出来ない。彼はあまりにも輝いていた。

 

 

そうだ、彼の言葉には力があった。決して夢物語ではない。高校離れした彼の才覚は、すでに周囲を魅了していたのだ。

 

 

「――――――この歪んだ状況を何とかしなければならない。それを考えていたが、ここまで長い年月をかけてしまった」

 

近藤監督は、まっすぐ自分を見る青年の姿を見つめる。

 

「10年前、私は岩城君とチーム方針をめぐって対立し、15人しかいないチームが私のチームに勝利し、県大会を制し、全国大会にも出場した」

 

 

「近藤先生、その話をここでは―――――」

苦い顔をする岩城。結局自分の我儘がこの歪んだ状況を生み出している。そして10年間、お互いに意地になり過ぎていた。

 

 

「もし、私があの時折れていれば。選手層の厚い江ノ島サッカー部が全国に駒を進めていたのなら―――――」

 

背番号7をつける宮水青葉を見つめる近藤。

 

「―――――10年以来の夢をもう一度見たいと、私はそう思う」

 

 

「近藤先生!!」

 

近藤監督が傾いた。江ノ島高校サッカー部が一つになる瞬間が近づいている。また昔のように江ノ島唯一のサッカー部が誕生する。

 

「―――――君には感謝している、宮水君」

 

「は、はい!!」

教鞭をとり、日ごろお世話になっている厳格な教師からの言葉に、背筋が伸びる青葉。

 

「君の覚悟と力が、再び江ノ島高校サッカー部を蘇らせた。規律ばかりでは可能性を見いだせない。時には自由な発想を取り入れることも、選手の才能を伸ばすことにつながる。違いを作り出せるということを」

自分よりも年が下の青年に、謙虚さを教えられた。何より、この試合で負けたとはいえ、青葉がどこまで行くのかを見てみたくなってしまった。

 

————彼の両足には、無限の可能性が詰まっている。

 

 

「―――――まさか本当に成し遂げるとはな、青葉」

 

「――――正直、ポーカーフェイスでした。もし誰もついてこなければどうしようと、不安にもなりました。自分の賭けは失敗に終わるのではないかと」

 

沢村から称賛の声を浴びる青葉だが、彼自身はひやひやの連続だった。まさに自分のサッカー人生をかけた大勝負の一つ。

 

 

「――――――というわけだ。コソコソせず、先ほどからスタンバイしている覗き者。出てきてもいいぞ」

 

織田がジト目で壁の裏側にいる人物に声をかける。

 

「―――――パスコースを見出せなければドリブルで、ミドルを放てばいい。とんでもない暴論だな」

 

呆れた口調の荒木。彼は個の試合を最後まで見続けていた。去年折れた心は青葉のプレーでどれだけ勇気づけられたか。

 

「けど、自ら仕掛ける。そんな基本的で、大切なことを俺も忘れていた。自分はパスの名手だと酔いしれ、怖さを失っていた。あんがとな、青葉」

 

頭を下げ、お礼を言う荒木。

 

「そんな。荒木先輩―――――(ていうか、短期間でスリムに。俺が見ているのは幻なのか)」

怪訝そうな表情を見せまいと必死にポーカーフェイスを気取る青葉。目の前に信じてはならない光景があると感じていたのだ。

 

「おいおい、1年坊主。面白そうな話を俺ら抜きでしやがって」

 

ニヤニヤ顔で近づいてくるのは、江ノ島FC、SCのメンバー。特に兵藤が青葉の方へと近寄り、笑顔のまま肩に腕を伸ばす。

 

「美味しいところを持っていきやがって。本当にお前は、なぁ……」

紅林も、先ほどから黄色い声が集中している青葉に対し、嫉妬心を丸出しにする。

 

「え?」

 

きょろきょろとあたりを見回すと、

 

「男らしくてかっこいい!!」

 

「凄い~~~今のやり取りドラマみたい!!」

 

「青葉君~~~!!!」

 

 

黄色い声に気づいた青葉は、ひきつった顔でもう一度サッカー部の面々に向かい合う。

 

「そういうわけでは、ないんですよ……」

 

「くっそぉぉ!!! やはりイケメンか!! イケメンじゃないともてないのかよ!!!」

 

中塚が青葉にヘッドロックをかける。油断していた青葉は見事にそれにはまり抜け出せなくなった。

 

「ぐっ、中……何とかさん?」

 

 

「お前わざとだろぉぉぉ!!!」

悔し涙を見せながら、中塚は青葉を締め上げる。

 

 

そんな男衆がバカ騒ぎをしながら青葉の夢が一つ適った瞬間。

 

 

女性陣――――マネージャーたちはそれをほほえましく見ていた。

 

「青葉君は、本当にサッカーが好きなのね。」

 

「うんうん。10年以上続いたこの分裂状態を、解決しちゃったのは凄い」

 

 

「当然よ。なんたって、青葉なのだから」

幼馴染として、青葉なら絶対に出来ると信じていた。

 

彼のサッカーへの熱い想いは、一人分ではないのだから。

 

「それよりも、逢沢君はストライカーとして目覚ましい活躍をしたわね、奈々」

 

「ううん。まだまだ。その状況を作り出したのは間違いなく青葉君よ。中盤で違いを生み出せる選手がいると、攻撃は活性化するわ。それに上手く乗れた。だからきっと駆はまだまだ強くなれる」

キラキラした笑顔で、奈々は駆のさらなる成長の余地を感じた試合と考えていた。

 

「ゾッコンね」

 

「な、ななな!! 何を言っているのかしら!!」

 

 

こうして、今年最強のダークホースが、誕生することになる。

 

 




本作のセブンさんは色々と年相応に描きたいですね。

青葉さんの実力は、話を進めることによってだんだん明らかになっていきます。

とはいえ、前作で到達点の一つが出来上がっていますが・・・


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第五話 やっぱりドS?

ガンダム小説のリオンのように、理知的かつ冷徹な人間でもなく。

ダイヤのエースの大塚栄治のようにコンプレックスを抱えているわけでもない。


年相応?なクソガキメンタルと、自分からアクションを起こす鬼メンタルを備える男。

それが今作の青葉です。


代表決定戦から数日後、江ノ島サッカー部として始動を始めたのだが、やはりというか練習の空気というものが違う。

 

 

「こっちだ、早く!」

 

 

「遅いっ!」

 

練習から緊張感をもってやっているのはSCの面々。特に沢村と織田といった面々は紅白戦においても実戦さながらの動きでいい集中力を保っている。

 

「すみません!!」

 

その空気に触発されて、逢沢も果敢にドリブルを仕掛けるも、フェイント時に方向を見てしまう弱点が露見し、現在癖を修正中だ。

 

「まだボールを見ているぞ! どんどん仕掛けて数をこなせ、逢沢!!」

 

ボールを取った織田は逢沢に対して積極的に声をかける。

 

一方―――

 

 

 

「しかし、統合とはいったが――――――」

現在青葉は悩んでいた。統合を果たし、総合力ならば確実に増したであろうサッカー部が誕生したのに、まだまだ課題がたくさんあることに。

 

前線でいい崩しをしているにもかかわらず、ゴールキーパーにパスするようなシュートを放った荒木に対し、青葉は呆れていた。

 

詰め寄る海王寺を制し、青葉は荒木の前に立つ。

 

「―――――荒木先輩」

 

「――――どうした、青葉?」

 

紅白戦での緊張感がない。FCで感じていたのはそれだ。それぞれの部活に所属した青葉だからこそわかる、長所と短所。

 

「ループシュート。確かに意表を突く良い技です。ですが、今ループを打つ場面ですか?」

 

 

「練習だからこそ、色々試せるんでしょ? 試合になれば芸術的なループシュートを決めるためにな」

 

当たり前のように実戦で使うためと説明する荒木。

 

「――――なら、キーパーに事前に話してください。個人技を出すことに一切の不満はありませんが、キーパーが飛び出してくるプレッシャーがなくて、何がループの練習ですか?」

相手へのパスするようなシュート。点取り屋の精神が根付く、青葉には看過できないプレーだ。

 

「事前にコミュニケーションを取りましょうよ。話し合うことで、有意義な練習は生まれます」

まず発言する。提案する。自分勝手なプレー。チームの為にエゴを出すとは違う、華麗な足元に酔ったプレーは、青葉が酷く嫌悪するものなのだ。

 

「ああぁ!?」

 

「紅白戦で状況を考えて使ってください。キーパーの牛尾さんが飛び出して来たらループを使う。本物を経験しないと、実践で使えるわけがない」

 

睨みつけるように荒木に対し文句を言う青葉。試合で見せた冷静な表情ではなく、心底呆れているといった怒りの表情。

 

「お、おい! よせ宮水。わかった、もういいんだ……」

海王寺が止めにかかる。最初は自分も頭に来ていたが、自分以上にキレている青葉を見て怒りが沈んだのだ。

 

「それに、減量したと思えばなんですかその体は――――選手寿命をこれでもかというほど縮めたいようですね」

 

荒木のお腹を見て指をさす青葉。正直チームの構想では彼を真ん中に置くというが、サイド専門の自分がいたほうがいいのではないかと思うようになった。

 

「こ、これはだな。練習の疲れをいやすための―――――」

 

ぶちっ

 

 

青葉の頭の中で、何かが切れる音がした。

 

「あ・ら・き・せ・ん・ぱ・い? 俺は今晩ひき肉が欲しいんですけど、協力してくれますよね? 幸い、この辺りに丁度よさそうな油の乗った肉があるみたいなんですけどぉ!」

削ぎますよ、そのぜい肉。手段は選ばないという血走った目で、狂気的な笑みを浮かべる青葉。

 

「ひ、ひぇぇぇぇぇ!!」

そんな嗜虐的な後輩に恐れをなす荒木。おたおたとアザラシのように素早くその場を後にする彼の姿を見送る海王寺と青葉。海王寺は表情が青くなり、同時に頼もしさを覚えていた。

 

————あぁ。こいつは逸材だ。あの荒木を一喝できる存在はありがたい。

 

対して青葉は、

 

—————ドロップアウトした分、俺が地獄を見せてやりますよ、荒木パイセン

 

テクニックは恐らく自分すら上回る逸材でもある彼だが、メンタル面で課題が多すぎる。

 

 

そんな青葉の姿を見ていたマネージャーは、

 

「やっぱり、青葉君ってドS?」

 

「—————聞かないで。思い出したくないから」

私は知らないと、過去にドリブル技を真似られ、敢えて得意技で負かされた経験のある颯は知らぬ存ぜぬを貫く。

 

「けど、荒木さんの手綱を握れる人は貴重よ。それに、あの脂肪はちょっとカッコ悪い」

美島も、青葉ほど攻めッ気はないが、同じ考えであると主張。

 

そんなマネージャーたちの「青葉ドS?談話」を無視する本人は、辺りをちらりと見る。

 

 

練習でもスライディングでボールを刈り取る堀川の動きはまだ十分許容範囲。むしろ、練習でガツガツいかなければ本番で出来るわけがない。

 

 

制限のない状態で、プレーを選択し、自分にとって、チームにとっての最善は何か。

 

考えるサッカー。勝つために何が出来るのか、何をすればいいのか。

 

その意識がやはり重要なのだが、なかなかうまくいかない。

 

SCにはその下地が不十分で、FCは下地があるのに緊張感のなさが邪魔をする。しかし反対に体力面ではSCに大きく分がある状態。

 

「高瀬さん。少しよろしいですか?」

 

的場にまた抜きで手ひどくやられていた高瀬に声をかける。

 

「――――なんだ」

 

「リーチの長さの弱点を現在つかれていますが、必要以上に相手を追う必要はありません」

 

足元の技術に難はあるが、このフィジカルは武器だ。江ノ島の中で一番ポストプレーの成功率を上げられる可能性を秘めている。

 

青葉は公平なようで不平等だ。彼は見込みのある闘志を持っている選手が好きだ。先ほど的場を思わず掴んでしまったが、あれぐらい緊張感があっていい。

 

行動自体は褒められたものではないが。

 

「高瀬さんは多少反応が遅れても、一歩目の歩幅で簡単に追いつけます」

 

その足の長さ。フィジカルの当たりの強さ。それらをまだ彼は活かしきれていない。

 

体格に劣る選手がいくらスピードで抜いても、2メートルもない距離での加速など、並の選手なら知れている速度だ。

 

ならば、手足の長さという天賦の才能を持つ高瀬ならばどうだ。多少遅れたところで、一歩目の差ですぐに詰めることも可能だ。

 

説明を聞いた高瀬は、心の中で強く燃え上がる感情を感じた。

 

 

「なんだと? 反応が遅れても、追いつける、だと?」

高瀬にとっては、スピードのある相手に対し、難儀していた経験があるので、青葉のアドバイスはありがたい。

 

さらにいえば、青葉はチームの中でも対人能力に優れている。そんな彼のアドバイスだ。

 

「―――――後の先。そのフィジカルを持つが故の特権。存分に活かさない手はない」

 

「!!!」

 

凍えるような眼で、断言する青葉。同学年とはいえ、これほどのオーラを見せる選手は初めて見る高瀬。練習中でも、ここまで真剣に取り組む選手はなかなかいないだろう。

 

あの沢村や織田すら上回る、サッカーに対する貪欲さ。

 

――――こいつについていけば、俺は―――――

 

「そして、経験を積み重ねていけば、相手に何もさせずに潰すプレスを手に入れられる」

 

それはフィジカルの差を存分に活かす、非情なまでの才能。青葉は悪魔のような取引を彼に持ちかけた。

 

「来週から、君の練習に付き合う。他にも誰か来るかもしれないけど」

 

 

「やらせてもらう。俺はもう、テクニックに翻弄されるのは嫌なんだ」

 

強い意志を感じさせる高瀬の決意。満足げな笑みを浮かべる青葉だが、目は朗らかなものではない。

 

獰猛なほど選手の眼をしている戦士の眼だ。

 

 

その後、反対に的場の方へ行って発破をかけるなど、選手同士の緊張感を高める青葉。

 

しかし、教えを乞うものを決して拒まない。

 

「ここの守備だが、お前はどう思う、宮水」

 

沢村も、ボランチでプレーするようになった際に青葉に意見を求める等、SCとの関係性もいい。元々、沢村は選手としても、性格的にも彼のことは嫌いではなかった。

 

「セーフティにフォアチェックを行いつつ、二人目の動きを封じるためにまず相手選手にマークしたほうがいいですね。遅らせれば、陣形も人数もそろいます。深追いすれば、バランスは崩れ、ディフェンスは崩壊します。」

 

「今回のようにサイドから相手選手に切り込まれた場合、やはりボランチが相手のプレースピードを落としつつ、サイドアタッカーの下がりまで粘るのがベストでしょう。この3バックの陣形はサイドアタックに対して脆弱な一面を抱えています。本来ならば、サイドの選手の交代枠をいくつか用意するべきですね」

 

「新チームの現状は、カウンター対策が急務か」

 

「なので、3-5-2の陣形は恐らく公式戦では採用されない可能性が高いですね。可能性があるとすれば4-2-2-2、もしくは4-2-3-1が望ましいと思います。ただ後者はCFWに求められるフィジカルが最大限求められます。現実的に考えれば前者だと思いますね」

 

 

「なるほど、現実的に考えれば4バックがいいのかもしれないな」

3バックでは常にカウンターの際にサイドが手薄になる弱点はあった。

 

沢村は、それぞれの陣形に対しての利点、短所について青葉とともに話し込み、織田もその談議に加わるなど、本気で勝ちに行く空気を醸し出していた。

 

「――――なるほど、あの時では勝てないわけだ。それだけ陣形について、守備について知識があるならばな」

 

織田も、青葉とともに談議に参加した際にいろいろと気づかされることもあり、あの試合で青葉にいいようにやられたのは仕方ないと感じた。

 

しかし、あの時ではという言葉が青葉には引っかかった。

 

「へぇ。その言葉は期待できそうですね、織田先輩」

 

「力は認めているが、お前を止めることに生きがいを感じれそうなんだ。お前に近づけば見えてくるものもある。精々活躍していろ。必ず追いついてやる」

 

挑戦的な先輩の言葉に満面の笑みを浮かべる青葉。ぞくぞくするような緊張感がたまらなく好きなのだ。

 

そしてそんな選手が味方でいる。それはとてつもない利点だ。

 

「いいですねぇ。やっぱり空気だけは好きでしたよ、SCは。あの緊張感はこのサッカー部に必要ですからね」

 

 

「ふっ、言ってくれる」

 

 

 

しかし、岩城監督は使える選手だけを優遇するのではなく全員にチャンスを与える指導。荒木に対しても少し甘いように感じる。

 

 

そのことについて、織田は岩城に詰め寄る。

 

「もうトップ下は青葉でいいのではないですか? 彼が適任だ」

 

もう不摂生を繰り返す司令塔には期待できないと織田が荒木に対して苦言を呈す。

 

「いえ。今後彼が代表召集を受ける際に彼は必然的に外れることになります。それに、彼が一番真価を発揮するのはサイドのポジション。宮水君がトップ下をやっていることが、チーム力の低さを物語っています」

 

「なら―――――」

 

自分を、と言おうとした織田。しかし岩城の言葉を待つ。

 

「―――――ですが、私もただ甘いだけの指導をするつもりはありません。水分補給もさせます。休憩も入れます。しかし、彼にはどんな体型であろうと必ず練習に参加してもらいます」

 

ゾクリとするような、平坦な声がした。つまり、途中交代は認められないということだ。

 

 

「荒木はスタミナがない選手です。試合中盤のサブとして使えば――――」

 

 

「都道府県リーグで、試合はまだたくさんあります。スターターとして彼には全試合に出てもらいます。走れなくなっても出てもらいます」

 

つまり、限界を迎えても戦えという岩城の荒木への指導。岩城は荒療治ではあるが、彼のスタミナの問題を克服するために、地獄を見せるつもりだ。

 

「――――――鬼ですね、岩城監督は」

 

 

「ですが、まだ近藤監督には及びませんよ」

人懐っこい笑みを浮かべる岩城。先ほど平坦な声を出した人物と同一人物なのが信じられない。

 

 

「それに、青葉君のクロスボールを見たいという私のエゴもあるのですがね。代表で幾度となく得点を演出した芸術的なクロスボールとカットイン。それが彼の代名詞です」

 

そうだ。確かに江ノ島高校で彼は実戦でそれを見せていない。江ノ島SC時代に少し見ただけで、高瀬が高確率でヘディングシュートを決め、ポストプレーで波状攻撃を生み出す。

 

新たな江ノ島の武器になり得ると考えていた織田。

 

 

「それに高瀬の高さと逢沢の反応の良さが加われば―――――」

 

織田はそれで納得した。青葉が高瀬や逢沢を優遇する理由。気にかける理由は岩城が先ほど言った彼のクロスボールをより活かすための布石。

 

恐らく、工藤や火野など、フィジカルの強い選手を前線にいれ、サイド攻撃を活性化させる狙いがあるのだ。

 

先ほどから、自分のクロスについて自己紹介をしている青葉は、やはり彼らとのコミュニケーションを真っ先に行っていた。

 

「その通り。彼らの高さと強かさは、貴重な武器です。そして、足元の技術も向上すれば、彼らは化けますよ」

 

 

分裂の危機が生じるのではないかと思われていた江ノ島高校だが、岩城監督の荒木への優遇に見えた鬼指導。海王寺や沢村などの守備陣に指示を出せる選手も彼の指導に賛同し始め、順調なスタートを切る。

 

 

「ほら、早く走ってくださいよ、荒木先輩♪」

 

自転車をこぎながら、笑顔で猟犬のごとく荒木を追い散らす青葉。

 

「この、おにぃぃぃ!!!」

 

「お菓子は没収で~す♪」

そしてすかさず荒木のお菓子を没収する美島。青葉は見限った相手に対してここまで厳しいことは言わない。

 

―――――彼には生き地獄を見てもらいます

 

岩城監督の指導に同意した青葉は、真剣な目で語っていた。

 

――――何が何でもモノになってもらいます。泣き言は許さない。泣いても許さない。死んでも許さないよ

 

年上だろうが、年下だろうが、ピッチでは関係ない。青葉はその独特の流儀を持っていた。

 

「くそぉぉぉ!!! 鬼っ! 悪魔!! 美島ぁぁぁ!!」

 

半泣きになりながら、ランメニューをこなす荒木。その翌日はリーグ戦第3節である。予定では、荒木はフル出場である。

 

 

それを見ていた逢沢と中塚らはというと―――――

 

「セブン、なんだかノリノリだね……」

遠い目で青葉と一緒に荒木をいたぶっている彼女を見ている駆。

 

「あの声であんなドSなプレイ。うっ、ふぅ……」

中塚は、美島の眩しいほどの笑顔とは正反対な仕打ちに興奮してしまっていた。

 

 

なお、颯はあくまでマネージャー業務は副業なのでここにはいない。今頃はトップチームに合流し、先輩方を驚かせているだろう。

 

「でも凄いよね。小野寺さんは高校入学してすぐにプロチームにスカウトされて」

正直悔しいと感じていた駆。自分はまだ高校サッカーでチャンスを貰い始めた立場。しかし彼女はプロという舞台で戦っている。

 

しかし、やはり連携面での課題が当初はあり、ベンチ入りは先だという。

 

「なんでも江ノ島に来る前からある程度形にはなっていたみたいだね。僕も1対1で勝負してみたけど、男だと思ってやらないと勝負にならなかったよ――――」

 

しかも勝率も悪いし、と落ち込む的場。

 

「お前がそこまでの相手なのか―――――」

的場の気落ちした姿に驚きを隠せない高瀬。自分を翻弄する相手が翻弄される相手。サッカーの世界は広く、レベルが高いのだと悟る。

 

 

「うん。どうやら先になでしこ代表の方にベンチ入りするみたいだし、途中出場はするんじゃないかな?」

雑誌の中に移る小野寺颯の記事を見せる的場。

 

 

――――新世代のスピードスターがついに招集を受ける

 

 

――――クラブチームでのデビューも秒読みか!?

 

 

――――来週のマイアミヴァルキリーズ戦でついにデビューするか!?

 

 

縦への推進力を備える彼女への評価は高い。

 

 

「丁度静岡の合宿のときかぁ。リアルタイムで見たかったなぁ」

 

そして江ノ島サッカー部のチーム力強化もかねて、静岡に遠征することになった一同。その際に、なぜか美島も席を外す予定だが、颯が深入りはするなと暗に言っており、なでしこに関するものではないかと噂されている。

 

「セブンも上手いから、もしかしたら選ばれていたかもしれないなぁ。でも、なんであんなに昔から上手いんだろう」

駆は気にならなかった今更な疑問をぶつける。小学生の時から足元の技術は高かった。しかし、中学生から高校生になるまでチームに所属はしていない。

 

そう考えると、駆は美島のことを良く知らない。小学校時代の幼馴染で、アメリカに親の仕事の都合で日本を離れ、中学時代に戻ってきた。

 

「おいおい。幼馴染のお前が知らなかったら、誰も知るわけがないだろう」

高瀬も少しだけ呆れながら、駆に笑いかける。一同はなんでもなさそうに笑うが、

 

 

言い様の無い感情が渦巻く駆。

 

――――僕は一度も、セブンには勝てていない

 

性格もよく、可愛くて、面倒見もいい。サッカーはうまくて、その華麗なテクニックは周囲を魅了する。

 

 

しかし、選手として悔しい。自分は選手なのに、彼女はマネージャーなのに。

 

 

――――強くなりたいんだ

 

彼女に参ったと言わせるぐらい。だからこそ、彼についていけば自分を変えることが出来るかもしれない。

 

翌日の都道府県リーグでは、新生江ノ島サッカー部が相手高校を蹂躙。6対2と快勝。しかし守備陣形の連携に課題を残し、その問題点を消化するための合宿が迫る。

 

 

 

来週の静岡での合宿で、県外の実力校との試合が待っているのだ。江ノ島のスケジュールは一転してハードになっていた。

 

 

 

青葉が予想しているフォーメーションは、4-2-2-2と4-2-3-1を使い分けるものらしい。

 

 

奇策を使う必要もない。トーナメントは守備力も重要だと考える青葉の考えは現実的だ。

 

 

静岡合宿を目前に控えた翌日。ついにベンチ入りメンバーが発表される。

 

 

そして夜。

 

 

「約束通り来たな。」

 

青葉の目の前には、高瀬。そして、いつもは美島と一緒だったはずの逢沢。

 

「――――彼女さんを放っておいていいのか?」

 

「――――今、僕はサッカーが上手くなりたい。青葉君のようじゃなくてもいい。僕は、“ドリブルも武器である“選手になりたいんだ!」

 

真剣な瞳で、頼み込んだ駆。

 

「一人増えたが、構わないか、高瀬」

ちらりと窺うように高瀬に尋ねる青葉。

 

「構わん。練習相手は多いほうがいい」

 

 

「――――よし、なら始めようか」

 

不敵な笑みを浮かべ、3人の特訓が始まる。

 

 




青葉「俺は期待しているんですよ。だから早くランニング再開しましょうよ」

荒木「」

青葉「返事がないな。仕方ないからロープ持ってきて、美島さん」

セブン「わかりましたぁ!」

駆「セブンが怖い・・・・」

颯「期待してるだけ。荒木さんに期待をしているだけだよね、青葉(畏怖)?」


天国―————————

逢沢傑「」

初代青葉「俺、あそこまで鬼だったかな・・・」


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第六話 片羽根の妖精

前作を先に読んでおくと、複雑な心境になるお話かもしれません。

颯の並々ならぬ決意は、この作品だけで理解するのは難しいです。


翌日、大会議室でベンチ入りメンバーを決めることと、公式戦で採用される戦術が発表される。

 

「基本となるのは4-2-2-2のツートップスタイル。これはどのサッカーでも見受けられるフォーメーションですが、状況に応じて4-2-3-1に変更するなど、前線の戦略を変更する場合もあるかもしれません」

 

まずはGK。

1番 紅林

16番 藤堂

19番 李

 

SB

2番 沢村(DMFも可)

3番 八雲 

17番 中村 

12番 桜井(DMFも可)

 

CB

4番 海王寺

5番 三上 

14番 錦織 

15番 不動

 

MF

6番 織田

7番 兵藤

8番 宮水

10番 荒木

18番 的場(FWも可)

 

FW

11番 工藤

 9番 火野

13番 高瀬

20番 逢沢

 

戦術はセンターアタック、サイドアタックともに適性のあるフォーメーションであり、4-2-3-1への変更も容易だ。

 

特に重要なのは、2列目のオフェンシブハーフのポジショニングである。

 

サイドバックのオーバーラップを促進するために、前方のサイドのスペースを空けるためにもオフェンシブハーフが中に絞る、もしくはサイドに張るなど能力の高いサイドアタッカーが必要になる。

 

ディフェンス戦術もそれぞれのポジションの選手とマッチアップしやすく、マンマークにもゾーンディフェンスにも適性のある陣形である。

 

オフェンシブハーフの運動量を考えると、リトリートでブロックを作るのが最善だろう。

 

ディフェンシブハーフの2人には、オフェンシブハーフの負荷をできるだけ低減するためのサポートと、サイドバックのオーバーラップのケアを求められ、広い視野を備える選手がいることが重要。

 

 

一方、4-2-3-1では積極的なフォアチェックでショートカウンターが武器になり、サイドバック、サイドハーフの連携がハマれば効果的な攻撃が可能となる。

 

FWの負担を減らすために、運動量のある選手を2列目に置き、積極的にゴール前に出ることも求められる。

 

特に、サイドハーフは中央のトップ下、CFWの負担を減らすため、カットインとクロスボールの精度が重要視される。

 

以上、登録される30名が発表された。なんとか中塚もしっかりとリザーブメンバーに入ることになった。しかし、現状足元の技術に劣る彼には厳しい現状となっている。

 

 

 

「以上のメンバーがベンチ入り、もしくは出場登録選手です。」

 

 

そして目まぐるしく江ノ島高校の歩みは加速し、翌日からは静岡合宿が始まる。

 

 

「まさか、静岡にこんないい場所があるなんて……」

青葉は、静岡の地で行きがけに見かけたサッカー場の近くにこんな旅館、しかも安いところがあることに驚いていた。

 

 

「実は、FCの頃からお世話になっているところで、神奈川では信じられない料金で安く借りられるんです。さらには、この宿の近くには芝生のサッカー場もあるんです」

満足げに語る岩城監督。FC時代からの縁で、ここの旅館の主とも交流があり、ここに来るのは恒例だという。

 

FC時代の選手や、新鮮な光景にテンションの上がっているSCの選手たちは我先にと旅館へと殺到。

 

「――――なぜ集合しないのだ……」

規律を守ることに重きを置く織田は放置され、その様子を見かねた逢沢と青葉は苦笑い。

 

「―――――は、ははは……はぁ」

 

「あの元気も帰りになればなくなっていますよ、たぶん」

 

青葉も、オンオフは重要だと考えていたので、これには不満顔。同時期にマイアミヴァルキリーズと戦っているであろう颯はどうなっているかと気になっている。

 

 

 

 

同時刻――――――

 

県内有数のサッカースタジアムでもある静岡IAIスタジアムでは、日本代表とマイアミの試合をベンチで眺める颯の姿。

 

応援席では、美島が戦況を見つめている。

 

「――――――個人技で違いを作れないから、相手が振られていない―――――」

 

ボール回しで何とかディフェンスラインを崩そうとしている日本代表だが、運動量の差なのか、あまり効果的ではない。

 

一色の縦パスに反応するが、受け手と出し手のみのパスワークでは、簡単にゴール前を許さない。

 

シュートチャンスもコースを防がれて得点を奪うことが出来ていない。

 

 

 

対して相手は自ら仕掛けたり、仕掛けるふりをするなど、多彩な選択肢で徐々になでしこの運動量を奪っていく。

 

 

「うぅむ、やはり惜しいところまで行くが―――――」

 

「寸前で止められていますね。」

 

五島監督も守備陣に細かく指示を出し、マークするべき選手を指し示すが、防戦一方。前半は0対1。

 

一点ビハインドで折り返すことになる。

 

 

「―――――後半から出られるか、小野寺?」

 

 

「いつでもいけます」

強い瞳で応える颯。その時を待ち望んできたのだ。彼女の意欲は頂点まで高まっていた。

 

 

 

ウィンドブレーカーを脱ぎ、ユニフォーム姿になった颯は、ピッチに入る直前色々な感情が渦巻いていた。足が不自由だった世界では、成しとげる想像すらできなかった代表入り。それが今、現実のものになりつつある。

 

—————私は掴み取るよ。このチャンスを。

 

 

青葉が繋いでくれた右足と共に、まずはこのデビュー戦で踏みしめよう。

 

 

—————だから見ていなさい。私はあの舞台に、必ず辿り着いて見せるから

 

 

後退の番号を表すボードが掲げられる。その瞬間が近づくほど、彼女は燃え滾る心を沈ませ、試合に入り込んでいく。

 

 

 

『さぁ、前半は一点ビハインドで折り返すことになったなでしこジャパン!! 後半頭から選手交代です!』

 

 

『8番大月さくらに代わりまして、背番号18! 小野寺颯が入ります!! さぁ、将来を背負って立つヤングなでしこが、どんなプレーを見せるのか!』

 

 

「お願いね、颯ちゃん」

 

交代する大月に後を託される小野寺。

 

「―――――ええ。ここに呼ばれた意味を、証明します」

 

 

そして颯は、”右足”でまずピッチを踏みしめ、代表デビューを果たすことになる。ついに悲運のヒロインではなく、輝くためのニューヒロインになるために、このピッチに力を証明する時がやってきた。

 

 

 

後半頭から左サイドに入った小野寺。リスタート前、一色と言葉を交わす時間があった。

 

「――――前半から見た貴女の感想は、どう?」

 

「後ろは前線の動き出しがなく、パスコースに困っていた印象です。歩きながらでもいいので、相手から距離を取ってください。後は左サイドに」

 

 

そして最後に一色にだけに聞こえる声である約束事をし、後半が始まる。

 

 

マイアミボールから始まる後半。真ん中の一色がパスコースを塞ぎにかかるが上手くいかない。

 

全体的にコンパクトに陣形を構えているなでしこは、徐々に押し込まれていく。

 

――――あの左サイド、そこそこ体格はあるけれど、うちのサイドの敵ではないわね!

 

 

手薄に見えた左サイドめがけて狙い撃ちするマイアミのボランチ。当然ロングボールに競りに行くサイドアタッカーだったが、

 

 

――――この子、早い!?

 

そのロングボールを事前に知っていた自分よりも反応よく飛び出したのだ。しかもあっさりと前を取られ、進行方向も手でブロックされてしまっている。

 

「このっ!!」

 

 

「―――――っ」

外国語で何かを言っている。少々汚い言葉で「SHIT!」と聞こえたので、相手が焦っているのだと気づいた颯。

 

 

――――なら、もっと焦ってもらおうかな

 

トンっ

 

落下地点のボールをダイレクトに浮かせてトラップし、相手の腰辺りに手を紛れ込ませた颯。そして、ここで青葉の虐め(彼の圧勝劇)によって生じた彼女のマリーシアがさく裂。

 

背中に手を回した颯は、相手を自分が行きたい方向とは逆側へと押したのだ。相手は競り合ったときに生じた自らの力を制御できず、完全に逆方向へと突っ伏す格好となる。

 

「なっ!」

 

そして驚いた彼女の前にはすでに前へとドリブルを開始している颯の姿。あの浮き球へのダイレクトトラップにより、自分の行きたい進行方向へとボール刃向かっていたということになる。

 

審判は競り合いで相手が倒れたのだと判断してしまう。マリーシアに気づかない。

 

 

『おっと、小野寺! ロングボールをインターセプト!!そのまま駆け上がる!!』

 

「颯ちゃん!!」

 

中央スペースからダイアゴナルに走りこんできた一色が声をかける。

 

「はいっ!」

中央から走りこんできた一色にパスを渡し、サイドに展開するため一色は3列目のボランチの花井を使う。

 

「妙さん!!」

パスをした瞬間に動き出していた一色へとパスを戻そうとする花井だが、

 

「まえよっ! 美咲!!」

 

一色の鋭い声とともに前方を見ると―――――――

 

 

ぽっかりとあいた中央スペースが出現していた。そのスペースに相手を振り切って侵入しているのは―――――

 

 

「はいっ!!」

 

ロングボールをふわりと浮かせた花井。彼女の指示通りにそのスペースを狙い打ったのだ。

 

 

『ここで小野寺が走りこんでいた!! 前が空いているぞ!!』

 

 

『小野寺、一色、花井の3人の動きですね。一色とのワンツーを選択しなかった小野寺ですが、花井にボールが渡る瞬間に動き出していましたね。一色も彼女が動き出していたのを知って指示を出していましたが、良い崩しです』

 

しかも、小野寺はサイドに流れるフェイクを入れてもう一度中に絞る動きをしていた。ボールが一瞬だけ見えてしまったマークをしていた選手は簡単に振り切られ、彼女をフリーにしてしまったのだ。

 

 

『そのまま中央突破!! さぁ、シュートが打てるか!?』

 

陣形を立て直しきれていないマイアミはゴール前を固めようとする。しかしそれを気にすることもなく―――――

 

 

『シュートぉぉぉぉ!!! ああっとこぼれた!! そこへ詰めているのは井伊だぁぁ!!!』

 

FWの井伊がこぼれ球を押し込んだのだ。ドライブの利いた強烈なミドルシュートを放った小野寺のボール処理をはじいたまではよかったが、彼女が詰めているところまでは対策できなかった。

 

『日本同点!! こぼれ球を押し込んだ井伊の値千金の同点ゴール!! いやぁ、良いゴールでしたねぇ!』

 

『サイドから中に絞る小野寺の動きと、FWの井伊のこぼれ球に対する反応の良さ。いい連携だったと思います!』

 

 

左サイドを迂闊に攻め込めなくなったマイアミの攻撃にミスが生じる。コンパクトに守ることが出来ているなでしこのディフェンダー、中江がプレスからボールを奪取。

 

「颯ちゃん!!」

 

そのまま左サイドでの競争となるが――――――

 

 

『早い早い早い!! マイアミのサイドバックを一気に抜いたぁぁ!!』

 

 

最初に悠々と追いついた小野寺だったが、前方からはCB。後方からはSBとボランチ。徐々に包囲されていく小野寺だったが、

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

「このっ!」

 

ドラッグバックからのターン。利き足の裏でボールを戻しながら、右のインサイドでカットインのトラップと見せかけての左のドラッグバック。

 

周囲を囲んでいたはずのマイアミの包囲を切り裂くように、抜け出した小野寺の――――

 

 

「―――――っ」

 

体勢を意図的に崩したマイナス気味のクロスボール。シュートコースを塞がれた瞬間にパスを出した小野寺のボールは中央に走りこんでいた司令塔の一色へ

 

――――凄い、ゴールやシュートではなく、ワンプレーでこんなに試合を変えられるなんて

 

出てきていきなり仕事を成し遂げる小野寺の実力に舌を巻きつつも、自分の役目を果たす一色。

 

 

『フリーだぁァァァ!!!! なでしこ勝ち越し~~!!!! 後半25分に日本逆転!! サイド、密集したエリアを見事なターンで突破した小野寺からのラストパス!!』

 

ハイライトシーンでも流れる。今までのなでしこでは見たこともないトリッキーな動き。

 

プレスに遭いながらも常にボールを動かし、鮮やかにターンで躱す小野寺の姿に、観客は魅了される。

 

 

『そして中央でフリーの一色がダイレクトで難なく決めました!! さすがの決定力!! これで代表初アシストの小野寺!!』

 

 

『いいカウンターでしたねぇ。スピードに乗ってそのままクロスを上げるのかと思いましたが、密集したエリアをあんな動きで突破するとは―――――』

 

いつもはなでしこのかわいい子に目が向くはずの竹田が、いつになく真剣な表情で解説をしていた。

 

『一色以来の大物が、ついに出てきましたよ! これは!!』

 

 

現エースと次世代エースの夢の競演。一気に流れを掴んだなでしこが攻勢に出る。

 

 

試合はそのまま―――――

 

 

『試合終了!!! なでしこジャパン!! 大勝です!! 前半リードされていた状況でしたが、終わってみれば5発大勝!! 後半は失点もなく、見事な修正力を見せつけました!!』

 

 

『一色がこの試合勝ち越し弾を含む、2発にFW井伊の2得点。CKのこぼれ球を押し込んだ中江! そして2アシストの小野寺!』

 

『後半出場で一気に流れを変えたのは彼女でしょうね。惜しいシュートもありましたが、見事なパスでゴールを演出するなど、サイドアタッカーとして、ほとんど不満はないですね』

 

『と、言いますと?』

 

 

『もっと打っていい。惜しいシュートも少し狙い過ぎている印象を受けました。ちょっと今日の彼女は黒子役に徹し過ぎましたね』

 

今日の試合のMVPは3人。同点弾とダメ押し弾を決めた井伊と、勝ち越し弾を含む二発の一色。そして得点こそなかったものの、アシストを量産した小野寺が呼ばれることに。

 

「前半苦しかった状況が一転。後半は攻撃的なサッカーでしたね」

インタビュアーの質問が始まる。満足げな表情を浮かべる一色は、その質問に応じる。

 

「そうですね。前半は相手のフィジカルに押し負けて、スペースを作ることに難儀しました。しかし、後半からは前線の動きを修正することが出来たのではないかと思います」

 

 

「小野寺選手からのラストパスが勝ち越し弾を呼び込みました。」

 

 

「ええ。少し私も入るのが遅れたのですが、いいボールが来ました。決められてよかったです」

新進気鋭のラストパスからダイレクトシュート。手ごたえを感じていたのか、余ほど嬉しいらしい。

 

いつもは冷静で纏め役の一色の笑顔が弾ける様子に驚きを隠せない一同。

 

「まさか、あれほど一色君が笑うとは」

五島監督も離れた場所で驚いていた。

 

他のメンバーも、一色のあそこまでの笑顔は久しく見ていなかった。

 

「続いて井伊選手。反撃の狼煙を上げる同点弾。お見事でした」

 

続いてFWの井伊選手。ショートカットの凛々しい容姿のスピードを武器にする選手だ。

 

「颯ちゃんがいいシュートを放っていたので、何とか押し込んでやろうと思っていました。いい位置に詰めることが出来て、とりあえずFWの仕事を果たせたかなと」

 

勝気なコメントを残す井伊。ちらりと小野寺の方を見て、ウインクする。

 

「さらに勝ち越し後の追加点。あれで試合が決定づけられたのではないでしょうか。」

 

「いい時間帯に勝ち越し点と追加点を取ることが出来ました。みんなが自信をもって前に出たことで、プレスも機能しましたし、みんなで奪った追加点だと思います」

 

チームも完全に攻勢に出ていた展開。イレブンが自信をもってマイアミとデュエルをすることで、チームも元気になっていた。

 

ディフェンス陣が奪い返したボールを決めることが出来た。このゴールは一番一体感のある得点といえるだろう。

 

 

「完全に裏に抜けて、キーパーとの勝負でループシュート。狙っていましたか?」

 

 

「飛び出しの勢いが早かったので、とっさに思いつきました。ちょっと今日は出来過ぎですね」

はにかんだ井伊の顔。手ごたえを感じるものだったのだろう。

 

「ありがとうございます。続いて代表デビューで衝撃の2アシスト。素晴らしい活躍でしたね」

 

一際フラッシュの音が大きくなる。小野寺は少し苦笑いをしつつ、質問に答える。

 

「ありがとうございます。先輩方が、ピッチに入る前から声をかけてくれたので、緊張はあまりしませんでした。前半から出ていれば、緊張していたかなと思います」

 

はにかむ様な笑みを零す小野寺。

 

「同点弾の瞬間。井伊選手が押し込みました。どんな気持ちでしたか?」

 

「私が止められたので、何とか誰か詰めてほしい、と思ったら阿虎さんが押し込んだので、ほっとしました」

ミスシュートと思っていた小野寺。青葉のようにミドルシュートを決めることは簡単ではないと思っていた。しかし、そのミスを取り返した井伊に感謝しているのだ。

 

ウインクを返す小野寺。彼女のそれに微笑む井伊。

 

「後半出場の小野寺選手のプレーでチームの動きが変わったと思いますが」

 

 

「―――自分のプレーがチームによい影響を与えることが出来て本当に良かったです」

模範解答の受け答え。少々面白くなさそうな表情をする記者もいたが、サッカー通の記者は満足げに頷いた。

 

「これからの実戦に向け、修正するべきところは」

彼らからの質問に、小野寺は日本中に宣言するように言い放つ。

 

「――――怖さを相手に与えられる選手になりたいです。サイドから常にゴールを脅かせる、そんな強い選手になり、チームの勝利に貢献したいです」

 

 

その試合を見ていた美島は、決断できない自分に歯がゆさを感じていた。

 

――――何を、私は迷っているの?

 

ワールドカップ優勝に近いアメリカ代表になる。それとも日本で約束を果たすのか。

 

――――重要なのは、私のやりたいこと

 

いったいどちらで心の底から笑顔になれるのかが重要ではないのか。

 

 

フラッシュライトに照らされている小野寺を見た美島。

 

――――迷い続けた私だけど、

 

あの青いユニフォームで試合をしたいという気持ちが強くなった。

 

 

 

その日、日本サッカー界にニューヒロインが誕生した。女子サッカーが盛んなアメリカの強豪、マイアミヴァルキリーズに快勝したなでしこジャパンの立役者。

 

小野寺颯は世界に衝撃を与える2アシストを決めて見せたのだ。

 

ドイツでは―――――

 

 

「ほう、日本女子サッカーにここまで動ける存在がいたのか」

 

まるで、U-15の時に自分に土をつけたサイドアタッカーを連想させるような動き。もし彼女がこちら側でプレーしていたなら、

 

――――強敵となりえただろうな

 

 

カール・フォン・ゼッケンドルフは、小野寺颯の活躍とそのプレーに注目していた。

 

「貴方がそこまで注目する存在なの?カール」

妹のアンジーは、日本女子サッカーで活躍を見せた彼女の活躍に注目する彼の様子に驚いていた。

 

「同性ならば、得難い強敵になり得る存在。アオバ・ミヤミズに比肩し得る存在だ」

宮水青葉。あのカールが見通した未来を上回った男。ヨーロッパ中が驚愕し、日本新時代を担うかもしれない存在。

 

————未来は最強なんだ

 

世代別の国際大会で彼に負けた直後、彼は未来についてそう語った。

 

————不透明で、先が見えないからこそ、未来は強いんだ

 

青葉は未来を予測すること、決められた未来ほどつまらないものはないと言い切った。

 

—————未来に型を作ってしまった時点で、俺はお前の未来を超えられる。

 

 

 

 

やってきたことは、単純なフェイント。しかし、その単純なフェイントと緩急で、カールのビジョンを破ったのだ。

 

逢沢傑、レオナルド・シルバと同等のライバル。

 

逢沢傑のパスコースは塞ぐことが出来ず、宮水青葉のドリブルとクロスは対応できなかった。

 

「時代が変わる。それに我がドイツは乗り遅れてはならない」

 

「カール……」

ここまで闘志を隠そうともしない彼は珍しい。いや、青葉に負けた時以来だ。妹のアンジーでさえ、ここまでの闘争心は見たことがなかった。

 

数年前の新聞と、昨日起きたニュースを記事に書いた新聞を見やるカール。

 

そのどちらにも日本人選手の衝撃が載っていた。

 

「いずれ大舞台で見えよう、日本の片翼」

 

 

 




先に代表デビューの颯。美島の闘志に火をつけ、後にやってくるであろう舞衣ちゃんとユニット結成へ。

先駆けは、サイドで流れを作る颯になりました。セブンと舞衣ちゃんは刺激を貰うことでしょう。

o(小野寺)M(美島)M(群咲)?センスのある人、どの順番がいいか教えて・・・・



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第七話 魔女の葛藤

話を一つ、抜かしていました…

静岡合宿が…


その頃、静岡の強豪との試合で炭鉱スコアを積み上げる等、静岡で騒ぎを起こしていた江ノ島高校。

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 沢村

CB  4番 海王寺

CB  5番 三上

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF10番 荒木

LMF 7番 兵藤

RMF 8番 宮水

FW 11番 工藤

FW  9番 火野

 

ベンチ入り (GK)16番藤堂、19番李、(SB)17番中村、12番桜井、(CB)14番錦織、15番不動、(MF)18番的場、(FW)13番高瀬、20番逢沢

 

 

 

スターティングメンバーに宮水青葉という名前が判明した瞬間、近くで試合をしていたはずの静岡の強豪校が集まりだしたのだ。

 

まるで、エサに導かれてやってきた亡者のごとく、スタンドに結構な人数が集まりだしてしまった。

 

「―――――参ったな、これは」

自分の知名度を甘く見ていた青葉は、もはや隠すつもりもない偵察の多さに苦笑する。

 

「――――県外というのが不幸中の幸い、いえ。いずれ戦うということになると不利なのかもしれませんね」

 

試合は開始からサイド攻撃が主流となった江ノ島ペースだった。

 

「奴にスピードを出させるな!!」

 

「乗られたら終わりだ!!」

 

相手の陣形は4-4-2のフラット型。高校サッカーでは珍しくないフォーメーションであり、CMFとLMFがRMFの宮水を徹底マークしていた。

 

「――――いきなりダブルチーム、ね」

 

ドリブルを仕掛けず、突破を図らない青葉は、ロングボールを上げたのだ。

 

 

無造作に前にけりだしたボールは空中で弧を描き、アーリー気味のクロスであることを示した。

 

「なっ!」

 

―――――この距離でっ!?

 

ダブルチームでドリブルを防ぎに来た相手選手はその意表を突いた早すぎる判断に驚愕する。

 

その中央に待つのは、大型ストライカーの工藤。

 

滞空時間の長い、高いクロスボールに合わせるのは容易だった。

 

キーパーの手も届かない打点の高いシュートがゴールに吸い込まれていく。

 

 

「ちょっと芸がなかったかな」

 

涼しい顔でアシストを決めた青葉は自陣へと戻っていく。その姿に呆然とする相手選手。

 

前線のフィジカル自慢を二人相手にしながら、アーリークロスも警戒しなければならない状況。

 

さらには真ん中にキラーパスの名手、荒木、そして優れたロングフィードを備える織田。

 

 

この試合青葉はドリブル突破を一度もせず、フェイントで距離を取る程度でとどまった。その代わりに精度の高いクロスボールで得点を演出し、

 

江ノ島イレブンはセカンドボールを拾い波状攻撃を仕掛ける。

 

相手は青葉のドリブルを警戒して前に行くことが出来ず、一方的に押し込まれて沈黙。

 

静岡でも強豪と言われた富士宮南を相手に9得点を奪い完封勝利。アオバへのマークが集中する中、荒木、織田がやりたい放題にパスを通し、FWにボールを供給。

 

工藤と火野が仲良く2得点を上げ、二人に代わって途中出場の高瀬と逢沢もしっかりと得点を奪うなど攻撃陣は順調。

 

サイドアタッカーの兵藤もこぼれ球を押し込み、青葉は課題のミドルシュートを叩き込み、1ゴール4アシストの活躍。

 

ドリブル突破が武器と言われた青葉がドリブルをせずにゴールに関与する。半ば手枷をはめられたような状態でも止めることが出来ない。

 

否、止めても無駄ということを外部に見せつけた。

 

「あ、あれが……宮水青葉」

 

「出鱈目だ。何だ、あの精度のクロスボールは」

 

「ドリブル以外もできるなんて、どう止めればいいんだ」

 

「だが、静岡の県内のレベルで奴のドリブルは前に動かない。奴のドリブルも早熟だったということか?」

 

「なるほど。ドリブルのレベルがダメだからこそ、クロスボールに力を入れたんだな。」

 

「しかし、そう簡単にその憶測を信じていいのか」

 

青葉の消極的なプレーに困惑する偵察班。あの宮水青葉のドリブルが衰えたとは思えない。

 

不信な目で見ながら、一同は青葉の姿を見つめることしかできなかった。

 

 

「―――――――かなりストレスが溜まる展開でしたが――――」

珍しく不機嫌な青葉。ドリブルを縛っていた彼は、クロスボールとミドルレンジでの攻撃しか参加できなかった。

 

 

「――――青葉君の突破力を封じられた際の、オプションでどう動くか。ドリブルだけを縛ってもこれではね」

君のクロスボールを考慮していませんでした、と岩城は朗らかに笑う。

 

しかし、チームにとっては新しいパターンが出来た。青葉の突破力が封じられた際のオプション。

 

だが岩城はあえて尋ねる。もしドリブルを解禁したのなら、彼はどこまで前に進めたかを。

 

「―――――で、静岡のレベルで君のドリブルはどこまで食い破れますか?」

 

 

「少なくとも、ボールはゴールを脅かせるほどの距離まで動きます」

 

冷静に、青葉は単独での自分の突破だけではなく、チームとしてボールをゴール前まで運べると断言して見せた。

 

「―――――ここで単純にエゴすら出さないとはね。末恐ろしいよ」

 

何処までも勝利を目指す彼のプレースタイルに、獰猛な笑みを見せる岩城。

 

 

静岡の強豪校を相手に大勝を喜ぶイレブンとは違い、リアクションを出さない青葉。

 

大差がつき始めてから青葉は感情の起伏がなくなり、淡々とプレーをしていたように見える。

 

――――高校サッカーでは、君は―――――

 

 

スポーツでは、その強すぎる才能がルールすら捻じ曲げてしまうことがある。サッカーでそこまでのことは万が一起こり得ないし、まだアマチュアでの試合。

 

しかし―――――

 

 

強すぎる力が、江ノ島高校を捻じ曲げてしまうのではないかという不安。

 

かつて、背番号7にチームの命運を託したクラブチームがいた。

 

 

その背番号7の消失とともに、チームは低迷。一部リーグから二部リーグにまで落ちた。

 

立て直しを図ったそのチームは、一部にこそ上がったが、かつての輝きを取り戻すことはできないでいる。

 

―――このまま彼がいつまでもいるわけではないのです。

 

岩城は、だからあえて青葉に得意のドリブルをさせなかった。縛りというものを嫌っていた彼が、そうせざるを得ないほど、宮水青葉の存在は劇薬なのだ。

 

――――遠くない将来。彼は日の丸を必ず背負う。

 

早ければ年内にでも中心選手になるだろう。スターダムを駆け上がり、一気に名乗りを上げるだろう。

 

世界の頂点を掴む逸材が、この島国にいるのだと。

 

 

その夜、

 

 

 

 

「まさか、自主練習に付き合ってくれ、とはね。毎週の秘密特訓では飽きたのか、高瀬」

 

 

「今日の試合。すべてお前のクロスボールが俺の頭にやってきた。俺は高さだけの選手で終わりたくないんだ」

闘志を燃やす高瀬。この試合でも活躍を見せたが、まだまだ自分に満足していない。むしろ自分に対する不満が膨れ上がったかのような様子だ。

 

「僕も、しっかりとデュエルの力を伸ばしたい。手伝ってくれるよね、青葉!」

 

ドリブル突破という技術を得るために、なりふり構わない逢沢。美島がいないこの状況、駆は青葉というドリブルの名手に教えを乞うていた。

 

 

「―――――練習だから失敗してもいい。まずは反復だ。実戦さながらの意識でやれば、今のままではどんなに練習しても意味はない。」

目の前の選手を抜こうとしている。自分の癖、自分の足元の技術を不安に思う時点で、彼は癖を直すことはできない。

 

その根本の原因。足元の技術に対する不安を払拭しなければ、どうにもならないことを知らない。

 

「でも――――僕には」

その眩しさにあこがれる駆は、焦る気持ちを抑えきれない。

 

「焦るな。それが一番の王道にして近道。地味な練習をして、勝敗抜きでボールを追いかけるのが上手くなる一番の方法なんだ」

 

 

その説明に納得したのか。高瀬とともにドリブルの練習に取り組んでいく。そしてすぐに知ることになる青葉。

 

――――足元の技術はある。なるほどメンタルか

 

 

自分の技術を信用していない。そのメンタルがボールを見る癖の原因。

 

 

彼に駆け寄り、青葉は彼とのマッチアップのトレーニングに誘う。

 

「イメージしろ。相手は半身の自分に横からやってきている。相手は右の跨ぎに反応しなかった」

 

「!!」

 

「その先はどうする? 俺がその動きを再現しよう」

 

逢沢の横についた青葉。

 

「ドリブルは組み合わせと相性がある。ドリブルは万能ではない。ピーキーなものなんだ。」

 

ドリブルフェイントはそれぞれがピーキーな代物だ。そのフェイントがあれば抜けるというものではない。相手の裏をかくことで、初めて真価を発揮する。

 

――――選択肢を増やせ、駆。そして使いこなせ

 

 

一歩ずつ、一つずつ。フェイントを知り、己を知り、その先の未来を読み取れ。

 

 

「どのようなルートで相手を抜く? ディフェンスの穴を見つけるのと同じだ。相手の重心という穴を見ろ。絶対に目を逸らすな。ボールではなく、戦っている相手を見ろ!」

 

駆の右の跨ぎを見せて強引に左からの右への方向転換にしっかりと着いた青葉。そこから青葉はあえて一つだけの穴を見せた。

 

 

試合でなら彼が絶対にしないであろう穴を意図的に作った彼に対し、逢沢は気づいた。

 

 

トンっ

 

 

青葉の股をくぐっていくボールと、そこへ向かう駆。しかし――――

 

 

「惜しかったな」

 

「あっ!」

 

青葉に前に体を入れられ、惜しくもドリブル突破ならず。しかし駆は止められたにもかかわらず、今までとは違う感覚を覚えていた。

 

心臓が高鳴る。今までにない手ごたえに彼は歓喜する。

 

「――――このように、相手もバカではない。ディフェンスはドリブルコースを誘導し、敢えて穴を見せる時もある。お前にはもう、十分な足元の技術がある」

 

 

青葉は駆に向き直る。

 

「今、お前はボールを見ていなかったぞ」

 

興奮していたのか。駆もボールを見ていた感覚ではなかった。止められはしたが、癖が治った。

 

「ああ。確かに今は全くボールを見ていなかった。一瞬ぬいたと思ったぞ」

高瀬も今までのドリブルとは違うと断言する。

 

―――彼にどういった過去があったにせよ。彼に足りないのは自信だ。

 

努力もしている。決定力もある。足元の技術も平均以上。欠けていたのは自分への信頼。

 

―――成功体験が、人を変えていく。

 

「まだまだ甘い。今回はターン系のフェイントを見ずに出来ただけだ。次はダブルタッチだ」

青葉のレッスンは続く。

 

「はいっ!!」

 

「俺も忘れるなよ!」

 

 

特訓に精を出す三人。それを陰から見守る存在がいた。

 

――――そう、だったんだ。

 

 

その弱点を何度直そうとしても、なかなか治らなかった癖。一部とはいえ、彼はドリブルを克服しつつある。

 

彼は駆を短い期間で見抜いていた。それこそ、サッカーに関して言えば自分よりも深く。

 

ドリブルを最初からできる自分には、わからなかった。

 

ターン系のドリブルと、ダブルタッチをものにした駆。次はシザースをする勢いだったが、時間が来たので終了となった。

 

「―――――なんだか今まで見えてこなかったものが見えてきたような気がする。ありがとう、青葉」

 

自分以外に向ける満面の笑み。あの笑顔は今まで自分にしか見せていなかった。なのに、

 

「気にするな。俺は努力し、闘志を隠さない選手は好きなんだ」

 

まるであの人のような笑みを浮かべる彼に、嫉妬を覚えてしまった自分が情けない。

 

――――私が変に指導しないほうが、いいのかな

 

駆と高瀬が意気揚々と帰った後、自動販売機で水を買う青葉。そのまま宿舎へと戻るかに見えたが、突然止まった。

 

 

「―――――出てきてもよかったんだけどな。」

 

「!?」

 

青葉は既に何もかもお見通しだった。観念したとは違うが、物陰から出てきた美島。

 

「――――悪かった。」

 

頭を下げる青葉。突然のことに戸惑う美島。

 

「――――えっ?」

 

 

「――――駆から聞いている。いつもは美島さんと練習をしているのだと。だから、その時間を奪ってしまったことを申し訳なく思った」

駆から美島と特訓をしているという話を聞いている青葉。彼女がなぜ彼と特訓をしているのか、付き合っているのか。

 

想像するまでもない。自分の隣にもそんな顔をする人がいるのだから。

 

自分ではない誰かに恋をする表情をする幼馴染。二度と会えないと言い、話しても意味がないと何度も話す、彼女の想い人。

 

彼女には、その想い人がいる。今そこにいるのだ。

 

 

「で、でも駆はドリブルの癖を少しずつ克服していっています。宮水さんとの練習で、確実に駆は――――」

 

 

「――――律儀だな。美島さんは」

柔らかい笑みを浮かべる青葉。嫉妬や寂しさを覚えても仕方ない。なのに、それをぶつけてこない。

 

優しく、彼を想う気持ちの強い少女の綺麗な心を想う青葉。

 

「そんなに逢沢駆は気にかかるのか?」

 

 

「え、えぇぇ!? そ、それはぁ………」

言葉に詰まる美島。淡淡としている彼女の様子は貴重だが、見世物ではない。

 

――――自覚しているのか、そうではないのか

 

案外、どちらも苦労するのだろうと思った青葉。

 

「確かに、彼は弟のような奴だからな。そして美島さんは彼にとって世話焼きの姉のような」

一応助け舟は出そうと思った彼は、恋愛方面ではない方面の言葉で表現する。

 

「な、なななっ!!! そ、そう!! そうなんです!! 昔から駆はちょっと気になって――――!」

 

クラスのアイドルも、気になる男子の前では形無しだな、と青葉は思う。

 

「もう夜は遅い。今日は一日が長かっただろうから早く寝たほうがいい。」

 

その後、逃げるように顔を赤くしながら立ち去っていく美島。

 

「―――――あぁ、もったいないことをしたな」

 

きっと中塚などは、颯という少女がいながら何を考えているのだろうと憤るだろう。

 

 

「違う。俺と彼女はそういう関係ではないんだよ……」

 

小野寺颯は、自分ではない誰かを強く想っている。きっともう振り返ってもらえない。そんな彼女を知ったのは去年。

 

あの彗星が落ちた日。彼女は誰かを想うようになっていた。ゆえに、自分の初恋は破れたのだと悟った。

 

だからこそ、なぜ彼女は江ノ島高校に来たのかがわからない。なぜ自分の将来を気に掛ける。

 

 

なぜ彼女は空を見上げるばかりなのだろうかと。

 

 

どうして自分を見て、寂しそうな顔をするのだろう。

 

「なるほど。見え過ぎるというのも考え物だな」

 

 

 

いつからか、自分の眼は見えなくていいものまで見えてしまう。

 

 

そのきっかけは言うまでもない。彗星が落ちた夜からずっと変なのだ。

 

 

自分の眼はこんなに良かったのだろうかと。以前よりも動いているものがよく見える。とても鮮明に、デジタルカメラできれいに映る写真のように、動画のように。

 

そして一番の異変は自分の夢の中で現れる、自分の未来ではないかと思われる存在。

 

 

朧げな記憶の中で、それが自分の未来の姿だというのが分かった。何となく、そうだと思ったのだ。

 

彼とできるのはサッカーのみ。彼との一対一の真剣勝負。それは悔しさと痛快さを感じさせる時間なのだ。

 

――――未来の俺が伝えたいこと、とか

 

あまりにもオカルトチックな話だ。まるで姉とその彼氏の入れ替わりの様ではないかと。

 

「カタワレ時。入れ替わり。そう言えばそんなこともあったな」

 

見ず知らずの男が姉と入れ替わりを起こして、姉曰く糸守町を救ったという滑稽な事実。

 

空想であるならば、あの日彗星が落ちることをどうして予期できたのか。その説明がつかない。

 

だが、何かを忘れているような気がする。

 

―――――何かが抜け落ちている。そうだ、颯の顔だ。

 

 

誰もが生存を喜んだあの夜。彼女だけは喪失感を隠そうとしていた。喜びの影で何かを失った、等価交換の現実を思い知らせる光景。

 

颯は何も言わない。意地でも教えてくれない。

 

「貴方は―――――俺に何を伝えたいんだ?」

 

夢の中で出会う、自分にとって生きた教材。なぜ自分に自らの技術を見せてくれるのだろうか。

 

――――もっと彼の技術を会得すれば、わかるかもしれない。

 

もっと彼の動きを真似れば、

 

もっと彼のようなプレーが出来れば、

 

――――もしかすれば、貴方を理解できるかもしれない。

 

 

今夜もまた、彼に出会う。深夜を過ぎた青葉だけのレッスン。

 

 

————ああ。俺は楽しみなんだ。この瞬間に貴方とサッカーができるのが

 

 

誰にも悟られることのない、秘密の特訓だ。

 

 

 

———————————翌朝

 

 

 

「くそっ、また一本取れなかった………」

 

 

何かに悔しがる青葉の姿がそこにあった。しかし、また新しい発想を思いついた彼は、試合で試そうとうずうずしているのだった。

 

 

 

 




第七話からお願いします




初代青葉「まだまだ、勝ちは与えられないね」

傑「スパルタだな、お前も」




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夏の総体予選編
第八話 乖離する騎士


第七話から読んでください…筆者の話数出し忘れです…


静岡合宿を終え、江ノ島高校サッカー部にとって、初の公式戦がやってくる。

 

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 沢村

CB  4番 海王寺

CB  5番 三上

RSB 3番 八雲

DMF 6番 織田

DMF 7番 兵藤

LMF18番 的場

RMF 8番 宮水

OMF10番 荒木

FW 13番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)16番藤堂、19番李、(SB)17番中村、12番桜井、(CB)14番錦織、15番不動、(MF)、(FW)、20番逢沢、11番工藤、9番火野

 

 

4-2-3-1の陣形で初戦に臨む江ノ島イレブン。司令塔には荒木、右サイドは宮水、左サイド的場。ワントップは高瀬。後はいつもの陣形。

 

FW登録ということになっているが、逢沢、火野はサイド適正もあるという岩城の観察眼から、サイドでの交代枠を確保している。

 

二列目からの飛び出しを狙うチーム方針であるため、駆の裏へ抜ける動きは有効なのだ。火野も器用な選手なので十分にサイドを張れる。

 

 

相手は県内でもベスト16にも入る強豪校の一つ。しかし江ノ島と同様全国からは遠ざかっている古豪でもある。

 

 

しかも江ノ島高校にはあの男がいる。

 

 

詳しい情報や映像こそ手に入らなかったが、静岡屈指の強豪と謳われた富士宮南高校が9対0で惨敗を喫したことは関東のサッカーで知らぬ者はいなかった。

 

曰く、

 

ドリブルをしない宮水青葉に蹂躙された。

 

面白いくらいにパスが通る。フィジカル自慢に圧倒された、などなど。

 

つまり、青葉の代名詞であるドリブルを見せずにあの強豪が蹂躙されたことになる。

 

 

観客の怖いもの見たさの感情と予想はすぐに現実のものとなる。

 

 

江ノ島は開始早々からポゼッションを有利に進め、相手強豪校を押し込む展開が続く。

 

しかし、開始から8分が経過したときのことだ。

 

 

右サイドの宮水にボールが渡ったのだ。小刻みなステップからSBを翻弄する青葉。じっくりと右サイドに侵入する彼に対し、半身の姿勢で縦を切りながらプレスをかけに行くが捕まらない。

 

――――このっ、ステップが早すぎる

 

トンっ

 

インステップオーバーからのドラッグシザース。大きなモーションからのフェイントでぐらついたディフェンスを、今度は小さいモーションで早いフェイントであっさりと抜き去った青葉。

 

相手SBは体勢を崩し、転んでしまった。

 

 

――――なんだよ、今のシザース!? あんな、あんな……っ!!

 

 

そのままカットイン。スピードに乗ったこの動きに付き切れる選手はおらず、ゴール前での疾走を許してしまい、そのまま―――――

 

 

豪快なシュートがサイド左側のサイドネットを突き刺したのだ。

 

 

「――――――まずは一点。次だ」

そのゴールにニコリともしない青葉。冷静に次のプレーについて考える彼の姿に恐ろしさを感じる相手チーム。

 

――――あ、当たり前だっていうのかよ!?

 

当然だとプレーだと言わんばかりの態度に衝撃を受ける一同。

 

さらに―――――

 

 

そう何度も―――――

 

 

織田からまたしてもロングパスを受け取った青葉はそのまま縦へのドリブル。

 

――――カットインか!?

 

このまま先ほどのフェイントのように入ってくるのか。

 

 

しかし、カットインと見せかけたシザースを見せて、ルーレットで距離を取る。

 

――――クロスが上手いのは知っている!! 上げさせるか!!

 

 

 

縦を切ろうとするSBだったが――――――

 

 

「―――――なん、だと―――――」

 

 

その瞬間、ベンチにいた美島も驚いてしまった。その彼女は、思わず立ち上がって息をのむ。

 

「うそ……っ!」

 

それは自分のかつての代名詞で、彼が今見せているフェイントは全く違う意図を感じさせるもので――――――

 

 

――――なっ!?

 

その時、ピッチにいた選手を含め何が起きたかを理解できなかった。それを知るのは目の前のドリブラーのみ。

 

 

――――相手は、縦に切った相手を見失ったからこそ、驚いただろうな

 

 

否。その数秒後にその現象を理解したのは青葉と荒木のみだった。

 

 

目の前のディフェンダーはマルセイユ・ルーレットを警戒して縦をケアしたつもりなのだろう。しかし、縦を塞がれた選手に突破を許してしまった。

 

しかし、青葉はルーレットによる突破ではなく、前を向いた瞬間に鋭く直角に切り返したのだ。この急な方向転換に相手はついていけず、一瞬で振り切られてしまう。

 

しかも、よどみなくその動作が行われており、気づいた時には振り切られているという凶悪さ。

 

 

 

青葉に圧倒された相手選手は、ファウルで止めることも出来ずに抜き去られてしまう。

 

 

「何が起きたッ?! あのルーレットは――――」

 

まるで悪魔のような、理不尽なルーレット。

 

 

そのまま突破する青葉は続くCBを相手にも先ほどと同じ体勢を取る。恐らく今と同じターン系でシュートコースの開いた場所へ移動したいのだろう。

 

 

――――これ以上好きに――――っ

 

 

ト、トンっ

 

「させる―――か?」

 

 

ターンなど使わない。ドラッグバックからのプッシュで簡単に振り切った青葉は、ニアサイドをケアしていたキーパーの逆を突き、広大なファーサイドに左足でシュートを突き刺した。

 

 

ペナルティエリア内で敵陣を完膚なきまでに切り裂いた青葉。

 

 

前半まだ20分過ぎの時間帯で立て続けにスーパーゴールを決めて見せた。

 

「――――うん。これで流せるかな」

 

一応のセーフティリードと、右サイドの怖さを見せつけた青葉。そしてこの右サイドの切込みは、以降に当たるライバルたちへの威嚇。

 

 

自分一人でここまで切り込んでいけるぞという脅し。

 

 

そして彼はそれ以降の前半を、最初の20分で見せたような激しいドリブルを見せず、淡々と守備と攻撃の組み立てを行うようになる。

 

相手も迂闊に前に出ることも出来ず、人数をかけてシュートコースやドリブルコースを阻もうとするが―――――

 

 

「いいのか?」

 

青葉は尋ねずにはいられなかった。

 

 

ゴール前に自分と同等の、理不尽な存在がいるのに放置してもいいのかと。

 

 

高いクロスボールを上げる青葉。そのクロスボールに合わせるのは―――――

 

「ふんっ!!」

 

頭で落としポストプレーを成功させる高瀬。その落とした先には――――

 

「へっ、俺もそろそろ混ぜろよ!」

 

荒木がダイレクトミドルシュートでゴールネットに突き刺す。立て続けに失点を喫した相手チームに、もはや戦意は残されていなかった。

 

「な、なんだよ。あいつ――――」

 

「あんなの、どうすればいいんだよ―――――」

 

 

前半の30分で3失点。江ノ島のエースは早くも流すようなプレー。しかしボールは絶対に渡さない。

 

前半が終わって4対0となりハーフタイム。前半35分にさらに青葉の落としから八雲のミドルシュートがキーパーの手から零れ、こぼれ球を高瀬が押し込み追加点。

 

圧倒的なスコアで前半を折り返すことになる。

 

 

「凄いな、あのドリブル。難易度の高いフェイントが出たと思えば早いフェイントで抜き去る。コンビネーションがすごいじゃねぇか」

兵藤も、右サイドを蹂躙した青葉の出来に舌を巻いていた。

 

「まずは前半にいろいろ怖さのあるプレーをする必要がありました。八雲さんには無理を言ってオーバーラップを控えていただきましたが、それなりのことは出来たと思います」

 

「まあ、俺がいたらもっと凄いことをしようとしただろ?」

八雲も、前半中盤辺りに見せたルーレットと見せかけたフェイクパスを見せ、バイタルエリアで八雲をフリーな状態にしてボールを渡したことについて言及した。

 

「あそこは緩く抜くと思ったが、中央に何となく走りこんでいた俺に渡すとはな」

 

「気持ちいいですよ、ミドルシュートを放つのは。ぶち込むのは、中々に爽快です」

青葉のサディスティックな言葉に一同は驚き、

 

「生意気言いがやって♪ この野郎♪」

八雲が笑いながらちょっかいをかける。

 

「しかし、多彩な攻撃が相手のディフェンスを翻弄しているのは事実だ。お前の存在がディフェンスラインを崩し、皆が攻めやすくなっている」

沢村も逆サイドから最初のゴールを見ていたが、あれは高校では時々あるかないかのスーパーゴールだ。

 

それを簡単に決めて見せた青葉が味方でよかったと思えた沢村。

 

「では、後半からは十分に点差が開いたので青葉君には途中で退いてもらいます」

 

「いわゆる温存ってやつか。」

荒木は納得の言った顔で理解する。

 

「荒木君はフル出場です」

 

「へ、へへ。マジかぁぁ」

 

 

後半の20分過ぎに予定通りに岩城が動く。

 

「後は任せるぞ、駆」

 

「うん。任せて、青葉!」

 

その後、後半途中で青葉は交代し、前がかかりになった相手チームに手ひどいカウンターを浴びせ続け、そのまま試合終了。

 

試合は7対0と江ノ島高校の圧勝。

 

 

途中から入った駆は運動量で相手にチャンスを作らせず、左サイドの的場のクロスボールのこぼれ球に反応し、さらにゴールを奪う。

 

 

そして成長のあかしを見せたこのワンプレー。

 

 

サイドに流れた駆が敵SBに外側に追い込まれた際のプレー。

 

ト、トン、トン

 

ここシザースからのダブルタッチ。自信をもって相手を見た駆が冷静に逆を突いて突破。そのシュートは惜しくも外れたが、手ごたえを感じたプレーだった。

 

 

「凄い……駆がドリブルで――――」

 

「あの弱点が消えていますね。まだまだほかのフェイントは厳しいでしょうが、使えるフェイントが増していけば、さらに突破力が増すでしょうね」

 

美島と岩城も、サイドアタッカーとしての適性も見せ始めた駆に喜ぶ。

 

―――純粋種のストライカー。惜しむらくはそのフィジカルか

 

運動量が多く、決定力もある。足も遅くはなく、ドリブルの技術も向上した。

 

しかし、高瀬、火野、工藤といった高さのあるストライカーがこのチームには揃っている。

 

いわば、サイドアタッカーでありながら、セカンドトップ。シャドーストライカーといえるような存在。

 

これでさらにプレーの判断力が良くなっていけば、ストライカーではなく

 

 

一瞬、その名選手の幻影が映った岩城。しかし慌てて首を振る。

 

 

――――まさか、そこまでの可能性があるというのか。

 

 

続く試合でも、逢沢は目の覚めるようなシザースで一人を抜き、素早くシュート。途中出場の右サイドで再び得点を奪う。

 

一方、運動量が全く落ちない右サイドを封殺された相手チームは、必然的に左サイドと中央を狙おうとする。

 

しかし、守備の意識がやや欠けている荒木を除き、的場の守備力が失点につながらないものの、少し危ないシーンを発生させているのも事実だった。

 

この2回戦では途中で修正したので、そこまでの問題はなかったが、体力が必要となるサイドハーフであれだけの運動量を誇るのは逢沢と宮水ぐらいで、

 

通常は交代要員を考えなければならないポジションだ。だからこそ、岩城は大差がついた時点で宮水でさえ下げる。

 

2試合連続大量得点で快進撃を進める。

 

「―――――――――――――」

美島は、青葉の繰り出したあのターンを見て未だに驚きを隠せない。本人に聞いても、

 

 

「―――――とっさの判断かな。ルーレットで縦に行こうと思ったけど、案外食いついてきたからカットインできそうだと思ってね」

 

高瀬君の高さが活きたかな、と笑顔の青葉。

 

あっさりと、そう言ってのけた彼に選手として、嫉妬してしまった。

 

――――あんなルーレット、見たことがないよ……

 

 

逢沢駆のドリブルの短所を正確につく観察眼に、優れた戦術眼。そして瞬時の判断の良さ。

 

 

これだけ真ん中の適性を備えていながら、彼の適正ポジションはサイドアタッカー。

 

この試合で見せたカットインは他校にとっては大きな脅威となるだろう。

 

 

まさに高校生離れした能力。さすがは世代最高のサイドアタッカーと言われただけはある。

 

彼はどこまでドリブルを備えているのだろう。

 

「ねぇ、どうしてそんなにドリブルを思いつくの?」

唐突な質問。彼女は聞かないわけにはいかなかった。

 

その変幻自在のドリブルを生み出す秘訣は何なのか。

 

「――――昔から颯と一緒に山でボールをけり続けていた。雑誌を小遣いで買って、いろんな技に挑戦して、見せ合いっこして。」

 

懐かしいなぁ、と笑う青葉。

 

「俺が勝ち続けると、俺以上にフェイントを調べて、知らないフェイントで俺を抜くんだ。それが悔しくて俺もフェイントを真似て、あっと言わせて―――――」

 

「クタクタになるまで遊び惚けていたな」

純粋な笑みを浮かべ、その思い出を回想するのだった。

 

「だから、おれがドリブルの名手とか言われているのは、半分はあいつのおかげ。たぶん、あいつがそう言われたら、俺と同じことを言うと思う」

 

 

ライバルであり、一番身近な人。そんな人と、心行くまでサッカーで遊び続けていた。あのなでしこで見せた男子とそん色ない力強い走りに、多彩な鋭いフェイント。

 

 

合点がいった。颯にとってのスタンダードは、青葉なのだ。そして、彼にとってのライバルは、颯だったのだ。

 

 

「颯は凄い。もう世界の舞台で戦い始めている」

遠い目で、青葉はつぶやいた。まるで羨ましそうに彼は語る。

 

「けど、このチームの為にも、まずは総体制覇。これ以外のことは考えたくない。」

強い意志を感じさせる、青葉の江ノ島への想い。

 

「――――もし仮に、世代別代表に選ばれても?」

意地悪なことを聞いてしまう美島。もし、本選のタイミングで少々がかかった場合

 

 

「―――――――意地悪な質問だな、君は」

少し言葉に詰まる青葉。彼の若干狼狽えたような顔は珍しい。

 

それが何だか面白く、美島は笑ってしまう。あんな凄い活躍をする人でも、やはり年相応の反応を見せるのだと。

 

「ごめんね。答えづらかったよね?」

気を遣うように

 

「その時になって考えるさ。颯もフル代表のリザーブに選ばれて、最初は緊張しっぱなしだったからね」

 

朗らかに笑う青葉。彗星が振った夜を迎えた年の、秋ごろの話だ。

 

「――――そして美島さんも、悪くない実力を備えているとみた。」

 

 

しかし一転して鋭い目で彼女を見据える青葉。それだけの実力を持つ経緯もさることながら、なぜ動かないのか。

 

「――――それは」

言い淀む美島。詳しい経緯を知らないはずの彼にも見透かされている。それが怖い。

 

彼のような一流選手に失望されるのが嫌だった。

 

「悩んだら、成しとげたいと思える選択をすればいい。」

 

 

「――――何のために、何を目指してサッカーをやってきたのか。今何がしたいのか。部外者の俺が答えを持っているわけではない。どんな形であれ、俺は君のことを応援したいと思っているからね」

 

彼女が本当に成し遂げたいこと。それは――――――

 

「―――――ありがとう、宮水さん。悩みながらでもいいなら………それでも私は、このままを辞めたい。」

 

 

彼女の為したいこと。それは――――――

 

いつの日か、男女でワールドカップを制覇すること。司令塔の傑がいて、騎士となった駆がいて。

 

自分はなでしこでチームを引っ張る存在になるのだと。

 

傑はもうこの世にはいない。しかし、その夢は息づいている。駆と、駆の中に。そして彼女自身の中に。

 

 

 

美島が決意した表情でその場を後にすると、青葉はひとり呟いた。

 

「―――――お前がそこまで言う選手なんだな、彼女は」

 

彼女は言っていた。小さな魔女の力は、なでしこをレベルアップさせると。

 

 

 

後日、

 

 

美島は一つの決断を選んでいた。

 

 

 

「遅れてきた小さな魔女。彼女の背を押したものは何?」

日本期待の若きなでしこのエースは、現なでしこエースに尋ねられる。

 

 

「―――――夢ですよ、一色さん。美島さんにも譲れない思いがあったということです」

 

 

SCフランクフルトとの強化試合。行われた代表召集のリストの中に、日本ではほぼ無名の女子選手の名前があった。

 

 

同世代には群咲舞衣、小野寺颯といった幼少のころから実力を見せてきたタレントではなく、ずっと灰被りのままだった少女。

 

美島奈々。ほとんどの情報がなく、経歴だけを見れば素人同然とみられてもおかしくない存在。

 

当然、五島監督の責任問題にもなりかねないサプライズ選出。

 

 

サッカー通はすぐに彼女の経歴を漁り始め、すぐにその理由を知ることになる。

 

アメリカで名を馳せた、一瞬の輝きを放った存在と、彼女が同一人物であること。

 

小さな魔女――――リトル・ウィッチィ

 

しかしその情報が非公式ながら明るみに出ても、批判の声はかき消されない。

 

 

もう彼女は後戻りすることはできない。この批判を変える方法はただ一つ。

 

「ここで潰れないよう、私が必ずフォローする。ようやく決意した美島さんに、いきなりこんな舞台を用意してしまった。」

彼女のセンスは、下らない批判で潰されていいものではない。そしてこんないきなりの大舞台で、彼女は片道切符を手にすることになった。

 

その背中を押した一人として、絶対に彼女を守る。

 

「―――――気負い過ぎないでね、颯ちゃん。貴女の悪い癖よ」

 

 

「一色さんこそ。いつもカッコイイ姿しか見ていませんし、たまには隙を見せてくださいよ」

 

「ふふふ。まだそんな人は隣にいないのよ。悲しいことにね……」

 

ブラックな自虐ネタをぶっこむ一色。それに対して苦笑いの小野寺。

 

 

小野寺が部屋に戻った後。一色は彼女のことについて考えていた。

 

 

潜在的に颯が何かに囚われている、そんな傾向にあると直感で悟っている一色。今までいろんな選手を見てきた中で、彼女は常にプレッシャーと戦っている気がした。

 

そしてそれは、おそらくサッカーに問題があるわけではない。

 

――――貴女の悩み。そこまでのものなの?

 

 

以前、堪らず聞いた時があった。その焦燥感の原因は何だと。味方との連携も悪くなく、最善手を打つ。しかし――――

 

――――あの年齢の私は、もっとサッカーを楽しんでいたわね

 

颯と同じ年齢の時の彼女は、もっとサッカーをどん欲に求めていた。年不相応ながむしゃら感が彼女にはない。

 

 

これは、私が一生抱える秘密なんです。私だけが知る。教えちゃいけない秘密なんです

 

 

そして彼女は、高校のチームに参加せず、直接プロのチームに所属している。女子サッカー部の存在もない江ノ島高校という学校だ。

 

 

そこにはいま、高校サッカーで話題を浚うあの男がいる。奇しくも彼女と同じ同郷の者。

 

 

日本の若きフェノーメノ 宮水青葉

 

 

「―――――やめ、ね。これ以上考えても」

 

分からないことはわからない。何しろ判断材料も少なすぎる。彼と彼女が浅からぬ縁というのは知っている。だが、なぜ彼女はあんな顔をするのだろう。

 

失恋、なのかもしれない。都会に出た青年が恋の一つや二つに惑わされても何ら不思議ではない。もしかすれば彼女に近しい彼との仲があんまりうまくいっていないのかもしれない。

 

中断しようと思っていた一色だったが、唐突に思い浮かんだ仮説が真実味を帯びているような気がしてならない。

 

――――颯ちゃんの初恋が実ればいいわね

 

そして勝手に自己完結してしまう。すっきりした一色は、明日の試合に備えてしっかりと睡眠をとる。久方ぶりの快眠だったという。

 

 

 

 

 

 

 




初代青葉「—————」

傑「その、なんだ。元気出せよ、青葉」



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第九話 見習い騎士の葛藤

なんだかんだ、思ったこと。

駆君は、二世選手であることに悩んでいた某投手(筆者が前に書いた作品の主人公)に似ている気がする。

違うのは与えられた環境ぐらいでしょうね・・・





公式戦を戦う江ノ島高校にとっては、ある意味驚いたというか、「ああ、そんな気はしていた」というような出来事だった。

 

彼女が再び表舞台に立ったという記事は、特に逢沢駆の闘志を燃え上がらせていた。

 

「セブン……」

その記事を見て駆は悔しそうにしていた。

 

 

「でも、まさかだよね。まさかアメリカで逸話を残した小さな魔女が、美島さんだったなんて」

 

的場はそんな彼を慰めるように、この事実に驚いていた。しかし、彼女の技術を見ていた彼には、そこまでの驚きがなく、不思議な感覚だった。

 

――――ようやくあるべきところに戻った、そんな気がする。

 

 

記事の内容はこうだ。

 

――――また新星現る! なでしこの躍進止まらず!

 

――――片羽根の妖精に続く、次世代ヒロインの素顔は高校のアイドル?

 

「なんだよ、片羽根の妖精って。誰のことだ?」

中塚は、難しい言葉を使う記事に頭を悩ませていた。誰を指しているのかがわからない。

 

「その異名は小野寺さんのモノだよ。なでしこの若きサイドアタッカーに名付けられた二つ名」

 

そして、名付けられたのはこのフランクフルト戦終了後のある選手の言葉からである。

 

「な、なんだか凄いね。無茶苦茶かっこいいかも……」

少しだけワクワクしている駆。サイドアタッカーである彼女を片羽根で表現し、妖精の如く敵陣で華麗なプレーを見せる姿を妖精と訳したのだろう。

 

 

試合内容もなでしこのレベルの高さを物語っている。

 

「おっ、動画サイトに試合内容あるぞ!」

FC出身だった三上が動画サイトからなでしこの試合を見つけたので、肩を寄せ合って狭い画面を見ることにした一同。

 

前半開始早々にドイツ代表ミーナ・マイヤーをドリブルで置き去りにし、カットインからの強烈な先制ミドルシュートをお見舞いした小野寺。これが記念すべき代表初得点。

 

「―――――中塚どころか、男子顔負けだよ、これ……」

的場が小野寺の強烈なミドルシュートを見て顔が引きつっていた。

 

「俺のことは余計だっつうの! けど、これ男だったらもっとやばいんだろ? 今のままでも止められる気がしねぇぞ」

その中塚も変にふざけることも出来ずに動画の彼女に目を奪われていた。

 

「まるで、女版の青葉みたいだね……」

駆も、非常にプレースタイルが似通っている彼の名前を挙げていた。

 

サイドからのカットイン。強烈なミドルシュート。精度の高いクロスボールに、敵陣を切り裂くドリブル。

 

サイドアタッカーに求められているもの全てを兼ね備えた存在。

 

 

勢いは止まらず、中盤からのロングボールに抜け出した小野寺が敵陣に切り込めば、たまらず相手がファウルで止める。

 

しかし、このフリーキックでなでしこに追加点。小野寺のクロスに合わせたのは、日本代表のエース一色。トレインのフォーメーションから一斉に散らばり、ニアサイドに突っ込んだ一色が逸らすようなヘディングでサイドネットを揺らしたのだ。

 

 

ドイツ強豪のフランクフルトSCを相手に圧倒して前半終了。さらに、後半から中盤に注目の美島がピッチに現れると、日本代表の衝撃的な崩しが待っていた。

 

 

カウンターから美島のロングボールを貰った小野寺がためを作りながらサイドに展開。中央にFWの井伊が待ち構えていた中、小野寺のクロスボールがゴール前に襲い掛かる。

 

 

その背後からダイアゴナルに走りこんでいたのは、ロングパスの出し手であった美島。

 

 

彼女の右足は寸分も違うことなく、ゴールネットを射抜いていた。

 

 

「後半途中とはいえ、何というパス精度と、その後のシュートだ……」

 

サッカー部の面々が小さい動画に群がっているのを見つけた織田が、横から顔を出してきた。ロングフィードに自信のあった彼だが、そこからさらに動き出しまで狙い、ゴールを奪う彼女と、それを信じた小野寺のプレーに震えていた。

 

「織田先輩!?」

彼の出現に驚く駆だが、彼はそれを咎める気がないようだ。

 

「いつもなら怒るところだが、ここまでのプレーを見ることになると、逆に勉強になる。なるほど、ロングフィードから動いてゴールを脅かす。きっとそれは俺にもできるはずだ」

 

良い参考になったと言い、織田はこの場を去ろうとするのだが、

 

「中々盛り上がっているところだし、最後まで見ておけよ、織田。」

 

そこへ現れたのは、同じく小さい画面を見ていた兵藤と沢村、そして八雲であった。

 

「沢村先輩!? まさか貴方まで――――」

 

狼狽える織田だが、それを手で制する沢村。

 

「この試合。お前には勉強になるはずだ。それに、同校の生徒が活躍している動画だ。俺もそこまで堅いことは言わん」

 

 

後半終了間際に迂闊な横パスをカットされ、ボールを奪った選手であるミーナに得点を許したものの、

 

 

「こ、こいつは―――――」

 

八雲の眼が大きく見開いた。SB中江美奈のオーバーラップを利用した小野寺の巧妙なフェイントがさく裂する。

 

「クライフターン!? パスはフェイク!?」

 

駆が驚いて声を出す。ボランチを抜き去り、そのまま小野寺がカットインするかに見えたが、まだ彼女の眼前には中を絞ったSBがいる。

 

そしてプレーが僅かに止まった彼女に対し、抜かれたボランチが追いすがってきた。せっかくの優位を手放したかに見えた小野寺のプレー。

 

 

そう見えた。

 

 

「なっ!?」

織田が今度は驚いた。オーバーラップした中江へのノールックパス。しかも苦し紛れのクロスボールに見せかけたキックフェイントを使用したラボーナフェイント。

 

不意を衝かれたSBとボランチを無力化した小野寺のアシストに背中を押され、ゴール前のスペースを埋めにかかるフランクフルトの選手たち。

 

そしてそれを埋めさせないとばかりにパスと同時に動き出す小野寺と、マークにつくボランチとSB

 

 

中央からニアサイドに走りこむのは一色。先ほど中央の背後から得点を奪った美島がファーサイドへ。

 

誰に合わせるのか。キーパーがクロスボールを警戒する。その警戒心を利用したなでしこの戦略的な勝利だった。

 

『クロスボール!? ああっとこれはシュートだァァァ!! なでしこ4点めぇぇぇ!! 決めたのはSBの中江!! 日本の多彩な攻めが、ドイツの強豪を圧倒しています!』

 

 

『いいですねぇ。攻撃の判断が実にいいですよ! 先制ミドルシュートでディフェンスラインが下がり、中央で崩しを見せ、最後はロングレンジからの意表を突いたシュート。キーパー前に出ていましたからねぇ!』

 

 

『はいっ! 背の高さを誇るフランクフルトの正ゴールキーパーのアミティエも、このボールには触れませんでした!』

 

 

『このゴールは大きいですよ。個人技で得点したのではなく、チームで得点したシーンですからね。チームの戦術理解度が上がっている証拠です』

 

 

これを見ていた八雲は、SBも攻撃参加する時代であるということを改めて思い知ることになる。

 

前線の動きと小野寺のフェイント、そして中江の瞬時の判断とキック力。その全てが合致した完璧なゴール。

 

「同じポジションとして、こんなのテンションが上がらないわけがねぇ。」

 

 

結局試合は、4対1でなでしこが快勝。強豪チームを相手に2連勝。そしてその前から続く14連勝を含め、16連勝。

 

新戦力を取り込み、進化を続ける彼女らの歩みは今後も止まる気配がなさそうだ。

 

 

ドイツ代表のエースも、日本の超新星である二人についてのコメントもあった。

 

ハヤテ・オノデラは、サイドに舞うピクシーのようだ、と。

 

そして、同じくドイツ代表のクラリッサ・デュルフは彼女について、

 

空から降ってくる片羽根の如く、捉えることが難しいと彼女を評した。

 

その二人の選手の言葉を組み合わせて出来たのが、片羽根の妖精という異名。今後のなでしこを引っ張る存在に劣らぬネーミング。生み出したのは駆け出しのスポーツ記者だそうだ。

 

片羽根の妖精こと小野寺颯は、今後ピクシーの名で暴れまわることになる。

 

 

そして、彗星のごとく現れた美島奈々の衝撃的な活躍は、リトル・ウィッチィという二つ名をかき消す新たな異名を生み出すことになる。

 

 

「――――――っ」

その見事なプレーに興奮していた駆だが、次第に感じていったのは焦燥だった。

 

――――僕は、まだまだ弱い。

 

ようやく個人技を一部出来るようになった程度。シザースとダブルタッチだけでは、いずれ対策をされてしまう。ワンタッチトラップとターン系フェイント。

 

自分には課題しかない。だからこそ、まだまだ成長できると熱く燃え滾っている。

 

――――セブンは、あの夢に一歩ずつ近づいている!

 

自分は少しだけ寄り道をしてしまった。あのころの経験が今の自分を変えたいという力になっているのは理解している。

 

しかし―――――思わずにはいられない。

 

 

もっと早く、自分は目を覚ますことはできなかったのかと。

 

 

その夜――――――

 

 

「――――今日は一段と、闘争心を感じられるプレーだな、駆」

 

 

もはや日課となった青葉、高瀬との合同自主練習。高瀬はそのフィジカルを武器に、落ち着いたプレーにも手を伸ばし始めている。ディフェンス能力も、対人能力限定だと早くもその影響が出始めており、成長著しい。

 

対して、駆はボールを見る癖がほぼなくなりつつあった。目の前の相手に勝つ。先を見る焦りも感じられる。

 

「足元を見ていない。ボールもほとんど見なくなった。だが――――」

 

 

見よう見まねでやろうとした青葉のターンを失敗してしまう駆。

 

「しかし、頭は冷静にだ。惜しかったな、決まればスーパーゴールだったぞ」

 

意表を突かれた青葉だったが、しっかりと体を寄せていた。焦りからボールタッチを誤りバランスを崩した駆に手を差し出す。

 

「―――――ごめん。」

 

 

「いいさ。ガツガツした奴は嫌いじゃない。それに、彼女の決意はお前をさらなる高みに誘うきっかけにもなったようだし」

 

差し出した手を握り、立ち上がる駆にそんな言葉を投げかける青葉。

 

「―――――正直悔しい。なんで伝えてくれなかったのかという寂しさもあるけど、選手として、代表に先に呼ばれた事実が悔しいんだ……」

肩を少しだけ震わせた駆。その表情は険しく、悔しそうだった。

 

「――――男女の違いもあるだろうに。あまり意識するものじゃない。」

青葉はそんなに気にするなと何度も駆に言うが、これ以上言っても意味がないことを悟る。

 

――――悔しくないわけ、ないよなぁ

 

お互い、そんなスーパーガールが隣にいると苦労する。彼の苦悩を理解している青葉。

 

 

「でも―――――うん、そうだね。今僕がやるべきことが変わるわけじゃない、よね?」

自分も代表に選ばれるような選手になりたい。強くなりたいという決意が、彼を熱くさせている。

 

しかし、色々な情報に惑わされてしまうのが思春期の少年だ。駆の語尾がぶれた。

 

「――――先を見据えることは良いことだ。だが、その一歩を疎かにする選手に、先は長くない。一流の選手は、目の前のボールへの執着も相当なものだからな」

 

 

立ち上がった駆に、ボールを渡す青葉。高瀬はそれを見守っている。

 

「――――――来い。その激情の全てをぶつけろ。その闘志をぶつけろ。目の前の相手を打ち負かすのだと心の中で叫べ。」

 

 

「高瀬君が相手になってくれるぞ、はっはっはっ!」

 

 

「え! そこで俺かよ!? 今の流れ、明らかに青葉ではないのか!?」

驚く高瀬を尻目に、駆と彼の勝負を見守ることにする青葉。

 

まだ公式戦2試合。そして練習試合でも彼のプレーの幅が広がりつつあることを感じている。

 

目の前の大柄な選手も臆さず仕掛けられるようになったのは、彼の精神的な成長だ。

 

油断なく相手をどう出し抜くのか、それを考えるようになれば足元を見る暇などなくなる。

 

「このっ!!」

 

 

「っ!!」

 

跨ぎフェイントを入れて、ボディフェイクの左右の動き。また抜きを狙っているように見える彼の動きに高瀬はまた下へのボールを警戒する。

 

 

そして駆の足からボールが蹴りだされる瞬間が来た。

 

――――読んでいたぞ、逢沢!!

 

また抜きを狙う。そう思ってどっしり構えていた。

 

しかし、

 

「っ!!」

 

駆は寸前で足首の角度を変え、右へと加速。中央を警戒していた高瀬の横を抜き去ったのだ。

 

 

「っ!? やられたっ」

 

悔しそうにする高瀬だったが、もう追いつくことはできない。駆に一対一で敗れたものの、今のプレーをどん欲に観察することで、闘争心をたぎらせていた。

 

 

「なるほど、先日の俺を警戒して裏の裏を読んだか」

 

先日、また抜きを狙ったドリブルを止められた駆が自分で考え、編み出したテクニック。

 

「うん。かなり有効なフェイントだと思うんだ。簡単なフェイントだけど、また抜きと合わせてみればいいかなって……」

 

 

組み合わせ、選択肢。簡単なフェイントからでいい。頭を使い、出し抜くことが出来れば儲けもの。

 

 

続く三回戦。相手は初戦のベスト16に比べれば格が落ちるが、それなりの中堅高校クラスと思われる。

 

 

その名は辻堂学園。4-5-1の布陣を基本とするフィジカルとガッツに強みを持つチームだ。

 

神奈川県下の古豪に金星を挙げた段階で予選の中でもダークホース的な扱いを受けていたチームの一つであり、予選会最大の台風の目である江ノ島高校と同じく注目されていた。

 

ついに目を覚ました超攻撃チームか、それとも奇策とフィジカルで突破口を見出せるか。

 

 

その為のミーティングでは―――――――

 

「―――――――――――」

目を細めて、自然体のままの青葉。しかし、辺りはざわざわとしていた。

 

「う、うわぁぁぁ!? 何これぇ!? どうなってんの!?」

ビデオを流すはずが、過去の自分の姿が映った映像がプロジェクターに大画面で映し出され、狼狽する美島。

 

 

 

「だ、だめですって!! みんな見ちゃダメなんですって!!」

駆が盾になろうとしているが、まったく意味がない。気持ちだけで実利が伴っていない。

 

 

駆は何とか彼女の柔肌を隠そうとするが、黄色い歓声に存在感をかき消されていく。

 

 

中塚が美島からマウスを狩り、野郎ばかりの場所へとセンタリング。運悪く織田の額にぶつかり混乱は一応の収拾がついたが、未だに美島は動揺したままだった。

 

 

なお、中塚は織田にこっぴどく怒られた。

 

そして問題の辻堂戦の映像はロングスローで得点を誘発する奇策に一同が絶句。

 

「――――――こんな方法で点を取ってくるのかよ」

 

「いやいや、あのスローイングおかしいだろ。なんつう飛距離」

 

兵藤と紅林が驚きつつその感想を述べるが、それは全員の意見を集約したようなものだった。

 

「とにかくバイタル付近ではケアが必要になるな。」

あの荒木でさえ、警戒を強めていた。

 

全員が相手チームを脅威と考えている中、

 

 

 

「―――――ロングスローが、そんなにも危険でしょうか?」

 

冷たく、無表情のまま青葉が私見を述べる。朗らかで江ノ島サッカー部創設に尽力した求心力のある彼と同じ人物なのかと疑いたくなるような声色。

 

「―――――確かにあのスローイングは脅威ですが、うちのディフェンスが意識するようなレベルではありません。何度でも跳ね返してやりましょう」

 

そして、その唯一の武器を力でねじ伏せようと獰猛な笑みを浮かべる青葉。

 

「だ、だが。あのスローイングは―――――」

織田は、青葉の物言いに異論を唱える。あのスローイングが実際数多の高校を沈めているのだ。それを意識するなというのが無理だ。

 

「確かにすごい。しかし、それだけです。決定力のある選手も、中盤でパスセンスのある存在もいない。フィジカルと守備の統率はなかなかのものですけど」

 

青葉は美島に近づく。

 

「え? え!? ちょっ、青葉君?!」

 

無表情で近づく青葉に対し、狼狽する美島。

 

「何を意識しているんだい? ちょっと映像を巻き戻したいだけなんだ」

 

なんで顔を赤くしているのかわからないといった表情で、パソコンの前に入る青葉。

 

「何かロングスロー以外に見つけたのですか? 青葉君」

 

岩城も、青葉の眼から何かが見つかったのだと確信していた。ここまで彼が行動するときこそ、何かに確信したとき。

 

 

「相手チームは序盤からサイド攻撃を仕掛けており、辻堂の守備はフォアチェックとリトリートを使い分けてはいますが、中央を固めるシーンが多いです。」

 

映像でも相手チームが何度もサイド突破を図ろうとボールをサイドに集めていた。

 

「ここでボールをロスト。このチームには中盤に粒が揃っているにもかかわらず、です。ほとんどのボールロストのシーンで、彼らの足は止まり、挟まれてボールをカットされています。」

 

 

 

「――――つまり、辻堂の真の持ち味はロングスローではない?」

 

 

「木を隠すなら森の中。あれほどの奇策で、本質を悟らせないようにしている。そして、辻堂の守備は基本、相手をスピードに乗せない守備を第一に考えています。こうなると、ドリブラーには辛いでしょう」

 

ドリブラーにとっては有効なリトリート戦術で速攻を封じ、中央を固める。さらに、サイドに追い込むことでパス、ドリブルコースを消し、囲んでボールを奪う。

 

 

 

「―――――サイドでの縦へのドリブルではなく、速攻。アーリークロスを多用した手数の少ない攻めこそ、彼らの守備には有効です」

 

「――――なるほど、アーリークロスの成功率を上げるためには、ターゲットマンが分散するのが望ましい。」

 

岩城はすべてを理解した。辻堂はあえてサイドに相手を誘導し、ボールを刈り取ることでカウンター攻撃を仕掛けている。

 

「しかし、その戦術にはサイドの交代枠を考えなければなりませんね。フルタイムでサイドアタッカーにはスイーパーとして走り続ける必要があります。当日のハードワークはよろしく頼みますよ、青葉君」

 

サイド。それはつまり的場、青葉らスターティングメンバーにも言える事。

 

岩城はその運動量をまず発案者の青葉に求めた。

 

「当然です。最善を尽くすことがフィールドプレーヤーの義務ですから。」

 

 

不敵な笑みを浮かべる青葉は、江ノ島の精神的支柱だった。

 

 

その夜、駆は湘南大付属にいる日比野という選手がいる事を高瀬と青葉に教えた。

 

「―――――なるほど。蹴るときに違和感を覚えたけど――――そうか、彼は靱帯を」

 

靱帯が切れた過去があるとは思えない威力のフリーキックだ、と青葉は思った。

 

「うん。僕のせいで日比野の足は――――でも―――――」

 

「お前は―――まさか逢沢か?」

 

そこへ現れたのは、湘南大付属の日比野。逢沢が話した当人である。

 

どうやらサッカーを通じて知り合った馴染みの友人らしい。中学生まで田舎暮らしで、交友関係がイマイチ狭い青葉は羨ましかった。

 

終始和やかなムードとかと思ったが、

 

「治ってなんざいねぇよ!!」

 

逢沢の何気ない一言。あれほどのフリーキックをけれて復活したと思われていた足が、どうやら完治していないという残酷な事実。

 

「俺の靭帯は今でも切れたままだ!」

 

「待ってくれ。靱帯が切れた状態であれほどのシュート力を、ということなのか?」

興味本位で聞いてしまった青葉。部外者ではあるが、信じられないことだとつい尋ねてしまう。

 

「部外者は引っ込んでろ!!」

 

 

「す、すまない――――」

あまりの怒気に、青葉も反省する。しかし、彼が怒っている理由は明確だ。しかしここで青葉が言っても状況が悪化するだけだ。

 

―――――血の滲むような努力がそこにはあった。

 

「―――――ん? よく見ればお前は江ノ島の宮水―――――どうしてこんなところに」

 

しかし、青葉の姿をよく確認した日比野から怒気が抜かれる。青葉は思いがけない鎮火に戸惑う。

 

「特にやることがなくてな。逢沢らとともに自主練習をしている………先ほどは俺と逢沢が失言を重ねてしまい、申し訳ない。」

頭を下げる

 

「いや。俺も熱くなり過ぎた。しかし、もし当たることになればお前にも見せてやるよ。俺のキャノン・フリーキックを」

 

言い忘れていた、と日比野は逢沢に最後に声をかける。

 

「そして、お前にゴールは奪わせない。神奈川を制して全国に行くのは俺たち湘南大付属だ」

 

「日比野――――」

 

それに対し、何も言えなかった逢沢。罪悪感で頭がいっぱいになっているのか、闘争心を感じさせる物言いは出なかった。

 

 

日比野が去った後、

 

「―――――入る隙間すらなかったんだが――――」

 

置いてけぼりの高瀬が苦笑する。

 

「なに。それが今回は正解みたいだ。気にすることはないぞ、高瀬」

 

肩をすくめ、おどけたようにしゃべる青葉。

 

「――――――」

 

しかし、江ノ島の悩めるストライカーは、日比野の靱帯について悩むようになってしまう。

 

 




傑「——————————」

初代青葉「——————立場が変わってしまった」



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第十話 切り裂き青葉

決して連続殺人鬼になったわけではないのです。

第九話から閲覧お願いします



翌日の辻堂戦

 

GK  1番 紅林

LSB12番 桜井

CB  4番 海王寺

CB 15番 不動

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF 2番 沢村

LMF20番 逢沢

RMF 8番 宮水

FW  9番 火野

FW 11番 工藤

 

ベンチ入り (GK)16番藤堂、19番李、(SB)17番中村(CB)14番錦織、5番 三上(MF)、7番 兵藤、18番 的場、10番 荒木(FW)13番 高瀬、

 

 

戦術的な変更があり、4-2-2-2の陣形に。左サイドに逢沢、CBは5番三上に代わり、15番の不動が入る。2番沢村はCMFに入り、空いたLSBには12番の桜井が入る。

 

そして、王様荒木が今大会初のベンチスタート。

 

 

「今日は頼むな、逢沢!」

 

逢沢の後ろから声をかける桜井。公式戦初の先発。モチベーションが上がらないはずがない。

 

「はいっ!」

 

逢沢に求められているのは守備もそうだが、3番目の男としての役割が最重要課題。

 

 

この試合。駆にはサイドアタッカーとして守備に力を入れる必要があるが、中央に集中するターゲットマンの背後からゴールを窺うシャドーストライカーとしての動きも求められているのだ。

 

つまり、STとしての役目も担うことになるのだ。

 

 

宮水のクロスボールのこぼれ球。逢沢の乱戦の中で真価を発揮する、守備の穴を見つける能力。

 

必然的に攻撃は中央、もしくは右サイドから始まるだろう。

 

 

試合は、サイド突破をかけてこない江ノ島高校に面食らう辻堂のリアクションから始まる。

 

「どういうことだ。なぜサイドに来ない!?」

 

 

右サイドの宮水には2人のマーク。必ず一人はついている。そのマークに対し、無理に動こうとせず、淡々と戦況を俯瞰する青葉。

 

「―――――――――――――」

 

サイド突破が武器の宮水のドリブルを使わない。そして、青葉はなぜか消極的なプレーが目立っている。

 

しかし随所で上手さを見せる青葉。

 

「っ!?」

 

簡単なタッチであっさりとマンマークの選手を外し、サイドの空いたスペースに目もくれず、中央へのアーリークロス。

 

 

「うぉ!!!」

 

「お前に仕事はさせねぇ!!」

 

火野が相手選手と競る。どうやらマッチアップした選手と因縁があるようだが、関係ない。

 

―――――ターゲットマン二人はフィジカルもあり、キープ力に優れている

 

 

競り合う能力だけなら、前線で体を張れるフィジカルを持っている。それはCFWにとって必要な要素であり、

 

 

――――だからこそ、追いつかない

 

 

「―――――っ!!」

 

競り合った際にルーズボールに反応するのはサイドから中に絞ってきた逢沢。

 

 

「なっ!?」

 

中央を固めた相手に対し、中央に絞った攻撃に参加するサイドアタッカー。辻堂の意表を突く逢沢の動き。そしてそのまま――――

 

 

シュート。逢沢の強烈な左足はキーパーがはじくことでゴールならず。しかし、中央での混戦でピンチを迎えた辻堂学園に動揺の色が広がる。

 

 

この攻撃の仕方に、辻堂の監督瓜生も心の中で苦い感情を隠しきれない。

 

――――速攻できているか。さすがにあの搦手が通じるような相手ではないな

 

ちらりと江ノ島ベンチを見る瓜生。かつての天才が指揮しているのだ。こちらの戦術もお見通しだということだ。

 

 

しかも、江ノ島はまだベンチに荒木と的場という足元のテクニックを備える選手が控えている。

 

後半、足が止まってきたときにドリブラーを投入されるとジリ貧になる。

 

 

しかし、対応した瞬間に両サイドの攻撃力がさく裂する。特に宮水のスピード、逢沢の裏へ抜ける動きは看過できない。

 

 

攻勢を強める江ノ島高校。防戦一方となる辻堂。

 

この試合を見に来ていた鎌倉学館のイレブンは江ノ島の狡猾な二重三重の波状攻撃に目を見開いていた。

 

「―――――あんな布陣が、神奈川にあったなんて」

逢沢を良く知る佐伯祐介は、江ノ島の攻撃が辻堂を圧倒している光景に驚いていた。

 

アーリークロスにはターゲットマンの火野と工藤。零れ球には逢沢。

 

しかし、右のアーリーを怖がり、対応すれば宮水のドリブルがさく裂する。しかも、彼は前半セーブしているような節すらある。

 

そしてロングフィードは宮水のモノだけではなく、CMFの織田はレジスタ。元々ロングパスの精度に定評のある選手だ。

 

あまりに近づき過ぎると――――――

 

「――――祐介の予想通りだ。この試合、戦術面では勝負がついている」

3年生のエース鷹匠瑛は、江ノ島の布陣が辻堂を封殺しているに等しい断言する。

 

「――――おいおい。なにもそこまでじゃねぇだろ。宮水のクロスは今日調子が悪いのか、精度も今一つ。おまけにドリブルも封じられている。江ノ島こそ苦しいんじゃねぇか?」

 

 

ボールは宮水らしくない弾道の高いハイボール。速度の速く、カーブの利いたクロスボールを上げてこない。

 

 

それに、マークを外す動きこそできているが、まだバイタルエリアに侵入できていない青葉。

 

 

前半は江ノ島のパワープレイと、中盤でのパスワークに翻弄される辻堂。

 

 

「―――――これぐらいでいいか」

 

青葉はちらりと中盤の織田を見た。これでこちらのアーリークロスの意図を植え付けた。

 

 

後は織田に任せるのみ。

 

 

「青葉!」

青葉からボールを貰った織田は、考える。ここでリターンをするか。それともロングボールで安全策を取るか。

 

 

 

そして中盤にいた織田に陣形が見える。レジスタと言われる彼の視野の広さが、フォーメーションの崩れを見逃さない。

 

 

――――ディフェンスラインが下がっている! 前にスペースが出来ている。

 

 

前半からパワープレイの連続で、無意識のうちに辻堂のラインが下がり始めていた。

 

そして、中盤と後衛の空白が生まれ、広大なスペースが生まれていた。

 

 

――――見せつけてやれ、青葉っ!!

 

 

 

その広大なスペースにスルーパス。彼ならば当然狙う。反応しないはずがない。

 

 

その広大なスペースに走りこんでいるのは――――――

 

 

「っ!!」

その瞬間、ベンチで立ち上がった両監督。岩城も、そして瓜生もこれから起こるとんでもない瞬間を予期してしまう。

 

 

――――すべてはこの為。だが、ここまでプラン通りになるとは――――

 

全てを知っていた岩城は、この瞬間に至るまでの無駄のない戦術に舌を巻き、高校生離れした戦術眼に戦慄を覚えた。

 

 

その眼はどこまで見えているのだろうか、と。

 

 

中央の空いたスペースに走りこんでいたのは青葉だ。辻堂が最も警戒し、フリーにさせてはならない選手。

 

 

サイドに動くそぶりを見せたそのターゲットは、一瞬にして二人の辻堂学園の選手を置き去りにする動き出し。

 

 

―――――これが、こいつの本気! 

 

 

――――なんて足をしてやがるッ 化け物め!!

 

 

マーク二人を強引に振り切り、一気に加速する青葉。

 

脚力の差ではない。強靭な足首が生み出すのは、瞬間的な加速力をも生み出す。

 

相手をドリブルフェイントで抜くのも青葉の強みだが、それは“最強の武器”ではない。

 

彼の真骨頂は、オフ・ザ・ボールの動き。ボールを持った瞬間には相手を振り切る圧倒的なスピードにある。そしてそれにつながるスピードに乗ったドリブルが青葉の代名詞になっているだけなのだ。

 

辻堂の監督の瓜生は、一気に二人を置き去りにするキレのある動きに唇をかむ。

 

――――岩城の野郎、こんな化け物を引き込んでいたのか!!

 

かつての彼をも超える怪物。高校生の試合に出してはダメな選手。

 

 

 

 

 

中央にはCB二人。後方には振り切られたDMFとSBの二人。

 

しかし、辻堂は何とかブロックを構築し、ドリブルコースを消している。

 

 

―――――いくらスピードに乗ったところで、コースさえ消せば!!

 

失念していた。彼はスピードに乗った青葉を警戒し、最も目の前にある脅威を取り除いたことで緩んでいた。

 

油断などしていない。ただ、世代最強のサイドアタッカーを止められる。

 

そんな金星とともに、カウンターのチャンスがやってくると考えていた。

 

 

「下がれっ!! キーパーっ!!」

 

瓜生が声を発したときに既にボールは青葉から離れていた。

 

 

バイタルエリアに入るか入らないかの境目からの、超ロングシュート。強烈な勢いでボールはまっすぐ飛んだと思えば―――――

 

 

――――ボールが、変化して―――――

 

 

目の前でほとんど制した状態で襲い掛かってくるボール。回転すらしていない。

 

 

体とは逆方向に変化し、暴れるシュートの軌道。反応したからこそ仇となった、青葉の飛び道具。

 

 

無回転シュートがゴールに吸い込まれていった。

 

 

「―――――――まずは一点」

 

 

 

その瞳は、すでに得点が決まった方向ではなく、センターサークルに向いていた。

 

 

ベンチの荒木は、一瞬の隙をついて鮮やかにゴールを奪った青葉のプレーに唸る。

 

「―――――アーリークロスはこの為の布石。そして、ドリブル突破でさらに警戒を強める、か」

 

真面目な性格のくせに、やることがえげつない。プレーの幅があることで、色々な局面でも柔軟に対応できる。

 

 

先ほどのロングシュートで動揺がさらに広がる辻堂イレブン。

 

アーリークロスもあげさせない。そしてドリブルもさせるわけにはいかない。

 

青葉へのマークが強まると同時に、他の選手へのマークが緩くなる。

 

 

そして、青葉にはマークを一瞬で振り切る加速力がある。

 

 

尚も彼の攻勢は止まらない。

 

 

沢村からのパスに反応したのはやはり青葉。ロングパスに反応し、相手の進行方向を手でブロックしながらバイタルエリアへ。

 

「くっ、このっ!!」

 

「―――――っ」

 

先ほどのロングシュートを警戒し、ディフェンスラインがさらに下がる。

 

 

激しいプレスにあうものの、青葉は逆サイドの空いたスペースに走りこんだ逢沢へとロングフィード。

 

 

 

 

「―――――来たっ!!」

 

マークを振り切る動きが増す青葉が目立つようになり、サイドに開いた逢沢にボールが渡る。

 

―――――動きながらフェイントをしても、揺さぶられない

 

 

最高速度を出す必要はない。一瞬でも振り切る速度があれば―――――

 

 

速度を緩める逢沢。プレスに来たSBが対応する。

 

――――自分からスピードを緩めるとはな!!

 

 

しかし、緩急のついた簡単なプッシュでドリブルを開始した逢沢がそれを躱す。

 

 

簡単な切り返し程度なら、ボールを見る必要性もなく、カットイン。

 

 

――――ルックアップ。ボールを感じろっ

 

強く、そして激しく。胸の鼓動が体に響いた。

 

――――速いだけだと、止められる。本当の速さは――――

 

 

逢沢のカットインを警戒したDFが寄せにはいる。

 

――――いかせるか!! これ以上好きには!!

 

 

中央までカットインすれば、さすがにコースが空いてしまう。それを防ぐために逢沢についたのだ。

 

 

――――このカットインで、僕の後ろにスペースが空いた。

 

ターンでは詰められてしまう。ルックアップすることで周囲を見る逢沢。

 

 

――――あるだろう? そこにゴールへの道筋が

 

 

懐かしい声がした。もう聞くことはないだろうと思っていた声が。

 

そこで、駆の意識が混濁していった。

 

 

「―――――――」

 

空いたスペースへの急停止と切り返し。SBとCBの間へと入り込む動きを見せる逢沢。

 

カットインから逆方向への中への切込みを狙う動きを見せたのだ。

 

「ここで中だと!?」

 

「止めろぉぉぉ!!」

 

辻堂学園は追加点を阻止するために動く。が、逢沢の動きはそれを上回る。

 

「なっ!?」

 

岩城の眼前で、ありえないことが起き始めている。彼は逢沢駆という選手を理解しているつもりだった。

 

ゴール前での決定力と運動量のある選手。最近はフェイントも上手くなってきている。

 

 

その彼が、あれほど鮮やかなルーレットを決められるのかと。

 

 

しかもそれは、あの名選手に縁ある地の名前を冠する特別なルーレット。

 

 

――――マルセイユ・ルーレットっ

 

 

切り返し、空いたスペースへと行くと見せかけてのルーレット。CBが反応したのが仇となった。

 

逆側への意識がほんの少し向いたことで、穴が出来てしまう。逢沢駆に見せてはならないディフェンスの穴。

 

 

「撃たせるかッ」

 

しかしキーパーはこれを読んでいる。シュートコースを消し、しっかりと防ぐ手段を揃えている。

 

「――――――」

 

しかし、シュートモーションを止めない逢沢。もうそのわずかに空いた隙間すら埋もれてしまう。

 

 

自棄になったのではない。逢沢の狙いはそこではない。

 

 

トンっ

 

足を出したCBの股を抜くシュートがキーパーの逆を突いたのだ。シュートはそのままゴールネットを揺らし、江ノ島高校の追加点が決まった。

 

 

「―――――――え?」

 

 

気づいた時にはシュートを放っていた逢沢。ペナルティエリアに切り込んでいたであろう自分がゴールを決めていた。

 

 

「――――何が―――――」

 

 

「おおっ!! すげぇぇな! 逢沢!!」

 

「青葉並の切込みだったじゃねぇか!! あんなルーレットいつの間に出来るようになったんだ!!」

 

火野と工藤に手洗い祝福を受ける逢沢。混乱したまま一緒になって喜ぶのだった。

 

 

「駆、なの? 今のは、いったい……」

 

ベンチにいる美島はそれどころではない。ルーレットを習得したという話はなかった。あの青葉でさえ、「駆のルーレットはねぇ……うん、時々コケるからダメかな」というぐらいなのだ。

 

動きもぎこちなく、まだまだ相手を振り切るような練度ではなかった。

 

 

言いようの無い不安が彼女を襲う。今先ほどのプレーを見せたのは、本当に駆だったのだろうかと。

 

前半はこの2得点で先行する形となった江ノ島高校。後半は攻勢に出た辻堂だが、

 

「よせっ!! 左に出すなっ!!」

 

 

 

「なっ!? ぐわっ」

 

ドリブルを簡単に止められる辻堂の選手。右サイドにいる青葉相手に無謀にもドリブルを仕掛けた際、あっさりと青葉がボールを奪ったのだ。

 

 

ボールカットからの単独カウンター。

 

リトリートしながらの必死のディフェンスを見せる辻堂だが、勢いが止まらない青葉。バイタルエリアで中に仕掛ける動きを見せる。

 

しかし、インサイドステップオーバー。走りこみながら縦への突破を図るフェイントを入れてきた青葉。

 

普通の選手ならば食いつく必要すらないフェイント。ここで怖いのは中央を突破されること。サイドに追いやればスピードは落ちる。

 

しかし、一瞬で相手の前に入り込んでしまう彼には、これ以上ない有効なフェイントの一つ。

 

 

それでも、サイドへの追い込みに自信を持つ辻堂は縦への突破を許す選択をする。SBがつき、横をCBが切る形で青葉を封じにかかる。

 

 

そしてやはり、青葉はカットインを狙う節があった。

 

「同じ手を何度も―――――っ!!」

 

ここで飛び込めばクライフターンの餌食になる。ドリブラーにとって有効なのはリトリート。飛び込めば躱されてしまう。

 

しかし、青葉相手にそれは悪手だ。

 

相手の食いつきが悪く、距離が広がったのを見た青葉は、ドラッグバッグからの横へのプッシュという簡単なフェイントでさらにサイドの奥から横への突破を図ったのだ。

 

ペナルティエリア内とはいえ、少しだけ位置が高かったCBがキーパーとともにコースを埋めにかかる。

 

――――直前までクライフターンと見分けがつかねぇ。

 

同じようなフォームから多彩なフェイントが繰り出される。それが恐ろしく、対処の難しさを物語る証拠だ。

 

 

シュートモーションに入る青葉は右で打つ動作に入ってきた。しかも間髪入れずの早いモーションのモノだ。

 

――――ニアサイドか!!

 

 

キーパーがニアによる。それを見たCBがファーサイトをケアしようと動くが、キーパーがニアをケアした結果、わずかに穴が出来ていた。

 

 

アウトサイドキックからのファーサイドへのシュート。回転をかけたシュートはバウンドと同時に変化し、曲がるようにサイドネットに転がり込んだのだ。

 

意図的にバウンドするシュートを選び、軌道を変化させた青葉。

 

そのボールの軌跡は、CBに取らせない絶妙な間をすり抜けたのだ。この瞬間、辻堂の中で何かが折れる音がした。

 

 

「あの体勢から、アウトサイドでファーサイドって―――――」

 

体をひねりながらの奇抜なシュート。しかしそれを当たり前のようにやってしまうのが目の前の男だ。

 

 

江ノ島高校が個の力で追加点をもぎ取り、辻堂を圧倒する。前回まで先発出場ではなかった逢沢駆への注目度は、青葉よりも強く、無名に近い選手であっただけに、サプライズ度は上だった。

 

 

 

結局、3点差がついたところで後半から荒木と的場が入り、逢沢と青葉はお役御免となった。

 

荒木はCMFに入り、沢村がサイドへ。的場がそのまま逢沢のいたポジションに入り、完封勝利。

 

後半は足の止まってきた相手に的場のドリブルは有効で、4点目の起点となるプレーとなった。

 

試合後―――――

 

「宮水半端なさすぎだろ。なんだよあれ――――」

 

「まじ半端ないって。プレースピードめっちゃ速いし、どう止めればいいんだよ!!」

 

「あんな多彩なドリブルを抱えて、あんなに上手く繰り出せるとか、そんなん出来ねぇだろ、普通」

 

 

強面の辻堂イレブンが青葉のところにやってきた。

 

 

「――――(どういう状況?)」

さすがに青葉も戸惑った。叩きのめした相手に何を言われるのか少しだけ気になるのだ。

 

「本当にすごい奴だな、お前」

相手主将に言われた一言に対し、

 

「え? それは――――」

戸惑いを隠せない青葉。

 

「記念だ。握手させてくれ」

 

手を差し出してきたキャプテンに対し、空気に流されるままに握手をする青葉。

 

「本当に半端ないなぁ! お前プロになるだろ!? そうなんだろ!?」

 

辻堂の選手が叫ぶ。

 

「――――――なるよ。必ず」

 

呆然としていた青葉だったが、その目標に対して、はっきりとした言葉で返す青葉。

 

「今のうちにサインとかくれよ!」

 

「今ですか!?」

驚く青葉に対し、

 

「今なんだよ!! 行列に並ぶ気はねぇからな!」

 

 

そして辻堂イレブンにもみくちゃにされる青葉は、結局ベンチメンバー全員に対し、成り損ないの拙いサインを書いたのだった。

 

 

会場を後にする江ノ島高校と、辻堂学園の面々の中で―――――

 

 

「―――――まるでお前――――いや、お前以上の天才かもな」

 

辻堂の監督瓜生は、サインをせがまれ、苦笑いの青葉を見て隣にいる岩城にしゃべる。

 

「――――ええ。彼の輝きがチームに良くも悪くも影響を与えているのは、監督として強く感じていますからね」

 

岩城も、青葉の実力がチームを変化させていっていることを悟っていた。

 

「―――――10年以来の夢。OBとして応援させてもらうぜ。」

 

 

逢沢傑世代に埋もれかけていた年下の世代。あの天才逢沢傑が認めたサイドアタッカー。

 

瓜生はだからこそ、サッカーファンとして、指導者として、警鐘を鳴らさなくてはならないと考えていた。

 

「そして、奴をお前の二の舞にさせるな。あの頃よりも、状況はだいぶましだけどな」

 

かつて10番を背負った男の野望が潰えた最大の理由。それは岩城の故障が大きく関係していた。

 

「――――――分かっているよ。彼は、彼のサッカー人生はこれから長くなければならないのだから」

 

彼ほど仕事を成し遂げてくれる選手はそうはいない。油断もなく、部員の一部にいい影響を与えている。

 

自分のように、チーム事情で酷使させるわけにはいかない。

 

――――君になら、私の野望の全てを託してもいい

 

彼なら、彼に巻き込まれた存在が、必ずその夢を成し遂げてくれる。

 

将来のスター選手を必ず守る、かつての自分と同じ道を歩ませない。

 

その決意を固く誓う岩城だった。

 

 




初代青葉「ん・・・・まあまあだ」

傑「お前が満足するのはいつなのか」

初代青葉「まずは俺にタイマンで勝ってくれないとな。150戦中、150敗は酷い。せめて一勝してくれないものか。このままではあと千回戦っても負ける気がしない」

傑「(五輪銅メダリストで、得点王、MVP相手に、高校生が勝てというのは酷な話だろうに・・・・ましてや未来の自分相手に)」


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第十一話 黄金期のなでしこ

女子サッカーブームは、現実よりもやばいことになりかねないです。実力もそうですが、まあ、目を引く容姿が揃っているので・・・


恐らく、原作のなでしこと接戦だった国々はどうなるのか。

①何とか接戦で勝ち切る

②競り負けてしまう

③フルボッコ。現実は非情である

アンケートではないですよ!



江ノ島高校が順調に大量得点による圧勝劇を作り上げながら勝ち進む中、小野寺と美島には再び代表召集がかかっていた。

 

「それにしても、いきなり7番を背負うなんてね。美島さん」

 

この前は22番。初戦での出来が良かったとはいえ、彼女に対する期待は高い。

 

「それを言うなら颯さんの8番も様になってるよ。デビュー戦、本当にすごかったわ」

 

 

「ふふ、ありがとう、美島さん。そっちのお披露目もすごかった思うけれどね」

 

軽口を言いながら、新たな気持で試合会場へと向かう二人。二人の間に壁は存在せず、今回も試合で活躍する自信と意欲に満ち溢れていた。

 

だが、今回の強化試合はいいニュースばかりではない。

 

 

 

今回の代表選考では日本の最前線を担っていたフォワードの井伊がけがで欠場。リーグ戦を戦っていた小野寺は、その試合にいたので気分はすぐれない。

 

「――――――井伊さんがケガで離脱だなんて。来年のワールドカップまでもう1年を切る段階なのに。」

 

得点能力こそ高いが、一色や美島、小野寺のような派手さはない。しかし、チャンスを高確率で決める決定機の場面で強い選手でもあった。

 

そう、いぶし銀のような重要戦力であった。

 

 

「―――――奈々ちゃん、颯ちゃん。こっちよ」

 

二人して会場の近くについたのだが、中々隙がない。二人がここにいるとバレた瞬間、騒ぎになるのは必至だ。

 

そこへ、エースの一色がサングラスをかけて変装し、二人に接触してきたのだ。

 

一色についていく二人だが、さらに表情の暗い颯。

 

「―――――五島監督のお体は―――――」

 

「―――――いいとは言えないわ。こんな時期に監督交代は、代表にとっても痛手よ。でも、だからこそ本選で無様な試合は出来ない」

 

決意を新たにする一色。不安そうな颯の言葉とは対照的に、彼女は代表を引っ張るのだという強い意志が感じられた。

 

――――五島監督がいたからこそ、私は―――――

 

そして美島も、代表に誘ってくれた監督が不本意な形でさることを悲しく思っていた。何より彼には多大な恩がある。

 

もし、他の監督なら無所属の選手など見向きもしなかっただろう。

 

――――みんなの為にも、監督の為にも、絶対に―――――

 

 

五島監督本人から病状を教えられ、残念に思う選手がいる中、

 

 

代役の竹田なる男は、どうにも頼ってはいけないような人に見えた。

 

出会うと同時に、女性選手に電話番号を手当たり次第に伝えるナンパ男に、チームをまとめられると思えない颯は、不審者を見るような眼で見るが、

 

「女の子は笑顔が一番だよ、颯ちゃん♪」

 

気持ちの悪い笑みに反応してしまう颯。

 

「余計なお世話です」

冷たい瞳で、竹田監督代行に返す颯。

 

「いいねぇ!! そういう強気なアタッカーが前線にいると、頼りがいがありそうだよぉ!!」

お茶らけた中に、サッカー観が散りばめられている。回りくどい癖に、とっさにそういうところを見せてしまう。この人は本当に食えない男だ。

 

今のこの様子も、本音ではあるのだろうが、わざと道化を演じているようにも見える。

 

 

颯は新監督に対して分析をしていた。

 

そこへ彼女がやってきた。

 

「――――――――!?」

 

その瞬間、颯の心臓が飛び上がるように跳ねたのだ。まさかこんな形で彼女と初めて出会うとは思わなかった。

 

「初めまして、群咲舞衣です。よろしくお願いしまぁす♪」

 

 

かつての世界で、颯の夢を背負うと決意してくれた、無鉄砲で、調子に乗りやすくて

 

それでも強い意志と、感受性の強い、誰よりも女の子らしい親友。

 

「―――――颯さん?」

美島は、何か血の気が引いているように見えた颯の顔色を見ていぶかしむ。

 

「うん♪ 久しぶりね、颯! 蹴球に入らなかったのは意外だったけど、元気そうで安心したよ~♪」

そして、驚いている颯に抱き着く舞衣。一瞬硬直していた颯だったが、彼女のことを重い柔らかい笑みを浮かべ、

 

「―――――うん、久しぶりね、舞衣。またこうしてプレーできる日が来て、本当に嬉しいわ」

 

二人の少し勘違いされそうな雰囲気に圧倒されている一同。ショートしていた颯からそっと離れた舞衣は美島の前に立つと、

 

 

「貴女、リトル・ウィッチィでしょ?」

 

「え? えっと、美島奈々です。よろしくお願いします」

 

イマイチ会話がかみ合っていないかもしれないが、無難な受け答えを選択した美島。

 

「だぁからぁ、リトル・ウィッチィでしょ?」

 

分かっていないなぁ、という様子の群咲。

 

 

そして勝手に彼女は奈々のトップ下をやりたいと強請りをし、竹田もそれを許してしまう始末。

 

―――――そう、だったわ。この子。出会った当初はこうだったなぁ

 

 

一人で突っ込んで人数を駆けられてボールロストする。周りを活かせばさらにうまくなると気づくのに、時間がかかったという実績がある。

 

周囲の選手が異論を唱えるが、彼は本気で聞いているのかわからない。

 

結局、ワントップに一色、右サイド美島、左サイド小野寺、トップ下群咲という前線の布陣となった戦術。

 

 

序盤落ち着いた試合模様かと思われていたが、群咲にボールが渡ると一気にスピードが上がる。

 

 

単独でボールを保持し、一気にドリブル突破。セオリーを無視する奇抜なプレーに、ワントップの一色にマークが集中していたなでしこリーグ選抜の守備に混乱が起きる。

 

 

さらには裏のスペースへと抜け出そうとスキを窺う両翼。マークが分散し、思うようなプレスが出来ない選抜チームは彼女の突破を許し、

 

前半開始早々になでしこが先制点を奪う展開に。

 

 

しかし、彼女の様子を見た選抜リーグのディフェンスを束ねる選手は――――

 

――――あの新入り。余程エゴが強いみたいだねぇ

 

いくら危険な動きをしていても、ボールが来なければ怖くない。

 

 

美島と一色、小野寺に分散していたマークを直し、守備の陣形を組み替えたのだ。

 

そしてそれに気づいたのは一色。

 

――――マークが弱まった? いいえ、違うわ

 

これは相手がサイドの守備よりも中央を固めたというより――――

 

「ダメよ! 舞衣ちゃん戻って!!」

 

一色の叫びに反応し、小野寺はすべてを理解した。

 

――――私たちへのマークが弱まった!? まさか相手は!

 

中央を固めたと思われていた。そしてそれ以上のことを選抜はしていない。

 

 

獲物が勝手に網にかかってきたのだ。これほど好都合なことはない。

 

「え?!」

 

同じように抜き去ろうとしていた群咲は、続く第二檄にプレスを躱したかに見えたが、バランスを崩し、ボールをロスト。

 

 

そのまま一気にロングパスが通り、最終ラインと中盤の間延びしたスペースを狙われたのだ。

 

 

――――このまま一気に!!

 

 

思わぬ奇襲を食らった選抜チームとしてはここで追いついておきたい場面。カウンターからのチャンスを決める。

 

 

「させないっ!!」

 

しかし、ここで左サイドの小野寺が戻ってきたのだ。それを見た左サイドバックの中江も枚数が揃ったことで最悪の状態が良くない状態になったと考えた。

 

 

――――この子、妙の声にいち早く反応したわね

 

一色の群咲への指示を聞いた瞬間によくない感覚を感じたのだろう。戻りが早かった。

 

サイド守備を小野寺に任せ、中央の空いたスペースを埋めにかかる中江。小野寺がフォアチェックで攻撃を遅らせ、下がりながらのリトリートに移行。

 

小野寺が戻ったことで、後ろから追いかけていた美島がボールを後ろから奪いにかかる。

 

「このっ!!」

 

小柄ながら左右からボールを奪おうとプレスを仕掛ける美島に対し、フィジカルの力でボールキープ。これでは美島はボールを奪えない。

 

――――っ。やっぱり私のフィジカルならきついかも……

 

ボールを奪う力、ディフェンスでは未熟さを思い知る。

 

 

しかし、中盤との連携で挟むようにボールを奪ったなでしこ。今度は左サイドバックの中江がオーバーラップ。

 

先ほどは小野寺とともに見事なポジションの受け渡しで、選抜チームのカウンターを阻止した。ここから攻撃で息の合ったプレーを見せる。

 

 

「美奈っ!」

 

攻撃参加を見せた中江の背後から追い越したのは、ワントップの一色。中盤にいたはずの群咲の戻りが遅く、一色がためを作る動き。

 

中江が一色にボールを預け、さらに敵陣へと切り込んでいく。しかし先ほどまでの加速力はなく、枚数を重ねることでの分厚い攻撃かと思われた。

 

 

 

 

「っ」

 

一色にはそのイメージが湧いていた。そしてアイコンタクトをした中江も同じだった。

 

縦へのパス。中江にわたるその鋭いバスを

 

 

「頼んだわよ、颯ちゃん」

 

背後からダイアゴナルに走りこんできた颯にダイレクトヒールパス。ワンタッチで大きくボールをトラップした颯はスピードに乗り、一気にバイタルエリアに襲い掛かる。

 

 

中江、一色という名だたる選手に注目が集まる中、勢いに乗った颯を捉えきれなかったのだ。当然彼女へのマークも予想され、外してはならない。

 

しかし、群咲へと網を張った選抜の穴は看過できるものではない。それは彼女に許してはならないミス。

 

 

両翼へのプレッシャーは緩くなっていた。

 

 

――――凄い。攻撃だけじゃない。守備からの攻め上がり。

 

右サイドから小野寺のプレーぶりを見ていた美島。自分に足りないのは守備力。しかしそれだけではなかった。

 

ボールを奪ってからのスイッチの切り替え。攻守が変わった時に対する速度。これが世界レベルに求められる課題なのだ。

 

 

ならば自分もその速度に乗り遅れないようにしよう。

 

 

「こっちっ!!」

 

中央では、群咲がボールを要求する。先ほどのキープ力とシュートセンスを考えれば彼女はねらい目ではあるが危険な存在でもある。意図せず彼女がディフェンスラインを下げることでさらにスペースが出来る。

 

しかし、相手の守備はカウンター失敗の余波でガタガタ。小野寺のドリブルを止められない。

 

「あっ!」

 

スピードに乗ったドラッグシザースからの簡単な足首の返しで相手選手を抜き去る小野寺。これで群咲をケアする一人と、パスとドリブルを警戒しながらリトリートせざるを得ない選手一人、そしてGKのみ。

 

 

――――奴はミドルレンジからも撃ってくる。くそっ、できることが少なすぎじゃないか!

 

 

 

当然ミドルを警戒する相手の動きを察知する小野寺。

 

――――警戒されているわね。真ん中に舞衣。右から絞ってきた奈々ちゃん。どうするか

 

 

ここからドリブルで進むこともできる。というより、ここからが自分の得点パターンだ。

 

 

――――私は私の思う最善のプレーをする。

 

 

小野寺はここで単独での突破を図った。

 

「!!!」

群咲は少し驚いたような顔をしてしまう。しかし、その後悔しそうな顔をする。

 

 

「―――――」

そして美島はここからのドリブルが彼女の魅力なのだと思うものの、しっかりと動き出しは怠らない。

 

 

――――思い通りに行くプレーのほうが少ない。なら予想するだけよ

 

 

美島がさらにゴール前に来たことでパスとドリブルを警戒する選手の動きが鈍り、あらゆるコースが広がり始めた。

 

 

――――もう近づく必要はないわ

 

 

グラウンダー性の速いシュートがゴール右隅を射抜き、ゴールネットを揺らす。

 

 

これでなでしこ追加点。決めたのは小野寺颯。しかし彼女にしてみればイージーな場面であった。

 

 

「ナイスシュート、颯!」

 

「奈々ちゃんのおかげ。おかげで楽に打てたわ」

 

そして彼女の動き出しに対しての言葉も忘れない小野寺。

 

しかしそこへ、群咲がやってくる。

 

「さっき私にパスを出せていたでしょ!」

 

小野寺に突っかかる彼女に対し、美島はまぁまぁ、といった言葉でその場を流そうとする。

 

「―――――不用意なゴール前のパスをカットされるより、シュートで終えたかっただけ。私もエゴを出したいのよ」

 

群咲の動きはボックスストライカーそのものだった。連携も不十分で、どう動くかつかみ切れていなかった相手に迂闊なパスは出せない。

 

 

「――ふん。けど颯がそう言うならそうなのかな? でも、もっと私にもパスを出してよね♪」

 

小野寺の言葉に、思うところがあったのだろう。周りの人間が言うよりも効果的な颯の言葉。

 

――――でも、こういうやり取りを舞衣と出来ることが

 

それが嬉しい。充実感がある。プレーヤーとして同じピッチにいて、同じチームにいて、意見を出し合える。

 

いつも自分は見守っている立場だった。

 

誰も覚えていない3年間で、彼女と自分は親友だった。自分は夢を託す側で、彼女は託される側。

 

だから、これは塩を送るような行為だ。しかし、彼女になら、いくらでも送ってもいい。

 

 

「―――――エゴイストは、誰よりも周りを見れる」

 

 

小野寺は、かつて彼女が至った答えをあえてこの場で出して見せる。

 

「え?」

 

エゴを突き詰めたプレーをし続ける彼女に対し、小野寺が出した答え。

 

周りを活かし、全てを出し抜きなさい。そうすればマークが剥がれ、思うようなプレーができる。

 

 

「もっと周りを見て。私も貴女にパスを出したいから」

そして、嘘偽りのない本音を彼女にぶつける。自分の知る彼女ではなくても、今抱えている問題は変わりない。

 

唯一プライベートで面白くない事柄はあったが、彼女の成功を祈らないわけがない。幸せを祈らないはずがないのだ。

 

「颯――――――」

 

「でも、間違ってもパスを出すのと周りを見ることはイコールではないからね」

 

変にこじんまりする必要は、一切ないと言い放つ颯。変に器用になられても困る。彼女は今のなでしこに、必要なものを備えている。

 

 

「初得点であんなシュートを打てる人はそういないわ。みんな口では言わないけど、期待しているから。私も、奈々ちゃんも。妙姉だって」

 

 

周りを見る=パスを出せ、というわけではない。もしそうだというなら、自分や青葉は爪弾き者だ。

 

 

「周りを見て、パスを出すかどうか。それともエゴを貫くのか。みんなを驚かせるプレーが見たいわ」

 

――――これでいいよね、舞衣

 

心の中でつぶやいた小野寺。厳しいことを言ったかもしれない。しかし、これでも悟らせないようにしたつもりだ。

 

悟られてはならない。もし感づかれても信じるはずがない。もし信じてしまえば重荷に感じてしまうかもしれない。

 

変に気づかいをさせたくなかった。もう何も覚えていない彼女には特に。

 

 

「―――――――」

 

一色は、笑顔の裏に見える小野寺の影を見抜いていた。彼女は群咲に対して何か特殊な感情を抱いている。同性愛というものではなく、何か別の、深刻なものに見える何か。

 

「こ、小難しい話~~~。でも、頭がすっきりしたかも♪」

 

唸っていた舞衣だったが、踏ん切りがついたのか。納得した表情をしている。

 

 

前半のカウンターのピンチからはロングボールのこぼれ球以外でピンチは発生せず、落ち着きを取り戻した群咲が2点目を決める。

 

さらに後半には一色の技ありのループシュートで追加点。デコイになった小野寺の走りこんだ後の空いたスペースを衝く一色の動き出し。

 

 

キーパーの飛び出しに冷静に対応し、鮮やかなシュート。

 

試合は後半に1失点するも、5対1と快勝。若い力が躍動し、群咲の初陣は危なげなく終わった。

 

「―――――颯、ちょっと、いい?」

 

「ええ。群咲さん」

 

いつもの舞衣らしくない物言い。しおらしさすら感じさせる彼女の様子に動揺する颯。

 

大きく息を吸い、自分を落ち着かせるようなしぐさを取る舞衣。そして、

 

「――――認める。エゴを出す上手さも、それをできる実力も。颯は私よりも上。だけど、絶対に追い越してやるもんね♪」

 

吠える群咲。負けん気の強さで出来ているような彼女は、小野寺をライバル認定したのだ。

 

「いっぱい颯の驚く顔を作って見せるから♪」

 

そして、しおらしさの後に続く、強烈なライバル宣言。

 

 

「―――――それなら日本は優勝できるわ。楽が出来るなら大歓迎ね」

 

 

「優勝するつもりよ! なんたって、私と颯。魔法のようなパスを出せるウィッチィがいるのだから!」

 

 

「群咲さん……」

 

 

「トップ下も認めてあげる。私よりもパスが上手いし、視野も広い。でも、日本のエースの座は私! チームにも、世間にも、世界にも!! 絶対に認めさせてやるんだからね!」

 

 

そうだ。凹んだままではいられないのが群咲舞衣なのだ。

 

 

なぜなら、颯が応援し続けた彼女が、そうだったのだから。

 

 

 

 

「まだまだヤング世代にはエースの座は与えられないわ。特に前半。我が強いのはいいけれど、相手を軽く見るのだけはやめなさい。」

 

一色の厳しい視線。エースを奪うと宣言した群咲への宣戦布告にも似た発言。

 

 

「また説教? もういいじゃない。あの後からはいろいろと考えたもん」

うんざりする群咲。一色の実績は認めるが、それでも言い過ぎだと思う彼女。しかし次の瞬間

 

 

 

「だから、やるからには格下だろうが何だろうが、徹底的にやりなさい。容赦する必要はないわ。貴女の考え得る全力で、相手を打ち負かしなさい。」

 

 

「え、えっと……その、はい……」

 

情け容赦のない檄に、思わずたじろぐ群咲。強烈なアドバイスに彼女はまだまだ存在感で自分は目の前のレジェンドに劣っていると自覚する。

 

 

―――――妙姉は試合になると闘将モードに入るから……

 

遠い目をする小野寺。以前負けている時も、闘志を見せず責任逃れのパスをする若手を叱責する姿も見受けられた。自分が日本代表である自覚が足りない、と。

 

 

華麗に見えるパスをしても、相手が振られなければ意味がない。

 

 

―――中盤はもっと前線に要求しなさい。動かない前線は、案山子よりも役立たずよ

 

 

意義のある動きをしなさい。ボールを持っていないときにいい動きをする選手が一流。

 

 

―――――45分間は短いわよ。

 

 

前線に意義のある動きを求める一色。それがチームのリズムを生み、相手のリズムを狂わせる。前線は後半で変えればいい。それなら勝負を切ることが出来る。

 

だが、最終ラインを含む後衛を疲労させては負けなのだ。それでは勝負に出られない。

 

そんな若手とレジェンドのコミュニケーションを外から見る美島は苦笑い。

 

「―――――本当に凄い人、ですね」

 

美島は、苦笑いこそ浮かべているが、こんな人が最前線にいるからこそ日本代表は強くなったんだと悟る。

 

常に言葉の力を使い、チームを進むべき方向へと向かわせている。自分のエゴではなく、チームのエゴを優先する。

 

それはすなわち、なでしこが勝つこと。

 

だからこそ、この試合でも黒子役を演じた。本来ならば、井伊が担っていたポストプレー。中盤でのタメも行い、サイドの美島と小野寺に自由を与えた。

 

動揺状態の群咲の穴をカバーし、苦しい時間帯で一番走っていたのは彼女だ。

 

――――みんな一色さんの言葉に納得している

 

だからこそ、

 

「だからこそ、私は妙姉と一緒に、このチームで頂点を取りたい。」

 

 

隣にいる彼女は、こんなにも魅力的に見えるのだろう。

 

 

 

 

江ノ島高校では、またしてもなでしこが快勝を演じたことで話題になっていた。

 

特に、小野寺と美島の活躍が報道されると、皆嬉しそうにしていた。

 

「―――――――」

 

しかし、ただ一人。

 

 

逢沢駆はその活躍に対して笑顔がなかった。

 

――――セブンは、僕を気にかけていたから――――

 

もし自分を放置していたら、もっと早く代表入りできたかもしれない。燻っている自分を早く見捨てていれば、もっと楽に代表にはいれたかもしれない。

 

 

—————小野寺さんみたいに、クラブで活躍できていたはずなのに。

 

 

今の自分が、どうしようもないほどに情けなく、同時に美島に対する嫉妬を隠せない。

 

 

————僕は、なんて情けないんだ……同時に、サムライブルーを着て活躍するセブンが、羨ましくて仕方ないことが、嫌だッ

 

 

そんな自分の弱さが許せなかった。情けない過去の自分が嫌いになってしまう。

 

 

彼女の活躍は嬉しい。しかし、今までの自分が枷になっていた気がしてならない。だからこそ、駆は彼女から距離を置いた。

 

高瀬と青葉とともに自分の実力を上げるために。

 

――――そういえば、セブンと練習していた技。

 

あれを最初に見せた時、青葉は驚いていた。フェイントに関していろいろ知っていた彼が知らなかった、幻のフェイント。

 

 

—————驚いた。まさか、そんなルートがあったとは……しかし、もっと改良の余地はあるな

 

通用したのは初見のみ。後は警戒されて技を出すことすらできなかった。

 

—————相手を自分と同じ土俵に立たせるな。ダブルタッチを習得したお前なら、そのフェイントはより活きてくる

 

扱いが難しい、廃れかけていた奥義。だが、決まった瞬間に勝利が確定するフェイントでもある。

 

 

 

そして、駆の衝動はどんどんと強くなっていく。溢れる感情は抑えきれない。

 

 

 

――――高校で圧倒的な存在になる。それぐらいでなきゃ

 

 

兄の背中が見えた。かつて、10番を背負った彼の姿が鮮明に見える。日本には未来があった。兄という未来があった。

 

自分なんかを庇って死んだ、自分に心臓を託してしまった彼の代わりにならなければならない。なぜ、自分がサッカーを出来ているのか、未だにサッカーを止めていないのか。

 

 

兄がいたはずの未来に、おいていかれてしまう。

 

 

—————そんなの嫌だ

 

 

だから、駆自身は止まれない。自分が兄と比較されることを忌避しながらも、自分が「逢沢傑」と同等の存在になる義務があると、考えてしまう。

 

しかし、それは逢沢駆の手で為さなければならない。それが出来ない自分に、フラストレーションをためているのだ。

 

 

だからこそ、騎士見習いが作り出した亡霊は、その存在を強くする。他ならぬ彼が、追い求めてしまっているのだから。

 

 





傑「—————————」

初代青葉「気づけよ!! 気づけよ、俺ッ!!! 馬鹿なの!? 馬鹿だよな!! 俺もバカだったよ!! こんちくしょう!!」

傑「駆、サッカーは・・・・サッカーは楽しいものなんだ・・・・ぐすっ」


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第十二話 広がり続ける距離

駆君は葛藤が多いですが、プロ編への投資なんです・・・・




数日後に控えた湘南大付属との対戦に向け、

 

まずスターティングメンバーが発表される。

 

 

GK  1番 紅林

LSB12番 桜井

CB  4番 海王寺

CB  5番 三上

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF 7番 兵藤

LMF20番 逢沢

RMF 8番 宮水

OFM10番 荒木

FW 13番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)16番藤堂、19番李、(SB)17番中村(CB)14番錦織、15番 不動(MF)、2番 沢村、18番 的場、(FW)9番 火野、11番 工藤

 

ここで江ノ島高校は4-2-3-1の陣形で試合に臨むことになる。ワントップには公式戦初先発の高瀬。トップ下は荒木。右サイドは宮水。そして左サイドは2戦連続でスタメンの逢沢。

 

「―――――――――――」

 

スタメンに選ばれたことに喜びの表情すら見せない逢沢の姿。

 

 

―――――駆? 最近元気がないけれど……

 

美島は笑顔を見せない彼の姿に心配するが、どうやって声をかければいいのかがわからない。下手に何かをして悪化させたらチームに迷惑がかかる。

 

 

 

「―――――――(思った以上にあの夜の出来事が深刻かもしれないな)」

 

 

それは日比野との夜の邂逅の時ではない。

 

 

時間が少し進み、この瞬間から遡ること前日。

 

 

 

 

世界標準レベルを垣間見た彼は、今まで見たことがない飢えを覚えた。

 

 

じっくりとポストプレーの手本を見たい高瀬が動画で動きを見るために逢沢と宮水だけとなった自主練習中、

 

「だいぶ形になってきたな。その奥の手」

 

「う、うん。未完成だけど―――――使えるシチュエーションが限られているから―――」

駆と美島が練習していた幻のフェイント。その反復練習を行っていた二人。まるで選手とコーチのような間柄。

 

「まあ、使い処は限られているからな、現状。うーん、もっと改良が必要だな」

 

何とか実践的な仕様に改造したい。そんなことを考えていた時、

 

 

謎の覆面男が逢沢に勝負をかけたのだ。

 

 

結果は惨敗。日本人離れしたボールコントロールを前に、駆は翻弄されていた。

 

 

「――――――ッ!」

 

打ち負かされた駆は絶望を覚えるどころか、激しく心を揺り動かす。以前のように相手を認め、自分の矮小さを感じるばかりではない。

 

 

がむしゃらに、ただ目の前の強敵に一矢報いてやると言わんばかりの凶暴さ。

 

 

―――――俺も参加したかったが、駆にご執心の様、だけど

 

 

 

このレベルの相手と戦えるチャンスが目の前にあるのに、見向きもされない。宮水は駆の後でもいいから戦いたい。

 

宮水は闘志を燃やしているが、別にレベル云々の話ではなく、覆面男ことレオナルド・シルバが―――――

 

 

そう、世界の有望株筆頭と言われた男が日本で唯一認めたファンタジスタの色を受け継ぐ選手に興味を持っていただけの話なのだ。

 

「――――――確かに上手い。が、あの時のお前はこんなものではなかったはずだ」

 

 

ドクンッ、

 

 

視界が揺れた。何か見えてはならない景色が見えた気がした。

 

 

宮水の脳裏には、見覚えのない自分の姿。

 

 

駆の脳裏には、兄と死闘を演じた試合の景色が―――――

 

 

「――――――っ」

身に覚えのないプレー、身に覚えのない記憶。すべてが無の状態で行われた辻堂学園戦で見せた己のプレー。

 

映像で見た自分は、まるで兄の様だった。かつて憧れた、そしていまだに想像するあこがれの存在。

 

 

唯一無二の選手像。

 

 

 

 

「俺は、お前の中でスグルが息づいているのを知っているゾ……ッ」

 

 

 

なんで?

 

 

なぜ、その事実を知っているのか。それはカウンセラーと家族と数人しか知らない事実。最近では兄を背負っているとまで言われ、自分の中で息づいているとさえ言われた。

 

 

「僕は―――――兄ちゃんじゃない!!」

 

あの選手はもういない。あれほど日本の将来を豊かにできる中盤の選手はもういない。

 

そして、間違っても自分がそんな存在に、”簡単になれる”はずがない。

 

 

「―――――だが、お前にあれが出来るのカ?」

 

 

ドクンッ!

 

 

その言葉で、頭に血が上る。心臓の鼓動が早くなる。何かスイッチが切り替わったように、景色の見え方が変わっていく。

 

 

「―――――う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

感情の爆発とともに、目の前の相手を打ち負かす。超えて見せるという意地が、駆を支配する。

 

 

何が何でも、絶対に、逢沢駆として出し抜いてやると。

 

 

―――――体が熱い。いつもよりも体がよく動く

 

 

それは辻堂学園戦で感じたあの感覚と同じ。何かが変わる。変えられていくような感覚。

 

 

 

—————ヤッツケテヤルッ!!

 

 

まるで麻薬のような、心地良い言葉。穏やか性格だったはずの彼にとって、劇薬のような甘い言葉が、彼を支配していく。

 

 

 

「―――――逢沢?」

 

宮水は、ボールタッチの動きから変わっていく駆の姿を見て、驚愕していた。

 

 

――――あれは、辻堂との試合で見せた動き? なぜ今になって――――

 

 

まるであの姿は、あの男がそこにいるかのようではないか。

 

 

そして――――――

 

 

「――――――!?」

 

 

連続シザースからのマルセイユ・ユーレット――――――

 

—————そこまでか————なっ!?

 

切り返しと見せかけた、ダブルタッチ。重心をずらすようなフェイントで、駆はシルバの裏をかき、抜き去るのだ。

 

 

それを見ていた青葉は普通ではない動きに目を見張る。

 

—————駆は最後まで、シルバの動きを見ていた。そして、その動きにシンクロさせるかのように、彼の逆をこれ以上ないタイミングで突いたのか。

 

 

鮮やかなフェイントの複合技。まるで一つ一つのフェイントが楔となった動き。個の攻防の最中、駆の思考速度は、レオナルド・シルバを圧倒していた。

 

 

「―――――――っ!? なにが――――」

 

 

そして抜いた瞬間に集中が途切れたのか、いつもの口調で、いつもの雰囲気に戻る駆。

 

 

シザースで左右の揺さぶりをかけ、シルバの動きにプレッシャーをかけた駆。

 

 

そして右に行くと見せかけてのキックフェイント。この瞬間にボールの動きが制止し、駆の動きも一瞬止まる。しかしシルバは揺さぶられている。

 

ここでドラッグバック。右足の裏でボールを下げ、切り返しの動きを見せた駆に当然不安定な姿勢で猛追するシルバ。

 

ここで駆には二つの選択肢があった。シルバの釣りが鈍ければこのまま切り返して抜き去ることが出来る。

 

そして今回はシルバの反応が良かった。

 

ドラッグバックからのルーレットターンによって、まるでシルバが駆から逃げているような動きに見えてしまう。

 

 

が、そこまでは読んでいたシルバ。そこで抜かれるようならばブラジルの至宝と呼ばれるわけがない。

 

 

そんな格上のプレーヤーに対し、駆は魔法でも使ったのか。まるでシルバの動きを知っていたかのような動きで、逆を突いたのだ。

 

駆が最初にドリブルの悪癖を克服したフェイント、ダブルタッチで。やはり、駆のスピードとこのフェイントの相性は良いらしい。

 

 

フェイントと読みの応酬を制した目の前の男は、

 

果たして逢沢駆なのだろうか。

 

 

ここまでのことを、彼は今までできていたか?

 

 

 

「――――――ルーレットを決めたのは二度目か――――しかも、連続シザースからの複合技。止めのダブルタッチ」

 

 

今までそんな駆のプレーは見たことがないし、試した瞬間すらなかった。

 

 

足元の技術の高い彼だが、そんな発想すら生まれなかったし出来なかったはずだ。

 

 

「――――――その感覚が、それこそ俺が日本に来た理由の一つダ。」

 

 

抜かれたシルバに油断がなかったと言えばうそになる。現に逢沢が謎の変化をするまで期待外れに終わると考えていた。

 

 

しかしどうだ。直前で彼の動きの質が極端に変わった。やはりあの男の息吹は途切れていない。

 

「―――――俺は今、蹴球学園にいる」

 

 

「―――――っ」

 

宮水の頭がまたしても覚えのない景色を映す。

 

 

――――頭がおかしくなったというのか、俺は―――――

 

今の自分は江ノ島の一員だ。間違っても蹴球学園の選手ではない。

 

 

――――知らない

 

そんな自分は知らない。

 

 

―――――そんな俺は知らないっ

 

 

優勝杯を掲げる自分の姿など知らない。蹴球のユニフォームで活躍する自分など知らない。

 

 

「――――それに、まさかスグルが認めた存在がこんなところにいたとは思わなかったよ。あの時の雪辱もかねて、総体の舞台でリベンジを果たさせてもらうヨ、アオバ」

 

 

 

「―――――スグルにしか目がいっていないと思っていたが、買いかぶり過ぎじゃないのか?」

先ほどの映像を脳裏から消し、若干不機嫌な目でシルバに尋ねる青葉。

 

 

「謙遜は嫌味だヨ、アオバ。あれほどの足と、技術を持つ選手が日本には君一人しかいないことを自覚すべきだ」

 

 

シルバには、サイドを駆け抜け、カットインで何度もブラジル相手にゴールを脅かし、2得点を挙げた宮水を注視する動きがあった。

 

高校ではもはや相手を寄せ付けない質の高さ。選手の間では潰し甲斐のある日本人が出てきたと考えていた。

 

 

「俺たちブラジル代表と比べても、お前とスグルは抜きんでていた。だが、スグルの言うエリアの騎士は、お前ではないと言っタ」

 

 

あれほどの資質を持っていながら、しかし彼はエリアの騎士ではない。

 

 

「お前はフィールドを疾走する風。スグルはオレに、そうお前のことを聞いている。そして、おそらくその通りになってきていル」

 

 

エリアに迫る者。すべてを驚愕させる不可思議な存在。

 

エリアの騎士がゴール前で仕事をするのに対し、その風は試合の流れを変える一陣の風。

 

 

 

「フェノーメノ。君がその名を背負うに足る存在だとネ」

 

おだてられるのは好きではない。宮水は、挑戦的な瞳でシルバにこう切り返す。

 

 

「―――――なら総体でその名前を証明させてもらう。勝利とともに」

 

 

 

「―――――総体で会うのが楽しみだよ、アオバ」

 

 

 

 

 

それからだ。逢沢は自分の動きを確かめるようにプレーしていた。まるで幻影を求めるかのように。

 

――――殻を破るのか。それとも器用貧乏になるのか

 

 

ここでアドバイスできることは少ない。

 

 

 

そして、その命題は簡単ではないことも。

 

 

 

 

「―――――最近駆の様子が変わってきているような」

 

兵藤は、動きのキレが増してきている逢沢に頼もしさを感じているが、何か他者をだんだん寄せ付けなくなってきた雰囲気を不審に思っていた。

 

 

「ああ。なんだか思いつめる表情が多くなったよな。ちょっと前の高瀬みたいに」

火野も、逢沢の変化を敏感に感じていた。

 

 

「ちょっ、少し前の俺ってそんな感じだったですか!?」

 

心外だ、と文句を言う高瀬。しかし、後でいろいろと言いくるめられる。

 

 

「プレーの幅も確かに。生活習慣の変化が選手としての変容につながっているのなら、いい傾向じゃないんですか?」

 

気を取り直し、高瀬はその変化がいいと述べる。

 

「―――――少し前のあいつは、スタメンに選ばれて喜ぶような奴だったのになぁ」

 

荒木も、可愛げのある側面が失われていくことに、寂しさを覚える。

 

 

そして、逢沢の変化に誰も口出ししない中、試合当日を迎えることになる江ノ島イレブン。

 

 

日本では総体予選が行われている中、ブラジルの地では4年に一度行われるワールドカップでコートジボワールと戦う日本代表。

 

前半、日本のエースである花森の先制ミドルでゴールを決める。ドイツ一部リーグの強豪、ヘルタ・ベルリンでの活躍そのままに、日本を牽引する。しかし、持田不在の日本は攻め手に欠き、彼の勢いをうまく活用できない。

 

 

そして何度も決定機につながりかねないチャンスを作られ、次第に劣勢へと追い込まれていく。

 

 

 

後半25分。コートジボワールのシステム変更直後に起きた、日本のクロスボールからの失点。

 

 

 

そして立て続けに連続失点を許し、気づけば2点ビハインドの展開となっていた。まるで、2006年の悪夢の再来ともいえるあの試合を思い出させる。

 

 

「中央防ぎきれていないね」

 

「――――――中央のターゲットマンが増えたことで、ディフェンスのずれが起きたんだ」

 

青葉は、颯とともに試合を見て判断した。

 

「確かに左サイドであそこまで崩されるのは問題だが、本質はそれだけではない」

 

仮にクロスボールを上げてもしっかりマークがついていればいずれの失点も防ぐことが出来た。

 

 

「ディフェンスが対応するまでは左サイドが粘ってほしかったというのはあるかな。ただ、前半から左SHは守備に終われる時間が多く、やけにサイドバックが高い位置にいたようにも見える」

 

サイドバックの攻撃参加は現代サッカーにおいても別におかしいことではない。しかし、サイドハーフの疲弊を見るに、過剰なほど行われていたのも事実だ。

 

「4-2-3-1は基本的にサイドハーフの運動量が求められる布陣なんだ。90分間フルで活用となると、できる選手も限られてくる。サイドでプレーできる選手を投入するべきだったかな。しかし、今の代表はそんな簡単な采配でうまくいくわけでもない」

 

ではだれが、サイドのケアをしていたのか。

 

そのカバーをボランチの選手が前半は行っていた。空いたサイドをケアするバランサーがいたのだ。しかし、後半になるにつれて運動量は落ち、替えの効かない選手であったために対応が遅れた。

 

敗因は、そのボランチの替えとなる控え選手がいなかったこと。劣勢となってバランスが崩れた際に生じた守備の穴を、ケアできなかったことだ。

 

恐らく監督もそれをわかっていた。しかしわずかな遅れが致命的な展開を生み出してしまった。

 

 

 

「――――あくまでフルでの映像を見た俺の私見だよ。サイドバックが上がらざるを得ないほど、日本は枚数が足りなかった。そのリスクを背負わなければならないほど、攻め手に困っていたんだ」

 

 

とはいえ、実力的な差はほとんどなかった。チーム全体の意思統一がしっかりしないまま後半に入ってしまったことが敗因。コートジボワールは逆転までの展開を全員で共有していたことが勝因につながった。

 

個人の力で負けていると叫ばれているが、この試合はチームワーク、ベンチワークでも負けていたといっても過言ではない。

 

「―――――日本は次の試合に勝てそう?」

颯が青葉に尋ねてくるが、どことなく察しているような雰囲気だった。

 

ブラジルワールドカップでの日本代表の次の相手はギリシャ。前評判では惨敗してもおかしくない相手だ。もしくは完封負けすらあり得る相手だ。

 

「――――ギリシャ次第かな。厳しいことを言うけど、勝率はかなり下がるね」

 

 

 

日本代表の強化試合をリアルタイムで見たかった逢沢駆も彼らと同じように映像を見ていた。

 

「―――――――――――」

 

 

―――――結果がすべてなんだ

 

ここから4年後のメンバーに選ばれたとすれば、自分は19歳。19歳の自分は何をしている。どのリーグでプレーしているのか。

 

 

――――個の力じゃない。連携でもないんだ

 

あらゆる視野の広さで負けている。視野広いからパスコースを見つけることが出来る。気づき、判断し、行動する速度が速いだけ。

 

サッカー脳が足りない。もっとスピーディーに、もっと冷静に。心は熱く、頭は冷静に。

 

 

「駆兄?」

妹の美都が声をかけるまで気づかなかった駆。険しい表情が多い彼を心配していたのだ。

 

兄の傑にも似た、鋭い眼光で試合を見ている。あの明るい逢沢駆ではない。

 

心臓移植をしてからの逢沢は何かが変わっている。

 

「――――――ごめん。さすがにリアルタイムでは見れなくてさ」

 

もうニュースで知っているはずの試合を見ている駆。ここで作り笑いをしてしまう。

 

「―――――日本、負けちゃったね―――――」

辛そうにその事実を悲しむ美都。サッカーに詳しくはないが、兄たちが情熱を注ぎ、一つの到達点でもある日本代表の戦いぶりに落胆しているのだ。

 

美都は考えてしまう。もし、逢沢傑のような存在があの代表にいれば、勝てていたかもしれないと。

 

そんな彼女の様子を見抜いてしまった駆。何かを言いたそうな雰囲気で分かってしまう。

 

「―――――もしあそこに兄ちゃんがいても、結果は変わらなかったと思う」

 

兄を尊敬していた、駆の口から出たのは信じられない言葉だった。

 

「でも、日本は惜しい攻撃があったよ。もしゴール前で――――」

尊敬していた兄ならやれていたと思わずしゃべってしまう美都。それに対し駆は首を横に振り、

 

「いくら兄ちゃんでも、フィジカルの完成した相手選手に潰されているよ。それに、試合の流れを変えることが出来ても、決定的な仕事をするゴール前の選手がいない」

 

―――――エリアの騎士、か。

 

かつて兄が模索した日本に足りない存在。

 

 

――――これが世界と日本の差。

 

世界には、高校生の年齢でプロデビューをしている選手もいる。20歳が主力のチームだっている。

 

 

――――でも、遠くを見るだけじゃダメなんだ。

 

 

目の前の試合に集中できない選手は、すぐに頭打ちになる。しかし湧き上がる衝動は抑えきれない。

 

 

必ず、日本代表に入る。2018年の本選に出場して、日本を勝たせる。

 

 

 

兄の志したワールドカップへの夢を背負わなければならないのだと。

 

 

 

それでも、目の前の残酷な事実が、彼に教えてしまう。

 

 

世界と日本の距離はこの瞬間も広がり続けている。縮まったと思えた差は、また引き離されようとしている。

 

————もし、僕が兄ちゃんに呑まれたら、日本は強くなるのかな

 

 

意識が混濁し、自分らしからぬプレーをしている現象。まるで自分には無理だから変われと、兄に言われているような気がして。

 

 

————嫌だ。僕は僕のまま、兄ちゃんの夢を継ぎたいのに

 

 

こんな半端な自分では、誰にも、自分自身にも誇れない。まるでずるをした気分になる。自分の意志で、それを行えたならいいが、あまり覚えがないからこそ問題なのだ。

 

————教えてよ、兄ちゃん。一体僕に、何を言いたいの?

 

自覚しない才覚に振り回され、騎士見習いの光は闇に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




傑「——————」

初代青葉「—————立ったまま、死んでやがる・・・そもそも俺ら死んでたわ。いや、俺はどうなるのかな、死んだのか、それとも消されたのか」

傑「俺は信じているぞ、駆。信じているからな・・・・」(遠い目

初代青葉「だな。乗り越えたら、駆はとんでもない選手になる。俺も応援しているぞ。さてと、俺もいくか」


傑「何処に行くんだ、青葉?」

初代青葉「そろそろ約束の時間だ。今日もあの大馬鹿野郎に泣きを見てもらう。俺以上のバカ野郎だからな、奴は」

傑「・・・程々にしろよ?」



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第十三話 登り始める後継

お待たせしました。


試合当日―――――

 

江ノ島メンバーは、真剣な表情でピッチに立っている。この前の日本代表の試合を見ていた者もいるだろう。一部の選手は感化されている。

 

何しろ、相手はあの優勝候補の一角だ。

 

 

湘南大付属はフォーアロウズと呼ばれる守備能力の高い選手を最終ラインに置き、堅守速攻が武器のチームである。

 

本田、日比野、比留間、西尾。この4人の鉄壁の守りに加え、日比野のキャノンフリーキックが得点力不足のチームを一躍優勝候補にまで押し上げたのだ。

 

そして中盤には脚力に絶対の自信を持つ九十九と呼ばれる経験の浅い選手もいるが、要注意人物でもある。

 

 

 

江ノ島と湘南大付属の試合を見る人物―――――レオナルド・シルバは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

―――――さぁ、試合になればその本性を出してくるはずだ

 

 

シルバは、駆の中で傑が生きているとはこれっぽっちも考えていない。

 

 

――――あれは紛れもなくお前の実力ダ、カケル

 

 

なぜあれをいつもできないかは知らないが、少なくとも亡霊が出てできるようなものではない。

 

 

亡霊に現実で何かをできる力はない。駆の中の何かが、それを台無しにしているのだ。

 

集中状態に入った彼には可能で、普段の集中している彼には不可能。

 

追い込まれたら、きっと顔をのぞかせてくれる。

 

――――さぁ、見せてくれ。お前の力ヲ!!

 

 

獰猛な笑みが静かに姿を現す。シルバは、その瞬間が見たくてこの会場にやってきたのだ。

 

 

 

 

 

試合は前半から江ノ島ペースで進む。

 

 

「ほらよっ!」

 

 

真ん中でキープする荒木から右サイドの青葉へ。

 

 

「奴にスピードに乗らせるな!!」

 

ホンダからの鋭い指示により、青葉には特にきついマンマークが行われる。ぴったりと張り付き、トラップも警戒した距離感を維持する湘南の中盤――――

 

「―――――」

 

中に絞る動きを見せ、細かいパスワークでの突破を狙うかに見せた青葉。

 

 

そのまま得意のドリブルフェイントを見せ、いよいよ本領発揮と思いきや

 

 

「っ!?」

 

ここで中へ切り込むと見せかけた左足のヒールで、トリッキーなパスを選択。スピードに乗った八雲が青葉を追い越すオーバーラップ。

 

 

キープレーヤーでもある青葉の中に絞る動きにつられ、八雲の動きに対応できなかったのだ。

 

 

しかしこれは先制パンチにも似た諸刃の剣。単純に二度目が通じるわけではない。

 

 

 

――――あの試合から、俺に出来る仕事は守備だけじゃねぇ!

 

 

守ってばかりのSBの時代はもう終わっている。

 

 

 

縦に不覚ドリブルで切り込んでいく八雲の動きについていけない湘南大付属。真ん中には高瀬が存在感を出し、ファーサイド付近からは逢沢がセカンドボールと大外のクロスに対する準備を行っている。

 

――――どうする? ここでもし大外なら――――

 

逢沢は考える。ここでもしボールが渡った場合、どうやってゴールから逆算するかを。

 

カットインからのシュート?

 

それとも折り返してのクロスで高瀬に託すか?

 

 

しかし、八雲が選択したのは高瀬へのハイボール。

 

「っ!!」

 

フォーアロウズの田中、日比野の寄せに対してもしっかりとポストプレーを成功させた高瀬が落とした先には―――――

 

 

「ドンピシャすぎるでしょ!」

 

ここで真ん中の荒木にボールが渡る―――――

 

 

 

――――ラインが上がった? 

 

 

荒木へのプレス、ミドルもドリブルも許さない湘南大付属のディフェンス。そして、

 

「―――――」

 

横から八雲が回り込んできた。荒木からいつでもボールを貰える位置、かつダイレクトミドルを狙う間合い。

 

 

そんな中、逢沢の取るべき選択は限られていた。

 

 

 

ほぼすべての可能性の中で荒木が選択したのはミドルシュート。

 

彼のシュートが放たれる。

 

「撃ってきたぞぉぉ!!」

 

ブロックの壁を乗り越え、曲がりながら落ちるミドルシュート。しかし―――

 

「っ!! らぁぁぁ!!」

コースを限定していたのが幸いしたのか、これをパンチングで防ぐ。セカンドボールが点々とする。

 

荒木のプレーから動き始めるフィールド。江ノ島、湘南大付属の両選手がその瞬間から誰よりも早く動こうとする中、

 

 

「っ」

 

そのセカンドボールを拾ったのは、スタート時点で他を圧倒していた逢沢駆。

 

 

—————今は、分からなくていい。

 

試合に入った瞬間、悩みは忘れていた。

 

 

—————目の前に、僕を意識してくれている人がいた

 

 

亡霊とはサッカーができない。しかし、生きている人間とはそれができる。しかも、サッカーから足を洗いかけていた自分を忘れていなかった友人がいた。

 

 

—————本気で来い、駆っ

 

 

自分の全てを、成長を実感する今の自分の全てを見せつけたい。試合でプレーする喜びを、忘れそうになっていた。

 

 

 

その類まれな精神力と、スイッチが入ったことにプレーにキレが生まれ始めている駆。気分が乗り、乗りに乗っている最高の状態が上がり続ける。

 

 

 

そんな彼は、誰よりも先にボールを予測し、その零れ球に反応したのだ。

 

「なっ!?」

 

ファーストラップから何から何までが完璧だった。寄せに来ていた相手を手で押さえつつ、いなしたのだ。まるで、闘牛士の如くその突進を掻い潜るかのような身のこなし。

 

 

 

駆の前に、道が出来た。

 

 

 

 

ラン・ウィズ・ザ・ボール。ボールを大きく目的の場所に蹴り、最高速で自分を運ぶ。しかし、トラップで誰かを抜いてもその先にブロックがあった。

 

 

 

そう、待ち望んでいた彼だ。この試合で最も成長した自分を見せつけたい相手。

 

 

 

「行かせるか!!!」

 

高瀬と競り合っていた日比野がこの時を待っていたかのような対応。逢沢の前に立ちはだかる。

 

 

――――日比野ッ!!

 

 

シュートは絶対に打たせない。その強い思いがにじみ出ている。このままのタイミングでは止められる。

 

 

しかし、シザース、ダブルタッチではフェイントが大きすぎる。何より密集した場所ですれば、他の選手に潰されてしまう。

 

 

ここで一番有効なテクニックは――――――

 

 

逢沢は強引に右足でシュートモーションに持ち込む。小細工は難しいと判断したのか、速いモーションでゴールを狙う動きを見せたのだ。

 

「っ!?」

 

かつて自分の靱帯を破壊したときのことを忘れたことがないはずの彼が、ここで打つ覚悟を見せたことに日比野は心の中で歓喜する。

 

 

――――そうだ!! 全力で来い!! 駆っ!!

 

 

ピタッ、

 

 

しかし、シュートの瞬間は訪れない。体を投げだした日比野の視界の先には、

 

 

 

「――――――ハッ!!」

それを見ていた青葉は笑う。ゴール前での憎らしいほどの冷静さ。

 

 

逢沢は足裏でボールをぴったりと止め、キックフェイントを行ったのだ。意表を突く奇抜なプレー。

 

 

それは、宮水青葉が好んで使う、クライフターン擬き。しかしここで終わらない。模倣を超えたプレーをしてこそ一流だ。

 

 

さらなる道が出来たところで、ダブルタッチで加速していく。駆はその名の如く、ゴールへの道へと駆け抜けていく。もはや、気弱な性格が目立つ彼ではない。

 

 

この瞬間、彼は確かにエリアの騎士だった。

 

 

 

—————小さな動きで、簡単な動きで。それを無駄なく行うことが、

 

 

鼓動が強くなる。しかし、駆にはなぜか怖さが湧かなかった。

 

 

――――これが、ドリブルの緩急

 

 

そして体勢が崩れている日比野の真横を通り過ぎる逢沢は、止めた右足でボールを転がし、湘南大付属が開けてしまった致命的なスペースに侵入した。

 

 

そして、相手選手が詰める前に、左足で力強く振り抜いたのだ。

 

 

――――相手の意表を、相手の想像の先を行く。

 

 

フィジカルが足りない。加速力も足りない。なら、頭で戦うしかない。

 

 

 

ゴールに吸い込まれたボールが、ネットを揺らしている光景を見て、逢沢はそれを強く意識する。

 

正攻法で行くのか、それとも意表を突くのか。

 

周りを見ろ。ルックアップしろ。

 

――――視野を広めることと、パスを出すのはイコールじゃないんだ

 

 

「―――――僕は、何が何でも点を取る」

 

日比野の前で宣言する逢沢。今の自分がいるポジションはMFであり、FWではない。

 

それでも、ゴール前で自分のできることを、できる範囲で確実に。

 

 

「僕は、ストライカーなんだ」

 

 

江ノ島の20番が、この大一番で突破口をこじ開けた。

 

「うぉぉぉ!!! 何だよ今の!! ピッチ全体が止まったようなフェイント!! 憎らしいほど冷静だったじゃねぇか!!」

 

その20番の背後に、兵藤が抱き着いてきた。

 

 

「俺も一瞬何が起こったのかわからなかった。時間が止まったんじゃないかと思ったら、一人だけ逢沢が動いていて―――――」

高瀬も、駆の方へと寄ってきたが、一連の動作に戸惑いを隠せない。

 

 

「――――――――」

そして荒木は、どんどんあの男に近づいていく駆のプレースタイルに言いようの無い感情が心中を渦巻いていた。

 

 

――――兄弟だから、なのか?

 

 

生き写しの様だ。駆の実力がメキメキと上がっているのは最近の意識の高さでもわかる。

 

しかし、なぜ奴がやりそうなプレーをあそこまで完璧にできるのかがわからない。

 

――――お前の夢は、まだそこにあるのか?

 

 

逢沢兄弟が大きな事故に巻き込まれたことは知っている。その結果、駆が生き残り、傑は死んでしまった。

 

何かがあったのだ。そこで、その直前に何かが。

 

 

 

 

 

結果を出した駆はそれでもあまり笑みを浮かべない。これぐらいなら、兄は簡単にできたはずだと。

 

—————でも、一歩ずつ兄ちゃんに近づいていくよ

 

それが駆がサッカーを続ける理由の一つでもあるからだ。まだまだ彼には届かないが、それでもその憧れに近づけられるように。

 

 

兄が自分に何を伝えたかったのか。何を託してもらったのか。

 

 

————分からないなりに、考えて、サッカーを続けていくよ

 

 

どれだけ悩んでも、答えは出てこない命題を前に、駆は一時的に回答を放棄していた。今はわからなくていい。目の前で闘志をむき出しにしてくる友人を前に、それは無粋だ。

 

 

—————僕が勝つべき相手は、目の前の日比野だ。

 

 

試合に兄が出ているわけではない。

 

 

————湘南に勝つんだッ!

 

 

少しずつ、暗闇を抜けていく騎士見習い。陽が明けたころには、どうなっているのか。

 

 

 

 

ベンチ前では、ゴール前で決定的な仕事をした逢沢駆の姿に喜び合う面々。

 

「凄い。簡単なフェイントでフォーアロウズの一角を抜き去ったぞ」

 

「ああ。まさに時が止まったかのようなフェイント。目の前であんな冷静に動かれたら、こっちはたまらないぞ」

 

 

ベンチの錦織と不動は、守備側の立場で今の動きを見て驚愕していた。もし逢沢が鎌倉学館に進学していたら、厄介な存在になっていただろうと。

 

「―――――駆? 本当にどうしちゃったの?」

しかし美島の見た感想は喜びよりも不安のほうが大きい。

 

ゴールを決めて喜ぶはずの駆に笑みはない。すぐに切り替えて自陣へと引き上げる彼の顔を見ることが出来ない。

 

 

――――あのゴールから、駆がおかしくなっている。

 

身に覚えがないと、あまり覚えていないと彼が言ったルーレットからの鮮やかなゴール。自分の体を誰かに勝手に動かされたような気分だった、と漏らした彼は感情をためていた。

 

今も、先制ゴールを決めた喜びよりも、次のプレーに既に切り替えている。それは良いことなのだが、あまりにも彼らしくない。

 

「―――――――」

それは岩城も感じていたことだ。

 

 

彼の体のことは知っている。そして、今ではカウンセリングがついていることも。

 

――――彼の精神状態は不安定だ。一体どういうカウンセリングをしているんだ

 

知人が担当しているとは聞いている。しかし、これは―――――

 

 

 

 

 

 

試合が再開される。江ノ島高校は駆のゴールでがぜん勢いづき、前半の34分にまたしてもビックチャンスが生まれる。

 

 

 

「っ」

フォーアロウズはあくまでディフェンス。ゆえに攻め上がりにも時間がかかり、中盤での優位性を誇る江ノ島のボールをカットされる。

 

「コースが甘めぇんだよ!!」

 

荒木の守備が光る。真ん中でフィジカル勝負ではなく読みによるパスカットで、一気にカウンターの局面。

 

 

ここで最も信頼できるのはあの男だ。

 

 

「決めてこいっ、青葉!!」

 

 

カットした後のツータッチ目で前にロングボールをけりこんだ荒木。そこに走りこむのは勿論江ノ島が誇るサイドアタッカー青葉。

 

 

「何という速度だ」

 

高瀬の位置を素通りし、厳しいと思われていた荒れたパスに追いつく。

 

 

3段階で、加速のタイミングと走る角度を変えた青葉の動き出し。ステップワークによって、フォーアロウズの中央をぶち破った青葉。

 

 

「なぁぁ!?」

逢沢の存在感に気を取られ、中央に致命的ではないほどの隙間が生まれていた。

 

 

しかし、青葉にとっては十分すぎるほどの歪み。

 

本田マイケルが追いすがるも、ドリブルをしている青葉のほうが速いという異常な体験をしてしまう。

 

 

――――本当に日本人か、こいつ

 

 

まるでテレビの向こう側にいるアフリカや南米選手のような速さ。そしてこちらの一瞬の隙をつくオブ・ザ・ボールの動き。

 

 

キーパーとの一騎打ち。前に飛び出してくる。

 

 

「――――――」

 

 

これを冷静に躱し、無人のゴールネットに流し込んだ青葉。緩急によるチェンジ・オブ・ザ・ペースであっさり抜き去る何でもないプレーでも、華がある。

 

 

これで2点目。今大会未だ無失点と言われた湘南大付属のゴールネットが、早くも2度揺らされている。

 

 

江ノ島高校の攻撃力が鉄壁と言われた湘南の壁を打ち破る姿にライバル校はげんなりしていたり、警戒を強めたりしていた。

 

 

「―――――駆のゴールから、一気に流れを掴みましたね」

 

 

「――――ああ。所々あいつの動きがかぶって見える。奴ならやりかねない。そんな雰囲気だ」

鷹匠は佐伯の言う駆の動きについて不審な目で見ていた。そしてその感覚の正体が、逢沢傑ならやりかねないプレーを見せたという事実に直結する。

 

 

「―――――駆が、傑さんの動きを?」

信じられないといった表情で思わずピッチの彼を見る佐伯。

 

 

「―――――決して不可能ではない。傑のボールを蹴る姿を一番見ていたのは、他ならぬあいつだ。」

 

 

「だが、不思議だ。そんなことが出来るならば、今までできなかった理由もわからん。高校で化けたのか?」

 

 

佐伯は、駆が傑の心臓を移植されていることを知らない。しかし、言いようの無い不安が脳裏に駆け巡った。

 

――――傑さんの真似をしたところで、あの人はもう――――

 

この世界のどこにもいない。

 

 

一方、このままだと準決勝で江ノ島と当たることになるであろう葉陰学院の主将でもある飛鳥亨は、江ノ島の両サイドに脅威を感じていた。

 

「―――――宮水青葉に、荒木竜一。そして逢沢駆、か」

 

「確か、あの伝説のトップ下の弟で――――やっぱり兄弟なんでしょうか」

その飛鳥を慕う鬼丸は、逢沢の動きを見て兄弟両方が上手かったということなのでは、と軽く考えていた。

 

 

「―――――あの動きに、俺は一度やられている」

真剣な目で、飛鳥は語る。

 

「――――まさか、そんな――――偶然でしょう?」

兄弟だから、同じ動きを真似ても不思議ではない。

 

 

「逢沢傑の動きそのものだった。戦ったからこそわかる。となれば、相当に厄介だ」

 

 

「―――――それは、そうかもしれませんが……」

 

同じシチュエーション。適切なタイミング。動きの質。それはサッカー経験者ならいやというほどわかる回答。

 

そんな瞬間は二度と訪れない。

 

奴ならこうするであろう想像を、逢沢駆はミスなく完璧に模倣したのだ。

 

「―――――ダークホースでもなんでもないぞ、奴らは。世代別代表クラスが二人いる」

攻撃陣だけを見れば、世代代表クラスが二人いるのだ。

 

 

「特にお前は、奴とのマッチアップになるだろう。」

 

そして飛鳥はあえて世代代表の中に彼を入れなかった。

 

「―――――二人って――――でもそんな――――」

自分がマッチアップする存在は、世代別代表に選ばれる器ではない。

 

選んだうえで、彼が応じるかどうか。そのぐらいの関係性だ。

 

すなわち、

 

「奴はもうオリンピックの代表にすら選ばれる選手だ。」

 

一人だけ次元が違う、入る場所を間違えた存在。

 

 

「だからこそ止める。あの試合で奴を好きにさせることが、こちらの敗北につながる」

葉陰学院は、中盤の要である荒木竜一と、両翼のアタッカーを相手にしなければならない。

 

 

 

前半が終了し、湘南大付属は真っ向勝負でこちらのディフェンスを打ち破る江ノ島のやり方に苦渋の表情をしてしまう選手がほとんどだった。

 

マッチアップする選手を選び、それぞれがポジションチェンジすることで対応するフォーアロウズの守備。そんなものは関係ないと言わんばかりに――――

 

――――ここまで、お前は凄くなっていたのか? 本当に、凄い奴だったんだな、お前は

 

日比野は、逢沢に鮮やかに突破されたシーンを思い出す。

 

――――ここまでの差がなぜ?

 

本田マイケルは、宮水青葉を止めきれなかったことへの悔しさを感じていた。

 

 

後半16分には青葉のクロスボールに反応した高瀬が打点の高いヘディングシュートで追加点。

 

 

ペナルティアリアの外側付近には荒木が動き出しを行い、中に絞った逢沢がニアにダイアゴナルに走りこみ、高瀬のスペースを作ったのだ。

 

 

――――あとはお前の位置取りだけだぞ、高瀬

 

青葉が目で語っている。これに燃えない男ではなかった。

 

 

一瞬だけ背中でファーサイドに押し込めることが出来た相手をブロックする。フィジカルの強さを空中戦だけで使うのはもったいない。

 

 

そして、一歩の下げの後に鋭く―――――

 

 

――――プル・アウェイで動くッ!!

 

 

逆取り。歩幅が大きく、高さのある高瀬の強烈な動き出し。いかにフィジカル自慢といえど、ステップワークを完璧に行った高瀬をつぶすことはできなかった。

 

相手を振り切った状態でそのシュートを決める。キーパーは止められない。

 

「高瀬も決めたぁぁ!!」

 

ゴールネットを豪快に揺らした高瀬に輪が出来る。

 

「おっしゃぁぁ!! これで3点差!!」

 

「ナイスクロス青葉!」

 

「このまま攻めまくるぞ!」

 

 

 

対する湘南大付属の後半、五本目の矢を投入したが、

 

「えっ!?」

 

宮水とのマッチアップで散々転ばされ―――――

 

「うっ、なんで!?」

 

 

なぜ脚力に自信のある自分が簡単に振り切られる、と言いようの無い恐怖を感じ始めていた。

 

 

「素人はピッチに出ろ。」

 

凍り付くような声で、青葉は口に出してしまう。

 

――――獣のような動き。その反応の良さはいいが、

 

 

サッカー選手でもない素人に、

 

 

――――ボールは、与えられないな。

 

 

そんな機会は、認められない。

 

後半、わざとその5本目を疲弊させるように、宮水はその選手に突っ込んでいく。巧みなフェイントで散々足を使わせ、湘南大付属の苦肉の策を真正面から叩き潰すためだ。

 

先ほども宮水に食らいつこうとした九十九だが、さんざんに躱され出場早々疲弊した姿になっており、おまけにクロスボールで追加点まで許してしまった。

 

呆然自失となっている九十九。冷ややかな目で見つめている青葉。

 

 

「―――――容赦ないなぁ、あいつ」

兵藤が震えた声でつぶやく。

 

あの選手はもう泣きそうな目で宮水に突っ込んでいくが、それを難なく躱し緩くドリブルを開始する。

 

「俺もあそこまで徹底的にはなれないわ。いくらムッとしててもさ――――」

荒木も、そんな青葉の姿を見て、ひきつった笑みを浮かべる。

 

彼ら二人の眼から見ても、5本目の矢、九十九選手が素人であることは理解した。が、湘南大付属の半端な希望を叩き潰すにしては、ひどすぎる。

 

そして、ここで九十九を転倒させた後に中へ切り込み、球足の速いボールを荒木にぶつける青葉。

 

――――思いやりの欠片もねぇなぁ青葉

 

しかしそのパスはこれ以上なく有効で、荒木にとっては簡単なものだ。

 

荒木の背後から逢沢がするするとダイアゴナルに走り、一瞬だけ荒木を見て速度が弱まる。

 

 

――――はぁ、もう本当に可愛げがねぇなぁ

 

そのプレーを要求する逢沢の欲張りぶりは、選手として頼もしいからこそ、彼に不満はない。

 

 

トンっ

 

青葉からのボールをダイレクトに右足の甲に乗せた荒木はそのまま軽く足を上げることで、塞がれていたパスコースを作り出したのだ。

 

 

ループ性のラストパスに反応しているのは要求した彼一人のみ。

 

 

―――なっ!?

 

日比野はパスコースが平面にふさがれたことで安心してしまっていた。ダイレクトプレーが得意で、魔法のパスとさえ言われた荒木のことを理解しきれていなかった。

 

自分には見えていないものを見て、一歩先を行く駆に追いつけない。

 

 

――――何がお前をそこまで駆り立てるんだ、駆っ

 

ダイレクトボレーシュートを地面にたたきつけ、コースを微妙に変えた駆。反応したキーパーはよくやったが、コースまでは見切れなかった。

 

今日2点目となる得点を決め、ここも安堵の表情を浮かべる駆。

 

――――そうだ。僕のままでも十分やれる。

 

 

 

――――僕は、ストライカーなんだ!!

 

 

 

さらに追加点。ダメ押し点ならぬ死体蹴りにも等しい得点に、心を折られる湘南大付属。

 

 

ここで湘南大付属にとっては幸運なことに、逢沢と宮水が下がる。途中出場する的場と火野が入ることにより、前線のターゲットマンが二つに。

 

中盤ではドリブルの上手い選手が維持されることになる。しかも、フレッシュな存在だ。

 

 

一方的な展開のまま、江ノ島高校は結局日比野のキャノンフリーキックを許すことなく、5対0で圧勝。火野の今大会初ゴールで優勝候補とまで言われた湘南大付属を下した。

 

「―――――やったよ、セブン」

逢沢は爆発するような笑顔こそ浮かべなかったが、準決勝進出に喜ぶ美島と目が合い、ぎこちなく笑みを浮かべる。

 

しかし、自分のプレーには満足していなかった。自分には決定機がいくつもあったはずだ。

 

なぜ自分は決めきれなかったのか。相手は何を考えて行動したのか。映像で検証する必要があると強く感じた逢沢。

 

反省会の最中で見られるだろうと考えた駆。現状できたことと、課題を見つけ、成長につなげなければならない。

 

何となく勝ち上がって、何となくうまくいく。それではだめだ。

 

試合後、湘南大付属の日比野と話す機会を得た駆。

 

「―――――とんでもなく強くなったんだな、駆は」

 

参った、と悔しそうだがやり切った笑みを浮かべる日比野。

 

「――――まだ弱いよ。僕は、もっと強くなりたいんだ。」

謙遜でもなんでもない。逢沢はそれを本気で考えていた。それを見た日比野は駆の意識の高さに舌を巻いた。

 

――――俺の爆弾よりも、重いのかもな

 

 

兄が死んで、何か心の変化があったのかもしれない。それは日比野が知るべきことではない。

 

「―――――兄ちゃんはもし、ワールドカップの試合を見た時、どんなことを言ったかな」

ぽつりと、駆はそんなことを日比野に尋ねた。

 

「――――まあ、そりゃあ左サイドがぁ、とか。パスがぁ、とかいろいろ言うかもしれないだろうな」

 

目に見えてパスが通らず、左サイドを崩されたら、文句の一つや二つは言いたくなる。

 

 

「日本には、ペナルティエリアの中で仕事のできる選手が少ない。きっとその言葉をまず先に言うと思う」

 

 

「駆?」

日比野と会話をしている場面に近づく美島だが、迂闊に近づけない。入りがたい雰囲気があった。

 

 

「――――駆、まさかお前―――――」

 

最後に逢沢傑の言った言葉が、そうなのか。

 

 

「兄ちゃんの思う選手にはなれないと思うけど、心はストライカーだって思い続ける。」

サイドでプレーし、二列目から飛び出していく。ドリブル突破やいろいろな抜け出しを覚えなければならない。

 

ストライカー以外に求めることがある。

 

「青のユニフォームでそんな存在になる。そう考えたら、僕はまだ力が足りないんだ」

課題を考えれば、駆は立ち止れない。見果てぬ夢を夢見た兄の遺志を継ぐために。

 

 

 

15歳で代表を視野に入れる。昔の臆病な彼ではできない芸当だ。

 

 

――――どこまでもサッカー、なんだな。お前は

 

 

変わったと思っていた。プレーぶりを見る限り、駆は変わってしまったと。

 

 

しかし本質は変わっていない。むしろ、鋭くなった。

 

あの頃から抱いた夢は、少しも色あせていないのだ。

 

 

そして、駆に火をつけたのはあいつなのだろう。

 

――――駆は凄かったが、暴れまわったあいつには――――

 

まだまだ余力を感じさせるような。まだまだ本気を出していないような気がする。

 

得点を決め、バランスを考え、決定機を演出する。

 

前半の終わりごろから、流しているようにさえ見えた。しかしそれでいてこちらの左サイドで決定的なボールすら通さない。

 

守備でも手を抜くどころか、攻撃時よりも気合が入っていた。

 

もし攻守で全力になれば、どうなってしまうのだろうか。

 

もしかすれば、葉陰学院でそれが見られるかもしれない。

 

 

神奈川総体予選はこれでベスト8が出そろった。

 

 

神奈川の王者、鎌倉学館。

 

鎌学のライバル、葉陰学院。

 

しかし、同ブロックには今大会最多得点を誇る江ノ島高校が突き進んでいる。

 

葉陰学院対江ノ島高校の試合の勝者が、鎌学と激突する。

 

熾烈を極めるブロック。制するのはどこだ。

 

 




傑「——————(´;ω;`)ブワッ」

初代青葉「よかったなぁ」



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第十四話 化学反応

懐かしの再登場メンバーが複数現れます。


湘南大付属との試合に勝利した江ノ島メンバー。

 

 

どうやら近場でお祭りがあるようだが、

 

「すみません。ちょっと家族の用事がありまして――――」

 

宮水青葉は家族の用事があると言い、お祭りへの参加を辞退する。

 

「―――――すみません。少し調べておきたいことがあって」

 

そして美島に誘われたにもかかわらず、それを断ってしまう逢沢。

 

 

「―――――青葉は仕方ないにしても、駆? どうしたんだよ?」

逢沢らしくない返答に戸惑う兵藤。

 

「ちょっと、この前のギリシャ戦を映像で見ておきたいんです。」

 

逢沢はトップチームでの現状と、自分ならばどうするのかを考える課題をもってその試合を見る。

 

そして、望みが薄い三戦目での勝率を考えるという、想像すれば鬱になる作業に勤しむのだ。

 

「――――熱心だなぁ、逢沢は」

荒木は、少しは休むことも必要なのでは、と考えたが最近の駆に頼もしさを覚えているので深くは追及しなかった。

 

 

 

その後、江ノ島FC恒例のビーチサッカー練習を行う一同。先発出場を果たし、青葉とともに予選大会得点王を争う間柄でもある駆は、彼とのマッチアップを繰り返していた。

 

「このっ!!」

 

「むっ」

 

なかなか抜けない。あの青葉が苦労していたのだ。その光景に一同は驚く。

 

――――駆がまともにやり合っているぞ

 

 

――――おいおい。チームのエースの座までいただいちまうのか!!

 

ざわざわとするメンバー。しかし――――

 

「―――――しかし甘い」

 

ここで青葉の新技、エラシコがさく裂。2つ目の切り返しまでは反応したが、

 

「っ!!」

 

3つ目の切り返しでついに体勢を崩してしまう駆。そのまま何とか前には進ませないよう追い縋るが――――

 

フッ、

 

青葉の姿勢が後ろに流れる。この局面でまたしても切り返し。今度はボディフェイント。

 

そしてその動きに反応したことで勝敗がついた。

 

「あっ!!」

 

それはただのフェイク。青葉のチェンジ・オブ・ペースに過ぎない。一瞬で間合いから抜け出され、突破されてしまった駆。

 

しかしここでは終われない。追い縋るが青葉は既にクロスボールを上げていた。

 

「工藤さん!」

 

曲がりながら弾道が工藤の頭部へと迫る。絶妙なコースにとんだクロスボールに合わせることは難しくなかった。

 

 

これで中々崩れなかった均衡がついに崩れた。駆も青葉を苦労させたが、まだまだその背中は遠いと彼は痛感した。

 

 

――――さすがは兄ちゃんが認めたサイドアタッカーだ!

 

しかし負けない。劣っているのなら、それを真似る。自分にないものを一杯吸収するのだと闘志をむき出しにする。

 

――――でも負けない。負けたままでは終われないっ!

 

 

そんな風に青葉に食らいつく姿は他の部員にも刺激を与える。

 

 

「ほんと、駆の奴、いつの間に熱血キャラになっちまったんだ?」

荒木は、青葉に果敢に勝負を挑む駆に苦笑い。

 

「向上心と意識の高さが其れを物語っている。お前はもう少し、不摂生をただすんだな」

織田は駆のことを気にする前に自分のことを何とかしろとジト目で見る。

 

「――――お、おう。」

 

 

その後、スポーツドリンクがなくなったので、青葉とともに駆は買い出しに向かうことになるのだが、

 

 

「けど、やっぱりすごいね。惜しいところまで行くのに、最後の最後までボールが取れないよ」

 

「まあ、俺も一応それなりのことをしてきたつもりだからさ。簡単に奪われるわけにはいかないって」

 

談笑しながら自販機の前にやってきた二人。そこには金髪の美少女がたっていた。

 

「ん?」

 

青葉は辺りをきょろきょろとする少女に気づく。そして、彼女は確か颯に出来た友人だったと記憶している。

 

――――あの子は確か、なでしこの

 

東京にいるはずの彼女がなぜここにいるのか。疑問がわいた。

 

 

――――どうしたんだろう。この辺りの人じゃなさそうだけど

 

駆は駆で、何かを探しているのだろうかと考えた。

 

 

「あのぉ、ここで江ノ島高校が練習しているって聞いたんですけど」

 

 

「?? あぁ、そうだが――――」

 

「へぇ、じゃあやっぱりサッカー部なんだね♪」

少女は目を輝かせながら辺りを見回す。

 

――――オーバーな子だな

 

いい意味で日本人らしくない。

 

「で、今も日本のフェノーメノって呼ばれているんでしょ? 相変わらず、半端ないね、アー君」

 

 

「――――自分から名乗った覚えはないけどね、それと、まあ親しみやすいあだ名ではあるけど――――」

その名を名乗れるレベルに、自分はまだ辿り着いていない。謙遜する青葉。

 

そして後半のアー君というのは、おそらく彼女が考えたニックネームなのだろう。少し気恥しい名前ではあるが、悪くはない。

 

「で、そっちは最近神奈川でスッゴイ逢沢駆君だよね?」

 

「――――えっと、僕も青葉ほど活躍できてないですし、まだまだ、です?」

 

最後は言葉がうつろになっていた駆。最近変わってきていると言われているが、美少女を前に語尾が乱れているのは、年相応のふるまいだ。

 

「ねぇ、リトル・ウィッチィは練習に参加しているの?」

 

 

リトル・ウィッチィという単語で、青葉と駆は察した。目の前の少女が誰のことを指しているのか、

 

「うん。美島さんは時々練習に参加しているよ。男子顔負けのプレーぶりだね」

 

 

どうやら美島が練習に参加しているかどうかを尋ねているらしい。なんでもこの前の親善試合で目を付けたらしく、色々とコミュニケーションを取りたがっているという。

 

 

以前は駆と個人練習をしていたが、最近はなでしこで忙しく、駆も青葉との練習を選んでいるので、よくわからないと口にした。

 

そのことで、試合勘をどうやって維持しているのかに驚きを隠せなかったようだ。

 

その後、彼女にも予定があるということなので別れるのだが、最後まで意味深な目をしていたので、二人は怪訝そうに顔を合わせる。

 

「おい。駆は群咲さんと面識は?」

 

「し、知らないよ。僕は初対面だし――――」

 

 

となると、美島と小野寺経由で駆のことを知ったのだろうか、と考えるのが妥当だ。

 

 

結局、深く考えても意味がなく、あまり興味もない内容だった。

 

 

そして近所のお祭り当日。

 

 

「――――長い間、帰っていなかったから、なぁ」

 

青葉が向かうのは岐阜県岐阜市内。糸守町が隕石落下で消滅したこともあり、現在彼の家は岐阜にあるのだ。

 

 

長らくサッカー漬けの毎日で帰ることが出来ていなかったのだ。

 

「――――ただいま、三姉。」

 

 

「おかえりんさい、青葉!」

玄関で出迎えてくれたのは、姉の三葉。現在は岐阜市内で暮らしており、東京の大学への合格を目指し、日々勉強の毎日である。これも、愛の為せるものと言えるだろう。

 

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

そして遅れて四葉もやってきた。小学校高学年で転校という形になってしまったが、すぐに友人も出来たらしい。

 

「――――ただいま、四葉。みんなは元気にしていた? お婆ちゃんの調子はどう?」

 

 

「みんな元気だよ。お兄ちゃんも神奈川で凄いって友達が言っていたし」

どうやら、自分の活躍は岐阜でも聞き及んでいるらしい。四葉の友人はよほどサッカー好きなのだろう。

 

「サッカー少年にいろいろ教えてもらっているのかな? 高校サッカーはコアなファンじゃないと見向きもしないだろうし」

 

「ううん。なんと女の子なんだよ。学校でも運動神経抜群で、凄い。昔の颯姉みたいな」

 

まさかサッカー少年ならぬサッカー少女に名を知られていたとは思っていなかった青葉。少しうれしいと思ったので、思わずほおが緩む。

 

 

「へぇ。それは少しうれしいかな。それに、颯が好きそうな子だと思うなぁ」

 

颯のことをもしかすれば知っているかもしれない。いや、必ず知っているだろう。

 

「うん。未来のなでしこに入りたいって。でも、好きな選手は美島選手らしいよ」

 

なるほど。これは結構なサッカーおたくらしい。しかし、子供がこうやって選手に憧れ、サッカーを好きになることはよかったと思う青葉。

 

しかし残念ながら美島選手のことが好きなようだ。

 

「父さんはまだ仕事?」

 

「うん。最近は県内を飛び回って忙しいみたい。岐阜県を盛り上げるんだって息巻いていたよ」

 

岐阜県の副知事となった宮水俊樹は、その知名度と堅実な仕事ぶりから県内での人気を確保しているらしい。それに、息子たちに、政界への道を強要せず、あくまで自分の信じた道を往く姿勢が受けているそうだ。

 

 

となると、四葉は相当なお嬢様ということになるのだが、方言も相まってそんな雰囲気は感じない。

 

三葉も言い寄ってくる男がいるそうだが、年下の彼氏と上手くいっているらしい。

 

「そういえば。立花君は元気?」

 

「うん。瀧君は凄いよ。この前コンクール大賞に選ばれたんよ。本当に瀧君の絵は綺麗でね―――――」

 

その後30分間ぐらい彼氏の自慢をする三葉。よく目にする光景で慣れている四葉と、予想以上のべた惚れに驚いている青葉。

 

 

「そ、そっか。」

 

「青葉も男前なんやから、すぐに彼女が見つかりそうなのになぁ。」

 

うかうかしていると、婚期を逃すよ、と笑いながら脅す三葉。

 

「まあ、そのうちな。今はサッカーに集中したいんだ」

 

久しぶりに家族の顔を見ることが出来、いい気分転換になっていた青葉。しかし、恋愛について考えるつもりは特にないのが本音だ。

 

――――正直、三姉のような女性ならいいけど―――――

 

周りに女性は少ないのが実情だ。美島はどうやら逢沢にお熱であることがまるわかりで、他も逢沢の小動物で生真面目なところが好きな女性は多い。

 

荒木もモテそうだが、不摂生のせいで人気もイマイチ。織田に関しては固すぎるという評価だ。

 

「まあ、頑張りんさい。青葉の夢は、ロシアワールドカップなんやから」

 

「―――――うん。」

 

昔ブラジルワールドカップの次の大会がロシアと決まった時、青葉はその大会に出ると決意していた。自分を追い込むために、敢えてその目標を掲げた。

 

三姉と颯だけだった。自分の夢を笑わなかったのは。

 

――――口だけではないってことを、証明するために

 

 

誰よりもうまくなりたい。誰よりも速く、誰よりも力強く。

 

 

 

その時、青葉の脳裏にあの子が浮かんだ。

 

――――アー君ならできるよ!

 

見覚えのないはずの、あんな笑顔を見たことがない、彼女の姿。

 

――――私が、保証するもん。アー君は必ず代表入りできるって

 

彼女はその言葉を言った瞬間に、首を横に振りさらに強い言葉を選んでいた。

 

――――必ずなれるよ。エースに

 

だから信じて。貴方のこと。

 

 

「―――――――っ?」

 

一瞬白昼夢のような感覚に襲われた青葉。不思議そうな目で彼を見つめる三葉。

 

「どうしたん、青葉?」

 

「いや、なんでもない。ちょっと気疲れがしただけだよ」

 

 

そしてグループリーグ第三戦目、ブラジルとの試合を見届けた逢沢駆は、憂鬱な表情をしていた。

 

――――上手くなれば分かる、世界とのレベルの差

 

目標は、早い段階で分かっていたほうがいいと駆は考えた。そして、その高い目標を考えれば、動ける時間に動く必要があると決断した。

 

――――兄ちゃんでも、太刀打ちできない世界

 

自分の記憶に残っていた、兄の華麗なプレー。

 

しかしそのプレーが世界の標準クラス。トッププレーヤーならば確実にできなければならないもの。

 

日本では天才だった兄も、世界の頂には届かない。

 

 

――――イメージするんだ

 

 

目の前の虚空に、世界のトッププレーヤーがいる。一人ボールを持つ駆の前に、世界最高のディフェンダーがいる。

 

――――違う。一対一の局面なんか、強豪チームは余程の事がないと許してくれない

 

 

だから、さらに二人増やす。世界最高のSBと、最高のDMFの姿を。しかし、今の駆では一対一でも止められる。

 

 

――――浮足立っちゃだめだ。試合のように、ルックアップして――――

 

 

ボールに向いていた視線を前に。

 

 

――――イメージするのは、最強の自分。僕が勝つという未来

 

 

その中で、自分はどうするのか。

 

 

練習でここまで高揚するようなことがあっただろうか。ここまで自分の世界に入るようなことはあっただろうか。

 

 

全ての重圧から解放されて、純粋にサッカーをしている。そこには何もない。誰にも求められることもなく、誰に期待されるわけでもなく、

 

 

そこにはプレッシャーもない。

 

 

ただ純粋に、自分との闘い。自分の意識の高さだけが求められる。

 

 

――――ボールの位置が分かる。何倍も足が速く動く。

 

イメージする最強の相手が、詰めてきているのが分かる。

 

 

左か、右か

 

 

跨ぎフェイントからのヒールでのバック。当然相手は得意の距離感で仕掛けるために近づいてくる。

 

――――ルーレット。ここでヒールからのターンで――――

 

 

相手を見ろ。相手がルーレットにどこまで食いついてくるのか。

 

――――態勢を低く、どちらにも反応できる

 

 

 

簡単には抜けない。イメージしろ

 

 

――――イメージするんだっ! 

 

 

「あっ」

 

ルーレット。

 

右足のヒールトラップから左足のヒールが二つ目の動き。それを強引に途中でキャンセルした駆は、左足のヒールの後に膝を曲げ、左足の甲でプッシュしようとしたのだ。

 

 

しかし結果は散々。体がついていかず、バランスを崩してしまったのだ。

 

 

――――うーん、これは違う

 

仮にできたとしても、膝に負担がかかる。

 

 

――――違う、無理に動きを取り入れる必要は、ないかも

 

 

マルセイユ・ルーレットは、相手をいなしながら前に突破できるフェイント。当然相手は前にいかせないようにする。

 

 

――――マルセイユ・ルーレットで、縦に行かない選択

 

 

「――――これなら――――」

 

 

駆はイメージした動きを頭の中で固め、自主練習に励むのだった。

 

 

 

 

その姿を見ていたのは、浴衣姿の美島。女子マネージャーたちと一緒に近所のお祭りに参加していたが、駆と青葉、高瀬らが参加せず心配になっていたのだ。

 

 

先ほど高瀬は世界レベルのCFWの動きを見て興奮した面持ちでこんなことを言っていた。

 

 

「できるっ。俺ならできるっ! あの動きに近づいたら!!」

 

その後ボールをもってどこかに走り去っていった。

 

 

そして青葉は岐阜からの日帰り。恐らく今夜には帰ってくるだろう。

 

 

最後に駆は、いつもの公園で自主練習をしていた。

 

しかし、いつもとは雰囲気が違う。全ての枷から解放されたように、羽根がついているかのように軽やかに動く彼の姿は、まるで逢沢傑そのものだった。

 

それは、下手だった頃の彼の姿。たくさんボールをけり、色々なフェイントを会得していく彼の昔の姿。

 

自主練習では、ああいう風にイメトレの要領でよくボールをけっていた。

 

 

そうなのだ。あの逢沢傑も最初からすごかったわけではない。当然彼には素質があった。しかし、その素質を磨いたのは彼なのだ。

 

 

ボールに夢中で、虚空を見つめて悔しがる駆の姿。自分の世界に入っているために、中々声をかけづらかった。

 

 

――――動きが、何倍もいい。試合の時よりも、自主練習をする時よりも

 

 

どんどん動きの切れが良くなっている。目に見えて、彼の動きの質が変わっているのが分かる。

 

 

全ては、彼に出会って始まった。

 

 

――――違う。選手はここまで急には変われない

 

ブレイクをする選手と、しない選手。未完の大器と言われる選手と、一流の選手。

 

なぜ活躍しなかった選手に、未完の大器という異名がつけられるのか。それは言うまでもなくその選手に目に見える武器があるからだ。

 

どの選手にも良さがある。それに気づき、それを磨くことが出来るか。

 

そして、自分の良さに気づき、実践することが出来るか否か。その要因とは、よく環境を変えることだと言われている。

 

 

逢沢駆には、ここまでの下地があった。元々彼には技術があり、何らかの問題があったからこそ伸び悩んでいた。

 

 

――――私が今、口を出すべきじゃない――――

 

彼の成長を妨げることは、してはならない。

 

 

 

自分の世界に入り込んだ彼の領域に足を踏み入れることも出来ず、美島はそっとその場を後にするのだった。

 

 

お祭りに参加している面々は不在の高瀬、駆について最近変わったと口々に言う。

 

 

「昔から駆とはつるんでいたけどよ、あんなにサッカーに夢中になっているっつうか、鬼気迫る感じなのは初めてだぜ」

 

中塚は、あそこまで貪欲な選手ではなかったと白状した。

 

「なるほど。だが、奴の意識が変わった要因は青葉だな。」

 

「――――正直足だけは負けねぇとは思っていたけど。あそこまで何でも凄かったら、まあ、なぁ」

中塚の足すら上回る脚力。スタミナ面でも全く引けを取らないどころか、彼よりも修羅場を潜り抜けている。

 

江ノ島の誇るサイドアタッカーは、伊達ではない。

 

織田は、チームメートに刺激を与える存在こそ、江ノ島に足りなかったピースだと感じていた。

 

――――周りから浮いた存在。それが今までの江ノ島SCにはなかった

 

それは奇抜なプレーをしたり、予測不能な選択をする選手の存在。単純にあの選手はうまいと思える選手がいなかった。

 

それがエース不在の、脳筋縦サッカーになる原因だった。

 

「けど、あいつとサイドでコンビ組ませてもらっている俺も、サッカー観が変わったなぁ」

八雲も、青葉と左サイドでコンビをしていくうちに、プレーの幅が広がったという。

 

 

「あいつ。妙にバランスを取ってくれるんだよ。俺が上がったスペースをカバーしたり、スイーパー役に徹したり、攻撃を遅らせたり。」

 

 

サイドバックの空いたスペースをカバーする。カウンター時には必ず相手の攻撃を遅らせてくれる安心感。

 

だからこそ、八雲は安心してオーバーラップをすることが出来る。

 

「うむ。湘南大付属戦の前の辻堂との試合でも危うくカウンターになりかけたところを遅らせて攻撃を遅滞させていた。個人でボールを取りにいかず、常に周りを見れる安定感。あれは俺たちも見習うべき点だ」

 

沢村も、彼のプレーぶり、特に献身ぶりには世話になっているとつぶやいた。

 

 

「おいおい。祭りなのにサッカーの話ばかりじゃねぇかよ。祭りの中で探せば別嬪さんだっているのによぉ」

紅林は、辺りにレベルの高い女子はいないものかと探すがなかなか見つけられないようだ。

 

「そういえば、奈々ちゃんも途中で駆を探しに帰っちまうし―――――ああもう、なんで駆ばっかりなんだよぉぉ!!!」

 

 

「ん? 駆っち、お祭り来ていないんだ………」

 

そこへ、黒を基調とした浴衣に身を包む群咲舞衣が現れる。江ノ島のサッカー部員がここにいると聞いて二人もいると思ったのだが、なかなか見つけることが出来なかった。

 

「ウィッチィも帰っちゃったんだ。アー君も今日は岐阜だし。」

 

「うん。今日はちょっとね。青葉も最近家族の顔を見ていないから」

一緒に回っていた颯も、彼が来ていないことに驚いていた。

 

 

来た損になってしまった舞衣は、そのまま颯とともに江ノ島のマネージャーたちと合流し、親睦を深めるのだった。

 

 

 

 

時間帯も頃合いとなり、大多数の人間が帰路に就く中、グラウンドに姿を見せる人影があった。翌日に試合があるわけではないが、危機感を誰よりも感じる男が、黙々と一つの練習を行っていたのだ。

 

 

 

「————————何をしているんだろうな、俺は」

 

一人黙々と練習用の壁を設置し、ゴール前でのフリーキックの練習を行う織田。しかし、自分には足りないものが多いと自覚しているからこその行動だった。

 

この練習は、公式戦初戦の直前ごろから行っている。そこで織田は、彼らの実力を目の当たりにし、自らの武器を確立させたいと考えていた。

 

 

青葉のようなドリブルを持っているわけではない。

 

駆のような嗅覚や攻撃センスもない。

 

荒木ほどのパスセンスもない。

 

フィジカルも、まだ平均を超えたほどだろう。が、上のカテゴリーではまだまだ足りない。

 

 

だから練習した。彼らに近づけるように。もっと言えば、テレビの向こう側にいる選手に近づきたかった。

 

 

あんな華麗な動きを出来れば、どんなに楽しいのだろうかと。

 

 

「だが、俺には届かなかった。それでも————」

 

 

あの舞台に立ちたい。自分もピッチで、度肝を抜くようなプレーを具現したい。

 

動いているボールでは厳しかったが——————

 

 

「これでなら、せめてこのワンプレーだけなら—————」

 

 

見据えるのは数多の強敵。今まで勝てなかったチームの姿を想像する織田。それを見据え、彼はボールを蹴り続ける。

 

何度弾かれようと、何度枠外にボールが飛ぼうと。

 

 

そのワンプレーで状況を変えられる魔法の——————努力の結晶を作るのだと。

 

「—————俺は荒木から、奪いたいんだ。その座を」

 

名手といわれるポジションに至る為、織田は今日もフリーキックを磨き続ける。努力の末に生まれる技術を作り上げるために。

 

それがいつか自分の道を切り開き、江ノ島の未来も同様だと信じて。

 




傑「そうだ、駆。もっとお前は成長できるんだ」


初代青葉「あっ、やべ。うっかり記憶が流入しちまった」

傑「彼女とはどういう関係だったんだ?」

初代青葉「ドリブル教えてくださいって言われた。しかし、そんなことは些末事」


初代青葉「やっぱり三姉ぇは美人だなぁ」

傑「—————実の姉だぞ?」


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第十五話 螺旋の切り返し

Jリーグ大分の藤本選手には驚かされました。武蔵選手には戦術大迫とは違う価値を見せてほしい・・・・

けど、名古屋と横浜が強すぎる・・・・


ブラジルワールドカップが盛り上がる中、神奈川ではついにベスト4をかけた熾烈なラストスパートが始まる。

 

4強に残るのはどの高校なのか。

 

 

今大会ベスト4を争う試合では屈指の好カードと目されている江ノ島高校対葉陰学院。

 

今大会最多得点を誇る攻撃の江ノ島高校が、攻守のバランスに定評のある強豪葉陰学院の牙城を崩せるか否か。

 

マッチアップにも、五輪代表候補と噂されている宮水とU-16日本代表の鬼丸のマッチアップ。

 

さらには中盤で司令塔として君臨する荒木と、葉陰の皇帝こと飛鳥の対決。

 

そして、江ノ島の両翼を担う新進気鋭のストライカー、逢沢駆と、CFWとして進化し続ける江ノ島タワーこと高瀬。

 

 

準々決勝から舞台は等々力に移り、中継も開始される。

 

 

『さぁ、神奈川総体予選準々決勝。神奈川の強豪葉陰学院と、ダークホース江ノ島高校の試合が間もなく始まります。解説は柳沢彰士さん、実況は山形健治がお送りします。このカード、柳沢さんにはどう映りますか?』

 

『ええ。今大会最強の攻撃力を誇る江ノ島と、バランスを誇る葉陰学院の試合は多大な興味を抱いています。特に、同じサイドにいる鬼丸君と宮水君の対決は見ものですね。』

 

『特に宮水選手は攻守においてバランスを取るのが上手いですからね。鬼丸選手の得意とするカウンター攻撃の時に、必ずぶつかると思いますよ』

 

『なるほどぉ。攻守のバランスを気にする辺り、皇帝飛鳥に似通った部分が見受けられますね。』

 

『リベロとして飛鳥君は人の数倍の仕事をこなします。対して青葉君は攻撃の比重のほうが大きいですし、やはりサイドの選手なのでそこまでの影響はなさそうです。攻守のレベルにおいて、それだけ飛鳥選手の影響力が葉陰学院の中で大きいということですね』

 

『それに、層の厚さは葉陰が上。飛鳥選手をサポートできる体制は出来ていますから。対する江ノ島ですが、やはりタレントはいても、層の厚さにおいては薄さを感じますね。しかし、宮水選手と荒木選手の代わりを見つけるのは難しいですし、二人は江ノ島の看板ですからね』

 

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 沢村

CB  4番 海王寺

CB 15番 不動

RSB 3番 八雲

DMF 6番 織田

DMF 7番 兵藤

LMF20番 逢沢

RMF 8番 宮水

OMF10番 荒木

FW 13番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)16番藤堂、19番李、(SB)12番 桜井17番中村(CB)14番錦織、5番 三上(MF)、18番 的場、(FW)9番 火野、11番 工藤

 

 

スタメンは細かな変更があり。ワントップ高瀬がこの大一番で大抜擢。3戦連続スタメンの逢沢。司令塔荒木、右サイドには注目の宮水。DMFには兵藤と織田。SB左サイドバックに沢村が入り、ほぼベストメンバーで挑むことになる。

 

今大会得点ランキング1位の宮水、2位の逢沢の両翼の攻撃力が注目されているが、中盤の3人もいい選手である。

 

 

対する葉陰学院は3-5-2のスリーバック。守備陣形は見事に統率されており、攻守にレベルの高い選手が中盤に存在する伝統校。3-5-2。そのスリーバックの最後尾に位置するリベロは、特定の相手をマークするわけではない。

 

守備時には致命的なスペースを消し、攻撃時には積極的に攻撃参加を行う。それがリベロと言われる役割。

 

しかし、現代サッカーではリベロという言葉を聞かなくなっている。理由は明白で、ディフェンダーも攻撃参加する、押し上げに参加する時代だからである。

 

その最たる例がサイドバックの攻撃参加。システム的にリベロというポジションが必要ではなくなりつつあるというだけ。

 

そして、江ノ島高校ではサイドバックの攻撃参加も活発で、現代サッカーを取り入れた戦術を取り入れている。

 

いわば、これは新旧サッカー戦術の対決ということでもあるのだ。

 

 

前半は江ノ島ボールから開始される。葉陰が中盤での数的有利を活かし、ハイプレスを仕掛けてくるが荒木、織田、兵藤の息の合ったトライアングルパスでそのプレスをいなす。

 

 

「っ」

プレスに来た相手選手をいなしながら右サイドの八雲にボールを送る兵藤と、軽くかわされたことに渋い顔をする葉陰の選手。

 

 

ピッチを広く使うことで、パスコースを広げる江ノ島高校。ゆっくり、落ち着いてボールを回していく。

 

――――右サイドに渡った。つまり、あの人の攻撃が――――っ!?

 

鬼丸が八雲に対し、ハイプレスを仕掛ける。が、ここで八雲は浮き球のパス。

 

「!!」

しかし、詰められた時の苦し紛れのハイボールと考えた鬼丸は、何気なく背後を見た。

 

 

――――なんで、そんなに引き離されているんだ、及川ッ!?

 

 

マークしていた中盤の12番の及川、7番の白鳥が青葉に引き離されていた。

 

――――当然準備していたんだろ、青葉!!

 

八雲はスペースにボールを飛ばせば青葉は確実に拾うと考えていた。常に体の正面を相手ゴールに向け、こちらのパスを窺っていた。

 

つまり、奴の攻撃のレンジはハーフコートからすでに始まっているということだ。

 

 

スピードに乗った青葉を止めるのは至難の業だ。それは葉陰学院も当然分かっていたことだ。

 

「―――――っ」

当然、リベロの飛鳥も出張ってくる。いきなりのマッチアップ。跨ぎのフェイントを入れながら突破を図る青葉だが、簡単には抜かせない。リトリートしながらコースを消している飛鳥。

 

当然、ここで青葉のスピードが殺されていく。それを見ていた鬼丸は――――

 

―――流石飛鳥さん。宮水の開幕速攻も止めている。

 

しかし飛鳥は、別の意味で困惑していた。

 

――――やはり前半早々は積極的に動いてこないか

 

ドリブルのキレも試合中盤に比べれば雲泥の差。それでも迂闊に飛び込めば致命傷になる予感が彼の脳裏にはあった。

 

まるで隙が無い。

 

 

 

トンっ、

 

 

不意にドリブルを止めた青葉。前に進むという動きを止めたために、下がりながらのディフェンスだった飛鳥との距離がずれた。

 

――――ッ!!

 

このサイドアタッカーはスピードだけの選手ではない。万能型であり、スピードという圧倒的な武器を誇る規格外の選手。

 

中を見た青葉を確認した飛鳥は、彼がアーリークロスをこのマッチアップ中に選択できるレベルの高さを見せる。つまり、この距離では飛鳥は青葉の脅威になり得ないということを意味する。

 

————迂闊に近づけない。が、それをしなければこの余裕か、君は…ッ

 

 

中央では、高瀬がニアサイドに、荒木が二列目から飛び出し、高瀬の空いたスペースへと侵入していた。

 

 

 

トンっ!!

 

 

一瞬の油断だったのだろう。一瞬だけ青葉ではなく、後ろに気が散ってしまった。彼のクロスボールのモーションが、信憑性を高めていた。

 

 

小刻みなフェイントから繰り出される青葉のフェイント。まるでピンボールのようにボールの置き所を変えながら、だんだんと飛鳥から感覚的に遠ざかる青葉。

 

 

————まずいっ!

 

 

間合いから外れてしまった。スピードのある選手相手にずらされたと感じた飛鳥。ダブルタッチで縦への一閃を止めるべく再び距離を詰めるが—————

 

「—————っ」

 

詰めてきた飛鳥をあざ笑う切り返し。これは彼の十八番であるルーレット系のフェイント。飛鳥の詰める速度を利用した最善手。

 

 

しかし、これを予測しない飛鳥ではない。これは過去に彼にしてやられた場面でもあるからだ。

 

—————あの時とは違うぞ、青葉君!

 

 

ダブルタッチでずらされて、そのまま距離を詰められないまま縦を突破される愚行は繰り返さない。

 

 

「——————」

 

そんな飛鳥の動きを青葉はその両目でしっかりと確認していた。

 

 

「—————なっ!?」

 

滑らかな動きで縦に突破するのではなく、ごく自然体な動きでカットインを決めて見せたのだ。いつのタイミングでカットインをしたのだと衝撃を受ける飛鳥。

 

 

さらに言えば、縦を警戒していた飛鳥のバランスは崩れ、膝から崩れ落ちてしまう。反応した瞬間の逆を突かれる動きに、飛鳥の体は青葉の世界で立つことすら許されない。

 

 

 

最初のマッチアップで格の違いを見せつけた世代ナンバーワンのアタッカー。上の世代でナンバーワンのディフェンダーを振り切って見せる。

 

 

「そんなっ!?」

 

鬼丸は、飛鳥が崩れ落ちる姿に驚愕し、他の葉陰のイレブンも動揺を隠せない。

 

あの飛鳥が遊ばれているという事実が、彼らに少なくないショックを与えたのだ。

 

 

 

阻むものがいなくなった青葉は尚も加速し、一気にスピードアップ。カットインから中へ切り込む彼がよく見せる姿。それはまさに、葉陰の致命傷ともいえるプレーだった。

 

 

そこからのプレーは圧巻だった。

 

「なっ!?」

 

左足インへのロールからのアウト。インアウトのスキルで飛鳥のカバーをしようとしたボランチを振り切る。

 

 

「あっ!」

 

WBが尚も詰め寄るも、左足の空踏みからの右足のプッシュで縦への突破を許してしまう。

 

————おい、今さっきまで左の間合いだったろ!? なんで間合いが————っ!!

 

 

スピードに乗った青葉は相手の逆を突くボールタッチで簡単に振り切ってしまう。どちらが利き足なのか分からなくなるほどのボールタッチを見せる彼は、右の間合い、左の間合いを瞬時に切り替えることが出来る。

 

それが、利き足を使って間合いを崩す従来のドリブラーに慣れ切っていた彼らを翻弄する。

 

 

ゴール前を固めることでしか致命傷を避けられない葉陰の選手。そんな彼らを見た青葉は、モーションを小さくさせつつも、素早くシュートモーションへとはいる。が、それは大地をしっかりと踏みしめ、体全体に勢いを乗せた強烈な威力を予感させるものだった。

 

葉陰のゴールキーパーは、これまでの青葉のシュートの威力を映像で嫌というほど見ている。枠に入れられたら危険すぎるのだ。

 

―――――くっ

 

弾丸のようなシュートが、葉陰のゴールを襲う。必死に手を伸ばすが反応よりも先にボールが迫ってくる。もはやこれまでかと思われた刹那——————

 

 

 

ガンッ!!

 

キーパーがかろうじて触ったボールがバーに当たりピッチの外へ。強烈なミドルシュートは枠を捉えるも、ゴールネットを突き刺すまでは至らなかった。

 

何しろ今のは触れていなければ、確実に枠を捉えていた。

 

「―――――ッ」

顔をしかめるまではいかなくても、心中では穏やかではない飛鳥。

 

間合いが今までの日本人選手とは違う。シュートコースを塞いだと思ったにもかかわらず、ブレ玉で強引にゴールに襲い掛かってきた。

 

 

これまでの経験だけでは、対応できない相手。

 

コーナーキックのピンチとなり、葉陰学院の選手がゴール前に集まる。

 

「飛鳥さんを簡単に振り切る選手なんて、俺初めて見ましたよ――――」

鬼丸は信じられない目で、青葉を見ていた。

 

「――――個人技ばかりが注目されるが、狡猾に回りも活かしてくる。一つの一つのモーションすらカードになり得る。厄介な存在だ。だがこの状況で一番厄介なのは―――」

 

 

ゴール前で一際存在感を放つ、高瀬と海王寺の二人。ともに高さとフィジカルを備える屈強な選手がゴール前に。

 

そして、コーナーを蹴るキッカーは荒木ではなく、宮水。

 

『序盤から江ノ島高校が攻勢を強めていますね』

 

『宮水君の強烈なシュートは、葉陰の脳裏に突き刺さるでしょう。やはり、キック力に強みを持つ彼が蹴るのでしょうか』

 

 

 

そして―――――

 

 

「!?」

 

ここで江ノ島はショートコーナーを選択。青葉は迷うことなく近くにいた荒木にパスを選択。そのまま一気に加速。

 

 

――――カットインか!!

 

 

このゴール前の密集エリアで決定力のある選手にボールを託す。そして、この密集エリアの中でも、ミドルレンジからのミドルを狙える青葉。

 

 

ワンツーパスで抜け出されたら対応は困難。

 

 

「っ!!」

 

そこへ、ファーへと流れかけていた高瀬が、ニア寄りに動き出したのだ。屈強な選手をフリーにさせるわけにはいかない。葉陰の選手はチェックに入る。

 

 

そして予想通り荒木からのワンツーを受け取る青葉。ここでドリブル突破を仕掛けてくるのか。

 

だが、飛鳥は青葉のプレースピードの速さまで計算に入れていなかった。

 

 

ドリブルの上手い彼ならばキープして狙ってくる。そのイメージが

 

 

最初の致命傷となり得ることを。

 

 

トンっ

 

 

ダイレクトにそのパスをPA内に蹴りこんだ青葉。当然シュートコースはなく、これはクロスボール。

 

 

「なっ!!!」

 

思わず声をあげてしまった飛鳥。守備の穴を見つけるのが上手い。そして、この密集エリアで綻びを見つけるのが上手い選手。

 

 

江ノ島の左サイドの存在が薄れていたのだ。

 

 

『押し込んだぁァァァ!!! ダイレクトクロスに合わせたのは、20番の逢沢!! ディフェンダー間の間に曲がりながら落ちるクロスボールをダイレクトで押し込みました!!』

 

守備の穴を見つけることに特化した、逢沢の飛び出し。一瞬の隙を逃さない決定力が、葉陰学院の壁を打ち破ったのだ。

 

 

「いい飛び出しだった。次も頼むぞ」

 

織田が駆のもとへ行き、ゴールを祝福する。

 

「はいっ! でも、まだ1点。とにかくもっと点を取らないと。」

 

ちらりと逢沢は飛鳥と鬼丸を見た。これで折れるようなチームではない。自分たちの時間帯で取れるだけ点を取る。

 

ダイアゴナルに走りこむ逢沢と、正確なクロスボールを供給する青葉。

 

まずは江ノ島の武器を見せつけた形となった。

 

 

「これはもう、うちの得点パターンになってきますね。逢沢君の動き出し、ステップワークのレベルの高さを象徴するシーンです」

 

これこそ、逢沢が最初に持っていた才能の一つ。ゴール前での嗅覚。

 

葉陰ボールで試合が再開される。

 

そして、中盤の白鳥からオーバーラップしてきた飛鳥にボールが渡り、

 

「鬼丸っ!」

 

左サイドの鬼丸にボールが渡る。そしていよいよこの試合の分水嶺ともいえる局面。

 

 

――――来たかッ!

 

 

真っ直ぐ鬼丸のドリブルを止めるために迫ってくる青葉。背後には八雲がゾーンディフェンスで道を塞いでいる。

 

 

シザースからのマシューズフェイント。距離感を崩すようなやり方で、青葉を抜かしにいくが、

 

 

「っ!!」

 

振り切れない。むしろスピードを緩めた分、距離を詰められている。

 

左右へは行かせず、自慢の快足を封じられた鬼丸の足が止まる。青葉の足も止まる。

 

 

「鬼丸のスピードを止めただと!?」

 

驚愕する飛鳥。世代代表でもいい動きをしていた彼をこんなに簡単に止めてくるのかと。

 

「まあ、あいつはドリブルの探究者でもあるからよ。だからその逆も然りよ」

飛鳥のチェックに入った荒木が不敵な笑みで微笑む。

 

 

大きく空いた青葉の足元。左右への警戒からそこに隙が生まれていた。

 

――――間抜け、そこががら空きだ!!

 

鬼丸がまた抜きドリブルを仕掛けた。左右への揺さぶりからのまた抜き。相手の意表を突くフェイントが青葉のまた下を通り過ぎる。

 

 

「――――――」

その瞬間、青葉の口元が嗤った様に見えたのは、飛鳥だけだった。

 

 

――――なっ!? 誘い込まれ―――――っ

 

 

「!?」

 

飛鳥が次の言葉を思い浮かぶよりも早く、鬼丸は強烈な衝撃とともにボールを見失う。

 

「なっ!? なんでっ!!」

 

まるでまた抜きを誘発していたかのように、反応が速かった青葉。先にボールに触って彼は、背中で鬼丸の寄せを寄せ付けず、そのまま強引にターンで振り切ってしまう。

 

 

ダンっ!!

 

 

そしてそこからの加速力は日本人離れしていた。一歩目の加速力がどう見ても海外選手のそれと遜色ない。

 

 

鬼丸からの攻撃チャンスをつぶされた葉陰学院。飛鳥も急いで戻ろうとするが、

 

 

――――なんて足だ、俺が戻るよりも早くバイタルエリアを突破するほどの――――

 

 

攻守で存在感を見せていた飛鳥の動きをもってしても、俊足の青葉に詰め寄るにはわずかに時間が足りない。

 

 

今は少しでも彼の攻撃を遅らせることが先決だ。

 

 

「潰せっ!! 時間を遅らせろ!!」

 

葉陰の監督田岡が急いで指示を飛ばすが、個の力で他を圧倒する青葉の足は簡単ではない。

 

 

簡単なラン・ウィズ・ザ・ボールでどんどん相手を躱していく。そしてどんどんスピードに乗っていく青葉。

 

「!!」

 

ここまでスピードに乗れば、マシューズフェイントのような小細工すら必要ない。簡単な切り返しと、体を先に前に出すことで、青葉は弾丸のように葉陰のディフェンスを貫いていく。

 

 

そして残すは、ディフェンダー2人と、キーパーのみ。そして後ろからは何とか追いつきそうな飛鳥。

 

ミドルレンジからなら打てる青葉。しかし並走しながら高瀬がファーサイドに流れていく。そして、やはりフィジカルに強みを持つ彼をフリーにさせるわけにはいかないとディフェンスの一人が高瀬に近づく。

 

そしてもう一人はその穴を埋めるべくファーサイドへ。コースの受け渡し。キーパーとディフェンダーのそれを予測していた青葉。

 

 

高瀬の開いた穴が塞ぐ瞬間と、新たに空いたスペースにキーパーが埋めに行くまでのタイムラグ。

 

 

――――シュートコースを広げてくれてありがとう、高瀬

 

 

球足の速い低いグランダー性のシュートが、ニアサイドへと突き刺さる。

 

キーパーとディフェンダーのコースを消す作業にずれが生じたのだ。そのわずかなタイミングを見逃さなかった青葉は、速いモーションでファーサイドへのシュートモーションを見せた。だからこそ、キーパーはニアへの反応が遅れ、ゴールを許す形となった。

 

ゴール前での憎いほどの冷静さ。

 

 

「我ながらいいカウンターだった」

 

こぶしを軽く突き上げ、自陣へと戻る青葉。

 

 

「―――――」

 

先制点を取られたことにはまだ心の余裕があった葉陰。しかし、個の力で中央突破を許し、さらには鬼丸がドリブル勝負を仕掛けてボールロストしたという事実が、彼らの体を重くする。

 

動揺が広がる葉陰学院。まるで外国人選手を相手に戦っているような感覚。特に飛鳥と鬼丸は、日本が今まで国外でやられてきたことを思い出してしまう。

 

――――俺のミスだ、俺が誘い込まれたから――――ッ

 

ワンツーを選択してもよかった。それで抜け出せば、初動で分のあるこちらが勝てる。そのはずだったのだ。

 

 

「―――――あ、飛鳥さん……すいません! 俺の、俺のミスで――――ッ」

 

狼狽えた様に、謝罪する鬼丸。ボールロストからのカウンター。これは言い訳が出来ない。

 

「いや。鬼丸のロストは確かに痛いが、中盤で加速させてしまったうちのディフェンスにも課題があった。」

 

鬼丸が仮にロスとしても、青葉のスピードを弱めることは出来たはずだ。攻撃の時間を遅らせることも出来たかもしれない。

 

しかしそれをするどころか、青葉をさらに加速させてしまった。

 

「だから、お前のせいだけではない。切り替えていくぞッ!」

 

「は、はい!!」

 

―――そうだ。まだ試合は前半。あんなに飛ばしていれば、体力だって持つはずがない

 

 

尋常ではないスプリント。前半ではあまり見られない青葉のスプリント。これを何度も続ければミスは起きる。

 

 

 

江ノ島ベンチでは、両翼が仕事をしていることに満足げに頷く岩城監督の姿が。

 

「まさかあの状態で中央突破してしまうとは。快足ドリブラーという存在が、いかにチームを勇気づけるかを気づかせてくれますね」

 

青葉はこれで1ゴール1アシスト。逢沢は1ゴール。強豪と言われた葉陰を圧倒するような時間帯だ。

 

 

「―――――奴が入学当初に言っていた言葉は、嘘ではなかったようだな」

近藤顧問は織田から、「江ノ島サッカー部が出来れば、葉陰ぐらい圧倒できる」といっていたことを思い出す。

 

「近藤先生?」

 

「いや。強豪すら目ではないと。奴はもう神奈川を見ていなかったからな」

飛鳥すら簡単に振り切り、サイド対決では鬼丸を封殺するどころか、一人カウンターで風穴を開けた。

 

レベルが違い過ぎる。

 

 

「――――ですが、監督である私はそんな姿勢は見せませんよ。彼にとっては慢心ではないのかもしれませんが、私の眼には慢心に見えます。」

 

 

「腑抜けたプレーをすれば叱責しますし、ダメなら代えるだけですよ」

 

「ふっ」

 

 

いい緊張感。いいムードが漂う江ノ島ベンチ。

 

「―――――凄い。これが青葉さんのドリブル。」

 

いつも驚かされてばかりだ、と美島は思う。あれだけスピードに乗れば、フェイントはもはや意味がない。

 

そしてそれを許されるだけの速度を青葉は持っている。

 

――――でも、そんな青葉の速度についていった駆もすごい

 

あのプレースピードに反応できたのは駆一人だけだった。そう――――

 

 

あの皇帝飛鳥も、逢沢の飛び出しには反応できなかったのだ。ステップワークからの一瞬の加速。

 

それが葉陰のディフェンスを狂わせた。

 

 

先制できる試合が多いということは、攻撃パターンが複数確立されているということ。複数確立されているからこそ、相手はどれに的を絞ればいいかがわからない。

 

中盤の荒木を中心としたパスワークなのか、それともサイド突破なのか。はたまた高瀬を中心とした縦ポンなのか。

 

江ノ島サッカーの攻撃力は、県内で随一だと自信を持って言える。

 

―――私が傍にいるよりも、青葉がいたほうが、駆は成長できる

 

 

青葉は、2018年のワールドカップ代表入りを目指しているという。なら、感化された駆が其れを聞いて何も感じないはずがない。

 

 

――――もし、私がなでしこでは無かったら―――――

 

あのピッチでプレーできていただろうか。遠いものを見るかのように、美島は優勢に進めている江ノ島イレブンを見てそう思うのだった。

 

 




傑「—————ルーレットをキャンセルし、カットイン、か。ルーレットでやられた経験がある選手にとっては、脅威だな」

初代青葉「あんなん普通だろ。背後から相手を見ていれば誰でもできるぞ」

傑「——————使い分けは、誰にでもできる芸当ではないんだがなぁ」

初代青葉「目で全部追えるわけではないぞ。後は殺気を感じることだな」

傑「———————殺気って・・・・」


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第十六話 螺旋の幻影

香川選手の復帰が決まりましたね。森保監督もいろいろ動いていますが、徐々に試せる弾がなくなってきました・・・・

伊東選手が一気に右サイドで活躍すれば、中への切込みと縦への突破と幅が広がるのですが・・・・何とかポジション争いに勝ってほしいです




江ノ島対葉陰学院の試合は、逢沢の先制弾に加え、畳みかけるような青葉のミドルシュートで2点先行の江ノ島が有利に進めていた。

 

 

「くっ!!」

 

――――左サイドにボールを出せない!

 

鬼丸へのマークに青葉がぴったりと張り付いている。八雲も距離感を保ちつつ、ゾーンで対応。

 

 

ここに来てスリーバックの弊害が現れていた。4バックならばDFMを一人下がらせて、サイドバックをオーバーラップさせればいい。

 

しかしスリーバックではそう簡単にはいかない。実際WBがその役目を担うはずなのだが、そのポジションを封じられれば、サイドアタックが難しくなる。

 

鬼丸という葉陰のストロングポイントを封殺されたこの状況は、今まで一番苦しい試合であるということ。

 

そして、青葉が予想以上に献身的に動くということが、葉陰の攻め手を欠く、後二枚、三枚足りない状況を作っていた。

 

 

両翼でのアドバンテージを失った葉陰は、両翼を捥がれた状態で江ノ島と戦うことを強いられている。

 

数的優位を背景に、中盤でのボール回しで崩そうとするも、

 

「甘いぜ!!」

 

パスセンスに長じる者は、パスを読む能力も持っている可能性がある。

 

 

その存在こそが荒木だった。周りの位置を確認し、自分がどう動けばいいのか。

 

 

自分でボールを狩るのではない。ゾーンによってボールを狩る。

 

 

今のも、兵藤がインターセプトしたのだから荒木が奪ったわけではない。焦った相手の10番のパスミスを誘発させたのだ。

 

 

――――今度はお前の番だぜ、駆!

 

 

先ほどから背中越しにボールを欲しがるような眼でこちらを見ていた駆。

 

 

 

そして駆は、先ほどの青葉の個の力を見て昂っていた。

 

 

――――あれが青葉の武器。スピードに乗ったドリブル

 

 

余計なフェイントは不要で、スピードで縦に突破していく。純粋な歩幅で相手のリズムを崩し、一気に自分のリズムに持ち込んでしまう恐ろしいドリブルだった。

 

 

――――なら僕は、僕の全てを出し切るだけ!!

 

ドクンッ、

 

感情が高ぶる。自分の全てを出したい。自分の力をすべて出したい。

 

ドクンッ!!

 

 

そのプレーという一点に対し、集中力が高まる逢沢駆。そしてその思いが強くなると同時に、意識が朧げになる。

 

 

正確には、集中し過ぎて余計な感情の一切が排除されていくという感覚。

 

 

周囲の情報量を爆発的に取り込んでいるからこそ、駆の頭が処理しきれていない。

 

これほどの異常を引き起こす原因。それは傑の幻影を彼が未だに追い求めているからだ。

 

きっと兄ならばこうする。兄ならできる。

 

逢沢傑ならば、こうするという一点に集約する。

 

 

だからこそ、仮初とはいえ、そこに逢沢駆の意志は排除され、逢沢傑という逢沢駆が作り出した幻影に負けてしまう現象が引き起こされていた。

 

 

しかし、今の駆はそうではない。はっきりとした意識が残っていた。周囲がスローモーションに見える感覚。その中で、普段と変わらない速度で駆け上がる青葉の姿だけを認知した。

 

 

—————見える。僕にも青葉の世界が見える。

 

 

高みへと至る。青葉に食らいつくために、彼はさらにその意識を鋭くさせていく。

 

 

 

劇的に歩幅とスピードを上げた駆。荒木は飛び出した駆の速度を計算してパスを出した。なら、駆の速度が上がれば早くボールに辿り着く。

 

 

――――スピードが上がった!? まずいっ

 

中に絞るような動きで、先にボールに触れようとする逢沢に追い縋る葉陰の選手。

 

 

「っ」

ここで飛鳥も迂闊な指示を飛ばせなくなっていた。

 

――――どう動いてくる? 奴はどう動いてくるんだ!?

 

 

そのボールに先に追いついたのは、駆。ボールを左足のヒールでトラップしてバック。

 

 

つまり、これは――――

 

 

駆の新技、ルーレット・ターン。なら対応は一択。縦を塞いでしまえばボールを刈り取ることが出来る。

 

――――甘いんだよ糞一年ッ!!

 

 

ルーレットから相手を躱し、縦への突破を考える駆を潰しにかかる葉陰の選手。逢沢は次の右足で進行方向へとボールを転がすはず。

 

 

それなのに―――――

 

 

――――ボールが、消え、た!?

 

 

刈り取ろうと体が流れていた葉陰の選手はバランスを崩して転倒。ボールの行方はと駆を見ると―――――

 

 

――――奴は、魔法でも使ったのか!?

 

 

逢沢の足元にはちゃんとボールがあるままだった。彼は手品などしていない。

 

あまりにも鮮やかで、あまりにも無駄のない――――――

 

 

通常のルーレットとは思えない、特殊なフェイント。

 

 

一瞬で相手選手を置き去りにするどころか、相手を転倒させてしまうほどの超絶フェイント。

 

――――あれが日本人の発想なのか!?

 

有り得ない。今までの経験が通用しない。その全てが予想の先を行く。

 

 

「駆っ!?」

思わず声をあげる美島。練習を除き、ルーレットは2回目だ。しかし、ドリブルではなく、トラップに流用する辺り、熟練度はあれからさらに上がったのだろう。

 

しかも今の技は、その練習で実践していたルーレットではない。

 

――――右足で進行方向に転がすのではなく、逆方向にプッシュした?

 

ルーレットだと相手が予想すれば、足元にはボールがない状態になる。つまり、このルーレットに名前を付けるなら――――

 

王道、最初に輝いたマルセイユ・ルーレットとは対を為す影のルーレット。

 

言うなれば、ヴァニシング・ルーレット。

 

マルセイユ・ルーレットという光が強くなればなるほど威力を発揮する王道ではないルーレット。

 

あの幻のフェイントのように、ボールを消すという駆らしいフェイント。

 

 

 

ファーストラップで相手を置き去りにする。それはFWに求められた動きだ。しかし、彼が以前美島と練習していたフェイントではない。

 

――――でも、こっちのほうがいいの、かも……

 

今、自分と練習していたあのフェイントはどうなっているのだろうか。

 

 

 

どんどん自分の知る逢沢駆ではなくなっていく。彼の活躍を嬉しく思うと同時に、寂しさを覚えるのだった。

 

 

サイドに流れると思われていた駆の予想外の動きに混乱する葉陰の陣容。トラップの勢いそのままに、ラン・ウィズ・ザ・ボールで切り込んだ駆。

 

 

そしてそのまま―――――

 

駆のミドルレンジからのシュート。左足の強烈なシュートをキーパーがはじくも――――

 

「もらったぁぁぁあ!!!!!」

 

 

その手足の長さを活かし、反応していた高瀬がボールをゴールに叩き込む。零れ球での競り合いで全く相手を寄せ付けないフィジカルを背景に、素早い反応で押し込んだのだ。

 

 

1年生の活躍で、江ノ島が何と前半だけで3得点。トラップからのシュートまでの流れがほぼ完ぺきだった駆。高瀬のゴールについては祝福するも、

 

――――コースが甘かったんだ!! もっとコースを狙って、力むことなく、鋭くッ!!

 

 

自分の課題について悔しがる一面も見せた。

 

 

『押し込んだァァァ!!! 江ノ島これで3点目!! 決めたのはまたも1年生!! FWの高瀬!!』

 

『高瀬君の反応も良かったですが、葉陰のディフェンスが対応できていませんでしたね。逢沢選手のルーレットの動きを取り入れたトラップ。彼だけが一人動くような、とにかく別格と言っていいほどの動きでした』

 

『しかし、前半35分にまたも追加点。これは江ノ島にとって大きいのでは?』

 

『そうですね。これが後半の時間帯ならば、ダメ押し弾ですが、まだ時間がありますからね。ハーフタイムまでに何とかいい形を作れば、葉陰にもチャンスは来ますよ!』

 

 

「すげぇぇな!! ルーレットを練習で使うようになったのは知っているけどさ! トラップはさすがに予想できねぇよ!!」

 

「――――え、えっと。その、無我夢中で――――」

 

兵藤に褒められる駆は苦笑いだ。それもそのはず、あの場面で自分がゴールをもぎ取りたいと考えていたのだから。

 

「どうした? 逢沢」

沢村はあまりうれしくなさそうな駆に対し声をかける。

 

 

「――――僕の得点で終わらせたかったです。とっさの判断で、少しズレちゃいました」

まだまだ動きに無駄があった。動きも完璧ではなかった。シュートモーションの最後のトラップ、置き所が間違えたのだ。

 

 

「おいおい、とっさの判断であれかよ! すげぇなおい!」

笑いながら、嬉しそうにしている兵藤。周りの八雲も、「うちのサイドは化け物揃いか」と苦笑いをしていたりしていた。

 

「よく切り込んでくれた。お前のプレーが起点となり、こちらに流れが来ている。次も頼むぞ」

 

「は、はい!」

暗い表情を浮かべていた駆だったが、沢村の檄が伝わったのか、元気を取り戻したかのように見える。

 

 

即席で、個の本番の場面で駆は成果を上げていた。とっさの判断力と発想力こそ、彼が求める個の力。

 

 

――――今のは、僕が求めていた動きそのものだった。

 

中々成功率が上がらないフェイント。しかし、プレーしてみると、意外なほど簡単にできてしまった。つまり、駆は拍子抜けしていたのだ。

 

————ドキドキする。なんでだろう。今のは確かに僕が動いた結果なんだけど。

 

この気持ちの昂ぶりは、どこかで感じたことがあった。

 

 

 

 

そして離れた位置で、青葉と荒木が話し合っていた。

 

「元の技術が高いからもしかしてとは思ったが――――」

 

若干表情が引き攣っている青葉。さすがの彼も駆のここまでの成長は予測できなかったのだろう。

 

荒木は、駆の成長に舌を巻いているのではない。その動きがあまりにも逢沢傑に似ているからこそ驚いているのだ。

 

――――もうお前とコンビを組むこともない、そう思っていたのによ

 

 

彼の色を濃く受け継ぐ選手が現れたら、どうすればいいのだと。

 

「―――――荒木先輩?」

青葉は驚いて荒木を見る。普段は見られない、お調子者のそんな顔は予想外だった。

 

1歳年上の選手が、感極まっていた。

 

「―――――兄弟だから、とかいろいろ要因はあるのかねぇ……」

 

大きく息を吐き、空を見上げる荒木。

 

「一度はあきらめた夢だった。あいつと俺で、日本代表の中盤で活躍するんだって」

 

傑が死んで無気力になっていた時も、駆が来なければ――――――

 

 

きっと自分はここには立っていない。

 

「お前が現れて、駆がどんどんあいつに似てきて―――――諦めたままで終わるわけにはいかねぇよな」

 

少しだけ目をこすった荒木。そしてすぐに満面の笑みで、

 

「驚かせてやろうぜ。まずは全国を」

拳を合わせることを求めてきた荒木に対し、

 

「全国を驚かせる準備は、みんなと一緒に、してきたつもりですよ」

 

笑いながら、それに拳で返す青葉。

 

良いムードの中、駆はその空気を嫌っていたわけではなかった。先ほどのシュート、トラップはほぼ完ぺきだった。後は枠内にいれる思いが強すぎたことでコントロールがぶれたという課題のみ。

 

しかしまだ眠ったままの課題もある。

 

――――ドリブルもだけど、左足の精度が悪い

 

今のもほぼノープレッシャーの状態だった。なのに、決めきれなかった。これはストライカーとして最悪なパターンだ。

 

もっとキックの精度を高めないといけない。強くボールを蹴りこむ。もっと正確に、もっとコースを狙って。

 

――――僕はまだ、成長できる。成長しないといけない

 

己が背負う夢は、並大抵の重さではない。今自分が背負っている命は、一人分ではない。

 

 

まだまだ彼に認められるような実力ではないだろう。もっとプレーに余裕が生まれたら、今みたいに必死になって周りが見えなくなるどころか、自分すら見失うような無様もないだろう。

 

 

だから、自分の力を制御しなければならない。兄を忘れられないからといって、自分が下手なのを言い訳に、兄が導いてくれると、自分に嘘をつくのはやめよう。

 

 

――――自分が誇れる、そんな風に思えるストライカーになるよ、兄ちゃん。

 

 

あのころの夢は、片時も忘れていない。

 

 

――――だから背番号10番、僕も狙っていいよね? ストライカーだけど

 

 

 

 

 

前半から押し込まれる展開が続いた葉陰の状況は好転せず、ハーフタイムが終了。

 

 

青葉、駆に特別な笑顔はないものの、江ノ島は良いムードで後半へと向かうことになる。

 

 




傑「シュートまでは良かったな」

初代青葉「だが、詰めていた高瀬君の動きは良かった」

傑「あの体格でよく動く。バスケをしていたらしいが」



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第十七話 予期せぬ過去

 

 

 

鎌倉学館の面々は、前半の終わりあたりから流し気味にプレーする青葉を見て、嫌な顔をする。

 

「こういうところが、日本人らしくねぇんだよな」

 

守備もそれなりにこなすどころか、取り所とポジショニングがいいから無駄に走らない。

 

鷹匠は、青葉のランニングを見て苦い顔をする。

 

「――――奴は覚えていないかもしれないが、中学時代から飛びぬけていたよ」

 

彼は、岐阜県下の中堅チームと試合をした時があるという。その際に初めて青葉の存在を認知したという。

 

 

結果は僅差での勝利。横浜側からしてみれば、ありえない展開だった。

 

横浜は、青葉一人のドリブルを止めることが出来なかったのだ。

 

一人だけ日本人ではない何かがピッチの中にいたという感覚。さんざん海外で打ち負かされてきた一流の国の下部組織の選手と同じ質の動き。

 

ファウルでしか止められないのではなく、ファウルでも止められないときもあった。

 

 

彼一人に4点を奪われる。22人の選手の中で彼だけがレベルが違い過ぎた。

 

 

「―――――あの頃の俺は、代表に呼ばれるような選手ではなかった。本当の世界標準というやつを感じた」

 

その後の試合に出てきた逢沢傑に試合をひっくり返されもした。サッカー選手としての実力の全てで、何もかもが劣っていた。

 

「葉陰の面々が止めようとしているが、あれは即席で対応できるほど、生易しい存在じゃない」

国松も、青葉のドリブルを体感した選手としての視点から、あれに対応するのは簡単ではないという。

 

「―――――駆は、そんな選手の背中を見ているのでしょうか」

 

あの駆け引き、そしてあの閃きは、本当に逢沢駆なのだろうか、と佐伯は思う。

 

他にも高瀬という長身のFWはポストプレーも上手く、献身性も出てきた。あれでうまくなれば世代別代表に選ばれるかもしれないと思えるほどの。

 

江ノ島では様々な化学反応が起き、1試合ごとに成長している。まるで生き物のようにその姿を変えている。

 

自分は傑のドリブルを見てきたはずだった。少しでもあの背中に近づきたいと考えていた。

 

しかし、どれだけドリブルが上手くても、その背中は遠かった。

 

原点の発想から傑とは違う。閃きの面で模倣は出来ないと知ってしまった。

 

だが目の前の駆はどういうことだ。

 

まるで傑のようなプレーを次々と見せている。スピードに乗ったドリブルではなく、相手の意表を突くトリッキーな足技。

 

どんどん動きが最適化されていく彼の姿は、少し羨ましく思う。

 

「本当に、兄弟なんだな」

 

 

「っ。けど、逢沢傑ほど、彼はうまくない。俺たちの敵ではないですよ」

現状の駆や、青葉と傑の昔話に嫌気がさした世良は、江ノ島に感心しっぱなしの鎌倉の空気を壊そうとした。

 

次戦うことが濃厚な相手だ。そんな姿勢では負けてしまうぞと。

 

「そうだな。俺たちの目標は全国制覇。ここで足踏みは出来ねぇ。それはそれ、これはこれだ」

鷹匠はニッと笑い、はき違えていないぞと語る。

 

「ええ。駆には悪いですけど、蹴球を倒すのは俺たち鎌学ですから」

佐伯も、勝負事では手を抜くつもりは一切ないと言い張る。

 

 

「それに、俺たちには頼りになる司令塔がいるからな」

国松も、若干不機嫌になる世良を慰める。傑や荒木、駆。とくに青葉に対して強烈な対抗心を持つ彼だ。

 

「そ、それならいいんっすよ。それなら――――」

彼らの言葉で落ち着く世良。しかし、彼も青葉と駆のプレーを認めないわけにはいかない。

 

――――俺は、高校サッカーで立ち止まっている暇はないんだよ

 

こんなところで、負けるわけにはいかない。

 

 

試合は後半も江ノ島ペースに進むかに見えたが、鬼丸による攻撃を諦めたかに見え葉陰。

 

 

もはや終戦確定の空気の中、それは起きる。

 

 

八雲とマークの受け渡しをし、他の選手をマークした青葉。マーク自体に問題はなかったが、

 

 

マッチアップしていた駆と飛鳥の間で起きた

 

「ッ!!」

 

ロングボールを上げさせないという駆側の目標を達成できなかったのだ。フィジカルにものを言わせ、駆のプレスを跳ね返した飛鳥は、わずかに見つけた右サイドの穴をついたのだ。

 

 

――――こんなところで、終わるわけにはいかないんだ!!

 

あの人は、こんなところで終わっていい選手ではない。

 

 

ロングパスを受けた鬼丸に強い感情が渦巻いている。強豪校としてのプライドを背負い、試合に出られない選手の想いを背負っている。

 

 

何より、腐りかけていた自分を救ってくれた恩人を、全国の舞台へ連れていきたい。

 

 

―――――なのに―――――っ

 

 

並走している男が、どこまでも葉陰の夢を阻んでくる。

 

 

青葉はスペースへと走りこむ彼の姿を見た時から、何かを察知し、追走していたのだ。

 

 

否、追走というのは語弊がある。すでに鬼丸を抜き去り、その先のスペースに辿り着きそうな速度。

 

単純で、無慈悲なほどの、脚力の差。

 

 

飛鳥からのロングボールが青葉に迫る。鬼丸へ渡るはずだったボールを刈り取っていく。

 

――――くっそぉぉぉぉ!!!!

 

必死に足を延ばす鬼丸。そして無防備な青葉の背中に迫っていく。

 

その様子を、3点差という大差の状況で油断していた青葉は気づかない。直前に彼が迫っていることを見ていなかった彼には――――

 

「? あ――――」

 

アウトサイドでトラップして、そのまま躱そうとした青葉の背中に砲弾のような衝撃が迫る。

 

 

そして――――――

 

 

 

ピピィィッ―――!!!!

 

 

 

 

「なっ!?」

ベンチで岩城が立ち上がる。

 

 

「青、葉?」

ピッチの中心にいた王様は、その光景に目を背けてしまう。

 

「―――――え?」

 

逆サイドからジョギングしながら走っていた駆は、何が起きたのかがわからなかった。

 

 

青葉が倒れている。しかも、まったく動かない。意識を失っているのか、単純に気絶しているのか。

 

「青葉、さん―――――青葉ぁぁっ!!!」

口元を手で覆ってしまった美島は、目に涙を浮かべ、その光景を見ていることしかできない。

 

その光景が重なる。

 

あの日、永遠に出会うことがなくなった伝説のトップ下の倒れている姿と。

 

「美島さん!?」

その場に座り込んでしまう美島を見て、岩城は当然のことながら焦る。息も荒く、トラウマのようなものが引き起こされているのかもしれない。

 

詳しくは知らないが、彼女はあの事故の現場を見ていたという。ゆえに、親しい人間のそういう状況を見て、思い出してしまったのだろう。

 

近くのマネージャーに彼女のことは任せ、岩城は最悪青葉の交代すら考えないといけないと考えていた。

 

――――決勝戦も、彼を欠く状態で戦わないといけないかもしれません。

 

全国への切符を目前に、突如として立ちはだかる神のいたずら。岩城は天を恨んだ。

 

 

 

 

『倒されたァァァ!!! ファウルですっ!! 江ノ島高校、ここでも守ります!! おやっ、青葉が倒れている。』

 

『相当な衝撃で、後ろからぶつけられましたからね。これは非常に危険なプレーです。』

 

『ああっと、ここでレッドカード!! 鬼丸一発退場!! 3点差ビハインドの劣勢の中、10人で戦うことを強いられます、葉陰学院!!』

 

『正直厳しいですね。どちらもボールには行っているので。イエロー辺りが妥当だと私は考えていましたが。しかし、攻撃の核ともいえる鬼丸選手を失ったことで、葉陰は厳しくなりますね』

 

 

『そうですねぇ。そして青葉選手はどうやら一度ピッチの外へと出るようです。担架が出ます』

 

 

「…………」

 

眼をすぐに開けた青葉は、ぼんやりとピッチを眺める。意識に問題はなく、問題はなさそうだったが、どこか様子がおかしい。

 

「青葉!?」

その様子に、織田が思わず声をかける。どこかを痛めたのか、と。

 

「—————ああ、大丈夫だ。しかし、若干視界が揺れる」

 

冷静な言葉で自分の状態を説明する青葉。どことなく冷静で、熱さとは別のしたたかさの面が目立つ雰囲気。どこかいつもの青葉とは違うような気がした。

 

 

「し、心配したんだよ!! 青葉が、青葉が――――」

駆が思わず本音を出してしまう。

 

――――おい、なんで周囲の男をときめかせるんですかねェ

 

兵藤は、その駆のしおらしい姿に目を奪われているチームメートに白い目を向けるが誰も気に留めない。

 

「ったく、心配かけやがって。」

荒木も荒木で、照れを含んだ表情を浮かべ、青葉がすぐに意識を取り戻したことに安堵する。

 

 

「すまない。俺はベンチに下がらせてもらう」

担架で運び出されるとき、青葉が申し訳なさそうにみんなに謝罪するが、

 

「ばっか。俺らがたくさん点を取って全国決めてやんよ」

 

「ああ。俺のロングフィードが火を噴く。ベンチで見ておけよ、青葉」

 

「狙って言っているつもりなんだろうが、盛大に滑っているぞ、織田」

 

「う、うるさい!! いいだろう、べつに!! 語弊的には間違っていないだろう!!」

兵藤に冷やかされ、顔を真っ赤にする織田。

 

ヒヤリとする場面ではあったが、青葉が無事なことで一同は落ち着きを見せる。

 

 

しかし次の瞬間

 

「うちの仲間を負傷退場に追い込んだとか、まああれだよな」

兵藤は周りを見回して、しゃべり始める。

 

「――――ああ、上等だぁ。点を取れるだけ取って、トラウマ刻んでやらぁぁ!!」

荒木も怒り狂っていた。アドレナリンが出ているのか、いつものひょうひょうとした雰囲気が消えている。

 

「プレー中の事故は仕方ないとはいえ、何も思わないほど俺も愚鈍ではない。最後まで江ノ島サッカーを貫くぞ」

沢村も、江ノ島サッカー部結成に貢献した彼を負傷させた葉陰相手に燃えていた。

 

むしろ、士気は天井知らずだった。江ノ島の選手は勝負がついているにもかかわらず、攻撃の手を緩めない。

 

 

 

 

 

鎌倉学館のメンバーは、一発退場並みのファウルを受けた青葉がそのままピッチの外に出され、負傷交代という形で去ってしまったことに複雑な心境だった。

 

「―――――猶更、江ノ島には勝つしかないですね」

世良は、青葉不在の江ノ島には必ず勝たないといけないと決意した。

 

「――――世良?」

 

 

「悔しいが、あれは世界の同世代の中で抜きんでた存在です。外で見てきた俺にはわかる。なんであんな逸材が、日本に転がっていたのか」

 

レオナルド・シルバやドイツの皇帝とも互角に渡り合うプレーヤー。そしてその割には報道されていない、ギャップのある選手。

 

もし仮に、彼が出てくるのであれば、鎌学は彼を止められない。防ぎようのない弾丸をフルで打ち込まれ続けることになる。

 

そう、今眼前で行われている葉陰の二の舞になるだろう。いかに鷹匠と自分、佐伯と攻撃陣が揃っていても、間違いなくマッチアップする佐伯が封じられる。

 

 

そして、佐伯は宮水を止めることはできないだろう。相手は五輪代表候補クラスだ。彼には酷だろう。

 

そして逆サイドには成長著しい逢沢駆。この試合でも見せた非凡なプレーの数々。さすがに七光りではないということが分かった。

 

――――彼は間違いなく全国クラス。世代別にも選ばれる

 

 

「だな。奴のドリブルは、止めるのが至難の業だ。うちもそういう世界クラスと戦う経験が欲しかった。」

鷹匠は、青葉の負傷を見て、残念そうにつぶやいた。

 

「―――――」

佐伯は、その光景を黙ってみているだけだった。

 

 

 

 

青葉に代わって出場したのは、的場。さんざんに疲弊し、鬼丸というWBすら失った無防備なサイドを蹂躙する。

 

――――マッチアップする選手もいない。さんざん青葉が走りこんで、相手はヘロヘロ

 

こんな状況で、仕事ができないと言われたら、ドリブラーとして情けない。

 

 

――――サイドの選手には、守備が求められる。

 

 

この試合の青葉と駆を見て、それを痛感する。守備からの攻撃という局面は、サッカーにとって大切なことだ。

 

もはやまともなモチベーションを保てなくなった葉陰相手に無双する的場。

 

 

――――足の止まってきた時間帯に、ドリブラー投入か。くっ、

 

 

飛鳥はこの状況で勝利するビジョンを見出すことが出来ない。こちらのモチベーションは半壊状態。対する江ノ島は、エースを負傷させられたことにより、鬼気迫る勢いでゴールに襲い掛かっている。

 

 

そして――――

 

的場の切込みによって、チャンスが生まれる。

 

 

「くそっ!!」

 

マシューズフェイントで簡単に抜かされてしまう葉陰の選手。精神的にも、肉体的にもきつい時間帯。集中するのも無理からぬことかもしれない。

 

ドリブルで切り込む的場につくことが出来ない。フレッシュなドリブラーに仕掛けられ、堅守を誇っていた守備が崩壊している。

 

 

『的場一人で切り込んで、荒木にパスっ! さぁ、そのパスセンスが光る時だ。ファーサイドに逢沢流れる。真ん中には高瀬!!』

 

 

ここで、高瀬と逢沢、走りこんできた的場の目が合う。そして―――――

 

 

荒木は彼らのやり取りを見て、イメージを共有したと考えた。瞬間に、

 

荒木の縦パスが高瀬に通る。浮き球な弾道のボールは、高瀬の胸に当たり、トラップしたボールは逢沢へ。

 

「させるかぁぁぁ!!!」

 

逢沢のシュートチャンスを阻むべく、葉陰の選手が最後の力を振り絞る。身を挺してブロックしようとする選手を見た駆は、

 

低いグランダー性のボールを逆サイドに蹴りこんだ。そしてそのスペースに走りこんでいたのは――――――

 

『押し込んだぁァァァ!!! 江ノ島4点目!! 決めたのは途中出場の的場!! 流れるようなパスワーク!! 一気にスピードアップしたプレースピード!! 今の崩しは上手いというより、とにかく速かったですね』

 

『逢沢選手のキックが決め手ですね。あの右足からのボールが、まさにドンピシャです。的場君のことを計算に入れて、いいラストパスでした』

 

 

さらに―――――

 

葉陰の軸となっていた飛鳥相手に攻撃時は荒木と織田がダブルチーム。

 

「させねぇよ!!」

 

「通せると思うなっ!」

 

 

飛鳥を二人係で阻んだ荒木と織田から始まるカウンター。パスコースを誘導した荒木が、織田にその残されたコースに動いたのだ。そのままボールを刈り取るだけだった織田から、

 

裏へ抜ける準備を怠っていなかった逢沢へと浮き球のパスを供給した。

 

 

『一気に抜け出した逢沢!! さぁ一対一の状況!! 決められるかっ!? 決めたァァァ!!! 左足一閃!! 5対0!!』

 

強烈なハーフボレーシュートでゴールに突き刺さるボール。プレーに迷いがなくなり、結果としてプレースピードも上がっている。

 

駆のエリア内での動きが別次元の領域と思えるほどの。

 

 

『これで今大会7得点目!! 得点ランキングトップに1ゴール差!! さらに、そのトップは宮水青葉!! これが江ノ島の攻撃力です』

 

 

完膚なきまでに勝利の可能性が消え失せている葉陰。誰もが下を向き、闘志を失った局面で、最後の最後にあの男が江ノ島相手に一矢を報いる。

 

 

ロングボールの戦法に切り替わった葉陰の攻撃、セーフティーに外に出した江ノ島の守り。

 

すでに逢沢と宮水は下がり、荒木もベンチに下がった状況下で、コーナーキックのチャンス。

 

—————まだピッチにいる俺たちは、諦めるわけにはいかない。

 

主将としての責務を果たすまで、笛が吹かれるまで、戦う義務がある。飛鳥は、懸命に声援を送るベンチ外のメンバー、応援し、期待をしていた観客の為にも、ここで足を止めるわけにはいかなかった。

 

————もし、勝ち目がなくて、すぐにあきらめるような選手を、自分が監督なら使うか?

 

出来ることを、最善を尽くすこと。敗色濃厚な試合であっても、出られない選手のことを考えたら、そんな考えは消え去ってしまう。

 

 

そのクロスボールに身を投げ出し、飛び込んでいく飛鳥。マッチアップするのは、フィジカル自慢の海王寺。

 

————くおっ!? な、なんだ!? この終盤でまだ—————

 

気迫で押し切られた、もしくは大量リードでの油断があったのか、飛鳥に競り負けた海王寺の眼前で、彼はゴールを決めて見せた。

 

 

『クロスボール、合わせたァァァ!!! 葉陰学院一点を返します!! キャプテンの飛鳥がすぐにボールを抱えます!!』

 

 

『集中していますねぇ。強豪校の意地とプライド、一矢報いましたね』

 

一点を返した葉陰学院。尚もアディショナルタイムで飛鳥にボールが渡り、ミドルレンジからのシュートを狙うも、惜しくもバーに当たりゴールならず。そのままタイムアップとなった。

 

 

5対1という信じられない結果を突きつけられた観客と葉陰学院。

 

強豪と言われた葉陰の惨敗ぶりに、他県からの偵察部隊も驚愕していた。

 

「ああ。江ノ島が圧倒して試合終了。宮水は負傷交代だが、代わって入る選手もドリブルが上手い。だが一番危険なのは、左サイドの逢沢だ」

 

「逢沢駆。逢沢傑の弟。伝説のトップ下の片割れだ。要警戒だな」

 

特に、この試合で2得点と活躍した逢沢駆に対するマークは厳しいものとなっている。

 

「宮水の状態は次の決勝までわからないが、出てきたら要チェックだ。ダブルチームを敷いても意味がないほど抜け出しが上手い。」

 

「ああ。ドリブルのコースを消さないと致命傷だ。」

 

そして、スピードという武器があるせいでマークが振り切られると判断した強豪校。ゾーンディフェンス一択。彼にドリブルコースを開けさせてはだめなのだと。

 

しかし、宮水の状態で今後の受け方も変わってくると考えている。

 

 

レオナルド・シルバは、青葉負傷からさらに苛烈になった江ノ島の攻めを見て苦笑いしていた。

 

「4-2-3-1、4-2-2-2を使い分け、上手く勝ち進んでいる江ノ島。まさに逆鱗に触れたような試合展開だっタ」

 

強豪校のプライドを根こそぎ折るようなプレー。青葉不在であれなのだから、準決勝の結果もおのずと見えている。

 

「あの駆という男。あいつを見ているト、あの男を思い出すナ。」

隣にいるリカルド・ベルナルディは、U-15アルゼンチン代表に召集された際、青葉と傑に苦い思い出を作られていたのだ。

 

だからこそ、今度こそ正面から彼らに勝つと意気込んでいた。いろいろな金銭面での条件もあったが、彼らとの再戦を臨み、日本にやってきたのだ。

 

「駆の中に眠る傑の鼓動。一緒にプレーしたいと思うシ、目の前で見てみたい気持ちにもナル。」

 

それは、あの男を最も知っているという証。もうこの世界に傑はいないが、そのプレーと遺志を継ぐ存在がいる。

 

それが他ならぬ傑の弟であるということが喜ばしい。

 

――――お前が目指したサッカーを継ぐ存在が、

 

自分の目の前にいるかもしれない。そう思うと、彼の友人として嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 

クラブでは共にプレーをして、代表で火花を散らし合う。それが彼の将来の展望の一つだった。

 

――――まさか、ここまで日本の選手に入れ込むことはネ

 

罪づくりな男だ、とシルバは笑う。

 

 

そして気がかかりなのは、宮水青葉の状態。軽症と思われるが、決勝戦はドクターストップがかかるかもしれない。

 

世界では脳震盪に対する認識を改めている。江ノ島も医師の判断があれば青葉をベンチにいれることはできないだろう。

 

 

――――さぁ、どうなる

 

全国出場を目前に、江ノ島高校に試練が訪れる。

 

 

 




傑「ん? 青葉はどこに行った?」

??「いたた。油断したぁ・・・・ん? 傑さん?」

傑「え? 青葉?」

青葉?「ひえぇぇぇ!! 傑さんが化けて出たぁぁ!! って、ここはどこだぁぁ!!」

青葉?「というか、なんかガラスの向こう側に俺がいるぅ!?」


傑「・・・・・・」


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第十八話 叙勲の刻

病院へと直行の青葉は、その場で江ノ島勝利の知らせを知ることになる。

 

「そうですか」

 

しかし彼の表情は暗い。決勝戦までに出られるのかどうか。軽度の脳震盪とはいえ、この時間は致命的だ。

 

 

診断をした医者は、大事を取る必要があると考えていた。はっきりとした受け答えが出来ているとはいえ、妙に記憶が怪しくなる場面があった。

 

 

一時的とはいえ、チームメートの名前を言えなくなった時間というのは無視できないことだ。しかし、眼球に異常はなく、簡単な診断テストでも異常は見当たらず、困惑ばかりが広がる。

 

 

「ええ。俺は大丈夫です。だから、次の試合も出られます」

 

 

「—————ハーフタイム。異常が見受けられたなら、すぐにベンチに下げる。それを許容できなければ医者としてそれを認めるわけにはいかない」

 

ハーフタイムでカードを切りづらくする青葉の起用法。本人のコンディション次第で2枚が潰れかねない状況下。岩城監督もそれには同意見だったらしく、

 

「—————分かりました。アップ中に少しでも異常があれば、彼は出させません。いいですね、青葉君」

青葉の選手生命が大事だということで、その制約を了承したのだった。

 

 

「熟知しています。ですが危なくなれば、俺は江ノ島に勝利を届ける努力をさせてもらいます。それに、ここは通過点。必ず江ノ島が勝つと信じています」

柔和な笑みで、笑う青葉。どことなく影を感じさせるものではあるが、元気そうな彼の様子に安心する岩城。

 

「—————当日も、そして今日から無理をしないように。我々の手で、栄冠を取りに行きますからね」

 

しかし岩城は、口調が若干変わっている青葉に違和感を覚える。

 

————まるで、高校生ではない年代の人と、会話をしている気分ですが……

 

もう少し無鉄砲で、自信過剰な面があった青葉らしくない口調。若干の違和感を覚えつつも、岩城はそれを見逃す。

 

 

 

その後、岩城監督は医者とともに病室を去り、青葉は一人取り残されることになる。そんな彼の前に、ある来訪者が現れる。

 

 

 

「—————u-18の日本代表、飛鳥亨————試合後に会うとは予期していませんでした」

 

 

「確かに、すぐに会うのは不躾かもしれない。しかし、あんなことがあった直後だからこそ、君に会う必要があった」

 

 

葉陰のキャプテン飛鳥である。鬼丸の背後からのタックルで負傷交代に追い込まれた青葉を見舞いに来たのだ。鬼丸としても、まさかあんなことになるとは考えておらず、試合後も放心状態だったという。

 

危うく、二人の才能ある選手が潰れてしまうシチュエーションになりかねなかった。

 

「———————俺も、貴重な体験をしたと思います。ああいうことは海外でも想定しなければなりません。それを怠った自分自身のミス。“宮水青葉”にとっての教訓になればと」

 

意味深な発言が目立つ青葉。流暢だが不自然な言葉遣いが見受けられる。それに、ここまで思慮深い話し方には思えなかった。

 

「?? あ、ああ。そうだな—————鬼丸のことも含めて、すまなかった。重ね重ねすまない」

 

 

「彼にとっても、自身のメンタルをコントロールする教訓になったと思います。無論俺のプレーにも課題はありましたから」

 

特に鬼丸のことは気にしていないと断ずる青葉。そこには苛立ちも、焦りも感じさせない。あるがままを受け入れ、最善手を探す青年の姿しかなかった。

 

 

「――――本当に、君には昔から驚かされる」

飛鳥は、そんな青葉を見て微笑んだ。遠くにあるものを見るような眼で、青葉に対し、憧れのような視線を向けている。

 

「昔、ですか? 予選以前にでしょうか?」

覚えがない青葉は、飛鳥の昔がどれなのかがわからない。

 

 

「中学時代。遠征に来た岐阜県下のチームと試合をしたことがある。その時に、君は4得点を決め、俺の横を何度も抜き去っていた。あの頃よりも鋭く、速くなっていたと痛感したよ」

 

「――――あぁ、いや、横浜では負けた記憶しかありませんでしたから。ああ、そうでしたか。あの遠征の時に――――」

 

サッカーノートを後で読み返そうかと、青葉は考えた。昔過ぎて押し入れの中に埋もれているかもしれないが、と心の中でつぶやく。

 

 

「――――君のような選手が、将来代表を背負うのだと、あの時俺は思ったよ」

飛鳥にとっては忘れられない記憶。そして経験だった。あの経験を活かして、神奈川屈指のディフェンダーになった。

 

しかし、やはりこの男には届かなかった。

 

「―――――誰もが、あのユニフォームを背負うことを目指しています。今までも、そしてこれからも」

そして青葉は今も変わらぬ思いを口にする。後4年後。年齢で言うと19歳。青葉の誕生日は2月なのだ。

 

選手として、未完成と言われる時期。世界では超一流が主力になり始める時期でもある。

 

 

「―――――その時は、いい夢を見させてもらうよ。宮水君」

もうそんなところまで将来を考えているのか、と飛鳥は思った。

 

 

「飛鳥さんは代表入りを考えていないのですか?」

不思議そうな顔で、青葉は彼に尋ねる。実績もある選手がそこを目指さない理由がないと考えたからだ。

 

「―――――そうだな。選ばれたいとは考えているよ」

 

総体は終わってしまったが、次の選手権がある。

 

飛鳥は心の中である決意をした。

 

もし、目の前のトップレベルの選手に勝てたのなら。代表入りやプロという選択肢を考えられるかもしれないと。

 

――――だが、まだ届かないなら

 

果たして、目の前の男はどう考えているのか。

 

「――――俺は他人に、将来について指図できるほど、偉い存在ではありません。しかし、飛鳥さんの中で覚悟があるのなら、志してもいいのではないでしょうか?」

青葉は、やけに自信のない口調の飛鳥に戸惑いを見せる。

 

 

「高校サッカーは、それだけ分岐点でもありますから」

 

 

「――――ああ。そうだな」

 

 

親との約束は、高校サッカーまで。もし高校サッカーで結果を出さなければ、医者の道を行くことになる。

 

勿論、医者の道が嫌というわけではない。命を救う仕事は尊敬できるものであり、それを生業に多くの命を救ってきた父親は人として尊敬できる。

 

それに、サッカーに反対されている今も、こうして猶予を設けてくれている。

 

もし岐阜県から彼がこちらに来なければという、もしもの話に興味はない。全国に出て、このレベルの選手と戦う機会もあるかもしれない。

 

対決するのが遅いか速いかの違いだ。

 

――――親父、2年半結果を満足には出せていないけれど

 

ここ数年、葉陰は全国に出ることが出来ていない。だからこそ、選手権はラストチャンスなのだ。

 

――――けど、サッカー人生の瀬戸際に、こんなすごい選手が俺の目の前に現れた

 

普通なら、嫌と思うだろう。大好きなサッカーができる瀬戸際に、厄介な選手が現れたと。

 

 

――――だが違う。俺は、そんな強い選手に勝ちたいからこそ、サッカーをしている。

 

 

飛鳥は、中途半端は嫌だった。何となくプロになり、何となくプレーする。努力と経験を大切にしてきた彼には受け入れがたい未来だ。

 

――――強い選手に、強いチームに勝つために

 

 

「サッカーを前にして、正直でいてください。決めたことには文句は言いませんが」

手を差し出す青葉。

 

「もちろんだ。この道に関しては、真摯でありたいと考えているよ」

そしてそれに応える飛鳥。

 

 

遺恨は消えた。青葉は総体予選の大一番に、飛鳥は選手権に向けて。

 

 

動き出すことになる。

 

 

 

 

江ノ島高校では、青葉不在の中で練習中にも張り詰めた空気が漂っていた。エース不在、大黒柱不在という状況下。

 

ムードも、一つの目標に向かっている空気ではあるが、空回りしている面がある。

 

 

「―――――この状況では動きを悪くするだけですね」

 

岩城は、いったん練習を止めてミーティングを行うと指示を出す。休憩時間の後、全員を集めて意識の統一を図ることになった。

 

 

部員たちも自分の動きが悪いことに気づいていたために、その指示に従うものが多数だった。

 

 

――――青葉がいない。なら俺たちで

 

沢村が不在の彼を惜しむ。そして、彼がいなくても、全国には行けることを証明するために。

彼に良い報告をできるように。

 

 

――――こういう時に総合力を示さないと、ワンマンチームのままだ。

 

八雲は肌で青葉の実力を感じ取っている。だからこそ、青葉頼みの攻撃から脱却する虎穴でもあると考えていた。

 

――――江ノ島サッカー部は、いや、俺たちは、彼に恩義がある。なら今こそ踏ん張りどころだ

 

織田は、受けた恩は必ず返すと考え、青葉にまずは全国をプレゼントしたいと考えている。

 

――――あいつが責任を感じないよう、俺たちで、勝ち取るんだよ

 

荒木は、あの時言った言葉が嘘ではないと、得点を決めることでチームを全国に導くことを志していた。

 

 

そして――――――

 

 

「エースがいない。もし周囲がそう言うのなら――――――」

 

騎士を志す少年の決意は変わらない。

 

 

――――もう一度立ち上がった時から決めていたんだ

 

 

侍ブルーのエースストライカーになる。そして、その為に江ノ島サッカーでエースになる。

 

「僕が、エースになるんだ」

 

 

ドクンッ、

 

 

そう思った瞬間、鼓動が力強く体に響いた。まるで自分の中に存在するものが高揚しているような。

 

自分の言葉に喜んでいるような。

 

 

――――でも、だめなんだ

 

 

今のままでは、胸を張って逢沢駆とは言えない。

 

――――あの感覚を超えるには、どうすればいいんだろう

 

いきなり自分が上手くなる、という感覚。何か全能感に酔ったような体験。あれは心地よく、いつまでも体験したいものではあった。が、操られているような感覚があった。

 

 

「駆?」

思いつめた表情が多くなっている幼馴染に、声をかける美島。活躍するほど周囲の雑音が大きくなっている今、駆は校内でも人気の存在だった。

 

 

そして、かつての傑のように女子に興味を示さず、どん欲にサッカーに打ち込んでいる。ただ、予期せぬ異性との接触やスキンシップが苦手なだけという面もあるが。

 

 

「―――――青葉がいない。だからこのまま負ける。負けると予想されている今が、悔しいんだ」

 

この幼馴染には、いつも本音をさらけ出している。気兼ねなくこういうことが言える存在は、そう言えば彼女以外思い浮かばない。

 

「でも、今の僕は胸を張って逢沢駆って言えない。兄ちゃんのようなプレーが出来ても、それが自分の感覚ではないみたいで――――」

 

手が震える駆。だんだん自分ではなくなっていくような悔しさが、そこにはあった。

 

運命の朝、もし兄が助かり、自分が命を落としていたほうがよかったのではないかと、思わなかったとは嘘になる。

 

「でも、傑さんはもういない。駆は、駆の足で、ピッチをかけている。」

 

そんなことはないと、美島は励ます。傑はここにはいない。彼はもう手の届かない場所にいるのだから。

 

「―――――僕には出来っこないよ。練習しないと、あんな兄ちゃんのようなプレー。」

 

ぶっつけ本番で、ヴァニシング・ルーレットが出来るわけがない。

 

葉陰戦で見せた、あの影のルーレット。マルセイユ・ルーレットという光が生んだ、駆の考えたフェイント。

 

 

「―――――久しぶりに、私と練習しない? 今夜」

 

唐突な美島の提案。それに駆は驚いた。

 

「――――でも、代表の疲れや学業との両立だって―――――」

 

 

「―――――え?」

 

今の今まで、駆はそんなことを考えていたのか。と美島は驚いてしまった。

 

「正直、最初は嫉妬した。セブンが代表に選ばれて、僕はまだあのユニフォームを着ていない。兄ちゃんも着ていた代表の証。だから、悔しかった」

 

今だからこそ言える。駆は美島に白状した。

 

「駆―――――」

 

 

「でも違うんだ。セブンと練習しなくなって、青葉や高瀬と練習して、いい経験をしたと思う。けど、今頑張っているセブンに迷惑をかけたくなかった」

 

へたくそは練習するしかない。練習して練習して、ようやくモノにできる。

 

それを自分は知っている。あのルーレットを今ではできるようになっている。今回のヴァニシング・ルーレットも、練習すればきっと使いこなせる。

 

 

「セブンの隣にいて、恥ずかしくない選手になりたかったんだ。」

 

そして駆は、美島に問う。

 

「ねぇ、セブン。」

 

そこまですれ違っていた。美島は駆の成長のためにあえて距離を置いていた。自分では気づけなかった欠点克服の解決方法を編み出した青葉に遠慮もした。

 

そして、次々とフェイントを会得した駆は強い選手になりつつある。

 

このすれ違いは、遠回りではあったが、無駄では無かった。

 

 

「セブンにとって誇れる、そんな選手に僕はなれたのかな?」

 

 

泣きそうだった。そこまで、そこまで駆は考えてくれていたのかと。これが疎遠になり始めた傾向なのだと思っていた彼女は、彼の言葉に目に涙を浮かべてしまう。

 

突然正面から抱き着かれた駆は、驚いているだろう。

 

「―――――セ、セブン!?」

 

 

「大丈夫。駆はちゃんと強くなっているから。本当に、駆は凄いよ。」

 

爆発してしまう心。美島は抑えきることが出来なかった。

 

「頑張り屋な一面が好き。プレーしている姿が好き。」

 

止めようがない言葉。止めようとも思わない。冷静な自分では言えなかった言葉の数々。

 

でも、本当は伝えたかった言葉。ずっとずっと言いたかった言葉。

 

 

「そして―――――優しい君が大好き」

気絶しそうになるほど、今の自分は体が熱かった。

 

 

「――――――僕も、ずっと言いたかったんだ、セブン」

 

彼女を抱きしめる手が一段と強くなる。彼の手の力が少し強くなったことに驚きつつも、嬉しさで頭がいっぱいになる。

 

 

「―――――僕も、セブンが大好きだよ。」

 

ここまで言われて、恥ずかしいだの、なんだのとは言えない駆。彼も彼女の想いに向き合いたいと思っていた。

 

「憧れだったんだ。兄ちゃんとは違った形の。隣にいたセブンはいつもキラキラしていて。魅力的で、優しい女の子だったから」

 

そうだ。自分はあんな存在にはなれない。あんな風にはなれない。あんな風にボールを操れる。そして、異性の友達があまりにも魅力的だった。

 

気づけば心を奪われていた。いつからそうだったのかは覚えていない。きっと、彼女に出会った日なのか、それとも彼女のプレーを見た時なのか。

 

「――――なんだか恥ずかしいよね。この状況」

 

照れ笑いだが、その声色はどこまでも穏やかだった駆。もうこの状況を受け入れているのだから当然だ。

 

「う、うん。我ながら、ううん。お互いに、タイヘンなことをしている気分、だよね」

駆の胸に飛び込んだままの美島は、顔を隠しながら白状する。

 

「―――――ねぇ、セブン。」

 

優しく美島の頭を撫でながら、駆は彼女にちょっとだけ―――――

 

「なぁに、駆?」

そして、その言葉につられた美島は顔を上げる。

 

 

「―――――――――」

 

その顔を見て、駆は言葉を失った。いつも見ていた幼馴染の顔を赤くしている光景。照れ隠しのようなものではない。

 

そんな生半可なものではない。

 

純粋に、好意を見せつけてくれている、彼女の恋をする顔に出会った。

 

「――――ううん、今見たいものが見れたから。どうでもいいや」

 

「――――駆のバカ。いつもはこんなこと、口が裂けても言わないよね?」

少しだけいじけてしまう美島は、再び駆の胸に顔を埋めてしまう。

 

そして、そんな可愛い恨み文句を言ってきた。

 

「うん。普通じゃない。だけど、本心だから」

 

今はまともではないと自分に言い聞かせ、駆の言葉は止まらない。

 

「――――フフフ。本当にイケナイことをしているね、私たち」

それなのに、彼女は実に楽しそうだった。この状況に酔っている、この状況に流されていることに戸惑いを持っていない。

 

「でも、こんな場面を見たら傑さんはどう反応するかな?」

 

きっと驚いただろうなぁ、と笑う美島。駆もそれは同じだった。

 

「傑さんなら、祝福してくれたかしら? 今の駆は、ホントにいい顔をしているもん」

美島は、厳しいようで優しい彼なら認めてくれると思っている。第一、彼はこんなことで考えを左右するタイプではないし、そこまで厳しく干渉もしてこないはずだから。

 

————きっと祝福してくれたに違いない。

 

「セブン……」

笑顔のまま、大丈夫、不安にならないで、と励ましてくれる彼女の姿に、体が熱くなる駆。果たして、今の自分は兄に認められるだけの存在なのか。

 

駆にとっての永遠のヒーローだった兄。永遠に超えることもできない存在。

 

それが最後のピースであり、要素だった。

 

 

ここからなのだ。ここから駆の本当の成長が始まるのだ。兄を意識し、その壁を前に彼は挑む決意をしなければならない。

 

 

止まってしまった過去を乗り越え、兄越えを果たす―————

 

 

その意思を固める瞬間がやってきた。

 

 

 

「――――憧れていた。うん、僕は兄ちゃんにあこがれていたんだ」

 

 

「ずっと兄ちゃんのようなプレーをしたいと心の中で思っていた。だから、練習もしたし、ずっと兄ちゃんのプレーを見てきた」

 

そう、憧れていた。

 

「でも、兄ちゃんは僕にとってのヒーローで、手の届かない存在であってほしいって、心の中でどこか思っていた」

 

 

きっかけは、代表の試合を見た時から。フル代表が外国の代表チームに蹂躙されている試合を見て、逢沢傑ならば、というビジョンを想像しても、勝てる光景を見つけられなかったから。

 

「兄ちゃんは無敵の存在でもない。だから、いずれ代表という壁で、ぶつかっていたと思う」

 

しかし必ず乗り越えてくれる。乗り越えることができると確信している。

 

「環境が変わって、少しは兄ちゃんらしいプレーをできるようになって、気づいたんだ」

 

美島はひたすらに、駆の独白を聞いていた。さえぎるなんてことも、途中で口をはさむこともしない。

 

 

今は、駆の言葉が聞きたいから。

 

 

 

「――――もう憧れるのは、終わりにしようって」

 

 

亡霊が彼に手を貸したことなど一度もない。駆は自分の意志で、自分の体のみで兄のプレーを再現していた。以前はそれを、自分と兄は違うと勝手に判断し、できないと思い込んでいた。

 

だが、これからの駆は確実に変わる。

 

兄傑のプレーが「再現可能」であると認識したことで、駆に枷られていた序盤のリミッターが外れようとしている。それこそ、彼の爆発的な成長速度の理由であり、彼の成長を阻害し続けた壁でもあった。

 

 

 

「―――――きっと出来る。駆は誰よりも傑さんを見てきたもの。」

 

美島も、駆の言葉の真意を読み取っていた。

 

 

駆の中の意識が変わった。逢沢傑のプレーを出来ないと信じていた昔の常識が壊され、

 

 

敬愛する兄のプレーが出来ると信じたのだ。

 

「やれるかな、とか。もうそういう言葉には頼りたくない。」

 

穏やかな口調だが、言っている言葉は穏やかではない。

 

「必ずやるんだ。」

 

 

「――――うん」

 

 

 

その後、このやり取りのせいでミーティングに遅刻してしまった二人は、周囲の生優しい視線に晒されながら、顔を真っ赤にしながらそのミーティングに参加するのだった。

 

 

「まあ、そこの色ボケストライカー様は置いといて」

兵藤は、敢えて駆の異名を改造した二つ名で彼を指名しつつ、辺りを見回す。

 

「―――――」

顔を赤くしたまま、唸るだけの駆。そして、マネージャー陣に祝福され、放心状態の美島は放置。

 

 

「俺たちの意志は変わりないぞ。」

織田も、真剣な瞳で岩城を見る。

 

「――――そうです。ですが、今のこの状況を皆さんはどう感じていますか?」

 

皆は青葉のために勝ちたいと願っている。しかし、岩城には一つだけ気がかりなことがあった。そしてそのままではきっと勝てないと。

 

「どうって――――」

荒木は一体何のことを言っているのだと、首をかしげる。

 

「きっと皆さんは、青葉君にあこがれていた。そして、彼がいない状況をマイナスだと思っています」

 

 

事実だ。それは単純な事実から基づく真実。この現実は変えようがない。

 

 

「ですが、これはチャンスでもあるんです。」

 

青葉がいないことがチャンスになる。周囲の理解が追いつかない中、岩城は続ける。

 

 

「青葉君がいない。誰かがいない。そういう事情はどのチームも持っています。もし、学年が同じなら、とかね」

 

 

「これは、みんなの意識を高めていく絶対的なチャンスでもあるんです。昨日のことがあり、決勝戦も目前です。」

 

 

「だからこそ、私たちの持てる最高のサッカーをして、胸を張って全国に行きましょう。」

 

そうしめくくった、かに見えた岩城。次の瞬間、かつての闘将ぶりを蘇らせるような咆哮が鳴り響く。

 

 

それは怒鳴り声ではない。部員全員を奮い立たせるような掛け声だ。

 

 

「いいですか!! これは、断じてマイナスなどではありません!! 逆風の中でこそ、貴方方は輝くと!! 苦しい練習を、みんなとは違う練習をして、皆さんはここまで結果を出してきました!! 攻撃陣だけではありません。前線が、中盤が、そして最終ラインが頑張ってきたからこそ!! 今日この日を迎えるまで、最少失点数です! 皆さんは成長しているんです!」

 

攻撃陣は神奈川で最強クラス。しかも、失点もわずかに1。これは高校サッカーではありえない。

 

 

岩城の戦術眼と、往年のスタイルが融合した新星江ノ島サッカー部は、強いのだ。

 

 

「不安はあったと思います。特にSCの皆さんには戸惑いもあったでしょう。ですが、皆さんは誇ってください!! 信じてください!! 私たちは神奈川県下で、一番全国で勝てるチームなのだと!!」

 

 

「もっともパワフルなチームなのだと!! 信じてくださいッ!!」

 

 

岩城の掛け声に雄たけびを上げる部員たち。力強い気持ちが、今まで以上に強くなる。

 

それは彼の指示ではない。部員自らが奮い立ち、勝手に雄たけびを上げているのだ。

 

 

――――私の檄一つで、みんなの意識が変わるのなら―――

 

それは安いものだ。喜んでチームの利益のために、旗振り役をしよう。

 

――――驚かないでくださいよ、青葉君。

 

この場にはいない青葉に向けて、一人心の中でつぶやく岩城。

 

――――君が目覚めさせたチームは、君の予想を超えて成長していますよ

 

 

 

 

 




傑「とりあえず、落ち着いたか?」

青葉「まさか今まで見られていたなんて・・・・えっと、俺死んでないですよね?」

傑「ああ。あいつはお前に見せたいものがあると言っていた。それが終わるまではここだろうな」

青葉「・・・・今の俺に足りないプレー、か」

傑「ヒントは・・・・昔のお前がやっていたことだな」

青葉「・・・昔の俺に出来て、高校生の俺に出来ていない事・・・つまり選択、か?」

傑「フッ・・・」



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第十九話 マリーシア

連続投稿です。18話からのスタートをお願いします。


江ノ島高校が10年以来となる準決勝進出を成し遂げ、10年ぶりとなる全国大会出場まであと一勝と迫る。

 

エース宮水を欠くことが濃厚と予想される決勝戦に向け、岩城監督の檄が部員たちの闘志に火をつけた。

 

 

そしてその夜、

 

 

「なんだか、ずいぶんとこの光景が懐かしく見えるよ」

 

その公園には、いつもとは違う景色がある。駆が一番成長した姿を見せたいと考えている存在。

 

美島奈々がそこにいるのだ。

 

「そうね……こうして駆と一緒に練習するのも、間近で駆の成長を見られるのも、凄い楽しみだったんだと思う」

 

ここで駆のサッカーがリスタートした。ここが駆の原点なのだ。

 

 

「―――――だから、今の駆を私に見せて」

 

それは優しげな声だ。しかし、その闘志は肌で感じている。なでしこの小さな魔女として、江ノ島屈指のアタッカーである駆の実力を見たがっている。

 

ボールを駆に渡す奈々。今まで信じてきたものを見せてほしいという願い。

 

今の駆の本気を感じたい。

 

「―――――じゃあ――――――――行くよっ!!」

 

 

 

 

そこからは一進一退の攻防――――――

 

 

ではなかった。

 

 

「――――――」

 

絶えず間合いを図りながら、美島の範囲をすり抜ける駆。キックフェイントや跨ぎなどを駆使し――――

 

「あっ」

 

まるで目の前に傑がいるかのような動きをする駆に、美島は驚きはせずとも、追いつけない。

 

 

――――今のは、また複合フェイントっ

 

シザースの動作からヴァニシング・ルーレット。さらに――――

 

 

美島はそこまでの動きにまだラグが残っている駆に追い縋ることが出来た。やはりまだ完全に傑の動きを模倣することはできないのだろう。

 

しかし、駆の思考回路が。傑の思考に並びかけている。

 

 

対人能力において、駆は傑を上回りつつあった。

 

 

切り返しからの足裏キックフェイント。詰めに入った美島の逆を取る動き。しかしそれをわかっていながら彼女は動けない。

 

最大の動きをして駆に追いつこうとした彼女の目の前で、最小の動きで難なく抜き去る駆の姿は、やはりあの男の姿がかぶって見えた。

 

 

そこからルーレットを警戒した美島は駆の急加速に振り切られるシーンが目立ち、時が止まるかのようなストップフェイントがいかに有効なのかを思い知ることになる。

 

 

――――全然ボールを奪えない。

 

 

意識の改善で、ここまで駆は化けた。否、目の前の彼のプレースタイルも、眠っていた才能の一端に過ぎない。

 

まだ駆は、傑の才能の一端を突き破ったに過ぎない。対人能力という、エリアの騎士を志す彼にとって死活問題でもあった能力。

 

土壇場での強さ。

 

――――良い意味で日本人離れしている。

 

 

視野が広く、間合いを常に図りながらどう動くかを考えている。

 

 

常に集中する意識の高さは、従来の駆の真面目さ、勤勉さが源となっている。日本人のいいところと、外のいいところを取り込みつつあるのだ。

 

――――悔しいっ

 

まだまだ駆には、パスセンスが傑ほどないとはいえ、もうボールを持てば同等の怖さを持っている。

 

 

さらに言えば、ゴール前での嗅覚は傑を圧倒しており、ディフェンスの穴を見つけられる彼ならば、そのスキルを磨くことも不可能ではない。

 

 

 

――――でも、それ以上に―――――

 

ここまで駆は強くなったのかと。ここまで駆は凄い選手になったんだと思うと、美島は嬉しかった。

 

 

「セブン?」

 

散々コテンパンにしているからか、心配している駆。その状況下で笑みを浮かべている彼女を気遣うような言葉を出してしまったのだ。

 

 

「うん――――すごく、すごく悔しい。でも、駆がこんなすごい選手になったんだって思うと、嬉しくて―――――」

 

自然と、目頭が熱くなった。

 

 

――――だって私は、選手であると同時に

 

いつだって、彼の姿を見てきた。

 

――――私は、駆のファンでもあるから

 

 

「―――――セブン。今から僕が繰り出す技を見て、判断してほしいんだ」

 

雰囲気が変わった駆。彼女の期待に応えたい。昨日よりも、今よりも、そして今この時さえも上回るような成長した姿を見せたい。

 

 

彼女が教えてくれたヒントと、協力があって―――――実践の中で彼自身が感じた修正点を克服した、思い出のフェイント。

 

 

――――あのフェイント?

 

 

美島には、そのフェイントに見覚えがあった。駆が練習していた幻のフェイント。

 

 

かつて、日本のレフティモンスターが開発した驚異的なフェイント。単純だが、とても効果的なフェイントである。

 

 

足元の技術が高いからこそ、間合いを詰めてくる選手に対して限りなく有効なフェイント。

 

 

しかし、種明かしをすれば簡単に止められてしまうようなリスキーな技でもある。

 

 

――――このタイミングで、駆がなぜフェイントを先に教えたのかな?

 

分かっていれば、対処は簡単だ。

 

 

しかし構わず、駆はドリブルを開始する。何か考えがあるのだろうか。

 

 

左足の軸足を先に、右足の跨ぎから始まる。さすがにここまでは美島のイメージ通りだった。

 

――――右足で跨いだここから左足で当てて、さらにまた右足で跨ぐ

 

それが駆のフェイント。

 

しかし、ここで駆は連続で左足の甲でプッシュしたのだ。ここから美島の想像を超えてくる駆。

 

――――連続技!?

 

駆と美島の間で認識の違いがはっきり表れる。

 

 

確かに、その大技で駆は美島を抜くつもりだ。しかし、馬鹿正直に彼はそれを繰り出すつもりなどなかった。

 

一瞬の驚き。そして、その一瞬こそが彼女にとっては致命的な時間を彼に与えることになった。

 

さらにここで、駆は右足で今度はボールに回転を駆けながらカット。しかも、最初に見せた動作よりも早くなっている。

 

 

――――それでも、回り込めば先に私が―――――

 

 

そして駆は左足を前に出し、想像よりも強く蹴りだしたのだ。

 

――――とったッ

 

 

はっきりと見えた。ボールは消えておらず、はっきりと彼女の眼がそれを捉える。

 

 

「えっ!?」

 

しかし、ボールは意思を持ったかのように動き、まるで半円を描くように、美島の予測した場所ではなく、駆の足元へと戻ったのだ。

 

 

全てが一瞬の出来事だった。動くことすらできずに美島は駆のフェイントに沈んだのだ。

 

 

「―――――今の、は?」

 

 

「あのフェイントをさらに改良したんだ。相手の意表を突くだけで、この技は対策された瞬間にリスキーすぎるから。青葉に試したけど、初見以外は止められたからね」

 

 

以前青葉に指摘された、自分よりも早く反応した相手にはリスクしかないと指摘を受けた。ならどうするか。

 

 

――――ボールもこちらに戻ってくるようにすればいい。

 

 

相手の動きのさらに上を行く。反応しても止められないようなフェイント。

 

「でも、まだ名前が決まっていないんだよね。」

 

 

まるで円を描くようなフェイント。ボールが消えたと錯覚させられる手品のようなトリッキーな技。

 

そして閃光の如く相手を抜き去り、ゴールへと襲い掛かる。

 

美島の頭には、その名にふさわしい名前を考えてみた。

 

 

しかし、美島はそこで理屈めいたことはやめにした。これは紛れもなく駆が改良して、新しい技に昇華したのだ。

 

ならこれは、駆のフェイント。駆だけのフェイントなのだ。

 

ボールが消えたような不思議な技は、駆の象徴であり、

 

 

「ヴァニシング・ターン、っていうのは。どうかしら?」

 

逢沢駆の象徴でもある、ボールを視界から隠す技術から意味合いを取った名前。

 

どこまでも駆のモノだという証を込めた、超絶フェイント。

 

 

「―――――駆だけの、逢沢駆のフェイント。だからヴァニシング・ターン」

 

「―――――まあ、ボールを相手の視界から消すことを意識しているし————うん、名前負けしないよう頑張るよ」

 

駆の運用は、ダブルタッチを警戒した相手を出し抜くために、この技を作り出した。ダブルタッチという最初のスキルを活かすためのフェイント。相手がこの技を警戒すれば、よりダブルタッチや縦への突破が活きてくる。

 

 

「きっとこのフェイントを使える局面が出れば、それはゴール前。必ずゴールを奪うよ」

 

 

必ず決めて見せる。この技のヒントをくれた彼女のためにも。

 

 

そして、これが到達点ではない。

 

今も青葉は技を磨いている。体ではなく、頭を。今頃新しいフェイントをイメージしているだろう。

 

そしてそれを自分のモノにするために。

 

その瞬間に最善のフェイントを瞬時に選択するには、まだまだ時間がかかる。青葉ももがいている。

 

 

 

 

そして――――――

 

 

『さぁ、総体予選準決勝第二試合!! 怒涛の攻撃力で駆け上がってきた両校の激突となります。』

 

 

『神奈川サッカーを長らくけん引してきた鎌倉学館が、全国行きを決めるのか? 得点ランキング3位の鷹匠を中心に、中盤にもタレントが揃っている強豪校は、今大会の失点はわずかに2点のみ!! 危なげなく勝ち進んできました!』

 

鷹匠、佐伯、世良、国松といった黄金世代+有望株が揃う全国レベルのサッカー。

 

 

『対するは、準々決勝まで1失点の江ノ島高校!! 大会屈指のサイドアタッカー宮水青葉はベンチスタートながら、得点ランキング2位の逢沢駆に加え、中盤には荒木竜一! そして真ん中には急成長を遂げる大巨人高瀬!!』

 

 

この大一番で、高瀬のCFWでの抜擢。右サイドには青葉の代わりに火野。左サイドには逢沢、トップ下は荒木が居座る。

 

ダブルボランチは兵藤と織田。サイドバックに沢村、八雲。CBには海王寺と錦織。

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 沢村

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF 7番 兵藤

LMF20番 逢沢

RMF 9番 火野

OFM10番 荒木

FW 13番 高瀬

 

ベンチ入り(GK)16番藤堂、19番李、(SB)12番 桜井17番中村(CB)、5番 三上15番 不動(MF)、8番 宮水、18番 的場、(FW)11番 工藤、

 

 

 

背番号20を背負う逢沢駆は、自分の目の前にいる鎌学の選手たちを見ていた。

 

 

半分ほど、そして同じサイドエリアの選手がほぼこちらを警戒しているように見つめていた。

 

――――ボールもそうだけど、

 

今、センターサークルには荒木と高瀬がいる。そして、ざわざわとした観客の声も、景色も鮮明に見える。

 

 

――――入学した時、正直ここにいる予感はなかった

 

 

今こうして主力として活躍できているかと思えば、自信をもって断言できない。

 

昔の自分がこんな舞台にいるのなら、驚き過ぎて緊張してしまうだろう。

 

 

なのに、今はそういったものとは無縁で、とても落ち着いている。闘志を燃やしているのに、力みもない。

 

 

――――僕も、慣れてきたのかな

 

この舞台に。そして、その先の舞台に上がる覚悟も。

 

 

 

 

一方、雰囲気がすっかり変わっている逢沢を見て、佐伯は何かが違うと感じ始める。

 

 

――――同じピッチにいるからこそ、より分かる

 

 

目の前の男は、昔の逢沢駆ではない。とても自然体で、堂々としている。

 

それはまるで、自分が憧れ続けた男の雰囲気に似始めていた。

 

――――お前が今どこにいるのか、俺が今どこにいるのか

 

 

それをはっきりさせる。

 

 

――――お前に、今日は仕事をさせない

 

 

 

 

そして、世良はベンチスタートの青葉を見てどことなく面白くなさそうな顔をする。

 

 

――――まあ、君が初めからいても勝つつもりだったけどね

 

しかし、彼が面白くなさそうにしているのは、ピッチにいる傑の弟と同様に、自然体であることだ。

 

 

この大一番で彼はベンチで落ち着いている。その余裕が気に入らなかった。

 

――――君を慌てて出すようなことにならずに済めばいいね

 

 

4-2-3-1という陣形が日本に定着してから数年間。ワントップは言うまでもなく鷹匠が担い、トップ下は逢沢傑が、右サイドは荒木がいて、左サイドには宮水がいた。

 

あのサッカー大国を相手に快勝を演じたチームの攻撃陣である。そして自分はU-12から守り続けてきた背番号10を逢沢傑にあっさりと奪われ、最後の砦でもあった左サイドのポジションも失った。

 

自分が2列目から弾き飛ばされた要因でもあった。

 

 

そして、江ノ島は神奈川サッカーの牙城すら崩しかねない。両翼の実力は鎌学以上、全国クラスと言われ、真ん中には代表でトップ下を務めることもあったという荒木。

 

なぜ今まで無名だったのかと言われるほどいい動きをする他の面々。

 

 

 

 

「君たちの快進撃もここで終わりだよ」

 

しかし、ここには宮水青葉はいないのだ。なら十分、いや、勝てる試合だ。

 

 

 

 

 

ベンチの青葉は、江ノ島に起きた変化を感じ取っていた。

 

「ここにいるのはずいぶん久しぶりな気がしますね」

 

ベンチから見たピッチは、ずいぶん広く見える。

 

「――――岩城監督。」

 

 

「どうかしたかな、青葉君」

 

 

「みんな。いい感じで入れていますね。一段と闘志が感じられます」

 

宮水青葉の知らないところで、何かがあったのだろう。全員の意識がこれまで以上に高まっている。

 

きっとこの試合で江ノ島はさらに上を目指せるチームになる。それは確信だ。

 

県内のどのチームよりも激しく、どのチームよりも走る。

 

どのチームよりもタフなチームになると。

 

「―――――君のおかげですよ、青葉君。貴方の決意が江ノ島サッカー部を復活させ、同じ方向を目指す意識が生まれました。」

 

 

「そして、青葉君がいないという逆境こそ、彼らを駆り立てた一因でもあります」

 

 

満足げにそれを聞いた青葉は微笑み、岩城監督にある爆弾発言をする。

 

「―――――先に宣言しておきますが、俺は代表召集―――五輪とフル代表以外はあまり興味がないです」

 

 

「――――それは、君にとっての最善かな?」

 

 

「俺は常に、オリンピックと代表しか見ていません。世代別も、中学時代のチームに、そこまで思い入れもありませんでしたから」

 

パスを要求するばかりで、動こうとしないつまらないサッカー。すぐに癇癪を起こす攻撃陣。

 

とてもではないが、パスコースはなく、出そうとも思えない。

 

思い入れも何もなかった。

 

そして彼の中期目標はフル代表だ。五輪はオリンピックがあるから出たいだけなのだ。

 

「――――今度の親善試合に、レオナルド・シルバクラスはいますか? ロビエル・オズボーンクラスのストライカーはいますか?」

 

昔戦ったブラジルのようなチームはいるのか。アジアでそう遠くない将来、名乗りを上げるオーストラリアの至宝の再来はいるのかと、彼は尋ねる。

 

 

 

スピードもないのに突破しようとしてロストする下手糞なエゴイスト。大して上手くないマリーシアもどきで簡単に倒れてプレーを中断する阿呆。

 

そもそもパスの上手くない選手は論外。そして、持ち続けるのは良いが、囲まれてバックパスをするトップ下は外に出てほしかった。

 

――――いずれにせよ、逢沢傑以外の司令塔では、彼も退屈なはずだ

 

 

「ロビエル・オズボーン? 海外で対戦した選手、ですか?」

 

「ええ。彼は自分が知る同世代の中で、最も強靭なストライカーであり、ポストプレーヤーでもありますから」

 

岩城も知らないその隠れた逸材。彼は後にそう遠くない未来でロビエルの活躍を嫌でも耳にすることになる。

 

文字通り、日本にとっての悪夢—————

 

2006以来の悪夢を引き起こす、アジア最大の宿敵として。

 

 

 

 

「———————え」

 

その名を聞いたのは偶然だった。応援席で選手のアップを見守る小野寺颯は、彼が口にした男の名前を聞いて愕然とした。

 

 

彼が口にしたオーストラリアの至宝は、まだ至宝ではない。世界の有望な若手の人に数えられる、その手前に位置する男。未完の大器と呼ばれるストライカーのはずだ。

 

 

この時期はまだ、青葉の意識にすら入れられていなかったはずなのだ。

 

なのに、彼は彼の名を口にした。知り得るはずのない名前を、彼は口にしたのだ。

 

「青葉?」

 

今目の前にいる彼に、何が起きているのか。しかしそんな彼女の思惑とは別に、試合は始まる。やはり強豪同士の試合であるために、展開がなかなか変わりづらい序盤。

 

 

前半からボールを回す江ノ島高校。青葉不在で中々ボールを前に運ぶことが出来ない。

 

 

―――――しっかりと祐介がマークについてきている

 

そして背後には逢沢に仕事をさせないと言わんばかりに佐伯が張り付いていた。

 

「―――――――」

 

しかし、まだ序盤。慌てることは相手のプラスになる。逢沢は、佐伯の位置取りを見ながら中盤でのパスワークに参加する機会をうかがう。

 

対する佐伯は逢沢のスロースターターな一面に戸惑いつつも、今日は仕事をさせないと意気込んでいた。

 

―――駆。いや、江ノ島がここまで来るのは想定外だった。

 

葉陰学院は、鎌学と同等レベル。正確に言えば飛鳥という選手がすごかったということなのだが、それなりに江ノ島と戦う展開になると思っていた。

 

 

しかしふたを開けてみれば強豪校の惨敗。さらに、宮水青葉を負傷させるなど、ここ数年のプライドを根こそぎ砕かれたようなものだった。

 

あの飛鳥亨が止めきれなかった駆と宮水青葉。後半に出てくるドリブラーの存在。

 

ボックスで体を張れる新鋭の一年生。

 

――――中堅と侮っている選手は、うちには誰一人としていないぞ、駆っ!

 

この試合にかける思いが強いのは、江ノ島だけではない。鎌学も全国大会に出場し、蹴球高校を打倒するのが目標なのだ。

 

互いにハードワークを惜しまないスピーディな展開。

 

荒木のパスコースは次第に限定されていく。

 

――――高瀬と火野がいてよかったぜ。出せるところがなくなる

 

前線で体を張れる選手を起点に、鎌学のスキを窺う荒木。背後からは世良がマークについている。

 

 

サイドに張るような動き出しを見せた逢沢。と思えば中に絞りかけ、またサイドに張る動きをする。

 

その動きに、佐伯はつられ、駆に張り付いていく。

 

「―――――」

その瞬間、駆と荒木の目が合った。

 

どうしても中盤では人数で負けている展開。ミーティングでもまともに攻撃しても入り込むのは難しいと予想された鎌学戦。

 

 

カギを握るのは――――――

 

 

 

ダッ、

 

ここで一気に駆が加速。中に絞る動きを見せたのだ。不意を衝かれた佐伯が負けじと追い縋り―――――

 

 

サイドに一瞬の空白が生まれた。

 

 

その時を狙っていたのは――――――

 

 

「ふっ」

 

荒木のキラーパスがサイドを走る。その受け手はオーバーラップしてきた――――

 

『ここで、左サイドバックの沢村のオーバーラップ!! WBの空いたスペースを狙っていた!!』

 

ここで鎌学は、中盤と最終ラインとの間にスペースを生んでしまう。逢沢駆という選手に対する警戒は間違いではないが、マークを受け渡すなどの対策、スペースを埋める選手がいなかったのが問題だった。

 

 

一気に無防備な左サイドを駆け上がる沢村。

 

 

ここで、ボックスの中でニアにより始める高瀬。真ん中にはセカンドボール、マイナスクロスに準備する荒木。

 

 

「ふんっ、きやがれ!!」

 

ゴールキーパー五条は、一番背の高さのある五条を警戒。ここでアーリーを狙う確率も考えられる。

 

「13番と9番チェック!! ファーもケアしろ!!」

 

五条の指示が飛ぶ。ファーサイドから動き出しを狙う火野の姿が。しっかりと自分たちの担う動き出しに徹する江ノ島高校。

 

 

―――――駆はまだアクションを起こしていない

 

沢村からつかず離れずの距離をジョギングする速度で動く駆。絶えずゆっくりではあるが動き回る駆だが、これが意外と厄介だ。

 

激しい動きをすればしっかり追うことはできるが、ゆっくりだと試合に消えやすい。しかも、存在が薄くなればマークが外れるリスクもでかくなる。

 

――――集中を切らすな、駆は必ず仕掛けてくる

 

 

ゴール前で何もしないはずがないと。

 

 

ダンっ、

 

ここで駆が不意に止まりポジショニング。佐伯との接触。

 

「――――――――」

何かをしゃべっている駆。独り言を口ずさみ、何かを意識している駆。佐伯には小さすぎてわからない。

 

 

「逢沢ッ!!」

 

サイドから、ダイアゴナルなグランダー性のパス。速い横パスを貰いに行く駆と阻止しようとする佐伯。

 

 

――――くそっ、体を入れられた!!

 

あの時駆が止まったのはこのプレーのため。背中で佐伯を押えつつ、ボールキープするつもりなのだ。

 

 

しかし、このボールを逢沢はスルー。

 

「!?」

 

佐伯は駆しか見えなかったが、駆はさらに見えるものがあった。驚愕をあらわにする佐伯。

 

――――この土壇場で、エリア付近でボールをスルー!? そんなっ!?

 

 

そのラストパスの本当の受け手がその先にいた。そこまでの景色を駆は見ていた。

 

 

そうだ。これはあの時の彼と同じだ。

 

――――まるで、傑さんのような――――――っ

 

 

そして、そのラストパスを受けた存在にとって、この命題は限りなく簡単だった。

 

――――こんないいプレーをされたんだ。決めなきゃ王様じゃねぇよ!!

 

「へへっ!!」

 

ノープレッシャーでゴール前、ボールを受け取ったのは荒木竜一。慌ててボランチがプレスに行くが、

 

 

トンっ、

 

なんてことはない。横から来たパスをダイレクトで前に転がしただけの簡単なプレー。しかし、ボランチがスペースを消すよりも早くに入った荒木が体を入れてくる。

 

 

そしてそのまま―――――

 

 

セカンドタッチで右足を振り抜いた荒木。弾丸のようなシュートが五味の手から逃れ――――

 

 

『逢沢スルー!! トラップして、荒木竜一~~~!!! 前半12分に江ノ島先制!! 決めたのは背番号10!! 荒木竜一!! 今大会5得点目!!』

 

 

 

『いや、見事な連携でしたね。逢沢君の視野が広かったのもあり、荒木君はほぼノーマークでしたね。逢沢君の動きに警戒したその絶妙な間に上手く視界から消えた荒木君の動き出しが良かったでしょう』

 

 

『しかし、キーパスからの攻撃は速かったですね。』

 

 

ベンチの岩城監督は、

 

「確かに、佐伯選手が駆君を警戒するのは予期できたことです。ですが、黒子役に徹していても、彼は結果を出せますからね」

 

そして、今のように他の選手の決定機につながる。

 

 

 

沢村のアシストと、荒木の素晴らしいシュートで得点を奪われた鎌学。しかし、この得点を演出したのは彼らだけではない。

 

 

間違いなく逢沢駆の動きが致命傷だった。

 

 

それはまるで、今は亡き伝説の選手と瓜二つなほど。

 

 

――――信じられん。今の動きの質は逢沢傑そのもの。

 

彼の弟にここまでの実力と視野があったのかと。ボールに触れることが出来ずとも、彼は攻撃を助けることが出来るのかと。

 

鎌学の監督である熊谷は、兄と同質の動きを再現する弟の動きに衝撃を受けていた。

 

 

 

マッチアップの相手でもあった佐伯は、許してはならなかった失点を、よりによってこんな形で奪われるとは思わなかったと悔しそうにしていた。

 

 

――――落ち着け、まだ抜かれたわけじゃない。でも、くそっ

 

 

今の不可思議なプレーに冷静ではない佐伯。

 

 

しかし、鎌学も負けていない。前半からここで攻勢に転じる。

 

 

「―――――っ」

 

鷹匠を中心としたパワープレー。トマホークが火を噴く。

 

「10番チェック! そして11番もマークだ!!」

 

紅林の指示によってポイントマン二人を封じにかかる。そして佐伯は中に絞る動きを見せたが、

 

――――させないっ

 

しっかりと駆が後ろに下がってケア。サイドで佐伯にスペースを与えず、思うようなプレーを許さない。

 

 

3-5-1-1という奇抜な陣形。確かに守備力は固いが前線の能力に左右される戦術でもある。

 

4バックしっかりと海王寺と沢村が鷹匠をマークし、ボランチ兵藤とトップ下の荒木が中盤をケア。

 

 

出し手に困る鎌学が横パスでスキを窺う展開が続く。さらにいえば、鎌学のディフェンスラインが上がり続け、二重三重の波状攻撃が続く展開が増えていく。

 

そして―――――

 

 

トマホークが火を噴く瞬間がやってきた。

 

「くっ!」

兵藤がここでMF生島に振り切られる。数的有利を作られている中盤で粘りを見せていたが、ここでぼろが出る。

 

 

 

ロングボールに驚異的な跳躍で飛んだ鷹匠のヘディングが江ノ島を襲う。しかし、しっかりと体を入れていたために、この攻撃は不発に終わる。

 

 

世良のダイアゴナルな動きだしと、鷹匠の連動した動きで一瞬ヒヤリとした。特に、世良が鷹匠のエリアに入り込んだ時に、隙を伺う裏抜けが成立しかかっていた。

 

ここはケアが必要だと考えた岩城監督。

 

 

「マークの受け渡しはっきりさせよう!! ケアを密に!!」

 

 

そしてここから展開の速い江ノ島サッカー。

 

「いけぇぇえ!!」

 

レジスタ織田にボールが渡ると、持ち前のロングフィードで一気に前線の高瀬に。

 

 

「っ!」

 

「貴様に仕事はさせるか!!」

 

国松のフォアチェック。前係になっていた鎌学を守る守備の砦。しかし、フィジカル自慢は目の前の彼だけではない。

 

―――――高瀬、君には手足の長さというアドバンテージがある。

 

 

青葉の言葉を思い出す高瀬。

 

 

――――コントロールできる限りでいい。大きくボールをトラップして常に間合いを図るんだ

 

 

消極的に見える高瀬のプレー。カウンターのチャンスにスピードダウンは致命的だ。

 

 

――――誰よりも高い場所で、フィールドを見下ろすんだ

 

 

ルックアップ。目の前の相手だけではない。広くピッチを利用するぐらいの気概でなければならない。

 

 

だからこそ、国松よりも早く見つけられた。

 

 

「こっちだ!」

 

二列目から飛び出してきたのは、荒木。その後ろから世良。

 

 

――――本当にそれでいいのか?

 

 

荒木にパスを出せば、おそらくボールは繋がる。悪くない選択だ。

 

 

刹那の瞬間、高瀬の中にあるひらめきが湧いた。

 

 

「!?」

 

体を入れ替えるように高瀬が前を向く。国松を背負いながら、力強く縦への突破を図ったのだ。

 

 

意表を突くまた抜き。ヒールでボールを転がし、素早く前に出た高瀬の目の前にはゴールキーパーしかいない。

 

 

「うぉぉぉぉ!!!!」

 

強引に振り抜いたシュートは五味のファインセーブに合う。

 

しかし、強烈なシュートはピッチの外に出ることになり、尚もコーナーキックのチャンス。

 

 

「へへっ、FWらしい動きじゃねぇか!」

 

荒木もパスが出なかったことよりも、キックフェイントを入れた今のプレーをほめる。

 

 

そしてコーナーキックでは火野と海王寺、高瀬といった背の高い選手が入り込み――――

 

 

『こぼれ球!! 押し込めない!! クリアクリア!! 江ノ島怒涛の攻撃!! 鎌学が寸前で防ぎます。』

 

 

『いい攻撃をしていますね。入り方もよかったでしょうか。』

 

 

前半もあと10分というところで、江ノ島ペースで進む試合展開。

 

しかし、江ノ島高校にとって初めての試練が襲い掛かる。

 

ゴール前で押し込まれた鎌学がゆっくりとパス回をしつつ、徐々にラインを押し上げていく。

 

中盤で数的有利を誇る鎌学から、ボールの狩場を見つけるのに苦労する江ノ島。

 

「げっ!」

 

荒木が躱され、世良が突破を図る。

 

――――調子に乗るのもいい加減にしろよ、古豪の分際で

 

これ以上勢いづけるつもりはない。後ろから迫る荒木と、前から詰めに入る織田。

 

「くっ、行かせないっ!!」

 

詰めに入る織田だが、服を引っ張られ、中々最後まで行けない。何とかひじを動かして払いのけようとすると、

 

「――――――え?」

 

 

そんな感覚はなかった。なら今目の前の光景は何だ?

 

 

どうして世良が倒れている?

 

 

ピピィィィィ!!!

 

 

「――――なっ!?」

 

審判が提示したのは、イエローカード。織田には当然身に覚えはない。なぜこんなことが起きたのか、それを説明できない。

 

『ここで倒された!!! ファウルです。ようやく鎌学に攻撃の形が出てきましたね!!』

 

『――――うーん。今の、当たっていますかね?』

 

『ですが、主審の判断は絶対です。微妙な判定に嫌われ、フリーキックを与えてしまいます、江ノ島高校!!』

 

 

自分が何をしたのか。いや何もしていない。

 

「そ、そんな! 俺は引き倒していない!!」

 

手でジェスチャーをする織田だが、主審は首を振るだけ。

 

「―――――っ」

 

悔しがる織田。理不尽なカードを貰い、自分を責めてしまう。

 

さらに追い打ちをかけるように―――――

 

 

 

「なかなか名演技だったでしょ?」

 

 

織田にだけ聞こえるように、世良が囁いたのだ。

 

しかし、織田はそれを近くにいたものが聞いていると思い込んでしまう。こんなに近くに、自分にははっきり聞こえたのだ。

 

「い、今聞こえました!? 今はっきりと演技だって!!」

 

 

「?? なにかね君は―――――」

明らかに興奮した選手。言い訳染みた行動にしか見えない。主審の眼にはそう見えてしまったのだ。

 

 

続けて提示されるイエローカード。

 

 

『ああっと!! ここで二枚目!! レッドカードです!! これは痛い!!』

 

 

『ちょっと審判ジャッジが辛いですね。抗議に対するカードならば一枚でもいいと私は思いますが』

 

『VTRを見てみましょう―――――ああっと、これは―――――』

 

 

『うーん。これは――――まあ、世良選手が上手い、のかな』

 

『しかし、判定は覆りません。ここで江ノ島、10人での戦いを強いられます!!!』

 

 

マリーシアという世界の風が、江ノ島にとっての逆風となる。

 

 

 

 




傑「彼の強かなプレーは洗練されている。なるほど、腕を上げたか」

青葉「二枚目は余計ですよ、織田先輩・・・・」



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第二十話 超常の名乗り

織田が悔し気な、泣きそうな顔でベンチに下がってくる。

 

「―――――すみません。乗せられて――――くっ」

 

思いつめたような顔をして、肩を落としている織田の姿。

 

「――――何の慰めにもなりませんが、あれは明らかにシミュレーションでした。フリーキックはともかく、退場まで追い込まれたのはよくありません」

 

「ただ。あのマリーシアは日本のプロでも時々起こります。海外だけではありません。特に、彼はそういうマリーシアが求められる戦いで、それに慣れていたのでしょう」

 

岩城も織田の心情はわかる。しかし、言うべきことは言わなければならない。

 

「はい。申し訳ありません―――ッ」

 

 

そして、ベンチ裏へと下がっていく織田。

 

 

その様子を見ていた青葉は―――――

 

 

「――――アップ、早めてもいいですよね」

 

岩城に後半頭から出ると訴えたのだ。

 

 

「――――出るのでしたら、フルに戦える覚悟はありますか?」

 

中途半端な義憤で迷惑をかけられるのなら、出ないほうがいい。私情がらみで出られても邪魔なだけだ。

 

「――――縦への推進力が足りません。レジスタの織田先輩がいない。この展開であれば、最後の一枚が足りなくなります」

 

攻撃でパスセンスのある荒木が起点となる為。フィニッシャーばかりの前線ではパスが通らない可能性も出てきた。

 

「彼に、これ以上負担をかけるわけにはいきませんしね」

 

あくまで、青葉はチームのために自分が出るべきだと考えていた。織田のことは当然悔しいし、何も思わないことはない。

 

だが、そのマリーシアを打ち破り、織田の無念を晴らすには、勝つしかないのだ。

 

 

そして嫌な位置からのフリーキック。蹴るのは世良―――――

 

 

『紅林触れない!!!! 入ったぁぁぁ!!! 鎌学前半25分に追いつきます!! 決めたのは先ほどファウルを掴み取った世良!! ボールがぶれていますね!!』

 

 

『互いに堅守を見せつけていた両校ですが、早くも点の取り合いの様相を呈してきました!』

 

 

数的優位を盾に、鎌学の猛攻が始まる。

 

――――おいおい、このままじゃジリ貧だぜ!!

 

 

荒木を中心にパスコースを塞ぎにかかるが、走らされるばかりで消耗を強いられる江ノ島高校。

 

 

数的不利の状況下で前に出ることが出来ない。

 

何とかボールを奪った兵藤。攻勢に出るために荒木にボールを送るが、

 

――――ただでさえ中盤ではパスコースが――――

 

 

「ぐっ!?」

 

後ろから強い衝撃を食らった荒木。その衝撃とともに倒れこんでしまう。そして横には世良が同じく倒れこんでいる。

 

 

江ノ島のフリーキックとはいえ、世良が痛がるそぶりを見せ、主審はカードを提示しない。

 

 

「お、おい!! レフリー見ていたのかよ!! 後ろからだぞ!!」

 

兵藤が異議を唱えるが、主審は首を横に振るだけだ。

 

なぜカードが出ないのか。

 

――――ほんと、勝負では容赦のねぇ奴だな

 

 

荒木は彼を知っている。二列目で争っていたメンバーでもある。自分がサッカーから離れるまではボランチなどでプレーしていた覚えがある。

 

良くファウルを貰う選手ではあったが、こういう仕掛けかと荒木は歯噛みする。

 

「――――っ」

 

立ち上がり数歩歩くと何か足首に違和感を覚えた荒木。先ほどの衝撃で足首を曲げてしまったのか。

 

――――おいおい。青葉がいねぇだけでこの様かよ、荒木竜一

 

 

なぜ浮足立っている。同点にされただけだ。

 

 

 

前半は最初の勢いはどこに行ったのか、江ノ島が押し込まれる時間帯が続き、荒木の動きも次第に切れを失っていくだけとなった。

 

 

「――――まずいですね」

 

前半が終わる終了間際。荒木の動きがおかしいことに気づいた岩城監督。

 

中盤ではただでさえ人数が足りない。そして、パスを出せる存在でもあった荒木の不調。

 

このまま青葉をサイドに出す、ということが難しい。

 

 

「監督―――――」

すると、アップを終えた青葉が監督の横に立った。

 

「“今の俺”は、二列目ならどこでもやりますよ」

 

強い覚悟を秘め、青葉は岩城の意図を理解し、その起用に応える覚悟はあると言い放つ。

 

「―――――不慣れなポジションで、君に負担をかけるわけには」

 

ただでさえ脳震盪でどんな影響があるのかすら怪しい。今の青葉はどうなのか。

 

「――――この試合に勝てば、本選まで大人しくしますから」

ニッ、と笑う青葉。

 

「だから、日本の要を目指す“宮水青葉”を出してください。荒木さんがつぶれる前に」

 

 

しかし状況は待ってくれない。

 

『鷹匠押し込んだァァァ!!! 鎌学勝ち越し!! 豪快なヘディングでついに江ノ島からリードを奪います!!』

 

 

『前半終了!!! 1対2、後半に入ります! 荒木選手のいいシュートもあった江ノ島ですが、次第に押される形となりましたね』

 

 

『不運な判定にも泣かされましたが、これがサッカーです。数的不利に対する修正点、難しいとは思いますが、そこを何とかしない限り、後半さらに失点する可能性がありますね』

 

 

『一方、しり上がりに調子を上げてきた鎌学。後半は期待できそうですね』

 

『ええ。しかし、まだ崩したと言える場面がないんですよね。サイドの佐伯選手が八雲選手と逢沢選手に封じられていますからね。まだまだ完全に形勢が逆転したわけではないので注意が必要です』

 

 

ロッカールームでは織田を責める声は存在せず、むしろ同情する声しかなかった。

 

「織田。絶対に勝つからな」

 

「ああ。あんなズルい奴にやられっぱなしは性に合わねぇ!!」

 

「この数的優位でようやく前に出てきた鎌学の腰抜けは、後半で借りを返してやる!!」

 

 

「――――っ。みんな、すまない――――」

 

そして後半に入る際にポジション変更が伝えられる。

 

「荒木君。足首に違和感がありますね」

 

「―――――っ。」

いきなりの指摘に荒木は押し黙ってしまう。

 

「あの時の接触プレー。不用心といえば不用心かもしれません。しかし、その状態でプレーすることはもっと不用心です」

 

「けど、ならだれが―――――まさかっ!!」

異議を唱える荒木。ならだれがトップ下をするのか、と。

 

 

 

この状況で4-2-2-2はしにくい。中盤の人数が減った状況で、荒木というパサーがいないことは致命的だ。

 

「――――こういう時に、後輩を頼ってください、荒木さん」

 

ユニフォームに着替えた青葉がやってきたのだ。背番号8が後半頭から出る。岩城監督は彼を出すつもりなのだ。

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 沢村

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 9番 火野

CMF 7番 兵藤

OMF20番 逢沢 

OMF 8番 宮水

FW 13番 高瀬

 

ベンチ入り(GK)16番藤堂、19番李、(SB)12番 桜井17番中村(CB)、5番 三上15番 不動(MF)、18番 的場、(FW)11番 工藤、

 

OUT 6番 織田 10番 荒木

 

右サイド、左サイドというくくりは消滅し、OFMが二枚並んだ状況になる。体力に自信のある選手を二枚並べ、逢沢の消耗具合で的場を投入。

 

 

「――――駆君。君は高瀬君と青葉君と一緒に点を取りに行ってもらいます。ラインを上げて、みんなは彼らのフォローを。前を向いたらまず高瀬君を見なさい」

 

 

さらに細かな指示を与え、後半に入ることになる。

 

 

 

後半、鎌学の空気に緊張が走る。

 

 

その存在が認知されるだけで、相手にとってはプレッシャーとなる。

 

裏に抜けられたら最後、確実に致命傷を与えることになるその絶対的な脚力。

 

 

一段と大きくなる歓声。何しろ彼がついに満を持して登場するのだから。

 

 

『さぁ、後半キックオフですが、江ノ島はサイドアタッカーをなくし、STに近いポジションに荒木に代わって入った宮水、そして逢沢を置きます!!』

 

『思い切りましたねぇ。しかし、鷹匠選手ら攻撃陣を警戒してか、前の人数は減ってしまいましたね』

 

 

後半、STといっても逢沢と宮水には特にポジションはない。

 

彼らの並外れた体力でなければ実現できない。そして、SBのオーバーラップは必須。

 

『そしてついに!! 宮水青葉がピッチに入ります!! 今大会得点ランキングトップ!! その絶対的なスピードと決定力は、神奈川サッカーに暴風を巻き起こしています!!』

 

 

『それにしても真ん中ですか。彼にはキープ力がありますが、未知数な采配ですね。サイドアタッカーである彼の真ん中でのプレーは、非常に興味深いですね』

 

 

 

――――ついに出てきたな、

 

真打ち登場、と感じた鷹匠。自由を与えられたアタッカーはどこまで来るのか。

 

――――惜しかったね、この数的不利ではもうどうしようもないでしょ?

 

 

いくら日本で話題になった存在でも、この状況を覆せるほどではない。

 

 

士気は既にこちらが上で、江ノ島はガタガタになっている。

 

 

後半が始まる直前まで、世良はそう考えていた。

 

 

 

後半はゆっくりとボールを回す鎌学。前からプレッシャーをかけてくる江ノ島をいなしながらカウンターを狙う。

 

 

そんな戦略だった。

 

「―――――えっ」

 

 

知らず知らずのうちに誘導されていた世良。世良の放ったパスがあっさりと青葉にカットされたのだ。

 

 

そして慌てて追い縋ろうとしたが、それすら許さない。

 

 

「なっ!?」

 

止めに入った佐伯を簡単な切り返しであっさりと抜き去る青葉。最初からトップスピードで襲い掛かる、全力の宮水青葉の威力。

 

 

単独ですでに2枚を切り伏せた突風の如きドリブル。世良と佐伯が追いかけるが、単純な速力で距離を離されていく。

 

「早過ぎる……っ! なんで————ッ!!」

 

必死にその背中を追う佐伯が思わず口に出してしまう。全速力でそれなりに走っているはずなのに。

 

 

—————なんなんだ、お前は—————

 

 

そして彼を世代別から知る世良は、青葉が出てきたころを思い出す。青葉が出現するまでは、彼は攻撃の要でもあった。

 

 

しかし、荒木、宮水の台頭により、攻撃の要から蹴落とされた彼は、災害のような脅威でもある青葉のいるチームに打倒したいと考えていた。

 

 

その結果は以前と変わりがなく、今現在進行形で彼に振り切られてしまっている残酷な事実が彼の心を重くする。

 

 

――――ボールを持っている奴のほうが、俺たちより早いのか!?

 

信じられない。悪夢のような存在だ。すでにバイタルエリアに侵入した青葉を囲む鎌学ディフェンス陣。

 

 

『インターセプトからの強烈なドリブル!! 尚も勢い止まりません!!』

 

 

『うわぁぁ、なんだ、あれは。あんなスピードで中央突破するのか――――』

 

 

4人に囲まれ、ドリブルコースを消されたと思われていた。

 

 

ここで高速で行われる連続シザース。細かなステップ、やや落ちるだけのスピード。とてもではないが、日本人とは思えない。

 

 

歩幅が狭まるのに、それに反比例して足の回転が急激に早くなり、スピードも全く落ちない。日本人が苦手とする高速ドリブルからのフェイントが可能な態勢を維持する青葉。

 

 

そのドリブルの姿勢は、もはや日本のプロのレベルを超えており、現在そんなドリブルが出来る選手が世界でも一握りしかいないことを痛感させるものだ。

 

 

 

そんな彼の雄姿を見守る観客たちも、今までの日本人が誰一人到達し得なかった世界レベルのドリブルに目を奪われていた。

 

 

————あれ、海外の人がやっている奴だよね?

 

 

————体幹がぶれてない!? 何だよ、あの高校生!! ほんとにアマチュア!?

 

 

そして観客の中にいる、ある男が彼のドリブルに完全に魅了されていた。

 

 

「すごいぞ、この高校生は……」

 

誰よりもサッカーに愛されていると信じて疑わなかった。その男はイングランドで起きた悪夢により、噂すら聞かなくなってしまった。そして目の前にいる少年は、そんな彼を彷彿とさせるプレーを見せていると、この準決勝まで感じていた。

 

だが、彼は今までの日本人にいないタイプだ。日本のエースと呼ばれる花森すら上回る、ポテンシャルと可能性を秘めた選手。

 

 

—————お前を超える存在が、ついに現れてしまったぞ、達海

 

 

かつての我らのエース。彼が海外での活躍を信じてやまなかった男の名を口にする。

 

 

 

そしてフィールドでは、そんな天然災害の如き勢いでゴールに迫る青葉を前にして、リトリートで退く以外の選択ができない鎌学守備陣。

 

 

「前に出るな!! 前に出るなっ!!」

 

 

「ブロックを作れ!! コースを塞ぐんだ!!」

 

必死に守りを固める鎌学守備陣だが、それを見た青葉はどういうわけか、信じられない行動に出る。

 

 

「「「!?」」」

 

ゴールキーパー、そしてセンターバック、ボランチの選手たちが驚愕するのもの無理はない。

 

「———————」

 

彼の口元が一瞬にやけた様に見えた。そして彼はブロックを固める鎌学守備陣に突撃してきたのだ。まるで怯えている彼らを見透かすかのように、猛然と襲い掛かる。

 

 

その姿はまさに猛獣、怪物、悪魔。彼らの恐怖を感じ、更なる絶望へと突き落とす魔王そのもの。

 

 

もっと正確に言えば、国松とセンターバックの間を狙っているかのように見えた。

 

 

距離が詰まっていく。もうリトリートは出来ない。そしてブロックを固めることが出来ても、青葉は勢いを緩めない。むしろ、歩幅が信じられないほどに小さくなり、足がかすんで見えるほど回転が速くなっていく。

 

 

—————この化け物めッ!!

 

 

――――どっちに来る? 右か、左か? ミドルか!?

 

 

この距離でこの密集地帯。ミドルシュートで精度を誇る彼ならばどうするのか。

 

 

だが、そんな一瞬の思考すら、今の青葉には致命傷だった。

 

 

「―――なぁ!?」

 

自分と他の選手の間に一瞬で切り返しながら、ここで青葉の代名詞の一つ、ドラッグシザースがさく裂。

 

 

フェイントの直後にさらに加速という、おかしな芸当を見せつける。

 

 

慌てて青葉の服を掴んだ国松だったが――――

 

 

「うおぉぉ!?!!?」

 

まるで重機に引っ張られるかの如く、国松は引き倒されてしまった。かなりの衝撃だったらしく、同じく服を掴んで止めようとした選手が動けない。逆に、青葉のスピードに引っ張られるように引き摺られ、国松と同じ運命をたどる。

 

 

青葉はファウルをしていない。掴んできた相手を握っただけだ。そして、青葉が走る世界で立つことが出来なかっただけなのだ。

 

 

「かっ、はっ―――――」

 

 

一瞬で肺の空気をたたき出され、視界がかすむ国松。その掠れた視界の先には、青葉がそのまま弾丸シュートを叩き込んだ光景が見えてしまった。

 

 

『一気に中央突破で鎌学ディフェンスを薙ぎ払ったぁぁぁぁ!!! 誰も止めることが出来ない!! まるで超常現象の如く駆け抜け、最後は強烈な弾丸ライナー!! 後半開始直後の一人カウンターで、江ノ島高校同点~~~!!!』

 

 

 

「―――――――」

しかし、トンでもゴールを決めた青葉に笑顔はない。集中している姿。ボールを持てば何かを起こす、起こしてやるということにしか集中していない。

 

 

一人だけ、レベルというか次元が違うというか、何か入ってはいけないものが入っている。

 

 

「な、なんだよ――――そりゃぁ」

 

世良は、自分のミスパスから一気に失点につながった今のを見て、愕然としていた。

 

――――なんだよ、そりゃあ。ありえないだろ

 

 

基地外染みた思考。なぜそこを通ったのか理解できない。そしてそれを実現してしまう脚力。

 

 

さらに前線の圧力が増した江ノ島のハイプレッシャー、というより―――――

 

 

「「ッ!!!」」

 

駆が呼応するかの如く、強烈なプレスを行い始めたのだ。まるで二人で連携しながら、

 

 

空からピッチを見ているかの如く、パスコースを塞ぎにかかったのだ。

 

 

そして散々に追い回された鎌学がロングボールで鷹匠にボールを託すも、

 

 

「くっそっ」

 

――――あいつ一人入っただけで、状況が一変しやがった!!

 

 

簡単に海王寺にボールを奪われてしまう鷹匠は歯噛みする。鎌学の数的優位を誇るプレッシャーよりも、宮水青葉が真ん中にいるというだけで、その理屈は崩壊する。

 

 

そして、そのまま青葉にわたり、またしてもドリブルを開始する。

 

 

だが、これだけにとどまらない。青葉は自分に群がる選手がある程度増えた後に、鋭い縦パスを入れる。

 

 

「ッ!!」

 

その鋭いパスを受けるのは逢沢駆。

 

前半から冷静に力を温存していた駆は、ここで一気に体力を使う時だと悟る。

 

 

――――青葉が来てから、流れが変わった。

 

このまま青葉一人で勝ったとは言わせない。

 

 

「させるか!!」

 

ここに来て、駆が元気になりだしたとたんにやってくるのが佐伯である。彼はパスワークには参加したが、最初のプレー以外目立ったことをしていない。

 

 

ここで駆がスピードダウン。並走していた佐伯が前につりだされる。

 

――――しまっ

 

 

だが、距離を詰めようとする佐伯。それが駆の狙いともわからずに――――

 

『チェンジ・オブ・ザ・ペースで一気に抜き去った逢沢!! 俄然攻撃の勢いが増していきます!!』

 

 

佐伯を完全に抜き去ってしまう。逢沢駆が会得した足元の技術の一端。佐伯が横抜けを警戒した瞬間に、マシューズフェイント。絶妙な間合いで仕掛けたそれは、必殺の一撃で彼を置き去りにしていたのだ。

 

 

そして前方には世良。これ以上の醜態は許されない。

 

 

「調子に乗るな!!」

 

訳の分からない奴らに、これ以上訳の分からないことをされては、たまったものではない。

 

 

――――縦への突破、11番の背後には――――

 

この条件下ならば、あの技を使える。

 

 

――――行くよ、青葉ッ

 

 

どうか見ててほしい。これが、今の自分の実力なのだ。

 

 

右足の跨ぎから、左足のステップが見えた時には―――――

 

 

――――ボールが、消えた!?

 

世良の視界から駆がキープしていたはずのボールが消えたのだ。愕然とする世良を尻目に、ひとりでに現れたボールが駆に戻っていく。

 

 

そして勢いに乗った駆は最後国松に対して―――――

 

トンっ

 

 

国松と五味の間へスルーパス。ファーサイドから走りこんできた高瀬の豪快なダイレクトシュートがネットを突き刺さる。

 

『逢沢スルーパス! から押し込んだ~~!!! 江ノ島勝ち越しィィ!! 決めたのは1年生の高瀬!! その長い足を延ばし、ラストパスを押し込みました!』

 

『青葉君のドリブルがスイッチになっていますね。そして逢沢選手の二人を抜いた突破力も見事でした。直前のフェイントは異次元でしたね』

 

『はい! 世良選手も完全にボールを見失っていましたからね。あんなフェイント、私は今まで見たことがありませんよ!』

 

青葉のビルドアップとは言い難い縦への突破と、駆の個人技で中央をこじ開けた江ノ島高校。最後は大巨人高瀬がフリーの状態で押し込んだ。

 

「おっしゃぁぁぁぁ!!!!」

 

 

この準決勝大一番で得点を決めた高瀬が吠える。しかも勝ち越しゴールだ。ごっつぁんゴールという評論家はいるかもしれない。

 

しかしその場所にいなくては、ゴールは生まれなかった。日頃は目立たないポジショニングの重要性を再確認する高瀬。

 

――――大きいから動けないなんて常識、ぶっ壊してやる

 

こちらはサッカー素人だ。そんな常識に染まってなるものか。

 

 

「――――駆……っ」

勝ち越しアシストを決めた駆を見て、一瞬だが別の誰かに見えてしまった佐伯。それはあり得ないはずなのに、言葉にしたとたんに理解してしまう。

 

 

逢沢駆はやはり、逢沢傑の弟なのだと。

 

自分は誰よりも傑のドリブルを実践してきたつもりだった。しかし、彼のように状況や流れを変えられるような選手にはなれていない。しかも、一度も届いたことはない。

 

 

だが、まるで今の駆は、逢沢傑そのものであるかのようだった。軽やかに、簡単にアシストを決めてしまう。ゴール前での憎らしいほどの冷静さすら、あまりにも似ていた。

 

このゴールで、鎌学の中で何かが崩れる音がした。闘志はいまだに消えてはいない。しかし、彼らの動きを悪くする空気のようなものが生まれた。

 

 

悪循環はさらに悪循環を生む。

 

 

「ぐはっ!?」

 

ここで、鎌学が立て続けにボールを失う。横パスを悉く刈り取られ、江ノ島のカウンターを発生してしまう。

 

 

そして、1点差ではまだまだ手を緩めない青葉の高速ドリブルがサイドを駆け上がる。

 

ファーサイドからゆっくりとニアへ寄り始める高瀬。

 

――――くそっ、これ以上失点すると―――――

 

国松は高瀬を抑えることに精いっぱいだった。勢いの増した江ノ島は火野も駆け上がり、一気にチャンスを迎える。

 

 

ダンッ、

 

青葉のクロスボールを上げる直前、駆に振り切られる佐伯。突然ニアへと猛ダッシュする駆に追いつけない。

 

――――パスコースも、シュートコースも、俺には見えないっ

 

しかし、駆には見えている。ゴールから逆算したのか、それとも本能で分かってしまうのか。

 

佐伯には見えない何かを、駆は見据えていた。

 

 

高瀬の前に突如として現れた駆は、青葉のクロスボールをすらし、ゴールへと流し込んだのだ。ボールの軌道を変え、巧妙にスペースへと走りこんだ彼のオブ・ザ・ボールの動きが効果的だったのだ。

 

『ニア押し込んだぁぁぁ!!! 江ノ島4点目!!! この試合1ゴール目の逢沢!! 最後は頭で流し込んだぁぁ!!』

 

『ゴール前の動きがいいですね。トップスピードに乗るのが速いですね』

 

 

これで逢沢はこの試合1得点目。さらには先ほどの勝ち越しアシストを決める等、青葉と同じく獅子奮迅の活躍を見せる。

 

「!!!」

鷹匠は、そんな駆の姿を見て遠い目をしてしまった。先ほどまでは、逢沢傑のようなプレーをしたというのに、今度はまるでストライカーのような動きをしていた。

 

 

――――ああ、そうか―――――

 

 

ああいう存在が、エリアの騎士なのだと。彼は自分を騎士とは呼ばなかった。きっとあの時から彼は最後まで駆を信じていたのだろう。

 

 

腐りかけていたあの時からずっと。

 

 

そして、傑が頼りにしていたサイドアタッカーの青葉。

 

フェノーメノの異名を名乗るに相応しい実力をこの試合でも存分に見せつけてきた。言うなれば、エリアの疾風。

 

劣勢の中で味方に吹く追い風。敵を圧倒する突風。そのワンプレーで試合の空気を一変させてしまう。

 

そして、あの傑も知らなかった全くの無名の選手。同じポジションにいながら、あの国松に当たり負けしない一年生ストライカー。

 

あの図体であそこまで動ける。そんな選手聞いたことがない。そして、ポジショニングにも課題はあるが、ゴール前での動き出しは目を見張るものがあった。

 

 

 

そこからは、もう目が覚めたかのように猛攻を続ける江ノ島。そして攻め続けられる鎌学が失点を繰り返す。

 

 

 

シュート数も20本を超え、数的有利なはずの鎌学が逆に押し込まれる展開に。

 

 

そして―――――

 

 

『ここでホイッスル~~~!!! 試合終了!!! 前半に織田の痛すぎる退場がありましたが、終わってみれば攻撃陣が大爆発!! 7得点の大暴れで全国行きを決めたァァァ!!!』

 

『そして、この試合でハットトリックを達成した逢沢選手が、宮水選手に得点数で並びました!! 圧巻の江ノ島の両翼! もはやこの攻撃陣を止められるチームはいるのか!!』

 

この試合で3ゴール1アシストの大活躍を見せた逢沢駆。そして、1ゴール2アシストと後半のみの出場ながら、試合の流れを一気に変えた存在感も無視できない。

 

さらには、センターフォワードの高瀬がこの試合も2得点。1得点の司令塔荒木は怪我の具合が心配だが、軽症であるという情報も。

 

 

スコアは結局、7対2で江ノ島の大勝。アクシデントや不運はあったが、そんな逆風をさらなる突風でねじ伏せた。

 

 

一方、鎌学はまさかといった表情。精魂尽き果てたといった表情を浮かべているものが多く、これは敗戦以上にダメージがきつい試合となったのだろう。

 

世良と織田の不可解な判定がなければ、後半途中まで互角の勝負が出来なかった事実が、彼らの肩を重くする。

 

――――はは、はははっ、なんだよ、これは

 

自嘲したくなるような結果に、世良は笑う。いいプレーをしていたつもりだった。織田を退場に追い込んだのも、上手くいったと思っていた。

 

荒木が痛み、退いた時にはこの試合は貰ったと思っていた。

 

だが、宮水青葉一人が入った途端に、これまで大人しかった逢沢駆が期を待っていたかの如く、襲い掛かり、対応することも出来ずに惨敗してしまった。

 

 

マリーシアとは対極の、世界レベルの実力を見せつけた青葉は、自分とは正反対だった。

 

彼は簡単には倒れない。タックルを仕掛けても倒れない。恐らくファウルでも止められるか怪しい。

 

――――まだまだ俺には、世界は早いっていうのかよ

 

 

日本でやらなければならないことが増えた。このままでは終われない、と。

 

 

 

「―――――ふぅ」

大きく息を吐いた鷹匠は、試合が終わった途端に力を抜いていた青葉と駆のもとへと歩み寄った。

 

「―――――鷹匠、さん――――」

驚いた顔をしている駆。彼にとってはかなり気まずい瞬間である。ここの辺りは年相応に平凡であり、試合での姿とのギャップが大きすぎると苦笑する鷹匠。

 

「―――――こんなに手酷くやられたのは、久しぶりかもしれねぇな」

 

 

「え?」

 

 

「昔を思い出したような試合だ。いきなり傑がピッチに出てきて、試合をひっくり返されたり、宮水が僅差になるまで迫ってきたりと、な」

 

負けたことは悔しい。しかし、納得もしていた。江ノ島のアタッカーが、そしてチーム全員が走り切った。だからこそ数的有利を跳ね除け、勝利した。

 

 

彼らは勝者に相応しかった。

 

 

「――――まるで傑の様だった。だが、同時にお前らしさもたくさん見えた試合だった」

 

傑が欲しかったものを兼ね備えた、傑の動きを再現できる存在。それが今の駆だ。

 

「そして、傑の言っていたエリアの騎士っていう存在。それをわかった気がするぜ」

 

 

 

 

一方、青葉は試合後に小野寺颯に呼ばれていると兵藤に言われ、応援席前までやってきた。

 

「——————どうかしたのかい、颯?」

 

不敵な笑みを浮かべ、青葉は彼女の言葉を待つ。対する彼女は、震えながら自らの疑問を口にする。

 

「——————青葉、なの?」

 

ありえない。もうそんな瞬間はあり得ないと思っていた。永遠にこの孤独を振り払うことはないと思っていた。なのに、彼は不格好にも自分の前に出てきたのだ。

 

「————言われるまでもないさ。俺は宮水青葉。どんな時でも、何があっても」

 

彼女の問いを笑いもせず、優しく受け止める青年。彼女の知る彼が今そこにいた。

 

 

「——————私は、私はサッカーが出来ているわ。でも、貴方は—————」

 

青年は今、どこで何をしていたのか。あの後、どんな時間を過ごしてきたのか。それが気になって仕方がなかった。

 

「——————どんな場所でも、ボールさえあればサッカーは出来るさ。うん、いつも見ているさ、颯がなでしこで活躍するのは。やっぱり颯は俺の好敵手で、師匠だった」

 

超然とした、堂々とした彼の立ち振る舞いは、もはや高校生という言い訳は通用しない。彼は高校生らしからぬオーラがあった。

 

それこそ、世界で名乗りを上げた彼のような実績がなければできないオーラだ。

 

「青葉—————ッ」

 

 

「——————俺は一度サッカー人生を駆け抜けた。そんな可能性の未来を生き抜いた」

 

時間を惜しむように、青葉は悲しげな笑みを浮かべ、颯に伝える。

 

「————うん。未来は変えられなかった。奇跡は起きなかった。俺が飛ばされた世界はそんな場所だった」

 

「—————っ」

息を呑む颯。青葉が生きた世界が容易に想像できた。彼が彼であるからこそ、逃れられない世界。当てのない彼に示された場所は、彼の望まない未来だった。

 

 

「—————そして、君がいない世界だった」

颯の因子は、あの組紐によって守られていた。あるいは縛られていた。ゆえに、青葉が放り込まれた世界には、彼女は存在しなかった。否、彼女の未来は既に閉ざされていた。

 

「——————ああ。本当に、若気の至りかな、これは。だが、俺の知る颯が、元気にサッカーをしているのだけは、よかった」

颯の頑張っている姿は、彼に数少ない希望を与えた。差し引きのプラスの面を見たのだと。彼は語る。

 

「—————だから、俺は奪いたくないんだよ。あいつから。俺が果たせなかった夢に、挑戦するチャンスを」

 

だからこそ、今度は青葉から奪うことは出来ない。彼はこれから道を歩いていく。枯れ果てた紅葉を糧に、新たな青葉が育っていくだろう。

 

「俺が後一歩、届かなかった夢に挑戦するチャンスを、そのままにしておきたい」

 

 

きっと彼は、その栄冠が見える場所までたどり着いたのだろう。それも複数。しかし、彼は世界の壁に最後の最後、阻まれ続けたのだろう。

 

 

 

 

「だからこそ、辛い言葉を君に伝えなくちゃいけない」

 

真剣な口調で、真摯な瞳で、青葉は語り掛ける。

 

 

「俺はもう、君の想いに応えることは出来ない」

 

 

「——————ほんと、男の子って、勝手よね」

ため息をつき、肩をすくめる颯。初恋の想いはここで終止符を打つ。青葉はもう駆け抜けたのだ。もはや、自分とは違う世界を生きている。

 

「—————すまない」

謝罪する青葉。だが、颯は青葉がサッカー人生を駆け抜けたと聞き、一つだけ気になることがあった。

 

 

「ところで、あんたはちゃんといい人見つけたの? 女の噂すらなかったアンタよ? 将来独り身は辛いわよ」

 

「—————やけにリアルなことを聞くな、颯は……ああ、まあ、うん」

 

目を逸らし、顔を赤くする青葉。何か恥ずかしいような、申し訳なさそうな顔をしている彼の表情を見て、颯はすぐに理解した。

 

「——————舞衣ちゃん」

 

 

「げっ!? なぜわかった!? ……あっ」

口は禍の元というのは本当のようだ。墓穴を掘った彼は苦笑いをしながら誤魔化そうとする。

 

どうやら、自分がいない世界を生き抜いた青葉の相手は、親友だったらしい。正直者の彼らしい言葉ではあるが、乾いた笑みが零れてしまう。

 

「よりによって舞衣ちゃんを、ねぇ……お師匠様の親友をめとった気分はどう、大バカ。まあ、あの子を孤独にさせなかったことだけは、褒めてあげるわ」

きっとあの世界には、美島奈々もいなかっただろう。自分がその世界の途中を見ているはずなのだから。

 

「いや、ほんとすいません。でも、惚れ直したというか、わんぱくさが消えた舞衣ちゃんは本当に魅力的で。いや、これは決して不義理というわけではな……しかし、本人を前にこれは……うん、すいませんでした」

言い訳が多い。サッカーでは潔いが、こういうところは本当に成長していない。

 

 

いつまでもこの件で責めるのも酷なので、手早く切り上げた颯。他に言うべきことがあるのだ。

 

 

「もういいわ。私も、こんなことよりも、もっと言わないといけないことがあるから。一度しか言わないからよく聞きなさい、ダメ男」

だんだんと言葉が鋭くなる颯。禁止フレーズギリギリの言葉でジャブを仕掛ける。

 

 

「ああ、全力で聞くとも————(聞かざるを得ない、これは俺の責務だ)」

このまま半端な気持ちを残すべきではない。今ここで決着をつける必要があるのだ。青葉は彼女の決意を受け止める覚悟を決めた。

 

 

 

「精々向こうの世界で、私の大親友に慰めてもらいなさい。私は私でいい人を見つけるから。だから、もう化けて出なくてもいいのよ。バカ弟子」

 

 

「ああ。どうやら俺は、君に振られたらしい。本当に、惜しいことをした」

苦笑いの青葉。心残りなく、これでもう、颯は心配いらない。名の知らぬウィングバックのタックルで得た奇跡。悪くはなかったと青葉は思う。

 

「ええ、そうよ。師匠に見向きもしなかったバカな弟子にはお似合いよ————だからあなたも、私のことで罪悪感なんて覚えなくていいんだからね」

 

彼女の言葉を聞き、青葉は笑う。もう大丈夫だと。彼女は過去を乗り越えられると。

 

 

 

「ああ。そうだな————これが最後だ、颯」

 

 

 

「俺を、後悔させてくれ。俺よりもお似合いの人を見つけて、いつかまた、人生を駆け抜けてから—————」

 

 

しかし、最後の言葉を言う前に青葉の口が止まる。どうしたものかと颯は首をかしげるが、

 

 

「——————ああ、俺だったんだな、あの人は」

 

いつものやや粗忽な物言い。まだ青二才が抜けきっていない、生意気な青年。そんな彼は、全ての流れを知ったのだ。

 

 

「—————そりゃぁ簡単に勝てないわけだ。未来の俺だったんだ。しかし、あくまで可能性。相手が俺の動きを知っているなら、別の動きを取り入れるまでだ」

 

ようやく攻略の糸口が見つかったと、合点がいく青葉。

 

「——————そりゃそうよ。彼はリオ五輪の銅メダリストで、得点王よ。今の貴方程度が戦える相手ではないわ」

 

何を言っているの?と颯は呆れた口調で言い放つ。どういう方法かは知らないが、このバカ弟子は青葉と夢の中で戦っていたらしい。そんなふざけた事実を前にして、颯は語る。

 

「そういうわけだから、青葉の想いにはこたえられないわ。私は青葉を振ったのだから」

自信満々に語る颯。もはや、後ろめたさを感じるような雰囲気ではない。そこだけは彼に感謝な青葉だったのではあるが、

 

「—————すっげぇ理不尽だけど、まあ、仕方ないかぁ」

苦笑いの青葉。こういう苦労を背負って、男は成長するのだろうと納得することにする。が、はっきり振られたことで、青葉の方も肩の荷が下りた感じではある。

 

「けど、末永く家族ぐるみの付き合いならいいかもね。互いに大事な人を見つけて、昔話するぐらいの」

 

 

「だな。こういう距離感が、今の俺たちにはあっているんだろうな。けど、そうじゃなかったら、颯がサッカーできていないってのもなんか頭にくるし。世の中上手くいかないなぁ、もう……」

 

 

「ふふふ、そうね」

 

 

 

なんだか恋人のような雰囲気の二人ではあるが、お互いに振られた状況であり、異性としての関係は終わっているのである。

 

「やっぱできてんのかな、あの二人」

 

「青葉さんの笑顔も自然だし、自然体だ」

 

「でもお似合いだよね」

 

周りは勘違いをしているようだが。

 

 

 

そんな超常現象なドリブラーと、なでしこのエースが和気あいあいとする姿を見ていた鷹匠は口を開いた。

 

 

「――――ああ。たぶん江ノ島が変わったのは、奴が要因の一つでもあるんだろ?」

何もかもお見通しだった。彼が目を付けた体格に優れた高瀬と、嗅覚を備える逢沢駆。

 

見込んだ以上の結果にはなったが。

 

「――――それは」

駆は迷った。ズルをしたつもりはない。しかし、もし青葉が鎌学にいたのなら、やはり彼らが成長したのだと悟っているのだ。

 

 

「まあそこらへんはいいさ。俺らが弱かった。だが、だからこそ言わせてもらう」

真剣な瞳で、鷹匠は江ノ島に願いを託すことになる。

 

 

「すぐに負けるなんてことは、許されねぇぞ。お前らは、神奈川を代表するチームなんだ。そして―――――」

 

 

 

「逢沢傑に認められた、疾風と騎士なんだからな」

 

 

それだけ言うと、鷹匠はその場を去っていったのだ。

 

すると、今度は国松と佐伯がやってきた。

 

「―――――負けちまった、か。本当に、強くなったんだな、駆」

 

「――――傑が相手だと思うような試合だったぜ」

 

 

「僕一人の力じゃないんです。青葉がいて、セブンがいて、色々と刺激を受けたから。だから頑張れた」

 

率直な意見を言う駆。みんなに支えられた全国行きだ。駆は謙遜していた。

 

 

「この試合ハットトリックで大暴れにしちゃあ、ずいぶんと大人しいなぁ、おい! まあ、それが駆らしいか」

 

「―――――ああ。それが駆だから、な」

試合では鬼のように強かった彼も、彼の性格は変わっていなかった。佐伯はその事実にほっとしていた。自分の知らない駆になっていたのでは、置いて行かれるのではと、無意識に感じていたからだ。

 

 

「祐介―――――」

 

「今日の試合の半分ほど、本当に、まるで傑さんと戦っていたみたいだった。俺は傑さんのプレーにあこがれて、そのドリブルだけでもと頑張ってきたつもりだった。」

 

 

「けど、ダメだな。もっと自分を出さないと。エゴを出せる、自分の色を出せる選手が強いって、今日知ってしまったしさ」

 

苦笑いの佐伯。そして、佐伯は今、最も知りたいことを彼に尋ねる。

 

「全国、いや……その先の代表を目指しているんだってな。本当かどうかは駆の口からききたいんだ。」

 

「目指しているよ。必ず2018年に間に合わせるって」

 

強い口調で、強い覚悟を口にする駆。それを聞いた佐伯は満足げに笑う。

 

「―――――今度は俺が駆に追いつく番だ。トロトロ走っていたら、今度は俺が追いついてしまうぞ」

 

「うん。僕だって負けないよ!!」

 

 

騎士見習いは王様の影を捉えた。確実に彼の頂に近づいている。しかし、彼は騎士を志す者である。

 

王様を超え、騎士見習いを卒業することこそ、彼の願望。彼の望む姿とは一体何なのだろうか。

 

 

そして、超常現象は彼の秘密を知った。そしていつまで続くか分からない暗黙の決闘が夜に待っている。

 

さらなる先へ、未知なる先へ。超常現象はこの試合を機に、日本サッカー協会の重要人物として、マークされることになる。

 

 

世代別代表の候補者として名を連ねる実力者を探す日本サッカー協会は勿論、プロのスカウトも人数は少ないものの、この試合にやってきていた。

 

 

リーグジャパンのとある東京のクラブのスカウトマンは、その試合を準々決勝に引き続き、見守っていた。

 

彼の所属するクラブは現在降格か残留の瀬戸際に瀕しており、今シーズンは勿論、来シーズンに向けての上積みも考える必要があった。

 

その為の爆発的な起爆剤。問題児として扱われている噂のサイドアタッカーを口説くことこそ、近道であると彼は確信していた。

 

「——————血が騒ぐ。本当に、いるんだなぁ、こういう選手ってのは」

 

世代別黄金期を支えたかつてのトリオの一角。

 

宮水青葉、逢沢傑、荒木竜一。黄金の二列目と謳われた最速の男。実力は錆び付くどころか、さらにスケールアップしていたのだ。

 

すでに、他クラブの動きも活発になるだろう。神奈川の王者、鎌学を蹂躙した活躍は、すでに記事となっている。

 

「——————笠野さんに連絡を取らなければ—————」

 

男はある決意をし、会場を後にする。彼はサテライト、ユースに甘んじるような男ではないと。

 

 

 

速報から映像を漁った各クラブの動きも活発になっていく。

 

「まさか彼が高校サッカーにいたとは……噂を聞かなかったが、こんな場所に」

 

「強豪クラブのユースを蹴ったとは聞いていたが……同年代、高校生では太刀打ちできないぞ、あれは」

 

「あの青二才、聞かん坊は高校サッカーにいたか。戦力としてみてくれといった、あの大バカの若造が、ここまでとは」

 

上位クラブのユースを断った青二才。常識では考えられない選択をした男。入団テストでは他を圧倒し、合格間違いなしといわれた彼は、首を縦に振らなかった。

 

 

トップチームに合流させてほしいという彼の願いは、傲慢と受け止められた。

 

 

 

青二才、ビッグマウス、うつけもの。トップチームで戦うことに固執していた彼は、彼らにとって厄介な存在でもあった。

 

「だが、逢沢の忘れ形見。ここまでとはな」

 

「オグフェイントの進化系。正統な後継者が現れたか」

 

そして強豪クラブの話題は、逢沢駆にも飛び火していく。現状聞き分けの悪いサイドアタッカーよりも、真面目そうな彼ならばとユース入りを狙う動きも出始めた。

 

「レフティモンスター。しかも運動量もある。江ノ島は人材の宝庫か」

 

「神奈川の連中に遅れを取るな。彼は日本一のサポーターを誇る我々にこそふさわしい」

 

 

「サイドも真ん中も出来る。運動量があり、パスの精度も上々。なんでもできるアタッカーは貴重だ」

 

 

 

そして激化する地元の獲得競争。

 

「地元横浜の星として、何としても彼を獲得するぞ。数年後の卒業までに、何とか入団と彼のポジションを考えよう!」

 

「湘南には与えられないな」

 

「説得には、うちの看板選手も同席させよう。マリナーズには負けんぞ。うちも横浜だ」

 

「どっちの横浜にもやらんぞ。彼のスタイルは湘南スタイルにフィットするだろう」

 

 

聞き分けのよさそうな駆に注目が集まりつつある獲得争い。一方、怪物に張られたレッテルは、有力なユースクラブを保有するクラブを敵に回していた。

 

 

江ノ島躍進を牽引する怪物、宮水青葉

 

 

彼は世間を理解しない愚者か。それとも時代の先駆けか………

 




傑「駆は立派になった。もう思い残すことがない・・・・」

初代青葉「伝えたいことは伝えた。お前らならできる。俺たちの代わりに」

傑「ああ。しかし感慨深いものだな。あの駆が、ここまで。本当に」

初代青葉「だな・・・・・そろそろここを出て行くか、王様」

王様「そうだな。これ以上俺たちが居座り続けるのもな。後の世代に任せるさ」

疾風「・・・・ああ。それがいい。じゃあな、王様」

王様「ああ。さよならだ、疾風」




———————————————————————————————————


以下、作者の思い付きを活動報告に記したことを報告します。気になる方はとりあえずのぞいてみてください。


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騎士の目覚め
第二十一話 騎士の挑戦


ついに年号が変わりましたね。令和、ですか・・・・

青葉君がだんだんと問題発言を・・・・


 

その日、全国に衝撃的な報せが駆け巡った。

 

 

高校サッカー界では強豪校ひしめく激戦区と言われた神奈川予選で大波乱が起きた。

 

 

強豪葉陰学院を撃破した勢いそのままに、神奈川の王者鎌倉学館に大勝。しかも、数的不利を強いられての逆転勝利というのだから恐ろしい。

 

その劇的勝利の主役は、孤高のサイドアタッカー、宮水青葉。世代別代表で幾度となくチームを救ってきたエースストライカー。

 

そして、もう一人。前半からハードワークを惜しまず、ハットトリックと勝ち越しアシストを決めた伝説のトップ下の弟。

 

逢沢駆の名が全国に轟いたのだ。

 

他にも世代別代表で逢沢傑とコンビを組んでいた荒木竜一が中盤に座しており、近年稀にみるタレント揃いの布陣。

 

そして急成長を遂げる無名の一年生FWの存在も無視できない。

 

 

「―――――本当に、いるんだねぇ。どの世代にも。」

 

ベテランのスポーツカメラマンであった久保保は、若手のミーハーに誘われ、急遽神奈川予選準決勝の取材に同行することになっていた。

 

かつて名を轟かせたETUの7番や、現在の日本代表のエースさえも超える、強烈な風を呼び込む存在を目撃した。

 

試合の流れを一変させてしまう。文字通り勝利を呼び込む疾風そのもの。

 

「ですよね、先輩!! 僕も最近なでしこやアマチュアの方面にも行っているんですが、ここは未来の逸材がごろごろ転がっているんです!!」

 

久保の隣にいたのは、若手カメラマンの奥田健。

 

 

取材エリアにいる若手記者の岩崎信二とともに、広い方面でサッカー記事を共同で作るコンビのようなものだ。

 

岩崎は、小野寺颯に対してもインタビューをしている等、新進気鋭の若手スポーツ記者として存在感を出し始めている。

 

「見ましたか!? 高速シザースからの加速!! あれは凄いですよ!! 力と速さ、そのどちらも兼ね備えたドリブル!! 左足一閃!! 向かい風だった試合の流れをシュート一つで変えちゃったんですから!!」

 

シャッター押しっぱなしでしたよ、と笑う奥田。

 

「確かに、宮水選手が出てきて流れは変わった。だが、すでに風は変わり始めていたのさ」

 

久保は、後半に力をため込んでいた逢沢の存在にも注目していた。

 

いい意味で日本人らしくない。前半はそこそこの活躍をしつつ、足の止まってきた相手に対し、容赦のないドリブルフェイントを繰り出し、文字通り鎌倉学館の息の根を止めた。

 

そうなのだ。試合の流れを変えたのは宮水青葉だが、試合の勝敗を決定したのは

 

 

紛れもなく逢沢駆なのだ。

 

「でも、兄弟なんですよね。逢沢選手はあの逢沢傑選手の! まるで逢沢傑選手が出てきたかのようなプレーでしたよ」

 

そうだ。確かに彼の動きの質はレベルが違った。逢沢傑がまた現れたのかと思えるほどの。

 

 

しかし、彼らしからぬフェイントを繰り出した時点で、逢沢傑ではないのだ。

 

 

そこにいるのは、逢沢駆なのだから。

 

「―――もしかすると、兄を超える選手になるかもしれないな」

 

今後の日本サッカーを変える存在になるかもしれない。そして、その流れに上手く乗っているのが、彼ら二人が在籍している江ノ島高校の部員なのだろう。

 

 

――――レベルの高い選手と日常を共にする。これはとんでもないアドバンテージだ

 

考え方や姿勢を学べる。それだけで財産なのだ。

 

 

「でも、どうするんでしょうか。」

奥田は、ここまでの活躍をしてしまった二人について考えた。

 

「―――――卒業を待たず、プロ契約を結ぶかもしれない、か?」

奥田はわかっているのだ。もう高校サッカーで彼らを1対1で止められる選手がいないことを。高校レベルでは、彼らを止めきることは困難だということを。

 

「―――――正直、俺は満足せず上に行ってほしい。もっと上の舞台で、どんな活躍をするのかが見たい。」

 

記憶にも新しい2014年の惨敗。ブラジルワールドカップで日本はグループステージで一勝も出来ずに敗退した。

 

「だが、チーム選びも運だからな。逸材を腐らせるのも、逸材を伸ばせられるのも、チームしだいだ」

 

もう惨敗は嫌なのだ。日本サッカーは、変わらなければならない。

 

 

 

一方、記者の岩崎は取材エリアにて立役者二人が参加するインタビューに参加していた。

 

 

「今日の試合、前半開始早々は良い流れだったと思います。ただ、不用意な場所で相手にフリーキックを与えてしまった。チーム全体としてそこまで攻め込まれたことが問題です。」

 

ベンチにて戦況を見つめていた青葉はそんなことを言っていた。

 

 

「前半の動きの質が良くなかったと思います。もっとゴールに絡む動きを出せていれば、前半も追いつけた、と思います」

 

一方、鎌倉学館に引導を渡した逢沢駆は、前半の動きに付いて反省する場面も。

 

 

「ラストパスの瞬間について。あれはどの辺りから高瀬選手を確認できていたのですか?」

 

 

「フェイントで相手選手を、抜き去った時です。ファーサイド、相手の背後から抜け出してくる高瀬君がいたので。後は、パスするだけでした」

 

受け答えもサッカーならば冷静な駆。しかし、やはり緊張は隠しきれない。

 

「全国を決めました。今後に向けて注目度も増しますし、研究してくるチームも出てきます。意気込みについて一言お願いします」

 

 

「―――――やるからには頂点を目指す。それが僕の信条です。チームを勝利に導くプレーをし続けたいです」

 

 

「僕に求められているのは、やっぱりゴールだと思うので。たくさんゴールを決めたいです」

 

 

選手インタビュー。そして監督インタビューが終了し、翌日の決勝は両者総入れ替えの布陣が濃厚だ。

 

無論、負傷した荒木、疲労が蓄積しているであろう逢沢、宮水をベンチに下げる。レッドカードの織田も出場停止。

 

しかし、ここでCFWとSTという新戦術を取り入れた4-2-2-2が機能した江ノ島。

 

初スタメンの的場をSTに先発させ、CFWには高瀬。サイドに走力の高い選手を置き、パワープレーと中盤での崩しが融合した新スタイルで決勝戦も4対1で勝利。

 

得点ランキングは同率1位の逢沢、宮水に加え、3位には高瀬がランクイン。5位にも荒木が並び、江ノ島高校の層の厚さも証明できた。

 

しかし、準々決勝戦の後半終了間際の失点、鎌学の2失点。そして決勝戦でも終了間際の失点は課題として残る形となった。

 

 

準決勝勝利後の夕方。

 

「おめでとう、青葉。相変わらずね」

 

前節でハットトリックを決め、得点王争いを独走する小野寺颯に祝福の言葉を貰う青葉。

 

「――――そっちも相変わらずだね。井伊選手がいないと張り合いがない?」

 

井伊選手と激しくトップ争いをしていたが、その彼女がいなくなると阻むものがいなくなってしまったのだ。若干退屈している感じの颯。

 

「うん。青葉とマッチアップした時のほうが、歯ごたえはあるかな」

 

 

「―――――また泣かれるのは勘弁だよ」

遠い目をして、あらぬ方向を見つめる青葉。

 

「か、揶揄わないでよ! 私も大人になってきたし、そんなことはないわよ!」

 

 

 

そして大会終了後。

 

青葉と駆のもとにはちらほらとスカウトの影というものが忍び寄っていた。

 

 

「―――――卒業後に、スカウト、ですか?」

 

東京の名門、東京ビクトリーからのオファーを貰った青葉。世代別で活躍していたころから彼をマークしていたチームの一つで、現在はガラスのエース持田が在籍する強豪チームの一角。

 

その他日本代表選手も在籍しており、陰りが見え始めてはいるが、その名声は簡単に崩れない。

 

しっかりとした育成プランを考えており、ぜひ青葉を迎えたいとのことだった。つまり、トップチームとして彼を取るということではなかった。

 

「その、力を見せればトップ昇格は短期的に可能ですか?」

今すぐプロになれるのなら、青葉はプロになりたかった。

 

「無論その可能性はあるが、いきなりトップチームに参加させるわけにはいかん。体が出来ていない年代で無茶をさせるわけにはいかない。」

 

あくまで彼のことを考えての判断だった。才能ある逸材を酷使して、潰してきた悪例が日本にはある。

 

だからこそ、東京ビクトリーは青葉を大切にしたいと考えていた。将来は持田を超える存在になり得ると考えていたからこそ。

 

 

――――十分俺のことを考えてくれている。だけど、

 

 

結局、青葉はこの申し出を保留にしてしまう。

 

 

1年目から戦力としてみてほしい。その強い想いが青葉にはあった。

 

――――まだ戦力でないのなら、俺はそのチームに必要ない

 

 

育成を前提としたオファーは不本意なものだ。何が足りないのか、どこが伸びてほしいのか。自分で考えろとは言うが、相手の意見も欲しいのだ。

 

そして、その答えが15歳という年齢だという。

 

それは大きなハードルであり、技術面では問題がないというのだからどうしようもない。

 

 

―――確かに、15歳の若造を戦力としてみてくれるチームが、転がっているわけがないか

 

 

そんなチームが一部リーグにいるのか。

 

運よく二部リーグだろう。一部昇格と二部降格を繰り返すチーム。そして残留争いをするチーム。

 

 

決勝戦での戦いぶりを見ていた青葉は、蹴球以外にはあまり苦戦しないだろうと考えていた。高瀬が今後、前線からチームを引っ張っていくだろうと。

 

他にも青葉を欲しがるチームはいたが、彼の走力しか見ていない。さらに言えば、彼の戦術眼と走力を活かし、ボランチからの攻撃参加を画策するチームも。

 

――――君ほどの選手が、ただのサイドアタッカーであるのはちょっと

 

日本サッカーは近年稀に見る司令塔不足だ。先日の鎌学戦で見せた中央でのプレーが追い風になってしまったのだろう。

 

彼らは、青葉に司令塔としての役目を求めていた。

 

 

さらに、世代別代表の話も舞い込んできたが―――――――

 

 

「―――――お断りさせていただきます。」

 

短く、端的に、青葉はその招集を拒絶した。

 

「ほ、ほう。理由を聞いてもいいかな?」

電話の主は驚いている。今まで拒絶したことがなかった青葉がまさかこんなことを言うとはと編成もあせっていることだろう。

 

理由は、呼ばれる人数だった。

 

 

「どういうことですか。一体代表はいつからそんなバカげたことをするようになったのですか?」

 

110人ほど合宿に初日参加するということをぽろっと口に出した電話の主。どうやらサバイバル方式で選手を選別していくようだ。

 

それは全国から選手を選抜し、生き残れなかった選手は日帰りで帰らされることになる。

 

「―――――そんな方法でしか選手を見ることが出来ない。招集基準すら不明瞭な監督の下で、プレーはしたくないですね」

 

確かに総体予選と世代別代表入り。天秤にかけること自体が間違っている。しかし、これは代表チームが許されていい傲慢を超過している。

 

何より、しっかりとした戦術も不明瞭に思える。

 

「俺は、五輪代表とフル代表にしか興味はありませんと、監督に伝えておいてください」

 

 

日本サッカー協会としては、新たなスターダムとして彼に注目していた。こんな方式を使わずとも、彼は内定が決まっていたはずだった。

 

「その親善試合に、レオナルド・シルバクラスはいますか?」

 

 

青葉が拒絶の電話をした後、同じく大事を取って召集を見送ることになった荒木竜一。

 

後ろからのタックルで軽症とはいえ、痛めてしまったことは痛手だった。

 

青葉に関して言えば、フル出場できなかった試合でもある鎌学戦。原因は葉陰学院戦での悪質なファウルである。

 

強行出場できたから、青葉は問題ないとみていた首脳陣の予想を裏切るものだった。

 

ゆえに、

 

「―――――なるほど、奴はそういったのか」

 

監督の桜井は、荒木、宮水といった屈指の攻撃力を誇るタレントが来ないことを残念がる。

 

「中々骨のあるやつじゃないか。確かに、今回のスケジュールはタイトだし、勝敗にこだわるものではないが―――――」

 

惨敗した後も変わらぬ体制。しかしその体制も終わりを告げようとしている。今回の代表監督の人事権を持っていた協会トップが退任。後任の会長は、フランス人指揮官を招集。日本サッカー再生というスローガンを掲げている。

 

人事体制が錯綜し、かつてない混乱が協会を襲っている。その余波は順調だったはずの世代別にまで来ていたのだ。

 

「―――――まあ、順調に伸びれば来年はプロだろうしな。」

 

桜井は二人に肩入れするつもりはない。来ないのなら代わりを持ってくるだけだ。代表のエースの座を欲している奴らは他にもいる。

 

 

しかし、そんな野心溢れる選手たちを阻むものが、まだ江ノ島高校にはいた。

 

登録は攻撃的MF。しかし、ゴール前での動きはFWそのもの。視野も広く、パスセンスもどんどん磨かれるだろう。

 

 

逢沢傑の弟。逢沢駆。

 

「こっちは来ることになっているんだな?」

 

 

「ええ。宮水青葉にいい刺激を受けたのか、こちらはとんでもないですよ。私見ですが、ゴール前での怖さなら、弟のほうが勝っていますね」

 

 

「―――――ST、もしくはトップ下があっているかもしれないな」

 

シャドーストライカー。そして視野の広さを備えたアタッカー。驚異的なドリブルフェイント。

 

「圧巻だったのは、勝ち越しアシストを決めた時に見せたフェイントですね」

 

 

「ああ。オグフェイントの進化系。レフティモンスターの後継者がついに現れたか、と俺は思ったね」

 

日本の希望の一つが潰えたアトランタから18年。その希望は時を超えて蘇ろうとしている。

 

エリア内であそこまで軽やかに動ける。日本に足りなかった存在だった。

 

 

 

江ノ島高校から世代別代表として逢沢駆ただ一人が選ばれる。召集拒否の青葉、召集辞退の荒木は本選に参加することになる。

 

 

そして、青葉が闘志を燃やすレオナルド・シルバは言うと―――――

 

 

 

「なるほど。オレに召集、か」

 

彼はフル代表の招集を受けていた。

 

 

この総体で、青葉が熱望した戦いは実現しない。3回戦。後に、九州の強豪校との激戦の末、PK戦で敗退することになる蹴球。

 

レオナルド・シルバ不在という影は、蹴球に深刻なダメージを与えていたのだ。

 

 




悲報 江ノ島のエース、宮水。世代別の選手選考に不満を感じ、召集拒絶。

朗報 江ノ島のストライカー、逢沢駆。七光りじゃないかも?


なお、この選択によってアジア杯決勝で2006初戦以上の悪夢が確定する模様。





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第二十二話 代表への道

大分凄い・・・・藤本選手2得点に絡む活躍・・・・

このチームとエースを抑え込んだ広島と松本は、凄いな・・・・


その知らせを受けた時、逢沢駆は迷った。本選を間近に控えるチームを置いて、代表に合流するべきなのだろうかと。

 

しかし、長年の夢への道が開かれた瞬間でもある。ここで受けなければ自分は後悔する。

 

 

青葉は、世代別代表に興味がなさそうだった。かねてから彼は五輪代表とフル代表にしか目がいっていない。どうやら、今回の選考も彼の意向に著しくそぐわないものらしく、

 

「まあ、潰されないように気をつけろよ。」

 

という一言。

 

 

―――――ううん。僕には僕の、代表入りの道があるんだ

 

世代別で活躍している青葉は実績がある。しかし自分にはまだ何の実績もない。選んでくれるはずがない。

 

 

なら、代表で実績を作るしかない。

 

 

「セブン、青葉。チームに迷惑をかけるかもしれない。けど僕は自分の立ち位置を確かめたいんだ」

 

「―――――駆ならできる。不安なら、まず私たちが信じるからね」

セブンは、そんな彼の意思を尊重する。長年の夢への扉が開かれたのだ。なら、それを阻む意見など存在しない。

 

 

「大したことじゃないさ。総体本選の試合が、完勝から快勝に変わるだけだよ。」

そう言って、フッ、と笑う青葉。だが、

 

 

「蹴球にいるシルバがフル代表入りすると知っていれば、俺も召集を受けていたかもしれないがな」

苦笑いの青葉。目当てのシルバがいないのでは、江ノ島に初の栄冠を持ってくるぐらいしか理由がなくなる。

 

 

「こちらは気にするな、駆。お前は世代別から五輪代表にステップアップしないといけないからな」

まるで、駆が活躍すると知っているかのような物言い。まだ何もしていないのだが。

 

「―――――本当に、青葉はビッグマウスだよね」

そんな盟友の期待に、苦笑いをしてしまう駆。

 

「でも、活躍する、したいと思って代表に入らなきゃ、試合をする前から負けているよね。だから、僕は必ず点を奪ってみせる! 僕はストライカーだ」

 

 

こうして、江ノ島高校は怪我の功名ともいうべきか、荒木、宮水の両名の離脱もなく、本選に臨むことになる。確かに左翼の一角でもあった逢沢が消えたことはダメージだが、それでも各チームともに同世代の有望株が離脱しており、対抗馬はほとんど消えていた。

 

 

そして、優勝候補の蹴球もレオナルド・シルバが不在。

 

 

不完全燃焼の総体本選が始まる。

 

 

その前に、逢沢駆を書いた現状のメンバーが発表される。

 

「今回、本選の日程と同時期に駆君が世代別代表の強化試合の招集を受けました。得点王の彼が離脱するのは痛いですが、現状メンバーでも十分優勝を狙えると私は信じています」

岩城監督は駆抜きで戦うことで、得点力が落ちることを危惧していた。しかし、そんなことは言っていられない。

 

 

何しろ、自分は今年一番戦力的に恵まれている監督であると知っているからだ。

 

 

「駆君。合流前に一言、よろしくお願いします」

 

 

「―――えぇ!? えっと――――はいっ!!」

 

勢いよく立ち上がり、駆が壇上に上がる。

 

「今回。僕は本選に出ることができません。フル代表に入る夢への足掛かりと、このチームで本選優勝を果たすこと。最後まで悩みました」

冷静であろうとする声色だが、声が震えている駆。彼の中にあった葛藤は相当なものだろう。

 

「だから、代表で日の丸を背負う前に、江ノ島代表として頑張ります!!」

覚悟を決めた感がある駆。強い意志を感じる口調で、はきはきと言いたいこと、伝えたいことを伝え続ける。

 

 

「同じピッチで戦うわけじゃないけど、江ノ島の一員だってことは、絶対に忘れません! 本選優勝、その報せを待ってます!」

 

そして、何かとんでもないことを言ってのけた気がしないでもない駆だが、恥ずかしいことは言っていないと胸を張る。

 

「おお!! 駆の奴、スピーチも上手くなったじゃねぇか!!」

 

「なかなかいい決起だったぞ、逢沢」

 

「おうおう!! こっちはこっちで優勝しかねぇし!!」

 

兵藤、織田、八雲から声援を送られる駆。

 

「代表デビューでゴールとか決めてみろよ! ユース組に目にもの見せつけてやれ!!」

 

「ていうか、同じ高校サッカー組とかに格の違いを見せつけてやれ!!」

 

「はい!」

 

ヒートアップする一同と、さらなる士気の上昇に成功した江ノ島。駆の代表入りが刺激になったのか、熱気がとんでもないことになっている。

 

 

そして、駆抜きのメンバーには2年生の堀川が入ることになる。予選ではベンチ外だったが、ここに来て出番が回ってきた。

 

 

GK  1番 紅林

LSB12番 桜井

CB  4番 海王寺

CB 15番 不動

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF 2番 沢村

LMF 9番 火野

RMF 8番 宮水

OMF10番 荒木

FW 11番 工藤

 

ベンチ入り (GK)16番藤堂、19番李、(SB)17番中村(CB)14番錦織、5番 三上(MF)、7番 兵藤、18番 的場、20番 堀川(FW)13番 高瀬、

 

 

さらに、学校挙げてのお祝いムードまで。

 

 

 

祝 江ノ島高校サッカー部 全国大会出場!!

 

 

 

サッカー部の飛躍は、校内でも大きな話題となり、準決勝1点ビハインド、数的不利を強いられた状況からの大量得点は何度も語られた。

 

 

特に逢沢駆は代表入りというホットな話題もあり、逢沢傑と同じように黄色い声に晒されることになったが、セブンといることで平静を保つことに成功。

 

――――サッカー部の皆だけじゃない

 

こんなにも自分に期待をしてくれている人がいる。それが嬉しい。それが力になる。

 

 

決意新たに逢沢は神奈川の代表合宿の場所に向かうことになるのだが――――

 

 

 

「―――――――人、多すぎ――――――」

 

 

見渡す限り人で埋め尽くされているような錯覚に陥る駆。ここに青葉がいないことで少々不安に思う時もあったが、それとは別の恐怖だ。

 

 

―――――これ、本当にまともな基準はあるのかな――――

 

やる前から欝な感情に襲われる。

 

「あっ、日比野。そっちも代表に選ばれたんだ――――」

 

 

「ああ。呼ばれるとは思っていなかったがな。というより、今回はお前の話題で持ちきりだぞ」

湘南大付属から唯一選ばれた日比野。駆はまだ自分がただのルーキーという気分でここに来ているようなので、その間違った認識を改めさせるために周囲を見渡す。

 

 

「逢沢駆だぞ―――――」

 

 

「あの逢沢傑の―――――」

 

 

「神奈川予選得点王の――――」

 

 

ざわ、ざわざわ―――――

 

 

ライバルたちからすでに徹底マークを受けている駆。選考基準を聞いてから、より一層彼は周囲の同世代の選手たちに意識されているのだ。

 

「あ、あははは……僕、まだ代表で実績もないのに―――――」

引き攣った笑みを浮かべる駆。

 

「そうでもないぞ、駆」

そこへ、鎌学の佐伯が現れた。

 

「祐介!! そっちは祐介だけなの?」

鎌学の佐伯とも出会った駆。知人がいるだけで大分緊張が取れた。そんな感覚が彼にはあった。

 

――――うん、落ち着いた。これなら――――

 

 

「いや、世良さんも呼ばれているぞ。ま、今回はよろしくな」

 

 

「うん。祐介もね!」

 

 

 

 

桜井という監督は、15分間の実戦ミニゲームで30人を決めるらしい。

 

特に試合展開などを勝手にイメージしているらしいが、そんなことは関係ない。

 

 

――――僕たちは、一発で点を取ることを求められているんだ

 

 

なお、桜井は攻撃的MFとして彼を招集した模様。

 

 

早々と佐伯と日比野がミニゲームで結果を出す。

 

日比野がプレスからボールを奪い、佐伯がそのまま駆け上がって得点を奪う。攻守の切り替えの速さを認めてもらった二人はアピールに成功していた。

 

 

「―――――」

 

駆の番が来た。今回彼はセカンドトップに近いMFのポジション。真ん中でのプレーは鎌学戦以来だ。

 

 

相手ボールから始まるミニゲーム。今後の自分の運命を決める試練。

 

 

―――――サイドよりも情報量は多く、そして視野を広く―――――

 

 

ルックアップをしていなければ、プレーに置いて行かれる。だからこそ、駆は思う。

 

 

――――ここは、一番上手い人が居座るポジションなんだ

 

それは兄のような、荒木のような選手が―――――

 

――――ここには、強い選手が必要なんだ

 

そして、青葉のような存在が。

 

 

――――プレッシングで追い込んで――――

 

 

とにかく、サイドに追い込むことを簡単に決めた駆のチーム。距離感というのもなかなか難しい。

 

ボールを持たない時間帯のほうが頭を使う。そして、無駄にしてはいけないという集中力が増す。

 

 

――――そうだ。ボールを持っている時間は90分間で半分以下なんだ。

 

ボールを受け取れる、奪える態勢を準備する。そして、周りを見続ける。

 

 

自分の浅い知恵を使って、考えて走らないといけない。

 

 

背後から寄ってくる選手がいる。サイドから逆側への展開の布石。

 

 

駆の視線の先に味方の選手がプレスをかけている。が、振り切られる。

 

 

ちらりと、一瞬だけ駆は背後を見た。ゴール前真ん中は人数が揃っていた。ニアサイドもキーパーと連携してケアがされている。

 

 

――――なら僕は――――

 

駆は中に絞る動きを見せた。ゴール前のクロスを警戒する動き。振り切った選手がクロスを上げる。

 

 

その瞬間、駆は進行方向とは逆側の場所へと素早く方向転換。不意に加速した駆。相手選手の驚愕した表情。

 

 

ディフェンスラインが下げられ、中央にややスペースが空いていた局面。駆が退いたことで一瞬空いたスペース。そこを逆に、駆に狙われたのだ。

 

マイナス気味のクロスボールを待っていた相手選手が驚く。

 

――――やはり、こいつは逢沢傑の―――――ッ

 

 

誘い込んだ。狙い通りのプレー。難なくインターセプトした瞬間に周囲が湧いた。

 

 

しかし、

 

 

「調子に乗るなルーキー!!」

 

「ぐっ!?」

 

ここで後ろからのタックル。カウンターのチャンスだったが、ここをファウルで止められてしまう。

 

 

しかし、ディフェンスの判断は正しい。ここで彼を止めていなければ、前掛りになっていた自チームは致命傷を負っていただろう。

 

リスタート。

 

ボールは駆のチームにわたる。そこから駆は自分が予想以上にマークを受けていることを痛感する。

 

 

――――ダブルチーム!? そんなっ!?

 

 

一人がへばりつくようにマークをしており、もう一人が距離を置いて駆をマークしているのだ。全体のケアをしつつ、駆の抜けだしすら警戒する絶妙なポジション。

 

 

 

「駆っ!?」

 

代表入りが内定した佐伯は、駆のタフな局面に叫ぶ。今のところ及第点以上のプレーは見せている。しかし、ここで違いを見せられなければ危うい。

 

 

そして、相手は本気で駆を潰しにかかっている。

 

 

「くっ!」

 

ボールを受け取るも、前方斜め前の選手へのパスコースを遮られている。現在進行形でプレスも食らっている。

 

 

――――いや、パスコースはある!!

 

 

荒木は日頃何をしていた? 日頃どんなパスをしていた?

 

 

――――サッカーは、平面だけじゃない!!

 

 

苦し紛れのロングパス。そのように見えたが――――

 

 

「!?」

 

 

「おっ、まじか」

 

しかし、ここで相手選手はグランダー性のボールを警戒するあまり、一瞬だけマークしていた相手との距離が開く。それは致命傷だった。

 

 

完全に振り切られた相手チームと、駆のロングパス一本で決定機演出の自チーム。

 

 

勝負は一対一の局面だった。

 

 

「あぁ……」

思わずため息が出てしまった逢沢。もし受け手が自分なら決められた。と思わず考えてしまった。

 

 

ここで、まさかの枠外。一対一で決めきれなかった選手が、

 

 

 

 

「すまん、すまん! 次々!」

 

引き攣った笑みで駆に声をかけるが、駆はうなずくことしかできない。

 

 

――――15分間、途中出場のピッチ。緊迫の試合展開

 

 

集中力が足りない。

 

もっと集中しろ。

 

 

味方選手の動きと、相手選手の動きをルックアップしなければ、試合に消えてしまう。

 

 

味方選手がボールを奪う。体が触れた瞬間に相手選手は体勢を崩し、ボールをロスト。赤い長髪の選手が笑顔で駆にパスを送る。

 

「受け取れっ!」

 

 

強いパスが駆の足元ではなく、スペースへと走っていく。それに迫る相手選手の姿が前に見える。

 

先ほど、ファウルで駆を潰した選手だ。

 

――――今度は負けないっ!

 

 

この技で、彼を抜き去ってみせる。

 

 

――――何をする気だ、こいつっ!

 

目の前の選手は先ほどと同様に駆を止める気でいた。如何に騒がれようが、実力よりも知名度先行の選手にいい気にさせるわけにはいかない。

 

――――七光りが来る場所じゃねぇんだよ、ここはっ!!

 

 

 

左足がボールの横へ。そしてその瞬間に駆のファーストトラップ。そして右足の振り上げ。

 

――――そんなドリブルで俺を振り切れるわけねェだろ!

 

嘲笑すら浮かべた相手選手。駆はそれを冷静な視点で観察していた。

 

 

その違いだ。だからこそ、相手選手は駆の左足に気づかない。

 

 

「な、ぁぁぁ!?」

 

ここで、ボールが目の前から消えたのだ。衝撃的なトラップフェイントがさく裂する展開に、周囲の目が強くなる。

 

 

そして、ボールは駆のもとへ意思を持つかのように吸い寄せられていく。

 

 

―――――強いグランダーのパスじゃなきゃ、こうはいっていないよ

 

あの長髪の選手が強いボールを蹴ってくれたから、回転をかける必要もなかった。

 

 

ヴァニシング・ターン・プロト。ヴァニシング・ターンの雛型だった技。

 

 

この動きに、桜井監督も驚きを隠せない。

 

 

「あの技を知ってはいたが、ここまでとはな」

 

「あのディフェンスは良い動きをしていましたが――――失格でしょうか」

 

「ああ。例外はない。運が悪かったと諦めてもらう。」

 

 

 

 

そしてそのまま、バイタルエリアに侵入する駆。

 

「ヘイッ!!」

 

先ほどの失敗を取り返すべく、決定機を外した選手がボールを要求する。が、ブロックがやや厳しい。通せないことはないが、攻撃が遅れる恐れもあった。

 

 

「させるかぁ!!」

 

パスコースなど許さない、と言わんばかりにニアに走りこんでいる駆の味方選手を潰しにかかる相手選手。

 

 

――――もう、ここうで難しいフェイントはいらない。

 

 

抜き去る必要はない。シュートコースが開けばそれでいい。

 

 

右足のインサイドでフェイクを入れる駆。ややつられた相手選手が動きをかき乱されるもしっかりとブロックを作る。

 

 

――――ミドルレンジだろ! わかってんだよ、そんなことはなぁ!!

 

 

尚もドリブルで突進する駆。

 

 

前から相手ディフェンダーが突っ込む。その瞬間に右足の足裏でボールをトラップしてバッグ。

 

「うおっ!?」

 

そして素早く左足のヒールでボールを進行方向へと転がす。

 

 

ここでマルセイユ・ルーレット。ディフェンダーは駆のスピードに振り切られ、シュートコースがゴール前に空いた。

 

 

 

――――僕は、ストライカーだ

 

 

左足の一閃とともに、ゴールネットに突き刺さるボール。代表内定を決める決定的な一撃となった。

 

 

グッ、

 

小さく拳を作った駆。手ごたえがあった。今までで一番ルーレットの切れが良かった。だから余計なフェイントを次に入れる必要もなかった。

 

 

――――シンプルなフェイントで、ルーレットを使いこなせた!!

 

 

それが嬉しかった。

 

 

 

 

ミニゲームがすべて終了し、駆は30人のメンバーの中に入った。そのことを告げられて喜ぶ駆。

 

 

ではなかった。

 

 

「初選出だが、豪く落ち着いているな、逢沢」

 

 

「え、えっと。はい、嬉しいです」

あまりうれしそうではなかったのだ。確かにメンバーに残ったことは嬉しかったのだが、駆は手放しで喜んでいたわけではない。

 

 

――――ここからなんだ。ここから一歩ずつ

 

野望は果てない。むしろここからが本当の勝負なのだ。

 

 

「やったな、駆。とんでもないドリブルだったぜ。一瞬傑さんを連想しちまったよ」

 

 

「日比野……うん、ありがとう」

 

 

「ああ。あの崩し。パスフェイクのところはまだまだだったが、その前のロングパスもすごかったな。真ん中もやれてしまうんじゃないか?」

 

佐伯も、直近で彼のプレーを見ていたからそのすごさは知っている。だが、留まることを知らない駆の幅の広さは、どこまで行くのだろうと感じていた。

 

 

「荒木さんならどうするかなって、思ったんだ。パスコースは上にもあったんだって」

 

荒木の名前が出てきた瞬間に、鳩鉄砲を食らった顔になる佐伯だが、その後噴き出して笑う。

 

「本当に、お前にはいつも驚かされるよ―――――」

 

 

 

その後、日比野ら少ない初選出組は恒例行事に巻き込まれることになっていたが、

 

 

「あれ、監督がいないぞ」

長髪の選手――――島は、桜井監督がいないことに驚いた。

 

「なでしこの風呂じゃないのか、ぐすっ」

そして騙された日比野は悔し涙を流していた。

 

 

 

その頃、駆はマジックボードの陣形やフォーメーションで自分の予想されるポジションをイメージしつつ、数日後の対戦チームでもあるアメリカの映像をチェックしていた。

 

 

――――もし僕が左サイドなら、ここは――――

 

相手は同じく4-2-3-1の陣形。映像から見るに、フィジカルだけではなく、パスをつないでくるイメージが強い。

 

しかも、そのフィジカルを利用して足元に早いボールを選択するケースも多い。パワープレーになると、ロングボールが多くなる印象だ。そしてやはりフィジカルの強さはここでも活きている。

 

――――細かなタッチを前半からする必要はないと思う。

 

試合終盤、足が疲れてきてからドリブルを仕掛ける。自分の武器はスタミナなのだから。

 

 

真ん中に当てて、中盤で速いパスとスルーパスのタイミングが重要になると考えた。

 

――――あと、サイドに開いたほうが、スペースも空くかな

 

 

「当日まで日はあるが、今から相手の試合映像、そして陣形。勉強熱心だな」

そこへ、桜井監督が現れる。強化試合のことを考えていた駆の意識の高さに舌を巻いていた。

 

「ピリピリした集中力。いいねぇ。さすがは宮水青葉と両翼を形成しただけはある」

 

 

そしてその背後からは、鎌学の世良の姿も。

 

「へぇ、単に浮かれている連中じゃなさそうだな。」

 

不敵な笑みを浮かべ、駆を観察する世良。

 

「――――世良、さん。その――――」

色々と予選の時にハチャメチャなことをしてしまった相手だ。駆としては正直気まずいのが本音だ。

 

 

「僕もアメリカチームの映像は見たい。試合ではどこで出るかわからないけど、よろしく頼むよ」

 

 

「は、はい!!」

なんてことはない。彼も勉強熱心なだけだったのだ。

 

「あと、僕は君らのことはあまり好きではないけど、その実力は認めている。本番であがらないでよね」

 

「はい!! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

愚直な信条は、世界を変える。そして、それは自身の成長の糧となっていく。

 

 

世良と駆の邂逅は、後に五輪の最年少コンビとU-17のエースを爆誕させるきっかけとなる。

 

 

「後駆君、夜はあまり食べないほうがいいよ。朝に食べるのが一番いい」

 

「わ、わかりました!!」

 

 

その頃、本選出場を果たした江ノ島高校は―――――

 

 

 

 

『止まらない~~~!!! 3戦連発!! 宮水青葉が止まりません!!』

 

サイドから中央をぶち抜いて、単独で敵陣を崩壊させた青葉が観客のコールに右手を上げて応えていた。

 

 

3回戦の相手は四日市実業高校。怪物ゴールキーパー遠野がいないとはいえ、走れる選手をそろえた強豪チームである。

 

しかし、遠野が守っていないゴールなど脅威ではない。前半5分に速攻で得点を奪う青葉。

 

 

というより、江ノ島高校の総体での戦いぶりは、苛烈と言って差し支えなかった。

 

 

 

初戦の相手は強豪青森八州。激戦必至と言われていたが、蓋を開けてみれば青葉の2ゴール1アシスト、荒木の1ゴール1アシスト、高瀬、的場の初得点で圧倒。

 

ボール支配率70パーセント越えのサンドバック状態だったのだ。

 

特に、ドリブル成功率驚異の100パーセントをたたき出した青葉は、その噂に違わぬ疾走ぶりを見せつけ、一躍全国区に。

 

続く、2回戦では岡山の作郷高校を相手にハットトリック。荒木、高瀬の二戦連発に火野の得点等、攻撃陣が爆発してワンサイドゲームを展開。

 

スコアは8対0と岡山の強豪を完膚なきまでに蹂躙。この試合で荒木がハットトリックを達成し、得点ランキングで4得点と首位に付けていた青葉に次いで2位に。

 

 

 

そして三回戦の四日市実業戦では―――――

 

 

『海堂振り切られた!! 止まりません、宮水!! またしてもドリブル開始!! 何という足だ、速い速い!! もうバイタルエリアだ!!』

 

 

「くそっ!! なんて足をしてやがる!!」

 

何より厄介なのは、トラップの大きさを自在にコントロールして間合いを崩してくることだ。

 

――――あのスピードと、断続的なボールタッチ。

 

なぜその速度でコントロールを維持しているのかと。

 

海堂は今まで国内リーグ、アマチュアを含め、数多の試合を見てきた。

 

 

今目の前を走っている選手のタイプは、日本の試合では見たことがなかった。

 

「くそっ!! 止まれや、こらぁぁ!!」

 

「―――――」

横を切りながら並走する四日市のディフェンダー。青葉はここでトップスピードを維持しながら連続シザースで対応。

 

「ううっ、うおっ!?」

 

足ががたつく。足がもつれないのかと青葉を見ると、

 

青葉はバランスを崩すそぶりも見せない。ほぼ正確なボールタッチで連続シザースを行っていた。

 

――――くそっ、このまま縦を抉られては!

 

 

 

トンっ、

 

ここで、青葉が前にボールをプッシュ。さらに縦への突破を試みる。

 

――――縦を許せば追いつけねぇ。そのまま中に切り込まれるッ!

 

 

横を許せば即死コース。縦を許しても致命傷。青葉を止めるには――――

 

追いすがるディフェンダー相手に、またしてもシザースのフェイント。しかしこれは―――

 

 

右足の跨ぎの動作が入り、これは間違いなくシザース。しかしその瞬間右足の影にボールが隠れる。

 

―――――なにがッ!?

 

そして股から出てきたボールが左足のアウトサイドへ。一瞬だけボールを左足でトラップし――――――

 

 

その次のトラップの瞬間、その左足が一呼吸の内に閃いた―――――

 

「ッ!?」

 

 

一瞬だった。切り返しとともに青葉は横に突破していたのだ。

 

――――なんだ、今のフェイントは!?

 

有り得ない。ありえないことが起こってしまった。

 

 

一瞬、青葉を見失ってしまったのだ。縦への突破をほんの一時、警戒してしまったがゆえに。

 

 

 

『ああっと、躱された!! また四日市実業の選手が振り切られた!! 止まりません!!』

 

神速の如きシザース。そしてその前に仕込んでいた連続シザースとのコンボ技。彼は横も経ても関係なく、突破されてしまっていた。

 

 

「――――――」

 

 

パスをする気配のない青葉。否、パスをする必要もなく敵陣を切り裂けるからこそ、ドリブルという選択肢しかないのだ。

 

 

――――単純な緩急で、ここまで止められないとは!

 

 

単純な速さでは、四日市実業の歴代メンバーを入れても相手にならない。チーム一の俊足である

 

そして、ドリブルの速さは言うまでもない。

 

 

そう言った様々な局面での速さにおいて、レギュラーの当真、若宮すら凡庸と言わしめる存在。

 

 

宮水青葉がまたしてもゴールに迫り――――――

 

 

『突き刺したァァァ!!! 止まりません!! 前半だけで2得点!! エース宮水青葉! 四日市実業を圧倒!! 江ノ島4点目!!』

 

『ちょっと、まぁ……これは。高校サッカーで彼を止められる選手はなかなかいないですよ』

 

 

防ぐ手段を失っている四日市イレブン。もはや勝機は万に一つなく、大勢は決まっていた。

 

 

荒木、的場もゴールを叩き込み、四日市の息の根を止めにかかる。遠野というゴールキーパー不在というハンデはあるが、チームとしての完成度、強度では比較にならない江ノ島。

 

 

そして―――――

 

 

『試合終了~~~!!! 後半頭に宮水、荒木を下げた江ノ島! 6対1と盤石の試合運びで快勝!! ベスト4進出決定!!』

 

他を寄せ付けない圧倒的な攻撃力で、危なげなくベスト4に進出。大会前は最強のダークホースとまで言われていた存在だが、いつしか優勝候補筆頭とまで言われるようになる。

 

得点ランキングでは、荒木がまたしても青葉に肉薄。1点差の6得点で、得点王争いがし烈に。

 

「くっそぉぉ!! スイスイドリブルで行きやがって!」

 

「前向いたら、ゴールを狙っていいと思っているので。」

 

 

しかし、青葉は世界の舞台で躍動するであろう駆のことを考えていた。

 

――――やはり、召集を受けるべきだったかな

 

あまりにも温すぎる。寄せが甘い。簡単に振り切られてしまう相手選手。

 

そして試合の途中から視線を落とすしぐさが何度も見受けられた。

 

 

そして、試合終了後に弾けたような笑顔もなく、インタビューも淡々としている青葉を見ているのは、中継から彼の表情を観察していた桜井。

 

 

と、召集を受けていた選手たち。

 

 

「―――――まあ、奴がいればこんなものだろうな」

 

世良は、青葉が総体本選で暴れまわっているのを見ていたので、遠い目をしていた。

 

「――――つうか、うちのチーム思いっきり蹂躙されているじゃないかぁ!」

自分がいないとはいえ、あれほど簡単に突破し、四日市のディフェンスを物ともしない青葉の存在は恐ろしかった。

 

――――奴にボールが渡れば、何度でも決定機を作られるな

 

 

そして八千草高校のディフェンダー島亮介は、青葉のドリブルを止める具体的なイメージが出来なかった。

 

――――体勢を崩すとか、そんな次元じゃねぇな

 

 

迂闊に近づけば、吹き飛ばされる、というより

 

 

「おいおい。ぶつかった相手は倒れこんでいるのに、あいつは何でぴんぴんしているんだよ」

 

ファウルを食らったはずなのに、青葉は猛然と縦への突破を試み、ファウルで止めようとした相手選手が地面にたたきつけられるおかしな光景。

 

しかし、ファウルではないのでプレーは中断されない。その選手が倒れこんだまま、青葉のクロスボールに反応した的場がゴールを奪うまで、プレーは止められなかった。

 

 

「駆ちゃんは日頃から青葉君と練習をしているんだっけ?」

 

 

「え、は、はい。勝率もよくないですし、初見殺しのフェイントで勝った以外は、あまりないです」

 

 

「え? お前あれ相手にドリブル突破出来たの?」

あれ扱いされている青葉に苦笑する駆。確かにすごいが、彼も抜かれるときはある。

 

「え、でも青葉だって止められることはあると思いますよ。それに、僕のあれはあくまで意表を突いただけですし。でも、パスは何とか通せるようになってきましたね」

 

簡単に言うが、試合ではパスを遮断する運動量や読みの深さも見せている青葉。

 

一同は察した。化け物と日頃から一緒にいるせいで、感覚がマヒしているのだと。

 

「――――高瀬だって、そのフィジカルで強引に突破しようとしましたよ。体入れられて最後は崩されましたけど。でも、本当に惜しかったんです!」

 

「でも、最初のほうは青葉を吹き飛ばしていましたよ。ファウルでしたけど」

 

 

それから、そんな化け物と毎日マッチアップをし続けて、笑顔を失わない駆の図太さを存分に思い知ることになった代表メンバー。

 

さすがの桜井も

 

――――可哀そうに。感覚がマヒしてやがる

 

と、サッカー狂いとなっている駆にやや同情の目を向けるのだった。

 

「ついでですけど、青葉はセブン―――えっと、美島選手と小野寺選手ともマッチアップしてますよ、二人掛かりで」

 

「美少女二人に寄られるとか、糞羨ましいなぁ、おい!!」

 

 

 




誰かに憧れ、羨望で終わらない駆君の凄さ。

もし、青葉なら・・・・もし、荒木さんなら・・・・

生来持ち得る誰かを認める謙虚さと、自分に自信を持ち始めた彼は、まさにワンダーボーイ。



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第二十三話 決意と結果と

お待たせしました。


とにかく不完全燃焼という印象だった。

 

 

歓喜の輪に加わっているものの、その表情はどこか他人事のようなものだった。

 

 

若手カメラマンの奥田は、決勝戦でも6対1と圧倒的な攻撃力を見せつけた江ノ島の輪の中で、一人遠くを見つめる彼の姿が目に入った。

 

 

『試合終了~~!!! 10年前、全国に旋風を起こしかけた古豪が! その悲願を成就させました!!』

 

肩を落とす相手チームを尻目に、江ノ島高校は初めての栄冠に輝いた。

 

 

 

 

『強かったですねぇ。本当に強い。世代別代表が二人出ている時点で、タフな展開だったかもしれませんが』

 

『敗れた八草学園高校も前半途中までは善戦しましたが、江ノ島のシステム変更に対応できず、失点を繰り返してしまいました。』

 

 

前半は、4-2-3-1という布陣で戦っていた江ノ島イレブン。しかし、後半からはトップ下の荒木をセントラルに、沢村をサイドバックにポジションチェンジした後に、サイドバックの三上がFWの工藤と交代。

 

4-2-2-2の陣形でターゲットマンを二つに増やしたことで、サイド攻撃が活性化。

 

八草学園は、マークの修正がわずかに遅れてしまい、江ノ島高校にダメ押しの3点目を献上してしまったのだ。

 

 

今大会得点王は同点で青葉と荒木の2人が選ばれた。駆の代役として先発出場を果たした的場も堂々たるプレーを見せつける等、層の厚さもアピール。選手権に向けて、江ノ島高校の攻撃力は全国の強豪たちの頭に、刻み付けられた。

 

 

彼らの代表チームだったライバルが、最初から致命傷を負った姿で戦い続ける姿を。

 

「宮水選手、あんまり笑顔がないですね」

 

奥田は、スコアを見て棒立ちになっている青葉の姿を見て何かを感じていた。

 

そして、その横には久堂の姿も。

 

「―――――アレは飢えているんだろうね」

 

久堂は青葉の状態をそう推察した。

 

「――――高校サッカーに飽いているんですか? それはそれで強気ですね。まあ、実際宮水選手を止められる選手が一人もいませんでしたが」

 

「―――今すぐプロに行くべき、という声と、高校サッカーの広告塔として残ってほしい声。強すぎる個と言うのは、良くも悪くも、目立つものだからな」

 

 

すでに彼に接触しているプロチームもいるという。今後、彼の活躍を見たクラブチームの動きも活発化するだろう。

 

 

そして、青葉に保留の意志を告げられた東京ヴィクトリーのライバルチームでもあった存在が、彼のことを見つめていた。

 

 

前田芳樹。そのチームのGM補佐である。現役時代は一部昇格を成し遂げた立役者の一人で、現在は次期フロントとして期待をされている。そんな前田補佐は、スカウトから話を聞き、その足を運んでまで見た彼の雄姿を目の当たりにして、かなり刺激を受けたのだ。

 

 

「――――日本で、この若さで――――」

 

 

とうとうこの年代で世間を騒がせる存在が、日本サッカー界で現れるようになったのかと。

 

まだ15歳の少年に、その才能に、どれだけの可能性があるかわからない。どれだけ駆け上がっていくのかが分からない。

 

否、ほれ込んだ選手は大体、自分の想像をいつも超えてくるものだった。

 

――――達海とはタイプが違うが―――――

 

そのクラブの伝説的な存在を例えに出し、タイプが異なるとはいえ、一つのプレーで試合の流れを呼び込むその存在感は、彼に劣らず。

 

 

宮水青葉は高校サッカーで結果を早期に出し過ぎてしまった。選手権で栄冠を掴んでしまえば、もう彼がここにいる理由はなくなってしまう。

 

 

今ならまだ間に合う。まだプロは早いという空気が流れ始めている今ならば。

 

 

他のチームはユースへの加入を求めるだろう。体が出来ているとは言い難い若手をいきなりトップチームに出すことはしないだろう。

 

 

しかし、うちならば———————

 

 

 

――――笠野さんには、早まった真似をするなと言われそうだが、

 

元GMからは、そんなお叱りの言葉を貰うかもしれない。

 

 

――――今すぐにでも、プロで見てみたい選手なんですよ、彼は

 

 

 

そしてピッチ上。荒木を中心に歓喜の輪が出来上がっているのに対し、

 

 

「―――――――」

 

歓喜の輪に加わっているが、手放しで喜べなかった青葉。

 

 

――――うちの選手の方が、球際も強かったな。どちらが強豪か、わからないものだ。

 

 

後半に4点目を奪った辺りから、動きの質がガクンと落ちた。諦念の感情を想起させる相手の下を向いたプレー。

 

 

総体の会場となった味の素スタジアムを見渡す青葉。大観衆が見守る大舞台と言って過言ではない場所。

 

 

―――――まさか、的場に当たり負けするレギュラーがいるとはな。鍛え方が足りないと見える。

 

色々と努力している姿を知っている、小柄なドリブラー。彼はチーム内でもフィジカルの弱い方ではあったが、全国では中位に位置しているという訳の分からない状況だった。

 

—————蹴球なんて言う高校を作るわけだな。うちからリードを奪ったのは、鎌学だけというのも情けない話だ。

 

しかし、ろくなことを考えそうにないと感じた彼は、その微妙な感情をいったん忘れることにした。

 

 

 

「どうしたんだよ、青葉! 優勝したのにクールな面でよ!」

 

荒木は、浮かない顔をしているように見えた青葉に声をかける。

 

「そんな風に見えましたか?」

本心を言い当てられたのではないかと、青葉は内心ドキドキしながら平静を保つ。

 

「確かに、4点差がついた時点で心の準備は出来ていたがな。劇的展開での優勝というわけではなかった」

そこへ、織田のフォローが入る。優勝という文字がはっきり見えて、時間が来たらその時が来た。

 

彼も意外と落ち着いていた。

 

「3年間。走り続けて、最後にいい思いが出来た。お前のおかげだ、青葉」

 

そして、3年生組はそのほとんどが引退する総体。3年生を代表して沢村が青葉のもとへと駆け寄る。

 

「―――――俺は、強いはずのチームが、江ノ島が沈んでいたことが許せなかっただけです。これからもチームを引っ張りますよ」

 

 

「荒木先輩が」

 

 

「俺かよ!!」

 

 

嘘は言っていない。荒木はこれから先もチームを引っ張る選手として活躍するだろう。スタミナの問題からまだまだフィジカル的には足りないところもある。だが、ゆくゆくはプロの世界で会うことになるかもしれない。

 

 

――――先に、選手権優勝を手土産に―――――

 

 

 

――――俺は、プロになる。

 

 

はっきりと、そう感じた。もっと上のレベルで戦う。ただ、世代別代表に対して未熟な感情を出してしまった。

 

 

後で知ったことだ。ブラジルワールドカップでの惨敗で、なりふり構っていられなくなった協会は対応に追われている。

 

 

逢沢駆からいろいろな話を聞いた。そして青葉が考えていた以上に深刻な日本サッカーの未来を痛感してしまった。

 

少しでも多くの可能性を秘めた選手を選考しなければならない。それは従来の国内組と欧州海外組だけではない。

 

 

数多のステージで戦う、未来の日本代表を目指す選手を探しているということを。

 

 

 

きちんとした選考基準で選んだはずのチームが、ブラジルで無残に敗北した。今、協会は手探り状態だったのだ。

 

 

何をすれば勝てるのか。どんな陣形が日本人にはあっているのか。その正確な答えを日本人は知らない。

 

それを知る方法が定かではない。自分よりも長くサッカーに携わった者ですら、わからないのだ。

 

 

そして、言うべきことは言わなければならない。

 

 

江ノ島の誇るサイドアタッカーは、いい加減道を定めるべきだと自分に言い聞かせた。追い抜かれたとは思っていないが、急成長を遂げる伝説の弟が飛躍を遂げている。

 

なら、ガキ臭い考え方は出来る限り辞めよう。

 

 

 

 

「―――――――――青葉?」

 

 

観客席から見えた青葉の何かを決意した様子に、いぶかしむ颯。強化試合やリーグ戦で活躍している彼女は、とうとう江ノ島ベンチにはいられなくなっていた。

 

仕方なく観客席で観戦はしていたのだが、青葉の様子がおかしいことに気づいた。

 

「青葉君、つまんなさそうだったね。」

隣の群咲も、青葉が面白くなさそうな顔をしていたことに気づいていた。

 

 

「うん。ゴールの瞬間にもニコリともしなかったし――――あれは」

 

 

美島はその彼の心に宿ったものを薄々感じていた。

 

 

 

 

その夜、

 

 

「代表に入れさせてくれ、というわけではなさそうだが。どういう風の吹き回しだ?」

 

 

世代別代表の監督、桜井は駆経由で連絡を入れてきた青葉に対し、驚きの感情を抱いていた。

 

 

「まずは、自分の考えに固執し、代表を辞退したことについて、謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

 

あのプライドの高そうな青葉がいきなり謝ってきた。桜井は総体で何か変化があったことを察した。

 

 

「―――――いきなりどうした? 総体でいい思いをしたんじゃなかったのか?」

 

江ノ島は完全優勝を果たした。なのに、青葉は浮かない声色。だが、これはもうあからさまだ。

 

 

「―――――飢えを凌ぎたいんだろう、宮水」

 

 

高校サッカーで満足できなくなった。青葉が今訴えているのは、暗にそういったことなのだろう。

 

「―――――否定はしません」

 

その正直な物言いに、桜井は選手として伸び代があることを予感した。

 

――――本当に、こいつは別格だ。

 

ここまで貪欲に強くなりたいと思う向上心。強い存在を打ち負かしたいと思う激しい闘争心。

 

 

「だが、お前もわかっていると思うが、世代別代表のメンバーにお前を入れることはできない」

 

 

「はい」

 

もう戦術も固まってきている。だから、明日のアメリカとの親善試合に出すことはできない。

 

アジア選手権には間に合うかもしれない。しかし、今回は不可能。

 

 

それは無論、青葉もわかっていることだ。

 

 

「だが、明日の試合。観客席の場所から見てほしい。お前が今どの位置にいるのかもわかるはずだ」

 

 

「―――――はい。駆がどこまで世界とやり合えるのか。荒木さんと一緒に見させてもらいます」

 

 

「――――荒木は単純に怪我とフィジカルがな。技術は抜きんでているが、今のままでは使い物にならん。仮に万全でも、俺はあいつを選ぶつもりはなかった」

 

はっきりとモノを言う桜井。確かにDMFがカバーをしてようやく崩壊しなかった中盤の守備。そこに運動量のある駆と青葉がいてこその陣容。

 

荒木を使うならば、セカンドトップとして使うべきなのだ。

 

それが一番リスクのないやり方。つまり、桜井監督の眼には、荒木の運動量は不合格ということになる。

 

 

逢沢傑が死に、江ノ島高校で腐りかけていた時間。それがここに来て荒木の代表入りを阻んでいる。

 

成長期であの遠回りは、今後至る所で出てくるだろう。そしてその影響は、サッカー選手を引退するまでまとわりつくことになる。

 

 

「今の日本サッカーには、走れない選手は必要ない。その最低限が出来なければ、ファンタジスタであろうと世界では通用しない」

 

 

足が遅い選手も、常に動き続けることでポジショニングを取り、マークを外す工夫が出来ている。

 

パスの出し手であっても、それが出来なければ攻撃陣としては使えない。

 

 

ここから年代が上がるにつれ、そういった選手は自然と淘汰されていく。

 

 

「そしてお前はいつまで、サイドアタッカーという殻に籠る気だ」

 

 

サイドアタッカーで結果を残してきた。それが青葉の自負でもあった。しかし、桜井はその固定概念が青葉の成長を妨げていると考えていた。

 

 

「――――――」

 

 

「鎌学戦、そして総体でもお前は中央でプレーしても何の問題もない。むしろ、現代型の司令塔の雛型になれる」

 

 

 

「―――――サイドからではなく、ピッチの中心で、突風を吹かせて見せろ」

 

 

さらなるレベルへの誘い。桜井は、殻を破ってほしいという願いを込めて、青葉にサイドアタッカーからの脱却を言い放った。

 

 

 

翌日、青葉は神奈川の会場で行われる強化試合を観戦しに行く。隣には荒木、そして美島と群咲、小野寺と江ノ島でホットな話題を提供している面々も一緒だ。

 

 

「駆が先発!? すごい……」

 

「水を得た魚の様ね。しかも激戦区の二列目。左サイドのポジション」

 

 

 

 

 

1 GK 遠野 (四日市)

5 RSB 島  (八千草)

4 CB 原田 (大阪G)

6 CB 菊地原(鹿島W)

13 LSB 伊藤 (川崎F)

12 DMF守屋 (J千葉)

14 DMF山田 (湘南B)

7 RMF遠藤 (横浜M)

8 LMF逢沢 (江ノ島)

10 OFM世良 (鎌学)

9 CFW風巻 (蹴球)

 

初召集初先発の逢沢が左に入るが、既存のメンバー中心。

 

先発にはDMFの守屋、山田など、ユース組が半分以上を占めるメンバー。

 

高校組は風巻、世良、逢沢、遠野、島とベンチの日比野、佐伯と苦しい割合。やはり、ユース組は技術的にも、戦術的にもレベルが高く、高校組にとっては大きな壁となっている。

 

しかし攻撃陣は高校生組で大半が構成されており、光るものはあるようだ。なお、島が本職のセンターバックではないものの、器用さを買われて右サイドバックで先発している。

 

 

しかし、試合はその高校組を押しのけたユース組中心のメンバーが劣勢を強いられる展開に。

 

前半からハイプレスでボールを奪いに来るアメリカにパスをカットされ、開幕早々にピンチを迎える。

 

「ここで――――ぐわっ!」

 

島が何とか体を入れてボールを奪うも、次の選手からの強烈なタックルで、またもボールの持ち主が目まぐるしく変わる。

 

転々とするボールにありついたのはアメリカの選手。そのままクロスボールを蹴りこんできたのだ。中には3枚。日本も同等以上の人数が揃っていたが、

 

 

「うぉっ!」

高さでは同年代で負けなしだった大阪ガンナーズユースの原田が競り負けることに。体を入れられてフリーになったアメリカ選手の強烈なヘディングシュートを遠野がブロック。

 

決定機をいきなり作られた日本代表は横パスによる展開が多くなり、縦にスイッチを入れることが出来ない。

 

そんな中、左サイドでパスが来ず孤立している逢沢は、冷静に今の戦況を分析する。

 

―――――やっぱり思ったとおりだ。4-1-4-1に見せかけた、3-4-3

 

サイドバックはもはやウィングバックと化し、アンカーとCBで中央を守っている。

 

そして数的優位とフィジカルの強さにものを言わせるハイプレスで、日本は劣勢を打開することが出来ないのだ。

 

 

――――カギは、アンカーとCBの距離を開くこと。

 

中央で孤立している風巻と上手く連携を図る必要がある。定石通りにサイド突破を図れば、陣形を可変した際に数的有利を作られてしまう。

 

相手が交代枠を考えているなら、試合中盤でも恐らく死角はない。

 

 

何より問題なのは、ファーストディフェンダーとしてウィング二枚が日本の攻撃を停滞させていることだ。駆もボールに触る回数が少なく、打開しようにも手の施しようがない。

 

 

しかし、ゴールを奪いたい一心の逆サイド遠藤が中に絞る動きを繰り返しており、駆まで中を絞れば、前線の立て直しが出来ない。

 

 

駆も孤立するわけにはいかないし、ワイドにピッチを使う必要があるのだ。その為駆は低い位置からボールを受け取るケースが多い。

 

 

 

そして均衡が破れる。

 

 

 

 

世良へのマークが集中しており、CB菊地原からの縦パスをインターセプトしたアメリカ。そのまま一気にショートカウンターで中央を崩され――――――

 

 

「っ!?」

 

最後は遠野をあざ笑うかのような肩口の穴を通したシュートにより、日本が先制点を奪われる。

 

 

「くそっ!」

思わず天を仰ぎ、汚い言葉を出してしまう遠野。あの状況ではもはや、キーパーどうこうというわけではない。突破された時点で勝負はついていた。

 

しかし、日本はそれでも前に出ることが出来ず、ロングパスによる裏抜けが苦し紛れに出てきて、ボールをロスト。

 

我慢の時間帯が続く。

 

 

 

真ん中にいる世良も、遠藤が上がり過ぎているため、パスコースの出し手を見つけることが出来ない。

 

――――くそっ、点取ることしか能のない奴め。これでは打開も出来ない

 

簡単に奪われる右サイドへの信頼が薄く、中央もフィジカルで潰されている現状。逢沢はバランスを取りながら、やや低い位置。

 

 

「ちっ」

 

仕方ないので左サイドバックへパス。ボールを下げて、逢沢のプレーに期待する。

 

 

 

「――――――」

 

ワイドに位置を取っていたサイドバックと同じく、ワイドにポジショニングする逢沢。そのまま縦への抜けだしを狙う。が、アメリカの選手がそのパスコースを塞ぐ。

 

 

「―――――」

 

しかし、寄せられることを予期していた駆がプル・アウェイ。縦に行くと見せかけた動きから中への絞り。短い間だが、ここでパスコースが生まれる。

 

 

「頼む、逢沢!!」

 

LSBの伊藤が一本スイッチを入れる。パスコースを単独で作り、相手選手の背後からするすると抜け出した駆へと鋭いボールが飛んでいくのだ。

 

 

その瞬間、ある予感が会場の中で生まれた。

 

 

「―――――いい抜け出しだ」

青葉は、その動きだけでも、試合の流れが変わると確信した。

 

 

そしてその駆の中央へのドリブルを塞ぎにかかったアメリカ人選手に対し、

 

 

「――――っ」

 

ルーレットでひらりと躱し、外に開きながら縦への突破を決める。

 

「WHAT!!」

 

アメリカの選手はルーレットで体勢を崩されたものの、リカバリーが速くすぐに詰めてきたが―――――

 

 

今度は簡単な切り返しを駆に冷静に決められ、追いすがるために生み出した自らのスピードで転倒してしまう。無論ファウルではない。

 

中央で相手選手を剥がす動き。空いたバイタルエリアに世良が動き出している。

 

 

この瞬間、アメリカイレブンの眼はボールホルダーの駆と、世良に向けられている。駆のトリッキーなプレーと危険人物の世良の動き。

 

 

――――ここで馬鹿正直に出すなよ。

 

世良は駆が一工夫することを期待した。

 

 

駆はパスをする直前、前に向いていた視点を変える。

 

寄ってくる世良のほうに視線を向け、パスという選択を決めたかのような動き。ここで恐らくワンツー、誰もがそう感じた。

 

 

トンっ、

 

 

ワンパターンな、日本の攻めに対し、アメリカは守り方を決めていた。

 

 

それは、ディフェンスラインを高く保つことである。

 

この方法によって、アメリカ優位の試合を齎していた。だが、そのリスクを彼らはこの瞬間味わうことになった。

 

 

駆の浮き球のパス。フライスルーパスが中央にわたり――――

 

 

駆からのパスを待っていた風巻の裏抜けがさく裂。

 

 

キーパーとの一対一を冷静に決めた風巻がゴールネットを揺らしたのだ。

 

 

一瞬の出来事だった。一瞬でボールの位置が変わり、気づけば致命的なプレーを許してしまったアメリカイレブンは呆然としていた。

 

「ふん、それくらいできると僕は思っていたけどね」

 

なんでもなさそうに言う世良だが、その口元は緩んでいた。

 

「すげぇな、今の!! よくあんな場所を見つけたな!」

 

チームメートに駆け寄られる駆。手荒い祝福に苦笑い。

 

「えっと、荒木さんならこうするかなって。」

 

「それだけであれを決められたら、やべぇよ! それが出来りゃあ俺たちは苦労しねぇし!!」

 

「まさか俺の動き出しを見ていてくれたとは。世良もそうだが、ありがとう。ノープレッシャーで決められた」

そしてゴールを決めた風巻にも笑顔。この瞬間、駆はこの代表チームに認められたのだ。

 

 

――――でも、まだ同点。あと3点ほしい

 

 

 

観客席では、江ノ島メンバーも驚いていた。

 

 

「うおぉぉ!! 駆の奴、何だあのパス!!」

 

まるで荒木を彷彿とさせる魔法のようなパス。いつも受け手だった駆が見事なスルーパスを決め、アシストを記録。荒木本人も驚いていた。

 

 

「凄い。今のはすべての選手の動きを見切らないと、中々成功しないわ」

小野寺も、今のパスを決めた駆の観察眼に舌を巻く。彼はずっとルックアップで周囲を確認し続けていた。劣勢の中でも、風巻が潰されている相手守備の習性を見切り、有効的な攻め方を考えていた。

 

 

「凄い。あんな場所を思いつくなんて。駆はやっぱりすごい」

セブンに至ってはそのプレーだけで感動しているようだった。

 

 

 

――――なるほど、駆の守備の穴を見つける観察眼は、ここでも活かされるのか

 

青葉は、その攻撃のセンスは得難いスキルだと感じた。

 

 

 

 

風穴を開けるかのような駆のアシスト。前半の動きが変わってくる。逆にディフェンスラインをさらに上げることが出来た日本が逆襲。

 

 

世良と駆の崩しにより、日本の攻撃が活性化。引っ張られるように左SBの伊藤の動きがよくなり、左サイドでのディフェンダーの攻撃参加が活発化する。

 

 

―――――だってこれは、青葉が僕の目の前で実践してきたことだから。

 

 

眼で見たことなら、必ずやれる。そのタイミングさえつかめば、そのプレーは成立するのだと、駆は自信を持ってプレーしていた。

 

 

「っ!?」

切り返しを警戒していたアメリカ選手の股を抜くドリブル。左足のヒールでボールコントロールし、またしても相手選手を一人剥がす駆。

 

そしてボールを持っていない駆に接触してしまい、駆は怪我をしない程度に倒れこむ。

 

 

ここで笛。ファウルを犯した選手にはイエローカードが提示される。駆のトリッキーな動きにより、アメリカのディフェンスが日本側からは左に偏り始める。

 

 

 

「うむ、これで縦パスを入れられるな」

監督の桜井は、ピッチでとにかく駆と世良にボールを集めろと指示をしていた。彼らの技術的な高さにより、日本は感銘的なアシストに立ち会い、流れを掴んだ。

 

 

ジェムユナイテッド千葉の守屋の縦パスが、マークを外す動きから抜け出しに成功した世良に通る。

 

 

そして駆はいつでもフォローにはいれる位置に動き、周囲のアメリカ選手に牽制を入れる。

 

ロングパスか、それともドリブルか。

 

 

世良はほぼプレスのない状態でシンプルな答えに行きついた。

 

 

「っ!?」

 

少し前に出ていたキーパーをあざ笑う、カーブの利いたロングシュート。キーパーの指先の上を通り過ぎ、その軌道はゴールネットに吸い込まれていった。

 

 

「勝ち越し!!! 世良も世良でいいキックじゃん!!」

勝ち越しゴールを決めた世良に駆け寄るのは、DMFの山田と守屋。特に守屋はこれが勝ち越しアシストになるので、少しご満悦である。

 

「やはり、あの逢沢傑とレギュラー争いをした選手は違うな。駆君といい、君といい、高校サッカーも侮れないな」

守屋は、この劣勢の流れを変えた世良と逢沢のプレーに感銘を受けていた。

 

「俺は逢沢君に比べて下手糞だからね。小細工をしないと土俵に立てないんですよ」

不敵な笑みで、そう説明する世良。

 

ここからはもう日本の攻勢が止まらない。前半で試合の流れをひっくり返した日本は前半39分に同点アシストを決めた駆が個人技を見せる。

 

 

―――――横一人、前に二人。まだドリブルで仕掛けられるッ!

 

前方には風巻と遠藤、横には世良がサポートに寄ってきている。

 

逢沢は並走する世良へのパスを選択する。

 

「――――――!!」

しかし、ここでアメリカの選手がそのパスコースを遮断。パスのモーションに入っていた駆は、これを止めることが出来ない。

 

なぜなら、背後からもう一人の選手が詰めてきている。動きを止めれば囲まれてボールロストかバックパスになる展開。

 

―――――青葉さんなら……ッ

 

 

ここで、切り返し。クライフターンで何のためらいもなく抜き去るだろう。それをすればいい。それと似た動きをすればいい。

 

 

ボールプッシュからのバックで、ボールを引き戻し、止まるという選択をした駆。

 

アメリカの選手にはそう見えた。

 

だが―――――

 

「「!?」」

 

止まったと思われていた駆はいつの間にか前をぶち抜いていた。横と後ろからのタックルを物ともせず、鮮やかに打開した駆。

 

―――――何が起きた、このジャパニーズボーイは何をした!?

 

パスコースを塞ぎながら駆を潰しに迫っていた選手は、ドリブルコースになるであろう世良とは逆側のスペースをケアしていた。

 

背後の選手は、その動きの止まった駆を刈り取るべく近づいたのだ。

 

―――――本当に、咄嗟のドリブルでそこまでやるか、駆君は

 

世良には駆のやったことを理解出来た。

 

世良への横パスを右足でしようとしたところをキャンセルし、その瞬間に左足でプッシュし、止まったかのように見せたのだ。

 

そこからはもう、崩されたディフェンスラインを蹂躙するだけだった。

 

――――いけるっ、この距離ならッ

 

強烈な左足でコースに狙いを定める駆。何としても代表戦で得点を奪いたい。その気持ちが強くなる。

 

 

力強く振り抜いた左足は、ボールの芯にまで食い込んでいた。いつもとは違うキックの感触に、駆は焦りを覚えた。

 

――――しまっ、

 

 

とんでもないコースに飛んでしまうと思われていたシュートだが、狙ったコースより内側に甘く入り込んでしまった。

 

 

キーパーは目視でその軌道を読み、駆のシュートをブロックする態勢になっていた。

 

 

だが――――――――

 

 

「っ!?」

 

 

しかし、楽々セーブできると思われていたシュートが変化した。ほぼ無回転のボールは空気抵抗に遭い、不規則な変化を繰り出す。

 

 

キーパーはその軌道の目測を誤り―――――――

 

 

そのシュートの軌道によって、キーパーは体勢を崩してしまう。しかもそれは、膝から腰砕けになる情けない崩され方で、ボールの行方をただ見るだけのものだ。

 

 

駆自身、体感したことのないシュートの感触と、その結果に驚いていた。

 

 

「―――――今のは――――?」

 

 

駆の眼にもはっきり見えた。あの感触のシュートで不規則な変化をつけることが出来たという事実を感じ、駆は考えた。

 

 

―――――今のが、無回転シュート?

 

 

「凄いシュートだったな、逢沢!!」

遠藤は、ふがいない自分のプレーよりも、チームの勝利につながるプレーに喜びを感じていた。

 

――――焦っていたな、俺も。もっとバランスも考えないとな

 

 

「ああ。今のシュートもコースえぐいな」

そして、風巻もそのシュートを間近で見ていたひとりであり、駆の才能がどんどん伸びていることに驚きを隠せない。

 

 

中押し点となる貴重な追加点を奪った逢沢に称賛と、手荒い祝福が待っていた。特に、ユース組からはますます信頼を置かれているのか、笑顔が弾けている。

 

 

それを遠目から見ていた青葉たちは、

 

「―――――大舞台で委縮するどころか、どんどん伸びているな。」

駆の気質を考えると、特に驚きはない。気弱に見える彼だが、それは生来の優しい性格が起因している。

 

本当の彼は貪欲で、好奇心が強く、向上心に溢れている。それが分かるのだ。

 

「――――――駆のヤロウ、ここまで伸びるなんてなぁ」

荒木は、二列目の選手としての資質と、ストライカーの動きの両方が出来る彼の成長ぶりに驚きを隠せない。

 

「えぇ、特にあのシュートは駆君の飛躍を助けるかもしれないわ」

小野寺的にも、あのシュートは凄いことになると考えていた。今後彼を飛躍させる代名詞の一つになると。

 

 

前半が終了し、世良と駆は合格とみなされたのか、ハーフタイムで交代。残る後半も堅実なボール運びを見せた日本が追加点を挙げ、結局5対1でアメリカに完勝。

 

黄金世代が注目されていた中、活躍したのはその黄金世代の中心にいた逢沢傑の弟、逢沢駆。

 

『強化試合で新星現る! 1G1Aの逢沢駆が躍動!』

 

『さぁ、リオ五輪へ!! 伝説は死なず!! 逢沢駆のワンマンショー!』

 

『1G1A!! 若武者ジャパンのエースへ!! 逢沢駆の満点回答!!』

 

サッカー熱がブラジルワールドカップの惨敗により後退しつつある中、新たなスター、広告塔を求めていたサッカー界。

 

代表の主要人物たちも本選で結果を残せず、花森以外はまるで通用しなかったとさえ言われた本大会。四大リーグで強豪クラブに所属していた選手は本番での勝負弱さを露呈し、新しい人材の発掘を行っている最中。中には代表引退を宣言する選手もいた。

 

そんな中、4年後に迫るこの時期に、逢沢駆と宮水青葉という新たな顔となる存在が現れた。塩対応の青葉はともかく、実直そうな駆を金の成る木と見立て、殺到する記者が増えていくことになる。

 

逢沢駆が求めていた、サッカーに集中できる環境が少しずつ、変化していく。

 



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選手権に向けて
第二十四話 見えない壁


gw10連休・・・・・

しかし、休み明けの仕事が死ねる・・・・・

ちょっと顔を出していいかな・・・職場に




U-16日本代表の強化試合が終わり、それぞれの所属チームに戻る選手たち。

 

やはり、ユース組の実力が目立つ結果とはなったが、その輝きを上回る存在が現れた。

 

 

逢沢駆という選手だ。彼は、彗星の如く高校サッカーで頭角を現したかと思えば、県予選で獅子奮迅の大活躍。

 

世代最速のサイドアタッカー、宮水青葉と両翼を担う神奈川屈指の選手。

 

 

「———————」

 

しかし、高校に戻ればバカ真面目な学生にすぎない駆。淡々と授業を受ける姿も最近様になっているような気がする。

 

日常では愛くるしい笑顔を見せるのに、サッカーをしているときはどこまでも冷静なプレーをしていると思えば、トリッキーな崩し方を演出する。

 

「——————なんだか、噂や評価が独り歩きしていると思うんだ」

困った笑みを浮かべる駆。昼休みは人込みを避けて、屋上で美島と食べるのが日課になりつつあった。

 

「うーん。駆の自己評価の低さは今に始まったことではないんだけど————でも、駆らしいと言えば駆らしいのかも」

奈々としては、選手として彼が成長するのは嬉しいのだが、黄色い視線が集中するようになるのは少し複雑な心境だった。

 

尤も、互いに想いを伝えあっているので、そうした不安は杞憂なのだが。

 

「僕は、セブンに認められるような選手になれたことが嬉しいし、もっと上手くなれる予感がするのが楽しいんだ。僕はまだまだ上に行ける。そう思うと、力が湧いてくる」

 

「駆————」

 

優しくて、気配りが出来て、真面目な彼の違い一面。草食系男子の皮を被ったロールキャベツ系男子の彼に、奈々はなんだか気恥かしかった。

 

 

一方、教室では

 

 

「ああ、今頃駆は美島さんと昼食かぁ、羨ましいぞ、駆~~!」

中塚がリア充に対して呪詛の念を放つが、どうしようもない。彼らはどうしようもなくお似合いの二人だからだ。

 

「まあまあ。二人がああなるのは時間の問題だったしね」

 

「確かに、本当にお似合いだ。」

的場と高瀬も同意する。というより、見ていてほほえましいのだ。

 

「————というか、幼馴染なら青葉と颯ちゃんのほうも進展在りそうだけどな」

 

横で先ほど発表された宿題をせっせと処理している青葉に声をかける高瀬。

 

「小野寺は、俺にとっての師匠であり、ライバルだよ。俺が繰り出すフェイントの全ては、彼女との勝負で覚えていったものだから。」

純粋にサッカー選手として彼女を評価している青葉。彼に問って彼女はサッカー黎明期からの恩師であり、ライバルなのだ。

 

「色気のいの字すらないのか。本当につまんないなぁ」

中塚の愚痴に苦笑いする青葉。

 

「そりゃあ、確かに可愛いけど、そういう目で見たことはないよ。なでしこの将来を背負っているし、今はやりたいことをやっているほうがいい。それに、お互い活躍しているといい刺激になるからね」

 

そう言って、青葉はスペイン語の教本を読み続ける。語学勉強をしている青葉だが、ついこの間はドイツ語の本を読んでいたはずだ。

 

「—————海外リーグの準備たぁ、やるな、青葉」

荒木は俺には無理だぜ、と苦笑いをしている。サッカー言語だけで可能ではあるし、通訳がいれば何とかなるのではないかと。

 

「しかし、自分でしゃべっていかないと話にはいれない。俺はそう言うのが嫌なんだよ」

 

英語、ドイツ語、スペイン語。なぜイタリアの言葉は勉強しないのかと聞くと、

 

「まあ、流行りだよね。レベルの高いリーグだと俺が思う場所はこの三カ国。特にプレミアで結果を出せば、日本にも俺にも利益がある」

 

プレミアで通用する最初のアタッカーになることを夢見るのだと。あの人が出来なかったことを。

 

————そう言えば、あの人は今、何をしているのだろう

 

デビュー戦で負傷し、そのまま引退に追い込まれたあの人は今、どこで何をしているのだろうかと。何かをして見せる、わくわくさせる何かを持っている彼は、サッカーを取り上げられて、何を生きがいに日々を過ごしているのだろうか。

 

 

青葉の抱いた考えは、結局最後までたどり着かず、その日のうちに霧散するのだった。

 

 

 

 

 

そして総体終了後、再開された都道府県リーグ。関東の強豪と言われた神奈川高校との招待試合に先発出場を果たした青葉は、試合その物を破壊しかねないプレーを見せつけた。

 

3年生が引退し、工藤、沢村らが抜けたとはいえ、下級生中心だったチーム編成の為、そこまでの影響がない江ノ島は、4-2-2-2を採用。

 

さらに、三上がフィジカルを活かしてセンターバックへコンバート。足元の技術を基盤に、ビルドアップを担うことに。

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 桜井

CB  4番 海王寺

CB  5番 三上

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF12番 堀川

LMF 7番 逢沢

RMF 8番 宮水

FW 13番 火野

FW  9番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)16番藤原、19番林葉、(DF)15番 園田、14番錦織、17番藤田、10番 荒木(MF)、11番 兵藤、18番 的場、(FW)、20番 夏目

 

 

試合開始直後、青葉の突破からチャンスが生まれる。

 

江ノ島のショートカウンターが起点となった。攻め込んだ相手は、右からの強烈な存在感を避ける形で左へと攻撃が集中していたが、

 

「あっ!」

 

中に絞ろうとした神奈川の選手が、織田のチェックの後に、背後からボールを刈り取る堀川の動きを視認できなかったのだ。

 

 

ボールハンターとしての能力に長けている堀川を中盤にコンバートした岩城は、パスセンスの光る荒木を先発する際のリスクを考えていた。

 

荒木の攻撃センスは確かにすごい。しかし、この布陣では守備力が心配になる。織田も運動量があるが、フォローできるほど動けるかというと、それはそれで難しい。

 

————だからこそ、必要だったのです。中盤の狩人が

 

パスコースを冷静に見切り、狩り所を見つけるのが上手い堀川にとって、中盤はハマった。センターバックという抜かれた瞬間に失点に直結しかねない場所から、一列上げることで、制約が減ったのだ。

 

俄然自由を取り戻した彼の動きはよくなり、江ノ島の武器の一つであるショートカウンターを加速する要因となる。

 

 

「堀川先輩!!」

 

「うしし!! 受け取れ!」

 

嬉しそうにしているのは、右サイドの逢沢。堀川の、奪ってからすぐの縦パスに反応していた彼が動き出す。しかも、逢沢の動きを見ていたかのような裏抜けのロングフィード。

 

「よし、あがれ!!」

 

中盤の底を堀川に任せ、3列目から二列目付近に飛び出す織田。前線のスペースを消さないよう、マイナス気味の位置を維持しながら、逢沢をサポートできる位置に走りこむ。

 

そしてその逢沢のクロスボールを待ち構えるべく、火野が空いて最終ラインからの抜けだしを意図する。

 

————来い、駆!

 

 

 

しかし、相手もバカではない。火野の抜けだしを警戒し、ギリギリの駆け引きを行っている。

 

「13番チェック! 抜け出し許すな!」

 

「9番にも一人付け!!」

 

クロスボールへのターゲットにしては、大きすぎるポイントマンが二人。それだけで相手の脅威になり得る。

 

————見えたッ

 

火野の抜けだしにより、スペースが一瞬空く。そこへ入れ替わるように入り込んだボックスストライカーの動きをする高瀬。

 

駆は迷わず、高瀬へのロングボールを選択する。高い弾道のクロスボール。高瀬専用に、彼にしか与えないクロスボール。

 

「っ!!」

 

相手からのプレスに対し、動じない高瀬。フィジカルが、天性の体の強さと、バスケットで鍛えた俊敏性。

 

それは、CFWとして申し分のない資質である。

 

簡単にポストプレーを行い、ボールを2秒間相手のバイタルエリアで保持する高瀬。

 

————このままっ

 

胸トラップからのボレーシュートを考えていたが、シュートコースは塞がれている。しかも振り向きざまのシュートはまだ精度が悪い。

 

 

シュートフェイントからのヒールバックパス。高瀬が選択したのは、アシストだ。

 

 

「いい落としだ、高瀬っ!!」

 

待ち構えていたのは、二列目に飛び出してきた織田。高瀬からのハーフボレーヒールパスを待っていたかのように、最高のポジショニングを実現する。

 

 

後はもう、押し込むだけだ。

 

 

ダイレクトボレーシュートがさく裂。キーパーは味方選手がブラインドとなり、反応が遅れてしまう。そして—————

 

「うおっ!?」

 

飛び込むものの、シュートには触ることが出来ず、先制を許してしまう神奈川。その様子をベンチで見ていた神奈川の監督は唖然とする。

 

「わずか2分足らずで、うちが失点だと?」

 

 

堀川からのプレスでボールを奪い、織田のミドルシュートまでの時間。それは、あっという間の出来事だった。

 

 

縦に早いサッカー、速攻と呼ばれるスタイル。日本が苦手としてきた攻撃を、江ノ島は体現して見せたのだ。

 

————あんなCFW。どうして今まで見つからなかった

 

両翼の逢沢と宮水だけではない。ボールハンターと化した堀川、ロングフィードと攻撃センスを誇る織田に加え、前線で圧倒的な存在感を放つCFWの存在。

 

 

江ノ島の大巨人。日本人離れした身体能力を誇り、空中戦では負け知らず。総体よりもかなり器用さを身につけ始め、いよいよ手が付けられなくなってきた。

 

 

尚も攻撃の手を緩めない江ノ島は、前からのプレスで織田がボールをカット。

 

「青葉ッ!」

 

織田が刈り取る瞬間を見ていた青葉がすでに動き出し始めていた。一気にサイドを駆け上がり、織田からの無茶なロングフィードが簡単に通るというおかしな現象を実演し、神奈川のディフェンスラインを突破。

 

ロングパス一本でゴール前に爆走するという離れ業により、神奈川は戻ることを強いられる。

 

 

————中だけは、絶対に————

 

ゴール前付近で何とか青葉に追いついたセンターバック二人が、青葉を止めにかかる。

 

彼は縦に行くのか、それとも中にカットインするのか。

 

 

ボディフェイント。青葉が繰り出すのは、簡単なフェイント。そして縦に行くと見せかけた偽りの動きであることは分かった。

 

しかし、相手が縦をあまりケアしていなかったことが青葉には簡単にバレてしまい、青葉は尚も突進する。進行方向は縦。

 

相手に思考させる時間を与えない。青葉の先手を打つドリブルにセンターバックはさらに下がることを強いられる。

 

これにはキーパーも警戒を強める。

 

————どこだ、肩口か、それとも上か?

 

狙う場所は限られている。シュートコースは限定され、止められると確信できる。

 

 

 

だがこれは何だ?

 

その10秒後にシュートコースを見つけたと思われる彼に、ゴールネットを揺らされてしまったのは、どういうことだ。

 

「なっ? ばか、な—————」

 

「二人、いたんだぞ。なのに————」

 

形は悪いが、二人いたのだ。なのに———————

 

 

青葉はここで縦に切り込んだ直後にダブルタッチを選択。縦に切り込んだ彼を視認していた二人は、あまりのフェイントの鋭さに一瞬彼を見失う。

 

だが、縦からの横を警戒していた二人はすぐにブロックを作り、シュートコースを塞いだ。

 

そして、青葉もブロックを作られた瞬間に止まる。その鋭さを捨て、相手に自分を視認させたのだ。

 

中へのカットインを防ぎ、後は刈り取るだけだったセンターバックの油断を、彼は見逃さなかったのだ。

 

なんてことはない。ニアサイドのセンターバックが切り返しを警戒し、ファーサイドのセンターバックは穴を塞ぐようにニアに少し寄る。

 

その動きを見ていたキーパーは、手薄になったファーサイドをケアする。

 

 

完璧な布陣だった。しかし、全ての時間で完ぺきではなかった。

 

 

ダブルタッチからの真横へのボールプッシュ、からのバック、そして横への逆エラシコ。

 

逆エラシコの発動タイミングで、センターバックの間位にわずかな穴が見つかったのだ。そして、それを見逃すほど愚鈍ではない青葉は、一瞬だけ無防備と化したニアサイドに正確なグランダーのシュートを流し込めばいいだけだったのだ。

 

完璧な布陣を真正面からたたき壊す、理不尽な攻撃センスと、それに基づく攻め方。

 

神奈川の選手は悟る。

 

—————宮水青葉は止められない。

 

 

ここからはもう、前半は一方的な蹂躙だった。相手はディフェンスラインを上げることも出来ず、織田、高瀬、青葉にミドルシュートをつるべ打ちされ、こぼれ球に詰めていた火野が押し込んで3点目。

 

速攻も、遅攻も自在に選択可能。江ノ島の統率の取れた攻撃に為す術のない神奈川は、前半で4点のビハインドを背負うことになる。

 

 

「—————交代ですか。わかりました」

 

「僕もですか?」

共に1ゴールずつ奪った両翼が前半だけでベンチに下がることに。青葉からのクロスボールに合わせた駆の得点パターンが今日もハマり、終了間際に得点したのだ。

 

さらには、

 

「俺もですか。まだまだスタミナはありますよ」

1ゴール1アシストの高瀬も後半途中に交代し、20番の夏目が入ることに。夏目は脚力を持った裏抜けが得意な選手だ。スーパーサブとしての起用がこれから増えていくだろうとのことだ。

 

 

結局、夏目の対外試合初ゴール、今日2点目となる織田のゴール、的場のアシストに合わせた火野の2点目も重なり、江ノ島高校が今日も力を見せつけた。

 

サッカーのスコアではない。7対1は普通に有り得ないだろうと、神奈川の面々は語る。

 

「つ、強いですねぇ。総体チャンプはさすがですね」

 

悔しさをあらわにするが、招待してくれた江ノ島に無礼なことはできない。ショックを受けている選手はいるが、意外とおとなしかった。

 

神奈川の監督は、江ノ島の強さをこう分析する。

 

—————サッカーIQが高すぎる。そして、恵まれたフィジカルとゴールまでを逆算できる回転の速さ

 

どれもこれもうちにはないものだと、苦笑せざるを得ない。

 

 

続くリーグ戦でも関東の強豪チームが江ノ島のホームにやってきたが、逢沢と青葉、高瀬という攻撃の要をあえて外した布陣でも惨敗を喫してしまう。

 

4-2-3-1のトップ下に荒木、ワントップは火野、右サイド的場、左サイド兵藤という布陣でも、後半のスーパーサブの夏目が威力を発揮。前半のうちに2得点。

 

劇的に変わったのは、中盤の強度だ。堀川がボールハンターとして中盤で敵の攻撃を潰すので、ボール支配率が自然と高くなり、チャンスが増えていく。そして攻守両面でバランスのいい織田が上手く手綱を握り、前線の選手を動かす役目になっていた。

 

結局、群馬の強豪チームも攻略法を見いだせず、4対0で江ノ島に屈した。オンリーワンのタレントがいるだけではない。

 

走る、周りを見る、スペースを見つける。基礎的な動きがしみ込んでいる江ノ島サッカーは、攻撃と守備の強度が違うのだ。

 

しっかりと状況を確認するからこそ、正確性が上がる。動き続けることで、スペースに巡り合う確率も高くなる。すなわち、プレッシャーの少ない場所を見つける意思が植え付けられる。

 

後は、その確実性をバックに動くだけ。強度を増したプレーは中途半端なプレーでは止められない。

 

基礎練習、体力づくり、体づくり。如何に走れる体を作れるか。当たり負けしない、空中戦に強いというのは二の次だ。

 

全ては走ること。走り抜く力を身につけることだ。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ。これが連戦だとマジでやばいって」

しかし、荒木はいまだに息が荒い。体力は全盛期を超えてきたが、まだまだ基準値には程遠い。

 

「情けないな。連戦ではないだけましだろうに」

織田が涼しい顔で荒木にスポーツドリンクを手渡す。横には涼しい顔の堀川もいた。

 

「どうしてお前らは平気なんだよ。」

 

特に堀川はボールを狩りまくっていたのだ。

 

「うしし。計算して動いたら節約できるもんね」

コツが必要なのさ、と不敵に笑う堀川。

 

 

総体優勝に続き、選手権制覇を目指す江ノ島に隙は見えなかった。

 

岩城監督が目指す走るサッカー。現代サッカーは体力がなければ務まらない。

 

「下手糞でもいいんです。ゴールをどうすれば奪えるのか、前線だけではないです。守備陣もどうすれば攻撃陣が攻めやすくなれるかを考えてほしいのです」

 

「どうすれば失点は防げるのか。攻撃陣は常にファーストディフェンダーの意識を持ってください。嵌めればショートカウンター。高い位置なら攻撃の強度が増します。」

 

彼の要求は高い。しかし、逆算したプレーでのミスは叱責しない。なぜ間違えたのか、どうすればよかったのか。

 

彼は、気の抜いたプレー以外は決して怒らない。そして今の選手はそれを理解していた。チャレンジした結果の失敗なら、彼は咎めない。しっかりとした考えを持っているなら、コミュニケーションを取るべきなのだ。

 

 

「ボールに触っていくと、自然と上手くなります。泥臭くてもいいじゃないですか」

 

走るべき時に走る選手は、好きですよ、と。

 

爆発的な勢いを増す江ノ島高校。今、日本のアマチュアサッカーが彼らに注目している。

 

それは惨敗で下降気味だった日本にとっての光明。進むべき道を指し示したかのような希望の光。

 

————燻っていたものが、消えてしまいましたね

 

ボールを追いかける選手たちを見て、岩城は笑う。今日の快勝の後でも、ミーティングで課題を出し合う姿は、とても頼もしい。

 

————もっとサッカーをしたかった。選手として、私はそうしたかったかもしれません

 

だから未練がましく大学サッカーにしがみついた。今も体を鍛えていた。どれほど確率の小さいチャンスでも、必ず来ると信じて。

 

————私は、その夢を継ぐ選手を、育てていきたい

 

しかし今、自分の夢を託せる選手が出てきた。こんなにもたくさん出てきてくれた。

 

総体でベンチ外だった堀川が特にそうだ。彼はどうすれば試合に出られるのかを考え、中盤というポジションで勝負に出た。結果は御覧の通りだ。今ではチーム一のハンターと化している。彼のボール奪取能力は、高校サッカーでは突き抜けている。CBという枷を外され、中盤を走り回るハンターだ。

 

 

そして、高瀬はまるで原石だ。どんどん磨かれていく。どんなストライカーになるのかと、ある意味一番期待をしている。

 

そして、荒木すら上回る攻守の存在感を誇る織田。彼は江ノ島の心臓と言っていい。スペースに走りこむ両翼がいるからこそ、彼のロングフィードは活きる。

 

 

他にもたくさんの選手が成長を続けている。3年生たちが引退し、少し不安を覚えていた岩城だったが、杞憂に終わりそうだと思った。

 

油断はしない。しかし、彼らは強いと断ずることが出来る。

 

 

彗星のごとく現れた無敵艦隊は、選手権でどんな偉業を見せるのか。

 

 

しかし、青葉にはスターダムを駆け上がる上での試練が待ち構えていた。

 

 

練習終了後から、本校の生徒以外の学生の姿や、ギャラリーも増え、練習中に意味のない奇声を上げるファンが増えている気がしてならない青葉。

 

「——————俺、奥に下がったほうがいいですか?」

 

「そうですね。私は貴方を奥に引っ込めて、練習時間が限られることは嫌ですが、周りの環境がこれではね。すみません、青葉君」

 

岩城監督に志願してトレーニングルームに引っ込むことを意見する青葉。大したイベントもないのに地元以外ではない報道局。根も葉もない入団のうわさ、有名クラブのユースへの推薦の噂等、江ノ島の練習環境に影響を与えかねない事態に陥っていた。

 

 

「青葉君を見せてよ~~!!」

 

「ずっと待っているんだよ!」

 

「応援しているぞ~~!」

 

「うちのチームを救ってくれ~~!!」

 

明らかに他県からの追っかけと言える面々。彼の表面上の活躍しか見えていないし、そもそも彼の素顔に迫るのも難しいのだが。それでも彼らはあきらめが悪く、江ノ島の練習場所の周囲に出現し続ける。

 

「出てきてくれ、選手権に向けて今後の一言を!」

 

「最近噂のドイツ一部リーグからの入団の経緯は!?」

 

「高卒後に海外挑戦の経緯を詳しく!!」

 

「バイエルンからの練習参加は本当ですか!?」

 

「バルサからのスカウトが江ノ島を訪れた事実は!?」

 

 

そして無数のフラッシュライト。練習を切り上げ、この場を離れようとする青葉に対し、憶測の記事を鵜呑みにした記者からの質問が飛び交う。

 

 

 

「————だ、だめだ。俺たちは帰るぞ。この雰囲気はやばい」

 

「くっ、地元の横浜を救ってくれ。宮水選手」

 

「それは湘南も思いは一緒だが————これはやばい。俺らも帰るぞ」

 

中には、悲壮な決意で、贔屓のチームの力になってほしいと懇願する者もいた。しかし、彼らは過熱する雰囲気に恐怖し、早々に逃げ去っていく。これは過熱するスタジアムで悪い方向に向かう空気だ。

 

尋常ではない空気が流れる中、青葉は彼らに視線を合わせず、奥へと姿を消す。

 

 

二枚目で、近年起きた彗星落着騒動で地元を失った過去を持つ、日本屈指のサイドアタッカーにしてドリブラー。そのドラマティックなエピソードと、多くを語らないミステリアスな雰囲気が、人気の火に油を注いでいた。

 

 

そして、彼らに対して無視を決め込む青葉を尻目に、駆は一言くらい声をかけるべきなのだろうと安易に考えてしまった。

 

—————みんなの練習の邪魔になるし、何かしないと

 

 

金網フェンスに近づいた時だった。網の穴から腕を掴まれたのだ。あまりの力強さに、思わず悲鳴を上げる駆。

 

「いたた、いたいっ!?」

何とか腕を振り払おうとする駆だが、複数の手が伸び、身動きが取れない。それどころか、さらに腕の数が増えてきていることに、恐怖を露にする。

 

「可愛い~~!!」

 

「女の子みたい!」

 

周囲で写真のシャッターが切られる音がしたが、駆はそれどころではない。必死な表情で腕を振りほどく健気な姿を見せてしまい、過激な方々の心に火をつける。

 

「や、やめて!! やめてよ!!」

 

駆が危険な目に遭っているのをトレーニングルームの窓から目撃した青葉は、彼よりも早く行動に移る岩城監督と近藤顧問が見えた。

 

「何をしている!! 早く手をはなしなさい!!」

 

「駆君!? 早くそこから離れて!!」

 

「か、監督!! 近藤先生!!」

救いの手がやってきたことに安堵する駆。しかし、腕には強く握られたせいで痣が生まれていた。

 

————な、なんで!? 兄ちゃんの時はこんなこと、一度も————

 

兄は自分よりも人気のある選手だった。しかし、目の前で起きているようなことは起きなかった。

 

混乱する駆の前に現れたのは、中塚と的場。そして、新主将の織田。

 

「大丈夫か逢沢!? 早くこっちに!!」

 

「駆!? おいおい、あざが出来てるじゃねぇか!!」

 

「駆君!? ダメだよ、あそこに近づいちゃ!!」

 

心配されることで、ようやく自分が安全地帯に逃げ込めたことで震えが止まった駆。そこへ

 

 

 

「暴力行為なら警察呼ぶぞ、クズども!!!」

 

眼に明らかな怒りをため込んでいる青葉の姿があった。そして彼の罵倒は続く。

 

「こんなイベントのない日に湧いて出てくるな。二度とその面を見たくない。どうした、速く散れよ。本当に警察呼ぶぞ、ゴラァ?」

 

カメラを片手にスマートフォンの画面に入力する面々に視線を移す青葉。

 

「後、憶測で記事を書く蛆虫ども! 興味ないんだよ、お前らなんかに。別に、俺はアンタらの為にボール蹴ってるわけじゃないんだよ」

 

再度警察を呼ぶという脅しをかけ、「もう二度と来るな」と声を荒げる。あたりが閑散とする中、岩城監督と近藤顧問に許可を取ってこの日に訪問している世代別の日本代表スタッフは、青葉と駆を見て、酷く同情的な視線を送る。

 

「しかし、災難だったね、逢沢君。後が残らないよう、後で治療を受けるべきだ」

 

「え、ええ。こんなことでケガをするかもしれないことが、こんなにも怖いなんて」

思い出したのか、震えがぶり返す駆。そっと織田が「大丈夫だ」と声をかけるが、やはりあの恐怖はなかなか忘れることが出来ない。

 

「その通りだ。逢沢君には伸びてくれないと困るし、こんなことでケガをされてほしくもない。今後はああいうミーハーには注意するんだ」

 

駆に対して注意事項を伝えるスタッフ。ある意味駆は兄以上の人気を既に持っている。青葉に負けないドラマティックなエピソード満載な彼は、ゴシップにおもちゃには最適ともいえる。

 

「後、宮水君。君の一喝でこの場は事なきを得たが、その後は言い過ぎだ。どんなことを書かれるか、分かったものではない」

 

期待の若手は、凶暴な一面がある。長らく世代別から遠ざかっている理由を、都合のいい言葉で偽られるかもしれない。

 

そして、塩対応の青葉は、ミーハーな記者、報道局にはひどく嫌われているという事実が気がかりなのだ。

 

「三流ゴシップやミーハーな記者の言葉なんて、何一つ響かないんで。それを信じた馬鹿どももね。心配しなくても、俺は代表に入る努力を怠りませんよ。あんな奴らに潰されるのは、俺のプライドが許さない」

怖いもの知らずな言葉を吐く青葉。言葉は荒いが、先ほどの殺意に満ちた雰囲気はなく、親しい者に離す態度に切り替わっていた。

 

「君は報道の力というものに気を付けたほうがいい。あれは災害レベルだ。個人の力でどうにかできるものではない。一度火が付けば、火消しも大変になる」

 

あのうさん臭い奴らだけではなく、にわかだって湧く、とスタッフは忠告する。

 

「—————分かりました。以後気を付けます。が、仲間を傷つけられて、俺は黙っているほど甘くはないですから」

 

「あ、ああ」

 

 

 

その数日後、宮水青葉はマスコミ嫌い、ミーハー嫌いというレッテルを張られることになる。

 

 

曰く、練習を見守るファンに罵倒を繰り返す。

 

曰く、報道陣に対し「ウジ虫」と言い放つ。

 

曰く、宮水青葉は人格を否定するような言葉を使う傾向にある。

 

曰く、曰く———————————————

 

いつの間にか、駆とは険悪な間柄にということになり、あの痣も喧嘩の時に生まれたという三流記事も出回った。

 

 

しかし、痣の原因は追っかけに掴まれたことがその日のことが日本代表スタッフの証言から出回り、江ノ島は謂れのない風評被害を回避した。

 

ソースが日本サッカー協会の公式回答ということでその件は信じられたが、駆と青葉を煽るような記事が後を絶たない。

 

まるで二人を対立させたいかのような記事が出回り、それを読みたい人も後を絶たない。

 

 

選手権制覇で勢いに乗りたい江ノ島に起き始めた、今回の騒動。彼らは皆、水を差された気持ちになる。学校内の空気は駆を心配する声と、青葉の味方をする声で統一されていたが、

 

一部マスコミの間では、青葉に対する人格の攻撃が、始まってしまうのだった。

 




まあ、彼に非がないわけではないですからね。



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第二十五話 破天荒な君に憧れて

久しぶりのストロベリー?エピソード?

??「あくまで選手として! 選手としてなの!!」



後、令和記念なので連続投稿しますね


練習裏に駆けつける追っかけの騒動から日が経ち、駆も大分落ち着きを取り戻し、江ノ島の空気も元通りとはいかないが、通常へと戻っていく。

 

総体優勝を決めた江ノ島高校は、選手権に向け、青葉はスペシャルメニューを敢行することに。どうやら、昔からある青葉特製のランメニューをするためだとか。

 

 

青葉が全体練習から抜けたことにより、一時部の雰囲気に衝撃が走ったが、練習試合には戻ってくるらしい。

 

駆と高瀬、的場ら一年生組と副キャプテンの織田は、出発前の青葉と会話をしていた。

 

 

「俺もいきたいが、メニューを聞いただけで震えが止まらん」

 

山岳地帯をドリブルしながら駆け巡る、という劣悪以外の何物でもないメニュー。ひたすらにそれだけを繰り返すサドンデスメニュー。休憩は自己責任。

 

「うん。あの山を走り切るだけでも一苦労なのに、ドリブルで日が暮れるまでって」

的場も軽く引いている。そこまでのサッカーフリークではないので、この反応はまともなのだ。

 

「真似できたらいいなぁ」

しかし、狂気に犯された選手が約一名存在する。目を輝かせながら、やってみたいとのたまったのだ。

 

元気を取り戻している逢沢だが、部内でも校内でもあの騒動は禁句であり、地雷でもある。迂闊にもクラスメイトが、心配すると、その時の恐怖を思い出した駆が目に涙を浮かべる等、尋常ではない雰囲気が出来てしまったのだ。

 

女子生徒は、駆に母性本能を刺激され、追っかけどもに対し、憤怒を溜める。そして青葉と共にその件で意気投合することに。その後女生徒の伝手で、恐怖の表情を浮かべる駆の姿がで回っていたことに激怒。

 

特定厨に依頼した女性生徒の友人より、数日後に写真をアップした根源を特定した模様。やはり持つべきものはクラスメイトであると、青葉は悟る。

 

 

しかし、トラウマを克服するために、空元気でもいいので駆は練習に今以上に打ち込むことになり、ついに練習の鬼と化してしまったのだ。

 

 

「逢沢ぁ!! 正気を取り戻せ!!」

織田が肩を掴んでゆする。夢心地のような表情を見せているのは逢沢駆。青葉に対して憧れを抱く彼は、自分もそのメニューをやってみたいというのだ。

 

同じ山でランニングメニューをこなす全員とは別に、青葉はその山の中でドリブルをするのだ。正気ではないというのが一般人の感覚だろう。

 

 

そしてクロスボールはターゲット当て連続10回成功でクリア。連続記録が途切れた場合、やり直しという鬼畜過ぎるシチュエーション。

 

しかも、ニアサイド、ファーサイド、真ん中とコースに合わせてそれぞれ10回だというのだから恐ろしい。

 

そしてメインディッシュに、ランダム連続10回ターゲット当てクロス練習という鬼畜難易度の練習をすることに。

 

なお、相手は—————————

 

 

「え、えぇぇ。クロス上げの相手は私、ですかぁぁ!?」

マッチアップに選ばれたのは、美島奈々だ。やはりプレッシャーがないと歯ごたえがないと青葉が主張した際、

 

「いいでしょう。美島さんにマッチアップしていただきます。青葉君、いいですね?」

 

現なでしこのエースが、ただでさえ難しいクロスボール当てのメニューのプレッシャー役になるのだ。

 

地獄の様な練習を前に、青葉はウキウキしていた。一方、ただ邪魔するだけでいいはずの美島は顔を青くしていた。

 

「——————私、体力持つのかなぁ」

不安に思う美島。しかし、

 

「大丈夫です。美島さんが動けなくなれば、私が相手をしますから」

美島が力尽きた場合、どうやら監督が相手をすることになるという。

 

「いいんですか、監督? 簡単に上げてしまいますよ」

挑戦的な目で生意気な発言をする青葉。岩城の実力は知っているくせに、あえての発言。

 

「いいでしょう、その負けん気、どこまで持つか見せてもらいましょう」

 

 

他の部員は思う。別メニューで青葉のことを羨ましいと思った者はその考えを改めることになる。

 

————かなり実戦的で、かなりハードなメニューじゃねぇか

 

もしかすれば、監督まで青葉の狂気に取り込まれていたら、同じメニューを課していたのではないかと。もちろんそんなことはないのだが、

 

しかし最終的に本来ならノープレッシャーでのシュート練習だったものが、プレッシャー有でのシュート練習に切り替わり、ランメニューでバテバテになった一同を襲うことになる。

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ。ぜぇ……し、死ぬ。死んじまう」

 

「弱音を、吐くなぁ……荒木」

 

息の荒い荒木と織田。その後ろにはかなり疲労している選手の面々。

 

「うん。青葉に比べたら、僕たちはまだまだ!」

 

そして、一人元気そうなのが駆。青葉との自主練習に参加しているが、体力に関しては元から自信を持っていたのだ。

 

高瀬とは違うのだよ、高瀬とは。

 

「くっ、逢沢の奴、余裕そうだ。俺もまだまだか」

 

負けん気を見せる高瀬。駆がまだまだ余力がありそうなのを見て、自分ももっと体力をつけなければと意気込んでいた。

 

「正直、あの二人についていこうとする高瀬君がすごいよ」

的場も、タフな精神を持つ高瀬に対し、賞賛の声をあげるが、

 

「俺なんてまだまだだ。だが、あいつ等についていけばプロの道が開ける。それだけはわかる」

高瀬に慢心はない。あの二人についていけば、自分もプロになれる。その未来が彼を強くしていたのだ。

 

「ふむ。フィジカル強化は俺にとっても課題だ。ならば、やり遂げる意義は、大いにある」

高瀬が鼻息を荒くするのもわかる。織田は、自分も上のレベルでサッカーをするために、フィジカルの強化は必要だと感じていた。

 

—————90分間を走り、連戦に耐えうるフィジカル。これがプロには必要だ。

 

いくら足元が上手くても、90分戦えない選手はスタメンでは使えない。

 

————俺にも届くのか、その未来が

 

織田もまた、一人闘志を秘めていた。

 

 

一方、別メニューで美島奈々とのマッチアップをしている青葉。

 

 

なお、彼は30キロの不規則方向への山岳ドリブルメニューをこなした後である。

 

 

「な、なんでそんなに元気なのよぉぉぉ!!」

可愛い文句を言いながら、まったく速度の落ちない青葉に愚痴る美島。

 

 

先ほど、ニアサイドへのターゲットクロス当てメニューを完了し、残るはファーサイドへの10回連続ターゲット当てメニューだ。

 

「息が上がっているぞ、美島。フェイントを複数見せただけで、このスプリントに耐えられないのはよくない。代表戦が心配だ」

 

対する青葉はまだまだ余力がありそうだ。美島の体力に関して、代表戦でも心配だと気遣う一面まで見せた。

 

「ま、まだまだよ! ラスト10回目。意地でも止めて見せるんだから!!」

 

 

 

縦へのドリブルを開始する青葉と、プレスに入る美島。シザースをしながらのダイアゴナルの動き。一瞬でも気を抜けば、ダブルタッチでクロスボールのルートを開いてしまう。

 

 

—————迂闊に飛び込むわけには、でもこれじゃあ練習にならないし

 

どうせ29回連続でクロスを上げられているのだ。もうここまで来るとプライドも何も関係ない。

 

後で駆に慰めてもらおうと、美島は破れかぶれでプレスに入る。

 

「甘いな!」

 

ここで、マルセイユルーレット。カットインからのクロスを警戒していた美島から距離が離れる。

 

 

————ここでそれ!? でも、青葉君のキック力なら十分ファーサイドに届くはず

 

 

ならば止めなければならない。詰める動きをする美島。マルセイユルーレットは確かに派手な技だ。だが、進行方向を読むのは容易だ。

 

駆のように、返し技のようなルーレットがなければ、何も怖くない。

 

————よし、止まる! これで終わりよ、青葉君!

 

詰めれば奪える。美島はそう確信していた。

 

「え?」

 

気づいた時には、するすると青葉は逆方向に切り返していたのだ。自分の様なターンを繰り出したわけでもない。

 

ボールも、青葉の足元から消えたわけではない。駆のようなトリッキーな技ではないのは確かだ。

 

————まさか、切り返しの瞬間は、ルーレットをキャンセルした直後!?

 

 

普通ならターンして距離を取れるはずなのに、青葉は距離を取らず、美島のプレス方向へとボールを転がしていたのだ。本来のルーレットとは異なる使い方と、その動き。

 

まるで目の前から一瞬で消えてしまったかのような、二段階目の加速を想起させるルーレット系のフェイント。

 

 

「さながら、ダブル・ルーレット、かな」

 

本来の1回転に加えた、返し技のもう1回転。ルーレットの最中に切り返し、プレスを躱す一つの手段。

 

 

その技名とともに、クロスボールをお見舞いする青葉。結局30回連続で彼を止めることが出来なかった。美島は落胆するのだが

 

 

「あ」

青葉の口から驚きの声が出る。疲れで倒れこんだ美島もつられてその方向を見ると、

 

「え」

クロスボールはわずかにターゲットに当たらなかった。目の前を掠っただけだったのだ。

 

つまり、

 

「おっ! また10回連続チャレンジか。すまない。まだ付き合わせてしまう」

 

謝罪する癖に、ウキウキする心を隠せていない青葉を前に、どんよりする美島。

 

————これ、私にとっての拷問なんじゃ——————

 

 

練習熱心というよりは、練習狂と言える青葉には、これはむしろご褒美だ。自分に対してメリットが何一つない。

 

「う、うん。10回連続、頑張ってね」

力なくそう言うと、青葉はにっこり笑う。

 

「おっ! 美島さんにそう言われるとありがたい! まだまだクロスの精度は完璧ではないし、頼むよ!」

 

 

しかしその20分後———————

 

 

「も、もう無理ぃぃ……」

 

疲れ果てて動けない美島の姿。そして若干意気が上がってきた青葉はまだまだ元気そうだった。

 

「—————ラストのランダムクロスボールターゲット当て10連発の直前、ファーサイドラスト連続10回目を目前なのに。監督、出番ですよ」

 

 

「なるほど。ですが、面白い人が来ましたので、代わりの人にやってもらいます」

岩城監督の後ろからやってきたのは、小野寺とともに青葉に挑んでぼろ負けしたいつかの少女だった。

 

 

「え? 群咲さん? どうしてここに?」

 

 

「こんばんは、アー君! 突然ですが、10回目を防ぎに来ましたぁ!」

かなり挑戦的な言葉を繰り出す少女を前に、青葉は何か悪いことをしたのか思い出そうとする、が思い出せない。

 

「——————恨まれたようなことをしたのだろうか」

 

「酷いことはされていませんよぉ~。ただ、中学時代に全く歯が立たず、歯牙にもかけてもらえなかったことはありましたけどぉ」

 

ニコニコした笑みで、毒のあることを言い放つ少女。

 

「な、なるほど。君が相当根に持っていることは分かった。」

 

若干汗をかき始める青葉。美少女とはいえ、敵意を持たれるのはやはり気苦労を感じてしまう。

 

「しかし、俺も時間を無駄に浪費するわけにはいかない。できる課題を長々とするつもりはないからね」

 

眼が座り始める青葉。この予想外のハプニングでさらに集中力が増したようだ。動揺の一切を見せない彼の様子に、岩城監督は冷や汗をかき始める。

 

—————まずいですね。青葉君は手加減というものを知りませんから

 

一応なでしこのエースなのだ。自信喪失でボロボロになったら目も当てられない。それぐらいの酷い奴なのだ、青葉という選手は。

 

 

その後、大泣きする群咲舞衣を前に狼狽える青葉の姿と、白い目で見ている颯の姿があったという。

 

なお、青葉は全ての課題をクリアし、クールダウンを行った。

 

「もう、本当にあの時から容赦なさすぎ! 普通そんな動き出来ないよぉ!」

 

逆エラシコからのドローアンドプッシュという膝に来るコンボ技を食らい、あっさりと縦への突破を許してしまう。そもそも、実戦であそこまでエラシコを自在に操る日本人選手が稀なのだが。

 

エラシコが武器というだけで、青葉の異常性が嫌でも理解させられる。

 

 

「いや、山の中をランニングし続けると、爽快感にも似たものを感じられるんだが」

青葉としては、山男の如くの山を駆け抜けてきたので、特別なことはしていないと説明する。否、もはやこれは弁明になっている。

 

「僕もそう思うよ! 青葉の真似をして山岳ダッシュをしていると、気分が高揚するんだ!」

そして、織田や高瀬たちとともに自主練習をしていた逢沢が、ひょっこり近づいてきて、狂気に支配された言葉を宣う。

 

「か、駆っち!? ど、どうしたの!? 青葉に何かされたの!?」

青葉と同じようなことを言い放つ駆に恐怖を覚えた舞衣。凄い元気そうなのはいいことなのだが、どこか違う。

 

「群咲さんも一回やってみればいいと思う! グラウンドを周回するよりも、凄い充実すると思うよ!」

悪意無き言葉で、駆は提案する。

 

「大丈夫! 少し疲れるけど、慣れたら楽しいよ! 一緒にサッカーしようよ!!」

 

「えっと、今日は遠慮しとこうかな……」

 

走る、強く走る、速く走る。駆にとって、走ることは重要なのだ。フリーランニングもポジション取りも、裏抜けも、そしてドリブルにも影響を与えるためだ。

 

しかし、さすがの群咲も今の駆にはお手上げだった模様。

 

 

「駆は本当の意識高い人間になったからな。俺も見習う必要がある。あれは、俺にも必要なトレーニングだ」

そして、高瀬とのマッチアップに勝利した織田が、近日中に参加したいという意思を示す。

 

「くっ、織田先輩に遅れを取ったが俺だってやってやる!」

 

「小柄な選手でも、突破しているのは体幹が鍛えられているからなんだ。僕だって必要なことなんだ」

 

そして下級生の高瀬と的場も、彼らに影響されて青葉式トレーニングへの参加を希望する。

 

「江ノ島怖い」

 

「大丈夫、実害はないわ。見ていて引いてしまうけど」

颯に抱き着き、怖いと表現する舞衣と、そんな彼女をあやす颯。

 

「——————」

 

そして、その近くでは白くなっている美島がいたりする。美少女然とした彼女がそのような醜態を晒すこと自体稀だが、その姿も可愛らしいものだった。

 

「ウィ、ウィッチィィ!? ど、どうしたの!! あっ(察し)————」

そんな美島の様子に驚く舞衣だったが、誰が彼女にこんなひどいことをしたのかすぐに分かった。

 

「美島さん。貴女は本当にいい友人だったわ」

軽く手を合わせてお祈りするポーズをとる颯。

 

「勝手に殺さないでよぉぉぉ!!!」

颯のしぐさに気づいた美島が魂の叫び。ぼろ負けしたショックと疲労で、いつものチャーミングな雰囲気はかけらもない。

 

「ウィッチィのあんな姿、初めて見たかも——————見たくなかったよ」

真顔で美島の叫びを見ているのは舞衣である。不敵な笑みと何かを起こしてくれる彼女があそこまで追い込まれるとは。

 

—————アー君は、練習の魔王なんだ

 

虫とか、鬼という言葉では表現しきれない。それ以上に理不尽な存在なんだと。

 

「よし、俺たちもこれからやるぞ!」

 

「ならば、俺は中央でのプレッシャー役だな。」

 

「上背で勝る相手か。これから先何度も遭遇するだろう。いい機会だ」

織田の音頭で青葉式トレーニングを魔改造する面々。高瀬が邪魔をする役で、織田がクロスを受ける側に。だが、織田は少しも臆していなかった。

 

「クロスどっちが上げる? 僕と駆のどちらかになると思うけど」

 

「うん。なら僕が。僕はサイドハーフで出ているし、この練習はスペースを生み出すために必要だから」

 

ドリブルNGとはいえ、クロスボールの精度を上げるにはもってこいだ。

 

「なら、奪ったら交代しよう。中も外も」

的場の提案で形が出来始めた時に、さらに乱入者が現れる。

 

「うしし! 俺も混ぜてもらうし!」

 

「面白そうなことをしてんじゃねぇか」

 

先ほどの練習で死んでいない連中がここにやってきたのだ。いきなり大所帯になったグラウンドが一気ににぎやかになる。

 

ワイワイガヤガヤと実戦練習をする面々。しかしその意識は真剣そのものだ。全力でサッカーをする、全力でサッカーを楽しむ。なぁなぁではないいい緊張感を保っていた。

 

 

取り残されたのは、再び白くなっている美島と、彼女を介抱している颯。

 

 

少し離れた場所で、舞衣と青葉が突っ立っていた。

 

「—————」

その光景を見ていた舞衣は、なんだか見ていて羨ましいと感じていた。エゴを出しても、誰も咎めない。ナイスチャレンジ、と互いに刺激し合う。

 

ギリギリの境界線で相手に勝つ。球際でシビアに。

 

「うぉぉぉ!!!!!」

 

高瀬が胸トラップからの右足アウトサイドでボールをタッチ。ボールを体で守るようにポストプレイをしながら、一気に右足でハーフボレーを仕掛けたのだ。

 

「させん!!」

しかし織田と堀川のブロック。シュートは堀川の足に当たり、ピッチから出る。

 

「奇抜なアイディアだが、かなり脅威を感じた。やはりシュートは守る側からすれば怖いな」

 

「うしし、残念無念♪」

 

「くっ、最後冷静ではなかったか!」

 

お互いにプレーに関して意見交換する。コミュニケーションを取り、課題を見つける。

 

 

「そのルーレットの切り替えは、後出し過ぎるね。迂闊に飛び込めない」

 

的場は、完全にルーレットをものにしている駆を相手に苦戦をしていた。しかし、止められなければ邪魔をすればいいと割り切っていた。

 

————少しでも精度を欠けば、こちらのチャンスボール。やりようはいくらでもある

 

「やっぱり一筋縄ではいかないね、薫君」

 

闘志を前面に押し出す両者のマッチアップ。部内屈指のドリブラー同士の攻防は、見ているものにも勉強になる。

 

「何回フェイントの応酬をしていたんだ。そして見破って対応するまで」

 

「ああ。3回目ぐらいで俺はやられそうだ。そうか、あそこは少しだけ近づけばいいのか」

 

海王寺と錦織があの攻防を見て唸っていた。

 

 

 

「—————いいなぁ」

 

 

「群咲さん?」

青葉は寂しそうにしているのを見て、思わず声をかけてしまう。

 

「あ、ご、ごめんなさい。他意はないの!」

慌てて謝罪する舞衣。青葉からしてみれば、何に対して謝っているのか分からない。

 

「ならいいんだけど。あの練習風景は、いつも通りといえばいつも通りなのだが————」

しかし思い当たることならある。

 

「—————なでしこは、どんな場所なんだ?」

 

結局のところ、青葉は舞衣がどんな状態で代表にいるのかを知らない。ゆえに、それを尋ねることにした。

 

「ああ、うん。レベルは高いよ。いいパスもくるし。うん、凄いところだと思う」

 

いつもの彼女らしくない。自信家な一面が鳴りを潜め、歯切れが悪い。

 

 

代表の中でも、彼女のライバルは多い。怪我で離脱している井伊選手。長年代表を引っ張ってきた一色。彼女が切望していたトップ下には美島。

 

何より、次世代エースの座は小野寺颯のものになりつつある。

 

焦りで回りが見えなくなったのか、それともストライカーのエゴを理解してくれなかったのか。

 

「—————結局のところ、勝敗を決するポジションだからな。フォワードは」

自分もその事実を良く知っている。

 

「————アー君は、凄い。一人で突破して、何でもできて。それはウィッチィも同じで……」

器用さを、引き出しの多さを考えるなら、美島がトップ下でいいのだ。恐らくそれが正解なのだろう。

 

「私は、今に妥協したくない。私が一番点を取りたいんだ———っ」

しかし、その状況を黙って認めたくない。

 

「颯にも、負けたくない」

 

 

「—————我の強さは、時に軋轢を生む。結果を出していないときは特に。けど、それすら乗り越えるのが、本物のストライカーだと、俺は思うな」

 

上手く回っている環境に現れた、彼女らのライバル。野心を隠さず、今の状況に変化を与える存在。

 

「—————舞衣ちゃんがストライカーなら、そのまま進むべきだ」

だからこそ、一つの得点で空気をかえるポジションにいる彼女には、弱気になってほしくない。

 

「え?」

驚きを込めた表情で、青葉を見つめる舞衣。

 

視野だって悪くない。パスも上手い。乗っているときは、颯と同じように手が付けられない。

 

そして何より、決定力がある。それは、フォワードにとって一番必要とされる、不明瞭な能力。

 

結果一つで変化してしまうほど、繊細な実力。

 

「10回シュートを打って、一つも決められなくていい。11本目で決めればそれでヒーロー……いや、ヒロインか。その瞬間を信じて、ボールを蹴り続ければ、まずは権利を得られる。やっぱり、挑んだ奴じゃないと、その土俵にすら立てないし」

 

強い信念をぶつける青葉。ああいう前に前に行く選手は嫌いではない。その長所をさらに伸ばして、もっと凄い選手になってほしい。

 

「敵の度肝を抜け、観客を酔わせろ。俺が憧れている存在は、そんな人だった」

 

 

「—————アー君……」

晴れやかな表情で語る青葉を見て、自分よりも高い次元に至っている彼でも届かない場所があると気づかされた。

 

そして、自分にはまだまだ上るべき階段があるのだと感じたのだ。

 

 

「——————うん。ちょっと元気出た————あ、ありがとね、アー君」

こんなに熱心に相談に乗ってくれて、自分の背中を後押ししてくれる人がいた。

 

群咲舞衣はもう大丈夫だろう。きっとまた、前に走り出すことが出来る。

 

「—————今日はありがとね。練習もしんどかったけど、凄い為になった。ああいうプレーもあるんだって」

 

青葉とのマッチアップはいろいろ気づかされる。後半、それを見透かしたかのようにいろいろな動きを見せてくれた。

 

それに、一つ一つの動作を見せるために遅かったような気がする。

 

「ああ。なでしこでの奮闘、サポーターの一人として、応援するよ」

 

 

「固いなぁ、アー君は! そんなんじゃ、女の子は落とせないよ!」

 

 

「そこを突かれると痛いなぁ。けど、努力はするさ、舞衣」

 

サムズアップで笑顔を彼女にぶつけることしかできない青葉。

 

 

舞衣が去った後、美島は青葉の隣に立つ。

 

「ありがとう。舞衣ちゃんのことを勇気づけてくれて。私じゃ無理だった」

なでしこの問題に彼を巻き込んでしまったことを謝罪する美島。

 

「—————ストライカーはエゴの塊だからね。ドリブラーの俺も、その境遇はよくわかる」

 

「優しいね、青葉は。本当に……」

誰よりも強い目標を掲げ、強い言葉でチームを引っ張ってきた。そして有言実行してきた。

 

時には高いレベルのプレーを仲間に求めた。それでギクシャクすることだって、これからあるかもしれない。

 

「まだ“セミプロ”だからね。闘志を燃やしてプレーする。それさえできれば俺に文句はないよ」

消極的なプレーでボールロストされるより、よっぽどいい。

 

 

「けど、彼女は今夜、プロになったはずだ。ま、俺の言葉がなくても、彼女は飛躍していったはずだけどね」

彼女はストライカーの道を進む。ストライカーになるという言葉は、彼女を変えていくだろう。

 

「—————青葉君」

 

プロになった。その言葉の裏に、青葉の渇きを感じた美島。憧憬のような感情、遠くを見つめるその視線。

 

彼は、このチームに長くいるつもりはないのだと、悟った。

 

 

「——————早いほうがいいと思っていたが、舞衣ちゃんに刺激を受けた。変わりたいと願い続ける、彼女に当てられたな」

 

朗らかに笑う。青葉は、美島の前で宣言した。

 

 

「選手権制覇をしたら、俺はプロに行く。ユースは眼中にない。トップチームで、俺は実力をぶつける」

 

江ノ島の柱は、いくつもの柱を作り上げた。そして、江ノ島の色を生み出した。

 

だからもう、彼のやり残したことは一つしかない。

 

 

世代最高のサイドアタッカーは、破天荒に道を突き進む。獣道であろうが関係ない。彼が決めた道こそ、彼の道である。

 

 

「あ、そうだ」

思い出したように美島はある頼みごとを青葉にお願いする。

 

 

「?? どうしたの、美島さん?」

 

 

「中江さんが貴方のファンなので、サインが欲しいって」

 

 

「うーん——————といってもシャツに余りないしなぁ————仕方ないから使っているボールぐらいか」

 

後日、美島経由で青葉のサインボール一号を貰った中江美奈は感激のあまり、ベストコンディションでロシアチームのフォワードを封殺することになる。

 

 

 

 




青葉君の憧れの人物はジャイアントキリングの達海猛です。なお、後の職場で達海ファンの人とファイトに発展する模様。

舞衣ちゃん覚醒エピソード消化。間接的になでしこ強化に貢献する宮水コーチ。

右足再生?の颯。

攻守の切り替えを意識した奈々

真のストライカー化不可避の舞衣ちゃん

隠れファンの中江美奈が富安化・・・・


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第二十六話 次章の夜明け前

連続投稿なので、25話から読んでください。

後、一部アンチ・ヘイトの内容が含まれます。




翌日。宮水青葉が選手権制覇を手土産に、プロへの挑戦を考えていることが発覚。

 

ミーティングの時、岩城監督に集められた部員たちは、青葉の言葉にあまり驚きを感じなかった。

 

「——————引き留めるのではと考えていた」

 

青葉は、あっさりとプロへの挑戦を認めてしまった部員たちに驚いていた。

 

「—————なに、青葉は高校サッカーの枠からはみ出ているからな。上を目指すのは仕方のないことだ」

 

引退した沢村は、青葉の意思を尊重する発言。青葉はいずれ日本代表になり得る存在だ。なら、彼の挑戦を邪魔するわけにはいかないのだ。

 

「ああ。俺は卒業と同時にプロに声がかかるか分からんが、お前の挑戦は刺激になる。国内リーグでもがんばれよ」

織田は、プロの世界に飛び立つ意思を固めた“先輩”に、惜しみないエールを送る。

 

「—————正直羨ましい。でも、青葉にはそれだけの実力がある。僕も絶対にプロで活躍する。すぐに追いつくからね」

駆は、青葉のプロ挑戦を前向きにとらえていたが、自分も秘かにそれを目指していたので、羨ましい気持ちがあった。

 

「青葉君なら必ずできる。私はそう思うな」

そして、彼の宣言を最初に聞いた美島は、太鼓判を押す。

 

「江ノ島サッカーに伝統が生まれ、このチームにはいくつもの柱が出来た。お前が流れを作ったんだ。お前のエゴが、このサッカー部を蘇らせたんだ」

近藤顧問は、サッカー部を再建させたばかりではなく、走るサッカーという伝統を残した彼に感謝しかない。

 

これからの江ノ島サッカーは、走るサッカーであり、フリーランニングの重要性を注視することになる。才能あふれる選手はこれを見逃すはずがない。

 

サッカーIQの高いチームで、自分を鍛えたいと思うはずだ。何よりも出るケースがいくつも生まれている。

 

多くの部員たちからの後押しを貰った青葉。

 

「お前のおかげで、俺の進む道、俺のやりたいプレーが定まった。いつかまたプレーできたらと考えているぞ」

 

「ほんと、この半年でぶっちぎりだったな。ま、後は俺に任せろ。トップ下の座、任せてもらっていいぜ」

 

最後に高瀬と荒木からの激励と感謝の言葉。江ノ島サッカー部にどれだけ彼が貢献したかがわかる光景だった。

 

「——————これだけ言われたら、ぶっちぎりで勝つしかないなぁ。ヤングプレイヤー賞ぐらいは取らないといけませんね」

 

国内リーグの、その年最も活躍した新人に与えられる栄誉を、取れると確信しているかのような物言い。やはり青葉はこれぐらいでなければ納得しない。

 

周囲の眼も、青葉ならこれぐらいグイグイ行くだろうと悟っている。

 

「青葉君。すでに接触しているチームはいると思いますが、目当てのクラブはあるんですか?」

岩城監督は、青葉の意中であるクラブチームはどこなのかを尋ねる。

 

「—————もう決めていますよ」

 

朗らかに笑う彼は、その名前を口に出さなかった。

 

 

 

 

全体練習が終わり、自主練習に向かう面々の中に、青葉がいない。

 

————悪い、今日は用事があるんだ。

 

あの青葉が自主練習をキャンセルするほどの用事。只ならぬことが起きていると感じた駆たちだったが、己を磨くことに集中する。

 

「—————」

 

「青葉君のあれは、いい刺激になった。でも、駆君だって挑戦できるだけの実力はあると思うよ」

的場は、黙ったままの駆に対して声をかける。

 

「ああ。駆も引き出しが多いからな。自分で突破も出来るし、最近はクロスボールにも手を出し始めたし」

 

ロングフィードという武器を得ようとしている駆。セカンドアタッカー、サイドハーフが主流になっている彼のスタイルを考えれば、必須となるスキルだ。

 

「—————うん。まだ僕には足りないものが多い。アマチュアとプロの前に、僕自身の課題があるんだ」

 

まだ足りない。

 

織田には90分間走るスタミナと、連戦に耐えうるフィジカル。ある程度ではだめなのだ。

 

もっと高いレベルでそれを実現しなければならない。

 

高瀬は、もっと足元のトラップと経験が必須だ。的場には体幹の強さが。

 

青葉がいなくても、江ノ島にはこれだけのタレントがいる。何より両翼を担った駆がいる。

 

だが、駆の中にあるもやもやは消えない。

 

 

 

そして同時刻の青葉のアパート。彼は近くのアパートに部屋を借りて自炊している。サッカー留学というやつだ。

 

 

そんなそれほど広くない場所に、ある男がやってきていた。

 

 

イースト東京ユナイテッドのGM補佐、前田芳樹である。

 

「—————突然のご連絡。申し訳ありません。シーズン真っ只中でしたのに」

 

部屋から出て、黒塗りの車に乗り込んだ青葉。まずは謝罪の言葉から始まる。

 

「—————いや、宮水君からの返事を聞けるだけでも、こちらとしてはありがたい。それで、答えを聞きたい」

 

 

「——————選手権終了後に挑戦を考えています。チームはETUのみですね」

 

一瞬の沈黙と前田の戸惑い。

 

「—————本当に、うちでいいのか? 隣のヴィクトリーのほうが環境は整っているぞ」

 

口をようやく開いた前田は、疑念を抱いてしまう。隣に充実したクラブチームがあるのに、こちらを選ぶ理由はあるのかと。

 

「—————強い相手を倒す。今年の首位チームであるなら、倒し甲斐はありそうです。何より—————」

 

「そのほうが燃えるじゃないですか」

 

 

その後、日程の合う日を見つけてそれぞれのスカウトマンとのアポイントを取ることになった青葉。中には時間が取れず、青葉に会ってくれなかったチームもいた。

 

しかし、けじめをつけるため、これまで彼に接触してきたチーム関係者には誠意を伝えた青葉。実直でどこまでも向上心の高い青年の行動に大人たちは感心し、彼の成功と健闘を祈った。

 

 

一部のメディアによる彼へのマイナスな報道。大手の報道機関でも一時期取り沙汰された件を、彼らはまるで信じていなかった。移籍の飛ばし記事や、根も葉もないチーム内の不和などを報道された彼らの視線は冷ややかで、逆に彼の丁度いい壁になるとさえ考えていた。

 

こんなくだらない報道で彼はつぶれない。むしろ、ばねにするはずだと。

 

 

「そうか。ETUに決めたのか。来年は手強くなるな、あそこも」

 

東京ヴィクトリーの監督、平泉は宮水青葉を持田蓮の後継者として考えていた。最大限の誠意は見せたが、青葉のビッククラブへの対抗心までは消せなかった。

 

 

「もし、ETUが名乗り出なかったら、ここだったと思います。俺、ああいう形振り構わないところが好きなんですよ」

 

弱小で、降格争いに巻き込まれるお荷物クラブ。そんなチームが、将来有望な選手を前にして、臆するのか、それとも踏み出すのか。

 

「確かにな。あそこが強かったのは10年も前のことだ。あの頃も、君と同じ目をした選手がいたよ」

 

懐かしそうに昔を語る平泉。苦い経験ではあるのだが、彼の印象とその活躍は、本当にすごいことであり、彼の存在を認めている証拠でもある。

 

「まあ、数年で海外行くので、後はチャンスあるかもしれませんよ」

軽口を言う青葉。普通の人間が言えば、腹を立てるようなことかもしれないが、平泉はダンディーな男だ。まるで動じない。

 

「ふっ、まるで自分がいる間は優勝できないと言われているようなものだな」

平泉も、こんな物言いをするのは持田で慣れているので、気にしていない。むしろ、そこまでの大言が言える実力者であることに疑いはない。むしろ、そこまでの自信家でなければ釣り合いが取れない。エゴイストはスコアラーになりやすいのだから。

 

 

 

「—————7番はだめみたいでした。一年目の選手には任せられないと」

 

提示されたのは、背番号17番。若い数字ではないが、背番号10と背番号7を併せ持つという解釈で、青葉に送られたという。

 

「ふっ、それだけ奴の存在は大きいということか」

 

その後軽く雑談をして、この場を後にする青葉。

 

「—————今日はお忙しい中、時間を頂きありがとうございました」

 

一礼して部屋を後にする青葉と、部屋に取り残された平泉。

 

————惜しいな、そして本命はまだ他にあるさ

 

 

江ノ島高校に目をつけている平泉。再来年の目玉を掻っ攫うライバルチームには度肝を抜いたが、こちらも有望な選手は欲しい。

 

————伝説のトップ下の弟。七光りではなく、実力通りの活躍だ。

 

 

逢沢駆は、傑をも超える存在になる。その確信だけはあったが、思い出補正なのか、まだ彼が傑を超える選手になったとは言われない。

 

当然、現段階ではまだまだだ。しかし、一生超えることは出来ないと発言するコメンテーターの言葉は無性に腹が立つ。

 

————彼は、宮水の影響を受けた選手、ならば

 

 

こちらが提示すれば、彼は食いつく。いい加減持田を休ませながら使いたい。そして、彼に比肩し得る存在がいなければそれはかなわない。

 

いい加減、彼にワールドカップのピッチに立たせたいのだ。惨敗に終わったブラジルワールドカップから4年後にロシアがある。

 

————君たちは、常に比較をされ続けるだろう

 

日本代表でも、彼らは結果を比較され続ける。マスコミのおもちゃにされかねない。同世代のスペシャルな存在とは、そういうものだ。

 

 

しかし、彼らならばそれすら乗り越えてしまうだろうと信じている。

 

「——————逢沢駆はスペアではない。叶うことなら、両方獲りたかったよ」

 

江ノ島の二大エースは、後に日本の新時代を築く存在になるだろう。

 

 

それは今の持田と花森の関係に近いような気が、しないでもない。

 

願わくば、二人を超えてほしい。怪我で泣かされることのない選手人生であってほしい。

 

 

しかし、感慨深いものだ。

 

「あの二人のような存在が、下の世代に出てきたのか………」

 

 

 

そして7月から始まる選手権大会神奈川予選。

 

都道府県リーグでは、前半の不調が嘘のように江ノ島サッカー部復活後は負けなし。逢沢ら1年生陣の活躍により好調をキープ。いい雰囲気のまま選手権を迎えることになる。

 

 

 

シード校として出場権を得た江ノ島高校の初戦は、経政大付属湘南高校。U-18日本代表のフォワード秋本を擁する強豪校だ。

 

しかし対する江ノ島はU-16日本代表の逢沢駆、代表候補の荒木竜一、五輪代表候補とも噂される宮水青葉、そして神奈川で最も勢いのあるフォワード、大巨人高瀬道郎がいる。

 

GK  1番 紅林

LSB17番 藤田

CB  4番 海王寺

CB 15番 園田

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF12番 堀川

LMF20番 夏目

RMF18番 的場

OFM10番 荒木

CFW13番 火野

 

ベンチ入り (GK)16番藤原、19番林葉、(DF)5番 三上、2番 桜井、14番錦織、(MF)7番 逢沢、8番 宮水、11番 兵藤(FW)9番 高瀬、

 

しかし、中軸と言われる青葉、駆、高瀬は先発出場せず。快勝の予感を感じさせた江ノ島の控えメンバー中心の選考。

 

 

しかしふたを開けてみれば——————

 

 

 

「くっ!」

 

前線で孤立しているのは、経政大のエース秋本。ゲーゲンプレスの如きハイプレスで味方中盤は江ノ島高校の狩場と化しており、ボールに触る時間が大幅に削られているのだ。

 

何とか秋本までボールを供給しなければならない経政大イレブンだが、

 

「甘いぜ!」

 

「—————(ポストプレーも許してくれないかッ)」

 

海王寺との競り合いでボールをロストする秋本。ロングボールによるカウンタサッカーに切り替え、何とか打開策が見つかるまで無失点で耐え抜こうとする。が、攻撃の糸口すら見つけられない。

 

「うしし、こぼれ球ゲット」

 

零れ球を堀川が拾い、サイドへ散らせる。サイドに転がったボールを受けるのは、右サイドバックの八雲。頼れる江ノ島のサイドバックである。

 

ブロックを作り、しっかりとしたディフェンスを整えている相手陣地に有効なのは、仕掛けることが出来る存在だ。

 

高い位置でチェイシングしないのを確認した八雲は、サイドで待つ的場にショートパス。

 

「よし、的場っ!」

 

同年代のドリブラーが中に切り込む動きを見せる。

 

————中に絞って、荒木さんとの連携、もしくは八雲のオーバーラップ

 

寄ってくる相手を次々と躱していく。小柄な上に俊敏な的場のドリブルにおいて、ダブルタッチの威力は高校サッカーではすさまじいものとなっている。

 

「あっ!?」

 

「なっ!!」

 

シザースもどきのフェイントで足技を警戒した相手の裏をかいて抜き去り、詰めてきたディフェンスに対しては、ダブルタッチで横にずれた瞬間に突破で抜き去るなど、的場の切れ味は今日も悪くない。

 

————いけるっ、連続技だとブレる時があったけど

 

体幹トレーニングを続けたことで、ドリブルで体が乱れない。何度でもフェイントを繰り出すことが出来る。

 

「この、いい加減にしろ! うっ!」

 

「っ!!」

 

しかし三人目につかまってしまう的場。しかし、ここでも体幹トレーニングの成果が表れる。

 

————プレスが、緩い?

 

的場は意外とダメージが少ないことに驚き、そのチャージを跳ね返し、三人目も強引に抜き去ったのだ。

 

これで一気に三人を無力化した的場バイタルエリア正面には一際存在感を放つ荒木の姿が。そして前線には火野がニアサイドへと流れてくる。

 

 

—————大外への速い弾道のクロス

 

しかし、火野の動き出しにより大外がぽっかりとあいた。そこに走りこんでいるのは、20番デビュー戦の夏目だ。

 

————監督からの指示、きっちりしているね

 

 

何の迷いもなく低く速い弾道のクロスボールを蹴りこんだ的場。死角から致命傷を与える的場のキラーパスがさく裂し、ボールは夏目の足元へ。

 

 

「きたっ!」

 

ファーストトラップこそ若干乱れたが、相手は完全に裏をかかれた状態。ツータッチ目でシュートモーションに入った夏目が振り抜いた。

 

 

「あぁ!!」

 

「そんな、主力が出ていないのに……」

 

決められてはならなかった先制点を奪われてしまう経政大イレブン。しかも初出場の控え選手にやられたのだ。

 

流れの中での決め事と、動き出し。それを忠実に守った前線全員で奪った得点である。

 

「お、おれが初得点……おっしゃぁあぁぁあ!!!!」

 

一年生にして初先発で初得点。今後に向けていいデビューになったと言えるだろう。夏目は満面の笑みでベンチにサムズアップする。

 

「やったな、夏目!」

火野が嬉しそうに夏目の下に駆け寄る。

 

「いい動き出しだった。的場もよく見えていたな」

織田は、的場と夏目の両者を見やり、今の攻撃の決定的な隙を見逃さなかったことを称賛する。

 

「夏目君が中に絞って飛び出してくるのが見えましたから。低く速いクロスなら、触れたらゴールだと思っていました」

的場も回答通りの受け答え。しかし、弾道を低く速くするという発想はボールコントロールに自信がなければなかなかできるものではない。

 

 

「よし、相手は浮足立っている。畳みかけるぞ!」

キャプテンマークを蒔く織田の掛け声にイレブンが反応する。

 

おぉぉぉぉ!!!!!

 

 

一度崩れた流れを取り戻すのは至難の業だ。

 

 

「もういっちょ!!」

 

織田からのロングフィードの瞬間、火野がボールを貰いに行くような動き出しを見せたのだ。そして火野に重なるようにして動き、二列目から飛び出したのは荒木竜一。

 

火野が横に動いた際に生じたスペース。

 

そこに走りこんだ彼の動き出しに対応できるものがいなかったのは失点の理由だ。

 

 

完全にキーパーとの一対一の状況で、荒木が冷静に決めて2点目。縦に早いサッカーを体現する江ノ島の理想的な攻撃がここでもみられたのだ。

 

「見たか!! 俺の運動量も伊達じゃねぇぞ!!」

 

「よくやった、荒木。今後も頼むぞ」

激励と細かな言葉は忘れない織田。いい意味でキャプテンらしく声が出るようになってきた。

 

 

 

「—————俺が出る幕でもなさそうだな」

 

 

「うん。今大会は得点王諦めるよ」

青葉と駆は、控え組で強豪校を圧倒している江ノ島を見て、予選での得点王は無理だと悟った。

 

 

的場のドリブルを警戒してか、夏目のいる左サイドを攻めようとするが

 

「こいつ、運動量が伊達じゃねぇ!」

 

「もらったぁぁぁ!!!」

 

スライディングタックルで、パスをカット。夏目の身を挺してのディフェンスで、経政大の攻撃が封じられた。そのこぼれ球を拾うのは—————

 

 

「よくやったぞ、夏目! 後は任せろ!!」

 

オーバーラップするのは左サイドバックの藤田。ディフェンスラインがガタガタの中盤サイドを素通りし、一気にバイタルエリア付近まで殺到する。

 

今大会初先発だが、ここまで守備的ポジションを取っていた。だが、一気呵成にカウンターの際にオーバーラップ。

 

 

「頼む、火野ぉぉぉ!!!」

 

そして間髪入れずにアーリークロス。動き出しから完全に狙っていた火野が一歩抜け出し、最終ラインを突破。

 

「おらぁぁぁ!!!」

 

力強く振り抜いた右足。そのシュートは—————

 

「ぐっ!!」

 

キーパー横っ飛びでこれを弾く。これ以上の失点は許さないと言わんばかりの好セーブ。

 

「ちぃ!!(狙いが甘すぎたか————ッ)」

 

火野が舌打ちをするが、転がったボールに辿り着いたのは———————

 

 

 

————ここから狙えないようじゃ、上には行けない

 

 

彼はここからコースを狙いつつ、力強いシュートが打てる。なら自分もそれぐらい怖い選手に、脅威を与える選手にならないといけない。

 

何より今、自分は完全にフリーで、一歩先に出ている。

 

 

「いっけぇぇぇぇ!!!!」

 

零れ球をダイレクトに振り抜いたのは、右サイドの的場。火野のシュートのこぼれ球を狙っていた的場は、このキーパーがはじいたボールにいち早く反応していたのだ。

 

 

「なっ!?」

 

振り向いた先から、またしても鋭いグランダー性のシュートが襲い掛かってきた為、経政大のキーパーは驚愕しつつも反応しようとする。

 

だが、倒れこんでいる状態からそのボールに触ることは出来ず、ゴールネットを揺らされてしまう。

 

これで江ノ島前半だけで3得点目。右サイドのレギュラーである宮水の代役だが、この試合で躍動する的場。1ゴール1アシストの大活躍を見せる。

 

そして駆の代役として出場した夏目もファーストシュートがゴールにつながる衝撃のデビュー戦。

 

層の厚さは健在であり、さらにレベルアップしたのではないかと言われるほど、堅牢なものとなった。

 

結局青葉と駆の出場は大勢が決まった状態になった後である。連戦を考慮してか、控え組を後半途中で下げたのだ。

 

しかも、

 

「おいおい。荒木のポジションに宮水が入ったぞ」

 

「真ん中でもプレーできるのかよ」

 

トップ下青葉。そのあいさつ代わりの一撃が、このピッチで刻み付けられる。

 

「青葉さん!」

 

二人に囲まれ、横パスで青葉に送る夏目。ファーストトラップの寸前、破れかぶれにプレスをかけてくる相手を

 

「————?! 畜生!」

 

ボディフェイントで右へ行くと見せかけてからの、

 

右足のインサイドでボールを転がし、ひらりと相手選手のプレスを躱したのだ。

 

フェイント技術が注目される青葉だが、単純な動きでフェイントと錯覚させ、簡単に抜け出すこともできるのが彼の強みだ。

 

青葉の代名詞の一つ、クライフターン。

 

 

このプレスが躱されたことで、前にスペースが空いた。これを見逃すほど甘くはない青葉。

 

弱みは絶対に見逃さない。江ノ島のエースがドリブルを開始し、観客の視線は彼に集まっていく。

 

 

すでに四点差。勝負はついているが、最善のプレーを止めない青葉。

 

「くっ、近づけねぇ」

 

「踏み込んだら抜かれるッ」

 

 

中央に集まる相手ディフェンスの壁。青葉のドリブルを警戒して前に出てこない。

 

 

そして———————

 

「——————え?」

キーパーはその光景を見上げるだけだった。

 

 

青葉の右足から放たれた白い弾丸が、ゴールネットを突き刺したのだ。

 

 

静まり返る声援。一瞬の静寂の後、

 

 

わぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!

 

 

大歓声に変わる。高校生とは思えない強烈なミドルシュートが、試合終了間際にさく裂。青葉の飛び道具が総体に比べてさらにアップグレードされているのを証明するシーンだった。

 

「—————————」

何と表現すればいいのか分からないといった顔をする秋本。フォワード顔負けどころか、国内プロ顔負けの弾丸シュートを決めた青葉に格の違いを刻み付けられた。

 

 

「うはっ、あれキーパー反応できてなかったぞ」

 

「今何キロ出たんだよ!? すごいシュートだったぞ」

 

 

八雲と火野が駆け寄る。付近で見ていた二人だが、彼らも見えなかった。気づけばボールがゴールネットに突き刺さっていたのだ。

 

「—————いやはや、あんなシュートは想定外ですねぇ」

ベンチの岩城監督も、さらにパワーアップした青葉のシュート力に顔が引きつっていた。

 

「湘南大付属のキャノンフリーキック以上だな、あの迫力は」

近藤顧問も、あのシュートが決まればキーパーはひとたまりもないだろうと考えた。

 

 

試合はそのまま5対0で終了。江ノ島高校の層の厚さを再確認すると同時に、やはり宮水青葉の役者ぶりは健在であることを証明する試合となった。

 

 

 

大手報道機関の一角であるトッカンスポーツでは、その活躍に乗じ、ETUのクラブハウス事情に詳しい記者より、ある特大ネタが先行で配信される。

 

 

—————江ノ島サッカー部から史上初! 不動のエース宮水、イースト東京ユナイテッド入り!!

 

高校総体得点王にして、大会最優秀選手、ベストイレブンに輝いた江ノ島のエースがついにプロの舞台に足を踏み入れる。神奈川の怪物、江ノ島高校サッカー部の宮水青葉がイースト東京ユナイテッドの特別指定選手となることが明らかになった。

 宮水選手は世代別アンダー15日本代表でもすでに実績を残しており、特にブラジルを破り、アンダー15ワールドカップ準優勝に貢献するなど、輝かしい実績をすでに挙げている。早くからプロの舞台で活躍の場を求めていたこともあり、水面下で交渉を続けていたETUが粘り強いテーブルを作り続け、今回の経緯となった。

 なお、今後の予定では宮水選手は来年のキャンプに参加することが決定しており、高校生Jリーガー誕生も時間の問題と予想される。

 

 

これは他のクラブも予想していたことだ。宮水を獲得できなかったことは残念だ。しかしトップチーム入りを目指す彼と、ユース入りを考える他のクラブ、一年目は育成と考えるクラブとは折り合いがつかず、破談となっていた。

 

 

しかし、好意的な意見ばかりが通るはずもない。

 

 

—————時期尚早? 博打に近い宮水獲得は吉と出るか

 

先日、ジャパンリーグ一部のETUから公式に、宮水青葉獲得の事実が明らかになった。これまで高校総体、選手権予選で華々しい活躍を見せつけ、過去にも世代別代表で結果を出し続けてきた“悪童”は、果たして一部リーグにレベルにあるのか。

 中学時代より単独でのプレーが目立つ彼の特徴は、その推進力ではあるが、一回りも二回りも違う大人たちの前で、果たして圧倒的なプレーを実現できるかは甚だ疑問である。

 その証拠に、長らく世代別代表に召集されず、高校サッカーという狭い舞台でのみ結果を出す状況に陥った彼は、やはり代表で何らかの問題を抱えているのだろう。

 さらに、最近明らかになるファンに対する暴言と報道陣に対する大人げない対応。どうも彼は、技術はあっても精神的に成熟したとは言えない状況だ。

 果たして、晩年降格争いのETUの中で、彼を諫めることのできる選手はいるのか。

 

 

—————もはや一部降格は必然? 宮水青葉を獲得するデメリットとは?

 

強すぎる個は、軋轢を生み出す。サッカー界においても、エゴを出したプレーというのは組織の中で浮くものである。そんな中、雑草集団に近いETUに、宮水青葉という強烈な個が入団することになった。彼は間違いなくトップレベルの実力を有してはいるものの、明るみに出るその未熟な精神性、応援するファンに暴言を吐く等といった、情緒の不安定さは隠しようがない。そんな傲慢な一面を持つ彼に意見できるプロが見当たらないチーム状況は、もはや絶望的といっていいだろう。

 

 

 

—————この悪童は、日本サッカーの革命者か、それとも破壊者か

 

新進気鋭の若手、江ノ島高校のエース宮水青葉。先日ETUが獲得を発表した超高校級の逸材である。斜め45度から繰り出されるクロスとシュートの正確性はプロレベルであり、単独突破を好む傾向にある彼は、果たして日本サッカーにどういった影響を与えるのか。

 そんな新進気鋭は、どういった半生で誕生したのか。岐阜県下のライバルチームはかつて、彼のことを猪と呼んだ。

 

—————パスを選択肢に入れていない。相手を見下ろすようなドリブルが目立った

 

ブラジルではおなじみの、相手を小馬鹿にしたようなトリッキーなフェイント。なるほど彼には多彩なドリブルフェイントがあり、どれも素晴らしい技術だ。しかし、サッカーを志す者として、何か重大な欠陥を抱えていると言わざるを得ない。

 

 

—————怒った時は、荒いプレーではなく、相手を絶望させるプレーを好む

 

ファウルで散々削られ、すぐに倒れる相手に対しては、酷く感情を露にするケースが目立つ。彼はそれらに対して荒いプレーはせず、逆に試合を破壊するような、圧倒的なプレーで相手を叩きのめしたという。元々実力は抜きんでていたとはいえ、情けという言葉を知らず、単独プレーで1試合に5得点を奪い取り、相手チームは悔しさに濡れたという。その最中、笑みのような表情さえ浮かべており、その嗜虐性は疑う余地がない。

 

 

—————彼には情緒を成長させる時間がないように見える。

 

以上のことから、彼には高すぎる技術と実力はあるものの、相手を常に見下ろすようなドリブルの特徴があり、とても日本人の中で生まれたようなプレースタイルとは言えない。軋轢も相当であり、岐阜県下から神奈川に移ったのも決して無関係ではないだろう。もし、彼の技術と力が通用しない場合、どうなるのか。想像するのも怖いものである。

 ただ、ジャパンリーグには奮起してもらいたい。未成熟な天才に蹂躙されるようなリーグでは、欧州四大リーグには到底追いつけず、世界の笑いものになりかねない。

 

 

 

そして、彼の獲得に対しても評価は二分しており、噂を信じないもの、信じるものでレスバトルが展開されるほどだ。

 

 

—————プレーを見る限り、そこまで自己中心的には見えない。パスも出すし、シュートと使い分ける判断力も

 

————すべてガセネタじゃないのか?

 

————根も葉もないうわさ。それともお得意の印象操作とか?

 

————ほんと、いつまでたっても成長しねぇな、糞メディア。

 

————また逸材を潰す気か、この国は。長身FWの失敗や、和製アンリ、和製ロナウドの惨状とか、こいつら知らねぇだろ

 

 

—————ほっとけよ、報道が過熱しすぎだろ? もしかして、メディアの新しいおもちゃはアイツか?

 

 

————あ~あ。せっかく日本のレベルが上がりつつあるのに、またマスゴミが邪魔をするのか。持田の次はこいつかぁ

 

 

という意見もあったが、

 

 

—————つうか、16歳に蹂躙されるリーグとか、恥ずかしくないの?

 

 

————生意気そうな顔をしてるぞ、このクソガキ。怖いものなしの青二才は、ここで壁にぶつかるべきだろ?

 

 

————まあな。こういう若手を跳ね返すぐらいしないと、リーグを応援する意味も消えちまうよ

 

 

————応援するファンに暴言とか。何をどうしたらそうなるのか。

 

 

—————まあいいじゃないか。逢沢駆がヒーロー路線で頑張っているんだから。こっちが日本代表の要になるだろうしさ

 

 

————いいよなぁ。あの選手。受け答えもいいし。それに、可愛いし

 

 

————ヒール宮水とヒーロー逢沢。どちらを応援するかなんて、決まったようなもんだろ?

 

 

————まずは受け答えをしっかり躾けないとな。品のない実力者とか、ノーセンキュー。

 

————日本にバ〇〇ッリはいらない

 

————〇ロテッ〇はいるだろ、〇ロテッ〇は

 

 

————ウジ虫とか、思いっきり中〇信者だろ、こいつ。こいつだけは、代表入りさせちゃいけない。2006の時と同じようにチームが崩壊する

 

————まったくだ。ああいう勘違い少年はここらで痛い目見させないとな。未来の日本代表の為に

 

————ほら、本〇も中〇信者だったじゃん。こういうキャラはいるよなぁ。サッカーやっていると。

 

————このクソガキ、火病抱えてるんじゃねぇ?

 

 

—————異常だよな、ファンに暴言とか。ていうか、記者の前でそんなことをするとか、終わってんな、こいつ。

 

 

————俺、来シーズンはETUアンチになるわ。こいつが日本にいる限り、アンチになるから

 

 

————どうせ、すぐに選手放出するだろ。あのチームは弱すぎるし

 

 

————勝手に落ちるもんな、あのクラブ! ってか、嘗められすぎだろ? ここでならレギュラー獲れるとか思ってるぞ、絶対

 

 

 

 

波乱を招く報道と余波。しかし、江ノ島は意に介さず。またか、という空気が流れており、当の本人である青葉は、

 

 

「興味ない奴の雑音とか、人の言葉じゃないし、問題ないさ」

 

と、記事を書いた者たちの血管を切れさせるような言葉を吐くほど、余裕である。

 

「でも、こんなにアンチの言葉が増えるなんて。ちょっと怖いよね」

駆は、報道の力でここまで世間のイメージを変えられてしまう実例を知り、恐怖する。

 

「—————売れる記事が欲しいだけだよ。彼らは。何を信じたいのか、何を信じるのか。情報って、結構危ないよな。ネットがガセになったり、真実になったり。報道がそんな風になったり」

 

なんでもなさそうに青葉は言う。ただ、この雑音はしばらく続くだろうなぁ、と考えていた。

 

これは挑発だ。自分が一向に記者の前に現れず、スカウトや代表スタッフと話をするだけだから。肝心のネタを提供しない有名人は、彼らにとっての害悪なのだろう。だから、炙り出そうとあの手この手で言葉を求めるのだ。

 

—————和の心はどうしたよ、和の心は。日本人が聞いて呆れる。

 

ゆえに、変に悩まないことにした青葉。彼らは日本人ではないのだから、相手にしない。それと、勝手に中〇信者認定されている元の人物を見習い、自ら言葉を発信するようにしとかないと不味いだろうなぁ、と感じる青葉だった。

 

 

 




なお、半年後に大恥をかく人多数。




Q.何か言うことは?

A.・・・・・・・・



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第二十七話 騎士の離脱

GW中は頑張ります。


 

 

江ノ島高校が快進撃を続ける中、宮水青葉内定が秘密裏に決まっているイースト東京ユナイテッドでは、ひと騒ぎが起きていた。

 

「—————えっと、それ本当なんですか、後藤さん、前田さん!?」

金切り声で、詰め寄ってくるのは、このクラブチームの広報であり、会長の娘の永田有里である。今先ほど後藤と前田の口から出てきた言葉は、彼女にとってのサプライズに等しいものだった。

 

「あ、ああ。前田補佐からそういう話も聞いた。まさかうちを選ぶとは想像していなかったが—————」

 

「彼はしっかりと、うちにはいることを了承してくれました。程なく内定の正式な公表をするつもりです」

 

特別指定選手として、日本アマチュアサッカー界の新星と謳われる宮水青葉が、ETUを選ぶなど前代未聞と言っていい。

 

彼は今、伝説のトップ下の後継者、逢沢駆と共に高校サッカーで旋風を巻き起こしているのだ。

 

「これは一大事ですよ! 一大事! こんな大物、達海さん以来じゃないかしら!」

日本のフェノーメノとも呼ばれている彼は、日本サッカー界に必ず変化を与える。一人のエースがチームを変える期待感を膨らませていた。

 

 

「—————いい土産話も出来た。これなら—————」

後藤GMは、これからロンドンへと向かう。有里とともにある人物を連れ戻すためだ。

 

「—————でも、本当にいるんですか? もしかすると、デマなんじゃ」

ロンドンの五部リーグで、監督をやっているらしいあの男。デビュー戦での大けがから引退に追い込まれ、そのままサッカー界から消えたと思われていた。

 

そんな男が今や監督としてロンドンを盛り上げているらしいのだ。

 

「—————達海」

 

誰にも聞こえない声で、後藤はつぶやく。

 

————もしかすれば、このETUの救世主になれる奴がいるんだ

 

背番号17の獲得は、後にアンダー世代とのパイプをさらに強くさせるものになる。

 

ロングフィードに強みを持つ司令塔。

 

高さという武器を備えるストライカー。

 

そして伝説の後継者。

 

ETUに黄金時代を齎す屈指の実力者たちが、アジアの大舞台、そしてその先の世界で輝くことになる。

 

弱いクラブチームが、ビッグクラブを倒してしまう。そんな夢物語のような未来が。

 

 

 

江ノ島高校は続く試合も7対0と圧倒。フルメンバーで臨んだ試合で、逢沢駆の2ゴール1アシストと、宮水青葉の2ゴール1アシストにより、大量点差で勝利。

 

高瀬もこの試合で2ゴールと爆発。止めは荒木のフリーキックで奪い取り、余裕の試合展開で神奈川高校を蹂躙。

 

この一年で、神奈川の勢力図が一変した。群雄割拠と言われた時代が終わり、神奈川は江ノ島高校の一強時代が続くことになる。

 

走れない選手が淘汰され、走る選手が考えて動く。そして上手くなっていく。

 

 

 

一方その快進撃を続ける江ノ島に予定されていた痛手が発生する。

 

 

「すいません。選手権予選の日程がここまで重なるのは悔しいですけど」

 

逢沢駆が、U-16日本代表に選出されたのだ。荒木も候補に残っていたが、今回は落選となった。

 

しかも、高校生組は逢沢と世良、遠野、島、佐伯、風巻の6名のみという内容。ユース組が大多数を占めることとなった。

 

 

「黄金世代と言われても、やっぱユースは上手いんだな」

八雲は、逢沢傑世代と言われた高校生組があまり選出されていない事で、ユースの壁の高さを感じた。

 

「ああ。ユースの試合は高校とは別ベクトルで洗練されている。普通の強豪校でも五分五分以下だからな」

紅林は、ユースの試合で飛び交うシュートを見てレベルは違うと感じていた。

 

高校サッカーとユースでは技術に差が出ている。しかも、フィジカルでも最近水をあけられているような気がする。

 

「—————同年代であそこまでできる。ならば、俺たちもまだまだ成長できるということに、他ならない」

 

ユースに対して対抗心を燃やしているのは織田。プロ入りを目論む彼に問って、昇格組と言われる彼らはライバルなのだ。

 

「————けど、本当の怪物は、高校サッカーから生まれるものだと、俺は思うね」

的場は頼もしさを感じる視線を駆にそそぐ。

 

「か、怪物って、薫君僕は怪物ではないよぅ!」

 

「謙虚な怪物だな。これは」

青葉も愉快そうに笑う。

 

しかし、駆には言い足りないのか、青葉は尚も続ける。

 

「前にもいったが、完勝が快勝に変わるだけだ。お前は選手権本選に照準を合わせるだけでいい。アジアの壁ぐらい、軽く乗り越えて見せろ」

 

驚いたような顔をする駆。アジアのレベルに遅れを取るなよという青葉の強烈な檄を飛ばされたが、とたんに戸惑いの顔が笑顔に変わる。

 

「—————そうだね。アジアの壁を乗り越えないと、世界にすら届かない」

 

 

「だからやり遂げるよ。来年のU-17ワールドカップに出るためにも」

 

その先の世代別ワールドカップ。必ずそこに、青葉はいるはずだ。

 

「青葉も出るんでしょう? その大会に」

 

 

「—————ああ。今度は選ばれないとな。五輪優先のつもりだが」

 

彼がいれば、片方のサイドは圧倒できる。後は自分が逆サイドを制圧すれば、日本は勝てる。

 

 

「ま、世界を驚かせて見せろ。結果次第で特別指定選手の道だって、開くかもしれないし」

 

 

「—————ありがとう、青葉」

 

 

こうして、逢沢駆は世代別代表へと合流。江ノ島は両翼の片割れを失ったが、代わりに入るのは的場。戦力的にも見劣りはしない。

 

「青葉君、右で出ないの?」

 

右サイドハーフが定位置だった宮水青葉はトップ下へ。右サイドハーフに的場が入ることになったのだ。

 

「俺はどちらも出来る。クロスを上げるから、ゴール前は集中しろよ?」

影響はさほどないと言い切る青葉。代わりに強烈な檄を飛ばすのだ。

 

「うん。本当に、頼もしさしか感じないよ(だからこそ、勉強になるんだ)」

 

 

 

その数日後には、今大会注目のダークホース、相模ヶ浦高校との試合が待っている。

 

その次は葉陰学院、さらにはファイナルに来るであろう鎌倉学館が待ち構えている。

 

 

特に、相模ヶ浦高校は江ノ島と同じく走るサッカーを志向しており、かなりの強敵になり得るのではと考えていた。

 

 

試合映像を見る一同は、彼らのパスワークに驚いていた。

 

「凄い、全員の走る意識は相当なものですね。だからスペースが空くし、パスも通りやすくなる」

 

美島も、走るサッカーの答えを見せられているような彼らの奮闘ぶりに、舌を巻く。

 

「単純な走力では決着がつかないようだ。勝敗を決するのは、球際の強さ、ゴール前での精度か」

青葉も、高校サッカーらしからぬ彼らの技術の高さに驚いていた。こんなサッカーをするチームが神奈川にいたのかと。

 

 

————いいな。全員の守備意識もさることながら、攻撃への意識も高い

 

 

彼らの出身、簡単なプロフィールは既に把握している。彼らはもともとユース出身の選手で構成されているが、そのユースが解散してしまったのだ。

 

紆余曲折を経て、どんな物語があったかは知らないが、彼らは高校サッカーで戦術を変えようとしている。

 

————面白い。受けて立つ

 

青葉は燃えていた。彼らのサッカーを良いものだと感じ、猶更戦い甲斐のあるチームだと思い込み、闘志を燃やす。

 

「彼らのパスを封じるには、こちらの運動量も必須となります。パスコースを塞ぎ、スペースを消す守備。序盤は我慢比べになるでしょう」

 

彼らが受けて立つなら、カウンターサッカー。互いに慎重になるなら、カウンターの応酬。

 

そして、守備陣がどこまでラインを上げられるか。攻撃陣がどこまでファーストディフェンダーになれるのかだ。

 

————歯ごたえのない全国のなんちゃって強豪よりも、いい試合になるかもしれんな

 

 

固まって守備。ロングボールを蹴りこむだけの、縦に早いをはき違えているパワーサッカー。技術に酔って、横パスばかりで闘志のない、メッセージすらないパスを繰り返す、俺たちのサッカー気取り。

 

 

一方相模ヶ浦高校は、次の対戦相手となる優勝候補筆頭との大一番を前に、闘志を燃やしていた。

 

「次の試合で、まさか江ノ島と当たるとはなぁ」

 

総体を圧倒的な力で制した今年の王者。予選で大活躍した逢沢駆を欠いた中での偉業達成。

 

多くのタレントが揃い、総体に比べて守備力も上がっている。

 

そのキーマンは、

 

「12番、堀川か」

潰し屋として江ノ島の中盤の守備を支えるボランチ。運動量とボール奪取能力に長けた縁の下の力持ち。

 

そんな彼とコンビを組むのは、ロングフィードが武器の織田。キャプテンとして精神的支柱となっている。

 

 

ここを潰せば、江ノ島の攻撃は遅らせることが出来る。

 

「ああ。このダブルボランチを優先的に警戒する必要がある」

このチームの背番号10天童一英は、ショートカウンターの時にケアすべきはここだと考えている。

 

 

「とはいえ、一つ懸念なのは宮水青葉がどこのポジションで出るかだ」

ディフェンスの要、竜胆勇気は、青葉のポジションがどこになるかによって、対応の仕方が変わってくると考えていた。

 

 

現在、青葉の主戦場は右サイドハーフ。しかし、ジュニア時代では多くのポジションを経験し、鎌学戦ではOMFを務め、数的不利の中、チームを逆転勝利に導いている。

 

 

もし、彼が真ん中のポジションに来るならば、彼の個の力を封じる守備をしなければならない。それは数多くのチームが試み、無残な結果を生むこととなっている。

 

「確かに、単純なフィジカルでも、走力でも、あれは高校生の域を超えているぜ。ありゃあ反則だな」

背番号14であるエースストライカー天童次英は、同じアタッカーとして彼は規格外だと証言する。

 

「俺たちディフェンス陣が、どれだけ勇気をもってラインを上げてスペースを消すかだな」

中盤を担うMFの信楽も、そんな守備陣をケアできるかがこの試合の戦術での優位性を奪い取るカギになると考えていた。

 

「抜け出されたら終わり。マンマークで一人使う必要があるな。というか、ユースにもあんな化け物いなかったぞ」

 

「ああ。ユースであいつがやっていたら、得点王は取るんじゃないか?」

 

MFの松本とDFの瀬賀も、日本人離れした彼の実力に警戒心を強めていた。

 

「あのフィジカルと体幹、いったいどれだけの鍛錬をしたのか」

 

 

「ま、いくら絶対的エースがいても、サッカーは何が起きるか分からんやろ? やる前から堅くなる必要はあらへんよ」

 

しかし、強大な敵を前にして固くなっている選手たちに陽気な声をかけるのは、監督の阿久津だ。

 

「まさに、あれは日本史上最高傑作と謳われる尾野伸二や、イタリアで活躍した仲田英寿、規格外のフォワードと言われたドラゴン久保のような存在や」

 

 

「けど、みんな勘違いしてへんか? サッカーは11人でやるスポーツやで?」

 

「あっ」

 

「————そうだった」

 

「無駄に相手を大きく見るわけにはいかないな」

 

落ち着きを取り戻す選手たち。彼一人なら、人数を掛ければ遅らせることもできる。

 

選手たちにいつもの闘志が戻ったので、阿久津はもう一声彼らにエールを送る。

 

「胸を借りるつもりで、ワイらのサッカーを、江ノ島に見せてやろうやないか!」

 

 

 

 

準々決勝、ともに失点ゼロ、走るサッカーという意味では似通っている両校の対決が始まる。

 

ここからは、生中継が行われるようになり、カメラの数も格段に増えていく。

 

『さぁ、選手権大会神奈川予選も大詰め。ベスト8が出そろい、今大会注目のカードが間もなく始まります』

 

『高校サッカーでは屈指のタレント揃いの江ノ島高校。逢沢選手がいませんが、層が厚いですねぇ』

 

『はい。驚きなのは、今大会初めてトップ下に宮水選手が入ることですね』

 

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 桜井

CB  4番 海王寺

CB  5番 三上

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF12番 堀川

LMF11番 兵藤

RMF18番 的場

OFM 8番 宮水

CFW 9番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)16番藤原、19番林葉、(DF)15番 園田、14番錦織、17番 藤田(MF)、10番 荒木、7番 中塚、(FW)20番 夏目、13番 火野

 

7番 逢沢(代表召集のためベンチ外)

 

『テクニシャンである荒木選手がベンチスタート。これは、後半のジョーカーとしてでしょうか?』

 

『間違いありませんね。どちらも運動量が求められるチームです。足の止まり始めた時間帯。彼を投入すれば試合の流れは変わるでしょう』

 

 

対する相模ヶ浦高校。江ノ島高校と同じく、4-2-3-1を採用する布陣。ワントップには背番号14の天童次英、トップ下背番号10の天童一英。

 

 

ダブルボランチではあるが、状況に応じてCMFからDMFに変化する。

 

GK  1番 村木

LSB 5番 竜胆

CB  2番 瀬賀

CB  3番 藤川

RSB 4番 玉川

CFM 7番 信楽

CFM 6番 倉田

LSB 9番 菊地

RSB 8番 松本

OFM10番 天童(一)

CFW14番 天童(次)

 

 

注目の一戦が幕を開けようとしている。

 

そんな神奈川の実質的なナンバーワンを決める決戦を目撃しないライバルはいない。全国から他校の生徒が偵察に来るほどであり、それは県内も例外ではない。

 

「しかし、駆一人がいなくても恐ろしい前線だな」

鎌学のFW、鷹匠は、江ノ島のスタメンを見てやや苦笑いをする。その理由はあの男が先発落ちであるという理由だ。

 

「確かに。荒木さんがスタメンではないことに驚きを隠せません。やはりフィジカル面での影響でしょうか?」

下級生の鎌学選手は、荒木のスタメンではない理由に、フィジカル面で問題を抱えているからなのではと推察する。

 

「—————あまり見たくはなかったが、予選でうちとやり合う前、狸腹の様な醜態を晒していたからな。あれから体型を戻したことも驚きだが、奴のフィジカルはスタメンには不十分なのだろう」

鷹匠は、如何にテクニシャンでもスタメンが確約されていない江ノ島の層の厚さを面白いと考えた。

 

「ええ、特にうちの中盤を蹂躙した青葉さんが最初からトップ下です。江ノ島の虎の子の布陣。どれほどなのか……」

 

「国松。実際総体予選の奴はどうだった?」

 

国松に話を振る鷹匠。彼は実際手負いではあるが青葉とマッチアップしたのだ。

 

「暴風そのものだ。傑とはタイプが違うな。だが、ディフェンスに与える怖さは、傑を圧倒している。奴は囲まれても打開できる力がある」

 

実際、包囲網を食い破り、何度も鎌学のゴールネットを揺らしたのだから。

 

「だな。傑のようなパスセンスは確認できないが、奴なら課題をそのままにしておくはずがない、この試合で見極めさせてもらうぜ」

 

 

そして葉陰学院。神奈川の二強時代を終焉に導いた怪物を前に、複雑な心境を持つ者が多い。

 

「—————江ノ島はいつから、あそこまで強くなったんですか?」

スタンドから見ていただけだった1年生ストライカーの蝦夷は、急激に強くなった江ノ島を見て懐疑的な目を向ける。

 

総体という夢の舞台で圧勝劇を見せつけ、今のところ死角すら見えない。見つけたとしても、江ノ島御自慢の前線に圧殺されてしまう未来しかない。

 

「————運動量はもともとあった。カウンターの精度こそ悪かったが、その切れ味は鋭いものを感じていた」

葉陰学院の皇帝飛鳥亨は、江ノ島にはここに至るための下地があったと証言する。

 

「————そこに合わさったのが、あの一年生世代、ですか?」

少し嫌そうな目で彼らを見るのは、鬼丸だ。単純な走力で封殺した相手、宮水青葉にライバル意識を持っているのだ。

 

「ああ。青葉君だけではない。代役の的場君も、今大会は当たり負けが少ない。高瀬君も前線での怖さが増した。何より、あの荒木竜一がスタメン落ちする層の厚さだ」

 

飛鳥はそこまでで言葉を切る。荒木竜一というカードをベンチに置くことが出来るのは、戦術を理解し、行動できる選手が多いからだ。

 

「まあ、なんだ。恐らく江ノ島の本気が見られるぞ。そして、相模ヶ浦の真価が問われる一戦になる」

何度も江ノ島にゴールを許したキーパーである岩本は、彼らを敵視しつつも分析することを怠らない。早く試合が始まってほしいと願う。

 

 




駆君離脱。そして、この先の運命を変えるアジア杯決勝へ・・・・


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第二十八話 騎士、アジアに立つ

連続投稿です。先に27話読んでくださいね


 

江ノ島高校対相模ヶ浦高校の試合は、相模ヶ浦高校のハイプレスから始まった。

 

 

「俺にダブルチームか」

ボランチとトップ下のダブルチームを前に、顔色一つ変えない青葉。トップ下の天童一英は、青葉とピッチで相対することで、その実力とオーラを一番肌で感じていた。

 

—————こいつを自由にさせたらだめだ

 

 

しかし、絶え間なく位置をずらし続ける青葉のプレーは余裕すら感じさせるものだった。序盤は無理をせず、一人剥がしてパス。

 

単純な足技、フェイント言えるほどの動作もなく、青葉はスロースタート。

 

しかし奪えない。

 

「簡単に上げるな、ボールを回していくぞ」

織田は青葉からのヒールパスを受け取り、周りを見ながら指示を出す。

 

————トータルフット。理論上は可能でも、現実は違う。

 

桜井は、青葉から始まったパス回しを見ながら、相模ヶ浦高校の動きを見ていた。

 

————ローテーションで動き続け、中盤で温存。

 

海王寺も、そんな相模ヶ浦高校の動きを見切っていた。

 

かなり組織的に鍛えられているが、所詮はこけおどし。本当の走力を備えているわけではなかった。

 

「くそっ、こいつら全然前に来ない」

 

「ボール狩りを警戒しているのか?」

 

相模ヶ浦高校は積極的にラインを押し上げ、江ノ島を押し込む。ハイプレス、ハイプレッシャーを続ければ、いずれミスが出た瞬間にチャンスが巡ってくる。

 

————いける、俺らのサッカーが、江ノ島を押している!

 

 

前半10分が経過。ボールをゆっくりと回す江ノ島高校。そしてボールを狩るために動く相模ヶ浦の図式が続くのみ。

 

 

「勝負しない? なんでだよ!」

 

「おいおい、攻め込めよ!!」

 

観客からは総体王者らしからぬボール回しにブーイング。

 

『開始から序盤は江ノ島ペースですが、あまり積極的ではありませんね』

 

『ええ。まるで穴を見つけるかのように虎視眈々とボールを回している、そんな感じがしますね』

 

ベンチの岩城は、無理に行くなという指示を出している。

 

「まだです。まだ相手の守備シフトが映像と差異があるか確認が取れません。やはりローテで交代をしていますね」

 

「問題は、中盤の切り崩し方、でしょうか」

隣の美島は、ラインが高く、中盤も熱い相模ヶ浦のディフェンスに対し、一筋縄ではいかないと考えていた。

 

「—————数的不利を真正面から崩す必要はありません。こういう時こそ、織田君や荒木君のような選手の出番ですよ」

 

岩城は既に攻略法を見つけていた。前線で相手陣形を見ているワントップの高瀬、デュエルをしない青葉、そしてボランチにはピッチでの相模ヶ浦高校の動きが大体把握できていた。

 

「馬鹿正直に、あそこまで同じ動きをしていれば、わかってくるでしょう」

 

規律正しく動いている。それはチームプレーとしては良いことだ。しかし、サッカーはアドリブを入れなければ勝てない。

 

アドリブが出来る選手は、個の力が高い選手であり、自ら仕掛けることが出来る選手だ。

 

相手も真ん中の青葉を警戒して突出してきている。スピードこそ緩いが、逆にその動きが不安を煽り、相模ヶ浦にプレッシャーを与えていたのだ。

 

「—————頃合いですね。織田君に合図を」

 

 

一方、ピッチでは依然として流れに変化のない試合が続いていた。

 

一番警戒されている青葉が忍び寄るように中盤へ。天童(一)とボランチも青葉が動けば何かあると感じ、ローテーションで他の選手にプレスを任せて中盤に下がる。

 

————どうするつもりだ、わざわざ数の多い中盤によって—————ッ

 

 

「台風の穴は、どこにあると思う?」

 

不意に、青葉が口ずさんだ。

 

「なんだ、いきなり————ッ」

天童はいきなりの言葉に驚く。

 

「答えは今から教えよう」

そう言って中盤をまたしても浮浪する青葉。肝心なことは何も言わない。そして、天童兄弟も挙げていた江ノ島の心臓織田にボールが渡る。

 

ダッ、

 

左へと寄っていた青葉が右へと方向を変えて動き出したのだ。あまりにも滑らかな方向転換で、マークのボランチが一瞬振り切られる。

 

「ちぃ!!」

 

しかし、難なく追いつかれてしまう青葉。だが、これこそが一つ目の布石。

 

 

「織田さん!!」

青葉が走りこんだスペースに侵入したのは、的場。ここで中に絞る動き。マークの受け渡しはあいまいにしてはならない。

 

そしてここで、青葉が制止。動き続けていた彼が止まったことで、ボールを貰いに行く体勢になったと判断してしまった相模ヶ浦高校。

 

————三人目の動き、狙いはあのドリブラーか

 

冷静に三人目の動きを注視していた相模ヶ浦ディフェンス。事実、一歩抜け出した的場に対し、センターバックの一人がケア。目で進行方向を予測し、侵入に備えたのだ。

 

「いけぇぇぇ!!!」

 

しかし織田の選択は相模ヶ浦の予想を上回るものだった。ここで、青葉、的場を飛び越えてのロングフィード。

 

ゆっくりしたボール回しからの一撃。縦に早いとはこういうことなのだと言わんばかりの一撃が、相模ヶ浦の心臓に迫る。

 

「も、もどれぇぇぇ!!!」

 

監督の阿久津が指示を飛ばすがもう遅い。的場が動き出した瞬間にズレた穴を見つけた高瀬が完全に抜け出していたのだ。

 

ディフェンスラインを高く保つことで知られる相模ヶ浦は、後方にスペースを抱えている状況。フィジカルで勝る高瀬は、大きなストライドでぐんぐん加速していく。

 

『織田からのロングフィードが通る!! 高瀬抜け出す!!』

 

『まさに一撃必殺。鋭いロングフィードは、相手ラインが高いとこういうメリットがありますからね』

 

「うおぉぉぉ!!!」

高瀬を止めようとするディフェンス陣だが、それでも倒れない。中盤の選手が高瀬に群がる中、

 

ワンテンポ遅れて的場が移動を開始。相手の背後を負うようにフリーランニングを始める。

 

————こういう場合、加速して抜け出すのが最善

 

「調子に乗るな、一年坊主!!」

 

「うおぉ!?」

 

しかし、高瀬がついに陥落。3人がかりで体をぶつけられ、よろけてしまうのだ。しかしその長い脚を活かし、ボールだけははじき出し、相手ボールにはさせない。

 

 

「いいポストプレーだった。後は任せろ」

 

 

その言葉と共に、バイタルエリア付近からセカンドボールを拾ったのは青葉。そのこぼれ球に近いボールに対して、

 

 

「———————その隙は見逃せないな」

 

ダイレクトでのロングシュート。高瀬の抜けだしを警戒し、許容範囲まで前に出ていたキーパー。高瀬が潰された瞬間の安堵を狙われた。

 

「あぁ!」

 

「あっ!」

天童兄弟がその瞬間の青葉の背中を見ていた。もはやどうすることもできない局面で、彼は決定的な仕事を果たしてしまう。

 

「くっ、あぁ………ッ」

 

キーパーが飛び上がってボールに触ろうとするが、触ることも許されないほどに速く、手元で相当に変化しながら落ちる無回転シュートの前では、ポジショニングミスをした彼に止める術は存在しない。

 

『江ノ島先制~~~!! 前半の12分!! 決めたのはやはりこの男! 背番号8! 宮水青葉!!』

 

ゴールネットが揺れ、観客が揺れるように大歓声を送る。全国まであと3つ。その大舞台を前に

 

 

「———————っ」

 

スーパーゴールを平然と決めてしまう、しかもその全てが計算づくだというのが恐ろしい。今の派手なゴールもすべて彼の予測通りだったのだろう。

 

————今の、ボールを保持する前から状況が見えていたのかよ

 

背番号14の天童は、青葉の恐ろしいほど冷静な視野の広さに驚いていた。

 

 

「うおっ! すごかったぞ、青葉!」

 

「よく見ていたな、青葉。やはり遠目からのシュートはいい」

 

「凄かったよ、青葉!」

高瀬、織田、的場から称賛の声が上がり、他の選手にももみくちゃにされた青葉だが、嫌なそぶりは一切なかった。

 

 

「—————トータルフットは打ち止めだ。どうする、相模ヶ浦」

 

 

さらには、相模ヶ浦がケアしきれない縦のハイボールへのケアが未熟ということもバレてしまった。

 

 

ロジックの仕掛けを見破られた相模ヶ浦高校に焦りが生まれる。

 

「ワンタッチで回せ! 動け動け!」

阿久津の指示が飛ぶ。もっとパスコースをしっかりと作らないといけない。その為には動くことが必要になる。

 

しかし江ノ島高校のディフェンスは落ち着いており、迂闊にプレスには来ない。

 

「パスコースを消すだけでいい。蓋を閉じればどうすることもできない」

 

連動する守備。青葉がパスコースを限定させ、ダブルボランチがしっかりと蓋をする。ある程度入り込んだ場所ではパスコースもおのずと限られてくる。

 

「くっ!?」

天童兄はパスコースを限定され、追い込まれていくことに気づく。

 

—————12番堀川か!

 

 

12番が上手く立ち回っているのだ。彼は中盤に座すことで自由を得た。ボール奪取能力に長けた彼だからこそ、見えている景色がある。

 

攻撃では織田が、そして守備では彼の動きそのものがタクトになっているのだ。

 

 

「迂闊だな」

 

青葉が横から天童へのプレスを仕掛け、ボールが零れる。まるで円を描くようにボールホルダーの周囲をフリーランニングしていた青葉は、天童にボールが集まることを予期し、彼の死角から一気にボールを奪ったのだ。

 

————しまった、狙われていたのか!?

 

「今度は決めろよ、高瀬」

そしてここでスルーパス。敵陣を切り裂く球足の速いボールが一気に縦へと入る。

 

そして、高く上がったラインに抜け出したのは、またしても高瀬。今度は全速力でボールを追いかける。

 

 

そしてそのまま——————

 

『一対一を制したのは高瀬!! そのまま押し込んだァァァ!! 前半27分、江ノ島2点目!! 決めたのは1年生ストライカー高瀬!!』

 

『ワンタッチパスに固執し過ぎましたね。ブロックを組んだ相手には有効な戦術の一つですが、ロストすると逆にピンチになりますからね。縦に勝負する必要もあったでしょう』

 

勢いを失った相模ヶ浦高校は得意のワンタッチパスを悉く弾かれ、攻撃を組み立てることが出来ない。

 

「くっ」

ついにはワンタッチパスその物を封じられ、得意の形を作り出すことが出来なくなってしまった。

 

前半の序盤にボールを回していた江ノ島と、前半の中盤からボールを回されている相模ヶ浦高校。

 

『苦しい状況ですが、王者相手に意地を見せてほしいですね』

 

『しっかりとブロックを作り、致命傷を避けている格好ですね。割り切りが出来ていて江ノ島は効率のいい守備をしていますよ』

 

 

前半は相模ヶ浦が支配率では江ノ島を上回っていたが、チャンスらしいチャンスは作れず、シュートも苦し紛れのロングシュート一本に抑えられた。

 

 

慌てない。試合の流れを理解し、無理をしない。全体の意思が統一されており、江ノ島に対して相模ヶ浦が付け入るスキはなかった。

 

「皆さん。前半はよく我慢してくれました。ワンタッチパスを防ぎに行くのではなく、致命傷になり得るキーパスのコースを遮断する。これだけでいいんです。しかしショートカウンターの際、青葉君のカットはこれ以上ないプレーでしたし、その後の高瀬君の突貫は相手に余裕を奪いました」

 

監督に褒められた高瀬は笑顔で、青葉は油断なく頷いていた。しかし高瀬も高瀬ですぐに真顔に戻っており、切り替えは出来ていた。

 

「後半、飛ばしてきた相手は運動量が落ちるでしょう。止めになる3点目を奪いに行くタイミングはこちらで指示を出します。いいですね?」

 

はいっ!

 

 

 

後半からはもはや両者が走るサッカーであると言えないほど明暗がくっきりと分かれてしまう。

 

「くそっ、戻れ戻れ!!」

 

竜胆が選手に指示を出すが、前線の選手の戻りが遅い。しかも中盤はガス欠が見え始めている。

 

チームとしての閉塞感が相模ヶ浦に与える疲労感と絶望は半端ではない。

 

「あっ!」

 

横パスをカットしたのは、的場。パスコースを限定し、ドリブルコースを遠回りする方向だけを残していたのだ。

 

明らかな集中力の欠如。そこを狙われた。

 

ショートカウンターの際に一気にスピードアップするのは江ノ島の十八番だ。高瀬がゆっくりとターゲットマンになるように走り、二列目の兵藤と青葉が飛び出してくる。

 

「そろそろこっちもこい!!」

兵藤が叫ぶ。守備ばかりで貢献するばかりでは物足りない、と。

 

二列目から飛び出した二人がディフェンスラインを下げさせ、後方より高瀬の陰に隠れるのは織田。

 

その瞬間、織田とのアイコンタクトを取った的場。

 

織田へのパスを選択する的場と、そのボールを受けるよう体勢を変える織田。相手は当然織田のロングフィードを警戒する。

 

————こいつのパスから、攻撃は始まっている!

 

 

しかし、ダイレクトでリターン。的場の走りこむスペースへとパスを出した織田。二列目と高瀬を警戒していた陣形がまたも崩れる。

 

————見えたッ

 

的場には乱れた陣形の穴が容易に分かる。ドリブルで横の揺さぶりをかけるだけでラインがズタズタになる。

 

ステップオーバーでボディフェイント、そして詰めてきた相手には——————

 

「なっ、あぁ!?」

 

ダブルタッチ。素早く横にスライドし、一瞬で抜き去る的場の伝家の宝刀。そしてそのまま一気呵成にドリブルで切り込んでいく。

 

 

『的場からの縦パス! おっとダイレクト! 的場に通って、仕掛けていく、仕掛けていく! 躱して、切り返し! シュートぉぉぉぉ!!!』

 

ここで、慌てて体を投げ出してシュートコースを塞いだ選手を冷静に見ていた的場が、右足で切り返し。

 

横にずれていく相手選手を尻目に、的場のシュートコースが再び復活する。

 

 

その刹那に左足一閃。塞いでいたはずのコースが破られ、限定していたニアサイドの逆を突く一撃に反応が遅れた相模ヶ浦の守護神。

 

ゴールネットを揺らすボールと、江ノ島3点目を告げるホイッスルが鳴り響く。

 

『決めたぁぁァァァ!!!! 江ノ島3点目! ドリブラー的場の鮮やかなフェイントで、ゴールをこじ開けました!』

 

『最後の切り返しが効きましたね。あれはどうしようもないですよ』

 

『後半8分! 早々と追加点を奪った江ノ島! さぁ、苦しくなります相模ヶ浦』

 

 

心を折るには最適な時間帯でのダメ押し。時間だけが過ぎていき、相模ヶ浦は有効打を打つことが出来ない。

 

 

そして後半20分過ぎには——————

 

『江ノ島高校、ここで選手を代えるようですね。6番の織田が下がります。今日中盤で質の高いパスを供給した織田の代わりに10番の荒木、的場に代えて20番夏目が入ります』

 

その5分後には—————

 

『ここで高瀬が下がります。背番号13火野が入り、江ノ島高校は交代枠をすべて使い切りました』

 

『荒木というチーム屈指のパサーを投入した江ノ島。相模ヶ浦としても、前線がフレッシュになった江ノ島の運動量に、精度の高いパスでは前に出るのも難しいですね』

 

 

 

とはいっても、運動量が落ちほぼ陥落寸前となっている相模ヶ浦に打てる手はなく、時間だけが過ぎていく。

 

『あっとミスパスになった! ロングフィードからの!  兵藤の折り返し!! あっと火野を飛び越えて、走りこんでいたぁァァァ!!! 江ノ島4点目!! 背番号20の夏目が二試合連発!! ダイレクトで決めて見せました!!』

 

 

『狙われていましたねぇ、縦パスを。堀川君の察知する能力は高いですね。ですが、宮水君を中心とした前線が組織的にプレッシングすることでコースを限定させたからこそ、堀川君も思い切って前に出ることが出来ました』

 

『ですが圧巻は、兵藤へのロングフィードを演出した宮水君と、そのボールを折り返した兵藤君のラストパスですね!』

 

堀川が飛び出した瞬間に空いているスペースを荒木がカバー。堀川の飛び出しをケアしつつ、ショートカウンターの準備をしていた前線。

 

『交代選手が機能した素晴らしい攻撃です。堀川君が奪った瞬間に縦パスで宮水君に、プレスがなかったわけではありませんが、相手の股を抜くファーストトラップで振り向き様に躱してロングフィード。ここ速かったですね』

 

ターンしながらのトラップで相手を手で押さえながら振り向いたのは青葉。実は、彼は堀川が飛び出した瞬間の直後、前線の選手の位置を確認していたのだ。

 

素早く右サイドへ大きく展開し、後は兵藤の匙加減。火野がニアに走りこむ献身的な走りで相手を惹きつけ、同時に自分でも決められるようポジショニング。

 

最後はスペースに飛び込んできた火野がダイレクトで蹴りこむだけだったのだ。

 

スペースをいかに作り出すか。二列目の飛び出しをいかに効果的に行うのか。

 

4-2-3-1の有効的な戦術を、これでもかと見せつける。

 

 

 

この4点目が決定打となり、試合の流れは停滞。江ノ島は最後スタミナ温存。流しながらのプレーとなり、相模ヶ浦も動けないまま、タイムアップの笛が鳴る。

 

 

『試合終了~~!!! 江ノ島勝ちました! 4対0と快勝! 序盤の緩いパスワークから縦に速いサッカーで相模ヶ浦高校を撃破! 流れるような連動から後半も躍動!』

 

『いやぁ、本当にすごいですね。ここまで完成度の高いチームは稀ですよ。総体の時よりも連携は強化されていますし、個の力もさらにレベルアップしています』

 

『さぁ、江ノ島高校の次の相手は長らく神奈川サッカーを牽引してきた二強の一角、葉陰学院! どんな試合模様になるのか、次も楽しみです』

 

 

そして一方、アジア選手権に出場中の逢沢駆は———————

 

 

『これが逢沢駆の反転ルーレット!! 切り返して、シュートぉぉぉ!!! 決めたァァァ!! 今大会4点目!! 3試合で4発!! 後半ロスタイム! グループリーグ3連勝を手繰り寄せる、値千金のゴラッソぉぉぉぉ!!!』

 

 

今大会躍動するのは、ユース組ではなく高校生組の逢沢駆であった。前評判は逢沢傑の七光りと言われてきた彼だが、初戦の中国戦で1ゴール1アシストと結果を出したのに続き、

 

2戦目となる北朝鮮戦では超絶フェイント、ヴァニシング・ターンがさく裂。ボールが消えたと錯覚させるほどの威力を誇る反転ルーレットに次ぐ逢沢駆の大技。

 

鮮やかなドリブルで敵陣を切り裂き、ゴールを決める姿がついに重なった。

 

まるで、伝説が舞い降りたかのような光景だと。逢沢傑の弟は、やはり規格外の存在だったと。

 

ついに兄越えを成し遂げたと思われる駆は、尚も予選リーグで猛威を振るい続け、先制ゴールに続き、試合の流れを決定づける彼のゴールが試合会場を興奮の渦に包み込む。

 

 

アジア屈指の死のグループと言われたグループDを首位通過。3戦目はあの韓国を相手に躍動。

 

2位の北朝鮮とともに、グループリーグ突破を決めたのだ。

 

「最後のシュート。切り返しからの素らしたシュートは見事だった。とっさの判断なの?」

世良はラストパスを送った相手に尋ねる。キーパーの逆を突くシュートを決めた彼に対し、あれはまぐれなのか、それとも狙っていたのかと。

 

「うん。反応がこの試合よかったからね。最後の最後、一捻りしようと思ったんだ。振り抜きざまに少し動いていたし」

駆は最後まで冷静にキーパーの動きを見ていた。それがコロコロシュートによって奪ったゴールにつながる。

 

「しかし、先制点の時は凄かったな。いつの間にあんなチップキック気味のクロスを会得したんだよ! 動きからそんな感じがすると思って抜き出したけど、まさかあんなドンピシャとはなぁ」

 

右サイドハーフで先発した横浜マリナーズの遠藤が駆け寄る。

 

「うん。ちょっと青葉と一緒にクロスの練習をしたんだ。悔しいけど5回連続ターゲット当てが限界だったけど」

 

「は? おいおい、なんだその練習!?」

驚くのはボランチで先発したジェムユナイテッド千葉の守屋。

 

駆は練習概要である青葉とのマッチアップを加味したクロス上げ練習を説明した。しかしここで問題発生。なでしこの群咲舞衣と美島奈々ともマッチアップした青葉が二人をコテンパンに負かして、片方を大泣きさせたことが暴露されたのだ。

 

「あの男はぁァァァ!!! 奈々ちゃんを相手になんてことをしやがる!!」

 

「しかも舞衣ちゃんを大泣きさせたとか!! 許すまじ、宮水青葉ぁぁ!!」

 

 

「—————(青葉ごめん。つい口を滑らせてしまったよ)」

 

 

青葉の知らないところで、青葉はどんどん敵を作ってしまうのだった。だが、そんな悪評も選手権予選で見せたスーパーゴールとロングフィードは彼らの口を沈黙させた。

 

 

「——————こいつ、本当に高校生?」

東京蹴球高校の風巻は、ロングシュートを放った際の軌道と速度を見て唖然としていた。

 

「おいおい。高校の試合にプロがいるぞ、プロが。ありゃあ反則とられるって、なぁ原田」

 

「俺に振るなよ、菊地原。だが、ドリブルもシュートもパスもあれでは、守るのが難しいな」

 

センターバックコンビである大阪ガンナーズの原田と、鹿島ワンダラーズの菊地原が談笑する。

 

なんだかんだ言って、青葉のことは全員が認めているのだ。

 

「—————ていうか、江ノ島も江ノ島でレベル高いよなぁ。なんだよ、あのセンターフォワード。ハイボール収め放題じゃねぇか」

しかし、話題は青葉以外の選手にも波及する。

 

「セットプレーでも止められる気がしねぇぞ。体入れるのが精いっぱいだな」

 

「右サイドハーフも小柄な癖に倒れねぇし、体もブレねぇ。いい体幹してやがる」

 

 

他の江ノ島高校の選手が褒められたことでなんだか誇らしい気がする駆。それは間違いなくチーム力が上がったことを意味する。

 

「けど、宮水を起用するならサイドだろ。トップ下もできない事はないが、奴の俊足が活かされるのはサイドだろ」

 

しかし、江ノ島高校でもたびたび話題になっていた青葉の適正ポジションはどこなのかという議題が代表チームでも広がった。

 

「ああ。フィジカルも強く、足も速く、視野も広い。けど、奴はよりゴールに近い場所でプレーしないと威力が半減だ」

 

 

駆はその話を聞いてはっとする。そういえば、青葉がサイドからトップ下になってから、彼のドリブルは鳴りを潜めている。

 

相手のマークを外し、躱す技術の高さは見せているが、それでもロングフィードとミドルレンジからの正確なキックで相手ゴールを脅かしているだけだ。

 

彼本来の持ち味が消されてしまっている。

 

 

「——————————」

 

それを彼はわかっているのだろうか。駆は青葉が伸び悩んでいるという事実に、目を伏せてしまった。

 

 

そんなこんなで、その後行われた相模ヶ浦戦でもその評価は変わらない。

 

今の江ノ島高校では、青葉のスピードを生かすことが出来ていないことに。

 

 

 




海外では駆君無双。

国内ではなぜか不調扱いの青葉(当社比)

やはりトップ下ではスピードに乗る前に寄せがすごいことになっています。なお、近づいた相手を簡単に躱す模様。


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第二十九話 豪州の至宝

ついに19話で名前だけ判明したオーストラリアの至宝が登場。




U-16アジア選手権を戦う日本代表。

 

 

その中心人物として、背番号8を背負う逢沢駆は今大会4試合に出場し、6得点をマーク。

 

決勝トーナメント一回戦では、ウズベキスタンと対戦。ベスト4をかけた試合で世良が先制ミドルシュートを叩き込むと、前半終了間際に裏に抜け出した逢沢の仕掛けで勝負あり。

 

「!?」

 

ウズベキスタンの選手の意表を突く、右足での切り返しからの左足のクロスボール。軽くポンと蹴りこんだようなボールがスペースの空いた場所へと転がりこみ、

 

「もう少し強めにしてほしいよね」

皮肉気にボールへの注文をつぶやく世良がヒールで横に流し、

 

「絶好機じゃん!」

 

左サイドから飛び出してきた遠藤がダイレクトシュート。不意を衝かれたキーパーが何とか片手一本でセーブするも、

 

————前に溢せば致命傷だ。運が悪かったな

 

フォワード風巻が零れ球を押し込み追加点。ウズベキスタンを支配率でも上回り、前半を折り返すことに。

 

『日本追加点!! 東京蹴球高校の風巻が決めた!! こぼれ球よく反応しましたね』

 

『逢沢君の仕掛けと、中央の世良君のヒールパスが効きましたね。あれで完全にディフェンスがガタガタになっていましたし、世良君のラストパスに3人釣られていましたし』

 

 

後半は運動量が落ちた左サイドを中心とした攻撃で、日本が立て続けに攻勢をかける。

 

両足から自在に繰り出されるマルセイユ・ルーレットを武器に、ペナルティエリアで決定的な仕事を果たす逢沢。

 

「~~ッ!!」

 

そんな彼に対して必要以上のプレスを仕掛けてしまったウズベキスタンの選手を絶望に突き落とす事態が起きてしまう。

 

————荒れているね、プレーが

 

引き倒されてしまった駆だが、ペナルティキックを得ることに。本来なら世良がけりこむのだが、

 

「僕が蹴る」

 

「—————ま、俺のPKじゃないし、いいよ。そんだけ言えるんなら俺も何も言わない」

 

世良自身も、逢沢が強いボールへの執着心を持っていたことで、逆に安心していた。ボールを離さないぐらいがちょうどいい。攻撃を担う選手なら、これぐらいガツガツ来てくれないと逆に困る。

 

一対一のPKで逢沢が落ち着いて流し込み、これで3点目。今大会5得点目。

 

さらに、またしても伝説を想起させる内容のプレーを起こしてしまう。

 

 

しかし今度の伝説は、世界レベルの伝説である。

 

3対0とリードしている局面。ウズベキスタンは最後の瞬間まで手を抜かない。勝敗以前に国を背負ってプレーしているのだ。彼らは後に続く次世代の為に、闘志を失ったプレーは見せない。

 

「けど、前掛りになり過ぎじゃない? 奴さん」

 

ここでボランチ守屋がボールを奪う。ハイボールを押えた相手選手と競り合った際、センターバック菊地原が競り負けてしまったのだ。

 

 

すかさずフォローに入った湘南のボランチ山田がプレスをかけてボールが零れ、そのセカンドボールが守屋の足元へと渡ったのだ。

 

しかし、コンパクトな守備陣形を組み、中央を固めるウズベキスタンの守りは固い。

 

 

「駆っ!!」

 

守屋からのパスが通る。が、個のパスは後によくないパスだったと守屋自身が感じていた。

 

————うえっ!? 逢沢だけに二人ついているじゃねぇか!!

 

数的不利な局面に陥っている彼に、ボールを渡してしまったことに後悔する守屋。フォローにはいろうとするが、

 

全方位に気を配りながら、二人に囲まれていることを確認する駆。守屋へのバックパスも考えていただろう。事実、彼は寸前までボールを戻そうとしていたように見える。

 

 

しかし、ここから守屋にも、ディフェンス二人にも想像し得ないプレーが降臨する。

 

 

『あっと切り返して、躱したッ!』

 

ボールを右足でバックしながら左足のヒールでボールを転がし、サイド寄りにドリブルを開始したのだ。ここで、駆の武器の一つであるマルセイユ・ルーレットがさく裂。自分に有利な状況を作り出す。

 

バックパスを警戒していた相手選手は振り切られ、前方の選手がチャージをかけるしかない。

 

しかし——————

 

『逢沢二人目も躱す!! 抜け出した!! 日本チャンスになる!!』

 

ここで駆の代名詞、ヴァニシング・ターンが発動。駆の足元にはボールはなく、エリア外を通過する駆に、相手選手は本気で彼がマジックを使ったのではないかと疑ってしまう。

 

 

完全に前に抜け出した駆を前に、センターバックが立ち塞がる。その裏のスペースには遅れて風巻が走り出していた。が、センターバックにつかれている。

 

バイタルエリア、ペナルティエリアがあともう少しの場所で、最後の難問が立ち塞がる。

 

逢沢は中に切り込むことを選択し、まっすぐゴール中央へとラン・ウィズ・ザ・ボールで接近する。後方からは追いかけてくる二人の選手。

 

ステップオーバーで牽制を入れつつ、右足でボールを少し転がす駆。相手ディフェンダーは飛び込まない。

 

ここで、駆が勝負に出る。時間との戦いで、時間を掛ければ相手が有利になり、こちらが不利になる。ドリブラーになり切る際は、常に仕掛ける気概でいなければならない

 

ダブルタッチ。細かく、速く、扱いやすいフェイントであり、駆がよく多用する技である。

 

ここで、駆はダブルタッチに一工夫を入れた。

 

ダブルタッチとは本来素早く横にスライドし、相手を抜き去る技である。しかし駆は横にスライドしてなお飛び込まない。

 

駆が最も信頼しているルーレット。その布石がすべてそろったのだ。ヴァニシング・ルーレット、そして本来のマルセイユ・ルーレットの両方を使ってもゴールが近い局面。

 

そして、駆が一番仕掛けやすい間合いを作ることができたのだ。

 

 

もはや、これはギャンブルだ。相手はそのどちらともを警戒している。

 

左足からのバック。これはもうルーレットだ。相手の意識が高ぶる。駆は背中越しから相手の動きを見る。

 

————飛び込まない、なら—————

 

 

マルセイユ・ルーレットを選択した駆。だが、相手はこれを最後まで読み切り————

 

「!!」

 

反応し、足を延ばしてきたのだ。これにはさすがの駆も驚愕を隠せない。このまま進めばボールを刈り取られてしまう局面、駆の中で何かが閃いた。

 

左足でボールに回転を掛けながら、跨ぐ動作を行う駆。これは、彼の懐刀————

 

「ッ!?」

 

その瞬間、ルーレットを防ぎきって見せた相手選手の視界から、またしてもボールが消える。そして、当然の如く駆の足元にもボールはない。

 

 

マルセイユ・ルーレットからのヴァニシング・ターン。しかも、相手の大外にボールを転がしたのではなく、大きく開いた相手のまた下を通す、駆らしからぬコースを選択したのだ。

 

また下を通された相手は、反応も出来ずに崩れ落ちる。否、反応して動こうとして体勢が崩れたというのが正しいか。

 

そしてその瞬間、会場が湧く。

 

彼は二つの大技を繰り出し、これで3人を抜いて見せたのだ。

 

 

後は相手キーパーのタイミングを外し、ゴールにパスをするかのようなシュートをニアに流し込んだ駆。

 

 

日本人には為し得ないほどトリッキーで、とんでもないゴラッソを決めて見せた瞬間、日本サッカー界での彼への見方が変わる。

 

大歓声、というまではいかないが、観客は総立ちだった。スタンディングオベーションで迎えられた駆は、日本から異国の地に降り立ったファンにこぶしを突き上げた。

 

「やったよ、みんな!!」

 

 

『ゴォォォォォルゥゥゥ!!!! 逢沢決めたァァァぁ!!! 個人技からの圧巻の3人抜き!! 最後は右足で流し込みました!! いやぁぁぁ、何かとんでもない光景を見たような気がします!!』

 

 

『末恐ろしいですね。難易度の高いルーレットをあそこまで使いこなし、読み合いで最後負けたとはいえ、咄嗟に修正するその判断の速さ。非凡なものを感じますね』

 

 

『これが、日本の新たな希望!! 逢沢駆だァァァ!!!』

 

 

 

その日から、彼は日本代表を背負うサムライになった。

 

 

連日のように、日本に得点を手繰り寄せる駆の評判は、日に日に増していく。

 

続くイラン戦でも2ゴールを決め、大会得点ランキング1位を走っている。正確なボールコントロールと、ディフェンスラインの穴を見つける観察眼の鋭さが、相手の失点に直結する。

 

得点感覚が非常に高い逢沢は、ユース組を差し置いて、いつしか日本の若きエースストライカーの称号を手に入れるようになった。

 

 

そして、ベスト4に進んだタイと死闘を繰り広げたオーストラリアとの決戦で、駆は後に青葉が意識するライバルと邂逅することになる。

 

準決勝勝利後、決戦の相手となるオーストラリアの試合映像を見る一同。

 

「こいつが、オーストラリアの至宝と言われる、今回のキーマンだ」

 

 

ロビエル・オズボーン。背番号7をつけるオーストラリアのエースストライカー。駆同様に得点感覚に優れ、駆に同数の8ゴールを奪う活躍を見せている。

 

今大会屈指のアタッカーであり、決勝は撃ち合いが予想される。

 

「身体能力がたけぇな。あれをジャンピングボレーで決めるのかよ」

 

 

「というか、手足長いし、懐深いし。イブラを彷彿とさせるなぁ」

 

 

「ヘディングというか、空中戦つよ!」

 

プロフィールを見る限り、オーストラリア国籍の母親と、イギリス国籍の父親を持つらしい。サッカーを始めたのも、幼少の頃より育ったイギリスで始めたのがきっかけらしい。

 

しかし何を思ったのか、彼はオーストラリアの国籍を選んだ。そのきっかけは、当然彼らにはわからない。

 

「確かに、今回のブラジルワールドカップでも、アジア勢唯一のグループリーグ突破だろ? アジアの中では本当にやばいだろ」

 

守屋は、アジアの盟主を気取る資格があるのはあの国だけだと認めざるを得ない。

 

「ああ。ランキングもアジアでは異例の13位だろ? 日本もホームアウェイ関係なく、あんまり勝てないし」

 

現在FIFAランク30位の日本。その遥か頭上にいるのがオーストラリアという存在だ。

 

「やばいよな。スペインリーグ一部のレアル・マドリードのスーパースター、ヨハン・ヘイデンとか、なんなん? あの化け物を止められるわけがない」

 

チーム内でも度々名を挙げられるのは、オーストラリアのエースストライカーにしてレジェンド、ヨハン・ヘイデン。

ドイツワールドカップから、ブラジルワールドカップまで3大会連続となる出場を果たし、今なおスペインの第一線で活躍するオーストラリアの伝説。

 

ワールドカップ通算10ゴール4アシスト。アジア史上最強FWの実績を持つ男。

 

 

当時18歳の彼は、日本相手に悪夢の3分間を演出し、ブラジル相手に引き分けに持ち込む同点ゴールなど、日本の願望全てを先取りする存在だった。

 

「—————————」

 

逢沢駆は、ヨハン・ヘイデンのブレイクした時間を考えていた。彼は自分にとって3年後に世界で名を上げた。

 

残念ながら、次のロシアでは19歳が彼の出場年齢となる。しかし、世界のレジェンドになるにはその年齢からトップクラスに挑戦する必要があるのだ。

 

—————僕も青葉も、立ち止まることは許されない。

 

むしろ遅い。日本サッカーを次のレベルに進めるためには、ああいう存在が必要なのだ。

 

「——————」

世良も、駆の並々ならぬ野望を直感で感じ取ったのか、頼もし気な感情を発生させる。

 

—————小動物が、狩人になったようだ、傑君

 

この小さな勇者は、チームにどれだけの勢いを与えるのか。時々嫉妬してしまうくらいだ。

 

 

 

 

一方、決勝を控えていたオーストラリアの宿舎。

 

ヨハン・ヘイデンの遺志を継ぐ、次世代エース、ロビエル・オズボーンは日本について考えていた。

 

「—————————」

自分と同じ、並々ならぬ意識の高さを持つ存在、逢沢駆のことを考えていたのだ。

 

 

—————彼のアクセントはとにかく鋭い。彼は日本の中で一番危険な人物だ。

 

自分が彼の次を担う存在になるためには、この試合に勝つのは前提条件だ。

 

ヨハン・ヘイデンは2006年で母国をベスト8に、2010年でもベスト16に導いている。ヘイデンは、ロビエルにとって英雄的な存在であり、サッカールーズでキャリアをスタートさせる理由でもある。

 

そして2014年では多くの期待をされながら、優勝の二文字を持ち帰ることが出来ず、3位で彼の野望は潰えた。

 

3大会連続出場を果たし、当時18歳の若武者は、26歳になっていた。次が最後のチャンスともいわれるロシアワールドカップでの栄冠を狙うと宣言し、彼は世界最高のストライカーの称号を得ていた。

 

 

憧れのヘイデンとともに今度こそ、その栄冠を勝ち取りたい。その思いが強くなった。

 

2010年でようやく2度目のベスト16を果たした日本程度、蹴散らす勢いでなければ話にならない。2006年で放り込みサッカーに屈した弱いサッカーには負けない。

 

—————だから、お前よりもゴールを奪う。覚悟しておけ、カケル・アイザワ

 

 

ジャイアント・キリングを志す、オーストラリアの至宝。

 

世代最速と言われる宮水青葉と、アジアの中では評価を二分する存在。そして、彼個人の落ち度があったとはいえ、青葉は今大会に出場していない。

 

————貴様へのリベンジはお預けだが、相見える時を待っているぞ、アオバ・ミヤミズ。

 

 

数日後、若きエースに沸いた日本はオーストラリアに惨敗を喫する。

 

 

ゴールを決めて追い縋る逢沢駆をあざ笑う3ゴール1アシストと、2つの起点を生み出したロビエルの姿があった。

 

 

『試合終了……最後は力負け—————日本、オーストラリアの至宝、ロビエル・オズボーンの活躍により、大会制覇の夢が散りました』

 

『アジア最強と言われたオーストラリアは下の世代も強いですねぇ。個の力、それが叫ばれて久しいですが、何とも言えませんね』

 

『宮水青葉がいれば、展開は違っていましたか』

 

 

最後はディフェンスをズタズタにされた日本代表。誰も後半のロビエルを止められる存在はいなかった。世良はチャージをして逆に吹き飛ばされ、ボランチも突破を許してしまった。

 

「——————ふん」

予想よりも逢沢駆が躍動したぐらいだった。後はアジアレベルの実力しか持ち合わせていない。

 

スコアは6対2だった。前半終了間際に逢沢の同点ゴールで追いつかれたときは、冷や汗を流した。しかし逢沢以外の運動量が落ち、前線で孤立した彼を有効活用できない日本代表は、嬲り殺しにあう。

 

次々とゴールを決められる遠野。ロビエル・オズボーンに対し、合気道ディフェンスが通用しなかった島。彼らは自分の常識を超えた存在を前に、為す術がなかった。

 

「ロビン。あれだけ騒がれた日本も、大したことなかったな。カケルアイザワ以外、凄いと思える選手はいなかった」

アレックス・リンス。オーストラリアの快足アタッカーにして、センターフォワード。中盤からのロングフィードに反応した彼は、この試合も2ゴールを決め、得点ランキング3位に位置することに。

 

「メディアが変に担ぐと、あの国は弱いからな。特に中盤の彼の痛がる演技には辟易したよ」

世良の演技について、苦言を呈すロビエル。あれは見ていて気持ちのいいものではない。そして、日本メディアはすぐに騒ぐ。

 

「なでしこはいいんだがなぁ、あの国は。俺、ナナ・ミシマに告白しようと思うんだが、上手くいくと思うか?」

チームトップクラスの女好き、スタミナ自慢のヴェイラ・トロワは、なでしこの小さな魔女こと、美島奈々への告白を画策する。

 

「分からん。少なくとも、お前では失敗するのが目に見えているだけだ」

ロビエルは、そんな戯言を吐くヴェイラをジト目で見つめる。なぜ優勝したのにこんな気分になるのだ、と嘆息した。

 

————そうだ、ナナ・ミシマが奴にとって、ストライク過ぎるのが悪い、違いない

 

「お淑やかで、気配りのできる大和撫子!!! うぉぉぉ!! オーストラリアでは見られないドールのようなガールを捕まえに行くぜェ!!」

 

「——————もう知らん」

 

「ハハハ。ヴェイラは相変わらずだね」

ボランチにしてスタミナ自慢のウィリアン・テイナー。ロングフィードが得意で、ディフェンス能力に定評のある選手。その彼が、ヴェイラの様子に苦笑いをしていた。

 

「確かに、スシは美味しいからな。肉やデザートでトッピングしたスシは最高だ!」

日本マニアのジョシュア・スパロー。彼は宮水青葉を尊敬しており、彼が出場していない日本には負けられないと意気込んでいた。後に自分の知識が間違いであったと痛感し、日本狂いになるジョシュア。

 

 

「ふむ。白米は美味しいからな、あの国は。あ、ちなみに俺は、ハヤテ・オノデラが好みだ」

アレックスも、日本食には関心があるらしい。そして一言余計なアレックス。

 

「いいよなぁ、大和撫子はなぁ……はっ!!  そうだ、日本に行こう!! ロビィィィン!!! 俺は大和撫子に会いに行くぞぉぉぉ!!」

 

「——————本当に知らんぞ……骨も拾わないからな」

 

 

英語で騒いでいる彼らの内容を理解してしまっていた世良は、気落ちしてしまう。

 

—————あんな連中に、僕らは負けたのか

 

悔しい気持ちでいっぱいだった。そして、自分の武器が通用しない現実は、世界に挑戦して逃げ帰った、あの時とどうしようもないほど似ていた。

 

—————結局俺の限界は、ここなのか

 

 

あらゆる面で負けていた。アジアで足踏みは出来ないと強く想っていた矢先のことだった。

 

他のメンツもそうだった。遠野は国内ではシュートストップが上手いと言われていたが、所詮は日本レベルだった。外に出れば平均。ドイツと比べれば、平均以下の実力。

 

対人能力に優れた島は、フィジカル勝負でまず弾き飛ばされ、勝負になっていなかった。ボランチもボールロストを起こし、起点となるはずの場所が定まらず、逢沢一人が戦っていた。

 

それはまるで、かつての逢沢傑と同じだった。逢沢駆は世界を見据えており、世界と戦う証を示すかのように、強豪オーストラリアを前にして、一歩も引かなかった。

 

—————ブラジルの醜態を、ここでも見せることになるなんてね

 

準優勝とはいえ、日本は気落ちしたまま帰国の途に就くことになった。

 

 

「—————————————」

 

逢沢駆は、手ごたえと悔しさを感じていたはずだった。しかし、手ごたえの後にやってくるはずの悔しさを、今一つ感じることが出来なかった。

 

あの試合を主観的にではなく、客観的に見られるだけの余裕が、彼にはあった。

 

—————パス、シュート、切り替え。すべての面で僕たちは負けていた

 

必死にディフェンスをする日本を尻目にボールを回し、展開が早いオーストラリア。数的不利とみるや、素早く逆サイドに振り、個人技は日本を凌駕する。

 

そして自分は、常に2人が監視している状態。相手の力量を正確に読み取る冷静さも負けていた。

 

過大評価し、勝手に自滅したのが日本というチームだった。

 

 

—————同じサッカーをして、勝つ確率だってあったはずなんだ。なのに、

 

肩を落とすイレブンたちを前にして、駆はいら立ちを隠せない。ビビッてディフェンスラインを下げ、波状攻撃にあう。攻撃は取り返そうと躍起になり、後半は中央が間延びした。

 

前線と後衛が分断され、日本はオーストラリアに容易く攻略されたのだ。

 

—————兄ちゃんも、同じ考えだったのかな

 

代表戦で負けた時、彼はフラストレーションをためていた。そして誰よりも速く、試合を見直した。

 

—————世界に行くには、日本を早くでなければならない。

 

国内のビッグクラブはもう、彼の選択肢にはなかった。彼らにはプライドがある。しかし、日本サッカーで育ったこのチームが、世界では通用しなかった。

 

自分を年齢という色眼鏡で判断せず、代表にも快く送り出してくれて、海外移籍も認めてくれるチーム。

 

————海外挑戦が一番近いチームは何処なのか、そしてその為の最初のキャリアはどこで始めればいいのかな?

 

 

青葉は選手権大会を蹂躙後、プロチームに行く。自分は2年高校サッカーをする意思はない。少なくとも、こんな試合を経験していれば。

 

—————決めたよ、青葉、セブン。僕もプロに行く。

 

自分にはまだ縁がない。自分に接触しているクラブもほとんどいない。

 

 

 

後に日本代表のエースとなる男は、この時自らの殻を破るために行動を決意する。

 

 

逢沢駆が日本に戻ってすぐ行動したこととは、

 

「この本なんだ! 僕はこの本とあの本が欲しいんだ」

 

「—————(駆の奴、俺と同じ本を買うのか)」

青葉が駆り出された先は本屋であった。

 

 

帰宅後、

 

 

「駆兄ぃ、その本何?」

 

「えっと、バカでもわかる、スペイン語教科書とオランダ語の教科書だよ! 日常用語とサッカー用語を覚えないと、海外で会話できないし」

 

 

—————海外に向けて、言葉をマスターしないと!!

 

 

すなわち、語学勉強である。

 

 

 

 

 

 




キャラ紹介追加します



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第三十話 分水嶺とは

今回はミスターETUさんが初登場。筆者も好きなキャラの一人です。

そして飛鳥選手はやはり苦労人・・・・入るチームさえ間違えなければなぁ


 

江ノ島高校に帰還した逢沢駆は、やはり一皮むけた印象が強く、兄の傑と似た雰囲気を醸し出すようになった。

 

そんな彼は、最近青葉に依頼する形で語学勉強に適切な教材を紹介してもらったのだが、次に依頼する要求は青葉の想定外、というものではないが、彼らしからぬものであった。

 

 

「——————事情は分かった」

 

青葉としては、彼の願いは叶えたい。しかし、こればかりは監督に相談せざるを得ない。

 

「—————うん。自分でも本当に勝手なことを言っていると思う。だけど、世界を体感して感じたレベルの違い。同じ年代であそこまでチームとしての熟練度が違う」

 

彼らはオーストラリアの黄金世代と言われた面々である。欧州の強豪や南米すら打ち破る彼らの強さは本物で、世界有数の実力を備えている。まだまだアマチュアやユースレベルの選手で構成されている日本では練度が違う。

 

だからこそ、駆は自分も早くプロになる必要があると感じたのだ。

 

「—————お前の危惧する通り、ヴィクトリーや他の強豪では、海外挑戦のタイミングは難しいだろう。しかし、俺の内定先も同じだと思うぞ」

 

イースト東京ユナイテッド。青葉が入団予定のプロサッカーチーム。フロントはやはり青葉をサイドアタッカーとして起用する意図を示している。中盤には村越と吉田がおり、システムも4-4-2が主流だ。しかし、赤﨑、青葉、その他若手ひしめく選手層の中で、どれだけ逢沢が食い込めるかは未知数だ。

 

そして戦力になった後に移籍した時、選手層の薄いETUが二部落ちするリスクもある。出戻りもしにくい状況になるだろう。

 

しかも、ほぼ解任予定である石田監督の次はまだはっきりしていない。しかし、候補を先に聞いている青葉は、彼が必ずここに戻ると信じている。

 

 

「——————競争に勝たないと、プロでは活躍できない。僕はプロになる。乗り越えて見せる」

決意は変わらない。駆はプロへの挑戦をはっきりと口にした。

 

 

「分かった。後藤GMに掛け合ってみる。けど、その結果は保証できないぞ」

 

青葉としては、たぶん入団内定するだろうなとは思う。が、世間様からの反響は凄いことになると悟っていた。

 

有望選手である青葉と駆が一年生の段階でプロクラブ、しかもトップチームに入団。少なくとも、高校サッカーの流れを根底から覆すことにはなるだろう。

 

江ノ島サッカーにとっても、ETUにとっても、リスクの大きい話になる。

 

岩城監督が常々言っている夢はワールドカップという言葉に合致はしている。有望な選手も江ノ島のルートを活用すれば、プロの道も見えてくるのではと思うかもしれない。それにより、本気でプロを目指す選手が自然と集まるようになる。

 

それは奇しくも、大金をかけて創設した東京蹴球高校と同じスタンスでもあった。しかし、実際に金をかけて留学生を雇い、有望な選手と充実した練習施設を誇る彼らは栄冠を手にしていない。

 

 

そして大金を浪費せず、限られた練習施設と工夫によって、江ノ島サッカーは変貌した。青葉という存在がいなくても、予選ではほぼ無敵状態で、青葉が出た瞬間に勝利を確信するレベルだ。

 

江ノ島サッカー部の目指すべきスタイルは形にはなってきた。後は、世間がどう感じるかだ。

 

 

「——————私は応援しますよ。駆君がプロで挑戦したいと思うなら、それを私に止める権利はありません」

 

しかし、江ノ島サッカー部はそうだったのだ。岩城監督含め、駆の挑戦に反対する者はいなかった。

 

むしろ、

 

「まあ、戦力ダウンだけど、チャンスでもあるからね、僕には」

 

「まあ、あんま言えないけど、俺もか」

 

的場と夏目にとって、駆は高い壁だった。結果を出してもなかなかレギュラーを奪えない。ここで終わるつもりはない、しかしチャンスを得るのは困難な状況だった。

 

駆の夢は応援する。しかし、自分たちも試合に出たい。複雑だが正直な想いがそこにあった。

 

「—————確かに、そういったことも出てくるでしょう。しかし、我々は彼ら二人を温かく送り出す義務があります。彼らはチームを引っ張ってきた。まずはそのねぎらいの言葉をかけましょう」

 

 

次々と部員から激励の言葉を貰う駆。荒木は「ここまで差がつくとはなぁ、頑張れよ」と悔しそうにしていたが、駆を祝福していた。

 

そして織田は、二人が不在でも日本一を奪うと誓う。そしてそれを手土産にプロに殴りこむらしい。

 

的場と堀川も、フィジカルに屈さないサッカーを体現するのだと息巻いていた。

 

 

最後に高瀬は、

 

「むしろ好都合だ。数少ないチャンスをどれだけ決めきれるか。あんまりチャンスが多すぎるから緩んでいたところもある」

 

一発を仕留める感覚が欲しい。彼はそういっていた。集中力を増すことで、自分のプレーをより確実で鋭いものにしたいのだ。

 

 

江ノ島サッカーでの了承は得られた。後は後藤GMがどう判断するかだが、

 

 

ETUクラブハウスにて

 

「———————————————」

達海猛の動向を探っていた後藤GMは、突然の事態に白くなっていた。というより、あまりの衝撃に言葉を失っていた。

 

「——————なんか流れが来ているんですかねぇ、うちに。凄い怖いんですけど」

前田補佐はとうとう引き攣った笑みすらできず、正気を失ったような愉快そうな笑みを浮かべていた。

 

 

宮水青葉を通して、逢沢駆がプロへの挑戦の意思を示している、という情報。それがなぜかETUにだけやってきている。

 

そして、彼らは両者が強い海外志向を抱いていることは理解している。海外志向が強いという情報もあり、撤退したクラブもあるほどだ。

 

しかし、そんな意識の高い選手が戦力以外でチームに影響を与えることはある。チーム全体の意識の高さに直結すれば、ETUは勝てるチームになる。

 

「—————有理ちゃんには言えないな、これ。青葉君であの反応だ、次世代を担い、今は亡き兄の遺志を継ぐ彼がうちに来るとなっては、良くも悪くも騒がしくなるだろうな」

 

そして後に、江ノ島とETUの間に出来るルートもかなり強固なものになるだろう。あの二人以外にも、プロを強く意識している選手はいるそうだ。

 

 

「さて、そこまでの大言を言ってのける逢沢少年の実力を見てやりますか」

 

丁度神奈川予選が行われているであろう時間帯にテレビをつける二人。今大会ダークホースの相模ヶ浦を破り、逢沢駆合流でさらに選手層の厚い江ノ島は、葉陰学院と戦っているはずだ。

 

 

 

『前半終わって3対0!! 止まることを知らない江ノ島旋風! 夏目大樹の先制ゴールに加え、宮水青葉の鮮やかなミドルシュート!! 逢沢駆の個人技で追加点! 新布陣で臨んだ江ノ島の進化は止まりません!』

 

 

画面に映し出されていたのは、新布陣で臨む江ノ島イレブンの姿。

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 桜井

CB  4番 海王寺

CB  5番 三上

RSB 3番 八雲

CMF10番 荒木

CMF12番 堀川

LMF 8番 宮水

RMF18番 的場

OFM 7番 逢沢

CFW20番 夏目

 

ベンチ入り (GK)16番藤原、19番林葉、(DF)15番 園田、14番錦織、17番 藤田(MF)、6番 織田、11番 兵藤(FW)9番 高瀬、13番 火野

 

 

何より驚きなのは、新司令塔として逢沢駆がトップ下のポジションにいることだ。両サイドには新進気鋭の的場に、宮水青葉。そしてボランチは織田ではなくパサーの荒木竜一。

 

そして大抜擢の20番夏目。中盤でボールを保持できるからこそ、俊足アタッカーの彼の抜け出しが切れ味を増す。そしてボランチとサイドにはそのロングフィードを行える選手がそろっている。

 

縦に速いサッカーを志向する江ノ島の新たな姿。ETUと比べてかなり魅力的なサッカーをしているのが分かる。

 

ハイライトシーンが流れる。

 

 

序盤は葉陰スタートから始まるキックオフ。飛鳥を中心とした速攻が猛威を振るうかに見えた。

 

「無駄無駄ぁ!」

しかし、飛鳥へのマンマークを行っていた堀川のキツイプレスが襲い掛かる。

 

 

「くっ!」

べったりと張り付いており、ボールの置き所を予測し、飛鳥に思うようなプレーをさせない。相手はアンダー世代代表にもなった実力者。しかし、堀川は臆さない。

 

ディフェンスラインを上げ、江ノ島高校のゲーゲンプレスが序盤にさく裂する。

 

最初の20分間はゾーンディフェンス+ゲーゲンプレスのハイプレス攻撃。運動量が序盤で有り余っている状況を使い、奇襲を行う。

 

そして、チャンスが到来する。

 

 

「あ!?」

 

蝦夷へのパスコースを荒木がカット。縦への楔パスを防がれた葉陰は一斉に戻りを速めるが、

 

「おせぇよ」

 

荒木のロングフィードに反応したのは、20番夏目。江ノ島の決め事その2が発生。ボールを奪取した瞬間、最初に見るべきはセンターフォワード。

 

一番ゴールに近い選手を探し当てろ。それで無理なら、それは相手の戻りが早かったということ。無理にロングフィードをする必要はない。

 

しかし今回は特例だ。飛鳥は中盤で江ノ島を警戒しており、夏目とはだいぶ距離を離されている。リベロというポジションがなぜ現代では枯渇したのかを思い知らされるショートカウンター。

 

 

夏目の抜けだしが決まる。飛鳥は当然戻るが、到底追いつける距離ではない。

 

 

—————リベロの時代は終わっていると、そう言いたいのか?

 

焦る飛鳥。中盤を支え、攻守を支えてきた自負がある。しかし、意地だけではどうにもならない。

 

 

夏目の思い切ったシュートがゴールネットに吸い込まれる。前回と同様、江ノ島は先取点を奪う。

 

 

そして江ノ島は前に出てくる葉陰を相手にリトリートとゾーンディフェンスを合わせた守備陣形に変更。ロングボールと抜け出しを警戒し、鬼丸と蝦夷の抜け出しを警戒しているのだ。

 

 

————前回と同じく、俺とのマッチアップなのか

 

鬼丸は、青葉がマッチアップの相手であることに苦い顔をする。速度では負けており、決定力でも同様の相手に対し、迂闊なことはできない。

 

 

蝦夷のケアも、荒木が行っており、練度の違いを見せつける形となっていた。

 

—————なんで!? こんなはずじゃぁ!!

 

 

そして、夏目の仕掛けからチームの守備戦術は決まってくる。

 

————奴の動きが止まった、今なら

 

ボールウォッチャーになった青葉の背後を衝いた鬼丸。抜け出したのだ。

 

 

しかし———————

 

 

「え?」

 

パスを出した飛鳥も、そして受け手の鬼丸も、青葉の行動に驚愕していた。完全に抜け出されていたはずの青葉が、その縦パスをカットしたのだ。

 

 

—————誘い込まれた!? まずいっ

 

わざとパスコースを誘導したのだ。夏目が前線からチェイシングを行い、走り回ることでパスの方向がおおよそ決まる。前と後ろが連動したプレッシング。

 

 

江ノ島のゾーンディフェンスと囮となるトラップがさく裂。前線に足の速い選手がそろっているからこそできる芸当である。

 

鬼丸がボールを奪いにいくが、背中がどんどん遠ざかる光景をまたしても見せられる。

 

 

「行かせんっ!!」

 

飛鳥が立ち塞がるも、簡単な切り返しであっさりと抜き去られてしまう。

 

 

これがサイドアタッカーの青葉。スピードに乗ったドリブルで、一気に駆け上がるその姿こそ、彼の武器である。

 

そしてさらに、スリーバックを採用した影響で、サイドアタックに脆い戦術でもある為、追加点のピンチに陥る葉陰イレブン。

 

完全にサイドを崩された状態でのカットインに翻弄され、青葉の得意の形がさく裂。

 

 

『押し込んだぁァァァ!!! 右足一閃!! 強烈なミドルシュートが突き刺さり、江ノ島追加点!! 江ノ島2点目ェェ!!』

 

 

ショートカウンターからの得点を決め喜ぶ江ノ島イレブンと、カウンターで許してはならなかった失点を喫した葉陰。

 

 

さらに—————

 

 

『江ノ島またしてもボールカット!! 中盤で荒木が落ち着かせて、逆サイドへ! 的場へと渡ります』

 

 

堀川のボールカットと、ディフェンスラインの統率の取れた動きによる押上げ。これによりスペースがなくなり、コンパクトな守備陣形が形成されている。

 

そしてサイドは走力に自信のあるメンツが揃っており、リトリートは余裕である。

 

 

的場の突破がサイド攻撃に脆弱な葉陰を抉る。防戦一方となっている葉陰はウィングバックの押し上げを諦め、5バックを形成したカウンター狙いのサッカーと化していた。

 

 

「くそっ、ブロックを作れ! ドリブルのコースを消すんだ!!」

 

指示が飛び交うが、中々的場を捉えきれない。

 

————周囲が動かないからパスコースがない。違う、僕が動かないとコースは作れない。

 

他人任せにコースを求めるな。ないなら自分で作れ。

 

的場の動き出しに連動する江ノ島イレブン。ここで奇襲。

 

「堀川さん!!」

 

ここで3列目から飛び出した堀川にボールが渡る。不意を衝かれた葉陰のマークは荒木に集中していた。

 

「—————ッ!」

 

ここで中に絞る動きを見せたのは青葉。青葉が堀川をサポートする形で近づいてきたのだ。当然鬼丸も彼に張り付いた。

 

————させない。バイタルでこれ以上彼に仕事は————

 

しかし、堀川は青葉にパスを出すと見せかけてドリブルを開始。周囲を警戒した相手を欺く形に。

 

「堀川がドリブル!? そんな馬鹿な!!」

 

守備的ボランチだった彼が攻撃参加。潰し屋の異名を持つ彼がそんな選択をするとは考えられなかった。

 

 

そして、その奇襲に紛れ、最適格を見つけ出すのはやはりこの男。

 

『堀川のキラーパスに逢沢が抜け出していた!! あっとワントラップからルーレットで躱す!!』

 

中央から寄せてきた相手選手をルーレットで横に躱したのだ。

 

堀川からのパスをダイレクトでトラップし、そのままルーレットに移行したのだ。ルーレットをこれまで武器としてきた洗練された動きが彼を突き動かす。

 

繰り出された技があまりにも綺麗だったためか、あまりにも切れ味があったのかは分からない。相手選手は呆気にとられるだけで、しりもちをついてしまったのだ。

 

 

————バニシング・ターンが来るのか!? こういう場面で、奴は———

 

葉陰の選手が、逢沢駆の切り札を警戒する。回り込まれたら終わりだ。ボールと相手の体を見る。難しいが、分離すればさらに難しくなる。

 

 

————距離が遠い。転がすほうが、リスクがあるかも

 

駆はそんな距離の遠さを分析する。相手は確実に自分の大技を警戒している。

 

 

ならば—————

 

『ダブルタッチで一閃!! あっさりと二人目も抜いて見せた!! しかしここで飛鳥だ!!』

 

 

「させん!!」

 

何とか戻り終えた飛鳥が駆の前に立ち塞がる。ドリブルのコースは消えており、後はどうするのか。飛鳥にはバックパスぐらいしか思いつかなかった。

 

そして、駆は絞ってきた的場にバックパス。ここまでは正解だった。

 

————リターンか? それとも的場のミドルか!?

 

「っ」

 

ここで、駆は飛鳥をブロックしたのだ。まるで、シュートコースを開けるかのように。

 

————狙いはミドルシュートか!

 

「シュートコース塞げ!! 打ってくるぞ!!」

 

ブロックを作る葉陰。前半終了間際で意地を見せたい。

 

「—————ッ」

 

的場はここでスルーパス。スペースに走りこんでいたのは、青葉。

 

「ここで青葉か!?」

 

ここからなら彼のレンジの範囲内。しかしブロックの前では彼のシュートも無意味。

 

トンっ、

 

青葉は的場からのスルーパスをつま先に乗せて浮かせたのだ。ダイレクトの浮き球パス。それはブロックの上を行く軌道を描いていた。

 

「「!!!!」」

 

鬼丸と飛鳥は驚愕する。そこでこの閃きなのかと、どうすればそこまでの落ち着きが持てるのかと。

 

観客もボールを見失うほどの一瞬の出来事。そのボールの行方は————

 

「ッ」

 

そのボールの受け手は駆だった。胸トラップし、ゴールに背を向けている状態。当然ゴールキーパーは振り向き様のシュートを警戒していた。

 

背面からキーパーの位置を確認していた駆。その確認は浮き球が来た瞬間に終えていた。

 

 

だから、後は自分が確認した内容を記憶し、予測するだけなのだ。そして、その判断は誰よりも速く行わなければならない。

 

 

胸トラップから足でトラップはしない。彼はヒールでのシュートを選択したのだ。

 

「な、ぁぁ!?」

 

そのタイミングでのシュートを予期できなかったキーパーのミス。駆の発想の怪物ぶりに驚愕するしかない最後のヒールシュート。

 

『胸トラップから流し込んだぁぁあぁ!!! 背番号7番、逢沢駆!! 鮮やかなヒールで追加点!! キーパーが、一歩も反応できませんでしたね』

 

『キーパーのいない位置に冷静に流し込みましたね。さすがのプレーを見せてくれました』

 

 

そして、後半に追加点を決めた江ノ島が、葉陰を撃破。逢沢と宮水は途中交代しており、交代選手も躍動。

 

何といっても今日の主役は先制ゴールとダメ押しの4点目を決めた夏目だろう。高瀬とは違った持ち味を出した裏への抜けだしは圧巻だった。

 

 

試合のハイライトを見ていた後藤と前田は、自分たちのクラブチームよりも面白いサッカーをしている彼らに目を奪われていた。

 

「—————悔しいな」

後藤は、彼らが来る喜びがある一方で、そういうサッカーを実現できなかった今のチーム作りにかかわったものとして責任を感じていた。

 

「—————達海さんに依存し過ぎていたんです。あの頃は。もっと一人ひとりが考えてサッカーをしないといけなかった。ずっとあの人はそれを言っていた。メッセージを放置していたのは我々です」

 

前田補佐も、彼ら二人が来る一方で、彼のメッセージを聞こうともしなかった自分たちに責任があると考えていた。

 

「—————今度は失敗できない。彼らが来ることで、確実に強くなる。だが、依存だけはさせない」

 

攻撃面では、控えの充実。守備面では彼らのようなゾーンディフェンス。その全てが勉強になることだった。

 

 

彼ら二人に寄って様々な化学反応が出来るだろう。当然戦術からはみ出る選手もいる。

 

映像に釘付けになっていた二人は、部屋の扉が開いたことに気づく。

 

「——————何かあったんですか、後藤GMと、前田さん?」

 

現れたのはチームのキャプテン、村越だった。ミスターETUと言われ、長年チームの戦力となってくれている精神的な支柱。

 

「——————あ、村越―――――これはだな―――――」

すでに、村越は青葉が入団の意思を示していることを知っている。当然誰にも言わないという約束付きだが。

 

「——————二人目が来るんですか? 荒木ですか? それとも織田ですか?」

 

村越は、江ノ島の核となっている選手を予想の中に入れた。パスセンスならば、王子に引けを取らない荒木が入れば、中盤のボール回しも厚みが出る。

 

織田が入れば、ディフェンスの強度が増し、堅守が武器のETUに速攻という武器が加わることになる。

 

若い奴には足の速い選手がそろっているのだ。

 

 

「聞いて驚くなよ、村越君。なんと逢沢駆君がわがチームへの入団を希望しているんだ!」

前田は興奮を抑えきれずに暴露してしまう。それを聞いた村越は顔色を変える。

 

「——————そうか、あの逢沢選手が、うちに来るのか――――――」

 

新たな世代、新たなスター候補がこのチームに入団することで、村越は何か肩の荷が下りたような感覚に陥った。

 

二部に降格し、中心選手が出ていった。残った選手たちとともに、1年でチームを立て直し、一部に昇格することが出来た。

 

しかし、ここ数年降格争いに巻き込まれ、満足なシーズンを送ることが出来ないでいる。

 

資金力もビッグクラブほどはなく、よくて中堅くらい。戦術でも違いを見せられない。今でも応援してくれているサポーターに恩を返していない。

 

―――――コシ、後は任せたぞ

 

自分よりも上の世代は、緑川ことドリさんしかいない。

 

―――――お前がキャプテンのETUで、頂点に

 

悲願を、タイトルという悲願に一度も届かず、自分と同じくETUに生涯をささげた男たちがいた。

 

―――――コシに任せるのは心苦しい。本当に、お前はよく頑張っているよ

 

残り続ける自分を案じてくれる先輩もいた。

 

―――――けど、俺らはいつでも応援しているぞ、後は全部お前らに託す!

 

チームに恨み言を言わず、期待の眼を持ち続けてくれている。

 

 

そんな彼ら先代に、ようやく報いることが出来るかもしれない。

 

「——————これから、ETUは強くなる。高校生にすべてを託すだけではだめだ。俺たちが、闘志を見せたプレーをしなければ」

 

希望もなく、夢もなく、何となくプレーをして、何とか残留する。チームに蔓延する停滞感を、一掃してくれる気がした。

 

 

『今日のマン・オブ・ザ・マッチの夏目選手でした! しかし、江ノ島は凄いですねぇ。今まで無名だった選手がどんどん出始めている。的場選手も、夏目選手もあまり名を聞きませんでした』

 

 

『江ノ島高校では、何か下地があるのかもしれませんね。一芸に秀でる選手が生まれやすい、と言えばいいのでしょうか。守備にしろ、攻撃にしろ、面白いくらいかみ合いますからね』

 

荒木のパスによって中盤は手数を掛けずに速攻に切り替えられており、プレッシャーの弱い三列目。フォローの為に動く逢沢と堀川がいい動きを見せている。かといって中盤を意識すれば、ドリブラーの的場、青葉、そしてスピードのある夏目の抜けだしが襲い掛かる。

 

 

何より驚きなのは、宮水青葉をデコイに使う点だ。エースであっても囮に使う、エース自らスプリントする。今までの天才や怪物にはなかったプレーが目立つのだ。

 

ボールを持っていない時の動きに優れている。それがクラブからの彼に対する評価が高い理由の一つである。しかしそんな彼も、幼少の頃は典型的な早熟の天才選手だった。

 

彼は追い求めた。早熟のままに終わることを良しとしなかった。常に相手チームの脅威であることを望み続けた。

 

だから変われたのだ。彼は、上手い選手から強い選手に変貌した。

 

 

 

——————変わらなければならない、俺たちは

 

村越は、今まで ETUの為に全盛期の力をすべてささげた。黒子役はもちろん、誰かを活かすプレーを、どんなポジションだって必要とあらば行った。

 

それでもこのチームは栄冠には届かない。到達できるビジョンすら思い浮かばない。足りないものが多すぎて、何を手にすればいいのかすら分からない。

 

 

そして、ベテランの域に達している自分が、その変化でどのように貢献できるのか。

 

—————今もそうだ。俺はあの二人の加入で、必要以上に浮かれている

 

このチームは、まだまだ若手がいる。将来豊かな彼らがいる。二人に未来を託す前に、目の前の若手を信じるべきではないのか。

 

————俺が殺してしまったのか? 

 

今の戦術が、負けない為の戦術であったのは、降格を阻止するためだ。そこに未来はなく、ただ守るだけ、攻撃のリズムや戦術は、生まれにくい。ベテランばかりの先発で、若手の可能性は生まれない。明確な命題すらないまま、燻っている。

 

そんなチームに、輝かしい未来が約束されている彼らを、迎えてもいいのだろうか。

 

 

ミスターETUは悩み続ける。先が曇るばかりのクラブチームですべての命運を背負い、足掻き続けている。

 

 

新時代の夜明け前は、薄暗い光すら見えない暗闇の中であった。

 

 

 

 

 




青葉がオフ・ザ・ボールの動きを克服した話は、前作の作品 断章 片翼と王様に短い話ですがあります。

最初は身体能力任せでしたが、それをうまく扱うことで、化けた一例ですね。





いつかのETU if

村越「リーグ戦開幕3連勝、カップ戦は2引き分けか・・・・上々の滑り出しだな」

杉江「殴り合いで快勝といわれるのは・・・だが、5試合で二桁得点は異常だ」

飛鳥「うちのチームはやはり、セットプレーに弱いですね。攻撃陣に助けられています。連携ミスも修正しないと・・・・途中出場、ルーキーの身ですが、頑張ります」



青葉「うちのチーム、セットプレーに弱すぎ。後凡ミス大杉内・・・・昨年は堅守とか詐欺だろ・・・・何とかボールを回して、相手の心を折らないと(真顔)。セーフティー存在しないぞ、このチーム」

タッツミー「メンゴメンゴ! そのうちよくなるって(鼻ホジ」








————————某怪物被害者?の会—————————————————

磐田「勝てると思ったら、16歳に現実を思い知らされた」

広島「ギャンブルで財産を失った人の気持ちが分かった」

清水「若手監督対決で、惨敗・・・カップ戦はナメプされて痛み分け・・・」

現在ログイン 札幌「・・・・・怪物二人出場なら即死だった・・・・主力のいないETUに引き分け・・・OTZ」



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第三十一話 それぞれの道

 

 

試合終了後、全国制覇の夢を断たれた葉陰イレブンはピッチで力尽きていた。

 

すすり泣く声、悔しさに歪む表情、形容しがたい光景が広がっていた。そして彼らは痛感したのだ。

 

 

葉陰と鎌学の二強時代は終わりを告げたのだと。チームとして、タレントとして、大きな開きがあったことは否めない。

 

バランスのいい選手が揃う葉陰にはなく、一芸に秀でるものを持っていた江ノ島。

 

荒木と的場は、共にフィジカル面で大きな短所を抱えていた。前者は抜群のパスセンスを持っているものの、フィジカル面での脆弱さが目立ち、先発出場から外れる時期もあった。

 

そして的場は逢沢、青葉といった絶対的な選手の陰に隠れ、長らくスタメンを勝ち取ることが出来なかった。

 

しかし、彼らはフィジカル面での弱点を克服しつつある。

 

当たり負けしない重心の低いドリブルを的場は手に入れた。体幹トレーニングと、日々の練習によって、彼は弾丸の様にピッチを駆け抜け、対人能力を飛躍的に向上させた。この重心の低いドリブルと体幹の強さは、連続フェイントの際にも効力を発揮し、彼のドリブルの切れ味を上げていたのだ。

 

そして荒木は基礎体力という課題を克服したことで、プレー強度を上げることに成功した。先発出場しても問題ないほどのフィジカルを手に入れたが、まだまだ堀川の介護は必要だ。

 

しかし、差し引きでついに黒字になった彼は、デメリットをメリットで埋めてしまう実力を示した。

 

ライバルであり新キャプテンの織田も、油断はできない。

 

 

しかし、そんな日々進化を続ける江ノ島に唯一食い下がった男がいた。

 

 

「———————強かった、本当に強かったな、江ノ島は」

 

葉陰の要、飛鳥亨である。もし彼がいなければ、4対0という惨敗では終わらなかっただろう。バイタルに入られた数は数え切れず、飛鳥がブロックしたシュートも数えるのがバカらしくなるほど降り注いだ。

 

何より、大差のついた試合で闘志を前面に出し、最後までブレずにプレーした飛鳥の姿勢は、日本サッカーに必要なものだった。

 

――――――全国に行けなかった時点で、プロはあきらめる。そういう約束だ

 

しかし、後悔はない。悔いもない。自分は世界レベルを体感し、サッカーを卒業するのだから。

 

 

「——————本当に、サッカーを卒業するんですか? 本当に、現役を――――」

鬼丸が信じられないといった表情で、飛鳥の口から出た卒業という言葉を繰り返す。

 

「ああ。医者の道。そうだな、スポーツ医療の道を考えているよ。中途半端はしない。もう決めたことだから」

 

朗らかに笑う飛鳥。二流のスポーツ選手になる気はない。そして、何よりサッカーを陰ながら応援してくれた両親との約束だ。

 

特に父親とは何度も対立した。だから、これはケジメなのだ。約束を違えることは許されないし、自分が許さない。

 

「—————よく見ておけ。あれは、お前が目指す世界を走る存在だ。一流とは、あれほどできる存在なのだとな」

 

 

「—————————」

この試合荒木に格の違いを見せられ、逢沢には何度も躱されて自信を喪失した蝦夷は、呆然自失といった様子だった。

 

七光りだと思っていた存在は、逢沢傑すら持ち得なかったストライカーとしての嗅覚を備えていた。

 

そして、逢沢傑を連想させる質の高いプレーも具現し、現代に適応した新たな司令塔の姿を嫌というほど見せつけた。

 

旧時代の走らないストライカー、司令塔、リベロといった過去の産物を完全否定して。

 

「——————何が違うんだよ、あいつらと。俺たちに何が―――――何が足りないんだよぉ……」

 

慟哭と言っていい声だった。それが分かれば苦労しないし、分かったところで、すでに半分手遅れなのかもしれない。

 

彼らは短所を補うのではなく、長所を伸ばし続けた。自分を生かすにはどういうプレーがいいのか、自分の持てる武器を把握し、自分に出来ることを考え続けた。

 

強豪校としての責任、プレッシャー。それらに打ち勝つことで、本物の化け物は生まれるだろう。しかし、残念ながらそんな存在は葉陰にはいなかった。

 

逢沢駆を封じ、宮水青葉のプレーに対応できる存在などいなかった。彼らに触発されて、自分自身を改革した江ノ島イレブンに対応できる選手があまりに少なかっただけなのだ。

 

点差以上の力の差を感じた葉陰はしばらく衰退し、おそらく鎌学も衰退するだろう。

 

 

もはや、神奈川県下に江ノ島高校の進撃を止められる存在はないのだ。

 

「—————完敗だよ、岩城監督」

 

葉陰の監督である田岡は、鍛え上げたチームに快勝した江ノ島高校の監督岩城に対し、偽りのない賛辞を贈る。

 

「ありがとうございます。ですが、彼らが自分で考え、自分の長所を磨き続けてくれたから、僕も采配を振るいやすかったですし」

岩城としては、青葉という意識の高さによってチームが変革した。後はチームの守備戦術を考えればいいだけだった。

 

連携に関して守備側でのアドバイスはできるが、攻撃でのアドバイスは完璧にはやり遂げられない。むしろ、彼らの感性を養うために手を出すべきではない。

 

「自ら考え、か―――――大変参考になるよ」

 

 

しかし、それがどれだけ難しいのかを田岡は理解していた。

 

―――――君にその実感はないだろう、岩城君

 

岩城は、今までのサッカーを変える指導者になりつつある。

 

 

宮水、逢沢、織田。彼ら枢軸は、葉陰にない要素ではある。しかし、2得点を決めた夏目は裏抜けと速度以外は平均レベルの存在だ。しかし、この試合を通じて彼は驚くべき成長を遂げている。

 

さらに、今大会から抜擢した堀川は、スイーパーとして活躍し、満を持して登場した荒木はプレー強度を上げた状態で立ち塞がった。まるで隙がなかったと言っていい。

 

的場と八雲は連携が取れており、片方のサイドは完全に制圧されていた。無論、青葉のいたサイドも制圧されてしまったが。

 

他にも控えだった選手が主力となり、活躍するシーンは数多くあった。何より楽しそうにプレーをするのだ。

 

まるで生き物のように、彼らの意思は一つの方向へと向かっていた。前半から夏目への意図的なボールの集中もその一つだろう。

 

まるで、夏目大樹というストライカーを育てる意思が感じられる采配だった。そして見事彼は期待に応えた。

 

 

 

「選手権制覇も、十分視野に入るな」

 

「慢心は致しません。目の前の試合に勝つことで、その夢は少しずつ近づくのですから」

 

監督やベンチも慢心がないらしい。田岡は敵わないと心の中でため息をつき、ピッチを後にするのだった。

 

 

そして、勝者として決勝戦に勝ち進む江ノ島高校では、

 

 

「——————中盤、少しプレーをしにくそうにしていたな、駆」

 

 

「うん。飛鳥さんの圧力がなかなかすごかった。詰められると、中々抜けなくて――――」

駆とマッチアップしていた飛鳥は、終始駆のプレーを遅らせていた。しかし、駆の地力が勝り、躱されるシーンもあった。

 

「きっちりボールを奪われず、ボールを前に供給したのはよかった。STはエゴだけで務まるポジションではないからな」

 

前線を支える基地なのだ。たとえボールに触れることがなくても、彼らを支援できる存在でなければならない。

 

「—————でも、青葉はスピードに乗ればだれも止められなかった。さすがだね」

 

 

「いや、後2点は決めるつもりだったが、ゴール前を固められていてな。1ゴールしか決められないのはアタッカーとしてしょっぱいな」

 

ハットトリックを決めなくてはならない相手だったと青葉は悔しそうにしていた。

 

「—————けど、それだけ飛鳥さんの統率が取れていたんだと思う」

 

 

「本当に惜しい選手だ。リベロというポジションで、便利屋をやらされているのが酷に思えるほどな。彼は生粋のCBだというのに」

 

飛鳥というタレントに依存したことが、葉陰の強みであり弱みだった。あまりにも多くのことを彼に依存し過ぎたことが、脆さを出してしまったのだ。

 

「いいチームに恵まれなかった。よい環境さえあれば、いいCBになるだろう」

 

すべてがロジカルで、理路整然としたプレースタイル。青葉や駆といったトリッキーな選手との対決が今までなかったことが彼にとっての不幸だ。

 

しかし、プロに行けばその経験も解決するだろう。

 

 

「本当にパスが来た。信じて走れば、結果は出るのかぁ……」

 

2得点を決めた夏目は、味方を信じて裏抜けを何度も行った。攻撃と守備が入れ替わる瞬間を逃さない。それがチャンスであることを彼は何度も教えられている。

 

信じ続けたことで、味方に信頼されるようになった。愚直な試みが報われたのだ。

 

「けど、パスしやすかったぜ。動き出しは本当に早いからな」

荒木曰く、高瀬とは違ったパスの出しやすさを感じていたらしい。

 

「フリーランニングでコースも作るし。前線からチェイシングしてくれたし。守備側としてはラインを上げやすい」

 

「だな」

 

守備陣からの好評を得ている夏目の走り。当然危機感を感じるのは高瀬だ。

 

「—————なるほど、ああいう攻めの守備もあるのか。だが、俺にはあの俊敏さはない」

 

―――――読み切ることだ。パスコースを限定させる動き。それだけでもできれば

 

結局は周りを見ることにつながるのだと高瀬は笑う。同学年のライバルを前に、滾っていた。

 

なお、夏目はその後サイドにコンバート。高瀬の高さと夏目のスピードは長らく他校の脅威となる。

 

 

「八雲さん凄いですね。いいタイミングでオーバーラップしてくれて。こちらとしては攻撃の厚みが出来るので、助かります」

 

「まあな。前任者がとんでもないサイドアタッカーだったしな」

 

「まあ、青葉と組んでいたら、自然と鍛えられますよね」

 

的場と八雲は積極的にコミュニケーションを取っていた。サイドにポジションを取る選手として上下の連携を確かめるためだ。

 

「けど、カバーリングや相手の攻撃を遅滞してくれるから、安心して上がれる。次も頼むぜ」

 

「はい!」

 

お互いの信頼関係を構築する。約束事を守る。その上でチームプレーは生まれる。オーバーラップしないサイドバックは時代遅れというが、オーバーラップはリスクを伴う。ゆえに、リスク管理を決めごとでカバーするのが妥当なのだ。

 

的場は守備意識の低さが入学当初は目立っていたが、今は違う。江ノ島自慢の攻守の切り替えが染みついており、守備から始まる攻撃を体現するメンバーの一人となっている。

 

お互いにコミュニケーションを取る光景。それだけで岩城の指導は間違っていなかった。当たり前の疑問や問題を投げかけ、選手たちに考えさせる。あくまで一言程度だ。

 

基礎練習や守備練習は関与できるが、細かなコミュニケーションは指示しきれない。

 

 

江ノ島ではだれ一人感じていないことだが、ライバルはある予想を立てていた。

 

 

宮水青葉と逢沢駆がいなくても、江ノ島強すぎる、と。

 

 

きっとこの言葉を江ノ島が信じるのは、来年の選手権辺りになるだろう。

 

 

 

一方、なでしこの代表に選ばれた小野寺、美島、群咲はフル代表への生き残りをかけたサバイバルに挑んでいた。

 

「ウィッチィ!!」

 

「っ!」

 

一見すると舞衣へのパスコースを防がれているように見えるが、

 

「なっ!?」

 

手でブロックしながら方向転換。ゴールに背を向け、美島のパスを待つ姿勢を選んだのだ。

 

―――――何をする気なの、舞衣?

 

横でスペースへと襲い掛かっていた颯は、彼女が何をするのか気になっていた。

 

「舞衣ちゃん!」

 

結局奈々は舞衣へのパスを選択。この状況で自信満々にしている彼女の真意が知りたい。

 

 

そして、想像以上のプレーを見せるのは必然だった。もう彼女を曇らせる存在はほとんどいない。そして、曇った彼女を支えるサポーターが必ず一人いる。

 

 

――――私は走り続けるの、目の前のゴールを奪うために!

 

 

それは、駆が得意としていたルーレット。ターン技がこの瞬間に発動したのだ。

 

ファーストトラップから始まるフェイントの為、引きはがされるディフェンス。それでも何とか彼女を止めるべく足が動くのだ。

 

 

当然そのスペースが生まれる。

 

――――空いた、けど。何をする気なの?

 

颯は、そのスペースを有効活用できる瞬間を待つ。彼女が自力で奪うかもしれない、もしかすればパスが来るかもしれない。

 

まるで、青葉のようだと感じた。

 

――――マルセイユ・ルーレット。有名な技だけど、方向さえわかれば――――

 

ディフェンス側に入っていた中江美奈が舞衣を止めるべく動く。右の裏でトラップし、左足で転がしながら横へと動くのだろう。

 

しかし、その予想をした瞬間、まるで瞬間移動の如く舞衣の姿が美奈の視界から消える。

 

「!?」

 

いつしたのか分からないほど鋭い切り返し。彼女は既に、美奈の横を通り過ぎていた。

 

―――――なに、が――――――

 

続く迫るディフェンダーをマシューズフェイントで難なく躱す舞衣。もはやスピードに乗った彼女は簡単な相手ではない。

 

振り抜いた左足は、ゴールネットを揺らす。周囲の人間に衝撃を与えた舞衣の生み出した新たなルーレット。

 

 

「ルーレットにマシューズフェイントを加えたの! といっても、大層なものじゃないけど――――」

 

ルーレットで振り切れなかった際に振り抜かれる二撃目。発想が生んだ意表を突くフェイントで、日本屈指のディフェンダーを単独で突破したのだ。

 

 

「—————舞衣ちゃん凄い。真正面から壁を突破するなんて」

そんな彼女の自信に満ちたプレーを前にして、頬を染めている奈々。

 

「ゴール前の突破が板についてきたわね」

自分でも使えないものかと思案する颯。

 

 

「いよいよ本領発揮ってことかしらね」

 

「やられた側からすると悔しいですけど、今のは凄かったですね」

 

一色と美奈は、舞衣のプレーぶりを見て頼もしさを感じていた。美奈は悔しさを感じており、次は止めて見せると意気込んでいる模様。

 

 

その後も、ゴール前で余裕を見せる舞衣のプレーに安定感が出ており、自然とボールが集まるようになっていた。

 

 

「ねぇねぇ。舞衣ちゃん最近何かあったの?」

 

同僚から何があったのか聞かれる始末。

 

「うん。前とは雰囲気が違うわ。凄い成長よ」

 

一色も気になっていた舞衣の変化。何か美島に対してコンプレックスを持っていた時とは違い、自信を持ってプレーをしている気がするのだ。

 

「—————えっと、それは―――――すみません、言えません!」

眼が泳ぐ舞衣。青葉とのやり取りを思い出し、思いっきり頬を染めてしまう。思えばあんな風に元気づけられた時はなかった。

 

あんな風に頼りになる存在は今まで隣にいなかった。

 

 

――――私も、いつか、あんな凄い選手になるんだ――――――

 

しかし、頬を染めたのはそこまで。いつか彼のような絶対的なエースになるんだと、集中を持続させ、練習に真摯に向き合う舞衣。その雰囲気と様子は、高い自意識とプライドが見受けられた。

 

同僚たちは、矛先を美島と小野寺に変更する。

 

「す、すいません。私も理由は知らなくて―――――」

 

「————ご、ごめんなさい」

 

小野寺と美島は知らないふりをすることに決めた。というより、二人にとって理由は明白だからだ。

 

「妙さん!? 舞衣ちゃんが今まで見せた事のない顔に?! ちょっ、どうしちゃったの?」

 

「この子、こんな人懐っこい顔をするのね。猫ね、まるで猫――――カチューシャ付けても違和感ないかも?」

 

「~~~~~♪」

小生意気な笑みとは違い、いいプレーをすると柔和な笑みを浮かべ、声も出すようになっていた。誰かのプレーを褒めるという辞令すらなかった彼女の変化は衝撃的なものだ。

 

 

「いつか、私もアー君みたいに……」

譫言のようにつぶやいたアー君という人物に、なでしこは衝撃を受けた。

 

「だ、誰なの!? アー君なる人物は!!」

 

「そんな、後輩に負けるなんて―――――」

 

「そ、そんな―――――」

 

そして竹田監督は、

 

「恋する乙女は可愛いなぁ、どう思う?!」

 

「勝手にしてください~~~!!!」

 

平常運転だった。

 

 

――――行き遅れたくないわね……美島さんが羨ましいわ

 

―――――えっと、はい。駆は誰にも渡しませんよ?

 

高校生二人は、婚期についてそれなりに気にしていた面々を見て遠い目をしていた。

 

なでしこの未来は明るいのか、明るくないのか。それは見たものが決めるだけだ。

 

 

なでしこが舞衣の豹変に翻弄される中、いよいよ終幕を迎える選手権予選神奈川大会。

 

 

一方、別ブロックで勝ち進んできたのはやはり神奈川の雄、鎌倉学館。

 

エース鷹匠を中心として攻撃陣は全国クラス。しかし、もはや大方の予想は江ノ島高校有利という論評で占められていた。

 

「———————駆がアンダー世代であそこまで活躍するとはなぁ。今じゃ日本のエース候補とまで言われているんだぜ」

国松は、彼らの雄姿をテレビで見ていた。遠い韓国の大地で行われたアジアの覇者に挑む姿を。

 

アジア最強を自他ともに認めるオーストラリアとの戦い。あのヨハン・ヘイデンの再来と呼ばれるロビエル・オズボーンはフル代表レベルと言っても過言ではない。

 

 

そんな彼に負けない輝きを放ったのは、劣勢の中奮闘した逢沢駆の姿。今まで学んできたこと、成長した証を存分に見せた彼は、彼との一対一で結果を示した。

 

今でも覚えている。ヴァニシング・ターンで真正面から彼をぶち抜き、トップスピードに乗って中央を切り裂き、最後はラストパス。

 

最後のパスの瞬間だけは、逢沢傑の姿が見えたほどだ。しかし彼は駆なのだ。

 

「—————悔しいが、あの試合で使える奴はあいつしかいなかった。世界標準は俺の想像を超えていたんだ」

 

世良は、味方であれば頼もしかった駆をそのように評した。何かをしてくれる男、流れを変える力を持つ存在。

 

それこそ、エースの資質の一つだった。

 

「—————もし、あの試合に青葉がいたらどうなっていたのかな?」

佐伯は、あの試合をベンチで見ており、後半途中から起用されていた。

 

もし、あのイレブンの中に彼がいれば、勝敗はどうなっていたのか。

 

 

完全に勝敗が決してしまい、駆以外の足が完全に止まった状態。そんな状況下で何かを出せるほど、佐伯は特別な才能を持っていたわけではなかった。

 

駆がボールを持った瞬間に3人に囲まれファウルで逃れる。フォローが遅れ、駆がなすすべなく包囲される状況が続いていた。

 

オーストラリアは最後の希望である駆を潰し続け、日本の息の根を止めたのだ。

 

「——————右サイドで自信を取り戻していれば、後半の大量失点はなかったかもしれません。左で優位に立っていた分、それが惜しまれます」

 

両翼が揃っていれば、日本はアジア最強に勝利していた可能性は高い。世良はそれを断言できる。

 

「そして、そんな選手が江ノ島にはいる」

 

全国トップクラスの攻撃陣を誇る江ノ島。蹴球という名ばかり金ばかりの高校ではなく、純然たるサッカーで、圧倒する。

 

お金をかけても生まれることのない、純粋な本物の原石たちがひしめく高校。それが彼らだ。

 

 

「—————守備陣は前からのチェイシングを躱せば、ないことはないです。フリーキックなら叩き込んで見せます」

世良は、油断なく、かといって過大評価することもなく分析していた。江ノ島のキーパーは、フィールドプレーヤーに比べれば平凡。距離によっては十分狙える。

 

そして、運動量溢れる前線のハイプレスこそ、江ノ島の攻撃手段の一つだ。中盤は堀川織田のダブルボランチが厄介だが、CBは一枚も二枚もランクが落ちている。

 

「点の取り合いか。だが、宮水を止めなければ、打ち負けるかもしれんぞ」

鷹匠の懸念はどうやって彼を止めるのかである。無敵に見えるサイドアタッカーを攻略するにはどうすればいいのか、スピードに乗れば、密集地帯だろうとミドル込みでこじ開けてくる。

 

「—————宮水対策はとにかくスピードに乗せない事。前に進まれるのはいいです。ですが、スピードに乗った場合、即死一歩手前になり得ます。オーストラリアが逢沢君にやったような戦術を、うちも実現できれば—————」

 

 

「基本ボランチと、ウィングバックだな。なるべく奴のいるサイドでプレーをしないのがセオリーだが、ダブルチームで当たるべきだろう」

マークにつく人数は2人が妥当だろうと国松は、推察するが

 

 

「いえ、あえて彼にはマンマークをつけません」

 

世良は、それを否定する。

 

 

「え?」

佐伯は、マンマークをあえてつけないやり方に驚く。脅威と言える人間に対し、マークを付けないという世良の思惑に対し、戸惑いを隠せない。

 

「ドリブラーはスペースがあってこそ輝く。相手を抜き去ることで、その価値を見出す。だが、引いて守った相手には?」

 

 

世良は、強豪チームと言えど、押し込まれる彼の強さを理解していた。そして、引いて守ることこそが彼を自由にさせない糸口だと考えている。

 

「佐伯には見覚えがあるだろう? 引いて守ると攻めあぐねる、コースがないから前に進めない」

 

「—————そう、ですね。それならあの攻撃力を鈍らせることも」

佐伯としては、一人で相手のチーム戦術を歪めるほど強力なカードに動揺を隠せないが、それが最善手であることに疑いの余地はないと感じていた。

 

「—————高等な守備戦術でダメなら、引いて守るしかない。カウンターの際に、鷹匠さんの突破がカギになりますけど」

 

 

「望むところだ」

 

 

鎌倉学館が王者のサッカーを捨て、リアクションサッカーで挑む。王者と言われ続け、神奈川のサッカーを長年リードし続けてきた名門が、新興勢力に勝負を挑む。

 

個性を生かし、個の力を信じる江ノ島サッカー。それぞれの長所を引き合わせることで、驚異的な爆発力を生む彼らに対し、意地と誇りを賭けることになる。

 

 

 

 




いつかの日本代表IF(ブラン長期政権√)&おまけ

ブラン監督「江ノ島産はいいね。プレーに思い切りがあるよ。これも君の手腕のおかげかな、ミスター岩城」

岩城コーチ「僕は何もしていませんよ、ミスターブラン。彼らが自分で考え、一歩を踏み出した。それだけです」

ブラン「悪いね、思いの外君の高校の出身が多いから呼びつけて。後任の監督さんも調子よさそうとは言え」

青葉「まさか、岩城さんとまたやれるとは。光栄です」

織田「ああ。後任の瓜生監督も、うちのスタイルと緻密な守備陣形を融合させ、さらなる次元へとチームスタイルを進化させている」

飛鳥「ETUもしくは江ノ島の招集人数おかしいぞ。出身選手が何人いるんだ」

椿「えっと、飛鳥君が言っても、嫌味にしかならないと思うんだけど・・・・」

駆「なんだか、昔に戻った気分だよ。みんなと代表で会えるなんて。ガブはあっちの代表で元気にしてるかなぁ・・・」

高瀬「相変わらず、俺の頭にボールが飛んでくる。凄い精度だ」


なお、全員海外組


少し離れた先で、

細見「毎年CL出ている選手は違うな。昨シーズンはリーグ、CLの二冠か・・・」
(PSGのレギュラー。なお、彼もCLに複数回出場)

花森「ふふふ。こ、ここの俺の地位をおおお脅かす・・・・いいだろう、う、う、う、受けて立つ・・・・」(海外組、最年長)


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第三十二話 ポリバレント

遅れましたが、神奈川予選です。


 

神奈川サッカーもいよいよ決勝戦を残すだけとなり、会場は既に満員の一歩手前となっていた。

 

 

「————————」

 

サングラスをかけて、会場へと歩を進める少女—————小野寺颯は、先ほどから聞こえる雑音が耳に入るばかりであった。

 

「今日も青葉君がゴールを決めるよ~」

 

「イケメンで、足が速くて、しかも身長高いし! 一言でもいいから話しかけられないかなぁ」

 

「クールな青葉君の笑顔が見たいなぁ」

 

「無理無理。噂じゃ、サッカーが生きがいみたいよ」

 

「でもでも! 可能性はないわけないじゃない!」

 

青葉に対する黄色い声が日に日に増している。器量よし、性格よし、そして将来有望な日本代表候補。当然人が集まるのは仕方のないことだろう。

 

—————上辺だけで、青葉が振り向くはずがないじゃない

 

自分の初恋は既に終わっているが、彼女らに青葉がいい顔するのは気に食わない。もっと彼にはふさわしい女性がいるはずだと、颯は思う。

 

最近では、大阪バファローズのエース、大塚栄治が同い年の大学生と熱愛発覚か、という噂が流れたり、無実のスキャンダルで風評被害に遭う横浜の沖田道広が迷言を残すなど、女性問題で苦労する若いアスリートが目立つようになっている。

 

その点、逢沢と美島は理想的なカップルだと考える。どうせ恋をするのなら、何かひたむきに打ち込む真面目な青年がいい。しかし、中々いないのは事実だ。

 

江ノ島の面々はもはや異性の対象として見れない。家族————そう、家族なのだ。彼らの頑張る姿に惹かれているだけなのだ。

 

—————気の迷い。私には今度こそワールドカップを取る夢があるのだから

 

しかし、桃色の空気で汚染された思考を掃除した颯はそれ以降の言葉をシャットダウン。自分の夢、彼が紡いでくれた希望を右足に抱え、進むのだと決意する。

 

「——————でも、本当に私の周りにそういう対象はいないわね」

 

しかし彼女は知らない。フラグは、意外なところでその時を待っていることに。

 

彼女がメンタル糞雑魚な年上の快足アタッカーとフラグが構築されるまで、あと半年を切っていることに。

 

 

 

一方、鎌倉学館との決戦を控えた江ノ島イレブン。そこには油断も慢心もなく、勝利という二文字に集中する戦士たちが並んでいた。

 

試合前ロッカールームでは、

 

「インターハイで、3年生が引退し、良くも悪くもチーム状況はどのチームも変わっています」

 

岩城監督は、新しく1年生2年生で構成されたチームを前に、インターハイとは違うぞということを明確に伝える。

 

「—————彼らは大まかな戦術は変えないでしょう。サイドアタックと、トマホーク。これが彼らの武器であることは、これまでの試合ぶりからも推察されています」

 

鎌学は良くも悪くも変わっていない。鷹匠というストライカーと、世良、佐伯といった攻撃陣は変わりないのだ。

 

「そして変わるのは、青葉君への対応です」

 

 

「——————5バックでスペースを消される、そういうことですか?」

 

瞬時に即答する青葉。ドリブラーにとって致命的なのは、スペースそのものを消された時だ。スペースがなければ通常ドリブラーは役に立たない。

 

鎌学はマークをつかせるのではなく、ゾーンディフェンスとフォアチェックでスピードを遅らせ、スペースそのものを消す戦術を取るだろうということだ。

 

「ええ。となると、ゴール前は密集することが予想されるでしょう。中への絞りは極力控えたほうがいいかもしれません」

 

3バックはサイドアタックに脆い傾向にあるとはいえ、彼らは5バックを敷いてくる可能性がある。

 

3-5-1-1の布陣は中盤の数的有利に目がいきがちだが、ワントップの鷹匠への縦一本も警戒する必要がある。

 

それを止めるためにはウィングバックを下がらせ、世良に仕事をさせないかにかかっている。

 

「今回は前々からのプラン通り、4-4-2の布陣で対応します。中盤は織田君と堀川君」

 

 

GK  1番 紅林

LSB 2番 桜井

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF12番 堀川

LMF 8番 宮水

RMF18番 的場

ST  7番 逢沢

CFW13番 火野

 

ベンチ入り (GK)16番藤原、19番林葉、(DF)15番 園田、5番 三上、17番 藤田(MF)10番 荒木、11番 兵藤(FW)20番 夏目、9番 高瀬

 

 

4-4-2だが、今回は少しばかり違う。得点感覚に優れた逢沢をゴールに近い場所に置き、火野のサポートをすることになったのだ。駆本来の持ち味である裏抜け、守備の穴を見破る観察眼がいかんなく発揮されるポジションである。

 

中盤のバランスを考えなくていい分、逢沢に自由を与える形となった。

 

 

————ここで火野先輩か。くっ、チャンスは遠い。

 

火野は高瀬に比べてテクニックもあり、フィジカルは劣るがワントップを張るには十分な強さを持っている。

 

岩城監督はこの試合、火野を前半で交代させるつもりだった。

 

万能型フォワードの火野と逢沢の連携により、サイド突破からの様々なクロスボールに対応できる能力があると考えている。故に、技術力のある選手を前線に置きたい。

 

高瀬は一つを満たしていたが、技術では火野に軍配が上がる。夏目は速度に優れているが、判断基準がずれている。

 

戦術を理解しているからこそ、夏目は妥当だと考えていた。

 

 

岩城監督が考える後半の布陣は、足が止まる時間帯だからこそ考え付いた攻撃的な布陣。それは後半に取っておくべきと考えていた。それは、今まで練習試合、リーグ戦において試したことがない布陣。しかし、必ず必要になると考えられる布陣。

 

 

—————もし、今までの布陣を対応された場合、使う必要がありますね

 

 

 

そして、鎌学ロッカー。打倒江ノ島に燃えるイレブンは、青葉と駆がスターターで出てくることで武者震いを各々見せていた。

 

かつての10番の忘れ形見と、その10番が風と表現するサイドアタッカー。

 

 

この二人に仕事をさせない。

 

 

「いよいよだ。我々は江ノ島に手痛い敗北を喫した。が、これほど早く雪辱を果たす時がやってきた」

 

 

夏の試合を思い出す面々。3年生は一部が引退し、その屈辱を知るのはここにいるメンバーと、スタンドで応援した部員—————そして、鎌学の生徒一同。

 

 

前半は青葉不在の中、試合を有利に進めていた。荒木が負傷し、駆へのプレッシャーが強く、江ノ島は思うような攻撃が出来なかった。

 

 

だが、青葉が後半頭から入ったことで、全てが崩れ去った。

 

「打倒江ノ島、打倒宮水青葉。おそらくこれが、彼と戦う最後のチャンスだと思う」

 

 

高校サッカーの枠から外れた怪物。程なくして、彼はプロの舞台へと渡っていく。出戻りもないだろう。正真正銘、この選手権シーズンが彼の高校サッカーの最後なのだ。

 

 

「心してかかれ。我々は挑戦者だ。いよいよ総体を制覇した王者に挑む。将来の日の丸を背負う選手たちに勝負を挑む」

 

リスペクトを失わない鎌学のサッカー。それだけの難敵、それだけの強敵。

 

 

「しかし、その座を我々が奪うなとは言っていない」

 

 

しかし、彼は野心を隠さない。そんな壁を乗り越えた時、必ず彼らはそれらに比肩し得る存在になれると信じている。

 

 

「———————日の丸を背負う、彼らに成り代わる瞬間を、私は期待する。諸君、勝ちに行くぞ」

 

 

ジャイアントキリングの始まりだ。

 

 

 

そして視点は会場へと変わり、超満員の観客の視線をくぎ付けにする瞬間がやってくる。

 

『さぁ、いよいよ始まります。全国高校サッカー選手権、神奈川予選。そのファイナルのキックオフが間もなく吹かれようとしています。解説は福田克人さん、実況は私江田信二でお送りします』

 

 

『10年ぶりの予選通過を狙う江ノ島高校と、大会連覇がかかる鎌倉学館高校。夏のファイナル再び、というカードになりましたね』

 

 

『はい。どちらも攻撃陣の層が厚いですが、やはり江ノ島に分があるとみて間違いないでしょう。注目は宮水君のプレーではあるのですが、ベンチ入りしている荒木君をどのタイミングで起用するかですね。』

 

『チーム一のテクニシャンをどのタイミングで起用するか。そして鎌学ディフェンス陣が宮水選手のドリブルに対し、どのような対策を講じるのかが注目です』

 

『ええ。中盤の推進力として大きく貢献している彼ですが、その決定力は得難いものがあります。江ノ島としては彼をゴールに近い場所でプレーさせたいでしょう』

 

 

 

 

鎌学、江ノ島イレブンがピッチに入り、主将の織田と鷹匠がコイントス。その結果江ノ島が先攻ということになった。

 

 

「祐介——————」

 

セカンドトップとして、ついに本領発揮が期待される駆。しかし、鎌学の守備位置が後ろ寄りであることが気がかりだった。

 

—————守備的に来るのはある程度予想していたけど

 

 

ウィングバックの位置が低い。いや、中盤のコンパクトでドリブルコースを消すような位置取り。

 

そして、その違和感は青葉も当然熟知していた。

 

—————なるほど、やはり予想していた対策

 

 

この試合、鎌学はスペースを消す戦術を徹底してくるだろう。リトリートとフォアチェックを使い分けながら。

 

 

 

キックオフの笛が鳴り、試合が開始される。火野から逢沢。そしてサイドに待つ的場へとボールが渡る。

 

—————圧が低い。ならもっと前進して

 

的場はドリブルで上がることを考えるが、すぐにその考えを遮られる。

 

「!?」

 

 

中盤の数的優位を駆使し、鎌学はその場所を支配しているのだ。

 

————なるほど、リアクションサッカーとカウンターか

 

これではさすがの青葉もどうにもできない。この試合、彼にはマークがついていないが、彼のドリブルコースは制限されている。

 

 

『ボールを保持しているのは江ノ島ですが、攻めあぐねていますね。』

 

『世良君と鷹匠君の力を信じて、中盤でスキのないディフェンス。半面運動量は求められますが、有効な手立ての一つですね』

 

 

「くっ」

確かにボールは保持できる。しかし、攻めることが難しい。このまま延長戦まで突入し、PK戦までもつれ込んだら危険だ。

 

圧倒的に優位なのは江ノ島だ。なのに、得意のロングフィードも使えない織田は歯噛みする。

 

 

膠着状態が続く試合展開で、青葉は駆を見ていた。確かに、パス回しとドリブルだけではこの守備を突破することはできない。

 

 

この局面で必要になるのは黒子役。そして、中盤の飛び出し。サイドにいる自分はその手助けを行うだけだ。

 

「こいっ!!」

 

力強く、彼は叫ぶ。自分にボールを寄こせ、この膠着した状態を打開すると宣言する。

 

 

その言葉を堀川に送る。織田からのバックパスでどうするべきかを考えていた彼は、青葉がヒントを与えてくれるのだと信じた。

「青葉!? なら殺ってみせろ!」

 

 

下がってきた青葉にボールが渡る。そして彼らしからぬゆっくりとしたドリブルが開始される。その周辺にはマークが存在せず、中盤と終盤を固めている鎌学は彼の動きに注視する。

 

 

————来たか、問題のサイドアタッカー

 

鎌学の誰もが身構える。彼はこの状況で打開策を見出したのだ。だから、あれほど自信気に満ちた顔をしている。完璧にドリブルコースを消したと思われるフィールドで、彼は何かを見つけたのだ。

 

ブロックを作り、プレッシャーが弱い。寄せも甘い。しかし、スピードに乗せないよう進行方向を遮る。

 

 

「行かせねぇよ」

 

「来いや、おらぁぁ!!」

 

彼を煽るかのように闘志を燃やす鎌学の選手。ここで、青葉がボールをロストすれば、流れは一気に鎌学へと傾く。

 

そして、右と左へのコースを消されている青葉は、ゆっくりとサイドに流れながらドリブルで動きをずらしていく。ボールを横へロールしながら、彼らのスキを窺う。

 

————何をする気だ、ゴールまではまだ遠い。

 

————ここでこいつを止めたら———!!

 

トンっ、

 

ここで動いた。青葉は左右へのコースを消しに来ていた鎌学の真ん中へとギアを上げたのだ。豪胆にも、ど真ん中のコースを選択したのだ。

 

 

「そいつは織り込み済みだぁぁ!!」

 

何かしらの約束事があったのだろう。サイド寄りの選手が真ん中のコースを塞ぐ。そして青葉はサイドに流れながら縦へと抜け出す。

 

 

「!!」

 

ここで初めて、青葉は彼らの作戦を悟る。サイドに流れ過ぎた彼は、鎌学の脅威になり得ない。彼のドリブルを止めることは困難と言っていい。だが、誘導することはできる。

 

 

サイドの端へと追いやられた青葉の前に、新たなブロックと、猛追する二人の選手。

 

————なるほど、やってくれる

 

このまま横を切られながら進めば、いずれ後ろの選手も追いつく。縦に行ったとしても、ゴールからは遠ざかる。

 

「仕方ない」

 

突破が無理なら、別の手立てを考えればいいだけだ。

 

 

「「「なっ!?」」」

 

追いかけた選手、横を警戒していた選手が驚愕するロングフィード。シュート性のクロスがゴール前に襲い掛かる。

 

 

意表を突く、苦し紛れに見える青葉のロングフィード。しかし、彼は見えていた。

 

「くっ、このっ!」

 

「行ってください、火野さん!!」

 

スクリーン代わりに、駆が黒子役に。クロスを予測していた鎌学選手と競り合う駆たちの傍を通過し、ボールは火野の頭上へ。

 

「うおぉぉぉ!! なんつってな!」

 

しかしこのボールを火野はスルー。追い縋った鎌学選手のマークが剥がれる。ゴール前のブロックが完全に剥がれ、

 

 

「ッ!!」

 

大外から走りこんでいたのは的場。二列目のサイドから一気呵成に攻め込んでいたのだ。しかし角度がない場所であるため、的場の前にシュートコースは無い。

 

————周囲を囲まれ、シュートコースはほぼ塞がれている。

 

ペナルティエリア内、迫りくる鎌学選手を前に、的場は冷静に考える。どこかに糸口はないものかと

 

 

そして、低く這うようにペナルティエリアで忍び寄る影を見つけた。全ての視線がボールに集中するかのような緊迫した場面で、別の景色を見つめる存在。

 

 

周囲の雑音、緊張から解放され、ただ一つの目的の為に走るモノ。

 

その存在は、指差しである場所をさしたのだ。自分ではなく、ボールをそこに置くことを指示して。

 

 

それを見つけた瞬間、的場は彼らしいと笑みを零す。

 

「「「「!?」」」」

 

的場はループを選択したのだ。シュートにしては外れたミスキックに見えるそれは、そのただ一つの穴へと向かっていく。

 

 

そのループ自体に、脅威は一切存在しない。放っておけばボールはラインを割るだろう。しかしその場所に彼は必ず走りこんでいる。

 

 

ストライカーならば、チームのエースならば

 

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

間に合うかどうかギリギリのタイミング。そこに背番号7の姿があった。

 

 

—————ダイビングヘッドは威力がない。なら、

 

 

一番難しいプレーを選択しろ。かつて、兄がそうして見せた様に。

 

 

折り返したループ性のボールに、

 

「!?」

キーパーは信じられないものを見るかのように、駆の動作を見ていた。

 

 

キーパーの眼前で、ダイビングボレーシュートという高難度のプレーを選択した駆。ボールの根元に入った強烈なシュートが鎌学のゴールを襲う。

 

 

強烈な弾道はキーパーの死角、頭上へと向かい—————

 

 

ガンッ!!

 

 

 

そのシュートは惜しくもバーをたたき、得点とならなかった。競技場は大きなどよめきで埋め尽くされ、その余韻に浸る観客は多かった。

 

まだまだ進化し続ける天才の忘れ形見。そのストーリー性と、一試合ごとに成長を続ける主人公のような存在が、彼らを魅了して止まない。

 

 

逢沢ッ!!

 

逢沢ッ!!

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢コールが起こる会場。たった一つのワンプレーで、彼はこの停滞する試合を動かした。黒子役の後にマークを外し、最後の瞬間に顔を出す。

 

 

逢沢の成長の証を証明するプレーであった。

 

 

『逢沢のシュートは惜しくもバーをたたきました!! しかし、今の流れは凄かったですね』

 

 

『宮水君もよく見ていましたねぇ。まさか、最初から逆サイドの的場君を見ていたなんて。物凄いサイドチェンジでした。そしてその的場君も、最後逢沢君を見ていましたね』

 

 

『トップ下という括りから解放された逢沢君は、その威力が増していますね』

 

 

今の流れは紙一重と言っていい。わずかな誤差がなければ逢沢はネットを揺らしていただろう。

 

 

このプレーを機に、江ノ島は流れを完全に引き寄せる。

 

 

世良と堀川のマッチアップ。しかし、完全に雰囲気にのまれている彼はいつもの実力を発揮できない。

 

—————ダメだ、ここで俺が—————

 

「———————なっ!?」

 

「殺したァァァ!!」

精彩を欠いたドリブルフェイントを、新進気鋭の堀川が見逃すはずがない。シザースのトラップミスを突いたプレスで逆ボールを奪われてしまう。

 

『おおっと、ボール奪った! あっと抜け出したァァァ!! 堀川のドリブルが始まる!! そして、パスが前に通ります!!』

 

 

ボールカットした堀川のパスに反応した青葉が縦に切り込んでいく。横へと行くそぶりを見せない彼は、一気に敵陣深くまで切り込んでいく。

 

「クロス警戒!! 上げさせるな!!」

 

「横も警戒しろ!! カットインするぞ!!」

 

クロスの精度というもう一つの武器が牙をむいた。これで一気に江ノ島が攻勢に出る。

 

 

ゴール前には火野と逢沢。火野はひたすらポイントマンとして動き、逢沢は中央で動きなおしをしている。

 

そして逆サイドの端に的場。先ほどのプレーで彼にも人数をかけているのだ。

 

 

————本当に俺たちの知る駆じゃねぇ、傑の意思を理解したストライカーそのものだ

 

国松は、彼を自由にさせないようマークに張り付いていたが、脅威を感じさせない。なのに隙がない。

 

一瞬でも距離を開けば、やられるという予感があった。

 

 

駆が横にズレながら動く。国松も動く。

 

『クロスあがった!! また速いクロスだ。今度は逢沢だァァァ!!』

 

 

今度はしっかりと逢沢へとクロスを上げた青葉。しかしクロスが強すぎたのか、駆の動き出しの方向とは逆方向へと流れていく。

 

—————奴のミスか、だがこれでゴール前を固めれば!

 

仮に彼がボールをもっても止められる。切り返そうものならそれこそカウンターだ。目の前で駆の足元へとボールが進んでいく。そして、

 

トンっ、

 

 

切り返しでは遅い。フェイントでは人数を詰められる。ストライカーに求められるのはそこではない。

 

「っ!!」

 

ファーストラップで、その一撃で、とどめを刺せ。

 

 

左足のヒールでトラップした駆は、そのまま切り返したのだ。トラップから切り返しではなく、その二つを同時に行うという発想により、国松は逆を突かれた。

 

————くっ、撃たせるわけには!!

 

無理な体制でも、なんとか彼にシュート撃たせてはならない。国松が身を乗り出してスライディングで止めにかかる。

 

—————ここまで、おまえは先にいるのか

 

しかし届かない。完全に振り切られた眼前で駆がゴールを奪いに行く。その光景を見ることしかできない。

 

 

『トラップから振り抜いたぁァァァ!!! 江ノ島先制!! 決めたのは背番号7、アンダー16日本代表、逢沢駆!!』

 

 

『ファーストラップから見事な流れ、ボールを持つ前からイメージしていたんでしょうね。素晴らしいプレーです』

 

 

『前半28分! 江ノ島待望の先制点!! リードを奪います!』

 

一目散に青葉の下へと駆け寄る駆。まさにしてやったりな表情の駆と、満足げな青葉。

 

「恐れ入るよ、まさか、切り返しとトラップが同時とはな」

 

 

「トラップしていたら、詰められると思って。世界を見て、もっと早くプレーしないとダメだって、分かったから」

 

海外との試合がさらに駆を成長させた。基礎的なフェイントと、必殺技に等しいヴァニシング系。そして、オーストラリア戦で揉まれて鋭くなった、ゴールへの道筋を見通す目。

 

色々なポジションを経験し、積み重なった彼のプレースタイル。

 

ゴール前で決定的な仕事を果たすエリアの騎士に、彼はなり切っている。

 

 

鎌学としては、与えたくなかった先制点。これで前に出るしかないわけだが、それこそ彼の思うツボなのだ。

 

中盤でのボール回しにほころびが生じ、

 

「あっ!?」

 

佐伯に通るはずだったボールをカットしたのは青葉。その走力は普通の感覚では測れない。カットされるはずがなかった思われるコースは、青葉には範囲内だった。

 

————ギリギリだったが、上手くいった

 

内心、とてもひやひやしていたが。

 

 

 

そのままサイドから攻撃を開始する江ノ島イレブン。青葉に対して佐伯ともう一人対応するが、

 

「ダメだ、下がれ、前に出るな!!」

 

国松が制すも、もう遅い。青葉は中央へとスルーパスを選択。しかもアウトサイドで回転がかけられているため、絶妙なスペースへとブレーキしながら進んでいく。

 

「いいパスだ、青葉!」

 

走りこんでいたのは織田。しかし、彼がボールに触る時間は少ない。ダイレクトパスで縦にボールを通したのだ。

 

そして、その縦パスに反応していたのは逢沢だった。

 

「くそっ、いかせる、!?」

 

相手選手が驚愕するプレーをまたも見せつける逢沢駆。強烈な縦パスをファーストトラップで勢いを殺しつつ、シングルルーレットで縦に切り込んだのだ。

 

そして、グランダーのクロスの態勢に入る彼のパスコースを防ぐべく、姿勢を崩しながら身を投げ出す。ゴール前には火野が走りこんでいるのだ。コースを塞がなければ決められてしまう。

 

 

しかしここで切り返し。ボールから離れていく相手選手は驚愕し、駆に対して自分から離れていく。

 

そして—————

 

 

『撃ち抜いたぁァァァ!!! 江ノ島追加点!! 前半38分、終了間際にまたしても逢沢駆が決めた!! 最後ニアサイドですよ! よく通しましたねぇ』

 

 

『トラップからフェイントまで完璧でしたね。』

 

 

 

前半抑えられていたはずの江ノ島攻撃陣が、駆の突破で息を吹き返したのだ。正確には、青葉のクロスボールで鎌学の守備に迷いが生まれたのだ。

 

 

それほど、サイドからサイドへのサイドチェンジは強烈な印象を与えたのだろう。青葉自身はボールを持つ時間が少ないが、確実に鎌学の守備を翻弄していた。

 

しかも、彼はまだシュートを一本も撃たせてもらえていない。

 

 

『ここで前半終了!! 2対0とリードする江ノ島、総体に続いて選手権への道を切り開いた前半戦! さぁ後半も勢いを持続させるのか? それとも鎌学が意地を見せるのか!』

 

 

青葉のドリブルを止めるということは、それだけリソースを割くということだ。彼らは、他のタレントにおいても厳しい勝負を強いられることを理解しているようで、理解していなかった。

 

 

的場のドリブルを止めきれない。逢沢の攻撃を止められない。

 

 

そして、青葉には対策を立てた相手に対し、対策に応じた動きが出来る。エゴではなく、最善と思えるプレーを選択できる。

 

青葉の意思は、江ノ島のレギュラー、ベンチが持つ意思そのもの。

 

 

「—————それでも」

 

佐伯は、まるで隙の無い江ノ島の攻撃に対し、諦めるという選択肢を投げ捨てる。

 

—————それでも俺は、諦めない

 

 

二人は逢沢傑にあこがれていた。そして、駆は既に憧れという感情を捨てている。チームを勝利に導ける存在は何か、その答えの先に傑がいた。

 

自分が出来ることは何なのか、自主性を会得していた。

 

 

しかし、一矢報いることが出来なければ、この先永久に駆の隣に立つことはできない。高校時代に離されて、その先で果たして彼に追いつけるのか。

 

ここであきらめてしまえば、何か大事なものを失う。それでは夏と同じだ。

 

 

鎌学の闘志は、かすかに残っていた。

 

 

 

 




いつかのイースト東京IF

~IN香港~

青葉「カレー、ですか? 今クラブでは何が起きているんですか?」

駆「少し楽しそうかも・・・・」

青葉「あ、それと有理さん、何とか結果出しましたよ」


~IN日本~

有理「う、うん。凄かったよ、青葉君。それと今のクラブハウスの状況なんだけど、達海さんがカレーパーティしたいって・・・」

青葉『そ、そうなのか・・・とりあえず、まだ雰囲気がいいってことはわかる(川崎戦、ジーノとコシさんがいないのはきつすぎるな)』

奈々「駆~、本当にすごかったよ~。リオ五輪は一緒に出ようね 」

駆『うん、セブンと一緒にアベックで栄冠を獲りたいと思う。楓ちゃんや舞衣ちゃんによろしく!』

奈々「そうね、一緒にがんばろっ  それでね、この前の代表戦なんだけどね 」


いちゃいちゃ


有理「これが若さか・・・・」

青葉『悠里さんもまだまだ若いですよ』



楓「美味しいね、椿君。雰囲気のせいもあると思うけれど、とっても美味しい」

椿「え、えっと! そ、そうっすね!! うん、俺も美味しいと思います!」


コータ「あ~!! 椿がなんかいちゃいちゃしてる!!」

ヨシオ「これってすきゃんだるってやつじゃん!!」

テッタ「あの女の人、開幕戦にもいたかも!?」


世良「ちくしょぉぉぉお!!! なんで椿ばっかりなんだよ!!!」

亀井「顔か、やっぱり顔なのか!!!」

清川「チャラいのはやっぱダメなのかよ・・・・」

飛鳥「落ち着いてください先輩方・・・・」

杉江「みっともないぞ、お前たち・・・」

村越「そうだぞ、お前たち。これぐらいで動揺するようでは・・・」


世良「コシさんは年の離れた元アイドルの奥さんがいるじゃないですか!!!」

コシ「なっ!? そ、それは・・・・」

清川「どうやって落としたんですか!! 教えてくださいよ、人生経験!!」

亀井「あと、スギさんもこの前週刊誌にすっぱ抜かれたじゃないですかぁ!! あの人誰ですか!! 誰なんですよ!!」

コシ、スギ「い、いえるかぁぁぁ!!!」


ぎゃぁ、ぎゃぁぁ、ぎゃぁぁぁ



飛鳥「・・・・・帰ってきてくれ、青葉・・・・」

青葉『俺が帰国するまでに整えてくれないでしょうか、飛鳥さん』


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第三十三話 遥か彼方の蒼

熊谷監督は試合後に語る。彼の印象について


——————やはり彼は怪物だった。


—————幸運も、気合も、その全てをねじ伏せる



—————だから彼は、フェノーメノなんだ





ついに始まった、選手権大会神奈川予選決勝。神奈川の新たな王者となりつつある江ノ島を迎え撃つ鎌学ではあったが、大方の予想通りの試合になってしまっていた。

 

 

ハーフタイムが終了し、両チームの表情は実に対照的であった。

 

「—————」

 

総体の時よりも酷いやられ方をしている鎌学は、反撃の糸口すら見出すことが出来なかった。

 

しかも、鎌学を去った逢沢駆にここまでいいようにされてはぐうの音も出ない。何としてでも引き留める存在だったともいえる。

 

しかし、鎌学ではここまで逢沢駆は変貌することはなかっただろう。平凡な裏抜けの上手いフォワードで終わっていただろう。鷹匠の壁を乗り越えられないと勝手に判断し、セカンドトップで使う起用もあり得なかっただろう。

 

トップ下で、傑を彷彿とさせる存在になり得なかっただろう。

 

 

「——————まだ二点差。諦める点差ではないですよ!」

 

静まり返ったロッカールームで、佐伯が声を張り上げる。敗戦を覚悟しているチームの中、あの鷹匠ですらどうにもできないと折れかけていた時、一年生が闘志を見せる。

 

「佐伯—————」

 

「あの化け物、後半は絶対に取りに来るぞ————もっと点差をつけられるかも———」

 

トラウマになっている宮水の突進。チームメイトは彼に恐れをなし、必要以上に人数をかけてしまった。

 

とはいえ、包囲網を察し、周りを活かすプレーを選択した宮水の器用さがそれらの対策を超越したのだが、それは言い訳に過ぎない。

 

結局、宮水が最初から出ていれば、鎌学に勝ちの目はなかったのだ。

 

「ベンチ入りメンバーや、ベンチにすら入れなかった人の想いを僕らは背負っているんです!! ピッチで可能性のある僕らが諦めたら、みんながバカみたいじゃないですか!!」

 

怒鳴るような口調で、訴える佐伯。このまま終わってしまっていいのかと。新たな時代の到来を受け入れてもいいのかと。

 

「————その通りだ」

 

そして監督の熊谷が、佐伯の声に支えられる形で彼の言葉を肯定する。

 

「フットボールは誰に対しても平等だ。ロースコアから始まり、ハーフタイムで2点差。だがサッカーは何が起きるか分からない。我々は強豪校のプライドを忘れてはならない。死力を尽くすことを忘れるな。彼らにも背負うものがあるように、我々にもあるはずだ。背負う理由が、走る理由が」

 

 

「————っ!!」

俯いていた世良が顔を上げる。そして周りのイレブンもハッとする。

 

 

手も足もまだ動く。負けていたのは心だった。江ノ島には勝てない、そう思ってしまった自分たちの心に負けていた。

 

 

「—————諦めるな。下を向くな。へばった奴から代えていく。存分に走り抜けてこい!!」

 

一方、2点リードでモチベーションの高い江ノ島高校。このままリードを広げれば、勝利の可能性は限りなく高くなる。

 

「このまま終わるとは思いません。彼らは神奈川で生き残っている、数少ない強豪校ですからね」

宮水は、鎌学に対し最後まで手を抜けないと断じた。

 

「—————2点差をセーフティリードとは思っていませんよ。3分あれば2点は奪われる、奪うことが出来る。それがサッカーですから」

 

 

「後半はシステムを変えます。4-2-3-1でトップ下には逢沢君に入ってもらいます。ダブルボランチは織田君と堀川君。後は変更なしです」

 

言いようの無い予感が岩城を襲っていた。こんなものではない。昔から自分を苦しめた強敵が、このまま終わるはずがないという信頼感から生まれる予兆。

 

 

 

そして、鎌学は予想を超えた陣形を叩きつけてきたのだ。

 

 

「なっ、ここで2-4-3-1!?」

 

ツーバックという超攻撃型陣形。無謀に思える陣形だが、中盤での数的有利が開始早々牙をむく。

 

「いかせねぇぞ!!!」

 

中盤の至る所に殺到する鎌学イレブン。中盤での圧力が、ここにきて一段と強くなったのだ。

 

「よこせぇえ!!!」

 

「くっ!?」

 

ボールをつなぐことに躍起になっていた江ノ島は、織田のところで強烈なプレスをお見舞いされボールロスト。それを見た前線の4人は守備を捨てて攻撃に殺到する。

 

「っ!? まずいっ!」

 

ここまで形振り構わないとはもはや正気ではない。スタミナが持たない。特に、前半からウィングバックをしている選手は特に—————

 

しかし、ここで宮水はある結論に至る。相手は名門、層の厚いチームなのだ。

 

————使い潰してでもシステムを維持する気か!!

 

ばてたら代えればいい。選手も監督もそのつもりで走っている。死に物狂いで取りに来ている。

 

そして、数的有利の上に成り立つ、ショートカウンターが織田のロストから始まってしまい、

 

「くっ、祐介!」

 

何とか佐伯の動きを止めた逢沢だが、攻撃的ポジションの彼が下がる必要のあるプレッシャー。江ノ島も攻撃に力を入れることが出来なくなりつつあった。

 

中盤での身を削るような攻防。後半、アンチフットボールを敢行する鎌学は、フィジカルで勝っており、中盤でのデュエルに勝利していく。

 

 

江ノ島が得意とするスペースが蓋をされてしまっており、的場や堀川といったフィジカルに課題をまだ残している選手が潰されてしまい—————

 

 

「なっ、しまっ————」

鎌学のなんでもないタックルに吹き飛ばされる的場。中盤深いところでのボールロストが、江ノ島に襲い掛かる。

 

そしてボールを奪った瞬間に一斉に群がる鎌学イレブン。2-4-3-1の二列目までは当然として、中盤高い位置もダブルボランチに占拠されてしまっている。

 

「いけぇぇぇぇ!!!」

 

そして国松のオーバーラップ。高さのある鎌学は、完全にパワープレーで押し始めていた。

 

ロングボールが蹴られ、鷹匠めがけてボールが渡ってしまう。

 

 

「くっ、お、おぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「なっ、ばかなぁぁぁっ!?」

 

海王寺との競り合いを制し、海王寺が崩れ落ちる。そしてそのままハーフボレーシュートが、紅林の守るゴールマウスにさく裂する。

 

『決まったぁァァァ!!! 一点返した鎌学!! 後半の7分!!』

 

 

『なりふり構わない攻撃的布陣の影響ですね。スペースを消されている分、江ノ島はきついものがありますね』

 

 

後半は鎌学ペースで進んでいく。宮水は数的不利とパスコースを寸断されており、サイドで孤立。中々前にボールを動かせない江ノ島。

 

————中盤でああも集中すれば、パスコースも—————

 

そしてロングボールでの供給も—————

 

「ぐっ!?」

 

鎌学の激しいタックルが青葉の背後から襲い掛かる。ボールを持てば、数人がかりでファウル覚悟の対応。

 

今まで以上に執拗で、強烈なディフェンスを受けている青葉は苦悶の表情を浮かべる。

 

 

青葉に対しては数人がかりでのファウル。下手に受ければ本当に潰されかねない危険なタックルがやってくるのだ。

 

 

————おいおい、カードとか関係ないのかよ————

 

ラフプレーとか、悪質といえるレベルではないが、フィジカルコンタクトで完全に勝つ前提のタックル。

 

ラフに見えるが、青葉という怪物を止めるには————

 

青葉が本物の怪物になる前ならば、止められる。

 

青葉というカードを封じられ、中盤ではボールをロストする縦パスを入れられない。

 

攻め手を欠いた江ノ島は、次第に押されていく。

 

『クロスボールあがって、はじかれた!!』

 

寸前のところで紅林がパンチング。しかし攻撃は終わらない。バイタルエリアでプレッシャーをかけ続ける、鎌学の捨て身の波状攻撃が機能する。

 

「集中切らすな!! まだ来るぞ!!」

 

織田を中心にブロックを作り上げるも、鎌学は数的有利と高さを活かして、ハイボールによるパワープレーで江ノ島のゴールに迫る。

 

 

「くっ!!」

 

プレスをしたつもりが完全に体を入れられてしまった的場が突破を許す。体格に勝る鎌学の選手がここでまたしてもクロス———

 

だが、ここでイレギュラーが起きる。

 

「なっ!? うっ!?」

その強烈なクロスボールが、中で待っていた佐伯の頭に直撃。意図したプレーではなく、蹲る佐伯だが、膝をつかない。

 

しかも、そのボールの軌道は彼に当たったことにより変わり——————

 

「なっ、うわッ!?」

 

ゴールへと向かう軌道になってしまったのだ。パンチングを狙っていた紅林の後方へとボールが飛んでいく。そして、慌てた彼はここでまさかのプレーをしてしまったのだ。

 

『ああっとコース変わって、キーパー足を滑らせているゥゥゥ!!!! 決まったァァァ!!! ここで運も味方につけた鎌学!! 佐伯の同点ゴールで、ついに同点!!』

 

 

足を滑らせてしまった紅林の代わりに、堀川がクリアしようとするが届かず。無人のゴールマウスにイレギュラーなゴールが決まってしまったのだ。

 

 

ほんの少し前までは、2点リードしているはずが、何でもない佐伯のイレギュラーによって振出しに戻ってしまった。

 

『鎌学、ここで2枚カードを切ります。ウィングバックとボランチですね。』

 

『来てますよ、これは。ハイボールとパワープレー。確かにそこでなら技術は関係ありませんからね』

 

しかし、江ノ島もカードを切る。

 

『江ノ島もここで選手代えますね。18番の的場に代わって11番の兵藤。やはり失点シーンを鑑みるに、妥当でしょうか?』

 

『当然でしょう。狙われていましたからね』

 

フィジカルの穴になっていた個所を修正した岩城。しかしこれは、その場しのぎにしかなり得ない。

 

————プランが完全に崩された。

 

そしてここからは一進一退の攻防となる。江ノ島が進み、鎌学が阻む。鎌学が空から襲い掛かり、江ノ島が撃ち落とす。

 

中盤はボールの奪い合いという枠を超え、生きるか死ぬかの死闘の様相を呈してきた。完ぺきな形でのセカンドボールはお互いに阻止する。そして、自分たちのチャンスを作る。

 

そんな身を削り合うような土俵に、鎌学が追い込んできたのだ。しかも————

 

『あっとオフサイドです! ここまでディフェンスラインが高いと、失点のリスクはありますが、こういうこともあり得ますからね』

 

 

高い位置でのオフサイドトラップ。宮水へのロングボールとパスコースを消され、その上正確なロングフィードの隙すら与えない鎌学の守り。

 

誰が宮水にいいボールを供給できるかを徹底的についた戦術。だからこそ織田が青葉に次いで潰され続ける。

 

「ぐっ!」

強烈なタックルでファウルを貰うも、ボールを前に運べない。そして、織田にロングフィードを許す時間を与えない。

 

宮水へのパスコースを付近の選手に任せ、中盤はロングフィードを持つ逢沢、織田を潰しにかかる。

 

 

中盤でのデュエルに負け、ロングフィードという飛び道具を封じられ、江ノ島は苦しい状況に追い込まれる。

 

「——————まずいわね。鎌学の気迫に呑まれている」

 

小野寺は、スタンドからその様子を見ていた。この状況は江ノ島にとって本当にきつい状況で、それは鎌学の選手にだって同じはずなのだ。しかし勝利への渇望が、彼らを獣に変えた。

 

「鎌学の気迫がすごい————佐伯さんのゴールで一気に盛り上がっているわ」

このままではいずれ失点してしまう。颯の隣にいる美島も気が気ではなかった。

 

————駆、青葉さん————ッ

 

鎌学は捨て身の戦法で、パワープレーの土俵に引き摺り込んでいるのだ。体格の違いで相手を圧倒するスタイルは、近年日本が外で惨敗する大きな理由となっている。

 

—————日本代表になるのなら、この状況は何度でも来るわよ

 

この状況で、代表を目指すと豪語した逢沢と宮水はどう動くのか。颯はこの先の試金石になり得ると悟っていた。

 

後半25分が経過し、試合は鎌学有利の状況に。ロングボールとハイボールによるパワープレーに苦戦している江ノ島は、ここで奇策に打って出る。

 

 

『ここで火野も代えますね。20番の夏目と変わりますが、やはりトップなのでしょうか?』

 

『素早い選手を入れても、スペースがない状況では厳しいですよ。ん!? これは————』

 

 

これは、あの時と同じだった。青葉が動いたのだ。しかも、彼が慣れ親しんだサイドの位置ではない。

 

—————チームが苦しい時に、彼は真ん中に来るでしょう。

 

本当に強いチームならば、彼の攻撃力と決定力、そしてそのスピードは、これ以上ないほどに活きるだろう

 

しかし、江ノ島はまだまだ未熟だった。ロングボールに沈められそうになるほどに、脆弱な一面を見せてしまった。

 

 

「ワントップに駆————そして、右サイドは兵藤さんに、左サイドは夏目君。トップ下に、青葉?」

 

観客席からはどよめきが起きた。ついにトップ下青葉が現れたのだ。フィジカルモンスターと化した彼が、花形といえる場所—————真ん中でプレーする。

 

そして、その彼の周囲には、フレッシュな兵藤に、俊足の夏目、密集地帯でもチャンスを作り出せる逢沢がいる。

 

江ノ島は、ここでポストプレーを青葉に依存させたのだ。つまりそれは、鎌学にとって青葉が一番の攻撃目標になり得るということ。

 

『ここで、変則的な4-2-3-1に近い陣形ですか。トップ下に入った青葉君とボランチの織田君のフィード。そして————』

 

 

後半33分。江ノ島はついに最後のカードを切る。

 

『堀川君に変えて、ここで荒木君が入りますね。どうやらボランチにはいるようですが』

 

織田へのマークを分散させるために、敢えて守備力の劣るパサー荒木を投入。もうこの状況では個々のディフェンス力は限定された状況でなければ意味をなさない。

 

 

パサーが二人に増えたことで、鎌学のゲーゲンプレスにも似たボール狩りにほころびが生じる。

 

「よっと」

 

一人だけ飄々とボールを操り、そのプレッシャーを受け流すような魔法のパスでトップ下の青葉にボールを送る荒木。ここで久しぶりにいい形で彼にボールが渡る。

 

「ッ!!」

弾道の速いパスを貰った青葉は、荒木からの強烈なプレゼントに目を見開く。

 

「見せつけてこい、青葉ァァァぁ!!!」

 

そんな檄を貰わなくても、理解している、熟知している。

 

「行かせるかァァァ!!」

 

そこへ、世良がプレスにかかる。スピードに乗っていない今ならば潰せる。このまま宮水を潰す。江ノ島の攻撃を止め、カウンターに入る。

 

—————何が何でも、今日こそはッ!!

 

青葉の肩へと迫る世良。このまま割って入り、ボールを奪う魂胆なのだ。

 

 

「か、はっ——————!?」

 

 

相手はボールを貰ったばかり、パスを受け取ったばかりのはずなのに。どうして自分がよろめいている?

 

世良は、自分が跳ね返されたことへの理解が追いついていなかった。

 

 

聞こえたのは、大地を踏みつけるような音。それが聞こえた瞬間、世良は青葉と接触し、よろめいたのだ。

 

「なっ!? いかん、つぶせぇぇぇぇ!!!」

 

 

鷹匠が声を張り上げる。今のは自分も挑戦している難易度の高いプレーだ。

 

————踏み込んできた瞬間に、体重移動で自分の重量と加速力を相手にぶつけやがった!!

 

足首の強さに定評のある青葉だ。瞬間的な加速は日本人のレベルどころか、世界の怪物たちに並びうる。

 

しかもそれは、高校一年生での段階だ。これからフィジカルが強化されれば、手に負えない本当の怪物になるという確信が、このフィールド、この競技場にいる人間に悟らせる。

 

 

そんな加速力と、決して柔ではない青葉のフィジカル。彼が開けた大きな風穴は、彼という台風が迫るこの状況では致命傷だった。

 

世良が逆に潰されたことで、鎌学のディフェンスに穴が開いたのだ。急いで修正するイレブンではあったが、一瞬のスペースと、道筋を見逃す青葉ではない。

 

 

 

一気にトップスピードへと迫る、青葉のドリブル。中央突破。何のへ理屈もない。真正面からの単独ドリブル。

 

周囲の鎌学の選手がタックルをかますが—————

 

「っ」

 

今度はその常識はずれな加速力が、そのタックルに意味を失わせる。世良が青葉にスペースを許し、加速した時点で、青葉のドリブルは止めるのが困難になっていく。

 

彼がスピードに乗り、前を向いてプレーしている。それは絶対に防がなければならないケースであり、その脅威の範囲はハーフコートにまで及ぶ。

 

「なっ、あ」

 

彼は、鎌学の選手が一歩踏みしめる前に、2,3歩ステップを踏んでいる。それほどの手数とタイミングを変えられる瞬間がある。歩幅を狭め、回転を上げつつも、彼は体勢が崩れない。ボールを蹴る回数も尋常ではない。まるでボールが青葉に張り付くような光景。

 

 

難しい体勢なはずなのに、彼はさらに加速していく。

 

 

もはやこのフィールドに、彼のドリブルを止められる存在はいなかった。

 

「っ!?」

 

そして前線から戻ってきた鷹匠のタックルすら、受け止める強さ。互いに重心が崩れたものの、青葉のほうが速く回復する。

 

—————素早い身のこなしに、強靭なフィジカル。これでサイドアタッカーなのかよ!?

 

再びボールを奪に行く鷹匠だが、進行方向にいた青葉の姿が視界から消えたのだ。タックル寸前で彼を見失った彼はバランスを崩し、地面に激突する。

 

「何――――が!? なっ!?」

 

青葉の得意技の一つ、マルセイユルーレットで鷹匠のタックルを躱したのだ。急加速、急停止からの急加速。

 

もはやそれは日本人のプレーといえるものなのか。誰も彼を止めることが出来ない。

 

 

全ては足首と体幹の強さ。怪物の足首と体幹が、全てを震撼させる。

 

 

 

だが、怪物のドリブルを江ノ島の面々が伏して眺めるだけではないことを知るべきだった。

 

当然、彼の周囲にいた選手も動き出していた。守備から攻撃へと切り替わるスイッチは、青葉がボールを持った瞬間に始まっていたのだ。

 

 

—————どこに、何処に出してきやがる!? 

 

鎌学のゴールキーパーは、青葉の動きを注視しつつ、両サイドから駆け上がり、真ん中で動きなおしをする逢沢を視界にとらえていた。

 

 

しかし、鎌学はリトリートでしか止められない。フォアチェックした瞬間に突破されるとわかっているのだ。迂闊に飛び込むことが出来ない。

 

つい先ほど全員のプレスで江ノ島を押し込んでいた鎌学が、たった一人の存在によって下がることを強いられている。

 

 

そして、青葉は周囲を警戒しているキーパーの油断を見逃すはずがなかった。バイタルエリアに差し掛かった瞬間、その時から彼の射程範囲内だということを、彼らは忘れるべきではなかった。

 

中盤での数的有利でドリブルを消したぐらいで、彼が止まるはずがないのだと、悟るべきだった。

 

「ッ!!!!!」

鬼のような形相で、ゴールだけを見ていた彼に気づくのが遅れたことこそ、キーパーの致命的なミスだった。

 

まるでボールが潰れたと錯覚させるほどの轟音が鳴り響いたと思えば、中央からけりこまれたボールが、バイタルエリアから飛び込んできた青葉の蹴ったボールが、

 

地面を這うように加速し、うなりを上げる弾道。ライズしていく軌道。そして徐々にボールは自らのスピードに耐え切れず、弾道が不安定になっていく。

 

 

その全身を余すことなく使い尽くした決死の一撃は、青葉に立つことを許さず、彼は彼の勢いを制御できずに転倒する。

 

「っ!!」

 

地面に激突。そして同時に襲い掛かる鋭い痛み。明らかに自分の限界を超えた一撃は、彼に負担を強いた。

 

 

しかし、彼は彼の選んだ選択を最後まで見届けていた。

 

 

ポストに当たりながらも、勢いでねじりこんできたボールは、そのまま食い破るようにゴールネットに突き刺さる。

 

その彼の想いを乗せた、気持ちでねじ込んだかのような、ここしかないという右隅を突き破ったシュート。

 

キーパーが動けないほどの弾速。その瞬間だけ、怪物は限界を一瞬超えていた。

 

立ち上がった青葉は、拳を静かに突き上げる。まるで、何でもないかのように。

 

 

 

その瞬間、地鳴りのような大歓声がスタンドにこだました。

 

 

 

『き、決まったぁァァァぁ!!! 後半37分!! 試合終了間際の!! 値千金の勝ち越しゴール!! スーパーロングシュートぉぉぉ!! 決めたのは!! 江ノ島不動のエース!! 宮水青葉ぁぁァァァ!!!!』

 

 

『うわぁぁぁぁぁ!!! なんだ、今のは!? あそこからあれほどのシュートですかぁぁ……凄いゴールだ、これは!!』

 

『最後伸び上がりながら変化しましたよ!! そして凶暴な吸い込まれ方をしたボールは、ポストを叩きながらも、ゴールへとねじ込まれました!!』

 

試合終盤での劇的なスーパーゴラッソ。ロングレンジからの強烈なシュートが鎌学の息の根を止めた。

 

その瞬間を見ていた佐伯は、やはりというか笑っていた。

 

————ああいう人が、もしあのピッチにいたのなら—————

 

 

確信できる。アジアの勢力図は塗り替えられる。オーストラリアが盟主である時代を終わらせることが出来る。

 

アジアから世界へと号令を掛けられる存在になれる。日本は、強くなるのだと。

 

「——————」

そんな選手を擁するチームに食い下がった。不本意とはいえ、同点ゴールも決めた。しかしまだ足りなかった。

 

彼が真ん中に入る前に追加点を奪えたなら、結果は変わっていたかもしれない。勝機はそこにあったのだ。

 

鎌学にも、勝利するチャンスはあったのだ。短い時間帯であっても、鎌学は江ノ島を圧倒出来ていた。

 

 

しかし、怪物はまだ満足しない。

 

 

 

『この終盤でこの加速力!! キーパーとの一対一だ!! 決めるか!? 決めたァァァぁ!!! この試合2点目!! 決定的な一撃でしょう!! 宮水青葉、今日2ゴール!!』

 

 

荒木のキラーパスに反応した青葉が抜け出したのだ。その直前に、逢沢が巧妙にコースを誘導したのがとどめのプレー。開けたスペースに走りこんでいた青葉はトップスピードだった。

 

最後はPA内でゴールへ流し込み、当たり前に決めてしまう。むしろキーパーに、なぜ止められると思ったのか、と思わせる余裕すら感じさせる。

 

 

ゆえに、誰も追いつくことはできない。2バックでのリスクを思い知ることになった鎌学は、このゴールで強豪の名称を失うことになる。

 

もはや、神奈川の高校サッカー界は塗り替えられたのだと。

 

 

そして—————

 

 

『ここで長いホイッスルゥゥ!!! 試合終了ぉぉ!! 江ノ島高校、最後は苦しみましたが見事な戦いぶりで、総体に続いて神奈川制覇を成し遂げました!!』

 

『紙一重でしたね。有利な展開で追加点を決めきれなかった鎌学と、最後の最後、エースの宮水君が決めた江ノ島。さらにはダメ押し。本当に死闘といっても過言ではないものでした』

 

 

『しかし、真ん中でも宮水選手は機能しますね。キープ力に長けていましたから』

 

 

 

『彼の加速力が活きた試合となりましたね。強靭な足首で地面を踏みしめ、タックルに対して迎え撃つといった姿勢はファイターの資質を存分に見せつけたでしょう。しかし、彼は低く体を入れるので、相手も対処が難しいでしょう』

 

 

 

江ノ島高校は歓喜に沸いていた。久しく経験していなかった劣勢の展開からの、勝ち切る強さを見せつける試合を演じた彼らは、念願の選手権出場に安堵していた。

 

「—————まるで重戦車だな、てめぇは!」

 

荒木は青葉のドリブルを特等席で見ていた。ボールキープするぐらいはできるだろうと考えていたが、まさか鎌学を力でねじ伏せるとは考えていなかった。

 

これでドリブルテクニックもあるから手が付けられない。スペースとコースさえできてしまえば、彼が突進するだけで相手は混乱するのだ。

 

「酷い言われようだ。苦労して2点を奪ったのに」

はにかむ様な笑顔の青葉。荒木の言葉に傷つきました、と軽いジョークを入れる。

 

周囲も、エースの活躍に満足しており、次の選手権本選を大いに想像していた。

 

しかし、逢沢は後半に自分のゴールがなかったことに対し、不満を感じていた。

 

————後半青葉のおかげで勝ち切ったけど、僕は消えていた

 

ああいう厳しい局面でゴールを奪うことが重要なのだ。世界と戦うためには、ああいう場面で力を発揮しなければならない。

 

「—————選手権を決めたのに、浮かない顔だな、駆」

 

そこへ、敗退が決定した鎌学の佐伯が声をかける。あまり笑顔の見えない彼を心配したのだろう。鎌学の中で、駆の明らかな変化を誰よりも感じていた。

 

「—————後半にゴールを決めてハットトリック出来なかったんだ。後半のような試合で点を決めてこそエースなのに————」

 

悔しそうにする彼を見て佐伯は苦笑する。高すぎる意識に驚きを隠せない。ここまで貪欲な選手だったか、ここまでエゴを出すような男だったか?

 

否、以前の彼はこんなことは言わない。

 

 

—————遠いな、駆の背中が

 

 

一矢を報いて尚、彼の背中は遠かった。高い目標と努力。どこを目指しているのかが自分とは違う。逢沢傑にあこがれ続ける少年のままの自分と、自分自身の理想へと昇り続ける駆。

 

—————だから誓うよ、駆。

 

 

佐伯はそれでも、代表のユニフォームが欲しい、日の丸を背負って、大好きなサッカーをしたいのだ。

 

————俺は最高の俺を目指す。だから、俺たちの前を走り続けてくれ

 

 

いつか必ず、追いついて見せる

 

 

 

 

佐伯が敗戦の先に新たな動機を見出したのと同時期、駆は遠すぎる目標を前に、自分の課題を突きつけられていた。

 

 

——————こんな感情、初めて持っちゃった—————

 

 

誰かに対して、妬ましいと思える感情が、止められない。

 

 

————遠すぎるよ、青葉

 

 

劣勢の状況をほぼ単独で打開した青葉。自分が真ん中にいた場合、あんなプレーは出来ただろうか。

 

 

—————どうすれば、青葉に追いつけるんだろう……

 

 

その遠すぎる理想、憧れてしまうほどの存在感。それは昔の自分を思い出させるようで嫌だった。

 

 

—————僕はやっぱり、負けず嫌いで、ストライカーなんだ

 

 

現在この世代の先頭を走る彼は、自分がこんな感情を抱いていることさえ知らないだろう。

 

 

————僕が追い抜くまで、青葉は誰にも負けないで

 

 

強すぎる個の力は、周囲を導く。良くも悪くも、変化を生み出す。

 

 

さらなるエゴを得たストライカーと、最高の自分を追い求める理想主義。

 

 

果たして彼らは、自らの夢に辿り着けるのか。

 

 

 




いつかのETU IF

ガブリエル「イイカンジ、イイカンジ~! 《青葉の突破と僕の突破、ここにきて正解だったよ》」→英語

青葉「《こうも攻撃的だと、崩しが楽しくなるな! さすがだ、ガブリエル!》」


飛鳥「もうあいつら二人で制圧できるな、右サイドは」

世良「半端ないって。英語普通にペラペラな青葉半端ない!」

宮野「青葉と有理さんの勉強会は捗るなぁ」英語勉強中


有理「もう~、こうなったら数年後に海外出た時、必ず活躍しなさいよね、青葉君!」


青葉「有理さん? ふふっ、だったら……【————————————】」→オランダ語

有理「ふぁっ!?」


世良「おい有理ちゃんが凄い顔に!! 何を言ったんだよ青葉!!!」


青葉「俺は確かに言ったんだけどなぁ。よく聞けばわかるかもね」


清川&黒田「外国語で話されて分かるかぁァァァ!!! 日本人舐めんな!!」


青葉「威張るとこなの、そこ……」


宮野「……………」→勉強会出席のため、少しだけわかる



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第三十四話 蒼に迫る者たち

江ノ島に入ったことこそが、青葉と駆にとっての幸運だったと言えるでしょう。

追記:ETUスタッフ陣の表記を追加しました。


選手権大会神奈川予選決勝を突破した江ノ島高校はお祭り騒ぎ、というわけではなく、サッカー部の面々は油断なく大会へと望む気持ちを新たにしていた。

 

しかし、一般学生は高校サッカーの歴史を変える江ノ島サッカー部の活躍に目を輝かせ、大会での好成績を期待していた。それでもプレッシャーを与えるようなことはせず、応援の言葉を述べるばかりで、悪影響を与えるものもなかった。

 

 

全ての流れが上手くいっているかのような江ノ島サッカー部。そしてサッカー部周知の事実がついに明らかになる時がやってきた。

 

 

またしても独占取材、トッカンスポーツのある人物より齎される。

 

 

—————青葉に続け!! ヤングサムライブルー、逢沢! 

 

逢沢駆、イースト東京ユナイテッドへの入団が決定したのだ。今後は特別指定選手として、青葉同様にチームに合流することになる。

 

 

 

—————兄の意志を継ぎ、ついにプロの舞台へ

 

 

江ノ島サッカー部逢沢駆が、イースト東京ユナイテッドへと内定したことが昨夜明らかになった。イースト東京ユナイテッドと言えば、つい最近高校サッカーの怪物、宮水青葉の獲得に成功したことで話題を集めていた。

水面下で動き始めていた宮水の契約の段取りがほぼすべて完了し、同時進行していたプロジェクトを見事完遂したETU。未来の日本代表を担うと言われる若きサムライブルーが、ついにプロの舞台へと参戦する。

江ノ島サッカー部入部以前は無名に等しい存在ではあったが、高校一年目から大車輪の活躍。宮水、荒木、高瀬の枢軸とともにチームを牽引。その活躍は既に世界でも通用しており、アンダー16アジア選手権では黄金世代のオーストラリア相手に2ゴールをマーク。プロ入りまで秒読みとされていたが、一年目でのシンデレラストーリーとなった。

 

 

 

高校生Jリーガーの誕生。岩城鉄平という逸材を潰した江ノ島高校は歓喜に包まれる。サッカー部もいよいよこの時が来たかと選手権後のチーム作りも大変になるだろうが、レギュラー争いが活発化するだろう。特に的場と夏目はレギュラー入りを狙う実力と野心を隠そうともしない。

 

 

そして、プロ入りを決めた二人は淡々としていた。

 

「——————ここがゴールじゃない。ようやく僕はスタートラインに立ったんだ」

感慨深い気持ちになっている駆。しかし、気を引き締めないといけないと、ざわめきを落ち着かせようとするものの、浮足立っていることを自覚する。

 

————僕もまだまだ精神的に脆いなぁ

 

 

 

「—————必殺技でどうにかなる世界ではないからな。しかしまずは選手権だ。勝ってプロに行くぞ、駆」

 

そして青葉の方は選手権とプロの先を見据え、淡々としていた。

 

「流石すぎるな、青葉は。というか記事にちらっと俺の名前もあるし!! いやぁ、記者さんも目の付け所が違うねぇ!」

 

ナハハハ、と荒木は高々と笑う。パスセンスもさることながら、フィジカル面での成長も地味に果たしており、鎌学の息の根を止めるジョーカーにもなったので、あの試合の勝利の立役者と言っていい。

 

岩城監督も織田と荒木のダブルボランチという新たなオプションを試せたことを喜んでおり、選手権に向けて大きな材料になったそうだ。

 

この荒木のオプションのおかげで、江ノ島の戦術に幅が広がったが、堀川は危機感をあらわにし、練習に熱を上げているそうだ。

 

 

「ヒヒヒヒ!! 今日も殺すぅゥゥゥ!!!!」

 

ボールホルダーへの熱いプレスが今日もさく裂し、彼を起点に高速カウンターが始まる。織田からのロングフィードが夏目へとボールが渡り、ダイレクトボレーで彼がゴールネットを揺らす。あまりにも迅速なカウンターにチームメートも苦笑い。

 

「堀川が目立っているぞ!!」

 

「まるでレスターの汗かき屋じゃないか!! てか、織田の奴また一段と体が強くなってないか!?」

 

周囲からプレスの際に粘りを見せる織田。どうやら取り組んでいるトレーニングに成果が出てきたようだった。

 

「体幹こそ正義だ。当たり負けせず、前線にチャンスを供給することは、ボランチの仕事の一つだ」

 

体幹こそ正義と、インナーマッスル信者と化した織田。後は基礎的な筋肉を鍛え、プロ入りを見据えていた。

 

青葉と駆のプロ入りが彼にも刺激になったようだ。そして豪快なミドルシュートを決めて見せた夏目は、裏抜けとドリブル技術に磨きをかけ、二列目での起用も視野に入れている。

 

「もっと早く、もっと判断を早く—————」

 

 

夏目も練習から身が入り、周りの選手もそれに触発され、闘志を燃やしていた。

 

 

なぜなら、ここにいるのは江ノ島サッカーに魅せられた全国各地のスカウトが、まだ去就の決まっていない荒木、高瀬、織田のプレーをチェックしていたからである。

 

全国での彼らのプレーぶりを見て、二人以外の逸材を発掘しようとしているのだ。このまま江ノ島とETUのパイプが強くなりすぎれば、今後この勢いに乗っている高校から選手を獲得できない恐れもある。何しろ、二人不在の中でも圧勝した試合があったほどなのだ。江ノ島はまるで突然変異の様に急成長した。

 

そして、岩城監督と二人で練習風景を見やる人物の姿が印象的だった。

 

「—————練習からガツガツ行っているねェ。みんな凄いね、自分からアクションを起こしている」

 

 

リトリートでの守備を極力しないディフェンス陣。ドリブル突破を仕掛ける両サイド。前にスペースがあれば、ビルドアップするセンターバック。

 

今は練習なのだから、リスクを恐れずにプレーしろという指導方針から、選手の動きは試合よりも生き生きとしているように見える。

 

「万が一抜かれても、ここはまだ練習の場です。なぜ抜かれてしまったのかを考え、機会を与える。ミスを予測し、ミスに対してどのような修正を行うのか。チャレンジしなければ、ミスは生まれませんからね」

 

やっていることは、他の高校でも十分できることだ。しかし簡単そうに見えて、それを許せる、許す環境というのは作りにくい。

 

そして、その環境づくりを長年継続し、基礎的な指導を推し進めた二つのサッカーチームの融合が、化学反応を見せている。

 

後は砂浜でのビーチサッカーなど、奇天烈なゲーム方式の練習と言えるかもわからないものも存在する。

 

 

「行ったぞ、錦織!!」

 

「任せろ、織田!!」

 

組み立て式のネットを張ったと思えば、そこで行われるのはダブルス方式のバレー?もどきである。

 

通常ならば体全てを使ってボールを打ち上げる競技だが、全て足と頭のみで行う必要性があり、意外に難しい。

 

跳ね返ってきたボールや、強いボールに対する感覚を養うためのものである。

 

それを他の場所でも10ネットも組み立てており、それぞれがキックコントロールを磨いていた。

 

そして、ミッドフィルダーの一部メンバーである荒木やその他中盤の選手は、フットサルにて、両サイドハーフとのポジションチェンジの練習を行っていた。

 

当然、Aチーム、Bチーム、その他など複数のチームが総当たりでディフェンスとオフェンスの訓練を行い、ポジションチェンジに対する攻撃と守備の感覚を養っている。

 

「もっと早いボールが欲しい!! 俺の時に優しさはいらない! ギリギリのところを頼む!!」

 

声を出すのは宮水。ふつうは厳しいパスを出した出し手を叱るのだが、彼はゴールへの最短ルートを考えるうえでその判断を下す。今のは、互いに息が合わなかったのだ。

 

「おう! じゃあ次はちょっと伸びたほうがいいか?」

チャレンジすることが大切なのだ、という精神を忘れない同僚。宮水も気兼ねなく話してほしいと普段からお願いしているので、会話も弾む。

 

「気持ちそれぐらいで頼む!」

 

その他、基礎的な体力づくりと基礎技術を磨く時間よりも、実戦形式や変則的なシチュエーションが多い印象の江ノ島。

 

 

「そりゃあ上手くなるわけだ。ゲームにここまで集中できていれば楽しいだろうなぁ。動く体力も自然とついてくる」

 

ダブルス方式のサッカーは、ボールをどこに蹴りこむのかを定めたうえで、その力加減を養い、徐々にそれはダイレクトでのプレーの幅を豊かにする。その到達点の一つに、ロングフィードからのポジションチェンジにもいい影響を与え、受け手も効果的なランニングが可能となる。

 

 

あくまで岩城監督は発想を伝授したに過ぎない。やるのは選手。どのように応用するのかも選手。サッカーの範疇ならば、ルールを多少変えてもいい。

 

気を付けていることは、相手の意見を聞くこと。練習なのだから、試すことは必要なのだと言い聞かせていること。

 

どこか緊張感がないようにも思えるが、これが練習試合になると話は変わってくる。

 

 

本番さながらの緊張感の中、ベンチ入りを目指す者、守る者、彼らのエゴが入り乱れる激闘になる。

 

 

「—————うーん、途中出場なのは納得ですが————」

 

「————みんなの闘志がすごい。中てられそうだ」

 

宮水と逢沢はベンチスタート。練習からいい動きをしており、試合勘が欠如したという報告もない。計算できる選択肢を増やすためには、計算がすでに出来る駒を酷使する必要はないのだ。

 

「また格好つけの癖が出ているぞ、荒木先輩! それに堀川先輩も冷静に!! ホルダーに対してプレスすればいいわけではないですよ!!」

 

もっと視野を広く、Aチームに対し、指示を送る宮水。そして、

 

「寄せ甘いよ!! 中盤もっとコンパクトに! 織田先輩と海王寺先輩はラインの上げ下げを徹底して!! 夏目君には一人ついて! 怖がらずにラインを上げましょう! 二列目は守備からの攻撃を意識して! 相手のチャンスをまずは減らす努力をしよう!」

 

 

「距離感を意識しよう! スルーパスを消したいのか、足元の速いパスを防ぎたいのか! 守備は個人で出来るものじゃないよ!」

 

Bチームに対しては檄を飛ばす。まるでコーチのような姿にベンチメンバーは微笑み、フィールドプレーヤーも外から見たアドバイスに耳を傾ける。

 

後に、試合が膠着状態になる。パスの出し手でもあった荒木と織田が消され、縦パスを出せずにいた。

 

 

そんな江ノ島の練習風景を見ていたスカウト—————笠野は、憧憬に似た感情を抱いていた。

 

エリア付近まで出て、選手たちに指示を送る青葉の姿。それはまるで、彼の様に見えなくもない。

 

ただ一つ言えるのは、彼の様に突拍子もない行動はしないということだ。性格は村越に似ているだろうか。

 

「——————本当に、彼がうちに来るのか………前田の早とちりは正しかったんだろうな」

 

前田芳樹副GMのごり押しがなければ、静観するつもりだったETU。性格やプレースタイルが違うのに、どことなく彼を連想させる存在感。

 

奴にボールを預ければ、何かが起きる。劣勢の展開を変えられる。

 

しかし、笠野の中に燻るのは、ある自己満足にも似たしょうもない感情だった。

 

————達海や、伝説のトップ下が前座と思えるほどの存在感。それはそれで悔しいな

 

16歳の達海が、あそこまで他を圧倒出来たか?

 

伝説のトップ下が、一人で戦況を打開できたか?

 

サッカー文化が根付いて数十年がたち、文化が形成された末に生まれた、奇跡のような存在。

 

類稀なスピードとパワー、そしてテクニック。視野の広さとドリブル技術。理不尽過ぎる存在。

 

———分かっているさ。宮水青葉は、おそらく達海を軽く超えていくことぐらい

 

心底ほれ込んでいた逸材だった、ほれ込んだ選手だった。自分の手で終わらせてしまった、日本の未来だった。

 

そんな日本の負の歴史を、吹き飛ばすような存在。それが彼なのだと直感する。彼が逸材であることを、スカウトマンが証明する必要がないくらいに、彼は抜きんでている。

 

今もなお、フィールド近くで檄を飛ばし、味方に指示を送る青葉の姿。

 

—————なぜ、うちに巡り合わせたんだ、彼を?

 

今の自分にはまぶしすぎる。今度もまた、この逸材を潰すかもしれないのに。達海という未来を壊し、このクラブは宮水青葉という未来まで奪うのか。

 

まるで神様が、ETUに変われと言っているようなものだ。今度こそ間違うなと。エースに依存し、崩壊していったチームを作るなと。

 

その最後のチャンスなのではないのか。

 

—————前に踏み出せと、そういうことなのだろうな

 

 

きっと彼は、そんな大人の事情すら関係なく、真正面から打ち破っていくだろうが。

 

 

 

 

 

ゆえに、笠野は久しぶりに宮水青葉と逢沢駆の報告を直に行うために、本拠地オフィスに戻ることにしたのだ。

 

 

「笠さんが戻ってくるなんて、やはりそれほどの選手だった、ということですね、彼は」

 

前田副GMが満足げな笑みを浮かべ、笠野に問いかける。日本サッカーの歴史を変えかねない男をめぐる争奪戦で、心血を注いだ。気持ちが入らないわけがない。

 

「——————達海を、思い出してしまった。まるでアイツのような—————あの時から10年以上が経って、まさか達海を思わせる選手を二人も見られるとはなぁ」

 

 

地方クラブで燻っていた、まだ自分の才能を知らない7番の若き俊英。このままでは無名のままで終わりかねない、笠野にとっての彼の再来。

 

そんな彼に、影響を与えるかもしれない、青葉という存在。

 

「——————もうすぐ選手権ですよねぇ、笠野さん。高校ラストの大会で、どこまで彼がやれるのか————あのベストメンバーの蹴球高校相手にどこまでできるんでしょうね!」

 

レオナルド・シルバを筆頭に、海外選手を獲得しているチームは、ベストメンバーであれば総体を制していたと言われている。

 

だからこそ、世間はまだ江ノ島を王者と認めていないのだ。所詮は日本国内で騒がれた早熟の選手と。

 

浦和に内定した風巻とは、いわば前哨戦であり、弱小クラブのETUが演じられる相手ではない。しかし、ここで彼らが活躍し、勝利すれば、プロでの実績を示す前に知名度アップにつながるというわけだ。

 

来年の観客動員数という数字がちらつくのは、広報担当として仕方のないことだった。

 

 

 

笠野スカウトマンが江ノ島高校を訪れた数日後、青葉はある感覚について気がかりになりつつも練習に参加していた。

 

—————本来なら、あのレンジは俺の距離ではなかった。

 

試合を決定づけたロングシュート。それはいつもの青葉のシュートレンジから考えれば、強引ともいうべきものだった。時にはあの距離から撃つこともあるのだが、大事な局面であれを選択できるかといわれると、判断に迷うところがある。

 

 

—————だが、あれを決めることが出来た。あれを肯定した

 

その時に、自分は何を考えていたのか。無我夢中で、コースが空いたから打ってもいいと思ったのか。

 

あの瞬間は、計算を超えた本能でゴールを奪いに行った。自分で自分を制御できないプレーがあった。

 

————そこが、俺の伸び代か。面白いっ

 

 

あの試合で得たものは大きかった。自分の中でのプレーの幅が広がった。自分のプレースタイルが更新され、また一つ武器を得ることになった。そんな試合があったのは、やはり神奈川の試合だけだった。

 

もっと言えば、鎌学との試合が一番充実していたと言える。他の全国の強豪校では味わえない。

 

————どうやら、この世代の高校サッカーは、神奈川が一番充実しているようだな

 

単体でも飛鳥亨を超えるディフェンダーはいなかった。彼を知れば、総体で対戦したディフェンダーは取るに足らない。今後も成長する彼だからこそ、倒し甲斐があるのだ。

 

そして、そんな鎌学を総合力で上回る蹴球高校。ベストメンバーではなかった総体ではあったが、選手権はフルメンバーが濃厚だ。

 

————待っていろ、蹴球高校。お前たちを倒して、選手権を制して、プロに行かせてもらう

 

 

 

基礎練習をこなしつつ、実戦的な試合形式の紅白戦が主眼となる日々。宮水は神経を研ぎ澄ませ、自慢のスピードでピッチを蹂躙するのではなく、最適解を理解したプレーを学ぼうと躍起だった。

 

 

どこまで練習の時から集中できるか。集中することは彼の性格上当たり前だったが、より鋭く深い領域に至る為の意欲が足りなかった。

 

サッカーを知らなければならない。人は自分をブラジルの怪物の再来と揶揄するが、他人の空似ではいずれ壁にぶつかることは目に見えている。

 

真の意味で、自分の脚力と、本能染みた最適解を制御できるブレインを磨くことこそ、成長できるきっかけなのだと。

 

 

「—————纏う雰囲気がやばいな。迂闊に飛び込めない」

 

練習だから前に出て行こうという意図を理解していても、青葉の前には出られない。海王寺は、不用意な一歩こそ致命傷につながる予感を感じていた。

 

—————鎌学戦以降、さらに動きのキレというか、前段階の動作がとにかく危険だ。

 

探るような集中力。気を抜けば逆回転の掛けられたフライスルーパスやミドルシュートが飛んでくる。詰めればドリブルで振り切られる。

 

 

しかし、ここで前に出て青葉からボールを奪えば、成長につながる。

 

 

海王寺と、それに呼応した堀川が前に出た。バイタルの深くまで侵入を許し、サポートがある中でのチャレンジ。セオリー無視とはいえ、対人能力として求められるのは青葉からボールを奪うことだ。

 

素早い堀川のスライディング、とはいかず、位置取りを考えながらの突進。海王寺が逆側をサポートしつつ、接近し、完全に青葉を止める。

 

 

—————叫べ、ねぇ—————

 

意気揚々と切り込むことが出来ない。絶妙な緩急とひざの曲げ角度での連続シザース。まるで相手の出方を見るかのように青葉の眼光は堀川と、逆方向の海王寺を捉えていた。

 

 

青葉はボールを一度も見ていない。それだけの力量と度胸が彼にはある。

 

 

そして、動きながらのディフェンスに絶対のディフェンスはない。刻々と角度、範囲、ゴールまでの距離が変化し、守り方も変わる。一瞬の隙こそ、青葉に加速を許す一因となる。

 

 

そして、堀川は自分が認識する青葉の間合いギリギリに入り込んだのだが、それは堀川の想定を超えた、青葉の間合いの中にあった。

 

 

つま先でのプッシュを起こし、仕掛けを開始した青葉。インサイドではなく、トゥーキックでのボールタッチ。ゆえに日本人とのタイ人経験しかない彼にとってそれは、致命的ともいえる反応の遅れを許してしまう。

 

—————くっそっ

 

真っ直ぐ海王寺の方角へと向かう。この場合考えられるのは、堀川を引きつけ、海王寺との間を加速で抜く強引なやり方と、切り返しで堀川の逆を突く方法。

 

そして三つめは——————

 

三つ目の最悪のルートを網羅しきれなかった堀川と海王寺。そのわずかな予測の遅れが、青葉に最適解を教える。

 

 

堀川が縦を切りながら、サイド側をケアし、海王寺が逆をサポート。しかし青葉は、海王寺の動きを利用し、ダブルタッチで大きく横にスライド。

 

「くっ!?」

 

堀川がここで完全に振り切られた。残るは海王寺だが、逆側をケアしたせいで、反応が遅れる。

 

 

—————相変わらずの鋭さだが、まだダッ!!

 

それでも力を振り絞り、青葉に追い縋る海王寺。それに反応する堀川。まだ終わりではない。

 

 

だが、青葉は海王寺の釣りすら計算内だった。ダブルタッチでの加速をゼロにしてしまう彼は、その場で急停止したのだ。当然海王寺も止まらなければならないが、それまでの加速が足に来る。

 

 

「く、うっ!?」

 

動けない。ここで切り返しをされれば————しかし堀川がケアに入る。だから安心だ、と逆側へのケアのみを考えた海王寺。

 

そうして、海王寺の想定の範囲内ではあるが、青葉はエラシコの切り返しで彼を抜き去る。後はそのわずかなスキを堀川がつくだけで、ボールを奪える。

 

 

だが、エラシコの加速を利用した、ルーレットが堀川の足を止める。

 

————こ、こいつは—————ッ

 

左足の足裏でボールコントロールしつつ、シングルルーレットで海王寺の背後を突いたドリブルで、一気に二人を抜き去ったのだ。

 

あまりにキレのある動き。一つ一つの判断が早く、まるで読んでいるかの如き動き。

 

 

気づいた時には遅く、中央突破を許した守備陣は豪快なシュートを突き刺されていた。

 

 

「—————————————ふぅ」

 

大きく息を吐いた青葉。練習からキレキレであるにもかかわらず、喜びの表情が見えない。

 

 

—————集中していたが、これも違う。

 

こんなものではなかった。あの時の自分は、こんなものではなかった。

 

掴みかけている。この手ですでに掴んだ感覚を忘れられない。

 

————もっと激しい試合に身を置けば、気づけるのか?

 

もっと強く、もっと激しい試合に出たい。

 

湧き上がる闘争心を制御できない。知らず知らずのうちに青葉は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

闘争心を隠そうともしない絶対エースの気迫に当てられ、江ノ島はさらに活性化していく。

 

今のプレーで自分に絶望した人間はいない。誰もが、彼のようになりたい、彼のように流れを変えられる動きをしたいと願う。

 

自分にもあの動きだけは出来るはずだ、あの時、この選択なら遅らせることが出来た。

 

コースを塞ぎ、彼の攻撃を止めることは出来たかもしれない。それが出来れば自分は代表クラスなのだと、はっきり言える。身近に近づいた、日本代表への道のり。彼がいるからこそそれを体感できる。プロになる逸材とはこうなのだと。プロになる逸材を止める手段をひたすらに考え続ける。

 

そして彼は、皆に心を開く。アドバイスを送る。だからこそ、彼は孤独なエースではない。

 

選手権本選はすぐそこまで近づいていた。

 




いつかの江ノ島IF

一条「ここが、江ノ島高校・・・・とんでもなくレベルが高い・・・」

青梅「龍ちゃんの速いパスどころじゃないかも・・・なんかもう、それが当たり前みたいだし・・・・」

矢沢「絶対に横浜を見返してやる!! 待ってろ、リーグジャパン!!」


~実戦練習~

高瀬「よし!! いいクロスだ、青梅!! ただ、今のは俺にしか届かんぞ! もっと早く正確なクロスでなければ、跳ね返される!」

青梅「・・・・当たり前のようにボールを収める高瀬先輩、化け物過ぎる・・・」


ミルコ「ここはユースではないのかね?」

岩城「高校サッカーですよ、ユーゴの名伯楽」

栗澤「またお邪魔させてもらいますよ、岩城さん」

ミルコ「」→ビッグネームの登場に驚いている



優希「うそ、元日本代表右SBの栗澤選手!? なんでここに!?」

アンナ「あの人って、確かETUの・・・・」



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開幕! 最後の選手権
第三十五話 強者とは


赤黒軍団の一因となった彼は、その抱負を述べた。

—————その背中、その足跡を超えたいと思った。

かつての日本代表最高のSB、CBを引き合いに出した彼は続ける。

—————本当に強い選手とは何なのか。


理想の選手像を求めるために、彼はユニフォームにそ袖を通した。


———————達海新監督の下で、それを知りたい。



追記:鷹匠選手を浦和に入団に変更しました。





選手権本選が近づく中、逢沢はアンダー16アジア大会で惨敗を喫した、オーストラリア戦のことを思い出していた。

 

日本代表と同じ4-2-3-1の陣形を採用しており、前四枚は強靭なフィジカルとスピードを兼ね備えた選手をそろえていた。

 

中盤以降の後ろは屈強な選手が並んでおり、空中戦でのパワープレーは脅威であり、コーナーキックからの失点も喫した。

 

 

だが、やはり前の四枚が脅威に思えて仕方なかった。左サイドは青葉ほどではないが、スピードとテクニックを兼ね備えた選手のコンビネーションに、日本は守備を崩されていた。

 

————こっちの右サイドは、左サイドコンビに蹂躙されてしまった

 

アレックス・リンスとヴェイラ・トロワ。ヴェイラはサポートに徹する形をとっており、アレックスの抜け出しは日本のディフェンスを混乱させた。この二人のコンビネーションからクロスボールを上げられ、二列目から飛び出してきたあの男に決められた。

 

オーストラリアの至宝、ロビエル・オズボーン。まるでアメリカのプロバスケット選手のような跳躍力で、空中戦を制し、弾丸のようなヘディングシュートが遠野に反応を許さなかった。

 

 

日本ではシュートストップで名を馳せていた彼が、まともな対応すらできなかったのだ。決勝までビッグセーブを見せていた彼の崩壊で、日本は焦りを覚えた。

 

 

————陣形を立て直せ!! コンパクトに!

 

 

————間延びし過ぎだ!! 中盤奪われるぞ!

 

 

指示が飛び交い、監督も統制が取れなくなった時間帯が数分続いた。そして、目の前の相手はそれを許す存在ではなかった。

 

 

今度は中央からタメを作った攻撃。ロビエル・オズボーンに対し、当たり負けした日本の中盤は無力だった。そして自分ほど速くないスピードであっても、スペースを見つけ、最適解を冷静に選ぶボールを運ぶようなドリブル。

 

最後にバックパスからのリターンで、ミドルレンジからのシュートと見せかけた、スルー。

 

彼には見えていたのだろう。サイドからゴール前に飛び出してきた、右サイドのジョシュア・スパローが。

 

完全に虚を突かれた日本代表は混乱の中、立て続けの失点を喫してしまう。

 

 

しかし日本もやられてばかりではない。自分がボールを持ち、中盤との連携から最後はヴァニシング・ターンで一人を抜き去り、ゴールを決めて見せた。そして、逆サイドからのクロスのセカンドボールを拾い、押し込んだのも駆だった。

 

意地のようなものだった。このまま負けてたまるかと、江ノ島の時に感じていた感覚とは違っていた。

 

日の丸のユニフォームがなぜ特別なのかを、改めて分かった瞬間だった。このチームでオーストラリアに勝ちたい。勝って、堂々とワールドカップに出たいと思ったのだ。

 

 

しかし、反撃はここまでだった。オーストラリアは守備の仕方を変えて、駆に対し、スペースを消すやり方を選んだ。張り付かれる方がよかったのだが、相手はゾーンで完ぺきに守ってきた。駆からチャンスメイクできる回数は増えたが、盛大に外す仲間の姿に気力がどんどん削がれていった。

 

—————なんで、あんな簡単な局面でゴールを奪えないんだ

 

自分なら決められる、そんなエゴイストな感情を抑えるのに必死だった。しかし、そう思わずにはいられなかった。

 

—————すぐ倒れる、カードを貰うぐらい相手に————

 

イエローで相手を固くさせるぐらいして見せろと、叫びたかった。どんどん自分の性格がろくでなしになっているのが分かる。

 

—————祐介。何の指示を貰ってここに来たの? わからないよ?

 

 

言葉にしてよ、ゲームから消えないでよ。逆サイドで精彩を欠いたサイドの選手との交代で彼は出てきた。しかし、前半と同様に右サイドは試合から消えており、ピンチの発端になったりと、散々だった。

 

 

————相手がフィジカルで来るのはわかっているはずだよ! 受け流す、利用するぐらいのプレーじゃなきゃ、いつまでもこじ開けられない!

 

 

しかし、すっかり劣勢で縮こまった選手は縦パスを入れられず、前線の選手も動きが少なくなった。

 

カウンター狙いの防戦一方の試合になり、セカンドボールもフィジカルで奪われ続けた。

 

————何もかも2006年と一緒だ、同じミスをいつまで————

 

いくら叫んでも、いくら嘆こうとも、日本の長年の課題は修正されない。2ゴールと健闘し、得点王を手中に収めていながら、オズボーンのハットトリックの活躍でその称号も零れ落ちた。

 

————世界との差は、広がる一方だ。

 

だからこそ、早くプロにならないといけない。自分が上のレベルでプレーして、それを還元しなきゃいけない。フル代表でもそれは同じことだ。

 

 

—————僕と青葉が、この世代を引っ張らないといけない

 

でなければ、ワールドカップ優勝は絵空事のままだ。オリンピックだって、もうすぐそこまで来ている。

 

今まで目を背けてきた彼の心根とは真反対な渇望が、彼の精神を侵食する。その微妙な変化は、仲間の間でも気になり始めていた。

 

 

「—————最近、気負い過ぎじゃね?」

 

荒木が、駆の鬼気迫る表情を見て率直な意見を述べた。ハードワーク気味だし、体幹トレーニングは通常の3倍がデフォルトになっている。

 

授業中に時折筋肉痛で表情がゆがんでいる様子も美島に目撃されており、心配はされていた。

 

————後、最近ゴツくなったのかな。シューズもきつくなったし、ユニフォームもLになってしまったし

 

成長期なのか、それとも筋肉がついただけなのか————

 

少し気になったので、鏡の前で上半身裸になった駆。ゴリマッチョというわけではないが、引き締まった細マッチョともいえる肉体。何より身長も中塚を超えており、織田より少し小さいぐらいの高さになっていた。

 

————もうちょっとカッコいい筋肉にしたいなぁ

 

 

鏡の前に立っていると、ドアをノックする音が聞こえた。やってきたのは妹の美都だった。

 

「カケ兄ぃ、とうとう明日だよね。選手権の開会式」

 

「うん。何とか優勝旗を江ノ島に持ち帰るよ。それからプロで活躍するんだ」

 

真っ直ぐと己の夢を語る駆。そんな兄の姿を見て、美都はまるで傑に近づきつつある気弱だった兄の姿を少し心配する。

 

「————カケ兄ぃはカケ兄ぃだよ? なんだかすごい無理をしている気がするもん。アジア大会以降から、なんだか怖い————」

 

 

「そ、そうなのかな? ごめん、そう見えたのは謝るよ————」

 

やはり女の子は敏感なのだろう。そういった男の所作を簡単に見抜いてしまう。子供っぽいところが抜けきらないが、利発な妹である。

 

「—————ただ、兄ちゃんがいた場所に立って、兄ちゃんの焦りが見えたんだ。このままじゃ世界に離される一方だって」

 

思いつめた様に心情を吐露する駆。兄が背負ってきた場所に立つことで、日本と世界の現状を嫌でも認識させられた。この国の平均的なトップ下の足元の技術は、スペインのサイドバックにすら劣る。

 

それぐらい酷いのだ。基礎的な技術力の差が大きすぎる。何も足元の技術だけではない。サッカーIQも満足なレベルではない。どこに蹴っているのかすら分からないクロスボール。

 

急にボールが来たから、決定機を外す愚かすぎるフォワード。アシスト未遂連発の駆は怒り心頭だった。

 

あまりにも用意できていない、アシストにすらならないキーパスを無駄にされたときは、怒りが消えてしまった。

 

自分が急激に成長しているせいか、周りは何をやっているのだという感覚にも陥った。自分は真面目に一つ一つ課題をクリアしていっているのに、江ノ島の外は進歩がみられない。

 

葉陰は、飛鳥頼みの戦術のままで、まともに修正してきたのは鎌学しかいなかった。

 

総体ともなれば対策の一つや二つを講じてくるはずだが、あまりにも脆い対策で驚いた。

 

「このままじゃ、僕がお爺ちゃんになっても日本は世界を制することが出来ない」

 

悲観的になるなと思うのは無理だった。だから、

 

 

「僕と青葉で、この世代を引っ張り上げる。じゃないと、日本は勝てない」

 

それは使命に近い言葉だった。サッカーを楽しみましょうと言ってきた岩城の言葉とは真逆の。

 

日本代表を経験した彼にとって、練習環境は最適だが、その言葉から離れつつあることを意識していた。

 

「カケ兄ぃ—————」

 

成長している、のだろう。美都は逞しくなっている駆を見て、そう思わないといけなかった。

 

身長も急激に伸びている。169cmだった身長も、確実に170cmを超えているだろう。目測で前半ぐらいか。世間を騒がせている片割れ、179cmの青葉よりも少し小さいぐらいなのだから。

 

 

さらに服の上からでもわかる筋肉質な体。1年弱で、駆は大きく変わった。学校でも、ニュースで話題になる兄のことで話をしてくる同級生はたくさんいた。特に女子生徒の目が鋭かった。

 

甘いマスクと、凛々しい瞳。そのギャップが年上のみならず、同年代や下の世代にもウケたらしい。本人は赤面する機会などなくなってしまったが。

 

 

自分は不安なのだ。今までの駆ではなくなりつつあることが不安なのだ。だが、彼のここまでの変化はいいことなのだ。

 

 

「美都?」

妹の悩みならばいくらでも聞こうと思った駆は、ただ事ではない様子に何かを感じ取ったが、

 

「ううん。カケ兄ぃが前に進んでいるのに、一向に兄離れできないなぁって。大人びているから戸惑っちゃった」

 

「そうだったんだ。ちょっと心配しかけたけど、大丈夫そうだね。うん、よかった」

 

くしゃっ、と笑みを浮かべる美都の様子にほっとする駆。大したことではなかったようなので、心から安心した顔だ。

 

「おやすみ、カケ兄ぃ。また明日」

 

 

「うん。また明日」

 

 

兄は気づかない。自分が異常な成長を遂げていることを。それはサッカー面だけではない。

 

 

まるで中身を入れ替えられているかのような変貌、進化とは言えない変化をしつつあることを。

 

 

 

そして迎えた選手権。江ノ島高校は夢の聖地国立へと集結し、各校の注目を集めていた。

 

「おい、来たぞ。王者江ノ島だ————」

 

「あいつら本当に高校生かよ————」

 

周囲の人間を寄せ付けない、まるで百鬼夜行を連想させるようなオーラを出しているチーム江ノ島。自信に満ち溢れた彼らの表情と態度は、まさに王者そのもの。

 

「あれが伝説の後継者————」

 

 

 

威風堂々たる王者の歩み。その先頭には主将である織田。今や神奈川県下トップクラスのフィードを備える男として、中盤を支えるキーマンとして注目されている。

 

 

その織田の両サイドに控えるのは、神奈川最強のアタッカー陣。

 

「—————大巨人、高瀬だ。なんて大きさだ—————」

 

 

「逢沢の横にいるのが夏目か。あれが急成長を遂げた江ノ島の次期エース」

 

「的場っていうテクニシャンもいる。くそっ、どんな手品使いやがった———」

 

そして、宮水と逢沢の輝きに引っ張られ、才能を見せつける他の選手たちにも目を向けることになったライバルたち。

 

 

スター選手、目玉選手が揃う今大会の中でも、江ノ島の選手層の厚さは異常だ。この将来楽しみな世代といってもいい中、あの二人だけは抜きんでている。

 

 

高校一年生にして、プロからのスカウトを貰った実力は本物だ。青葉は国内では敵なし。過去にはブラジル撃破の立役者である。

 

そして駆は、オーストラリア相手に2ゴールと、アジア大会得点ランキング2位。すでに海外のスカウトも興味を示し始めた逸材である。

 

 

宮水、逢沢、夏目、高瀬、そして的場。一年生だけでもこれだけのメンツが揃っている。2年生には実力者の織田、荒木、八雲、海王寺が揃い、隙が見当たらない。止めに選手権予選で名を上げた堀川も加わり、王者はやはり勢いを強めているという印象が強い。

 

 

「見違えたよ、カケル。総体の頃よりも修羅場をくぐったみたいだな」

 

そこへ現れたのは、世代別ブラジル代表のエース、レオナルド・シルバ。王者江ノ島を相手に気後れなど感じさせない。王国の未来を背負う大器である。

 

 

「—————世界で惨敗したからね。足踏みも、寄り道も許されないよ」

 

声色こそ丁寧だが、以前の彼からは考えられない強い意志を感じられる。世界の舞台で痛感した大きな壁。

 

レオにとっても、オーストラリアの黄金世代は無視できない存在でもあった。

 

「ああ。彼らは次元が違う。フィジカルで俺たちを優に上回り、絶対的な武器を持つ選手が4枚揃っている。オズボーンは強かっただろう?」

 

ロビエル・オズボーン。ブラジルを破り、ドイツを蹂躙し、前回大会優勝国のスペインすら圧倒したオセアニアの若き至宝。

 

彼はあの、レアル・マドリードの白い悪魔、ヨハン・ヘイデンの再来とまで言われている。現在、彼ら白い巨人はチャンピオンズリーグを3連覇中と黄金期を迎えている。国内リーグ戦5連覇、カップ戦も4連覇と、他を寄せ付けない圧倒的な強さを持っている。

 

今や押しも押されぬスーパースター、クリス・ロナルド、リーガ最速の男、ギャレット・ベリウスらと攻撃ユニットを組む、三人目の男こそ、白い悪魔、ヨハン・ヘイデン。

 

得点ランキング上位を独占する枢軸。中盤にはルカ・ドルトリッチ、トリスタン・クロスらが中盤を支え、世界最高峰の守護神、ナバルディアスが君臨する。

 

ブラジルすら気後れするほどの男、ヨハン・ヘイデンとロビエル・オズボーン。

 

「うん。でも、うちの中盤は彼に好き放題させ過ぎたから。それに、次はもう負けないから。僕がハットトリックを成し遂げて、青葉も達成して勝つから」

 

「————凄い自信だ」

 

 

「それぐらい悔しいし、練習もするからね。後はいかにオズボーンを無力化できるかだね。彼には今度、泣いてもらうから」

 

あの試合を思い出したのか、駆の背後が暗くなる。そして、駆の笑みもどことなく黒いものを感じさせる。

 

 

—————おい、アオバ。俺の知っているカケルではないのだが

 

たまらず当事者であるはずの青葉に確認を取るレオ。自分の知っている駆ではないと。

 

 

—————すまん。練習の悪魔になっているのは知っていたが、ここまで闘争心がにじみ出ているとは。持田を連想させるなぁ。

 

 

現在リハビリ中の日本代表エースの持田を例えに挙げる青葉。なお、自分が練習の大魔王である自覚はない模様。

 

————そうだった。こいつも同類だったな

 

心の中で、納得するレオナルド。無名だった江ノ島を全国区に押し上げ、全国の強豪を打ち破った実力は本物。

 

情け容赦のない死体蹴りで批判を浴びることもあるが、学生スポーツの延長に過ぎない高校サッカーでは足りないものだと感じていた。

 

————とはいえ、俺も人のことは言えないが

 

レオナルドがここに来たのは、ある未練を晴らしに来たためだ。傑亡き後、腐り堕ちるかのように瓦解した傑世代。地道に努力する選手もいたが、かつてブラジルを破った勢いは見る影もない。傑の生きた意味は何だったのだろうと思ってしまった。

 

 

だが、その下の世代。逢沢駆と宮水青葉が現れた。まるで傑の抜けた穴を埋めるどころか、覆い尽くしてしまいそうな存在感。

 

————結局、俺はこの国が好きだったんだ。

 

 

傑という友人に出会えたこと。

 

相手を思いやり、世界的にも整備されたこの国の在り方を美しいと思ってしまった。騙し合いが基本である世界で、生き辛くも気高い在り方を失わない誠実な在り方に、嫉妬していた。

 

 

マリーシアが横行するサッカーにおいても、生真面目すぎる気質もあり、中々実力を発揮できる機会も多くない。

 

そうなのだ。日本という国が気になるのだ。あまりにも異質なあの国のことを、放っておけない。

 

————傑が生まれたこの国が、弱いままなど許さない。

 

 

「—————当たるとすればファイナル。必ず僕らは君達の前に立つ。王者の栄冠は、最もサッカーに真摯である蹴球に相応しい」

 

 

「—————ならば、俺たちはそれを上回るだけだ。栄冠は渡さない」

 

 

火花飛び交う青葉とレオナルド。それをニコニコした笑顔で見守るのは駆。周囲は二人が放つ威圧感に呑まれてしまっていた。

 

 

—————冗談を、軽口を言える空気じゃねぇな

 

 

目の前の二人は、本気で、覚悟して日本の柱になるという気概を見せている。荒木には、それが自分の中にあるのかを疑ってしまう。彼らの闘志に当てられ、自信を失いそうになる。

 

しかし、この二人であっても、世界最高峰の頂は遠い。想像を絶するフィジカルとテクニックを誇る化け物たちが、その先のステージにいる。

 

 

さらに超一流と呼ばれる存在は——————

 

荒木は言葉を失う。これが、これでも世界との距離は遠いのかと。

 

 

しかし闘気に当てられ、歓喜する者達もいた。

 

—————さすがだな。俺は、そんなお前たちだからこそ、肩を並べたい

 

織田は喜びの色に満ちていた。頼もしさではない。自分が目指すべき存在が、まだ上っていくことに喜んでいるのだ。

 

 

—————これが、世界の一流か。望むところだ

 

 

高瀬は、上から見下ろすレオナルドをじっと見つめていた。フィジカルでは勝っていても、勝てる気がしない現状。だが、それを冷静に受け止め、勝ちたいと思う自分に満足していた。

 

これだけの差を見せつけられ、経験値でも突き放されていても、勝ちたいと思う気持ちが途切れない。ならば自分は、まだ上に行ける。

 

 

—————レギュラーで満足しちゃだめってこと、この二人を見るとよくわかる。理解させられる

 

————そんな二人だから、僕の高い壁だったんだ。

 

夏目と的場は、この二人のサブのような存在だった。だが、サッカーに対する取り組み方は参考になるし、自分の武器を考え、頭で考える重要さを教えられた。

 

自分が楽しいだけではだめだ。足の速さだけではだめなのだと。

 

他の江ノ島の面々も、二人に感化され始めたのか、彼らと同等の気概を持ち始めていた。

 

 

 

 

江ノ島と蹴球高校という二強が去った後、他の強豪校は—————

 

 

「あ、あれが本当に駆ちゃんなのか? 人を殺したような眼だっただろ?」

 

四日市実業高校の遠野幹也は、笑顔ではあったが別人のようになってしまっていた駆の姿に動揺していた。

 

「ああ。オーストラリア戦以降、だな。あの存在感はまるで、逢沢傑————いや、持田選手を彷彿とさせるぞ」

 

八千草の島亮介は、オーストラリア戦で惨敗した中での光明だった彼の異変を感じ、さながら傑が降臨したかのようだと揶揄する。

 

————あの試合、もし青葉がいれば、と

 

一人勝利を信じて戦い続ける駆を助けることが出来たのではと。

 

高校組の二人は、それを感じていた。ユース組は早々に心が折れており、逢沢の同点弾の後の連続失点で、動きは格段に悪くなっていた。

 

遠野もセーブを許してくれない怒涛の攻撃に膝をつき、島はオーストラリアのアタッカーに翻弄されてしまった。

 

 

世界との差を痛感する試合だった。あの世代こそ、現世代で世界の栄冠を掲げる最強の世代。高さとスピード、テクニックを兼ね備える戦う集団。

 

すでにトップチームで活躍するオーストラリアの黄金世代。だからこそ、日本人もプロに入るべきなのだ。その実力を示し、成長するために。

 

 

だが、有力選手である二人の明暗は別れていた。遠野はJ1磐田からの内定をもらい、来シーズンからレギュラー争いを演じることになる。しかし島にはオファーは来ていなかった。

 

それは他の選手の間でも言えることだった。

 

逢沢傑世代のエース、鷹匠はJ1の浦和に内定、世良右京はJ2湘南に特別指定選手として入団。

 

他の選手は二部リーグがほとんどであり、逢沢、宮水と同世代の佐伯、日比野などの一年生は指定を受けることがなかった。

 

動向が注目されている飛鳥亨の去就は不透明で、クラブチームの間でも宮水と逢沢に蹂躙されたような形の彼に、プロでの活躍を疑問視する意見が多数であった。

 

しかし、彼らの世代の中では守備の要といえる大物であり、下位クラブは水面下で交渉を続けている。

 

 

 

場面は選手権会場から変わり、神奈川。

 

 

飛鳥亨は決断を迫られていた。届いたのは、3通の入団オファー。

 

 

一つは横浜マリナーズ。地元神奈川の強豪クラブの一角。神奈川のサッカーファンなら知らぬ者はいないと言える。

 

 

二つ目は、大阪ガンナーズ。昨年リーグ2位にしてリーグ最強の攻撃力を誇る強豪。昨年チャンピオンの東京ヴィクトリーとの明暗を分けた守備力の要として、将来立ってほしいとのことだ。

 

 

そして最後は、巷で世間を騒がせているイースト東京ユナイテッド。強豪2クラブとは違い、選手層が薄く、上手くいけば開幕スタメンも狙える。

 

 

 

彼らが飛鳥に求めているのは、最後尾からのビルドアップ能力。足元の技術に優れたセンターバックの育成は急務であり、日本サッカー界においてもその人材は不足している。

 

 

しかし飛鳥は、迷っていた。高校三年間で全国大会に出る。その夢を果たすことが出来ず、区切りをつけようと考えていた。

 

————自分が決めた約束事、それを反故にするのは—————

 

我儘を貫いた3年間。それまでのサッカー人生だった。ならば踏ん切りをつけようと、スパイクを脱ぐべきだと。

 

—————だというのに——————

 

あの二度と見ることのない、背番号10の幻影がちらついた。

 

 

きっと彼は、世界に羽ばたいていた。生きていれば、彼は必ず日本代表に入ると。

 

————俺は、見たかったんだ

 

もはやサッカーをすることが出来ない人間がいる。その彼が魅せるサッカーを同じチームで見たかった。彼が一体何をしてくれるのか、彼が何を見せてくれるのか。

 

————————しかし、もう彼はいない。あれは一刻の幻に終わってしまった。

 

 

それでも彼とプレーすることで、サッカーが面白いと改めて思えたのも事実だった。つらい時期が続いたが、この3年間は有意義だった。大人になっても、社会に出ても、大好きなサッカーを続けたいと思えた。

 

何より、もうサッカーができない人がいるのだ。それがどれだけ無念なのかはよくわかる。なら自分はどうなのだろう。まだ手足が動く、サッカーへの情熱は消えていない。

 

 

—————なるほど、どれだけ自分を納得させようとしても

 

自分を偽ることなどできないのだと悟る飛鳥。続けられるチャンスがある限り、スパイクを脱ぎたくない。やるならとことん上を目指す。そうやって3年間を過ごしてきたのだから。

 

 

それこそ、自分の心を殺さない限り、ありえない話だ。

 

 

 

 

だから、両親には相談した。まだ決まっていない進路、自分の中にある葛藤。その全てを。

 

「——————父さん————どう、思いますか」

 

 

 

「—————確かにお前は、全国に出ることは出来なかった。だが、世界で戦い続けていた。サッカーの道で食っていく覚悟があるのなら構わん。だが、その自信がないのなら、スパイクはここで脱げ」

 

表情を崩さない父親の姿。息子の選択を待っていた。

 

「—————すみません、父さん。俺はまだ、サッカーを止めたくありません。チャンスがあるなら、続けたい。続けさせてください」

 

 

「—————ここでサッカーを止めたら、一生後悔する。自分の言葉を曲げてでも、我儘を通したい—————」

 

息子のお願いを聞いた親は表情を崩した。

 

 

「—————お前の我儘は、全てサッカーだった。いつも理性的な孝行息子で、大人びているとはいっても、本音をぶつけることが少なかった。お前の一番を、これからも続けていけ。それだけだ」

 

————亨の、あいつの我儘だ。数少ない我儘を聞いてやらないほど、度量の狭い親にはなりたくない

 

コーチや監督からの話は聞いている。いつもチームのまとめ役として、努力し、行動している彼の姿を、高校三年間を知っている。

 

3年間を特別な想いで戦ってきたことも。

 

「—————だが、何処にするかは慎重に決めろ。お前を一番欲しがっているところに、誠意をもって交渉するチームを選べ」

 

 

それからすぐに飛鳥は3チームと交渉した。大阪と横浜は既にレギュラーが固定されており、暗に数年間は育成といわれているようなものだった。

 

「君のパフォーマンスが良ければ、開幕スタメンも夢ではないが」

 

「いきなり高卒一年目の君が、ベンチ入りできる確率は低い。早くてもシーズンの中頃か、後半だろう」

 

日本代表の古谷、外国人のチアゴ、その他若手が揃っている横浜は、センターバックの層が少し厚い。チャンスが来るのも、年功序列に近いところがあるだろう。

 

鹿島も、江田やその他の若手がひしめいている。中々アピールをし続けても序列待ちの部分があるだろう。

 

「18歳という年齢で最後尾をいきなり任せるのはリスクが大きい。君の足元の技術は知っているが、チーム方針、戦術を落とし込んでからだな」

 

「君も背が180cmを超えているが、うちには代表選手と外国のCBがいる。試したい若手は君だけではない」

 

大阪ガンナーズでもそれは同じだった。自分でもなんて我儘な発言だとは思う。1年目から勝負できますか、という質問は。

 

 

「だが数年後、君は世代を代表するセンターバックになる」

 

2つのクラブは、そう言っていた。そしてさらには、

 

「宮水選手と逢沢選手がいたのだから、あの試合はある程度割り切る必要がある」

 

「戦力的にきついものがあった。あれを参考にするつもりはないよ」

 

江ノ島との戦いは参考にしていないと言ってのけたのだ。出来不出来の問題ではなく、戦術として負けていたと。

 

 

—————将来性、か。

 

将来をかけて臨んだ3年間はどうだっただろう?

 

 

—————あまりにも早かった。あまりにも短かった。

 

将来ではだめなのだ。今なのだ。サッカー選手の選手寿命は短い。だから、今でなければ

 

 

最後に現れたのは、残留争いをしていたイースト東京ユナイテッド。今期は苦しみ抜いたシーズンを送り、柱となるべきフォワードの長期離脱、10番の欠場、あらゆるポジションでの層の薄さを露呈した。

 

奇しくも、青葉と駆を獲得したチーム。

 

「—————確かに、チーム戦術を理解するのには時間がかかる。だが、現有戦力で上を狙うにも限界がある。世代別代表で、君のプレーは見ていた」

 

スカウトマンは言う。名は栗澤。2年前にETU一筋で現役引退した、世代を代表するサイドバックだった。

 

「ETUのサッカーは、最後尾から始まる。そういうサッカーにしたい。後ろが安定すれば、ポゼッションも不可能ではない」

 

「—————君は、その水準を満たしていると私は思う。恥ずかしい話だが、うちに君よりもうまいディフェンダーはいないだろう。何より、江ノ島との戦いで見せた、君の闘志が印象的だった」

 

 

「!!」

 

本来なら、避けられるはずの話題。飛鳥が嫌がる話だと、大阪と横浜のチームは考えていただろう。だが、栗澤はそうではないと考えていた。

 

あの劣勢、敗色濃厚な試合で、最後まで走り続ける闘志。冷静でいて、それでもなお見せた気迫は、教えられるものではない。

 

「—————長いリーグ戦で、君のような闘志を持つディフェンダーを、うちは欲しいと考えている」

 

 

 

初めてだった。あの試合でのプレーを評価されたのは。敗色濃厚で、勝敗が決した展開。飛鳥はなぜ自分があそこまで動けたのか分からなかった。まるで執念、自分らしくない意地というものがあったことを思い出す。

 

—————あのまま終わりたくない、あのままサッカーに後ろめたい気持ちを抱えたまま、終わりたくない。

 

全てに絶望し、今後上に上がれないという残酷な事実に負けたくない思いがあった。スパイクを脱ぐ理由に、彼に負けたという理由を加えたくなかった。

 

 

 

誰かを理由にして、自分の本音を終わらせたくなかった。

 

 

「初めてです……みんな、あの試合での俺を気遣う発言ばかりでしたから」

 

 

そんな飛鳥の発言に微笑む栗澤。元日本代表ならではの闘志が垣間見える言葉が紡がれる。

 

「まあな。ディフェンスをやっていた手前、あれはトラウマものだよ。俺だって悔しいし、なにくそっ、な気持ちになるさ。こいつを絶対に、完璧に封じてやる。いい形を潰してやるぞ、って気持ちになるしな」

 

栗澤は、彼を止めるには間合いがかなり重要になると考えていた。一貫して彼をスカウティングした時に発見した共通点。それは彼が自分の勝てる状況に持ち込んでいることに起因していると。

 

「—————栗澤さんほどではありませんが、俺も彼には一矢報いたいという感情がありました」

話を聞きながら、飛鳥は本音を漏らす。やっぱり彼に勝ちたかったのだ、と。

 

話は進んでいく。飛鳥へのスカウトの話ではなく、いつの間にか、青葉対策の話で盛り上がる始末。

 

栗澤は言う。

 

彼は何より間合いが広く、スピードもある。その圧倒的なアドバンテージが、彼の仕掛けを早くする。それは平均的な選手のそれとは比較にならないほど速い。

 

「あえて、攻撃的に守備で揺さぶり、奴を誘き寄せる手もある。ま、それをするにも、まずは間合いを測りながら、一瞬で詰める上手さも必要になるが」

 

あそこはもう、奴よりも前に仕掛ける、前に出るしか方法がない。奴の存在感を感じた時点で負けなのだ。無論彼もカウンターは考えているだろうが、勝率は上がる。何しろ先手を打たれた状態になるのだ。今までよりも何倍も状況は改善する。

 

「ま、あいつが規格外なことを認めたうえで、あそこまで食らいつくお前が凄いと思ったよ。今の温室育ちの、甘ちゃんな天才どもに見せてやりたいぐらいだ」

 

簡単に心が折れて、日本に逃げ帰る日本人が増えるのは良くないと、栗澤は言う。海外に行くなら、向こう4年は戻らないぐらいの気概を持たないといけない。自分は日本のリーグを代表して、海外挑戦をしているのだという認識がなさすぎる、という。

 

「世の中の天才のどれだけが”本物”なのか。もしくは”天才であり続けられる”のか。恐らく、そういうことなんだと思います。結果を出せない天才は、天才ではなく、怪物もまた然り。天才という言葉は、案外脆いのかもしれませんね。それに、目立たずチームを支える”縁の下の”選手が、”派手なだけの選手”に劣るということも言えない」

 

 

飛鳥は思う。どれだけの若手が天才という言葉から遠ざかっていったのか。先輩が、少し名前を知られるようになった期待の選手が、凡夫になっていく姿。天才という言葉はまやかしなのかもしれない。結果一つで評価は変えられる。

 

どれだけプレッシャーのかかる状況でも、劣勢の状況でも力を発揮できる選手こそが、天才と呼ばれるに等しい評価を受け、その選手は天才という言葉で評価されるべきではないのだろう。

 

「中々俺と気が合うじゃないか。強い選手、上手い選手ってのはなかなかわかりにくいものだ。得点やアシスト、相手エースを止める。そんな分かりやすい目印を持つ選手だけで成り立つわけじゃない。チームにバランスを齎したり、チームを勝利に導く存在だって、俺は強い選手の証だと思う。やっぱり、どこまで言ってもサッカーはチームスポーツだからな」

 

今でこそ、歴代最高のSBといわれているが、当時は守備の選手を評価する風潮はあまり流れていなかった。なんだかんだ大舞台でいい動きをしている、浅草のクラブの男。そんな印象しか持たれなかった。

 

 

その流れを盟友が変えてくれた。数々の日本自慢のアタッカーが挫折し、夢破れて去っていく鬼門で、守備の専門家として活躍した彼の働きで、ディフェンスの評価は変わった。

 

あの世界的なアタッカーを止めた。強豪クラブを相手に統率の取れた指示を送り、ブロックを乱れさせなかった。

 

優れたキャプテンシーを発揮した、など。

 

実は彼、凄い選手なのでは、という声も上がった。

 

「俺たちが今まであってきた強者は、主に3つだ」

 

 

「プライドに生きる奴。強さを求める奴。戦況を読める奴。海外では一番目が多いと思われがちだが、実は3番が多い。何しろ、そうじゃないと高度な連携とか出来るはずもないし、勝負事で見誤らない奴らは強い。逆にプライドや強さで成り上がったエースは、じゃじゃ馬だ。とんでもない奴らだよ」

 

冷静なプレーが出来るストライカー。奇抜な動き、強引な突破でゴールをこじ開けるエゴイスト。何度でもゴールを狙い、それを決して止めない厄介な雑草野郎。一番最後が始末が悪い。一番あきらめが悪いのだからな、と彼は言う。

 

「フェノーメノとかは、まあもうあれだな。あんまりパスも出さないし、一人で突っ込んでゴールを奪うやつだし、2006は嫌な記憶だったよ。あれで全盛期ではないって詐欺だろ?」

 

個人的に、嫌な記憶しかないブラジルの怪物を引き合いに出し、懐かしい記憶に想いを馳せる栗澤。格落ちの怪物が出来たであろうプレーを映像で見た栗澤は、その後絶句したという。彼はもっと凄かったのかと。

 

 

 

「ま、どれが一番の強者に近いのか、最適解なのかは俺も一概には言い切れないところがある。だが、強者には共通点があった、そういう話だ」

 

 

一通りの人生経験を語った栗澤は、飛鳥に問いかける。

 

 

 

「さて飛鳥君。君は一体、どんな”強い選手”になりたいんだ?」

 

 

「俺は————————————」

 

 

 

数日後、赤黒のユニフォームにそでを通す彼の姿があった。

 




青葉「そういえば、飛鳥さんはどうしてこのチームに?」

飛鳥「栗澤さんに口説かれたんだ。ここから世界を目指したい、そう思えた」

青葉「じゃあ、互いにビッグクラブで会おう。今度は敵同士で」

飛鳥「望むところだ」


~数年後プレミア~

青葉「いくら積まれたんだ?」
(オランダからプレミア入り)

飛鳥「・・・・噂はあったが、同じタイミングで移籍は予想外だ」
(ベルギーからプレミア入り)

なお、移籍先で再会の模様。

アルバロ「今度はチームメートなのか。面白くなりそうだ」


高瀬「別チームだが、二人に追いついたぞ」

椿「うわぁ。よりによって青葉と飛鳥さんがいるリーグかぁ」

颯「ファイト、椿君!」

窪田「みんな楽しそうだなぁ」


~フランスなう~

細見「こっちは誰も来ないな」(パリSG)

佐伯「待ってろ、駆!」(モナコ)

世良「ようやくここまで盛り返したぞ」(マルセイユ)


細見「結構来たな、フランスにも」


~ドイツなう~

秋本「俺は世界に飛び出した。全ては彼に追いつくためだ」(ドルトムント)

鷹匠「フィジカルにも慣れてきたな。通用するぞ、ここでも」(薬屋)

ヴェイラ「ねぇ、タカジョウ。日本の女子について・・・・」(薬屋)

鷹匠「断る」

荒木「おい、ヴェイラもそっちの美女についても教えてくれよ!」(フランクフルト)


ヴェイラ「君はいい日本人だな、アラキ!!」



花森「・・・・」(ヘルタ)

桐生「代表のレギュラーは渡さねぇぞ、若造ども」(ハンブルガー)


~スペインなう~

駆「次こそ、飛鳥や青葉たちに勝つんだ!!」(セビージャ)

シルバ「まずはあの二大クラブを蹴落とす必要があるな、駆」(セビージャ)

オズボーン「二大クラブの前に俺の踏み台になるがいい」(アトレティコ)


織田「降格は嫌だ。俺たちの為に堕ちろ、落ちてしまえ!」(アラベス)

北野「なんや、いつの間にぎやかになったんやねぇ、こっちも」(マジョルカ)

~オランダなう~

赤﨑「くそ、出遅れたか・・・・だが負けん!」(ユトレヒト)

幕張「みんな凄いなぁ」(J2湘南からフローニンゲンに移籍)

日本なう

一条「レギュラーだけど・・・・代表が遠い・・・・久世すら代表に掠りもしないのか・・・・」

久世「上の世代が化け物過ぎる・・・・」



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第三十六話 開幕の狼煙

中期の研修から帰還した作者。しばらくパソコンに触れることすらできなかったので、投稿が遅れました・・・・





選手権本選が開幕し、それぞれの強豪が順当に勝ち上がる順当通りのトーナメント。

 

江ノ島の相手は、静名高校。静岡の強豪として前評判もそこそこ高い。しかし、総体でも初戦の相手となった彼らは悪夢を見ているかのような気分だった。

 

なぜまた江ノ島と初戦で当たるのか。絶望している彼らはすでに敗者だった。

 

もしここに、彼らがいれば異を唱えるだろう。彼のような存在がここにいれば、こういうだろう。

 

なぜ始まってもいないのに諦めるのか、と

 

 

他の強豪校も、江ノ島と総体に続いて当たってしまった静名の面々を見て同情的な気分になる。

 

 

「おい、静名の奴ら。また江ノ島と初戦らしい」

 

 

「まあ、何処かと当たるよな、何処かと」

 

 

「俺らは他人ごとではないんだが—————」

 

 

シードを貰っている江ノ島が勝ち進んだ場合の次の相手は、四日市実業。遠野不在で大量得点を決められた強豪。フィールド上では苦戦が強いられる。

 

 

「ま、あの時は俺がいなかったからな。俺のすごさは、アジア大会でもわかっているだろうし」

遠野がフフン、と胸を張る。

 

「だったら、決勝戦は完封しろよ。せっかく逢沢が2得点したのにさ」

それを見ていた海堂はそのことを指摘する。彼は世代別に参加しなかった青葉に圧倒され、大量失点を呼んでしまっていた。

 

「それ言うなら、俺もだ海堂。サイドに流れた時、奴の突破を許してしまった。サイドアタッカーであれは異次元の速度だ」

 

左サイドバックの当真は、単独突破を仕掛けた青葉にあっさりと切り返しで抜き去られ、ボールを持った彼に追いつくどころか、距離を離されてしまった。

 

 

化け物、まるで化け物の疾走。本当の怪物を痛感したものだった。

 

「青葉一人に集中すれば、荒木や織田、的場が襲い掛かる。青葉もそれを弁えて、マークをつってプレーメーカーに徹するクレバーさもある」

 

何より恐ろしいのは、冷静にプレーを変えられるクレバーさ。スピードで打開するだけではなく、足元の技術も相当なレベルの彼だ。彼を起点に始まったカウンターは、まるで相手ディフェンスを読み切ったかのような攻撃だった。

 

—————場所と人数、適当に閃いただけなんだが

 

なんでもなさそうに彼は言っていたが、あれを適当といえる彼の感覚はずれている。

 

 

 

そして、総体には出場していなかった鳳凰学園高校の面々は、目の前で彼らと戦っていない為、恐れを抱いている大多数のチームを見て不思議に思っていた。

 

「—————やっぱ、すげぇのかな、江ノ島」

鳳凰の10番、司馬良介は、スター性すら直感で感じた江ノ島の枢軸を見て格の違いを感じていた。

 

「まあ、世代別の招集を拒否した宮水、世代別のエース、逢沢らがいるチームだ。プロが欲しがる人材を抱えるチームは、基本レベルが高い」

 

司馬の隣にいた鳳凰学園監督の伊庭は、彼らのプレースタイルを何度も映像で見ているので、その程度をある程度予測していた。当たれば厳しい試合になるのは間違いない。

 

「けど、江ノ島を倒せば優勝が近づく、そういうことだろ?」

エースストライカーの甲斐巽は、やはり攻撃的な言葉でチームを鼓舞する。王者江ノ島を打ち破れば後は優勝するだけ。

 

それぐらいの啖呵を切れないようでは、勝負にすら上がれない。

 

 

そしてついに、静名高校と江ノ島高校の試合が近づこうとしていた。

 

 

『さぁ、大会シード校の登場です。神奈川の新王者、江ノ島高校がついに登場します!』

 

 

『初戦にフルメンバーが見られそうですね。トップ下の逢沢君に、ワントップの高瀬君。左サイドは的場、右サイドは宮水。かなり攻撃的な陣容でしょう』

 

 

そして、観客席の砲にはある弾幕も掲げられていた。イースト東京ユナイテッドのサポーター、スカルズである。

 

 

—————イースト東京ユナイテッド 背番号19 逢沢駆 

 

 

—————背番号17 宮水青葉 内定 おめでとう!

 

 

長々とした横断幕。それを見ていた駆と青葉は、

 

「—————気が早いな、彼らは」

 

 

「でも、期待をされているうちが華だよ。中東問題で遅れてしまった来年のアジアカップに向けて、アピールしないと」

 

今回のアジアカップは、中東のUAEで行われる。近隣の中東情勢の悪化により、一時的に開催が危ぶまれていたが、予定を遅らせての大会の開催が決定された。

 

そしてそれは、駆と青葉にとっては追い風となっている。プロでの半年以上の期間で実績と結果を出せば、選ばれる可能性が見えてくるのだ。

 

「まあ、アジアからの世界。オーストラリアのあの世代。傑と一緒に炭鉱スコアにしたのだが、予想以上に上手くなっていたな」

 

青葉にしてみれば、あの時ハットトリックで圧勝した相手が、あれほど強くなっていることに驚いていた。特に、サイドアタッカーは脅威だ。

 

「オズボーン選手は脅威ではないの?」

 

一番苦労した相手だよ、と駆は苦々しく語るが、

 

「何、脅威度で言えば、奴よりもサイドだ。サイドが活性化しているからこそ、真ん中が活きる。密集地帯ではフィジカルのごり押ししかできない奴だよ」

 

目線が違う。駆はここで青葉とのレベルの違いを痛感する。過去の実績で、青葉はオズボーンに泣きを見させている。

 

「—————そんなことを言えるのは、青葉だけだよ」

 

 

「—————まあ、奴がポストプレーをすることで、リズムが生まれているのは事実だ。傑に比べて今もだが、ターンの鋭さは鈍い。躱しきれる力はないな」

 

確かにパワーもある。テクニックもある。しかし彼にはスピードという才能が決定的に欠けていた。

 

今後どうあがいても、青葉の世界に足を踏み入れることはなく、彼のプレースピードに追い付けることはないだろう。

 

それは、もって生まれた天賦の才能による、隔絶された差。パワーしかないオズボーンと、それに加えてスピードも備える青葉では、勝負にならないのだ。

 

 

そんなオズボーンは、天賦の才を持つ韋駄天には届かず、数多の選手の中でも中の中。しかし、ゴール前に顔を出さなければ怖くはない存在だ。

 

ペナルティエリアに切り込む力はないし、これからも生まれないだろう。そしてそれは、マークを外す動きも青葉と傑が求めるレベルではない。

 

 

そしてその横断幕を掲げていたスカルズメンバー。羽田政志は有力選手獲得に心が燃えていた。

 

「やればできるじゃねぇか、うちのフロントも。まさか豪華な三選手を口説き落とすとはな」

 

獲得争いに参戦していたことは聞いていたが、金銭面での条件を度外視した異例の事態。

 

神奈川の疾風、宮水青葉。伝説の後継、逢沢駆。

 

さらに、世代別代表の要、飛鳥亨。実に効果的な補強といえる。

 

「噂だと、飛鳥選手を口説き落としたの、栗澤さんらしいですよ、羽田さん」

 

かつてのチーム一筋の人気選手、栗澤優斗がスカウトマンとなり、飛鳥を口説き落としたことは、彼らにとっても朗報だった。

 

「さすがは栗澤さんだ。村越さんとともにチームを残留に導いたことはある」

 

 

そして目の前では、かつての村越と同じく、ETUを背負うであろう二人の選手がプレーしている。

 

————見せてくれよ、逢沢駆。そして宮水青葉。お前らは、ETUを強くできるのか

 

 

 

スタメンが発表され、ピッチへと出てくる江ノ島イレブン。

 

 

そこには、背番号10番を背負う逢沢駆の姿が。

 

 

そして、背番号7となった宮水青葉の姿も見えた。

 

 

 

 

その時だった。羽田の周囲で、スカルズメンバーの周囲で、腹を震わせるような声援が響いたのは。

 

 

—————逢沢!! 逢沢!! 逢沢!!

 

 

「今日もゴールを見せてくれ、逢沢ァァァ!!!」

 

 

「ETU内定おめでとう!!!」

 

 

「決めてくれ、逢沢ァァァ!!」

 

いきなりの声援に驚くスカルズのメンバー。

 

 

「な、なんだこれは————」

 

「おいおい。こんなに人気あるのか、逢沢選手は————」

 

羽田とメンバーたちが狼狽える中、

 

 

—————青葉ッ!! 青葉ッ!! 青葉ッ!! 

 

 

「超速ドリブル、フェノーメノの名が伊達ではない事、魅せてくれよ!!」

 

「あの一人カウンターはしびれたァァァぁ!!」

 

「日本の未来を背負ってくれぇェェ!!」

 

 

————青葉ッ!! 青葉ッ!! 青葉ッ!!

 

 

「きゃぁぁぁ!!! 青葉君~~~!!」

 

 

「今日もカッコいいよ~~!!」

 

 

そして黄色い声援すらまとめてしまう存在感。本当のスター選手の一端を見た気がする羽田。それはまるで、移籍するまで中心選手だったあの男を連想させる。

 

————チームを強くするのは、あの男のような存在だというのか

 

スター選手がいなければ、チームは変わることが出来ないのか

 

ほんの少しの後ろめたい気持ちが出てくるが、表情には出さない羽田。

 

「—————これ、スカルズのメンバーが作ったんですか?」

 

いつの間にか、彼らに接近していた女性三人がやってきていたことに気づけなかったメンバー。よく見ると、江ノ島高校の制服と蹴球高校の制服の女子生徒だった。

 

「—————あんまり長居する場所ではないと思うんだが」

 

しかし、蹴球の女子生徒はニコニコしたままここを離れようとしない。

 

「プロでアー君がお世話になるチームのサポーターさんだもん。挨拶ぐらいはしておきたいし————」

 

まるで当たり前のことだよ、といわんばかりの笑顔で言い放つ可憐な少女。そして、一部のメンバーが驚き、声をあげる。

 

「は、羽田さん! あの人ら、なでしこの————!!」

 

 

「なでしこのヤングエーストリオ、か。まあ、リトル・ウィッチィと片羽根のピクシーが、あいつらの知り合いであることには驚きはねぇよ。ただ、あんたがそこにいるのは驚きだよ、群咲選手」

 

なでしこの将来を背負うであろう攻撃ユニット。その三選手が、まさかこんな厳つい大人のいる場所にやって来るのは予想外だった。

 

「サインください!!」

 

「いいよ~~~!」

 

そしてちゃっかりサインでエサ付けされているメンバーたち。そして、簡単にサインを配ってしまう群咲選手のフットワークの軽さに呆れる。

 

「これ、凄いですね。裁縫が得意な方がいるのですか?」

 

立派な横断幕を見て、感心する小野寺選手。すぐに作れるものではないだろうに、と、二人の為に作ったことに感謝している様子だった。

 

「まあな。こういうことを地道にしないと。俺たちは選手に声援を送り、12人目の選手として、ここにいるんだ。これぐらいの労力、どうとでもなる」

 

なんでもなさそうに言うが、聡明そうに見えて、目を若干キラキラさせている女子高生の姿に、何も思わないわけがない。

 

「駆の為に、立派な横断幕を作ってくれて、ありがとうございます! プロ入りで満足しているようでしたら、喝を入れておきます!」

 

そして、駆に対してキツイ喝を入れかねない発言をした美島選手。むぅ、と力拳を作る彼女の姿は、男勝りな一面が久しぶりに見えた瞬間だった。

 

 

————逢沢選手、プレッシャーだろうなぁ

 

————いうな。ああいうのが隣にいれば、早々慢心はしないだろ

 

 

そして始まる静名戦。最後尾をフォローするかのようなボランチの荒木、堀川のコンビ。そして、最前線でボールをつなぐ逢沢。

 

 

堀川はこの試合、サイドバックのフォローに徹していた。サイドバックの上りを利用したサイド攻撃。その裏を突かれることを阻止する動き。明確な守備の仕掛けが行われていた。

 

「こいつ、いったい何人いるんだよ!?」

 

「ぐわぁぁ、あぁ、カウンター!?」

 

ボールをスライディングで奪われる、もしくはファウルでカウンターの目を潰す。クレバーでディフェンス力の高いプレーが、静名に攻撃のチャンスを許さない。

 

サッカーファンとして目が肥えている羽田は、堀川の動きに目を見張る。

 

「あの選手、いいカバーリングだな。相当走れるし、スライディングの読みもいい」

 

「堀川先輩は、ディフェンスだけならチームトップクラスですよ」

 

美島が胸を張って応えるのだが、その様子にスカルズのメンバーは背筋がなぜか治る。

 

「?」

怪訝そうに見る美島と、

 

 

————お前ら—————

 

目頭を押さえる羽田。

 

 

 

そして、抜群のパスセンスを誇る荒木をフォローする、運動量豊富な逢沢の動きとボールタッチ。

 

「当たり負けしなくなったな。以前は真ん中で仕掛けることしかできなかったが」

 

 

ダブルタッチを自然とできるようになった彼は、ファーストトラップでターンしながら相手を躱す技術が向上している。それでいてチャージを食らっても簡単には奪われない、というより本当に奪われない。

 

 

確実にチャンスを生み出す。

 

 

「おしきたぁぁ!! うぉぉぉ!!」

 

そして、真ん中でワントップを任せられた高瀬が、フィジカルを武器に、相手を背にして振り向き様のシュート。惜しくもディフェンダーに当たりゴールならず。しかし3人がかりで襲い掛かってもフィニッシュまで持っていける体の強さ。

 

「くっそぉぉ!!」

 

「ナイスファイト。コーナーでお前の出番だ」

 

悔しがる高瀬に声をかけるのは、この試合キャプテンマークを任されている青葉。その様子を見ていた羽田は、キャプテンシーというか細かなところも見れる選手なのだと感じた。

 

————しかし、あの高瀬という選手。なんてフィジカルだ————

 

何よりも、PAから少し下がっても狙えるシュートレンジの広さは、相手にとって脅威だろう。前線でボールキープに長けた選手が二人。

 

 

そして前半最初のコーナーキック。これは江ノ島の得点パターンである。荒木からの精度の高いクロスボールに頭で合わせるのは、空中戦で絶対的な強さを誇る高瀬。

 

 

強烈なヘディングシュートがゴールネットに突き刺さり、江ノ島が先制する。

 

『決まったぁァァァ!!! やはり決めたのは背番号9!! 江ノ島の空中要塞! 高瀬だァァァ!!』

 

『高い打点と速いシュートでしたね。あれを止められる高校生はなかなかいないですよ』

 

 

絶対的な武器を持つ選手の活躍。さらに—————

 

 

『荒木からのキラーパス!! サイドから中に絞っていた青葉に通る! あっと躱して、また躱す!!』

 

サイドからインサイドへと侵入した青葉の奪取に、反応した荒木のキラーパスが炸裂。青葉に振り切られないよう追い縋る静名の選手ではあったが、クライフターンによるファーストタッチで距離を作られてしまう。そしてそのまま、

 

 

「うわっ!?」

 

バランスを崩し、倒れこんでしまった。これは青葉と接触したわけではない。ただひとりでに転倒しただけなのだ。

 

さらに緩急を織り交ぜたシザースからのドローアンドプッシュ、ダブルタッチという鮮やかな複合技で二人目も躱す。

 

「こい、青葉!! 俺に渡せ!!」

 

「青葉ッ!!」

 

高瀬と的場が吠える。静名の選手は青葉であろうと要求する二人の選手の胆力に驚く。

 

————それを許しているのかよ、青葉は————

 

————これ以上は————他の奴らをマークしろ!

 

そして、最後尾のセンターバックがこれ以上は進ませないとシュートコースを消しながら進む。PA内では、ファウルで止められないからだ。

 

 

「え———これ、は———っ!?」

 

スピードに乗った状態からの駆のヴァニシング・ターン。青葉のフェイントはトリッキーさではなく動きのキレで勝負するものではあったが、センターバックを縦に突破していく。

 

「三人目も抜いた!!」

 

「いっけぇぇ! 青葉!!」

 

声援を送る美島と群咲。鮮やかなドリブルフェイント、スピードだけではないと再確認させる、青葉の衝撃的なプレー。

 

 

『ニアサイド叩き込んだァァァ!! 江ノ島追加点!! 決めたのは背番号7! イースト東京ユナイテッドに内定が決まった江ノ島不動のエース! 宮水青葉!!』

 

『難しいコースですね。角度のないところからあそこに叩き込めるシュートコントロール。さすがですよ、彼は』

 

 

そして、応援スタンドへと駆け寄り、ガッツポーズをして見せる青葉。

 

 

————青葉ッ!! 青葉ッ!! 青葉ッ!! 青葉ッ!!

 

 

そんなピッチの様子を見ていた羽田は、その光景から目を離すことが出来ない。騒がれるほどの実績を残す選手なのかと、僅かばかりに疑っていた自分を責めたくなった。

 

 

とんでもないプレーの数々。高校レベルどころか、リーグ・ジャパンでも抜きんでるであろう突破力。

 

盟友逢沢駆のプレーすら会得する器用さ。何をするか分からないトリッキーなプレー。

 

そして—————

 

 

「なっ!?」

 

 

羽田はまたしても衝撃を受ける。それはまるで、世界最高峰のサイドアタッカー、ドイツ強豪に所属する彼さながらの—————

 

 

『荒木からのサイドチェンジ! ワントラップではたきます!』

 

 

荒木が三列目から前に出てのパスワーク。逢沢の囮になる動きでスペースを作り出し、彼につられた場所が空白になったのだ。

 

そのスペースを使い、的場とのワンツーパスで逆サイドにはたいた先にいるのは青葉。

 

『さぁ、宮水だ、宮水切り込んで、狙ったぁァァァぁ!!! ファーサイドに突き刺すミドルシュート!! 江ノ島追加点!! 宮水青葉、今日2点目!!』

 

『小刻みなフェイントで距離を作りながらのボールの置き所。そして、その距離からでも狙えるシュート力。完璧でしたね』

 

 

右サイドは好きにさせないという、青葉のこれでもかというプレーに、会場が湧く。

 

 

そして、その様子をテレビの向こう側から見ていたETUの面々はというと、

 

 

「凄いな、今のは—————うちの選手でも、王子以外に出来る選手はいないだろう」

前田副GMは、1点目もそうだが、青葉の衝撃的なプレーに目を奪われていた。

 

「————合流前からハードルが高くなっていきそうだ。この選手が来るのか————」

 

永田会長は、青葉のプレーを見て達海を思い出さずにはいられなかった。否、達海のような選手といえるのは、プレースタイルが似ている逢沢駆だろう。

 

 

ボールを難なく繋ぎ、味方のチャンスメイクをしたと思えば、

 

『セカンドボールダイレクトぉぉぉぉ!! 決めたァァァぁ!!! こぼれ球は逃さない! 江ノ島の新10番、逢沢駆!! 初得点!!』

 

ゴール前での決定的な場面で姿を現す。もはや勝負はついたと言っていいだろう。前半で今度は5点。静名の勝率は限りなく低い。

 

何より勢いが違い過ぎる。

 

「—————ふぅん。凄い選手だねぇ。よくこんな選手釣れたね、後藤ちゃん」

 

そして後藤のことをちゃん付で呼ぶ男は、不敵な笑みを浮かべ、青葉のプレーを見ていた。

 

「ああ。今でも不思議に思うさ。あの二人を呼べるとは思わなかったからな、達海」

 

「なるほど。戦力としては申し分ないな。シーズンを戦う体力があれば、レギュラー張れるレベルだね、これ」

 

達海は、特にそれほど二人のことを手放しで喜んでいるわけではなかった。

 

「けど、プロでどこまで自由にできるかが知りたいね、俺は」

 

淡々と、一選手としてしか見ていない。まだプロで戦っていない選手なのだ。計算に入れるのは時期尚早だ。

 

「だけど凄いんですよ、達海さん! 逢沢君なんか、この前のアジア大会でオーストラリア相手に2得点を決めたんですよ」

 

 

「でも有里ちゃん、日本負けたじゃん。チームを勝利に導けなかったら、意味ないよ。あいつがいいプレーをしているのは認めるけどさ」

 

 

そして静名に死体蹴りのような高速カウンターを行う江ノ島。コーナーキックのクロスボールを紅林が、キャッチした瞬間。

 

 

一斉に前線の4名が動き出していた。すでにゴールを決めた的場は下がっており、変わって入った夏目が縦に突進していく。

 

 

その周囲には、スタミナ自慢の逢沢と青葉、フィジカル自慢の高瀬がダッシュ。的を絞ることも出来ず、数的不利の静名は守備のしようがなく、カウンターが決まってしまう。

 

 

まるで海外サッカーのような高速カウンターに達海は目を見開く。

 

「おいおい。終盤のスピードじゃないだろ、あれ。なんて足をしてやがる」

 

 

明確な意思を持ったカウンター攻撃。まるで打ち合わせ通りのスイッチの切り替え。逆サイドには、左サイドで後半途中に投入された夏目が走りこんでいた。

 

—————こっちで出来る限り食い破る、駆っ!!

 

目で合図をする彼に対し、簡単にはたいた駆。中央を固め、失点を防ごうとする静名の守備をあざ笑うかのようなピッチを広く使う攻撃。

 

その時、ラインを下げさせていた高瀬がニアにボールを呼び込む動きをし、バイタルでもらう形を作る。

 

————分かっているな、高瀬、判断はお前が決めろ

 

青葉は逆サイドから走りこむ。いつでもセカンドボールを刈り取り、ダメ押しをする準備が出来ている。

 

 

そして夏目の速い球足のパスが高瀬へと——————

 

 

『スルーして!? 逢沢ぁぁァァァ!!!!! 高速カウンター完成!! 江ノ島のスピーディーな攻撃がスタジアムを魅せます!! 高瀬のスルーに、最後は逢沢がダイレクト!! 逢沢選手、これでハットトリック達成!!』

 

『周り見えていますねぇ。あのフィジカルであの視野の広さ。総体からかなり化けてきましたね』

 

 

逢沢のドフリーなシュートを演出した高瀬はアシスト級の働きを見せつけた。公式記録は夏目のアシストだが、誰が見てもゴールをお膳立てしたのは彼で間違いない。

 

 

—————高瀬君の背の高さは才能です。君には周りの選手とは違う景色が見えるはずだ

 

少し視線を上げれば、また違った未来と世界が見える。岩城監督の教えを守り抜いたうえでのさらなる成長を実感する。

 

逢沢と青葉がいない。だがそれでも自分がチームを引っ張るのだと宣言するかのような、ゴールに直結する動き。

 

 

そして、長い笛が鳴る———————

 

 

『ここで長いホイッスル!! 総体王者、江ノ島! 静岡代表静名高校を寄せ付けない完ぺきな試合運び!! 逢沢ハットトリックに、高瀬、宮水の複数得点に的場のゴール! 次戦は大会屈指のゴールキーパー遠野を擁する四日市実業との試合ですが、これ以上ない攻撃力を見せつけたでしょう』

 

 

『あれだけゴール前を崩されたら、守る方も厳しいでしょうね。如何にコンパクトに守り切るかが、四日市実業には求められるでしょう』

 

 

この大会は、この選手権は—————

 

 

サッカーファンにその才能を見せつけ、プロの門をたたくまでの前夜祭と化していた。

 

 

日本サッカーに新たな夜明けを齎す才能たちの競演。

 

カウントダウンとともに号砲は鳴り響く。

 

 

 

 

 




いつかのU20日本代表 IF


青葉「なんだかんだでU20に選ばれたか。名古屋戦と横浜戦が気がかりだな」

飛鳥「うちの守備陣は下がる傾向にあるからな。俺も何とか修正しようとしているが」

鷹匠「守備の課題がなくなったら、どうやってお前らに勝てばいいんだよ」

秋本「高い壁ほど乗り越え甲斐があるということだ」



窪田「みんな高校生に見えないよ・・・・」

幕張「うん。みんな我が強そうだよ」

????「欧州にも、あんなサイドアタッカーはいなかった。興味深いな、彼は。逆サイドから刮目させてもらう」


~選出漏れ~


逢沢「——————僕はまだ、弱い・・・・・」

美島「そ、そんなに思い詰めないで、駆・・・・」


高瀬「ダメ元でも、候補に名前だけは欲しかったなぁ」



江ノ島高校

一条「嘘だろ? 逢沢先輩が漏れた?」

青梅「選ばれたのは、宮水先輩と飛鳥選手・・・・やっぱり今夏海外移籍濃厚な選手相手だと、分が悪いのかな」

真鍋「・・・・けど、そんな選手と張り合って、メンバー入りを争えるのは凄いだろ? フローニンゲンの選手の控えとはいえ、実戦でいい動きしていたの、青葉先輩のほうだろ」

一条「(上には上がいる。だったら、とことん目指すだけだ。青葉さん直伝のドリブル理論を基本に、俺流のアレンジを加えるんだ・・・・!)」

矢沢「(最近、一条の奴仕掛けが早くなったな。くそっ、負けねぇぞ)」



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第三十七話 逆風こそ、汝の糧

神奈川の王者が止まらない。

 

圧倒的な力で静岡県代表を一蹴した江ノ島高校の報道は、日に日に増していく。しかし彼らには油断がない。報道陣も練習で無言を貫く有名選手たちの状態に難儀していた。

 

 

報道陣が集まる前で、練習をする江ノ島イレブン。しかし、岩城監督の指示の下、集中した状態で意識が入り込んでいるため、中々コメントを貰う機会がない。

 

「世代別の時はインタビューに応えてくれた、逢沢君ですらあれだからな」

 

「それを言うなら、変人の宮水もそうだな。世代別を断るとは、余程の怖いもの知らずだな。まあ、今までの実績から考えれば、飛び級でもおかしくないが」

 

 

報道陣の間でも噂になっている、宮水青葉が世代別の代表召集を拒否したという情報。日本サッカー協会は沈黙を貫いているが、彼ほどの実績のある選手が呼ばれないことに違和感を覚えていた。そして、何処からともなくこの噂が流れ始めた。

 

「ま、持田並に扱いの難しい選手であることは間違いなさそうですからね。とびぬけてはいますが」

 

「固い采配に定評のある剛田監督も、こういうタイプはあまり好きではないだろう」

 

そして現在の五輪代表を務める剛田監督の下では、不遜に思われても仕方のない彼が選ばれるのは難しいだろうと周囲は考えていた。

 

「しかし、得点力不足が叫ばれる日本代表の中で、あそこまで前で勝負できる選手は稀有じゃないですか? 相棒の逢沢選手とともに、サプライズ要因なら考えられますよ」

 

現在最終予選前の強化合宿、その先の強化試合でも守りには定評があるものの、イマイチパッとしない攻撃陣に刺激を与えるにはうってつけではないか。そう考える記者もいた。

 

 

「2年後はまだ17歳。そんな選手を代表に選ぶのはリスクが大きすぎやしないか?」

 

「実績を作るのに時間はかかるだろうな」

 

しかし年功序列、実績重視の日本では、彼が表舞台のスポットを浴びるには時期尚早ではないかという意見も存在していた。

 

その噂の渦中にあっても、宮水の勢いは止まらない。総体で見せた時よりもパワーアップした姿で、新たな武器、ロングシュートを手にしての凱旋。先のオーストラリア代表との試合でも、彼がいればという意見は根強い。

 

あの伝説のトップ下が認めたドリブラー。オーストラリアとの試合では5対0という考えられないスコアを演出して見せたメンバーの一人であり、無双状態であった。

 

ゆえに、イースト東京ユナイテッドはリスク覚悟で彼の獲得に動いた。

 

1年生にして、強化指定選手に選ばれることはあるのだ。

 

 

「岐阜の神童、江ノ島の攻撃を担う新進気鋭のドリブラー、か」

 

そんな中、彼に注目するサッカージャーナリストの藤澤という女性は、同世代とは雰囲気の異なる二人の選手に注目する記者の一人である。

 

————もともと宮水選手は意識の高さに定評はあったけれど、世代別ワールドカップ予選後の逢沢選手の雰囲気も、明らかに変わっているわね

 

静名高校戦で見せた力強さとダイナミックさ。トリッキーな動きとゴール前での決定的な動きが武器の彼を考えれば、この試合の高速カウンターは力強さという新たな一面を見せた。

 

何が何でも得点を奪うという、意識の高さ。宮水が新たな武器を会得したのと同じように、逢沢選手も今大会で一皮むける可能性は大いにある。

 

————ETUは今オフ、補強に話題作りに忙しいわね。有力選手3名の補強に、達海猛への監督オファー。

 

オフシーズンの主役の座を確固たるものにしたと言っていいだろう。

 

————まずは監督ね。見どころのある人物なら、今シーズンの時間はくれてやってもいいかもね

 

 

 

そして江ノ島高校は次の相手、四日市実業高校戦の最終ミーティングを行っていた。

 

「以前と違うのは、キーパーとして遠野選手がいることです。しかし、キーパー一人では試合の流れを変えられるかもしれませんが、勝敗を手繰り寄せるまでは厳しいでしょう」

 

相手を意識し、逆に硬くなればシュート精度は落ちてしまう。ならば、普通に自然体で迎え撃つのがベターといえる。

 

「僕が言いたいのは、世代ナンバーワンのキーパーを相手に、意識しないほうがいいということです。有名になればなるほど、実績は積まれていきます。それだけの実力があることは確かでしょう。しかし、我々のサッカーが出来れば超えられない壁ではありません」

 

 

「総体の時と同じく、左サイドバックの当真選手への対応は宮水君に。スピード勝負ならチーム随一のスピードスターにお願いします。ですから、右サイドハーフで出場してください」

 

 

「あの時とは違うけど、それはお互いに言えること。勝ちを譲る気はありませんよ」

 

当真選手とのマッチアップとなる青葉は、望むこところだと息巻く。適材適所、彼を潰すには自分が行くしかないと考えていた。

 

「真ん中にはボランチの海堂選手がいます。恐らく中盤はつぶし合いになると思いますので、ダブルボランチには荒木君、堀川君でお願いします」

 

「おっしゃ、任せろ。何度でもチャンスメイクしてやんよ」

 

「うししし、芽は早めに潰すに限る」

 

パサーとしても、ドリブラーとしても有能な荒木を中盤の底に、その相方としてディフェンスに定評のある堀川を配置。

 

「織田君には、後半から折を見て投入するので、心の準備だけはしておくように」

 

「わかりました」

 

スタメンではないが、切り札的な存在ということで、表情には出さない織田。しかし内心悔しいものがある。

 

—————俺に足りないのは推進力か。前にボールを直接運ぶ力

 

 

「守備のほうは前回のミーティング通り、海王寺君と錦織君のセンターバックでお願いします。左サイドは桜井君、右サイドは八雲君」

 

「うっす」

 

「はいっ」

 

「わかりました!」

 

「また青葉とコンビか。滾るぜ」

 

それぞれが闘志と特別な想いを口にする一同。特に八雲はコンビ再結成と合って、明らかに顔が綻んでいた。

 

「左サイドハーフは兵藤君に。センターフォワードは高瀬君。キーパーは李君。復帰戦がいきなりの大舞台ですが、よろしいですね?」

 

今回のカンフル剤、李秋俊。紅林に長らくスタメンの座どころか、選手権ではベンチ入りすらできない日々が続いていたが、本大会でついに復帰。

 

怪我しがちな体質で、素質は十二分といわれていた男の復活。全国クラスのシュートストップとロングフィードが武器だ。

 

選手権予選開幕直後ではあったが、練習でのアピールでは、実績のある紅林に水をあけられた状態だったため、スタメンは遠かったのだ。

 

だが、かつてのシュートストップを取り戻した彼は、その場所に舞い戻った。

 

「上手く中盤とサイドのバランスを取れってことですね、監督」

 

「ええ。兵藤君には、右からの攻撃が活性化する分、隙になり得る逆サイドのケアが最大のミッションです。ポジションチェンジでそちらに来ることも予想されるので、桜井君とともに我慢の時間が続きます」

 

兵藤も器用さを活かしたユーティリティを自覚している。青葉という尖った存在をリスクなしで運用するには、代価も必要となる。フォアザチームの精神が試される役回りにおいて、彼ほどの選手はそうはいない。

 

「俺がこじ開けて、試合を楽にしてやりますよ、監督」

 

そして空中要塞高瀬。自慢の打点の高さとパワフルなプレーで、遠野の牙城は自分が崩すと宣言。前線での体を張ったプレーが求められる。

 

「ブランクはあるが、止めるだけの準備はしてきたつもりだ。任せてくれ」

 

後に、この試合が李にとってのターニングポイントとなる。その為の努力を魅せる時だと自他ともに感じていた。

 

「そして、トップ下は逢沢君。よろしくお願いします。今回はサイド攻撃のサポートが中心になります。しかし、撃てるタイミングでは撃ってください。遠目からシュートで終わらせること、これが今回は重要になることもあります」

 

「半端なシュートでは止められるということですよね。せめて手を弾くだけの威力があれば、と考えておきます」

 

駆も岩城の言いたいことを理解していた。遠野がキャッチした瞬間に下がり目の位置でプレーしていた四日市のエース、若宮が縦に仕掛けることが想定されるためだ。

 

 

GK 16番 李

LSB 2番 桜井

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 7番 荒木

CMF12番 堀川

LMF11番 兵藤

RMF 8番 宮水

OMF 10番 逢沢

CFW 9番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)1番 紅林、19番林葉、(DF)15番 中塚、5番 三上、17番 藤田(MF)6番 織田 20番夏目、18番 的場(FW),13番 火野

 

 

—————セカンドプランとして、青葉君が攻撃に専念できるよう、中塚君というピースもそろった

 

 

試合終盤でのポジションチェンジ。そのスイッチになるのは中塚だった。青葉に次ぐ俊足の持ち主で、課題でもあった足元の技術も最低限のレベルにまで上がってきた。

 

相変わらず、クロスの精度がイマイチ信用出来ないが、彼のクロスボールとは相性のいい駆が真ん中にいる。混戦になればチャンスを生み出せるだろう。

 

何より、当真選手に走り負けしない。それが重要だった。

 

————後半の頭での状況次第ですね、このプランは

 

 

 

そして試合当日。

 

 

『選手権大会も日程を消化し、3回戦。神奈川代表江ノ島高校と、三重代表の四日市実業高校の試合が始まります。大会屈指の有力選手を擁するチーム同士の激突ですが、見どころはどこでしょうか』

 

『やはり屈指の攻撃力を誇る江ノ島の矛と、遠野君という盾の激突ですね。最初の10分でどのような試合展開になるかは予想がつきそうですが』

 

 

『と、言いますと?』

 

 

『遠野君のシュートストップの技術は素晴らしいですが、やはり攻撃の厚みが出てくればそれは厳しくなります。四日市実業高校は、そうなる前に対応する必要があります。それが出来れば、江ノ島もあせり始めるでしょうから、チャンスはありますよ』

 

 

駒沢陸上競技場へと足を運んだのは、ETUの広報担当の永田有理と、一度彼の姿を見てみたいと珍しく口にした正GKの緑川であった。

 

元日本代表にして、長らく守護神として活躍していた彼は、現役生活の晩年を東京のクラブで過ごしていた。降格争いで最後の最後で粘れたのは、村越の統率力と緑川のシュートストップとピッチ内外での影響力だろう。

 

冷静沈着で、助言を求められる精神的支柱の彼が、ここまで注目する若手は早々いない。

 

「——————けど意外ですね。緑川さんが直接見たいって言うなんて」

 

有理は、彼の心を揺り動かした二人の選手のことで、彼がここまで感情的に動くとは想像できなかった。

 

「—————久しぶりに見た気がするのさ。サッカーが上手いのではなく、“強い選手”という存在を」

 

 

「強い選手と上手い選手って、何が違うんですか?」

 

有理はサッカーにそれほど詳しいというわけではない。ゆえに、その二つの違いの意味を測りかねていた。

 

「————チームを勝たせる存在。奴とつながりを持った選手は皆変わっていく。去年まで古豪の座に位置していたチームをここまで変貌させた」

 

 

「—————俺は入れ違いだった」

 

遠くを見るように、緑川は語る。

 

 

「日の丸を背負う立場で、ああいう存在がいたのだと、思い起こさせるほどの」

 

 

「緑川さん—————」

 

彼と入れ違いになった選手といえば、彼にそこまで言わせる存在など、たった一人しかいない。

 

—————達海さんの言葉が、あの時の言葉が信じられなかった。

 

かつての憧れ。強いETUの象徴だった元スターの偽りのない言葉だった。

 

————あいつらは俺を超える。どこまでも、世界の頂に近づける選手だ。

 

 

自分を虜にしたフットボーラー達海猛を超えるかもしれない少年、それがあの二人だと。

 

 

大人たちの思惑をよそに、試合開始が近づいていた。

 

 

 

 

ピッチには両イレブンが揃い、試合開始の笛が鳴らされる。互いにプロ注目の選手を擁する有力校同士の潰し合い。競技場は満員状態だった。

 

 

まず、前半は四日市ボールから始まる。

 

前半は江ノ島もそれほど前に出てこず、四日市にボール保持を許す形となっていた。

 

「—————」

 

海堂は迷っていた。左サイドでは当真がいつでも仕掛けられる体制を作ってはいるが、そこの近くには化け物がいる。

 

「——————」

 

ジョギングしながら常に位置を移動させ、当真とその一列前を警戒する右サイドのコンビ。八雲も厄介な選手であるため、迂闊に仕掛けることは出来ない。

 

 

そして、四日市イレブンは、守備の穴ともいえる荒木の場所からパスを通すことを試みるが、

 

「—————見えるんだよ。パスコースを作ればドンピシャだ」

 

荒木がここでインターセプト。パスコースを作り、通す技術を誇る彼は、同時に相手のパスコースを誘導することも、予測する技術も水準を超えた正確性を備えていた。

 

未来予知のような上等なものではないが、長年の勘と経験が為せる荒木のスキル。

 

その動きに反応したのは、コンビを組んでいる堀川。

 

『荒木パスカットから————堀川が一気にスピードアップ!!』

 

守備的ボランチであった彼の縦への仕掛け。積極的な攻撃参加はもはや恒例である。前のめりになっていた四日市イレブンは、慣れない立ち上がりのパターンで戸惑いを隠せない。

 

さらに、

 

「堀さん!」

 

中に絞る動きを見せたのは宮水。距離感を狭めることで細かなパスを生み出すことを狙い、逢沢もその動きに連動していく。

 

宮水が逢沢の前を通り、逢沢の方は青葉とは逆方向へと動き始める。ダイアゴナルの動きを生み出した二人の仕掛け。四日市は当然この二人という脅威を止めるために集中する。

 

「戻せっ!」

 

しかし堀川がここで横パスしてスイッチ。距離を取りながら駆と程よい位置にまで移動し、

 

荒木はその先にある四日市陣内のパスコースを見つけていた。

 

『あっとダイレクトでサイドへ!! 走りこんでいたのは八雲だ!!』

 

中に絞った青葉が抜けたスペースに、八雲が現れたのだ。サイドバックのオーバーラップ。しかしそれに追従するどころか、迫りつつある存在がいた。

 

「行かせるかッ!!」

 

江ノ島のミーティングでも脅威と認識されていた当真である。チーム随一の俊足で、その速さは中塚に若干劣るレベルであるが、それでも危険な選手であることに変わりはない。

 

 

『荒木からのスルーパス、身を挺してクリア!! 当真選手の見事なカットでピンチを摘み取ります!』

 

『上手い崩しでしたが、当真選手の足が勝りましたね』

 

 

「くっ、やっぱ速いな」

 

悔しがる八雲だが、ある程度予想できていたことでもあった。この食いつきを見る限り、相当にこちらのコンビネーションを警戒しているのが分かる。

 

スローイングは荒木。堀川はセンターサークル付近まで戻っており、リスク管理を担っていた。

 

「スピードに乗る前ならば!!」

 

スローイングの先にいたのは青葉。マッチアップするのは当然当真。

 

「——————」

 

当真を背に、ボールキープする青葉だが、中々抜けない。そのままサイドのライン際に追い詰められてしまう。が、ダブルタッチからの抜け出しを試みた——————

 

 

「っ!?」

 

ダブルタッチのファーストタッチからの加速がなかったのだ。当然ダブルタッチは不発。しかし、ボディフェイントにつられた当真の姿勢が崩れる。

 

そしてまるで背中に目があるかのようにボールをトラップし、トラップと同時に切り返しで中への突破を許してしまったのだ。

 

イレギュラー染みた、日本人選手らしからぬフェイント。そこからの人間離れした加速力が四日市陣内を切り裂く。

 

『ああっとここで見事な切り返し!! 宮水抜けたァァァ!!』

 

そして、狙いを定めたディフェンダーに突っ込んでいく青葉。連携など許さないと言わんばかりに一人ずつ潰しにかかる。

 

「!?」

 

普通、ディフェンダーの方向へと向かうドリブラーはいない。むしろ遠ざかり、スペースとドリブルエリアの方へと向かうのが定石だ。

 

しかし、連携されてブロックを作り出される前で、逃げ場を許さない個の勝負を持ち掛ける。

 

そのあまりの徹底ぶりと早さで、四日市イレブンも後手に回り、彼の試みを許してしまう。

 

—————止めてやる!! ここで止めたらカウン————あぁッ!?

 

連続シザースから加速、ロールバッグ—————からの

 

 

サイド側へのドラッグシザースのまた抜き。簡単にまた下を開かされ、ボールを通されてしまう。そして反応した瞬間に————

 

「あっ」

 

膝が崩れ、まるで首を垂れるかのように膝をついてしまう。

 

 

そしてそこからの再度からのゴール前へのドリブル。この密集地帯で青葉が選択したのは————

 

 

—————駆っ!

 

駆へのマイナスのクロスボール。そのグランダーのスピードボールをトラップした駆は、ツータッチ目で襲い掛かるプレスをあざ笑うかのように、ノールックでヒールパス。

 

 

ここで駆は時間をずらしたのだ。スルーならば当然遠野は計算していた。それならば、しっかりと三人目の動きを見られていた。

 

が、それでは足りない。自分が————二人目の動きが囮となるにはどうすればいいのか。

 

 

それはイレギュラーと思われるようなトリッキーな動き。セオリーではない動きこそが、ミスを呼ぶ。

 

 

事実、トラップした駆に視線が集中する。そして早いモーションでのプレスを受ける前の早業。

 

 

しかし、“3列目の荒木”はそれでも手ぬるいと考えていた。

 

 

ここから駆がお膳立てしたボールを蹴りこむ。それでも足りない。遠野という化け物は反応してくるだろうと。

 

————なら、“絶対に届かないボール”ならどうだ!?

 

 

ふわりと浮かせたハイボール。正確なキックがゴール前の上空へ。そこへ反応する遠野だが、自分の見上げる視界に、巨大な影が見えた。

 

 

「—————ッ!!」

 

 

江ノ島の空中要塞高瀬。超人ゴールキーパーの遠野とはいえ、先にシュート態勢に入り、なおかつ身長で負けている相手との競り合い。

 

 

さらに言えば、高瀬は生粋のバスケ選手でもあった。身体能力は折り紙付き。その跳躍力も、ダンクシュートを容易く決められるほどのものだ。

 

 

つまり何が言いたいのかというと——————

 

 

『キーパー出ているッ!! しかし、その上ぇぇぇぇぇ!!』

 

実況の絶叫とともに、打点の高い高瀬のヘディングシュートが、遠野の牙城を崩したのだ。

 

 

今大会無失点を誇る鉄壁の守りが、空からの侵略者によって陥落した。

 

『前半15分!! 江ノ島先制!! 決めたのは江ノ島の空中要塞、高瀬!! とんでもなく高い打点のヘディングシュートでしたね!』

 

 

『荒木君のハイボールに誰よりも速く反応していたのは彼ですからね。遠野君も一歩遅れましたが紙一重でした。しかし、打点の高さを考えれば、止められたかどうか————』

 

 

跳躍の限界値にいち早く到達できるバネの様な足。そしてその滞空時間。遠野にはなくて、高瀬には備わっている武器でもあった。

 

「おっしゃぁぁぁ!! やってやったぞ!!」

 

「ああ、見てやったぞ、この野郎!!」

 

ハイタッチを交わす高瀬と荒木。そこへ駆と青葉もやってくる。

 

「—————これを止められたら攻め方を考える必要があったが、駆の動きで一瞬迷いが生まれたな」

 

呆然とする遠野を見て、青葉は冷静なコメントを残す。

 

「なんにせよ、あくどい動きが出来るようになったよなぁ、駆も。自分に視線を集中させるなんて、なんて奴だ」

 

 

「え、えぇぇぇ!? あくどいなんて。荒木さんのお膳立てをしたいなぁと思って、徹底的にと思ったんですけど」

慌てて弁明する駆だが、柔らかな言動とは裏腹に、言っている内容は物騒なものだった。

 

「こいつ無自覚かよ」

 

ジト目でアシストを達成した荒木がつぶやいた。

 

「なんにせよ、これで先制点。もう一点取って突き放すぞ」

 

青葉はそんなイレブンに喝を入れるべく、追加点を狙うよう呼び掛ける。

 

「ああ。一点ぐらいで浮かれるつもりはねぇよ」

 

「勿論。僕も決めたいからね」

 

「ハット決めさせてください荒木先輩! この試合で複数得点を決めれば————」

 

「————もてる男はつらいねぇ」

 

俄然活気づく江ノ島攻撃陣。飢えた狼の如く、前半は四日市実業へと襲い掛かることになる。

 

 

そして決められた遠野はというと

 

「—————くそっ、与えちゃいけなかったのに—————」

 

日本国内で圧倒しなければ、オーストラリアには勝てない。そう考えていた矢先のことだった。

 

「まだだっ!! 気を抜くな!! 江ノ島は手を抜いては来ないぞ!!」

 

「ならカウンターだって可能なはずだ!! 取り返すぞ!!」

 

四日市実業は負けている展開でも折れない。遠野の牙城は崩れたが、それでも負けたわけではないのだ。

 

「総体の借りを返すのは、今しかない。俺は勝ちたいんだ、あの男にッ!」

 

当真は睨みつけるように青葉の背中を見る。総体では力の差を思い知らされ、世代別代表を蹴った噂のある彼に嫉妬していた。

 

自分が求めている者を、平気で捨てられる人間には負けたくない。

 

そして四日市実業は果敢に攻めるも、ことごとく最後の二歩手前程で攻撃を寸断される。

 

 

「シュートで終われってことだろ!! 組み立ててやんよ!」

 

 

セカンドボールを拾った荒木のロングフィード。走りこむのは意表をついての逆サイド。つまり兵藤の方だ。

 

『ああっと逆サイド広く空いていた!! 兵藤が縦に仕掛ける!!』

 

 

完全に抜け出した兵藤のドリブル。当然四日市イレブンは戻る。遠野を信用していないわけではないが、立て続けに一対一を作るわけにはいかない。

 

「こいつら、俺らと同等以上の速さかよ!?」

 

 

高瀬を除く二列目の選手全員のスイッチが入っていたのだ。駆は勿論、青葉が並走しながら兵藤のサポートに回る。競り合いにも青葉は負けず、駆は常に体の入れ方を変えながら、相手の足を消耗させていく。

 

 

 

————常に位置取りを変化させやがって! すばしっこい!

 

 

————くそっ、パスコースが!!

 

そのままバイタルエリアに侵入する江ノ島の二列目攻撃陣。対する四日市は4人。

 

 

兵藤から逢沢への横パス。やはりそれは想定していたのかプレスが早く、駆はサイドに逃れるために、左足でロールしながらダブルタッチの構えを取る。

 

しかしその動作の最中、駆のアウトサイドでの横パスへと動きが変わり、一番渡ってはならない男にパスが通ってしまう。

 

 

「「!?」」

 

駆に張り付いていた選手は振り切られ、青葉のマークについていた選手は距離を詰める。が、転がり込んでくるボールを、バックした青葉が僅かに早く、逆足でトラップしてしまったのだ。

 

————やばい、コースがっ!!

 

 

このままでは打たれる、それだけは阻止しなければならない。さらに接近してプレスをかけるが、擦れ違いざまに青葉に躱されてしまう。

 

————な、んで—————

 

なぜ自分の方向へと突き進んだ? なぜ遠ざかる動きをしなかった?

 

まるで、彼がこちらに来る間合いを見切ったかのようなダブルタッチ。居合にも似た鋭さで切り伏せた青葉がPA内へと侵入し、左足を振り抜いたのだ。

 

 

「!?」

 

しかし、振り抜いたシュートは遠野がはじいていた。やや目を見開く青葉。そして、苦し紛れの体の投げだし方をした遠野は荒い息で、ボールを見据える。

 

 

『キーパーファインセーブ!! 宮水のシュートはゴールならず!!』

 

『いい反応でした。普通は入っていると思いますが、これには宮水君も驚いたでしょう』

 

 

—————あの至近距離、少し体から遠すぎたか。

 

コースを狙い過ぎて、“遠野の体から遠ざかって”いた。それが止められた原因だと青葉は悟る。手足の長い彼ならば、反応の良い彼ならば、これは止められてしまうと思い知らされた。

 

 

ボールはラインを割り、コーナーキックへと辛くも逃れた四日市。しかしピンチは続く。

 

「俺に来い!! また叩き込んでやる!!」

 

しかし、今度は飛ぶ前からモテモテの高瀬。二人掛かりでマークをされており、離陸が思うようにできない状態だった。

 

 

—————今度は決めろよ、

 

荒木はここで高さのある高瀬を捨てて、ショートコーナー。八雲にボールを預け、その八雲がカットイン。

 

————お前が決めてこそ、だろ。俺らのエースはお前だ!

 

 

そして八雲は、カットインに合わせてボールウォッチャーになった選手のエリアに侵入し、マークを外していた青葉を見つける。

 

迷うことなく八雲は青葉へのパスを選択。青葉のマークが外れていることに気づいた、四日市の選手が距離を詰めるが、

 

————体を入れられた!? まずいっ!!

 

そのマッチアップの相手、海堂は先にボールに触り、なおかつコースに体を入れられた青葉に振り切られる。何とかこの狭いエリアの中でボールを奪い取ろうとするが、

 

『ワントラップから振り抜いたァァァっぁ!! 突き刺しましたッ!!! 江ノ島ここで追加点!! 八雲からのラストパス! ワントラップで前に運んでからの強烈なシュート! 守護神遠野も手を伸ばしましたが、届きませんでした!』

 

 

「—————っ」

 

遠野の目には見えなかった。あまりにも速い超速シュート。恐らく時速100キロは間違いなく超えているだろう弾丸シュートは、日本の環境ではお目にかかれない。

 

 

しかもコースは、遠野の肩口の上を狙った絶妙なコース。これにはもうお手上げだ。

 

 

—————これが、ブラジルを倒し、オーストラリアの黄金世代を過去に倒した、世代別代表のエース、なのかよ

 

 

『前半28分! 江ノ島のドリブラー、宮水の追加点で点差を2点に広げます! すごいシュートでしたね』

 

『トラップから何から何まですべて計算されていましたね。迷いがなかった。わずか数秒のボール保持から、速いモーションでのシュート。これは止めるほうが難しいです』

 

 

強烈なシュートを浴び、四日市実業にとっては重い重い失点。前半が終了するまで、彼らの動きは明らかに本来のベストフォームではなかった。

 

しかし、青葉が守備に比重を置いたことで攻撃が全く通らなくなった分、遠野がかろうじて止められる範囲での攻撃の強度に落ちた江ノ島。ただ、2点リードされてからの四日市には覇気がなく、江ノ島も流し始めているかのような自陣内でのボール回しで、機を見て窺うシーンが増えていく。

 

前半の早々では保持率で大きく水をあけられていた江ノ島ではあったが、終了間際では完全に逆転しており、理想的な時間の使い方で相手の自滅を窺っているのだ。

 

『前半ここでホイッスル!! 堅守が武器の四日市実業がついに失点! 江ノ島の攻撃力はやはり止められない! 後半から四日市イレブンは立ち直れるのか?』

 

 

要でもあった遠野という分厚い壁を突破され、守備に力を入れ始めた江ノ島を突破する難しいミッションを突きつけられた。

 

 

その試合を見ていた他校はというと——————

 

 

「普通に点を取っているんだけど—————あのキーパーのシュートストップですら止められないのかよ」

 

 

「宮水のゴールシーン見たか? あれ何キロ出ているんだ?」

 

「非公式だが、124キロらしいぞ。さっきゴール前にいる人のアップ写真に数値が————日本人なのかよ、あいつ」

 

「しかもあんまり助走付けてない状態だろ? ははは、おかしいだろ」

 

 

そして、2戦連発となり、高瀬と並ぶ得点ランキングトップタイに躍り出ている宮水を見ていたETUの面々は、そのシュート力に度肝を抜く。

 

「とんでもないシュート、だな。俺が現役のころでは早々お目にかかれないほどの———」

 

後藤GMは、とんでもないものを見たという表情でつぶやいた。

 

「—————まだ希望があった四日市イレブンの闘志を打ち砕く—————あのシュート、なんだか夏木選手を彷彿とさせるなぁ」

 

「確かに、奴はスーパーゴールを決めるのが得意だからな。似ていると思うのは仕方のないことだ」

 

栗澤スカウトは、宮水のゴールを見て夏木のようなパワフルさを感じた後藤の感想を肯定しつつも、

 

「—————正直、誰の影も見えなかったよ。今までの日本人にはいなかった、ミドルシューターにして、ドリブラー。まるで南米の選手のようだ」

 

開幕前のキャンプが楽しみに思えて仕方がない。これでサイドアタッカーの層、というより二列目の競争はさらに激化していくだろう。

 

 

「——————俺としては、三列目も面白いと思うなぁ。ボールを前に運ぶ推進力。このチームに一番足りないのは、ビルドアップできる人材だ」

 

 

走るサッカーを目指す達海にとって、青葉の脚力は稀有なものに見えた。パスセンスも悪くなく、クロスの精度は折り紙付き。

 

個の力も同世代を圧倒しており、中盤に置きたい選手でもある。何よりキープ力に優れる彼は、かゆいところ、チームの苦しい場所にフィットしてしまう。

 

—————器用すぎるのも考え物だな。起用法は固定しといたほうがいいか?

 

何でもできるということは、それだけ仕事量が多いということだ。16歳に任せていいものではない。

 

—————不満に思うだろうが、過密な出場はNGだな

 

主力選手になり得るかもしれないが、過密な連続出場はさせるわけにはいかない。そんな考えが達海の脳裏に浮かんでいた。

 

 




いつかの江ノ島if


青梅「くっ、また負けた—————」

中塚「ハハハハ!!! スプリントならまだまだ!! 青葉に比べれば温すぎるぜ」


真壁「なんで躊躇いもなくあそこまで前に出られるんだ・・・・」

堀川「首を頻繁に振らない選手は中盤は出来ねぇし。ちゃんと周り見てる?」


矢沢「きっつ・・・・なんつうタックルだ・・・・練習だろ、これ?」


織田「いい感じだ、一条!! スプリントするときは迷うなよ! 意図を持ってプレーしろ。そうすれば仲間はそれを感じ取ってくれる」

一条「やっば、俺のイメージ通りにボールが来る。あいつも来ればよかったのになぁ」


武智「誰でもいいから俺の鍛え上げた腹筋を見るがいい!!」

アンナ「キャァァァァァ!!!! 変態ィィィィ!!!」

優希「アンナちゃん、汚物を見ちゃダメ!!」

織田「そこに直れ、武智ィィィィ!!!」


夏目「荒木さんがまともになったと思えば、次は後輩君かぁ」

荒木「おい、昔はダメだったみたいな話をすんじゃねぇ!!」

兵藤「アザラシ君になるなよ? まじで頼むぞ、荒木」

荒木「・・・・・・」



一条「・・・・・キャラの濃さは、一生追いつけないかも」

青葉「気にするな。お前はそのままのお前でいてくれ」



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第三十八話 プロの眼差し

前半が終了した江ノ島対四日市の試合。切れ味を増す青葉のドリブルを止めることが出来ず、右サイドでの組み立てが必然的に増していく。

 

マッチアップする当真は俊足のサイドバックであり、超高校級に次ぐレベルの実力者ではあるが、青葉の間合いに侵入することが出来ない。

 

 

—————くそっ、動かなければ振り切られる————

 

しかし、下手に動けばそれこそ簡単に躱されてしまう。また抜きを容易に狙うような選手だ。警戒はしておかなければならないし、加速させれば一気にゴール前まで持っていかれてしまう。

 

 

 

そしてまたしても、空踏みからのダブルタッチのフェイクに釣られ、ヴァニシング・ターンでの中へのカットインを仕掛けられてしまい、当真は青葉の突破を許してしまう。

 

縦への突破の際、青葉はボールを持っておらず、ボールも青葉の進行方向へと流れていくので、ファウルで止めることもできない。サイド際という壁を利用した青葉の仕掛けは、当真からは冷静さを奪う。

 

 

—————レベルが、違い過ぎる——————

 

瞬間的な膂力は勿論、間合いの測り方、視野の広さ。その全てにおいて、自分は青葉に負けていると思い知らされてしまった当真。

 

「これ以上行かせるかァァァ!」

 

しかし当真のフォローに海堂が接近していたのだ。当真を抜けきった無防備な状態の青葉からボールを奪いカウンター。それを狙っていたが、

 

「ぐっ、この!?」

 

 

背中を海堂に向けながらボールキープし、そのフィジカルで跳ね返す青葉。

 

————こいつのフィジカルは並ではないって理解していたはずだ、くっそぉぉぉ!!

 

スピードだけの男ではないのが厄介なところなのだ。彼という選手は。

 

互いにぶつかり反発しあった反動を利用し、さらに加速する青葉。単純な脚力では海堂では追い付けない。

 

ゆえに、青葉はこれ以上の小細工を使用する必要もなかった。

 

————まだ、ドリブルには改良の余地があるな。

 

体を当て、反動で加速する。それも体の上手い使い方だろう。しかしそれに頼り切るようでは先がない。

 

理想は、相手に触れられることのない躱し方。1人、2人ならばいつでも躱せるぞという自信。

 

—————もっとドリブルを極めるには—————

 

 

そう考えながら、PA付近まで切り込んだ青葉。ここで必要になるのはセオリーをやや度外視した厳しいプレー。

 

 

—————楔になれば十分だ、高瀬

 

————本気かよ、青葉

 

 

容赦のない球足の速いボールを高瀬の足元へと通す青葉。とてもパスとは思えないスピードで、四日市の選手は一瞬シュートと勘違いした。

 

 

 

そして、高瀬もまたこのパスを自分へのラストパスではないと理解していた。なぜなら近くに“彼”がいるからだ。

 

高瀬へのラストパスに反応する四日市の選手たち。ずれが生まれる。

 

 

—————まあ、決めたいよな、普通は

 

 

青葉からのやさしさの欠片もないパスをダイレクトでトラップした高瀬は、アウトサイドで大きくボールを弾く。そしてそのまま自分は走りこんでいく。

 

ボールと高瀬。二つの脅威に分断され、視界が分散する。一瞬の判断の迷い。そして、それを分かっていた者との決して埋められないズレ。

 

逢沢駆の左足がその刹那、四日市のゴールネットを揺らしたのだった。

 

 

またしても一瞬の出来事だった。2秒にも満たない青葉からのキーパスからの失点。高瀬の動きは明らかにラストパスを貰う動きだった。その動きに視線が集中し、高瀬のトリックプレーに視線が分散し、遠野の推測を超えていた。

 

何とか反応した遠野ではあったが、手を動かすことが精いっぱい。

 

————この感じ、まるで南米の攻めを思わせるな、これ————

 

明らかに気落ちし、自分が今までやられてきた攻めを許してしまったことを悔いる遠野。世界のトップレベル

 

 

まるで、いつでも崩せると言わんばかりの雰囲気。もっとシンプルに言えば、嘗められていたと悟らせるには十分な試合展開。

 

世代別代表のアルゼンチンにやられたあの頃を思い出す。

 

 

『逢沢叩き込んだぁぁっぁあ!! 一瞬の隙を見逃しません!! これで得点ランキング単独トップに躍り出ました!! 今大会4得点目!』

 

『高瀬君の落としもすごかったですねぇ。ラストパスを貰う動きと思わせてのラストパス。そして、逢沢君への落とし。さすがのポストプレーでしたね』

 

 

『後半7分、江ノ島ダメ押しの得点で3点リード!! 厳しくなったか、四日市実業!』

 

 

その後は後半途中に青葉に代わって中塚が入り、当真の足を止める。

 

「青葉じゃなくて悪いねぇ!」

 

「くそっ!」

 

韋駄天勝負では完全に負けている当真は、この下手糞な選手を前にして攻め切ることが出来ない。

 

 

 

さらに、二枚目のカード、織田が荒木に代わり出場。試合のクローザーを任せられた、時間を使う落ち着いたプレーを披露する。

 

そしてその意図を理解した逢沢もそのプレーメーキングに参加し、海堂は走らされ続けるだけとなっていた。

 

—————ボールが、奪えねぇ

 

逢沢は流し気味のプレー。宮水は既に退いている。屈辱といっていい采配だ。しかし、次戦を見据えた江ノ島の策であり、それを許してしまったのは四日市だ。

 

そして、最後のカードは逢沢に代えて夏目というものであり、トップ下は兵藤、左サイドに夏目が入ることになったのだ。

 

 

有効な戦術を見出すことが出来ないまま四日市は時間を浪費することを強いられ、遠野の攻撃参加を最後の最後に突かれることになる。

 

「!?」

 

コーナーからの遠野の強烈なヘディングシュートを李が難なくキャッチ。シュートストップに定評のある彼は、そのまま攻撃に頭を切り替えていた。そして、李にボールを取られたという状況に顔を青くする遠野と、四日市イレブン。

 

 

『ああっと李キャッチ!! そのままスローイング!! 後半途中出場の夏目が走りこんでいる!!』

 

四日市のゴール前は無人。守護神遠野も存在しない。完全に前を向いた夏目を阻む存在はいなかった。

 

 

『自陣からの独走で押し込むゥゥゥぅ!!! さらにダメ押し!! 試合終了間際!! 夏目のゴールで4点差!! 決定打、とどめを刺したと言っていいでしょう!!』

 

 

『3点目ですでに厳しいものでしたが—————容赦ないなぁ』

 

勝利というラインを完全に超えており、何のために走っているのかが分からなくなる。

 

しかし、全国出場のチームは途中で折れることは許されない。

 

その答えは、来年出場を目指すであろう後輩に情けない姿を見せないというプライドである。

 

そのままタイムアップ、長いホイッスルが鳴り響くのだった。

 

————半端なく強いぜ。江ノ島

 

四点差を決められ、数多のシュートを浴びた遠野は心中穏やかであった。

 

—————お前は、あの敗戦を糧に、さらに成長したんだな、駆

 

オーストラリア戦での敗戦が、さらに駆を強くした。あそこまで劇的に変われるだろうか、あそこまでの向上心を持っていたのか。

 

 

そして、自分のプレーに満足していないのか、笑みすら見せず、ベンチへと下がる青葉の姿。恐らく自分が考えもつかない課題を感じ取っているのだろう。

 

—————今は同じステージにいると思ってねぇからな

 

きっと、高校レベルだった自分はプロの壁を痛感するだろう。しかし、自分たちは通用するのだと勇気を貰える存在でもあるのだ。

 

あの二人が先頭を走っていれば。

 

 

「—————負けたぜ。あの試合にお前がいれば勝っていたって予感が、確信に変わった。同世代で止められる奴がいるのかよ?」

 

「—————俺が知らないだけで、きっといる。そう思って俺はプレーしている。慢心は毒だ」

 

遠野の言葉に青葉はなんでもなさそうに言う。己惚れるほど完ぺきとは言い難いと。

 

「—————というか、僕の技普通に使われているんだけど。いっぱい練習したんだけどなぁ、あれ」

 

駆はというと、自分の切り札をうまく活用する青葉に嫉妬するぐらいの元気を持っていた。しかし、口元はニヤニヤしており、本気でそう思っているわけではないらしい。

 

「まあな。ドリブルの概念を本能で理解しているお前とは違って、昔からの反復量が違う。基本を頭と体が理解して入れば、できないことはない。出来る奴は少ないが」

 

「なんだよ、それ~~」

ニヤニヤしながら教えてよ~、と強請る駆。試合後にな、と微笑んだ青葉の構図を見ていた遠野は、まるで兄弟のようだと思えた。

 

その他の選手はというと—————

 

「おし、2位タイなら望みはあるな。来年こそ指定選手に—————ッ」

 

「俺も卒業と同時にどっかに拾われねぇかなぁ」

 

「うむ。声をかけてくれるチームがあれば、だが————」

 

得点ランキング2位の高瀬は来年こそはと息巻いており、荒木と織田は卒業と同時にプロに行けないものかと先のことを考えていたりする。

 

 

そして、江ノ島の次の相手は総体決勝の相手、八千草高校に決定したのだった。

 

江ノ島勝利の裏側では、四日市の敗戦がある。総体でのレベルの差を痛感した当真は、選手権でその差を縮めたいと考えていた。

 

しかし青葉はより強靭な選手になり、遠野の牙城を崩すほどのシュートを身に着けていた。

 

個人でもチームでも何一つ勝てないまま、青葉のプロ入りを眺めることになったのだ。

 

「—————」

 

「————悔しいか、当真」

 

俯いたままの当真に対し、声をかける海堂。クロスの一つすら青葉が退くまで上げられなかった事実が重い。その全てが上げられる前に潰されるか、バックパスに逃れるほかがなかったという屈辱。

 

「—————あれがプロに選ばれる選手、なんすね————」

 

プロを目指しているはずだった。その間近にプロがいた。今後日本サッカーを引っ張っていく原石がいた。

 

「ああ。全日本に選ばれるな。このままいけば」

 

その背中が遠い。

 

「—————卒業まで残り2年————たった2年ですけど、プロの門をたたいて、追いかけます。その思いだけで、俺はまだまだ強くなります」

 

 

やらなければならないことがたくさんある。遠野は卒業後にワンダラーズに進み、プロの競争を勝ち抜かなければならない。

 

そんな環境に飛び込む前に何が必要なのか。

 

—————だが、その先でお前がいる舞台に辿り着けば、凄いことが出来るのかも、しれないな

 

 

そのレベルは遠いが、充実感はあるだろう。日本のサイドは脅威であると知らしめたら、どんなにいいだろう。

 

 

強敵と思われていた四日市実業の守備を打ち砕き、

 

 

選手権を無事に勝ち進む江ノ島高校。

 

 

宮水青葉の姉、三葉は弟の活躍に心を躍らせていた。現在彼女は三歳年下で東京の学生、立花瀧との遠距離恋愛中であり、公私ともに充実した生活を送っていた。

 

そんな彼女は受験戦争真っただ中であり、本来なら二次試験を控える身ではあったが、弟の雄姿をせめてテレビからでも見たいと願っていた。

 

「—————あんなにテレビに映って、青葉はすごいんやねぇ。これぞ宣伝効果? 写真映り良すぎひん?」

 

文句のように聞こえるが、彼女の顔はニコニコしたままであり、大事な弟が世間を驚かせていることが、どこか誇らしかった。

 

「まあ、東京でも青葉さんの話は凄いぞ。クラスの女子なんて、サインを貰えないかとか、握手したいとか、付き合いたいとか—————それに、東京のクラブにも内定が決まったし」

 

「ETU、っていうチームよね? あんまり強くないチームやけど、青葉一人が入って大丈夫なん?」

うち心配やわぁ、と三葉は不安を口にする。そんな彼女に対し、瀧は首を横に振り、

 

「あの人は、青葉さんは世界一の選手になる。こんなものじゃない。あの人はまだ、こんなものじゃ————」

 

一瞬だけ影がかかったような笑みを浮かべた瀧。過大評価ともいえる青葉への思い入れに三葉は苦笑いをする。

 

この世界になる前の青葉が成し遂げてきたことを考えれば、高校サッカーで無双する程度、どうということはない。

 

そんな彼の雄姿を知る、数少ない人物として、瀧は強い口調で断言する。

 

 

「瀧君にそこまで言われるなんて、青葉も嬉しいやろなぁ。日の丸を背負うって、あの子も言うとったし、今年中に着るんちゃうかな?」

 

 

そんな二人の前では、試合のハイライトが流れていた。

 

『先制点が欲しい江ノ島前半15分。逢沢の落としから荒木————』

 

映像で映し出されているのは、青葉の仕掛けから崩されている四日市実業と攻め立てる江ノ島イレブンの姿。

 

『最後は高瀬—————打点の高いヘディングシュートで、先制点を決めます』

 

 

「おっきいねぇ、この人。タワーみたいやわ」

 

「バスケもそれなりに出来そうだな」

 

『攻め立てる江ノ島は前半26分、宮水が仕掛けます』

 

 

青葉が敵陣を切り裂くドリブルで前に進む。周りを圧倒する見事な技術でゴールを目指すも、

 

『しかしここは、ワンダラーズ内定のGK遠野がファインセーブ。ゴールを許しません』

 

 

『それでも宮水が作り出したコーナーキックから、追加点が生まれます』

 

ショートコーナーから味方選手の横パスを受けた青葉が刹那の隙をつき、強烈な左足でゴールネットを突き刺したのだ。

 

『この強烈なシュートで、江ノ島が追加点。2点リードで折り返します』

 

 

『八雲さんから、いいパスを貰ったので。ここを決めなきゃエースは名乗れないと思って、振り抜きました』

 

インタビュアーが引き出した青葉の声が聞こえた。どうやら試合後のインタビューに彼は応えていたようだ。

 

『後半始まっても江ノ島猛攻は止まりません。後半立ち上がりに逢沢のこの強烈なシュート』

 

 

落としからダイレクトで叩き込んだ逢沢のシュートが四日市のゴールネットを揺らす。見事なパスワークで、三葉も一瞬ボールを見失った。

 

「え? えぇ!? どこにボール行ったん? って、あれ?」

 

「はっや————これはキーパー反応できねぇだろ」

 

『最後まで攻撃の手を緩めなかった江ノ島。四日市実業を完封、後半終了間際にもゴールを奪い、4対0と快勝しました。準々決勝では、千葉代表、八千草高校と対戦します』

 

 

映像が終わり、ニュースキャスターやら、解説者の映像へと戻る。

 

『いやぁ、江ノ島強いですね。さすがはタレント揃いというか、すかっとしますね』

 

『前に仕掛けられるサイドの選手がいることで、中盤もいい状態でボールを持てるのが好循環を生んでいますね』

 

その後は、如何に宮水青葉と逢沢駆がすごいのかと、急成長を続ける高瀬にスポットライトが当たることになる。

 

 

「—————ホンマ、すごいわぁ。受験なんが口惜しいけど、国立行ってみたかったなぁ」

 

 

三葉の憧憬ともいえる呟きが瀧の耳には聞こえた。

 

————来年からは、たぶん一緒に見れるよ、三葉

 

合格すれば、彼女とともに試合観戦だってできる。何より自分も、これまで以上に勉強を頑張らないといけないと決意するのだった。

 

「そういえば、青葉はいつも同じことを悩んでたなぁ」

 

「え?」

思い出したかのように、三葉は瀧にあることを言い出す。あの彼がこの世界でも、あの世界でも悩み続けた事柄。あんな風に上手く生き続ける彼でも、たくさんの悩みがある。その事実から目を背けるつもりはなかったが、成功している今でも抱き続けた不変の悩みとは何なのか。

 

 

「なんで達海選手が移籍したのか、よくわからん言うてた。そして、あれだけ批判される理由も」

 

 

彼が尊敬して止まない名選手の過去。彼は今現在も裏切り者呼ばわりされており、古巣には恨まれ続けている。

 

 

 

彼は移籍後のデビュー戦を最後に現役を退いた。あの悪夢が起きてから。だから彼は言うのだ。

 

 

 

ETU在籍時、既に彼は壊れていたのではないかと。そして、その移籍理由だけがどうしてもわからないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそのETUでは、宮水青葉を含む内定組の活躍に心を躍らせるものと、強大なライバルが現れたことによる危機感が芽生えていた。

 

「本日はよろしくお願いします。プロ一年目ではありますが、このチームの戦力となれるよう努力します。得意なポジションはCBとDMFです」

 

内定組として、選手権本選への出場機会のない飛鳥亨がチームに合流。しっかりとした体格ながら、甘いマスクと若輩ながら備える確かな実力は、浦和レッドスターの越後にも通じるところがある。

 

「おうおう! 1年目かぁ! 戦力になってくれよぉ! ま、レギュラーの座は渡さねぇけどな!」

 

監督人事が決まり、後はキャンプ開始を待つのみとなったETU。しかし、クラブハウスには練習熱心な中堅、一部の若手選手がそろっていたのだ。

 

さらに言えば、早くプロの空気を感じたい飛鳥の希望もあり、異例の速さでのチーム合流となった。

 

そんな若手ライバルの出現に、センターバックのレギュラー黒田一樹は、報告書に書かれた飛鳥のプレースタイルを事前に読んでいた。

 

曰く、足元の技術に優れ、空中戦も同世代では抜けている存在。

 

何より一対一でのデュエルで、世代別代表で厳しい局面を経験してきた為、それなりの実力もある期待の若手。

 

しかし、浮ついた噂など一切ないストイックな性格であるともいわれている。

 

「まあ、硬くならずに徐々に慣れていけばいいよ。若いセンターバックが入ってくれたのは大きいからな」

 

黒田の横には、相方の杉江が微笑みながら飛鳥に握手を求めていた。それに応じる飛鳥は、杉江こそがこのチームの守備の要であると見抜いた。

 

————背が高く、攻撃参加もするETUのラインを統率する選手。何より、冷静な対応が出来る。

 

「よろしくお願いします、杉江さん」

 

 

その後、清川ことキヨ、石浜(通称ハマさん)、亀井(通称カメ)らとあいさつを交わし、中盤、攻撃を担う選手らとも挨拶を一人ひとり行う。

 

「このチームのキャプテンを務める村越だ。このチームに入ってきてくれたことを嬉しく思う。焦らず、驕らず、地に足をつけ、世代を代表するディフェンダーを目指してほしい」

 

「ええ。無論私もそのつもりでこのチームに入りましたから」

 

がっちりと握手を交わす二人。ともにキャプテンを任された者同士、波長が合うのだろう。村越も、写真や映像ではなく、実際の飛鳥を見てじっくりと彼を観察する。

 

————相当鍛えてきているな、選手権予選の後も地道にトレーニングを続けていたという。こういうストイックな選手がチームを強くするんだ。

 

まだまだ一人前と認めてはいないが、それでも彼にとって飛鳥はかなり評価の高い存在である。

 

 

その後、他の高卒選手の一人であるフォワードの上田研人は、世代別代表の飛鳥を見て緊張していた。

 

—————やっぱ、オーラあるわ、こいつ。足元も相当うまいし

 

世代別候補どまりで、直前のアメリカとの強化試合も怪我で棒に振ったようなものだが、彼もまたプロになるだけの実力はある。

 

ゴール前でのぶてぶてしさが武器ということだが、それはつまり、ゴール前での局面に強い選手であること。まだ体が出来ておらず、怪我をしないためのトレーニングを積んできた彼は、フォワードの競争を勝ち抜くにはまだ実力が足りない。

 

 

早速始まったチームの合同練習でも、随所に飛鳥のプレーには切れがあった。

 

このチームの選手名鑑は事前に確認してきたという飛鳥は、誰がどのようなプレーを好むのかを予測し、ロングフィードや短いパスで中盤を落ち着かせる好プレーを連発。

 

「うお!?」

 

プレスにやってきたフォワードの世良のプレーを物ともせず、逆にターンで躱す姿を見せつけ、そのままサイドへの鋭いパス。

 

「堀田さん!」

 

そのサイドにいた選手は堀田であり、このチームでは破格のユーティリティプレーヤーである。サイド、ボランチ、トップ下。中案のありとあらゆるポジションでプレーできる、サッカーIQの高い選手である。

 

そのまま堀田からリズムの良い攻撃が始まり、ゴール前での混戦をフォワード堺が決める。

 

「いいシュートだった。サンキューな、コシさん」

 

「零れ球への嗅覚は相変わらずだな、堺」

 

その後も、高卒選手らしからぬ冷静なプレーで赤﨑との一対一も簡単に止めてしまう。

 

「なっ!?」

 

シザースからの縦への抜け出しを半身になりながら追い縋り、最後はボールと体の間に入り、背中で相手の突進を受け止めながら、ボール奪取。そのプレーも手慣れたものである。

 

「はっはぁ!! ざまぁねぇな、赤﨑!!」

 

飛鳥の相方をこの試合で務める黒田が赤﨑を野次る。飛鳥も感じていたことだが、攻撃に重きを置く赤崎と、守備的なプレーが多い黒田は良くぶつかる。

 

「くっ! 次こそはッ」

 

そして勝手にライバル意識を向けられる飛鳥。彼にとっては望むところではあるが、自分が相手選手から嫌がられる選手であることを実感する。

 

 

その後も、サイドから中に切り込む赤崎を幾度となく止めきり、ディフェンスラインの上げ下げも見事―とはいかなかった。

 

 

「なっ、黒田さん!!」

 

逆サイドからの突破を決めてきたのだ。逆サイドにはこのチームの7番を背負う男、椿大介。

 

俊足が売りで、足元の技術もレベルが高い。しかし、プレーにムラがあり、出場機会をなかなか得られない選手。

 

 

そんな選手が敢然とサイド突破をしたのだ。そして、そんな椿を止めるべく、黒田が前に出過ぎていた。

 

————まずいっ!

 

 

そんな黒田をダブルタッチで簡単に振り切り、クロスボール。正確なクロスボールは背後から迫る世良の下へ—————

 

そして、この厚みの攻撃を飛鳥が予想していないはずがなかった。

 

「くっ!!」

 

何とかジャンプし、ヘッドで外へ逃げる判断をしたのだ。クリアボールとなり、コーナーキックの局面がやってくるが、抜けてくれば一点ものだった。

 

「ナイスディフェンス、ルーキー!! 今のは助かったぜ!!」

 

若干汗だらだらの黒田。年下にスピードで振り切られ、ゴールを奪われる局面だったが、こちらも年下に助けられた。

 

その後も、紅白戦は続けられ、スタミナも落ちず、まだまだ余力を感じさせる飛鳥の姿に、クラブハウスの窓からも熱視線が。

 

「宮水や逢沢駆らに手酷くやられていたが、あれはチーム力で完全に負けていたな。個人能力は、試合終盤で見せた逢沢駆を止めるプレーで証明されている」

 

栗澤は、己の眼力と、口説き落としたきっかけでもある江ノ島との試合を引き合いに出し、飛鳥の実力は確かであると改めて悟る。

 

 

というより、選手権後から相当鍛えてきたのだろう。さらにパワーアップした姿を見せてくれている。

 

年上で控えではあるものの、フォワードの世良を封殺し、入れ替わった後はベテランの堺にも一歩も引かない堂々としたプレーぶり。

 

しかし目を引くのは、土壇場での個の力。サイド突破してきた選手を悉く跳ね返し、ついにはこの試合で好プレー連発の椿を止めてしまった。一方、椿はそれまでの好プレーが嘘のように崩れ、ボールロストを連発し、カウンターの起点となってしまっていた。

 

————なんで、うまくいかないんだ—————

 

大きい。その存在が大きく立ちはだかる。椿大介の目の前に、期待のルーキーが立ち塞がっている。

 

————縦に、縦に行かなきゃ。俺でカウンターの起点になっているし、クロスだけでも

 

しかし、相手の表情とプレーを見て簡単に彼の意図を呼んだ飛鳥は、クロス前提の守備で椿に体を入れ、簡単にボールを奪ってしまう。

 

「なっ!?」

 

 

驚く椿を尻目に、飛鳥は椿という選手がよく分からないと考えていた。

 

————スピードもあり、テクニックもある。俺との一対一で止められるまで、好プレーを連発。プレーの波が酷いな

 

しかし、波が安定すれば化ける選手であることはわかる。

 

その後、飛鳥からの縦一本に反応した上田がチームの正GK緑川との一対一を決め、高卒選手がある程度のプレーを見せつけた内容となった。

 

「予想以上だ。頼もしいプレーだった」

 

練習後に村越に声を掛けられる飛鳥。飛鳥も微笑んで、

 

「いえ、黒田さんには損な役割を与えてしまいましたし、研人がいい抜け出しをしてくれたのが幸いでした」

 

「へ、高卒ルーキーがお前や青葉、逢沢駆だけではないってことだぜ。最後にいい見せ場をくれてありがとうな!」

 

そこへ、同じく高卒ルーキーの上田が飛鳥に歩み寄る。同期であり、上田の動きに合わせたパスを選択した飛鳥に好印象を持っているようだ。

 

「ドリさん相手に冷静なプレー。ああいう冷静なプレーを本番でも頼むぞ」

 

「うっす!」

 

村越に上田も声を掛けられ、アピール成功の模様。若い力が躍動した紅白戦。ここにはまだ、大物の宮水青葉と逢沢駆が合流していない。

 

まだ、若手の力はこんなものではない。まだチーム力は上がってくるだろう。

 

—————ついにそのきっかけが来た。

 

村越は、ついにファンに報いる時がきたと確信する。これまで志半ばで引退した同志たちの姿が脳裏をよぎる。

 

さらに言えば、練習の監督を務める栗澤スカウトと松原が、ニコニコしながら若手のプレーを眺めていた。

 

—————ファンに歓喜の瞬間を捧げたい。その為だけに現役にしがみつき、このチームを引っ張ってきた。

 

誰よりもこのチームを支えてきた自負がある。二部落ちを経験し、それでも這い上がろうとした仲間の姿を自分は覚えている。

 

————ETUは生まれ変わろうとしている

 

選手権では、鹿島ワンダラーズ内定の怪物GK遠野を、四発粉砕で叩きのめした江ノ島の活躍も耳にしている。

 

あの遠野が反応すら許されない弾丸ミドルを叩き込んだ宮水青葉の映像は、動画サイトにも流れ出ており、その影響力は計り知れないものとなっていた。

 

実際、その映像を見た若手選手や中堅選手の間でも、

 

「おい、先日の宮水のシュート見たか?」

 

「ああ。あれやばすぎだろ。あれがホントの怪物ってやつかよ」

 

「赤﨑もうかうかしてられねぇよな。強烈なライバルだぜ」

 

「やってやるよ。今日の様な醜態はもう晒さない!」

 

若手の間でも、宮水の活躍は刺激になっている。彼がチームに合流するまで既に一か月を切っている。

 

攻撃的な選手の間では、特に逢沢と宮水を脅威と考えていた。

 

 

コーチの中心人物である松原も、若手がチームに刺激を与えていることに思わず頬が綻んでいた。

 

————選手権を含む二人の映像は見させてもらいましたが、とんでもない逸材だった。

 

達海以来の大物。それが二人も。しかしそれだけではない。

 

この合同自主練習————村越が提案した紅白戦で存在感を見せた二人の高卒ルーキー。

 

飛鳥亨、上田研人。必ずシーズンの中頃で出番が来ると予感させるものだった。特に飛鳥は予想以上に早い出番が来るかもしれない。

 




いつかのETU IF


クラブカフェ町田


黒田「ところで、スギはいつ頃あの女と知り合ったんだ?」

杉江「・・・・・クラブカフェだ。たまたま寄り道したら、彼女がいたんだ。その際知り合いもいたからな。色々と相手が現れない現状に焦りを感じていたらしいが」

黒田「・・・・その発言は俺にも突き刺さるからやめろ」

杉江「すまん・・・・」



クラブカフェ浅草


青葉「結構便利だよな、ここ。引っ越しを検討するほど」

三葉「もう、まだ学生なんよ、青葉は」

青葉「けど、施設だけはちゃっかりいいな。負け続けても、ファンの獲得だけは順調だったらしい」


その後、


—————ゴールデンルーキーに熱愛か?

—————お相手は一般人女性?


青葉「実の姉だと知らずに、なんて記事を出すのかなぁ、本当に」

世良「紹介してくれ!!」

清川「あんな美人の姉がいたなんて聞いてないぞ!」


青葉「俺にはもう義兄になるだろう人がいるんでね。諦めてください、世良さん、キヨさん」


椿「——————ふふ」→携帯の画面を見て、笑みを浮かべる男


亀井「愛しの妖精とメールとはいい度胸だな、椿」

椿「ヒエッ」

上田「紹介してくれ、青葉!」

青葉「・・・・・どんだけ日照りが続いているんですか、ここは・・・・(龍の奴はフィギュアスケートの女子とお付き合いしているというのに)」



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第三十九話 欧州の戦術家

ついにあの男が本編に初登場。





 

 

準々決勝。江ノ島の次の相手は八千草高校。しかし、前評判はやはり江ノ島が一枚も二枚も上という論調が多い。

 

大方の論調通り、完全体の蹴球高校との一騎打ちが大会のフィナーレを飾るだろうと報じられており、彼らの勝利を願うもの以外、彼らの勝利を信じる者はいなかった。

 

その八千草高校の守備の要、島亮介は恐らくマッチアップすることになる宮水青葉について、

 

「—————奴の間合いに入るのも一苦労なんだがな」

 

島曰く、青葉のドリブルは日本人らしからぬリズムであるという。日本人離れしたドリブルと、一瞬の加速力。やはり初速に差があればきついのだ。

 

「確かに。あの四日市実業の俊足SB、当真が振り切られるのは信じがたいものだった。超高校級に次ぐ実力者が、ああも簡単にやられるのは————」

 

左サイドバックの才川は、逢沢か的場、それとも宮水といった驚異的なサイドアタッカーと真っ先にぶつかる。自分よりもスピードのある当真が封殺されたことに、気後れしていたのだ。

 

大会注目のサイドバックといわれた、当真が手も足も出なかった。それは高校1年目にして、プロ入りする実力がある、何よりの証拠といえる。

 

 

「奴がサイドで来るか、それとも真ん中で来るか。それによってプレーの形すら簡単に変える奴だ。ま、真ん中なら俺が胸借りるつもりでボールを奪うけどな」

 

しかし、ジェムユナイテッド千葉への内定が決まっている司令塔瀬古は、どこで来ようが必ず雪辱を果たすと誓っていた。

 

「総体の借りは、きっちり返してプロの舞台に行く。そうじゃねぇと俺の気が済まねぇんだよ」

 

総体決勝戦。序盤から流し気味にも思えた宮水とのマッチアップ。一瞬の隙をつかれ、悉くピンチの起点になってしまっていた。

 

常にどこからでも崩してくる、そんな感覚を持たされ、気づけば先制を許す展開。

 

追いつこうにも、真ん中の宮水はボールを一度もロストしない。そして、次々と人数をかけて押し寄せてくる江ノ島の攻撃は途切れない。

 

広がる点差、下がり続ける勝率。そして奪われる体力と気力。

 

 

気づけば、4失点以上の惨敗を喫していた。息も絶え絶えになっていた八千草イレブンを尻目に、宮水はまだまだ余力を感じさせる雰囲気であり、優勝したのにどこかつまらなさそうな顔をしていた。

 

————総体優勝、その栄誉を手に入れた奴の顔なのか、あれは!!

 

悔しかった。自分たちが目指してきたものを、是が非でもほしいと思うそぶりすら見せない彼の態度に。

 

彼が目を向けているのはすでに高校サッカーではない。プロの舞台だった。

 

————あの勘違い野郎に引導を渡してやる。千葉ナンバーワンの司令塔、俺がな!!

 

一年生になったばかりの後輩に、大きい顔をされたままではいけない。プライドがある。

 

「まあ、警戒すべきは二列目だけじゃねぇけどな」

 

 

三列目には、ロングフィードが得意な織田と、長短織り交ぜた正確無比なパスを備える荒木。特に荒木は運動量も増加しており、もともとドリブルも上手い選手だ。

 

プレッシャーの薄い三列目からのビルドアップでは、中々彼を捉えるのは難しいだろう。

 

そして二列目はいずれも俊足揃い、ドリブラー揃い。

 

宮水、逢沢、的場、兵藤。そしてジョーカー夏目。夏目は試合終盤の切り札として、徹底して裏を狙ってくる。足が止まり始めた時間帯で危険な存在だ。

 

最前線には江ノ島の空中要塞、高瀬。地上戦ならば島にも勝機はあるが、跳躍した際は誰にも止められない。しかも、バスケ選手並みの浮遊力も備え、滞空時間の長いジャンプは打点の高いヘディングを生むだろう。

 

さらに厄介なのは、もともと高瀬はポストプレーが得意だということ。器用さとフィジカルを兼ね備えた大型フォワードであるということだ。

 

こうしてみると、江ノ島は宮水と逢沢のワンマンチームではない。

 

高校サッカーのレベルを超越した、蹴球高校と同格の存在。大学サッカーにも勝ててしまうだろう。

 

 

戦術に幅がある上に、二列目のどのポジションでもこなすことが出来る。彼がどこでプレーするかによって、戦術も見直さなければならない。

 

—————お前がもし、アジア予選にいれば————って思いたくなるぐらいだ

 

屈辱のオーストラリア戦。ロビエル・オズボーンの顔が島の自尊心を酷く傷つけた。

 

 

—————お前は今、何をしようとしたんだ? 

 

心底不思議そうな顔をして、島を通り過ぎていく彼の顔が、忘れられない。

 

————そんな半端なディフェンスで、俺を止められると思ったことが屈辱だ。

 

合気道ディフェンスを仕掛けても、人種の違いによる体幹の強さでねじ伏せられた。強靭な体幹は、島のバランスを崩す技術を力技でねじ伏せたのだ。

 

一騎打ちで何度もピンチを作ってしまい、惨敗の原因となった。

 

 

————やはり、将来は飛鳥亨が引っ張らないと難しいな。

 

次代のセンターバックを担うのは彼しかいない。

 

————宮水にやられたとはいえ、実績が違う。

 

怪物相手に闘志を折ること無く挑み続けた精神力。飛鳥の評価は敗戦後も実は上がっていた。

 

比較対象にされてきた。その度に—————

 

————飛鳥亨が止められなかったお前を、俺が止めて見せる。

 

勝つのは八千草高校だと。

 

 

 

一方、江ノ島高校は準々決勝に向けて八千草高校戦のスタメンを決める段階であった。

 

「今回、ワントップは夏目君でいきます」

 

 

「!!」

皆が息を呑む展開。まず衝撃的なスタメンの発表だった。

 

「理由は、島君の攻撃参加と運動量です。彼は神出鬼没のディフェンダー。その運動量で攻守の要となっています。しかし、彼がそれだけ動き回り、同時にディフェンスラインを操ることは、困難とみて間違いないでしょう」

 

彼のボールハンティング能力は素晴らしいが、彼はあまりにも動き回り過ぎている。

 

「ゆえに、最前線にはスピードのある夏目君を使います。激しい上下運動と常に背後をケアしなければならないプレッシャーを与えることで、彼らのディフェンスラインを下げるのです」

 

岩城監督が指摘する八千草高校の強みと弱み。それが島という存在だった。

 

「右サイドは兵藤君、トップ下は荒木君。左サイドは逢沢君です」

 

「!?」

ここでも驚きの抜擢。ここでトップ下荒木が復活。さらに的場ではなく、兵藤が二戦連続での先発出場。

 

「兵藤君の抜擢は荒木君との親和性です。練習でも彼ら二人が横にいることで、プレースピードが速くなっていました」

 

「逢沢君はいつも通りのプレーを。夏目君をまず一番に見てください」

 

 

「わ、わかりました」

 

岩城監督の真意が分からない。青葉がスタメンにいないということが、二列目にいないということが信じられない。

 

「ボランチですが、織田君と宮水君でお願いします。特に宮水君は運動量が格段に増えます。相手のキーマンである瀬古君を抑えてください」

 

岩城監督の驚きの抜擢。ボランチ宮水爆誕。しかしこれには狙いがあった。

 

「その上、カウンターの際のビルドアップを担うということですね」

 

宮水は自分の持ち味を、ボランチで当てはめて考えた。そしてその答えは容易に出てしまう。

 

縦への突破力、ボールキープ力。ミドルレンジ、ロングレンジからシュートを狙える砲台。

 

さらには、その圧倒的な対人能力でピンチの芽を摘み取り、その脚力でピッチの中央で流れを変えるプレーを望まれているのだ。

 

「荒木君は、前に向けなくなった際に織田君と宮水君を頼るように。そして、夏目君は二人にボールが渡った瞬間、いつでも準備できるようライン際に張り付いてください」

 

 

「無論、二列目は夏目君のサポートです。兵藤君の堅実かつ大胆なプレーと、逢沢君の決定力は、この試合でも必要になります」

 

 

 

GK 16番 李

LSB15番 中塚

CB 17番 藤田

CB  5番 三上

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF 8番 宮水

LMF10番 逢沢

RMF11番 兵藤

OMF  7番 荒木

CFW 20番 夏目

 

ベンチ入り (GK)1番 紅林、19番林葉、(DF)2番 桜井、4番 海王寺、14番 錦織、(MF)12番 堀川、18番 的場(FW)9番 高瀬,13番 火野

 

センターバックの海王寺は錦織の連戦を考慮し、温存。残る2戦での活躍を期すためのものだ。Bチームでコンビを組むことの多い藤田、三上をここで投入。

 

 

しかし、右サイド八雲は不動であるため、変動なし。代わりに左サイドは逢沢と中塚のコンビ。スピーディーな連携が期待され、攻撃の中心となり得る。

 

「中塚君はようやく技術が平均の中の下まで来ましたからね。ようやく実戦投入できます」

 

 

見事な突破からの糞の様なクロス、宇宙開発弾丸ミドル等、中塚が生んだ造語は多い。しかし、最近はボールの芯に入ったミドルシュートはいい威力を誇る。クロスも一応ゴール前に蹴りこめる確率が五分になったほどだ。

 

スタメン落ちどころか、ベンチ外が続いた中塚の大きな挫折。欠点を克服するまで、我慢して起用しなかった岩城の判断が光った。

 

しかし岩城としては、中塚の足はすぐにでも使いたいものだった。

 

————このチームでは、宮水君に次ぐ俊足の持ち主。なら、とことん磨くまで我慢した甲斐がありました

 

ダブルボランチはそんな新米が揃うディフェンス陣をサポートし、なおかつ攻撃の起点になり得る二人が抜擢。ディフェンス力が求められ、同時に対人能力が要求されるポジションに宮水と織田が選ばれた。

 

そして二列目は魔法のパスを操る荒木に、俊足揃いの前線と、荒木と波長が合う兵藤。

 

ボールを保持しつつ、一瞬の隙を狙う。縦に早いサッカー。

 

そして、相手が自陣に引いた時に効力を発揮する宮水の超速ドリブル。プレッシャーが増すことにはなるが、一人抜けば一気にチャンスがやってくる。

 

そして最後のピース、夏目。彼が走ることで、相手はディフェンスラインでのプレッシャーを背負うことになる。

 

 

 

そして翌日

 

 

『ご、ご覧ください!! 江ノ島のスターティングメンバーは、まさにサプライズといっていいでしょう!!』

 

 

ダブルボランチの一角に居座る宮水の姿を見て、観客はどよめきを隠せない。

 

「おいおい、なんで中盤にいるんだよ!?」

 

「ゴールから遠いぞ、あそこから攻撃できるのか!?」

 

「サイドアタッカーの要が、中盤!?」

 

「江ノ島、ここにきて遊び始めたのか!?」

 

 

戸惑いの声が上がる。なぜ彼がそこにいるのか。

 

 

そしてそれは、八千草高校にも広がる。

 

「お、面白ぇ!! マッチアップは俺か!!」

 

トップ下荒木ではなく、おそらく自分を阻むのはボランチ宮水。控えの守備陣のバランサーとして織田と宮水を投入し、安定を図るつもりなのだろう。

 

 

そして、その様子を見ていたETUの新監督達海はほくそ笑んだ。

 

「ああ。そいつは麻薬だぜ、江ノ島高校」

 

彼の脚力を活かす、サイド以外でのポジション。守備からの攻撃参加という、攻守の切り替えの基礎が出来ている宮水だからこそハマるポジション。

 

「—————やめられなくなるぞ、そこの宮水は」

 

 

 

 

 

 

キックオフは八千草高校スタート。ボールを回し、江ノ島守備陣のスキを窺う八千草高校。

 

しかし堅い。

 

—————首を振る回数というか、どこに視点を置いているんだこいつは

 

絶妙な位置で、瀬古の近くを徘徊する宮水。その近くには荒木もおり、ファーストディフェンダーとして彼がいるのは厄介だ。

 

しかしならばと、初先発の中塚のところで勝負を仕掛ける八千草。縦パスが通るかに見えたが、

 

 

「へへっ!! 甘ぇんだよ!!」

 

先回りして加速した中塚が、出鱈目な加速でボールをヘッドでカット。零れ球の先には、

 

 

「だが甘いぜ」

 

そこにはなんと、攻撃参加の島がいたのだ。高い位置でのボールを持たれてしまった江ノ島、いきなりのピンチを迎える。

 

 

————織田さんと荒木さんは、まず瀬古さんと周囲のフォローを。

 

 

だが、ここでいきなりのマッチアップが実現。

 

 

「———————」

 

零れ球の位置を予測していた宮水が先回りしていたのだ。それだけで八千草高校に緊張が走る。

 

そして宮水はノールックで、中塚にサイド警戒を手ぶりで指示し、マークにつくよう知らせる。

 

————俺たちはワンツー警戒、ディフェンスは裏抜けだ

 

織田が宮水の稼いだ時間を使い、ブロックを構築。だが、宮水はその時間で一気に島へと迫る。

 

————いきなり無鉄砲だな、宮水。

 

 

合気道の体の使い方を知らない彼ならば、初見なら通用する。

 

 

「っ!?」

 

手足の使い方、まるで急所を突かれたか如く、宮水の体から一瞬力が抜けてしまう。

 

————重心をずらされたか!

 

初めて見る合気道ディフェンス。オーストラリアではやられる動画しか見てこなかったことが災いした。

 

ぐらつく宮水。そしてその横を抜き去ろうとする島。

 

「青葉ッ!?」

 

逆サイドで駆が驚愕する。まさか青葉がああも簡単にやられるとは、と

 

 

————へっ、いくらお前でも重心をずらされたら—————

 

「ッ!!」

 

しかし、崩れた瞬間にすぐに立て直した青葉。一歩目の加速力という足首の強さで開いた距離を詰め、強烈なスライディングで島を吹き飛ばしたのだ。

 

 

しかも、確実にボールに行っているため、後からぶつかった宮水の足に弾き飛ばされてしまう。

 

「がっ!?」

 

地面に互いにたたきつけられる両者。島は抜けたと思っていた。青葉は抜かれたと感じ、最短ルートを予測して先回りしたのだ。

 

バイタルを狙ってくるであろう島の動きを予測して。

 

ボールはタッチラインを割り、八千草高校ボールとなる。

 

「————危なかった。まさか、ああいう方法で突破してくるとはな」

 

重心をずらし、相手に勝負させずにボールを奪う技術。

 

 

「————やっぱとんでもない脚だな、お前」

 

冷や汗をかいたのは島だ。完全に勝ったと思っていたのに、足が伸びてきた。この感覚は海外での強化試合とよく似ていた。

 

————ほんと、日本人離れしてやがる

 

 

しかしボールは尚も八千草高校。いったん自陣までボールを下げ、もう一度組み立てる。

 

それほどに良く動いている江ノ島イレブン。だが、その連動した守備に、ある人物だけ参加していない。

 

 

—————いいですか、相手がボールを失ったときこそ、君の出番です。

 

 

————必ず“彼らは”君の動きを見ています。

 

 

彼は、岩城監督から与えられた個人的なメッセージを貰っていた。

 

 

「!?」

 

バックパスを貰うディフェンダーの背後から、オフサイドゾーンから加速した夏目のプレスがさく裂。

 

しかし、彼の前には奪った相手とボランチが居座り、島が猛然と戻り始めている。

 

 

————こいつだけで打開なんて————なっ!

 

夏目の動き出しに連動していた荒木、そして島の背後から一気に抜き去った宮水の姿が目に映った。

 

 

「荒木さんッ!!」

 

夏目のバックパス、からの————

 

「受け取れっ!!!」

 

ダブルタッチで移動しながら位置取りを変えた荒木のキラーパスが宮水へ。

 

 

『ここで宮水スルー!! その先は逢沢だ!!』

 

宮水、パスコースの先に駆がいることを察知、故にボールに触るどころかこれをスルー。こうなってくると、八千草高校のサイドが混乱する。

 

————切り込んできたっ!!

 

合気道の動きを取り入れた彼らは、なんとか接触すればボールを奪えると考えていた。が、ここで江ノ島の人海戦術が炸裂。

 

スルーした宮水へのプレッシャーが薄まり、彼がフリーになったのだ。駆はダイレクトで縦にスルーパスを出し、三列目からのダッシュで加速している宮水へとボールが送られる。

 

————夏目の位置は、そこか————

 

宮水はゴール前へと走りこんでいる彼を確認した。そして—————

 

ここでドライブシュートを選択、縦回転の鋭い弾頭が八千草高校を襲う。

 

「う、うおっ!?」

 

何とかゴールキーパーがはじくも、そのこぼれた先には夏目が走りこんでいた。

 

「あぁぁぁぁ!!!」

 

雄叫びを上げながらシュート態勢に入る夏目と、追いすがる八千草高校ディフェンス陣。

 

 

ピピィィィ!!!!!

 

 

夏目が倒された瞬間、審判の笛が鳴ったのだ。審判がさす場所はペナルティエリア内。

 

『夏目倒されたぁァァァぁ!!! ここで江ノ島高校にペナルティキックが与えられます!!』

 

『宮水君の強いシュートのこぼれ球。夏目君は予測していましたし、宮水君も夏目君のことを見ていましたね』

 

「—————っ」

 

島は唇をかんだ。まさに一瞬の隙、一瞬の穴をついてきた。試合から消えていたかに見えた夏目という俊足フォワード。そして、夏目の動きを見て一斉にスイッチの入る江ノ島高校。

 

そして、両サイドはどちらも俊足、または経験という武器がある。

 

ならば、真ん中に足の速い推進力のある選手がいれば

 

 

「くそっ、すまねぇ」

 

「切り替えろ、今はキーパーに託す!」

 

 

キッカーは荒木。その蹴る方向は——————

 

『落ち着いて決めました!! キーパーの逆を突く見事なキック!! 前半18分、江ノ島ペナルティキックで先制!!』

 

「へっ、どんなもんよ!」

 

「一点ではだめだ。後2点は最低必要です」

 

「たりめぇよ!! どんどんプレスを掛けに行くぞ、しかし考えたな岩城ちゃんも!」

 

夏目は猟犬。走り回る猟犬だと。彼のプレスでチームの重心が移動し、コースは限定される。ショートカウンターの要ともいえる夏目の守備力。

 

俊足であることが最低条件だった。

 

そして、そんな彼に反応できるのは、荒木、宮水といったテクニックと速さを持つ存在。

 

そんな彼らを何とか夏目とリンクさせたい。

 

 

ベンチで岩城は、狙いが炸裂したことで微笑んだ。

 

「淪から、大きな波へ。夏目君という猟犬が追い込み、誘導した獲物を中盤の狩人が刈り取る」

 

 

 

「ハンティングの始まりですよ、諸君」

 

 

 

迂闊なパスが出来なくなった八千草高校は、ロングボール多用の戦術へと切り替わる。フィジカルなら同等以上の勝負が出来ると踏んだのだ。

 

 

しかし、

 

 

「セーフティに!! ボールを切れ!!」

 

クリアボールで中々八千草はボールを前に進めない。江ノ島は高い集中力で失点を許さない。

 

「—————っ」

 

そして絶えず、江ノ島陣内には狩人の宮水がいる。そしてそれは、遠方にいる獲物すら狙い撃つと思わせる危険な存在。

 

 

ロングボールをカットしたのは江ノ島のセンターバック三上。そのセカンドボールを保持したのは、

 

「てめぇに仕事はさせねぇ!!!」

 

島の合気道ディフェンスが炸裂。青葉の周囲にいた島がそのカウンターの目を潰し、カウンター返しを狙いに行ったのだ。

 

「—————」

 

重心を崩されるのを嫌ったかに見えた青葉が接近し、歩幅が狭まる。

 

 

————無駄だ!! 一試合でそう簡単に破れるものか!!!

 

 

島は、触れることを考えていた。ファウル覚悟で青葉を止める、そう考えていた。

 

彼は怪物の間合いにはいってしまった。

 

 

ボディフェイントからの逆。一瞬の加速力。島が振り切られる。

 

————なめるなっ!! まだこの距離なら—————ッ!!

 

 

追い縋れる。加速にしては少し弱い青葉のドリブル。手を伸ばす島。しかし、

 

重心が後ろへと下がる青葉は、踵でボールをトラップし、さらに方向転換。縦への突破からの横の揺さぶり。絶妙なタイミングで繰り出されたクライフターンが炸裂。

 

「ぐ、ぐっ!?」

 

膝がぐらつく。なぜこのタイミングでフェイントを繰り出させる。しかも連続技、息をもつかせない先手を打ち続ける攻撃的なドリブル。

 

—————そ、それでも!!

 

そのフェイントにも食いつくことが出来た島。

 

しかしそれは表現が違っていた。

 

 

————島を食いつかせることが出来た青葉だったのだ——————

 

 

ピタッ、

 

青葉が止まった瞬間、ついに島の膝が限界に達した。反応した瞬間に両膝から崩れ、青葉の前で膝をついてしまったのだ。

 

そしてそれを見た青葉は、理不尽な本気の加速力を見せつけ、ボディフェイントで抜こうとした方向を素通りしたのだった。

 

 

『抜き去ったぁァァァぁ!!! 怒涛の連続技で、島に膝をつかせた宮水!! 一気にゴール前へと加速!!』

 

 

青葉が島を無力化した時間に要したのは5秒。カウンターを食らい前のめりになったとはいえ、普通は追いつく。しかし、それは青葉一人ならばということだ。

 

夏目がボールを貰いに青葉に近づく。夏目と青葉のアイコンタクトが出来たかに見えたこの局面。

 

 

『ああっとアーリークロス!!! その先には兵藤だ!!』

 

 

ワントラップから前に出ていたキーパーをあざ笑うミドルシュート。華麗なタイミングでのクロスから、完璧なタイミングのトラップ、置き所。

 

全てのリズムがかみ合った青葉と兵藤のホットライン。夏目という光と、青葉が齎した風が、兵藤を巧妙に隠したのだ。

 

 

『ワントラップから振り抜いたぁァァァぁ!!! 江ノ島追加点!! またしてもカウンター!! 決めたのは2年生の兵藤!! そして宮水の見事なアシスト! 前半23分!!』

 

 

『兵藤君の走りこんでくる場所を予測した、いいクロスでしたね。弾道も早いですし、クロスを上げられた時点で、キーパーはノーチャンスでしたね』

 

 

またしてもカウンターで失点。ボールを奪われた後にだ。立て続けに手痛い反撃を食らった八千草は、押し込まれる状況が続く。

 

 

『前に出られません! 八千草高校!! ああっと、兵藤がボールカット! 縦に抜け出して、タメを作って————八雲だぁ!!』

 

中に絞る動きからの八雲のオーバーラップ。そのまま縦に突破してクロスボール。完全に抜け出した状況での速いクロスは脅威だった。

 

「こんの!!」

 

しかし八千草高校がこのクロスボールをヘッドでクリア。セカンドボールの落下地点には————

 

 

————くっ、予測してからの反応が絶妙過ぎる—————

 

マンマークしていた島は、その相手に振り切られていた。彼が動いたのは、八千草高校の選手がヘッドでクリアした瞬間。予測しながらただ闇雲に接近すれば、相手に詰められる。

 

彼はそれを嫌い、直前まで位置取りを気にするようなそぶりを見せていた。

 

それが、スイッチが入った途端にこれだ。

 

 

『セカンドボールダイレクトぉぉぉぉぉ!!!!! 決まったぁァァァ!!!! スーパーボレーシュート!! やはりこの男が決めたァァァぁ!!! 背番号8、宮水青葉!!』

 

 

『今の簡単ではないですよ。セカンドボールをダイレクトで、あそこまで威力と精度を高めるのは普通ではありえません。キーパーノーチャンスですよ、これは』

 

今のも縦に落としたドライブシュート。急激に縦に落ちていくドライブのかかったシュートに手が届かなかった八千草高校。

 

ボランチの宮水の攻守で見せる存在感。サイドアタッカーではないさすがの攻撃力。

 

しかも、相手攻撃陣を封殺してのこの仕事。

 

『これで今大会4得点目!! やはり止まりません、この男は止まらなァァァい!! 前半30分!!』

 

 

与えてはならない失点。決めさせてはならない男の得点。八千草高校にとっては痛すぎる失点となった。

 

 

「—————っ」

 

島は、海外での強化試合で体勢を崩されることはあっても、膝をつかされることはあまりなかったと自負できる。

 

それが、完全な形での転倒。しかも、動こうとして訳も分からず、自分の体ではないかのように崩れ落ちたのだ。

 

「———————」

 

島は青葉の様子を見た。素晴らしいゴールを決めたのに、瞳は冷静そのもの。むしろ、嬉しさすら見せない。

 

この試合にかなり集中しており、織田が青葉の邪魔をしないよう他の者を制しているほどだった。

 

その織田は、

 

 

「すいません。手に届くかもしれないんです。今まで感じたことがない世界が見えるんです」

 

目が逝っていると言っていいほど集中が高まっている青葉。織田は、試合に集中した青葉を目にする機会が2度過去にあった。

 

それは、鎌学戦での青葉だ。しかし、その二試合を超える集中力の発揮を、今青葉は成し得ている。

 

何かを掴める。青葉はそう断言した。ならば、織田はその手助けをするだけだ。

 

—————見せてくれ、青葉。俺に真似出来るものを真似するために

 

前半は江ノ島が終盤に流しはじめ、ボール回しをすることで、八千草高校はボールを保持できない。そして前に出てこない江ノ島だが、常に夏目が裏を狙っているので、前に進む事もままならない。

 

そのまま前半が終了。カウンターサッカーという、堅守速攻の形を見せた江ノ島がお披露目された。

 

 

そして、全試合青葉の試合は見るつもりだったETUの面々は

 

 

「—————————」

 

後藤を筆頭に、栗澤、有理、前田補佐が衝撃を受けていた。サイドアタッカーの彼が、真ん中でここまでの活躍が出来るとはと。

 

むしろ、彼が真ん中に入ることで、相手のキープレーヤーを封殺しつつ、反撃を許さないプレーぶりに息を呑む。

 

「なっ、俺の言ったとおりだったろ? ボランチ宮水は麻薬だ。あんなもん、他のチームでもそうする。だって、あいつはドリブルとその足の速さで、ボールを運んでしまうからな」

 

ビルドアップという言葉では収まらない。三列目からの攻撃。これは恐らくポゼッションでも意表を突く絶妙なアクセントになるだろうと、達海は予測する。

 

 

—————おいおい、俺の頭をショートさせる気かよ、お前は

 

達海は笑いが止まらない。こんなに攻守で存在感を見せる存在は、初めて見た。

 

————けど、それじゃあチームは成長しない。これであちらさんも分かっただろう

 

 

中堅チームの実力を飛躍的に伸ばし、江ノ島という強豪高校になりつつあるチームを最強へと導く。

 

しかし、ボランチ宮水は麻薬だ。彼が抜けた時の穴がでかすぎる。

 

 

一応片割れは平均以上のボランチで、幸いなことにボールハンターは控えにいる。恐らく、瀬古を封じるための策だったのだろう。

 

 

実際は島の攻撃参加を封殺し、彼のディフェンスを無力化する最善手になった。

 

「—————やっぱあいつは、名門チームの背番号10を背負える。中堅では攻撃オンリーにしとかないといけないな」

 

でなければ、チームは崩壊する。バランスを崩す。彼一人がいなくなるだけで。

 

だからサイドアタッカーなのだ。彼はあまりにも真ん中で強すぎる。チームを依存させてしまう。

 

 

試合はそのままフル出場で宮水が出場。

 

3点差をつけられた八千草高校は自分たちのミスから自滅し、手痛いカウンターで失点を繰り返してしまう。

 

 

『試合終了!! ここで長い笛!!6対0 兵藤1ゴールに、宮水1ゴール! さらには2得点の逢沢、荒木、夏目と攻撃陣が大爆発! 変幻自在の戦術で準決勝進出!!』

 

 

『しかし、宮水君は荒木君を真似たのか、長短いいパスを出すようになりましたね』

 

『圧巻は逢沢君のルーレットでしょう。これは恐らく彼の代名詞になりますよ!』

 

『島選手も世代別の実力者ではありますが、あんなルーレットに加えて、合わせ技で来られると、きついものがあるでしょう』

 

『江ノ島高校の次戦の相手は、滋賀県代表、鳳凰高校になります!』

 

 

 

高校サッカーで旋風を引き起こす江ノ島高校。ついにその活躍は、日本サッカー界のトップにまで伝わることになる。

 

 

「—————最近、件の若手選手の勢いがすごいと聞いているけど、彼の映像はあるかな?」

 

「は、はい! 最近は動画サイトでも彼のプレー集は集まりつつありますからね」

 

ある高級ホテルの一室で、世話役のような動きをする男性と、禿げ上がった頭と黒縁メガネ、小柄な体格の男性が、彼らのプレーを見ていた。

 

「—————うーん、面白いね、彼。まるでハンターのようだ」

 

「ボール奪取能力はさすがでしたね。まさかあそこまで守備の能力が高いとは」

 

禿は世話役の解釈を否定する。それはあくまで彼の一側面でしかない。

 

「ノンノン。僕が言いたいのは、チャンスを逃さないという点だよ」

 

 

「—————彼はちゃんと日本人なんだろうね? 検査を受けさせたほうがいいんじゃないかい?」

 

愉快そうに冗談を口にする禿。まるで面白いおもちゃを見つけた様子だった。

 

「ミスターゴウダに連絡を。僕の推薦と、この映像を手土産にして、ねじ込んでもらおう。最高のタイミングでね。でも、その前にU20W杯もある。コパを辞退したのは痛恨だったけどね」

 

「えぇぇぇぇ!!!! 彼は15歳ですよ!? そんな彼がいきなり代表入りはリスクが高すぎますよ!! しかも常識外な飛び級ですよ、それは!!」

 

いきなりの大抜擢に世話役————通訳の古川は驚愕する。確かに獅子奮迅の活躍だが、彼が上の世代で同じ活躍が出来るとも限らない。

 

マスコミもうるさくなるだろう。ただでさえ、逢沢駆の報道が過熱することに苦慮しているというのに。

 

「うん、どうせならカケルアイザワも呼ぼう。それがいい」

 

 

「そ、それもまずいですって!! 監督やチームメイトがそうでなくても、報道が過熱してチームに悪影響を及ぼすことだってあり得ますよ!!! 危険すぎますよぉぉ!!」

 

 

「海外では、優秀な若手はすぐ代表に選ばれるよ。実績や序列を気にしちゃ、いつまでたっても日本は強くなれないよ?」

 

「そ、そんな!!」

 

 

「とりあえず、壁にぶつかって、挫折するならしばらくの招集は無し。とび越えたら僕の下に欲しいね。できれば、僕の想像を超えてほしい。そんな思いを抱いても許される器だよ、“彼らの世代”は」

 

物騒な言葉を愉快に宣う禿の正体は、日本代表監督ジャン=ピエール・ブランである。ブラジルワールドカップでの敗戦後、日本代表監督に就任した彼は、サッカー人気を復活させるべく、強化試合と親善試合で未だ無敗を誇っていた。

 

「彼という超常現象が、周りに影響を与えないはずがない。彼以外の選手の動きを見たかい? とてもクリエイティブで、一つの生き物のようだ。彼の存在はきっと、チームを変革させるんだ」

 

宮水青葉は、次代の王になれるかもしれない。彼という柱を中心に、とんでもない時代が来るかもしれない。

 

成熟した彼らを率いたい。それまでこの椅子に座りたい。そんな戯言を一瞬思ってしまうほど。

 

 

 

日本の頂点が、ついに青葉の姿を捉えた。

 

 

————君たちは、ネクストハナモリに、なれるのかい?

 

 

その頂の頂点に君臨するあの男に比肩し得る存在なのかと。比翼を失ったエースを超える逸材たちの競演に、西欧の戦術家はアンテナを張る。

 

 

この時から、ブランはそんな彼らを鍛え上げた岩城鉄平という男に目をつけ始めたのだった。

 




いつかのETU IF

~武蒼高校~


女子「ねぇねぇ、藍子! アウェー戦だけど、浦和対ETUの試合見に行こうよ!」

蹴球女子「今年は地元の鷹匠選手や、横浜の秋本選手! 磐田の小川君、甲府の中島秀哉選手! あと、新潟の榎本君に、ETUのルーキーと、目玉がたくさんなんだよ!」

江藤「—————そ、そうなの?」

女子「今度和菓子買いに来るからさぁ! 一回だけ、騙されたと思って!」


~隅田川スタジアム~

栗澤「うん? 大量の外国人観光客!? くそっ、今日に限って巡り合わせが悪い! こんなの予想外だ! 急に外国人観光客が押し寄せるなんて聞いていないぞ! 誰か外国人の訛りにも動じない、英語ペラペラな助っ人はいないものか!!」


有里「わ、私ももう行かないといけないんです! 手を放してください、栗澤さん!  あと高望みし過ぎぃぃぃ!! 前田さんは事故渋滞に巻き込まれたし、どうすればいいのぉぉぉ!!」

有里は記者の誘導等でもうすぐここから消える模様。


青葉「代表監督にミルコさんまでいるとか・・・それによく見るといずれも監督やコーチの有名所・・・・人脈半端ない」

鷹匠「けどアピールする前に、お守りをしないといけないのか。英語喋れるだろ?行って来いよ」

青葉「そうするよ。有里さんは抜けるわけにはいかないし。少しの間だけなら」


~離れた場所で~


江藤「えっと、なんだか困ってそうだけど」

蹴球女子「行ってきなよ! 見たところ外国人の案内に困っているみたいだし」

江藤「・・・うん(体格が大きい・・・怖い・・・間近で見ると、こんなに違うの? スポーツ選手って)『すみません、何かお困りですか?』」→淀み無い綺麗な英語


青葉『・・・・え? 英語、だ・・・・』



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第四十話 背負う思い

駆の選手像がだんだんと固まってきました。パスが上手く、決定力のある。俊敏でボールをつなげる選手。

これ、ST時代の香川真司じゃないかと。

作者の中でも、ドイツ、イングランドで活躍した彼のプレーは凄かったのだとつくづく感じました。

後、今日は久保選手のデビュー戦?だと思います。頑張ってほしいですよね?




 

『試合終了!!! 神奈川代表の江ノ島が大勝!! 怒涛のゴールラッシュで千葉代表、八千草を圧倒!!』

 

精魂尽き果てた様子でピッチに倒れこむ八千草高校イレブン。競技場に駆けつけた応援団は勿論のこと、テレビの向こう側から彼らの雄姿を見ていた者にとって、ショックを隠せないゲーム内容だった。

 

『しかし、大型ボランチとしての資質すら見せますか。彼はとてもポリバレントな選手ですねぇ。まるで今までボランチをやってきたかのような動きでしたね』

 

『巻さん、どうやら宮水選手はジュニア時代にボランチの経験があるそうですよ。攻守の要として、中盤で好プレーを見せたことも何度か』

 

『—————間違ってセンターバックをやらせても、問題ない気がしますね。本人は拒否するでしょうが』

 

 

ピッ、

 

 

テレビの前で千葉代表の雄姿を最後まで見ることなく、青年の前でテレビの画面が消された。

 

「あ」

 

 

「もぉぉぉぉ!!!! 容赦なさすぎだよ!! 千葉が、千葉があんなに蹂躙されるなんて!」

 

ユニフォームで顔を隠し動かない選手、下を向く選手たち。圧倒した江ノ島も淡々としており、まるで通過点を過ぎたかのような態度。

 

「まあ、実際化け物だからな、宮水選手は」

ジト目がノーマルな青年は、テレビの前で不貞腐れる少女を宥める。

 

「—————そもそもジェムユナイテッドだって獲得競争に出てたのにぃ!! なんで15位のETUなんかに行くのさ!! わけわかんない!」

 

さらに言えば、最初からETU一本と考えていた宮水の態度も理解しがたいものだった。

 

「ライバル少なそうだからな、あそこ。スタメンで出ることを目的にしていたんじゃないのか?」

 

青年としては蹴落とすレベルの選手があまり存在しないチームならば、早い段階で試合に出られるから、という理由が存在していたと考えた。

 

「でも————それだったらうちにもエースっていないよ? 前に主力が抜けて降格危機に直面したし————」

 

何が何でも千葉に入ってもらう、という期待を込めて彼のチーム入りを望んでいたが、結果は御覧の通り。しかも、

 

「世代別代表のエースと、守備の要を両獲りなんて、インチキだァァァ!!!」

 

極めつけは、世代別代表、伝説のトップ下の後継者、逢沢駆と、世代最高傑作と謳われるセンターバック飛鳥亨の獲得だ。

 

有望な若手を一気に3人もゲットしたETU。若くて実力のある選手はどこも欲しいものだ。

 

 

それは地元神奈川県の方でも同じだった。

 

「マリナーズは節穴だよなぁ。こんな選手を取り逃がすなんて」

 

こたつに入りながら、テレビ中継を見ている少女3人。平凡な日常を淡々と過ごす彼女らだが、総体から彗星のごとく現れた神奈川の新王者の姿を淡々と眺めていた。

 

「15歳があんなプレーするなんて誰も考えないよ」

 

神奈川サッカーの中心、横浜マリナーズも地元の有名選手ということで、彼らの獲得競争に参加していたが、ETU以外のチームに共通するのはトップチームへの昇格を経てのデビューというものだ。

 

至宝といわれる存在を大切に扱いたい。だからこそ、丁寧な育成プログラムが組まれたりもした。

 

「というか、攻撃陣は今期大丈夫なのかなぁ。何にも補強できてないじゃん」

 

「そうね。15歳であんなにしっかりしているのは凄いわねぇ(夏奈もあれの半分くらいは落ち着いてほしいのだけれど)」

 

「ちょ、春姉! そんな哀れんだ目で見ないでよぉぉ!」

 

 

総体という高校生にとっての晴れ舞台で、彼は確かに活躍したが、やはり本番は高校サッカーの様だった。圧倒的な知名度を誇る、アマチュアサッカー最大の大会の一つ。

 

一般人の中でもサッカー通だけが知っていた二人の高校サッカーの選手。それが一般層の間で広まりつつあった。

 

宮水青葉という名が、逢沢駆という名が全国区になった瞬間だった。

 

 

そして神奈川のスポーツジムでは、

 

「—————15歳の時、俺はあんな風な立ち振る舞いは出来なかったなぁ」

体幹トレーニングを行う長身の男性は、別のスポーツ界で活躍する若き俊英に目を輝かせる。

 

「というか、倉持先輩よりも足速いぞ、あれ」

そんな長身の男性に声をかけるのは、残念な二枚目な雰囲気のある優男。今冬、スキャンダルで嵌められそうになり、全国の男性に嫉妬と憐れみを浴びた存在である。

 

「あの速度で方向を急に変えられるのがすごいだろ。あれ出来るか、栄治?」

そんな二人に声をかけるのは、グラサンが似合う本物の二枚目。驚異的な身体能力を誇る彼らに、あれと同じことは出来るかと軽く尋ねてきたのだ。

 

「無理。ちょっと鍛錬だけでは追い付けないレベルだよ。あれはもう、彼にとってのノーマルなんだろうね」

栄治といわれた男性は、苦笑いしながら投了宣言。彼の真似は出来ないと断言する。

 

「いわゆる生活の一部とかいうやつか? 小さい頃は野山を走り回っていたらしいからな。ファルトレか。俺もやりたかったなぁ」

 

「沖田の場合は、カメラから逃げる方法を考えるべきだと思う。凛ちゃんをいつまで待たせる気なのか」

沖田青年にとって、それは禁句ほどではないが、刺さる言葉であった。

 

「ちょっ、おい!! だったら交流戦で打たせてくれよ!! 4タコはさすがに効いたんだぞ!」

2年連続首位打者のタイトルの瀬戸際に、影響を及ぼした対戦だった。何とか2分差で獲得したが、彼にとっては死活問題だった。

 

「————いやさ、うちの打線援護ないからさ。自援護できる時だったからさ———前に、自責点ゼロ完投負けを食らったらさ————心の奥底から信用できないんだよ」

 

表情が陰る栄治という男性。所属チームのBQS(バファローズクオリティスタート)は完封である。彼は今期、完投負けを3度喫した。なお、これが彼にとっての全敗戦数である。

 

「さすが、投手五冠をほしいままにしながら、負け運のスキルを持つ男」

 

 

「—————負け数少ないはずなんだけど。なんで負け運ついているの? おかしいですよ、コナミさん—————」

 

「負け方が悲惨だったからな————トンネルの決勝点で敗戦2回はやばい」

 

そして勝ちを消された回数は実に6度。8回無失点の好投の後、9回に4点を叩き込まれ、大逆転負けを喫した試合の彼は、平坦になっていたという。

 

 

何はともあれ、宮水青葉という存在が、ついに日本にばれた瞬間が、今日だった。

 

 

そして視点はピッチへ。敗退した島選手が宮水の下へ歩み寄る。

 

「全く間合いが図れなかったぜ。今まで体験したことがない経験だ。どんな練習をしてきたんだ?」

島選手は、ついにこの試合で青葉からボールを奪うことは出来なかった。しかし、ファウルで止めることはほんの数回成功した。

 

といっても、ファウルをしないと止められない現実に、内心では悔しさでいっぱいとなっている。

 

「ドリブルをし続けただけ、なんだがな。けど、今日は本当に間合いを特に気にしないといけなかったから」

 

「?」

 

「体の重心を崩す合気道ディフェンス。初見は驚いたよ。体幹には自信があるのに、最初は完全に崩された」

あれで目が覚めたと青葉は言う。

 

「間合いを意識して、相手の動きを意識して。俺に出来るのは一瞬の穴を見つけるぐらいだから」

 

それに、サイドでの相手を抜くドリブルではなく、運ぶドリブルを強いられたこともある。

 

「サイドの感覚で、鎌学戦まではドリブルしていたけど、今日は何か感覚が違った。真ん中はやっぱり難しい」

 

しかし今日はボールを運ぶドリブルが上手くできたと感じた。駆がいつも見ているという、守備の穴というものが見つけられた気がする。

 

「————お前は、どこでプレーするんだ?」

 

この試合で真ん中は難しいと言い放つ青葉の発言に、差を感じる島。会心の出来といっていいプレーぶりだったはずなのに、本人曰く、

 

————まだ、イメージというか、こうしたいというイメージと合わない

 

理想のプレーには遠いらしい。

 

「————あくまで攻撃の選手として、活躍はしたい。まあ、点を取るポジションが俺の十八番だと思いたいし」

 

なでしこで頑張る彼女の為にも、点取り屋としての姿を見せたいのだ。せっかくカッコいいことを言ったのに、中盤のプレーメーカーになるのは格好が悪い。

 

というより、中盤はあまり好きではない。

 

「——————プロで暴れてくれよ。そうでないと、俺らの世代まで飛び火するんでな」

 

お前にやられた世代が、余計ダメみたいな風潮は避けたい。そして、自分たちを討ち破り続ける傑の真の後継者たる彼には、もっと高い場所で活躍してほしい。

 

「——————アジア人初のバロンドール、出来れば6回獲りたいですね」

とりあえず目に見える形でてっぺんを取るには、5回目が濃厚な世界最高峰の選手を上回る必要がある。

 

青葉にとっては当たり前の発言に、

 

「—————世界のトップに喧嘩売りやがったぞ、こいつ。やっぱこんぐらいビッグマウスじゃないと、上には行けねぇのか」

 

島はリーグ・ジャパン入りすらただの通過点に過ぎないことに戦慄を覚える。15歳の少年がそれを言えるというのが異常なのだ。

 

 

「とにかく、語学勉強が一番の壁ですね。英語の後はオランダ、スペイン語。まあ、義務教育で英語までありましたし、何ヶ国か喋れないと」

 

青葉にとって、コミュニケーションが出来ない段階での挑戦は考えられない。通訳がつくのも有名選手の場合のみ。自分はアマチュアでしか結果を残せていない。ゆえに、自分一人でそれらを補う必要がある。

 

————語学勉強が悩みか、やっぱ感覚がずれているんだろうな

 

 

この試合でも前の試合までもそうだが、数的不利を前にしても突進するのがこの男だ。剥がせばチャンスになるから、彼はチャレンジし続けるのだろう。

 

エゴイストに見えるかもしれないが、誰よりもチームの勝利のために前を向けている。それが宮水青葉なのだということを理解した。

 

「総体の時と同じく、とっとと選手権を制覇してくれよ。高校サッカーで、外から人を呼んで、ただ勝ち名乗りする蹴球に対して、一泡吹かせたいんだよ」

 

総体に続いてそのつもりだったんだけどよ、と島は口惜しそうに言う。

 

「相手がどこだろうと勝利することが強豪校の義務。あまり好きではない言葉だけど、カッコいい言葉ではあるね」

 

リーグ・ジャパン黎明期のスーパースター、彼の魂を受け継ぐチームの選手ならば、きっとこういうだろう。

 

 

 

そう言って、青葉はベンチへと去っていくのだった。

 

 

「あっ」

そこへ、丁度入れ違いになった駆がやってきた。彼は島を見た瞬間に気まずそうにしていたが、

 

「気にすんなよ。というか、あのルーレット、本当に見分けがつかねぇな」

 

直前までどちらのルーレットなのかが分からない。その後に小刻みなフェイントを入れられたら、もうどうしようもできない。

 

 

影のルーレットと、王道のルーレット。駆の使い分けは一朝一夕で身に着けたものではない。

 

「—————江ノ島は蹴球に勝って、青葉と一緒に僕はプロで暴れます。必ず」

 

何か強い意志を感じさせる駆の言葉。きっと彼に決意させたものは軽くない。今までのフットボール生活で感じたことを、駆は素直に表現していた。

 

「—————上のレベルで、俺の合気道ディフェンスは通用しなかった」

 

海外では特にそれが顕著だった。だから、まだまだ直す場所がある。

 

「—————だから、このディフェンスの課題を修正して、俺もお前らに追いつく。内定見込みの行き先は二部だが、すぐに昇格してみせる。勝ち逃げは許さないぞ?」

 

 

「はい。僕らだって次も負けません。ゴールを決める。それが僕にとってのエリアの騎士ですから」

強い決意を尚も緩めない駆。相応しい選手であり続けたい。兄が考えた騎士にはなれないかもしれないが、自分で考えた騎士像ならここにある。

 

駆の頭の中にあるのだ。

 

 

そして準決勝の次の相手は、相手高校を前半だけで圧倒していたのだ。

 

「——————よく動いているな。それに真ん中の選手のシュート力も侮れない」

 

恐らく、最も江ノ島にとっての脅威となる存在を目の当たりにした織田の視線の先には、キャノンフリーキックを思わせるシュート力を誇る、鳳凰学園のエース、甲斐巽がいる。自分と同じ2年生である。

 

「確かに、バイタルエリアで打たせたくないですね」

 

青葉も、自分と同等のシュート力を備えるストライカーは危険だと思わざるを得ない。

 

————何よりプレーに迷いがない。しかし、2枚ほどあれば動きは止められる

 

自分がいかに前線で足止めをすることで、数的有利になる時間を稼げばいい。

 

「マッチアップするかもしれない相手は、テクニシャンだぞ、駆」

 

そしてさらに問題なのは、この鳳凰の司令塔司馬良介。小柄だが、テクニックのあるタイプである。フィジカル的には少し前の駆を思わせる。

 

身長は170cmに満たない司馬と、トレーニングの成果で174cm辺りまで成長した駆。体格差は歴然だが、駆は小柄な選手のメリットを良く知っている。

 

—————まさか、こっちの側で対応することになるなんてね

 

自分がフィジカルで勝る展開、そんなマッチアップになり得る展開。彼の俊敏性は警戒しなければならない。

 

「はい。でも、いずれ鳳凰以上の壁を乗り越えないといけません。なら、江ノ島は勝つ。その為のプレーをするだけです」

 

プロになれば、高校サッカーのレベルを何枚も超えていかなければならない。海外挑戦の時には、それ以上に成長しなければならない。

 

油断はない。しかし、ここで止まるつもりはない。

 

「————エースらしい発言が板についてきたな、駆も!」

 

中塚は、まるで傑のようなことを言い始める駆に感慨深い気持ちになっていた。

 

—————やっぱあんた、駆の中で生きているんじゃねぇか、傑さん

 

「へっ、となれば青葉と駆は攻撃に専念しとけ。チャンスメイクは俺に任せろ」

 

荒木が、しっかりとチャンスメイクして見せると宣言する。プレーメーカーとしてドリブラーとしての側面も持つ彼が三列目から攻撃参加する。江ノ島の中枢になりつつある彼の貢献は重要だ。

 

「やはり前線での絶対的な武器が必要になりますね」

岩城監督は鳳凰が江ノ島と同じ、走る攻撃的なサッカーであることを認識したうえで、ゴール前での武器を持つ選手をそろえ、打ち勝つしかないと考えていた。

 

守ることも重要だが、場合によっては撃ち合いになる。攻撃のメンバーもより攻撃的でなければならない。

 

バランスではなく、相手に怖さを与えられる存在。

 

 

 

そして、対する鳳凰学園。禁じ手ともいえる中盤と、点取り屋、チャンスメーカーのサイドという二つの顔を持つ、宮水という選手のスケールのでかさに難儀していた。

 

「やっぱとんでもないな。今大会の日本人の中で最強クラスだ」

 

監督の伊庭は、これまでの青葉のプレーを見てそう判断した。

 

突破力とクロスの精度、決定力の高さ。さらにスピード。全てを兼ね備えた選手でありながら、甲斐と同等以上のシュートコントロールと威力を誇る。それがスピードに乗って襲い掛かるのは反則だ。

 

「しかも、プロ入り内定だろ? 高校1年目で。しかもイケメン! 恋人のコの字もないけどな」

 

鳳凰の中でも、宮水の話は至る所で出ていた。彼こそが、江ノ島最大の攻撃力。それでも彼らは弁えている。

 

江ノ島は青葉のワンマンチームでないことを。それは皆が重々承知だ。しかし

 

「しかし、やるべきことは変わらない。絶対に決勝に進出して、カップを掲げて、それで向日葵の下へ戻るんだ!」

 

県大会を制した直後の濡れ衣により、鳳凰学園は大会辞退を迫られていた。エースで司令塔の司馬の携帯カバンに、たばこが紛れ込んでいたのだ。

 

未成年者の喫煙疑惑という、不祥事による大会辞退を迫られ、その証拠を通報したのは、決勝戦で惨敗を喫した相手高校の生徒。

 

いくらでも推論を並べ立てられるような展開。そして、その動機も善意での通報なのか、それともそれ以外の感情が生まれたのか。

 

どちらにせよ、この件は過去の産物となり、選手権本選に鳳凰イレブンの姿がある。故に決着したはずだった。

 

このチームのマネージャー、日向向日葵が昏睡状態にならなければ。

 

 

彼らは、その証拠である司馬の物品と、彼がいた場所では時間帯的に無理だと知っていた。彼はその時、別の場所にいたのだ。

 

ゆえに、その目撃者を連れてきて、アリバイを証明しなければならなかった。

 

エースの危機を救うために、部員全員が一つになり、その証拠を集めた。顧問も必死になっていた。

 

しかし、向日葵が鳳凰の苦境を救う可能性のある中学生に巡り合っていた。彼らはその時間帯に、司馬とともに携帯で写真撮影をしていたのだ。だからその写真こそが、司馬の身の潔白を証明する得難いものであったのだ。

 

彼女はそれに辿り着いた。大雨の中、二人の中学生の証拠が決定的なアシストになった。

 

逆に、司馬を嵌めたような行動と受け止められてしまった相手高校は、軽い注意を受けるのみにとどまった。が、鳳凰の出場が危ぶまれる事態に陥らせたことは、鳳凰の選手が町中で証拠を探し回っていたことから、明るみに出てしまう。

 

平たく言えば、今後有望な選手が集まりづらくなったのは確かだろう。

 

 

「—————向日葵の頑張りがあったから、俺たちはここにいる。相手はすげぇ強いかもしれねぇけど、だからってやる前から嫌な気持ちにはなりたくない」

 

 

相手は、高校サッカー最高傑作といわれる江ノ島イレブン。蹴球とは違った変化を遂げた、日本の高校サッカーの未来を担う存在を擁する。

 

「だから、やってやろうぜ!」

 

苦難を乗り越え、サッカーを楽しいものと捉え、ここまで来た鳳凰学園。江ノ島にとって、この試合はどういったものになるのか。

 

 

 

 

準決勝の組み合わせが決まり、国立での試合が始まる、前夜。

 

 

青葉は家族に電話をかけていた。

 

「もしもし、三姉? こんな夜遅くにごめん」

 

 

「大丈夫やよ、青葉。とうとう後二試合で、青葉の高校サッカーも見納めやね。あっという間で、これからプロの舞台に飛び込む—————信じられない気持ちかも」

 

電話の相手は宮水三葉。彼の姉との久しぶりの会話。前に連絡した際は、プロ入りを決めた時だった。

 

「いきなり驚いたわぁ、あん頃は。ETUっていうチームに入るって聞いた時は、びっくりしたんよ?」

 

瀧の方はかなり驚いていたらしい。東京ヴィクトリーではなかったことに、彼は首をかしげていた。

 

「とにかく、一年目で勝負できる場所で試合をしたかった。ヴィクトリーでもチャンスはあったけど、江ノ島に来て色々考えた。登っていく感じがするチームにいるのは、案外心地よかった」

 

江ノ島以外の、蹴球にいたのなら、こんな気持ちにはならなかった。レベルの高い場所でレギュラー争いに勝つ。その思いだけだっただろう。

 

「選手として、人として成長できた。いい友人にも恵まれた」

駆という盟友に出会えたことは、個人的にも日本サッカー界的にもよかったと。

 

「—————よかったね、青葉。それと優勝旗、みんなで持った姿を見せてぇな?」

 

「勿論、そのつもりだよ、三姉。四葉とお婆ちゃんによろしく。おっと、市長のお父さんにもよろしく」

 

「畏まった名称で呼ばんといて。お父さん背中が痒くなるやん。うん。ちゃんとお姉ちゃんが伝えておくね」

 

 

家族との邂逅を終え、最後にコールする相手は——————

 

 

「—————驚いた、まさか私に電話をかけてくるなんてね、アー君」

 

やや驚いた、虚を突かれたような声が聞こえてきた。

 

「何となく、声を聴きたくなった。今の俺は、十分やれているのか。今日は少し物足りなかったから」

 

舞衣は、青葉の問いに対して少し考えた。ボランチとしての彼は確かにいいプレーを連発していた。しかし、サイドやトップ下で見せた勝利に直結するようなプレーは少なかった気がする。

 

「やっぱり、アー君は点取り屋だから。ゴールをたくさん決める姿が絵になると思う。派手なパフォーマンス。アー君はあんまりしないけど、いつかみたいな」

 

ゴール前で憎らしいほど冷静な彼の姿は、畏怖と脅威を知らしめるだろう。しかし、彼はゴールを決めてもほとんど感情を出さない。精々手を振るぐらいだ。

 

「パフォーマンスは意識していなかったからね。それよりも次どうしようかって考えていたから。でも、舞衣が言うならそうなんだろうね」

 

ゴールパフォーマンスはあまりやってこなかったからこそ、やってみたいという気持ちがないわけではない。

 

「決定的なゴールの時に、劇的な展開の時に、やってみようかな」

 

「うん。カッコいいの、期待してるよ、アー君。それと私は蹴球の学生だけど、江ノ島を応援することに決めたから」

 

「え? いやしかし————」

 

舞衣の宣言に驚く青葉。蹴球の学生は母校を応援するのだから、無理にこちらを応援しなくても、と彼は考えた。

 

「私は、勿論江ノ島のサッカーが好きだけど、アー君のサッカーを目指しているから」

 

 

「私にとっての、目標であってほしいから。だから、勝ってほしい。私のこと、度肝を抜かせてほしいの!」

 

同じ点取り屋として、自分を元気づけてくれた人の活躍を見たかった。きっとあの場所に立てる、あの次元に立てると信じて、これから走り続けるために。

 

「それだけ、私にとってアー君は特別な選手なの。だから、頑張って!」

 

彼女の嘘偽りのない本音。それらを込めた激励は、青葉の心に強く響いた。

 

「—————いい喝を貰った。少しプロ入りが近づいて、浮ついていたかもしれない」

 

後二試合と考え、名残惜しさを感じていた。それが1試合になるかもしれないのに。負けたら終わりのトーナメントでなんて間抜けだ。

 

 

目の前の鳳凰に勝つ。そして蹴球も蹴散らす。その初心をどうも忘れていた気がする。

 

「得点王とベストイレブン。とれるかは分からないが、一番記憶に残る選手を目指すさ」

 

 

「うん!」

 

 

 

電話を切った青葉は、舞衣と話せてもやもやが晴れた気分になっていた。彼女は光だ。火の玉のようになる時もあるが、基本的に人を元気にするような人だ。

 

だから、彼女の明るい声を聴いた時、励ましと喝を貰った時、気分が楽になった。

 

「—————まだ浮ついているのか、俺は」

 

どうしようもないな、と青葉は自分に苦笑いするのだった。

 

 

 

そして一方、舞衣は久しぶりに青葉の声を聞けたことで、心臓がバクバクしていた。

 

—————アー君は私にとっての目標。私が目指す点取り屋の姿勢をすべて持ってる

 

だから、あくまで選手として尊敬できる人だ。

 

————アー君のように、活躍できれば、そのプレッシャーに打ち勝てた時、それはどんなにすばらしいことだろうと

 

 

きっとその時は、彼は自分のことを褒めてくれるだろう。その言葉が一番欲しいのだ。

 

 

—————ああ、そっか。私、応援されたかったんだ

 

 

幼い頃に母親は病に倒れ、父はそんな彼女に先立たれてしまった。父が母親を愛していたのは知っていた。泣き笑いのような顔で、時々自分を見ていたことも知っている。

 

きっと、どこまでも母に似た自分に、彼女を連想させてしまったのだと。

 

しかし、そんな父親のことを分かっていたはずなのに、仕事に没頭する彼との間に溝が出来てしまった。

 

仕事人間で、家事がとてもできない片親。いつ帰ってくるか分からない。そんな日が毎日続いた。

 

寂しかったのだ。一人でいることが。自分が少しずつ変わっていることを誰かに見せたかった。誰でもいいから自分を見てほしかった。

 

だから、邪険に扱うこともできない。ずっと前の代表合宿の昼間、いわゆる公開練習中に現れた父を目の前にして、持ち前の笑顔を張り続けることが出来なかった。

 

ここまで育ててもらった親なのに、寂しい気持ちをぶつけたら、迷惑なはずだから。

 

この溜まった負の感情を、上手く発散することが出来なかった。青葉に会うまでは心の整理をつけることも出来なかった。

 

「アー君のおかげなんだよ。素直な私に戻れたのは」

 

あれから、少しずつ溝は浅くなってきている。最初は戸惑う父親だったが、自分の本音を知って、夜に電話する回数も若干増えた。

 

毎日自分のために頑張ってくれていることが、学生の自分を守ってくれていることを、わかるから。

 

代表の中でも、同世代の友達が出来た。何気ない話をすることが、こんなにも素晴らしいことなのだと、理解できた。それを伝えたら、「そうか」と口数は少ないものの、感情の機敏に聡い彼女は、彼の感情を理解できた。

 

 

そんな家族の絆に気づくきっかけをくれた恩人。だから、ここまででいい。

 

————私にとっての目標。それだけでいいんだ

 

いつもなら恋愛対象になるはずだった。ちょっと不器用で、でも優しい男の子を好きになると思っていた。

 

だが、恋に落ちるような感情はついに沸かなかった。

 

————私は、アー君を男の子としてみるよりも、選手として見ている。

 

選手としての彼が好きなのだ。彼のプレースタイルが出来ればどんなにいいか。だから、彼は登り続ける。そして自分もそれを目指し続ける。

 

————ウィッチィには負けないよ、アー君。ペアでバロンドールを獲るのは私たちなんだ

 

いつか憧れの彼と共に、その頂に上がれば、きっとそれは素晴らしい未来なのだと。

 

 

 




いつかのETU IF

青葉「今日はありがとう。貴女のおかげでミルコさん達も迷子にならずにすんだよ」


藍子「い、いえ。出来ることをしただけです。英語しか取り柄がないし・・・」


青葉「正直驚いたよ。日常会話が苦にならない語学力。将来どこかを目指しているのかな? 海外で活躍できる場所を探していたり」


藍子「!!!」



その後・・・・・



丹波「元気出せよ、青葉。そんなに落ち込んでいるのか?」

亀井「プギャー! ざまぁないな、青葉!!」

石浜「落ち着けよ、カメさん。あんたどんだけ嫉妬しているんだ・・・」


青葉「分からないんだ、どうして彼女はあんな悲しそうな顔をしてしまったんだ」


飛鳥「・・・・・青葉。英語が出来るから、彼女は将来海外で何かを目指している。本気でそう思っていたのなら、少し短慮だったかもな」

青葉「飛鳥さん?」

飛鳥「だが、これはデリケートな問題だ。踏み込むのなら、それなりの覚悟をしろよ。俺から言えるのは、それだけだ」



栗澤「これは、ETUのセッティングパパこと、俺の出番かな?」



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第四十一話 反撃のバリスタ

投稿が遅れて申し訳ない。タイトルに時間がかかってしまった。


ついに始まるセミファイナル。舞台は国立競技場へと移り、ベスト4にのみ許された聖地での戦いを待つのみである。

 

 

国立————————

 

それはサッカーファンの聖地、日本サッカー開闢の歴史とともに、その時を歩んできた場所。

 

 

多くのプロ選手と、躍動する選手たちの若かりし頃を記憶する場所。

 

 

ゆえに、その歴史はこれからも続く。2015年の次も歴史が、ヒーローたちの雄姿が刻み付けられる。

 

『さぁ、大会もいよいよクライマックスを迎えようとしています。選手権大会準決勝第一試合。神奈川代表、江ノ島高校と、滋賀代表、鳳凰学園の一戦ですが、どちらも攻撃に重きを置くサッカーが持ち味ですね』

 

 

『ともに大差でゲームを終えることから、撃ち合いが予想されますね。今大会唯一の無失点を続ける江ノ島高校の牙城が破られるのか。そして、得点王争いでもしのぎを削っていますからね』

 

 

『6得点を挙げた逢沢駆選手に、5得点の甲斐選手、パトリック・ジェンパ、レオナルド・シルバ、4得点の宮水選手。3得点で追う高瀬選手と今大会は点取り屋の活躍が目立っています』

 

『得点王争いは熾烈ですが、まずはこの準決勝。どうなるかが楽しみですね』

 

 

 

スターティングメンバー発表と、試合前のミーティングを行う江ノ島では

 

 

GK 16番 李

LSB15番 中塚

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF12番 堀川

LMF11番 兵藤

RMF 8番 宮水

OMF 10番 逢沢

CFW   9番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)1番 紅林、19番林葉、(DF)17番 藤田、5番 三上、2番 桜井、(MF)7番 荒木、13番 火野、18番 的場(FW)20番 夏目,

 

 

「センターバックは海王寺君と錦織君。相手は今大会トップレベルの攻撃力を誇るチームです。ですが、クリーンシートを狙ってもいいんですよ?」

 

「うっす。それが出来ればプロも近いっすね」

 

「浮つくな、錦織。油断せず、行くぞ」

 

滾る錦織と、冷静な姿勢を崩さない海王寺。クリーンシートを保つ守備陣の中枢を担う二人は、かなりの自信を持っていた。

 

「最重要課題は、甲斐君に前を向かせないことです。彼の得意な姿勢にさせないこと。海王寺君がマッチアップすることになります。苦し紛れの枠外シュートは気にしないでください」

 

「もう一つ問題なのは、ボランチの上りと、司令塔司馬選手の飛び出しです。間合いとポジショニングに注意して、司馬選手とのマッチアップの際はリトリートで。ブロックの構築まで時間を稼いでください」

 

「まあ、的場みたいなタイプだからな。一歩目が遅くても、奴の三歩が俺の一歩と考えれば怖くないさ」

 

確かにアジリティはある。しかし、その横の幅はどうだ。

 

 

日常のようにドリブラーと対決する彼らディフェンダー陣にとって、ドリブラーとの対決は日常茶飯事だった。

 

何しろ江ノ島のドリブラーたちは、上りの少ない味方を見るや、数的不利でも仕掛ける馬鹿どもの集まりなのだから。

 

うちの宮水に比べれば、どうということはない。フィジカルでぶつかってこない相手など、恐れるに足らず。

 

こじ開けてくる相手が怖い。

 

「そして中塚君と、八雲君。特に八雲君は連戦になりますが、奮起をお願いします。相手は今大会注目のサイドバックコンビ。中塚君は自慢の足と泥臭さ。八雲君は縦一閃を警戒してください」

 

「うっす。早さと反応なら負けねぇっす!」

 

「連戦? 俺が替えの効かない存在ってだけじゃないっすか! やってやりますよ、俺は!」

 

そうだ。八雲はフル出場のサイドバックで奮闘する選手だ。守備陣の中で攻守に貢献する数少ない選手である。特に、今回は宮水との久しぶりのタッグ結成。モチベーションは上がっている。

 

そして中塚はここにきて、自慢のスピードが攻撃に活かされることを期待されている。さらにその足は、守備でもきっと活かされる。

 

「堀川君は、司馬選手をマンマークしてください。今回、サイドケアは織田君に担ってもらいます」

 

「ひひひ。エースキラー襲名していいっすね?」

 

「ええ。彼に仕事をさせたら向こうのペースですからね」

 

堀川は、ハードマークで司馬を潰す役目。とはいえ、深いエリアまで下がった司馬をマークするわけではなく、マンマークとゾーンディフェンス、周囲との連携がカギになってくる。

 

「司馬君が深いエリアまで下がった際は、セカンドボールを狙っていてください。相手は君が、攻撃のスイッチであるとは考えていないだろう」

 

守備的ボランチでの起用が多い堀川だが、縦に早いサッカーにおいて、その役目は重要な使命を背負うことになる。

 

ゆえに、彼には三列目からの攻撃の手助けが求められる。

 

 

「織田君はポゼッション時、堀川君からボールが来たときに攻撃の組み立てをお願いします。織田君はまず高瀬君を見てください。厳しいならサイドにはたいて、サイド攻撃を。ピッチ上でのタクトは君に任せます」

 

「分かりました!」

 

高瀬というポストの上手い選手を見つけ、厳しいならポゼッション。高瀬へのボールが厳しいということは、それだけサイドが空くということだ。

 

「カギになるのは二列目です。逢沢君は司令塔のポジションですが、セカンドトップの動きをしてもらいます。下がってボールを受けたり、ドリブルをしたり。君のセンスが試されます」

 

「わかりました!」

 

攻撃のカギを握る二列目。逢沢はセカンドトップの動きで偽9番に近いプレーを求められる。そしてチャンスと見るや、高瀬の背後から襲い掛かる。

 

「兵藤君は味方が上がり切っていない状況であれば、仕掛けても構いません。むしろ、どんどん仕掛けてください」

 

「やってやるよ、岩城ちゃん」

仕掛けていいと言われてニンマリする兵藤。

 

「ですが、パスならば逆サイドへの大きなボールをまず狙ってください。厳しいボールぐらいが丁度いいです。宮水君を走らせてください」

 

サイドから逆サイドへの展開。仕掛けが厳しいなら近場へのパスではなく、大きなロングボール。宮水の足は最速だ。だから、届くと信じてハードボールでチャレンジしてもらう。

 

「鬼っすね、青葉には」

苦笑いしている青葉を見て、同情を禁じ得ない兵藤。

 

「抜けたらチャンス。仮に失敗しても、相手のディフェンスラインを下げさせることが出来ます。リスクはそれほどありませんからね」

 

 

「そして宮水君には、クロスカットイン、シュートのタイミングは君に任せます。君のところで違いを見せれば、得点の可能性は高まるでしょう」

 

「はい」

エースとして、チームを牽引する動き。それが宮水のサイドアタッカーとしての役目。相手は当真と並ぶ、今大会注目のサイドバック。

 

 

「高瀬君はポストプレーだけではなく、強引なプレーもお願いします。フィジカルを活かして強引にシュートを狙ってください。ただ、味方がいる時は前もって何をするべきかをより即決にして、プレーしてください」

 

味方が寄るとプレースピードが遅くなる、ではなく前もって想定しろということ。期待をしている高瀬には厳しい注文が飛ぶ。

 

 

 

スタメンが電光掲示板に表示され、サイドアタッカー青葉の姿に大歓声が。

 

 

「ついに本領発揮!! 宮水のドリブルが見られる!」

 

「かなりスピードを意識した陣形だな。堀川と織田のダブルボランチか!」

 

 

—————宮水ッ!! 宮水ッ!! 宮水ッ!!

 

 

————逢沢ッ!! 逢沢ッ!!  逢沢ッ!!

 

 

「今日もゴールを決めて得点王頼むぜ、逢沢ァァァ!!!」

 

「栄冠もタイトルもとっちまえ!!」

 

「逢沢に負けるな、お前も目立てよ、宮水!!」

 

「クロスボール、そろそろ見たいぞ!!」

 

看板選手が攻撃、二列目に集結。逢沢と宮水は出場するだけで歓声が上がる。それほどの選手、高校サッカーのスター選手になっていたのだ。

 

さらに、

 

「江ノ島の空中要塞高瀬!! やっぱゴール前の圧力は半端ない!!」

 

「遠野の壁をこじ開けたヘディング!! 期待しているぜ!!」

 

 

—————高瀬っ!! 高瀬っ!! 高瀬っ!!

 

 

遠野の壁を打ち破った高瀬。あの鉄壁守備陣に風穴を開けた名声は、伊達ではない。遠野相手からゴールを決めたことで、彼もまた、可能性を秘めるようになっていた。

 

 

現地に集結することが出来なかった高瀬家の面々は、テレビの前で高瀬コールが起きていることにびっくりしていた。

 

「凄い、兄ちゃんが声援を浴びてる!!」

 

「兄ちゃんってすごかったんだ————」

 

ちび達の前で、フォワードとしての役割を果たせるのか。高瀬は今、最初の分岐点に立っている。ここでプロサッカーチームの目に止まるのか、それともまだお呼びではないのか。

 

—————家族の為、一度自分の道を曲げた達郎が、ここまで来た

 

最初の夢を諦めた、諦めさせたのは不甲斐ない自分たちのせいだ。彼の母親は、背番号9を背負う彼の姿を見て、目が潤んでいた。

 

————がんばれっ、達郎

 

 

そして、神奈川のライバルが、彼らの雄姿をテレビの前で固唾をのんで見守る。

 

「俺たちに勝ったんだ。神奈川王者が伊達ではないことを、魅せてくれ。江ノ島高校」

 

「だな。まあ、うちも江ノ島とは競り合っていたんだけどな。大差で勝ってもらわないと、うちの沽券にかかわる」

 

「駆が、傑さんを超えているような、そんなシーンが俺は見たいですね」

 

鎌学の面々は、江ノ島の雄姿と勝利を見たくてうずうずしていた。どこまでも長所を磨き続け、一つの生き物のように変化する江ノ島高校。

 

青葉だけではない。駆だけでもない。いろんな選手がいいプレーをしている。凄いチームで、まだ未完成だ。

 

 

さらに、湘南大付属の日比野は、プロへと羽ばたこうとしている駆たちをチームメートと共に見守る。

 

「行けッ、駆! お前なら、お前たちならできる!」

日比野は、この一年で大きく成長した駆が、この世代を引っ張るのだと信じて疑わない。勿論、宮水もこの世代を引っ張るだろう。

 

「まあ、神奈川ですっかり有名になったからな、あいつらは」

本田マイケルも、彗星のごとく現れた傑の弟の活躍に目を輝かせる一人である。

 

 

日本サッカーの希望は終わっていなかった。傑が死んで、司令塔がいないとさえ言われた。

 

しかし、荒木が江ノ島でもう一度這い上がり、下の世代で兄の遺志を継ぐ駆が化けた。傑が認めた宮水が更なる飛躍を遂げている。

 

いつか、日本の攻撃はこの3人が起点になる、そういわれる日が近いかもしれないと。

 

 

—————必ず、決勝に行って、蹴球に勝ってくれ!

 

 

 

 

前半は鳳凰学園ボールからのスタートで開始し、サイド攻撃からダイナミックな展開を披露する。

 

右サイドハーフ吉田が兵藤のフォアチェックを受けるが、ヒールで外側を走るサイドバック、谷へとボールが渡る。

 

今大会攻撃参加が目立つ両サイドバックの運動量はそこが知れない。しかし対するのは江ノ島の中塚。超人的な俊足の持ち主で、守備を鍛えられた相手だ。

 

————あっという間にコースを消されたッ!

 

中塚はリトリートしながら縦を封じ、その上で半身になりながら近場へのパスを塞ぐよう手で指示を出す。

 

はたから見ればコースはあるのだが、ボールと体が離れた瞬間に狩られる予感があった。

 

爆速下手糞サイドバックの中塚は、その身体能力だけは侮れない。

 

「近場簡単に通すな!! マコさんッ!」

 

「おうよ!」

 

見事な連携、兵藤のカバーリング。抜かせないし、出させない。だが、谷が見たのは逆サイド。

 

「中央カバーリング、堀さん!」

 

「了解ヨ!」

 

鋭い声とともに、青葉が堀川に指示を出す。決めてくるのは中央だ。サイドでは来ない。

 

「くっ」

 

ワンタッチでボールを受け、左サイドの山本は八雲が後方に、そして下がって守備をする宮水の圧力に屈し、衝動的に中央へとパスを出してしまう。

 

—————狙われたッ

 

ドリブルならワンテンポ遅れ、刈り取られる。しかし青葉は既に中央へのパスを予測していた。

 

 

半端なパスになったボールは、ハードマーカーから一転、ボールハンターと化した堀川に渡る。

 

 

「くっ———え?」

 

ボールをロストした山本は悔しそうにするが、近くにいたはずの青葉がいないことに気づく。一瞬しか目を離していないのに。

 

 

すでに青葉は、堀川が動いた瞬間に動き出していた。

 

 

「こっちっ!!」

 

スペースを指さし、青葉がボールを貰う。彼の先には広大なサイドのスペース。

 

 

堀川が動いた瞬間に、江ノ島のスイッチが入る。ボールホルダーの堀川が前に突進。ディフェンスラインも連動してあげてくる。

 

「あがれ、あげていくぞ、ライン!!」

 

海王寺の一声とともにディフェンスラインも上がる。コンパクトな陣形。カウンターの際に江ノ島の鋭さがさく裂する。

 

 

そして堀川のサイドへのスルーパスが青葉に通る。

 

「きたぁぁぁぁ!!!」

 

「8番宮水!!!」

 

その瞬間、歓声が上がる。加速した状態、トップスピード間近の青葉がついに鳳凰エリアに牙をむく。

 

トップスピードとなった青葉を止めようとする左ボランチだったが、

 

「あっ!!」

 

空踏みからのダブルタッチで、縦一閃を決められ、理想的なボール運びでスペースを突進。止まらない。

 

さらに、ゴール前へと一直線に走る青葉に、バイタルエリアからボールを要求するのは高瀬。

 

————きやがれ、青葉!!

 

ニアサイドに走りこんでくる高瀬に釣られ、センターバックが一人つり出される。

 

 

だから、彼はその瞬間を逃さない。

 

 

『ニアサイドへのアーリー、高瀬落としたッ! ダイレクトぉぉぉぉぉ!!! あっとキーパーファインセーブ!!! 高瀬の落としから最後は逢沢!! キーパーの正面をついてしまったか!!』

 

逢沢の強烈な左足が鳳凰ゴールマウスを脅かす。強烈なカウンター攻撃を見せつけた江ノ島攻撃力に冷や汗をかく鳳凰サイド。

 

—————攻守の切り替えが早すぎる。

 

————やばい、俺のとこだ。俺のところですでに————

 

堀川こそが、江ノ島の攻守のスイッチなのだと認識した鳳凰学園。カウンター攻撃時、彼のハンティング能力は発揮される。

 

 

しかし鳳凰のピンチはまだ続く。コーナーキックでは、完璧なポストプレーを見せつけた高瀬が控える。

 

『さぁ、高瀬にはダブルチーム。背の高い海王寺、錦織も上がってきている!』

 

身長では分のある江ノ島高校。ターゲットポイントが3つあることで、プレッシャーも圧力も半端がない。

 

蹴るのは織田。そのボールが、

 

『キーパー飛び出したァァァ!! ナイスキャッチ!! 寸前で高瀬へのボールを防ぎました!!』

 

 

倒れこみながら、高瀬へのボールをキャッチする鳳凰のゴールキーパー愛甲。その跳躍力で、数々のライバル校が沈められた高瀬の攻撃を防いだ。

 

「ぐっ————へへっ、止めてやったぜ」

 

笑みを浮かべる愛甲。高瀬はそれを見て憮然としつつも急いで自陣へと戻っていく。

 

最初の攻防で、鳳凰はロングパスを出しづらくなり、特に左サイドでの勝負を躊躇することになる。

 

しかも、ハードマークを受けている司馬は、簡単に前を向くことが出来ない。

 

「くっそっ!」

 

ボールを持たせることは出来る。しかし堀川の執拗なディフェンスが彼に自由を与えない。

 

抜かされても、織田のカバーリング。甲斐はしっかりとマークを食らっている。

 

————これが、今大会無失点を続ける江ノ島のディフェンスっ

 

固い。それでいて単独での突破を得意とする攻撃的選手が揃う。まるで南米のウルグアイの様な堅守速攻。さらにポゼッションも可能だ。

 

何か穴はないのか。何か—————

 

 

—————正攻法じゃだめだ。

 

ボランチにバックパスをし、ボールを戻す司馬。何か考えついたようだ。

 

 

そしてロングボール。青葉のいる左サイドを避け、右サイドハーフの吉田へともう一度わたる。

 

 

そして今度は単純なオーバーラップ。中塚が当然しっかりとフォアチェック。簡単に追いつかれてしまう。

 

—————個人では勝てない、けど!!

 

「司馬君が来ます!! 受け渡しをしっかり!」

 

岩城が声を出す。二列目からの飛び出し。司馬の得意とする動きが来た。その一瞬、錦織の目に司馬が映ってしまう。

 

「ッ!!」

 

しかし錦織は甲斐をチェイシング。甲斐へのパスコースをほぼシャットアウト。

 

したかに見えた。

 

 

「司馬ッ!!」

 

吉田から谷へ。オーバーラップに反応した中塚が兵藤とともに守りを固めるが、中塚が一瞬ぬかれてしまう。

 

「ぬっ!!」

 

シザースからの逆シザースで中に入る動き。インナーラップの動きで谷が攻撃参加。中塚は兵藤のマークから逃れた吉田を見てしまう。

 

————また縦か!?

 

そしてここで三列目の攻撃参加。中に入る谷とのパス交換をするのは、ボランチの新庄。先ほど青葉に簡単に抜かれてしまった選手だ。

 

ダイレクトミドルシュート態勢に入る彼を止めようとするのは、織田。

 

トンっ

 

しかしここで変化をつける。中に走りこんでくる谷が止まらない。マークを外してしまった中塚が驚愕した顔で彼を見る。

 

————おまっ、サイドバックじゃねぇのかよ!

 

 

『ダイレクトでクロス!! ああっと甲斐に通ってヘディングシュート!! 止めたァァァ!! 李、ファインセーブ!!』

 

しかし、甲斐のヘディングシュートは李のセービングに遭い、ゴールならず。しかしセカンドボールが転々とする。

 

「前打たせるな!! 」

 

一番に飛びついたのは司馬。そして堀川がマークに入る。

 

————前に向けなくても、俺が巽にボールを託すんだ!

 

ボールを浮かせた司馬のハイボール。司馬の背後へとボールは飛んでいく。奇天烈なパスに反応したのは、やはり背後にボールが来ると信じていた甲斐。

 

————完璧だぜ、お前のパスは!!

 

 

「!?」

 

完全に一対一。キーパーが前に出ようとするが、完全に裏のスペースを取られた李に為す術はない。

 

『ダイレクトぉぉぉぉ!!! 決まったぁァァァぁ!!! 鳳凰学園先制!!! 決めたのは鳳凰学園のエースストライカー、甲斐巽!! これで得点ランキングトップタイとなる6ゴール目!!』

 

背後から来るハイボールをダイレクトで蹴りこんだ、甲斐のシュートが李の逆を突いたのだ。

 

 

『前半18分!! ついに堅守を誇った江ノ島の壁が破られました!!』

 

 

「切り替え切り替え!! これくらいの逆境、鎌学戦を思い出そうぜ!!」

 

兵藤が檄を飛ばす。あの時の様な執念を感じる相手は見てきただろうと。

 

「そうだ。集中するぞ!!」

 

「済まねぇ、李さん! やられちまった————」

 

海王寺が謝るが、李は気にしていないそぶりだった。

 

「今までキーパー陣が楽を出来ていた。ヒーローになり損ねた俺のミスだ。取り返すぞ、お前ら」

 

「へっ、そうだな!!」

 

先制された江ノ島だが、全然へこたれていない。むしろこのゴールで、また一段と集中したと言っていいほどだ。

 

 

 

江ノ島ボールから始まる攻撃は、ついに右サイドのあの男へ。

 

 

「ほらよ!! 追いついて見せろ!! 青葉ッ!!」

 

 

兵藤からの超ロングレンジパス。暴力的なスピードと相手への気遣いを無視した、キラーパスが大きく展開を動かす。

 

「なっ!?」

 

「あんなパス誰も!!」

 

鳳凰イレブンの間でも、あのパスに追いつけるはずがないと考えていた。だが、その常識外れの脚力は、その現実を暴力的な速度で凌駕する。

 

 

『!!! なんと!! ここで兵藤の無謀なロングフィードが通りました!! 何という脚力だ!!!』

 

 

『チャンスですよ、これは! 逆サイドへの速い展開に、最速の青葉君! 鳳凰の守備が完全に乱れました!!』

 

 

 

ここで、兵藤のロングフィードチャレンジが成功。意表を突く青葉へのロングボールが、鳳凰にとって最悪な形で渡る。

 

 

 

バイタルエリア手前からのドリブルは、鳳凰に無慈悲なピンチを齎す。青葉を止める手段を持たない彼らに、抗う術はない。精々味方のミスを願うだけの、神頼み以外に手段はないのだから。

 

 

「—————っ」

 

その青葉がトラップと同時に中に切り込む。ファーストトラップで勢いを殺し、逆足のヒールで方向を変える。走りながらのクライフターンで鮮やかにまず一人を躱す。

 

尚も勢いが増す青葉のドリブル。バイタルには近づけさせたくない鳳凰が寄せる。

 

————間合いが、測れないっ

 

空踏みからの反発ドリブル。重心をずらされ、それなのに体幹が一切ブレない青葉の動きに付いていけていない。ワンテンポ速い青葉の得意技、ドラッグシザースが彼らから余裕をなくす。

 

今度はボランチの本多が躱される。やはり超高校級のドリブルは簡単ではない。

 

「させるかよ!!」

 

しかしここで青葉にチャージするのはセンターバックの藤田京太郎。屈強さと俊敏性を誇る大型センターバックが青葉に立ち塞がるが、

 

—————開いた

 

背負いながらのハイボール。その先には—————

 

「おぉぉぉぉ!!!!」

 

高瀬の長い脚が迫っていたのだ。ボールをダイレクトで蹴りこもうとする彼のチャレンジは鳳凰に恐怖を与えたが、

 

『ああっとクロスバー!! 助かりました、鳳凰!! 高瀬のダイレクトシュートは枠を捉えていましたが、惜しくもバーに阻まれました!!』

 

「くそっ!!」

 

中に絞った動きでここまでディフェンスラインをやられた。青葉の突破力は侮れない。

 

————奴にボールを持たれたら不味い!!

 

鳳凰サイドも、迂闊にボールをロストされるわけにはいかないが、守備陣形が左へと傾き始めていた。

 

「—————織田君、兵藤君と駆君は————」

 

中塚のクリアで、ボールはピッチの外へとはじき出され、給水に着た織田が岩城に呼び止められる。

 

 

二人にある指示を出したのだ。

 

 

そして、指示を貰った兵藤と駆はうなずく。これがまず最初の仕掛け。最後の一歩で踏みとどまる鳳凰守備をこじ開ける一手。

 

左サイドハーフの轟からボール始まり、青葉のプレッシャーを避けて逆サイドへ。司馬へのマークは相変わらず堀川が密着しており、粘着気味ともいえる。

 

————どんなトラップであっても、対格差は勝っています。ボールと離れた体の進行方向を止めることだけに集中してください。

 

パスは織田がケアすると。今の堀川には迷いがなかった。

 

司馬に仕事をさせない。それだけが彼の使命だ。

 

 

逆サイドは、まず勢いよく飛び出した兵藤のヘディングが山本を上回る。

 

 

そして、そのセカンドボールを拾ったのは—————

 

「おっしゃぁぁぁ!! あがれお前らァァァ!!」

 

中塚だ。ここにきて中塚のスピードが存分に発揮される展開。空いたスペースには山本が守るが、

 

「なっ!!」

 

誰もいない場所へのハイボールを選択した中塚。誰に向けてのパスなのか。一瞬の空白の刹那、足が止まってしまった。

 

————しまっ、このパスは————

 

 

しかし、これは誰に対してのパスでもない。これは中塚のトラップだった。

 

『トリッキーなー動きで、一人躱した中塚!! 何という速度でしょう!!』

 

完全に裏に抜けた中塚。ここで真ん中にいるはずの逢沢がサイドへ流れ、状況は一変。数的不利を強いられる鳳凰学園。

 

縦へのドリブルを選択した中塚は、迫りくるボランチに対してサイドへ流れている駆にパス。そのままサイドへと流れ、駆のサポートの為に裏へと走る。

 

「——————」

 

————苦しい時にチームを救えるのが、エースストライカーなら

 

相手が青葉への警戒を強めた今、自分がやるべきことは一つ。

 

—————サイドへのパスか、させる———

 

数的不利でなければ、センターバックの石井は駆の仕掛けを見破れただろう。

 

パスと見せかけた跨ぎのフェイント。逆足でキャッチ。

 

————な、なんだこのフェイント————

 

重心がぐらつく。駆が狙っているのはカットイン。彼の重心が中に切り込むものになっていたのだ。

 

————よく見える。間合いから、相手の考えていることが—————

 

穴は見つかった。その穴を衝くだけでいい。それが自分のやり方なのだから。

 

『縦に抜けて!!! 躱したァァァ!! 逢沢の上げたクロスボールは、ややマイナス気味に!! ひとりフリーだぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

彼の蹴りこんだボールは中央からボールを貰いに来た高瀬の頭ではなく、右サイドから中に絞る動きをしていた彼へとたどり着いていた。

 

 

『決まったァァァっぁ!!! 江ノ島同点!! 前半28分!! 決めたのは背番号8!! 宮水青葉!! ゴール前に飛び出す動き、見事でしたねぇ!!』

 

青葉の周りに集まる江ノ島イレブン。しかし、青葉はボールをもってすぐにセンターサークルへと向かう。

 

「まずは同点。すぐに突き放しましょう、みなさん」

 

「おう!! 先制された借りはまだ返しきれてねぇからな!!」

 

「俺にパスを出してくれぇェェ!!」

クールな青葉に群がる江ノ島イレブン。しかし、本人もまんざらではなさそうだ。

 

 

『兵藤君がその前に中に絞ってきたんですよね。そして中央には高瀬君。中を守った相手の隙をついた、逢沢君のクロスボールで勝負ありですね。さらにそのボールをダイレクトで叩き込んだ宮水君のシュートも見事でした』

 

 

『今大会5得点目!! さぁ、エンジンがかかってきたか、江ノ島高校!!』

 

 

チームメートにもみくちゃにされていた青葉が、駆の下へと駆け寄る。

 

「ナイスクロス、駆。良く見えていたな」

 

青葉が労いの言葉を駆に伝える。スペースへと走りこんでいたのは、選択肢を与える為だった。が、ゴール前の布陣を見て自分にボールが来ると悟った。

 

「うん。裏からいい抜け出しをしていたからね。あと、シュートはさすがだね」

 

「まあな。あんまりにも暇だったんで、思わず飛び出した。我ながら、いいシュートだったよ」

 

青葉を警戒し過ぎた鳳凰が、左サイドへと展開しないのだ。ゆえに、重心が右へと傾いていた。

 

そして、兵藤と駆のポジションチェンジで相手チームは混乱。駆の個人技が止めとなり、青葉の飛び出しを許したのだ。

 

「あと4点とるぞ。決勝前に無様な試合は出来ない」

 

「当然。同点で満足する気はないよ」

 

がっちりと拳をぶつけあう駆と青葉。

 

 

内定コンビの本領がいよいよ発揮される。

 




いつかの江ノ島 IF

青葉「うーん、どうしたものか」

一条「先輩、どうしたんですか?」

青葉「いや、大したことではないよ。ただ、ちょっと気になる女の子がいてね」

荒木・織田・海王寺・八雲「!?」

兵藤・的場・夏目・高瀬・中塚「!!!!!!」


一条「そうなんですか。何かあったんですか? 先輩らしくもないですし」

青葉「実はかくかくしかじかで」

一条「なるほど。オレにも分からないですね。その女の子の気持ち」


一同「なんで龍は冷静なんだよぉぉぉぉ!!!!!!」


一条「え? なんで?」

青葉「なぜ気になる女性がいるだけで、こういう反応をされるのか」



アンナ「相変わらず鈍感ね、リュウは・・・・」

青梅「た、大変だよね、アンナちゃんも・・・」

アンナ「だってリュウだもん。けど私は想いを伝えたから。一緒に外国へ行こうって、約束したし」

武智「フハハハハ!!! 先輩はどれだけ奥手なのだ!! 彼女の二人や三人で騒ぎ過ぎである!!」


優希「貴方は彼女問題で江ノ島を乱さないように。先日振られたばかりでしょ?」


武智「フハハハ!! 色男はこの程度、苦でもないのだ。そうに違いないのだ!!」

メンタルをやられて自己暗示中の武智。


優希「織田先輩に任されたけど、心折れそう。真面目なのに疲れる人って、いるんだね・・・悪い人ではないんだけど・・・・」

美島「まさか練習初日に告白するなんて前代未聞だよ、ユッキー大丈夫?」



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第四十二話 東の横綱

あっという間に失点をしてしまった鳳凰学園。トリッキーな動きを見せた駆のプレーからガタガタと崩れていった。

 

「あっ!!」

 

織田からのロングフィードに抜け出すのは宮水。警戒し過ぎて今度は人数を掛けたのに、人を躱しながらボールへとたどり着く速度は反則といっていい。

 

まるで、人の躱し方、相手の動きをみえているのかのようだった。

 

司馬がいくら叫んでも、青葉は止まらない。

 

『躱していく躱していく!! やはりエンジンがかかってきたかぁ!? クロスぅ!?』

 

崩れないボディバランス。倒れない下半身。重戦車の如く、縦を突破していく青葉が高瀬へとボールを蹴りこんだ。

 

早いボールが彼の足元へ。そのボールを背にした前に向いたのだ。

 

————くるっ!!

 

しかし、後ろから来たボールを足裏でトラップし、逆足で跳ねながら、はたいたのだ。

 

またもトリッキーな動き。高瀬には飛び出してくる選手が見えていた。

 

「こんのおぉぉ!!!」

 

司馬の気迫のディフェンス。高瀬からのラストパスに反応した選手にプレスをかける。

 

しかし、フィジカルで劣る彼では振り切られてしまった。

 

———あっ、なんで俺崩れて————

 

相手の手が当たった瞬間に、司馬の重心が崩れた。そして—————

 

『一人剥がして振り抜いたぁァァァ!! 江ノ島勝ち越し!! 決めたのは背番号10!! 逢沢駆!! 前半37分!』

 

 

『一番やられてはならない、ケアしていたところなんですがねぇ。やはり体の使い方が上手いですねぇ』

 

 

『これで単独トップに躍り出る、今大会7得点目!!』

 

 

逢沢ッ! 逢沢ッ!! 逢沢ッ!!

 

 

完全に逢沢がこのゲームを支配していた。この存在感、この驚異的なプレーの数々。

 

もはや、世間は認めなければならない。

 

 

彼は間違いなく、逢沢傑の再来ではない。

 

彼は、逢沢傑を超える存在だと。もしくは、フォワードの決定力を兼ね備えた、逢沢傑なのだと。

 

 

「—————切り替えろ!! まだ一点差だ!! 取り返すぞ!!」

 

甲斐が叫ぶ。まだ前半のビハインド。まだまだ勝負は分からないと。

 

「ああ! 打ち合いなら俺らの十八番だ!! 取り返すぞ!!」

 

声が出る。鳳凰イレブンは声を出す。目の前の強敵、難敵を前にして、前半で気持ちを折られるわけにはいかない。

 

 

しかし、ここで逢沢の中央突破の個人技がさく裂する。

 

 

————なっ、ボールが消えて!

 

 

跨ぎフェイントから逢沢の足元からボールが消えたのだ。加速する逢沢に置き去りにされる司馬。

 

ここで駆の得意技、ヴァニシング・ターンがさく裂。

 

『ここでトリッキーな動きが出て、パスを出す! 兵藤だ!!』

 

ボランチに詰められる前にボールを前にはたいた駆は、フリーランニングしながら穴を探す。

 

さらに人が津波のように押し寄せる。江ノ島の人数を使った厚みのある攻撃が展開されていく。

 

ワンタッチでサイドへと流れ、中塚が切り返す。

 

「うおおぉぉぉ!!!!」

 

今度も同じように大きくボールを前に蹴りだしてのドリブルだったが、

 

「ぐわっ!?」

 

相手の手にぶつかり倒される。しかし鳳凰のファウル。体を止めてしまったと審判に取られてしまう。

 

『ああっと、近い位置でファウルを貰った江ノ島高校。蹴るのは宮水か、それとも織田か!?』

 

 

 

「—————いい位置ですよ、織田先輩」

 

青葉が織田に語り掛ける。織田が笑う。中塚が倒れた場所はややゴール前の正面。おあつらえ向きの場所ともいえる。

 

「練習の場所とほぼ変わらないな、この位置は」

 

これまで、荒木からフリーキックのメインキッカーになりたくて、天才や化け物たちを前に、勝負できる武器を探していた。

 

器用なボランチだけで終わるつもりはなかった。自分に遠目からのシュートだけではない武器が欲しかった。

 

 

その成果を、今ここで見せつける時だ。

 

 

「———————」

 

集中する織田の視界には、鳳凰のブロックが居並ぶ。ちょうどキーパーは青葉のシュートを警戒しているのか、少し外寄りだった。

 

 

さんざん遠目から縦回転のボールでゴールを奪ってきたのだ。荒木がピッチにいない今、無回転も蹴れる上にキック力のある彼に視線が集まるのは必然といえた。

 

そして、青葉が指示を出す。チームメートに対し、身振り手振りを使って指示をする姿を見て、鳳凰は彼への警戒を強める。

 

 

完全に青葉への視線が集まったこの瞬間、最初に気づいたのは、キーパーの愛甲だった。

 

—————あっ

 

 

蹴りこんだのは、ほぼ無警戒だった織田だった。右足から繰り出される壁の外、空曲げてきた軌道。流れるように曲がっていく織田の一撃が、抉るように鳳凰ネットを揺らしたのだった。

 

 

『曲がってェェェェ 入ったぁァァァ!! 見事なカーブを描いたボールの軌道は、ゴールに吸い込まれていきました!! 背番号6織田涼真!! 今大会初ゴール!!』

 

 

「うおぉっ!! すげぇぇぇ!!!」

 

「いつの間にあんなシュート身に着けたんだよ!!」

 

「完璧だっただろ、織田!!」

 

 

中塚、兵藤、海王寺が織田の下へ駆け寄る。会心の一撃、鳳凰を突き放す一撃は試合の局面を左右する。

 

そんな織田の一撃に、駆も賛辞を贈らないわけがない。

 

「凄かったです、今の軌道! イメージ通りでした?」

 

「ああ。会心の出来だったよ」

 

満足げに語る織田の目は燃えていた。そして、その眼はメインキッカーでもある荒木に向けられていた。

 

—————やるな、織田

 

荒木も自分の代わりにあんな大仕事をした仲間に賛辞を贈るが、それでもうずうずし始めていた。

 

————足がうずうずして止まんねぇよ。

 

 

前半のうちに先制されたものの、逆転、中押しと見事なリカバリー。鳳凰の攻撃を寄せ付けない試合運びを展開する。

 

 

 

後半は、焦って前に出始めた鳳凰のボールを前で刈り取るショートカウンターが威力を発揮。ボールを貰った瞬間にスイッチが入る、江ノ島の速い攻撃が襲い掛かる。

 

—————これはっ

 

逢沢と司馬のマッチアップで、司馬は見様見真似でマスターしたヴァニシング・ターンで抜き去ろうとするが、

 

「え!?」

 

あっさりと体を入れられ、ボールをロストする司馬。信じられないといった表情で逢沢を見つめるが、彼が当然それを待つわけがない。

 

————少し前に転がし過ぎたね。回転も不十分。

 

見様見真似でいきなりできたのは凄いが、未完成な技をいきなり出されても怖くもなんともない。

 

何より、モーションですぐに自分の技を繰り出そうとしていたのが分かった。

 

 

司馬のロストからの逢沢がドリブル。高瀬がボールを貰いに行く。が、

 

「な、ぁぁ!?」

 

高瀬に釣りだされ、空いたスペースの裏を青葉が逃さないはずがない。スペースを見つけた瞬間に駆はフライボールをスペースへと出し、その裏に抜け出す青葉。

 

一瞬の隙をつかれた、見逃していないはずなのに、動きのキレで完全に抜け出された。

 

『抜け出してぇ、浮かしてシュートぉぉぉぉ!! 押し込んだぁぁぁ、4点目ぇぇぇ!! 止まらない後半8分! 江ノ島追加点! 宮水今日2点目!!』

 

 

ワントラップする際に後ろから来たボールに対し、足を器用にまげて、足の甲でトラップ。そのままトラップした足でボレーを叩き込んだのだ。逆足でのボレーと判断してしまった愛甲の想像のはるか先を行くスピード。

 

『今大会6得点目! まるで競い合うかのように点を決めます、宮水青葉!』

 

青葉の速さは、単純に足が速いだけではない。そのプレースピードが速いという点でも、彼は十分すぎるほど規格外なのだ。

 

 

「おいおい今度はアフリカ選手並みのトラップかよ!! すごすぎだろ、青葉!!」

 

兵藤が駆け寄る。異次元過ぎて、訳が分からないほど凄いトラップだったのだ。トラップした瞬間にゴールを決めていると判断してしまうほど鮮やかな体の動き。

 

「末恐ろしいぜ。本当にどこまで行くんだよ!」

 

中塚が尚もとんでもないプレーを見せる青葉に対し、尋ねる。

 

「—————どこまでも、っていうのは格好つけ過ぎかな」

そして、観客席に向けて拳をしたから軽く突き上げ、ガッツポーズをする青葉。

 

派手なパフォーマンスはいらない。ただ、応援してくれている人のために、何かを返せればと思う。

 

やってやったぞ、という気持ちを見せる。それだけで青葉は十分だった。

 

 

さらに、江ノ島の勢いは止まらない。

 

 

ここで、カードを切るのは江ノ島。八雲に代えてここで背番号17の藤田一馬。1年生ながら、クロスの精度に自信のある選手を投入。フィジカルに不安を抱えていたが、この半年で鍛えた肉体はそれなりである。

 

疲れの見える八雲に代えて、青葉と同じサイドで投入された彼の見せ場が訪れる。

 

 

『あっとオーバーラップではなく、キープして————また抜き!!』

 

 

青葉からワンタッチでボールを貰った彼は、オーバーラップせず、キープ。そのまま相手に詰められるが、

 

————ぴょんぴょん跳ねて、確か青葉は————

 

左足で踏ん張り、右足で空踏み、そのまま右足の反動を利用しながら————

 

「なっ、あぁ!?」

 

左サイドバック山本の股を抜くボールと、右足の反動で中へ切り込んだ藤田の仕掛けが決まったのだ。

 

相手がすかさず躱した後の藤田に詰めてくるが、すぐにボールをはたいてパスが通っていく。

 

「!?」

 

鳳凰ディフェンスを束ねる藤田京太郎が逢沢にタックルを仕掛けるが、まるで自分の体を操られるかのように前に釣りだされてしまう。

 

————俺の体をはたいて、誘導した!?

 

確かに体を背にして、逢沢は藤田(京)のことを見ていた。しかし、それだけでそんなことが出来るのかと。

 

詰めてきた相手に敢えて近づき、その力を利用することで、受け流す。

 

 

何度も駆と青葉が魅せる体の使い方を、テレビで見ているあの男は苦笑いしていた。

 

 

「おいおい。合気道の動きを、攻撃に転用しているのかよ!」

八千草高校の島は、一年生がまさか自分の体の使い方を真似たことに驚いていた。

 

受け流し、躱す技術。ボディコンタクトでの技術は、攻撃側にも要求される。相手の力を利用するのはむしろ、こういう局面の方は限りなく有効だ。

 

—————合気道ディフェンスとかじゃねぇ。影真似っていうレベルじゃねぇ

 

完全に自分に合った形で変化し、オリジナルの動きになっているのだ。

 

ボディバランスに優れた青葉はわかる。しかし、駆にそこまでの才能があったのかと。

 

 

————いや、逢沢傑の背をずっと見てきたんだ。そして傑みたいな動きが出来ちまう奴だ。

 

 

彼の観察眼—————見稽古といっていいレベルの洞察力。きっとあれは、傑の動きを見続けたことによって、鍛え抜かれたのだろう。

 

まるで合気道の如く、相手を躱した逢沢が落ち着いてゴールネットを揺らし、追加点。

 

ガッツポーズを決め、会心の出来だったと自他ともに感じさせる様子の駆。満面の笑みだった。

 

『決まったぁァァァ!! 逢沢も今日2点目!! 今大会単独の8得点目!! 体の使い方でしょうか、相手のプレスを受け流したような動きでしたが』

 

『そうですねぇ。ちょっと僕にもわからないですね。相手の動きを利用した、ところまではわかりますが、ちょっと原理までは————』

 

『江ノ島これで5点目!! 総体王者の本領を発揮か!!』

 

 

大会8得点目を決め、逢沢はピッチを後にする。その数分後に高瀬が織田のロングボールを胸トラップし、強引にフィジカルで体をねじ込み、長い脚を使ってボールを押し込んだのだ。

 

ここで、宮水青葉もお役御免ということでピッチから退いた。

 

変わって入った火野、夏目もしっかりと鳳凰の攻撃を止め、江ノ島のそれに伴い4-2-2の陣形に変化したブロック守備の前に、最後まで鳳凰は2点目以降のゴールを決めることが出来ず、タイムアップ。

 

 

撃ち合いが予想された試合は、あまりにも一方的な試合となってしまった。

 

『ここで長いホイッスル!! 試合終了!! まさかの先制を許しましたが、終わってみれば7対1! 宮水、逢沢の複数得点に織田のフリーキック弾! 高瀬のヘディングシュート、最後に夏目も決め、快勝です!』

 

 

同じ攻撃的なチームではあったが、個の力で負けていたと言わざるを得ない。宮水という点取り屋を止められず、真ん中で変幻自在のポジショニングと奇抜なプレーで違いを見せつけた逢沢駆を止められなかった。

 

さらに言えば、他の選手も実力者が揃っており、自力では完全に負けていたのだ。

 

「—————つ、つえぇな。これが日本代表—————」

 

「完全に自力で負けていた。個人も、チーム力も」

 

 

藤田も、そして両サイドバックも、攻撃的なプレーを封じられ、上回られたことで意気消沈していた。マッチアップしていた山本は、青葉のプレーに終始圧倒されていた。

 

世代別代表のエースはすさまじいものだった。今年の世代別に選ばれてはいないが、プロ注目の逸材も、想像以上の実力者だった。

 

特に司馬は、勝ち逃げをされたようなものだった。複数得点を決め、決勝の為の温存。そう思われても仕方のない逢沢と宮水の交代。

 

しかし、変わって入った1年生も青葉ほどではないが、快足を飛ばして鳳凰に脅威を与え続けていた。

 

控え選手であってもレベルが高い。これが江ノ島の選手層なのだと痛感した。

 

「—————け、けど————やっぱここまで打ちのめされたら、悔しいなぁ」

珍しく大泣き状態の甲斐。粘り強い守備に遭い、先制ゴールの後は完全に抑えられていた。

 

司馬も堀川の執拗なマークに遭い、思うようなゲーム展開に導けなかった。一芸に秀でた選手がいつの間にか弱点を克服していた、そんな印象を受けた。

 

————自分の十八番をあっさり止めるなんて、何か俺の見真似は足りないものがあったのかなぁ

 

ヴァニシング・ターンを止めた時の駆の顔は、少しだけいら立ちを見せているかのようだった。

 

まるで、自分以外にこれは譲れないと言わんばかりに。

 

伊庭監督は、異次元なプレーヤーがいることで、江ノ島は複数の選手がそれに強く影響されたと悟る。

 

宮水青葉という強力な選手が、チームを引っ張り、他の選手も奮起する。単純に実力だけではなく、彼は精力的にチームに貢献する姿勢を見せていたのだろう。

 

だから彼は孤独なエースではない。江ノ島を背負うエースなのだと。

 

そして、無名だった逢沢駆は彼の影響を一番に受けていた。強気なプレー、奇抜な発想。そして半年前に比べてパワーアップしたフィジカル。今なお成長を続ける彼は、間違いなく世代別代表の10番を背負うにふさわしい男だった。

 

しかし、もはや彼は彼のいた世代別に呼ばれないだろう。彼が入るのはその上のカテゴリーだろう。

 

江ノ島というチームならば、完全体の蹴球に勝てるのではないか。そう思わせるものだった。

 

「負けましたよ、岩城監督。世間はダブルエースとか言いますけど、全然そんなことはなかった」

 

握手を交わしながら、伊庭は自分の率直な意見を出す。

 

「どんなトレーニングをされているのですか? あそこまで個性がそれぞれ出せるチームというのは、中々簡単ではないですよ」

 

 

「特段難しいことをしているわけではないですよ。ただ、選手の良いところを見ようとしている。僕は選手に対して一言いうだけでいい。後は実戦が教えてくれますから」

岩城が言えるのはそれだけだった。個性を大事にするということは、選手の長所を見てあげること。それを活かすにはどうすればいいのかを一緒に考える。

 

それがのちのフットボールの未来に影響があればと考えている。2チーム分の人数で今は回っているが、今後は入部希望者が増えていくだろう。

 

しかし、特待生の制度は取らない。勉学に励み、高校生としての義務を疎かにする者は、江ノ島にいい影響を与えない。

 

嫌なことから目を背ける。きっとその精神は、今後のフットボールにおいても悪影響を与えかねない。語学で苦労するプロ選手を見ればわかる。

 

語学は手段だ。海外で生活するためには最低限の語学が必要になる。日本人にとってそれは、大変な作業だ。

 

しかし、高校の勉学にも逃げず、どんな形であれ努力する気概があれば、きっとフットボールでも活きてくる。

 

貪欲に学ぶ姿勢を持つ者。それこそが、岩城の求める人材だった。だが仮に、青葉のような選手がいればどうするべきか。

 

勉強は不真面目でも、天才といえるような存在がいれば—————

 

—————やはり人材を見つけ出すというのは、育てるというのは難しい。

 

どこまでも、チームとして走れるサッカーを目指したい。走らないファンタジスタが通用するのは、高校までだ。上のレベルになればフィジカルだって要求される。

 

 

————追々考えましょう、この課題は。今は、この子たちが頂点まで駆け上がれるか。彼らの背中を押すだけでいい。

 

そうだ。自分はその道を選んだ。中途半端はせず、未来に託す覚悟が出来た。

 

————僕は背中を押すだけでいい。僕の現役の頃を超える選手が、たくさん出て

 

そんな選手の成長を眺めるだけでも、この1年間は楽しかった。ベンチの外から、ベンチ入りの控え選手から、化けてくる選手たちの頼もしい姿は、実に痛快だった。

 

————日本サッカーが、強くなればいい

 

どんどん成長する選手が、この高校から世界に羽ばたいてくれたらと、思ってしまう。

 

「凄いですね。ですが、私もあなたのような指導者に、肩を並べられるよう、精進しますよ」

 

伊庭の挑戦は終わらない。東に現れた超新星に追いつくために、西に鳳凰学園在りといわれるように。

 

 

 

そして、終わってみれば江ノ島の大勝に終わった試合を見ていた蹴球の面々は、

 

「どうやら、かなりスケールアップしているみたいだな、アオバ・ミヤミズは」

 

アルゼンチンの世代別代表のリカルドは、サイドから襲い掛かる彼の進撃に煮え湯を飲まされた過去がある。傑以上に厄介な相手。

 

タイマンでは敵わないと思ってしまった相手。滾る気持ちに偽りはない。

 

「うーん。スゴイね、あれ。僕より早いんじゃないの? というか、ホントにジャパニーズハイスクールスチューデン?」

 

「彼は紛れもなく高校生だよ、ジェンパ。スグル・アイザワが認めたウィングストライカー」

 

 

————本気の君を体感したくなった。

 

彼はどこでプレーするのだろうか。真ん中なのか、それともサイドなのか。

 

蹴球の三巨頭は静かに見据える。日本のアマチュアで猛威を振るう存在に。

 

 

 

 

そんな宮水青葉は試合後、ある悩みを打ち荒木に打ち明けていた。

 

 

「———————もっとバリエーションを増やしたい。今のままでは海外で壁にぶつかる」

 

 

「———————冗談だろ? そのスピードがあるのに」

 

青葉の足があれば、大抵の状況で走り負けることはあり得ない。なのに、青葉は苦々しい表情を浮かべていた。

 

 

「スピードを出させないようにする戦術も確立されている。その状況下で2,3人抜いたとしても、単独突破は難しい。無論、ラストパスならできる自信はあるけど」

 

個の力、最初にゴールを決めなければ、パスは出なくなる。向こうは結果主義で、いかに早くゴールを奪うかで今後が決まってしまう。いい組み立てをしてもパスが来なければどうしようもない。

 

「さらりと2,3人抜けるとか言いやがったよ……けど、どうするんだよ? ドリブルのアドバイザーなんて聞いたことがないぞ」

 

 

 

「——————誰かいないかなぁ。ドリブルが専門だけど、ドリブルだけではなく、多角的にアドバイスをくれる人」

 

 

「————俺もいるなら探したいぜ。というか、引退後にお前がなれよ」

荒木は、ドリブル道に邁進する青葉が欲するほどのスキルを持つ存在など、中々日本にはいないと呆れる。

 

「—————俺以上にドリブルを知る存在。それをレクチャーし、デザインしてくれる人がいれば、もっと成長できると思うんだ」

 

 

 

 




いつかの江ノ島if



一条「・・・・俺、ですか? 俺はアンナに告白されて、その後は何か変わったことは・・・えと、なんか彼女がいると安心するというか」

青葉「ふむふむ」

一条「俺が練習ばかりしているせいもあるんですけど、傍で見ているアンナは笑顔のままなんですよね。時間が来れば自主練に戻るし。すみません、効果的なアドバイスが出来なくて」


青葉「いや、何か今後糸口になるかもしれない。時間を使わせてしまって済まないな」

龍ちゃん「じゃあ、今すぐ一対一でドリブルしましょう!! なんだかんだ回数少ないですし、プロの実力を見たいんです!」

青葉「お、おう(突然元気になったな、龍は)」


龍ちゃん「お願いします、青葉先輩!」

矢沢「抜け駆けは許さねぇぞ、一条!!」




武智「俺の腹筋をM————————」

海王寺「見せなくていい」

真鍋「か、確保ぉぉぉぉ!!」




颯「・・・・・行かなくていいの、アンナちゃん?」

アンナ「サッカーをしている龍が好きなんです。一途で夢に向かう姿が好きになったんです!」

奈々「ちょっと前まで、駆もあの輪にいたのになぁ。最近は織田先輩にくっついているし」

優希「余程選手権のFKが気になったのかな。プロ選手なのに、片付けまで率先してやっているし」



駆「せめて、止まっているボールに関しては、青葉の上に行きたいんです」

織田「お、おう(ドリブルは止められても、前にスルーパスを出せることは凄いのだが)」





リチャード「ここが、アオバ・ミヤミズの母校。ここで親交を深めて私が彼のステップアップを・・・(タツミの二の舞はさせない。よりいい移籍先を見つけるために。よりシビアに、彼の状態をチェックするんだ。贔屓目なしに)」


岩城「・・・・・さてと、まずは彼の真意を確認する必要がありますね」


—————達海監督は彼を信頼していましたが、どことなく頼りなさそうですね





武智「貴様、真鍋・・・図ったなぁぁ!!! 真鍋、お前もか!!」

真鍋「何も約束した覚えないんだけど。俺を巻き込むな!」


海王寺「頼むぞ、真鍋。本当にこいつの手綱を頼むぞ」

青梅「あ、あははは・・・・大変だね、潤は」

真鍋「お前は道連れだぞ、梅人」

青梅「ゑ?」

海王寺「何お前は無関係だと考えているんだ?」

青梅「えぇ・・・・」



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第四十三話 最後の選手権

ついにプロ編の情報をあとがきにて小出しにしていきます。

今回は、開幕戦に激突する磐田の若きエースと、日本代表の右SBです。

ライバルとなる選手の情報も後日投稿します。




 

江ノ島高校と蹴球高校。共に大差で勝ち進んできた超攻撃型チーム。

 

一人一人の長所を重ね合い、青葉と駆というダブルエースを擁する江ノ島高校。

 

片や、レオナルド・シルバを筆頭に、パトリック・ジェンパ、リカルド・ベルナルディら世代別で屈指の実力を誇るタレントを擁し、全国から集められたサッカーエリートで構成されている。

 

もし、総体でベストメンバーがそろっていれば、江ノ島の優勝はなかっただろうというのが、大方の見解である。

 

つまり、江ノ島はベストメンバーの蹴球に劣ると世間には想われているのである。

 

そしてそれを、江ノ島イレブンが分からないはずもなかった。

 

「いいだろう。俺たちは総体を制したチームとして、その実力を見せつけるだけだ」

織田は、マッチアップするであろうレオナルド・シルバを前に、闘志を燃やす。

 

「この日の為に温存されたんだ。俺も、やることやんねぇとな」

荒木は今回、トップ下である。つまり、かつての両翼が復活するのだ。

 

右サイドに青葉、左サイドに駆。ワントップは高瀬。

 

さらに、ボランチには堀川が入ることになる。俊敏にピッチを駆け巡り、ボールハンターとして開花した彼は、蹴球の攻撃を刈り取るだけではない。

 

「守備陣も、今回の相手はちょっと違いますからね。海王寺君と錦織君には、タフなゲームになるでしょう」

 

「望むところっすよ! 前線がプレッシングしてくれるおかげで、俺らも落ち着いて対応できているし」

 

「だが、相手はあのパトリック・ジェンパ。一瞬の裏に抜ける速度は侮れん」

 

錦織と海王寺はそれぞれが難敵を前に考え込む。パトリックの動きのキレはやはり日本人離れしている。というより、青葉に次ぐものだ。

 

江ノ島の看板エースとマッチアップしていなければ、対応することも難しかっただろう。

 

————まあ、完璧に青葉は止められていないんだがな

 

サイドで動けなくするぐらいまでしなければ、ファウルで止めることぐらいしかできない。やはり、うちのエースは伊達ではない。

 

 

「——————これが最後か」

青葉は少し感傷的になっていた。実は、ここまで江ノ島が強くなるなんて考えていなかったのだ。

 

「けど、江ノ島はずっと続く。江ノ島イレブンだったことを誇りに、僕らはプロに行く。その為にも、僕はシルバたちに勝つ。勝つんだ!」

 

今までに無いほど、昂ぶりを見せる駆。真ん中で器用に抜け出すのも彼の得意技ではあったが、サイドからの突破も出来るのが彼の良さだ。

 

特に、真ん中で磨き続けたことで増した、ボールタッチと間合いの測り方、さらには合気道を参考にした体の使い方。

 

今の逢沢は物凄いラーニング能力を見せている。きっと、この戦いは自分をさらなる高みへと昇らせると信じている。

 

「ああ。江ノ島の両翼で、勝利に貢献するぞ、駆」

 

————見ているか、傑。俺たちの想像のはるか先を行っているぞ、こいつは

 

傑が見出し、江ノ島で開花した駆の才能。決定的な仕事を成し遂げるだけではなく、その状況を単独でも作り出せる。

 

まさに、エリアの騎士を超えた存在といえるだろう。

 

「今の駆を見た傑は、お前のことをエリアの騎士って呼べなくなるだろうな」

 

エリア外で変化を起こし、エリアに切り込むエースの姿。

 

————名づけるなら——————

 

「ううん。僕はもう、兄ちゃんの影を追うのはやめたんだ」

 

しかし、笑って駆は傑の想像を否定する。もう彼はいない。ここには彼の残滓しか残っていない。だから、その推察はあまり意味がないと。

 

「僕は、僕が考えたエリアの騎士になるって決めたんだ。でも、確かにエリア内で決定的な仕事をするのがエリアの騎士だから、定義的には今の僕は混ざっちゃったかな」

 

もう純粋なストライカーではないし、と駆は笑みを浮かべる。

 

「なら、一際高いハードルの異名を考えるから、光栄に思えよ、駆」

横から入り込んできたのは、司令塔の荒木。傑からの脱却と、エリアの騎士らしくないと告白した駆の話に興味がわいたのだ。

 

 

「まあ、一時期は左サイドやら、トップ下、セカンドトップもやったんだ。俺がボランチでビルドアップに専念できるほどにな」

個人的には司令塔が一番だし、決勝で戻れたのは嬉しいけどな、と荒木は言う。

 

「エリアを攻略する騎士にして、司令塔————なるほど、いい異名が思い浮かんだ」

荒木の話を聞き、近寄ってきたのは織田。エリアの騎士を目指すと公言していた駆の変化を聞き、今の彼を表現する異名が浮かんだという。

 

 

「——————フィールドの騎士王、なんてのはどうだ?」

 

 

「お、おいおい!! そりゃあ狙いすぎだろ!! 騎士王って!! いくら何でもハードル高すぎやしねぇか!!」

大笑いする荒木。確かに成長した駆は色々カッコいい異名が付けられてもおかしくない。しかし、騎士王は狙い過ぎだろうと。

 

「いやぁ、そうだぜ織田さん。駆が騎士王はないだろぉ。駆は騎士王みたいに可愛くねぇし」

中塚が横に割って入る。というより、別次元の話を持ち込んできたので、駆が慌てる。

 

「公太が何を言っているのか僕は分からないんだけど、ハハハ……アーサー王って、髭を生やした男だよね? それを可愛いって言うのは—————ちょっと中塚さん?」

 

じりじりと後退する駆。若干ジト目で見るあたり、かなり警戒している。というより、呼び名まで他人行儀になっている。

 

「知らねぇのかよ!! 駆は頭までサッカーになっているんじゃねぇか!?」

中塚が駆に弁明する。自分は同性の気はないと。

 

「CMで時々流れるあの痛い奴か……まさか中塚お前—————」

織田が遭遇したのは、音痴な歌声をまき散らすタイプのものである。

 

「いやぁ、さすがに俺だったらお菓子にお金を使うぜ」

若干知っている織田と、呆れ顔の荒木。

 

「—————いやさぁ、一度美島さんにコスプレしてくんねぇかなぁ。あっ、青葉が頼めば舞衣ちゃんも喜んでしてくれそう!」

 

「—————断固拒否させてもらう。ネーミングの話からなぜこんなことに————」

こめかみを手で押さえ、頭を抱える青葉。こんなバカなことを彼女らにさせるつもりはない。

 

「えぇぇえ!? アーサー王が女の子!? なんでぇぇぇ!? って、ちょっとかわいい……」

 

そして、海王寺の制止を振り切り、その件をスマホで調べた駆は、中塚の話に納得して驚愕する。

 

————アニメを数年見ていないからなぁ。今そんなことになっているのかぁ

 

アニメの進化には追い付けそうにないと納得する駆。思いつくはずがないだろうと。

 

頭を抱えた青葉と納得する駆をよそに、周囲は混沌に満ちていた。

 

「おまっ!! 荒木貴様ッ!! お菓子はあれだけ辞めろと言われていたではないか!!」

 

「大丈夫だって!! 抹茶入りだぜ!!」

 

「そういうへ理屈は聞く耳持たん!! そこになおれぇぇェェ!!!」

 

正座で説教を食らう荒木と、怒り心頭の織田。しかし、低カロリーのものを厳選して選んでいる辺り、本当にいろいろ気を付けているのだと、逆に説得されてしまうことに。

 

「へぇ、結構可愛いじゃん。最近の絵師ってやべぇな」

 

「だろぉぉ!! 俺と一緒に人理修復しようぜ!」

 

「おっしゃ。暇つぶしにはなりそうだ」

 

「—————お、俺は知らない! 逃げよう————」

 

中塚の布教活動で火野と八雲が吸い寄せられる中、高瀬は撤退する。

 

その後も、「金を食われる、だと? 俺は降りさせてもらう」と断固拒否する高瀬だった。

 

 

その夜、岩城監督は近藤顧問と共に近場の居酒屋を訪れていた。

 

「——————総体に続き、選手権まで。私の眼から見ても素晴らしいチームですが、分裂していた時期を考えれば、想像もつきませんね」

 

岩城は、まるで引っ張り上げられるように強くなっている江ノ島をしみじみと思う。

 

「—————ああ。10年前、私が折れていれば、こんなチームになっていたのだなと思うほどに。生徒たちは素晴らしい。もう少し素直になっていればと」

 

近藤は、10年前の呪縛が未だに脳裏をかすめていた。もし、自分が素直になっていれば、今頃江ノ島はサッカーの強豪として、分裂以降のOBや、入学してきた生徒に窮屈な思いをさせずに済んだと確信していた。

 

そして——————

 

「近藤先生。お互い、歩み寄る努力が足りなかったんです。決してあなただけの責任じゃない。私にだって、公式戦に出られない境遇を抱えた生徒を抱えてしまった」

 

もっと互いに素直になっていれば、違った未来が訪れていたに違いない。岩城は、話し合う努力が足りなかったと零す。

 

「それでも言わせてくれ。今の青葉君や逢沢君のような、素晴らしい才能を持った君の未来を、私は奪ってしまった」

 

10年前の分裂がなく、彼がもしプロのサッカー選手だったなら。

 

その先の未来がもはや望めないことは明らかだった。

 

「————確かに、プロに行けなかったのは残念です。けれど、私を超えた可能性が羽ばたく光景というのも、存外悪くありません」

 

プロに行けなかったことを、まったく気にしていないというわけではない。彼の目標はワールドカップ制覇だったのだから。

 

しかし、彼は今、自分を超える才能の持ち主たちが成長している光景を目の当たりにしている。監督という特等席にいるのだ。

 

彼らが、あの二人だけではない。他の教え子たちがどんどんうまくなる光景は、嬉しいものだ。

 

「この10年間で、私も新たな目標を見出したんです」

ニッと笑い、岩城は近藤に宣言する。

 

「いばらの道かもしれない。けれど監督として、ワールドカップの舞台に立ちたい。指導者として、選手を指揮する者として、今よりもっとレベルアップしたい。これが私の、今の野望です」

 

 

「———————そうか。そうだな」

 

近藤は少し震える声を押し殺しながら、岩城の言葉に同意する。

 

「なら、明後日の決勝は、勝って終わらないとな。高校サッカーの名将を通過点に、ライセンスを取れ、岩城」

ジョッキを掲げ、近藤は朗らかに笑う。プロチームの監督を指揮する資格を狙えと、エールを送る。

 

「ええ。私たちが、お互いを許し合えるきっかけを作ってくれた、生徒たちの為に。決勝を勝って、今よりもっと、日本サッカーに携わりたい。この大それた目標を現実にするために」

 

 

 

 

そして、青葉は公務で国立まで行くことが出来ない父に代わり、家族総出で乗り込んでくることを聞かされる。

 

「—————そっか。岐阜からは遠いよな。そういえば、三姉のセンターはどうだったの?」

かなりに気になっていた姉のセンター試験。大学受験はどうだったのかと青葉は尋ねる。

 

「うん、ばっちし。志望校にも通りそう。来年からは東京よ、青葉」

東京の有名国立大学への手ごたえを感じている姉。そういえば、模試の成績もかなり良かったと記憶する青葉。

 

————抜けているところはあるけど、基本スペック高いよね、三姉は

 

「四葉も明後日は国立なんだろ? その、機嫌は治ったのかな?」

 

身に覚えはないのだが、知らない間に妹を傷つけてしまったことを悲しく思う青葉。四葉の態度は何か痛々しいものであり、神奈川に向かうまでその理由はわからなかった。

 

「うん。色々あったからね。あの彗星が落ちた夜が、昔の事のよう」

 

 

「あと、当日は神奈川で友達になったご家族の方々も来るみたいなんだ。会って色々話すのもありだと思う。三姉たちが来ることは連絡しとくから」

高瀬家、的場家、逢沢家、美島家とその他の家族も来る今回の国立。まだ数回しかない東京入りで心細い思いをさせない青葉の配慮は、彼女らにとってはありがたいものだった。

 

「ありがとうね。青葉」

 

 

翌日、過去最大級の報道陣の量に難儀する江ノ島高校の中で、トレーニングを黙々と続ける青葉。しかし、コメントを一切残さない徹底ぶりに、周囲は「宮水青葉はマスコミ嫌い」「生意気な若者」「新進気鋭の青二才」などと報道されることになる。

 

 

 

そして決勝前夜。

 

加熱する報道陣を前に、以前はタジタジになっていたであろう駆も、黙々と決勝への闘志を燃やし、青葉を見習う形で一言二言しか発さないまま報道陣の傍を離れ、明日への英気を養うために軽めの調整にすませたのだ。

 

「——————明日はファイナル。これで最後」

 

高校サッカーとこんなにも早くお別れになるとは考えていなかった。しかし、目標であり通過点の代表入りには近づいたと言っていい。

 

「———————これは始まりなんだ、兄ちゃん」

 

傑の遺影が飾られている前に立ち、駆は宣言する。

 

「—————兄ちゃんのライバルだったレオナルド・シルバと、シルバがいる蹴球を倒して、僕と青葉はプロに行きます。その先の未来を、兄ちゃんが歩めなかった未来を、必ず駆け抜ける」

 

自分にできるのは道を切り開くこと。そして突き進むこと。

 

「—————なんだか、ドキドキしちゃうよ。でも不安はないんだ」

 

—————わくわくするんだ。

 

駆は、遺影の前で一礼してベッドへと戻る。明日の決戦に備え、万全の態勢で臨むために。

 

 

 

 

選手権決勝 国立競技場

 

 

その日は悪天候の予報もあり、難しい試合になるというのが見識者の意見である。試合中に降雪の可能性もある為、ボールタッチが難しくなる見込みだ。

 

 

決戦の舞台にやってきた江ノ島。不安になることはない。彼らはビーチサッカーで悪条件を経験済みである。むしろ、

 

 

彼らは互いに通路でばったり遭遇したのだ。決戦前に語ることはないと言わんばかりに素通りする面々。お互いの仲間と話すのみである。

 

「今日は雪が降るのかよ」

 

「ま、寒いし、そういう時もあるだろ」

 

蹴球のゴールキーパー大場と、左サイドバックの唐木が真冬の東京についての感想を述べる。

 

そして、それぞれがまばらにロッカールームへと向かう中、逢沢は蹴球の選手に声を掛けられる。

 

「久しぶりだネ、カケル」

レオナルド・シルバ。彼は逢沢を無視する理由がない。

 

「今日の君はどこで出るのかナ?」

 

「—————発表までお楽しみです」

 

それ以上のことは言わないと笑顔で反応する駆。半年前に比べてかなり図太くなったと思うシルバ。

 

「そうだな。続きはピッチダ」

 

お互いに笑い合い、その場を後にする両者。

 

 

「あれが逢沢弟か。忌々しいスグルの面影を思い出しちまう」

 

リカルドは、傑に煮え湯を飲まされている。だからこそ、生で見た逢沢駆の堂々とした振る舞いに傑を想起させたのだ。

 

「ああ。スグルが見出したエリアの騎士。しかし、違った成長を見せているようダ」

 

傑さながらのパスワークとポジショニング。彼にはないトリッキーなフェイントの数々。

 

「ああ。だが一番厄介なのは、アオバだ。奴の切り返しと間合いは未だに難しい」

 

仮に動きを見切ったとしても、あの男は神速の切り返しを備えている。変幻自在のフェイクを織り交ぜ、相手の重心を崩そうとしている。

 

真に、フェイントでタイミングと重心を外してくる稀有なドリブラー。

 

トップスピードからの連続シザースは、わかっていても止めるのは難しい。

 

「そうだネェ。あれはまさに、僕らが昔見ていたフェノーメノの姿。シルバはよく見ていたと思うケド?」

 

ブラジル出身の怪物の動きに似すぎていると、ジェンパは言い放つ。あそこまで足が速く、足元の技術に優れる選手は世界にもなかなかいない。

 

 

「ああ。スグルが王様なら、彼はフェノーメノ。疾風のような存在ダ」

 

ブラジルではある言葉がサッカー界の中で刻み付けられている。

 

—————ブラジルの英雄、アイルトンの真似を目指すべきだ

 

ブラジルの伝説的な選手、アイルトン。彼は鹿島ワンダラーズで晩年のキャリアを過ごした。正確無比なボールタッチと決定力、視野の広さ。サッカー選手としてのスキルを高水準に誇る彼は、まさしく教本ともいうべき存在だ。

 

—————しかし、怪物の真似は誰にもできない

 

ブラジルサッカー界最高のフォワードの一人、ロナウド。超常現象といわれた彼の真似をするサッカー少年は稀有だ。そもそも根源的に彼のプレーは困難なのだ。

 

自らの体が耐えられないとさえ言われた圧倒的なプレーの数々。不摂生と怪我さえなければ、長らくブラジルサッカーを牽引したとさえ言われる伝説の点取り屋。

 

いま世界で名を馳せている選手が数多の栄光を手にする中、彼の名前は現在のスーパースターよりも上だと証言する解説者、ベテランプレーヤーは後を絶たない。

 

プロサッカーが出来てから間もない、歴史の浅い極東の先進国。そんなサッカーが根付いて間もない国に、傑すら超える存在が現れた。

 

————ああ。白状するよ。彼は君よりも危険だ。

 

傑は中心で自分と同等の選手だ。今も生きていたなら、プロで活躍していることだろう。しかし、宮水青葉は異色の存在。間違えて生まれてきたのかとさえ思える。

 

彼は本当に日本人なのか? 時にはアフリカンなプレーすらしてしまうのだ。肌の色はアジア人そのものだが、プレーは日本人離れしている。

 

もし怪物が現在のサッカー界でプレーするのなら、ゴール前、もしくはサイドアタッカーが最適解といわれているが、彼はその体現者となり得るのか。

 

————だが、ここに来た甲斐があったよ、スグル

 

 

気がかりだった傑の遺志を継ぐ存在が現れたこと。そして、傑の遺志を継いだということは、自分のライバルであることも背負うということ。

 

成長を続ける世代最高のサイドアタッカー宮水青葉と、もう一度戦えるということ。

 

 

そして、彼らが指し示す世代最高とは、文字通りの世代最高である。サイドアタッカーというポジションにおいて、誰一人として右に出る者はないと言われる存在。

 

U-15で見せつけた彼の実力は、それほどのものだった。高校サッカー界がサンドバッグになっていることから、彼の実力はさらなる進化を遂げている。

 

 

蹴球の枢軸たちが青葉と駆を意識しているだけではない。

 

4大リーグの名門クラブ。ドイツサッカー界を牽引するバイエルンのスタッフが、密かに国立に潜入していたのだ。

 

「あのカールに打ち勝ったジャパニーズボーイ。やはり、極東の同世代では相手にならんか」

スカウトたちは高級そうなデジカメを持ち、試合映像を映す準備をしていた。

 

辺りにも、彼の眼に見覚えのある海外の男性が足を運んでいた。

 

イタリアの名門とつながりの深いエージェント。特にアジア方面で城島獲得に一役買った実績を持ち、数多のアジア選手を送り込んだ存在。

 

そして、クラブからの依頼なのかは定かではないが、この前アメリカの有望株をライバルクラブへと送りこんだスカウトの姿も。

 

————ちっ、ドルトムントめ。相も変わらず手が早い奴らだ

 

さらに、アジア選手の発掘に定評のある、プレミアとのつながりの深いスカウトの姿も。

 

 

「ほう。“彼以来の星”と呼ばれる存在に、もう手を付けるのかね、リチャード」

 

男の名はリチャード。約十年前にプレミアデビューで壊れた、“背番号7番”の獲得に動いた男だ。

 

誰もが”彼”の活躍を確信していた。怪我という不安要素はあったが、彼の技術は代表でも輝いていた。

 

「ま、また会ったね。ヴィル。君も彼目当てかな」

 

焦りを覚えているリチャード。この来日は誰にも悟らせるつもりはなかったという表情が丸見えである。

 

「まあな。カールに一対一で勝てる選手。しかも一歳年下。現時点での獲得は厳しいが、将来的にルートを開かなくてはな」

 

ある日本人選手で大当たりを引き当てたドルトムントに連覇を達成され、これ以上王座を奪われるわけにはいかないのが現状。

 

その他にも、有望なアジア選手を見つけることは、今後スポンサー的にも美味しい極東の恩恵にあやかる為なのだ。

 

「—————話題性なら、逢沢駆だが、まだフィジカルが極東の水準に至ったというだけだ。あのドリブルは見事だが、まだまだ」

 

逢沢駆は確かにいい選手だが、まだこちらに来るのは早い。

 

しかし、リチャードは不敵な笑みを浮かべたままだ。

 

————カケル・アイザワはスグル・アイザワの再来だ。いや、彼を凌ぐ逸材だ

 

相手の動きを見切り、見事なディフェンスを成し遂げるカールとは違う。

 

逢沢駆の真骨頂は、守備の歪みを見逃さないことだ。それは、ドリブルという技術で揺さぶりをかけられる、彼にとって必要不可欠なスキル。

 

いつの間にか、彼は致命的なエリアに潜んでいる。それはエリア内で決定的な仕事を成し遂げるストライカーの証。そして、その歪みを自ら興すことが出来る。

 

「まあ、当たり負けしないようなら、ボールを何とかつなげられる身のこなしがあれば、我々も動くが」

 

ヴィルは気づかない。そしてこの試合で気づくだろう。

 

 

逢沢駆が持つ、現在の真骨頂を。

 

 

 

—————私にとって、因縁深いクラブの新人。

 

かつて、彼は盟友となった男が壊れる光景を目にした。リチャードが”心底惚れ込んだ”その選手は、フットボールの神様に愛されているかのような、素晴らしい才能の持ち主だった。

 

選手生命を絶たれた後も、所属クラブでコミュニケーションを取り、現在も一部リーグに存続する彼らを成長させたのは、彼だ。

 

もう一度、指導者として奮起する道を示し、5部リーグのクラブで二部リーグのプロを相手に逆転勝ち。その後準々決勝で一部リーグの覇者に負けたものの、その手腕は見事なものだった。

 

彼はやはりフットボールに愛された存在だ。そして、あの二人は彼の指導を受けるだろう。

 

————私に見せてくれ。君が魅せたかったサッカーを。

 

 

 

彼の下で————————

 

 

 

達海猛の下で、成長する二人の未来を楽しみにするリチャードであった。

 

 

 

 

そしてついに、蹴球高校と江ノ島高校のスターティングメンバーが発表されることになる。

 

 

GK 16番 李

LSB15番 中塚

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF12番 堀川

LMF10番 逢沢

RMF 8番 宮水

OMF 7番 荒木

CFW 9番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)1番 紅林、19番林葉、(DF)17番 藤田、2番 桜井、5番 三上、(MF)、18番 的場、11番 兵藤(FW)13番 火野20番 夏目,

 

 

総体予選以来見せてこなかった布陣。集大成ともいえる決戦の舞台で、原点へと立ち返る。

 

「うお、この陣形は!!」

総体予選から江ノ島の戦いを見てきた観客が驚く。これはあの頃の陣形だと。

 

「江ノ島の両翼が復活かぁ!!」

 

「右サイド宮水!! 左サイド逢沢! トップ下荒木!! ワントップ高瀬!!」

 

「来たぞ!! 江ノ島の原点!!」

 

そして、選手権予選から成長を続けた堀川、復活の守護神李、大抜擢の一年生サイドバック中塚。

 

ベンチには、裏抜けが即得点につながる夏目、青葉のステップをパクり始めたSB藤田。ドリブラー的場、クローザー兵藤とタレントが揃う。

 

「ついにこの三人が二列目でそろったぞ!!」

 

「半端ない崩しが見れるぞ!!」

 

この一年で江ノ島のファンになった彼らは、原点ともいえる攻撃陣のフォーメーションを見て大興奮。

 

ボランチというポジションを経験し、さらなる視野の広さとビルドアップ能力を身につけた荒木。

 

二列目とセカンドトップを経験し、世代別代表の10番を背負う逢沢駆。

 

そして説明不要の超常現象。その後継者たる宮水。

 

ブラジルの元祖ロナウドを彷彿とさせるパワフルなプレー。彼は既に、世界の視線を浴び始めている。

 

 

ワントップには、バスケで身に着けた高い身体能力と、フィジカルから繰り出されるパワフルなプレーが持ち味。

 

 

江ノ島の空中要塞、高瀬。歴代の日本人選手にはない、動ける大型ストライカーは、逢沢駆よりも貴重な存在だ。

 

 

これが、江ノ島チームのフィナーレを飾るにふさわしいベストフォーメーション。

 

対する蹴球高校。4-4-2の陣形。

 

GK  1番 大場

LSB 2番 唐木

CB  5番 幸村

CB  4番 リカルド

RSB 3番 加藤

CMF 7番 坂東

CMF10番 レオナルド

LMF 6番 川崎

RMF 8番 喜多川

FW  9番 パトリック

FW 11番 風巻

 

全国各地から集まった日本のサッカーエリートが集う蹴球高校。両サイドバックは豊富な運動量で攻守に貢献。リカルド、幸村の鉄壁の守備に加え、そのリカルドは対人能力にずば抜けている。

 

センターにはレジスタの坂東、天才レオナルド・シルバ。蹴球のセンターは攻守において存在感を放つ。

 

そして両翼も俊足揃いの蹴球。川崎、喜多川はロングボールへの対応が早い。裏への抜け出しは要注意だ。

 

そして、パトリック・ジェンパは驚異的な身体能力を誇るアフリカン。その一歩目の速度は要警戒だ。

 

その相方を務めるのは、風巻。世代別代表のエースストライカーである。

 

 

『さぁ、注目の先発メンバーが発表されましたが、江ノ島の二列目は豪華ですねぇ』

 

『左サイド逢沢君ももちろん素晴らしいですが、左サイドバックの中塚君は、宮水君に次ぐ俊足を誇ります。彼のオーバーラップはかなりのスピードでしょうね』

 

『しかも、右サイドの八雲君と宮水君はかなり息の合ったコンビです。控えの的場君もいいですが、やはり二人揃うと攻撃も守備も鋭くなりますよ』

 

『つまり、江ノ島はサイド攻撃が主体になると?』

 

『それだけで終わらないのが今の江ノ島です。センターは織田選手のロングフィードに荒木君のパスセンス。カウンターのスイッチにもなり得る堀川君。真ん中には高瀬君。これだけの選手が同時に揃うのも奇跡的です』

 

 

『蹴球の最後尾を守るリカルドと、高瀬選手のマッチアップは注目ですね。とはいえ、カットインから襲い掛かるサイドにも気を配る必要があります』

 

 

『一方、江ノ島はパトリック選手の抜け出しには要注意です。中盤で如何にレオナルド・シルバ選手にいい形を作らせない事、遅らせることが重要ですね』

 

『なるほどぉ! 注目のゲーム、間もなく始まります!』

 

 

 

モラトリアムはこの試合で終わる。この恵まれた環境との別れが待っている。

 

 

江ノ島というスペシャルな選手を生み出す環境を卒業する二人は、次の一年で痛感するだろう。

 

 

 

 

江ノ島がいかに恵まれていたことを。

 

 

 




いつかの後輩組 選手権準決勝なう

~埼玉組~

一条「これが、世代最速の男・・・・」

青梅「・・・・レベルが違うね・・・僕達、本当にあの高校でやっいけるのかな」

一条「決めたんだ。江ノ島で実力をつけて、プロに入る。俺が掲げたプランに、必ず追いついて、追い越すために」



パブリックビューイングにて

武智「ふははは! 一度でもいいから対戦してみたいぞ! 伝説の右WGとの対戦は、将来の為にも貴重だ!」

真壁「なんで俺はこんな騒がしい奴と隣なんだ・・・(決して一人県外に行くから寂しいとか、誰か友達がいないと嫌だなぁとか、考えていない)」

矢沢「・・・・左サイドでよかった・・・・俺、この人からレギュラー取れるとか、想像できねぇし。プロ入り後はどうするんだろう? ほんとに引退なのか?」


いつかのライバルたちなう 磐田篇

小川知良「・・・・開幕戦で間違いなく注意しないといけない。彼は今までの選手の物差しでは測れない」

倉茂「ほう? 今年のベストヤングプレーヤーに選ばれたお前が、そこまでいうのか?」

小川「・・・・速い選手は何人も見てきました。けど、”いきなり速い”選手は稀有です。あれほどの加速力があれば、俺は一年目に得点王になれました」

田辺「下手すりゃ、俺とマッチアップするのか」

小川「やる前からビビらないでくださいよ、我らが日本代表」



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第四十四話 右サイドの魔術師

今シーズン、有望株の獲得に成功したETUの達海新監督は、宮水の起用についてコメントを残していた。

Q やはり、監督の目で見ても、あの決定力は魅力的でしょうか? 右サイドが濃厚と聞きますが

——————彼の最適なポジションがよく分からない。ま、それだけどこも上手いってことなんだけどね


Q 監督の方針としては、やはり二列目起用でしょうか?


—————どうだろうね。選択肢があるのはいいことだと思うよ。右サイドバックだってできちゃうだろうし


Q ボランチでの起用はあるのでしょうか?

————うちが成長できるなら、それもいいと思う。けど、劇薬だからね、彼の中央は

Q というと?

————マルチロールな選手は、それだけ凄いってことだよ。良くも悪くもね



選手権決勝。

 

立ち上がりは落ち着いた展開。どちらもボールを保持すると、相手の出方を窺う探りのようなプレーで牽制しあう。江ノ島は左サイドからの崩しを多用し、それに対抗して蹴球も右サイドでの仕掛けを行っていく。

 

 

「!? なっ!?」

 

駆へとボールが渡った瞬間にプレスバッグする喜多川、そして背後には中塚のスピードを警戒する加藤のポジショニング。だが、加藤の想像をはるかに超えた中塚のスピードがさく裂し、縦への突破が決まる。

 

『やや早い弾道のスルーパス!! 中塚これに難なく追いつく!! そして上げるか、それともカットインか!?』

 

完全に裏に抜け出した中塚の速さに身を任せるプレー。それに対して立ち塞がるのは

 

「行け、ユキムラ!」

 

リカルドが高瀬をマークしつつ、幸村に指示を与える。ロングボールの確率はほぼ来ないだろうが、短く繋がれ、高瀬を前に許せば危ないことだけははっきりしていた。

 

全国クラスのセンターバックと新進気鋭のスピード命の中塚。勝負は一瞬で決まった。

 

『豪快にシュートを打ってきたぁぁぁ!!! 中塚のカットインからのシュート!! しかしボールは枠外へ!』

 

『並外れた運動量ですね。そしてその速度。最後少し雑でしたね』

 

オープニングシュートはまさかの中塚。ゴールキックから短くつなぐ蹴球の逆襲。

 

————刈り取る!!

 

レオナルドからのパスを浮かせ、堀川のプレスを躱した坂東。一転して中盤一枚が剥がれ、チャンス到来。そのままボールを運んでいくが、江ノ島も早い戻りを活かし、コンパクトな守備陣形。

 

—————その領域をぶち抜いてやれ、川崎!

 

坂東からの強い意志を感じるスルーパスを受け取るのは、左サイド川崎。マッチアップするのは問題の男、ではなく、八雲。

 

あっさりと間を外した川崎は、あがってきた右サイドバックへのオーバーラップを選択するが、猛追する存在が突如現れ、ボールを刈り取ってしまう。

 

『川崎に通ってスルーパス!!! あっと、宮水のディフェンス!! ボールはピッチの外へ! ものすごい早い戻りに、足が伸びてくるんですね、彼は』

 

 

しかし蹴球のスローイング。ロングスローで放り込んでくる攻撃が、ついにパトリックまでたどり着く。

 

『チャンスパトリック! パトリック、パトリック、シュートぉぉぉぉ!! しかし枠外! 最後堀川が体を入れました!』

 

最後のシュートモーションの一点、そしてボールを奪うことを目的としていないチャージング。堀川はパトリックの態勢を崩し、シュートを狂わせることで攻撃を未然に防いだのだ。

 

『絶妙な間合いで入れてきましたね。ボールを奪う判断ではなく、相手に打たせてマイボールにする。目立ちませんが、いいプレーです。』

 

 

江ノ島もゴールキックはショートから始め、ボールを繋いでくる。だが、高瀬とリカルドの激しいポジショニングの攻防で、初めて高瀬がアドバンテージを取ったのだ。

 

「!!」

織田は間髪入れずに、上手く体を入れた高瀬にボールを供給。それを見ていた荒木とシルバが反応し、ボールは高瀬の落としから荒木へと渡る。

 

 

そしてそれまで大人しかった逢沢がゴール前に飛び出し、高瀬の対応にリカルドも前に出られない状況。

 

荒木とシルバのバイタルエリアでのマッチアップが起きたのだ。

 

跨ぎフェイント入れながら徐々にスピードを上げる荒木。ここでアラキーダンス。オコチャダンスに独自のステップを取り入れた荒木命名の技。

 

————しかし、体の線を辿れば、自ずとコースはわかる

 

しかし、シルバは予測し体を入れてくる。フィジカル面では劣る荒木がボールを奪われ、カウンターが来ると蹴球イレブンと江ノ島イレブンは予測した。

 

最初の真ん中対決は、シルバに軍配が上がったのだと。

 

「なっ!?」

シルバは、その脅威的な足が眠っていたことをもう少し考えるべきだった。個人の対決ではなく、あくまでチームプレーの為に、わざと負けを演出した荒木に気づくべきだった。

 

個人での突破が出来たかもしれない。しかし、序盤からそれを見せるのをためらった荒木。そのわずかな歪みは、蹴球のシルバへの信頼を利用する巧妙な罠。

 

 

苦し紛れのサイドへのボール。そこには誰もいないはずだった。彼の上りはおとなしく。プレーメーカーや守備に追われる時間が多かった彼がいるはずがないと。

 

『ここで宮水!! いい位置でボールをトラップ! しかし前には二枚! クロス上げられるか!?』

 

斜め45度の角度へと迫る、江ノ島の絶対エース。その彼に立ち塞がるのは、左サイドの加藤と川崎のコンビ。八雲がサイドからオーバーラップする姿を見て、加藤が反応する。

 

 

八雲と背後で交差する瞬間、宮水は八雲を見ていなかった。一瞬だけ縦へと目線をずらし、右足で縦パスを出すように見えた。

 

だが、次の瞬間に川崎の視界から今にも消えそうな速度で抜け出す宮水の姿が。

 

『ああっとうまく外した!! カットイン!! フェイクを入れて、逆足のクロス!?』

 

左足でのクロスと思われたボールがフェイクで、間髪入れずに右足での精度の高いクロスボール。左足のタイミングでは高瀬へと渡るルートではあったが、右足では彼が該当しない。

 

彼の右足から繰り出されるボールは、高瀬がボールを受け直すために戻った、蹴球のぽっかり空いたポケットへと渡る。

 

 

反応していたのは、辛うじて”彼”の背中を追う幸村のみ。

 

 

 

背番号10番の抜け出し。彼のクロスの精度と、絶対に彼ならば運んでくれるコースに怠けずに走り切る、青葉への信頼。

 

 

『キーパー一歩も動けないィィィ!!! 先制、江ノ島~~~!!!! 前半の14分!! 決めたのは江ノ島の10番!! 逢沢駆!!』

 

クロスボールにヘディングシュートで叩き込んだのは、背番号10の駆。並外れた攻撃センスとシュート精度は健在で、キーパーに動くことすら許さない先制ゴール。

 

 

『逢沢選手の抜け出しも見事でしたが、高瀬君が作ったスペースに、上手く抜け出しましたね。ここしかないタイミングに、ここしかない速度のクロス。完ぺきな崩しでした』

 

『今大会の得点ランキング独走の9得点目!! やはり大一番で決めてきます!!』

 

 

思わず駆け寄る織田。そのアシストを称賛し、

 

「よし!! ナイスクロス、青葉! あと、ナイスゴール逢沢!」

 

そしてすぐに駆の下へと向かう。主将のポジションも板についてきたようだ。

 

これで先制アシストの宮水青葉。逢沢駆の得点王をアシストする見事なプレーは、観客に大きな歓声を作らせる。

 

「駆なら走りこんでくれると思っていた。やはり、その眼は健在だな」

ハイタッチを交わす江ノ島の両翼。駆は何一つ疑うことなく青葉のクロスに準備していた。

 

「青葉なら必ず通してくれるって信じていたから。ゴールのビジョンを考えた時、ここしかないと思ったからね」

 

「俺は何となく入り直したのだが、なるほど。こういうボールに関与しないプレーもあるんだな」

 

高瀬は今のプレーで、スペースを作る動きも改めて重要であることを知る。体を張るだけがポストではない。彼はこの瞬間も成長を続けている。

 

 

一方の蹴球。決定的な場面、しかも斜め45度というサイドアタッカのーゾーンにまで突破を許し、タイミングをずらしたクロスで先制を許してしまった。

 

「くそっ! チェイシングだけであいつを止められると思うな!! ぶつけてでも止めなければさっきの二の舞だゾ!!」

 

リカルドは、サイドにもっとチャージするよう求める。加藤と川崎も、それが分かっているから反論しない。

 

「しかし、荒木が完全にプレーメーカーと化しているとはナ。捉えたと思った瞬間でさえ、奴には見えていたのか」

 

リードを許した蹴球が攻勢に出るも、江ノ島の右サイドは危険地帯。左サイドに攻め入るも、

 

『ここも中塚のカバー!! その俊足を飛ばし、攻撃の芽を摘み取るクリア!! 今日の中塚は良く動けていますね』

 

『まあ、あの身体能力は凄いですね。今は粗削りですが、技術が向上すれば化けますよ』

 

 

しかし蹴球も黙っていない。荒木との一対一で、シルバが言い訳を許さず抜き去る。

 

「ちっ!?」

 

荒木がステップワークで負けたのだ。その上シルバ自らのドリブル。江ノ島の選手が戻るも奪いきれない。

 

「とったァァァ!!!」

 

堀川のスライディングが迫るも、ロールバッグからの変則ダブルタッチで躱し、センターバック二人が前に出られない状況。織田が遅らせるためにリトリートで時間を稼ぐが、

 

「ふっ」

笑みを浮かべたシルバがトゥーキック。織田の横、腰のあたりから浮かび上がるフライボールが高々と舞い上がる。

 

 

「—————まずいですね」

 

その時だった、堀川はふくらはぎ辺りに激痛を覚える。すぐに立ち上がるが、岩城の目から見ても堀川の様子がおかしくなったことを見抜く。

 

 

その中央突破からのスルーパスに反応したのはパトリック。手を使って海王寺をブロックして距離を取り、絶妙なポジショニングから左足一閃。

 

『縦パスからダイレクトぉぉぉ!! 蹴球追いつきます!! 前半の34分!!』

 

『シルバ選手の個人技からのプレーでしたね。』

 

 

攻撃力を売りにしている両チーム。しかし、すぐさま江ノ島の反撃。蹴球が嫌がっている右サイドへとパスを通す江ノ島。

 

「これ以上やらせるか!!」

 

懸命に川崎がプレスバッグするが、守備専門の選手でも止めるのが至難の業。宮水の空踏みからのドリブルフェイントがさく裂。

 

跨ぎフェイントからの左足の空踏みを入れ、川崎のまた下を抜くボール。そしてその直後に崩れ落ちる川崎の姿。宮水のアンクルブレイクが発動したのだ。

 

すでに青葉は縦一閃で川崎を抜き去り、続く相手は加藤。八雲はオーバーラップしておらず、単独での突破化、バックパスの二択。しかし、青葉なら前者だろう。

 

ロールしながら間合いを測る青葉。そしてじりじりと近づく加藤。わずか2秒ほど間合いを決めた青葉が仕掛ける。

 

————縦か!!

 

左足からの転がし。絶妙な間合いからの縦一閃は何度も見てきた。しかし、右足で踏ん張り、すぐさま左足で真横へと蹴り転がしたボールが、加藤の前を通り過ぎていく。

 

「なっ、あぁ!?」

 

カットイン。青葉の決まり手は転がしからの反復ステップ。縦一閃のエネルギーを余すことなく利用し、急激なカットインに転換したのだ。しかしこれで終わらないのが青葉。

 

足を延ばした相手をあざ笑う、股抜き。川崎同様動こうとした瞬間に崩れ落ちる加藤。

 

 

2連続のアンクルブレイク。蹴球のサイドを完全制圧した青葉に迫るのは最後の砦、リカルド。

 

「舐めた真似を!!」

 

しかし、サイドが完全にがら空きとなり、リカルドが一枚消えた中央。

 

あの男が幸村とのマッチアップで勝つ確率は高かったのだ。

 

「!?」

 

リカルドの眼前でノールックヒールパス。辛うじてリカルドは反応することこそできたが、バランスを崩し、膝をついてしまう。逆足、利き足での正確なパスを出せる彼には、常に二つのタイミングを警戒しなければならない。

 

 

————なっ、そのエリアは————

 

見えていたというのか。イメージしていたというのか。まるで盤上を指揮する指し手の如く、あのサイドアタッカーには彼が見えていたというのか。

 

 

幸村に競り勝った高瀬が前を向いていた。キーパーが苦悶の表情を浮かべ、距離を詰める。しかし————

 

 

『ヒール、パス!? ワントラップからシュートぉぉぉぉ!!! 江ノ島勝ち越しィィィ!!! 決めたのは背番号9の高瀬!! 最後凄いところを通してきましたね!!』

 

『三人を抜き去ってのラストパス。あそこまで崩されたら、お手上げでしょう!』

 

先制アシストに勝ち越しアシスト。周りを活かしつつ、自分も脅威となり得る。味方の攻撃を活性化させる青葉の活躍は渋く、そして鮮やかだった。

 

『前半終了間際の44分! 再びリードを奪います、江ノ島高校!』

 

そしてここで前半のホイッスル。ハーフタイムが終了し、江ノ島一点リードで折り返すことになる。

 

 

留学生を擁する蹴球の中央突破も見事だが、それ以上に宮水青葉の存在感が会場を支配していた。

 

このピッチの主役は誰なのか。それを否応なくすべての目に焼き付ける。

 

 

「——————」

 

風巻は、眼前で繰り広げられる青葉無双を前に唇をかむ。もし、彼がアジア杯にいたら、優勝は確実だったと悟る自分が嫌だった。

 

 

そして、守備陣はリカルド含め良いように青葉に蹂躙され、駆と高瀬に致命的なプレーを許す形となった。

 

 

しかし彼にはまだゴールがない。にもかかわらず、好調を予感させるプレーの数々。この試合既に2アシストを決めて蹴球からリードを奪う立役者となっている。

 

 

間違いなく彼は後半さらに調子を上げてくるだろう。決勝でゴールを意識しないはずがないのだ。あの男がこの現状で満足するはずがない。

 

 

そんな青葉に対するマークを強めればいいのだが、プレッシャーの薄いサイドで、しかも周りを活かせる彼に人数を掛ければ、中央の守備の人数が足りなくなる。それでは前半の二の舞となる。

 

 

 

「この蹴球こそ、トップレベルの選手を集めたというわけではないのだな」

 

蹴球の監督であるロドリゲスは、間違いなく世代ナンバーワンである宮水のプレーに脱帽する。

 

全国から集められた日本基準のトップクラスの選手たち。だが、目の前に現れた江ノ島はそんな彼らを圧倒する力を見せていた。

 

これが、高校一年生にして既に強化指定選手に選ばれる実力者たる所以なのか。

 

「けど、全く歯が立たないわけじゃない。こちらも中央を攻略し、何度かチャンスを作っている。防ぐのは厳しいが、攻撃まで封じられるというわけではない」

 

シルバの見立てでは、中央への攻略は可能。サイド攻撃をクロスに絞ることで、青葉以外の決定力にすり替えることが可能ならば、失点のリスクも減る。

 

「ちっ、忌々しいが最少失点に抑えろということだな」

 

リカルドも、現状それしか手がないのだから異論はない。

 

「ボクがたくさん点を決めればいいってコトダヨネ? いいパスチョウダイネ、シルバ?」

そして頼みの綱はパトリック。風巻が消える時間が多い中、彼にかかる期待は大きい。

 

「ああ」

 

 

 

そして一方、江ノ島は大きくカードを切る決断をしていた。

 

 

「後半からボランチに織田君と宮水君にお願いします。右サイドには兵藤君を」

 

 

「—————連戦の影響が出ましたね。今まで負傷がなくここまで来ましたが」

 

堀川が足をつったのだ。日頃よりスタミナに問題はないとされていたが、足の方が先に根を上げてしまったのだ。

 

「—————ラストマッチでボランチ、ですか。そういうことですね?」

 

青葉は、自分に課せられた使命を認知する。岩城はそれを改めて部員に伝える。

 

「シルバに対する個の力。荒木君は攻撃に集中し、兵藤君はバランスを取ってください。青葉君に課す指示はシンプルです」

 

 

「世代屈指の司令塔、レオナルド・シルバを止めてください」

 

世界が注目する戦いで、すでに結果を出している青葉だが、まだ足りない。確実に勝利するためには、シルバを抑える必要があるのだ。

 

「——————ラストマッチ。最善の選択を以て、彼にこれ以上仕事はさせません。後の海外アピールにもつながりそうですしね」

 

 

「————まあ、あいつのドリブルは凄かった。堀川と荒木、俺で止めきれないなら、後はもう青葉ぐらいしか相手にならないだろう」

 

織田も、堀川、荒木と自分が躱される相手ということで、禁じ手のボランチ青葉に賭けるしかないと踏んでいた。

 

「後、後半は運動量が互いに落ち始める頃合いです。夏目君はいつでも準備できるように」

 

 

「はいっ!!」

 

後半途中に裏抜けの夏目を起用することを宣言する岩城。だからこそ、彼は織田を残すという判断をしたのだ。普通なら堀川ではなく、織田を交代させる方が守備の強度的にもプラスだ。逃げ切りとシルバ対策を講じるだけなら、交代されるのは彼だった。

 

しかし、夏目という切り札を活かすには、堀川では足りないのだ。無論、彼にとっては不本意な負傷交代という形だからこそ、このカードしか切れないというのもあるが。

 

 

そしてバランサーの兵藤は攻撃的ではないかもしれないが、後半の試合をクローズする際に、これ以上ない落ち着きを齎すだろう。

 

「逢沢君は引き続き苦しい時間帯での攻撃を牽引してもらいます。相手もこちらのサイドを狙ってくるでしょうが、攻め切るということを意識してください」

 

攻め切ればカウンターの確率は低くなる。

 

 

 

両チームの思惑が錯綜する中、応援席では弟の活躍に心を躍らせる姉の姿があった。

 

「凄かったわぁ。特に勝ち越しゴールのとこ。青葉は何をしたん?っていうくらい、訳分からんとこにボールを出しとったし」

 

「うん。やっぱりすごい。あの人は本当に—————」

 

来年から東京の三葉と共に戦況を見つめるのは恋人の瀧。あれから半年以上が経ち、青葉は間違いなく成長している。それも、彼が見てきた五輪代表の青葉に迫るどころか、彼を上回りかねない成長速度を見せている。

 

—————やっぱりあなたは、まだそこにいるのか?

 

爆発的な成長速度に彼がいるのではないかと期待してしまう。

 

 

そして、ETUのサポーターである羽田は、この大舞台で活躍を続ける彼に期待をしていた。

 

「羽田さん、やっぱ半端ないですよ、宮水選手。あの局面でノールックヒールパス。発想がそもそも違う」

 

馴染みのサポーターたちも、青葉の発想とプレーに魅せられていた。すでに魅了されているのに、惚れ直した状態なのだ。

 

「—————問題は、宮水選手の意図を理解して動ける選手が何人いるかってことだ」

 

だが、羽田はここまでハイレベルな戦術眼を持つ彼が、今のETUでどこまであんなプレーが出来るのか、不安に思うのだ。目の前で何不自由なくプレーできている彼が、プロの壁にぶつかり、不調になってしまうかもしれない。

 

選手のことを非難したくない羽田にとっては大変不本意ではあるが、彼の動きに付いていける選手が現時点で何人いるのかは分からない。

 

————シーズンの中盤でかみ合っても、手遅れになる可能性だってある

 

宮水選手と、逢沢選手が入団することで、チームのバランスは変わり、戦術も何もかもが変わると予感する彼は、今までチームを支えてきたベテランが軽視されるのではと不安に思う。

 

「それに、今うちに必要なのは全部だ。攻撃も守備も、個人がレベルアップしなきゃ上には上がれねぇ」

 

彼がいかにすごい存在であっても、一人では勝てないのだ。

 

 

その時だった。ハーフタイムでメンバー変更があったのは江ノ島。その表示を見て、声をあげる少女の姿があった。

 

「あっ! アー君がボランチだ!」

 

「————ついに来たわね。使うつもりはなかったのでしょうけど」

 

「けど、前半のことを考えたら妥当かもしれないわ。シルバ選手を止める選手がいなければ、失点も防げない」

 

 

 

「——————あ」

羽田の目の前に映し出される光景は、彼に衝撃を与えるものだった。

 

GK 16番 李

LSB15番 中塚

CB  4番 海王寺

CB 14番 錦織

RSB 3番 八雲

CMF 6番 織田

CMF 8番 宮水

LMF10番 逢沢

RMF11番 兵藤

OMF 7番 荒木

CFW 9番 高瀬

 

ベンチ入り (GK)1番 紅林、19番林葉、(DF)17番 藤田、2番 桜井、5番 三上、、(MF)、18番 的場、(FW)13番 火野20番 夏目,

 

OUT 12番 堀川

 

 

「ここで奇策!? ボランチに宮水!?」

 

「知らないのかよ!! ボランチ宮水は鉄壁だぞ」

 

「しかも攻守の要! 一人カウンターも可能だ!!」

 

「そりゃあ、八千草戦でボランチだけど、あんまり青葉君目立ってないじゃん」

 

「サイドでドリブルしたほうが」

 

「分かってねぇな!! 現代フットボールでよぉ! 中盤で確実に前にボール運べる選手が貴重なんだよ!!」

 

「一人であそこまでスイッチできる選手をボランチで使わないなんておかしいぞ」

 

 

ざわめきが収まらない国立競技場。ボランチ青葉というのは、神奈川選手権と八千草戦でのみ見せた切り札でもあるのだ。サイドでの活躍とボランチでの活躍。その二つで揺れる観客の心が、そのままスタジアムの風景と化していた。

 

 

だが、ピッチに立つ蹴球の選手たちは、前半よりも感じる強烈な存在感を背負うことになる。

 

 

後に、日本サッカー界最大の論争を引き起こすことになるであろう、二つのポジションで揺れ動く彼の歩みはここから始まった。

 

 

攻撃を支える”現代の花形”か、それともチームを支える”現代の重心”か。

 

 

 




ETUの面々 選手権視聴なう


村越「・・・・あそこに走りこめる奴はいるか?」

世良「・・・・正直、あそこから来るとは思えないんですけど」

堺「トラップは乱れるだろうな。一緒にプレーすれば特徴はある程度掴めるだろうが」

赤﨑「(レギュラーの座がやばい。あんなのが来るのか)」

黒田「守備もよくするし、やりやすそうだ」

杉江「・・・・浮かない顔だな、飛鳥。どうした?」

飛鳥「まだエンジンがかかってないですね、彼」

上田「あれで!?」

飛鳥「味方にリズムを生み出すことにもたけた選手だ。まだ力をセーブしている」

緑川「・・・・さて、後半はボランチか? 堀川の動きが悪くなっていたが・・・」



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第四十五話 圧倒と、自覚と・・・・


その瞬間、何かが壊れたように思えた。今まで大切にしてきたものを、見失いそうになった。それが一瞬であろうと関係なかった。


それを自覚した瞬間、世界の見え方が変わった。


—————俺は、彼が求めた最高の存在にはなれないとわかった。


宮水青葉という、この試合に参加する者達の中で最も速く、最もドリブルテクニックを持つ選手が中央に回る。

 

「君のボランチは、そこそこやると聞いている。だが、単純に俺にぶつけるだけで、蹴球の攻撃を防ぐことは難しいゾ」

 

 

「—————————語ることは何もない。プレーで証明するだけだ。俺がここにいる意味を」

 

シルバと青葉の軽いジャブのような会話が後半キックオフ間際に交わされる。

 

 

後半のキックオフは蹴球からとなり、江ノ島のゴールをこじ開けることが出来た中央を意識した攻めを展開するのだが、

 

 

「—————————」

 

 

シルバに対してほぼマンマーク、ある一定のゾーンに来ると、必ず彼がやってくるのだ。そして、彼の身体能力を考えればほぼ確実にミスパスとなる距離。

 

 

パスをした瞬間にやられるという共通の意識が蹴球イレブンを支配した。

 

 

「——————ここまで熱烈だと、俺も本気で振り切らないといけないナ」

 

苦笑いで、シルバに仕事をさせないという一点に集中する青葉を見て、彼は動きのキレを鋭くさせていく。

 

 

が、ダメ。彼を振り切ることが出来ない。首を振る回数が増え、ボールの位置と彼の位置を計算し、全てがロジックに動いている。マークを外すステップワークにすべて対応してくる。さらにいえば、これはシルバにとって分の悪い勝負である。

 

 

 

底なしの体力を誇る青葉に対し、シルバの体力は優秀な選手程度。こんな我慢比べ、彼が集中を切らす以外に勝機はない。

 

 

しかも、シルバへのパスルートを封じられてから、蹴球は後二歩くらいの攻め手を欠いていた。

 

 

「くっ!?」

 

中塚が喜多川に対し、プレスでボールを奪う。完全に身体能力任せのプレーではあるが、切り返しの加速に完璧に反応した中塚のスライディングが、ボールを刈り取ったのだ。

 

 

つまり、喜多川のスピードは不意を突かれた中塚の反応範囲であるということだ。

 

—————なんでこんな下手糞に、俺が—————ッ!!

 

テクニックは中の下。お世辞にもサッカーが上手いとは言えず、センスの欠片もないシュートもあった。だが、この対人能力においては彼は脅威であった。

 

 

「おっしゃ、いくぜぇぇぇ!!」

 

そして始まる中塚のドリブル。ボールを前に蹴りだし、ただひたすらに走る縦へのドリブル。まるでフェイントも出来なさそうな下手糞な、品性の欠片もない突進。

 

 

だが、蹴球の選手はどんどん振り切られる。そして、シルバに張り付いていた男が危険なゾーンへと走りこんでいた。

 

「させるカ!」

シルバも反応する。この男にゴール前で仕事はさせられない。荒木と高瀬の対応に忙しいリカルドと幸村の負担を考慮し、シルバが守備に戻る。

 

「いけっ! 青葉!!」

 

中塚からのややズレたスルーパス。だが、彼ならば絶対に収めてくれる、そんな確信が中塚にはあった。

 

 

「っ!(なんてフィジカルだ、)」

 

ボールに飛びつくように保持した青葉にプレスをかけるシルバだが、先に彼の背中を当てられ、ボールを狩れる距離から弾き飛ばされたシルバ。肉弾戦が好みな青葉に対し、獰猛な笑みを浮かべるシルバ。

 

すぐにシルバは体勢を立て直し、青葉の前に立つ。すでに蹴球の守備は戻っており、ドリブルコースもない状況。

 

—————ここでパスを選択してくるはずだ。機能しているのは江ノ島の左サイド。

 

逢沢と中塚の崩しは蹴球を何度も崩している。そして目の前の青葉はそれを狙っている節がある。

 

切り返し、ロール。跨ぎ、ターン。シルバとの間合いを、フェイントを交えて測り続ける青葉。そして、その度にステップを踏んで修正するシルバ。

 

エース同士のマッチアップ。共に技量と強さを兼ね備えた選手同士の対決に会場もざわつき始める。

 

その濃密な瞬間こそ、この試合の分岐点であると。

 

「あ———————」

 

 

青天。シルバの視界が空を向く。しっかりと反応したはずだった。方向を読んでいたはずだった。

 

右へ行くとわかっていたのに、空踏みがどこまでもシルバの邪魔をする。空踏みだけならば、シルバは対応できる。通常の一流選手ならば、彼は相手を止められただろう。

 

 

—————切り返しっ!? 違うこれはッ!!————

 

 

そのダブルタッチが早過ぎて、シルバの眼が反応する前に青葉は動き出していた。日本人離れ、否、人間離れしたバネのような動き。

 

しかし、アドを取った青葉が不意に体の向きを変える。ボディフェイント。切り返しに強みを持つ彼の体が傾く。そこで、シルバは迷ってしまった。

 

その迷いこそ、青葉の前で犯してはならない致命傷であることに気づかずに。青葉を止めるには、それこそ反応のままに抑え込む必要があった。ファウルをしてでも、彼を止めねばならなかった。

 

アドを取ったコースを、無駄にするようなシチュエーション、間合いではなかったはず。しかし、そのどちらも可能にする速度が彼にはあった。

 

 

シルバはその瞬間彼の領域を垣間見た。彼を中心としたサークル、領域、聖域が見えてしまった。

 

—————これが、君の………

 

誰も見ることが出来なかった青葉のドリブルの間合い。シルバはその才能でその間合いを理解した。だからこそ、衝撃だった。

 

 

この聖域に、自分が入り込むことはかなりの難易度であることが分かってしまった。彼は自分よりも速く、そして間合いの測り方に長けていた。

 

 

 

「っ!?」

 

反復ステップ。左を意識した時点で、シルバの敗北は確定していた。

 

 

アンクルブレイク。世界最高峰のリーグでプレーし、バロンドールを複数回受賞するあの男のようなドリブル。

 

 

天才という称号すら飲み込む、本物の怪物。超常現象の凄みを、この光景を目にしたすべての人間が理解させられた。彼は、新たな時代を切り開く主役になれる逸材だと。

 

 

 

「バカなっ!?」

 

リカルドは、シルバが崩れ落ちる姿など、今まで見たことがなかった。それこそ、逢沢傑と戦ったときでさえ、そんな醜態はなかった。

 

 

 

バイタルエリア内の青葉。高瀬と荒木も一度売りを修正していく。が、これは———

 

 

『シルバ躱して前に出る!! おっとシュートだぁぁァァァ!!!! 決まったぁァァァぁ!!!! 早いグランダーのシュートが、蹴球のサイドネットを揺らした!!!』

 

荒木が開けた僅かな隙間、キーパーの死角を見逃さなかった青葉。ちょうどリカルドがブラインドになる位置から蹴りこんだ球足の速いシュートは、キーパーに反応すら許さなかった。

 

そして反応したキーパーは崩れ落ちる。動こうとしても、動けず、体も傾けてしまう。

 

 

『その前のフェイントの応酬ですが、いい攻防だったんですけどね。青葉選手の間合いに入れば、どんな選手も止めきれませんね。そして、僅かなスペースを射抜くそのシュート精度も見事です』

 

 

『これで今大会7得点目!! ランキング二位タイに付ける宮水青葉!! そして、アシストランキングは独走状態!! まさに江ノ島の攻守の要!! 後半の13分!!』

 

 

 

 

「嘘だろ。どんな関節をしているんだ?」

 

 

そんな有り得ないことをしでかしている青年を見つめるプロの集団がいた。それはETUの選手たちだ。

 

「リプレイの映像だろ、これ!? なんだよ、これ」

 

世良は絶句した。自分のフェイントは、スローカメラの青葉にすら劣るのかと。

 

 

リプレイで映し出されている青葉の足の動きは、通常のフェイントのスピードよりも速かった。つまり、通常速度で行われているシルバの視界には、足の動きが早過ぎて、何が起きているかも理解しきれていなかったことが容易に想像できる。

 

「これ、ていうか、日本人だよな、あいつ?」

丹波は、世良以外にまともにリアクションをすることを忘れている一同の前で、乾いた声を漏らした。

 

 

「上等だ、奴に右のポジションは渡さない、絶対にだ!」

 

赤﨑が虚勢を張っているが、一同は彼を笑うことなどできない。日本人選手の歴史の中で、アンタッチャブルな存在が出現したのだ。彼相手にレギュラー争いをして負けても、笑うことなどできない。

 

むしろ、新監督はポリバレントな青葉を様々なポジションで試すかもしれない。つまり、彼がプレーしているボランチも、中央のポジションも、安泰ではない。

 

さらには、単独でも力を発揮する逢沢駆も入団してくるのだ。ジーノとて、レギュラーが安泰という立場ではなくなるかもしれない。

 

危機感。彼らに芽生えたそれは、少なからず影響を与えていくことになる。

 

 

 

場面は戻り、国立競技場。青葉のスーパーゴールで、蹴球の闘志にひびを入れた江ノ島高校。

 

 

『これでリードを二点に広げます!! 江ノ島高校!!』

 

 

江ノ島イレブンが駆け寄る。中押しとなる貴重な追加点を挙げた彼の周りに輪が出来る。

 

「凄いシュートだったよ、青葉!」

 

「いや、コースが空けば何とかするだろうとは思ったが、あれは想像外だぜ」

 

駆は、そのシュート精度に舌を巻き、荒木は想像の上を行く彼の度胸に驚く。

 

「しかもシルバを抜き去り、奪ったゴールだ。あと一点。ダメ押しのゴールを奪うぞ」

 

 

衝撃を受けたような表情の蹴球イレブン。最も上手いだろうと言われていたシルバが、負けた。そのショックは計り知れない。

 

動きのキレが互いに悪くなる蹴球は、泥沼の状態に陥っていく。

 

パスが合わない。自分が何とかするんだという気持ちが空回りし、視野が互いに狭くなる。

 

 

「あっ!」

 

パスミスが増えていく。日本人の弱さが、もろに出る展開となっていく。ロドリゲス監督も何度も指示を伝えるが、中々うまくはまらないし、青葉を止める有効な手段を見いだせない。

 

 

動揺が広がるピッチで、その負の連鎖を止められる強い選手が蹴球にいないのだ。

 

 

 

————あの怪物を止めきることが難しい、その空気が、チームからすべてを奪っている。

 

その存在感は、ボールを持っていない時でも効力を発揮する。かつて率いたチームであっても、彼を止める手段はなかなか出てこないだろう。

 

もはや、それほどの存在なのだ。宮水青葉という男は。

 

何とか兵藤へのロングボールをカットするが、サボらずにチェイシングを続ける。これにはたまらずセンターバックの雪村がキーパーに戻す。

 

————くそっ! コース全然ねぇじゃねぇか!!

 

しかしロングボールもショートも出せるコースがない。フィジカル勝負になると考えていると、

 

「余裕だねぇ!! 考え事とはなぁ!!」

 

幸村に襲い掛かっていた兵藤がそのままプレッシングしてきたのだ。手を使うわけにはいかないキーパーの大場がロングボールを蹴らざるを得ない。

 

 

————落下点には速いな、やはり。

 

青葉はボランチというポジションから、バイタルエリアに飛び出していく選手の背中を見て、笑った。彼はどこまでも試合の流れを読む力に長けている。

 

 

 

人々は思い知るだろう。彼はエリア外でも戦える力を持っていると。それを今、フィジカルのないだの、時期尚早だという輩に見せつけてやれと、思うのだ。

 

 

「なっ! アイザワ!!」

 

リカルドがボールを保持する前に、逢沢駆がボールキープ。後ろからは、レオナルド・シルバもいる状況。

 

まず駆は、背後から迫るシルバに背中を叩きつけ、ボールキープ。ボールを取りに行く前に必ず相手に体をぶつけてくる対応に、シルバは難儀する。

 

————半年前とは比べ物にならない強サ……体幹が別次元ダ

 

山を走り続け、ひたすらに青葉に追いつこうと努力し続けた駆の努力の証。相手選手に囲まれた状況下でボールキープできる実力を示し、

 

背後のシルバをわずかに振り切り、リカルドを抜き去る時間が生まれる。

 

「舐めるなっ!!」

 

そう簡単に抜かされるわけにはいかない。シンデレラボーイにこれ以上好き勝手させるわけにはいかない。

 

空踏みからのシザース。その程度のフェイントは何度も見てきた。リカルドの体はブレない。警戒するべきはあの大技。

 

逢沢駆の十八番。ルーレット。

 

 

だが、それを意識した瞬間に外側の刃がさく裂する。

 

「っ」

距離を詰め切れないリカルドを尻目に、駆のダブルタッチの縦への突破が決まりかける。しかし、反転からの動きがスムーズなリカルドがそれに反応する。

 

抜けない。ダブルタッチだけではいずれ追いつかれ、ボールを奪われるだろう。

 

「な、ぁぁぁ!?」

 

 

ダブルタッチだけならば。リカルドの股間を抜くボール。切り返しのフェイクと共に繰り出されたのは、ヴァニシング・ターン。

 

リカルドが詰めよってくるタイミングに、憎らしいほどに最高のタイミングで切り出した、駆の十八番。

 

 

 

まるで独りでにボールが駆の下へと転がり、リカルドは駆に振り切られる。ボールを持って否彼に追いつくことが出来ず、ファウルすることもできない。

 

しかし、辛うじてPA外。苦肉の策で、リカルドはファウルで駆を潰す判断をする。

 

 

 

それでも、“騎士王”の歩みは止まらない。

 

 

 

ここで、時を止めたかのような駆の急激なストップ。周りの動きを見極め、常に動いている状態から急激な停止へと至る、駆の判断。

 

周りは動き、ひとりでに動く。距離がずれる。相手がずれる。逆側への動きに比重が重なる。

 

リカルドのスライディングが空を切る。全て見透かされていた。南米仕様の強い当たりを駆は想定していたのだ。

 

「————この化け物ども、め————ッ」

 

素通りする駆。単純な速度で振り切られる幸村。そして——————

 

 

『ゴール前、前を向いて!! 振り抜いたぁァァァ!! 決定的なゴール!! ダメ押しのゴール!! 逢沢駆、大会記録更新となる、10得点目!! この試合2点目!!』

 

最後まで幸村を手でブロックしながらのシュート。合気道オフェンスの重心をずらす手の使い方が功を奏し、蹴球にとどめを刺したのだ。

 

 

 

『凄かったですね。あの逢沢君の十八番で抜くのも凄かったんですが、ちゃんと見えていたんですね、背後からのタックルを』

 

 

『まるで背中に目があるようなプレー!! 最後幸村選手との日本人対決も制し、ゴールを決めて見せました!!』

 

『南米の選手の当たりの強さを想定しなければ、あれは出来ませんよ。いやぁ、凄いですね』

 

『後半の18分!! ダメ押しとなるゴールが決まりました!! これで4対1!!』

 

 

ゴールを挙げた駆が、ベンチ前へと走る。優勝を決定づけるゴールに江ノ島ベンチが湧いていた。

 

「ナイスゴールです!! すごいゴールですよ、駆君!!」

 

岩城も手放しで喜ぶほどの個人技、個の力。逞しく、そして力強いドリブルとプレースタイル。これならば、彼はプロで活躍できる。彼ならば道を切り開いてくれる。

 

「凄いぞ、逢沢!!」

 

「ニュータイプかよ!! あのタックルを躱したとき、鳥肌立っちまったよ!!」

 

 

「まだまだこれからです!! 笛が吹くまで試合は何が起きるか分かりません!」

 

もみくちゃにされる駆だが、笑い続ける。自分が決めたのだ。勝利を手繰り寄せるゴールを奪い取ったのだと。

 

 

—————僕は、止まらないから。だから兄ちゃんは、心配しなくていいんだ。

 

 

 

—————僕は、王様も騎士も、どちらも出来る存在になってやるんだ

 

 

その強欲は止まらない。エゴを引き出された見習い騎士は、止まることを知らない。

 

 

 

 

さらに江ノ島はポゼッションを維持し、時間を稼ぐ。中盤の宮水に対するプレスも激しくなるが、まるで意に介さない。

 

 

 

業を煮やした蹴球は、敢えて青葉に持たせ、他の場所での数的不利を誘発させる。彼にボールを持たせ、パスを出させるという展開だが、

 

『遠目から狙ってきたぁぁぁ!!! シュートはポスト!! ミドルレンジから強烈なシュート!!』

 

欲を見せた青葉がここでミドルシュートを選択。先ほど、初めて高瀬がリカルドとの競り合いに敗れるという光景が彼に選択肢を奪わせたのだ。

 

 

マイボールにした蹴球はあえて自陣でパスをつなぐ組み立てを見せ、ピッチをワイドに使う。

 

すると

 

「!!! しまった、シルバは囮か!!」

 

青葉が気づいた時には遅い。ワイドポジションでパスを繋げた蹴球が左サイドに襲い掛かる。

 

「なっ、ぐえぇぇえ!!」

 

右サイドの喜多川にタックルをかます中塚だが、逆に弾き飛ばされてしまう。ディフェンスの反応速度に定評のある彼だが、フィジカルは全国エリート集う蹴球の前では紙切れ同然だった。

 

『完全に左サイドを突破して、クロス———!!! ああっとここで李がパンチング!!! パトリックへのクロスボールを直前で防いだァァァ!!』

 

 

しかし、2点目以降は許さない李。この日の彼はコンディションが好調であり、海王寺、錦織が大抵中央のクロスを弾くので、守備範囲も狭くなっていた。

 

ゆえに、彼の最大の長所である反応速度が、パトリックにボールを与えない。ボックス内でしか仕事をしないストライカーを紙切れにする働きは、蹴球に衝撃を与える。

 

 

さらに——————

 

 

「君の反応速度は確かにすごい。僕一人では勝てないと実感したヨ」

 

シルバは青葉との仕掛けの速度が速くなる。常に先手を打たれ、並の選手では何度もアンクルブレイクを起こされそうになるほどの、オコチャからの重心ずらし、軸足ずらしを耐える青葉。

 

しかし、耐えるだけだ。彼からボールを奪うことが出来ない。

 

—————なるほど、シルバのドリブルの仕掛けが早くなった。無理に行けば抜かれるな、これは

 

 

しかし、青葉はそんなシルバを見て口元が歪んでいた。

 

 

 

青葉をしてボールを奪えないシルバの間合い。しかしそれは、パトリック・ジェンパ、風巻の献身的な走りが効果的なのだ。

 

—————1人では彼には勝てない。けど!!

 

 

—————僕らが少し頑張れば、その牙城を少しは崩せるのさ!

 

トンっ、

 

股抜きを狙ったエラシコからのストップ、逆足のずらしに反応するまでは見事だった青葉。しかし、僅かに彼はシルバにパスコースを許したのだ。

 

ドリブルコースはついに一度もこじ開けることが出来なかったシルバだが、味方を活かすパスならばこの高い壁を突破したのだ。

 

「ふっ—————」

 

後ろを振り向く青葉。そこにはもう風巻とパトリックが動き出している。織田が何とか詰めようとするが、パトリックの速度に振り切られていた。

 

 

その時、シルバは青葉の不穏な雰囲気に、唯一気づき始めていた。

 

—————今、嗤った、のか?

 

自分が出し抜かれた瞬間に、青葉が笑った様に見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

————この初速。青葉のような瞬間的な—————

 

良く江ノ島で目にする光景だ。青葉が常に見せてくれる攻撃の動きの一つ。織田はこの動きに対して苦手意識を持っており、彼との間合いを広げてしまったのだ。

 

「うわっ!?」

 

それでも間合いを詰めようとした織田に待っていたのは、ノールックまた抜きとパトリックの急停止。バランスを崩してアンクルブレイク。彼の前に壁は消えた。

 

 

『タイミングずらしたシュー、スルーパス!? あっと風巻ダイレクトぉぉぉ!! しかしキーパー弾いた!!』

 

ここで、江ノ島のゴールキーパー李が好セーブ。しかし彼の失敗は前に弾いてしまったことだ。サイドから中に絞ってきたのは、先ほど中塚をフィジカルで圧倒した喜多川。

 

『あっと倒されたァァァ!!  喜多川を倒してしまったか、中塚!!蹴球怒涛の追い上げ!! ここで右サイドハーフの喜多川がペナルティーキックを奪いました! 後半の30分!! さぁ、時間がない蹴球!』

 

『サイドで優位に立っていましたからね。飛び込んできましたよ』

 

 

————早いところリードを詰めないと——————

 

蹴るのはパトリック・ジェンパ。得点王のかかる彼がボールをセットする。

 

 

—————むっ、

 

李は視線だけで分かった、絶対に止められないコースに選択するはずだと。

 

 

————この大量ビハインドの展開で、真ん中を蹴るのは難しい。ここで俺が真ん中を止めれば、勝ち目はもうなくなるからな

 

 

だが、パトリックは下を向いたままだ。キーパーとは視線をあわさない。そして———

 

 

『弾いたぁァァァ!!! 李止めたぁぁ!! しかし、風巻押し込んだぁァァァ!! 1点返します、蹴球高校!! 急いでボールをとりに行きます!!』

 

「!!!」

パトリックはあそこで手が伸びてくるキーパーに驚愕する。あんなキーパーは日本人にはいない。そして、彼は韓国人であった。

 

 

しかし、風巻がそのこぼれ球を押し込み、1点を返すことに成功する蹴球。パトリックの胸中には、自分たちが同世代の世界のトップレベルに位置していることではないことを突きつけられることになる。

 

 

—————ここまで、違うのカ? 僕らは間違いなく、恵まれた環境、最高の環境だった。

 

 

そんな日本最高の環境下で鍛えられた選手たちは、日本人選手たちは、この大舞台ですでにボロボロだった。それに比べて、鎌学での劣勢を跳ね返し、青葉不在でも強さを発揮する江ノ島は何が起きていたのか。

 

 

総合力で劣る江ノ島の選手がなぜ、蹴球のエリート日本人を圧倒できるのか。

 

 

 

奴だ。否、奴らだ。蹴球に焦りを齎す“騎士王”と“超常現象”が、どこまでも邪魔をするのだ。

 

 

味方の士気をあげるこれ以上ない活躍と、相手を追い詰める比類なき力。このピッチの中で、彼ら以上に躍動している人間は、そうはいないだろう。

 

 

苦肉の策として、蹴球はシルバを囮に使うという選択をする。シルバが青葉にさえぎられる以上、何度やっても確率が低い。

 

 

青葉という壁がいるなら、迂回すればいい。シルバが彼をくぎ付けにし、周りの能力の高さで攻め込む総合力の高さを見せつける。

 

個の力を試される個人技を誘発させる土俵へと、蹴球が誘ってきたが、江ノ島は青葉だけのチームではない。

 

 

青葉と毎日マッチアップし、鍛え上げられた選手たちを相手にしているのだ。

 

 

彼の生き方、プレースタイル、球際の強さ。

 

 

 

全て、彼らの先を行く彼が教えてくれたのだ。そして彼は、孤高を気取らず、やってくる手を掴み続ける。

 

 

だから江ノ島は強くなった。これから江ノ島は強くなるのだ。

 

 

今年度はOBとして、プロの経験を語り始めるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが———————————

 

 

 

———————こんなものか?

 

 

次第に乱れていく相手選手を見て、彼は嘆く。彼らは、”ワールドカップ優勝”を目指していないのだろうか。蹴球は最高の選手を養成するための学校だったのに、江ノ島にこうも蹂躙されてはどうなのだと、疑問を想わずにはいられなかった。

 

 

—————ここで立ち止まるのか?

 

 

いつしか、決勝前に色めき立っていた感情が覚めていくのが分かる。まともにファイトしてくれるのは、シルバだけだ。何度も心が折れず、闘志をむき出しにする南米の星は、彼にとって輝いて見えた。

 

 

だが彼にはもう、予選決勝の時のような爽快感がまるでなかった。しかし、その場面も最後は冷めてしまった。もう終わったのか、もう決着がついたのかと。

 

 

だから彼は願ったのだ、恋焦がれ始めていたのだ。

 

 

 

自分の感情を90分間フルにアツくしてくれる、体を、精神をすり減らすような戦いが欲しい。

 

 

カップ戦なら、120分間の激闘で走り続ける試合を何度もしたい。

 

 

 

限界ギリギリの、それこそ選手生命をかけたような、激戦を超えた激戦に身を置き続けたい。

 

 

 

自分を圧倒するようなチームとの試合がしたい。もっと自分を追い込めるような環境に身を置きたい。その瞬間、その状況で、どこまで自分が足掻けるのか、何が足りないのかを知りたい。

 

 

ヨコセ………ヨコセ……ヨコセ

 

 

声なき声が、青葉の中にある狂気が囁く。尤も苦難の道を歩めと。オランダ経由の理想的なステップアップなど捨ててしまえと。最高峰の舞台で、自分を追い込めと囁く本音が彼を惑わす。

 

 

日本史上最高の逸材という期待も、至宝を丁重に扱えという報道も、まったく理解していない。誰も理解していない。

 

————その義務を知って、重みを知っても、自分を偽ることが出来ない。

 

 

もしかすれば、”彼女たち”は自分が獣に成り下がるのを防ぐ、楔だったのかもしれない。しかし知ったところで、自分の本性を知ってしまった彼は、誰にも悟られること無く嗤う。

 

 

きっと自分の本性を、夢幻の彼方にいた、”背負うものを持つ”彼は知ることはなかったのだろう。

 

 

糸守の忌まわしい過去も、天涯孤独の身になった痛みも、日本を引っ張る義務を理解し、背負うことが義務だと決意した彼。

 

 

 

彼は二人の女性に守られていた。一方は自分の夢の為に走り始め、もう一人は彼に寄り添い続けた。

 

 

 

 

今ここにいるのは、自分の全てをぶつけて、壊れないものを探し続ける畜生なのだと。それを知って、喜びを感じる自分は、きっともう戻れない。

 

 

 

「このまま点差をつけて、勝つぞ、青葉!!」

 

主将の織田が思考の淵に入り込んでいた青葉に声をかける。きっと彼は、自分の狂気を自覚した青葉を知ることもないだろう。

 

「——————ああ。”ここから”大逆転負けなんて、それこそ歴史に名を残しそうだ」

 

 

しかし、言葉とは裏腹に、青葉の口は歪んでいた。そんな気概を見せる存在がピッチに現れたら、もっと周りを気にせずアツくなれそうだと、感じずにはいられなかった。

 

 

 





ETU IF もし、青葉をボランチ起用し続けてしまった場合 

日本の阿修羅誕生√



リーグジャパンリーグ戦


モブ「くそぉぉぉ、勝てない・・・・勝てないんだ・・・・」

モブ「何喰ったらここまで足が速くなるんだよ! チート野郎め!!」

モブ「移籍の予定はないのかよ? この前は鹿島を蹂躙したし、何もないわけないだろ?」

青葉「・・・・18歳まで移籍できないんですから仕方ないですよ。そりゃあ、海外でプレーすることは目標ですし」

モブ「ったく。若い奴の実力は凄いなぁ。日本サッカー界も成長しているんだな」

青葉「・・・・俺だけじゃないですよ。本当にみんなが走るようになって、無数にパスコースも見つかって。だから、2年間ここにいることは有意義で——————」


~スタンドなう~


さっさと海外行けよ!! 


お前自体が反則なんだよ!!!


前半で3点取ってまだ満足していないのかよ!!!


鬼畜野郎!! 血も涙もないのかよ!!


もういいだろう!! もうお前の勝ちでいいよ!


青葉「・・・・・・・・・」

モブ「お、おい? 気にすんなよ。あいつらも負けたから鬱憤を晴らしたいだけだ」

モブ「ちょっ、落ち着けお前ら!!」



やっぱ青葉がいると、勝てるな!!


もう全部青葉に任せていいんじゃないか!

このチームはワンマンエースしか成り立たないだろ!

所詮、七光りの添え物だったな、逢沢駆は。青葉がいる試合だけだろ? 無敗なのは!


駆「このっ・・・・!!」


青葉にボール渡して、後は守備しとけよ。裏とられまくりなんだよ、石浜!

余計なことをせず、ただ守ってればいいんだよ。球際弱いし!

石浜「・・・・っ、っ・・・・」

清川「もういこう、キヨ。すぐに奥行くぞ・・・・」


ジーノはいい加減守備をしろよ!! そんなんだから逢沢に司令塔のレギュラー奪われるんだろうが!!

動けない司令塔とか、時代遅れなんだよ!!


ジーノ「・・・・どうやら、不穏な空気になっているね、最近は」


夏木ィィィ!!! お前は何回チャンスをダメにするんだァ!? プレゼントパスを何度もふいにするお前に、監督も見切り付けるんじゃねぇのかぁ!!?


逢沢と飛鳥が折角お膳立てしたのになぁ!! 何本決定機逃したのか知ってるか!? 俺は知っているぞぉ!


夏木「っ、っ・・・・っ・・・」


赤﨑ィィィ!! お前には青葉の動きは無理だから、カットインばかりのワンパターン辞めろよ!! お前のバックパスは見飽きたんだよ

自分がスーパープレーヤーと勘違いしているんじゃねぇか? 身の程弁えろよ!

赤﨑「くそっ・・・くそっ、くそがっ・・・・こんなはずじゃ・・・・」



バカ野郎! サッカーは22人でやるスポーツだろうが!

ふざけたことを抜かすな、貴様ら!!

羽田さん落ち着いて!! また問題になりますよ!!

おじさん落ち着いて!! そうじゃないって知っている人もいるんだ!


青葉「・・・・・・・・・・・・・・」









————————・・・・・そうか



————————迷う必要など、なかったのか




——————————————————————————————————





恐らく、もっとひどい描写が彼を待っている予定です。


こんな風にいきなり来るのではなく、ボディブローのように突き刺さる言葉が青葉を襲うでしょう。

ジャイキリ14巻、15巻を参考にした話が、本編でリアルタイムに襲来予定です。


さすがにクラブ側で、津なんとか会長のような人はいませんけどね。



しかし、ボランチ青葉は万能すぎる故に、「もうあいつ一人でいいんじゃないか」という空気にしてしまいます。それこそ、他の選手がモブになってしまうほどの。


だからこそ、青葉を攻撃、または守備に専念させないと、いずれ空気が悪くなる。達海監督はそれを知っているからこそ(実際に体験してしまった人間として)、青葉のボランチ起用を控えざるを得ないのです。

実際、彼の決定力を知っているサポーターがいるので、守備に専念というワードはまず出てきませんが。




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第四十六話 世界に見つかった日

なお、16歳なのに後2年待たないといけないのです。


中央のCBの高い壁に、走り負けないサイド。最後に控えるは超高校級の守護神。

 

完璧な振り分け。それぞれの長所がかみ合うパズルのような陣形。江ノ島はここにきて、史上最高のコンディション、布陣となっていた。

 

 

そんな完璧なる布陣を見せつける江ノ島を見て、テレビの前でその戦況を眺める鎌学の選手たちは、

 

「———————これはもう、あいつら二人がいるから強いという次元じゃないぞ」

 

鷹匠は、高確率で抜けるであろう二人を差し引いてもなお、江ノ島と他の高校には開きがあると考えた。

 

「——————李さんの守備範囲と反応速度が凄い。これにあの高いCBの壁があれば、中央突破できるドリブラーがいない限り、厳しいですね」

 

佐伯も、システム的にここまで選手がかみ合うと、総合力の高い相手が集うチームにも勝てることを突きつけられる。

 

「しかも、織田は降りてきて可変スリーバックの中央に来ることがある。プレスバッグしてサイドが戻る時間も確保できる」

 

「止めは宮水のボランチ起用。あれでシルバが機能しなくなり、カウンターの際に蹴球は加速を許した彼を相手にする。なんだこれは」

 

 

 

そして、江ノ島への入学を決めた大望を掲げる男は——————

 

「——————ボランチから攻撃を押し上げる。こんな選手、今まで日本人にいたのかよ」

 

ボランチでここまで攻撃的で、守備的な選手。上下運動に耐えられる豊富な運動量。当たり負けしないフィジカルに、他の髄髄を許さないスピード。

 

他のチームでは、まず間違いなくトップ下、二列目起用になる彼が、3列目からの攻撃参加で蹴球を圧倒している。

 

—————日本サッカーを変えかねない存在だろ、これ

 

トップ下が花形の時代を終わらせかねないボランチ青葉のインパクト。生来の視野の広さも合わさり、とんでもないことになっている。

 

「龍? 試合はどうなったの? って、なにこの点差!?」

 

龍と呼ばれた男に問いかけるのはショートカットの少女。この決勝での蹂躙劇に目を見開いている。いくらなんでもこれはあり得ないだろうと。

 

「——————前半はいい感じの殴り合いだったけど、あの人が中央に来てからすべて変わった。あの外国人留学生を止めて、即カウンター。俺がもしボールをトップ下でキープしたら、横から上がって、一人で決めるような。うん、確実に代表に入るよ、あの人は。それも年内に」

 

あの16歳は、世界的に見ても稀有な存在だ。日本代表に入らなければ、それこそ他の国に目を疑われてしまうほどの。

 

「右も左も、サイドバックが本当によく動くわね。しかも左は優人じゃ、手に入らない俊足だし。右は全部うまいし。1年目からレギュラーを取るのは難しそうね」

 

「俺もやばいって。荒木選手からスタメンを奪うにはシステム変更時、荒木さんがボランチ起用された場合のみ。しかも有望株も入ってくるし、中々俺もやばい。けど、だからこそ、行く甲斐があるんだ」

 

強い決意を宣言する一条龍。彼は埼玉から強豪と化した江ノ島への入学を決めた男である。

 

「あの環境なら、今よりも二段も三段もレベルアップできる。だから、楽しみで仕方ないんだ」

 

そういって、リビングのソファーから立ち上がる龍。

 

「龍?」

 

「ボールを蹴ってくる。この試合は江ノ島の勝利に終わる。後は夏目選手が入っていくらか点が入るだろうし」

 

そう言って、龍はボールを手に持って公園へと向かっていくのだった。

 

 

一条少年の予告通り、江ノ島は畳みかける。

 

 

江ノ島は容赦なく前掛りになっている蹴球の致命傷を穿つのだ。このピンチを打開した後に、高瀬に代えて夏目。するとすぐに蹴球にとどめを刺す。

 

 

 

言われるまでもない、それは彼の真骨頂だ——————

 

 

 

 

織田からのロングフィードがさく裂。青葉からのリターンパスをそのまま抜け出した青葉に預ける形かと思われていたが、織田の視線は全く別の場所を向いていた。

 

フリーランニングした青葉に引っ張られるシルバと、前からボールを奪いに来るもう一人のボランチ。しかし、少しボールを移動させて道を作る織田。

 

————ドリブルの為のコースではなく、パスの為の20cm

 

僅かな、相手にすら悟らせない高精度ロングパス。坂東のプレスをボールだけが躱せば織田の勝利。

 

 

『ああっと織田からのロングボール!! 抜け出していたのは夏目!! シュートぉぉぉぉ!!! キーパー弾いたぁ!?』

 

後は夏目を含む前線が決めてくれる。ドンピシャのタイミングで放り込まれたボールをキープし、上手く前に転がした夏目がシュートを放つが、止められる。しかし、

 

 

『押し込んだぁァァァ!!! この試合三点目!!! 選手権決勝、この大舞台で!! 躍動しています!! 背番号10番 逢沢駆!! ハットトリック達成!!!』

 

『後ろからのハイボールをうまく予想して、トラップまで完璧でしたがね。夏目君は決めたかったでしょう。しかし、つめていた逢沢君も見事です』

 

 

『自身の大会記録を更新する11得点目!! 後半35分!! 日本の若き至宝が止まりません!! さらに差を3点に突き放します!! 5対2!!』

 

 

決定的なゴール、とは言えないが、明らかなダメ押し。蹴球という日本基準で選ばれた優秀な選手が揃うチームが、在野の江ノ島に完膚なきまでに叩きのめされる。

 

 

数字上の身体能力、足元の技術の高さ。選りすぐりのエリートたちが集められたエリート集団が、彗星のごとく現れた新興勢力に蹂躙される。

 

サッカーは個人の上手さだけではなく、戦術も重要になる。しかも江ノ島のフォーメーションは長年日本代表が採用し続けた陣形。

 

意識しているのだ。江ノ島は日本代表に届き得る選手を生み出す意思があるのだ。そしてこの陣形は、常日頃から日本のサッカー少年たちが見ているはずの陣形。

 

ダメなところも、良いところも、感覚で分かっているはずだ。その陣形を採用した日本代表を見て、サッカーをやり始めたのだから。

 

高度に連携し、組み合わさった将来を意識した陣形の中で、長所を伸ばし、課題を克服する選手たち。オールマイティな選手では、歩むことが出来ない道のりだった。

 

 

 

そして、ボランチ宮水という新たな選択肢が全国区となる。ビルドアップを確実に約束し、ミドルレンジからの強烈なシュート、お家芸の中央突破。精度の高い両足のクロスボール。視野の広さ。

 

極めつけは、対人能力の高さ。その証明はレオナルド・シルバを止めるという成果が刻み付けられている。

 

 

 

予想を超える大活躍を見せる二人の評価は爆上りしていた。

 

 

海外の反応では、特に南米を中心とした掲示板が衝撃を受けたコメントが羅列されていく。最初は世代別のトップクラスだったシルバやリカルド、パトリックの活躍を観察していたが、まったく違う展開となることで、彼らは驚愕する。

 

 

あのジャパニーズボーイは何者だ!?

 

レオナルド・シルバがアンクルブレイクされた!? 何が起きているんだ!!

 

ジャパニーズがフェノーメノのクローンの製造に成功しちまった!!

 

日本のフェノーメノ、アオバ・ミヤミズ、本物だ!! 奴は本物だ!!

 

カケル・アイザワは事故死したスグル・アイザワの弟らしいぞ! なんてドラマティックな展開だ!! シルバのライバルだった男の弟だ!!

 

なんてシンデレラボーイなんだ!! しかも、ナンバー10!!

 

同世代でほぼ無敵のリカルドがやられたぞ! 悪魔的なドリブルだ!!

 

彼は一体どこの選手なんだ!? ウイングもボランチも最高だ! どうなっているんだ!

 

 

彼のスピードを見たかよ!? こんなアジア人は見たことがない! 

 

 

さらには、欧州のスカウト陣も、日本の若き二つの至宝を前に、驚きを隠せない。

 

「リチャード、試合前の私を殴りたくなるような感情を抱いてしまったよ。彼は何者なんだ? まるでフットボールの神様に愛されているようだ」

 

バイエルンのスカウトは、駆のプレーに強い感銘を受けていた。豊富な運動量と確かな視野の広さを持ち、チャンスで飛び出す大胆さも兼ね備えた日本の若きサムライ。

 

これが、世代別代表を経験し、さらに成長した彼の現在。

 

 

「あのリカルドと渡り合う長身の日本人。あんな選手が去年まで無名だって? 日本サッカーはどこまで節穴なんだ!」

 

高瀬についても言及するスカウトマン。あんな逸材を放置し、世代別の経験もゼロだという。才能をドブに捨てているようなものだ。

 

「きっと彼だ。彼がチームを変えたんだ」

 

リチャードは、3点差で喜んでいるチームメイトに声をかける青葉を目にする。手を両手でたたき、主将の織田と共に気を引き締めるよう伝えているようだった。

 

レベルの高い選手がチーム内で孤立せず、その影響を受けて全員が成長していく姿。それはどこか、あの男がいたチームを思い出す。

 

まるで達海だ。達海がプレーしているようだ。彼が二人いるような感覚だ。彼らはもう、今シーズンからプロになる。しかも、ETUだ。

 

あの達海が、監督として戻ってくるのだと。

 

 

そして————————最後の最後に、彼が魅せてくれた。

 

 

どんな点差であろうと常に前を向いて戦う蹴球の声援に挑む様に、青葉が海王寺からのパスを受け取り、迫ってきたシルバをヴァニシング・ルーレットでダイレクトトラップしつつ躱したのだ。

 

—————これは、駆のルーレット!?

 

何とか転ばずに済んだシルバだが、青葉は既にダブルタッチで横を通り過ぎていた。慌てて袖を掴もうとするが、掴みそこない、手を伸ばすだけに終わる。

 

 

中盤から一気にトップスピードに入った青葉が止まらない。シルバがここまでパスを出させるという選択をしてきたが、僅かなミスが彼の突破を誘発させてしまう。

 

 

中盤の坂東が青葉に迫るも、連続ボディフェイントからのシザースに釣られ、クライフターンでつま先が宙に浮いた。

 

—————く、うっ、あぁ!?

 

何とか切り返しに対応しようとする坂東だが、ここでさらにそれまでの速度を半ブレーキした勢いで元の方向へと切り返し、ターンして坂東を抜き去ってしまうのだ。

 

—————クライフ、ターンの逆、だと!?

 

崩れ落ちる坂東を尻目に、青葉はさらに前へと駆け抜けていく。

 

その姿にかつて乱世が終わる直前、大軍を相手に単騎掛けをかました大馬鹿野郎の後姿を連想させると唸る年配の者もいたという。

 

 

どれだけの生涯があっても、突破口があれば食い破り、その玉を獲るべく駆け抜けていく姿は、日本が一番求めていた強い選手の理想像だった。

 

—————青葉を警戒した策が、ここにきて青葉を乗せてしまうとは!!

 

青葉の勢いを削ぎ、彼にパスという選択肢を与える。臨機応変にエゴの少ない傾向にあるボランチ青葉を誘導した作戦は、確かに機能した。事実、これまで苦境だった右サイドは、中塚を完全に攻略し、逢沢が守備に奔走する始末。確実に江ノ島の攻撃を潰していた。

 

 

だが、中央の青葉が突破すれば、これほど脆い策はない。シルバが中央で塞き止める前提での作戦だったのだ。

 

ここで、迷わずリカルドの方へと突っ込んでくる青葉。もはや彼の異常性は気にしないと憤るリカルド。彼ならばディフェンダーを打ち負かしにやってくるのだと知っていた。

 

 

ここで一段と足の回転が加速し、股関節が壊れるのではないかと思うほどの連続の高速シザース。

 

—————これはフェイクだ。これは、二振り目のドラッグシザースの—————

 

そして青葉はここで前にプッシュするだけの、次のフェイントを仕掛ける態勢に移るのだ。事実、リカルドの前で、青葉はその傾向の通りに動いた。

 

しかし、ここで青葉は彼の想像を少しずつ離れていく。

 

「—————っ!」

 

止まったのだ。ここで彼は先ほどの勢いを完全に止め、リカルドと幸村に迫られる構図となる。

 

この間が僅か0.7秒。青葉のアクションはとにかく速い。

 

ここで、青葉は劣勢の左サイドではなく、右サイドの夏目を見たのだ。

 

————パスか!!

 

幸村がここで動く。リカルドからずれて幸村に近い位置でボールキープする彼に間合いを詰める。

 

 

 

「よせっ!! ユキ——」

 

キックフェイントからのスルー。ここで、単独スルーを発動させる青葉。まるで誰かからパスを貰ったかのような鮮やかな抜き味。幸村がサイドに逃れる青葉を猛追する。

 

————必ず切り返す! ゴールまで奴は必ず、自分で狙いに来る!!

 

そして彼は彼の想像通りに止まる。切り返しの為だと。

 

ト、トトン、

 

切り返した瞬間、彼は幸村に背を向けた。ゴールから遠ざかる彼らしくない動き。だから、青葉はここで怯んだと思ってしまった。限られた時間の中で彼からボールを奪い、延長戦に望みを託すのだと。

 

まるでジョギングするようにヒールでボールに回転をかけつつもボールを蹴った青葉。幸村の股下を通したボールは回転に従い、ジョギングした青葉の元へと戻る。幸村は転びこそしなかったが、完全に虚を突かれて青葉の背後に置き去りにされてしまう。

 

—————今、何をされ―————

 

「これ以上させるかァァァ!!!」

 

そんなジョギングな青葉を潰しにかかるリカルド。そんな時でさえ、青葉は暢気に首を振っている。まるで位置取りを確かめるように。

 

ここで彼が抜かされれば、ゴール前まで戻ってきてくれた坂東とシルバの眼前で醜態を晒すことになる。

 

—————また下でもなんでもきやがれ、その瞬間カウンターだ!!

 

コースを塞ぎながら迫るリカルド。そしてしっかりとリカルドの股下をケアするキーパー。

 

トトンっ、

 

左足のインアウトと同時に、カモシカドリブル発動。反発ステップの初速で一気にスライドした青葉が、リカルドの視界から消えた。

 

「————な—————」

 

有り得ない。このリカルドが相手選手を見失うなど有り得ない。振り切られるなら認めよう。彼の実力と上手さが上だったと。

 

だが、今この瞬間。確かにリカルドの視界から青葉が消えたのだ。彼の速度は熟知している。この試合でも彼のスピードは追うのが難しいと知っていた。だが、目で追えないというのは初めてだった。

 

 

最後の砦を失った蹴球はノープレッシャーで青葉にとどめの一撃を決められる。ピッチの人間を震撼させる超人的なゴールだが、リカルド以外の人間からすれば、ただキレのいいドリブルにしか見えない。

 

 

それは、青葉に“利用された味方”でも、彼と同じポジションに立っているであろう逢沢駆でもない。

 

一番二人の近くにいた幸村でも、ゴールキーパーでもない。

 

 

 

蹴球の司令塔、シルバだけが彼が起こしたアクションを理解していた。

 

 

——————君が、そんな芸当をするなんて……

 

 

視線誘導(ミスディレクション)。彼は、別の対象に、自分ではなく他の者へと集中させたのだ。パスのフェイクといった簡単な所作でも、相手を揺さぶる彼の巧妙な行動に、戦慄を覚えるシルバ。

 

 

—————君をそこまで駆り立てるのは、なんだ? 

 

 

日本代表に入り、ワールドカップを獲る。そのエゴは、選手を強くさせる。しかし、彼の背中には、何か得体のしれない何かが取り付いているように見えた。

 

 

一瞬、ほんの少し一瞬だが、見たこともないユニフォームに身を包む、宮水青葉の姿を幻視したシルバ。緑を基調とした、ありえない姿。

 

 

 

そのロゴには、英語で勝利を表す英語の文字があった。

 

 

 

 

—————今のは、なんだ………

 

シルバがそのユニフォームを知ったのは、試合後のことだった。

 

 

『流し込んだぁぁっぁあ!!! 後半アディショナルタイム!! センターサークル付近からの独走で、蹴球の壁をこじ開けたァァァ!!! この試合2点目!!』

 

『途中までの動きはわかります。彼らしいドリブルでした。しかし最後のスライド、一体何をしたんだ? 僕も分かりません』

 

 

シルバの困惑をよそに、蹴球の日本人たちは、恐慌寸前の状況に追い込まれていた。未知の技術に理解できないままやられたのだ。自分たちの今までを全否定するような所業に、体が震え始める。

 

 

「——————目を切ったはずはない。俺は確かに、奴を見ていた。なのに、見失った、だと?」

 

震える声で、幸村は青葉の背中を見つめる。油断はしない、集中力も切らしていなかった。リカルドもそうだったに違いない。なのに、いったい自分たちはどうしてしまったのだ。

 

 

サッカーにおいて、首を振るという動作自体がプレーの選択肢を広げることにつながる。さらに姿勢が良ければ自身のプレーの質も向上する。それだけならまだいい。今の青葉は、明らかにリカルドや幸村の視線を自分ではない誰かに誘導させたのだ。

 

 

その直前の首振りだ。恐らく彼はあの場面で荒木の動きを察知したのだろう。そして、すぐにイメージした。

 

 

青葉と荒木が重なる瞬間。相手の動きを読むことに長ける青葉が、視野の広さが売りのドリブラーがそれを見逃すはずがない。

 

反射的に荒木が視界に入ったリカルドは、その刹那のうちに抜き去られた。リカルドの頭の中で閃光の如く駆け巡り、思考に至らなかった思考。

 

—————荒木とのワンツーを誤認させ、リカルドの目を誘導したのだ

 

 

『まるで古武術の様な予備動作なしのキレの良さ!! それにしても、リカルド選手が簡単に振り切られるとは想像もしていませんでした!!』

 

このゴールの後のキックオフで長い笛が鳴り響く。ついにこの激闘が終わったのだ。

 

 

『ここでホイッスルゥゥゥ!!! 試合終了!! 江ノ島高校が総体に続く連覇を達成!! あの蹴球高校に4点差をつけて、力を見せつけました! 』

 

 

『最終的なスコアは6対2ですか……よく点が入った試合でしたね』

 

 

『これにより、大会得点王は逢沢駆!! アシスト王は宮水青葉!! この二人は本当に獅子奮迅の活躍をしました!!』

 

『前半は互角でしたけどね。ボランチの青葉君はここまでやるとは予想外です。レオナルド・シルバ選手のドリブルを止めたのは大きいですね』

 

『ほとんどのマッチアップで抜かせませんでしたからね。これからの成長が楽しみです』

 

 

『そして蹴球高校はベストメンバーを擁しながらまさかの敗戦。技術的には負けていませんでしたが、何が足りなかったのでしょうか?』

 

 

『レオナルド・シルバ選手とパトリック・ジェンパ選手に依存していたこと。後半は互いに空回りし、連携が乱れましたね。後は、宮水選手らの突破や、高瀬選手のポストプレーを止めきれなかったことが、最後まで主導権を握れなかった要因でしょう』

 

ユース入りも余裕といわれるような、高校トップクラスの技術とフィジカルを持っていた選手たちが項垂れていた。

 

『後は、江ノ島はまるでパズルのように選手の個性が組み合わさっていましたね。11人それぞれが武器を持っている。それを組織力と戦術で補い、フィジカルエリートたちに勝ってしまうのです。これは、日本が世界と戦う一つのヒントになるかもしれません』

 

 

自分たちなら、ベストメンバーなら負けないと思っていた。しかし、結果は追い上げを見せるも、青葉に突き放されるものとなっていた。

 

泣きじゃくる選手たちは江ノ島の選手と試合後の整列をした後、ロッカールームへと下がっていく。

 

————こんなスコアで負けるなんて

 

————二列目だけじゃないのかよ、三列目以降の壁が高すぎる。

 

—————クロスがほとんど弾かれた……パトリックを前線で孤立させてしまった。

 

 

————上手さはないのに、気づけば4点差。なんでうまくいかなかったんだ

 

 

 

————何も、何もできなかった。俺たちのサッカーって、なんだったんだ?

 

 

 

聞こえてくるのはそういうところだ。なぜ、自分たちの方が上手かったのに。総合力では上だったのに。

 

あのセンターバックは鈍い。シュートを打つことは出来たはずだ。しかし、シュートコースを見極められた瞬間、あの超人キーパーがすべてを防ぐ。尻上がりに調子を上げた彼は、数少ない枠内シュートと裏に抜けたクロスボールをキャッチし続けた。

 

そのセンターバックはクロスボールをほとんど防いでいた。三列目以降の前線がプレスバックし、コースを塞ぐことで、ロングボール主体になっていた蹴球。そんな包囲網を突破するのがシルバの役目だったが、シルバは青葉にビルドアップをほぼ封殺された。

 

 

シルバがこの試合で青葉相手にアンクルブレイクをされたのは実に8回。それも完全に転倒した回数は5回である。

 

 

青葉の前では、ブラジルの至宝も立つことすら能わない。新緑の地で鍛え上げられた神童は、ここに新たな異名が芽吹くことになる。

 

 

 

———————深淵の魔眼

 

 

 

その瞳が映すすべての動きは著しく制限され、味方にとって最適なタイミングでパスを出せる技術。

 

しかしひとたび動き出せば、彼と彼が扇動する仲間たちは最高の選手に変化する。

 

 

チームを勝利に導き、味方を最大限活かす才能。その才能は、彼が望む点取り屋からかけ離れつつあった。

 

後に、誰も成し遂げられなかった瞳を手にしたことで、彼は選択を強いられる。

 

日本サッカー史上最大の議論を呼ぶことになる命題。

 

 

————宮水青葉の最適なポジションはどこなのか、と

 

 

退散していく蹴球。岩城が後に知ったことだが、数人がサッカーから離れたことを彼は悲しんだ。あまりにも遠すぎる次元の差に絶望し、トップに立つことは永遠に訪れないと判断したのか。

 

だからこそ、岩城はその時思ったのだ。そして後悔してしまった。ボランチ青葉は、知らず知らずのうちに相手の心をすりつぶすのだと。

 

何度も勝負を挑んで負けたり、ファウルで止めたりしている江ノ島とは違うのだ。不幸なことは、それが許され、成長できる環境か、そうではないか。

 

大舞台であればあるほど心をすりつぶされた若者は、サッカーで上を目指すことを諦めてしまう。アマチュアであるなら特にだ。

 

 

その姿に思うところがあった江ノ島イレブンだが、優勝の余韻に浸ることとなった。

 

「次はお前らが引っ張れよ、夏目、的場」

 

青葉は、サイドやワントップをこなすことになるであろう二人に声をかける。

 

「うん。青葉君や駆君が残したレール。次の世代につなげるからね」

 

「何処まで俺が行けるか分かんねぇけど、やってやるさ! 青葉もプロで暴れてくれよ!!」

 

「当然だ。俺は早くプレミアいかないといけないんだからな」

 

プレミアリーグで活躍すること。それが青葉の当面の目標である。日本人選手でもその鬼門といわれた場所で活躍できると証明するために。

 

「駆もおめでとう! 新記録達成で、押しも押されぬ得点王!! 半端ないぜ!」

 

 

「ありがとう、大ちゃん! けど、あの抜け出しは良かったよ!! 後は押し込むだけだったから!」

 

「俺が決めてればなぁ! 悔しいぜ!!」

 

夏目とも軽口を交わす駆。喜びにあふれるチームメイト。奥では兵藤と荒木が騒いでいる。高瀬は八雲と共に何かを話していた。

 

マネージャーたちは互いに抱き着き、岩城監督はこぶしを軽く握り、ガッツポーズでイレブンを出迎える。

 

 

何もかもが充実した、完全優勝。長所をひたすら伸ばし、選手起用をある意味我慢した指導方針。それを実現できたのは、やはり二人の選手の影響が大きい。

 

「君たちのおかげだ、駆君、青葉君。ありがとう」

 

 

 

伝説の完全優勝。後の日本代表の黄金コンビが全国区になった瞬間。それが今日この瞬間だった。

 

 

 

試合後、シルバは駆と青葉に遭遇していた。

 

「—————完敗だ。まさか、ここまでチームとしても、選手としても差があったとはね」

 

「シルバ一人に負担のかかるシステムだったからな。俺はシルバ一人を気にしていればよかった」

 

事実、シルバの負担は重かった。パスワーク、ドリブル、ビルドアップ。それを行う日本人もいたが、主体は彼だった。決定機も大半が彼から始まる。

 

「パトリックの動きもよかったが、いいボールが入らなければ厳しい。中盤を抑えることで、クロスボールはしっかり海王寺と錦織がはじいてくれた。裏は李先輩がシャットアウト。あの布陣でクロスを入れられると思う方がな」

 

空中戦ではあの二人が要所を凌いでくれていた。一人一人が遅らせる守備を徹底していたおかげで、戻りの時間も確保できていたのだ。

 

「君達は今日、世界に見つかったんダ。ボクらのプレーを見るために駆けつけたスカウトたちは、君達を見逃さないだろう」

 

 

「この後、オレはスペイン一部に行く。負けていくというのは格好がつかないが、これもサッカーだ。オリンピック、ワールドカップ。もしくは親善試合。いつになるかは分からないが、必ず這い上がって見せル」

 

シルバのほかに、ブラジルはタレントも豊富だ。彼もし烈な競争を勝ち抜く必要がある。

 

「ああ。といってもそちらはリーガ。俺はプレミアを希望しているんでね。同リーグとはいかない」

 

青葉はプレミア希望であることを伝える。シルバは驚いた顔をするが、何か納得するような表情を見せる。

 

「なら、駆はどこのリーグを希望しているんだい? フランス? それともドイツ? イタリアかな?」

 

 

「僕は—————」

駆はどういうプランで海外入りをするかイメージをしていた。しかしそれは理想の展開といえる。

 

「まず、オランダで結果を出して、ステップアップするときに、リーガに行きたい。でも、一番はワールドカップを獲ること。今はもう僕の夢なんだ」

 

兄の夢ではなく、自分自身の気持ちがそう思えるほど重要な夢。駆は兄離れを済ませていた。

 

「そうか……なら、俺も君たちの前で宣言するよ、カケル、アオバ」

 

 

「オレもワールドカップを獲る。そしてその舞台で君たちに勝って見せル」

 

笑みを浮かべ、固い握手を交わす青葉とシルバ。

 

「上等だ。受けて立つ」

 

彼もまたその挑戦を受け取る。ここからは追われる身。怠けることなど許されない。

 

「僕だって負けないよ!」

 

そして駆もその間に入る。自分だって二人に負けない野望を持っているのだから。

 

 

駆がその後美島に呼ばれてその場を後にした瞬間、シルバは青葉を呼び止めた。

 

「アオバ。君は緑色のユニフォームを着てプレーしたことはあるのか?」

 

 

「———————俺はないですよ。緑色と言えば、”東京ヴィクトリー”のユニフォームですか?」

 

その瞬間、シルバの心音が高くなる。まるで見透かすかのような瞳がこちらに向いている。

 

 

「————————そう、か。変なことを聞いて済まなかった」

しかし、シルバは確信してしまった。あれは間違いなく青葉の可能性の一つ。あれほど目が死んでいるプレーヤーは見たことがない。あれほどの才能の持ち主が、腐ることなど許されない。

 

—————君がそうなってしまう原因は何だ?

 

憶測なのに、妙に真実味のある幻。知り得るはずのない記憶が、青葉の闇を照らそうとする。

 

—————早く海外に来い。お前が、そうなる前に……

 

目の前の青葉には、その兆候が明らかにあった。同じ日本人を見てつまらなさそうに見る青葉。下を向く相手選手に怒りを覚える感情が、すぐにあきらめに変わったことを。

 

そのままシルバは、スペインへと渡ると改めて伝え、会場を後にするのだった。そしてその後に知る蹴球の選手たちの進路を耳にし、シルバはボランチ青葉を頑なに出してこなかった江ノ島の意味を知ることになる。

 

 

 

 

 

そんなシルバを見て、青葉は笑みを浮かべていた。

 

 

—————シルバも、何かを掴み始めているのか? 

 

 

もし、彼が自分と同じ存在になれたなら、これほど面白いことはない。フィジカルだけのオズボーンなど敵ではないだろうし、予知したつもりになっているカールなど、相手にならない。

 

 

—————CLでアツくなれそうだ。後2年で………っ!?

 

 

その先の言葉を言おうとした瞬間、青葉の口元が歪む。目晦がするほどに楽しみでならない。そう思えた瞬間にブレーキが入った。他ならぬ自分の理性だ。

 

「……なんてことを考えているんだ、俺は」

 

自己嫌悪に陥った青葉。熱気に充てられていたのか、魘されるように危ない考えに取りつかれていた。準決勝まで………否、決勝も同様だった。

 

 

試合時間をフルにアツくなれるような展開は、ついに訪れなかった。青葉は強者との戦いで高みへと昇ることを求めていた。それは否定しない。

 

相手を愚弄するような考えに陥っていた自分を恥じた。

 

「————————プロになるのも自分の為。ワールドカップを獲るのも俺たち自身の目標の為」

 

 

エゴばかりしかない。もう一人の彼が獲れなかった夢、それを獲るのだと言い聞かせ、危ない考えを振り払う。だが、彼には彼のような重みも重責も持っていない。

 

心の中で、認めているのだ。

 

 

サポーターや応援している人間がいても、結局モノを言うのは自らの体なのだと。彼は声援が力になったと感じられた経験が一度もないのだ。

 

可能性の彼は、そんな瞬間を感じることが出来ていたのだろうか。青葉は何となく気になった。だが、それが重要なのかどうかすら判断がつかない。

 

 

 

何しろ”楔”が壊れただけで、失うものもなかった彼には、ブレーキが存在しないのだから。

 

 

もっと強く、もっと激しく戦いたい。圧勝が続き、最後までそんな勝利ばかりだった彼の闘争心は渇きを覚えた。

 

 

もっと強い存在と戦う。もっと手ごわい存在と戦う。自分に何が足りないのかを知り、知り続けることで強くなる。そんなことを突きつけてくれる強者を打ち負かしたい。

 

 

 

心の奥底に眠る、分岐世界の”彼”が生涯知ることの出来なかった彼の本心が、彼の精神を蝕み始めていた。

 

 

 

 

 

 

こうして、逢沢駆と宮水青葉の高校サッカーは終わりを告げる。今シーズンから加入が決定しているETUへと向かうことになる二人。

 

 

泥沼の残留。下位から抜け出せられないメンタル。堅守が武器と勘違いする虚構。

 

新たな監督と、その新風に水を差す存在。

 

王道を往く騎士王とは対照的に、自らの修羅と対峙するフェノーメノ。

 

その過程で、怪物はプロフェッショナルの意味を突きつけられ、大きな変化を強いられることになる。

 

 

激動の一年を過ごした彼らは、今年もまたそれ以上の激動の一年を過ごすことになる。

 

 

 




ETU IF 

青葉テレビ取材を受けるの巻


青葉「・・・・取材? ドリブルについて?」

後藤「まあ、断ってもいいんだけどね。今は経験を積む時間だし。クラブ内でも疑問の声が上がっているからな」

村越「・・・・最近は芸能人のような選手もいるのか。フル代表には呼ばれていないみたいだが。」

青葉「しかし颯の後輩で有望株、三姉の友達の仕事の後輩かぁ。断りづらいのもある。なぁ、世代別がない分、駆が行くのはどうだ?」


駆「これ、僕が出ても変な層が湧きかねないですよ。悲劇の兄弟とか、耳にタコができるほど言われてもう、ね」(いい加減兄ちゃんを見世物にするメディア絶許」

杉江「心の声が出ているぞ、逢沢・・・・・」

有里「クラブ的には美味しい話だけど、青葉君たちのコンディション考えると、考えモノなのよね・・・・」



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新シーズンとキャンプ開始
第四十七話 波乱の邂逅


ついに始まったプロ編です。

投稿が遅れた理由は、世代別の影響による青葉たちの離脱やエクセルを用いた順位表の勝ち点計算等、整理すべき情報がそれなりにありました。

ETUの試合以外の結果とそれを考慮した順位の変動、プロ編はやることが多いと実感しました。まあ、原作のようにはもう行かないんですけどね、順位は。


江ノ島優勝。全国速報でそのテロップが流され始めている頃、青葉はある一つのけじめをつける必要があった。

 

なぜ、彼らは救われたのに浮かない顔をしていたのか。その理由がようやくわかったからだ。

 

 

優勝に余韻に浸るメンバーを尻目に、青葉は応援に駆け付けている瀧と、妹の四葉の下へと歩を進める。

 

「—————青葉、さん」

 

驚いたような顔をする彼と、どことなく寂しそうな笑顔の四葉を前に、彼は決意する。やはり自分の見立てに間違いはなかったのだと。

 

「ちょっといいかな。二人とも」

 

青葉に誘われるままにこの場を離れる二人を見て、不思議そうな顔をする三葉だったが、そこに誰かがやってくる。

 

「お久しぶりです、三葉さん!」

今ではもうなでしこの若きエースとまで言われるようになった颯が、彼女の前にやってきたのだ。突然の有名人となった妹分の襲来に驚く。

 

「あ、颯ちゃんやぁ! お久しぶりやね! 江ノ島凄かったわぁ、ホンマに」

 

江ノ島の内情を知るであろう彼女に、なぜこんなに強くなったのか尋ねる三葉。そんなこんなで話が盛り上がり、颯の目論見通りの展開となった。

 

—————誘い方が下手ね、青葉は。

 

不器用なまでに直情的な誘い方。あれでは不思議がられても仕方ない。

 

 

 

人気のない場所までやってきた二人は、なぜこの自分たちに用があり、他人が入り込む余地すらないような場所に誘導されたのか、すぐに分かった。

 

「思い、出したん?」

四葉は震える声で尋ねた。あの頃の兄の雰囲気に少し近づいたような彼の姿に、期待を込めていた。

 

「—————俺は、あの人に託されたことを、思い出しただけなんだ。ごめん、四葉」

 

期待をさせて済まない、と青葉は謝る。彼は彼ではなかった。その事実が彼女を落胆させる。

 

「けど、どうやって……あの記憶はもう、俺たちだけしか—————」

 

そして彼はなぜ思い出したのかと、青葉に尋ねる。カタワレ時の間際に起きた奇跡。その終わりとともに彼はこの世界から消えた。しかし、青葉の中に残っていたのだ。

 

その事実に嬉しさを感じる瀧は、聞かずにはいられなかった。

 

 

だから彼は話した。夢に出てくる自分によく似た男とドリブル対決をし続けたこと。

 

彼は、颯にサッカーを取り戻してほしかったと願っていたこと。

 

一度挑戦した自分ではなく、今の青葉にその夢を託したこと。

 

何より、一番応援してほしかった糸守町の皆が、生きていてほしかったこと。

 

そのせいで、辛い思いをさせてしまった人たちに、前を向いてほしいことを。

 

 

繋がったからこそわかる、もう一人の青葉の想い。彼はもう過去に囚われることを求めていない。今に目を向けることを、願っていたのだ。

 

だからこそ青葉は、今の自分が彼の期待に応えられるのか不安になる。が、この件は二人の問題に一切かかわりのないことだ。

 

 

「勝手すぎんよ、お兄ちゃん。ホンマ勝手や」

 

どこまでもエゴを押し通すような性格をしておきながら、肝心な部分で自分を疎かにしている。酷くアンバランスな人物像。

 

しかし、破天荒で家族思いで、優しい兄だからこそ、目の前の青葉も、嫌いになれないのだ。

 

「——————ああ。俺は自己中だ。どこまでも願いを叶えるために、突っ走った。けど、代わりに俺が、あの人の夢を超える。果たすことが出来なかった夢の続きを、俺が叶える。叶えなければならない」

 

青葉は言う。ならば、彼の夢を受け取ってもいいだろうかと。日本のサッカーファンなら一度は夢に思うワールドカップ制覇。その野望を受け継いでいいかと。

 

「青葉さん—————小野寺さんはこのことを」

瀧は尋ねる。颯は、他ならぬ彼女はこの事実を知っているのかと。一番心を痛めているであろうあの人はどう思っているのかを。

 

「ああ、一番に気づかれたよ。というか、俺ではない俺に会えたんだ。ちゃんと、吹っ切れたんだ。その代わり、俺は振られちゃったけどね」

自分に嫉妬するって、どうなの、と苦笑いする青葉。そういえば、三葉のところにタイミングよく彼女は現れていた。きっとそういうことだったのだ。

 

 

「颯がサッカーできない姿も想像できないし、そんな未来は糞食らえだ。だから納得もするんだよ。あいつがサッカーできない事実が許せない。初恋が破れたくらい、結構きついが、どうってことないさ」

 

とはいうものの、とても落胆している青葉。やはり何も思っていないわけがなかったのだ。

 

「ホンマ、兄ちゃんは破天荒というか、よう分からん。振られて笑顔になるなんて、男捨てとるん?」

好きな女子に振られて笑顔になるのはどう考えてもおかしい。納得しててもおかしいのだ。

 

「ぐっはぁぁ!!! それ、結構刺さるぞ!! お兄ちゃんの心は硝子だぞ!」

大げさに胸を抑える青葉。傷ついたぁ、兄ちゃんは傷ついたぞぉと叫ぶ。

 

「防弾ガラスとか、超硬質ガラスの間違いじゃないですか、青葉さん」

ジト目で瀧は、そんな彼に突っ込む。もし、三葉に振られたら、自分はしばらく立ち直れない。

 

「瀧君の援護射撃は予期していなかったが、まあ、いい笑顔になったな、二人とも」

 

ニヤニヤしながら、二人の様子を見て嬉しそうな青葉。それを指摘されて、二人は、「あっ」と声を出す。

 

 

「—————俺は間もなくプロになるんだけどさ。正直、サッカーはサッカーだし、プロになったからどう変わるのかとか、まだ実感がわかない。高校サッカーとは違うと、誰もが言う。背負うものも、大きくなるって」

 

青葉は、何か突然サッカー選手になることを報告する。しかし、彼はプロという職業がどういうものなのかをまだわかっていないようだった。

 

「声援が力になるって言われても、結局一番ものを言うのは努力と才能と、運。それが分かっているのに、そういう言葉が後を絶たない。本当にそんなものはあるのかと、考えたけど分からなかった」

 

必死に声を出すファンの気持ちが、理解しきれなかった。

 

「正直、応援で自分が頑張れたっていう実感が、今までない」

 

あの声援で、自分は頑張れたという経験が、ついに訪れなかった。

 

 

「見ず知らずの人間に、応援されて、どう反応すればいいのか、正直追いついていない部分もあった。プロって何だろうって」

 

プロという職業は、プロフットボーラーの人生とは何なのだろうかと。

 

 

「だから。まずは二人に応援してほしいんだ。それで何が変わるとか、俺が突然うまくなるとかはないだろうけどさ。けど、誰かの夢を、誰かの期待を背負うって、どんなものなのか。俺はわかりたい」

 

青葉は願う。声援が人を変える瞬間があるのかどうか。青葉が走り抜けた人生を、自分が背負う時、自分の中で何が生まれてくるのかを知りたい。

 

「————プロになった時、それでも自分を見失いたくないから。最初に背負いたいものくらい、先に決めておきたいんだよ」

 

 

「—————お兄ちゃん、ホンマに我儘やなぁ。こんなに厚顔なセリフ、うちらに言う?」

泣き笑いのような憑き物が落ちたような顔で、四葉は兄に文句を言う。しかし、そこには拒絶の気持ちは見受けられず、手間のかかる大きな兄の我儘に付き合う、背伸びをした妹の姿があった。

 

「—————プロって、俺も分からないけど、きっと青葉さんが想像して、手に入れたいものがそこにあると思います。青葉さんの夢を背負って、その夢を叶えると宣言した、貴方を信じたい。俺は、そう思っています」

 

瀧は、割り切ることが出来ない自分たちに役目を与えてくれたことに感謝した。無理やりにでも、人は前に進まないといけない。不器用なりに彼は、元気づけているのだ。

 

エゴの塊のようなセリフを吐きながら、どこまでも優しい宮水青葉を、彼が彼になる前から知っている。

 

「約束や。絶対頂点に立ってな! 目の前の試合で不真面目にやっとったら、承知せぇへんで!」

 

目の前の試合で手を抜く。そんなことは許さないと四葉は言う。一試合一試合をこなす、その初心を忘れるなと。

 

「ははっ! いい感じに生意気な感じが戻ってきたぞ。それでこそ、四葉だ!」

 

そしてこれである。軽口にしては、乙女心というのをわかっていないダメな典型である。

 

「あ・お・ば・兄ちゃん!?」

 

もう我慢ならないといった表情で兄に接近し、腕を前方にぶん回す四葉。しかし、頭を抑えられた彼女の腕は空を切り、徒労に終わり続ける。

 

「ははは! もっと好き嫌いを減さないとな! 大きくなれないぞ!」

わはは、と青葉は軽口を止めない。妹も突進を止めない。

 

「も~~~!!!!」

 

そんな二人の姿を見て、ようやく瀧は吹っ切れたような感覚になる。この兄妹が前に進めるようになって、本当に良かったと。

 

 

全く不満がないというわけではない。けれど、折り合いをつけること、大人になることは、きっと同じなんだろうと思う。

 

—————けど、それだけ時間が経ったんだよな、あの時から

 

 

1年間、そのことで悩んでいることを指摘された。奥寺先輩にも、司にも。いつかは前を向かないといけないと。

 

しかし、最後の最後まで彼の面倒をかけてしまった。これでは三葉に釣り合わない男で終わってしまう。

 

————正直に言おう。せめて、三葉にだけは

 

瀧は、この日を機に、新たな第一歩と、過去に対する区切りをつけたのだった。

 

 

そして数年後、青葉が後に海外挑戦をする間近。

 

眩い白衣のドレスではなく、美しい色彩の振り袖に身を包む彼女の姿と、精悍さを増した彼の姿があったという。

 

 

 

 

—————世話の焼ける弟分だ。

 

 

 

 

 

 

「え——————」

 

瀧は、兄弟喧嘩をしている二人をよそに、懐かしい声を聞いた気がした。しかし、空耳だったのか、その声は二度と耳に入らない。

 

 

 

きっと、ウジウジしていた自分に喝を入れたい彼の願いだったのか。それともまだこの世界にいてほしい自分の幻だったのか。

 

それでもいいと、彼は思った。

 

 

————俺は、必ず三葉を幸せにします。だから、見守る必要も、守護霊になる必要も、ないですよ

 

 

 

————貴方の姉の人生を、背負ってもいいですか?

 

 

 

細やかな未来を目標に、前に進み続ける少年たちの葛藤は終わり、その未知へと邁進する時期が訪れる。しかしその中心で、さらなる高みへと歩みを進める青年の戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 

 

江ノ島の優勝と、蹴球高校の敗北。その情報は間もなく日本サッカー協会、全国のクラブチームにも詳細なデータと共に把握された。

 

同時に、各クラブチームはそこで痛感してしまう。

 

 

宮水青葉と逢沢駆は、すでにプロレベルのスタッツをたたき出していたことに。スプリント回数もさることながら、そのスピードは俊足の選手たちと遜色がなく、とくに青葉に至っては、別次元だった。

 

 

昨シーズンここまでの快足をたたき出した選手は存在しないということ。

 

 

つまり、彼はプロ入り前に日本最速の称号を冠するにふさわしいスピードスターであり、怪物なのだと。

 

さらに、そのドリブルスピードは言うに及ばず、こちらも昨シーズンに彼に比肩し得る存在はいない。

 

 

次々と明るみに出る青葉たちのデータ。連日、二人に対する報道も止まらない。そして、それまでのダーティーなイメージを払しょくするエピソードも。

 

 

————チームの要、闘将としての宮水

 

 

————檄を飛ばし、日頃より助言を与えることで、チームが成長した

 

 

————守備意識が相当高く、攻守の切り替えはすでにプロレベル。

 

 

————運動量豊富で、デコイランも厭わない献身性

 

————青葉の助言があったから、自分を知ることが出来た。

 

 

————ちゃんと自分を見てくれているし、パスも出してくれる。

 

 

 

決勝戦を戦い、数日後の会見で、記者の質問に初めて答えた宮水青葉。ダーティーなイメージとはかけ離れた、理路整然とした受け答え。初めて見せた彼の素顔は、それまでの報道と食い違い過ぎていた。

 

 

「フリーの城之内です。八千草戦以来となるボランチでのプレー。サイドと比べ、チーム全体の安定感が向上しました。今後のプレーの幅を広げる結果となりましたが、今シーズン、メインでプレーを希望しているポジションは、やはりサイドなのでしょうか?」

 

 

「はい。今まで僕はサイドアタッカーとしてクロスで味方の得点につなげたり、カットインやドリブル突破をしてきました。まずは日本最高のサイドアタッカーになるのが目標ですし、攻撃を牽引できる、宮水がいるサイドはボールを前に運んでくれる。そんな信頼感を得られる存在を目指します」

 

攻撃、得点など、数字にこだわりを持つ発言を返す青葉。そんな彼の姿に笑みを浮かべる城之内。しかし、サッカー専門の記者としてまだ切りこみたい部分はあった。

 

「しかし、ボランチでのプレーはサイドでのいい部分を存分に見せつけた形となりました。攻守の切り替え、レオナルド・シルバ選手とのマッチアップ後に見せた、高速カウンター。まるで今まで何度もこなしてきたかのようなプレーぶりでした」

 

 

「まあ、ボランチも嫌いではないんですけどね。自分のところで一気に試合が動く感覚も、悪くはなかったです。ただ、僕は一番点を取りたい。チームを救うにはやはり得点を確実に決めてこそだと思います。守備サボるのは、言語道断ですけど」

 

 

「フリーの藤澤です。先制点の場面の事です。高瀬選手の開けたスペースに、逢沢選手が飛び込んできましたが、あれはあらかじめ練習していた形ですか? とてもいい流れでの先制点は、チームに勢いを齎したと感じたのですが」

 

「フィーリングです。高瀬がスペースを開けたというより、受け直したというか。駆は穴を見つけるのが上手いですからね。あいつなら絶対飛び込んでくる。見るより先に悟っていました」

 

「—————これまでの試合も、逢沢選手との連携は好印象を感じます。今後、逢沢選手とはプロの舞台でも共闘することになります。達海猛新監督を迎え入れ、新体制で臨むETU。宮水選手は、達海監督にあこがれていたという話をお聞きしているのですが」

 

 

「あれ? どっから漏れたの? まあいいや。事実です。ああいうボールへの嗅覚と、何でもできてしまう。けど最後には得点を奪う。僕はサイドアタッカーになりましたけど、ああいう真ん中の選手がいると、絶対楽しいですし、パスを出す甲斐もあるかなと。幼い頃にいろいろ想像したものです」

 

少しばかり素が出ている青葉。藤澤は、こういうところはあの監督と同じなのだなと、思った。しかし、ちゃんとした受け答えをしてくれている分、大分ましである。

 

その他にも、何かくだらない質問が飛び交う局面となる。

 

—————小野寺選手との仲について、何か一言

 

————僕の師匠で、サッカー友達です

 

—————特別な関係ではないのですか?

 

————ないです。たぶん、そういう色恋沙汰はないと思います。

 

————逢沢選手と、なでしこの美島奈々選手の熱愛報道は事実なのですか?

 

—————そっとしておいてください

 

—————今シーズンにかける意気込みをお願いします。

 

————個人では、ベストヤングプレーヤー受賞。チームは優勝です。

 

————強気な発言ありがとうございます。その自信はどこから来るのでしょうか?

 

————やるからにはとことん頂点を目指したいからです。それはそんなにもおかしいことですか?

 

 

————得点数、アシスト数などはどのくらいを目標にしますか?

 

 

————まずは試合に出ること。監督にアピールする立場なので、何とも言えないです。出たうえで、チームの勝利に貢献します。こればっかりは相性もあるので

 

 

————ETUで注目している選手はいますか?

 

————先入観とか、第一印象を持たずにチームに合流したいです。試合は見ましたが、コメントは控えてもいいですか?

 

 

 

 

コメントを貰えたことで、ようやくレッテルを下ろしたメディア。どれも質問で返した内容と似通った記事となり、違いを出すことに苦労する報道陣。ETUクラブハウスに精通する男以外からは、 ETUと関連したネタもなかった。

 

が、フリーランスの城之内が依頼したトッカンスポーツの記事は一味違った。

 

————明かされたベール、宮水青葉の人柄とブレイクの予感

 

悪童という言葉が似合わない、野心を持つ男だった。これまでの悪評を覆す、献身的なプレーぶり。それは随所にみられた。

 私は、彼の総体予選から試合を観戦しているが、大量得点差で見せる守備への献身性は、攻撃に負けず劣らず高い。その分攻撃への比重は落ちるが、絶対サイドは攻略させないという意気込みすら感じさせる。幸運なことに、彼とコンビを組んだ右サイドバックの八雲選手にインタビューする機会を与えられた。

 「やっぱり、カバーしてくれますよ。オーバーラップした時にちゃんとリスク管理してくれるので。俺もサボるってわけではないですけど、あいつがいると、凄い安心感があるというか」と嬉しそうに話す。実際、彼のディフェンスで相手カウンターを遅らせる場面は多々あった。痺れを切らして飛び込めば、ジ・エンドだ。彼らの得点になるだろう。

 しかし、私が気になるのは彼の身体能力についてだ。ここまで日本人離れしたフィジカルの源泉は何なのか。そこに、日本代表に長らく不在だった「強い選手」のヒントにつながるのではないか。

 江ノ島高校の岩城監督は次のように語ってくれた。

「基本的なスキルは勿論。彼は相手選手の重心が見えていると思います」

 私はその言葉を聞いた時、耳を疑った。確かに、ドリブラーには相手の隙を見つけるのが上手い。だが、同時に納得してしまうのだ。彼があれほどアンクルブレイクという現象を生み出すことが出来るのか。相手の重心が分かれば、ドリブルで抜く最善のコースを見つけることが出来る。それが通常のドリブラーだ。

 しかし彼は稀大の逸材で、そのディフェンス能力は、鎌学戦や蹴球高校戦で存分に見せつけられた。つまり彼のその特殊能力といって差し支えない特技は、攻守において有効であるということだ。

 それだけではない。彼は自分からアクションを起こすタイプの選手だ。つまり積極性があるということを意味する。しかも、彼には岐阜県下の山岳地帯や、ハードなランニングで鍛え上げられた脚力がある。悠長に様子を見ようものなら、一瞬で振り切られてしまうだろう。

 「まあ、その脚力もですが、足首、体幹の強さ、ですね。ボディバランスでうまく方向転換も出来ますし。強いて弱点を言うなら、高さですかね。さすがに彼も190㎝を超えた相手に空中戦で勝てるとは思えないですし」冗談気に離す岩城監督の話は、少し笑えないほどだ。

 絵にかいたような強い選手。しかも、彼には正確なロングフィード、クロスボールがある。ついでに言うと、両足ともうまい。そんな彼がプロの舞台でどれだけの活躍をするのか、非常に楽しみで仕方ない。ETUはこの逸材をうまくチームにフィットさせる必要があるが、ハマった時の攻撃力は恐らく相当なものとなるだろう。

今シーズン、彼は江ノ島で双璧を為していた逢沢駆と共にプロの舞台に立つ。選手権得点王にして、世代別の10番を背負う、日本の“若き至宝”逢沢駆。ゴールデンルーキーコンビからもう1年、目が離せないシーズンになるだろう。

 

 

 

 

「~~~~~♪」

ネットの記事を見る駆は嬉しそうだった。自分の目標であり、エースを争う競争相手でもある彼の記事を見てほおを緩ませていた。

 

「まあ、少し話すとこういうことか。現金な奴らだなぁ」

青葉は苦笑い。とはいえ、関係各所からは謂れのない悪評に対する批判が噴き出ており、火消しに対応中であるということを知らない。

 

 

それはレスバトルでも同じことだ。

 

 

—————悲報:宮水選手の悪評。実は根も葉もないデマだった

 

—————デマであんだけアンチをため込んでいたのかよ。とばっちりじゃね、宮水選手。

 

————普通なら名誉棄損とかで訴えるだろ。俺ならそうする、誰だってそうする

 

————事の発端は、逢沢選手が腕を強く掴まれたのが原因らしいぞ

 

————暴行案件じゃねぇか!! 日本の至宝に怪我をさせそうになった野郎を特定しろ!

 

————あった、あった。追っかけのファンに対応しようとした逢沢選手が、複数の人間に体を掴まれたんだよ!!

 

—————その時に宮水選手がぶち切れ。警察呼ぶぞ、と吠えまくったらしい。

 

————至極真っ当な行動に大草原不可避

 

————やっぱここの住民の眼は節穴だなぁ。おまけに、中〇信者ではなく、悲運の10番、達海猛のファンだったことも発覚。

 

————あの時も、メディアと周辺が達海選手を批判しまくったよな。俺、当時から試合を見ていたけど、達海選手にボールが集まってばっかの、歪なサッカーしてたぞ

 

————達海一人いなきゃ、勝てないチームだったからな。フロントの責任は明白だ。

 

————つうか、あそこの前の会長、津川って言ったか。怪我で万全ではない達海選手を無理やり出場させていたらしいぞ。ソースは今の副会長の暴言。なお、当時は平社員。

 

————まじかよ、ひでぇな。今のフロントは無能だが、そこまでの非道はないだろ

 

 

————褒めているのか貶しているのか意味不明で大草原

 

————同じく大草原。けど、そういう無理が祟ったんなら、壊れるのも必然だったかもな。

 

————ETUの名選手は、なぜこうも天に見放されるのか

 

————仕方ないね、弱いから

 

————鬼畜で草

 

————ねぇ、みんな。宮水選手に何か言うことあるよね?

 

————全力土下座

 

————まじですんませんしたぁ!

 

————本人見ていない定期

 

————そもそもここの存在すら知らなさそう

 

————ごめんなさい

 

————メンゴメンゴ♬

 

————この手の平クルーこそ、なんJの醍醐味よ

 

—————なんじぇいの手首はぼろぼろ

 

————機械式の手首だ、舐めんな

 

 

 

という過半数以上の意見もあれば、

 

————日本サッカー協会が火消しに動いたろ。俺分かるぞ

 

————有望株で、口の悪い奴だからな。活躍しなくなれば手の平クルーよ

 

————ガンナーズの似非天才どもみたいに、忖度か、忖度なんだろ

 

————ユース入り拒絶とかいうパワーワード

 

————生意気さとか、年功序列大無視の秩序乱すタイプ。俺の眼は間違っていなかった。

 

————中〇信者から、達海信者に切り替わる身の速さ。ずる賢いぞ、このクソガキ

 

————日本サッカーの未来は暗い。若いスターを広告塔にしないといけない現状が

 

————まだ宮水選手はリーグ・ジャパンで何の結果も出していないという事実

 

————今まで高校生Jリーガーで即戦力になった奴とかいるの? ガンナーズの早熟産廃物件はNG。

 

————GKだけど、緑川とか? 清水黄金時代のメンバー

 

 

————岩淵とかどうだ。日本代表主力の

 

————ワンダラーズに逃げ帰ったQBK二世はNG

 

————まあ、壁にぶち当たるだろ。俺はこのリーグに失望したくないんだ。

 

————贔屓のチームでは存分に削ってやる。うちはプレスが早いからな。

 

 

 

そして——————

 

東京浅草に本拠地を構えるETUクラブハウスを訪れた青葉と駆。神奈川の江ノ島高校から、東京浅草は、電車で一時間はかかる。そして、やはり江ノ島高校での練習の時間は限られてしまうために、籍だけを置く形となる。

 

今後は二人抜きでのチーム作りを要求されるだろうが、幸いにも種は十分すぎるほど蒔かれている。後2年は安泰だろう。

 

 

浅草駅で二人を待っていたのは、ETUのスカウトマン、栗澤。年数を重ねたミニバンが駅前に止まっていた。

 

「お~い! 逢沢君、宮水君! こっちだ!」

 

これからは学校とETUの移動で苦労することになるであろうと語り合ったのは秘密な二人。それを表情に出すことなく栗澤の下へ歩み寄る。

 

「お久しぶりです、栗澤さん。わざわざ出迎えまでしてもらって」

 

「初日は顔見知りの方がいいだろう。明日以降はスタッフの人たちが来るから」

 

 

キャンプはこの肌寒い東京の競技場で行うらしく、選手たちもクラブハウスの敷地内の練習場に集まりつつある。

 

 

が、何やら横断幕を掲げていたり、ネットに何か布のようなものを括りつけている集団が目に入る。

 

「———————あれは」

 

青葉は目を細める。正確にはその視線の先にある文字だ。

 

 

—————達海監督就任反対

 

—————NOTATUSMI

 

—————裏切り者は出て行け!!

 

かなり歓迎されていない監督の船出に苦笑いする駆。サポーターが熱狂的なのは前々から知っていたが、少し迫力があると思ってしまった。

 

「—————あははは、すごいね、あれ。戦う前からこれはね————青葉?」

 

「——————なんでもない」

青葉の方は無表情になっていた。感情を出さないようにしているのか、一切の色が見えない。しかし、栗澤は青葉がショックを受けていた瞬間を垣間見てしまった。

 

「—————気にしなくていい。俺が言って、すぐに取り外すよう言ってくるから」

 

辛そうな表情で、そう語るのは案内をしてくれる栗澤。駆もそれ以上のことは関わるべきではないと判断し、青葉とともにロッカールームへと急ぐ。

 

 

 

すでにユニフォームに着替えアップを始めているメンバーもいる。二人は急いでユニフォームに着替え、チームの輪に合流することになる。

 

「おっ! 期待のゴールデンルーキーコンビじゃねぇか!」

 

スキンヘッドの男が声をかける。年は20後半ぐらいだろうか。青葉や駆よりも背は低いが、何かファイター気質な感じがする男。ボランチなのだろうか、と青葉は考えた。

 

「————————」

そして約一名、メラメラと燃える瞳で凝視してくる若い男を見つけた青葉。何か高飛車な感じがしており、妙に意識をされている。初対面のはずだが、と首をかしげるしかない。

 

「あれが、逢沢傑の弟の—————そして、その片翼なんだな」

 

 

「ああ。彼は、相当やるぞ、研人」

 

そこには見慣れた顔がいたのだ。駆は驚き、青葉は笑う。

 

「まさか、貴方と同じチームになるとはね、飛鳥さん」

 

「ああ。迷いは絶った。俺はとことん目指すことにしたんだ。君という稀大のドリブラーとは、何度もマッチアップさせてもらうぞ」

 

経験則でひたすらに経験値をため込む飛鳥は、一度犯したミスを犯さない。ミス以上の出来事には無力だが、徐々に対応力も上がる。致命傷を避ける判断も出来る選手なので、マッチアップ相手としては最適だ。

 

「—————望むところだ。骨のあるディフェンスとスパーリングしないと、ドリブルのキレが落ちるからな」

 

好戦的な笑みを止めない青葉。しかし、穏やかな空気のみが漂う不思議なやり取り。それだけで、キャンプまでに評価を上げ続けた飛鳥と、青葉という選手がルーキー離れしていることが分かる。

 

「僕も混ぜてもらっていいですよね、飛鳥さん? 一応、マッチアップは僕もしていたんです」

 

そこへ、その空気を意に介さず突っ込む駆。彼もまたトップフォームを維持するために飛鳥との練習を望んでいた。

 

「ふっ、望むところだ」

 

 

「燃え上がっているところ悪いが、そろそろ自己紹介を頼む。お前たちが合流してくるのを、楽しみにしていた奴らが多くてな」

 

そこへ、キャプテンの村越がやってくる。ミスターETUであり、このチームの要。長年の功労者である。

 

その前に自己紹介である。

 

「宮水青葉。16歳。ポジションは右左のサイド。真ん中も得意ですけど、あくまで得点にこだわり持ってプレーします。以上です」

 

「逢沢駆、江ノ島高校から来ました! ポジションは主に左サイド。真ん中も行けます! 青葉に負けないよう、ベストヤングプレーヤー賞を獲ります!」

 

「おっ、宣戦布告?」

凄い嬉しそうな顔をする青葉。ふつうは喧嘩を売られているのだが、気心を知っている仲なので、友人の奮起が嬉しいのだ。

 

 

「そうだよ」

そして、駆もニヤリと横目で笑みを浮かべる。

 

 

なお、同じポジションのライバルになる右サイドの赤﨑は、焦りを露にする。自分はユース上りで、将来はビッグクラブに移籍するのだ。期待の若手に負けるわけにはいかないと、闘争心を掻き立てる。

 

なお、控えの広井も、赤﨑に水をあけられている現状の中、青葉の加入はかなりのプレッシャーになっていた。

 

 

そして左サイドを得意とすると宣言した駆には、

 

—————やっべぇぇ!! サブポジと被ってんじゃん!! 強力ライバルはナツさん以外勘弁してくれよ!

 

フォワードの世良である。夏目出場や堺出場時は左サイドハーフに回ることが多い彼は、左サイドが主戦場の駆に危機感を抱いていた。

 

————へぇ、左サイド、かぁ。ま、そこ以外もやれそうだけどね

 

情報では、STやトップ下もこなせるし、逆サイドも可能だ。そもそも両足の精度が青葉同様に高いので、ポリバレントといえる。

 

ゆえに左サイドレギュラー、ベテランの丹波は、頼もしい若手がやってきたと考えていた。

 

 

 

 

しかし、アップに合流した二人は、そろそろやってきそうな監督の姿が見えないことに戸惑いを隠せない。

 

「ねぇ、青葉」

 

「分かる。わかるぞ、駆」

 

心配そうな顔で、青葉を見つめる駆。どうして監督は現れないのだろうと。江ノ島高校では、アップで早くに出てくる自分たちと同じ時間帯に見かける岩城監督を模範としていた。

 

しかし、肝心の新監督は姿を現さない。

 

「——————とはいえ、指示がないと何もできないのはまずい。飛鳥さん、駆、それと———」

 

「あ、ああ。上田研人! ポジションはフォワードだ、よろしく頼む!」

フォワード希望の上田。入団前は怪我に悩まされていたが、素質を見抜かれスカウトされたらしい。

 

「僕は宮野剛。同じくフォワードだ。ボールはここにあるが、何をする?」

 

こちらは俊足が武器の若手選手。飛鳥曰く、ハードワークも出来る汗かき屋。

 

「ま、ボール回しでも始めるとしよう。初日からハードにやるのもな。まだ呼吸も合ってないだろう」

 

 

「そうだな。トラップの質というのも、飛鳥さんと駆以外は知らないし」

 

そこへ、

 

「おい!! 何勝手に始めているんだ!! お前たち!!」

 

「げっ!」

 

「うっ!」

 

上田と宮野は縮こまり、飛鳥はその声の方を向く。つられて青葉と駆も声がする方向に視線を移すと、先ほどのスキンヘッドが怒りの形相でこちらに近づいてくる。

 

 

「何勝手に遊んでんだよ。まだ指示も何も出ていないだろうが!?」

 

 

「はい、みんなにあいさつです」

 

「はぁ!? あいさつぅ? さっきしたじゃねぇか」

 

頭おかしいんじゃねぇか、と黒田は疑問を青葉にぶつける。

 

「ボールタッチ。俺はまだ、皆さんのプレースタイルを映像でしか知らないです。ちょっとずつ、ちょっとずつ癖とか傾向とか、チームに溶け込まないといけないんで」

 

割とまともな理由。チームに溶け込もうという気持ちは伝わる。が、これは王子と同様の匂いがすると黒田は察する。

 

「ふぅん……まあ、チームに溶け込む意気は伝わった。だがな! 村越さんがまだ何の指示もしていないんだぞ! チームワークを重視するほうが、チームに溶け込むってことじゃねぇか!?」

 

なるほど一理ある。村越という存在が監督以上の存在になっていることが分かる。それは歪な状態だ。このチームがどうして上位に行くことが出来ないのか。

 

なぜ、堅守が目立つような結果になるのか。その一端が分かった気がする青葉。

 

「まあ、一理あるんですけどね、それは。監督がいない以上、体が冷えるのも嫌なので。何より俺らは早く適応して、ポジションとらないといけないんで」

 

「ほう————なるほど、てめぇは「やめろ、クロ。ボール回しをしたい気持ちもわかる」コシさん!?」

 

そこへ、キャプテンの村越がやってくる。やはり彼一人だけ存在感が違う。

 

「そうだな。監督がいない以上、俺たちで自主的にするしかなさそうだ。10分ごとにペアを入れ替えて、ボール回しを始めるぞ。今回は新人も多い」

 

 

しかし、松原コーチがそこへ現れ、姿を現さない監督からの指示を伝えられる。

 

「30メートルダッシュ、か」

 

解せないなぁ、と青葉は思う。昨シーズンの試合は見ているであろう彼が、一体スピードで何を見ようとしているのか。

 

「よくわからないけど、体力には自信あるし。けど、何を基準にするのかな」

 

「俺も分からん。が、単純に足の速い奴を選別する、というわけでもなさそうだ」

 

疑念を覚えつつも、ここにはいない達海監督の指示に従う二人。

 

なお、

 

 

「あのルーキーだけとんでもねぇぞ!! 早いぞ!!」

 

「うちの宮野や世良、清川も速いが、あいつは別次元だ」

 

「けど、あの7番、椿もなかなかだな」

 

トップタイムをマークしたのはやはり青葉。次点で椿。3番目には宮野といったところか。しかし、攻撃的な選手はやはり足が速い。

 

しかし一本だけでは終わらず、何本も監督が来るまで続けられるという。それだけで青葉と飛鳥は、監督の意図を読み取った。

 

そしてそれは、駆にも言えることであった。しかし、その理由まではたどり着けない。

 

—————監督は、スプリント回数で何かを測っている。30メートルダッシュのタイムを複数? それも何のために?

 

彼らが図っているのはあくまでタイム。30mを走るスピードだ。つまりそれは

 

 

「駆はようやく気付いたか」

 

「少し時間がかかったようだな」

 

はっとした顔をする駆の横に、飛鳥と青葉がやってくる。二人は2本目が始まる前に理解していたようなのだ。

 

「まさか、そういうことなの?」

驚きを隠せない駆。まさかその“タイム”だけでレギュラーと控えを選別しようとしているのかと。

 

「ああ。かなり強引な、血の入れ替えだ。無論、これは参考の一つ。経験がものをいうポジションは、そうではないかもしれないが」

つまり、飛鳥は経験が必要なポジション。このタイムで監督が理想とする傾向にあっても、レギュラーが確約されているわけではない。

 

そこへ、監督が現れる。全員息が上がっており、かなり全力で飛ばしていたらしい。無論三人も全力ではあったが、

 

————青葉の山岳ダッシュに比べたら、これくらいキツイうちに入らないし

 

————これは、一波乱あるな

 

————さて、どう出る、新監督

 

「達海猛、35歳。今日から君らの監督だ。仲よくするように」

 

簡単な挨拶をした後に、気さくに松原コーチに話し込む監督。そのやり取りは昔馴染みであるという証に他ならない。

 

「まっちゃん。30メートル走のタイムの結果を見せて」

 

無機質な声が響き、松原コーチがボードごと監督に渡す。それを見て程なくしてメンバーを読み上げるとのことで、青葉と駆が呼ばれ、飛鳥、宮野、上田を含む若手メンバーが達海の周りに集まった。

 

 

達海監督は、若手のメンバーの前で笑い、そして宣言する。

 

 

「おめでとう。君らはレギュラー候補組だ」

 

 

一波乱どころではない。荒療治も半端ないなぁ、と思う青葉であった。

 

 




イフはしばらく休止させていただきます。

が、世代別のせいでETUは三人抜きの戦いを強いられる時期が発生します。それは他のクラブにも言えることです。

予定されている国際試合は・・・・・・


U17ワールドカップ 逢沢駆離脱濃厚(世代別の10番の為、避けることは困難)

U20ワールドカップ 青葉、飛鳥、鷹匠(浦和)、秋本(横浜)が離脱濃厚。

奇しくも、あの時の達海と同じシチュエーションを経験することになる三人。果たして、不在時にETUは持ちこたえられるのか?

恐らくアンダー17は大物級が不在の為、軽く描写するだけだと思います。反対に、U20は少し力を入れて描きたいなぁと思います。


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第四十八話 その為の布石

遅れましたが、プロ編続きです。



レギュラー候補組。それを言い伝えられた時、何か自分の中にあるものが変わった。芽生えたのは戸惑いと、訳の分からない鼓動が早くなる感覚。

 

新監督に、新たな選手の加入。環境が変わり、このチームが少しずつ変わっていっているのが理解できる。

 

なのに、自分はなぜレギュラー候補組に選ばれたのだろうか。なぜ若手ばかりの選手を集めたのだろうか。

 

ここに至るまで、椿は散々なプレーに終わっていた。

 

飛鳥亨が加入し、変則的な紅白戦ではいいプレーも出来ていた。なのに、途中から止められてそれが出来なくなってしまった。

 

考えが全て見透かされ、考えるよりも早くに距離を詰められた。

 

そんなダメダメなプレーしかできなかった自分が、本当にレギュラー候補に値するのか。

 

 

「—————いい脚持っていますね、椿さん」

 

その時だった。宮水青葉と話し込んでいた逢沢駆がこちらにやってきたのだ。飛鳥亨と宮水青葉は、若手を仕切っている赤﨑と監督を交えて何かを話している。

 

「え? 逢沢、君?」

 

「駆でいいですよ、椿さん。まさか、青葉ほどではないけど、とんでもなく速い選手がいたなんて思ってもいませんでしたし」

嬉しそうに語る駆。まるで、自分が必要とされているかのような物言い。その期待が重かった。

 

「———駆君は、勝つつもりなの?」

 

相手はレギュラー組。こちらは控え組。監督が言うように、ギリギリプロレベル。そんな自分たちで勝てる相手なのだろうかと。

 

「当然。早々にポジションを奪って青葉からベストヤングプレーヤー賞を奪うつもりですから」

 

野心に燃える新進気鋭の若手。彼は楽しそうだ。

 

「ははっ! そういう野心を隠さないところは好きだぜ、駆ちゃん」

 

そこへ、達海監督がやってくる。話が終わったのか、メンバーを集める。青葉は苦笑いをしており、赤﨑は獰猛な笑みを浮かべている。飛鳥に至っては、困ったような笑みを浮かべていた。

 

「小動物系かと思いきや、よくかみつく番犬とはな。世代別は伊達ではねぇか」

 

満足げに骨のあるやつを見つけたと、言う表情を浮かべる達海。

 

「いいか。作戦は至ってシンプル。ワンタッチプレーは禁止。俺が良いというまでね」

 

 

「————う、うっす!」

 

「けど、30メートルダッシュのタイムを活かすには、速攻で攻めたほうが」

 

「ああ。技術や経験で劣るなら、そういうシンプルな攻めの方が」

 

中には異論が出てくる。ワンタッチを禁止する意味は何なのか。

 

「まあ、試合の中、なんで自分らが選ばれたのか、よく考えておけよ。すぐにわかるさ」

 

「まあ、ヒントなら—————青葉だな」

 

「青葉の力がレギュラー組に勝るって話か? そりゃあ、確かにすごいけど」

 

「ノンノン。そうじゃない。青葉は確かに上手い。けど、お前らはこいつがなんでやばいのか、わかるか?」

 

「スピード? 技術?」

 

 

「惜しいなぁ。正解は運動量だよ」

はずれぇ、とダメ出しをしっかりした後に、達海は簡単に種明かしをする。

 

 

「青葉はその豊富な運動量で、攻守で貢献できる。そしてお前らは比較的、30メートル走のダッシュのタイム、その初めと終わりのタイム差が狭かった」

 

 

「俺はね。今日にいたるまで、そして昨夜もお前らの試合を見てきた。どんな形でやられているのか、どういう失点、その傾向にあるのかをね」

 

その時、駆と飛鳥、青葉はだから寝坊したのか、と心中で事実に至る。

 

「でだ。ちょいと荒療治だが、こういう手段を取らせてもらった。走れねぇ選手がダメとは言わねぇ。ただ、うちがいつもやられているのは、ボールキープして回され、バテバテになるお決まりのパターン。弱いチームの典型だな」

 

 

達海の指摘に押し黙ってしまう一同。それは、いつも劣勢で主導権を握られ続けている毎年のシーズンを思い出させるものだった。前に出ても繋がらない、前に出ることさえできないもどかしさ。

 

「んで、お前らはそんなチーム状況で控えという存在。言っちゃあ悪いが、辛うじて一部レベルのプロ、ってことになる。けど、ここでお前らは足を止めるの?」

 

守っていれば負けはないと、どこか消極的な気持ちが燻っていた。そんな彼らを焚きつけるように達海は続ける。

 

「ここでレギュラーを掴んで、シーズン開始とともに強豪チームを倒しまくる。そんでお前らの評価は変わる。世界が変わる。本当に目指したい場所が、わかってくるはずだ」

 

夢物語のような、漫画の話をする達海。空想のアニメや漫画のような、ご都合主義なんてなかった。今まではそうだった。だが、達海はそれが出来ると説くのだ。

 

「—————俺は、このチームには伸び代しかないと確信しているぜ。お前らの今まで燻っていた気持ちは、時として信じられねぇパワーを与えてくれるんだ。そしてそれがかみ合ったとき、ジャイアントキリングは起こる。起こるべくしてな。俺はそれを見続けてきた」

 

 

ドクンッ、

 

その時だった。その若手の選手の中で心臓が高鳴った選手がいた。それは幻なのか、幻聴なのかは分からない。しかし達海はその鼓動を、その渇きを誰よりも感じている存在がいると確信した。

 

そしてそれは、青葉や駆ではない。他の誰かから感じられた。

 

 

「とりあえず、だ。青葉は俺と一緒に観戦。後は俺の言うポジションについてもらう」

 

「—————体、温まっているんですけど」

不満を覚えた青葉は、監督に文句を言う。なぜ自分は出られないのかと。せっかく彼の前でプレーできると思っていたのに、お預け派を食らうわけにはいかない青葉は、異論を唱える。

 

「うーん。まあ、出たいって言うなら出てもいいけどさ。ドリブルでゴリゴリ進むの禁止な。後クロスも。まあ、ターゲットもいない場所ならだめだし」

 

 

「なっ!?」

それにはさすがに驚きを隠せない青葉。なぜ自分の強みを次々と禁止にしていくのか。自分はこの紅白戦でアピールをしなければならないのに。

 

なお、達海としては明らかにレベルの違う彼をすぐに出してしまえば、勝負がついてしまうと見切っていた。選手権のパフォーマンスを見る限り、もう彼は技術だけならプロレベルだと分析していた。

 

そう、彼の実力だけは。

 

 

「あっと忘れてた。ミドルレンジ以上からの射程のシュートも俺が良いというまで禁止な」

 

だからこそ、勝負を簡単に付けないよう制限をかける。この試合は、青葉の為の試合ではない。ETUが変わる為の試合にしたい。

 

ここにいる若手がインパクトを与え、ベテランが刺激を受けて奮起する。このチームに足りないのは自信と意志の変革だ。

 

だからこそ、達海はベテランの奮起にも期待しているのだ。右も左も分からない若手を自分が受け持ち、監督不在の状況でどれだけ個の実力を出せるのか。ベテランにはその技術力があると信じたいのだ。

 

「ぐ、ぐぬぬ!!」

次々とプレーの制限を掛けられる青葉。これにはさすがの駆も何か言おうとするが、

 

「駆ちゃんもおんなじだぜ。2,3人いつでも抜けます、なんて顔をしているけどね」

まさか自分まで標的になるとは、と駆は驚く。これではサッカーにならない。

 

「えぇぇぇ?!」

 

まさかの流れ弾。駆も当然驚く。アピールする気満々だった彼も、お預けを食らいショックを受けたような顔をしている。

 

「それが嫌なら、お前たち二人は観戦だ。レギュラー候補組だっていう称号もなし。どうする?」

 

 

「くっ、わかりました————」

 

積極性をほぼ封じられた青葉と駆。仕掛けるのは誰になるのか。そんな空気が充満するが、

 

「なに、ボールキープして様子を見ろ。時間が経てば面白いことになるからさ」

 

 

なお、飛鳥はセンターバックで亀井と一緒に組むことになる。

 

陣形は4-2-3-1で、

 

「おい、なんで俺はこのポジションなんだ」

 

右サイドバック宮水青葉爆誕。守備のやり方ぐらいはわかるが、この位置からの攻撃参加は厳しい。バランスを気にする彼は、なかなか上がる勇気がない。前は穴と呼ばれるほどに守備が下手糞ということを宮野から聞いているのだ。

 

—————ミヤさんから聞いた話だと、赤﨑選手は攻撃センスこそあるが、守備に難あり。

 

だからこそ、迂闊に自分も前に出た瞬間、食い破られるとわかっている。ボールキープをするポゼッションの戦術で、ボールロストの危険がある。これはリスクだ。

 

 

—————なんだか知らないっスけど、サイドバック起用か。

 

ライバルがなぜか監督に弄られているが、これを機にアピールできればこのポジションは固めることが出来る。

 

赤﨑はこれをチャンスと考えていた。

 

「あははは。あそこまで攻撃制限はきついなぁ」

 

 

そして、逢沢駆はトップ下。ボールを散らす技術は一応持っている。ゆえに、かろうじて攻撃的ポジションにつくことが出来た。

 

一方、ボランチには椿が入ることになる。緊張をしている彼を見かねた駆は、しきりに何度も声をかける。

 

「椿さん。危なくなったら僕がボール貰うんで、大丈夫です」

 

「逢沢君———う、うん」

 

年下にフォローされる立場というのも、何とも心苦しいのだが、今は緊張でガチガチになっている椿。それを気にする余裕はないようだ。

 

ワントップは世良。良く動き、スピードもある。解禁時にはいいパスを出せそうだ、と駆は思う。

 

 

そんな布陣で臨むレギュラー候補組の様子を見て、永田有理は達海を問いただす。

 

「ねぇ、本当に控え中心で勝てるの? 相手はレギュラーよ? しかも、宮水君にサイドバックをやらせるなんて。あれは酷いわよ」

 

「まあなぁ。あいつが無双するだけだと、本質を突きつけることすらできないからな。紅白戦で、練習試合。ETUが変わる為には、まずはそこをはっきりさせなきゃいけねぇ」

 

走れないサッカー。走らされてバテバテになった相手程、倒しやすいものはない。しかし、若手は案外走ることが出来るのが救いだった。

 

ただ、青葉へのフォローは忘れないつもりだ。

 

「終わりごろに、あいつを一列上げるぐらいはいいかもな」

 

 

 

 

そして、試合は、達海の思惑通りに進む。ワンタッチプレーを禁止されている控えチームはなかなか前に進むことが出来ない、というより達海がサイドチェンジを意識し、数的有利を作ることを指示しているのだ。

 

 

だが、彼らは仕掛けない。そして、その数的不利を埋めるためにチェイシングするレギュラー組。

 

彼らはわかっているのだ。控え中心のチームは走力に秀でた傾向にある。ゆえに、どこかでスピードで勝負をしてくるのだと。

 

「ほらよ、新入り!」

 

「っ」

 

オーバーラップするのは青葉。右サイドのタメから抜け出すかに見えたが、

 

 

見事な逆サイドへのロングボールで組み立ては最初から。右に集中していたレギュラー組をあざ笑うロングフィード。しかし意味はない。

 

—————苛立ってるなぁ、あいつ。

 

赤﨑は、不満を隠そうともしない青葉の姿を見て笑う。相当ストレスをため込んでいるらしい。

 

ドリブルで抜け出せるという自信がありありと伝わる。なのに、それを禁止されており、手枷、足かせをはめられた状態。

 

 

そんな彼を見ている駆は、心苦しくはあるが、ボール回しに徹する。

 

 

「なっ!?」

 

簡単な跨ぎフェイントとトラップで、マッチアップしている村越を抜き去り、ボランチの椿へパス。

 

「くっ!?」

 

「抜かせるかよ、7番!」

 

「刈り取れ!!」

 

しかし、二人係で囲まれ、孤立してしまう。スピードに乗る前にプレスの網にかかってしまったのだ。そんな様子を見かねた駆は、

 

「いいよ、椿さん!! 戻して!」

 

溜まらず椿からの苦し紛れのボールを受け取る駆。そこへ、村越がボールをぶつけてくるが、

 

————なっ!? 受け流されている? どこにそんなフィジカルが

 

村越のプレスを簡単にはがしてしまう身のこなし。悠々とバックパスをして流れを落ち着かせる駆に戦慄を覚えた。

 

体を入れ替え、合気道の要領で押し出されるような感覚。相手の力を受け流し、前を向くプレーは際立っている。

 

余裕を感じさせる雰囲気に、視野の広さ、抜群のキープ力。司令塔としてのプレーぶりも侮れない。それはつまり、彼がいつでもこちらを崩せるという意図が感じられるほどに。

 

 

青葉のような理不尽さを感じはしないが、絶対にボールを相手の届く場所に置かない、取られないという一点に関しては劣らない。

 

柔のドリブル、連想するのはそんな言葉だ。対する青葉はまさしく剛の者。切れ味が鋭く、一瞬で間合いを崩す速度と、トリッキーなボールタッチ。

 

 

 

しかし、それだけの武器を持つのに、青葉はなぜサイドバックに縛られているのか。そしてなぜ、彼らはスピードで勝負をしてこないのか。

 

度胸がないわけがない。青葉のあの苛立ちを隠せない表情と、浮かない顔の駆を見れば、そんなことはないとわかる。

 

 

「——————まさか」

 

 

サイドチェンジを多用し、数的有利を作る作戦の奥には、それがあったのだ。こちらを走らせたいという狙いが、昨シーズンの苦い経験の大部分を作った記憶が、村越に達海の監督を見破らせたのだ。

 

 

「無理にボールを獲りに行くな!! 相手はこちらを走らせたいだけだ!!」

 

 

「なっ、コシさん!?」

 

「—————(やはり、か。危ない場面は何度もあったが、そういう狙いか)」

 

黒田は姑息な手段を使っていたことに激怒し、杉江は冷静に相手の作戦を分析していた。思えば、中盤が疲弊し試合後半に失点するケースをこれまで何度も見てきたのは彼だ。

 

チーム力の問題で、その問題をどうすることも出来ず、前の監督もそれを修正することが出来なかった。ボールを獲りにいかず、籠るばかりのサッカー。

 

それでは余計に相手を調子づかせてしまう。点を取るどころか、前にも進めない状況に陥る。

 

————分かっていたんだ。達海さんはこのチームの問題点を

 

 

中盤も前線も走れないサッカー。堅守が武器といいながら、まったく守れていなかったという現実が。

 

 

「あ~あ、ばれちゃった。けど、あっちにもいい顔をする奴がちらほらいそうだね」

 

フォワードの堺は、相手のやり方を意識して、さらに集中力を上げていた。効率のいい追い込み方を意識し、首を振る回数も増えていく。

 

つまり、堺は周りの位置取りを確認するように、動くことを心掛け始めたのだ。ベテランらしい渋い傾向である。

 

そして、最奥に控える杉江はしきりにディフェンスラインを上げ、声をかけ続けている。恐らく、無駄に走るのを躊躇い、体力を温存させようとしているのだ。

 

スプリントやチェイスの強度を分散させ、出来る限り体力の消費を抑える。

 

他にも、目の覚めたように首を振る回数が増えていくベテラン勢が一部存在する。自分で考え、即席ではあるが連動させていく技術。さすがレギュラー組というプレーを見せ始めている。

 

「おし!! ワンタッチプレー解禁!! 住田と宮水のポジションをチェンジ! 一列上げて仕掛けろ!」

 

 

「——————またボランチか。まあいい。攻撃にこれで参加できそうだ」

 

 

前線から仕掛けるのは青葉。マッチアップするのは丹波。

 

「へっ、行かせないぜ、ルーキー」

 

 

しかし簡単にフェイントを入れてこない青葉。じりじりと間合いを測り、機を待っているかのように見受けられる。そして、その間合いは隙だらけに見えた。

 

 

「—————え?」

 

一歩動いた。彼の間合いに一歩近づいただけなのだ。なのに、その瞬間に彼の視界から青葉は消えた。正確に言うと見失ったのだ。

 

まるで見えない壁があるかのように届かない足。横を見るとするりと抜けていく青葉のドリブルが見えるが、追いつけない。まるで魔法を使ったかのような抜き去り方。

 

—————ボールと体が接着剤みたいに近い!? それに今のドリブルは!?

 

 

フェイントを使われたわけでもないのに、あっさり抜かされた。レギュラーチームは、丹波が簡単に抜かされたことで緊張の色が濃くなる。

 

「つぶせっ!! 一人カバーリング!!」

 

杉江の声が鋭く響く。このまま彼に前を向かせるわけにはいかない。村越がチェイシングするが、

 

「なっ!?」

 

近づく前にスルーパス。マークを外す動きをしていた駆が、堀田から逃れており、ボールはインサイドに張り付くようにトラップ。そのまま縦に仕掛けていく。無論スピードもどんどん上がる。

 

「いかせっ、なっ!?」

 

ここでスピードダウン。縦を切ろうとした堀田の股下にボールを通す駆。また抜きドリブルをしたのだ。しかも、警戒していた右への抜け出しを読んでいたのか、ボディフェイントを入れながらの左への突破。

 

バランスを崩し、ふらつく堀田を尻目に、駆は止まらない。さらに、ボランチからものすごい勢いで飛び出してくる青葉の姿も。

 

「いかん、19番潰せ!!」

 

「おらぁぁぁぁ!!!」

 

黒田がすかさずチェイシング。ボランチの攻撃参加という青葉の運動量が可能にさせる諸刃の剣。トラップした瞬間に潰してやると意気込んでいた。

 

しかし、駆には別の世界が見えていた。

 

 

「しまった、左サイド!?」

 

杉江が声をあげる。左サイドには、宮野がいる。スピードが武器の若手。駆は彼とコミュニケーションをとっていた。

 

完璧なピンポイントクロスが宮野の足元に納まる。まるで、チームの要である王子を彷彿とさせる精度。

 

————凄いパスだ。俺のスピードを計算して相手に取られず、かつ正確な場所にボールを運ぶなんて

 

宮野の抜け出しは彼にカットインをさせる余裕を与える。完全に裏に抜け出し相手のディフェンスラインはズタズタだ。

 

「—————」

 

青葉と駆がデコイに徹する。無論彼らはいつでもパスを受けられるような状態を作るが、それでも、宮野のドリブルコースを消さないよう動いていた。

 

————開けてくれているのか!? 僕に————

 

余裕が生まれいくつものルートが見える。今まで見えてこなかった視野の広さ。そして、二人がコースを開けてくれたので、迷わず狙うことが出来た。

 

「っ!!」

 

しかし、ここで緑川のファインセーブ。ファーサイドを狙ったコントロールシュートは左手一本で止められるが、

 

「!! ちぃ!! このっ!」

黒田とセカンドボールを競るのは青葉。しかし、体を入れた彼が勝り、難なくボールを収めてしまう。黒田のフィジカルをまるで寄せ付けない。

 

————なっ!? これが高校2年のフィジカルかよ!?

 

まるで外国人と競っているような感覚だ。しかも、簡単に押し戻される辺り、何か体の使い方が違うようにも見える。

 

そして、背を向けながらのドリブル。斜め後ろ、ゴール前にものすごい勢いで走る世良。それを見た青葉がパスを選択するが、

 

「やらせるかよ! なにっ!?」

 

黒田の股下を通すヒールパス。出した方向に視線を向けていないノールックパスではあるが、ボールは走りこんでいた世良の方へ。

 

—————ボールをロールした時に、回転をかけ、踵で弾く様に—————ッ

 

今の一連の動作を見ていた杉江は戦慄を覚える。これが彼の見えている世界なのかと。

 

 

そのまま世良がダイレクトにシュートを叩き込み、控え組が先制。見事なアシストを決めた宮水とゴールを決めた世良。

 

————いい抜け出しだったな。この人は世良さん、だったか

 

小柄だがすばしっこい彼は、運動量が多い。現在エース不在というが、今日のような動きが出来るなら、前線にいてほしい存在ではある。

 

「おっしゃぁぁぁぁ!!!」

 

「すっげぇぇえ!! ほんとに点とっちまったよ!!」

 

「世良ぁァァァ!!!」

 

喜ぶチームメイトを少し離れた場所で見守るのは青葉と駆。いい感じにかみ合ってきたと手ごたえを感じる攻撃だった。

 

「狙い過ぎたかな———」

少し苦笑いの宮野。絶好のシュートチャンスではあったが、緑川のファインセーブにあってしまった。しかし、彼はこの距離でシュートをあまり打ったことがなかった。

 

「コントロールし過ぎた感はあるな。だが、いいチャレンジだったと思う」

 

「これからどんどん狙っていけばいいと思いますよ、ミヤさん!」

 

 

そして最後尾のラインを守る亀井と飛鳥は、

 

「最後のラストパス。一体どうやって通ったんだ?」

 

「青葉のヒールパスだな。ロールで回転をかけて、弾く様なラストタッチ。相変わらず周りが見えている」

 

亀井は何がどうなって得点につながったのかをよくわかっていなかった。なんだか知らないが、青葉がパスを通して世良がシュートを打ったという感覚である。

 

 

若手組が先制。その試合の行方は、達海以外にとって予想外の展開へとなりつつあった。

 

 

 

 

 





やはり新生ETUのゴールを奪ったのは世良。良く動いたり、抜け出しをする傾向にあるので、王子や駆、青葉とは相性がいいです。フィジカルは紙ですが。


世良君は出し手に恵まれた環境でプレーすることになります。


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第四十九話 激闘と邂逅と



簡単に勝てると思うなよbyレギュラー陣




若手の中でも小柄な選手である世良が決めた。その抜け出しと俊敏さは必ず武器となると考えていた達海監督は、あえてフィジカルに難のある彼をワントップに入れた。

 

一撃でもいい。ワンチャンスでいい。そんなパスが彼には必要だったし、それを出せる選手が中盤には揃っている。

 

「いいパスに、いい抜け出しだ。ルーキーを信じた世良の勝ちだ」

 

この結果に達海監督はやや満足そうだった。

 

「すっごーい!? ほんとに点を決めちゃった!! やっぱりあの二人は凄いわ!!」

 

 

「視野が広いなぁ、やっぱ。けど、こっからはもう一方的だ」

 

 

達海の読みは的中した。予想よりも早く達海の作戦は見破られたが、走れなくなった相手チームはワンタッチパスを許すようになり、若手チームのパスが回り始める。

 

その中盤では、駆と青葉が良いためを作り、リズムが生まれる。今までボランチをやってきたかのような高いインテリジェンスを感じさせるプレーは、両サイドにいい循環を与える。

 

 

さらに—————

 

 

トップ下逢沢がボールコントロールしながら中盤のプレスを一枚躱すが、村越のカバー。

 

「っ」

 

ボディフェイントで抜かせようとしても、村越はディレイ気味に守備をするかと思えば、小刻みに前に出る等、逢沢のドリブルを警戒しつつも、スピードを出させないような守備をしていた。

 

————スタミナの問題ではない。ここで抜かれれば先ほどの二の舞だ。

 

 

それに、逢沢駆はまだプロの間合いに慣れていない。とはいえそれは当然だ。規格外の化け物、宮水青葉は適応というより、自分の間合いの中にプロのレベルも含まれていた、というものであり、比べてはならない。

 

 

「っ!!」

 

逢沢はまだ十八番を繰り出していない。あの消えると称されたフェイントを繰り出すタイミングがまだつかめていないのだろう。

 

しかし、彼の背後には青葉がいる。

 

ロールしながら右に寄る駆の背後から、右後ろからスプリントしながらボールを受け取る青葉。すぐにボランチが対応しにいくが、

 

「今日はあんまり前に出るなと言われているんだ」

 

ダイレクトで柔らかいボールが打ち上げられる。トラップすると思われていたのに、それをあえてしない。そして珍しく青葉はパス&ゴーをしなかった。

 

—————しまった、奴の隣は——————

 

村越は青葉のパスですべてを察した。彼の隣には彼に劣らない俊足がいたのだから。

 

 

「きたっ!!」

 

走りこんでいた椿のスピードを完全に読み切った精度の高いフライパスが通る。中盤の歪みは椿の縦突破で一気に切り裂かれていく。プレスをしようにもごぼう抜きの如く突き進むその推進力は、今までのETUにはなかった武器である。

 

「このっ、させるか!!」

 

黒田が突出して止めに入る。ボランチが抜かれ、もうCBが対応するしかない。が、椿のボディフェイントに対応するまでは良かった。

 

「っ!? なっ、ぁ!?」

 

ボディフェイントから勢いのまま抜けると思いきや、あのスピードに急ブレーキをかけての鋭い切り返し、さすがの椿もふらつくが、黒田は完全に体勢を崩されてしまう。

 

「!!」

 

「あれでブレーキかけるか、凄いな」

 

駆はその強引さに驚愕し、青葉は笑みを浮かべる。野生のままに駆ける獣の如く、疾走する相棒がいることで、青葉は縦のビルドアップを彼に任せていた。

 

————7番の人、とんでもない脚だ。

 

それも、達海監督からの指示だったのだ。

 

 

そして利き足ではない左足でコントロールシュート。しかし、チームのベテラン緑川が立ち塞がる。片手一本でシュートに触ったボールは、クロスバーに弾かれたのだ。しかも、触っていなければ確実に吸い込まれていたであろう決定機だった。

 

「!! くそっ!!」

 

悔しがる椿だが、そのセカンドボールを拾うのは宮野。再三サイドから突破を見せていた俊足が今度もカットイン。先ほどはファーサイドを狙ったシュートだが———————

 

 

「宮野が決めたァァァ!!!」

 

 

「低いグランダーのシュート!! 今日は強気だなぁ!!」

 

先ほどのカットインを反省し、球足の速い低めの隅を狙ったコントロールシュート。世良がいたことでブラインドになっていたため、緑川の反応速度を超えてしまう。

 

 

さらに、椿の突破が光る。上手く中盤でコンビネーションを発揮する青葉、駆のホットラインが村越らを翻弄。椿がとにかく突出する戦法をとることにより、椿の突破力が存分に活きる形となった。

 

 

まるで、椿のスプリントが攻撃のスイッチになるような感覚。椿自身は受け手なので選択権はない。だが、椿のやみくもにスペースに走る動きを予測し、パスを出せる技術が二人にはあった。

 

 

「中盤で潰そうとするな!! クロスボールや縦パスを跳ね返すんだ!! 無理にいっちゃだめだ、コシさん!!」

 

杉江がゴール前を固める。あの二人相手に機動力が違い過ぎる。しっかりゾーンで対応しなければならないと指示を出すが、あの二人はゾーンを破壊することに長けている。本調子ではない駆はまだしも、宮水青葉は嵐のような存在だ。

 

 

彼の気まぐれで簡単にゾーンディフェンスは破壊される。達海監督の指示なのか、彼は先制の場面以降、攻撃参加をしてこない。

 

明らかに手を抜かれている。それを理解しつつも、杉江は何も言えない。間違いなく彼の存在はこのチームのストロングポイントになる。だからこそ、同時に頼もしく思うのだ。

 

—————君のような存在は、君の年でここまでできる選手は、初めてじゃないか?

 

宮野のドリブルを防いだ杉江は、中盤では勝負にならないと諦め、サイドでの攻略を試みた。上がっていた丹波が石浜とのマッチアップ。

 

「あっ!?」

 

そして簡単に切り返しで躱される石浜。バランスを崩してしりもちをつくまでが様式美だったように見える。

 

 

「カメさん、9番マーク!! 出てくるぞ!」

 

堺とのマッチアップを行っていたのは若手の亀井。だが、やはりレギュラー陣のステップワークに対応できないのか、一瞬マークが外れる。

 

 

「っ」

 

そして打ち上げられるクロス。だが堺はダイビングヘッドではなく、逸らしたのだ。

 

「なっ、これは————ッ」

 

逆サイドの熊田にボールが渡ったのだ。しかし、ボランチの青葉が堀田をマークしているので、数的不利という局面ではなかった。

 

 

だが、飛鳥の背後では堺に劣勢気味の亀井。サイドでは守備の対応が酷い両サイドバック。清川はまだ戻り切れていない。

 

 

だが、SBのカバーに入る飛鳥をつり出しての巧妙な引きつけてのクロスボールに合わせたのは、逆サイドからの頭の折り返しに合わせた堺。

 

「おらぁぁぁ!! みたかっ!!」

 

「一点返したぞ!!」

 

「おぉし!! 反撃開始だぁァァァ!!!」

 

俄然士気の上がるレギュラー組。勢いと若さでは劣っていても、守備時のカバーリングを見せるレギュラー陣、対してカウンターへのもろさを見せてしまった若手。

 

杉江は意図的に勝負の出来る両サイドを狙い撃つようになり、青葉はそのカバーリングを行うことで攻撃参加の回数が減る。

 

————中盤では完敗だが、陽動になればうかつには出てこれないはずだ。

 

 

次第に逆包囲される若手チーム。サイドをうまく使った攻撃は、レギュラー陣の中でもなかった試みだ。これを見た達海はほくそ笑んだ。

 

—————なんだ、やればできるじゃねぇか。お前ら

 

達海の目的はチーム力の向上だ。若手がレギュラー陣に力を見せられるならいい。しかし逆に、レギュラー陣が意地を見せたなら、選手層は今後厚くなる。

 

 

しかし負けず嫌いの達海は、駆を一列下げて中央に逢沢、右に青葉、左に椿という布陣に変更。駆がバランスを取りつつ、両サイドのカバーが容易になり、且つショートカウンターでの連携向上という戦術を組み込んだのだ。

 

両サイドで突破を見せていたレギュラー陣の組み立てを狙い撃ちしたのだ。

 

そして、駆は最終ラインと共にビルドアップに参加し、相手のセンターアタックにしっかりと人数をかけて対応。

 

 

だからこそ、飛鳥が堀田との競り合いでボールを奪った瞬間、すでに前線は動き始めていた。

 

 

—————お前らが当初警戒していた、スピードによるカウンターだ。存分に食らってこい!

 

達海はここで第三の指示を出していた。ボールを奪った瞬間に、サイドで起点を作ってそのままカウンター。切り込める赤崎、宮野、そして抜けだしのスピードのある世良が一気に後方を襲うという戦術だ。

 

気迫で補っているとはいえ、やはり運動量が徐々に落ちているレギュラー陣には辛いものがある。

 

 

だが、赤﨑の前に杉江が立ちはだかる。

 

 

—————ここで一対一の強さを見せる。

 

 

————ここで抜けなきゃ、レギュラーなんて夢のまた夢だ!!

 

連続シザースからの縦への突破。あれほどの勢いで攻めあがってきたのだ。時間をかけず、かつ攻撃につなげられる選択肢は縦への突破が濃厚なのは透けて見える。

 

 

杉江はディレイしつつ赤﨑の動きを読み切り、スライディングでボールをはじき出したのだ。驚愕する赤﨑だったが、数的不利の状況は依然として変わりない。

 

「うげっ、クロさん!?」

 

「寄こせ、世良ぁァァァ!!!」

 

世良がボールキープするが、黒田のプレスに、今にもボールを奪われそうな光景だ。

 

「ヒールで落として、世良さん!!」

 

青葉の鋭い言葉と共に、なぜこんな場所に青葉がいるのか理解する暇もなく、世良はヒールパスで後方へとパスを行う。

 

そして——————

 

 

ボールが大きく凹む様な轟音と共に、青葉の左足がさく裂。勢いに任せて若干前に出ていた緑川の頭上を襲う、ロングシュートがゴールネットに吸い込まれていったのだ。

 

「とりあえず、これでアピールは出来たかな」

 

 

1ゴール1アシスト。この試合でも存在感を見せつけた青葉。しかし、達海としては折角拮抗したいい流れだったので、彼を強制的に選手交代。

 

「なんでですか」

 

「アピールできたんだし、もういいだろ? 対外試合では、フルで使うかもしれないんだしさ」

 

レギュラー当確弾を決めた青葉はそのままベンチへと下がる。変わって入ったのはCBの向井。CBの亀井が一列上がってCMFになったようだ。

 

 

これは若手チームにとっての試練だった。若手チームは最大戦力である青葉を欠く状況で、ビルドアップを強いられるようになり、逢沢へのマークを集中すれば攻撃を遅らせることが出来ると判断。駆が2,3人抜いてもまだ壁がある状況で、亀井に横パスをしても攻撃は停滞することが露呈。

 

椿は誰も操縦する人間がいなくなり、中盤で孤立。やみくもに走り回るだけでゲームから消え始めていた。

 

 

しかし、徐々にだが逢沢駆がプロの試合に適応。最後の最後、ヴァニシング・ターンでサイドに流れながらのクロスボールで世良の決定機を演出。ゴールこそ入らず、悔しがる駆だが、瞬時に守備の意識へと切り替わる。

 

だが、駆は切り替えても、逆サイドの右を狙い撃ちされたのだ。今度は同じ轍は踏まないと、駆と同様に杉江にプレスをかけに行く世良だったが、簡単に躱されて村越に縦パスが入る。

 

—————スギのパスでリズムを生み出している。なら中盤の俺が調子を取り戻せば。

 

 

一気にカウンター。村越がそもそもカウンター主体のサッカーを作り上げたのだ。カウンターでの判断力はチーム随一である。だからこそ、誰が開いているのか瞬時に理解できるのだ。

 

 

中に入ってのプレーをするのは丹波。再三赤﨑と石浜の穴を狙い撃ち、彼らの間を狙い撃ちし続けている彼は、そのまま赤﨑を振り切り、石浜も躱しながらパス。守備のポジショニングが悪すぎるのか、守備が軽い印象を達海に与える。

 

「ちょっと右サイドは怖いな。攻撃は運動量あっていいんだけど、少し単調かな」

 

堺がここでポストプレー。からの反転ターン。飛鳥がこれに当然のごとく対応し、ボールをたたき出す。

 

 

————おいおい、対人能力高すぎねぇか、このルーキー

 

だが、フォローがいない。向井がボールを回収するが、前からのプレスに捕まる。熊田がパスコースを限定しながら襲い掛かってきたのだ。

 

————くそっ、サイドが塞がれた。なら—————

 

中で待っている逢沢にパスをすれば逆カウンター。そんな意図が透けて見えていた。

 

「ダメだッ、向井さん!!」

 

しかし駆の制止も時すでに遅し。まるで狙いすましたかのような村越のインターセプト。若さと迂闊さが招いた若手のもろさが、カウンターを誘発したのだ。

 

駆としては、清川がサポートに十分に動いておらず、自分も村越と二人係でマークされていた分、逆サイドの宮野へのロングフィードこそが有効と感じていた。2点リードで無理をしてつなげる必要はない。しかし、レギュラー陣の猛攻が若手に判断能力を奪っていたのだ。

 

村越の縦パスに反応したのは堀田。椿がスライディングで食らいつこうとするも、ボールをリターン。前に出ると思われていた堀田の動きに翻弄されてしまう。

 

—————速攻をかけてこないっ!?

 

バックパスを貰った村越が椿に突っ込む。椿の視界には村越以外しか目に入らない。が、

 

「ワンツー!!」

 

 

「おし、通ったぞ!!」

 

 

村越へプレスをかけにいった椿が、パスで簡単に捌かれてしまう。堀田とのワンツーパスで中盤を崩したベテランの巧妙な連携だった。

 

こうなると椿はどちらに付けばいいのか分からなくなる。駆が堀田を止めにかかるが村越へのマークに椿が付き切れていない。

 

—————反応の良さが命取りとなったな、椿

 

 

 

そして再三決定機を作る丹波へのボールではなく、サイドバックの中への切込み。

 

そして下がってボールを受ける堺がバックパスで引きつけ、村越にリターン。ポゼッションでスキを窺うのはポリバレントが売りの鈴木。ユーティリティープレーヤーでもある彼は、堺が飛鳥に警戒されているが手に取れるようにわかる。前線で小刻みな動きをしており、亀井、向井が対応しきれていないのだ。彼しか対応できないので、他の場所なら勝算があると考えていた。

 

だからこそ、鈴木の場所が開いていたのだ。

 

 

一瞬の抜け出し。そして飛鳥はここで堺から目を切ってしまったのだ。致命的な隙を最後に晒してしまった飛鳥は、鈴木のクロスボール、折り返しを警戒する。折り返しを防げさえすれば、堺にボールは来ない。だが、最後の最後に堺の場所を確認した飛鳥は、堺がニアを狙っていたことに気づく。一番手前でボールを受けてボールを逸らす狙いがあると見えたのだ。

 

 

—————くそっ、どっちにくる? ストライカーなら必ずゴールを狙う、ゴールにつながる動きをする。

 

事実、堺は頭での折り返しも視野に入れていた。飛鳥はやはり自分を好きにプレーはさせないのだろう。粘り強いディフェンスだと堺は笑う。

 

 

————けど、俺はお前を釘付けにすればいいんだからな。

 

 

打ち上げられたクロスボールは、ファーサイドへ。大外空いたスペースで待っていたのは、丹波だった。この試合のレギュラー陣のキーマンである丹波。

 

—————引きつけて、相手のスピードを利用して——————

 

 

引き下がれないとばかりに石浜がタックル。だが、それをあえて受ける丹波の足に、石浜の足がかかってしまったのだ。若さゆえの過ち、ここでペナルティキックがレギュラー陣に与えられる。

 

「ナイス丹波!!」

 

「決めてくれよ、堺さん!!」

 

そして当然のごとくキーパー佐野の逆を突くシュートでついに1点差。俄然勢いに乗るレギュラー陣だったが、ここでタイムアップ。

 

 

試合は3対2で若手チームの勝利となった。しかし、最初の消耗していたはずのレギュラー陣が息を吹き返したのは、収穫と言っていい。

 

「なんだ、まだまだ元気じゃねぇか、村越」

 

「—————っ、—————っ、俺たちには、レギュラーの意地がある。簡単に手放せるわけ、ないだろうが」

 

しかしやはり息が荒い村越。青葉には攻守に完敗していたが、それでもクオリティを見せてくれた。後藤から聞いた、宮水青葉獲得の報せより、ひたすら体を苛め抜いたオフを過ごしたという彼は、まだまだ元気のようだ。

 

 

逆に、右サイドの出来は惨憺たるものだった。石浜の縦への推進力はいいが、引き出しが少ない。赤﨑もゴールを狙いたいのか、ポゼッションの時は中に切り込みたがる癖がある。ようやく、縦突破を見せたかと思えば、今度は杉江に完璧に対応された。

 

CBも、飛鳥以外はレギュラー奪取に関して物足りない出来だった。杉江の好守備、好判断がレギュラー陣を生き返らせたと言ってもいい。逆に飛鳥は好守備は見せていたが、杉江のような攻守の存在感は出せていなかった。

 

 

左サイドは宮野が効果的な距離を保ち、カットインと縦を仕掛けていた。青葉の間合いを研究しているのか、仕掛けが早くなったとコーチ陣は口をそろえて言う。ただ、後半は清川のカバーリングに走り回り、中々つらい時間帯が続いた。

 

 

世良に関しては、堺とともにベンチ入りは確定だ。一番の収穫は、得点源になり得るFWと攻撃パターンが構築されたことだ。堺も飛鳥の手を焼いたステップはいい。

 

堀田に関してもベンチ入りできれば、チームを落ち着かせることが出来る。

 

 

 

世良と宮野のゴールは嬉しい誤算だ。そして、堺はこの試合で2得点。丹波も赤崎と石浜の出来が悪すぎるにせよ、好判断で攻撃を牽引していた。

 

 

アシストとゴールはなかったものの、逢沢駆は攻守で存在感を示し、攻撃のリズムを整える心臓の役割を担っていた。コーチ陣の間では、守備をするジーノとさえ言われ始めていた。が、パスセンスはジーノの方が上だと主張する声も。

 

 

試合そのものは接戦となり、ベテランも意地を見せた形となった。達海としては理想的な展開だった。

 

「————————守備陣としては課題と収穫もあった。前に出ることでボールを奪いやすくなったし、ショートカウンターで若手の勢いがあれば、速攻のパターンも増えるだろうな」

 

「—————————ッ」

 

この試合の反省点を述べていく杉江と、無言で怒りをため込んでいる黒田。レギュラーのプライドを考えていない指導方針に納得できていないようだった。

 

しかし、若手の中にも使える選手がいるなと思っているのは黒田も思うところだった。清川の空いた穴をカバーする宮野もそうだが、中盤の駆、青葉は守備もよくしてくれる。恐らくサイドなのだろうが、いい選手だと感じていた。

 

—————口だけの若手じゃねぇってことだな。ガッツあるじゃねぇか、今年のルーキーは。

 

 

「うんうん、お前らが負けず嫌いだってことはよくわかった。けど、これだけ動けたんだ。俺としては、そっちの方が収穫だな」

 

達海は不敵な笑みを浮かべ、オプションが増えた喜びを選手たちに伝え、颯爽とこの場を去っていくのだった。

 

 

若手選手たちは痛感した。達海は言葉通りに若手の台頭を狙っていたわけではない。若手から光る選手がいればいい。しかし、アピールできない選手はレギュラーが遠のくということだ。

 

そして、世代交代はレギュラー陣に実力で勝ってから、達海の求めるレベルの中で、どれだけいいプレーが出来るかにかかっていることを理解した。

 

 

ゆえに、ベテラン、中堅、若手の間でモチベーションはかなり上がっていた。達海は年齢による線引きをあまりしないと。

 

 

求めているのはプロフェッショナルなプレー。達海がそんな難しい言葉を使う男ではないのだが、おそらくそれに近い意図が選手たちに伝わっていた。

 

 

 

 

 

 

新体制となったETUで、初めて行われた紅白戦。椿はボランチでフォローをされ続けていたと自覚していた。

 

中盤のゲームメイクなどはほとんどが駆と青葉が行い、自分は受け手に回っており、ボールを持っていないときはやみくもに走っていただけ。

 

どちらが年下なのか分からないようなプレーだった。いいプレーは出来たと感じていたが、決めるべきところで決められない勝負弱さが目立った。

 

 

—————こんなんじゃだめだ。俺じゃなくても、今日の試合は回っていたんだ

 

別に椿のポジションで活躍できる選手は他にいる。この状態でいいプレーを記録しても、意味がないのだ。

 

 

 

だから、練習するしかないのだ。

 

 

神奈川に戻った二人組は、いつもの公園で自主練習をするらしい。それだけを言い残し、クラブハウスを後にする。椿は一人、先ほど紅白戦が行われていた場所でボールタッチの感覚を養うイメージトレーニングと自主練習を行う。

 

下手糞は、練習するしかないのだ。

 

 

「—————あ~あ、もう終わってるじゃん。今日の相手が無駄に倒れたからだよ~!」

 

その時、ネット越しに声が聞こえた。若い女性の声。今の時期にそんなファンがやってくるとは思えない。椿は空耳だったのではと思った。

 

「でも誰かいるよ? 奈々ちゃんは神奈川に先に帰っちゃったし、青葉たちと合流しそうね」

 

もう一人の方は美しい黒髪を束ねた少女。美少女然とした彼女と、快活そうな雰囲気の金髪の少女が見学に来ているのだろうか。

 

「————あの~。もう練習って終わっています? アー君と駆っちは神奈川に帰ったのは聞いているんですけど」

 

「え、えっと!? は、はい! 二人とも明日は学校だと聞いているし」

二人が言っていた通りのことを口にする椿。

 

「ふーん。まあいいわ。貴方、ETUの選手よね? 名前はなんていうの?」

金髪の少女から名前を聞かれる椿。知名度的には無名に等しいので仕方ないとはいえ、少し悔しいと心中で思う彼は、ドギマギしながら答える。

 

「椿、大介です。一応、7番をつけさせてもらってます」

 

 

「新監督の昔の番号と同じじゃん! へぇ、すっごいね、椿選手! アー君差し置いて、その番号は凄いと思う。応援してます!」

 

何も成し遂げていない自分に対する言葉は、中々心に来るものがあった。

 

————違う、俺はそんな期待されるような選手じゃない。

 

「—————1人で自主練習しているの?」

 

その時だった。黒髪の少女が尋ねてきたのだ。毎日残って練習しているのかと。まるで自分の葛藤を見透かしているかのような瞳。

 

笠野スカウトや、栗澤コーチのような自分ですら気づけない才能に期待するような接し方ではなく、自分という選手を見極めようとする接し方。

 

それが、なんだか初めて認めてもらったような、今の自分を見てくれているような気がした。

 

「えっと。もうみんなリカバリーに入っているし。でも俺は下手糞だから、練習するしかないんだ」

だからこそ、自分でも驚くぐらいに詰まらず喋ることが出来た。異性相手にこんなに長く話したことがないはずなのに。なぜだか安心できた。

 

 

「—————でもプロでしょ? そうは見えないけれど————」

 

 

「————椿君? こんな時間に特訓と逢引きとは感心するなぁ、はっはっはっ!」

 

そこへ、栗澤スカウト兼、コーチがやってくる。明日は大学サッカーで出来た伝手を利用し、リストアップされた選手の試合を見に行くのだ。その準備も終わったのだろう。時間が出来ていたのか、練習場に姿を現したのだ。

 

 

いつも残って練習する彼がいるだろうことを見越して。

 

「栗澤さん!! そ、そういうのではないんですって!」

 

 

「とはいえ、なでしこの逸材二人がやってくるのはおじさんも想定外だよ」

 

「えぇぇぇぇ!?」

なでしこ黄金時代。それはニュースで聞いたことがある。そんな黄金期を支える選手のメンバーなのかと、驚く椿。

 

「—————これでも青葉や駆とはマッチアップしたりしているの。男と戦っても十分やれると思うのだけれど。私も気になるなぁ」

 

 

「—————舞衣も強引ね。でも、私も気になるわ。とりあえずフットボーラーなら、ボールで語り合いましょ? もしあなたが良ければ、だけど」

 

颯としても、青葉から7番が相当の脚力と爆発力を見せていたことを教えられていた。

 

 

————日本人離れしたバネを持つ選手が、同じチームにいたよ

 

 

加速力なら自分が勝っている。しかし、最初の初速においては青葉に対して全く引けを取らない。

 

 

—————この速さを持っている選手は、なかなかいない

 

 

フットボーラーの中でも稀有な存在。20mの中での加速力は、世界にすら通じる神速の領域。

 

ドリブルで乗っているときは、まともに止めることが出来なかったベテラン陣を見て、青葉は7番に対し、かなり注目していた。そしてそれは、逢沢駆も同意見だった。

 

 

 

「え、その————えっと」

 

 

「ふむ、まあいいだろう————ちょっと気分転換にやってみればいいと思うぞ、椿。会長もそこまでとやかく言わんだろうし」

 

この時期だし、誰もギャラリーはいないだろうし、と栗澤は二人が椿の特訓に参加することを許したのだ。

 

「ま、勝負じゃないし、なでしこのエースたちだ。胸を借りるつもりで頑張ってこい」

 

とんでもなくうまいぞ、あの二人は、と栗澤が脅す。

 

 

事実、椿は多彩なフェイントと、緩急を操る二人に苦戦した。が、何とか足を出してボールを外に弾くシーンも見受けられた。

 

「凄いね、ここまで反応がいい人、アー君以来かも!」

 

アー君なる人物は、やはり宮水青葉の事だろう。顔なじみなのだろうと推測する椿。

 

「さぁ、来なさい! ここで五分に戻したいし」

 

仕掛ける黒髪少女。このサッカー少女はとにかく足が速い。そして、クライフターンが得意な印象が強い。

 

 

—————ここだっ!

 

切り返しからのフェイクの動作を読み切った椿。だが、

 

「あっ」

 

「うわっ!」

 

ここで黒髪少女がトラップミス。そしてバランスを崩してしまう。前にいた椿は何とか彼女を怪我させないよう支えようとするが、

 

「!?」

 

下敷きになっている椿に抱き着くような形で倒れこむ少女と、そんな状況になっていることに混乱してしまう椿。

 

「あ、あわわわわあわあわわ!!!!」

 

言葉になっていない椿。さらに間が悪いことに、右手に何か柔らかい感覚が——————

 

「~~~!!!!」

 

顔を真っ赤にさせて、すぐに飛びのく少女。しばらく椿を直視できないのか、明後日の方向を向いたままだ。

 

「ご、ごごごごめんなさい!!! その、わ、わわわざとではなくて!!!」

 

語尾が震えまくっている椿。これでセクハラなんて訴えられたらプロどころではなくなる。

 

「♪~~!」

尚も顔を赤くする黒髪少女に代わり、金髪少女が椿に近づき、耳元で、

 

 

 

 

————ねぇ、どうだった?

 

甘い声で、囁くように、楽しそうに尋ねてくるのだ。金髪少女としては、こんな場面はめったにないという。黒髪少女のガードは鉄壁で、冷静な彼女らしくないのだ。

 

 

だからそれが楽しくて仕方ないという。

 

 

「その—————ごめんなさいね」

 

黒髪少女はようやく冷静になったのか、こちらに向いてきた。まだ顔は赤くなっているが、大分冷静さを取り戻してきたらしい。

 

「サッカーには接触プレーもつきものなの。だから、貴方が変に意識する必要はないのよ」

 

 

————その、すいませんでした

 

心中で謝り続ける椿。その後もマッチアップするのだがお互いに集中力を欠いたプレーが時々見受けられ、金髪少女はにっこりした笑みをさせながら、椿の横を抜き去った直後、

 

 

————ふふふ、可愛いなぁ、バッキーは

 

 

と、またしても甘い声で囁いてくるので椿はまたしても錯乱しそうになる。そして非常に複雑な心境だが、この二人はとにかくうまいのだ。

 

ドリブルテクニックは自分よりもあると、はっきりわかるほどに。特にトラップに関しては、ルイジ吉田、通称王子を彷彿とさせるものだ。それがどちらも両足を使えるのだから厄介以外の何者でもない。

 

 

その後、集中が続かないということで、特訓を切り上げる3人。栗澤コーチは、

 

「いいものを見せてもらったが————女子サッカーも進化しているな。黒髪の子は、なかなかいい脚を持っているな」

 

「セクハラですよ、おじさん。颯の足が綺麗なのは同意見ですけど、もしかして脚フェチ?」

金髪少女は尚も勢い止まらない。栗澤コーチも苦笑いで「こりゃあ敵わない」とホールドアップする始末。

 

「—————話をややこしくしないで、舞衣。ちょっと恥ずかしいから」

顔を赤く染める黒髪の少女。後、椿も釣られて足を見てしまったので、舞衣の後ろに隠れてしまった。

 

—————そ、そんなつもりじゃないのに………

 

落ち込む椿。そんな意気消沈する椿の下へ金髪少女が寄ってくる。

 

 

「—————とにかくバッキーは速いけど、もう少し楽しんでプレーしたらいい感じになると思うよ」

 

「え? バッキー?」

 

「序盤に見せたあのドリブルの時なんか、凄いいい笑顔だったもん。楽しそうにしていると、なんだか乗ってくるタイプっぽいし。あと、椿だからバッキー。いいニックネームだと私は自画自賛しているんだけどなぁ」

 

そんな風に見えていたのだろうか、と椿は思う。良く栗澤コーチには「お前は楽しんだほうがいいプレーをする」といわれていた。事実、サテライトからトップチームに昇格したのは、栗澤さんのアドバイスの後だ。

 

「ええ。でもその思い切りの良さは、武器でもあるわ」

 

頬がまだ薄く染まっている黒髪少女は彼の長所に注目していた。とにかく彼は獣の如き反射神経で、崩されても追い縋る力がある。

 

そしてそれは攻撃時にも見せていた。

 

「あの、名前は————」

 

「ん? 私もまだ全国区ではないのかぁ。うん、私は群咲舞衣! 高校2年生で、将来のなでしこのエースになる女の名前よ!」

 

自信家な一面を見せる舞衣は、そう自分のことを紹介してくれた。

 

「同じく高校2年生の小野寺颯よ。今年から、ETUのことを応援しようと思うの。頑張ってね。ここで会えた縁も含めて、椿選手にも」

 

薄く笑みを浮かべる颯の笑顔は、弾けるような舞衣の笑顔とは違うが、椿はそれを見て固まってしまった。

 

「—————練習する前、貴方は自分を下手糞なんて言っていたけど、下手糞なら私を置き去りにするような切り返しと抜け出しは出来ないわ」

 

ま、女の私が行っても説得力は薄いかもしれないけど、と苦笑いするが、彼女は本気で椿のことをそうではないと言っていた。

 

「大丈夫。貴方は誰かを惹きつけるものを持っているわ。失敗しない人なんていないし、青葉だって、最初は初心者だったのよ?」

 

「それは—————」

 

誰にだって初心者の時期はある。しかし天才はすぐに上手くなる。宮水青葉はそういう類だと思っていた。

 

「まあ、身体能力は飛びぬけていたわね。でもトラップは天才って聞かれると、そこまででもなかったわ」

 

あの怪物を幼少のころから見続けたなでしこの新鋭が続ける。曰く、当時から脚力に関しては誰も追いつけないほどの速度を持っていた。

 

一度加速すれば止められない。止めるにはボールを持った瞬間のプレスのみという状況。しかし、そんな彼も最初から確定的な強さを持っていたわけではない。

 

「彼だってドリブルで突っ込んで、逆起点になって失点を許した試合を経験したわ。ボールを持っていないときの動きが壊滅的で、対策されてしばらくポンコツだった時もあったわ」

 

ずっと彼を見てきたのだろう。ずっと彼とともにサッカーをしてきたのだろう。目の前の眩しい人と、幼少のころから。

 

 

「でも、それでもあきらめずに前を向いて、変わろうともがいていたわ。がむしゃらにね」

 

変わろうとしていた。あの人にも、あの青年にもそんな時期があったのだ。

 

「貴方はどうなの? 下位に沈んだチームの控えとして、新監督、新加入の選手がいる中、貴方はどうなりたいの?」

 

自分がどうなりたいのか。将来自分はどんな選手になりたかったのか。奇しくもそれは、新監督の言葉を聞いた時にも思ったことだった。

 

 

ジャイアントキリング。その言葉を聞いて胸が熱くなった。まるで世界が変わったかのような感覚だった。自分はその世界に、その未来に行きたいと。

 

だから。鼓動が早くなった。あの人に認められて、変わりたいと思うようになった。

 

「変わり、たいです—————」

 

年下の女の子に情けないところを見せてしまった。少しだけ目が掠れるが、それが彼の本音だった。しかし、人前で、女の子二人の前で涙を流すのはさすがに格好悪い。

 

 

「大丈夫。そういう気持ちがあるなら、貴方はきっと変われる。私がまずは信じるから。安心して突っ走りなさい。きっと誰も追いつけないぐらい、貴方は突っ走るのだろうけれどね」

 

その言葉がどれだけ彼の肩を軽くしたのか、おそらく颯はわかっていない。

 

「おいおい嬢ちゃん。俺は二番目に椿のことを信じたんだがなぁ。カウントを間違えているぜ」

 

栗澤コーチがここぞとばかりにアピールする。自分が二番目に彼を信じ始めたのだと。ETUに入ってからの彼に期待をしているのは、というおまけつきだが。

 

「二番目、ね。なら私が3番目よ。こういう頑張りたい、変わりたい気持ちを強く持つ人、私たちは笑わないわよ。ね、舞衣?」

意味深な言葉の栗澤を前に微笑んだ颯は、もう一度椿に向き直り、横にいる舞衣に笑みを向けた。

 

「うん。それだけ入れ込んでいるものだもん。私だって、バッキーに負けないぐらいサッカーが好きだし」

 

笑顔ではあるが、決して椿を馬鹿にしたり、格好が悪いという感情は一切ない。あるのは、純粋な背中を押してくれるような温かい空気。

 

「私も、背中を押されて頑張れているから。いつか世界最高の称号、バロンドールだって取るつもりなんだからね!」

 

舞衣は自信満々に語る。その壮大な夢、アジアでは夢のまた夢とさえ言われるサッカー選手最高の称号。それを目指すと高らかに宣言する舞衣。

 

夢に向かって頑張る姿がまぶしくて、自分もああなれたらいいな、と思う椿。そんな気持ちが強くなる。

 

だが、颯を見て今まで感じたことのない感情が強くなるのを認識してしまう。はじけるような笑みではないのに、なぜか直視すると落ち着かない。

 

 

「今シーズンを笑顔で終われるよう、椿さんも頑張って。勿論、チームが笑顔で終われる一年であってほしいけどね」

 

 

それだけ言うと、二人は後片付けをした後にクラブハウスを後にするのだった。

 

 

その場に残っていた椿と栗澤は、

 

 

「いい娘たちだったな、椿—————椿?」

 

 

「—————————————————」

 

呆けているようにその場に立っている椿。その心中では—————

 

 

————小野寺、颯さんか—————

 

 

キャンプを迎える直前、7番に心境の変化が起き始めていた。

 

 

 




さて、紅白戦で活躍したレギュラー陣

村越・青葉に完敗も、中盤で反撃のリズムを生み出す。
杉江・守備陣をまとめ、若手チームの弱点を突くビルドアップを披露。
黒田・迂闊な場面もあったが、体を張った守備
丹波・若手チームの急所である右サイドを狙い撃ち、攻撃のリズムを作り出す。
鈴木・PKを誘発する動き出しを見せる。
緑川・序盤のピンチでファインセーブ連発。ロングシュートはノーチャンス
堺 ・意地の2ゴール。ベンチ入り確定か。


原作若手陣

宮野・スピードを生かした仕掛けが序盤のリズム生み出した。後半は失速。
世良・先制ゴールを決める動き出し、運動量豊富でパスの受け手となった。
椿 ・受け手となり、序盤から中盤は真ん中で圧倒。後半は孤立してしまった 

ルーキー組

上田・出場機会無し
飛鳥・守備で牽引するも、攻撃のリズムを中々生み出せなかった。
逢沢・中盤で出し手を引き受けるが、目に見える結果が欲しかった。不可欠の存在に。
青葉・先制アシスト、3点目のロングシュート等、効果的なプレーを披露。


青葉が不出場だった場合、負けまで有り得た展開でした。というか、普通に負けてました。


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第五十話 東京ダービー

何とか一週間おきの投稿ですね。


衝撃の紅白戦が終わり、ちらほらと報道陣のカメラが増していく。

 

近年のETUは、そこまで注目される存在ではなかったが、今年は例外だった。

 

 

「逢沢選手出るかなぁ」

 

「青葉選手って、サイドのすごい人なんだよね? ボランチのイメージが強いけど」

 

「真ん中から凄く速かった!!」

 

「何言ってんだ。宮水は生粋のサイドアタッカーだぞ!!」

 

観客席には、例年以上にギャラリーの眼が集っていたのだ。東京という地の利もあってか、高校のスター選手、宮水青葉と逢沢駆を一目見たいという新規ファンが押しかけているのだ。

 

 

「うわぁぁぁ。俺、キャンプでこんなに人が集まっているの、初めてっすよ」

 

「ああ。これは予想外だ。これもゴールデンルーキー効果ってやつか」

 

世良と丹波がもうすぐ席が埋まりそうな彼らの勢いに圧倒されていた。

 

 

中にはコアなファンは、

 

「飛鳥選手がレギュラー獲れるのか。今までのディフェンス陣では何かと頼りねぇからな」

 

「堅守って言っても、引き籠っているばかりだしなぁ」

 

「高卒ルーキーの上田とかも、注目だぞ」

 

 

と、他の新加入選手にも注目しているファンの姿も。様々な要素が絡み合い、化学反応が期待できるチームという印象が強い。

 

 

「さっぶ……なんでこんな寒い場所でキャンプやんの?」

 

達海は震えながら、フィールドに足を踏み入れた。彼の頭ではもっとこう、南国の暖かい場所でキャンプをするとばかり考えていた。

 

「仕方ないですよ。結果が出ていないんですから。フロントの後藤GMもそこは妥協しませんし—————」

 

松原もつらそうに切実な現実を漏らす。昔の、それもほんの一時期の、達海や栗澤らが日本代表で頑張っていた頃の時代を知るものとして、現状の凋落ぶりは悲しいものなのだ。

 

「はん、選手時代から楽しくやってた輩は、気楽なことばかり言いやがる。下々の事なんて、なんも考えずにな」

 

吐き捨てるように捨て台詞を吐くのは、このチームのセンターバックの黒田。ミスターETU村越を軽視するような指導方針が、余程据えかねているのか、新監督に対してあまりいいイメージを持っていないようだ。

 

「おい、黒田!! あっ、もう行ってしまった—————すいません監督。黒田と杉江は特に、村越に何が何でもついていくという輩でして————」

 

 

そして一方、椿は積極的に青葉と駆、世良、宮野といったメンバーにコミュニケーションをとることになった。

 

「俺、とにかくスペースが空いたら走りこむんで、ボールをください!」

 

「ん? ああ。まあ、お前の足は紅白戦でも凄かったからな。速攻の場面とか、縦パスをうまく受けれたら、一気にチャンスになるし」

 

「でも、クロスの時も、速いボールを入れやすくなりそう。だよね、ミヤちゃん!」

 

オドオドしていた印象がぬぐえない椿ではあったが、このキャンプから何か積極性を自発的に出すようになっていた。駆にしても、クロスボールの速度を上げることが出来れば、相手に触られるリスクも減る。限界ギリギリ一歩手前ぐらいなら、追いついてしまうかもしれないと。

 

青葉は、前への推進力が足りないと感じていたチームに、いい選手が成長し始めていると考えていた。一部後藤さんに過去の試合を見せてもらったが、やはりビルドアップに大きな問題を抱えている。

 

ある男の存在を除けば、織田レベルのフィードの名手が存在しないのは痛すぎる。

 

「ああ。俺もクロスとか、カットインとか、色々練習しないとな。シュートもそうだけど」

 

宮野も、このキャンプで自分のスピードを生かした武器をもっと制度を上げたいと考えている。新チームの中で自分がどう戦力になるのかを試行錯誤しながら。

 

 

そして、ディフェンスの方では

 

「もっとラインコントロールを意識する必要がありますね。しっかり声を出し合いながら、距離感を大事にしていきましょう。後ろが揺らげば、攻撃も守備も綻びますし」

 

「そうだな。だが、うちが一番やられているのは裏抜け一本と、セットプレーによる失点が目立つ。マークの受け渡しとか、セットプレーの約束事など、決めておいた方がいいな」

 

建設的な意見を出すのは飛鳥と杉江。ともにサッカーIQが高い選手同士、通じ合うところがあるのだろう。

 

「おうおう! その通りだ、新入り!! ディフェンスからサッカーは始まるんだよ。攻めるのもいいが、何より点を許さないことも重要だ!」

 

「お、俺は—————(い、言えない。俺も点が欲しいとか言えない)」

点を取りたいと実は考えているセンターバックの亀井は、黒田の物言いに物怖じしてしまう。

 

「けど、サイドバックの攻撃参加が当たり前な現代サッカー。攻撃時のラインコントロールとか難しそうっすね。やっぱタイミングとか、重要じゃないっすか?」

 

 

「だったら、やっぱりサイドのアタッカー陣とは、コミュニケーションをとらないといけないだろう。赤﨑たちはどこだろ?」

 

飛鳥が良い橋渡し役となっており、上手く言語化を進めている。サイドバックの清川と石浜が意見を自然と出していく。

 

「ああ。けど、攻撃に何度もオーバーラップするとこちらの体力も持たない。それに、リスク管理はディフェンスだけではどうにもならない。もっと話し合うべきじゃないか」

 

 

ルーキー達が攻撃陣、守備陣のグループに分かれてはいるが、ちゃんと意思疎通を作る環境と状況が生まれている。達海はそれを見て、今回は荒療治をする必要はないと決断していた。

 

————まあ、こんだけギャラリー多いと、後で後藤にどやされそうだし

 

する必要のない破天荒な行動というのも無駄なのだから。達海は基礎練習、ボール回しなどを、5分間でメンバーを代えながら行わせる。コーチ陣にはしっかりストップウォッチを持たせ、選手が多くのチームメイトと接する時間を設けたのだ。

 

その最中、攻撃陣のベテラン堺は、飛鳥のボールタッチを見て舌を巻く。

 

—————こいつ、攻撃センスも結構あるのは知っていたが、なんてボールコントロールだ。

 

 

そして、青葉というと

 

————スギさんはやはりキーマンだな。黒田さんも対人能力は高いが、如何せん高さが不安だ。となると、亀井と小林、飛鳥さんがこの1枠を争う形か

 

もしくはベンチ入りの二人に入るかどうか。杉江は青葉の眼から見てもレギュラー当確な実力者であることがうかがい知れる。

 

————やはりプロ。高校のレベルではないな。江ノ島も結構うまい部類だと思ったが

 

ETUの選手の技術レベルは、実はそんなに低くない。個人での突破や一対一になった時、一部の選手が勝利する局面もあった。塩試合での勝負強さは意外とあったのだ。

 

そしてこのキャンプ。江ノ島の平均的なレギュラー以上、そして織田未満といったコントロールを最低備えていることが分かる。

 

 

そして実戦練習では、それまでのチキンぶりが嘘のような、豪快なプレーが見られる椿。

 

「うおっ!? 早い!!」

松原が声をあげる。今までの消極的なプレーはどこに行ったのか。

 

ダイナミックなストライドとドリブル。そしてシュートを振り抜く躍動感。直前の動作が小ぶりで、速いモーションから撃ってくるシュートは、キーパー陣は勿論、守備側の人間から見ても脅威だった。

 

————切り返しが半端ねぇ!? こんな選手だったか、こいつ!!

 

亀井は、その躍動する椿を抑え込むことが出来ない。それは小林と黒田も同じだった。

 

杉江や飛鳥といった選手にはまだ分が悪いが、何かぶつぶつと独り言をつぶやき、次の番では修正する傾向もあり、かなりこのキャンプに意気込んでいるのが分かる。

 

いい感じに、ベテラン、中堅、若手がキャンプをこなす中、ついに遅れてきた10番がその姿を現す。

 

「あっれぇ? キャンプって、南国のリゾート地でやるモノじゃなかったのかい?」

 

吉田ルイジ。このチームの10番であり、プレースキッカーとしても優秀な選手。昨シーズンの攻撃の組み立ては、すべて彼から始まっていた。

 

簡単に挨拶を済ませた彼は、今日はゆっくり休むと言い、ホテルへと戻っていく。あまりの自由奔放さにさすがの達海も少し驚く。

 

———まあ、ああいう輩はその理由まであるんだろうけどさ

 

色々考えられる。単に回復が遅いのか、コンディションが整っていないのか。原因は疲労が抜けにくい体質なのか。

 

さらに言えば—————

 

————やめだ。さすがにうちのメディックもそこを見抜けないバカではあるまいし

 

 

その後も、村越に指図する権利を与えないなど、一部波乱が起きそうな場面もあったが、初日にしてはいい纏まりが出来つつあると感じる達海だった。

 

キャンプ初日から数日後、新監督になって初めての記者会見が行われる。例年に比べ、見どころの多いETUの今シーズン。押し寄せてくる記者の数は昨シーズンの4倍だった。

 

「で、では質問のある方。お一人ずつお願いします!」

永田有理が記者陣に質問を促す。ここまで大勢の記者に囲まれた経験のない彼女は緊張していた。すると、鋭く手が上がった男が約一名、その後決壊したかのように大挙して手が上がっていくが、最初の肩に質問を依頼する。

 

「ええ、トッカンスポーツの山井です。背番号17の宮水選手、背番号19の逢沢選手がレギュラー組ということで、開幕ルーキーコンビ実現の可能性も帯びてきたということでいいのでしょうか?」

 

 

「——————わかんないです」

多くを語らない達海。あまりにも簡素で、塩対応な発言。有里は頭が痛くなった。

 

 

「先日の紅白戦では、ミスターETUの村越がビブス組でした。新体制、新チームつくりの中で、彼もレギュラー外ということなのでしょうか?」

 

「——————どうなるかわかりませぇん」

 

 

—————ああ、もう!!! せっかくの全国区なのよ!! それなのに、これでは酷過ぎるわよ!!

 

永田は泣きそうになった。これでは罰ゲームだ。こんな役目は後藤に任せるべきだったと後悔し始めていた。

 

「ただ、昨シーズンと同じはないよ。それだと残留も出来ないだろうし。まだ先発メンバーも、ベンチ入りメンバーも固定していないし」

 

初めてまともな発言をする達海。続けて彼は言葉を重ねていく。

 

「シーズンもベンチ入りメンバーは選手の調子に合わせて変えていく。とりあえず、みんなにチャンスはあると思うよ、最初はね。ま、色々アクシデントもないとは言い切れないし」

 

 

「フリーの城之内です。キャンプ初日から数日が経ちましたが、達海監督は走る攻撃的なサッカーを志向しているように見受けられます。昨シーズンよりボール支配率で常に負けていた展開を意識しての事でしょうか?」

 

フリーの城之内。彼も達海と同じく昨シーズンのこのチームの惨状に気づいているのだろう。かなりのサッカー通であることが分かる。

 

「そうだね。昨シーズンは堅守だとか言われていたみたいだけど、得点力も個人頼みで単発。不用意に前に出る必要はないけど、あまりにも主導権を握られ過ぎてたね。ただ、走れないとか、奪う力がないとかっていう問題でもないみたいだよ」

 

「なるほど。ありがとうございます」

城之内もその後に補足で質問をすることはしなかった。これ以上は戦術の根幹にかかわるのだ。既存メンバーに大した補強もなく、ゴールデンコンビの加入ぐらい。誰がキーマンになるのかを晒すのは序盤では避けたい。

 

そんな達海監督の想いをくみ取っていたのだ、彼は。

 

「新加入の飛鳥選手は、練習でもアピールを続けていました。達海監督の中で、彼は開幕ベンチ入りメンバーに入っているのでしょうか?」

 

「—————ん? まあ、そこそこやるんじゃない?」

 

軽い言葉である。しかし、そこそこということは達海の眼から見ても彼は十分な実力を備えつつあるということか。

 

その後も、時々昨シーズンのETUと照らし合わせ、理路整然とした質問に対してのみ、ぼかすような内容ではあるが、質問に答えていく達海。

 

報道陣の中でも、サッカーに詳しくないと質問には答えないよという考えが広まる。

 

————まったく質問できなかった。躱され過ぎたか

 

————核心を突き過ぎてもだめ。かといってぼかし過ぎると質問がぼやける。

 

————かなり頭のキレる監督だなぁ、新監督さんは

 

————切れ者のブレインに、開幕スタメンが確定的な新人コンビ。今年の開幕戦の相手はどこだ?

 

————確かジャベリン磐田だ。昨シーズンも上位のチーム。新体制初戦はかなりきつい相手だろう。

 

————その前のプレシーズンマッチも、初戦が東京ヴィクトリー、二戦目はFC札幌。初戦は厳しいが、二戦目で結果出さないと、まずいだろうな

 

 

マイペースなように見えて、隙を見せない達海監督。今年のETUは何かが違うと、漠然とした予感が漂い始めていた。

 

 

 

一方、二人の逸材を取り逃がしたことになった東京ヴィクトリーは、来たるプレシーズンマッチに備え、ETUの記事について話をしていた。

 

「新戦力、旧戦力の融合進む、か。やはりあの二人の加入と、飛鳥亨の台頭は無視できないな」

 

世代別で高い評価を受けていた守備の要の加入は、ETUに大きな変化を与えるだろう。彼はビルドアップと対人能力に秀でており、あの宮水青葉と逢沢駆とマッチアップした経験もある。

 

「しかし、戦力差は歴然。如何に期待の新人とはいえ、我々の相手が務まるのでしょうか? アマチュアとプロの壁というものを教えてやらねばいけませんね、平泉監督」

 

スタッフも、ETUとのプレシーズンマッチを若干楽観視している節があった。逢沢駆は世界の舞台で躍動したものの、相手は同じ世代の選手たち。宮水青葉に至っては、アンダー15から代表経験がない。

 

世間の過大評価ぶりは、時に才能ある若手を潰してしまう。だが、ここで潰れるような選手なら、日本の未来を背負う資格もない。

 

「相手がだれであれ、全力で叩き潰すのが我々東京ヴィクトリーだ。そして、我々のオファーを蹴ったのがあの二人だった」

 

「断りの連絡を丁寧に行ったのは高評価ですが、無鉄砲が過ぎる傾向はありますね。ここらでプロの威厳とやらを見せつけておかなければ。秋森らは闘志を燃やしていますよ」

 

名門クラブのオファーを蹴って、中堅に劣る降格争いのチームに入団。強豪クラブのポジション争いから逃げたともいえる。

 

スタッフの間では、彼ら二人は試合に出られるチームを選んだとさえ言われている。

 

「だが、相手は達海猛。油断すればたちまち喉元まで食らいついてくるだろう。我々は我々のサッカーをするだけだ」

 

 

 

運命のプレシーズンマッチまでにいろいろな報道が駆け巡る。神奈川のなでしこリーグの若手期待の星、小野寺颯が開幕戦でハットトリックを決め、昨シーズンからの好調を維持したまま、スタートダッシュに成功する。

 

さらに、今シーズンから舞衣のいるビルマーレに新規加入の美島奈々は、黄金コンビを彷彿とさせるポリバレントなプレーでチームを牽引。クリーンシートと攻撃の起点となった。勿論、舞衣は2得点を挙げる活躍でMOMに選出される。

 

 

—————先発濃厚な未来のエース候補、逢沢駆。開幕ゴールの快挙と気になるバディ?

 

今シーズンからプロの舞台で戦うことになる、世代別代表のエース、逢沢駆。そんな彼が早くも五輪代表監督の目に止まる可能性があるかもしれない。

 アジアの舞台で屈辱の決勝戦を戦い抜いたETUの背番号19は、その試合で一人輝きを見せた。一時は同点となる得点を含めた2ゴール。まさに彼が日本代表を牽引していたといっても過言ではない。

 しかし彼は勝つことが出来なかった。世界の舞台では、超一流にのみワンマンチームは約束される。彼はそこまでの選手ではない、現時点では。

 ゆえに必要となるのは、彼のバディ役だ。江ノ島からのプレーで最も彼を輝かせられるのは宮水青葉だ。しかし、アジアの舞台をアンダー15以降経験していない彼では荷が重いともいえる。ハマれば選手権決勝のように、超人的な活躍を見せるだろうが、経験不足が否めない。

 そして、ETUの攻撃を牽引するのはルイジ吉田。背番号10は、パスセンスと攻撃センスの両方に特化しており、流れを生み出すだろう。しかし、運動量の不足は守備の時にリスクを誘発させかねない。彼は典型的な10番タイプであり、もともと運動量もそこまで高くない。結果的に逢沢が前線で孤立する恐れも出てくる。

 開幕メンバーを占うプレシーズンマッチで、彼はベストバディを見つけることが出来るか。

 

 

 

ネットでも、キャンプで好プレーを見せている逢沢駆、そして宮水青葉の話題は尽きない。

 

 

————やっぱり本物だ。キャンプ中もプロの中で全然負けていない。

 

 

————けど、やっぱり逢沢選手が凄いね。出すタイミングも完璧だった。

 

—————所詮、宮水青葉は逢沢駆の添え物だな

 

————足が速いだけの選手とか、俺たちは何人期待して裏切られてきたんだよ

 

—————宮水選手はドリブル上手いぞ

 

—————高校レベルの上手いをプロに持ってきた情弱乙

 

 

—————高校サッカーとかいう狭い世界で粋がる問題児。せめて逢沢駆の邪魔はするな

 

 

————情弱はどっちだ。プレーしている映像すら見ていないくせに

 

—————上手くても、問題児はチームにとって癌だ。日本サッカーには合わない

 

—————自分一人でゴール前にボールはこぶし、連携は苦手そう

 

—————わかってないなぁ。エゴの強い選手が日本には必要なんだよ

 

————汎用性が高い選手を問題児扱いは大草原。

 

————複数のポジションで活躍できる。人格に問題があるようなプレーも見られないが

 

————はいはい。にわかの主観的な発言。とっくの昔に人格に問題ありと出ていただろ?

 

————あれは逢沢選手が腕を掴まれた際に、宮水選手が激怒したって話だぞ。協会も公式声明を出しているし

 

————忖度も分かんねぇの? まあ、あれが代表に入るころは暗黒。まあ、信じろって。俺の言う通りになるから

 

—————史上最強(笑)がドイツで惨敗した理由を継承する伝説の選手だぞ。絶対に何かしてくれる!

 

————お前ら、16歳を貶して楽しいのか?

 

 

報道こそ落ち着いているが、宮水青葉は逢沢駆の添え物。という印象が否めない。ネットでも悪評を信じた者、単純に嫉妬している者、贔屓チームのオファーを蹴ったことが気に食わない者等、大小さまざまな理由があり、彼に対する肯定と否定が入り乱れていた。

 

 

まるで、ヘイトもファンも集める持田の様な風格を既に出し始めている宮水。その苛烈なプレースタイルと攻撃的な傾向は、長年強烈なエース候補を見いだせない日本代表のカンフル剤になるのか。

 

 

そんな渦中のETUは、東京ヴィクトリー戦で驚きの布陣を披露したのだ。

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB  2番 黒田

CB 29番 飛鳥

LSB 4番 熊田

CMF 7番 椿

CMF 6番 村越

RMF17番 宮水

LMF19番 逢沢

OMF10番 ジーノ

CFW20番 世良

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 14番 丹波、3番 杉江

MF 15番 赤﨑 8番 堀田

FW 25番 宮野

 

達海監督の初陣では、若手を積極的に使う采配。ボランチは若手の椿とベテラン村越。そして飛鳥亨はこれが初先発。こちらも大抜擢である。

 そして注目は二列目。本日キャプテンマークを付けるのは、10番のジーノ。その両脇には江ノ島の両翼が居座り、センターフォワードには小柄ながら運動量のある世良。ベンチ入りの宮野もスピードが武器だ。

 

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  12番 鈴木 22番 石浜

26番 小林 27番 亀井、16番 清川 

MF  21番 矢野 24番 住田 28番 広井 13番 向井

FW  18番 上田、  9番 堺

 

残念ながら、紅白戦で果敢なプレーを披露していた上田はベンチ入りならず。ベテラン堺もベンチ外となった。

 

 

その達海政権が初陣を飾る舞台はホーム隅田川スタジアム。ETUにとってはホームグラウンドのような場所であり、悪くない地の利が働くはずだった。

 

————ヴィクトリー!! 東京ヴィクトリー!! ヴィクトリー!!

 

————ヴィクトリー!! ヴィクトリー!!

 

あちこちで聞こえるのは、アウェー東京ヴィクトリーへの声援。すでにアウェー側は満席の如く溢れ続け、このスタジアムの半分を仕切る勢いである。

 

無論、ETUサポーターも存在はするが、今回は第三勢力の目も無視できないものだった。

 

「今日は、やっぱりルーキーコンビ出るな」

 

「世間の目に風穴を開けてやれ、青葉!!」

 

「—————添え物に何期待してるんだよ」

 

「てめぇ!! 言ってはならないことを!!」

 

「悔い改めろ、情弱!!」

 

ざわざわ、ざわざわ

 

ぎゃあぁ、ぎゃあぁ、ぎゃあぁ!!

 

試合開始前から両チームのファンがヒートアップしていたり、していなかったり、第三勢力が勢力内で小競り合いを起こすなど、カオスな現象が起きていた。

 

 

ホームETUのロッカールームでは、

 

 

「—————ボールの展開には、一度ジーノに預ける、ですか」

 

淡々とした声のトーンでつぶやくのは、宮水青葉。感情が籠っていない声ではあるが、彼が必死に不満を出さないよう敢えてこうなっているだけである。

 

「——————(うわぁぁ、凄い不満たらたら)分かりました。とにかく、吉田さんを活かすよう動くわけですね」

何でもないように、ジーノを活かすプレーを心掛けなさいという命令を守る意思を固める逢沢。しかし、どことなく棘のある言い方。

 

「ちょっと待って、君。僕のことをさっきから吉田って言っているけど?」

不満げなジーノの物言い。しかし逢沢は臆さない。ニコニコしたままだ。

 

「なぜって、それ貴方の苗字じゃないですか? 何か不満でも?」

ニコニコしたままの駆。なぜか、キャンプの時からジーノに対して辛辣な駆。数少ないジーノに刃向かう存在は、彼の興味を引き立てるのだが、

 

「僕は王子、もしくはジーノと呼ばれているんだ。そういう愛称なんだ。だから———」

 

「初日に遅刻して、ペースの上がらない司令塔が何ですか? パスが上手くて“走ろうともしない”選手にすべてを任せる作戦。後ろの苦労が目に見えますね」

 

空気が凍る。キャンプの頃からハードワークとは無縁で、守備も放棄する選手。攻守の切り替えと展開の速さ、仕掛ける積極性を信条とする駆にとって、典型的な司令塔はあまり好きではないのだ。

 

さらに言えば、その短所をそのままにする精神性が理解に苦しむ。

 

「まあまあ、そのへんにしとけ、逢沢。意外と動き回るし、去年もボールを奪われるシーンはほとんどなかったんだ」

 

「お前の言い分は十分わかるぞ、新入り!! どういうことだよ、てめぇ。こんなんで東京ヴィクトリーに勝てんのか!?」

 

杉江と黒田が駆を宥めるが、その不満は明らかに達海監督に向いていた。

 

「まあまあ。ここで種明かしするのはいいんだけどさぁ。まずは印象付けって大切だぜ。前半俺が良いというまでジーノを無理やりにでも起点とすること。事実、パスの精度は一番高いし、視野も広い」

 

 

「「!!!」」

その時、駆と青葉の背中に電流走る。印象付け、キャプテン降格の村越と、昇格のジーノ。そして今回のこの作戦。

 

全てが繋がった。が、納得は完全にできたわけではなかった。

 

 

「—————後、村越はリスク管理。椿が上がる際は後衛ラインと連携してカウンターに対して遅滞を行うこと。椿、お前はスペースが空いたらガンガン走りこめ」

 

「了解した」

 

「うっす!」

 

勝つための一手を打つと彼に語った達海と、その言葉を聞いた村越。まだ完全にとはいかないが、彼のことを信じ始めようと思っていた。全てはETUと、応援してくれているファンのために。今の彼の原動力はそれだった。

 

「世良は自分が受けやすい形を作れ。ワンタッチ、いや、最大で2秒粘れ。それまでは死ぬ気でボールをキープしろ、いいな?」

 

「はい!!」

 

前線でボールキープするのは、体格に劣る世良には酷なものだ。だから、出来る範囲で彼には仕事を与える。達海は、色々な場所、自分の受けやすい場所を世良に探すよう指示した。

 

フォワードはラインに圧力をかけるだけが仕事ではない。相手に取って嫌な場所でボールを受け、ポストプレーをするのも仕事の一つだ。

 

だが、接触プレーを推奨しているわけではない。だからこそ、達海は世良に受けやすい場所でボールを受けろと言い放ったのだ。

 

村越は、各選手にマッチアップ選手の情報を伝達させていく達海と同僚たちのやり取りを見て、今回の作戦の本筋に気づきつつあった。

 

————相手の弱点を炙り出す。もうすでに、監督はヴィクトリーの弱点の一つを見出したのか

 

そして、ETUは選手の起用の変化によって、攻撃の戦術が変わる。今回は世良をトップに置いたゼロトップ。

 

ボールを受ける形が多く、組み立てを義務付けられる王子は必然的に下がってプレーすることになる。つまり、村越、椿、ジーノの変則スリーボランチ。恐らく、椿の突破がカギになっていく。

 

こうなってくると、4-3-3に近い陣容だ。アンカーの村越と、ダブルインサイドハーフの椿とジーノ。SBは攻撃参加が求められる回数も多くなるだろう。

 

 

 

となると鍵はサイドの攻防。真ん中でのプレーが活きるためにも、椿のセンターアタックを活かすためにも、サイドでの優位性、ピッチを広く使った攻撃が求められる。

 

 

だからこそ、ジーノのパスの展開力が重要になる。

 

 

「お前らがベターなプレーをすれば、最低でもこの試合引き分けまではいける。その先に辿り着けるかどうかはお前らの頑張り次第だ」

 

 

 

守備時は4-2-3-1だが、攻撃時は4-3-3に近いゼロトップの戦術。各々の特徴を理解し、当てはめる達海の戦術。

 

 

 

試合直前、平泉はルーキー三人を抜擢した陣形に口を出す。

 

「まさか、いきなりあの三人を先発させるとは。それほどの逸材ということですかな?」

 

不敵な笑みを浮かべる平泉。特に、守備の要でもあった杉江ではなく、飛鳥を選択したことに期待の強さがうかがえるのだ。

 

「別になんでもいいじゃん、平泉のおっちゃん。馬鹿正直に俺が答えると思う?」

ニヤニヤしながら、教えてやらないと答える達海

 

「愚問だったな、達海。聞けば、就任以前はイングランドではずいぶんと活躍をされたとか。今日は胸を借りるつもりで当たらせてもらいますよ」

 

そう言い残し、平泉はアウェー側のベンチに戻っていく。その後ろ姿を見ながら達海は

 

「はっはー、別にいいのにね」

 

と、軽口をたたくのだった。

 

————まあ、ダンディー平泉が手を抜くなんてことする訳がねぇけどな

 

 

イングランド帰りの指揮官は、そんな歴戦の名将を相手に一歩も引くことはない。あくまで、選手たちの勝利を信じ、彼らの可能性を信じるのだ。

 

 

帰ってきたETUの星は、この東京ダービーで再び番狂わせを演出することは出来るのか。それは選手たちの頑張り次第なのだ。

 

 

 

 




世間での青葉のイメージはまだ酷いです。

国内の強豪クラブのオファーの悉くを断り、ETU一本ということで、ちょっとアンチが増えている状況です。当然のことながらサポーター、選手たちの耳にも入っています。


後、駆は若干黒くなっています。青葉への中傷もですが、王子の守備意識の低さに怒っています。

ただ、王子はあえて駆を挑発することで、彼の力量、センスを試している状態です。自分が受け手に回れる出し手なのかどうかを見極める為。

なお、青葉本人は「言わせておけばいいや」とマイペース。


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第五十一話 青葉ゾーン

投稿が遅れてすいませんでした。




ETUはジーノを経由して、サイドで優位な状況を作り出していく。何よりも、簡単に一人二人と引きはがしていく両サイドのドリブルが、ヴィクトリーの最終ラインに圧力をかけていく。

 

 

——————キャンプの時は手を抜いていたの、この人

 

 

駆は、一人二人とプレスをかけられてもボールを簡単に捌いて主導権を渡さない真ん中のジーノの技術の高さに感嘆する。

 

 

「ほら走って、駆君!」

 

そしてこのピンポイントクロス。動き始めた駆の動きをどこで察知したのか、簡単にボールを上げてサイド深い場所へとボールを供給してしまう。その上、ボランチが一枚ジーノに張り付き、シャリッチが中途半端なポジショニングをした瞬間、狙いすましたかのように広大なスペースを撃ち抜いたのだ。

 

—————そしてこのパス精度。この人、相当凄い

 

 

「—————っ」

 

 

そして駆は、カットインを警戒させながら、跨ぎフェイントからの、空踏みタッチでサイドに流れながら距離を獲り、相手をつり出すのだ。クロスの精度はそれなりの逢沢相手に、距離を詰めざるを得ない相手選手。

 

 

だからこそ、ずらす技術がここで活かされる。

 

「なっ!?」

 

大きくモーションを獲った駆が縦への突破からのクロスボールの体制を獲った瞬間、ブロックに入る相手選手ではあったが、緩くボールを押し出すだけの駆はまた抜きを成功させたのだ。

 

突破を狙う駆ではあったが、

 

「させるか、ルーキーッ!!」

 

ここで秋森のスライディング。ボールを置き所を狙ったアマチュアでは体感したことのない寄せの速さが駆を襲う。

 

「!?」

 

そしてボールを簡単にはじき出されてしまった駆はそのボールの行方を見て歯噛みしようとした。しかし、そのカウンターへの恐れは瞬時に消えてしまう。

 

 

「危ない、危ない。フォローはちゃんとするよ、駆君」

 

 

予測したかのように、ジーノは零れ球を素早く回収してしまう。そして三雲が張り付くも反応の速さまではカバーしきれず、対応が後手後手になっていた。

 

—————なんでボールの流れる場所が————

 

手で三雲をブロックしながら左で突破が厳しいなら右へと託すジーノ。ジーノを経由して攻撃を組み立てる作戦は、ジーノのトップ下でのプレーのクオリティの高さにより、達海の想定を上回る効果を出し始めていた。

 

 

「いいですねぇ、王子。サイドが動くから、プレーもしやすそうです」

 

「まあ、サイドもジーノがよく動くから、貰いやすいというのもあるだろうな。あと、ジーノの奴は駆を煽ってやがるな」

 

駆の能力の確認が彼の主な目的なのだろう。ジーノは徹底的に駆の資質を試すつもりだ。

 

 

——————だが、ジーノはわかっている。右に行けば勝負がつくことを

 

 

左を選択したパスフェイクを軸足裏でキャンセルしながらのクライフターン。そして相手が距離を詰める前のブロックで簡単に三雲のマークを引きはがしてしまうジーノ。

 

 

—————なっ!? 去年までこの男はこんな接触プレーなんか——————

 

明らかに変化しているジーノのプレースタイル。そして、彼の本命は右でその時を待っている。

 

 

 

「とりあえず、一点取れば文句ないですね、ジーノさん」

 

 

青葉がついに動き出す。ジーノと同様に左の展開を静観していた彼ではあったが、偏重的なりかねない攻撃パターンに変化を加える為、東京ヴィクトリーの左サイドを文字通り崩壊させていく。

 

 

その生贄は、最も彼に近い男から始まる。

 

 

「このっ!?」

 

簡単な切り返しで躱して前へと突進していく青葉。まるで見えない結界の如く距離を測られ、目に見える場所に立っているのにギリギリ届かない。

 

 

一歩その領域に踏み入った瞬間に躱される。そんな予感と現実を与える右の領域。

 

 

—————奴の周りは何かおかしい。空間が捻じれているようだ!?

 

マッチアップするのは左サイドの堀。足が届きそうで届かない場所にボールと体を置き続け、斬られたかのような抜かれ方をしてしまい、完全に制圧されてしまっていた。

 

 

さらに—————

 

「!?」

 

リンクマンとしての役割も持つ、ボランチのシャリッチが反復ステップの前で体勢を崩される。

 

————このステップ、この動き————

 

まるで、欧州の人を化かすようなドリブルが得意な彼に似ている。しかし、目の前にいる日本人はかなり速い。

 

「っ!?」

 

空踏みからの跨ぎフェイント。からの、ダブルルーレットで右に左に振り回され、重心のかかっていた左側へと崩れ落ちる助っ人外国人。

 

この短い時間で16歳は躍動し、東京ヴィクトリーの中盤を切り裂いていく。

 

「はっ! なんだ、あのガキは! とんでもねぇな、あれは」

 

ヴィクトリーの司令塔持田は、次々と味方を切り裂いていく16歳のプレーに笑う。日本人の皮を被った日本人ではありえないスタイル。

 

ボールを持てばまずは前に突進するそのスタイル。潔い、とても、潔いのだ。

 

————ったく、あいつらも情けねぇな。壊すつもりでもっと厳しく当たればいいだろうに

 

何を遠慮しているのか、それとも—————

 

————まあ、奴は間合いを完全に分かってやがる。あれをあの年で会得するってのはクレイジーすぎだろ

 

 

中盤の空いたスペースから椿が勢いよく飛び出してくる。青葉の突破で人数を割くことを強いられたヴィクトリーは、椿を掴み損ねたのだ。

 

————こいつはこのまま打ってくる。こいつのミドルレンジは映像で見たんだ

 

秋森は、動きなおしを生意気にもし続ける世良を注意しつつ、山根と共にシュートに備えるが、

 

—————サイド逢沢がフリー!? まさか、

 

「くっ!」

 

山根は青葉が駆の方向を見た瞬間に前に出る。サイドが完全に抜け出されている状況下、PAで力を発揮する彼を野放しには出来ない。

 

が、

 

「な、ぁぁぁ」

 

ボールを体の中心にロールしながらのツータッチ目。変則ダブルタッチが山根のプレスを引きはがしたのだ。

 

————インサイドで触れるか触れない瞬間にすらす様に足裏でロールし、そこからのダブルタッチの返し。奴はボールの置き場所を分かっていたのか!?

 

 

そして間髪入れずにアウトサイドのシュートモーション。山根を引きはがされた瞬間に遠目からのコースが空いた。

 

「簡単にさせるかぁ!!」

 

しかし、切り返しの速度が足りていなかったのか、山根がすぐに回復。青葉のシュートコースを塞ぎにかかる。

 

 

トンっ、

 

秋森には、山根がブラインドになってボールが見えない。その時間がヴィクトリーの致命打となった。

 

 

 

山根との競り合いが終わった青葉の足元にはボールがなかったのだ。

 

「「!?」」

 

シャリッチ、山根、秋森が驚愕する中、そのボールを受け取ったのは中盤から駆け上がった椿大介。

 

 

新たな時代を告げる、背番号7の強襲。そんな彼は快足を飛ばして中盤の空いたスペースに突貫していく。物凄い速度、リーグ屈指の俊足といわれても納得してしまうほどの突入力。

 

「くっ!!」

 

秋森が潰しにかかる。シャリッチとサイドバックは戻っている。ならばここで自分がこの若手を止める。

 

「なっ!?」

 

「————っ」

 

が、簡単に切り返され、一合で躱されてしまったのだ。なんて動きのキレ、ばねの様な加速力。椿がついにPA内に侵入し、

 

 

 

右足一閃。シュートはゴールネットに突き刺さり、長い笛が吹かれたのだ。

 

 

 

沈黙する観客席。呆然とするヴィクトリーファン。唖然とするETUファン。

 

 

何が起きたのか分からなかった第三勢力の野次馬たち。

 

 

 

ツーテンポ遅れて大歓声がこだまする隅田川スタジアム。まるで魔法のような崩しで、ヴィクトリーのゴールネットを揺らして見せたのは、かつて伝説といわれた背番号7を背負う無名の若手。

 

そのゴールを演出したのは、期待のルーキー宮水青葉。

 

 

世間が注目し、その問題児ぶりを見ようとしていた彼らの期待を裏切る、見事なラストパスに周りを俯瞰する視野の広さ。

 

何よりもそのプレースピードの速さが日本人離れしていたのだ。

 

 

高校サッカーで得た勢いそのままに、背番号17は躍動していた。

 

「ETU先制だぁぁぁ!!!」

 

「背番号7番は誰だ!? 何だあの脚力!?」

 

「とんでもなく速かったぞ!! というか、今どっからボールを受け取ったんだ!?」

 

「遠目からだと、シュートモーションはフェイクで、ヒールパスになっていたんだ。逆側への加速しながらのヒールパス。一瞬だがボールは見失うだろうな」

 

 

大歓声とは対照的に、静まり返るヴィクトリーサポーター。当然だ、今回の試合でルーキーたちに格の違いを見せつけるはずが、先制弾を許す展開になってしまったのだ。

 

 

「やっ、やった!! やったんだ、俺!!」

 

「すっげぇぇぇ!! 今の飛び出し、半端ないぞ、椿!!」

 

 

「ほんと、こういう司令塔はいつスイッチが入るか分からない。これで守備もしたら完璧なんですけどね、ジーノさん」 

練習では無気力というほかなかったジーノの態度が、この試合では楽しそうに動き回り、ボールを捌いていく。駆はここでジーノを認めないわけにはいかなかった。

 

 

パスコースが増えたジーノは能動的に動き回り、徐々に調子を上げていた。ジーノは今、去年まで限られていたパスコースが増えたことでモチベーションを上げているのだ。

 

 

「ふふふ、やっと僕のことを認めてくれたのかい? けど、そうやって意見してくれる人材はありがたいよ、駆君。攻守で引っ張ってくれると、僕も汗をかかずに済む。慣れれば、”あの技”も見られるだろうし」

 

そうは言うものの、何かこの状況を楽しんでいるような節があるジーノ。このチームの王様だった自分を理解し、受け手にさせることの出来る選手に対し、彼は賛辞を送り続ける。

 

だからこそ、駆がまだ本調子ではないことを見抜く。あの技を繰り出せるトップフォームになれば、彼はリーグを脅かす存在になると確信できるのだ。

 

 

「普段からもっと司令塔らしくしてほしいですけどね。いいスルーパスがなかなか出せません」

 

「ふふふ」

駆のツンデレの入った言葉に微笑むジーノ。そしてジーノはラストパスで3人をだました青葉の方へ眼を向ける。

 

「やはり彼はいいね。受け手にもなり得るし、狭い場所を崩す、もしくは歪を突けるセンスがいい。僕としてはとても助かるサイドアタッカーだ。多少伸びても、彼なら追いつくだろうし、抜け出せばチャンスになるかな?」

 

盛り上がる中、飛鳥は最終ラインで戦況を見つめている。

 

「い、いいのかよ。同期が得点したんだ。駆け寄らなくても?」

 

「たかが一点。そしてまだ前半。僕らまで緩んだら、王者に食われます」

 

冷静な態度で最終エリアから動かない飛鳥。黒田に促されても手子でも動かない。

 

 

一方ベンチでは、

 

「うおぉぉぉぉ!!! うちが王者相手に先制だぁぁぁ!! やりますねぇ、椿は!!」

 

「やはり、三雲が張り付いたことで、中盤のスペースが空きますね」

 

「まあね。シャリッチは突破力はあるけど、守備が上手い部類でもないし。潰し屋の三雲が王子に張り付いたおかげで、ああいうロングボールが有効になるし、どうしても奴らは一枚少ないディフェンスを強いられる」

 

特に、ああいう風にサイドから突破されていくとね、と不敵に笑う。

 

 

「—————凄い。栗澤さんの言った通りだ—————」

観客席に紛れ込んでいた後藤GM、前田補佐、永田会長らは見事な崩しを演出して見せた宮水青葉と、背番号7の椿のプレーに脱帽する。

 

————あいつは、笑っていたほうがいいプレーをするし、調子のいい時は、リーグ屈指だ

 

 

—————宮水は、ありゃ別格だ。日本限定の、数十年に一人の逸材。ローマでスクデットを獲った、仲田以上の逸材であり、フェイエノールトの小野すら上回る才能だ。

 

日本史上最高のポテンシャルを秘める16歳と、笠野スカウトが達海の再来とまで言わしめた若き才能。

 

 

 

飛躍のキーマンが世間に名を轟かせ始める。

 

 

「凄い。一体いつどこで椿君の位置を把握していたのかな?」

 

「おそらく、スペースを作り、そこに椿を誘導したんだろう。攻撃時に飛び出す指示を与えておいて、自分でコースを作り上げた。しかも、シュートとドリブルコースまで作ったうえで」

前田の解説に、一同は驚愕する。

 

「な、なんだそりゃぁあ、じゃあ、あいつはピッチ全体を空から見ているかのように把握していたっていうのかよ」

 

副会長はあり得ないとつぶやく。

 

「俺たちは一人だけそんな選手を知っているぞ。他ならぬ達海がそうだった」

感銘を与えるプレー。世間が問題児と非難しつつもプレーで結果を出す。

 

彼は達海の伝説に迫る勢いなのではないか。

 

 

「——————」

 

そんな中、達海すら超えてしまうような逸材が入団したことに、複雑な心境を秘める有里。彼女にとって、選手時代の達海は永遠のヒーローであり憧れだった。監督になってからの彼はだらしのない男だが、なんだかんだ彼のことは信じている。

 

チーム力が上がり、切り札ともいえる存在が出てきたのに、彼女は純粋に喜べない理由は青葉の高すぎる実力のせいだ。

 

————いつか、達海さんみたいに海外に行っちゃうのかな

 

故障を抱えたまま、海外で壊されるかもしれない。かつての暗黒時代が訪れ、代表キャリアを閉ざす原因の一つとなってしまった、栗澤の現役時代のように泥を塗ってしまうかもしれない。

 

達海ほどの才能のある選手がケガで壊れた瞬間を思い出す。

 

栗澤が、そして日本代表が、二部の選手を呼ぶなという批判に晒されたことだってある。

 

二人は何も文句も愚痴も言わなかった。達海の現役が終わった後の話を、彼女は怖くて聞けなかった。フットボールを突然取り上げられた彼の心境を推し量ることすら怖い。

 

 

 

「青葉君—————」

有里は、彼と始めた対面した時、いきなり意識の違いを突きつけられた。

 

それは彼が入団し、キャンプの最中の事だった。

 

 

「青葉君はどうして、うちを選んだの?」

ずっと気になっていたことだった。笠野さんに誘われたわけでもない。面白いサッカーをしていたわけでもない。

 

「強い奴を倒して、面白いサッカーをする為かな。まあ、下克上とか、ジャイアントキリングとか、面白そうだし」

 

「何より、達海さんのいたチームだから。俺のヒーローであり、俺がまず超えなきゃいけない高い壁。達海さんを超えたうえで、俺は代表に入るんだ」

 

 

エゴの強く、かつての彼を連想させる言葉の数々。しかし、見据える先は全然違った。達海を超える、彼を尊敬するだけでは終わらず、彼を超えるという言葉の意味は何なのだろうか。

 

「達海さんを、超える?」

 

「—————達海さんはきっと、間違いなく海外で活躍できていたはずだった。そして、達海さんはチームを優勝に導ける可能性があった」

 

遠くを見るように語る青葉。そこにあるのは、彼の実力を信じてやまない青年の姿。自分に負けないぐらい彼を尊敬する、ピッチの中だからこそわかる、彼女には分からない感覚。

 

「————でも、そうはならなかった。だから、俺は達海さんが出来なかったことを成し遂げて、その上で日本をワールドカップ優勝に導く」

 

優勝の二文字を躊躇いなく使う。ビッグマウスでもなんでもなく、本気でその場所を目指している、その気持ちが伝わってくる。

 

見ている場所が違う。ETUのことしか考えていない自分とは違い、ETUの未来と、日本の未来、何より達海が歩んでいたはずだった場所で活躍することを誓う彼に、異論をはさむことが出来なかった。

 

普通なら、海外移籍するなら国内に留まってほしいと言っていた。なのに、その言葉が出なかった。

 

もしかすれば、あの時の達海も、目の前の青葉と同じように、強い信念があったのかもしれない。裏切り者呼ばわりされても、文句も言わずに出て行った彼の心中にも何かがあった。

 

なぜなら、彼女はずっと達海を見ていたのだ。だから、そうなのだとわかってしまう。

 

 

「——————もうそんなところまで考えているの?」

青葉は海外志向が強い。それを聞いていたのに、彼女はやはりショックだった。

 

彼女にとってすべてともいえるETUの歴史。いい時も悪い時も見てきたために、彼が抜けた後のことを考えるのが怖い。

 

彼の信念を知ったうえで、その未来が怖いと思ってしまう。

 

 

「だから、俺は永田さんにお願いがあるんだ」

向き合う彼の目は真剣だった。

 

「俺に、オランダ語を教えてほしい」

英語はなんとかいけるが、と苦々しげに語る青葉。その言葉を聞いた有里は、一度待ってほしいと答えを保留にしてしまったのだ。

 

そんな経緯を誰にも知らせることが出来ず、このプレシーズンマッチを迎えてしまった有里。

 

複雑な乙女心を覆い隠し、彼女はチームを応援する。

 

————ごめん、ね、青葉君

 

自分が迷った分だけ、きっと彼の海外入りは遅れるだろう。最悪、彼のプランがずれる事だって考えられる。

 

ずっとETUにいてほしいと願う一方で、彼の想いを理解してしまう気持ちもあった。

 

同じ達海を尊敬する者として、自分と彼には決定的に違うモノがあったことを痛感させられる。彼は達海に縋っていない。そして自分は、縋ってしまっていた。

 

彼がいれば、ETUは安泰だと。彼のフットボーラーとしての野望に蓋をしたまま、ここにいればと。

 

そういえば、江ノ島はどうだったのだろうか、と有里は考える。まだ一年生であと2年は資格があった高校サッカーを離れ、プロの道を歩み始めた二人を失ったあのチームはどういう心境だったのか。

 

有里は、江ノ島高校の監督、岩城に興味を持つようになっていった。

 

 

一方の試合の方は膠着状態が終わり、徐々に試合展開が早くなっていく。

 

 

彼らの引き立て役になるのは避けたいヴィクトリー。すぐさま反撃を開始する。そして、その機転はやはりこの男だった。

 

「あ!?」

 

椿の速度を利用され、トリッキーな動きで躱していく持田。前線のレオナルドにパスが通る。

 

 

かに見えた。

 

「————っ」

 

パスの勢いとモーションで先読みした飛鳥が飛び出し、ボールをカットしたのだ。読みの深さと思い切りの良さが功を奏し、一転してカウンター。

 

飛鳥が選択したのは、ピッチを広く使ったポジショニングをしていた逢沢の左サイド。快足飛ばして裏に抜け出した駆は相手選手を振り切り一気にバイタルエリアに到達。

 

さらに、三列目からは椿、ワントップの世良が動きなおしをしている。駆に与えられた選択肢は多い。

 

 

—————でも、ここは————

 

 

「パスに愛がないよ、駆君」

 

 

胸元へと、ジーノへのロングボール。ここで強めのパス。マークについていた三雲は、僅かに遅れていた。

 

—————僕とミックの位置がずれた瞬間に精度の高いロングボール。そしてこの角度と勢い。ずいぶん入れ込んでいるんだね、”彼”に

 

そこに必ず彼はいる。駆のメッセージを受け取ったジーノは、胸トラップから逆サイドにはたくのだ。

 

 

これには観客もざわつく。ハーフダイレクトな展開とその精度の高いロングパスの受取先は、右サイドに張っていた宮水。

 

 

守備陣の陣形が崩れ、彼のカットインを何とか防ごうとするが、混雑して互いの位置取りを正確に把握し得ないぐちゃぐちゃなバイタルエリアは、統率を取りづらく、秋森も四苦八苦する。

 

————ここでまたパスか!? 

 

「—————あ、あ、あぁ——————」

 

 

キーパー、手を伸ばそうとして脱力してしまう。反応した瞬間にはすべてが終わっており、その直前で彼はボールを見失ってしまった。彼のプレーの速さに、遅れてしまったのだ。

 

ゴールの中で転がるボールがその全ての事実を残酷なまでに語る。

 

 

彼が気づいた時には、左隅のサイドネットを撃ち抜かれていた。モーションが小さく、120キロを超すかのような強烈なミドルシュートがヴィクトリーのゴールネットを突き刺したのだ。

 

二度目の大歓声。そしてざわつき。強烈な活躍を見せつける背番号17は、瞬く間に知名度を爆上げしていく。

 

 

 

ETUの右サイドにボールを持たせてはならない。そして、彼にスペースを与えることは、大変危険であり、やってはならない重大な、そして愚かすぎるほど致命的なミスであり、愚行なのだと。

 

 

この日、この瞬間、東京ヴィクトリーは骨の髄まで刻み込まれることとなった。

 

 

一対一ではだれも勝てないのだと。今日の彼は止められないと。

 

 

根源的なプレースピードと、彼の速さは、リーグジャパンでは異次元の領域なのだ。

 

 

 

「まるで対応できてねェ!! 何だあのカットインは!?」

 

「右サイドからのカットインと、そのミドルシュート。オランダの名手のようなプレーだ!!」

 

「いったろ!! 宮水青葉は半端ないんだ!! 決して、逢沢駆の添え物じゃない!! 二人は両翼なんだぞ!!」

 

「しかもなんだよ直前の連携。大きく左に振った後、あっという間に逆サイドにボールが運ばれて————てか、ジーノの捌きが凄すぎる!!」

 

 

止まらないETUの攻勢。

 

 

そして、ついに観衆の眼下で披露された宮水青葉の魅力。世代別で常に一目置かれ、裏ボスのような扱いだった宮水青葉。

 

 

精神性に問題があるかに見えた彼は、その精神性であると肯定すればするほど矛盾が大きくなる存在だと。

 

彼は、実は日本サッカーの未来を背負うかもしれないのではと。

 

 

ヴィクトリーサポーターは、宮水青葉の輝きに圧倒されていた、そして打ちひしがれていた。この先、リーグ戦でこの化け物を相手にしないといけないのかと。

 

「っ」

苦悶の表情を見せるのは城西。とくに青葉と、ジーノ、椿、駆にいいように中盤を蹂躙され、思うようなプレーが出来ずにいた。

 

「シロさん、俺のところで流れを変えますよ」

 

その持田の視線の先にいるのは、駆だった。

 

 

前半で2得点。しかし、ここでETUはペースダウン。王子に対する三雲の張り付きがなくなり、中盤の守備がまともになったヴィクトリーは青葉のいるサイドを嫌い、逆サイド、駆のいる左サイドで仕掛けることが多くなる。

 

「あっ!!」

 

駆が寄せにはいるが、すぐにボールをはたかれる。絶えずボールを回し、ETUの綻びを見つけようとしていた。

 

そして、持田にボールが渡る。

 

 

—————取れるっ!

 

隙だらけに見える持田の姿に、誘われてしまう椿。ボールと体が離れた瞬間なら如何に名手といえども奪うことは可能だと。

 

スッ、

 

椿の突進をいなしながら、滑らかな動きでタックルを躱した持田。椿は前のめりになって転倒。

 

 

椿を一枚剥がした持田は、フォローに入った村越を相手に右サイドへのパスを選択。マッチアップするのは、右サイドの選手と、逢沢駆。

 

————だめだ、コシさんとバッキーが躱されて

 

2点差となったETUはなぜかスローダウンしていた。点差の余裕というべきなのだろうか、ボールを回して落ち着こうとしている仕草すら感じられた。

 

先ほどから、飛鳥と黒田が言葉を交わす回数も多くなっている。

 

だからなのだろう。駆はサイドバックのオーバーラップと個人のドリブル突破、さらには持田のワンツーを遅らせる仕事をしなければならない。

 

—————このギャップはどうにもならないだろう、ルーキー

 

 

試合の流れを変える。エゴイストに見えて、実は視野がかなり広いのが持田という選手だ。

 

 

「くそっ!」

 

駆が選択したのは、最も危険度の高い選手、持田へのワンツー。だが、それをおとりに、熊田との距離感が間延びしてしまったサイドを狙われた。

 

「—————攻撃と防御が半端になっているぜ、ルーキー」

 

といっても、これは駆の責任だけではない。持田というキーマンを警戒するのは仕方のないこと。

 

 

そして、相手の右サイドバックとのマッチアップで簡単に躱された熊田がクロスボールを許してしまい、中央のレオナルドへ。

 

「————ッ、らぁっ!!」

 

何とか手を伸ばし、レオナルドのヘディングを防ごうとするのはチーム最年長の守護神緑川。

 

長年の勘と経験で、シュートコースを完全に見切った緑川のファインセーブ。ボールをPA外へとはじき出し、ここで、ピンチは脱したかに見えた。

 

「しまっ————」

 

だが、村越が持田からは剥がされてしまっていた。セカンドボール、バイタルエリア。ここで一番わたってはならない男のシュートがさく裂した。

 

一度膝をついていた緑川がジャンプして腕を伸ばすも、二度目の強烈なミドルシュートは防げず、失点を許してしまう。

 

「くそっ!」

 

飛鳥は、外国人選手とのマッチアップの経験が少ない。彼が経験したのは、同年代の世代別代表のライバルたち。つまり、一回りも二回りも上の選手との対戦経験が欠如していた。

 

レオナルドにはいい形でシュートを打たれ、持田がボールを持った場面では前に出るのが遅れた。

 

 

悔しさを露にする飛鳥を目にした達海監督は、どことなく満足げな表情を浮かべていた。

 

「あいつにはなかっただろう。ああいう体格のでかい相手と競り合う場面」

 

「か、監督? まさか、杉江ではなく飛鳥をスタートに入れた理由は————」

松原コーチは、飛鳥をあえて強豪相手のプレシーズンマッチに投入した意味を知る。

 

「足元が上手く、体も強い。あいつに足りないのは経験だ。苦労するんだぜ、一人前のCBを育てるのは」

 

しかし、この試合を経て彼は成長するだろう。それこそ代表屈指のディフェンダーになれる要素がある。

 

 

その後、息を吹き返したヴィクトリーの猛攻に遭い、ETUは劣勢のまま前半を終了した。

 

 

しかしそれは、”防御不可能な攻撃力を誇る右サイドの怪物”をあえてゲームから外す強引な攻め手であった。

 

 

その怪物も左の攻めを見守るだけであり、動いてこない。怪物の気まぐれか、それともベンチに座る策士の指示なのかは定かではない。

 

 

だが、右サイドの怪物が出てこないからこそ、ヴィクトリーは主導権を握ることが出来たのであり、彼が動き始めた瞬間に瓦解することを嫌と言うほど思い知らされてしまうこととなった。

 

 

—————すまし顔で傍観しやがって

 

 

—————いつでも崩せるみたいな顔して—————俺を舐めるなっ!

 

 

ヴィクトリーの選手たち、とくにマッチアップしていた堀は、その猛攻の弊害としてボールに触れることは以降なかった。だからこそ、自チームが劣勢なのに余裕の表情を崩さない16歳に苛立ちを覚えていた。

 

 

 

その青葉は静かに戦況を眺めていた。

 

—————まだプレーシーズン。とはいえ、ここまで警戒されるとはな

 

 

あのカットインの一撃以降、こちらのエリアは一度も攻撃に使われていない。そのことに、一抹の寂しさを覚えるのだった。

 

青葉の中では、ロングボールをマッチアップする相手との競争で奪い、そのまま追加点を取るイメージが出来ていたので、ヴィクトリーの選択は間違いではなかった。深い場所からのドリブルはリスクしかないと言われているが、青葉にはその常識は通用しない。

 

 

彼に加速を許す時間を与えてはならない。ヴィクトリーは知らず知らずのうちにこの致命的なミスを防いでいるのだ。

 

 

様々な要素が絡むプレーシーズンマッチ、東京ダービー。その全ては怪物の手のひらで踊っている。

 

 

 

 

 

 

 

 





青葉無双さく裂。初見であのドリブルとスピードに対応するのは難しいです。

しかし、駆君は十八番である二つの大技を繰り出すことが出来ません。間合いにまだ慣れていない証拠です。

それでも、ジーノは受け手になることが出来る為、ETUの戦術の幅が広がりました。初めてとなる同等のビジョンを共有できる選手がいて、かなりはしゃいでいます。

椿君は香車の如く圧倒。しかし、まだこの動きでしか青葉に活かされません。



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第五十二話 至宝の一撃

遅れましたが、東京V戦決着


「すみません。俺が、簡単に躱されたせいで—————」

椿が悔しさをあらわにしながら謝罪する。が、どことなく怒りの感情も垣間見せている。

 

「レオナルドとのマッチアップで、いい形を作ったのは反省です。ですが、もう彼に仕事はさせない。彼のタイミングと感覚は前半で大分つかみました」

 

そして、飛鳥もまたレオナルドとのマッチアップでアップグレードを果たしたものの、攻撃を最後の最後でしか止めきれない歯がゆさを感じていた。

 

「気にするな。終わりごろはレオナルドにいい形を作らせなかった。進歩といえるだろう」

ベンチスタートの杉江は、それでも試合の中で成長を見せる飛鳥にエールを送る。

 

「気をつけろよ、てめぇら! 持田って奴はきたねぇプレーがうめぇんだ! 俺も昨シーズンは何枚もカードを貰っちまった!!」

そして黒田は、目下の脅威である持田に対し、罵倒を繰り返しながら自分の体験談を口にする。

 

「それは何の慰めにもならんだろう、クロ」

失敗談をそんなに話しても何の意味もないと、杉江が黒田を諫める。事実、持田の脅威はしっかりと駆と飛鳥の中で印象付けられた。

 

「無茶でもいいので、厳しめのパスをこちらに下さい。相手に釣られて、中々ボールを貰えなかったので」

そして、1ゴール1アシストと勢いに乗っていた青葉は、ボールを要求する。走らせるようなパスでなければ、ヴィクトリーの包囲網は崩せない。

 

「その通り、だから後半は青葉のいる右サイドの攻撃に比重を置く」

 

「前半の王子へのパス経由は終わり。後半はサイドを起点にピッチを広く使うんだ。後半のメンバーはそのまま。世良はボランチとセンターバックの間でボールを受けやすい形を作れ」

 

「うっす!」

 

「前半はちょっと前後が間延びし過ぎていたから、ディフェンスラインを上げるの遅れるなよ。今日は新人がいるんだ。しっかり引っ張れよ、黒田」

 

「おう!! てめぇに言われなくてもやってやらぁ!!」

 

「後、逢沢は出来る限り外でボールを受けるように。中に絞る動きはオーバーラップの時だけだ。ダメなら王子か村越にボールを預けてまた外に張り直せ、いいな?」

 

 

「え? は、はい」

 

「後半20分までの辛抱だ。しっかりと蒔き餌を与える。お前は後半に試合を決定づけるキーマンだ。青葉に集中する視線の中で、お前の感覚がこの勝敗を左右する」

 

 

「椿はこのままボランチで動き回れ。味方が苦しそうならサポートに入れ。そんで、前が空いたらボールを運んで王子か青葉にスイッチ。密集地帯でボールを渡す相手は考えろよ」

 

 

 

後半、コンパクトな守備体勢でヴィクトリーの攻撃を遅らせるETU。特に飛鳥と黒田がしっかりとラインを上げたことで、相手を挟んでボールを奪うシーンが目立つ。

 

「くっ!」

 

————おいおい、前半とは違うチームじゃねぇか!!

 

持田は、中盤の狭さを感じていた。そして、椿の寄せも格段に脅威となり、ボールを捌く役目に追われる羽目に。

 

そして城西のロングボールが、競り合っていた駆と右サイドの味方選手のどちらかにつくかに焦点が集まる。

 

—————確か、島さんは

 

一瞬の力の入れよう。それが相手の姿勢を崩すと言っていた。一点への方向にしか目が行っていない、動きが一点に集中した時こそ、チャンスなのだと。

 

合気道の体裁きは、サッカーには必要なものだと思った。

 

駆が小突く。味方に通るはずだったボールは、右サイドの選手がバランスを崩し、失速した瞬間になくなった。

 

ここで左サイドの逢沢がドリブルを開始。後半20分を過ぎたら仕掛けろと言われていたので、一気に味方が動き始める。

 

 

世良がスタミナを使い切る形でディフェンスラインとの駆け引きをはじめ、逆サイドは広く空いたスペースでダッシュする青葉。

 

三雲を振り切った王子と、三雲のカバーリングでシャリッチの空いた穴を突く椿、それに追い縋る持田。

 

—————見える、変化するピッチの状況が全部見える。

 

ドリブルを開始し、逢沢が前を向いて動き出す。左サイドの熊田も同時に駆け上がり、攻勢を強めるETU。

 

「ジーノさん!!」

 

駆が選択したのは、縦へのパス。抜け出した王子への強めのスルーパスに見えたが、

 

「なっ、直前にブレーキが!!」

 

城西が驚愕する駆のロングフィード。回転がかけられており、王子の絶妙なスペースで止まるスルーパスはチャンスを拡大させる。

 

そして間髪入れずに右サイドの青葉へとボールを蹴りこむジーノ。ここで、ETUの攻撃の柱となりつつある彼のプレーに注目が集まる。

 

————いかせるかっ!!

 

すぐに、左サイドのヴィクトリーの選手が詰めてくるが、簡単な切り返し、跨ぎの二つで膝をつき、横転。相手の足に体重が乗った瞬間を見逃さない、青葉のアンクルブレイク。

 

彼の前では、凡夫は立つことさえ叶わない。

 

「へへっ、行かせるかよ」

 

そこへ、カバーリングに持田。ここでヴィクトリーのエースと、ETUの新星のマッチアップが実現。この試合の分岐点が訪れる。

 

 

 

じりじりとPA内に寄り続ける青葉と、間合いを嫌って動き直しする持田。

 

「持田、無理に飛び込むな!!」

 

そこへ、二人係で彼を止めることに考えを置いた山根が寄ってきたのだ。青葉に与えられた時間は限られていく。

 

だから、彼は動いた。

 

シザースからの加速。明らかな動きに持田はそれだけではないと悟る。

 

————来るんだろう、十八番が

 

彼の得意技であるルーレット。直前までどちらになるか分からない二つのスピン。

 

 

そして、持田の予想通り、青葉はルーレットを選択したのだ。

 

—————馬鹿が、まるわかりだ————

 

切り返しの確率が高いと踏んだ持田。ヴィクトリーの守備陣ならクロスは跳ね返せる。

 

持田の読みは当たっていた。青葉は間違いなく切り返しのルーレットを選択していたのだから。

 

トンっ、

 

しかし、ボールの置き所に優先権を持つ彼の動きまでは越えられなかった。青葉は持田が自分の動きを読み切って動くことを知っていた。

 

唯一限られた、持田の残した穴。切り返しのボールを奪おうと伸ばした足と足の間。股下にボールを通したのだ。

 

走りこんだのは、フォワードの世良。絶好のシュートチャンス。

 

 

「は?」

 

しかし、グラウンダーのボールに空振りする格好となった世良が転倒。そのままボールはタッチを割ってしまうのだった。

 

「ひえぇ、あっぶな。運がなかったな、ルーキー」

 

命拾いした持田は皮肉気な笑みを浮かべ、その場を去っていく。一方、明らかに動きが遅れた、スペースへの走り込みが遅れた世良に文句を言いたい気分だった。

 

しかし、あの局面、あの瞬間でボールを通せる人間がどれだけ国内にいるのか分からない。世良の両手を合わせるボディランゲージですぐに怒りを鎮め、気持ちを切り替える青葉。

 

—————サッカーはミスをするスポーツなんだ。まだ俺が信頼を勝ち取っていないから生まれた齟齬なんだ

 

あそこで青葉なら通してくれると信頼されていなかった。それだけのことなのだ。

 

 

 

逆サイドからの展開を警戒して、ヴィクトリーのキーパーは前に出られなかった。完ぺきな布陣だった。

 

 

チャンスの後にピンチ在り。レオナルドへのロングフィードを、飛鳥が競り合いを制し、ボールが零れる。

 

—————もうお前の動きは見切った。その限界速も、パワーも。

 

青葉程の理不尽さはない。力が強いだけで体を入れられただけで、コントロールも出来ない。だから、あらぬ方向へとボールが転がっていくのだ。

 

しかし、城西がセカンドボールを拾い、中に絞る動きを獲った左サイドの堀へと一気に縦パスが通る。

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

飛鳥がレオナルドを止めたなら、日本人ぐらい止めて見せると意気込む黒田。しかし彼はつりだされてしまっていた。

 

 

「よせ、前に出るな!!」

達海の指示もむなしく、黒田はあっさりと堀に躱され、大ピンチを迎えるETU。レオナルドへのボールは必ず阻止する気持ちで動き直す飛鳥と、ボールを貰う形を作る外国人FW。

 

が、やはりここで決めてこそヴィクトリーの王様なのだろう。飛鳥たちの背後のスペースへのマイナスのクロスボール。

 

—————しまった……持田がッ!

 

そして、椿との競り合いで、倒された持田。PA内での笛。主審はゴール前に指をさしたのだ。

 

「あ—————そ、そんな———俺、足かけて—————」

声が震える椿。1点リードというシビアな展開で、許してはならないペナルティキックを献上してしまった彼は、表情が凍り付いていた。

 

 

 

後悔と焦燥の入り乱れた表情の椿。明らかに誘われていたが、止めなければゴールにつながっただろう。黒田が釣りだされた時点で勝負は決まっていた。

 

そしてこれを難なく持田が決め、2得点。同点に追いつかれてしまう。

 

チャンスをしっかり決めきるヴィクトリーと、直前の大チャンスで決めきれなかったETU。

 

その後、椿は精彩を欠いたプレーでETUの中盤が落ち着かない。このままでは試合が終盤で壊れると判断した達海は一枚目のカードを切る。

 

椿アウト、堀田がイン。

 

「俺————あ—————おれ、が——————」

 

呆然自失のまま、ピッチを後にする椿と、闘志を燃やしてピッチへとはいっていく堀田。その後、椿はタオルで顔を隠し、表情を隠したままだった。

 

 

しかし、双方に無理が祟ったのか、運動量は互いに落ち始める。ゆえに目立った展開が少なくなり、両チーム攻め手に欠くボール回しと、焦ってボールをロストする光景が続く。

 

「—————2枚目を切る。世良アウト、宮野インだ」

 

ここで、決定機を逃し、運動量も落ちた世良がベンチに下がる。本人も自分が真っ先に交代される理由が分かっているのか、苦悶の表情を浮かべたまま、椿の横に座り、戦況を見つめる。

 

落ち込んでいる椿を見て、泣きたいのは自分も同じだと思う世良。決定機で決めていれば楽な試合展開になっていたはずなのだ。決定機を外した直後の青葉の顔が忘れられない。

 

—————すいません、ちょっと独りよがりになったかもしれません、あの局面は

 

短い時間で交わした言葉。世良が遅れなければ決められていた局面だったが、青葉は謝罪をしたのだ。

 

—————違う、青葉のことを俺が信じ切れていなかっただけじゃねぇか

 

FWはその瞬間を信じて走らなきゃいけなかった。ルーキーにあんな顔をさせたままにしたくなかった。自分の不甲斐なさよりも、今は彼の好プレーを無駄にしてしまった後悔が頭をよぎる。

 

 

その後、接触プレーで相手選手がゴムボールのように地面にたたきつけられ、青葉が立ったままというフィジカルの強さを見せつける等、球際の強さは折り紙付きというのが分かる。

 

 

彼はこの壊れ始めたETUを粘らせている。中央にサイドにボールをキープし、押し込まれるのを防いでいる。

 

 

しかも、外国人選手のシャリッチを吹き飛ばすという体の強さ。同じ日本人選手など、簡単に弾かれてしまうだろう。

 

しかし、思うようにボールが運べていないチーム状況、気落ちしてプレーの精度が落ちているイレブンに、喝を入れようとしている。

 

 

まだ加入して浅い選手が持てるほどのメンタルではない。あそこまで攻守に走り抜くプレーは、ルーキー離れしている。

 

 

—————あの闘争心は、どこから来るんだ?

 

達海以外のスタッフ、ベンチメンバーがドキドキしながら戦況を眺めているのに、何かより集中している雰囲気のあるルーキーたち。

 

虎視眈々と隙を窺う駆。レオナルドを後半は抑え込んでいる飛鳥。

 

そして、チームの核となりつつある青葉。次第に彼の下にボールが集まる傾向になっていく。

 

 

 

後半の40分。その青葉は深い位置まで下がってボールを受ける。自陣の深い場所で受け取った彼は、ドリブルを開始する。

 

—————サイドでは、何度もこういう場面がみられるか

 

青葉を警戒して、サイドへのボールを封殺する作戦。これでは孤立する時間帯が多くなる。

 

 

前線のレオナルドがフィジカルを活かしてタックルを仕掛けるが、

 

————ボールが消え—————

 

アウトインの切り返しからのダブルタッチ。横に素早くスライドした青葉のフェイントがレオナルドを躱したのだ。

 

一枚躱すことで、青葉のスピードは加速する。それもここまで下がった位置からのドリブル突破はセオリーに反する。

 

しかし、そのセオリーの無視が出来てしまうのが青葉だ。

 

続く、寄ってきた持田をスピードで完全に振り切り、一気にバイタルエリア、ボランチが並ぶ中央へ。

 

—————あの深い場所からここまで一気にビルドアップだと!? 出鱈目な!!

 

城西も驚く青葉のビルドアップ。攻撃の組み立てを力技で為してしまう。ここで多くの選択肢が彼には与えられている。

 

ドリブル突破。ロングシュート、ワンツー。ロングフィード。上手い選手は多くの選択肢を持っている。凡人が思い浮かべないだけで、複数の未来が見えている。

 

青葉が中央を見た。広く周囲の動きを見切る。ジーノは何かを悟ったらしく、秋森へと動き直す。

 

そして、宮野がサポートできる場所へ。ここで選択したのはジーノへの縦パスだった。

 

「やらせるかっ!!」

 

しかし秋森のチェック。前に向くことは出来ず、競り合いの場面となる。

 

「苦しいボールは僕に通さないでよ、青葉」

 

プライドの欠片もないバックパスに見えた動き。しかし、横目で宮野の動きを見ていたジーノはワントラップから意表を突く横パスで宮野に通す。

 

「リターンッ!!」

強い口調でフリーになっている青葉が指示を出す。宮野も山根につかれており、思うような動きも出来ず、スピードに乗ることが出来ない。

 

—————この二人をおとりにしたのか!!

 

————ここで勝ち越しゴールをお前なんかに!!

 

青葉のミドルシュート。リターンパスが足元に渡り、それまで前に進み続けていた青葉が止まる。ワントラップして、ボールを前に転がし、置き所を考えたのか。

 

「え、とまっ」

 

トンっ、

 

力みを全く感じさせない鮮やかで、滑らかな放物線が、ゴール前で出現した。

 

その放物線、青葉と同じイメージをしていたのは、ジーノのほかにもう一人存在していた。

 

 

ループ気味のフライパスは、背番号19へと渡る。これまで試合から消えていたあのルーキーが完全に守備の穴を見つけていたのだ。

 

 

—————楽勝過ぎるよ、このシチュエーションは

 

 

 

振り切る右足。豪快に突き刺さるシュート。後半アディショナルタイムでの一撃で、試合を決めるプレーを実現したのは、

 

「逢沢だぁァァァ!!!! 逢沢が決めたぁぁ!!!」

 

「最後の最後で、大仕事をしちまった!!!」

 

「青葉の視野の広さは何なんだ!! どうしてあそこのボールを通せるんだ!!」

 

「ここで勝ち越すのが今年のETUだ!!」

 

「見たかァァァ!!! 10年前からの屈辱、今年こそは!!」

 

大興奮のETUサポーター。プレシーズンマッチとはいえ、因縁のある東京の2チーム。その大仕事を成し遂げたルーキーに感謝と、これまでの歴史を考え、今期にかかる期待が膨らむ。

 

「さすがだね。イメージが繋がった時は本当に駆君がくるとは想像してなくてね」

 

ジーノは、逢沢の抜け出しに満足げだった。宮野も、デコイとして使われていたが、青葉の動き出しで悟った。あれは自分に対するパスが来ないという雰囲気だったからだ。

 

「完璧な抜け出し、狙いすましたかのような抜け出しと縦一本。凄い参考になる」

その宮野は感銘を受けていた。フォワードとして重要な抜け出しの動き出し、相手の動きを見て効率よくゴールを狙う動きの質。

 

今までジーノは精度の高いパスを広い視野で実現していた。自分もこの動きをマスターすれば、出来るとまで思えてきた。

 

—————練習したい。ステップの動きを勉強したい

 

 

彼の様にチームを助けたい。宮野はその思いが強くなった。

 

 

 

一方、弱小といわれていたETU相手にいいようにやられ、最後はルーキーコンビにとどめを刺される展開。しかも、持田を翻弄しての見事なプレー。

 

監督の平泉も、苦々しい顔をしてあの二人を見つめている。

 

—————実力通りといえば実力通りだ。驚きはない

 

しかし、あの二人を同時起用できる監督が、一部リーグのチームがどこにいるのか。

 

下位、中堅、昇格チームは降格を防ぐためにベテランの起用が多くなる。外国人選手のフィジカルに頼るだろう。

 

上位になれば、選手層に埋もれ、彼らの出る幕はなくなる。そもそも彼らを同時起用してバランスを崩すようなことはしない。

 

しかし、ETUはどうだ。後がない状況下で、彼ら二人に希望を託した。彼らのポテンシャルに命運を託した。

 

そしてその賭けに勝った。彼らは予想以上の活躍。1ゴール2アシストの青葉。勝ち越しゴールの逢沢駆。

 

ブレイクの予感すら感じさせる宮野。後半途中からの出場とはいえ、ジーノと青葉との好連係を見せ、夏木というエース不在の中、ベンチメンバーに割って入れるか。

 

ジーノもデコイの動きを見せる等、これまで見られない動きを見せ始めている。何か今年のETUは変わり始めている。そんな予感を感じさせる。

 

しかし、堅守はどこに行ったのか。ディフェンスラインはザルになった印象を受ける。飛鳥は後半から持ち直したものの、黒田の釣りだされた場面はまずい。

 

 

「——————」

 

持田は憮然とした表情で、ETUの選手と握手をしてピッチを早々に後にする。他のヴィクトリーの選手も同様だ。悔しさと二人のルーキーの実力を目の当たりにしたのだ。

 

その心中は穏やかではないだろう。

 

「会心の勝利とはいかねぇけど、まあ、勝てて課題を見つけられるのはいいことかな」

 

「ふっ、敗者にそう話すお前の神経の図太さは相変わらずだな。しかし、あの二人がスターターで出られるチームはETUしかなく、あの二人とフィーリングが合う選手がいたのも」

 

プレシーズンマッチとはいえ、両者の表情はとても対照的だった。達海は笑顔で、平泉は憮然としていた。

 

「まあ、シーズンもこのぐらい攻撃陣が機能してくれるとね。守備は我慢だ」

 

「うちのレオナルドと互角にやれるルーキーとはな。杉江とコンビを組ませなかったのはそういうことか?」

 

飛鳥の成長を促すような起用法。今シーズンは飛鳥を我慢する器用もあるかもしれない。

 

 

「うち以外での健闘を祈っておくよ、達海」

 

「そっちもね」

 

 

こうしてプレシーズンマッチで競り勝ったETU。持田2得点が霞む、宮水青葉の1ゴール2アシストの大活躍。抜群の視野の広さと、決定機を作り出すチャンスメイクとフィニッシュ。

 

味方を活かし、自分も好プレーを見せる彼の活躍は、王者相手に存分に見せつけられた。

 

 

報道各機関も手の平返しを見せつけ、フィジカルの強さを含む、今までのルーキーではありえないプレーを見せつけた宮水青葉の活躍を一斉に報道した。

 

—————やはり本物か? チームの全得点に絡む活躍! 宮水劇場開演!!

 

 

—————王者相手に躍動!! 1ゴール2アシストで、勝利に導く!!

 

 

—————決勝ゴールの逢沢! 「彼なら通すと確信していた」

 

 

—————先制弾も後半は暗転……成り上がり狙う若手の椿「悔しさしかない。もっといいプレーを」

 

 

————プレシーズンマッチでまさかの不覚……東京V城西「手強い選手が出てきた」

 

 

 

次々と手の平返しの記事が出来上がる。独善的なプレーや傾向が見受けられない。逆に視野が広く、連携に絡むプレーも多かった。

 

そして、勝ち越しゴールを決めた逢沢駆のバディ役としても十分、いや、逆に宮水青葉単体でも活躍できることが広まる。

 

 

ネットの方では、手の平返しのファンがだんだんと増えていく。

 

—————なんかもう、プレーの次元が違うんだが

 

————高校サッカーに詳しい人、宮水ってこんなにすごかったのか?

 

—————相手になる人がいないからプロになったんだぞ。

 

————先制アシストの時とか、絶対味方が見えてなかっただろ? 背中に目があるのかよ

 

————ていうか、あの距離と角度で強烈なミドル打てる日本人がいるか?

 

————悪評とか、あんまり当てにならないね

 

————お前ら、何か言うことは?

 

————すいませんでしたぁぁぁ!!

 

————逢沢の添え物だったと思っていたが、実は江ノ島のエースって

 

————劣勢の総体予選準決勝で、鎌学の流れを一人で蹂躙した男だぞ。これくらい普通

 

 

—————実は会場にいたけど、あの試合はやばかった。

 

 

————調子がいいと、ハットかますからな、宮水は

 

————シュート蹴りこんだら入るというか、ミドルがよく入る。

 

————なお、凡プレーヤーは宮水に高確率でアンクルブレイクされる模様

 

—————情報甘いぞ。無事にレオナルド・シルバ、リカルドといった世代別の要もアンクルブレイクされたぞ

 

————化け物過ぎて大草原。

 

————むしろアンクルブレイクされないと思ったのか。今日も持田が股下通しのアシスト未遂食らったぞ

 

————その後簡単に振り切られて草。やっぱ俊足は正義やな。

 

—————しかもシュート上手い、フィジカル強い。シャリッチがタックルかましてよろめいた件について

 

—————化け物定期

 

————日本人じゃないだろ。ていうか、16歳じゃないだろ?

 

—————身長182cmにあのフィジカル。暫定で日本最速の俊足にアンクルブレイクを頻発させるドリブル。すぐに海外行ってどうぞ

 

————みんな宮水君さんに失礼やぞ、今日から崇めろ

 

————君さんって、どういうことなんだ

 

————宮水君さん。そういや、ピッチで指示を出していたな。16歳が出せる貫禄じゃない

 

————16歳の宮水君さん、かぁ

 

 

その後も逢沢、宮水論争が続いたが、ポジションが違うために共存は可能だという論調が大半となった。

 

なお、やはりウィングボランチ論争が再燃し、タレントが揃う二列目よりも心臓を任せたいと思う有識者の声も上がっていた。

 

 

 

 




東京Vをプレシーズンとはいえ撃破。

原作と違い、王子の負担が大幅に減ったので、自由にプレーできるようになっています。


開幕戦の相手は強豪ジャベリン磐田。続く二戦目は昨季最少失点の広島サンアロー。



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リーグジャパン 日本の開幕
第五十三話 開幕に向けて


ここで新たにライバルの情報が出てきます。



今年はリーグ戦の台風の目になるかもしれない。そんな気運を感じさせる試合となった東京ダービー。

 

 

その快進撃を予感させるチームの中心人物の知名度が上がるにつれ、関東ではその熱気が膨らみ続けていた。

 

 

埼玉のとあるサッカーの強豪校では、打倒江ノ島に燃える高校がある。武蒼高校。埼玉県下で有数のサッカー名門校。

 

 

しかし彼らは八千草に競り負けたレベルの高校であり、その彼らを蹂躙した江ノ島高校との埋められないレベルの差を痛感するなど、悪戦苦闘の日々を送っている。

 

「やっぱり竜崎を中心としたパワープレーが有効だろ?」

 

「それは江ノ島もやってくるぞ。今年江ノ島には武智昭が入部したらしいし、海王寺と錦織、高さのある選手が揃ってる」

 

「小田とザキのコンビで中央をこじ開けるぐらいしかないなぁ。けど問題は、江ノ島の攻撃力だ。右も左も個で仕掛けてくるし、中央は足元も上手い高瀬。中央には2,3人引きはがす荒木に織田。」

 

「やっぱり当たってみないとわからねぇな。あのチームとは。宮水、逢沢がいれば、勝ち目は正直かなり低かったな」

 

 

そして、そんなサッカー部とは無縁だった少女にも、世間を騒がせる存在となった二人の余波が降りかかる。

 

「リーグジャパンの第六節の試合?」

サッカーについてはほとんど何も知らない少女。精々ワールドカップで中心選手だった花森ぐらいしか知らない。その程度の認識だった。

 

「今年のリーグジャパンは凄いのよ! 目下武蒼最大の強敵だった江ノ島のダブルエースが入ったETU!! あそこは今年相当くるわよ」

 

全く身に覚えのないチーム名。英文字を使い、何かダサい感じのする名前。彼女にとって興味の対象になるような存在ではなかった。

 

「イーティーユー? まるで外国のようなチームね。強いの?」

 

「去年までは弱かったわ。けど、飛鳥亨、逢沢駆、宮水青葉! 特に宮水青葉はとんでもないわ! あんたが唯一知っている花森を超えられる選手なんだから」

 

ドイツで多くの壁にぶつかり、苦労しながらも、道を切り開く彼の姿に共感を覚えていた少女————江藤藍子は、その花森を超えるかもしれないという少年に対し、嫌な感情を覚えた。

 

「まだ海外で苦労もしていない選手が、花森選手を超えるだなんて、ちょっと過大評価じゃない? プロでの実績もないんでしょ?」

 

まだプロにさえなっていない。そんな選手にここまでの期待が寄せられている。正直また潰れるのではないかと思う。数多の天才と言われた選手たちが一瞬で姿を消していったかのように。

 

「ポテンシャルは日本最高レベルよ。何と言っても圧倒的な力で総体・選手権を連覇したメンバーの中心人物。黄金世代のオーストラリアチームが唯一恐れた怪物アタッカー」

 

その二大会は現段階で「惨劇の総体、惨劇の選手権」とさえ言われている。そしてこの名称は今後定着することが間違いない。

 

「そんなの、今までだっていたじゃない。その宮水青葉が凄い選手になるなんて、まだ信じられない」

 

 

しかし、日本代表ファンだった少女の前に、リーグ通の女子たちが待ったをかける。

 

 

「宮水だけじゃないわよ、今年のリーグジャパンは! 我らが浦和には鷹匠選手! 横浜には秋本選手! 甲府にはリーグ随一のドリブラー、中島秀哉!」

 

 

今年のリーグジャパンは戦国時代になるであろうと言われている。浦和と横浜は即戦力ルーキーの獲得。

 

甲府にはいよいよその才能が再び輝きだしたか、かつての天才ドリブラー中島。バルサのエースを彷彿とさせ、超攻撃的なスタイルは昨年のリーグ戦で織り込み済み。今年こそ上位進出を狙う地方の雄の運命を変えるか。

 

 

「それに、新潟にはU20日本代表の榎本文人! 磐田には同じくU20のエース、小川知良! もう今年は勢力図が変わりかねないほどの変動があるのよ!」

 

 

世代別で中盤の要に成長した榎本文人。新潟ではすでに主力として活躍し、国内クラブの熱視線を跳ね除ける変わり者。しかしそのプレースタイルはクレバーで、後の先、先手を打つプレスを使い分ける等、賢い選手だ。

 

忘れてはならないのが、磐田の若きエース、小川知良。キングカズの名前と同じ若きストライカーは、昨年にブレイク。磐田の上位進出に貢献し、昨年のベストヤングプレーヤーを受賞。対策を講じられる今期はどこまで数字を伸ばせるのか。

 

「い、いっぱい名前があり過ぎて分かんない……」

 

藍子はマシンガンの如く喋られた選手名を言われてもピンとこない。誰一人として、イメージが湧かない。

 

「騙されたと思って、一度見に行こうよ!」

 

「和菓子屋に今度寄って、みんなでお茶しよ!」

 

この時、彼女はまだ自分はいずれ店の後を継ぐものだと思っていた。どれだけ外に目を向けても、どこにも飛び出すことは出来ないと。

 

 

しかし彼女は目の当たりにする。彼は確かにその決意と覚悟を持っていたのだ。

 

 

外の世界に出るための理由を。外の世界へと目を向ける眼と、外を旅する力を求め続けていたことを。

 

 

 

そんなことはつゆ知らず、ETU爆発の予感は、留まることを知らないほどに高まっていた。

 

新人三人は及第点以上の活躍を見せ、その筆頭と目されるようになった宮水青葉への注目度は過熱している。

 

加熱する追っかけファンへの対策の為、彼の通う江ノ島高校では厳戒態勢の一歩手前となる事態も起き始めており、他の選手たちへの影響も懸念されている。

 

伝説の後継者、悲運の司令塔の弟逢沢駆と、ティアマト彗星落下という未曽有の危機に直面しながら、奇跡の避難劇を見せた糸守町出身のドリブラーにして、逢沢傑の片翼とさえ言われた男、宮水青葉。

 

そんな二人に立ち向かい、最後まで運動量が落ちず、ETU入りを決断した飛鳥亨。

 

すでに葉陰学院では飛鳥の登校の際は被害が起き始めており、卒業まで耐えるしかないという現状。

 

そして、まだ高校一年生で、もうすぐ二年生に進級するであろう青葉と駆は、青葉が非難の対象となった事件を思い出させる不穏な空気が忍び寄っていた。

 

「————地理的にも少しきついものがあるかもしれない」

青葉は現状の生活拠点から1時間かかるクラブハウスまでの道のりが、ハンデであり、江ノ島高校への被害を鑑みれば、予想される騒動は避ける必要があると考えていた。

 

「—————それって、転校、とか?」

駆は、実家暮らしで一人暮らしの経験がない。だから新生活を始める際も不安になる気持ちがあるのだろう。強いて言うなら、ここで駆は自分が今の環境に甘えていたのかもしれないと思い始めた。

 

—————両親がいて、美都がいて。でも、海外に行くときは全部自分で出来ないといけないんだ。

 

「——————ただ、江ノ島には愛着がある。ここを離れるのは卒業まで粘りたいな」

愁いを帯びた表情で、青葉はそうつぶやく。入学早々の統一戦に始まり、総体、選手権の連覇。自分に追いつこうと全速力で追ってきている頼もしい仲間。

 

いつか、どこかのピッチで再会したい、社会人になっても仲良しでありたい仲間との絆。それを簡単に捨て去ることは出来ない。

 

「—————故郷がなくなった俺にとってみれば、ここはもう第二の故郷のようなものなんだ。近藤顧問には感謝しているし」

 

 

「あ—————」

その言葉で駆はハッとする。青葉の生まれ故郷は現在人が寄り付けない廃墟と化している。彗星落下の衝撃で街は消滅。機能も完全にマヒしており、人が住める場所でないのは明白だ。

 

—————故郷がない、消えるって、やっぱり重い、よね……

 

「—————悪いな、忘れてくれ。とりあえず今の俺はここを出るつもりはないし、普通の高校生が出来る場所でもあるからな」

 

「うん、そうだよね—————やっぱりここは、僕らにとって特別だ」

 

 

二人が今後のことについて話していると、高瀬と的場、夏目、的場、八雲がやってきた。どうやら、スポーツ紙の雑誌を持ってきているようだ。

 

「さすがの活躍だな、青葉、駆。ヴィクトリーの持田相手の股抜きは痺れたぞ」

 

日本代表のエースと目されていた持田を手玉に取ったあのプレーに注目するのは高瀬。ここしかない場所にピンポイントにパスを出せるテクニックはさすがの一言だ。

 

「俺なら決められたな、あれは。青葉なら必ず通してくる、俺たちフォワードは、その確率に全部をかけなきゃいけねぇし」

そして夏目は、あのフォワードではなくあそこに自分がいれば決められたと言い放つ。判断が遅く、飛び出すタイミングも遅れていた。つまり、まだ青葉を信頼しきれていなかったのだ。

 

「いい心がけだよなぁ、うちのフォワード陣は。ああいう風に前線でファイトしてくれると、守り甲斐もあるってもんだぜ」

 

うんうんと頷くのは八雲。どうにも球際で必死さが感じられるものの、何か甘い雰囲気があると考えているようだ。何か甘い、それはメンタルなのか、技術なのかは分からない。しかし、ETUのサイドバックは何か悩みを抱えながらプレーする若手が多い印象がある。

 

「特にサイドは、サイドバックとサイドハーフの共同作業だからね。攻撃側と守備側も関係ない。二人でサイドを守らないと。少しだけ比重が違うだけの問題だよ」

 

「おっ、頼もしい発言ありがとうな、的場。これなら、俺もいい感じに攻撃も守備も思い切りできるぜ」

 

そしてサイドのコンビは何か盛り上がる。最近、プレー中もその後のミーティングでも、話し込む姿が見受けられる。

 

「でさぁ、駆はどう思ったの? 練習に参加しているし、ETUってやれそうなチームなのか?」

 

夏目としては、仲間が所属するクラブがどのくらいなのかが気になるのだ。相当問題があるようなら、やはり不満を口にせざるを得ない。

 

「技術はあると思うよ。でも、切り替えが下手かな、とは思う。何かに怯えている、つまり降格の恐怖と常に対峙しているような重い雰囲気、といえばいいのかな」

 

歯切れ悪そうな口調で語るのは駆。一部の選手、能天気な司令塔や、青葉をライバル視している右サイドの選手はそうではないと確実に言える。しかし、その他の選手はどこかしらに問題を抱えている。

 

「—————降格した後の地獄や、常に残留争いに巻き込まれる環境が、選手を萎縮させたのかもしれない。なんにせよ、この空気を変えなきゃいけないが、中々うまくいきそうもない」

 

ヴィクトリー戦で痛感した練習時と実戦時の違い。2点リードした後に同点に追いつかれる脆さ、ディフェンスラインが下がり、押し込まれる時間帯が続いたこと。

 

 

王者相手に隙を見せた中盤の時間帯。あれを何度もやられると、得点で取り返せなくなる。

 

「なんかさぁ、2点リードで安心するっていう空気があったよな? 攻めなきゃいけないヴィクトリーにボールを保持させるって、ちょっとまあ、問題だろ」

 

俺なら、裏抜けで致命傷の追加点を奪ってやるけどな、と鼻息の荒い夏目。勝手に相手を過大評価して、ビビッてラインを下げた。

 

青葉と駆は知らないことだが、試合中に黒田と飛鳥が何度も意見を交わすシーンがあった。しかし結局ラインは下がり、同点に追いつかれて修正されたのだ。

 

「けど、監督は何か試験的な起用が多いな。選手たちに実感させるつもりなのか、見極めているのか」

 

なお、FC札幌戦は学業の為にベンチ外の青葉と駆。引き続き、飛鳥はスタメン入りを果たし、相方は亀井。達海監督は積極的に若手を起用し、シーズンを見据えた戦いを模索しているように見えた。

 

ベンチ入りメンバーには

 

GK  1番 緑川

RSB22番 石浜

CB 27番 亀井

CB 29番 飛鳥

LSB16番 清川

CMF 7番 椿

CMF 6番 村越

RMF15番 赤﨑

LMF21番 矢野

OMF 8番 堀田

CFW 9番 堺

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 14番 丹波(SH)、3番 杉江(CB)

MF 10番 ジーノ(OMF) 、24番 住田(CMF)

FW 25番 宮野(FW)

 

 

大幅にメンバーを入れ替えた監督達海猛。ベテランの堺の動きはキャンプ中も準備を怠らず、調子をキープしている。一方、途中出場でいい動きを見せている宮野は開幕入りへアピールなるか。トップ下には堀田。王子不在を考慮した陣形か。DF陣は飛鳥を除いたメンバーを総入れ替え。特に2戦連続スターターの飛鳥は開幕内定とみられる。

 

動きがなかったのは、ボランチ。ヴィクトリー戦で先制ゴールを決めた椿は引き続きスターター。村越も先発入り。この組み合わせも開幕の予想メンバーの一部なのだろう。

 

そして昨シーズンから不動レギュラーだった杉江が二戦連続でベンチメンバーに。控えキーパーの佐野は仕方ないにしても、2戦連続ベンチ入り、かつ出番なしの起用が続いている。

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  12番 鈴木(CB,SB) 5番 石神(RSB) 2番 黒田(CB)

26番 小林(CB) 、4番 熊田(LSB)

MF   28番 広井(SH) 13番 向井(CB)

FW   18番 上田(FW) 、20番 世良

19番 逢沢(学業の為)17番 宮水(学業の為)

 

 

 

試合は前半、引いて守る札幌に対し、ボールキープするETUという展開に。そのETUはルーキーコンビの代役ともいえる矢野と赤﨑が起点となり、攻撃を組み立てるがなかなかうまくいかない。

 

しかし、前半の27分。中盤のこぼれ球をカットし、縦に仕掛けた椿が左サイドからオーバーラップした清川にスルーパス。中に絞った矢野の空いたスペースをよく見ていたのだ。

 

このプレーが起因となり、堺がクロスボールに頭で合わせ、ETUが先制に成功。この後、前半は椿が攻守で上下に動き回り、ボールが集まりだしていく。

 

 

「足速いな。この選手」

 

「青葉並、とはいかないが、日本人では十分俊足に入る部類だ」

 

夏目は、中央でいいプレーを連発させている椿が、この試合でチームを活性化させていると感じていた。

 

「けど、ヴィクトリー戦も途中までは良かったよな? ファウルした後ガタガタになったけど」

 

「なんかムラがあるんだよなぁ、あの選手。ハマった時は凄いけど」

 

その後も、プレーの質が落ちず、椿はこの試合でキーパスを幾度となく供給するのだ。しかし、左サイド、右サイドのカットインがなかなか決まらず、クロスを放り込む単調な攻撃になってしまっている。

 

「あの右サイド、なんか視野が狭くないか?」

 

「クロスを誰に合わせるのか、タイミングも単調で、リズムがなぁ。それ言うならまともなクロスを入れられない左はもっとやばいが」

 

そして、ディフェンスラインのギャップを狙われるETU。センターバックの飛鳥がラインコントロールをしていたのだが、右サイドの石浜が上がり切れておらず、ロングボールで縦一本を取られたのだ。一転して大ピンチに陥るのだが、キーパー緑川がクロスボールを跳ね返し、セーフティにラインの外にボールをはじき出した。

 

「おいおい!! 飛鳥が何度も指示出していただろ、これ!」

 

「ちょっと飛鳥が指示しきれなかったのか? いや、飛鳥がそんなミスをするはずがない」

 

「事実、右サイドだけラインが低かった。それに、球際も負けていた。札幌はここに付け込むだろうな」

 

そのまま札幌ペースで前半は終了。リードしているとはいえ、内容が次第に悪くなるETU。後半開始直後も右サイドを狙い撃ちされ続ける為、監督達海猛は動く。

 

右サイド石浜に代えて、丹波がIN。ディフェンスの交代はあまり見たことがないが、それを実行する辺り、我慢の限界といえるのだろう。

 

さらに、攻撃の一工夫を入れる為、ジーノと堀田が交代。

 

 

「ダメだ、持ち過ぎだ、ザキさん!!」

 

「そこはクロスの方が————あっ!!」

 

思わず声をあげてしまう青葉と駆。

 

右サイド赤﨑の個人技の突破を止められ、ボールを奪われて逆にカウンター。前のめりになっていたETUがピンチを迎える。

 

またしても縦パスを通され、村越がチェイシングするが追いつけず、振り切られる。そのままドリブルで切り込んでくる相手選手ではあった。

 

しかしここで飛鳥のフォアチェックからのプレス。冷静に距離を詰め、簡単にボールを奪い返す。相手選手はファウルをアピールするが、

 

「小汚いマリーシアは通用しないぞ、本場はもっと上手い」

 

「スピードもフィジカルも判断力も全部負けてて、飛鳥さんを嵌めようなんて、烏滸がましいよ」

 

辛辣な口調の二人。特に駆の言葉はとても印象的だ。

 

そして、飛鳥はラインを上げるよう指示し、そのまま自陣深くからセンターサークル付近までビルドアップ。鮮やかなドリブル、ディフェンダーとは思えないようなテクニックで、10番ジーノにボールを通したのだ。

 

それを見た椿は全速力でデコイ。それに釣られ一枚削られた札幌はジーノへのチェックが遅れる。堺が開きながら位置取りをし直し、

 

彼の視界にコースが生まれる。

 

 

「おっ!」

 

「通した!」

 

「キーパー一歩も動けず!!」

 

ジーノの追加点となるミドルシュートが決まり、札幌に傾きかけていた流れを取り戻すETU。パスと見せかけて、堺と椿のデコイが生んだ、ジーノの左足。

 

「やっぱり交代か、きょうのザキさんはらしくないな」

 

「視野が狭いというか、何か焦りがあるかも」

 

ここで、右サイドが交代。石浜に続いて赤﨑もベンチに下がることに。悔しさを露にする赤﨑だが、唇を噛んだままピッチを後にする。

 

代わって入ったのは、スピードが武器の宮野。ヴィクトリー戦でいい動きをしていただけに、目に見える結果が欲しいところ。

 

 

その後、焦りからミスが生まれる札幌のパスワークに襲い掛かった椿がボールをカット。椿のボールカットを予測していたベテラン堺が簡単に裏に抜け出し、椿も彼を見ていた。

 

堺が何とかシュートまで持ち込むも、キーパーのど正面で、弾かれる。

 

が、セカンドボールに詰めていたのは先ほど投入されたばかりの宮野。相手との距離を確認しつつ、冷静にトラップした直後、キーパーの逆を突くファーサイドにシュートを流し込み、得点。

 

ダメ押しとなる3点目を記録し、いきなり結果を出した宮野。

 

「ゴール前冷静だったな。零れてくる前に確認したからこそ、だな」

 

「うん。後キーパーの逆を突くところもよかったかも。あれは良いと思う」

 

そしてここで、最後のカードを切る達海。左サイド矢野に代わって住田を投入。試合を完全にクローズし、札幌に反撃を許さずタイムアップ。

 

プレシーズンマッチ2連勝と開幕にいい弾みをつけたETU。攻守でチームに貢献した椿、途中出場で結果を出した宮野、先制点のアシストを記録した清川は勿論、攻撃面ではジーノ、苦しい時間帯でハードワークしていた村越もよかったと言える。

 

何よりも重要なのは、飛鳥の出来具合だ。外国人選手との間合いをすぐに学習し、競り合いを制すようになっている。事実、デュエル回数は7回もあったが、その全てで相手選手を止めている。ロートルとはいえ、相手は実績のある助っ人選手だ。飛鳥の読みの深さが勝った形となった。

 

余談だが、飛鳥曰く「青葉と駆を相手にする方が難しい」と同僚らに零していた。

 

「無失点こそ記録したけど、ベストゲームというわけではなかったかな。飛鳥が手綱を握らないと、全体的に下がる傾向にあるし」

 

「ジーノさん、プレシーズンでも一度だけアリバイ作りましょうよ」

 

ETUはリードしていると下がる傾向にある。だが、展開力と保持する技術が低いチームでは、相手チームに押し込まれる状況を招く。

 

「キヨさんのクロスがいい感じだな。もっと要求してみるべきか」

 

逆サイドの大外を狙う精度も十分見込める清川のクロスボール。折り返してサイドチェンジで相手を揺さぶり、スペースを見つける。これも戦術の一つとしてはいいかもしれない。

 

「外で見るとチームメートのプレーもイメージしやすいね。もしかして達海さんはこれを見越してスギさんをベンチに入れたのかも」

 

守備の要であり、キャンプ中もいい動きをしていただけに、彼に対する起用は不可解ともいえた。しかし、駆の予期した通りなら、達海は相当な信頼を杉江に寄せているのだろう。

 

「ところで、新入生はどんなのが来そうなんだ?」

気になるのは江ノ島の新戦力。青葉と駆が抜けた後、今年で引退する主力組に代わる戦力はいるのかという話だ。

 

「埼玉から有望な一年が来るって話だ。キーパーも地元で有名な大型選手が来るって話だったぜ。後は、地元、県外のユースに上がれなかった選手とか」

 

埼玉から来るのは2名。なんでも二人は幼馴染だという。後、マリナーズジュニア所属のウィング。そして、サイドバックの選手が来るらしい。

 

「埼玉かぁ。それに、ジュニアにいた選手なら、ある程度できるし、昇格できなかった悔しさを当てにできる」

 

ユースから代表になれる選手もいなくはない。しかし、球際やここぞの時に結果を出せる選手が多いのは、昇格できなかった選手のイメージが強い青葉。

 

「ところで、その目玉って言える埼玉の奴はどんな選手なんだ?」

 

「昔はとんでもなく上手かったらしいけど、大けがをしたとかなんとか。まあ、状況判断の速い選手ってのは、岩城さんの話だ」

 

 

「なるほどな。正直会って話がしてみたいと思うよ。ジュニアの時、一学年下にとんでもない子がいたと、楓も言っていたしな」

 

少年サッカー時代、海外試合の経験がなかった青葉は、その男の事情を知らない。一学年下に活きの良いフォワードがいたというが、浦和ジュニアユースに入団して以降、あまり話を聞かないという。

 

「————確か、久世————久世竜彦だったな。もしかすればプロで会えるかもしれないな」

 

 

「兄ちゃんも確かそんな名前の選手がいたと言っていたかも。後、世界大会の時凄かったって話、たぶん名前は—————名前は、一条龍! 一条龍だよ、青葉!」

 

 

「一条龍? そういえば、埼玉で有名になっていた天才サッカー少年だったな」

夏目はその時試合を見ていたという。まるで逢沢駆がいたかのような技術の高さだったと。

 

 

しかし、彼が消えると同時に活躍をし始めた青葉にはあまり印象の残らない存在でもあった。

 

————早熟の天才が早々に消えるのは何も珍しいことではない。彼はもう一度這い上がろうとしているんだな

 

 

しかし、噂を聞けば聞くほどいい選手だということは理解できた。

 

 

「なるほどな。奴がいれば、江ノ島もあと3年は安泰だろう」

青葉は、江ノ島が有望な選手を見つけられたと安堵していた。

 

「俺らのことはスルーかよ」

八雲がニヤニヤしながら突っかかる。そんなに入る前の選手を評価しないでくれと。

 

「何言っているんだ? 連覇するんだろう? 今年も」

 

青葉としては、2年間は勝てると踏んでいた。蹴球の勢いは完全に鳴りを潜め、獲得競争に敗れた鎌学と葉陰。まるで上積みが感じられなかった選手権での各都道府県のライバル。

 

逆に未来の日本代表の選手層が心配になるほどだ。

 

「ところで、やっぱり開幕は内定なの? 二人とも」

 

ここで的場が本題に入る。果たして彼らは開幕メンバーに内定できるのかを。

 

「結果は出したつもりだよ。うん、入れるようトレーニングするだけかな」

 

「開幕戦で磐田を叩いて、弾みをつけないとな。駆は田辺選手という日本代表が相手だと思う。いきなりアピールできる機会が出てきたぞ」

 

日本代表に対して挑戦的な言い方。事実、相対すれば青葉は99パーセントの確率で彼を抜き去ることが出来ると断言できる。残り1パーセントは自分のミス。それ以外は万に一つ負ける要素がないと確信できた。

 

—————栗澤さん以降、まともな右サイドバックが出てきていないな

 

ETU不動の右サイドバックにして、世界のトップスコアラーと渡り合った栗澤の後釜に苦労している日本代表。これが晩年お荷物クラブといわれたチームから生まれた奇跡。

 

クロスボールに定評があるらしいが、ディフェンスは今一つ。

 

 

一方、江ノ島高校に進学することが決まった新入生の動きは様々だった。

 

 

横浜マリナーズユースへの昇格が叶わなかった矢沢和成。彼はユースを経てのトップ昇格を狙っていたが夢破れて、プロに一番近い高校とさえ言われ始めた江ノ島の門をたたいたのだ。

 

————ここには、あの宮水青葉がいるんだ。それに、逢沢駆も

 

あれほどの逸材を獲得した江ノ島と、その環境下で急激な成長を遂げた逢沢駆。他にも全国クラスのレギュラーがひしめく層の厚さ。

 

————絶対に成り上がって、プロになってやる!

 

矢沢少年の野望はめらめらと燃え上がる。ETUとのルートが開通したこの高校のコネを使えば、結果を出した先に道は開けると。

 

 

 

そして、埼玉から神奈川へと移り住むことになる不運の天才、一条龍。そしてその幼馴染の青梅優人。一条のポジションは二列目のアタッカーだ。そして青梅のポジションはサイドバック。どちらも運動量が豊富な選手だ。

 

「凄い勢いだよね、江ノ島高校って。高校1年生にして選手権で最多得点を記録した逢沢駆に、世代最強のプレーヤー、宮水青葉。そしてその影響を受けたほかの選手たち。レベルが高そうだよ」

 

青梅が最初は臆するような江ノ島の選手層の厚さ。サイドバックには不動のレギュラー八雲がいる。大学進学が濃厚な彼は、すでに争奪戦が開始されている。

 

攻撃陣には空中要塞にして足元も向上した高瀬、ドリブラー的場に、新進気鋭のフォワード夏目。司令塔荒木に、織田と堀川のダブルボランチ。他にも、1年で力をつけた成り上がりを狙う他の選手たち。

 

プロという世界が身近になったことで、チームは限りなく活性化していた。

 

「ああ。けどやっぱりやりがいはある場所だと思うぞ。プロへの最短距離。ここで活躍して竜彦に追いつくんだ」

 

ユーゴスラヴィア連邦出身の名監督だったミルコのアドバイスとその伝手を頼り、岩城監督と会うことが出来た。

 

——————僕は君達選手に、まずはサッカーを好きになってもらうことが大事だと思っているんだ

 

サッカーを楽しむこと。思えば練習風景も単に声を出すのではなく、指示を伝えあったり、他者とのズレを修正するためにコミュニケーションが絶えなかった。

 

————そしてその上で、サッカーで成り上がるつもりなら、大きな目標を持ってほしい。浮足立たず、驕らず、堂々とその夢を目指してほしい

 

青葉や駆に影響され、もっとレベルを上げたいと願う選手たちに溢れていた。

 

————僕もまさか、ユーゴの名伯楽と会えるとは思わなかったよ。そして君は彼に見込まれた才能ある選手だともね

 

 

岩城との邂逅を思い出した一条は、入学後が楽しみで仕方なかった。

 

「一緒にプレーできる機会は訪れなかったけど、高校サッカーで一度だけでもやりたかったな」

あの状況判断の速さと個の力。そして世代最速といわれるその加速力。縦に早いサッカーの申し子といっても過言ではない。

 

あのミルコでさえ、驚愕するほどの選手。「まさかのこの時代に、ロナウドを見るとは考えていなかった」と絶句したほどだ。

 

彼よりも厄介なのは、視野の広さとそのパスの精度。クロスボールは既に世界標準レベルを超えている。

 

「龍ちゃんが目指す展開の速いサッカーには、これ以上ないほどの選手だよね。江ノ島もリアクションもポゼッションも、臨機応変に変化するし、相当レベル高いよ」

 

走力面と戦術面で、高いレベルを要求される強豪校。多少下手でも戦術を理解すれば勝てるというサッカー。自分のやるべき仕事を持ち、それ以外も伸ばすことを咎めない。

 

「まあな。けど優人。俺のサッカーじゃなくて、江ノ島のサッカーだよ。それに、今の俺とあの人じゃ、レベルが違いすぎる」

 

「そ、そんなことないよ! 龍ちゃんだって中学で修羅場を経験したし、龍ちゃんは負けてない!」

 

うーん、と内心悩む一条。優人はどうなのかは知らないが、龍にとって青葉は高すぎる目標だ。今や現代日本サッカーの中で二列目の競争は最激戦区といっていい。ならば、圧倒的な個人能力を持ち、連携が出来る選手が優先される。

 

今の自分では青葉はおろか、他の選手にも劣ると。

 

そんな梅人の意気を宥めつつ、一条は話題を変える。

 

 

「けど、アンナまで入学することはなかったと思うんだけどなぁ。江ノ島にスケートリングは無かったろ?」

 

「あ、あはは……そ、そうだよね………」

苦笑の青梅と、首をかしげる一条。一体なぜそんな態度を取られるのか分からない彼と、幼馴染の鈍感さに頭を抱える青梅。

 

なお、神奈川市内のスケートリンクに通い、怪我を完治した後は目の覚めるような演技で日本代表候補に上り詰めることになる二人が話をする件の少女。

 

 

青葉と駆がプロへの階段を上りつつある中、江ノ島も新戦力を招くことで、今年も王座を奪いに行く体勢は取れていた。

 




変化するチームの中で生き残れる存在と弾かれる存在。それはリーグ終了後にはっきりするでしょう。その前に夏の移籍期間も今年は多くの変化を齎すかも。


そして一般人にとっての青葉の論調はまだ「アマチュアで活躍した早熟の天才」

サッカー通は理解していても、一般人の青葉に対する評価は冷ややかなものです。


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第五十四話 序章

ついに騎士王と超常現象が歴史を変えていきます。

ついでにETUの歴史も変えていく模様。




第五十三話から連続投稿ですね。


順調な歩みを続けるETUと江ノ島高校。いよいよ日本のサッカーシーズンの開幕が近づく中、ETUにとっては複雑なビッグニュースが飛び込んできた。

 

 

—————U20ワールドカップ本選の起爆剤か? 飛び級で世界に刻め、ルーキーコンビ!!

 

 

————攻撃のオプションに新進気鋭の超高校級合流へ!! 宮水、逢沢召集か?

 

 

———王者相手に一歩も引かず! ETU期待の若手が世界と対峙!

 

 

日本代表は今月15日、5月30日に開幕するU-20ワールドカップメンバーの招集メンバーに飛び級でETU期待のルーキートリオを招集する動きがあると確認された。世代別ですでに結果を出している逢沢駆、宮水青葉といった新進気鋭の若手に、守備の要でもあった飛鳥亨の好調ぶりが今回、協会の御眼鏡に止まったようだ。

 今回の世代別代表は堅守速攻の縦に早いサッカーではあるが、決定力不足が目立つ通り、U19アジア選手権では、1試合平均1点を割りかねない低調ぶり。延長を2度戦い抜くタフネスこそあるが、攻撃力に不安を残す内容が多かった。

 もしこの召集を現実のものとするなら、最後の強化試合でもある4月7日、4月10日のコロンビア、チリとの二連戦のどこかで出番があるかもしれない。

 そしてその代表発表の日は、3月20日の午後3時より行われる。

 

 

 

ETUフロントとしては、代表からの連絡は確かにあった。4月の強化試合2連戦、つまり、4月初旬から4月10日まで宮水選手と逢沢選手、飛鳥選手を出してほしいとのことだ。

 

「実力のある選手の宿命、かもしれませんね」

後藤GMは強豪国との二連戦となるこの強化試合に三人が招集された場合、ジャパンカップ札幌戦、リーグ戦第4節の名古屋グランパレス戦、第5節の横浜マリナーズ戦とカップ戦の清水インパルス戦での出場が不可能となる。第6節の浦和レッドスター戦にこそ出場できるかもしれない。

 

そして問題の五輪代表召集の問題。アジア予選という厳しい戦いの中、この世代もまた得点力不足が叫ばれている。もし、U20代表と、五輪代表を兼任する形になれば、彼らの長期離脱は避けられない。

 

リーグ戦第12節のジェム千葉ユナイテッド戦、そして前半戦の山場の一つでもある13節の川崎フロンティアとの対決で、彼らに頼れないということになる。

 

そして、もしもU20ワールドカップに選出されたならば、5月30日の第14節のFC札幌、6月7日の15節のウィッセル神戸戦の出場は不可能となる。

 

何とか16節の鹿島ワンダラーズとの試合には間に合うだろうが、難しいコンディションを強いられるかもしれない。

 

前半戦のリーグ戦の6試合で彼らを欠く状況。これがどう影響するのか。

 

「確かに、他のチームならば20歳が主力というチームは案外少ない。離脱してもそこまでのダメージはないだろう。しかし、あの三人は突出している」

 

栗澤も、彼らの実力は既に代表候補に名乗りを上げるにふさわしいものだと認めている。

 

「広報の立場としては、世代別のワールドカップ、五輪代表と活躍してくれるのは嬉しいんですけどね。主力を抜かれるのはちょっときついなぁ。でも、こういう時こそベンチワークとチームワークでしょ?」

 

有里も、ETUの起爆剤となるはずの彼らがいないというのはまずいのはわかっている。しかし、そういう時こそクラブの真価が問われると言い放つ。

 

「監督としては、どうなんだ? 横浜と千葉、名古屋、川崎、神戸との試合での秘策はあるのか?」

 

「後藤ちゃん、俺も魔術師じゃないからねぇ。無から何かを生み出せるわけじゃないぜ。でもさ、そういう時こそ殻を破るチャンスなんじゃねぇか? そういうメンツはそろっていると、俺は思うけどね。ま、俺もただ指をくわえとくわけじゃねぇよ。勝負事なら全力でやるし、手を抜くつもりはねぇ。ベターな選択をするさ」

 

少しずつではあるが、悪癖から脱却し始めている選手がいる。その筆頭は堺だ。開幕戦のフォワードは世良に決めているが、続く試合で使ってみたいと思える選手といえる。

 

準備を怠らないし、コンディションも整えてくれる。ああいう選手は好みだ。

 

若手では椿と宮野。後は清川。この三人は伸びてきている。椿はまだプレーにムラがあるものの、ハマった時は手が付けられない。宮野は青葉の動きを参考に、プレーの質が変化し始めている。宮野は仕掛けが早くなった。自分の武器であるスピードで相手を威圧し、プレースピードを上げようともがいている。彼は右サイドハーフでもプレーできていたが、最近は右が利き足の左サイドハーフというトレンドもある。鍛えれば両サイドでプレーできる彼にとっての強みになるかもしれない。

 

最後に清川。守備に課題はあるが、逢沢とコンビを組ませればそこまでの火傷も少ないだろう。何より、精度の高いクロスボールと突破力。攻撃的にいかなければならない現状、彼の実力は得難いものだ。

 

しかし、個の力で流れを変えられても、試合に勝てるかは別問題。相変わらず、守備の寄せは甘い。セットプレーのチャンスを与えていないのが逆に怖いほどだ。

 

攻撃と守備の連係が未だに悪く、中盤が間延びしやすい。中盤を壊されたら試合をコントロールすることも難しくなるし、押し込まれる。

 

「ま、成るようになるさ。けど、目の前の大仕事は磐田との一戦だ。リーグ戦の初陣でいいとこ見せなきゃ、サポーターも俺のことを認めてくれないだろうしさ」

 

 

 

 

 

 

開幕前夜。椿はある人物にメールを貰っていた。それは自分にとっては雲の上のような人で、今を時めく有名人だ。

 

「そうなんだ。無事にスタメンに入れたんだね」

 

 

「う、うん。何とかね。でも青葉君も駆君も凄い。1年目からあんなに先輩選手にはっきりモノを言えるし。僕なんか、最初の1年は数えるぐらいしか喋れてないし」

 

 

何もできなかったと痛感した移籍1年目のシーズン。期待された若手の一人として活躍を願われたが、サテライトで結果を出せず、ベンチに入ることすらできなかった。

 

そんな自分とは違い、二人は堂々と守備や攻撃に関して自分の考えを発現する。ああいう選手が伸びていくんだなと。

 

「でも、大介はそれに気づけたじゃない。意見を言うことが悪なの? 貴方がそう思うのなら、それは間違いなく自分自身の本音。確かに言うべきタイミングとそうではないタイミングはあるかもしれない。けど、それは状況が教えてくれる」

 

 

「—————う、うん。努力、してみるよ」

 

 

「——————もう、そんな覇気のない声でどうするの! せっかく舞衣ちゃんたちと見に行こうって約束しているのになぁ」

 

 

「え!? で、でも開幕は!? そっちだって」

 

まさかの観戦宣言である。椿は驚愕する。自分なんかの為に見に来てくれるなんて、思ってもいなかった。

 

「だって、貴方を応援するって決めたから。だったら、余程の事がない限り開幕戦ぐらいは応援したいなって」

 

 

「—————————————」

 

 

「—————? 大介?」

 

 

「————う、うん。ありがとう―————」

 

 

今まで経験したことがない感情だった。こんなにも身近に誰かに応援されるという経験はあまりなかった。だが、本当にそれだけなのか。今自分が感じている緊張は、失敗を襲えれている弱虫の自分が発しているものではない。

 

何か別の、何としてもしくじりたくないという見栄が先行していく。その理由を椿はまだ知らないままだった。

 

 

 

 

そして、開幕戦となる3月7日。磐田との一戦。下克上を狙うETUは、スターティングメンバーにルーキー二人を投入。注目の飛鳥はベンチスタート。

 

 

GK  1番 緑川

RSB22番 石浜

CB  2番 黒田

CB  3番 杉江

LSB16番 清川

CMF 7番 椿

CMF 6番 村越

RMF17番 宮水

LMF19番 逢沢

OMF10番 ジーノ

CFW20番 世良

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 14番 丹波(SH)、   5番 石神 29番 飛鳥(CB)

MF  8番 堀田(OMF) 、15番 赤﨑

FW 25番 宮野(FW)

 

ヴィクトリー戦のメンバーがベースとなっており、変更点は左サイドバックに清川を抜擢。石浜はキャンプまで好調をキープしており、開幕スタメンに。

CBには黒田と杉江のコンビ。ここは鉄板か。中盤は椿と村越のダブルボランチ。二列目は機動力に優れたサイドと、司令塔ジーノ。キャプテンマークは村越。

 

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  12番 鈴木(CB,SB)  (RSB) 27番 亀井(CB)

26番 小林(CB) 、4番 熊田(LSB)

MF  28番 広井(SH) 13番 向井(CB)

24番 住田(CMF) 21番 矢野(SH)

FW  18番 上田(FW) 、 9番 堺

 

 

 

 

その試合は、序盤ETUペースで進むかに見えた。序盤から攻勢を強め、プレッシャーをかけるETUに対し、押され気味の磐田。

 

————こいつら、ペース配分考えているのかよ!?

 

————前半で決着をつけるつもりか!?

 

磐田の選手は動揺を隠せない。とにかく最短距離でゴールを狙ってくる東京の攻めに対し、戸惑いを見せている。

 

一方、ETUの選手の反応は————————————

 

 

————いける、いけるぞ!

 

石浜は手ごたえを感じ、ラインを上げていた。あの強豪磐田を押していると。

 

————俺たちは変わるんだ、今年こそ!

 

そして彼と同期入団の清川も攻め急いでいた。今は自分たちのペースだと。

 

————俺たちは変わる。今年こそ————

 

村越も、序盤からいい動きが出来ていることに手ごたえを感じていた。監督が志向する走る攻撃的なサッカーになってきている。

 

————おいおい、ライン上げ過ぎじゃねぇか、スギ?

 

————序盤に圧力を与える作戦はダメではないが————

 

最後尾はこの作戦に疑念を抱き始めていた。浮足立っていると感じた序盤の入り。あの村越も前のめりになっている。ここは方針を一つにするべきなのだろうかと。

 

 

————なんか、違う。この感じ、あの時と何か違う。似ているようで、何かが

 

 

そして椿は村越の上がったスペースをケアしつつ、中盤から見えた、チームに対する違和感を覚え始めていた。ヴィクトリー戦も前に出て奮戦していたイースト東京。この試合も前に出て戦っている。しかし何かが違う。

 

 

————おいおい。ペース配分とか知らないのか? ほぼスリーバックじゃないか、これは

 

————バランスが悪い。このままセカンドボールを奪い続ける作戦じゃ、いつかカウンターを食らうかも

 

両サイドのルーキーははっきりとチームの歯車が狂いだしていると感じていた。何か危うい、カウンターを受ける前の状態を強く想起させる状況。

 

「————————————————」

ベンチで戦況を見つめる達海も鋭い視線を外さない。

 

 

「行けますよ、これ。いいはいり方じゃないですか!」

コーチ陣も序盤の入りにしてはいい感じだと、考えていた。

 

 

両サイドからのクロスボールを跳ね返し、セカンドボールを奪えない状況下、

 

「あっ!」

 

セカンドボールの目測を誤った椿が磐田にセカンドボールをついに許してしまったのだ。一転してピンチ到来のイースト東京。

 

しかし、序盤から運動量を上げていくETUはすぐにボールホルダーの日本代表田辺にプレッシャーをかけ、黒田がその上りを遅らせる。

 

そして、誰もいないはずのゴール前への乱雑なクロスボールを上げさせる。

 

—————へっ、名手田辺がミスキックとはな!!

 

だが、前に出過ぎていた緑川の頭上をボールが通り過ぎ、ゴールネットを揺らしてしまったのだ。

 

『ああっとはいってしまったぁぁぁぁ!!! 磐田先制!!! 決めたのは田辺!! 意外な形でゴールが生まれました!!』

 

『クロスボールの精度が狂って功を奏しましたね。キーパー緑川も読み切れなかったでしょう』

 

 

 

「————ッ」

 

駆は唇をかむ。恐れていたカウンターでの失点。しかしすぐに両手で音を鳴らし、

 

「切り替え切り替え!! まだ序盤です! コンパクトに方針を統一させて、攻めましょう!!」

 

一方、いきなりの不運な失点を喫したイースト東京に対し、

 

「おいおい、あっさり決められたぞ。大丈夫かよ」

 

「前に出ていいサッカーしているし、とりあえず殴り合いの試合になるだろ?」

 

「——————ッ」

 

サポーターもある程度楽観している面々と、何か歯車が狂いだしていることに気づく者とに分かれていく。

 

「ああ、もう! サイドバックが上がり過ぎてスリーバックみたいになっているわ!! つっくんがバランスを保とうとしているのに、何よこれ!」

 

「ちょっと入り方が雑だったわね。攻めるのもいいけど、前の選手が得点を狙い過ぎているわ」

 

「駆も、戻ろうとしていたけど、サイドバックが空いた穴はケアしきれないし」

 

 

 

ピッチ上では、言葉が幾度となくかわされていく。

 

「いや、ここはいったん落ち着かせるべきだ。相手はカウンター狙いで来るぞ! まだ序盤、焦って点を取りに行く必要はない!!」

 

「そうだ! まずは落ち着こう!!」

 

「まずは守備からだルーキー!! 攻め急いだ結果がこれじゃ話にならねぇ!!」

 

しかし、中堅、ベテランの判断は違う。

 

「お、俺の空いたスペースを—————」

放心状態の清川。浮かれ過ぎていた自分を殴りたくなるような焦燥感。失点の原因は明らかに自分だと。

 

「切り替えてください、キヨさん!! 地に足付けて、ここはコンビで相手サイドを崩すべきです!!」

 

ミスのスポーツでもあるサッカーでミスを引き摺るままでは試合には勝てない。駆が年上の選手に臆さず喝を入れていく。

 

しかし、先ほどのロングボールの残像に臆した最後尾が上がらない。

 

「もっとラインを上げて!! このままじゃ、間延びした中盤を狙い撃ちされます!!」

 

「バカ野郎!! まずは守備だろうが!! 2点目を食らったらいよいよやばいぞ!! 序盤で2失点とか、絶対に許しちゃいけねぇだろうが!!」

 

駆と黒田の口論が起きるが、黒田はラインを上げない。杉江も理解を示してはいるが、駆の要望には応えない。

 

「バッキー! 仕方ないので、今はアンカー気味に守って!! こっちもフォローします!!」

 

駆は仕方ないと言わんばかりに椿に指示を出す。このままでは間延びしたスペースを狙われるし、それを見逃さない磐田だ。

 

「何やっているんすか!! 今は同点を狙うべきでしょう!!」

 

「僕のパスが効果的な位置までラインを上げてほしいんだけど」

 

 

そしてベンチの指示は下がるな、という命令。駆はこの混乱している指揮系統ではどうにもならないと思い始めていた。

 

————ダメだ、ここで下がったら反撃のチャンスすらなくなる。かといって僕まで上がったら椿さんの負担が……

 

 

「俺に預けてくれ、ジーノさん!! 何とかできるところまでビルドアップするし、抜け出せばチャンスを確実にとるので」

 

「確かに、この寸断された状態で出来ることは君か、バッキーの足しかないね。分かった、一瞬でも油断しないでおくれよ? 僕は君に最善手のパスしか出さないから」

 

そこで、青葉とジーノが決死の作戦を思いつく。青葉の脚力に依存する作戦。しかし、それしか現状手立てはない。ピッチの選手たちは行き詰りつつあった。

 

 

だが、状況は待たない。苦手のセットプレーからチャンスを作られ、何度も追加点の危険に晒される。

 

そして、ボールを保持して相手の出方を窺う磐田のボール回しに、しびれを切らした黒田が釣りだされてしまった。

 

「待て、クロッ!! それは罠だ!! 戻れェ!!」

 

杉江が静止するも黒田が簡単に抜かされた後だった。2対1という絶望的な状況を作り出され、追加点を許してしまう。

 

『決まった追加点!!!! 決めたのはU20日本代表のエース、小川良知!! 開幕ゴールは、チームを勝利へと導く、追加点となるのか!! 前半18分!!』

 

『ドリブルですよねぇ。相手の間合いを冷静に見極めて仕掛けましたね! プレシーズンマッチは好調のETUでしたが、厳しくなりましたね』

 

『波乱の中心と思われていたイースト東京ユナイテッド! 前半は苦しい展開!! 2点ビハインドを背負います!!』

 

 

 

「もう前に出るしかない。腹をくくるしかないんだ!」

 

「けど、それじゃあますますカウンターの餌食に……!!」

 

 

チームの意志が統一できない。崩壊していく戦術。

 

 

果敢に攻め込む姿を見せる磐田。徐々に中盤も押し込められてしまい、反撃の糸口さえ消えかかった絶望的な時間帯が彼らから闘志を奪う。

 

————こんなはずじゃぁ!!

 

————俺たちは変わる、そのはずだった————ッ

 

自分自身への失望が、彼らの足を鈍くさせる。尚も襲い掛かる磐田攻撃陣。

 

 

『ああっと抜け出されたが止めたぁぁぁぁ!!!』

 

中央でカウンターを阻止した村越がカード覚悟のファウルで止める。前掛りにならざるを得ないETUの窮地を救う。

 

『しかし、これはイエローカード! 村越に一枚目です!』

 

 

それでも、そんな絶望の中で足掻く選手たちがいた。その先陣が村越であり、反撃の狼煙を上げるのは、やはり7番だった。

 

 

 

 

「チェイシングしてボールを追い込みましょう!! 前半いい形を作って、前に出てチームを立て直すんです!!」

 

椿が大声で吠える。内気で大人しい、チキンな彼が意地を見せている。

 

「このままじゃ終われない!! 俺は終わりたくない!! ですッ!!」

 

椿が闘志を見せている。そして、彼のプレースタイルは常にフルスロットル。彼の闘志が徐々に失いかけていた中盤での影響力を取り戻させていく。

 

—————なんで、ここまで俺、熱くなっているんだ?

 

自分でも分からないほど、強い感情を解き放っている椿。まだその理由を知る瞬間は訪れない。

 

 

椿単独の高速プレス。単純だが最も効果的な突進力。彼のそれは中央での縦パスを防ぎ、パスコースを限定させていく。がむしゃらに、中央を走り回る椿の動きは空回りしていた。彼にだけ疲労が加算されていくプレーだった。

 

 

—————お前がここまで体を張って、最年長の俺が意地を見せられないのは————

 

だが、椿の努力を空回りにするかどうかは、自分たちが決めることが出来る。

 

 

もはや磐田の選手は安心していた。だからこそ、大やけどをしない選択を選んでいた。安易なパスコースを、それでいてチャンスメイクの起点になれるコースを探していた。

 

「っ!!」

 

だからこそ、ミスターETUの読みの鋭さに追いつかれてしまう。ベテランとして、長らくこのチームで第一線を張り続けてきた、彼の意地のプレーだった。

 

『ここでパスカット!! ETUの左サイドを狙った磐田のパスが防がれ、逆に楔のパスが入る!! ああっとここで、17番宮水のドリブルが始まる!! すごいスピードだ!!』

 

 

疾走するのは、ミスターETUの執念の縦パスをトラップし、トラップと同時にさらに加速する右の快足ウインガー。

 

世代最速の男、宮水青葉。

 

 

彼はトラップと同時にマークについていた相手選手を完全に振り切り、独走状態に。青葉は互いに数的に乏しいこの状況下で、下がりながらのディフェンスを強いられるセンターバックにフェイントで圧力を加えながら縦に突破していく。

 

—————くそっ、踏み込めば抜かれる、だが、かといって離れ過ぎると————

 

 

距離を話してしまえば、単純な脚力でゴール前への侵入を許してしまう。近づけばアンクルブレイクが待っている。どちらの選択も出来ず、中途半端に青葉をケアする状況に。

 

 

—————お前は、どんなゴールを奪いたいのか。それを試合前に考えとけ

 

 

キャンプの最中、青葉とともに磐田ゴールに迫る男は、監督に言われた言葉を思い出していた。

 

 

————お前は体格もない。技術だって並の選手だ。だけど、お前の運動量は、お前の直向きなプレーは、チームを勝利に導くこともあるんだ

 

 

体格がないというハンデをどうとらえるのか。持ち前の運動量をどう活かすのか。

 

————フォワードに求められるのはボールを持っていない動き、そして一瞬の抜け出し。

 

 

だけど、と監督はあと一つを付け加える。

 

————自分でスペースを生み出す。それが出来ればお前は——————

 

 

磐田の相方のセンターバックは、その男のファーサイドへと流れる動きを警戒していた。中央からは椿がものすごい勢いで走りこんできている。三列目からの強烈なスプリント。それが、彼に対するマークを薄れさせたのだ。

 

 

ここだ、と彼は心中で思う。青葉は相変わらずゴール前が見えている。だから彼が自分の求める最高のタイミングでボールを供給するかもしれない、

 

その確率にすべての浅知恵をフル活用した。

 

 

 

プル・アウェイ。姿勢を低くしながら、すり抜けるような逆の動き。そして気づいた相手選手を制する手の使い方。

 

その刹那だった。ここしかないピンポイントの場所へ、高精度な高速クロスが打ち上げられたのだ。

 

 

その男は—————フォワードの世良は、ここまで見事なクロスが自分の頭にくる経験をしたことがなかった。

 

—————お前を信じてよかった、

 

イメージが、青葉と世良の未来が合致する。

 

————お前を信じた、俺を信じることが出来たッ!!

 

 

後は合わせるだけ。首を振りながら世良は向かってくるクロスボールの軌道を逸らし、ゴールへと流し込むだけだったのだ。

 

 

『一点返したァァァぁ!!!! やはりこの男のクロスボール!! そして見事なゴール前での動き!! ETU反撃は、今期からレギュラー定着を狙う、若手の世良!! そして宮水青葉、これがプロ初アシスト!!』

 

『完璧なタイミングでしたね! 世良選手の動きを見ていた、そしてそこに通すだけの技術ですよ!! 世良選手の抜け出しを無駄にしなかった、個の力が叫ばれる時代ではありますが、このゴールはいいものです!!』

 

こんなところで、開幕でサポーターを失望させるわけにはいかない。ETUの反撃が始まる。

 

 

磐田は右サイドの青葉の突破を恐れ、ラインが次第に下がっていく。何より誰も青葉からボールを奪えないのだ。華麗なボールテクニックと不可思議な間合いで、誰も彼に触れることすらできない。

 

 

————なんで捉えきれないんだ!!?

 

 

————奴は魔法でも使っているのか!?

 

 

困惑する恐怖の対象。独特の間合いは日本人選手を翻弄する。そして、

 

 

「っ!!!」

 

躊躇し始める磐田のプレースピードが緩くなる。そしてそれを許す椿ではない。尚もチェイシングを止めない彼のプレスが、相手中盤の選手に左へはたくという選択肢を誘導する。

 

————椿さんの攻撃的な守備が、磐田に焦りを生んだんだ!

 

もっと言えば、世良の動きと青葉の個人技。少しずつ流れは傾き始めていた。

 

 

だからこれは、きっと必然なのだと、駆は思う。

 

 

『ここで逢沢ボールをインターセプト!! 読んでいました左サイド!! そしてすぐにジーノへ!! あっと縦パス!!』

 

ジーノは動き始めていた青葉に対し、一切の甘さを捨てた全力のパスを披露する。今までの彼からは考えられない、苛烈なパス。

 

正確なボールコントロールが信条の彼が、珍しく感情を乗せたロングフィード。

 

 

サポーターも蹴った瞬間はジーノのミスキックと思ったほどだ。

 

 

「ここでミスかよ!!」

 

「くそっ、カウンターが!!」

 

落胆するサポーター。誰もあんなスピードのボールに追いつけるはずがない。誰もが前半の勢いは終わったと、思っていた矢先だった。

 

「ちがうっ!! 青葉ならきっと追いつける!! だって彼は!!」

 

 

 

「彼の足なら必ず、追いつけるっ!!」

 

 

ピッチに立つ彼は、静かに微笑んでいた。

 

—————君なら追いつけるのだろう、青葉?

 

 

その苛烈なパスに追いつく彼の疾走を見て、彼は確信していた。

 

 

『抜けたァァァっぁ!!! 右サイドからの抜け出しで、完全にフリーだぁァァァ!!!』

 

 

「なんだぁあれは!!!」

 

「あのパスに追いつけるのかよ!?」

 

「ばけものが!! あれに追いつける日本人がいるのかよ!!」

 

「誰でもいいから止めろぉぉぉ!!」

 

「ファウル覚悟で止めろぉぉぉ!!」

 

 

悲鳴のような声が出るのは、磐田の応援席。怪物の疾走、怪物の一撃。先ほどの彼は、クロスから磐田の守備を切り裂いた。

 

そしてついに、化け物自らがゴールを奪いに来たのだ。

 

 

完全にフリーの状況。PA内に侵入した青葉の強烈な一撃がキーパーにしりもちをつかせたのだった。

 

 

『突き刺したぁぁァァァ!!!! ETU同点!! ETU同点!! 決めたのは16歳の宮水青葉!! 史上二番目となる速さでの快挙達成! しかも、プロデビュー戦、開幕戦でのゴールは史上初!! アシストとゴールの両方を達成したのも初の快挙!!』

 

 

大歓声がこだまする隅田川スタジアムが揺れ動く。歴史が動いた。歴史が動き始めている。その伝説の瞬間が今もなお起きている。

 

彼らは全員が、歴史の立会人と化していた。

 

 

『やはりその実力は本物か!! 怪物、宮水青葉!! 日本のフェノーメノ!!』

 

 

『一瞬の抜け出し、そしてジーノからの鋭い縦パスに追いつく脚力。とんでもないですよ、これは。二人の間に信頼がなければ出せない、難しいプレーでした!』

 

 

神奈川では同級生の、そして先輩になるであろう彼のゴールに皆が興奮していた。

 

 

「うおぉぉぉぉ!!! ついに決めやがった!!」

 

「さすがだな、青葉ァァァ!!!」

 

「見慣れた光景だが、やっぱ半端ねぇェェ!!!」

 

サッカー部の面々が喜びを爆発させている。練習中ではあったが、岩城監督の粋な計らいにより、大会議室で青葉と駆の試合を大スクリーンで観戦していた。

 

「歴史を変えろ————変えるんだッ、青葉君、駆君ッ!!」

 

熱のこもった声でつぶやくのは、岩城自身。自分の教え子、自分のサッカー部から巣立った選手たちが活躍している。今のは彼だけのゴールではない。

 

椿が追い込み、駆が仕留めた。そしてジーノが仕掛け、最後に青葉が決めきった。

 

決して彼だけのゴールではない。チームの皆でゴールを奪いに行くという意識は、少しも薄れていなかった。

 

—————そのまま駆け上がれ、駆け上がって、掴み取ってくださいッ!

 

 

そして、新入生として早くに合流を果たしていた矢沢と一条、青梅は青葉のプレーに目を奪われていた。

 

 

ゴールを奪った瞬間、すぐにボールを獲りに行く姿勢。前半で逆転してやろうとさえ思わせる鬼気迫る闘志。磐田を戦慄させるその決定的な実力。

 

その全てが、日本に足りないピースを埋めてしまう、選手像そのものだった。

 

「す、すごい—————これが、宮水選手—————」

 

青梅は、ただただすごいとしか言えなかった。こんな選手が世の中にはいるのかと、埼玉という狭い世界の外には、これほどの逸材がいたのかと。

 

「—————さすがに、あのスピードは凄い、な—————」

一条も、今のプレーをしろと言われたら出来ないと言えるだろう。ドリブルで相手を置き去りにするというプレー自体が今では困難なのだ。

 

トップスピード、さらに加速する状況下での正確なトラップとその次のプレーへの移行がスムーズだった。

 

あそこまでボールを操りつつ、俊足。日本では半ば反則じみている。

 

—————そしてここは、そんな怪物に食い下がろうとした巣窟。

 

誰もが彼に憧れ、共にプレーしたいと思える、その事実が光栄に思える場所。

 

————遠い、な。宮水選手の背中が

 

一条は、絶大な信頼を寄せられる絶対エースの姿に、悔しさと羨望の眼差しを送り続けるしかなかった。

 

その後、若い力とベテランが息を吹き返したETU。磐田は鬼気迫る勢いで、逆に自陣に押し込まれる時間帯を強いられるようになる。それは後半になっても変わらず、ついに———

 

 

『逢沢ミドルシュートぉぉぉぉ!!! 弾いたが、押し込んだぁァァァ!!!! ついにETU逆転ぇぇぇぇん!!! 世良今日2ゴール!! 試合をひっくり返しました!! 後半の10分!! ETU逆転です!』

 

 

『ジーノとのワンツーから抜け出した逢沢選手の威力のあるコースを突いたミドルシュート、そしてそのこぼれ球に飛び込んだ世良選手!! 今日は世良選手が、前線でチームを勢いづけていますね!!』

 

『そうですね!! 小柄ですが、世良選手! 今日は良く動けています!!』

 

 

 

現地のETUサポーターは大興奮。長らく見せていなかったシーズンでの劇的な展開。わくわくするようなサッカー。久しぶりにその醍醐味を味わうような展開に、熱狂している。

 

————これが、あのルーキー二人が入った影響なのか

 

コールリーダーの羽田は、今まで見せたことがない新しい力が躍動するチームに嬉しさと困惑を見せていた。

 

あの二人だけではない。20歳の選手である7番の椿。同じく1歳年上の世良。今シーズン雰囲気が少し違うジーノ。

 

あの二人の加入によってチームが変貌し始めている。

 

「うぉぉぉぉぉ!!! 見たか!!! これが今シーズンのETUだぁぁ!!」

 

「ついに逆転だぁァァァ!!!」

 

「一時はどうなることかと思ったけど!! すごい展開だ!!」

 

「声だせぇぇぇ!! 俺らの声で、チームを、選手を鼓舞するんだよぉぉぉ!!」

 

ETU!! ETU!! 

 

ETU!!  ETU!!

 

ETU!!  ETU!!

 

「ETU!!」

 

長らく残留争いをした時とは声量が違う。

 

「ETU!!」

 

こんな興奮は、未だかつてなかった。

 

「ETU!!」

 

いや、そんな興奮が昔はあったのだ。

 

「ETU!!」

 

 

その中心にいたのは、かつてこのチームの星とさえ言われた男。

 

「ETU!!」

 

そして今、このチームの監督として戻ってきた男、達海猛。

 

 

試合はさらにETUペースに移行していく。黒子役として、椿とともにチームを牽引してきたあの男がゴール前に飛び出す。

 

右サイドから突破してきた青葉のクロスボールに合わせたのは逢沢。そのまま相手選手を背負いながらポストプレー、いったん中央のジーノに預け、世良がボールを貰いに来る。

 

「ハットだけは許すなァァァ!!」

 

 

「コース塞げ!! シュートを打たせるなぁ!!」

 

 

磐田が最後の自とばかりに世良のハットトリックを阻止しに来る。だが、ジーノは中央へと固まり過ぎた人垣を見て苦笑する。

 

—————空いているよ、そのスペースがね

 

世良へと視線を誘導させた駆がそのスペースへと走りこむ、その直前に手で指示を出す。ジーノは待っていましたとばかりに彼へとフライボールを送り—————

 

 

『トラップしてヒールで流し込んだぁァァァ!!! ETU追加点!! なんということだ!! こんなことが起こり得るのか!! ゴールデンルーキーコンビが、開幕戦!! 揃ってゴールを決めて見せたァァァぁ!!! 後半の38分!!』

 

 

『スムーズで力みもありませんでしたね。相手ゴールキーパーの位置を見て素早く流し込みました。これが出来るルーキーというのも強心臓ですねぇ!』

 

『決定的な一撃、ゴール、ダメ押しとなったでしょう!!』

 

 

そしてそのまま、

 

『ここで長い笛ェェェェ!!! 試合終了!!! 激闘を制したのは、ETU!! 長らく低迷してきた浅草のクラブが、ついに旋風を巻き起こすのか!! ド派手な大逆転劇で、開幕戦白星発進!!』

 

 

 

肩を落とす磐田の選手たちと、呆然とする磐田サポーター。カモに出来るかもしれないと言われたETU相手に白星を献上してしまう異常事態。

 

しかし、その傲慢こそが致命傷の致命打であった。彼らは気づくべきだったのだ。

 

宮水青葉は既に国内トップクラスの脅威であることを。

 

 

ピッチで手に膝をつくのは、U20日本代表のエースストライカー、小川良知。

 

—————あれが、世代最速の怪物、宮水青葉か————ッ

 

得点力不足が叫ばれる自分たちの世代に割って入ろうとする新進気鋭の逸材。あんな選手がサイドにいれば、何度でもチャンスが来るような感覚さえ持ってしまう。

 

 

「規格外すぎるだろ、ETUの両翼は—————」

 

そして、日本代表田辺と互角以上の勝負を演じた逢沢駆は、間違いなく逸材だと突き付けられた。それは本人が一番よく知る事実だ。

 

 

この日、昨年王者が開幕戦を白星発進したり、浦和がまさかの引き分けスタートなど、各試合で見どころはあった。

 

 

しかし、ETUほどの鮮烈な印象を与えたチームはいなかっただろう。

 

 

 

—————ETU開幕戦爆勝!! 磐田を4発粉砕!

 

 

—————逢沢&宮水 開幕アベック弾!! 黄金コンビ勢い止まらず!!

 

 

————期待の若手、世良!! 2ゴールでレギュラー奪取だ!!

 

 

————これまでとは違う、攻撃的サッカー! 達海劇場開演!!

 

 

ついに全国区で轟き始める伝説の1ページ。しかもそれは高校サッカーの舞台ではなく、プロサッカーリーグの舞台だ。

 

実績と階段をまた一つ積み上げ、登り始めた彼らの前に、世界への挑戦権は開けるのか。

 

 




~今回の磐田戦~

青葉「2失点は言い訳できない。もう少しやり様はあったはず。1得点は寂しいな」

駆「最後しか仕事できていない。この悔しさは広島戦にぶつける」

黒田「CBは今後ローテかよ。てか、CBの仕事増やすのかよ」

杉江「確かに、プレッシャーの薄い最後尾でビルドアップを組み立てるのはセオリーからして間違いではない。新しいチャレンジだな」

世良「最後決められなかった! 悔しい」

椿「ちょっとは頑張れたかな?」

村越「必要なカードだった。だが、もっと楽な試合にもできたはずだ。今からミーティングを。もっと連動した守備を追求しないと」





達海「守備の脆弱性を突きつけられたけど、選手がそれに自力で気づけて良かったぜ。やっぱ選手がその気にならねぇとな。教える側としてはね」

まっちゃん「ま、まさか、その為に前半の無策を!?」

達海「俺の予想では負けてた。覆したのはアイツらのおかげだよ」



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第五十五話 新星今昔

達海監督と傑は青葉にとって特別な存在でした。

ここから青葉が思い描く未来が、少しずつ変わっていきます。




開幕2連勝への期待がかかる、東京ヴィクトリーではないほうの東京のクラブが注目を集めている。

 

 

リーグジャパン第2節。ETUの対戦相手は、昨年の最少失点数を誇る広島サンアロー。WBの運動量と、中盤のロングフィードに特徴のある近年上位争いを演じる強豪クラブ。

 

リーグ屈指のディフェンスを誇る彼らを前に、ルーキーコンビはどのような戦いを見せるのか。

 

 

 

試合前、森川監督と握手を交わす達海監督。

 

「今うちは若い奴が頑張っているからな。ま、いい経験をさせてもらうぜ」

 

「達海————威勢のいい時は言えるだろう。だが監督だけは冷静であるべきだと思うが」

 

開幕戦は苦心しての勝利だった広島。森川監督は努めて冷静にコメントを返す。一方、打ち合いを制した彼は気分がいいだろうと感じた。

 

その達海だが、

 

—————あの試合は一歩間違えれば大敗だったんだ。無理にでも鼓舞しなきゃいけねぇんだよ。

 

と、心中で思っていたりする。

 

 

試合は戦前の予想通り、広島は高い位置からボールを奪いに行き、注目のCMF青江のロングフィードと、佐藤久の抜け出しを狙う戦術。そんな彼とマッチアップするのは————

 

 

『ああっと、また止めた!! 佐藤の抜け出しを防ぎました!! 18歳の飛鳥!』

 

 

ロングフィードへの理解が深いCBの飛鳥が、その飛び出しを悉く制圧する。彼は、佐藤ではなく青江の動きを完全に見切っていた。

 

————モーションで分かる。けどこれは、蒔き餌。本命は—————

 

 

その時だった、攻勢に出るETUは逢沢がボールを奪われる。

 

 

「うわっ!」

 

強烈なスライディング。高校サッカーではファウルの判定を受けかねない当たりの強さ。しかし審判はそれを流す。

 

—————守備の仕掛けが早い。寄せが磐田とは大違いだ————

 

駆を潰した後、ETUの左サイドで起点を作りながら攻めあがる広島。彼らは逆サイドにボールを展開したが、中々攻め入ることが出来ない。

 

青葉のポジショニングが障害となっているのだ。STとWBの間に入りながら、どちらにも反応できる絶妙な位置取り。リトリートによる守備が効いていた。

 

そして彼にボールが渡った時の威力は、蹂躙された磐田が身をもって証明している。

 

 

————武器ってのはただ使うだけが役割じゃねぇからな

 

 

強引に狭いエリアでパスをつないだり、ロングボールを蹴ることでボールがロストする展開。そもそもがそんな状態を続けるとなると、集中力も削られていくだろう。

 

達海は、広島が疲弊する時間、隙が出来る瞬間を狙っていた。広大な右サイドへのサイドチェンジを多用しない広島のプレーぶりが、あのルーキーを恐れていることを証明している。

 

 

————絶妙な、中間ラインから飛び出すプレスの鋭さ

 

 

森川監督も、一人で二人を同時に見続けているルーキーを見て、迂闊に攻めることが出来ない現状を嘆く。

 

やっているのは本当にリトリートだ。単純に見れば青葉の守備はどこか消極的に見える。しかし、青葉の撤退守備は本陣を整える時間を与えている。

 

 

そして、本陣が整えばプレスを食らう確率は高くなる。もっと悪ければカウンター時に青葉にボールが渡るのだ。それだけは防ぐ必要がある。

 

左WBとSTの間に入る右サイドハーフの怪物は、驚くほど理知的なポジショニングをしているのだ。

 

 

だからこそ、達海は指示を送った。

 

 

—————右サイドは全部左の清川に預けろ。で、宮水は上がるふりをしろ。

 

サイドチェンジできる機会があれば、すべて清川へとボールを供給しろという指示。そして宮水はスペースへと走りこむ。

 

 

このチームで切り替えの速さを最も体現している彼だからこそできる戦術。

 

 

絶好のカウンターの機会を阻止するため、広島は恐れている左サイドをケアするだろう。怪物に蹂躙されないよう、人数を当てて右もブロックを構築するだろう。

 

当然、青葉の攻め上がりに対する消耗は重くなっていく。

 

 

—————指示はこっちで出す。見逃すなよ、村越?

 

 

そんな作戦を試合前に聞かされた村越は、相変わらずやり方がえげつないと思う。相手は必要以上にあのルーキーを警戒し、自分たちはペースを握ることが出来る。

 

この試合、素人目に見て青葉は消えているだろう。だが、青葉は無表情で指示を守っている。そして、そんな彼に対し、清川への逆サイドへのサイドチェンジが通った瞬間、もしくは椿が開いて右に起点を作るなどした場合、チェイシングの圧が強くなる。

 

 

対する広島側は、青葉を使ってこないことに違和感を覚えていた。しかし、徐々に前半から疲弊していく選手たちを見て、森川監督がその狙いを悟る。

 

—————しまった、これは達海の罠だ。

 

かといって、右サイドのケアを緩めれば、あの怪物に号令を送るだろう。確実に仕留められると。

 

出来ることは今のようにサイドチェンジに遅れないようにすること、願わくばロングフィードの前に止めること。

 

 

——————だったのだ。

 

 

 

 

左サイド、清川はパスコースを消されていたことをホルダーになる前に見切っていた。あれだけ同じようにプレスをすれば、嫌でもタイミングはつかめる。

 

 

こちらの右サイドをケアしつつ、左へと偏っている状況。この展開で彼が何度もその動きを狙っていた。

 

—————ちゃんと抜け出せよ、世良!!

 

 

清川のロングフィードが発動。クロスボールへの精度の高い彼は、敢えて中盤を飛び越えて、一気に前線の世良へとボールを供給したのだ。

 

宮水に引っ張られ、横に間延びした、さらには陣形の矢印が横へと流れている広島の急所を突いた縦一本。

 

—————お前に振られるタクトは多いぜ、キヨ

 

そして、二人の狙い通りに、彼の下へとボールが通った。

 

 

『縦一本抜けたァァァ!!! 完全に独走状態!! 世良が縦に進みます!! 決められるか、決めたぁぁァァァ!!! ETUカウンターで先制!! 前半の30分!!』

 

 

長く我慢していた広島の糸は、ここで断ち切られたように見える。彼らの表情からは、許してはならなかった先制点、自分たちの想像を超えたプレーが今起きたと感じていた。

 

—————中盤の俊足椿を使わず、右サイドの宮水も使わない。見せ札として、か

 

勝負師として、ストロングポイントで威圧しつつ、本命ルートで確実に息の根を止める。

 

 

「ははっ、いいリズムとタイミングなら、やっぱあいつは難なく決めるな」

 

笑顔の達海監督は、アシストの清川とゴールを決めた世良に対し、サムズアップで応える。

 

なんとこれで、世良は2戦連発。彼個人の能力で打開したわけではないが、達海の戦術に彼はマッチしていた。しかし2戦3発というのは、FWにとって最高の滑り出しといえるだろう。

 

一方、元祖抜け出しを得意とする佐藤は飛鳥とのマッチアップで中々前を向かせてもらえず、抗う術もなくボールを刈り取られる。

 

—————高卒でこれだけ動けるのか、彼は!?

 

一体どうすればここまでの寄せの速さとプレッシャーを短期間で会得できるのか。彼は信じられないものを見ている気分だった。

 

 

—————青葉と駆の個人技、ロングフィードは落下点が重要だ。それさえ掴めれば、

 

足で劣っている相手の抜け出しはほぼ止められる。むしろ、飛鳥が訓練させられているのは、椿や青葉、宮野を使っての抜け出しのサンドバックだ。

 

達海は徹底的に飛鳥を鍛えていた。その巻き沿いでほかのDF達も同じような訓練を受けさせられる。だからこそ、スピードのない選手の抜け出しなど、飛鳥の苦ではないのだ。

 

 

音を立てて崩れ落ちる西国の堅牢な城壁。前半から畳みかけるETUは、疲弊しきった広島相手に青葉を解禁する。

 

 

それは、早くも勝負を決めてこいと檄を飛ばした達海の号令。

 

 

『仕掛けて、躱した!!前を向いた宮水一気にスピードアップ!!』

 

ボールを貰った瞬間、中への絞りを警戒した相手選手をあざ笑う、片足での変則ダブルタッチを披露する青葉。

 

————なろっ!! 縦に行かせるか!!

 

スピードに乗れば一気に喉元まで迫る怪物を前に、動かなければならなかった。しかし、

 

 

ここで青葉のボディフェイント。サイドに流れるかと思えば、中に絞るような動き。それに相手選手は釣られない。間違いなくサイドに流れてスピードアップしたいと青葉が考えているから。

 

————釣られないぞ。お前がフェイントを多用するのはわかり切っているんだ!!

 

しかし、どちらも不正解。つり出されない相手選手を通り過ぎる青葉の中への切れ込み。

 

 

————圧が弱かったな、どちらも不正解だ。

 

しかし、その動きを読んでいたのは青江。抜き去った瞬間となる無防備な状態を狙ってきたのだ。

 

————いくら早かろうが、この空白はドリブラーの弱点だ。

 

 

そして青江はついに青葉を捉えた。が—————

 

青江は自分の力ではない何かによって、青葉と接触した瞬間に前のめりに倒れる。

 

————なに、が—————

 

青葉とぶつかった際、確かに手ごたえはあった。一瞬だけ奪えると確信出来ていた。なのに、その手ごたえは別の力によって流され、青江は独りでにバランスを崩した。

 

 

 

それを見ていた飛鳥は苦笑する。

 

 

—————島の合気道ディフェンスの応用。強いて言うなら、合気道オフェンスか

 

攻撃にも防御にも転用できる体裁き、手捌き。島の十八番を完全に奪う青葉の完全習得と応用展開。相手の力を利用し、受け流し、無力化する。一回りも年上の選手の圧力をまるで気にしない。

 

 

青江が崩れたことで、広島は中盤にスペースを作ってしまう。後は、もう彼にゴールを奪われるだけの作業だ。

 

スピードに乗った青葉のドリブルを前に、彼にフェイントすら使わせない広島の守備陣。タッチ数も加速度的に増えていき、間合いに入った瞬間に彼らは抜かれていた。

 

————トップスピードで出来るタッチ数なのかよ、あれは

 

 

————化け物め、どんな体幹をしてやがる!!

 

 

 

最後は飛び出してきたキーパーをあざ笑うラボーナ。右足で振り抜くと見せかけての左ヒールで横転したキーパーの横を通り過ぎるボール。

 

そのままゴールラインを割り、キーパーは絶望的な表情で青葉を見上げることしかできなかった。

 

 

『誰も止められない~~~!!!! ETU、瞬く間に追加点!! 前半33分!! 二試合連続となる宮水の得点で、リードを2点とします!!』

 

衝撃的な5人抜きのゴール。最後はおしゃれなゴールをPA内で決めて見せる青葉。味方もドン引きなゴラッソに、駆がまず祝福の声をあげに行く。

 

「凄いよ、青葉! 最初の駆け引きもそうだけど、青江選手を抜いた時の体裁きは島選手顔負けだね」

 

「アレは便利だ。ま、使い過ぎるのは良くないがな」

 

 

「うわぁ、やっぱりすごいや、青葉君は」

そして遅れて入る椿。自分もスピードを生かしてあんな突破をしてみたいと思うようになった模様。

 

 

ベンチでは

 

「いやはや、まさかあの状況から一人で決めきるなんて—————スーパールーキーですよ、彼は」

 

松原コーチは、規格外なプレーを見せた青葉に賞賛を送るしかなかった。あれを自分のチームの誰かにやれと言われてもなかなかできることではない。

 

「ま、広島の選手が前半30分で、予想以上にヘロヘロになっているのもあるんだけどな。昨年のうちにみたいに、ね?」

 

悪魔すら凍り付かせる獰猛な笑みを見せる達海。松原は、今後彼を敵にしないと心に決める。

 

 

 

「こうなったら一方的だ。勝ち点3、余裕をもって摘み取らせてもらうぜ」

 

 

この試合は、広島サポーターにとってのトラウマ試合に数えられることになる。

 

 

 

 

右に左にカットインを許し続けた広島は、堅守を誇った守備の壁が崩壊し続ける。

 

 

「あのルーキーを行かせるな!! 外で止めろぉぉぉ!!」

 

ウイングバックが難なく躱される風景が見慣れたものとなっている広島のセンターバックが叫ぶ。このままでは先ほどのリプレイだと。

 

そして、右からの高精度の高速クロス。大外の逢沢に通り、切り返してからのカットインから角度をつけ、

 

「なっしまっ————」

 

角度がついた分、クロス、シュートと何でもありな場面。世良がニアサイドに走りこんだために、中央にスペースが空いた。

 

 

マイナスに折り返したクロスボールに合わせたのは——————

 

『流し込んだぁぁァァァ!! ETU追加点!! 今シーズン初ゴール!! ミスターETU村越!! 今期は第2節でのゴールとなります!!』

 

『宮水もファーサイドに張って、世良選手がニアに相手を引きつけて、まるでベテランに点を取らせようとするかのような動きでしたね!!』

 

 

『これでETUは5点目!! 後半23分が経過しても衰えぬ攻撃力!! 点差を5点とします!!』

 

 

今日これで世良が1ゴール、青葉が2ゴール、駆が1ゴール、そしてミスターETUにも得点が生まれる等、決めるべき選手が決めて見せたETU。

 

 

試合終盤には椿にも待望のゴールが生まれ、そのままタイムアップ。ETUはクリーンシートの上、6発大勝。守備陣が安定したことで、開幕当初の隙も狙うことが難しくなっていく。

 

特に、今日のCBの飛鳥と杉江、ともにチーム内で実力を見せている選手によるコンビは、ラインコントロールが見事だった。下がり過ぎず、上がり過ぎず、攻撃陣を助けられる絶妙なポジションにディフェンス陣を押し上げる。そして、カウンターは上がったことでコンパクトになった中盤で難なく潰すことが出来た。

 

敢えて言うなら、後半も形だけは青葉をチェイシングしたことで、バテバテの広島相手にそれほどの脅威はなかったと言える。

 

攻撃はリーグ屈指。特に通年でディフェンスに定評のある広島が大量失点という信じがたい光景は、リーグ通を悩ませる。

 

 

今期は混戦が予想された群雄割拠の年になると思われていた。長期政権で円熟期を迎えようとしている鹿島、元祖攻撃力は十八番の川崎、昨年王者東京ヴィクトリー。

 

さらに言えば、堅守速攻を誇る広島、ブラジル人トリオが君臨する名古屋。

 

サッカー王国の強豪清水に、昨年の最多得点数を誇る大阪。

 

曲者が率い、若き才能を抱えた磐田。

 

 

この昨年の上位にひしめく強豪たちの削り合いとみられていた。

 

 

しかし、その一角でもあった磐田と広島がまず沈んだ。その後、残留争いに巻き込まれた広島は、一度も上位争いを演じることなく、残留が目標のシーズンを送ることになる。

 

そして、彼らに成り代わって上位争いに割って入るのは、オフシーズンの話題を独占した浅草のクラブだった。

 

—————2戦連発!! 今度は複数得点!! 和製フェノーメノ宮水!! 

 

 

まるで弱点がない。このルーキーは今までの天才たち、怪物たちを軽く凌駕しているのではないだろうか。

 今シーズンの開幕戦で見せた攻守における獅子奮迅の活躍。その実力をさらに確信させる幅のあるプレーをこの第二節で見せつけた。

 

 試合後、広島の森川監督はルーキー宮水の選手像についてコメントを出していた。

 

「普通のドリブルが上手いというか、シュート精度が高いという括りでは説明できない。彼はまるで中盤の選手の様に器用で、同時にストライカーの如く危険な選手でした」

 

これこそが、宮水選手の恐ろしさを体現した言葉だろう。器用になんでもできてしまう。黒子役で味方を助け、時には個人技でゴールを奪い続ける。捉えることが難しいのだ。

 

「間合いが独特で、今まで対戦してきたことのない選手」

 

そう語るのは、ボランチの青江だ。独特の間合いと聞くと、南米選手を思い浮かべるかもしれないが、そう言ったムラが彼にはあまり見られなかったという。

 

「分かっていても止められない。触ることすらできなかった。足が届かない場所にボールを運ぶから、届いても全部ファウルになってしまう。もしくは受け流された」

 

歴戦の実力者にしてロングフィードの名手が語るルーキー像は、あまりに異質で、長年リーグで活躍してきたどの選手にも当てはめることが出来なかった。

 

曲者倉敷率いる磐田、リーグナンバーワンの堅守を誇った広島をねじ伏せたETU。第3節は、サッカー王国の雄清水との激突。16歳の無限の可能性は、その試合で輝くのか。

 

江ノ島高校では、そんなプロでの活躍をしている宮水に対し、それほどの混乱は起きなかった。「ああ、またゴールを奪ったんだな」という認識だ。

 

 

 

そんな青葉はというと、

 

 

「えっと、【私は、2回遅れてクロスを上げてほしい?】」

 

「違うわよ、【私に、2テンポ遅れてクロスを上げてくれませんか?】だよ。テンポのtempoと回数のAantal kerenがごちゃ混ぜになっているわよ? 覚えた単語をそのまま使った感じだったわね?」

 

「うっ、しまった。英語みたいに意味が複数ある————というか、テンポって日本語そのままだな」

 

「和製外来語が多いしからね。しっかりと単語を叩き込めば、相手に意味は通じるわ。日本語のように、案外複雑ではないし」

 

「英語もそうだが、シンプルなんだよ、文章が。日本語は長いし、それに慣れているから覚えづらかったよ、最初は」

 

苦笑いする青葉。現在彼の頼み込みで、有里にオランダ語を教えてもらっているのだ。彼のプランではオランダ一部の強豪への移籍から、イングランドへの移籍を検討しているため、最初に所属することになるリーグの言葉は覚えておきたいのだ。

 

「けど、青葉君が考えるプラン通りにはならないかもよ? 海外オファーといっても千差万別。活躍すればするほど、オランダだけのオファーとは限らないだろうし」

 

ドイツであったり、イタリアであったり。もしくはフランスへのルートになるかもしれない。

 

現在通信教室で勉強中の駆は、スペイン語とポルトガル語の違いに悪戦苦闘中なのだ。本人曰く、「なんで同じ系統なのに微妙に違うんだ!!」と訴えていたという。

 

「そういえば、駆がスペイン語とポルトガル語の違いで混乱していたな」

 

「まあ、もうあれは日本で言うところの関西弁と標準語みたいな感じだよね。こうしてみると、ラテンや英語圏の国って、単語は違っても文章のスタイルに共通点があるものなのよ」

 

まるで教師のように青葉に語学を教える有里。仕事の合間を縫って時間を作ってくれる彼女には感謝しかない青葉。

 

—————教えてくれるようになった理由は、敢えて聞かないほうがいいだろう

 

心境の変化か、オランダ語を教えてくれるようになった彼女に何かあったのだろうか、と思う青葉。むしろ、彼女はクラブの戦力低下を不安視する側の人間だったはずだ。

 

「—————恵まれているな、俺は」

 

 

「え?」

彼の呟きに反応する有里。試合の中では魅せることのない穏やかな表情で、青葉は言葉を紡ぐ。

 

「こうして、語学に詳しい人が身近にいる。時間の合間を縫って教えてくれる。本だけだと会話が出来ないから、雰囲気も掴めにくい。だから、貴女にお願いした」

 

 

「まあ、3年前までだったら、そうではなかったかな? 広報や営業にもそれなりの人数が集まってきたし、クラブハウス新築の夢だって諦めてないし」

 

数年前から地元採用、スタッフの伝手を駆使し、地道に後進を育てる必要のあったETU。

 

栗澤コーチの出身地でもあった東京町田市は、長年彼がクラブに在籍していたことから、出身選手がジュニアユース入りするなど、ETU第二のホームタウンとして新規サポーターの受け皿となっていた。ちなみに、彼は中学時代まで町田市の学校に通っていた。

 

後藤はこの機会を逃すべきではないと考え、町田市でのETU選手によるイベントも企画。看板選手でもあった栗澤もこの動きに賛同し、その垣根を広げていったのだ。

 

そのおかげもあって、町田市でもサッカー熱が上昇。その町田市が担う相武経済圏内の他の市にも知名度が広がり、栗澤の知名度はETUの生命線となっていた。

 

また、栗澤が当時高校サッカー時代に在籍していた八王子桐蔭高校の中心選手だったこともあり、八王子市内でも伝説的な扱いとなっている。これは、3大会連続日本代表入りを果たし、二度のベスト16のメンバーであったことも影響している。

 

「——————まあ、経歴や影響力を考えると、栗澤さん凄いな」

ETUが成り上がる基盤のきっかけは、彼に起因していることに驚愕する青葉。

 

「ETUの重心と呼ばれた選手なのよ。村越さんの前までは、栗澤さんが目立っていたし」

 

 

「もし達海さんが来なかったときは、栗澤さんが監督候補だったりもするのよ。本人は否定していたけど」

 

俺より先に監督やりたそうにしている奴がいるだろ、と笑っていた栗澤。

 

 

オランダ語の勉強が終わり、青葉は一人神奈川のアパートに戻る際、色々なことを考えていた。

 

 

 

——————なんで達海さんは、あのタイミングで移籍したんだろう

 

 

青葉には不思議に思えてならなかった。直前に故障し、フィジカル面で問題を抱えているにもかかわらず、フィジカル自慢が集うプレミア移籍を決めたのか。

 

——————俺ならしない。タイミングが悪すぎる。せめて冬までに体を治して、我慢するべきだった。あの時のETUには何があったんだ?

 

達海は口では適当なことを言っているが、責任感もあるし、勝負事を途中で放り出すような人間ではない。あのチーム状況で抜けるにはそれなりの理由があったはずだ。

 

 

————イングランド蹴ったあいつに花を持たせるために、万全の準備をするだけさ。

 

————クリさん本当に楽しそうですね。達海さんが戻って笑顔が増えた気がします。

 

コーチたちも達海就任に対する不満はなかった。副会長がいろいろ喚いていたらしいが、青葉にとってはどうでもいい話だ。コーチ陣は彼に対して絶対的な信頼を寄せている。しかし、あの過激なサポーター、ユナイテッド・スカルズは達海監督のことを認めていない。

 

今でこそ結果を出しているが、負けが込んできた瞬間に不満が噴出してしまうかもしれない。あそこまで選手起用に口を出されたら戦術が崩れてしまう。

 

それだけの人望と実力を持つ選手なら、さらに上のレベルに挑戦したいと思わないはずがない。そう思っても許される。達海監督にとって、あのタイミングが最善だったのだろう。

 

 

その達海の決断。どうやら永田会長と栗澤コーチらは知っているのだろう。しかし、彼らは口を閉ざしたままだ。

 

—————まだ年若い君が聞くべきことではないよ

 

—————達海は世界に羽ばたく実力があった。それだけだ

 

————辛気臭い話は無しだ、青葉。何があっても俺たちが守るからな。タケのように、後ろ指を指されないよう、ちゃんとチームを作り上げて見せる。

 

 

 

そんなはずはない、きっともっと深刻な何かがあったんだ。しかし、サッカーを見ていれば糸口が見えるかもしれない。記憶を思い出し、あの頃のサッカーを見つめ直した青葉。

 

 

それは、王子にパスが集まる昨年のサッカーと全く同じだった。違うのはチーム成績。誰も彼の代わりにリーダーシップをとらない。勤まらない。

 

椿や世良のようにアクションを起こす選手が少なかったように見える。そして、ETUの注目は達海に集中する歪な状態。

 

 

怪我明けの達海が最後後半途中に出場したこと、続くリーグ戦でヴィクトリー戦にフル出場したこと。それが監督の意図なのか、誰かの意図かは分からないが、怪我明けの選手にさせる起用ではない。

 

万全ならば、達海の程の選手をスターターで使うだろう。それをしなかったのはなぜか。すなわち彼は万全ではなかったということだ。

 

 

その一連の出来事を繋げると、青葉は一瞬背筋が凍った。彼はわかってしまったのだ。

 

———————けど、その後の凋落を説明するには、十分すぎる

 

有り得るだろう真実。その後、当時の会長は達海を裏切り者として糾弾し、辞任。来シーズン、放り出された会長の椅子には、現在の永田会長が座った。

 

—————話を聞きたい。当時のGMに。

 

当時のGMだった男に、話を聞きたい。今の自分の推論を間違いなければ、達海猛は裏切り者ではない。そんな汚名を背負う必要なんてないし、それは誤解なのだ。

 

—————でもその前に、面と向かって監督と——————

 

 

次の日、練習に参加した青葉は、片付けの後に達海のもとを訪れた。その際、彼を追う影があることに彼は気づけない。

 

 

 

「失礼します、宮水です」

 

「お、練習以外で用があるのかよ、俺今忙しいんだけど?」

 

監督の寝床になりつつある彼の自室を訪れる青葉。突然彼がやってきたことに驚く達海。どうやら、次の清水戦の映像を見直すつもりの様だった。

 

 

「それは、すいません。でも、ちょっと気になることが、あるんです」

 

「ん? 珍しいな、お前のそんな様子」

 

歯切れの悪い青葉に怪訝そうな顔をする達海。自信満々な彼らしくない。少し気になったので、話だけは聞いてやることにする。

 

 

「———————監督が現役時代の頃のETUで、何があったんですか」

 

 

「———————————————————————」

青葉の問いに、達海は無言。ただ鋭い目線で青葉の様子を窺うだけで、その心情は見えない。ただ、彼に対する失望の色が見えた気がした。

 

 

「———————おかしいことだらけなんですよ、怪我明けの後半途中の出場、その後のヴィクトリー戦のフル出場」

 

自分の疑念を吐いた青葉。嫌われること覚悟でぶつかることを決意した彼は止まらない。

 

「海外移籍後の当時の会長の突然の辞任、その後の彼の言動————ッ。何もかもがおかしかった。その後の崩壊も、突然過ぎた—————」

 

達海は冷たい視線を向けたままだ。自分が今相応しくないことを口にしていると、理解していてもなお、止まれなかった。

 

「栗さんたちは、何も話してくれなかった。だから—————」

 

 

「それ、今のお前に関係があるの?」

 

冷たく、突き放すような言葉だった。短い言葉に秘められた拒絶の言葉。踏み込んでくるなという物言い。鋭い青葉にはすべてが真実に近かったのだとわかってしまった。

 

単なる憶測の確信ではない。純然たる事実がそこにあったことを突きつけられたのだ。

 

「お前の仕事はボールを蹴ることだろ? 昔話に首を突っ込む暇はねぇだろ?」

 

その言葉が、今の彼を取り巻く環境を考えれば、青葉は止まれなかった。

 

「でも!! 監督は裏切り者なんかじゃなかったじゃないですか!! あの頃が歪だった!! だから、それを治すには監督が————」

 

青葉の物言いに達海は目を細めた。何を彼が考えているかが分からないが、何かが彼の心に響いたのかもしれない。

 

「俺は海外で、やりがいのあるチームを見つけた。ETUよりもね。それが答えだよ。フットボーラーなら当然の行動さ」

 

珍しく矛盾を含んだ言い訳。青葉の頭は冴えに冴えていた。

 

「だったら、どうしてイングランドでオファーを受け取らなかったんですか!? 5部のチームで2部のチームを倒した!? そんな芸当が出来る監督が、どこにいるって言うんですか!! そんな監督に、オファーが来ないはずがない。そのチームの契約延長だって!」

 

 

「クラブを愛してなきゃ、けんか別れみたいな去り方をしたチームに、戻るはず、ないじゃないですか!!」

 

 

 

「——————腹を括れよ、“後輩“」

 

静かに、達海は青葉に言葉を突きつける。

 

 

「もう一度這い上がろうとしているこのクラブを勝たせて、お前は活躍して、海外にステップアップするんだろう? 昔このクラブにいた、終わっちまった奴相手に、うだうだ悩む時間なんかねぇんだぞ?」

 

厳しい口調の達海の檄。監督を取り巻く環境にやるせなさを感じる彼が前に進むためにも、どんな理由であれ、夢に近づく力を与えるために。

 

 

「達海さんは、それでいいんですか? 達海さんたちの過去は—————何も、何も—————ッ!」

 

自分がそんな風に動いていいのかと、このまま何も知らないまま、監督が裏切り者と思われ続けたまま。もしかすれば、自分もいつかそう呼ばれてしまうのではないかと。そんな未来が脳裏をよぎってしまった。

 

 

「—————心配すんな。お前は数年後、海外で思いっきり暴れてくればいい。そして、お前が元気にプレーしている姿が、このクラブをもっと明るくするんだ」

 

何か、目の前の達海は青葉を見て話しているように、感傷に浸っているような気がした。

 

 

「——————だったら、俺だってチームを強くするために、言いづらい事だって言う。誰か一人に依存しない戦術を——————」

 

青葉は、達海に依存し、彼の移籍と同時に崩壊した二の舞をさせないと、覚悟を決めようとする。江ノ島で後輩や仲間たちが守ってくれているように、ここも同じにするのだと。

 

だが、青葉は知らない。あれは江ノ島だからこそ実現できた結果だった。恐らく彼が他の高校に言っていた場合、彼は高校3年間をアマチュアで過ごすことになっていただろう。

 

戦術青葉のまま、成長しなかっただろう。

 

 

「それをお前が必要以上に背負うことはないんだぜ?」

 

困ったように、達海は笑みを浮かべる。彼は今、この目の前の少年が村越に似ているなぁ、と感じていた。

 

「いつか、誰かが言っていたんだけどさ。クラブっていうのは一つの木みたいなもんらしいぜ」

 

思い出したように、達海は昔聞かされた内容を口にする。その時の達海は、先ほどの愁いを帯びた表情から多少明るくなっていた。

 

「木、ですか?」

 

達海は、クラブは決してブレてはならない一貫した信念がなければ、簡単に崩れてしまうということを、そしてそのクラブを支えるのは日々の理想であり、それはクラブに携わる者、サポーターたちだと。

 

難しい話だった。青葉にとっては、理解の難しい内容ではなかった。しかし、サポーターに対する懐疑的な感情が芽生えていた彼にとって、踏みとどまるきっかけになるかもしれないと、彼自身は感じていた。

 

定期的に環境を整理し、適度な水を与えることで、木は成長する。そして、青葉を芽吹かせたり、花が咲いたりする。

 

「——————だから今度こそ、ETUの幹はしっかりとしたものにしないといけないんだ。けど、お前の人柱なんていらない。そんな覚悟があるくらいなら、出場した試合は全部勝つぐらいの意気込みを持ってほしいなぁ。勿論、独りよがりなプレーは厳禁な」

 

 

「監督——————」

 

 

だが、最後の最後。達海は優しい口調で語るのだ。

 

「選手寿命は短い。まずは目いっぱい、お前の思う通りに駆け抜けてみろよ。“新生ETU”の希望の星」

 

 

その後青葉は肩を落とし、クラブハウスを後にする。愁いを帯びた表情を見せる彼に、一部のファンからは心配の声も上がったが、大したことにはならなかった。

 

 

 

その夜、達海は栗澤に電話を掛けた。

 

「珍しいな、お前から連絡をくれるとは」

 

 

「まあ、な。中々鋭い若輩者がいると、苦労するってことさ」

 

 

「———————なにがあった?」

栗澤の声のトーンが変わった。

 

故に達海は話した。青葉が自分と当時のETUの内情に、憶測だけで辿り着いたことを。

 

「おいおい。あいつはエスパーか?」

 

驚きを通り越し、苦笑いするしかない青葉の洞察力に舌を巻く栗澤。

 

「サッカーを通じて養った眼、というべきか。お前が持っていた眼とは違った力があるようだし」

 

 

「俺が見渡せるのはピッチの上さ。その出来事をピースで繋ぎ、真実にたどり着くなんて芸当出来るかよ。けど、まだ終わってなかったんだな、あの時代は。ったく、聡いにもほどがあるだろ、青葉の奴」

 

栗澤は苦い顔をしていた。彼はキャンプの際にスカルズのサポーターを見て、心苦しい表情を見せた青葉を見てしまった。あの後、話しかけることなく紅白戦が始まり、激動のシーズンが始まった。

 

「—————岩城監督の言った通りだ。彼はサッカーという物差しを用いて、色々な点に気づけるのだろう。あいつがマルチロールなのも当然だ。そして、ドリブルで抜けきる実力があるのも」

 

彼が江ノ島に入学したことで、江ノ島は瞬く間に再建された。彼は一人一人のサッカー選手としての本質に気づいたのだ。だから、伸ばすべき方向に辿り着き、彼らは彼の思惑通りにその思考に至れた。そして、彼らは彼の想像を超えてきている。

 

 

自分がどうすればチームに貢献できるかという意識が、江ノ島には根付いたのだ。エゴの強い選手が集まりやすい攻撃のポジションで、あそこまでの連携ができるのも納得だ。

 

江ノ島は今後、ルートに乗ったのだ。ETUと江ノ島を結ぶことで、今後江ノ島にはプロを目指す選手が集まってくる。宮水と逢沢という光にあこがれる選手だって出てくる。

 

「まさにお前みたいなやつじゃないか、あいつは。有里ちゃんが言っていたぜ。新規サポーターの垣根が広がっていったのは、栗澤さんの知名度とエピソードだってさ」

ニヤニヤしながら栗澤を茶化す達海。若い女性が好きな栗澤としては、褒められてうれしくないわけがない。

 

「止してくれ。俺は目の前の道を進むのに必死だっただけだ。まあ、色々あったけどな」

揶揄わないでくれ、と歯切れの悪い栗澤。しかし、それほど嫌がっている様子もない。

 

 

「そういや、今の奥さんのファンに感謝されたことがあったよな? 貰ってくれてありがとうって。いやはや、アイドルと結婚して感謝される光景とか、俺初めて見たぜ」

 

尚も止まらない達海の軽口。栗澤も首に手を当てながら苦笑いをするしかない。

 

「お、おい!! その話はいいだろって!! あの後クラブハウスで、マジで同じことを言われ続けた身にもなってくれ!! お前も所帯を持てば分かるんだよ!!」

 

「そういうもんかねぇ」

 

「そういうものなんだよ、達海。けど、今後青葉の様子は気に留めておけよ。あいつはもう気づいている」

 

栗澤は冗談気な話を強引に終わらせ、達海に忠告する。多感な時期にショッキングな内情を知る必要はなかった。今後青葉は、必要以上にETUを背負うかもしれない。

 

「—————わかってるよ」

達海はひねくれ者だが、青葉の心情は理解できる。まだまだ達海に理解を示さないサポーターがいる現状に、青葉が人知れず心を痛めていたことも。そしてそれは、当然その光景を目にした栗澤も知っている。

 

「—————俺とヨシは、もうお前のような選手を生み出したくないんだ。怪我で全部が崩れる瞬間を、見たくない」

 

青葉は見ていただろう。達海が終わった瞬間を。そして、その光景が彼をこのクラブに導いてしまったのかもしれない。

 

「—————あいつにはさせたくないな、あの経験は。でも、俺のことはもう割り切れよ。全力でプレーして、その結果壊れたんだ。クリとヨシが気に病む事じゃない」

 

「達海—————」

 

栗澤と前田は、達海は今頃日本を牽引する選手になっていたはずだと信じてやまない。だからこそ、達海一人に大きな業を背負わせてしまったことを気にしている。

 

「だから、せめて俺と同じ状況にはしないために、誰もが魅力的なチームにして見せるさ。その為に、俺はこのクラブに帰ってきたんだからな」

 

かつてのクラブの星は、そのはるか先を見据えて過去を振り切っていた。

 

 

 






日本代表で彼のパスを受け取り、ゴールを決める。


それが最初の彼の夢だった。


16巻のアレはバッチリ青葉は見ています。


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第五十六話 落選と決意と

今回のアジア選手権は残念でしたね・・・・・




—————その実力は本物か、新世代ドリブラー、宮水青葉

 

 

—————鉄壁広島守備陣を翻弄。史上初、高校生Jリーガー、二戦連発の快挙

 

 

 

ETUの周囲は爆発的な速さで騒がしくなる。ひっきりなしに電話が鳴る時間帯も発生し、開幕前に取材をしたいと申し出ていたサッカージャーナリストの藤澤記者は、自分がほんの少し先に目をつけておいてよかったと考えていた。

 

 

今や伝説とさえ言われる開幕戦の逆転勝利に続く、第二節での圧勝劇。その立役者たる彼に出会うことが出来たのだ。

 

 

「なんだか落ち着きますね。城之内さんにインタビューするときと同じ雰囲気で助かります」

終始笑顔の青葉。メディア嫌いといわれている彼との邂逅に多少の覚悟を持っていた彼女ではあったが、目の前にいたのは人懐っこい笑顔を見せる青年だった。

 

「そう言っていただいて何よりですわ。選手の感情を悪くしたくはありませんし、それがコンディションに影響するのは私も避けたいことですから」

 

 

その後もインタビューは続く。宮水選手のルーツ、その過程。怪物誕生のきっかけとは何か。驚くほどに自分を開示してくれる彼に対し、戸惑いを感じつつも順調なので気にしないでおく。

 

「糸守町での山間トレーニング、大自然の中で培われた足腰が、今の宮水選手を培っている、そういうことですね」

 

「ええ。あの町でボールを蹴り続けたこと、走り続けたことは、僕にとっては当たり前の事でしたが、あれは大きかったと思います」

 

「ま、トレーニングしたいとかではなくて、山の中でうまくいかなかったから、上手くなろうとしていただけなんですけどね」

 

俺って、結構負けず嫌いというか、頑固なところがあるみたいで、と苦笑いする青葉。

 

彼がサッカーを始めたのは物心ついた時。そして、彼の才能が開くきっかけを作ったのは、なでしこの新世代エース、小野寺颯。

 

彼女の高い技術を吸収した彼は、岐阜県下に名を轟かす選手に成長した。その後、江ノ島高校で逢沢駆と運命的な出会いを果たし、彼とともに伝説の一年を駆け抜けた。

 

現在は彼と共にETUに入団を果たし、開幕戦で揃って活躍し、第二節でも共にゴールを決めている。

 

下手なサッカー漫画よりもエピソード満載な彼の過去を、変にいじることはしたくない藤澤は、記事に乗せる内容を彼に説明しつつ、すり合わせを行っていく。

 

「正直すり合わせをしてくれるのはありがたいです。俺のコメントを無視するとか、勝手に捻じ曲げる人が多すぎたので」

 

ニコニコ顔の青葉。しかし、言葉の内容は少し笑えないブラックジョークが散りばめられていた。しかし、当然の反応だと彼女は思う。

 

親友が追っかけファンに、腕に痣が出来るほど強く掴まれたこと、ただ騒ぎたい連中が許せなく、感情的になったこと。

 

どことなくメディアに対して冷めている印象を持っているのは、父親への偏った記事も影響しているのではないだろうか。

 

そうなのだ。彼はサッカーだけで有名になったわけではない。彼はあの奇跡の町、糸守町の住民だったのだ。

 

予測は不可能で、その避難は絶望的とさえ言われた彗星落下事件。全世界で注目された奇跡の脱出劇の全容は、未だに正確な情報が出ていない。

 

 

謎の変電所での爆発事故による停電、それは糸守町に飛来した彗星の破片ではないかというのが専門家の指摘だった。彗星が近づくことで、列島が歓迎ムードだった中、当時の町長だった彼の父親は、避難訓練と称して町の住民を退避させた。

 

矢面に現在立っている彼だが、彼の家族は町に伝わる糸守神社の宮水神社の神職の家系であったこともあり、何かを隠しているのではないかとさえ言われている。

 

当時高校生だった長女がその日は町の危機を知らせるような、危ないから避難するよう走り回っていたという情報もあった。

 

巫女の立ち位置にいた彼女こそが、彗星落下の災厄を知り、父親に知らせたのではないかと。

 

その後彼は、一気に機を掴んだのか、飛騨市の市長となっている。手腕も堅実で、都市の再開発の計画を効率的に進め、町の活性化が進む。同時に、奇跡の脱出劇でのカリスマ的な人気も集まっており、全国で注目を集める時の人となっている。

 

それでいて、その出来事で驕る要素もない。

 

「—————第三節清水戦での意気込みについて、これは別にコメントのある無しで大した影響はありませんけど—————」

どうせなら、次の試合での意気込みも何となく聞いておこうかと思った藤澤。当たり障りのないコメントでも最後の締めに活用できるだろうと考えていた。

 

「敢えて言わせてもらう、といったら?」

 

その言葉に反応した時、並々ならぬ熱意が一気に湧き出たかのように表情が変わる青葉。

 

「というと?」

 

「全部変えたい。達海監督がただ勢いのある若手監督でないこと。そして、監督は裏切り者なんかじゃないってこと。僕は自分の最大限の力でタイトル奪取に貢献するだけ」

 

若気の至りなのかもしれない。その発言は危ういものだった。達海監督が裏切り者であるという状況は、低迷期の直前で脱出するかのような移籍で信憑性が出てしまっている。

 

対する清水も、蛯名監督という清水一筋のたたき上げが監督であり、異常なほどに煽りが沸き起こっていた。

 

昨年5位の清水は、蛯名の下でいいサッカーを見せていた。当然ETUは彼らからすれば取りこぼしたくない相手だろう。

 

 

激しい闘争心、逆風に対する攻撃性。それは奇しくも、東京ヴィクトリーの持田を連想させる雰囲気が、彼からはにじみ出ていた。

 

だが、彼の想いの源泉は、エゴではない。

 

「名門清水が相手だろうと、相手がどこだろうと関係ない。自分にできる最大限のパフォーマンスをすることで、チームを勝利に導く。今の僕が一番考えているのは、それだけです」

 

 

このチームを勝たせるのだという強い忠誠心。一体彼の心境に何があったのか。藤澤は、すり合わせを行い、当たり障りのないコメントでどうにか青葉を納得させ、混乱を起こさないよう苦心するのだった。

 

 

その夜、青葉は練習を終え、明日が休日ということもあり、クラブハウスに一泊するつもりで部屋を借りていた。それはどうやら駆も同じであり、鹿賀コーチと話し合う場面があった。

 

「鹿賀コーチは、確かポルトガル語が出来ると聞きました。練習の合間でもいいので、僕に教えてくれませんか?」

 

「え? いや、そんな若者はもっと他の時間に—————」

 

「いいんです。スペインで待っている人がいる。ならせめて、あの国の言葉と同系統の言葉はマスターしたいんです」

 

真剣な瞳で頼み込む駆。自分が今スペイン語とポルトガル語に混乱している現状と、将来スペインに渡りたいと考えている意思を伝え、なんとかしたいのだと意気込みを語る。

 

「わ、わかった。だが、練習の合間だぞ」

 

「はい!」

 

 

そうして、駆は自室に戻っていったのだった。そんな様子を見て、笑みを浮かべる青葉。

 

「お、いたのか、宮水。まったく、見ていたのならこっちにも来てもよかったんだぞ」

 

 

「いえ、俺も駆も、凄い恵まれているなと、思ったんです」

笑みを絶やさない青葉に対し、何か違和感を覚える鹿賀コーチ。チームへの愛情を持っている選手の一人だとは思うが、何かここ最近は入れ込み過ぎな気がする。

 

「謙虚さは時に卑屈さにもつながる。お前はもっと自信を持っていいんだぞ、青葉。開幕からチームを牽引する活躍、プレッシャーをかけるつもりはないが、今後も怪我無く活躍してくれよ」

 

 

「はいっ!」

 

 

「青葉君~! 君の部屋の事なんだけど、布団とベッド、どっちがいいかしら?」

 

その時、有里が青葉を呼ぶ声が聞こえたので、彼はそのまま彼女の下へと向かう。

 

「呼ばれているみたいなので、行きますね。お疲れ様です、鹿賀コーチ」

 

「ああ、お疲れ様、青葉」

 

その背中は、出会った時よりも大きく見えたのは、気のせいだろうか。

 

そして数日後の3月20日がついに訪れ、青葉と駆、飛鳥の世界挑戦の機会がどうなるかという局面。メディアはこぞって彼らの選出を期待していたが、

 

GK 真弓慎一郎(福岡) 相馬元気(鳥栖) 水野邦夫(名古屋)

 

ゴールキーパーは守護神の真弓が軸となるだろう。相馬と水野も徐々に出場機会を増やしており、今シーズン飛躍の年になりそうだ。

 

DF 飛鳥亨(ETU) 中条渉(岡山)  城達哉(讃岐) 赤間弓彦(讃岐) 

幕張健吾(湘南) 沖名太陽(山形) 井口譲二(浦和) 本田マイケル(明治) 

 

ETUからはDFが一名選出された。飛鳥亨はこの世代の要であり、やはり当確。他の選手もJ2ながらプレー時間が豊富な選手が多く、岡山からは右SB中条、讃岐からCB城、左SB赤間が選出された。J1ながら、主力として活躍が期待されている山形の左SB沖名も選出。浦和に所属するCB井口は、この試合での活躍を勢いに、出場機会を広げられるか。なお、唯一の大学生として、本田マイケルが選ばれた。これはサプライズといえるだろう。

 

中でも注目は世代最高の右SBといわれる湘南の幕張健吾。昨シーズンからブレイクし、J1昇格の原動力と目される存在感があり、ドリブルしながらの高速クロスが持ち味。速い展開ではうってつけの選手だ。

 

MF 安川走斗(千葉) 伊達直哉(仙台) 工藤春雄(岐阜) 榎本文人(新潟) 

石渡翔悟(仙台) 清武周人(大阪C) 

 

MFの核はやはりJ2仙台の石渡だろう。このチームの司令塔に君臨し、チームに勝利を導けるか。同じくJ2からは清武と伊達が選出。J1からは榎本、安川が選出された。チーム唯一のJ3から選出の工藤は、今夏に移籍の噂が絶えない大型ボランチである。複数のポジションでプレーできる選手が集まる傾向にある。

 

FW 小川良知(磐田) 秋本直樹(横浜)  九鬼鉄心(大宮)

鷹匠瑛(浦和) 宮水青葉(ETU) 堂本貴史(フローニンゲン)

 

注目のCFWには鷹匠、秋本が選出され、高卒組が目立つ攻撃陣。そして昨年秋から定着した堂本は右ウィングとして突破力が武器のレフティーの選手だ。ミドルレンジからのシュートとカットインが武器の選手。その控えとして新進気鋭の宮水が選出された。開幕戦で揃ってゴールを挙げる等、国内で絶好調の16歳が大抜擢。現エースと目される堂本相手に、割って入れるか。

 

そして、左ウィングのレギュラーであった小川と争うのは、大宮の九鬼。技巧派といわれるパサーとしての側面と、足元の上手さは小川を凌ぎ、タイプの違う左の選手を使い分けたいところ。

 

 

これで、U20の代表が出そろい、残念ながら逢沢駆は落選となってしまう。

 

「——————————————」

悔しさを隠せない逢沢。沈黙したままである。しかしその二枠を争うのは、磐田で近年頭角を出し始めている小川であり、その彼と張り合う今冬海外移籍濃厚な大宮の九鬼である。実績も実力も違い、両者は海外からすでに注目をされているのだ。

 

16歳にしては別格程度では、青葉のような目に見えるインパクトがなければ選出されない。

 

 

何より、このチームは小川と堂本、榎本のチームとさえ言われているのだ。割って入った青葉が異常なだけなのだ。

 

「まあ、そんなに甘くはないってことですよね」

振り絞るように言葉を出した駆。しかし、もう彼は切り替えているように見えた。

 

「まだ五輪がある。そして、リーグ戦に出られる。僕はそこで全力を尽くすだけです」

 

 

その後、飛鳥と青葉が4月の2試合を出られなくなることが決定し、チームは一段と気を引き締めるのだった。

 

 

 

そして試合前日の練習では、左サイドの清川と青葉が話し込んでいた。

 

「キヨさんのクロスボールを見込んで、頼みがあるんです。もし、逆サイドにスペースがあれば、厳しめでもいいので蹴りこんでください。必ず追いつきます」

 

 

「あ、ああ。お前の足の速さは凄いけど、なんでまた? ジーノやコシさん、椿だっているだろ?」

 

 

「サイドバックがもっと戦術的に、視野の広いプレーが出来れば、それは相手にとっての脅威です。キヨさんのクロスボールを札幌とのプレシーズンで見た時から、いつか話したいと考えていたんです。無論、キヨさんが思うところにボールを出せばいいと思いますが」

 

「おう、わかったぜ。ま、いつも出せるわけじゃないけど、時折な」

 

ゴールデンルーキーに自分のクロスを評価されていた。そのことに少し自信を持った清川。確約は出来ないが、出来る時は狙うと宣言したのだ。

 

「あ、青葉! 僕もジーノさんと位置取りを考えてクロスの選択肢を増やしたいと思うんだ! ちょっといいかな?」

 

「君の芸術的なクロスボールも注目の的なのさ、青葉」

 

青葉が逆サイドとの連携について、ジーノを交えてすり合わせを行う。線で結ばれつつあるチームの連携に好感触を持ち始めた駆。

 

「あ、それとなんだか左足が張っているんだ。次のトップ下は君に任せてもいいかな、駆」

 

「信じ始めた矢先にこれですか、ジーノさん!!」

 

なお、第3節ジーノの欠場が決まってしまう。駆はお冠だった。

 

 

その頃、守備陣の間では、黒田と飛鳥で戦術の折り合いがつかなかった。

 

「ですから、ボランチのいる中盤が間延びするのは、僕らが下がり過ぎるのが原因の一つなんです。もっとコンパクトに中盤でボールを奪うには、息を合わせる必要があるんです」

 

前での守備、それが重要だと飛鳥は言う。

 

「なら攻撃陣に全員に守備意識を植え付けさせろよ。ジーノは守備しねぇし、赤﨑の野郎は上がりっぱなしだしよ! 青葉クラスに守れとは言わねぇけどよ。もっと形を見せろってんだ」

 

実戦形式の練習でも、攻撃でアピールすることに躍起になっている赤﨑は、対面の駆に簡単に突破を許していた。フォローに入る黒田ではあったが、その後の切り替えも遅い赤﨑に怒号を繰り返した数は数えることが出来ない。

 

対照的に右サイドハーフで効果的なポジショニングによる位置取りを行う青葉は、石浜の競り負け以外にピンチを作らせない。逆に言えば石浜は戦術に追いつけずにいた。

 

—————あんな広島戦の守備を見れば、レベルの違いは明白だ。けどよ、学べよ、盗めよ。他の若手は!

 

宮野だけじゃないか。サイドハーフで青葉の守備の意図を理解しているのは。黒田は激怒していた。

 

 

というより、黒田の目から見れば、サイドバックも難なくこなせる青葉が異常だった。攻撃の選手でありながら、守備能力も高い。ETUの選手の中で、頭一つ突き出ている。

 

 

—————すり合わせが必要です。監督、攻撃陣、守備陣。板挟みになっている中盤も

 

冷静に、飛鳥はそう言い放った。中盤というリンクマンが瓦解すれば、このチームは容易く崩壊する。少なくとも、守備陣は何度も直接的に相手の波状攻撃にさらされるだろう。

 

真剣にこのチームの戦術を心配する飛鳥は心強い。しかし、ここで妥協してはならない。達海の言っていた攻撃の為の守備と、CBから始まる攻撃の意識に関して、黒田は新たな領域であるとかなり意気込んでいた。

 

攻撃のタレントばかりが目立つ日本サッカーではありえない。達海は後ろを重要視していた。在籍するCBにはその意識が徹底され、能力を向上させる必要があると。

 

連動する守備が崩壊すれば、後ろにかかる負担はデカくなる。まず負けないためには、全員の選手の守備の意識を変える必要があると考えていた。

 

 

 

そして速報ではあるが、ジーノが第3節で欠場というのが決定した。控えのトップ下である堀田がセカンドチョイスかと思われたが、ジーノが駆を強く推す。しかし、ここは経験に勝る堀田が入ることに。そして、第3節は疲れが見える逢沢に代わり、丹波が入る。

 

そして注目の右サイドは赤﨑が入ることに。久々の先発を勝ち取った赤崎がこぶしを握り締め、ガッツポーズ。

 

右サイドバックは、石神が入り、石浜はベンチ外に。右サイドの入れ替わりが激しくなっている。

 

 

そして、注目はボランチ。椿と宮水のダブルボランチという布陣になった。最後尾は小林と飛鳥。2戦すべてにフル出場の杉江を休ませ、第2節で活躍した飛鳥をそのまま先発させ、相方に小林を起用した達海。小林はこれがリーグ戦今季初先発。キーパーは不動の緑川。

 

そして注目のワントップは堺。2戦連続でフル出場の世良は、ビハインド、同点の際の後半のジョーカー起用が匂わされ、ベンチ入り。その達海は、堀田との相性がいい堺を先発させ、両脇にベテランと若手を起用。ボランチは俊足自慢二人を起用。中盤からのビルドアップがどちらも出来る。

 

村越も年齢を加味し、今節はベンチ入り。

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB 29番 飛鳥

CB 26番 小林

LSB16番 清川

CMF 7番 椿

CMF17番 宮水

RMF15番 赤﨑

LMF14番 丹波

OMF 8番 堀田

CFW 9番 堺

 

控え 

GK 23番 佐野

DF  3番 杉江(CB) 4番 熊田(LSB)

MF  6番 村越

FW 25番 宮野 20番 世良

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  12番 鈴木(CB,SB)  22番 石浜(RSB) 27番 亀井(CB)

     2番 黒田

MF  28番 広井(SH) 13番 向井(CB) 10番 ジーノ

24番 住田(CMF) 21番 矢野(SH)  19番 逢沢

FW  18番 上田(FW) 、 

 

 

 

東京台東区浅草、町田市、八王子市では、開幕から勝ち点を積み重ねることで次第に客足が多くなっていく。

 

ルーキーの宮水青葉、逢沢駆、飛鳥亨だけではない。

 

昨年まで燻っていた若手選手がブレイクの予感を見せ始めている。特に世良は、現在得点ランキングトップタイ。あの宮水と並んで一位なのだ。

 

続く2位タイに、逢沢駆の2得点。1得点にミスターETU村越、ボランチの椿と続いている。

 

ここまで2試合で得点数は、何と10得点。異次元の数値をたたき出している。その圧倒的な攻撃力は、昨年得点数ナンバーワンの大阪ガンナーズが霞むほどだ。

 

なお、攻撃力というお株を奪われた大阪ガンナーズの監督ダルファーは、この状況に悔しさを見せていたとか。

 

 

そして第三節。達海はボランチ青葉という奇策を以て、これまでメディアに見せたことのない戦術を披露したのだ。

 

「おおっ!! 飛鳥が連続でスターター! 貫禄がついてきたな!!」

 

「相方には小林!! ようやくチャンスがやってきたか!!」

 

ETU通のファンからは、飛鳥と好連係を見せているとの情報がある小林のスタメンに色めく。

 

「ダブルボランチに椿と宮水!? ともに俊足揃いだが、どういう戦術なんだ?」

 

「ついに赤崎の出番きたぁぁ!!! やはり赤崎を使うための戦術なのか!?」

 

「堺も久々先発だ!! 流動的だが、堀田とのホットラインもちゃんと考慮している点はいいな!!」

 

 

しかしジーノ、逢沢、村越がスタメンではないことが気がかりな面もいる。

 

「まあ、逢沢の3戦連続はないか。2試合ともフル出場だったし。けど、それを考えると宮水凄いな」

 

「まあ、歩く時間も多いからな。宮水は。運動量豊富な印象もあるけど、しっかり試合中に休んでいるし」

 

「村越さんも年齢を加味してのベンチか。ジーノはやる気か?」

 

 

強豪清水との一戦を前に、両チームの監督が出てくる。

 

「久しぶりエビさん。清水で頑張っているみたいだね」

 

「はっ、そう言うてめぇこそ、イングランドで結果を出したみてぇだな」

イングランドで監督をしていたという情報は既に出回っている。ゆえに、蛯名は油断などしない。

 

「まあね。中々楽しかったよ」

 

 

「相変わらず、スカした野郎だな、てめぇは。だがここは日本だ。これ以上お前にでかい顔なんてさせねぇからな」

 

 

「ふーん。ま、やれることはやらせてもらうぜ、エビさん」

淡々と話す達海。あまり興味がなさそうだし、試合のことに集中している。

 

 

「————本当にスカした野郎だな。だがその余裕、試合後まで持つのか?」

 

どこまでも挑発的な蝦名。負けず嫌いの達海らしくない。ここで売り言葉や買い言葉を出してくるのが過去の達海だった。

 

だが——————

 

 

「選手の頑張り次第だよ。俺は、あいつらの背中を押す。それだけ」

 

 

そう言い残し、達海はその場を後にしてベンチへと去っていく。

 

 

 

どことなく冷静な達海の様子に蛯名は闘争心をさらにかき立てる。そして、スタメンが流動的なETUの選手起用に疑問を抱きつつあった。

 

固定されているのは、ボランチの椿とキーパーの緑川。そして左サイドバックの清川。3戦連続のスタメンとはいえ、ボランチ起用の宮水。

 

ジーノがベンチ入りどころか、外されていることも影響しているのか。練習で試していたであろうダブルボランチの名に、椿と宮水というのが不穏なのだ。

 

—————ただ守備的に言って感じじゃなさそうだな。恐らく、宮水のビルドアップはスイッチだ

 

 

攻撃時に宮水は飛び出してくる。彼は確実に攻撃のキーマンであり、ETUのキーマンなのだ。

 

 

 

 

「————————————————————へぇ」

 

そのキーマンは、うっかり達海と、”よくわからない五月蠅そうな人間”の会話をはっきりと聞いていた。

 

 

「あの、青葉君? なんか顔が怖い」

 

隣にいた椿が、能面のような表情になっている青葉にビビる。

 

 

「———————見てくださいよ、椿さん。あいつらの目。降格候補がいきがっているとしか見てないですよ」

 

 

序盤だけの勢い。すぐに対応されて負けが先行すると思われている眼だ。それは選手だけではない。サポーターも同じだった。

 

 

毎年降格候補の、集客率だけが取り柄の、サッカー以外で工夫を見せているお荷物クラブ。

 

 

それが、清水の下したETUへの評価だった。

 

「————————っ」

 

そして椿も少しムッとした顔になる。自分たちを勝ちの計算に入れている。温厚でチキンな彼でも怒ることはある。自分が変わるきっかけになった、ジャイアントキリングの夢。

 

 

こんな自分を応援してくれている彼女の前で、無様な姿は見せたくない。

 

 

 

「———————俺たちは、達海さんを道化にするためにここにいるんじゃない。優勝クラブの監督にすためにここにいるんだ」

 

 

 

激突する闘志。その渦中で背番号17は凍えるような暗い闘志を見せていた。

 

 

 

 

 

試合は序盤からハイプレスの清水が襲い掛かる構図。一直線にブロックが雪崩のように迫ってくる。特にホルダーに関しては当りがきついものがある。

 

しかし、

 

「このっ(このルーキー、プレスを躱す勇気があるのかよ、この位置で)!!」

 

 

最後尾に戻されたボールを受け取った飛鳥が、前線からプレスにやってきた大谷を躱す。反転してのターンから前を向いて縦パス。あまりの早業に大谷も驚愕する。

 

サッカーを始めたころからCBをやり続けた飛鳥。攻撃のポジションにコンバートするべきという話もあったが、彼は未だにこのポジションでプレーしている。

 

そして、注目のキーマン、宮水にボールが渡る。

 

「好きにさせるな!! 17番には絶対にいい形を作らせるな!!」

 

しかし、簡単に右にはたいた青葉。人数を詰めてくる瞬間にパスを出す狡猾さがここで威力を発揮する。

 

—————サポートしろよ、椿

 

右サイドには久々先発の赤﨑。一気にチャンスになった展開で、ドリブルを仕掛ける。

 

————このチャンスで活躍できなきゃ、海外移籍とか夢のまた夢だろ!!

 

「甘過ぎだぜ、甘ちゃんが!!」

 

 

しかし、相手サイドバックに止められてしまう。スライディングが深く、ボールはピッチに出てしまう。

 

「くそっ!!」

 

苛立ちを隠せない赤﨑。しかしマイボール。すぐに位置取りをし直す。しかし、清水の寄せが早くドリブルのスペースがない。

 

「ちぃ!!」

 

赤﨑は仕方なく横に展開しようとする。横にサポートに入った椿にボールを渡そうとするが、

 

「あっ!」

椿の前に割り込んだ背番号7の浦田がボールをカット。赤﨑のパスは読まれていたのだ。

 

しかし、その浦田の動きさえ完璧に読んでいた存在がいた。

 

「これでカウ————がっ!?」

 

横からのタックルでボールをロストした日本代表。浦田は日本代表期待の一人であり、日本代表にその才能を見出された選手の一人だった。

 

 

だが、ボールを奪った瞬間の空白を彼が狙っていることに気づけなかった。

 

 

『おっと、ここで奪い合いを制したのはETU!! ボランチ青葉がボールを奪い一気にスピードアップ!!』

 

椿はそのまま三列目からサポートし、堀田との連携が光る。未だに清水の運動量は落ちず、すぐに人数をかけてきたのだ。

 

青葉の縦パスを受け取った堀田がワンツーを狙う動きを見せる。このままスピードアップした青葉へのリターンは防ぐ必要がある。ゆえに、清水はまだETUの組織力を甘く見ていたのだ。

 

 

「なっ!!」

 

堀田がここで切り返して、相手選手を躱したのだ。ワンツーと見せかけてのドリブル。

 

青葉の動きはデコイだったのだ。このプレーにより、青葉に三人が釣れた。清水のブロックが崩れたのだ。

 

「なっ!! 寄せろぉぉ!!」

 

蛯名が声をかけるが、すぐに立て直しがきかない。堀田のドリブルがバイタルエリアまで到達し、何でもできる状況。

 

 

—————いけるか、お前ら?

 

堺と、丹波と目が合う堀田。ベテランらしい息の合ったコンビがさく裂する。

 

堺がここで左に流れる。まるで堀田にドリブルコースを開く様に。そして堺の動きに相手選手が釣られ、目の前の堀田に視線が集中する展開で、堀田の選択肢はフライボールだった。

 

堺に釣りだされた背後を突くスペースに走りこんでいたのは、丹波。攻撃的な三人目の動き。ボールウォッチャーに成り果てた清水の守備。

 

偏り始める清水のブロック。左へと集まる比重が、右に大きな空白を作ることに他ならない。

 

しかし、ここで堺が抜け出してニアサイドに飛び出してきたのだ。もうここでの選択肢は一択だ。

 

『左サイドからいいボールがきたァァァ!!! あっとキーパー上川弾いた!! 好セーブを見せます!!』

 

 

しかし角度のない場所から撃ったヘディングシュートを弾かれてしまう。相手もプロだ。やはり一筋縄ではいかない。

 

何とかこぼれ球を抑え込んだ上川がロングフィードでカウンターを狙う。しかし————

 

 

『大谷潰されたァァァ!! あっとプレーオン! ファウルはありません!!』

 

 

裏を狙った大谷が簡単に飛鳥に潰される。一対一の局面で五輪代表を封殺するルーキー。またしてもETUが組み立て始めるという局面からスタートする。

 

そして今度は椿がボールを受け取り、青葉に預けてスイッチ。ここまで来ると今日の試合は本当にボランチのプレーしかしないのだと思われても仕方ない。

 

 

「なんか今日の宮水はおとなしいな。もう少し突破できるところもあったはずなのに」

 

 

「清水のカバーリングはいつもより早い。なんだかんだ警戒されているよ」

 

 

「そりゃあ、真ん中だからなぁ。あれだけ人が集まれば……あっ」

 

 

サポーターも気づき始める青葉への異様なマーク。そして前半からのハードワーク。ボールを早く捌く青葉。

 

 

そして躍動する他の選手たち。

 

 

この試合の背番号17は、ETUへ確実に、確定的な勝利を齎すことに全力を尽くしていた。

 

 

相手に反撃の機会など与えない。試合前に威勢のいい言葉で達海を挑発していた蝦名の言葉をしっかりと聞いていた。

 

 

—————全部変えてやる。論調も、悪評も。

 

 

自分の論調などどうでもいい。ただ、クラブやチームメート、何より憧れだった監督を貶める奴を、

 

 

「——————許さない。絶対に認めさせてやる」

 

目の前で自分を青二才と見下ろしている清水のキャプテンを見て、逆に思考が研ぎ澄まされていくのだった。

 

 

 

 

 




青二才と言われるのも仕方ない、沸点の低い青葉君。

なお、逆ギレせずプレーの質が向上する模様。


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第五十七話 奴は何者だ

遅れましたが、清水戦決着です。


何か一歩下がった位置でプレーし続けている宮水青葉。サイドアタッカーでは魅せていた積極性がこの試合ではまだ見られない。

 

 

それを観客席から見つめるのはジャーナリストの藤澤。あれほどの啖呵を切った彼らしくないプレーぶりに、違和感を覚える。

 

「——————攻撃的ではないわね。一体どうして—————」

 

「おそらく、まずは清水の勢いを完全に消し去るのが仕事なのだろう」

 

横にいるのは、ジャーナリストで記者の城之内。彼の目から見ても、攻撃では存在感が今一つだが、一対一では—————

 

『あっとボール取れない! またしても中盤でパスが繋がりません、清水!! 何か清水はリズムをつかみ切れていませんが、宮水選手のチェックは圧が凄いのでしょうか』

 

パスがずれてETUのスローイングへと切り替わる。スルーパスを狙った攻撃がかみ合わない。青葉の方は常に周りを見るために首を振り続けている。その為に、パスコースを絞らせ、相手の失敗を誘発しているのだ。

 

しかし、強引なパスを選択しなければ、パスが青葉の足に届いてしまう。それは即座に青葉に自由を与え、決定機の危険性を生むことになる。

 

『恐ろしいですね。あの間合いから必ず届くと信じている。相手選手にとってみればプレッシャーですよ。』

 

青葉の守りは至ってシンプルだ。サイドに相手を追いやり時間を稼ぐ。しかしその単純な指示はそう簡単ではない。相手の切り返しを警戒したうえでのこのプレーは、実力が試される。

 

 

そして、しびれを切らしたキャプテンの背番号10の深田が仕掛ける。

 

————こんな残留争いのチームなんぞに、躓いてられるかよ!!

 

 

フィジカルを活かしての突破。手を使って青葉を制し、無理やりにでも突破を仕掛ける。

 

が、ダメ。ボールと体の間に入れられたので、あっさりと奪われてしまう。仕掛けた瞬間の予測地点を、おそらく青葉は深田よりも把握していたのだ。

 

最短距離で一気に距離を詰め、タイミングよくボールを刈り取る。まるで江ノ島のボールハンター、堀川の動きに類似していた。

 

————くそがっ!!

 

ここで潰す。このまま前を向かせるつもりはないと、ファウル覚悟でスライディングを仕掛ける。

 

————そういうのはリカルドで飽きたよ

 

見下ろすような瞳で深田の動きを察知し、スライディングの角度外の場所へとダブルタッチで横にスライドし、合気道オフェンスを使った手の使い方で、深田をあらぬ方向へと横転させる。

 

「がっ!」

 

お尻から地面に激突した深田は悶絶し、横たわる。が、プレーオン。青葉はファウルを犯したわけではない。あくまで深田が勝手にバランスを崩したことになっているのだ。

 

あまりの早業。掴みかかり、ファウルまがいのスライディングを仕掛けたために、仮にわかっていてもファウルにはなりにくい事例だった。ゆえに、このプレーはセーフだ。

 

「ガミさん!」

 

そしてオーバーラップしてきた石神にボールを渡し、右サイドで連携を取りに来る。

 

————赤﨑か!? 

 

相手選手はフリーになっている赤﨑を警戒する。そして青葉もまた赤﨑の方を向いていた。

 

狙いは赤﨑からのワンツー、もしくは赤崎のドリブルだと感じたのだ。ほぼすべての視線が石神と赤﨑に注がれるという状況。

 

青葉の仕草や目線一つで、清水の視線が誘導されていた。

 

 

マークを完全に外した青葉が中に切れ込み、石神はフリーの状態の彼へとパスを送る。躊躇いなくその選択しを選んだのだ。

 

「っ!」

 

サイドから仕掛ける流れだったが、赤﨑にボールは通らない。しかし裏を突くフリーランニングで切り替え、相手を一人つり出す。青葉の方はここでスローダウンし、動きが緩慢になる。

 

————ここは期待のルーキーに任せてみるか

 

石神ここで赤﨑へのパスをフェイク。即座に中央で突然動き出した青葉がフリーとなり、ターンしながらトラップの段階で相手を一人剥がしてしまう。

 

————なっ、ここは高校サッカーじゃねぇんだぞ、ルーキーッ!!

 

だが、それでも一合では躱しきれない。プロの意地が青葉の前に立ちはだかる。しかし、

 

『シュートフェイク切り返し!? 切り返さない!? あっと宗方倒れたっ!!』

 

その鋭い切り返し、青葉ならここで交わしてくるだろうと頃までは予測していた宗方。だが、アウトサイドでトラップしてのストップ・フェイクは予測できず、重心が崩れた彼は勝手に崩壊した。

 

—————馬鹿なっ、こいつには——————

 

宗方は、心の中でうめいた。宮水青葉の目は、未来でも見えているというのかと。

 

一方、青葉はそんな意識はなく重心を崩して壁を一枚剥がしただけ。そんな高度なことは考えていない。

 

 

相手選手は自分の背後である縦を意識していた。中央には堺と堀田。枚数は揃っている状態。だが、青葉相手にはその瞬間でボールを取らなければ意味がない。

 

どちらでも得点機を生むことが出来る彼には、そんな守備では通用しない。

 

————セーフティなディフェンス。エリア付近だと警戒もするか。

 

そして堀田と堺が青葉の為に中央を開ける。広がる壁、複数見出すことが出来たシュートコース。

 

 

「コース塞げ!! シュートを打たせるな!!」

 

そして、そんな脆弱な壁の中でも強引にシュートモーションに入る青葉。彼のミドルシュートは強烈で、その弾道は伸び上がるように襲い掛かる傾向が強い。

 

だから、ジャンプしながら身をさらけ出した選手を責めるのは間違いだ。事実、さらけ出さなければ、ミドルを打たれ、即死だったのだから。

 

青葉は不利の速いモーションから考えられない柔らかいパスを繰り出したのだ。キックの精度に柔らかさがあり、PA内でのスルーパス。零れ球へのセカンドボールを狙っていた堺がオフサイドにかからず、青葉は彼の動きを見ていたのだ。

 

————このタイミングでこのパスを出せるのか、お前は

 

プレゼントパスを受け取った堺のダイレクトシュートが、ゴールネットに吸い込まれ、長い笛が吹かれる。

 

『シュートモーションからパス!? 振り抜いたぁァァァ!!! ETU先制!! 決めたのはベテランの堺!! 先発起用に応える見事な先制弾を叩き込みました!!』

 

『技ありのパスですね。堺選手の動きまで見えている視野の広さ。冷静でしたね』

 

『前半の17分! ついにこじ開けました!!』

 

ゴール前での憎らしいほどの冷静さ。そして、中盤で見せる守備能力の高さ。

 

 

清水の前にルーキーが大きな壁として立ちはだかっている。

 

「うぉぉぉぉ!!! またしても先制点はこの男から!!」

 

「渋いパスだったなぁ、今のは!! 堺もよく叩き込んだ!!」

 

「ちょっとやそっとじゃ止まらねぇぞ!! これは!!」

 

湧き上がるETUの観客席。ブラインドからのラストパスに合わせた堺が見事だった。先に選択肢に飛びついた、清水の負けだったのだ。

 

 

その後、青葉は味方を活かすようなスルーパスやロングフィードを見せる。色々な姿でチームに貢献する彼は、まさにポリバレントといえる。

 

プレーの幅が広く、選択も適切。恐ろしい男である。

 

 

椿の飛び出しを見逃さない点もさすがだった。堀田との好連係を見せ、強めのボールをスペースに蹴りこむも、それは直前堀田からのパスを受け取った際に動き始めた椿を見ていたからだ。

 

 

ゆえに、スピードに乗った椿は一気に清水ディフェンスを切り裂き—————

 

『こぼれ球、押し込む、あっとキャッチィィィ!!!! ゴール前のこぼれ球! よく防ぎましたキーパーの上川!!』

 

 

『椿選手の抜け出しを見ていた堀田選手と宮水選手の崩しから、最後は堺選手。零れ球を押し込むまではよかったですね。しかし上川が一枚上手でした』

 

 

中盤の突き抜けた選手がいる。こうなると、もう戦術がどうこうのレベルではない。そんな選手がパスワークに積極的に参加し、容赦なく穴を突いてくるのだ。

 

前半は、清水のプレスをあざ笑うかのようなパス回しを貫き、1点リードで終えるETU。明らかに清水の選手を走らせることに特化したパス回し。

 

対する清水はボールを奪わなければならない局面。どうしても前に出なければならない。が、常に堺がライン際で駆け引きをするせいで、あがり切ることが出来ない。

 

ゆえに、手数が足りないのだ。大谷が完全に封殺されている状況が絶望的だった。

 

そして、このチームのキャプテンである深田は、急造ボランチの青葉に、格の違いを思い知らされている。

 

 

後半、達海がなぜこの布陣で臨んだ真の意味が姿を現す。

 

堀田にボールが渡った瞬間、両サイドから椿と宮水が飛び出したのだ。堀田にチェックに行くのか、それとも二人をマークするのか、意思疎通がはっきりしない清水。

 

 

————そうか、これは4-2-3-1なんかじゃない!!

 

蛯名は、またしても変則的にシステムを変えてきた達海に戦慄を覚えた。

 

これは、4-2-3-1ではなく、4-1-4-1であるということを。

 

 

前半で印象付けていた堀田のトップ下はフェイク。彼は後半アンカーになったのだ。そして三列目にいた椿と宮水が一気にスピードアップ。

 

椿と宮水はボランチではなく、インサイドハーフ。もしくはCMF的な立ち位置だ。

 

元々ジーノ対策で4-3-2-1のクリスマスツリーの陣形で臨むつもりだったが、ジーノは欠場。システムを変更し、4-1-3-2で戦いを挑んだ。しかし、堀田のサポートに常にスピードのある椿と宮水が控える状況。

 

数的優位を活かした速いプレスでボールを狩る魂胆は、この二人の選手の脅威で鈍る。

 

プレスを掻い潜られた瞬間、ボランチの二人が上がってくるという恐怖。堀田は見せかけのトップ下。つまりデコイだったのだ。そして相手のプレッシャーが下がれば攻撃参加するというアンカーともいえる存在。

 

故に清水は、ボールの狩り所を失ったのだ。

 

 

3列目という場所に機動力のある椿と宮水を置き、サイドが互いにマッチアップする中、フォワード陣二人が堀田にチェックを行うも、三列目の椿か宮水に頼ればいいのだ。この二人は単独で切り込む能力があり、止められてもすぐさま反応できる。

 

清水の速いプレスは効力を失い、ETUのペースになっていたのだ。すぐさま、SBを上げて、アンカーを下がらせ、中盤の人数を増やした清水ではあったが、

 

 

悪夢のような時間帯はまだ続く。後半早々、キャプテンの深田が青葉に狙われており、簡単にボールを奪われてしまう。

 

そしてそのまま一気にスピードアップ。だんだんと間延びしてきたスペースを狙われ、右サイドにボールを振る。

 

—————折り返せば!!!

 

赤﨑はここで相手を一人切り返しで躱し、マイナス気味のグランダーの速いボールを入れたのだ。そこに詰めていたのは三列目から上がってきた椿。

 

—————ここだっ!!

 

ダイレクトに振り抜いたシュートは枠内を捉えていたが————————

 

『折り返してッ、椿のミドルシュートぉぉぉぉ!!! あっとここも上川弾いたァァァ!!』

 

 

「っ!!」

横っ飛びで弾き、椿のシュートを防いだ清水の守護神。あれだけ崩されてもなお、まだ堅い守備を見せる清水はあきらめない。

 

そしてそのセカンドボールを拾うのは飛鳥。大胆に前に出て、大谷との競り合いで勝利し、前を向いてすぐ、大谷のプレスよりも早くにロングボールを蹴ったのだ。

 

 

—————このっ! ほんとに高校2年生かこいつ!!

 

CBの細野は、いつの間にか右寄りの中に入り込んできた青葉とマッチアップを強いられる。しかし、手でブロックされながらの胸トラップを防ぐことが出来ず、青葉は逆サイドを向いていた。

 

ここでパスを展開されるのもまずい。細野は前にプレッシャーをかける。

 

トンっ、

 

胸トラップからのプレーは、ピッチの時間を止めるようなものだった。

 

前に来るプレッシャーの増した細野を、合気道オフェンスでつり出し、彼の想定以上に前に出させたのだ。細野は狩るべき青葉を通り過ぎ、青葉はその同時期に左足でトラップし、フライボールで背後を突いたのだ。

 

ここでシャペウ。中に切り込むと見せかけての外へとターンしながらの前を向く。そして——————

 

 

「なっ!? キーパーっ!!」

 

蛯名が叫ぶ。細野は完全に崩されたのだ。慌てて追い縋ろうとした細野だが、抜かれた時点で勝負は決まっていた。

 

 

アタッキングサードすぐ手前での一撃が、清水に突き刺さるのだ。

 

 

 

『胸トラップから浮かしてッ!! ボレェェェェシュートォォォォォ!!?? 突き刺したァァァぁ!! 後半13分!! ついに背番号17番が決めた!! 宮水青葉、今シーズン4得点目!! これで3試合連発!! 若武者の勢い止まらず!! ミドルレンジからハーフボレーで叩き込みました!!』

 

青葉のシュートコースはファーサイドのサイドネット。ニアを閉めていたキーパーをあざ笑う、技ありのシュートだった。キーパーが反応することすらできない。何より、アタッキングサードに入り込む手前でのシャペウ。クロスも、縦への突破もある中、上川の反応も遅れてしまっていた。

 

 

何より衝撃的なのは、右足のアウトサイドでファーサイドを狙う変態ぶりだろう。しっかりと腰をひねりながらのハーフボレーシュートは、誰もが予期していなかったコースを射抜いたのだ。

 

得意の左足でなくても驚異的なコントロールショットを見せつける彼は、ポリバレントな一面を見せた。

 

 

 

 

そんなスペシャルなゴールを奪われた上川は、先ほどまで鬼気迫るセービングを繰り返していたが、超常現象の個人技に屈したのだった。

 

——————あの姿勢からファーサイドを正確に狙い撃たれたら、間合いを詰めるのも—————

 

 

 

『いまのすごかったですよ!! 胸トラップから左足のフライボールで背後を突く、その発想だけでも凄いんですが、そのボールをボレーで叩き込む。技術の高さと、思い切りの良さが存分に出たシーンでした!』

 

「な—————っ」

 

「ばかな……」

 

清水の選手、監督はまるでストライカーのような動きを見せた青葉に驚愕する。信じられないプレーの幅の広さ。一体彼はどれだけの経験を積んでいるのだと。

 

ボールキープしてドリブル突破という選択もあったが、ダイレクトプレーで瞬く間に追加点を奪うルーキー。ゴール前での個人突破も伊達ではない。

 

 

そして距離を選ばない正真正銘の射程範囲を持つ逸材。

 

 

一流の選手は、どのポジションでも結果を出す。ボランチでのプレーに徹していた彼が、ここにきてCFW並のポストプレーを見せての得点を奪うことで、達海監督も苦笑いを浮かべる。

 

「な、何が起きたんでしょうか!? えっ、ボール、えっ、えっ? なんで入ったんだ今の」

隣の松原コーチは、信じられないプレーを見せつけられて混乱していた。

 

 

——————まっちゃん。味方が混乱してどうすんだよ………

 

 

 

 

 

「なんだよ、なんであんなことができるんだよ………」

 

清水のサポーターが失意の言葉を漏らす。絶句しているほかの面々もそうだろう。あのルーキーが入った途端に清水のディフェンスは翻弄されている。歯車があったかのように回り続けるETUを前に、悔しさしかない。

 

「これが、五輪入り、5月のU20ワールドカップの最強の切り札、その実力なのかよ————」

 

 

「さっきから大谷君もあっちのルーキーにやられてばかり—————意地を見せてよ、インパルスっ!!」

 

「くそっ、とにかくゴールを奪ってくれェェ!!」

 

 

 

 

パワープレーに切り替える清水ではあったが、赤﨑と交代で出てきた宮野に裏を突かれ、PKを献上してしまう。

 

『あっと倒されたァァァ!!! 審判ペナルティスポットを指さす!! ここでイエローカード!! CBのエディワルドにイエローカード、そしてETUのキッカーは宮野が蹴るようです』

 

 

 

ピッチ上では、

 

「ミヤちゃんが奪ったPKだよ。だったらミヤちゃんが決めるべきだよ」

 

「いい所見せてくださいよ、ミヤさん」

 

二人のボランチにはやし立てられ、緊張がなくなった宮野が落ち着いて決め、3点目。

 

 

その後フリーキックから1点を返されるも、勝敗は変わらず。開幕3連勝で若手監督対決を制したETU。

 

「ぐぬぬぬ—————」

 

悔しそうにする蛯名。しかし、試合後に魂が抜けたようになっている広島よりもはましだろう。初戦の大逆転負けから悪い流れを断ち切れず、悪夢の開幕3連敗中の磐田よりもましだろう。

 

「ま、最後詰めが甘かったがそれもご愛敬—————に出来ないのが監督だからな」

しかし上機嫌な達海。開幕からいい試合を作れていることに一定の評価を下しているのだ。

 

 

最後の場面はカード覚悟の小林のファウルでカウンターを寸前で防いだのだ。しかし、深田にフリーキックを決められてしまったので、小林の頑張りは報われなかった。

 

だが、青葉に代わって入った熊田が下がってプレーしてフォローに入ったことでCBもボールに強く迫ることが出来ていた。今後もアンカーが両CBをフォローできる陣形を維持できれば、失点を減らすことは出来るだろう。

 

 

様々な好材料と課題が見つかったが、一番大きいのは—————ジーノと村越、逢沢を欠く中での勝利だろう。

 

 

 

「おいお前、どうやってあの男を獲得できたんだよ。あいつはなんであそこまでできる?」

 

蛯名が言っているのは、宮水青葉の事だろう。16歳にして既にETUの要になりつつある怪物ルーキー。この試合は3点目を決めた後にピッチを後にするなど、余裕の采配を見せるETU。後は試合をクローズするだけなので、やり様はいくらでもあった。

 

 

 

「別に。あいつはこのチームに入りたいって言っていたらしいぜ」

 

なんでもなさそうに言う達海。青葉は自分の意志でETUに入るつもりだったのだと。彼は達海猛の選手時代に憧れを抱いていたことも影響しているのだろう。

 

「——————次の試合はジャパンカップ。次こそは勝たせてもらうからな」

 

 

「へぇ、ま、やってみなよ。リーグ戦で弾みをつけた相手ともう一度やれるのは、うちにとっても大きしいね」

 

この切り返しである。達海はニヤニヤしながら蛯名を煽る。こうして、ETUは好調をキープし、因縁のある不破元監督率いる名古屋グランパレス戦へと臨むことになる。

 

 

———————確かに、青葉のディフェンスに支えられたようなものだった。

 

青葉の安定感がチーム全体を活性化させていた。中盤でボールを捌きながら、決定的な場面でゴールを奪う。まるで誰かさんのようなプレーだった。

 

—————けど今のうちに、青葉のボランチをみんなに見せるべきだと判断した。

 

青葉のボランチとしてのプレーが、一つでも可能になれば、それは間違いなく戦力アップにつながる。ボランチのメンツも今の彼のプレーで刺激を受けただろう。

 

 

宮水青葉がどこでプレーするのか、それがチーム全体の緊張感を生み、変化を齎す。以前、彼のボランチは魅力的であるが、刺激が強すぎると感じていた。

 

きっとあの時のように依存対象になり得ると。だが、それは違ったのだ。

 

 

彼の一言一言が変化を促す。彼に憧れ、自分もと続く頼もしい若手、中堅が名乗りを上げてくる。今回の起用は若手CBを何とか育てたい達海の欲が出た布陣だった。

 

 

「———————」

 

試合中のベンチでは、熊田が青葉のプレーをずっと見続けていた。ボランチが本職の彼は彼のプレーを盗もうと集中していただろう。次の出番があれば、彼は必ずモチベーションを高い状態のままピッチに出ると。

 

 

結果、熊田は飛鳥と小林に勇気を与えるポジショニングを維持した。小林も失点を防ぎきれなかったが、思い切りの良さを見せてくれたのだ。

 

 

 

————————あいつの良いところはどんどん盗めよ、村越、熊田。

 

 

 

清水戦が終了し、その後の第4節を迎える前に、U20代表として飛鳥と宮水がチームを離れることになる。そして、それに選ばれなかった逢沢は、何となく美島に電話をかけていた。

 

「——————そう簡単に、とは思わなかったけど、ね。やっぱり悔しいかな」

 

「うん。でも駆のポジションには実績や実力のある人がいたものね……フローニンゲンの若き才能、堂本貴史選手。彼は外国人選手に競り負けないフィジカルがあるわ」

 

あの後、駆は彼のプレーを映像で見る機会があった。CLに出場した経験こそないが、ELでは強豪クラブとの試合を経験。U20の中で最も経験豊富といえる選手だろう。

 

他にもJ2ながら実績のある選手、磐田のエース小川の壁を乗り越えられなかった駆。

 

そして、さすがの青葉であっても、序列を崩すのは難しいだろう。青葉は堂本の控えとして呼ばれたのだ。

 

「でも、僕は負けない。絶対にこの序列を覆して見せる。背番号10番も、諦めない」

 

司令塔タイプでもあり、左でも仕掛けられるプレースタイルを持つ彼はポリバレントで、フィジカル自慢の堂本とは違う強みもあるだろう。だが、駆には確信があった。

 

————青葉は試合の流れを簡単に変える。その序列に安心する人なら、すぐに

 

意気込みを語る駆ではあったが、それを聞く美島は駆の最適なポジションは左サイドではない気がしてきていた。

 

————確かに、駆の運動量はサイドでプレーするのに問題ないわ。けれど、駆の嗅覚を活かすには、サイドでは十全に発揮できない

 

ゼロトップ、セカンドトップ。もしくはトップ下。逢沢駆は自分自身の力をまだ発揮できていない。

 

個人技が上手くなり、強引に突破できる機会も増えた。しかし、裏抜けや零れ球への反応、狭いエリアでの突破力。土壇場の反応はまだ見せつけられていない。

 

若き俊英の眠れる才能、他の技術を磨き続けたことで影を潜めた、彼が最初に会得した才能は、リーグ戦で再び目を覚ますのだろうか。

 

 

 




小林「くそっ、ファウル無しで止めていれば・・・・」

熊田「ペナルティエリア外なのでマシだろ?しかし、相手のfkが一枚上手だった」

堺「世良の野郎にはまだまだ負けるかよ」


宮水青葉、飛鳥亨。代表召集・・・・


達海「・・・・さて、どうするかなぁ」


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第五十八話 誕生! 青葉監督?

お久しぶりです。


リーグジャパンが開幕し、3節を消化した序盤の順位は、下馬評を覆すETUが首位に立つ異常事態。次いで得失点差で2位の大阪ガンナーズ、3位の名古屋グランパレスと続く。後は混戦模様で、1試合で順位がひっくり返るような状況。

 

そして、その下位に沈むチームの中に、磐田がいるのは想定外も甚だしいと言えるだろう。開幕戦での悪夢の大逆転負け。黄金ルーキーに蹂躙された忌まわしい記憶をぬぐいきれないのか。いまだリーグ戦未勝利、悪夢の3連敗中。

 

そして、引き分けの勝ち点で辛うじて単独最下位を免れている大分、広島、FC札幌もまだ未勝利。

 

しかし、まだ序盤。ここで、代表戦という流れを切る行事が待っていたのだ。その余波は、ETUに襲い掛かることになる。

 

 

宮水青葉と、飛鳥亨の離脱である。今期の得点ランキング一位の彼が離脱となると、大幅な痛手。カップ戦には基本的に出てこない方針の青葉がいない第4節は、厳しい戦いになるだろう。

 

さらに、ジーノが疲労のためにハーフタイムでの出場が限度という苦境。トップ下を務めるのが堀田、赤﨑、逢沢の誰かということになる。

 

出場試合こそ抑え目なジーノだが、練習では欧州仕込みのパスコースの限定を行うトリガー役に仕立てようとしたのだ。プレスバッグの弱さとフィジカルの弱さ。躱しきるスピードもない彼は、達海監督の中でポリバレントではない。

 

しかし、驚異的なロングフィードと足元の上手さ。これはETUの中で宮水青葉以外にカバーしきれない武器でもあった。

 

パスコースを見つけることに長けた彼は、限定する要領は難なくつかめた。しかし、その為の体力が絶対的に足りない傾向にあったのだ。まだまだ強豪との試合で先発させるのは怖い。だからこそ、ジーノの計算が立たないというのは、好都合でもあった。

 

 

 

ここで達海監督は、まずは守備の方の修正にはいる。守備の要になりつつあった飛鳥の代わりに亀井を投入。黒田にも説明したが、杉江、黒田のコンビの時、ラインが下がり過ぎる傾向にあり、中盤が間延びし、常に危険であるということを知らせているのだ。

 

「はぁ!? 前に出るのが悪いこととは言わねぇ! だが、守備をちゃんとせず、攻撃に比重を置くのはさすがにおかしいだろう!!」

 

 

「クロの言う通り、守備は大切だ。ここを弄らないといけないのは心苦しい。けどね、どのリスクを選び、背負うか。そしてそのメリットを取るか。シビアな天秤を前に、俺が選択するのはコンパクトな守備。前掛りになり、中盤の間延びを防ぐことこそ今のETUには必要なことなんだぜ?」

 

達海は黒田には戦術を教え込んでいる。まるで一人遅れた出遅れた学生を相手にするかのように。競り合いに強く、闘争心もある選手だ。達海としても、戦術の理解度を深めてほしいのだ。

 

「だから、お前には必ず、外から試合を見てもらうようベンチ外でも会場に呼んでいる。お前が前半戦で攻守に貢献できるCBとして一皮むけるのを待っているからだ」

 

真剣な目で、黒田の今後を語る達海。そこには指揮官としての覚悟があった。

 

「——————っ、わかったよ! 練習で見せりゃあいいんだろ!? ボランチと協力して中央の守備を固める。ラインを上げる戦術をな!」

 

「おーけー。そういうとこだよ、クロ。俺の見立てでは杉江を全試合フル出場させるのは厳しいからな。そして、若手も出し続けるにはまだ安定感が足りない。ビルドアップが出来るようになれば、前半戦だけじゃない。後半戦もうちは守備から崩れることはない」

 

と、どうにか黒田を説得。本人も最近の攻撃陣には頼もしさを覚えていたようで、宮水不在の第4節に不安を覚えていたが、必ずやってくれると仲間を信頼していた。

 

 

そして、3節までの中盤は村越と椿のコンビ。五輪世代として、最近いい動きを見せ始めた椿と、村越のコンビがやはり要。しかし、フル出場が続く村越のコンディションが落ちてきているのが気がかりなので、村越をここでベンチスタートに。変わって入るのは、堀田。クレバーなプレーが光る彼で中盤を落ち着かせることも、攻撃的にさせることも可能なのだ。

 

 

問題の二列目は、右に赤﨑、左に丹波は確定。真ん中に逢沢駆を抜擢したのだ。高校時代、真ん中でのプレーで攻撃力を倍増させていた彼は、司令塔のポジション、もしくはSTが最適解なのだろうというのが達海の判断。

 

無論サイドでもいい動きを見せている。運動量もあり、チャンスも作る。だが、宮水と同等の攻撃力を有しながら、今一つ彼に劣るのは脚力の差なのだろう、と彼は判断した。

 

狭い場所で打開できる個の力を活かすには、ゴール前。

 

 

第4節予想スターティングメンバー。

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB 27番 亀井

CB  3番 杉江

LSB 4番 熊田

CMF 7番 椿

CMF 8番 堀田

RMF15番 赤﨑

LMF14番 丹波

OMF19番 逢沢

CFW20番 世良

 

控え 

GK 23番 佐野

DF  2番 黒田 12番 鈴木

MF 10番 ジーノ 6番 村越

FW 25番 宮野 

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  22番 石浜 (RSB) 

26番 小林(CB) 16番 清川(LSB)  

MF  28番 広井(SH) 13番 向井(CB)

24番 住田(CMF) 21番 矢野(SH)

FW  18番 上田、 9番 堺

 

29番 飛鳥(代表召集)

17番 宮水(代表召集)

 

 

出場選手がどうにか決まったが、カップ戦の欠場後に村越がどれだけ回復できるかによってボランチが変わるかは重要だった。経験豊富な村越が第4節でいい状態で臨めるのか。

 

「開幕三連勝。カップ戦も清水に引き分けこそしたものの、札幌には快勝。いい出だしをしましたが、こういう落とし穴がありましたか」

 

松原コーチは、次の試合に出す面々でのやりくりの難しさに唸った。代表召集というかつてない出来事が、チーム力をここまで落とすのかと。

 

「仕方ありませんよ。世代別の代表戦は国内の若手にとっての登竜門の一つ。海外移籍を目指す青葉が、そこに選ばれないとおかしいのが私の見解です」

 

他のコーチも言うように、青葉の実力は既に国内でトップクラス。一年を戦い抜く体力が身に付けば、海外移籍も目前だ。本人曰く有里との語学勉強で未熟を感じているようだが。

 

「ま、いざとなれば青葉の代役に宮野を置くさ。あいつは、奴に匹敵するスピードなら持っている。まあ、奴の最高速でのドリブルは誰にも真似は出来ないがな」

 

達海が重要視したのは、宮野の最近の初速の速さ。青葉という絶対的な脚力に張り合うにはどうすればいいのか。

 

宮野がたどり着いたのは、初速の動き。これならば、“数秒間は青葉と同等”の存在になれる。練習でも、一瞬でマークを外す動きが上手くなっている宮野。後はボールの置き所をもっと経験すれば、化けてくる。

 

「かなり宮野を買っていますが、確かにそうですね。宮野は青葉という目標に刺激を受け、成長していると思います。私個人の見解では、名古屋戦に彼の抜擢も面白いかもしれません」

 

そしてコーチの中には赤崎ではなく、宮野に期待を寄せるものまでいた。

 

「まあ、赤﨑の技術の高さも捨てがたいんだけどね。宮野には納得のいく動きが出来てから出てもらうさ。右サイドのセカンドチョイスは、このチームの死活問題だ」

 

達海としては、右サイドの競争は活性化させないといけないと感じていた。カップ戦でのファーストチョイスを赤﨑にし、青葉がいる時はセカンドチョイスに宮野。

 

「そういう意味でも、鈴木の存在はかなり助かる。サイドの後ろのどこでもやれるっていうのは、後半戦で失速しない防波堤の一つになり得る」

 

12番鈴木は、今季出場こそないが、そのユーティリティでベンチワークに幅を持たせる貴重な存在。達海は横浜戦での先発を考えているようだ。

 

 

一方、高校2年生になった青葉に、ある人物が会いに来ていた。

 

 

江ノ島高校では、期待の若手が良い動きをしていると聞き、せめて練習だけでも見ようと考えていたのだ。しかし、岩城監督には後輩の面倒を少し見てほしいとお願いされ、半ば引退扱いの自分が少しでも彼らの力になればと考えている青葉。

 

「一条龍です! えっと、お会いできて光栄です!」

 

「そんなに固くならないでいいさ。岩城さん達が鍛えたティキタカに初日から対応できる逸材。否、まるで最初からそれを経験していたかのような動き、見事だよ」

 

一条は練習の時から速いパスへの耐性が強かった。それをトラップする技術も、次の動きに入る動作も。彼はあの荒木とレギュラー争いをしているのだ。

 

現段階では荒木に数段劣るものの、これからの成長が楽しみな選手である。

 

「—————ま、ワントップは勿論だけど、二列目も競争が激しいからね。下からの突き上げがないと困る。1年生には誰か主力になってほしいね」

 

左SBでレギュラー候補の青梅と共に、一年生コンビが違いを見せている。岩城曰く一条と青梅の相性はいいという。

 

「—————あの、それでしたら、青葉さんに胸を借りるつもりで、勝負を挑んでいいですか?」

言葉こそ丁寧だが、闘争心を隠そうともしない彼の言葉に、

 

「ほう?」

 

好戦的な笑みを浮かべた青葉。なるほど、自分にもこういう時期が来たと感慨深くなる。

 

「俺は18歳までに代表に入りたいと考えています。そして、16歳の時点でそれがほぼ手中にある貴方を肌で感じることで、その距離を知りたいんです」

 

 

「—————いいだろう。そういう気概を持つ選手は嫌いじゃない。だが、全体練習の後だ。岩城さんに今日はBチームの指揮を執るよう言われててね。君の動きを先にみるのは心苦しいが、構わないかい?」

 

 

そう、青葉はこの日、下級生の混合チームを率い、レギュラーが数人先発し、当落線上の上級生選手の混合チームとの試合に臨むことになる。

 

なお、この試合に俊足FW夏目は出場せず、主力のGK紅林、CB錦織、右SB八雲、ボールハンター堀川もベンチ外。

 

レギュラーで先発するのは要塞高瀬、王様の荒木、右SH的場、CB海王寺、最後に後半途中出場予定レジスタ織田である。特に織田は志願してのベンチ入りであり、ピッチの中で後輩の実力を見たいと直訴している。

 

新主将となり、チームを率い、プロのステージで戦う覚悟を秘めた男は、熱い思いを胸にしまっている。

 

—————遠く引き離されているが、俺は俺のスタイルで、世界に挑戦するぞ、青葉

 

今や日本期待の次世代エース。対する自分は総体、選手権連覇したチームのキャプテン。全然足りないのだ。だからこそ、磨き上げた武器を見せつけたいと思っている。

 

 

すでに両チームの選手たちはアップを済ませており、岩城監督も相手側の監督という立場で、下級生たちの実力を判断する格好のシチュエーションに心を躍らせてもいる。

 

何より岩城は、プロで活躍する青葉の経験がどこまで進んでいるのか、それを知りたいというのもある。

 

「—————本当に予定がかみ合ってよかったですよ、青葉君。アンダー世代合流がこうもうちに流れを生み出してくれるのは、僥倖と言えますね」

 

 

「それは俺もです、岩城監督。江ノ島高校の選手としてプレーすることは難しくなりましたが、監督として、指導者擬きとして、後輩たちに何かを伝えられることが出来れば幸いです」

 

 

そして下級生チームのメンツは、岩城監督の公言通り青葉が監督してこちらの側に入ってくれることに興奮の様子だ。

 

「うわっ、宮水選手だ! まじかよ、ほんとに来たぞ!!」

 

「プレーはしないけど、それでも経験になるかも!」

 

「試合後にサイン欲しい!!」

 

 

「ズルいぞ、俺もサインくれー!!」

 

 

「よし、試合後にサインは書こう。けど、まずは目の前の試合に集中しようか、みんな。メンバーを落としているとはいえ、相手は岩城さんのサッカーを1年以上学んだ格上。その状況の中で、どれだけチームプレーと、個人の力を見せられるか。俺も見たいからね」

 

盛り上がりを見せる、下級生チーム。青葉の言葉の意味を理解し、色々と感じることはあるようだ。

 

—————チームプレーの中で個人を活かせって、どういうことだ?

 

————個人技もチームプレーの為ってことか。後で他の奴らにも教えないと。

 

————フハハハ、なにがあろうと最後尾は守るぞ!

 

 

試合は30分×2の練習試合方式。交代も無制限に可能。いつもよりも短い時間で、攻撃的な、守備での堅さを個人、もしくは組織で見極める実戦形式の紅白戦。

 

 

右サイドの矢沢は、果敢な飛び出しでチャンスを作り、青梅は先輩選手相手に走り負けしないスタミナを見せつけた。極論だが、無茶な突破を試みる彼の方が一条よりも怖さがある。なお、味方になるとボールロスト直後のカウンターというリスクも誘発する。

 

「戻るんだ! 恭君戻って!! 真鍋君が遅らせている間にコースを消すんだ!」

 

「クロス来るぞ! 高瀬にいい形でシュートをさせるな、武智!」

 

そしてゴールまで存在感を見せる高瀬に対し、マークをきつめにする下級生。

 

クロスが流れたため、チャンスとはならなかったが、再三的場のサイドから突破されるケースが目立ち、武智の相方であるCBが対応に追われる苦しい展開。

 

ボディバランスが並外れている梅谷翼は、フィジカルコンタクトで当たり負けしない強さを持つ。今後は相手のドリブラーにちぎられる回数を減らすのが課題か。的場にはいいようにやられており、青葉はしきりにボランチにフォローするよう修正する。

 

 

「梅谷が強くいけてない! アンカーがもう少し降りて、フォローできる距離を維持して! サイドもパスコースを限定しつつ距離を詰めるんだ! ワントップがスイッチを入れないと後ろはどんどん抜かれるぞ! SBも抜かれてからのリアクションが遅い! プレーの切り替えを早くするんだ!!」

 

しかし、スピードに乗った的場を止めることは出来ない。SBと梅谷が抜かれて、カットインからのシュートを決められてしまう。

 

「は、はい!」

 

そしてその的場のドリブルを許して失点した直後、梅谷たちへのフォローを欠かさない。

 

「的場に対しては数的不利を作らせたらダメだ。声を掛け合ってどっちがいくのかはっきりさせるんだ!」

 

サイドに追い込んで、的場を寄せで潰す。ドリブルは確かに脅威だが、初速は平均、止まった状態で抜かれても抜き切れない初速の不足が彼にはある。

 

「——————本当に、徹底しているね。青葉君は————」

 

的場の足を止め、リトリートでいつの間にかサイドに追いやられる。彼の突破がオプションの一つだった岩城は青葉の対応に唸る。

 

————そうでしょうねぇ。特徴は全てお見通しということですか。

 

 

そしてゴール前では高瀬に打点こそ劣るが、競り合いで全く引けを取らない男がいる。

 

そんな最後尾の目玉である武智昭。空中戦と俊敏性に強みを持ち、岩城が「メンタル面を除けば、荒木並の存在感」と評すほどの存在。しかし、鍛え抜かれた筋肉を見せたいというナルシストな一面があり、ゴール=イエローカードは今後の悩みになると考えている。

 

「俺と張り合えるとはな。青葉以来だ、こういう空気は」

高瀬は、正確なヘディングシュートを叩き込めず、クロスバーや枠外のシュートが目立つ。が、寄せの上手さに感心していた。

 

「この俺がシュートを阻止できないとは—————ッ」

 

対する武智は、辛うじて紙一重で助かっている状況に苦悶の表情。気を抜けば一気にやられるというイメージが、頭の中で警鐘を鳴らし続けている。

 

 

「プレスがガチガチすぎる。切り替えをもっと早く!」

 

「3人目の動きがない! 縦パスが入っても意味ないぞこれじゃ!!」

 

中盤での運動量と守備能力が光る蒼井恭介、左サイドではセンスのあるプレーが魅力の蒼井悠介は次期エース候補ともいえる。後は浦和ユースに昇格できなかった真鍋潤は、堀川の後釜として期待できる動きを見せている。

 

特に、青葉が個人的に成長を期待したい選手でもある真鍋への注文は多い。

 

 

「真鍋君は恭君と共同でサイドを守りつつ、攻撃のサポートを! SB、CBに勇気を持たせられる位置取りを心掛けて! 相手は格上、多少無理をしないと競り勝てないよ!」

 

そんな真鍋は荒木に翻弄されつつも、フォロー的なポジション取りをしつつ、冷静なプレーを心掛ける。ボールへ強くいくというプレーが信条の彼にとって、このピッチで別の視点を作る行為は体力以上に疲労がたまる。

 

—————確かに、これ以上この人に仕事をさせたら、中盤が終わるじゃねぇか

 

 

「ボランチは攻撃時、CBが良いボールを蹴られるよう、注意を惹きつけるんだ! 悠君は中に絞ってSBのスペースを作りつつ、一条君と距離を近くしてプレーするんだ! 縦パスがこのままだと活かされないよ! ワントップは攻守の切り替えをはっきりしよう! 君に一本通ればチャンスだという意識を絶対に忘れちゃだめだ!」

 

「うっす!」

 

それぞれが自分の役割、出来ることを徹底する。青葉はこの前半の劣勢の中で彼らのスタイルを半ば見極めつつあった。

 

————地力の差はある。けど、彼らは俺たちの世代に劣らない可能性を持っている。

 

「味方の開けたスペースを利用するんだ! 誰かが動けばスペースは塞がるし、空くものだ! 試合に入り込むんだ! けど、目の前に集中することじゃないぞ!」

 

2点目を奪われた直後だった。蒼井恭介が明けたスペースに入り込んだ一条がトラップしつつ、上級生ボランチのスライディングを躱したのだ。

 

「なにっ!?」

 

「一条がトラップで躱した!!」

 

 

「フォローしろよ、矢沢、悠君!」

 

外側を縦に突破しつつ、カットインからのカットキャンセルで海王寺を左右に振り、股間を抜くスルーパス。

 

ワントップの前田はシュートコースがないので蒼井悠介へダイレクトパス。判断を早くした結果、ラストパスに反応した悠介がダイレクトで合わせて1点を返す。

 

「いいぞ! 味方と連携することで、お互いの実力を何倍にも引き出すんだ!! 自力で劣る俺たちが勝つには、組織力も大事なんだ!!」

 

声を上げて選手たちを鼓舞する青葉。連携を深め、相手の意図を理解することで、力をさらに引き出す。

 

1対2と劣勢の試合状況だが、まだまだ諦める点差ではない。

 

 

しかし、岩城も青葉の講じた狩り所を特定し、すぐさま陣形を変更。可変スリーバック、5バックで対抗。

 

 

この一年間でレジスタとしてさらに成長した織田がここで交代選手の代わりに出場。アンカーとして後輩組に格の違いを見せる。

 

 

—————監督の采配で、それでも勝機を見せるお前は凄い。けど、乗り越えさせてもらうぞ、青葉!

 

 

ボールキープしつつ高瀬をターゲットマンにする速攻でフォアチェックに対応。攻守の要に成長した織田の強さと判断力が、青葉率いる下級生組のプレス戦術を無効化する。

 

「——————いつの間に、5バックを—————ッ 。ダメだ、ツートップではボールを狩れないッ 前に出過ぎだ!」

 

その後、織田があけたスペースに飛び出した荒木と、そのチェックに遅れた恭介があっさりと躱される。そして押し上げる後ろの5バック。一気に連動した動きで中盤の支配権を簡単に奪い取る。タクトを振るい続ける青葉だが、その急な戦術変更に対応できる選手は少なかった。

 

「悠介! もっとノリちゃんを助けるんだ! ボランチももっと前に!」

 

「この先輩上手すぎるぞ! ここが起点なんだ! ここを抑えさえすればいいんだよ!」

 

一条と悠介がここで口論。そして、数的有利を作ることに抵抗のない右サイドバックの上級生は若いなぁとその様子を見守る

 

岩城監督も、少ない時間で選手の個性を見極め、即席で連携を生み出した青葉の采配は評価するが、これは下級生の対応力を測るもの。

 

—————そのフォアチェックとアンカーの使い方は良い指示です。ですが、二列目は組織的守備がイマイチ嵌らない。

 

見かねた一条が空けてしまった、2トップの裏。中盤と前線、最後尾が連動してこそ組織的守備は成り立つ。タレント揃いではあるが、岩城はこれを下級生たちに身をもって教えたかったのだ。

 

————青葉君が采配で善戦してくれたおかげで、ショックは少なめでしょうが、後の解説でイメージはしやすくなったでしょうね

 

 

その直後、武智がついに高瀬のヘディングシュートによる得点を許し、3点目。強靭な瞬発力と打点の高さ、そしてそのシュートのスピードに為す術がなかったのだ。

 

 

だが諦めない下級生チーム。何とか中盤でのボールホルダーを潰す算段は構築した青葉ではあったが、やはり時間が少ない。そんな時だからこそ、矢沢のがむしゃらな突進が活きた。

 

 

 

「あっと、ここでファウルを奪ったぞ!!」

 

「ここ大事だぞ、この位置!」

 

矢沢の強引なドリブルを引き出したのは、蒼井恭介、一条龍のダイレクトプレーの連携。そして降りてきた左SHの蒼井悠介が、ダブルタッチからの突破で、ドリブルコース、パスコースが増える。中央にスペースが出来たのだ。

 

—————ここにきて連係が

 

————こいつが突破すると信じていたのか、この二人は!!

 

上級生たちも驚く一条と蒼井恭介の勇気ある飛び出し。だからこそ、彼らが開いたスペースに全速力で突っ込む矢沢への対応が遅れた。

 

 

そしてゴール前で掴み取ったフリーキック。キッカーは一条。

 

 

回転もよく、枠を捉えた一撃は—————————

 

 

「!!!」

 

クロスバー直撃。キーパーの手の届かないピンポイントを狙った軌道は、無情にもクロスバーをたたいてしまう。

 

しかし、ゴールラインを割らず、ピッチにも出ていないボールが転々とする。その最初のホルダーになるのは誰だ。

 

この拮抗状態、ここであきらめない男が元天才の攻撃を完結させる。

 

 

—————突っ込むのは構わない。けど、考えて突っ込んだり、シュートのタイミングで飛び出すハングリーさも伸ばしてほしいな。

 

その男の脳裏には、憧れの先輩の言葉が刻み込まれていた。

 

 

—————きっとその走りが出来れば、報われる瞬間を掴めるチャンスは、きっと増える

 

 

「矢沢だァァァ!! 矢沢が押し込んだ!!」

 

 

「矢沢ぁァァァ!!!」

 

しかし矢沢はすぐにボールを抱えてセンターサークルへと急ぐ。

 

「まだ負けてんだぞ!! すぐに再開してまずは同点にしねぇと!!」

 

浮かれている様子はない矢沢。それほどまでにこのゲームに入り込むモチベーションの高さ。しかし、上級生チームは下級生たちの粘りに驚きつつも、さらに闘志を燃やしてくる。

 

 

試合再開後にそれは如実に表れた。

 

 




王道展開の下級生対レギュラー数人欠場の上級生組。


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第五十九話 夢の在処

—————パススピードが、速くなった?

 

一条と悠介の即席のプレス包囲網など意味がない。パスコースを限定する前に、相手がまず個人技で仕掛ける状況。ズレるパスコース。

 

————くっそぉぉ! これがチャンピオンチームのボール回しかよ!

 

ボール回しのスピードが根本的にけた違いで、数的有利を作ることさえできない。今までは踏み込むことが出来ていた間合いにすら入れなくなり、矢沢は苦悶の表情を浮かべながら相手選手をチェイシングする。

 

 

—————的場が中に入る動きが増している! けど、荒木さんの突破も怖いな。どうすれば————ッ

 

真鍋もフォローできるだけのキャパシティを超える展開の速さに走らされる時間を強いられる。今までが本気ではなかった。手を抜かれたことを痛感させる辛い時間帯。体力以上に心を削られるような感覚。

 

青葉が何かを叫んでいるが、聞こえない。疲労による影響で視野が狭くなり、指示が理解できない。そんな彼の少々拙い状態を把握した青葉は。

 

「ちょっ、真鍋君!? すいません岩城さん。真鍋君が——————」

 

「———————頭を使い過ぎましたね。これ以上は怪我の原因になりかねない」

 

突然上級生がボールを外に出し、その直後に交代選手の笛が吹かれる。指名をされたのは真鍋。

 

 

「お、俺?」

 

疲労困憊の彼はその理由について考える余力すらなく、ふらふらとベンチに下がる。慌てて青葉に抱き止められ、支えられるように椅子に座り、スポドリを渡される。

 

「すまない。真鍋君に任せるタスクが多すぎたね。」

 

「いいん、すよ。見方が変わったんです。サッカーって、こんなにも頭を使うのかって」

 

其の後、ハンデとして下級生ボールでプレーは再開するが、分厚い守備を誇る上級生の壁を乗り越えることすらできない。一転してカウンターの際は荒木がロングレンジからシュートを打ち、あっさりと追加点を奪われてしまう。

 

「まあ、あいつらはレベルの高いここでサッカーするんだっていうんだ。なら、今の俺らを見せねぇとな」

 

荒木の運動量が増し、2,3人ならばいなしてしまう彼のポジショニングとテクニック。中央が空くことになり、高瀬へのボールが増えていく。

 

 

まともにフォアチェックも出来ず、高瀬との競り合いで梅谷がボールを刈り取ろうとするが、けた違いのフィジカルを前にびくともしない。

 

—————これが、世代最強ストライカーのフィジカルっ!

 

大分自陣に押し込められている下級生チーム。ここで、明らかに的場に誘われた蒼井恭介がファウルを犯してしまう。

 

————誘われたッ! この位置、まさか荒木さんが?

 

フリーキックの名手、荒木。彼がここにいるのなら彼が当然狙ってくるだろう。しかし、

 

「—————————ッ」

 

そのキッカーは織田だったのだ。キャプテンマークを腕に巻く彼が、荒木を差し置き、単独でキッカーの位置に。

 

一条はその織田の立ち位置を見て、最後の最後、雰囲気にのまれてしまっていた。明らかに立ち慣れている姿、冷静そのもので、自信に満ちている。

 

そして———————

 

「———————うそ、だろ」

 

 

「な、なんだよ、今の軌道———————」

 

 

「—————う、動けなかった—————」

 

 

飛び上がって跳躍した下級生の壁。それをあざ笑うかのような外側に流れる軌道。ボールの回転はすさまじく、曲がりながら枠内へと突き進み、急激に落ちるシュート。

 

キーパーは一歩も動くことすらできず、ただそのゴールシーンを眺めるだけ。その得点劇に最もショックを受けているのは彼らではない。

 

 

 

——————レベルが、違う。俺のフリーキックとは……

 

強烈なキック力と、膨大な練習量に裏打ちされる正確性。矢沢の助けがあって決めきれた得点と、一撃で有無を言わせず得点した織田のフリーキック。格が違った。

 

一条は、絶対王者であるレギュラー組の片鱗をこのピッチで心底叩きつけられることになった。

 

 

試合後に聞いた織田の話では、

 

————青葉に、絶対に勝てないと言わせる武器が、欲しかったんだよ

 

—————俺だってワールドカップを獲りたい。点取りタイプではないとしても、ここぞの場面で、頼れる選手でありたい。だから俺は今、本気で焦っている。危機感を持っていると言っていい。

 

 

まだ総体、選手権連覇の主将という地位では全然足りないのだと。もっと圧倒的な結果を、プレーが求められると自分に言い聞かせていた。

 

そして青葉の名前を口に出すたびに、織田を含めた上級生たちは、誇らしげに語るのだ。

 

 

怪物に影響を受けた上級生たちの実力は桁違いだった。本気を出し始めた上級生のボール回し。一条は織田に対してプレスバッグを行うが、簡単に振り切られたり、躱されるケースが目立った。前半の動きは明らかに手加減をされている、ダイレクトプレーの選択がほぼなかった。

 

高瀬は前後半合わせてフィジカルとキープ力で圧倒。的場はサイドで張るという縛りを食らっていた。

 

フルメンバーではない。そしてフルメンバーはもう揃わない。しかし、当落線上の選手でもこの実力なのだ。一条が取り組んできたボール回しの数倍は展開が早いのだ。

 

 

織田のフリーキック後のリスタートの数分後、長い笛が吹かれて試合が終わる。反撃を見せた後輩組ではあったが、レギュラー組でもない選手たちの個の強さを試合終盤で見せつけられた形となった。

 

 

組織の重要性と、組織の中で活きる個の強さを体感した下級生組。特に真鍋の疲労は下級生の中でも群を抜いていた。

 

—————こ、こんなに試合中に考える事なんてなかった。

 

そして下級生たちは、個人技だけで打開できない高校サッカーの厳しさを痛感するのだった。

 

まあ、選手権の優勝メンバーが残っているので、善戦しただけでも凄いのだが。

 

 

「まさか、指揮方面でここまでできるとは。見事な采配ぶりでしたよ」

 

2対5と敗れたものの、BチームがAチームに見せた健闘は、いい刺激になったと岩城は言う。

 

「いえいえ。選手に助けられましたよ、岩城監督。しかし、終盤のボール回しは反則じゃないですか?」

 

あれを下級生に食らわすのは酷ですよ、と苦笑いする青葉。手だてが思いつかず、選手たちにつらい経験をさせてしまったと反省もしているのだ。

 

「しかし、彼らには半年であのボール回しに参加できるようにしてもらいます。江ノ島のサッカーは後ろから。そして守備は前から始まります。組織的な動きが複数できるようになれば、必ず世界で爪痕を残せるようになりますからね」

 

しかし、岩城監督は妥協を許さない。個人技で甘えている時点でダメ。組織の歯車となるのも及第点ギリギリ。組織の中で自分の強みを再確認させ、それを活かすにはどうすればいいのか。岩城が考えてほしいのはその1点だった。

 

「では、俺は色々と反省会をするので。けど、アマチュアトップクラスどころか、うちのボール回しよりも早い展開を体感できたのは、よかったと俺も思いますよ」

 

 

レギュラー相手に健闘したものの、後一歩の差で負けたBチーム。青葉と同学年の選手もいるが、半分は一年生がいるメンツ。

 

「前半は、とにかく的場君のカットインにやれたね。個人でやられた場合は本当にどうしようもないし、的場が一枚上手だった。だけど、もう少し味方の戻りを稼ぐ余裕は必要かな」

 

「的場先輩半端ないっすよ。俊敏で縦に行かれるかもって思ったらもう距離を離されているし」

 

しかし、と下級生たちは前半でいいようにやられた的場に対し意見を言う。

 

「けど、後半は縦をある程度許したら守りやすくなったっすね。これなら追いつける、最悪ファウルで止める、割り切ったら苦しさが半減しました」

 

「そうなんだよ。抜かれた後の対応をきちんとすれば、組織として的場君を止めることは出来る。一人抜いたとしても時間を稼げば人数は揃うし、ファーストディフェンダーの逆を突いて的場君を起点にカウンターを行うことも可能だ。ドリブラーの宿命だよね、これは」

 

後半、青葉の指示でサイドに追い込まれた的場は、バックパスが目立つようになった。コースがなければドリブラーは基本無力化される。そして突破できる初速は身体能力的にやや物足りない。

 

「ただ、動き出しにバリエーションが増えた瞬間、止めきれませんでした。目の前の選手だけではなく、他の選手に囲まれているような感覚さえあって」

 

出場選手たちは口々に訴える。常に数的不利の状況に陥ってしまったと。パスコースを封殺され、パスコースを封じたと思えばパスコースを作られる。

 

「先輩たちのポジショニングは流動的でした。退いた後、ピッチで見ているとそれをより一層感じました」

 

「連動する動きはすさまじかった————っ。あれが王者なのかよ」

 

ドツボにはまりそうなので、青葉はいったん話の話題を変える。次に、守備陣の解説だ。下級生たちも渋々といった様子だが、やはり褒めておかねばならない点まで見失わせるわけにはいかない。

 

「武智君が高瀬をうまく抑えてくれたおかげで、サイドの守備は機能したね。あの動きは今後も続けるべきだ。格上のフィジカルとやり会う機会は、この先どんどん増えてくるからね」

 

次に攻撃面での感想だが、

 

「特に、蒼井兄弟の崩しに連動した、一条君の発想はよかった。スペースを作ったり埋めたり、移動したり。アタッキングサードで違いを二列目が出せられるようになれば、チャンスは増えてくると思うな。ボランチも二列目も、ボールを受けることだけを考えるんじゃなく、誰かのスペースを作る、ボールを持っていない時の動きについて考えてほしいんだ」

 

「はいっ!」

 

 

「最後、悠介君のダイレクトシュートは攻撃的でよかった。思い切りの良さは、時に相手に脅威を与えられるからね。その後のシュートフェイントがより活きてくるよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「へっ、俺ら兄弟はやるだろ、青葉先輩♪」

蒼井兄弟のミスはなかったが、まだ守備面での強度が少し心もとない。ワントップを助ける守備は練習で磨かれるだろうし、ボランチもフィジカル以外で勝負できるディフェンスがないこともない。

 

「二人の連携をイメージして、出来るだけいいポジションにいたのが功を奏しましたね。青葉さんの言う通り、フォローできる場所に行けば、チャンスになりましたし」

 

一条も、速いパス回しに難なく適応できる兄弟に注目しているらしい。

 

 

 

この試合で一番痛感したのは、上級生たちが単独で仕掛けを行う数の多さだ。逆にポゼッション時に下級生たちが仕掛けても簡単にボールをロストするシーンが目立った。

 

いつの間にかパスコースが増えており、警戒した瞬間に抜かれる。プレースピードで負けている感覚が常にあったという。

 

 

だが、やはり個人技を仕掛けてあまり通用しないという事実は、攻撃陣の今後に厳しい。何しろ先輩たちは、宮水青葉のドリブルを止めるためにあらゆるリスクと向き合い、対応する練習を1年以上行っている。

 

そして日本人選手らしくなく、すぐスライディングでボールを刈り取るのだ。強烈なタックルは時にファウルと判断されかねないが、それはほとんどのケースでボールに足が先に触れているのだ。

 

そんな一対一では鉄壁の守備を持つ先輩たちに対抗するためには、どうすればいいのか。

 

 

「えっと、青葉先輩が言う間合いって、どういうことですか?」

 

そんな中、梅谷は青葉の言う間合いについて尋ねたのだ。

 

「そうだな。真鍋君、ちょっと手伝ってもらえないか?」

 

「え、は、はい!!」

 

いきなりの指名に驚く真鍋。ユース昇格できなかったとはいえ、荒木をある程度抑え込んでくれたのは大きかった。彼がこの試合の功労者なのは間違いない。

 

そして、織田ほどではないが、守備面でSBとCBをサポートした点は見逃せない。

 

 

「俺がドリブルするとき、重要視するのは角度と間合い。後は時間。まず角度がないとコースがないから抜くこともできない。角度がない時には人間の死角でもある頭上、左右の揺さぶりで股下とか、手はあるんだけどね」

 

「なるほど」

 

「頭上っていう発想がなかったかも」

 

後輩の面々は、青葉の言葉に耳を傾ける。プロで活躍する先輩の言葉に興味津々のようだ。

 

「そして俺がさっき言っていた間合い。それは相手の間合いと自分の間合いを指すんだけど、まずは相手の間合いを確認する必要があるんだ」

 

青葉は真鍋にボールをキープさせ、足を大きく伸ばした。真鍋が丁度ボールを持っており、青葉の足がギリギリ届かない場所。

 

「切り返しや相手選手を抜く時、体を投げ出したりするときに届くのが、大体このくらい。個人差でこの距離は変わる。まずは相手のこの距離感をイメージするのが大切。これが大前提」

 

「なんか、意味が分かる気がします。俺もやばい時はこうやってドリブラーを止めたりしていましたし」

 

経験者として語るのは真鍋。ユースジュニアで多くの強者と渡り合った経験が活きる。

 

「そして、それを考慮したうえで角度を作らなきゃいけない。この円の外を通ることによって、相手にボールを触らせず、前に進むことが出来るんだ」

 

 

「けど、さっき言っていた時間がそれを難しくします。ディフェンダーだってバカじゃない。動き直して間合いを測り直してくるじゃないですか?」

 

 

「そう。そこなんだよ、矢沢君! その時間を遅らせたり、相手を止めたりするのにフェイントは必要なんだ。ま、中にはスピードで一気に抜き去るのが正解の場合もあるけどね」

 

 

「こうやってオコチャダンスしたり」

 

足元でボールを動かし、小刻みにステップを刻む青葉。

 

「1,2,3で抜くのではなく、1,23だったり、12で仕掛けたり、テンポも重要になるんだ。要は相手のバランスをフェイントで崩したりする。よし、一回君に仕掛けるから準備しようか、真鍋君」

 

「は、はい!!」

 

 

そして観衆注目の中行われた対決は——————

 

「あ、あぁぁぁあ!!!」

 

捉えたと思ったボールが足元から逃げていき、また下を突かれた真鍋が絶叫。切り返しからの一瞬のキャンセルの後、重心をずらされた瞬間にエラシコで股下を通されたのだ。

 

青葉は真鍋の足の届かない円の間合いを意識して、外側を走って加速し、あっさりとボールに追いついた。何よりすさまじいのはジョギング程度の速度であの真鍋が抜き去られたということだ。

 

まるで淀み無い滑らかな動きだった。

 

「と、このようにスピードがなくても重心をずらされた相手選手はすぐには動けない。気にするのは股下を通したときの強弱。緩すぎると閉じられるし、強すぎると二人目の選手にボールカットされる。ここで力んだらダメなんだ」

 

青葉はあえてスピードを落とした状態で実演したのだ。みんなにもこれは出来るぞというように。

 

その意図を感じた一条は心が熱くなる。教導役としても凄い実力を持つ彼は、規格外だと。

 

—————まるで教本のような動き。でも、あの速度で抜け切れるなら————

 

自分にも活路が出てきたと嬉しさを隠し切れない一条。

 

「ごめんな、真鍋君。実演するにはもう一人必要だった。」

 

「い、いえ。守備側にもいい勉強になりました!」

 

逆に感激され、興奮する真鍋に苦笑いの青葉。

 

「よし、次はディフェンス側の話をしようか。こうなってくると—————」

 

岩城は、これまで培ってきた経験を後輩たちに教える青葉の姿にニコニコしていた。

 

—————本気で日本サッカーを変えたい。その意図が伝わりますよ、青葉君。

 

輪の中心でサッカーを教える青葉。彼も笑顔だった。それこそ、岩城が目指していた未来の構図の一つ。

 

後輩たちにとっては幸せな時間が終わり、青葉はこれから埼玉スタジアムへと向かう。代表召集までぎりぎり粘っていたのだ。

 

一人一人、続けていくべき点と、こうすればもっと上手くなるかもしれないと意見を述べる青葉。異論があればすり合わせを行う姿は、頭から否定する欠片もないものだった。

 

 

「梅谷君。試合で見せた体幹の強さはこれからも存分に鍛えてほしい。間合いと、ドリブラーの角度も塞ぎつつ、相手に仕掛けを誘発させる、その間合いを意識しながら距離を詰めれば、高確率で止められる。頑張れよ」

 

「は、はい!! ありがとうございます!」

敗戦の責任を感じていた梅谷の向学心は高く、教え甲斐もあった。だからこそエールを送る。

 

「真鍋君は、堀川の動きを盗むんだ。彼の思い切りの良さと冷静さは、君の今後に必要になる」

 

「はい!」

 

 

「武智君は筋肉を見せない事。気持ちはわかるが————うん、そうだな。彼女でも作れば変わるかな?」

 

「え、えぇ!?」

 

冗談気に、しかしちょっとハードルの高いことを注文する青葉。

 

「矢沢君は折角スピードがあるのだから、今後はもっとこの円の間合いを意識して、仕掛けを早くするといいかも? 後はドリブルの姿勢を高くすると、見えてくる景色もだんだんと変わると思うよ。今日のがむしゃらさは忘れず、そのドリブルをどこで使うのか、ポジショニングから考えてやれば、コツを掴めると思う」

 

「はい!! 姿勢は意識してやってみます!!」

 

 

其の後青葉は、サイドハーフの守備面での貢献し方など、色々と実戦向きのアドバイスを送りつつ、時間が過ぎていく。

 

 

反省会終了後、一条と青梅、その双子の姉である優希と、見知らぬハーフの女子生徒に出会う青葉。

 

「すまないな。教えるのが楽しくて、君との時間を作れなかった。これは俺のミスだな」

 

「いえ! 俺も貴重な時間を割いてまで、攻守の基本を改めて知った気がするんです! こちらこそありがとうございました!」

 

すぐに意気投合する二人。そんな二人を見て青梅は色々な感情が沸き起こる。

 

—————俺のせいでって、ずっと思ってきたけど—————

 

階段から落ちた大けが以降、一条は階段を手すり無しで歩くことが出来ない。ゴールデンエイジの時間を無駄にしてしまった負い目もある。

 

しかし、すべてはこの神奈川で宮水青葉という屈指のプレーヤーのアドバイスを聞ける環境に辿り着いたことこそ、幸運だったと思えるようになった。

 

それが、結果的に青梅の心を吹っ切れさせる一因になったことを、青葉は知らない。

 

「頑張ってくださいね、宮水先輩! 代表戦、楽しみにしています!」

 

「そうだな。出るからには見せ場を作るさ。俺も先輩として、いいところは見せたいしね」

 

優希の激励に事も無げに対応する青葉。弟ながら、最近成長著しい姉に、ドギマギしないのはさすがだと思った優人。

 

「ところで、君は? どこかで見たことがあるような気がするんだが—————そうだ、フィギアスケートの子だね?」

 

「はい! 滝沢アンナです! お会いできて光栄です!」

 

金髪でハーフの有望選手でもあった滝沢アンナ。世間はルックス重視で彼女に注目しているが、大けがからの復帰で目覚ましい活躍をしていると聞く。それに、さきほどから一条の方を見ている仕草が気になる。

 

岩城の話では、ハーフの子がよくマネージャーのお手伝いに来てくれると笑っていた。自主練習で練習場に来ない時もあるらしいが、本当にてきぱきと動いてくれる子だと。

 

美島からの報告によると、一条に熱い視線があったりなかったり。

 

—————ま、いいさ。一条が恋愛に現を抜かすような男ではないからな

 

そんな少女のことは置いといて、青葉は下級生たちがこの試合でいい刺激を貰ったことを喜んでいた。

 

 

下級生たちは、ここまで組織という言葉を突きつけられたことはないだろうと思う。帰るころにはみんなの目つきが違っていた。

 

 

————這い上がって来いよ、お前たち。俺はお前たちの前を走り続けるからな

 

かつて、自分もそうだった。ならば自分にその時が訪れたということだ。

 

 

そして何か、この江ノ島で後輩が出来て、自分の心に変化があることに気づく青葉。江ノ島に来て連係も増えた、交流も増えた。

 

誰かの期待や、誰かの目標になるケースが多くなった。

 

————これがプロなのかな、達海さん

 

誰かの夢や期待を背負ってプレーするのが、プロスポーツ選手だというなら、自分はプロの実感を初めてしたのではないかと。

 

 

彼は、幼少の頃抱いた夢を思い出す。

 

 

—————達海さんのパスを貰って、俺が決める。今思えば、かなり現実的ではない夢だったかも

 

無邪気で無謀で、非現実的な夢だったと我ながらおもう。しかしあの人が、多少の年齢による劣化でどうにかなる選手ではないと信じたかった。あれほどの技術があるなら、年齢の問題なんて多少は押し通せる気がすると。

 

 

けどもし———————

 

 

 

もし、達海猛が壊れるなんてことがなければ。

 

 

もし、ボディコンタクトの激しいプレミアに移籍せず、治療に専念していれば。

 

 

未だに彼が現役を続けていれば、その夢はあり得たかもしれない。きっと今でも彼は代表の第一線で活躍できていただろう。

 

 

「————————————ははっ、つまらない悩みだよな。これは」

 

 

過去を変えようとしたもう一人の自分はどうなった。過去を変えた結果どうなった?

 

 

奇跡はもう二度と起こらない。そして、奇跡の代償を受け入れた彼は、世界から消失した。

 

 

—————分かってる。わかってるよ、王様。やり直しなんて望まない。達海監督はもう選手として終わったんだ。

 

 

 

青葉はいつかの代表合宿で逢沢傑にだけ、本音を吐露した。

 

 

—————達海さんをお前に重ねて見ていた、なんて言ったら激怒されたよな

 

 

俺は俺だ、達海猛ではないと。しかしその後

 

 

『なら俺が、達海猛って選手を超えてやる。俺が、お前の一番の理想になってやるよ。それで文句ないな、青葉』

 

 

『俺たちが、日本代表を勝たせるんだ』

 

 

そんな言葉を言ってくれた彼は、逝ってしまった。だからこそ、荒木以上に絶望もした。だがここで歩みを止めれば、傑に怒られるだろうし、何よりそんな情けない自分を許せなかった。

 

 

逢沢傑の隣に立った男なのだ。彼の夢も、ここにはある。だから、宮水青葉が夢を諦めるなんてことは、あってはならない。

 

 

『憧れるだけなのはもう、嫌なんだ』

 

彼のガールフレンド兼恋人が、そういえば嬉しそうに語ってくれた。半分以上、過半数以上、ほとんどが彼に対する惚気話ではあったが、その一言は、青葉の救いでもあった。

 

『最近、椿君が凄い頑張っているよね。まあ、年下の私が君付けなんて失礼だけど』

 

 

元恋人のラインを通じて発覚した先輩選手とのいい感じの関係。それに不満ははない。もう終わったことで、仕方ないことだ。

 

 

仕方のないことなのだ。

 

 

 

『でも、椿君が7番として入団したのも、未だにその番号のままでいるのも、なんだかわかるなぁ』

 

 

だが、その後の言葉が青葉には突き刺さった。

 

 

『椿君のプレーって、インパクトを時折見せてくれる達海さんそっくりで、いつの間にかみんなを巻き込んだサッカーするよね。開幕戦のハードワークから、スイッチが入ったような気がするし』

 

 

その時の自分は画面上でどんな顔をしていたのか。正直、青葉自身にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

一条は夜に電話を掛けた。相手は埼玉の諸星美起也。2つ下の後輩で、かつてのチームメート。江ノ島で宮水に出会ったこと、練習での内容のことも。

 

そして、青葉の指導を今日聞いたこと。あの敗戦以降、ずっと気になっていた後輩は今どうしているのかと。

 

 

「でも、やっぱりすごいっすね、江ノ島は。ひょっこり青葉選手がいるし。俺もそっちに入学したいと思うようになりましたよ!」

 

「ああ。ここはいいぞ、先輩方も上手いし、何より展開が早い。お前のプレーもきっとかみ合う!」

 

その夜、サッカー談義で盛り上がる二人だった。

 

 

 

しかし、一条は何度目になるか分からない挫折をこの日味わったのだ。正直なところ、自分の取り組んでいた試みのはるか上を行く江ノ島のサッカー。織田の正確なキックと献身性は、アンカーやレジスタに特化したものだった。

 

諸星との電話を終えた彼は、今日の試合のことを考えていた。

 

 

チームを勝利に導くための黒子役。そしてフリーキックの時に見せた凄み。あれはスピード、コースともに完璧だった。

 

矢沢は簡単に一対一で止められ、蒼井悠介は罠にはまってカウンターの起点に狙われていた。そして自分は織田に対して大したプレッシャーもかけられず、本気のボール回しをされた際はボールに触れることすらできなかった。

 

 

大けがをして感覚が壊れた時ほどのショックではない。それとは別のベクトルで揺さぶられる衝撃だった。

 

「ここが、江ノ島高校なんだな」

 

自分に言い聞かせるように一条はつぶやく。

 

 

「ここが、プロに最も近い高校」

 

 

ここで挫折を味わうのは、今日で最後ということにはならないだろう。日々の練習で、今までの自信は粉々に砕かれるかもしれない。より高いレベルの目標を掲げれば掲げるほど、それは大きくなるだろう。

 

 

——————俺は一度、選手として死んだ。だから、これぐらいの逆境、どうってことないさ

 

 

 

—————いつか、青葉先輩を差し置いて、俺がエースになる、なんて言えるぐらいビッグになりたい

 

 

確かに彼は自分の憧れの一人だ。同じピッチに立ってほしいと思える人だ。しかし、憧れで終わるわけにはいかない。自分はとことん頂点を目指す。だからこそ、彼の脇役の一人に甘んじるつもりはない。

 

 

————誰かに寄り掛かった夢には縋らない。俺が、俺自身がどこまで行けるのか。じゃないとここでは、江ノ島ではやっていけないんだ。

 

 

元天才の挑戦はこの高校で2年間続くことになる。彼が高校卒業後にどこへ行くのかはまだ分からない。しかし、怪物たちに挑戦し続けた先人と競い合うことで、彼の未来はより高い場所へと変貌していくだろう。

 

 

 

彼は、絶対にあきらめることをしない男なのだから。

 

 




本気を出した上級生の貫禄勝ち。しかし半年後、このボール回しに参加する下級生達の姿が、なんて事になります。

ちなみに、織田君のフリーキックはガンバの遠藤選手に近いです。

そして、青葉は勿論リアルタイムで達海最後の試合を視聴済みです。


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第六十話 早過ぎたギフト

記念すべきお気に入り1000件達成。

1年間続いた作品で大台到達です。ありがとうございます。

そして60話です。


リーグジャパン一部に所属する浦和レッドスター。現在2勝1敗でそこそこのスタートを切った埼玉の強豪。そのチームに所属するルーキー鷹匠は、レギュラー争いに勝利し、現在スターターの地位についていた。

 

—————リーグ戦に3試合出場し、2得点か。だが複数得点で1試合取っただけ

 

カップ戦は主力組が出ないということもあり、鷹匠はメンバーから外れたので出場機会無し。しかし、プロで戦うことで見えてきた課題もある。

 

————けが人で思うような布陣が出来ていない

 

ダイスラー監督も選手のやりくりに苦労している。それほど攻撃陣は痛手を被っている。

 

そして、そのけが人こそ彼のライバルだった。

 

————序列を覆すのは並大抵のことじゃねぇな

 

そして、そのチームの攻撃を支える彼自身の代表召集。その先でかつてのライバルたちと出会う。

 

 

—————飛鳥に、青葉。そして

 

この代表チームで唯一世界を知る男、堂本貴史。パワフルなプレーが魅力の右サイドハーフにして、フローニンゲンの右ウイング。

 

すでにプロに身を置く選手が多い世代。一年生の飛鳥や秋本、鷹匠よりもキャリアのある選手が多いのだ。

 

電車の中で、招集メンバーの一人と出会うことになった。秋本直樹だ。

 

「久しぶりだな、鷹匠。そっちもプロで頑張っているみたいだな」

 

「ああ。そこそこやれているぜ。代表のフォワードの1枠、お前には負けんぞ、直樹。」

 

「それは俺もさ」

 

近況報告をしつつ、彼らの話題は噂の彼にスライドしていく。

 

 

「奴に会える日は楽しみにしていたし、あのクロスは面白そうだ。俺も、彼のその後の活躍は励みになっているよ」

 

神奈川でしのぎを削ったフォワード同士、青葉とはかかわりがある。秋本は横浜のツートップの一角を担い、3試合で2得点1アシストを決めている。

 

横浜や浦和としては、秋本と鷹匠が抜けるのは相当痛いが、今後の未来のために送り出したと言える。

 

「さぁ、代表ウィークだ」

 

 

一方、突然の代表召集で電車での移動を検討していた飛鳥と青葉は、有里が送迎することになった。

 

「俺もちゃんと免許取らないとな」

 

「そうだな。空白期間に短期で受けられるコースを申請しよう」

 

「そんな気を使わなくていいの!」

 

有里の自家用車でもあるアクアに乗って、埼玉まで直行の二人。

 

 

そして成田空港では———————

 

 

「堂本選手!! 今回の招集メンバーについて何か一言!!」

 

「フローニンゲンでの活躍について!!」

 

 

「堂本選手!!」

 

「今回の代表戦への意気込みを!」

 

がやがや、

 

成田空港には金髪の男性が記者陣の囲みを食らっていた。

 

「勝利に、貢献する、それだき————んん、それだけ」

 

サングラスを外さず、堂本は大したコメントも残さず去っていく。

 

「相変わらず、カメラ前だと口数少ないな」

 

「そして表情を変えてなかったが、噛んでいたな」

 

「カメラの前だと相当緊張するらしいですね」

 

「一方で、最近心を開いてくれているのにな、宮水選手は」

 

「まあ、下手な報道すると尻尾を踏んでしまいますけど」

 

続々と集まる代表戦士たち。代表合宿場に集う。

 

GK  真弓慎一郎(福岡) 相馬元気(鳥栖) 水野邦夫(名古屋)

CB  飛鳥亨(ETU)   城達哉(讃岐)  井口譲二(浦和) 本田マイケル(明治)

右SB 幕張健吾(湘南)  中条渉(岡山)  

左SB 赤間弓彦(讃岐)  沖名太陽(山形) 

CMF 安川走斗(千葉) 工藤春雄(岐阜) 伊達直哉(仙台) 榎本文人(新潟)

OMF 石渡翔悟(仙台) 清武周人(大阪C)    

RWG 堂本貴史(フローニンゲン) 宮水青葉(ETU)

LWG 九鬼鉄心(大宮) 小川良知(磐田)

CFW 秋本直樹(横浜)鷹匠瑛(浦和)

 

監督 西野 直人

 

ピッチでの練習前、西野はメンバーを集める。

 

「監督の西野だ。常連はともかく、初顔合わせの連中にも改めていっておく」

 

「ここのメンバーは、5月のワールドカップに向けた最終メンバーという自覚を持ってプレーしてほしい。特に、初顔の宮水」

 

「はいっ」

 

「その若さで代表に出た意味と、責任を感じるのではなく、今までの自分に出来たことをここで見せてほしい」

 

「はいっ!」

 

一方、第4節に飛鳥と青葉を欠くETUは、カップ戦を経て名古屋との因縁の対決に臨んでいた。

 

「さてと、今回のメンバーはこれで行く。この布陣で名古屋をぶっ倒す」

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB  2番 黒田

CB  3番 杉江

LSB 4番 熊田

CMF 7番 椿

CMF 6番 村越

RMF15番 赤﨑

LMF14番 丹波

OMF19番 逢沢

CFW20番 世良

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 12番 鈴木 27番 亀井

MF 10番 ジーノ 8番 堀田

FW 25番 宮野

 

 

「っしゃ!」

 

赤﨑は、右サイド復帰でガッツポーズし、丹波は久しぶりの先発。縦関係は今季3得点の世良と、2得点の逢沢。しかも逢沢は今季トップ下が初。

 

そして、コンディションがよかったのか村越がスタメン。ボランチで引き続き椿。左サイドバックには守備力に定評のある熊田、右サイドはレギュラーに完全に返り咲いた石神。

 

守備の要には杉江と黒田。どうやら、戦術の落とし込みが何とか間に合った模様。

 

「注意するべきはペペだ。あの3人で取りに来る戦術が基本の名古屋は、ラストパスがペペに来ることが多い。事実、ペペの得点が大多数を占めている」

 

「ゼウベルト、カルロス。攻守の要である二人だが、ゼウベルトはミドルレンジから撃ってくるが、ペペへのパスコースを塞ぐのもしなきゃいけない。カルロスは上がることもあるが、そこまで注意が必要とは言い難い」

 

名古屋の戦術である4-3-1-2では、ツートップに板垣、ペペを置き、ボランチの選手はほぼペペを狙っている。出し所をなくした際に一度センターに戻す傾向にあり、逆サイドへのサイドチェンジは前節まで成功率が低く、ほとんど見られない。

 

逆に、サイドチェンジを成功させているのはゼウベルトのみ。カルロスの攻撃参加は前半のみで、リードしてからは底を守っている。トップ下のゼウベルトは、キープ力に長け、打開力のある選手。ある意味ペペよりも脅威だ。

 

達海の予想だが、名古屋は4-3-1-2のほかに戦術を温存している可能性が高い。ブラジル人トリオの能力が高いとはいえ、心配性な彼のことだ。攻撃のオプションも考えているだろう。

 

そして、予想されるのがまず4-2-3-1。板垣を下げて、ペペのワントップ。両脇のDMFを一列上げ、一枚をボランチにするというもの。モダンな布陣だ。

 

しかし、ツートップの破壊力に固執した場合、考えられるのは4-1-3-2の陣形。攻撃が5枚になりコンパクトな陣形を維持できた場合、ハイプレスでのショートカウンターが狙いやすい。守備能力に欠如するペペの代わりに、板垣のハードワークが求められる。

 

その際、カルロスは上がるだろう。キープ能力とボール奪取能力に優れる彼でためを作り、ペペへの最短ルートにつなぐ。

 

 

「杉江はペペへのマーク、そして黒田は板垣だ。村越はセンターバックのサポートをしつつ、サイドにボールを散らせ。数的有利を作れるサイドを選択し、相手を走らせるんだ」

 

「うっす」

 

「やってやんよ!」

 

 

サイドは、相手のDMFが比較的高い位置に取るので、サイドハーフがDMFとSBの間でボールをキープすること。椿と逢沢はボールを繋げること。速いパス回しで世良を追い越す動きが出来れば完璧だ。この試合のキーマンは椿だ。

 

椿の三列目からの一気呵成の速攻。それに連動した右サイドから始まり攻め上がり。赤﨑と逢沢、世良と連携し、4人の連動が求められる。

 

そして、逆サイドに空いた大外を丹波が最後に仕上げる。選手には視野の広いプレーを求める達海。特にこの4人には丹波という裏のキーマンを状況次第で使うよう厳命している。

 

後、相手が中央を固めてきた場合は、サイドバックが大外に張り、追い越す動きも必要になる。

 

 

 

一方で、名古屋は自分たちの形を作れば勝てると考えていた。

 

—————この私を無能扱いし、二部に落ちた理由も押し付けたフロントに、目にもの見せてくれる

 

不破監督は忘れていなかった。かつての監督キャリアであれほどうまくいかなかったシーズンはないと考えていた。シーズン開幕前に要求した意中の選手の獲得は何一つ成功せず、仕方なくつれてきたというブラジル人は、とんでもない外れだった。

 

その後も有効な補強が出来ない、練度の低い選手を厳しく統制するも、状況は好転しない。

 

結果、ETUは二部に降格し、彼とイースト東京に確執が残った。

 

 

そのETUもどんな手品を使ったのか、宮水青葉という世代最強のアタッカーを獲得し、次世代の至宝と謳われる逢沢駆、U20日本代表飛鳥亨を獲得。

 

結局は選手の能力が高くなければならないのだ。

 

なお、達海曰く今までは戦術が酷過ぎたし、トレーニングのやり方もおかしい模様。

 

この試合、攻守の要を欠いたETUは焦りで自滅するだろう、こちらは万全の状態。

 

 

そして試合前。

 

 

「なんか調子よさそうだねぇ、不破さん」

 

「それはそちらもだと思うがね、達海監督。やはり宮水の様なアタッカーは特別だろう?」

 

嫌味を感じさせない言葉。しかし、達海の周りにいるコーチ陣には突き刺さる言葉。

 

 

「あいつが凄いのは当然かな。俺の現役時代をもうすぐ超えるぐらいだし」

 

対して達海はその意図を意識して、なんでもなさそうに言う。

 

「けど、あいつのプレーはチーム全員に刺激を与える。あいつがいないからといって、最初から勝てる、なんて思わないことだね」

 

好戦的な笑みを浮かべ、達海は不破の目論見を射抜いた。青葉と飛鳥のいないチームには負けないだろうという油断は、彼の琴線に触れるほどの逆鱗だったのだ。

 

 

 

そしてピッチでは、

 

 

「—————————」

 

椿は、今日の試合に来ているとLINEで通知してきた颯のことを考えていた。どうやら、今回はなでしこの一部メンバーも来ているらしい。

 

—————誰かの期待を背負うことが怖かった。

 

栗澤さんが期待しているのに、信じてくれているのに、安定したプレーが出来なかった。ビビッて消極的なミスをして、いつまでも切り替えが出来なかった。

 

—————けど今は、誰かの期待を背負えることが嬉しいんだ。

 

この観衆を前に、緊張して空回りすることがあったのに、彼女が来ていると知っていれば、自然と力みもとれた。

 

あの人が自分を見てくれている。それが安心するのだ。

 

—————そういえば、みんなはどうしているのかな

 

地元の廃校になってしまった椿の小学校。かつての知り合いや恩師は、どうしているだろうか。あれからもう連絡も取っていない。東京に出た後は忙しくて、そんな余裕もなくて、ただただ毎日を過ごすような日々だった。

 

—————どこかで、何をしているかはわかんないけど

 

ようやくスタートラインに立った気がする今シーズンを駆け抜けていこうと、心の中で誓う椿。

 

—————俺は、これからもボールを蹴り続けるよ、みんな

 

 

 

 

椿の表情が、何か一段と逞しく、変わったような気がしたのは、カメラマンの久保。垢ぬけたと言っていいような、落ち着きを感じさせるも、どこか闘争心がにじみ出るような面構え。

 

「——————この試合、凄いことになるぞ」

 

 

 

 

久保の予言通り、ETUが序盤で形を見せる。

 

 

「またあいつだぁぁ!!」

 

「あの七番の足、どうなってやがる!!」

 

「宮水並のスピードだ!! とめろぉぉぉ!!!」

 

名古屋サポーターの悲鳴のような声が響く。半ばスリーバック、時には5バックで守るETUの守備に手を焼いていた名古屋が速攻を食らった際、必ず顔を出すのが椿だった。

 

そして、攻守の要カルロスが1度のフェイントで簡単に躱されたのだ。ダブルタッチのキレも、今まで見せたことがない————椿しか知らない完ぺきな形での抜き方だった。

 

今の椿は、自主練習で出せていた椿の実力がそのまま出ている状態なのだ。プレッシャーを跳ね返し、全てから解き放たれた獣。

 

「ザキさん!!」

 

その椿のスルーパスに反応したのは赤﨑。そのまま一人を縦に躱してクロスを放り込む。ニアサイドには世良が走りこんでおり、中央が空いたのだ。

 

————ここで、お前なら————ッ!!

 

 

 

中央空いたスペースのボールを処理しようと構えるディフェンダーだったが、その死角から————影が忍び寄る。

 

 

 

正確には、斜め45度後ろから加速する背番号19番。

 

 

 

 

『押し込んだぁァァァ!!!! ETU先制!!! 一瞬の隙をつく、逢沢のヘディングシュート!! ゴール前での見事な動き!! 前半7分!!』

 

世良の動きがデコイとなり、中央の空いたスペースを見逃さなかった逢沢駆の動きの質、そして彼の動きを見ていた赤崎が生み出した完璧なゴールだった。

 

「なっ、ばかな!!」

 

不破監督は、先制を許した形に驚く。赤﨑と逢沢駆はともかく、他の二人は無名もいいとこの確変の選手のはずだ。なのに、このプレーは何だ、一体どうしてこんなことが出来る。

 

尚も、ETUは攻撃の手を緩めない。椿がゼウベルトにタックルをかまし、ボールが乱れるがゼウベルトが何とかキープ。しかし、

 

「おらぁぁぁあ!!!」

 

「ぐっ!!」

 

黒田が板垣との競り合いを制し、ボールを奪う。なぜかギャップのある黒田に止められ続ける板垣を見て、ゼウベルトはペペしかいないのだと悟る。

 

—————うーん、こちらは完全に塞がれているね

 

そして、椿のビルドアップから右サイドからの攻撃。今度は石神の追い越す動きがハマり、裏に抜け出したのだ。

 

そして、今度はニアサイドの世良へとボールが渡り、

 

『キーパー弾いたァァァ!!! ここでファインセーブ!! 世良のシュートは惜しくもゴールならず!!』

 

ダイレクトに打ち込んだシュートを防がれる世良。コースを切られていた。

 

しかしセカンドボールを拾ったのは逢沢。

 

「っ」

 

————ドリブルコースがない、だめだ、ここは戻して—————

 

囲まれて何も選択肢が思い浮かばない駆。こうなってくると難しいと止まってしまったのだ。

 

青葉なら目の前の相手全てを突破できると一瞬でも考えてしまった。

 

 

————甘いよ

 

背後からのボールカットに対応が遅れた駆が、ボールを奪われたのだ。

 

「しまっ」

 

カルロスが刈り取り、中央で張っていたゼウベルト。ETUが前掛りになっていたところを狙われていたのだ。

 

ゼウベルトは、相手を引きつけて縦一本から抜け出たペペを狙う。

 

そんな風に見せかけていた。もう一人のストライカーへの警戒度が低くなっている今なら、彼でも決められると。

 

—————なめんじゃねぇぞ!!

 

黒田は完全に逆を突かれていた。ペペへのこぼれ球を処理するべきだと、一瞬感じてしまった。黒田が視線を外した瞬間を狙っていたゼウベルトのラストパスが、通った。

 

『抜け出して、叩き込んだぁァァァ!!!! 名古屋同点!! 決めたのはフォワードの板垣!! 今シーズン2点目!! 前半の15分』

 

これまでのETUは、リードされる展開こそあったが、得点すればその爆発力で一気に突き放す試合しかなかった。

 

しかし、今回は違う。相手は7枚を使ってのディフェンス。そう簡単にこじ開けることが出来るわけではない。しかもブロックの構築だけは定評のある不破監督。

 

オフェンスのオプションが充実すれば、安定するのは当然なのだ。

 

—————くっ、セーフティに逆サイドに出しておけば—————

 

唇をかんだ逢沢。あの状況でボールを奪われるのは仕方ないと言われるかもしれないが、逆起点になってしまったことが問題なのだ。

 

「駆君!! まだ振り出し! ここからまた突き放そう!!」

 

笑顔の椿。そんな彼に虚を突かれる駆。励ましてくれているのだろうが、駆は失点の責任を背負っていた。

 

「すいません。けど、やられたらやり返します」

 

表情を崩さないように仏頂面になる駆。この試合調子がいいはずなのに、ここで躓くようなら青葉の隣に立つ資格もない。

 

何より、相手側の青葉がいないから楽勝みたいな雰囲気が、駆の闘争心に火をつけていた。

 

 

それに——————

 

 

————だんだんとこのリーグの間合いが大体つかめてきた—————

 

一度衝撃を与えられたからなのだろう。自らのミスで頭を殴られたようなショックを受けていた駆の心が冷静になった。フラットな、気負い過ぎていた部分を認め、冷静になることで彼に変化が現れていた。

 

 

駆の口数は少なくなり、周りの音がよく聞こえるような状態になっていく。まるですべての音が響いているのではなく、教えてくれるような感覚。

 

周りの景色がやけにクリアに見えて、あれほど苛立っていた相手の態度も気にならなくなっていた。

 

 

 

—————よく見える。さっきまでの焦りが嘘みたいだ。

 

 

ここにいない青葉のことを一瞬でも考えるな。自分の判断の遅れが、試合に関係ない事柄を考えた自分のミスを取り返すのだ。

 

 

—————今の僕は、僕の目は、ここが、このピッチがよく見える

 

ここに青葉がいない。なら、彼のいないスペースがある。他の誰かでは突破に使おうとも思えないわずかな隙。しかし青葉はそれをより大きな亀裂に代えてしまう。

 

彼に並び立つには、それくらいできなくてどうする。

 

 

 

 

駆の目の奥で、何か光が奔っているように見えた久保は、口元を崩す。

 

 

 

 

「——————雰囲気が変わった?——————」

 

 

 

 

 

その後、

 

ペペにボールを集中する名古屋と、連携で右サイドからの攻撃を増していくETU。互いにギリギリのところで防ぐが、あと一枚足りないという状況に陥っている。

 

 

好調をキープしていた椿は全体がよく見えていた。

 

 

—————俺が出過ぎるのはカウンターの対処が一気に危険になる。けど、

 

まだ左を使う場面じゃない。左から右サイドへのサイドチェンジならまだ大丈夫だが、その逆はまずい。

 

そんな時だった。中央で受けた逢沢のドリブルが光る。

 

「ッ、この新入りがッ!!」

 

「なっ、この技は————ッ」

 

 

一人目をダブルタッチで加速し、加速した状態でのヴァニシングターン。ついにプロで見せつけた駆の十八番。

 

 

 

彼特有の特殊なフェイントに面食らい、スタジアムの空気が変わり始める。

 

 

 

ボディフェイントで幻惑し、円の間合いの大外を走る駆に名古屋のDMFは触れることすらできず、アンクルブレイクを発生させてしまう。

 

膝をつき、しりもちをつく二人の選手を尻目に、駆は尚も進む。ここで、敢えて中央突破を決め込んだ駆が、味方の上りが間に合う前に仕掛けたのだ。

 

「バカが!!」

 

「無謀過ぎなんだよ、ルーキーッ!!」

 

相手選手は二人、そしてキーパーが残る展開で、駆は速攻を仕掛ける。

 

 

狙うは二人の選手のギャップの際に出来た穴。その間であると決めたのか、駆はそこへと仕掛ける。

 

「見え見えなんだよ、バカが!!」

 

スライドさせて対応するディフェンス陣。世良すら上がり切っていない局面。その世良はカルロスに付かれていた。

 

————どうするんだ、駆っ!! 右サイドなのか!? それとも————

 

ボディフェイントで切り返し、やはり駆はその穴を諦めたのか。スピードが落ちていく、そのスピードが落ちるほどに抜ける確率も落ちていく。

 

だが、ここでマルセイユ・ルーレット。瞬時に体の向きを入れ替え、強引に体をねじ込もうとする動きを予見させる。

 

————また逆起点で、現実を見させてやるッ

 

その技は、世界的に有名な技だった。誰もが知るフランスの英雄が用いた特別な技。

 

だから、そのイメージがちらつくのだ。誰もがそのドリブルコースを知っているのだから。

 

 

だからこそ、駆の十八番がさく裂する。

 

「なっ、ぁぁ!?」

 

バランスを崩し、崩れ落ちる一人のCB。信じられない目で彼を見つめるもう一人のCB。

 

 

ヴァニシング・ルーレット。ともに彼が使いこなす超絶フェイントの十八番。さらに、相手の重心とは逆、かかった瞬間にフェイントを入れ、さらに切り返し。

 

重心に比重がかかり、無理に動こうとした反動で、勝手に崩れ落ちる選手を尻目に、がら空きになったサイドへとドリブルをする。

 

「させるっ———がっ!?」

 

冷静さをなくしたもう一人は倒れている選手を一瞬忘れてしまった。何とも格好の悪い形で転倒する二人のCBが折り重なっている間に、

 

『最後は落ち着いて振り抜いたぁァァァ!!! ETU勝ち越し!! 先ほどの失点を取り返すかのような、情け容赦のないドリブル!! 名古屋の守備を完全に崩しました!!』

 

呆然とする名古屋イレブン。16歳の若造に中央を完全に崩されたのだ。まるで突然、事故みたいな形で。だからこそ、あれは流れの中で彼に味方をしたのだと信じ込んだ。

 

「—————————」

 

駆の目はフラットだった。激情や闘争心がマイナス方向に延びていた前半の序盤のような雰囲気ではなく、プレーそのものに集中している感覚。

 

 

どうすれば、ゴールを奪えるのか。冷静にそれを逆算し続けているのだ。

 

 

だからこそ、青葉のやっていたように、相手の重心を意識してずらしたのだ。相手に絶望を与える駆のドリブルが、名古屋の選手だけではなく、サポーターにも恐怖を与え始める。

 

「—————バカな」

 

不破監督は、駆を見て信じられない光景を見せつけられたことで混乱する。

 

————奴は未来でも見えているのか。今の芸当が出来る選手は、そうはおらん

 

 

誰が予想できるというのだ。宮水青葉の陰に隠れていたもう一人の怪物。ベビースマイルに王道主人公のような雰囲気を持つ彼の、あまりに似合わない苛烈なドリブル。

 

この試合、覚醒したかのように中央突破を決めて見せる16歳を予測するなど、それは名将の類になってくる。

「————————す、すげぇぇ」

その光景を見た世良は、ろくに言葉が思いつかない。超絶的なドリブルを前に、感嘆の言葉を漏らしていた。

 

これが駆の本気を出し始めたドリブル。間合いに慣れていなかった当初は本調子ではなかった。そういわんばかりの全力のドリブル。

 

第4節にして本領を発揮し始めた逢沢駆の実力。プロリーグに適応し始めた彼は、水を得た魚の如く、中央で存在感を見せつける。

 

中央でボールをキープする彼からボールを奪えない。スリーボランチの意味をなくすほどのテクニックで、名古屋の中盤を制圧する駆。それによって、両サイドががら空きになる。

 

「駆!!」

 

丹波が左サイドでボールを受け、駆はゆっくりとスペースへと動く。要注意人物である彼の動向に気を取られると、丹波がそれを見逃すはずがない。

 

『大外折り返したァァァ!! 惜しくもクロスバー!!』

 

大外から飛び込んできた赤崎のミドルシュートがクロスバーを弾いたのだ。天を仰ぐ赤崎だが、中央の逢沢を止められず、両サイドでいよいよ突破されるようなことになると、手が付けられない。

 

 

宮水青葉のような圧倒的な身体能力があるわけではない。しかし、スペースを作り、味方を活かし、自分は狭いエリアをすり抜けていく。

 

 

 

トップ下というポジションで、まさに水を得た魚の如く、能力が発揮された彼は、この第4節でようやく能力の半数以下を見せつけた。

 

 

まだ半数に満たない。このリーグで刺激を受け、間合いに慣れつつある彼の能力は、まだ半分もいかされていない。

 

 

まだ彼を助ける盟友がここにいない。好調をキープしていた椿や世良でも、彼の要求に完全に応えられるレベルではない。

 

ポジショニングで味方を活かし、相手ディフェンスを崩壊させるドリブルを可能とする彼は、まだ後者——————個人技だけで名古屋を圧倒していた。

 

 

 

「真ん中にするとイイ感じになるかなぁ、と思っていたけど」

 

達海としては、相手選手のプライドをズタズタにした駆のドリブルに戦慄を覚えていた。存在するだけ、畏怖と恐怖を与える選手は、特別だ。

 

しかし、切り替えの速さが一人だけ早すぎるがゆえに、思うようにまだ動けていない。コースを見つけても、世良以外のターゲットが存在しない。

 

前線で自分が受けられるポジションを探し続ける世良。ゾーンディフェンスに弱い彼は、ゾーンを如何にしてポジショニングと動き出しで切り崩すかを模索するようになっていた。

 

プレーをシンプルにした分、世良の判断力は異常なほど速くなった。それこそ、駆が無意識に求めていたレベルに達するほどに。

 

 

そんな世良でも後一歩届かない。しかし、そんな殻を破るか否かの境目で、彼はフットボール人生で最大の刺激を現在受け続けている。

 

 

 

「ありゃ、怪物だ。青葉だけじゃねぇ。駆もまた、至宝の名に違わない。兄の方はこれを15歳でやってたんだから、開いた口がふさがらねぇよ」

 

名古屋の選手はトラウマになっているのか、迂闊に駆にプレスをかけてこない。ブロックを敷くだけで、動けないのだ。だが、切り替えの早い駆はそんな動揺を突くかのように襲い掛かる。味方の上りを待ちながら、常に穴を探し続ける。

 

だが、あそこまであくどい手を使わずとも彼ならできたように思える。だからまだ、逢沢駆はこの覚醒染みた能力に振り回されているのだろう。自分の意志で動いているように見えて、実は力に操られている。その証拠は、ゴールを決めた直後の彼の感情の乏しい表情だ。だから、駆はまだまだ伸びて行けるのだ。

 

 

達海ですら至れなかった高みに今届いている駆。16歳の段階でそれに手を届かせる彼はどこまで行くのか。達海は背筋が凍るような感覚を感じた。

 

 

そして試合の方は、前半同点に追いついた名古屋ではあったが、再び突き放されて前半を終える。

 

 

 

ほとばしるような情熱全てを注ぎ、世代別で注目をされ始めた至宝は、この試合でまだ止まる気配を感じさせていなかった。

 

 

———————足りない。

 

 

少年はこの上ない飢えを感じていた。

 

 

———————僕は、そして僕が隣に立ちたいと思う人は、こんなものじゃない

 

 

喜びを分かち合う瞬間であるはずなのに、見え過ぎる世界が彼の心を縛る。

 

 

——————まだ体も元気で、まだまだ動く。なら、もっとできる、もっとゴールに直結する動きが出来る。

 

 

 

至宝は、2ゴールを奪ったぐらいで満足していなかった。

 

 

 

 




逢沢駆がついにゾーン覚醒。宮水青葉(現実世界)はまだ成れません。


しかし次回、さらに駆がチート状態で暴れまわります。



とはいえ、宮水青葉(可能性世界)は任意で入り切り可能で、どんな試合の中2日でも、120分フルで持たせられる体力の化け物です。

なお、こんな怪物がいても、日本は準優勝どまりという・・・・


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第六十一話 アンコントロール

Q 制御できない力ってロマンある?

A 自分の力を制御できない感じが堪らないって、何それ、ただの間抜けな人じゃん!

とあるアニメで主人公を罵倒しながら発言したヒロインのお言葉である。


ぐうの音も出ないほどの正論だと思いました・・・・社会人になると特に

さて、話は本編に移り覚醒駆(半暴走状態)について。あとがきでちょっと補足しますね。





相手を叩きのめすようなサッカーに変貌していた駆のスタイルに不安を覚えていたのは美島。

 

「駆—————今まであんな発想すらなかったのに—————」

何かに駆り立てられるかのような、焦りに似た感情が彼を狂わせているような気がするのだ。

 

今の駆は、反則でない限り考えられるすべての方法を模索して、選択する高性能なマシンに取りつかれているようなものだ。そこには感情の一切はない。ただ追い求めているだけなのだ。青葉に追いつくために、彼と並びたち、世界一となるために。

 

美島はそれに気づかない。

 

 

「—————あの瞬間、あの子は視線を誘導したわね。敢えて自分に視線を集中させたことで、相手CBを、倒れている選手に誘導した————やることがえげつないわ」

 

 

その策が成功した瞬間、相手は何の抵抗も出来ずに失点する。それを理解し、躊躇いなく行える冷静さ。日本人が持ち得てはならない狡猾さと容赦のなさを見せてしまった。

 

 

一色も、駆がそこまであくどい手を使うとは信じ難かった。真面目そうな子だったというのに、どこか南米の、もっと苛烈なスタイルが染みつくような動き。

 

 

「マリーシアどころじゃないわね。本当に叩きのめそうとしているわ。プレーで」

颯は、駆の雰囲気にある人物を連想していた。

 

それは、かつての宮水青葉。この世界に作り替えられる前の、孤独だった宮水青葉のプレースタイル。

 

現代フットボールの守備を完全に崩壊させる、フットボールの守備の基本を根底から打ち崩し、その強靭なフィジカルとスピードで超常現象を超えた超常現象と言われた存在。

 

フットボーラーなら一度は必ず夢見たことだろう。

 

—————怪我をしなかった超常現象

 

 

——————現代フットボールの知識を身に着けた超常現象

 

 

そんな可能性の世界で駆け抜けた男は20年以上、最高峰のリーグで結果を出し続けたのだ。そして彼の祖国は、彼を擁した時間の中で、栄冠を手にすることが出来なかった。

 

 

奇跡のような、チート染みた存在を手にしてなお、可能性の世界の日本は、栄冠に辿り着くことはなかったのだ。それほどまでに、日本は弱かったのだ。

 

そんな未来を知るのは、小野寺以外にいないのだが。

 

 

そして、彼女の前でその片鱗を感じさせる存在が誕生してしまった。

 

フィジカルも、スピードもすべて彼には届かない。しかし目の前にいる逢沢駆は、現代フットボールの守備を崩壊させる稀有なアビリティを、本能で行っていた。

 

 

その後も、ETUは勢い止まらず、この試合で駆が止まらない。カルロスと互角以上にマッチアップし、彼から始まる速攻を悉く封じ込める。

 

「————————」

 

 

「くっ」

 

————前半からまるでスイッチが入ったみたいに、この少年はおかしい。異様だ

 

 

仕方なく、サイドにボールを振るも、DMFでは上手く展開できない。しかし、中央の逢沢駆を放置することもできない。

 

不破監督は真ん中にいるだけで相手選手を委縮させる駆に恐怖していた。

 

—————なんなんだ。あの小僧は—————ッ

 

真ん中にいるだけで、一気に脅威度が増した駆が恐ろしいのだ。彼がいるだけで名古屋の十八番は封じられ、ペペに通るボールが格段に減少した。ロングボールで蹴りこんでも杉江がしっかりと対応し、チャンスを作れない。

 

 

そして、彼はハイボールを収めるのが上手いのだ。落下地点を見誤ったのか、下がる傾向にある駆に対し、相手選手が突っ込む。

 

————ハイボールならッ!!

 

だが、まるで押し出されるかのように手で制され、掴んでいたにもかかわらず、簡単にボールを収めてしまう。

 

そして右足でインアウト。姿勢を低くし、すり抜けるように右側を抜き去り、左手で向かってくる相手選手の力の向きを変え、背後に仕向けたのだ。

 

ここで合気道オフェンス。駆を潰すことが出来ない。なおも、前を向いてプレーする駆がバイタルエリアでパスを出したのだ。

 

「「!?」」

 

気づいた時には、駆け上がってきた椿が、駆の方向を向いてしまったキーパーの不意を突いてミドルレンジからシュートを放ったのだ。

 

『ここでパスをして、後ろから椿だぁァァァ!!! ETU追加点!! 決めたのは背番号7の椿!! 今期これで2点目!! 後半14分』

 

『今全員が逢沢選手に釣られましたね。スイッチした後のパス&ゴー。これが出来ると、自身もチャンスに関わりますからね。味方の動きをサポートすることもできます』

 

逢沢だけではなく、三列目の椿も脅威となり始めたために、ボールの取り所を掴むことが困難になり、ラインがズタズタにされ続ける名古屋。

 

杉江からのロングボールに抜け出した駆がフリーでフライボールを受ける。が、素早くカルロスがチェックに入る。

 

—————もうこれ以上好きにはさせな—————え?

 

 

胸トラップからのシャペウ。前に釣りだされたカルロスとさらに進む駆。カルロスが追い縋り、後ろからプレスを仕掛けようとした瞬間、

 

 

 

 

 

『浮かして躱した! あっと打ってきたぁァァァっぁ!!!!!』

 

 

 

カルロスの胸中は、一気に自分が思い浮かべる景色が、目の前の怪物によって塗り替えられる感覚を叩きつけられる。

 

 

————————こんな、こんなことが—————っ

 

 

 

 

その浮かしたボールを躊躇いなくボレーでシュートを打ち放ったのだ。まだゴールまで30メートルはあるような距離。しかし、ボールをこれ以上ないほどにミートさせた軌道は、

 

 

——————も、目測が—————ッ

 

 

そのボールは強烈なドライブ回転をしていたのだ。しかも、そのドライブがズレた状態でミートしているため、曲がりながら落ちるというキーパーにとって軌道を読みにくい早いシュートが襲い掛かってくる。

 

一見、博打ちのようなシュートだ。こんな距離からのシュート等、止められるに決まっている。そして、逢沢駆はキーパーが前に出ていたことを、シャペウの段階でチェックしていたのだ。

 

 

計算された一撃だが、出力は青葉には届かない。完ぺきに思えたコースに触れることが出来たキーパーの執念がここは駆のハットトリックを防いだのだ。

 

 

それでも、名古屋には駆から始まる攻撃を防ぎきることは出来ない。

 

 

 

 

『キーパーファインセーブ!!! しかし、零れ球ぁぁァァァ!!! ETU追加点!! 最後詰めていたのは世良! 後半20分、畳みかけます!!』

 

 

そうなのだ。駆は常にキーパーの隙を窺っていた。前半からボールの位置や状況によってキーパーの動く場所をチェックしていたのだ。ゴールから逆算し、ゴールを奪うための距離と方法を常に考えていたのだ。

 

 

そしてそのこぼれ球に対して、集中力を切らさなかった世良が最後押し込んだのだ。さらに言えば、駆があそこからシュートを狙う予感というものを世良は感じ取っていた。

 

 

———————まじかよ、本当に駆の奴、打ちやがった

 

 

本能に近い確信。それを信じて走りこんだ世良は、自分の感覚が間違っていなかったことを思い知る。椿も世良をサポートできる場所に走りこんでくるあたり、自分と同じように感じていたのだろう。

 

 

 

『エース襲名を狙う世良が決めた!! 後半の20分!! 世良選手の詰める動きもそうでしたが、その前のシュート! 凄かったですねぇ!』

 

 

『——————背中が凍るようなプレーでしたね。あんな距離で狙うなんて、在り得ない。在り得ないですよ——————こんな選手が出てしまうのか——————この時代は』

 

 

終わらない。名古屋にとっての悪夢は終わらない。

 

 

 

椿ではなく、逆の村越が出てきたことで不意を突かれた名古屋。中央で椿、駆ルートをケアしていた彼らの裏をかく、村越からのルートでボールを貰う駆。

 

そのまま前を向いて、右足でのシングルダブルタッチで円の間合いの外側を走り、相手の前に体を入れ、

 

最後の選手をヴァニシングターンで股下を転がし、またもや相手選手に膝をつかせる駆。そのままボールを流し込み、文字通り試合を決めた。

 

『パスを貰って前向いて、振り抜いたぁァァァ!!! 何と逢沢駆!! ハットトリック達成!!』

 

『何か後半の彼は覚醒していますね————ちょっと、これは止められないですよ。膝から崩れ落ちる選手と、ゴールを決める逢沢選手の構図は、何ともまあ、残酷ですね———これは』

 

 

『スタジアムを震撼させる絶技で、名古屋サポーターが静まり返ります!! 後半の34分! これで、リードを4点に広げます!』

 

 

だが、駆はまだ満足しない。

 

 

——————過去最高に調子がいい。

 

 

こんな万能感は初めて体感したのだ。もっともっと深く感じていたいと思うのは仕方のないことだ。これならこの試合であと3点は奪える。そんな確信染みた己惚れ、否、あまりにも確定した予想が駆を支配する。

 

 

 

だが—————————

 

 

駆の体から急にその感覚が失われていく。それと同時に、体が鉛のように重くなったのだ。そして立て続けに発生する頭痛。

 

 

「———————くっ」

 

 

一気に夢からさめたような万能感の喪失。そして、今までの比ではないほどの疲労感。体力にはそれなりに自信のあった駆が信じたくない現実がそこにあった。

 

 

 

 

————————潮時だな、あれだけのプレー。反動はやっぱりあるよな

 

 

ベンチで見ていた達海は、喜びを体現する余裕すらない駆の状態を見て、彼を下げる判断を決めた。達海ですら、数えるぐらいしか体感できなかった感覚を、駆は手にしてしまったのだろう。

 

 

———————————フロー体験、か。学術的に唱えられているとはいえ、体の出来ていないアイツには重すぎる切り札だな

 

 

ハットトリックを決めた直後、駆は疲労感の中自分の番号が最初の交代カードで表示されていることを目にした。

 

 

「え!? な、なんで!」

 

 

「ハットトリックを決めた選手を下げるの、達海!?」

 

 

「新記録塗り替えるかもしれなかったのに!」

 

 

 

「バカ野郎、一部リーグで最年少ハットトリックだぞ。お役御免だろ、今日は!」

 

 

 

そんな言葉を聞きながら、駆は淡々としていた。万能感の時の高揚は完全に消失し、今は自分が満足するパフォーマンスを発揮できないことを感じていたのだ。

 

 

————————なんだったんだろう、あの時の感覚は

 

 

まるで、鎌学戦の青葉のようなプレーを自分がやっていた。しかし、試合後彼はあまりにも元気で、今の自分のように体力が空になってはいなかった。

 

 

 

逢沢駆の不可解な状態と、達海の突然過ぎる交代カード。それを眺めていたジャーナリストの藤澤は、逢沢駆のハイパフォーマンスが原因であると推察した。

 

「人の処理能力の限界に迫るようなプレー。確かに逢沢選手は、ゾーン状態に入っていた…‥」

 

 

「そうっすね。調子が良かった、と一言で説明するのは無理がありますよね、今日の彼は」

 

 

しかし、あの状態に入ったら最後、逢沢駆はゾーン状態に振り回され、体力が尽きて強制終了するまで制御が効かないということになる。

 

 

高校生という体が出来ていない状態で、身を削るような能力は、むしろ彼の将来を閉ざしかねない。

 

 

「あの万能感を追い求め、自らの体を痛めつける、なんてことにならなければいいのだけど」

 

 

順風満々だった逢沢駆に訪れた、才能の誘惑。

 

 

手にすれば万能感を授け、限界までその力を行使する夢のような力は、自らの選手寿命を削りかねない。

 

 

そしてその才能の発現は、追い求めれば追い求めるほど、遠ざかっていくことを彼はまだ知らない。

 

 

 

 

試合の方は逢沢駆がいなくなり、反撃開始と行きたい名古屋だったが、彼らにはそこまでの力が残っていなかった。

 

 

ブラジル人トリオが孤軍奮闘するだけで、中々ゴールを奪えない。全ての攻撃が単発に終わり、きっかけが生まれない。

 

 

 

対照的にETUは、逢沢に代わって入った堀田が試合をクローズし、この点差のまま試合は終了。大方の下馬評を覆す、名古屋の大敗という形で終わったこの試合。やはり注目されるのは、この試合で一気に得点ランキング一位になった逢沢駆。

 

 

スコアは5対1。世良、椿のゴールに加えて、逢沢のハットトリックで名古屋を粉砕。

 

 

 

トップリーグでの最年少ハットトリックという大記録を打ち立てた逢沢駆。j2やj3といった下位カテゴリーでハットトリックを記録した若手選手は存在したが、今回のこれはそんなちょっとしたサプライズニュースではなく、日本サッカーを震撼させる歴史の1ページである。

 

 

あの達海猛でも、持田でも、花森でも、往年のレジェンド選手たちも—————そして宮水青葉でも成し遂げられなかった記録更新。数多のレジェンドたちの中でも限られたものしか挑戦できなかった記録破りの瞬間だった。

 

1993年に記録された松波選手のトップリーグ記録であった18歳11ヶ月30日を大幅に更新する最速記録となったのだ。16歳3ヶ月24日の新記録を成し遂げた逢沢駆の記録は、アンタッチャブルレコードと言われるようになる。

 

だからこそ、逢沢駆が日本サッカー史上、最も過酷な重圧と期待を背負う宿命を背負ったのは、間違いない。

 

 

かつての偉大な選手たちの物差しで、彼は今後試されることになる。そうなるだけの活躍をしてしまったのだ。

 

兄でさえ経験したことのない、かつてないプレッシャーを背負うことになった彼は、宮水青葉を超える期待と重圧を背負うことになる。

 

 

日本サッカーの今後を左右する存在として。

 

 

 

この第4節の無敗同士の対決は注目の集まるビッグマッチだった。どちらが先に黒星をつけられるのか、自慢の攻撃力を有するチーム同士の試合は撃ち合いになると予想された。

 

だが、結果はこれだ。逢沢選手という存在に呑まれ、名古屋は磐田同様ショックを引き摺り、下位に沈むシーズンを送ることになるだろう。

 

そんな未来さえ見えた今日の現実。

 

不破監督は会見を拒否。一方の達海監督も勝ったのに口数は少なく、まともなコメントを獲れなかったのだ。

 

 

強すぎる個性が魅せた、今回の試合。逢沢駆を取り巻く環境がまた変わっていく。

 

 

——————至宝覚醒!! 最年少ハットで、五輪&フル代表入りへ衝撃アピール!

 

 

——————最年少ハットトリックで得点王争いに名乗りを上げる!

 

 

—————トップリーグの記録を大幅更新!! 進化する至宝の勢い止まらず!

 

 

なお、近隣のアジアでは新たな難敵の誕生を警戒し、他のアジア地域では日本の至宝への期待するコメントが溢れていたりする。

 

欧州ではアンダー世代のドイツ相手に快勝劇を演じた日本代表逢沢傑(故)の弟というコメントも紹介され、兄を超える才能と結果を出した彼へのアプローチを強くするべきだとドイツ国内サポーターが騒ぎ始めた。

 

 

 

そして一方、U20日本代表に召集されていた宮水青葉も、アピールに成功どころではなく、衝撃的なデビューを飾っていた。

 

 

 

——————デビュー戦で1ゴール2アシスト!! 後半途中出場で流れを一変! コロンビア代表を圧倒!!

 

 

—————同点、決勝アシスト&ダメ押し弾!! エース小川との連携◎!! 宮水躍動!

 

 

—————西野采配的中!! 宮水ゼロトップで後半は一変!! 「彼のスピードがすべてを変えた」

 

 

U20日本代表であの男が躍動した。召集前まで得点ランキング一位の宮水青葉(16)が、日本代表の窮地を救う獅子奮迅の活躍。最後の強化試合であるコロンビア、チリとの二連戦で、現エースの小川と九鬼に続く宮水青葉の攻撃ユニットが結成されたのだ。

 

1対2で迎えた1点ビハインドの展開で、まずは自慢のドリブルでコロンビアディフェンスを翻弄。後半25分に起点となる突破で日本をまず同点に導く、小川の抜け出しを演出したスルーパスで、代表初アシストを記録。小川のゴールで同点に追いつく日本。

 

さらにその4分後、クラブではチームメイトのCB飛鳥のロングフィードに抜け出し、ゴール前での切り返しで、アトレティコ期待の若手CB、ネルソンを躱し、そのままシュート。新たな形で現れた宮水の俊足が活きた場面となった。

 

「全く、彼の体幹はブレていなかった。あの速度で急ブレーキして、次のプレーに移れる。あんな光景は欧州でも見たことがない」

 

試合後に、目の前で信じられないプレーを見せつけられたネルソンは語る。16歳という年齢がネックとさえ言われた怪物は、徐々にコロンビアにとって無視できない存在となっていく。

 

そのシュートは惜しくもクロスバーではあったが、その“未来”が近づきつつあることを知らしめるプレーだった。

 

 

そして、後半32分にその時が訪れる。サイドに流れた宮水は相手との間合いを測りながらバイタルエリアに侵入し、中に入ってきた小川(磐田)をデコイに使い、最後は九鬼(大宮)にラストパスを送り、勝ち越しゴールを演出する。

 

あの場面、複数の選択肢を作るような動き出しを見せた宮水。そのプレーがコロンビアに躊躇いを生み出し、急所を確実に射抜いたのだ。最後のラストパスもふわりと浮かせた優しいパスだったことも、彼がゴール前で冷静だったことを印象付けさせる。

 

同点、勝ち越しを狙うため、前に出ることを強いられたコロンビア。しかしそれこそが、ゼロトップ宮水という鬼札を出した西野監督の狙いだった。

 

広大なスペースへと送られたロングボールを当たり前のように収めた宮水がそのまま独走。ドリブルでダメ押しゴールを決める。危なげなく、簡単に決める姿に、一流の匂いすら醸し出す彼は、文字通りコロンビア反撃の気運を摘み取ったのだ。

 

 

続くチリ戦では出番がなかったものの、既存戦力筆頭の堂本、小川の両翼が得点を奪い、2対0で快勝。コロンビア戦での課題を修正し、クリーンシートを達成。

 

本選へのこれ以上ない弾みとなったが、この16歳のルーキーにはそういった思惑はかけらも見当たらない。

 

いきなり途中出場で結果を出したことについても、彼のコメントは冷静そのものだった。

 

「まだ僕はプロになったばかりで、先輩方のように実績も少ない。この結果に満足したくないし、もっとチームを助けるプレーを増やさないといけない」

 

代表に選ばれたことでさえ、冷静かと思いきや、その心に秘めるものは相当なものだった。

 

「何より、最初の大きなチャレンジを前に、自分自身とてもワクワクしているし、代表のユニフォームを着られたことは、自信になる」

 

「次も選ばれるよう、まずはクラブで調子をさらに上げて、本大会で監督に選ばれるよう精進したい」

 

 

 

相次ぐ日本サッカー界を揺るがすビッグニュースを生んだETUの二人の選手。長年夢物語でしかなかった快進撃に加えて、海外で、国内で実力を発揮する若手選手の存在は、古参のサポーターに戸惑いを与えた。

 

 

「朝起きたら、これが全部夢とかないだろうな」

しきりに頬をつねっているメンバー。これは夢ではない、と夢ではないと呪文のようにつぶやく。

 

「ポジる時にポジらないと、サポーターなんてやってられないぞ」

ハイライトのない目で、低迷時代を思い出す古参のサポーター。若いサポーターの背中をポンポンと優しくたたく。

 

「名古屋戦で、不破の野郎に一泡吹かせたし、宮水選手の活躍と、なんかもう回り過ぎてヤバイ、てか怖い」

 

 

「は、羽田さん!! おれ、どうすればいいんですか!? 喜びたいんすけど、なんか後々、なんかおこりそうで怖いんすけど!」

 

羽田の前に若いメンバーが本音を吐露する。

 

「選手が結果を出してんだ。それをしっかり認めて、さらに応援するだけだろ? 俺たちは選手を不安にさせないよう、今後も応援を続けるだけだ」

 

しかし羽田は落ち着いていた。内心相次ぐ彼らの活躍で嬉しい気持ちはある。しかし、その現実から逃げてはならない。これは彼らが頑張って勝ち取った結果なのだ。

 

「いい時も悪い時も、俺たちはずっとこの旗の下で団結してきた。選手たちも文句を言わずに戦い続けた。ユナイテッド・スカルズは、今後も選手を全力で応援する。そして、今はあの二人のことを誇りに思おうぜ」

 

だからこそ、変なファン層がちょっかいを出すことだけは防がないといけない。

 

 

数多のスポーツ界で活躍した選手がスキャンダルや連日の報道で潰されてきた過去がある。彼らは、逢沢駆と宮水青葉がその例に漏れない可能性もあるのではないかと。

 

特に、二人のエピソードは漫画の様なストリーが満載だ。マスコミが面白おかしくあること無いことを書き続ければ、コンディションやメンタルにも影響を与えかねない。

 

すでに逢沢駆のエピソードは江ノ島以前の話が拡散されており、その悲劇的なエピソードから立ち直り、現在の活躍に至る、お涙頂戴的な報道をされている。

 

 

 

宮水青葉も同様だ。駆ほどのビッグインパクトはないが、それでも期待の若手ということで、現在ETUのクラブハウスには取材の依頼が殺到しているという。

 

すでに非公式で逢沢駆のファンクラブまでできており、その影響は名古屋戦後、顕著となった。見知らぬ人間の善意と悪意を彼は目の当たりにするだろう。

 

 

 

混沌とする環境を前に逢沢駆は、自分が内包する制御できない才能に振り回されることになる。

 

 

 

 

二人の活躍で、人生が変わる人がいる。影響を受けた人がいる。

 

「全部偶然じゃないの? たまたまいい場所にいたから活躍してるように見えるだけ」

 

「もうラッキーという形ではないわ! コロンビア相手に縦横無尽の大活躍!! サッカーに疎いアンタも、最近名前をようやく彼の名前を覚えたわね!」

 

「あんまりにもうるさく言うから、覚えてしまったのよ」

 

どこかのサッカーの強豪では、にわかにすらなっていない少女に対し、浦和のサポーターの一人が熱心に解説していた。

 

 

「俺は、青葉とは違うクラブで、リーグに挑戦したい」

 

空中要塞は、彼とは違う道で、彼と対峙する未来を選んだ。選手権を一つの区切りと定めたのだ。

 

 

「俺は、そうだなぁ、語学を覚えて卒業と同時に海外に飛ぶかぁ」

 

 

魔術師は、苦難の道を選んだ。同じリーグでは、経験値は誤差の範囲内だ。ならば、最も厳しい場所で自分を磨くしかない。

 

 

「俺は、俺を一番評価したクラブに力を示すだけだ」

 

現主将は、最近海外からやってきたリチャードという名の代理人に接触を受けていた。彼は日本である選手に強く影響を受けたようで、織田が外国語を習得中ということを聞き、薄く笑みを浮かべていた。

 

「もちろん、日本人のその気質は評価しているけど、アンカー、CBでも戦えるそのフィジカルは、海外で重宝するものなんだ」

 

すでに総体出場をほぼ確実視されている江ノ島のキャプテン。彼は知るだろう。2年間の移籍禁止の縛りを受けている二人とは違い、早々に海外挑戦をしたことで体感した世界の進化を。

 

「織田先輩! さっきの人って、もしかして」

リチャードとの話し合いを終えた織田は、廊下にて後輩に出会う。

 

「ああ、どうやら海外の代理人らしいな。有名所で言えば、海外の有名選手は勿論、達海猛の移籍にも深くかかわっていた、なんていうが」

 

「そっか。来るんだなぁ、ここには。日本だけじゃない。海外への門も用意されているのか」

 

その後輩—————1年生にして、左サイドハーフのレギュラーを手にした一条龍は神妙な顔をしていた。

 

どうやら、他の若手選手への交渉をする合間に、織田に会いたかったらしい。青葉や逢沢不在の高校選抜に召集されていた彼は、リーグジャパンユース選抜相手にいいプレーを見せていたし、得意のフリーキックで得点を奪っている。

 

攻守で見せたクレバーなプレーは、得点に沸き立つギャラリーを尻目に、スカウトマンの評価を上げていた。

 

—————サッカーを知っている。江ノ島で彼よりもうまいプレーヤーはいるだろう。しかし、彼程試合の流れを読むことに長けた選手はいない

 

近い将来、中盤の底でプレーする彼がそこにいる。海外挑戦への興味を抱いていたと知るや否や、連絡先を教えたリチャードはそのまま次の交渉場所へと向かっていった。

 

織田との雑談を終えた一条は、こぶしを握り締める。怒りではない。自分ではなかなか開くことが出来なかった道が、活躍し続ければ開くという実感が、彼の感情を熱くさせた。

 

—————あの人の影響力を、これでもかと見せつけられるな

 

 

先日の試合で見せたコロンビアを圧倒した宮水先輩。日本サッカーの歴史を変えた逢沢先輩のハットトリック。

 

「——————悔しいな。ほんと、悔しい」

 

彼らと同学年でプレーできなかったことが悔しい。自分がまだプロでないことが悔しい。

 

————簡単に追いつく目標じゃ、面白くない。だからこそ、挑むんだ

 

 

一条龍は、左サイドで時々先発している安泰を捨てるつもりだった。求めるのはトップ下での先発。荒木からレギュラーを奪うことだった。

 

だが、

 

「本当に一流のプレーヤーは、どのポジションでも力を発揮できる」

 

ミルコの助言が、一条の暴走を食い止めた。トップ下という場所にこだわりを持っていた彼にとっては、目から鱗が落ちるような金言だった。

 

「若い時代から、ポジションを狭めるようなプレーをすれば、可能性が消えてしまう。本当にうまい選手は、そのポジションを理解し、その上で自分の強みを出せるんだ」

 

一条龍は高校生になったばかりだ。可能性を消すには早すぎる。色々な焦りを感じつつも、彼は自分が進むべき道を見出している。

 

—————そうじゃない。誰かにレギュラー争いをして勝利する。俺の理想は、そんなものじゃない

 

 

所属するチームにとって、必要不可欠な存在となること。そこにはレギュラー争いも何もない。

 

 

一条龍にとっての理想の在り方。それはまだ彼の見据えるはるか先にあるのだ。しかし、そこに宮水青葉は立っているのだ。

 

「本当に、学ぶことばかりだ、ここは」

 

 

5月には総体予選がある。未だ左サイドの半レギュラーである彼は、新天地でどのような進化を遂げるのか。

 

 

そして、多くの練習試合と、都道府県リーグからプリンスリーグ昇格を目指す江ノ島高校の歩みは止まらない。

 

 

彼らが目指す先には、あの男がいる。

 

 

 

 




今の駆君は覚醒したら体力が尽きるまで止まりません。
→(制御不能。選手寿命を縮める)

なお、覚醒状態で逆起点を2,3回食らうと強制終了します。
→(雑念が入る)

任意で覚醒タイミングを決めることは出来ません。
→(切り札にもならない)

そして、2回目以降は雑念が入る(あの万能感を求める)ため、覚醒トリガーは非常に硬くなっています。

そんな中で、「日本サッカーの歴史を変える役割を求められる」の重圧。

早くセブンがどうにかしないと、自壊しかねない駆の現状。


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第六十二話 情熱のベクトル

大変お待たせしました・・・・

ここ最近色々あり過ぎて、小説を書く精神的余裕がありませんでした。
(職を失ったというわけではないので)


言い訳染みて見苦しい発言をしていますが、62話をどうぞ。


怪物逢沢駆の活躍は、世界に名だたる強豪クラブが集う欧州の界隈でも、徐々に噂を過熱させる事柄となっていた。

 

「カケル・アイザワ……アイザワ、か」

 

強豪フランクフルトの期待の若手選手でもあるカールは、かつて日本にいた俊英の片割れに想いを馳せていた。

 

「—————ジャパン、ね。ちょっと悪夢に出てくるわ、今でも」

そのカールの妹であるアンジー・ゼッケンドルフは、サイドからドイツの腹を抉り抜いた小野寺のスピードに翻弄されたのだ。

 

世界ランキング上位同士の屈指の好カード。日本の掲げる本気の腕試しの初戦のカードとなったドイツ戦。

 

女版宮水青葉ともいわれる小野寺のスピードは、陸上選手並みに速く、且つ俊敏な動きでドイツの選手を圧倒したのだ。

 

 

 

さらに前線には新進気鋭のフォワード、群咲舞衣が嫌な位置に場所を取り続け、ドイツのラインを妨害するのだ。ディフェンス面で課題を残していた彼女ではあったが、その弱点が徐々に消失しており、驚異的な若手が二人も現れたと震撼していた。

 

だがトップ下の美島は、その二人を操る指し手として格の違いを見せつける。前線の二列目が連動して動くために、パスコースがほぼ無限大に与えられた彼女は、驚異的な球離れを披露。間合いに入る前にボールを捌いてしまうので、迂闊に近づくことすらできない。

 

結果は、ディフェンスに定評のあったドイツが5失点と蹂躙された。対する日本は攻め続けたことで失点を1に抑える等、完全な力負け。

 

正確に言えば、男子サッカー界で起きた、あのオーストラリアの黄金世代との強化試合に匹敵する惨敗だった。

 

若手、中堅、ベテランが融合を果たし、新戦力が台頭するなでしこは、ついに世界ランキング1位に上り詰めた。

 

美島、群咲、小野寺。そして、かつて日本を牽引した一色がサイドハーフとして運動量を見せる。

 

世界を見渡しても、あそこまでの攻撃陣はそう見当たらない。彼女らの代わりに出てくるのも、リーグレベルの高いなでしこリーグで鍛えられた猛者たち。正確に言えば、彼女らと相対する選手たちと言えよう。

 

話を戻そう。

 

一番アジアサッカーでホットな話題を提供する日本は、女子サッカーだけではなく、ついに男子サッカーでも若き輝ける才能を手にしたのだ。

 

 

その筆頭と目される堂本貴史、宮水青葉に続く存在——————逢沢駆。

 

 

欧州の地で一足先に活躍している堂本貴史は当確だ。彼は間違いなく次代の日本を背負う。

 

 

そんな彼の前に、同じポジションでありながらワントップ、左サイド、ボランチ、トップ下といった複数のポジションで格の違いを見せる宮水青葉の加入。

 

 

そして、トップ下で青葉を凌ぐ輝きを見せた逢沢が、極東で発生した相次ぐスターダムの生誕が必然であることを証明してしまった。

 

 

どう転ぶかは分からない。右サイドで激しいポジション争いが予想される青葉と堂本がどのように共存するのか。

 

 

二列目の布陣はどうなってしまうのか。サムライブルーの本領は、本当の意味で未知数となった。

 

 

 

「——————この借りは返させてもらうわ、ウィッチィ。そして、ジャパンチーム」

アンジーはこれまで挫折というものを知らなかった。ここまで打ちのめされるという現実を知らなかった。

 

だからこそ生まれる闘争心。彼女は頂点に上り詰めたアジアの強豪への打倒を掲げる。

 

 

 

 

一方、ワールドカップでブレイクを果たしたウルグアイの至宝アルバロは、自分よりも年下のアジアの選手が、チーム内でも噂になり始めていることを知る。

 

 

「聞いたか、アルバロ。白い巨人がまた青田買いの目標を見つけたみたいだぞ」

 

「知っているよ。アジアの至宝、だね」

 

噂に聞いたことがある。飛び級で代表戦に出場していた彼を知る選手は意外と多い。そして、彼が出場した試合で、誰もが彼のことを調べずにはいられない。その存在感は、誰であっても消すことは出来ないのだ。

 

 

——————神速の如きスピードに、その激しい闘争心。

 

まるで、クランの猛犬を連想させる苛烈な選手イメージ。最近コロンビアが、彼が出場した時間帯で苦戦を強いられ、そのまま逆転負けを喫した話題が決め手だった。

 

コロンビアと言えば、南米の強豪国の一角。あのブラジルや母国でさえ一目置く存在だ。その彼らが敗北した。後半日本が記録した得点の全てに絡んだ彼は、あの試合でただ一人別格だった。

 

次の試合で堂本が次の試合で1ゴール1アシストと次世代エース筆頭である証を見せつけたが、それでも宮水青葉の魅せた輝きには霞んでしまう。試合後、堂本は危機感を口にした。

 

 

—————かつてないレベルでのポジション争いが起きている。これは個人にとっては脅威だが、チームにとって最善の状態だな

 

笑みを浮かべ、後輩の躍進を受けて立つと暗に宣言した堂本。

 

 

あの彼が、オランダで得点王になった彼がそこまで評価する存在。16歳という年齢がネックにならなければ、即日お持ち帰り案件だと各国メディアは持て囃した。

 

 

スペイン一部でプレーするアルバロも、強豪クラブに狙われる存在だが、宮水青葉への調査に絶対王者の白い巨人が動いていることは衝撃的だった。スペイン国内では、セビージャ、マジョルカがリストに入れたという。

 

 

勿論、彼らが動いていることを宮水青葉が知ることはない。しかし今回、日本人があまり馴染んでいないクラブが動くケースがやけに多い。

 

 

派手に動いたのはイングランドだ。こちらではマンチェスターU、アーセナルが興味を示し、プレミアのビッグクラブが将来のスター候補に熱視線を送る。日本人選手の獲得経験こそある2クラブだが、フルシーズン稼働した実績はほとんどない。

 

イタリアではACミランがアジアマーケティング拡大とクラブ立て直しの柱の一人に指定した。今の彼らは点を取る、取らせる選手が必要なのだ。

 

 

ドイツでは、ボルシアMG、フライブルク、ニュルンベルク、アウクスブルク。

 

 

ドルトムントとバイエルンは逢沢駆に夢中となっており、宮水青葉にあまり関心がないようだ。

 

 

 

5大リーグ以外では、トルコのガラタサライ、スイスのバーゼル、オランダのADOデン・ハーグが興味を示し始めている。

 

 

 

「どうやら、夏ぐらい日本に行く用事もあるみたいだし、もしかすればピッチで彼に会えるかもね」

 

「勝ってくれよ、アルバロ。奴のスピードにお前が勝てるわけがないと知っているが、それでも勝て! この夏に必ず、奴に黒星を与えるんだぞ、アルバロ!」

 

 

「——————少し重いジョークを言われたけど、スルーしておくよ。その忠告と激励が、無駄にならないよう祈っておくさ」

 

 

そして、今夏欧州への移籍が確実視されているオーストラリアの至宝、ロビエル・オズボーンは、爆発的な名乗りを上げた好敵手を前に唇を吊り上げる。

 

「アオバ・ミヤミズ!! フハハハ!!!! それでこそだ!! 俺は一足先に欧州へ行く!! CLで叩きのめしてやる!!!」

 

興奮しているロビエルの数少ないスイッチでもある青葉。劇薬に近い豹変を見せているオズボーンに、同僚たちは軽く引いていた。

 

「寡黙なオズボーンが壊れた」

 

「ジャパニーズのニンジャアニメに出てきたサイコ野郎に似てねぇか。ちょっとシャレにならねぇ」

 

「だが、あの俊足はオーストラリアでも見たことがない。あのアレックスや、ヴェイラを上回っている。ロナウドを連想してしまったよ」

 

「過大評価、といえないのが彼のすごいところだ。まるで俺が昔見たフェノーメノと同じプレー、それに近いことを成し遂げているのだからな」

 

「それこそ、アイザワ・カケルも厄介だ。奴にあの試合何人付いた? 最終的に3人だぞ、3人! 他が情けない部分もあったが、それでプレーできるあの男も厄介だ」

 

アジアのライバル、オーストラリアでも日本の怪物二人に対して、警戒度を強める。

 

 

名古屋戦の後、カップ戦の札幌に競り勝ったETU。世良の先制ゴール、途中出場の宮野の抜け出しで奪った2得点で競り勝ったのだ。守備面ではコーナーキックからの失点を喫するなど、課題は多いものの、攻撃面では劇的な改善がみられている。

 

 

 

続く横浜マリナーズ戦では、杉江と小林が先発。センターバックは杉江、もしくは飛鳥のバディ役を争う競争が起き始めており、ディフェンダー間でも緊張感、スタメン争いという劇薬がETUのラインを徐々に固めていく。

 

何しろ、意図的に達海監督はローテでディフェンスを変えている。戦術的なコーチングの時間が長く、前線での守備を要求する彼は、守備に課題のある選手をジーノ以外先発で起用しない傾向にある。

 

 

若手の期待株であった赤﨑は、守備面、スピード面、攻撃面、全ての面で宮水に負けており、彼の薫陶を受けている宮野が成長している。なにしろ、今回の右サイドは赤﨑ではなく、宮野が先発なのだ。前線での運動量が足りない彼は、出場機会を失い始めていた。

 

 

達海監督の就任以来、着々と走る攻撃的なサッカーが出来上がりつつある浅草のクラブは、この布陣で横浜と対決する。

 

GK  1番 緑川

RSB12番 鈴木

CB 26番 小林

CB  3番 杉江

LSB16番 清川

CMF27番 亀井

CMF 4番 熊田

RMF25番 宮野

LMF15番 赤﨑

OMF 8番 堀田

CFW 9番 堺

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 24番 住田

MF 14番 丹波 6番 村越、7番 椿

FW 20番 世良

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  22番 石浜 (RSB)  5番 石神

2番 黒田(CB)  28番 広井(LSB)  

MF  13番 向井(CB) 21番 矢野

10番 ジーノ (CMF) 19番 逢沢(SH)

FW  18番 上田、 

 

29番 飛鳥(代表召集)

17番 宮水(代表召集)

 

ジーノ、逢沢、村越、椿を温存する形となったETU。とはいえ、不測の事態に備えてベンチ入り。ローテで丹波の疲労を考え、赤﨑が先発。宮水が戻るまでは左は流動的。右サイドは現在、量産型青葉を目指す宮野が先発。初速を意識したプレーが徐々に認められたのだ。ベテラン堀田、堺のホットラインは継続。

 

 

「主力温存だと!? なめやがって!!」

 

横浜マリナーズの元木監督は、守備に穴が見受けられるETUの左サイドを狙うよう指示を出すが、達海監督はあえて左サイドにボールを出させる戦術を駆使する。その結果、

 

 

——————!? くそっ、出し所が—————

 

 

全体的に左により始める横浜とETUではあったが、サイドチェンジを狙い、右サイドでボールを刈り取られるシーンが目立つ。清川には極力サイドチェンジを行い、オーバーラップの戦術を控えるよう指示を出していたのだ。

 

—————すげぇ、守備の穴みたいにねらってきた横浜が右往左往してる! 

 

戦術を崩された横浜は横パスをカットされてからの、強烈なショートカウンターを浴びる。

 

「右サイド出せ、堀田!!」

 

ここで、右サイドは宮野がダッシュするはずが、宮野を追い越す動きでスズキがオーバーラップ。中に絞っていた宮野をデコイに使い、ETUがサイドからチャンスを拡大させる。

 

—————サイド釣られた、一枚は俺に、もう一枚は鈴木さんに

 

宮野はあえて堺との距離を近づけ、マークがあいまいになる立ち位置を維持する。自分なら、一瞬の時間だけは勝てると信じながら。

 

中に左サイドの赤﨑が入り込んでくる。宮野は押し出される形で中から外に張り始める。

 

 

—————ここで、鈴木さんをサポートできれば

 

 

宮野はここで、タメを作り始めた鈴木を追い越し、裏へと抜け出す。この動きは宮水もやっていた。だから、ここからは彼らしくないプレーをするのだ。

 

「うおっ、サイド抉った!!」

 

「上げろ、宮野ぉぉぉ!!!」

 

宮野はそのまま縦を抉る。カットインの姿勢を保ちつつ、素早く縦へと流れたのだ。ここで、クロスボールの選択肢が出来る。

 

—————味方を気遣うようなパスじゃ、キーパーに取られる! だったら!!

 

相手をビビらせるにはどうすればいいのか。宮野はシュート性のクロスを狙う。さんざん右足でクロスを上げてきた。キャンプからずっと青葉に追いつくために、彼とは違うプレーを模索してきた。

 

—————触れるのが嫌なクロスを上げるんだ!!

 

「うおっ!?」

 

 

不意を突かれたキーパーはニアを固めていた分、ファーサイドへのケアが甘くなっていた。何とかパンチングでラインの外へとボールをはじき出し、ピンチから逃れるが、宮野のクロスに脅威を感じた。

 

「クロスを上げさせるな!! いい右足もっているぞ!!」

 

「うっす!!」

 

横浜の選手たちも宮野のクロスを意識し始める時間帯。しかし、その前に彼を意識しなければならなかった。

 

 

 

畳みかけるETUはコーナーキックからもチャンスを作る。

 

 

 

『堀田のクロスから、亀井ィィィ!!! ヘディング叩きつけたぁぁぁ!!! しかしシュートは枠の外へ! 今日ボランチ起用の亀井が好機を演出しました!! 杉江の背後より機を窺ういい動き出し!!』

 

『堀田選手の狙い通りでしたね。杉江選手の背後を狙ったプレー。決めたかったでしょうね』

 

 

さらに、勢いに乗るETUは前半40分を過ぎたところで、清川のサイドチェンジを起点に、ついに先制点を奪う。

 

 

 

対角線を見る清川の局面の切り替えは、右の俊足をさらに活かす。

 

 

—————俺の左足は、局面を変えるんだ!!

 

大きく縦を狙ったボールが堺に通るが、競り合いでトラップが乱れる。

 

—————くっ、他にサポートは————おっ、

 

堺は迷いなど最初からないかのように裏へとパスを出す。抜け出ていたのは宮野。ランニングからスプリント。0から100ではなく、相手を引きつけてローギアで撹乱しつつ、ギアを入れて抜け出す。

 

完全に独走状態の宮野。ゴール前でコースを消そうとするキーパーではあったが、

 

 

———————こいつ、なんで今まで無名だったんだ!! 今のタイミングで————

 

 

すでに、宮野は抜け出していた。絶妙なタイミングとは言い難い、一歩間違えればオフサイドを取られるような瞬間だった。しかし、そのギリギリを突き詰め、出し手の動きを最後まで予測し続けた宮野。

 

 

 

横浜は、ゴール前で完全なギャップを作ってしまった。

 

 

 

『切り返して流し込んだぁァァァ!!! ETU先制!! 宮野今季2ゴール目で試合が動きます!! 前半43分!! もう間も無くハーフタイム、前半が終わろうかという時間帯に、貴重なゴール!』

 

 

『ポジショニング、ボールを受ける形。今のはいい動き出しでしたよ』

 

その後も、ボールを貰う前のイメージを考えながら動く宮野が効果的なプレーで横浜を右サイドで圧倒する。

 

後半は早々に椿が、コーナーキックからのこぼれ球を押し込む2点目を奪ったかに見えたが、これはオフサイド。

 

流れが悪くなった際に、横浜のカウンターを食らい、試合終盤、アディショナルタイムに横浜の新FWマルコスに同点ゴールを被弾。それラストプレーとなりタイムアップ。

 

開幕五連勝とはいかなかったが、4勝1引き分けと好スタートを切っているETU。

 

 

元々、スピードという武器があり、運動量豊富という強みを持つ椿と宮野。特に宮野は、宮水、逢沢に続く第三の男として台頭してくるだろう。

 

 

そんな小さな記事すら一瞬ネットに上がったほどだ。

 

 

 

続くカップ第三戦、清水インパルスとの試合では、課題でもあったディフェンスに綻びが生じ、試合中盤で勝ち越しを許し、ついに黒星がついてしまう。

 

しかし、多くの主力組を抜いた陣容で、宮野がアシストという形で結果を残し、若手の試合経験を稼ぐことが出来たETU。対する清水は、1分け1敗と今季未勝利の相手に3度目の正直をかけ、主力主体で挑んだのだ。この後疲労が溜まり、きっちりリーグ戦で黒星を喫するなど、カップ戦で全力を出した弊害が再開後に見受けられた清水。波に乗れない。

 

 

そんな中、U20日本代表から帰還した飛鳥と青葉が合流。浦和戦では飛鳥がベンチスタートではあるが、青葉は先発濃厚とみられる。それに危機感を覚えるのは赤﨑。

 

—————くっ、ルーキーには負けられないんだよ

 

自分は海外移籍で、ビッグクラブで活躍することを目標にしているのだ。高校生Jリーガーに負け、最近では王子や椿、宮野に存在感で劣っている。このまま出場機会を失うわけにはいかないのだ。

 

—————もう少し縦でシュートコースを開く位置取りを確認しないと

 

カットインからのシュートではなく、縦に突破した後に狙うシュートを磨くべきだと実感した宮野。縦に突破した後、相手の前に入り込めばいいのだから。

 

 

「特に、やることは変わらなかったな。俺が仕掛けてゴールを奪う、もしくは奪わせる。ワントップという新鮮な場所でプレーできたのは、いい経験でした」

 

 

そうなのだ。ほとんどが自分よりも年上が揃う環境下で問題なくワントップをこなせることが出来た彼は、クラブでの選択肢を広げることになったのだ。しかし、高校時代は最前線で体を張るというプレーこそあったものの、ワントップという場所はジュニア以来と言っていい。

 

さらには、長期離脱を強いられていた夏木がついに復帰。浦和戦でついにベンチ入り起用が有力視されている。

 

—————俺、もっともっとチームに貢献したいんっすよ!

 

青葉と飛鳥という若手期待の選手がU20に出ている間、夏木は頭角を現していた。その出現に世良、堺は闘志を燃やす。このままベンチに追いやられるわけにはいかない。ましてや、世良はここ最近の得点力は目覚ましいものを見せている。

 

—————ナツさんには負けねぇ。今シーズン、俺だって点を取っているんだ!

 

五輪代表が今もなお遠いのはわかっている。しかし、自分たちよりも年下の青葉と駆、飛鳥がそれを目指しているのだ。新しいモチベーションを作り、トップフォームを上げないといけない。昨シーズンの点取り男に負けないために。

 

—————お前の出る幕は、後半戦ぐらいだ。このポジションは譲る気はねぇぞ

 

堺とて、二番手に甘んじているが好調攻撃陣の欠かせない戦力になりつつある。夏木が現れたからと言って、このままベンチ外になるわけにはいかないのだ。

 

そして、そんなフォワード陣に劇薬を投じる達海監督。

 

「うーん、青葉がワントップでも全然やれているっていう貴重な情報もあったし、時にはフォワード起用をしていくと思うからよろしく」

 

 

「なっ」

これに驚いたのは、赤﨑だった。右サイドのレギュラー扱いでもあり、ボランチでは違いを作り、要でもある青葉に対し、3つ目のポジションでの起用を示唆したのだ。

 

つまり、レギュラーの高い壁で会った青葉がサイドから去る展開になれば、右サイドのライバルは宮野。もしくは逆サイド起用された際に逢沢ということになる。

 

————より多くの点を取りたいがための青葉のワントップ起用、か

 

努めて冷静に、赤﨑は平静を装う。

 

 

第6節でもある浦和戦。相手には高卒ルーキーの鷹匠がいる。彼もまた、ここまで2得点をマークするなど、好調をキープしている。得点ランキング一位の逢沢、二位の青葉という、決定力に優れた選手を置きたい。

 

二列目では何かレギュラー奪取に向けた闘志が各々で燃え上がり、フォワード争いはし烈なものとなり始めていた。

 

 

「————————」

 

そんな中、椿はポジション争いが激化する攻撃の選手たちの様子を見ていた。チーム内で多くの出場機会を得ている彼は、その鬼気迫る闘志を見せる彼らにびびっていると言われると、そうでもない。

 

夕方、青葉は有里のところへと向かう。またオランダ語の勉強のためだ。

 

「wedstrijd、ね。もう一度」

 

「ウェ、wedstrijd………発音が難しいな。英語とは違う感じがする」

 

「けど、試合すら言葉に出来ないのはまずいわよ。オランダ語を本気で覚えたいなら、単語を一日は10個ぐらい覚えないと。私が教えられるのは文法だけよ?」

 

有里は、悪戦苦闘する青葉を見て笑みを浮かべる。

 

『そうね………じゃあ、こういうのはどうかしら?  私はいつも自分の周りにサークルがあるとイメージしています。』

 

「え、えっと。これは、私は自分のサークルにイメージがあると……いや、なんか違うな。私はいつも周りのサークルが—————」

 

「ちょっと文法がおかしいわよ。Ik stel me altijd voor dat ik een cirkel om me heen heb。いつも青葉君がドリブルを語る時に言っていたことをオランダ語にしただけよ?」

 

 

「なっ、そうか! 私はいつも自分の周りにサークルがあるとイメージしています、だな! 付属語が多いと、聞き取れない時がしんどいな」

 

悔しがる青葉。しかし、こういう悔しいと思う感情は結構嬉しいものだ。

 

「そうそう、その通りよ、青葉君。発音を聞き逃したら、別の意味になりかねないのよ。もっと単語を勉強しなさい。いいわね?」

 

「はい」

 

その後も、サッカーの練習でよく使われるであろう例文で青葉を鍛える有里。その時間が終わり、帰りがけには、

 

 

「私もサッカーの専門になると分からないことが多くあるけど、今のサッカー界って、欧州の5大リーグ以外からステップアップする選手も増えてきている感じがするよね~」

 

 

「確かに、そういう道が生まれた、と言えるかもなぁ。18歳という年齢も、実は若くないのかもしれないな。だから結果がすぐ求められるよ、そういうルートは」

 

オランダや辺境リーグへ行くということは、そういうことだ。数年もそのリーグに居座る気はない。

 

 

 

1年だ。

 

 

 

1年で結果を出して、移籍する。20歳になる前に5大リーグでプレーする。そうでなければ、ビッグクラブからの声はかからない。

 

「———————うん。でもあんまり生き急いじゃだめだよ」

18歳という年齢に疑念を抱いた青葉を心配するような有里の声。やはり、周囲にも言われ始めているが、自分は生き急いでいるとよく言われる。プロになってそんなことをよく言われるようになった。

 

 

————————俺らはまだ合わせられるけど、代表入りやビッグクラブを狙っている選手ばかりじゃないんだ

 

 

———————あんま、意地になるなよ。代表入りすると、そういうのが目につくようになるし

 

 

————————青葉は糞真面目だからな。弟みたいな感じでちょい心配

 

 

代表の強化試合が終わった後、なぜか心配された。自分はデビュー戦で理想的な結果が得られなかったとつぶやいただけなのに。

 

 

—————あの試合。2,3点は取れた。

 

 

先発できなかったのは、西野監督にアピールが足りなかったからだ。プレー時間が少ないのを、人のせいにするな。そして、コロンビア相手とはいえ、あの出来ならハーフタイムで2点目は取れた。

 

 

反撃の勢いを奪ったダメ押し点でどこか満足していた自分がいた。これで日本はこの試合に勝ったと。

 

 

それではだめだ。それではいい選手程度に終わってしまう。

 

 

—————こんな低いレベルで満足してはならない。

 

 

 

軽く自己嫌悪に陥っていた際、青葉はちらりと有里の表情を見た。先ほどは気づかなかったが、動きが全体的に重く見えた。

 

 

青葉はその瞬間に有里の様子がおかしいことに気づく。

 

 

「—————有里さん? 最近寝ていますか? 少し疲れているように見えるんですけど」

やや疲れ気味の彼女を見て、気遣う発言が出てしまう青葉。無理をさせている、仕事もあるのに自分の語学勉強に付き合わせている。

 

「え、えっと、大丈夫よ! 最近寝ていないって言っても、こんなの嬉しい悲鳴みたいなものだし。昨年までの宣伝メインの時間帯だけじゃないし—————」

 

なんでもなさそうに言う彼女ではあるが、やはりいつもより元気がない。昔に比べて忙しさの質が違うことに喜びを覚えているとは言ったが、それにも限度がある。

 

「有里さん、頼んでいた資料の整理終わりましたよ。」

 

そこへ、ETUを支える女性陣の一角、前田夫人が現れる。元々秘書の仕事を行っており、夫の芳樹同様複数の言葉を話せる彼女は、今ではクラブに欠かせない戦力となっている。それに加えて前田自身のコネもあるので、勢力区の有望選手の獲得の難易度も下がり、色々話が膨らんでいるらしい。

 

 

「お疲れ様です、前田さん。相変わらずの手際の良さ。スポンサーの件と言い、頭が下がりますよ」

 

青葉は有里が下手に話す相手の女性を見て驚く。

 

彼は初めて会うので知らないが、元日本代表選手の奥さんという実感がわかないようだ。前田のことは知っているがその伴侶については興味の欠片もなかった。

 

——————確か、代理人経由で知り合った奥さんだったっけ? 荒木さん的に言うと、レベル高い、とかいうのだろうか。

 

 

「私は、クラブの現状と魅力を夫に教えられただけよ? 私自身が凄いことをしているわけではないし、みんなが頑張っているからこそ、交渉の幅も広がるの。東京は人もお金も集まるしね」

 

ザ・大人の女性を地で行く彼女は、現在ETUのスタッフとして、少しずつスタジアムも改装などを考案し、コアなサポーターだけではなく、ライトな層や女性サポーターの獲得で一役買っている。数年前はセンスの欠片もないイベントの連続だったETUも、ようやくまともになったと言われるぐらいの変化である。

 

 

さらには、前田、栗澤の提案によって建設された、選手のグッズや、憩いのカフェ、ジムが一体となった複合施設を浅草に立てたのだ。勿論、二人のポケットマネーである。

 

 

最初はサポーターばかりが足を運ぶ場所ではあったが、ちょっとスポーツに興味を持ち始めた人、サッカーをやりたいと言い始めた子供の家族連れ、単に趣味を見つけたい人などが集まり始め、サッカーだけではない空間を作り上げたのだ。

 

前田、栗澤の脳裏には、町無くしてクラブは存続できないと考えており、ETUのサッカーに引き込むにはこういう地道な活動の拠点が必要になってくる。町の人に必要とされる空間を作る。それだけで、人は集まる。

 

そして、東京という最大の強みを生かすことが出来、浅草の暖かい空気もそれを助けてくれるはずだと。

 

浅草で生まれ育った男が言うのだ。浦和ではもっと大規模な施設が建設され、その人気は完全に根付いている。

 

 

だからこそ、二人は自分の名前を最大限利用した。サッカー以外がよくわからなかった栗澤は悪戦苦闘しながら、引退後も町に足を運び続け、アラベスで実績のあった前田は具体的な案を次々と夫人とともに生み出した。

 

元日本代表のプライドは必要ない。今求められているのは、いつか二人が帰ってこられる場所を作る為だ。

 

 

 

「浅草や八王子、町田市にあるクラブカフェはいいですね。姉さんも友達と一緒によく通うって言ってくれましたし」

 

「そうなの? それは嬉しいわ。身近な人のこういう話って、結構元気が出るものなのよね」

そう言えば、大学で出来た友人と共に最近はジムに通ってそのあとカフェで時間を過ごすというのが通例になっているという。

 

少し気がかりだった瀧と姉の仲も良好であり、学生たちの憩いの場でもあるらしい。

 

 

 

試合を生中継しているカフェ、その合間に出される、前田が欧州で目に付いた名物料理の数々。

 

「こう、出ている店舗ごとに少しメニューが違うのがズルいですね。そのクラブカフェ限定のメニューとか。それに美味しいみたいだし」

 

「そこはほら、もっとファンが増えてから解禁するつもりよ」

 

 

上の階では、最近健康志向を強めた人に向けたジムがあり、そこには選手たちが時折利用することもあるので、その際の写真も少しずつ増えている。

 

ファンと寄り添い、一緒に成長する。彼女の狙いはハマり、陰りが見えつつある王者東京ヴィクトリーに対し、ファンの獲得力の一点に関しては超越する勢い。

 

何しろ、彼女の基準は「よいか、よくないか」である。気分のいい内装なら利用客は落ち着くし、気分もいいだろう。出された料理がおいしいか、美味しくないかも重要。

 

さらには現在交渉中の地元の名物店を特設フロアに招待し、仮設出張店を開くというのを計画しているのだ。予算上、ホームの試合の時、昼間の試合でそれを行いたいとのこと。その過程でちゃっかり市長等とも懇意になり、強かな手腕を披露。

 

 

 

だからこそ、後はもう強くなるだけという状態だったETU。そこにきての青葉、駆、飛鳥という二枚目でありながら、実力も備えるスター選手の相次ぐ入団。

 

実力を発揮した彼らの活躍により、リーグ戦は開幕4連勝。5連勝は惜しくも逃したが、今シーズンはまだ無敗。

 

第6節の相手は、リーグジャパン創設以来の名門、浦和レッドスター。

 

ここで勝ち点3を奪い、前半戦全勝中の大阪ガンナーズとの直接対決に向け、いい流れを維持したいのだ。

 

「—————前田さんはさすがですね。時間配分も上手いし、アイディアも豊富だし。アイディアがなかなか出てこない身なので羨ましいです」

 

アイディア力の低い有里は、ETUの常識人枠ではあるが、アイディアの引き出しが少ないのがネックであり、こうしたイベントやファン層獲得は目から鱗が出るほどだ。

 

 

「無論私だけの知恵ではないわ。栗澤さんの所の奥さんや、他の主婦仲間に意見を求めたり————自分だけの考えに固執するのもよくないし、流されるのも考え物。さらに言うと、自分一人で抱え込むのは一番ダメね」

 

そして真剣な表情で、やや疲れ気味の有里に向き直る留美。

 

「だから今日は医務室に行きなさい、有里。最近あまり食事もとっていないのでしょう? 後のことは、年長者に任せなさい、いいわね?」

 

「は、はい————心配をかけて、すいませんでした」

 

青葉ではうんともいわなかった彼女が夫人の前では素直に従う。なんだかなぁ、と思う青葉だが、同性で尊敬する人物の言葉には弱くなるのが通例だ。

 

「なんだったら、浅草のクラブカフェに行きましょうよ。俺もあんまり回数はないし、有里さんはそれなりに通っているんでしょ?」

 

「え!? わ、わかったわ———うん———すぐに支度するわね」

 

有里がこの場を去り、仕事を切り上げるための整理整頓をする中、

 

「おっと、青葉君。一つ忠告いいかしら?」

 

「へ?」

 

手渡されたのは、若干長い髪の鬘と伊達メガネ。

 

「これを付けて、ばれないようにしなさい。優斗さんも付き合い始めた時にガッツリ撮られたみたいだし、念には念をね」

 

 

なお、この時のクラブカフェで知人女性と知り合っている杉江。

 

「あっ」

 

「あら?」

 

年上のアイドルと談笑していたところを撮られる。プレーや日常生活では堅実な一面が目立つ彼だが、クラブカフェというホームの空間で油断していたところをやられたのだ。

 

 

翌日——————————

 

 

————お相手は現在好調のETU守備の要!? ついに春が訪れたか?

 

————ついに春の訪れか!? お相手は元日本代表候補で頼れる年長者!?

 

なぜか、そのアイドルがようやく婚期絶望の中で光を見出したかのような記事が週刊誌に掲載されるのだった。

 

 

「——————おまっ、まじかよ! スギもついに春が来やがったか! で、馴れ初めはいつなんだよ、このこの~」

 

 

「—————俺は知らん、俺は何も知らんぞ」

 

相方の黒田は、尋問を開始する。が、杉江は目を逸らして知らぬ存ぜぬを繰り返す。

 

「俺写真集もっているんっすよ!! 羨ましいっす!!」

 

「くそぉぉぉ!!! やっぱ顔なのか!! スギさんめっちゃ面倒見良いし!!」

 

 

「ていうか、元アナウンサーで、現トップアイドルで、高学歴とか。スギさん前世で一体どれだけ徳を積んだんすか!!」

 

若手選手には尋問され、中堅選手には黒田を除いた面々に生暖かい視線を向けられる杉江。

 

 

「———————助けてくれないか、青葉、飛鳥」

 

これでは練習どころではないと杉江が救いの手を求める。

 

 

「すみません、俺はこの手の話題で力になれそうにないですね」

 

 

「すみません。俺もこういった経験はあまりないので……」

 

ガチで相手がいない青葉は朗らかに語り、少し悔しそうにしている飛鳥。サッカーでは頼れる後輩だが、この手の話では雑魚同然だった。

 

「そうか…………」

 

 

「うーん。僕もセブンとのことでいろいろアンチも増えましたけど、特に気にする必要はないと思います」

 

逢沢駆は、苦笑いしながら杉江の騒動について自分の意見を述べる。

 

「ん? アンチ? 初耳だぞ、それは」

 

青葉も、自分よりも王道主人公の彼にアンチがつくことに驚きを隠せない。

 

「セブンはアスリートなんだから、とか、みんなのアイドルだから、とかね。僕がいろいろ手を出していると妄想しているんでしょうね。そんなこと、ありえないのに」

 

若干思い出し始めている駆は、青筋を浮かべて笑みが何か別の意味へと変貌していっている。

 

 

「あと、舞衣ちゃんと仲がいいから二股疑惑掛けられているんですよね。ほんと、どこから突っ込んでいいかわからないですよ」

 

 

「えぇ……なんだそりゃ…」

 

ハハハ、と黒い笑みを浮かべる駆。青葉は悟る。この話題は駆にとっての地雷だったと。

 

「椿? なんでそんなに顔を真っ赤にしてるの?」

 

「な、なんでもない! だ、大丈夫っすよ、俺は」

 

少し離れた場所では、宮野が顔を真っ赤に染めている椿を見て不審に思っていた。

 

 

色々とカオスとなっている練習場の中で、飛鳥は

 

—————言えない。先日趣味趣向が合わず、彼女と別れたばかりとか

 

頭がサッカー馬鹿となっている飛鳥に「ついていけない」と言われてショックを受けた経験があるのだ。アスリートは結婚後も離婚の報道も目立つのはこういうことなのかと、しみじみ感じていた。

 

 

実は、飛鳥は恋愛意欲があったりする。

 

 

 

 

 

そして青葉は、自分の恋愛模様について少し真面目に考えていた。

 

 

————————なんだろう。昔はもっと、そういう気持ちがあったのかもしれない。けど、

 

 

何の感慨もわかない。いくら初恋が終わったとしても、ここまで自分は恋愛に無気力になっていることが、少し信じられなかった。そのことにショックを受けていない事にも驚いていた。

 

 

——————何かが変わったのかな、何が変わったんだろう

 

 

 

颯との初恋が終わり、今の自分はとても充実している。さらにペースを上げていけば、18歳で海外挑戦も現実味を帯びるだろう。

 

 

満たされているのだ。宮水青葉はこのクラブですでに満足し、さらなる満足を得るための下準備に充足感を覚えていた。このままこのクラブから駆け上がり、頂点を目指すのだと。

 

 

自由になったような感覚だった。颯のことが嫌いだったわけではない。むしろ、自分が今まで唯一女性として見ていた相手だった。だからこそ、その初恋が終わって切り替えることが出来た。だからサッカーに対して、安定した精神状態でいることが出来た。

 

 

——————無理に恋愛をするのはどうかと思うよ。けどまあ、憧れちゃうよね。あんなに幸せそうだと

 

 

しかし杉江や駆の、そして遠目で見たら椿に通ずるであろうその笑顔は、青葉の胸中に残り続けるのだった。

 

 

 





宮野選手が頭角を現し始めました。とにかく縦に、速いサッカーを展開出来れば、彼のような選手は必ず活きてきます。

そして、クラブ経営に関しては現実の浦和であったり、他のスポーツのクラブや球団を参考にしました。

クラブ経営に関する論文とか、初めて見た。やっぱり書く人はいるんですね、こういうの。しかも学生だったので驚きました。


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第六十三話 真紅の名門(1)

GWですけど、外に出る予定もないので執筆が滞る・・・・・

最近復活している小説もありますが、素直に喜べませんね。




リーグ戦は5節を消化し、波乱の幕開け、好調スタートをキープしたチームと、悪いなり粘る名門チームの激突が実現。

 

埼玉側のスタンドを予約した武蒼の女子学生たちは、ゲート前で待ち合わせをしていた。しかし、今回は浦和のアウェー応援。隅田川スタジアム付近は混雑していた。

 

「こ、こんなに人が集まるの? スタジアムって」

若干怯えている藍子。こんな人の混雑は予想外。まるでファン感謝祭とか、テレビの向こう側の景色のような場所だった。

 

「浦和は日本一のサポーターよ。だからこそ、熱心で熱いファンが多いの。過激な人もいるけどね」

 

「まあけど、日本一の歴史を持っていると思うわ。だからこそ、ヴィクトリーには負けられないし!」

 

 

「えっと、持田選手だっけ。日本一のプレーヤーの」

 

とりあえず有名所の選手を抑えた藍子。しかし、持田の名前を聞いて不機嫌な顔をする友人たち。

 

「勝利への執念とかいうけどさ。やっているのはファウル紛いのずる賢いプレーよね。実力があるのに姑息だからあんまり好きじゃないし」

 

「怪我が多いっていう理由で守られているけどさ。一度自分が同じプレーを食らってみなさいよって感じ」

 

「だから花森に10番を奪われるのよ」

 

どうやら、友人たちにとって持田の名前は禁句らしい。以後出さないことを誓う藍子。しかし、どんなことにも意味はある。その持田選手という人は超一流と言われる選手なのだろう。

 

だから、きっとそうならざるを得なかった理由があった。自分たちには想像すらできない何かがあるのだと、藍子は心の中で思った。

 

 

そんな時だった。試合前だというのに、スーツ姿の男が外国人観光客らしき団体の前で困っていたのだ。

 

 

「えぇ!? ちょっ、チケットあるんですか!? そして席バラバラだし、迷子になられても困るし。有里さんちょっと来てくれないか!!」

 

男が有里と呼ばれる女性を呼ぶ。慌ててやってきた女性はスーツ姿の人と何か打ち合わせをしているが、よく聞き取れない。しかしどうやら、彼女はすぐにここを離れないといけないらしく、スーツの男が引き留めているように見えた。

 

「うわぁ。英語喋れないとああなるよね。ちょっと聞き取りづらいけど、英語喋っているよ」

 

「私も日常会話程度ならできるけど、ああいう場で通訳しろってなると、たぶん無理」

 

友人たちは英語が得意ではあるものの、日常会話程度が精いっぱい。藍子のように完全に会話が出来るとは言い難い。

 

 

そんな時だった。ウィンドブレーカーを羽織る青年がゲートからやってきたのだ。横には髪を立てている浦和のジャージを着た選手らしき青年。

 

あれは確か、友人の持つ選手名鑑に乗っていた———————

 

「え………」

 

意志の強そうな瞳に、端麗な顔立ち。見れば見るほど自分とは違う世界に生きていると実感できる存在感。

 

気づけばその足は動いていた。

 

 

「あれって、宮水選手と鷹匠選手じゃん!! うそ、こんなところに」

 

「でも警備員いるし、近づけないよね」

 

「あれ? 藍子は?」

 

残念がる友人たち。他のサポーターは彼らがいることに気づいていない様子だった。

 

 

「代表以来ですが、今日は手を抜きませんよ」

 

「望むところだ。あそこにはブラン監督ら有名所が変装してここにいるんだ。いいところを見せて、フル代表入りして見せるさ」

 

バチバチに笑顔で牽制しあう二人。だが、話題はすぐに、

 

「英語話せるだろ? とりあえずあの老人の団体を何とかしねぇと」

 

「ああ。鷹匠さんは先に戻ってください。俺が出来るところまで対処しますから」

 

仕方ないので、有里を記者たちの仕事に帰らせ、慌てている栗澤コーチを放置した青葉は、ブラン監督のもとへと歩み寄る。

 

『お忍びで団体を連れてこられると、スタッフも困ります。ミスターブラン』

 

『なるほど、英語ができるのかい、君は。ますます気に入ったよ!』

 

面を被っているフランス人の老人は、朗らかに笑う。青葉は困った顔で、

 

『席がばらけているのは問題ですね。とりあえず、集合場所を今から決めたいと思うのですが—————』

 

青葉がどこか手ごろな集合場所と時間帯を考え始めた時だった。

 

『あのっ!! お困りですか?』

 

女性の声が聞こえた。しかもそれは英語で、有里の声ではない。

 

『君は———————』

 

眼があった先にいるのは、ポニーテールの少女。休日なので私服なのだが、同年代ぐらいに見える。

 

 

『うんうん。選手はピッチの仕事があるんだし、ここは通訳をかって出てくれたキュートなガールにお願いするよ』

 

『ミスターブラン!? 本気ですか!? 相手は一般人ですよ!』

 

これには慌てる青葉だが、

 

「すまん、青葉。もう猫の手も借りたいんだ。後は俺とあの子に任せてくれないか」

 

栗澤が苦笑いしつつ弁解する。栗澤がいれば多少は何とかなるだろう。語学以外は。そう考えた青葉は無理矢理納得する。

 

 

藍子にとっても、この事態は想定外だった。まさかそんな役目を追うとは考えていなかったのだ。

 

 

「ごめんね。うちのスタッフが外国語をしゃべれなくて。えっと————貴女が通訳として名乗りを上げたことは凄い感謝している。ありがとう、助かったよ」

 

手を差し出す青年。彼には下心はない。本気で彼女が助けてくれたことに感謝しているのだ。

 

「い、いえ。なんだかすごい困ってそうだったので。集合時間と集合場所を設定して、隅田川スタジアムの通路を説明すればいいんですね?」

 

正直、いきなり異性の手はつかめない藍子。そんな様子を察したのか、苦笑いしてその手を下げる青年。しかし会話は続く。

 

「うん。その通りだよ。見たところここに来るのは慣れてなさそうだけど、浦和のファンかな?」

 

青年は、彼女の手荷物の中に浦和のタオルがあることに気づき、浦和のサポーターの一人なのだろうと推測する。しかし、スタジアムに来慣れていない雰囲気もする。

 

「えぇ、友達に誘われて。貴方が注目の選手だって言われて—————」

 

 

「なるほど—————だんだん近づいているのかな、俺も」

サッカーにあまり詳しくない人の間でも広がりつつある自分の名前に納得する青年。藍子は彼が何に納得しているのかが分からない。

 

————どこへ向かおうとしているのだろう、この人は

 

その眼ははるか先を見ているような気がしている。自分のように今の場所から抜け出したいという感情が見当たらない。そして、彼女はそんな目をしている人を知っている。

 

花森選手と同じなのだ。その強い瞳を持ち、海外で挑戦を止めない彼に勇気を貰っていた。そんな彼と同じ目を、この青年は持っていた。

 

 

 

「—————ごめんね。貴女には観戦以外のゴタゴタを任せることになる。クリさんが面倒を見てくれると思うから、俺はここで失礼するよ」

 

踵を返そうとする。このまま終わり。そう、これで彼とはもう会うことはないかもしれない。しかし、彼が今抱いている気持ちを知りたい。彼はどこへ向かおうとしているのかが知りたいのだ。

 

「あの—————貴方は————」

 

 

何かを言いかける藍子。しかし言葉が出てこない。何をしゃべればいいのか。彼はこれから試合に出なければならない。準備をしないといけないのに、わがままを言っている。

 

「忘れるところだった。貴女の名前を聞いていない」

 

踵を返そうとした彼は、思い出したかのように向き直る。真剣な瞳で、彼女を探るような眼だった。

 

「え?」

 

 

「恩人の名前を聞かず、そのまま帰すのもね。浅草のクラブカフェのプレミアチケットを、後で手配するから、試合後に待っていてくれないか?」

 

思わぬ反応だった。自分なんかに、ただ英語が喋れるだけの、英語を拠り所にして、外に出たいと駄々をこねる小娘に、筋を通そうとしているのだ、この青年は。勿論青年はそんな事情を知るはずがない。

 

「——————分かりました。あと、私の名前は—————」

 

青年はじっと彼女を見つめている。自分が口に出すのを待っていてくれている。

 

「江藤、藍子です」

 

 

「江藤さんか。そうだな、江藤さんはもう知っていると思うけど、俺は宮水青葉。じゃ、またあとで」

 

そう言い残し、青年はこの場を去っていくのだった。

 

 

 

彼を結局待っていた鷹匠は、一部始終を見ていた。

 

「おいおい、あの子は一体何者だ? 英語でブラン監督と話しているぞ!」

 

「あの子は完璧な英語が話せる。凄いよ。発音から何から何まで、凄い参考になる」

 

鷹匠は、そんな少女相手に自然体だった青葉に戦慄する。

 

————美人で才女を目の前にして、まるで動じてねぇ。英語を喋れるから、意識もしていないのか、こいつは!

 

 

心中の言葉は、最後まで青葉に伝わることはなかった。

 

 

第六節、浦和戦。それは宮水青葉の合流後の試合であり、昨年のチーム得点王夏木のベンチ入りの試合でもあった。

 

GK  1番 緑川

RSB22番 石浜

CB  2番 黒田

CB  3番 杉江

LSB16番 清川

CMF 6番 村越

CMF 7番 椿

RMF25番 宮野

LMF17番 宮水

OMF19番 逢沢

CFW20番 世良

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 14番 丹波  29番 飛鳥

MF 10番 ジーノ 8番 堀田

FW 11番 夏木

 

休養が十分な逢沢を先発起用し、両脇には右に宮野、左に宮水。どちらもスピードと運動量に優れた選手。ワントップには調子のいい世良を先発。ダブルボランチには椿と村越。休養を与えられた村越は、カードも心配することなくプレーできており、椿は特に三列目からの攻撃参加がより活きてくる。

 

守備陣には、右SBに復帰の石浜。石神とのローテで回る中、アピールが出来るか。左にはロングフィードで攻撃のスイッチとなっている清川。CBには杉江と黒田が先発。引き続き、キーパーは緑川。

 

ベンチメンバーにはジーノ、夏木がスタンバイ。後半途中に出場濃厚な点取り屋は、元気な姿を見せられるか。

 

「へぇ、なんか練習の時とは違うなぁ、あの二人。オーラが凄いなぁ」

 

ベンチで悶々としていた夏木だが、期待の新人二人のピッチでの真剣な表情を見て背筋が直る。

 

「—————まったく、まさか司令塔のポジション争いになるとはね。駆君が凄いのは重々承知だけどね」

 

「ビハインドの時はボランチで出すからイメージだけはしとけよ、ジーノ」

 

「—————三列目からの攻撃参加、かい? バッキーのように足は速くないけど?」

 

「なるほど。それは面白そうだ」

 

そしてジーノは自分の出番がそういうシチュエーションであるかもしれないことを監督に叩き込まれていた。

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  5番 石神 12番 鈴木  24番 住田

   26番 小林  13番 向井(CB) 27番 亀井

MF 21番 矢野 15番 赤﨑 28番 広井

4番 熊田

FW  18番 上田、 9番 堺

 

ベンチ外ではあるが、新人の一人でもある上田は、このままの調子を維持できれば新潟戦でプロデビューを果たすことになる見通し。遅れてきた4人目の選手として、三人に追いつけるか。

 

 

フリーの記者である藤澤は、一見若手主体に見えるETUではあるものの、かなりの主力を投入しているようにも思えた。

 

「二列目の逢沢、宮水、宮野に共通するのは、豊富な運動量とスピード。さらには前線の世良も同じ。最後に三列目の椿はリーグ屈指の俊足。このスピーディーな攻撃陣がどんなプレーを見せるのかは興味深いわね」

 

 

「そうですよ。近年赤﨑が台頭してきて右サイドは安泰かなぁと思いましたが、レギュラー争い再燃ですよ。宮水が右左どちらもできるのは大きいし」

 

トッカンスポーツの山井は、目まぐるしく変化するスタメンの陣容に驚いていた。開幕前、誰が宮野のブレイクを予想していたのか、世良が夏木不在の間にレギュラーを手繰り寄せると予想したか。

 

 

 

クラブカフェ浅草では、東京に進学した青葉の姉三葉とその友人たちと、瀧と親友の藤井司、高木真太らとばったり遭遇していたりする。

 

「み、三葉!?」

 

「た、瀧君!?」

 

「—————おいおい、瀧の野郎、こんな美人と知り合いなのかよ!!」

 

「—————がんばれ、瀧」

 

「—————ここの雰囲気が一気に華々しくなったぞ。」

 

友人たちは使い物にならず、瀧は左右に助けを求めるがここには誰もいない。

 

「その子なの? 三葉が言っていた年下の彼氏君っていうのは」

 

「あら可愛い。今日はお義兄さんの試合でも見に来たん? ウフフフ」

 

「もう、揶揄わんといて! そういうのはまだ早いんやから!」

 

そんなこんなで、三葉は大学に進学した際に知り合った女友達と談笑する。瀧たち男衆5人は、三葉が東京に進学して早々かなりの友人を作っていたことに驚愕する。

 

そして、なぜかマスクやら伊達メガネをしているのはあえて突っ込まない男性陣。

 

 

 

—————どうなってんだよ、どうしてお前の彼女、めっちゃ友人多いし、レベル高すぎ!

 

元々社交的な三葉に加えて、何か芸能の仕事でもしているのかと尋ねられるほどの容姿を持つ女性陣を前に、瀧と司以外の男子が騒ぐ。

 

友人たちが瀧に尋ねる。何がどうなっているのかと。

 

————お、俺も大学生活まではよく知らないんだ!! いっぱい友人が出来たってだけで

 

知らぬ存ぜぬの瀧。本当に使い物にならない彼氏である。

 

 

 

 

岐阜県下では、糸守を離れた旧町民がテレビやラジオで彼の活躍を耳にしたり、目にしているのだ。

 

 

—————本当に駆け抜けていくなぁ、あの子は

 

昔校庭で最も勢いよく飛び出していく少年が、日の丸の期待を背負う次世代のエース候補に名乗りを上げている。

 

—————おい知っているか! あいつ、俺と同じ糸守の学校だったんだぜ!

 

級友たちは、彼が糸守の住民であり、彼こそ誇りだと言い続ける。

 

—————散り散りになった町民がこうして繋がっていられるのも、あの子のおかげや

 

廃墟と化した故郷を離れ、それぞれの生活を営む彼らが、連絡を入れあい、再びつながった。

 

—————学校一番の韋駄天で、本当にすごい奴なんだよ、青葉は!

 

—————このまま活躍すると、毎回お祭りになりかねないねぇ

 

あの彗星落下からもうすぐ一年がたつ中、復興は着実に進んでおり、瓦礫の撤去は完了した。後は少しずつインフラを整備していくという状況。

 

飛騨市の市長となった宮水氏は、手堅い政策の傍ら糸守の復興も粛々と進めており、違う世界ではあるが親子が脚光を浴びる展開が追い風になっている。

 

そんな彼が、U20日本代表での活躍をひっさげ、リーグジャパン屈指の名門、浦和レッドスターとの試合に臨んでいる。

 

岐阜県下で最高の素材と言われ、神奈川で大ブレイクした男の活躍はプロでも衰え知らず。

 

彼は意識したわけではないが、岐阜県と神奈川県ではちょっとしたブームにまでなりかねない勢いでもある。

 

 

だが、浦和にも意地がある。新卒ルーキーとしてここまで2得点をマークしている鷹匠は、高校以来となる直接対決に燃えていた。

 

—————こうしてプロで再会するのはわかっていた、だが、今日こそは一矢報いるぞ、青葉!!

 

日本代表を擁するスター軍団。埼玉の名門が彼の勢いを止め、大阪ガンナーズとの直接対決に弾みをつけるのか。

 

それとも、ガンナーズと激しい首位争いを演じるETUが、無敗同士のまま直接対決に持ち込めるのか。

 

リーグの序盤の様相を占う一戦が待っていた。

 

 

『リーグジャパン第六節の中でも注目の好カード。達海マジックが光るイースト東京ユナイテッドと名門浦和レッドスターの対戦。若手起用で波に乗る浅草の赤黒軍団と、けが人が続出ながら、高卒ルーキー鷹匠の頑張りが光る埼玉の名門————注目ですね』

 

 

『特に、宮水選手と鷹匠選手、それに逢沢選手は神奈川県下でしのぎを削ったメンバーですからね。こうやってその世代が早くにプロで先発できるというのは凄いことです』

 

『U20日本代表でもみんな調子が良かったですからね。この試合は楽しみです』

 

ダイスラー監督と達海監督が開幕前の挨拶以来での対面。調子のいい若手を勢揃いさせた達海と、けが人続出の中、上手く粘っているダイスラー。

 

『調子のいい君たちをまぐれだなんて言うつもりはない。挑戦者として、挑ませてもらうよ、ミスター達海』

 

ドイツ語で話しかけたダイスラーは自分の言葉が通じているかどうかは分からないが、とりあえず自分の想いを話した。後は通訳が訳してくれるだろうと考えていたが、

 

 

『そういう相手が一番やりにくいんだよね、ミスターダイスラー。ホームでもないのにアウェーの席全部埋まっているし。ま、こっちもこっちの形で挑ませてもらうよ』

 

不意を突かれたドイツ語。しかも流暢なもので、本場のドイツ人と話しているようなきれいな発音だった。その立ち振る舞いから、だらしのない男にも見えるが、実は相当頭が切れる人物なのだということを改めて実感したダイスラー。

 

————驚いたよ、ミスター達海。まさか、英語を含めて三カ国も話せるとはね

 

 

しかしダイスラーはこのやり取りからすぐに切り替え、指揮官としての矜持を以て奮い立つ。

 

————確かにここは、我々のホームではない。しかし、我々には日本一のサポーターがいる。場所ではなく、歴史が、彼らの魂が、我々を奮い立たせるのだ。

 

 

そして、近年嫌というほど耳にする、日本一の声量、日本一の迫力ある声が響き渡る。

 

 

 

 

ドドド、ドドドン!!!

 

 

浦和レッドスターっ!!

 

 

 

 

あまりの大音量で、お腹を震わせるほどの声援がスタジアムを支配する。

 

 

 

 

ドドド、ドドドン!!!

 

 

 

浦和レッドスターっ!!

 

 

 

 

まるで地響きのような轟音と、闘志をむき出しにする、日本最大規模の12人目の戦士たちの声が、ETUホームのスタジアムを包み込む。

 

 

浦和レッドスターっ!!

 

 

 

ドドド、ドドドン!!!

 

 

 

 

 

浦和っ!!  浦和っ!!! おぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

 

本気の、名門クラブが出せる、最大規模のサポーターの声援が、プレッシャーとなって襲い掛かる。

 

 

そして、その声援は浦和の選手たちの力になる。

 

————俺たちにはこの声援がある。何より、苦しい時に詰め掛けてくれるファンたちを知っている

 

主将の越後は、日本代表の要。ありとあらゆるプレッシャー、重圧を背負い、ここまで走り続けている。しかし彼は折れない。

 

—————俺たちはお前らを弱小と言わねぇ。だからこそ、本気で勝ちに行かせてもらうぞ!!

 

 

————寄せ集めの中でも、この声援を前に、俺たちは一致団結する。それがこのチームなんだ!!

 

 

試合開始からツートップの鷹匠、多田が先頭を切ってプレッシングに来る。越後が相手の陣容を見つつ、大声で指示を出す。

 

「逆サイド狙われているぞ!! 糸居!! カバーに入れ!!」

 

 

ETUの頼みの綱である左サイドの宮水に対し、彼らはコースをまず消した。

 

————二人係でリトリートか、ずいぶん警戒されているな

 

パスコースはあるので、ワンタッチではたきながら青葉はパス&ゴーでサイドに張り続ける。相手はハイプレスでボールを奪いに来る戦術。ならば幅を獲り、ピッチを広く使うことで相手の消耗を誘うのだ。

 

しかし、ボールが落ち着かない。浦和の声援がそれをかき消すのだ。彼らが直接プレーに関与しているわけではないが、浦和の動きにキレが出始める。

 

 

ドドン、ドドドン!!!

 

 

 

 

—————押せッ!! 押せッ!!! レッドスターッ!!!

 

 

 

ドドドン、ドドドン!!

 

 

 

ETUの選手たちもやりにくさを相当感じるような状況。中々ボールを互いに前に運べない時間帯が続く。

 

 

「——————やってくれるじゃねぇか、ドイツ人」

 

達海は相手がプレッシャーを強めるのを察知し、逢沢と世良の二人係でライン際での駆け引きをさせて、ラインを下がらせようとする。が、それは上手く序盤でハマらない。

 

————僕の方をマークなのか!?

 

————お前相手に油断なんてできないからな、ルーキー!!

 

 

越後自ら前に出てきた逢沢駆のマークについたのだ。下がれば外れる分、厄介なマークの受け渡し。

 

世良の方も、しっかり中盤でケアされている。

 

 

そして、村越はその状況下で逢沢にパスを出してしまう。

 

「くっ!」

 

強烈なプレスが逢沢を襲うが、ノーファウル。パスのコースを駆と同時期に確認し、しっかりと体をコースに入れたのだ。競り合いでの接触でファウルを取らない審判。

 

「まずいっ!! 戻れっ!!!」

自分のパスが読まれていた、ここでショートカウンターに持ち込むかもしれないと村越が警戒する。何より、日本代表相手にも逢沢なら勝てるかもしれないという安直なイメージが失策だった。

 

転べば笛を吹く高校サッカーではないのだ。本物の一流、日本サッカー界のトップと対峙し、ボールを奪われてしまう駆。

 

合気道オフェンスという技を出す前に勝負を仕掛け、電光石火の勢い。

 

 

しっかりと、越後が対応した瞬間に浦和の赤き波が襲い掛かる。浦和の持ち味は可変システム。特別な戦術に対する高度な戦術理解度を誇る両サイドバックがWBと化し、一気に攻めあがってくるのだ。

 

3-4-3の超攻撃的システム。それぞれがボールウォッチャーにならず、ETU同様にしっかりサイドで幅を獲り、宮野と青葉ら両サイドの対応を難しくする。

 

—————しっかり幅を取ってきたか!!

 

————脚力で負けるなよ、そっちも!!

 

 

数的有利を軸にETUを押し込む展開の浦和。しっかりとした距離感とエゴを出さない選手たち。主力が抜け、苦しいチーム事情であることを理解した上での結束。

 

 

自分たちが、今の浦和を支えるのだと。

 

 

手負いの名門は、ETU相手に油断など欠片もしていない。そして、相手に読まれようが誰に点を取らせたいのかを明確にしている。が、それを見るや否や、中央を固める相手チームにつるべ打ちモード。

 

 

『ここでレアンドロが狙うぅぅぅ!!!! しかし!! ここで緑川ファインセーブ!! 無回転のミドルシュートが枠を捉えていました!!』

 

 

横っ飛びでボールを大きく弾いた緑川。狙いすましたレアンドロの強烈なミドルシュートを弾き、ピンチを脱するETU。

 

中央にはリーグ屈指のフィジカルを持つ外国人FWレアンドロ。あのハウアーと同等以上の実力者であり、足元の技術とストライドの長い運ぶドリブルが脅威となっている。

 

そんな怪物を前に、対するのは村越。しかし、その強烈な挨拶を前に、後手を踏み続けていた。

 

 

——————これが、全盛期を過ぎたとはいえ、欧州の第一線で活躍した男の実力かッ

 

 

さらに、ここでコーナーキックだ。強烈な印象を残すレアンドロに加え、空中戦の強さを誇る鷹匠がエリアの中に。それに続いて日本代表のキャプテンである越後も上がってくる。

 

 

—————空中戦なら走るスピードは関係ないぜ、青葉

 

 

 

越後のマークに杉江、長身のレアンドロには村越が入る。ここは青葉も自陣に戻り、守りの態勢に入るETU。今までの開幕までの試合とは違う、ヒリヒリするような緊張感が支配する。

 

 

新生ETUが直面する強豪の強さを意識せざるを得ない試合展開。リーグジャパン屈指の名門は、彼ら相手に驕りが欠片もない。

 

 

 

真剣勝負で初めて直面する名門の本気を前に、ETUはどんな戦いを演じるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




浦和の戦術はこうです。

「殴り合いに持ち込んで、泥試合に巻き込んでやる」

守れないなら、特攻覚悟で攻め切って相手を叩き潰すというかなり乱暴な戦術です。

だからこそ、3-4-3、と4-2-3-1を使い分け、前からプレスをかける序盤の奇襲。

その為、逢沢駆の合気道オフェンスを発動させる前にプレスが襲い掛かり、為すすべなく奪われる図式が完成します。



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第六十四話 真紅の名門(2)

お待たせしました。


コーナーキックの落下地点を予測し、多田のマークに入っていた青葉がヘディングで大きくクリアする。

 

『クリアボールをキープしたのは世良!! さぁ一気にスピードアップ!! 右からはものすごい勢いで宮野が上がっている!! 世良サイドを見てスルーパス!!』

 

ここで、背の低い世良が零れ球を拾い、一気にカウンター。右サイドの宮野もその攻めに反応して駆け上がる。

 

 

しかし、

 

『ここで鷹匠のスライディング!! 宮野止められる!! さぁロングボールだァァァ!!!』

 

 

フォワードであるにもかかわらず、運動量豊富なプレーで宮野が加速する前に仕留めた。青葉ほどではない。彼は、奴の劣化版。それを止めなきゃあの怪物には触れることすらできない。

 

 

「えっ!?」

 

バランスを崩し、倒れこむ宮野は驚愕する。一切の迷い泣くプレスをかける鷹匠に怯えに似た感情を抱いたが、鷹匠はすぐに立ち上がり、全速力でカウンターに参加するのだ。

 

 

この試合に臨む鷹匠の気迫は、ETUの選手たちに強烈な威圧感を与える。あのルーキーが序盤の序盤で勝負所で見せる闘志は、尋常ではない。

 

 

そんなルーキーの気迫に支えられた左サイドの武藤が駆け上がる。当然マッチアップするSB石浜だが、簡単に振り切られる。

 

——————何年ここを守ってきたと思ってんだ。ぽっと出の若手に、止められてたまるかよ!!

 

 

試合への臨み方が違う、入れ込みが違う。石浜は何もできずに突破される。武藤の高精度クロスがレアンドロに入る瞬間を見ることしかできない。

 

 

『ここで、レアンドロぉぉぉ!! ああっとこれもクロスバーの上!!』

 

 

そんな武藤のクロスにダイレクトでボレーを叩き込もうとした助っ人外国人。浦和イレブンからほとばしる闘志は、ピッチにいるレアンドロに当然のごとく流れている。

 

 

 

 

「~~~~~ッ!!!!」

 

 

 

 

そして仕留めきれなかった瞬間に激しく悔しがる。大声を上げ、咆哮するレアンドロ。ETUのゴールに向かって咆哮する彼の仁王立ちする姿は、ベンチにいる達海にも高い警戒心を与える存在となる。

 

 

———————強豪が強豪擬きのうちに、ここまでぶつかってくるのは完全に想定外だ。

 

まだ強いチームと言えない。むしろ、青葉頼みのサッカーとなっているETUにとって、浦和は辛い相手なのだ。

 

 

椿が独り立ちした?

 

 

逢沢駆が活躍している?

 

 

否、ETUはまだ全然変われていない。あの頃の達海に引っ張られて活躍する選手たちと同じだ。

 

 

青葉という絶対的エースの与える安定感が支えているのだ。

 

 

 

 

劣勢状態のまま、巻き返しが出来ていないETU。左サイドの怪物は、本来の動きが出来ていないのか、ここまで目立った活躍を見せていない。

 

 

 

『レアンドロ選手の長身が活きますね。他の選手はまずカウンター阻止のために近い選手がとりあえず潰しにかかる感じですね』

 

絶対に点を奪わせはしないという気迫が伝わる11人の浦和の赤き戦士たち。フォワードの鷹匠もハードワークを惜しまない。前線から全力で戻り、カウンターの際はレアンドロをサポートするべくスプリントを繰り返す。

 

 

 

浦和は、ベンチメンバーを含めて攻守のポリバレントを忠実に遂行していた。

 

 

 

 

だが、ついに左サイドの怪物が動き出す。

 

 

—————見事だ、さすがは日本一熱い魂を持つチームとサポーター。

 

 

サイドから青葉がビルドアップ。スラロームドリブルでヌルヌルと脇を抜けていくと、奇抜ドリブルフェイントを披露する。

 

「!? なっ!?」

 

 

ダブルタッチの加速ではなく、ツータッチ目の左足がヒールトラップ。切り返しを狙った青葉を警戒した浦和の選手だが、ここで跨ぎフェイント。その足が左足であるということが問題なのだ。

 

「うわっ!?」

 

左足のアウトでずらしながら距離をとり、左足が地面に付いた瞬間に動いていた右足で位置取りを変え、さらに加速。相手にボールを奪われないよう、背中でブロックしつつ、合気道オフェンスでチャージを受け流し、逸らす。

 

 

ここまでの相手は、衝撃を受けながら倒れこむ光景が常であった。しかし、浦和の選手たちが違う。

 

 

 

「なめてんじゃねぇぞ!! ルーキーッ!!!」

 

 

「!?」

 

完全にバランスを崩し、すぐに動けるはずはないのに彼らは無理矢理肉体を奮い立たせる。数秒の刹那のうちに後方より襲い掛かる姿はまさしく亡者そのもの。

 

 

バイオテロを題材としたパニック映画なら、間違いなく空からとびかかってくるあの系統を連想させる執念深さは、さすがの青葉にも驚きを与えた。

 

——————あまり時間をかけるとこちらが潰されるな。

 

数的不利を突破する青葉だが、それは一時的なもの。その体力と覚悟が継続するなら、時間をかければ包囲されて潰される危険がある。

 

 

だからこそ、続く二人目を切り返しで躱した瞬間、青葉はトップスピードのそのさらに先へとギアをあげる。

 

 

—————この怪物、ここでまだギアを上げるのかよ!! 逃がすかァァァ!!!

 

 

前のめりに崩れる相手選手を尻目に、その場から超加速する青葉。ここでWGとWBを切り伏せた青葉が中央を見るが、

 

 

—————駆に対してはきついな、これは

 

中央で飛び出してきた椿へとパスを送る青葉。ここで彼のスピードに賭けることを優先したのだ。青葉は自分のボールを受けた位置が低すぎることを理解していた。

 

だからこそ、別の場所で動く椿を選択し、それは最良の答えだった。

 

 

サイドを制圧されたために、青葉に視線が集中する中央で、その隙をつくかのような椿の飛び出し。ボランチを置き去りにする椿の突破がさく裂する。

 

『鮮やかなフェイントからスルーパス!! 周り見えています、宮水青葉!!』

 

『そしてここで椿だぁ!! 快足MFが中央を上がっていく!』

 

————ここで、僕が張り付かれているとき、チームを助けるには

 

世良の動きやすい位置取りに行くこと。駆はここで越後をつりながら世良の場所へと向かう。正確に言えば、世良をマークしているディフェンダーを反応させようとするためだ。

 

 

駆はここで首を振る。越後が動かない。ここで選択肢が生まれる。世良のディフェンスをつろうと考え、越後にマークされている自分が囮になればと考えていた。

 

————駆!?

 

恐らく、この場から離れれば越後はすぐにチャージをかけてくる。残りボランチもしっかり中央をケアする状況下で迷いは禁物。

 

椿は駆の意図をここで理解する。そして、下がり始めた駆とのワンツーを狙うのだ。当然越後がやってくる。

 

————ワンツーか!! ラストは世良か!

 

世良に張り付いていたディフェンダーが悟る。狙いはワンツーからの飛び出し。ターゲットは前線で駆け引きを行い続けている世良。

 

 

椿からの鋭いパスが駆に通る。しかしここで越後が体を入れる。

 

 

—————お前に今日仕事はさせない、ルーキーィィィ!!!

 

 

 

世良がしっかりケアされている局面。駆は中央の椿に戻さざるを得ない。しかしここで椿は別の景色を見ていた。

 

トンっ、

 

ダイレクトではたいた先にいるのは、背番号17。その光景を見ていた椿は、自分の試みが間違っていないことを悟る。

 

 

—————ドンピシャ、だね。青葉君

 

 

『椿からのふわりと浮かしたボールに、ダイレクトぉぉぉぉ!!!! 決めたァァァぁ! ETU先制!! 決めたのはやはりこの男!! 前半40分!! 一瞬の抜け出しから最後はキーパーの足元を抜く、技ありのダイレクトシュート!』

 

 

力強いシュートモーション。青葉は寸前まで確かにファーサイドを狙っていた。しかしその寸前で彼は優しいボールタッチで飛び出したキーパーのがら空きとなった足元を狙ったのだ。刹那の思考でゴールをもぎ取った彼は、さすが日本代表の強化試合でワントップ起用されただけはあると言える。

 

浦和の選手たちはオフサイドではないかとアピールするが、判定は覆らない。映像から見えるように、中央のやり取りを何度も見ながらスプリントする青葉が、ラインぎりぎりに到達する直前、オフサイドギリギリのタイミングで抜け出ていくのが確認された。

 

『椿選手もよく見えていましたよ!! こういう4人目の動きというのは稀です。しかし、各々がしっかりコースを決めていたのがよかったですね』

 

 

それでも、浦和も負けていない。CK、レアンドロとの競り合いを制した黒田だが、競り勝った瞬間に鷹匠のプレスを食らう。

 

「ぐっ!!」

 

たまらずエリアの外に出す黒田だが、続くロングスローでレアンドロをおとりに使われたのだ。ボールをキープしたのは司令塔の多田。今回STとトップ下と獅子奮迅の動き。

 

尚もセカンドボールを拾った多田がボランチに預け、スプリントを開始する。ワンツーから、杉江が予想するも、

 

 

————決めろっ!!

 

杉江の背後から、石浜のマークを振り切る鷹匠の姿を緑川が目にしたのだ。完全に先手を打ったポジション取り。ボランチがWBにボールを渡さずサイドを抉り、WBは近めのポジションでサポート。

 

WGが明けたパスコースを利用し、石浜が遅れてしまったスペースを見逃さない。ボランチが中に入った鷹匠めがけてスルーパスを通す。

 

—————やはり鷹匠か!!

 

杉江は彼が浦和の点取り屋であることを知っている。だからこそ、彼にボールを渡すことも。しかし、その杉江の動きに反応し、その上をいくものがいた。

 

多田だ。彼がパスをカットしたのだ。その瞬間杉江の動きが止まり、レアンドロを経由してのパスコースが出来てしまう。が、これはまだ杉江が対応可能な角度。

 

だが、ここで左WGが多田からパスを貰い、タメが作られる。彼のミドルかと思った矢先、レアンドロへのパスコースが完璧に構築されてしまった。

 

最後にレアンドロに縦パスが入り、ダイレクトヒールでフィニッシャーへとボールが渡る。

 

ラストパスに反応した鷹匠は、緑川に反応すら許さない超速シュートを叩き込み、咆哮する。

 

 

 

「見たか、ETU!!! 俺たちは、すぐに追いついてやったぞッ」

 

 

先制ゴールを決めた青葉を睨みつける鷹匠。まだまだ疲労感はない。むしろ試合に入り込んでいるためか、気分が相当高ぶっている。体の奥からエネルギーがにじみ出る彼は、相当なアドレナリンを出していた。

 

 

 

『鷹匠だァァァ!! 突き刺さったァァァ!! 浦和同点!! アディショナルタイム1分に追いつきます!! 決めたのは高卒ルーキーの鷹匠!! 今季3得点目!!』

 

最後トリックプレーで同点に追いつかれたETU。完全にレアンドロをおとりに使い、出し抜かれた失点。

 

 

「やるなルーキー!! あのダイレクトは勇気を貰ったぜ!!」

 

 

「まだ後半もあるんで、次も決めますよ、俺は!!」

 

 

俄然勢いに乗る浦和。選手個人の能力では劣るかもしれないが、主力がいない状況で一致団結する強さを手に入れたのだ。今の彼らはハードワークを惜しまない。

 

 

オォォォォォォ!!   オォォォォォォ!!!

 

 

 

ドドドン、ドドドン!!!

 

 

 

——————鷹匠!! 鷹匠!! 鷹匠!!

 

 

 

 

ドドドン、ドドドン!!!

 

 

 

「俺たちのルーキーは、日本一なんだよ!!」

 

 

「あいつの闘志は、浦和をさらにアツクするんだ!!!!!」

 

 

「舐めるなよ、ETU!!!」

 

 

 

そして止まらないルーキーコール。無敗の赤黒軍団に挑んだ名門チームのサポーターたちの声にも活力がみなぎる。

 

 

「———————ッ」

 

その光景に逢沢駆は嫉妬を覚えた。言いようのない恐怖を感じていた。そして、その光景に対し、自分への怒りが倍増する。

 

———————アウェーの地で散々慣れたつもりの自分を、殴りたくなる

 

 

アジアの、異国のピッチで、彼は活躍した。間違いなくできたのだ。なのに、浦和の迫力に呑まれていた。

 

 

「——————これが、浦和の力―—————」

 

そして椿は、興奮していた。ここが、こんなにも活気のある場所で、こんなにも熱くて楽しい試合になって、そんなゲームに自分が立っている。

 

観客席では、胸が張り裂けるのではないかと心配するほど声を出しているコールリーダーとサポーターの群勢。

 

 

目の前には、自分たちに闘志を見せる浦和イレブン。

 

 

 

——————俺たちは、そんなすごい試合にいるんだ。

 

 

頭が冴える。気持ちが昂る。椿は、無意識のうちに笑顔となっていた。

 

 

 

 

 

「—————くそっ、最後ずらされたか」

 

「気にすんな、スギ! まだ振り出しだ!! あのルーキーは俺が潰す! これ以上向こうの若造にやりたい放題は無しだ!!」

 

「俺のミスもあった。レアンドロにいい形でボールを渡さないよう、俺も中はケアをする」

 

セントラルでプレーする杉江、村越、黒田が話し込む。しかし、浦和の疲労は見るからに明らかだ。ダイスラー監督も手を打ってくるだろう。

 

 

両者譲らずといった試合展開。宮水青葉、鷹匠瑛。チームのエースとして君臨しつつある両エースがゴールを決め、緊迫の展開を見せる第六節。

 

 

「——————さすがだな、鷹匠さん。U20の勢いを持ち込んだのは、俺だけではないようだ」

 

前半の笛が鳴った後、二三言葉を交わす青葉と鷹匠。

 

「お前に追いつけなきゃ、世界で頂点とか夢のまた夢だろ? 俺は見たいんだよ、傑がいない日本代表が、カップを掲げる瞬間をな」

 

不敵な笑みを浮かべる鷹匠。青葉が世界を獲りに行く、ビッグクラブからの注目を集めていることはわかっている。ならば、その彼らとの試合で自分のチームをかなり助けることが出来れば、道は開けるかもしれない。

 

—————青葉だけを見るんじゃねぇ。俺も見ろ!

 

日本の若手はアイツだけではないのだと、知らしめるために。

 

「言ってくれるな、鷹匠さん。味方だと頼もしいが、ここでは厄介以外の何者でもないです」

 

 

 

そしてベンチの飛鳥は、そんな鷹匠を見て杉江にあることを告げる。

 

「同年代の活躍は嬉しいですけど、ここでは悔しい以外ありません。このままゴールを割られるのは御免です。なので、もうゴールを奪わせないでください」

 

「そうだな。ここでゴール前を閉じなければ、ペースを握れない。あのルーキーが一つの形になっている。後半はちゃんとケアするさ」

 

守備の為の攻撃、攻撃の為の守備。全ては切り離すことが出来ないのがサッカーだ。自分たちが浮き足立てば、ETUがぐらつく。その責任感を胸に、センターバックコンビは奮い立つ。

 

「期待しています、スギさん。」

 

エールを送る飛鳥だが、その拳は固く握りしめられていた。

 

 

———————この試合、スタートから出たかったな

 

こんなにも身を削るような修羅場、最初のピッチから楽しみたかった。だからこそ、彼は食い入るように戦況を見つめている。

 

 

 

 

新進気鋭対創設以来の名門。この第六節屈指の好カードを制するのはどちらだ。

 

 

 

後半に入る前、達海は鷹匠に対しては黒田。杉江がレアンドロを見るというマークの変更を行った。そして、村越には常にアンカー気味に下りるよう指示を出した。

 

「スギの実力を疑うわけじゃねぇけど、レアンドロはリーグでも飛びぬけたフィジカル自慢。何より奴は冷静だ。だからこそ、スギとコシの二人掛かりでケアをする」

 

「ああ。やはり奴の視野は広い。サイドへボールをすぐに散らしたり、その後のクロスをお膳立てするのは脅威だった。最後のラストパスも周囲を見ていなければとても出せるものではないな」

 

「我慢の時間帯が続くが、世良と逢沢は高めのポジションを取ってほしい。宮野と宮水はサイドに張りつつ、クロスを供給。椿がスペースを見つけたら、まずは椿にボールを預けること。戦術を変えるタイミングは俺が手でサインを送る。その時は宮野、中に絞る動きを解禁しろ。後、青葉に関してはその辺りのプレーは任せる。ただし、守備をサボるなよ?」

 

「うっす!」

 

 

「…はいッ」

 

 

「了解です」

 

 

「分かりました。けど俺が、こちらのサイドが破られるのを見過ごすと思いますか?」

 

 

「愚問だったな。あと、椿が中央突破を狙う際は、中央を開けてコースを作ってあげること。世良と逢沢は距離を取ってサポートできる位置に、もしくはパスを受けられる状態を常に意識しろ。ゴール前誰かがヒーローになれると思うから、集中しろよ、攻撃陣」

 

 

「サイドバックに関しては、あちらの運動量も落ちてきているし、宮野が中に入りだしたら、空いた外を有効に使うこと。ハマのフィジカルと突破はここで活きる。味方に遠慮するようなクロスではなく、ホームランになるのを避けつつ、シュート性のクロスをどんどん入れろ。ゴールへ向かってくるクロスは、それだけで嫌だろうしな」

 

「うっす!」

 

「丹波と堀田は、状況次第で出番があるかもしれないからアップのペースを上げろ」

 

 

夏木に関してはこの競り合う展開でまだ出すには未知数過ぎる為、今回は見送られた形となった。

 

後半も一進一退の攻防とはならず、前半のオーバーペースを抑えるプレーに徹する浦和。対するETUは、後半になって大人しくなった浦和に戸惑いを覚える。

 

—————前半のプレーは威嚇。いつ何時スイッチが入るかは私が握っている

 

ダイスラー監督は、ETUが同じようにスピードを緩めた瞬間を窺う。その時こそ、前半の動きが活かされてくる。

 

なぜ前半はあのプレースピードで止められたのか。そして後半は、温いスピードに陥ったETUが前半のそれよりもギアを入れにくい状況を作る。

 

突然の攻勢に、彼らはまたしても戸惑うだろう。そして我々はやりやすさを感じるだろう。

 

彼らがそれに応じず、前半と同様に攻撃的に来るのであれば、レアンドロと鷹匠に点を取らせるカウンター戦術で応戦するまで。

 

 

そのダイスラーの二重の罠に対し、達海は不敵な笑みを浮かべる。

 

—————どちらの戦術もリスクが孕むか。やってくれるじゃねぇか、ダイスラー

 

 

しかし、達海の采配は揺るがない。

 

————どのリスクを背負うか。俺は最終ラインと、このチームの象徴に全部を賭ける

 

 

達海の指示は攻撃的に行けという指示。つまりそれは、黒田と杉江、村越があの二人を抑え込むことを信じたということ。

 

 

—————あの野郎、舐めた指示を出しやがって!

 

 

そうはいっても、黒田は口元が崩れていた。達海は鷹匠を抑え込めると黒田に期待したからこそ、この戦術を選んだのだ。

 

杉江も村越も、全力を賭して彼らを止めると意気込む。

 

 

その采配に関し、浦和は押し込まれる展開が続く。サイドから高めの位置でチャンスメイクに徹する青葉と宮野。そしてこの状況で青葉が一つチャンスを作る。

 

村越がファウル覚悟でカウンターを阻止し、今期3枚目のイエローカードを貰うものの、直後に杉江がレアンドロに競り勝ち、黒田が鷹匠とのセカンドボール争いを制し、村越にパス。

 

『ここでルーキーに仕事をさせません、黒田! 見事な体の入れようでボールキープ!』

 

 

村越は、逢沢がするすると中央に降りてくるが、逢沢の指した方向でスプリントし始めた青葉を捉えていた。

 

 

『ロングボール一本で裏にロングパス!! そしてこれに届く宮水!! 一気にチャンス拡大のETU!!』

 

フェイントももはや関係がない。青葉と競りに来るのは最後尾を守る主将の越後。

 

————くそっ、左足だけは

 

カットインからの左足は彼の得点パターンだ。しかし、今回の彼は左サイド。左足を信頼するならば、この場合縦という選択が一番近いだろう。何よりこれまでのリーグ戦での彼を見て分かったが、彼の間合いは遠ければ遠いほど完ぺきに抜き去られている。

 

彼に見えている間合いは恐らく半円。そこで下手な動きをすれば即座に抜かれることが彼には分っていた。

 

 

トト、トン、

 

 

予想通り、左足に持ち替えた青葉を見た越後ではあったが、その直後に左足のヒールで止め、右足に預けたのだ。その瞬間に急に止まるという芸当を披露して。

 

ズレる距離間、越後自身が考えていた半円から自分が締め出される。右足に持ち替えたことで、今度はカットインの可能性も出てくる。

 

そして、体の姿勢をひねりながら青葉が仕掛ける。重心が左足へと動き、半身がゴール前に向いている。

 

トン、

 

滑りながら転がる縦へのボールを目の当たりにする越後。直後に体勢を変えた瞬間にはスプリントしている状況の青葉に縦を抜かれたのだ。

 

————な、何が—————

 

ファウルで止めようにも、もう足が届かない場所にいる青葉。言語化できない。今何が起きたのがか分からない。正確に言えるのは、自分が出し抜かれ、彼を止めないといけないことだ。

 

まるでボールを足で持っているかのような転がし方だった。その直後に全力疾走で走る青葉の姿。そのフォームは走るのに適した格好であり、警戒しながら距離を縮めていた越後が追いつくのは不可能なのだ。

 

ゴール前はキーパーが一人。中央からCBがカバーに入ってくる。そのままPA内でカットインする青葉。キーパーはニアサイドを閉めている。

 

その瞬間、青葉は妙な感覚に入り込んでいた。さらに近づいて確実に叩き込めばいい。その上を往く選択肢が突然閃いた。

 

そのひらめきが頭をよぎった瞬間、目の前の景色が変わる。景色を言語化できる。目の前の選手の次の動きが明確に分かる。しかもそれは、重心で相手の動きを判断した類ではない。

 

キーパーだけではない。カバーに入るディフェンス、大外から向かってくる味方の選手の動き、目に見える全ての動くモノの未来が分かるような感覚。

 

 

その瞬間彼は、世界を感じた。今まで見たことがなかった、閃光のような未来が一瞬だけ見えた。

 

 

 

浦和のキーパーには、青葉の強烈なシュートスピードは頭に入っている。少しでも間を開ければ確実にねじ込んでくるのと。

 

トンっ、

 

カットイン直後にキーパーがニアを閉めたのを確認した青葉の決断は迅速だった。逆サイドのサイドネットを狙った弾道の高い左足のループシュート。キーパーの手が届かない、かつニアサイドを最後まで警戒した彼の裏をかくゴールへのラストパス。

 

 

 

そして彼のイメージ通りにサイドネットは揺れ、クリアしようとするディフェンダーがそのままゴールにゴールインするという光景が再現される。

 

 

このカウンターで、浦和の最終ラインは青葉を止めることが出来なかった。

 

—————これが、16歳だと?

 

 

 

 

プレースピードと判断が早過ぎる。そしてタイミングも完璧だった。全ての情報量を処理し、ミスなく行える技術。

 

16年間で身に付ける類のスキルではない。

 

 

しかも、その不可思議な雰囲気を持つ青葉は、そのまま不変だということが恐ろしいのだ。

 

『浮かしてシュートぉぉ!? 入ったァァァ!?! 後半7分!! ETU勝ち越し!! 再び浦和を突き放します!! 技ありのループシュート!! キーパー崩れて届かず!!』

 

『なんて言うんでしょうか。彼のプレーを言語化するのは簡単ですが、実行するのは相当難しいですよ。ニアを警戒したキーパーが間合いを少し変化したという情報と、越後選手を抜いてカットインするまでの時間。その場で考えるのは困難です。コースはなくなっていたでしょう。しかし—————なんでしょうかね。未来が見えているんでしょうか? 冗談でもそんな風に思えてしまいます』

 

 

その青葉の単独突破が試合の流れを変える。ゴール前で決定的な仕事を果たすその姿は若輩ながらエースの貫禄。当然ながら青葉に対するマークはきつくなる。

 

 

しかし、これで何もできなくなる選手でないというのが彼だ。自分へのマークがきつくなるとみるや、ワンタッチプレーやデコイで相手を釣るなど、献身的なプレーに徹するようになるのだ。

 

左サイドの攻撃を警戒するあまり、逢沢から出されたラストパスに反応した宮野に対し、あまりにも脆弱な一面を見せることになった浦和。

 

 

『スルーパスに反応して、宮野ぉぉぉぉ!!! あっとクロスバー!! シュートはクロスバーを叩きゴールならず!! 浦和の左サイドを突いた逢沢の見事なスルーパス!! 宮野のシュートは惜しかったですね』

 

 

『抜け出したからトラップまで全部イメージしていましたね。準備が出来ていたんでしょう。ETUの攻撃陣は準備が良いですねぇ』

 

青葉をマークすれば他の面々へのディフェンスが緩くなり、かといって青葉をフリーにさせると単独で決められる。なおかつ、彼から状況を打開できるプレーも出来なくはない。

 

 

『ここで左サイド宮水にパス!! しかし、すでに3人に囲まれ———ルーレットからの股抜き!! サイドから一気に三人を抜き去ります!!』

 

 

サイドでボールを貰った青葉は、中に入る動きと見せかけ、トラップの段階からのマルセイユ・ルーレットで一人目を躱し、サイドをケアしていた相手選手を持ち前のスピードとまた抜きで抜いて見せたのだ。残る一人はプレーに関与できずに棒立ちという酷い有様。

 

そして、ゴール前越後が青葉を見てしまったことが致命傷だった。否、青葉を越後が見なければそのまま彼に突破されていただろう。

 

 

中央の逢沢、ニアサイドの世良でもなく———————

 

 

 

『弾道の速いロングパス!! カーブを描きながら、大外の椿、ボレーシュートぉぉぉぉ!!?  決めたァァァぁ!! 浦和相手に3点目ぇぇ!? 世良に釣りだされたディフェンスが開けた大外のスペースを見ていました、宮水青葉!! そして、ボレーで叩き込んだのは目下売り出し中の高速MF!!』

 

 

 

『新たな時代を築くか、ナンバーセブン!! 椿、大介ぇぇぇ!!!!』

 

 

 

 

『後半13分 立て続けの失点でリードを広げられる浦和!! 苦しくなってきました!』

 

『速いですねぇ、判断が。視野も広いとかそういうレベルではないですよ。ふつうは三人抜いて直後にパスなんて出せませんよ! 少し上手い選手でも世良へのラストパスが来るくらいです。ですが、あの短時間で大外を見れるのは、ちょっと変態ですね』

 

 

『いい意味で日本人離れした宮水青葉の発想、そしてそれをくると予測していた椿。どっちも凄いですね』

 

 

達海が常日頃から言っていたゴール前で準備しろという言葉。それ以上のことは言わず、敢えて選手たちに考えることだけを強要させた。

 

世良は献身的にニアサイドへ飛び出すようになり、中央には逢沢。椿はその状況次第で中央からファーサイドに流れる。宮野は今回遅れたが、青葉の突破をさらに信用すればこの輪の中に入っていただろう。

 

 

————もし、ニアサイドに相手が強烈につり出されたら、ターンで受けてもいいかも

 

ゴールの後にも世良は考える。ニアサイド一辺倒では壁にぶち当たると考えて、準備を意識する。だが、世良はスーパーゴールを決めた椿に闘志を見せる。

 

—————普段はチキンなお前が、ド派手に結果出しやがって!! 俺ももっとゴールを奪ってやるぜ!!

 

決して嫉妬しているわけではない。ただ、負けてられない。去年まで実績皆無だった男同士。簡単に引き離されたくないのだ。

 

 

 

 

ゴールを決め、もみくちゃにされた椿は確かな手ごたえを感じていた。

 

 

——————俺はまだまだうまくなれる。

 

 

スペースを見つけた自分を青葉は見てくれていた。青葉は絶対にゴール前でチームを裏切らない。

 

 

———————ボールを持っていない時の動きが、これでもかと必要だとわからせてくれる。

 

 

ドリブルの名手に、それを教えられた。椿は今、ものすごいレベルで成長している。

 

 

けどいつか、目の前で全員を引っ張る青葉のように、自分がみんなを巻き込めるような、そんなすごい選手への渇望を、椿はついに得ることとなった。

 

 

勝つしかない、自分が引っ張らなければ、ではない。椿自身が、それを望んだからだ。

 

 

 

 

ベンチでは、椿がまた一つ成長した確かな軌跡を感じ取った達海監督が静かに笑う。

 

 

——————ちゃんとわかっているじゃねぇか、椿

 

 

まるで導かれるように、決して光を浴びながら駆け抜けた過去ではなかった彼に、アドバイスを送った。

 

 

彼のメンタルを支える言葉を送ったつもりだった。

 

 

しかし、椿の成長は達海の想像をはるかに超えた速度で進行している。宮水青葉の存在に引っ張られ、本当に彼の次元と同じ場所でプレーできてしまうのではないかという確信が、彼にはある。

 

 

——————もっと、魅せろ。もっと驚かせて見せろッ!

 

 

お前はまだ、こんなものではないはずだ。シーズン終了後の彼が、待ち遠しくて仕方なかった。

 

 

 





ダイスラー「まだだ、まだ終わらんよ」


達海「ダメージやばそうだな、この試合の後・・・・」



ダイスラー「浦和の声援は、選手の体力を回復させるのだよ」

達海「!?」


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第六十五話 真紅の名門(3)

椿の豪快な追加点を見た鷹匠は、その場で立ち尽くしていた。あまりにも似ている光景、繰り返される試合展開。

 

 

 

 

それはかつて見た光景だった。鎌学リードで優位に立てていた試合展開を根本から叩き潰す宮水青葉の独壇場。あれからさらに自分を高めたにもかかわらず、彼はその先を走り続ける。

 

 

 

だからこそ、そのシナリオ通りで終われないという思いがさらに強まった。

 

 

————————お前は同世代でナンバーワンだ。けどな

 

 

下を思わず見てしまう先輩選手たちをもう一度、誰かが無理をしなきゃいけない。誰かが希望にならなきゃいけない。

 

 

他ならぬ宮水青葉という最強の好敵手が、それを常に演じているのだから。

 

 

「まだだ!! まだ終わりじゃない!!」

 

 

 

浦和はベストメンバーではない。けが人は続出し、要である日本代表のDFもピッチにはいない。はたから見れば、途中まで善戦できただけましだと声が上がるだろう。

 

 

鷹匠が続けて声高に叫ぼうとした瞬間、別の声が響く。

 

 

「ここにはいない仲間を思え!! 声援を送り続けるサポーターを見ろッ!! 俺たちはまだ負けちゃいない!! 俺たちのエンブレムは、そんな簡単なもんじゃないだろうが!!」

 

 

左サイドの武藤だ。再三ETUの右サイドを蹂躙する中堅エースがチームを鼓舞する。

 

 

「マケナイ!! マケナイィ!! カチタイ!! カツッ!!」

 

片言の日本語で、レアンドロも闘志を見せる。日常会話もまだおぼつかないしかし来日2年目の外国人助っ人は、二人の闘志を前に高ぶり続ける。

 

 

 

そこからだろう、キックオフからさらにディフェンスラインを上げ、ETUを押し込める浦和に対し、逃げ切りムードが漂う相手陣営を完全に押し込んでいるのだ。

 

 

———————俺は、越後さんの代役だ。けど、越後さんならどうした?

 

代役のディフェンスラインは勇気を振り絞り、ラインを上げ、コンパクトで俊敏な前線のハイプレッシャーを支える。最悪カード覚悟で相手エースを潰す覚悟を秘めて。

 

 

その格好の餌食が、ポジションを下げてしまっていた駆だった。

 

 

「くっ!!」

 

鷹匠からの強烈なファウル。足に行っていないとはいえ、体格差で覆すこともできない強烈な当たりが、次第に増えていく。

 

 

そして、ETU最大の弱点である右サイドと、この試合で発見することが出来た村越の背後。

 

 

「!?」

 

 

サポートに徹する村越の開けてしまったポジションに連動できていない、ETUの綻びからチャンスが生まれる。

 

 

ファウル後にパスコースを塞がれた村越が、安易に青葉へのロングボールを選択してしまった。しかも前からプレッシャーをかけられ、精度も悪いミスキック。スクリーン代わりに道を塞がれ、二人掛りで襲撃を受けた青葉は、ボールを収めることができない。

 

 

———————ほんと、やることに迷いがないっ!

 

 

そこからスリーバックの超攻撃布陣が瞬時に牙をむく。攻撃の切り札を中盤の運動量で覆い尽くされたETUは下がるしかない。

 

 

————何とかボールを奪わないと、これ以上回されたら後ろが持たない!

 

 

駆の血気の逸ったプレス。それに連動して世良も動くが、逢沢のポジショニングは最悪だった。

 

中盤という数的優位を誇る浦和に、中途半端な位置取りをしてしまったがゆえに、ツートップの背後に穴が出来た。

 

 

椿と村越がカバーしようものなら、砂上の楼閣にすら劣る右サイドの脆弱なエリアを穿つ。

 

 

石浜は、この試合でこれでもかと狙われていた。

 

 

—————畜生、畜生、畜生!!そう何度もっ!!

 

 

迂闊すぎる間合い、ゾーンディフェンスの掛け方も甘い中での冷静さを欠いたプレスは逆にピンチを誘発する。

 

 

——————間抜けすぎるんだよ、後ろは!!

 

 

前線の宮野や宮水は厄介だが、後ろはぜい弱さが目立つ。だからこそ、右サイドへの意識が集中し、半端なポジショニングを取っていた清川が狙われた。

 

 

—————えっ! さっきまでハマの所ばかりじゃッ!!

 

 

武藤の完全に死角を突いたロングフィード。青葉も武藤の蹴る瞬間に気づいたが、とても間に合う距離ではない。

 

—————なんて迂闊ッ、キヨさんでは防ぎきれない!

 

 

途中出場で入った右サイドの江坂は、やはり運動量に優れるウィンガーだ。しかも19歳。若さに任せたパワフルなプレーが目立つ存在だ。

 

『一合で躱された!! 清川を振り切ります、19歳の江坂!!』

 

 

それは青葉がよくやるステップとシザースの複合技だった。タイミングをずらし、後はシザースで威嚇し、縦のスピードで勝負する。最後のフィニッシュは青葉には遠く及ばない。しかし、プレスバッグの脆弱な清川程度では、簡単に突破できる武器だった。

 

 

そしてクロスボール。緑川のジャンプしながらのパンチングでエリア外にボールをはじき出す。しかし、

 

 

——————くっ、なんてフィジカルだ!

 

レアンドロが簡単にボールを収め、プレスバッグした村越を跳ね返してしまう。あまりの衝撃に村越は跳ね飛ばされ、続く椿もボールを奪おうとするが、簡単に横転する。

 

 

「おいおい! ボランチ二枚がそんな簡単に——————ッ」

 

青葉の声も届かない。やはりレアンドロは反則じみた存在だ。椿と村越という中盤の底を無効化された瞬間、CBが対処するしかない。だが—————

 

 

—————背後がら空きなんだよ、ハゲッ!

 

 

レアンドロの浮かせたラストパスに反応するのは、19歳の江坂。代役の代役であり、この競争の激しい浦和のチームでも、結果を残さないといけない立場の若手。

 

 

——————俺はまだ、浦和の一員でありたいんだ!!

 

 

魂を込めた右足が一閃。緑川の手に届く。強烈なシュートを前にして、緑川だけがまだ冷静だった。

 

 

——————ちゃんと見たぜ、江坂ッ!! 魂込めた一撃ッ!!

 

 

最前線で動き続ける浦和のルーキーが、緑川が晒した僅かな空白を見逃さない。

 

 

 

『緑川ファインセーブッ! 押し込んだぁァァァ!!またしても追撃! まだ諦めない! まだ終わらないっ!! 鷹匠気迫のファインゴール!!  今日2点目!! 後半17分!!』

 

 

黒田と接触しながらの零れ球を押し込む鷹匠のファインゴール。完全に黒田をフィジカルで圧倒し、最後は強烈なシュートで緑川のセーブを弾きながら、ゴールネットにねじ込む強烈な一撃。

 

 

「くっ——————」

 

 

二度の決定機に反応して見せた緑川はさすが元日本代表のGKではあったが、そのシュートを受けて手がしびれた。もはやこれは、外国人の弾丸シュートをセーブした時の感触に近い。

 

 

——————神奈川は怪物の巣窟か? 青葉や駆以外に、江ノ島以外にこんな怪物が眠っていたとは

 

 

 

浦和の追撃が止まらない。そして、中盤は完全に機能していない。少なくとも攻撃で怖さを見せられる可能性を達海は感じられなかった。

 

 

ここで選手交代。逢沢駆がジーノと交代で下がることになる。そして、中盤椿もレアンドロに対抗するために下げられる形となった。

 

 

—————フィジカル以外で、もっと勝負できる道を探さないと、ここでは戦えない。考えるんだ、もうこの試合に出られない俺が、次に活かすために

 

 

椿は自分が交代させられた意味を理解していた。レアンドロの根源的な体の強さの前で、自分の守備は意味をなしてなかった。

 

 

———————強豪同士の試合で、何も、何もできなかった——————

 

オーストラリア戦以上の屈辱を感じていた駆。真ん中で求められる攻撃の組み立てが、この試合では見る影もなかった。完全に浦和の攻撃の飲まれ、ポジショニングも下げ過ぎていた。

 

 

 

駆の代わりに入ったのはジーノ、そして椿の代わりに出てきたのは———————

 

 

「苦戦しているようだな、まあ、奴らの闘志はこちらの想像をはるかに超えているようだが」

 

 

「さすがに、スクリーンされて、ロングフィードが甘かったら俺でも収められないよ。けど、レアンドロを好きにさせたらやばい」

 

ボランチでプレーするのは飛鳥だ。飛鳥に求められるのはレアンドロを遅らせることだ。そして、宮水青葉の一撃必殺を完結させること。

 

 

 

だが、状況は好転しない。レアンドロはすぐに飛鳥を自分へのカウンターポジションと理解し、ダイレクトプレーが多くなる。なぜリーグジャパンにいるのか理解できないレベルの選手が、周りを活かす。そして、石浜と黒田、清川が完全に狙われている状況。

 

 

そこへきて、村越の運動量も落ちる悪循環。リードが無くなるのは時間の問題だった。

 

 

 

「あっ、しまっ!」

 

 

ロングボールで跳ね返し、すぐさま前線でプレッシャーを仕掛ける宮野がスピーディーなチェイシングを見せるが、逆にそのスピードを利用されて簡単に躱される。

 

「馬鹿ッ、詰め過ぎだ!!」

 

だからこそ、石浜の上りも連動できていない。サイドハーフとサイドバックの開けた広大なスペースは、中盤で絶対的な優位を見せる浦和に犯してはならないミスだった。

 

 

冷静に多田がフェイクを入れて飛鳥を躱してパスを選択。そのパスが前線の鷹匠に通ってしまう。

 

 

「あっ!」

 

トラップした瞬間を狙っていた村越が鷹匠に簡単に競り負ける。そのまま前に突っ込む鷹匠がシュートを打つかに見えた。

 

————リターンか!?

 

レアンドロとの連携。杉江にはそう見えた。だが、

 

 

『後ワンツーから大外!? 左サイド武藤が振り抜いたぁァァァ!! 浦和同点!! 後半40分、ついに追いつきます!!』

 

抜け出されたサイドハーフの武藤は完全にフリーであり、宮野と石浜の連携は崩壊したままだった。一度崩れた流れは元には戻らない。連携が至るところで崩壊しているETUは、断頭台に送られる受刑者の様だった。

 

 

達海のカードは不発に終わる。そして、崩壊してしまった守備の連動。追い打ちをかけるのは、切り札をほぼ完ぺきに封じ込められている状況か。

 

 

「うぉぉぉぉぉ!! いける!! いけるぞ!!」

 

 

「ついにおいついたぞ!! 流れは完全にこちらだ!!」

 

 

ボルテージが上がっていく浦和サポーター。2点ビハインドを跳ね返し、ついに追いついたイレブンに声援を送り続ける。その莫大な熱量は、ここがETUのホームであるかを忘却させるほどのものだった。

 

 

 

 

ドドン、ドドン!! 

 

 

 

 

レッドスターッ!!

 

 

 

オォォォォォォ!! オォォォォォォォォ!!!

 

 

 

ドドン、ドドン!!! レッドスターッ!!!

 

 

 

「行けるっ!! いけるぞ!! 攻め続けよう!!」

 

 

活力を取り戻すイレブンとサポーター。ついに試合の流れは完全に分からなくなる。宮水青葉という存在に左右されないシーソーゲームが生み出される。

 

 

——————手負いの虎ほど、より脅威となる。強豪の本気は、まだETUには早過ぎたか。

 

 

 

———————または、この序盤で知ることが出来たことこそ、僥倖なのか。

 

 

試合を冷静に分析する青葉。リーグ中盤でこんな反撃を食らっていれば、研究も進んだ後半戦で必ず負ける。そして、研究するほどの力量も示せず、連動は完全に壊れている。

 

 

 

試合観戦をしていた武蒼女子たちは、試合に夢中になっていた。

 

 

「うそうそっ、おいついちゃった!! すごい、凄すぎる!! 鷹匠君凄すぎ!!」

 

 

「やっぱりうちのルーキーが、魂のイケメン度ではナンバーワンなのよね!!」

 

 

「そんなことを言ったら、レアンドロも凄いじゃない! あれだけプレス跳ね返して!」

 

 

沸き立つ友達を尻目に、藍子は試合から目を離せない状態だった。ボール一つであそこまで走り回り、一つのプレーで一喜一憂する。自分を偽り、自分に我慢をさせている姿と比べ、己を体現できている姿がとても眩しかった。

 

——————何がそんなにみんなを駆り立てるの?

 

 

その答えはまだ見つからない。

 

 

 

 

ベンチにて戦況を見つめる駆は、ジーノの場違いなメンタリティが最後の最後に機能する瞬間を悟っていた。

 

 

——————そう、だったんだ

 

 

外から見て、駆はすぐに答えを見つけた。ジーノはこの試合でプレッシャーをそこまで感じていない。自分が活躍できるポジショニングのみを模索している。

 

 

攻撃の選手が守備に肩入れし過ぎるな。それでは牙のない虎と同じだ。駆は自ら牙を捨ててしまっていた。

 

 

 

だからこそ、こんな時だからこそ、そんな修羅場でも動じないメンタルを持つプレーヤーが、試合の流れを変えるのだ。

 

 

 

アディショナルタイムに突入した瞬間にそれは起きる。

 

 

 

「さっさと決めておくれよ、青葉」

 

 

多田のプレスを躱し、ロングフィード一本で青葉を簡単に抜け出させるジーノのラストパス。

 

 

「うわぁぁぁぁ!! とめろぉぉぉぉ!!!」

 

 

「なんでもいいからとめてぇぇぇ!!」

 

 

「やばぁぁぁぁい!!!」

 

 

悲鳴をあげる浦和サポーター。青葉に前を向かせた瞬間こそが致命傷。全力で戻る浦和の中盤だが、中々距離を詰めることができない。しかし、

 

 

これを決めれば青葉はハットトリック。そして加速した状態でドリブルで来ているという青葉に味方した状況が完成していた。

 

 

だが、反撃の為にスプリント出来る体力が宮野にはもはや残っておらず、中盤には駆も椿もいない。ジーノは青葉を信じてジョギングする始末。

 

 

状況的に見れば”5対2”という状態。そんな状況下で無理を通してきた青葉に残された時間はあまりにも少ない。

 

 

 

ETUの選手たちに勝ち越しを狙う体力や気概が薄れかかっているのが目に見える。

 

 

だからこそ、青葉が”ほぼ完全”に孤立した状態になっているのだ。

 

 

 

中央突破を仕掛ける青葉。まずは細かなタッチだけで一人目を抜く。フェイントも糞もない。純粋なタッチ数の手数でタイミングを外し、雀の涙程度のボディフェイントを見せてずらす。

 

続く二人目がカバーリングの為、青葉の侵攻ルートを完全にふさぐ。その瞬間に急停止、からのクライフターンキャンセル。

 

 

「!?」

 

ほぼ死角。完全にボールが見えない状態で予想外の動きを見せる青葉。後ろ足でインアウトを成功させ、間合いを作る。前を向いた瞬間で青葉に距離を作れば後は抜かれるだけだ。

 

 

半端なポジショニングは突破を簡単に許す。単純な瞬発力で二人目も躱す。

 

 

 

だが3人目。先ほどの二人目とは違う。最後尾を任されている代役のCBは覚悟が違う。

 

 

 

潰してでも宮水青葉を止める。カード覚悟のスライディングが襲い掛かるのだ。日本サッカーではスライディングは最後の手段と言われている。そして、代役CBにとって、青葉を止める最後の手段が容易に使われる瞬間が作られていた。

 

悪質と言わざるを得ないスライディングが直撃。空中へと逃れる青葉だが、その威力を和らげるだけ。曲がりになりにも、宮水青葉を止めることに成功する浦和。

 

 

—————これで、死ぬ気でフリーキックを守って——————ッ

 

 

残る二人が信じられないものを目にする。スライディングで青葉と交錯している選手も、青葉に躱された二人の選手も、驚愕する。

 

 

 

——————なんで!?

 

 

 

 

——————なぜだ!!

 

 

 

 

———————おま、バカ野郎ぉぉぉぉぉ!!!

 

 

 

零れ球に一番反応していたのは5対2の、最後の最後で遅れてきた若きストライカー。

 

 

 

——————まだまだ、俺たちは弱いってこと、痛感したぜ。

 

 

 

零れ球はミドルレンジからやや短い射程。アディショナルタイムは残り僅か。

 

 

———————けど、弱いから、去年と同じようには負けられねぇ!!

 

 

その小さな男は常に、ゴールを奪う、ゴールを取らせる位置に走り続ける。だからこそ、浦和と青葉の眼前で彼の背中は小さいながらも、大きく見えた。

 

 

 

浦和が犯した最後のミスは、宮水青葉以外にゴール前でスプリントし、牙をむく選手がいないという無意識の油断だった。

 

 

全身に力を入れ、その小さな体をばねのようにしならせ、グランダーの強いシュートが、浦和のゴールネットを割ったのだ。最後の最後、ゴール前を守ろうとカード覚悟で青葉を潰したCBが立ち上がり、ブロックしようと動いた足元——————

 

 

股下という、キーパーにとってのブラインド。

 

 

 

 

守護神の死角を穿った一撃は、誰よりもゴールを守りたいと願った男のわずかな隙から生まれた。

 

 

「あっ————————」

 

 

無情にもゴールラインを割る光景を見て、現実を理解する代役CB。

 

 

 

「あぁ、ッあぁ゛ぁッッあぁ゛ぁッッ!!!!」

 

 

 

思わず地面をたたき、悔し声をあげる代役CB。そして、そんな男の絶叫は大歓声と怒号でかき消される。

 

 

無情にも、彼の努力は若きエースと、その小さなヒーローを彩る一つの景色と化すのだった。

 

 

『決めたァァァァァァ!!! アディショナルタイム2分!! 宮水の突破から最後は世良!! 最後の最後、ラストチャンスをものにしましたETU!!!』

 

 

『信じていましたね、宮水君を。世良選手は最後まで宮水選手を信じて走りこみましたね。すごいことですよ、これは!』

 

 

しかし、さすがにヘロヘロなのか世良は青葉に肩を貸してもらいながらファンの前に走る。

 

 

「やってくれましたね、世良さんッ!」

 

 

満面の笑みで、青葉の激励を受ける世良。はじけたような笑みを見るのは初めてかもしれない。

 

「ははっ、お前のそんな顔を見れるなんて————まあ、走った甲斐、あったよな————」

 

 

「うおぉぉぉぉ!!世良が決めた!! また決めやがった!!」

 

 

「大舞台でしか、土壇場でしか決めないのかよ!!」

 

 

「うっせぇぇ!! 土壇場以外でも決めてるっつうの!!」

 

 

もみくちゃにされる世良。そして、ファンの大歓声に応える世良。

 

 

 

「よくやったぞ、世良ぁァァァ!!」

 

 

 

「信じてた!! 青葉の後を全力で走る時から信じてたぞ、世良ぁァァァ!!!」

 

 

 

「バカ野郎、とんでもない瞬間、タイミングで決めやがって!! 大した野郎だぜ!!」

 

 

手洗い激励はピッチだけではなく、サポーターからも同じだった。

 

 

「——————へへっ」

 

 

前髪で表情は見えないが、世良の口元は若干崩れていた。しかし、その表情は誰にも見えない。

 

 

 

そして浦和ボールのキックオフ。鷹匠がミドルレンジからシュートを狙い、緑川がキャッチした瞬間、

 

 

『ここで長い笛ぇェェ!! 試合終了!! 劇的な展開が立て続けに起こった壮絶な打ち合いは、ホームETUが制しました!! 4対3! 貴重な、貴重な勝ち点3を得る結果となりました』

 

 

『最後の世良選手のミドルレンジからのシュート。鳥肌ものですね。宮水選手とほぼ同じ状況で、単独で仕掛け切る状況もあっただけに、最後までボールへの執念を薄めませんでした。見事な嗅覚でしたよ』

 

 

『実際、こぼれ球からの決勝点ですからね。物凄い集中力です』

 

試合終了。劇的な幕切れで、強豪浦和を撃破したETU。浦和の選手たちはまさかまさかといった表情。歓喜から一転絶望に突き落とされたような現実に打ちのめされる。

 

 

代役CBはイレブンに慰められながらサポーターの挨拶に行く。泣きじゃくる若手選手の背中をポンポンと優しくたたくのは左サイドの武藤。そして、同年代の多田。

 

しかめっ面でその場を後にする19歳の江坂。浦和には打ちのめされたという感覚はなかった。勝てるはずの戦いをおとしたという後悔と悔しさに支配されていた。

 

 

「一番苦しい試合でした、間違いなく」

 

ピッチ上で正直な感情を吐露する青葉。その相手は、やや不機嫌になる。

 

「勝った奴に言われても何にも響かねぇよ。2ゴール決めたとはいえ、またお前に勝てなかった」

 

青葉と同じ結果を出したとはいえ、またしても勝てなかった。男は不機嫌さを隠そうともしない。

 

 

「———————カップ戦、後半戦、まだまだ対戦機会はある。次こそは必ず勝つ。お前のいるETUに必ず」

 

 

その背中————2ゴールを決めた鷹匠は青葉にそれだけを言い、ピッチを去っていく。

 

 

 

 

「ほんとに負けを意識したのは、久方ぶりだったからな。次はベストメンバーの浦和か」

 

あれでベストメンバーではない。そして、ETUはほぼベストメンバー。次は冗談抜きに連動が上手くいかなければ負ける。

 

 

 

開幕から出場試合で常に点を取る宮水青葉。これでもう得点ランキングでまた一位に返り咲く。直後に世良も追撃する等、ETUの若き攻撃陣は止めきれない。だが、今回の試合で露呈した劣勢時の連動の崩壊。これはいただけない。

 

だからこそ、青葉は超人的な結果を出し続けるしかない。

 

 

4試合で6ゴール4アシストとかいう、おかしなことをやらかさなければ、連敗の泥沼にすぐにでも嵌るだろう。

 

 

殴り勝つサッカーと言っても、攻撃陣が不発の場合守り切れない。

 

 

——————世良さんがいなかったら負けてたな、この試合。

 

 

 

そんな青葉の推測など知る由もない鷹匠は、泣きじゃくるCBを慰め、この試合を思う。

 

 

—————お前はそうだった。あの頃から変わらない

 

 

鷹匠は、攻撃陣が異常なほど活性化しているETUを見て苦悶の表情を見せていた。しかし、本日の試合で同点弾に同点アシスト。中々に食い下がったと言えるだろう。

 

————食い下がるだけではだめなのだ。あいつに勝ちたかった。あいつに勝利したかった。

 

しかし、その遠すぎる背中が今日の試合は見えた気がする。だが、同時に青葉の真骨頂を再認識することになる。

 

 

——————お前以外の選手が決勝点、か

 

 

彼のプレーは人を巻き込む。その勝利を目指す貪欲な姿勢が選手に火をつける。彼のプレースピードに追い付こうとする者が現れる。

 

—————ここで、お前以外の選手がヒーローになるのも、お前のいるチームらしいな

 

 

同じ流れだ。ここでも青葉は低迷するチームを立て直してしまうのだろう。彼のプレーに刺激を受けた者たちが、結果を出し、その環境でプレーしたいと思う選手が集まる。

 

————たった一度、お前と同じクラブでプレーしてみたいと思うのはダメだろうか?

 

 

恐ろしい流れだ。彼はエース特有の俺様オーラはない。デコイも進んで行い、自分が黒子役に徹することをいとわない。

 

 

彼は孤高のエースではなく、群のエースにして、絶対的エース。

 

エースオブエース。超常現象の異名をとる彼だが、それは違う。エースは勝利に値するプレーを行い、チームを勝たせる。超常現象は点を獲り続けたが、ここまで幅の広いプレーはやらなかった。

 

 

 

 

————激しい点の取り合い! 両チームのルーキー躍動!

 

 

——————止まらない怪物ルーキー宮水!! 2ゴール1アシストの大活躍!

 

————浦和の黄金ルーキー鷹匠、負けじと2ゴール1アシスト返し! 惜しくもダークホースに届かず!

 

 

—————圧巻のアシスト!! ルーレットからの股抜き!! からの高精度高速アーリークロス披露!! 

 

—————世良が決めた、若きエースストライカー勢い止まらず!! ルーキーコンビだけじゃない!!

 

 

赤黒軍団の勢い止まらない。先日行われたリーグジャパン第六節で、またもや仕事を成し遂げた“若きエース”宮水青葉(16)。この試合で見せたのは決定力だけではなく、自分へのマークが集中した場合のプレーぶりだ。

 前半の先制弾に加え、勝ち越しゴールを決めた後の献身的なプレーぶりは、オフザボールの動きに長けたクレバーさは、天才と言われた選手たちに共通しないものだった。元々他を寄せ付けないスプリント力をも誇る彼だが、それをデコイに使い、自身にボールが来なくても行えるメンタルコントロール。普通なら手を抜きたくなるような場面でも、彼はそうならない。

 

—————「ドリブルが注目されますけど、ボール持っていない時は出来ませんしね」

 

ボールを持っていない時こそ、考え時だと話す宮水選手。椿選手からのラストパスの場面も、村越選手からのラストパスも、完璧なタイミングでの抜け出しでゴールを奪ったことから、準備がとてもスムーズに行えているのだろう。

 そして彼の選手像を表す3点目のシーンこそ、この選手の魅力を散りばめたシーンと言っても過言ではないだろう。前方に広大なスペースがあったにもかかわらず、瞬間的にロングパスを選択。大外のフリーになっている椿を見つけたのだ。ゴール前を常に確認しなければできない選択だった。

 

 

 

試合の方は、同じくルーキーである鷹匠の2ゴール1アシストの活躍により、勝ち点3が零れ落ちたかけたものの、世良の勝ち越しゴールで勝利。チームも勢いに乗っている。

 

 

これで開幕6戦無敗。かつての低迷した時期からは想像もつかない快進撃ぶり。決定力ばかりが注目されるが、今後は彼の“アシスト”にも注目するべきだろう。

 

 

リーグジャパンでの尋常ではない活躍。入団したばかりの彼を取り巻く環境はめまぐるしく変化し続けている。

 

 

欧州では、この若き日本の選手を獲得するためのチキンレースが繰り広げられている。極秘裏に入手した筋では、練習中に通訳係と思われる女性と英語、オランダ語を話すシーンがあったという。英語に関してはほぼ完ぺきで、オランダ語も文法の基本から熱心に聞き返している。

 

これに歓喜したのは、オランダリーグのクラブチームであり、プレミアリーグのチームもかなり注目するようになっていた。

 

彼は恐らく、オランダリーグからプレミア入りを目指しているのではないかと。しかも、16歳の年齢でそれを考えて計画的に行動できている点も若者離れしている。

 

しかし、それに待ったをかけたのはスペインリーグの強豪————白い巨人と、国外含めた中堅のクラブチームと、直接プレミアを画策する2クラブ。

 

ビッグクラブと目されるクラブが複数注目する日本の若き新星。強化試合で見せた圧巻のプレーに続き、浦和戦で見せた今季4アシスト目は、衝撃を受けたという。

 

そのついでで注目された椿大介への熱視線もかなりのものだ。彼は宮水青葉がパスを出すかもしれないという考えのもと、大外にスプリントしたのだ。前準備が出来ている、何となく動いてボールを貰うという若年層にみられる半端なプレーではなく、明確な意図を持ってプレーできている。

 

 

市場価格はETU入団時の時点で200万ユーロを超えており、リーグジャパンでの他を寄せ付けない大活躍で、現時点で350万ユーロにまで膨れ上がっている。なお、18歳に満たない彼は、海外移籍が不可能な状況下にある。(なお、契約金の最高額は日本円で2億)

 

彼の母は既に他界しており、父親は岐阜市の市長。大学生の姉と中学生の妹がいるようだが、海外留学を考えることもないという。

 

確実に言えるのは、彼は語学に関してとても慎重な意見を持つ人物であること。今の彼の将来像はオランダからのプレミア入りだろう。まずはそこを改善する必要があるのだ。

 

彼の最終目標がプレミアからスペインに。自分たちのクラブからビッグクラブへと変えるために。

 

 

「——————日本の真珠は、我らの手に」

 

 

 

試合後、青葉は約束通り。彼女のもとを訪れていた。やはり友人と一緒に着ていたようで、彼女らも待っていてくれたようだった。

 

 

「今日は本当にありがとう。江藤さんのおかげで、栗澤さんも錯乱せず、一日が終わりそうだったしね」

 

「英語が喋れないと、ここまで貶されるのか。おじさんは悲しいぞ」

ウソ泣きで笑い始める栗澤。青葉の毒をまるで受け流す。そんなやり取りに藍子は唖然とする。

 

「あの、凄かったです。ゴールも凄かったですけど、3点目が入った時。何が起きたのか、分からなかったです」

 

素直にあの瞬間はなぜボールが一瞬であんな遠い場所に移動していたのか分からなかった。青葉はそのままスプリントしており、藍子は彼がまだボールを持っていると思っていた。

 

しかし、気づけば大外にいた椿選手が点を決めていた。スタジアムの主役の座を渡さない、魔術師のようなプレー。

 

ダイナミックな力強い走りに、そのプレー。気づけば彼ばかりを見ていた。が、彼は球離れがだんだんと速くなり、試合はそれと同時にどんどん動いていった。

 

対する青葉は、素直に「わからない」と口にした少女への認識を改める。大抵はかっこよかったとか、素敵とか、抽象的な言葉を並べてくるはずが、それがこの少女にはないのだ。

 

 

「あの3点目はイメージ通りだったかな。ゴールは全部おおよそのイメージはついていたけど、あそこまで再現度の高いプレーは、なかなかできるものではないかな」

 

自画自賛のコメントを残すが、傲慢さはかけらも感じられない。プレーを楽しんでいる、そんな印象を受けた藍子。

 

「ほんとは、ハットトリック決めたかったんだけどね。世良さんにヒーローとられちゃったよ」

 

「そんなこと——————」

 

ちゃっかり自分の願望を零す青葉。しかし、藍子にしてみれば試合が動いた時に青葉はこれでもかと目立っていたのに、と口にするが、それ以上は青葉が笑ったまま何も言わない為、こちらも何も言えなくなった。

 

 

 

「————どっちが近いのかは分からないけど、浅草と町田、八王子のプレミアチケット。一日限りだから、使う時は気を付けてね。一番都合がいい場所が分からないから、全て用意させてもらったよ」

 

差し出したチケットには、有効期限と詳細が書かれていた。

 

「本当に栗澤さんはこういう場面ではポンコツですね。若いのに、英語ペラペラな江藤さんを見習ったらどう? 青葉君のようにオランダ語を学ぶ姿勢とか、全然足りないわよ」

有里に叱責を受ける栗澤。しかし、その後のコメントに栗澤が反応する。

 

「えぇ!? 青葉君オランダ語にも手を出したのかい!? すごいな」

栗澤も初耳なのか、青葉のオランダ語の語学勉強に驚く。しかも有里からは何も聞いていなかったらしい。

 

「ええ、まあ。指揮官用に使うか、リーグで使うかは未定ですけど。手ごろなところから始めようかなと」

 

青葉も説明しない理由はなかったのだが、話すタイミングはなかったという。それを見ていた藍子は、衝撃を受けた。

 

—————この人は、16歳でもうそこまで考えているの?

 

何のために語学を学ぶのか、どこに行きたいのかを明確にしていた。自分とはやはり違ったのだ。それこそ、ドイツで頑張っている花森選手のような人物と近かった。

 

何もかも違い過ぎる。英語を褒めてくれた青葉ではあるが、自分はそんな大層な人間ではない。

 

「凄い、ですね。英語以外に学ぼうとするなんて」

嫌味に聞こえないだろうか、声のトーンが落ちてしまったことに自分を叱責する藍子。

 

「必要だと思ったから、かな。俺は何としても外に出たい。海外サッカーに挑戦し、成功するために努力は惜しまないよ。それはプレー以外の面でも同じだ」

 

もうこの時点で違う。青葉は明確な目標の為に語学を学んでいる。自分の様な卑屈な理由で語学を学んでいない。

 

故に気づかない。青葉は、無自覚にこの少女の急所をついてしまう。

 

 

 

 

 

「だって、江藤さんも英語を使って何かをするために、学んでいるんでしょ?」

 

 

 

 

「——————っ」

 

至極当然な口調で、悪意無しに語る青葉。その言葉で、藍子の視界が揺れた。揺れたのではなく、霞み始めた。

 

「—————え、江藤さん?」

突然顔を伏せ始めた彼女を見て、狼狽える青葉。

 

「—————い、いえ。宮水選手の意識の高さにちょっと、驚いちゃって————うん、大丈夫です」

 

彼に悪気がないことは百も承知している。しかし、ただ外の世界に出てみたいと思う自分と、その先で明確な目標を持つ彼の在り方に気おされてしまった。

 

「—————そ、そうなのか。けどまあ、クラブ関係者以外にここまで喋ったことはないからなぁ。現状、最終目標は夢物語に近いし————」

 

ワールドカップ制覇は、自分だけが凄くても、優勝は厳しい。クラブで絶対的エースを演じていても、栄冠を獲れていない選手が数多くいる。重要なのは選手層なのだと、青葉は感じていた。

 

「そんなことありません! 絶対叶います! 宮水選手なら!」

 

だが、そんな否定染みた言葉に、突然声を荒げる藍子。それは慰めのような言葉ではなく、そんな言葉を聞きたくなかったかのような、叱咤に近い印象だった。

 

 

彼の抱える夢を知っているわけではない。しかし、彼女は無条件に青葉の夢は叶うと信じてくれたのだ。

 

 

「あ——————」

 

だから、青葉は呆然としてしまった。そして、彼女に対する負の感情は沸いてこず、説明のつかない何かが頭を支配する。

 

「す、すいません、生意気なことを言ってしまって—————その、失礼、します————」

 

瞳が濡れていることを気づかせたくないために、藍子はこの場から離れてしまう。青葉は呆然としたままだ。

 

 

「……俺は、彼女を怒らせちゃった、のかな……けど、なにがそうさせたのかな—————ああっ、失言だった。自分の主観ばかり押し付けるのは。つい話が弾んだから——————俺のバカ―————」

 

 

「青葉君—————」

 

青年は、誰よりも意欲と向上心に溢れていた。その為のエネルギーも備えていた。だからこそ、彼女はすぐに彼に対して憧れを抱いたのだろう。

 

そんな彼の弱気な発言は、彼女の心に影響を与えた。栗澤が推測できるのはここまでだ。

 

————これは、おじさんが一肌脱ぐ必要があるな。

 

青葉の狼狽した姿など、女性相手では颯だけだった。駆から聞いた、群咲舞衣からのスキンシップに冷静な態度を乱すこともなかったという。

 

—————俺、あいつの運命の瞬間に立ち会っちゃったかなぁ

 

 

 

 

 

 




成績だけなら青葉に匹敵する結果をたたき出した鷹匠君。

代役CB君には違う形でまた登場させたいなと思います。まだモブだけど・・・


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第六十六話 超積極主義

地方クラブ最強の男が、ついに登場。


新潟の榎本は、止まっているボールに関して日本最強の実力を誇ります。


しかし彼は、プレーの中で代表クラスを超越する攻撃力を誇ります。


開幕から好調を維持するETUの次の相手は甲府。そこには、かつてドリブルにおいて日本国内で右に出る者はいないとされた、元天才ドリブラーが在籍していた。

 

「———————今度の相手、噂のルーキーはいないけど、かなり好調らしいな」

 

その男は主役不在だという彼らを知り、残念そうにつぶやく。自分のドリブルと彼のドリブル。どちらが最高にピッチを躍動させるのか。何より間近で彼を見たかったのもある。

 

「だが、これ以上ない追い風だ。奴が後半はいるだろう。奴不在のチームに負けるようでは、この先上位に食い込むことは困難だ」

 

元天才ドリブラーと同じく、落ちこぼれの烙印を押された関西出身の青年は、今のうちに勝ち点3を奪えると推察した。あの怪物のデータが序盤は揃っていない。勝負は後半戦で、データが揃ったときに対抗策は編み出せると信じていた。

 

「秀哉、真吾。やつらはそれでもうちよりは格上だ。何より、生きの良いサイドアタッカーがちらほらいるみたいだしな」

 

若武者二人を窘めるのは、元日本代表の経験を持つベテラン岩城淳治。長年代表で戦い続けてきた彼は、ブラン監督就任前から代表から遠ざかっており、達海に対して複雑な心境を浮かべている一人でもある。

 

——————まさか、俺より早く現役を退くとはな、達海

 

衝撃的だったのは、あのデビュー戦で岩城のいるチームを翻弄する活躍。あの試合後半途中までプレーし、すでに1ゴール1アシストを決める等、これからの将来が皆に期待されていた。

 

接触プレーで、達海はピッチに倒れこみ、そのまま起き上がること無く去ることになった。その光景を岩城は忘れたことがない。

 

——————怪我なんかしていなければ、この試合でマッチアップできたのかも、というのは夢見過ぎか。

 

 

達海猛なら、今頃ビッグクラブでバリバリ活躍していただろう。今の自分のように衰えを理由に日本に戻ることもあり得ない。

 

「やっぱり達海のことか? 淳治」

 

浮かない顔をしている岩城を見て、声をかける山田幸太。彼もまたい岩城と同じように元日本代表で衰えを指摘され、甲府に移籍してきた選手だ。

 

達海のプレーは知っていたし、彼からのロングフィードは何よりも優しかった。そして、自分を奮い立たせるようなパスだった。

 

——————俺たちがロートルやってて、お前が監督なんて。あの頃を知っているからこそ、未だに信じられないよなぁ。

 

「ま、お互い今は現役を少しでも伸ばそうぜ。達海だって気遣うような相手は大っ嫌いだしさ」

何より彼は負けず嫌いだった。ボードゲームで彼を打ち負かした際は、彼が勝つまで付き合わされた。その頃を思い出し、山田は微笑む。

 

「そうだな。とはいえ、“日本の未来だった”男の姿を見ると、どうしてもな」

しかし、岩城は今が悪夢の中で、現実はもっと達海が海の向こうでプレーしているんではないかと思えてしまうのだ。

 

あの達海が消えてから、日本の未来を謳われる選手が台頭し、すぐに“いなくなった”。

 

輝かしい活躍と同時に、自らを光らせ過ぎたのか。過度な注目と重責に押しつぶされ、ときには達海と同じような、達海以上の非業な運命に導かれ、その第一線からいなくなった。

 

————どうしてお前が、どうしてそんなところで。そう思える選手たちがいた。

 

その最たる例が持田だ。達海以上に怪我を重ね、日本最高峰の実力者でありながら、代表でワールドカップの舞台に立てていない。もしあいつがいればと、達海以来感じさせる選手だった。

 

前線でド派手にゴールを決める自由気ままな“竜”も、いつの間にかいなくなった。短く太く、鮮烈な輝きを放った彼は、花火のように消えた。

 

かつての輝きはそこにはなく、怪我の影響で思い通りのプレーは出来なくなっていた。カップ戦で勝ち上がった彼の所属する二部のチームで、彼がベンチ外になったことを知り、サッカーの神様の気まぐれを恨んだりもした。

 

 

 

彼らも、持田のようにもっと—————もっと——————ッ

 

泥臭くやって、人よりコンディションに気を付け、準備と体の頑丈さだけが取り柄だった自分たちだけが、生き残っている。

 

「淳さん—————」

 

「だったら、俺がなるんで心配ないっすよ。俺が日本サッカーの価値観壊してやりますよ。ガンガンドリブルで仕掛けて、自分からアクションするサッカー。ま、周りが個性出してくれないと、楽しくないし」

 

ドリブルと裏へ抜けるランニング。それをこのクラブで学んだ中島はブレない。そして、ディフェンスから一気にカウンターに乗じる興奮するような高速カウンター。

 

全員がひたむきに前を走り、ゴールを奪いに行くスタイル。田舎のクラブには曰く付きの選手や衰えたロートルの選手が在籍しがちだ。まだまだ無名の若手が活躍を狙う格好の場所でもある。

 

「シュウ……その宇宙人なのか、単純にずれているのか、単に図太過ぎるのか分からない発言はどうかと思うが、フットボーラーならそれくらいのエゴは必要なんだろうな」

 

中島は、岩城を気遣う中村とは違う。むしろ、そんなウジウジした感情全て、自分が壊してやると言い放つのだ。

 

「だからこそ、アオ君に期待しているんだよ。俺、あいつのプレースタイル好きなんだ。ガンガン仕掛けてゴールを奪うシーンが。そして、周りも活かせる。すげぇよ。同じ年齢なら絶対叶わないって、連呼してただろうなぁ」

 

だからこそ、彼に刻み付ける。自分がいないチームが、中島という存在と出会うことでどうなるかを。

 

「—————成人しても、お前は変わらないな。その姿勢は」

 

岩城にとって、サッカー小僧同然で、甥っ子のように可愛い中島がそれになることに期待もしている。だが、今の自由気ままな彼が希望となり、雑音や重責で潰される未来を恐れていたりもする。

 

 

「残酷だが、日本の未来は至る所で生まれてるぜ。良くも悪くも、もうあの頃とは違うんだ」

 

山田は、岩城の不安を知っている。長年日本代表でやってきた友人だ。だからこそ、若手がグイグイやってくれるなら、それを全力で応援するし、相手チームとして出てきたのなら、全力で相手をするだけだと決めていた。

 

——————アオ君不在とはいえ、いい若手はいっぱいいるの、知っているんだぜ、達海。

 

山田は笑う。いいチームになりつつあるETUを見てフットボーラーとして、かつての達海のファンとして、その未来を思う。

 

—————ちょっとロートルに入りつつある俺をチンチンに出来ないようじゃ、日本の未来は担えないってな

 

だからこそ、自分は世界で戦ってきた全てを常に出し続ける。そのプレーで日本の未来が生まれると信じて。

 

 

 

そして同時期、青葉は甲府のドリブラーのことを考えていた。自分は当日出席日数の関係で出ることは叶わない。しかし、中島秀哉というドリブラーは何か違うと考えていた。

 

—————映像で見る限り、この人は“日本人”ではない。

 

発想が、そのプレースタイルが日本人離れしている。それは、駆や椿にさえ感じなかった個性だった。

 

あの達海すら圧倒する積極的なプレースタイル。ボールを持てば試合の流れを一変させる存在感と、その広すぎる視野から繰り出されるロングフィード。

 

生半可な布陣では止められない。ボランチとして出た自分さえも、“彼の得意の形”が出来てしまえば、止めることは至難の業だ。

 

彼の得意な形を封じるには、中盤の運動量で負けてはならない。スペースを徹底的に消し、高い位置で前を向かせないことが必要なのだ。

 

——————監督。その人は、普通じゃない。たった一人で試合を決めてしまう男です。

 

青葉は、彼への対処法を間違えた瞬間に試合が決まってしまうと警戒心を高めていた。

 

 

 

 

 

 

さらに、ETUの監督達海も甲府の“中心人物を支える”岩城と山田のことはしっかり覚えていた。自分が掴み取れなかった未来を掴み、未だにボールを蹴り続け、若手に自分のサッカー観を伝え続けている。

 

それは、達海の夢の一つでもあった。

 

 

——————まだ現役を続けて、国内トップクラスの走力を持つ山ちゃんには脱帽だぜ。

 

ロートルなのに、スプリント回数は衰えず、海外の世界最速クラスには劣るが、その分ポジショニングに上手さが見え始め、並大抵の相手なら単独で止めてしまう個の力。

 

さすがはローマでリーグ優勝した主要メンバーであり、歴代ベストイレブンに何度も名を連ねる男だと彼は思った。

 

—————なんかもう、感慨深いな。あの頃のメンバーが今もプレーしているのは

 

自分のプレミア挑戦が終わった日。真っ先に声をかけにきた岩城。戻ってこい、絶対に戻って来いよと励まし続けた彼の言葉は忘れられない。

 

——————まだ日本代表を目指しているんだよな、二人とも。

 

もう数年は呼ばれていない。実力者でありながら、世代交代の風潮のせいで召集から遠ざかっている二人は、今の日本代表の中に足りないものを持っている。

 

 

—————だからこそ、勝つぜ。二人という高い壁を超える為に。

 

 

それは、未だに戦い続ける戦友たちへの宣誓だ。

 

 

——————去年のリーグ戦で、最も輝きを放った怪物と戦うために。

 

それは、このチームの選手たちがどこまであの怪物に食らいつけるかを試す冒険である。

 

 

この戦いを経験することで、“彼ら”という世界クラスを知る選手たちを知ることで、選手たちに何かが生まれると信じて。

 

 

 

かつての日本代表メンバーが激突する第七節。好調ETUが連勝を伸ばすのか。それとも降格圏から遠ざかりつつある甲府が、ジャイアントキリングを起こすのか。

 

4-3-3の布陣で挑む甲府に対し、ETUは4-2-3-1の布陣で宮水、逢沢がベンチ外。前節の試合の影響なのか、達海監督は切り札を温存する形となった。

 

なお、宮水と逢沢は学校である。学生なので、両立も厳しいのだ。

 

 

GK  1番 緑川

RSB22番 石浜

CB 27番 亀井

CB 26番 小林

LSB14番 丹波

CMF 6番 村越

CMF 8番 堀田

RMF15番 赤﨑

LMF21番 矢野

OMF10番 ジーノ

CFW11番 夏木

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 29番 飛鳥 16番 清川

MF  25番 宮野 7番 椿

FW 20番 世良

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  5番 石神 12番 鈴木  24番 住田

   2番 黒田 13番 向井(CB)3番 杉江

MF 28番 広井 19番 逢沢

   4番 熊田 17番 宮水

FW  18番 上田、 9番 堺

 

 

しかし、自陣で守る甲府に対し、中々攻め手に欠けるETU。宮水、逢沢といった単独で打開できる選手が不在の中、ジーノが必然的に狙われるわけだが、

 

 

「あんまり暑苦しいのは好きではないんだ」

 

ワンタッチプレーでサイド展開や、スペースに走りこむ夏木を多用するジーノ。ボールを持つ時間が極端に短いのだ。

 

そうなると受け手の走りが要求されるのだが、赤﨑が人数をかけて潰される。

 

「なっ!!」

 

後ろから挟み込まれるようにプレスを受けてボールロスト。ポジショニングよく距離を詰め、赤﨑の仕掛けを潰したうえでの封殺。

 

さすがは日本代表だった男。左サイドバックは堅牢だった。

 

—————ロートルの選手に、あっさりと—————

 

ショックを受けて立ち止まる赤﨑を見て、山田はまだまだ青いなと刹那に思う。しかし、それでは海外に通用しないのだ。

 

—————奪い返す気概がないと、海外ではやっていけないぞ

 

 

ここから一気にロングボールでカウンターを狙う甲府だが、

 

『空中戦に強い亀井がここで競り勝つ!! 外国人選手との競り合いにも負けません!!』

 

そして中盤にはバランスを考えて立ち位置を変えて動く堀田と村越。村越がまずこぼれ球を拾い、すばやく堀田へとスイッチ。

 

マークを外す動きをしたジーノを狙うのがベターだが、相手はだんだんとその攻撃に慣れ始めている。

 

—————なら、お前の爆発力に賭けるしかねぇな!

 

今期は出場機会があまりなかった矢野の飛び出し。中に絞る動きでゴール前に飛び出した矢野を狙ったボール。それに対し、甲府はあまりにも無警戒だった。

 

何しろ完全にこの試合ではそれまで消えていた選手が脅威になる。しかし堀田は矢野の動き直しをこの試合ずっと見ていたのだ。

 

『矢野が抜けてきた! トラップしてああっとこぼれたぁぁ!!』

 

しかしトラップした直後を狙われた岩城のスライディングでボールをロスト。そのままクリアボールとなり、コーナーキックに逃れる甲府。

 

—————いいパスだったが、イメージを共通できていなかったな。

 

皮肉なことに、矢野よりも岩城の方がパスコースを完璧に読み切っていた。なまじ堀田の上手さを感じていたからこそ、予測は容易だったのだ。

 

 

「すみません、堀田さん! いいパス貰ったのに」

申し訳なさそうにする矢野。決めれば今季リーグ戦初得点だったのに、と悔しがってもいた。

 

「気にするな、ここでチャンスを作ったんだ。夏木はあまりニアサイドに行かないからな。ここでお前がバシッとニアに飛び込んでいけよ」

 

「うっす!!」

 

そしてコーナーキック。キッカーはジーノ。

 

————まあ、彼だよね。普通マークするのは

 

しかし、ジーノはあえてターゲットマンの亀井を飛び越えて、大外の赤﨑を狙っていた。

 

————ちゃんとつないでよね、ザッキー

 

折り返せば中央で歪になっている甲府のディフェンスを簡単に崩せる。ジーノはいつも青葉が狙っている形を選択していた。

 

相手は完全に亀井と近くの村越にマークが集中していた。相手のゴール前のクロスを跳ね返すことに徹していた。だからこそ、正面が空いていたのだ。

 

—————ここで決めれば————ッ!!

 

 

ここで赤﨑はカットインからのシュート。しかし角度がない場所でのシュートは山田に簡単に跳ね返され、そのこぼれ球が逆に甲府のマイボールとなってしまう。

 

—————距離が甘い。ステップもゴール前で大きすぎる。

 

山田は、赤﨑のミドルを撃つタイミングを予測していた。そして、予測していたうえでちょうどいい場所にボールを跳ね返せるよう調整していたのだ。

 

 

『ここで岩城がボールを拾う! 甲府一気にカウンター!!』

 

そして、カウンター時にその時だと感じた岩城が一気にオーバーラップ。意表を突くCBの積極的な上りに、ETUは翻弄される。

 

——————CBなのに。ここから一気に!?

 

—————やばい、前線の選手がもう走ってる!!

 

ベンチでは椿がその岩城の上りに応じて連動する前線を見て焦燥を覚える。世界標準のボールを操る技術を持ち、未だに国内で名をはせるベテランCBは、ついにあの男へとボールを渡す未来を確立させる。

 

 

ゴール前にずっと張り付いていたフォワードのダニ目掛けてロングボール。堀田との競り合いに勝つダニではあったが、ボールはあらぬ方向へ。

 

————ここを獲れば、カウンター返しに!

 

矢野が走りこむが矢野がたどり着く前に甲府の選手が一気に駆け上がっていたのだ。

 

『セカンドボール拾ったのは甲府!! またしてもロングボール!!』

 

 

そしてついに逆サイドに流れた中村にボールが通ってしまったのだ。

 

中村慎吾。五輪世代であり20歳の選手。かつて若年層の時代より期待をされていた逸材の一人。彼はパスセンスに定評があり、運動量こそイマイチだが、走るサッカーで鍛えられ、プロで大きく実力を伸ばした存在。

 

大阪ガンナーズユースに入団したものの、窪田との競争に負け、甲府へ移籍した彼が、ボランチとしてETUに風穴を開ける。

 

—————見返してやる!! 宮水と逢沢を先発させなかったことを!!

 

前掛りになっていたETUをあざ笑うゴール前へのグランダーのパス。スペースに走りこんでいたのは、左サイドの中島。

 

彼もまた、かつてレンタル移籍した選手。幼少の頃から、それこそジュニア時代からドリブルに定評があったが、守備力に課題ありとされ、東京ヴィクトリーで競争に負けた選手。その後は二部クラブを転々とするなど、所属先が1年ごとに変わるような日々。

 

そしてそのまま、年月が過ぎ去り、20歳になる前には、完全に甲府の一員となっていた。

 

現在彼は22歳。五輪代表はかなり遠のいているが、それでも諦めない気持ちを抱いている。

 

 

彼は絶対にあきらめない。自分のドリブルは世界で通用すると。必ず代表に選ばれるのだと。この地方クラブで辛抱強く自分を信頼してくれた指揮官に応えるために。

 

華やかな都会とは違う、サポーターとの距離が近いこの環境で、少しくらい夢を見させてやりたいと、本気で思えるようになったクラブで、結果を出すのだと。

 

 

—————ここだよ。これだよ!! 俺が求める瞬間はここから始まるッ!

 

連続シザースからの抜け出し、からの片足ダブルタッチ。村越がマッチアップするも、角度を付けられ簡単に躱される。

 

—————こいつ!! この動きどこかで!!

 

まるで、ドリブルだけなら一瞬宮水を連想させるような存在。スピードは彼ほどではないが、完全に打ち負かされた。

 

そのまま一気にバイタルエリアに侵入する中島。ワンタッチツータッチを入れながらのマシューズフェイントで、堀田を刹那の時間で抜き去る。ボランチ2枚を瞬時に斬り伏せた彼は、複数のシュートコースを感じる。

 

「—————(足が、届かない)」

 

堀田よりも小柄で、短足で、フィジカルは皆無に等しい中島に触れることすらできない。堀田はそのあまりに異質なプレーに衝撃を受けながら、アンクルブレイクの余波で尻餅をつく。

 

『中島シュートぉぉぉぉぉ!!! 突き刺したァァァぁ!!!! 甲府先制!!! 決めたのは10番の中島!! 前半34分!! 今季5得点目!』

 

そして、ボールが潰れるような轟音と共にゴールネットを突き刺した弾丸ミドルに呆然とするのだった。

 

 

『目の覚めるような一撃でしたね。あの距離から、しっかり角度を作ってから、狙いすましたかのようなミドルシュート。さすがの緑川も対応できませんでした』

 

その後、左サイドで猛威を振るう中島をETUは止められない。何しろ、プレスが完全に機能していない。宮水青葉が相手側にいるような状態なのだから。

 

前線からのプレスが悉く躱される。矢野と赤﨑二枚掛りに対しても、珍しく守備をしたジーノをあざ笑うボールテクニック。

 

 

胸トラップからのアウトサイドのトラップで、矢野のスライディングを躱し、続くジーノのフォアチェックをマルセイユルーレットで躱しきる。アウトサイドトラップからのスプリントの状態を維持しながらの高速ルーレットに、さすがのジーノも唸る。

 

—————曲芸師の如くだね。

 

棒立ちで躱されるジーノではあるが、誰も責められない。何しろ、このフィールドにおいて中島を止められる選手は皆無なのだから。

 

—————間延びしまくってんな

 

 

中島の対角線を狙うロングフィード。3人を躱されスペースを埋めるべく前に出なければならなかったETUの思惑をあざ笑う急所を突くロングパス。ではあるが、味方選手が追いつくことが出来なかった。

 

「悪い、秀哉! 次は追いつく!」

 

 

「どんまい、どんまい! いい形作れてるし、いいゲーム作ろうぜ!」

 

 

何もかも中島の思い通り。さすがの達海も、ドリブルという武器に関しては日本代表トップクラスすら超越する中島の攻撃力に有効策を見いだせない。

 

 

—————今の日本代表に、あそこまでドリブルで仕掛ける、抜き去ることの出来る選手はいねぇ。

 

 

花森でも、単独で状況を打開できるだけの実力はない。完全にリーグジャパンにとっての反則的な存在。

 

 

甲府のやばい奴。無慈悲ハットトリック男。甲府の宇宙人

 

 

ついたあだ名はどれもインパクトに欠けるが、中島の恐ろしさを表現しているものだった。

 

 

「くそっ!!」

 

何とか食い下がろうとする赤﨑だが、もともとのテクニックが別次元。オールラウンダーでうまい赤﨑に対し、シュートセンスとドリブル全振りの中島は厳しい相手だった。

 

『あっとまた抜け出した!! そして次も躱した中島!! これで二人目!! そしてそのままクロスボール!!』

 

そのままハイライトのように石浜が一合で躱される。赤﨑は数秒粘ったというのに、彼は一瞬しか時間を作れなかった。

 

—————間合いが、入り込めない

 

目の前の中島が、絶望した表情を浮かべる石浜の前でクロスボールを上げた。

 

 

そして亀井との空中戦を制したダニがヘッドを叩き込んだのだ。完全に左サイドがストロングポイントになっている甲府が攻勢に出ていた。

 

『決まった追加点!! 甲府これで2点リード!! 前半ロスタイムにダニのヘッドで追加点!! ダニ、これで今季2点目!』

 

『今のは気持ちが入っていましたね。対するETUは、控え中心で中島の動きに戸惑っていますね』

 

『中島選手の攻撃の形は、下がった状態で前を向き、味方サポートを万全に受けられるポジショニングから始まります。ですが、彼のスタイルを阻止しようと動くと、ロングボールで一撃必殺の形を作られますからね。』

 

好調を支えていた自慢の攻撃力の象徴でもあった宮水と逢沢が抜けたとたんに自信がなくなっているかのようなETU。後手に回り、格下相手に苦しい前半終了を迎える。

 

格下甲府相手に、まさかの大苦戦。2点ビハインドの状況に陥り、戸惑いを隠せないのはETUサポーター。

—————リーグ戦全勝なんて夢物語もいいところだ。だが、今日の控え中心のメンバー?

 

 

—————遊びすぎだろ、達海の野郎!

 

 

————守備陣はいいけど、攻撃陣の手詰まり感がやばいだろ

 

持って動かすことが出来ない二列目。矢野は受け手、赤﨑は元日本代表山田に封殺され、夏木は完全にゲームから消えている。

 

王子は競り合う気がないのか、キープをするつもりがないようだ。

 

————くそっ、全試合勝てとは言わねぇ。けど、これはねぇだろ、達海!

 

コールリーダーを受け持つ羽田は、好調で大阪との全勝対決を望んでいるわけではない。そんなこともあればいいな、と期待はしていた。しかし、格下相手になめているのかと思えるほどの布陣。アウェーまで駆け付けたファンを馬鹿にしているような試合展開。

 

しかし、就任会見で達海は既存のメンバーに多くのチャンスを与えていきたいとも言っていた。選手を試す、その余裕を今この序盤で使っている。

 

 

 

ベンチ外の黒田は、浦和との試合で疲労が蓄積しており、コンディションが整わないままだった。強豪との試合で献身的に守備に回っていた杉江と共に、試合を観戦していた。

 

 

「————————————なんで控えメンバーで迎え撃ったんだよ!! これじゃ、この試合落とすぞ!!」

 

「けど達海さんの考えもわかるな。確かにうちはいいスタートを切った。けど、このまま一年を耐えることは出来ない。高卒組や高校組だって一年戦った経験がない。何より学生の本分だってある」

黒田が憤慨するような試合展開でも、杉江は冷静だった。黒田に対し、丁寧に戦術を説明したあの監督だ。意図も分かり切っていた。

 

「そ、それは—————」

 

「—————俺たちは変わったかもしれない。けど、まだ変わり切れていないレベルの問題もあったんだ」

 

 

主力不在という逆境の中、全員にチャンスがあると開幕前に宣言した達海の言葉を思い出す杉江。

 

そして、レギュラー奪取を狙う彼らの前に立ちはだかるのは、史上最高のアクティブモンスター。

 

 

———————リーグジャパン史上最高のドリブルを誇る中島秀哉。

 

 

格下と思われていた甲府の特異点の一人。そんな彼とマッチアップしている石浜は、既に心が折れているようにさえ思えた。

 

しかし、相手が強いからあきらめるようでは、レギュラーは与えられない。ここで石浜が折れずに食らいつくのか、それとも怪物の蹂躙を許すのか。

 

チャンスを与えるといった割には、厳しいものだと杉江は一人思うのだった。

 




作中で断言もされていますが、ボランチ青葉を手玉にとれる存在です。

お互いにゾーン状態で無い場合、9割の確率で中島はボランチ青葉の壁を突破します。この先も推移するでしょうが、成長しても中島の突破率は6割から下がりません。



また中島も青葉を止めることは出来ません。出来るのは時間を稼ぐかファウルのみ。


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第六十七話 暗夜行路の光明





前半が終わり、後半になってからは横パスが多くなるETU。切り込める選手が赤崎に集中し、その赤崎が精彩を欠く。矢野の飛び出しもすっかりケアされており、ピッチ上の選手は行き詰っていた。

 

 

「—————無敗だからこそ、色々試してみたけど。やっぱり回らないか」

 

最終ラインはいい動きをしている。ダニとの競り合いやコーナーキックの際にもよく動いている。ここは及第点を上げてもいい。課題があるとすれば、ビルドアップを亀井に任せきりにしている小林だろうか。

 

しかし、攻撃陣はジーノに任せきり。何とか堀田が意表を突いたロングパスで状況を打開しているが、その後が足りない。

 

攻め手が単調で、戦術が単調な相手はそれに対応しやすい。そして何より夏木はスペースのない状況で思うように動けていない。

 

 

——————いいパス貰ってもあそこまで外す選手は椿だけかと思ったが

 

ジーノからのプレゼントパスを枠外に飛ばしたときは、体が一瞬だけ熱くなった。

 

その後もチャンスを悉く決められない夏木の動きに対し、ここで夏木を下げようと思い始めた矢先、

 

矢野からの雑なロングボールを収めた夏木が、胸トラップした瞬間

 

 

『胸トラップからターンして振り抜いたぁァァァ!!! 決まったぁァァァ!!! ETU反撃の一発はこの男から!! 背番号11、今季初得点!!』

 

『決める時は派手ですからね。しかし、勇気を与えたゴールだったでしょう。後半開始早々、8分ですか』

 

「おっしゃぁぁぁぁ!!! ついにきめたぞ、うははははは!!!」

 

「ボール!! ボール!! 早く再開するぞ!」

 

「今はしゃがないでくださいよ!! まだ負けているんですよ!!」

 

「夏木のゴールは凄かったんだ!! 一瞬だけでもいいだろ!!」

 

何か足並みは揃わないピッチ内の選手たち。

 

 

その後も、チャンスは作るものの、後一歩が足りないETU。しかも中島の動きはなかなか止めるのが困難な状況。

 

———————中島が凄いのは仕方ないにしても、うちもそろそろ逆サイドで抜け出し以外のことが出来ないとな

 

矢野は先ほどからパスに参加したり、抜け出しのみ。赤崎のように仕掛ける怖さがないので、寄せられたら簡単に後ろに下げている。これ以上この動きが続くと狙われかねない。

 

 

ここで達海監督動く。左サイドを矢野からスピードのある宮野に代えたのだ。後半20分過ぎでの一枚目の行使。

 

 

「状況は分かっていると思うが、相手は左に集中するあまり、こちらは手薄だ。仕掛けられるときに仕掛けてこい」

 

 

そして宮野が入ったことで、逆サイドの弱みを徹底的につくETU。後半30分にその時が訪れる。

 

『緑川のショートパスから、堀田。今日はここで堀田がボールを落ち着かせています!』

 

ジーノが狙われるのはわかっている。その状況下でどう打開できるのか。3列目の攻撃参加が試される局面で、堀田が渋いプレーを終始行うのだ。

 

 

そして右サイドの赤崎へとロングボール。赤崎が当然仕掛けるが、枚数をかけてくる甲府。

 

—————落ち着け、赤崎。前を向けば何が出来るのか、何が出来ないのか。

 

 

—————お前は視野の広い選手で、もともと人を使うのも上手い選手だろ?

 

 

夏木がファーサイドによる。ロングボールからの競り合いで豪快なのを狙っているのだろう。そして中央付近にはジーノ。当然マークがついている。

 

————けど、こんな状況。俺が仕掛けるしか————

 

その時だった。

 

「赤崎っ!!」

 

中に絞った動きをしていた赤崎の背後からオーバーラップする丹波の姿が。それに釣られた選手が一瞬だけ丹波の方を見る。

 

————ここだっ!!

 

 

『赤崎抜いたァァァ!! ここで一人躱した!!』

 

丹波をデコイとして使った赤崎の巧妙なプレー。ここでミドルレンジが来ると警戒する甲府イレブン。ついにこの試合で初めて山田を抜いた。

 

—————山さんが抜かれた!?

 

—————すぐにプレッシャーだ。ブロックでクロスを跳ね返せ!!

 

 

 

中央、ファーサイド、目の前が塞がれている状況。赤崎の選択はある男によって広がることになる。

 

————中央にそこまで飛び込んできたら、出すしかないじゃないか

 

『中央にスルーパス!! あっと宮野だ、宮野切り返して!』

 

勢いよく飛び出してきた宮野に引っ張られるディフェンス。しかし、宮野は刹那の瞬間に急停止。つり出された選手が倒れ、カバーに入る選手が左から寄ってきた。それを目で捉えていた宮野。

 

————タイミングだ、すぐに動くといけないんだ

 

引きつけて、引きつけて—————

 

コースを塞がれるか空いているかの瀬戸際。宮野がここで切り返し。右足のヒールでボールを切り返し、左へと持ち替えたのだ。左で持つというデータがなかった相手選手は驚愕する。

 

————なっ、こいつ左も使えたのか!?

 

そのままボールを転がし、左足のシュート態勢に入った宮野。しかし、まだここで打たない宮野。

 

『フェイクを入れてまた一人躱してPA内に侵入!! 左足転がして!!』

 

そして素早いモーションでの右足の振り。ワンテンポ速く行ったクイックモーションでキーパーが反応する前を狙ったコントロールショット。しっかりと体の正面にボールを置く位置に自分を移動させた、計算し尽くされた宮野のプレー。

 

—————データにないプレー!? 彼は伸びているのか、この試合で!?

 

左足のトラップに不安を抱える宮野が、思い切った選択をとった。何より、なにがなんでもゴールを決めるという気迫を感じた岩城。

 

急には止まれない。人の体はそこまでうまく作られていない。岩城という壁ががら空きになり、宮野のシュートコースを守るのはキーパー1人。

 

『速いモーションだぁぁぁァァァ!!!! 決まったァァァ!!! ETU同点!! ついに試合を振り出しに戻しました!! 決めたのはスピードスターの宮野!! 見事な飛び出しと最後冷静な切り返し!! キーパーノーチャンスでしょう!!』

 

「——————!!!!」

 

雄叫びを上げる宮野。普段寡黙で真面目な彼が、殻を破ったかのようなゴール。左足でのコントロールという新たな武器は、宮水に追いつくための努力。入団時から取り組んでいた左足の精度が、ここにきて実を結びつつある。

 

—————片足しか使えないのは、なんかな。どっちも中途半端より、どっちも使えるほうが脅威だと俺は思うけど。

 

何気ない青葉の一言だったが、宮野には新たな未来を感じさせる天啓ともいえた。

 

「凄いの決めたな、宮野! 左足の切り返しの以降が異次元だ!」

 

村越も驚愕の宮野のコントロールショット。まさか宮野がここまで急激に伸びるとは考えていなかった。

 

一応アシスト扱いになる赤崎だが、宮野のプレーに目を奪われる。

 

「なんて奴だ。スピードで威嚇して、それを武器にしてやがる。そして決めきる力」

 

「試合は振り出しだ。あの中島を止めねぇと、また突き放されるぞ」

 

「それにしても、今のは凄かったねぇ。特等席で見たけど、あれはいいものだったよ」

 

 

この技ありシュートに対し、アウェー席も雄叫びを上げるサポーターたち。

 

「おっしゃ同点!! 宮野がまた決めた!!」

 

「一瞬だけ宮水の姿に見えちまったよ!! 特にあの飛び出しからのストップ!!」

 

「あそこ宮水なら止まらずに一気にこじ開けるだろ!! 宮野がやりやがったんだよ!!」

 

熱狂するサポーター。二連続のスーパーゴラッソで追いつくスぺクタルな展開。

 

 

————なんだこりゃあ、これが去年15位だったチームのサッカーなのか!?

 

羽田は戸惑う。どんどんと自分の知るETUではなくなっていくことに。嬉しいことなのだが、急激な変化に戸惑い、嬉しいはずなのに、どういう風にすればいいのか分からない。

 

 

しかし、中島がやり返しと言わんばかりに仕掛ける。

 

『ああっと中島の突破!! 中島仕掛けてシュートぉぉぉお!! ナイスキーパー!! 緑川抑えます!!』

 

相変わらず中盤を蹂躙する中島。インサイドレシーバーの動きを何度も繰り返し、ゴールを脅かす彼に対し、堀田と村越はシュートコースを限定させ、緑川に託すことに徹する。

 

————俺だけを楽しませるだけじゃ、実はうち、勝ててないんだよなぁ。面白くない

 

そして宮野に対し、マークを強める甲府。やはり宮野の突破が活きてくる。控え中心とは言え、善戦する甲府。何とか勝ち越しを狙おうとするETU。

 

 

しかし、中島の突破を止めきれない代償が迫る。

 

 

『中島スイッチからのリターン!! あっと堀田躱され、村越がカバーに入る!』

 

中島は中に絞る動きで、ボランチ二枚をつり出しにかかったのだ。村越が反応したのを見るや、彼はそのまま自分に釣りだされている石浜をあざ笑う左サイドへのスルーパスで、ETUの致命的な穴を大きくする。

 

石浜が気づいた時にはすでに遅かった。

 

————あっ、そんな!? そのスペースは誰も—————

 

赤崎とは一進一退の攻防を繰り広げ、先ほど1対2の状況でついに牙城を崩された山田が、やり返すように裏を走っていた。

 

—————ここにきてから、お前は成長したよ

 

独りよがりなプレーで自滅する姿から、仲間を信頼する真のエースになりつつある、背番号10の選択を、心から嬉しく思う。

 

—————嘘だろっ!? サイドバックが中に切り込んでっ!?

 

 

ETUではありえない。経験豊富な山田の機を見た仕掛け。思わぬ急所を突かれ、何よりも信じられない選手がここで動いたのだ。

 

 

ここで、中央で、誰かが空いてしまった。誰かではない。ETUというチームが彼を空けてしまったのだ。

 

 

 

それを実現させたのは、元日本代表の勝負勘がそうさせたのか。赤崎には最後まで分からなかった。

 

 

—————やっぱ、ヤマさんのここぞの攻めは、右ストレートKOに匹敵するぜ!

 

一撃必殺。山田の勝負どころを見極める仕掛けは、競り合いの中でこそ最高に輝く。零れ球を狙う気満々の中島が走りこむ。

 

試合終盤で攻守に躍動するベテラン、若手のサイドコンビの攻めを見て、岩城は思う。

 

—————お前なら、本当にやってのけるかもな。

 

ここ数年、国内の名門クラブからオファーがあっても固辞する姿勢は、プロ選手らしくはないが、頼もしさすら覚えた。

 

そんな彼の行動に影響を受け、甲府というチームは変わった。連帯感がこれまで以上に出来た気がする。

 

—————勝ち切るぞ、この試合!!

 

 

山田のクロスボール。そのクロスボールにダニが必死の形相で跳躍する。それに対応するのは小林。

 

—————このままワンパターンに左サイドに蹂躙されることだけは!!

 

しかしここで小林がダニとの競り合いを制し、ボールはゴール前中央に。村越がそのボールに反応し、クリアしようとするが

 

—————神様、ここは振り抜けってことでいいんだよなぁッ!!

 

中村だ。中村慎吾がすでにシュートモーションに入っていたのだ。試合終盤、懸命に走り回っていた若きボランチに、最高の決定機が訪れる。

 

 

ETUが空けてしまった致命的な穴に対し、アクセルを緩めることなく走りこんでいたダイナモの輝きは、この瞬間最高潮に達する。

 

 

 

 

『あっとクロスボール跳ね返った!! セカンドボールは————中村慎吾ぉぉぉぉ!!!! 決まったァァァぁァァァ!!!!』

 

 

 

 

ETUを絶望に突き落とす、後半終盤での失点。決めたのは、中村慎吾。甲府の若き心臓が、この痺れる試合展開の中で、決めて見せたのだ。

 

 

『後半40分!! 甲府ついに勝ち越し!! 上位を走るETU相手に凄まじい粘り!! 中村の一撃がさく裂しました!』

 

『綺麗に合わせましたね。寸前で中島選手がシュートから身を引いているのが驚きですよ。』

 

 

中村のシュートの刹那、中島は超反応でそのシュートを躱していたのだ。緑川も予期せぬコースからの一撃で反応が遅れ、ゴールネットを揺らされる形となった。

 

—————お前のやけくそシュートって、妙に俺の方に飛んでくるんだよなぁ。狙いは無意識だ、とか絶対に嘘だろ、シンゴ?

 

 

 

終盤での手痛い勝ち越し弾を許し、モチベーションにダメージを与えられたETU。

 

 

さらに———————

 

下がった位置でボールを貰い、瞬時に前を向く中島。リーグジャパン、世代別でありとあらゆるシチュエーションで繰り返された彼の形。

 

「——————ッ」

 

宮野がまた抜きで簡単に抜かれる。一人目。

 

 

「っ!? ばか、な……ッ」

 

 

続くフォローに入った村越を連続シザースで揺さぶりをかけ、縦に行くと見せかけてのインアウトで村越の股間を抜く。奇抜なドリブルテクニックで体が硬直し、村越は理解する間もなくアンクルブレイクし、横転。これで2人目。

 

 

さらにボールと体が離れた中島に対し、スライディングをかける堀田だが、中島はここで理解不能なプレーを選択する。

 

「っ!?」

 

伸ばしきった堀田の足にボールを当て、変則的なダブルタッチで堀田すら躱してしまうのだ。これで3人目。

 

 

そしてCBコンビの亀井と小林が迂闊に中島に距離を詰められない中、中島が二人に対してボディフェイントを仕掛けながら加速し、亀井のスライドが遅れた瞬間を見逃さない。

 

 

「そ、そんな—————」

 

—————ありえない……

 

小林と、致命的な隙を突かれた亀井の開けたスペース。CBの間を瞬間的な加速力で一気に抜き去る中島。まさかのルートに亀井がシュートコースを塞ごうと動くがもはや手遅れだ。

 

4人目、5人目。

 

 

 

——————どちらに打ってくる!? まさかループ!?

 

緑川の目の前でループシュートのキックフェイントを晒した中島ではあったが、それはフェイント。空踏みからの切り返しで、あの緑川すらバランスを崩し、横転してしまう。

 

縦、ループ、切り返し、空踏みでのタイミングのずらし。下半身を完全に崩壊させるドリブルの極致を叩きつけられたETUは、この試合。このゴールで完全に闘志を砕かれた。

 

 

それは、ピッチに立っている選手だけではない。

 

それは、応援に駆け付けたサポーターも含まれていた。

 

 

『最後はキーパーも躱して流し込んだぁぁァァァ!!! 後半44分に追加点、ダメ押しの一発! 中島2点目!! 6人抜いてのスーパーゴラッソ!!』

 

 

『甲府の宇宙人が、ETUにとどめを刺しました!! 今のドリブル見ましたか!?』

 

『本場の宇宙人に迫る勢いでしたね。これは止められませんね』

 

甲府の絶対エース中島の恐ろしさが、ETUに刻み込まれた瞬間だった。

 

 

その後、闘志を完全に砕かれたピッチ上の選手たちは目立った反撃も出来ずに終戦。

 

完全にお通夜状態であり、項垂れるミスターETU。呆然とする宮野。苦悶の表情を見せる赤崎。

 

 

そして顔面蒼白な石浜。清川が声をかけても反応すらしないほど、精神的にやられていた。

 

 

 

 

 

まさかの瞬間、まさかの展開。試合終盤での劇的な勝ち越し弾を許し、それでもと食い下がる彼らに待っていたのは、宮水青葉並の悪魔的なドリブルによる蹂躙だった。

 

 

6人すべてがアンクルブレイクされてのダメ押し。その衝撃は当人にすらまだ実感がわかないにもかかわらず、その衝撃はメンタルを確実に砕いていた。

 

 

最悪な形での完敗を喫し、リーグジャパン史上最高に積極的なドリブラーの存在を、改めて轟かせることになった。

 

 

 

『リーグ戦第七節でついに敗戦のETU!! 甲府相手に黒星を喫しました!!』

 

『経験の浅さもありましたが、甲府の攻撃の中心であり、海外移籍が噂されている中島選手相手に、どうしようもありませんでしたね。最後の最後、キーパーも躱され、守備崩壊のおまけつきは修正が大変でしょうね』

 

『甲府は凄かったですよ。本当にフィールドプレーヤーが走りに走って、大健闘と言っていいでしょう!』

 

この際のMOMは、中島秀哉。ETU相手に2ゴール1アシストの強烈な活躍が光る。守備力も甲府に来てからかなり改善されており、去年のオフに古巣東京ヴィクトリーからのオファーを断ったエピソードもあり、いよいよ海外移籍も近いのかもしれないと言われている男。

 

 

そして、果敢に中央でキーパスを演出した中村慎吾は、U20日本代表に落選した屈辱をばねに、さらに成長した姿を見せつけた。地方クラブという場所で、フィジカル面での大きな成長を遂げた彼は、いつしか日本代表へと再び目を向け始めた。

 

—————こんな俺でも、やり直せた。走るサッカーが、こんなにもきつくて、楽しいとは思わなかった。

 

走らないセンターと言われていた。ガンナーズの窪田とはライバル関係にあった。しかし、彼はこの地方クラブで逞しく成長し、追い出されるように離れたガンナーズに戻る気はなかった。

 

—————地方クラブでも、成長できる。お前にはガンナーズのレギュラー争いでは負けたが、

 

 

窪田は未だに、スタミナという課題を克服できず、運動量も豊富なほうではない。課題を克服できずにいる。

 

—————日本の中盤の座は、譲る気はねぇ!!

 

 

近日中に、甲府は強豪大阪ガンナーズとの一戦を迎えることになる。下克上を繰り広げる甲府は現在降格圏から遠い位置にある。

 

第七節での順位に変動はないが、開幕前の予想を裏切る大波乱がいくつも起きている今季のリーグジャパン。

 

全勝の大阪を除く上位チームは混戦模様。1試合で順位が入れ替わる等、予断を許さない展開。現在2位のETUではあるが、すぐ後ろには鹿島と東京ヴィクトリー、川崎、横浜が迫っている。

 

 

 

 

 

 

その試合後、石浜は一人トイレで顔をタオルで覆っていた。自分よりもフィジカルは下で、おそらく単純な走力では負けてない。なのに、触れることすらできなかった。

 

—————どうすればいいんだ

 

プレスをかけに行っても躱され、ディレイしても何もできずにパスを通される。あらゆる努力が、今までの努力を否定されたような気分だった。

 

—————どうすればいいんだよ

 

天才たちに打ち勝つためにはどうすればいい。怪物たちに勝つにはどうすればいい。

 

 

SBの中でも最もフィジカル的に優れる石浜だが、覚醒の時はまだ訪れない。今はまだ、光明が見えない。それでも、石浜は無気力になること無く練習に取り組むしかない。

 

 

アピールが必要だった試合で、自分は恐らく最低点の評価を付けられただろう。

 

 

先の見えない命題を探る暗夜行路で、もがき苦しんでいた。

 

 

「泣いてんのか、ハマ」

 

 

そこに現れたのは元日本代表の栗澤コーチ。心配していたのか、彼を探していたようだった。

 

「——————どうすりゃよかったんですか、俺ッ—————何もできませんでした」

 

脳裏には中島のドリブルと抜き去られた自分自身が刻み込まれているのだろう。ハイライトはあるものの、悔しさと無力感に苛まれている。

 

「———————間違いなく攻撃力では世界クラスだ。あの選手は一昔前の天才の一歩手前、欧州の中堅クラブでエースを張れる。そんな存在だ」

 

栗澤が一際興味を引いたフランスリーグでは、そんなサイドアタッカーが常に生まれ続けている。超人染みた力で前を向いた瞬間に自分の形を作ってしまう怪物たちの巣窟。

 

栗澤が代表で戦い、マッチアップしたのはそんな存在だった。

 

「——————ハマ。お前はどこまでうまくなりたい? 目の前の中島選手を止められる程度か?」

 

安直に中島を止めるだけの上手さを求めるつもりなら、栗澤は慰めるだけで終わっていた。栗澤はここが石浜の分岐点なのだと悟る。

 

 

「—————————」

沈黙する石浜。頭がぐちゃぐちゃになって、今まで割り切っていたものが全て出てしまっているのだろう。怪物と遭遇した人間は平静を保てない。ドラマでも、アニメでも、そして現実でも同じことだ。

 

 

「悪いが、世界には中島程度の存在はいくらでもいる。中島以上の加速力を持っている奴だったり、俊敏な動きをする奴は、この先いくらでもいるさ。サッカーを続けていくうえで、助っ人外国人もそれぐらいの動きをすることもある」

 

 

「———————だから、もう一回聞くぞ、ハマ。お前はどこを目指している?」

 

 

先人の語り掛けに対し、石浜は自らの気持ちを口にする。

 

 

「俺は、あんな思いをするのは嫌です……ッ、何もできない、何もできずに終わるのはッ」

 

椿が、宮野が、世良が。そして同期のキヨが、自分の武器を使って一歩を踏み出している。

 

 

「俺は、怪物たちに勝ちたい。俺一人、みんなが上を行く雰囲気の中で、取り残されたくないっ!!」

 

 

年若い選手の叫びを聞いたクリは、望んでいた現実がそこにあったことを喜んだ。

 

 

「そうか。その気持ちだけを確かめたかったんだ、ハマ。だからこそ、俺も全力でお前を鍛えることができる」

 

 

栗澤は世界と戦う中で一つの結論を出していた。今より上のレベル、格上との戦いで求められることは何なのか。

 

 

「俺が編み出した、というより、世界と戦って嫌でもわかったこと。まず、ハマに一つだけ約束してほしいことがあるんだ。この守備理論は、それがなければ成立しない」

 

 

真剣な表情で、栗澤はその極意の基本を口にする。

 

 

 

 

「臆するな、ただそれだけだ」

 

 

 

 

「クリさん———————?」

まだその意味を知らないのだろう。石浜が求めている先にあるものが何なのか、彼はまだ理解していない。そして栗澤はチームの中で、それを実現できるSBが、向井と石浜以外にいないと悟っていた。

 

 

 

「相手がどれだけ強い選手でも、上手い選手でも、勇気を持て。俺がこれから教えるのは、その気持ちが一番要求されるからな」

 

 

 

暗夜行路の迷い人に、一つの光明が照らされた。

 

 

「明日から特訓だ。お前を一人前の戦士にしてやるよ」

 

 

 





青葉では描写できないエピソードでした。

なまじ殴り合えるからこそ、現段階で中島は青葉の贄にはなりません。


この作品の、このエピソード以降の石浜が必要だった。

今回の戦いはそれが理由です。


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第六十八話 呪縛

山形戦はハイライトですが、続く新潟戦、大阪戦はしっかり描写します。


ダークホース、優勝候補、大穴の大躍進。そして、優勝候補だった者たちのあがき。

 

混沌とするリーグジャパンにおいて明確だったのは大阪ガンナーズだった。

 

 

 

 

続く第八節。首位大阪は下位に沈む磐田を危なげなく撃破。首位をがっちりキープする。

 

 

2位ETUに価値ある勝ち点3を奪った甲府は、鹿島と対戦。中島の得点に絡む能力がいかんなく発揮し、中村とダニのゴールを演出。自身もゴールを決める等、強豪にして名門、オリジナル10の一角でもあった強豪クラブに競り勝つ大金星を挙げる。

 

この試合で今季8得点目を含む2ゴールを奪い、得点ランキングトップタイに躍り出た中島。夏での引き抜きもうわさされているが、国内のクラブには一切興味がないようだ。

 

 

——————地方の星、甲府が大金星!! 名門鹿島を破る!

 

 

—————全得点に絡む大活躍!! 中島1ゴール1アシスト&1起点!!

 

 

—————宮水最大のライバルが、得点王争いで一歩リード!!

 

 

変幻自在、甲府の宇宙人の勢いが止まらない。第七節、好調ETU相手に勝ち点3をもぎ取った甲府は、背番号10が躍動した。かつては守備の穴とさえ言われていた魔術師が、攻守で存在感を見せ、逞しい姿を見せている。

 東京V時代はその技術と切れ込むスタイルでファンを魅了して止まない「ボールを持った瞬間輝く」選手でもあった。しかしプロの壁にぶつかり、志半ばで甲府へとレンタルされることになる。

 以降、走るサッカーを志向する甲府でフィジカルを徹底的に鍛えられた彼は、スプリント回数も豊富で、試合終盤でも運動量が落ちないスタミナ自慢へと成長した。

 そのフィジカルの強化はスタミナだけではない。簡単に弾かれていた競り合いの弱さも克服しつつある彼は、ファウルを貰う回数が飛躍的に増えている。

 そのフィジカルの強化の最大の恩恵を受けているのは技術とパワーが合わさったミドルレンジからのシュート精度だ。彼の今期の8ゴールのうち、カットインやミドルレンジからのシュートは何と4ゴール。半分を占めているのだ。

 トップスピードに乗った状態でもコントロールが乱れない、なおかつ馬力を得た彼は、さながら小さな巨人と言える。

 強豪鹿島を撃破した彼らの次なる相手は、首位大阪G。果たして、首位をひた走るチームを相手に、中島は輝きを見せることが出来るのか。

 

 

そして、3位川崎は浦和と激突し、ルーキー鷹匠のゴールを含めた浦和の勢いに負け、競り負けたのだ。今期これで4得点目をたたき出した鷹匠は、浦和の絶対的エースとしての階段を上り始める。しかもこの試合の彼はアシストも記録しており、いよいよ適応が本格化し始めたと専門家たちをうならせる。

 

 

清水は調子を落としている名古屋と対戦するも、ブラジル人トリオが復調した攻撃陣に屈する。ペペがこの試合ハットトリックを達成するなど、名古屋が4発快勝。一方の清水は累積警告が溜まり、次節で主力の出場停止が相次いだ。

 

 

そしてついに広島が今シーズン初白星を神戸相手に達成。自慢の鉄壁守備陣とカウンター攻撃が冴え渡り、神戸を完封。

 

その他の試合でも動きがあり、順位の変動がみられるリーグジャパン。

 

 

 

一方、スタメンに復帰した宮水は、山形を蹂躙。先制点の場面では世良の今季5ゴール目をお膳立て。

 

その後、すっかり定例行事となった右サイドでの三人抜きからのキラーパスで、宮野が折り返し、そのボールに反応した世良がシュート。最後零れ球を逢沢が決めて2点目。

 

序盤で山形の牙を削ぎ落す邪悪ぶりを披露し、後半立ち上がりにカットインからの左足で一閃。

 

キーパーノーチャンスのミドルショットを叩き込み、山形が僅かに持ち得ていた勝機を完全に奪い去る極悪ぶりを披露する。

 

—————届かない!? 来るとわかっているのに!!

 

 

————分かっているのに、止められないっ!!

 

山形の選手たちは青葉のカットインに対し、あまりにも無力だった。彼には左足だけではなく右足もある。迂闊に飛び込めば躱され、縦と横の両方でもゴールを奪い取れる彼に、個人の力で対抗できる選手がいないのだ。

 

つまり、このゴール前で青葉に「どちらの方法でゴールを奪われるのか」を選ぶだけの時間となっていた。

 

その絶望はサポーターに波及しているのか。完全に沈黙する山形サポーター。中には声を絞り出す者もいたが、その声はどこか弱弱しい。

 

 

 

—————荒木さんほどの技術はないけど、選手全てが荒木さん以上のフィジカルを持っているな

 

 

青葉の目から見て、荒木竜一に匹敵する技術の高さを感じられる選手がいなかった。プロとは一体と考えるように

なったのだが、2ゴール目を上げた瞬間に交代させられることになる。

 

それでも、荒木が未だにプロに声がかからない理由は、そのフィジカル能力が大きく起因するのだろうと感じる。

 

 

—————達海さんは次戦を見据えて俺を下げたのかな

 

 

「ナイスゴール、次節はもっと頼むぜ」

 

「はい」

 

次節の新潟戦後はついに首位大阪との大一番。ここで山形との試合で消耗をさせるわけにはいかないということなのだろう。

 

代わって入った赤崎は、終始仕掛けを見せていたが直接の得点には結びつかず、赤崎が起点になったカウンターのカウンター返しの際に宮野が敵陣を突破。

 

その際、インターセプトした椿からのラストパスに反応した彼は、そのままゴールを叩き込み、今期4ゴール目を手繰り寄せる。

 

圧倒的な攻勢を仕掛けているETUとそれを許す山形。その山形は最後までETUゴールを割ることが出来ず、4対0の完敗を喫することになり、11位に順位を落とすことになった。

 

山形の監督である佐倉は、そのあまりの攻撃力に驚きを隠せなかった。

 

————最悪失点は覚悟していたけど、こうも一方的になるなんて

 

宮水相手の失点は仕方ない。問題はずるずると引き摺ってしまうことだ。だが彼はこちらの思惑を超えている。

 

チーム一のディフェンス力を誇るメンデスが彼に簡単に振り切られるなど、若くして限りのない才能の持ち主であることは試合中に思い知らされた。そして天才選手特有のプレーの軽さがいい意味でなく、ディフェンスでは長年サイドバックをしてきたかのような貫禄すらあった。

 

他にも、椿、宮野、世良といった若い選手のスピードに圧倒された感がある山形。次節ではゴールをこじ開けられそうな予感がいくつかあったが、あの攻撃力を止めるのは至難の業だと再認識した。

 

————けど、そういう強いチームを倒してこそ、一部にいられる。次は負けませんよ、達海監督

 

かつて、自分のサッカー熱を呼び起こしたスーパースターに率いられる赤黒軍団に特別な感情を抱きつつ、スタジアムを後にするのだった。

 

 

 

 

 

そしてこの第八節の結果により、得点ランキングもめまぐるしく変化する。

 

 

1位 宮水青葉 (ETU) 8得点

1位 中島秀哉 (甲府)  8得点

1位 ペペ   (名古屋) 8得点

4位 逢沢   (ETU) 6得点

5位 持田   (東京V) 5得点

5位 世良   (ETU) 5得点

7位 レアンドロ(浦和)  4得点

 

 

得点ランキングは若手ひしめく大混戦。トップを走るのは、ゴールデンルーキーの一角宮水。代表戦などで離脱し、ここまで第八節を消化して5試合に先発出場しての8得点。驚異の決定力は日本代表監督ブランの目にどう映るのか。

 その宮水と鍔迫り合いをするのが、甲府に一昨年完全移籍を果たした22歳の中島。バルサの絶対的エースを彷彿とさせる俊敏なプレーと、甲府で鍛え上げられた走力を武器に、昨年から甲府の攻撃力の要となる。ここまでトップの宮水と同様、アシストも複数決める等、器用さも持ち合わせている。

 その中島と同等のゴールを奪い取ったのは、名古屋の新外国人ペペ。即戦力ストライカーの呼び声に偽りはなく、守備免除という特別待遇の中でこのゴール数を決めている。特に、ゴール前での迫力はリーグ屈指だろう。

 

 

 

 

そんな新風吹き荒れるリーグジャパンの序盤戦。予想を大いに覆すETUの活躍に、とある一家が開幕から昔馴染みの知人たちを集めようと奔走していた。

 

 

「何と言っても宮水選手や逢沢選手だけじゃないんだよ!! 椿と宮野がいいところで活躍するんだよ!!」

 

田沼幸太はETUのジュニアユースに所属するアカデミー生である。ゆえに、最初は不審者と思っていた達海が監督であることをいち早く知ったり、練習で見る青葉の真剣な表情と、いい刺激を貰っている他のメンバーの様子も知っている。

 

「けど、やっぱり宮水だろ? なんかいるといないとじゃ、安心感が違うし」

 

「スタメンを見て、勝ったな、と思える選手ほどじゃないしなぁ」

 

「勝ち負けがそんな簡単に決まって何が面白いんだよ!! ワクワクしなきゃフットボールじゃないよ!!」

 

しかし、他のライト層は宮水にボールを預ければ勝てるとまで言う始末。幸太は11人そろってこそのサッカーだと説くが、なかなか受け入れてもらえない。みんなはもう代表への秒読みが始まっている彼ら二人にしか目が行っていない。

 

 

—————守備陣だって、前よりも前に出てボールを捕まえるシーンも増えたし、

 

変貌しつつあるETUのサッカー。幸太はそれを知っているが上手く言語化できない。

 

 

その父親である田沼吾郎は、少しずつではあるが馴染みの友人たちをかき集め、小さな応援団を作るに至っているが、まだまだスカルズに比べれば規模は小さい。

 

牧歌的な雰囲気だった昔とは違う。今は若者の勢いと時代背景がある。それに取り残された彼らはなかなか彼らと打ち解けずにいた。

 

地方の雄として期待をされている山形相手に4対0の完勝。

 

それだけではない。磐田、広島、浦和、横浜、清水、そして名古屋。これらの強豪チーム相手に完勝と言って差し支えない結果を見せてしまった。

 

 

青葉が出場すれば勝てる。青葉にボールを回せ。

 

 

サポーターとしてスカルズのメンバーに属する者、もしくは彼らの組に入る者たちは、他のメンバーの変化と成長を知っている。苦しい時もつらい時もともに歩いてきた者たちだからこそ、ETUが躍進する理由を知っている。

 

 

しかし、ライト層は違う。新監督達海。さらに宮水、逢沢の選手権制覇を成し遂げた中心選手の入団。それにすべてが向いてしまっている。

 

これでもし大阪ガンナーズさえ倒してしまえば、歪な形でのブームが起きるかもしれない。

 

————何か違う。モヤモヤする

 

 

 

そしてその幸太少年が抱く不明瞭な感情を、リーダーの羽田は強く感じていた。

 

 

—————勝てるようになったのはいい。だが、最近またライトなサポーターが好き勝手し始めた

 

 

少しのミスで選手を罵倒する輩。勝ち馬に乗りたいだけの層。後者はまだ許せる。少しずつサポーターに今後もなってくれるなら。

 

問題なのは、騒ぎたいだけの集団だ。選手を心から応援している人間があの中に何人いるのかと。それが彼には分からない。溝が出来ているのは承知しているが、彼らの言動や行動は、あまりにも目に付くモノだった。

 

————確かに称賛されるべきだ。宮水選手らが活躍するのは

 

控えメンバーを積極的に起用し、それでいて勝つという結果を出している。達海監督は優秀な監督なのだろう。しかし、彼がチームをかつて裏切り、出て行った経緯だけは許せない。

 

 

だが、そんなかつての達海と宮水青葉は重なるような気がした。中心選手になりかけている彼が、唯一苦言を呈したコメントが忘れられない。

 

 

——————達海監督と、昔のETUで何があったかはよく知っています。僕も、ETUのファンでしたから。だから、気持ちは凄い分かります。

 

 

それは、彼が初めてETUを訪れた時にも見せた表情だった。

 

 

——————それでも監督は今、ETUで僕らと一緒に勝利を目指しています。だから、今頑張っている監督のことをちゃんと見てください

 

 

達海猛の過去に対する報道、週刊誌。そしてネットやスタジアムの空気。その全てに向けた抗議に最初は見えた。

 

 

しかし、サポーターの中で羽田を見つめた青葉の瞳に、怒りの感情はなかった。彼は記者たちやゴシップ記事を書くものなど眼中になかったとすぐに分かった。

 

 

青葉は彼らだけを見ていた。彼らに対してだけ、メッセージを伝えていたのだ。

 

 

 

彼の瞳にあったのは——————————

 

 

 

 

 

 

 

山形との試合後。青葉がいたら勝てて当然みたいな声が聞こえた。そのコメントに対し、諫めてくれるサポーターはいてくれた。しかし、そのサポーターに達海監督は恨まれている。

 

 

苦しいチーム事情の中、海外に去った彼を裏切り者と糾弾する感情も理解できなくはない。あのタイミングは当初、自分でも戸惑いを感じた。

 

 

——————だけど、俺は知っている

 

 

彼はその勘の鋭さで知ってしまった。そんな手遅れな状態のチームを応援して、今まで応援してくれたサポーターがいたからこそ、ETUがあることを理解している。そんな彼らだからこそ、達海を批判するのは悲しいし、達海を恨むのも理解できてしまう。

 

 

しかし、この事実は言えない。言えばきっと良くないことが起きる。あの時以上に良くないことが起きると青葉は予感していた。

 

 

 

だからこそ、彼らの存在を理解したいのに、二の足を踏んでいる自分がいた。

 

 

 

——————青葉がいれば勝てる。なんで赤崎を使っているんだ?

 

 

——————青葉一人に負担をかける気かよ。長丁場でのチームの総合力がリーグ優勝を手繰り寄せるんだよ!

 

 

 

———————ボランチやらせろよ。青葉がいれば後ろは安定するし

 

 

—————それを決めるのは監督だろ。新入りがいきなり采配にケチをつけるな!

 

 

——————青葉4人いれば勝てるくない? 分裂しないかなぁ

 

 

—————凄い、宮水選手凄いし、みんな凄く前を向いてる! 最前線の世良選手、ファンになっちゃおうかな!

 

 

————椿選手の突撃は、なんか凄い応援したくなるよなぁ!

 

 

————石神の動き良くない? よくない?

 

 

混沌だった。求めている声もあったし、求めているものとは違う声もあった。

 

 

 

—————頑張れ、椿君! 今の君は最高に輝いているよ!

 

 

——————ちょ、え、えぇ!? えっ、ちょっ、まっ!

 

 

——————バッキー顔真っ赤だねぇ!

 

 

見知った顔の、認識するのが恥ずかしくなるような光景もそこにあった。

 

 

 

 

——————けど、補強が上手くいったからだろ。それか、選手が頑張っているからチームは勝っているんだ。

 

 

————采配で勝った試合だってありますよ。一人で勝てるほどサッカーは甘くないって、青葉も言っていたし。

 

 

————そ、それは————まあ、嬢ちゃんに言われたら強くは言えねぇな

 

 

—————それでも、譲れない。達海があの時チームをめちゃくちゃにしたんだ。

 

 

—————みなさん……

 

応援しに来てくれる自分の身内には強く言えない彼ら。それでも、彼らの意志を曲げることにはつながらない。

 

 

—————ルーキーたちが想像を超えて頑張っているのはわかる。他の選手も今年はいい動きをしている。達海はいい指導者なんだろう。だが、認められないんだよっ

 

 

——————達海はチームが苦しい時、どこで何をしてたんだ! すぐに、なんでもっと早く帰ってきてくれなかったんだよ! そしたら、水城選手や、橋本選手も———ッ

 

 

 

——————クリさんが一度もタイトルを獲れなかったなんて嘘だ。あの人は、もっと、もっと報われなきゃいけなかったのに!

 

 

——————前田副GMや、後藤GMはすぐに帰ってきてくれた。前田さんはこのクラブを変えてくれた。あいつは、浮き始めた船に乗っているだけだ!

 

 

事実だった。紛れもない事実だった。その現実を知るからこそ、彼らの下へは行き辛かった。

 

 

栗澤は、それを達海のせいだとは認めず、単純に自分たちの力が足りなかったと割り切っていたのが、逆にしんどかった。栗澤は自分以上に達海を信じていた。それがファンと仲間である差なのだろうと感じた。

 

—————あいつが、お前らがサッカーしやすい環境を作る。それが今の俺たちの仕事だからな。

 

曇りなき表情で、栗澤は言ってくれた。前田副GMも、後藤GMも同じ意思だったからこそ、余計に達海とサポーターが救われない。青葉はやるせなさを感じていた。

 

 

 

色々な感情が見えるゴール裏。サポーターがいる観客席。アマチュアの時には感じなかった感情がいくつも芽生えてくる。

 

 

匿名だから、顔を出さない卑怯者の言葉なんてどうでもいいと感じていた。今もその通りだし、気にする必要性すらなかった。

 

しかし、実際に顔をさらけ出している人たちは違った。何よりも本気でクラブを応援して、深く、深くクラブを愛してくれている彼らが、達海を嫌う理由を理解でき、その悪意を感じながらプレーするのは苦痛だった。

 

彼らのことは嫌いになれない。彼らが何を感じているのかがわかるから。

 

 

 

だから、辛かった。

 

 

 

—————これだけ勝っても、まだ恨みは消えないんだな。

 

 

称賛の声はある。しかし、達海を認める声は少数だった。

 

 

—————もっと、監督のことを知ってほしいのに、知ってほしくないことがあるのは、苦しいな

 

 

 

サポーターに気休め程度に挨拶を行った後、バスの隣の席に座っていた村越に宣言する青葉。

 

 

「コシさん。俺、もっと頑張りますよ」

 

 

「ん? ああ、今日も凄かったな、青葉。やはり、お前の存在は、人をいい意味で巻き込むのだろうな」

 

村越は、何のタイミングもなくいきなり宣言する青葉に違和感を覚えつつも、会話を続ける。

 

「自信をもってみなプレーをしている。本来ならお前が出られなかったときでも、自分を見失わず、プレーできていなければならなかった。お前に責任を感じさせる結果を残すのは、やはり悔しいものだ」

 

村越は、自分が出ていない試合で敗戦してしまったチームを見て、責任を感じているのだと考えていた。

 

「もっとこのチームは成長しなければならない。達海さんに依存していた昔のチームのようではなく、もっと“それぞれが個性を出す”必要があるんだ」

 

 

「—————————」

その言葉を聞いた瞬間、青葉の口元は緩んだ。

 

 

「ん? 何かおかしなことを言ったか? 俺もやはり硬すぎると若手にはよく言われるのだが—————」

 

 

「いえ、まったくもってその通りだと思ったので。キャプテンが常にそう考えてくれるから、気が楽ですね。色々救われます」

 

「そ、そうか。ならいい。スーパールーキーと言っても、まだ未成年だ。気負い過ぎず、自分を見失わず、地に足を付けてくれよ」

 

 

村越と固い会話をしているのを聞いていた駆と飛鳥、赤崎は青葉に対して違和感を覚えていた。

 

「なんか、今日の青葉変じゃない? 時々観客席を見ているし、ちょっと集中きれていたような気がする」

駆も、何か寂しそうな背中が青葉から感じられることに驚きを覚えていた。

 

「噂の姉が来ていたんじゃないか? まあ、シスコンと噂の青葉だしな」

 

赤崎は、あの強心臓ルーキーがそんなことでメンタルが不安定になるとは思えないと言い放つ。

 

「ところで、ハマの奴、甲府との試合以降やばくないか。ありゃあ相手が悪すぎッていうか」

清川が、現在進行形で意気消沈している石浜について話題を振る。

 

「レギュラーを獲ったら格上とのマッチアップはこの先いくらでもありますよ。これで伸び悩むならそれまでっすよ。そうでなくても、俺は青葉とスタメン争いなんすから、他人事どころではないんですけど」

 

赤崎はそんな余裕はないと言い切る。

 

「そうですね。僕含めて二列目の争いはし烈になっているし、甲府戦の後は悔しくて眠れませんでしたよ。だから、ハマが悔しさを覚えているなら心配ないと思います」

宮野は当時を振り返り、拳を強く握りしめる。

 

「——————コシさん含めて、本当にすさまじい光景でした。あれは青葉並のドリブルテクニックですよ。まあ、スピードに関しては宮野さんよりかなり劣りますし、青葉に比べれば、比べることすら烏滸がましいです」

 

緩急が上手い。相手を崩すことに長けている。逢沢は地方クラブにあれほどの男がいることに驚愕していた。

 

 

「——————後半戦で、リベンジを果たさないといけない相手だ。それまで優勝争いから脱落せず、今の順位を少しでも上げる努力をしなければならないな」

 

飛鳥も、自分が参加しなかった試合でクラブが蹂躙される試合展開は、やはり悔しいものだ。無理をさせないという監督の方針は理解できる。しかし、もどかしさはあった。

 

—————世界のDFの動きを採用し続けた。けど、青葉クラスを確実に止める方法はまだない。

 

この先世界と戦うのなら、青葉レベルを常に想定した動きとそのマッチアップでの安定感を実現しないといけない。

 

——————もっと青葉とマッチアップをする。それだけではだめだ。

 

“青葉”を含めた攻撃陣のカウンター、例えば椿と宮野を含めたクラブ内屈指の俊足を揃えた高速カウンターに自らを晒す必要がある。

 

さらには、ジーノと駆を含めたトリッキーな攻撃手段に対抗するためにはもっと回数をこなす必要がある。

 

飛鳥は練習内容に関して、もっと脅威を感じさせる相手であることが、クラブ内のディフェンダーたちを鍛える一番の近道であると感じていた。

 

自らをどんどん追い込むことで、選択肢を増やし続ける。飛鳥は、そうすることで成長してきたし、世代別の代表にも選ばれた。

 

だが、そんな経験を積んだ自分も、さらにフィジカル的にパワーアップする必要があるのだ。

 

—————もっと速く走り、もっと強い体を手に入れる。

 

スピードの中での強さと、球際の強さ。飛鳥は中島という存在を知ることで、新たな境地へと至ろうとしていた。

 

 

 

 

クラブハウスに到着し、解散となった夜。ETUの守備の要が思案したように、攻撃の要もまたその在り方を変革させるべく動いていた。

 

 

青葉もまた対中島という至上命題を与えられたことで、ディフェンス力の向上を迫られることになっていたのだ。

 

 

あの村越が躱され、複数人を突破した彼の突破は脅威だ。

 

 

——————世界最高のディフェンダーと、中盤からヒントはないだろうか。

 

世界ではトップクラスと称賛されつつも、世界で最も嫌われていたのではないかと思われるほど荒々しい選手のプレー記録。

 

さらには、あらゆるドリブラーとマッチアップし、自らの間合いでその悉くを止めた。

 

青葉が思う最強のアンカー。

 

 

 

彼らに共通するのは執念だ。ボールへの執念が違うのだ。そのキーワードは踏み込みと前を向かせない積極守備と戻りながらの守備の使い分け。

 

青葉はその日から、攻撃力を磨くだけではなく、対人守備とその応用にも手を出し始めた。

 

 

今まではドリブル技術の副産物としての知識と、身体能力でそれを身に付けてきた。サイドハーフに求められるポジショニングも世界から取り込んだ。

 

しかし、相手エースとぶつかることが既定路線なら、入念に自分をアップグレードさせる必要がある。今の自分では中島秀哉を止められない。

 

なら、今までの経験を更新し、新たな戦術を取り入れた自分ならどうか。

 

より完全無欠を求める怪物が、更なる歩みを始める。攻撃としての牙だけではなく、堅牢な番人としての強さを求めた時、今までの怪物の在り方を叩き壊す存在になるかもしれない。

 

過去のフットボール界の怪物、天才と評された選手たちとも違い、青葉が求めたのは現代フットボールの怪物。

 

 

ポリバレントを求められる現代で、その頂点に存在する選手はどんな選手なのか。

 

 

 

旧態フットボール、その“最後の怪物”だった“もう一人の自分”、その可能性の限界を知り、宮水青葉はさらなる未来を求める。

 

 

 

 





誰が悪いというわけではない。これが、原作を読んだ私の意見です。

お金を儲けることも必要ですし、選手を守ることも必要。タイミングもやっぱり重要だった。

そんな泥沼が過去から続いて、今の青葉を苦しめる要因となっています。

そんな彼がどうなるのか。

まあ、原作27巻まで青葉が精神的に無事かどうかは筆者の匙加減ですが。

それに、30巻はそのままだとトラウマになりそうですね・・・



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第六十九話 悪魔の左足

第九節を迎える直前、江ノ島高校では総体連覇への期待が高まっていた。新戦力の台頭と、既存戦力の成長。高いレベルでのベンチ入りへのサバイバル。

 

それは部外者になってしまった青葉や駆にとっても、目を見張る光景であった。

 

「————やっぱりあの子は入ったね、青葉」

 

「ああ。今期から志向した戦術の一つ4-2-3-1のサイドを任されるとは」

 

今までは、4-2-2-2や、4-2-3-1といった戦術を主にとっていた江ノ島高校。しかし今季はスピードや運動量に自信のある選手が揃うため、より4-2-3-1の戦術へと進化するべきと考えているようだ。

 

ベースとなるベンチメンバーはほぼ固められており、状況によってメンバーは変わるらしい。

 

 

GKには紅林、落合、林葉。主に彼らがベンチ入りをすることになる。登録時は2名になるなど、シビアな競争だ。

 

 

CBには武智が名を連ね、海王寺、錦織などの優勝メンバーが揃うなど、新戦力、既存戦力のバランスが取れている。SBにも青梅が左サイドで入ることになり、両サイド共に足元が上手く、運動量豊富な選手が揃うことになる。中塚も足元の技術が向上しており、クロスに関しては岩城監督の厳しいメニューを経ての改善がみられている。一方、選手権本選から出番が増え始めた藤田は、八雲の背中を見て成長した選手である。つまり、足元の上手さは守備陣随一。なお、中塚は終盤でSH起用もあり得る。

 

ベンチ予想メンバーと起用方法

 

CB  海王寺、錦織、武智、桜井

RSB 中塚、八雲、

LSB 藤田、青梅

 

 

 

中盤には、司令塔の荒木、織田といった力のある選手のほかに、堀川、真鍋といった潰し屋が控える。攻撃的ボランチ、トップ下の控えには蒼井亨介、一条龍が選出された。

 

CMF 織田、真鍋、堀川、蒼井亨

OMF 荒木、一条

 

サイドには、的場、兵藤の実力者が控え、一年生の矢沢、蒼井悠介が選出される。

 

RSH 兵藤、矢沢

LSH 的場、蒼井悠

 

そして、懸案のCFW。絶対的エースの高瀬と夏目が選出される。ポストプレーで絶対の自信のある高瀬は、いよいよ高校生相手ではボールロストする回数が極端に減り、敵なしといった感じか。夏目に関しては、裏抜けや異次元ハイプレスが江ノ島スタイルに合致し、さらにはフィジカル能力も上がり、スピードに特化した、万能型ストライカーへの道を歩み始めていた。特に夏目は二列目もツートップも出来る為、ベンチの幅を広げている。

 

CFW 夏目 高瀬

 

 

「——————何というか、実力が分かっているから凄いメンツだと思う。高瀬に空中戦で勝てる高校生はいないし、夏目は本当に成長したし」

 

夏目、高瀬の同時起用の際は、二人だけで点を取ったほどだ。まるで世界最高のツートップの関係性に似ていると言える。

 

「だよね。埼玉に凄いキーパーがまた現れたらしいけど、遠野さんほどじゃないしね」

 

埼玉には超高校級のキーパーが現れ、今年の勢力図は変わりそうだと言われている。一条曰く、桜庭の姿が見えないことに寂しさを感じているらしい。一条曰く、ドリブル技術は相当あったというのだから、青葉にしてみれば惜しいと思わなくもない。

 

——————東京でアンナが見たって聞いてますけど、情報を掴めなくて

 

 

消えた天才の行方を探る者は多い。最後に彼と話したのは武智らしく、練習試合ではドリブルさえ精彩を欠くほど、メンタルに問題があったらしい。

 

その後ハーフタイムで交代され、その試合以降彼を見ることはなかった。

 

—————映像で見ていた彼とは完全に違っていた。自信を失い、視野も狭い。元々パスを出さない選手であることは知っていたが、弱気なバックパスも目立っていた。

 

そもそも、浦和ジュニアユースの中で浮いていた印象すらあった。彼はほとんどボールに絡むこともなく、完全にゲームから消えていたのだ。

 

それを聞いた駆と青葉は、一つの才能が失われたことを悲しく思う。我儘なプレーヤーだったと聞いているが、その才能が本物なら手綱を最後まで握ってやるべきだったと。しかし、彼の才能を信じてやれる存在がいなかったのだろうと、わかってしまう。

 

—————そういう思いは、せめて江ノ島の中だけではしないでほしいな。

 

 

「けど、みんないい顔をしていたよ。数日間俺が練習に入った影響なのかな」

 

頼もしげに笑う青葉。油断や慢心があれば容赦なく摘み取ろうと紅白戦に参加したのだ。上には上がいる。そして自分は上手くなりたいために練習をする。

 

やるならとことん上を目指せと伝えてきた。

 

しかし、それは杞憂だった。年齢の近い青葉がプロで活躍しているのがよかったのか、彼らは己惚れていなかった。

 

「いいサッカー部になってきたな、江ノ島は」

 

「だね」

 

そして第九節、新潟戦、宮水、ジーノ、宮野の攻撃の主力が抜けており、控え中心のメンバー。宮野はコンディションの影響か、もしくは大阪ガンナーズ戦を見据えたベンチ外。ジーノは左足の張りを訴え欠場。宮水は完全に温存という形か。

 

二列目の司令塔として奮起が期待される逢沢。

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB  2番 黒田

CB  3番 杉江

LSB16番 清川

CMF 7番 椿

CMF 6番 村越

RMF15番 赤﨑

LMF21番 矢野

OMF19番 逢沢

CFW11番 夏木

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 12番 鈴木

MF  8番 堀田 13番 向井

FW 20番 世良 18番 上田

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  27番 亀井  4番 熊田 29番 飛鳥

26番 小林 14番 丹波 22番 石浜

MF  28番 広井  10番 ジーノ

25番 宮野 24番 住田 17番 宮水

FW   9番 堺

 

 

しかしこれは、現在2位のチームが見せてはいけない試合になりつつあった。新潟は対ETUを想定した特殊なシフトで対応。4-3-2-1のクリスマスツリー型で逢沢封じを狙ってきたのだ。

 

華々しい活躍をするスター候補に立ち塞がる壁が、逢沢から自由を奪う。

 

「くっ!!」

 

 

一人躱しても、その時間を使われてしまう。中盤を守備する三枚の壁が、組み立てを難しくするのだ。

 

————サイドに流したところで、矢野さんには切れ込む力はない

 

先ほど、矢野が逆起点となった先制弾を許したばかりだ。フォローに入った清川も新外国人ロアーツのシザースで簡単に躱され、黒田とのギャップを狙われた。

 

高さで負けた黒田は、そのまま相手フォワード皆川がやけくそボレーを叩き込む姿に、足を延ばすのが精いっぱいだった。

 

『あっと、左サイド突破してクロス!! そして皆川ボレーシュートぉぉぉ!! 決まったァァァ!! 前半20分!! カウンターから新潟が一閃!! 今季リーグ2位のETUから先手を奪いました』

 

 

『バックパスを狙われていましたね。フォローがなかったのか、清川選手の上りも遅く、連携もチグハグ。ロアーツ選手の調子が良かったとしても、簡単に踏み込み過ぎましたね』

 

新潟はこれ以降も、カウンターサッカーを展開し、継続してキーマンである逢沢を封じ込める。

 

 

達海は動かない。

 

 

 

続く、新潟の速攻。今度はコーナーキックだった。今期コーナーからの得点こそ改善したETUではあったが、新潟の守護神則本が堀田のクロスボールをキャッチ。

 

またしてもロアーツがドリブルを開始し、彼に合わせて一気に2人の選手がスプリントを開始。新潟はこの試合、ロアーツが前を向いたらスプリントするという決まりがあるのか、ロアーツの相方のシャドーとワントップはハードワークを行っていたのだ。

 

さらに後ろからボランチの一角、U20日本代表榎本が逢沢を置き去りにするスプリントを開始。追走する逢沢だが、彼一人を止めたところでこれは意味がない。

 

————くそっ、またカウンターで失点はまずい!!

 

 

アクセルを緩めないロアーツと前線の二人。そして後方から榎本。赤崎がフォアチェックするも、切り返しで簡単に躱され、フィジカルで体を弾かれてしまう。

 

————くっ!! このままじゃ!

 

 

ロアーツは赤崎を躱したところで、前線にロングパス。黒田とのマッチアップを意図的に仕掛ける皆川にボールを供給。

 

「くそっ、毎回俺の方ばかりきやがって!!」

黒田がわめくも、徹底して新潟は相手の弱みを突いてくる。皆川はまたしてもボールを収めるが、前を向けない。

 

「関さん!!」

 

皆川がバックパス。その視界の先にはスペースを膨らませながらワイドに走る関本の姿。ロアーツの相方でもあるベテランアタッカー。対するは椿。

 

————PKだけはまずい!! ここで止めないと!!

 

 

しかし、プレッシャーに負けたのか、反応速度で遅れた椿が縦への突破を許す。慌ててクロスボールを防ごうと足を延ばしたのだが、

 

『関本の折り返しを弾きました椿!! ああっとこぼれ球を拾ったのは榎本だ!! 榎本が逢沢を躱して—————あっと倒されたァァァ!!』

 

ミドルレンジからシュートコースは開き放題。駆は最悪失点を防ぐために足を出すしかなかった。

 

ここで逢沢にイエローカード。ゴール前30メートル。しかし杉江と村越は上がっており、黒田と左サイドと右サイドが悉く蹂躙された状況。しかも、右が完全にぶち抜かれており、コースも開き放題。これでは無理をしなければ即死という展開だった。

 

 

しかし、駆のそれは延命に過ぎなかった。

 

『さぁ、フリーキック。榎本が助走をつけて—————曲がってェェェェ、叩き込んだァァァ!!! 新潟追加点!! 今期下位に沈むチームを救う貴重な貴重な追加点は、U20日本代表榎本の左足から生まれました!! 2対0!! 前半の38分!!』

 

 

そのまま反撃らしい反撃を組み立てることが出来ないETU。駆が三人掛りで潰されながらも前線に供給したチャンスボールを夏木が盛大に宇宙開発。ETUの応援席からは盛大なため息が漏れる。

 

 

————あんなチャンスボールを盛大に外すなんて—————

 

 

駆は思わずピッチの芝生に両手を叩きつけて、じたばたする。感情をコントロールするのも難しい。完全にキーパーの裏をかいたラストパスが無意味になったダメージは大きい。

 

 

さらに、矢野が清川のボールに反応し、相手のフォアチェックを受ける。このまま仕掛けるところのない矢野は、勇気を踏み出し、仕掛けたのだ。

 

————ここで、前に出られないなら—————

 

しかし、両手でボールを要求する駆が視界に映らない。背後からフォアチェックする選手の死角から、パスコースを作りながらランニングする彼は無視される。

 

その結果、

 

『あっと簡単にボールを奪われた!! 新潟カウンター!! 榎本へのパス————ここを逢沢がカット! 読んでいました!!』

 

しかし、攻撃から守備への切り替え、守備からの攻撃の切り替えの意識が足りていた駆が、攻めのディフェンスを見せ、インターセプト。

 

キーマンである榎本へのパスコースを寸前で遮断したのだ。そのまま、榎本選手が前に出るも、マルセイユ・ルーレットで縦に仕掛ける。

 

————その技は知っている!! だがこれ以上————

 

ここでクライフターン。外側に逃げながら縦へと切り込もうとする駆。しかし、しっかりと迂回してコースを塞ぎに来る榎本。そのしつこさ尋常ではない。

 

————反応がいい相手、だよね。この選手。

 

「っ!?」

 

だからこそ、また抜きのエラシコが限りなく有効だった。縦への突破の瞬間に見せた重心破壊。エラシコの股抜き。二つの要素が重なり、頭から転倒する榎本が地面にたたきつけられる。そのまま蹲る榎本を尻目に、ゴール前フリーになっている夏木を見つけた駆。

 

————今度は決めてください、ナツさん

 

 

縦に仕掛けると見せてのマイナスの折り返し。夏木はこれに反応し、プル・アウェイでマークを外す。完ぺきなポジショニングだ。

 

「よしっ、こい!! 駆!!」

 

後はニアサイドによっているキーパーのがら空きになっているファーサイドに流し込むだけ。

 

『あっと! 流れたァァァ!! 夏木のシュートは空振り!! しかし、逆サイド赤崎がボールを拾ってクロスボール!! ここは守護神則本がキャッチ!! このチャンスを活かすことが出来ないETU!!』

 

「わ、わりぃぃ! 力んじまった! 次は決めるから、ボールをどんどんくれよ!」

 

「————————」

 

流れが悪いと一気に泥沼化する。それがこのチームであることを象徴するシーンだった。駆は気持ちが切れそうになりながらも、プレーを再開する。

 

結局、前半は駆がほとんどの局面でチャンスメイクするも、ことごとく矢野と夏木が外し続け、無得点。矢野に至っては、次第にチャンスに絡むシーンも少なくなっていった。

 

 

後半もそれは変わらず、赤崎から駆を狙った球足の速いパスをスルー。夏木へのパスを完結させるも、夏木がそのボールに慌てて反応し、ゴール前で珍プレーを披露する。

 

『ゴール前逢沢スルー!! あっと、トラップ乱れて上に上がってしまった!! そのままサイドバックの竹田が奪ってカウンター!!』

 

ボールが来ることを予測していなかったのか、夏木の痛恨のトラップミス。イージーな局面で悉くポカを連発し、赤崎が死んだ目で夏木を見ていた。

 

————ナツさん、あのボールでなんで上にボールを上げるんすか?

 

逢沢も、緩くなったボールをわざわざ上にあげてしまうほど力む彼に理解不能。完全にフリーの状態だったのに、またしてもチャンスが潰れた。

 

————世良さんの方が百倍マシだ———ッ! 世良さんはチャンスを良く決めてくれるし、フィニッシュまで持っていく——前掛りでボールを奪われたら後ろの負担が…っ!

 

 

当たり前の展開では決めてくれる安心感がある世良とは違い、ゴラッソを叩き込んだりする夏木だが、安定感が皆無。次第にパスの選択肢から彼は消えていく。

 

なお、実は難しいパスの方こそ、決定率が高いことを知るのは後になる。この試合の駆は彼が決めやすいようにパスを調節していた。ゴールしやすいラストパスであればあるほど夏木に余裕が生まれ、その決定機が無駄になりやすいのだ。

 

ジーノのように猟犬に餌を放り投げる程度のやさしさでちょうどいいのだが、駆はそれを知らない。夏木の使い方を知らない。トップ下として致命的なことだ。

 

駆は、組みやすい夏目や高瀬、世良や堺といった決定機で攻撃を完結してくれるフォワードとは相性がいいが、スーパーゴールを決めるふり幅を持つ夏目のスケールをうまく制御できないのだ。

 

トップ下として完全に意思疎通できていない。練習でのポテンシャルを信じ、優しいパスを選択し続け、それでも外し続け、だからこそより優しいパスを選択する悪循環に陥っていた。

 

 

 

ベンチには、この流れを変える絶対的なエース、宮水がいない。ジョーカーになり得る宮野もガンナーズ戦を見据えてベンチ外。リカバリーさせている。

 

このチームから青葉と宮野、ジーノを奪えばどうなるのか。チームの総合力を確認するために、実戦で練習中に動きのキレのあった控えメンツを試した。

 

 

達海は、その中でもチャンスメイクを継続する駆に及第点を与える。ゴラッソを練習中に連発した夏木は不発。何か難しいパスを出さないと決めてくれない空気さえ感じ始めた。矢野は切り込む力がなく、赤崎が駆のサポート、もしくは連携を見せる。

 

特に前線でのボールロストが酷く。これでは守備陣が疲弊するのは目に見えていた。後半10分が経過し、達海はここでカードを切る。

 

 

『ここでETUカードを切ります。21番の矢野に代えて、13番向井が入ります。これはどういうことでしょうか』

 

『どうやら、椿選手がサイドに入るようですね。矢野選手の左サイドハーフに椿選手を置き、両サイドで仕掛けることの出来る選手を置き、守備力のある向井選手を置きましたね』

 

矢野に代わって入った椿は、広大なサイドのスペースからチャンスメイクを仕掛けるも、駆には厳しいプレスが繰り出される。

 

『あっと倒されたぁァァァ!! イエローカードが出るようです。新潟榎本選手に一枚目! 後半15分を経過し、苦しくなるETU! キッカーは赤崎!』

 

しかし、シュートは枠の外へ。その直後のゴールキックだった。

 

「!?」

 

零れ球を拾った榎本が寄せにきた駆をダブルタッチで躱し、駆はその切れ味を前に膝をつく。続いて椿が止めに入るがあっさりとパスを通され、ロアーツがそのボールを保持。

 

「させるかっ!!」

 

村越がファウル覚悟のプレスでボールを奪いに行くが、ロアーツはパスを選択。村越とロアーツが交錯する中、審判はアドバンテージを獲る。

 

『ロアーツからふわりと抜けたパスが皆川に通る!! 完全に抜けたァァァぁ!!』

 

 

—————ここでカッコいいゴールを奪ってやる!! 間抜けな、みんなに馬鹿にされるゴールなんていらないんだ!!

 

 

しかし、背後から黒田がタックルをかまし、ドリブルを遮りに来る。

 

 

—————これ以上失点したらやべぇ!!

 

競り合いの中皆川は倒れてしまい—————————

 

 

『あっと笛だぁァァァ!! 倒してしまいました黒田!! そしてあっと一発レッドだ!! 黒田退場!! これでガンナーズ戦は出場停止です!!』

 

『手も使って最後は足ですからね。決定機、完全に抜け出ていた皆川を止めるにはちょっとあれでしたね』

 

一人少ない状況に陥ったETU。苦悶の表情でピッチを去る黒田と。ついに試合が壊れた、そんな音が聞こえるような瞬間。

 

 

フリーキックの位置は先ほどよりも短い20m。悪魔の左足を持つ榎本の射程範囲だった。

 

 

 

『止められないィィィィ!!! 名手緑川でも触れることが出来ません!! 無回転シュートに届きませんでした!! これで榎本2点目!! リードは3点となりました!! 後半30分!!』

 

 

『完全に枠の外から入って、落ちてきましたからね。日本であのボールを蹴れる存在は彼しかいませんよ』

 

 

 

絶望的な距離からの絶望的な一撃を前に、この試合の勝敗が完全に決した。

 

 

 

 

 

 

 

その4分後に2枚目のカードに高卒ルーキー上田を投入したETU。フレッシュな縦関係で前線が活性化した彼らは反撃を開始し、交代直後に上田の落としに反応した赤崎がシュートフェイントで一枚壁を剥がし、コースが空いた瞬間にコントロールショット。

 

 

『止めたァァァぁ!! 守護神則本のファインセーブ!! ETUに得点を与えません!!』

 

 

「くっそぉぉぉ!!」

 

しかし新潟の意地が赤崎の決定機を潰す。このままでは惨敗もあり得る中、一人気を吐いている赤崎が悔しさのあまり吠える。

 

 

トップ下駆もトリプルボランチの連携の前に無力化されてしまっていた。トリプルボランチとCBの間が狭いため、必然的にパスもブロックされる。

 

 

それでも、何とか追い縋ろうとした椿のロングボールに反応した赤崎が意地のゴールを決め、零封だけは回避する。しかし、反撃はここまでだった。

 

 

『ここで長いホイッスル!! 新潟勝ちました!! 今季リーグ2位のETU!! 伏兵新潟に手痛い敗北を喫しました!! これで今シーズンリーグ戦2敗目!!』

 

『あっと情報入りました! 鹿島が勝利したため、勝ち点19でETUと並びます!! 得失点差で2位をキープしていますが、やはり宮水選手の存在は大きいのでしょうか』

 

『全く影響がないとは言い切れないですね。あれほどの得点力と運動量が抜ければ、やはりチームとしては痛いですよ』

 

試合終了直後、喜びを露にする新潟の選手たち。大金星を挙げた榎本を中心に輪が出来る。

 

「————————」

一方、久しぶりに敗戦を経験した駆は、自分の不甲斐なさを責めていた。

 

————チャンスを作るだけでも、勝利につながらない

 

真ん中で司令塔のプレーは出来ていたが、勝利には届かなかった。しかしだからといって、エゴを増やして球離れが悪くなるのは大問題だ。特に今日は最悪、他の選手に打たせてもいいと新潟は開き直っていた。逢沢駆にさえシュートチャンスを作らせなければ、いい勝負が出来ると。

 

 

だからこそ、逢沢駆はトリプルボランチの前でアシストもゴールも出来なかった。ドリブルで抜き去った位置に相手が待ち構えており、止められる。コースを塞がれ、下げるしかなくなる。確実に逢沢駆を潰す戦術をとっていた。

 

 

 

新潟は捨て身の戦法で、ETUとの試合に勝利した。この試合に臨む準備で、ETUは負けていたのだ。

 

テレビの前で、試合を見ていた青葉は厳しい表情でこの試合を眺めていた。

 

————達海さんもあくどいな。選手たちに口頭で課題を指摘し、実戦でもそれを指摘するなんて。課題を突きつけられて、どれだけここの選手が食らいつけるのかな

 

特に矢野は自信を無くしているような感じだった。夏木に関しては後半開始から全く駆からボールが供給されなくなり、完全にこの試合から消えていた。赤崎も下がってきた夏木にパスをするものの、ゴール前では信用していないのか、椿や駆を狙ったパスや切込みが目立つようになっていた。

 

—————俺が言えた義理ではないけど、試合中のメンタルコントロールは未熟だったんだな、駆

 

今までは優秀なフィニッシャーに囲まれていた駆。だからこそ、今回のようなストレスのたまる敗戦は堪えたのだろう。自分の調子が悪くないだけに。

 

 

 

 

この完全に壊れた試合の中、上田は持ち味を発揮することが出来なかった。その前の夏木も後ろの負担をでかくするだけだった。やはり、世良でなければフォワードは務まらないのか。

 

 

————やはり、怪我明けの夏木は安定しないわね。

 

この試合を見ていた藤澤記者は、ETUが選手層を厚くするための一時的な措置だったと考えていた。明らかに控え中心のメンバー。勝ち点こそ奪えなかったが、交代選手の投入で流れは変わっていた。

 

 

————今期のレギュラーは世良で、バックアップ争いに堺と上田。昨年のチーム得点王も、逢沢との相性は致命的なほど悪いようね。

 

試合中に激しく夏木を叱責する逢沢の姿からも、決定機を外し続けた彼への印象は良くはないのだろう。この場面で逢沢の年相応なメンタルの未熟さは垣間見れたが。

 

————今のETUに必要なのは、スーパーゴールを決める存在ではなく、チャンスで決めてくれる選手。そういう意味では、上田の視野の広さは、堺や世良にはないもの。

 

ETUのフォワード争いは混とんとしているが、世良がファーストチョイスで、堺と上田のバックアッパー対決と言っていいだろう。

 

 

 

今季2敗目を新潟に喫したETU。一方大阪は甲府との試合を制し、これで今季リーグ戦全勝。しかし、ここまで大阪ガンナーズを苦しめた試合を見せた甲府の意地もあった。

 

 

特に、中盤では古巣対決で燃える中村が窪田との格の違いを見せつける。この試合マンマーク気味に張り付いていた中村は窪田にチャンスらしいチャンスを与えず、中盤のリンクマンとして最高のプレーを見せていた。一方窪田は、気迫を見せる中村の前に何もできず、チャンスに絡めずにスタミナ切れを起こし、途中交代。

 

前線はとにかく点の取り合いとなった。中島が仕掛け、こぼれ球を狙うことに徹した甲府は大阪相手に2点をもぎ取るものの、大阪はその上を行く7点。ハウアーという絶対的なフィジカルを前に為す術無くボールを収められ、周囲を走り回るストライカーへのケアまでしきれなかったのだ。

 

そうなのだ。暴王の如くボックスで君臨したハウアーを誰も止めることが出来なかったことが、完敗の大きな要因。

 

 

甲府にとっての悲報は中島秀哉が負傷退場したことだろう。ガンナーズは中島シフトを敷き、球際勝負に追い込むよう徹底的に小さな巨人を追い込んだ。

 

 

徹底的なゾーンを消し、強烈なプレスで中島にプレーをさせない。度重なるファウルを食らい続け、甲府の希望が屈する。

 

プレスバッグでのハウアーとの交錯で腰を強打。その後明らかにドリブルのキレが落ちており、逆起点の憂き目にあう彼をこれ以上ピッチに出すわけにはいかず、無念の交代。

 

試合後、腰の違和感で戦線離脱というおまけつきだった。

 

中島という核を失った甲府は抗う術を失い、蹂躙されることとなった。フル出場で中村はプレーしたが、彼の十八番である長距離ドリブルからのカウンターも封じられた。

 

 

 

 

 

各地のリーグ戦結果も意外な勝敗、順当なものなどが続く。

 

 

3位鹿島は大分と対戦。2対0と危なげなく勝利。虎視眈々とガンナーズを追撃し、ETUの背中に並んだ。

 

6位川崎は10位名古屋と対戦。復調のブラジル人フォワードペペの複数得点に、板垣、ゼウベルトの得点で、名古屋が川崎に勝利。今シーズン打ち合いの弱さを感じる川崎。まだ本調子ではないのか。

 

今季初勝利を前節に挙げた広島は清水と対戦。佐藤の2得点で清水に完封勝利。その堅守が再び蘇ったのか、長いトンネルを抜けた後は2連勝と調子を上げてきている。

 

前節で持田が負傷交代した東京ヴィクトリーは、浦和との試合で惨敗を喫する。ルーキー鷹匠の2発に、糸居の得点など、前半から畳みかけた埼玉軍団の猛攻は、昨年王者を瞬く間に飲み込んだ。後半終了間際に1点を返すことが精いっぱいだった王者。巻き返しなるか。

 

徐々に調子を取り戻していた磐田は、横浜との一戦でエース小川が大爆発。なんとこの試合ハットトリックを達成したのだ。しかも決勝点は後半アディショナルタイム、自らが得たPKを決めての勝利。この試合で一気に得点を量産した小川。再浮上の切り札になり得るか。一方、横浜はルーキー秋本が得点を決めたものの、土壇場のペナルティキックで勝利を手放してしまった。

 

 

 

得点ランキングも変動。再び中島がトップに立つ。トップタイに名古屋のフォワードペペが並ぶことに。出場のなかった宮水は首位陥落。磐田の小川が荒稼ぎをして4位タイに浮上。浦和の鷹匠もランキングに乗り、得点王争いはフレッシュなメンツとなった。

 

 

1位 中島秀哉 (甲府)  9得点

1位 ペペ   (名古屋) 9得点

3位 宮水青葉 (ETU) 8得点

4位 小川知良 (磐田J) 7得点

4位 鷹匠瑛  (浦和R) 7得点

6位 榎本文人 (新潟)  6得点

7位 逢沢駆  (ETU) 5得点

7位 持田蓮  (東京V  5得点

7位 畑真哉  (大阪G) 5得点

7位 世良恭平 (ETU) 5得点

7位 ハウアー (大阪G) 5得点

 

 

9節を消化して、熾烈な得点王争いが過熱する。

 

 

 

名古屋のブラジル人が量産体制を維持するのか。

 

昨年のベストヤングプレーヤーが2年連続でインパクトを残すのか。

 

それとも今年のルーキーが大番狂わせを演じるのか。

 

 

混戦模様のリーグジャパン。順位もゴールも日々入れ替わる。

 

 





得点王争いで中島は2節をこの後欠場。甲府も次第に残留争いに巻き込まれます。

ペペは立ち直りが早く、大本命です。

青葉は対抗馬ですが、世代別W杯による長期離脱が待っています。

駆はかなり厳しい位置に遠のきました。むしろ鷹匠や秋本の方に可能性さえあります。



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第七十話 篩の猶予

達海も徐々にメンバーを固定化していくかもしれません。


なお、育成の難しいCBは前田副GMも交えて熱血指導。




 

甲府との試合で大量得点を奪い、勝利を収めた大阪ガンナーズのダルファー監督は、甲府との戦いの余韻に浸ること無く、次の相手ETUに関して情報を出すよう通訳に指令を送る。

 

 

しかし、元大阪ガンナーズで現在甲府の主力として活躍する中村慎吾の気迫あふれるプレーは、日本代表の平賀を脅かすには十分な強度を持ち、ガンナーズの中盤が彼からボールを中々奪えない局面が続いていた。

 

曰く、センスではライバル窪田に劣るものの、フィジカルの強さには定評があったらしい。ただ、窪田同様に動けない選手であり、将来性の差で窪田が選ばれ、中村は篩から落とされた。

 

だが、今日はどうだ。窪田が中村のプレスで何度もボールを奪われ、逆に窪田のタックルは彼自身が弾かれてしまうような惨状。個人での対決では強度に差を突きつけられた形だ。

 

そして、大阪ガンナーズは中島を止められない。彼にボールが集まれば、2,3人はぶち抜かれると想定しなければならない。彼が起点であることは明白だが、彼を潰すことは出来なかったのだ。

 

それこそ、中島が下がるまでガンナーズは右サイドで不全状態が続いていたのだから。中島の負傷退場という極めて不名誉な結果を添えて。

 

 

開幕直後こそ低空飛行が続いていた甲府だが、エースと中盤の司令塔の活躍で、来季に向けたチーム作りを確固たるものにしたいものの、大阪ガンナーズ戦で露呈したサイドバックの走力の課題が残った。

 

ゆえに甲府は、出場機会が怪しくなった、もしくは一部リーグでの経験を求める選手を模索。その範囲は二部リーグの主力にまで及ぶことになり、今夏も積極的な補強を行うことになる。

 

 

それこそ、前半戦で見せているETUに迫るインパクトを。それが後に、山梨県トップクラスの企業が関心を寄せるほどの躍進ぶりを見せることになる。

 

歯を食いしばり、サポーターの挨拶に向かう甲府の選手たちを見て、ダルファーは思う。

 

————今期で最も手ごわい相手だったよ、彼らは

 

そして、次節はあのETUとの対決になる。恐らく、休養明けの宮水は間違いなく出てくるだろう。規格外のディフェンダー、佐藤封じを成功した飛鳥も同様だろう。

 

 

『ETUは新潟に負けてしまったのだな』

 

『ええ。尤も、主力の宮水、ジーノ、世良らを欠く控え中心のメンバーでしたからね。黒田退場までは盛り返す勢いでした』

 

達海監督は明らかに序盤の貯金を使い、後半戦を見据えたチーム作りをしている。ゆえに、選手を信じる時と自ら介入する展開を使い分けている。リーグ戦すべてでビジョンをある程度思い浮かべているのだろう。

 

『なるほど。だとしても、全力で叩き潰すだけだ』

 

ならば、彼の予想を超える攻撃力を教えてやらねばならない。昨年王者東京Vが手負いの浦和に惨敗する今シーズン。自分たちこそが王者に相応しいのだと証明するために。

 

 

 

一方、休み明けにチームに合流したジーノ、飛鳥、宮水はチーム内の雰囲気がギクシャクしていることに気づく。

 

————なんだかみんな素直になった感じだねぇ。ただ、自信を無くしているようにも見える。

 

ジーノは、何か達海の意図を理解しつつもそれ以上は動きを見せず、自らのプレー精度に集中する。チーム方針には従う時はあるが、納得できない場合は抗議すればいいだけのことだ。

 

———俺も人のことは言えないが、駆が若干不機嫌だな。あれだけ決定機を外された経験はないだろうし

 

夏木に対する当たりはきついものになっている駆。以前は丁寧なパスばかりを供給していたが、甘いボールだと彼は力むことを学習したのか、強めのパスばかりが飛ぶようになる。

 

「ちょっ、おいつけないって! 駆ちゃん、ちょっと伸びすぎだ!」

 

「そうですか。でも、本能で決められるでしょ、ストライカーなら」

 

駆としても、夏木の限界値を知る必要があった。今のはグラウンダーのブレーキの利いたスルーパスではあったが、弾速そのものが早く、夏木が体を投げ出さないと届かないボールだった。

 

その後も夏木に対してはキラーパスと言われかねないパスを連発する駆。それでゴールを叩き込んでいるため、後は実戦で結果を出すだけなのだが、

 

「パスに愛がないよ、駆君」

 

「下手な猛獣に、愛が必要ですか? ああいう計算できない選手は、ゴールへの逆算だけをすればいいんです。変に良い体勢にさせると、勝手に力むので」

 

「分かっているじゃないか、駆君」

 

そんな毒を吐くようなセリフが目立つ駆。ジーノはようやく彼の操縦方法が分かってきたのかなと安心していた。だが、周囲は駆のキレっぷりに少し青ざめていた。

 

「ナツさんには同情するっすよ……けど、あれだけラストパスを不発にさせられるとストレスも凄いっすよね」

 

「状態のかぶせが安定しないからな。夏木はプレゼントパスだと変にゴール前で力むところがある。本能で叩き込む形は得意なのだが」

 

ジーノですら持て余す、潜在能力の高さ?を秘める夏木だが、達海監督のフォワードにおける序列は徐々に決まりつつあった。

 

世良がファーストチョイスで、堺、上田の調子のいい方を控えに回す。トップ下の二人に嫌われている夏木を使うメリットが今のところないのだ。

 

————シュートセンスというか、何をしでかすか分からないところはいいんだけどねぇ

 

逢沢は多少投げやりだが、キラーパスで夏木を操縦しようと試みている。乱暴な扱いの方が夏木は結果を練習中に出している。だが、駆自身まだ夏木の限界値を測りかねている段階。

 

————試合に出すには、カウンターが怖すぎて出せないな、今は

 

サイドでは、赤崎が徐々に調子を上げている兆しがある。右サイドは宮水で不動だが、休養日には起用の幅も広がるだろう。しかし、宮野の最近の活躍は目覚ましい。甲府戦で見せた同点ゴールの局面は、青葉に影響を受けつつも、自分の形の一つを見せた得点シーンだった。

 

 

右サイドバックは石浜の経験のなさが徐々に出てきている。石神はいい調子なだけに、何とか石神を休ませながら使いたい。すでに後藤には右サイドバックの補強に動いてもらっている。湘南のサイドバックはいいかもしれないが、すでに有力な移籍先でもあった甲府が獲得争いで頭一つ出たという筋もある。

 

それでも、栗澤のスペシャルトレーニングで彼が変わるかもしれない。そんな可能性もあった。だからこそ、後藤にはそれほどSBの補強に動くことを強いていない。石浜にも、新規加入選手にも猶予は必要だ。

 

左には清川、丹波、鈴木など、本職とユーティリティの選手が揃っているだけに、右の脆弱性が目につく。達海としては、中に絞る動きが今後多くなるサイドハーフを援護するためにも、外側で縦に仕掛けられる選手が欲しい。右利きの選手の誰かをコンバートさせるのもありかもしれないと。

 

だが、フィジカルで最も秀でている向井の守備力が向上。好調宮野を難なく止めるプレーを見せており、対する宮野はスピードを出す、ドリブルコースを見つける暇もなく潰されているシーンが目立った。

 

そんな向井の守備を見て、一番真剣な目で見ているのは石浜だった。

 

——————戦士の超積極守備、ねぇ。あれファウルとられなくても、相手選手が本当に潰れる可能性があるからなぁ

 

 

 

メンタル的に今後のドリブルに悪い影響を与え、その前にフィジカルの上から潰される可能性すらある危険もある。一度嵌れば抜け出すことは極めて困難で、ボールを守ることすら厳しい。

 

彼らは、常に背後をぶち抜かれる恐怖を認識し、だからこそドリブラーに仕事をさせる前にプレーそのものを潰しにかかる。いわば、ドリブラーの天敵のような存在だ。

 

 

そしてボランチ。椿は攻撃のポジションで仕掛けることでリズムが生まれるかもしれない。ジーノは最近プレッシャーを多く受け、ファウルで止められる回数が多い。単独での打開の出来る強い選手が二列目の中央には必要だった。

 

ゆえに、守備の出来る存在が欲しい。村越、熊田はそれに該当し、堀田はどちらかというとバランス型。三列目にプレッシャーがかかりにくいジーノを置くことで、より攻撃の組み立てをしやすくしたい狙いがある達海。

 

要求されるのは、カバーリング能力。衰えが出てきた村越と、その代役。長丁場のリーグ戦で熊田一人に背負わせるのは厳しいものがある。だが、宮水青葉をボランチで起用することはこれ以上避けたいのも本音だった。

 

亀井がボランチとして起用できる一方、最終ラインの要である飛鳥はコンバートしたくない。攻撃参加が得意で対人能力に強い新人の負担を軽減させたい。飛鳥はCBとして育てたいのだ。

 

 

 

そして二列目の中央は、椿、逢沢と若いメンツが揃うが、ここに堀田を入れるべきではないかというのが達海の結論だった。ポリバレントでクレバーな彼には試合を落ち着かせる、ロングフィードで展開を変えるなどの優れた能力がある。起点をジーノと堀田の二人にして、熊田、亀井をボランチ起用すると、ポゼッションにさらに磨きがかかる。

 

現在熊田には、ボランチとして主に起用すると伝えた。衰えが隠せなくなるとは言いつつも、村越は精神的支柱。彼の影響力は無視できない。彼の練習に真摯に取り組む姿勢は若手の模範となる。

 

 

そして、新潟戦でフル出場の逢沢は今回もスタメンだろう。メンバーを落とした結果、新潟戦の惨敗につながったし、駆の不完全燃焼ぶりを考えれば、そのままこの悔しさをガンナーズ戦にぶつけてもらいたい。

 

 

「浜さん、半端は良くないです。縦に行くと決めたら最悪コーナーを奪うだけでもいいと割り切ってください。後、オーバーラップの時は俺もフォローするんで、思い切りよくお願いします」

 

「あ、ああ」

 

対人守備で意識改革中の石浜は、タイプの違う青葉、赤崎のサイドハーフ連携に実は難儀していた。青葉はサイドを連携して崩そうという魂胆があり、清川にはロングフィードの意識を植え付けた。展開を大きくできるサッカー。数的有利を作りやすい攻撃。

 

だが、赤崎はどちらかというと自分で切り込むタイプだ。何回もオーバーラップするほど石浜も体力自慢ではない。多少フィジカルとスタミナに強みを持っていたとしても、ボールロストの危険もある局面で、迂闊に前に出られないのだ。

 

青葉で慣れ切るのはまずい。しかし、赤崎では連携を取りづらい。右サイドのセカンドチョイスの一角だった宮野も最近は主戦場を左サイドに置いている。カットインや飛び出しなど、右利きの利点を存分に発揮しており、スピードだけなら逢沢を圧倒している。

 

 

その逢沢も、シーズンの体力がないと思われている。全試合出場は厳しく、控えの充実は望むところ。

 

しかし、代表離脱などを考慮しても、宮水の調子は変わらず好調。学業などで離脱するケースこそあるが、こちらに関してはフィジカル面での不安は完全にないとされている。

 

何より、杉江クラスでなければ簡単に相手選手が吹き飛ばされるのだ。椿も例外ではなく、まるで相手になっていない。その杉江も、青葉の突進を防ぐには力不足。複数いないときつすぎる相手でもある。

 

「いやぁ、宮水の加入でバランスが崩れると噂もされましたが、こうやってみるとみんな刺激を受けていますね。特に椿と宮野は」

 

新潟戦での敗戦のショックはまだあるものの、大阪戦への意気込みは十分と言える。松原は、宮水をどこに配置するのかを考える。

 

「—————うーん、けど、次の試合はそれなりにタフな試合になると思うし、松ちゃんはいつも抜けているからね。せめて俺だけでも気をしっかり引き締めないと」

 

 

司令塔の志村、汗かき役の平賀。この二人をいかに封じ込めるか。そして、4人のフォワード相手に最終ラインがいかに受け流すか。

 

平賀に関しては、その傾向がよくわかる。彼はカバーリング。元々それが仕事であり、汗かき役である。平賀を走らせつつ、チャンスになれば面白い。

 

ゆえに、右と左の陣容は決まっている。二列目は宮野と宮水。この二人のスピードは突出している。そうなってくると、後ろは石神と丹波になるだろう。石神と丹波のポリバレントは有効になってくる。

 

CBはあの4人のプレッシングを受けてフィジカルで勝る杉江と飛鳥。このコンビでは公式戦無失点を誇る。今できるETU最高のCBコンビが、あのハウアー相手にどう立ち向かうのか。

 

 

中盤は椿と村越。守備要員としてカバーリングに村越。椿には村越のサポートと三列目からのビルドアップ。椿が前を向いた瞬間に前線は一気にスピードアップするよう厳命している。が、椿がフリーになっている状況でなければ、椿にパスを出すなとも言っている。

 

より確実に椿のスピードを活かすには、まだ不安定ともいえる彼のビルドアップを制限する必要があった。何かの拍子ですぐに不調になる安定性の欠如を、何とか治したい。その為に、椿は今後試されていくだろう。

 

最前線ワントップには世良。後半は状況次第で上田か堺。フォワードの人選は本当に迷う。

 

達海の頭の中では戦術のことでいっぱいになっているが、しっかりと選手の動きを見極める。自分の思い描いた陣容になるとは限らないからだ。

 

 

—————よーし、見とけよ、大阪。必ずぶっ倒してやるぜ

 

 

 

 

そんな中、新潟戦で悔しさしかないデビューを飾った上田は、次節でのベンチ入りが濃厚だった。コーチにも自信を持ってプレーしていると言われ、青葉からは「後はフィニッシュから逆算したポジショニング」とアドバイスを貰っていた。

 

————世良さんが今期は調子いいけど、俺だって負けない!

 

 

今やチームのエースストライカーとなった世良。夏木からレギュラーを奪い、ファーストチョイスとなっている。そんな世良に対して、自分はゴール前での冷静さがあるものの、ニアサイドへの飛び込みは見習うべきポイントだ。

 

————どんな相手でも、ニアに飛び出して逸らせば、得点につながるかもしれない。

 

ワントップに求められているのはゴールだけではない。二列目のスペース確保、ポストプレー。抜け出し。役割は多岐にわたる。

 

だが、全てをこなせるワントップは世界的に稀有だ。だからこそ、限られた武器で限られる役割をこなすのだ。今の自分にできるのは何か、と。

 

だからこそ、世代別でプレーする逢沢や青葉の言葉はヒントにつながるのだ。

 

————負けないぞ、俺は

 

 

一方、上位対決となる10節を迎えるガンナーズサポーターは、先発が濃厚とされる宮水封じに自信を持っていた。これでもう10節、そろそろ生きのいい若手のデータも集まった。ここからはリーグの意地を、ガンナーズが格の違いを示す時だと。

 

「黄金ルーキー言うても、まだ5試合しか出てないんちゃう?」

 

「代表戦とはいえ、世代別とフルは違うでぇ。小室が五輪代表の意地を見せてくれへんとな!」

 

 

恐らく彼は右サイド固定。そして彼とマッチアップするのは、五輪代表にして日本代表候補の小室武巳。左サイドバックとして主力を担う。ゆえに、ここで青葉の快進撃も止まるはずだと。

 

「小室で止められへんかったら。誰も止められへんって!」

 

「てか、うちの攻撃陣を新潟に大量失点したETUが防ぐことなんてでけへんやろ!」

 

宮水封じだけではない。今のETUでは大阪の攻撃を止めることさえ困難だと。自分たちが撃ち負けることなど想像もしていないのだ。

 

「そうや、そうや!!」

 

無敗を誇るガンナーズはまだ連勝を更新する。それはもはや、超攻撃サッカーのサポーターからすれば当たり前の感覚になりつつあった。

 

 

 

 

そんな中、浦和のユースで汗を流す久世立彦は、一つ上、もしくはちょっと上のカテゴリーの選手たちの圧倒的な存在感を肌で感じていた。

 

————高卒で、あんなに活躍できる人がいるのか。

 

空中戦とフィジカルの強さを示した鷹匠。世代別でもお目にかかれない大型フォワード。そんな彼が唯一空中戦で勝てる気がしなかった相手が江ノ島にいる。

 

 

江ノ島の空中要塞改め、空の巨人、高瀬。

 

彼の絶対的なフィジカルは健在で、初戦でハットトリックを記録するなど、足元も抜群に向上している。何よりそのフィジカルと空中戦の強さはパワーアップしていると言っていい。

 

史上最強のフィジカルと高度を誇る怪物フォワード。それが一つ上の世代にいるのだ。あの江ノ島には久世の知り合いであり、ライバルもいる。

 

 

————龍の奴、埼玉を飛び出して、あそこに行ったんだよな

 

彼は今、江ノ島の二列目で出場機会を狙っているらしい。世代屈指のテクニシャン荒木竜一。彼はプロ注目の逸材である。あの宮水青葉が認めるパスセンスを誇る彼は、フィジカルを鍛えれば一流になれると言われており、その弱点も今期は覆い隠しているように見える。

 

先日行われた江ノ島との招待試合では、8対0と圧倒された。世代屈指のDFである荻本は、まるで赤子の手をひねるかのように高瀬相手に何もできず、高瀬は4得点を決めた後、前半終了と同時にベンチへ下がった。

 

 

衝撃的だった。あの荻本をフィジカルで圧倒する選手がいることに。中盤では真鍋、織田のバランスの取れたポジショニングに、パスコースを限定させる荒木のフォアチェック。後半頭から入った夏目との連携プレスは浦和に選択肢を著しく制限させた。

 

三石に関しては真鍋の執拗なマークに遭い、前を向けることが出来なかった。ベンチで戦況を眺める彼の師匠である堀川は、当然だと眼で語っていた。

 

 

真鍋。かつて浦和ユースに在籍していた選手がここにいる。彼は今、江ノ島で爆発的な成長速度を遂げている。その結果が三石封じ。

 

 

話は戻り荻本だが、執拗な前線からのプレスに難儀していた。ショートパスを完全に封じるかのようなプレッシング。荒木のパスコース限定プレス。荻本はロングボールを蹴るしかない。

 

サイドでは多少同等の勝負が出来ていただけに、荻本がやられるというのは大誤算だった。

 

後ろを完膚なきまでに突破され、守備が崩壊した浦和は防戦一方になり、攻め続けた江ノ島が完封勝利。浦和は何の収穫も得られない完敗のゲームとなった。

 

何しろスカウトやコーチたちの責任問題にまで発展した大敗だったのだ。的場相手に人数をかけても簡単に躱される選手。中央を完全に制圧された三石の能力への疑問視。

 

何より、パスコースを寸断され、孤立した久世に対応したのは武智。フィジカルで劣る久世は、雑なボールをキープできなかった。

 

武智昭。ユース入りも噂されていたが、江ノ島入りを選択した。ポテンシャルも十分な彼は、久世相手のデュエルで完勝。「本当に浦和の将来を担うエースなのかな?」と煽られる始末。

 

そんな中、後半30分過ぎに、龍が出た。この怪物に張り合い続けた彼らの真ん中でプレーする彼は、逢沢駆に似た、しかしキックフェイントを多用する小刻みなステップを披露した。

 

夏目が流し気味のサポートに移ったことを機に、荻本が一条を止めに行くが、彼のドリブルはあの怪我前のものとは違う、シンプルなものになっていた。

 

そして、荻本がボールに触ることすらできずに簡単に抜かれた。その光景に浦和のユースたちはショックを受けた。あの荻本が無名に等しい一年生に負けたのだと。

 

見えない何かに防がれたような、どこか強気な彼の抜け出し。そのままシュートを叩き込み、追加点。

 

「は、半端なく強いな、江ノ島は」

ボロボロに何もできなかった。こんな大敗は、海外でも味わうことはなかった。

 

 

「そうだよな。俺も、この中じゃ、下から数えたほうが速いレベルかも。みんな体が強いし、足元が上手い。的場先輩は、桜庭を思い出させたよ」

 

パスもドリブルも出来るので、迂闊に飛び込むこともできない。そしてあの俊敏性。個の力が違うし、この中にはサッカーを大学までと区切りをつける選手もいるほどだ。

 

「けど、青葉さんとの一対一は凄い。俺に足りないものを体感させてくれるんだ」

 

そして、龍もまた江ノ島の一員と化していた。正確に言うと、あの怪物に張り合うメンバーの一人になっていたのだ。

 

宮水青葉。日本最強のサイドアタッカーの一人。彼相手に一対一を何度も仕掛けているという。

 

「いつかあの人がサイドにいて、二列目を逢沢先輩と組めたらと思うんだ。俺と宮水先輩と逢沢先輩。そしてワントップは本当に迷うなぁ」

 

朗らかに笑う龍。ETUの主力でもある逢沢、宮水の両翼は高校時代も凄かった。それは納得できる。

 

だが、

 

「高瀬先輩は空中戦敵無しだし、地上戦も並の相手は弾かれるしなぁ。鷹匠さんは万能型。秋本さんもしっかり得点を決めているし。それに、夏目さんのプレースタイルは俺と合っている気がするんだ」

 

 

上のカテゴリーで暴れる名だたる怪物たちの名前を呼び続ける龍。いずれもワントップ経験者。特に鷹匠はあの江ノ島を追い詰めた鎌学のメンバーだ。

 

 

そこに、自分の名前は挙げられなかった。

 

 

しかし、そんな怪物級の上にいるのが超常現象宮水青葉と、至宝逢沢駆。

 

「この世代は強くなる。今よりももっともっと強くなる。俺はあの人たちに振り落とされないよう、荒木先輩に勝つ」

 

だが、この言葉を聞いていたのか、荒木がニヤニヤしながら近づいてくる。

 

「いいねぇ。けど俺は、動けるファンタジスタを目指しているんだ。フィニッシャーのお前に席は譲らねぇよ」

 

「望むところです! 俺は、もっともっと上手くなるためにここを選んだんですから!」

 

自分が憧れていた一条龍が誰かに羨望の眼差しを向けている。あの一条龍がだ。

 

 

————とんでもない場所だ、ここは

 

日本サッカーを変えかねないほどの存在。面白いほどに個性豊かな選手たち。18歳で日本代表入りをする野望は、とてつもなく遠い。

 

 

自分の野望を果たすためには、この宮水世代、逢沢傑世代に勝たなくてはならない。

 

 

 

「あ! 青葉さん!!」

 

その時だった。ETUのウィンドブレーカーを着こなす、宮水青葉が隅の方で出現したのだ。どうやら、ずっと位置を変えながら試合を見ていたらしい。

 

「どうでしたか、青葉さん!!」

 

対する龍は、自分のプレーに関して質問する。まるで先輩と後輩。文字通りそうなのだが、あの彼のあんな姿は新鮮だった。

 

「うーん。気持ちが切れかかっていた相手だし、参考記録だ。だが、あのステップワークは今後も続けるべきかな。だが、ちょっと大きなアクションや、1,23以外のテンポとか、バリエーションをどんなタイミングでも切り替えられる姿勢であれば完璧かな」

 

「オコチャは練習中なんですけど、なかなか難しくて」

 

それから一条は親しげに青葉に質問をしていく。その光景が久世には遠く感じた。

 

「龍はオコチャの左右の動きを意識し過ぎなんだ。後、ちょっと一定のリズムになる癖がある。それではだめだよ。オコチャダンスのオコチャで抜くぐらいの圧を見せないと」

 

「まあ、こんな風にボールをロールして、角度を変えるとか。オコチャしているときにその場所から動くなという道理はないしね」

 

相手は技としてオコチャダンスを認識している。だから、簡単に予測される。ドリブルニッ求められるのは計算された、且つ相手の思考を超えること。

 

「相手の重心を崩せ。そして固めて動けなくしてしまえ。フェイントはその為にあるんだから」

 

「はい、先輩!」

 

だから、無我夢中だった。あの頃の一条龍が霞むほどの存在。オーストラリア、ドイツの黄金世代にトラウマを植え付けた、恐るべき男。

 

そんな彼に、一条龍を取られたような気分になる。無意識なのか、龍の口から自分の名前は出てこなかった。勿論、今の自分が名だたる若きストライカーたちに勝てる武器があるのかと言われると、難しい。それぞれ目に見える武器があるのだ。

 

圧倒的強者の高瀬。なんでもできる鷹匠。唸るようなポストプレーと決定力の秋本。俊足の夏目。別のポジションでも荻本の代表入りが遠のくような始末。試合後の落ち込んだ彼の表情は衝撃的だった。

 

—————俺たち浦和のユースが、こうも蹴散らされるなんてな。

 

日本仕様、海外仕様と無意識に国内の選手への油断があったのかもしれない。

 

————サッカーの質で負けていたな、こりゃ。寄せ集めの俺らでは、江ノ島に勝てる算段はなかったってわけか

 

そして、久世が避けていた言葉が彼の口から出てくる。

 

—————俺もマッチアップしたいものだ、宮水青葉に。よし、昇格するための理由が増えたな

 

そして三石。自信を完膚なきまでに打ち砕かれ、塞ぎ込んでいた。特に一条龍が良いプレーをした時に見せる暗い表情は少し怖かった。

 

————三石の奴、龍とは初対面のはずなんだが。ま、それよりもだ。

 

この高い壁に上らなければ、龍とともに日本代表に入れる日はないだろう。年代的にも、彼らの世代が活躍すれば、自分たちの世代から選ばれるのは難しくなる。

 

————負けない。俺たちの世代が、日本を勝たせるんだ

 

静かに燃える久世。日本代表への狭き門は、確実にリミットが迫っている。

 

 

 




二人がいないことで自分がやらないとという気持ちで残存メンバーがさらに覚醒。

昨年よりも恐ろしい完成度に至った江ノ島。


しかも、現時点で半数が大学で一区切りになるかもしれないメンバーです。


総監督  岩城   (元江ノ島OB、部の中で一番うまい)

技術顧問 ミルコ  (ユーゴの元名選手、ボールタッチは健在)

二軍監督 近藤   (モラル、規律の統制は一任されている)


数年後、守備コーチに辻堂の瓜生先生が招集される模様・・・・

数十年後に成長したOBたちが帰ってくるも追加。(プロ含む)




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第七十一話 強襲の幕開け

第九節までの試合を消化し、ETUは6勝を挙げ、1引き分けと2敗。例年に比べれば、いいスタートを切ったと言えるだろう。

 

ここ数年全く勝てなかった磐田を粉砕し、清水を撃破し、浦和には劇的勝利。さらには因縁の名古屋戦で快勝。

 

だがここにきて、甲府戦、新潟戦でチームの層の薄さを感じた達海。通用する武器を持つ者、それに乏しい者、それ以外の葛藤を持つ者。

 

いろんな理由で停滞する時期に入ってきたと考える。相手もバカではない、ETUを研究し、対策を練らないわけがない。

 

 

そしてその大阪は、調子を上げてきていた甲府を惨敗に追い込んだ。あの中島や中村がいるチームを力でねじ伏せた相手ではあるが、勝機がないわけではない。

 

 

 

開幕当初から辛抱強く起用している椿大介は、サイドでも十分な攻撃力と守備力を見せてくれた。心の変化があったのか、ムラの激しさも鳴りを潜めつつある。何が彼を駆り立てているのか、達海は知る由もないが、いい方向にだけは向かっていることが分かる。

 

松原コーチが零した言葉を拾えば、年下のなでしこのエース候補とそれなりのお付き合いをしているそうだが、知ったことではない。問題だけは起こすなよと。

 

後で知ったことだが、年齢的には問題ないらしい。

 

椿から目を外し、うちの課題でもあるサイドバック。右サイドの石神は及第点を挙げていい動きを見せているだけに、守備で課題が残る清川、戦術的に青葉にフォローされている石浜。やはり、右サイドバックの選手層が問題なのだ。清川は下がった位置からでもロングフィードで展開を大きく変える技術があるだけに、石浜には自慢のスタミナとフィジカルを活かす局面が訪れない。

 

————今度の大阪戦、目に見える隙は見せちゃいけねぇ。石神で行くしかねぇな

 

 

ここはベテランの経験が必要な時。左は丹波、右は石神。清川にはカードとしてベンチに座らせる武器を持ち、展開次第では出てもらうだろう。

 

 

問題は、村越の運動量がここにきて落ちていることだ。カバーリングや危機察知能力に長けており、ディフェンス面で大きく貢献しているだけに、このコンディションの低下は懸念材料だ。

 

ゆえに、中盤で動ける守備的ボランチに、熊田を大抜擢。急造ではあるが、攻撃では椿に展開を任せることになりそうだ。ジーノの守備力を考えれば、大阪ガンナーズ戦ではフォアチェックが必須事項。

 

大一番で今期を占う一戦でジーノが起用されない理由は、もう本人に伝えてある。ジーノはどことなく不満を持ったが、達海が理想とする速いサッカーでは、守備と攻撃の切り替えが重要になる。

 

「まあ、僕もそろそろ同じことを繰り返すだけではだめだということだね。そうだね、大阪戦以降は守備も極力頑張ることにするよ。休みの日が増えるかもしれないけどね」

 

ゆえに、ダブルボランチは椿と熊田。村越は精神的支柱としてベンチに必要な選手だ。

 

 

そして、激戦必至のサイドハーフ戦線。右はもう宮水青葉で確定。左には、温存していた宮野を入れる。ワントップも、世良と上田、堺の3人を最後まで競わせたい。

 

問題のトップ下。ジーノは守備の軽さで論外。赤﨑もいいが、守備をする劣化ジーノと言えば大差ないだろう。ゆえに、フル出場した後も調子を維持している逢沢が座ることになる。

 

27歳の熊田に、20歳の椿、16歳の逢沢と非常にフレッシュな中盤。後半堀田を投入することもありそうだ。

 

 

 

すでに決定されたベンチメンバーとスタメン。落胆する者、チャンスと見る者、その他反応はそれぞれだった。

 

 

この大一番で、達海が選んだ11人はそれぞれ緊張した面持ちで、大阪戦に臨もうとしている。

 

「———————あの長身フォワード。確かにフィジカルはいいですが、ドリブルは今一つ。むしろ問題なのは、中盤の志村と、FWの一角でもある窪田。特に志村にはケアが必要になります。」

飛鳥は、マッチアップ時にあの4人のフォワードに対して負けるイメージが露ほど感じなかったが、志村のパスは脅威と考えていた。

 

派手に見えてあの4人は替えが利く。ただ調子がいいだけだ。本当の急所は平賀と志村。そろそろフル出場続きでコンディションが落ちてくるころだ。

 

「それは俺も思う。志村さんにボールが入った瞬間、一斉に動き出していますし」

椿もそれは映像で認識していたことだ。

 

「パスコースを限定させる、だけでは難しいかも。ハウアーめがけて飛んでくると僕も降りないときついかな」

駆も、パスコースを制限してもピンポイントでパスを出してくる志村をそれだけで止められるとは思えない。自分が下りて挟み込むようにボールを奪うしかないと考えていた。

 

「だろうな。ハウアーの相手をスギさんがやるとして、窪田がセカンドボールを拾う癖があるので、俺が彼を封じ込めます。精々、上手く釣って走らせますよ」

 

「うわ、鬼だな飛鳥。スタミナないの知っててそれやるもんなぁ」

上田が飛鳥の毒を吐く言葉に苦笑い。アンダー20入りを幾度となく有力視されていたこのセカンドトップは、未だに自分の弱点を克服できない。青葉の真ん中を見ていれば物足りないのはわかるのだが。

 

「両サイドバックはベテランが〆てくれる。ミヤと青葉は存分に仕掛けるだろうし」

 

 

「問題は、得点力。リマと寺内。あれでも一応日本代表だからな、寺内は」

 

「こじ開ければ問題ないですよ。研人か世良さんは必ず裏を見てくれる。ラインが下がれば僕や青葉のレンジですし、ミヤさんもそこから切り込める力はあります」

 

日本代表の当落線上にいるとはいえ、代表選手。しかし逢沢はまるで臆していない。

 

 

 

その宮野と青葉は、有里によるオランダ語・英語の勉強をしていた。

 

「うーん、やっぱりすごいよ、青葉は。もうその年代で海外を意識しているし」

 

「いやいや。俺は必要だと思ってやっているだけだよ。ミヤさんも海外でやれる武器があるし、使い方も様になってきている途中。ただ、英語からやった方がいいよ」

プレーでは戦術理解が進めばプレーできるレベルはあると思う青葉。後は体の強さが欲しい。やはり球際の強さがないと海外ではやっていけない。

 

そして、その戦術を理解するために英語が必要なのだ。

 

 

「うん。それは痛感してる。」

本人も自覚しているのか、苦い顔。英語を普通に話せる青葉や有里に尊敬の念を抱いていた。

 

「宮野君の英語力が壊滅的なのは十分想定内よ。英語を話せる青葉も何かアドバイスを送ってね」

 

「了解です、有里さん」

 

 

そしてこの首位攻防戦は、大阪、ETUの視線がぶつかり合うだけではなく、他チームも注目するビッグなゲームとなっていた。

 

 

「ともに好調同士、攻撃的なチーム。うちのお株を奪うような試合をする。勢いだけのETUが止められるものか!」

八谷は、大阪が勝つと考えている。甲府相手に惨敗し、新潟に競り負けたチームが大阪に勝てるものかと。

 

「まだうちとやってないからな、大阪もETUも」

五輪代表左サイドハーフ草野は、二チームの調子が良いように見えるのは、川崎と戦っていないからだと言い張る。

 

「大阪は確かに脅威だが、ETUは今だけ威勢のいい残留が目標のチームだろ? うちよりも上の順位にいることが気にわねぇ」

 

そして日本代表GK星野は、長年上位にいながら優勝を獲れない川崎を差し置いて、ETUが首位争いに参加していることが気に食わない。

 

このまま鹿島に追いつかれたように、勢いが衰えるのは既定路線と見ている。

 

 

宮水の活躍に比例して肥大化するブーム。逢沢駆と並び立つ未来のエース候補たち。その江ノ島も神奈川予選では他チームをまるで寄せ付けない強さを発揮し、「去年よりも隙が無くなった」と言われるほどのチーム力を見せている。

 

全国のサッカーのブームが江ノ島とETUに集中するような状況。プロでもない江ノ島がJリーグよりも注目され、お荷物クラブのETUがルーキー二人を獲得しただけで変貌している。

 

「今年こそ、うちが栄冠を獲るんだよ。精々上位で潰し合っとけ」

 

「星野の負けん気は時々為になるよね。大阪とETUが潰し合えばうちの目も出てくるし」

 

 

そしてそのETUに敗北した清水は、

 

「はっ、無様な試合だけはするなよ、達海」

 

清水にほぼ完ぺきな試合運びをしたライバルチームが、新潟戦での醜態を晒さないか気が気ではない、蛯名監督。

 

————うちに勝ったんだ。あの時の強さがあれば、大阪の独走とか、許しちゃいけねぇだろうが!

 

 

むしろ、ETUはまだ本領を発揮していない。宮水、逢沢、飛鳥の同時先発はこれまで数えるぐらいしかない。だからこそ、達海はこの試合でその布陣を間違いなく敷くだろう。

 

 

蝦名はこの試合で、現時点のETUの最高値が見られると確信していた。

 

 

 

 

そのETUと対戦経験のない横浜のルーキーは

 

「そういえば、奴とは高校時代に対戦経験があるんだよな、アキ?」

 

「ええ。といっても何もできませんでしたが。江ノ島のサッカーは本当にすごい。そして、宮水青葉と逢沢駆が欠けても輝きを放っている。むしろ今年のチームの完成度は去年以上ですよ」

 

CBの古谷は、秋本から青葉のことを尋ねる。やはり高校時代から凄かったのかと。

 

「—————彼のプレーを止めない限り、大阪に勝利はありません。大阪が勝つには、青葉を活躍させてはダメです。そして、彼と小室さんの実力差は、古谷さんならわかると思います」

 

マッチアップが濃厚な五輪代表左サイドバックと今年の怪物ルーキーの対決の結果はどうなのか。

 

「——————小室の足で、あれをどうにかできるとは思えないな。一瞬でも距離が開けば千切られる。かといって迂闊に奴のエリアに踏み込めば躱される。それも最悪な形でだ」

 

 

アンクルブレイク。彼にはその力がある。

 

 

浦和では——————

 

 

「楽しみではあるな、一人のサッカー人として」

 

越後が語るのは、大阪と浅草軍団の試合。今まで日本では目にしたことがない速さと強さを誇る宮水が、大阪相手に何をしでかすのか。

 

「正直、窪田よりも凄いですよ。スタミナは落ちないし、一人で打開できるし。もしあいつがボランチにいれば、大阪は何もできなくなるでしょうし」

鷹匠が語るボランチ宮水はそれだけの存在。

 

ボランチ宮水は劇薬のようなものだ。本当はそれこそが彼の最適なポジションではないかと思えるほどの威力を見せてくれる。だが、彼と同等の控え選手がいなければ、一気にバランスが崩れかねないほどの諸刃の剣。

 

「俺は今までアイツの個の力ばかりに注目してました。けどそれは大きな間違いだ」

 

「—————ああ。実際にマッチアップした俺も思ったことだ」

 

彼のサッカーIQでも、その類稀な身体能力ではない。

 

—————奴の目は未来が見えている。そして、その未来はさらに拡大しつつある

 

相手の動きを著しく制限する守備の強さ。隙を見せれば一気にカウンターになり、即死コース。一枚剥がれた状態で青葉に時間を与えればスピードに乗り、止めるのがほぼ不可能となる。もしくはパスミスやインターセプトを誘発するポジショニングを行えることだ。

 

だが、今後その観察眼が成長すれば、不動の中盤になれる存在。相手の動きだけではなく、味方の動きすら読めるようになれば、パスミスも減り、チャンスも多くなる。

 

「皮肉なもんだな。あいつは点取り屋を信条としているのに。最高の天職は中盤だって言うんだからよ」

 

 

大阪との大一番を迎えることで、周囲のマークがきつくなる。その最大の原因たる宮水青葉は、代表合宿で親しくなった二部大宮の九鬼鉄心と連絡を取り合う仲となっていた。

 

「なるほど、参考になります。以前からパスコースをとにかく消しつつ、距離を詰めることは心がけていましたが」

 

「俺としちゃ、実戦でものにしつつある青葉の方がやばい。俺は2年かけてこの動きを会得して、仲間にそれを伝えられるようになったんだ。ま、青葉の方はまだ伝えるのは下手糞だがな」

 

j2大宮の左サイドアタッカー、九鬼鉄心。あの花森ですら会得できていない日本で最高峰のサイド守備理論を持つ男。青葉は代表合宿で彼の動きに感銘を受け、弟子入りをしていた。

 

 

先日の強化試合でも、CBのパスをカットし、そのままゴールを決めて見せた彼の動きは、高い位置でボールを奪い、決定機を作り出すという青葉の理想通りだった。

 

「青葉の欠点は、奪えると思ってしまった時、後ろの上りを待たずに突っ込む癖があることだな。それでこれまで封殺してきたのは凄いが、SBの上がる時間を作って、スペースを消して誘い込む。少し悪い意味で守備時、攻撃の時と同じ意識じゃないか?」

 

攻撃的で、積極的なプレス。もし海外なら彼の意図をすぐに理解し、その時間のラグは発生しないだろう。強豪になれば阿吽の呼吸レベル。しかしここは日本で、そのレベルに到達しているSBはいない。代表レベルでも、LSB城島が及第点を与えられるほどだろう。

 

「なんにせよ、明日は右サイドで先発か。リーグの行方を左右する試合なんだ。きっとブラン監督も来ているはずだ。気張れよ」

 

 

「勿論です。出ると決まっているのなら、その試合で結果を出す。存分に暴れてやりますよ」

 

 

 

 

 

 

そして試合当日夕方前。大阪ガンナーズのバスが隅田川スタジアムに到着。試合開始まであと少しとなった。

 

 

別の場所では、浅草のクラブカフェにて試合模様が中継されることになる。スタジアムまで足を運べない、まだスタジアムには行き辛い人々の受け皿となっているここでも人が多少は入っていた。それは八王子、町田のクラブカフェでも同じことがいえる。

 

こうしたグッズや一般店に化かして作った奇策をもとに、潜在的なファンの割合では、すでに東京ヴィクトリーに迫るものがあるETU。ただ勝てないだけで、身近にいるのがETU。それだけだった。

 

しかし、今年は勝てるからこそ人が例年以上に入る。青葉と駆、ルーキーたちや達海ファンがETUのサポーターとして入り込んでくる。

 

「————————」

 

その浅草では、招待券を青葉からもらった少女の姿もあった。店内は既に満席となっており、ETUファンが何か色々な話をしている。サッカーに関する知識の浅い彼女では何一つ理解できない単語の数々。

 

単語でしか知り得ない、ただ何となく英語で理解している言葉の羅列。ここにいるだけで、自分が今までとは違う、別世界に来ていることを感じていた。

 

店を継いでほしいという母親の気持ちも理解できなくもない。ただ自分は、狭い世界で一生を費やすのではなく、もっといろいろなものを見たいのだ。

 

英語を勉強していたのはその為。何かをするために、必要だから学んだあの青年とは違う。

 

彼らが夢を託し、期待を抱く先には、彼らがいる。その中に、きっとあの青年はいるのだ。そんな彼らと一緒に、しかも特等席に座ってここにいてもいいのだろうかと、少女は迷っていた。

 

「—————えっと、大丈夫?」

 

そんな時だった。高校3年生ぐらいだろうか、東京の進学校の制服を着た青年が歩み寄ったのだ。少女の居心地の悪さを感じたのか、人がいいから声をかけてきたのか。

 

「大丈夫です——————」

 

 

「ちょっと瀧君? どことなく辛そうにしているからって、彼女を放り出すのは違うんとちゃうん?」

 

私怒っています、な言葉とは裏腹に、お人好しな彼氏の姿に笑みを浮かべている女性が近づいてくる。

 

「それに、こういう場合、見ず知らずの人に心配されても、そういう答えが返ってくるのは当然やよ? 貴女は一人でここまで来たん? どこから来たの?」

 

親しみを覚えるような訛り言葉の女性。柔和な笑みで、どことなくあの青年を思い出させるような雰囲気。それは顔の輪郭だろうか、それとも何か共通点があるのだろうか、と少女は戸惑う。

 

「えっと、埼玉です。以前、係の人にチケットを貰って—————」

 

口が裂けても、あの青年からもらったなどとは言えない。自分はサッカーに詳しくないのに、未練がましくまたここにきている。スタジアムに行く勇気がない癖に、彼に会うのが怖いのに、ここにいる。

 

「—————あ、このチケット。選手からもらえるものね。運がよかったんやねぇ」

私と一緒だ、と笑みを浮かべる女性。

 

 

一瞬で嘘が見破られたことに、少女は衝撃を受けた。後で知ったことだが、選手が親しい人に配れる希少なチケットであり、選手の中でも貰うことの少ない代物だったらしい。

 

「その、えっと—————」

嘘を見破られ、動揺する少女。そんな彼女の様子を見て失敗したと考えた女性が自己紹介をする。

 

「自己紹介がまだやったね——————」

 

その時、その夜、その夕方からの試合は、彼女にとって忘れられない日となる。

 

「私の名前は宮水三葉。よろしくね!」

 

 

 

少しずつ少女の——————江藤藍子の世界が変わっていく。

 

 

 

隅田川スタジアムでは、すでに両陣営が最終ミーティングを終え、ピッチへと姿を現そうとしている。

 

すでにスタメンは発表されており、ETUはここでも驚きの布陣を見せてくる。

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB 29番 飛鳥

CB  3番 杉江

LSB14番 丹波

CMF 7番 椿

CMF 4番 熊田

RMF17番 宮水

LMF25番 宮野

OMF19番 逢沢

CFW20番 世良

 

控え 

GK 23番 佐野   

DF 16番 清川 27番 亀井

MF 10番 ジーノ  15番 赤﨑 8番 堀田

FW 18番 上田

 

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  2番 黒田 12番 鈴木

26番 小林 22番 石浜 

MF  28番 広井 13番 向井6番 村越

    24番 住田 21番 矢野   

FW   9番 堺  11番 夏木

 

サプライズは何と言っても、ジーノのベンチスタート。強豪との一戦で彼をスタートさせないということは、守備を重要視している、そんな達海の意図が見られた。

 

しかし一方で、両サイドの後ろはベテランが居座り、攻撃陣には若くスピーディーな二列目が居並ぶ。高さや人数をかけての攻撃が主体のガンナーズに対し、単独でも切り込める力を持つ選手が揃うETUは、やはりカウンターが狙いか。

 

そして最後尾には“三人目”の男、飛鳥亨が久しぶりの先発。心なしか、シーズン開幕に比べ、逞しさを増した若手センターバックは、大阪攻撃陣にどのようなプレーを見せるのか。

 

最前線には、今季ブレイク中の世良を先発。逢沢との息の合ったプレスを見せられるか。

 

夏木は新潟戦で準備不足と試合勘の欠如を突きつけられ、ベンチ外。ピッチ上で逢沢に叱責されるなど、復帰後は踏んだり蹴ったりな有様だ。矢野も力不足を突きつけられ、現在下で再調整。

 

控えにも一芸のある清川、亀井、赤﨑が居座り、ビハインドでの仕掛けも充実。流れを変えるプレーが出来るジーノもいることで、チームに安定を齎している。

 

サプライズは、上田のベンチ入りだ。記者からの質問で、「上田は今、下で伸びていると聞いた」と昇格の理由を明かす。

 

 

そして選手入場。全勝と負けなしの大阪への大歓声と、それを追撃するETU。それぞれに相手チームを警戒しているのか、表情を悟らせない。

 

 

そして指揮官たちもまた火花を散らせている。

 

『お手柔らかに頼むよ、ダルファー。うちもこれ以上負けると上位争いできないしねぇ』

 

『互いにベストを尽くすだけだよ、ミスター達海。』

 

 

今節最大のカード。ETUの不敗神話、宮水先発時は大量得点で無敗というジンクスがある。事実、このプロリーグの中でも別格の活躍を見せている16歳の少年は、日本代表が固めるガンナーズを突破し、彼らの攻撃陣を上回る攻撃を見せなければならない。

 

一方、ガンナーズのスタメンは予想通り、早くも固定化されてきたメンバーである。流動的に選手を入れ替えているETUとは対照的なチーム方針。4人の攻撃陣を指揮するのは志村、そして状況を変える力を持つ窪田は、この試合でその能力を見せられるか。

 

 

目の前に立つ窪田を見て、逢沢駆は士気が限りなく上がっていた。彼とマッチアップする可能性もある中盤対決。基本的にセカンドボール奪取とチャンスメイクが主な役割の彼とは、必ずぶつかるだろう。

 

 

—————あの人が達海監督の言っていた流れを変える選手、か

 

 

そのマッチアップの結果によって、駆の今後も変わってくる。今は語らない。試合後にその事実を語るのみだ。

 

 

 

大阪ガンナーズも、今期クリーンシートを唯一完遂した杉江、飛鳥ペアということで、警戒をあらわにしていた。

 

—————あの身のこなしとフィジカル、高校上りのガタイちゃうやろ

 

————厄介なCBが、最悪なバディを手に入れちまったやんけ。ルーキーは飛び道具も持っとるで

 

片山と畑は、冷静さを持つCBが相手方にいることでやりづらさを感じていた。

 

————ええとこ見せんと、代表入りが待っているんや

 

 

二人が意識しているのは、代表監督ブランがスタジアム入りしたという情報。彼が視察に来ることはめぼしい選手がいるということになる。だからこそ、余計に力が入っていた。

 

そのブラン監督は、やはりあの16歳コンビと、18歳のセンターバックに目を付けていた。ガンナーズに関しては畑と窪田、志村のコンディションチェック。

 

————18歳で見せる数々の冷静なプレー。広島佐藤を封殺したポジショニングとインテリジェンス。彼は年若いのに、ずいぶんとクレバーなプレーが出来るみたいだ。

 

 

試合が始まる。ETUからのボールで始まる。ディフェンスラインでボールを回すETUに対し、ガンナーズのハイプレスが襲い掛かる。

 

「おら、よこせぇぇ!!」

 

「ちんたら回してんじゃねぇよ!!」

 

片山畑がサイドへの逃げ道を奪い、ハウアーがプレッシングに来る。窪田は中盤をふらついており、ロングパスを警戒しているのだろうか。

 

 

しかし、ボールホルダーは飛鳥。ハウアーのプレッシングを鮮やかなターンで躱し、窪田へと走り始める。当然窪田もハウアーが躱された時点で、飛鳥にプレスを掛けなければならないが、

 

飛鳥は窪田の目を引きつけた瞬間に縦パス。平賀の前に出ていた逢沢へとパスが通る。

 

 

さっそく逢沢が良い位置でボールを貰ったのだ。トップ下がプロの舞台で板についてきたのか、上手くボランチとディフェンスの間で受けた彼はすぐに反転する。しかし、平賀が立ち塞がる。

 

————中央行かせるか!

 

体力自慢の平賀の執拗なプレス。下がりながら位置取りを修正し、ボールを触らせない逢沢。ここで、青葉が中に絞る動きを見せる。

 

「カバーするぞ、駆!!」

 

中に絞る動きを見せたことで、マークしていたサイドバックの小室が釣られる。片山は前線におり、サイドの枚数が限定的に一枚少なく、手薄になる状況。平賀はそれが分かっているからこそ、サイドへのパスを警戒した。

 

が、

 

『ここでターン、して躱した!! 逢沢一人躱した!』

 

 

ここインサイドのスルーパスと見せかけてのアウトサイドへのトラップからのカモシカステップ。中央前が空いた状況になるが、

 

『しかし止められて笛が鳴ります!! 志村のファウルで倒される逢沢!! さすがの危機察知能力! しかし、ETUのフリーキックです!』

 

 

しかし倒れたままの逢沢。余程志村の後ろからのファウルが堪えたのか、ようやく上半身を起こしたほどだ。

 

 

周囲も所詮は16歳のフィジカルしか持ちえないルーキーだと油断した。持ち上げられても早熟の天才と言われる無数の存在の一人だと。

 

 

一番彼に近く、平賀がマークを確認するよう伝達し、志村が駆から目を離し、未だに中に絞る動きを見せる青葉を見た瞬間だった。素早くボールをセットし、クイックスタート。それに反応していたのは、

 

 

『あっと速いリスタート!! ゴール前フリーだぁァァァ!!! ETU先制!! 決めたのは左サイドハーフできょう先発の宮野!! 逢沢からの縦パス一本に反応し、一対一を冷静に決めました!!』

 

獰猛な笑みを見せる駆。南米特有のマリーシアを如何なく見せつけた彼は笑う。相手は自分を軽く見ていたことを知っていたのだ。

 

逢沢がクイックスタートした瞬間、最初に動き出し始めていたのは宮水だった。しかし、それはフェイク。青葉が動き出す前からアイコンタクトを交わした相手は左サイドの宮野。

 

つまり青葉は、自分にボールが来ないことを承知でデコイランを行い、逢沢のクイックスタートに対応したかに見えたガンナーズの視線を誘導させたのだ。その背後では、宮野が裏へ抜けていたことも知らずに。

 

 

「おっし、先制点獲れたぞ! よく俺を見てくれたな!」

 

「あまりにも無警戒だったので。少し動きが遅い時点で、目を切るなんて。王者特有の慢心ですね」

 

『前半早くも4分での先制劇!! 今期5得点目の宮野!! 一瞬の隙を見逃しませんでした!』

 

『冷静でしたねぇ。逢沢君も今期3アシスト目。チームに上手くフィットしていますよ』

 

してやったりの宮野と駆。大阪ガンナーズは信じられないといった表情。まさかこんな姑息な手段で点を奪われるなどという憤りがあった。

 

 

 

 

————このルーキー。可愛い顔してなんてエグイ考え方だ

 

 

————性格よさそうだったが、ひねくれ者だな、こいつは

 

 

————くそっ。すぐに取り返してやる!

 

 

まさかまさかの先制点に、監督の達海も驚く。何しろ劇団員並みの演技で相手をだまし、リスタートで宮野を見つけ出し、彼がそのまま冷静に決めた。王者面している彼らにいいジャブになっただろう。

 

————形振り構わず、ね。好きだよ、俺は

 

 

 

観客も、いきなりの先制点に驚きを隠せない。

 

 

「本当に、あれが高校生のプレーなのか? 助っ人外国人並みのリスタートじゃねぇか」

 

 

「さすが逢沢。汚い、汚いが、最高なトリックプレーだ!!」

 

 

「けど、これで先手を打てましたね、羽田さん。ここから囮に徹していた宮水選手が暴れますよ」

 

スカルズメンバーも、マリーシアを見せつけた駆のプレーに驚き、そして感動していた。うちのチームにもそういう意識が出始めたのだと。

 

このゴールで勇気づけられたメンバーがサポーターには多く、一段と声援が大きくなる。スタジアムでは逢沢コールさえ沸き起こるほどだ。

 

 

有里も、強豪相手に厳しい試合になるかと思われていたが、望外の結果に喜びを爆発させる。

 

「すっごーい! ほんとに決めちゃった!」

 

「ああ。しかし宮野もよく反応してくれた。二列目の緊張感が、チーム全体に波及しているのがいい方に転んだかな」

 

前田GM補佐も、一瞬の油断を見逃さない攻撃陣の集中力は評価していた。しかし試合はまだ始まったばかり、一点を守るような思考にならないでほしいのが悩みだ。

 

だからこそ杉江と飛鳥は、自分たちの攻撃陣なら打ち勝てると信じた。青葉がこのまま黙ることなど有り得ない。攻撃陣を信じ、自分たちは勇気をもって前に出るべきだと。

 

 

監督からも、同じような指示がと飛んできたようで、

 

 

「ラインをあげてガンナーズを押し込むぞ。むこうも当然前掛りになると思うが、コンパクトにチームの方針を固めるぞ!」

 

 

「クマさんは一列降りて! 椿も一列上げて、駆は中盤に降りてきてくれ! ギャップを作る! 連中、駆に釘付けになっているからな。がら空きになった中央を突破してくれ、椿」

 

飛鳥は監督からの指示を皆に伝える。ここからは前掛りになるガンナーズの切り札を”必ず1枚”は潰す手筈となっている。

 

その格好の餌食は、分かり易い、致命的な弱点を抱えているのだ。達海がこの選手を狙わないはずがない。

 

 

「うっす!」

 

「窪田は任せてもらっていいですよ、この状況なら」

 

椿は二列目に疑似的になり代わり、駆はチャンスメイク、飛鳥と杉江のビルドアップを手伝う形となる。

 

 

ガンナーズはやはり、得点を決めた駆にボールが集まると感じたのか、彼へのマークがきつくなる。が、窪田と平賀の二人係のプレスが彼を襲う。

 

「————————」

 

「(これ以上好きにさせるかッ!!) 窪田ッ!!」

 

挟みこむように駆の周囲に近づき、パスコースを寸断しながら近づく二人。駆は窪田に体をぶつけ、流れるように包囲網から脱出する。それは、リーグ戦で何度も見た不可解な現象だ。

 

フィジカルコンタクトで同等と思われていた窪田があっさりと駆の試みを許し、突破されているのだ。

 

—————え、なんで? 僕、力が入らなく—————

 

 

間近で見た平賀はようやく駆の秘密を知る。あれは相手の体重移動を正確に判断しなければできない芸当。そこへ力を入れ、いなし、揺さぶる手の使い方。

 

 

相手の重心を崩す、逢沢駆の手の使い方はこのリーグジャパンでトップクラス、それどころか世界の舞台で戦うための貴重な技術。つまり、あの右サイドに影響を受けた選手たちは世界を早期に意識し、レベルが上がるということになる。

 

 

高校時代から彼の影響を受けている逢沢は、リーグジャパンで結果を出している。最年少ハットトリックやその後の中盤での活躍。突然湧いて出た下の世代からの刺客。

 

 

現状維持など許さない。日本サッカーのレベルを加速させる存在は、既存の選手全てに影響を与えるだろう。

 

刺激を受け、成長する者もいるだろう。ライバルと見定め、牙を研ぐ者もいるだろう。

 

だがそれ以外の運命も待ち受けている。その結末は言うまでもないだろう。時代の進歩に乗り遅れた存在の結末は、どの分野でも同じだ。

 

 

——————これが、ガンナーズの切り札? 荒木先輩よりも紙装甲なのに?

 

プロに進む前の練習でも、荒木に簡単に競り勝てるようになっていた逢沢は、テクニック特化型で紙装甲の窪田が次世代を担うと謳われていたことに驚いていた。

 

 

—————ETUの奴ら、窪田を潰しにかかったか! させるかよっ!!

 

 

平賀が窪田のプレスから抜け出した駆を捉えに行くが、ここで連続シザース。まるでサッカーを楽しんでいるかのような派手な技で平賀を迎え撃つのだ。

 

 

ワンステップ、ツーステップ。シザースからの抜け出し、からの急停止ボディフェイント。カモシカステップを得意とする駆が次に選択するのは、シザースで行きかけた右。

 

 

だが、逢沢駆のプレーがその上を行く。重心が乗った足を小刻みに変える彼は、右足への重心ではなく、右足で平賀の股を抜いたのだ。その直後に右足への重心移動からのカモシカステップ。

 

 

————このっ!!

 

平賀が進行方向を遮るが、ボールに回転をかけたのか、外回りする駆を捉えることが出来ず、ようやく体をぶつけても、進行方向を手でブロックされ、ボールを奪えない。しかし彼も業を煮やしたのか、一気にスピードアップ。つられて平賀もそれを追撃する。

 

「な、あぁ——————!?」

 

逢沢のドリブルの真骨頂はトリッキーさ。急停止、急加速が可能なボディバランス。加速を諦めたかと思えば、体勢を低くして這うような再加速で平賀を振り切ったのだ。

 

『この個人技で中央二枚を抜いた逢沢!! 宮野へのスルーパス!!』

 

サイドからダイアゴナルに抜け出してきた宮野が駆のスルーパスに反応したのだ。ディフェンダー間の間を抜く縦へのパス。反転する時間が必要なディフェンダーと、すでに加速状態の宮野では、高確率で彼に渡る可能性は高かった。

 

「来い、ミヤちゃん!!」

 

宮野はここで中央からニアサイドへ体を入れた世良を見つける。予備動作からの、宮野のクロスを呼び込むタイミングのいい抜け出し。

 

宮野は間髪入れずに世良へのラストパス。今期エース級の活躍を見せる彼に追加点をもぎ取ってもらうために。

 

—————ここで追加点だぁ!!

 

 

押し出されるかのようにニアサイドへ飛び出した世良が、キーパーのニアに狙いを定める。ここで振り抜けば追加点。世良はゴール前しか見えていなかった。

 

 

—————ッ!?

 

 

しかしシュートを振り抜く直前、強烈な張りを足に感じた世良は、コントロールの定まらない少しだけ威力のあるシュートを打ち上げるのみだった。

 

 

今期、ETUを最前線から引っ張ってきたCFWに起きた異変。それはガンナーズ戦以降も小さくない影響を与えることになるだろう。

 

 

蹲る世良の姿を見て、達海はその近くで闘志を燃やし、準備をしている若手の様子を見つつ、松原コーチに問いかける。

 

 

「——————上田の準備はどうなっている?」

 

 

緊急事態勃発のETU。ストライカーの役目を担う為、18歳の若武者が大舞台に足を踏み入れる。

 

 




駆君のマリーシアで先制点を奪った矢先の不運。

世良君は前半戦の鹿島戦ぐらいには戻ってくる予定です。

しかしこれから始まるu18ワールドカップに伴う飛鳥と青葉の長期離脱。

ETUは、前半戦の神戸との試合まで彼らを欠くことになります。


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第七十二話 一線を超えた者






ETUに訪れた予期せぬトラブル。

 

 

「—————くっそ———うぅっ————ッ!!」

 

激痛に耐えられず、倒れこむ世良。

 

「世良さん!!」

 

「世良ッ!?」

 

「ッ!! 世良さんッ!!!」

 

 

前線三人が慌てて駆け寄る。事の重大性を知った達海もフィジカルトレーナーにも指示を出し世良の下へ。

 

 

世良は恐らく今期程試合に出たことはない。それも連戦でフル出場も珍しくない。だからこそ、体が慣れていなかったのだろうというのがトレーナーの見解。今この瞬間、世良は肉離れを起こしていた。

 

『ETUのコーナーキックですが、世良が立ち上がれません!』

 

『あぁ、トレーナーが×のサインですね。今期点取り屋として活躍していただけに、ETUは痛手でしょう』

 

 

—————くそっ、こんな————これからだってのに—————

 

世良は自身のフィジカルコンディションが足りなかったことを痛感した。若いからある程度は許されていた体への負荷。食事諸々の影響が積み重なったことを痛感する。

 

「またいいクロスを入れるので、しっかり体を治してください、世良さん。ニアサイドへの飛込がないと、選択肢が減るので」

 

「ターゲットマンが一人減るのはきついかな。ベストな状態でまたいい崩しをしましょう、世良さん。組んでて一番感触がよかったのは、世良さんですし」

 

 

「—————くっ、すまねぇ」

 

青葉と駆の励ましの言葉に少し心に響いたのか、前髪で顔を隠す世良。表情は近くにいたトレーナーと青葉と駆には察せられたが、敢えてそのことには言及しない。

 

「今季ここまで凄かったぞ!! すぐに戻って来いよ!!」

 

「世良ァァァ!! 俺は五輪入りを諦めてないぞ!!」

 

 

応援席からも励ましの声援を貰う世良が、肩を貸してもらいながらピッチを後にする。しかし、これは緊急事態のETU。

 

 

すぐに上田が呼ばれる。

 

「ラインとの駆け引きをメインに頼む。駆とCBがホルダーになったら集中しろ、いいな?」

 

「はいっ!」

 

ここにきて高卒ルーキーの緊急出場。一枚目をこの前半15分で使うことになった。

 

 

 

ETUはそれでも止まらない。チャンスメーカーに徹する駆が中盤でためを作る傍ら、三列目から椿が一気に飛び出してきた。

 

「っ!?」

 

平賀と窪田の二人係で駆を足止めする中、志村を置き去りにする俊足が一気にガンナーズ中央を切り裂いていく。

 

こうなると、ディフェンダーが彼に対処しなければならないが、椿が切りこむことを予測した瞬間、まるで分っていたかのように青葉が最高のタイミングで抜け出したのだ。

 

 

『サイドへのクロスボールにワントラップして、あっと宮水ダイレクトで折り返した!!』

 

 

椿の少し伸びたロングボールに瞬時に対応する青葉。自分で決めることを諦めたのか、そのクロスを中央へと折り返すことに徹する。

 

そこには、あの男がいた。

 

 

『中央折り返してダイレクトぉぉぉぉ!!! あっとキーパーファインセーブ!! 弾かれたボールを拾うのはどちらだ!』

 

 

上田がきっちりとこのプレースピードに食いついてきたのだ。惜しくもキーパーの正面を突く強烈なヘディングシュートだが、そのセカンドボールに詰めるのは、平賀と逢沢。

 

「———————」

 

拾ったのは逢沢だが、平賀が前を向かせる前にファウルで止める。

 

『倒されたァァァ!!! おっと速いリスタートを仕掛けようとした逢沢を審判が止めます!! 平賀には一枚目のイエローカード!!』

 

足を刈り取るかのようなファウルについに審判が一枚目のカレー券。このゴール前20メートル付近でのフリーキック。キッカーは石神と逢沢。

 

 

ゴール前には、身長186センチの大型CBの飛鳥、182cmの杉江、181cmの宮水と高さは揃っており、上田と宮野は虎視眈々とこぼれ球を狙っている。

 

そして—————

 

 

 

 

『さぁ、フリーキック石神が蹴りこんでヘディング!! あっとまた防いだ!! キーパーは連続ビッグセーブ!! さぁ、ガンナーズフォワードはすでに動き始めている!!』

 

 

攻守が切り替わった瞬間、ガンナーズ攻撃陣が動き始めると同時期に飛鳥と青葉が走り出す。

 

数的不利を作られ、一転してピンチに陥るETU。ダイナミックな展開で一気呵成に同点を狙いに来るガンナーズに対し、何とかサイドへと追いやるものの、数的不利とパスコースの寸断が出来ずにいる。

 

 

『ハウアーめがけて志村のロングフィード!! これには飛鳥が対応!! こぼれ球を拾うのは片山!! しかし、ここで丹波が遅らせる!!』

 

 

丹波のカバーリング。片山は自分で決めるのは厳しいと判断して間髪入れずにハウアーめがけてクロスボール。しかし、

 

『あっと競り勝ったのは飛鳥だ!! またもボールは転々とする!!』

 

 

飛鳥がハウアーに競り勝ったのだ。完全にヘディングシュート狙いだったが、上手く下から体を入れて、ボールに先に触ったのは飛鳥。

 

 

しかし、ピンチは終わらない。ここで、後ろから戻ってきた青葉と窪田がセカンドボールめがけて走るのだ。先に触ったのは窪田。青葉対窪田の構図が出来上がったのだ。

 

「———————」

 

—————えっと、あ—————

 

パスコースに畑を見つけた窪田。パスのモーションに入るのだが、先にコースを寸断する青葉。

 

—————………

 

こちらは完全に無我の境地。パスコースの畑を瞬時に察知しての対応だが、窪田はこれをフェイクにすり替え、青葉を抜きにかかる。

 

 

完全に横に入り込んできた窪田が青葉の横を通り過ぎる————

 

 

少なくとも、窪田は青葉の横を完全に通り過ぎた。この勝負は窪田の勝ちになったと、誰もが思っていた。

 

「———あ、あぁ————っ!?」

 

 

誰もが勝ちを確信した窪田の足元には、ボールがなかった。体を正対させ、垂直に背筋を伸ばした青葉は、超人的な反応速度で、窪田のボールだけを刈り取ったのだ。

 

それでも、窪田の突破にはぎりぎり刈り取れたという感覚の青葉。完全に“初見”だった為、一瞬やられたのではないかと周囲が誤解するほどのシチュエーションだった。しかし、結果的には青葉が窪田を個で止めた。

 

 

冷静に彼の突破とその後のラストパスで終わるはずだったカウンターを寸断したのだ。

 

 

—————今、意識よりも先に体が動いた。

 

青葉は、一瞬だけ自分の限界を超えたような感覚を感じた。

 

 

しかし、そのことに気を割く時間はない。青葉はすぐに行動を開始する。

 

 

 

慌てて振り向いた窪田はバランスを崩し、転倒。そんな彼に目もくれずに青葉はその爆発的な脚力を披露する。すでに自陣深くまで侵入を許し、味方も慌てて戻っている局面。

 

 

まずは逢沢にパスを出す気がないと判断した平賀が青葉を止めにかかるが

 

 

「!?」

 

一合で躱された。トップスピードからまるで落ちない状態でのマシューズフェイント。平賀はその裾を掴もうとするが、その手を払いのけられる。尚も青葉を止めようと肩を掴んだ状態となる。

 

 

が—————

 

「なっ!?」

 

平賀の目の前では、軟体生物のように腰をひねりながらトップスピードに突入し、自分の手が滑り、彼から離されてしまう現実だった。

 

上体が不安定な姿勢ながら体勢が崩れない。相手の掴みに対応するばねのようにしなる肩関節。

 

その様子に窪田が驚きを隠せない。

 

—————あんな無茶苦茶な姿勢でスプリント出来るなんて!? 普通じゃないっ!

 

 

—————何食ったらあんなチーターのような関節を持てるんや!?

 

畑も、同じアタッカーとして自分では真似できない体の柔軟性を見せつけられ、呆然としつつも全力で戻っていた。

 

 

 

あまりにも規格外なスピードとフィジカル。平賀を簡単に無力化されたガンナーズは守備陣が乱れた陣形のままこの怪物を相手にしなければならない。

 

並走するのは、俊足の宮野と椿。一気に3対4という局面を作り出し、ガンナーズへの強烈なカウンター返しを仕掛けるのだ。

 

 

しかし、青葉はパスを出さない。センターバックがディレイしながらの守備をするも、それをまるで意に介さない。そのまま何もできずに素通りしてしまう。

 

—————馬鹿なっ!? なぜそこを選びやがった!?

 

CBとCBの間をトップスピードと思われていたスプリントからさらに加速して突破してきたのだ。

 

 

爆速、俊足、神速、迅速、刹那etc………

 

 

 

数多の速さを体現する言葉をCB二人の脳裏にたたきつけ、青葉は前に前に突進する。

 

 

 

 

そしてゴール前、広く空いたシュートコースを視認し、強烈なシュートを叩き込み、

 

 

首位大阪ガンナーズが誇る中盤から最後尾を完全に瓦解させたのだった。

 

 

『ゴ、ゴォォォォォル!?!?!?!?!?!  な、なんだ!? 何が起きたんだ!? これは現実か!?!?!! これは本当に私達の目の前で起きたことなのか!?』

 

終わってみれば信じられないカウンターで締めくくった強烈なフィニッシュ。そのカウンターを成し得たのはたった一人なのだから。

 

『宮水青葉の、自陣深くから始まった長距離高速ドリブル!! 並走する宮野、椿に最後までボールを渡さず!! 大阪ガンナーズの中央を強行突破!! 最後は右足で強烈なシュートを!! シュートを叩き込みましたァッ!!! 前半23分!! 強烈な追加点は宮水青葉から!! これで、出場試合全てで得点を決める記録は継続!! ガンナーズを突き離します!!』

 

 

『ボールを奪ってからのスピードは異次元でしたね。しかも、前線には椿と宮野がいましたので、俊足3枚が同時に襲い掛かる局面。これは守る方も難しいですね』

 

『これで2位タイとなる9点目をマーク!! 』

 

セカンドボール奪取能力に定評のあった窪田が敗北し、そのままそれが失点につながったことで、ガンナーズは動揺を隠せない。特にダルファーは、窪田とのセカンドボールの奪い合いで勝利し、平賀を簡単に引きちぎり、日本代表のCBさえ無力にしてしまう、ETUの怪物ルーキーに焦燥感を覚える。

 

 

————なぜこんな怪物がETUにいるのだ?! なんだあれは!? あれは本当に日本人なのか!?

 

 

平賀が陥った状況は至ってシンプルだ。

 

 

平賀は不用意に青葉の世界に入り込んだのだ。彼がプレーする世界に入り込むということは、彼のスピードに追い付かなければならない。

 

しかし、彼には根源的にそこへたどり着く可能性が未来永劫存在しない。ゆえに、彼は勝手に世界からはじき出されたのだ。

 

柔と剛。爆速的なスピードと、掴みを無効化するフィジカルの柔軟性。しかも、そのフィジカルはしなやかではあるが、強力でもある。その矛盾をうまく統合した現時点で”まだまだ未熟な”青葉のドリブルは、リーグジャパンのレベルではすでに脅威となっている。

 

 

 

平賀は、その衝撃的な走法と自分が簡単に抜き去られた現実を整理し、自分を打ち負かした相手を睨む。

 

 

—————宮水青葉、映像や結果は知っていたが、実物はそれどころの話じゃねぇ。化け物めッ!!

 

 

その後、青葉の突破と逢沢の打開力を前に戦術が半端になるガンナーズ。自慢の攻撃は鳴りを潜め、ETUに主導権を握られたまま前半が進んでいく。

 

 

前半34分。ガンナーズがサイドからチャンスを作る。畑が丹波を振り切りカットイン。絶好の場面でハウアーのマークを杉江に受け渡した飛鳥が、ピンチを防ぐ。

 

 

『あっとこの上手い守備!! ファウルはない!! 片山簡単に止められました!!』

 

ボディフェイントからの抜け出しを仕掛けた際、鋭いシュートフェイントで切り返し、シュートコースが見えた片山。だが、その刹那に体を入れられ、あっという間にフィジカルの差でチャンスを潰してしまう。

 

—————なんやて!? 俺のスピードに!?

 

「おい、ごらぁ、カタッ!! 何一人でロストしてんねん!!」

 

あまりの衝撃に、片山は畑の戯言に反応することさえできない。畑も片山が簡単にボールを奪われたことで、飛鳥に対する警戒心を強める。

 

————何当たり前のように体を入れてんねん。抜かれとったろうが、さっきまで

 

その飛鳥は前から襲い掛かってきたハウアーのプレスを簡単に躱し、丹波にパス。

 

 

丹波からのロングボールに反応した青葉がドリブルを開始。普通の選手では追い付けないほどにボールは伸びていたが、それに難なく追いつくのが青葉だ。

 

 

ゆえに、マッチアップする小室はまたしてもボールホルダーとしての彼と戦う羽目になる。

 

—————くそっ、これ以上こっちサイドを突破されるのはまずいぞ!

 

 

しかし、左足からのカットインと縦の判断がつかない青葉の仕掛け。考える暇もなく縦への仕掛けの態勢に入った青葉が小室の横を抜き去る。

 

慌てて体をぶつけて止めようとするが、簡単に躱されてしまう。体勢を低くしたと思えば右足への重心移動からの反転ステップで小室の視界から青葉が消えたのだ。正確には彼の反応速度を超えたスピードで動き、彼を完全に抜き去ったと言えばいいのか。

 

そんな青葉に対し、CBが止めに入るが中々彼の間合いに入れない。ボールをロールしながら斜めに移動しつつ、確実にゴールへと迫る彼を前に、飛び出せない。

 

 

———————迂闊に飛び込んだら—————なっ!?

 

 

意識を一瞬たりとも彼から離した覚えはない。彼の姿ははっきりと認識していた。なのに、いつの間にか致命的な間合いを作られていた。

 

 

 

数々の選手たちが口にする宮水青葉の間合いは空間が歪んでいるのではないかという感想。いつの間にか、致命的な間合いを作られ、手遅れとなっている。

 

 

——————油断なんてしていない。なのになんで、止められないんだ!?

 

 

あっさりとCBが千切られる光景を戻りながら見せつけられた小室は、青葉が反則を使っているようには見えないし、CBが呆けていないことも知っている。

 

 

高度過ぎる技術は、時に魔法と錯覚することがある。一瞬の刹那、間合いの取り方、その全てが偶然の産物から生まれたとしても、目の前にいる青葉の持つそれは、確固たる技術として成り立っていた。

 

 

そのままカットインを行う青葉は、誰もがカットインからミドルシュートだとわかっている状態で、ファーサイドへの巻いてくるシュートでサイドネットを揺らし、中押しの3点目を決めるのだった。

 

『ゴォォォォル!!  またしてもこの男が決めた!! 前半36分!! 右サイドから突破してきた宮水がカットイン!! 最後は見事なミドルシュートを叩き込み、首位ガンナーズを突き放します!! これでスコアは3対0!! 宮水は今シーズン10点目!! 10節で早くも二桁得点!! とんでもない男が、とんでもない活躍を見せています!!』

 

 

 

この衝撃的な展開は、リーグジャパンのスレでも、リアルタイムで映像を見ていた他のクラブも度肝を抜く展開。すでに10節を終えているクラブは、この衝撃的なプレーでガンナーズを蹂躙する16歳を見て、冷や汗が止まらない。

 

—————わけがわからないよ……

 

 

——————ふざけるなッ、ふざけるなぁッ! 馬鹿野郎(宮水)ぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

——————おのれ、フェノーメノぉぉぉぉ!!!

 

 

——————こんなの絶対おかしいよ………

 

 

—————なぁに、これぇ?

 

 

—————実質1人カウンターに沈められる首位チームがいるらしい

 

 

——————これは夢だ、そうだ悪い夢だ。そうに違いない。

 

 

—————悲しいけど、これ現実なんだよね……

 

 

 

————化け物が相変わらず化け物してて草

 

 

—————日本代表の右サイドが確定したな

 

 

—————いや、今日の中央突破みると、ボランチもいいかも

 

 

—————宮水が二人いないといけないな。日本代表には宮水が二人足りない。

 

 

—————勝手に分裂させられてて大草原。某二世のプロ野球選手じゃないし、二刀流は不可能だろ

 

 

——————あれは約束された勝利すべき男だから。あれは超日本人という人種だからノーカウント。

 

 

——————例のあの人、もといあのお方は去年、交流戦前まで首位だったキャッツに惨劇を齎したばかりじゃないか

 

 

——————猛打賞ホームラン。ピッチャーなのに、ピッチャーなのに・・・・

 

 

——————その後、裏ローテがきっちりビヒダスにサンタテされてて草。直後に借金生活に戻る辺り、相変わらず猛牛軍団は弱いなぁ。

 

 

 

——————おっと、ここで野球の話はNG。ここではサッカーのことを話せ

 

 

—————宮水青葉が前線に四人いたらどうなるんだろ?

 

 

—————そら、(虐殺に違いない)そうやろ?

 

 

 

———————若者の人間離れが止まらない。なんだろうなぁ、あれは

 

 

 

 

 

 

第九節でそんなETU相手に金星を挙げた新潟はというと、

 

————宮水がいたら炭鉱スコアだったな

 

 

————あの時はガンナーズ戦温存のためのベンチ外だったからな。間違いなくぼろ負けになってた

 

 

 

————うちの榎本があれを止められたとは思えない。というか、平賀がボロボロになる相手に、勝てるわけないだろ、いい加減にしろ

 

 

————宮水投入とかいう勝利宣言。早く海外行ってどうぞ

 

————後2年は我慢するんだな(諦め)

 

—————16歳でこれとか、現実壊れすぎ。後2年リーグを蹂躙されるのか(白目

 

—————早く海外で活躍して得点王を取ってどうぞ

 

————どうやら、英語は日常レベルなら問題ないらしいぞ

 

————早くいけよ、怪物ルーキー!! 頼むから早く海外に行ってくれ!

 

 

 

その光景を見ていた達海は、ただ一人だけ青葉のドリブル技術の片鱗を読み取っていた。全盛期の自分にそれが出来ていたかと自問自答するが、すぐに答えは出来ないという真実が浮かび上がる。

 

——————高校時代からドリブルのスタイルが”変貌”したな、これは

 

 

達海はそれを進化とは言わなかった。成長ではない、これは他のポジションをやらされた経験なのか、それとも”外部的”な要因なのか。達海は前者にしか見当がつかなかった。

 

 

そして彼の技術を表現するなら——————

 

 

「凄いですねぇ、青葉君は。何が起きたか、ゴール前でジョギングしているようにしか見えませんでしたよ!」

 

 

松原コーチが、青葉のドリブルをそのように表現する。本質が見えていなければ、そう見えるだろう。あの爆発的な速度は一瞬だけで、その動きすらここにいる誰もが理解していないのだから。

 

 

———————年不相応な、シンプルを極め過ぎた王道にして邪道、というところか

 

 

達海は思う。彼は今まで、どれだけドリブルをし続けてきたのだろうかと。

 

 

 

 

 

前半戦はまさかの一方的な展開。攻撃もハウアーに互角に競り合う飛鳥、杉江のCBの存在により、ポストプレーがうまく機能しないのだ。セカンドボールを拾う役割でもあった窪田は、降りてきた逢沢の執拗なマークに遭い、中々チャンスにならず。

 

ハウアーのポストは機能しているかもしれない。しかし、セカンドボールを奪う運動量でガンナーズは負けているのだ。

 

 

「させないよっ」

 

駆が勝ち誇るように笑みを浮かべ、窪田は競り合いでボールを奪われてしまう。駆に邪魔をされる形でガンナーズは窪田からのいつもの形を作り出せない。

 

 

「っ(はっきりと僕を狙ってるっ。こんな年下の選手が—————)」

 

明らかに目の前の青年は自分に走り勝てると確信してマッチアップをしかけている。その事実は重く、ETUは窪田が機能することを恐れていると同時に、ゴールデンルーキーもその仕事に躊躇いがないことに、ガンナーズは戦慄を覚える。

 

ダルファーも、窪田を走り潰そうとしている逢沢駆の容赦のない仕掛けに苦い顔をする。

 

—————窪田をここまで警戒するとは。そして、彼の連戦におけるタフネスは選手権から明らかだ。

 

あの過酷な選手権で全試合出場し、結果を出し、大会新記録を打ち立てた男は伊達ではない。プロに入ってからはマリーシアにも磨きがかかり、周囲にそこそこの駒がいると手が付けられない。

 

 

さらに—————

 

ハウアーの直線的過ぎるプレスを躱した飛鳥がビルドアップ。熊田がフォローする形で降りてきており、寄せてきた窪田をあざ笑う駆への縦パス。

 

 

 

だが、駆へのパスを予測した平賀が前を向かせない。が、ここでダイレクトにサイドへはたく駆。その先には————

 

 

『縦パスをダイクレトではたいた先は左サイドの宮野!! 縦一気に突破を狙う!!』

 

 

斜めに、ダイアゴナルに切り込んでいく左の俊足アタッカー。スペースを一気に使い、ゴール前に突き進んだ宮野がそのままシュートを狙ってきたのだ。

 

『宮野シュートぉぉぉぉ!! あっとポスト!! ポストだ!! シュートはポストに嫌われてしまったぁぁ!!』

 

「狙い過ぎたッ!! っ、次、次だッ!!」

 

闘志をむき出しにする宮野。先制ゴールからリズムが生まれているのか、ミドルレンジからのシュートまで打つなど、プレーが乗っている。

 

さらに、宮野を信じてダイレクトパスを落とした駆のパスが彼に勢いを与えている。飛鳥のビルドアップから駆のアイコンタクトを一方的に送られていたこともあり、分からないはずもなかった。

 

宮野の縦突破と徐々に加味されてきた積極性。宮野は間違いなく二人の加入で化け始めている。

 

 

その姿に緊急出場の上田も闘志を燃やす。

 

————あの寡黙な、面白くないミヤさんが、あんなに張り切ってる。俺もゴールが欲しい!

 

中盤で頼りになる味方がいるといないとでは、駆の自由度は段違いだ。だからこそ、マッチアップをさせられている窪田は次第に苦しくなる。プレーの幅も、スタミナ面も、限られていく。

 

 

結果窪田は、逢沢との激しいボールの奪い合いでかなり消耗しており、後半の半ばまでプレーすることもままならないだろう。つまり、ガンナーズは戦術の一つに大きな亀裂が入ったのだ。

 

 

ハウアーのポストプレーを許さなければ、ガンナーズの攻撃は脆く、前掛りになっているハイプレスを凌げば、手薄なSBの前のスペースがチャンスの起点となることを。

 

フォワード4人という布陣がかなりのリスクを孕んでいるのだ。アキレス腱ともいうべき急所を正確に貫かれた彼らに勝機は薄い。

 

 

ハウアーと窪田という、攻撃の起点になり得るキーマンを封じられた。志村は機能し始めた熊田のマークに遭っており、中々前を向けない。向けられたとしても片山、畑では単発に終わり、窪田は前半終了間際から足が止まっている。

 

打ち出せる策は、さすがの日本代表のパサーでも思いつけなかった。

 

 

 

その16歳の鮮烈な活躍で熱狂したのは、スタジアムのみならずクラブカフェでも変わらずだった。

 

 

 

「ほんま、あの子はどんだけ遠くにいっちゃったなぁ。青葉の夢も、案外高校卒業と同時に叶っちゃうんやない?」

 

 

「いや、青葉さんの夢は海外に出るだけじゃないさ。まだあの人は、持て余しているよ」

 

青葉の姉という女性—————三葉と、その恋人でもある瀧少年の話を聞き、やはり自分が気軽に会えるような存在ではないと思い知らされてしまう。

 

————なんであの時飛び出したんだろう。ずっと知らないまま、関わらなかったら

 

何となく惰性で気になって、結局ここにいた江藤藍子は、自分の矮小さと画面の向こう側で大活躍する青葉を比較し、みじめに思ってしまう。

 

 

神出鬼没なコーチ、栗澤と名乗る男性に先ほど出会うことになった藍子。どうやら、あれから青葉は自分のことをかなり気にしていたらしく、相談までしてきたとのこと。

 

—————何か余計なことを言ったのかもしれない、だから、謝りたくて

 

彼が伝えたかったことは、他にもあった。

 

————あの子が今何を悩んでいるのかは分からない。けど、何か勇気づけられることがあれば、力になりたい

 

真剣な表情で、おそらく彼の中にはまだ異性への興味という感情は宿っていなかった。あの年代になれば栗澤も前田も色恋の一つや二つに興味を抱いていたのだが、何か根本的に青葉は変わっているようだった。

 

「とはいえ、青葉が女性に対してあれほど興味を示す瞬間は、三葉ちゃんや岩城先生を含めて中々有り得ないことだって聞いたぞ。かなり貴重な瞬間だ」

 

 

「ま、いつまでもこれじゃああいつの不調になるかもしれない。ちょっとおじさんもお嬢ちゃんの力になりたいとか、あいつが引き摺らないようにしたいとか、もろもろ理由はあるが、悩みごとなら何でも言っていいぞ?」

 

親しみを覚えるような、それでいて年相応な大人の笑みを浮かべる栗澤。

 

「—————眩しいんです。いつまでも同じ場所から抜け出せそうにない自分と、すぐにでも世界に行ってしまう自分を見比べて」

 

「お、おう—————けど、あいつは昔から自分の願いを知っていたんだ。だからこそそれ以外のことにまるで興味を示していなかったし」

 

いきなりヘビーなフレーズから始まったことで、栗澤も動揺していた。

 

「英語をマスターしたのも、そんな現状への抵抗でしたし—————」

 

「けど、あの場面で日本代表のブラン監督やその他諸々のサッカー界の名将たちを相手に、堂々としていたぞ。あの場面は本当にすごかった」

 

 

「え? その、あの人たちは、そんなに有名だったんですか?」

 

自覚なしで、サッカー界の有名人すら知らなかった藍子。しかし未だに彼らのことを良く理解していない藍子は、実感すらない。

 

「まあ、サッカーを見始めた人にとっては、数年前まで第一線だった老人たちは記憶にはないわな。うん、正直俺も一度でいいから指導を受けてみたかった人たちでもあったかな」

 

栗澤が冗談気に話す言葉に、瀧が反応する。

 

「やっぱり、オファーはあったんですよね、栗澤さんにも」

 

日本代表史上最高の右サイドバックと言われた男が、普通は国内に留まり続けるはずがない。必ず海外からのオファーはあった。

 

 

怪我の心配がなく、運動量豊富でクロスボール、シュートの精度も高い。攻守で貢献できる彼には実際オファーがあった。

 

「そうだな。ドイツだとドルトムントにフランクフルト。スペインはバジャドリー。他にもあったけど、熱心に俺を口説いてくれたのは、今名前を挙げたチームかな」

 

名だたるチームもあれば、残留ギリギリなチームも存在する。栗澤が言うには、オファーが毎年やってきたという。それこそ、二部に降格した時の力の入れようは凄まじい額とオプションを突きつけられたほどだ。

 

藍子は、今のチームのネームを良く知らない。だが、日本代表のヘルタ所属の選手がいたと、記憶する彼女は、そのリーグで優勝したドルトムントの名前だけは良く知っていた。

 

王者のチームからの破格のオファー。なぜ海外に出る決意をしなかったのか。

 

「なぜ、オファーを受けなかったんですか? 世界に飛び出せるチャンスなはず、だったんですよね?」

 

 

「男と男の約束、かな? 気づいた時にはもう手遅れだったんだけど。だから、俺はボロボロになるまで、このチームでプレーすると決めた。あいつらの分を背負って、いつかまた強くなるETUを、あいつらに見せてやるために」

 

その表情には後悔など微塵も感じさせなかった。

 

「—————いかんな。暗い話をさせちゃった。けど、お嬢ちゃんも、瀧君も三葉ちゃんも、自分の信じる道ってのを真剣に考えて、悩んで、悩み抜いて答えを出せばいいさ。俺の時とはもう時代が違うし、世界が身近になっているんだ」

 

 

 

後半になってからは、早々に窪田がベンチに下がった大阪は、単純に足の速い選手を入れてきた。こうなってくるとダブルボランチの椿がメインにケアをして、サポートに駆が下りる状況。

 

どうやら技術は窪田に比べると格段に落ちており、挟み込むように駆がプレッシャーをかけた瞬間、あっさりと椿がボールを奪う。

 

ここで、熊田が志村へのマークから受け手に成り代わる。当然志村は熊田に圧力をかけてくるが、彼はここで一瞬でも粘ればいいだけなのだ。

 

熊田への椿のパスは、熊田が緩いボールを中央へと送ることで、椿へのリターンとなる。速攻の形が出来上がり、前線に上がり始めた駆もいる。

 

尚も椿のスピードは上がり続ける。

 

「バッキー!!」

 

ここで、平賀が逢沢をマーク。絶対に前を向けさせないという気迫で彼を徹底マークするが、

 

トンっ、

 

平賀をあざ笑うかのようなダイレクトヒールパス。前に出したボールへは当然加速している椿がゲット。駆は平賀の注意を引くために、パスを出した瞬間に前に走る。平賀はゴール前で絶対にフリーにさせてはならない駆をマークするしかない。

 

しかし、椿はトップスピードに乗っており、平賀と志村のブロックは完全に崩壊。またしてもCBが直接対応しなければならない状況に。

 

ここでもし4点目が決まるようなら、試合はそこで終わってしまうだろう。大阪は何とか一矢を報い、引き分けにまで持ち込まないといけない。

 

 

ここで宮野と青葉は両サイドに張った形でSBを釣る。横からのカットインをどちらも得意としているため、当然ケアしなければならない。が、これでCBの残り二枚。

 

 

上田がここで椿と目が合う。上田は中央やや左に流れ、ゴールを呼び込む動きを見せるものの、CBが対応。すぐにオフサイドゾーンとなる。負けじと上田がラインの駆け引きを行うもなかなか裏をかけない。

 

 

もう一人は椿がこの瞬間に右に流れたことで、シュートコースを限定しようと体を寄せに行く。キーパーとの完璧な連携。これで椿のシュートコースは塞がれたに見えた。

 

—————やるなら、一番難しく、度肝を抜くプレーがいい

 

あの子の言葉がよみがえる。ここぞという場面で結果を出せる強い選手でありたい。右に流れ、自分のお膳立てをしてくれている青葉に並べるような選手に。

 

「行けっ、バッキーッ!!」

 

—————俺は、前に進みたいんだッ!!

 

 

日本代表CB寺内との対決。その結果は———————

 

 

—————こいつら、なんなんだよ——————

 

強引に右を抜き去ろうとした椿はここで、ツーステップ小刻みなステップを踏み、相手の重心を固め、その瞬間さらに加速したのだ。どちらの重心に行くべきかを迷った寺内の反応が遅れる。

 

彼はその勢いそのままに、ダブルタッチで寺内の横をスピードで抜き去ったのだ。

 

 

—————いけるっ!!!

 

 

強くボールを振り抜いた椿。そのシュートはキーパーの手を弾き、

 

 

『あっとシュートぉぉ弾いたぁぁ!!! そしてクロスバー跳ね返って!! 押し込んだぁァァァ!!! ETU追加点!! 決めたのは18歳の上田!! シュートのこぼれ球、見逃しませんでした!! これが公式戦初ゴール!! 後半の13分! これでスコアは4対0!!』

 

————やっと決めれた! アイツらに少しでも追いつくために、俺だってっ

 

 

新潟戦で何もできなかった時とは違う。18歳という年齢でさえもう若くないと思ってしまう今のETUでついに結果を出した上田。

 

 

世良が当たり前のように行っていたゴール前に詰めるというプレーの結果、こぼれ球が転がり込んできたのだ。

 

 

だからこそ、ここから上田の長く険しいFWとしての戦いが始まった。そして、この試合で上田の仕事はまだ残っている。

 

 

—————もっと点を取るんだ。ゴールを奪う、ゴールを奪える場所に。

 

 

まだまだ世良が目指す、ゴールを奪う、ゴールを取らせるという意識までには至らない上田。しかし、自分の為に走り続けるというエゴも、一つの正解なのかもしれない。

 

 

16歳二人の祝福を受けながら、上田は自分の立場が変わり始めたことを自覚し始めていた。

 

 

 

 




青葉のドリブルに迫るエピソードと、上田初ゴールでした。

なお、作中でもあるように達海も青葉のドリブルの全てを理解しきれていません。

そして、ETUのFWの序列にも変化が来るでしょう。



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第七十三話 その世代の名前は

とある設定が、時系列的にも偶然使えることが判明し、設定を追加しました。


最後まで気を抜かず、且つ一番近い場所で集中していた上田が、こぼれ球を押し込んだ。このリーグ序盤で見せた初めてのゴールは嬉しいものだろう。最後尾の飛鳥は同期が決めたゴールに笑みを浮かべる。

 

「決めたか、研人」

 

「ほんと今年のルーキーは凄いな。出遅れ感はあったが、運も味方したな。あそこであの場所にいるのが、あいつらにとっては重要なんだ」

 

杉江も、若手がどんどん弾ける攻撃的なサッカーは、見ていても、やっていても嬉しいものだという。そして、フォワードとしての勘が上田にもあることを認めた。

 

そんな上田は、青葉や駆が食らった以上の祝福を、彼らによって受けることになる。16歳二人に手荒な祝福を受ける18歳は、はにかんだような笑みを浮かべる。

 

やや遅れて宮野も祝福に駆け寄る。この光景を見ると、何かアマチュアの選手が騒いでいるようにも見える。フレッシュなメンツだからだろう。

 

「—————決めたかったな——————」

 

椿としても、ルーキーがゴールを決めて嬉しい。しかし、あの場面で決めきる力がないことを痛感したのだ。

 

落ち込んでいる椿の下に駆け寄るのは熊田。

 

「クロスバーまでは完璧だったぞ。ほんと凄いな、今年の若手は」

 

 

 

4人フォワードという超攻撃的なサッカーは中盤のサイドでの隙がでかすぎる。SBが駆り出される運動量も増え、ポゼッションが出来なくなれば一気に劣勢に陥る。

 

だからこそ、達海は大阪が一番ケアしているだろうサイドに絶対的な脚力を持つ宮野と青葉を置いたのだ。サイドで起点になれる、もしくはタメを作れる選手を。

 

止めに中盤の椿。駆には先制シーンの前から降りてゲームメークしてほしいとは伝えていた。最初の10分でゴールが欲しいと強請った時は笑ったが、有言実行し、後は指示に従った。

 

その結果が窪田潰し。運動量に優れる駆が窪田を走力で圧倒し、彼をピッチ外へと退かせた。あそこまで脆弱な弱点がある選手は稀だが、課題を克服しなければこうなるだけだ。

 

しかし、窪田を潰した時点で駆の降りるという役目は終わる。椿が変わって入った選手をマークし、再度駆が一列上がる。

 

熊田は以降も志村に簡単にパスを出させないような距離を維持し、深く入り込んでこない。椿の軽いフォアチェックでもプレッシャーで自滅し、ロストマシーンと化す交代選手は結果を出せない。

 

その志村も熊田をうまく使う逢沢を前に為す術無し。後半20分、ここで達海は左サイドバックの丹波に代えて清川投入。

 

 

その清川の持ち味が発揮される後半27分。逆サイドへのロングボールに反応したのは宮水青葉。

 

右サイドに張っていた青葉と小室の競争となったが、小室では絶対に届かない弾速のクロスに、青葉が追いつき、小室はそのまま振り切られるというシチュエーション。

 

 

独特の間合いから繰り出されたクロスボールは中央の上田ではなく、左サイドから飛び出してきた宮野がヘディングシュート。

 

完璧なリズム、完璧なタイミング、まるで宮野の動きを察知していたかのような高速クロスがドンピシャで決まり、キーパー反応できず。これも上田が世良の動きを見習い、ニアサイドへのタイミングのいい抜け出しを心掛けたことで、宮野のスペースが空いたのだ。

 

展開の大きなロングパスから最後はあっという間だった。

 

 

完璧に見えた宮野のシュート。しかし—————

 

『あっとクロスバー直撃!!! 決めきれません、宮野!! この試合2得点目かと思われましたが、またしてもクロスバーに嫌われました!! しかし、直前のクロスボールは凄かったですねぇ!』

 

『早く、鋭く、そして正確なクロスボールでしたね。宮野選手の頭に吸い込まれるようなコントロール。合わせるだけでしたね、本当に。惜しいシーンでした!!』

 

 

『首位攻防戦、まさかの展開にガンナーズサポーターは呆然!! 打ち合いを私も戦前予想していましたが、蓋を開けてみればガンナーズの攻撃が機能しておりません!!』

 

『ハウアー選手へのこぼれ球を窪田選手含めた3人の選手が拾う手筈でしたが、上手く防がれていましたね。中央志村選手のパスは通りますが、マッチアップした飛鳥選手が好きにやらせてくれません』

 

大阪ガンナーズのキーマンの一人、ハウアーのポストプレーを防げば、ガンナーズの攻撃は半減する。自分で切り込めるスピードを持つ片山、畑もいるが、ベテランらしいリスクを見つけた瞬間に潰していくクレバーなプレーを実践する丹波、石神の働きは見事。

 

その上、背後から全速力でプレスバッグする両サイドハーフの援護射撃もあり、サイドの連携の練度の差で劣っていたのだ。

 

 

 

自らの哲学が崩れ落ちる。ダルファーは戦前まで無敗を誇ったガンナーズが崩れ落ちる瞬間をまざまざと見せつけられた。

 

 

そんなものを力でねじ伏せる本当の怪物、日本にいてはならない力を持つエースの実力に戦慄を覚える。

 

 

—————こんな選手だというのか、彼は

 

攻守でよく動き、あの五輪代表小室がまるで相手にならない。これでは、どちらが代表なのか分からない。

 

そんな苦境のガンナーズに対し、いよいよこの試合で点を取りに行く気概を見せた駆ではあったが、

 

「—————まあ、これ以上出す理由はないわな」

 

 

後半30分で駆は堀田と交代。勝負はついているし、ゲームをクローズする必要がある。清川には終盤の大量リードでの展開で集中する意識を付けてもらうために出てもらっている。

 

不満げな顔ではあったが、達海としてはこの試合のMVPと言っても過言ではない。ガンナーズ中盤と真っ向勝負して勝ってしまう16歳は、どこを探してもいないだろう。

 

その後、清川が何度かピンチを作るも、クリーンシートを維持するETUではあったが、ハウアーが強引にロングボールを収め、ついに飛鳥が競り合いに負ける。しかしハウアーは飛鳥の圧力を嫌がり抜き去ることは出来ず、前に出ることも出来ない。

 

なぜなら、横へと抜き去ろうとすれば簡単にボールを弾かれてしまうからだ。俊敏で読みが鋭い若手CBは少しも怯まない。

 

—————くそっ、なんだこいつは!!

 

—————自分よりも大きい選手との対決は、この先何千とある、臆してなるものか!

 

 

そのこぼれ球を拾ったのは志村。ハウアーのイレギュラーな動きを前に前に出ていた緑川は、志村のロングシュートに手を伸ばすことしかできなかった。

 

『後半40分!! ガンナーズ一点を返します!! 志村のミドルシュートで反撃開始ですが、あまりにも遅すぎる得点! すぐにボールを獲りに行きます』

 

 

飛鳥としてはクリーンシート出来た展開だった。だからこそ、隣にいる杉江以上に悔しさを覚えていた。

 

「くそっ! クリアボールで繋ぐ欲が出てしまったッ」

 

攻撃でさらに相手を突き放す。飛鳥の欲がこの失点を生み出してしまった。熊田をねらったインターセプト兼ロングパスは刈り取られた。

 

—————向上心が尽きることはないな。とっくにあの年代の俺たちをぶち抜いているぞ、飛鳥

 

杉江は、快勝ムードで気が緩んでいない後輩を見て頼もしさを覚える。

 

 

そんな勝利がほぼ確定している空気の中、青葉はマッチアップする畑に対し、執拗なプレスを講じ、バックパスを促していく。

 

「—————!?(なんやおまっ、なんで試合終盤でまだ涼しい顔をしとるんや!!)」

 

それなりに消耗しているガンナーズ、ETUの選手たちの中で、青葉は涼しい顔でプレーをしている。それはすなわち、青葉が未だにそのポテンシャルを最大限活かされていないということであり、彼がチームにフィットしきれていない伸び代でもあった。

 

畑はボールを持つ瞬間に青葉に寄せられ、ボールをロストする人形と化し、前に出ることすら難しくなる。

 

————なんでこの位置まで右サイドハーフが寄せてくるんや!!

 

 

ガンナーズのSB小室は、守備的な動きにシフトした青葉のポリバレントさに戦慄を覚えていた。

 

 

————まだ諦めていない目だ。終わるまで手を抜くはずがないだろ?

 

その青葉は畑潰しを全力でチームのために行っていた。サイドバックの上りが鈍いガンナーズは今更サポートに背後が動くが、石神の守備を前にETU右サイドを攻略できない。

 

ガンナーズの4人のフォワード、一番ケアされにくいサイド、まだ諦めてなさそうな畑を全力で叩き潰す。彼の戦意を叩き折り、反撃の可能性を摘む。明確な意図が畑を襲う。

 

 

さらに青葉はわざと時間を作るようなボール回し、ボールタッチを行う。明らかな遅延行為ではあるが、畑は彼からボールを奪えない。

 

 

 

何と5分間畑とサイドバックが取りに行こうとして取れない異常な光景をガンナーズサポーターは見せつけられることになる。

 

そしてその終わりに訪れるのは、青葉の正確なキックから繰り出される一撃必殺のキラーパス。

 

 

停滞ムードを意図的に作り出し、ガンナーズのゆるみを見逃さない視野の広さ。もはや、ガンナーズの闘志は砂上の楼閣に等しいものだった。

 

 

 

『あっと宮水キープして、ロングボール一本で宮野につながる!!』

 

アディショナルタイムになった瞬間、前線に張っていた宮野にロングボール一本を通ってしまう。

 

 

縦パス一本で宮野が全力疾走する姿に釘付けになる中、青葉はローギアから周囲を窺い、徐々にギアを上げ、

 

 

「————————あっ」

 

並走する小室を早々と引き離し、リーグジャパンではだれも到達できない高速の世界へと足を踏み入れていく。

 

 

————————誰が止められるんだよ、この怪物は—————ッ

 

 

自らのキャリアを決定的なものにしてしまいかねないほどの完全敗北。彼の足は、体力の消耗以上にずっと重かった。

 

 

 

地獄を齎せば、同時に天国も齎す。青葉からの闘志あふれる最善のロングフィードは、宮野の闘志に火をつけていた。

 

 

——————見てくれていた、まだ点を取りたい俺を、見てくれていたっ!

 

 

宮野はまずパスを貰った瞬間に前にボールを転がしながらトラップし、縦の勝負に持ち込む。この試合終盤でスピードを維持できる彼のスピードに面食らいつつもスライディングで止めようとするが、スライディングが遅れてしまい、それは空振りに終わる。

 

『抜けたァァァぁ!! 左サイドこの時間帯で何という加速、何というドリブル!! さぁ中央に切り込んでいく宮野!! 今度こそ決められるか!!』

 

—————ポストにクロスバー。今日の俺は悪くない。けど、ここで決めなきゃ青葉や駆君には追い付けない。

 

 

宮野も、彼らが目指す光景に、その場所に辿り着きたい。今この瞬間こそ、宮野は充実していると言っていい。自分のスピードを買ってくれて、そのスピードを活用してくれるからこそ、自分のプレーの幅が広がった。

 

 

決めきるっ、そんな宮野の前に日本代表のCB寺内が立ちはだかる。ディレイ・ディフェンスで寺内が時間を稼ぎ、その間に背後から必死に戻る平賀とリマの姿を確認した宮野。

 

 

ここでカットイン。少し距離は遠いが、今日はこの距離から枠を捉えるシュートが増えている。ならば今度こそ、今度こそ決めると————

 

 

『カットインからシュートぉぉぉぉぉ!! キーパー弾いた!!』

 

 

しかし決められない。力み過ぎたのか、コースが甘かったのか、キーパーが反応してしまったのだ。ボールはまだラインから出ておらず、それでも外へ転がっていく。

 

——————ミヤさん、今日は本当、乗っているな。

 

 

そのこぼれ球をダイレクトに上げたのは、宮水青葉。あの縦パスを出した瞬間からスプリントし、小室を早々に引き離してゴール前に駆け上がる姿は、宮野に釘付けとなっていた全員の視界の影に潜んでいた。

 

 

————あとはあなた次第です、ミヤさん

 

 

 

ガンナーズにとっては絶望的配置、絶望的な存在がゴール前に居座っていたことになる。そしてすでに、ラストパスは放たれていた。

 

 

—————俺へのラスト————じゃないっ!?

 

マイナス気味の浮き球のパス。ニアサイドに走りこんでいた上田とリマの頭上を越えるボールは、中央にゴールを狙いに動き出していた宮野の元へ。

 

 

——————予測していたのか、俺がここに来ることも—————

 

 

しかもこのパスは、アレで合わせろと言っているようなものだ。無茶苦茶で優しいパス。しかも、今日の試合強い気持ちで臨んだ宮野には最上の、最高のアシストだった。

 

 

 

 

 

 

『中央折り返してまた宮野だぁァァァ!!! 突き刺さったァァァ!! 後半45分!! 宮野2点目!! 先制ゴール以降、ゴールに嫌われ続けた宮野に鮮烈な追加点が生まれました! 最後は宮水からのダイレクトクロスにダイレクトで応えて見せました!!』

 

キーパー動けない。ダイレクトクロスからのダイレクトボレーシュート。目で追うことがやっとの強烈なゴールは、ガンナーズの戦意をさらに叩き折った。

 

 

『あの縦パスからのスプリントが凄いですね。宮水選手は、宮野選手がフィニッシュまで持ち込むと信じて走りこんでいましたね。そしてそのボールを回収し、上田選手と宮野選手のどちらも使える状態でした。詰めていましたねぇ、ETUは』

 

 

『宮野本日2点目で今シーズン早くも6点目!! ETUこの試合5点目!! また4点差に引き離します、ETU!!!』

 

 

もはや勝敗は決した。宮野のゴール前ですでに決着はついていたが、それでも、これでもかとダメ押しを行うETUに対し、ガンナーズの攻撃は逆に飲み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

そしてこのままタイムアップ。日本中が確信した瞬間だった。

 

 

彼こそが、日本のヤング世代の中心なのだと。

 

 

 

『ここで長い笛! 首位攻防戦はまさかまさかの展開に!! 大阪ガンナーズ、今シーズン初の黒星は、信じられない完敗でした!! スコアは5対1! 対するETUは宮野の先制弾含む2ゴールに宮水も2得点、さらには上田の初ゴールで圧勝! いやぁ、これが今季の、ETUのベストメンバーで挑んだ試合でしたが、とんでもないですね』

 

『この布陣を維持できないのが辛いですね。高校生のルーキーはまだ学業もあるだろうし、飛鳥はシーズンを一年出た経験がない。さらに代表も黙っていませんよ。』

 

『今後代表召集で、主力選手の離脱も十分あり得る為、達海監督は選手起用で慎重にならざるを得ないでしょう』

 

 

全てのサポーターが思うだろう。お前速く海外に出ろよと。

 

 

 

 

この惨劇を見せつけられたガンナーズサポーターは混乱の渦中にあった。中には怒号や悲鳴のような泣き声すら出てきていた。

 

「ふざけるな、ふざけるなっ!! なんだこれは、なんなんだよこれ!!」

 

 

「あの怪物がいるから勝てているようなものだろ!! ずりぃぞETU!!」

 

 

「しっかりしろよ、小室!! いいとこなしじゃねぇか!!」

 

 

「最後ぐらい防げよ!! なんで足止まってるんだよ!!」

 

 

「酷い、酷過ぎる。宮水選手に慈悲はないのか‥‥っ」

 

 

「まじで、無慈悲。もうあいつらのこと、無慈悲世代と呼んでいいんじゃないか?」

 

 

「平賀ぁ!! お前が止めなきゃ、誰が止めるんだよ!!」

 

一方のETUサポーターは歓喜。ルーキーの上田に初ゴールが生まれ、宮野も決めた。生え抜き戦士にして20歳と18歳の躍動は嬉しいものだ。

 

宮野は今季大ブレイク。10節で6ゴールと開幕前では予想もつかない活躍を見せている。

 

逢沢に得点こそなかったが、1アシストと中盤での守備力を存分に見せることになった。ゆえに海外のスカウトは、彼にはインサイドハーフの適性もあると考えたのだ。

 

「カケル・アイザワはまだ16歳なのか? 後2年我々は指を咥えてみていなければならないのか」

折角不安視されていた守備力の課題も及第点と言えるのに、これでは生殺しだ。

 

「ミヤノのスピードはストロングポイントだが、あれはミヤミズのクロスボールの質が高い。チェックリストに入れるべきだと思うがな」

 

宮水とプレーすることでどんどん伸びてきているような雰囲気を持つ宮野。先ほどの終了間際のロングボールを待っていたかのような動き。あの貪欲さは宮水青葉にはないものだ。

 

しかし、中央で一番輝いていたのは逢沢駆ではない。

 

「サポートありとはいえ、あのスピードで中央を走り抜けるのは凄い。彼は何者なんだ? 背番号7番の情報は?」

 

サイドで最速、別格の動きを見せ、誰もが納得し、サプライズではない青葉に対し、最大のサプライズはナンバーセブンの存在だろう。

 

 

「ダイスケ・ツバキ、彼も20歳だ。あのミヤノと同じ若手であのプレーか。ゴール前の突破にはわくわくさせてもらったよ」

 

若手の躍動が光るETU。しかし、彼らが自信を持ってプレーしているのは、あの男がいることではないだろうか。

 

 

宮水青葉は、このリーグでは狭すぎるのだろう。10節で10ゴール6アシスト。超人的な活躍を見せつける彼は、全試合に出場したわけではない。にもかかわらず、この活躍。

 

これは、最年少ハットトリックを決めた駆の数字を大きく上回り、短期間でリーグジャパン最高のスタッツをたたき出していた。

 

 

 

「しかし、彼の性格はある意味海外向きではないな。ジャパニーズの、人の好さが悪い意味で出ている」

 

「大量得点でリードしているときの露骨な守備意識。ミヤノが上がっていた分、バランスを考えていたのだろうが」

 

「むしろ得点に関しては、カケル・アイザワの方がどん欲に見える。無得点でいい動きをしていただけに、明らかに不満を抱くような下がり方。スコアラーなら納得だ」

 

その課題の一つに、大量得点でリードしているときの意欲の欠如。どこか守備的になっている点だろうと専門家は指摘する。

 

そして、2点目に見せた中央突破など個人技やスピードに優れる彼は、もっとエゴを出さなければならないということ。

 

彼は、自分をサイドアタッカーと考えているようだが、センターハーフ、トップ下、インサイドハーフ寄りの選手であることを自覚していないということだ。

 

無論、この悪癖を克服し、万能型サイドアタッカーになれる可能性もある。彼はどのように変化するのか、スカウトやエージェントはETUに張り付きまわることになる。

 

 

ブラン監督の御前試合でもあった一戦。

 

ガンナーズ注目の窪田は不発に終わり、スタミナ不足を露呈し、16歳の逢沢駆に走り負ける屈辱を味わう。反対に、中盤でのプレー強度に一切の問題を抱かせなかった逢沢駆の注目度は天井知らず。ゲームメークに徹した印象の強い内容ではあったが、やはり中盤の足元の技術に長ける選手は貴重である。

 

畑、片山は見せ場を作ることが出来ず選考外。途中からブランは名前を忘れていた。そして現日本代表の寺内の能力に疑問符は抱かなかったが、中央をこじ開けられるシーンで粘りを見せなかったことを残念に思っていた。

 

ファウルで、エリア外で止めることも出来たはずだと。これが、海外と国内でのとっさの判断の差なのだろう。

 

 

恐らく彼も追い込まれればそういうプレーが出来るようになるし、足も伸びてくるだろう。

 

 

志村も、まさか急造のボランチコンビに抑え込まれるのは予想外。パス精度自体は良く、何本か通していたが、ハウアーが悉く飛鳥に抑え込まれるのは予想外だ。

 

 

ポストプレーを許さないETU。杉江と代わる代わるハウアーには対応していたが、飛鳥の対応力は目を見張るものがある。そんな彼も高校時代は宮水青葉にボロボロにされたというのだからやはり彼は別次元に立つ存在なのだろう。

 

 

ブランは、この試合を見て五輪代表に彼をねじ込むことを強硬に要請した。そして、後はETUの出方次第ではあるが、逢沢駆をトップ下として、飛鳥亨をCBとして召集できないのかと。

 

ETUからしてみれば、召集中のリーグ戦に不安を残すことになりそうだ。

 

「———————ふふっ」

 

もしかすれば、ミスター達海はそのことを見越してターンオーバーで選手を定期的に入れ替えているのだろうか。無名の若手を試しながら、自身の戦術を浸透させていく。しかし、村越や杉江といった替えの効かない選手も存在する。

 

だからこそ、ベテランゴールキーパーの緑川がゴールを守りつつ若手に指示を与える。達海は若手を起用しながらベテランにもしっかりと役目を与えている。今回のガンナーズ戦では若手の清川と石浜は先発ではない。石浜はベンチ外スタンド観戦。清川はベンチスタート。敢えて何が足りないのかを突きつける経験にもなっただろう。

 

逆に結果を出している若手は継続的に起用される。世良と宮野は宮水・逢沢との親和性が高く、その環境下で伸びており、村越とコンビを組んだ椿も伸びている。控えにも今回のようなスクランブル先発でも熊田が結果を出した。

 

「—————案外手堅いんだね、ムッシュ・タツミ」

 

 

衝撃のガンナーズ大敗の凶報—————————

 

 

ベストメンバーがそろったETUは、ここまで強力無比なのか。いや、これこそが、宮水青葉と逢沢駆の存在感なのか。

 

 

 

世良への評価は当初低いものだった。上背もなく、運動量が多少ある程度。しかし、ゴール前でのポジショニングが劇的に改善されている。だからこそ、今回の肉離れはまずいタイミングだった。幸い軽度の肉離れということで、前半戦のうちに完全復帰は見込めるというのがドクターの判断。

 

 

だからこそ、ゴール前での決定的なスピードをこれでもかと叩きつける宮野の存在は、今後チームの中で重要なものとなっていくだろう。彼を活かせるのは、優秀なパサーであり、監督の達海はこれを維持しなければならない。

 

 

そして最後尾には、飛鳥亨が逞しさを増している。ハウアーと互角以上にわたり合う活躍は、彼が五輪代表に相応しい、日本史上最高のCBになり得る逸材だと確信させたものだ。

 

逞しく、速く、上手い。基本技術の高さを備える若きラインの守護者は、遠く離れたイタリアの地にも微かに届いていた。

 

年不相応なクレバーな読み。最悪を寸前で防ぐ当たりの強さ。この試合も結局ドリブル突破を一度も許さなかった。

 

本人曰く、練習で青葉に何度も突破されているらしい。逢沢駆との勝率は6:4で今のところ優勢らしい。

 

 

 

そして一方、ガンナーズのサポーターが試合終了時のトラウマになるであろうスコアに対し、未だ呆然とする中、

 

歴史的な勝利を成し遂げたETUのサポーターは、まだまだお祭り騒ぎだった。

 

 

スカルズメンバーは新規サポーターも含めて相手を煽ることは許さない態度をとっていた。しかし、この歴代最強クラスの戦力は、目を奪われるものだ。

 

「——————ガンナーズ相手に、ベストメンバーのETUはここまでできるのか」

 

羽田の呟きは、主要メンバーの戸惑いの言葉を体現していた。赤﨑がブレイクすると思っていたが、実は宮野が大本命だったのか。というより、宮水や逢沢にとって宮野は相性の良い選手なのだろう。宮野のスペースに走りこむ姿勢は、彼らにパスの選択肢を与える。だからこそ、宮野の活躍にもつながっている。

 

無論、赤﨑の存在は今後増していく可能性もある。だが、現状チームで仕事をルーキーたちに奪われているのが現状だ。

 

 

そんな変革期を迎えるチームで手腕を振るうタツミは、意図的に戦力の底上げを狙っている。例えば、黒田の出場機会は減ったが、亀川、小林、飛鳥の成長も見込んでの采配。新潟戦で惨敗したが、この成績は予想外だ。

 

「けど、まさか夏木がベンチに入れないなんてなぁ」

 

唯一の不満があるとすれば、夏木が復帰後はベンチ外が続いているということか。連携不足と試合勘の欠如は明らかであり、まだ時間がかかるようだ。

 

「—————夏木もいい選手なんだが、達海のお眼鏡に適わないのか」

 

世良の離脱でチャンスは見込めるだろうが、ベテラン堺には安定感が、上田も今日の試合で結果を残した。

 

 

夏木の立場はさらに厳しいものとなっていくだろう。ジーノ、逢沢、赤﨑という司令塔たちとの呼吸が合わないようでは、出場機会も苦しくなるのは明白だった。

 

 

昔、夏木の劇的ゴールに救われたことはあるが、その分簡単なシュートを外す悪癖への不満もある。それでも、一部のファンでは彼のポテンシャルを達海監督なら引き出してくれると信じ始める者たちもいる。

 

 

ただ、問題なのは

 

「最近ミーハーなファンが出入りしているが、まだ不穏な空気はでていない。しかし、こうなってくると分からなくなるな」

 

 

勝ち馬に乗るかのように増えてきた新規ファン。有名選手にして海外大注目の若手の俊英を一目見ようと大人数が押し寄せてくる。ホームの試合ではアウェー側に迷惑をかけている輩もいるほどだ。

 

アウェー席として確保しているにもかかわらず、その新規ファンが占拠するという事態。クラブは公式に「アウェー席での応援はご遠慮ください」と発信し、注意喚起をするものの、スタジアムでの応援の作法を良く知らないにわかファンにどこまで通じるか。

 

状況が悪化するなら、クラブとしての強硬な手段に出る事も厭わないそうだ。ゆえに、クラブカフェを作り、画面の向こうで試合を見られるようにするなどの努力を見せている。

 

元日本代表の前田GM補佐も語気を若干強めており、クラブ側も本気で対応する姿勢を見せているのが救いなのか、低迷期を経験していない若手幹部の働きに満足している者もいる。

 

「なんだかんだ、補強の話は今年までダメダメだったけど、経営に関しては前田さんのアイディアが上手くはまっていますね。外国人の補強は外れが多いですけど、軸となる選手は揃っていたというか」

 

前田芳樹GM補佐。もしかすれば後藤GMよりも手腕があるのではないかと思えるほどだ。さすがアラベスのフロントで鍛えられただけはある。

 

 

 

 

ETUのホームを重い足取りであとにしていくガンナーズイレブン。サポーターからの詰問は免れないだろう。そんな重苦しい雰囲気の中、一人の若手は今までにない闘争心を心の中で誕生させていた。

 

 

窪田が珍しくETUベンチを睨んでいたのだ。温厚な彼には珍しい、屈辱を受けたと言わんばかりの悔しそうな顔。

 

その原因は16歳の年下に良いように翻弄され、走り負けるという失態が主な原因だった。今まで改善できなかった課題を改めて突き付けられたのだ。

 

 

交代される直前、窪田の息が上がっている姿に対し、逢沢駆は残念そうな顔で一瞥し、プレーに戻る姿は彼の自尊心を深く傷つけるものだった。

 

——————なんでこの時間帯で、この程度の強度で、スタミナ切れなの?

 

 

口に出さなくても、それを言っているも同然の表情だったのだ。

 

 

「今のままじゃ、次も同じ———————」

 

 

守備も攻撃も、太刀打ちできない。窪田はこの試合以降スタミナをつけるトレーニングが増えていく。逢沢駆に勝つために。代表では中盤のポジションで被る為だ。

 

——————次は、同じ時間帯まで、それ以上の強度を可能にしないと

 

 

きっと今のままでは、自分たちの世代が彼らに追い抜かれる。否、すでに追い抜かれてしまっているのだ。このまま引き離されれば、代表入りしたところで、先発して活躍なんてことは望めない。

 

 

自分たちの世代は、彼らの引き立て役に甘んじることになるだろう。

 

 

黄金を超え、プラチナを超えて、さらなる可能性を内包する2020年の世代の影となりかねない。

 

 

かつて、逢沢世代と言われた2020年五輪に挑戦する権利を持つ者たち。

 

 

王様亡き後、この世代は人々からどのような名称を付けられるのか。

 

 

その答えはきっと、エリアの騎士王と、超常現象が示すだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「——————くそっ、なんや……なんなんや、あの高卒は!」

 

片山は一度もドリブルで抜くことが出来なかった飛鳥のことを考え、猛烈に悔しがる。

 

「————杉江が全幅の信頼を置くだけはあるやろ、あのルーキー。せやけど、あの反応はあり得んやろ? 切り返しを待っていましたとばかりに刈り取るなんて、普通出来ひんやろ」

 

予測も鋭い。ガンナーズの攻撃陣は、杉江と飛鳥にいいように翻弄されてしまっていた。高卒ルーキーの飛鳥には体を作る期間が設けられているために、先発から外れることがあるのが幸いか。

 

ETUの守備陣は、思っていたよりも固い。

 

 

『小野田。私は今、とても悔しい。ここまで戦略を覆す戦術レベルの存在に、私自身の哲学を破壊されたことを』

 

「監督……」

 

ハウアーを使ったポストプレーだけでは通用しない。二列目や中盤での組み立て、平賀頼みのパスワークでは、いずれ手詰まりになる。

 

しかし、その戦術が通用していないわけではなかった。ただ、飛鳥と青葉という、二人のルーキーが規格外だったのだ。

 

逢沢駆を使った陽動を用いた、達海に翻弄されたのだ。

 

ここで崩壊するようなら王者に相応しくない。次戦に向けて立て直しを誓い、次のアウェー戦でETUに必ず勝利することを誓うガンナーズサイドだった。

 

 

 

 

 

 

試合後、青葉は電話で姉の三葉がここにきていることを知り、すぐに彼女の元へ向かっていた。そこには、かつて自分が傷つけてしまった少女の姿と、義兄になるであろう立花瀧もいた。

 

「青葉さん、お疲れ様です! 今日も凄かったですね。最後、ものすごい勢いでスプリントしていましたけど、まさかあれも予測済みでした?」

 

青葉が一気にスプリントしていたことを見逃していた大多数とは違い、瀧はその姿をはっきりと知覚していた。

 

「俺は預言者ではないよ。だけど、ミヤちゃんが最後意地を見せてくれると信じていたし、信じた方が気持ち良いと思ったからね。逆にミヤちゃんを信じず、走りこんでいなかったら、きっと孤立していただろうし、今後にとっても、あの得点は重要だった」

 

宮野の今後の為にも、必ず走りこむ必要があった。上田も1得点では満足していなかった為、ゴール前に群がっていたのも幸いした。

 

「まあ、姉さんの前でいいとこ見せられてよかったよ。四葉は予定がつかなくてここにいないのは残念だけど」

 

「もううちが言えることはあんまりないわぁ。凄すぎて、後サッカーに詳しくなったつもりが、また一段と引き離されてるみたいでなぁ」

 

プレーを見ていたが、ちょっと理解が及ばないと弱気な言葉を漏らす三葉。あれからサッカーについてユーチューバーさんの動画を見ていたりするが、やはり青葉の思考する速度は段違いだった。後は遠めからものすごい速さで動く彼を追いきるのは難しいというのもある。

 

「はははっ。まあ、機会があれば意図とか教えるよ。案外ピッチ上で考えていることは刹那的で単純なものが多いし」

 

「それに、江藤さんも浦和ファンからどうやらうちのサポーター?になりつつあるみたいだし、ちょっとそれは嬉しいかな」

 

「えっと—————」

 

青葉はあの事を引きづっていないかのように振る舞うが、内心は彼女を傷つけたことを気まずく感じている。だから無理に明るく振る舞おうとしているのだ。

 

「サポーターの皆が一つの方向に目を向いてここにきているわけじゃない。きっかけは人それぞれだし、その理由の是非を問うことは出来ないさ。だから、自分で納得できる答えが、ここで見つかるなら、俺は嬉しい。俺が江藤さんに思うのはそういうことかな」

 

青葉自身、達海監督を頑なに認めない者、認め始めている者、実は昔からファンでした、とか、いろいろな人種を肌で感じている。みんな綺麗な感情を持ち合わせているわけではない。心のどこかで納得のいかないものを持ち合わせている。

 

「すいません。勝手に気分を害したのは私なのに、気を使わせてしまって」

大人な対応を崩さない青葉に対し、申し訳なさを感じた江藤。なんだか部外者のような空気を感じた瀧と三葉は軽くアイコンタクトを青葉に送り、そっとその場を後にする。

 

「俺も人の機敏には鈍いと注意を受けることがあるし、気にしなくていいよ。それに、俺自身未だにその理由を明らかにできていない心苦しさはある。サッカーだけが取り柄の、学生の義務を果たし続けた青春時代だったけど、こんな俺にも江藤さんの力になれることがあるかもしれない。だから、何かあれば相談に乗らせてくれないだろうか?」

 

 

「そ、そんな。貴重な練習時間を削るなんて。私はもっと、もっと宮水選手の頑張っている姿が見たくて——————あっ、えっと—————」

 

 

「ハハハッ、お互い気を使い過ぎて会話がおかしくなっているな。うん、ちょっと格好がつかないな—————そうだ「青葉ァァァ!!! もうバスがいっちまうぞ!!」 げっ、クロさん!? すいません、すぐ行きますっ!! ごめん、これ以上時間を作れそうにないし、本当に不本意だけど、これで失礼するよ! それじゃあまたっ!!」

 

 

 

「は、はいっ! お気をつけて! ………ふぅ」

 

あのまま会話が続いていたら、どんどん帰るタイミングが無くなっていたし、帰りたくなくなってしまっていたかもしれない。

 

それに、学校での普通の男子学生と何ら変わらない素朴な所がある一方で、がっつく様な肉食系の雰囲気すらない。言葉こそ堅かったが、話していて嫌な気持ちはなかった。

 

—————何かあれば、かぁ

 

 

「おや、お嬢ちゃんじゃないか? それにさっき、青葉君に会ったね? どうだい、ちゃんと仲直りできたかい?」

 

そこへ、何も知らない外国語が話せない元日本代表で何か最近は便利枠に収まりつつある栗澤コーチがやってきた。出会い頭にいろいろと気恥ずかしいことを聞いてくる年上の男性に狼狽える藍子ではあったが、自分の中で芽生えた、説明できない感情を知るために、あることをお願いしようと決意する。

 

 

「一つ、お願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「うんうん。いいよ。ちなみに私も江藤さんにいろいろ依頼したいこともあったしね」

 

「えっ? なんですか? 元日本代表の栗澤さんにお願いされることなんて私————」

 

まさかのお願い事をされるとは想定外の江藤。栗澤の願いとは一体何なのか。

 

「英語教えてくれないか。これ以上、有里ちゃんに小言を言われるのは耐えられないんだ」

 

「ゑ? 英語!?」

 

なお、その様子を壁に隠れて観察していた有里は、その眼光を鋭くさせる。

 

日本代表にも格というものがあるのに、一般人に対し、あんな情けない頼み方をするようでは威厳がいくらあっても足りない。むしろ、現在進行形で崩れていると言っていい。

 

 

「まあ、冗談なんだけどね。実際、有里ちゃんに先ほど雷を食らった、私個人のお願いではあるが。海外の代理人やスカウトたちの相手なんだが、最近は芳樹のとこの奥さんに、有里ちゃんに対応を任せてはいるんだ」

 

壁の向こう側では、有里は彼の言動に微妙な顔をする。江藤はその様子を知らないふりをする。気づいていないのは栗澤だけだ。

 

「そこではもちろん英語が必須なんだけど、芳樹は色々後藤ちゃんと経営のことで手が回らないし、選手をスカウトしたり、指導したりする私は、案外手が空いたりするんだ。ほら、腐っても日本代表だったし、選手を売り込んでくる人はいくらでもいるというか」

 

それに俺って、テレビに出てのトークとか苦手だしな、と苦笑いする栗澤。

 

「そ、そうなんですか」

ずいぶんと低姿勢な元日本代表がいるものだと、藍子は戸惑う。テレビでブイブイ言わせている元日本代表のコメンテーターやタレントたちがいる一方で、裏方に回って中々カメラが向けられない場所に、彼はい続けている。

 

 

「だからさ、不定期になるかもしれないけど、エージェントが来日したり、代理人が来るタイミングで俺と同席してほしいんだ。勿論、そっちの日程に合わせるよ、俺が調整する。後は、少しずつでもいいから英語を教えてほしいぐらいかなぁ」

 

不意にではあるが、彼とのつながりのようなものが出来た。その道筋が見えた気がする。もっと彼が登っていく姿を見ていたい。自分もその姿に刺激を受けて、いつか納得できる道を見つけて、ひたすら前に進むことができるなら。

 

江藤は、自分の中にある自分本位な理由に内心複雑だ。栗澤の頼みごとに付け込んで、彼とのつながりを求めている自分がいることを恥じた。それでも、

 

「分かりました。私なんかでよければ」

 

「ありがとう。よっしゃ、これで有里ちゃんからの小言が減「減ると思いましたか?」」 ヘアッ!?」

 

ギギギと後ろを振り返ると、にこやかな笑顔をしていた有里が立っていた。江藤は目を逸らす。

 

「ごめんね、江藤さん。勿論、語学力を生かしてうちに協力してくれるのはありがたいし、むしろ私もお願いするぐらいなんだけどね。ほら、やっぱり元日本代表にも格というものがあるし、腐っても歴代ナンバーワンの右SBだったわけだし。言動が軽すぎるというか」

 

「えっ、えっと。その、すいません」

 

自分が怒られているわけではないのに、悪寒がしてしまった江藤。年下の女性に平謝りする栗澤の姿を見て、色々遠い目をしてしまう。

 

「英語くらい、自分で勉強しなさい。前田さんたちも、青葉君も、もちろん私も、独学で会得したわよ?」

 

「は、はいっ——————すいませんでした」

 

未成年の時間を、仕事の依頼以外で奪うなとくぎを刺す有里。ただでさえバイトに関してはグレーゾーンへの目の向け方が世間様は厳しいのだ。余計なリスクは排除する。

 

「身内の恥を見せてしまって申し訳なかったわね。それはそれとして、私は江藤さんがその語学力でうちの力になってくれること、個人的にもクラブ的にも嬉しく思っているわ。ただ、こういう話はちゃんと両親と相談すること。これが私と栗澤さんの連絡先だから、栗澤さんに関してはいつでも電話していいわよ」

 

俺だけはいつでもとか、日程調整が、と唸っているが江藤は有里から目を逸らせず、有里はその独り言を黙殺した。

 

「分かりました。帰って両親と相談します! その、一度冷静になることが出来ました。お手間をおかけしてすいません。」

 

「いいのいいの。栗澤さんがいきなり話を飛躍させたのが悪いんだから。こういう話はやっぱり親に一度連絡をしておかないと、トラブルの原因になるし。ま、普通のバイトよりは羽振りはいいかもね」

 

何せ特殊性の強いバイトだし、異例だし、人材の少なさからくるイレギュラーだし、と説明する有里。

 

「色々とお話を頂いて、ありがとうございました。……失礼します」

 

 

有里の存在感に圧倒されつつも挨拶をすまし、その場を去っていく江藤。何事もなかったかのように栗澤も立ち去ろうとするが、

 

「栗澤さんは一度、経営や人材についてのお勉強をするべきですねぇ。前田さんと後藤さんに任せっきりで、そちらは全くの赤点。落第レベルですし。私が一からルールやマナー、タブーをお話しするので、逃げないでくださいね!」

 

 

「OH……」

 

その後日、少しやつれた笑顔を見せる栗澤の姿が目撃されるが、選手たちは知らぬ存ぜぬを貫くのだった。

 

 

 

 

「クリさんは、偉大な現役生活、代表での活動をしたというのに、なぜこんなに扱いがぞんざいなんだろう? これがわからない……」

 

 

元日本代表で、不動の右SBで、イケメンスピードスターで、ファイターで、歴代ベストイレブン常連の名選手が、このETUでは弄られキャラになっている。

 

 

青葉の疑問に答える者はいなかった。

 

 




この第10節を機に、U20ワールドカップに出発する青葉と飛鳥。

今までのベンチ外とは違い、最大で16節の鹿島戦まで彼らは帰ってきません。


今までの歴史では、達海不在時の成績は芳しくなかったが・・・・・


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第七十四話 依存の代償

リアルの方で、管理業務を任され始めました。

時間がないと言っていた上司の気持ちが分かってしまいました。

そして、間隔が空くと非常にまずいことを痛感しました。


生活を見直そう・・・・




第十節を契機に、リーグジャパンの動きに新たな局面が出始めている。好調大阪ガンナーズの惨敗は、ETUのベストメンバーがリーグ随一の脅威であることを知らしめる結果となった。

 

あの五輪代表小室が、17回のデュエルで17連敗を喫する等、宮水青葉に対する有効な作戦が未だに解明されていない。あのマイペースな小室が、試合後はショックを隠せなかったほどだ。

 

ドリブル成功率驚異の100パーセント。

 

タックル成功率7割超え。

 

しかも数少ないタックル不発の局面は、味方のカットによってキーパスがカットされている。つまり、これは自身を囮にした罠なのだ。誘い出し、あの宮水青葉に屈さなかったという理想を、全ては彼の盤上通りだったという現実を叩きつけるだけの光景にしてしまう。

 

 

超常現象は攻撃面ではかなりの貢献をしていたが、二代目は違う。

 

 

超常現象の名を襲名した彼は、守備面で相手の心を叩き折る。攻守ともに相手の脅威になり、その切り替えの速さから、カウンター時に彼にスペースを与えた瞬間が訪れた場合、決定機は免れない。

 

 

 

この日本国内ではもはや彼を止められる存在はいないのかもしれない。そんな確信にも似た恐怖が他のクラブに伝染する。

 

 

それは甲府の中島にも言えることで、この左右のサイドアタッカーを止める手立てを出せずにいるリーグのレベルに問題があるとさえ言われ始める。

 

 

小さな巨人“中島秀哉”と、“超常現象“宮水青葉”。その陰に隠れて、優秀な若手アタッカーがこの世代の前後に誕生している。

 

昨年のベストヤングプレーヤー、小川知良。降格圏内に沈んだチームを救う獅子奮迅の活躍で、すでに大黒柱になりつつある。

 

万能型CFWの再来か、鷹匠暎。彼もまた浦和の得点源。そんな彼と同等の評価を得ている横浜のスコアラー秋本直樹。

 

そして、トップ下で目覚ましい活躍を見せる司令塔、逢沢駆。不敗神話こそ途切れたものの、その実力に疑いの余地がない。

 

 

だからこそ、世界はこの世代に注目していた。だからこそ、今年のU20ワールドカップは大波乱が起きる可能性があると、考えていた。

 

そんな中で起きた、U20日本代表の本選メンバーの発表。それは、ETUにとって試練の期間となる。

 

 

GK 真弓慎一郎(福岡) 相馬元気(鳥栖) 水野邦夫(名古屋)

DF 飛鳥亨(ETU) 中条渉(岡山)  城達哉(讃岐) 赤間弓彦(讃岐) 

幕張健吾(湘南) 沖名太陽(山形) 井口譲二(浦和) 本田マイケル(明治) 

MF 安川走斗(千葉) 伊達直哉(仙台) 工藤春雄(岐阜) 榎本文人(新潟) 

石渡翔悟 (仙台) 清武周人(大阪C)

FW 小川良知(磐田) 秋本直樹(横浜)  九鬼鉄心(大宮)

鷹匠瑛(浦和) 宮水青葉(ETU) 堂本貴史(フローニンゲン)

 

J2仙台の石渡がやはり背番号10であり、逢沢駆のサプライズはなかった。

 

日本代表の選出によって歯車が狂い始める強豪クラブ。

 

浦和は大黒柱の鷹匠が抜ける大打撃。けが人続出の中、奮闘していたルーキーの離脱はあまりにも大きい。そしてバックアップが主な役割とは言え、井口の離脱も大きい。

 

横浜も好調を維持しているが、マルコスのサポートに回る献身性もあった秋本の離脱は大きい。

 

新潟は残留を目標としているチームで、司令塔でもあった榎本の離脱はリスクが大きい。

 

巻き返しを図る磐田も、エース小川を欠く中、厳しい試合が予想される。

 

J2首位をひた走る仙台は、昇格に向けての暗雲となるか?

 

 

しかし、ETUはその強豪クラブよりも大きな大打撃を被る結果となった。守備の要でもある飛鳥亨。

 

致命傷は宮水青葉の選出だろう。ETUは片翼を捥ぎ取られ、守備の要を一枚失う状態で、リーグ戦をしばらく戦わなければならない。

 

しかもその状況は、代表チームが勝ち上がれば上がるほど続いていくことになる。

 

U20の最終日程は6月中旬。つまり、もし仮にファイナルの舞台に立つことになれば、11節から15節の間は出場が不可能ということになる。

 

 

代表合宿は5月8日より始まる。つまり、11節への強行出場は不可能ということだ。

 

 

 

ETUとしては、注目され続ける選手の晴れ舞台。しかし、首位争いの状況での選出は痛すぎる。

 

「まっ、持ちこたえる、とかいう姿勢じゃだめでしょ? レギュラー奪うぐらいの気概で行かないと」

 

達海としては、ここで若手2人が離脱して首位争いから脱落するのは避けたい。序盤から控えにも出場機会を与え、指導を行った理由はこれだ。

 

選手全員のレベルアップがなければ、優勝など夢のまた夢だ。現在の順位は2位と悪くはないが、首位大阪とはまだゲーム差がある。

 

11節からの大分戦は取りこぼせない。12節の千葉も好調をキープしている。最難関は上位の川崎戦が13節にあるということだ。川崎は選手のレベルが高いが、なぜか代表選手が少なく、今回の件では無傷に等しい。

 

14節の札幌、15節の神戸は下位に沈んでいるが、立て直しの雰囲気が出始めている。

 

幸いなことに、3位鹿島との直接対決で2人が復帰する。

 

「確かに、代表選手が増えればこういったケースは何度も起きてくる。だが、さすがにこれは」

 

栗澤も心配するほどの戦力ダウン。13節の川崎戦では必ず苦戦は免れない。現に、宮水青葉のいない試合では甲府、新潟には黒星を喫している。

 

浦和戦では宮水青葉の活躍があったにもかかわらず、苦しい勝ち方。

 

「——————ジーノのシステムももうすぐ完成する。本当なら、リーグ後半戦の秘策、後は練度を上げておきたかったけどなぁ」

 

 

ジーノをボランチで採用するジーノシステム。右ボランチとして起用し、守備能力の高い石神、前での守備意識とボールを捌ける堀田、さらには熊田を起用したジーノのためのシステム。

 

達海にとっては苦し紛れの秘策。しかし、このシステムにも新たな変化が見られ始めている。

 

背番号7、椿大介の安定感である。彼はボランチとしてプレーしているが、突破力に視野の広さは及第点だ。その運動量を鑑みるに、中央でプレスバッグも出来ればこのシステムの死角はさらになくなる。

 

守備専門のボランチと、トップ下の前からのディフェンス。ワントップは経験豊富な堺。左サイドは宮野で決まりだろう。

 

 

右サイドの赤﨑は、自分にない青葉の守備能力の高さを痛感していた。だからこそ、この青葉の離脱は自分が生き残るチャンスでもある。

 

————このまま、セカンドプランなんて言わせない。

 

宮水青葉が代表離脱の時に出てくる選手、なんて言われれば、五輪代表もフル代表も夢のまた夢。海外でプレーし、活躍することこそ赤﨑の夢の一つ。このままでは終われない。

 

 

椿も、自分にかかる役割が増すことを痛感していた。サイドでボールを簡単に運んでいく青葉や、最後の最後で競り勝ってくれる飛鳥がいないのはマイナスだと感じていた。

 

————誰がビルドアップを担当するのか、誰がキープするのか、誰が—————

 

 

そして怪我で復帰が遅れている世良は、大分戦と千葉戦の欠場は確定。堺が代役で先発するが、上田もいい動きをしているという。

 

————今はおとなしく、チームの勝利を願うしかねぇ。けど、もどかしい!!

 

 

そんな好調FW陣の中で、ベンチを温める日々が続く夏木はこれ以上ない危機感を抱いていた。新司令塔の逢沢に信頼されていないことが、十二分に理解できた。

 

プレゼントパスの多くを無駄にするなど、勢いを止めてしまうプレーが多い。基本的なシュート練習からやり直す必要が出てきたのだ。

 

「ナツさんシュートが大雑把すぎるんすよ。直前までのイメージが大雑把だからそうなるんすよ」

 

だからこそ、基本のシュート練習から取り組むことになった。こんな練習に真面目に取り組んだのは、高校以来だろう。今は確実にチャンスを決め、相手の勢いを殺すゴラッソも決める選手を目指す必要があると感じていた。

 

 

新潟戦、甲府戦では敗因の一因となってしまった右サイド石浜。甲府戦での惜敗は石浜のポジショニングミスが致命傷だった。どこか甘い意識、後一歩足りない。

 

達海監督も当初はその身体能力を見て、レギュラーに抜擢していたが、完全に控え要員の位置に戻ってしまっている。このままではユーティリティの鈴木にベンチの座すら奪われる。

 

————何か変えなきゃ、変えないと俺の居場所は

 

新チームの船出としては最高に等しい序盤。乗り遅れれば、確実に居場所はなくなる。

 

 

そんなこんなで突入した大分戦。控えメンバーで挑んだETUは、やはり苦戦を強いられる。

 

 

GK  1番 緑川

RSB12番 鈴木

CB 26番 小林

CB  2番 黒田

LSB16番 清川

CMF27番 亀井

CMF 7番 椿

RMF15番 赤﨑

LMF25番 宮野

OMF10番 ジーノ

CFW 9番 堺

 

控え 

GK 23番 佐野   

DF  3番 杉江 13番 向井

MF  6番 村越 24番 住田

FW 18番 上田 11番 夏木

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

DF  22番 石浜

 5番 石神 14番 丹波

MF  28番 広井  4番 熊田

    21番 矢野  8番 堀田 19番 逢沢

 

FW 

 

29番 飛鳥(代表召集第16節復帰予定)

17番 宮水(代表召集第16節復帰予定)

20番 世良(肉離れ 第14節復帰予定)

 

今期は初先発の鈴木に、久しぶりのベンチ入りとなった向井。その鈴木は攻撃的なプレーこそあまり見られないが、守備でのカバーリングなどで光るプレー。

 

思えば、一番逢沢駆と一対一の回数が多いのは彼だ。飛鳥が青葉とよく勝負を仕掛ける分、割を食っていたのだが、鈴木にとっては良い経験値となっていた。

 

その逢沢駆だが、学業優先とのことで、ベンチ外。今節は出場無しということに。本音はジーノと赤﨑のテストも兼ねた目論みの為だ。

 

 

 

大分も、意外に頑丈な右サイドを攻略することに苦労していた。右サイドの赤﨑が昨シーズン以上の守備意識を見せているのもあるのだが。

 

—————脅威ではないが、攻め手に欠ける

 

 

だからこそ、達海は左サイドの清川のクロスボールにかけていた。

 

————相手が右に攻め込む分、そちらのプレッシャーは和らぐ。お前のクロスボールが重要になるんだ。

 

一撃必殺の戦術。高いポジションで中に絞った左サイドハーフがそのわずかな隙を穿つ。

 

堺と宮野のコンビネーション。二段構えの裏抜け。しかし、大分も宮野の抜け出しは警戒している。

 

だからこそ、堺への縦パスが通りやすくなるのだ。

 

 

「なっ!?」

 

ここで堺がポストプレー。バイタルエリアで前を向かせるわけにはいかない。ボランチがプレスバッグするも、

 

————食いついたか、

 

堺は反転しながらのバックパスであがってきていた椿へとボールを託す。三列目からの奇襲戦法は彼の十八番となっている。

 

不意を突かれた相方のボランチが対処するも、簡単に振り切られる。ここで跨ぎフェイント。相手の動きを見切ったうえでの突破。ゴール前が見えたのだ。

 

————ここで、一番勝てる選択は——————

 

 

椿はここでミドルレンジからのシュートを選択。間髪入れない猛攻こそが、相手を勢いづかせない。

 

『椿のミドルシュートぉぉぉぉぉ!! しかしシュートは枠の外へ! いい攻撃でしたが、ゴールならず!』

 

しかし結果が伴わない。思わず歯噛みする椿。この局面で彼なら、そうするはずだ。そして、今まで決めて見せた。

 

ここに彼らはいない。自分達しかいないのだ。

 

前半20分が経過してもスコアレス。大分の引き籠りサッカーに対し、攻め手は多いものの決定打を与えられないETUが攻めあぐねる。

 

どこかいい攻撃のリズムであるはずなのに、最後の最後で力むETU。次第に大分はカウンター狙いになっていき、ラインを下げてロングボール主体の戦術へと切り替えていく。

 

「クロ、小林にライン特に注意しろと伝えろ! 相手の9番は狙ってくるぞ!!」

 

大分の9番藤崎が、しきりに黒田の方で駆け引きを行っている。それを黒田も分かっており、激しいライン際での攻防が絶えず行われている。

 

 

「あっ!」

 

そんな中、椿のディフェンスが躱される。フィジカルで強引に突き進んだ相手のCMFが中央を突破。それを契機に一気に攻めあがってくる大分イレブン。

 

ショートカウンター。ETUに対してチャンスは少ないと判断した大分の特攻戦術がこの前半の30分辺りから火を噴き始める。

 

左サイドの裏へと移動した藤崎が清川の背後を獲ったのだ。それを見た相方のFWジャバックが駆けだす。彼が狙うのはやはり黒田。フィジカルに自信のある彼が黒田を狙わないはずがない。

 

「くっ!?」

 

藤崎がサイドに流れ、清川がケアをする。石浜と同じミスをすれば失点につながる。だからこそ、彼は中に絞ったサイドハーフを見失う。

 

「やべぇぞ、椿っ!!」

 

上がり過ぎていた亀井が慌てて戻る。攻撃に守備に躍動していた椿と同じように、亀井もまた攻撃的なプレーに集中し、ポジションを上げ過ぎていたのだ。

 

椿が急いで戻るが、すでに遅い。

 

「このっ!! 前を向かせるかよ!!」

 

ジャバックと黒田の競り合いの最中、サイドに開いた藤崎のグランダーのクロスが、右サイドハーフへと渡るのだ。つまりジャバックと藤崎が囮となっている状況。

 

「カバーします、クロさん!!」

 

小林がその右サイドハーフを止めにかかる。とにかくシュートを打たせない。コースを切れば緑川が止めてくれる。それを頭では分かっていたのだ。

 

トンっ、

 

ジャバックへのバックパス。やはり彼が本命なのか、小林がここで反応してしまったのだ。

一瞬の隙を見せた小林は、その右サイドハーフへと注意を向ける。

 

 

ジャバックは縦に切り込んできた藤崎へとスルーパス。そして藤崎の強烈なシュート性のクロスボールがゴールに襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

何とかパンチング防ぐ緑川。ここで自分たちが粘れば、味方が戻ってくる時間を稼げる。実際人数は揃い始めていた。前線で張っていた宮野、赤﨑がカバーリング。こうなると即カウンターは難しいが、守備は整い始める。

 

 

大分としても必死だ。攻勢に出たのにこのままボールを奪われれば、カウンターの餌食、宮野の足に沈められるだろう。だからこそ、CMF大久保は賭けに出た。

 

—————シュートで終わる攻撃なら、及第点だ!

 

 

だからこそ、緑川の零れ球をトラップし、左から中に切り込んできた味方にパス。鈴木が何とかついているが、赤﨑の戻りの遅さを突く、左サイドバックのオーバーラップが決め手だった。

 

ワントラップで鈴木を振り切ったサイドバックのクロスボールに、ジャバックが頭で合わせてゴールを揺らしてしまう。

 

 

『頭で合わせたぁぁァァァ!!! 大分先制!! 決めたのは背番後9新外国人イサック・ジャバック!! 今季3点目を決め、ETU相手に先制ゴールを決めました! 前半の35分!』

 

見事なファーストラップからの抜け出し。そして正確なクロスボールに頭で合わせたジャバック。

 

 

こうなると、大分は中央を固め、がっちりと守りを固めてくる。カウンターターゲットとして、藤崎とジャバックは前線に残り続け、ロングボール一本の抜け出しを狙ってくる。

 

 

ETUはカウンターのリスクを孕みながらも攻めるしかない。宮野の突破は相手に取って予測範囲内なのか、5バックに似た陣形で徹底的にカットインを防いでくる。

 

————ここまで密集されたらコースも————ッ

 

だからこそ、宮野は攻め手に欠く。一人を躱しても二人三人とコースを潰しにかかるのだ。だからこそ大外の赤﨑にクロスを上げて託すしかなかった。

 

 

だが、

 

『あっとこれはクロスが長すぎたか!! タッチラインを超えてしまいます!』

 

 

 

このままでは負ける。椿の中でその考えが次第に大きくなっていく。みんなの調子は悪くない。しかし、よくもない。最後の一手が果てしなく遠い。

 

 

ボールを圧倒的に支配しているのはETUだ。なのに、最前線の堺へのボールがほとんど通らない。ジーノは度重なるプレスでやる気をなくしたのか、ジョギング程度で地蔵と化している。

 

 

後半になってからジーノの縦パスが極端に減ったことで、ETUは攻め手を欠いている。大分としてはジーノのやる気をそぐことで、ETUの攻撃を著しく制限している状況。

 

「—————キーを入れる奴が3列目だけだときついな」

 

 

達海は後半頭からジーノを下げる決断をする。ここでジーノに代えて住田。どうやら左サイドバック住田を入れるようだ。

 

 

ここで、トップ下に赤﨑。左サイドバックだった清川を一列前で使うという大胆な奇策を用いたのだ。よって、右サイドハーフに宮野が入ることになる。

 

—————清川の突破とスピード。守備に難はあるが、二列目なら十分だ

 

 

事実、清川の突破がさっそく活きる。後半立ち上がりの4分。堀田の浮き球のパスに反応した清川が中へ切り込む。

 

—————俺の持ち味を買ってくれた監督の為に!

 

清川の最大の武器は、その正確なクロス。しかし、堺がニアに走りこみ、CBが釣られる。赤﨑が中央からややニアによる。

 

ボランチが引っ張られる。さらに言えば、清川のスピードとドリブルを警戒して一枚を消費する大分の布陣。

 

全体的に、左に傾き始めていた戦線。あの男が見逃すはずがなかった。

 

—————利き足でクロスしやすくなった宮野を、右に置いた理由

 

達海監督の理想とする大分の守備を突破する方法の一つ。その瞬間がまさに生まれようとしていた。

 

 

清川の大外へのクロスボール。走りこんでいた宮野がトラップ。不意を突かれた大分は人数をかけて宮野を潰しにかかる。

 

 

しかし、大分もこれまでだ。宮野に数枚を使ってしまったことで、中央の守備が崩れる。ここにきて堺の献身的なニアへの走り込み。赤﨑はマイナスの折り返しを狙っている。

 

しかし、宮野が選択したのはその二人ではなかった。

 

 

『ゴール前宮野が縦に仕掛けてマイナスのクロス!? あっとダイレクトだぁァァァ!!! 同点~~~~!!!!! 後半6分にETU追いつきます!!』

 

 

ゴール前、勢いよく綻んだ中央に駆け上がってきたのは、この試合で一番強い気持ちを抱いていた男だった。

 

 

『背番号7番椿大介!!! 目下売り出し中のボランチが!! この苦しい局面でチームを救う同点弾!! 試合を振り出しに戻します!!』

 

 

そうなのだ。止めは綻んだ中央守備を崩す最後の一手。三列目からの飛び出しこそが、椿大介の持ち味。

 

左と右。どちらもスピードとクロスボールに自信のあるサイドアタッカーが襲い掛かるETUは、大分をその後は圧倒。

 

 

するかに見えたETUだったが、堺を含む二列目による連携プレスがハマらず、大分が引き分け狙いのカウンター戦法になってしまい、ゴールをこじ開けることができない。

 

膠着状態の中、赤﨑のパスを受け取った宮野が縦に仕掛ける—————

 

—————いけるっ、今の俺なら—————

 

 

しかし、スピードに乗る前に距離を詰められ、ボールを奪われてしまったのだ。宮野のスピードを意識した大分イレブンは、数的有利を背景に、宮野へのマークの距離を近めに設定した。

 

 

これにより、宮野がスピードで振り切っても次のプレスで確実に仕留められる。尤も、その必要性はなかったようだ。

 

問題は宮野のロストではない。クロス以外に怖さがない清川、カットインで攻撃が止まってしまう赤﨑。ハードマークで、ファウルで止められ続ける椿。

 

この試合調子のいい椿がファウル覚悟で止められ続けている。彼への当たりは相当なものだった。彼さえ封じ込めば、後は勝手に自爆する赤﨑、ポジショニングに課題のある清川、空回りし始めた宮野。世良ほどの運動量のない堺。

 

椿以外に怖さが完全になくなっていた。

 

 

前掛りとなり、起点でもあった宮野が止められた。弱者相手に行うサッカーの経験値があまりにも少ないETUが逆襲を食らう。椿だけが、大分が牙をむく瞬間をフィールドの中で感じ取っていた。

 

「だめだ!! みんな戻って!!」

前線のプレスは完全に崩壊した。上がり過ぎた赤﨑、堺は前線に取り残され、宮野は転倒したまま。どこか痛めたのかもしれない。清川も同様に上がり過ぎ、住田との距離が空き過ぎていた。

 

「—————————」

 

中盤、中央の守備が機能せず、一気にカウンターの波が襲い掛かる。

 

数的不利の中、迂闊にも亀井が前に出てしまった。藤崎のドリブルを止めるために。ボールを蹴りだす距離も長く、この間合いなら止められると。

 

しかしそれは藤崎の罠だった。

 

—————馬鹿が!! 相手が近づいてくるのに、そのままのドリブルなわけがないだろうが!

 

 

 

一気に細かくなるボールタッチ、そしてマシューズフェイントの一合で亀井が時間をかけずに突破された。後方より全力で戻るのは椿だけ。亀井が時間を遅らせることが出来れば、止められたかもしれない。

 

—————なんで、こんなにかみ合わないんだ!!

 

 

センターバックが対応するしかない。SBが高い位置をとり続けるETUのシステム上、3対5という絶体絶命のピンチが襲い掛かる。

 

 

そして——————

 

 

『決められてしまったぁァァァ!! 大分勝ち越し!! カウンターでイサック・ジャバック2点目!! 後半23分!』

 

 

中央の守備が、前線の守備がハマらない。青葉不在は勿論、負傷離脱の世良の運動量、世良の動きを理解し連携できる逢沢の穴はあまりにも大きかった。

 

前線の守備がハマらなければ、後ろはより一層個の力が求められる。その勝負に負ければ、失点に直結するのは明らかだった。

 

 

チームの焦りが、中盤の間延びを助長する。椿が運動量でカバーするも、彼一人ではカバーしきれるほど、ETUがカウンターで食らったダメージは小さくないのだ。

 

 

 

さらに、カウンターからコーナーキックをもぎ取った大分が攻勢をかける。

 

『コーナーキックから、合わせたぁぁァァァ!!! 大分3点目!! イサック・ジャバックハットトリック達成!! 後半37分!! ETUにとどめを刺す一撃!!』

 

『カウンターから崩れていますね。椿選手がスペースを埋める動きをしているだけに、何とか他のイレブンは報いるべきでしたが、残念ですね』

 

そして運動量が落ち始めた椿が交代することで、ETUは完全に攻撃力を失い、そのままタイムアップ。

 

 

『ここで試合終了の笛! ETU同点に追いつく時間帯はありましたが、イサック・ジャバックのハットトリックに屈しました!! これで3敗目!! そして鹿島が横浜に勝利したため、ETUついに3位転落!! 次節は好調千葉と激突!』

 

 

 

開幕前は優勝争いに絡むことがないと思われていた、リーグ随一の曲者千葉との対戦。今期の台風の目であるETUが吹き起こした余波は、千葉に恩恵を齎していた。

 

超常現象宮水青葉の蹂躙でチームを崩壊させられたチームとの対戦が多く、千葉はそんな彼らが酷く消耗しきっていた次節に悉く現れる。

 

端的に言えば、ETUがぼろ雑巾の如く蹂躙したチームを相手に、死体蹴りを行い続けていたのだ。

 

しかし、その流れもここにきて終止符を打ち始めている。名古屋には今節3対0と大敗。調子を落とし始めている。

 

それでも、昇格組相手に痛い黒星を喫したETUは大阪を追撃するどころか、3位転落。ショックの大きい敗戦となった。

 

 

他にも、大型補強を敢行した神戸が降格圏内を彷徨う非常事態。開幕ロケットスタートを決めた大阪にも陰りがみられている。

 

そんな中、横浜は7位と好位置につけていたが、鹿島に敗戦。新エース秋本の不在が大きく、決定力不足に泣いた。

 

対照的に苦戦が続いていた磐田は、これまでチームを引っ張ってきた小川の不在でさらに結束力を高め、広島を撃破。力強さを増した戦いぶりは、開幕戦の悪夢を振り払うものになった。

 

 

しかし、失速するだろうと思われていたETUがやはり失速を始めてしまった。青葉の試合を決める存在感、駆の得点力、飛鳥の対人守備による新しい風を受けての船出。

 

さらに世良、椿の覚醒で好調は続くと思われていた。だが、世良の負傷離脱、世代別ワールドカップの影響を手痛く受けてしまい、停滞状態に入ってしまったのだ。

 

 

 

そんな中、青葉たちは世界の舞台で戦うため、現地ニュージーランド入りを果たしていた。アジアではなく世界での実戦経験が初めてとなる面々は、ついにその時が訪れたことに緊張していた。

 

 

「これが、ワールドカップ。年代別でも人が集まっているね」

 

どこかしらにカメラを持った人がちらほら見かけることが出来る。さらには、地元の市民や遥々応援に駆け付けたそれぞれの国の人々。やはりこの舞台は特別なのだと理解させられる。

 

「———————フル代表は、今の比ではないだろう。同世代と今の俺たちがいる位置はどこなのか、見極める格好の機会だ」

 

飛鳥は、巡ってきてチャンスに心を躍らせる。ここで活躍すればステップアップの足掛かりになる。やるならとことん上を目指す彼にとって、モチベーションが上がらないはずがない。

 

「飛鳥はともかく、飛び入りでお前が来るとはな。うわさは聞いているぞ。傑の片翼がここまでのし上がってくるのは予想外だ」

 

このチームのエースである堂本貴史。数年前は守備が課題だった男は、18歳で欧州に渡り、守備力を改善し、今やチームの大黒柱に成長した。ここでさらに活躍し、目指すは5大リーグ入りだ。

 

「————知良が言っていたぞ。ちょっと半端ない16歳が二人いるって」

 

「まだ国内で騒がれている程度ですけどね。海外の実績なんてないですし」

過大評価だ、と青葉は笑う。

 

 

「いやいや。俺も尻に火を付けられた気分だ、青葉。ちょっと前は誰かを追い越そうと必死だった俺が、逆の立場になるのは、なんかなぁ」

 

「背筋が痒くなりますね。タカさんに認められるのは嬉しいです。俺も、この大会で頑張らないといけないんで」

 

堂本は青葉のことを認めていたのと同時に警戒もしていた。願わくば、彼のポジションの論争において、サイドと同等の評価を得ているボランチ、もしくは中央でプレーしてほしいと考えていた。

 

————三列目での守備力や、三列目からの加速は魅力的だ。けど、やっぱ同じ二列目にいてくれた方がいいよな

 

「秀哉もお前のことは褒めていた。撃ち合いにならなかったことが口惜しいと、言っていたな」

 

甲府の中島とは知り合いの榎本文人は、青葉が出場した場合、苦しい試合になったと漏らしていた。

 

「————後は年齢だけだな。18歳になったら、行くんだろ?」

 

J2岡山の中条は冗談交じりに言い放つ。青葉のドリブルの特徴の一つは、間合いの深さと仕掛けの速さにある。日本人が持ちえない不可視の領域があれば、ドリブルは間違いなく通用するだろうと。

 

「——————オランダ経由を考えています。オランダのCL常連クラブ。CLで名を売れば、5大リーグも見えてくる」

青葉は5大リーグ以外の名門クラブで活躍し、CLに出たいと考えていた。

 

「いや、お前の実力ならすぐに5大リーグに行くべきだ」

しかし、今夏海外移籍が濃厚な九鬼は、青葉のプランを遮る。

 

「—————18歳になるまでに状況は変化する。特に俺たちの年代は伸び代しかない。今から5大リーグを意識するのもありだと俺は思うぞ」

 

J2大阪の清武は、自分よりも体が強く、速く、技術は同等の青葉こそ、5大リーグにもまれるべきだと提案する。

 

「今じゃすっかり有利な契約を結べなくなっているもんな。頼むぞ、堂本。お前が活躍してくれなきゃ、俺たちの海外挑戦に響く」

 

「おいおい、いきなり別方向から不意打ちかよ!」

 

笑い合う小川と堂本。19歳という年齢で強い危機感を抱く小川は、この大会での下克上を狙う。ここでアピールをするのも大切だが、チームにとって必要な選手、チームの為に効果的なスプリントが出来る選手になりたいと考えている。

 

—————このチームが勝つために、俺には何が出来るのか

 

その先の五輪への切符をここにいる全員が受け取れるわけではない。だからこそ、小川は必死なのだ。

 

「とはいえ、まずはグループリーグだ。アジアからは日本、UAE、カタール、オーストラリアの4カ国が参加。特にカタールは攻撃力が凄かったな」

 

近年力をつけている中東の強国。UAE、カタールは全体的に技術が高い。国を挙げてのビッグプロジェクトとなっているサッカー大国への道は、意気込みからして日本とはその熱気が違うのだ。

 

さらに、オーストラリアは若き至宝、ロビエル・オズボーン、アレックス・リンスが招集された。中央のストライカーにサイドのスピードスター。共に18歳になった瞬間の引き抜きが噂されている。

 

U19アジア選手権では、辛くも日本が優勝した。しかし、UAEとは延長戦を戦い、オーストラリアには至宝が不在だった。

 

今大会では、欧州からドイツ、ポルトガル、スウェーデン、ウクライナ、クロアチア、ノルウェーと最大の激戦区を勝ち上がってきた強豪ぞろい。特に、クロアチアを破り、優勝に輝いたウクライナの勢いはすさまじいものがある。この予選では、出場が期待されていたスペイン、フランス、イングランド、オランダ等といった強豪国が予選でジャイアントキリングを食らう番狂わせが頻発した。

 

 

アフリカでは、ナイジェリア、ガーナ、セネガル、コートジボワールと強豪国が揃う。すでに欧州に戦場を移した選手も多数存在し、その身体能力は頭一つ抜けているだろう。

 

中米はコスタリカ、メキシコ、パナマ、エルサルバドル。優勝候補メキシコは、豊富なタレントを擁し、中米の中では頭一つ抜けている。

 

欧州に並ぶ最大の激戦区、南米は番狂わせが起きた。当確のブラジル、ウルグアイのほか、残り2つの椅子にはチリとペルーが居座り、コロンビア、アルゼンチンがまさかの予選落ちという結果となった。

 

優勝を果たしたウルグアイは層の厚さを見せているが、まだ無名の選手が多い。

 

準優勝のブラジルには、レオナルド・シルバは招集されなかった。国内リーグで得点王に輝いたマルコ・アントニオは招集されたが、ブラジルは選手層の厚さを見せつけることに。なお、オセアニアからはニュージーランドとタヒチが選出された。

 

なお抽選は半年ほど前に行われており、日本はグループDに組み込まれている。

 

グループA ウクライナ、ガーナ、ニュージーランド、パナマ

グループB クロアチア、セネガル、エルサルバドル、UAE

グループC スウェーデン、ブラジル、メキシコ、オーストラリア、

グループD ドイツ、ウルグアイ、日本、コートジボワール

グループE ポルトガル、チリ、コスタリカ、カタール

グループF ノルウェー、ペルー、ナイジェリア、タヒチ

 

グループDは死の組と言っても過言ではない。前回大会覇者のドイツ、ベスト4のウルグアイ、コートジボワールも過去に決勝リーグに何度も進出している。対する日本は1999年の黄金世代で準優勝以外では、ベスト8が最高成績。

 

尤も、このグループを突破出来ればかなり有利であることは間違いない。

 

——————大丈夫、なんだろうか。ETUは

 

しかし、青葉の脳裏には自分たちが抜けた後のチームの状況がどうなってしまうのだろうかと、不安に思っていたのだった。

 

 

—————無残、ルーキー離脱のETU…昇格組の大分に惨敗

 

 

——————昇格組に完敗…椿の同点弾も、勝ち点奪えず

 

 

——————連動性を失った達海サッカー。専門家「新戦力への依存大きい」

 

 

——————主力離脱のETU、ついに3位転落‥‥昇格組の大分に完敗。

 

 

 

青葉は、在りし日の達海らが離脱したETUの惨状と、今の現実が重なって見えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、まさかの完敗を喫したETU。落とせないといった矢先の・・・

大分のオリキャラ、イサック・ジャバックは今後も補強のターゲットとして名前が出てくるかも。


世界での戦いに身を置く青葉は、何を思うのか


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第七十五話 今ある力で

ここまで投稿間隔があくとは思いませんでした。



ショックの残る敗戦を経験したETU。このままでは、またずるずる嫌な空気に戻ってしまうと達海は考えていた。奮闘していた椿には申し訳なかったし、もっと早く中央の守備を固めることが出来れば。

 

しかし悔やんでも仕方ない。今のETUは再建途中なのだ。

 

そんな中、達海はある催しを行うことを決断する。チームがバラバラになりそうな気がする。過去の経験を思い出してしまう彼は、その記憶を思い出す。

 

 

代表召集で達海たちが不在の時、チームは瞬く間に状況が悪化した。いつしか自分たちと彼らとの間に溝のようなものが出来ていた。それは実力差なのか、それとも環境がそうだったのか。

 

 

それとも、達海だけが気づけなかっただけで、最初から溝はあったのだろうか。

 

 

 

自分が体を痛め、オーナーの強権で強行出場した際、はっきりと聞こえてしまった。達海猛の為に作られたチームだと、それに対する不満が噴出していた。

 

自分一人が消えて攻撃が機能しなくなるチーム。そもそもそういうチーム作りでしか強くなれなかった環境が、その後の運命を決定づけたのだろう。間違いではなかったかもしれない。しかし、タイトルには届かず、長い低迷の時代が待っていた。

 

長期の低迷を経験したこのチームの歴史を鑑みれば、知らず知らずのうちに崖へのレールは敷いてあったのだろう。

 

—————あいつらを俺の二の舞にはさせない。無論、今のチームの奴らも

 

 

「カレーパーティ、ですか!? なんだってまた!」

 

有理は、そんないきなりの催しを起こそうと考えている達海に面食らう。自前のクラブハウスでの突然のイベントは正直何を考えているんだと。

 

「—————でも、クラブにとっては正念場ではあるのよね。そうね、クラブハウスには丁度そういう準備が揃いやすいし、明後日ぐらいなら同時に出来るわよ?」

 

ここで栗澤夫人の出番。達海の言いたいことを理解し、より大きくできることを提案したのだ。だからこそ、達海の肩も心なしか、軽くなったように感じた。

 

 

「————フットワーク軽すぎない?」

さすがの達海もクラブカフェ一斉にその催しをしようという発想にはたどり着かず、驚いていた。

 

「こういう時こそ、準備と知恵の見せ所よ。達海君の言いたいこと、優斗なら分かってくれるはずだもの」

 

素晴らしい提案だと思うわ、と笑顔で達海の背中を全力でプッシュする夫人。

 

「そうね。選手の当日の配置も考えるわよ~。それはそうと、達海君はやっぱり本拠地にいるとして、優斗は八王子かなぁ」

 

そしてもう一人の若奥様の前田夫人も参戦。

 

「町田には芳樹さんが行けばいいだろうし、午前中のサッカースクールを12時前に切り上げて、保護者の方にも手伝ってもらおうかしら? 今から連絡しないと」

 

てきぱきと勝手に壮大な計画になりつつある達海のカレーパーティ。しかし、やる気になってくれたのはありがたいことなので、それ以上は口出ししないことにした。

 

「——————主婦、というか母親って、あそこまでアクティブなんだな。女性ってすごいな」

 

「達海さんは知らないでしょうけど、あの二人のおかげでどんどん東京の新規ファンは増えているのよ。弱い時からずっと、一つ一つ階段を上がって、もう一度あの時の場所に、そしてその先の景色を見たいと思っている人は、たくさんいるんだよ?」

 

有里は、その歴史をずっと見てきていた。あれだけ自慢だった前田と栗澤の現役引退の時も立ち会っていた。

 

数々の人がこのクラブに携わってきた歴史を彼女は知っている。

 

幼い有里に、少し成長した有里に、社会人になろうとする彼女の先には、いつも選手たちがいた。

 

有里はいい時も悪い時も、このクラブを見守ってきた。達海が入る前から、達海が抜けた後も。

 

「——————だから、中々時間の取れない私にも、同年代の友達が出来たんだ」

 

ファンになってくれた人と、サッカー談義に花を咲かせることもあった。なんでもない話で盛り上がったり、奥様二人の奮闘で自分の時間だってできた。

 

 

「—————当面の目標は、達海さんがいた頃よりもスタジアムが盛り上がるぐらいが目標かな?」

 

目を輝かせて、大いなる野望を語る有里。絶対に東京の覇権を獲るんだと、意気込みを語っていた。

 

「—————————」

 

そんな彼女の力強い宣言を見て、達海はじっと彼女を見つめていた。彼女は気づかない、すぐに準備に取り掛かり、選手たちや他のスタッフに手配をし始める必要がある。

 

「じゃあまた後で。達海さんも、自分で始めた企画なんだから、しっかりあの二人に意見を言ってよね? じゃないと達海さんが考えるよりも凄い催しになるかもしれないんだからね!!」

 

そう言って、有里はその場を後にする。残された達海はそんな彼女たちの姿を見て呆然としていたが、ようやく立ち直り、笑う。

 

「————————————」

 

 

—————後は強くなるだけ、か。ほんとに、そうだったんだな

 

クラブ初の快挙が視野に入り始めている状況で、少し弱気になっていたのは、自分だったのだろう。この流れを失いたくない。大阪相手の快勝劇を演じ、その直後の大分へのショックの大きい敗戦。

 

達海は自覚する。自分は、この状況に強い危機感を抱いていた。

 

千葉、川崎と難敵が続く二連戦で、右翼の青葉を捥ぎ取られ、守備の要である飛鳥を失ったことを引き摺っていたのは、自分だったのだ。

 

自分以外のスタッフが、ここまで頼もしくなっているとは。ここまで自分の言いたいことをすでに実践していたことに、今更気づいた達海。

 

—————裏切れねぇよな、これは

 

後藤がスカルズメンバーとスタジアムで話し合う光景を知らなかったわけではない。自分を裏切り者と言い張る彼らには、弁解のしようもない。

 

確かにあの時、自分は彼らの手を振り払った。良かれと思った行動が悉く裏目になり、誰も得をしない結果となってしまった。自分がケガでダメになったのは仕方ない。それまで全力でプレーしてきた自分の体だ。それでだめならそこで壊れる運命だったのだろう。

 

だが、彼の心残りは彼が去った後のクラブの過去だ。そして、栗澤にはとんでもなく重い十字架を背負わせてしまった。

 

崩壊寸前のクラブを背負い、村越がリーダーになるまでこのチームを守り続けてくれた。自分以上に体の頑丈な彼は、日本代表の常連だった。オファーが来ていないはずがない。ビッグクラブのオファーなら当然来ただろう。しかし、彼は最後までこのクラブ一筋でユニフォームを脱いだ。

 

達海の選択で、栗澤の世界に花開くはずだった未来は閉ざされてしまった。そんな栗澤のことを気にかけていた前田は、海外で培ったキャリアを残し、その経験の全てをこのクラブにささげている。

 

—————ヨシも俺も、クリのことを見捨てられなかったんだよ

 

このクラブで、日本代表で、共に戦ってきたからこそ、理解できる。

 

 

ずっと笑顔を絶やさない彼は、サッカーキャリアの選択で苦悶する表情を、絶対に晒してくれなかった。プロならば頂点を目指すとは対極の考えで、前田と達海の背中を押してくれた栗澤に借りを返す必要がある。

 

 

—————俺はこのクラブを軌道に乗せるぜ。俺が真剣になれる唯一の分野で、このクラブを必ず支えて見せる

 

 

 

そんな監督や大人たちの決意など知らない椿大介は、カレーパーティの件で浅草のクラブカフェにて持ち場を任されることになった。知り合いがいるなら、手伝ってほしいという有里の伝言ももらいながら。

 

「けど俺、そんなに交友関係ないし………」

 

社交的とは言えない性格で、クラブの皆としか交友がない。強いて言うなら、

 

「あっ」

 

丁度その記事だった。彼女の事が書かれている記事を偶然携帯で見つけたのだ。

 

 

—————開幕7連勝! 小野寺4戦連発!! 代表戦を挟んで6戦連発!! ニューヒロインの歩みは止まらない!

 

————日本代表美島にオファーか!? 独一部バイエルンが接触か!?

 

一躍時の人となっている彼女は、女子サッカー界のヒロインとしてすでに不動の地位を築いている。本当にすごいし、男顔負けのプレーを見せる時がある。

 

「——————」

 

だから迷った。一クラブの催しで、それもまだ無名に等しい自分が、彼女を誘っていいのかと。自分なんか彼女と会うべきではないかもしれないと。

 

「———————」

 

 

 

—————前に進むって、決めたんだろ?

 

 

それは開幕戦の時の言葉だ。失点に絡んで、自分も中途半端にしかプレーできなかったときに言われた、彼の言葉だ。

 

————だったら、バッキーの思うようにすればいい。自分の心に従ってな

 

 

もう逃げない。椿は決断した。迷わず彼女の電話を掛けるのだが、

 

「—————うん、そんな感じがしたよ……」

 

 

電話がつながらない。通話中なのか、椿の決意は無駄になったようだ。せっかく頑張って決意したのに、と椿はあきらめて他の電話や当日に自分がすることに関しての資料を読み始めた。

 

プルルルルルっ!!

 

 

その時だった。一本の着信が入り、慌てて椿は電話ボタンを押す。

 

「も、もしもし!? 椿ですけど!!」

 

『————相変わらず、落ち着きがないのね、大介は。この前は残念だったね。でも、リーグ戦はまだ序盤よ。失敗は次に活かしてこそ意味があるの。』

 

「あ」

 

その声を聴いただけで、焦りが消えてしまった。彼女の優しげな声を聴くだけで、抱えていた不安が消えたのだ。

 

『えっと、私もさっき舞衣ちゃんと電話していたのよ。なんだか忙しそうだったし。それで、大介のことだから何かあったんだよね? 前節のこと? それともなにかあったの?』

 

「う、うん。実は」

 

 

椿は全てのことを話した。それを聞いて小野寺は

 

 

『じゃあ手伝うね。いつ頃から向かえばいいかな?』

 

 

あまりにも速い返答。椿も慌てる。

 

「え!? い、いいの!? でも練習とか、あるんじゃ」

 

『フルで使い過ぎて監督から強制オフ命令が下ったの。それで気分転換がてら時間を貰ったのよ。だから大丈夫よ。大介も運がいいわね。日頃の行いのせいかしら?』

 

「あ、ありがとう! じゃあ、当日までに決まったら連絡するね!」

 

 

『ええ。楽しみにしているわ。またね、大介』

 

 

彼女との電話が終わり、椿は心臓の落ち着きが無くなる。というより、先ほどから動悸が半端なく速くなっていた。

 

「な、なんとか、電話できた——————」

 

 

 

 

 

 

そしてクラブのメンバーの間では、

 

「クラブカフェも巻き込んだ、同時カレーパーティですか! 凄いですね!」

 

「ほんとほんと。こういう集客や知名度アップの企画は抜け目ないよなぁ」

 

宮野と世良は、アクティブすぎる上層部に驚愕していた。

 

「そうだなっ!!! こういうクラブの苦境でチームを一つにまとめるための催しには賛同だな、俺は!!」

 

黒田は意外に乗り気らしい。達海監督の戦術に不満はないし、それが理にかなっているとさえ思っている。チームを分裂させかねないことを行ってきた過去に比べれば、この提案は彼自身も気分がいい。

 

「浅草、八王子、町田市。そしてこの本拠地であるクラブハウス。凄いことになりそうだ」

 

「同時にこのクラブカフェとクラブハウスがネット中継されるし、至れり尽くせりだな」

 

丹波や堀田も物凄いことになりそうな企画に驚く。そしてノリノリである。

 

「こういうの、なんか課外活動を思い出すなぁ。修学旅行とか。夏の合宿とか」

 

「そ、そうかも」

 

清川と椿はそんな話をしているが、椿はなぜかそわそわしていた。

 

「椿?」

 

「な、なんでもないよ!? なにもないよ!?」

 

当日まで椿がそわそわしている理由が皆目見当がつかない一同。

 

「———————どうした、スギ」

 

「いえ、コシさんは、もし自分の奥さんがこの催しに飛び入り参加するとなると、どうですか? 現役の頃で」

 

「!? ……当日はフォローしてやる。止められなかったんだな?」

 

尋ねた村越は、杉江が首を縦に振るのを見て苦笑いをする。

 

「助かります、コシさん」

何とか当日のフォローを得られそうな杉江。

 

 

 

そして、

 

 

「ああ。なんかカレーパーティがあるらしい。俺はいまニュージーランドだけど、みつ姉や瀧君、司君は来れるでしょ? 後は、大学の友人とか」

 

『そうやねぇ! うん、当日はスタッフのお手伝いも頑張るね!』

 

まだ大会が始まっていない為、ニュージーランドへの渡航を果たしていない姉妹と将来の義兄は、幸運なことに予定がフリーだった。

 

「ところで、瀧君から聞いたんだが、ちょっと顔の広い友人と知り合いらしいな」

 

まさかの芸能人と交友を広めていたとは想像もできないと青葉は思った。他にも、ちょっと頭のねじが緩んでいるお酒大好きな人たち(当然彼らは出禁)だったり、突拍子もない行動で周囲を乱す天才肌のお姉さん(アンタ千葉から来たの!?)だったり——————

 

とにかく、青葉にとって想像を絶する、というか、一部は会いたくない人とつるんでいるというのが三葉の現状である。決して反社会的とか、ちょっと身の危険を感じるような人はいないので物理的には大丈夫なのだが。

 

 

「——————本当に大丈夫、なんだよね?」

 

『みんな親切だよ♪ ちょっと私の友達に制裁を食らっている男子学生もいるけど。瀧君も最近騒がしい学園生活らしいし』

 

「その、瀧君は○○○○の高校なんだよね?」

 

青葉は、可能性世界の青葉が覚えている瀧の学校を言ったのだが、実はそうではなかったらしい。

 

————史実と違う、高校、なのか。どうしたんだろうか

 

『瀧君頑張ったんだよ。確か私立だったんだけど、特待生になって学費免除で、私の大学にも近いんだよ』

 

「—————これも愛の成せる業か」

 

瀧君どんだけ頑張ったんだよ、と青葉は思う。

 

「それで、その学校はどこなんだ?」

 

『私立豊ヶ崎学園高校だったよ~。色々手先が器用な人や、凄い綺麗な絵を描く人がいて、凄い楽しそうだよ』

 

確か、東京の少し離れた場所にある学校だったはず。青葉は新聞でちらっと読んだ記憶を思い出す。

 

「そうなのか」

 

『で、今度瀧君が日頃の恩返しも込めてその人たちと一緒に、そのカレーパーティに行くんだよ』

 

「そうか。当日はみんなとはぐれないようにな」

 

 

 

 

そして当日、青葉らは練習の合間に、ETUはどうなっているのか、国際電話で尋ねることに。

 

その話の中で、青葉が美島奈々のことを狙っていると公言していた堂本に、悲報を告げる。飛鳥と何気ない会話の中、

 

「そういや、ETUは今頃カレーパーティーか。駆の奴は」

 

「今頃、美島さんを連れて出ているだろうな。小野寺さんもフル出場のし過ぎで強制オフの命令を受けたと椿から聞いた」

 

「あ!?」

 

「「あ」」

 

 

ぽろっと口に出してしまったのだ。明らかな男女の仲を思わせる行動。逢沢駆と美島奈々は幼馴染だということも、嫌というほどニュースで報道されている。

 

残酷な事実だった。

 

 

「——————おい俺、ナナちゃんの事、狙ってたんだぜ? おい、笑えよ、カズッ、俺を笑ってくれよ、嗤えよぉぉぉぉ!!」

 

「—————き、傷は浅いぞ、堂本………」

 

 

「さっきまでの俺を、俺をッ! 俺をぉぉぉ!! 俺は大バカ野郎だぁ、ふざけるなっ、ふざけるなっ、ばかやろぉぉぉぉ! 何が活躍して、ナナちゃんにアタックするだっ!! 俺は、俺はとんだピエロじゃねぇェェかぁぁぁぁ!!!」

 

ORZ状態になり、やや自暴自棄になる堂本。サッカーとプライベートでオンオフはしっかりできるし、練習にも影響はないのだが、やはり見ている方はこの人哀れだなぁ、と思ってしまう。

 

「———————やはり俺の壁となるか、逢沢駆っ!!」

 

そして、堂本のメンタルをピンポイントに破壊する遠因である逢沢に対抗心を見せる小川。

 

 

「——————早くもチーム崩壊の危機だと!? どういうことだ、どうすればいいのだ!?」

 

「秋本が壊れた!?」

 

「おいおい。最近の高校生は進んでんなぁ。ちっ、彼女と付き合う暇なんか、俺の時はなかったのに————これがリアル勝ち組というやつか」

 

「俺、出身が雪国だったんだけど、3年間脱走するか、正気を失うかの二択を迫られてたなぁ。彼女とか作る時間というか場所もなかったし。なんつうか、麻痺しちまったよ、そういうの。あと、寮の付近に雪が積もっているんだけど、人型が無数にあったよ」

 

「雪国特有のブラックエピソードやめろっ! つうか、思い出させんな! 卒業後しばらく夢で出てきたんだからな、マジで!!」

 

——————なんで新雪の上に人型があるんだ…‥意味わからない

 

江ノ島の練習や、その前から自分ルールで決めた、野山での終日ドリブルもそこそこしんどかったが、上には上がいるのだと痛感する青葉。

 

 

なお、青葉の野山での終日ドリブルは、一歩間違えれば遭難や、危険生物との遭遇が待っている模様。後にオオスズメバチの巣にボールを蹴りこんで、大軍で襲われるエピソードを晒し、逸般人であると指摘されることになる。

 

他にも、クマやイノシシとの逃走劇を演じる等、人間死ぬ気でやれば何でもできることを証明した青葉ではあったが、「お前、ホントに日本人か?」と鷹匠に指摘された。

 

 

 

話を恋愛に戻そう。

 

 

 

なお、美島奈々と逢沢駆が熱愛という報道は週刊誌レベルであったが、あきらめの悪い男子諸君が現実を受け入れられないという事態に陥っている。しかし、みんな察している。

 

逢沢駆と美島奈々はもうそういう関係なのだろうと。

 

 

「————特に攻撃陣が悲惨だな。初恋が終わった堂本、なぜか混乱している秋本。別方向に感情のベクトルが飛翔している小川。青葉と鷹匠、九鬼だけか。あっ、九鬼はどこに行ったんだ?」

 

「まあな。俺はあいつらがデキていることは事前に知っていたが。九鬼は動画で試合を見ると言って部屋にこもっているぞ」

苦笑いの鷹匠。なんとなく堂本には芽はないかもしれないぞ、と忠告はしていたが、プレー同様粘り強いアプローチを考えていたようだ。

 

そして九鬼は、興味ないねと言わんばかりに退出し、自室にてサッカー動画で熱を上げていた。

 

 

「その点、青葉からしっかりと颯ちゃんと青葉が恋愛関係じゃないってことが知れてよかった。俺狙っちゃうよ!? この大会で活躍してメディアで彼女に会うんだ!」

 

讃岐のCBの城達哉が小野寺颯へのロックオンを宣言する。青葉とは幼馴染だが、そういう関係ではないことに安心したのだ。

 

「——————(言えない。なんかいつの間にか椿といい感じとか言えない。すいません、城さん‥‥)」

 

汗がだらだらの青葉。焦りで口角が歪む、引き攣る。

 

「よし! まずは俺だ!! 青葉ぁっ!! まずは俺に変われよ!!」

 

すっかり乗り気の左SB沖名太陽。城と同様に小野寺颯に好意を抱く選手である。

 

『もしもし? 青葉? こんな時間に電話するなんてどういうこと? 練習はどうしたの?』

 

「いや、それがな。ちょっとチームメートが」

 

『ふ~ん。まあいいわ。一つ貸しね、アー君』

 

 

「アー君はやめろ! まるで舞衣ちゃんのような……あっ」

 

瞬間、青葉の周囲の空気が凍り付く。なお、クリティカルヒットを食らっていた堂本のコンディションが絶不調に陥る。

 

「おい、青葉ぁ? 舞衣ちゃんって、アー君ってなんだい?」

城が不穏な顔で青葉を見て微笑む。

 

「———————お前、そうか、お前もアイツと同類かぁ? お前も勝ち組、なんだな?」

沖名が青筋を浮かべて笑う。

 

 

他の数名は「おいおい、年少のコイバナくらい許してやれよ」と若干呆れていたりする。

 

「誤、誤解だ。彼女とは何も、フォワードとしての生き方について、俺なりにアドバイスをしただけであって」

 

 

他の公立校や私立校、ユースの惨状を聞いたばかりの青葉。これはまずいと感じる。

 

 

『今アー君そこにいるの!? やっほ~!! 久しぶり!! 元気してた!? ニュージーランドはどうなの? やっぱり涼しい?』

 

「なんでこのタイミングでかわったんだ颯ェェェェ!!!」

 

連行される青葉。とっとと吐けと連行されていき、後に無罪であることを立証した青葉は、くたびれた表情をしていた。

 

「むっ、椿からか。どうした?」

飛鳥は椿からの電話を受ける。すると、

 

『颯ちゃんの好みって、というより、女の子って、何が好きなのかな? やっぱり甘いものかなぁ』

えへへ、と普段は見せない恥じらいを感じさせる椿の声色。飛鳥は心中で「男の照れ笑いとかいらんわ!」とツッコミを入れるが、自分の置かれた状況はそれどころではなかった。

 

 

「———————————」

絶句した飛鳥。そして、沖名と城を除く、仙台の伊達直哉、岐阜の工藤春雄が首の向きを変える。

 

 

「—————飛鳥」

 

 

「待っ、待って、待ってください!? これは俺悪くないでしょう? なぜ俺がそんな目で見られるんですか!!」

焦る飛鳥。自分も女難に会いたくないのだ。むしろ自分は無関係。むしろお前たちと同じ年齢=彼女いない歴であるのだから。

 

「まあでも、イケメンで女性の告白を何度も断っていると聞いたぞ」

根も葉もある証拠を宣言され、追い込まれる飛鳥。そんな話、世代別で一部の人間にしか喋っていない。慌てて鷹匠に目を合わせるが、鷹匠も慌てて首をぶんぶんと横に振り、「俺じゃないっ!!」と訴える。

 

 

「なっ!? 馬鹿なッ、そんな情報何処から—————はっ!?」

 

墓穴を掘った飛鳥。そして墓穴を掘った瞬間、諸悪の根源と目が合う。

 

「——————俺さ、お前はイロドリミドリで、いつでも作れると思っていたんだぜ?」

本田マイケルだった。

 

「ほっ、本田ッ!? 謀ったな‥‥? 計ったなァァァァァァ!!!!!」

 

青葉と飛鳥は、電話を掛けたことで災難に遭った。

 

 

「なぁなぁ!! 俺、さっき意識飛んでたんだけど、なにかあったっけ?」

 

「ど、堂本………」

土壇場で虚どっている秋本。未だに錯乱状態なのだろう。

 

「なんかさぁ、駆ちゃんと奈々ちゃんが付き合ってたって悪夢を見たんだけど、そんなの違うよね?」

 

—————面倒くさい人だぁァァァ!!!!

 

内心で青葉は、堂本って実は真面目な人ではなくて、ちょっとかわいそうで変人なのでは、と思うようになった。いや、ここまでサッカーで上り詰める人だ、どこか普通の人とは感性が違うだろうし、ぶっ飛んだところがないはずがないと思い、無理矢理納得した。

 

 

その後、現実を受け入れられない堂本が、何度も何度も意識消失と絶望を味わう3度のループを目の当たりにした青葉は、この人の前で色恋沙汰につながる話はしないと誓う。

 

 

一方、日本国内東京では、

 

 

浅草クラブハウス———————

 

「けど、助かりましたよ。小野寺さんって料理上手なんですね」

 

「昔は趣味にお母さんの横で料理を手伝ったりしていたのよ。サッカーにのめりこんで、その時間は減ったけど、ちゃんとレシピは覚えているし」

 

本当は浅草のクラブカフェを使おうとしたが、面積の問題で、クラブハウスを流用することに。ここは若手と前田夫人と有里が切り盛りすることに。

 

「あの椿がなでしこの小野寺颯といい空気、だと!?」

 

「そんなぁぁぁ!! 椿だけは俺たちの味方だったと思ったのにィィィ!!!」

 

落ち込む向井と清川。

 

「ふふふふ、やはり顔か? 顔なのか畜生……」

 

「そんなことないよ。真面目にプレーしている選手はいいと私は思いますよ。」

 

そこへ、先ほど惚気ていた美島奈々が登場。

 

「くっそぉぉぉ、駆の奴、サッカー上手くて、可愛い女の子と付き合ってて、色々人生不公平だぁぁっぁあ!!!」

 

美島の励ましの声が逆効果となり、明後日の方向へと駆け出していく亀井。これには若手のCB小林も苦笑い。

 

「——————なんか、今シーズンは弾けてんなぁ、あいつ」

 

それでも、選手やスタッフと共にこの催しに参加したサポーターたちと交流を深めていく。やはり、下馬評を覆す勢いを見せているとはいえ、達海の気まぐれに等しいタイトなスケジュールでは、それほどの人数も来ず、適度な人数のファンが集まっていた。さらに言えば、目玉である青葉や飛鳥がいないことが作用したのだろう。

 

 

年齢層も高く、スカルズのメンバーも主だったメンバーが来ておらず、それほどのトラブルも起きず、先ほど悔し泣きしていた亀井が励まされるシーンもあった。

 

「レギュラー奪って、どんどん凄い選手になってください!」

 

「ここに俺の味方がいたァァァ!!」

 

哀愁の漂う背中から元気を取り戻し、カレーパーティを楽しむ姿が見られ、他のメンバーもサポーターたちから激励を受け取っていた。

 

「今年期待してます! 今年こそ、タイトルを!」

 

 

「次の千葉戦。ないものねだりではなく、ETUの底力を! 宮水選手と飛鳥選手がいなくても、勝ち点を取れるって信じてます!」

 

 

そんな声援を受け取り、決意を新たにする清川ら。しかし、未だ新チームの中で貢献が出来ていない一人である石浜は、表面上は笑顔でも、心中は穏やかではない。

 

 

——————向井は、次のスタメンが確実だ。

 

 

フィジカルの向井、スピードと攻撃の清川。二列目と三列目が出来る丹波。左サイドの争いはし烈な一方、右サイドは石神がスタメンに返り咲き、ユーティリティな選手にも序列で下を往く現状。

 

石浜は、今自分に課せられている選択に縋るしかない。歴代日本代表最高の右SBの教えに振り落とされれば、このチームに自分の居場所はない。それをわかっていた。

 

SBで最も球際の激しい男である向井は、海外仕込みの達海サッカーにフィットしている。だから、石浜が選択した答えは間違いではない。それが遠くて、数試合ベンチにも選ばれない。

 

 

——————頑張れよ。また試合で、迫力ある上りを見せてくれ!

 

 

——————栗澤コーチの教えは、必ず活きてくる。腐るなよ、ハマ

 

 

戦士の覚醒は、まだ訪れない。

 

 

 

 

————クラブ町田カフェ

 

ここでは、杉江と村越が中心となり、カレーパーティを開催。

 

「—————お前に彼女がいるとはなぁ。まあいいさ。あんな別嬪さんだ。幸せにしろよ、スギ」

 

「クロ………ありがとう」

 

黒田の神対応過ぎる振る舞いに感動する杉江。

 

「まあ、スギさんモテるもんなぁ。元女子アナで高学歴で、美人さん。凄いな、スギさん。どうやったんだ?」

 

丹波は純粋な興味で尋ねる。

 

「いや、まあいろいろあってな。クラブカフェで偶然」

 

 

「—————普通にカメラマン来てるんだけど、本当に大丈夫なんだろうか」

 

 

中堅、ベテラン組中心のこの場所は、ミーハーたちに襲撃されることもなく、平和だった。

 

 

 

 

 

—————町田市クラブカフェ

 

しかし、逢沢選手が訪れているこの町田市のクラブカフェでは、ミーハーたちや報道陣の襲撃に会うなどして、規制が一部敷かれるちょっとした厳戒態勢となっていた。

 

 

それでもクラブ職員らの奮闘により、沈静化されていき、選手と一緒にカレーを食べる平和な時間が訪れていた。そこには、青葉の姉である三葉の姿があったりする。

 

 

「それにしても、久しぶりだね、三葉ちゃん。大学生活はどうだい?」

栗澤コーチは、なし崩し的ではあるが、エプロン姿になっている三葉の姿に申し訳なさそうにする一方、近況を尋ねる。青葉ほどの男が、姉の近況を知らないわけではないだろうが、それでもそれとなく彼に伝え、安心させるべきなのではないかと考えていたりする。

 

「はいっ! とても充実しています! 瀧君が今日ここに来れないのは残念ですけど、友達もいっぱいできましたから」

 

「ん? 瀧君今日はどうしたのかね?」

 

「瀧君が骨髄バンクに登録していて、その、適合する患者さんが見つかったんです。それで、瀧君は今日が手術日なんです」

 

瀧は骨髄バンクというものにドナー登録していたらしく、5月ぐらいに患者が見つかり、その申し出を快諾したという。

 

————献血と同じだよ。俺が行動することで、誰かが救われるなら。俺はしたいんだ

 

自分に、そして“彼”に顔向けできないことはしない。そう決めたのだから。と彼は言うのだ。なんでも、相手は女子中学生らしく、その話を聞いて心底よかったと二人で笑ったそうである。

 

 

「お久しぶりです、クリさん!!」

 

そこへ、市立墨谷中学校のサッカー部に所属し、最近練習に参加し始めた少年が現れる。名前は渡亮太。なんでも、江ノ島への入学を目標としているらしい。

 

「久しぶりだね、渡君。あれ? いつもの皆は一緒ではないのかい?」

 

眼鏡の子と、鮮やかな金髪の少女とか、と栗澤は尋ねる。

 

「いや、それがなんでも、宮園さんは今日が手術日らしくて。公正はその付き添いらしいです。ほんと、全然そんなそぶりなかったんだけどなぁ」

 

リョウタの話曰く、宮園という少女は白血病だったらしく、今まではその病名を生徒に隠していたという。しかし運よくドナーが見つかり、こういうことになったらしい。

 

————ん? 瀧君の話と同じ日? これはまた、世界は狭いなぁ

 

そんなことを考えつつ、話題を変える栗澤。敢えて彼と彼女の運命的な憶測については考えず、後日彼らが無事ならそれでいいとその案件については結論を心中で出す。

 

「そうかぁ。おじさんは嬉しいよ。あの子が病魔に打ち勝つことが出来そうで何よりだ。ところで、江ノ島の総体予選は凄いことになっているね」

 

現在江ノ島は決勝まで完封勝利。

 

更に、決勝戦では宿敵鎌学を激闘の末に下し、もはや遮るものがいないと言われている。

 

 

高校サッカーファンの間では、鎌学と江ノ島の戦いこそが今の高校サッカーの事実上の決勝戦であるとさえみなしているほどだ。それほどまでにこの両校の戦いは苛烈を極めるものだった。

 

 

余談ではあるが、試合終了後に一条龍と荒木が足をつって動けなくなっていたとも。その他の選手も笛が鳴り響いた瞬間にしばらく動けなかったという。

 

 

幸いなことにインターハイでは両校とも参加することになり、再び激突するだろうと予想されている。

 

 

 

「やっぱ凄いですよ。蹴球を考えていたんですけど、江ノ島に俺は行きたい。そうすれば、ETUも、日本代表も近づくんです」

 

渡は、選手権決勝で見せた江ノ島の走るサッカーに魅力を感じていた。確かに強く、レベルは高いが、スタミナが要求される戦術を強いることになる高校を敬遠する選手は多い。特に、テクニック系の選手は特にだ。

 

 

「そうなんだ。クリさんが言っていた江ノ島行きを目指す有望な子って、君のことだったんだね」

 

そこへ、町田市を担当する逢沢駆と美島奈々が現れる。その横では楽しそうに料理を作る群咲舞衣の姿も。

 

「え? あ、あ、逢沢選手!?」

突然の出現に渡少年は驚く。何しろ、アジアカップでの出場すら視野に入り始めた超有望株との対面だ。

 

そして何より、江ノ島高校の先輩になるかもしれない人だ。

 

「青葉が作った流れは凄いなぁ。江ノ島が今や人気の高校になるなんて、想像もしていなかったよ」

 

「高校サッカーで衝撃的な記録を作ったんですよ!! 11ゴールとか、もう誰にも破れませんよ!」

 

高校サッカー選手権で1大会に11ゴールを奪った記録は、今後破る存在が出てこないと言い放つ渡。

 

「それは、9ゴールを奪った人の時にも言われた言葉だよ。記録は破る為にある。もしかすれば、亮太君が記録更新するかもしれないんだし」

 

朗らかに笑う駆。しかし返ってくる言葉は、現実から乖離するようなわずかな可能性だ。

 

「え、えぇ!?」

驚く渡。さすがに無理だろうと、彼本人も感じていたのか、あきらめの感情が見て取れる。

 

「え、じゃないよ。DFだったらそういうこともあるだろうけど、攻撃の選手なら得点にこだわるのは当たり前だよ。僕だって体格こそあんまりないけど、このチームで点を取れた。最初から決めつけるのは良くない」

 

確かに渡は攻撃の選手だ。しかし、そこまで得点力があるというわけではない。カットインが武器ではあるが、右足の精度はイマイチだ。

 

「勿論守備もしないといけない。江ノ島はそういうサッカーだから。そんな状況で自分がみんなと違いを作るにはどうすればいいのか。やるべきことはたくさんあるよ。入る前も、入った後もね」

 

 

「そ、そうっすね。やってみなくちゃ分からない……けど、点取れないみたいに言われるのは、きますね」

渡も駆の発破をもらい、高校サッカーに入る前の準備期間として中学サッカー最後の1年間を模索する。

 

今できることは何なのか、何をしたいから新しいプレーが必要になるのか。

 

「僕なんて、青葉に出会う前は真似だけが上手い選手だったし」

 

自分に自信がなく、なぜ兄だけが死んでしまったのか。そんな罪悪感に苛まれていた。駆は自身を付けた。兄を超えるだけじゃない。自分にもワールドカップを獲りたいという願いがあったのだ。

 

そんな過去もあったなと思いつつ、駆は世界で戦う青葉と飛鳥について考えた。

 

————僕はまだそのチームの流れを知っているわけじゃない。

 

感じたのは後ろと中盤のスピード。特に、攻撃の速さに守備側が微妙に連動していないように見えた。飛鳥が欠場した試合では特に顕著に感じられた。

 

—————堂本選手のドリブルは確かに速い。けど、後ろはまだ堂本選手の速さに追いついていない。

 

足も速く、フィジカルもある。テクニックもある。欧州で鍛えた彼の能力は凄い。しかし、彼のリズムに周りが追いついていない。

 

得点力に関しては、九鬼と堂本頼み。強化試合の頃からメンバーも変わり、ブレイクした小川、秋本、鷹匠が入ってマシになったが、守備陣と攻撃陣の波長が合っていないように見えた。

 

 

特に駆が気になるのは、右サイド。堂本選手のディレイ気味の守備は機能しているが、右サイドの幕張がまだその動きに付いてコースを消しきれていない。左サイドは小川の守備力がぜい弱で、常に数的不利を強いられている。

 

小川がシュートまで終えられるからこそ見えない急所だが、世界で戦う場合、小川へのフォローをボランチが出来ていない。

 

本来なら、ボランチ、もしくはトップ下の選手がフォローやリスク管理をするべきだが、運動量の少ない中盤では期待できない。中盤のパスセンスは見事だが、サイドの選手に比べてプレー強度はそれほど高くない。

 

—————世界はそんな弱みだってついてくる。史上最強とか言われているけど、こんなにも脆い。

 

 

駆の危惧は果たして当たるのか。

 

 

その前に、第12節。千葉との大一番が始まる。ダークホース同士の対決。青葉、飛鳥不在のETUはこの戦いに勝利できるのか。

 

 




原作よりも早いタイミングでのイベント。現時点では赤﨑が五輪代表に選ばれる実力を見せておらず、大分への敗戦がこのイベントを速めました。

次節はダークホース千葉との一戦。

そして世代別日本代表は最後の強化試合へ。


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第七十六話 思わぬ因縁

2ヶ月ぶりとなる更新。

無限列車から作者は初めて鬼滅を知りました。




第12節は前節元気のない千葉と戦うETU。やはり、中盤での強度不足もあるのか、千葉は終始劣勢を強いられ、ETUは攻勢に出る。

 

「チャンスを決めきれ! 持ってから前を速めに向け!!」

 

声を出す達海監督。今節では控えメンバーを試している中、やはり夏木の動きが鈍い。怪我明けとはいえ、試合勘の欠如が酷く、ジーノがまた縦のパスを出せれていない。

 

「—————今日のナッツはダメだねぇ。いてほしい場所に来てくれない」

 

トップ下で出場のジーノは、夏木がボールを引き出すためにやみくもに前に出ていることで嘆息する。

 

 

GK  1番 緑川

RSB12番 鈴木

CB  27番 亀井

CB 26番 小林

LSB13番 向井

CMF 7番 椿

CMF 8番 堀田

RMF28番 広井

LMF19番 逢沢

OMF10番 ジーノ

CFW11番 夏木

 

 

控え 

GK  23番 佐野

DF   3番 杉江、24番 住田

MF  15番 赤崎  6番 村越

FW  25番 宮野 18番 上田

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

CB   2番 黒田

右SB  5番 石神 22番 石浜

左SB 14番 丹波 16番 清川

CMF  4番 熊田 

ST  

FW   9番 堺  21番 矢野

 

29番 飛鳥(代表離脱中)

17番 宮水(代表離脱中)

20番 世良(第16節復帰予定)

 

 

向井を今期初スタメンに。足もそこそこ速く、調子が良いということで起用。この大型SB向井は空中戦に強く、ダイレクトの局面以外でのクロスの精度もある。

 

ベンチ入りが続いていた鈴木はスタメンに。対照的に信用度が落ちてきたのか、石浜のベンチ入りの機会が限られてきた。

 

CBに関しては完全にローテと化しており、CBからの攻撃を求めるフォーメーション上、運動量が要求される。

 

かじ取りは小林に任せており、亀井は遅らせる守備が要求される。共に空中戦に強く、セットプレーでのターゲットマンを増やす狙いがある。

 

 

右サイドハーフには広井が先発。守備もよくこなすということで、監督より「横幅を意識したポジション」を要求される。逆サイドの逢沢に攻撃の幅を持たせるため、赤崎の先発がなくなった。

 

エゴを出すのはいいが、チームが勝利するためと、自分が活躍する為をはき違えるプレーは、綻びを生じさせる。

 

この布陣でコーナーキック奪ったETUが決定機を作る。

 

前半10分。ジーノのクロスに反応したのは、大外の向井。

 

 

—————折り返せばだれかが————ッ!!

 

 

向井を狙っていたジーノのクロスボールは、向井のヘッドで折り返される。そこへ、空中戦に強い亀井が詰めてきたのだ。

 

『向井折り返して、亀井だぁァァァ!!! あっと枠外!! ピンポイントに合わせたヘディングシュートでしたが、枠を捉えきれません!!』

 

『千葉は完全に空中戦で後手を踏みましたね。大外の向井選手に競り合いで好きな形を作られ、最後は薄くなった中央。中盤の高さに課題が残りますね。しかし、ドがつくほどのフリーでこれはないですねぇ』

 

その後は一進一退の攻防。駆相手に2人がかりでマークに付く千葉。やはり駆はあれ以降ゾーン状態に入ることができない。そして逢沢の仕掛けを警戒し、中央をよりコンパクトな守備体形でプレスを行う。千葉は夏木を恐れていないのだ。

 

——————ダメだ、あの感覚がやってこない

 

あの状態になればチームを勝たせられる。その焦りが自分の首を絞めているとも知らずに。ヴァニシング・ターンで抜けきったのに、体を止められる駆。ファウル覚悟のストップが数えきれず、駆は何度もピッチにたたきつけられる。

 

「がっ!?(うそっ、なんでこんなっ)」

 

まるで、逢沢駆という選手を潰す覚悟すら感じられる。駆は思わず千葉の選手を睨みつけるが、

 

「悪いな、ルーキー。お前は凄いけど、だからこそ容赦しなくていいってなぁ」

 

そこまでの脅威と認識しているため、彼らはそれに対し後ろめたい気持ちなど感じていない。彼を自由にさせた瞬間、この試合は壊れると予感しているのだ。

 

 

駆が封じられ、逆サイドの広井では攻撃力が心もとない。ジーノはパス以外に怖さがない。故に頼れるのは左SBの上りだ。

 

 

その向井だが、守備面でも渋い活躍を見せる。逢沢が中を切っている中、縦突破を見せた相手選手に対し、強さを見せるディフェンス。大型SBのアドバンテージがいかんなく発揮される、力押しのボール奪取。

 

————くっ、なんてフィジカルだ!!

 

向井からしてみれば、得意のプレー。競り合いの中での球際の強さを見せ、向井が取ると確信してからの動き直しが早い逢沢に、すぐさまパス。

 

『向井ボールを奪ってスルーパス!! 逢沢ワンタッチで逆サイドへ!!』

 

ショートカウンターからの逆サイドへのサイドチェンジ。千葉は逢沢に好きな形を作らせないため、右に比重を置いていた。左サイドハーフの彼を止めるために、人数をかけようと。

 

 

しかし、視野の広さを持つ逢沢は、ボールを持つ時間を短くし、縦への突破を指示されている広井へ。完全に裏を獲った広井が疾走。

 

一発で決めろ。自分のシュート精度は信用していない。しかし、彼の左足は自分のシュートよりも信頼できる。

 

詰めてきた相手をあざ笑う折り返しのクロス。夏木がニアサイドに走りこんでいたのも幸いし、中央からニアサイドへの加速した椿ではなく、その間から中央にポジショニングしていた司令塔へ。

 

だが————————

 

 

千葉のコンパクトな守備がそのボールをカットするのだ。プレスバッグの際にあっさりと体を入れられたジーノが簡単にボールをロスト。

 

「美しくない」

 

 

千葉の運動量を背景にした走るサッカー。攻撃も守備も流れるように次々と人数が投入されていく。組織的なサッカーの下で統率されている千葉の牙城を崩せない。

 

 

 

それでも、ETUは椿の突破からチャンスを作る。ロングボールを収めることが出来ない千葉は自陣での守りの時間が長くなる厳しい展開だった。

 

—————この慣れの中で、違いを見せれば!!

 

椿の切り返しからのスピードアップ。夏木がやはり足元でボールを要求するが、右サイドで縦に走りこむ。

 

相手は椿の突破を警戒している。中はしっかりと蓋をしているため、崩すならサイド。

 

ここで右サイドの広井へ。すかさず縦に突破。相手は縦を切る守備を行い、クロスを上げさせない。ここで、右サイドバックの鈴木がリターンを要求。

 

クロスするようなポジショニングから無いマイナス気味の飛び出し。広井の背後から突然現れた鈴木の中央への切込みを許してしまう。

 

「人数をかけろ!! クロス上げさせるな!!」

 

クロスを何度もあげられるようでは話にならない。せっかく4位という順位についているのだ。このまま優勝争いをするにはここを防ぐ必要がある。

 

しかし、

 

『鈴木ここで縦にリターン!! あっと広井だ!!』

 

カットインからのクロスを狙っていたかに見えた鈴木がここで中央に迫る広井へリターンパス。完全に守備の裏を突かれた千葉がラインを下げるが、間に合わない。

 

『夏木のヘディング! キーパーファインセーブ!!しかし、押し込んだぁぁっぁ!! 前半32分、ETU先制!! 決めたのは背番号19逢沢!! 今シーズン7点目!』

 

『こういうところでの嗅覚はさすがですね。調子を落としているとはいえ、宮水、飛鳥を欠くETUといい勝負をするのかもしれない、とは思いましたが、やはり役者は違いますね』

 

零れ球に詰めていた逢沢がダイレクトで叩き込む。これで勝負あり。しかし、後半からは千葉がサイド攻撃に対してトリプルボランチで完全にふさぎにかかる。

 

ジーノに対して、激しいプレスを行うなどETUの司令塔封じにかかり、その余波はサイドへ。

 

広井の縦突破を完全に封じられたため、一転してカウンターの脅威にさらされるETU。それでも前に出る必要のないETUはスローペースを維持したものの、向井がトラップミス。

 

「あっ!?」

 

向井のパスミスからボールを保持される状況に突入してしまう。しかし、千葉の方も攻め切ることが出来ず横パスが続く。

 

『千葉の方はなかなか攻め切ることが出来ませんね』

 

『中しっかりと閉じていますからね。サイドバックもそれほど高い位置を取っていません』

 

しかし、功を焦るものがいるのもサッカー。取れそうで取れない展開が続き、その残り数センチから先へと動くモノがいた。

 

—————ここでこんな横パスを獲れなきゃ、スタメンに返り咲けねぇ!!

 

夏木だ。得点に絡む活躍を見せたものの、まだまだ満足できる内容ではない。逢沢との相性も悪く、彼からのパスはこの試合一つもない。

 

何とか、あの19番に認められるような選手にならなければ、今後の選手人生も危うい。しかし、前からのディフェンスを簡単に躱される。

 

「—————無理につかれなくていいのに」

 

ジーノは呆れた目で夏木を見る。そして、自分の横を通り過ぎるパスに無反応。これがピンチを招くことになる。

 

「や、やばいっ!!」

 

椿が何とか中央突破してくる相手に対し、フォアチェックからのディレイで時間を稼ぐが、ジーノは戻る気がない。夏木は完全にテンパった表情で戻るが、

 

『クロスボールあがる!! ここはキーパー出られない! あっとこぼれ球、戸倉が詰めていた!!』

 

千葉の司令塔の戸倉は、ジーノとは対照的な選手だ。ハードワークをいとわず、ボールを散らす技術に優れている。ジーノほどの高精度パスはないが、逢沢駆が明らかに好む選手であることは間違いない。

 

————くそっ、ジーノさんがノープレッシャーなせいで、中央がら空きに!!

 

「バッキー!! 誘い込まれてる!! だめだっ!! 焦らないで!!」

 

椿は何とか体でぶつかりにいくが、中々ボールを手放してくれないのは千葉のボランチ牧。そのまま、椿のプレッシャーを強引に躱してしまう。

 

しかし、前を向けない。距離を取って入ボールを蹴りこんでくるのだ。

 

「くそっ!!」

 

椿が後追いしたことで、精度自体はイマイチだが、千葉には同点に追いつきたいという気迫がにじみ出ていた。

 

 

原因は、宮水青葉であり、逢沢駆だ。

 

 

噂では、千葉との交渉には最初から応じる意思がなかったという。いわば出来レースのようなもの。残留ギリギリの弱小チームに価値を見出し、昨年中位の千葉には見向きもしなかったのだ。

 

そんな彼らを獲得したETUは快進撃。今頃自分たちのクラブが獲得していればと思うサポーターは少なくない。

 

さらに大きな決め手となったのは、選手権で千葉代表を蹂躙したことだ。最初の10分ほどはDF島選手のディフェンスに手を焼いていた宮水青葉だが、その後は完全に見切ったかの如く蹂躙。

 

後に惨劇の選手権と言われる大会の覇者となった江ノ島に対する印象は、千葉のサッカーファンにとってはどう映ったのか。

 

何しろ悪辣だったのは、島選手の体の使い方を完全に盗んでしまったことだ。試合後のコメントで、島本人が認めていることだった。

 

島が長年鍛えてきた体の使い方を模倣し、さらに改良して攻撃に転用して見せた青葉の技能の高さは驚愕すべきものだ。しかし、あの蹂躙劇は千葉県民のトラウマだった。

 

 

その蹂躙劇の手引きをしたメンバーの一人である逢沢がいるチームには負けたくない。サポーターの熱量は相当なものだった。

 

だが、この最初の戦いで無残な姿、光景を見せるわけにはいかない。だからこそこのまま終わるわけにはいかない。

 

 

そして、縦パス一本が鈴木の背後に通ってしまう。高さのある向井の方を選択するのではなく、ギャップを作った外国人FWロベルトが裏を突くクロスボール。

 

そこに飛び込んできたのはワントップの斉藤。彼はもう、触るだけでよかった。

 

『同点~~~!!!! ついに追いつきました、千葉!! 後半アディショナルタイムで戸倉のゴール! しかし、ここで長い笛! 勝ち点1を分け合う形となりました!!』

 

『宮水、飛鳥の両選手の不在が大きいですねぇ。やはり攻守の核となる選手がいないと、脆いです』

 

『2位鹿島は敗れたため、勝ち点差2に縮まるも好機をものに出来ず!! しかし、大阪も名古屋相手に敗戦!! 首位争いはさらに混沌としています!』

 

 

「————————」

相当にお冠な達海監督。ジーノのプレスバッグの貧弱さはかなりきつい。そして、カバーリングする逢沢の疲労も無視できない。広井も協力したことで、今日の試合はそこまでではないが、ジーノをトップ下という場所で使うのにも限度がある。

 

攻撃では仕掛ける怖さがなく、フリーキックが上手い。パスセンスはさすがだが、フィジカル自慢を相手に前を向く力もない。

 

広井も連携面で可能性を見せたが、それだけだ。単独の攻撃力ではやはり落ちてしまう。

 

そして出場機会を与えているが、夏木の出来はまだ課題がある。キャンプから新チームのプレースピードは速くなった。しかし、怪我明けの夏木はそれを体感していない。だからこそリズムを崩してしまい、自分の形でプレーできていないのだ。

 

この悪循環は相当根深いものだ。二列目が、余計に調子がいいだけに、他のFWが結果を出していることで、夏木も追い込まれているかもしれない。

 

鈴木も最後の最後で気を抜いてしまったのか。気を抜いたわけではないのだが、ボールウォッチャーになってしまった。まあ、あれだけ前が躱されるとみてしまうだろう。特にジーノは守備をしないことで失点に絡んでしまった。

 

————トップ下だと本当に後半は守備をしないな。

 

寄せに行くこともせず放置。これでは前線の守備が成り立たない。前からのプレッシングは全員が連動し、取り所を抑えなければ成功する確率は低くなる。

 

むしろ、ボランチで相棒を守備に専念させる方がいいのではと思うようになる達海。

 

 

「控え中心だが、控え組のメンツもなかなかいい動きをしていたな。最後失点は残念だったけど」

 

「そうっすね。新監督は調子を見極めることに長けているのかも。まあ、宮水選手と飛鳥選手不在、さらに世良の離脱は大きい」

 

「まだだ。こっから失速する可能性だってある! フロントが緩めばクラブも監督も緩む!! 俺たちスカルズは、これからも気合の入った応援を選手たちに届けるんだ!! 今がその時かもしれないんだからな!!」

 

スカルズの面々は、好調千葉相手の引き分けに安堵したものの、すぐに気を引き締めて次の応援に向けての準備を進めようと誓いあう。達海新監督は気に入らないが、若手の躍動に村越を全試合ベンチ入りさせ、出場機会がない場合でも帯同させている。

 

出来る限りの若手を起用し、選手層を厚くしたいという狙いが見える。

 

「————————」

羽田は現状彼の手腕に文句はない。しかし、一度クラブを見捨てた男に、こうも簡単に思い描いていた未来を見せつけられ、釈然としない思いも抱えていた。

 

—————こんなにすぐに強くなれるなら、どうしてすぐに戻ってきてくれなかったんだ

 

達海がプレミアで大けがをした後は、音信不通となった。メディアも積極的に追うこともなくなり、彼が今まで何をしてきたのかは分からない。しかし、若くしての引退を余儀なくされ、その境遇に何も思わなかったはずがない。

 

 

しかし——————

 

 

「——————宮水がいなくても、まあよかったよね。最後ジーノが守備しないせいで引き分けたけど」

 

 

「宮水のドリブル突破見たかったなぁ。なんでいないの?」

 

「そういや、フル代表でもないのに。怪我?」

 

「なんで青葉を出さないんだよぉ!」

 

 

青葉不在の試合で引き分けに持ち込んだものの、無神経な言葉が聞こえてきた。どうやら彼らは世代別の概念すらないらしい。

 

 

今まではこの時期でもう降格に怯えていただけに、千葉との引き分けも最低限と切り替えるしかない。だというのに、空気を読まない発言をするサポーターが増えていた。

 

 

「————っ」

 

「兄ちゃんたち知らないの? 宮水選手は世代別ワールドカップに出ているよ」

そこへ、ユニフォーム姿の少年が割って入る。利発そうな子供だ。

 

「世代別? なんだそりゃ?」

 

「ワールドカップに世代別があるのかよ? ワールドカップぐらい知っているぞ、4年に一度のあれだろ?」

 

どちらが阿呆なのか。にわかのファンなら世代別の概念やそういった大会があることすら知ろうとしない。中には調べる人間もいるだろうが。

 

「——————」

 

「あっ、なんか召集されている? あんだー20日本代表? あんだー20ワールドカップ? これって第13節から16節まであるじゃん」

 

世代別の概念を知った若者たち。老若男女とまではいかないが、若い男女のグループが騒ぎ始める。こんなリーグ戦の最中に大会が行われることに不満を覚えたのだ。

 

「パスサッカーに酔っている自己満の川崎を潰せねぇじゃん。青葉がいれば蹂躙できるのになぁ」

 

「蝙蝠の千葉に最後追いつかれたし、このままじゃやばくね?」

 

そして果てには他クラブに対する愚痴まで言い始める始末。品性を疑うようなコメントに羽田もキレる。

 

「よそでやってくんねぇか? そういう相手へのリスペクトの欠片もない話は」

 

強面で、明らかに怒りを覚えている彼の凄みはすさまじく、そのグループは気分を害したのか捨て台詞を吐きながら球場を後にする。

 

「お前らみたいなチンピラがいるから、新規のファンが来ないんだろうが」

 

「もっと新規ファンに配慮しろよ、パツ金野郎!!」

 

「あの人こわ~い。もうここに来る意味なんてないよね」

 

その捨て台詞と最近の若者の影響力を知るスカルズメンバーは怒りを覚える。こんな面々に応援という行いを、サポーターを名乗ってほしくない。

 

「——————あいつらッ」

 

「————あの時と同じか。負けが込み始める前の」

 

その最悪の転落劇を見せられた古参のメンバーは、苦々しい表情を浮かべる。

 

「—————あんなの、サッカーファンでもなんでもないよ」

 

少年はにらみつけるように彼らのグループを見ていた。明らかに見下した、嫌悪を示していた。

 

「—————最近勝ち始めたからって、いきなり応援に行き始める父ちゃんも、新規のサポーターも嫌いだ」

 

 

達海フィーバーは良くも悪くも古参メンバー、熱心なサポーターたちを困惑させた。圧倒的に勝つサッカーを見せられた。

 

 

開幕戦の大逆転劇を見せられた。それは多くの人々を狂わせる一つのサーガになり始めていたのだ。

そんな日本代表は、最後の強化試合として、ペルーとの試合を行った。青葉は石渡に代わり、トップ下での先発となり、左サイドには小川知良、右サイドは堂本貴史、ワントップには秋本が先発した。

 

GK  1番 真弓

RSB 2番 幕張

CB  4番 飛鳥

CB  5番 城

LSB 3番 赤間

CMF 7番 榎本

CMF14番 井口

OMF17番 宮水

RMF10番 堂本

LMF 8番 小川

CFW 9番 秋本

 

控え GK 20番相馬 23番水野

DF 12番 本田 15番 中条 13番 沖名

MF  6番 伊達 16番 清武 22番 安川 19番 工藤

FW 15番 九鬼 18番 鷹匠 11番 石渡

 

 

 

『後半30分が過ぎ、すでに点差は5点! トップ下で初先発の宮水がタメを作る動きで攻撃陣を牽引! 何かリズムが良いですねぇ、前線は!』

 

『青葉君のステップが他の選手のドリブルコースを作り出していますからね。無論堂本選手や小川選手も単独で切り込めますけど、あそこまでコースを開けたら為す術無しですよ』

 

 

 

 

躍進を狙うペルーを蹂躙する極東の姿がそこにあった。

 

 

 

 

多くの視線を釘付けにし、必殺の縦パスを悉く通す青葉の在り様は、最後尾で見る飛鳥にとって、彼に重なる—————彼をもの凌ぐ力強さがあった。

 

—————傑は、あんな風にデュエルを好む選手ではなかったが、

 

相手のタックルを跳ね返し、自分が絶対的に有利な姿勢で相手を弾き飛ばす。島の動きを参考にした合気道オフェンスは、海外の選手たちに未知の理論を叩きつけ、まったく理解させずに鎧袖一触に勝ち進んでいく。

 

 

それは既定路線、息をするように当たり前のことだと、残酷にも相手選手の本能に刻み付けながら。

 

 

—————何が、どうして俺が—————

 

————体格で劣るジャパニーズが、こんなっ!? こんなぁッッぁ?!

 

 

中央で阻める存在がいなくなった青葉は、視線の集中する自分を囮に使い、フライスルーパスを供給。ほぼ確実にボールがサイドに渡り、再三チャンスを作り出していた。

 

前半7分。榎本が奪ったボールを受け取った青葉は直後に相手のタックルを食らう。しかし、

 

————まただ! また奴は倒れない!? 

 

さらに、圧が青葉自身の判断で小さくなり、体で止めに来た相手選手のバランスが崩れる。まるで、相手選手が再びタックルをお見舞いする瞬間に青葉が動いたのだ。

 

有り得ない予測、在り得ない反応。不可思議な現象に巻き込まれた相手選手はそのまま頭から地面にたたきつけられる。

 

 

中央を封殺する超常現象が小刻みに方向を変えながら接近していく。そして、

 

『ロングフィード待っているのは堂本! あっとシュートだァァァ! 決まったぁァァァ 先制は日本! 前半早くも8分にゴールが生まれました! 最後はボレー!』

 

 

 

『動き出しを見ていましたね。堂本選手がアクションを起こした瞬間、ボールは出ていましたね。』

 

 

続く前半13分にも3人に囲まれながら相手を惹きつけ、二列目の小川にスルーパスを送る青葉。直後に潰されるのが並みの選手だが、青葉はそのプレスを物ともせず、ゴール前に爆走。相手選手を振り切り、一気にゴール前、ニアサイドへと走りこむ。

 

それを見た秋本がステップを踏みながら青葉に同調する姿勢を魅せつつ、一気に中央へ。マークの受け渡しが曖昧になり、小川のクロスボールを警戒する一瞬の隙。

 

「—————」

 

自分へのマークをブロックし、すぐさま秋本のサポートへと回る青葉。猛然と秋本についているマーカーの視線を奪い、秋本が空いた。

 

『小川からのクロスボール!! 秋本だァァァ!! 秋本のヘディングシュートが決まった!! 日本早くも2点目! 』

 

 

中央で縦横無尽に走り、決してボールを奪われない存在が、日本の攻撃を何十倍も恐ろしい威力に引き上げる。

 

 

さらに、

 

『榎本パスカットから縦パス流れる! あっと宮水キープ前を向いてスルーパス!?』

 

 

 

榎本がボールをカットするものの、上がり切れていなかった井口へのパスが流れてしまう。カウンターを狙う日本がカウンター返しを食らいかねない局面で、二人掛かりのプレスにあいながら青葉がキープ。そのまま抜き去り、3人目、4人目と次々とプレスをかけに来るペルーのボランチ。

 

彼らは青葉がこの試合のキーマンだと知っている。その選択は間違いとは言えない。だが、

 

 

ドライブのかかった高速スルーパスが、すでに動き直していた堂本へとつながる。小川も、秋本も反応できない刹那のタイミングで、彼一人だけが青葉のスピードの中で動いていた。

 

サッカーの本場欧州で戦い続ける男だからこそ感じ取った青葉の檄。

 

—————なに、1得点で笑みを浮かべているんですか、タカさん

 

 

ゴール前閉じ切れていなかったドリブルコースをダブルタッチで抜き去り、一気に中央をぶち抜いた堂本が豪快に決める。

 

—————この後輩君は凄いな。ほしいタイミングでもう前を向いているぞ。

 

 

『躱してシュートぉぉぉぉ!! 日本3点目!! エース堂本2得点!! 止まりません、日本の猛攻が止まりません!! 前半17分!』

 

堂本と青葉のオブザボールの動きが異次元だった。まるでリンクしあうかのように組織的に前線でパスコースを消すプレーは、石渡とのコンビでは実現できないものだった。

 

 

—————絶好機にパスコースが!?

 

なぜそこにいる。なぜそこに気づいてしまうのだ。宮水青葉はペルーの最後尾に立ちはだかる巨大な巨神兵の如く、あらゆる動きを奪い去っていく。

 

あらゆる可能性を、正気を、ペルーから奪い去っていくのだ。

 

 

 

 

苦し紛れの縦パス、ロングボールが多くなった瞬間、ペルーは勝利の女神から完全に見放される。

 

 

日本の最後尾は強力なフィジカルを持つ大型CBがことごとくを跳ね返し、セカンドボールを中盤で奪い取る。そして、中央のルーキー宮水がそれを運び出す。

 

 

加速を許したセオリー無視の低い位置からのドリブルは、トップスピードに乗ったドリブルの威力を世界に見せつける。

 

『低い位置から宮水ボールをもって前に仕掛ける!! 一人躱して、2人目は接触した瞬間に倒れた!! 一気にトップスピードだ!! 戻るペルー! 迫る日本!!』

 

 

加速し始めた宮水が捕まらない。背中と手で押さえながら、相手の力点を利用した合気道オフェンス。簡単にプレスを剥がされる相手フォワード。続くSTがプレスをかけるも変則空踏みステップで重心を完全に崩され、直前でスリップ。

 

—————こいつ、一度も自分のボールを見て—————

 

青葉がその瞬間見ていたのは、相手の足だけだった。重心をずらし、目の前の選手を刹那のうちに無力化できる自信なのか。

 

2人を切り伏せるのに、3秒かかった。

 

 

そこからの青葉は止まらない。堂本も止まらない。小川も止まらない。

 

前線の俊足選手が襲い掛かる高速カウンターに、ペルーは為す術無く崩壊した。

 

 

『小川シュートぉぉぉぉ!! 零れ球ぁあぁぁぁ!!! 日本4点目!! こぼれ球押し込んだのは秋本!! 秋本も2点目!!』

 

小川の強烈なシュートをセーブしたキーパーではあったが、ゴール前に転がった場所に走りこんでいたのは秋本。防がれた瞬間零れると確信してのプレーだった。その時秋本は本能のみでボールを追っていた。

 

為す術のないペルーの選手たち、監督、サポーターは沈黙する。少し前の日本は堅守速攻、個の単独能力は油断できないという論調だった。

 

だが、その個人の能力の高さが合わさった瞬間、その爆発力はペルーを瞬く間に飲み込んだ。

 

試合後、ショックを受けた顔をした選手が何人も出てくるのは仕方のないことだ。

 

 

本番前の強化試合で、宮水青葉の恐ろしさを味わったペルー。後半途中で宮水は交代するが、日本は消耗しきったペルーに反撃を許さず、6対0で完勝。

 

 

その衝撃的なプレーの数々と、プレッシャーの多い真ん中であれほどのプレーが出来る宮水青葉の本職が、サイドであることから、本選出場国に宮水青葉のスピードを止めるのは困難であることを悟らせた。

 

よりプレッシャーの薄い場所で彼が持つことになれば、加速を許した彼を止めなければならない。しかも、彼の間合いは未だに攻略できていない。

 

 

地元メディアもまた、アジアの光輝く才能に大きな注目を寄せる。

 

 

—————16歳の新星が、プラチナに勝る働きを見せる。

 

 

—————ザ・ポリバレント。この男に死角はあるのか。

 

この瞬間、南米と一部の強豪クラブにしか知らなかった至宝の輝きに視線が集中することになる。

 

 

その今年17歳になる彼には移籍のルールが適用される。18歳になった瞬間、彼は海外入りを決めるだろう。今でさえ国内リーグで圧倒的な実力を見せつける若き才能は、果たしてどんな未来を選択するのか。

 

 

 

 

その渦中の彼は日本国内の記事を読み、愁いを帯びた表情でその内容を読み耽っていた。

 

 

——————痛恨の同点を許すETU・・・千葉に痛恨ドロー

 

 

—————逢沢の先制弾も・・・後半まさかの失点で、勝ち点3が零れる

 

 

しかし、そんな中ある記事が目に入った。

 

 

 

—————主力不在で見せた奮闘。ETUは後半戦で真価を発揮する

 

 

それは、この試合で守備で奮闘した向井、徐々にではあるが、フィットし始めた夏木。そして復帰間近の世良についての事柄があった。

 

上り目はまだある。青葉、飛鳥不在から地力をつけ始めている。そんな希望を持たせ、確かに彼らがもがきながらも前に進んでいることを、明確に表現していた。

 

 

「—————信じるんだ、みんなを」

 

 

青葉は、国内の戦いを彼らに任せ、世界との戦いに向けてより一層決意を固める。

 




青葉らは現時点で知りませんが、思わぬ因縁、恨みを与えていた千葉サイド。

伝説的な圧勝劇に終わった選手権の負の影響、最初から出来レースとなっていたETUへの入団(青葉が東京ヴィクトリーに興味を少しだけ持っていたぐらい)。

当然、他県のサッカーファンは黙っていません。

そして千葉は後半戦、念願の青葉との直接対決に臨むことになるでしょう。


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第七十七話 川崎の智将

大分遅れてしまいましたが、続きを書くことが出来ました。




2015年 リーグ13節

 

 

現在リーグ3位に躍進しているETUは、リーグ8位の川崎と激突することになった。

 

ルーキー鷹匠の得点で浦和に競り負け、名古屋のペペに守備陣を粉砕されるなど、優勝争いに食らいつくにはこれ以上の負けは許されない川崎。

 

一方ETUは負傷で離脱の世良と、ワールドカップ出場の宮水青葉、飛鳥亨が離脱中。王子も足の張りを訴えベンチ外。さらに村越が累積のために欠場。ベストメンバーの枢軸が起用できない事態に追い込まれた。

 

しかし、達海はここでトップ下逢沢を解禁。右に赤﨑、左はクレバーな丹波を抜擢。今シーズン得点を量産している宮野はベンチスタート。

 

GK  1番 緑川

RSB 5番 石神

CB  3番 杉江

CB  2番 黒田

LSB16番 清川

CMF 7番 椿

CMF 8番 堀田

RMF15番 赤﨑

LMF14番 丹波

OMF19番 逢沢

CFW 9番 堺

 

控え 

GK  23番 佐野

DF  27番 亀井 24番 住田 

MF  12番 鈴木  4番 熊田

FW  18番 上田 25番 宮野

 

 

 

ベンチ外

GK  31番 湯沢

CB  26番 小林

右SB 22番 石浜 13番 向井

左SB 

CMF 28番 広井

ST  21番 矢野

FW  11番 夏木

 

29番 飛鳥(代表離脱中)

17番 宮水(代表離脱中)

20番 世良(第16節復帰予定)

6番 村越(累積警告)

10番 ジーノ(コンディション不良)

 

 

この布陣を見た藤澤記者は、現在のETUの起用序列が徐々にではあるが定まりつつあると感じていた。

 

—————右サイドバックの競争が勃発するのは嬉しいサプライズね

 

入れ替わり激しい右サイドバックの競争は現在石神がファーストチョイスか。セカンドチョイスを争うのは左右どちらもこなせる鈴木、空中戦と対人守備に定評のある向井で争う形か。一方、左サイドバックは清川が頭一つ抜け出している。

 

 

藤澤はもはやベンチに入る機会すらない石浜のことを失念していたが、それが後半戦における大きな過ちの1つであることをまだ知らない。だが、傍から見れば、出場機会のない中堅に入る選手が、ここまでベンチ外であれば、事実競争に敗れたということに他ならない。

 

 

損な石浜と同期入団で、もはや二人しかいない相方は、新政権で主力を担う。

 

 

————そんな中、清川のプレーの幅が広がった。彼のクロスボールで一気に宮水青葉をスイッチさせることが出来る。現代のゾーンディフェンスを根底から崩壊させる個の力。

 

戦術の幅が広がったサイドバックは重宝する。これも宮水効果か。そしてCBは完全にローテになっている。CBに関しては杉江、飛鳥のバディ役を激しく争っているのだ。

 

最激戦区となる予定だった二列目の攻撃陣は宮水青葉、逢沢駆が君臨。黄金コンビが揃った瞬間の破壊力はすさまじいものがある。さらに、左右どちらもこなせる宮野が台頭。赤﨑とのベンチ入り争いが勃発している。他にもユーティリティの鈴木、広井もSBでの起用も可能なため、ここも激しい争いとなっている。

 

 

—————ただ、今回は絶対エースの宮水選手がいない。主役不在の中、逢沢選手。椿選手がどこまで輝けるのか。

 

名古屋戦で見せたあの輝きをこのビッグマッチで再び見せることが出来るのか。

 

 

一方の川崎、ネルソン監督はゲームキャプテンに椿を与えていること、トップ下にこの試合尤も厄介な選手がいることに注目していた。

 

彼の特技は、選手の適性を見極め、伸び代を予測することだ。だが、その彼の眼力をもってしても、逢沢駆と宮水青葉の伸び代は計り知れないものだった。

 

—————ベストメンバーが揃わない苦肉の策に、経験で補うばかりではない。

 

 

しっかりと椿、清川、赤﨑を起用し、若手に自信をつけさせようとしている。リーグ8位の相手に対して、リーグ3位が見せる余裕なのだろうか。

 

—————ETUの勢いが陰りを見せたのは、世良君の離脱よな

 

 

最前線で得点を量産していた新エースの離脱は、彼らに甚大な痛手を被った。だからこそ、18歳の上田がベンチ入りしているのだ。しかも、大けがから復帰後の夏木がトップフォームを取り戻せないでいる現状、このままでは世良も同じことになりかねない。

 

 

それを防ぐために、世良にはしっかりとテレビで観戦をしてもらっている。誰かさんのように無茶をする性格ではない為だ。

 

「ボスっ! 相手は今年調子よさそうっすけど、やっぱり逢沢を何とかしないと拙いですよね!」

 

八谷渡。一時は攻撃的な二列目のプレーメーカーではあったが、様々なポジションでプレーするうちにレジスタに行きついた川崎の心臓。

 

「その逢沢駆よりも縦の警戒をしないといけないのがナンバーセブンだよ」

 

 

椿大介。目下売り出し中の俊足MF。彼の突破はチームが苦しい時に行われることが多い。事実、彼の突破は相手ラインを下げている。

 

対して本日の試合に不在の宮水青葉は一撃で息の根を止めに来る。ネルソンにとってみれば、彼がいないことは幸いだった。

 

—————派手なフェイントで抜くサイドのプレーも出来れば、真ん中になった途端に運ぶドリブルを演じてみせる。

 

伸び代が全く見えない規格外の選手。ただ、この選手は国際試合を経験し、フェイントの傾向が少しずつ変化していっているのだ。

 

ルーレット系で抜くことは抜くのだが、シンプルなシザースは減った。シザースで抜くことは減ったように見える。技のバリエーションが増えたと言える。だが、何か持て余している。

 

 

しかしこれは、宮水の仕掛けが以前に増して増加していることや、研究されることを恐れ、フェイントのバリエーションを増やしたことによる印象操作である。

 

 

そんなトップ下という真ん中のポジションでプレーすることを求められた彼は、抜くドリブルよりも運ぶドリブルを求められた。

 

シザースよりも目立つのは、ダブルタッチ系やターン系のフェイント。一方で、一撃で切り返すゴール前でのフェイント、と上手く使い分けをしていた。

 

それは適応と言える。それだけなら器用にプレースタイルを変化させられる優秀な選手と説明できる。

 

だが、未遂に終わった中央突破のシーンは違った。

 

小刻みなステップから繰り出される最小限の跨ぎ。次々とアンクルブレイクを起こすペルーの選手たち。彼は以前にも重心を崩して相手を転ばせる術と観察眼を有していたが、あの瞬間の彼はそれとは違ったのだ。

 

 

一人の選手が転ぶシーンは珍しくもない。相手に衝突し、バランスを崩すというのもなくはない。

 

 

しかしあのシーンは、宮水に触れることなく自壊する選手たちという恐ろしい現実を突きつけられた。

 

 

何かに突き動かされるように、宮水の前で崩れ落ちるペルーの代表クラスの選手たち。

 

 

その試合、その映像を見た瞬間、ネルソン監督は宮水青葉が適応から変貌したと悟る。超常現象の名に恥じぬ身体能力と反応速度を持つ彼が、変わったと。

 

 

 

そんな若き超常現象をもってしっても、グループ最弱という評価を受ける日本。

 

グループ初戦は強豪コートジボワール。と言っても続く試合がドイツ、ウルグアイと続くために、もうあまり関係ないと言える。

 

重ねて言うが、ネルソンは宮水青葉の力を警戒していた。

 

 

 

一方、ETUベンチでは、宮野は必ず出番はあると強く信じて、スターターのメンバーを見つめていた。

 

—————監督が俺を先発させなかったのは、後半の切り札の為

 

運動量の落ちてきた川崎を相手に、ハードワークすることが自分には求められている。ベンチだから試合に入れないわけではない。3人までベンチのメンバーは入ることが出来る。自分はその3人の中に選ばれるにはどうすればいいのか。

 

だからこそ、ベンチだから気持ちを沈ませる余裕は全くない。しかしそれは、伸び盛りの若手やベテランたちにとっても同じなようで、宮野と同様に真剣にピッチを見つめている。

 

 

そんな選手たちの様子を盗み見た達海は笑みを浮かべる。これも、世界で今戦いを続けている青葉や飛鳥の影響だと。

 

—————だんだんベンチの雰囲気もいい感じになってきたな。

 

ベンチから自分が出る時に求められることを真剣に考える準備。それが出来始めている。ベストメンバーは揃わなかったが、主役不在のメンバーの中で選手たちはスタメン、ベンチスタート関係なく心が燃えていた。

 

 

そんな選手たちの意気込みはサポーターたちにも伝わっていた。

 

「宮水と飛鳥が世界と戦うために今はここにはいない!!」

 

「世良も怪我で離脱して、悔しい思いをしているはずだ!」

 

「村越さんは出場停止で、王子も怪我の噂もある!!」

 

 

スカルズのリーダー、羽田はサポーターたちにも覚悟を説いていた。こんなベストメンバーを組めない状況下で出来ることはただ一つ。いつもと変わらない、いつも以上の選手を盛り立てる応援だ。

 

「だからこそ! 俺たちの声援で選手の背中を押す!! いつも以上に声を出していけ!!!」

 

だんだんと広がる赤黒軍団の勢力。しかし、ミーハーなサポーターは後を絶たず、今更のこのこ出てきた達海のいた時代を知る爺婆がちょっかいを出す始末。

 

—————泥沼の10年間を知らないアンタらに、このチームを応援する資格はあるのか?

 

いい時代だけを知る、勝ち馬に乗ってきた都合のいい奴らに、これ以上でかい顔をさせるわけにはいかない。

 

そんな彼と枢軸メンバーの真理に影響されたのか、メンバーの一人が勝手に応援をし始めている大人と子供の集団を見て悪態をついていた。

 

「なんなんすか、あの人たちは。前誘った時も、応援に協力してくれなかったし」

 

またあの時のようにサポーターが好き勝手喚き散らし、選手たちの背中を押すどころか、そのやる気を削がせる声を今まで自分たちは徹底的に断罪してきた。

 

—————アンタらに、このクラブを応援する資格はない。

 

「それにあいつら、あのお嬢ちゃんとつるんでいやがる。何様のつもりなんすかね、あいつらは!」

 

しかも、あの集団はよりにもよって宮水青葉の姉である女性を巻き込んでいたのだ。サッカーについては素人ほどの知識しかないが、家族を応援しに来る彼女とその友人たちが抱きこまれているのは我慢ならない。

 

 

宮水三葉を抱き込み、スカルズメンバーにどこかの世界線以上に恨みを買っている大江戸応援団はというと、

 

「青葉はいないけど、だからと言って応援しにいかないのはね。この試合の後はニュージーランドの現地に行くつもりだし、丁度いいかなって」

 

「はぁ……羨ましいなぁ、三葉は。俺も青葉さんのプレーしている姿は見たかった。けど、気を付けろよ、みんなと一緒とはいえ、やっぱり不安だ」

 

もはや公然のお付き合いとなっている宮水三葉と立花瀧は、盛り上がりを見せているスタジアムの中で公然といちゃついていた。

 

「ここがサッカーの試合をするところなんだね、亮太君の練習試合しか見たこと無かったから、なんだか新鮮♪」

 

そして、隣には縁が縁を呼んでどうにか未来を変えることが出来た少女と、彼女とともに未来を模索する少年と、その愉快な仲間たちがいた。

 

「ああ、俺もこんな場所に立つのは初めてだよ。演奏前は静寂に包まれるあの場所とは違って、ここはいつも声が響いているな。うっぷ、人酔いしそう」

眼鏡の少年は、いつも自分が主役となって音色を響き渡らせるコンサートホールとは違い、応援者の熱気がとんでもないことになっていることに、やや驚いている様子だった。

 

「そうだぜ。なんたって、ここは強豪川崎フロンティアの本拠地で、目下首位争いをしているETUとの好カードだ。何も起きないなんてことはねぇんだぜ」

 

「それに、俺はあの人の背中を追うって決めたんだ。どこまでも挑戦することを止めない、ああいう選手になりたいって、本気で思っちまったからな!」

 

サッカー好きの少年改め渡良太は、そのピッチの主役にならんと存在感を出している背番号19に熱視線を送る。

 

「亮太君って、女の子大好きじゃなかったの? なんだか意外」

 

 

「おいおい! 俺は今でも女の子は大好きだぜ! けど、サッカーやってて初めて出来たでっかい目標なんだ! 男なら燃えちまうだろ!」

 

亮太は、絶対に追いついてやると背番号19の背中を追う。いつか自分も、江ノ島から世界に挑戦状をたたきつけに行くのだと、憧憬の念を覚えている。だが、憧憬では終わりたくないのだ。

 

————あの人が追うさらにでっかい夢を追い続ける超常現象と同じ場所で、夢を実現して見せるぜ!

 

そんな中、瀧はふと思い出したようにつぶやく。

 

「安芸先輩たちも来ればよかったのになぁ。スポーツものの描写とか、あんまり見たこと無かっただろうし。人がたくさんいるところは色々刺激になるはずだったのになぁ」

 

瀧としては、サポーターたちが綺麗に分けられており、それぞれが自分の応援するチームを一生懸命応援している姿に心を打たれていた。いろいろ怖いとか、敷居が高いとか言われることも少なくないが、現場に来て初めてわかる彼らの真剣さを描きたい。

 

趣味で終わらせていた絵を描くことが、誰かの胸を打つ瞬間があると彼は感じているのだ。なぜなら、今この瞬間の風景が自分の心を打っているのだから。

 

「しょうがないよ。最終学年だし、サークル活動に加えて受験勉強。3年生は色々忙しいのよ。私も去年はそうだったし」

 

そして、瀧は時々その絵画の才能を買われてサークル活動に半ば半強制的にかり出されており、漫画の絵画の才能を嫌でも開花させられていたりする。

 

自分が通っている高校のOBには時々東京から拉致されて絵を描くよう連行されたりと、中々ハードな日常を強いられている瀧。

 

「あっ、試合が始まるみたいだよ!」

 

 

試合は川崎ボールから、前半からガンガン前線が動き回り、パスが回る彼らが攻勢に出てくる。それに対して達海率いるETUはしっかりとブロックを作り、チャンスの前にボールをクリアし、川崎が攻め込んでいるのを待ち構えている。

 

—————そう焦らずにな。こうやって、後一歩のところってのは諸刃でもあるからな

 

だからこそ、コンパクトな守備体型で網を張るETUは守りやすいこの陣形で、網を張っていたのだ。

 

中央を固めて、クロスを跳ね返す。杉江が跳ね返し、黒田が零れ球を拾い、一気に中央の椿が動き直しをするのだ。

 

「うわわ、ハチヤ! 頼むヨ!」

 

姜昌沫(カン・チャンス)がボールをとられた瞬間に声をあげる。絶好のクロスボールではあったが、杉江との競り合いに負け、黒田に眼前でボールを奪われてしまったのだ。

 

 

—————この試合、前半は八谷を釣る為の餌だ。だから、椿にバックパスをさせるためにもう一度受けろよ

 

敵に椿を使いたがっていることを見せる。仕方なくサイドに回し、攻め上がりに課題があると見せかける。清川の長短織り交ぜたパスが敵に考える時間を与えるのだ。

 

—————ピッチを広く見て、ボールをどこに出すのか。監督の指示が日に日に多くなっている気がするぜ

 

それを意気に感じながら、清川はプレスをしに来る川崎の選手をあざ笑うかのようにロングフィードで堺に通したのだ。

 

「抜けた!! 一気にチャンスだ!」

 

「あのロン毛の人凄い! チャラそうだけど!!」

 

何か観客の所から声がしたが気にしない清川。今はプレーに集中なのだ。

 

ネルソン監督も達海が清川を中心に攻撃を組み立てていることを見抜き、そこを狩り所とする。しかし、マークの受け渡しをしつつサイドに流れる椿とサイドバックの清川がポジションチェンジを繰り返し、中々捕まえることが出来ない。

 

—————偽サイドバックの戦術か。この短期間でよく躾けたものだ

 

だがこれは完全なものではない。あくまで椿がサイドに流れて持ち前のスピードで一気にチャンスメイクすること、そして八谷が椿に釣りだされることを前提とした作戦。

 

しかも、しっかりとCBがサイドをケアし、村越の代役が真ん中でボールを整える。ETUの攻撃時に見せる独特の動きだ。

 

 

だが忘れてはならないのは、リーグトップクラスの速さを備えるナンバーセブンに広大なフロントスペースを与えてはならないのだ。

 

 

 

そして、八谷という中盤のキーマンが流れた川崎は、清川からボールを中々奪えない。今日の椿は八谷を餌に、さらにサイドの脅威を川崎にたたきつける張子の虎と化していた。

 

 

そして、川崎が赤﨑のクロスボールを跳ね返し、カウンターに移る時が最初に分岐点。

 

「!?」

 

トップ下でプレーする浅香がスピードアップするものの、ここで逢沢のフォアチェック。が、逢沢はその後リトリートしつつ、ドリブルコースを消しにかかっていた。

 

—————サイドががら空きなんだよ、ルーキー!

 

浅香がサイドに流れるパスを選択した瞬間、達海の口元が歪んだ。

 

—————そいつは腹黒なベビーマスクだぜ

 

逢沢の動きに連動し、そのボールに競りに行ったのは椿だった。一気に加速し、八谷を振り切った椿がサイドに流れていたロドリゴへのボールを奪いにいく。

 

—————はっ! 浅いな椿! 俺へのマークを外したということは、俺を好きに———

 

 

ロドリゴの苦し紛れのバックパス。当然それを回収する八谷ではあったが、

 

「———————狙い通りだ」

 

ここで椿と連動し、ポジションを移動した逢沢が八谷からボールを奪う。となると逢沢とポジションチェンジしたのはあの男。

 

逢沢とポジションチェンジしたのは清川。若手では青葉に次ぐクロスボールの質を誇る彼の左足がさく裂する。

 

「またあのロン毛の人だ!」

 

 

『逢沢ボールを奪って、清川に縦へ!! あっとロングフィードだァァァ!!』

 

 

清川の正確なロングフィードが、カウンターで前掛りになっていた川崎の急所を貫いたのだ。

 

「おいおい、バカ野郎!! 何裏を取られてんだ!!」

 

守護神の星野が吠える。残留争いが濃厚だった赤黒軍団に好き勝手させるわけにはいかない。自分たちこそが優勝を獲るのだと敵愾心を向けていた。

 

 

なのに、向かってくるのは、裏に抜け出した若手の赤﨑。味方の守りも期待できないほど、赤﨑は縦への突破を試みている。

 

————今までの俺は、自分が自分がと周りが見えていなかった。

 

苦しい前半戦の幕開けだった。マークはきつく、ドリブルで中々前を向けない。運動量豊富な宮野にポジションを奪われかけ、ルーキーの青葉にはライバルにさえさせてもらえなかった。

 

だからこそ、ベンチ、ベンチ外で見えた視野の重要性。辛うじて残っていたCB二枚が堺とシュートコースを塞ぎに来る。

 

—————くそっ、いいの放り込んでやるから決めてくださいよ、堺さん!

 

 

 

 

ここで選択したのはクロスボール。積極性の塊だった赤﨑がラストパスを選択したことで、今後のデータの傾向も変化していく。カットインばかりの彼が魅せたクロスの選択は、今後必ず活きてくる。

 

————赤﨑がクロスだと!?

 

 

手でブロックしながら裏に飛び出した堺と飛び出した星野。

 

『堺のヘディング!! ナイスキーパー!! 寸前で防ぎます川崎! しかし、こぼれ球を堀田が回収!』

 

 

しかし波状攻撃は止まらない。攻撃の中心となっていた清川がサイドに流れ、元のポジションに戻ったETUが本来の攻めを見せるかに見えた。

 

『堀田ラフに蹴りこみました。しかし、吉崎跳ね返します』

 

簡単に放り込んだ堀田のロングボールは、あっさりとヘディングで跳ね返された。しかし、堀田のロングボールは一時的に川崎のラインを下げさせた。堺と競り合い、安定しないクリアボール。

 

低い位置から虎視眈々とその瞬間を狙っていたのは、他でもない。彼だった。

 

「あっ——————」

 

その瞬間、スタンドにいた亮太は瞬間的に悟った。低い位置でプレーし続けて、今の今まで影の薄かった彼が動く。

 

 

彼の姿を見なくても、きっと彼ならこの瞬間を狙ってくる。

 

 

 

 

 

 

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『クリアボールから逢沢ぁァァァ!!!!!! ゴラッソォォォォォ!!! 試合を動かすのはやはりこの男、背番号19からだぁ!! プレーメーキングに徹していた男が、このタイミング、この好機で存在感を見せつけました!! 前半20分!!』

 

『凄いですね。あの距離から狙う、さらにダイレクトで蹴りこむという発想は、日本人にはなかなかないでしょう。さすがの強心臓ぶりです、若き司令塔』

 

 

『今シーズンこれで8得点目! 驚異的なペースです!!』

 

 

 

「なんだ今の!? クリアボールをダイレクトで、枠内!?」

 

「おいおい、あれはとんでもない左足だ! 悪魔染みてる!」

 

「今のも、ボールがドライブしながら逃げていっているぞ、なんて軌道だ!」

 

赤黒軍団をも驚愕させる一撃に、ホーム川崎は沈黙する。やはり日本の未来を変える、その将来を期待される新たな司令塔はさすがだった。

 

 

そんなスペシャルなゴールを見せつけた彼は、敵味方に畏怖と敬意を抱かせるのだ。

 

 

 

「青葉が楽しそうに話してた逢沢君って、本当にすごいね。あんな遠い場所から狙うなんて」

 

三葉も驚きの結果。しかも、青葉の見込んだ彼の活躍に笑みを浮かべる。

 

「逢沢先輩。やっぱすげぇぇ。あの瞬間に動き直しをするなんて、どこまでゴールから逆算しているんだよ」

 

亮太が冷や汗をかきながら、逢沢の一連のスーパーなプレーに感嘆していた。

 

「どういうことなんだ、亮太?」

 

「ああ。説明してやるよ、公正。堀田選手のロングボールや、その前の堺選手のヘディングシュートで飛び出した星野選手のポジションを確認していたんだ。何度も」

 

少女————宮園かをりの横で何が起きたのかよくわかっていない少年————有馬公正に先ほどのプレーと状況を解説する亮太。

 

「ビッグプレーの次の、明らかに先ほどのヘディングや零れ球を狙った攻撃。しっかり堺選手が競り合ったことで、クリアボールも不安定になったんだ。だからこそ、星野選手の判断が遅れた」

 

 

「そして、そのゴールを得るために低い位置でプレーメーキングしていた逢沢さんが三列目から飛び出してマークの遅れた八谷選手を振り切り、そして蹴りこむ寸前でも星野選手の位置を見ていたんだ。派手なプレーだけど、相手のポジショニングを確認した凄いプレーなんだ」

 

そのシュートの軌道は星野選手の手が届かない場所から変化しながら落ちていき、枠内へと吸い込まれたのだ。

 

 

逢沢っ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

ETUサポーターの間では、逢沢コールが鳴り響いて止まらない。川崎の出鼻をくじくスーパーゴールで、ETUが先手を打つ。

 

 

積極的にポジションチェンジをしつつ、清川、椿、逢沢が高度に連携し、攻撃のバリエーションを変えてくる。ロングフィードの清川、縦に一気にスピードアップする椿。ゾーンディフェンスを崩壊させる逢沢。

 

そして堀田が低い位置でボール回しに参加し、可変スリーバックとなり、中盤は椿に振り回される八谷。その空いたポジションで清川のロングフィードがさく裂する。同様の展開で、川崎のプレッシングを掻い潜りつつ、星野の守るゴールマウスに襲い掛かる。

 

 

そして前半30分。堺がプレスをかけに行き、サイドに追いやられるCB。キーパーへのパスコースを封じ込みながらの追い込みだったので、ロングボールを蹴るしかない。

 

 

そのボールへと一番最初に辿り着くのは中盤で動き回っていた椿。だが、八谷と他の選手に捕まり、何もできない。

 

—————くそっ、ボールをキープすることしか————

 

 

このままではせっかく高い位置でボールを奪った意味がなくなる。だが、

 

「椿さんッ!!」

 

そこへサポートとして逢沢が入る。だが、パスコースは出せられない。相手が逢沢へのパスコースも限定しようとするからだ。

 

「これ以上好き勝手させねぇ!!」

 

八谷からのプレッシャーが強くなる。もう限界だ。このままではボールを取られてしまう。

 

————左が、空いた—————

 

その瞬間、椿が思考する間もなく動き出していた。本能と言えばいいのだろうか。塞がれていた道が出来た瞬間にダブルタッチで大きくスライドし、横へと躱したのだ。

 

左は、右足ほどの信頼感はない。それでも、それを考える時間もなく本能でそのプレーを選択したのだ。今まで練習でしかあまり使っていなかった左が、ごく自然に動く。

 

考えるまでもない。考える時間もない。全てが本能に突き動かされ、椿はゴール前を目指していた。

 

—————なろっ、シュートさせるか!!

 

 

左足からのシュートモーション。からのフェイク、ダブルタッチ。ドリブルゾーンを入り込むのではない。そのスピードで抉りこむような鋭さ。鋭い切り返しと共にグイグイと切り込んでいく。

 

—————くっそっ、

 

八谷がこれ以上進めるわけにはいかないとスライディング。だが、八谷と椿のプレースピードは桁違いにスピードが違う。椿は八谷のスライディングに気づいていない。しかし、八谷のスライディングは空振りに終わっていた。

 

ボールを晒しながらの小さな跨ぎ、相手が足を出してきた瞬間の左足不意打ちトラップ。股間を抜かれて崩れ落ちる相手選手。残るはキーパーのみ。

 

トンっ、

 

目の前の相手がニアを消しにかかったのを見て、椿は考えるよりも先に逆サイドに力感のないトラップを行ったのだ。

 

————なっ!? これはトラップじゃねぇ!?

 

気づいた時にはすでに遅かった。そのゴールまでの道筋に導かれた背番号7が、絶望的と思われた包囲網を掻い潜り、地力でゴールを奪ってみせたのだ。

 

『椿切り返して、躱して、また躱してぇ!? 逆サイドぉぉぉ!? 流し込みました2点目!! 前半31分!! 追加点が入りますETU!! 背番号7椿大介の得点!! 何とゴール前中央3人抜き! 最後はキーパーをあざ笑うかのようなループシュート!! ゴールにパスするような軌道!!』

 

『電光石火の一撃でしたね。セカンドボールを拾うのが早い彼に、前を向かせるとこうなるということですか。サポートに逢沢君もいましたが、上手く左側に突破しましたね』

 

『椿大介、今シーズンこれで6得点目!! 新たな背番号7番も負けていません!』

 

 

「うわぁぁぁ、凄い。凄いよ今の! 見てて置いてけぼりをされちゃうくらい、速かった!! あっという間だったね、公正!」

 

 

「あ、ああ。今のどこで確認していたんだ? てか、なに今の。素人目で見ると引くぐらいやばかったぞ、あれ」

 

素人の公正やかをり、三葉もちょっと今のプレー意味が分からない、といった困惑した表情を見せていた。

 

「アレは完全に背番号7の本能だろ。逢沢さんのサポートで出来た道からゴールまでを逆算した。としか言えない。後はもう目に見える者に反応して、手あたり次第に躱してシュート、ってところだと思うぜ。あれが出来る選手は非常に少ない」

 

そのプレーを解説できるぐらいの亮太でさえ、今のプレーは日本人離れしていると実感していた。

 

————なんでこのチーム燻っていたんだよ。この20歳の選手やばすぎだろ。

 

 

亮太は、実は彼がチーム随一のチキン男であることを知らない。

 

 

 

前半の段階で、2点リードで折り返すことになったETU対川崎。主役不在の中、俺がエースだと名乗り出るような若武者二人の活躍。

 

王子がいない。村越もいない。そして頼れる絶対エース青葉もいない。

 

それでも、中盤の汗かき屋と分岐点で必ず姿を見せる背番号19と7番が試合をリードする。

 

 

だが、ここから川崎が清川の守備力の低さに襲い掛かる。

 

王子不在、青葉不在。宮野ベンチスタート。バランスを整える村越もいない。

 

ここで敢えて八谷はセンターゾーンでポジショニング。マンツーマンで引っ張られることを避けたのだ。さらに、椿の縦突破はまともに防ぐことは出来ないと踏んだネルソン監督は、サイドに流れがちな彼の侵攻ルートを誘導する。

 

—————あれ、味方との距離が遠い……

 

まだ本能のままにプレーすることが多い若手の勢いを逆手に取り、推進力でもあった椿を封じ、味方との距離が遠のいた彼はサイドで孤立し、攻撃の組み立てから次第に外れていく。

 

強引に仕掛ければ——————

 

「あっ!!」

 

カットインからのファーストディフェンダーを躱しても、ボールとの距離が大きくなった瞬間をセカンドディフェンダーに奪われる。椿が仕掛ける事前提でブロックを作り、サイドローテの要領で左サイドの攻め上がりを完全に封じた。

 

さらに——————

 

「はははっ!! これ以上好きにさせるかよ!!」

 

 

「くそっ!」

 

————椿が完全に封じられたし、俺も前を向けねぇ! くそっ、後ろは元気な攻撃陣が待ち構えていやがる

 

ポジションチェンジした清川が八谷のキツイマークに遭い、出し所が減っていく。リトリートではなくフォアチェック、清川に後手を踏ませる守備でどんどん選択肢を減らしていく。

 

そして連動する川崎の前線のハイプレス。村越不在の中、持ちこたえていた中盤が少しずつ追い込まれていく。清川のバックパスが増えていき、安易なバックパスは川崎のハイプレスが見逃さない。

 

『清川が後ろに戻して————あっとロドリゴ奪う! ロドリゴそのまま縦に仕掛ける!』

 

堀田へのパスが僅かに流れた。体を入れられた堀田がトラップを乱し、カン・チャンスのプレスに遭ってしまう。そして何とかカンを躱したものの、ロドリゴに前を向いた瞬間を狙われていた。

 

今度は逆にカウンターの川崎。ハイプレス、ショートカウンターで一気にサイドハーフが縦を駆け上がる。右サイド近藤が椿への意趣返しに危険なエリアを抉り、

 

—————まずい、このままじゃ

 

 

その瞬間、近藤が距離を取りながら流れる。クロスボールのプレーの傾向が読み取れる。そう踏んだ椿が距離を詰めてスピードアップ。

 

 

近藤はネルソンがボランチで見せる椿の守備の特徴を監督から試合前のミーティングで教えられていた。

 

—————出足は早いよ。勘も鋭い。けど、彼は冷静ではない。

 

 

「あっ!!」

 

サイドでクロスボールを警戒した椿の裏をかいたキックフェイントからのドリブル。体を簡単に投げ出してしまった椿の敗因は、冷静に、迅速に距離を詰めなかった守備の雑さだった。

 

そして、石神が左サイドの草野に釣られて中に入り込んでしまう。そのまま黒田とのスイッチになるが、椿が躱されたシーンで杉江と黒田がウォッチャーになってしまった。

 

—————スギに任せるのか

 

————クロが行くのか?

 

不明瞭な呼吸で黒田がそのままコースを塞ぎにかかる。杉江との距離が空いてしまう。

 

「おらぁぁぁぁ! 行かせるかァァァ!!」

 

 

そしてグラウンダーのクロス。石神と杉江の受け渡しがスムーズに行われ、草野へのボールは通らない。しかし、苦し紛れのクリアボールはまたしても川崎ボール。中央に走りこむのかロドリゴとカン・チャンス。川崎は速攻一択。後ろから堀田や清川も動くが、清川は高い位置の為に戻りが遅れている。

 

ロドリゴが拾い、一気にカンが裏を狙う動き。近藤は中に絞り、草野はサイドに開く。変幻自在の速攻スタイルで勢いに乗る川崎。

 

そして、カン・チャンスに張り付いた杉江が消え、中に入り込んだ近藤がここでペースダウン。ここで清川がようやく戻り、近藤とのマッチアップ。

 

だが、ロドリゴが間髪入れずに草野へ縦パス。カン・チャンスがそのままニアサイドに飛び込んでくる。

 

 

—————早いクロスが来るのか!?

 

グラウンダーの鋭いクロスボール。それを警戒した杉江だが、狙われていたのは黒田だった。

 

草野はニアに寄ってきたカン・チャンスとワンツーのマイナスクロス。そのボールに走りこんでいたのはロドリゴ。マークをするのは黒田。

 

—————撃たせるかよ!! なにっ!?

 

だが、ロドリゴ、これをスルー。その背後から姿を現したのは——————

 

 

『ロドリゴスルーして、近藤だぁァァァ!! 川崎前半終了間際に一点を返します!! 決めたのはキャプテンの近藤! 前半の44分!』

 

 

その得点シーンを見て、達海が不安視していた弱点を一つ確実につくことが出来たと確信する。

 

 

—————やはり、サイドの脆弱性は無視できないレベルのようだ。

 

 

だからこそ、序盤は清川と椿のポジションチェンジという奇策で、川崎の中盤をかき乱し、ペースを握ろうとした。だが、あまりにも長く奇襲を続け過ぎた。

 

 

—————奇襲の時間は終わりだ、達海猛。次の一手は。どう来るのかな?

 

 

ネルソンは慌てない。確実に急所を穿った攻撃と確信できるからだ。そして、ネルソンも達海に残された手段が少ないとこを見抜いている。

 

 

 

主役不在の中、采配で優位に立ってきたETU。流れに抗う存在は、現れるのか。

 

 

 

 

 

 




鳥栖の好調は凄いですね。ユースから何人昇格しているんだろう。

名古屋の大補強も凄いし、それが見事にハマっているし・・・・

優勝候補筆頭は川崎との見方もありますけど、

この上記2チームは盤石というイメージでは昨年王者に匹敵するのでは?

守備が固い印象を受けます。特に名古屋は前から襲い掛かるプレス強度が川崎を凌駕しているような・・・・

ただ、鹿島さんはこのままだと危ないかもしれないですね。柏も結構危ない。


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第七十八話 超常なき試合

いつの間にか、1か月投稿になっている・・・・・




前半1点リードとはいえ、嫌な空気でハーフタイムを迎えたETU。やはり起因するのは清川主体の攻撃。機能はしていたが、制限時間を超えてしまった采配は逆にチームの首を絞めてしまった。

 

だからこそ達海は、後半は椿と八谷をマッチアップさせる。逆に清川にとってはサイドで起点となり、椿の抜け出しと逢沢への選択肢が強まることになる。

 

しかし、逆サイドへの大きなサイドチェンジには、赤﨑の走力ではやや心もとない。逆に赤﨑は疲労もそこまでではなく、攻撃の幅も広くなりつつある。

 

「後半キヨを警戒するなら、デコイにする。プレッシャーが弱まった瞬間にだけキヨにボールを渡せ、恐らく相当警戒してくる」

 

相手にとって嫌なのは、高い位置で清川がフリーでボールを持った瞬間。前半は決定機の起点になっていた彼を警戒するのは当然と言える。

 

だからこそ、堀田の渋いパスがいきることになる。ここでシステムを変更する達海。

 

4-2-3-1から4-1-4-1に変更。堀田をアンカーにして椿と逢沢がインサイドハーフに。個人技で中央突破が出来る逢沢と、スペースが空けば縦に仕掛ける椿。

 

より一層求められるのはディフェンスラインの高さだ。

 

「クロとスギは堀田とスリーバックを形成。堀田を孤立させないよう、ラインを高く設定しろ。石神と清川は守備の際はパスコースを限定しつつリトリート。前線の連中が戻る時間を稼げ」

 

「うっす」

 

達海がラインの高さにこだわるのは、アンカーの両脇を使われることだ。4-1-4-1最大の弱点であり、要でもあるアンカーへのプレス。

 

長年の経験と判断力が必要とされるポジション。それは堀田以外に適任はいなかった。

 

 

 

 

そしてやはり川崎は守備力で劣る清川を狙いに来た。しかし、ここで丹波を起用した意味が活きてくる。

 

————だと思ったぜ、キヨの所を使う魂胆、丸見えなんだよ!

 

 

右サイド近藤への挟み込むようなプレスでボールを奪取するのは丹波。リトリートで時間を稼ぎつつ、後ろからプレスバックする堀田の献身的な守備。攻撃力は落ちるかもしれないが、左サイドは清川のロングフィードで十分におつりがくる。

 

それに、丹波が攻撃参加するということは相手を押し込み、攻撃に厚みが出てくることを意味する。

 

そして、その攻撃を加速させるのは———————

 

「くそっ(やっぱ速いな、椿の野郎は!!)」

 

八谷を易々と置き去りにし、中央ものすごい速さで疾走するのは椿。椿に課せられた八谷を振り回す約束事は消えていない。事実、八谷は椿の位置が前半と変わっていることに気づき、そのプレースタイルが変化したことで警戒を強めている。だからこそ、両者の走った場所はスペースとなって空く。

 

—————釣られるよな、やっぱり

 

丹波の外側からオーバーラップするのは清川。彼の高い位置でのプレーは防ぎたい川崎がプレスバックしながら張り付いてくる。だが、丹波はそのスペースを狙う彼を見逃さない。

 

 

—————この高さだ。ひとりで行けるだろ、とんでもルーキー!

 

 

ぽっかり空いたスペースには、ボランチの選手を振り切った逢沢の姿が。歩きながら常に首を振り状況を確認していた逢沢は、ボールだけではなく相手との距離も測っていた。

 

 

そして安易に見つけることが出来た道筋、そしてマッチアップする選手の隙。

 

 

中央で丹波の縦パスを貰った逢沢。ここであくどいことに八谷に突進するのだ。椿へのマークについている彼に数的不利を強いるルーキー。

 

————受け渡しが————あっ!!

 

だが、椿をデコイにした逢沢のドリブル簡単に前に進む逢沢。周りの状況を利用し、確実に川崎ゴールへと進む彼の歩みは小柄ながら威圧感がある。

 

しかし、ここで椿にバックヒールパスでスイッチ。椿も想像していなかったパスに驚く。が、逢沢からのヒールパスは回転がかけられており、トラップした瞬間に右にボールがずれた。

 

逢沢駆は意図的に椿が右にトラップが乱れることを誘導していた。

 

 

——————あっ

 

 

気づけば椿は、自分の速い判断で右サイド裏に抜け出していた赤崎にボールを供給していた。まるで自分の意志ではないかのように誘導された椿のロングフィード。

 

右利きの右サイドハーフが得意とするのはカットインではなく、クロスボール。赤﨑のクロスボールもあるぞという選択肢は、この局面で活きてくる。

 

「キックフェイント!?」

 

そして、マイナス気味のクロスが中央に走りこんでいた逢沢へと向かう。が、逢沢はここで意図的に後方の椿を見た。

 

——————またヒールパスでラストパスを送るのか!?

 

一瞬でもそう思ってしまった。そして、逢沢は赤﨑からのボールを足裏で触りながら、ヒールでトラップしたのだ。

 

————椿に最期を託すつもりか!!

 

マーキングしていた八谷が、椿へのプレスを強める。だが、逢沢のヒールパスは距離が短すぎたのか、椿は通らない。

 

————くそったれがぁァァァ!!! このガキ、どこまで未来が見えてやがる!!

 

悪態を心の中で突くゴールキーパーの星野。あれはまさしく、日本代表を蹂躙した南米の選手に酷似した動き。いつでもゴール前なら得点を奪える、そんな余裕すら見せるあの光景は忌まわしいものだ。

 

否、これは椿へのパスではなかった。

 

否、これは椿に釣られた八谷が明け渡してしまったスペースにボールを転がせていただけだった。

 

 

——————こんなものじゃない。

 

星野に睨みつけられている駆は、先制弾もあの時のプレーをやってみようと思っただけ。あの万能感の中で行えているわけではない。

 

——————止めてやるッ、ルーキーがっ!!

 

ニアサイドの堺に釣られ、椿という個人技が売りの選手を警戒してしまった守備陣。そして、アタッキングサードも真っ青な危険なエリアで、最も危険な選手をフリーにさせてしまったこと、そして椿からの展開があまりにも速かったこと。それでも星野は、この生意気な少年に得点を奪われるわけにはいかない。

 

だが—————————

 

 

理想的なボールの置き所、ゴールからの距離。シュートとラストパス、どちらなのかを予測できなかったボランチの選手をあざ笑う駆のステップ。その刹那の時間で絶対的に足が届かない場所へと移動してしまう彼に、ボランチの選手は格の違いを刻まれてしまった。

 

次世代の若き司令塔が体を反転しながら前を向き、その彼を阻む壁は、あまりにも脆かった。

 

『逢沢振り抜いたぁァァァっぁ!! 決まったぁァァァぁ!! ETUこれで3点目!! 後半立ち上がりから10分! 逢沢今日2点目!! これで今シーズン9得点目!! 13節で脅威の9得点!! 二桁得点まであと1点としています!』

 

『末恐ろしいです、彼は。ルーキーですよね? 川崎はハイプレスでETUを押し込む時間帯もありましたが、中盤が少し間延びしていたかもしれませんね』

 

 

やはり、試合の分岐点で輝く黄金ルーキー。青葉不在でもより輝きを増す次世代の10番を背負う男は、川崎を圧倒する。

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

逢沢ッ!!

 

 

鳴りやまない逢沢コール。強豪川崎を相手に2得点。先制弾のスーパーゴラッソに続き、落ち着いて確実にゴールを奪う2点目。

 

—————まだこんなものじゃない。

 

あの感覚は、やってこない。今のも少し考えれば誰にでもできることだ。理不尽なプレーというわけではない。

 

 

青葉ほどの爆発的な初速と加速力はない。それなのに、するすると抜けられていく。運ぶドリブル+躱すドリブルのハイブリット。それもすべて計算と本能。しかしそれどまりだ。やはり囲まれるとファウルで潰される。

 

「ぐっ」

 

八谷の後ろからのタックルで苦悶の表情を浮かべる駆。やはり大分戦以降、駆に対するファウルは苛烈なものへと変わっている。

 

なにせ、逢沢駆を潰すつもりの激しいタックルをやれと指示を食らっているのだ。このままでは自分の体が持たない。

 

——————下がってプレーしても追いつかれる。なら、

 

常にフィールドで動き続け、自分をずらし続ける。ギャップを一人で生み出す、全ては計算の上で成り立つ動き。八谷が動けば動かない。距離を詰めれば逆を突く。不規則でボールを持っていない動きがかなり重要になる局面。

 

 

駆にフリーの状況で縦パスが入る。そして八谷の前で、駆が前を向いてプレーする機会が訪れた。

 

ファルカンフェイントからのヒールドローステップからの股抜き。踏み込んできた相手選手をあざ笑うそのフェイントで、股を抜かれた選手が横転。

 

隣にいた八谷が競り合いからボールを奪おうとするが、

 

————こいつ、こんなにフィジカルあるのかよ!? たかが16歳で!!

 

腕を掴んでいるのに、倒れない。押し負けてしまう。相手は少ししかこちらを抑えていない。自分のように目いっぱいブロックしていないのに。

 

逆に逢沢は僅かに弛んだ八谷の拘束の隙をつき、八谷の腕を掴み返したのだ。そして信じられない強さで締め上げ、重心を移動させる。

 

—————なっ、体が、勝手に—————っ

 

ズレる重心、崩れ落ちるバランス。何とか逢沢を止めようとするが、弛んだ状態ではどうにもならない。止めとばかりにバランスを崩しかけている八谷に最後の一押しを行い、自らの重量に引っ張られるように横転。

 

まるでブロックや手の掴みを受け流され、無効化する明らかに常人離れした体捌き。

 

『八谷のプレスバックをはじき返した逢沢!! 強さをみせます!』

 

『腕掴まれていたんですけどねぇ。なんてパワーだ』

 

 

そして、間髪入れず下がりながらのディフェンスをした最後尾をあざ笑う、ループ気味のミドルシュート。星野が何とか片手一本ではじき出すが、

 

—————くそったれがぁぁぁ!!

 

 

詰めていたのは、幾度となくポリバレントな動きを見せていた右サイドの赤﨑。

 

 

————決めてやるよ、この局面は!!

 

 

『片手一本止める!! ループシュートも何のその!! 守護神星野のファインセーブ!!』

 

『さすがは日本代表! あのタイミングであれを防ぎますか!』

 

 

 

攻撃陣に変化を加えるべく、CFWの堺に代えて上田、丹波に代えて宮野が投入される。

 

堺、堀田のホットラインが解体されたが、逆サイドに強烈なスピードを誇る宮野の投入が、試合を一気に加速させる。

 

 

清川の縦パスに反応した宮野が一気に抜け出す。ロングフィードや中央への縦パスが主体だった清川に選択肢が増え、清川自身も宮野の推進力で高い位置を確保。

 

そして上田がニアに走りこめば中央の逢沢と椿が待ち構えている状況。必然的に中央を固めざるを得ない川崎。

 

————判断早く、相手のペースを乱すには

 

しかし、宮野は間髪入れずに大外を選択。フリーになっていた赤崎を使うことにしたのだ。

 

————宮野の野郎、俺を走らせやがったな!

 

昨シーズンの彼なら考えられない。だが、これは大チャンスだ。ニアサイドに走りこんでいた上田が動き直し、ファーへと流れ、今度は逢沢がそのスピードを生かして一気にニアサイドへ。椿が逢沢に重ならないようにややニアサイド寄りの中央に待ち構える。

 

 

ちらりと、赤﨑を見る駆。そして————

 

 

『あっとジャンプして掴んだぁァァァ!! そしてそのまま周りを見てロングスロー!! 前線のロドリゴに通る!!』

 

一気にスピードアップする川崎攻撃陣。カウンターに脆いと言われるETUの急所を突く、一気呵成の反撃。

 

そして、カウンター時の守備が修正され切っていないETU。駆がいなければ、こんなにもカウンターに弱いのだ。今の彼らは。

 

堀田はディレイを続けるだけで距離を詰めることも出来ず、左サイドを抉るスルーパスには無力だった。

 

—————抉られる!?

 

そして中央、ロドリゴは意図的に黒田との競り合いを狙い、余裕で競り勝ってヘディングシュートを繰り出してきたのだ。

 

—————こ、このっ!!

 

 

上背でもフィジカルでも完全に負けている黒田は、そのヘディングを防ぐことができない。しかしここで、

 

『緑川ファインセーブ!!』

 

緑川のファインセーブ。だが、カウンターで数的不利を作られたETUにこぼれ球までケアを行える余力はなかった。

 

MFの浅香が最後シュートのこぼれ球を詰め、ダイレクトでシュートを放ったのだ。逆を突かれた緑川は反応できず、ブラインドとなってしまっていた。

 

『川崎も浅香のダイレクトシュート!! 押し込みました!! 後半23分! これで1点差!! リードしているETUですが、これでスコアは3対2! 試合展開が分からなくなってきました!』

 

 

そしてネルソン監督は当初の予定通り、左サイドを執拗に狙い始める。守備力に不安のある清川に一対一を執拗に強いることで、揺さぶりをかけてきたのだ。

 

そして経験豊富な近藤が悉く清川を打ち負かす展開が続く。

 

「あっ!!」

 

シザースからの跨ぎ、からの切り返しからの縦突破。簡単に振り切られる清川の脆弱性がここにきてもろに出始めていた。

 

追い縋る清川だがファウルでもとめられず、クロスをまたしても打ち上げられてしまう。

 

『ロドリゴぉぉぉぉぉ!! 追いつきました川崎!! 後半38分! ついに試合を振り出しに戻しました! 最後はロドリゴ!』

 

 

ここで、攻撃力をアップさせる達海の目論見は崩れてしまう。リードしている展開で、辛うじて清川の守備力は、丹波のフォローによって支えられていた。

 

 

丹波のプレスバックがあったからこそ、左サイドは持ちこたえていたのだ。攻撃的に行くのはいいが、達海は川崎の攻撃力を過大評価し、だからこそ勝負に出てしまった。

 

この試合、清川をフルに使うならば、“丹波”だけは変えてはならなかったのだ。

 

 

こうなってくると、ETUは守らなければならない。すでに逢沢の運動量は限界が近づいている。椿一人では攻め切ることは出来ない。上田では星野の壁は乗り越えられない。

 

 

達海、ここで苦肉の策として4-3-2-1のクリスマス型に布陣を変更。ワントップに足の速い宮野を置き、シャドーの位置に赤﨑と上田を置いたのだ。

 

逢沢は左CMFにポジションを下げ、右には椿、真ん中に堀田。

 

守り切る、カウンター前提のフォーメーション。

 

ゆえに、川崎も守りに入ったETUの牙城を攻め切ることは出来ない。清川と他の選手のポジションが近くなったことで、守備は安定し、カウンター時でこそより輝く彼のロングフィードがさく裂する。

 

『清川からのロングフィード!! 裏抜けた~~~!!』

 

 

裏を突いたのはやはり宮野。しかし、精度が甘くゴールに向かってというよりはややボールが伸びすぎてしまったような軌道となる。

 

 

——————ここで、相手一人を躱しきれなくて————ッ

 

 

そして、シャドーの位置から上田と赤﨑のサポート。一気呵成にラインを上げるが、

 

 

『ああっと!! ボール外に出てしまいました!! 川崎の必死のディフェンス! 宮野の突破を許しません!』

 

縦一本であるがゆえにシンプル。その機敏さと選択肢の狭さが、彼に対する対応を簡単にしてしまう。好機を演出するも、中に入り込みたい、ゴール前に誰もいないという悪循環で宮野のスピードが止まってしまう。

 

キープ力の低い宮野がボールを奪われ、決定機を作り出せない状況が続く。

 

「むむむ……単発でチャンスは生まれるんですが、ゴールが生まれませんね————」

松原コーチも、前線でボールをキープできる選手がいないことで、攻撃の厚みがかなり薄くなってしまったことを感じていた。

 

宮野が赤﨑にボールを預け、フォローなく赤崎が止められる。サイドに追いやられた場合、宮野は頻繁に相手を探し、スピードを落としてしまう傾向にあった。

 

だからこそ、間合いを詰められ簡単にボールを刈り取られる。カットインの精度と鋭さが未熟な彼では、研究をされるたびにその効力は失っていく。

 

だから、赤﨑が2人躱してもその時間のうちに相手が帰陣してしまう。スタミナが切れかかっている逢沢を変えることも出来たが、緊急事態が起きた場合、10人で戦えば必然的に川崎にゴールを奪われる。そんな予感すら達海の脳裏をよぎる。

 

 

そして————

 

 

『ここで長い笛! 試合終了です! ETU! 敵地で一時はリードをするものの、終盤に追いつかれて手痛い引き分け! アウェーで勝ち点1を得る結果となりました』

 

『丹波選手を下げるのは悪手でしたね。攻撃的にいきたい、相手の勢いを削ぐために勝負に出たのでしょうが、天は味方しませんでしたね』

 

 

 

 

終盤防戦一方で、カウンターによる単発的な攻撃しか機能しなかったETU。耐えるだけの守備は出来たが、攻撃力を犠牲にした逃げ切り。

 

 

そして、だからこそ指揮官の失敗がピッチにいる選手たちにも伝染してしまった。

 

 

ETUには逢沢駆を含め、本当のピンチ、苦境という状況で違いを見せつけることは出来ないのだ。逢沢の輝ける才能はあくまでアタッキングサードでのみ輝く。

 

それ以外のエリアでは、やはり埋もれてしまう。彼が低い位置でボール回しに参加する時点で、ETUの攻撃力は川崎の前で完全に死んでいた。

 

そして研究されてきた宮野のカットインがほぼ封殺されてしまった。必然的に縦突破が多くなる彼だが、サイドに追いやられ、各個撃破される形となってしまう。

 

 

ここまでのETUは、宮水青葉の試合を決定づける力と飛鳥亨の個の力、達海采配によって支えられていた。だからこそ、宮水青葉不在でも采配次第で勝利を重ねることが出来た。

 

だが、その采配が一度でも狂った瞬間、ピッチで修正できる選手は少ない。

 

その問題を感じてしまった選手はそれぞれ考えていた。

 

 

—————川崎が清川を狙っていたのは明らかだった。俺がもっとコシさんの様にフォローを徹底できていれば

 

堀田はアンカーとして配給は村越以上のものを見せていた。だが、一番徹底しなければならないサイドバックのフォローは完璧ではなかった。

 

 

そして、中盤での苦境を目の当たりにした杉江は、弱気になっていた自分を叱咤する。

 

 

—————達海さんのカードが不発に終わった。それはいつか起きることだ。けど、ピッチ上で修正できず、引き分け狙いのサッカーをさせたのは—————

 

 

試合の流れを変える役目を追っていた逢沢は限界だった。縦横無尽に走り、得点まで決めた。左が守備的な分、攻撃的な右のフォローを一部担っていた逢沢だったが、宮野を投入したことで、逢沢のキャパシティを超えてしまった。

 

堺と交代で投入された上田も経験不足からポジショニングが甘く、フレッシュな選手であるにもかかわらず、試合から完全に消えてしまった。

 

中盤で苦戦を強いられたために、ショートカウンター、縦に速いサッカーの申し子だった椿は守備にパワーを注がなければならず、攻撃に厚みを生み出せない。

 

その達海は試合後に丹波だけは変えるべきではなかったと非を認めている。村越という経験豊富なアンカーがいない弊害が、攻守に影響を及ぼしていたのだ。

 

 

—————中盤から一気に崩れちゃったけど、それでもあのままなら相手も対策を講じてきたと思う。

 

だが、杉江と堀田よりも深くあの試合を理解していたのは椿と逢沢だった。

 

—————左の攻撃力を清川さんに任せたままなら、丹波さんと上下を逆にすることも出来た。

 

駆は言う。清川個人の成長の為、固定するのもありだと思う。だが、今回のような試合で清川の守備力を頼るのはあまりにもリスキーだったのだ。

 

————中央、明らかにパスを狙われていたし、サイド、センターアタックの迫力もなかった。もっと俺がハードワークしなきゃいけなかった。

 

椿は、この試合まで感じていた今までにない空気を感じていた。勝ち癖がつき、チーム成績も良好。だが、それが良くないものだと感じていた。

 

 

各々が課題を残し、修正力に不足を感じた川崎戦。

 

勝ち点を得ることは出来た。しかし、その結果以上に杉江と堀田は危機感を抱えたまま、次の試合に臨むことになる。

 

 

江ノ島高校でも、宮水青葉に続いて逢沢駆も9得点目を記録したことで話題が寡占状態となっていた。チーム成績は良好といえるが、彼らもさすがにその内部まではわかりようがない。

 

 

現在総体予選を進撃中の江ノ島サッカー部の一人である一条龍は、先輩たちの活躍に刺激を受けていた。

 

「青葉先輩凄いな。FIFAの条約がなければすぐにでも海外オファーもくるかもしれないな」

 

満18歳にならなければ、海外籍が基本的に禁止となり、規定違反の選手は公式戦にも出場できない制約。これは若手選手の青田買いを防ぐ一面もあるが、二人の移籍を阻害するものでもあった。

 

「フハハハっ!! やはり俺の目に狂いはなかった! 宮水青葉先輩とのマッチアップはこの俺にさらなる次元に渡れと言っているようなものだ! そしてあと数日と迫ったU20W杯! この試合は幸いないことに時差が少ない。絶対に見るぞ!」

 

そして、レギュラー陣に割って入っているCBの武智がスマートフォンでニュースを検索し、先輩の活躍に高笑いしている。

 

「そして逢沢先輩も9得点。リーグジャパン創設以来、史上4人目の快挙も目前。その快挙の3人目が宮水先輩だし、今年は凄いよ—————僕も頑張らないと」

青梅優人も活躍を聞いて刺激を受けているが、中々ベンチ入りできない状況が続いている。

 

上級生たちの攻守の切り替えの速さは一条と培ってきたものを超えている。それだけ走ること、スペースを有効に使うことに重きを置いていることが分かる。

 

守備陣でベンチ入りを果たしたのは武智のみ。中盤では真鍋が何とかベンチ入り。

 

攻撃陣では一条龍のみがベンチ入りを果たす状況だった。

 

「フィジカルだけではないことを逢沢先輩は教えてくれたからな。あの間合いの入り方は相当手ごわいし、参考になる。選手権以降に強化指定選手の案内でも来ればいいのだが」

 

武智にはリーグジャパンのクラブだけではなく、大陸を超えた場所からのスカウトの視線も熱い。新世代CBとして荻本を超える逸材として注目されている。

 

同世代を圧倒する空中戦の強さと一対一の強さ。それもユースの頂点とされていた浦和が江ノ島高校に惨敗したことで少しずつ風向きが変わっていったことも影響している。

 

江ノ島の空中要塞高瀬にはすでに複数のクラブが接触しており、強化指定選手入りは必至とされている。日本がこれまで求め続けていた、足元の技術があり、フィジカル自慢のCFWタイプ。

 

そして中盤の魔術師荒木竜一はドイツ王者ドルトムントからの練習参加もうわさされている。18歳時点での海外入りの為、英語との格闘中とのこと。

 

そして、巧みな戦術眼を有するボランチ織田涼真、青葉の高校時代の“相棒”八雲高次も内定がちらついているとのこと。

 

しかし、やはりプロに至るまでにはクリアしなければならない段階があり、注目株という評価に留まっていた。

 

「————————あいつは、どうしているのかな」

一条は、ふと埼玉で目にした自分と同等のドリブル技術を持つライバルの現在を知りたくなった。

 

ミルコも注意深く彼の動向は探っていたらしいが、千葉から東京の高校へと転校した段階で足取りがつかめなくなっている。これ以上はプライベートなことなので、詮索は出来なかったが、才能ある選手が次のステージに上がれるとは限らないことを痛感した。

 

—————お前は、結局パスを選べるようになったのか? それとも……

 

容赦のない入れ替わりは、一条にも無関係とは言えない。唯一自分を欲しいと言ってくれたのは江ノ島高校だけだった。そこにはミルコの推薦もあった。彼がいなければ自分は強豪校で成長することも出来ず、日本代表への道は遠のいていただろう。

 

大けがをした後の復帰後、かつてのようなプレーが出来なくなった一条龍の価値は大暴落だった。フィジカルサッカーが優先される高校サッカーでは自分が磨きたい技術は磨けず、ユース入りの可能性は皆無だった。

 

 

今でこそ、荒木竜一の控えの位置にまで戻ってきた一条だが、現状に危機感を覚えている。ドルトムントの視線を釘付けにする荒木の控えというのは、他校ではエースになり得る存在と言われてもおかしくはない。しかし、江ノ島でしか一条は花開くビジョンを持っていなかった。

 

ここで活躍しないと道は開けない。その強い気持ちは来たる海外移籍の準備にも表れていた。

 

宮水青葉は英語を完璧にマスターし、オランダ語を勉強しているぞ。

 

なら自分は、なぞる様ではあるが英語を習得する必要がある。幸いにもアンナは英語とセルビア語を喋れるとのことで、レクチャーをしてくれるらしい。自分でも参考書を買うべきと考えているが、話す相手がいるのはありがたいことだ。

 

なお、一条のアンナに対する認識は間違いで、ドイツ語、フランス語も追加されている。思わぬ語学ぶりではあるが、この2か国語に関しては日常会話レベルらしい。後に知った一条は自分がいかに恵まれ、甘えていたことを痛感するのだった。

 

 

 

そんな一条が追い抜くことを夢見る、先頭を走り続ける次世代のエース候補は、16歳で世界の舞台で戦うことになる。

 

 

今までの親善試合や強化試合というものではない。世界大会の公式戦での復帰。

 

 

彼の活躍次第で、自分の道のりが分かる。一条龍は自分と世界の物差しを測るために、宮水青葉の試合を見る。

 

 

——————俺たちが日本が、どこまで世界と離されているのか。それとも近づいているのか。

 

 

所属クラブの苦しい試合を見つつ、彼はその瞬間を心待ちにする。日本が生んだ史上最高の怪物は、通用するのか。

 

 

 

一方、日本のメディアは誇張表現を繰り返し、スタメンの予想や戦術を予想する報道が過熱。新戦力の青葉が入ったチーム内の亀裂、溝を報道する大手新聞筆頭。

 

 

これは勿論論外だが、コートジボワール、ドイツ、ウルグアイという死のグループに入ってしまった不運を嘆き、健闘を期待する他の各社。一般の日本代表通たちも、元日本代表の解説者たちもそろってグループ敗退を予想する。

 

能天気なお馬鹿キャラを演じており、海外のメディアからも小馬鹿にされつつあるなでしこ女子代表の監督は2勝1引き分けと予想する。

 

他にも、現在江ノ島高校で指導に携わっているミルコ氏も2勝1引き分けを予想するなど、一条にとっては予想外の展開も発生している。

 

そして、普段は毒しか吐かないブラジルから帰化した解説者は、3連敗を予想するも、テレビの前で世界と私を含めて見返してほしいと檄を繰り出す始末。

 

「——————俺の予想の中で納まらないでくださいよ、青葉先輩」

 

 

彼も、このグループは厳しいと感じている。しかし、それはあくまで彼の予想。だからこそ、檄を繰り返す解説者と同様に、番狂わせを期待するのだった。

 

 

 




原作と違い、そのまま勝つという展開もあったのですが、達海采配が狂った瞬間、

修正できる選手が少ないという現実が勝りました。

駆も修正、打開できる力はありますが、今回はもう手一杯という状況でした。


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第七十九話 世界の壁

GW突入。勉強もうそうですけど、執筆も滞るかな・・・・


苦戦の末、アウェーで勝ち点1を残したETU。逢沢駆は、結局一度もあの感覚となることが出来なかった。

 

 

そして、逢沢駆のアタッキングサードをケアすることが増えたため、苦しいプレーが次第に増えていくことを感じていた。あの苦し紛れのボレーシュートも、そこしか選択肢がなかったのだ。

 

—————このままだと、シーズン持たない。

 

逢沢駆の考慮しているポイントはその一点に尽きる。選手は自らの特徴を活かし、いいプレーを続けているが、同時にその現時点での頭打ちのレベルも晒している。

 

次の14節札幌戦はカップ戦で快勝している相手とはいえ、続く神戸は復調気味である。腐っても名門、金満チームの神戸だけは油断できない。

 

—————後半戦に向けて、研究され尽くしてしまえば、勝ち点を伸ばすこともできない。

 

青葉と飛鳥が戻るまでの辛抱というが、その二人だっていつまでこのチームにいるのか分からない。無論自分もそうだ。

 

相手の弱点を突き、自分たちの特徴を活かす。今まではそれが出来ていた。そんな時、電話が鳴った。

 

 

「もしもし———」

 

《あっ、駆? よかったぁ、最近連絡が出来ずにいたから————そっちは首位争いで好調みたいね》

 

相手は美島からだった。最近まともに話せていなかったのは、互いにやることが多すぎたためか、なかなかきっかけもなかった。

 

「順位こそ上位だけど、楽観視はとてもできないかな。チームの底、それが見えつつあるのはきついよ」

 

本来、達海と話すべきなのだろうが、達海は現在クラブハウスで相手チームの研究を行っている。邪魔は出来ない、

 

《そう、なんだ。やっぱり川崎戦と甲府戦の影響、なのかな》

 

 

小さな巨人中島に蹂躙された甲府戦。達海の采配ミスをカバーできず、後手を踏んだ川崎戦。このチームは采配一つで簡単に勝敗が決まる。その脆弱性を突きつけられた。

 

例外は、やはり飛鳥と青葉の同時先発時の安定感だ。あの二人がいることでチーム全体に安定感が増す。そして、高校時代に感じていなかったある感覚が彼を支配してしまう。

 

—————青葉がボランチにいたら、負ける気がしない

 

自分とポジションをチェンジしながら相手のマークをずらし、一気呵成に攻め入る。むしろ椿を前線に置けば面白いことになる。

 

ディフェンス力も飛鳥に次いだ安定感を見せる彼が中盤の底にいれば、相手の攻撃は無力化し、直後のカウンターで一撃必殺。

 

相手の切り札を叩き壊したうえでのカウンターを、完結することができる。

 

だからこそ、世良の離脱はあまりにも痛かった。そのチャンスを確実に決定機まで持たせることができる彼は、なんちゃってポストプレーを重視する日本サッカーにとって異端ではあるが、決定力という点ではこれ以上ないCFWである。

 

世界には背丈の低い選手でもトップレベルの結果を出せる選手はいくらでもいるが、日本サッカーはあまりにも未熟だ。

 

二列目の幻想にとらわれ過ぎているようにさえ見える。前線で体を張り、ゴールを決める最も難しいミッションをこなせる選手が不在なのだ。

 

 

《中島選手の動き、やっぱり青葉君のそれとは違うね。前半後半含めて、プレスを完全に無効化していたわ》

 

甲府戦での彼は彼の持ち味が存分に出た試合だった。受けて下がり、前を向く。そして、中島を中心とした攻撃により、複数生まれるスペース。

 

それらを素早く取捨選択し、的確なプレーを生み出せる中島の戦術眼。甲府の大黒柱に相応しい活躍を見せていた。地方クラブではあるが、底知れない爆発力があのチームにはある。

 

 

対するETUはどうだろう。宮水青葉という絶対エースがいる。椿という俊足の持ち主がいる。ジーノというパサーがいる。他にも可能性を感じる選手が大勢いる。

 

だが、機能しきれているとは言い難い。それは美島の目から見ても明らかだった。

 

「もっと椿選手の足をみんなが信じていいんだ。今の低い位置だと、椿選手の持ち味の半分も出せない。」

 

あの足を活かすには、ボランチでは到底満足できない。自分なりに工夫をし始め、色々上手くいっていることはあると駆は考えた。しかしそれではだめなのだ。

 

—————強豪と戦うためには、個人の力だけでは足りない。

 

悶々とするETU。現状は上位と好位置につけているが、後半戦への不安が露呈していた。何かきっかけがあればいい。きっかけさえあれば、選手は殻を破れる。

 

 

 

そして、ニュージーランド現地では初戦の相手コートジボワールとの試合が近づいていた。日本のフォーメーションは4-2-3-1。堂本と宮水青葉の起用について注目されていたが、西野監督は驚くべき采配を下したのだ。

 

GK 22番 相馬元気(鳥栖)

RSB 2番 幕張健吾(湘南)

CB  3番 飛鳥亨 (ETU)

CB  4番 城達哉 (讃岐)

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF12番 清武周人(大阪C)

RMF 8番 堂本貴史(フローニンゲン)

LMF11番 小川知良(磐田)

OMF10番 石渡翔悟(仙台)

CFW 9番 鷹匠暎(浦和)

 

リザーブ

GK   1番 真弓慎一郎(福岡) 23番 水野邦夫(名古屋)

CB  14番 井口譲二(浦和)  19番 本田マイケル(明治)

RSB 16番 中条渉(岡山)

LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 15番 安川走斗(千葉)21番 工藤春雄(岐阜) 

FW  12番 伊達直哉(仙台)18番 宮水青葉(ETU)

22番 九鬼鉄心(大宮) 

CFW 13番 秋本直樹(横浜)  

 

 

注目の宮水青葉はベンチスタート。やはり、堂本と宮水の共存は難しいようだ。一方で、高卒ルーキーの鷹匠、飛鳥が先発しており、CBとCFWについてはやはり人材が不足しがちな日本。

 

————あちらの左サイドには、いいクロスを放る人がいる。気を付けないと

 

試合前、飛鳥は青葉から忠告を受けていた。コートジボワールの左サイドハーフは質の高いクロスを放り込んでくることらしいとのこと。

 

さらに、相手の出方は明らかに堂本を意識している戦術。

 

やはり日本のキーマンである堂本つぶし。コートジボワールは日本の右サイドに攻撃の比重をかけることで、堂本を疲弊させる心算なのだろう。

 

 

『さぁ、いよいよ始まりますアンダー20ワールドカップ、日本の初戦。コートジボワールとの試合を迎えることになります。解説の名田さん。注目の宮水青葉はベンチスタートですね』

 

『堂本選手がいますからね。最近調子が良いと言っても、オランダ一部で得点王に輝いた彼を外すのはリスキーでしょう』

 

序盤から攻勢に出るのはコートジボワール。日本得意の右サイドへの攻撃に比重をかける。

 

やはり、コートジボワールと日本の戦績の評価通り、日本が押し込まれるシーンが続く。

 

 

コートジボワールの選手はSBであろうが、ボランチであろうが前を向いた瞬間に突き進んでくる。清武がサイドから中に切り込んできた右SBの突破を遅らせるようディレイ守備を行うが、清武の思惑など関係無しに縦に縦へと突き進んでくる。

 

—————距離感が狂えば簡単に千切られる、くっ、踏み込めない

 

そして、ディレイ守備最大のウィークポイント。重要な局面で体を投げ出すことができない。最後の粘りがそこにはなかったのだ。

 

『縦仕掛けたムニエル! 清武対応する!』

 

単純な右SBの踏み込み。からの加速。あっさりと横をとられた清武が追い縋るが、ドリブルルート上に彼が出た瞬間、切り返すのだ。

 

背中を晒しながら反転して再びムニエルの道を阻もうとするが、ここで二度目の切り返し。清武の薄い壁が突破され、アンクルブレイク。

 

「カバー入れ、文人っ!!」

 

沖名が指示を出す。ここで中央を破られたら、対処するのはCBになる。しかし————

 

ディレイ守備で突破されたのならと前に出過ぎた榎本のスライディングがあっさりと躱される。そしてCB城の背後をとるFWのゴラン。

 

—————やべぇ、背後とられたッ

 

しかしシュートコースのないゴランは折り返しで中央へのクロスを上げる。ダイレクトでありながら、ST、トップ下の位置から飛び出してきたOMFアントンへの正確なラストパスを供給する。

 

 

『危ない日本!!クロス上げられたが、クリア!! ここで大きく飛鳥がクリア!!』

 

『SBがあそこまで仕掛けてくることは、中々日本ではないですからね』

 

しかし、ここで飛鳥がアントンと競ることでボールを大きくクリア。ひとまずピンチは去ることとなった。

 

それでも、セカンドボールを回収したコートジボワール。フィジカルを武器に中盤を無理やりに支配する彼らは、まだまだ日本を押し込む。

 

「ブロック作れ! 縦入れさせるな!!」

 

城が指示を飛ばすが、それではいずれ食い破られると判断していた飛鳥。しかし、かといって自分が違う指示を出せば中盤はいよいよ混乱する。

 

プレーで引っ張るには、まず成果が必要だ。

 

右SHのジェンセンに縦パスが入ってしまう。すでに欧州名門アヤックスでレギュラーを手にしている選手だ。マッチアップする沖名がディレイ守備を行うが—————

 

—————ディレイしかしないな、日本のプレーヤーは

 

それは、ジェンセンにとってやり易さしかない状況だった前にスペースが存在する。それはドリブラーにとって、この一対一の状況は抜いてくださいと言っているようなものだ。

 

『縦突破された! ファーサイド空いている!! 日本ピンチです!』

 

ニアサイドを防がなければならない城。必然的に中央とファーサイドが空くため、飛鳥はその両方をケアしないといけなかった。

 

数的不利の中での攻撃を防ぐには、一瞬の判断が要求される。

 

クロスは間髪入れずあげられる。飛鳥はその中で“半端な立ち位置”に立っていた。

 

 

 

『ジャンプしながら背面へとボールを掻き出したァァァ!! 再三日本のピンチを救います、ETU所属の飛鳥亨!!』

 

そのクリアボールに誰よりも反応していたのは、右SBの幕張。トラップした瞬間に前を向いた彼の長距離高速ドリブルが始まる。

 

—————飛鳥君が繋いだチャンス、絶対にッ!!

 

『日本カウンター!! 幕張が駆け上がる!!』

 

ボールを大きく蹴りだし、前に前にと突き進む。J2からの招集となった彼の突進は、コートジボワールに初めて焦りの感情をたたきつける。

 

幕張を潰そうと人数をかけるコートジボワール。身体能力で不利なアジア人をあざ笑うカバーリング。すでに幕張の周囲には2人の選手が囲みに入っていた。

 

—————それでも、状況を変えてくれるはずだ、貴史!!

 

縦へのスルーパスを引き出す絶妙な間へとはいる堂本。CBとボランチの間に入り込んだ彼は、ゴールに背を向ける形でボールを貰う体勢だった。だが、ここで終わらないのが堂本。

 

 

トラップした瞬間に跨ぎフェイント。ボールを軽く転がし、背後の相手選手の動きを冷静に見極め、反転。ターンしながらのドリブルで相手選手を抜いたのだ。

 

『上手く入れ替わった堂本———クロスっ!?』

 

落ち着きを与えない堂本の苛烈なクロス。敵味方にクイックすぎるその挙動は鷹匠の頭に掠りはしたが、決定機をゴールに結びつけることは出来なかった。

 

—————堂本のパスは速い。けど、これが世界に求められるのか

 

秒の世界で相手は修正してくる。世界レベルの守備となると堅牢さは日本以上だ。タイミングはそれよりもシビアだ。

 

 

『ちょっと堂本選手のクロスが早過ぎましたね』

 

『焦っちゃったのかなぁ、やっぱり』

 

 

相手に対応させる、考える時間を与えない。堂本はもっと速さを代表に要求していたが、やはり国内と海外の感覚の差が邪魔をする。

 

 

終始劣勢な前半の立ち上がり。その攻防でゴールは生まれない。引き続き堂本はSBとボランチの間に入り、ボールを受ける位置、タイミングを探る。

 

しかしそれは、堂本が介入しなければ攻撃が始まらないというジレンマを生んでいた。

 

 

ロングボールをカットした場からの正確なフィードを受けた小川が縦に勝負を仕掛けるが、相手選手右SBのムニエルがいきなりスライディング。間合いの中でのタックルで小川はボールを失ってしまう。

 

—————っ!? いきなりスライディング!?

 

足が伸びてくるという感覚が対外試合、特に海外勢との試合で感じることの多いアジアの選手たち。小川が仕掛ける前に、ドリブルでアクションを起こさせる前にムニエルはスライディングでチャンスそのものを奪ったのだ。

 

しかも、ムニエルの足元にはボール。小川は転倒し、ファウルをアピールするが、ボールに先に足が触っているため、笛はならない。

 

『小川ボールを失う、コートジボワールのカウンター!! 日本一気にピンチだ!』

 

『3対4ですよ、これ!! 時間をかけて、時間をかけるんだ!!』

 

 

飛鳥と城が対応せざるを得ない状況で、相手は右SBのムニエル、FWのロイス、右SHのジェンセン、左からは幕張が全力で戻っているとはいえ、左SHのヤングが駆け上がってくる。

 

ムニエルは尚も中に切り込んでくる。そのバネのようにしなやかなスプリントは飛鳥であってもディレイ守備を強いられる状況。

 

ムニエルは、ここで右に開いたジェンセンを使う。縦一気に仕掛け、ムニエルは中へと切り込んでくる。状況的に厳しすぎる展開。

 

ジェンセンにノープレッシャーでクロスを上げるわけにはいかない。ムニエルとジェンセンのクロスは戦前からかなりコントロールが良いことはわかっている。彼の右足から決定機が訪れ、失点するケースはかなり見受けられているのだ。

 

 

しかし、寄せてきた城をあざ笑うダイレクトコントロールクロスをジェンセンが上げる。そのボールは一気にFWのゴランへ。ゴランと競る飛鳥。先にゴランをジャンプさせ、自分の跳躍するエネルギー全てをゴランにぶつけ、彼のバランスを崩したのだ。

 

「!?」

 

ゴランはその瞬間、その速いクロスに頭で合わせることが出来ず、ボールはタッチの外へと出て行ってしまう。またしても飛鳥が最後の最後でコートジボワールの攻撃を止める。

 

『再三日本を救います、飛鳥亨!! 見事な反応、対応です!!』

 

『プロに入ってかなり伸びていますね! 先に相手を飛ばせて、自分の体ごと相手にぶつけ、バランスを崩す。凄い冷静さです』

 

コートジボワールの中でも、あの日本代表の3番は厄介であると認識し始める。

 

あの日本人は何者だ。まだ18歳の若者が、このU20でここまでのプレーを見せることが驚きだった。

 

 

スローイングからボールを受けた幕張のロングフィード。中に入っていた小川の開けた逆サイドを疾走するのは沖名太陽。ここで左からの攻めを展開する日本。コートジボワールは幕張がボールを持った瞬間、彼の独走を阻止しようとスライドしたが、幕張はその防衛策を見事に利用した。

 

『見事なサイドチェンジ!! 幕張のロングフィードが一気にコートジボワールの死角を突きます!!』

 

それを為したのは、先ほどの長距離高速ドリブル。幕張の推進力を警戒したからこそ、コートジボワールはスライドが遅れたのだ。

 

そして、沖名がアタッキングサードへと突入する際、日本は3枚が入っている状況。鷹匠、堂本、石渡がそれぞれポジショニングよくペナルティエリアで位置取りをする。

 

渾身の鷹匠のヘディングシュート。魂を震わせながら、それでもと相手との接触を恐れない彼のダイビングヘッドが火を噴く。

 

—————ここは、俺の縄張りだッ!

 

揺れるゴールネット、転がり込みながら地面に不時着する鷹匠。そして、素早く立ち上がり自らが得点を決めたことで雄たけびを上げる。

 

「しゃぁぁぁぁぁ!!! 見たか、見たか!! 決めてやったぞぉッ!!」

 

先制は日本。スローイングから幕張のサイドチェンジで一気にコートジボワールの急所を穿つ連動する攻撃。西野監督の読み通りだった。

 

押し込まれる展開で、幕張の突破力は必ず重宝される。そして彼の右足の精度はかなりのものなのだ。彼なら機を見てサイドチェンジを行えるだろうと、指示を出していた。

 

『先制日本!! 決めたのは18歳の鷹匠!! エースストライカーの鷹匠が魂のダイビングヘッド!! 執念でねじ込みました!! 前半24分!』

 

沖名のクロスに反応した鷹匠は、ただひたすらクロスへと向かっていた。そして、全身をねじ込んだのだ。

 

日本でも屈指のフィジカルを備える鷹匠だからこそ、アフリカ勢のフィジカルに対応したのか。それでも、あの鷹匠が最後の辺りでは当たり負けしているような光景すらあった。

 

 

しかし、ここから攻勢に出るコートジボワール。日本は前に行く時間が少なくなり、堂本と小川が守備をせざるを得ない状況。特に榎本と清武を圧倒するボランチの選手がボールを保持しており、やはりゴールまで守る精神的にも体力的にもきつい状況が増える。

 

しかも、幕張の走力が落ちないことが前提の作戦なので、幕張が潰されると押し戻すことすら難しくなる。

 

こうなってくると鷹匠のポストプレーに期待がかかるが、フィジカル的に優位に立てない彼は、ボールをキープするだけで前に行くことができない。バックパスしか選択肢が出てこない厳しい状況。

 

—————推進力が足りない。俺一人で前を向くのは厳しすぎる!

 

こうなってくると、幕張と鷹匠への負担がさらにでかくなる。堂本は最悪ファウル覚悟で止められる程度に警戒されており、ボールを持った瞬間、すぐに寄せてくる左SBのブナ・サール。素早く距離を詰め、下がってくれないので拮抗する場面が増え、その間位にカバーリグンする相手選手が増えることで、堂本は強烈なタックルを食らう場面が多くなる。

 

——————まじで当たりきつすぎ。俺じゃなかったら壊れてるぞ、これ

 

衝撃を和らげるブラジルの王様張りの転びの技術を身に付けざるを得なかった堂本は、ダメージ少なくすぐに立ち上がるが、転がりの術を習得しなければ負傷退場コースだと悟る。

 

4大リーグではないとはいえ、アヤックスのジェンセンが一番警戒している相手でもある堂本。

 

そして、コートジボワールは尚も右サイド潰しをしかけるかに見えたが、やはり堂本のコースを切る技術は中盤の選手にバックパスの選択肢を提示し続ける。

 

常に首を振りながら2人以上のパスコースの中間に立ち、距離が広がれば後ろの幕張も対応可能となるなど、縦を入れさせない連動する守備を見せる。しかし—————

 

『中央縦一本を入れられます、日本! あっとシュート撃ってきたぁァァァ!! やられました!! 日本同点に追いつかれます!! 前を向いてミドルショット! コートジボワールの10番ナビスライの一撃!』

 

 

『距離が空いた瞬間に迷いがありませんでしたし、キーパーの位置も確認していましたね』

 

前に出ていたキーパーの位置取りを事前に確認していたのだろう。前半38分に追いつかれてしまう日本。

 

 

いい形で得点したが、中々波に乗れず、前半は同点で長い笛が鳴ることになる。コートジボワールの動きは重いのか、前半は緩慢な動きが見られたかに思えたが、攻撃のスイッチが入った瞬間にプレースピードが上がった。それに戸惑いを見せる日本が最後の最後で防ぐというシーンが繰り返された。

 

 

そして後半。コートジボワールは切り札である堂本を潰す右サイドへの波状攻撃を取り下げ、小川が狙われた。

 

 

前半から寄せが早く中々ドリブルで前に進めない中、小川は沖名の上りを待ってしまったのだ。その消極的なプレーがまず致命的だった。

 

 

『ボールカットぉぉぉ!! 日本ピンチ!!』

 

一人目のジェンセンの寄せを躱した刹那、そのドリブルコースからムニエルの足が伸び、ボールを刈り取られたのだ。小川は転倒し、沖名は逆を突かれる形となる。

 

既にジェンセンは前に走り出しており、沖名の背後を完全についていたのだ。

 

 

そして、状況的に左サイドを開けてしまった状況を作られる日本。沖名が必死に戻るも、小川はようやく立ち上がる場面。ムニエルが日本の左サイドを制圧し、日本ゴールマウスにプレッシャーをかける。

 

ここで城が遅らせるべく前に出てしまう。それを見た榎本が城の開けたスペースにカバーリングする。

 

————こいつのクロスはやばい、絶対にいい形で上げさせない。

 

 

だが、城が寄せに来る前にムニエルはクロスを上げてしまい、カバーリングの為に入った榎本とマッチアップするOMFのナビスライが難なく競り勝つ。

 

—————ここで逸らしただと!?

 

飛鳥がその逸らしたボールの方向へと走るがもう遅い。何もかも致命的だった。

 

 

『ファーサイド叩き込まれたァァァ!! 日本失点!! ムニエルのクロスから最後左SHジェルビーン!! 強烈なボレーが日本のゴールネットを揺らしました!! 後半7分! ここで勝ち越されました!! 1対2!!』

 

 

左サイドでの裏へ抜ける攻撃を試みる小川だが、ラインコントロールがしっかりしているコートジボワールは彼にいい形を作らせない。そして、勇気をもってラインを上げたコートジボワールが、小川が前に出過ぎた影響で開けてしまった左サイドを何度も狙う。

 

またしても、ムニエルにボールが渡る。今度は小川がきっちり戻り、沖名が距離を開けてしまった。小川が勝負を急ぎ、下がらないディフェンスでプレスをかけるも躱される。沖名との連動した守備が出来ていない。ムニエルはその一瞬のスキを見逃さない。

 

 

『再びクロスゥゥゥ!! 決められてしまったぁァァァ!! 日本後半立て続けに失点!! FWゴランのヘディングシュート!! 相馬の手から零れ落ちました! 後半14分!』

 

『左サイドの開けたスペースを狙われていました。ちょっと間延びしてきましたね』

 

スコアは1対3。苦しくなってきた日本。

 

こうなってくると小川は前に出ることが出来なくなる。しかし、ムニエルのクロスはゴール前のクロスだけではなく、幕張に匹敵するロングフィードを持つ。

 

左サイドでの優位性を失い、日本は右SHが生命線となるが、堂本はやはりマークがきつい状況下で前に出ることができない。

 

 

後半での立て続けの失点。嫌でも過去のトラウマを思い起こさせる展開が予想される。

 

 

勢いに乗るコートジボワール。運命は決まったかに見えた。

 

 

 

しかし日本は、怪物の出番が近づいていた。

 

 

 




日本対コートジボワールの試合は、正直嫌な記憶しかないですね。



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第八十話 象徴

GWは時間があるので、書く時間が増えますね

まあ、資格勉強もあるんですけど


日本時間とそう変わらないニュージーランドでの世代別世界大会。現地には青葉の姉である三葉も来ていた。

 

出番があるかは分からないと事前に連絡をメールで受けているとはいえ、弟はベンチスタート。試合展開も後半から動き出し、残念ながら日本に苦しい時間が訪れている。

 

——————あれ、ベンチの前…‥

 

青葉が走りこむペースが上がっている。ベンチの周りも慌ただしくなり、なにやら動きがあるみたいだった。

 

 

 

そして、食い入るように見ているのは肉親の彼女ばかりではない。現地から遠い日本では、かつて青葉が借りていたアパートの部屋にて、一条龍と優人を含む一年生組がその試合の中継を見守っていた。

 

「———————左の脆弱さを一気につかれた形かぁ、これまずいよ」

 

「こりゃあ、小川はダメだな。ドリブルも激減したし、完全に見失ってる」

 

逆起点になったり、ドリブルが全く通用しない試合展開で、小川のメンタルは傍から見てもボロボロだった。開幕戦でゴールを挙げ、国内で順調な活躍をしていたが、世界の壁にはじき返される。これが日本の若手の現実だった。

 

蒼井兄弟は口々に、ピッチサイドの雰囲気を感じ取っていた。日本は全体的に積極性を失いつつあり、パニックに陥っているように見える。

 

 

至る所で個の対決で敗れている。CBの飛鳥、SBの幕張、一人だけやはりレベルの違う堂本、献身的な運動量で攻撃を支えていた鷹匠らは気を吐いているが、その他は世界を意識してきたのか、後半では良さを失いつつあった。

 

起爆剤がなければこのまま惨敗という未来さえ現実のものとなっている。

 

「———————頼みの秋本、青葉先輩はベンチ。仮に出たとしても、引き分けが精いっぱいかも」

 

優人も、この状況下で青葉が出来ることは非常に少ないと感じていた。

 

「——————確かに、状況は絶望的だけど、このままで終わる人じゃないよ。それに、これから出てくる左の選手は守備も安定しているし」

 

龍は一人だけ、アップのペースが速くなっていると言われている九鬼に注目していた。青葉が彼に教えた、自身を超えるプレス技術を持つ男。現代フットボールで彼は一つの手本だと彼に言わしめた存在がこれからピッチに出ようとしている。

 

「今更守備でどうにかなるかよ。点を取らなきゃ負けだぜ」

 

矢沢は、九鬼を小川に比べて地味なサイドアタッカーと評する。強引な突破もなく、足元が上手い選手ではある。しかし、身体能力は小川に総合的に負けている。

 

負けている展開で出すような選手なのかと。

 

 

 

そして最後に、彼の恐らく夢の前哨戦扱いであることを友人の話で知った江藤藍子は、その晴れ舞台でベンチスタートとなり、苦しい展開でもまだ出場していない彼を思う。

 

「…‥…‥‥‥‥っ」

 

上手くいかない現実を前に、彼はどういう思いでベンチにいるのだろう。あれほどあのスタジアムで観客を魅了した彼が出られないほど、日本代表の壁は厚く、そして世界との差は遠いのか。

 

ワールドカップを制する、それが今の日本でどれだけ本気で言えるのか。彼が苦しい表情を見せていた理由が分かった。

 

 

そんな時だった。ベンチからユニフォーム姿になった彼が出てきたのだ。彼の目は死んでいなかった。むしろ全くの逆だった。

 

———————どうして……‥

 

 

負けているのに、どうしてそんな前しか見ていないような眼をしているのだろう。何を考えているのか分からない。結果が見えているから自暴自棄になって自分を海外に売り込むとしているのだろうか。そう考えて彼女はその考えを捨てる。

 

あの試合でも、どの試合でも、味方を鼓舞し続ける彼が、そんな無責任なプレーをするはずがない。

 

 

だが、彼がピッチに入ることで、何かが変わる。そんな予感だけが彼女を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

ベンチでは勝ち越しを許した直後から青葉のペースが上がっていた。すでに、交代カードを2枚使う予定であり、最初の交代が発表される。

 

『ここで、左サイドの小川に代えて22番の九鬼を呼びますね。J2大宮からの選出となった九鬼鉄心』

 

『昨年LJ2部リーグでアシスト王の九鬼鉄心! さぁ、その技巧派MFがコートジボワール相手にどういった動きを見せるか!』

 

 

左サイドでの途中出場は九鬼鉄心。やはり本職の左サイド、右利きが呼ばれる。

 

 

そして——————

 

『日本ベンチ続けて動きます。10番の石渡選手に代えて、背番号18、宮水青葉を入れますね』

 

『ついに日本の怪物が登場です! 日本はまだ諦めていません!』

 

『時間はたっぷりありますからね!! 1分あれば1点は取れますよ!』

 

 

20歳の九鬼と、16歳の宮水が、彼らの背番号が電光掲示板に表示される。

 

 

16歳に任せる試合状況ではない。九鬼は格上との試合に慣れているが、彼はどうなのか。

 

「いきなりハードな状況、緊張してるか?」

 

だから軽口をたたいてみた。

 

「ひっくり返せば世界は変わる。それだけです」

 

「最高」

 

 

ギラギラしているものを見せている。九鬼はそれだけで頼もしさを感じていた。奇しくもコロンビア戦の強化試合と同じビハインドの試合展開。

 

 

後半15分

 

11番小川OUT→22番九鬼IN

10番石渡OUT→18番宮水IN

 

 

肩を落とし、交代のタッチを行う小川。自分が通用していない、悔しさを見せている小川だが、九鬼は少し違うと考えていた。

 

—————間合いがね。日本仕様なんだよな、カズは

 

リーグジャパンならそれでよかった。しかし、ここは海外なのだ。能力だけなら小川だって負けてない。だから、後は考え方だけなのだ。

 

 

九鬼は、堂本と守備能力で同等以上の戦術眼を備えている。そこへ、その九鬼と堂本の共有する連動する守備にハイレベルで応えることの出来る宮水青葉は、コートジボワールに驚きと最大級の警戒心を与える。

 

 

堂本が寄せる、青葉が塞ぐ。コートジボワールはスライドし、サイドを変える。しかし、青葉が寄せると、オア場がまたしてもカバーリングに入る。二列目で連動する守備が出来ることで、コートジボワールのラインが下がっていく。それを嫌ってロングボールを多用すれば日本の戦術の思惑通りとなる。

 

これまではそれが限定的にできていた。しかし、年若い選手ではそれほどの戦術を共有できる時間はなかった。

 

九鬼は小川ほどの決定力もない。スピードもフィジカルもない。180cm近い背を持つ小川に対し、175cmの九鬼。リーグジャパンでは背負って躱すシーンもあったがここは海外。拮抗するフィジカル勝負で小川は得意の形で前を向けなかった。

 

 

鷹匠が残り少ない体力を振り絞り、プレスのスイッチを引き受ける。個のプレスの連動スイッチ役を引き受け、ポストプレー、得点を奪う。これを完璧に行える選手は間違いなく世界クラスの選手だ。

 

鷹匠にはその3つを同時に行える能力はまだない。しかし、彼の背後にかつてあの男がいた。

 

 

—————傑も、そうやってボールを奪っていた

 

 

素早くフォアチェックし、後ろがコースを塞ぎに来る。そして、その瞬間が訪れる。

 

 

鷹匠のフォアチェックに業を煮やしたCBがステップを踏んで躱す。そしてパスコースへとボールを渡そうとするがすぐ目の前には——————

 

 

—————っ!?!?!?!?!?!

 

 

それは、人間の加速力ではなかった。その少ない歩幅、短い距離。様々な要因はあったはずだ。

 

ボランチへのパスコースを限定した青葉が襲い掛かり、ワイドに開こうにもSBには九鬼が塞ぐ。

 

 

ボランチへのパスコースを塞がれ、ここで青葉が選手とボールの間に入り、ボールを刈り取った。

 

『日本高い位置でボールを奪った!! カウンター!!』

 

今までなかった日本代表の連動した守備。それが両サイドで行われたのだ。CBがまさかのボールロスト。これではもう守り切ることなどできない。

 

『宮水スルーパス、最後は堂本貴史ィィィ!!! 日本反撃開始!! 後半20分!! 堂本の左足がさく裂しました!!』

 

「ラストパスは見事だったぜ、青葉! まじでやばいぜ、お前!」

 

 

「まだビハインド。勝ち越しますよ、タカさん!!」

 

 

 

中盤でこの大会最速の男が出現した。フィジカルで劣るはずの日本の中に、怪物がいる。

 

コートジボワールは元来日本には相性がいいはずなのだ。苦しいのは相手のはずだ。

 

 

何だあの男は、フランスのあの快足よりも数段速い。そして、サイドと連携した前からのハイプレスが決まる。

 

そして右サイドの守備をさらに強固にする逆サイドの援護射撃。途中出場で出てきた左サイドはフィジカルに劣る。だが、寄せの上手さが数段も上だった。

 

コートジボワールベンチも慌ただしくなる。データはあった。リーグジャパンというガラパゴスな環境で、生まれるはずのないタイプ。

 

仕掛けが少ないアジアの島国の中で、異端ともいえる存在。

 

 

彼が現れた瞬間、全ての運命が決定する。

 

 

 

 

 

さらに——————

 

 

ポゼッションで押し込めるようになった日本。対するコートジボワールは、監督の戦術ではなく、選手間の連動で戦術が成り立っているプレスを前に苦しいボール回しと押し込まれる状況が継続。

 

 

中に切り込む堂本を見た青葉が素早く右の裏へとポジションを移動させる。宮水も無名とはいえ16歳で代表召集されるレベルの選手。だからこそ、マークに誰か一人つく必要があった。その選択は正しいし、そうしなければならなかった。

 

 

だが、堂本は青葉がかき乱したコートジボワールの隙を見逃さない。青葉の右への移動、堂本得意のカットインを警戒しているコートジボワールは、中を固めようとした。

 

 

しかし、ワイドに青葉がスプリントすることでサイドが開く。トップ下が流動的に、サイドを助ける形を作ればどうなるのか。

 

中央寄りのカットインの為、堂本がゴール側から膨らみを描く様にボールを転がし、距離を作る。カットインの為の、シュートコースを見つけるための動き。

 

 

カットイン一辺倒ならそれで対象は出来ただろう。だが、

 

『堂本切り返して縦仕掛けた!!』

 

 

 

左足からのダブルタッチで逆サイドに距離を開き、詰め寄る選手をあざ笑う裏街道。右足のつま先で転がしたボールが相手選手の股下を抜く。ペナルティエリアに入った堂本に足をかけることは致命傷に直結する。だからこそ、寄せが甘くなる。

 

さらに、青葉が開いたことでスペースが生まれている。堂本の突破をケアする動きも、遅れてしまう。

 

 

軽く転がしたボールに追いついた堂本が距離を詰めるキーパーをあざ笑うラストパス。

 

逆サイドに詰めていたのは途中出場の九鬼。

 

『堂本ラストパス!! 押し込んだァァァァァァ!!! 日本同点!! 後半28分についに追いつきました!!』

 

『堂本の1ゴール1アシストで、ついに日本追いつきました!! 日本のエース堂本!! いよいよエンジンがかかってきました!!』

 

 

二列目でサイドの動きを助け、且つ自分もチャンスメイク、フィニッシュの形を複数持つトップ下がいることで、一気に攻撃が活性化する。

 

 

青葉は”サイドアタッカー”の動きを知っている。だからこそ、サイドアタッカーがどうプレーしたいのかを予測し、アシストできる。これは、ポジションをたらい回しされたからこそ与えられた恩恵である。

 

 

普通の選手は、頻繁にポジションを入れ替えられたら調子を崩すのが大半だ。だが、彼は適応してしまう。

 

 

テレビの前でこの現実を思い知った一条龍は、この光景を見てミルコの言葉をまたしても思い出す。

 

 

——————どんなポジションだろうと、本当の一流の選手は一流の動きが出来るものだ。

 

 

 

 

 

 

勝ち越しを狙うため、前に出るコートジボワールだが、日本は3枚目のカードを切る。

 

 

西野監督。ここで鷹匠に代えて秋本。勝負に出る日本。後半やはり疲れが見えてきた両チームではあるが、あくまで攻撃を貫く。

 

 

そして、その秋本が決定的な動きを見せる。

 

 

 

縦パスの楔が入った瞬間、右足でトラップしながら転がし、手で相手を制しながら反転。素早く前を向いたのだ。

 

高い位置で前を向くことでルックアップした瞬間に彼を見つける。

 

『楔のパスを受けた秋本、ワンタッチで宮水に渡す!! 宮水抜けたぁぁ!!』

 

 

スピードに乗った青葉のスプリントを見逃さない。高速スプリントでの状況下で、コートジボワールの選手を、OMFのナビスライを驚愕させる絶技を披露する怪物。

 

高速スプリントでの超スライドしたダブルタッチ。一気にスライドし、足の届かない場所で縦に仕掛ける青葉。寄せてきたナビスライを刹那のうちに抜き去る。

 

 

ナビスライ、あまりの絶技に衝撃を受ける。そして、反応した瞬間に青葉の得意技、アンクルブレイクが発動。

 

 

——————ば、ばかな!? 俺は何を見ているのだ?!

 

 

一体宮水青葉の前で何をしていたのか、何もできずにただ道を開け、ひれ伏してしまう。バランスを崩したナビスライは、まるで王様が道を開けろと言い放ち、何もできずにひれ伏してしまう貧民の如く、その抵抗は皆無に近かった。

 

コートジボワールでも攻守で随一のセンスを見せる彼の崩壊。この瞬間、コートジボワールはこの試合で最も強い存在が誰なのかを刻み付けられる。そして、近未来で日本との試合において暗い未来が待っていることを確信させられる。

 

 

 

彼らは彼にスピードを乗せることで同世代は何もできなくなると認識していた。所詮はスピードに乗った速さだけだと。加速力ならアフリカの選手も負けていない。

 

 

しかしそれは大きな誤りだった。

 

その後、彼に追い縋ることすらできない選手がいるのだから、間違いない。

 

彼の速さは、南米、アフリカ勢にも引けを取らない。むしろ———————そう考えた時、背筋が凍り付くコートジボワールの監督。アンタッチャブルな存在は突然生まれる。あの怪物もそうだった。

 

 

現代フットボールであんな存在が生まれてたまるものか。あんな基地外、もう二度と出ないはずだ。あの勤勉さが取り柄の日本に、あんな破天荒な存在が出てしまのかと。

 

 

 

 

 

スピードアップし、ステップの速度も上がっていく。寄せてくる相手がいるが両足が使える彼はその悉くを、あらゆるタイミングで逆を突き、最適なタイミングで左右の足を操る。

 

フェイントなど最初のダブルタッチのスライドだけだ。片側を塞いだところで、その形を粉砕しながら突き進む。

 

また一人躱される。また一人ひれ伏してしまう。

 

「—————————————!!!!」

 

コートジボワールの選手が叫ぶ。あれを潰せと。

 

 

だが、また一人躱されてしまう。また一人、刻み付けられてしまう。オーバーステップからのダブルタッチ、インアウト。良く反応して見せたサイドバックの選手だが、その反応の速さを逆に利用され、先ほどの選手よりも盛大に横転。アンクルブレイクも真っ青なやられっぷりを世界に刻み付ける。

 

——————人間の、動きじゃない…‥あれが、人間に出来る動きなのか?

 

 

ゴール前固める、なけなしの人数を張るコートジボワール。だが、それでも勢いは止まらない。

 

 

 

 

宮水ここで連続高速シザース。からのプッシュ&マシューズフェイント。

 

 

CB二人が崩れ落ちる。シザースからのフィニッシュを潰しにかかった選手をプッシュで切り返して重心を崩し、続く抜けきったところで潰しにかかったCBに対し、敢えてボールを晒し、食いつかせたのだ。

 

食らいついた選手の股は大きく開け、青葉は緩くそこを通すだけでよかった。

 

「!?!?!?!」

 

動こうと足掻くCB。だがその力で自壊し、彼もまた崩れ落ちる。大きく足を延ばした側ならまだ崩れ落ちることはなかっただろう。だが、青葉は逆を突いている。

 

 

そして、キーパーを躱さなかった青葉。否、躱す必要すらないほどに、シュートコースはあらゆる場所が開いていた。

 

膝をつくコートジボワールの守護神。なんでもなさそうに冷静にゴールを決めた青葉。怪物の存在感は、ピッチにいた右の切り札に活力を与え、ワントップの要求に最高の形で応えて見せた。

 

 

『日本勝ち越し~~~!!!!! 決めたのは16歳の宮水青葉!! 最後CB二人を躱し!! 躱してゴール!!』

 

『あの密集地帯、二人相手に突破しますか!? 凄いですよこれは!!』

 

 

中央だけに注目しているばかりではない。宮水青葉は、陣形が崩れたとはいえ、コートジボワールの選手たちを刹那のうちに各個撃破し、最後は最後尾の選手を同時に相手し、その二人を嘲笑いながらゴールを叩き込んでしまったのだ。

 

ボランチを、サイドバックを、センターバック二人を。そして逆を突かれたキーパーは膝から崩れ落ちた。

 

日本の希望は、このピッチにおいてコートジボワールの絶望でもあった。

 

 

『後半35分!! 見事な突破でゴールを奪いました!!』

 

さらに、秋本の反転ポストプレーが光り、ロングボール回収後のカウンターで、左に開いた青葉が突破を見せる。ここでまた、シザースフェイントを繰り返し、在り得ない加速で折り返しを狙う青葉。

 

だが、相手の死角へと供給されたボールが、九鬼の足元へと転がる。

 

「!!!!!!!??!!?」

 

 

加速と同時に、ヒールパスでマイナス気味に、切り返しのタイミングの前にパスを送ったのだ。折り返しを防ぐしかない相手選手は背後へといきなり方向転換などできない。他の選手も堂本のニアサイドへの飛込を警戒していた。

 

『ヒールパスから九鬼スルー!! 秋本押し込んだァァァ!!! 日本追加点!! 途中出場の秋本がゴールを奪いました!! 後半42分!!』

 

これで、途中出場の秋本は1ゴール。そして青葉もまた1ゴール2アシストを見せ、エース堂本は1得点、鷹匠もゴールを決める等、後半はシステム変更で一気に優位に立った日本。

 

これで終わるかと思う。だが、あの男はハーフタイムでこの程度のスコアで満足していない。

 

 

前に出るしかなかったコートジボワールのプレスにボールを下げる日本。最後尾飛鳥亨のロングフィードをブーメラントラップで頭上へとボールを逃がし、相手選手のマークをすり抜ける青葉。

 

——————曲芸みたいな真似、二度もさせるか!!

 

青葉が浮いたボールに対し、迫りくるボランチの選手に同じ手で躱そうとする。だが、青葉はそのタイミングをずらす。

 

迫ってきたボランチの股間を浮くまた抜きトラップ。追い縋ろうにも、自身が体に与えた前への加速が邪魔をして、またしても横転。タイミングをずらされ、ギリギリまで方向転換が不可能となるまで足を出さなかった悪辣なプレーが、彼にトラウマを植え付ける。

 

 

横転する横を何の苦労もなく通り過ぎる青葉。浮き球なら防げていた。彼はその確信があった。しかし、その確信は当然青葉の予測範囲内だった。

 

そして、完全に崩された中央に集まる視線。青葉はその隙を見逃さない。スルーパスで右サイドを走らせる。

 

 

『日本宮水の個人技でまたしてもチャンス到来!! 右サイド堂本がサイドを駆け上がる!!』

 

 

寄せてくる左サイドバックは堂本に走り負けつつあった。オランダで走力を鍛えに鍛えた彼のフィジカルは、当たりにも強い。

 

———————おいおい、そんな走りされたら…‥

 

堂本は苦笑いする。

 

『堂本折り返し! 宮水スルー!!  九鬼だァァァ!!! 何という攻撃だ!! 何というカウンターだ!! 高速カウンター完成!! 九鬼途中出場で2ゴール!!』

 

ゴール前で青葉に目が釘付けになっていた。青葉は、九鬼の走りこむポイントを予測し、一番最適なシュートポイントを算出。九鬼もその予測がかみ合い、最高の場面でドライブシュートを叩き込んだ。

 

彼に対するマークはほとんど皆無に等しかったのだ。アンダーとはいえ、欧州注目の彼が外さない距離ではない。

 

 

そして——————

 

 

『ここで長いホイッスル!!! 日本勝ちました!! 見事な連動、見事な反撃で、コートジボワールを下しました!! 途中出場の宮水、秋本。そして九鬼は2ゴール!! 堂本、鷹匠のゴールと6得点を奪った日本!! コートジボワールに6対3で勝利しました!!』

 

 

『交代カードが利きましたね。しかし、秋本選手は物凄い反転トラップでしたね。そして最高のタイミングであがってきた宮水選手。こうなってくると次の試合も楽しみですよ』

 

 

歓喜に沸くのは日本ベンチ。そして日本のサポーター。まさかまさかの大逆転劇。このまま初戦を落とすかに見えた予想を大いに覆し、まさかのオーバーキル染みた逆襲。コートジボワールの戦意を完全に崩壊させるかのような猛攻を見せた。

 

 

コートジボワールの選手たちはまだスコアボードを見て目の前の現実を受け止め切れていないようだった。その中には泣いている選手もいた。後半自分たちは勝っていたはずなのに、その未来は訪れなかった。

 

あまりのショックに、司令塔のナビスライは何度も青葉を見て、スコアボードを見て、また彼を見てしまう始末。

 

 

 

 

FWのゴランは、背中にうすら寒いものを感じていた。だからこそ、彼は問わずにはいられなかった。

 

『お前は、本当にジャパニーズなのか?』

 

英語で話したゴラン。日本人選手では、英語をしゃべる選手は少ない。堂本に通訳してもらおうと彼を探そうとするが、

 

『僕は間違いなく日本人だよ、ゴラン』

 

流暢な英語だった。訛りもなく、発音のきれいな英語。そして彼は続けて言う。

 

『今日の試合、僕は試合前までベンチメンバーという評価だった。だが、夢を追いかけて未来が変わり、結果を出せば目の前の現実が変わっていく』

 

 

『僕は宣言する。今はまだ貴方達の”トップアイドル”のような頂きには至らずとも、必ず日本サッカーの”象徴”になる。その覚悟だけは、今も昔も変わらない』

 

当たり前のことを当たり前のように彼は言い放つ。自身のユニフォームに刺繍されている日の丸を叩きながら、彼は象徴となると覚悟している。

 

 

そんなやり取りを見ていた堂本貴史は、とっくの昔に16歳の選手という評価を取り下げていた自分が、まだ己惚れていたと自覚する。

 

 

———————象徴、か。

 

 

かつて、悲運の天才達海猛に憧れ、数奇な運命に終わった逢沢傑の相棒。堂本は彼が抱える日本代表への想いが、常軌を逸していることに気づいた。そして、そのエピソードを経験して無理もないと思う。

 

 

———————危うい奴だ。だからこそ、ここまでの選手になり、まだ底が知れないということなのかもな

 

 

だからこそ、堂本は問う。本気で日本代表に入る、その席を奪う執念を自分たちは見せているのかと。苦悩する堂本の横に九鬼が近寄る。

 

 

「———————あいつは、あのままでいい。今はギラギラした目を失ってほしくないな」

 

九鬼は現状の青葉を肯定する。堂本は、十字架を背負ってプレーさせることに異論を口にする。

 

「本気か? 一番年下のあいつに、今日の試合は尻拭いをさせて。その上であいつを脅迫観念に近い思想に縛り付けたままで放置するのか?」

 

 

「ここは日本代表だ。仲良しグループの集まりじゃない。俺たちがアイツに語れる言葉はない。俺はアイツがそれすら乗り越え、俺たちの想像を超える存在になることを望んでいる」

 

 

「———————それにな。果たして温室の中で、本当の怪物ってやつは生まれるのか? 俺はずっと在り得ないと思っていた。そして今日、それをアイツは証明してくれた。余計な感情を持たないほうがいいぜ、貴史。お前のポジションもアイツに奪われるかもしれないぜ」

 

監獄みたいな環境でずっとサッカーやらせるとか、と内心思ったりする九鬼。しかし倫理的にそれは非常に難しいし、チャラ男に見えて案外真面目な堂本が気分を害すだろうから言わない。

 

 

「———————末恐ろしい後輩がいたもんだな。いくつもの運命が重なることで、あんな選手が生まれるとは」

 

 

 

 

 

 

 

海外でも、それほど前評判の高くなかったグループ“最弱”の日本が、アフリカの雄、コートジボワールを6発粉砕したことで、その衝撃は計り知れないものとなった。

 

 

今夏で海外移籍確実な九鬼鉄心は何かを見せてくれるだろうと地元メディア、海外メディア。特に獲得を狙っているクラブの一つであるレアルソシエダは気が気ではない。

 

特に、今まで技巧派として名をはせていた彼は得点力に課題があった。だが、その問題も宮水青葉との共存で新たな境地を世界に証明した。

 

今まで超一流と呼ばれる選手の一部には、試合を変えてしまう力があると言われた。超一流でも試合の流れには負けてしまう。

 

 

 

彼が入った瞬間、まるで眠りから覚めた様に活性化した日本。堂本は目覚め、他の選手も得点を決めて見せた。

 

 

年代別で年上しかいない大会で、試合を動かした宮水青葉の活躍は、世界に轟いた。

 

 

——————コートジボワールにU20日本代表逆転勝利!! 初戦を勝利で飾る!!

 

 

—————攻撃陣ゴール目白押し!! 堂本、秋本、鷹匠、九鬼、宮水!!

 

 

——————途中出場、“司令塔”宮水で逆転勝利!!

 

 

—————途中出場で見事なポストプレー。秋本に覚醒の兆しか!

 

 

—————再三のファインプレー!! 日本のピンチを飛鳥亨が救う!

 

 

川崎戦で嫌な流れが払しょくできなかったETUでは、守備では飛鳥がファインプレーをして見せ、青葉が試合の流れを変えて勝利を掴み取ったことに刺激を受けていた面々。

 

「本当にすごいよ! 青葉君も飛鳥君も海外で結果を出すなんて!!」

 

これに一番喜んだのは椿だった。純粋に彼らの活躍に刺激を受けたのか椿も「よぉし、明日も頑張るぞ!」と笑顔で練習に励む。

 

「さすが青葉君と飛鳥君だ。飛鳥君は語学の問題さえクリアできればすぐに引き抜かれそうだね」

宮野も、五輪代表が相変わらず遠い現実に立ち向かうため、負けてられないと闘志を露にする。

 

 

「やっぱ、俺のライバルやばすぎでしょ。やっぱ俺は左なのか? 左でないとだめなのか!?」

 

赤﨑は、感覚的に左ではイメージ通りのプレーが出来ているとはいえ、右サイドでのレギュラーに関しては、ちょっと青葉を認めないわけにはいかなかった。

 

両足で蹴れるものの、右の方に自信を持つ赤﨑だ。左に自信を持つ青葉とはプレースタイルが微妙に違う。

 

「ハマの奴も、最近はクリさんの所で特訓しているし、次の試合は何とか勝たねぇとな」

 

清川も、最近石浜が栗澤と対人守備の特訓をしていると聞いている。その練習には実は向井も参加しているらしく、フィジカルのあるSBを鍛えていることを知っている。

 

全員が前を向ける良い状況が戻った。だからこそ頑張るのだと。

 

「——————やっぱり羨ましいな」

 

駆は、落選した世代別の代表の中で輝きを放ち、新たな境地、トップ下で活路を見出し、苦しんでいた右サイドの堂本を目覚めさせたのだ。

 

 

—————本当にいいプレーヤーは、どんなポジションでも活躍できる。

 

 

それは一条龍が、とある外国人に言われた言葉だ。まさに、宮水青葉はそれを体現する選手になりつつあった。それが駆にとって焦りを生んでいた。

 

—————僕もすぐそこに行く。青葉だけに、引っ張らせるわけにはいかない

 

何より、負けられないという気持ちが強まるのだ。しかし同時に、嬉しい気持ちがあるのも事実だ。

 

 

そして、逢沢駆は自分よりも青葉と親和性の高い九鬼鉄心という男を知る。サブポジションとはいえ、高校時代は両翼と言われた時期もあり、左でも出場する駆にとってはライバルだ。瞬時にその男の存在を頭に刻み付ける。

 

海外組筆頭の花森圭吾というエースに代わる新戦力を目指す九鬼。初戦の2ゴールは彼のキャリを開けたと言っていい。

 

対する右サイドは堂本貴史が宮水青葉のライバルとなっている。オランダ一部の得点王。今夏にもフランス一部の強豪が注目する存在。

 

年内にもフル代表デビューをし、ドイツ一部で結果を出し始めている桐生最大のライバルとしてメディアも煽っている。

 

日本が強くなるには選手層の厚さは必要なことだ。だが、駆は日本が勝った喜びよりもここに今自分がいるという現実に悔しさを感じていた。

 

 

——————青葉のおかげだよ。今ここで悔しくて仕方ないのは

 

 

選手としてのエゴ。自分が活躍してこそ。だから負けた時は当然悔しいし、勝った時も自分の力で勝たせたという実感がなければ不完全燃焼だ。

 

 

 

そして、テレビの前で青葉の活躍に目をギラギラさせている一人の高校生。

 

 

「—————————今日の試合は、最高のプレーだった」

 

 

周りを活かし、チームの攻撃力を何倍にも跳ね上げる存在感。一条龍が真ん中で求めていたイメージをそのままやってのけたのだ。

 

中央で二人を抜き去り、堂本を走らせた場面もそうだが、黒子役に徹して、九鬼にノープレッシャーな状態でシュートチャンスを与えた。

 

 

そしてとあるのユースチームでは、ある男がドリブル練習をし続けていた。埼玉から家の事情で東京に引っ越し、このままサッカーが終わる危機に陥っていた彼は、ある中年男性に出会っていた。

 

 

——————ミルコさんには悪いと思っているよ。ここまで君を隠したことにね

 

 

彼は、宮水青葉という存在に当初心を折られていた。一条龍や、その後の浦和ユースの面々とは違う。今までの有象無象、怪我をする前の一条龍に比べれば、取るに足らない存在ばかりだった過去。

 

その現実をあっさりと叩き壊した存在に、自身のアイデンティティが崩れそうになった。

 

高校時代も速い速いと言われていたが、世界の舞台でも通用して見せた彼の神速。自分を超える技術に、超高速世界で行われる変幻自在のフェイント。

 

怪物の所以は伊達ではない。

 

そんな男に、そんな存在が自分を認識するにはどうすればいい。

 

 

——————サッカーを勉強しよう、

 

世界最高峰の舞台を経験した男こと前田芳樹は、宮水青葉に挑む若き少年に道を示す。

 

 

——————技術だけで行きつく壁。あの青葉君も、一度は経験したんだ。

 

当然彼にも挫折はあった。だからそれは恥じることではない。まずはそれを認めることを、彼に課した。

 

 

「——————ヨシさん。ユースにこんな隠し玉がいたなんて、聞いてないっすよ」

 

栗澤のコーチングを受け、もう一度表舞台に戻る子を目指す石浜は、目の前の少年の超絶テクニックに驚く。しかし、そこに動揺はない。

 

石浜がマッチアップする相手は、とても不機嫌だ。今までの感覚では伸びてこなかった足が出てくる。同じ日本人かと疑いたくなるようなディフェンス。

 

 

「テメェが俺を、尊敬するまで‥‥ッ、勝負は終わらねぇ!!」

 

 

 

 

 

高みを目指す石浜の前に、どこまでも生意気な少年は闘志を前面に出す。

 

 

 

 

 

怪物に尊敬させることを強いる、そんな大それたエゴを宣言する少年——————桜庭巧美は、まずは石浜というそれほど高くないと思っていたが、案外高かった山を乗り越えるべく、ドリブルを仕掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 




桜庭君の生存報告。後半戦辺りに出番あるかな。もしくはカップ戦かな?

ついでにベンチ外が続く石浜も元気な姿が


後半途中まで3対1でリードしていたのに、試合終了時点で3対6になるとか、悪夢かな?


日本はまずやられていた左サイドの守備を立て直し、中央の運動量を増やしました。右の堂本は最低限の走り負けない走力があり、左にはパスコースをカットする能力に長けた、フィジカルに難はあるが技巧派の九鬼を投入。中央には、大会トップの走力と加速力を持つ青葉。しかもハーフタイム以下という全力全開が余裕で可能な少ない残り時間。


これにより、両サイドからの援護射撃と青葉の超人染みたスプリントによるプレスが出現し、相手陣内にボールを押し込めることに成功しました。


相手チームはロングボール主体となり、パスコースを両サイドハーフがかなり限定することで、守る方も楽になりました。飛鳥は空中で世界と戦える姿を見せただけに、西野監督の采配は当たりました。青葉という体力お化けが中央にいることで、ボランチの負担も減り、ボールを回収する役目に徹することが出来ました。


結果、ボールポゼッションは逆転し、日本はコートジボワールを押し込む形となりました。

そして、高い位置でのボールカットは元気な青葉を存分に生かす形となり、彼の加速力と決定的なプレーを高い位置で実現することになり、蹂躙劇が開始されました。ここはもう青葉の個の力ですね。

最後に、秋本という疲弊した鷹匠に代わるポストプレーの上手い選手を投入したことにより、青葉にさえ的を絞ることが出来なくなり、守備が崩壊しました。


なお、守りに徹したとしても中央を青葉、堂本に突破されていた可能性は高いため、6失点はないでしょうが、それでも逆転されていたでしょう。



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第八十一話 這い上がる者たち

世代別ワールドカップで見事な逆転勝利を成し遂げたことは、江ノ島高校でも話題となっていた。

 

昨年まで鎬を削ってきた飛鳥亨が終始見せた守備での奮闘。彼がいなければ序盤で試合を決められたまであった試合展開。そしてとうとう耐え切れずに失点し、後半いきなり突き放される苦しい展開。

 

そこに颯爽と現れたのは江ノ島の絶対エースだった宮水青葉。同時投入された九鬼と共に試合の流れを一変させ、過去の戦績では決して優位ではなかったコートジボワールに勝利を収め、その中でも全体の流れを見て効果的なプレーを続ける青葉と、同じく途中出場で二列目を有効に使った秋本のテクニックは注目されていた。

 

「秋本選手のポストプレーが凄い。相手とのコンタクトするのがポストプレーじゃない。ああいうボールさばきは凄い参考になる」

 

秋本の動きに注目するのは夏目。やはり高瀬ほどの体格がないので、ああいう前の向き方は参考になる。

 

「そして九鬼選手の動きは青葉先輩が言っていたサイドハーフの守備理論じゃん! 青葉先輩以外にあれが出来る選手がいるなんて!」

 

二列目の連動した守備が生まれたことで、一気に流れを掴んだ日本は、コートジボワールを圧倒。最前線で偽9番の動きを習得していた秋本のポストプレーも合わさり、大量得点で逆に突き放したのだ。

 

そんな中、一条はまだ誰も真似できていない宮水青葉のドリブル理論に挑戦していた。実戦でその理論をもとに一条龍のドリブルは実演できた。しかし、彼のように鮮やかに抜き切るというシーンは限られている。

 

軸足ステップも彼には及ばないが、十分実戦で有効と思える間隔で行い、全集中でそのステップに意識を奪われることもない。途中までは彼と同じイメージで動くことが出来ている。

 

なのに、彼のように抜けない。ジョギングするように真鍋を抜けきった彼を思い出せば出すほど、イメージがズレている。

 

 

だからこそ、一条は何度も真鍋とマッチアップする。彼と対戦した真鍋なら、自分と彼の違いに気づくはずだと。

 

岩城も、そしてミルコも最初はわからなかった。ステップの細かさに違いはあれど、一条のドリブルは青葉を意識し、彼と同様の効果を得られるはずだと。

 

 

さらに、ワールドカップへの出発する前にもう一度、今度は武智昭がマッチアップしたのだ。武智としても、リーグトップレベルのサイドアタッカーとの対戦を熱望していたこともあり、彼を止めることは出来なかったが、追い縋ったりすることは可能だった。

 

その時の映像と、次に一条と武智のマッチアップ時の映像を照らし合わせ、さらに武智本人の感覚の違いについて一条は解明を急ぐのだった。

 

「———————そうだなぁ、青葉先輩の間合いは、なんていうか、本当に歪んでるというか」

 

武智の感覚としては、青葉との距離を詰めてもなぜかズレているらしい。ここでなら捕れると判断した武智ではあったが、間合いの外で仕掛けていることに寸前まで気づけないのだ。

 

対して一条とのマッチアップの場合は、止められない場合もあるが、止めることが出来た瞬間と同様にはっきりと認識できるのだという。

 

「龍の場合は、そうだなぁ。間合いでこれは無理っていうのが分かる。抜かれたっていう感覚が分かるんだよなぁ。けど、青葉先輩の場合はマジでその瞬間にならないとわからない時がある。届くと思った感覚が悉く覆される。それがないな」

 

部内でもトップクラスの実力を持つ武智をしてオカルト的な表現でしか説明できない青葉の凄み。

 

しかし、青葉と一条のドリブルを見てその小さな変化こそが歪みの正体だと気づいたものがいた。

 

「———————なるほど。そうだったんだね」

 

的場が、そのロジックを見抜いたのだ。

 

 

「ど、どういうことですか、的場先輩!?」

 

一条も、そして岩城とミルコ、部内の選手たちも注目する的場の見解。青葉と戦った人間が口にする間合いが歪んでいる現象。その謎が解明されると聞き、皆興味津々だった。

 

「どうもこうも、軸足ステップの細かさはこの際置いとくよ。一条君のステップの間合いの取り方は綺麗だよ。正確なタッチ、隙を見せない間合いの測り方。相手をよく観察していると僕は思う」

 

映像で見る限り、正確なボールタッチを見せている一条とそれに対する武智。映像の中の武智も抜かれた瞬間にそれを認識するリアクションとなっている。

 

「けど、青葉の取り方は、悪く言えば汚い、よく言えば不規則なんだ」

 

 

「え? 青葉先輩の間合いの取り方が!?」

 

 

ざわざわと騒ぎ始める下級生たち。的場のいう汚いとはどういうことなのか、不規則であるなら正確な間合いを測ることもできないのではないかと皆思うだろう。

 

「けど、そう僕らが見えている中で、青葉にとってはそれが正確なんだ。龍、君は青葉にステップについて何か教わったかい? この軸足を素早く動かす以外に何もなかったかい?」

 

的場は、一条に考えさせるように問いかける。

 

「えっと。半円をイメージするのは聞いていますけど、やり方については」

 

 

「僕もステップについて聞いたことがあるんだ。間合いを測る方法について。半円以外の回答はなかった。フェイントを入れるという手段もあるけど、この映像の青葉はフェイントを使っていない」

 

映像の青葉は一切間合いの測る段階でフェイントを使用していない。あえてフェイントを使わなかったと彼は話していたが、フェイントなしで簡単に抜く方法を彼は体に染みついているのか。

 

「———————これは青葉も意識していないことだから、言うのは憚られると思ったけど、龍君がさらに上を目指すなら、絶対に無視はできない技術であり、習得するのは困難を極めるよ」

 

 

「僕らはボールをロールする際に、蹴りだすことが多い。または足裏を使って舐めていることもある。けど、青葉の場合は大きく4つあるんだ。それも明確に」

 

ボールをロールする手法は感覚で行うことが多い。恐らく青葉も無意識の世界で染みついた癖なのだろう。

 

「まずはつま先でボールを蹴る時。普通にボールを蹴りだすんだけど、この場合、ターンや跨ぎフェイントとの親和性が高い。急停止後の急加速やステップオーバー、シザースやシングルダブルタッチ、シングルルーレット、インアウト等を繰り出す時はこの形だね」

 

 

「そして次にインサイドでボールを転がす時。これは相手に背を向けているときが多く、青葉が一番得意としている形だね。マルセイユルーレット、ダブルルーレット。ダブルタッチ。トリプルタッチ、ステップオーバーからの派生技。最近だとエラシコも。相手を背負いながら抜き去るのは青葉の十八番だし」

 

どれもただのボールのロールがフェイントにつながっている。なるほど、派生技の多くがフェイントに直結し、スキのない構成となっている。

 

「けど、これは他のプロ選手でも十分できること。青葉君のすごいのは、そのさらに2つがあることなんだ」

 

 

「3つ目はボールを足裏で転がすこと。足の向きによって先ほど説明した派生技につなげることは出来るけど、厄介なのはロールする距離が先ほどの2つに比べてかなり狭いし、細かく角度を付けられるんだ」

 

 

 

「距離が短いと何が、それに角度!? まさか—————」

 

青梅優人が質疑を繰り出すが、そこで蒼井恭介がその瞬間閃いたのだ。

 

「距離が短いから、素早く次にコントロールできる、ですか? そして、角度というドリブル技術について重要な指針を微調整できるロール技術。絶対的な加速力を持つ青葉先輩に与えたら無双されるわけだ」

 

 

「そうなんだよ、恭君。それが青葉のズレる間合いの正体。例えば、一条君が正確な物差しで測った10cmの距離を刻む機械だとしよう。対して青葉のは5cm刻みで距離を刻める。こうなってくると、ロールの角度も少しずつ影響してくるんだ」

 

 

「つまり、ボールタッチが細かいから、俺のドリブルよりも—————いや、違う。まさか!!」

 

一条はなぜ的場が態々4つのロールの仕方を教えたのか、その意図に気づいた。

 

 

「4つ目を言う前に気づかれちゃったか。青葉は相手との間合いの取り方に恐らく綺麗な計算はしていない。けど、ボールの動かし方を複数織り交ぜることでボールの動く距離が不規則になっているんだ」

 

「ちなみに、4つ目はバックスピンをかけるボールの舐め方。ボールが吸い付く様に戻るし、これが一番距離を出せない、距離の出にくいロールの仕方なんだ」

 

最後の最後に4つ目を出し、青葉のドリブルのギミックを説明した的場。

 

「けど、この4つ目も厄介だよ。相手がこちらの動きに合わせて対応した瞬間、足元にボールが戻るから、次の動きで必ず先手を打てる。だから、青葉相手にボールを刈り取るのは至難の業なんだ」

 

 

「青葉はこれを無意識のうちに判断し、使い分けているんだ。相手との距離、スピード、反応速度。だから青葉の間合いを正確に測ろうとすればするほど、その認識をずらされるんだ。しかも、ロールの回数なんて誰も見ないし、意識もしない。ただ間合いの詰め方にディフェンダーは意識するだろうからね。勿論青葉も理性で理解しきれていない。」

 

それは本能で染みついたもの。だが、彼がその本能を明確に認識した瞬間。それこそが、彼の集大成を完全に理解することであり、彼がゾーンに入る明確な鍵の1つとなるだろう。

 

宮水青葉のゾーンへの覚醒には、青葉の全能力を自身が理解しなければならない。しかし、青葉の膨大なポテンシャルは、それを簡単には許さない。何しろ全盛期の中頃、晩年に入る前にそれを会得した可能性世界の宮水青葉は、むしろ現役の最中で会得したことは快挙であった。

 

だからこそ、可能性世界の青葉は、サッカー史上最強にして最高のポジショナルプレーヤーとして。また、最高クラスの個を持つ存在となった。

 

チームで最も決定的な仕事をしつつ、他の選手を最大限活かす、究極的なプレーヤー。

 

 

無論、その事実を知る者はこの場にはいない。

 

 

 

「ただ、トップ下やボランチで組み立てを任されるときに顕著だね。サイドにいるとストライドの大きいスピードで圧倒する形になっている。だから、これは複数のポジションを担った影響だと思う」

 

 

事実、宮水青葉はコートジボワールのプレスをまるで意に介さず、ボールロストもほとんどなく、ドリブル成功率100%を達成していた。パスに関してはカットされる場面が稀にあったとはいえ、ほとんどタイミングを外されているシーンだった。

 

しかし、それは時として見方すら予期していないタイミングのパスの場合もあり、堂本と同じ症状を発症していたりもする。

 

 

日本の若きサムライの中で、花森と肩を並べる存在になれる左の九鬼と右の堂本。これから欧州に挑む技巧派MFと、すでに得点王として結果を出している者。

 

 

しかし、彼ら3人を貶めるわけではないが、宮水青葉は唯一無二の選手へとなりつつある。かつてのフェノーメノという呼び名があまりされなくなったのも、あの怪物とプレースタイルが変化していることもある。ただ、その脅威度で彼の呼び名は使われている。

 

「—————————やっばいな。これ」

 

一条は全てのメカニズムを理解し、それでも遠すぎる青葉の背中を見た。一条はこのギミックを知ることで、習得しようともがくだろう。しかしそれは、今までの一条龍の間合いを破壊することに他ならない。

 

それは、一歩間違えれば自分のドリブルを破壊する行いだ。それでも、彼は挑戦することを辞めないのだろう。的場は、焚きつけてしまった責任として、ミルコと共に彼を鍛えると誓う。

 

的場は技術こそ部内でも荒木をドリブル技術でしのぐほどだが、プロで戦える体ではなかった。自分のフィジカルではすぐに潰れる。それがわかっているのだ。

 

だからこそ、プロを目指す覚悟を持つ彼に、青葉と同じ世界に立ってほしいと願う。

 

 

的場による青葉のプレー解説が終わる。的場は彼を探し、彼に問いかける。

 

 

「片道切符で、失敗の代償は自分のドリブルが壊れること。それでも、挑戦するのかい?」

 

 

「それでも、手を伸ばせばそこにあるんです。遠すぎる背中が見えた。それは、俺にとっての大きな一歩なんです」

 

かつての彼は天才だった。しかし、大きな挫折と大きな不幸が彼を襲い、その輝きは失われたかに見えた。だが、彼は天才でありながら強い精神力を持つ男だ。彼は進化する怪物を前に臆さない。むしろ、彼の良い点をどんどんと取り入れていく。

 

そんな彼らがまず目指しているリーグジャパンでは、青葉たちの所属クラブが新たな一歩を歩もうとしている。

 

 

ここ最近は勝ったり負けたりのETUは、札幌戦では試験的に運用が開始されたとあるシステムがついに実戦投入されようとしていた。

 

GK  1番 緑川

RSB22番 石浜

CB 27番 亀井

CB  3番 杉江

LSB13番 向井

CMF10番 ジーノ

CMF 4番 熊田

RMF 7番 椿

LMF15番 赤﨑

OMF19番 逢沢

CFW 9番 堺

 

控え 

GK 23番 佐野

DF 14番 丹波(SH)  5番 石神(RSB)

MF  8番 堀田(OMF) 6番 村越(CMF)

FW 25番 宮野   18番 上田

 

サプライズと言えるのは、ジーノのボランチ起用だろう。二列目には個人で仕掛けるメンツを揃え、両SBには今季初の組み合わせとなった左SB向井と、右SB石浜。

 

 

向井と石浜はともに栗澤の特別メニューに取り組んだ者同士、連帯感というものがあるらしい。今日の試合にかける意気込みはかなり違う。

 

 

札幌は遅れてきた助っ人のペルー人のルワンを左に先発。石浜が想定しているスピードのあるドリブラーとのいきなりのマッチアップ。

 

ベンチ外

GK 31番 湯沢

DF 12番 鈴木(CB,SB) 2番 黒田

26番 小林(CB) 16番 清川(LSB)

 

MF  28番 広井(SH) 

24番 住田(CMF) 21番 矢野(SH)

FW  11番 夏木

 

17番 宮水(代表召集)

29番 飛鳥(代表召集)

20番 世良(負傷離脱)

 

 

引き続き、世界で戦う飛鳥と青葉はベンチ外。世良の怪我も癒えており、もうすぐ復帰が間近であると言われている。ここにきて左SBでは技巧派の清川がフィジカルタイプの向井にレギュラーを奪い返されている。

 

特に対人守備において、向井は海外勢を想わせる苛烈さが見え隠れしている。そしてそれは石浜にも言えることだった。

 

 

前半から札幌に対して攻勢を強めるETU。すでに逢沢が椿へのアシストを決め、赤﨑がカットインからミドルショットを叩き込むなど、格下札幌を蹂躙。

 

その際、違いを見せるのがボランチのジーノ。三列目というプレッシャーをかけにくい場所で高精度のマルチレンジパスを見せ、札幌の急所を突くゲームメイク。

 

 

相方の熊田は村越以上に両SBのカバーに専念。ゲームキャプテンの杉江とともにコーチングし、札幌のロングボールカウンターに対応する。

 

「や、やばっ!?」

 

だが、椿が最悪な形でボールをロストし、加速するのはペルー人のルワン。ここで石浜と彼の対決が勃発する。

 

前を向いて仕掛けるルワンに対し———————

 

 

いきなり体を投げ出し、ボールを刈り取ったのは石浜。つい最近までは体を寄せていくのが彼の特徴だった。そしてスピードで千切られる。正確に言うと、スピードではなく押し込まれていたといったほうが正しいか。

 

それでも石浜の反応が遅れており、ファウルの注意を受ける。しかし、顔は強張っておらず、むしろ堂々としていた。

 

そんな石浜の闘争心を隠そうともしない姿に達海は苦笑いする。

 

「いきなりのスライディング。マジでお前の後継者にするつもりか、クリ」

 

甘いマスクに隠れがちだが、栗澤は現役時代、根っからのファイター気質のSBだった。気迫あふれるディフェンスで相手アタッカーを止め続けてきた。

 

彼は間違いなく日本サッカー界でも歴代ナンバーワンと評される右SBである。その彼の教えを学びつつある石浜にプレーの変化が起きるのは必然だった。

 

 

石浜がボールを刈り取り、フリーキックこそ与えたが、空中戦に強い亀井が難なくフライボールをクリア。零れ球を拾う形でカウンターのチャンスを迎えるETU。ボールを回収するのは熊田。

 

素早くジーノにボールを預け、ジーノが間髪入れずピンポイントクロス。裏に抜け出した堺が最後は流し込み、3点目を挙げる。

 

 

カウンターの起点は亀井だが、その前のプレーの段階で潮目は変わっていたのだ。

 

 

札幌は尚もルワンを走らせる。石浜の荒いプレーはいつかファウルで注意され、カードによる退場すら想定できる。彼は無理をしているとみられていた。

 

 

それでも、石浜は下がらない。ボディコンタクトを恐れない彼のプレースタイルは奇異な目で見られ始める。だが、彼は貫く。

 

 

続く第二ラウンド。正対している不利な状況下、ファウルでルワンを止める石浜。ここもスライディングであり、ボールに行っているのだが、ルワンの足に行ってしまう。しかし、石浜は少し謝罪をするだけですっと立ち上がり、プレーに戻るだけ。

 

札幌にとってはルワンの突破こそが希望であり、監督は自分の首をかけてルワンに希望を託し、どんどん使ってくる。

 

 

そしてロングボールの零れ球を拾ったルワンと石浜の対決。今度はぶち抜かれた。横にスライドしたダブルタッチと縦なら最悪構わないという彼の油断か。

 

一気に加速するルワンだが、体を寄せる石浜がすぐに戻り、ルワンと競り合いながら彼の先に立ち、ボールを外へと掻き出したのだ。

 

「!?」

 

腕等での接触こそあったが、ルワンの感覚では接触した瞬間に自分より石浜のスピードが上がったと錯覚するような感覚をたたきつけられた。

 

怪物どもに比べて、程々の俊足ではあるが、それでもここで追いつかれるという感覚はなかったはずだ。なのに、一部に上がるだけでレベルが違うことを気づかされたルワン。

 

 

しかも、ノーファウル。ルワンの最大加速に反応した石浜の勝ちだ。

 

 

ボールを置く場所はどこなのか、抜かれた後どうすればいいのか。相手を誘い込む間合いの取り方。覚えることはたくさんあった。

 

それでも、こんな苦しい経験は今までなかった。こんなに未来が待ち遠しい感覚はなかった。

 

自分がいつか、栗澤コーチを彷彿とさせる選手になる。そう思えると、気持ちが大きくなる。

 

「よく止めたぞ、石浜! カウンターのピンチだったのを止めてくれた」

 

「うっす」

 

しかし浮かれない。目の前の選手を超える怪物が世界には存在する。だからこそ、石浜はもっと成長する必要がある。

 

 

プレーに思い切りが出ている石浜は、攻撃面でもシンプルさを見せる。

 

零れ球からのミドルレンジでのシュート。結果は大宇宙となったが、威力のある迫力ある攻撃で完結させた。攻撃を完結させたことで、カウンターによるリスクを消し去ったのだ。

 

 

しかし、徐々にではあるがルワンのスピードと間合いに慣れてきた石浜が後半は札幌の希望でもあった彼のドリブルを封殺。

 

 

攻撃の起点を作ることも出来ず、一方的な波状攻撃を食らい続けた札幌は零封負けの上に大量失点の惨敗。

 

前半13分 逢沢→椿

前半19分 赤﨑前半 ジーノ→堺

後半30分 椿→赤﨑

後半40分 赤﨑→堺

 

赤﨑が左サイドで2ゴールを挙げる活躍を見せる。最後はカウンター時にカバーリングに入った相手選手の裏を狙った堺の動きとリンクし、スルーパス。赤﨑の動きにバリエーションが増える形となった。

 

この試合で得点を荒稼ぎした赤崎は今季の成績を3ゴール2アシストとした。明らかに今までの動きとは違う、チャンスメイカーの色も出始めた赤﨑のプレースタイル。現代のトレンドである、右利きの左サイドアタッカーは、見事にフィットした。

 

そして、波状攻撃の戦術に同じ色を与えないジーノの長短織り交ぜたパスセンスが札幌の対応力を奪い、完全に強者としてのサッカーを確立できたのも大きい。

 

 

しかし、首位大阪Gは崩れない。山形と対戦し、先制ゴールを許したものの、世代別ワールドカップの被害を受けていないためフルコンディションの彼らは戦前から有利だった。

 

畑、窪田らの得点で突き放し、首位をキープ。ベスト故メンバーを揃えることができないETUとの差が如実に表れていた。

 

 

そして、首位大阪、2位ETUを追撃する鹿島ではあったが、下位に沈んでいる広島に完封負けを喫し、首位争いから一歩後退。戦術佐藤によるカウンター戦法がハマった広島は貴重な勝ち点3を獲得する。この試合は日本代表岩淵の退場劇もあり、イエローカード4枚が飛び交う荒い試合となった。なお、累積警告により鹿島は岩淵ら主力の一部選手が次戦出場停止となる。

 

こうなってくると鹿島の背中を追う川崎が浮上を狙うが、若きエース小川不在の磐田が大きく立ちはだかる。完全に戦術をカウンターに切り替えた磐田のセーフティな試合運びに誘導され、前半に失点を許した得点のまま終了。まさかの敗北を喫する。

 

気づけば川崎と磐田の勝ち点差は1となっており、大阪との勝ち点差は13と優勝争いがかなり厳しい立場に追い込まれている。

 

首位争いで1位、2位を追撃する清水は大分と対戦。浦田の活躍もあり、4得点でクリーンシートを達成し、昇格組の大分を圧倒。鹿島が敗れたために暫定3位に浮上する。

 

暫定で4位転落の東京Vは、5位名古屋と対戦。ブラジル人トリオの猛攻に耐えてきたが、後半30分についに失点。名古屋に勝ち点3を許してしまった。

 

 

これにより、3位に名古屋が浮上し、清水は4位転落。ブラジル人トリオの攻撃力は、やはり侮れない。

 

昨年王者の歯車は持田離脱から狂ったのか、中々調子が上向かない。

 

ETUに黒星を与えた甲府は新潟と対戦。しかし前半40分に山田が負傷交代。その結果中島が守備に奔走する時間が増えたことにより、攻撃力が半減してしまう。

 

その間に元イタリア代表FWロアーツのカットインからシュートを許し、こぼれ球を皆川の後頭部で押し込まれ、まさかの形で先制点を許す。

 

その後、コーナーキックの際にロアーツのヘディングシュートを阻んだ甲府ではあったが、クリアボールの先に皆川が立っていたことで、ボールが彼の顔面を強打。至近距離でロングボールの威力を味わい悶絶する皆川ではあったが、そのボールはゴールへと吸い込まれるという珍妙な光景が発生。

 

追加点に喜ぶ新潟の選手と、蹲って悶絶する皆川の絵は微妙なものだった。

 

 

持ってる男の2発で新潟が快勝。甲府は山田の離脱という痛すぎる交代に加え、勝ち点を奪えない散々な結果となった。

 

 

このニュースにより、ETUの副会長が新聞を広げ、気分を良くする。長年苦汁を呑んできた相手なだけに、そういう気持ちが出るのも仕方ないだろう。

 

「名古屋にいる不破が喜んでいると考えたら胸糞悪いが、奴らがこけてくれるのは朗報だよな、兄貴!」

 

会長の永田も。持田の存在が大きかったことを表す結果に対しては肯定するが、

 

「しかし、昨年も彼の離脱は何度かあった。まだまだ油断ならない相手だ」

 

その上で彼らは優勝しているのだ。この離脱も想定していないはずがない。

 

 

しかし、気分を良くしている副会長は止まらない。挙句の果てにはこんな暴言も。

 

「けどよぉ! 金持ちの無様な姿ってのは、気分がいいなぁ、兄貴!」

 

「や、やめんか!! みっともない! そういう貧乏根性は見苦しいぞ!」

 

ほんのちょっと見透かされていた気分になった会長が慌てて諫める。因果応報という言葉もある。今は自分のチームの経営に集中するべきだと何度も心中に言葉を刻む。

 

そして案の定、娘の有里が雷を落とす。

 

「選手はみんな浮ついてプレーしていないわよッ!! フロントの私たちがそんな姿勢でいいの!? こういう時こそ凡事を徹底しなきゃ、後から崩れていくんだから!!」

 

窓の向こう側では、選手がガツガツとプレーをしており、接触プレーで椿と堀田が交錯している場面が垣間見られた。

 

互いに負の感情はなく、プレーに集中し、いずれ来る目の前の試合のための準備に意識は集中している。

 

「それに、青葉君と飛鳥君が世界で頑張っているんだよ!! 私たちも恥ずかしくない姿勢で毎日責任を全うしなくちゃいけないんじゃないの!? そもそも—————!!」

 

軽く2時間ぐらい説教を食らう勢いの副会長。前田副GMのおかげで誤解が解けた会長は30分で許された。

 

 

 

そんな有里の姿を見て、達海は頼もしさを感じていたりする。

 

「あのさ、トシ」

 

「なんだ、達海?」

 

「有里が会長に就任したほうがいいんじゃない?」

 

「!?」

 

いきなりの爆弾発言に、前田の眼鏡がずり落ちる。確かにクラブに対する姿勢、取り組み方は認めるところではあるが、若い彼女にそれは荷が重すぎるのではと。

 

「おいおい。適任者ではあるが、まだまだ猶予は与えるべきだろうに、達海」

 

栗澤がその爆弾発言を諫める。複数の語学能力を有し、交渉も行える。多少金にがめついところはあるが、それも経験だ。

 

しかし、若い有里にそんな重責を背負わせたくない栗澤は、まだ早いよと達海に苦笑いする。

 

「冗談だよ。ま、クリも資質に関しては否定しないんだな」

 

達海も、なんだかんだ前田と栗澤は彼女を認めているんだなと笑みを見せる。その証拠に前田は栗澤の発言に否定の色は見せない。

 

「ハハハ。俺らが入団する前からクラブを見続けてきたんだ。そりゃあこのクラブの文化も歴史も、何もかも知っているんだ。まだまだかなわないよ」

 

あまり意識することではないが、元日本代表の一時代を作った3人が揃っている貴重な光景。記者ならスクープものである。

 

「ハマの奴。変わったな」

 

ぽつりと、達海は栗澤に零す。札幌戦で一番厳しいポジションにいたのは彼だ。そして、彼は逃げなかった。熊田のサポートもあったとはいえ、再出発に向けていいスタートが切れたと考えている達海。

 

「まだまだ、フォアチェックで行き過ぎている。切り方も甘い。斜めを消しながら、ステップを細かくして、それでいて素早く距離を詰める。理想はもっと高い場所にあるんだ。現状で満足しては困る」

 

しかし、栗澤は石浜の出来に満足していない。彼曰く、まだ落第ギリギリの出来だ。あの試合の中島をもし自分が相手にするなら、確実に封殺できる自信がある。フットサルなら完封も余裕な相手だ。

 

もっと凄い怪物たちを相手に、石浜は戦士であり続ける必要がある。彼のプレースタイルは戦士でなくてはならないのだ。

 

「後はクロスだな。クリアボールの処理とか。まあ、あれは視野を広くしたり、前段階の準備とか、味方の位置の確認とか。石浜にはまだ多くは求めない。一度にいっぺんにやらせたら、混乱するだろうし」

 

多くは求めない。一つずつ会得してもらう。石浜がさらに扉をこじ開けるには焦りは禁物だ。

 

 

今も、赤﨑の飛び出しに対し、ファウル無しでボールをスライディングで刈り取る石浜。しかもペナルティエリア内という絶体絶命のピンチでチャレンジしたのだ。

 

体をぶつけてバランスを崩し、加速して抜き去ろうとする赤﨑の動きを予測した石浜の読みの鋭さ。赤﨑と小競り合いになるが、プレーでは物怖じしない石浜。

 

 

村越の仲裁でその場は収まるが、やはり、赤﨑は石浜のプレスに対してやりにくそうだった。

 

——————詰め寄ってきたと思えばパスコースもない。ドリブルで抜くにもその時間も足りない

 

 

熊田のフォローが徹底されていることで、強くタックルに来る石浜の動きは、敵なら厄介だ。だが、自分のクラブの守備力が上がっていることを体感する。

 

—————そうだ。ガツガツプレーしなきゃいけないんすよ。悔しいと思う気持ちが日常でないとダメなんだよ!

 

なぁなぁのプレーで終わらせるつもりはない。ゴールを守る、ゴールを奪う。その二つに直結するプレーで、厳しく自分を追い込む必要がある。

 

 

それは逆サイドの向井も同じだった。椿に対し、強力なフィジカルでバランスを崩し、ボールと体を離れさせる動きで選択肢を狭め、追い込む。

 

—————ドリブルのコースが、ないっ!?

 

そして考えた瞬間にボールを奪われる。パスコースも考えた時間すら許さない。両ボランチで共通して行われるコースのカット。だからこそ、SBの守備がプレッシャーを増す。

 

ボランチ出場が今後増えるジーノも、当初は難色を示していたが、ボールカットからのロングレンジパスという戦術が加わったことで納得。パスコースを切ることならやってもいいと承諾することで、ある意味熊田の圧力よりも相手に恐怖を与えることとなった。

 

パスコースを熟知する彼だからこそ、判断能力に優れ、コースを塞ぐ。相手からしたらコースを斬られるだけでも厄介だろう。

 

スピードを封じる、スピードのある選手を封じる戦術は理想論ではある。しかし、かつて海外で試合を何度か見たことのある達海は、この守備の重要性こそがSBを活かし、現代フットボールの基本になると考えていた。

 

 

—————いつの時代も最先端の戦術が生まれて、廃れる。

 

乗り遅れるわけにはいかないのだ。

 




石浜のプレースタイルが確立。

一条君、無敵のドリブル会得へ人生の大一番を迎える。

赤﨑、青葉不在時に覚醒。

ジーノシステム、試験運用開始。

まとめると、こんな出来事でした。


次回はドイツ戦。青葉は・・・・・


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第八十二話 錆落し

長らくお待たせしてすいません。




全体練習が終わり、選手一同、フロント、スタッフも含めたほぼ全員が大会議室に集合する。そこで大画面のスクリーンを展開し、その刻限になるのを待つことになる。

 

世代別ワールドカップ、グループD。予選グループ屈指の死の組と言われる凌ぎあいで、日本が次に対戦するのは欧州の強豪ドイツ。

 

 

そこには、宮水青葉を意識するカールの姿もあった。

 

「あの人が、カール。カール・フォン・ゼッケンドルフ……」

 

スクリーンで初めて彼の姿を見た駆がつぶやく。あの男は兄である傑にドリブルを許さなかった世代屈指のディフェンダー。リーグジャパンで活躍する青葉がどこまで通用するのかが今後の目安となる。

 

傑はパスならいくらでも通せたぞと、自慢げに言うが青葉のドリブルと彼のディフェンスが激突する瞬間まで、ドキドキしていたという。

 

—————俺が抜くことが出来なかった相手を、数秒で抜き去る。早い時は一合で。

 

だからなのだろう。傑は自分のドリブルの限界と、絶対に勝てない相手を改めて認識したという。

 

—————もし、あいつがトップ下にこだわっていたら、俺のポジションはなかったかもしれないな

 

それでも、パスセンスや攻撃の組み立ては自分の方がはるかに上だと自負していた。

 

しかしそれは、数年前までの青葉。多くを知り、多くのポジションを経験した彼が今はどうなっているのか、世界との開きはどうなっているのか。

 

それは青葉にすらわからないことだ。

 

「やっぱり緊張するね、友達がテレビの向こう側にいると、より一層」

 

美島奈々は、駆の隣の席でスターティングメンバーに名を連ねる青葉を見て微笑んでいる。ついに堂本選手からローテとはいえ右サイドのレギュラーを掴んだのだ。ここで初戦に続いていいプレーをすれば、決勝トーナメントで主軸入りも狙える。

 

「そうねぇ。でも、半年前に比べると、青葉のドリブルはかなり変化しているし、どうなるか」

 

ストライドの大きく、加速力重視の身体能力任せのドリブル。そこに超絶テクニックを混ぜた日本人離れしたスケールの大きさを感じさせるのが、青葉だった。

 

しかし、青葉のドリブルはそういったサイドで躱すというドリブルから、中央で運びながら躱す別次元のものへと変貌している。

 

現代サッカーに喧嘩を売っているアンタッチャブルな存在。それが国内リーグで晒し始めた青葉の姿。しかしそれは、ボランチやトップ下にたらい回しにされた結果生まれた副産物なのか。

 

それとも——————

 

 

「——————————————」

 

一条は真剣な表情で的場の隣で青葉の姿を見ていた。的場が明かした青葉のドリブルテクニックの正体。間合いが歪む真相を知り、その角度から彼を観察し、自分の技術にしようと食い入るように見つめているのだ。

 

「一条の野郎、マジで青葉先輩の技術を取り込む気かよ。今までの間合いの取り方全否定とか。本選前にすることかよ」

 

矢沢は、一条が新たな境地通称「青葉ゾーン」の領域へと足を踏み入れる同級生の蛮勇に呆れていた。せっかくレギュラーの地位にいるのに、それをみすみす捨てるリスクもある行為に走ることが理解できない。

 

「けど、そういうの含めて魅力的だと思うなぁ、青葉先輩のドリブル。習得すれば縦以外では無敵のドリブルになるよ」

蒼井恭介は、中盤の選手のスキルにも通ずるそれに挑戦したいと考えていたが、それは本選の終わった後だと考えていた。

 

 

 

『いよいよ始まります、U20ワールドカップ予選一次リーグ第2節。我らが若き日本代表が今宵激突するのは、欧州の強豪ドイツ。数多くの伝説的な選手を輩出したゲルマンサッカー相手に、ヤングサムライジャパンはどんな結果を残せるのか、注目です!』

 

『欧州も群雄割拠の時代ですからね。ドイツ代表は特に最後尾と前線にいい選手が揃っていますからね。18歳のカール選手はフランクフルトでもレギュラーですし』

 

GK  1番 真弓慎一郎(福岡)

RSB16番 中条渉(岡山)

CB  3番 飛鳥亨 (ETU)

CB 14番 井口譲二(浦和) 

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF12番 工藤春雄(岐阜) 

RMF18番 宮水青葉(ETU)

LMF22番 九鬼鉄心(大宮)

OMF13番 秋本直樹(横浜)

CFW11番 小川知良(磐田)

 

 

第二戦の日本代表は中2日ということもあり、大幅にメンバーを入れ替えることになる。しかし守備の要、飛鳥亨は連続での先発。左サイドバックの沖名も回復力があり、そのまま先発。後はフリーキックの名手榎本。センターラインと疲れ知らずの左SBはそのままとなった。

 

榎本の相方に中盤の空中戦強化を睨み、J3から唯一の選出となる工藤春雄が本戦初先発。身長189センチの大型ボランチは、すでに国内リーグでも目を付けられている。今夏には個人昇格もうわさされるなど、この世代で最も伸びてきている若手と言っていいだろう。

 

CBには浦和の井口、右サイドにはJ2岡山から中条渉。左サイドには九鬼鉄平、トップ下にはセンターフォワードながら、二列目の扱いに長ける秋本。最前線に小川が先発となる。

 

西野監督はワントップとトップ下のポジションチェンジを多用し、撹乱する狙いがあるようだ。

 

最後に注目の右サイドには宮水青葉が先発。マッチアップする相手はドイツの若手のホープであり、イタリアのボローニャで出場機会を得ているヨルム・ヘクトル。さらにCBには、カール・フォン・ゼッケンドルフ。

 

対堂本貴史、もしくは対宮水青葉を想定したタレントを並べたドイツ。初戦でウルグアイと対戦したドイツは引き分けに終わっており、この試合で勝ち点3を奪わなければ、得失点差で選ばれる3位の成績に依存することになる。

 

名門ドイツにとって、東アジアの中堅国との試合は負けられない戦いとなっている。

 

—————あれが、カールが意識したアジアの選手の一人。

 

反対側のベンチでは、宮水青葉を凝視するヨルム。カールが今まで意識した日本人の中で、彼は3人目であり、最も苦渋を呑んだ相手でもあった。

 

 

速いとか、とんでもないフェイント技術とか、そんなものを超越した凄み。カールがその感覚に陥ったのは、チャンピオンズリーグでスペインのスター軍団と戦った時だけだった。

 

気づけば抜かされていたと答えるカール。赤と青のユニフォームに身を包んだあの世界最高のファンタジスタにしてドリブラーと同じ衝撃だったと、彼は言っていたのだ。

 

「ドウモトはベンチか。うち相手に国内リーグでしか結果を出せていない、過去の栄光だけの早熟を出すなんてな」

 

ドイツ2部ケルンでレギュラーを張るCBのオーガス・スタリッジは、16歳の年下の選手を堂本の代わりに出すことに疑いの目を向けていた。

 

「油断するな。あれは、堂本よりも生易しい存在ではないぞ」

 

カールは、過去の経験から青葉が只者ではないと忠告する。

 

「カールの今の実力を疑うわけじゃねぇけどさ。はっきり言うぜ。あいつができるのは映像でもわかっている。けどさ、国内リーグの奴らがあまりにも無抵抗過ぎて参考になんねぇよ」

オーガスは、青葉相手に無双を許すリーグジャパンの惨状に首をひねる。彼が優秀な選手であり、ブラジルの選手かと思えば、フランスの英雄のようなボールタッチと視野の広さで決定機を演出し、オランダの名手のようにカットインでゴールを奪う。

 

突出しているのは間違いない。しかし、自分たちはそんな不甲斐ない彼らとは違う。

 

—————確かに、国内で埋もれかけていた奴が、今更世界の歩みに追いつけるのか、疑問ではある。

 

自分たちが世界で戦っている間、彼は14歳から16歳の2年間を棒にしている。出る杭は打たれるのか、あまりに異質過ぎるのか、彼は日本のチームに馴染めていないようだった。

 

それでも、錆び付いたと思われた彼は、コートジボワールを相手に決定的な仕事を成し遂げた。

 

彼本来の本職ではないトップ下。周りにも粒ぞろいがいたとはいえ、彼らの動きを全力でサポートできる実力が彼にはあった。

 

 

一方、日本ベンチではついに堂本から先発を奪ったことに、鷹匠が内心驚きを示すこともなく、時間の問題だったと感じていた。

 

 

リザーブ

GK  23番 水野邦夫(名古屋)  22番 相馬元気(鳥栖)

CB  19番 本田マイケル(明治) 4番 城達哉 (讃岐)

RSB  2番 幕張健吾(湘南)

LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 15番 安川走斗(千葉)21番 清武周人(大阪C)

FW  12番 伊達直哉(仙台) 10番 石渡翔悟(仙台)

     8番 堂本貴史(フローニンゲン)

CFW  9番 鷹匠暎(浦和)

 

幕張は疲労の為か今回はベンチだ。しかし、堂本をはるかに上回る成長速度であり、傑の一面も持つ青葉の出来が世界にどこまで通用するのか見てみたい気持ちもあった。

 

————奴本来のベストポジション。さぁ、どうなる

 

 

監督の西野も、期待を込めて青葉と小川を送り出しており、九鬼と秋本が上手く操ってくれることを期待していた。

 

「カズはいい右足を持っているからね。ゴールに近い場所でチャレンジしてほしいし、スケールの大きい選手だ。何かしてくれると思うよ」

 

初戦こそ間合いの違いに苦戦していたが、秋本と九鬼のアドバイスを聞き、修正を行っていた。彼はまだ折れていない。悔しさをばねに、成長しようとしている。

 

 

キックオフの笛が鳴り、ドイツボールから始まる試合。ドイツは、いきなりCBのカールを使ったビルドアップを行い、日本の右サイドを切り崩しにかかる。当然のことながら前線から追い掛け回す青葉だが、トップスピードではなく、コースを消すような動き。しきりに声を出し、工藤に中盤のコースを切るように指示する。

 

工藤も何か考えがあるらしく、青葉の指示に従う。初戦とは違い、フィジカルのある工藤が前線高めのポジションでパスコースを切る動きをしており、榎本は中盤の底でドイツのキーマン司令塔ヨハン・ヴァーミルのマークにつく。

 

青葉の首を振る回数が多い。ボールを持っていないにもかかわらず、10分に満たない時間でもう二桁は余裕で越えている。

 

そして、九鬼と共通する動きを行っていたのだ。

 

 

—————中間のポジションにッ、これではパスコースが

 

 

LSBがサイドに開くもそれを意に介さず、背を向けてしまったCBのオーガスに対してチェイシングで追い回す青葉。しかし、一気にプレスをかけるのではなく、小刻みに止まる、動くを繰り返しながら確実に間合いを詰めていく。

 

—————畜生、いったん預けるか

 

オーガスはたまらずボールを戻し、強烈なキック力を持つカールにボールを渡す。次はCFWの小川がチェイシングを行い、青葉は下がる。だが、下がる位置がドイツにとっては問題だった。

 

CBのオーガスににらみを利かせながら、斜め後ろに戻りながら開き、SBへのパスコースを切りにかかったのだ。徹底してサイドへの展開は許さないという青葉の強い意思が示される。

 

しかも、青葉の背後にいる中条にも勇気をもってもう少しポジションをあげてこいと臆さず指示を出す。中条は相手の左SHでドイツのエース、ロイス・レオンハルトのマークをしつつ、青葉の要求に応える必要になるが、やはり、青葉の理想とする高い位置でのボールを奪う形に今一つついてこれていない。

 

 

 

だからこそ、前線では隙のないパスコースを塞ぐ動きが出来ていただけに、カールの狙いすましたロングボールが左サイド、日本の右サイドに通ってしまう。

 

『あっとドイツの左サイドにボールが通ってしまった! ドルトムントの若き至宝、ロイス・レオンハルト!! ドリブル仕掛ける!!』

 

『ちょっと、上下の距離が開き過ぎましたね。』

 

—————やっぱり、まだ信じ切れてくれないか

 

ならば、守備で信用を得るしかない。青葉は全力で戻る。そして目の前では正対したままロイスと対峙する中条。

 

「うわぁぁぁぁ!! いきなりピンチじゃん!!」

 

「青葉らしくない。フォワードを助けるためとはいえ、あそこまでポジションを高くするなんて」

 

江ノ島の面々も、青葉のポジション取りがいつもより高いことに気づく。

 

 

映像の向こうでは、J2リーガー対ドイツ一部クラブの若手のホープ。勝負はシザースの縦突破で簡単に千切られた。一度のフェイントで日本人離れした加速力。必死に縦に食らいつく中条だが、

 

『あっとカットイン!! 中条躱される!! 危ない日本!! 宮水のスライディング!!』

 

しかし、ロイスの死角から世界“最速”の加速力で忍び寄った青葉がロイスのカットインを予期していたかのようにスライディング。強烈なタックルでボールを奪い取り、そのままロイスを吹っ飛ばしたのだ。

 

『ファウルはない!! 笛はなりません!! あっと、ロングボール!!』

 

すぐに立ち上がり、前を見た青葉は、彼がボールを奪った瞬間に動き出し始めている最前線の男を最初に見ていた。

 

 

『裏に抜け出したァァァ!! 日本チャンスゥゥゥ!! 小川が前に仕掛ける、仕掛けて!! あっと倒されたぁァァァ!!! ここでドイツにファウルがありました!』

 

注意を受けるのは、カール。やはり決定機につながりかねない状況でのファウル。仕方ない一面もあった。だが、カードは出ない。

 

 

それでも小川が粘ったおかげか、ゴール前から30メートル前後の距離でフリーキックのチャンスを得た日本。

 

『さぁ、リーグジャパン屈指の名手榎本、16歳の宮水青葉がボールをセットします。さぁ、誰がボールを蹴るのか』

 

百パーセント榎本が蹴りこんでくる。ドイツはその予想をしていた。フリーキックの名手と言われる榎本選手と将来有望で、一方青葉もフリーキックの起点を作り出したとはいえ、実績と実力に開きがある。

 

だが、そんなドイツの思惑とは裏腹に、青葉がボールを蹴ったのだ。絶妙な力加減でボールを転がし、調整したのは日本の切り札。

 

榎本に壁とゴール前、それらに対して複数のパターンを与える青葉のずらし。先ほどの定位置では壁にぶつかる可能性のあった軌道が変更される。

 

—————しまった、計られた!!

 

ボールは、フィールドにいるすべてのプレーヤーに見えていた。しかし、そのボールは全くと言っていいほど回転していない。

 

キーパーがコースを見切り、ボールを弾こうとするが、ボールはキーパーの手に触れた瞬間時間が動き始めたかのように動き、後ろへとそれる。キーパーが守らなければならない方向へとそれてしまう。

 

 

—————これが、リーグジャパン“最巧”の、悪魔の左足ッ

 

 

『すらして、榎本文人ぉぉぉぉぉ!!!! 決まったぁァァァぁ!!! 目の覚めるような無回転フリーキック!! キーパー触りましたが、ボールはゴールネットを揺らしました!!』

 

『前半13分!! まずは先手を取りました日本!!』

 

この序盤の序盤でいきなりのカウンターでチャンスを作り、十八番であるフリーキックで結果を出した榎本。

 

攻勢をかけるドイツではあったが、右サイドの穴と思われていた中条がその得点以降から二列目の青葉と連動した上りを行うようになり、左サイド同様にパスコースを塞がれ、ロングボールでのパスが多くなる展開。

 

戦前の予想とは裏腹に、両サイドハーフの守備力がドイツにプレッシャーをかけるという思わぬ展開に。

 

だが、ハイレベルなプレスを見せる両サイドハーフの動きに、後ろがついてこれない。

 

 

代表合宿という期間で修正こそしていたが、頭でやるのと、体でやるのとでは違う。日本の左サイドにロングボールを収められ、沖名太陽がフランス2部レンヌ所属のヴィヴィアンのドリブルに対し、やはり前を向かれて正対した状態でマッチアップ。リトリートによる守備はドリブラーには有効だが、動きのキレが世界と日本では段違いである。

 

—————カットインからの切り返し、2連発。こいつら人間かよ!?

 

切り返しを不規則なタイミングで繰り出され、バランスを崩してしまう沖名。後ろから九鬼が戻るが戻り切れていない。そのままクロスボールを上げるヴィヴィアンだが、

 

『クロスボール飛鳥が競り勝つ! ボールを外にはじき出します、日本!!』

 

再三日本のピンチを食い止める飛鳥亨。そして、逆サイド中条がロイスに躱されたシーンで、飛鳥がすぐさま対応。中条もカットインを許した直後に中を飛鳥に預け、縦を切りにかかる切り替えの速さを見せる。

 

コースをこじ開け、跨ぎによるフェイントを繰り出した直後に、パスフェイクで飛鳥の重心を崩しにかかるロイスだが——————

 

 

—————奴と戦うために、間合いで勝負し続けてきた。

 

ドリブラー、アタッカーと戦うには、彼らの間合いを侵食する必要がある。だからこそ、飛鳥がたどり着きつつある方法がそこにはあった。

 

全ては、宮水青葉の様なドリブラーと戦うために。

 

 

飛鳥の片足がロイスの間合いに踏み込んできた。ロイスはすかさず踏み込んだ瞬間にその踏み込んだ足の側、つまり左足側である中への切込みを選択する。縦を切っていた沖名からすれば最悪の展開。

 

だが、ボールはあまりに整った体勢から苦も無く足を延ばした飛鳥の元へ。彼のドリブルは、目の前のDFの守備範囲だった。

 

 

「!?(バカな!? 手ごたえのある間合いで、止められた!?)」

 

 

ドイツリーグでは体感しなかった感覚。スピードに乗った自分に対し、こうもあっさりと止めてくることに衝撃を覚えたロイスは、ボールを足元から零してしまった瞬間に表情が歪む。

 

飛鳥が行ったのは、正対したまま状態が真っ直ぐ上部へと伸び切った状態から、左足の踏み込みの刹那、右足に力を乗せ、一気に間合いの中に切り込んだのだ。だからこそロイスの間合いに踏み込んだ左足が彼からボールを刈り取ったのだ。

 

宮水青葉という怪物を相手にどうすれば止められるのか。飛鳥はこの1年で成長を続けている。

 

さらに零れ球を回収したのはCMFの工藤。バイタル近くになると榎本と位置を変えて守勢に回る彼がプレスバッグを行うドイツの攻撃的な選手を振り切り、ストライドの大きい運ぶドリブルで一気に攻勢をかける。それが日本のカウンターのスイッチとなった。

 

すでに、前線は動き出しており、右の青葉、CFWの小川は左により、トップ下の秋本がアタッキングサードから少し下がった位置でマークを外す動き。

 

工藤迷わず秋本へのパスを選択。背後から迫るマインツ所属のCMFベルクト相手に下がりながら前を向くテクニックを披露。ターンして前を向いたのだ。そして、一番信頼する脚力を持つ右サイドにふわりと浮かせたロングボールを供給する秋本。

 

—————読んでいたぞ、日本が奴にボールを託すのは!!

 

秋本がパスを受け取った瞬間、裏へ抜け出そうとした青葉が一瞬、前でボールを受けに行く動きを見せたのだ。マッチアップするのはカール。

 

当然青葉の動きは察知していた。ここで彼に切り込みなどさせない。だが、彼はそんなことを考えていなかった。

 

 

ふわりと背後から迫るフライボールが地面に付くかつかないかの刹那、クライフターンの動きを流用したトラップで、カールの逆を突いたのだ。

 

—————!?

 

なぜ背後からのボールに対して、馬鹿げたトラップが出来るのか。見えたのは刹那の瞬間だというのに、当たり前のように決めて見せる青葉。逆を突かれたカールと青葉の間に間合いが出来た。人数こそ足りている局面、青葉の切込みを防げばいいのだが、カールはそこで現在の青葉が持つ間合いの歪みを体験する。

 

舐める、舐める、スピンバック、ボディフェイク入れての距離を作る通常の蹴りだし、からの青葉自慢の加速力を発揮したカットイン。その全てがカールの間合いの外から行われ、青葉の間合いに入りこむことすらできなかった。

 

「!?(躱された!? いや、簡単に振り切られ————)」

 

そして目の前でロッベンを行う青葉。叩き込まれたシュートはゴールネットを突き刺し、日本は大きな追加点を奪い取ったのだった。

 

 

『カットインからシュートぉぉぉぉぉ!!! 決まったぁァァァぁ!!! 日本追加点!! 決めたのはやはりこの男!! 宮水青葉のカットインがさく裂!!』

 

 

『あのカール選手を簡単に振り切りましたね。凄いですよ、これは。あれだけ詰められても間合いに入らせないのは凄いですねぇ』

 

 

『日本追加点は前半の19分!! 宮水今大会2ゴール目!!』

 

 

ETUの大会議室では、守備で奮闘している飛鳥に続き、青葉が大会2ゴール目を奪ったことでどよめきが起こっていた。

 

 

「おいおいおい!!! なんだ今のは!? 相手選手がまるで対応できていなかったぞ!!」

 

黒田が、今のは何だ、と首を傾げ、なぜカールが何もできずに振り切られたのか理解が出来なかった。

 

「一度も間合いに入らせてもらえなかったな。しかし、普通のカットインのように見えるが」

 

杉江も、なぜ青葉のドリブルがあそこまで通用するのか分からない。

 

「在り得ない加速力は一瞬だけ。それも他の選手にだって行える速度だ。なのに、なんだよ今のは!?」

 

赤﨑は何とか青葉の技を盗もうとするも、糸口すらわからないので理解不能。

 

他の面々も、さらには村越であっても青葉のドリブルを説明することも、理解することも出来ず、ただただその技ありのゴールに賞賛するしかなかった。

 

——————これが、クリさんの言っていた、ずらす技術

 

石浜は、その存在を知っていた。栗澤とのレッスンの中でその存在との戦いを想定の一つに入れていた。だから、生で見るのは初めてで、青葉がそれを行えることに驚愕していた。

 

—————言われるまで全然気づかなかった。けど、これが出来る選手は世界でも1人しかいない

 

前田芳樹副GMから何度か聞いたことがある。それは本場スペインでプレーをしていた頃、そのサッカーキャリアも晩年を迎えるころだったという。

 

赤と青のスター軍団の中に現れた若きドリブラーのプレーは前田の反応速度を上回っていた。達海こそがサッカーの神様に愛されていると日本にいたころと、それまでのキャリアの中で思い続けていた幻想を打ち砕く存在。

 

バルサのエースとの対戦で、彼は彼のドリブルの理論を知った。そして、今の自分では、今までのサッカー理論では彼を止めきれないことを悟る。前田は、達海よりも、栗澤よりも早くにサッカー界に新たな怪物が誕生したことを知ったのだ。

 

—————達海以上だと、すぐに認めざるを得なかったよ。

 

そして向井には宮水青葉獲得に至った自分の本音を語ったのだ。

 

—————彼のドリブルは、フェノーメノに似ていると思っていた。だが、違うんだ。彼のドリブルはフェノーメノの一面も持ち、あの日俺の幻想を壊した彼にも似ているんだ。

 

 

 

なおも、青葉対カールの対決は続く。日本は右サイド青葉にボールを集め、青葉はひたすらにドイツの若手ナンバーワンCBに戦いを挑む。

 

その行いは、ドイツイレブンを驚愕させるほどに無謀で、猪突猛進。

 

 

——————おいおいおいおい!!! なんだってあんな!!

 

 

——————正気か!? 自分からカールに突っ込んでいったぞ!!

 

 

カバーリングなどという建策は立たせない。それよりも早くに青葉はカールとの勝負を展開する。

 

 

青葉のすらす技術の特性を本能的に理解したカールは、自分の目測では測り切れないと判断し、さらに前へと間合いを詰める。

 

 

その時だ、青葉が縦に仕掛ける。ランニングのフォームのような姿勢を見せた刹那、カールの間合いから彼が消える。その前面へと駆け抜けようとする彼の姿を捉える。

 

—————させるかっ!!

 

足を投げ出しボールに触れるカール。しかし、青葉はそのボールをリカバリーし、またしてもマイボールにする。汗が額から出始めるカールと、涼しげな顔を崩さない青葉。

 

 

不意に、青葉は大きく逆サイドへと蹴りこむ。しかしそのボールは右SBヴィヴィアンを驚愕させる。

 

—————何メートル離れていると思っているんだ!?

 

 

そのクロスボールは高速でありながら、スプリントしていた九鬼の足元へと綺麗に吸い込まれたのだ。しかもバイタルエリアにダイアゴナルに切り込める絶好のシチュエーション。

 

 

一瞬のサイドチェンジ。大きく吹き飛んでいくボールがバウンドで大きく失速。青葉は直前で回転をかけたのだ。ボールが絶妙な位置で止まることを、そしてそれをカールとのマッチアップ後の刹那に判断して躊躇いもせずに行った。

 

 

 

ドイツは青葉というサイドに突然出現したもう一人の司令塔に振り回される格好となる。

 

 

 

 

 

その光景を映像で見ていた駆は、マッチアップの最中であっても周りを見る視野の広さと、兄を超える個人技を備える彼の恐ろしさを敵の立場で観察していた。

 

 

—————凄い、ドイツを相手に牽制しているよ、しかも青葉は、

 

 

“相手の最も優秀なCB”を崩すことで、勝利を手繰り寄せようとしている。それは周りに意図的にそれを伝えているのだ。だからこそ、ドイツは否が応でも崩させるわけにはいかない。

 

 

ドイツの重心が傾き、右サイドに人数をかけざるを得ない歪な陣形。逆に日本は、手薄な左サイドから攻めかかるも、割り切って中央を占めているドイツの最後の守りを前に、縦パスを中々入れることができない。

 

だが、カールとて同じだ。青葉をあの得点以降突破を許さない。青葉が彼を攻略できない、苦しい状況なのは同じだった。

 

 

そして繰り返される右サイドの組み立て。1秒で相手左SBを抜き去り、意気揚々に見えるように青葉はカールへの突撃を行う。

 

 

だが、相手の手の内が分かるのは青葉と同じくカールも同じだ。

 

—————大体つかめてきたぞ、奴の間合いのトリックも。

 

 

ロール技術。それが奴を支える間合いのヒントだ。そして、通常の蹴りだしの時こそが奴が一番早くトップスピードに映れる瞬間であり、そこさえ許さなければ自分の間合いならば止められる。

 

 

ボランチからのボールを受け取り、青葉が今度はボランチをファーストトラップでまた抜きをして躱し、右寄りの中央からカールめがけて突進してくる。つり出される格好となったが、カールが対応する。他の日本人選手の上りは鈍い。

 

「!!」

 

そして、ランニングフォームの刹那からの縦突破。神速に近いそれを予測したカールがそれを遮り、青葉は縦をキャンセルしてターンしながら距離をとる。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

じっと目の前の相手を見据える青葉。万全の間合いを敷きながら目の前の超常現象を語る青二才に突破を許さないカール。

 

 

冗談ではない。

 

 

それは、軽々しく口にできる異名ではない。

 

———————カール、早くその偽者を倒しちまえ!!

 

オーガスが、カールに熱い視線を送る。

 

 

なおも、中を切りながら間合いを詰めるカール。こうしている間にも、躱されたボランチと、ボールを持っていない青葉に簡単に振り切られた左サイドバックのヨルムが背後から迫る。状況は青葉に不利だった。

 

 

そして青葉が最後に仕掛ける。この攻防で数分の時を消費している。いい加減観客も飽き始めている。アジアのドリブラーは打つ手を失った。ドイツの皇帝がついに彼を攻略するのだと。

 

 

 

強引に中を選んだ青葉。それに対応するカール。最初の一手はダブルタッチ。大きくスライドしたエリアチェンジ。間合いの外へと逃げる青葉に、当然のことながら対応するカール。

 

「———————」

 

 

カールは次に青葉が中を選択したのなら後方へとターンしながら縦を窺うそぶりを見せると予測。そしてその通りの現実が訪れる。

 

事実、カールの読み通りに縦に仕掛けてきたのだ。しかし、想定よりもタイミングは速く、若さが出始めている青葉。

 

そして、ここでロール。間合いをずらす青葉の妙技。縦の執着地点をずらす。しかし、つめながら対応するカール。

 

—————そこはもう、お前の領域ではない

 

 

強引に突破してくる為、尚も蹴りだしていくモーションを見せた青葉。このままスピードで振り切ろうとするのだろう。確かに、加速力も、最高速度も青葉が上だが、それらの選択肢を完璧に潰されていた。

 

——————やっちまえ、カールっ!!

 

 

それがドイツの総意だった。ボールが晒されるわずかな隙。カールが間髪入れずに足を出して刈り取ろうとする。

 

 

タン、ダンッ!!!

 

 

 

 

 

 

一瞬で、カールが引き千切られた。

 

 

 

「!?!」

 

 

『バカなっ!!』

 

 

『カバーしろ、カバーだッ!!』

 

 

 

間合いは完璧だった。寄せも間違いではなかった。読みもあっていた。それでも、スピードだけでカールが千切られたのだ。

 

 

 

分かっていたのに、止められなかった。

 

 

 

理解していたはずなのに、反応速度を簡単に超えてきた。

 

 

 

不幸中の幸いは、青葉が小川に点を取らせようとクロスボールを入れたことだろう。小川にピンポイントでボールを当ててくるが、小川が大宇宙。決定機が得点に結びつかない。

 

 

 

 

それを悔しがったり、怒りもせず、次々と味方を鼓舞する青葉。そして、カールと彼の目が合う。

 

 

 

一瞥して、青葉はプレーに戻り、カールから離れていく。だが、青葉のその目は何か先ほどまでの執着するようなオーラが無散しているかのようだった。

 

 

その様子を見ていたオーガスは、あの態度、雰囲気を見て、そんな馬鹿なと首を横に振る。

 

 

——————おいおいおい、カール相手になんでそんな…‥‥まさか

 

 

そんな馬鹿な、それが、先ほどまでの、行いだというのか?

 

 

この国際大舞台で、そんな馬鹿なことを、そんな自分勝手が許されるのか?

 

 

このプレッシャーのかかる試合で、そんなことができるのか?

 

 

 

 

彼の疑念は、この試合で明らかになる。

 

 



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第八十三話 ハットトリック


サッカー関連の戦術の研究?のようなものをしていました。

フィーリングだけでは進まないですね。サッカー小説

バカではできないスポーツだととある元プロサッカー選手がコメントしたのも分かる気がしました。


攻めの形が均等になった日本が左から攻め入ったり、攻め込まれたりと膠着状態に入るこの試合。

 

 

 

コーナーキックからのプレーでカールがヘディングで合わせ、1点を返す。

 

 

 

『叩き込まれてしまった日本!! 1点を返されます!! 前半の30分!! リードを守りたい日本、追加点を狙いたいところです!』

 

 

 

均等な攻めから日本は右サイドにボールを出す。勿論青葉がフリーランニングしながらインサイドレシーブのポジショニングを作り始める。

 

 

そしてここで、ワンツーからの抜け出しでボランチのマークを剥がした青葉が、またしても、懲りずに、飽き性にならないのかと揶揄されるぐらいに異常な、カールとの勝負を持ち掛ける。

 

 

 

いきなり高速連続シザース。からの足裏ロール、左アウトサイド。

 

「!!!」

 

 

いきなり大技を見せながらスライドしてカットイン。やはり左足。カールは左を消しにかかる。ここにきて、青葉が右サイドで中を切りこむプレーを見せ続けたことにより、左足の重要性、左の精度の高さに比べ、

 

 

 

右の存在が極限まで薄くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

右足を起点のアウトサイドから始まり、ルーレット。その鋭さは、左と遜色なく、思わぬ形でのカットイン。

 

「!?!?!?!!?」

 

 

尚も青葉は左足でボールを蹴ろうとしている得意の形に、ゴールへのシュートコースならば、右よりも左の方が広くなる。右サイドでなら特にだ。

 

 

だからこそ、カールは味方を信じてスライディング。ここで左を封じれば、左さえ封じればと、思い詰めていた時、ふと気づいた。

 

 

気づいてしまった。

 

 

スライディングでぶつかるはずだったボールが動く。左インサイドでのクライフターン。縦突破に移る———————

 

 

否、それは、違う。目の前の超常現象は縦を選ばない。

 

 

カールの渾身のタックルを躱された。中は完全に切られたと感じていたのは彼以外の全員で、彼だけは中はまだ健在だと、観えていた。

 

 

右足が左足のキックフェイントで転がったボールを回収。このタイミング、この局面で勝負手に選んだのはファルカンフェイント。

 

しっかりとカールの伸び切った足からボールを守るように右足でトラップしながらのカットイン。味方との距離も離れ、相手からの距離も離れ、絶好のシュートチャンス。しかし、ボールは右足にセットされている。中を見る青葉。

 

—————この右サイドで、この角度で、ファーは潰せる。警戒すべきはニアサイド

 

 

テオドールが少しニアによった。その刹那———————

 

 

 

 

右足からのシュートは、

 

 

 

 

青葉の腰を捻りながらのシュートは、歪な回転をしながら突き進む。

 

 

 

 

 

アウトにかけられた回転をしながら、飛んでいくシュートの軌道は、ファーサイドへと曲がりながらゴールへと吸い込まれたのだった。

 

 

 

 

 

『決まったぁァァァぁ!!! またしても!!! またしてもこの男が決めた!! 宮水青葉2点目!! ドイツを圧倒しています!!』

 

 

 

常識を覆す突破。常識を覆したフィニッシュ。右サイドで、右足で、ファーサイドを狙う。しかも、巻いてくるシュートでサイドネットを突き刺すトリッキーなプレー。

 

 

その全てが、常識を斬り伏せていた。

 

 

 

——————な、何だあのモーションは? アジアの筋力ならば、あれではコースも正確に狙い撃てるはずが‥‥‥

 

 

ゴールを許したテオドールは、呆然としながらボールを拾う。カールに関しては、青葉のスケールを測り間違えたことで苦悶の表情を浮かべている。

 

そしてふと、彼は思い出した。昔、一瞬だがそんな基地外染みたゴール前のプレーをする日本人が、一人だけいたことを。

 

悉くキーパーの意表を突き、セオリーを無視したようなフィニッシュ。そして何よりそのプレーを支える強靭なフィジカル。龍の如く鮮烈な、圧倒的な存在感。

 

しかし、それすら目の前の男にとっては一側面でしかないことに身震いする。

 

 

——————まるで、日本の“もしも”を悉くつめられた存在だな、あれは…‥‥

 

そんな彼のポテンシャルは、過去の栄光すら吸い込み続けている。

 

そしてテオドールは思い知る。青葉の両足は、インサイド、アウトサイドその全てにおいて高精度である。右サイドというポジションの場合、必然的に左を使う機会が多くなるだけで、右足もそれに劣らない。

 

 

『前半40分!! 日本が再びリードを2点に広げます!!』

 

 

 

 

 

 

 

さらに、ドイツ側もパスコースを消しにかかる守備がハマり始め、恐慌状態から立ち直りつつあった前半終了間際——————

 

井口の苦し紛れのロングボールをトラップした青葉だが、すでに周囲には3人の選手がそろっていた場面。

 

 

すでにサイドに追いやられている場面でルーレット反転し、横にいた包囲の一人を振り切り、二人目に対してはサイドに寄りながらエラシコで揺さぶりをかけ、最後は重心を崩すまた抜き。空踏みステップからのタイミングずらしは青葉の十八番であり、縦を塞いでいた選手を正面から斬り伏せたのだ。

 

二人の選手を抜き去るのに要した時間はわずか5秒。そして青葉自慢の脚力を使い、左SBで俊足のヨルム・ヘクトルを引き離すという離れ業を披露する。

 

—————ボールを持った奴の方が、全速力の俺よりも速いだと!?

 

信じられない加速力だ。あれは一体なんだ。あんな存在がいていいのか。あんな存在はもうフットボールの歴史の中でも一人いれば十分じゃないかと、ヨルムは神を恨んだ。

 

3人目のカールは何もできずに突破された一人だ。ボローニャ所属のヨルムと、フランス一部リヨンに所属するシュバーツェが振り切られた光景はぬぐい難い。

 

そして、尚もゴール前へと突進する青葉に対してオーガス(ドイツ2部ケルン)と、ユリウス(ドイツ一部マインツ)が立ち塞がるも、

 

『スルーパスから最後は九鬼~~~!!!! あっとキーパーファインセーブッ!! バイエルンの控えゴールキーパー、テオドールのセーブでゴールならず!!』

 

 

『ドリブルを警戒しているドイツを翻弄するパス。絶妙な置き場所。今のは見事なラストパスでしたね! しかし、キーパーのファインセーブですよ』

 

日本のベンチと、応援団は盛り上がりを見せている。何せ、期待の若手の期待以上の活躍である。優勝候補でもあったドイツを圧倒し、九鬼は左サイドハーフとしてハイレベルな動きを見せている。

 

 

一方で、世界の反応は衝撃の試合展開を前に呆然としていた。今大会が始まる前まではグループ最弱と言われた日本が、優勝候補の一つでもあったドイツを圧倒する光景は、極東のフットボールのレベルが驚異的な速度で加速していることを証明しているのだ。

 

—————おいおい、ぼこぼこじゃないか!!

 

—————今夏のマーケットでチェックしていた九鬼は、やはり違うな

 

—————情けなさすぎるだろ、ロイス。18歳の若手CBに完璧に対応されているぞ

 

—————カールが止められない相手を、うちの選手の誰が止められるんだ!? 悪夢だ

 

—————フェノーメノのドリブルが変化している。何だあのタッチの細かさは

 

—————本当に16歳なのか、あれは。

 

 

あのカールが何も出来ない。宮水青葉とのマッチアップでここまでは完敗している。数多の欧州クラブで出場機会を得ている若手のホープたちが何人束になっても彼を止めきれない。

 

その姿は奇しくも、前田が夢想したアルゼンチンの絶対エースを彷彿とさせる存在感。

 

 

—————これは、進化と言えるのか。この半年で彼は—————

 

フェノーメノの一面を持っていた身体能力任せのドリブルから、確かな技術と理論を本能で行っている青葉の運ぶ細かいドリブル。

 

この場にいるスカウトたちは、そしてこの試合を映像で見ているサッカー関係者は、宮水青葉が半年で“変貌”している事実を知る。

 

「これは進化ではない。そんな生易しいものではない。これは、まったく別次元の存在だ」

 

2試合で3ゴール2アシスト。強引な突破に見えない強引な突破が、コートジボワールを粉砕し、現在ドイツを圧倒している。

 

逢沢駆との比翼? 馬鹿な、そんな言葉で宮水青葉が説明できるものか。逢沢駆は間違いなく期待のホープではあるが、隣の彼は格が違い過ぎる。

 

「———————CEOに連絡だ。あの男は、今から交渉しないと獲れないッ」

 

今から接触し、18歳になる前にパイプを構築しないといけない。他のクラブは当然行う。それなら自分たちも遅れるわけにはいかない。

 

さらに、あの日本の至宝を手に入れるべく、参戦するクラブの数が増えるのだった。そして、すでに参戦していたクラブはさらなる接触を目論む。

 

 

試合は前半で日本のまさかの2点リード。一方ドイツは波状攻撃と鋭いカウンター攻撃を目の前に萎縮しているのか、中盤が封殺されていた。

 

 

しかも、最先端のサイドハーフの技術を備える両サイドの動きがドイツに選択肢をほとんど失わせるのだ。サイドに展開することも、中央に楔を入れようにも、彼らのパスコースの中間に立つ守備技術が際立っており、ロングボールによる攻め手しか選択できず、簡単にボールをロストするシーンが再生され続ける。

 

バイエルンでは控えキーパーであったテオドール・シュバイニーは、苦悶の表情を見せている。強豪チームの中で時を過ごしてきた彼にとってここまで一方的に攻められて、シュートセーブの局面が増える経験はなかった。

 

—————ノルウェーといい、ウクライナといい、時代は変わり始めているというのか。

 

ドイツ、イングランド、イタリア、スペイン。そしてフランスやオランダといった強豪国ですら下の世代では出場が約束されているわけではない。

 

その後、後半になってからは日本の攻撃がスローダウンしたものの、ドイツはまともな反撃も出来ず、停滞していた。

 

何せ、後半立ち上がりにいきなり日本の目の覚めるような一撃を食らったのだ。

 

 

後半も前線の組織的なプレスがハマった日本。九鬼の寄せに対してパスコースを限定されたためにロングボールを蹴ることしかできないカール。

 

中央を警戒しつつ、榎本が中央へのパスコースを塞いだのを首振りで確認しつつ、サイドハーフへのパスコースを限定しながら、確実に間合いを詰めていく。

 

工藤というフィジカルモンスターが中央を塞ぎ、ビルドアップを封じられている今、カールは中央という選択肢が出来ない。仮にここで九鬼を躱してもビルドアップで停滞し、九鬼の戻りを許してしまうのだ。

 

—————九鬼鉄平ッ。日本のエース、ハナモリからエースを奪うと宣言したうつけ者っ、だが、奴のディフェンスは—————

 

もはや、ディフェンス面では花森を超越する動きを見せており、エースの絶対条件である決めきる力のみが劣る日本期待の若手。

 

 

そして中盤には日本屈指のフィジカルを備えるJ3の工藤春雄がそのロングボールを刈り取るのだ。

 

ドイツの中盤でドイツ一部のマインツに所属しているベルクトは、その競り合いの中で簡単にボールロストをしてしまい、こぼれ球を回収した榎本のロングフィードを見ることしかできない。

 

—————まさか、もう前を見ているのかよ!!

 

 

榎本がまず最初に見るのは最前線。リベンジに燃える小川の飛び出しを最初から熟知しているかのような目の覚めるようなロングボール。

 

そして小川は、親善試合でのイタリア戦の再来と言われるようなシュートを披露する。

 

『ロングフィードからダイレクトぉぉぉぉ!!! ここもビッグセーブッ!!! 守護神テオドールが立ち塞がります!! これ以上はゴールを許さない、そんな気迫を感じさせます!』

 

後ろから向かってきたボールをトラップせず、とび蹴りのようなモーションでゴールネットを揺らしたのだ。さすがにまさかのタイミング、アジアらしからぬ積極性のゴールに反応したテオドールは、右手の指だけでボールを外に掻き出したのだ。

 

「くそぉぉぉぉぉ!!!!」

 

そしてゴールを決め損ねた瞬間小川が吠える。そんな小川に群がるのは両サイドハーフの九鬼と宮水。トップ下の秋本も上手く小川の目を欺くデコイランで、カールの目を釘付けにしたのだ。

 

「今のキーパーを褒めるしかないな、カズ」

 

秋本の囮となるポスト受けのモーション。危険なエリア一歩手前で選択肢を持つ彼に仕事を指せれば失点の確率は高くなる。前回の試合でも彼のポストプレーがコートジボワールを破った要因なのだ。

 

警戒しないはずがない。いいディフェンスなら一瞬でも見てしまう。だからこそ、榎本のロングフィードが決まってしまったのだ。

 

セーフティリードを保っている日本。後半わずか20分ではあるが、温存する形で九鬼鉄平と榎本文人を下げる。

 

後半20分 

22番九鬼→12番伊達

7番榎本→15番安川

 

左サイドに代わって入ったのは、二列目でレギュラーを得ている仙台の伊達。だが、もはや九鬼がいないことによる守備力低下は、運動量が堕ちつつあった九鬼と、フレッシュな伊達では十分にイーブンである。

 

 

 

左での攻めから本格的に右での攻めにシフトチェンジした日本。右サイド宮水が止まらない。

 

 

安川からのパスを受け取るやや中央に位置する青葉が相手を背負いながらのプレーで外に開きながらヒールでまた抜き。縦を警戒し、僅かに股を開けてしまったドイツの若きエースロイスがバランスを崩し横転。ドイツ屈指のイケメンフットボーラーの情けない姿が世界に駆け巡っていく。

 

 

一人崩し、この試合何度も斬り伏せられているボランチが中を切りながら青葉に間合いを詰めるが、

 

ここでシザース。一回目で合わせてくるが、二回目でロールを入れられ、微妙な間合いの崩しに対応しきれず、青葉を手でつかもうとするが、逆にダンプカーに引きずり回されるような感覚に近い状態で、青葉のスピードに便乗する形となった。

 

 

そのまま青葉のスピードについていくことが出来ず、頭からピッチに緊急着陸。スーパーマンの真似をした少年の失敗談のような姿を世界に晒す。

 

右から左へ。ピッチを縦横無尽に走り回る青葉の動きに連動し、秋本が右サイドへと流れる。

 

 

まだ満足しないのか、まだ彼は突き進むのか。もはや彼の瞳にカールは映っていない。今度は相方のオーガスめがけて突進してくるのだ。

 

——————ふつうは相手ディフェンスから逃げるだろ、フツーは!! この怪物め!!

 

 

またしても高速シザース。揺さぶりをかけてくる青葉だが、今度は簡単にシュートを打ってきたのだ。

 

—————なろっ!! 打たせッ、ってぇぇぇ!?!

 

 

アウトインからダブルタッチによるスライド。勢いのある右足の振りからのモーションにオーガスが騙される。先ほどの右足による馬鹿げたシュートの残像があるのか、テオドールのニアへのケアも十分ではなかった。無理やりタイミングをずらしてファーサイドがあるのではないかと、思わせてしまう怖さが青葉にはあった。

 

 

だが、これ以上ゴール前での蹂躙を許すわけにはいかない。カールがマークを外し、一瞬で詰めてきたのだ。

 

秋本へのパスコースは防いだ。秋本や他の日本の選手へのマークもオーガスの僅かな頑張りで整った。しかしそれは、ないよりはましというぐらいには。

 

非常に危険な位置。青葉はここで秋本へのパスを選択。2点取って十分なのか、他の選手に取らせようとするそぶりがこの試合何回か見かける彼の動きに、カールは反応してしまった。

 

 

 

パスフェイントからのターンで、カールが躱されてしまう。尚も追い縋るカールだが、右足からのシュートフェイントをタイミングよく合わせられ、青葉の進行方向と同じ、しかし明後日の方向へとアンクルブレイク。まるでマリオネットの糸が切れたかのように横転。

 

 

それを見ていた赤崎は、

 

「うわっ、あのタイミングでするかよ…‥えぐっ…‥」

 

「こう、なんていうか、ディフェンスの心を折るのが好きだよね、無自覚だけど」

 

石浜も、若手有望株の彼がそんな醜態を世界で晒す羽目になって、本当に同情していた。

 

 

 

最後は軽くボールを蹴りこみ、キーパーの逆を突いた青葉。難なくゴールになり、プロ入り初のハットトリックを決めてしまった。

 

 

リーグジャパンではない、カップ戦でもない。練習試合でもない。

 

 

 

この世界の大舞台でそれをあっさりとやってしまうのは、彼が特別な選手である証を、これ以上ないほどに証明するものとなった。

 

 

『ゴぉぉぉぉぉぉル!!!! 宮水青葉の!! 圧巻のドリブル!! 最後はキーパーの逆を突いて軽く流し込みました!! 何というドリブル!! 何という冷静さ!! これが、日本の超常現象です!!』

 

 

『SBに、ボランチに、CB2人に…‥‥‥一人で何人剥がしたんですかねぇ…‥』

 

 

 

『後半31分!! 決定的なゴールを叩き込んだ日本!! ドイツにとどめを刺しました!!』

 

 

 

その後、ハットトリックを決めた青葉が下がり、代わって入った10番石渡のスルーパスに反応した小川が待望の初ゴール。気持ちがキレてしまったかのように動きの鈍いドイツを圧倒し、そのまま試合終了。

 

タレント揃いではあった。連携も日本に比べて上だっただろう。だが、

 

唯一人の怪物に蹂躙され、ドイツが惨敗。スコアは5対1で日本の快勝に終わった。

 

 

欧州で屈指の強豪と言われるドイツがアジアの中堅国に敗れた。そして期待の若手である宮水青葉の3ゴール。

 

後は先制点となる榎本文人の衝撃FK弾。今の日本はタレント揃いで、この試合で榎本もまた注目株と目されるようになる。

 

最年少でのリーグジャパンのハットトリックが霞むような大活躍。強豪相手の2戦連続、しかもハットトリック。

 

 

 

AOBA MIYAMIZU 彼はどうなんだ?

 

 

 

ETUでは、試合終了後から電話が鳴りっぱなしの状態が続いた。永田有里は、この異常な状態は、さきほどの彼のハイパフォーマンスが原因であると認めないわけにはいかなかった。

 

中心選手、黄金選手流出のリスクとして、有里は彼らの動きを警戒していたが、

 

「そりゃあ、あんだけのプレーをしたら、そうなるでしょ。しかも16歳。今までのいい若手をキープしたいという思惑じゃなくて、本気で獲得を目指しに来ているんだ」

 

前田は、半ばドン引きに近い感覚を未だに残しながら、青葉へのラブレターの多さを説明する。

 

「それは‥‥でも、あんな、あんなプレーって! そりゃあ凄いですよ!! でも、宮水選手はうちの選手なんですよ!! どうしてそんなに冷静なんですかぁ!!」

 

 

 

前田がそんなこんなで有里に締め上げられているのを尻目に、バイトに近い形できていた江藤藍子は、世界の大舞台で大仕事をやってのけた彼に圧倒されていた。

 

 

試合後のインタビューで、彼が何を言っていたのかも覚えていない。とにかくプレーの印象が凄すぎて、頭が追いつかない。

 

——————なんて場違いなとこに来ちゃったんだろう

 

 

英語能力を買われ、スタッフ見習いの形としてきていたが、何か彼のいる場所は、みんなとは違うとはっきり感じた。

 

 

「いやぁぁ、さすがというか。プロ入り後初のハットトリックを世界で決めちゃう辺り、もっているよねぇ、あいつは」

 

そんな藍子の横で、陽気な声でそんなことを宣う栗澤。彼女の気持ちなどは一切考慮していないようだ。

 

「そう、ですね」

 

 

「———————ジジババの思考だけどさ。あいつはこれから、色々なことに巻き込まれるだろうな。長らくタイトルはアジアカップのトロフィーのみ。世代別では黄金世代以降3位にすら届かず…‥」

 

長らく雌伏の時を過ごしていた日本サッカーに本物が生まれた。世間はそう感じただろう。リーグジャパンの有望株ではない。

 

日本が誇る、世界のトップレベルに挑む権利を持った若きサムライ。それがフットボールファンの間だけではなく、サッカーをあんまり知らない層にも伝わっていくだろう。

 

 

 

「そんなタイトルからほど遠いこの島国に、スターダムの道を力技で駆け上がる若手。マスコミも、芸能界も、もちろんほかのクラブチームも。みんなの目が彼に集中するだろうね」

 

 

「そう、ですね。ほっとくなんて、それこそ…‥‥」

 

さっきから何を言っているのだろう。目の前の自分を見出したこの男性は何を意図しているのだろうか。

 

 

「——————何が何でもアイツのキャリアを守らねぇとな。お茶の間はアイツのエピソードやあいつの意外な一面なんてものが見たそうだが、正直なところそんな寄り道なんて不要というか、邪魔なだけだ。あいつの成長を鈍らせちまう」

 

今、爆発的な速度で成長している青葉を、くだらない些事で時間を浪費させるわけにはいかない、栗澤はいつものお茶らけた表情を完全に消していた。

 

「—————嬢ちゃんは、あいつがどこまで行くと思う? 今まで見せたことがない景色を見せてくれるだろうとは思うが、俺にも正直分からんのだよ」

 

日本サッカーに人生を捧げていた老兵の言葉に、初めて藍子は理路整然と、はっきりとその景色を口にした。

 

「W杯優勝です。そして得点王です」

 

その言葉を聞いて、その言葉を放った彼女を見て、栗澤は思う。

 

—————その2つを獲るのは、超一流の選手でもとても困難なことなんだがな

 

3度の優勝に母国を導いた大英雄も、最優秀若手選手賞という個人タイトルのみだった。

 

 

得点王と優勝国が同じ国家であるというのは、2010年のスペインを境に、お目にかかっていない。しかも、そのタイトルは同得点による複数名の受賞だった。

 

初代大会ではウルグアイが、その次にイタリアが、そしてブラジルが、そして2010年のスペイン。

 

そして二桁得点を成し遂げたのは、1958年のフランスの選手を最後に、生まれていない。ただ、その偉大な結果を以てしても、彼はトロフィーを掲げることが出来なかった。

 

 

彼女の言葉を聞くたびに、栗澤は彼女の強い意志を感じる。

 

 

「夢を言えない苦しさは、誰にでもあります。けど、栗澤さんをはじめ、多くの人に期待されて、普通では考えられないプレッシャーの中、それを言う難しさを、彼はいつも感じていました」

 

 

藍子は思う。普通のメンタル状態ではない。それを若いころから背負い続けるのは、並大抵のことではない。潰れるか、堕落するか。そのどちらかが高い確率で訪れ、日本サッカーではやはりその二つ未来しか訪れなかった。あくまで、W杯優勝という目標に挑んだ者たちの末路という視点であれば‥‥‥

 

宮水青葉に期待している人の多さを知るたびに、彼もその末路を辿るのではないか、彼自身も感じていた世界との差。そのギャップに苦しんでいたのに、サッカー素人の自分にその夢を語った。

 

きっと、彼のような人間は親しい人にしか言えなかったのだろう。初めて会ったばかりの自分にそれを言うなんてイレギュラーだっただろう。

 

 

「彼が私の前で口にしたのなら、私は信じます。未来がどうなるなんて、直近の未来のことも何一つわからない私が、分かるわけがありません。だけど信じます。彼が、その景色を目指しているなら」

 

 

 

「——————彼を見て分かったんです。サッカーでは、他のスポーツのように観客のことをファンと一概には言わず、サポーターと名称する意味が、何となく分かったような気がします」

 

 

「………………………‥」

 

栗澤は、しばらくの間藍子の言葉で呆然としていた。そして——————

 

 

「栗澤さん!! 呆けてないで助けてください!! 村越さんも電話対応しているんですよ!! ほらほらフロントの人が率先しないと!!」

 

 

永田有里の大声で我に返る彼は、藍子に一礼し、電話の下へと向かうのだった。

 

 

 

 

—————衝撃のハットトリック! 2戦連発ワールドカップで大跳躍! 超常現象宮水!

 

 

—————悪魔の左足! “北陸出身、新潟の”至宝“が、風穴を開ける!「あの距離なら全部仕留める」

 

 

————ドイツ代表呆然……DFカール「アオバミヤミズは独特の間合いを持っている」

 

 

—————温存策的中! 西野ヤングジャパン快勝!

 

多くのポジションを経験することで、変化を強いられる一流は、活躍するために自分を変革させる。16歳の青年は、その器用さと自分のポテンシャルを掛け合わせ、世界に手が届きかけている。

 

「九鬼さんは、その、接触してきたクラブとかいるんですか?」

 

埼玉でずっと戦ってきた九鬼は、2部リーグで現在アシスト王。一昨年に降格した大宮でプレーを続け、個人昇格のチャンスもなくはなかったが、強豪クラブからの勧誘を断っていた。

 

「それに、なんで一部に残留しなかったんですか?」

 

「大宮で成長するべきと判断したからだ。まだ当時の俺は今の守備技術を完璧にマスターしているとは言い難かった。ある程度レギュラーを確約された中で新しいことに挑戦しなければ、いずれ頭打ちになるとわかっていたんだ」

 

声があったのは浦和、鹿島、大阪等。いずれも強豪クラブであり、当時の倍以上の移籍金や契約金も用意されていた。だが、九鬼は自分を成長させるため、それらを断った。

 

「——————まあ、一部リーグでプレーしない選択肢もケースバイケースだ。大宮が残留すれば降格することはなかったし。ディフェンスのレベルが温くなったってのは感じた。けど、相対するアタッカーのレベルというか、個人技を仕掛けてくる奴が一部に比べて多いよな、あそこは」

 

野心を隠さない若手、もう一度這い上がろうとするベテラン。誰もが野望を抱えて切磋琢磨するのが二部リーグ。いつかは一部リーグで日の目を見たいと願う猛者どもが集う、魔境リーグでもあるのだ。

 

「だから、俺のサイド守備を磨くには最高の環境だった。お前はセンスと首を振る癖が多いのか、簡単に習得していたけど」

 

センスでこれを習得する奴は初めて見たぞ、と九鬼は笑う。そして、青葉の最初の質問に答える。

 

「夏のマーケットがオープンした瞬間、レアル・ソシエダから声がかかっている。個人昇格もあり得た降格した年から、あそこは俺をずっと追いかけてきているんだ。だから語学は勉強してきたし、最も戦術難易度の高いあそこで自分を鍛えると決めた」

 

他にも別リーグから声をかけてもらっているが、スペインリーグ以外への興味は薄い。

 

「——————————」

歯がゆかった。目の前で自分と同じ守備戦術を有する仲間が、先を行く光景は。自分は年齢という壁がまだ存在する。

 

「—————青葉なら、俺よりもいい条件で移籍できるさ。俺よりも圧倒的で、日本の誰よりも結果を出せば、当然未来は広がるし、責任も増していく」

今の現状に悔しさを覚えている青葉に対し、九鬼は真実を述べる。

 

「俺は近い将来、花森さんからレギュラーを奪う。同じ海外組になって、ようやくあの人と勝負が出来る。青葉は、この2年でもっと自分を変革できる。2年も欧州の場に来られないではない。2年間の猶予の中で、今の自分をもっと磨けばいいんだ」

 

 

「——————今の俺に足りない要素、か。前しか見ていなくて、焦ってばかりだったようですね。未だに俺は、俺の出来に満足したことはない」

 

攻撃は及第点。満点ではない。そして守備力に関しては全く満足できるものではない。SBとの連携不足からピンチを作ってしまった。他にも、前からのプレッシャーで相手を下げることは出来たが、刈り取ることは一度も出来なかった。

 

九鬼が高い位置でプレスを行い、ボールを奪う姿を見ているのだ。現状、前の守備力で自分はこの人に負けていると痛感している。

 

「だからさ、この大会は通過点だ。今の青葉に必要なことを再確認するための。本番は4年後、世界大会に挑み、俺たちがビッグクラブに移籍するためのな」

 

その一言で、青葉は調子を取り戻したのか、笑顔が見られるようになった。部屋を後にする青葉の後姿を見て、難儀な運命に囚われている青年を気遣う。

 

—————リーグ戦でのインタビュー。達海さんを慕っているからこそ、問題は根深いよなぁ。

 

クラブを背負っている。自分が何とかしなきゃとか、サポーターを嫌いになれない真面目さとか、いろいろなピッチ外のことで潰されかけている。それを、クラブがどこまで把握しているのか、疑問ではあった。

 

—————部外者の俺には聞き手になることしかできない。けど、あんな逸材を下らない理由で潰すんなら、俺にも考えがあるぞ

 

ETUに対し、暗い感情を見せる九鬼。自分と同じ世界標準の守備技術を持つ彼を、こんなことで失いたくない。それ以上に、彼の躍進する物語を見たい。

 

—————タカの壁なんて、あっさり超えてくれ。そしてタカも、それに追いつくために自分を成長させるはずだ。

 

ピンチはチャンス。チャンスはピンチ。常に分岐点だ。九鬼は2年間でそれを学んだ。望ましい移籍をした選手の失敗談と成功談。その両方を見続けてきたからこそ、その分岐点の選択に神経をとがらせてきた。

 

だからこそ、タイミングとチーム状況、そのチームの試合は必ずチェックした。負け試合も勝ち試合も、記録されている直近の試合は全て。

 

負け試合で何が足りなかったのか。勝ち試合をさらに盤石とするにはどうすればいいのか。これから自分の時間を預ける場所なのだ。慎重にならないほうがおかしい。

 

スコアラーや代理人の仕事かもしれないが、自分の目でそれは確認したいのだ。それゆえ、一番自分に合うと思ったチームはレアル・ソシエダだった。

 

移籍金の金額はトップではない。半ばくらいの順位だ。それでも、自分が大きく成長できる場所は、ここだと。

 

—————青葉。お前も分岐点は間違えるなよ。18歳になった瞬間、お前は迷いなく海外に挑め。お前を一番必要としているクラブを、間違えるなよ。

 

左の魔術師は、右サイドの怪物にアドバイスを送り続ける。海外のトップで、CLの大舞台で、ワールドカップのファイナルでピッチに立つために。

 

 





ついにハットトリック達成の青葉。近い世代ではやはり敵がいませんでした。


あと、榎本さんのFK技術は、FATEの弓道やっている士郎君レベルでバグっています。

だから、嫌な位置でファウルすれば失点のピンチとかいう理不尽な存在です。


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第八十四話 真・黄金世代

サッカーの話題は、作者にとってこの2ヶ月は辛いものでした。

復調してくれ、半端ないところを見せてくれ。けど、古橋選手の良いところも見たい。

左サイドはとにかく三苫が見たい。仕掛けないウィンガーなんて怖くもなんともないのが現実・・・・・復調した中島も帰ってきてくれ

最後に、決勝点スルーパスはちょっと、考えさせてくれ・・・・森岡を代わりに呼んでくださいお願いします可能性全部見せてください


衝撃のドイツ惨敗の凶報。これにより、勝ち点を6に伸ばした日本はグループリーグ突破を確定させることとなった。ウルグアイはメンバーを落としたものの、コートジボワールに2対1と競り勝ち、日本と共に突破を決めており、最終節は互いにダメージを避ける試合展開を望むだろう。

 

グループAはウクライナが2連勝で突破を決めており、ガーナ、ニュージーランド、パナマはほぼ横一線。勝ち点3が重要となるが、最終節がウクライナ戦のパナマは一番厳しい立場に追い込まれてしまった。

 

グループBはエルサルバドルが早々と敗退が決まり、クロアチアが突破を確定。UAE、セネガルが二位突破をかけて最終節に激突する。他グループの結果も気になる両チーム。ワイルドカード争いを回避するのはどちらか。

 

開幕直前まで、グループDと同じく死の組と言われたグループCは死闘の様相を呈していた。突破確実と思われていたブラジルが、初戦スウェーデンに惜敗したオーストラリアに4発粉砕されたのだ。

 

空の王者、ロビエル・オズボーンのヘディング2発に加えてカウンター、ショートカウンターで失った失点。オーストラリアの至宝はこれで今大会4得点と波に乗っている。

 

開幕戦こそブラジルに敗れたメキシコだが、二戦目のスウェーデンに競り勝ち、勝ち点3を獲得。この結果により、グループCは全チーム勝ち点で並ぶ異常事態が発生。死闘は第3戦まで続く。

 

グループEはコスタリカが突破を確定。その背後にポルトガル、チリが激しく2位争いを展開している。カタールは無念の敗退となっている。

 

 

そして3日後、ウルグアイと日本は互いに消耗することを避け、引き分けで勝ち点1を分け合うことになり、日本の1位突破、ウルグアイの2位突破が確定。

最終節、他グループの結果次第とはいえ、勝つしかないドイツとコートジボワールは死闘の末、コートジボワールが逆転勝利。これによりドイツは予選リーグ敗退。コートジボワールは結果待ちとなった。コートジボワールは勝ち点3得失-2となった。

 

グループAでは、先に他会場で行われていたガーナ対ニュージーランドの試合でガーナが勝利したため、2位突破には勝利が絶対条件のパナマ。フルメンバーではないウクライナ相手に苦戦を強いられてしまう。しかし、後半ロスタイムにセットプレーからキーパーのヘディングシュートで先制点をもぎ取り、逆転で2位通過を確定させた。

 

これにより、3位ガーナは勝ち点4、得失0で予選を終えた。

 

 

グループBではクロアチアの突破、エルサルバドルの敗退が決まり、最終節でセネガルとUAEの結果が注目されていた。試合は一進一退の攻防で、勝ち点3が必要なUAEと、引き分け以上で2位通過が決まるセネガルのカウンターという構図となっていた。

 

後半開始直後、ドリブルで駆け上がったUAEのFWがペナルティエリアで倒され、PKを獲得。ダイブではないかと猛抗議するセネガルではあったが判定は覆らない。これをUAEのエース、ファティが沈め、立場が一変。攻めるしかないセネガルではあったが、UAEの粘り強い守備を前に決定機までたどり着くも、ゴールを奪うことができない。逆にUAEがカウンター戦術に振り切ったことで退いて守る屈強なフィジカルを持つ中東のディフェンスが効力を増し、得意の俊敏性を発揮するセネガルと言えど、ドリブルで攻めきれず、ボールロストの危険性すら増していた。

 

 

結局同点ゴールを最後まで決めることが出来ず、無念のタイムアップ。逆転でUAEが2位通過を決め、セネガルは他会場の結果を待つことになった。

 

セネガルは勝ち点3、得失0に終わる。

 

 

激戦必至のグループCでは、最終節まで1位突破2位突破が縺れる大混戦となっていた。

 

スウェーデンと激突したブラジルは17歳のマルコ・アントニオの先制点で追加点を狙っていたが、逆に攻め込まれ、同点ゴールを許すどころか、先制ゴールで勢いに乗っていたマルコが逆起点となり、スウェーデンのカウンターが成立。決勝点を奪われ、勝ち点が零れ落ちてしまった。

 

オーストラリア対メキシコの試合は、セットプレーからオズボーンのヘディングシュートで先制点を奪うと、畳みかけるようにフィジカルサッカーで体格に劣るメキシコに襲い掛かる。徹底したフィジカルサッカーと縦ポンでメキシコにカウンターの機会をほとんど与えず、オーストラリアのMFの豪快なミドルシュートを後半立ち上がりに決められ、万事休す。

 

死のグループで勝ち点3を奪いながら、無念の敗退となったメキシコ。逆にオーストラリアは逆転でグループ1位突破を決め、スウェーデンが逆転でブラジルを抜き去り、2位通過を決めた。ブラジルは他会場の結果に身をゆだねることとなった。

 

ブラジルは勝ち点3、得失-1に終わった。

 

 

グループEはポルトガルがカタールに大勝し、勝ち点を6に積み上げ、2位に浮上。3位転落のチリはコスタリカ相手に勝つしかなくなったが、1対1の引き分けに終わってしまった。

これにより、1位コスタリカ、2位ポルトガル、3位は勝ち点4得失2のチリとなった。

 

 

グループFはノルウェーのFWアレクサンダー・ハーリングの今大会5ゴール目を含む2得点、猛攻をタヒチに仕掛け、勝ち点9で文句なしの突破。

 

ナイジェリアはペルーのカウンター1発に沈み、勝ち点3に沈むこととなった。しかし、タヒチ戦で稼いだ勝ち点がどのように影響するのか。

 

 

これにより、3位通過の得失点差も確定。

 

3位1位 チリ      勝ち点4 得失 2

3位2位 ガーナ     勝ち点4 得失 0

3位3位 ナイジェリア  勝ち点3 得失 1

3位4位 セネガル    勝ち点3 得失 0

 

ブラジル    勝ち点3 得失-1

コートジボワール勝ち点3 得失-2

 

ブラジル、得失点差で僅かに届かず無念の予選敗退。ドイツも予選敗退するなど、波乱に満ちた予選リーグとなった。

 

ベスト16が出そろったことにより、それぞれのトーナメントも確定。日本とは反対側のブロックでは、

 

ウクライナ対UAE、オーストラリア対ウルグアイ、コスタリカ対ペルー、セネガル対ガーナとなっており、それぞれの勝者がベスト8に駒を進めることとなる。

 

 

日本のブロックでは、パナマ対クロアチア、日本対スウェーデン、ポルトガル対ノルウェー、ナイジェリア対チリというカードとなっている。

 

日本はこれから先、まずスウェーデンに勝利すると、パナマとクロアチアの勝者、ベスト4では、恐らく勝ち上がってくるだろう怪物アレキサンダー擁するノルウェーが大きく立ちはだかるだろう。

 

そんな中、大型ボランチ工藤春雄が利用しているホテルの一室に、青葉たちは集結していた。

 

 

「そういや、青葉は現地に家族が来ているんだろ? 会わなくていいのか?」

 

すっかり知人友人の間柄となっている大宮の九鬼とそんな話をしている青葉。確かに初戦から応援に来ているよという連絡は受けている。

 

「今は、勝つことが重要だよ。姉さんがここにきてくれているのは嬉しい。けど、それで力んでしまうのはちょっとね。もし会うのなら、大会が終わってからが妥当だよ」

 

しかし青葉は首を横に振り、今はその時期ではないと断ずる。年下の、一躍ヒーローとなっている最年少選手の堅物ぶりに、九鬼は苦笑いする。

 

「ははっ、この堅物め。次も期待したくなるじゃんか!」

 

苦笑いをしている工藤だが、それでも青葉の冷静ぶりは群を抜いている。グループリーグで主役級の活躍をして少しは浮かれていると思ったが、そんなそぶりは見せない。そもそも、そんな感情すら持っていないことに戦慄を覚えるほどだ。

 

「しかし、それが青葉の信念だからな。今更変えられるものではないし、むしろ頼もしいまである」

 

九鬼は、いったん青葉との他愛のない話を切ると、これから先の戦術面に関する課題を挙げていく。

 

 

「まず思ったのが、相手のフォワードが意外とポジショナルなプレーが足りていないことに助かったよね。フィジカルに圧倒されたけど、初戦はそれほどでもなかったし」

 

 

「ああ。戦術的な共有が未熟だったのが幸いだったね。ムニエルのクロスには大分苦しめられたけど」

 

ムニエルは確かに良い選手だった。あれは自分のパスに自信を持っている。だからこそ、日本が最大限警戒したのはこの選手であり、九鬼はそれに対応できた。工藤も、ベンチから見てコートジボワールはパワフルだが、ポジショナルプレーは未熟と判断していた。例外は存在していたが。

 

 

「——————堂本が言っている前からの守備。ラインを上げて相手をゴールから遠ざけることが出来れば、攻撃力も上がるし、プレスも間延びしなくなる。運動量勝負なら、日本だって世界に劣らない」

 

飛鳥が先発するしないではそれが顕著に表れる。チーム方針でラインを高く設定するETUと同じ、普段のプレーを求められている飛鳥は違和感なく適応できているだろう。しかし、他はレギュラーに抜擢されるほどの力を見せられない、3部のBチームで戦術共有が未熟な有望な選手たち。

 

「それに、やはりまだ西野さんのサッカーにみんながついていっていない。サイドから攻撃を組み立てろという指示に対し、サイド一辺倒になったり、中央から組み立てろと言われると、中央で狭い場所を強引に通したり———————」

 

飛鳥でさえも、まだその戦術を完全に実践しているわけではない。工藤曰く、後ろが重たいという感覚を感じたという。それゆえに、それぞれの局面で体力を必要以上に消耗していると。

 

「幕張も他のSBもボランチにもっと要求していいはずなんだがな。未だと二列目とSBの連携に限定されてしまうし、榎本も窮屈そうにプレーしている」

 

SBに流れたボールを自力で守り、且つ前に運ぶことを強いられている。これではサイドの疲労は必要以上に重くなる。

 

しかし、すでにJ3で別格の存在感を見せている工藤は違う。積極的に下りてきて相手を背負うプレーを得意とする。

 

徹底してSBの援護を行っている。どことなく、コンビネーションの所で伸び代があるように思える。

 

そんな工藤も、九鬼に接触をし始め、この場にいる。

 

「カットインの時もスペースがないと成功率は下がるだろうし、SBのサイドチェンジも、もっとスペースがあればと思うぜ。ポジションを開けて、味方にスペースを与える。ライモン監督は、暇さえあれば動画投稿サイトで戦術を見てきてはとりあえず試してくるから。こういうのは容赦なく下に落としてくるんだよな」

 

上手くいかないことは多いらしいが、それでもLJ3部岐阜ストライダーズのライモン監督は、多くの情報と作戦、戦術を選手たちに与える。

 

「何それ面白そうじゃないか! いろいろ情報通でとりあえず練習や試合で試すのは。ピッチで判断するのは俺らだし、そういう幅を与えてくれる監督はいいな」

 

九鬼としては、トレンドを積極的に落とし込み、成功か不発かは置いといて、チャレンジする姿勢は大いに評価できる。

 

だからこそ、根本の戦術が不定でも、選手たちが自分で考え即興で連携を組み立て、戦略的には苦戦を強いられても、球際の限定的な局面では大いに役立っている。

 

よく言えば臨機応変で自由主義、悪く言えば選手任せ。その評価は結果で覆る。

 

「—————次の試合に活かせるアイディアもあるかな」

 

膨大な情報を常に集めるライモン監督の教えを受け、フットボールを学問する工藤春雄と、サイドでのプレーを攻守において高いレベルで完成させた九鬼鉄心。

 

トップリーグだけではない。自分の野望の為に、自主的に戦術とプレーの幅を追い求めている探究者たちとの邂逅は、青葉にさらなる刺激を与える。

 

そして、それまで聞き手になっていた秋本と鷹匠。鷹匠の方は、戦術的な問題でいろいろ話を聞いていたが、明確な意見がない中沈黙を続ける。

 

秋本は、その途中で口を開く。

 

「やはり、現代のトレンドはFWの守備が重要だ。後ろでの球際の強さも無論必要だが、プレーエリアの奪い合いが重要だな。ここまで戦術化されると、陣地の奪い合い、まるで囲碁をしている気分だ」

 

如何にスペースを開けたり、パスコースを増やしたり、相手を誘導したり。攻撃の選手が現代化される程、守備の重要性は増してくると感じた。

 

「尤も、その碁石は動く。極限まで相手を誘い込んだり、ショートカウンターで圧倒したり。原点回帰の4-2-2-2とか」

 

 

まさにノルウェーがそれだ。日本が苦手としている南米に対して、伝統的に優勢ではあったが、近年では南米キラーとしての地位をより盤石なものとしている。

 

フル代表の2トップにはアレキサンダー・ハーリングと、ディミトリ・ヴィ・サンドロッソ。共に高い身長とフィジカルを持ち合わせ、ST、CFWとしての適性も高い。前線にキープ力のあるアタッカーが中央でポジションチェンジするのが特徴の一つでもある北欧の雄は、それに加えて屈強なサイドアタッカーを配置している。

 

圧倒的なまでの中央攻撃。事実、フル代表での親善試合で、ブラジルはその圧倒的なフィジカルの前に敗北し、メキシコは十八番であるカウンターを発動できずに夢スコアで惨敗している。

 

ドリブラーのアジリティを嘲笑う、守備範囲。それは、小柄なドリブラーの3歩を一歩で無に帰す巨壁。当然、フィジカルに劣る日本にとっても潜在的な天敵である。

 

スウェーデン、オーストラリア、ノルウェーを筆頭とする現代フットボールに適応したパワーサッカー。技術の最先端を往く強豪に牙をむく新勢力は、先ほどの秋本が主張した陣地合戦において強力な切り札、球際での圧倒的な勝率の高さが背景にある。

 

 

スペインが独自の戦術を持ち、フランスがアンチフットボールを志向し、ブラジルは個人技に特化し——————

 

世界の動きに対し、日本は今岐路に立っている。それは過去、現在、未来において永遠に突きつけられる立場を思い至らせる契機である。

 

 

だが、個の力で劣るのならと、工夫を凝らしている国も存在する。

 

それが中東の勢力だった。豊富な資金をバックに優秀なスタッフを引き抜き、若年層からの徹底的な教育が施されている。従来の4バックに固執し、3バックがもつサイド攻撃への脆弱性、5バックの攻め手に欠ける守備的な戦術から脱却し、新たなポゼッションサッカーとプレス回避に主眼を置いた戦術が構築されつつある。

 

その筆頭はカタールであり、UAE。その背後を追いかけるサウジアラビア。

 

カタールは最も速く、変則5バックに戦術をシフトしているのだ。カタールは最終ラインにて変則5バックでポゼッションを維持し、数的優位を作り出してビルドアップを確実に遂行する。

 

これにより、カタールは国家としての戦術を獲得した。しかし、この年代別の大会では実力を発揮しきれず敗退している。一方、UAEは4バックを採用し現代の流行しているサッカーを志向している。サウジアラビアは、奇しくも達海サッカーと酷似した戦術を取り入れている。

 

だが、国家が最先端の技術に触れる中、個人レベルでは様々な戦術が生み出されているのだ。

 

 

そこにはここで戦術について対策を練る九鬼たちが知る由もない異形にして革新的な戦術の数々が。

 

—————世界は、日本が考えている以上に進んでいる。片手間で相手にできる存在じゃない。

 

むしろ、リーグ戦の相手よりも厄介だ。

 

 

数日と迫る日本とスウェーデンの試合。青葉は、国内のリーグ戦の状況について悩むことをいったん忘れ、目の前の試合に集中する意識をさらに固める。正直なところ、青葉にはそれを気にする余力を持つ気にはなれなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

だが、青葉にその出番は訪れなかった。

 

 

 

スウェーデンとの試合では、右サイドで堂本が先発。長らくスランプに陥っていた石渡が調子を取り戻し、日本は怪物の合流前の姿を取り戻していた。

 

 

相手は長身、フィジカルにストロングポイントを持つスウェーデンではあったが、グループリーグでの激戦の影響か、その動きが鈍い。

 

一方、ローテーションに加え、グループリーグ最終戦が消化試合となった日本は、スウェーデンに比べて理不尽と言えるほど万全のコンディションを維持しており、戦前から試合は決しているかのような雰囲気だった。

 

 

前半、石渡のキラーパスがさく裂し、トップ起用の秋本がダイレクトに落とし、左サイド九鬼がダイレクトでフライスルーパス。

 

 

右サイドハーフのレギュラー争いで、最大のライバルとなっている堂本が、そのラストパスに反応していた。

 

このプレーで圧巻だったのは、速い球足の縦パスをダイレクトで落し、かつ正確なポストプレーを実行した秋本の空間認識能力と足元の上手さ。

 

左サイドの九鬼はフライスルーパスをあげるだけでよく、ゴール前でのダイレクトプレーでマークを剥がされたスウェーデンに為す術はなかったのだ。

 

 

『ワンタッチ、ふわりと浮かして、堂本だぁァァァ!!! 日本先制!! やはりエースが決めました!! 前半30分!! 攻めあぐねていましたが日本!! まずは先手を取りました!!』

 

『バイタルエリアであれだけダイレクトプレーが続けば、崩れますね! 秋本選手は縦パスが入る前にイメージしていましたね』

 

宮水の目から見てもそうだ。しきりに首を振り、味方と相手選手の位置を確認し、ゆっくりとゴール前へと忍び寄っていた。これが、二列目を生かすポストプレー。

 

何か、この大会でつかんだものを感じさせる秋本のプレーが止まらない。そして、二列目を生かす彼の調子が上向けば、二列目の攻撃力も当然上がる。

 

——————リーグ戦に戻った後の、横浜の試合は一層手強くなるな。

 

二列目を活かしつつ、自身の決定力も衰えない、むしろ鋭さを増す存在感。国際試合という大舞台で、秋本は尋常ではない成長スピードを見せつけている。

 

 

「———————————」

 

青葉の隣では、真剣な表情で戦況を見つめる小川選手。彼もまた、九鬼選手とレギュラー争いをしていた選手だ。しかし、今大会ではまだ1ゴール。ブレイクしたとは言い難い。むしろ、世界の壁に跳ね返されている現状だ。

 

青葉もまた、今まで経験したことがない感覚を感じていた。

 

——————今まで、こんな経験はなかったな

 

自分が不調になっていた時は、当然レギュラーから外れるのはわかっていた。だが、自分の調子もまずまずで、高いレベルでスタメン争いを繰り広げた経験はあまりなかった。

 

そうだ。青葉は全てのレギュラー争いを戦う前から終わらせていた。その化け物染みた能力とプレーで、それを許さなかったのだ。

 

「———————よく見える。みんないい距離感だ。ここの場所だとそれがよくわかる」

 

日本は優勢に試合を進めていた。ターンオーバーも決まり、攻撃の核となる右サイドでは、堂本と宮水、二人を交互に使える余裕があった。

 

青葉召集前では決してあり得なかった未来だろう。だから、青葉の招集は若き日本代表の未来を変えた。

 

グループリーグ突破後に力尽きる、そんないつもの躍進の最期ではなく、その先に進む。

 

「——————青葉は、お前はどこまで行くんだ?」

隣にいた小川が尋ねる。泰然としてベンチに座り、仲間を信じて座している青葉に。

 

「——————そういう問いは、よく聞くね。俺はいつも、どこまでも、と言うよ」

 

変わらない。世界の大舞台であろうと、日本のリーグ戦であっても。青葉のやることは変わらない。サッカーをするだけなのだ。

 

「———————俺は、この大会で世界の壁を知った。俺の間合いは、世界では通用しなかった。だが、必ず自分自身をレベルアップさせなければならないんだ」

 

初ゴールを決めたのはグループリーグ第2戦目のドイツ戦。しかも、試合の流れが決まった後の時間帯だった。小川はもっとやれると己惚れてはないが、もっとやらなければと感じていた。

 

「——————お前や堂本、一部の選手は、世界の選手とも対等に戦えるようになった。だが、お前はまだ足りないというんだな」

 

ドイツを圧倒した青葉は、日本の課題と、次に進むべき未来を考えていた。世界をとるためには、まだ足りない。

 

—————駆が至った、ゾーンという領域。通常の状態ではなく、ゾーンを掛け合わせることで、高度な連携による攻防一体の戦術が必要なんだ

 

 

「———————個人の力が高まったからこそ、連携はより重要になってくる。1+1を、2にも3にも変える。デュエルで勝つというのはもう、世界の常識で、これからは、それにこれらのことを織り交ぜてくるんだと思う。」

 

 

「———————そうだな。かつて日本が掲げて、デュエルに勝てない俺たちが志したもの。それが今、必要になるっていうのは、成長を感じるとともにどこか複雑な感情を捨てることができないな」

 

小川は、そこまで先のことを考えている青葉に感心するが、次の発言で彼の闇を垣間見ることになった。

 

 

「————————だが、その戦術に今の俺ではついていけない。今のままでは、たぶん、ダメなんだろうと思う」

 

青葉自身が否定する、新たな戦術への適応の失敗を示唆する未来。今大会でも究極の個を持つ彼が、その可能性を否定したのだ。

 

「———————おいおい。お前が至れないなら、誰が至れるんだよ。その旗振り役だって必要だろうよ」

 

「———————俺を最大限活かせる司令塔のイメージが、フル代表のメンバーを含めて存在しない。いや、例外は“一人”だけかな」

 

青葉の欲しいタイミングでボールは来ない。いつも青葉が待っているような状態だ。メンタルに左右され、バランスをとりたがる駆では物足りない。

 

石渡も足元の上手さは認めるが、それだけだ。怖さがない。同じチームのジーノは守備力の強度不足から、信用はしても信頼までは至らない。

 

荒木も、まだプロの舞台でやるにはフィジカル不足がはなはだしい。

 

もう“現役ではない二人”をイメージしたが、それは仕方のないことだ。

 

「———————お前はビッグマウスな発言はしないイメージだったと思っていたんだが。やけに辛辣だな」

 

小川も、同世代含めてほとんどいないと言い切る青葉の物言いに苦笑いするしかない。だが、それぐらいの高いレベルを要求するほど、日本と世界の差は大きいのだと痛感する。

 

「それぐらい。古い司令塔のイメージから、日本は脱却できていないんだよ。そこにいるだけで試合を支配するような存在感と、何気ないプレーで致命的な一撃を演出する胆力。古臭い司令塔を気取るなら、それぐらいの演出をしてもらわないと」

 

 

「———————ジーノは遠慮なしのパスを放るけど、ボールキープにおいては物足りない。だから、持田さんぐらいだよ。今の日本の司令塔を名乗れるのは」

 

どことなく達海猛を連想させる存在感。度重なるケガから復活するも、その儚さがどうしようもなく監督と重なる。

 

一瞬に、その試合にすべてをかける。ボールへの執着心。

 

「——————不死鳥、持田蓮か。なんでかな、本当に。あの人も、タイミングがなぁ」

 

小川は、最後まで青葉の言葉が離れなかった。

 

 

 

試合の方は、後半に榎本が2本のフリーキックを直接叩き込み、スウェーデンに快勝。やはり反則的な飛び道具の威力はすさまじいのか、為す術無しといったところだった。

 

もし、バイタル、中央の危険なエリアでファウルを犯してしまえば、距離、角度によっては1点を献上するほどに、榎本の左足は脅威だったのだ。

 

榎本はこれで3点目。その全てがフリーキックというのだからその精度はすさまじい。

 

 

 

 

そんな若き日本代表の躍進は、新聞やネット記事となって世界に拡散していく。世界大会が開催されていても、日本のリーグジャパンの針は進んでいく。

 

神戸戦を控えたETUの前に、吉報と言えばいいのか、それとも悲報と言えばいいのか。ある特大のニュースが飛び込んできたのだ。

 

 

少し時間が進み、ベスト4をかけた日本対クロアチアの試合で、青葉の2試合連続となるハットトリックを含む大量得点で圧勝したとのことだ。

 

———————英雄か、それとも怪物か。超常現象、本領発揮…‥

 

——————前半だけで2ゴール。強烈な日本の太陽が、クロアチアの勝機を焼き尽くす

 

—————驚異のドリブル…‥ドリブル回数25回、驚異の成功率100%

 

スタッツという選手の実力を推し量るデータが明るみになるにつれ、想像を絶する数値をたたき出す青葉の活躍は、かつての元祖超常現象が現れた時のインパクトを、正真正銘世界に刻み付けているかのようだった。

 

なお、スコアは6対1であった。

 

 

「うわっ、ついにハットトリック決めたよ、と思っていたら、次の試合でまた爆発とか」

 

赤﨑は、その記事を読んで神妙な顔になっていた。赤﨑は今シーズンから左サイドが主戦場になる方針転換もあり、練習でのコンディションも良好。神戸戦では間違いなくスタメンだろう。

 

「———————しかも、右サイドでカットイン連発だもんな。シュートシーンは全部相手振り切られていたし」

 

赤﨑の隣で記事を見ていたのは世良だった。驚異的な回復力で、当初の予想よりも早くに練習に復帰した彼は、次の試合ベンチスタートが濃厚。帰ってきた、頼れる若きエースの復帰は、神戸戦の次に行われる鹿島戦で重要になってくるだろう。

 

本職の右サイドで躍動する黄金ルーキーは、世界で結果を出している。復帰した自分も次の試合こそはといいモチベーションを持っている。

 

「有里ちゃんたちも、今頃は電話応対で手一杯なんだろうな。コシさんもたまらず電話応対する始末だし‥‥‥」

 

村越だけではない。あまりそういうのが好きではないコーチ陣もかり出され、練習に支障が起きかねないほどETUのクラブはパンク寸前だったのだ。

 

 

「‥‥‥はぁ、疲れた。もう二度と電話係なんてしねぇぇ‥‥‥」

 

そこへ、達海監督と栗澤コーチ兼スカウト、前田副GM、後藤GMが疲れ切った表情で出てきたのだ。元日本代表3トリオと、GMのそんな姿を見ると、激闘だったことがうかがえる。

 

「まあ、いつか3点取るだろうなとあいつの調子を見ていたら、予想はしていたけど‥‥まさか2試合連発っていうのは予測できんだろうよ」

 

栗澤は、乾いて笑い声を漏らしていた。そんなん予想できるかと。

 

「ドイツ戦がフロックではない証拠にもなったわけだが、素人でもその貴重な決定力は理解できるってことだ。ははは、俺、午後を迎える前に初めて100件以上電話したんだけど…‥」

 

前田は、職務上電話応対には慣れているところもあったが、まさかここまで移籍や選手についての情報を求められるとは思っていなかった。

 

「有里ちゃんや奥さん連中はメール対応で業務がやばい状態だろ? 未読メールの行数を見て俺、目が点になったぜ。なぁ、100件超えるって、結構あるの?」

 

 

「…‥‥ねぇよ、日常的にそんなんになったら今の人員で回せる力はねぇよ」

天を仰ぐ前田。

 

 

「次の試合は中2日ではあるが、追い風が吹いているのも事実だよなぁ。これ、ファイナル行くんじゃない?」

 

 

ノルウェーはチリ相手に延長戦を戦い抜き、最後はPK戦までもつれ込んだのだ。ディミトリの方は延長後半に肉離れを起こして負傷退場。アーリングが一人気を吐いているような始末だった。それに対して、チリはノルウェーのセンターアタックを警戒していた。ポストプレーを徹底的に阻止する布陣によってブロックを敷き、アーリングが何度も潰され、得点力は減少。逆にカウンターの狙い所にされていたのだ。

 

パワープレーによる攻撃に移ったが、こぼれ球に対する反応速度で小回りの利くチリの選手がノルウェーを圧倒。試合内容はチリが勝っていたと言っても過言ではない。

 

 

グループリーグでは猛威を振るった攻撃力がトーナメントでは鳴りを潜めてしまったのだ。反対ブロックではオーストラリアを下したウクライナが勝ち上がり、コスタリカが2試合連続の延長戦を制して勝ち進んでいる。

 

サッカーの最前線を走っていた欧州内での覇権交代、転換期。南米もそのチャンスを活かし切れない中、ノーマークだった極東の雄が、名乗りをあげようとしている。

 

 

かつて南米で生まれた怪物を手に入れた、サッカー大国と同じように。

 

 

 





この小説の西野監督は、現実の人物とは関係ないです。

そんな監督の下、調子好調でもフルベンという経験を得た青葉。右サイドのライバル争いに勝利し、ファイナルに進む必要があります。

しかし、歴代でもこれだけ世代に集中するのは異例だと思いました。

飛び道具最強の名手

右サイドの切り札2枚。右SBも質が〇

CBに有望株。

左サイドは守備強度コンクリ並みのドリブラー。

度胸満点のストライカーに、一列目の攻撃力を倍増させるポストプレーヤー



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第八十五話 押し上げる者


ブラン監督の後任ぐらいに順調なキャリアの西野監督。CVは鈴村健一さんか、富山敬さんです。

なお西野さんが代表監督に就任するためには、とある人物の会長職就任を阻止なければならないし、ブラン監督をアジアカップ優勝に導く必要があります。

(原作はなんだかんだ解任はなさそうですけど)




各国の反応は極東の大躍進を大々的に報じている。新世代の若き日本代表は、必ずフル代表に食い込んでくることが半ば確定的だ。

 

海外で一人活躍している昨季のオランダ一部リーグ得点王で、日本の若きエース堂本貴史。

期待通りの、この世代の日本を背負い続けてきた男。

 

その彼の控えでありながら、二試合連続ハットトリックを決めた宮水青葉。進化する超常現象は、さらなる次元へと足を踏み入れている。

 

大会屈指、否、日本史上最高の可能性を秘めるFKの名手榎本文人。彼の距離であるならば、彼は必ず枠にボールをねじ込んでくるだろうと、海外サポーターたちは畏怖と敬意をもつようになっている。FKで簡単に点が入ると錯覚させる新規ファンを作り出す。

 

日本の最終ラインを束ねる若きラインの司令塔飛鳥亨。一対一でも磨きをかけ、海外のエースアタッカー相手に互角以上の結果を手にしている。

 

無尽蔵のスタミナと走力に加え、高速クロスボールを武器とする幕張健吾。二人の右サイドのエースとタッグを組むこととなり、戦術の幅が爆発的に広がっている。

 

今大会で急成長中のCFW、秋本直樹。単なるボールを落とすポストプレーに留まらない、次の攻撃につなげる機動力有のストライカー。

 

そして最後に、J3唯一の選出の工藤春雄。センターポジション全てを担い、人間離れしたフィジカルを持つ。実際、クロアチアの選手は二人掛りでプレスに行き、それを跳ね返す姿は圧巻だった。

 

クロアチアは、中盤で絶対的なフィジカルを持つ彼を抑えることが出来ず、右からの蹂躙に対してはさらに無抵抗だったのだ。

 

そんな選手層が空前絶後な日本は、比較的楽なローテを汲み、切り札を交互に使う余裕を持っていたことから、他チームよりも消耗は最小限に抑えられている。

 

そんな彼らを待つ試合数は残り2試合となり、次の組み合わせが決まる。

 

準決勝第一試合 ウクライナ対コスタリカ

 

準決勝第二試合 日本対ノルウェー

 

 

延長戦をいずれも経験しているノルウェーは、切り札の一人であるディミトリの戦線離脱が確定。ワントップのアーリングを中心に攻めてくるだろう。しかし、上手くローテを汲むことができておらず、中二日という日程でどうなるか。ノックアウトステージ初戦がポルトガルだったことも不運の一つだろう。

 

コスタリカはペルー、セネガルといったいわゆる格下相手に順当に90分で競り勝ち、日本に次いで消耗を抑えていると言える。可変システムは若年層でも採用されており、フル代表にもつながるだろう。タレント集団ではないが、それでも粒ぞろいでハードワークが信条のチームは、団結力が並大抵のものではない。

 

大会前から優勝候補筆頭と言われているウクライナは、UAE相手に快勝してベスト8に駒を進めると、続くベスト4をかけた戦いではオーストラリアを撃破。ツートップでプレスをかけるオーストラリアに対し、試合開始早々からボランチを一枚最終ラインに追加したことで、プレスを無効化。さらに出足の遅いオーストラリアに対し、中盤でセカンドボールを奪い放題のウクライナ。オーストラリアの戦術にとっては最悪の相性と化した彼らは無数の矢となって母国の英雄のようなプレーで蹂躙。

 

急いで中盤の数を増やしたオーストラリアだったが、ウクライナはそれにも即座に対応。出足の遅いオーストラリアの背後をとるサイドアタック中心となり、押し込まれる展開となる。こうなってはカウンターの手数も増えてしまい、戦術的に追い込まれてしまった。

 

試合終了間際、オズボーンが意地のロングシュートを叩き込むも、反撃が遅すぎたオーストラリア。

 

スコアは目を覆いたくなるような結果となり、彼のシュートも最後の悪あがき。長い笛が吹かれたとき、オーストラリアは4点差をつけられていた。

 

試合後、前半から試合終了まで終始ポストプレーをほとんど封じられていたオズボーンは号泣し、打倒欧州を誓ったとか。

 

 

アジア・オセアニア予選でトップを走るであろうサッカールーズの敗北。そして、新たな伝説を作り上げるだろう欧州の古豪の復活。それは、欧州に少なくない衝撃を与える。

 

彼の英雄以来となる躍進。勢力図の塗り替え。相も変わらず欧州戦線は混沌としている。

 

 

一方、アジア各国はオーストラリア大敗の報せを知り、アジアと世界の間にはとてつもない壁があることを改めて認識することとなった。

 

だが、韓国はオーストラリアの古き良きパワープレーの回数が減ったことで彼らの弱体化を指摘。同時に、足元の技術で一朝一夕では埋められないほどの差が存在する相手に対し、ポゼッションを選択したことこそが、彼らの最大の失敗と断じた。

 

 

神戸戦が迫る中、日程が加速度的に早い世界大会。いよいよ大舞台、ノルウェーとの決戦に臨む若きジャパンブルー。

 

GK  1番 真弓慎一郎(福岡)

RSB 2番 幕張健吾(湘南)

CB 14番 井口譲二(浦和)

CB  4番 城達哉 (讃岐)

LSB20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF15番 安川走斗(千葉)

RMF 8番 堂本貴史(フローニンゲン)

LMF11番 小川知良(磐田)

OMF10番 石渡翔悟(仙台)

CFW 9番 鷹匠暎(浦和)

 

リザーブ

GK  23番 水野邦夫(名古屋)  22番 相馬元気(鳥栖)

CB  19番 本田マイケル(明治)   3番 飛鳥亨 (ETU)

RSB 16番 中条渉(岡山)

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 21番 清武周人(大阪C) 12番 工藤春雄(岐阜)

SH  22番 九鬼鉄心(大宮) 18番 宮水青葉(ETU) 12番 伊達直哉(仙台)

CFW 13番 秋本直樹(横浜)

 

この試合、青葉はベンチスタート。九鬼の方もクロアチア戦で先発した影響なのか、コンディションが上がらない。飛鳥も連戦でのフル出場が続き、先発から外れる。

 

だがこれは、西野監督のミスであることを思い知らされる結果となる。

 

 

前半10分過ぎ。それまで一貫してロングボールでのカウンターサッカーに徹しているノルウェー。ターゲットマンは勿論アーリング。

 

ノルウェーはこの試合4-4-2ではなく、3-4-2-1を採用。とにかく、アーリングにボールを当てて、シャドーでボールを拾う。その戦術に徹していたのだ。

 

だからこそ、瞬間的なセカンドボール争いで、CB2枚に対してワントップ、ツーシャドーの2枚になるノルウェー。

 

この試合シャドーで起用されたノイエ・ヴィッピアがその競り合いを制したのだ。アーリングで競り合いつり出された井口が空き、讃岐出身の城達哉が相手にする局面。

 

『ここは一対一! やられてはいけない場面!! あっとフェイクを入れて、シュートぉぉぉぉ!!!! 決められてしまった! ノルウェー先制!!』

 

切り返しにくいついてしまった城がシュートコースを開けてしまった。そしてそれを見逃すはずがない海外プレーヤー。あっさりとカウンターからのロングボールがきっかけでゴールを許してしまう。

 

西野監督ようやくシステム修正に入り、4-1-4-1でアンカーに最終ラインでのビルドアップに参加させ、榎本と石渡のダブルインサイドハーフで対応。半ばCMF的な立ち位置で、3枚で襲い掛かるプレッシングを回避。

 

しかし、ノルウェーの監督もまたカードを切ってくる。この局面で5-3-2による5バックで中央を完全閉鎖。ボールを大きく跳ね返し、中々バイタルエリアにスペースが発生しにくい状況を作り出したのだ。しかも、ロングボール戦術では劣る日本が空中戦に勝てる確率は少ない。

 

そして、先ほどのカウンターからの失点という楔が、日本のラインを上げきれない心理的ストレスにもつながる。

 

 

そうなのだ。ディミトリには劣るが、こちらはなんと195cmの巨漢の選手がターゲットマンとなり、アーリングがフィニッシャーに徹し始めたのだ。アーリングは単独での個人技も光る。数的同数なら当然仕掛けてくる選手だ。

 

そんな後方に不安要素を抱えながら、日本は同点を狙わなければならない。

 

ピッチにいる堂本は、カットインへの警戒を最大限にされ、クロス精度が劣る弱みをさらけ出していた。

 

「くっ!!」

 

堂本にカットインは許すな。縦に進ませて追い込んでカウンター。ノルウェーの図式は明らかだ。だからこそ、苦し紛れのクロスボールが日本以上に屈強なCBに簡単に跳ね返されてしまう。

 

榎本も得意のFKを得ようと中盤で潰されたときにファウルをアピールするが、審判はそれを流してしまう。ファウルはない。早く立ちなさいと。

 

——————中央完全に閉じられて、クロスボールも跳ね返される、どうすれば‥‥

 

 

今までは、疲労した強豪、前に出てきた強豪と戦い続けてきた日本。当然それらに打ち勝ち、トーナメントを勝ち進んできたが、アンチフットボールともいわれかねない守備的サッカーを前に、攻めあぐねてしまうのだ。

 

だからこそ、日本は榎本にノープレッシャーでボールを渡す、その手段に奔走する。プレースキックの精度も含めて、コントロールの良い彼の足に期待するしかない。

 

堂本が縦突破を諦めてバックパス。バックパスと同時に中に入り、CBの目を釣るのだ。それを行った瞬間に今度は下がってきたボランチの前に入ろうとするが、それもさえぎられる。堂本へのパスコースが完全に消し去られたが、彼のランニングで榎本が空く。

 

『ここで榎本シュートぉぉぉぉ!!! キーパーファインセーブッ!!』

 

ダイレクトで巻いてくるようなシュート。しかし、キーパーがそれを片手一本で止める。零れたボールをセーフティに大きく蹴りだすノルウェー。

 

 

逆にそれが、日本のピンチを呼んだ。

 

『あっとアーリングにわたってしまった!! アーリング、城を躱す! 完全に抜け出した!! キーパー出られないっ、井口必死に戻る!!』

 

後ろからのボールを正面から入ってトラップ。背後の城に対してブーメラントラップで簡単に躱したのだ。城は前に釣りだされ、バランスを崩してしまう。しかしアーリングは逆にトップスピードに乗ってゴール前に迫る。味方のサポートはないが、数的にはやや不利なだけだ。彼がためらう理由はどこにもない。

 

『流し込んだぁ!!! 2点目‥‥‥っ  日本追加点を許します! 前半30分で苦しい展開です』

 

『前に出なければゴールは奪えない。かといって今みたいに球際でやられちゃうと取り返しがつかないんですよね』

 

しかし、ついに日本はバイタルエリアでFKのチャンスを得ることに成功。前半44分。アディショナルタイムはあまりないと判断できる中、榎本がボールをセットする。

 

既にボールをセットした時には45分を過ぎており、これが前半ラストプレー。

 

『さぁ、榎本文人! その左足からの正確なキックで、まずは点差を縮められるか!? 前半ラストプレーです』

 

『これ凄いプレッシャーですよ、0-2から1-2になれば後半分からなくなりますよ』

 

榎本は、初戦以来の苦しい空気を感じていた。日本の戦術を研究し、自分たちの出せるカードが少なくなっていく。ノルウェーは日本よりも苦しいコンディションだった。それなのに、今負けているのは日本だ。

 

——————この左足で、俺は成り上がる。新潟から世界に羽ばたくために。

 

いつものように、心を落ち着かせ、前を見る。風を読む。壁を見る。

 

 

『これはもう、榎本とノルウェーの勝負になっています』

 

 

深く、深く深呼吸する。そしてボールを見る、もう一度壁を見る。

 

しっかりと助走の前準備をする。しっかり自分は地面を踏みしめているのか。腰のひねりは違和感がないか。可動域が歪んでいないか。

 

—————うん、大丈夫だ。今日も俺は、問題ない。

 

体に問いかけて、榎本は確信する。全てのルーティンを終えて、イメージする。弾道を、キーパーの反応を、壁の動きを、止まっている現在から未来を予測する。

 

助走をつける。いつもの距離、いつもの歩幅。いつもの速度。体重のかかり始めも寸分たがわない。イメージ通りの始動。

 

『いつものように、榎本が助走をして——————』

 

インパクト。その直前のひねり。問題ない。全てがイメージと違わない。

 

—————俺は人事を尽くしている。そして、その未来を掴み取る準備は出来ている。

 

 

全ては榎本のイメージのまま、ボールが奇跡を描く。

 

 

——————高いっ、いや、揺れながら落ちるっ!?

 

キーパー反応できない。コースから外れたかに見えたボールの軌道が、悪魔的な変化を生む。

 

 

『縦に落としたァァァァァァ!!? 榎本の左足!! 榎本の左足です!! 新潟が生んだ、史上最高のプレースキッカーが!! 劣勢の日本に、追撃の得点をとってくれました!!!』

 

『凄みすら感じる貫禄。完ぺきなスピード、変化、コース。キーパーノーチャンスでしたね』

 

 

海外では、FKで4点目を奪った榎本への注目がとんでもないことになっていた。不発の堂本よりも、チャンスであると言われるほどに。

 

—————また榎本が決めやがった、なんてゴールだ

 

—————彼はまだ20歳なんだろう? いったいどこまでFKでゴールを奪い続けるんだ!?

 

——————彼のFKについて、語ることはない。なぜなら、結果が分かっているからだ。

 

—————クラック(名手)だ!! 彼はFKのクラックなんだ!!

 

——————何そんな当たり前のことを叫んでいるんだ!! この劣勢で決めきる力は凄い。今すぐうちの贔屓に来てくれ!!

 

 

劣勢の中、選手がまず自力で点を奪った。西野監督も手をこまねいているわけではない。

 

「—————————確かに、あの守備陣形は容易ではない」

 

しかし、突破口は見つけた。ノルウェーイレブンは、シャドーを除いて屈強なフィジカルを持っている。反応も悪くはない。だが、やはり展開力はないのだ。とくにSBのクロスボールは幕張に比べればひどいの一言だ。

 

ワイドCBの動きも、この前半で確認できた。堂本の不発に終わったカットイン、幕張が何度も繰り出したサイドチェンジのボール。簡単にクリアされたり、中を封鎖されて不発には終わったが、惜しい場面も全くなかったわけではない。

 

まずは西野監督、前半で小川を諦め、九鬼を投入する。

 

「狙うならば、ワイドCB。数的不利のまま、そのポジションに対して数秒でもいい。数的有利を作れ。他の者はいつでもボールを受けられるポジションを維持し、他ポジションをけん制」

 

「安川は引き続き、アンカーポジションで最終ラインの組み立てに参加。榎本は右にポジションを張り、二列目の石渡と九鬼は榎本のパスコースを作れ」

 

 

 

「はい!」

 

「うっす」

 

「石渡のボールが入った場合、榎本は常にワンツーのポジションに固定。相手のIHがしつこい場合、SB間でのサイドチェンジを狙い、相手を走らせる。中盤三枚のノルウェーは連戦で疲労している。後半からスライドは間に合わなくなるだろう」

 

 

「幕張、赤間。サイドチェンジのボールは滞空時間の長いボールを選択しろ。ギリギリまで相手を食いつかせる。ボールを奪われたとしても、ノルウェーにはセンターアタックしかなく、組み立てを出来るだけの余力もない。5-3-2で中盤の枚数も少ない。プレッシングすれば必ずロングボールを蹴ってくる」

 

「そして、堂本、九鬼はセンターの鷹匠が一対一に持ち込めるようワイドCBに付け。ダイレクトプレーを意識し、中でのプレーをするんだ。ワイドレーンはSBが担当する」

 

その後、さらに細かい守備の取りまとめが行われ、西野監督はイレブンに対してカツを入れる。

 

「我々は現在1点ビハインドだが、気にすることはない。要は長い笛が吹かれる瞬間に、勝っていればいいんだ。策は用意してあるから、思いっきりプレーしろ、以上だ」

 

スライドに強く、鉄壁の防御を前半で見せたノルウェーの守備陣形。

 

 

だが、西野監督の采配がそれを鮮やかに突破していく。

 

 

彼の言った通り、サポートに入ったボランチを捕まえることが出来ず、かといってつり出された場合、中盤の枚数の少ないボランチが明けたスペースを使われるのは、5-3-2の陣形の意味をなくすと同義である。

 

日本は高いポジションで攻撃の組み立てを行うことが出来、中盤の三枚は西野監督の予想に反し、後半立ち上がりからスライドについていけてなかった。

 

 

——————監督の言った通りだ、5-3-2の弱点をこれでもかと

 

 

榎本は完全にフリーでボールを持ち、中盤フリーで攻撃を組み立てることができる。プレスバッグするシャドーの2枚だが、CB2枚とアンカー1枚がそうなるとアーリング1枚で見る必要がある。

 

結果的に、ノルウェーは前線、中盤でのボールの狩り所を失い、運動量が増大していく。それは、ノルウェーが一番恐れていることで、疲労している選手たちの足が止まっていく未来が近づくということである。

 

後半4分。最初のチャンスが訪れた。

 

 

突破した石渡と榎本のワンツーで中盤のプレスを掻い潜り、中でプレーする堂本、九鬼が絶好のポジション。

 

石渡のパスを堂本が受けたリターン。そしてボールを受けに、サイドCBをつり出す。その刹那のタイミングを鷹匠と石渡は見逃さなかった。

 

サイドCBが空けた背後のスペースが致命的なほどに空いたのだ。

 

—————ここまで、戦術で変わるものなのかよ

 

鷹匠はフリーでボールを受ける。中央CBがつり出される。ワイドCBは堂本がクロスを受けようとするのを阻止する。だが、最終ラインの陣形が崩れた。

 

刹那の数的有利。

 

堂本のスライドに対応した中央CBが、一瞬だが中に切り込んだ九鬼を見てしまった。

 

————この時点で、勝負ありということか。

 

 

選手が連動して動き、相手が動いた背後を突く。西野監督の戦術は数的有利を作り、連動して崩す攻撃的サッカー。

 

 

鷹匠からの折り返し、堂本は横に流れながら九鬼へのラストパスのコースを作り、九鬼は背後から迫るワイドCBのファウルを受ける。

 

倒れる、そして笛が鳴る。ノルウェーは致命的なほどに守備を攻略されたのだ。

 

『あっと倒されたぁァァァ!!! 日本ペナルティキックを得ます!! 倒れた九鬼は、ボールを放しません』

 

『攻めあぐねた5バックを攻略して、中央突破ですか。凄いですよ、今の攻撃』

 

九鬼が難なく逆を突いてまず同点。後半6分。

 

 

中央攻撃での脅威を感じてしまったノルウェーは、スライドが鈍くなる。そして中盤でのボールを刈り取る必要があるとWBが高い位置を取り始める。だが、ワイドレーンで温存されていたSBがその運動量で悉く背後を突く。

 

幕張からの正確なクロスボールがフリーの状態で放たれるのだ。

 

ワイドCBは何をしている? いや、中に入り込んだサイドハーフを見ている。ボランチはどうしているのか? ダメだ、日本のボランチのポジショニングに手を焼いている。

 

西野の眼力が、ノルウェーをさらけ出す。

 

 

だからこそ、鷹匠のニアサイドへの基本的な抜け出しに、一対一、常に不利な状況で勝負を強いられる中央のCBが後手に回る。

 

『鷹匠飛び込んだぁぁっぁ!! 日本勝ち越し!! 決めたのはFWの鷹匠!! 3対2となりました!!』

 

 

 

続けざまに得点を決め、勢いに乗る日本。攻撃的にWBをあげてもだめ、5バックは先ほど攻略された。4バックでの守備に不安があったからこそ、当初の戦術をくみ上げた。

 

ダメだ、打つ手がない。時間が過ぎ去っていく。

 

後半18分、日本は2枚目のカードを切る。得点を決めた鷹匠が下がり、秋本直樹。

 

フレッシュでポストプレーを得意とする秋本が前線で違いを見せる。彼は中央CBとワイドCBを釘付けにし、ダイレクトフライスルーパスで石渡からの縦パスを芸術的なアシストに変身させたのだ。

 

後半21分。鮮やかなそのラストパスに反応するのは、前半封じられていた日本のエース。

 

『ダイレクトだァァァァァァ!!! 堂本が目覚めた!! 日本のエースがついに目覚めた!! 後半21分!! 鮮やかなダイレクトプレー2連発で、最後は堂本貴史!! キーパー足を延ばしましたが、及びませんでした!!』

 

その後、鮮やかな逆転劇を世界に見せつけた日本代表。そのまま時間の針は進み、後半38分。集中力のキレたノルウェーが、危険なエリアでFKを献上してしまう。

 

 

『キーパー反応しましたが、やはり決めました!! 榎本2点目! FKで連発です!! この神業FKは、やはり普通ではない!!』

 

決定的な5点目を決め、日本はそのまま勝利。ノルウェーは、エースアーリングを封じられ、戦術的にも攻略され、見どころのない敗戦となった。

 

この試合、宮水青葉に出番はなかった。彼は攻撃的ポジションだけではなく、中盤も出来るだろう。しかし敢えて、西野は彼を出場させなかった。

 

—————彼は、今日ピッチに立った誰よりも、究極の個を持つ存在だ。ピッチではわからない、この視野の広さを、彼が持つことが出来れば

 

 

最高の状態で、決勝に勝ち進んだ日本代表。反対ブロックのウクライナもまた、

コスタリカを下し、決勝に進んでいる。こちらも監督の采配で勝ち進んできたのだが、やはり、FKが得点源になるとんでも選手や、超常現象、オランダリーグのトップスコアラー、スペイン一部濃厚のWGほどの選手はいない。

 

この世界大会で、日本はそのファイナリスト相手にタレントで勝ることを証明した。

 

長らく、アジアは欧州、南米の後塵を拝んできた。だが、中東の国家プロジェクト、中国の巨額の投資、今年からアジアに参画する新たな風、ニュージーランドの存在。

 

ここから、この世代から始まる、アジアの逆襲。若き日本代表は、西野監督は、その証を世界に刻み付けることができるのか。

 

 




可能性世界では”彼”が会長職に就任してしまい、青葉(当時20歳。アーセナル所属の絶対エース、無敗優勝の立役者)がサッカー以外のことで多大な労力を使い、何とか腐敗を摘出することに成功。

しかし、青葉は自ら責任をとって代表引退に追い込まれてしまうという誰も救われない結果になりました。


その後、サポーターからの熱い代表復帰の嘆願と、協会が混乱している直後に中継ぎ扱いで就任した西野監督の三顧の礼によって2022年本番に間に合いました。




この世界線でも”彼”は存在するので、力を持つ切っ掛けになるブランのアジアカップベスト4敗退を阻止する必要があります。


後は改心した城之内記者(エリアの騎士に登場)と愉快な仲間たちがあの野郎を何とかしてくれるでしょう。(ちょこっとだけ、小話や記事ぐらいで描くかも)




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第八十六話 伝説の再来と、今を往く至宝

この情勢の中、欧州での現状を見て、大幅な内容変更も考えましたが、敢えて変えずに投稿することにしました。

消えたらごめんね。

正直、あの国が無くなるのは辛い。


ウクライナ対日本の世代別ワールドカップ決勝の組み合わせは、フットボール界でも大きな話題を呼んだ。

 

何せ、黄金世代以外目立った成績を残せていなかった極東の中堅国と、長らく西欧諸国に水をあけられていた古豪。

 

 

ウクライナは試合を重ねる自分たちの力を取り戻していくチームだった。開幕当初から満身創痍であった。

 

エースの不調、司令塔、もう一人の切り札の離脱。全員攻撃、全員守備による献身性で、ここまでを勝ち上がってきた。

 

欧州予選でフランスを粉砕した左の切り札は、このノックアウトラウンドでようやく戦線復帰した。それまでは交代選手を使って“彼のプレー”を無理やり再現していた。

 

ウクライナは、彼の組み立てを最も生命線としていた。だからこそ、すでに5大リーグ以外で足跡を残しつつあったエースの代役達にとっても、彼の離脱から始まった不調に悩まされたエースにとっても、切り札の完全復帰は、ウクライナの初優勝に大きなプラス要因となった。

 

かつて、ウクライナを強豪国に押し上げた彼らのサッカー界の伝説的な男に、憧れを抱いた少年がいた。

 

自分こそが、時代のウクライナの矢になるのだと。必ず、次代を担うウクライナの矢となり、勝利を齎すゴールを絶対に奪う選手になるのだと。

 

 

すでに世界から取り残されつつあると分かっていながら、白い巨人で司令塔に君臨した伝説の男を目指す、不器用なファンタジスタがいた。

 

もう一度風を吹かせるのだ。自分は、自分たちはまだ、終わった存在ではないと。

 

 

 

最後に、現代サッカーの現実を感じ、最も過酷で、最も重要なポジションを選んだ、責任感の強い男がいた。

 

「———————お前のマッチアップする相手、奴はどうなんだ?」

 

自称ウクライナの矢を志す青年は、その左サイドバックに問うた。すでに、オランダリーグで活躍する“あの男”でないのは周知の事実だった。

 

「かなりやる。まさか僕と同じぐらい速い人がいるなんてね。フランスの俊足君とは違う、もっと脅威的だと思うな」

 

明朗且つ微笑みが似合う金髪の青年は、すでに歴史に名を刻みつつある一回りも年下の少年をそのように評した。

 

「なら俺に出来るのは、いいパスを出して、攻撃時にお前の労力を軽減させるぐらいだな。無駄なパスは出さない。失敗もしない。お前の走りをすべて決定機につなげてやる」

 

「おいおい。この司令塔とは思えない真面目ぶり。なんでお前ファンタジスタ目指してんの? 性格適正真面目に考えたのかよ!」

 

仲間たちに弄られる古き良き司令塔を自称する青年。試合中この男はぜぇぜぇと息を切らしながらボックストゥボックスの動きをし続けるため、いつも試合前に茶化されるのだ。

 

お前いつも試合終了後に力尽きてんな、って。

 

「現代サッカーで司令塔が生き抜くためには、守備も必要なんだよ‥‥‥あの人に憧れているが、それでも現実は見えているさ‥‥‥」

 

「それよりも、カミカゼのようなダイビングヘッドの選手がジャポンにはいるみたいだ。クロスボールの競り合いで簡単に失点するようなら、うちに勝ち目はないぞ」

 

ウクライナ若手の間でも、球際で恐れを知らない鷹匠が見せる覚悟の決まり様は、狂気的であり、日本を警戒する一つの要因となっている。

 

「左はあの怪物を押しとどめておいてくれ。右で決着をつけて、さらっとこのチームを勝たせるさ」

 

 

 

 

そして、それまでの和気藹々とした空気の中で、一人だけ自分の感覚を研ぎ澄ませている男がいた。

 

「…………………………‥」

 

その男は試合前、必ず重低音が鳴り響く音楽を聴き、瞑想をしていた。目は固く閉じたまま、しかし寝ているわけではない。

 

全て、瞑想しているのだ。日本のディフェンスラインを推察し、想像し、どうすれば奴らからゴールを奪えるのかを。

 

まさしく、ゴールこそが自分の生きる糧、ゴールこそが自分の存在意義、そんな少しイッテしまっている思想の持ち主だ。

 

「ヴェルモンドの奴。またあの重低音を聴いているぜ。しかも相手の国の楽器、なんだがなぁ」

 

「しかし、腹の底に響くあの音は、何か喝を入れられた気分になる。いつも通りということは、トーナメントでのアイツの完全復調のまま、今日も試合でゴールを決めてくれるさ」

 

 

ウクライナは、このファイナルでついに完全体となって日本と戦う準備が既に完了していた。

 

 

日本では、ウクライナは本調子には程遠く、離脱していた選手たちも病み上がりであるため初優勝にかなりの期待感を持っていた。

 

なにせ、こちらには宮水青葉がいる。今大会のラッキーボーイであり、原動力の彼がいる。歴代最高の選手層がある。

 

その悲願は目と鼻の先だ。

 

 

日本のロッカールームではだれもそのことについては口にしない。初優勝とか、そんなことは意識せず、ただこの試合に勝つことだけに集中していた。

 

いつもムードメーカーな堂本でさえ真剣な表情。ただそれが、青葉にはどうも固いと考えていた。

 

 

 

 

そして、両チームのスタメンが発表される。

 

 

ウクライナは、このトーナメントで復帰した左サイドバック、20歳のムイーロ・ヴェントゥーノにキャプテンマークが巻かれている。若くしてスペイン一部アトレティコでポジションを確定させ、あの2大強豪クラブを抑えての優勝に大きく貢献している。白い巨人にカップ戦で悔しい結果に終わっていただけに、リーグタイトルは格別だった。

 

彼はまさにアトレティコ、ウクライナにとっての至宝。リーグ戦では2チームの大エースとのマッチアップを制しており、チームも勝利している。

 

今、25歳以下において最も世界のトップに近いサイドバックと言われている最強サイドバック。

 

 

その彼とともに最終ラインを守る屈強なCB、右サイドバックもかなりのフィジカルを備える。

 

ダブルボランチの前に居座る現代のファンタジスタ復権を担うと自称する男、19歳のシンチェンコ・ダンティスがいる。イングランドプレミア一部チェルシーからドイツ一部フライブルクにレンタル移籍している彼は、すでに今シーズン王者相手にハットトリックを決めてカップ戦を制するなど、大舞台での強さが尋常ではない。続くリーグ戦でも王者キラーぶりを果たし、王者相手に彼は未だ無敗を継続している。

 

 

そして、最前線で憧れの選手に並び立つことを志す、新生ウクライナの矢。

 

 

20歳のヴェルモンド・シュヴェーツィは、プロ契約時からウクライナの矢に対するリスペクトと、彼が果たせなかったワールドカップ優勝を目指すと公言する男だ。

 

あまり口数の少ない彼は、手始めに世代別17歳以下のワールドカップでチームを優勝に導き、自身も得点王というストライカーならば必ず目指す偉業を達成している。

 

その大会では日本は1対5で完敗を喫しており、ヴェルモンドにはハットトリックを決められていた。

 

特に、その記憶を色濃く刻み付けられている井口、榎本、堂本、幕張は、この大舞台でのリベンジのチャンスが巡ってきていたのだ。堂本の表情が固いのは、このためだ。

 

大勢が決まってからの反撃のゴール。遅すぎる得点を決めた彼は、ウクライナが笑顔になる瞬間をピッチで見ていた。

 

——————あの時とは違う。このチームは、この世代は成長した。この試合を制するのは、俺たちだッ

 

GK  1番 真弓慎一郎(福岡)

RSB 2番 幕張健吾(湘南)

CB 14番 井口譲二(浦和)

CB  3番 飛鳥亨 (ETU)

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF10番 石渡翔悟(仙台)

RMF 8番 堂本貴史(フローニンゲン)

LMF22番 九鬼鉄心(大宮)

OMF21番 清武周人(大阪C)

CFW 9番 鷹匠暎(浦和)

 

 

リザーブ

GK  23番 水野邦夫(名古屋)  22番 相馬元気(鳥栖)

CB  19番 本田マイケル(明治)  4番 城達哉 (讃岐)

RSB 16番 中条渉(岡山)

LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 12番 工藤春雄(岐阜) 15番 安川走斗(千葉)

SH  18番 宮水青葉(ETU) 12番 伊達直哉(仙台)

CFW 11番 小川知良(磐田) 13番 秋本直樹(横浜)

 

 

ほぼベストメンバーで臨む日本。恐らく中盤で絶対的なフィジカルを持つ工藤を後半に投入する意図が見られる。前半はとにかく手数で攻める算段だ。司令塔タイプの石渡を中盤に置いたのも組み立てを強化したのだろう。

 

右サイドはエース堂本。マッチアップするのは、直接対決で何もできなかった因縁の相手、ウクライナの若き四天王の一人、ムイーロ。彼が得点を決めたのは、彼がピッチから下がった後のことだった。

 

飛鳥亨は、今大会アーリングの陰に隠れながら、得点王争いに名乗りを上げているヴェルモンドのパワーとスピードに対応する必要がある。

 

消耗したアーリングとは違い、こちらは完全復調のエース。

 

 

そして、おそらくもっともこの試合でクオリティを見せるウクライナの司令塔シンチェンコ・ダンティス。彼はここまで7アシストを決め、自身も2ゴールを記録するなど、不調が囁かれながらも「彼にしては不調」状態だった。

 

しかし、コンディションは既に万全だ。

 

そして、この大一番でベンチスタートとなったのは青葉。ここまで結果を出してきていたが、堂本の牙城を完全に崩すには至らなかった。

 

『いよいよ始まります、アンダー20ワールドカップ決勝戦。どちらも初優勝がかかる大一番ですが、この競り合いを日本が競り勝ってほしいものです』

 

『スターティングメンバーにはGKの真弓、最終ライン右からは幕張、飛鳥、井口、沖名の4バック。ダブルボランチは榎本と日本の10番石渡。二列目は日本のエース堂本、トップ下清武、左には九鬼鉄心。最前線ワントップには鷹匠が入ります』

 

『今大会攻撃陣が好調ですからね。エース堂本選手、九鬼選手、鷹匠選手の攻撃に期待です。彼らが仕掛ければ、榎本選手のフリーキックがスタンバイしていますから』

 

『今大会成長著しい工藤春雄、日本の超常現象宮水青葉はベンチスタート。これは後半にギアをまた入れてくるとみていいでしょうか』

 

『そうですね。ウクライナは勝ち上がる毎に力を取り戻してきているチームです。エースストライカーのヴェルモンド選手が復調したことで、最終ラインの負担はかなり重くなるでしょうが、競り合いで勝ちたいですね』

 

試合開始の笛が吹かれ、ウクライナボールで始まる前半戦。ウクライナは可変スリーバック気味に攻撃を組み立ててくる。

 

最終ラインのCBのボール回しに左サイドバックのムイーロ。堂本が距離をゆっくり詰めながらプレスを掛けに行くが、

 

—————ドリブルがさらにキレが‥‥ッ!

 

外へ外へと追いやるディフェンスでチェイシングする堂本をターンで振り切るのではなく、後の先の様な左足の甲から始まった抜け出し。ボールを引き摺るようなドリブルで、一瞬で間合いを崩されたのだ。

 

ムイーロの抜け出しに連動する司令塔シンチェンコ。ダイレクトで逆サイド広く張っていたウィングにロングフィード。

 

「やばいっ!!」

 

沖名太陽の前で柔らかいタッチでトラップし、前を向くウィングの選手。すぐさま、縦を抉ってくる。ここは競争だが

 

「なろっ!! いかせっかよ!!」

 

沖名が足を出してクリア。ボールはタッチを割る。シンチェンコのダイレクトロングフィードは確かに脅威だが、前の選手を潰せた。日本は守備に備える。

 

前線で足掛かりをつかんだウクライナがパワープレーに切り替える。シンチェンコについた榎本だが、強さを見せるシンチェンコ。

 

——————くそっ、足が届かない

 

背負ってのプレーでありながら、それを感じさせないフィジカルの強さ。つまり、現代サッカーでは榎本のフィジカルは海外リーグで通用しないということだ。

 

そして縦パス。日本の右サイドを抉る深いボールを折り返すのは左サイドハーフの選手。すぐさま幕張が対応するが、インナーラップするムイーロに堂本が遅れた。

 

—————く、そっ、こいつの攻め上がりを警戒しないといけねぇのに

 

何とかシュートを防ごうと体を張る堂本だが、ムイーロは縦に仕掛け、堂本を抜き去る。

 

 

『クロスボール入ってくるぅ!! 井口ヘッドでクリア!! しかし、まだ終わっていないウクライナ! いったん右サイドに預けて縦パスはいる!! ここで、リターン!!』

 

サイドハーフとサイドバックの間を狙っていたサイドハーフが、中央から下がってきたボールを捌き、自分にパスを出した右サイドバックの選手に反応していた。

 

大きく三角形を作りながら、速い球足のスルーパス。

 

「‥‥‥っ」

 

飛鳥はそのクロスボールとサイドを崩された瞬間、目を外してはならない相手を生み出してしまった

 

そして、その選手は完全に飛鳥の背後を、彼の死角を狙っていた。

 

日本の守備を支える最も貢献度の高い男を狙い、確実に彼の隙を窺う。怪物には、勝利するための一手が見えていた。

 

 

ダイレクトで折り返したボール。飛鳥の前に躍り出たウクライナの矢が、ヒールでボールの軌道を変えることによって、日本の最終ラインは致命的なシュートコースを突かれることになったのだ。

 

『クロスボールずらされたぁァァァ!!! 日本失点!! 前半9分でのゴール!! 新生ウクライナの矢、ヴェルモンドの得点でリードを奪われました!!』

 

『飛鳥選手が体感する世界トップの、ストライカーのレベル。その抜け出しは、まだ会ったことがないでしょうね。あのスルーパスでラインも崩されましたし、』

 

そのゴールを、反応することすらできなかった飛鳥。呆然とヴェルモンドの無言のゴールパフォーマンスを見送ることしかできない。

 

——————ダイアゴナルに、一気に詰められた‥‥‥

 

これが、万全の状態の世界トップレベルか。

 

 

 

さらに、日本は速めの高速アーリークロスに弱いという弱点を、コートジボワール戦で露呈している。それを狙わないはずがない、左サイドバックのムイーロ。

 

「くっ!! このっ!! あっ!!」

 

気持ちに焦りが出始めている堂本のプレスをまた抜きで躱し、その瞬間にスピードアップ。ウクライナの選手が彼の動きに合わせて連動していく。

 

世界最先端を走る左サイドの司令塔が、日本の弱点を間髪入れずにつくのだ。

 

 

そして、ヴェルモンドのデコイランで抜けたスペースに走りこむのは司令塔のシンチェンコ。しかし過ちは繰り返さない。ボランチ榎本が寄せにかかる。

 

——————縦関係の連動性は嫌と言うほど見せられた。ここを止めれば!!

 

しかし、ここで榎本を背負ってのダイレクトプレー。ロングフィードをダイレクトでノーマークの選手へとはたいたのだ。

 

利き足の左足がダイレクトに、裏へと走りこんでいくウイングへとボールが渡る。右サイドの幕張は完全に裏を抜かれた。

 

後は、完全にフリーで、優しいクロスボールに対して、自分のタイミングで打つだけ。

 

『フィリウス、ダイレクトぉぉぉぉ!! あっとバーだ!! 助かりました日本!! しかし、中央、サイドと崩されている日本!! 何とかしのぎ切りたい!!』

 

 

猛然と日本がプレッシングを行うも、ウクライナは慣れたボール回しで鳥籠の如くポゼッションを維持する。日本はその間にラインを上げるが、最終ラインへの圧力が足りない。

 

 

ウクライナの可変スリーバック。左サイドバックを入れた特殊な陣形が、日本に歪さを生み、ウクライナの左の司令塔がその悉くを突くのだ。

 

 

前半20分。目安となる時間帯にウクライナが仕掛ける右ウィングの仕掛けに合わせて、司令塔シンチェンコがボランチにボールを戻し、すぐさまスプリント。まるで右ウィングの攻撃を助けるように並走し始める。

 

左サイドバックの沖名はマークを絞りづらくなるため、ボランチの石渡がフォローに入る。

 

—————局所的な数的不利が、そのまま致命傷になる! ここは何とかコースを!!

 

 

だが、それはボランチからのそれはシンチェンコへのパス。右ウィングのパスコースに躍り出た

 

 

 

かに見えた。

 

「!?(トラップスルー!? しまっ、振り切られ)」

 

 

ここでシンチェンコがトラップスルー。からの抜け出しで石渡を置き去りにし、続く接近してしまった沖名の背後を確実につく縦パスで、右ウィングは完全にフリーとなった。

 

そして、フィジカル的な格差によって石渡のプレスバッグは効力を発揮できず、簡単に突き放されるのだ。

 

味方の為に走り、必殺のラストパスを供給する。敢えて相手選手を惹きつけ、正確無比なボールを味方に与える。

 

彼の味方選手は、遥かな自由を与えられ、まさに水を得た魚の如く躍動する。

 

 

センターバックの井口が対応するも、やはりウクライナトップの選手。状況的に追い込まれている日本の精神的不利を逆手に取り、縦突破で脅しつつもカットインを選択。

 

 

井口、先ほどのヴェルモンド、シンチェンコの連係プレイが脳裏をよぎってしまい、簡単に振り切られる。サイドアタッカーにとっては理想的、斜め45度からの十八番。

 

 

日本の若手“トップ”プレーヤーのチャレンジ精神は、“この世代“のウクライナの”若いプレーヤー“たちにとって、欧州にとっての常識なのだ。

 

 

前半24分。デザインされた崩しによって日本は失点を喫した。

 

 

『カットインから叩き込まれたぁァァァぁ!!! 日本さらに失点!! 右サイド、クルドのゴールで点差は2点に広がります!!』

 

 

ここで西野監督。ようやく対抗策を編み出し、鷹匠が引き続き最終ラインにプレスをかけ、もう一枚のcbには2枚目で清武、ムイーロに対しては九鬼で対処。堂本の苦手意識なのか、今日はドリブルを悉く封じられている。

 

そして、トップ下清武の開けたスペースに石渡を配置。両脇には堂本、榎本を配置。トリプルボランチ気味にプレスをかけることで、可変型3-3ラインを前線に形成。数的不利を解消させ、ウクライナの可変スリーバックに対処。

 

攻勢に打って出るためにコンパクトにラインを上げることが要求され、最終ラインはラインを上げる。キーパーもエリア外からボールを触る回数も増える。

 

 

サイド守備において世界最先端の技術を持つ九鬼鉄心が堂本と入れ替わる形で右サイドへ。堂本は3ブロック中央の左サイドを担うことになるが、後半の戦い方がある程度ここでひとつはっきりする。

 

堂本は前半までだと。

 

 

膠着状態続く中、ムイーロは九鬼相手に堂本のような仕掛けが出来ずにいた。

 

——————間合いの外から、嫌らしく接近してくる。上手い選手だ。だけど、

 

ムイーロには自分が動かなくても、パスレンジが無限大に等しいギフトがある。即席で作った3-3ブロックの穴を見つけることなど、上空の鷹の目で捕捉するのと同じくらい容易い。

 

フィジカルギャップのある榎本が悉く狙われる。相手のスプリントに追いつくことが出来ても、起点を作られてしまう。

 

フリーキックで叩き込まれる前に、このフィールドで完膚なきまでに榎本を潰せ。

 

ウクライナは彼の飛び道具を恐れていた。だからこそ、プレスバッグは徹底的に、ファーストディフェンスも早い段階から苛烈なものとなっている。特に、榎本への寄せの速さは尋常ではない。

 

 

自分が狙われているという自覚、それに対して有効な策がこのピッチにいる人間では困難なこと。自分は何もできない事。ウクライナは嫌と言うほど榎本に現実を教え込んだ。

 

—————なめやがって!! 俺ならだれでもキープできるってか!!

 

 

20歳という青年期において感情を制御するのは容易ではない。ましてやサッカーという試合で、大舞台で、苦境の状況で落ち着くことができる人間は希少だ。

 

 

シンチェンコは後ろからやや無理やりなタックルを仕掛ける榎本を誘い込んだ。足が絡んでしまう。

 

 

「なっ、(しまっ、誘われ——————)」

 

ここで榎本にイエローカード。笛と共に黄色いカードと突きつけられる。すぐさま、日本は飛鳥のクリアを回収した幕張がロングフィードを狙う。その先には九鬼鉄心。

 

 

しかし、九鬼もまたムイーロの寄せの速さにボールをロスとしてしまう。幕張がボールを持った瞬間に最もパスが渡るであろう選手を特定するのは、彼にとって容易いことだ。

 

つまり九鬼は、ロングフィードを貰った刹那、すぐさまムイーロと対面して潰されてしまったのだ。

 

——————奴はエスパーか何かか!? ボールが!!

 

このまま流れを作れなければ、日本は嬲り殺しに遭う。そうでなくても、青葉という後輩に情けない姿をさらすことになる。

 

だからこそ、石渡がそのわずかな隙を突く、上りを見せたのだ。彼の不調から始まった得点力不足の低迷期。シュートを忘れたのではないかと言われるほどバッシングの対象となった。

 

背番号10の実力を見せることが出来ていない。重圧は特別なものだった。

 

——————ここで、10番が日本を救えなくて、俺は何のためにこの数字を背負っているんだ!!

 

 

『ここで倒された!! やや遠いが、榎本の距離です!! 石渡がファウルをもぎ取りました!!』

 

そして榎本が最も得意とするゾーンでファウルを貰ったのだ。ついに日本最高の飛び道具のお披露目だ。

 

味方が繋いでくれたチャンス。榎本は、かつて無いほどに不安定だった。

 

 

自分の出来の悪さ、劣勢の展開。前半もこれ以上の失点は許されない。ここで自分がフリーキックを決める。

 

 

決める、決めて見せる。決めないといけない。

 

 

重圧がのしかかる初優勝のプレッシャー。世界の大舞台という魔物が榎本を蝕む。

 

—————落ち着け、落ち着け。コース取り、いつものリズムなら‥‥あのリズムなら

 

 

榎本が助走をつける。ファンは、サポーターは、仲間たちは榎本の放物線を見守る。

 

 

—————————————    、

 

 

 

『キーパー動けず、クロスバーだぁぁァァァ!!! 榎本のシュートは惜しくもクロスバー!! 日本決定機でしたが、惜しくも得点ならず!!』

 

 

呆然としているのは榎本。最後の刹那、力みがあったことを自覚していた。蹴った瞬間に悪寒がした。自分のリズムが崩れていたと。

 

 

 

対するウクライナ。榎本が外したことにより安堵する一方で、それでも彼のキック精度は凄まじいものがあると認識する。

 

————————あの男を、目覚めさせてはならない。

 

それが起こることはつまり、ウクライナが負けるということだ。必ず勝負所で彼に仕事をさせてはならない。

 

 

「やはり、プレッシャーをかけ続けた甲斐があったね」

 

ムイーロは榎本が外したこと、その後の彼の動きを見て、確実にその精度にひびを入れることが出来たと認識した。

 

「えげつない作戦だが、奴はある意味このピッチで一番警戒すべき存在だ。このまま眠っていてくれるといいんだが…‥」

 

シンチェンコは気の毒だと思いつつも、彼が目覚めた瞬間苦境に立たされることを知っているため、それ以上は言わない。

 

 

ゴールキックから大きくボールを蹴りこんだ際、審判は時計を見て長い笛を吹く。前半終了の合図だった。

 

 

『ここで前半終了です! 2点ビハインドから後半は意地を見せることができるか!! 泣いても笑ってもこれが今大会最後の試合です!! 宮水青葉の出場はあるのか!!』

 

 

たどり着いたファイナルは、ヤングサムライジャパンを最も追い込む、最も過酷で、最も苦しい試合と化した。

 

「————————ッ」

 

完璧に封じられてしまった日本のエース。あの時と変わらない。むしろ、その差は広がる一方だった。

 

5大リーグで世代最高のSBと名をはせた彼と、5大リーグ以外の欧州で、得点王の自分。

 

 

3年前の屈辱をばねに、前に進み続けた結果、待っていたのはより強大な壁として立ちはだかる宿敵。

 

「——————あそこで、——————あそこで俺が、—————ッ」

 

FKの名手は、この大舞台の空気に、雰囲気に飲み込まれた。悔しさに震え、闘志は衰えるどころか、煮え滾っている。だが、自らのリズムを自ら崩し、今チームを追い込んでいる自責の念を前に、こぶしを握り締めることしかできない。

 

 

———————コートジボワールとの戦いが、今や涼風に思えてしまうほど、この試合は険しいな

 

ラインの守護者は、ウクライナの矢を捕まえることができない。世界レベルの動き、万全の状態の反応速度は、彼が経験した以上のものだった。

 

宮水青葉の様な超常現象ではなく、ストライカーとしての頂点へと突き進むエースの動き。

 

仲間を信頼し、一瞬も迷わずに突き進み、自らは矢であると語らずに、プレーで語り掛けてくる。

 

自分は、相手を射る為の矢であり、仲間の弓がなくては全く活かされない。

 

だから、誰よりも仲間を信じるのだと。

 

その信頼を示す、繰り返されるデコイランとファーストディフェンダーとしての矜持。攻守どちらも全く手を抜かない。それでいて、相手にプレッシャーをかけ続ける。

 

エースは常に相手の脅威でなければならない。ヴェルモンドは多くを語らないが、彼にとって攻撃と守備の時間に大差はないのだろう。

 

彼は間違いなく、現代サッカーのお手本というべきストライカーの体現者だ。

 

 

後半に向けて日本も対応しなければならない。この並外れたチームを相手に、青葉一人での活躍では覆すことは出来ないだろう。

 

 

しかし、日本のタレントは各個撃破されている。ならば、日本の選択は‥‥‥‥‥西野監督の采配はどこへ向かうのか。

 

 

 




それぞれのコアに対応するポテンシャルのある選手が揃い、青葉の単独突破では日本は勝てません。

ムイーロと青葉の激突は次回以降になります。


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第八十七話 闘将の一矢


ペースがなかなか戻らない。




ETUの面々は、最も強い相手と最後の最後に激突したことを悟り、戦前の予想ほど頼りにならないものはないと考えていた。

 

 

戦術面で五分に持っていくことが出来た西野監督の手腕は一定の評価こそあるものの、やはり工藤春雄の温存は悪手だった。

 

中盤の強度が足りない。なにより榎本と石渡では蹂躙を許してしまっている。

 

「——————————————」

 

食い入るように見るのは、赤﨑と逢沢。目の前の映像で日本を最も苦しめている左サイドバック。彼は赤﨑とほぼ同年代で、逢沢ともあまり離れていない。

 

現代サッカー、その最先端を支えるサイドバックにおいて、若手で右に出る者はいないとされる男。

 

凄まじいスプリントと加速力。正確なクロス。日本のエース堂本を封殺する守備強度に加え、堂本の守備力を圧殺するドリブル技術。

 

これが白い巨人とそのライバルの時代を叩き壊した男の実力。伝説の二人を封殺した男の実力。

 

「———————堂本も頑張っているが、根源的なフィジカルの差がでかすぎる」

 

村越は、あの怪物がなぜサイドバックにこだわったのか、疑問に思っていた。あれほどの攻撃センスを持ち合わせながら、サイドバック。二列目でも十分に通用するだろう。

 

「——————賢過ぎたんだろうな、あの選手は。たぶんあれは、青葉のもしもの姿だ」

 

達海は、ムイーロをそのように評した。

 

 

「どういうことすっか、監督!!」

 

世良が監督に尋ねる。ポジションの違う青葉とムイーロを比べることに意味はあるのかと。確かにあのバカげた身体能力を持つ者同士、共通点はあるのかもしれない。だが、中に切り込むスタイルが主流の青葉に、外と中を変幻自在に、そしてアーリークロスを多用するスタイルは、青葉のそれではない。

 

浦和戦のような状況に応じた攻撃のバリエーションこそあるが、青葉のプレースタイルはゴールを奪うことに直結する。

 

「あれは、現代サッカーを良く知っているな。現代サッカーでCBに組み立てが求められ、それをプレスによって阻み、展開の速いサッカーが主流になった。そんな中、一昔前には中盤、そしてCBに対策が講じられ、SBにもそれが求められるようになった」

 

ただし、と達海はその説明に続き、その過去のポジションとは違う点を述べた。

 

 

「SBは本来上下運動の激しいポジションだ。その運動量は本職ならわかるだろ、石神?」

 

「—————うっす。攻撃も守備も両方やる必要があって、現代サッカーでは組み立てまで、ということですか」

 

無論経験を重ねたことで、石神にはそのトレンドを耳にすることぐらいあるし、世界の最先端ではそれがすでに導入されていることも知っている。

 

「つまりSBの運用方法が、限りなく広がってしまったって言うことだよ。チーム方針でまるっきり役割が違う。守備特化の伝統スタイルか、積極的な攻撃参加。攻撃参加と言っても外を多用するのか、中に切り込むのか。それでいて、SBは絶対に一対一で負けてはならない」

 

広がり続けるSBの運用方法。その動きについて解説をしていく達海。若手の石浜、清川、向井などは饒舌になっている達海が珍しいと感じていたが、自分たちのポジションがここまで重要だという意識を今まで持っていなかった。

 

だが監督の語り様はまるでSBが現代サッカーの命運を握るかのようであった。

 

「ポジションの立ち位置一つでもいくらでも変わるぜ。偽サイドバックやウクライナが見せた可変スリーバックの一角に入るか。中には相手のサイドハーフとSBの間に立ち続ける超攻撃スタイルなんてのもある」

 

そのマシンガントークをいったん区切り、周囲の選手たちを見回す達海。

 

「ムイーロって選手は、その全てを知っている、またはイメージして試合に入っている。その自慢のスタミナと身体能力を駆使し、“ほとんどの役割”を状況に応じて担っている」

 

「全部って、欲張り過ぎでしょ!? そんなん続けて、よく連戦に耐えられるな!!」

若手の選手たちも、ムイーロのバカげた存在感に思わず声が出る。そんな馬鹿な存在、そんな在り得ない存在がいていいのかと。

 

「戦術の幅が広がり過ぎて、自分でも制御できていない。だからトーナメントまで復帰が遅れたと俺は見るね。あのスタイルは、20歳の体には重すぎる」

 

だから、自分が信じた、チームの為の動きを彼は制御できない。正しいと分かっていながら、それを抑えることができない、それが彼にとっての唯一の弱点。

 

ブラックな職場も真っ青な運動量が最大の強みであり、それを支えてしまうスタミナが、彼の現在の弱点なのだ。しかし、体が出来上がればその弱点も消えるだろう。

 

「ウクライナの戦術の肝はアイツだ。確かに、シンチェンコっていう大舞台に強い選手や、最前線には決定力の高いストライカーがいる。その他の選手もほとんどが5大リーグでベンチ入りか、それ以外のリーグで不動の存在になっている。地味だが、目立たない。縁の下の力持ちが多い。そして、彼らの力を最大限支えるムイーロ。それがウクライナの強さだ」

 

 

「—————勝てるんですか、日本は‥‥‥」

 

椿は、この完璧なSBを突破しない限り、日本に勝ち目はないと気づく。達海監督ならどうするのか、彼ならこんな状況でも突破口を見いだせるかもしれない。

 

 

「そこはまあ、西野さんの采配次第だな。堂本のプライドは今ズタボロだろう。けど、これまでチームを引っ張ってきた存在。若手の大会で、そんな起用をするのはまずいよね、多方面を考えれば」

 

 

 

堂本のスポンサーは、あの大手スポーツメーカーだ。あのスポンサーの息がかかった選手は、少し頭角を見せ始めると大体代表に呼ばれる。

 

それが結果を出せば、聖域に持っていくだろう。それは誰もが知り、誰もが語らない暗黙の了解。

 

「西野さんが勝負師に徹するなら、まず考えられるのが右サイドを変える。怪物には怪物を。そして、一枚貰っている榎本に代えて工藤投入がベスト。こうなってくると後が怖い」

 

どうしたものかと、達海が言葉を濁していると、駆が異を唱えた。

 

「——————俺、堂本選手はまだ折れてないと思います。あの選手は、ここが分岐点だというのを分かっているはずです」

 

「分かるんです。間近で青葉と競争する立場を。このまま下がれば、将来日本代表の右のポジションはないと。ここで踏ん張らないと、キャリアが大きく変わる」

 

 

「それに堂本選手の疲労は比較的軽いです。それに比べて鷹匠さんは連戦もあってか動きが鈍い。また、榎本選手のFKを手放すのは、ウクライナの思う壺。仮にカードを貰っていたとしても、ドリブラーが仕掛けてファウルを貰えれば、決定機は巡ってきます」

 

駆の選択には私情も入っていた。あの怪物と直接競い合う選手が、ここまで食らいついてきた選手が、ここで折れてしまうのは、何となく嫌だった。

 

榎本選手のすごさは、こんなものではない。ETUを下したときの彼の存在感は、こんなものではない。

 

「だから、まず変えるのは鷹匠さんです。秋本選手と交代して、トップに。そして、堂本選手をSTに据えます」

 

それを意味するのは、既存陣形の解体だ。息を呑む一同を尻目に、駆は続ける。

 

「悔しいですが、ムイーロの運動量は青葉と引けを取りません。その強度に対抗するには、青葉しかいない」

 

駆はここで4-2-3-1から4-2-2-2に変更することを提案した。

 

右サイドに青葉が入り、堂本をSTに。中盤は石渡に代えて工藤春雄。鷹匠に変わり、秋本。

 

 

「ワイドラインでの攻防を青葉に任せて、その後方で幕張選手がサポート。最前線のすぐわきに堂本選手を置くことで、ウクライナの左の強みを消す。攻撃に転じ、相手の強みを奪う」

 

相手の強みに無視できない強力なトライアングルを作る。そして、その競り合いを確実に勝利するための工藤投入。

 

 

だが、西野監督が執った策は、それとは違うものだった。

 

清武に代わり、工藤春雄。榎本も、堂本も代えない。

 

 

 

西野監督はリスクを考え、3枚替えはしなかった。そして青葉の出番は見送られた。

 

その瞬間、駆は目を震わせた。この局面で、ムイーロに対抗するためには青葉しかいない。そう考えた矢先の西野采配。

 

怪物の出陣が見送られ、日本のエースに賭けたと見える。

 

 

だが、西野監督はある枷を壊そうとしていた。

 

なぜ“全力”を出さない。

 

なぜもっと輝けないのか。

 

なぜおまえは、フィールドを見るのか

 

満身創痍のストライカーと、封殺されたエースを生き返らせる。その役割ならば、日本は勝てるかもしれない。

 

 

 

ボランチならば、全ての状況をひっくり返せる。しかし西野はあえてそれをしなかった。

 

「————————青葉、お前はラスト30分から行くぞ。ちなみに全力で頼む」

 

騒然となる一言。誰もが青葉の性格を知り、誰もがその言葉を疑う。選手の信頼を壊しかねない一言。だが、西野は今、彼に伝えなければならない。

 

「お前は、ただゴールを奪うことだけを考えればいい。それを判断するのは私だ」

 

「————————それは」

 

[見せてみろ、お前の本当の姿を。遠慮はなしだ。存分に点を取ってこい]

 

 

九鬼と井口は、西野の意図が分かった。だから黙る。青葉は全体を考え過ぎなのだ。それはサイドハーフという守備も考える攻撃的な選手であるから。チームを勝たせる、チームを負けさせないという守備に重きを置いていた。

 

だが、西野の意図はそのそれまでの考えを変える「攻撃の為の守備」。それをより強く、得点から逆算し、常に点を取ることだけを考えろと。

 

それが守備の強度を上げることに繋がり、ラインを上げることにもつながると。

 

 

「鷹匠はラスト15分。体力を振り絞れ。堂本、お前は再び右サイドだ。トップ下は廃止し、スリーセンターで中央を固める」

 

西野の選択は、4-3-3。だが、それは4-1-2-3にも、更なる可変戦術にも切り替わる。

 

「最終ライン、SBは変えない。CBは井口と飛鳥。アンカーの立ち位置に工藤が入れ」

 

西野の監督時代を、若手たちは知っている。その代名詞となった攻撃と守備を巧みに組み替える変幻自在の戦術を。

 

「工藤を中央に据えた、榎本と石渡のスリーセンターを形成する。石渡は堂本をフォローするように。上がってきた幕張と三角形を組める位置取りを意識しろ」

 

守備的選手を入れ替えながら、攻撃の組み立てと相手の長所を瞬時に消し去る。前半は交代選手を使いづらいために、応急処置しか施せなかった。

 

だが、後半から試合の様相は変わる。否、西野の手によって変わる。

 

「ウクライナの可変スリーバックは歪であるために、対応はしづらい。だが、その特殊な陣形は、連携が肝だ。ムイーロを孤立させることで、奴の影響力を引きはがす」

 

「工藤、お前にはシンチェンコを見てもらう。最終ラインのサポートと、シンチェンコのマーク。ハードな任務だが、やれるな?」

 

飛鳥、井口、工藤。状況によっては3枚でヴェルモンド、シンチェンコを見ることになる。

 

この後さらに指示を与え、西野は後半から戦う選手たち、前半から戦っている選手たちを送り出していく。

 

「さぁ、いってこい!!」

 

大きな声で、檄を飛ばす西野。決して怒鳴るような声色ではない。むしろ、その背中を押す指導者に求められる姿だった。

 

GK  1番 真弓慎一郎(福岡)

RSB 2番 幕張健吾(湘南)

CB  3番 飛鳥亨 (ETU)

CB 14番 井口譲二(浦和)

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF10番 石渡翔悟(仙台)

CMF12番 工藤春雄(岐阜) IN

RWG 8番 堂本貴史(フローニンゲン)

LWG22番 九鬼鉄心(大宮)

CFW 9番 鷹匠暎(浦和)

 

OUT

21番 清武周人(大阪C)

 

リザーブ

GK  23番 水野邦夫(名古屋)  22番 相馬元気(鳥栖)

CB  19番 本田マイケル(明治) 4番 城達哉 (讃岐)

RSB 16番 中条渉(岡山)

LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 15番 安川走斗(千葉)

SH  18番 宮水青葉(ETU) 12番 伊達直哉(仙台)

CFW 11番 小川知良(磐田) 13番 秋本直樹(横浜)

 

 

 

ウクライナは、システム変更をして、さらには完璧な布陣で襲い掛かる日本の奇襲に遭う。

 

 

——————マークが、剥がれないっ!

 

これまで並のフィジカルだった場所に、飛鳥と工藤というフィジカルと強度に秀でた中盤を置くとどうなるか。

 

 

パスコースを序盤から一気に塞がれてしまったウクライナ。監督も目を見開き、驚く。とっさにパスコースを見出そうとドリブルをしかけようにも、自分がマークに苦しめられ、抜け出せないし、思うように展開できない。

 

 

「ぐっ!?」

 

シンチェンコが、あのシンチェンコが工藤という3部リーグの男に気おされつつある。バイエルンを蹂躙したあの男が、開始早々マークを掻い潜ろうとして、ボールを前に運べない。

 

そしてシンチェンコから流れて右サイドが繰り出したバックパスを刈り取るのは、つい先ほどシンチェンコをマークしていた工藤。

 

シンチェンコへのリターンを工藤が読み切った。

 

 

——————なんだこの選手は!? どういう意図で動いているんだ!?

 

 

シンチェンコは混乱した。計算もポジショニングもあったものではない。どうしてお前がそこに行くのか。奴は自分へのハードマークがメインではなかったのか。

 

 

大柄な選手でありながら、自由にフィールドを動き回る。巨大でありながら俊敏。しかし足元はどうして日本代表に呼ばれたのかと眼を疑うほど不器用なドリブル運び。

 

超常現象の様なスピードも、躱しきれる超絶ドリブルフェイントも備わっていない。野性的な、身体能力任せの前に運ぶドリブル。

 

だが、前に運び出す推進力は、その迫力は、リーグジャパンのトップを超えていく。

 

 

——————ここにボールが落ち着くと思った。やっぱりここだ!

 

 

そんな不器用で俊敏、この世代別日本代表で足元技術のランキングを付け加えるなら間違いなく最下位。そんな最下層の男が、日本の反撃を最初に担う。

 

 

刻み付ける。

 

 

 

—————石渡、榎本。工藤の機動力を存分に活かす為、パスコースを塞ぐ動きを数秒行うんだ。

 

西野監督からのもう一つの反撃へのキー。

 

 

 

——————工藤は球際だけなら、世界レベルだ。

 

 

 

球際の勝負に持ち込めば、工藤は必ず勝つ。工藤が詰めることができる状況を作り出せば、日本は勝てる。

 

そして、二人のコース斬りによるサポートが功を奏し、後ろを気にすることなく工藤がボールを狩り切ったのだ。

 

 

それは、ウクライナを支える可変スリーバックを叩き壊し、4-2-3-1の攻守を機能不全に陥らせる一つ目の効果。

 

 

馬力十分の男が、日本のフットボールにこれから名を刻むであろう、最強の下克上を行う者の、3部リーグ出身男が、中盤で進撃を開始する。

 

 

 

『パスカットからボールを奪った工藤!! そのまま逆襲だ!!』

 

 

 

ラインが上がる。それはすなわち、マークを剥がすことに手古摺っているウクライナを締め上げることだ。彼らのプレーエリアをさらに狭めていく。

 

そして、中盤中央からの、進撃の巨人。身長190センチオーバーの男が、日本の反撃を担う。

 

ウクライナの左を攻め込む、工藤。それに対して堂本と幕張が連動し、大きな三角形を形成。

 

 

4-3-3はポゼッションや守備型など、多様な戦術の幅を持つが、4-3-3は構造上三角形を作りやすい。

 

ここに、ウクライナの可変スリーバックを切り裂く強力なトライアングルが出現する。

 

堂本はSBとCBの脇を狙い、マークを集中させ混乱を引き起こし、大外を幕張が支配する。

 

 

——————ここで、中途半端はダメだ。任せるぞ

 

しかしムイーロ。個人戦術でその対応策を構築。あくまで彼の見るべきは堂本。幕張の撹乱に動じない。

 

幕張の相手は、下がってきたサイドハーフが行ってくるのだ。

 

—————引っ張られない‥‥ッ、やはりだめか

 

 

ムイーロは最高の選手だ。誰が一番危険なのかを知っている。まったく心が折れていない堂本を、前半で蹴散らしたあの男を警戒している。それは西野の手立ての一つを潰すものだった。

 

 

——————よし、可変スリーバックを必要以上に寄らせた。仕掛けろ

 

 

細かなパスを、サイドを起点に繰り広げる。マークを剥がすことが出来ず、数的不利を強いられていたウクライナ。ムイーロは誘いに乗らなかったが、シンチェンコが乗ってしまった。

 

—————ここで汗をかくことで、チームを救うっ!!

 

幕張のアーリークロスがここで炸裂。それは大外に張っていた九鬼めがけて飛んでいく。すかさず、スライドし、ウクライナがボールを刈り取りに行くが、全体的に左に偏っていた陣形がスライドするのには時間がかかる。

 

「スライドが追いつかなければ、元々歪だった陣形がさらに崩れる。攻め時だ、鉄心」

 

 

九鬼、逆を突くドリブルで対応しに来たSBを一枚剥がす。中に切り込む動き、そして追い縋るSBが大外から九鬼に誘導されるため、大きく空いた大外。

 

致命的なサイドのエリアが空く。そこをつくのは、左SBの沖名太陽。

 

—————ワントラップしたら遅れる! だが、絶妙な縦パスを送ってくれたおかげで!!

 

 

 

 

「絶対決めろよ、鷹匠ッ!!」

 

 

風を切り裂くようなダイレクトクロス。理想的な縦パス、理想的なブレーキ。ドリブルで抜いた瞬間にスペースを見つけた九鬼の意表を突く、致命的なキーパスが、そのクロスを生んだ。

 

 

だからこそ、沖名の精密で、それでいて速い弾道のクロスは実現したのだ。

 

 

 

 

 

最前線で戦い続ける男は、少しずつ潮目が変わりつつあるフィールドを誰よりも感じていた。

 

ウクライナは、日本が攻め方を変えたことで落ち着きを取り戻せないでいる。

 

 

 

味方がサイドで違いを見せているのが見えた。その瞬間、ストライカーは自らの仕事をするべく意識をさらに高める。彼がこの試合で出来る、彼がこのピッチにいられる時間は残りわずか。

 

 

分かっていた。分かっている。もうすぐ体力が底をつくのは、分かっているのだ。

 

 

やはり自分は引き立て役なのか。やはり、奴は日本サッカーのこれからの先頭に立つ男なのか。

 

 

それでもこちらには意地がある。プライドがある。点取り屋として曲げられない信念がある。

 

 

なにより、これから自分の代わりにフィールドに立つ男に、これ以上の無様は晒せない

 

 

 

世界よ、精々俺を見ておけッ

 

 

 

 

そして、“お前”も目に焼き付けろ。

 

 

 

 

——————1点差だ。絶対にひっくり返せ、“フェノーメノ”ッ!!

 

 

 

 

「う゛お゛ぉぉぉ゛ぉ゛ぉぉッぉぉッ!!!!!」

 

 

 

 

————やはり飛び込んできたか、このストライカーは!! だが、負けん!!

 

 

 

「「おぉ゛ッぉぉ゛ぉっぉぉ゛ぉぉッぉ゛ぉ!!!!!!」」

 

 

 

 

体を投げ出し、全てをボールへと集中する鷹匠と、絶対にヘディングなど許さないとばかりに体を強烈に寄せるウクライナのCB。

 

肉と肉がぶつかり合う。空中で激突する、やるかやられるかの刹那の攻防。一瞬の位置取りが勝敗を分かつ空の決闘。

 

 

そして———————

 

『クロスボールダイレクト!! 逸らしたァァァぁ!!! 1点を返しました!! 後半立ち上がり10分! 鷹匠のダイビングヘッド! 軌道変わってキーパーわずかに届かない!!』

 

 

 

 

『日本、反撃開始!! まだ終わらない!! まだ終われない!! まだ終わるわけにはいきません!!』

 

 

 

 

 

日本の最前線で戦い続けた男が、ついに一矢を報いた。

 

 

 





やはり鷹匠なんだよなぁ


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第八十八話 両雄激突

続きのインスピレーションが早く浮かびました。


ついに突破口が開いた。日本の勝機に光差す一撃。反撃の一矢。

 

鷹匠暎の意地とプライドをかけたダイビングヘッド。その執念がウクライナゴールをこじ開けた。

 

 

「鷹匠!!」

 

「タカさん!!」

 

ゴール前倒れている鷹匠。起き上がることができない。どこか痛めたのか。

 

「くっそ、足つりやがった‥‥」

 

苦い顔をする鷹匠。軽傷ではあるが、リーグ戦やカップ戦も控える過密日程で無理をするわけにはいかない。そもそもガス欠寸前で、最後に大勝負に出た代償はやはりあった。

 

恐らく、帰国してからの最初の1試合は欠場するだろう。

 

 

「意地見せたな、タカ」

 

「やはり空中戦は十八番だな、鷹匠」

 

「はっ! そういうテメェは、世界の壁を突き破って見せろ。このクロスだけじゃ、全然足りねぇぞ」

 

「減らず口を言えるぐらい元気なんだな。これで安心してリーグ戦で削れるぜ」

 

「抜かせっ」

 

軽口を言いながら、先ほどの得点劇を生み出した沖名と鷹匠がワイワイと騒ぐ。九鬼はいい形で逆襲できたことで気を引き締める。

 

——————連中、2点差では不安だったから浅い時間まで攻めようという魂胆だったな

 

引き籠っていれば、この局面で失点は起きなかった。だが、波状攻撃に遭っていただろう。

 

それでも、ウクライナは攻撃を選択した。つまり日本の得点力を警戒し、先手を打とうとし事に他ならない。

 

「いい、自分で歩ける。大丈夫だ」

 

担架を手で制した鷹匠は、ピッチの外に出ようとする。程なくして交代選手も明らかとなる。

 

 

ざわざわ、ざわざわ

 

 

「おい、嘘だろ?! まさか、そうなのかよ!?」

 

 

「おいおいおい、マジか。このタイミングかよ!!」

 

 

 

後半開始あたりから、彼のアップのペースが速くなっていたことは明らかだった。何かが起きる、何かを起こす。そんな雰囲気、空気は既に予感されていたのかもしれない。

 

 

ざわ、ざわ…

 

 

 

ざわざわ‥‥‥

 

 

 

「お、おい!! ビブスを脱いだぞ!!  ということは‥‥‥」

 

 

「ついにきた!! ついにきたぞ!!」

 

 

審判が掲げる掲示板には、鷹匠の背番号と、これから出てくる選手の背番号が表示されていた。

 

 

その瞬間、日本の応援団だけではない。現地の観戦ファン、その他フットボールファンからも歓声が沸き起こったのだ。

 

 

青葉コールが鳴り響く。そしてそれが続けられ、彼の名前が連呼される。彼の出場によって、空気が一変する。

 

 

 

青葉ッ!

 

 

 

 

青葉ッ!!

 

 

 

 

青葉ッ!!!

 

 

 

 

そしてそれは、日本人だけから発せられたものではない。

 

 

AOBA!

 

 

 

AOBA!!

 

 

 

 

AOBA!!!

 

 

 

アオバ。とある日本人が凄い。その日本人は本当にすごかった。

 

 

 

これから伝説を作るかもしれない若きフットボーラーを待ちわびていたことを証明する大歓声。

 

 

 

 

それはピッチ上にいる選手たちにもダイレクトに影響される。

 

 

「まさに、真打登場ってか? 試合の空気を、このスタジアムの空気をかえやがった」

堂本は苦笑いをしつつも、とんでもない後輩の降臨で、試合の流れはわからなくなった、と自信満々に言える気分だった。

 

「そうなるだけの活躍が、彼にはあった。あいつの、”象徴”になると言い放った覚悟。その結果だな」

 

 

「それに、世界のフットボールファンの方が馴染み深いんじゃねぇか? この交代は」

 

 

鷹匠と青葉が交代する。システム、ポジションの変更は伝えられていない。つまり、青葉は鷹匠のポジションに入るということだ。

 

 

公式戦では史上初。宮水青葉がセンターフォワードの位置でプレーするということだ。

 

 

伝説の原点、彼が主戦場としたエリアで、現代のそれを担う、それを超えることを望まれている選手が入る。

 

GK  1番 真弓慎一郎(福岡)

RSB 2番 幕張健吾(湘南)

CB  3番 飛鳥亨 (ETU)

CB 14番 井口譲二(浦和)

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF10番 石渡翔悟(仙台)

CMF12番 工藤春雄(岐阜) IN

RWG 8番 堂本貴史(フローニンゲン)

LWG22番 九鬼鉄心(大宮)

CFW18番 宮水青葉(ETU) IN

 

OUT

21番 清武周人(大阪C)

 9番 鷹匠暎(浦和)

リザーブ

GK  23番 水野邦夫(名古屋)  22番 相馬元気(鳥栖)

CB  19番 本田マイケル(明治) 4番 城達哉 (讃岐)

RSB 16番 中条渉(岡山)

LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 15番 安川走斗(千葉)

SH  12番 伊達直哉(仙台)

CFW 11番 小川知良(磐田) 13番 秋本直樹(横浜)

 

 

 

『お聞きください!! 大歓声だ!! 大歓声だ!! 大歓声です!! ついに日本の18番!! 宮水青葉がピッチに入ります!! そして交代するのは先ほど反撃の一矢を放った鷹匠!! 彼の覚悟に報いられるプレーを発揮できるか!!』

 

 

 

『うわ、本当にセンターフォワードですよ! 彼の公式戦でのこの起用はプロ入り後無かったと思いますが、この大一番でそれを行う、それを託される程、彼には強い信頼があるということですね!!』

 

 

『さぁ、宮水青葉、ピッチ外で鷹匠からのタッチに対して強くタッチを返し——————今、ピッチに入りました!! 後半15分!! あの元祖怪物と同じ主戦場で、日本の勝利を背負って!! 宮水青葉がいきます!!!』

 

 

 

当然ウクライナベンチ、ピッチ上の選手たちも、たちまち空気を一変させた16歳の、夢幻の可能性を秘める世界トップクラスの16歳に警戒を強める。

 

「あれが、日本の超常現象…‥‥国内リーグのみの活躍という前評判を覆し、今や今大会の主役に躍り出たhero、か」

 

 

「あれを任せられるか、ムイーロ?」

 

 

「何とも、ドウモトが執拗にマッチアップしてくるからね。今のシステムだと難しいね」

 

 

「ならば、我らの誇るCBコンビに任せるしかないな」

 

 

 

ウクライナもここでまさかの宮水青葉起用に衝撃を隠せない。彼はどこから攻めてくる。中央からトップ下よりも強烈な存在感を出すのか。それとも堂本とポジションチェンジするのか。

 

何もかもが予測不可能。

 

 

しかし、榎本から繰り出された縦パスを下がって受けたことで、その真意が垣間見える。

 

 

 

『前目のスペースでボールを受けた宮水、トラップしながらのターンでシンチェンコを躱した!!』

 

 

鮮やかなマルセイユルーレットで幅を引き出し、斜めに移動しながら、それでいてタックルの届かないルートを瞬時に選択。シンチェンコは直前のステップオーバーに釣られていた。

 

素早く前を向く青葉の前に、シンチェンコが追い縋る。ここまでは青葉の予測範囲内。

 

アウトサイドトラップからのマシューズフェイント。悉くを最高の、最凶のタイミングで繰り出す怪物の歩み。シンチェンコ堪らずダウン。バランスを崩し、上位者に道を開ける。

 

ウクライナは、あのシンチェンコが膝をつかせられたことでさらに混乱が引き起こされる。

 

 

一合で、格の違いを見せつけられた。

 

中央前よりの位置でもらった青葉の侵攻をこれ以上させるわけにはいかない。ボランチが彼を止めようとするが、青葉には全く違う絵図が頭の中にあったのだ。

 

 

 

青葉にはそのプレーに一切の迷いがなかった。

 

 

 

『宮水ロングシュートぉぉぉぉぉ!!!! あっとキーパー何とか逸らした!! 遠目からのロングシュートで、コーナーキックを奪い取って見せました、宮水青葉!!』

 

 

 

 

30mの距離から短い助走で、強烈に変化するドライブシュートを打ってきたのだ。まるで、ここまでが自分の距離であると誇示するかのように。

 

それは中央で彼にぶち抜かれたシンチェンコも同意見だった。

 

 

 

——————おいおい、バグキャラってレベルじゃねぇぞ、こりゃ…‥っ

 

 

 

ヴェルモンドは無表情で青葉を見るだけ。自分には関係がないと言わんばかりに、ノープレッシャーだった。己のやるべきことは変わらない。

 

 

「そうか」

 

 

 

危機感を覚えていたのはムイーロだった。中央に無視できない存在が現れた。かといって堂本をフリーにさせるのも危険だ。

 

 

——————相手の監督は奇術師か何かか? こうもフォーメーションの穴を突いてくると、厳しいものがある

 

 

どうして、あれほどの男が年代別の監督程度に収まっているのだ。彼の手腕はクラブでもより実力を発揮できるはずだ。

 

 

日本の世代別代表監督、西野斉彬。大阪ガンナーズ2代前の監督にして、東京ヴィクトリーの絶対王政を破壊し、ガンナーズを強豪の一角に、黄金期を構築した男。

 

ベンチ、コーチ、サポーター、スタメンの一致団結した体制の基礎を作り上げ、ガンナーズを強豪の一角として押し上げた。

 

 

そんな彼の盤上に、極上の素材たちが立ち並び、躍動していく。

 

 

そしてコーナーキック。またしても途中出場の選手が結果を残す。

 

大外ファーサイドの工藤を狙ったボールはヘディングで折り返し、その混戦状態の中央で閃光の如く抜け出したのはやはりこの男。

 

 

 

やはり、この男なのだ

 

 

 

 

『折り返して叩き込んだぁァァァ!!! 宮水青葉同点弾!! 頭で決めました!!』

 

 

 

CBの背後から斜めに動き出し、尋常ではない抜け出しによって工藤に視線が集中した刹那に抜け出し、彼の落としを逃さなかった。

 

 

『後半18分! ついに同点に追いつきました日本!!』

 

 

だが、ウクライナもここでシステム変更。日本が4-3-3の攻撃気味に攻めてくるのに対し、通常スタイルの4-2-3-1で対抗。オーソドックスな陣形へと戻し、シンチェンコを負担の少ないボランチへと移動。

 

その効力が同点弾を被弾した直後にさく裂。シンチェンコのロングレンジパスに抜け出したのは、新生のウクライナの矢、北欧の怪物ヴェルモンド。

 

飛鳥、井口の最終ラインをぶち抜き、前掛りとなっていた日本に楔を穿つ一撃必殺。

 

 

『抜け出された日本! 危ない日本!! ここで決められるのは防ぎたい!! 真弓防いでくれ!! あぁぁぁぁぁぁ!!!! 日本失点!! やはりこの男だ!! この男を好きにさせてはいけない!! 北欧の怪物、ヴェルモンド・シュヴェーツィ!! 2点目を決められてしまった!! これで2対3!! 追いついた直後の痛すぎる失点!!』

 

 

 

井口が簡単に裏を取られ、飛鳥が最後の砦として立ちはだかったが、フェイントで抜き去られてしまう。その際追い縋る飛鳥は何とかヴェルモンドを掴もうとしたが、すり抜けるように脇を抜けていく。

 

 

 

——————この男が日本の若手最高のディフェンダー、だが、温いな

 

 

 

——————まだ遠いっ、分かっているのに、コースは今回分かっていたのに‥‥ッ

 

 

 

完全に一対一の状況を作り出されてしまい、守護神真弓は詰めることも出来ずに早いタイミングでシュートを叩き込まれ、為す術無し。

 

やはり、この男を止めなければ、日本に勝機はない。

 

 

そこからはもうウクライナと日本の攻撃の応酬だった。ウクライナはセーフティリードを広げるために、日本は逆転を狙うために。

 

そして宮水青葉がすぐさま取り返す。

 

 

中央で受けた宮水青葉がロングシュート態勢からのシュートフェイク。ボランチが先ほどの攻撃を気にし過ぎてしまい、あっさりと躱される。

 

そのまま加速した青葉の前に、センターバックが立ち塞がる。左右両方にはいかせない。加速もこれ以上許さない。

 

 

だが、宮水青葉の加速はそこからさらにアンコールが追加されるのだ。

 

 

加速した状態からの更なる再加速で、後方から追い縋るボランチを置き去りにし、CB二人の間をぶち抜いた青葉。とんでもない加速と突破力で、掴まれながらも引き倒していくような勢いでコースを突き抜けていく。

 

 

——ほんとにフェノーメノかよ、こいつ!!

 

 

————中央をぶち抜くだと!? 化け物ッ!!!

 

 

 

 

そして、グランダーのシュートをキーパーの逆を突いて叩き込む。決めて当然、なんでもなさそうに見えて、なんでもありすぎる突破ですぐさま同点に追いつく。

 

 

 

『日本追いついた!! この後半、25分に日本は再び追いつきました!! 宮水青葉2点目!! 宮水青葉2点目!! この大舞台、途中出場で日本を引っ張っています!!』

 

 

 

しかし、堂本の方ではやはりムイーロに走り負けるケースが多くなっている。西野は青葉を見た。

 

 

——————ムイーロに勝て

 

日本、ここで最後の交代カードを切る。同時にウクライナベンチもここで2枚を変える。

 

 

時計の針は後半28分。ラスト、17分

 

 

 

『ウクライナベンチ動きます!! 交代するのはボランチの選手ですね! そしてトップ下にフランス一部、リーズで昨シーズンデビュー後4ゴールを挙げた18歳の俊英!! ユンカー・トカヴィッチが入ります!! この選手の左足は要警戒です!!』

 

 

 

シンチェンコ以外の運動量の落ちた選手を下げて、元気な選手を送り込むウクライナ。これにより、さらに榎本、石渡へのマークを強め、足元に不安のある工藤への対抗策。

 

対する日本も堂本を下げて、秋本が3枚目の交代選手としてピッチに出る。

 

GK  1番 真弓慎一郎(福岡)

RSB 2番 幕張健吾(湘南)

CB  3番 飛鳥亨 (ETU)

CB  14番 井口譲二(浦和)

LSB 6番 沖名太陽(山形)

CMF 7番 榎本文人(新潟)

CMF10番 石渡翔悟(仙台)

CMF12番 工藤春雄(岐阜) IN

RWG18番 宮水青葉(ETU) IN

LWG22番 九鬼鉄心(大宮)

CFW13番 秋本直樹(横浜) IN

 

OUT

21番 清武周人(大阪C)

 9番 鷹匠暎(浦和)

 8番 堂本貴史(フローニンゲン)

リザーブ

GK  23番 水野邦夫(名古屋)  22番 相馬元気(鳥栖)

CB  19番 本田マイケル(明治) 4番 城達哉 (讃岐)

RSB 16番 中条渉(岡山)

LSB 20番 赤間弓彦(讃岐)

CMF 15番 安川走斗(千葉)

SH  12番 伊達直哉(仙台)

CFW 11番 小川知良(磐田)

 

 

秋本がワントップの位置に入り、右サイドに宮水青葉。ついにアトレティコの将来を担う若手との一騎打ち。事実上の日本とウクライナが誇る最強選手同士の激突。

 

 

そして、ここまでいいとこなしの飛鳥は工藤のサポートを受けながら、新生ウクライナの矢とのマッチアップを継続。

 

 

世界トップレベルとのマッチアップ。この大会で、どこまでのこの二人は往くのか。どこまで駆け上がっていくのか。

 

ETUに入団した二人の若手が、世界を相手に、日の丸を背負って戦っている。

 

 

「なっ、うわっ!!」

 

交代したユンカーの得意技がいきなり炸裂。工藤がプレスに駆も回転トラップ、ターンしながらプレスを掻い潜るユンカー。俊敏で駆動よりも背丈の低い彼がいきなり俊敏性で工藤を圧倒した。

 

 

 

『ターンしながら工藤を躱すユンカー!! 石渡のプレスも何のその!! あがってきたシンチェンコに縦パス!!』

 

 

 

一人でいきなり日本の中盤を切り刻んだユンカー。またしても中盤の勢力争いが日本からウクライナに傾く。パワー、広範囲プレスに特化した工藤に対して、先手、初速の加速力に特化したユンカーがいきなり仕事をして見せたのだ。

 

 

「最高だぜ、ユー坊や!! 受け取れ腹ペコ王!!」

 

 

 

「心外だ」

 

 

 

シンチェンコからの縦パスからヴェルモンド。そして飛鳥がすかさず詰める。今日は2点も決められ、先制点のシーンでは抜け出しを許している。

 

これ以上の黒星は認められない。

 

 

——————タイミングをようやく測れた。青葉ほどではないが、お前も広かった

 

 

飛鳥の間合いを侵食する足が、ヴェルモンドの領域を犯す。ついに捉えた。間合いを、自分のエリアに対し、嫌な間合いの詰め方をされたヴェルモンドは切り返しで加速し、アウトサイドに抜けようとした。

 

 

 

—————お前は、間違いなく“強かった”

 

 

 

今までよりも過酷で、抜ければ終わりのタイミングにして、最もヴェルモンドが隙を見せた、僅かだがボールが離れたタイミングを見逃さなかった飛鳥。

 

加速と同時に、やや強引さが仇になったかヴェルモンド。飛鳥のスライディングをまともに食らい、ボールをロストしたのだ。

 

 

 

 

『飛鳥とめたぁぁァァァ!!! ヴェルモンドのドリブルを止めました!! ボールを回収した井口から幕張に通る!!』

 

 

 

 

ヴェルモンドは飛鳥を睨みつける。無言で、ようやく自分にとっての強敵と認識したのだ。

 

 

—————青葉に比べれば、まだ付け入るスキがあってよかったのか、どうなのか

 

 

飛鳥が対応不可能な速度で、あの怪物は加速した瞬間でさえボールが足から離れない。付け入ろうとすれば逆に切り返しを食らってアンクルブレイク。

 

宮水青葉のそれは、もはや漬け込んではいけないタブーの瞬間であり、ヴェルモンドのそれよりも脅威なのだ。

 

その速度に対応できるとすれば、同じスピードを持つ存在ぐらいだろう。

 

 

 

—————さぁ、いって来い。青葉!!

 

 

 

 

若手ナンバーワンを決める頂上決戦開幕。日本の超常現象と、ウクライナの至宝がついに激突。

 

 

右サイドにボールが渡る。しかしその領域は日本にも、ウクライナにも、予測できない過酷な環境と化していた。

 

 

 

————距離を突き放せないっ!? 

 

 

 

青葉が先行する。当然反応が先に速かった彼が前を行く。だが、置き去りにすることができない。

 

 

—————思い通りに詰めることができない!? やはり彼は速いかッ

 

 

ムイーロ。その競争で出遅れたものの、青葉との中々距離を詰めることができない。また、離されることもない。この二人の脚力はつまり‥‥‥

 

 

「ご、互角だと!? ムイーロの足のスピードに!?」

 

 

先に追いついた青葉が前を向く。ムイーロ正対して青葉を迎え撃つ。先に仕掛けたのは青葉、高速シザースで横の揺さぶりをかけるが、

 

 

 

—————カットイン。君の最大の十八番は知っている。そして、その奇妙な間合いのトリックも!!

 

 

 

ロールに対応してくる。青葉の間合いを崩すひと工夫を察知してくる。それは、彼が似たような選手と対戦し、勝利したからこそ。

 

あの白い巨人のライバルだった大エースを一人で任されただけはあるムイーロ。そして当然の如く彼のゴールを封殺し、彼の攻撃を無力化したムイーロ。

 

彼よりも大幅なフィジカルの増強が見込まれる青葉相手でも、抜かせないだけのことは可能なのだ。

 

 

——————踏み込んできたッ!?

 

 

左足のカットイン体勢から右足に持ち替えた青葉。間合いの浸食に対してカウンターを発動。まったく違う間合いに瞬時に切り替わったことで、ムイーロがズレる。

 

 

 

—————この瞬時に間合いを変えてくるのか!? させない!!

 

 

 

右足ならば経験がある。縦突破。そこからの抉るような中央突破。ウィング本来の加速力が顔をのぞかせる。

 

青葉が縦突破からの急加速で抉ってくるが、体をぶつけて競り合いに持ち込むムイーロ。抜けきることができない。

 

「——————」

 

 

ダブルルーレットからの急加速急停止に翻弄されながらも、足を出してきたムイーロ。この辺りで普通の選手は横転している。

 

 

最適なタイミング、最高のタイミングで繰り出すルーレットを止められた。だが、青葉は大きく空いた股の下を狙う。

 

 

 

———————!?

 

 

 

 

その瞬間、青葉の頭に危険信号の様な電流が走る。

 

 

 

 

 

 

その意図を実行し、また抜きをしようとした瞬間、青葉には悪寒がした。その選択こそ致命傷になり得ると。

 

青葉が軽くボールを転がしまた抜きのモーションに入った瞬間、ムイーロは体勢を低くし、膝でそのコースをシャットアウトしたのだ。あのまままた抜きを狙えば、青葉はボールロストしていた。

 

 

 

—————直前で止めるか、あの偉大なバロンドールは、これで止めることが出来たんだけどね

 

 

 

青葉は最大限の警戒を。ムイーロはバロンドール選手を完封した時よりも、かなり厄介だという印象を受けた。

 

 

 

—————今仕掛けたらやられていた

 

 

 

 

尚も詰め寄ってくるムイーロ。

 

 

 

 

————————‥‥‥これが、世界レベルか…‥っ

 

 

 

 

そして、青葉は時間をかけるわけにはいかないとたまらずボールを横に出す。ホルダーは工藤に切り替わり中央へと展開されていく。

 

 

ムイーロはボールを奪うことが出来ず、青葉の間合いを掴み損ねた。

 

 

青葉は、何度もムイーロの逆を突いたが、最後まで突破できなかった。

 

 

その後、秋本がミドルシュートを狙うも、僅かに外に外れてしまいゴールキックとなるが、観客は絶技の応酬を見せつけたムイーロと青葉のデュエルに釘付けだ。

 

「「…‥‥‥‥‥‥」」

 

両者は直後に目が合った。初めて、最後まで目的を完遂できなかった個人の存在。初めて、勝つことも負けることもなかった相手。

 

ついに、彼らは宿敵と呼べる存在と相まみえた。そして、自分と彼に身体能力的な差はあまりないということも分かった。

 

もしかすれば、自分が歩んでいた結果。

 

しかしその事実に言葉はいらない。彼らはそれすらも理解した。

 

 

 

両雄譲らず。

 

 

 

両者にとっての前哨戦は過ぎ去り、運命の戦いへと変貌していく。

 

 

 

 




まだ前哨戦。筆者の体力(頭の)が持たない。


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第八十九話 前哨戦の決着

最終予選通過おめ。

三笘選手は、空想を超えてきているような気がします。

浅野選手のスピード。あれで、オーストラリアの最終ラインが消耗したんでしょうね

後半は完全に足が止まっていました。


両雄譲らず———————————————————

 

 

 

 

そこからの試合は静かなものとなった。展開こそ早いものの、両チームのエースが止められている。青葉のクロスボールは秋本に届かない、九鬼が折り返してもボックスの中でウクライナの選手が止める。

 

そして中盤では、工藤に対するカウンターとしてユンカーが日本の中盤を翻弄している。尻上がりに調子を上げている榎本のフォローもあり、崩壊は免れているが、厳しい戦いを強いられている。

 

 

ヴェルモンドは縦に抜くことができない。彼現在所持している間合いを完全に理解した飛鳥が、2失点分の代償ということで完ぺきに封殺していた。ウクライナの矢は手折られた。

 

だが、飛鳥は理解しきれていなかった。

 

 

怪物は、怪物たる所以を持つからこそ、怪物であるということを。

 

 

 

ウクライナの矢も無抵抗にボールをとられることはさせない。させるわけがない。

 

飛鳥にイエローカードを叩きつけ、フリーキックでの決定機を演出した。

 

——————間合いを対応されたのなら、変えるだけでいい。進歩なくして、頂点に至る資格は存在しない。お前は俺の糧になるがいい、トオル・アスカ

 

 

——————この男、俺の守備範囲に対応し始めている!? くそっ、これが怪物かッ!!

 

 

フリーキックこそ真弓のファインセーブで防いだが、飛鳥もまた優勢とは言えない。

 

 

右サイドの暴風は、巨大な壁が耐えている。そよ風のような正確なクロスが供給されるも、日本の選手たちはそれを決めきることができない。

 

ウクライナの攻撃では、ムイーロのクロスボールに何とか足を当てて青葉がコーナーキックに逃れる。

 

「‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥16歳で、君のような選手と出会ったのは初めてだ。心が躍るよ」

 

 

英語で、敢えて話しかけてきたムイーロ。彼もまた、突如出現した好敵手になり得る相手を前にして、高揚していた。それはもう、体中の疲労感が欠片も残さず吹き飛んだくらいの衝撃であり、快感だった。つまり今の彼は前半開始早々のスタミナにまで完全回復している。

 

理由は、あまりにも嬉しいからだ。楽しいからだ。

 

 

「フルで出る予定の貴方が、まだこんな末脚を残していたとは。堪らないですね」

 

たまらず英語で言葉を返す青葉。何しろ優男の異名を返上する必要があるほど、彼はとても楽しそうに笑うのだ。疲れなど全く感じさせないほどに彼は実に楽しそうだ。

 

 

「君という存在に出会えた。それだけで疲れは吹き飛んだよ! 君の持てる最高をぶつけてこい! 僕は君の最高を、最善の手段で防いで見せよう!!」

 

 

日本の攻撃では、ロングボールの並走で青葉がボールをロストした。ともにトップスピード、互角の速さでムイーロはスライディングをして、青葉はそれを躱しきれなかったのだ。

 

互いに互いを潰し合う、ハイレベルなマッチアップ。幾重にも張り巡らされた青葉のフェイントに食らいつくムイーロ。ムイーロのクロスボールを一本でも通せば致命傷の青葉は、徐々に工藤のバックアップがなければ危ういというところまで来ていた。

 

しかし、ムイーロもそれは同じ。CBが後ろに控えていなければ、自身もかなり追い込まれている状況。この拮抗を無理やり持たせているという思いが強まる。

 

そんな彼らへのフォローしかできない日本とウクライナの選手たち。下手な入りは勝負を決定づけてしまう。それが分かるからこそ、誰も入ることができない。

 

 

高速の世界で激突する至宝と怪物。そう、若手トップクラスの選手たちを寄せ付けない異次元のマッチアップを前にして、西野監督の戦術も、若手たちの意地も入り込める余地はなかった。

 

 

 

—————おいおいおい。まじか、マジかよ。世界トップクラスの戦いだろ、あれ。マジであいつら出る大会を間違えているぞ

 

 

九鬼は、青葉をここまで止めてくる相手を今まで想像していなかった。恐らくETUの面々も今頃絶句しているだろう。

 

何せ最恐無敵のルーキーが、クロスボールによる決定機しか作れていない。彼のシュートは全てマークが引き渡された際の中央のコースが厳しい場合のみ。

 

 

ここで、ロングボールが青葉に通る。工藤からのボールを貰い、一瞬で前を向くものの、やはりこの男が立ちはだかる。

 

「———————————」

 

中央前目の位置で中への切込みを諦め、サイドから敵陣へと切り込むことを選択した青葉だが、正対しながらムイーロの妨害に遭う。

 

——————やはり振り切れない、なら

 

ボールと足の甲をくっつけながらボールを転がし、縦突破を図る青葉。まるでボールが粘着しているかのようなボールさばき。

 

——————縦突破からカットインを狙ってくる

 

当然ムイーロも青葉の最良の未来を確実に読んで隙を見せない。事実インアウトを読んだ彼は青葉のボールに迫る。

 

——————……‥まだだ、まだ……‥

 

引き付けろ、もっと。もっとだ……‥生半可な間合いでは、彼には追い付かれてしまう。

 

正対したムイーロと青葉。青葉のカットインに完璧に対応し、ドリブルコースを防いでいる状況。

 

 

 

 

そして、ムイーロの足が青葉の足元、間合いに、今まで以上に踏み込んだ。

 

 

——————ここだッ!!

 

 

ここで十八番のマルセイユルーレット。横の幅をとるために、彼が大技を繰り出すのはわかっていた。だからこそ、スライドに対応する。

 

 

——————きっとあなたなら、これにも対応すると、信じていたっ!!

 

 

「!?」

 

ムイーロの股下を、ボールが通過したのだ。青葉の足元にあるはずのボールが、在り得ない場所を通していた。

 

 

——————接近を許したのは、ボールを隠すためッ!? 最大限引き付けて、僕の目を誤認させた!?

 

 

目の前では、幻のターン、一つの選択肢でもあったルーレットという動きから、回転という運動エネルギーを体に与え、より強靭に加速していく青葉の姿。

 

 

『宮水ついに躱した!! 鉄壁のアトレティコの至宝を躱してゴールに迫る!!』

 

 

ついに、青葉がムイーロからドリブルで抜くことに成功した。そして、宮水青葉は強敵との戦いで新たなルーレットの派生技を手に入れた。

 

マルセイユルーレット中に、逢沢駆のヴァニシング・ターンを取り入れた、青葉の加速力と極限まで間合いを詰められ、追い詰められた時に発動するカウンター系統のフェイント。

 

その技にはまだ名前はない。だが、青葉の中でムイーロ攻略の糸口となった。

 

 

だが、ムイーロ一人を抜き去ったところで強力なブロックを形成するウクライナ。前からボールを奪う好戦的なスタイルは崩し切れていない。

 

 

———————コースが、ない!?

 

 

抜け出した先は、完全に包囲されていた。常に最悪を想定していたムイーロの遺した包囲の中、青葉はその中にまんまと入りこんでしまった。

 

 

———————これだけ、スペースがなければ、抜くことも出来まい!!

 

 

—————切り込みなどさせるものかッ!!

 

 

カットインを狙おうにも、コースが塞がれている。無理に突っ込めばいくら青葉でも危うい。

 

味方も攻めあがっているが、時間が経てばウクライナの選手のブロックが整う。

 

 

この瞬間、時間という概念は、青葉にとって最も苦痛を与える存在だった。

 

 

『宮水果敢に狙っていくゥゥゥ!!!  あっとクロスバー!! 秋本詰めているッ!! 押し込めェェェェ!!! あっとディフェンス決死のクリア!! ウクライナディフェンスを崩しきれません日本!! 一つ宮水青葉が形を見せました!!』

 

 

その後、最後の一閃を誘い込む青葉の間合いを悟ったムイーロが無理に踏み込んでくることはなくなったが、青葉は切れ込むことが難しくなっていく。

 

あの青葉が、ムイーロの間合いを避けて、中に後退しながら、ゴールから遠ざかりながらカットインをしなければならない。

 

———————遠目からのシュートしか、さっき見せた動きは取っておくべきだったッ!!

 

ここで、青葉の経験の浅さが彼を苦しめる。勝負どころで、また抜きを防がれた青葉が、土壇場でそれを行いムイーロの裏の裏を突くこともできたはずだ。

 

だが、ムイーロとの勝負で彼は焦りを覚え、最大限の手札で彼に勝ってしまった。勝つべき時間帯ではないタイミングで、彼に情報を与えてしまったのだ。

 

ムイーロは青葉の能力、ドリブル傾向を読みながら、青葉を追い詰める。

 

あの宮水青葉が、苦し紛れのシュートを打つしかないという現実。それでも、クロスバーやバーに直撃するような曲がりながら迫るシュートを打つのだから、ウクライナは生きた心地がしないだろう。

 

日本がやや押している。だが、ウクライナが粘っている。日本は決めきることができない。

 

 

 

このまま延長戦に突入かというところで、飛鳥から九鬼へのボールが渡り、ダイレクトで中に切り込んでいた青葉にダイレクトでボールが通る。

 

 

この土壇場で秋本と青葉のポジションチェンジ。秋本が相手を惹きつけながら、ムイーロに突っ込み、自分のコースを開けた瞬間、最高のタイミングで青葉がその空けたスペースに走りこんでいたのだ。

 

 

 

——————おいおいおい、ふざけんな、なんでお前がそこにいる!!

 

その怒りの心中は、日の丸を背負う、ベンチに下がった日本のエースから発せられた。完璧な連携だったはずだ。秋本がこれ以上ないデコイランで引き付けたはずだったのだ。

 

ムイーロは最大限の脅威を弁えていた。青葉のダイアゴナルなスプリントを察知した刹那にもう反応していた。

 

 

——————君のスプリントは、いつだって僕らの脅威になるッ、止めるよ、君の最速を!!

 

 

ここで、何とかボールをキープする青葉だが、完全に間合いを詰められ、相手を背負いながらのプレー。当然青葉はスピードを出しきれない。加速する距離が足りない。

 

 

「くっ!?(完璧に読まれていた…‥!?) しま…‥ッ!!」

 

 

だからこそ、ついにはCB二人の圧力も加わりボールをロスト。ムイーロを含めて3人のプレスにはさすがの怪物も圧倒は出来ない。

 

そして、シンチェンコの縦パスがさく裂するかと思いきや、そのボールをなぜかセンターラインのポジションから移動していた工藤がカット。

 

 

——————なんでお前がそこにいるんだ!? 合理的じゃない!!

 

 

心の中で悲鳴をあげるシンチェンコ。

 

——————何となくここに来るような気がした!!! よっしゃ、当たったぞ!!

 

何となくでプレーを決めていた工藤。シンチェンコは泣いていい。後ろからユンカーがプレスバッグに戻るが、正面からのフィジカル勝負では相手にならない。

 

 

ここで、中央にムイーロが青葉に引っ張られ、CBも彼に集中する局面、ショートカウンターをショートカウンターで返し技を行った日本。もう後半の時間も残り少ない。

 

後半45分を経過し、アディショナルタイムに既に突入している。

 

——————CB二人は慌てて戻るもラインは崩れたッ

 

冷静に、彼はその戦況を理解する。

 

 

——————あのムイーロは青葉にはり付いたまま

 

より中央で、センターアタックを防ぐために人数が集中し、サイドが開いた。

 

——————ここで、決めきってこそ、フル代表に挑む資格を得られるんじゃねぇのか!?

 

日本のエースは、あの敗戦の責任を一身に背負ったあの男は、自分が追いつき、ポジションを奪おうと決めたあの男は、こんな場面で結果を出してきた。

 

 

『鉄心抜けたァァァぁ!!! 日本ショートカウンター!! 工藤からの縦パスに九鬼が反応していた!!』

 

 

ここで、ウクライナの監督が叫んだ。

 

 

「止めろッ!! 止めろぉぉ!! 我々の誇りに賭けて!! あの男を止めろッ!!!」

 

 

 

九鬼のトリッキーな動きに翻弄されていたSBが追い縋る。ファウル覚悟のスライディングで九鬼が倒されるも、その背後から全速力で駆け抜けてくる男がいた。

 

プレーオン。ファウルが流される。酷いファウルではあるが、プレーを止めるほうが日本の不利になる局面。審判は敢えて笛を吹かない。

 

 

『後ろから榎本が上がってドリブルで突っ込む!! さぁ、決めきれ、日本!!』

 

 

幕張も上がれ!! 幕張も来い!! 幕張も上がれ!!

 

 

そして榎本からのロングボールが幕張に通り、クロスボール。九鬼がそのままニアサイドに入るも、屈強なCBがクロスボールを跳ね返す。

 

そこへ、交代選手が有り余る体力を振り絞り、ボールへとたどり着く。

 

「ここで、俺が決めるっ!」

 

ここで決めなければ、何がストライカーだ。何がポストプレーヤーで浮かれているか。

 

フォワードは、点を取って食っていくものではないのか。

 

ボールが落ち着かない。秋本がボールを回収し、ウクライナゴールに襲い掛かる。青葉をマークしながら秋本のプレーも監視していたムイーロ。だが、やはり青葉をフリーにさせるのは危険すぎる。

 

そして———————

 

 

『ああっと倒されたぁァァァ!! ウクライナのファウルです!! 秋本がフリーキックをもぎ取りました!! さぁ、この距離で蹴るのは勿論あの男でしょう!!』

 

 

『リベンジですよ!! この局面、この時間帯、このシチュエーション!! この試合での借りの全てを返せる最高の舞台ですよ!!』

 

 

日本のサポーターを含めて榎本のフリーキック失敗が脳裏をよぎる。

 

今日の榎本は調子が悪い。そんな印象こそあった。

 

「へへっ、フィナーレって意味では、ものすげぇ場面だぜ、文人。分かってるやろ?」

 

「‥‥‥ああ、そうだな。貴史と青葉の奮闘を、九鬼の大物食いを狙うどん欲な姿勢。その全てが、俺にとってはとても頼もしく映ったよ」

 

「なんだよ、まるでこれからフリーキックできますみたいな態度でよぉ!! 羨ましいくらいの冷静さだな、おい」

 

仲間たちからも、榎本の物言いに苦笑いを浮かべる者たちもいた。しかし、榎本がこの局面で心が逃げていないことを知り、頼もしさを覚えているのだ。

 

 

——————すべて本当だ、本当なんだよ。それはお前らのおかげなんだ。

 

榎本は、優しくボールをセットした。

 

 

——————堂本君が、負け続けながらも、世界のトップに食らいついてくれた。

 

結果はそれほどついてこなかった。でも、後半はだんだんと自分のプレーが出来始めていた。ムイーロの攻撃を遅らせることが出来た。青葉と彼の伝説的な攻防までバトンを持って走り続けた。

 

—————諦めない姿勢を見せてくれた

 

 

そんな不屈の闘争心で日本のエースと呼ばれた堂本は、超常現象にバトンを渡した。

 

そして程なくして始まった、アトレティコの至宝と日本の超常現象によるマッチアップ。

 

凄まじい激突だった。普通の選手ならば、とうの昔に彼らに敗れ去っていただろう。だが、彼らの実力は伯仲し、勝負が決まらない。試合が決まらない。

 

——————勇気を貰った。お前が、日本の選手がそこでプレーできる可能性を、魅せてくれた

 

こんなところで、調子を落としている場合ではない。

 

 

ウクライナがあれだけ前半自分を削り、調子をイマイチに落とそうとしたのか、その全てが冷静になってわかる。

 

 

 

—————今ここで、この瞬間! この局面で!! 日本を勝たせられるのはただ一人、

 

 

 

俺だッ!!

 

 

 

少し離れた場所にゴールがある。あの枠の中にあるラインを超えた場合、日本の勝利となる。

 

これが恐らく後半ラストプレー。これを決めれば、日本の優勝なのだ。

 

「………………‥」

 

極限に集中している榎本。そんな様子に九鬼が後ろから見守る。

 

 

 

——————————————おいおい、最後の最後に”至った”のか、文人は‥‥‥‥

 

 

それまでも決めるべき時に決める尋常ではないオーラがあった。だが、今の彼の存在感はそれを比べることすら烏滸がましい。

 

 

 

まるで榎本の目からは、閃光が走っているかのような強烈な意志を感じる。完全に自分の世界、このボールが静止し、プレーが止まった瞬間。

 

 

 

この瞬間、彼は間違いなく、歴代最高のフリーキッカーの称号に届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

それは、隣にいた青葉にも感じられたことだ。

 

——————榎本さん、この感じ、駆と同じ、いやそれ以上の濃さだ‥‥‥

 

引き金は無意識ながら、スイッチを既に持っている。そして、その精密さは恐らく逢沢駆を優に超える完成度だ。

 

 

没頭ともいえるような集中力。榎本の世界が広がる。

 

 

 

 

 

 

ベンチで戦況を見つめる堂本は、このフリーキックで、この疲労をより感じてくる時間帯で誰一人ピッチの選手たちが集中力を切らしていない光景を目にする。それは無論、ウクライナもだ。

 

ウクライナも全く諦めていない。絶対に防ぐと、絶対に止めてみせると、キーパーが声を張り上げている。

 

 

榎本が助走をつける。いつもの姿勢、いつもの歩幅、いつものリズム、その全てが機械仕掛けのように、精密に。

 

 

 

『決めてくれ、榎本! ここで終止符を打ってくれ、日本!!』

 

 

 

 

世界中のフットボールファンが知りたいと思う今年の世代別世界大会の結果。

 

 

 

 

 

ウクライナの守護神は、壁を越えてくることを警戒していた。彼が壁を超える死角から、曲がりながら変化する、速い球を得意としているのは知っている。

 

そんなショットを彼は何度も決めてきた。最低限外も警戒しつつ、榎本対策を万全にしていた。

 

 

 

そんな榎本が選択したのは、外。壁の脇を通り過ぎていく、低い弾道で変化しながら飛んでいくショット。

 

 

狙うはファーサイドのサイドネット。鋼の如く固まった榎本の精神力が、最後の最後に彼の左足をもう一度黄金の足に戻した。

 

 

キーパー逆を突かれたが反応する。そうだ、ここで防ぐ必要がある。ここを凌いで、延長戦で勝ち越す。そうすれば勝機があることをわかっている。

 

だが、榎本の黄金の足は反応すらも織り込み済みだった。

 

 

キーパーの手前でバウンドして、コースが変わる。手を伸ばした先からボールが上へ行く。反応した、反応したのに、その直前でコースが変わった。

 

もう片方の手を伸ばす。それでもバウンドから変な回転がかけられているボールが暴れる。目測よりも近しいコースへと、大きく跳ね上がる。

 

「!?」

 

 

そのボールは、最後に反応した肘の上を通過したのだ。伸ばした手を嘲笑う、全てを計算した完璧なコース。守護神の力量をも裁定に含んだ、最後の一撃。

 

『榎本決めたァァァァァァ!!!! 後半アディショナルタイム!! 48分!! 日本ついに初めてリードを奪う!! 勝ち越しゴールを奪いました!! 何という、何というフリーキックだ!! 榎本文人!!』

 

 

 

ゴールキーパーは倒れたまま動けない。呆然とゴールが決まった光景を見つめるばかり。ムイーロは、潰しきれなかった榎本という脅威を確かに感じていた。

 

 

—————彼が冷静さを手放さなかった時点で、この局面は予測出来ていたが

 

 

ムイーロはちらりとベンチに座る堂本を見る。自分に負け続けていた彼は、何度も何度も勝負を挑んでいた。後半から彼を突き動かしていたのは、意地と国を背負う覚悟だったのだろう。当然それは自分にもあるものだからこそ容易に理解できた。

 

 

——————日本の右は、これからもっと熾烈になってくるだろう。互いに成長した次の試合で、僕らは再び君達に挑戦する。ただ僕は、どちらが相手でも構わないよ。

 

 

ヴェルモンドの眼光の先には、もみくちゃにされている榎本の姿と、主審が時計を見て長い笛を吹く姿だった。

 

 

「負け、か‥‥‥」

 

 

ハットトリックを決めれば勝てていた。そんな思いがヴェルモンドにはあった。だが、目の前の男はそう簡単に許してくれそうになかった。

 

 

—————トオル・アスカ。中々楽しませてもらった。だが、我々が再び激突するには、今以上の死力が必要になるだろう。それをわかっているな?

 

 

次に激突するのはいつなのか。ヴェルモンドにはわからないが、飛鳥亨は必ず欧州にやってくる。そんな確信があった。

 

そんな獰猛な目を飛鳥に向けるヴェルモンドに、負けじと飛鳥も睨み返す。どうやら、意図が伝わったようだった。

 

———————次は、お前を完璧に止めて見せる。次代のスーパースター、ヴェルモンド。お前を止めるのはこの俺だ。

 

 

—————ふっ、また会おう。日本の若き皇帝

 

 

 

泣きじゃくるシンチェンコに肩を貸しながら、ヴェルモンドは自分の生涯の好敵手を記憶に刻み付けた。

 

『ここで長い笛ェェェェ!! 日本勝った!! 日本が勝ちました!! 日本の!! 日本のぉぉぉ!!! 日本の優勝!! 優勝です!! 初です!! 初なんです!! 初優勝おめでとう、ヤングサムライジャパン!!』

 

 

『まさか勝っちゃうとは‥‥‥いや、あの局面プレッシャーがかかる場面、前半の劣勢からよく修正しましたね!! 凄い、ほんと凄い!! おめでとうと! 選手たちには言いたいですね!!』

 

 

この瞬間、最後を決めきった榎本は全世界のフットボールファンの間で有名となった。今後の世代を引っ張る、日本の名手。完璧に影を差す前半ラストプレーのフリーキック。

 

2点ビハインドを決定づけたどん底の状況から、最後の最期で決めて見せたリベンジ弾。

 

 

これほどドラマティックな試合結末はないだろう。

 

 

そして、次世代を担うムイーロという欧州トップに対し、食らいついた堂本と、互角に渡り合った宮水青葉。当然ながら彼らの評価も上がっていくだろう。

 

 

『あっと! 試合が終わって、宮水青葉とムイーロ選手が、ユニフォーム交換をしています!! そして、飛鳥選手がヴェルモンド選手と!! 宮水選手のユニフォーム交換、あれはムイーロ選手からじゃないですか!?』

 

 

『飛鳥選手もヴェルモンド選手から来ていましたね。飛鳥選手の方は物凄い表情をしていますが』

 

 

ETUの面々で特にそのアクションでよく反応していたのは、

 

 

「おいおいおい!!! アトレティコの至宝だぞ!! 至宝なんだぞ!! なんでそんな気軽にユニ交換しているんだよ!!!!」

 

 

赤﨑が嫉妬でどうにかなっていた。

 

「いや、実際半端ないぞ! SBとして成長するために、ムイーロ選手は凄い。この試合をもう一度記憶を消して観たい!! うわぁ、すっげぇ」

石浜は何が何やら興奮していた。石神たちはややドン引きしていた。

 

「駆?」

 

「い、いえ、なんでもないです。二人が、凄いなぁ」

 

 

得点王は宮水青葉。ライバルたちが敗退する中、9得点を挙げて結果的に1点差に迫ったヴェルモンドを振り切った。なお、ランキングに日本人選手たちが多数割って入ってきた。

 

 

アシスト王はシンチェンコ・ダンティス。準優勝チームからの選出となった。

 

 

ベストイレブンもすぐに発表され、やはり上位進出チームが大半を占める形となった。

 

GK  ルイス・インゴヒルト(ウルグアイ)

LSB ムイーロ・ヴェントゥーノ(ウクライナ)

CB  カール・ゼッケンドルフ(ドイツ)

CB  飛鳥亨(日本)

RSB ディンゴ・ペテグリュ(クロアチア)

CMF シンチェンコ・ダンティス(ウクライナ)

CMF 榎本文人(日本)

LMF 九鬼鉄心(日本)

RMF 宮水青葉(日本)

FW  アレクサンダー・ハーリング(ノルウェー)

FW  ヴェルモンド・シュヴェーツィ(ウクライナ)

 

 

最後に大会最優秀選手は宮水青葉が選出された。16歳での選出となり、世界大会での復帰戦となった今大会で、世代の先頭を突き走ることとなった日本の超常現象。

 

 

表彰式の後、ムイーロ・ヴェントゥーノが青葉に声をかける。

 

『試合中に話せたから、後で必ず話をしたかった。ちょっといいかな?』

 

試合中は決意に満ちた表情だった彼の、柔和な表情。笑顔の似合う二枚目ということもあり、女性ファンを含めて幅広い人気のあるムイーロ。スキャンダルや不良エピソードもない善性の塊のような青年が、真っすぐに青葉の下にやってきたのだ。

 

『ええ。まさか試合中に、そして試合後に、貴方から声をかけられるとは思っていませんでした。時間もあまり取れそうになかったので』

 

 

合わせ鏡のように似ているのに、彼らは全く違う道を進んだ。現代サッカーに特化し、戦術を支えるSBに。そして、あくまで点取り屋としての夢を追い続け、右サイドで君臨するものに。

 

そんな二人だからこそ、足を止めたのだ。

 

『‥‥‥この試合で僕は運命染みたものを君に感じた。そしてそれは、そちらも感じたんじゃないかな? 日本語で言うと、トキメキというのかな』

 

 

『違います。意味は遠くないですが、その単語を使えば、貴方のイメージが崩れかねない‥‥‥(この人、試合が終わればこんな感じなのか…‥)』

 

 

青葉はちょっとぐいぐいとインコースをついてくるムイーロの言動に戸惑いを覚える。この人からは不良エピソードはないというが、天然過ぎる言動に不安を覚えた。

 

『そうなのかい? 日本語は難しいね』

 

 

あまりに気にしてなさそうなムイーロ。ストレートな愛情、親愛表現が普通のヨーロッパと、日本ではカルチャーに違いがあるのだろう。

 

気を取り直して、青葉も言いたいことを彼に言おうと決意し、言葉を紡ぐ。

 

 

『スピードで千切ることが出来なかったのは貴方が初めてです。そして、攻めきれなかったのも』

 

 

もうそれは、青葉が完全にムイーロを意識しているのと同じだった。トキメキではないが、運命の様なものを感じた。

 

この人は、青葉ではない青葉がいた未来にはいなかったのだから。

 

 

『…‥‥君は君の信じる道を歩めばいい。君には道を切り開く力がある。その歩みが、フットボールの頂点にキミを連れていくだろうね。だから、僕はアトレティコで待つことにするよ』

 

宣戦布告なのか、それとも違う意味を含ませているのか。ムイーロはそのどちらも考え、どちらも肯定する。

 

『君が間近でプレーする日を、とても楽しみにしている。それだけを言いたかったんだ』

 

それは、ムイーロの目から見ても青葉がすでに欧州で十分やっていけることを証明する言葉だった。それにムイーロは、日本人にありがちな語学の課題が、青葉の前ではすでに解決されていることも知った。彼はもう、こちらで戦える人間だ。

 

『いずれそちらに僕も渡るでしょう。試合には勝たせてもらいましたが、僕の中では決着はついていない。勝ち切れなかったという思いが強いです』

 

『ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいのか、悔しいのか。まあ、善意として受け取っておくよ。‥‥‥この勝負の続きをつけるのか。それとも、僕と君が共にサッカー界の頂点をとるかは分からない。そこも運命だしタイミングだ。ただ一つだけ、僕が願っているのは』

 

 

青葉を見て、優男の体から闘志がにじみ出る。微笑みの貴公子はペテンであったのではと思えるほどの闘争心。そして、それを上回る好奇心だ。

 

『どうか僕の予想の悉くを超えてくれ。君は、誰も通ったことのない道を走ってほしいんだ。そんな君を見られることが、どうしようもなく楽しみで仕方ないんだ』

 

両雄の邂逅はここで幕を閉じる。ウクライナの至宝と、日本の怪物。彼らの歩みは激突するのか、それとも同じ方向を向き、サッカー界で伝説を残していくのか。

 

ただ一つ言えるのは、彼らの激突は伝説となったことだ。

 

 

 

試合の行方を見守っていたETUの面々は、青葉の全力とそれに対抗し得る存在が海の向こう側にいたことを思い知る。

 

 

あの青葉が、2点を決めた青葉がそれ以降沈黙したという事実。そして、青葉もまたウクライナを担っていた相手の左SBを守備型のSBに追いやった。

 

世界レベルのマッチアップは、より一層宮水青葉に“周りとのズレ“を与えるかもしれない。

 

「凄かったな、榎本のフリーキックとかも劇的だったけどさ。もっとやらねぇとって、思うわ」

 

清川が、青葉の躍進を見て決意を固める。

 

「ああ。あの世界を席巻した青葉がもうすぐ戻ってくる。あいつの所属クラブということで、今後はうちに対する目も変わるだろう。全員が気を引き締めないといけないだろうな」

 

村越は、ETUの環境はこれから良くも悪くも変わると悟る。無様な試合は出来ないし、1プレーにより集中する必要があると感じていた。

 

「つうか、あれ人間業なの? 相手も相手だけど、あそこからのエラシコに反応する方も異常だ。ムイーロ・ヴェントゥーノ。さすがはアトレティコの至宝」

 

赤﨑は、そんなトップレベルと渡り合う青葉に嫉妬しつつも、日本が初優勝を成し遂げたことを祝福していた。否、本当に、本当に不本意だが、青葉が凄かったし、ETUを負かした榎本の勝負強さが光った。なお、榎本については口に出したくなかった。

 

「てか有里ちゃん途中から叫んでばかりで力尽きちゃったし、まあ、俺らも叫んじまったけど」

 

広報担当の永田有里は青葉の日本の窮地を救う同点ゴールを2度も行ったことで、叫びすぎて貧血を起こしていた。その後結果を知ることになり、わんわん泣いていた。

 

「しっかし、この目の前で活躍した選手がウチのクラブにいるなんて、想像すらできないよなぁ」

 

「ムイーロに止められてはいたけど、ボールキープは行えているし、マジで最後まで冷静だったな、青葉は」

 

 

「そういえば駆はどこに行ったんだ?」

 

「あれ? 駆は試合終了後から姿ないけど」

 

選手たちが探してもどこにもいなかった。

 

 

 

一方江ノ島の面々は各々がテレビの前でその試合を見守っていた。大半の者たちが喜び、自分のことのように笑顔となり、プロが有力視される面子は待っていろと言わんばかりに明日の練習でオーバーワークを岩城先生に叱られることになる。

 

しかし、猛っても仕方ないだろう。あの男の大舞台なのだ。いつか必ず自分もあのピッチに立って見せると、闘志を出していた。

 

 

そんな怪物のファンクラブと化した江ノ島の中で、一部の新入生たちはやはりその遠すぎる背中を見て、戸惑いを覚える者もいるみたいで。

 

「はは、ははは‥‥‥まじかよ、いや、なんて言うか、凄いとしか言えねぇ…‥」

 

矢沢和成は、青葉と同じサイドの選手で、プロ入りを目指すものである。あれが将来代表入りを目指す時に超えなければいけない壁だと思うと、体が重くなる。

 

「畜生、今に見てろよ、宮水青葉!! 絶対にその背中に辿り着いてやるぞぉぉ!!」

 

 

そして、ユーゴスラヴィアで名選手だったミルコと親しい関係にあった一条龍は、今の自分に青葉のような中央突破の力がないことを痛感していた。

 

「龍ちゃん、あれが世界のトップレベルなんだね…‥」

 

青梅優人もまた、手本にすべき選手を見つけた。アトレティコの至宝ムイーロ。あの宮水青葉と互角の立ち回りをした選手。

 

しかしサッカー界では違う。あのムイーロをここまで追い込んだ選手は他にいないだろうと。バルサのエースは完封され、白い巨人のエースは味方を使わざるを得なかった。

 

あの16歳は間違いなく、何度目か分からないほどに自分の価値を世界に証明した。

 

「一瞬だけ‥‥‥一瞬だけ考えてしまうぐらい、あの人は凄いな」

 

「龍ちゃん…‥‥」

 

もし、一条龍がケガをしなければ。あの隣に立つことは出来ただろうかと。

 

「でもやっぱり届いていないと思う。今の歩みは遠回りなんかじゃない。世界を知らない俺たちに、あの人は道標を示してくれた。うん、そうじゃなかったら、江ノ島にも入学していないし」

 

——————代表入りしたら、本当にすごい人しかいない。日本代表はもっと強くなる。俺が望んでいるのは、そのチームの中で輝ける存在になりたい。

 

 

—————日本代表の勝利に貢献したいんだ

 

一条龍と青梅優人は、決意を新たに、翌日の練習に熱を入れるのだった。なお、上級生たちと同様に熱を入れ過ぎだと岩城先生に叱られることになる。

 

 

君達、無謀と空回りはやめなさい。

 

 





勝利を手繰り寄せたのは榎本選手(ゾーンに覚醒)、でした。

狙える距離ならすべて枠内に入る。外と内、変幻自在。

セットプレーならば、ターゲットが競り負けない限り、確実に最高の体勢でシュートモーションに入れるボールを供給する。


世界の壁(世界最高のSB&次世代最強のセンターフォワード)を感じた飛鳥と青葉

勝利よりも、別の感情を抱く二人でした。



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