明智吾郎少年の事件簿 (甲斐太郎)
しおりを挟む

一言目『いや、殺人事件と探偵はセットじゃありませんよ』

・完全版が発売予定と聞いて。




【今を時めく若者】というありがちなコンセプトで開かれた雑誌の取材に応じて、高校生探偵という役柄を演じ終えた茶髪で容姿の整った少年・明智吾郎は養父母が待っている自宅への帰路の途中で大きく肩を落としてため息をついていた。ふと通りかかった本屋の前で陳列された雑誌の紙面でにこやかな笑みを振舞っている己の姿を見たばかりというのもあった。

 

「こんなことがしたかった訳じゃないんだけれどなぁ……」

 

吾郎はポツリと呟いてぼんやりとした視線を薄く雲が掛かった空へと向ける。『こんなことをするために高校生探偵となった訳ではない』、その一言を【自分を高校生探偵として祭り上げる者たち】にはっきりと言うことが出来たならどんなに楽だろう、と。しかし、現状において自分の『高校生探偵』という肩書を下ろすわけにはいかない。本来の目的である“彼”と再び会うためには個の力よりも数の力の極致であるマスメディアを賑わせる方が確実なのだ。

 

現実逃避を止めて自宅に帰ろうと歩き出したばかりで前方にしか注意していなかった吾郎に、慌てた様子で路地裏の小道から小走りで出てきた黒髪の少女を回避する術はなかった。養父の勧めで嗜んでいる武術の重心移動で倒れ込むことがなかった吾郎とは違い、黒髪の少女の方は衝撃で後ろに倒れて尻もちをついた。吾郎は内心で自身に罵倒しながら、高校生探偵明智吾郎という仮面を貼り付けつつ少女に顔を向けて手を差し出した。

 

「お怪我はありませんか、お嬢さん」

 

「……あ、ありがとう、……ございます」

 

思っていた反応と違う。吾郎は自身が予想していた展開がのっけから外れたことを察した。てっきりテレビや雑誌を見たにわかファンによる質問の応酬や知り合いになろうと迫り寄ってくることを考えていたのに、少女はそんなアクションをひとつもせずに吾郎の手を取って立ち上がると地面に転がった鞄を拾いに離れる。無防備な背中を見て少女のことが少し心配になった吾郎は声を掛けた。

 

「見知らぬ男にそんな背中を見せたら危ないよ?」

 

「……?(コテン)」

 

吾郎の忠告に対し、少女がした反応は男心をくすぐる女性の仕草のひとつである首を傾げることだった。まるで自分にはそんな価値もないよと言わんばかりの姿に、吾郎は一先ずの興味を抱く。自己肯定感が低いということは、家庭環境が劣悪であったり、学校関係で何かしらのトラブルを抱え込んでいたりして、『自分が悪いからこんなことをされるんだ』という認識をしている場合がある。こんな時、世間を賑わせる高校生探偵という肩書は重宝する。大抵の所はその人気に肖ろうとこっちの思惑など知らぬ顔で好意的に接してきてくれるからだ。

 

「僕は明智吾郎。趣味と実益を兼ねて探偵の真似事をしているんだ。何か困っていることがあるなら、力を貸すよ?」

 

「あ、結構です」

 

飛ぶ鳥を落とす勢いの即レスだった。ビシリと笑顔のまま固まる吾郎。

 

ペコリと頭を下げて最寄りの地下駅へと向かっていく少女を横目に、吾郎は自身の生まれ持った容姿を最大限に使った全力スマイルが効かなかったことへの衝撃と少女のはっきりとした毅然とした態度を伴う返事の仕方に、先ほどまで鬱々と考え込んでいた己が恥ずかしくなり、路地裏に向かって手を差し出すという珍妙な格好で30分ほど固まるのだった。

 

 

 

 

「『心の怪盗団』って、今ネットで話題になっているアレのことですか?すみませんけれど、僕の管轄外なんですが?」

 

「あら。意外ね、てっきり警察や検察が掴み得ていない情報を持っているかと思ったのに」

 

「伊豆沖の歌島で殺人事件に巻き込まれて帰ってきたばかりの僕に言うことですか?父さんの知り合いの方がいなかったら、確実に僕が探偵役にされていましたよ」

 

「……ねぇ」

 

「いや、殺人事件と探偵はセットじゃありませんよ」

 

そう言って吾郎は机の上に用意されたコーヒーに口をつける。程よく上品な後味、すっきりとした酸味に加えて甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「あぁ。このコーヒー、本当に美味しいです。さすが、冴さん。良いお店をご存知で。父さんにも伝えておこうっと」

 

コーヒー1杯で上機嫌になった吾郎に対し、情報の収穫はなしかと眉間に皺を寄せつつ用意されたコーヒーに口をつける妙齢の女性・新島冴。男社会随一の検察という組織の中で活躍し功績を残すキャリアウーマンである検事の冴と、とある事件で協力した時の縁でこうやって情報交換することも少なくない。

 

「心の怪盗団に表向きに狙われたとされるのは現在のところ2人。1人はオリンピックで金メダルも取った経験を持つ体育教師。2人目は世界的に有名な日本画家。しかし、一般市民の中に【まるで心を盗まれたように人の変わった人々】が存在するのも確かです。例を上げると、この区役所の市民課に勤めている男性職員の中野原さんですかね」

 

吾郎は鞄の中から取り出したファイルの中から簡単な資料と共に当該男性職員の顔写真をカウンターに置く。そして、冴の方へ差し向けた。

 

「何よ。管轄外と言いつつ、やっぱり掴んでいるんじゃない」

 

「コーヒーの美味しいお店を紹介してくれたお礼です」

 

店の奥の棚に並べられたコーヒー豆が詰まった瓶をひとつひとつ確認していく吾郎。するとカウンターの中に喫茶店のマスターである男性の他に見覚えのある少女の後姿があった。洗い場で食器を洗う手伝いをしているらしい。吾郎は少女の背中から視線を外し、喫茶店のマスターらしき男性を見る。椅子に腰かけ、煙草を咥えつつ気難しい表情で新聞を眺めている普通の男性にしか見えない。

 

「冴さん、喫茶店のマスターとはお知り合いですか?」

 

「そうだけれど、急にどうかしたの?」

 

「冴さんから見て、マスターは信頼の足る人物ですか?」

 

「質問の意図が分からないわ。本人がいるのだから直接聞けばいいじゃないの」

 

「……坊主、俺が何だって?」

 

椅子に腰かけたまま、持っていた新聞だけを下ろし、吾郎にジトっとした視線を向けてくる喫茶店のマスター。吾郎は言葉を選びつつ、洗い場にいる少女について聞き出そうと口を開く。

 

「洗い場の方にいる彼女は、マスターの娘さんですか?」

 

「いや、俺は独り者だ。あいつは知り合いから俺が預かっているだけの奴だ。あいつがどうかしたのか?」

 

男の独り身で年端もいかない女子高生を預かる。その知り合いからの信頼に足る人物なのか、それとも。吾郎は一旦、その思考を止めてにこやかな笑みを浮かべると喫茶店のマスターに向かって口を開く。

 

「不躾な質問をしてすみません。僕は明智吾郎と言います。洗い場にいる彼女とは先日、道でぶつかってしまったのですが、謝罪をする間もなく別れてしまって。気になっていたんですよ」

 

「ほぅ?そうなのか、蓮?」

 

「……?(コテン)」

 

食器から視線を逸らして振り返った蓮と呼ばれた少女はカウンターにいる冴と吾郎をゆっくりと見た後、あの時を放物とさせるような可愛らしさを携えたまま、ゆっくりと首を傾げた。まるで初めて見たと言わんばかりの仕草に喫茶店のマスターと隣に座る冴からの視線がきつくなるのを感じ取った吾郎は慌てたように弁明する。

 

「いやいやいや。初対面じゃないよ!路地裏から出てきた君とぶつかったのは本当だよ!尻もちをついた君に手を差し出しつつ、世間でちやほやされて調子に乗っている高校生探偵としての全力スマイルを向けて、『まったく興味ありません』と言わんばかりに無碍にされたけれどさぁああ!その件を以て僕は『自分が隠れ自意識過剰野郎』だったって、戒めて今を活動出来ているんだって!待って、確か手帳に書いたんだ。『この日を忘れちゃいけない、初心も忘れるな』って気持ちになった重要な日なんだ!えっと……そうだ、5月7日だ!」

 

吾郎の必死な弁明を聞いていた喫茶店のマスターと冴は何か憐れむように見ていて、少女はうーん?と考えた後、学校の生徒手帳らしきものを鞄から引っ張り出して確認し、『あ、これか』と呟いた。少女の呟きを聞き彼女から生徒手帳を借りて中身を確認した喫茶店のマスターは、ふっと気の抜けた表情で笑うと告げた。

 

「坊主、残念だったな。脈ナシだ」

 

「そういうことじゃなぁああああいいいいいいい!!」

 

生徒手帳の日記にて『なんか胡散臭い奴とぶつかった』と記されていた吾郎は四軒茶屋の裏路地にある寂れた喫茶店「ルブラン」にて頭を抱えて絶叫するのだった。その後、友人たちと用事があると言って出ていった少女を尻目にコーヒーのお代わりを頼んだ吾郎は気を紛らわせるように冴との会話を再開させる。

 

「あぁ、胸が痛いぃ……」

 

「色々と完璧超人である貴方の人間らしいところが見えて、私は面白かったわよ」

 

「完璧超人っていうのは、父さんのような人間のことを言うんです。僕は半人前です。それはともかく精神暴走事件について話をしたいのですが」

 

吾郎の切り出した話題に冴と共に喫茶店のマスターも少し反応する素振りが見えた。しかし、吾郎は気にせずに自身の知りたいことを尋ねるために冴が口を開くのを待つ。飲み残していたコーヒーを一口に煽り、飲み込んだ冴はじっとした視線を吾郎に向けて口を開く。

 

「そっちのことね。……その筋の者から話を聞いたのだけれど、貴方と対立関係にある『脚本家』が関与していると示唆する発言をしたって?」

 

「……ええ。ご丁寧にも僕が事件で捕まえた犯人たちが刑務所でのたうち回り、黒い体液をぶちまけつつ、原因不明の死因で発狂死する映像を何本か見せつけられましたよ。その上で『私を捕まえられるのはこの力を持つ者だけだ。証拠も物証もないこの殺しでどうやって私を死刑にするんだい?』と挑発されました。その場で『脚本家』を捕まえようと動いた警官たちは直後に発狂して携帯していた銃で自殺ですからね。悠々と去っていく『脚本家』を追える人間は皆無でした」

 

「直接、手を下さずに人を殺せる能力。そんな能力を相手にするなんて想定を現代警察機関がしている訳がないじゃない」

 

冴はダンッと拳をカウンターにぶつける。その衝撃で彼女手元にあったコーヒーカップは陶器特有の甲高い音を立て、吾郎の手元にあるカップの中で波紋を作ったコーヒーを手に取り、お代わりにも関わらず少しぬるくなったそれを飲む吾郎。

 

「で、精神暴走事件の容疑者筆頭格である『脚本家』を追う僕に、何故『心の怪盗団』の話を持ってきたんですか?」

 

「『脚本家』の言う“この力”っていうのを、心の怪盗団のメンバーが持っている可能性があるからよ」

 

「『殺し』と『改心』では、性質が180度違うまったくの別物ですけれどね」

 

そういって吾郎は苦笑いする。それに呼応するように冴も深々とため息を吐く。指で米神を押さえつつ、絞り出すように言葉を紡いでいく。

 

「それでも、現在の日本を震撼させる精神暴走事件の尻尾を掴むには、表舞台への登場以降まったくの証拠を残さない『脚本家』よりも、色々と荒の目立つ『心の怪盗団』に目も向けるのは仕方のないことなのよ。上の連中にとってはね」

 

「冴さんにとっては違うと?」

 

吾郎の言葉に冴は大きく頷く。カウンターの方へ向いていた冴の顔がすっと吾郎へ向けられる。

 

事件の真実を追い求める検事である冴と同じ信念を持ち、依頼者の想いと犠牲者の無念を晴らすために足繁く事件現場を調べていた吾郎が出会うのは必然だったのだろう。事件現場に度々現れる吾郎に何度『子どもが事件に首を突っ込むな』と注意し警告したか数えきれない。だが、吾郎は折れなかった。元々は【生き別れとなった双子の弟を探すため】に探偵となったと聞いていたのに。いつの間にか日本史上最悪の犯罪者である『脚本家』に唯一好敵手と認められる探偵へと成長した吾郎。そんな彼とコンビを組んで色々な事件の真実を明らかにしてきた冴には、吾郎との確かな絆があった。

 

「上の連中はマスコミや世間に無能呼ばわりされていて気が荒立っている。現状で心の怪盗団のメンバーを捕えたら、『脚本家』の手下だと偽ってでも私刑にしかねない危うさがあるわ」

 

「確かに、心の怪盗団1番目の予告状は子どもが考えたものっぽかったですしね。加えて改心対象者である体育教師が勤めていた秀尽学校の掲示板でしか掲示されなかったというのは大きい。確実にあの学校の関係者の中に心の怪盗団のメンバーがいると公表したようなもの。はぁ……、もしかして、検察内で強制捜査の話とかあります?」

 

「そのまさかよ。当初、陣頭指揮は私が取れって言われていたけれど、『脚本家』の筋で進展があったと言ってすかさず蹴ったわ」

 

「さすが、冴さん。抜かりないですね」

 

「正直、私の勘では特捜部長はクロなのよね。この精神暴走事件って、マスメディアに取り上げられる大きな事件の裏で『誰かにとって都合の良い物語』が綴られて行っている感覚が正直拭えない。その感覚が『脚本家』の手口そっくりなのが正にあれね」

 

「冴さんの勘って百発百中だから、怖いなぁ。というか、『脚本家』が警察官僚と繋がりがあるかもしれないとか、悪夢でしかないんですけれど」

 

「……今度、衆院議員の選挙があるのは知っているわね」

 

冴が神妙な面持ちで話す一言。

 

吾郎は冴の言葉を聞き終わると同時に鞄を持って立ち上がった。

 

しかし、吾郎は冴にズボンのベルト部分を掴まれて逃げ出すことができない。話の雲行きが怪しいと感じ取った喫茶店のマスターもその場から離れようとしているが、少し行動を起こすのが遅かった。冴は空いていた左手でテレビにて精神暴走事件に関して持論を熱心に述べるとある衆院議員を指さすとにっこりと笑みを浮かべてはっきりと告げた。

 

「獅童正義、私の勘はあいつがこの精神暴走事件の黒幕だと告げているわ」

 

「「イヤァアアアア!!」」

 

聞きたくなった事実を冴から聞かされた吾郎と喫茶店のマスターはその直後に絶叫するのだった。

 

 

 

 

新島冴黒幕暴露事変後、養父も通っていた秀央高校での成績をキープしつつ、自殺未遂をして引きこもってしまった同級生の母親から依頼されたことに関する情報を集めるために渋谷を散策している最中に声を掛けられた。振り向いた先にいたのは顔馴染みである同い年の女性だった。

 

「奇遇ね、明智くん」

 

「うん?ああ、真さんじゃないか。どうしたんだい、こんな所で」

 

「明智くんの足元に転がっている人たちに用があったのだけれど……」

 

新島真。検事であり己のコンビでもある新島冴の年の離れた妹。食事の席で何度か一緒になったことがある。基本的に冴の行きつけであるレストランだが、時々養父が連れ立って行くことになる高級料理店では借りてきた猫のように微動だしなくなる姉妹の1人だ。そんな真が言う彼らとは、吾郎がちょっと話を聞こうとしたらメンチ切って粋がりながら群がってきた3人の男たちの事である。彼らに連れられて路地裏に向かった直後、嗜んでいる武術で急所をついて問答無用で黙らせた。

 

「彼らに、か。……用事はもしかして、強請りの件かな?」

 

「っ!?もしかして、秀央にも被害者が?」

 

「誰にも相談できなくて自殺未遂した同級生がね。僕の日常の一部である身の回りの人間に手を出したこと、骨の髄まで後悔させてやる。という意気込んできたものの、中々主犯格に辿り着けなくて困っていたところなんだ。どうかな、情報交換しないかい?おっと、音氏田威男。実家は茨城の涸沼出身。農家の両親と大学生の妹がいる25歳無職。付き合っている恋人は現役女子高生の函伊理夢子だよね」

 

「「ひぃっ!?」」

 

その場から仲間を置いて1人逃げ出そうとしていた金髪の男が吾郎の発した「己についての情報」を聞き取り、走り出そうとした格好でビタァッと固まった。吾郎の足元に転がる男たちも彼が発した言葉の内容を知りガタガタと震え、ついでに真もガタガタと震えている。吾郎はその場に似合わないニコニコとした笑みを浮かべたまま、威夫の下に近寄り後頭部に銃を象った手でこつんと後頭部を弾く。

 

「逃げてもいいけれど、その場合は君の大切なものが犠牲になるっていうことを忘れないようにね」

 

「手前!お、俺を脅すつもりかぁっ!?」

 

「変なことを言うね。君、さっき自分で言ったじゃないか。強請られるような弱みを見せた方が悪いって。強請られる、お前が、悪いんだろ?」

 

「ち……ちくしょう……」

 

その後、通報し駆け付けた善良な警察官たちに3人を暴行の現行犯で逮捕してもらった吾郎は、一定の距離を保ったまま近寄ってこない真と情報交換をするべく、近くのファミリーレストランへ移動することとした。ボックス席へと案内された2人はそれぞれ料理を注文する。

 

「いつもあんなことをしているの?」

 

「武器を持った犯人と対面することも少なくないからね。我武者羅に暴れまくって余計に危ないから、一撃で鎮めることも必要なんだよ。冴さんも柔道や剣道が得意でしょ。それと同じで僕も少し武術を嗜んでいるだけさ」

 

そう言って注文したホットコーヒーに口を付けた吾郎だったが、すぐにげんなりしたように眉を下げた。もろインスタントコーヒーの味がしたからだ。がっかりしながら背もたれにもたれかかった吾郎の耳にひそひそと小声で話す声が聞こえてくる。

 

「……その手の奴らが嗜んでいるって言ったら極めているということと同じ意味だって聞いたことあんぞ」

 

「シッ!竜司うるさい!」

 

「俺も彼と同じものが食べたいぞ。……だが、金がない」

 

「にゃーん。にゃにゃにゃーん」

 

吾郎は廊下側に移動し、背中合わせに隣り合っているボックス席を覗き込んで揃っている面子を見て言葉を失った。そして、挨拶と言わんばかりに例の首を傾げる仕草を見せる少女を見た後、自分の席に座りなおし、真と向き合った。彼女は吾郎の奇行にそれまた首を傾げている。吾郎は鞄から財布を取り出すと著有名人が何人ずついるかを確認し、店員に追加のオーダーを頼む。

 

「グランドマザーバーグを4人分。彼らに」

 

吾郎の注文にギョッとした真は立ち上がり、指名された4人を見て呆れたように口を大きく開けて、深々とため息を吐いた。運ばれてきたボリューミーなハンバーグを前にして青い髪の長身の少年が目をキラキラと輝かせている。彼らのボックス席へと移動した吾郎と真。吾郎はすぐに蓮たちが頼んでいたドリンクバーの注文票と追加で頼んだグランドマザーバーグ4人分の注文票も確保した。

 

「ここの支払いは罷りにも先輩である僕が払ってあげよう。代わりに掴んでいる情報を交換しないかな。真さんもいいよね?」

 

「異論はないけれど、半額は私も払う」

 

「いいからいいから。改めて自己紹介するけれど、世間的には高校生探偵で名前が通っている明智吾郎だよ。よろしくね」

 

「意外に軽いっすね、パイセン。って、いてぇっ!?」

 

テーブルの下で何かされたのか急に悶絶しはじめた逆立った金髪の少年。それとは対照的に冷や汗たらたらのゆるくウエーブの掛かったふわふわな灰色の髪が特徴の少女が口を開く。

 

「うちの竜司がすみません!こら、あんたも謝りなさいって、祐介!勝手に食べ進めるんじゃないわよっ!!」

 

「ハンバーグは熱々で食べたほうがうまいに決まっている。明智先輩も遠慮なく食べていいと言ってくれた。どこに遠慮する必要がモグモグモグ」

 

漫才のようなやり取りを見て吾郎は笑い、真はため息を連発する。そんな中、熱々のハンバーグをいつのまにかぺろりと食べ終えた黒縁眼鏡を掛けた少女・雨宮蓮が口を開いた。

 

「探偵って本当だったんだ。でも、この前の放送で話題の『心の怪盗団』について探偵としてのコメントを求められた時、「特に言うことはありません」って言っていたのは何故?」

 

「僕が捕まえなければならないと思って追っているのは『脚本家』であって、『心の怪盗団』じゃないからね。特に言うことはないよ。心の怪盗団が人を殺しているっていうのなら僕や真さんのお姉さんが登場することになるかもだけれど、今までの活動を見る限りそれはないだろうし。まぁ、世間にちやほやされて調子に乗ってそんなことを仕出かしたら、本気で探すことになるかもだけれどね」

 

「ふぅーん。意外と普通なんだね、あけちーって」

 

蓮はそう言ってメロンソーダをチュウっとストローで吸い上げる。マイペースな蓮と祐介の2人に毒気を抜かれた灰色の髪の少女は目の前のハンバーグを豪快に切って大口で食べ始める。蓮は鞄の中から顔を出した黒猫を構い倒しているが、空気を読んでいるのか猫は鳴き声を発そうしないように頑張って我慢しているようにも見える。

 

「って、『あけちー』?斬新だなぁ……」

 

「「「(え、気にするところがそこ?)」」」

 

ボックス席に座る連を覗いた全員からじっと見られる羽目になった吾郎は目を白黒させるのだった。

 

 

 

 

「えぇー……何これ」

 

でっぷりとした丸顔の男が描かれた万札が雨のように降り注ぐ渋谷の街で、巨大な円盤が浮いている。

 

蓮や真たちと別れ、養母に連絡しようとスマホを取り出した際に見慣れない赤いアイコンがあった。いつの間にインストールされたのだろうと思わなかった訳ではないが、好奇心が勝ってしまった。

 

怪しげなアプリを興味本位で起動してみると同時に世界が変わり面食らった吾郎であったが、壊れたATM人間や黒くて偉そうなヒトガタが闊歩するのを見て確信を持った。これが『脚本家』の言っていた【力】だと。まさか、奇妙奇天烈なアプリから入れる異世界のことを指すとは思わなかったが、この世界で何らかの行動を起こすと『脚本家』の行う殺人や精神暴走事件に繋がるのだろうと踏んだ吾郎は目下の目標である円盤に向かって歩き出す。

 

 

歩き……出す?

 

 

「え、空中を浮いている円盤にどうやって向かうんだよ?飛行機?ヘリ?ハンググライダー?」

 

移動手段を考える吾郎の周囲が暗くなった。何事かと思えば円盤から地表に向かって長い階段が伸びている。その長い階段を円盤から物凄い勢いで駆け降りてくるものがあった。猛スピードで駆け下りてきた銀色のバイクに跨る世紀末女帝はどこか顔馴染みの女性の面影があり、黒いバンに乗った黒を主調とした衣服を身に纏いそれぞれの特色にあった仮面をつけた集団が見えたのだ。吾郎は走り去る彼らの後を追うように走り出したが、バイクと車に人間の足だけで追いつけるはずがなかった。

 

 

それから数日後、再び円盤への階段が現れるのをひたすら待った吾郎の前に、彼女らが現れた。コードネームなのか本名は隠しているが、先日席を共にした面々と真に他ならなかった。状況的に彼女たちが現在世間を賑わせている心の怪盗団だということなのだろうが、顔馴染みである真はあの時点では関係がなかったはずだ。本心を隠して自分と話せるほど彼女が器用な人間ではないと吾郎は知っているから。つまり、そんな真が変わってしまう何かがあの円盤であったのだ。そう確信を持った吾郎は、彼女たちが階段を登り始めてしばらく経った後、1人登り始めたのだった。

 

 

 

 

その選択が後に何を意味することになるのか知らぬまま、吾郎は物語の中枢へと赴くのだった。




需要があれば続く……かも?


うん。吾郎の救済は原作通りだと難しいよね。
かといって刑務所エンドとかは二番煎じで格好がつかないしさぁ。
atlasさん、本当にお疲れ様です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2言目「探偵の身内に犯人がいることは稀にあること」

需要があると感想にてコメントを頂きましたので書いてみました。
それではどうぞ。



『心の怪盗団』のメンバーの後を追い、金色の豚の貯金箱像の下にあった秘密の地下通路から侵入を果たした吾郎。金色の小さな豚の貯金箱像や壺などの豪華な展示品が立ち並ぶ立派な銀行であるが、建物の隅々にはプスプスと黒煙を上げ火花を散らしてショートしたATMに手足の生えた者たちが折り重なるように放置されていたり、壁にもたれ掛かったまま動かなくなっていたりしている。銀行の中には人間らしい人影はなく、代わりに巨大な棍棒を持った赤い鬼やうすい水色の羽を持つ小柄な女性、2つ首の大型犬など現実世界では見ることのない存在が我が物顔で闊歩していた。

 

「あのアプリを起動した時から思っていたことだけれど、ここってもしかして人の心がそのまま映し出される場所ってことなのかな」

 

吾郎は自身の考察を述べつつ、息を潜め物陰から物陰へと移動し警邏している者たちに見つからないように進んでいく。途中、鍵が閉まっていて行けない箇所もあったが、1階部分と2階部分をすべて見た後で戻ってくると開けられていた。

 

おそらく『心の怪盗団』が逃走ルートを確保するために明けたのだろうと当たりを付けた吾郎もまたその扉を通り、地下へと向かっていく。銀行の1階2階部分と同様に物陰を移動しながら、警邏している者たちに見つからないと悟った吾郎は自身が尾行にも向いているんじゃなかろうかと思い始めていた。

 

現在、吾郎が探偵として行っているのは基本的に『何かの事件後、警察の調査に納得できない被害者家族からの依頼による事件の再調査』、または『冴経由で来る常人では判読不可能な難事件への捜査協力』。そして、『全国津々浦々で起きる『脚本家』絡みの事件の捜査』の主に3つである。

 

『脚本家』の事件に関しては、いつの頃からか吾郎宛てに意味深な招待状が来るようになったため、それを見た養父が前もって該当地区の警察に事件があるかもしれないと注意するように喚起しているが、それが功を制せられたことはない。

 

「そもそも探偵は殺人事件の調査とかしないんだっていうのに……。やっぱり初っ端から『脚本家』が手掛けた殺人事件のシナリオを“似たようなトリックを聞いたことがある”って得意げに解いたことで興味を持たれちゃった所為だよね、【僕の現状】って」

 

幼い頃、施設から養子として引き取ってくれた養父や養母と仲良くなろうと必死で色々な話を聞きだした時、彼と交友のあった高校生探偵の話と事件で使われたトリックを大まかに聞いたことが原因だった。普段は口が固い癖にお酒と子どもに滅法弱い養父の知り合いでかつて叩き上げの刑事で部下だった剣持さんにも、養父が意図的に隠した顛末を聞いたこともあった。

 

ちなみにその高校生探偵だった男性とは、この間の歌島の時に会ってきたばかりだ。随分と事件から遠ざかっていたようだけれど、その頭脳は現在も健在だった。おかげで最近、その手の事件は『初代死神』と名高い彼に引き寄せられているらしく、こうやって吾郎は同級生の母親からの依頼に従事できているという側面もある。

 

「おっと、エレベーターか。当然、行くしかないよね」

 

迷宮のように入り組んだ銀行の地下。そこを上の階と同様に物陰に隠れて警邏している者たちの目を盗みつつ移動してきた吾郎はそのままエレベーターの下降ボタンを押す。そして、窓の外に映し出された大きな銀色のナニカを見てすぐに口走った。

 

「うん?この形って、鍵穴?」

 

チンという音が鳴り、エレベーターの扉が開く。何気なくフロアに降りた吾郎の前に、ナイフやロッド、鞭や刀などの近接武器と大小様々な銃火器を構えた『心の怪盗団』が現れた。

 

「……うおうえぇええええ!?」

 

「「「どうえぇえええー!?」」」

 

「あ、あけちーだ」

 

驚愕する吾郎や数人のメンバーを他所に平然とした様子で納得する黒い仮面の少女。吾郎をそんな風に呼ぶのは蓮しかおらず、自ら正体をばらしたようなものだが、もう今更だった。それを見かねて。吾郎のことを話すものがいた。

 

「アプリを起動した時から、誰かに尾行されている気配を感じていたが、こいつだったのか」

 

「ぬいぐるみがしゃべった!?」

 

「ちっげーよ!!ワガハイはモルガナ、人間だ!!」

 

吾郎はモルガナと自称した二足歩行の黒い猫をモチーフとしたぬいぐるみっぽい奴に「ちょっとこっちに来い」と手を引かれ、個室へ連れていかれる。当然のように心の怪盗団のメンバーもそれに続き、吾郎への質問タイムが開催された。

 

「ここまで全く戦闘無しで来たの、明智くん!?」

 

「へ?割と普通にやり過ごしてきたけれど、君たちは違うのかい?」

 

見れば心の怪盗団の面々は疲労が蓄積し肩で息をしている者も少なくない。恐らく今回の探索を終えて、帰ろうとエレベーターに近寄ったら自分が降りてきたということなのだろうと当たりを付け、吾郎は話を切り出した。

 

「もうここまで知ってしまったんだ。君たちの持つ力の事、そしてこの世界のこと、出来るだけでいいから教えてもらえないかな。その代わりに僕は尾行にしよう出来た潜伏スキルと探偵として培った観察技術を提供しよう。これ、結構いい取引だと思うのだけれど、どうかな?」

 

返事は後日ということとなり、この場は解散となったが、その日の夜にはスマホに返事が来たのだった。

 

 

 

情報交換の場所として指定されたのは、四軒茶屋にある喫茶店ルブランの2階部分。そこは喫茶店のマスターである佐倉惣次郎の下で居候している蓮の部屋であったのだが、見事な殺風景に絶句した吾郎と真。2人はせめて外見でも女の子らしい部屋にするべく、寝心地の良いベッドカバーやファーのあるふかふかなソファーカバーなどを見繕うため、ホームセンターの商品一覧をネットで探し始めた。

 

年頃の女子高生の生活する空間ではないと真が普段の様子を尋ね、蓮がモルガナを見ながら、スイと天井の梁を指さしながら言った「暇な時は懸垂している」という言葉に、惣次郎に入れてもらったジュースやコーヒーを飲んでいた面々がゴフッと噴き出した。特に炭酸ジュースを飲んでいた坂本竜司が気管にそれが入ったらしく、プルプルと肩を震わせながら悶えている。

 

「怪盗団としての活動をしていない間は何をしているの?」という少し顔を青染めながら言う真の問いに対する答えは、ざっと次の通りである。

 

「年上メイドによるご奉仕講習」

「ファンキーな女医によるドッキドキな治験」

「元政治家とご飯」

「裏取引のお手伝い」

「占い商法の実態解明」

「夜のお店での交渉術」

「将棋界のデュエリスト入門」

 

など、聞いていた面々が阿鼻叫喚するような内容だった。特に秀尽学園で生徒会長を務める真にはどれも縁のない話で全てを聞き終わると同時に蓮の頭を胸に抱いて「辛かったね、気付いて上げられなくてごめんね」とヨシヨシと撫でながら慰める始末である。当の本人がケロリとしているのに、周囲がこれってどうなのだろうと、吾郎はコーヒーを飲みながら思った。

 

「明智は驚かねぇんだな」

 

「うん。これでも人生経験豊富だからね。もっと悲惨な人生を送って、挙句に殺人を起こしてしまった人たちを大勢見てきたし。けど、雨宮さんがどうしてそんな目に合う必要があるのか分からなくて」

 

吾郎は机の上にちょこんと座る黒猫のモルガナに問われたことに対し持論を述べる。その裏で猫とナチュラルに会話する日が来るなんてと若干困惑していた。その焦りを見せないようにコーヒーを味わう素振りを見せる。すると吾郎の話を横で聞いていた竜司がふと思いついたようにつぶやいた。

 

「ああ、パイセンはこいつの事情を知らないっすもんね」

 

「まぁね。けれど、その件は話さなくていいよ。今回の取引内容にそのことは含まれていないし、僕は目の前にいる雨宮さんと向き合っていくだけだから。過去のことは気にしないよ。人にとって大切なのは、今まで何をやってきたのかではなくて、これから何を成すのかだと思うから。雨宮さんが今やっていることも、きっと『心の怪盗団』としての活動で必要なものだろうしね」

 

「パイセンが大人だ……」

 

「これが最上級生の貫禄……、あ、違うよ!?新島先輩が頼りないっていう話じゃないから、落ち込まないで!」

 

アッシュグレーの髪の少女・高巻杏の言葉が向けられた人物に視線を向けると、死んだ魚のような目で蓮の頭を撫でる手を止めずにここではないどこか遠くを見ていた。清廉潔白とまではいわないが、普段の真であれば近寄りそうもない渋谷に彼女がいたことに何らかの関係があるのだろうな、とその様子を見て思った吾郎であったが、後輩たちにそのまま格好いい先輩という偶像を抱いていてもらいたいので思ったことは口にせずコーヒーを飲むのだった。しかし……、

 

「明智、お前わっかりやすいなー」

 

自身の思惑は呆気なくモルガナに見透かされてしまった吾郎。吾郎は苦笑いしつつ、本来の目的である情報交換をしようと話を切り出すのだった。

 

 

 

新宿駅構内でアプリを使い入れる『メメントス』と呼ばれる大衆の認知が集まる場所にて、“力”を身に纏った怪盗団の面々に混じって秀央高校の制服のままの吾郎もそこにいた。

 

「ふーむ。理不尽を押し付けられ抑制されている気持ちを解放することで、自分の中の本当の自分が力として表れる。という感じでいいのかな?」

 

「私たちもよくわからんけど、言えることがあるとすれば……あけちーにペルソナが宿る様子はないね」

 

「パイセンは何か世間にぶちまけたいこととかないんすか?」

 

髑髏の仮面をつけた竜司、改めスカルの言葉を聞いた吾郎は腕を組み考える。以前はアイドルのようなルックスの高校生探偵ということで探偵業とは別の所で自分を祭り上げるマスコミや大人たちに対して不満を抱いていた。しかし、5月の初頭に蓮とぶつかり、自分の在り方を見直した現在、そこまで大っぴらに不平不満をぶちまけるほど子どもでもない。

 

「うーん。探偵稼業もしたくて始めたことだからなぁ。メディア露出も含めて自分で責任は取らないといけないことだと今は思っているし、秀央高校も自分の意志で進んだ場所だからね。坂本くん、いやスカルの言うような『抑制されているもの』に関しては思いつかないかな」

 

「大人だな、明智先輩は。しかし、パレスで活動する上でペルソナが使えないのはどうなんだ、モナ?」

 

紺色の衣服に狐の仮面をつけた喜多川祐介もといフォックスが黒猫のモルガナから変身した二足歩行のぬいぐるみのような姿のコードネーム・モナに尋ねる。

 

「パレスを進むうえでかなり不利になるのは否めないな。確かに明智の潜伏スキルは汎用性が高いし、今まで見つけられなかった僅かな痕跡すら見つけられるようになった観察眼も凄い。だが、パレスで最も必要なのは強敵と戦うための力であるペルソナだ。あのアプリを所持している以上、明智が力に目覚める下地はあると言っていいがそれを悠長に待っている時間はこいつらにはない。だから……」

 

「今回の件のカタが付くまで、僕は怪盗団とは別行動を取るべきということだね。オーケーだよ。僕は真さんのお姉さんと一緒に、強請りの元締めである金城潤矢にプレッシャーを掛けてみる。恐らく彼は真さんの弱みを握っているから、新島検事に対して強気に出るはずだ。君たちが金城を改心させた時に、黒幕の連中が彼を簡単には助け出せないように余罪をたっぷり追加させておくよ」

 

ニコッと笑みを浮かべてとんでもない発言をかました吾郎。怪盗団の面々は彼の言葉をしっかりと反芻し、理解した後、各々の反応を見せた。

 

「「やり方が想像以上にえぐいっ!?」」

 

スカルと、赤のボディスーツと膝上あたりのロングブーツに猫の仮面をつけた高巻杏もといパンサーが慄き。

 

「改心を成功させてくれると俺たちが信頼されているのか、それとも俺たちの援護をしようとしてくれるのか、判断に迷うな」

 

フォックスが顎下に手を当てて悩むような仕草を見せ、その下でモルガナがやれやれと呆れた様子を見せている。

 

「あけちーに狙われて平然としている『脚本家』って凄いんだね。私、週刊誌を読んで勉強しておくよ」

 

「いや、そこはせめて新聞を読もう?」

 

どこまでもマイペースな蓮もといジョーカーの発言に、深々とため息を吐く真改めクイーン。

 

個性豊かな怪盗団の面々を見て、吾郎は素直にいいチームだなと思った。しかし、仲良しこよしだけの面々だけで構成されるチームは全体的に世間の評価や自分たちに都合の良い情報に流されそうな雰囲気になることも多い。

 

もしも、己がこのメンバーに入ることになったら、メンバーの行動を諫める役目になりそうだなと思う吾郎。その時、

 

【……お前はまたそうやって仮面をつけるのだな】

 

吾郎の頭の中で野太い男の声が響いた。脳天を刺すような鋭い痛みに思わず膝をついて頭を抱えて呻き声を漏らす吾郎。その姿を見て、怪盗団のメンバーは『このタイミングで?何でっ!?』と慌てている。その間も吾郎に対して不満を漏らすように野太い声の主は問いかける。

 

【あの女人との出会いで多少は良くなったと思ったが、また己を偽るか】

 

「偽る……って、何……のことだっ!?」

 

【魂の半身を失う時、捜査をおざなりにする大人を見た時、大衆によって作り出された虚像を演じなければならない時、お前は己の意志を隠し偽りの自分を演じた。今では演じた虚像が自分本来の姿だと仮面を外せなくなっている。違うか?】

 

「それの、……何が悪いっ!理想の、自分を貫き通して!弟は、陸朗に関しては!僕が差し出した手を弾いたんだ!あいつの方が!」

 

【なら、何故今更になって魂の半身の居所を探す?】

 

「それは……」

 

【見ない振りはやめろ。本来の自分を取り戻せ。様々な人間の人生を垣間見て成長した今のお前なら乗り越えられるだろう?】

 

「う……ぐぅ……、あああああああぁぁあああああ!!」

 

吾郎の叫び声に呼応するようにして燃え上がった黒と白が入り混じった焔。それが消えて現れたのは吾郎の頭部全体を覆い隠す赤い兜のような鳥の頭部を模した仮面だった。

 

それと同時に吾郎の脳裏にいくつかのイメージ映像が流れる。『黒い液体塗れの死体』『嗤う弟の横顔』『差し出された手が弾かれる姿』『絶望を体現したように無様に泣き喚く弟の姿』。

 

ああ、何だ。生き別れとか、探偵として有名になって弟を探す手掛かりにって考えていた吾郎はようやく思い出した。

 

実母の死、

 

引き取られた親戚のところで過ごした地獄のような日々、

 

助けてくれない世の中と大人たちに恨みを募らせ、

 

起こるべくして起きた事態。

 

死因は原因不明で有耶無耶になり、

 

引き取り手がいなくなった吾郎たちは施設行きになった。

 

そこで吾郎は明智夫妻と出会った。

 

理想的な夫婦だが子宝に恵まれなかっただけの明智夫妻、

 

彼らの養子になるために吾郎は弟を蹴落とした。

 

 

その結果が、今の【自分の現状】なんだ、と吾郎は理解した。その上で頭部に現れた赤い兜のような仮面に手を掛けた。無機質で冷たい兜の縁に触れた指に力を込めて吾郎は一気に仮面を引き剥がす。

 

吾郎を中心に力の奔流が迸る。黒と白のモノトーンの焔が静まるとそこにいた吾郎の姿は変わっていた。黒いボディースーツの上に胸や肩にメタリックな軽装を身に纏い、右肩には黒い羽を模した外套、左肩には白い羽を模した外套がそれぞれ垂れている。頭部は勿論、鳥の頭のような赤い兜のようなフルフェイス型の仮面をつけて立っている。

 

だが、先ほどまでの格好いい大人の雰囲気は完全に霧散し、どこか煤けている。吾郎は何を言う訳でもなく、怪盗団のメンバーから離れてメメントスの壁に向かった。そして、そのまま壁にもたれ掛かるようにして項垂れ始める。

 

「ああ。鬱だ。最悪だ。過去の自分を殴りたい。むしろ毟りたい。死ねばいいのに。やばい、過去の過ちのレベルが度を過ぎていてヤバすぎる。今までとは違って、ガチの全力で止めなきゃいけない。『脚本家』の、彼の謀略は僕が止めなくちゃ。でも……あぁ……まじかぁぁあ……やっちまったなぁぁぁぁ」

 

吾郎は覚醒した格好でメメントスの入り口の床の上を寝転がった状態でゴロゴロと転がる。通りで『脚本家』が自分を好敵手に選ぶはずだとか、わざわざ招待状を送りつけてくる理由が分かった。加えて堂々と現地警察官を巻き込んででも挑発してくる理由も。

 

どれもこれも幼い頃、己が彼にした仕打ちに対する復讐なのだと。日本史上最悪の犯罪者『脚本家』の正体が、かつて己が蹴落とした双子の弟である可能性があると分かった吾郎はさらにげんなりして四つ這いで呻き声を漏らす。そんな彼に近づいてくる人影があった。

 

「あけちー、今回はやれそう?」

 

「……ごめん、精神的に無理」

 

「そっか。どんまい!」

 

年下のジョーカーに気を遣われたことを察した吾郎は、さらにがっくりと肩を落とすのであった。




吾郎の怪盗姿はデジモンのレイヴモンを参考にしています。
よって武器はペルソナ4のクマと同じ爪へと変わり、銃は使用ペルソナの関係でボウガンとなっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3言目『推理する上で一番の敵は思い込み』

一瞬、日刊ランキング4位に載れました。
皆さん、ありがとうございます。

今回は37歳の方とクロスオーバー要素と改変はいります。


渋谷を中心に活動していた自称マフィアの金城潤矢が警察に自首したという話はすぐに世間に広まった。

 

自殺未遂後、引きこもりをしていた同級生も通学を再開させ、一度は楽してお金を得ようと甘い考えで行動したことに関して少し影を背負っていたものの、一日一日をしっかりと一歩ずつ堅実に進んでいっているようだ。

 

吾郎は覚醒の際に精神的に大ダメージを負ったが一応、『心の怪盗団』の面々が金城のパレスを攻略中、メメントスにて宣言した通りにコンビである検事の冴と共にプレッシャーをかけまくった。それはどこか八つ当たりにも見えなかったことはないと、隣で活動していた検事の女性は語る。ちなみに、金城の下で高校生や罠にかかった被害者たちを強請っていた実行犯の人間たちも漏れなく豚箱行きだったことは言うまでもない。

 

探偵業はしばらく休むことをテレビや雑誌の記者たちに伝え、その理由を大学受験のためとした吾郎は足繁く四軒茶屋の喫茶店ルブランへ通った。マスターの淹れるコーヒーの味に惚れ込んだこと、かつては隠れた名店として取り上げられたこともある店だが現在は近所の方々が利用するだけの寂れた様子のため思いのほか勉強が捗ること。そして、最もの目的が『心の怪盗団』の拠点である点だ。

 

「パイセンって、金持ちっすよね」

 

「まぁ、探偵業は基本ボランティアでやってきたけれど、テレビや雑誌の取材に関してはギャラが発生していたからね。そこそこ貯金はあるよ」

 

「怪盗団のメンバーで食べに行ったら確実に奢ってくれるし、モルガナが最近偶に食べている高級猫缶もパイセンが買っているんすよね」

 

「いや、金城の件で僕は碌に役に立てなかったし、これくらいはしておかないとね」

 

「金城の取り巻き連中をまとめて御用しただけで十分つーか、怖えつーか」

 

そんなルブランの2階部分、つまり雨宮蓮の部屋の模様替えをする吾郎と竜司がそんな会話をしていた。

 

そもそものはじまりはカネシロパレスの攻略を終えた怪盗団のメンバーの1人である坂本竜司の下に届いたチャット。それは1歳年上の先輩である明智からの呼び出しだった。

 

少し、時間を遡る。

 

 

集合場所は新宿にあるホームセンター。かくして、普段の私服姿で集合場所に向かうと呼び出した本人の他に怪盗団のメンバーである高巻杏と新島真の姿もあった。呼び出した本人である吾郎は水色のTシャツの上に羽織った薄手のジャケット、カーキ色のズボンは踝部分が見えるくらいの位置まで折り曲げられており、竜司の予想していた吾郎の姿よりも非常にカジュアルな格好だった。

 

「休日の朝から急にごめんね、坂本くん。チャットでも伝えた通り、雨宮さんの部屋の模様替えのために色々と物を買いたいから、人手がいるんだよ。雨宮さんはあの部屋のままでいいとか信じられないことを言うし、喜多川くんにも声を掛けようと思ったのだけれど、先に連絡しておいた髙巻さんに断固反対されてね」

 

「そりゃあ……当然っすわ」

 

竜司は先に来て真と並んで会話していた杏へと視線を向けて納得するように頷く。

 

祐介は芸術家ということもありセンスがある。それは認める。だが、そのセンスが彼の品位を陥れる要因になる様子も何度も見てきた。例にあげるとすると、華の現役女子高生である杏に向かって、堂々と悪びれる様子もなく「裸婦像」のモデルになってくれないかと依頼したのである。

 

竜司は正直な話、芸術家ってこんなんばかりなのかなって思ったくらいで、それだけ衝撃が大きかったということもあった。

 

「会計する時に裸婦像を持ってこられてもパイセンも困るだけっしょ?」

 

「えー?女の子の部屋の模様替えをするための物品を買いに来ているのに、そんなものを選んで持ってくるなんてことをする人間がいるわけないじゃないか。……え?マジで?坂本くん、髙巻さん?喜多川くんって、そういう人種なの!?真さんも何か言って!」

 

「……ノーコメントで」

 

「っ!?」

 

吾郎は驚愕の真実を知ったと言わんばかりに雷に打たれたように慄いた。というか、そんな風に驚くほどのことなのかと竜司と杏は、吾郎のコミカルな部分が少し気になった。

 

今まで見て接してきた吾郎はテレビの画面や紙面に映る高校生探偵という姿だったり、年上の先輩という立ち位置で割と格好いい存在だったりしたのだが、メメントスでの覚醒の時。本来、見せ場の格好いい場面なのに、ペルソナとの会話で精神的に大ダメージを負った吾郎は四つ這いで意気消沈しているし、真経由で聞かされる金城一味に対する吾郎の八つ当たり的な行動も意外だと驚いた覚えがある。何か思ってた感じと違うと2人は思い始めていた。

 

「パイセンって、一皮剥いたらすげー芸人気質なのかな?」

 

「これがギャップというやつね」

 

後輩たちがそんな会話をしているとは露にも思わない吾郎は、気を取り直して元々の目的である物品購入をするためにホームセンターへの入店を促すのだった。

 

 

 

 

物に対して無頓着な蓮のために『衣装箪笥』と『もこもこのファーのあるソファーカバー』と『夏用のベッドカバー』と『新品のタオルケット』が用意され、家主である佐倉惣次郎と部屋の主である蓮の許可を取り、模様替えを行った。私服もほとんど持っていない彼女のために、無難なものを真が、少し着るのに勇気のいるものを杏が、1着ずつ選び新しく設置された衣装箪笥へと収納される。

 

そんな模様替えが済んだ蓮の部屋にてカネシロパレスで得たオタカラである黄金のアタッシュケースが開かれたのだが、中身の札束は認知世界で見た金城潤矢の姿が描かれた子ども銀行形式の玩具のようなもので、何の価値もないものだった。黄金のアタッシュケースは質屋とかに持っていけばそれなりの値段になるだろうということだったが、ふと蓮が「札束がー」とがっかりしている竜司を慰めるように声を掛けている吾郎へと視線を寄こした。

 

「あけちーの通っている高校って、秀央高校っていう都内でも偏差値がずば抜けて高い所だよね?」

 

「秀央高校か……。校長先生が、名前が似ているだけで比較されてしまうと嘆いている相手校だわ」

 

「それ、当てつけじゃね?秀央高校と秀尽学園、合っているの『秀』だけじゃんか」

 

蓮が吾郎に振った話題は、彼が通う高校について。蓮の思惑としては刻々と近づいている期末試験への対策として、吾郎を家庭教師として据えてしまおうという下心満載のものだったのだが、その会話に吾郎が反応する前に真が食いつき、がっかりしていた竜司も参加することになった。自身の通う秀央高校と蓮や真たちが通う秀尽高校が比べられているという話に反応する形で吾郎は話し始める。

 

「秀央高校が名門校であることは認めるけれど、頭がいい人間が集まるからいい学校という訳ではないよ?実際、卒業生の中には警官になった人もいれば、犯罪者になった人もいるわけだし。20年近く前の話だけれど、『地獄の傀儡師』と呼ばれたサイコキラーの高遠遥一とかも卒業生だしね」

 

そう言って惣次郎が淹れてくれたコーヒーに口をつける吾郎。彼は話した内容など彼方に飛んでいったと言わんばかりに、ホウっと息を吐く。竜司は秀尽学園で起きた鴨志田による体罰問題による一連の流れを思い返し、深々とため息を吐いた。親友が被害を受けていた杏もギリリと奥歯を噛みしめている。

 

蓮はそんな2人の様子を見て、こうなると思ったと言わんばかりに『パチン』と手を叩いて、全員の意識を一旦リセットした。

 

「もうそろそろ期末試験があるんだよ、あけちー」

 

「ああ、なるほど。雨宮さんは試験勉強したい訳か。僕自身は、探偵業を休んで大学受験に向けて勉強するって周囲には知らせてあるから、基本的にルブランでコーヒーを飲みつつ勉強するつもりだよ。その時に一緒に勉強するしないは雨宮さんの自由だよ。何だったら坂本くんや髙巻さんも一緒にどう?」

 

「「ははは……。考えて……おきます」」

 

蓮の一連の動きで現実に帰った竜司と杏だったが、吾郎の問いには保留の意志を伝えたのだった。そんな中、秀尽学園に通っていないため1人蚊帳の外だった祐介が吾郎に尋ねてくる。

 

「……俺は誘ってくれないのか、明智先輩」

 

「喜多川くんはそこまで成績が悪いようには見えないけれど、もしかして僕が教えないといけないほどヤバイのかい?」

 

「いや、そういう訳では……」

 

目線を逸らしつつ渋る祐介の様子を観察していた吾郎は、彼と初めて会った時のことを思い返して苦笑いを漏らす。

 

「……。はぁ、仕方がないなぁ、喜多川くんは。土曜日の午前中はセントラル街のファミリーレストランで勉強しようかな。一生懸命、勉強を頑張ったら昼ごはんをそこで食べて解散って流れにしよう。あくまで本分は勉強だからね」

 

「っ!ありがたい!土曜の午前中だな、確実に行く」

 

「祐介、あんた露骨すぎでしょ……」

 

「ゆーすけもバイトすればいいのに」

 

杏と蓮が各々の理由でぼやく。杏は祐介が吾郎にたかる気満々で隠す気がないことを嘆き、蓮は祐介が芸術に身を捧げて食費さえも削ってしまった挙句に絵を描く体力もなくなって元も子もないことを呆れた。

 

しかし、そこで勉強すれば1食分浮くというのは多くのお金を持てない身としてはありがたい訳で。その話を聞いて、すでに土曜日は試験勉強する気になっている高校2年生メンバーの姿にやれやれと首を振る真だったが、そこでこのままでは怪盗団のメンバーの中で自分だけがハブられる可能性を考え、密かに参加するのを決めたのだった。

 

ちなみにカネシロパレスの打ち上げ自体は7月18日に行われる打ち上げ花火を見た後に全員で遊びに行くという形になり、金色のアタッシュケースは蓮の伝があるところに売却することになるのだった。

 

 

 

 

放課後、ルブランのカウンターに腰掛けマスターの淹れたコーヒーをお供に受験勉強する吾郎の隣に、颯爽と店に訪れた冴が吾郎を見つけると同時に近寄り隣の席に座った。マスターである佐倉惣次郎が彼女のコーヒーを用意し始める。そんな中、彼女はおもむろに口を開いた。

 

「『脚本家』が表舞台に現れたわ。歌島で起きた事件の犯人・麻生早苗の前に立ち“例の手口”で死ぬのを見届けた後、某刑務所にて『地獄の傀儡師』と監視役を付けずに堂々と面会する姿が確認された」

 

人が死んだことを告げる冴の表情は無だった。吾郎は開いていた参考書とノートを閉じ、冷たくなったコーヒーを一気に煽り飲んで空にすると冴を見つめる。奥歯を噛みしめ、噴き出しそうな怒りを飲み込み、なんとかいつも通りの声色を捻り出す。

 

「彼にしては、珍しいですね。……それで、被害は?」

 

「……その日、それぞれの牢獄を警務していた警察官と刑務官、受付をした婦警を含めた26人、例の黒い体液に塗れた変死体で発見された」

 

それは吾郎の想定していた以上の被害だった。吾郎自体が脚本家と何度も遭遇し、その都度見逃され生かされてきた人間であるがゆえに。人の命を何とも思っていないサイコキラーである『脚本家』に対して言い表せられない激情が内心で暴れまわるのを感じ取る。しかし、それをおくびにも出さずに至って冷静に尋ねる。

 

「……このこと、父さんはご存知ですか?」

 

「ええ。私自身、明智警視長からこの情報を聞かされたもの。監視カメラの映像を見た警視長たちが気づいたようなんだけれど、『脚本家』のことを『地獄の傀儡師』こと高遠遥一は『ロキ』と呼んでいたそうよ。先に捕まった歌島の時の犯人が『ゼウスのしもべアルテミス』を自称していたから、それ系列かと思うのだけれど」

 

「ゼウスのしもべ……。いや、オリュンポスの12神の中にロキは含まれていないはずです。となると、高遠遥一をゼウスと冠した犯罪者とは別の立ち位置に脚本家はいることになる。しかし、警察官たちを殺した上で高遠に会いに行っているということは……」

 

「『地獄の傀儡師』である高遠遥一と『脚本家』には何らかの接点がある。その点に関してはすでに明智警視長の部下が調べているようだけれど、そんなことで見つかるような痕跡は残していないでしょうね」

 

「……冴さん、極秘で調べてほしいことがあります」

 

吾郎はノートの一番後ろのページを破り、自分が入っていた施設であり、明智夫妻と出会った場所かつ、血のつながった双子の弟を置き去りにした忌まわしき所の名を記し、続いて深呼吸をひとつして弟の名前を書いた。そのノートの切れ端を冴へ差し出す。

 

「……、これは?」

 

「脚本家の言う『力』というものを身につけることに成功しました。その過程で、『脚本家』の正体が、僕の双子の弟である陸朗の可能性が出てきたんです。僕が父さんたち……養父母に引き取られた後、あの施設でどう過ごし、どんな親に引き取られたのか、それを知ることが出来れば脚本家に近づくことも可能かと、……思っています」

 

「……色々と聞きたいことがあるのだけれど、その様子だと嘘ではないみたいね。分かったわ、吾郎くんには今まで多くの事件に協力してもらった借りがあるからね。彼の過去を探ってみる。けれど、吾郎くん。あまり思いつめたらだめよ、推理する上で一番の敵は思い込みなのでしょう?」

 

「冴さん。……はは、こんないい女なのに、何で嫁の貰い手がないんですかnぶべっ!?」

 

「一言多い!」

 

冴の諭すような大人の意見を聞き、少し胸が軽くなった吾郎は照れ隠しをするように余計な一言を放ってしまった。穏やかな大人の女の表情を浮かべていた冴の表情が満面の笑顔になる。それと同時に放たれた懇親の一撃。それを顔にもろに食らった吾郎はルブランの床をごろごろと顔を押さえてのたうち回っている。

 

そこへ丁度、淹れたコーヒーを持って参上した惣次郎は吾郎に憐みの視線を送り、一言呟く。

 

「やっぱり、お前。残念系イケメンだな」

 

そんなマスターの呆れるような声の小さな呟きを拾えたのは、そこにいた吾郎や冴ではなかった。

 

 

 

 

金城潤矢のパレス攻略を祝う打ち上げのため、花火大会の会場へと向かう一行。艶やかな浴衣姿の女性陣に感謝の祈りを捧げた男性陣。彼女らをナンパさせまいと護衛しつつ移動する路上の途中で、ふと空を見上げた吾郎は会場へと急ぐ面々に声を掛けた。

 

「皆、ごめん。あそこの角にあるコンビニに寄らない?喉が渇いちゃって」

 

「むー、あけちー。またコーヒーでしょ。ルブランのコーヒー以外は美味しくないっていう顔するの分かっている癖に」

 

「あはは……ごめんごめん」

 

吾郎のコーヒー好きは、もはや好きのレベルを通り越して中毒者レベルに達している。仕方がないなぁと渋々コンビニに向かって一斉に移動する面々。

 

しかし、その足取りは軽やかだった。女性陣が着ている浴衣はレンタルとはいえ、気合を入れて着てきたもの。普段であれば竜司や祐介のいらない一言で憤慨しそうなものだが、吾郎に女性の喜ばせる褒め方を習った2人と1匹。それはもう褒めて褒めて褒めまくったのである。気をよくした杏がサービスカットをしてくれるくらい。ただし、あまりに褒められすぎた女性陣は照れ隠しに吾郎を殴った。それでオチがついたのだ。

 

店内に入っていった吾郎を見送ったメンバーはコンビニの軒下で、ついに始まってしまった花火の音や光をビルの影から見ることに不満を零したのだが、モルガナが『マジかよ』と鳴いた次の瞬間には、路面を何度も叩く水の音が聞こえてきた。そして、あっという間にバケツに貯めた水をひっくり返したような雨が、蓮たちの目の前で降りだし、コンビニの近くにいた人間が一斉に雨宿り場所を求めて押し寄せてきた。

 

「こういうのって怪我の功名っていうんだっけ?」

 

「いや、明智は降りだしそうなのを察知してコンビニに行くことを告げたみたいだぞ」

 

杏がふと思いついたことわざを呟き尋ねたのだが、モルガナの発言を聞いて全員揃ってコンビニの出入り口を見た。すると人数分とは言わないが2人に1本くらいありそうなビニール傘を腕に掛け、時期尚早だが雨が降ったことで肌寒くなった今ならありがたいと言わざるを得ない全員分の肉まんが入った袋を持った吾郎が立っていた。

 

「皆、おまたせ。美味しそうだったから、肉まん買ってきちゃったよ」

 

「「マジすげぇ、明智先輩(パイセン)!」」

 

竜司と祐介は、決める時にはしっかりと決める吾郎を褒めたたえるのだった。

 

 

 

「はむはむはむ」

 

「もぐもぐもぐ」

 

蓮と祐介が吾郎からもらった肉まんを食べている中、これからの予定について確認する面々。

 

「びしょ濡れになっていたら気が萎えていたのは確実だったな。これからどうする?」

 

「カラオケやボーリングもいいね。多分、花火大会目的の人はほとんどこの雨で濡れちゃったと思うから、近隣のアミューズメントパークは空いているはずだよ!」

 

竜司と杏が盛り上がる中、ふと意味深な視線を送る真の様子が気になった吾郎もそっちを眺める。視線の先には黒塗りの高級車に乗り込むゆるふわな髪型をした茶髪の少女の姿。彼女と何らかの関係があるのかと尋ねようとした吾郎であったが、その前ににょきっと黒い髪の頭が現れた。

 

「まこー、彼女は知り合いなの?」

 

「ええ。同級生なの……、って、蓮。貴女、あっちで喜多川くんと食べていたじゃない。その右手に持った肉まんは誰の?」

 

「うん。あけちーの」

 

「へー……って、いつの間に!?」

 

吾郎は蓮に言われてようやく自身の手首に掛けていたコンビニの袋が無くなっていることに気付いた。自分の分として残していた肉まんはすでに蓮によって三日月状に噛り取られており返却は不可状態。ジト目で睨む吾郎の視線も何のその。蓮はペロリと肉まんを食べ終わり、吾郎に向かって手を合わせると一言。

 

「ごちそーさまでした。あけちー、ありがと!」

 

淡々とした表情を浮かべていることの多い蓮の稀に見る満面の笑顔。しかも男心をくすぐってやまない上目遣いとのコンボ。それを正面から受けた吾郎は、「ははは……」と乾いた笑いを口から漏らし「どういたしまして」と呟いた。そして、振り返りざまに竜司と祐介に向かって言った。

 

「君たち、これにやられたの?」

 

「ふとした拍子に見せる、あいつのあの表情だろ。気をつけろ、パイセン。あいつは天然の皮を被った理性のある小悪魔だぜ」

 

「あの笑顔でお願いされると、何でもしてやりたくなるんだ。ほぼ洗脳に近い」

 

女性陣がカラオケかボーリングか、はたまた映画館かと騒いでいるのを聞きつつ、男性陣は深々とため息を吐いた。

 

「何処の誰だか知らないけれど、普通に生活していたら絶対に開花しなかったであろう厄介な才能を開花させてくれたね。……というよりもそういった才能を持ち合わせていたから雨宮さんが選ばれた?」

 

「うん?何を言っているんだ、パイセン?」

 

「……いや、何でもない。人の運命を思い通りに動かすなんて、そんな神さまみたいな力を持った奴がそうそういる訳ないよ……ね?」

 

吾郎はそう言って頭を数度振ると、アミューズメントパークへ向かうことになった一行の後を追って走り出したのだった。

 




実行犯凶悪化タグの回収できた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4言目『探偵物にどんでん返しは付き物』

『BANG』

 

自我を失いただの骸となった肉体が崩れ落ちる。まだ体温の残る骸を邪魔と言わんばかりに端の方へ蹴り飛ばしながら進む影があった。

 

濃い紅色のスーツ。右側が泣いている表情、左側が笑っている表情を持つ仮面を身につけた人間が署内を我が物顔で歩く。その行く手を遮る者に対し、その仮面をつけた人間は左手で銃を象ると銃口に見立てた人差し指をその者へ向け、発砲音を口にした。

 

普通であれば、何も起こらない。

 

だが、仮面をつけた者は『脚本家』と呼ばれる日本史上最悪最凶の犯罪者。理解不可能の手口を使い、命を奪い続ける異常者。

 

彼の前に立っていた者たちは1人残らず、目や鼻、耳や口、それだけでなく皮膚を内側から引き裂くように開いた穴から噴き出した黒い体液をぶちまけて、今まで確かに鼓動を止めた心臓を持つガラクタへとなり下がるしかない。

 

そうして邪魔者を排除し続けて訪れた独房前。鉄格子越しに数年ぶりの再会を果たした『地獄の傀儡師』と『脚本家』。

 

「やあ、ロキ。こうやって、会いに来てくれるなんて、どういう風の吹き回しだい?」

 

「……。あはは、ただの暇つぶしだよ、先生」

 

鉄格子の前に立ったまま、『脚本家』は視線を天井の隅にある監視カメラへと向ける。大胆不敵であるが、あの監視カメラの向こう側にいる警官たちは身の毛もよだつ思いをしていることだろうと、『地獄の傀儡師』こと高遠遥一はお腹を抱えて笑う。そして、最後に会った時よりも増大した印象を受ける脚本家の佇まいを見て感嘆の息を漏らす。

 

「素晴らしいですね、ロキ。私自身、多くの人間を見てきましたが、貴方のような【無限に溢れ出る憎悪をその身に押し留める者】には終ぞ会えませんでした。どうでしょう、私の末期の頼みとしてこれからも会いに来てくれませんか?」

 

「ええ、いいですよ。他ならぬ先生の頼みですからね」

 

そう告げると脚本家は高遠に背を向けて、来た道を引き返し始める。その途中、立ち止まって今まで伝えるのを忘れていたと言わんばかりに振り返りながら告げた。その声色にはねっとりとした狂気が宿っていた。

 

「そうそう、世の中には軽々しく神の名を騙る不届き者がいるそうですよ。先生も、お気を付けくださいね。もしも【統制の神さま】に見つかったら、多才な先生いえども何の価値もない大衆と同じ存在に蹴落とされてしまうかもしれませんよ。では……」

 

溢れ出ていた重苦しい雰囲気を霧散させた脚本家は、打って変わって楽しそうに革靴の底で廊下の床にて軽快なリズムを刻むとオーケストラの指揮者のように両手を広げる決めポーズをし、パチンと両手の指を鳴らしその場から消えた。

 

その直後、数多くの銃火器や防弾チョッキに身を包んだ特殊部隊が高遠の独房前に勢ぞろいしていたが、脚本家の足取りはここで完全に途切れていた。監視カメラにも脚本家が突然消えたようにしか映っておらず、刑務所に集まった警官たちは怒りの矛先を誰に向ければいいのか分からず、苦渋に満ち満ちた表情を浮かべている。

 

そんな中、高遠だけが、乾いた笑いを漏らしていた。そして、持っていた書籍をテーブルの上に置き、天井に取り付けられたライトを見つめながら呟く。

 

「……くっくっく。その神の遣いはロキ、貴方のことでしょうに。一体、いつからあちらに踏み込んでいたのでしょう。私もとんだ厄介な人間に教えを施してしまいましたね。……あんな化け物を相手にしなければならないとは、明智くんもお気の毒に」

 

鉄格子の向こう側で慌ただしく動く警察官たちの動きなど眼中にもないかのように、高遠はまた書籍を読み始める。その中で、ふと思った。

 

『神の名を騙るのは若さゆえの過ちでした』、と。

 

 

 

 

「残念なイケメン?」

 

「うん。誰かにそう言われた記憶がないかな、あけちー?」

 

放課後、いつも通り四軒茶屋にある喫茶店ルブランのカウンター席でマスターのコーヒーをお供に勉強に励んでいた吾郎に、息を切らして帰ってきた蓮が尋ねてきた。吾郎は『僕のどこが残念なのだろう?』と思いながら首を捻っていると、喫茶店のマスターである惣次郎が蓮の言葉に反応してそわそわしていることに気付いた。

 

「あ、そういえば。先日、ここで人と会っていたんだけれど、そこでマスターにそんな風に言われたような気がする」

 

「人と会っていて残念なイケメンって称されるって、そうはないと思うよ、あけちー。まぁ、今はいいか」

 

「でも、それを聞いて真っ先に僕の所に来たっていうことは、少なからず君も僕のことを残念なイケメンって思っているってことじゃ」

 

「もうそろそろ皆も来るから上に行こう、あけちー!」

 

吾郎の疑問に対して回答せず、怪盗らしく華麗にスルーした蓮。彼女が背負うバッグから顔を出しているモルガナは前後左右に揺られてきたのか、大分ぐったりとしている。

 

蓮の言う通り、すぐに秀尽学園の面々が息を切らしながらルブランの戸を潜り、マスターに挨拶しつつ2階へ上がっていく。吾郎も参考書とノート類を鞄に入れると、マスターに会釈しながら2階へ上がった。

 

 

 

「アリババという名前を使って怪盗団に接触してきた人物がいる、と」

 

蓮のスマホに残るチャット記録を面々で回し読みした吾郎たち。アリババは警察も掴んでいない怪盗団の手口である“心を盗む”というやり方を見込んで『佐倉双葉』という人間の心を盗んで欲しいと依頼している。しかし、蓮が名前だけでは心を盗み出すことは出来ないと告げると、依頼そのものを取り消そうとしている。

 

「アリババの情報がどこまで掴んでいるのか、怪盗団のメンバー構成を尋ねた時に僕のことは『残念なイケメン』と称されたのか」

 

「俺が、いったい何をしたと言うんだ」

 

祐介がソファに腰掛けて頭を抱えている。彼のことは何故か『変態稲荷仮面』と称されているのである。吾郎はそれを見た瞬間、己の『残念なイケメン』がマシな方だったかと安堵の息をついた。ちなみに女性陣はそれぞれ『独り言小悪魔』『大根モデル』『世紀末女帝』で、竜司に至っては『金髪単細胞』と割と酷い。加えて『猫うるさすぎ、盛ってんの?』でモルガナももれなく撃沈している。

 

「ああもう!こっちはメジエドの件で頭がいっぱいだって言うのに、アリババとか変な奴の相手もしなくちゃならないのかよ!」

 

竜司が頭を両手でガシガシと掻きながら立ち上がって吼える。そうメジエドだ。先日、国際的クラッカー集団のメジエドより、心の怪盗団に向けて声明文が発表されたのである。

 

要約すれば、『お前たちの勝手な正義で人を処罰して調子のんな、ド素人が』である。

 

加えて、予告状まで送りつけてくる始末。彼らの要求はこんな感じ『心の怪盗団は名乗り出ろ。そうしなければ日本を崩壊させるデータを流出させる』、と。

 

これのおかげで世間はてんやわんやの大騒ぎ。自称常識人の人たちは『さっさと名乗り出ろ』だし、怪盗団を応援する妄信者は『メジエドを倒せ』だし、それを見た怪盗団の面々は焦って自滅しそうだし。吾郎は、いつか蓮がやったようにパチンと手を叩いて、皆の注目を集める。

 

「とりあえず目の前の問題から片付けない?」

 

「というと……アリババか」

 

「怪盗団のメンバーのある程度の情報を持っている。心の怪盗団のやり口を知っている。冴さんとのやり取りの中で余計な一言を言って殴られた僕を見てマスターが放った言葉を知っている。そのことから鑑みて、この喫茶店ルブランと雨宮さんの部屋には盗聴器が仕掛けられているのは間違いないね」

 

「「「はぁっ!?」」」

 

吾郎から盗聴器の存在を示唆された竜司や祐介、杏や真は立ち上がって周囲を見る。そんな中、蓮は椅子に腰かけたまま、吾郎が続きを話すのを待っていた。

 

「アリババと雨宮さんのチャットのやり取りを見せてもらった僕の印象を話させてもらうけれど、アリババには自分自身ではどうにも解決できない問題を抱えているように思える。だから、ルブランを盗聴していて偶然知ってしまった『心を盗み、改心させる怪盗団を利用しよう』と考えた。ターゲットの名前を迷った末に出してしまっているのも、あちらが切羽詰まっている状況だというのが分かる。以上のことを踏まえて、僕はアリババがこのターゲットとされた『佐倉双葉』本人である可能性があるということを提示するよ」

 

吾郎がそう締めくくると同時に蓮は椅子から立ち上がり、早足で階段を下りて行った。話の流れについていけなかったのか竜司が吾郎に詳しく聞こうとした時、真が思い出したように彼が聞きたかったことを話し始める。

 

「そうか、“佐倉”双葉。マスターと同じ苗字ね。蓮はマスターに佐倉双葉のことを聞きに行った、と。なら予想される次の行動は……」

 

「マスターがこれまで存在をひた隠しにしていた以上、知られたくなかった人物の可能性が高い。それを居候の身分である彼女が聞きに行けば」

 

真の言葉を引き継ぐように自論を述べ始めた祐介の言葉が終わるくらいの時、階下から男性の怒鳴り声が聞こえてきた。触れられたくないところを触れられたら、当然のことだが人は怒る。杏とモルガナは階段へと向かって、そのままの勢いで降りていく。

 

「それで明智先輩、他にも情報があるのだろう?」

 

「うん。そもそも盗聴器が傍受できる範囲は意外と狭いんだ。出力の高い機器を使っても大体200mから300mが限界で、それ以上の機器をこの国で購入しようとするとどんな手を使っても警察や公安にマークされる。つまり、アリババこと佐倉双葉はこの四軒茶屋界隈にいることになる。それに言ったように盗聴器の有効範囲はかなり狭い。盗聴電波を完璧な形で受信するためには、この店からかなり近い場所でないといけないんだ」

 

「マスターのことに関しては蓮が知っているはず。私たちも1階に行きましょう」

 

真の言葉に頷いた吾郎たちは1階に降りる。そして、蓮から佐倉惣次郎は店から近くのところに一軒家を持っていることを知り、メンバー全員でそこへ向かう。そして、策を弄して壁越しであるがアリババこと佐倉双葉と接触することに成功したのだった。

 

 

 

 

見渡す限りの砂の大地。照り付ける太陽はじりじりと肌を焼かんとばかりに光り輝く。そんな砂漠のど真ん中を、砂煙をもうもうと上げて走る黒いバンの姿があった。運転席に座るのは蓮に「変わって♪」と頼まれた吾郎。6月2日に誕生日を迎え18歳となった吾郎は夏休みの間に免許を取得しようと画策しているが、まさかこんな形で運転することになろうとは思ってもいなかった。助手席に座るのは怪盗団のメンバーで同性の後輩たち。竜司は車内よりも窓を開けて入ってくる多少涼しく感じる風に身を任せているが、大分グロッキーになっている。

 

「グゾあっぢぃぃいいい」

 

「認知の世界とはいえ、こんなところには長くいられないぞ」

 

吾郎と竜司に挟まれる形で真ん中に座る祐介は空になったペットボトルを足元に置いて座席にもたれ掛かる。ちなみに後部座席では暑さにやられた女性陣のあられもない姿が繰り広げられているのだが、吾郎たちは全力でスルーしている。指摘したり、彼女たちと目があったりすれば後々禍根を残しそうなのは確実だからだ。

 

しかし、黒いバンへと変身しているモルガナはそんな女性陣の痴態を堂々と見ている状態なので、吾郎は女性陣に何かを言われたら即座にモルガナを生贄に差し出そうと考えている。途中、見つけたオアシスで水分を確保しつつ、ようやくたどり着いたピラミッド。その麓にある街。

 

呼ばれるまま、向かったピラミッドにて佐倉双葉のシャドウと出会い、“追い返される”。

 

「そう簡単に話が進むはずないよね。で、3人とも大丈夫?」

 

「「「……。(返事がない、気絶しているようだ)」」」

 

赤い鳥の頭の様な兜、黒いボディスーツにメタリックな軽装をつけた吾郎の怪盗姿。

 

両肩に垂れ下がる翼を模した黒白の外套は高い所から滑空することにも使えるようだ。というか、いきなり落下してきた石の大玉から逃げる際に反応が遅れた面々を抱えて飛んだのである。

 

ハンググライダーのように風を切って滑空するまではよかったのだが、ハンググライダー自体をしたことのなかった吾郎にそれは仕方がなかったのだろうが、大玉が大穴に落ちたのを見届けたメンバーたちの視線がピラミッドの壁にぶつかった3人へと向けられる。

 

「こういうところが残念なんだよね」

 

「うん。詰めが甘いというか、なんというか」

 

どさどさと張り付いていた壁から落ちてきた吾郎とスカルとパンサーが積み重なる。そんな情けない姿を見ていた残りの面々が、そういえば吾郎のコードネームを考えていなかったと知恵を絞る。

 

「レイブンというのはどうだろうか」

 

「えー、あけちーにはもったいないよ。うーん、クイーン。パス」

 

「へっ!?えっと……レイブンは烏だから、……クロウとか?」

 

「よし、クイーンの案を採用して、あけちーのコードネームはクロウにけってーい!」

 

「お前らひでぇな。本人が気絶しているのをいいことに、好き勝手。まぁ、俺も格好いい印象を受けるレイブンよりはクロウに票を入れるけれど」

 

吾郎の預かり知らぬうちに決定されてしまったコードネーム。気絶から起きた吾郎はそのコードネームを聞き、すぐに気に入ったのだが、終始ジョーカーをはじめとした面々が笑いをこらえる意味が分からないのであった。

 

 

 

 

―フタバ・パレス攻略中―

 

「君たちってこういうことを金城の時もやっていたって訳か」

 

床に隠された罠が発動し、突き出てきた槍を、体を曲げたり捻ったりして避けた怪盗団の面々に吾郎改めクロウが言う。そのクロウも槍を避けるためにイナバウアー状態であるが。罠から抜け出した怪盗団メンバーはシャコッシャコッと出入りを繰り返す槍トラップの前に座って、休憩兼治療がてら会話を始める。

 

「金城の時は暗号を解く感じだったぜ、パイセン。アルファベットに数字を当てはめて、CASHとかの英単語のパスワードを尋ねてくるんだ。ひとつひとつ照らし合わせないといけなかったし、見つけていないメモ帳もあったりして来た道を戻ったりしないといけなくて大変だった」

 

「このフタバ・パレスではそれが謎解きに置き換わっているっていう訳か。しかし、遭遇するシャドウも一筋縄ではいかない奴らが多いね。特にアヌビス。あれが出てくるとロビンフッドが耐性を持っているからって、僕が前面に出されるし」

 

「だって対応できるペルソナ、合体素材にしちゃったんだもん。てへ♪」

 

「貴女はリーダーなんだから、後先考えて行動してジョーカー」

 

クイーンに諭される蓮もといジョーカーは怪盗団メンバーの中でも少し特殊だった。まず1人1体であるはずのペルソナを複数所有でき、それを合体することでより強力なペルソナを得られる。吾郎は、正義のアルカナを持つ義賊『ロビンフッド』のみ。

 

しかし、クロウ自身の潜伏スキルと観察眼スキルの応用で、隠遁からの奇襲という特殊スキル『ハイドアタック』を持ち、弱点を持たないシャドウも確実にダウンさせる技を持つ。だが、少し準備に時間が掛かるので、使うタイミングはリーダーであるジョーカーに一任されている。時たまにクリティカルが入り一撃でシャドウを消滅させることもあるのだが、その時のフィニッシュを刺した際のあくどい顔がゲスすぎるとメンバーに指摘された。

 

「……そんなに!?」

 

「うん。そんなに」

 

「やばくない?」

 

「うん。やばいと思うよ」

 

「そっか。やばいか」

 

というやり取りを経たが、そのハイドアタック後のゲス顔が中々治らない。そこで、実はクロウの本性はあっちなのではないかと話題になったのだが、何とかするからその評価だけは勘弁してくれとクロウが土下座するまでに発展することになったが、これは別のお話。

 

その後、床が崩れるトラップや大玉、目に見えない橋、ギロチンなど遺跡が出てくる映画などでありがちな数々の罠を潜り抜け、謎を解き、進んだパレスの大奥。かつてはKEEPOUTという黄色と黒のテープで固く閉ざされていた扉の先へと足を踏み入れた。その奥で例のオタカラらしきものを発見し、あとは予告状を双葉に渡すだけとなっているのだが、パレスを進むにつれてどんどん煤けていく人物がいた。

 

「で、クロウ。何で、また精神ダメージを負ってるの?」

 

「うっ……」

 

ジョーカーの問いにびくりと肩を揺らすクロウは、視線を明後日の方へ向けながら、ぼそぼそと小声で話し始めた。

 

「今までの僕、つまり『高校生探偵の明智吾郎」はどこか挑発的な脚本家が手掛けた殺人事件やゲームの方法を解くことを楽しんでいた。その裏にはひどく悲しみにくれる被害者たちがいたにも関わらずに。ペルソナの力に目覚め、ロビンフッドに諭された今、僕は本当の意味で脚本家を止めなければならない立ち位置にいるって思っているんだ。だけど……、実際に脚本家の所為でこうなった被害者の遺族を目の当たりにすると2重の意味で辛い……」

 

頭を抱えて蹲り、「あー……」と情けない声を漏らすだけの置物と化してしまったクロウを見て、怪盗団の面々が首を傾げる。そういえば、クロウは何に対して反逆の意志を示したのだったか。それは現実世界で聞き出せばいいか、とスカルとフォックスが宇宙人を連行するようにクロウの両脇に手を入れて抱えて運び出す。

 

ジョーカーはそれを追おうとして立ち止まり、柱の影から見つめる存在に小さく手を振ると怪盗団の面々を追って行ったのだった。

 

 

 

 

フタバ・パレスのオタカラを見つけたので、形式美として予告状を作成する流れとなり、解散することとなったのだが、荷物を取りにルブランへと訪れた面々の前に1人の女性が現れる。新島冴、検事であり、真の姉であり、吾郎のコンビである女性だった。

 

「ね、姉さん!?」

 

「あら、真?それに吾郎くん……。あー、“そういうこと”ね。吾郎くんとプライベートな件で少し話があるから、他の子は捌けてくれる?」

 

「何か、情報が得られたんですか?」

 

冴は先日まで金城に狙われていた自身の妹、それに最近になって脚本家の言う力に目覚めたと言っていた吾郎に加えて、心の怪盗団が改心させた人物たちと近しい立場にあった者たちが勢ぞろいしている姿を見て、ひとつの確信を持った。しかし、そのことを自分が表に出す必要はないと考え、吾郎以外の人間をその場から去らせようと声を掛けたのだが、吾郎が先に食いついてしまった。

 

「……いいの。まだ彼女ら、いるけれど」

 

「構いません。ここにいる全員に関係があることです」

 

「……ふぅ。結論から言うわ。吾郎くんの双子の弟である桐生陸朗は、6年前に死んでいる。自殺だったそうよ」

 

「……へ?」

 

吾郎の眼が点になる。机に両手をついて冴に詰め寄っていた彼の身体から力が抜け、すとんとそこに腰を下ろしてしまった。

 

「吾郎くんが明智夫妻に引き取られた後、弟くんも引き取られている。ただ養父母と折り合いがつかず、除け者にされていたようね。学校でも余所者と浮いていたようだし。司法解剖もされて医者の診断もされているから、間違いないと思うわ。ただひとつ、気になることがあるとすれば、墓から彼の骨壺が消えていたくらいね。ただそれは事件になっていない、『余所者の骨が無くなったから清々した』と当時聞き込みにきた警察の調書にはあるわね。これが本当ならぶん殴ってやりたいところだけれど、それは出来ない。なにせ全員、……死んでいるのよ。吾郎くんの弟を引き取った家庭も、彼を余所者として扱った集落の人も、彼が通った学校の生徒も。現在、その集落は全域において立ち入りが規制されていて近づくのも不可能なの」

 

冴の口から話される想像を絶する状況に竜司や杏といった普通の生活しか知らなかった面々は、底知れぬ恐怖がせり上がってくるのを感じざるを得なかった。

 

「そういう訳だから、貴方たち。これからも、活動していくつもりなら気を引き締めなさい。下手したら、国を相手取らないといけなくなるかもしれないのだから。私は今日、ルブランでは吾郎くんにだけ会ったということにするわ。まぁ、……真は家に帰ったらちょっとお姉ちゃんとお話しをしよっか。最近、調べ物が忙しくて近況を聞けてないしね」

 

「(;^ω^)(キョロキョロ)」

 

菩薩の様な穏やかな笑顔で妹に告げる冴。それを見た真は必死に怪盗団のメンバーに助けを求めるが、視線を逸らすしかしてくれない仲間たちに絶望した。

 

最後の希望と言わんばかりに蓮の両手を握った真。さすがにこれを断るのはダメかと言わんばかりに大きなため息を吐いた蓮は、その家族会議に参加したいという旨を主張する。訝し気に蓮を見た冴だったが、それもいいかと逆にルブランへ荷物を持って来ると話す。

 

「ところで、そこのあけちーはどうするの?」

 

「警視長にもこの情報は渡しておいた方がいいと思うから、迎えをお願いしたわ」

 

「「「警視長って……え?」」」

 

「吾郎くんのお父さまよ。時折、このルブランへコーヒーを飲みにも来ていたはずだから、顔くらいは見覚えあるんじゃないかしら?」

 

四軒茶屋の寂れた喫茶店にそんな大物がやってきていたなど露にも思わない面々は、改めて大事な情報はあまりしゃべらないようにしないといけないなと思うのだった。

 

 

 

「……陸郎はすでに死んでいる?……じゃあ、どうして『脚本家』は僕を贔屓するんだ。……分からない、分からない。……今まで見えていた光明がただの豆電球だったなんて……僕は……これからどうすれば」

 




誤字脱字の報告と修正、ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5言目『探偵も外道レベルの犯人に容赦はない』

双子の弟が6年も前に自殺で死んでいる事実を冴から知らされた吾郎は、その翌日、明智夫妻に引き取られてから皆勤賞だった学校を初めて無断で休んだ。その足で向かったのは浅草駅から行ける東京スカイツリーの展望デッキ。そこでぼんやりと缶コーヒー片手に景色を眺める吾郎。その姿からは完全にやる気が失われていた。

 

「はぁ……。やばいなー、これからどうしよう……」

 

そう呟いてがっくりと項垂れる吾郎。スマホにはチャットで養母から心配するメッセージが送られてきている。養父は冴より、事情を聴いているため『気持ちが落ち着くまでゆっくりするといい』という旨のメッセージを送ってきている。養父母に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちがある一方で、放っておいてくれという気持ちも沸き起こっている吾郎は、残っている缶コーヒーを飲み、またため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

「あけちー、既読つかないね」

 

スマホをテーブルの上に置いた蓮は、周囲にいる怪盗団のメンバーに目を向ける。吾郎の不調の原因を全員が共有しているため、何とも言えない表情を浮かべている。そんな中、祐介と真が口を開く。

 

「明智先輩が抱えていた問題。それは俺たちと同じ力を持つ精神暴走事件の容疑者である『脚本家』の正体が明智先輩の双子の弟である可能性があったこと。しかし、それは新島検事に否定された。そのこと自体は喜ばしいことだったのだろうが、探偵になってまで探そうとしていた肉親がもう亡くなっていると聞かされたらな」

 

「明智くん。ペルソナに覚醒してから、双子の弟を『脚本家』という犯罪者にしてしまったのは自分の所為なのではないかって苦しんでいた。それでも、自分のやったことを受け止めてペルソナに覚醒して、脚本家と……双子の弟と向き合おうとしていた。なのに……」

 

怪盗団の拠点となった蓮の部屋に重苦しい雰囲気が漂ったのだが、それを変えたのはパチンと手を鳴らした蓮だった。鬱々としているメンバーと違い、彼女はいつもの淡々とした表情で告げる。

 

「あけちーはそんなことくらいで折れないよ。今はちょっと頭の中を整理しているところだろうから、私たちは自分たちに出来ることをしておこう。ゆーすけ、双葉ちゃんに出す予告状の準備はいい?」

 

「あ、……ああ。これだ」

 

面食らった祐介だったが、鞄から双葉に向けての予告状を取り出し、テーブルの上に置いた。文面やデザインを確認した蓮は大きく頷くとポケットから鍵の束を取り出した。皆の視線がそれに集まるのを見越して彼女は口を開く。

 

「そーじろうから家の鍵は預かった。これで堂々と双葉に会いに行けるね」

 

「どうやって、あのマスターのマイナス評価からその信頼を勝ち取ったんだよ。すげぇな……」

 

「同性であるっていう強みはあると思うよ」

 

茶化す竜司ににっこりと笑った蓮が冷静に返す。そして、彼女が予告状を持って立ち上がるのを見て、うつむきがちだった面々も足に力を入れて次々と立ち上がる。

 

「あけちーは必ず来るよ。だって、彼は私たちの頼れる先輩なんだから。やり始めたことを途中で投げ出すなんてことはしないよ」

 

「それもそうね。蓮の言う通りよ。今は、私たちの出来ることをしましょう」

 

真の言葉に頷き、全員の眼に焔が灯ったのを確認した蓮はニヤリと口端を釣り上げて、指を鳴らす。

 

「イッツ・ショータイム!ってね♪」

 

 

 

 

双葉に予告状を渡した後、パレスへと侵入したジョーカーたち、怪盗団の前に立ちはだかることになったのは、双葉が認知している亡くなった母親であった。

 

双葉が幼い心で受けた大人たちによる心ない言葉による暴力、それによって彼女は母親が自分を恨んでいるという間違った印象を抱き、本当の母親がどんな姿で、どんな言葉を掛けてくれたのかを忘れてしまっている。

 

それにより現れたイッシキワカバは、スフィンクスに羽が生えた見上げるような巨体となり、ジョーカーたちのいるピラミッドの周囲を旋回し、時折その巨体を活かした攻撃を繰り出してくる。近接攻撃は勿論のこと銃による攻撃も、ペルソナのスキルによる攻撃も避けられ、ただただ嬲られる怪盗団の面々。

 

「おいおい、どうすんだよ!このままじゃ、やべぇぞ!」

 

「こちらの攻撃は通じず、相手の攻撃は必殺クラス。何か反撃の手立てはないのか?ジョーカー」

 

「現状できるのは私たちに向かって攻撃してくるあの一瞬に反撃するだけ。それ以外の隙が見つからない」

 

認知の化け物と化したイッシキワカバの攻撃手段は物理攻撃が主であるが、巨体を浮かせる大きな羽を使った羽ばたきによる風スキルの攻撃。それをガードせずに受けると体が浮かび上がり、無防備になってしまう。そこに目掛けて、あの巨体が突っ込んでくるのを見た時は冷や汗が流れたものだ。

 

幸いにもはじめて食らった時はほぼ全員であったために、互いで体を蹴り飛ばして体勢を立て直し、すぐに脱することが出来たのでほぼノーダメージであったが、このまま反撃の手段が得られずに戦いが長引けば、集中力も途切れて致命傷を負ってしまう可能性もある。

 

怪盗団の面々が空を悠々と旋回するイッシキワカバを睨みつけた、そんな時、佐倉双葉がその場に現れたのだった。

 

 

 

双葉は自らのシャドウと向き合い、過去の記憶とちゃんと向き合った。そして、母親の一色若葉とのやり取りを、葬式の場で告げられた理不尽な暴言を、まるで邪魔者を排除せんと口汚く罵る見知らぬ大人たちの姿を思い出した。それは母親が研究していた認知訶学の成果を奪い取るために、双葉を悪役にして追い詰める手段であったことを、彼女は思い出し決意する。

 

その決意に応じるように双葉のシャドウの姿が人型から円盤の姿へと変わり、彼女を収容する。その姿をポカンと見ていた怪盗団に、ペルソナの力に覚醒した双葉が告げる。

 

『こっからは私が、怪盗団のサポートをしてやんよ!手始めにこれだぁっ!』

 

ピラミッドの上部分がスキャンされたように光り、朽ち果てていたバリスタが復活する。それを見て怪盗団の面々は反撃の糸口を得れたと思ったのだが、縦横無尽に空を動き回るイッシキワカバに対して、果たしてそれが通用するのかという問題に直面した。

 

その時、イッシキワカバによる羽ばたきが起こり、バリスタに気を取られていた面々の身体が浮かび上がってしまった。

 

「うおっ!?」

 

「これ、やばっ!?」

 

「全員、防御して!!」

 

イッシキワカバによる羽ばたきで発生した暴風によって浮かび上がったスカル・パンサー・クイーンの3人。即座にバリスタへ移動して狙いを定めようとするジョーカーとモルガナ。フォックスはペルソナであるゴエモンを召喚して物理スキルを放つが、そのどれもが間に合わない。イッシキワカバの巨体による突進攻撃がピラミッドの上空を通り過ぎた。イッシキワカバが通り過ぎた空中、そこには仲間である3人の姿はなく、バリスタを放とうとしていたジョーカー、そしてモルガナがその場に崩れ落ちる。

 

だが、そんな絶望するジョーカーたちと打って変わって、暢気な声が聞こえてきた。

 

「うっひょー……飛んでる飛んでるぜー!」

 

遠くの方から聞こえてくる馴染みの声に、ジョーカーたちが俯かせた視線を空へと向けると、ピラミッドの上空を旋回するイッシキワカバの他に黒と白の翼を持つ鳥が飛んでいた。いや、その鳥は両手にそれぞれパンサーとクイーンを抱き、背中にスカルを載せて飛ぶクロウだった。

 

ハンググライダーのように滑空することしかできないが、現在ピラミッドの周囲はイッシキワカバによって至る所で風が起こり、上昇気流も発生している。そのため、クロウはその類稀なるセンスを用い、空を飛び続けている。

 

「憎い登場の仕方をしてくれるな、クロウ!」

 

「うん!後でチャットを無視したことへの嫌みをネチネチ言ってやる!」

 

仲間の無事を知ったジョーカーたちの下へピラミッドの上空を通ったクロウから降り立つパンサーとクイーン。彼女たちは窮地に一生を得たと言わんばかりにほっとしている。

 

「あれ、スカルは?」

 

「クロウと一緒。顔面にショットガンをぶちかますんだって」

 

パンサーが指さす方を見れば、羽ばたきながら移動するイッシキワカバに周囲をクロウが飛び回り、彼の背に掴まったままのスカルが銃を発砲する姿が見えた。そしてクロウもただ飛び回るだけではない。パンサーとクイーンを降ろしたことでフリーになった両手でボウガンを構え、イッシキワカバの巨体に矢を突き立てている。

 

その2人の活躍のおかげか、イッシキワカバの動きが大分鈍重になってきている。今なら、バリスタもゆっくりと狙いをつけても当たりそうだ。

 

「フォックス、パンサー、クイーンは双葉ちゃんの指示に従ってバリスタの用意を。モナは私のサポートをお願い!さぁ、来なさい!パレスの支配者イッシキワカバ!お前の呪縛から双葉ちゃんを解き放って、私たちが連れ帰って見せる!それが嫌なら、ここに来い!!」

 

クロウとスカルの攻撃でよろよろと空を移動するイッシキワカバがピラミッドの上で高らかに宣言したジョーカーへと狙いを定める。それを見たクロウたちは上昇気流に乗って空高く舞い上がる。

 

ジョーカーに向かって一直線に向かってくるイッシキワカバに対し、バリスタで狙いをつけていた3人が一斉に発射する。クロウのボウガンとは比べ物にならないほど太い杭が次々とイッシキワカバの巨体に突き刺さる。絶叫を上げつつ、それでもジョーカーを目指して飛んできたイッシキワカバだったが、上空から急降下してきたクロウとスカルのペルソナによる急襲を受け、ピラミッドに叩きつけられた。

 

そんなイッシキワカバの前に立つのはモナによるサポート受けて、準備万端にして構えていたジョーカー。彼女は自身の保有するペルソナの中で最も攻撃力が高く、強力な物理攻撃スキルをもつものを装備して、仲間を信じてその場で待ち続けたのだ。

 

「アンタのオタカラは、私たち心の怪盗団が頂戴する!モスマン、脳天落としぃいい!!」

 

空中で体を一回転させて、イッシキワカバに頭に斬撃を放つジョーカー。その攻撃を受けて、断末魔の叫びをあげて消滅していくパレスの支配者である認知世界の怪物イッシキワカバ。

 

それを見届けて、シュタッと降り立ったクロウとスカル。2人はニヤリとどや顔を浮かべていたが、背後から近寄ってきたジョーカーとモナによるツッコミを兼ねた飛び蹴りが放たれた。

 

「調子にのんな!」

 

「恰好つけんな!」

 

「「ぐぅえっ!?」」

 

べしゃっと倒れる2人を見て、目を白黒させる円盤から降り立った双葉は、なんだかメカニカルな格好に変わっていた。テンションが上がっているのが見受けられたが、彼女に対して反応する前に蹴りを受けて倒れていたクロウががばっと起き上がった。そして、少し青ざめた表情で尋ねる。

 

「なんだか、下から建物が崩れる音が聞こえるんだけど?」

 

「「「「……。……っ!?に、逃げろー!!」」」」

 

突如崩壊を始めたパレスを構成していたピラミッド。

 

その外壁を走って下る怪盗団の面々、崩壊し砂に帰っていくすべてのものに若干の恐怖を覚えるクロウ。崩壊に巻き込まれるぎりぎりの瞬間にモナのバンへの変身が間に合い、なんとか現実世界に戻ることが出来た。

 

パレスで色々なことが起き、自分の過去と向き合った双葉は極度の疲労によりシャットアウト。深い眠りについてしまった。病状を心配した面々が保護者である佐倉惣次郎を呼び、事情を説明したところ、度々こういう風に眠ることがあるのだという。

 

だから心配する必要はないと告げられたのだった。

 

 

 

 

「何も言わずに帰るんすか、パイセン?」

 

「うん……ごめん。まだ心の整理がつかなくてね」

 

いつの間にか佐倉家から抜け出し、一足早く去ろうとしていた吾郎に竜司が待ったを掛けた。

 

本来であれば怪盗団のリーダーである蓮がどうにかすればよいのだろうと思ったのだが、あっちは双葉についていないといけなさそうだったので竜司は自分の意志で吾郎を呼び止めたのだ。

 

「こういう時は頭を空っぽにした方がいいんすよ。そしたら、自分がするべきことが見えてくることもある。っつーことでバッセンに行こうぜ!」

 

「バッセン?」

 

竜司に連れられて向かったのは喫茶店ルブランの裏にある建物の脇の階段を上ったところにある屋内のバッティングセンターであった。慣れたように受付にいた男性にお金を支払った竜司は2本のバットを持って吾郎の所へやってきた。竜司は持っていた2本のうちの片方を吾郎に渡して、バッティングセンターの奥へ向かう。そして、プレートに『110km/s』と書かれたところに前に立った。

 

「じゃあ、3本勝負つーことで。これから110キロ、120キロ、130キロのブースでバッティング勝負をしよう。それぞれのブースで負けたら、勝った方にジュース一本奢りってことで。場所代は気にしなくていいっす、いつも飯を奢ってもらっているんで」

 

「……ふっ。ははは、坂本君は裏表がなくて本当に助かるよ。でも、いいの?僕、負けないよ?」

 

「俺だって負けねぇっすよ。そう簡単にはいかないってとこ、見せてやりますよ。パイセン」

 

それから吾郎と竜司は3本とは言わずに何度も勝負した。

 

正直な話、2人とも空振りが多くて、勝負にならなかったのである。それでもボールにバットが当たれば2人で一喜一憂し、ホームランの看板に当たったと2人で肩を組んで喜んだり、景品をゲットしてハイタッチしたり、吾郎は久しぶりに頭を空っぽにして楽しむことが出来たのだった。

 

閉店間際までいた吾郎と竜司がバッティングセンターから出てくると、四軒茶屋の通りは電信柱の電灯がチカチカと点滅するだけで真っ暗な状態だったが、2人とも暢気に笑っていた。

 

「あいたたた。もう握力がないや。明日以降が怖いなー」

 

「でも吾郎先輩はやっぱ筋がいいっすね!次は140キロでホームランも夢じゃないですって!」

 

「そうかなー?ははは、竜司くんが言うなら、出来る気がしてきたなー」

 

「じゃあ、次に遊ぶ日を決めておこうぜ、吾郎先輩!」

 

 

「君たちはその前に連絡するところがあるんじゃないのかい?」

 

 

「「ほえっ?」」

 

振り返った吾郎と竜司の前に現れた眼鏡を掛けた男性は、左手の中指でクイッと眼鏡を上げると深々とため息をついたのだった。

 

 

 

 

「「昨日は勝手に黙って帰ってすみませんでした」」

 

と、吾郎と竜司の謝罪から始まった会議。

 

2人の話を聞く限りでは、昨晩遅くまで遊んでいた2人を見つけたのは吾郎の養父だったらしく、誰にも連絡せずに遊んでいた代償をこってりと払わされたらしい。吾郎は『養父にこんなことで怒られるとは思いもよらなかった』と、怒られたのにどこか嬉しそうだった。

 

「……とりあえず、あけちーの問題は解決したってことでいいの?」

 

「うん。竜司くんのおかげでね。今は、僕の出来る限りのことをする。怪盗団での活動もそうだし、探偵として脚本家の暴虐を止めることもそうだ。途中で投げ出すことなんかはしないよ。心配をかけたね」

 

「別に心配はしてなかったよ。あけちーは、きっとそう言うだろうと思っていたし」

 

だがしかし、蓮は聞き逃さなかった。カネシロパレス後に杏と真が打ち解けたように、竜司と吾郎が名前呼びするまでの仲になっていることに。『ホモォ』な展開があったのかと腐海の住人が頭の中に出てきそうになったが、祐介がさりげなく「昨日は何をしていたのか」という疑問に、2人はすぐに「バッセンで勝負していた。今度は祐介も一緒にやるか?」という話を聞き、不用意に口に出さなくてよかったと安堵する蓮であった。

 

「さて、明智くんと坂本くんの謝罪で流れそうになっちゃったけれど、メジエドの件はどうするの?」

 

話しがひと段落したのを見計らって真が今回集まった理由について述べる。それと同時に今までの和気藹々とした雰囲気は吹っ飛び……もせず、だらーっとした感じで会話が進む。

 

「正直、お手上げだよね。双葉ちゃんのアリババの時とは違って、何の手がかりもないしさー」

 

「そもそも、俺たちが名乗り出る必要があるのか?正直な話、今まで俺たちが改心させてきた者たちの関係者にメジエドと関わりがあった人間はいなかったと思うのだが?」

 

杏と祐介が自分の意見を話すと、それに同意するように頷く怪盗団メンバーたち。怪盗チャンネルという名の掲示板はメジエドの予告状の件で凄まじく炎上しているが、吾郎と真の上級生メンバーより『見るだけ無駄』と一蹴されて以降、興味がある者以外は見ていない状況である。

 

そのため、

 

「吾郎先輩、次ここのゲーセン行かねえ?ここ筐体ゲームが充実しててさ、面白いと思うんだよなー」

 

スマホで調べてきたと思われるゲームセンターの情報を吾郎に見せる竜司。吾郎も友人と遊ぶという感覚を覚えてしまったのか、すごくノリノリで対応している。

 

「興味深いね。なら、今度の土曜日に勉強会を終えたらそこへ行こうか」

 

「マジで!よっし、俺、土曜は夏休みの宿題持ってくるわ」

 

ガッツポーズをして素直に喜ぶ竜司を見て、杏はポカンと口を開けて驚きながら口走る。

 

「竜司が自ら進んで勉強道具を持ってくると宣言するなんて、明日雨でも降るんじゃないの?」

 

「んー。りゅーじ、どこのゲーセン?ほほー、ちょっと興味あるなぁ。そこって銃を使ったゲームがあるところだし、私も行こうかなー」

 

怪盗団はメジエドが期限としたXデーが控えているにも関わらず、特に慌てることなく平常運転の状態にあった。

 

 

 

 

―その一方

 

その日、突然自分のスマホに掛かってきた非通知の電話を何の気兼ねもなく取った警察の特捜部長は、電話の相手が誰であるのかを知ると、その場に立ち上がって周囲を見渡し、スマホを両手で抱えた。

 

「はい……、いえ、そんなつもりは!」

 

電話口から聞こえてきたのは若い男の声だった。しかし、その声色には怒りの感情が込められている。

 

『私の脚本の登場人物に、『メジエド』などという集団の名は無かった。これは明らかに私の立案した脚本に対する挑戦ということですよね?不満があったのならば、言ってくださればいいのに』

 

「ま、待ってください。違います、決して、そのようなことでは」

 

特捜部長の男の額から大粒の汗が零れ落ちる。

 

口の中が異常に乾き、喉もカラカラになる。

 

彼の機嫌を損ねることは即ち、己の死であることを特捜部長はよくわかっていた。電話の相手である『脚本家』にはどうやっても勝つことが出来ないことは先代の特捜部長がその身をもって教えてくれていたのだ。

 

だから彼は媚びへつらう道を選んだ。

 

『困るんですよ。私の脚本にない行動を取られると。分かっているとは思いますが、貴方程度の駒などごまんと居ることをお忘れなく。ああ、そうそう。私の脚本を汚した罰ですが、貴方が手配したメジエドのメンバーには、彼ら自身が示したXデーに合わせて舞台を降りて頂きますので。逆恨みで殺されないように気を付けられてくださいね』

 

「は?……はぃいっ!?」

 

『中にはいるんですよ。私の脚本通りなのに、自分の力を過信して調子に乗る駒が。脚本家である私の意向を無視して勝手に動く駒など、不要でしょう?特捜部長、今回は貴方の覚悟を見せてもらう形になりますので、メジエドのメンバー全員を銃殺する準備の方をお願いしますね。彼らには生き残る条件として、貴方の首を掲げるように伝えておきますから』

 

「ま、待って……待ってください!そんなつもりじゃ、貴方さまに逆らうとかそんなつもりではなかったんです!ただ『心の怪盗団」という、子供だましの連中に痛い目を見せてやろうと」

 

『警察の手による犯罪者の公開処刑、楽しみしていますよ。では』

 

「あぁぁ……待って、お願いします!切らないでください、お願いします!おねがいじまずっ!!っあ、……ああああああぁあああああ!!」

 

しかし、特捜部長の耳に、通話が切られたことを知らせる音が聞こえた。

 

特捜部長は目を見開き、スマホの画面を凝視しながらありったけを叫ぶ。すぐに掛けて来た番号にリダイヤルしようとする特捜部長だったが、その手が行うのは履歴の削除。自分の意志とは裏腹の行動をする身体に怖気が走る。『脚本家』が本気になれば何の力もないただの人間は、本当に意思のない人形のように行動を操られてしまうということを、その身をもって知ってしまった。

 

特捜部長は皮張りの椅子に座りなおしガチガチと身体を震わせながら、自身が最も信頼を寄せる部下たちを呼び出す。

 

そして、『メジエド』による公的機関に対するテロの危険があるとでっちあげ、その対策のための特殊チームを結成させるように告げるのだった。

 




誤字脱字の修正にご協力いただきありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。