ソードアートオンライン:ユニコーン (ジャズ)
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プロローグ

宇宙世紀0096年、コロニーレーザーを止めるため、自ら盾となった白き一角獣、ユニコーンガンダムとそのパイロット、バナージ・リンクス。
しかし、彼はユニコーンから発せられたサイコフィールドの光にのまれ、ユニコーンガンダムごと宇宙世紀の世界から消えたーー



ーー宇宙世紀0096年、インダストリアル7・メガラニカ中域ーー

あの時、俺は「ラプラスの箱」をメガラニカごと消滅させる目的で発射されたコロニーレーザーを止めるため、父から託された“ユニコーンガンダム"を駆り、サイコフィールドを展開し自らを盾にした。「必ず帰ってきて」そう彼女と、「オードリー」と約束した。だが、その約束は果たせなかった。俺はあの時のサイコフィールドの光に包まれ、そこからーー

 

 

これが俺の前世の記憶。この記憶が蘇ったのは、俺が(二度目の)6歳の誕生日を迎えた時だった。今俺が住んでいるのは、日本の埼玉県川越市にある“桐ヶ谷邸”だ。なぜ俺がここに住んでいるのかというと、なんでも(この世界の)俺は赤ん坊の状態でカゴに入れられ桐ヶ谷邸の前に置かれていた、所謂“捨て子”だったらしい。それを見つけてくれたのが「桐ヶ谷翠」、この家の主婦である。

初めは児童養護施設に入れることも考えたそうだが、当時の児童養護施設は不足しており、なかなか入れる状況ではなかったらしい。幸い、この家の経済状況的には子供三人分を育てるだけの余裕があったらしいので、結局俺はこの家に住むことになった。

そして、今の俺の名前はなんと前世と同じ「バナージ ・リンクス」。実は、俺が入っていた籠の中に名前を記したメモがあったそうなので、今もこの名前で過ごしている。なぜ前世と同じ名前なのか、それ以前になぜ俺はこの世界にいるのか、それを知る由は今の所ない。

もちろん、あの世界に帰る方法もわからない。もし、この世界と前世の宇宙世紀が同じ時間軸なら、俺は単にタイムスリップしてきたということになる。しかし、同じ時間軸とするには、この世界とあの世界の間には、あまりにも大きな矛盾が存在した。それはーーーー

 

??「おーい、バナージーー!早く起きろよーー!」

 

今俺を呼んだのはこの家の長男「桐ヶ谷和人」。長男といっても、実はこの家のものではない。実は、彼の実の両親は事故で他界しており、彼もまたこの家で育てられることになったやつだ。

 

和人「あれ、バナージのやつ、どうしたんろ?スグー、ちょっとバナージ起こしてきてー」

 

??「はーい」

 

「スグ」というのはこの家の実の娘、「桐ヶ谷直葉」。

彼女は剣道を習っている。彼女の腕前は、小学生にしてはかなりのものだ。

 

??「バナージ お兄ちゃん、何してるの?もう朝ごはんできてるよー?」

俺「ごめん、今起きた。すぐに行くよ。」

 

まあ、とうの昔に起きてはいたが。あと、ここに単身赴任の父、「桐ヶ谷峰高」がいて、これが今の俺の家族。血は繋がっていないものの、俺たちは本当の家族のように仲良く毎日を過ごしている。

 

和人「おう、おはようバナージ。」

 

俺「ああ、おはよう和人」

 

和人「珍しいなーお前が寝坊なんて。体調でも悪いのか?」

 

俺「別になんともないよ。というか、和人の方こそ俺より早く起きるなんて珍しいじゃないか。今日って何かあるのか?」

 

和人「お、お前っ?!まさか忘れたのか?!!今日は待ちに待った“ソードアートオンライン”のβテスト配信日だろうが!!」

 

俺「あー!それか!すっかり忘れていたよ」

 

和人「おいおい、しっかりしろよお前、この日のために俺たちどれだけ苦労したと…」

 

直葉「はいはい、お兄ちゃん落ち着いて。バナージ お兄ちゃんがうっかり屋さんなのは昔からでしょ?」

 

和人「俺はそこに“マイペース”を加えたいね」

 

俺「なら和人は“ゲームオタク”だな」

 

翠「その辺にしなさいあんた達、βテストだかなんだか知らないけど、その前にまず学校あるでしょうが。」

 

和人「いっけね?!もうこんな時間だ!おいバナージ、早く朝ごはん食わないと置いていくぞ!」

 

俺「せっかちだなー和人は。俺は今起きたばかりなんだぞ?そんなに急げるわけないじゃないかー」

 

直葉「そこが“マイペース”って言われるのよ!ヤバ?!あと30分しかないじゃない!ごめん、あたし先に行くから!」

 

和人「あっおいスグ!おいバナージ、頼むから急いでくれ?!俺たち揃って遅刻とかもう嫌なんだよ!」

 

俺「今までのはほとんどお前が原因だったじゃないか。

夜遅くまでゲームして朝いっつも寝坊するんだから」

 

和人「わかった!そのことは謝るから!頼む本当に急いでくれ!!!」

 

俺「わかったわかった。」

 

ーー五分後ーー

 

俺「お待たせ、準備できたよ」

 

和人「よし、んじゃいくぜ!」

 

バナカズ「「いってきまーす!」」

 

ーー「ソードアートオンライン」ーーこれが先程俺が指摘した大きな矛盾点である。これは天才ゲームプログラマー「茅場晶彦」という男が開発したフルダイブVRMMORPGの名前だ。そして今日、そのゲームのβテスト版が配信される。俺たちは千人しかなれないβテスターに、一万人以上の応募者の中から見事に二人揃ってその権利を勝ち取ったのだ。俺の前世でも、VR技術は存在したが、まさかフルダイブ式とはーーそんなものは俺の前世の世界には存在しなかったものなので、もしかしたらこの世界は俺の前世の世界とは違う歴史、所謂「パラレルワールド」の世界線なのかもしれない。

おそらく、俺が前世の宇宙世紀に帰るというのは、不可能だろう。だが、たとえどんな手を使っても、俺はあの世界に帰らなくてはいけない。なぜなら彼女と、「オードリー」と約束したから。「必ず帰る」と。そのためには、まずこの世界をできる限り生き抜いてみようと思う。それが帰る方法になるのかはわからないが、俺がこの世界に来たのは、必ず何か理由があるはずだ。それを見つけることができれば、もしかしたら帰ることができるかもしれない。

それに、たとえ不可能な現実をつけられても、あの人からーー「マリーダ」さんに言われたのだ。「それでも、と言い続けろ」と。だから、俺は絶対に諦めない。

ーーしかしこの後、あの「ソードアートオンライン」で、あんな悲劇が起こることになるとは、かつてニュータイプだった俺にも知ることができなかった。

 

 




皆さんはじめまして!ジャズと言います!
僕がこの作品を書き始めた理由は、「ソードアートオンライン」と「ガンダムユニコーン」が好きだからです!
ただ、これは僕が初めて書く小説ですので、もしかしたら双方の原作と矛盾点が起こるかもしれせん。その時は、感想欄でご指摘していただければと思います!
では、今後もよろしくお願いします!


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人物設定

すみません
順序が逆になりましたが、ここでバナージとキリトの基本的な設定を紹介したいと思います!


主人公

バナージ・リンクス

〜人物設定〜

・年齢:SAO開始時 14歳

クリア時 16歳

・かなりの甘党(これが原因でキリトとカレーの味でしょっちゅう喧嘩してる)←オリ設定

・ゲームはキリトを介してハマった

・元は宇宙世紀で生きていた人間だが、

サイコフィールドの影響SAOの世界に転生し現在、戻る方法を探している

・SAOでの異名はキリトと対をなす《白の剣士》。服装は原作キリトの服装を全て白黒反転させたものなのでこう呼ばれる

〜使用スキル〜

・武器:片手剣《ユニコーン》

とあるクエストで手に入れた片手剣。

形状は、キリトのエリュシデータを白

にし、刃を赤くしたもの

後述する特殊スキル《NT-D》の専用

ウェポン

片手剣《ダークリパルサー》

原作でキリトが二刀流を使うために

手に入れた剣。色は原作と違い純白

・スキル

《二刀流》

本来、ユニークスキルであるため、一人

にしか与えられないものだが、キリトと

反応速度がほぼ同等であるため例外的に

バナージに与えられた。

技は原作と同じで、《NT-D》併用時に剣

の刀身が赤く発光する

《NT-D》

SAOには本来存在せず、ゲームの開発

者である茅場晶彦も作成した覚えのない

スキル。

技はないが、プレイヤーの反応速度、

スピード、その他あらゆる能力を飛躍的

向上させる。

また、他の《NT-D》使用者が同じフィ

ールドで戦っていた場合、互いの思考を

ダイレクトに直結し、通常ではあり得な

い超速連携を可能にする

任意のタイミングで発動でき、使用する

際は《NT-D》と口にする事で発動

バナージの場合、身体が赤いオーラに覆

われる

キリト《桐ヶ谷和人》

〜人物設定〜

・年齢:バナージと同じ

・かなりの辛党で、甘いものが苦手なので、

バナージと喧嘩する理由の8割はこれである

・10歳の時に自身とバナージの生い立ちについ

知るが、特にそのことを気に止めることもな

く、直葉とも普通に接している

・バナージとは生まれた時から共に過ごしてい

るため、彼のことはかけがえのない“相棒”で

あると同時に、超えるべき目標としている。

 

〜使用スキル〜

・武器:片手剣《エリュシデータ》

原作と同様

片手剣《バンシィ》

バナージが《ユニコーン》を手に入れ

たのを聞き、自分も同じような剣を手に

入れたいと考えたキリトが、フィールド

で偶然発見したクエストをクリアして

入手した剣。

形状は原作の方ダークリパルサーを漆黒

にし、刃を金色、鍔はMS《バンシィ》

のブレードアンテナを展開した形

・スキル

《二刀流》

上記及び原作と同様

ただし、《NT-D》との併用時、こちら

は刀身がゴールドに発光する

《NT-D》

上記と同様。

そのあまりにも強力すぎる性能から、

キリトは最初制御することができずに

暴走することが何度かあったが、その度

バナージが止めていた。

そのため、キリトはこのスキルを使用す

るのをためらうことが多い

使用時、キリトは身体がゴールドのオー

ラに覆われる




その他 、アスナやクラインといったメンバーは基本的に原作通りにしたいと思いますが、変更ができ次第、キャラクター設定の方で紹介したいと思います!


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アインクラッド編
一話 デスゲーム・スタート


皆さんこんにちは!ジャズです!
いよいよ、この物語の本編が始まります!
それと、この物語についてなのですが、基本的に断りがない限りバナージの一人称視点で進めて行きたいと思います。
では、本編へ「リンク・スタート!」


ーー2022年 埼玉県川越市・桐ヶ谷邸ーー

直葉「じゃ、私今から部活行ってくるね!今日が待ちに待ったSAOの正式サービスのスタート日だから楽しみなのはわかるけど、あんまりやりすぎちゃダメだよ?」

 

バナージ「わかってるよスグちゃん。“ゲームは一日二時間まで”だったよね?」

 

和人「おいおいバナージ、“ゲームは一日二時間まで”だって?SAOはVRMMORPGだぞ?二時間だけじゃ何にもできねえよ」

 

直葉「だーかーらー!お兄ちゃんはゲームのしすぎなの!昨日だって違うゲームして夜更かししてたでしょ?!」

 

バナージ「和人のゲーム好きは昔から変わらないよな。SAOのβテスト版が終わった時、和人ったら顔が死人みたいになってたし」

 

和人「た、確かにそうだけどさ…あ、やべ!もうサービスの開始時間だ!それじゃあなスグ!部活頑張れよー!」

 

直葉「あ、お兄ちゃんっ! ……もう行っちゃったよ。それじゃ、あたしももう行くね?帰ったらSAOの話聞かせてよ!」

 

バナージ「ああ、もちろん!気をつけてね!」

ーーーーーー

ーー和人の部屋ーー

ガチャッ

バナージ「和人、準備は……って聞くまでもなさそうだね」

 

和人「おう!もちろん!バナージも早く部屋に戻って“ナーブギア”をつけろよ!先にインして待ってるぜ!」

 

バナージ「わかった、わかったから。勝手にフィールドに行ってモンスター狩り始めてるとかなしだからな!」

 

ーー先程も言ったが、今日は待ちに待ったSAOの正式サービス開始日だ。俺たちはこの日のために、βテストや正式サービス版の購入など、様々な準備を進めてきた。まあ、お陰で俺たちの小遣いはほぼ底をついたわけだが…

 

バナージ「やっと、この時が来たか…」

 

そして今、全ての準備は整った。頭にヘルメット型の“ナーブギア”をかぶり、ベッドに寝そべる。そして、最後はあの世界へつながる“呪文”を唱えればーー

 

バナージ「リンク・スタート!」

 

ーーーーーーーーーー

目に移ったのは、もう見慣れた街。ここは、ソードアートオンラインの舞台でもある、浮遊城「アインクラッド」の第一層「始まりの街」だ。このアインクラッドは、全部で百層に渡るフィールドで構成された世界だ。それぞれの層にテーマや物語があり、それに関するモンスターを倒したり、クエストをこなしたりしてレベルを上げ、最後の「迷宮区タワー」の最上階にあるボスを倒して進めていくのだ。

周りには数人のVRMMOプレイヤーがいる。まあ、サービスが始まってまだ数分もたってないからこんなものだろう。さて、まずは“相棒”を探さないとーーーー

???「おーいバナージー!」

……言ってるそばからやってきたよ。

 

バナージ「和人か。好都合だな、こんなに早く合流できるなんて。」

 

和人「そうだな!……って、こっちじゃ俺は“キリト”だ。人前でリアルの名前は出さないって、VRゲームの暗黙の了解みたいなものだろ?」

 

バナージ「あ、ああ。そうだったね。って言っても、俺たちいつも一緒にいるから、ついそっちの名前で呼んじゃうんだよな」

 

キリト「てゆうかお前、リアルと名前が一緒って、それまじで身バレ覚悟でやってるのかよ。お前いっつもゲームする時自分の名前でやるよなー。せっかくこの仮想世界にまで来たんだから、少し変わった名前とか考えたらどうなんだ?」

 

バナージ「べ、別にいいだろ!キリトみたいになんかいい感じのキャラネームが思いつかなかったんだから。」

 

キリト「お前がいいならそれでいいけど…まあぶっちゃけこっちとしてはリアルとこっちで名前の区別する必要ないから助かるけどな?」

 

バナージ「ははは、そうだね。あ、そんなことより、早くフィールドへ刈りに行こうよ!このあいだのβテストは“どっちが多くモンスター狩れるか”って言う競争で負けたけど、今日は負けないからな!」

キリト「おう、望むところだ!!よし、そうと決まればまずは武器買いに行かないとな」

 

そう言って俺たちが歩き始めるのと同時にーー

 

???「おーーい、そこの兄ちゃんたち!」

声がした方を見ると、なんとも悪趣味なバンダナをした若武者風の男性がこっちに向かって走ってきていた。

 

キリト「ん、俺たちのことか?」

 

???「ここであんたら以外に誰がいるってんだよ…って、そんなことよりあんたら二人とも、その迷いない動きから察するに、もしかしてβテスターだったのか?」

 

バナージ「あ、はい一応そうですが」

 

???「そっかー!実はな、俺VRMMOはこのSAOが初めてなんだ!他のゲームならやったことあるんだが、フルダイブゲームに関しちゃまるっきりの素人だからよ、あんたらの腕を見込んで俺に色々レクチャーして欲しいんだ!」

 

キリト「レクチャーって言われてもな…そんなにうまく教えられるかどうか…」

 

???「そこをなんとか頼む!今日はダチと一緒にプレイする予定なんだが、なにせみんな初心者でよ!だから他の奴らより早くインした俺があいつらにいいとこ見せてえから、教えてくれねえか?!」

 

バナージ「いいんじゃない、キリト。俺たちもインしたばかりだからまだ時間はあるし、人助けはいつか自分にいい形で帰ってくるからさ。」

 

キリト「…そうだな、やっぱみんなで楽しむのがゲームだもんな。そのレクチャー、引き受けるぜ。」

 

???「ありがとう!恩に着るぜ!俺は“クライン”ってんだ。よろしくな!」

 

キリト「俺はキリトだ。んで、こっちはバナージ」

 

バナージ「よろしくお願いします、クラインさん」

 

クライン「おう!んじゃ、早速頼むぜ!」

ーーーーーーーー

「ドワアアーッ!!!」

と叫んで倒れたのはクラインさん。イノシシ型のモンスター『フレンジーボア』に吹き飛ばされたのだ。クラインさんはボアにぶつかったところを抑えながらさも痛そうに悶絶している。仮想世界では痛みは無いはずなんだがーー

キリト「何してるんだよクライン。ここは仮想世界なんだから痛みは無いはずだろ?」

 

俺が思っていることをキリトがそのまま言ってくれたよ。

 

バナージ「クラインさん、先程から言っているように、“ソードスキル”とは初動のモーションが大事なんです。」

 

クライン「って言ってもよお、モーションって言われてもイマイチピンと来ねえんだよなー。それにあいつやたら動くから狙いにくいんだよ」

 

キリト「いや、モンスターなんだから動くのは当たり前だろ……」

 

バナージ「イメージとしては、溜めを作る感じですよ。」

 

そう言って、バナージは足元の小石を拾い上げ構える。すると、小石は緑色に輝き始め、そして同時にバナージはそれをボアに向けて放った。投剣スキル『シングルシュート』である。小石は見事にボアに直撃し、HPを削った。

 

バナージ「こんな感じです。あとはスキルが立ち上がる感覚が出てくるので、それを感じたら一気に出る、それがソードスキルですよ」

 

クライン「なるほど、溜めを作って……あっ!」

 

瞬間、何か閃いたクラインは自身の武器、曲刀を肩に担ぐように構える。

すると、刃がオレンジ色の輝きを放ち、

 

クライン「一気に……出る!!」

 

掛け声と同時に、今までのクラインの動作とは見違えるような滑らかな動作でソードスキルが放たれ、見事ボアに命中し爆発四散する。

曲刀基本ソードスキル『リーパー』である。

 

クライン「おっっしゃああああっ!!!!見事撃破できたぜ!」

 

バナージ「おめでとうございます、クラインさん。飲み込みが早くて成長が楽しみですね!」

 

クライン「ありがとよバナージにキリト!お前らの教えがうまいからだぜ!!」

 

キリト「まあ、今のは所謂スライムみたいなもんだけどな」

 

クライン「えっ?!まじかよ…俺てっきり中ボスクラスのモンスターかと……」

 

バナージ「流石にそれは無いですよ…」

ーーーーーーーーー

俺たちがクラインさんにレクチャーを始めてから数時間がたったーー

キリト「さて、今俺たちが教えられるのはこれが全部だな」

 

クライン「お、そうか。何から何まですまねえな」

 

バナージ「大丈夫ですよ。これくらい、お安い御用ってやつです」

 

キリト「俺たちはこの後この辺でモンスターを狩っていこうと思うんだが、クラインはどうする?」

 

クライン「もちろん俺も!……と言いてえとこだが、あいにくこの後リアルで5時にピザ頼んでてよ。」

 

準備万端ですね、クラインさん…

 

クライン「それに、後でさっき言ったダチと落ち合う予定なんだ。あ、そうだ!どうせなら俺とフレンド登録しねえか?」

 

キリト「えっ…あ、いや…」

キリト、ここでコミュ症発動するなよ…

 

クライン「いや、無理にとは言わねえ!まだこのゲームは始まったばっかだ。いくらでも機会はあるしな!」

 

バナージ「気を遣わせてしまってすみません、クラインさん。こいつ、昔からコミュ症で」

 

キリト「お、おいバナージ!余計なことを言うなよ!」

 

クライン「おいおい、キリトがコミュ症?こんなに教え上手な奴がか?何の冗談だよまったく」

 

キリト「いや、教えたのほとんどバナージだし…」

 

クライン「まあ何だ、このゲームに来たならコミュ症も治すことだな!何せこの世界は他人とのチームプレイでなんぼだから」

 

キリト「べ、別にコミュ症じゃねえし!」

 

バナージ「さっきの挙動が説得力なさすぎるんだよw」

 

キリト「お前ほんとに余計なこと言いやがって!」

 

クライン「おいおい、喧嘩するなよ(笑) …っと、もうこんな時間だ。それじゃあな二人とも!今日はほんとに助かったぜ!

 

キリト「ああ、また会おうぜ!」

 

バナージ「クラインさんも頑張ってくださいね!」

 

そう言って別れの挨拶を交わし、俺たちは振り向いて再びフィールドへ向かおうとした矢先ーー

 

クライン「ん?ありゃ、ログアウトボタンなくね?」

ーーーーーーーーーーーーー

キリトside

ん?今こいつは何を言った?ログアウトボタンが無い?そんなことあるのか?

クライン「いや、ほんとなんだよ、お前らもメニュー見てみろよ」

 

そう言われて、俺たちは右手を少し振り、メニューボタンを出す。ログアウトボタンがないなんて、そんなバカな話があるはずがーー

キリト「……確かに無い」

 

バナージ「そんな……」

 

メニューを見てみると、一番下の段にあるはずのログアウトボタンがなくなっていた。

 

クライン「ま、まあサービス初日だしな、こんなバグの一つや二つあるんだろうぜ。今頃運営は半泣きだろうな」

 

バナージ「いやいや、“こんなバグ”で済む問題じゃないですよクラインさん。ログアウトできないと言うことはつまり俺たちはこの世界から出られないと言うことですよ?ましてやクラインさんは5時にピザを頼んでるんですよね?今の時間は……」

 

クライン「5時半……アアアアァァ!!!俺のピザがアアアアァァ!!!!」

 

クラインのピザはともかく、バナージの言う通りプレイヤーがログアウトできないのは大問題だ。もしログアウトできない問題があるのなら、すぐにサーバーを停止し、システムアナウンス及びプレイヤーを強制ログアウトするなどの処置を普通は取る筈。なのに、何も起こらないなんて…

バナージ「キリト、俺なんか嫌な予感がするんだ…」

 

おそらく俺と同じことを考えていたのであろうバナージが、いつになく不安な声で、話しかけてくる。

 

キリト「ああ、俺もだ」

そう、俺が呟いた瞬間、突然大きな鐘の音がフィールドに鳴り響き、俺たちは青い光に包まれた

ーーーーーーーーーーーー

バナージside

キリトたちと話をしていたら、急に視界が青い光に包まれ、気がつくとそこは先程まで自分たちがいたフィールドではなく、始まりの街の広場になっていた。自分たちの周りには、大勢の人々がいた。恐らく、このゲームに現在ログインしている全ての人たちだろう。しかし、なぜこの広場にこれほど大勢の人が一気に集まっているのか?

考えられるとしたら先程の青い光だ。あの光は、俺たちがβテストで散々経験した、この世界における移動手段の一つだ。“転移システム”である。このアインクラッドは、百層から成る巨大なフィールドなので、移動手段が徒歩だけではとても面倒である。そこで、あるアイテムを使うことにより、任意の場所に文字通り“転移《ワープ》”することができる。

だが、俺たちはここにくるのに、そのようなアイテムを使った覚えはないし、ましてやまだゲームが始まったばかりなので、そんな便利なアイテムは持ってすらいない。では、なぜ俺たちはここに飛ばされたのか?考えられるとしたら、一つだけある。それはーー

 

バナージ「(強制転移?!どう言うことだ?一体何が起きて)「上だ!」えっ?」

 

一人のプレイヤーが上を指差して叫び、それと同時に、全プレイヤーの視線が上に集まる。そこにあったのは、

『Warning! System announcement!!』

の文字だ。そして、そこに赤いパネルが空を覆って行き、そこから血のような液体がドロリと滴り、結集し、やがて20メートルはあるだろう人型のモノを形成した。その人型のモノは大きなローブを纏い、フードも被っているため顔はわからない。

そしてそれは、声を発した。

 

???『全プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名は茅場晶彦。この世界の創造者であり、現在この世界を操作できる唯一の人間だ。』

 

そう聞いて、俺とキリトは目を見開く。“茅場晶彦”とは、このゲーム“ソードアートオンライン”及び“ナーブギア”といったフルダイブ機器を開発した天才科学者である。彼は言葉を続ける。

 

茅場晶彦『諸君らの中には既にメインメニューの中からログアウトボタンが消えているのに気づいているものもいるだろう。しかしこれはバグではなくこの“ソードアートオンライン” 本来の仕様である。』

 

クライン「なっ……仕様、だと……?」

クラインさんが思わず掠れた声で呟く。

 

茅場晶彦『諸君らは今後、自発的にこの世界からログアウトすることはできない。また、外部からの強制解除もあり得ない。もしそれを試みた場合、ナーブギアから発せられる高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊、生命活動を停止させる。残念ながら、警告を無視したプレイヤーの家族、及び友人らがナーブギアを強制解除した結果、既に213名の犠牲が出ている。』

 

クライン「お、おいおい何いってんだあいつ?そんなことできるわけ…」

 

バナージ「いや、可能です。ナーブギアの原理は電子レンジと同じなんですよ。そして、リミッターを外せば脳の限界温度である42度を超えることも……」

 

クライン「なら、電源を切っちまえば…」

 

キリト「ナーブギアには内蔵バッテリーがある。」

 

クライン「そ、そんな…」

 

クラインさんの絶望的な声を無視し、茅場晶彦はさらに言葉を続ける。

 

茅場晶彦『このことは既に現実世界の多くのメディアにより報道されている。よって君たちの外部からの強制解除による死亡はない。君たちは安心してこのゲームをプレイしてくれたまえ』

 

キリト「ふざけるな!今のこの状況で呑気にゲームを遊んでろってのか!!」

 

我慢の限界が来たのか、キリトも叫ぶ。しかし、それすら気にとめることなく、茅場晶彦は追い討ちをかけるように言葉を続ける。

そして、次がもっとも絶望的な言葉だった。

 

茅場晶彦『しかし、十分に注意してほしい。この世界においてあらゆる蘇生手段は存在しない。故に、君たちのHPが0になった瞬間……現実の体にナーブギアから高出力マイクロウェーブが発せられ、絶命する。この世界から脱出する方法はただ一つ。この浮遊城アインクラッドを百層まで攻略することだ。そうすることによってのみ、生き残ったプレイヤーはこのゲームからログアウトできる』

 

バナージ「百層だって……冗談じゃない、βテストでも二ヶ月で十層程度しか進まなかったのに?!」

 

茅場晶彦『では最後に、私からささやかなプレゼントがある。各人、メインメニューを確認してくれたまえ』

 

言われてプレイヤーはメインメニューを確認する。すると、そこには手鏡が入っていた。俺たちはそれをタップしてオブジェクト化し覗き込む。すると次の瞬間、目の前が光に包まれた。さらに、広場全体を眩い光が包んでいく。

やがて、光が収まって行きーー

 

キリト「な、なんだったんだ?今のは?」

 

クライン「おい、大丈夫かお前ら?!」

 

バナージ「はい、だいじょ…う、ぶ……?!」

 

和人「え、バナージ?!」

 

???「お、おいおい、お前ら誰だ?!」

 

そこに立っていたのは、現実世界のキリト《和人》の姿と、見知らぬ野武士面の男性が立っていた。そして俺は、もう一度手鏡を覗き込むと、そこにはアバター姿の俺ではなく、現実世界の俺が映っていた。と、いうことは……

 

バナージ「あなたがクラインさんですか?!」

キリト「お前がクラインか?!」

クライン「お前らがバナージとキリトか?!」

 

ほぼ同時に互いを指差し、叫ぶ。

異変があったのは俺たちだけではない。みんなさっきまでとはまたまたか異なる姿をしていた。

 

クライン「これはまさか、現実の顔か?でも、なんだってこんなことに…」

 

バナージ「そうか、スキャンか!ナーブギアは高密度の信号因子で顔を覆っています。だから正確に顔の形を把握し、再現できるんです。」

 

キリト「そして身体の方は初めてナーブギアをセットした時にあちこち体を触ったキャリブレーションで身長や体型を把握しているから、ということなのか……」

 

クライン「でも、なんでこんな……」

 

バナージ「それは、すぐに答えてくれると思います」

 

茅場晶彦『諸君らは皆、「何故?」と思っているだろう。何故茅場晶彦はこのようなことをしたのか疑問に思っているだろう。その答えは簡単。私はこの世界、ソードアートオンラインを鑑賞するためにこのゲームを作り、完成させた。そして今、その目的は達成されたーーーー以上で、ソードアートオンラインのチュートリアルを終了とする。ではプレイヤー諸君、健闘を期待しているよ』

 

その言葉が終わると同時に、巨大なアバターは消滅し、あたりは静寂に包まれた。

 

バナージ「(嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!)」

 

頭の中は、現実を否定する言葉でいっぱいだった。しかし

前世でニュータイプだった俺は、相手の思考を読むのに長けていた。もちろん、転生した今、そのような能力は存在しないが、かつてそうだった俺の直感がこう告げていた。

 

ーーあの男、茅場晶彦が語った言葉は全て現実であると。

そしてたった今、俺は“前世《宇宙世紀》”に帰る手段はおろか、“《この世界の》現実”にすら帰ることすらできなくなったのだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなって本当に申し訳ないです!
これにて一話は終了です。二話も宜しくお願いします!


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二話 攻略会議

では、二話始まります!


2022年 アインクラッド第一層・始まりの街ーー

キリトside

ゲームマスターである茅場晶彦の口から語られたのは、とても現実とは思いたくないものだった。なぜなら、これはゲームはゲームでもーーいや、もはやゲームとは呼べるものではないがーー死んだら終わりの『デスゲーム』だからだ。さらに、自発的にログアウトする手段は失われ、俺たちがここから出る方法は第百層まで到達するしかないと言うのだ。

もちろん、俺だってこんなの嘘だと思いたい。だが、俺はあの天才科学者である茅場晶彦に憧れていて、彼を特集した雑誌や本、またテレビも見たので、彼についてはよく知っている。だからこそわかる。彼が今口にしたのは、まぎれもない真実だ。

ーーそういえば、彼はSAO発売にあたって、雑誌のインタビューにこう答えていた。『これはゲームであっても遊びではない』と。なんと言うことか。この言葉は比喩や言葉の綾などでもなく、まさにこのことを指していたのだーー

ーーーーーーーーーーー

茅場晶彦によるゲームのチュートリアルが終わり、あたりは静寂に包まれいたが、直後、大きな悲鳴や怒号が始まりの街の広場にこだました。

 

「いやあああああああ!!!」「ふざけんじゃねぇ!ここから出してくれ!」「お父さん!お母さああああん!」

 

周りには泣き叫ぶものや、助けを求めるもの、中には茫然自失と立ち尽くしているものもいた。

そんな中、俺は辺りを見渡し

 

キリト「クライン、バナージ、来い!」

 

クライン「……えっ?あ、ああ……」

 

バナージ「………………」

 

クラインは戸惑いながらこっちにやってくるが、バナージは返事することなく、その場に立ち尽くしている。

 

キリト「おい!バナージ!」

 

バナージ「………キリト?ああ、ごめん……少し考え事をしてたんだ」

 

キリト「考え事……?まあいい、とにかく行くぞ」

 

俺は二人の手を引いて、騒然としている広場を後にする。

やってきたのは、人気のない路地裏。

 

キリト「クライン、俺たちはこの後ここから出る。そして 迷宮区前の街“トールバーナ”に行くつもりだ。クラインはどうする?」

 

クライン「すまねえ、俺はこの後仲間と落ち合う。確かに俺も行かなきゃならねえかもだが、仲間を見捨ててられねえんだ」

 

キリト「………そうか、分かった。よし、バナージ!行くぞ……っておい、バナージ?」

バナージ「………」

───────────────────

バナージside

全く、今日ほど自分の運命を呪った日はない。俺は前世で、“ラプラスの箱”を解放し、人々の可能性を示し、守るために色々なものを失いながらも戦ってきた。その結果、俺はこの世界に飛ばされ、約束も果たせず、おまけに今度はゲームの世界に閉じ込められるときた。しかも百層という途方も無い道のりでしか出られないと言うのだ。

やれやれ、俺はいつの世界でも戦わなくてはならならいのか─────────────

「──────────ジ、バナージ、バナージ!!!」

 

バナージ「えっ?!あ、ごめん、キリト」

 

キリト「どうしたんだよさっきから……いや、こんな状況でいつも通りでいられないのも無理ないか。それより、俺はこの後トールバーナに向かおうと思うが、どうする?無理はしなくても……」

 

………キリト、君は戦うつもりなのか?このどうしようもなく絶望的な状況でも、ただ君は前を見据えてー────────ああ、そうか…忘れていた。諦めちゃいけないんだ。例え、どんな絶望があろうとも。だから……

 

バナージ「……ああ、俺も行くよ、トールバーナに」

 

キリト「……そうか、よし、時間がないそれじゃ早速行く

ぞ!」

 

クライン「……すまねえな、二人とも。けど、俺は──」

 

キリト「大丈夫。お前を教えたのは俺たちだぜ?お前も絶対に無理はするなよ?」

 

クライン「おうよ!お前らに教えてもらった知識生かして、なんとかしてみるさ!俺こう見えて、前やってたゲームじゃギルドのリーダーやってたんだ!」

 

バナージ「それは心強いですね!いつか、このゲームの最前線で一緒に戦う日が来るのを楽しみにしてます!」

 

キリト「また何かあったらメッセ飛ばしてくれ!」

 

そうやりとりした後、俺たちは背を向け走り出す。すると、クラインさんが俺たちを呼び止めて、

 

クライン「おい、キリト!お前結構可愛い顔してんな!

結構好みだぜ!それとバナージ!お前ほんとはなかなか男前じゃねえか!同じ男からしちゃあ羨ましいぜ!」

 

バナージ「ありがとうございます!」

 

キリト「お前もその野武士面の方が数倍似合ってるよ!」

 

そして、俺たちは草原のフィールドへ向かって走り出す。

ーーーーーーーーーー

草原を走っていると、目の前に狼型のモンスターが二体ポップする。迷わず剣を構えるキリトに、俺は話しかける。

 

バナージ「……キリト」

 

キリト「ん?」

 

バナージ「決めたよ。俺は戦う。この世界で。例えどんな絶望があっても、俺は最後まで抗ってみせる」

 

キリト「……急にどうしたんだよ。まあ、いいや。それなら、頼りにしてるぜ!相棒!」

 

バナージ「ああ!」

 

そう言って、俺も背中から剣を抜き、キリトと同じように構える。そして、目の前に突っ込んでくる狼に向かって、ソードスキル《レイジスパイク》を同時に放つ。

 

キリト「うおおおおおおおおおお!」

 

バナージ「はああああああああああ!」

 

システムアシストにより、勢いを増した二つの青い閃光は、どちらも見事に狼に命中し、HPを全損、爆散させた。

 

バナージ「(そうだ。あの人に……“マリーダさん”に言われたんだ。『それでもと言い続ろ』と。俺はさっき、また自分を見失いかけた。けど俺には今、“キリト”がいる。彼が俺の隣にいる。

彼がもう一度俺を取り戻させてくれた。例えどんな残酷な現実をつけつけられても、俺は諦めない!)」

 

 

バナージ「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

俺は、内側から溢れてくるさまざまな気持ちを叫びに変えながら、俺はただ走り続けたーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリト「………って、おい!どこ行くんだバナージ?!

そっち違う方向だぞ!」

 

バナージ「」

────────────────────

キリトside

一ヶ月後、俺たちはトールバーナの街にいた。現在、一層はクリアどころかボス部屋すら見つかっていない。そして、その間に2000人が犠牲になり、さらにその中には、三百人ものβテスターも含まれていた。

その状況を変えるため、迷宮区に最も近いここトールバーナで“第一層攻略会議”が開かれることになったのだ。今最前線で戦うプレイヤー達も、情報屋からそれを聞きここに訪れている。俺とバナージは最初からここを目指してきたので、ここで会議が開かれるのは非常にちょうどよかった。

 

バナージ「懐かしいなートールバーナ。βテストの時もここで会議が開かれたよね?」

 

キリト「ああ、そうだったよな。あの時会議に来てたのってどれくらいいたっけ?」

 

バナージ「さあ……60人くらい?だったかな?」

 

そう話しながら、俺たちは会議が行われる広場にたどり着いた。

 

バナージ「今回来てるのは……えっと……だいたい45人ってところかな?」

 

キリト「やっぱり少ないな…」

 

バナージ「無理もないか、前とは明らかに状況が違いすぎるし」

 

そう話しながら俺とバナージは適当なところに腰掛ける。

そして、開始の時間がきて、中央の壇上のところに、青い髪の青年が立った。

 

???「はーい!みんな注目!今日はみんな、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!俺は『ディアベル』。職業は、気持ち的に“ナイト”やってまーす!」

 

バナージ「えっ?!そんな職業がこの世界にあるの?!」

 

キリト「いや、ねえよ!」

 

……バナージって昔からたまに天然なところがあるんだよな。そういえば一ヶ月前、始まりの街から出て草原走ってるときに、大声で叫びながら全然違う方向行ったりしてたし。

会場はというと、先ほどの彼のジョークで笑い声に包まれている。ディアベルは人の良さそうな笑顔を浮かべながら周囲を見渡し、しばらくすると右手を上げて場を鎮める。

そして、笑顔を引き締め真剣な顔でこう言葉を続けた。

 

ディアベル「先日、俺たちのパーティが迷宮区の奥でついに、ボス部屋を見つけた。」

 

場はざわめいた。

 

ディアベル「この一ヶ月ですでに、二千人もの尊い命が失われた。ここまで本当に長い道のりだった。そして、ボス戦は今までとは比べ物にならないくらいの苦戦が予想されるだろう。もちろん、この場にいる者には……いや、おそらく殆どのメンバーには怖い気持ちがあるだろう。だけど、俺たちは進まなきゃならない!ここでボスを倒し、このゲームは必ずクリアできるんだってことを、示さなくてはならない!そうだろう、みんな!」

 

 

ディアベルは力強くこの場に集まったプレイヤーに語りかける。この演説を聞いたプレイヤーは皆、彼に賞賛の拍手を送っている。

 

バナージ「あの人、すごいな。今後は殆んど彼がボス戦の中心になるだろうね」

 

キリト「ああ、人の心をつかむのが上手い。現に今会場のプレイヤーは一つになってる。」

 

ディアベルはありがとうと言い、再び場を制し、

 

ディアベル「それじゃ、今から六人一組でパーティを組んでくれ!」

 

バナージ「だってさ。どうする?俺たち二人だけだからどこかに入れてもらおうか?」

 

キリト「……任せた」

 

バナージ「……まったく、コミュ症なんだから」

 

……コミュ症じゃないと全力で否定したかったが、流石に「パーティに入れてくれ」なんて見ず知らずの人に気安く言えるほどの勇気は俺にはない。

 

〜五分後〜

バナージ「……ダメだった……」

 

キリト「まじか……見事にあぶれたな」

 

バナージ「どうしようかな…って、ん?」

 

キリト「どうした?バナージ」

 

バナージはある方向を指差す。そこには、フードを深くかぶって一人でポツンと座っている人がいた。

 

バナージ「あの人に頼んでみるか」

 

キリト「大丈夫かよ、あれどう見ても雰囲気普通じゃねえぞ?なんかこう……話しかけたらやられる!みたいな?」

 

バナージ「大丈夫だよ、多分……」

 

─────────────────

バナージside

……キリトにはああ言ったが、正直俺も、あの人が普通じゃなさそうなのはわかる。けど、俺たち二人だけのパーティじゃボス戦を乗り切るのは流石にきついので、ここは行くしかない。

 

バナージ「あの、すみません。あなたはもう誰かとパーティを組みましたか?」

 

その人は何も言わずに首を横に振る。

 

バナージ「それなら良かった。実は俺、二人しかパーティメンバーがいなくて、もし可能なら俺達とパーティを組んで欲しいのですが…」

 

相手は体を少しこちらに向け、そして考えるそぶりを見せた。

 

バナージ 「ボス戦は一人で戦うのはあまりに危険です。今回だけの暫定でいいので、お願いできますか?」

 

俺がそう言い終わると、相手も納得したのか、首を縦に振った。そして、俺はキリトにこっちに来るよう合図を出す。俺は右手を縦に振り、メニュー欄からパーティ申請のメッセージを出す。

相手はOKボタンを押し、それと同時に、俺の視線の右上に、HPバーが一本追加される。俺は今、キリトともパーティを組んでいるので、これで合計三本のHPバーがある。

新たに追加されたバーを見ると、そこには『ASUNA』と表示されていた。もしかして、この人は女性なんだろうか…

 

そして、キリトが俺に座ると、アスナさんに話しかける。

 

キリト「もしかして、あんたもあぶれたのか?」

 

すると、アスナさんは初めて声を発した。

 

アスナ「……あぶれてない。ただ周りの人がお仲間同士みたいだから遠慮しただけ」

 

キリト「それをあぶれてるって………ゴフッ!!」

 

……今キリト(このバカ)が余計なことを言いそうだったので、言い終わる前に肘で横腹を打つ。しかしそれにしても、アスナさんの声、なんか聞いたことあるな……

 

キリト「ゲホッ…ゲホッ…ぉい、バナージ何するんだよ」

 

バナージ「お前が余計なこと言おうとするからだよ。……ああ、すみません気を悪くしないでください、こいつ昔からバカなので」

 

アスナ「別に気にしてない。……昔から?」

 

バナージ「ああ、俺たち、実はリアルでも知り合いで」

 

アスナ「……ふうん」

 

キリト「しかし、これで三人かー。せめてあと一人は欲しいかなー」

 

キリトがそういうと、不意に後ろから声がかかる。

 

???「あのぅ、すみませーん」

 

バナージ「ん?」

 

振り返ると、そこには紫色の髪をした、俺たちと比べて年下くらいの女の子がいた。

 

???「……実は、ボクもあぶれちゃって。よかったら入れてくれませんか?」

 

……まさかの“ボクっ娘”だった。

 

キリト「ああ、いいぜ!ちょうどあと一人欲しいとこだったんだ。」

 

???「ホント?!やったー!ありがとう〜!」

 

そう言って、彼女はパーティ申請を送る。

《YUUKI》と、そこには書かれていた。

────────────

〜数分後〜

ディアベル「はーい、みんなパーティを組めたかな?それじゃ、そろそろ……」

 

???「ちょお待ってんか!!!」

 

会議を再開しようとするディアベルの声を遮るものが現れた。……ていうか、これが関西弁?!初めて聞くそれに少し感動を覚える。

関西弁の男は階段を軽快に駆け下り、ディアベルの立つ舞台の上にあがった。

 

???「ワイはキバオウっちゅうもんや!会議を再開する前に、一つ言いたいことがある!」

 

そう言ってキバオウさんは一息つき、言葉を続ける。

 

バナージ「(……にしてもすごい頭だな。関西弁といい、まるで絵に描いたようなネタキャラだな)」

 

しかし、キバオウが次に発した言葉は、そんな俺の思考を軽々と吹き飛ばした。

 

キバオウ「こん中には今まで死んでいった二千人のプレイヤーにワビ入れなあかんやつがいるはずや!そいつらのワビ聞かなワイは協力できん!」

 

……なんか嫌な予感がする。

 

ディアベル「キバオウさん、貴方の言う“詫びをしないといけないやつ”と言うのは、もしかして元βテスターのことかい?」

 

キバオウ「当たり前や!奴らはこんな糞ゲーが始まったと同時にワイらニュービーを置いて消えおったんや!しかもそいつらはβ上がりなのをいいことにいい狩場を独占して自分らだけ強なってそのあともずーーーっと知らんぷりや!」

 

おい、ちょっと待て。

 

キバオウ「この中にもあるはずやで!β上がりの卑怯もんが!もしいるなら今この場で持ってるアイテム吐き出して土下座してくれなワイはこのボス戦のレイドメンバーとして命は預けられんし預からん!!」

 

そう言って彼は堂々と腕を組み胸を張って立っていた。

当然、場はざわめき、となりのキリトを見やると苦笑していた。

 

……ダメだ。このままじゃせっかく集まってしかも一つにまとまりかけていたレイドメンバーが分裂してしまう!

まあ、少し納得できないこともあるし、ここは行っとくか

 

バナージ「ちょっと待ってください!!」

──────────────

キリトside

バナージ「ちょっと待ってください!!」

 

……だろうな。お前なら行くと思ったよ。アスナとユウキはバナージが突然大声出して立ち上がったからかなり驚いてるけど。

 

キバオウ「な、なんやワレは?!」

 

バナージ「俺はバナージって言います。ついでに言うと、俺は貴方の言う元βテスターです!」

 

場はさらにどよめいた。キバオウのあの言葉を聞いて、まさか自分から名乗り出る奴はいないと思ったからだ。

俺も、これには少し驚いた。

 

キバオウ「……おうおう、まさか自分から名乗り出るとはなあ。ならさっきも言うた通り、ワレが持ってるもん全部置いて今ここで土下座せえ!」

 

バナージ 「……いいでしょう」

 

……え?

 

キバオウ「……は?なんやて?」

 

バナージ 「だから、いいですよ、と言いました。ただし、一つ条件があります」

 

キバオウ「じょ、条件?」

 

バナージ「はい。一つ目は俺が今保持しているアイテムを全て破棄したら、それを貴方一人独占するのではなく、この場にいるニュービーで分配すること。二つ目は、今後、一切、元βテスターを批判するようなことは言わないこと。これが条件です!」

 

キリト「お、おいバナージ!」

 

アスナ「……!」

 

ユウキ「……ちょ、ちょっと…」

 

流石に、これは予想外だ。まさかこんな交換条件を出すとは。けど、それでキバオウは納得するかな…?

 

キバオウ「……一つ目は呑んだる。もとよりそのつもりやったしな。せやけど二つ目は呑まん!さっきも言うたようにワイはβテスターがワイらニュービーを見捨てたせいで二千人も死んだんや!せやから「では一つ聞きます」…な、なんや?」

 

バナージ「その犠牲になった二千人の中に、元βテスターは何人いたかご存知ですか?」

 

キバオウは沈黙する。おそらく知らないのだろう。

 

バナージ「……正解は約三百人です。キバオウさん、この数字が何を意味するかわかりますか?」

 

キバオウ「ハッ、たった三百人やんけ。それがどないしたんや!」

 

バナージ「“たった三百人”……ですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを本気で思っているのなら、あなたは大バカ者ですよ!」

 

キバオウ「なっ……」

 

突然のバナージの言う罵倒にたじろぐキバオウ。周りも、バナージがさらに大声をあげたので静まり返って、静かにバナージを見つめている。

 

バナージ「いいですか、そもそもβテスターは全国で数万人規模の応募からたった千人しかなれないものです。その千人のうちの、しかもβテストでニュービーよりもこの世界の知識が豊富なはずの千人のうちの三百人ですよ?こんなの異常だと言うことがわかりませんか?さらに言うと、このゲームの正規版も、全国で数十万人が手に入れようとしてログインできたのは一万人。この中に元βテスターは何人いますか?まず間違いなく千人全員はいないでしょう。おそらく、多くても八割か七割程度でしょう。そう考えると、元βテスターの死亡率と、ニュービーの死亡率はさほど変わらないんですよ」

 

キバオウ「何が言いたいんや!」

 

バナージ「まだわからないんですか?要するに、元βテスターだからといってそれが有利と言うわけでは無いんですよ!結局βテスターも知識があるからといって油断すれば死ぬんです」

 

キバオウ「………」

 

バナージの正論に、キバオウはただ黙りこくる。

 

???「俺も発言いいか?」

 

野太い声が響いた。視線を向けると、そこには褐色肌の大柄な男性が立っていた。

 

???「俺の名は“エギル”。キバオウさん、あんたはこの本を知ってるか?」

 

そう言って彼は懐からガイドブックを取り出した。

 

エギル「皆も知ってると思うが、これはこのSAOの攻略法について記されたガイドブックだ。キバオウさん、あんたもこれを持っているよな?」

 

キリト「え?そんなの配ってたのか?」

 

ユウキ「うん、近くの道具屋で配ってたよ。これすっごくわかりやすいんだ!」

 

え、まじか……俺持ってねえ……

 

キバオウ「持ってるで。それがどないしたんや」

 

エギル「これを配布していたのは元テスター達だ」

 

その言葉に、キバオウを始め全員が驚く。

 

エギル「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ!なのに、大勢のプレイヤーが死んだ!俺はその反省点も踏まえてここで会議が開かれると思ったんだがな?」

 

バナージ「キバオウさん、確かに元テスター達がみんなで情報を分け与え、共に教えあったり鍛えたりしていれば、結果は変わったのかもしれません。それについては、テスターを代表してこの場で謝罪します。ですが、テスターが皆そうなわけじゃ無い、あの本を作成し配布した人達のように、ニュービーの人達が困らないようにと手を差し伸べるテスターだっていたんです。そんな人達まで一緒に悪く言うのは、俺は違うと思います」

 

そう言われたキバオウは、もう何も言えなくなり、不遜な態度をとりながら席に座った。それに伴い、エギルとバナージも座る。

 

ディアベル「……みんな、確かにテスター達について色々思うことはあるだろうが、この際、それはもう無しにしよう!俺たちが今優先すべきことは、ボスを倒すことだ。その他のことはボス戦が終わってからゆっくり話し合おう。みんな、それで納得してくれるかい?」

 

会場は、プレイヤーの拍手喝采であふれた。

 

ディアベル「ありがとう、みんな!それじゃ、会議を再開しようか!」

 




いやー長かった!
はい、この回でアスナとユウキを出しました!
ユウキを出すのはこの作品を企画する段階ではもう決まっていたのですが、バナージとキリトとの組み合わせに悩んでます。アスナを原作通りキリトの正妻にし、ユウキをバナージのメインヒロインにすると言う案もあるのですが、
バナージのメインヒロイン候補は自分の中ではたくさんあるんですよねー!どれも魅力的なキャラばかりなので。
でも、近いうちにそれも決めていきたいと思います!
では、三話も宜しくお願いします!


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三話 ボス戦、そして……

少し一悶着あったものの、第一層ボス戦の攻略会議は無事終了し、俺たちは一度会場から少し離れた空き地に来ていた。


バナージside

やれやれ、やっと攻略会議が終わった。しかも、途中あんな大勢の人の前で大演説をやってのけたのだ。余計に疲れた。

バナージ「……ハァ」

 

キリト「お疲れ様バナージ。あの大演説、すごかったぜ!」

 

ユウキ「ホントだよ!正直ボクもあの人の言ってることは間違ってると思ってたんだ!まぁ、バナージみたいにあんなことする勇気はボクにはないけど…」

 

バナージ「あの人の言ってることも間違ってはいないんだ。でも俺、やっぱり我慢できなかった。βテスターをみんな悪者のように扱うのは間違ってるし、そんなことすればこれからの攻略に確実に支障が出る。いくつか派閥が生まれたりして、その間で闘争でも起これば、攻略スピードが遅れてこの世界から出るのが遅くなる。今は元テスターがどうだとか、そんなことはこの世界がデスゲームになった瞬間に関係なくなったんだ」

 

ユウキ「バナージ……」

 

バナージ「まぁ、あの行動が正しかったのか、俺にはわからないけどね。少なくとも、俺が元テスターだとバラした以上、キリト達に何も起こらないと言う保証はなくなってしまったんだし」

 

キリト「でも、お前のあの言葉で救われたテスターだっていたはずだぜ。少なくとも、俺はバナージが立ち上がってくれたから周りに負い目感じる必要は無くなったんだ。だから自信持てよ!」

 

ユウキ「そうだよ!それに“何か起こったら”って言ったけど、ボクなら大丈夫!こう見えて結構強いって自信あるんだ!」

 

アスナ「あの空気で自分の言いたいことをちゃんと言えるのは、自分の意思が本当に強い人だけ。だからあなたも、堂々としてればいい」

 

バナージ「ありがとう、みんな……」

 

ああ、俺は前の世界でもこの世界でも、本当にいい人に恵まれてるな。

 

キリト「そうだ、もういい時間だし、何か食べないか?俺腹減って…」

 

ユウキ「そりゃいいね!ボクもお腹ペコペコだよー」

 

バナージ「じゃあ、このパン食べようか」

 

そう言って俺がアイテム欄から出したのは、この街で安く売っている安い黒パンだ。

 

アスナ「……よくそんなパン食べられるわね。私はそんなの無理」

 

キリト「ああ、確かにこれ単体じゃ俺でも食うのはキツイ。けど、実はいいものがあるんだ」

 

キリトはそう言って、懐から手のひらサイズの容器を取り出した。ああ、なるほど。確かにそれ使えば美味しくなるな。

 

ユウキ「それ何?」

 

キリト「クリームだよ。この街でとあるクエストを受けたらもらえるんだ。これを黒パンにつけてみろよ」

 

そう言ってキリトはユウキに容器を手渡す。ユウキはその容器にパンを突っ込み、クリームをつけて頬張った。

 

ユウキ「あ、甘ーい!何これすごく美味しいんだけど?!え、何?!これ本当にあの黒パン?!」

 

バナージ「な?美味しいだろ?あ、アスナさんもどうですか?」

 

アスナ「私はいい。私は美味しいものを食べるためにここにきたんじゃない。それに、そんなもの食べたって何もならないじゃない」

 

バナージ「まあまあ、そう言わずにさ」

 

ユウキ「食べなよ!ホントに美味しいよ、これ!!」

 

キリト「いっぺん騙されたと思って食べてみろよ。世界が変わるぜ」

 

アスナさんは俺たちにそう言われ、ユウキと同様にパンをクリームの容器に突っ込み、口に入れた。

 

アスナ「……な……な、なに、これ…!あの安くて味もイマイチで食べたら口の中がパサパサになるし食感も最悪の部類に入るあの黒パンが、田舎にあるクリームたっぷりの高級ケーキみたいに…!!」

 

キリト「いや黒パンディスりすぎだろ。まあでもそれほど驚くのもわかるぜ。ほら、もう一個あるぜ、遠慮しなくてもいいからな」

 

アスナさんも実はお腹が空いていたのか、キリトにそう進められ、一個、また一個とかぶりついていく。

 

アスナ「はあああ………//」

 

アスナさんは満足したのか、昼間とは別人のように顔が非常に緩んでいる。

 

キリト「うまかったか?」

 

キリトにそう言われ、アスナさんは自分の顔が緩んでいるのに気がついたのか、慌てて顔を元に戻す。

 

アスナ「…ご、ご馳走さま//」

 

ユウキ「すごい食べっぷりだったね〜。そんなにお腹減ってたの?」

 

アスナ「う…………ぅん」

 

バナージ「やっぱり、美味しいものを食べると人って幸せになりますよね!俺も、現実ではチョコレートパフェ食べるの好きだったなあ…」

 

アスナ「甘いものが好きなの?」

 

バナージ「はい、本当に好きなんですよ!」

 

キリト「そういえばお前、昔直葉のケーキつまみ食いしてめっちゃ怒られてたよなw」

 

バナージ「ああ、そんなことあったね。てっきり食べていいものだと思ってつい手が出ちゃって…それで結局、新たにケーキ顎らされたんだ。めっちゃお高いの」

 

ユウキ「バナージって結構可愛いとこあるねー!」

 

バナージ「か、可愛い?!」

 

ユウキ「甘い物好きで、しかも目の前にあったら手が出ちゃうんでしょ?まるで女の子みたいじゃん!」

 

キリト「え、女子ってそういうものなの?」

 

ユウキ「そういうもんだよ!」

 

アスナ「いや違うと思います」

 

俺たちはみんないつの間にか、和気藹々と楽しく談笑をして、次の日のボス戦に備えて宿に戻った。

 

────────────────────

〜次の日〜

いよいよ今日が初のボス戦の日だ。俺たちは再び、昨日攻略会議が行わ出た広場に集合し、迷宮区に向かって出発した。その道中ーー

 

バナージ「……ついにこの日が来たね」

 

キリト「ああ、少し遅いくらいだと思うけどな」

 

ユウキ「頑張ろうね!みんな!」

 

アスナ「ええ、もちろん」

 

すると、背後からキバオウの声が聞こえてきた。

 

キバオウ「おいジブンら、わかってるか?ジブンらのパーティの役目はボスの取り巻きを処理することや。絶対に余計なマネするんやないで」

 

キバオウはそう言って、再び自分の場所に戻っていった。

 

キリト「全く…言われなくともわかってるっつーの」

 

バナージ「そうだ、今のうちにボス戦の確認をしておこうか。ボスの名前は“イルファング・ザ・コボルドロード”。HPゲージが四本で、武器は最初は斧、ゲージがイエローゾーンになると武器を曲刀のタルワールに持ち替える」

 

キリト「で、俺たちの相手は“ロードオブセンチネル”。こいつは最初、三体POPするが、ボスのHPゲージが一本減るごとに三体新たにPOPする。つまり、計15体と相手をすることになるな。武器はボスと同じ斧だから、スイッチを繰り返して戦えば乗り切れるただ、こいつは全身を鎧で覆ってるから、弱点が喉元しかない。なのでそこを狙ってくれ。」

 

ユウキ「はいはーい、質問いいですかー?」

 

バナージ「なんだい、ユウキ?」

 

ここで俺たちは、ユウキの質問で重大なミスを犯していたことに気づく。

 

ユウキ「POPってどういうこと?スイッチって何?」

 

キリト「」( ゚д゚)

 

バナージ「」(・∀・)

 

ユウキ「」(*'ω'*)

 

アスナ「……そういえば私も知らない」

 

…なんてこった。

─────────────────

キリトside

あれから俺とバナージは、ボス部屋に行く道中のわずかな時間で、POPとスイッチの意味を知らなかった二人になんとか説明した。

 

バナージ「ふぅ、こんなところかな。時間がなかったので急ぎ説明したんだけど、二人とも大丈夫?」

 

アスナ「私は大丈夫」

 

ユウキ「ボクはねぇ…うーむ……」

 

キリト「え、ユウキ?」

 

ユウキ「フッ…だいたいわかった」(`・ω・´)キリッ

 

キリト「いや絶対わかってないだろ」

 

ユウキ「まあ、やっていくうちに覚えるから大丈夫!」

 

バナージ「それで何かあったら困るんだよなー」

 

ーーー少し、というかかなり不安だが、もう仕方ない。今更引き返すわけにもいかないので、ユウキには実戦で覚えてもらうしかないだろう。それはアスナの方も同じなので、俺とバナージでカバーしつつやっていくしかない。

 

そして、いよいよ迷宮区の奥にたどり着き、目の前に異様な空気を放つ扉が現れた。そうか、いよいよーー

 

ディアベル「よし、みんな。これがボスの部屋への入り口だ。俺からいうことは一つーーーーーー勝とうぜ!!」

 

プレイヤー一同「「「おおおおおおおーーーーーーーーーっ!!!」」」

 

そしてついに、第一層ボス戦が開幕した。

──────────────

バナージside

ボス攻略が始まって数十分がたった。今の所、俺たち攻略組は何の問題も滞りもなく戦闘を続けていた。

そして、ボスのHPゲージはもう既に三番目を切っていた。

一方俺たち四人は、センチネルが攻略組本隊の邪魔をすることがないよう相変わらずその処理に追われていた。

 

センチネル『キシャァァァァッッッ!!!』

 

センチネルは俺に向かって斧を振りかざしてくるが、俺はソードスキルでそれを難なくいなす。

 

バナージ「よし、ユウキ!スイッチ!」

 

ユウキ「了解!」

 

ユウキは合図と同時に素早くセンチネルの前に飛び込み、そのままソードスキルを発動する。

 

ユウキ「やああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

青いペールブルーの光が的確にセンチネルの首に向かっていき、そのまま横一線する。片手剣ソードスキル《レイジスパイク》だ。そして、首を切られたセンチネルは、そのHPを一気にゼロまで削られ、爆散する。

 

バナージ「ナイスだユウキ!」

 

ユウキ「えっへへー、ブイッ!」

 

ユウキは得意げにピースサインをしていた。

このボス攻略が始まってから、俺はユウキとペアで戦闘をしていた。その中で、俺の彼女に対する評価はみるみる上がった。

ボス部屋に来る道中、POPとスイッチの説明をしたのだが、時間もなかったので俺たちはなるべく早く、手短に済ませた。アスナはしっかり理解できていたようだが、ユウキはいまいちわかっていないようだった。なので、この戦闘は俺がメインでユウキがサポートという形になると思っていた。だが、いざ戦闘が始まると、その立場は逆転することになった。今じゃ、俺がサポートでユウキがメインでセンチネルを仕留める形になっている。

そして、それは向こうで戦っているキリト・アスナのペアでも同じことが言えるようだ。彼らの戦い方は、俺たちと全く同じ。キリトがセンチネルの攻撃をいなし、スイッチでアスナが細剣基本ソードスキル《リニアー》を叩き込む。しかし、アスナの《リニアー》もまた、それは見事なものだった。スキルを発動してから突きを放つスピードが尋常ではないのだ。俺にはその突きが、まるで前世で散々見てきた“ビーム兵器”のように見えた。

彼女ら二人は今後、このSAOの攻略組の主戦力となるだろう。俺はそう確信を持って言える。むしろ、彼女らは本当にニュービーなのかと疑ってしまうほどだ。あの二人は、《元テスターがニュービーより有利とは限らない》という理論のとても良い例だ。

 

そして俺は、今まさにボス“イルファング・ザ・コボルドロード”と戦っている本隊を見やる。彼らもまた、リーダーであるディアベルの的確な指示により、ボスのHPを確実に削っていた。今の所、犠牲者は一人も出ていない。

 

順調だ。とても順調にことは進んでいるーーしかし、俺はさっきから、妙な違和感を感じていた。

、、、、、

あまりにもすんなり進み過ぎなのだ。勿論、順調なのに越したことはないのだが、ここまで何の問題も滞りもなくボス戦が進むと、何かがあると思わざるを得なくなるのだ。

実際、俺はβテストのボス戦で何度もイレギュラーを経験している。例えば、ボスの姿や武器、パターンなどが事前の情報と違ったりで、その度にボス戦は混乱に落ちていた。

 

俺がそんな思考をしているうちに、とうとうボスのHPゲージが最後の一本になった。それと同時に、再びフィールドにセンチネルがPOPする。

 

ユウキ「よーし、バナージ!またさっきのお願ーい!」

 

バナージ「ああ、了解だ。」

 

そして、俺たちは滞りなくセンチネルを撃破した。

 

キリト「お疲れ様、バナージ、ユウキ。これで全部のセンチネルを倒したから、俺たちの出番はここで終わりだな」

 

ユウキ「そっかあ〜終わったんだね〜!」

 

アスナ「お疲れ様」

 

バナージ「……」

 

キリト「ん?どうかしたのか、バナージ」

 

俺が黙り込んでいるのを見てキリトが声をかけてくる。

 

バナージ「……何か妙なんだよな。すんなりいきすぎてるって思わない?」

 

ユウキ「それって……何か変なの?」

 

キリト「あー…言われてみればそうかもしれないけど、別にそういうこともあるんじゃないか?現にほら、本隊の方もボスのHPゲージがもうイエローゾーンに入ってるし」

 

そう言われて俺は、ボスと本隊の方に視線を向ける。本隊の方も、もう勝ち確ムードになっており、みんな余裕の表情だ。

 

ディアベル「みんな下がってくれ!後は俺がやる!」

 

そう言ってディアベルは前に出た。

 

 

 

 

バナージ「ーーーーーーっ!!!」

 

瞬間、俺の第六感が今までにない強い警鐘を鳴らした。

そして、俺の視線は無意識にボスの方に向けられた。

そこで俺が目にしたのはーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コボルドロード『グルァアアアアアアアアァァッッ!!」

 

腰から引き抜いたのは銀色の鋭い刃。それはタルワールなどではなく、

 

バナージ「嘘だろ……あれは《野太刀》?!」

 

そう、この第一層では現れない武器、《刀》である。

 

コボルドロードは刀を左腰に構え、居合の体制をとる。《刀》ソードスキル“辻風”だ。

一方ディアベルは、武器が変更されていることに気づかずソードスキルを発動し、攻撃体制に入っていた。

 

バナージ「ディアベルさん!!だめだ!!!今すぐ引いてーーーーーっ!!!」

 

俺は必死に制止するが、彼はもうソードスキルを発動してしまっていたので、もう止まることができない。そのままボスへ一直線に走る。

そしてディアベルは、ボスへ飛び込みーーーーーー

“辻風”によって吹き飛ばされた。ボスの攻撃をもろに受けたので、ディアベルは“スタン”状態に陥る。

さらに、ボスは猛攻を加える。次に発動したのは、刀専用ソードスキル“浮舟”。これにより、ディアベルはさらに後方へ飛ばされる。そして残酷なことに、ボスの攻撃は止まらない。ボスはさらに、刀三連撃ソードスキル“緋扇”を繰り出す。これは、初見では回避するのはほぼ不可能なソードスキル。スタン状態で空中に吹き飛ばされているディアベルは当然これを避けることができず、ボスの攻撃は全て命中してしまった。

 

ディアベル「ぐわあああっ!」

キバオウ「ディアベルはん!」

 

本隊が彼に駆けつけようとするが、彼らの前にボスが立ちはだかった。

 

コボルドロード『グルァアアアアァァア!!!』

 

けたたましい咆哮を上げ、ボスは刀範囲攻撃“旋車”を発動した。それにより、本隊は瞬く間に吹き飛ばされる。

 

俺は、先程ボスの攻撃を全て受けてしまったディアベルの元へ行った。

 

バナージ「ディアベルさん!」

 

ディアベル「……バナージくんか……はは、ざまぁないよ。最後の最後で欲が出てしまった」

 

バナージ「それは…っ?!まさか貴方も!」

 

ディアベル「そう…元テスターだ。LAを狙ったらこのザマだ。」

 

バナージ「今ならまだ間に合います!とにかく早くこれを!」

 

そう行って俺は懐から回復ポーションを取り出してディアベルに渡そうとするが、ディアベルはそれを拒むかのように押し返した。

 

バナージ「っ?!何やってるんです?!早く回復しないと……!」

 

ディアベル「いいんだ…俺にはそんな資格はない。みんなのために戦うと言って、俺が最後に選んだのは自分の欲だった。俺はみんなを裏切ったんだよ。だから多分罰を受けたんだ」

 

バナージ「…そんなことっ」

 

ディアベル「バナージ君、君がキバオウに対して元テスターを庇う発言をしてくれた時、俺は本当に嬉しかったよ。

だからこそ、俺は君に後を託したい。みんなを、このボス戦を!君は俺の“希望”……“たった一つの望み”なんだ」

 

バナージ「ディアベルさん…」

 

そして、ディアベルは俺に強く頷き、

 

「後は……頼む………!」

 

─────ポリゴン片となって消滅した。

 

バナージ「……そんな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレイヤー「うわああああああああっ!!!」

 

プレイヤーの叫び声が、俺を現実に引き戻す。

見れば、ボスが今まさに二人目のプレイヤーを手にかけんとしていた。

 

バナージ「まずい!」

 

すると、プレイヤーとボスの間に一人のシルエットが割り込んだ。

 

 

キリト「下がれ!!」

 

キリトはボスの攻撃を抑え、プレイヤーが逃げる時間を作る。しかし、プレイヤーは恐怖に負け動けずにいた。

 

キリト「何してるんだ!早くさが」ジャキン!「ぐっ!」

 

鍔迫り合いに負け、キリトは弾き飛ばされる。

 

ボスは次のターゲットを、キリトに定めた。

 

バナージ「あ、ああ………」

 

だめだ……このままじゃキリトが……みんなが死んでしまう。

 

ボスはそのまま、キリトへソードスキルを発動し、そのまま突っ込んでいく。キリトは先程のボスの攻撃を受け、体勢が崩れている。回避するのは不可能、このままでは間違いなく深刻なダメージを……いや、下手したらディアベルの二の舞になる。

 

 

不意に、先程ディアベルに言われたことが頭に再生する。

 

“君は俺の『希望』……たった一つの望み』なんだ!”

“後は……頼む………!”

 

 

そうだ…俺はディアベルに託された。みんなを、この戦いを……!

 

これ以上、誰かを死なせてたまるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「やめろおおおおおおおおおおおあおおおおおおおお!!!!!!」

 

瞬間、俺の体は赤いオーラに包まれ、ディアベルの死んだ場所から一瞬でキリトとボスの間に入った。

 

キリト「…バナージ?!」

 

そして、ボスの攻撃をはじき返した。

 

なんだ…?これは……この力は?!

 

直後、俺の目の前に文字が現れ、俺はその文字に驚愕する。

 

それは、この世界にあるはずのないもの。あの世界……《宇宙世紀》にあった、最強の切り札。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺に、守る“力”を与えてくれたもの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「……《NTーD》……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました!
ついに出すことができました、《NTーD》!
次回、いよいよその活躍を描いていきたいと思います!

それと、前回お話しした、バナージのメインヒロインですが、悩みに悩んだ末、《ユウキ》にすることにしました!

というわけで、今後はこの方針でいきたいと思います。
意見、感想などあれば、遠慮なく感想欄に書いていただければ幸いです!
では、次回もよろしくお願いします 


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第四話 ビーター

想定外の事態で混乱に陥った攻略組。そして、ボスの凶刃がキリトに迫るが、彼を守ったのは赤いオーラを纏った相棒のバナージだった。




キリトside

俺はボスとの鍔迫り合いに押し負け、体勢を崩していた。そこに、ボスがソードスキルを発動し、俺に攻撃を仕掛けてきた。

アスナとユウキが必死の形相で俺の元へ走ってくるが、おそらく間に合わないだろう。そして、ほかの攻略組メンバーも同じで、バナージに至っては俺とボスを挟んだ向こう側にいる。

────誰も俺を助けられない。万事休すだ。そう思い、俺は覚悟を決める。しかし、

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

突如、目の前に赤い閃光がとんでもないスピードで飛び込んできた。それによってボスの攻撃は俺には届かず、さらに目の前に現れたものは、ボスの攻撃を押し返した。

 

キリト「……バナージ?」

 

……ありえない。だってさっきまでお前は、ディアベルの方に向かい、俺とボスのいる場所から数メートルは離れていたはずだ。なのに、あの距離を一瞬で詰め、さらにボスを押し返すなんて……

 

ユウキ「バナージ?!」

 

アスナ「バナージ君?」

 

キバオウ「……?!」

 

みんなも驚愕の表情でバナージを見やる。

 

だが、いつもと違う。バナージは謎の赤いオーラのようなものを纏っている。それが一体なんなのか、俺にはわからないーーー

 

キリト「おい、バナージ、その光はなんだ?」

 

バナージ「……わからない」

 

アスナ「えっ、わからないって……」

 

バナージ 「ごめん、俺にもこれがなんなのかわからないんだ。けど……」

 

コボルドロード『グルゥゥゥゥゥゥゥ………!』

 

ボスは、体を震わせ低いうなり声をあげながら、こちらを鋭い双眸で睨んでいた。そういえば、さっきからボスはこちらを見ているだけで攻撃を仕掛けてこない。

 

バナージは言葉を続ける。

 

バナージ「みなさん、聞いてください。先程、リーダーのディアベルさんは死にました」

 

キバオウ「なっなんやて?!」

 

その言葉に、攻略組のメンバーはざわめく。

 

「そんな…」 「ディアベルさんが……」

プレイヤーはみんな、絶望の表情を浮かべている。中には、諦めた顔をするものも──

 

バナージ「ですが、彼はこう言いました!《必ずボスを倒せ》と。みんなの力でここまできたんだ!なら必ず倒して、ディアベルさんの最期の命令を果たさないといけないはずです!」

 

バナージは力強く皆に訴える。

 

キバオウ「倒すって……けどどないするんや!お前もさっきのボスの攻撃見たやろ?!あんなんどうやって倒すと」

 

バナージ「大丈夫、ボスの攻撃は俺がなんとかします。みなさんは先程までと同じ手順で攻めてください!」

 

そう言ってバナージはボスへ向かっていく。

 

コボルドロード『グルゥアアアアァァ!!!』

 

バナージが走り出したのと同時に、ボスは再び咆哮を上げ、攻撃を再開した。

 

バナージ 「はああああああああっ!!!」

 

バナージは、今までとは比べ物にならないスピードでボスと攻めあっている。ボスの方ならソードスキルを的確にいなし、果敢に攻めていく。

だが、いくら今のバナージでも、たった一人でボスを倒すなんて不可能だ。

 

キリト「(……全く、昔からお前はよく無茶して怒られたよな。そこは全く変わらなねえな)…アスナ、ユウキ!」

 

俺は二人を呼んだ。

 

キリト「よく聞いてくれ。俺は今からバナージに加勢する。二人はどうする??」

 

ユウキ「ボクも一緒に戦う!!」

 

アスナ「私も行く」

 

キリト「……聞いておいてなんだか、いいのか?死ぬかもしれないんだぞ?」

 

アスナ「それは貴方だって同じでしょ?それに、四人でやればやりやすいし」

 

ユウキ「キリトとバナージだけにやらせたら同じパーティメンバーとして失格だよ。それに、ボクは死ぬつもりはないよ。だって、キリトとバナージがいるんだもん。絶対に大丈夫だよ!!」

 

キリト「……わかった。それじゃ、行くぞ!」

 

ユウキ・アスナ「「了解!」」

────────────────

バナージside

バナージ 「うおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

俺は、突然現れた《NTーD》による圧倒的な加速、スピードを生かし、ボスの攻撃を避け、いなし、一瞬の隙をついてこちらから攻撃する。

 

どうやら、《NTーD》の恩恵はスピードだけではないらしい。このチートじみたスピードの中でボスの位置・体勢・武器の構え・使用してくるソードスキルなどを正確に認識できる知覚や、ボスの攻撃にも対抗できるパワー、そしてこのスピードと力を最大限に発揮できる集中力などの能力が飛躍的に底上げされているらしい。

この性能は、まさに前世で俺が乗っていたMS、《ユニコーンガンダム》に搭載された《NTーD》、《ニュータイプ・デストロイヤー》システムとよく似ている。

 

ーーなぜこの世界に《NTーD》が存在するのか?そしてなぜ俺はこの力の資格者に選ばれたのか?これはあの世界の《NTーD》なのかーーー

様々な疑問は浮かんでくるが、今はそんなことを考えている場合ではない。とにかく今はボスを倒すことだけを考えねばならない。

それに、この力は今の混沌とした現状を打破するにはちょうどいい。これがあれば、少なくとも俺一人でボスと張り合うことはできるはずだ。

 

コボルドロード『グルァッ!!』

 

コボルドロードも負けじとばかりに刀ソードスキルのコンボ技を繰り返してくるが、それらは全て俺の驚異的な反応の前に阻まれる。

 

──だが、俺一人でボスの残りHPを削りきるのはやはり厳しいようだ。いくらスピードやパワーを上げたところで、俺の一撃で与えられるダメージ量と、ボスの一撃のダメージ量にはかなり違いがある。もし、今の俺がボスの攻撃を一撃でも受けたら俺のHPは一気に半分くらいまで減るだろう。逆に、俺はボスに対し、一撃与えてもボスのHPの内一割与えているかどうかというレベルだ。

俺は、動きの止まった攻略組のメンバーの方へ少し視線を向けると、みんなこちらの戦闘を見ているだけで誰も動いていなかった。

 

バナージ 「(動いていないか……まあそうだよな。リーダーが死んで、こんな状況の中で冷静に対処しろという方が無理な話だ。けど、せめてあと一人くらい……!)」

 

そんな考え事をしていたその時、ボスの攻撃が俺の体を捉えた。

バナージ「しまった?!」

 

スピード戦において、一瞬の油断は致命的なダメージにつながる。そして今、俺の視線は一瞬攻略組の方へ向けられ、そのわずかな時間がボスに攻撃のチャンスを与えてしまったのだ。

 

バナージ「(まずい!これは防げない!)」

 

俺はボスの攻撃が直撃するのを覚悟したがーー

 

キリト「はああああああっ!!」

 

キリトが俺とボスの間に割って入り、ボスの攻撃を防いでくれた。

 

バナージ「キリト?!どうして…」

 

キリト「どうしてって?まぁお前にはさっき助けてもらったからな。これでおあいこだ」

 

ユウキ「ボクたちもいるよ!」

 

アスナ「ボスが一人では無理って言ったのは貴方だったでしょう?」

 

バナージ「ユウキ…アスナ…」

 

キリト「俺たちは同じパーティメンバーだろ?ここでお前一人にやらせるわけにはいかないんだよ。

何より、俺たちは“相棒”じゃねえか。一緒に戦おうぜ!」

 

バナージ「キリト…みんな…ああ、ごめん。ありがとう!」

 

キリト「よし、それじゃみんな、手順はさっきやったセンチネルと同じだ。行くぞ!!」

─────────────────

三人称視点

バナージ達四人は、一斉にボスに向かって飛び出した。

それを確認したボスは、刀を左腰に構え、居合の体勢をとる。《辻風》だ。

まず、ユウキがボスに突っ込む。ボスは、それに対して《辻風》を放つが、ユウキはそれを体を捻ることで容易にかわす。

 

ユウキ「それはもうさっき見たよっ!!」

 

そしてそのまま流れるようにソードスキル《バーチカル》を繰り出し、ボスの右腰を一閃する。

それに続き、アスナが別方向から突っ込み、細剣基本ソードスキル《リニアー》を繰り出す。

彼女達の高速連続攻撃で、ボスはなすすべもなくHPを削らさせる。そして、バナージとキリトが攻撃を仕掛ける。

 

バナージ「はあああああああああっ!!」

 

バナージは先程のスピードを生かし、ユウキとアスナのおよそ倍くらいの速さでボスに突っ込み、ソードスキル《ソニックリープ》を発動、命中させた。

 

キリト「おおおおおおおおおおっ!!」

 

さらにキリトがボスの死角からソードスキル《ホリゾンタル》を使い、ボスにクリーンヒットさせる。

 

彼らの連携は、一言で言うなら“完璧”だった。それぞれ四人が別方向から攻撃を仕掛け、さらに休む間も無くソードスキルを発動し、ボスのHPを確実に減らしている。

 

それを見ていた攻略組のメンバーは「……すげえ」と、感嘆の声を上げた。

 

「……俺たち大人も顔負けだな。あいつら四人にばかりボスの攻撃を任せるんじゃあな」

 

そう呟いたのは、攻略会議でバナージとともにキバオウに対して抗議した斧使いのエギルだった。彼は、このメンバーの中ではダメージディーラーを務めていた。

 

彼らの勇姿に心を揺さぶられたのは彼だけではなかった。彼らを見て一人、また一人と次々にその手に剣をもっている。

 

エギル「おいお前ら!俺たちも行くぞ!」

 

一同「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」

 

─────────────────

バナージside

俺たち四人でボスと対峙してから数分。ボスのHPの残りはすでにレッドゾーンの手前まで来ているが、それでも四人でボスのHPを減らすのはかなり骨が折れる作業だ。

だが、この部屋に来てからすでに数時間は立っていた。それだけ戦い続けていれば、その分疲れもたまるし、集中力も落ちる。

 

ユウキ「はあっ……はあっ……」

 

ユウキの息遣いが荒くなっている。やはり、ここまでのボス戦を戦い続けるのはやはり体力をかなり消耗するのだろう。俺自身、よくここまで戦えたと思う。そしてそれはキリトとアスナも同じようだ。二人とも疲れの表情が見える。

そして、そんなキリトに再びボスのソードスキルが迫った。刀ソードスキル《幻月》だ。ランダムで上・下方向からくる攻撃だが、おそらく読み間違えたのだろう。

さすがに、今の俺でもあれはカバーすることができない。

だがーー

 

エギル「うおらあああああ!!」

 

斧ソードスキル《ワールウィンド》で、《幻月》をはじき返した。

 

キリト「あんた……」

 

エギル「ダメージディーラーがお前らだけにやらせちゃ失格だからな。ここは俺たちが引き受けるから今のうちに回復しろ!」

 

キリト「すまない!」

 

エギルはその他多数のプレイヤーを引き連れ、ボスに向かった。

 

コボルドロード『グルァアアアアァァアッッ!!!』

 

ボスは刀を振り払い、囲んできたプレイヤーを吹き飛ばした。それにより、プレイヤーは全員スタン状態になり、さらにボスはそこに刀範囲攻撃《旋車》のモーションをとった。

 

バナージ「まずい!」

 

俺はすかさずソードスキル《ソニックリープ》であれを止めに向かう。

 

バナージ「届けええええええええええ!!!」

 

空中で大きなアーチを描いて、俺の剣はボスの旋車をとらえる。

 

コボルドロード『グワアアッッ』

 

勢いよく切りつけられたボスは、そのまま落下し地面に衝突する。

───────今がチャンスだ!!

 

バナージ「アスナ、ユウキ、キリト!!!最後の攻撃一緒に頼む!!」

 

三人「「「了解」」」

 

まずはアスナが飛び出した。アスナは最初から一貫して《リニアー》を使用している。

しかし、ボスも、それを予期していたのか、アスナに剣を振り下ろす。

 

アスナ「ーーっ!!!」

 

アスナはとっさに伏せるが、ボスの剣はアスナを掠めた。そして、彼女が装備していたフードがダメージを見て受け破壊される─────そして、その中から現れたのは、ユウキにも勝る美少女だった。

俺たちは思わず一瞬見惚れるが、すぐに意識をボスへ戻した。

 

ユウキ「ヤアアアアァァ!!」

 

次にユウキがソードスキル《ホリゾンタル》を命中させる。そして、ついにボスのHPは残りわずかとなり

 

キリト「はあああああああああああ!!!」

 

バナージ「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

俺とキリトで左右から同時攻撃を仕掛ける。

キリトは、二連撃ソードスキル《バーチカルアーク》、俺は《ホリゾンタルアーク》を繰り出す。

俺たちのソードスキルは見事に決まり、ボスのHPを全損させる。

 

コボルドロード『グワアアッッーー』

 

ボスは最後の断末魔をあげ、その体をガラス片に変え、消滅する。

 

congratulations!

 

祝勝を意味するシステムメッセージが現れ、ここにボス戦が集結したことを告げる。

 

キリト・バナージ「「っしゃあ!」」

 

俺たちは互いを讃えるように拳を打ち付けた。

 

ユウキ「……やったの?…ボク達……勝ったの…?」

 

バナージ「ああ!やったんだよ!俺たちの勝利だ!」

 

ユウキ「…や、やったああああ!」

 

バナージ「ホントにお疲れ様、ユウキ!すごくいい戦いぶりだったよ!」

 

ユウキ「えっへへ〜ありがとうバナージ!」

 

キリト「アスナもお疲れ様」

 

アスナ「ええ、貴方もお疲れ様!」

 

すると、斧使いのエギルが俺たちに声をかけてきた。

 

エギル「congratulations!見事な戦いだったぜ!この勝利はお前らのもんだ!」

 

バナージ「ありがとうございます、エギルさん!」

 

キリト「エギルもいい戦いだったぜ!途中助けてくれてありがとうな!」

 

エギル「何言ってるんだ!ディアベルが死んで、みんなが戦意喪失してるとこを、お前らが諦めなかったから俺たちも戦うことができて、こうして勝つことができたんだ。全く、若いのに対した奴らだぜ、ほんとによ」

 

バナージ「あはは、それはどうも」

 

だが、この祝勝ムードはある一つの叫び声で途切れる。

 

キバオウ「なんでや!!」

 

バナージ「……へ?」

 

キバオウ「いや『へ?』じゃないやろが!お前、なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

バナージ「み、見殺し…?」

 

キバオウ「そうや!お前、あのボスのスキルを知ってたやないか!お前がもっと早くあの情報をディアベルはんに教えてたらこうはならなかったやろ!」

 

キリト「ちょ、ちょっと待てよ!たしかにあの刀のスキルは知ってたけど、今回のボスがそれを使うなんて予期できなかったんだ!未来予知者じゃあるまいし、そんなの事前に教えられるわけないじゃないか!」

 

キリトとが、キバオウに対して抗議する。

 

キバオウ「なら、お前が使ってたあの赤い光みたいなやつは何や?!そもそもそれ持ってるなら最初から使えばよかったんやないか!」

 

バナージ「そ、そのスキルは最初から持っていたわけではありません!この戦いの中で突然発動したんです!」

 

キバオウ「…嘘やな。そういえばお前、元βテスター言うてたな?そうか、やっぱりな……」

 

バナージ「な、何が言いたいんです?!」

 

キバオウ「元テスターはやっぱり信用ならんっちゅうことや!お前はボスのLA欲しいがためにあのボスのことも、お前のあの光のスキルのことも全部隠してたんやな!」

 

バナージ「そ、そんなこと…」

 

キバオウ「反論があるなら言うてみい!現にディアベルはんは死んでるやないか!お前は自分の私欲のために人一人殺したんや!この“人殺し”が!」

 

バナージ「……」

 

“そんなことはない”。勿論、全力で否定したかった。だが、今この人に何を言っても、何一つ信じてもらえないだろう。

けど、このまま黙っているならそれもまずい。黙っていれば肯定とみなされ、俺はありもしない人殺しの罪をこれから背負わされることになる。

その時、アスナが発言した。

 

アスナ「ちょっといいかしら?」

 

キバオウ「な、何や?」

 

アスナ「彼がLAが欲しいがためにディアベルを見殺しにして、ボスの秘密と彼の力も隠してたって言うのね?」

 

キバオウ「だから何や?!」

 

アスナ「…なら一つずつ反論していくけど、まずディアベルがやられた時、彼は真っ先に彼の元に向かったわ。そして、彼はディアベルに回復ポーションを見て渡そうとしていた。けど、私は見た。ディアベルはそれを拒絶していたの。私にはそれがなぜだかわからないけど、少なくとも彼は見殺しにするどころか、命を救おうとしていたのよ?

そして、ボスのスキルのことだけど、あの攻略本には確かこう書いてあったわ。“これはあくまでβテストの時の情報です。現在は変更されている点がある可能性があります”ってね?最後に、彼の使った力のことだけど、彼はそのことについて知らないって言ってた。私は、彼は絶対に嘘はつかない人だって思う。根拠は、攻略会議の時、彼はあなたに対して自分の意見をあなたに真っ直ぐに伝えていた。βテスターに対して否定的な空気があったあの中で、彼はあえて自分がテスターだって公表してあの演説をやったのよ?私はあの場で自分の意見をちゃんと伝えられる人が、嘘をつく人とは思えない。なのに、あなたは人の話を全く信じようともせず、一方的に人を断罪してる。それって人としてどうなの?」

 

アスナの意見に対してキバオウはーー

 

キバオウ「…お前、元テスターを庇う気か?」

 

アスナ「“庇う”?まあ、たしかに彼を守りたいって気持ちはある。実際、私も彼に救われた一人だしね。けど、私はただ、自分の意見を言っただけ」

 

キバオウ「……こいつを庇うとは…さてはお前もテスターやな?!」

 

アスナ「………は?」

 

キリト「おい、あんたいきなり何言い出すんだ?!」

 

ユウキ「そんなの無茶苦茶だよ!」

 

エギル「……キバオウさんよ。あんたあまりにも大人気なさすぎるぜ?ここまでこいつらの話信じねえなんてな?」

 

キリト達が抗議するが、周りのプレイヤー達の間には次第にテスターを否定する空気が流れ始める。

 

「ディアベルがポーションを受け取らなかったのはあいつが何か脅したからじゃないか?」

 

「あの攻略本が嘘だったんだ。テスターが無料で情報を提供するなんてあるわけがない!」

 

「あのスキルも実はβテスト時のものをそのまま使ってるんじゃないのか?」

 

────まずい。このままでは元テスター達の居場所がなくなってしまう!キリトも今悲痛な顔をしている─────

 

その時、キリトがこちらに歩み寄ってきた。

 

キリト「バナージ、聞いてくれ。俺に考えがある。けど、乗ってくれなくても構わない。だから「わかってるよ」え?」

 

俺は、キリトがやろうとしていることを大体察した。

 

バナージ「わかってるよ。キリトがやろうとしているのは。けど、俺がやるよ。その方が説得力がある」

 

キリト「バナージ……いいのか?」

 

バナージ「いいんだよ。俺たちは相棒だろ?……けど……やれやれ、こうならないようにあの時勇気出して演説したのになあ…」

─────────────────

三人称視点

プレイヤー達はが元テスター達を否定することを言っている。

 

ユウキ「(違うよ…ボクが知ってるテスターはそんな人達じゃないよ……)」

頭の中ではそういえても、実際に声に出して言う勇気はユウキには無かった。

何もできずに歯がゆい思いをユウキが抱えている時だった。

 

バナージ「はあ、やれやれ。これだからネットゲーマーは嫌いなんだ。ちょっと周りに強いのがいたらすぐ“チートだ”なんだと叫びやがる」

 

バナージが、あの強くて温厚で優しいバナージが、まるで人が変わったような口調で話し始めた。

 

キリト「やめてやれよバナージ。人ってのは嫉妬深い生き物さ。特にネットゲーマーは現実で人に対してコンプレックスを抱いてるやつの集まりだからな。余計にそう感じるのさ」

 

ユウキ「(キリトまで…何を言い出すのさ……?)」

 

キバオウ「お、おい、なんやお前ら」

 

バナージ「“元テスター”?あんなのと一緒にされちゃ困りますよ。いいですか、βテストの応募者は、あの時広場で話した通りです。けど、その中にゲームのことをちゃんと理解してる奴らがどれくらいいたと思います?ーーーーーー全然いませんでしたよ。そればかりか、みんなレベルの上げ方もモンスターの倒し方もわからない初心者ばかり」

 

キリト「けど、俺たちは他の奴らが到達できなかった十層近くまで上り詰めた。刀のソードスキルを知ってたのも、十層でそのスキルを使うモンスター等の戦い続けてたからだ。他にも、俺たちはテスターが知らないような情報をたっぷり持ってるぜ?其れこそ情報屋なんか目じゃないくらいにな?」

 

プレイヤー「なっ…そんなの」

 

バナージ「それと、キバオウさんが騒いでたあのスキルについてですがーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー持ってましたよ?最初からね」

 

キバオウ「なっ?!」

 

アスナ「ーー!」

 

バナージ「けど、あえて隠してたんですよ。さっきも言った通り、ネットゲーマーは嫉妬深いですからね。まあ、みんながボスに殺されかけてたのでしかたなく使いましたが、結果はご覧の通り。はあ、全く使うんじゃありませんでしたよ。せっかく助けてやったのに、まさに“恩を仇で返す”とはこのことですね。力というのはむやみにひけらかすものじゃない、その言葉の意味、やっとわかりました」

 

プレイヤー「な、なんだよそれ……そんなの、元テスターとかそんなんじゃない...ただのチーターだ!」

 

バナージ「ははは!ほら、言った通りだ。すぐ“チーターだ”と騒ぎ始める」

 

プレイヤー「βテスターとチーターでーーーーーーーー

お前達は“ビーター”だ!」

 

キリト「“ビーター”……いい呼び名だな。そうだ。俺たちは“ビーター”だ!今後は元テスターなんかと一緒にしないでくれ」

 

バナージ「さて、俺たちはこの後二層のアクティベートをしに行きますが、皆さんはどうします?ついてくるならどうぞお好きにしてください。まあ、死ぬ覚悟がある方限定ですが」

 

そう言って、バナージとキリトはLAのコートを羽織る。

通常、LAは一人にしか獲得できないが、今回、バナージとキリトの最後の攻撃が同時に決まったので、例外的に二人にLAが与えられたのだった。バナージは白、キリトは黒のコートを着た。

 

そして、二人は第二層の門へ向かって歩き始める。それを、アスナとユウキが追いかけた。

────────────────────────

バナージside

ユウキ「ちょっと待ってよ!!」

 

ユウキが俺たちを呼び止めた。

 

バナージ「……なんだい?ユウキ」

 

ユウキ「……おかしいよ……キリトとバナージはボスを倒した英雄なのに…こんなのあんまりだよ…」

 

キリト「あの場ではああするしかなかったのさ。そうでもしなければ元テスター達の居場所がなくなるからな」

 

アスナ「でも、貴方達があそこまでする必要はーー」

 

バナージ「大丈夫。別に嫌われるのは慣れているしね。それに、この世界全てが敵というわけでもないみたいだし」

 

キリト「だな。これっきりってわけじゃない。今後、必ずまたあうことになるだろうしさ。その時はまた、よろしく頼むぜ」

 

ユウキ「キリト……バナージ…」

 

バナージ「それじゃあね、二人とも。また、二層で会おう」

 

そう言って、俺たちは前を向いて歩き出そうとするが

 

アスナ「あの、最後に一つだけいい?」

 

キリト「ん?どうした?」

 

アスナ「あの……

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方達、私の名前呼んでたけど、私たち、まだ自己紹介してないわよね?なんで名前がわかるの?」

 

俺たちは盛大にずっこけた。

 

バナージ「……あ、アスナさん…?それ…知らなかったんですか?」

 

キリト「おいおい…まじで?」

 

ユウキ「な...流石にボクでもわかったよ……」

 

アスナ「え…な…何よ、もったいぶらずに教えなさいよ」

 

バナージ「……左上の方に、HPを示す線があるだろう?そこの左端に、パーティメンバーの名前が書いてあるんだ」

 

すると、アスナは視線を左上に向け、

 

アスナ「ばな……じ……?き…りと?ゆう…き」

 

バナージ「そう、俺がバナージ。こっちの黒いのがキリト」

 

ユウキ「ボクはユウキだよ!」

 

そうして、俺たちは遅すぎる自己紹介を済ませた。

 

アスナ「……ぷっ……くっ……あはははっ…こんなところに書いてたのね」

 

……可愛い。やはり、女性は笑顔が一番似合う。

 

キリト「アスナ、ユウキ。君たちは強い。もしこれからギルドに誘われたりしたら、迷わず入るべきだ」

 

バナージ「うん、二人の実力なら絶対に大丈夫」

 

ユウキ「ありがとう!……それじゃあね、二人とも」

 

アスナ「絶対にまた会いましょう」

 

バナージ・キリト「「ああ!」」

 

そう言って、俺たちは第二層へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、思い出した。アスナの声、誰かに似てると思ったら、《ミコット》だ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなってすみません!ジャズです!
やはり、戦闘描写は難しいです!時間があったのに、少し適当なところが出ているかもしれません!
これから執筆していく中で頑張ってスキルを伸ばしていきたいなと考えておりますので、今後もよろしくお願いします!


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第五話 月夜の黒猫団

こんにちは!ジャズです!
今回、かなり長くなりました!
それと、この話は主にキリト視点です。
それでは第五話、行きまーす!


2023年6月14日 第十一層タフト

キリトside

少し前に第一層をクリアしてから、俺とバナージは別行動を取っていた。なぜなら、俺たちは第一層のボス戦の騒ぎで“ビーター”の汚名をつけられたので、一緒にいてはまずいという判断からだった。もちろん、一緒に迷宮区の攻略をすることもあるが、それでもあいつと一緒にいる時間はゲーム開始時、いや現実世界にいた時より極端に少なくなっていた。

寂しくない、といえば嘘になる。なにせ、俺とバナージは生まれた時から一緒に過ごしてきた相棒なのだ。けれど、こうなった以上、やはり離れ離れになるのは仕方のないことだし、それにあいつのことだ、そう簡単に死ぬなんてことはないはずだ。俺は何も心配はしていない。

 

そんなこんなで、俺は今第十一層に来ていた。最前線の層から少し離れるが、俺がこの層に来ていたのは俺の剣の強化素材を集めるためだった。けれど、やはり最前線より下の層ということもあって、ドロップする素材も最前線のそれに比べて良いものではないが、ここは死んだら終わりのデスゲーム。安全に越したことはない。まあ、この層の安全マージンは十分ある、どころか、この層のモンスターは俺のレベルでは少しソードスキルを掠めれば一瞬で消えてしまうくらいになっているのだ。

 

キリト「(もう少し上の層でとっても良かったかな?)」

 

俺がそう思って帰ろうとした時だった。ふと、視界に一つのパーティが見えた。そのパーティはモンスターの群れと戦闘を行なっている。いや、あれは追われているのか?

ともかく、あれを放っておくのは流石にまずいと感じ、俺は愛剣を抜いて救援に向かうことにした。

 

キリト「あの、よければ前を支えましょうか?」

 

すると、おそらくそのパーティのリーダーらしい青年が

 

???「ほんとですか?!ありがとう!」

 

と許可を出してくれたので、俺はすぐさまソードスキル《ホリゾンタル》でモンスターを一掃した。

……うむ、やはり呆気ない。

すると、先ほどの青年が俺に声をかけてきた。

 

???「あなた、すごく強いんですね!あの、本当に勝手で申し訳ないのですが、俺たち、さっきのを見てくれればわかると思うのですが、あまり戦闘慣れしていなくて。なので、出口まで一緒に来てくれませんか?」

 

俺は、この後特にやることもなかったので、了承することにした。

 

しばらくして迷宮区の出口に到着し、俺はそこで別れようとしたのだが、そのパーティメンバーが俺にお礼がしたいと言い、(俺は断ろうとしたのだが)あれよあれよという間に彼らのホームに連れてこられた。

 

そして、なぜか打ち上げみたいなのに参加させられた。

 

???「我ら《月夜の黒猫団》にかんぱーい!」

 

一同「「「かんぱーい!!!」」」

 

おっと、パーティかと思ったがどうやらギルドらしい。

 

???「そして、我らの命の恩人にかんぱーい!」

 

一同「「「かんぱーい!!!」」」

 

キリト「へ?あ、ああ、乾杯?」

 

命の恩人って、そんな大げさな…。

 

???「そうだ、自己紹介がまだだったねーーーーー改めて、俺たちはギルド《月夜の黒猫団》。俺はこのギルドのリーダーをやってる《ケイタ》だ。よろしく!」

 

そう言ってケイタは握手を求めてくる。

 

キリト「あ、ああ、《キリト》だ。よろしく…」

 

俺はケイタの迫力に押され、自己紹介と握手を交わす。

俺よりも長身で、かなりハイテンションなやつだ。すると、ケイタはおずおずと俺に質問してくる。

 

ケイタ「失礼ですけど、キリトさんのレベルは幾つですか?」

 

俺は、その質問に対しどう答えたら良いのか迷った。もし正直に答えて、あとで《ビーター》だと言われるのが怖かった。けれど、彼らに嘘をつくのもどうなのかとも言え思った。……迷った末、俺は

 

キリト「えっと……に、25です」

 

と、嘘をつくことにした。本当は45だがーーーー

 

ケイタ「へえ!俺たちとほぼ同じレベルなのに、すごいですね!」

 

と感心したように俺を褒めてくれた。心が痛い……

 

キリト「……ケイタ、敬語は無しにしないか?こっちの方が話しやすい」

 

ケイタ「そ、そうです……そうだね。じゃあ俺も普通に話すことにするよ」

 

そして、しばらくお祭り騒ぎが続いた。

俺は素直に、良いギルドだなと思った。なんだか、とてもアットホームな雰囲気なのだ。このギルドにいれば、寂しいなんて思わないだろうな…と思っていた矢先

 

ケイタ「そうだキリト、よければうちのギルドに入ってくれないか?」

 

キリト「えっ?」

 

思いがけない言葉だっだ。まさか、あんなこと考えていたら勧誘されるとは…

ケイタは言葉を続ける。

 

ケイタ「うちのギルド、前衛ができるのがメイス使いのテツオだけなんだ。こいつ、サチって言うんだけど、盾持ちの片手剣使いに転向してもらおうと思っていてね。それで、キリトにはサチの指導をしてもらいたいんだ」

 

すると、サチと呼ばれた少女はむくれて

 

サチ「何よ!人を味噌っかすみたいに」

 

ケイタ「ん?」

 

サチ「だって、いきなり前衛なんて…おっかないよ…」

 

メンバーは皆、ビビりすぎだとサチをからかい、彼女は頰を膨らませてそっぽを向く。それを見て皆は笑っている。

ーーーー本当に良いギルドだ。

 

ケイタ「うちのギルド、実は現実では同じ高校のパソコン部のメンバーなんだ。ああ、大丈夫。キリトもすぐ馴染めるよ」

 

メンバーもそれに合わせて頷く。

 

俺はーーーー正直、入りたいと思った。バナージと攻略をあまりしなくなり、少し孤独を感じていたからだ。

 

キリト「……ありがとう、みんな。けど、少し待ってくれ。実は俺、一層から一緒に攻略している相棒がいるんだ。今は少し訳あって別行動しているんだがーーーそいつに確認を取ってからでも良いか?」

 

ギルドのメンバーはそれを了承してくれたので、俺は急いでバナージにメールを送る。

すると十分後、あいつから返信がきた。

 

バナージ『キリト、ギルドに入るんだ!良いじゃないか!話を聞く限り、すごく仲の良さそうなメンバーだし、入りなよ!俺のことは気にしなくて良いぜ!』

 

と返信がきた。バナージも誘おうかと思ったのだが、あいつにはあいつの日常があるのでそれを無理やりこっちに連れてくるのはどうかと思ったのと、そもそも俺たちが別行動している理由は《ビーター》呼ばわりされるのを防ぐためなので、ここであいつがきて『ビーター》がバレるとまずいと思ったからだ。バナージには申し訳ないが……

 

キリト「お待たせ、みんな。あいつから許可が降りたよ。

と言う訳で、俺もこのギルドに入ることにするよ」

 

すると、ギルドメンバーは

 

「まじで?!やったー!!」「祝!《月夜の黒猫団》に強力な新メンバー加入!」「よっしゃー!そうと決まれば改めてパーティだー!!」

 

と、再びお祭り騒ぎである。

 

ケイタ「ありがとうキリト…本当にありがとう!」

 

サチ「これからよろしくね!」

 

キリト「……ああ!」

ーーーーーーーーーーーーーー

その翌日から黒猫団の特訓が始まった。内容は、主にサチの片手剣スキルの向上だ。彼らが拠点にしている層より少し上のフィールドで訓練を行う。

だが、俺が彼らの戦闘を見て一番に思ったのはーーーー

 

キリト「(これは…思っていた以上にひどいな)」

 

そう、彼らは戦闘慣れしていないのだ。

数日戦闘訓練を行ったが、やはりみんな、俺のフォローなしではモンスターを倒せずにいた。

 

ある日、俺たちが一日の訓練を終え、拠点にいる時だった。

 

ケイタ「…すごい、もう四十層突破か!」

 

新聞を見ながらケイタは呟き、

 

ケイタ「なあキリト、俺たちと攻略組って、一体何が違うんだろ?」

 

彼はこんな質問をしてきた。

俺は実際攻略組の一人なので、なるべく勘付かれないような答えを出す。

 

キリト「…多分、情報量じゃないかな?あいつらは、フィールドの美味しい狩場を知っていて、そこで効率よくレベリングとかしてるし」

(まあ、俺もその一人だがな…)

 

そう言って、俺は一人心の中で自嘲する。

そして、俺の答えにケイタは

 

ケイタ「情報量か…なるほど。確かにそうだな。けど、俺が足りないのは“意志力”だと思うんだよな」

 

キリト「意思?」

 

ケイタ「うん。例えば、ギルドのメンバーだけじゃなく、全プレイヤーの命を守る。そして、生きて現実に返す……

そう言う意志さ。もちろん、仲間の命も大切だけど、俺はいつか、俺たちみんなで攻略組の仲間入りをしたいんだ」

 

そう言って、ケイタは空を見上げる。

 

キリト「そうか…ああ、きっとそうだな!」

ーーーーーーーーーーーーーー

その日の夜、それは起きた。

サチが突然失踪したのだ。俺とギルドメンバーは大騒ぎだった。

と言っても、この世界にはフレンドリストというものがあり、それを見ればフレンドの現在地などが一目でわかる。なので、探すのは困難ではなかった。なので、彼女の特訓を見てきた俺が捜索を名乗り出た。

 

十分後、俺はサチを見つけた。彼女がいたのは、主街区から少し外れた水路だった。彼女はマントを羽織り、項垂れて蹲っていた。

 

キリト「ここにいたのか、サチ」

 

サチ「…キリト」

 

サチの表情はこれ以上ないくらい暗かった。

 

キリト“みんな心配してるぜ?早く戻ろう?」

 

俺がそう話しかけるが、

 

サチ「ねえ、キリト…わたし…逃げたい…」

 

キリト「逃げるって、何から?」

 

サチ「黒猫団のみんなから…この街から…この層から…そして……」

 

サチは一呼吸置き、

 

サチ「この世界…ソードアートオンラインから」

 

キリト「(やっぱり…)」

 

俺は、サチの呟いた言葉に納得した。

彼女が非常に怯えているのは、前々から気づいていた。

そして、こうなることも予見はしていた。けれど、どう言葉をかけたらいいか、俺にはわからない。

サチは言葉を続ける。

 

サチ「どうせ…どうせ、みんな死んじゃうんだ。この世界、ソードアートオンラインからは出られないんだ。ねえ、キリト…私、怖いよ。どうせ死ぬのに、私、何もできない……」

 

俺はサチの言葉に理解した。

彼女は、どうしようもなく絶望していたのだ。絶望の深淵に入り込み、そのまま出られなくなっていたのだ……

 

 

 

 

 

だけど、俺はそういう時、なんて言えばいいかを知っている。それは、俺のたった一人の相棒ーーーバナージが常に言っていた、俺にとっての《希望》の言葉だ。

 

俺は、サチの横に腰かけ、優しく話しかける。

 

キリト「サチ、君の気持ちはよくわかるよ。確かに死ぬのは怖い。俺だって怖いし、逆に怖くない奴なんてそうそういないはずなんだ。けれどーーーーーーだからって、諦めちゃいけないんだ」

 

サチ「え?」

 

キリト「俺の相棒がな、昔よく言ってたんだ。《例え、どんな絶望の中に立たされても、“それでも”と言い続けろ》ってさ。

俺、この世界に来てからーーいや、ここに来る前も、何回も絶望した。何回も諦めそうになったし、それこそ死にたいとか思ったこともあった。けど、その度にさっきの言葉が俺に立ち上がる力をくれたよ。諦めちゃダメなんだよ。

無理だ、できない、って最初から決めつけるなんて、そんなの悲しいだろ?誰もがみんな、《可能性》を持ってるんだ。内なる神、可能性という名の神を」

 

それを聞いて、サチは顔を伏せる。

 

サチ「そんなの、楽観的すぎるよ…私には、そんなのないよ。だって、キリトだって見たでしょ?私は戦闘が極端に下手なんだよ?そんなのでこの世界から出られるわけがないよ」

 

キリト「それは……」

彼女のなおも否定的な言葉に、俺は何を言えばいいかわからなくなる。

そこで、俺は決意した。

 

キリト「……サチ、大丈夫。君は死なない…俺が死なせない。必ず守るよ」

 

すると、サチは驚いたように顔を上げ、

 

サチ「…ホント?」

 

キリト「ああ、必ずだ」

 

俺がそう言うと、サチは安心したのかふっと笑い、

 

サチ「ふふっ、なんか、プロポーズみたい」

 

キリト「ぷっプロポーズ?!!」

 

サチ「だって、『君のことは俺が守る』なんて、プロポーズで言うセリフじゃない」

 

俺は何もそう言うつもりではなかったので、慌てて否定する。

 

キリト「えっ、あ、いや、べべ別に、そんな…プロポーズとか…そう言うわけじゃなく…」

 

するとサチは少し残念そうな表情を浮かべ

 

サチ「えぇ…プロポーズじゃないんだ…私はプロポーズでもよかったんだけどなぁ〜」

 

キリト「さ、サチさん?!な、何か勘違いしてません?!」

 

すると、サチは俺の方を向いて大笑いをして

 

サチ「あはははっ!わかってるよー冗談だってばw」

 

それを聞いて俺は安心する。…いや、かなり焦ったぞ。

 

そして、サチは立ち上がる。そして、その表情はどこか吹っ切れているように見える。

そして、俺の方を向き、

 

サチ「…ありがとう、キリト。君のおかげで、私はこの世界でもう少し頑張ってみようと思う。だから……これからもよろしくね?」

 

キリト「ああ、こちらこそ」

 

そして、俺たちは二人揃ってホームへ戻る。

 

俺たちが並んで歩いているのを見て、ギルドのメンバーから「恋人だ」「夫婦だ」などと言われて囃し立てられたのはまた別の話…。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

俺が黒猫団に加入してから数週間が立った。

ギルドのメンバーは皆、みるみると成長していき、いつのまにか最前線の少し手前の層まで戦えるようになっていた。

その中で、特に成長が著しかったのはサチだった。今彼女が使っているのは槍である。これは、俺がサチの戦闘スタイルを見て、槍があっていそうだからそう進言したからだ。そして、俺の読み通り、サチは槍を非常にうまく使いこなしていた。やはり、人には向き、不向きというのがあるものなのだと痛感した。

そんなこんなで、俺自身もギルドにだいぶ馴染んでいき、最初から一緒だったんじゃないかというくらいみんなと打ち解けていた。

ケイタやみんなとワイワイはしゃいだり、遊んだり、時にはふざけてバカをやったりしてーーーー俺も、彼らと過ごす日々を楽しんでいた。

 

そうこうしていたある日、ケイタがこんなことを言い出した。

 

ケイタ「みんな、俺はそろそろギルドホームを買おうと思う」

 

そう、ギルドホームーーつまり、俺たち《月夜の黒猫団》

のギルドとして正式な拠点を構えようというのだ。

当然、みんなはそれに賛成し、話がまとまってケイタは、

始まりの街へ向かって行った。

 

すると、残ったメンバーの一人が

 

「なあ、俺たちで何かホームの家具とか用意しないか?」

 

と言い出した。常にギルド全員のことを第一に考え、頼りになるリーダーのためにサプライズで恩返しをしようというのだ。

みんなはそれに賛成し、早速出かけることになった。

 

俺は、いつものフィールドでやろう、と提案したのだが、彼らは「もう少し上に行って出来るだけ多く稼ごう」

と行ったので、俺たちは二十七層に向かった。

二十七層は、トラップが非常に多いフロアで、攻略組もそこへ行くときはかなり警戒する場所だった。

 

幸い、モンスター狩りは順調で、特にトラップにかかることもなく俺たちは進んでいった。

やはり、彼らは確かに成長したのだ。彼らの戦闘スタイルは、もはや俺が黒猫団に加入したての頃とは違う。これなら、ケイタが目指す攻略組入りもすぐにーーー

 

俺がそう思っていたときだった。

 

「あ、おい!見ろよ、隠し扉があるぜ!」

 

メンバーの一人がそう叫ぶ。そして、その扉を開けたその中には

 

「宝箱だ!」

 

そう、扉を開けると、その中には広い空間の中にポツンと宝箱が置いてあったのだ。

ーーーーだが、あれは違う!あれは“トラップ”だ!!

俺はすぐに仲間に警告する。この時、俺がちゃんと止めていればーーーーーー

 

俺がそういったものの、メンバーは「大丈夫大丈夫!」

と、それを開け………

 

その瞬間、部屋が真っ赤に光り、けたたましい警告音と共に、扉が閉まる。やはりトラップだったのだ!

 

そして、四方のしまっていたはずの壁が開き、中からモンスターの群れがぞろぞろと近づいてくる。

 

キリト「まずい、早く転移結晶を!」

 

みんなはそう言われて慌てて転移結晶を使おうとするが、反応しなかった。

ーー最悪だ。トラップやボス部屋などで稀に見る《結晶無効化空間》である。文字通りここではいかなる結晶アイテムは使用不可となり、ましてデスゲームであるこの世界においては、プレイヤーを地獄に叩き落とす『死の間』となる。

 

そして、モンスターは俺たちに慈悲もなく近づいてくる。

ギルドのメンバーは応戦しーーーー最初は、普段の訓練の成果もあって対処はできていた。

いける!そう思った矢先、メンバーの一人が死角からのモンスターの攻撃を受けてしまい、転倒する。

 

「う、うわあああああーーー!!!」

 

転倒した彼に、彼にモンスターが群がり、容赦なく彼に攻撃する。

そして、とうとう彼のHPはゼロになり、彼の体はポリゴン片となって四散した。

 

「!!ちくしょおおおおおお!!!」

 

メンバーの死を目の当たりにしたメイス使いが激昂し、モンスターの群れに突っ込んでいく。

 

キリト「だめだ!!落ち着け、一人で行くなあああ!」

 

俺の制止も虚しく、彼は一人でモンスターに攻撃していく。俺は、それまで隠していた片手剣の上位ソードスキルを全て使い、彼を止めに行くが、遅かった。

 

「あ、ああああああっ!!!」

 

メイス使いは多数のモンスターに対処できず、彼もまたHPをなくし、消滅した。

 

「うわあああああああ!!」

 

それに続き、ダガー使いがモンスターに集団で攻撃され、彼もまた消滅する。

 

キリト「くそおおおおおおおお!!!」

 

俺はもう、無我夢中で剣を振り続けた。

残ったのは俺とサチだけ。そして、彼女もとうとうモンスターに囲まれ、

 

キリト「サチいいいいいいいいいい!!」

 

俺は彼女の元へ向かおうとするが、とても間に合わない。

ーーー約束したのに。「君は俺が守る」って、いったのにーーー

 

サチは、俺を見て少し寂しそうに微笑み、

 

『ありがとう、さよならーーーーー』と口にした。

 

俺は必死で手を伸ばすが、それも届かず、サチはモンスターに攻撃をーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「させるかあああああああああああああ!!!!」

 

突如、赤い閃光が飛び込んできて、彼女を取り囲んでいたモンスターを一掃した。

 

ーー何故?俺はそれを見て最初にこう思った。何故なら、“彼”はそこにはいるはずのない人だったから。

 

???「大丈夫か?!キリト!!」

 

 

 

 

 

 

 

キリト「…バ……ナージ……?!」

 

そう、俺の相棒だった。

 

時は、彼らが二十七層に入ってすぐのところに巻き戻る。

ーーーーーーーーーーーーーー

バナージ side

キリトが《月夜の黒猫団》というギルドに入って、数週間が過ぎた。彼から送られてくるメールには、どれも彼らと過ごす楽しそうな毎日のことだった。

羨ましい、と思った。なにせ、こんなデスゲームの中、そんなアットホームな雰囲気のギルドなどそうそうない。

ましてや最前線のギルドとなると、皆攻略のことばかり考え、殺伐とした空気のものがほとんどだからだ。

俺はそんな空気が嫌なので、ギルドの勧誘はされても入らないようにしていた。そしてそれは、キリトも同じで、俺たちがギルドに入ることはないだろうーーーそう思っていたのだがーーーーー

 

ある日、俺は一人で二十七層に来ていた。理由はーーまあ、なんとなくだ。特に目的があったわけでもないし、別に二十七層には特別な何かがあるわけでもない、ただなんとなく俺はこの層に来ていた。

 

すると、何やら楽しそうな話し声が聞こえてきて、その方を見ると……

 

バナージ 「(ん?キリトじゃないか。ということは、あれがキリトが入ったっていうギルドなのか)」

 

そう、本当に偶然だった。俺が彼らを目にしたのは。

とても良さそうなギルドのだった。みんなが楽しそうで、仲が良くて、互いを尊重しあっている。そして、どうやらキリトもそれに馴染んでいるらしい。

 

俺は、なんとなく彼らについていくことにした。バレないように、隠蔽スキルを使った。まあ、キリトを後で驚かせてやろうと思ってやっただけだった。

 

ーーーまさか、あんな悲劇が起こるなんて、俺はこの時想像もできなかった。

 

彼らの攻略は、俺から見ていても順調だった。おそらく、キリトの教えの賜物だろう。さらに、彼らの中の良さも相まって、連携も完璧だった。

 

バナージ「(彼らが攻略組に来る日も近いだろうな)」

 

俺は純粋にそう感じた。それほどまでに、彼らは期待できそうだった。

もし、彼らのようなギルドが攻略組に来れば、あの攻略のことしか頭にない殺伐とした空気も変わるだろうなーーー

 

俺がそう思っていた時だった。彼らは、隠し扉の中にある宝箱を見つけ、それを開けてしまったのだ。

それはトラップだった。扉が閉まり、彼らは中に閉じ込められた。

 

俺はそれを見て、大急ぎで扉を解除する方法を探した。

すると、扉のそばにレバーのようなものがあり、俺はそれを急いで下に降ろした。

 

そして、俺が目にしたのはーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まさに、モンスターに殺されそうになっている少女の姿だった。

 

バナージ「させるかあああああああああああああ!!!」

 

俺はとっさに《NTーD》を発動し、その中に飛び込んだ。

そして、闇雲に剣を振り続け、少女を囲んでいたモンスターを一掃したのだ。

 

そう、俺がここにいるのは全て偶然だった。偶然が重なって、こうして俺は一人の命を助けることができた。

 

キリト「…バ…ナージ……?」

 

キリトは、掠れた声で呟いた。

 

俺は辺りを見回す。そして、すぐに気づいてしまった。

ーーー明らかに少ない。今この場にいるのは、俺とキリト、そして先程の少女だけ。

俺は全て理解した。理解してしまった。残酷な真実をーーーーーーあの時いたはずの他のメンバーはもう……

 

バナージ「…く……そ……くそ、ちくしょおおおおおお!!!」

 

俺は、やり場のない怒りをモンスターにぶつけていった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

キリトside

バナージがこの場に来て、どれくらいの時間が経っただろう?いつの間にか、トラップで発生したモンスターは全滅し、ただ俺たちだけが残っていた。

 

キリト「……バナージ、お前、なんでここに?」

 

バナージ「…偶然だよ。たまたまキリト達を目にして、隠れてついてきたんだ」

 

キリト「そうか…ありがとう、バナージ」

 

俺は礼を言うが、バナージは首を横に振り、

 

バナージ「いや、礼を言われるほどのことじゃないさ。それより……」

 

バナージは静かに、サチの方を見やる。

 

サチ「テツオ……ササマル……ダッカー……みんな………っ!……どこにいったのよおおおおおお!」

 

バナージは辛そうに彼女を見ていた。そして、

 

バナージ「……ごめん……君の友達…助かられなくて…」

 

バナージはサチのそばに歩み寄り、頭を下げた。

サチは、目に涙を溜めながら、

 

サチ「いや……いいの……ありがとう…助けてくれて…」

 

けれど、バナージも目が潤ってきて、

 

バナージ「…っ!ごめんっ……ごめんな…!」

 

ただただ、バナージは彼女に謝罪していた。

 

そして、俺も彼女に謝罪する。

 

キリト「バナージ、お前の責任じゃない。全部俺が悪いんだ。あいつらを…もっとしっかり止めていれば……サチ、ごめん!みんな助けられなくて……!」

 

俺は、必死にサチに謝罪する。すると、サチは…

 

サチ「キリトのせいでもないよ……大丈夫だよ……だから……だか…ら……ふっ…くっ…うっ…うえぇぇ…」

 

俺たちは、ただその場で泣いていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜三十分後〜

サチ「…そろそろ、戻ろう?ケイタも心配してるよ…」

 

俺は、それを聞いてはっとなる。

 

キリト「そうだ…ケイタ…!俺、あいつになんて言えば…」

 

サチ「大丈夫…かどうかはわかんないけど、でも…誰も悪くないんだよ…だから、多分許してくれる…」

 

バナージ「そうだと…いいんだけどね……」

 

俺たちは、暗い帰り道をとぼとぼと歩いた。

そして、とうとう拠点に到着した。

 

 

 

 

最初、ケイタは俺たちだけで帰ってきたのを不思議に思った。ーーー苦しかったが、全て洗いざらい話した。二十七層のこと、トラップのこと、そして…仲間の行方も……

 

ケイタはやはり絶望の表情を浮かべた。当然だ。仲間が死んだのだ。しかも一気に三人も。けれどケイタは、無理やり笑顔を作り、

 

ケイタ「…そうか…それは災難だったな…でも、君たちが無事に帰ってきてくれてよかった…!本当に、よかった……!」

 

俺は、その言葉がとても痛かった。全部、俺のせいだから。俺がしっかりしていれば……

そして、ケイタはバナージの方を見て

 

ケイタ「君が駆けつけてくれたんだね。本当にありがとうございます…仲間を助けてくれて……」

 

バナージ「いえ、礼を言われることでは……それに、おれはこのギルドのメンバーを三人死なせてしまいました。本当にごめんなさい…!」

 

バナージは、静かに頭を下げた。

するとケイタは、こんな質問をした。

 

ケイタ「それにしても、トラップの中のモンスターを全滅させるだなんて、君も本当に強いんだね…レベルは幾つなんだい…?」

 

バナージ「えっと…四十五です」

 

ケイタ「四十五?!すごいな!キリトさんより上なんて!」

 

そして、事情を知らないバナージの次の言葉で、話の空気は一変する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「キリトより上……?そんなバカな、彼は俺と同じレベルのはずですよ?」

 

ケイタ「えっ……?」

 

ーーなんてことだ。そうだ、バナージは知らないんだ!俺が本当のステータスを隠していることを……!

 

ケイタは信じられないという顔で、バナージに確認する。

 

ケイタ「そんな…キリトはあの時、自分のレベルを二十五って……」

 

バナージ「え?キリト、お前隠してた…の……か…っ?!」

 

そこになってようやくバナージは全てを察した。

慌てて口を抑えるが、もう遅い。

 

ケイタ「……キリト…どういうことなんだ……?」

 

ーーーー俺は、全て話した。俺の本当のレベル、ステータス、そして、それを隠していた理由を……

 

ケイタ「…そうか、そうだったのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふっ……ふふふっ……あはははは!」

 

サチ「け、ケイタ……?!」

 

突如笑い出したケイタに、サチは驚愕の表情を浮かべる。

 

ケイタ「そうか、お前、《ビーター》だったのか!そうか、どうりで……」

 

そういうと、ケイタは走り出した。

 

サチ「ケイタっ!どこに行くの?!」

 

サチに呼び止められ、ケイタは恨めしそうに俺を振り向いてこう言った。

 

ケイタ「《ビーター》のお前が、俺たちに関わる資格なんてなかったんだ……!」

 

そして、ケイタは再び走り出した。

 

サチ「待ってっ!ケイタっ!」

 

バナージ「ケイタさん!」

 

サチとバナージが彼を追いかける。

 

ーー俺は、動けなかった。さっきの彼の言葉がずっと、俺の中で反復していた。

 

『《ビーター》のお前が、俺たちに関わる資格なんてなかったんだ……!』

ーーーーーーーーーーーーーーー

バナージside

俺は、サチと一緒にケイタさんを追いかけた。

そして、彼はフロアの外周に立った。

 

バナージ「まさか……!ケイタさん、だめだ!!」

 

彼は、自殺するつもりだ!

 

サチ「待ってケイタ!だめだよ!キリトはそんなつもりじゃ…!」

 

俺とサチは必死に彼を引き止めるが、

 

ケイタ「ごめんな……サチ…けど俺…もうだめだ。

頼む、君は生きてくれ。せめて君は生き抜いて、現実世界に戻ってくれ……」

 

サチ「ケイタっ!!」

 

サチは泣きながらケイタを呼ぶ。

すると、ケイタさんはこちらを向き、

 

ケイタ「バナージさん、お願いします…どうか…どうかサチを…生きて現実に返してください…!それと、キリトに……『ごめん』と伝えておいてください!」

 

そう言うと、ケイタさんは外周から飛び降りる。

 

バナージ「ケイタさああああああん!」

 

サチ「ケイタアアアアアアアアアア!!!」

 

俺たちは必死に手を伸ばすが、届かなかった。

下を見ると、彼の体はポリゴン片になって消滅していた。

 

サチ「そ……んな……ケイタ……私を…私を一人にしないでよおおおおおおおお!!!」

 

サチはその場でうずくまり、慟哭した。俺は彼女を、静かに抱きしめるしかなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

しばらく経って……

 

バナージ「大丈夫…?」

 

サチ「…どうだろう……私にもわからないや……悲しいことが多すぎて……自分でも大丈夫なのかどうか……」

 

サチは、声を震わせながら俺にそう言った。

 

バナージ「そうだよね……でも、君は死んじゃだめだよ?ケイタも言ってたでしょ…?君は、生き」

 

サチ「大丈夫。わかってるよ。私、決めたんだ。絶対に生きるって……」

 

バナージ「……そうか。あ、自己紹介がまだだったね、俺はバナージ。キリトの友達だよ」

 

サチ「バナージ……そっか、あなたが…」

 

それから、サチはキリトのことを話してくれた。

黒猫団を助けてくれたこと。ギルドに入った経緯。そして、自分が絶望していた時、かけてくれた言葉のことも…

 

サチ「キリトにはあの時、本当に勇気付けられたよ…だから、私が死んだら、キリトはすごく悲しむだろうなって…

だから私、生きることにしたの。諦めちゃだめ。《それでも》って言い続けるって……ひょっとして、キリトにこの言葉教えたのって……?」

 

バナージ「ああ、多分俺だよ。そっか、あいつそんなこと言ってたのか……」

 

サチは少し笑って

 

サチ「…信頼されてるんだね。キリトに」

 

バナージ「まあ、信頼されてるかはわからないけど…少なくとも、俺はあいつとは……」

 

 

 

 

そこで、俺はあることに気づく。

 

バナージ「ん?そういえばキリトはどこ行ったんだ?」

 

サチ「あれ…そういえば私も気づかなかったや」

 

そう、キリトがこの場にいないのだ。

ーーー嫌な予感がした。俺は、即座に立ち上がり、サチに言った。

 

バナージ「サチ、キリトを探すぞ!君はあっちを頼む!」

 

サチ「えっ?あ、ちょっと、バナージ!!!」

 

 

俺は彼女の制止も聞かず、一目散に走り抜ける。

向かうのは、黒猫団のホーム。ケイタとさっきあった場所だ。

ーーーーそこにはキリトはいなかった。

すると、サチがこちらに走ってきた。

 

サチ「はあっ…はあっ…ダメ、あっちにもいなかった!」

 

俺はそう聞いて、急いでフレンドリストを確認する。この機能は、フレンドがどこにいるのか表示してくれるのだがーーーー

 

バナージ「ーーーっ!あの、バカ!!」

 

ーーーそこにはキリトの名前がなくなっていた。考えられるとしたら、キリトがフレンドリストから俺を削除したのだろう。

 

サチ「ーー!私の方にもない!」

 

バナージ「なんてことだ……!」

 

迂闊だった。俺がケイタとサチに気を取られ、彼のことが頭から完全に抜けていた。しかも、彼の精神状態を鑑みるとーーー最悪の予想がよぎった。

 

バナージ「くそっ!あいつ、早まるなよ!!サチ、第一層に向かおう!《黒鉄宮》行くんだ!」

 

サチ「わ、わかった!」

 

そして、俺とサチは大急ぎで走り出した。

ーーーーーーーーーーーーーーー

キリトside

俺は、木の陰からバナージとサチが走っていくのを見つめていた。

 

キリト「(ごめんな……サチ…バナージ。けれど俺にはもう、お前らに会う資格はないんだ)」

 

そう、全て俺が招いたことなのだ。あの三人の死も、ケイタの自殺も、全部俺のせいなのだ。だからーーーー

ーーーーー

 

気がつくと、俺はフィールドに来ていた。

ボーっとしていたので、今自分が何層のどこのフィールドにいるのかわからない。

しばらく歩いていると、目の前にモンスターの群れがPOPした。俺は、剣を引き抜き、構える。

 

キリト「(俺のせいだ……全部……俺の……)」

 

すると、俺の体から何やら黄色い光が現れ始める。そして、それらはどんどん濃くなっていき、その光が増幅するのと同時に俺の心も、何かに蝕まれるようにーーー

 

キリト「(俺は……俺は、俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺はっ!!!!)うおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄色い光がオレの体を完全に包み、体の中から何かとてつもないパワーが溢れてくる。

そして、目の前に黄色い文字が現れた。

そこに書いていたのはーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《NTーD》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなって本当にごめんなさい!
これにて五話は終了です。
というわけで、サチ生存ルートに突入しました!なぜサチを生かしたかというと、彼女には生きてキリトを支えて欲しい、と思ったからです!
そして、キリトもとうとう《NTーD》が発現しました!
黄色い光はまさかーーー?!
それでは、第六話も宜しくお願いします!


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第六話 赤鼻のトナカイ

《月夜の黒猫団》の一件から、キリトはバナージ達のところから姿を消して半年が経った───

2023年12月15日 第四十八層・リンダース

バナージside

その日、俺とサチは四十八層のNPCレストランにいた。理由は、ある人物と待ち合わせをするためだ。

 

???「よう、バナージ、サチちゃん」

 

バナージ「どうも、クラインさん」

 

───クライン、彼は第一層で初めてあった人で、俺とキリトが色々手ほどきをした人物だ。今はギルド《風林火山》を率いており、攻略組の一角を担うほどになっていた。そして、俺たちの理解者でもある。

 

クライン「……悪い、今回も空振りだった…」

 

バナージ「そうですか…」

 

───────あの後、俺とサチはキリトの捜索を行うため、様々な人物に協力を仰いだのだ。今来ているクラインや、現在トップギルド《血盟騎士団》の副団長を務めているアスナ、商人兼戦士のエギル、そして、

 

ユウキ「こんにちは、バナージ」

 

現在、最前線でソロで活躍しているユウキだ。事情を聞いた彼らは、快く捜索を手伝ってくれた。しかし───

 

ユウキ「ごめんね、バナージ。こっちも……」

 

バナージ「そっか……」

 

あれからキリトは、ボス戦にも顔を出すことなく、完全に行方をくらませていた。これほどの大人数で行っているにもかかわらずだ。

 

サチ「……キリト…ホントにどこ行っちゃったんだろう…」

 

サチもまた、キリトを探すのを手伝ってくれていた。下層にいる知り合いや、行きつけのお店の店員など、持っているコネを全て使ってキリトの情報を少しでも掴もうとしていた。

 

クライン「くそっ!あの野郎、バナージ達をこんなに心配させやがって!」

 

バナージ「クラインさん、キリトのことをあまり悪く言わないでください。あいつも……とてつもなく辛い思いをしたはずですから……」

 

サチ「ううん、一番辛いのはキリトだよ……私は、みんないなくなっちゃって、辛い思いをしている時、バナージが支えてくれたから……けど、キリトにはそんな人いなかった。なにもかも自分のせいだと背負いこんで……」

 

サチは俯きながら話した。その瞳には涙が浮かんでいる。

その時、突然めまいがした。

 

バナージ「……っ!」フラッ

 

ユウキ「?!バナージ!」

 

バナージ「……大丈夫……少しふらっと来ただけさ」

 

ユウキ「ダメだよ!バナージだって、キリトを探し始めてからろくに休んでないんでしょ?!」

 

そう、俺はこの半年間、あまり休んでいなかった。いや、休めなかった、というべきだろう。なにせ、キリトの今の精神状態を思えば、いつ死んでもおかしくないのだ。正直、かなり不安だし、心配である。そんな気持ちが頭を埋めていて、横になっても全く眠れず、それどころか一層の黒鉄宮へ彼の生死確認をしに行くほどだった。

そんな状態が続き、今じゃ目の下には隈が濃くできていた。

 

ユウキ「いくらキリトが心配だからって…そんな状態で探し続けてるんじゃバナージの方が危険だよ!」

 

バナージ「心配かけてごめんな、ユウキ……けど……あいつを見つけるまでは…俺……あまり休めそうにないんだ」

 

サチ「バナージ……」

 

バナージ「それに、キリトが抱えてる悲しさに比べれば、こんなのなんてことないさ。……けど、あいつはそういうところは昔から変わらないな……」

 

サチ「『全部自分のせいだ』って思うところ?」

 

バナージ「……そう。別にあいつが悪いわけじゃない…いや、誰も悪くないんだよ。ただ『彼らが死んだ』という事実が起きただけなのに…」

 

恐らくキリトは今頃、自分自身に罰を与えるため、自分の死に場所のようなものを探しているのだろう。無茶なレベリングを何日も続け、自分を責めて傷つけ、そして自分の価値をどんどん下げ、また無茶なレベリングを行う───

 

バナージ「最悪だな、これは……早く見つけないと、あいつの心が壊れてもはや“人”ではなくなってしまう…」

 

ユウキ「けど、どうするの?この半年間、ボクらがこんなに探してるのに、なんの手がかりすら見つからないんだよ?このまま闇雲に探しても……」

 

ユウキがそう言った時だった。

 

クライン「……ん?おっ、ギルドメンバーからメールが……?!おいお前ら!!これ観てみろよ!」

 

突然クラインがメニューを可視状態にして俺たちに見せる。そこには、あるクエストの情報が載っていた。

 

『クリスマスイベント・《背教者ニコラス》を討伐しレアアイテム《還魂の聖唱石》を手に入れよ』

 

それは、所謂蘇生アイテムのイベントだった。このデスゲームの世界において、死者は蘇ることはない。しかし、もしこの情報が真実なら、これはまさに夢のアイテムである。

 

バナージ「……間違いない。キリトは恐らくこれを狙っているはずだ」

 

サチ「でも、死んじゃった人が蘇るなんて……そんなことあるの?だって、この世界が始まる時、茅場晶彦は言ってたじゃない、『この世界ではあらゆる蘇生手段は存在しない』って……」

 

バナージ「ホントかどうかはわからないよ…たしかにこんなのガセかも知れない。けど、今のキリトは絶対取りに行くだろうね」

 

クライン『そうと決まりゃあ、俺たちも準備するか!」

───────────────────

2023年12月24日 三十五層・迷いの森

キリトside

俺は、この半年間で自身のレベルを70まで上げてきた。

理由は、この層に現れる『背教者ニコラス』がドロップする蘇生アイテム・『還魂の聖唱石』を手に入れるためだ。

──勿論、ガセかも知れないなんてことはわかってる。けど、俺はやらなくてはならない。なぜなら……彼らが、《月夜の黒猫団》のみんなが死んだのは俺のせいだからだ。俺が自身の本当のレベルを隠さず、彼らを拒絶していれば、あんなことにはならなかったし、サチが寂しく辛い思いをすることもなかった。

これは、俺一人でやらなければならない。誰にも譲る気も、協力することもしない。例えそれが、俺の知り合いであってもだ……

 

俺は、目的のフィールドに着くと、後をつけられないように索敵スキルを全開にし、大急ぎで走る。

地図を見ながら目的地へ向けて走るが、後少しのところで索敵スキルに反応があった。

俺は急ブレーキし、視線をワープポイントの方へ向ける。

現れたのは、クライン率いるギルド《風林火山》だった。

 

キリト「……クラインか。つけてきたのか……?」

 

クライン「まあな。この層に張り込ませた奴がお前を見たって言ったんで大急ぎでな……なあキリト、一人で例のモンスターに挑むつもりか?」

 

キリト「ああ、これは俺一人でやらなければならないんだ」

 

クライン「そうか……俺は例の事件のことは話で聞いただけだから詳しくはわからねえ……だからお前が今どれだけ辛い思いしてるかはわからねえ。けど、お前がそこまでする必要はあるのか?!あれは誰のせいでもねえ。お前が一人で責任を感じる必要は「黙れ!!!」……っ?!」

 

俺は怒鳴り声を上げてクラインの言葉を遮った。

 

キリト「言っただろ?これは俺がやらなきゃいけないんだ……もしまだ邪魔をするというなら……」

 

そう言いながら俺は背中から剣を抜く。クラインたちに動揺が走るが、その直後、ワープポイントが光り、大多数のプレイヤーが現れた。

 

キリト「…どうやら、お前もつけられてたな」

 

クライン「ああ、みてえだな」

 

そう言いながらクラインたちも自身の武器に手をかける。

 

「げっ、《聖竜連合》だぜ…レアアイテムのためならやばいこともするっていう……」

 

「どうする……?」

 

風林火山のメンバーがリーダーのクラインに尋ねる。

するとクラインが

 

クライン「……仕方ねえ!キリト、行け!ここは俺たちが食い止める!」

 

そう言ってクラインは刀を引き抜いた。それを見た風林火山のメンバーも一斉に武器を引き抜く。

俺は少々戸惑うが、ここは彼らに任せるしかない。

 

キリト「…すまない!」

 

そう言って俺は駆け出そうとするが、クラインが呼び止める。

 

クライン「…おいキリト!もしお前がこのまま一人で行くってんなら俺はもう止めねえ。だが、お前を心配してる奴がいるってことを忘れるんじゃねえぞ!!」

 

クラインにそう言われるが、俺は特に返事をすることもなく駆け出す。

 

キリト「(俺を心配してくれる奴か…サチ、バナージ…けど、俺はあいつらに会う資格は無いんだ。このイベントを終わらせ、蘇生アイテムを手に入れるまでは!!!)」

 

俺がそう考えながらしばらく走っていると、目の前に人影が見えた。

 

 

────それは俺がよく知る人だった。そして、たった今俺がそいつに会う資格は無いと思った人だった。

 

バナージ「……やあ、久しぶりだね、キリト」

 

キリト「……バナージ」

 

俺の、相棒だった。

─────────────────────

〜数分前〜

バナージside

俺は今、サチと一緒に三十五層の迷いの森に来ていた。理由は、この場所にキリトが来るかもしれないと思ったからだ。この層では現在、《蘇生アイテム》が手に入ると言われているクエストが発生しており、キリトは恐らくこれを狙っていると踏んだ俺たちは、先回りして彼を待ち伏せることにしたのだ。

 

そして数分後、

 

バナージ「──来た!」

 

遠方から、黒い人影が現れた。あの黒い装備は間違いなく、キリトだ。

────だが、彼の目には生気が無く、俺が知っている彼とはまるで別人のようだった。

 

サチ「キリト……!」

 

サチが彼の元へ駆け寄ろうとするが、俺はそれを制した。

 

バナージ「待ってくれ、サチ。今のあいつは普通じゃない。君はここで少し待っていてくれないか?」

 

俺は、今のキリトの状態では相手が誰だろうと何をしでかすかわからない状態だと思い、サチを引き止めた。

だが、サチは納得していない様子で、

 

サチ「どうして?!なんで止めるのバナージ!!私は、キリトを助けたい……支えないといけないのに!!」

 

バナージ「サチ、落ち着いて。今はまだダメだ。今のあいつは…どこか普通じゃない」

 

サチ「でも……!」

 

それでもサチは納得しなさそうだった。

俺はできる限り優しい声で囁き、彼女を説得した。

 

バナージ「……サチ、キリトを助けるには君の力も必ず必要だ。今のあいつは悲しみに囚われてる。それから脱却させるには、サチがいなければ不可能だ。けど、今は堪えてほしい。さっきも言った通り、あいつはいつものキリトじゃ無い。もしかしたら、サチに危険が及ぶかもしれないんだ」

 

サチ「バナージ……」

 

バナージ「大丈夫。俺がなんとかしてみせる。その時になれば、君の力を貸してくれ。だから今は……待っていてくれるかい?」

 

俺の言葉に、サチは少し俯き、下唇を噛み締めていた。どこか歯がゆそうな様子だった。

そしてしばらく考え込んだ後、

 

サチ「……分かった。あなたに任せるよ、バナージ」

 

バナージ「…ありがとう、サチ。キリトは必ず連れ戻すよ。君はここで待ってて。いいね?」

 

サチ「……うん!」

 

そして俺は前へ歩き出し、サチは後ろの方へ走っていく。

 

しばらくして、俺はキリトの進行方向の前に立った。それに気づいたキリトは、走っていた足を止めた。

 

バナージ「……やあ、久しぶりだね、キリト」

 

キリト「……バナージ」

 

半年ぶりに聞いた彼の声は、かなり小さく、やつれていて、どこか頼りない感じだった。

 

バナージ「…奇遇だね。君も例のアイテムを手に入れに来たの?」

 

俺は戯けたような感じで彼に話しかける。

俺の言葉に全てを悟ったのだろうキリトは、どこか怒気を持った声で返答した。

 

キリト「……戯言はよせよバナージ。お前も俺を邪魔しに来たのか?」

 

俺は、彼のその声に肩をすくめて、

 

バナージ「“邪魔をしに来た”だって?違うよ、キリト。俺は君を助けに来たんだ」

 

キリト「……“助ける”だと?」

 

バナージ「ああ、そうだよキリト。けど、俺は君のクエスト攻略の助けをしに来たんじゃ無い。君の心を、救いに来たんだ」

 

キリト「…俺の心を?」

 

キリトは、まるで意味がわからない、と言った様子で俺を見る。

 

バナージ「今の君は、黒猫団のみんなを失ってしまった悲しみにずっと囚われ続けている。そして、すべてが自分のせいだと思って、自分自身を罰するために今まで無茶なレベリングや攻略をしてきた───そうだね?」

 

キリト「………」

 

俺の問いに、キリトは無言だった。しかし恐らく図星なのだろう、顔を下に向けた。

 

バナージ「確かに人の死というのは、そんな簡単に乗り越えられるものじゃない。殊に君の場合、彼らを失った絶望は、俺の想像をはるかに超えるだろうね───けどキリト、君は本当にそれでいいのか?それで済むと思っているのか?」

 

キリト「……何だと?」

 

俺の問いに、キリトは少し怒気を持った声で答えた。

だが、俺は構わず彼に話しかける。

 

バナージ「今の君のやっていることは、君自身だけを傷つけてるいる訳じゃないんだ。君がすべて背負いこもうとするから────サチは、彼女も自分を責めているんだ。自分じゃ君を支えられないのか、自分には何もできないのかってね」

 

キリト「……」

 

バナージ「いや、それだけじゃない。あれから俺たちは、君を探すためにいろんな人に協力してもらったんだ。だけど、結果はこの半年間で君を見つけるのはおろか、情報をつかむことすらできなかった。だから─────みんなも自分を責めてたよ。クラインさんも、ユウキも、そして俺も」

 

キリト「……」

 

先程からキリトは、ずっと黙り続けている。

 

バナージ「わかるかい?キリト。君が今やっているのは、自分だけじゃない、周りの人々みんなを傷つけているんだ。確かに、君が本当のことを話してたら、結果は変わったのかもしれない……けど、それはあくまで“もしも”の話だ。結果とか未来のことなんて、誰にもわかりやしないんだよ。そんな“もしも”のことばかり考えてたって悲しいだけだ。君が今するべきことは、自分自身を責めることじゃない──────俺たちの所に帰ってきてくれ。そして、もう一度前を向いて歩き始めるんだ。そうすればいつか、必ず、その悲しみも乗り越えられる」

 

俺は、できる限り優しくキリトに語りかける。しかし、

キリト「……うるせえよ」

 

バナージ「……えっ?」

 

キリトから発せられた声は、俺のよく知るキリトとは思えないほど低く、冷酷だった。

 

キリト「お前に何がわかるんだよバナージ……お前はあの時、《月夜の黒猫団》に入っていなかっただろ?だからそんな楽観的で他人ごとみたいな台詞を言う言えるんだ」

 

バナージ「た、他人ごとって…違う!俺はそういう訳じゃ────」

 

キリト「大体、“この半年間、俺をずっと探し続けてた”だって?誰がそんなこと頼んだんだよ?なんで俺にそんなこだわる?俺にはそんな価値はない……お前らと一緒にいる資格も、権利もない……もうほっといてくれよ」

 

バナージ「なんでだよ?!なんでそこまで自分を卑下するんだ!お前は昔からずっとそうだ…そうやって何もかも背負いこんで、自分を責め続けて……どうしてお前がそこまで自分を否定する必要がある?!」

 

 

キリト「……もういい、バナージ。これ以上話すことは何もないそこを退け。でなければ俺はお前を──────殺す」

 

 

そう言ってキリトは、背中から片手剣を引き抜いた。

キリトのあまりに衝撃的な発言に、俺は驚きを隠せなかった。

 

バナージ「お前本気で言ってるのか?!」

 

キリト「ああ、そうだバナージ。これは、俺がやらなきゃいけないんだ。誰にも譲る気は無いし、協力するつもりもない。ましてや助けてもらおうとも思わない。俺の邪魔をするというなら──────誰だろうと容赦はしない。例えそれが、お前であってもだ。死にたくないなら…そこをどけバナージ」

 

────本気だ。俺は直感的にそう思った。キリトは本気でこのことを言っている。

おそらく、この半年間、キリトはずっとあの事件の悲しさから脱却することができず、この世界と自分自身に絶望していた。そして、深く傷ついてしまった彼の心を癒してくれる人もいなかったのだろう、そうして負の感情に囚われ続けた結果、彼はほとんど周りが見えなくなってしまっている────

 

けれど、だからって俺は易々と引くわけにはいかない。彼が負の感情に包まれているなら、なおさら彼を救わなければならない。

俺は深く息を吸い、覚悟を決めて彼に答えた。

 

バナージ「……断る。今のお前じゃ、これから死ににいくようなものだ。さっき言った通り、俺はお前を救いに来たんだ。だから……どくわけにはいかない」

 

そして、俺も背中から剣を抜いた。

 

だが、俺はここでキリトに異変が起き始めていることに気づいた。彼の身体から、黄色い光が現れ始めているのだ。

 

キリト「……お前なら、そういうと思ったよ……けど、俺はここでやめるわけにはいかないんだ。だから……だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこをどけえぇぇぇ!!!バナァァァジイィィィーーー!!!」

 

バナージ「なっ、あの光は?!」

 

彼が咆哮を上げると同時に、彼の身体が完全に黄色い光に包まれ、彼の目は赤く光っていた。その姿は、キリトの黒い装備と相まって、かつて宇宙世紀で俺が何度も対峙したMSーー《バンシィ》の姿にそっくりだった。

 

そう、つまり彼もまたそれを持っているのだ。俺と同じ力、《NTーD》を。

─────────────────

キリトside

キリト「(ごめんな、バナージ……けど、俺はもう止まれないんだ……止まるわけにはいかないんだ)」

 

俺は、半年前に突如として現れた謎のシステム《NTーD》

を発動した。《NTーD》の補正によるものなのかどうかは分からないが、これのおかげで俺はかつてないスピードで動き回ることができる。

 

キリト「うおおぉぉぉぉーーー!!!」

 

そして俺は、全身に黄色い光を纏いながらバナージに斬りかかった。

だが、バナージは俺の攻撃を難なく防いだ。

 

バナージ「くっ、やめろキリト!」

 

キリト「うるせえっ!!」

 

バナージは必死で俺に呼びかけるが、俺にはもう、その声は聞こえていなかった……いや、聞こえてはいたが、聞こえないふりをしていた、の方が正しいだろう。なぜなら、俺がそれに答えてしまったら、俺の決意が揺らいでしまいそうだからだ。

 

俺が彼らから距離をとったのは、俺のせいで彼らの命がなくなることを防ぐためなのだ。俺は半年前、自分の過ちのせいで《月夜の黒猫団》のみんなを死なせ、サチを絶望に追いやってしまった。

もう二度とそんなことは起こしたくなかった。だから俺は彼らの前に姿を見せないようにしていた。なのに、今バナージの呼びかけに応じてしまえば、俺がこの半年間彼らから距離を置いた意味がなくなってしまう。俺が彼らの元に戻って、また同じことが起こったら─────────という考えがどうしても俺から離れないから。

 

だから、俺はバナージを拒絶する姿勢をとった。そうすれば、彼らも俺から離れるし、俺のせいで彼らが死ななくて済む。そう思ったから。だから────────

 

キリト「そこをどけえぇぇぇ!!!バナアァァァァジイイィィィ!!」

───────────────

バナージside

俺は、キリトから放たれる高速の剣戟をなんとか捌いていく。俺がこうしてなんとかキリトの攻撃を防げているのはある意味奇跡に近い。それほどまでに、今の彼は凄まじかった。

 

バナージ「(くそっ、なんてことだ!まさかキリトが《NTーD》を持っているなんて!!)」

 

彼の身体からは黄色い光が発せられており、その姿はやはりあの《バンシィ》と酷似していた。

よもや、この世界に来てまた《バンシィ》と対峙することになるとは思わなかった。だが、彼が《バンシィ》の力を使っていると言うのなら、今の狂気じみたキリトの言動も行動も納得がいく。

 

《バンシィ》は《ユニコーン》と同じサイコマシン。それらは人の思いや感情を受診し、増幅させる力を持つ。

そして、今この世界でもそれらと同じ力を持つシステムが存在することが分かった。俺が第一層で使用した《NTーD》だ。あの時の俺は、当時の自分のステータスでは考えられないほどの機動性でフロアボスを翻弄し、撃破に大きく貢献した。そしてその力は、かつての《バンシィ》や《ユニコーン》にも搭載されていた《NTーD》と同じである。

だが、もしこの世界の《NTーD》と、あの世界の《NTーD》の持つ機能が全て同じなら、今のキリトは、自身の負の感情が《NTーD》によって増幅させられ、そこから抜け出せなくなっているのだ。そのせいで周りも見えなくなり、まるで別人のような言動を発するようになったのだ。

 

だがもしそれが事実なら、今の状況は色々な面でかなりまずい。一つ目は、今のキリトが使用している力が《NTーD》なら、このままではいずれ本当に俺がやられてしまうかもしれないと言うことだ。《NTーD》の力は俺がよく知っている。

 

バナージ「(あれを使うしかないのか…?)」

 

俺がそんな思考をしていた次の瞬間、俺の左肩をキリトの剣が掠め取った。

 

バナージ「くっ…!」

 

キリト「…どうしたバナージ!!その程度か?!なぜ反撃してこない!!!」

 

バナージ「……俺は、お前とこうして殺し合いをしに来たんじゃない!お前を助けるために来たんだ!」

 

キリト「まだ言うか?!言ったはずだバナージ!俺はもう止まれない!ここでやめるわけにはいかないんだ!どうしても俺を止めたいなら、俺と全力で戦え!!!」

 

そして再び、キリトの猛攻が始まった。俺は必死でその攻撃を防ぐが、それでも全て防ぎきることができず、キリトの剣が俺の体を掠め、俺のHPが少しずつ減少していく。

 

バナージ「(俺は、このままやられるのか……?キリトを救うこともできずに……

そんなの嫌だ!俺は絶対にキリトを助けるんだ!だから……だから……もし、まだそこにいるなら……!)力を貸してくれ!《NTーD(ユニコーン)》!!」

 

俺がそう叫ぶと同時に、俺の身体は赤い光に包まれた。

─────────────────

キリトside

バナージ「力を貸してくれ!《NTーD》!」

 

そう叫ぶと、バナージの身体が赤い光に包まれた。

おそらく、例の力を解放したのだろう。それはつまり、バナージがようやく本気を出したということだ。

 

キリト「……やっと本気を出したみてえだな、バナージ!

さあ、その力で俺を倒せるものなら倒してみろ!!」

 

バナージ「違う!この力はお前を倒すためのものじゃ無い!お前を救うための力だ!!」

 

そして、再び俺たちの剣が火花を散らしてぶつかり合う。

だが、先ほどまでとは違い、バナージは俺の攻撃を防ぎきるどころか、彼の剣が一瞬の隙に俺の体をかすめていく。

 

キリト「(やっぱ…強えなぁ…バナージ…)」

 

ここで、俺はなぜか昔のことを思い出した──────

 

俺にとってバナージは、家族であり、かけがえのない相棒であり……いつか俺が越えるべき目標だった。

バナージは一言で言うなら、『天才』だった。どんなことをやらせても、あいつはいつも「なんとかする」と言って、本当になんとかしてしまうのだ。バナージにできないことは何一つ無いと言ってもいい。

例えば剣道。俺たちの祖父が厳しい人で、俺たちを剣道の道場に通わせたのだ。最初に頭角を現したのは直葉だった。俺とバナージは直葉一人に中々勝てなかったが、バナージは徐々に成長していき、直葉を圧倒するまでになっていた。俺は中々上達せず、いつも直葉とバナージにボコられる日々だった。

それが嫌になって俺は二年でやめてしまった。当然祖父には怒られた。するとバナージが「和人が辞めるなら俺もやめる」と言い出し、本当にやめてしまった。

剣道を辞めた後、俺は半ば無理やりではあるが、バナージをゲームの世界に誘った。最初、バナージはゲームに慣れていなかったのか初期ステージのモンスターにすら敵わない有様だった。でも、俺が少し手ほどきすると直ぐにコツを掴んだのか、どんどんレベルアップしていき、気づけば俺と肩を並べるくらいの一流ゲーマーになっていた。

 

そう、バナージには天性の才能があったのだ。何をしても俺を直ぐに超えていく──そんな存在だった。

別にそれが嫌だとか悔しいとか、嫉妬しているわけでは無い。いくらあいつの方ができると言っても、やはり万能では無いので、俺たちは常に助け合ってやってきた。お互いのできないことはカバーし合い、困難を乗り越えて来た。

俺たちは文字通り“相棒”なのだ。

 

けれど、俺は彼に対して何か負い目みたいなものを感じていた。例えば剣道では、俺が辞めたからバナージも辞めたのだが、もしかしたらあいつも剣道を続けたかったのでは無いか?とか、ゲームだって、もしかしたら本当はやりたくなかったのでは無いか?など、常に一緒にいるからこそ、バナージにとって俺の存在とはなんなのか不安になることがあるのだ。

それに、俺たちは助け合ってやって来たと言ったが、その大半はバナージに助けられることが多かった。現に、俺はこの世界で彼に何度も助けられた。ボス戦の時も、俺と《月夜の黒猫団》がトラップにかかってしまった時も。

 

そして、ケイタの最期の言葉が俺に深く突き刺さった。

『ーービーターのお前が、俺たちに関わる資格なんかなかったんだーー』

 

その時、俺は《月夜の黒猫団》のメンバーどころか、みんなに関わる資格も無いんじゃ無いかと思ってしまった。だから彼らの前から姿を消した。俺のせいで彼らに不幸が訪れるなら、俺のせいでまたバナージに迷惑をかけるくらいなら────────

 

キリト「(バナージ、本気で俺と戦ってくれ。本気で戦って、そして─────俺を終わらせてくれ)バナアァァァァジイィィィィー!!!」

 

バナージ「キリトオォォォォォー!!!」

 

俺とバナージは最高速度で突っ込んでいく。互いの剣が体を捉えようとした時────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「もうやめてえぇぇーっ!!!」

 

キリト「……え?」

 

俺がそんなことを考えながら戦っていると、突然聞き覚えのある叫び声が聞こえた。そちらの方を見ると──────

 

バナージ「サチ?!」

 

キリト「ぁ……サ……チ…?」

 

俺とバナージがほぼ同時に彼女の名を呼んだ。

俺が、今最も会うのを避けたかった人物が……

─────────────────

サチside

バナージがキリトのところへ行き、何やら話し込んでいるのが見える。話している内容はここからじゃ聞こえない。

けど、バナージがキリトに説得をしているのは分かる。

私は、祈るように両手を胸の前で組み、彼らの様子を見守っていた。

 

サチ「(大丈夫……きっと、バナージなら…キリトを止めてくれる……!)」

 

私は、そう信じるしかなかった。

けれども、突然キリトが背中から剣を引き抜き、そして身体に黄色い光を纏いながらバナージに斬りかかったのだ。

 

サチ「キリトっ!!!」

 

私は思わず叫んでしまう。バナージはその攻撃を辛うじて防ぐが、その後もキリトの猛攻は続く。

すると、今度はバナージの身体から赤い光が出た。

あの光は、恐らく私たちを助けてくれた時の光だ。つまり、バナージが全力を出したという事────────

 

サチ「ダメ…ダメだよ……こんなのおかしいよ……」

 

気づけば、私の両目から涙が溢れていた。

その間にも、彼らの戦いはヒートアップしていく。

 

そして、彼らが互いの名を叫びながら、猛スピードで突っ込んでいき、最後の一撃を決めようとした時、私は思わず叫ぶ。

 

サチ「もうやめてえぇぇーっ!!!」

 

私の声に、彼らは攻撃を中断し、驚いたようにこちらを向いた。

 

バナージ「サチ?!」

 

キリト「ぁ……サ……チ……?」

 

私は、静かに彼らの元へ歩いて行く。

────────────────

キリトside

サチは、両目から涙を流しながらこちらに歩いてくる。

 

バナージ「サチ……どうして…?」

 

サチ「…ごめんね…バナージはまっててって言ったのに出てきちゃって…でも、二人が戦ってるのを見て、いてもたってもいられなくなったんだ…だって、間違ってるもん。バナージとキリトは大事な友達なのに…」

 

そして、サチはこちらを向いた。

 

サチ「キリト…久しぶりだね…」

 

そして、静かにこちらに歩いてくる。

 

キリト「くるなっ!!」

 

俺の声に、サチはぴくっと体を震わせる。

 

キリト「くるな…来ないでくれ…俺は君に会う資格はない。会っちゃいけないんだ…だって、俺の「“自分のせいで、みんな死んだ”って思ってるんでしょう?」っ!」

 

サチは俺の言葉を遮った。

 

サチ「違うよ…あれは誰のせいでも無い。あの時、私たちが入った部屋が偶々トラップで、それを開けたのは私たちなんだから…だから、彼らが死んだのは君のせいじゃ無いよ…」

 

キリト「…違う!俺のせいだ…あの時、俺が最初から自分のステータスをちゃんと正直に話していれば…いや、せめてあの時、みんなをもっとしっかり止めていれば…!」

 

俺は首を振り、サチの言葉を否定する。

 

だが、サチは思わぬ発言をする。

 

サチ「キリト…私、本当は全部知ってたんだ…君の本当のステータスも、君が本当はすごく強いんだってことも…」

 

キリト「…えっ?」

 

バナージ「なっ…!」

 

俺とバナージは、驚きの声をあげる。

 

サチ「いつだったかな…?偶然、キリトがメニューを操作してる時、私見ちゃったんだ。それで、なんで君がステータスを隠してギルドに入ったのか考えてみたんだけど、結局わからなかった。でも、私嬉しかったんだ。君は私をちゃんと守ってくれるんだって。そう思えたの」

 

サチ…そうか、知ってたのか…知っててあえて何も言わずに一緒にいてくれたのか…?けど…なら…だからこそ…!

 

キリト「でも!俺はあの時君を守れなかった!君を助けたのは俺じゃ無い!あの時、バナージがいたから…バナージが来てくれたから…!もしあの時バナージが来なかったら、君は確実に死んでた!俺は結局君を守れなかった!」

 

サチ「…そうだね…そうかもしれない。けど、それは“もしも”の話でしょ?私は今、ちゃんとここにいるよ?ちゃんと生きてるよ?」

 

キリト「…っ!」

 

サチ「…それにね……本当のことを言うとね、私始まりの街から出たくなかったんだ。死ぬのが怖くて、戦うのが怖くて…それで、私が逃げ出したあの日、キリトが私に言ってくれたよね?『君は絶対に死なない。俺が守るから』って。私、その言葉にすごく勇気をもらったんだ。私は死なずに済むんだって、この世界から生きて出られるんだって……それがすごく嬉しかった…」

 

キリト「…ぁ…」

 

その時、暗闇で覆われていた俺の心に、光が差してくるような感覚を覚えた。心の呪縛から解き放たれるような、そんな感覚……

 

俺は膝から崩れ落ち、蹲った。

そこに、サチが近づいてきて、彼女もまたしゃがみ込み、俺を優しく抱き寄せる。

 

サチ「君はすごく優しいから、もし私に何かあったら…って思うと、怖かったんだよね?自分のせいで私やみんなに危機が訪れるのが嫌だったんだよね……?でも、大丈夫だよ?君は一人じゃ無い…私が黒猫団のみんなや君に支えられてきたように、君もいろんな人から支えられているんだよ?君を探すために協力してくれたユウキやクラインさん、エギルさんに、君の大切な親友のバナージがついてる。そしてこれからは、私も君を支えていきたい…だから、それ以上自分を責めないで?」

 

キリト「サチ……っ……お、おれ……っ!」

 

サチ「私がこうしていられるのは、全部…全部キリトのおかげだよ…?キリト…本当にありがとう…!だから、キリトにはこれからも、生きていてほしい。私たちと歩き続けて欲しいな…」

 

キリト「サチ……ありがとう……っ…あぁっ〜〜〜〜〜」

 

堰を切ったように、俺は泣いた。サチは、そんな俺を優しく抱きしめていた。

─────────────

〜数時間後〜

バナージside

バナージ「あの蘇生石、対象が消滅してから十秒以内じゃないと効果がなかったらしいね」

 

キリト「そうか…まあそうだろうな」

 

俺たちは三人並んで迷いの森を後にしていた。キリトが狙っていた例のクエストは俺たちは受けず、後から来た聖竜連合が受けたらしい。

 

キリト「…ごめんな、バナージ。お前に心配かけた挙句、お前と戦うなんてことしてしまって…」

 

バナージ「気にするなよ、まあ、お前が無事で良かったよ」

 

キリトは、ただひたすらに頭を下げていた。

 

キリト「サチもごめん…本当に心配かけたな…」

 

サチ「もう。大丈夫だってば。てゆうかそれもう何回目よ」

 

そう、キリトはさっきからずっとこれである。まあ、本当に悪いと思ってるんだろうけど…

 

キリト「でも、俺は……」

 

ここで俺は、少しからかってやることにした。

 

バナージ「そんなに悪いと思ってるなら、四十九層のレアチーズケーキおごってくれよ。あれすごく美味しいらしいんだ!」

 

キリト「ああ、なんでも奢ってやる……って、ん?あれめちゃくちゃ高いやつじゃねえの?!」

 

バナージ「ん?そうだけど?」

 

俺の言ったレアチーズケーキとは、多分今解放されている全ての層の中で一番高いと有名なやつだ。現実だと、下手したら一切れで二万ぐらいはいくだろう。

 

キリト「ちょ、流石にそれは……」

 

流石のキリトもたじろぐ。俺はキリトの肩を組み、少し意地悪く話す。

 

バナージ「おいおい〜、この半年心配かけたんだから当然だよなぁ〜?あ、俺だけじゃなく、勿論サチとかクラインさんとか全員にだぜ?本当に悪いと思ってるならこれでチャラだ」

 

キリト「ちょ?!全員にかよ?!」

 

すると、サチも意地悪く笑い、

 

サチ「へぇ〜?それは楽しみだなぁ〜?しかもキリトがご馳走してくれるんだねぇ〜?」

 

キリト「か、勘弁してくれぇーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「……ふふっ」

 

サチ「あははっ!」

 

キリト「は、ははは」

 

気づけば、俺たち三人は明るい笑顔に包まれていた。

 

今日は12月24日、クリスマスイブの夜。街は色とりどりのイルミネーションで飾られ、街には《赤鼻のトナカイ》が流れていた。

 

 

 

〜数週間後〜

あれから、サチは第一層へ戻っていき、そこで慈善活動のようなことをしている。例えば、この世界に迷い込んでしまった小さな子供達のために孤児院を開いて世話をしたり、サチと同じように仲間を失った人達に寄り添うというような活動をしていて、今では『聖女』と呼ばれて慕われているらしい。サチ曰く、「私は今まで、支えてもらうことしかできなかった。だから今度は、私がいろんな人を支えていきたい」だそうだ。

俺も何度か彼女に会いにいき、よく世間話や近況報告をしあうようになっている。ただ、最近彼女に会いに行くと、なんか顔を赤くしてもじもじすることが多くなった。何故だろう…?

 

 

そして、キリトは完全に復活し、ボス戦に欠かせない存在となっていた。

 

ただ、一つ気になるのは、彼が使う《NTーD》である。

あれは、間違いなく《バンシィ》なものだ。まさか、ここに来て宇宙世紀につながる手がかりが二つも出てくるとは思わなかった。

 

しかし、それにしてもキリトが《バンシィ》の力を得るとは…いや、あるいは《バンシィ》がキリトを選んだのか?

 

真相を知るすべはないが、いずれにしても───

 

キリト「おおーい、バナージ!何してるんだ?早く行こうぜー!」

 

キリトが俺を呼んだ。

 

バナージ「ああ、すぐ行くよー!」

 

今日は最前線のボス戦。また新たな激闘が始まる。

おそらく今日も《NTーD》を使うことになるだろう。

 

《バンシィ》はかつて、俺と何度も戦った相手だ。

それは、マリーダさんやリディ少尉と、乗り手を変えて幾度となく俺に牙を剥いた。

そして、その新たな使い手にキリトが選ばれたらしい。

けど……

 

バナージ「お前なら、きっと使いこなせるさ──」

 

キリト「ん?何か言ったか?バナージ」

 

バナージ「いや、何でもないよ」

 

すると、レイドリーダーの掛け声が聞こえた。

 

ボス戦レイドリーダー「では、突撃開始!!」

 

一同「「「オオォーッ!!!」」」

 

 

 

キリト「……行くぞ!」

 

バナージ「ああ!」

 

──俺たちの戦いが、再び始まったのだった。

 

 




大変お待たせしました!
テスト勉強の合間に急いで仕上げたので、少しおかしな点があるかもしれません!
もしあればご指摘お願いします!
感想なども待ってます!


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第七話 竜使いの少女

誤字修正の指摘をしてくださった方、ありがとうございます!
シリカ回です。今回はほとんどシリカ視点です。
では第七話始まります!


2024年 35層 迷いの森

 

???「あんたはそのトカゲが回復してくれるんだから回復結晶なんていらないでしょ?」

 

赤い前髪をいじりながらそう言ったのは槍使いの女性プレイヤー。

 

???「ロザリアさんだって、ほとんど前衛に出ないのに何で回復アイテムが必要なんですか!!」

 

そう言い返したのは、頭に小竜を乗せた小さな少女プレイヤー。彼女の名は“シリカ”。中層ゾーンでは“竜使いの少女”と言われ結構有名なプレイヤーである。

その二つ名が示す通り、彼女はSAOでも珍しい使い魔を持つ“ビーストテイマー”だった。

 

シリカの言葉に、ロザリアと呼ばれた女性は尚も前髪をいじりながら

 

ロザリア「もちろんよぉ〜?“お子様アイドル”のシリカちゃんみたいに男たちがあたしを回復してくれるわけじゃないもの?」

 

そう言った。

残りのメンバーはこの険悪な雰囲気にオロオロしている。

“お子様アイドル”と言う言葉に益々頭にきたシリカは、

 

シリカ「…分かりました!もういいです!アイテムもいりません!貴女とは絶対にパーティは組まない!私を欲しいって言うパーティはいくらでもいるんですからね!」

 

そう言って、背を向けて歩き出した。残りのパーティメンバーが引き留めようとするが、シリカはそれに聞く耳を持たなかった。

 

〜数時間後〜

シリカside

あたしは今、かなりのピンチに陥っていた。

あの後、森の中を一人で歩き回っていた。あの時は頭に血が上っていたのもあって、パーティメンバーが引き止める声も無視していたのだが、後々冷静になってみれば、この森は“迷いの森”と言う名が示す通り、入ったプレイヤーを迷わせる場所だ。地図がなければ出ることは困難。

 

しかも運悪く、あたしはこの森で最も強いとされるモンスター『ドランクエイプ』というゴリラのようなモンスター

三体に囲まれていたのだ。

勿論その時逃げれば良かったのだが、あたしは以前このモンスターと戦ったことがあり、その時は(パーティメンバーと一緒だったからなのもあるが)問題なく倒すことが出来た。しかも、今は相棒の子竜“ピナ”がいる。だから大丈夫だとタカを括っていた。しかし、それが間違いだった。

 

最初はソードスキルで善戦はしていた。一応あたしは中層ゾーンでは戦える方の部類に入っているという自覚があったので、問題なくドランクエイプのHPを削っていた。

しかし、一体を追い詰めトドメを刺そうとした時、別のドランクエイプがスイッチして攻撃してきたのだ。

 

シリカ「きゃあっ?!」

 

あたしはそれを避けきることが出来ず、攻撃をモロに受けてしまう。

それだけではなかった。あたしが追い詰めた一体が、懐から瓶を取り出し、中の液体を飲み干した。すると、そのドランクエイプのHPが全回復してしまったのだ。

形勢は逆転し、今度はあたしが逆に追い詰められていく。

HPをピナが回復してくれるが、それでは回復アイテムには及ばない。

そして、とうとうあたしのHPがレッドゾーンに達した。

あたしはドランクエイプの攻撃を躱しながらベルトのポーチから回復アイテムを取り出そうとする。しかし、悲劇というのは時に連続して起こるものである。

 

シリカ「回復アイテムが無い?!」

 

そう、あたしの回復アイテムは既に底を尽きていたのだ。

ここで一瞬の動揺。だが戦闘において一瞬の隙は致命的である。

 

ドランクエイプ『グガアアァァァァァ!!!』

 

シリカ「あっ?!」

 

ドランクエイプの一体が、あたしに攻撃を仕掛けてきた。ここであたしはついに死を覚悟した。

しかし……

 

ピナ『きゅるるるーーーっ!!』

ガツッ!!!

 

相棒のピナがあたしの前に飛び出し、攻撃を代わりに受けたのだ。

 

シリカ「ピナ?!」

 

ピナは吹き飛ばされ、あたしはピナに駆け寄る。ピナのHPはみるみるうちに減っていき、ついにゼロに達する。

そして、ピナはガラス片となって消滅した。

 

シリカ「ピナ……ピナぁ!!!」

 

目の前で起きた出来事に、あたしはただ呆然とする。

その間に、ドランクエイプの一体が再び攻撃を仕掛けてくる。そして、ついにドランクエイプの棍棒があたしに直撃………しなかった。

刹那、三体のドランクエイプが一気に爆散したのだ。

 

ガラス片の舞う中から現れたのは、白いロングコートに純白の装備に身を包み、白い片手剣を持った少年だった。

 

しばらくの沈黙の後、あたしは目の前に落ちている羽に気づき、それを拾い上げる。

 

シリカ「ピナ…あたしを一人にしないでよぉ…ピナ…ピナぁ……ぁ、ああぁぁ〜…」

 

泣きわめくあたしを見て、少年は剣を背中の鞘に収めてこちらに歩み寄る。

 

???「君はビーストテイマーだったんだね……すまない、君の友達を助けることが出来なくて…」

 

少年は頭を下げた。そんな彼に、あたしは首を振って答える。

 

シリカ「いえ…いいんです…あたしがバカだったんです…それよりも、ありがとうございます、助けてくれて…」

 

すると少年はしゃがみ込み、

 

???「…その羽、何かアイテム名は設定されてるかな?」

 

そう言われ、あたしは羽を確認する。

 

シリカ「…《ピナの心》…うっ…ううぅっ」

 

そのアイテム名に、あたしは再び泣き出しそうになる。

そんなあたしに、彼は慌てて

 

???「ああぁ待った待った!泣かないで!大丈夫、アイテム名が設定されてるのなら、君の使い魔を蘇生させることができるかもしれないんだ」

 

その言葉に、あたしは少年を見る。

彼は言葉を続ける。

 

???「最近わかったことなんだけどね、四十七層に、《思い出の丘》っていうフィールドがあるんだけど、そこに使い魔の主人が行けば、蘇生アイテムを手に入れることができるらしいんだ」

 

その言葉にあたしの心は一瞬明るくなるが、すぐに曇ってしまう。四十七層…今のあたしのレベルは44。安全マージンは最低でも階層数の+10はなければならない。当然、全然足りない。

 

シリカ「…でも、頑張ってレベリングすれば…!」

 

???「使い魔を蘇生できるのは、死亡してから三日以内なんだ…」

 

少年は静かにそう告げる。

その言葉に、あたしはまた泣き出してしまった。

 

シリカ「(ごめんね、ピナ…今のあたしじゃ君を蘇らすことはできないみたい…あたし、どうしたらいいの…?)」

 

そう途方にくれていると、不意に目の前にトレード表示が出てくる。そこには、あたしが今まで見たこともないような装備が並んでいる。

そして、少年がこう告げた。

 

???「ええっと、この装備があれば最低でもLv6は底上げできる。あとは、俺の仲間に協力してもらえればなんとかなる」

 

あたしは立ち上がり、彼に問いかける。

 

シリカ「あの、どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

すると、少年はキョトンととした顔で

 

???「え?困ってる人を助けるのって普通じゃないの?」

 

いや、そんな『何言ってるの君?』みたいな顔されても…

 

シリカ「で、でも、あたし達初対面ですよ?それに、あたし今までそういう人に出会わなかったから…」

 

すると、彼は顎に手を当てて考えるそぶりを見せ、

 

???「ああ、なるほど。それもそうか…そうだな、あえて理由があるとするなら……君みたいな人を知ってるから、かな?」

 

シリカ「あたしみたいな人、ですか?」

 

???「うん。少し前に、ギルドのメンバーに先立たれた女の子がいてね…」

 

あ、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。

 

シリカ「あ、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって…」

 

???「いや、良いんだ。それに、その子は今ちゃんと立ち直ってるしね」

 

シリカ「そうだったんですね…あ、これ、少ないですが…」

 

あたしは自分の所持金を出そうとするが、少年は手を振り、

 

???「ああ、お金はいいよ。俺が好きでやってることだし。それに、俺の目的とかぶらないでもないからね」

 

最後の言葉が少し気になったが、あたしは気にしないことにした。

 

シリカ「ありがとうございます!あ、あの、あたしシリカって言います。宜しくお願いします!」

 

???「おっと、自己紹介がまだだったね。俺はバナージ。宜しくね、シリカ」

 

そう言って、あたしとバナージさんは一緒に歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーー

三十五層・ミーシェ

今あたしとバナージさんは、とある人待ち合わせるということで、主街区の広場のベンチに座っていた。だが、30分以上待っても、その人は現れない。

 

バナージ「おっかしいなぁ…あいつが遅れるなんてことがあるんだな〜」

 

と、呑気にそんなことを呟いていた。

 

シリカ「あの、待ち合わせてる人ってどんな方なんですか?」

 

バナージ「うーん、一言で言うなら“相棒”、かな?」

 

シリカ「“相棒”、ですか…」

 

相棒、と言う言葉に、あたしはピナを思い出す。

バナージは続ける。

 

バナージ「実は、リアルでも知り合いなんだ。このゲームが始まった時からずっと一緒にいる」

 

シリカ「へえ、リアルでもお知り合いなんですね」

 

バナージ「ああ、本当に頼れるやつなんだが…おかしいな、なんでこんなに遅いんだろう?」

 

すると、バナージさんにメールが届いた。

 

バナージ「おっと、噂をすればなんとやらだ。なになに………………は?」

 

シリカ「どうかしたんですか?」

 

バナージさんがメールを見て素っ頓狂な声を出す。

 

バナージ「『ダンジョンで迷って行けそうにない』…だあ?!あんの野郎…」

 

シリカ「ダンジョンで迷子になるって……そんなことあるんですか?」

 

バナージ「うん、無いよ。普通は……仕方ない。シリカ、明日は俺たち二人で行こう。大丈夫。俺が付いてればなんとかなる」

 

シリカ「そうですか…でも、なら何でその人を呼ぼうとしたんですか?」

 

あたしの言葉に、バナージさんは少し目を細めて

 

バナージ「一応保険だよ。何が起こるかわからないから、一応、ね……」

 

何か思わせぶりな表情を浮かべながらそう言った。

 

ここでふと、あたしは一つ気になることがあった。

 

シリカ「あの、バナージさんは普段どこで寝泊まりしてるんですか?」

 

バナージ「ああ、いつもはもう少し上の層で過ごしてるんだけど……まぁ面倒だし今日はこの層でいいや。どうせあいつも今日は帰らないみたいだし」

 

“あいつも今日は帰らない”……?

この言葉からあたしはもう一つ疑問に思うことが浮かんだ。

 

シリカ「バナージさんは普段、その人と一緒に過ごしているんですか?」

 

バナージ「うん。あいつとはしょっちゅう一緒に攻略に出かけるしね。別々だと面倒だし、同じ部屋で寝泊まりしてるんだ。それに、その方が宿代が安くなるし」

 

その“もう一人”の方は男性だと聞いていた。

 

シリカ「あの、バナージさん…もしかして、お二人ってそう言う……///」

 

バナージ「……へ?あ、いや違うから!男同士で同じ部屋に泊まるとか普通にあるだろ!」

 

あたしの言わんとしていることに気づいたのか、バナージさんは必死で否定する。

 

シリカ「あははっ!わかってますよ〜!冗談ですってば」

 

あたしの言葉にバナージさんはホッと胸をなでおろす。

 

バナージ「ま、全く…とりあえず、そう言うことだ。まずは俺が今日泊まる宿を探さないと」

 

あたしはさっきの反応が面白かったので、もう少しからかってみることにした。

 

シリカ「あ、それなら大丈夫ですよ!あたしの部屋に一緒に泊まればいいんです!」

 

あたしはえっへんと言わんばかりに胸を張ってそう告げた。

 

バナージ「……いやそっちの方が問題あると思うけど…」

 

…あれ?思ってた反応と違った。

すると、バナージさんはなんかまじめに考え始めた。

 

バナージ「と言うか、こんな小さい女の子と一緒に泊まるなんて……あ、いやでも、待てよ…こんな小さい女の子が一人で宿屋の部屋にいる…?これはこれで不味いな。シリカ、やっぱり一緒の部屋にしよう。君みたいな女の子が一人でいるなんて危険だ。襲われたりしたら大変だ」

 

まさかの爆弾発言をしてきた。

 

シリカ「えっ…なっな、ななななな何言ってるんですか!!///一緒の部屋なんてっ、そ、そそそそんなの、ダメですよっ!!///」

 

すると、バナージさんはニヤッと笑い、

 

バナージ「わかってるよシリカ。冗談だってば」

 

シリカ「じ、冗談って…///ば、バナージさあああん!」

 

あたしがさっき言った言葉をそっくりそのま返してきた。

 

バナージ「あっははは!ごめんごめん!ちょっとからかっただけだよ。それにこれでおあいこだ」

 

シリカ「えっ?あ…」

 

やられた…バナージさんの方が一枚上手だったようだ。

 

バナージ「さて、冗談はこのくらいにして、本気で宿屋を探さないとな。シリカ、何か良さそうなところはない?」

 

流石に今回はまじめに答えよう。

 

シリカ「あ、それならあたしが止まってる宿の部屋が一つ空いてます。結構安いんですよ」

 

バナージ「そっか、それは助かる。じゃあ早速案内してくれるかい?」

 

シリカ「はい!」

 

そしてあたしたちは宿に向けて歩き出した。

 

その道中、色々な男の人に声をかけられた。ギルドやパーティの勧誘が殆どだったが、あたしはその都度バナージさんと組んでいるからと断った。その後の男性プレイヤーがバナージさんをものすごい目で睨んでいたが……

 

バナージ「結構人気者なんだね、シリカは」

 

バナージさんが苦笑しながらあたしにそう言った。

あたしも苦笑して

 

シリカ「あれはあたしをマスコット代わりに勧誘してるだけです。それで『竜使いのシリカ』なんて呼ばれてて…なのにあたしは、それでいい気になって…」

 

そう言いながらあたしの顔はだんだん下がっていく。

思い出すのは、相棒の子竜。いつも頭の上に乗っていたのだが、あの重みは今はもうない。

あたしが再び涙目になっていると、バナージさんが頭をさすって諭すように話しかけた。

 

バナージ「大丈夫だよ、シリカ。絶対に間に合う。絶対にピナは生き返る。だから泣かないで?」

 

シリカ「あ、は、はい!ありがとうございます」

 

そんなやりとりをしていると、後ろから声が聞こえてきた。

 

???「あらぁ、シリカじゃない」

 

ーー今、最も聞きたくない人の声だった。

振り向くと、そこにはやはり最も会いたくない人が立っていた。

 

シリカ「…ロザリアさん」

 

ロザリア「無事に森を抜けられたのねぇ?よかったじゃない〜?」

 

嫌味を含んだ声でそう言った。

 

ロザリア「あらぁ?あのトカゲはどうしたのぉ〜?もしかしてぇ〜……?」

 

さらにいやらしい嫌味を浮かべてあたしに問いかける。

それに対し、あたしは

 

シリカ「……ピナは…ピナは死にました!でも、必ず生き返らせます!」

 

と、きっぱりと答えた。

 

ロザリア「“生き返らせる”…?ふぅ〜ん?なるほどぉ?てことはつまりぃ〜、あのダンジョンに行くんだぁ〜?でもぉ、あんたのレベルで攻略できるのぉ〜?」

 

シリカ「くっ……」

 

全くいちいち人を怒らせるような言い方をする人だ。これだからこの人は嫌なんだ。それに、元を辿ればピナが死ぬ原因はこの人じゃないか。

 

でも、あたしは何も言い返せず、ただ握りこぶしがぐぐっと音を立てるだけだった。

すると、バナージさんがあたしを庇うように前に出て、

 

バナージ「ご心配には及びませんよ。あのダンジョンはそこまで難しくありませんしね。攻略は容易です」

 

と力強く答えた。

ロザリアさんはそんなバナージさんを見て、

 

ロザリア「ふぅ〜ん?見たところ、そんなに強そうじゃなさそうな人だけど?ま、せいぜい頑張ってねぇ〜」

 

と、手をひらひらと振って去っていった。

少しの沈黙の後、バナージさんがあたしに訪ねてきた。

 

バナージ「シリカ、あの人って一体…?」

 

シリカ「少し前に、一緒のパーティにいた人です。ロザリアさんって言うんですけど…。でもあたし、あの人と喧嘩になっちゃって…それが原因でパーティを抜けて、あの森で…」

 

すると、バナージさんが顎に手を当てて

 

バナージ「“ロザリア”…?なるほど、そういうことか。

そうか、やっぱり……」

 

考えるそぶりを見せた後、納得したように頷いた。

 

シリカ「どうかしたんですか?バナージさん」

 

バナージ「…いや、なんでもないよ。それより早く宿に行こうか。もう日も暮れてきたし、俺お腹空いちゃって」

 

シリカ「そ、そうですね!早く行きましょう!そうだ!ここのチーズケーキ、結構いけるんですよ!」

 

すると、バナージさんが

 

バナージ「な、なんだって?!それは本当かい?!」

 

と顔を目と鼻の先まで近づけてきた。

あたしは苦笑いで

 

シリカ「あ、は、はい…すごく美味しいんですよ…?」

 

と、かろうじて声を出した。

バナージさんはというと、、、

 

バナージ「な、なんてこった!!この層はチーズケーキが有名だったのか?!それは知らなかった!シリカ、早く行こう!!」

 

と、あたしの手を引いて猛スピードで駆け出した。

 

シリカ「ちょ、ちょっとバナージさん!落ち着いてください!」

 

バナージ「いやっほぉーーーう!!チーズケーキ!チーズケーキ!」

 

……この瞬間、あたしのバナージさんに対する良いイメージがガラガラッと音を立てて崩れ去った。

 

ーーーーーーーーーーーー

あたし達は、今日泊まる宿屋の一階にあるNPCレストランの一角で食事をとってくつろいでいた。

 

あたしの頭の中は、ロザリアさんのことで一杯だった。

今日だけじゃない、今まで言われたことがずっと、頭の中で反復していた。

 

シリカ「……なんで、あんな意地悪言うのかな?」

 

あたしは思わずそう呟いた。

すると、バナージさんがあたしにこう尋ねた。

 

バナージ「シリカはMMOはSAOが初めてなのかい?」

 

あたしはその問いに頷いた。

 

バナージ「そっか…なら無理もないね。どんなMMOにも、悪役を演じる人はいるんだ。中には、進んで悪事を働く奴もいるんだよ」

 

シリカ「なんで、そんなこと……」

 

バナージさんは上を見上げて、呟くように答えた。

 

バナージ「……この世界に限らず、ゲームには法律はないからさ。それに、ゲーム内で悪事を働いたとしても、それを裁くことなんてできない。…言ってしまえば、ここはまさに“無法地帯”なんだよ」

 

シリカ「“無法地帯”…ですか…」

 

バナージ「現実じゃできないことが、ゲーム内ではできる。中には人殺しを楽しむ奴もいる…」

 

シリカ「ひ、人殺しって…」

 

バナージさんは見上げていた頭を下げ、あたしを見つめて、話を続ける。

 

バナージ「まあ、今までならそれを楽しめたんだよ。人殺し…PK推奨のゲームだってあるしね。俺は別に、そのことを悪いことだとは思わない。ゲームのやり方なんて、人それぞれだから。だけど……このSAOは話は別だ」

 

シリカ「バナージさん…」

 

バナージさんは俯いて、呟くように話す。

 

バナージ「……この世界では、プレイヤーの死は現実の死に直結する。本当のデスゲームなんだ。だから人殺しなんて絶対にやっちゃいけない。それに、そんなことで人の命が奪われるなんて許されないことだ……これは持論でもあるんだけどね、人の死は尊厳でないといけないと思うんだ。ある日突然、理不尽に死が訪れるなんてあってはらならない。例えどんな理由があっても、人の命を奪うなんてことしてはいけないんだ……」

 

そう言いながら、バナージさんは遠くを見つめるように話した。まるで、昔を思い出しているように……

 

静寂があたし達を包んだ。あたしはこの空気を変えるために、バナージさんに話す。

 

シリカ「あたし…バナージさんの言ってること、少しわかる気がします。命というのは一個しかありません。それを粗末に扱うなんてあっちゃいけない。だから、だからこそ言えます!バナージさんは…本当にいい人ですよ!なんたって、あたしを助けてくれましたから!」

 

あたしの言葉に、バナージさんは一瞬ポカンとしていたが、すぐに優しく微笑んで、

 

バナージ「ありがとう、シリカ。君にそう言ってもらえると嬉しいよ」

 

シリカ「え、えへへ……///」

 

すると、バナージさんはなにかを思い出したようにあたりを見渡す。

 

バナージ「そういえば……」

 

シリカ「どうかしましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「……チーズケーキまだ?」

 

シリカ「……え?」

 

あたしの目の前には、5枚の皿が積み重なっている。これは、すでにバナージさんが食べたチーズケーキの皿だ。

 

シリカ「バナージさん……チーズケーキが美味しいからって…何個食べるつもりなんですか?」

 

バナージ「うーーん……俺が満足するまで、かな?」

 

シリカ「……」

 

……バナージさんの事、もう一つわかったことがある。

この人、大、いや超がつくほどの甘党のようだ。

 

ーーーーーーーーーー

夕食(ほとんどバナージさんのデザート)を食べ終えた後、あたし達はそれぞれの部屋へ入っていった。

ただ、あたしは中々眠れなかった。

 

シリカ「(もう少し、バナージさんとお話ししようかな……)」

 

そう思い立って、あたしは部屋を出てバナージさんの部屋のドアをノックする。

すると、中から「はーい」という声が聞こえてきた。

よかった、まだ寝ていなかったようだ。

ガチャリとドアが開き、バナージさんが出てくる。

 

バナージ「あれ、シリカ?どうしたんだい?」

 

シリカ「あっ、あの、えっとぉ…」

 

…言えない。もう少し話がしたいからきました、なんて、恥ずかしくて絶対に言えない!

 

バナージ「…シリカ?」

 

あたしの様子に、訝しんだ様子でバナージさんがあたしに尋ねる。

 

シリカ「あ、はい!あの、あ、明日のことをもう一度聞きたいなぁーと…思いまして…///」

 

バナージ「…ああ!なるほど。そうだね、今のうちに確認しておこうか。じゃあどうぞ」

 

シリカ「は、はい!し、失礼しますっ!」

 

バナージさんに招かれ、あたしは部屋に入る。

 

シリカ「(なんだろう…き、緊張するなぁ〜///)」

 

バナージさんが、アイテム欄からある道具を取り出した。

見慣れないアイテムだった。

 

シリカ「あの、これはなんですか?」

 

バナージ「これは《ミラージュスフィア》っていって、アインクラッドの各層が見れるんだ。簡単に言うと立体的な地図みたいなものだよ」

 

シリカ「へぇ〜、綺麗…」

 

バナージさんは、四十七層のところをタップすると、四十七層が立体的に表示された。

バナージさんが、それを使いながら、指をさして場所を教えてくれる。

 

バナージ「ここが四十七層の主街区。ここから南の道を下りていくんだ。そして、そこには橋があって………ん?」

 

説明の途中、バナージさんがふとドアの方を向いた。

 

シリカ「バナージさん?」

 

あたしが疑問符を浮かべていると、バナージさんはこちらを向いて、人差し指を立てた。《静かに》の意味のジェスチャーだ。

そして、バナージさんは勢いよく扉めがけて駆け出し、

 

バナージ「誰だ!!」

 

勢いよく開けた。

そこには誰もいなかったが、ダダダダッと走っていく足音のような音が聞こえた。

 

シリカ「バナージさん、今のは…?」

 

あたしの問いに、バナージさんはやれやれと首を振って

 

バナージ「…さっきの会話、どうやら聞かれていたらしい」

 

シリカ「え、でも…ドアをノックしないと部屋の中の音は聞こえないんじゃ…?」

 

バナージ「いや、《聞き耳スキル》を上げてるとその限りでもないんだ。まあ、そんなのあげてるやつ聞いたことないけど……なるほど、これで確定したな」

 

シリカ「え…なんの話ですか?」

 

バナージさんはあたしの方を向いて、優しく微笑んで

 

バナージ「それは、多分明日になればわかる。今日は遅いからもう寝よう。とりあえず何が起こるかわからないから、今日はこの部屋で休んでくれ。あ、変な気は起こさないって約束するから」

 

シリカ「へ…?あ、はい、わかりました」

 

まさか昼間言った冗談が現実になるとは思わなかったが、あたしは言われるがままベッドに横になる。

 

バナージさんは、何やらメニューを操作していた。その姿は、昔よく見たパソコンをいじる父親の姿のようだった。

 

ーーーーーーーーーー

バナージside

シリカが寝息を立て始めたので、俺はメニュー欄から通話ボタンを起動する。相手は、あいつだ。

 

キリト『よう、バナージ。無事か?』

 

バナージ「それはこっちのセリフだよ……全くなんだよ、ダンジョンで迷子になるとか」

 

キリトはバツが悪そうに答える。

 

キリト『うぐ……いや、ち、違うんだ。運悪く落とし穴に引っかかっちゃってさ。それに、モンスターに襲われてる女の子もいたし。その人助けだよ』

 

バナージ「…やれやれ、人が心配してるときにナンパしてるとは……」

 

キリト『お前が言うか?!』

 

バナージ「いやナンパじゃないよ、こっちだって人助けだよ。それに、例のギルドの狙いも彼女のようだし」

 

俺の言葉に、キリトも声のトーンが落ちる。

 

キリト『…《タイタンズハント》か?』

 

バナージ「ああ。そして恐らく、いや、間違いなく明日、何かしら仕掛けてくるだろうね」

 

キリト『悪いな。俺も助けに行きたいのは山々だが、こっちも命がかかっててな』

 

バナージ「…わかってるよ。でも……はあ、だから一応お前に頼んだのに」

 

キリト『だから悪かったって?!埋め合わせはなんでもするから!な?!』

 

バナージ「……今なんでもするって?」

 

キリト『え、あ、いや、なんでもって言っても、やっぱ限度があるな…そうだな…四十二層の激辛パスタ奢るっていうのはどうだ?!』

 

バナージ「お前ふざけんな?!それ俺に対する罰ゲームだろうが!あれだ、今三十五層にいるんだけど、ここのチーズケーキが美味しいんだ。だからここのチーズケーキ30個でいい」

 

キリト『さ、30……?!わ、わかった。考えとこう。

とりあえず、明日は気をつけろよ。まあ、お前がいるし大丈夫だろうけど』

 

バナージ「ああ、そっちもな」

 

そして、通話を終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、七話終わりました!
今回のキリトの動向は、後ほどアップしたいと思います。
後、通話機能なのですが、これは完全にオリ設定です。
感想なども待ってます!では、次回!


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第八話 白の剣士

今回もシリカ視点がメインになると思います!
では、八話行きまーす!


2024年2月24日 第四十七層・フローリア

シリカside

今日、あたしとバナージさんは、使い魔蘇生のアイテムを手に入れるため、ここフローリアに来ていた。

目の前には、一面に花畑が広がっていた。

 

シリカ「わぁ〜!すごい、夢の国みたいです!」

 

バナージ「ここは通称『フラワーガーデン』って呼ばれてて、デートスポットとしても有名なんだ」

 

シリカ「で、デートスポット……///」

 

その言葉に、あたしは顔が真っ赤になるのを感じた。

 

バナージ「うん?シリカ、どうかしたの?」

 

あたしの様子に、バナージさんは顔を覗き込んで不思議そうに尋ねる。

 

シリカ「い、いえ!何でもないです!」

 

あたしは慌てて手をぶんぶんと振って答える。

そして、主街区を出て、いよいよ思い出の丘の入り口にたどり着いた。すると、バナージさんが

 

バナージ「そうだ、シリカ。これを渡しておくよ」

 

そう言って、バナージさんはポケットから何かを取り出し、あたしに手渡した。それは、転移結晶だった。

 

シリカ「え、これは…?」

 

あたしが疑問符を浮かべて尋ねる。

 

バナージ「シリカの今のレベルと装備ならこの層は問題ないと思うけど、フィールドじゃ何が起きるかわからないからね。もし何かあればこれで適当な場所へすぐに転移して欲しいんだ」

 

シリカ「えっ、でもバナージさんは…?」

 

バナージ「俺ことは心配しないで。とにかく、絶対に無茶はしないと約束してくれ。いいね?」

 

あたしは頷き、転移結晶を受け取った。

 

バナージ「よし、それじゃ行こうか」

 

そして、あたし達はフィールドへ向けて歩き出した。

しばらく歩いていると、足元からシュルッと何かが巻きつく音がした。その直後ーー

 

シリカ「へ?あ、わあああぁぁぁぁっ!!!」

 

バナージ「し、シリカ?!」

 

気がつくと、あたしは食虫植物みたいなモンスターに逆さ吊りにされていた。あたしはスカートが捲れないように片手で必死に抑えている。

下を見ると、大きな口を開けたモンスターが……

 

シリカ「い、いやあぁぁぁぁ!!!」

 

あたしは短剣を無我夢中でぶんぶんと振り回した。

 

シリカ「ば、バナージさあああん!見ないで!見ないで助けてえぇぇぇぇ!!」

 

バナージ「そ、そんな無茶苦茶な……」

 

バナージさんは右手で目元を抑えて顔を背けていた。

 

バナージ「シリカ!落ち着いて!そのモンスターすごく弱いから!」

 

あたしはその言葉に意を決して

 

シリカ「あ、はい!この…いい加減に、しろぉーー!」

 

あたしは右足に巻き付いていたツタを切り、そして短剣ソードスキル《ラビットバイト》を発動してモンスターに叩き込んだ。

モンスターはHPをゼロにし、爆発四散する。

 

着地したあたしはバナージさんの方へ振り向いて、

 

シリカ「み、見ました……?」

 

その問いに、バナージさんは顔を背けて

 

バナージ「見てません…」

ーーーーーーーーーーーーーー

あれから、あたし達は幾度か戦闘をこなした。

特に問題もなく、ときにバナージさんのアドバイスを受けながらモンスターを順調に倒して進んでいた。

 

ここでふと、あたしは気になることが出来た。

 

シリカ「あの、バナージさん。一つ聞いてもいいですか?」

 

バナージ「うん?どうした、シリカ?」

 

あたしは意を決して、

 

シリカ「あの、バナージさんってなんだかすごく強いじゃないですか?どうやったらそんなに強くなれるのかなぁと思いまして…」

 

バナージさんは少し考えて、

 

バナージ「…なるほどね。まあでも、俺のやり方はあまり参考にはならないかもしれないけど…いいの?」

 

シリカ「はい!是非お願いします!」

 

バナージ「わかった。じゃあまずはレベリングの方法なんだけどーーーー」

 

あれから、バナージさんはあたしにレベリングのやり方、ソードスキルの振り方など、ゲームの基本的なことから所謂裏技のようなことまで、時にご自身の失敗談や笑い話も交えて一つ一つ丁寧に教えてくれた。バナージさんの教え方はとてもわかりやすく、まるで学校の先生の話を聞いているようで、それでいて全く飽きない話ばかりだった。

 

そんな話を聞いていると、あたしにある仮説が浮かんだ。

ーーこの人は攻略組なんじゃないか、と。

 

あたしがそれをバナージさんに確認しようとした時、

 

バナージ「あ、シリカ!見えてきたよ!」

 

と、指をさした。あたしがその方向を見ると、そこには思い出の丘の頂上があり、さらにそのてっぺんに何なら台のようなものがあった。

 

シリカ「バナージさん、あれってもしかして…?」

 

バナージ「そう。あそこに蘇生アイテムがある」

 

そう言われてあたしは歩くスピードを速めた。

そして、台の前にたどり着くと、そこには一輪の花が咲いていた。

 

バナージ「これが今回の目当て、蘇生アイテムの《プネウマの花》だよ」

 

シリカ「じゃあ、これでピナを生き返らせることができるんですね!」

 

バナージ「ああ、その通り。でも、ここじゃモンスターも多いから危険だ。ピナを生き返らせるのは宿に戻ってからにしよう」

 

シリカ「…はい!」

 

そして、あたし達は元来た道を歩き始めた。

ーーーーーーーーーーーー

幸い、帰りは全くと言っていいほどモンスターに遭遇しなかった。そのおかげでスムーズに進むことが出来た。

あたしはというと、帰りはもうずっと有頂天だった。当然だ。もう二度と会えないと思っていた相棒と再び冒険できるのだ。

そうこうしているうちに、橋のところへ差し掛かった。

 

突然、バナージさんがあたしを引き止めた。

 

シリカ「バナージさん?」

 

バナージさんは鋭い目つきで前方を見据え、

 

バナージ「そこで待ち伏せている人、出てきてください。もう隠れていても無駄ですよ」

 

そして、橋の向こう側の木の陰から出てきたのはーーーー

 

シリカ「ロザリアさん?!」

 

そう、三十五層にいたはずのロザリアさんだ。なぜ、どうしてここに?なんの目的で?

あたしの中に、様々な疑問が浮かぶが、ロザリアさんは相変わらず憎たらしい声で、

 

ロザリア「あたしのハイディングを見破るなんて、中々の腕前のようねぇ、剣士サン?少し侮ってたかしら」

 

そして、視線をあたしの方へ向け、微笑を浮かべながら

 

ロザリア「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》を手に入れることが出来たみたいねぇ。おめでとう…」

 

そして、醜悪な笑みに変え、

 

ロザリア「…じゃ、そのアイテムをさっさと渡してちょうだい」

 

シリカ「な、何言ってるんですか?!」

 

冗談じゃない!これはピナを生き返らせるために必死で手に入れたものだ。それを渡せだなんてーー

 

すると、バナージさんがあたしの前に出て、

 

バナージ「残念ですがそれは出来ませんね、ロザリアさん……いや、オレンジギルド《タイタンズハント》のリーダーさん、と言った方が正しいですかね?」

 

ロザリア「…へえ?」

 

バナージさんの言葉に、ロザリアさんは笑みを消し、面白くなさそうに呟く。

あたしは只々疑問だった。

 

シリカ「オレンジ…?え、だってロザリアさんはグリーンですよ…?」

 

そう、ロザリアさんのカーソルの色はグリーン、つまりなんの犯罪も犯していないプレイヤーである。

だが、バナージさんがそのカラクリを説明してくれた。

 

バナージ「シリカ、オレンジギルドと言っても、全員がそうなわけじゃないんだ。グリーンが獲物を見繕い、指定ポイントまで誘導。そしてオレンジのメンバーがそこで畳み掛ける……そういうやり方さ。例えば、今俺たちの目の前にいる人がその一例だよ」

 

シリカ「そんな…」

 

信じられない。まあ、嫌な人だとは思っていたが、まさかよりによってオレンジギルドのメンバーだったとは…

そして、バナージさんは視線をロザリアさんの方へ向け、

 

バナージ「昨日、宿屋での俺たちの会話を盗み聞きしたのも、あの人の仲間というわけさ。恐らく、あの人の指示なんだろうけど」

 

あたしは嫌な予感がした。

 

シリカ「じゃ、じゃあ…この二週間、同じパーティにいたのは…」

 

ロザリア「そうよぉ〜、あのパーティの戦力を分析するのと同時に、冒険でお金が貯まるのを待ってたの」

 

そう言って、ロザリアさんは舌舐めずりをする。

それを見てあたしは背中に悪寒を感じる。

 

ロザリア「まあ、一番楽しみにしてたあんたが抜けちゃってどうしようかなぁと思ってたんだけど、なんかレアアイテムを取りに行くっていうじゃない?…それにしても、そこまで分かっててその子にノコノコついて行くなんて、あんた馬鹿ぁ〜?それとも体でたらし込まれちゃったのぉ〜?こんな小さいお子ちゃまにぃ〜?」

 

と、嘲笑を浮かべながらそう言った。

…あたしはその言葉に怒りを覚える。

しかし、バナージさんは呆れたように嘆息し、

 

バナージ「…ご冗談を。そんなわけないでしょう?……実は、俺も貴女を探していたんですよ。ロザリアさん」

 

ロザリアさんは疑問符を浮かべ

 

ロザリア「…どう言うことかしら?」

 

バナージさんは続ける。

 

バナージ「貴女は10日前に、《シルバーフラグス》と言うギルドを襲いましたね?メンバー4人が死亡し、リーダーだけが脱出した…」

 

バナージさんは険しい表情で話す。

 

ロザリア「…ああ、あの貧乏な連中ね」

 

ロザリアさんは興味なさそうに答える。

それに対してバナージさんは怒気を含みながら

 

バナージ「リーダーだった男性は、悲痛な顔で毎日最前線の転移門広場で仇討ちをしてくれる人を探していました。

俺が依頼を受けた時、あの人はこう言いましたよ…『あいつらは殺さず、黒鉄宮の監獄に入れてくれ』と。貴女にあの人の気持ちが分かりますか?」

 

と鋭い目つきでロザリアさんを見ながら言った。

対してロザリアさんは

 

ロザリア「分かんないわよ。何よ、マジになっちゃってばっかみたい」

 

と吐き捨てるように答えた。

 

バナージ「………」

 

バナージさんは相変わらずロザリアさんを睨んでいる。だが、ロザリアさんはそれに目もくれず

 

ロザリア「ここで死んだって、現実で死ぬなんて限らないじゃない?それより、あんた達は自分の心配したら?」

 

と、指を鳴らすと、奥の木の陰から合計7人のプレイヤーが出てきた。皆カーソルはオレンジ、人殺しも厭わない連中だ。

それを見てあたしはバナージさんの服の袖を引っ張って

 

シリカ「ば、バナージさん、人数が多すぎます!脱出しないと…」

 

だが、バナージさんは微笑んで、あたしの頭をポンポンと叩き、

 

バナージ「大丈夫、心配しないで。シリカは転移結晶を持って下がってて。いいね?」

 

そして、バナージさんは背中から剣を抜いて彼らの方へ歩いて行く。

 

シリカ「バナージさあああん!!!」

 

すると、あたしの声にオレンジプレイヤーの1人が

 

オレンジ1「え?“バナージ”…?」

 

そして、少し後ずさり

 

オレンジ2「盾なしの白い片手剣使い…白いコート、純白の装備……?!あ、ああぁっ?!」

 

と呟き、直後に顔を青くして震え上がる。

 

オレンジ3「ろ、ロザリアさん!!やばいですよ!こいつ、最前線でソロで挑んでる攻略組の《白の剣士》だ!!」

 

シリカ「攻略組……《白の剣士》…?!」

 

そして、あたしも目を見開いて驚く。

このデスゲームの世界で、常に最前線で命をかけて戦い続けるプレイヤー達の集団を、人は攻略組と呼ぶ。彼らは皆、あたし達中層ゾーンのプレイヤーとは比べ物にならない強さを持つと言われている。また、その中でも注目されているプレイヤーには、いつしか二つ名が付けられるようになった。例えば、大手ギルド《血盟騎士団》の副団長を務める《閃光のアスナ》や、ソロで活躍する《絶剣のユウキ》がそのいい例だ。

 

しかし、そう言った攻略組の中でも、特に群を抜いて強いとされている2人の対をなすプレイヤーがいる。

ーー1人は、漆黒の装備に身を包み、まるで獅子のように戦場で獰猛に、果敢に戦う《黒の剣士》。

ーー1人は、純白の装備に身を包み、まるで一角獣のように戦場を優雅に、華麗に駆け回る《白の剣士》。

この2人は、攻略組を構成する多数のプレイヤーの中で最強と目され、このデスゲームを終わらせてくれる希望の光なのだ。そして、攻略組最強とはすなわちSAOの世界最強ということを意味する。

 

そこまで思い出したあたしは、視線をバナージさんの背中に向ける。

攻略組かもしれないことは薄々気づいていたが、まさか自分が最強と言われるプレイヤーと過ごしていたとはーー

 

そして、動揺しているのは向こうで構えているオレンジプレイヤーの方も同じようだ。まあ、彼らとバナージさんの間には頭一つ分どころか、下手をすれば天と地ほどの実力差があるのだ。1人といえど太刀打ちなどできるはずもない。

 

しかし

ロザリア「攻略組がこんなとこにあるわけないじゃない!どうせコスプレ野郎か何かでしょ?!さっさと始末して身ぐるみ剥いじゃいな!!!」

 

オレンジ4「そ、そうだ!攻略組なら美味しいレアアイテムもいっぱい持ってるぜ!!」

 

オレンジ5「死ねやあぁ!!!」

 

その叫び声と共に、一斉に7人のオレンジプレイヤーがバナージさんに斬りかかった。彼らの剣がライトエフェクトに包まれ、バナージさんはそれらの攻撃を無抵抗で受ける。

 

シリカ「いやあぁぁぁぁ!!!やめて!バナージさんが死んじゃう!」

 

バナージさんは7人の攻撃に対して何の反撃もしない。

助けなきゃ…そう思い、あたしは腰の短剣に手をかける。

そして、視線をバナージさんのHPゲージに向けるが、ここで信じられないことが起きた。

バナージさんのHPゲージはたしかに減っている。しかし、一定時間が経つと、元に戻っている。

 

シリカ「どういうこと……?」

 

あたしは只々疑問だった。

やがて、何かがおかしい事に気づいたオレンジプレイヤーの1人が異常なものを見つめる目でバナージさんを見る。

 

オレンジ6「お、おい…どうなってんだよコイツ…?」

 

それを見てロザリアさんが苛立ったように

 

ロザリア「あんたら何やってんだ!さっさと殺しな!!」

 

それに対してバナージさんは周囲のオレンジプレイヤーを見回して

 

バナージ「…10秒あたり400ダメージってところですかね…それが貴方方7人が俺に与えられるダメージの総量です。そして俺の現在のレベルは78、HPは14500、更に『バトルヒーリングスキル』による自動回復ポイントが10秒で600ポイントあります。

要するに、今の貴方方では何時間…いや、一生俺を倒すことはできないということですよ」

 

バナージさんのその言葉に、オレンジプレイヤーの1人が信じられないというような目で

 

オレンジプレイヤー7「なんだよそれ…そんなのありかよ?!」

 

と叫んだ。

それに対し、バナージさんは視線をそのプレイヤーに向け

 

バナージ「ありなんですよ、これが。たかが数字が大きくなるだけで無茶な差がつく…これがレベル制MMOの理不尽さなんですよ。でも、残念ですがそもそもゲームというのはそういうものです」

 

そして、バナージさんは懐から回廊結晶を取り出した。

 

バナージ「これは、俺の依頼主さんが全財産をはたいて購入した回廊結晶です。場所が監獄エリアに設定されています。ここにいるみなさんには、これで全員飛んでもらいます。ちなみにもし逃げたり抵抗するというなら……」

 

そう言ってバナージさんはコートの内側から短剣を取り出しそれを掲げる。よく見ると刃の部分には緑色の液体が付着している。

 

バナージ「レベル5の麻痺毒が塗ってあります。10分は動けません。それだけあれば俺が全員放り投げることは簡単です。ご自身で入るか俺に投げられるか…どちらか好きな方を選んでください。逃げられるとは思わないことです。“コリドー・オープン”!!」

 

オレンジプレイヤーを見回した後、回廊結晶を展開した。

その中へ、オレンジプレイヤーが諦めたように1人、また1人と入っていく。

全員が入り、残りはロザリアさんだけとなった。

 

バナージ「…貴女はどうしますか?」

 

ロザリア「…はっ!それで勝ったつもりかい?!言っとくけど、あたしはグリーンだよ?あたしを傷つけたらあんたがオレンジにーー」

 

瞬間、一陣の風が吹いて、剣の切っ先がロザリアさんの首元に向けられていた。そこにいたのは、先ほどまで数メートル離れていたはずのバナージさんだった。

 

バナージ「……いい加減にしろよ?お前も自分が殺してきた人たちみたいに今ここで殺してやろうか?」

 

ロザリア「ひっ……!」

 

バナージさんはまるで別人のように低く、ドスの効いた低い声でロザリアさんに言った。ロザリアさんも震え上がっている。

 

バナージ「……なんてね、冗談ですよ。安心してください、俺は人殺しなんてするつもりはありません……貴女と違ってね」

 

 

先ほどの別人のような声とは違い、いつも通りのバナージさんの声に戻った。

 

バナージ「ですが警告しておきます。俺はソロプレイヤーです。なので1日2日オレンジになるくらいどうということはありません。いずれにしても貴女は逃げられませんので、諦めて監獄に入ってください」

 

そして、バナージさんはロザリアさんの襟首を掴んで展開した回廊結晶のところへ持っていく。

放り投げる直前、

 

バナージ「そうだ、最後に一つ言っておきます。貴女は俺の依頼主に感謝することです。もう一度やり直すチャンスを与えられたんですから。自分がしたことの意味、命の大切さ…それを監獄の中で考えてください」

 

ロザリア「……」

 

ロザリアさんはバナージさんの言葉にただ黙って俯いて聞いていた。

そして、バナージさんがロザリアさんを放り込んだのと同時に、エフェクトも消えた。

 

しばしの静寂。

 

そしてバナージさんが、空を仰いで

 

バナージ「……はあ、ちょっと、柄にもないことしちゃったかな?…まぁいいか、これで依頼完了だ」

 

そして、バナージさんはあたしの方を見て

 

バナージ「…ごめんね、シリカ。君を囮にするような真似して…攻略組であることを明かしたら怖がっちゃうかなと思ったんだ」

 

でも、あたしは首を振って

 

シリカ「大丈夫です。バナージさんはいい人って知ってますから!」

 

そう答えた。

バナージさんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべて

 

バナージ「…ありがとう、シリカ。それじゃ、街に戻ろうか」

 

けど、あたしは何故か動けなかった。

 

シリカ「…すみません、足がすくんで動けないんです」

 

あたしは顔を赤くしてそう告げた。

 

バナージ「…手を貸すよ」

ーーーーーーーーーーーー

三十五層・ミーシェ

宿に戻ったあたし達は、部屋のベッドで並んで座っていた。静寂が空間を包んでいた。

あたしは沈黙を破るように

 

シリカ「バナージさん…行っちゃうんですか?」

 

あたしがそう言うと、

 

バナージ「ああ、もう5日も前線を開けちゃったからね…すぐに戻らないと」

 

あたしは少し寂しかった。

 

シリカ「そうですよね……バナージさんはすごいですよね!攻略組で、しかも最強なんですから!あたしなんかじゃとても……」

 

悲痛な表情であたしがそう言うと、

 

バナージ「シリカ、レベルなんてただの数字だよ。この世界での強さは幻想に過ぎない。それよりももっと大切なものがある。そして…」

 

そして、バナージさんは顔をこちらに向けて

 

バナージ「君はそれを知っている。それは当たり前のことだけど、すごく重要なものなんだ。だから、絶対に無くしちゃダメだよ」

 

あたしは強く頷いた。

そして、バナージさんは立ち上がり、

 

バナージ「さて、それじゃ早速、ピナを生き返らせてあげようか!」

 

シリカ「はい!」

 

そしてあたしはメニューから《ピナの心》と《プネウマの花》をオブジェクト化する。

そして、花から零れる水滴を、ピナの羽に滴らせる。

すると、ピナの羽が眩く輝き始める。

シリカ「(ピナ…いっぱい、いっぱいお話ししてあげるからね。今日のすごい冒険と……1日だけの、最高のお兄ちゃんの話を…)」

 

輝く光を見る中で、あたしは静かに、そう語りかけた……

ーーーーーーーーーーーー

バナージside

シリカと別れた後、俺は再び最前線の層に戻ってきていた。今日行ったフローリアがとても綺麗な場所だっただけに、この層の景観はすごく殺風景に感じた。

 

そして、自分が普段拠点にしている宿に向けて歩いていると、

 

???「おーい、バナージ!」

 

と、後ろから聞きなれた声がした。

 

バナージ「……キリト、無事だったか……ん?」

 

振り返るとキリトがいたのだが、なぜか見たことのない女の子と一緒だった。

 

???「えっ?バナージって、あの《白の剣士》?!すごい!まさかSAO最強プレイヤーの2人に会えるなんて!!これはすごいお宝だぁ!!!」

 

その少女はそう言いながらすごいスピードでこちらに走って来た。

見た目は俺より少し小さいくらい。オレンジの髪に青いフード付きのポンチョ、黒いショートパンツ、そして腰には短剣…いや、ソードブレイカーを装備している。

 

???「貴方ももしかしてこの層を拠点にしてるの?!レベルは?!使用武器は?!自分が持ってるすごいお宝は?!」

 

なんかすごい剣幕でこちらに質問を畳み掛ける。

 

バナージ「え、えっと……あの、少し落ち着こうか。まず俺はバナージであってるよ。君の名前は?」

 

???「あっ、そうだった。あたしは《フィリア》って言うの!ダンジョンでモンスターに襲われてるところをそこのキリトに助けてもらったんだぁ!」

 

キリト「…まあ、俺がダンジョンで迷子になって、偶然通りかかっただけだけどな。でも、フィリアのおかげで、その後はトラップにも引っかかることなく脱出出来たんだ」

 

バナージ「へえ、そうなのか。ありがとうね、キリトを助けてくれて」

 

フィリア「お礼を言うならこっちの方だよ。キリトがいたから私は助かったんだから」

 

キリト「けどすごかったんだぜ?俺でも分からないようなトラップを見分けるし、一度通った道は覚えてるし。正直これで攻略組じゃないのがビックリだよ」

 

バナージ「キリトでも分からないようなトラップを…?すごいなぁ、どんなスキルを使ってるんだい?」

 

フィリア「まあ私は《トレジャーハンター》だしね!トラップの見分けとかは得意なんだよ!」

 

バナージ「と、《トレジャーハンター》だって?!そんな職業がこの世界にあるの?!」

 

キリト「いやだから職業はねえって!!」

 

フィリア「まあ《トレジャーハンター》は自称だしね」

 

バナージ「そ、そうか…それより、君たちの話、詳しく聞かせてくれないか?どうやってダンジョンを切り抜けたのか、とかさ」

 

キリト「ああ、いいぜ。じゃあとりあえず、どっかレストランにでも行くか」

 

そして、俺たちはNPCレストランの方へ歩き出した。

 

 




はい、八話完結です!
途中、バナージらしくない発言がある描写がありましたが、命を何より大切に思うバナージ君だからこそ、ロザリアさんに対してあの発言が出たんじゃないかと、そう思っています。
そして今回、フィリアちゃんを登場させました!筆者はゲームオリジナルヒロインも好きでして、特にフィリアちゃんはお気に入りなんですよねー!
次回はキリト君とフィリアちゃんの出会いと冒険について書いていきたいと思います。ここは完全にオリジナルの話になるので、正直不安ですがなんとか手探りでやっていきたいと思います。
では、次回もよろしくお願いします!長々と失礼しました。


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第九話 トレジャーハンター

こんにちは!ジャズです!
というわけで、オリジナル回です!
自分なりに精一杯書かせていただきました!
それでは、始まります!


2024年 最前線

キリトside

 

キリト「……暇だ…」

 

俺は今、最前線の宿のベッドで寝転がっていた。

いつもなら、相棒のバナージと一緒に迷宮区へ攻略に出かけるのだが、先日からあいつはある人物から依頼を受け、現在は三十五層にいる。

なので俺1人で迷宮区に行って攻略していたのだが、俺はもう1人で攻略するのに飽きていた。なぜなら、俺とバナージが攻略するときはいつも、俺たちの間でミニゲームをしながらやっているからだ。例えば、《どちらがモンスターを多く狩れるか》などだ。

理由は、俺が『ただモンスターを倒して攻略するのはつまらない』と言い出したからだ。それから俺たちは、様々な勝負事をしながら攻略している。これのおかげで、デスゲームであるこの世界で、常に命をかけなければならない最前線の迷宮区の攻略で、少し緊張を和らげることができたのだ。以来、俺たちは攻略するときは必ずこういったミニゲームを行なっていた。

 

しかし、今はそのミニゲームの相手であるバナージがいないのだ。あいつが下に降りてからしばらくは俺1人で迷宮区を進んでいたのだが、バナージとのミニゲームの楽しさが余計に俺1人で迷宮区を進めることをつまらなくしていた。

なので、俺は迷宮区に行きたくなかった。今俺が1人で迷宮区に行ったところでただの作業になってしまうからだ。

 

まあ、俺たちはどこのギルドに入っているわけでもないから、攻略のノルマなどもない。なので、無理に迷宮区に行く必要はないのだが、やはり1人で一日中部屋の中でだらだら過ごすのは面白くない。

 

キリト「……ダンジョンにでも行くか…」

 

そう決めた俺は、早速起き上がり、部屋を出た。

しかし、ダンジョンは非常に道が複雑で、転移結晶は必須なのだが、俺はこの時それをバナージに預けていた。なぜなら、今回あいつが受けた依頼は、犯罪者ギルドに関わる可能性があるからだ。

それに、俺はこの時ダンジョンにそれほど長居するつもりはなく、単に散歩程度の気持ちでいたので、転移結晶や地図なんかは必要ないと思っていた。

 

〜数分後〜

適当なダンジョンにたどり着き、中に入ってみると、早速モンスターが湧いてきた。俺は即座に背中から剣を引き抜き、臨戦態勢に入るが、

 

キリト「(……逃げたら追いかけてくるかな?)」

 

と考え、剣を収め一目散にモンスター目掛けて走る。モンスターは攻撃してくるが、俺はそれを躱し、猛ダッシュでモンスターのすぐそばを通り抜ける。

しばらく走って振り返ると、

 

モンスター『グガアアァァァァァッ!!!』

 

キリト「…えぇっ?!」

 

なんと先程のモンスターがまだ追いかけてきていた。俺は、すでにモンスターを振り切ったとばかり思っていたので、流石に動揺して一目散に逃げる。

 

そして、数分走ったところで後ろを見ると、先程のモンスターはいなくなっていた。

 

キリト「やれやれ…なんとか逃げ切ったか…」

 

俺は一安心するが、ここで俺は思った。

 

キリト「(…結構楽しいな、これ)」

 

モンスターが猛スピードで追いかけてきて、それを必死に逃げる…このスリルが楽しいと感じた俺は、また別のモンスターを探した。

 

数分後、目の前にまたモンスターが出てきたので、俺は先程と同じく逃げる。

すると、やはりモンスターは猛スピードで追いかけてくる。俺はそれを見て必死に逃げる。

そしてモンスターを振り切ると、

 

キリト「……やべぇ、楽しい、これ……」

 

俺は完全に、モンスターとの鬼ごっこにハマっていた。

 

〜数時間後〜

俺がモンスターとの鬼ごっこに夢中になっていると、バナージからメールが来ていた。見ると、

 

バナージ《明日、いよいよオレンジギルドと接触することになるかもしれない。キリトの力を借りたいから、三十五層に降りてきてくれないか?》

 

それを読んだ俺は、ダンジョンから出ようとするが、ここであることに気づく。

 

キリト「…あれ?」

 

鬼ごっこに夢中になり過ぎて、自分の来た道を全く確認せずに来ていたらしい。目の前にはいくつもの分かれ道があり、自分がどこから来たのかわからなくなっていた。

 

とりあえず適当な道を進んでみるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリト「…ここは、どこだ……?」

 

俺は完全に、迷ってしまっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

〜数十分後〜

あれから様々な道を進んでみたが、一向に出られる気がしない。そもそもマップが無いので、今自分がどこにいるのかもわからない。加えて転移結晶も無いので、自力で出口を探すしかこのダンジョンから出る方法はない。

 

しかし、バナージからメールを受け取ってからすでに30分以上が経過している。これ以上待たせるとバナージが心配するだろうから、とりあえず俺はバナージにメールを送ることにした。

 

キリト《済まない。ダンジョンで迷ってしまって、行けないかもしれない》

 

やれやれ、ダンジョンで迷うとか…あいつに怒られそうだな…

 

そんなことを考えながら歩いていると、突然『ガチャン』と足元から音がした。

みると、俺の足元がぽっかりと空いており、落とし穴になっていた。

 

キリト「うわああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

俺はその中へ落ちていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

『ドサッ』という鈍い音と共に、俺は尻から地面についた。

 

キリト「痛っ!!!」

 

どれだけの高さから落下したのか上を確認するが、かなりの高さなのだろう、上の穴はかろうじて見える大きさだった。

 

キリト「(やれやれ……よりによってトラップにかかるとはな……)」

 

仕方なく、俺は立ち上がって歩き出す。すると、

 

???「きゃあああああっ!!!」

 

女の子の悲鳴が聞こえてきたのだ。俺はとっさ悲鳴が聞こえた方へ走り出す。

 

そこで俺が見たのは、多数のモンスターに囲まれている少女だった。

 

???「いやあぁぁぁぁ!!!来ないでえぇぇぇぇ!!」

 

少女はオレンジの髪に青いフード付きのポンチョを着て、右手にソードブレイカーを持って無造作にブンブンと降っていた。

 

キリト「(…トラップ…モンスター…!)」

 

俺は、これらのワードからある苦い記憶が蘇る。

それは、数ヶ月前……とあるギルドと共にダンジョンに入ったのだが、そこでトラップにかかってしまい、結果、俺とある少女を残してギルドは全滅してしまった。

 

しかし、だからこそ……

 

キリト「(もうあんな悲しいことを繰り返させるか!)」

 

そう決意し、俺は片手剣を引き抜き、モンスターの群れへ飛び込んだ。

 

キリト「うおおおおおおっ!!」

 

俺の最高スピードを持って、モンスターと少女の間へ走り込んだ。

ソードスキル《ソニックリープ》を発動し、少女を攻撃しようとしていたモンスターに斬りかかった。

その攻撃を受けたモンスターはノックバックを受けて弾き飛ばされた。

 

???「えっ?あなたは……?」

 

少女は目を見開きこちらを見る。俺は腰のポーチから回復ポーションを取り出し、少女に手渡す。そして、彼女の背中を押しながら優しく語りかけ、

 

キリト「もう大丈夫。君はこれを飲んで後ろに下がっててくれ」

 

そう言いながら、俺は彼女を後方へ押しやる。

 

そして、俺はモンスターの群れに向き直る。

ざっと見ると、その数は15体。

 

普通のプレイヤーなら、こんな数のモンスターを1人で相手にするのは不可能だろう。まして、ここは最前線のダンジョンだ。俺でもこれらを相手にできる自信はない。

 

だが、俺には切り札がある。それは、ずっと前にある事件で自暴自棄になっていた時に突然現れたスキル《NTーD》だ。あれを使えば、この数のモンスターを相手にするなど造作もないだろう。

しかし、俺は一つ懸念があった。《NTーD》を発動した時、俺はバナージに攻撃したことがあった……そう、暴走の危険性があるのだ。もし、今使ってまた暴走することになれば……

 

そして俺は、後ろの少女をチラッと振り返る。少女は蹲り怯えて震えている。

ここで俺がモンスターを倒すことが出来なければ、少女の身に危険が及んでしまう。

 

キリト「(暴走の心配もあるけど、それよりもあの子を助けないと!それに、バナージはこの力を使いこなしてる。だったら……俺だってやれる!)」

 

そう決意し、俺は意識を集中させる。

すると、体から黄色い光が出始め、目の前にうっすらと黄色い文字で《NTーD》の文字が現れる。

 

キリト「(行くぞ……)《NTーD》!!」

 

俺がそう叫ぶと、目の前の文字が完全に《NTーD》と表示され、体が完全に黄色い光な覆われる。

 

キリト「うおおおおおおおおおおお!!!!」

 

俺は叫び声を上げながらソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を発動し、モンスターに斬りかかった。

数体のモンスターを巻き込みながら正方形を描くように移動しながら斬りつける。

しかし、その速度は普段の比ではない。普段なら数秒かかるこのスキルを、《NTーD》を発動した状態ならわずか2秒で繰り出せる。

俺の攻撃を受けたモンスター達は、既にそのHPが半分にまで減っている。普通、ソードスキル一発でモンスターのHPをここまで削ることは出来ないはずだ。

 

キリト「(全く…何なんだこの《NTーD》ってのは?こんなのありえないだろ)……っ?!」

 

俺がそんなことを考えていると、不意に後ろから何かが来るのを感じた。咄嗟に体を横にステップさせると、俺がいた場所を、モンスターの攻撃が縦に一閃していた。

 

キリト「(危なかった…今のを食らってたらやばかった…)」

 

そして、俺はトドメを刺すためにソードスキル《ヴォーパル・ストライク》を発動する。

剣が赤い光を帯び、ジェットエンジンの加速音のような爆音が鳴り響き、さらに《NTーD》による超加速もあいまって、まさに流星の如くモンスターの群れを一閃する。

 

そして、その攻撃を受けたモンスターはついにHPがゼロになり、ガラス片となって爆散する。

 

すると突然、後頭部に何かが来るのを感じる。おそらく、モンスターの攻撃だろう。しかし、俺は先程のソードスキルの技後硬直が先程解除されたばかりで、このタイミングでは間に合わない……

 

しかし、次の瞬間、俺の体は自然に動いた。

左足を軸に左側に回転する。すると、俺の背後をモンスターの突き技が通過した。そして、俺はロールの勢いを生かし、モンスターの背後に回り込んでソードスキル《ソニックリープ》を叩き込む。

 

キリト「はああああ!!!」

 

モンスター『グギャアアアァッ!?』

 

モンスターは俺のカウンターが見事に決まり、そのHPがゼロになって消滅する。

 

キリト「(今のは何だ…?体が勝手に動いた……?)」

 

俺は先程の自分の動きに驚いていたが、再び背後から殺気を感じた。だが、またも俺の体は自然に動き、今度はソードスキル《スラント》を発動する。体を右側に回転させ、左下から右上にかけて剣を振る。

体を180°回転させると、モンスターが剣を上から斬り下ろそうとしているところだった。しかし、そのモンスターの腕に俺のソードスキルが命中し、腕を斬り落とした。

 

キリト「……っ!!」

 

そして続けざまに、俺は左手で体術スキル《閃打》をモンスターの右脇腹に叩き込む。二連撃の攻撃を受け、モンスターは消滅する。

 

キリト「(まただ、これは一体、どうなってるんだ?!)」

 

しかし、そんなことを考えるのもつかの間、残ったモンスターの群れが俺に飛び込んでくる。

 

キリト「おおおおおおおお!!」

 

俺も、残りのモンスターを全滅させるため、モンスターの群れへ走り出すーーー

 

ーーーーーーーーーーーーー

〜数分後〜

気がつけば、モンスターは周りからいなくなっていた。俺のHPはほとんど減っていない。

 

キリト「はあ……はあ……終わったのか……?」

 

俺は安堵すると共に、体から黄色い光が消えた。

 

???「……すごい…!」

 

不意に、後ろから少女の声がした。振り返ると、先程の少女がその瞳を輝かせて俺を見ていた。

 

キリト「あ、えっと……大丈夫か?」

 

???「ぁ、う…うん、私は平気。その…ありがとう!助けてくれて」

 

少女は立ち上がり、俺に頭を下げてきた。

 

キリト「いや、いいよ。たまたま通りかかっただけだし…まぁ、間に合ってよかったよ」

 

俺はそう言いながら剣を背中の鞘に収め、少女の方へ歩く。少女は顔を上げ、

 

???「そっかあ、たまたまだったんだ。だとしたら運が良かったなぁ〜。だって、もうダメだと思ったらこんなに強い人が来てくれたんだもん。なんだか、運命的なものを感じちゃうね!」

 

キリト「え……?」

 

彼女の突拍子も無い発言に、俺は少々固まる。

そんな俺を見て、彼女は

 

???「あははっ!!冗談だよ〜。あ、私は《フィリア》って言うの。トレジャーハンターをやってるんだ」

 

キリト「俺は《キリト》だ。よろしくな、フィリア」

 

俺の名前を聞いたフィリアは、口元を両手で抑え、その目を見開いて、

 

フィリア「えっ、《キリト》って……あの攻略組最強って言われてる《黒の剣士》?!」

 

キリト「ん?ああ、まぁ…そう呼ばれてるらしいな」

 

俺は苦笑いしながら答える。

すると、フィリアがすごい剣幕で

 

フィリア「すごおーーい!!思い切って最前線のダンジョンに来てみたら、まさか攻略組最強の剣士に会えるなんて!!これはすごいお宝だぁ〜〜!!」

 

キリト「…え?あ、あの……」

 

俺はと言うと、ちょっと引き気味である。しかし、フィリアの暴走は止まらない。

 

フィリア「ねぇねぇ、使用武器は?普段の拠点は?レベルは?あなたが持ってるすごいお宝は?!」

 

キリト「ちょ…ちょっと落ち着けフィリア!そんな一気に喋られてもわからねえよ!!」

 

俺の言葉にフィリアは顔を赤くして

 

フィリア「あ……ご、ごめんなさい!つい興奮しちゃって……」

 

と言い、俺から少し離れる。

 

キリト「なあフィリア、俺は攻略組だから普段は最前線のこの層を拠点にしてるけど、君は普段どこで過ごしてるんだ?」

 

フィリア「あ、私は普段、四十八層あたりかな?でも、中層ゾーンのダンジョンでのお宝はもうほとんど取り尽くしちゃって…」

 

キリト「ああ、君は《トレジャーハンター》って言ってたな。そっか、それで最前線の層に……」

 

フィリアは頰を赤らめて、

 

フィリア「あはは、つい欲張ったらこれだよ。トラップには掛かるし、モンスターには囲まれるし…」

 

キリト「それは災難だったな…まあ、俺もトラップにかかったんだけどな。あ、それなら、このダンジョンから出るのに協力してくれないか?」

 

フィリア「ふぇ?」

 

フィリアは目を丸めてこちらを見る。

 

フィリア「協力って…でも私は中層のプレイヤーだよ?そんなキリトの力になれることなんて…」

 

キリト「いや、そんなことはないよ。むしろ、トレジャーハンターならこんなダンジョンの攻略は得意だろ?それに、実はな……」

 

俺は、このダンジョンに来た理由、そして、今地図や転移結晶を持っていないことを告げる。

 

フィリア「………ぷっ」

 

俺の話を聞いたフィリアは、肩を震わせて笑うのを堪えているが、

 

フィリア「ふっ…ふふっ…あ、あははははっ!!」

 

キリト「………」

 

フィリア「ご、ごめん…ふふっ…で、でも……ダンジョンでモンスターと鬼ごっこって……くくっ」

 

キリト「まあ、自分でもバカだとは思うよ…けど、そんなに可笑しいか?」

 

フィリア「だって…普通いないよそんなの…ふふっ…モンスターと鬼ごっことか…」

 

キリト「ま、まあそう言うことだ。フィリア、協力してくれるか?」

 

フィリア「うん、勿論だよ!それに、キリトがいればこのダンジョンのモンスターだって怖くないしね!私も安全にトレジャーハントできる。まさにギブアンドテイクだね!」

 

キリト「よし、じゃあ早速行こうか」

 

そして、俺たちは揃って歩き出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

〜数時間後〜

あれから、フィリアが持っていたマップデータをもとに、俺たちは順調に進んでいた。

途中、モンスターとも遭遇したが、俺とフィリアの連携で危なげなく倒していたのだが、俺はふと思った。

 

キリト「(いい腕をしてるな…これは攻略組に入る日も近いかもしれないな…)」

 

そう、フィリアの実力は、中層ゾーンのプレイヤーにしては中々のものだった。動きに無駄がなく、的確にモンスターにダメージを与えている。

とはいえ、流石にステータスは最前線で戦うには少し足りず、与えられるダメージも少し物足りない。しかし、そこは俺がカバーするので問題はない。

 

フィリアの凄いところはむしろ、彼女のトレジャーハンターとしての実力だった。

フィリアは先程から的確にトラップを発見し、それを未然に回避することに成功しているのだ。

例えば、道中の部屋に宝箱があると、

 

フィリア「あれは開けちゃダメ!多分トラップだから!!」

 

そう言って、彼女は腰からピンを取り出し、投擲スキル《シングルシュート》を宝箱に当てる。すると、宝箱がミミックに変化し、目の前の扉が閉まった。

もしあのまま部屋の中に入って宝箱を開けていれば、俺たちは確実に部屋に閉じ込められ……

 

そんなことが続き、俺はふとこう思った。

 

キリト「(もしフィリアがあの時にいれば…あんなことは起こらなかっただろうな…)」

 

すると、フィリアが俺を見て、

 

フィリア「ん?どうしたの、キリト?そんな遠くを見つめるような目をして」

 

キリト「え?ああ、なんでもないよ。ただ…昔を思い出しててさ……」

 

フィリア「昔…?なんでこんな時に?

 

キリト「……そうだな…歩きながら話すか…」

 

そして、俺は数ヶ月前に起こったことを話した。

俺が自分のレベルを偽ってギルドに入った事。ギルドがトラップにかかって俺と1人の少女を残して全滅した事。そして、それで自暴自棄になり、挙句親友に剣を向けた事……

 

フィリア「……そっか……そんなことがあったんだね…」

 

フィリアも辛そうに目を伏せる。

 

キリト「それで、もし君があの時いればな…って思ってさ。まあ、こんなこと考えても意味はないってわかってるんだけど、ついな…」

 

フィリア「けど、私があの時いたとしても、結果はどうなるかわからないよ?だって、トラップを見分ける確率は100パーセント確実じゃないんだし…」

 

キリト「フィリア…」

 

フィリア「それに、そんなもしものことばかり考えてたらいつまでも先には進めないんじゃないかな?だから私は、失敗しても切り替えるようにしてるんだ。まぁ、キリトの場合はそんな簡単に割り切れるものじゃないかもしれないけど…」

 

“もしものこと”、か…

 

キリト「ふふっ」

 

フィリア「え?何、キリト?何かおかしなこと言った?てか、今の笑うとこ?!」

 

キリト「ごめんごめん。いや、俺の相棒の話をしただろ?あいつにも同じことを言われたなぁって思ってさ」

 

フィリア「“相棒”か…。なんかいいな〜。そういう背中を預けられる存在的な?『後ろは任せろ相棒!!』とか、そういうの憧れちゃうなぁ〜」

 

キリト「あははっ!まぁフィリアのイメージもあながち間違ってはいないんだよな。寧ろ、攻略の時はいつもそんな感じかもしれない」

 

すると、フィリアは目を輝かせて

 

フィリア「え?そうなの?!すごいなぁ〜。あの《黒の剣士》の相棒かぁ〜。どんな人なんだろう?ねえ、もしよかったらその人の話も聞かせてくれない?」

 

キリト「ああ、勿論。少し長くなるかもしれないけどな」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

あれからフィリアと色んな話をしながら歩きていたが、時刻はもう夜の7時になっていた。これは、今日中にこのダンジョンから出るのは難しいだろう。

 

キリト「フィリア、今日のところはもう休まないか?時間も遅くなったし、そろそろ休まないと」

 

フィリア「そうだね。あ、でも私、寝具とか持ってないんだよね…」

 

フィリアは申し訳なさそうに言うが、

 

キリト「安心してくれ。普段迷宮区に攻略に行く時は日をまたぐことがあるからな。常に寝具とかキャンプセットは持ってるんだ。それも2人分」

 

そう言って、俺はメニューから簡易の寝具と調理セットを出す。

 

フィリア「ええっ?!でも、私が使ってもいいの?」

 

フィリアは少し遠慮がちに言うが、

 

キリト「ああ、勿論だ。遠慮なく使ってくれ」

 

そう言って、俺は寝具を手渡す。

そして、俺は調理器具と手持ちの具材で簡単なスープを作る。フィリアは感心したように

 

フィリア「へぇ〜。キリトって料理スキルも取ってたんだ」

 

キリト「まぁ、いつもは相棒が作ってくれるんだけどな、俺も一応取ってるんだ。けど、レベルはまだまだだから、味はあまり期待しないでくれ」

 

そう言いながら、俺はスープを鍋から器に移し、フィリアに渡す。

 

フィリア「…美味しい…すごく美味しいよ!キリト!」

 

キリト「そっか、それは良かった。まだあるし、自由に取ってくれ」

 

そして、簡単な晩御飯を済ませた後、俺たちは少し談笑した。

フィリアのトレジャーハンターの話、俺とバナージとの攻略での話、他にも様々なことを話していた。

 

フィリア「ふわあぁ……そろそろ眠くなってきたな…」

 

フィリアが眠そうに目をこする。

 

キリト「そっか。それじゃそろそろ寝るか。一応俺の索敵スキルはオンにしとくから、安心して休んでくれ」

 

フィリア「ありがとう、キリトォ〜。それじゃあおやすみ〜」

 

そう言って、フィリアは眠りについた。

そして、俺も寝ようとした時、バナージから電話が来た。

 

キリト「よう、バナージ。無事か?」

 

すると、しばらくぶりに聞く相棒の声が出てくる。

 

バナージ『それはこっちのセリフだよ……何なんだよ、ダンジョンで迷子になるとか』

 

痛いところを突かれる。

 

キリト「うぐ……いや、ち、違うんだ。運悪く落とし穴に引っかかっちゃってさ。それに、モンスターに襲われてる女の子もいたし。その人助けだよ」

 

すると、バナージは呆れたように

 

バナージ『…やれやれ、人が心配してるときにナンパしてるとは……』

 

おい、ちょっと待て、

 

キリト「お前が言うか?!」

 

俺は知ってるぞ!お前、三十五層でビーストテイマーの女の子助けたって!

 

バナージ『いやナンパじゃないよ、こっちだって人助けだよ。それに、例のギルドの狙いも彼女のようだし』

 

“例のギルド”…話には聞いていた…

 

キリト「…《タイタンズハント》か?」

 

そのギルドは、10日前に《シルバーフラグス》と言うギルドを襲撃し、メンバー1人を残して他を全滅させたオレンジギルドだ。

俺の問いに、バナージは肯定し、

 

バナージ『ああ。そしておそらく、いや、間違いなく明日、何かしら仕掛けてくるだろうね」

 

キリト「悪いな。俺も助けに行きたいのは山々だが、こっちも命がかかっててな」

 

俺の謝罪に、バナージはまたも呆れたように

 

バナージ『わかってるよ。でも……はあ、だからお前に一応頼んだのに』

 

キリト「だから悪かったって?!埋め合わせは何でもするから!な?!」

 

バナージ『……今何でもするって?』

 

失言だったようだ。

 

キリト「え、あ、いや、何でもって言っても限度があるな…そうだな…四十二層の激辛パスタを奢るって言うのはどうだ?!」

 

すると、バナージは

 

バナージ『お前ふざけんな?!それ俺に対する罰ゲームだろうが!あれだ、今三十五層にいるんだけど、ここのチーズケーキが美味しいんだ。だからここのチーズケーキ30個でいい』

 

バナージの甘いもの好きは相変わらずのようだ。

 

キリト「さ、30……?!わかった、考えとこう」

 

俺は少し引き気味に言うが、ここは逆らえないだろう。

 

キリト「とりあえず、明日は気をつけろよ。まぁ、お前がいるし大丈夫だろうけど」

 

バナージ『ああ、そっちもな』

 

そう言って、通話を終了した。

 

キリト「(明日は何としても、このダンジョンから脱出しないとな……)」

 

そう心に決め、俺は静かに目を閉じた。

 

 

 




はい、というわけで九話終了です!
完全にオリジナルですので、うまく書けたか不安です…
矛盾点などがあれば、指摘していただけると嬉しいです!
では、次回もよろしくお願いします!


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第十話 脱出

遅くなりました!オリジナル回後編です!
では、本文始まります!


2024年・最前線のとあるダンジョン

キリトside

ーーピピピピッピピピピッ

 

キリト「……ん」

 

俺は、いつも朝8時に設定しているアラームで目を覚ます。

現実世界と違い、この世界のアラームは自分にしか聞こえない設定だ。

 

キリト「(…朝か……まあ、ダンジョンだから明かりがないと真っ暗だけど)」

 

俺はそう思いつつ、寝袋から出て体を伸ばす。

そして、俺は隣で寝ている少女を見る。

 

ーー彼女はフィリア。昨日、ダンジョンで迷ってさまよい歩いている最中、トラップに引っかかった俺が偶然モンスターの集団に囲まれているのを発見し、助けた少女だ。

 

彼女は今も可愛らしい寝息をたてている。

 

キリト「おーい、フィリアー。起きろよ〜」

 

俺は彼女に声をかけるが、反応しない。

仕方ないので、俺はフィリアの頰をつつく。

 

キリト「フィリア〜起きろ〜」

 

フィリア「…うう〜ん…」

 

ダメだ、全然起きる気配が無い。

よし、こうなったらーーーー

 

キリト「うわっ!!あんなところに宝箱がある!!」

 

フィリア「ふぇっ?!どこどこ?どこにあるの?!」

 

俺の声にフィリアは飛び起き、あたりをキョロキョロと見渡す。

 

フィリア「あ、あれ……ここは…?」

 

キリト「おはよう、フィリア。起きたか?」

 

フィリア「あ…お、おはよう、キリト。起こしてくれたんだね。ありがとう」

 

キリト「ああ、問題ないよ。それじゃ、朝ごはんにしようか」

 

そして、俺は昨日と同じく簡易調理セットでスープを作り、フィリアに渡す。

 

フィリア「なんか、キリトが作るスープって美味しいよね。体が温まるよ〜//」

 

キリト「そうか?料理スキルのレベルは全然なんだけどな。けど、そう言われると嬉しいよ」

 

数分後、朝食を終え、荷物をストレージにしまって歩き出す。

 

キリト「よし、それじゃ出発しようか。今日でダンジョンから脱出しないとな」

 

フィリア「そうだね。私もそろそろここから出て街に行きたいよ」

 

そして、俺たちは昨日と同じように並んで歩き出した。

ーーーーーーーーーーーー

〜数時間後〜

俺たちはモンスターを倒しつつ、順調に進んでいた。

ここまでトラップにかかることも、遭遇することもなく無事に進めているのはある意味奇跡だろう。

そんなことを考えながら進んでいると、不意にフィリアが

 

フィリア「ねえ、キリト。一つ聞いてもいい?」

 

キリト「ん?なんだ?フィリア」

 

フィリア「あのさ…キリトが昨日私を助ける時に、なんか体から黄色い光が出てて、すごく早くなってたじゃない?おまけに反応速度も人間とは思えないほど凄かったし。あれって何か特別なスキルを使ってたりするの?」

 

と聞いてきたのだ。

さて、どう答えたらいいものか。なにせ例のスキルーーー《NTーD》は使用者本人である俺にもよくわからないスキルなのだ。

 

キリト「…実は、少し前に突然出現したスキルなんだ。だから何か特別なクエストを受けたわけでもないし、条件があるのかも俺は知らない…」

 

フィリア「え、そうなの?じゃあそれって……《ユニークスキル》だったりするの?」

 

《ユニークスキル》とは、デスゲームであるこの世界にて、1人の選ばれた人間しか取得できないスキルのことだ。現在確認されているのは、攻略組最強の血盟騎士団団長、《ヒースクリフ》が所有する《神聖剣》のみ。

しかし、《NTーD》は恐らくユニークスキルではない。なぜならーーーー

 

キリト「いや、多分違う。俺の持ってるスキルは、実はもう1人持ってる奴がいるんだ」

 

フィリア「え、そうなの?あの強力なスキルを持ってる人がもう1人…?」

 

そう、謎のスキル、《NTーD》を持つ人間は、俺以外にもう1人いる。

俺の相棒、バナージだ。そして、あいつが史上初めて《NTーD》を取得した人間だ。

 

キリト「だから、ユニークスキルではないはずなんだ。けど、このスキルは明らかにチートじみてるけどな…」

 

フィリア「…まあ、あれだけのモンスターをほんのわずかな時間で全滅させられるくらいだからね……」

 

そう言って、フィリアは昨日の俺の戦いを思い出す。

 

フィリア「けど、あんな強力なスキルがあるのに、なんで普段は使わないの?」

 

キリト「まあ、たしかにあのスキルがあれば大抵のモンスターには負けないかもな。下手したらフロアボスともしばらくはやりあえるかもしれない……けど、俺はこのスキルはあまり無闇に使いたくないんだ」

 

フィリア「どうして…?」

 

まあ、至極当然の疑問だろう。あれを使えば俺がモンスター相手に苦戦するようなことはまず無い。

ーーしかし、

 

キリト「……暴走してしまうからさ」

 

フィリア「“暴走”……?」

 

俺の言葉に、フィリアは声を震わせる。

 

キリト「そうなんだ……昨日、俺の昔の話はしたよな?」

 

フィリア「キリトが友達と戦ったって言う話?」

 

キリト「ああ…実はな、俺とあいつが戦った理由は……」

 

俺は、あの時起こったことを包み隠さず話した。

 

キリト「当時、俺は何かに支配されるような状態だった。例のクエストをクリアして、アイテムを手に入れる……もうそればかり考えてた。と言うより、支配されてた…って言うのかな?あの時の俺は俺じゃなかったみたいな……周りがちっとも見えなくて、俺の相棒がそれを止めてくれようとしたんだけど、俺はそれに聞く耳持たずに、それで…」

 

フィリア「……」

 

フィリアは黙って俺の話を聞いていた。

 

キリト「とまあ、こんな感じだ。俺がああなったのは、多分例のスキルが現れてからだ。だから、もし人前で使用して暴走したら……って思うと、怖くてあまり無闇に使わないようにしてたんだ」

 

フィリア「でも、じゃあなんでキリトはあの時、そのスキルを使ったの?」

 

キリト「あの時は、そのスキルを使わないとフィリアを助けられないって思ったからさ。暴走する危険性も認識はしていた……けど、フィリアを助けたい一心でスキルを発動したんだ。まあ、暴走しなくて本当に良かったよ」

 

フィリア「そうだったんだ……キリト、そんな危険も顧みずに、私を助けるためだけにそんなことを……」

 

“助けるためだけ”…普通ならそう思うかもしれない。

あの場で無理に《NTーD》を使わなくとも、フィリアの回復を待って共闘するという手もあった。けど……

 

キリト「俺は、誰かを見殺しにするくらいなら、一緒に死んだ方がいい……それが、フィリアみたいな女の子だったら尚更な」

 

フィリア「そ、そんな……///」

 

フィリアは何故か頰を赤らめモジモジしている。

 

キリト「…まあ、とにかくこのスキルは人前では滅多に使わないようにしてるんだ」

 

フィリア「なるほどね。たしかにそんな危険なスキルはあまり使えないよね。しかもそんな反則的に強すぎるスキルがあるとなれば他のプレイヤーの嫉妬もすごいだろうしね」

 

キリト「ああ、だからフィリアには、なるべくこのスキルのことは内緒にしといて欲しいんだ」

 

フィリア「うん、わかった(こ、これは……2人だけの秘密ってやつ?!うわぁ〜〜なんか、恥ずかしい……///)」

 

そして、俺たちは再び歩き出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

〜数時間後〜

 

フィリア「キリト、そろそろ出口が近くなってきたよ!」

 

フィリアが、自分のマップデータを見ながら俺にそう告げた。

 

キリト「本当か?!よかった…やっと出られる…」

 

長かった。ここまでの道のりは本当に遠かった。

 

しかし、俺が安堵した時だった。

 

キリト「……?!フィリア!隠れろ!!」

 

俺は前方から何かただならぬ気配を感じ、フィリアを近くの岩陰に押しやる。

 

フィリア「ふぇっ?!キリト…?!」

 

キリト「静かに!声あげないで」

 

フィリアは驚くが、俺はすぐに黙らせた。

 

そして、岩陰から少し顔を出し、異様な気配を漂わせている前方を見る。

その視線の先にはーーーーーー

 

???「い、嫌だ!頼む、やめてくれ!!」

 

???「ノォ〜ウ、オメェに恨みはねェが、ここで死んでもらうゼェ〜」

 

地面に仰向けに倒れ、顔を真っ青にして震えている男性プレイヤー。よく見ると、そのカーソルには麻痺の状態異常が表示されている。

そして、その男性を取り囲むようにして立っている3人のプレイヤー。全員顔はフードを深くかぶっているのでよく見えない。が、その3人のカーソルは揃ってオレンジ色……つまり、彼らは犯罪者プレイヤーということだ。

おそらく、先程俺が感じ取った気配は彼らから発せられているのだろう。

 

そして、その3人の中の1人が右手にダガーを持って倒れている男性に近づく。そして……

 

???「ぁ…あ…うわああぁぁぁぁ!!!」

 

???「グッバアァ〜イ」

 

静かに剣を男性に突き立てた。

男性はHPを全て無くし、その体をガラス片にして消滅する。

 

キリト「(…まさか、あいつらはあの男性を殺したのか?!なんでそんなことを?!)」

 

すると、3人の中の1人が先ほど男性にとどめを刺した男に

 

???「ちょっとボス〜!!ずりぃっすよ、とどめはちゃんと俺たちにやるって言ってたじゃないすかぁー!!」

 

と、まるで無邪気な子供のように騒ぐ。もっとも、言っていることは子供が発するような言葉ではないが。

 

すると、短剣を持っている男性は

 

???「わ〜るかったって。別にオメェとの約束を忘れたわけじゃねェが、あいつ思ったより脆くてよぉ…オメェにとどめをくれてやる前に死んじまったんだわ」

 

???「じゃあ次は俺の番だぜ?」

 

???「あ〜わかったわかった……って、んん?」

 

ふと、黒ポンチョの男が何かに気づいたようにあたりを見渡す。

 

キリト「(っ!不味い!気づかれたか?!)」

 

俺はすぐに体を岩陰に隠し、息を潜める。

もし奴らがこちらに気づいたら……おそらく無事では済まないだろう。俺は目を閉じ、覚悟を決める。

すると、再び黒ポンチョの男の声が響き、

 

???「……フン、今日のところは帰るぞオメェら。誰かに見られてるかもしれねェ……」

 

その言葉とともに、複数の足音が響き、やがて消えていった。

 

足音が消えてから数分後、俺はゆっくり顔を岩陰からだすと、先ほどの連中はもういなくなっていた。

 

キリト「……フゥ、行ったか」

 

俺が安堵のため息を吐くと、

 

フィリア「…ね、ねえ、キリト……さっきの人たちって…?」

 

フィリアが体を震わせながら俺に尋ねる。

俺は彼女の背中をさすり、宥めながら

 

キリト「…もう大丈夫だ、フィリア。あいつらはもうここにはいない」

 

フィリア「で、でも……私……怖いよ……」

 

しかし、先程の現場を見れば、平常心でいるのは困難だろう。フィリアは変わらず震えている。

 

俺はただ、彼女を優しく宥めることしかできなかった。

ーーーーーーーーーーーー

〜数分後〜

 

フィリア「……ありがとう、キリト。もう、大丈夫だよ」

 

キリト「…怖くないのか?」

 

フィリアの顔には、まだ少し恐怖の色があるが、それでも笑顔で

 

フィリア「…怖い、すっごく。でもね、キリトは私を優しくなだめてくれたでしょ?だから、私にはキリトがいるんだって実感できたの。キリトがいれば、私は何も怖くないよ」

 

と言った。

 

キリト「…そっか、俺のこと、そんなに頼りにしてくれてるんだな。なら、俺は必ず君を守るよ」

 

…いつか、ある少女に言ったセリフ。あの時は結局守ることができなかったが、今度こそ、フィリアは必ず、生きてダンジョンから出す。

俺は強く心に決めた。

 

しかしフィリアは、何か顔を真っ赤にして、

 

フィリア「え…あ……あう……///」

 

体をプルプル震わせている。

 

キリト「…フィリア、大丈夫か?体が震えてるぞ?もしかして、まだ怖いのか?」

 

すると、フィリアはいきなり声を張り上げて

 

フィリア「ち、違うもんっ!怖いんじゃないよっ!!///」

 

キリト「え、あ、ああ…そうか…なら大丈夫だな。それじゃ行こうか」

 

いきなりフィリアが怒鳴るので、俺は戸惑いつつ歩き出そうとする。

が、フィリアが俺を呼び止める。

 

フィリア「あ、あのさ…キリト…」

 

キリト「ん?どうした、フィリア?」

 

フィリア「あの……やっぱり、私怖いから……ぉ、お願いがあるんだけど……」

 

やっぱり怖いのか……

 

キリト「ああ、なんだ?」

 

フィリア「……て……て…手を、握って……欲しいな…と、思いまして……///」

 

キリト「え、手を?なんで?」

 

フィリア「あ……キリトの手を握ったら、安心するかなぁ〜…って…」

 

フィリアは変わらず顔を赤くしてそう言った。

 

キリト「そうか…わかった、ほら」

 

俺は迷わず手を差し出す。もちろん、フィリアを安心させるためだ。

 

フィリア「あ…ありがと……//」

 

フィリアは何かぎこちなく俺の手を握る。

 

キリト「これでいいか?」

 

フィリア「うん……あったかい///」

 

キリト「あったかい?俺の手が?仮想世界なのに?」

 

俺の率直な疑問に、フィリアはまたも声を張り上げて

 

フィリア「い、いいでしょう?!あったかいんだからぁ〜!!!」

 

キリト「わ、わかったわかった!そ、それじゃさっさと行こう」

 

そして、俺たちは歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリア「………とうへんぼく……」ボソッ

 

キリト「ん?なんか言ったか?」

 

フィリア「なんでもなあぁ〜〜い!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

数分歩くと、目の前に明るい光が見えた。

 

キリト「おっ、フィリア!見えてきたぞ!」

 

フィリア「や、やったぁ!出口だぁ〜!」

 

そして、俺たちは揃って走り出した。

 

そして、光の中へ飛び込むとーーーーーー

 

 

 

キリト「……やっと出られたーー!」

 

フィリア「やった〜!!!」

 

俺たちは無事、ダンジョンから脱出できたのだった。

 

キリト「……よし、それじゃ街に帰ろうか」

 

フィリア「うん!…あ、でも私、拠点が四十八層なんだけど…」

 

フィリアが気まずそうに俺に言う。

 

キリト「あ、そうか。フィリアは中層ゾーンの……」

 

が、ここで俺はふと思った。

フィリアの剣術の才能は、現攻略組と比べても全く遜色ないほどに高いものだ。ステータスなど、これから鍛えればいくらでも伸びる。殊にフィリアはまだまだ伸び代がある、いわば可能性を秘めた存在だ。

加えて、ダンジョンの中で見せたトレジャーハンターとしての経験と知識、そこから生み出されるトラップを見分ける能力。

これらの能力がありながら、中層ゾーンに置いておくのはいささか勿体ない気がした。

 

俺は思い切って、

 

キリト「……なあフィリア。一つ提案があるんだけど」

 

フィリア「え?」

 

フィリアがキョトンとした顔で俺を見つめる。

ーー俺が今から言うことは、おそらくあまり人として許されるものではないだろう。なにせ、攻略組に入ると言うことは、すなわち自分の命をかけるのと同義なのだ。

 

でも、俺はフィリアに攻略組に入って欲しいと思った。なぜなら、フィリアがいればトラップで命を落とすプレイヤーも減り、その分攻略スピードも上がる。フィリアにはそれだけの可能性を秘めているのだ。

 

俺は意を決し、

 

キリト「……攻略組に入らないか?」

 

フィリア「…ふえ?こ、攻略組に?!」

 

フィリアは目を丸くする。

驚くのも無理はない。つい先日まで中層ゾーンのプレイヤーだったものが、いきなり生死の狭間である過酷な場所、攻略組に来いと言われたのだ。

 

しかし、俺はフィリアに説得を試みる。

 

キリト「フィリアが驚くのも当然だ。…けど、俺はこの2日間君と一緒にダンジョンを進んでいる時思ったんだ。君の力は攻略組にとても必要なものだ。特にトラップを見分ける能力。それがあれば犠牲者もぐっと減る。他にも剣の才能も俺から見ればすごいものだ。ステータスとかレベルは、俺が一緒に高めるって約束する。だから……これから一緒に、最前線で戦ってくれないか?」

 

フィリア「…あ…その……」

 

フィリアは顔を伏せる。

 

キリト「(ダメだったかな…無理もないか)あ、別に無理にとは言わない。もちろんフィリアの意見は尊重する」

 

すると、フィリアがすっと顔を上げて、

 

フィリア「わかった!」

 

キリト「え?」

 

思わぬ返答に、俺は素っ頓狂な声を上げるが、フィリアは構わず続ける。

 

フィリア「キリトがそこまで言ってくれるなら、私は協力する。私の力で、少しでも攻略の役に立つなら、私の命をかけてもいい」

 

フィリアは凛とした表情で俺に語った。

 

キリト「…本当か?」

 

フィリア「うん!……それに、キリトもいるし…//」

 

最後がよく聞こえなかったが、俺は気にせず、

 

キリト「ありがとう、フィリア!!…よし、じゃあ改めて、これからよろしくな!」

 

フィリア「うん!こちらこそ」

 

そして、俺たちは硬い握手を交わした。

 

キリト「それじゃ、街に行こうか」

 

そして、俺たちは並んで歩き出した。

ーーーーーーーーーーーーーー

〜数時間後〜

あれから俺は、フィリアに街のことを紹介しながら様々な場所を巡っていた。途中、攻略組の中で顔見知りのメンバーにフィリアを紹介したのだが、クラインからは

 

クライン「おい、キリト!オメェまた女の子引っ掛けて来やがったのか?!」

 

などと騒がれたり、アスナからはなんか無言で睨まれた。

ユウキは持ち前のコミュ力ですぐにフィリアと打ち解けていた。

 

あと紹介していないメンバーといえば……

 

キリト「……おっ、いたいた」

 

俺は前方に、見慣れた白いコートを着た少年を発見する。見間違えることなどありはしない。あれは俺の相棒ーー

 

キリト「おーい、バナージ!」

 

すると、少年はこちらを振り向く。

なんだか顔を見るのが随分久々に感じるのは気のせいか。

 

バナージ「キリト、無事だったか……って、ん?」

 

バナージは俺を見て少し安心したような表情を浮かべるが、フィリアの方を見て疑問符を浮かべる。

 

すると、バナージという名を聞いたフィリアが、

 

フィリア「えっ?バナージってあの《白の剣士》?!すごい!まさかSAO最強プレイヤーの2人目に会えるなんて!これはすごいお宝だぁ!」

 

物凄い勢いでバナージに走っていく。

なんか俺の時もそうだったな。

バナージは戸惑った顔をするが、フィリアは構わず質問攻めをする。

 

フィリア「貴方ももしかしてこの層を拠点にしているの?レベルは?使用武器は?貴方が持ってるすごいお宝は?!」

 

バナージは苦笑しながらフィリアを優しく自分から引き離し、

 

バナージ「え、えっと……あの、少し落ち着こうか。まず、俺はバナージであっているよ。君の名前は?」

 

その言葉にフィリアはハッとした顔で、

 

フィリア「あっ、そうだった!私はフィリアって言うの!ダンジョンでモンスターに襲われてるところを、そこのキリトに助けてもらったの!」

 

キリト「……まあ、ダンジョンで迷子になって、偶然通りかかっただけだけどな。でも、彼女のお陰で、その後はトラップにかかることもなく出てこられたんだ」

 

バナージ「へえ、そうなのか。ありがとうね、キリトを助けてくれて」

 

フィリア「お礼を言うならこっちの方だよ!キリトがいたから私は助かったんだから!」

 

キリト「けどすごかったんだぜ?剣の実力はあるし、俺でも分からないようなトラップを見分けるし」

 

バナージ「キリトでも分からないようなトラップを…?すごいなあ、どんなスキルを使ってるんだい?」

 

フィリア「私はトレジャーハンターだから、そう言ったトラップを見分けるのは得意なんだ!」

 

バナージ「と、トレジャーハンター?!そんな職業がこの世界にあるの?!」

 

キリト「いや、だから職業はねえって!」

 

フィリア「まあ、トレジャーハンターは自称なんだけどね」

 

バナージ「そ、そうなのか……それより、君たちの話を聞かせてくれないか?どうやってダンジョンを切り抜けたのか、とかさ」

 

キリト「ああ、いいぜ!とりあえず、近くのNPCレストランにでもいくか」

 

そして、俺たちは歩き出した。

ーーーーーーーーーーーーーー

〜とあるNPCレストラン〜

あれから俺たちは、ダンジョンで起きたことを話した。

俺とフィリアが出会った経緯、それからフィリアが見せたトレジャーハンターとしての実力、一緒に食事をして並んで寝たこと、そして今日ここまで起きたこともーーーー

 

キリト「ーーとまあ、こんな感じだ。とにかく、フィリアがいなかったら、俺は一生あのダンジョンから出られなかっただろうな」

 

バナージ「やれやれ……まったく呆れるよ。…“モンスターと鬼ごっこ”?何してるんだよ」

 

キリト「うぐ…それは自分でも情けないところだ」

 

フィリア「あはは…私も始めて聞いた時は耳を疑ったよ。最前線のダンジョンでなんて命知らずなことをやってるんだろうってさ」

 

キリト「ぐっ……そ、それはそうと、バナージも大変だったよな?」

 

フィリア「(今完全に話をそらした)」

 

バナージ「うん?…ああ、まあこっちはなんとかなったよ」

 

フィリア「珍しいよねー《ビーストテイマー》なんて。私も中層にいた頃はその人の噂は聞いたことはあったんだけど……」

 

キリト「それが原因でオレンジギルドに目をつけられるとは……とんだ災難だな」

 

バナージは苦笑しながら

 

バナージ「滅多にいないからね、モンスターを手なずけるなんて。しかも、この世界では少ない女性プレイヤー、さらに小さい女の子。いやでも有名になるさ」

 

フィリア「でも、そんな女の子を助けながらオレンジギルドを倒すなんて、なんか憧れちゃうなぁ〜…正義のヒーロー、みたいでさ」

 

バナージ「正義のヒーロー、か……別に俺はそんな大層なやつじゃないよ。人として当たり前のことをやっただけさ」

 

キリト「そんな謙遜することないだろ?その子からすれば、お前は十分ヒーローだったはずだ」

 

バナージ「そっか…そうだといいんだけどね」

 

バナージは遠くを見つめるような目で呟いた。

 

フィリア「…じ、じゃあ、その子にとってバナージがヒーローなら、私にとってキリトは王子様だよ!///」

 

キリト「……へ?」

 

俺は思わず間抜けな声が出る。

 

フィリア「だ、だって…キリトは私を助けてくれたんだし、その後も一緒に過ごしたんだし……///」

 

バナージ「おーおー、随分惚れ込まれちゃったみたいだな、キリト?」

 

バナージが煽るように俺に言う。

 

キリト「や、やめろってバナージ!ち、違う!そんなんじゃねぇからぁーー!!」

 

ーーーーーーーーーーーー

〜数時間後〜

あれから談笑を終え、俺たちとフィリアは別々の宿に入って行った。

 

キリト「はあ〜〜やっと帰ってこれた〜〜」

 

俺は部屋に入るや否や、ベッドに飛び込んだ。

そんな俺を見て、バナージは呆れたように

 

バナージ「おいおい、キリトはたった1日空けただけだろう?俺なんか5日この部屋にいなかったんだぜ?そのセリフは俺が言うべきだろ」

 

そう言って、バナージもベッドに座り込む。

 

ここで俺は、ふと思い出し、バナージに話す。

 

キリト「……そうだ、バナージ。昼間のオレンジの奴らだけど……」

 

俺の言葉に、バナージも顔を曇らせて、

 

バナージ「ああ……恐らくただのオレンジギルドじゃない。もしかすると……それより酷い《レッド》かもしれないね」

 

俺も険しい表情で

 

キリト「もしそうなら…最近噂されてる《ラフィン・コフィン》だろうな」

 

《ラフィン・コフィン》とは、最近アインクラッドを震撼させている殺人ギルドだ。奴らはプレイヤーのHPが減らないはずの安全圏内でも新たな殺人方法を生み出し、その犠牲者数を増やしているのだ。

 

バナージ「…もしそうなら、これからより一層気をつけないといけないね」

 

キリト「……ああ」

 

しかし、この後俺たちは、再び奴らに合間見えることになるとは、この時知る由もなかったーーーー

 




お読みいただきありがとうございます!
今回、あのギルドを出しました!少し違和感あるなと言う方は、感想欄にてご指摘お願いします。
勿論その他の感想もお願いします!


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第十一話 圏内事件

はい!というわけで圏内事件の回です!
……が、その前に少しオリジナルのストーリーを挟みたいと思います。
それとみなさんにお願いがあるのですが、私の小説がみなさんにとってどれだけ面白いのか知りたいので、この小説の評価をしていただければ嬉しいです。
お手数ですがよろしくお願いします!
では、本文、スタート!!


2024年 アインクラッド第一層・始まりの街

バナージside

俺は今、始まりの街に来ていた。

その理由は、クエストを受けるためだ。実は数ヶ月前に、気になるクエストが出現した。

そのクエスト名は《白き一角獣と黒き獅子の討伐》という、どこにでもありそうなモンスター討伐系のクエストなのだが、俺はこの名前が妙に引っかかっていた。

それもそのはずだ。なにせ《白き一角獣》と《黒き獅子》という名は、俺がよく知るモビルスーツの二つ名だからだ。

しかし勿論、ただのハズレクエストという可能性もある。このクエストは数ヶ月前に突如出現したのだが、実は報酬がほかのクエストに比べて明らかに少ないのだ。経験値はほとんどないに等しいし、特にレアアイテムが手に入るわけでもない。なので、誰もこのクエストを受けようとしていなかった。

 

しかし、俺はどうしてもこのクエストを受けようと思った。この世界に生まれてから十年近くが経ち、宇宙世紀へ帰るための手がかりを探したのだが一向に見つからず、挙句このデスゲームの世界に閉じ込められて万事休すと思った矢先に、あの世界へつながる大きな手がかりが現れたーーー《NTーD》だ。そして今度は、《白き一角獣と黒き獅子》という名が現れた。俺は、このクエストがあの宇宙世紀の世界につながる大きなヒントになるのではないかと少し期待をしている。

 

そして、俺は始まりの街からフィールドに出て、目的地へと向かう。

ーーーーーーーーーーーー

第一層 とある森

数分後、特に迷うこともなく到着した。この森が例のクエストが受けられる場所だ。

 

俺が辺りを見渡しながら慎重に歩いていると、前方からモンスターがポップした。現れたのは、純白の一角獣。

一角獣はこちらを睨み、『ブルルルッ』と威嚇している。

 

だが、俺は全く警戒していなかった。

当然だ。自分で言うのも何だが、俺は現在SAOの中でもトッププレイヤーが集う最前線の攻略組の中でもかなり強い方だと自覚している。なので、俺からすればこんな一層レベルのモンスターなど恐るるに足らなかった。

 

俺は背中から剣を抜き、いつも通り剣を構える。

余裕で倒せる。そう確信していた。

 

そして、一角獣はその立派な角をこちらに向けて猛スピードで突っ込んでくる。

しかし、俺に言わせればそんなスピードはたかが知れていた。常に最前線の猛獣たちと戦い続けている俺から見ればむしろかなり遅く感じた。

 

俺は危なげなく右手の剣で角を受け流し、そのまま一角獣の背中を斬った。

『メヒイイィィィィン!!』と言う悲鳴をあげ、一角獣はHPがゼロになり、その優雅な体をガラス片に変えて消滅した。

 

すぐさま《congratulations!》という賞賛の文字列が浮かび、目の前に獲得アイテムと経験値が表示される。

 

バナージ「………やっぱり少ないな」

 

やはり情報通り、得られる経験値もアイテムも大したものでは無かった。しかも、俺はあの世界につながる何かがあるかもと思ってきたのだが、それも特に無し。

 

バナージ「外れだったか……」

 

少し落胆しながらその場を後に歩き出す。

すると、後方から『ゴトン!!』と、何やら重いものが落ちる音が聞こえた。

 

振り返ると、先ほど一角獣を倒した場所に、一本の剣が刺さっていた。

 

バナージ「…何だ?」

 

俺はその剣に近づく。

それは、純白の剣。形状は、少し前に行われた五十層ボス攻略で、キリトがLAボーナスで手に入れた漆黒の剣《エリュシデータ》にそっくりだった。

俺は早速その剣を地面から引き抜こうとするが……

 

バナージ「……えっ?」

 

…ぴくりとも動かなかった。

そう、この剣、途轍もなく重いのだ。

 

バナージ「なんっ……だっ…こ、れ……う、お、おおお!」

 

俺は持てる力全てを出して、なんとかそれを引き抜く。

 

バナージ「はあ……はあ…なんとか……取り出せたか…」

 

しかし、やはり重く、両手で抱えるのがやっとだった。

たまらず俺は、その剣を地面に置く。

 

そして、この剣の情報を引き出すボタンを押す。

 

バナージ「こ、これは……?!」

 

剣の名は《unicorn》と表示されていた。まあ、一角獣を討伐してドロップした剣だから当然だろう。

しかし、俺が驚かされたのはそこではない。この剣の性能は、一層で、しかもあんな雑魚モンスターを倒しただけで得られるような代物ではない。下手したら、今現在の最前線から最後の第百層まで使うことができるくらいに高いものだった。

 

バナージ「今の俺には使いこなせないな…」

 

俺はそう呟き、手に入れた剣をアイテム欄にしまう。

すると直後、システムメッセージが表示された。

見ると、そこには

『指定ウェポンを入手 特殊OS《NTーD》完全開放』

と書かれていた。

 

どう言うことか?《NTーD》に専用武器があったのか。

しかも完全開放?今までのがまだ100パーセントでは無かったと言うのか。

 

色々疑問は残るが、とにかく整理したかったので、一度ホームに戻ることにした。

 

バナージ「(にしても剣の名前が《unicorn》か……もしかしてお前も、この世界に来てたのか…?)」

 

俺は、もう一度メニュー欄を開き、先ほど手に入れた片手剣の欄を見つめながら頭の中でそう呟く。

この剣はもしかすると、俺が宇宙世紀で乗っていたMSーー

《ユニコーンガンダム》が生まれ変わった姿なのだろうか?もしそうだとするなら、何か感慨深いものが浮かんでくる。

 

そんなことを考えながら転移門広場に向けて歩いていると、フレンドメッセージが届いた。

相手は、相棒のキリトからだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

第五十九層・ダナク

来た瞬間に分かった。

今日のこの層の気象設定は最高だった。風の強さ、気温、光の明るさーー全てが完璧だった。

 

まあおそらく、キリトならどこかで昼寝でもしていることだろう。いや、絶対にしてる。間違いない。

そう思いながら彼を探していると、不意に木の陰に1人の少年が目に入った。

 

バナージ「おーーい、キリト」

 

やはり呑気に寝ているキリトに、俺は声をかける。

 

キリト「……ん?おう…バナージか……」

 

キリトは眠たそうに瞳を開ける。

 

バナージ「やっぱり昼寝してたのか」

 

キリト「……お前にならわかるだろ?今日は最高の昼寝日和だ……お前も一緒に寝ようぜ?」

 

バナージ「……やれやれ。でもお前の言う通り、確かにこんな日は滅多になさそうだしね。せっかくだし俺も少し休んで行こうかな」

 

そして、俺もキリトの側に腰掛けると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

???「あっ、バナージとキリトだぁー!やっほー!」

 

と、向こうから紫色の髪の少女が近づいてくる。

 

バナージ「やあ、ユウキ。奇遇だね」

 

やってきたのはユウキだった。彼女は現在俺たちと同じくソロで活動している。

ユウキは目を輝かせて、

 

ユウキ「うん!今日ってすごく気持ちいいよね!!何だかお昼寝したくなっちゃうなぁ!!」

 

キリト「……ならユウキも寝ようぜ?多分誰も襲っては来ないだろ」

 

キリトが眠たそうに勇気を誘う。

すると、ユウキは

 

ユウキ「ホント?!いいの?」

 

と目を丸くして俺たちに聞く。

バナージ「ああ、勿論。ほら、こっちにおいで」

 

と、俺は手招きする。

 

ユウキ「えっへへ、それじゃあお邪魔しま〜す♪」

 

そう言ってユウキは俺の隣で寝転がった。

 

ユウキ「はぁ〜気持ちいいなぁーー!現実でもこんなのなかなかないよね〜」

 

ユウキは体をうんと伸ばしてリラックスしている。

 

バナージ「ああ……最高だ……」

 

俺は先程クエストを受けたことも忘れ、だんだん眠気に誘われていく。

 

すると、後方から足音が響き、俺たちの頭の近くで止まる。

 

???「何してるの?」

 

凛とした女性の声だった。

目を開けると、そこには白を基調に赤いラインが入ったギルドの制服を着た少女、アスナが鋭い目つきで佇み、こちらを見下ろしていた。

 

ユウキ「あーー…アスナだぁ〜…やっほー…むにゃむにゃ」

 

ユウキはすでに眠そうな声でアスナに挨拶する。

 

バナージ「こんにちは……アスナ……ふあ…」

 

俺もすでに眠気が限界近くまで来ており、欠伸をしてしまう。

そんな俺たちの様子にますます機嫌を悪くしたのか、アスナはより険しい表情で

 

アスナ「あのねぇ…攻略組のみんなが必死に迷宮区の攻略に行ってるのに、なんで貴方達はこんなところで昼寝なんかしてるのよ?いくら貴方達がソロだからって、もっとまじめに…」

 

すると、キリトが相変わらず眠たそうな声で

 

キリト「そんな堅いこと言うなって……今日はアインクラッドの中で最高の気象設定だ。こんな日に迷宮区に籠るなんてもったいないよ……」

 

対してアスナは

 

アスナ「貴方ねえ…わかってるの?こうして一日無駄にした分だけ、私達の現実での時間が失われていくのよ?」

 

アスナの言葉に対し、俺は限界まできた眠気を押し殺しながらアスナを諭す。

 

バナージ「……アスナ、今俺たちが生きているのはここ、アインクラッドだ。現実のことを考えるのも大事だけど、今はこの世界をもっと楽しんでもいいと思うよ…?」

 

俺に続き、ユウキが眠たそうな目でアスナを見上げながら

 

ユウキ「そうだよアスナぁ〜…ほら、風もこんなに気持ちいいよ〜…ふにゃあ〜…」

 

ユウキの言葉とともに、爽やかな風が俺たちを吹き付ける。

 

アスナ「……天気なんていつも同じじゃない?」

 

それに対し、キリトがもう半分寝ているくらいの声で

 

キリト「……あんたもこうして寝転がって見ればわかるよ………スゥ……」

 

と、そのまま寝落ちした。

そして、キリトの言葉と共に俺も意識が途切れた。

ーーーーーーーーーーーー

〜数分後〜

バナージ「……ん…?」

 

不意に、俺は目を覚ました。俺はメニュー欄を開き、時刻を確認すると、すでに昼を回っていた。

 

キリト「……ううん……」

 

すると、キリトも目を覚ました。

 

バナージ「おはよう…キリト」

 

キリト「ああ……おはよう、バナージ」

 

キリトは目をこすりながら答える。

 

バナージ「……ん?」

 

俺はふと横を見ると、そこには可憐な少女が2人並んで眠っていた。

1人は俺の隣で寝ているユウキ。もう1人は……

 

キリト「おいおい…本当に寝ちまうとは……」

 

先程昼寝している俺たちに食ってかかったアスナだった。

しかし、やはり相当寝心地が良かったのだろう、アスナは「スースー」と寝息を立てて熟睡している。

 

キリト「……昼寝してる俺たちに現実がどうのとか言ってたのはどこのどいつだっけ?」

 

キリトが眠っているアスナに対して皮肉めいた事を言うが、俺はそれを宥める。

 

バナージ「まあまあ……あの血盟騎士団の副団長ともなれば色々あるんだろうさ。相当疲れてるんだよ、きっと」

 

キリトは嘆息し、

 

キリト「やれやれ、仕方ない。バナージ、しばらくこの辺でこいつら起きるまで待っとこうぜ。睡眠PKでもされたら大変だし」

 

バナージ「ああ、了解だ」

 

そして、俺たちは近くのベンチに腰掛けた。

ふと、俺達は眠っている2人の少女を見やる。

 

バナージ「……流石に少し無防備すぎるかな?」

 

キリト「…だな」

 

俺たちはメニューから毛布を取り出し、俺はユウキに、キリトはアスナにそれをかける。

 

〜数時間後〜

気づけばもう夕方になっていた。あたりを夕日が照らしている。昼頃まで暖かかった空気も、そろそろ冷え込み出してきた。

 

アスナ「…くしゅん!」

不意に、アスナがくしゃみをし、そのまま目覚める。

 

アスナ「………ん………?」

 

アスナはまだ目が半分閉じた状態であたりを見渡す。

……よく見るとその頰には草が取り付き、口からは涎が垂れており、普段の凛としたアスナからは想像もつかない間抜けな顔になっている。

しかし本人はそれには気づいていない様子。

まだ寝ぼけた顔で視線を右へ左へと流していたが、不意にこちらに気づくと、はっとした表情になる。

 

アスナ「なっ…!あ……ど、ど……//」

 

戸惑っているアスナに対し、

 

キリト「おはよう、よく眠れた?」

 

とキリトが声をかける。

 

アスナ「っ!!」

 

突然アスナはすっと立ち上がり、腰のレイピアに手をかける。

 

バナージ「えっ?!」

 

キリト「ちょっ?!」

 

俺とキリトは同時に座っていたベンチから飛びのき、近くの小さな塀に身を隠す。

塀から少し顔を出すと、アスナはまだレイピアに手をかけたままで、体をプルプルと震わせている。

 

アスナ「……ご飯一回……」

 

バナージ「ん?」

 

キリト「へ?」

 

アスナはレイピアから手を離し、

 

アスナ「ご飯!なんでも好きなの一回だけ奢る。それでチャラ!どう?」

 

俺たちは唐突な言葉にポカーンとしていたが、せっかくなのでお言葉に甘えることにした。

 

バナージ「ん?ユウキは…まだ寝てるのか」

 

ユウキはというと、相変わらず可愛らしい寝顔で「スゥスゥ」と寝息を立てて熟睡している。

しかし、もうじき日も暮れるし、アスナと夕食に行かなければならないので彼女を起こす。

 

バナージ「ほらユウキ、もう起きなよ」

 

俺はユウキの頰をつんつんと突き起こそうとするが、依然として彼女は起きない。

俺はやむなく彼女の頰を突いていると、突然

 

ユウキ「ばくっ!!」

 

バナージ「え?ちょ、ちょっと?!」

 

ユウキが俺の指にかみついた。

 

バナージ「ちょっとユウキ?!何してるんだ?!離してくれ、痛いから!!!」

 

ユウキ「はむはむ……」

 

バナージ「ユウキはむはむしないで?!頼むからいい加減起きてくれ!!!」

 

一方キリト達は、

 

アスナ「あれ?この毛布って……」

 

キリト「え?ああ、俺がかけたんだ。冷えるとまずいと思ってさ」

 

アスナ「そうなの?!……ありがと///」

 

キリト「どういたしまして」

 

こちらに気づかずそんなやりとりをしていた。

 

バナージ「キリト!助けてくれぇーー!!!」

ーーーーーーーーーー

第五十七層 マーテン

俺たちはとあるNPCレストランに来ていた。

席に座り、NPCに料理を注文する。

すると、周囲のプレイヤーが俺たちを見て

「見ろよ、【閃光のアスナ】だぜ」

「その隣にいるのは、【絶剣のユウキ】か?!やっぱ可愛いな…」

「向かい側にいる2人のは誰だ?」

「お前知らねえのか?!あの黒尽くめの装備と白尽くめの装備…間違いない、【黒の剣士】と【白の剣士】だ!」

「えっ?!あれが……」

「すごい大物が揃ってるじゃねえか…」

 

などと会話をしていた。

キリトは片肘をついて悪態をついていた。まあ、キリトは目立つのが嫌いなので、このような状況は苦痛なのだろう。

ましてや、今はこの世界を代表する美少女2人と一緒にいるのだ。余計に皆の注目を集まってしまう。

しかし、そんなキリトにおかまいなしに、

 

アスナ「…あの、2人とも今日はありがとう」

 

バナ・キリ「「え?」」

 

俺たちは何に対してお礼を言われているのか一瞬わからなかった。

アスナは俺たちの様子を気にせず続ける。

 

アスナ「護衛。私が寝てる時にガードしてくれてたんでしょう?それと、毛布もかけてくれたし」

 

ユウキ「あ、ボクからもお礼を言わせてよ!お陰でぐっすり眠れたよ!」

 

アスナに続きユウキも向かいから身を少し乗り出してそう言った。

 

バナージ「ああ、そのことか。気にしないでくれ。今日は特にやることもなかったんだし」

 

キリト「それに、圏内でも睡眠PKというのが最近横行してるしな。あのままほっとくのはまずいと思ってな」

 

ユウキ「ああ……そういえばそうだね」

 

バナージ「圏内では基本的にデュエル以外でHPが減ることはない。けど、睡眠中は別だもんね。寝ている相手の指を勝手に操作してデュエル申請を行い、そのまま一方的に攻撃……そんな事件が実際あったしね」

 

ユウキ「今思えば、あそこで昼寝なんて結構危なかったよね〜…」

 

キリト「まあ、だから俺はあの時、一定範囲内にプレイヤーが来たらアラームが鳴るように設定してたんだ」

 

アスナ「だから私達に何かされないように見張っててくれたのね。しかも毛布までかけてくれて……だからその……ありがとう」

 

キリト「ど、どういたしまして…」

 

そんな会話をして料理を待っていた矢先、

 

???「きゃああああああーーっ!!!」

 

一同「「「「?!」」」」

 

一つの悲鳴がこだまし、俺たちは一斉に店を飛び出した。

 

店を出ると、俺たちは目を疑う光景を目にした。

1人の男性プレイヤーが、教会の窓から首にロープを掛けて吊るされているのだ。

しかも、その胸には刺々しい短槍が刺さっており、そこから赤い血のようなエフェクトが出ている。それは、その男性のHPが減っていることを示している。

 

キリト「早くそれを抜け!!」

 

キリトが大声で彼に呼びかける。

キリトの声に気づき、男性プレイヤーはキリトの方を一瞬見て短槍を引き抜こうとするが、中々抜けない。

 

アスナ「私がロープを切るから貴方達は下で受け止めて!!」

 

3人「「「分かった!!」」」

 

アスナが教会の中に入り、俺たちは男性の真下に向かう。

 

しかし、そうしている間にも男性のHPは削られていき、やがて彼はガラス片となって消滅する。

残った短槍が落ちて地面に突き刺さった。

 

ユウキ「そんな……」

 

ユウキが絶望的な顔で立ち尽くす。

俺は奥歯を噛み締めて、

 

バナージ「すみません!誰かデュエルのウィナー表示を探してください!!」

 

俺は大声で野次馬にそう叫ぶ。

もしあの男性の死がデュエルによるものならば、30秒間どこか必ずウィナー表示が出るはずだ。俺はそう考えて周囲を隈なく探す。しかし…

 

キリト「ダメだ!見つからない!!」

 

ユウキ「こっちにも無いよ!」

 

バナージ「そんなバカな……」、

 

ウィナー表示はどこにもなかった。そして、無情にも彼が死んでから30秒が経った。

俺は短槍を拾い、教会の中でアスナと合流する。

 

バナージ「一体これはどういうことなんだ……?」

 

俺は手に持った短槍を見つめながらそう呟く。

 

ユウキ「普通に考えると、あの人のデュエルの相手が彼にこれを突き刺してロープで落とした…って感じかなぁ?」

 

ユウキが首を傾げながらそう言う。

それに対してキリトが首を横に振りながら

 

キリト「でも、ウィナー表示はどこにもなかった…」

 

アスナ「圏内ではプレイヤーのHPを削る方法はデュエルしかないはずなのに…」

 

一瞬の沈黙。

俺は意を決し、

 

バナージ「…いずれにせよ、これをこのまま放っておくわけにはいかないね」

 

キリトも頷き

 

キリト「ああ、圏内でもプレイヤーのHPをゼロにする方法があるなら、街も安全では無いということになる」

 

ユウキ「じゃあ、調査するんだね!」

 

バナージ「ああ!ユウキ、協力してくれるかい?」

 

ユウキ「もっちろん!」

 

そう言ってユウキは頷く。

するとアスナも、

 

アスナ「私も協力する」

 

キリト「え?でもあんたはギルドの事が…」

 

そう、アスナは大手ギルドの副団長だ。勿論、調査の人数は多いほどいいが、アスナは多忙の身。こんな事に首を突っ込む暇はないはずだ。しかし、アスナは首を横に振り、

 

アスナ「…私もこの場にいるんだから、私だって当事者よ。それに、キリト君の言う通り、圏内でデュエル以外の方法で人を殺せる手段があるのなら、これは由々しき問題だわ。ギルドがどうのなんて言ってる場合じゃない」

 

アスナはきっぱりと答えた。

 

キリト「でも……いいのか?」

 

キリトがおずおずと尋ねるが、アスナは少しムッとした表情になり

 

アスナ「…何よ?私が一緒にいちゃいけないの?」

 

対してキリトは慌てて両手を振り

 

キリト「い、いやいやそう言うわけじゃ……是非お力添えを…」

 

アスナ「よろしい」

 

アスナはキリトの答えに満足した表情で答える。

そんなやりとりを見ていたユウキが、

 

ユウキ「……ねえ、アスナってさ、キリトのこと…」

 

俺の耳の近くでヒソヒソと話しかけるが、

 

バナージ「さあ……どうなんだろう?」

 

と知らぬふりをした。

しかし俺は知っている。アスナは、キリトの事が好きだ。

半年前、キリトが失踪した時は明らかに動揺していたし、キリトが見つかったと分かった時は泣いて喜んでいた。

しかし、彼女は何故かキリトの前では正直にならないのだ。攻略会議では方針の違いで何度か衝突しており、特に二週間前の会議では現場の空気が凍りつくくらいの緊張感がうまれたほどだ。

だが、俺はその後アスナは

 

アスナ「はああ〜……私、またやっちゃったよ〜…」

 

と、かなり落ち込んでいた。

以前から何度かキリトと距離を近づけるために俺に何度か相談を持ちかけてきていたのだが、アスナがギルドの副団長になってからはその責任感やストレスなど色々抱えていたのだろう、彼を前にすると、どこか突き放すような態度を取っていた。その度に彼女は影で落ち込んでいたのだが。

やれやれ、アスナがキリトに正直になれるのはいつの日か…

ーーーーーーーーーーーー

俺たちは教会から出て、まだざわざわと騒いでいる野次馬に呼びかける。

 

バナージ「すみません!さっきの一件を最初から見ていたという方はいませんか?もしいたら少し話を聞かせてください!」

 

しばしの沈黙。

すると、1人の女性がおずおずと出てきた。見たところ、中層ゾーンのプレイヤーだろう。

 

ユウキ「ごめんね、怖い思いをしたばかりなのに。君の名前は?」

 

ユウキが優しい口調で問いかける。

 

???「あ、はい。私、《ヨルコ》って言います…」

 

すると、キリトが

 

キリト「もしかして…さっきの悲鳴は君が…?」

 

対してヨルコは首を縦に振った。

 

ヨルコ「はい。私、さっき殺された人とご飯を食べに来ていたんです。名前は《カインズ》って言って、昔一緒のギルドに所属していました。それで、この層に来てから逸れてしまって…それで……ううっ…」

 

ヨルコさんは堪え切れなくなったのか、嗚咽をこぼした。

当然だろう、知り合いが殺されてしまったのだから。

ユウキは彼女の背中を優しくさする。

アスナがヨルコさんに歩み寄り、

 

アスナ「あの、カインズさんが教会から吊るされている時、後ろに誰か見ませんでしたか?」

 

ヨルコ「一瞬、カインズの後ろに、誰かいた気がしました…」

 

キリト「その人影に見覚えは?」

 

キリトがそう尋ねるが、ヨルコさんは首を横に振る。

 

キリト「その、何か心当たりはあったりするかな?カインズが誰かに狙われるような…」

 

キリトは遠慮気味に問うが、ヨルコさんはまたも首を横に振る。

 

バナージ「そうですか…ありがとうございます、ヨルコさん。今日はもうこの辺にしましょう。明日、もう一度話を聞かせてください。宿まで送ります」

 

そして、俺たちは彼女を宿まで送り届け、明日の会合場所を伝えて別れた。

 

そして、俺たちは並んで歩きながら

 

バナージ「…とりあえず、手持ちの情報を整理しようか」

 

キリト「そうだな…あの短槍の出所がわかれば、そこから犯人を追えるかもしれない」

 

そしてキリトはアスナの方を向き、

 

キリト「なあ、お前鑑定スキルは上げて無いよな?」

 

アスナ「当然。君もね」

 

するとアスナは急に立ち止まり、

 

アスナ「てゆうか、その《お前》って言うのやめてくれない?」

 

と不機嫌にそう言った。

 

キリト「え?あ、ああ…じゃあ《副団長様》?いや、《閃光様》か?」

 

アスナ「もうっ!!普通に《アスナ》でいいわよ!!」

 

キリト「り、了解……」

 

そんなやりとりを見て、

 

ユウキ「ねえバナージ、やっぱりアスナって…」

 

バナージ「知らない知らない。皆目見当がつかない」

 

俺はあくまでしらを切る。

 

キリト「ま、まあとにかく、鑑定スキルを持ってるやつを探さないとな。おm……アスナとユウキはフレンドに誰かそんなやついたりしないか?」

 

ユウキ「あ、アスナ!リズにお願いしようよ!!」

 

すると、アスナが

 

アスナ「ユウキ、今の時間帯はあの子忙しいんじゃない?」

 

ユウキ「え、でもリズは……あー…そうだね、たしかに」

 

キリト「その“リズ”って子は何者なんだ?」

 

アスナ「鍛冶屋を営んでるわ。今は四十八層で店を開いてる」

 

バナージ「へえ、自分の店をやってるのか。今度行ってみようかな」

 

ユウキ「うん!あそこ凄くいいよ!ボクとアスナは武器のメンテナンスをいつもその子に頼んでるんだ!」

 

と、なんか宣伝みたいなのをしてくる。

 

キリト「そ、そうか…でも、その子は今は無理なんだよな?となると……」

 

俺はキリトが今考えている人物がわかった。

 

バナージ「なあキリト。あの人もこの時間は忙しいんじゃ…」

 

俺は苦笑いでそう尋ねる。

しかしキリトは、

 

キリト「ま、大丈夫だろ」

 

と、そう言って歩き出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第五十層 アルゲート

俺たちは狭い路地を進んでいき、目当ての店に向かう。

すると、目的の店から男性プレイヤーが出てくる。

よく見ると、そのプレイヤーの顔はどこか沈んでいる。

そして、店の中から「まいど!!」と野太い声が響く。

 

バナージ「こんばんは、エギルさん」

 

エギル「おう、キリトにバナージじゃねえか」

 

キリト「相変わらずあくどい商売やってるな」

 

エギル「安く仕入れて安く提供するのが、ウチのモットーなんでね」

 

キリト「後半は疑わしいけどな」

 

そう言って、エギルさんどこかキリトは拳を打ち付けあった。

ふと、エギルさんは視線を後ろに向け、

 

エギル「…と、おう!ユウキちゃんじゃねえか!」

 

ユウキ「やっほー!エギルさん。ごめんねーこんな時間に」

 

エギル「気にすんなって。それと…ん?」

 

アスナ「…あ、ど、どうも…」

 

アスナはぺこりと会釈をする。

俺たち3人はソロで活動しているので、エギルさんとも交流がある。しかし、ギルドの副団長であるアスナは攻略で顔を合わせることはあっても、こうして話すことは滅多にない。

 

エギル「…おいおい、こりゃあどういうメンツだ?ギルドの副団長様までいるじゃねえか。なんだ?誰が誰とくっついたんだ?」

 

エギルさんはニヤニヤと俺たちに問いかける。

 

キリト「おいおい、なんの勘違いをしてるんだよ。そんなわけないだろ?大体、俺が誰とくっつけるんだよ?」

 

アスナ「〜〜っ!!//」

 

まあ、キリトは悪気があってそう言ったわけではないだろう。しかし、アスナにとってはあまり聞きたくない言葉だったかもしれない。

 

閑話休題。

 

バナージ「とにかく、俺たちはそんなつもりで来たんじゃないんですよ」

 

ユウキ「ちょっとエギルさんに調べて欲しいことがあって〜」

 

エギル「そうか。じゃ、こっちに来てくれ」

 

そう言って、店の奥に案内する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エギル「…圏内で殺人事件?!」

 

バナージ「はい。そうなんです」

 

俺たちは、昼間起きたことをエギルさんに話した。

 

エギル「デュエルとかじゃねえのか?」

 

キリト「ウィナー表示が見つからなかったんだ」

 

ユウキ「直前までヨルコさんって言う女の人と一緒にいたらしいから、睡眠PKの可能性はないんだよね…」

 

アスナが続く。

 

アスナ「突発的な犯行にしては、手口が複雑すぎるんです。事前に計画されて行われたのは間違いないと思います」

 

キリト「そこで、この短槍だ」

 

そう言って、キリトはテーブルに置かれた例の短槍を指差す。

キリトの言わんとしていることを察したのか、エギルさんは早速それを取り上げ、鑑定スキルで槍を調べる。

 

エギル「……PCメイドだな」

 

バナージ「本当ですか?!」

 

PCメイドとは、文字通りプレイヤーキャラクターにより作られたと言う意味だ。

 

キリト「作成者の名前はわかるか?」

 

エギル「《グリムロック》…聞いたことねえな。少なくとも一級の刀匠じゃねえ」

 

バナージ「固有名と、他に何か変わった点はありませんか?」

 

エギル「名前は《ギルティソーン》、《罪の茨》ってことか。特におかしな効果とかはねえな」

 

そう言ってエギルさんは短槍《ギルティソーン》を机に置く。

 

キリト「《ギルティソーン》…《罪の茨》か…」

 

そう呟きながらキリトはおもむろに短槍を手に取り、それを逆手に待って反対の手に………

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「……っておいバカ、何しようとしてるんだ」

 

キリト「あでっ!!」

 

俺はキリトの頭に空手チョップをお見舞いした。

 

キリト「いてて…何するんだバナージ」

 

キリトは頭をさすりながら俺を睨む。

俺は嘆息しながら

 

バナージ「こっちのセリフだ。全く、何するかと思えば…」

 

すると、アスナが

 

アスナ「もうっ!!何考えてるのよ!!これで人が死んでるんだよ?!何なの?バカなの?!」

 

と、凄い剣幕でキリトに詰め寄る。

 

ユウキ「キリト…流石にボクでも今のキリトはバカと言わざるを得ないよ…」

 

ユウキも呆れ顔でキリトに言った。

 

エギル「はあ〜…お前はバカだとは思ってたがここまでとはな」

 

キリト「な、なんだよお前らみんな揃ってバカバカと…」

 

バナージ「だってバカだもんなぁ」

 

キリト「ぐっ…この…!だってやってみなけりゃ分からないだろ!この槍にはおかしな効果はないみたいだし、これで本当に人が殺せるのかどうか……」

 

キリトは必死に弁明を試みるが、

 

アスナ「それで貴方がしんだらどうするのよ?!ああもう…バカバカバカ!!」

 

アスナはキリトの体をポカポカと殴りながら叫ぶようにそう言った。

 

バナージ「やれやれ…とにかく、これはエギルさんが預かってください」

 

エギル「おう」

 

そう言って、俺は槍をエギルさんに手渡す。

 

そして、俺たちはエギルさんの店を後にした。

アスナはまだご立腹のようだ。

 

キリト「な、なあアスナ……その、ごめんな?」

 

キリトがアスナにそう謝罪する。

 

アスナはキリトからプイッとそっぽを向き、

 

アスナ「……もっと、自分を大切にしなさいよ。次あんなことしたら、許さないんだから…」

 

キリト「わ、わかりました…」

 

アスナの顔をよく見ると、その目には涙が溜まっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

〜翌日〜

俺たちは、昨日ヨルコさんと待ち合わせることになっているNPCレストランに来ていた。

しばらく待っていると、キリトとアスナがヨルコさんを連れてやってきた。

しばし沈黙が続いたが、やがてキリトが

 

キリト「ヨルコさん。《グリムロック》って言う名前に聞き覚えは?」

 

それを聞いたヨルコさんは一瞬動揺した顔になるが、

 

ヨルコ「はい、あります…一緒にギルドにいた人です…」

 

続いてユウキが

 

ユウキ「実は、昨日カインズさんの殺害に使われた槍がその《グリムロック》って言う人に作られたものらしいんだ。何か、心当たりあるかな?」

 

と問いかける。

ヨルコさんは一瞬目を伏せるが、すぐにこちらに向き直り、

 

ヨルコ「はい、あります。昨日お話しすることができませんでしたが……ここで話します。私たちのギルドに、何があったのか…」

 

そう言って、ヨルコさんは淡々と語り出した。

 

ヨルコさんの話を纏めるとこうだ。

ギルド名《黄金林檎》。半年前、とあるモンスターを倒したらレアアイテムの指輪をドロップした。

ギルド内でその指輪をギルドで使う方と売却する方とで意見が割れたらしい。結果は多数決で売却することになり、リーダーの《グリセルダ》という女性が一泊の予定で競売に出かけたらしい。

しかし、彼女は帰って来ず、後になって彼女の死亡が判明したらしい。彼女の死因、指輪の行方等は明らかになっていないそうだ。

 

その話を聞いて、俺たちは

 

バナージ「そんなレアアイテムを持って圏外に出るとは考えにくいな…睡眠PKか?」

 

キリト「半年前だから、まだそんな手口が広まる前だよな」

 

アスナ「となると、グリセルダさんを殺害したのは…」

 

ヨルコ「《黄金林檎》の残り7人…」

 

ヨルコさんが続く。

 

キリト「その中で怪しいのは、指輪の売却に反対した3人だろうな……」

 

アスナ「指輪を売られる前に、グリセルダさんを殺害した…ってことかな…」

 

アスナが顎に手を当てながら言う。

 

キリト「ああ、恐らく。ヨルコさん、グリムロックというのは?」

 

俺はヨルコさんに尋ねる。

 

ヨルコ「…グリセルダさんの旦那さんでした。勿論、ゲーム内で、ですけど。お二人はとても仲が良くて、お似合いの夫婦でした。もし、この時間の犯人がグリムロックさんなら、きっと売却に反対した3人を狙っているのでしょうね…」

 

と、視線を一度窓の外に向け、そして俺たちに向き直り、

 

ヨルコ「…指輪の売却に反対した3人の内、2人は私と殺されたカインズなんです」

 

と、静かに告げる。その言葉に俺たちは驚く。

 

バナージ「あの、後1人の方は……?」

 

俺はヨルコさんに尋ねる。

 

ヨルコ「《シュミット》という人です。今はギルド《聖竜連合》にいると聞いています」

 

バナージ「《シュミット》……?どこかで聞き覚えが…」

 

すると、ユウキが

 

ユウキ「バナージ、あの人だよ。《聖竜連合》のディフェンス隊のリーダーやってる人」

 

バナージ「ああ、あの人か…」

 

ユウキの説明に、俺は納得する。

 

ヨルコ「あの、お願いなのですが…可能なら、シュミットに合わせてくれませんか?彼はこの事件のことを知らない…もしかしたら、彼もカインズのように……」

 

そこまで言って、ヨルコさんは俯く。

一瞬静寂が俺たちを包むが、アスナがそれを切り出す。

 

アスナ「シュミットさんは私が呼んでくるわ。聖竜連合とはコンタクトがあるから」

 

バナージ「わかった。よろしく頼むよ」

 

キリト「なら、俺たちは一度ヨルコさんを宿に送ろう」

 

そして、俺たちは解散した。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

数時間後、ヨルコさんの宿部屋にアスナに連れて来られたシュミットは、終始落ち着かない様子でソファーに座っていた。その向かい側に、ヨルコさんは落ち着いた様子で座っていた。

沈黙が部屋を包んでいたが、やがてシュミットが唐突に切り出す。

 

シュミット「ヨルコ……グリムロックの武器でカインズが死んだというのは本当か?」

 

対してヨルコさんは落ち着き払ったまま

 

ヨルコ「本当よ……」

 

そう返した。

瞬間、シュミットは目を見開く。

 

シュミット「なんでだよ?!なんでカインズが殺されるんだ?!あいつが……あいつが指輪を奪った犯人なのか?だからグリムロックが反対した俺たち3人を殺すというのか?なら…なら俺たちも狙われているということなのか?」

 

怯えた様子でシュミットはまくし立てる。

そんなシュミットの様子に御構い無しに、ヨルコさんは淡々と語る。

 

ヨルコ「彼に槍を作ってもらった他のメンバーが犯人かもしれないし、もしかしたら……殺されたグリセルダさん自身の復讐なのかもしれない。だって……圏内で殺人ができるなんて、幽霊でなければ不可能だもの」

 

その言葉にシュミットはただ絶句した。

俺たちも顔を見合わせる。正直、そんなバカな話があるはずがない。何故なら、どれだけ現実に近かろうと、この世界はゲームなのだ。データに基づいたこの世界で、幽霊のようなオカルトの話が起こるわけがないのだ。

……しかしどういうわけか、たった今ヨルコさんが語った言葉には、とても説得力があるように感じられた。

 

ヨルコさんは立ち上がり、

 

ヨルコ「私ね……昨日の夜寝ないで考えたわ。結局のところ、グリセルダさんを殺したのは私たちメンバーでもあるのよ!!あの指輪がドロップした時、投票なんてせずに黙ってグリセルダさんの指示に従っていればよかったんだわ!!!」

 

半狂乱気味にヨルコさんは語る。

シュミットも俺たちも言葉が出なかった。

ヨルコさんは開いた窓にゆっくり後ずさりながら下がる。

 

ヨルコ「あの時、グリムロックさんだけはグリセルダさんに任せると言ったわ。だから彼には私たちを殺す権利があるのよ……私たちを殺してグリセルダさんの仇を取る権利がね…」

 

すると、堪え切れなくなったのか、シュミットは体をガタガタと震わせながら立ち上がり、

 

シュミット「なんで今更!!もう半年も前のことじゃないか?!お前は……お前はそれでいいのかヨルコ?!こんな訳の分からない殺され方で死んでもいいってのか?!」

 

ものすごい剣幕でヨルコさんに近寄るが、俺とキリトがそれを制する。

 

しかし直後、『ドスッ!』という鈍い音が響き、ヨルコさんが目を見開く。

彼女の体が大きくよろめき、背中が露わになる……その背中には投げナイフが深々と刺さっていた。

 

バナージ「しまった?!」

 

俺は急いでヨルコさんに駆け寄るが、一歩遅かった。

ヨルコさんは窓から落下し、体が地面に叩きつけられ、その体をガラス片と化し消滅した……

 

そして、彼女の犠牲と共に、二つ目の圏内殺人が行われてしまった。

 

バナージ「ヨルコさあああーーーん!!!」

 

街には俺の悲痛な叫びがこだまするだけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなりましたが、これにて終了です。
あと、突然なのですがこの物語のOPとEDテーマを考えてみました。

OP:『crossing field』
ED:『流星のナミダ』

いかがでしょう?この二つの曲は、『SAO』と『ガンダムUC』の一番最初に選ばれたテーマソングです。自分勝手な発想ではありますが、割といい感じじゃないかと思ってますw
では、ここまでお読みいただきありがとうございます!次回もよろしくお願いします!!


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第十二話 幻の復讐者

はい、圏内事件編の後編です!
では、始まります!


()安全だと思われていた街の圏内で行われた殺人事件。

1人目は教会で槍に貫かれて死んだ男、《カインズ》。そして、もう1人は……

 

バナージ「ヨルコさあああーーーーーーん!!!」

 

《カインズ》の仲間だった女性、ヨルコさんだった。

ヨルコさんは背中に短剣を刺され、宿の窓から落下する。

そして、彼女の体が地面に叩きつけられ、爆散する。

 

バナージ「……そんな…!」

 

俺はただただ自分の目を疑う他なかった。

すると、視界に人影が映った。そいつはローブを頭から被っており、顔はよく見えない。

しかし、俺は自然に体が動いていた。

 

バナージ「キリト、みんなを頼む!!」

 

キリト「えっ、おいバナージ?!」

 

ユウキ「行っちゃダメ!!」

 

アスナ「バナージくんっ!!」

 

みんなが俺を制止しようとするが、俺は止まらなかった。止まるわけには行かなかった。あの人を捕まえれば、この一連の事件の謎が明らかになるかもしれないからだ。

 

俺は勢いよく窓から跳躍し、向かいの建物の屋根に飛び移る。その瞬間、謎の人物も走り出す。

 

バナージ「……逃がすものかっ!!」

 

俺はAGI値を最大限にしてローブの人物を追いかける。屋根と屋根を飛び移り、ローブの人物も上手く立ち回り逃走する。

しかし、俺は攻略組の人間。ステータスは恐らく俺の方が上だ。次第に俺は奴に追いつく。

 

すると、その人は懐から何か取り出すーーー《転移結晶》だ。

 

バナージ「ーーっ!くそっ、待てっ!!」

 

俺は腰から三本のピンを取り出し、奴に向けて放つ。投剣スキル《シングルシュート》だ。

しかし、三本のピンは奴にあたる直前、紫の障壁に阻まれる。

そして、ローブの人物はなにかを口にする。恐らく転移先だろう。俺はせめて行き先だけでも聞けたらと思い、注意深く耳をすませる。

だが、直後に鐘の音が街に鳴り響く。そして、その中で奴は青白い光に包まれその場から消えた。

俺は立ち止まり、苦い顔になる。

俺は道端に落ちていた短剣を拾い、、皆が待つ部屋へ戻る。

部屋のドアを開けるとーーー

 

ユウキ「バナージのバカ!」

 

いきなりユウキが涙目で飛びついてきた。俺は驚き思わず後ろに後ずさる。

 

バナージ「ゆ、ユウキ…?」

 

するとアスナが呆れ顔でため息をつきながら

 

アスナ「全くキリト君に続いてバナージ君まで……貴方達って、揃いも揃って大バカよね。この大バカコンビ」

 

と罵倒してくる。

 

バナージ「はは…俺までバカって言われちゃったよ…」

 

キリト「全く…で、どうだったんだ?」

 

キリトが俺に問いかける。

 

バナージ「すまない、あと少しのところで転移結晶で逃げられてしまった…」

 

キリト「そうか…」

 

すると、シュミットが

 

シュミット「あ、あれはグリセルダの霊だ…グリセルダが俺たちに復讐するために皆殺しにしてるんだ……」

 

体に身につけた鎧をカタカタと震わせてそう言う。

 

シュミット「は、ははは……幽霊なら、圏内で俺たちを殺すなんて簡単だよな…?」

 

顔は恐怖の色に染まり、声色もかなり弱々しくなっている。

俺はそんな彼を見ながら

 

バナージ「落ち着いてください、シュミットさん。この世界で幽霊なんてありません。必ず、システム的なロジックがあるはずなんです」

 

呟くようにそう言った。

その後、シュミットを聖竜連合の本部は送って行き、俺たちは再びリーテンの街に戻ってきた。

 

街角のベンチに並んで座り、しばし沈黙が続いた。

やがてユウキが切り出す。

 

ユウキ「ねえ、あれって本当にグリセルダさんの幽霊だったのかな…?」

 

アスナ「ユウキ……?」

 

アスナが訝しんだ顔でユウキを見る。

 

キリト「……どうして、そう思うんだ?」

 

ユウキ「……だって、目の前であんなことを見せられたら……ボクだって、あれが幽霊の仕業と言われても信じちゃうよ……普通ありえないでしょ?圏内で人を殺すなんて……」

 

ユウキが半ば諦めたように俯きながらそう言う。

しかし、俺は首を横に振って

 

バナージ「…ユウキ、幽霊だなんてそんなことは絶対にないよ。仮にもしあれが本当に幽霊だと言うなら、あの時転移結晶なんて使わないはずだ」

 

キリト「転移結晶、か……」

 

するとキリトが顎に手を当てて考え始める。

 

ユウキ「キリト、どうしたの?」

 

キリト「ああ、少し引っかかることがな……」

 

そして再び、俺たちに静寂が訪れる。

するとアスナが、「よし!」と手を打ってメニュー欄から何かを取り出す。

出てきたのはバケットサンドだった。

 

バナージ「えっ、アスナ、これは…?」

 

アスナ「何って、ご飯よ。お腹空いたら頭も働かないでしょ?それに、色々あったし、ここらで一区切りつけたいなって思って」

 

そして今アスナは、バケットからサンドウィッチを一つづつ取り出し、それを皆に一つずつ配る。

 

アスナ「早く食べないと耐久値切れちゃうわよ?」

 

そう言ってアスナはサンドの包みを開いて頬張る。

 

ユウキ「ありがとうアスナ!それじゃ、いっただきまーす!!」

 

バナージ「ありがとう、俺もいただくよ」

 

キリト「じゃ、じゃあ…いただきます」

 

俺たちもアスナに習ってサンドを口にする。

 

キリト「…美味い!」

 

バナージ「ああ、すごく美味しい!」

 

ユウキ「すごい!こんな美味しいサンドなんて初めて食べたよ!!」

 

アスナ「ふふっ、それなら良かったわ」

 

俺たちの反応にアスナも笑顔になる。

そして、半分まで食べ終えたところで、キリトが

 

キリト「準備いいな、どこでも買ったんだ?これ」

 

と尋ねる。

するとアスナは、少しムッとした表情になり、

 

アスナ「…売ってない」

 

そう返した。

キリトはポカンとした表情で固まっている。

 

アスナ「料理スキルを上げてるから、自分で作ってきたの」

 

キリトはバケットサンドとアスナを見比べて、

 

キリト「そ、そうなのか.なるほど、ならアスナはいいお嫁さんになれそうだなぁ」

 

と何とも言えない表情でそう言った。

それを聞いたアスナは顔を一瞬で真っ赤にして

 

アスナ「な…ななな何言ってるのよバカ!!!」

 

とキリトの横腹を突いた。

 

キリト「ふぐっ?!」

 

その衝撃でキリトは手に持ったサンドを落としてしまう。

そして、地面に落ちたサンドは耐久値がゼロになって消滅してしまう。

 

ユウキ「あ〜あ…せっかくのアスナのサンドが…」

 

アスナ「…言っとくけど、もうありませんからね!」

 

しかし、キリトはサンドが消滅した地面を見つめて固まっている。そして俺も、先ほどの現象を見て何かが閃いた。

 

キリト「あ、ああ……!」

 

バナージ「ま、まさか…!」

 

バナ・キリ「「そう言うことか!!」」

 

俺たちは同時に叫ぶ。

俺たちの様子を見てアスナとユウキは呆気にとられている。

 

ユウキ「な、何?!」

 

アスナ「何よ、何かわかったの?」

 

俺とキリトは首をブンブンと縦に振り、

 

バナージ「ああ、やっとわかったんだよ!この圏内殺人のトリックが!!」

 

キリト「俺たちは全て見ているつもりだった…けど実際は何も見えていなかったんだ。二件の圏内殺人事件…それは幽霊とかそんな話じゃない…いや、それどころかこれは殺人事件ですらない!!」

 

そして俺たちは未だに状況を把握できずにポカンとした表情のアスナとユウキに向き直り、

 

バナージ「ヨルコさんとカインズさんは……」

 

キリト「……まだ生きてる!!」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

〜第十九層 十字の丘〜

三人称視点

ここは、様々な墓地が並ぶ場所。あたりは常に薄暗く、滅多に人が集まらないこの場所に、1人の男性が歩いていた。

聖竜連合のメンバー、シュミットだ。

彼は一つの墓標の前に立ち止まると、地面に膝をつく。

 

シュミット「…なあ、グリセルダ。俺が助かるには、もうあんたに許してもらうしかない」

 

そして、地面に頭を叩きつけて

 

シュミット「許してくれ!!まさか…まさかあんなことになるとは思っていなかったんだ!!」

 

すると、突然どこからか声が響く。

 

???《本当に?》

 

シュミット「っ?!」

 

シュミットは驚いて顔を上げてあたりを見渡す。

視界に移ったのは一匹のウサギ型モンスター。それはシュミットに驚くとたちまち逃げていった。

ほっと息をついて顔を前に戻すと、目の前にローブを被った女性が立っていた。

 

シュミット「ひっ?!」

 

思わず口元を手で押さえる。

その女性は懐から赤黒い剣を取り出し、シュミットの喉元に突きつける。

 

???《ーー何をしたの?貴方は私に一体何をしたの?シュミット》

 

そう声を発しながらシュミットに詰め寄る。

シュミットは後ずさりながら

 

シュミット「ち、違う!俺はただ、指輪の売却が決まった日に、ポーチにメモと結晶が入ってて、そこに指示が…」

 

すると今度は、背後から男性の声がする。

 

???《…誰のだ?シュミット》

 

シュミットは驚いて背後を向くと、これまたローブを被った男性が立っていた。

 

シュミット「ま、まさかあんたはグリムロック……?!あんたも殺されてたのか?!」

 

シュミットは青ざめた顔でそう叫ぶ。

そんな彼に構うことなく、男性は近づき

 

???《誰だ?お前を動かしたのは一体誰なんだ?》

 

シュミット「わ、わからない!!あのメモには、グリセルダの部屋に侵入できるよう結晶がセーブだけしてから、指輪をギルドの共通ストレージに入れるように指示があったんだ!」

 

???《それで?》

 

シュミット「俺がしたのはこれだけだ!!俺は殺しの手伝いをするつもりなんかなかったんだ、本当だ!!頼む、どうか信じてくれ!!」

 

そう声を張り上げて再びシュミットは頭を下げた。

シュミットの言葉には嘘偽りは全くなかった。

 

一瞬の静寂があたりを包むが、不意にそれを破るように

 

???「……全部録音したわ、シュミット」

 

と、聞き覚えのある声がする。

シュミットは顔を上げると、驚愕の表情を浮かべる。

当然だ。そこにいたのはーーーー

 

シュミット「えっ…どう言うことだ?なんでお前たちが……?」

 

ーー殺されたはずの、カインズとヨルコだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

第五十七層・リーテン

 

ユウキ「い、生きてるの?!ヨルコさんもカインズさんも?!」

 

キリト「ああ、2人とも生きてる」

 

ユウキの問いに、キリトはうなずいた。

 

ユウキ「で、でも…ボク達見たじゃない、2人の体が消滅するのを……」

 

未だに納得の出来ていないユウキがそう呟く。

そんなユウキにバナージが説明する。

 

バナージ「確かに、あの時カインズさんもヨルコさんも、HPが全損して消滅したように見えた。けど、実際は違ったんだ」

 

そしてバナージは一呼吸置き、

 

バナージ「あの時、カインズさんは自身の鎧の耐久値を見てたんだ。そして、その耐久値がゼロになると同時に、転移結晶でどこかに飛んだのだろう。その結果、現れたエフェクトは死亡のそれと限りなく高いーーけど全く別のもの、と言うわけさ」

 

キリト「さっき、バケットサンドが消滅しただろ?あれを見て思いついたんだ」

 

キリトが補足で付け加える。

俺たちの説明に、アスナもユウキも納得したように頷き、

 

アスナ「そっか…なら、ヨルコさんも…」

 

バナージ「ああ。恐らく、彼女は初めから背中に剣を指した状態だったんだろう。今思えば、あの人はあの時、こちら側に背中を見せないようにしていた。そして、ヨルコさんも同じように服の耐久値がゼロになるタイミングを見計らって窓から飛び降りたんだ」

 

ユウキ「じゃあ、あのローブの人は…」

 

キリト「あれは恐らくグラムロックじゃない。多分、カインズだろうな」

 

そして、キリトは腕を組んで

 

キリト「そして、2人はこの方法で死亡を偽装できると考えた。二つの圏内殺人という、恐ろしい演出でな…」

 

アスナ「その目的は、指輪事件の犯人を炙り出すため。これらの圏内殺人によって幻の復讐者を作り出して…」

 

バナージ「シュミットのことは、最初から疑ってたんだろうね。ユウキ、ヨルコさんとフレンド登録したままだったよね?それで彼女の居場所を調べてごらん」

 

言われた通り、ユウキはメニュー欄からヨルコの居場所を特定する。

 

ユウキ「…十九層、丘の上にいるみたいだよ」

 

それを聞いたキリトは両腕を解き

 

キリト「…そうか、ならもう大丈夫だな」

 

バナージも頷き

 

バナージ「ああ、あとは彼らに任せよう。俺たちの役目は、これで終了だ」

 

ーーーーーーーーーー

 

十九層・十字の丘

 

シュミット「そうか、そういうことか……お前達、そこまでグリセルダのことを……」

 

死んでいたはずの2人が生きていることに驚きを隠せなかったシュミットだが、ヨルコの手に音声結晶が録音状態で浮いているのに気づき、全てを察した。

 

カインズ「お前だって、あの人のことを特別憎んでいた訳では無いんだろう?シュミット」

 

カインズがシュミット憎んで詰め寄る。その表情は険しいままだ。

 

シュミット「勿論だ!信じてくれ!!」

 

そう言いながら、すこし目を逸らし

 

シュミット「…だがまあ、受け取った金で購入したレアアイテムのお陰で聖竜連合の入団基準をクリアできたのは事実なんだが……」

 

と、気まずそうに話す。

その時だった。『トスッ』という音とともに、シュミットの身体が足元から崩れ落ちた。

その背中には、重厚な鎧の隙間に短剣が刺さっている。

そして、シュミットのあるHPバーが点滅し、麻痺状態であることを示す。

 

一体何が…?そう考えた時だった。

 

???『ワァーーン・ダァーーウン」

 

と、おどけた声が響き、シュミットの目の前に黒いマントにフードを深くかぶった男がしゃがみ込む。

 

そして、ヨルコとカインズには細いエストックが突きつけられていた。

 

そして、木の陰から新たな声が響く。

 

???「wow!コイツァでけぇ獲物じゃねェかぁ。なぁ?聖竜連合の幹部、《シュミット》さんよぉ〜?」

 

そう言いながら出てきたのは、黒いボロボロのポンチョを着て、右手に肉切り包丁を思わせる大型のダガーを持った男だ。

そして、右手にある刺繍を見た瞬間、シュミットは驚愕する。

 

シュミット「なっ?!お、お前達は…まさか?!」

 

それは、棺桶から髑髏のようなピエロが手招きしているマーク。

 

 

 

 

 

 

シュミット「……殺人(レッド)ギルド、(笑う棺桶)《ラフィン・コフィン》?!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

六十七層・リーテン

バナージ達はとあるNPCレストランに来ており、料理を注文してくるのを待っていた。

 

キリト「……俺たちはまんまとヨルコさん達の思惑に動いてしまったみたいだな」

 

不意にキリトが呟く。

 

バナージ「そうだね。けど、別にそれを嫌とは思わないな」

 

ユウキ「ボクも同じだよー」

 

アスナ「私も、不思議と怒りとかは湧かないわね」

 

そう言いながら、バナージ達は笑っていた。

それぞれがハーブティーを口にしながらくつろいでいた。

すると、アスナ

 

アスナ「ねえ、貴方達って、超級のレアアイテムをドロップしたらどうしてるの?」

 

キリト「え?」

 

アスナの唐突な質問に、キリトはキョトンとしている。

 

アスナ「私のギルドは、レアアイテムをドロップしたらそれはドロップした人のものにするようにしてるの。実際、その方法なら揉め事も起きないし、この世界で誰がどんなレアアイテムをドロップしたかは全部自己申告じゃない?隠蔽などのトラブルを防ぐには、そうするしかないの。けど、貴方達はソロじゃない?レアアイテムをドロップしたらどうしてるのかなって」

 

キリト「どうするって…そうだなぁ〜。まあ、何をドロップしたかによるな。あまり使えなさそうなら売却するし、使えそうなら勿論ストレージに入れるよ」

 

バナージ「俺もキリトと同じだよ。ギルドとかに入ると、どうしてもそういったレアアイテムの分配で揉め事が起きるからね。俺たちはそういうのが嫌でソロでやってるんだ」

 

ユウキ「ボクもバナージ達と同じだね…まあ、レアアイテムをドロップするなんて今まで滅多になかったけど」

 

と、個人の見解をそれぞれ述べる。

それを聞いたアスナは、「なるほどね」と納得したように頷く。

 

キリト「…けど、なんでまたそんなこと聞くんだ」

 

とキリトがアスナの質問を疑問に思いそう聞き返す。

アスナはすこし苦笑いを浮かべて

 

アスナ「…前に、鍛冶屋の女の子の話はしたでしょ?その子とユウキの3人で、この世界での《結婚》について話したことがあるの」

 

ユウキ「ああ〜、あったねそんなこと」

 

ユウキも昔を思い出すように頷く。

 

バナージ「《結婚》?…なんでまた?」

 

俺が唐突に出てきたワードに疑問符を浮かべる。

 

アスナ「この世界で結婚すると、アイテムストレージがすべて共通化されるでしょ?そうなれば、さっき言ったレアアイテムの隠蔽とか隠し事とかがすべて明らかになる。それって身も蓋もないことですご実際的(プラグマチック)だけど、同時にすごくロマンチックなシステムよね…」

 

と呟くように言う。

すると、キリトが

 

キリト「なあ、アスナ。おまえ結婚したことあるの?」

 

キリトの言葉に場の空気が凍りついた。

一瞬の沈黙が訪れるが、アスナがそばにあったナイフをキリトに突きつける。

キリトは慌てて両手を振り

 

キリト「ち、違う違う!さっきアスナが言ってたろ?ロマンチックだとかプラスチックだとか…」

 

アスナ「誰もそんなこと言ってないわよっ!!」

 

キリト「あでっ?!」

 

アスナがキリトの足を蹴りつけた。

バナージは呆れたようにため息をついて

 

バナージ「…キリト、アスナはさっき、“プラグマチック”って言ったんだ。“実際的”って意味だよ」

 

キリト「実際的…?SAOでの結婚が?」

 

キリトは疑問符を浮かべている。

 

ユウキ「だってさ、身も蓋も無いじゃん。ストレージ共通化なんて。よっぽど信頼の置ける関係じゃないとそんなことできないよ」

 

するとキリトはハッとした表情になる。

 

キリト「…なあ、結婚相手が死んだらどうなるんだ?」

 

アスナ「グリムロックさんとグリセルダさんの事?そうね…1人が死んだらアイテムは…」

 

と、考え込む。

そしてキリトが

 

キリト「…“全て生き残ったもの方になる”んじゃないか?」

 

それを聞いてアスナ達もハッとする。

 

ユウキ「じゃあ、グリセルダさんのストレージにあったレア指輪は…」

 

バナージ「奪われていなかった…?」

 

しかし、キリトは首を横に振り、

 

キリト「…いや、違う!グリムロックは、自分のストレージにある指輪を奪ったんだ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

第十九層・十字の丘

 

???「さぁて、こいつらどう調理しようかねぇ…」

 

と、獲物を選別するようにそう呟いたのはリーダーの《poh》。

 

???「あれ、あれやろうよヘッド!!“殺し合わせて生き残ったやつだけ助けてやるぜゲーム”!!」

 

無邪気な子供のような話し方で提案したのは毒ナイフ使いの《ジョニー・ブラック》。

 

ジョニーの言葉にpohはため息をついて

 

poh「おいおい…オメェんなこと言って、結局最後は全員殺しちまっただろうがよ」

 

ジョニー「あぁーっ!!それ言っちゃ終わりだよヘッド!!」

 

ジョニーはさも残念そうに叫ぶ。

 

ヨルコ「……っ!!」

 

ヨルコは今すぐにカインズを助けたかった。しかし、今は身動き一つ取ることができない。

なぜなら、今自分の喉元には細いエストックが突きつけられているからだ。

突きつけているのはエストック使いの《赤目のザザ》。

彼は終始無言であるが、深くかぶったフードの奥には狂気の笑みを浮かべている。

 

poh「…さて、んじゃあ取り掛かるとするか」

 

そう言って、pohは右手に持った大型短剣《メイトチョッパー》を大きく振りかぶる。

いよいよ自身の死を覚悟し、シュミットは目を瞑る。

 

…しかし、《メイトチョッパー》が振り下ろされることはなかった。

遠くから、馬の足音が聞こえてきた。

見えてきたのは、二頭の馬。その背中には、それぞれ黒衣の少年と、白衣の少年が座っている。

乗っているのは、キリトとバナージだ。

 

それを見た犯罪者3人は一歩後退する。

そして、二頭の馬が立ち止まり、鳴き声をあげて後ろ足で立つ。

 

キリト「いった!!」

 

黒衣の少年は着地に失敗し尻餅をつく。

 

バナージ「おいおい…何やってるんだよキリト。そこはビシッと決めろよ…」

 

反対に、バナージは身軽に着地し、失敗したキリトを見て嘆息している。

キリトは腰をさすりながら立ち上がり、

 

キリト「し、仕方ないだろ!!いきなり止まったんだから!」

 

バナージ「やれやれ…ま、どうやら間に合ったみたいだね。シュミットさん、タクシー代は後でそちらの経費にしておいてください。そして…」

 

バナージとキリトは視線を犯罪者の方に向ける。

 

キリト「…よおpoh。相変わらず悪趣味な格好だな?」

 

poh「フン…《黒の剣士》に《白の剣士》か…。テメェらには言われたかねぇよ」

 

と、面白くなさそうにそう言う。

 

バナージ「おいおい、俺は何もいってないだろ…」

 

なぜかキリトと一緒くたに服をディスられたバナージが眉をひそめて嘆息する。

そんなバナージに構うことなく、

 

poh「それよか、オメェら分かってるのか?いくらテメェらでも、俺たち3人を相手取るのは難しいだろ?」

 

そう言いながらメイトチョッパーをキリトとバナージに突きつける。残りの2人も、自分の武器を構える。

対するキリトとバナージも、背中から剣を引き抜く。

 

バナージ「…まあ、難しいだろうね。普通に戦うならまだしも、ヨルコさん達を守りながらとなると、流石に厳しいかもしれない」

 

キリト「けど、耐毒ポーションは飲んできたし、結晶アイテムもありったけ持ってきた。それに、俺たち2人なら、少なくとも20分は稼げる。それだけあれば援軍が駆けつけるには十分だ!お前ら3人で、攻略組30人を相手にしてみるか?」

 

poh「……チッ」

 

キリトの言葉に、pohは面白くなさそうに舌打ちをする。

そのまま睨み合いが続くが、不意にpohが指をパチンと鳴らす。

その合図とともに、残りの2人が武器を収める。

それを見たヨルコは安心したように膝から崩れた。

 

poh「《黒の剣士》、そして《白の剣士》……テメェらは俺が必ず殺す。お前らの大事なモン全部、根こそぎ奪ってな…」

 

低くドスの効いた声でそう語る。

対してバナージは肩を竦め

 

バナージ「おお、それは怖いなぁ」

 

と軽く返し、

 

キリト「やってみろよ…やれるものならな…」

 

と不敵な笑みを浮かべてそう返した。

そして再び睨み合うが、3人は踵を返して暗闇の中へ消えていった。

 

彼らの姿が完全に見えなくなった時、キリトとバナージは息を吐いて背中に剣を収めた。

そして、ヨルコ達の方へ向き直り、

 

キリト「…さて、間に合って良かったよ、ヨルコさん」

 

バナージ「そちらの貴方は初めまして、ですかね?カインズさん」

 

カインズは苦笑いで

 

カインズ「…いえ、正確には二度目です。僕が死亡を偽装してるときに目が合いましたから。あの時、あなた方には見破られるんじゃないかと思ってたんです」

 

ヨルコ「全部終わったら、謝罪に伺おうとは思ってたんです。信じてはもらえないかもしれませんけれど…」

続いてヨルコも俯きながら話す。

 

その時

 

シュミット「キリト!バナージ!助けてくれた例は言うが、なぜ奴らが襲ってくることがわかったんだ?」

 

麻痺の解けたシュミットが片膝をつきながら尋ねた。

 

キリト「わかったわけじゃないさ。そう言う可能性があると推測しただけだ。まあ、ほぼ確信に近かったけど」

 

バナージ「ヨルコさん、カインズさん、貴方達は、あの武器をグリムロックさんに作ってもらったんですよね?」

 

ヨルコとカインズは顔を見合わせる。

やがて、意を決したように

 

ヨルコ「最初は…気がすすまないようでした。もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって…」

 

カインズ「でも、僕らが一生懸命頼んだら、作ってくれたんです」

 

その答えを聞いたバナージは目を伏せる。

 

バナージ「…残念ながら、武器を作るのに反対したのはグリセルダさんのためではありません」

 

バナージの言葉に、ヨルコとカインズはただ疑問符を浮かべている。

 

キリト「圏内PKなんて派手な演出をして、皆の注意を引けばいずれはバレると思ったんだ。俺たちも気づいたのはほんの30分前だ」

 

そしてバナージ達は真実を語った。指輪事件の真相を……

 

ーーーーーーーーーーーー

 

指輪事件の真相を聞いたヨルコたちは、驚きが隠せなかった。

 

シュミット「そんな…じゃあ、グリムロックがグリセルダを殺したのか?グリムロックが犯人なのか?」

 

それに対してバナージは首を横に振り

 

バナージ「いえ、恐らく直接手は汚さなかったでしょう。彼女の殺害はあいつら《ラフィン・コフィン》に依頼したのだと思います」

 

ヨルコは信じられないと言うか顔で

 

ヨルコ「じゃあ、なんでグリムロックは私たちに協力してくれたんですか?!」

 

キリト「あんた達はこの計画の全てをグリムロックに話したんだよな?多分、それを聞いたグリムロックがそれを利用して今度こそ指輪事件を永久に闇に葬り去ろうとしたんだろう。そして、ここであんた達3人を纏めて消せばいいと…」

 

そしてシュミットが納得したように

 

シュミット「そうか…だからここに《ラフィン・コフィン》の3人がいたのか…」

 

バナージは肯定するように頷いて、

 

バナージ「恐らく、グリセルダさんの殺害の時からパイプがあったのでしょうね」

 

それを聞いたヨルコが力なく膝をつき、カインズがそれを支える。

 

すると、

 

アスナ「キリト君、バナージ君…いたわ」

 

ユウキ「お待たせ、2人とも」

 

キリト「後のことは、本人から直接聞こうか」

 

と言って、後ろを振り返る。

そこには、アスナとユウキ、そして革のコートにサングラスをかけた男性が立っていた。

この男性こそが、一連の事件の黒幕であるグリムロックだ。

 

グリムロックは全員を一度見渡すと、

 

 

グリムロック「…やあ、久しぶりだね。みんな」

 

と優しい口調で語りかける。

 

ヨルコ「グリムロックさん…貴方は、本当に私たちを…?グリセルダさんを殺したの……?」

 

しかしグリムロックは答えない。

 

ヨルコ「答えてよグリムロック!!なんで奥さんを殺したの?!そうしてまで指輪をお金に変える必要があったの?!」

 

涙を流してヨルコは叫ぶ。

 

グリムロック「金?金だって…?く、くくく……」

 

グリムロックは小さく笑い、

 

グリムロック「金のためなんかじゃない…私はどうしても彼女を…グリセルダを殺さなければならなかった…彼女がまだ私の妻である間に…!」

 

そして一度目を伏せ、一呼吸おき

 

グリムロック「…彼女は現実でも、私の妻だった」

 

一同「「「「なっ?!」」」」

 

グリムロックの告白に、一同は驚愕する。

 

グリムロック「彼女は現実では、文句ひとつない最高の妻だった。可愛らしく、従順で、喧嘩など一度もしたことがなかった。しかし……私たちがこの世界に囚われてから、彼女は変わってしまった。彼女は現実にいる時よりもはるかに生き生きとしていて…この世界に怯え、竦んだのは私だけだった……認めざるをえなかったよ、私の愛する《ユウコ》はもう消えてしまったのだと!!!」

 

わなわなと肩を震わせながらグリムロックはそう語る。

 

グリムロック「なら…ならいっそ!合法的殺人が認められるこの世界にいる間に、《ユウコ》を永遠の思い出の中に封じようと思ったこの私を、一体誰が責められるだろう?!」

 

狂気じみた声でグリムロックはそう語る。

しかしーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「ふざけるなぁっ!!!!」

 

そう叫ぶと同時に、『バキッ!!』という甲高い音とともに何者かがグリムロックを殴りつける。

グリムロックはその衝撃で転倒し尻餅をつく。彼を殴ったのはーーーー

 

キリト「ば、バナージ?!」

 

ーー普段の温厚な性格のバナージからは想像もつかない怒気を含んだ形相でグリムロックを見下ろすバナージだった。

 

バナージはグリムロックをにらんだまま、

 

バナージ「間違ってるのはあんただ!!あんたが奥さんに抱いていたのは“愛”なんかじゃない!!」

 

そしてバナージはグリムロックの胸ぐらを掴み、

 

バナージ「あんたが抱いていたのはただの“支配欲”と“独占欲”だ!!!」

 

グリムロック「…ぁ……!」

 

バナージの言葉を聞き、グリムロックの目から光がなくなり、その場に膝から崩れ落ちる。

 

すると、カインズとシュミットがグリムロックに歩み寄り、バナージ達の方を向いて

 

カインズ「みなさん、この男の処遇は、僕たちに任せていただけませんか?」

 

シュミット「もちろん、私刑にかけないと約束する」

 

彼らの言葉を聞き、キリト達は頷いた。

 

そして、グリムロックはカインズ達に抱えられ、歩いていく。

そして、ヨルコがバナージ達の前に立ち、

 

ヨルコ「皆さん、本当にありがとうございました。みなさんのおかげで真相にたどり着くことができました。このご恩は忘れません」

 

と、深くお辞儀をし、カインズ達が進む方へ歩いて行った。

 

彼らの姿が完全に消えた頃には、辺りに光が照らし始めていた。夜が明けたのである。

 

不意に、アスナがキリトに尋ねる。

 

アスナ「…ねえ、キリトくん」

 

キリト「うん?」

 

アスナ「…もし、好きな人の隠れた部分がわかった時、貴方はどうする?」

 

キリト「…ラッキーだった…って思うかな?」

 

キリトの答えにアスナは目を丸くする。

 

キリト「だってさ、その人が好きってことは、表面はもう好きなんだろ?じゃあ、その人の隠された一面がわかったのなら、俺はその人のその部分も好きになって、ますます好きになれる…と思う」

 

アスナはぽかんとしていたが、

 

アスナ「……ふふっ、なにそれ。変なの」

 

キリト「そ、そうか?」

 

アスナ「そうよ。君はすごく変わってる」

 

そんなやりとりを見ていたユウキは、

 

ユウキ「…なら、バナージはどう?」

 

バナージ「う〜ん…俺もキリトと同じかな?というより、人を好きになるっていうのは、他者がわかり合うってことだと俺は思うんだ。仮にそれがわかった途端に嫌いになるようなら…どのみちその2人は長くは続かないと思う」

 

ユウキ「そっか……」

 

バナージの答えを聞くと、ユウキは目を伏せる。

 

バナージ「…ユウキ?どうかしたの?」

 

ユウキ「う、ううん!なんでもないよ!」

 

ユウキは慌てて両手を振る。

 

アスナ「…さて、それじゃあ帰りましょうか」

 

キリト「だな。もう2日も前線を開けちゃったし」

 

ユウキ「今週中にはこの層をクリアしたいよね」

 

バナージ「ああ、そうだね」

 

そして、彼らが歩き出そうとした時だった。

ふと、バナージが足を止めたのだ。

 

キリト「ん?バナージ、どうした?」

 

バナージは答えることなく指を指す。

そこには、朝日に照らされたグリセルダの墓と、うっすらとではあるが、女性が立っていた。

その光景に彼らは驚くが、一つの確信があった。

ーー彼女がグリセルダなのだ、と。

 

グリセルダは微笑んでおり、やがて朝日が昇るとともにその姿は消えて行った。

 

しばらく無言だった彼らだが、

 

バナージ「…グリセルダさん、貴女の意思は確かに受け取りました」

 

キリト「俺たちは必ず、このゲームをクリアしてみせます」

 

ユウキ「…だから、安心してね」

 

アスナ「どうか、安らかに……」

 

彼女の冥福を祈るとともに、静かに決意をしたのだった。

 

アスナ「…キリト君、必ず生き残りましょう」

 

キリト「ああ、必ずだ」

 

ユウキ「絶対にクリアしようね!」

 

バナージ「ああ、みんなで一緒に帰ろうーーー現実世界へ!!」

 

そして、彼らは歩き出したーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウキ「そういえば!!」

 

突然、ユウキがなにかを思い出したように叫んで立ち止まった。

 

バナージ「ゆ、ユウキ?どうしたんだ急に」

 

ユウキ「色々あったから忘れてたけど、ボク達まだアスナからゴハンおごってもらっていよね?!」

 

アスナ「」

 

バナージ「…あっ」

 

キリト「…そういえば」

 

アスナは冷や汗を流し、

 

アスナ「な、なにいってるのユウキ?そ、そんな話あったかなぁ〜〜〜」

 

ととぼけながら歩き出すが、キリトとバナージが肩をガシッと掴み、

 

キリト「おっと……“忘れた”は無しだぜ?」

 

バナージ「そうそう、約束は約束だからね」

 

ユウキ「よぉ〜し、それじゃ、しゅっぱあ〜つ!」

 

アスナ「い、いやあああああああ!!!」

 

アスナの悲鳴が十九層にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます!
これにて圏内事件編は終了です!
感想やコメントお待ちししてます!
それと、評価の方もよろしくお願いします!
では、また次回!


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第十三話 過去の告白

こんにちは!こんばんは!ジャズです。
今回から、《ラフコフ討伐戦》の話に入りたいと思います。
では、本文スタート!!



第一層 始まりの街

キリトside

俺は今、第一層の始まりの街に来ていた。

理由は、とあるクエストを受けるためだ。そのクエストの名は、『白き一角獣と黒き獅子の討伐』という名前だ。

 

俺はこのクエストの存在は知っていたが、俺はこのクエストを受ける気など毛頭無かった。何故なら、このクエストは報酬が余りにも少ないからだ。なので、誰もこのクエストを受けること無くただ存在するクエストとなっていた。

 

ところがある日、バナージが俺に『このクエストを受けてみてくれ』としつこく言ってきたので、俺はやむなくこのクエストを受けることにした。

 

そして、クエストの場所にたどり着いた。

目の前に黒いライオンがポップする。ライオンは俺に気づくと『ガルルルルッ』と唸り前足で地面を引っ掻いている。

 

しかし俺は、最前線でもっと恐ろしいモンスターとやり合っているので、落ち着いて背中から五十層LAボーナスで手に入れた、《エリュシデータ》を引き抜き構える。

それを見た黒いライオンは、『グアアアアッ!!』と吠え、俺に向かってくる。

 

 

 

 

キリト「(……遅いな)」

 

先ほども言った通り、俺は常に最前線の手強いモンスターと戦っているので、目の前のライオンのスピードは非常に遅く感じた。

俺は難なくライオンの突撃をいなし、そのまま剣で斬りつける。

ライオンは『ギャアアアアッ!!』と悲鳴を上げて消滅した。

 

キリト「(たった一撃…剣を掠めただけで消滅とは…呆気ないな)」

 

俺は報酬を確認し、そのままその場を後にする。

やはり、このクエストの報酬は全然大したものでは無かった。言って仕舞えば、これはハズレクエストだ。経験値も全然無く、アイテムも無い。はっきり言って、時間の無駄だったと感じた。

 

しかしその時だった。後ろから『トスン!』と何かが刺さる音がした。

振り向くと、そこには地面に剣が刺さっていた。

 

キリト「…何だ?」

 

俺はその剣の元に歩く。

それは漆黒の剣だった。鍔は金色で獅子の鬣か牙を連想させるどこか荒々しい形状だ。

 

俺はその剣を引き抜いてみる。手に持った感触は、最近筋力値がようやく規定の値になったおかげでようやく装備可能になった《エリュシデータ》によく似ている。

ーー重い、いい剣だ。素直にそう感じた。俺は初期の頃から重い剣を好んで使っているので、この剣は俺にとってかなりいい剣のように感じた。

 

俺はこの剣の情報を見るため、メニューを開く。

剣の名前はーー《banshee》、なんて読むのだろうか?

性能はエリュシデータと同じかそれ以上のものだ。おそらく今後の攻略でも使えるだろう。

 

しかしそれにしても、何故こんなクエストでこれほどの剣が手に入るのか?分からないことが多い中、俺はとりあえずせっかく手に入れた名剣《banshee》をアイテム欄に入れる。

すると、システムメッセージが表示される。

《指定ウェポンを入手 特殊OS《NTーD》完全開放》とあった。

 

キリト「“完全開放”…?どういうことだ?あれでまだ上があるのか?」

 

すると、バナージからメールが来た。

 

バナージ『クエストが終わったらホームに来てくれ』

 

様々な疑問を残したまま俺はホームに戻る。

 

ーーーーーーーーーー

バナージside

『ガチャリ』とホームの扉が開く音がする。

 

キリト「バナージ、帰ったぞー」

 

バナージ「ああ、おかえり、キリト」

 

キリトは向かいの椅子に座る。

俺は確認したかった。先日俺は『白き一角獣と黒き獅子の討伐』というクエストで、とある片手剣を手に入れた。《unicorn》だ。先日、筋力値がようやく規定の値に満たしたため使用可能になった。

そして、俺はキリトにこのクエストを受けてもらった。

 

バナージ「…どうだった?」

 

俺の質問に、キリトは

 

キリト「どうも何も、普通にモンスターを倒すだけだったよ。まあ、報酬は大したものじゃ無かったよ」

 

と、普通に答えた。

 

バナージ「……片手剣はなかったか?」

 

キリト「剣…ああ!」

 

キリトは思い出したように手を叩く。

そして、メニュー欄を開き、片手剣をオブジェクト化する。

そこに現れたのは、漆黒の片手剣。鍔は金色で形状はーーーー《バンシィ》にそっくりだった。

 

キリト「名前は《banshee》……えっと、なんて読むんだ?これ」

 

バナージ「ーー《バンシィ》だよ」

 

俺は無意識に、呟くようにそう答える。

 

キリト「えっ?あ、ああ!そうか、《バンシィ》って読むのか、これ」

 

俺の呟きにキリトは納得したように声をあげた。

 

キリト「そうだ、この剣を手に入れたらなんか《NTーD》が完全開放されたとかいうメッセージが来たんだけど、この《バンシィ》って剣は《NTーD》専用ウェポンなのかな?スキルに専用アイテムがあるなんて聞いたことないけど…ていうかそもそも《NTーD》って何なんだろうな?」

 

キリトは腕を組み、首を傾げてそう言う。

しかし俺は、真剣な眼差しで目の前の片手剣を見ていた。

 

《バンシィ》ーー宇宙世紀の世界で俺が何度も対峙した《ユニコーンガンダム》の同型二号機だ。モチーフはタペストリー《貴婦人と一角獣》に描かれた一角獣と対をなす獅子だ。

 

まさか、《ユニコーン》に続き《バンシィ》までこの世界に現れるとは。俺はいつまでも、あの機体からは逃れられないらしい。そして今、その持ち主は相棒のキリトになった。

《NTーD》と言い、この剣といい、一体この世界は俺とキリトにこれを持たせて一体何をしろと言うのか?

 

キリト「バナージ?どうしたんだ?」

 

俺がそんな考え事をしていると、キリトが訝しんだ様子で俺を見る。

 

俺は今まで、俺の過去のことを誰にも話さなかった。何故なら、それを話すと混乱してしまうと思ったからだ。何しろこの世界と宇宙世紀の世界は共通点が無さすぎる。なので、話しても信じてもらえないと思ったのだ。

けれどーーーキリトには、もう話した方がいいかもしれない。俺の前世のこと、俺のかつての人生のことも。今まで渋っていたが、ここまで宇宙世紀につながるワードが出てくると、むしろ話した方が納得してくれるだろう。

 

バナージ「ーーキリト、少し話したいことがある」

 

キリト「な、何だよ、改まって…」

 

俺は真剣な眼差しでキリトを見て、全てを話したーー

 

ーーーーーーーーーー

 

キリトside

バナージは突然、真剣な顔でとんでも無いことを口にした。

 

バナージ「俺には、前世の記憶があるんだ」

 

バナージは全て語ったーーーー《西暦を超えた世界、宇宙世紀》、《ジオン公国と連邦政府による戦争》、《人型兵器MS(モビルスーツ)》、《ガンダム》、《新人類“ニュータイプ”》、《ラプラスの箱》そしてーーーーーーーー

 

バナージはその《ラプラスの箱》の鍵と言われた《ユニコーンガンダム》に乗り、それを守るために戦い、そして気づけばこの世界にいたと。

 

俺は驚きすぎて言葉も出ず、何も考えることが出来なかった。当然だ。こんな話、あまりにも突拍子がなさすぎる。

しかし、俺はバナージと何年も共に過ごしてきた。だからこそわかる。“バナージが語ったことは真実だ”と。

 

いや、俺はむしろ納得していた。

バナージは本当に強い。このデスゲームに限らず、あいつは様々なことで高い才能を発揮した。それは、あいつが《戦争》と言う過酷な状況下で、《ニュータイプ》と呼ばれる新人類に目覚めていたからだ。

バナージは誰よりも命を重んじる。昔から虫すら殺すのを避けていた。それは、あいつが前世で様々なものや人を失い、《命》に向き合ってきたからだ。

バナージはその言葉に説得力がある。あいつは嘘はつかない。あいつが語ることにはすべて人を納得させる力があった。それは、あいつの前世はあまりにも過酷だった。しかし、そんな中で過ごしてきたからこそ、あいつはその中で学び、成長したのだ。

 

そう、俺はバナージの過去を聞いて、ようやく《バナージ・リンクス》と言う人間を“理解”出来たのだ。

 

バナージ「ーーここまでが俺の過去の話だ。もちろん、信じてくれなくても構わない。あまりにも突拍子が無さすぎるし…」

 

バナージは苦笑しながら話を締めくくった。

俺は首を振った。

 

キリト「…いいや、信じるよ、お前の話」

 

バナージ「…えっ?」

 

俺の言葉に、バナージは目を丸くする。

俺は静かに語った。

 

キリト「…なんかさ、その話を聞いて、やっとわかったって言うか…お前ってさ、昔からどこか人間離れしてるところがあるって言うか…何だろうな、“手の届かない存在”、って言うのかな?そんな感じだったよ。俺はずっと“何でだろう?”って思ってた……

けど、ようやく理解できたよ。お前がどう言う人間なのかがさ」

 

バナージ「…信じてくれるのか?こんな話、自分で言うのも何だけど、信憑性が無さすぎるだろ?」

 

バナージは訝しんだ様子で聞くが、

 

キリト「信じるさ。何せお前は俺の相棒だぜ?相棒の話を信じない奴がどこにいるんだよ」

 

バナージ「そうか…ありがとう、キリト」

 

バナージは安心したようにそう言った。

ここで俺は疑問が浮かんだ。

 

キリト「…なあ、バナージ。聞きたいんだけど……結局《NTーD》って何なんだ?」

 

バナージ「…《ユニコーンガンダム》の話はもうしたよね?《NTーD》はそれと同型二号機に搭載された特殊システムだよ」

 

キリト「“同型二号機”…?それじゃあ《ユニコーンガンダム》は二つあるのか?」

 

バナージは頷き、

 

バナージ「ああ、そしてそれは、この世界でどうやらお前を資格者として選んだらしい」

 

キリト「俺が資格者…?どう言う意味だ?」

 

俺はバナージの言葉に疑問符を浮かべ首をかしげる。

バナージは一呼吸置き、

 

バナージ「……機体名は《バンシィ》、《黒き獅子》だよ」

 

キリト「えっ、《バンシィ》って…じゃあ、こいつは…」

 

俺は机に置かれた漆黒の剣を見つめる。

 

バナージ「…お前が《NTーD》を使った時にうっすら思ってたんだ。もしかしたらお前は《バンシィ》に選ばれたんじゃないか…ってね。そしてしばらくしてから現れたのが…」

 

キリト「『白き一角獣と黒き獅子の討伐』のクエストか」

 

バナージは深く頷き、

 

バナージ「当時はハズレクエストとか言われて誰も受けようとはしなかっただろ?けど、俺は確かめたかったんだ。《NTーD》以外に、《宇宙世紀》の世界に繋がる手がかりを」

 

キリト「そして出てきたのが、お前の《ユニコーン》と俺の《バンシィ》と言うわけか。それにしても、なんか因縁だよなぁ」

 

バナージ「ん?何が?」

 

キリト「だってさ、バナージは《白の剣士》で俺は《黒の剣士》って呼ばれてるだろ?そんな俺たちに《白き一角獣》と《黒き獅子》の剣をゲットするなんて、なんか運命的っつうかなんというか…」

 

俺の言葉にバナージも苦笑して

 

バナージ「…俺に至ってはもうなんか“呪い”みたいに感じるね。生まれ変わってもこの力が与えられるなんて」

 

キリト「はは、そうだな」

 

俺も苦笑しながら答える。

バナージも「ははは」と笑ったが、真剣な顔に戻し、

 

バナージ「……《NTーD》の話だけど、正確には《ニュータイプ・デストロイヤー・システム》って言う名前なんだ」

 

唐突に語られた《NTーD》の真の意味に俺は驚愕する。

 

キリト「《ニュータイプ・デストロイヤー》だって?おい、なんだそれ…それじゃ《ユニコーンガンダム》ってのは……」

 

バナージ「ああ、本来なら《ユニコーンガンダム》は《ニュータイプ》を殺し、否定するものなんだ」

 

俺は訳がわからなかった。

 

キリト「じゃあお前は、自分自身を殺すかもしれない機体に乗ってたってのか?」

 

バナージ「……まあ、そう言うことになるね。結果的にはそうはならなかったけど」

 

キリト「…《ニュータイプ・デストロイヤー》か…けど、そんなものがなんでこの世界にあるんだ?《ニュータイプ》なんでこの世界にはいないじゃないか」

 

バナージは顎に手を当てて

 

バナージ「…俺も今まで、ずっとそれが疑問だったんだ。けど、もしかしたら…俺がこの世界に来たからかもしれない」

 

キリト「お前がこの世界に来たから…?それって…」

 

俺はバナージの言葉に疑問符を浮かべる。

 

バナージ「…もしかしたら、俺がこの世界に転生したことで、あの世界の力がもたらされたのかもしれない。現に、《NTーD》も二つの《ガンダム》の名前を冠した剣もこの世界に存在する」

 

キリト「バナージが来たことによって、この世界が少し改変されたってのか…」

 

俺も腕を組み、考えるように呟く。

 

ふと、俺はある疑問が浮かぶ。

 

キリト「なあ、バナージ。一つ聞いてもいいか?」

 

バナージ「なんだい?」

 

正直、この質問は聞くのが怖かった。けど、聞かずにはいられなかった。

 

キリト「…お前はあの世界に、《宇宙世紀》の世界に、帰りたいって思ってるのか…?」

 

バナージは俯いて黙り込む。

しばし静寂が訪れる。俺はバナージを黙って見つめる。

 

そして、バナージは静かに口を開いた。

 

バナージ「…正直に言うと……俺は帰りたいって思ってる……」

 

キリト「………」

 

その言葉を聞いて、俺は胸が締め付けられる感覚がした。

 

バナージ「…あの世界で、ある人と約束したんだ。《必ず戻る》って。俺はその約束を、果たさなければならないんだ」

 

キリト「……そうか…なら仕方ないな」

 

俺はその言葉を出すのがやっとだった。

 

バナージ「……ごめん」

 

バナージは静かに頭を下げる。

俺は首を振り、

 

キリト「何言ってるんだよバナージ。約束があるんだろ?ならそれは守らないといけないじゃないか……俺も、できることがあれば協力する。だから……いつか帰れるといいな」

 

バナージ「ありがとう、キリト……」

 

キリト「ああ……」

 

けど、俺は正直受け入れ難かった。

バナージとは生まれた時から一緒にいる。そんな奴が、違う世界に帰ってしまう…もう二度と、会えなくなるなんて、そんなこと考えたくなかった。

俺は、バナージにずっと一緒にいて欲しい。俺の隣で歩き続けて欲しい。本当はそう思っていた。

 

しかし、それではバナージが宇宙世紀の世界に帰ることが出来なくなってしまう。それに、あの世界に待たせている人がいるなら、バナージを返してあげなければならない。

自分の我儘でバナージやバナージの本来の仲間達に迷惑をかけるのはいけない、そう思い、俺は自分の気持ちを抑えたのだ。

けれど、やはり寂しさを抑えることは出来なかった。

 

俺はバナージに見られないように背を向け、1人涙を流した。

 

そんな中、アスナからメッセージが届いた。

 

アスナ『キリト君、もし空いていたら、至急血盟騎士団本部に来てくれる?話はそこでするわ』

 

俺は目に溜まった涙を拭い、バナージに振り返る。

 

キリト「バナージ、アスナから血盟騎士団本部に来てくれってメールが来たぜ」

 

バナージ「そうか。分かった、すぐに向かおう」

 

ーーーーーーーーーー

 

第五十層・グランザム

バナージside

目の前に、砦のような大きな煉瓦積みの建物がそびえ立つ。ここは血盟騎士団本部である。

扉の前には門番が険しい顔で立っている。

 

キリト「なんか…すごいな」

 

バナージ「ああ、流石は大手ギルド。拠点もしっかりしてるなぁ」

 

俺は感嘆の声を上げ、門へ歩いていく。

 

そして、門番に対して

 

バナージ「…あの、すみません。副団長のアスナさんから呼び出しを受けたものですが…」

 

門番「ああ、話は伺っております。では、どうぞ…」

 

門番に促され、俺たちは中へ入っていく。

 

すると、アスナが歩いてきた。

 

アスナ「キリト君、バナージ君!早かったわね」

 

キリト「やあ、アスナ。まあ今日は暇だったしな。それで、要件というのは…」

 

アスナ「これから会議室で行われるところよ。案内するからこっちにきて」

 

そして、アスナに導かれ、俺たちは広い会議室に通された。

そこにいたのは、攻略組のメンバーだった。

中には顔見知りのやつもいる。

 

バナージ「あれは…ユウキ!」

 

ユウキ「あっ、バナージとキリト!やっほー!」

 

相変わらずユウキは無邪気な笑顔で応じる。

 

ユウキ「なんかアスナに呼ばれてきたんだけど、これから何が始まるんだろ?」

 

バナージ「さあ…俺も聞かされてないんだ」

 

俺が首を傾げていると、後ろから「バナージ、キリト!」

と呼ぶ声がした。振り返ると、そこには

 

キリト「フィリアじゃないか!君まで呼ばれてたのか?」

 

キリトが少し前に助けたトレジャーハンターのフィリアだった。

彼女は元々中層のプレイヤーだったのだが、キリトがその腕を見込んで攻略組に参加させたのだ。

今や攻略組に欠かせない一級の実力者として成長している。

 

フィリア「うん!なんかすごいメンバーが多いけど、ここに呼ばれたってことは、私も攻略組の一員として認められたってことなのかな?」

 

キリト「もちろん!フィリアの力は攻略に役立ってるよ」

 

アスナ「そうよ、貴女のお陰で攻略スピードが上がってるんだもの。すごく助かってるわ」

 

フィリア「え、えへへ……//」

 

フィリアはそう言って頰を赤くする。

すると、今度は

 

???「おーい、オメェら!!」

 

背後から男性の声がした。

振り返ると、そこには赤いバンダナを巻いた侍が立っていた。

 

バナージ「クラインさん!貴方も呼ばれてたんですか?」

 

クライン「おうよ!何があんのかはさっぱりだがな、まあキリの字にバナー字がいれば大丈夫だろ!」

 

バナージ「あはは、そう言ってもらえると…ん?バナー字?」

 

クライン「ああ、キリトにキリの字って言うニックネームがあるからそれに習ってな」

 

バナージ「いや何ですかそのあだ名?!そんなの嫌ですよ!!」

 

俺の言葉にクラインさんは肩を落として

 

クライン「そ、そうか…?結構いいと思ったんだがな…」

 

バナージ「どこがですか?!」

 

ユウキ「“バナー字”……ププッ」

 

バナージ「ユウキ!!」

 

キリト「ははは、賑やかだなぁ」

 

フィリア「ほんとに、なんかこう言うの見てると和むよね〜」

 

アスナ「ええ……そうね……」

 

アスナは少し目を伏せてそう答える。

すると、

 

シュミット「みんな、注目してくれ」

 

聖竜連合のシュミットが卓上に上った。少し前に、圏内事件で助けた人物だ。

シュミットの声に、周りの声が静まり返る。

 

シュミット「…皆、今日は呼びかけに応じてくれてありがとう。早速だが本題に入ろう。今日皆を呼び出した要件なのだが……」

 

そう言ってシュミットは一旦目を閉じ一呼吸置く。

そして、目を見開いて

 

シュミット「……先日、あの殺人ギルド、《ラフィン・コフィン》のアジトが判明した!!」

 

と、高らかに述べた。

衝撃的な報告に、皆はざわざわと騒めく。

当然だ。殺人ギルド《ラフィン・コフィン》は、約一年前からアインクラッドで人殺しを続けていた殺人集団だ。

奴らによる被害は日に日に増加していき、半年前に攻略組でようやく調査が始まった。

しかし、奴らは中々尻尾をつかまさず、アジトは愚かその動向すら明らかにならなかったのだ。まさに神出鬼没である。

そんな中、漸く奴らのアジトが判明したと言うのだ。驚かない筈もなかろう。

 

そして、シュミットは説明を続ける。

 

シュミット「大まかな作戦としては、なるべく奴らを無力化し、監獄に送ることだ。だがもし、奴らが抵抗してくるのならば……最悪殺害もして構わない」

 

一同「?!」

 

シュミットの言葉に、一同は衝撃を受ける。

確かに、奴らは大勢の人を殺してきた殺人鬼だ。恐らく、そんな大人しく無力化できる筈もない。

そして、この中には奴らに仲間や大切な人を殺された人もいるかもしれない。そんな人が、仇を目の前にして“無力化”で済ませることができるだろうか?

 

…いや、違う。ほとんどのメンバーが感じているのは、自分が人殺しになるという恐怖だ。皆、奴らと違って人の命の重さを知っている。だからこそ、たとえ相手が殺人鬼でも、人を殺す勇気が無いのだ。その覚悟が無いのだ。だからこそ怖いのだ。

 

シュミット「…もちろん、作戦を辞退してくれても構わない。自分の命をかけることができる者はこの場に残ってくれ」

 

もちろん皆不安だ。しかし、この場から出る者は居なかった。

 

シュミット「……ありがとう。では、会議を続ける」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

〜数時間後〜

キリトside

俺たちは会議を終え、自分のホームに来ていた。

《ラフィン・コフィン討伐作戦》は明日行われることになった。

 

バナージ「……」

 

キリト「……」

 

……俺たちは、帰ってから何も話していなかった。

何も話さなかった、というのが正しいかもしれない。

明日行われるのはボス攻略では無い。俺たちが相手するのは“モンスター”ではなく“人”なのだ。

 

不意に、バナージが口を開く。

 

バナージ「なあ、キリト。お前は明日の作戦、参加するのか?」

 

バナージの質問に、俺はゆっくり頷く。

 

バナージ「……怖く無いのか?」

 

キリト「…怖いさ。だって、奴らはモンスターじゃ無い。俺たちと同じ人間なんだ。誰だって人殺しにはなりたく無いさ……けど、それ以上に…奴らをこれ以上野放しにすることの方が怖い。バナージだってそうだろ?」

 

俺の言葉に、バナージは苦笑する。

 

バナージ「…まあね。これ以上あいつらを好きにやらせたら、また多くの人が死ぬ。それは絶対にあっちゃいけない。だから……明日で終わらせよう」

 

キリト「ああ……そうだな…」

 

俺は力なく答える。

 

勿論、明日の不安もある。だけどそれ以上に……俺は昼間バナージから言われたことーーーー『俺は帰りたいって思ってる』ーーーーーその言葉が、俺の心に重くのしかかっていた。

今まで当たり前のようにずっと過ごしてきた相棒…いや、もはや俺の半身といってもいい存在のバナージ。

しかし、彼は別の世界からやってきた人物。こことは違う、遠い世界…そして彼は、そこに帰りたいと思っている。

勿論、元の世界に返してあげたいとは思う。けど…俺は受け入れ難かった。あいつがいなくなったら……その不安が、ずっと俺を埋め尽くしていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

〜翌日〜

バナージside

俺たちは予定通り、《ラフィン・コフィン》のアジトと見られる迷宮区に来ていた。

そして、先頭のシュミットが立ち止まってこちらを振り返る。

 

シュミット「もうじき報告のあった《ラフィン・コフィン》のアジトだが、突入の前にもう一度確認しておく。

奴らは《殺人(レッド)プレイヤー》だ!!我々を殺すことに何の躊躇もないだろう。だからこちらも躊躇うな!やらなければこちらがやられる!!」

 

シュミットの言葉に皆、表情が引き締まる。

そんな彼らを見て、シュミットが少し笑顔で

 

シュミット「…とはいえ、数も実力もこちらの方が上だ。案外、戦闘にならずに降伏ということもあるかもな」

 

シュミットの言葉に皆から少し笑いが溢れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「ーーーーーっ?!」

 

突然、上から殺気を感じ、視線を上に向ける。

 

見ると、そこには剣を振りかぶってこちらに飛びかかってくる《ラフィン・コフィン》のプレイヤーがいた。

 

バナージ「くっ?!」

 

俺はすぐさま背中から剣を引き抜き、その攻撃を防ぐ。

そして、俺はそのプレイヤーを押し返し、辺りをみわたす。

 

周りはすでにレッドプレイヤーで囲まれていた。

 

シュミット「馬鹿な!作戦が漏れていたのか?!」

 

突然の奇襲に、シュミットは驚きの声をあげる。

攻略組のプレイヤーも動揺しているようだが、皆的確に応戦していく。

 

俺はそれを見て、

 

バナージ「(…よし、大丈夫そうだな。このままいけば……!)」

 

そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“……殺せ!”

 

バナージ「え?」

 

不意に声が響いた。

 

すると、「うわああああ!!」と悲鳴が響く。

その方を見ると、たった今討伐隊のメンバーが消滅したところだった。

そして、またあの声が響く。

 

“奴らに死を……もっと恐怖を絶望を!!”

 

バナージ「なんだ…この声は?!」

 

そして次第に、声はどんどん多くなっていく。

 

“奴らを皆殺しに!!” “もっと殺させろ!!” “もうやめてくれ!!” “こいつらをやらなきゃ俺がやられる!”

 

バナージ「まさか…この場にいる人の声なのか?!」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

キリトside

俺は必死に戦っていた。

なるべく奴らを殺さないように、武器や腕を破壊して無力化を図る。

 

“殺せ……!”

 

キリト「……?」

 

不意に、頭の中に声が響いた。

すると、背後からレッドプレイヤーが飛びかかってきた。

 

キリト「くっ?!」

 

俺はその攻撃を防ぐ。

すると、また同じ声が響く。

 

“死ね…!ここで終われ!!”

 

???「うあああああ!!」

 

目の前の人物が雄叫びをあげる。

俺はその声を聞いて衝撃を受けた。たった今この人物が発した声と頭に響いた声が同じだったのだ。

 

俺は訳がわからないまま先ほどと同じく腕を切り落とすが、今度は違う声が響いた。

 

“どうして?!なんでこんなことするの?!”

 

キリト「アスナ?!」

 

アスナの声だった。

しかし、アスナは俺から少し離れた距離で戦っている。

 

“もうやめて……意味ないよ、こんなの……!”

 

キリト「フィリアか?!」

 

今度はフィリアの声がした。フィリアはアスナの隣で悲痛な顔をしながら懸命に戦っている。

 

キリト「(一体何なんだ?!この声は?!)」

 

次の瞬間、謎の声は洪水のように俺の頭に流れ込んできた。

 

“こいつらは俺の仲間を殺した……”

“お前らがもっと恐怖する顔を見せろ!!”

“なんでこんなことするんだ?!”

“ああ…いい気分だ…もっと壊させろ!!”

“いやだ……死にたくない…死にたくないっ!!”

”こいつらを殺せば名声は俺のものだ!!”

“大人しく捕まれ!!!”

 

キリト「ぐっ……ううっ…!」

 

俺は頭を抱えて地面に踞る。

 

キリト「……お…オェッ……」

 

ーーー気持ち悪かった。俺の頭に別人の声が響く感覚は、はっきり言って最悪だった。

勿論、ここは仮想世界なので嘔吐などしない。しかしもしここが現実なら、俺は確実に地面に吐瀉物をぶちまけていただろう。

 

キリト「やめろ……もうやめてくれ……」

 

俺はやっとの思いで絞り出すように声を出す。

しかし俺の嘆願も虚しく、声はどんどん流れ込んでくる。

 

“もっと…もっと殺させろ!”

“俺は何でこんなことしてるんだろう…”

“殺す覚悟もねぇ連中が!!”

“人の命を何だと思ってる?!”

“何で俺じゃなくてこいつらが……”

“いい加減にしろ!!”

 

すると、目の前に《NTーD》の文字がうっすら現れ、体から黄色い光が出始める。

 

キリト「(ダメだ…今発動したら間違いなく暴走する!)」

 

俺は直感的にそう感じ、抑えようとする。

しかし、頭に声が流れ込むにつれて、《NTーD》の輝きは徐々に増していく。

そして、俺の理性も徐々に失われ始めていく。

 

キリト「やめろ……やめろ…やめろ、やめろやめろやめロやメロヤメロヤメロヤメロ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤメロオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 

次の瞬間、俺は理性を失った。

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回少し雑になっちゃったかもしれません。本当に申し訳ないです!
キリトくんの頭に声が響く描写は、ガンダムUCのep.7でリディ少尉がバンシィのコックピット内で盛大に吐くシーンを参考にしてみました。ほかにここがわかりづらい、という場面があれば感想欄でご指摘いただければと思います。
勿論、その他感想もお待ちしてます!!では、次回!!


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第十四話 UNCHAINED

〜ラフィン・コフィンのアジト内〜

アスナside

私は戦っていた…殺人ギルド、《ラフィン・コフィン》のメンバーと。私たちは、彼らを無力化して監獄に送るだけのつもりだった。

しかし、彼らは自分の命も顧みず、HPがレッドゾーンに入ってもまだ攻撃してくるのだ。だから、彼らを無力化するのは非常に困難だった。

それは他の討伐隊のメンバーも同じようだ。

少し離れたところで戦っているキリト君も、バナージ君も、クラインさんもユウキも、皆悲痛な顔をして戦っていた。

なるべく殺さないように戦っているが、それでもラフコフのメンバーは容赦なく切りかかってくる。自分のHPがレッドゾーンになっているにも関わらず……

 

アスナ「(もうやめて…なんでこんなことするのよ?!)」

 

私は訳がわからなかった。

どうしてこうも命を粗末にできるのか。せっかく授かったたった一つの命を、どうして簡単に手放すようなことをするのか。

 

すると突然、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリト「ヤメロオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

アスナ「…え?」

 

キリト君が突然大声で叫んだのだ。

彼の方を見ると、キリト君は目が真っ赤に光り、体から黄色い光を出していた。

 

アスナ「キリト…くん…?」

 

私はその光景に目を見開いた。普段、温厚で優しいキリト君が、まるで別人のような形相をしているのだ。

そして次の瞬間、

 

キリト『ウオオオオアアアアアア!!!!!!!』

 

そして、雄叫びをあげて光速でラフコフの集団に切りかかる。

 

「ぐわああっ!!」「ギャァッ!」

 

ドドドドドッと音を立てて、ラフコフのメンバーはキリト君に次々と吹き飛ばされる。そして、HPがギリギリゼロの値まで一気に削られる。

 

ユウキ「キリト?!」

 

ユウキが異変に気付き、キリトの元へ駆け寄ろうとする。

しかし、

 

キリト『アアアアアアアアア!!!!!!!』

 

キリト君はユウキのすぐそばを通り抜け、今度は別のラフコフの集団に突っ込んでいく。

 

クライン「お、おい……キリト……?!」

 

ユウキ「ちょっと…キリト…?」

 

攻略組のメンバーは皆、信じられないという顔でキリト君を見つめる。

 

キリト『ウルサイ!!!ウルサイウルザイウルザアアイ!!!オレノナカニッ…ハイッテクルナアアア!!!』

 

キリト君は頭を手で抑え、右手の剣をブンブン振り回しながら喚き散らしている。

 

アスナ「あれは……?」

 

よく見ると、キリト君の頭にドス黒いオーラが触手のように入り込んでいるのが見える。

そして、キリト君はHPを削られたラフコフのメンバーにとどめを刺そうともう一度飛びかかる。

 

キリト『キエテナクナレエエエエェェェ!!!!!』

 

アスナ「キリト君っ…ダメッ!!」

 

私は思わず叫ぶ。このままではキリト君が人殺しになってしまう!

止めなければ……!しかし、今のキリト君を止められる自信は、今の私には無かった。

 

すると、

 

バナージ「攻略組の皆さんは後退してください!!キリトは俺が止めます!!」

 

バナージ君がキリト君の方へ飛び出した。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

バナージside

 

バナージ「キリト!待て!!」

 

俺はキリトとラフコフのメンバーの間に割って入り、キリトを止める。ガキイイィン!!と甲高い音と共に、俺とキリトの剣が火花を散らして鍔迫り合いになる。

 

バナージ「ぐっ…?!」

 

しかし、今のキリトのパワーは尋常では無かった。今の俺のステータスでも押し負けそうになる。

 

それでも、俺はキリトを止めたい一心で呼びかける。

 

バナージ「やめるんだキリト!正気に戻ってくれ!!」

 

すると、

 

キリト『ば……なああ…じ……?』

 

キリトが俺に気付き、絞り出すように声を出す。

 

バナージ「ああ、俺だ!バナージだ!!」

 

キリト『ばなーじ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナアァァァァジイイイイ!!!』

 

バナージ「えっ?!」

 

するとキリトは俺を鍔迫り合いの状態から吹き飛ばした。

 

バナージ「ぐっ?!」

 

俺はそのまま壁に背中から激突する。

すると、キリトが猛スピードで俺に接近してくる。

キリトは片手剣を上段から振り下ろしてくる。俺はそれを何とか防ぐ。

 

バナージ「くっ…どうしたんだキリト?!」

 

何故だ?!さっきキリトは、確かに俺を認識していた筈だ。もし俺だと分かったのなら、正気に戻るはず。なのに、キリトは止まるどころか先ほど以上の気迫で俺に攻撃してくる。

 

そんな思考をしてる間に、キリトは剣で猛攻してくる。

 

キリト『ウオオオオアアアアアア!!!!!』

 

バナージ「くそっ!!よすんだキリト!!」

 

俺は辛うじてその攻撃をいなす。

 

そんな状況下で、俺はキリトが暴走した原因を考えていた。

…まあ、思い当たることは一つしかない。《NTーD》だ。

以前、キリトは自身の負の感情を増幅させられ、暴走したことがあった。

 

いや、俺はそれ以前にも《NTーD》の力で暴走した例を知っている……《バンシィ》のパイロットだったリディ少尉だ。あの時、彼は《バンシィ》に搭載された《サイコフレーム》の影響もあって、周囲の人々の感情を受信しすぎて正気を失い、暴走していた。

 

恐らく、今回のキリトの暴走も、ここにいる全プレイヤーの負の感情を受信し過ぎてしまったからだろう。

俺も、先ほどそれらしい声が聞こえた。それは“恐怖”や“絶望”、そして“憎悪”や“嫌悪”と言った感情ばかりだった。

 

ならば、キリトを正気に戻すにはその負の感情をキリトから除去しなければならないーーしかし、一体どうすれば。

 

その時、キリトの剣が俺の顔に迫った。

 

バナージ「ーーっ?!」

 

俺は咄嗟に顔を傾けて剣を躱すが、切っ先が俺の頬を掠めた。

 

バナージ「キリト!よせ!!俺だ、バナージだ!!お前の相棒だ!!」

 

俺は懸命に呼びかける。

すると、

 

キリト『お前さえ……お前さえいなければああぁぁ!!』

 

バナージ「えっ…?!」

 

衝撃的な発言に、俺は一瞬動きが止まる。

 

『お前さえいなければ』……昔同じことを言われたことがあった。

そういえばあの時、リディ少尉は俺に対して憎悪の感情を持っていた。あの時は自身に悪意はなかったとはいえ、自分にも少なからず原因はあった。

しかし、キリトがなぜこんな発言をしたのか?俺はキリトに一体何をしてしまったのか。俺には原因が分からなかった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

キリトside

 

“死ね!”

 

ーーうるさい

 

“もうやめてくれ”

 

ーーーー黙れ!これ以上俺をかき乱すな!!

 

俺はすでに自我を失った状態だった。右も左も、敵も味方も判別できず、ただ声がする方へ攻撃を仕掛けていた。

だがいくら剣を振っても、頭の中に流れる声は無くならない。それが余計に、俺から理性を削っていた。

 

すると、

 

バナージ「やめてくれキリト!!正気に戻ってくれ!!」

 

バナージの声がした。

 

キリト「(バナージ……そうか、俺はまた…暴走してたのか……)」

 

ここで俺は、理性を取り戻しかける。

 

 

 

 

 

しかしここで、不意に昼間バナージが言っていたことを思い出す。

 

『俺は正直、帰りたいって思ってる』

 

そう、バナージは異世界の人間。そして、バナージは元の世界に帰ろうとしている。

しかし、今まで当たり前のようにずっと過ごしてきた相棒。そんな存在がいなくなるのは、とても耐えられなかった。

 

キリト「(……嫌だ、バナージが居なくなるなんて、そんなの考えられるか!!)」

 

俺は途轍もない寂しさと孤独感に包まれる。

 

キリト「(ああ……こんな寂しい感情になるのなら、いっそあの事を聞かなければ良かった!!あの時、バナージの過去と今のあいつの気持ちを知ることも………)」

 

昼間のバナージの過去の告白を聞いた事を、俺は激しく後悔した。

けれど、俺は気づく。もし聞かなかったとしても、バナージがいつかあの《宇宙世紀》の世界に帰ってしまうのなら、結局俺は寂しさと孤独感に苛まれる事になるのではないか?それならば最初から知っていればと俺は思うのではないか、と。

 

キリト「(ああ……それならいっそ、バナージに出会わなければ良かった!!もしそうなら、俺がこんな寂しい思いをすることも……あいつに迷惑かけて、惨めな思いをすることもなかったのに!!)」

 

「(いっそのこと、俺とバナージがここで一緒に消えれば良いんだ!!そうすれば、俺が寂しい思いをすることも、俺が死んでバナージが悲しむこともない!それに、そうすればバナージがあの世界に帰ることが出来るかもしれない!)」

 

我ながらなんと無茶苦茶な理論だろう。

しかし、俺はそう考えて間違い無いと思う程、もはや正常ではなかった。

 

 

 

 

 

 

キリト「お前さえ……お前さえいなければああぁぁ!!!!!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

バナージside

 

バナージ「(一体どうしたんだ、キリト?!)」

 

突然、キリトが俺を拒絶する発言をし、俺は驚愕する。

今までずっと一緒に過ごし、この世界でも共に戦い続けてきたかけがえのない相棒。それが、ここに来て急にこのような発言をした事に、俺は信じられなかった。

 

一体何故…?俺はただただ疑問だった。

しかし、尚もキリトは攻撃を辞めない。先程から、《NTーD》による高速の剣撃を繰り出してくる。

 

その時だった。

俺の視界に、赤い文字で《NTーD》と表示されたのだ。

 

バナージ「これは……《NTーD》同士が引っ張りあってる?!」

 

そう、宇宙世紀でRXー0シリーズが起こした《NTーD》の共鳴現象だ。恐らく、キリトの《NTーD》につられて俺のも発動させられたのだろう。

 

ダメだ…抑えなければ。俺は必死に、その発動を抑えようとするが……

 

バナージ「くそっ……これ以上抑えきれない!!」

 

遅かった。どうあがいても、《NTーD》の発動は避けられなかった。

 

すると、キリトは俺の発言を聞き、

 

キリト『“手加減してる”って言うのか……?くっ……お前は俺を、どれほど惨めにさせたら気が済むんダァ!!』

 

キリトはますます激昂し、俺に斬りかかってきた。

もう《NTーD》の発動は避けられないだろう。

でも、ならばこの力で、キリトを止めてみせる!

 

バナージ「(キリト……俺はお前に、何をしてしまったのか分からない。けど、俺はお前を止める…止めなきゃならないんだ!!だから…)行くぞ、《NTーD(ユニコーン)》!!」

 

俺は、かつて乗っていたMSの名前を呼び、システムを発動する。

 

キリト『バナアアァァァァジイィィィィイ!!!!!!』

 

キリトはものすごい形相で突っ込んでくる。

俺はそれをギリギリのところで躱す。

俺は、尚もキリトに呼びかけ続ける。

 

バナージ「落ち着いてキリト!!お前はシステムに呑まれてる!!」

 

キリト『それがどうしタァ?!』

 

キリトの攻撃を、俺は辛うじて受け止める。

 

キリト『俺がこんな思いをするのも、みんな俺とお前が出会ってしまったせいだ!!なら……ならいっそ、俺とお前が消えれば、誰も悲しまない!誰も寂しがらない!!』

 

バナージ「違う、それは違うよキリト!!お前の仲間は俺だけじゃない!!」

 

俺の声に、キリトの表情が揺らぐ。

 

バナージ「お前にだって聞こえているはずだ!!みんな、お前の事を心配してる!!ユウキだって、フィリアだって……アスナだって!!!!」

 

キリト『………っ、しゃべるなぁぁぁ!!!!』

 

そして、こちらに急速で接近するキリトともう何度目かわからない鍔迫り合いに持ち込む。

 

すると、ここで驚くべき現象が起きる。

俺から発せられている赤い光と、キリトから発せられている黄色い光が一層強まり、融合し、俺とキリトを中心に円状のドームを作り上げた。

 

……俺はこの現象をよく知っていた。

 

バナージ「(まさか……《サイコ・フィールド》?!俺とキリトの《NTーD》が共鳴しているのか?!)」

 

仮にもしこれが本当にあの《サイコ・フィールド》なら、これはかなり危険だ。《サイコ・フィールド》は未知の力。何が起こるか全く予想がつかない。最悪の場合、ここにいる全員に命の危険が及ぶ。

するとキリトが、

 

キリト『光………俺を救う光…!』

 

…聞いたことがある台詞。

けど、俺はあの時と同じように返す。

 

バナージ「違う!これは違うよキリト!これは危険な光だ!!」

 

すると、俺たちの戦いをずっと見ていた連中のうち、ラフコフのメンバーが

 

「今がチャンスだ!!」「【黒の剣士】と【白の剣士】、ここでまとめて殺してやろうぜ!!」「その首貰い受ける!!」

 

と、複数の人間が飛びかかってきたのだ。

俺は彼らに大声で警告する。

 

バナージ「ダメだ!!よせ!!こっちに来るなああああああああ!!!!!!」

 

しかし、彼らは俺の警告を聞かずに剣を振りかぶって接近する。

すると、俺とキリトに届く直前に、彼らは見えない壁に押し返され、弾き飛ばされて迷宮区の壁に激突する。

そして、その衝撃で何人かがそのHPを全て吹き飛ばされ、爆散する。

 

バナージ「くっ…だから言ったのに!!」

 

俺はそれを見て奥歯を噛みしめる。

 

すると、今度は俺たちの輝きがより一層強まる。

そして、

 

“バナージ………”

 

キリトの声が頭に響いた。

すると、俺は目の前が真っ暗になる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

キリトside

 

バナージ「くそっ……これ以上抑えきれない!!」

 

“抑えきれない”、だと……?

 

お前、まさか今まで本気じゃなかったのか?俺がこの力で必死にお前と戦ってるってのに……

 

キリト『“手加減してる”って言うのか……?くっ……お前は俺をどれだけ惨めにさせたら気がすむんだあああ!!』

 

“お前が本気を出しても俺には勝てない”と、お前はそう言いたいのかバナージ?!

 

……許さない!許さねぇぞ!!

俺を侮ってるのか?!

 

キリト『バナアアアアァァァァジイィィィイ!!!!』

 

バナージ「落ち着いてキリト!!お前はシステムに呑まれてる!!」

 

キリト『それがどうしタァ?!』

 

今更何を言う?!俺はこの力でお前と俺自身を終わらせる!!

俺は今まで、ずっとお前に負い目を感じてた。何でもかんでも、お前は直ぐに俺を超えていく!…俺はずっとそれが悔しかった。

 

けど同時に、俺はお前と一緒にいる時間が楽しかった。なのに、何で今になって、元の世界に帰るとか言い出すんだ!!お前は、俺をこんなに惨めにさせたまま置いていくつもりか?!

 

キリト『俺がこんな思いをするのも、みんな俺とお前が出会ってしまったせいだ!なら……ならいっそ、俺とお前が消えれば、誰も悲しまない!誰も寂しがらない!!」

 

俺の言葉に、バナージは首を横に振って

 

バナージ「違う!それは違うよキリト!!お前の仲間は俺だけじゃない!!」

 

お前だけじゃない……?何を言ってるんだ?

 

バナージ「お前にだって聞こえているはずだ!!みんなお前を心配してる!ユウキだって、フィリアだって……アスナだって!!」

 

すると、再び頭に声が響く。

 

“キリト…!”

“ダメだよ……もうやめてキリト!”

“キリト君!!本当の貴方に戻って!それ以上自分を傷つけないで!!”

 

ユウキ……フィリア……アスナ……!

 

俺は彼女達の必死の呼びかけにまた少し理性を保つ取り戻しそうになった。

しかし、それもまた別の声にかき消される。

 

キリト『しゃべるなぁぁぁ!!!!!』

 

俺はそう叫びながら再びバナージとの鍔迫り合いになる。

 

次の瞬間、俺とバナージから発せられている光が一層強まり、ドームのように俺たちを包む。

すると、先程まで俺を苦しめていた頭の中の声が少し弱まった。

 

キリト『光……俺を救う光…誰にも奪わせるものかアァァァァ!!』

 

バナージは首を横に振って否定する。

 

バナージ「違う!これは危険な光だ!!」

 

すると、俺たちを包む光が一層強まり、俺は未知の空間へ飛ばされる。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

一面は真っ暗だった。

何も存在せず、ただ俺だけが立っていた。

 

キリト「ここは……?」

 

すると、今度は辺りが炎に包まれた。

そして突如、白い人型の巨大な金属の物体が現れる。

その人型の何かは、頭に一本の角が生えていた。その角と純白の身体は、幻獣の『ユニコーン』を連想させる。

 

そしてよく見ると、その胸部に当たるところが空いているのが見えた。

俺は気になりそこを覗くと、2人の人間が向かい合っていた。

 

1人は初老の男性。腹部から大量に出血しているのが見える。

そしてもう1人は、俺のよく知る人物だった。

 

キリト「バナージ?!」

 

すると、話し声が聞こえた。

 

???「恐れるな、己を信じた道を行けば、自ずと道は拓ける!」

 

バナージ「そんな……今更勝手ですよ…」

 

バナージは、自身の頬に添えられた手を握り、悲痛な顔で返す。

 

すると、初老の男性はバナージから飛びのく。

 

???「許してほしい……お前とはもっと……もっと…!」

 

そして、頭に彼の声が響く。

 

“バナージ…私の望みは、叶ったよ……アンナ……”

 

バナージ「父さん!!」

 

そして、男性は炎の爆発に包まれた。

 

キリト「ぐっ?!」

 

俺も、目の前に炎が立ち込めて思わず腕でガードする。

 

そして目を開けると、今度は先程の人型の胸部の中に、宇宙服のようなものを着たバナージと、茶色い宇宙服を着た男性がいた。

 

???「自分で自分を決められるたった一つの部品だ。無くすなよ!」

 

そして、彼はそこから出て行く。

 

しかし、彼は直後にやってきた赤い人型のものが装備した盾から出た光に焼かれーーーーーー

 

???“お前は私の希望…託したぞ、バナージ”

 

キリト「そんな…!」

 

そして今度は、地上にいた。

 

そこには、バナージが乗っている白い一角獣の巨人が、飛行機のようなものに捕まり、それよりもはるかに巨大な赤い怪物に向かって猛スピードで接近していた。

 

……いや、よく見ると白い巨人は先程まで見たものとは形が違っていた。体にはいくつもの隙間が生まれ、そこから赤い光が溢れている。そして、その顔は一角獣のそれではなく、角が割れて黒いへの字型のスリットと、鋭い眼光を放つ二つの目が合った。

 

そして、形が変わった白い巨人は、銃を構えている。

すると、不意に同い年くらいの少女の声が聞こえる。

 

???“バナージ……悲しいね……”

 

バナージ“撃てません!”

 

バナージの悲痛な叫びが響くとともに、俺は再び別の場所に飛ばされる。

 

そしてそこから、風景が立て続けに流れて行く。

 

ーーーーバナージの乗る白い巨人と全く同じ形の黒い巨人が宇宙空間で戦っている。

 

ーーーーそして今度はその二つと赤い超大型の、人の上半身だけの巨大な金属の物体が向き合っている。

 

ーーーー白い巨人と黒い巨人が両手を広げてなにかを守るように浮いている。そしてそこに、とても大きな光の光線が直撃する。そしてその中で、白い巨人は消滅しーーー

 

 

キリト「そうか……これはバナージの記憶なのか…」

 

俺はここにきてようやく理解した。

俺が見てきたのは、バナージの前世なのだと。話で聞いた、バナージの故郷である《宇宙世紀》の世界であると。

 

すると目の前に、ひとりの少女が現れた。

 

???「私は……“オードリー”。オードリー・バーン」

 

キリト「オードリー……バーン……」

 

俺は目の前の少女が発した名前を反芻する。

 

そして、オードリーという少女は

 

オードリー「約束して、必ず私のところに帰って来るって」

 

すると、バナージが現れ、

 

バナージ「ああ…戻って来るよ、必ず!」

 

その声を最後に、俺は再び別の空間へと飛ばされた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

あたりは再び真っ暗な空間になった。

すると、

 

???「お前が《キリト》か」

 

不意に女性の声がした。

振り返ると、そこにはピンクの長髪の女性が立っていた。

 

キリト「あんたは……?」

 

俺は思わず彼女に質問する。

すると彼女は少し目を細めて

 

???「……似ているな……」

 

キリト「え…?」

 

何か懐かしいものを見るようにそう呟く。

 

???「お前は本当によく似ている……私を殺した人間に」

 

キリト「あんたを……殺した人間?!」

 

つまり目の前の女性は、すでに死んだ人間ということか?ならなぜ今こうして話が出来るのだ?

 

???「そう……あの男もそうだった。マシンに飲まれ、周りが全く見えずに…。あの男は本当に生真面目なやつだった。しかしその生真面目さが、周りも自分も傷つけていた……」

 

目の前の女性は遠くを見つめてそう言った。

 

キリト「そいつと俺が似ている……?」

 

???「ああ。お前は本当に他人に優しいやつだな。周りに迷惑をかけることを良しとせずに、自分が手を伸ばせるものは全て守ろうとし……全てを背負いこんでそして破滅する」

 

キリト「……」

 

俺が優しいかどうかはわからないが、周りに迷惑をかけたくないと思っているのは当たっていた。

 

???「お前はこの世界のバナージに、あいつの過去と本音を聞いた。そしてお前は、本当はあいつにそばにいて欲しいとか思っているのに、それを押し殺した。バナージが宇宙世紀の世界に帰れないことの方が良くないと……」

 

キリト「……そうだ」

 

彼女の言葉に、俺は静かに頷く。

 

キリト「俺にとってあいつは……バナージはかけがえのない相棒なんだ。けどあいつはこの世界の住人じゃなかった。なら、元の世界に返してやらないと。俺は見たんだ、あいつには約束した相手がいる!その子にバナージを返してやらないと……」

 

???「……だがそんな思いもありながら、バナージにもっと自分のそばにいて欲しいという思いもあった」

 

キリト「ああ…あいつはどんな時も俺を支えてくれたんだ。もしあいつがいなくなったら……俺には誰もいなくなる!俺はひとり孤独になってしまう!!」

 

???「本当にそうか?」

 

キリト「…え?」

 

女性の思わぬ言葉に俺は目を丸くする。

 

???「…たしかにお前たちは互いに支えあってやってきたのだろう。だがお前を支えているのは何もあいつだけではないはずだ。お前を大切に思う人間は、他にもたくさんいる……落ち着いてよく回りを見渡せばいい。世界は広い、こんなにも多くの人が響き合っている…」

 

そして、女性は振り向いて歩き出そうとする。

 

???「それと、バナージがお前を置いていくという心配は、ただの杞憂だと思うぞ」

 

女性は不意に立ち止まり、俺に話しかける。

 

キリト「何?」

 

???「あいつは優しいやつだ。お前たちを置いていくような真似はしない。だから安心しろ」

 

キリト「置いていくようなことはしないって……そんなことなんでわかるんだ?!」

 

???「わかるさ。なら、本人に直接聞いてみろ」

 

キリト「なっ?!くっ……!」

 

突然、女性を中心にまばゆい光に包まれる。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

バナージside

 

あたりは真っ暗な空間だった。

 

バナージ「ここは……?」

 

すると、キリトの声が響く。

 

キリト“バナージ……頼む…俺を置いていかないでくれ…”

 

バナージ「キリト…?」

 

キリト“なんで…なんでだよバナージ?!俺を…俺を1人にしないでくれ!!”

 

バナージ「そうか……そういうことか…」

 

俺はキリトの悲痛な声で全てを察した。

 

キリトは怖かったのだ。俺が宇宙世紀の世界に帰ることで、自分が1人になってしまうことが。そして、そのことで精神が不安定になってしまい、そこにラフコフのメンバーや攻略組の発した負の感情を《NTーD》を通じて受信したことで、正気を失い暴走してしまったのだ。

 

バナージ「キリトに…ちゃんと話さないとな…」

 

俺がそう呟いた瞬間、目の前にキリトが現れた。

 

キリト「…バナージ…」

 

バナージ「やあ……キリト…」

 

しばし沈黙が俺たちを包んだ。

やがてキリトが重たい口を開く。

 

キリト「なあ、バナージ……その、俺は…」

 

バナージ「うん、わかってる。キリトは俺が居なくなるのが怖かったんだよな?」

 

俺の問いに、キリトは静かに頷き、頭を下げる。

 

キリト「…ごめん。俺、お前が宇宙世紀の世界に帰れるように協力するって言ったのに……」

 

バナージ「いいんだ、キリト。いや、むしろ謝るのは俺の方だよ…俺、お前の気持ちも考えずに、あの世界に帰りたいとか言ってしまった…」

 

俺も、そう言ってキリトに頭を下げた。

 

キリト「でも…どうするんだ?約束があるんだろう?あの世界に帰るっていう……」

 

バナージ「…ああ、そうだよ。あの世界に待たせている人がいる。けど……俺、気づいたんだ。この世界でも、俺は色んな人に支えられているんだ、ってさ。アスナやフィリア、クラインさんにエギルさん、ユウキにサチ、そして…キリト、お前にね」

 

キリト「バナージ……」

 

バナージ「だから、その人たちを置いて、勝手に宇宙世紀の世界に帰るのは、少し違うと思うんだ。だって…申し訳ないしね。お世話になった彼らに、そして何より……ここまで俺と一緒に過ごしてくれたお前にね」

 

キリトは静かに歩み寄り、

 

キリト「いいのか?また、俺に気を使ってないか?」

 

俺は首を横に振る。

 

バナージ「まさか。そんなことあるわけないよ」

 

するとキリトは目を伏せて、

 

キリト「…俺、ずっと思ってたんだ。俺が剣道をやめて、ゲームの世界に引きずり込んで……お前は本当は、無理をして俺と一緒に来てたんじゃないか、ってさ」

 

俺はその言葉に驚く。

 

バナージ「キリト…お前ずっとそんなこと思ってたのか?」

 

キリトは静かに頷く。

 

バナージ「やれやれ……全く、そんなことあるわけないだろう?本当に嫌なら、俺はお前と一緒になんかいないさ」

 

キリトは顔を上げて、

 

キリト「…そうなのか?」

 

バナージ「おいおい、俺が嘘ついたことがあるか?ましてやこんな嘘つくわけないじゃないか……俺は、お前と一緒にいるのが楽しいから、今こうしてお前の隣にいるんだよ、キリト」

 

キリト「バナージ……」

 

バナージ「…それに、お前はこの世界に囚われた時から、俺の背中を預けられる唯一の存在なんだ。別に迷惑とかそんなこと思ってない、むしろお前がいなきゃここまで生き残れなかったよ。だからさ…これからも、俺の隣で戦ってくれないか?キリト」

 

キリト「バナージ……おれっ……ううっ……」

 

キリトは目から涙をこぼす。

 

俺はキリトの肩を掴み、

 

バナージ「これからもよろしくな!キリト(相棒)!!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

気がつくと、俺たちは先程のフィールドに戻っていた。

 

ユウキ「バナージ!!」

 

ユウキが俺の顔を除き込んで叫んだ。

 

バナージ「ユウキ……俺、一体…?」

 

俺は地面に横たわっていた。

《NTーD》の共鳴現象で《サイコ・フィールド》が発生したところまでは覚えている。

ユウキがそこからを説明してくれた。

 

ユウキ「キリトとバナージが光に包まれた後、しばらくしたら光が消えたんだ。そしたらそこに、バナージとキリトが倒れてて……」

 

バナージ「そっか……俺、どれくらいこうしてた?」

 

ユウキ「…数分くらい…もうっ、心配したんだよ?バナージがどうなっちゃうんだろうって、ボクっ……ふえっ…」

 

ユウキが涙目になって俺を抱きしめた。

 

バナージ「…ごめんな、ユウキ。心配かけたね」

 

ユウキ「…ううん…大丈夫…でも…ホントに良かったっ……」

 

俺はふと、あたりを見渡す。

すると、後ろの方に横たわったキリトと、その側でキリトの名を何度も呼ぶアスナの姿が目に入った。

 

あれだけいたラフコフのメンバーも、討伐隊のメンバーもほとんどいなくなっている。

 

俺が倒れている間に、討伐隊のメンバーがラフコフの残りのメンバーを連れてこのダンジョンから出たらしい。

 

バナージ「……なんとか、終わったな……」

 

俺は静かにそう呟いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

〜数日後〜

《ラフィン・コフィン討伐作戦》でのキリトの暴走。

それは、少なからず攻略組内でしばし混乱を招いた。

“キリトが暴走したら、今度は自分たちを殺しにかかるんじゃないか”という不安が攻略組のメンバーの心に重くのしかかり、キリトは冷たい視線にさらされる事になった。一部では、キリトを投獄すべき、という意見もあった。

また、俺とキリトが使った《NTーD》についても、もちろん問い詰められた。本当は第一層から使っていたスキルだが、ここに来てその危険性が露呈し、中には俺も一緒に投獄すべき、という意見も出たほどだ。

 

そこで、攻略組を代表する大手ギルド、《血盟騎士団》の副団長アスナが、《キリトをしばしうちのギルドで監視下に置く》という意見を出したのだ。

かの最強ギルドの副団長の意見に誰も反対はしなかった。

彼らなら、キリトが暴走しても抑えてくれるだろう、皆そう信じていた。キリト本人も、特に反抗することなく従順な姿勢で処分を受けた。

 

ただ、キリトの監視役はアスナ当人が名乗り出た。キリトもそれに文句はなかったようだが、俺に言わせればアスナはただキリトと一緒に居たかっただけなのではなかろうか。

 

ともかく、その監視期間は特に何事もなく終わり、キリトは問題ないと判断された。その後は、キリトは冷たい視線にさらされることもなく、普段通りの日常に戻った。

 

キリト「おーい、バナージ!攻略に行こうぜ!」

 

バナージ「ああ!すぐに行こう!」

 

キリトはあれから普段通り俺に接してきて、いつも通り2人で攻略に出かける日々が続いているーー。

 

 

 

 

オードリー、ごめん。君のところに帰るのは、少し先になりそうだーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回《キリト対バナージ》第2ラウンドでしたが、お気付きの方もいらっしゃるでしょうか?そう、暴走したキリトのセリフです!先代バンシィのパイロットのセリフをオマージュさせていただきました!
そして、劇中に登場した謎の女性…皆さんはお分りいただけたでしょうか?ここではあえて伏せておきますが、やっぱりこのキャラは凄いですよね!主人公を除けばガンダム屈指の名キャラだと思います!

ただ、キリトがバナージの過去を見るあたりから我ながら少し雑になってしまったかもしれません。そこは本当に申し訳なく思います!もし分りにくいところがあればご質問などしていただければと思います。
勿論、その他感想もお待ちしております!
では、ここまで長くなりましたが、また次回!!



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第十五話 心の温度

どうも!ジャズです!
リズベット回です。では、本文スタート!!


2024年 最前線

バナージside

その日、俺は最前線の宿の自室内でアイテムを整理していると…

 

バナージ「……ん?」

 

見慣れないスキルが表示されていた。そのスキル名は

 

バナージ「《二刀流》……?」

 

見たことのないスキルだった。普段は《片手剣》や普段の攻略の時にたまに使う《料理》、そして究極の切り札である 《NTーD》である。

しかし、この《二刀流》というスキルは見たことが無かった。まあ、文字から察するに左右両手に剣を装備できるものだろうが、これは一体どんなものなのか。

すると、

 

キリト「なあ、バナージ。ちょっとこっちに来てくれるか?」

 

キリトに呼ばれ、向かいの席に行く。

そして、キリトが俺にメニュー欄を見せてきた。

 

バナージ「……これは…!」

 

そこには、《二刀流》と表示されていた。

 

バナージ「……お前もか…」

 

と、俺はため息をついた。

すると、キリトが

 

キリト「えっ?じゃあバナージにもあるのか?」

 

バナージ「ああ、これを見てくれ」

 

俺は頷き、キリトにスキル欄を見せた。

キリトは目を見開き

 

キリト「まじかよ……」

 

その後、俺たちは情報屋のスキルリストを確認するが、《二刀流》というスキルはどこにも無かった。

恐らく、普通のスキルとは違う《エクストラスキル》に分類されるものだろうが、それにしてはこの《二刀流》というスキルは補正がありえないほど高かった。

 

バナージ「なあキリト、これって……」

 

キリト「ああ、《ユニークスキル》かもな…」

 

《ユニークスキル》とは、この世界で選ばれたものにしか与えられない特殊なスキルだ。

しかし、《ユニークスキル》とは1人にしか与えられないと言われている。

 

バナージ「でも、もし《ユニークスキル》なら、なんで俺とキリトの2人に与えられたんだろうな…?」

 

キリト「ああ…なんでだろうな?」

 

俺たちは疑問符を浮かべ、しばらく沈黙するが、やがてキリトが

 

キリト「……とりあえず、この《二刀流》ってスキルを試してみるか?」

 

バナージ「そうだね、それじゃ適当なフィールドにでも行ってみるか」

 

そして、俺たちは最前線の層から少し下に降り、人気のないダンジョンに入った。

人気のない所を選んだのは、この《二刀流》を使っている所を誰かに見られるとまずいと判断したためだ。

 

そして、ダンジョンを歩いているとモンスターがポップする。

 

キリト「…とりあえず、俺から行ってみる」

 

バナージ「ああ、よろしく頼むよ」

 

そして、キリトはメニュー欄を操作し、《二刀流》を選択する。すると、装備可能な部位が左手に追加された。

 

キリトはそこに、以前手に入れた漆黒の剣、《バンシィ》を選択する。すると、背中に元々背負っていた《エリュシデータ》とクロスする形で《バンシィ》が現れる。

キリトはその二つの剣を引き抜き、臨戦態勢をとる。

 

モンスター『グギャアア!!』

 

モンスターはキリトに向かって飛びついてくる。

 

キリト「はあああっ!!」

 

掛け声と共に、キリトもモンスターに向かって飛び出し、《二刀流》のスキルを発動する。

右の黒い剣がモンスターに対して突き出される。それは見事にモンスターに命中するが、HPはまだ半分残っている。

しかし、そこはさらに左手の黒い剣が突き出され、同じようにモンスターに直撃する。

 

モンスター『ギャアァァァッッ!!!』

 

モンスターはその身体をポリゴン片にして爆散させた。

キリトはしばらく左手の剣を突き出したままの体制だったが、すぐに両手の黒い剣を背中に収め、こちらに振り向く。

キリトは苦笑いで

 

キリト「………ナニコレ?」

 

バナージ「いやこっちが聞きたいよ」

 

俺も苦笑しながら返す。

 

キリト「まあ、とりあえずこんな感じだな。多分バナージのも同じじゃないか?」

 

バナージ「そうだろうね。けど、せっかくだし俺も試してみるよ」

 

俺も背中にもう一本の剣を出し、引き抜く。

今愛用している片手剣《ユニコーン》を手に入れるまで使っていた白い剣だ。

 

そしてモンスターがポップし、こちらに突っ込んでくる。

俺は先程のキリトと同じように、二段の突き技でモンスターを仕留めた。

モンスターは一瞬でHPがゼロになり消滅する。

すると、左手の剣もノイズが走り、そして四散する。

 

バナージ「……えっ?」

 

キリト「あらら……剣の方がお前の技に耐えきれなかったみたいだな」

 

バナージ「なんてこった……」

 

俺たちはしばらく《二刀流》を試していた。

しかし、俺は《二刀流》を使うたびに一本、また一本と剣を消滅させていた。

 

バナージ「おいおい、もう予備が後一本しかないよ」

 

キリト「そ、そうか…ならこの辺にしとくか」

 

キリトは剣を収めてこちらに歩いてくる。

俺も《ユニコーン》を背中に収める。

 

キリト「にしても、この《二刀流》ってなかなかチートだよなぁ」

 

バナージ「ああ、補正の高さから見るに《ユニークスキル》かなとは思うんだけど…」

 

先程から何度も述べてはいるが、これが《ユニークスキル》ならば、2人の資格者が現れるはずはないのだ。

 

バナージ「もしかして、これも《NTーD》と同じように俺がこの世界に来たことによる影響なのか……?」

 

すると、キリトがはっとした顔で

 

キリト「なあ、バナージ……これさ、もし《NTーD》と《二刀流》を併用したらどうなるんだ?」

 

バナージ「あっ……」

 

俺もキリトの言葉にはっとする。

そう、《NTーD》も補正がありえないほど高いのだ。実際、俺とキリトはこの力に何度も助けられている。

そんな《NTーD》と、今回新たに追加されたユニークスキル(?)、《二刀流》を一度に発動したらどうなるのか。俺たちには想像もつかなかった。

 

キリト「これもうチートなんてレベルじゃなくね?」

 

バナージ「うん、自分でも怖くなってきたよ…」

 

俺たちは今になってとんでもない力を手にしてしまったのだと気づき、顔が曇る。

普通、そんな強大な力を手に入れたら人は歓喜するだろう。

しかし、ことゲームにおいては別だ。特に、ネットゲーマーというのは嫉妬深いものだ。俺も実際、それを身をもって体験している。そんな中で、《NTーD》というほぼチートなスキルに《ユニークスキル》まで手に入れたとなればどうなるか?

 

バナージ「このスキルを使うのは、《NTーD》と同じく本当にやばくなった時だけにしよう」

 

キリト「だな。バレた時の周りの反応が怖い。熟練度上げは人目のつかないところで隠れてやるか」

 

バナージ「でも、そうなるともう一本剣がいるなぁ…」

 

キリト「え、何でだ?」

 

俺の呟きにキリトが疑問符を浮かべる。

 

バナージ「さっきの見てただろ?今まで使ってた剣は《二刀流》の負荷に耐えきれずに爆散したんだ。お前は《エリュシデータ》に加えて《バンシィ》があるからいいけど、俺にはこの《ユニコーン》しか《二刀流》を使える剣が無いんだ」

 

すると、キリトが「剣か…」と顎に手を当てて呟く。

 

バナージ「?どうしたんだ、キリト」

 

キリト「ああいや、なんでもないんだ」

 

俺はキリトが何を考えているのか分からなかったが、一先ず俺たちはホームに戻ることにした。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

三人称視点

2024年6月24日 四十八層・リンダース

 

とある鍛冶屋の中から、剣を研ぐ音が響く。

ピンクの髪に赤いメイド服のようなエプロンを身につけた少女が、真剣な顔で細剣を手入れしている。

そして、しばらくしてその剣の切っ先を見つめ、点検する。

 

???「…うん、これで良しっと!」

 

すると、側から見ていた白い服に赤いラインが特徴的な服を着た少女ーーー血盟騎士団副団長・アスナが立ち上がり、

 

アスナ「いつもありがとうね、リズ!」

 

そう言われて鍛冶屋の少女、《リズベット》は剣を鞘に収めてアスナに渡す。そしてアスナはそのお代をリズベットに渡す。

 

リズベット(以下、リズ)「毎度!」

 

と元気よく答える。

すると、リズベットはふと時計を見て、

 

リズ「アスナ、今日はギルドの攻略に参加しないの?」

 

するとアスナは頬を赤らめて

 

アスナ「今日はオフにしてもらったの。ちょっと人と会う約束があって……//」

 

すると、リズベットはアスナの耳に着いたイヤリングを見つけて、何かを察したのか

 

リズ「ふふ〜ん?そう言うことねぇ〜」

 

アスナ「な、何よ?!」

 

すると、鐘の音が街に鳴り響く。一定の時を告げる鐘の音だ。

アスナはその音を聞いて

 

アスナ「やばっ!そろそろ行かないと!!」

 

と言って、走り出す。

リズベットはそれを見て、

 

リズ「…アスナは大切なものを見つけたんだね…」

 

と呟く。

アスナは出口付近で立ち止まり、

 

アスナ「えっ?何か言った?」

 

対してリズベットは首を振り、

 

リズ「ううん、何でもない。それより、上手くやんなさいよ!!」

 

とガッツポーズでエールを送る。

 

アスナ「もう!そんなんじゃないってば!…それじゃあね!」

 

と大慌てで出て行く。

それを見届けたリズベットは、鍛冶屋の工房の額縁に飾っている写真を見る。

写っているのは、かつての仲間。

 

リズ「あたしにも、見つかるかな…?」

 

リズベットはそれを見て、1人呟いた。

 

〜2日後〜

 

リズベットside

工房の中に、ハンマーの甲高い音が鳴り響く。

ここは、あたしが四十八層で経営している《リズベット武具店》。あたしはこの世界で、攻略を支える立場である《鍛冶屋》を営んでいる。

そして今は、あたしの武具店で商品として出すための剣を作成している。

 

ハンマーを幾度か叩くと、その素材は光り輝き剣の形となる。あたしは出来上がった剣を取り上げて出来具合をはかる。

 

この世界では、いくら鍛治スキルを鍛えたとしても、必ずいい剣が出来上がるとは限らない。例え一級の鍛治師でも、最高級の剣を作れるのはほんの稀だ。

なので、いい剣を作るにはただ己の経験値と勘、そして剣に対する思いが頼りとなる。

 

そして、今回できた剣は……

 

リズ「……まあまあ、かな?」

 

やはり、いくら沢山剣を作ったとしても、そうそう上手くいい剣を作ることは出来ないようだ。

 

でも、次こそはいい剣を作ってみせる。そう胸に誓い、新たな素材を探していると、ドアの鈴の音が鳴り響く。

お客さんだ。

 

リズ「接客も仕事のうちっと!!」

 

あたしは手袋を外し、鏡で身だしなみを整える。

そして、ドアを開けて工房から店内へと入る。

 

リズ「《リズベット武具店》へようこそ!!」

 

元気よく歓迎の挨拶をする。

するとそこにいたのは、黒ずくめの装備に漆黒のロングコート、そしてこれまた漆黒の剣を背中に装備した少年だった。

少年は剣を見ていたようだがこちらに気づくと、

 

???「あ、えっと…《オーダーメイド》を頼みたいんだけど…」

 

あたしは彼を見て少し不安になる。

 

リズ「(…お財布大丈夫かな…?)」

 

剣のオーダーメイドとなると、金額は相当なものになる。彼の身なりから判断すると、お世辞にも小金持ちとは言えなさそうだ。

 

あたしは少し申し訳なさそうに

 

リズ「今、金属の相場がちょっと上がっておりまして…」

 

少年は少し前に出て

 

???「予算は気にしなくていいよ。今作れる最高の剣を作って欲しいんだ」

 

なるほど、懐事情は大丈夫なようだ。

とは言え、作るにしても問題となるのは…

 

リズ「そう言われましても、具体的に性能の目標値等を出して頂かないと…」

 

すると少年は、

 

???「ああ、なるほど。それじゃあ…」

 

そう言いながら、少年はメニュー欄からアイテムをオブジェクト化する。

出てきたのはこれまた漆黒の剣。その鍔は金色で形状は荒々しく、どこか獅子を連想させるものだった。

 

???「よいしょっと…えっと、これと同じくらいかそれ以上の剣、って事でどうかな?」

 

そう言って少年はあたしに剣を手渡そうとする。

あたしは受け取るために手を前に差し出すが、

 

???「あ、これかなり重いから気をつけてくれ」

 

少年がそう言うので、あたしは腕に力を入れてその剣を受け取るが…

 

リズ「…えっ、なに……これ…?!」

 

想像以上の重さだった。

あたしはその重さに耐えきれず、剣の重さで両腕を下に持っていかれる。

 

???「おっと、大丈夫か?少し手伝うよ」

 

少年はあたしに手を添えて剣を持ち上げ、目の前のテーブルに置く。

 

リズ「あ、ありがとうございます…」

 

そして、あたしはその剣の情報を引き出す。

だが、その性能にあたしは目を見開く。

 

リズ「《banshee》……《バンシィ》、って読むのかな?

にしてもこの性能……あたしが今まで見てきたモンスタードロップの剣の中でも魔剣クラス、いや、下手したら最強クラスの剣ね、これは」

 

剣の重さで大体察しはついたが、これほどとは……

この少年は、一体どこでこんな剣を手に入れたのか。

だがふと、あたしは少年を見て

 

リズ「あの、その背中に背負っている剣は…?」

 

???「ああ、一応こっちがメインで使ってるんだけどな。ならついでに、こっちのも参考にしてくれないか」

 

そう言って少年はあたしに剣を手渡す。

しかしその剣もやはり重く、あたしはやっとの思いでそれをテーブルに置く。

 

リズ「名前は《エリュシデータ》…こっちもモンスタードロップの中で魔剣クラスの化け物のようね…」

 

《エリュシデータ》も、やはり要求筋力値に見合うだけの性能はあるようだ。まあ、先程見た《バンシィ》には少し劣るが。

 

リズ「…けど、これだけ高い性能の剣は流石にうちには無いわね…」

 

???「そ、そうか…なら、作ることは出来そうか?」

 

少年の言葉に、あたしは少し思案する。

 

リズ「……出来ないこともないわ。けど、残念ながらこれほどの数値の剣を作るとなると、新たな素材が必要になるわね」

 

???「アテはあるのか?」

 

あたしは少し前に手に入れた情報を伝える。

 

リズ「五十五層の《西の山》に、レアな金属を体内に溜め込んでるって噂のドラゴンがいるのよ」

 

すると少年は少し思案し、

 

???「なら、俺が取ってくるよ」

 

だがあたしは首を振り、

 

リズ「金属を手に入れるには《マスタースミス》が必要なのよ。あたしも行くわ」

 

すると少年は心配した顔であたしを覗き込む。

 

???「…いいのか?」

 

あたしは少しなめられてると感じ、ムッとした表情で

 

リズ「あのねぇ…あたしは一応、これでも《マスターメイサー》なのよ!」

 

すると少年は安心したように笑顔になり、

 

???「なら、剣が出来上がるまでよろしく頼むよ。俺の名前は《キリト》だ」

 

と握手を求めてくる。

あたしもそれに応じ、

 

リズ「あたしは《リズベット》よ。でもまあ、《リズ》でいいわ。みんなからはそう呼ばれてるから」

 

キリト「オッケー、リズ。じゃあ、準備が出来たら教えてくれ」

 

そう言われて、あたしは出発の支度をする。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

五十五層・西の山

 

そこは、猛吹雪が吹き荒れる氷雪地帯だった。

あたしは両手で体を抱えるように歩く。

 

リズ「へ…ヘクシッ!!」

 

あたしは思わずくしゃみをしてしまう。

それを聞いた前を歩くキリトが振り返り、

 

キリト「大丈夫か?余分な服とか無いのか?」

 

リズ「五十五層が氷雪地帯だなんて知らなかったのよ…」

 

あたしは力なく答える。

すると、キリトはメニュー欄からコートを一着取り出し、

 

キリト「これ、着なよ」

 

とあたしに被せてくる。それはすごく暖かかった。

しかし、当のキリトは何も防寒具を身につけていない。

 

リズ「あんたは平気なの?」

 

キリト「まあ、鍛え方が違うからな」

 

とおどけたようにそう述べた。

 

リズ「…なんかムカつく」

 

あたしがそう呟くと、

 

キリト「…冗談だよ、俺はこれ着てるから」

 

と、ロングコートをひらつかせた。

 

リズ「ああ、なるほど……」

 

そういえばロングコートは防寒具だった。

 

リズ「(…暖かい…)」

 

あたしは、コートに身を埋める。

いや、コートも暖かいが、それ以上にキリトという人間の暖かさに触れた感じがした。

 

リズ「(そういえばこんな奴と2人きりで出かけるなんて……なんか妙なことになったなぁ)」

 

そうして歩いていると、頂上に辿り着いた。

そこは、水晶がまるで剣山のようにそこら中に転がり、幻想的な風景だった。

 

リズ「わあ…綺麗…!」

 

あたしが走り出そうとすると、キリトがあたしのコートの襟首を掴んで足を止める。

 

リズ「な、何よ?」

 

キリトは真剣な表情で

 

キリト「転移結晶の準備をしててくれ。それと、ここからは俺1人でやる。リズはドラゴンが出てきたらその辺の水晶に隠れて欲しい」

 

あたしはその言葉に反抗する。

 

リズ「何よ!さっき言ったでしょう、あたしは《マスターメイサー》だって!素人じゃ無いんだから手伝うわよ!」

 

キリト「ダメだ!!!」

 

リズ「…っ!」

 

キリトは真剣な表情でそう叫ぶ。

あたしはその剣幕に押され、黙って頷く。それを見たキリトが、フッと表情を和らげ、

 

キリト「…よし、それじゃ行こう」

 

と、頭にポンと手を置いて歩き出した。

あたしは、キリトが手を置いた場所に自分の手を添える。

 

今日、キリトと行動する中で、自分の気持ちに明らかな変化があるのを自覚していた。けど、それがなんなのかはわからない。

あたしがそう考えていた時だった。

 

???『グオオオオオッ!!』

 

と、ドラゴンの咆哮が響いた。

 

キリト「リズ!隠れるんだ!!」

 

キリトの叫びで、あたしは近くの水晶の陰に身を隠す。

 

直後、ドラゴンがその姿を現した。

キリトはそれを見て、背中から《エリュシデータ》を引き抜く。

ドラゴンはキリトに気づき、威嚇するように吠える。

 

それを見たキリトは、

 

キリト「あれを使うか……」

 

そう呟き、目を閉じる。すると、キリトの体から黄色い光が出始め、数秒で完全に黄色い光はキリトの身を包んだ。

 

リズ「あれは……」

 

すると、ドラゴンの方が青く発光する。

 

リズ「ブレス攻撃よ!避けて!!!」

 

あたしはドラゴンの攻撃を察知し、キリトに警告する。

しかし、キリトは微動だにせず、右手の剣を前に突き出す。

すると、キリトの剣が光を帯び、その手の中でプロペラのように高速で回転を始める。そこにドラゴンのブレス攻撃が直撃するが、回転する剣に阻まれ、キリトへの直撃は免れた。片手剣防御スキル《スピニング・シールド》である。

 

ブレス攻撃を凌いだキリトはその場から飛び上がる。

 

キリト「はあっ!!」

 

気合いの掛け声とともに、剣がエメラルドの光を発し、そしてドラゴンに振り下ろされる。片手剣ソードスキル《ソニック・リープ》だ。

キリトは着地すると間髪いれずまた飛び上がり、今度は《ホリゾンタル》を繰り出す。

 

普通、あのドラゴンのように飛行するモンスターに対しては、槍や斧といったリーチの長い武器でモンスターを叩き落としそこを攻めるのがセオリーだが、キリトはまるでそれがめんどくさいとばかりに、自ら飛んでドラゴンに飛び込み、あんな細い剣で攻撃している。

 

あたしはそれを見て、ある噂を思い出した。

アインクラッドでも強いプレイヤーの集団、攻略組。その中で一目置かれるプレイヤーには、いつしか二つ名が付けられた。

例えば有名ななのが、あたしの数少ない友人でもある2人の少女。1人はソロで活躍する【絶剣のユウキ】、もう1人は最強ギルドの血盟騎士団副団長【閃光のアスナ】である。

 

だがその中でも最強と言われる2人の対をなすソロプレイヤーがいる。

1人は一角獣のように華麗に戦場を駆ける【白の剣士】。

もう1人は獅子のように果敢に戦場を暴れる【黒の剣士】。

 

そして今、あたしとここまで歩いてきたキリトーー【黒の剣士】は、その噂通り飛行するドラゴンに対して全く臆せず、それどころか自分からドラゴンの方へ何度も突っ込んでいる。その姿、まさに獅子そのもの。

 

キリト「セアッ!!!」

 

そしてついに、ドラゴンの右腕がキリトによって斬り落とされた。あたしはそれを見て

 

リズ「ほら!さっさと片付けちゃいなさいよ!」

 

と水晶から身を出してそう叫ぶ。それを見たキリトが目を見開いて

 

キリト「バカ!!まだ出てくるなっ!!!」

 

リズ「えっ?」

 

キリトが警告するが遅かった。

ドラゴンはあたしに気づき、その羽をはばたかせて突風を引き起こす。

 

リズ「き、きゃああっ!」

 

あたしはその風圧に耐えきれず、簡単に吹き飛ばされる。

そして、気がつけば大きな穴の上にいた。そして不安なことに、そこであたしの体は静止する。こうなれば後はもう落下するだけだ。

 

リズ「う、嘘嘘嘘嘘?!」

 

あたしはその中へ真っ逆さまに落下していく。

すると、何かがあたしの手を掴んだ。

 

キリト「リズ、掴まれ!!!」

 

キリトはあたしを抱き寄せ、そしてそのまま穴の中へと落ちていったーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーどれくらい気を失っていたのかわからないが、あたしは目覚めた。

 

リズ「う、ううん……」

 

気がつくと、あたしはキリトの上で倒れていた。

おそらく、キリトがあたしを守るように自分の体をクッションにしてくれたのだろう、あたしのHPバーはまだ黄色いラインだったのに対しキリトのはすでに赤いゾーンに突入していた。

 

キリト「…生きてたな…」

 

キリトも気がつき、声を発する。

 

リズ「…何とかね…」

 

あたしもそれに応じ、体を起こす。あたしが起き上がったことでキリトも体を起こす。

キリトは腰のポーチから回復ポーションを2人分取り出し、一つをあたしに手渡す。

 

キリト「はい、飲んどけよ」

 

リズ「ありがと」

 

あたしは礼を言ってそれを受け取り、ポーションを口にする。ポーションであるため、HPは一瞬で回復するわけではないが、それでも何か安心する。

 

リズ「あの、ありがとね。あたしを助けてくれて」

 

あたしは守ってくれたことに対し礼を言うが、キリトは難しい顔で

 

キリト「礼を言うのはまだ早いぜ。やれやれ、どうやってここから抜け出したもんかな……」

 

と言って、空を仰ぐ。

上には、先程あたしが吹き飛ばされて入った穴があったが、あれほど大きかった穴がかなり小さくなっている。それは、ここから出口がどれだけ深いかを物語っていた。

しかし、簡単に出る方法はある。

 

リズ「転移結晶を使えばいいじゃない」

 

そう言って、あたしは先程いつでも使えるようにポケットに入れていた転移結晶を取り出す。そして「転移、リンダース!」と唱える。

しかし、何も反応が無かった。それはつまり、ここは結晶無効化エリアであると言うことだ。

 

リズ「そんな……」

 

あたしは肩を落とすが、キリトは立ち上がり

 

キリト「…転移結晶が使えないと言うことは、他に何か脱出方法があるはずだ」

 

リズ「そ、そんなのわかんないじゃない!落ちた人が100%死ぬことを想定したトラップかもよ?!」

 

こんなことを言ってみたが、内心はキリトに否定してほしかった。しかしキリトは真面目な顔で

 

キリト「なるほど…それもそうだ」

 

と返してきた。あたしは立ち上がって

 

リズ「あんたねぇ…もうちょっと元気付けなさいよ!!」

 

するとキリトが

 

キリト「一つ思いついた」

 

リズ「ほ、ホント?!」

 

あたしは希望に満ちた声でキリトに聞く。

 

キリトは頷き

 

キリト「ああ………壁を走って登る」

 

リズ「」

 

あたしは絶句した。

勿論それが出来たら確実に脱出できる。しかし、壁を走るなど出来るはずもないし、仮に出来たとしてもここから出口までどれほど距離があるだろう。

 

リズ「………バカ?」

 

するとキリトは

 

キリト「バカかどうか試してみるか……」

 

そう言って、後ろに数歩後退し、そして一気に駆け出す。

 

リズ「……うっそぉ……」

 

あたしはただぽかんと口を開けて眺めていた。

 

キリトは本当に壁を走って登っているのだ。それもすごい速さで。

これなら本当にいけるかも……そう思った時だった。

突然キリトが足を滑らせて

 

キリト「う、うわああああああっ!!!」

 

思いっきり地面に激突した。

キリトは悔しそうに顔を歪めて立ち上がる。

 

キリト「…もうちょっと助走があれば行けたんだけどな…」

 

リズ「んなわけねー」

 

あたしは冷静にツッコミを入れた。

 

 

〜その夜〜

 

気がつけばあたりは暗くなり、あたしはキリトが貸してくれた寝袋に身を入れていた。

 

リズ「なんか、変な感じだね…初めてあった人と一緒に冒険して、知らないところに来て、こうして並んで寝る……現実じゃこんなのありえないよ」

 

そしてあたしはキリトの方を向き、

 

リズ「おまけにその相手は壁とか走っちゃう変なやつでさ」

 

キリト「…悪かったな」

 

キリトは少し拗ねた様子でそう答える。

あたしはそれをみて「ふふっ」と笑い、笑みを消して先程から思っていた疑問をキリトにぶつける。

 

リズ「ねぇ、なんであたしが穴に落ちた時、助けてくれたの……あんたも一緒に死んじゃったかもしれないんだよ?」

 

するとキリトは遠くを見つめて、昔を思い出すように

 

キリト「……誰かを見殺しにして死なせるくらいなら、一緒に死んだ方がマシだ…」

 

呟くようにそう告げた。

そしてキリトはあたしの方を見て

 

キリト「……それがリズみたいな女の子なら尚更な」

 

あたしはそれを聞いてしばらくキョトンとしていたが、

 

リズ「……ふふっ、何よそれ。バカだねホント…そんなやつ他にいないわよ……」

 

と笑いつつ、少し目を伏せて答える。

するとキリトが、

 

キリト「…いるぜ?他にも俺みたいなやつ」

 

と言ってきた。あたしは目を丸くして再びキョトンとしているが、キリトは淡々と続ける。

 

キリト「そいつは俺以上にバカで、俺以上にお人好しで、けど……俺以上に優しくて、命を重んじてて、まっすぐで、どんな時も前を向いてて……俺の頼れる相棒だ」

 

リズ「キリトの、相棒……」

 

キリト「あいつなら、多分…いや、絶対に俺と同じことしてたと思うぜ?」

 

リズ「“あいつ”…?」

 

あたしは気になった。キリトがそうと断言するほど理解し、そして頼りにする相棒とは何者なのか。

 

リズ「そいつって、どんなやつなの?」

 

あたしは思わず尋ねる。

キリトは一瞬視線をこちらに向けると、フッと笑顔を見せ、

 

キリト「……俺にとって、無くてはならない存在だ。あいつが居なかったら、俺はとっくの昔に死んでただろうな。今回リズに剣を作ってもらうのは、あいつのためでもあるんだ」

 

リズ「えっ、あんたのやつじゃないの?」

 

あたしは意外だった。あたしが今まで相手してきた客は皆、自分の武器を依頼してきた。今まで誰かのために剣の作成を依頼するものなどいなかった。

 

キリト「…ああ、普段あいつには世話になってるからな。その感謝も込めてな」

 

リズ「…なるほどね〜」

 

あたしは少し悲しい気持ちになった。

理由は、自分でもよくわからない。でも、どうしてもこの悲しい気持ちを抑えられなかった。

 

リズ「ねえ、キリト……」

 

キリト「ん?どうした?」

 

あたしは、この気持ちを紛らわすために…

 

リズ「手、握って…」

 

寝袋から左手をキリトの方へ差し出した。

キリトは黙って自分の左手を差し出し、あたしの手をそっと握った。

 

リズ「…暖かい…」

 

あたしは、キリトの手を握った瞬間、なにかが心にストン、と落ちる感覚を覚える。

あたしはーーーーキリトが好きだ。今日一日、キリトの優しさ、キリトの強さ、キリトの人間性に触れ、いつのまにかキリトに惚れていたのだ。でも……

 

リズ「変だよね、あたしもキリトも、仮想世界のデータなのに……」

 

本物ではないのだ。この暖かさも、この体も、キリトと一緒にこの場で過ごしているのも、全て偽物なのだ。

 

キリト「リズ……」

 

あたしの言葉に、キリトが静かにあたしの名を呼ぶ。

 

けれど、例えこの体が偽物でも、この気持ちは本物だ。キリトが好きだという気持ちは、たしかに存在する。

 

ーーようやく見つけた、確かなもの。あたしはそれを噛み締め、キリトに微笑みかけた後、目を閉じた。

 

リズ「(ーー素材を手に入れたら、絶対にいい剣を作ろう。そうすればキリトも、その相棒も絶対に喜ぶはず。そこでキリトに、あたしの気持ちを伝えようーー)」

 

あたしは静かにそう心に決め、眠りについた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

翌朝、あたしが目覚めると、となりの寝袋は蛻の殻だった。

 

リズ「んんーーーーーーっ!!」

 

あたしは寝袋から起き上がり、体を伸ばす。

すると、後ろから

 

キリト「おはよう、リズ」

 

と声がした。振り返ると、キリトが地面の雪を掻き分けてなにかを掘り出していた。

そして、キリトは手になにかを掴んだ。

 

リズ「そ、それって…!」

 

そう、キリトが手にしているのは《クラスタライトインゴット》、あたしたちの目当ての金属だ。

 

キリト「ドラゴンは水晶をかじって腹の中で生成する……見つからないわけだ」

 

リズ「でも、なんでこんなところに?」

 

あたしは目当ての金属が意外な場所にあることに疑問符を浮かべる。

 

キリト「ここはトラップじゃ無く、ドラゴンの巣みたいだ。これはドラゴンの排泄物、つまりンコだ」

 

キリトは淡々と説明する。あたしはしばらくキリトと手に持った金属を交互に見やる。

やがてその意味を理解したあたしは、なんとも言えない顔で

 

リズ「へ、へぇ〜〜…」

 

と口に出すしかなかった。

キリトは金属をストレージに収納し、

 

キリト「まあ何にせよ、これで目的達成ってわけだ」

 

するとあたしは、ここで何かに気づく。

 

リズ「ねえ、ここってドラゴンの巣なのよね?ドラゴンは夜行性だからつまり……」

 

キリトもあたしの言わんとしていることに気づいたのか、上を向く。すると…

 

ドラゴン『ギュオアアアア!!!』

 

咆哮を上げてドラゴンが降りてくる。

 

リズ「ほ、本当に来たーーーーーー!!!」

 

あたしは顔面蒼白で叫ぶ。

 

キリト「ちょいと失礼!!」

 

キリトはそう言うと、あたしを担ぎあげ、剣を引き抜き壁を走る。

そして、空中で宙返りし、落ちる勢いでそのままドラゴンの背中に剣を突き立てる。

 

ドラゴン『ギュオアアアアアアア?!』

 

ドラゴンは驚き、そのまま急上昇する。

 

キリト「リズ、しっかり掴まってろよ!!!」

 

キリトはあたしをしっかり抱え、あたしもキリトにガシッと掴まる。

 

そしてドラゴンは、巣から飛び出て空中で急停止する。

 

キリト「うわあああああああ?!」

 

リズ「きゃあああああああ!!!」

 

あたしとキリトは悲鳴をあげながら空中へ放り出される。

すると、不意に視界が晴れた。

見ると、そこは雲の上で、朝日が氷の山々を赤く照らし、幻想的な風景だった。

 

リズ「わあああー、綺麗〜!!」

 

するとキリトがあたしに手を差し出す。

 

あたしはその手を握り、

 

リズ「キリトーーー!あたしねーーーー!」

 

キリト「何ーーー?」

 

あたしは、満面の笑みで

 

リズ「あたしねー、キリトのこと、好きーーーーー!!」

 

キリト「何だってー?聞こえないよーーーー!」

 

上空の風音で、あたしの声はキリトには届かなかったらしい。

でも、あたしは気にせずキリトを抱き寄せ

 

リズ「何でもなあーーーーーーい!!!」

 

ようやく見つけた、確かなもの。

あたしはそれが嬉しくて、空で笑い続けていたーー

 

ーーーーーーーーーーーー

 

四十八層・リンダース《リズベット武具店》

 

リズ「片手用直剣でいいのよね?」

 

キリト「ああ、よろしく頼む」

 

あたしはそれを確認した後、今日手に入れたインゴットを高温で熱した後、それを取り出す。

ここからは、あたしの技量によって、剣の出来具合が左右される。

 

あたしは深く深呼吸をし、集中力を高める。

そして、ハンマーを勢いよく振り下ろす。

 

リズ「(キリトの手の温かさ、あたしの気持ち…錯覚なんかじゃない。満足のいく剣が打ち上がったら、気持ちを告白しよう!)」

 

あたしはそう心に決め、あたしの全身全霊を込めてハンマーを打ち込む。

 

一定回数打ち終わると、インゴットが煌々と光り始める。

 

キリト「おお…!」

 

キリトも目の前の光景に思わず息を飲む。

 

光り輝くインゴットは十字の剣の形になり、そして光を失う。

現れたのは、純白の剣。その見た目で一瞬で業物とわかる剣だった。あたしはすぐさまその剣の情報を引き出す。

 

リズ「…名前は《ダークリパルサー》。あたしが初耳ってことは、多分情報屋の名鑑にはなったない剣のはずよ」

 

キリト「《ダークリパルサー》…“闇を斬り払う者”、か…」

 

キリトが出来上がった剣の名前を口にする。

 

リズ「試してくれる?」

 

キリト「ああ」

 

そう言ってキリトは《ダークリパルサー》を持ち上げ、何度か素振りをする。

振るたびに、その剣は重々しい音を立てる。

 

リズ「…どう?」

 

あたしは恐る恐る尋ねる。

 

キリト「…重いな、いい剣だ!魂がこもってる感じがするよ!!」

 

あたしはその言葉に歓喜する。

 

キリト「ありがとう、リズ。それでお代はいくらだ?」

 

そう言ってキリトはストレージから財布を取り出そうとするが、あたしはそれを止める。

 

リズ「あ、お代はいいの!」

 

キリト「えっ?」

 

キリトはあたしの言葉に目を丸くする。

あたしは意を決し、

 

リズ「あ、あのね……あたしを、キリトの専属スミスにして欲しいの!!」

 

キリトはまだポカンとしている。

 

リズ「フィ…フィールドから帰ったら、毎日ここに来て武器のメンテナンスをさせて!!」

 

キリトは未だに何とも言えない感じをしたが、あたしの様子になにかを察したのか、キリトも頰を赤らめる。

 

ーーここだ!

あたしは覚悟を決め、

 

リズ「あたしね……キリトのことが……す」

 

「き」といいかけたところで、工房のドアが勢いよく開けられた。

入ってきたのは、親友のアスナだった。

 

アスナ「リズ!心配したわよ!!」

 

そう言って、アスナは涙目であたしに抱きついてきた。

 

アスナ「メッセージは届かないしマップ追跡は出来ないし…一体夕べはどこにいたのよ?!」

 

リズ「ごめんごめん、ちょっとダンジョンで足止め食らってて……」

 

あたしの言葉に、アスナはあたしから少し離れて目を丸くする。

 

アスナ「ダンジョン?リズが1人で?」

 

リズ「ううん、この人と」

 

そう言って、あたしはキリトを指差す。

 

アスナ「キリト君?!」

 

キリト「や、やあアスナ。久しぶり…でもないか。2日ぶり?」

 

アスナ「そっか〜、早速来てくれたのね!」

 

2人の親しい感じにあたしは疑問符を浮かべる。

 

キリト「ああ、攻略組なんだ、俺たち」

 

そう言って、キリトとアスナは互いを見て微笑む。

 

アスナ「私の親友に変なことしなかったでしょうね?」

 

キリト「す、するわけないだろ?!」

 

アスナ「口ごもるところが怪しい〜w」

 

キリト「死にかけたんだから少しは労ってくれてもいいだろ?!」

 

そんな2人のやりとりを見て、あたしは全てを察した。

そうか、この2人はすでに……

 

リズ「そっか…そう言うことね……」

 

あたしは思わず小さな声でそう呟く。

 

アスナ「ごめんねリズ、キリトくんが何か失礼なことしなかった?」

 

あたしはしばらく俯いていたが、やがて気持ちを押し殺して笑顔を作り、

 

リズ「別に!まぁ変な人だけどすごくいい人だったわよ!」

 

そしてあたしはアスナの耳元で

 

リズ「いい人見つけたわね、頑張りなさいよ!」

 

アスナ「も、もうっ!そんなんじゃないってばぁ〜!」

 

アスナは頬を赤らめて否定する。

あたしはそれには目もくれず、駆け足で店から出る。

 

アスナ「え、リズ?どこにいくの?」

 

リズ「ちょっと仕入れの約束があるの!2人は店番よろしく!!」

 

そう言ってあたしは店から出た。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

街の角にある小川にかかった橋の下。そこであたしは、人目を忍んで泣いていた。

 

リズ「うっ……ううっ……」

 

あたしはキリトが好きだ。けれど、もう彼には相手がいることがわかった。

それは親友のアスナだ。

本音を言うと、諦めたくはなかった。でも、親友の幸せのためだ。だから、あたしはこの気持ちを心に留めよう。

そう決意し、心が吹っ切れそうになった時だった。

 

キリト「…リズ」

 

キリトがやってきた。

ああ、ダメだ……今その声を聞いたら…

 

リズ「ダメよ、今きちゃ…せっかく、いつもの元気なリズベットに戻れるところだったのに…」

 

あたしは再び涙が溢れてきた。

 

キリト「リズ……」

 

キリトが悲痛な顔であたしを見る。

 

やめてよ…そんな顔しないでよ……

 

リズ「…どうやってここがわかったの?」

 

キリトは街の鐘の塔を指差し、

 

キリト「あそこから眺めて見つけた」

 

リズ「やっぱり無茶苦茶だね…」

 

あたしはそう言って立ち上がり、小川のほとりに立つ。

 

リズ「ごめん…あたしは大丈夫。慣れない冒険でびっくりしただけだから……だから、さっき言ったこと、全部忘れて……」

 

あたしはそう言いながら両手で顔を抑える。

ほんとは嘘だ。あたしはキリトが好きだ。だから…でも…

 

すると、キリトがあたしの側にやってきて

 

キリト「俺、リズにお礼が言いたいんだ…」

 

リズ「え…?」

 

あたしは顔を上げてキリトの方を見る。

 

キリト「俺さ、ずっと…一人で生き残るくらいなら、一緒に死んだ方がマシだって、本気で思ってた…」

 

リズ「キリト……」

 

キリト「でも、穴に落ちた時、一緒に生きたたことが嬉しかった。俺も、他の誰かも、生きるために生きてるんだって…そう思えたんだ。だから、ありがとう、リズ」

 

キリトは微笑みながらあたしにそう言った。

 

リズ「あたしも…あたしもね、ずっと探したたんだ!この世界で、本当の何かを…」

 

あたしは自分の手を見つめて、

 

リズ「あたしにとって、キリトの手の温かさがそれだった…」

 

あたしはもう一度笑顔を見せて、

 

リズ「さっきの言葉、アスナにも聞かせてあげて!」

 

そう言ってあたしは振り返り、空を見上げる。

 

リズ「あたしは大丈夫!まだ熱が残ってる…この熱がある限り、あたしは頑張れるから…だからお願い…キリトがこの世界を終わらせて…あたしが作った剣で、貴方の相棒と一緒に…!」

 

キリト「ああ、約束するよ!必ずこの世界を終わらせる!」

 

あたしは、その言葉を聞いて、心が吹っ切れるのを感じた。

 

リズ「…武器や防具の修理が必要なら、いつでも来てよね!」

 

キリト「ああ!よろしく頼む!」

 

あたしは振り返り、

 

リズ「これからも、《リズベット武具店》をよろしく!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

バナージside

 

俺は今日、キリトに呼び出されて、四十八層のリンダースにある、《リズベット武具店》と言うところに来ていた。

 

バナージ「ここか……」

 

俺は例の店に来ると、そのドアを開ける。

…そういえば《リズベット》と言う名前、どこかで聞き覚えがあると思ったが、確かユウキとアスナの親友なんだったか。

 

中に入ると、そこには立派な剣や防具が飾られていた。

すると、奥から元気な女の子の声がした。

 

???「《リズベット武具店》へようこそ!」

 

出てきたのは、ピンクの髪に赤いメイド服のようなエプロンを身につけた少女だ。

 

バナージ「あ、どうも……キリトって人に呼ばれてきたんだけど…」

 

すると目の前の少女はポンと手を叩き、

 

???「ああ!貴方が《バナージ》君ね!おっけー、ちょっと待っててくれる?」

 

そう言うと、少女は奥へ入っていった。

少しして、ドアから黒いロングコートを着た少年と、先ほどの少女が出てきた。

相棒のキリトだ。

 

キリト「よう、バナージ。やっと来たか」

 

バナージ「ああ、待たせてすまない、キリト。でも、昨日帰ってこなかったから少し心配したよ」

 

俺たちは出会い頭に拳を打ち付け合う。

 

キリト「ああ、この子とか少し金属を取りに行っててな」

 

キリトは少女を指さす。

 

???「初めまして、あたしは《リズベット》よ!まあ、みんなからは《リズ》って呼ばれてるわ」

 

バナージ「よろしくね、リズ」

 

俺とリズは握手を交わす。

 

バナージ「それで、俺はなんで今日呼び出されたんだ?」

 

キリト「ああ、お前に渡したいものがあってな」

 

そう言うと、キリトはストレージから剣を取り出す。

出てきたのは、十字形の白い剣。

 

バナージ「これは……」

 

名前は《ダークリパルサー》と表示されている。

すると、キリトがその剣を俺に手渡す。

 

キリト「お前に使って欲しいんだ」

 

バナージ「えっ?」

 

するとリズが

 

リズ「キリトがあんたのために、素材取りからやってくれたのよ?」

 

キリトも頷き

 

キリト「ああ、お前にはいつも世話になってるしな。それに、ちょうどもう一本剣が必要だったんだろ?」

 

バナージ「そうだったのか…ありがとう、キリト!リズ!大切に使わせてもらうよ!!」

 

リズも満面の笑みで

 

リズ「武器や防具の修理が必要なら、いつでもあたしのところに来てね!ユウキやアスナも来てるから!」

 

バナージ「ああ!是非そうさせてもらうよ!」

 

リズは笑顔で頷く。

すると、リズは「ん?」と急に顎に手を当てる。

 

キリト「どうした?リズ」

 

リズ「あのさ、キリトって《エリュシデータ》をメインで使ってるじゃない?あれって昨日も言った通り、かなりの性能よ?けどそれに加えて、あんたは…なんだっけ、《バンシィ》、だっけ?あれも中々化物クラスの剣よ?」

 

キリト「そうだけど、それがどうかしたのか?」

 

リズ「なんで、二本も必要なの?バナージもそうじゃない?あんたが今背負ってるのも、形は《エリュシデータ》にそっくりだけどかなりのものみたいだし…」

 

なるほど、疑問に思うのも当然だ。

 

バナージ「…なあ、キリト。リズには教えてもいいんじゃない?」

 

キリトも頷き、

 

キリト「そうだな、剣のお礼も兼ねてリズには見せるか」

 

リズは俺たちの会話に疑問符を浮かべる。

 

リズ「なんの話をしてるの?」

 

キリト「リズ、少し俺たちと来てくれないか?」

 

そして、俺たちは人気のないフィールドにリズを連れ出す。

 

リズ「ねえ、何する気?まさかあんた達2人であたしになんかしようってんじゃないでしょうね?」

 

キリト「いや違うから!そんな訳ないから!」

 

バナージ「まあ、見ててくれリズ」

 

そう言って、俺たちはスキル欄から《二刀流》を選択し、キリトは背中に新たに《バンシィ》、そして俺は先程キリトから貰った《ダークリパルサー》を装備する。

 

キリト「はああああっ!!!」

 

バナージ「せあああああああっ!!」

 

俺たちは《二刀流》スキルを素振りで行った。

 

リズ「ぁ………」

 

リズは俺たちの行動に呆気にとられている。

素振りを終えて俺たちは背中に二つの剣を収める。

 

キリト「…とまあ、こんな感じだ」

 

バナージ「あまり他の人には教えて欲しくないんだ。今見たことはしばらく内緒にしててくれないかい?」

 

リズはしばらく呆けていたが、

 

リズ「…なるほどね、たしかにそれは二本必要な訳だわ」

 

バナージ「キリトには剣が二つあったけど、俺には中層ゾーンで使ってた剣しか無くてね。この《ユニコーン》と同等の性能の剣がどうしても必要だったんだ」

 

リズ「…もしかして、《ユニークスキル》だったりするの?」

 

リズの質問に、キリトは首を振る。

 

キリト「…いや、もし《ユニークスキル》なら、俺たち2人に与えられるはずはないんだよな」

 

バナージ「《ユニークスキル》は選ばれた人にしか与えられないしね」

 

リズは納得したように頷き、

 

リズ「なるほどね〜…まあとりあえず、いい剣が仕上がったのなら良かったわ。なら、約束して」

 

リズは真剣な瞳で俺たちを見て

 

リズ「…あんた達がこの世界を終わらせて。あたしも、できることがあれば何でも協力するから」

 

俺たちは強く頷き

 

キリト「ああ、任せてくれ!」

 

バナージ「君が作った剣で、必ずこのゲームをクリアしてみせるよ!」

 

俺たちは固く握手を交わし、リズと約束した。

 

 

しかし、偶然手に入れた《ユニークスキル》。

まさか、この後すぐに使うことになるとは、予想もつかなかったーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい!長くなりましたが、お読みいただきありがとうございます!
今回、ついにバナージ君が原作キリト君の《ダークリパルサー》を手に入れました!
そして今回、リズベットを登場させました!
実は私、リズベットって結構好きなんですよ!自分の中ではベスト5に入るくらいお気に入りなんです!けれどリズベットって恵まれないですよねー…だって彼女、原作小説の表紙に一回も載ってないじゃないですか!
もっとリズベットを優遇しろよ原作者!
長くてすみません!では、次回もよろしく!!


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第十六話 S級食材の晩餐

はい、遅くなりました!ジャズです!
では、本文始まります!


2024年10月17日 〜七十四層〜

バナージside

 

ーーーこのデスゲームがスタートしてから、約二年近くが経った。

 

バナージ「ふっ!」

 

リザードマンロード『キシャアアッ!!』

 

俺は今、最前線の迷宮区で相変わらず戦っていた。

鈍色に光る曲刀と、白い輝きを放つ片手剣が火花を散らしてぶつかり合う。

 

俺はすぐさまバックステップで距離を取り、リザードマンロードから離れる。奴は離れた俺に肉薄しようと接近を試みるが、

 

バナージ「ーーーキリト!!」

 

キリト「ああ!」

 

俺とリザードマンロードの間に、すかさず相棒のキリトが飛び込み、キリトの剣がペールブルーの光を帯びる。

片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》だ。

 

キリト「はあっ!!」

 

キリトの剣がリザードマンロードの横腹を抉る。リザードマンロードは『ギャァッ?!』と悲鳴を上げて右手の曲刀を振り下ろすが、キリトはそれを難なくかわし、すぐに二撃目、三撃目に繋ぐ。

 

そして、最後の一撃がリザードマンロードの心臓部を直撃し、正方形のライトエフェクトが辺りを照らす。しかし、まだリザードマンロードは死んでいない。

するとキリトがニヤリと笑い、

 

キリト「バナージ、スイッチ!」

 

キリトの掛け声とともに、俺は片手剣をまっすぐに構える。すると俺の片手剣が赤く発光し、そしてジェット機の加速する音と共に俺は飛び出し、リザードマンロードを一閃する。

片手剣単発重攻撃スキル《ヴォーパル・ストライク》だ。

 

リザードマンロード『ギャアァァァー…』

 

リザードマンロードは断末を上げてポリゴン片となって消滅した。

俺は荒くなった呼吸を整え、剣を左右に一振りして剣を背中に収めた。

 

キリト「お疲れ、バナージ」

 

バナージ「ああ、キリトも」

 

俺とキリトは拳を打ちつけ、互いを称える。

時刻を見ると、すでに午後3時を回っていた。もう帰らないと、日暮れまでに拠点に戻ることができなくなる。

 

バナージ「…そろそろ帰ろうか」

 

キリト「だな」

 

俺たちは並んで歩き出す。

俺はふと思ったーーどこかでこの世界を見ているはずの茅場晶彦は、今何を感じているのだろうかーーーー?

 

ーーーーーーーーーーーー

 

迷宮区から出てしばらくフィールドを歩いていると、不意に俺の索敵スキルに反応があった。反応があった方を見てみると、なにかが草むらの中にいるのが見えた。

カーソルをそのモンスターに合わせると、名前が表示される。俺はそれを見て驚愕する。

 

バナージ「あれはーー《ラグー・ラビット》?!」

 

キリト「まじか?!」

 

キリトもそれに気づき驚く。

無理もない、《ラグー・ラビット》とは、この世界における数少ない娯楽である《食事》において、S級食材に分類されるほど美味い食材なのだ。

 

バナージ「キリト」

 

キリト「ああ!」

 

俺とキリトは、腰からピックを取り出す。

まず、俺が投擲スキル《シングルシュート》のモーションを取り、ラビットの近くに命中させる。

それに気づいたラビットはすぐさまその場から飛ぶ。

しかし、俺たちはこの瞬間を狙っていた。

 

キリトが飛んだラビットに向かってピックを投げる。

 

ラビット『ピギャッ?!』

 

キリトが投げたピックは見事に命中し、ラビットは爆散する。

そして、キリトの目の前にアイテムゲットのシステムメッセージが表示される。

 

バナ・キリ「「よっしゃあ!!!」」

 

ようやく手に入れたレアアイテムに、俺たちは同時にガッツポーズをする。

しかし……

 

キリト「……なあ、バナージ。お前これ調理できる?」

 

バナージ「…今の俺の料理スキルレベルでは厳しいかもな……」

 

そう、《ラグー・ラビット》はS級食材。しかし、それだけ要求される料理レベルも高い。残念ながら、今の俺ではこれを調理することはできないのだ。

せっかく手に入れたレア食材を食べることができないことに、俺たちは肩を落としながら再び歩き出した。

 

バナージ「とりあえずこれ、どうしようか?」

 

俺は手に入れたレア食材を指差しキリトに尋ねる。

 

キリト「…困った時はあいつの店だな」

 

俺はキリトが指した人物を即座に理解し、そこへ向かうことにした。

 

〜五十層・アルゲート〜

 

人々で賑わう路地を歩いていくと、目的の店にたどり着く。

中から、野太い声で「毎度!」と聞こえる。

 

キリト「よお、エギル」

 

エギル「よお、キリトにバナージじゃねえか」

 

店の中にいたのは、スキンヘッドの大柄の男性。

すると、

 

ユウキ「あ、キリトとバナージだ!やっほー!」

 

バナージ「やあ、ユウキじゃないか」

 

店の中に、紫の装備に身を包んだ少女、ユウキがいた。

 

エギル「こんな時間にどうしたんだ?何か用か?」

 

キリト「ああ、実はな…」

 

キリトはメニュー欄を開き、先ほど手に入れたアイテムを表示する。エギルはそれを見て驚愕する。

 

エギル「お…おいおい嘘だろ……?!S級のレアアイテムじゃねえか…!!」

 

エギルは声を震わせながら食材の名を口にする。

 

ユウキ「えっ、ウソでしょ?!《ラグー・ラビットの肉》じゃん!!これどうしたの?!」

 

ユウキもそれを覗き込み目を見開いて驚愕する。

 

バナージ「さっき、偶然見つけたんだ。なんとか手に入れたのはいいけど…」

 

キリト「エギルにこれを買い取って欲しいんだ」

 

エギル「買い取れって…お前ら金には困ってないんだろ?自分で食おうとは思わんのか?」

 

キリト「思ったさ」

 

バナージ「けど、これを扱えるほど俺は料理スキルを上げてないんです」

 

俺は苦笑しながら理由を伝える。

ユウキも残念そうな顔で

 

ユウキ「そっかぁ〜…残念だけどボクもそこまで料理スキルは上げてないんだよね〜…」

 

エギル「俺たちが焼いても焦がしちまうだけだしな…」

 

エギルも腕を組んで悩んだ顔をする。

 

キリト「どうしたもんかな…」

 

キリトも目を閉じて思案する。

すると、後ろから

 

???「こんにちは、みんな」

 

振り返ると、そこにはよく知る人物が立っていた。

白を基調とした服に赤いラインが入った大手ギルドの服装を着た、《血盟騎士団》副団長のアスナだ。

しばらくぽかんとしていた俺達だが、キリトがアスナの手を掴んで

 

キリト「…シェフ捕獲」

 

アスナ「…へっ?」

 

アスナも突然の事に戸惑いを見せる。

すると、後ろの護衛らしき男性がキリトをジロリと鋭い目つきで睨む。

キリトはそれに気づいて慌てて明日なの手を離し、

 

キリト「き、奇遇だなアスナ。こんなゴミだめみたいな所に顔を出すなんて」

 

ゴミだめという単語にエギルもキリトを睨みつける。

 

アスナ「もうすぐ次のボス攻略だから、生きてるか確認しに来てあげたんじゃない」

 

アスナがムッとした表情でそう言った。

 

キリト「フレンドリストがあるんだから、それを確認すればわかるじゃないか」

 

キリトが開かれた表情でアスナにそう言う。

そんなキリトにアスナはプイッとそっぽを向いて

 

アスナ「…生きてるならいいのよ」

 

そしてアスナはこちらに向き直り、

 

アスナ「それよりどうしたのよ、シェフがどうとか」

 

キリトはハッとした表情で

 

キリト「そうだ、アスナは料理スキルのレベルは今どれくらいだ?」

 

アスナ「ふふん、聞いて驚きなさい……先週コンプリートしました!」

 

アスナは得意げな顔でそう言った。

その言葉に俺たちは目を見開く。

 

ユウキ「うそぉ?!」

 

バナージ「す、すごいな…」

 

キリト「そ、その腕を見込んで頼みがある」

 

キリトはそう言って、メニュー欄から例の肉を表示する。

アスナはそれを見て目を見開く。

 

アスナ「こ、これって……《ラグー・ラビットの肉》?!ちょっとこれ、どうしたのよ?!」

 

バナージ「ついさっきたまたま見つけたんだ。手に入れたのはいいんだけど、俺たちみんなこれを扱えるほど料理スキルがなくて」

 

キリト「それでどうしようか悩んでた所に、アスナがやってきた、ってわけさ。これを調理したら、一口食わせてやるよ」

 

するとアスナがものすごい勢いでキリトに詰め寄り、

 

アスナ「は・ん・ぶ・ん!!……って言いたい所だけれど、いいわ。私が料理するから、みんなで食べましょう!」

 

ユウキ「ホント?!アスナ、いいの?!」

 

アスナは満面の笑みで

 

アスナ「ええもちろん!ユウキはいつも頑張ってるし、バナージ君とキリト君はラグー・ラビットをご馳走してくれた人だしね」

 

バナージ「ありがとう、アスナ!」

 

キリトは後ろを振り返り、

 

キリト「…悪いな、エギル。取引は中止だ」

 

エギルは冷や汗をかいて、

 

エギル「お、おい…俺たちダチだよな?なあ、キリト、バナージ、ユウキ?俺にも一口くらい…」

 

俺は苦笑いでエギルに謝罪する。

 

バナージ「すみません、エギルさん」

 

ユウキ「感想文を八百字以内で書いてくるから、それで許してね〜!」

 

ユウキが無邪気な笑顔で店を後にする。

 

エギル「そ、そりゃねぇだろ…」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

三人称視点

店から出て、バナージ達は揃って繁華街を歩いていた。

 

アスナ「それで、料理はどこでするの?」

 

不意にアスナが尋ねる。

キリトはそれを考えていなかったのか、口籠る。

 

アスナ「…まあ、どうせろくなもの置いてないんでしょ?食材に免じて、私の部屋を貸してあげなくもないけど、どうする?」

 

アスナの誘いに、真っ先に飛びついたのは

 

ユウキ「アスナの部屋?!行く行く!!」

 

バナージ「そうだね。アスナの言う通り、俺たちの部屋には最低限の家具しか置いてないし」

 

キリトも少し頬を赤らめながら

 

キリト「じ、じゃあ…お願いします」

 

アスナはニコッと微笑んだ後、後ろを歩く護衛らしき人物に振り返り、

 

アスナ「今日はここまでで大丈夫です。お疲れ様」

 

するとその男性は

 

???「……アスナ様。【絶剣】殿は兎も角、こんな素性の知れぬ奴をご自宅に伴うなど…しかも2人…」

 

アスナはため息をついて

 

アスナ「この人達は心配いらないわ。素性にしろ、実力に関しても問題ない。多分貴方よりレベルは10は上よ、クラディール」

 

クラディールと呼ばれた男性はこちらを鋭い目つきで睨んで

 

クラディール「私がこいつらに劣っていると…?」

 

するとクラディールは何かを思い出してハッとした表情になり

 

クラディール「そうか……貴様ら《ビーター》だな?!アスナ様、こいつら自分さえ良ければいい連中ですよ!こんな奴らに関わるとろくなことがないんだ!!」

 

するとユウキがクラディールに詰め寄る。

 

ユウキ「ちょっと!バナージとキリトをそんな風に言わないでよ!!」

 

しかしクラディールは首を振って

 

クラディール「ユウキ殿も、こいつらにたぶらかされてるだけなんですよ!!こいつら《ビーター》に何か洗脳的なものをされたに違いない!!お二人は今すぐこいつらと関わるのをお辞めになったほうがいい!!」

 

クラディールの言葉にキリトはなんとも言えない顔をし、ユウキはものすごい目つきで、クラディールを睨み、アスナも厳しい表情をしている。

 

すると、バナージが口を開く。

 

バナージ「……あのさ、キリト」

 

キリト「……なんだよ、バナージ」

 

キリトが少し面倒臭そうな顔でバナージを見る。

こんな時になんだ、そんな顔で。

 

対してバナージは少し訝しんだ表情で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「……《ビーター》って何?」

 

全員がその場でずっこけた。

 

 

確かに第一層ボス戦以降、《ビーター》の蔑称で冷たい風を受けていたキリトとバナージだが、アインクラッドの攻略が進んでいく中、誰よりもボス攻略に貢献する彼らの活躍は、人々からいつしか卑怯者の《ビーター》のイメージを引き剥がしていった。

それに加え、キリトやバナージと関わる人々が増えていき、彼らの優しく、真摯な人間性に触れる人々が増えていった。

それらの要因があって、キリトとバナージはいつしかアインクラッド最強の【黒の剣士】と【白の剣士】という、蔑称どころかむしろ敬称とでも言うべき二つ名で呼ばれることが多くなり、《ビーター》という言葉を使うものは、今となってはほぼゼロといってよかった。なので、バナージがそれを忘れてしまっていても仕方のないことなのだ。

 

……とは言え、

 

キリト「お前……それ忘れたのかよ?!」

 

キリトが体を起こしながら、信じられないという顔でバナージを見る。

 

バナージ「な、なんだよキリト…《ビーター》のこと知ってるのか?だったら教えてくれよ」

 

キリトは頭を抱えながらため息をつき、

 

キリト「お前なぁ……第一層のボス戦であったことを思い出してみろ」

 

バナージ「第一層?」

 

バナージは顎に手を当てる。

すると、ハッとした表情になり

 

バナージ「…ああ!!」

 

と叫んだ。

 

キリト「いや“ああ”じゃねえよ!!」

 

すかさずキリトがバナージに空手チョップを食らわせる。

 

バナージ「痛っ?!」

 

アスナ「バナージ君……少し貴方を見損なったわ」

 

アスナも呆れ顔でバナージを見る。

 

ユウキ「いやぁ、でも《ビーター》なんて今日日聞かないしね〜」

 

ユウキはため息をつきつつもバナージを擁護する。

 

そんな中クラディールは

 

クラディール「き、貴様………《ビーター》であったことを忘れるなど……」

 

怒り心頭の様子で体をプルプルと震わせている。

そして、

 

クラディール「貴様は自分さえ良ければいいどころか、都合の悪いことは即座に忘れる人として最低なヤツだ!!」

 

と大声で叫んだ。そして、アスナの方へ向き直り、

 

クラディール「アスナ様、やはりこんな奴らとは関わるべきではありません!すぐに戻りましょう!」

 

と詰め寄るが、

 

アスナ「兎も角、今日はもう結構!これは命令です!!」

 

と強い口調でクラディールに伝える。

クラディールはそれを見て仕方なくおし黙る。

 

アスナ「…行くわよ!」

 

アスナは振り返り、キリトの首根っこを掴んでズルズルと引きずる。

すると今度は

 

ユウキ「…バナージも行くよ!!」

 

と、ユウキがバナージの首根っこを掴んでズルズルと引きずる。

 

バナージ「ちょ、ちょっと……」

 

キリト「いいのか?!」

 

アスナ・ユウキ「「いいんです!!!」」

 

キリトとバナージはクラディールの方を見やると、彼は変わらずキリトとバナージを睨みつけていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

六十一層・セルムブルグ

そこは、湖のほとりに立つ場所だった。夕日が湖面を照らし、幻想的な景色を作っている。

 

バナージ「うわぁ……」

 

バナージは思わず感嘆の声を上げる。

 

ユウキ「すごい…綺麗だね!」

 

キリト「へえ…なんかいい所だな。広いし、なんか開放感がある」

 

アスナ「……なら、君達も引っ越せば?」

 

キリトは眉をひそめて

 

キリト「……金が圧倒的に足りません」

 

バナージ「同じく」

 

ユウキ「えへへ……ボクもだね」

 

バナージとユウキは苦笑して返す。

 

キリト「……それはそうと、本当に良かったのか?さっきのやつ」

 

するとアスナは少し目を伏せて

 

アスナ「……要らないって言ったんだけど、幹部クラスになると護衛がつくようになったの」

 

そしてアスナは、血盟騎士団の歴史を淡々と語りだす。

 

アスナ「…最初の頃は、団長が一人一人声をかけて作り上げた小規模ギルドだったの。でも、最強ギルドって言われ始めた頃からガラッと変わっちゃって…」

 

ユウキ「…ボクも誘われたんだけど、正直あんな堅苦しい雰囲気があってなさそうだから断ったんだよね…」

 

ユウキも苦笑して続ける。

するとアスナは振り返り、笑顔で

 

アスナ「まあ、大したことじゃないだから気にしなくてよし!!」

 

ユウキ「そうそう!それに、早くしないとひがくれちゃうよ!」

 

ユウキも無邪気な笑顔でそう言う。

 

俺たちもそれに続いて歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

〜アスナ宅〜

バナージside

そこは、俺たちが今まで見てきた部屋の中で一番整っていた。

いかにも高級そうな木製の家具に、統一感のあるグリーンのラメが入ったクロス類が飾られている。

俺とキリトはそれを見ね呆気に取られていた。

 

アスナ「着替えてくるから、少しそこにかけて待っていて?」

 

と言って、奥の扉を開けて入っていった。

ユウキもそれに続き、

 

ユウキ「絶対にのぞいちゃダメだよ?」

 

といたずらな笑顔で俺たちにそう言った。

 

キリト「の、覗くわけないだろ?!」

 

キリトは慌てて否定する。

 

バナージ「安心してくれ、そんなことしないから」

 

俺は苦笑しつつ返した。

俺たちはその後、リビングにある向かい合った二つの1人用のソファーに腰掛ける。

 

キリト「俺たちも同じくらい稼いでるはずなんだけどなぁ〜…」

 

とため息をつきながらそう呟く。俺は呆れながら

 

バナージ「…お前がたまった金は直ぐに強い防具とか買うのに使うからだろ?」

 

キリトは「うぐっ…」と気まずそうな顔になる。

すると、奥の扉が開く音がし、中から白いチェニックに膝丈のミニスカートを履いたアスナと、紫色のラフなキャミソールにショートパンツを身につけたユウキが出てきた。

 

ユウキ「お待たせぇ〜」

 

アスナ「貴方達いつまでその格好なのよ。早く着替えなさいよ」

 

アスナにそう言われ、俺たちはロングコートと武器をストレージにしまう。

そして台所に行き、アスナが《ラグー・ラビット》の肉をオブジェクト化する。

 

アスナ「これがS級食材かぁ…。どんな料理にする?」

 

キリト「シェフのおまかせコースで頼む」

 

バナージ「なら俺も、それで頼むよ」

 

アスナ「そうねぇ…」

 

アスナは少し悩んだ表情をする。なにせせっかくのS級食材だ。普通の料理に使うには勿体無い。

するとユウキが、

 

ユウキ「あ、ならシチューにしようよ!ボク、シチュー大好きなんだ!!」

 

と提案する。俺はそれにピンときた顔になり、

 

バナージ「なるほど…《ragoût (ラグー)》はフランス語で《煮込み料理》って意味だしね」

 

アスナ「…詳しいのね、バナージ君」

 

バナージ「ああ…まあね」

 

アスナ「…よし!それじゃ早速作りましょうか!」

 

ユウキ「アスナ、ボクもいくつか食材を持ってるんだ。それで何か作るね!」

 

アスナ「オッケー、ユウキ。キリト君、バナージ君は少し待っててね」

 

キリト「ああ、よろしく頼むよ」

 

俺たちはキッチンからリビングのテーブル席に移り、向かいになって座る。

少しキッチンの方を見やると、アスナとユウキが楽しそうに、手際よく調理しているのが見えた。

 

バナージ「…2人とも、楽しそうだな」

 

キリト「ああ、まるで姉妹だな」

 

俺たちは彼女達を見て、何かほっこりする気持ちになるのだった。

しばらくすると、料理が出来上がった。

アスナは陶器製の大きな圧力鍋を運び、ユウキは皿いっぱいにフレンチサラダを乗せて持ってきた。

 

アスナ「2人ともお待たせ!」

 

キリト「結構早かったな。全然待ってないぞ?」

 

ユウキ「まあ、ホントは色々手順があるんだけど、SAOの料理は簡略化されてるしねー」

 

バナージ「はは、確かに。包丁をちょっと振るだけで食材が切れるんだもんね。俺も最初は驚いたよ」

 

すると、アスナが驚いたように目を見開き、

 

アスナ「えっ、バナージ君も料理スキルとってるの?」

 

バナージ「ああ、たまにだけどね。キリトも一応持ってはいるんだけど…」

 

キリト「それは迷宮区とかダンジョンで一夜過ごす時に腹ごしらえ程度のものを作るためで、これほど豪華な料理を作れる程スキルレベルを上げてなかったんだ」

 

アスナ「なるほどねぇ」

 

アスナが納得したように頷く。

 

キリト「アスナは料理スキルをコンプリートしたんだよな?なら、今回のS級料理、期待してるぜ?」

 

アスナ「勿論!では、食べましょうか!」

 

そう言って、アスナはテーブルに置かれた鍋の蓋を開ける。すると、中から香ばしい匂いが漂った。その匂いを嗅ぐだけで、俺たちは余計に空腹を刺激された。

 

バナージ「おお!これは美味しそうだ!!」

 

キリト「ああ!これはどんな高級NPCレストランにもなさそうだな!!」

 

そして全員が席に着き、手合わせしていよいよシチューを口に頬張った。

口いっぱいに広がる最高峰の旨みに、皆思わず無言になってどんどんシチューを口に運んでいく。

 

〜30分後〜

 

キリト「うまかった〜〜!!」

 

バナージ「ああ、最高だった!」

 

ユウキ「生きててよかったぁ〜」

 

アスナ「至福とは、まさにこのことね〜!」

 

俺たちは食器を片付けた後、ティータイムに入った。

ふとアスナが

 

アスナ「不思議ね…なんだか昔から、この世界で暮らしてきたような…そんな感じがするの」

 

とポツリと呟くように言った。

キリトもカップを置き、

 

キリト「確かに、最近はクリアだ攻略だって、血眼になってるプレイヤーが少なくなってきてるよな」

 

俺も頷きながら

 

バナージ「みんな馴染んできてるんだね、この世界に…」

 

ユウキ「最近は攻略スピードも落ちてるよね?今も最前線にいるのって500人くらい?」

 

俺たちは少し無言になるが、やがてユウキが口を開いた。

 

ユウキ「…でも、ボクはやっぱり帰りたいな。現実世界に、お姉ちゃんがいるし。それに…約束したからね」

 

俺は初めて聞いたユウキの家族関係に少し驚いてユウキの方を見る。

 

バナージ「ユウキにはお姉さんがいたのか」

 

ユウキ「うん!すっごく優しい姉ちゃんなんだ!!」

 

ユウキは誇らしげにそう言った。

 

バナージ「そっか…なら、絶対に生きて帰らないとね」

 

ユウキ「うん!」

 

ユウキは満面の笑みで頷いた。

すると、アスナが俺たちに

 

アスナ「…ねえ、久々に、私たち4人で攻略に行かない?」

 

キリト「ああ、確かにいいかもな…って、あの護衛はどうするんだよ?」

 

キリトの問いに俺たちは昼間のことを思い出した。

だがアスナは、

 

アスナ「置いていくわ。それに、明日は休みだから、護衛は必要ないし」

 

キリト「そ、そうか…」

 

バナージ「よし、なら明日の9時に転移門広場に集合、でいいかな?」

 

ユウキ「うん!みんなで久しぶりに攻略かぁ〜…楽しみだなぁー!!」

 

そして、俺たちはアスナのホームから出る。

 

キリト「今日はありがとな、アスナ」

 

アスナ「いいのいいの。こちらこそ、《ラグー・ラビット》を捕まえてくれてありがとうね」

 

バナージ「それじゃ、明日はよろしく」

 

ユウキ「またねーー!!」

 

俺たちは、自分のホームへ帰って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

〜翌日・七十四層転移門広場〜

 

アスナ以外の3人は、転移門の階段のところに座っていた。

時刻は集合時間をとうに回っていた。

 

キリト「…来ないな…」

 

バナージ「アスナが遅刻なんて…」

 

ユウキ「何かあったのかな?」

 

普段生真面目なアスナがやってこないことに俺たちは疑問符を浮かべていた。

すると、突然転移門が光り、

 

アスナ「きゃああああーーー!!!よけてーーーーー!!!」

 

と、アスナが絶叫を上げて飛び込んできたのだ。

 

キリト「うわああぶっ?!」

 

バナージ「ええっ?!」

 

ユウキ「うわああっ?!」

 

俺とユウキはかろうじて避けたが、アスナはキリトの上に覆い被さるような体制になっていた。

…よく見ると、キリトの右手がアスナの胸部を掴んでいるのが見えた。そして…

 

キリト「なんだ…これ?」

 

バナージ「あっ」

 

覆い被さるものをどかそうと、ムニッ…と、指を動かしたのだ。

しかしなかなか退かないため、今度は指に少し力が入る。

 

アスナ「やっ……//」

 

アスナは一瞬で顔が真っ赤になる。

ユウキも「あ〜あ」と呆れた声を出している。

そして、

 

アスナ「いやあああぁぁーーー!!!」

 

キリト「へぶっ?!」

 

アスナはキリトを「バゴッ!!」という音を立てて思いっきりぶん殴った。その衝撃で、キリトは転がりながら数メートル吹っ飛んでいき、転移門の柱に激突して止まった。

キリトは後頭部をさすりながら前方を見る。

その視線の先には、白を基調とし、赤いラインが入った血盟騎士団のユニフォームを着たアスナが、両手を胸の前で交差してしゃがみこみ、涙目でキリトを睨んでいた。

 

キリトは全てを察したのか、「ふぅ…」とため息をつき、

 

キリト「…認めたくないものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものを…」

 

とつぶやいた。

俺はキリトの後頭部を「ビシッ」と引っ叩いた。

 

バナージ「何やってるんだよキリト…」

 

キリト「い、いやいや…今のは不可抗力だろ?!」

 

キリトは後頭部をさすりながら俺の方を見上げるが、俺はため息をついて口を開こうとするが、突然アスナが立ち上がり、こちらに走ってくる。キリトは「ひっ!」と身構え、制裁が来るのを覚悟したが、アスナはそのままキリトの後ろに回り込んだ。

 

すると、転移門が青く光り、その中から1人の男性が現れる。光が収まり姿を現したのは、昨日揉めたアスナの護衛だった。確か“クラディール”、だったか。

 

クラディールはアスナを見つけると

 

クラディール「アスナ様!勝手なことをされては困ります!さあ、ギルド本部へ戻りましょう」

 

アスナはキリトの背後から顔を出して

 

アスナ「イヤよ!だいたい貴方、何で朝から私のホームに張り込んでるのよ?!」

 

キリト「なっ?!」

 

バナージ「えっ?」

 

どうやらこの護衛、アスナに対してストーカー紛いの行動をしているようだ。いや、もはや正真正銘のストーカーじゃないか。

 

しかしクラディールは特に悪びれる様子もなく

 

クラディール「ふふ…こんなこともあろうかと、一ヶ月前からセルムブルグでアスナ様の監視の任務についておりました」

 

キリト「何してんのあいつ」

 

ユウキ「暇人…」

 

キリトとユウキが呆れた顔で呟く。まあ、俺も2人に同意見だ。

 

だがクラディールはそれを気にせず

 

クラディール「わたしの任務はアスナ様の護衛です。それには当然ご自宅の監視も…」

 

アスナ「ふ、含まれないわよバカ!!」

 

さらっととんでもないことを言い出した。

ダメだ完全にストーカーだこいつは。

 

クラディールはため息をつき

 

クラディール「…聞き分けのないことを仰らないでください」

 

そう言いながらクラディールは俺たちの方へ歩いてくる。

そして、アスナの手を掴み無理矢理引っ張っていく。

すると、キリトがアスナの手を掴んでいるクラディールの手を掴んで制した。

 

バナージ「(キリト、ナイス!)」

 

俺は心の中でガッツポーズをする。

 

キリト「悪いな、あんたのとこの副団長は、今日は俺たちの貸切なんだ」

 

俺もキリトに続き

 

バナージ「そういう事です。ギルドには貴方一人で戻ってください。アスナの安全は、俺たちが保証しますから」

 

だがクラディールは声を荒げて

 

クラディール「ふざけるなぁっ!貴様ら雑魚プレイヤーに、アスナ様の護衛が務まるかぁ!!」

 

…この人は本気でそんなことを言ってるのだろうか?

一応これでもアインクラッド最強プレイヤーと言われている俺たちを雑魚呼ばわりし、俺たち以上にアスナの護衛が務まると言い張っている。やってることはストーカーなのに。

俺はキリトに近づき

 

バナージ「……おい聞いたか、キリト。この人、俺たちじゃアスナの護衛が務まらないんだって」

 

キリト「そうか。なら言わせてもらうが…あんたよりはまともに務まるよ」

 

俺たちの言葉にクラディールは怒りで体をプルプル震わせ、その震えで鎧がガタガタと音を立てている。

クラディールは歯ぎしりしつつ、

 

クラディール「…そこまで大口を叩くからには、それを証明する覚悟があるんだろうな?!」

 

と言って、メニュー欄を操作する。

すると、俺の目の前に《クラディールからデュエルが申請されました》と表示された。

 

クラディール「お前たち二人のうち、どちらか一人でも俺に勝てたら、素直に引き下がってやる」

 

と、ドヤ顔で言ってきた。

 

キリト「……おいおい、あんた本気で言ってるのか?」

 

クラディール「無論だ。貴様らごとき、わたしの敵ではない。すぐにでも貴様らを跪かせてやる」

 

俺たちはアスナの方を振り向く。アスナは静かに頷いた。

 

バナージ「…いいの?ギルドで問題にならない?」

 

アスナ「大丈夫。団長にはわたしが報告する」

 

俺はアスナの言葉を聞き、クラディールのデュエル申請を受けて《初撃決着モード》を選択する。

すると、目の前に60秒のカウントが始まった。

 

クラディールは腰から豪華な装飾が施された両手剣を引き抜き、

 

クラディール「ご覧下さい、アスナ様!わたし以外に護衛が務まるものなどいない事を証明しますぞ!」

 

と、高らかに宣言し剣を構える。

俺も数歩前に進み、背中から片手剣《ユニコーン》を引き抜く。

後ろからキリトとユウキが、

 

キリト「格の違いってやつを見せてやれ」

 

ユウキ「バナージ!そんなやつコテンパンにやっちゃえ!!」

 

とエールを送ってきた。俺は振り向かずに左手でグッドサインを送る。そして、剣をやや下向きにして構える。

 

クラディールは切っ先をこちらに向けて、中腰の姿勢になっている。おそらく、突進系のソードスキルだろう。

対する俺は、受けの姿勢を取っているが、これはフェイクだ。本命は俺も突進系のソードスキルを使うつもりだ。

カウントがゼロに近くにつれ、俺の集中力や知覚が研ぎ澄まされ、周りの雑音などが聞こえなくなる。

 

そして、デュエルカウントがとうとうゼロになり、俺とクラディールは同時に飛び出した。

クラディールは俺が受けのソードスキルを使うと予測していたのか、少し驚きはしたもののすぐに表情を引き締め、ソードスキル《アバランシュ》を発動した。対する俺も《ソニックリープ》を発動し、違いが距離を詰めていく。

 

だが、両手剣と片手剣ではパワーが違いすぎる。いくら片手剣の中で最強クラスの性能を誇るこの《ユニコーン》であっても、流石に両手剣ソードスキルに対抗するだけの力はない。もしこのまま剣同士が衝突すれば、俺はパワー負けしてそのままHPを削られて敗北するだろう。

クラディールもそれを予期したのか振りかぶる直前に不敵な笑みを浮かべた。

 

ーーだが、それがわかっていながら無策で突っ込むようなバカではない。俺には一つ、秘策があった。剣同士がぶつかる瞬間、俺はあるポイントに向けて《ユニコーン》の切っ先を衝突させた。

 

バナージ「はあっ!!」

 

そして、互いの体が交錯し、そのまま通り抜ける。

やがて、後ろから「ガツン!!」と金属がぶつかる音がした。それは、クラディールの剣だ。

クラディールの剣は破壊されていなかった。ただ、クラディールの手から武器が弾き飛ばされただけである。

 

キリト「…流石だな、バナージ」

 

キリトが感心したような声を出す。

それにユウキが訳がわからないという顔で

 

ユウキ「え?何、今の…何が起きたの?」

 

とキリトに問い詰めていた。

キリトは一呼吸置き、今の現象を説明する。

 

キリト「…武器同士がぶつかる瞬間に起こる効果の中には、《武器破壊(アームブラスト)》というものがある。これは、あるポイントに剣をぶつけることで、その武器の耐久値を一気にゼロに持って行って破壊するという《システム外スキル》だ。多分俺なら、これで勝負をつけただろうな」

 

アスナ「《武器破壊》…?でも、クラディールの剣は無傷じゃ……?」

 

アスナの問いに、キリトは首を横に振り

 

キリト「いや、《武器破壊》よりも極々稀に、ああやって武器が弾き飛ばされる現象があるんだ。それが《強制武装解除(フォースドアームリリース)》だよ」

 

ユウキ「《強制武装解除》…?」

 

聞きなれない単語に、ユウキは首をかしげる。

 

キリト「武器破壊と同じように、ある一定のポイントに剣をぶつけると、装備が強制的に解除されることがあるんだ」

 

アスナ「装備が、強制的に…」

 

ユウキ「けど、それってさ……」

 

ユウキの言わんとすることを察したのか、キリトは首を縦に振り、淡々と説明する。

 

キリト「ああ、強制武装解除は武器破壊と違って力加減がかなり難しいんだ。ただ狙ったポイントに向かって剣を振ればいい武器破壊と違って、強制武装解除は例えばプレイヤーの手元に剣をぶつける必要がある。けど、ただでさえ高速な剣同士のぶつかり合いの中で、そんなピンポイントに狙って剣を打つなんて至難の技だ。さらに言うと、今みたいに相手のHPを一切減らさず、武器を強制的に解除するなんて、俺でもあれを狙って打つなんて真似はできないさ。多分、10回やって一回出来るか出来ないかだな、あんなレベルのものは。それ以外は全部手首とかを切り飛ばして終わりだと思う」

 

キリトの説明に

 

アスナ「…でも、なんでわざわざそんなことを?別にこれは《全損決着》じゃないんだから、死ぬ心配は無い。そんな高等なテクニックを使わなくても、普通にやる方が勝率は上がるんじゃ…」

 

ユウキ「そうだよ。それに、プレイヤーのHPを減らしたく無いなら、《武器破壊》の方が簡単そうだし、《強制武装解除》なんて難しいことしなくても…」

 

と、アスナとユウキは素朴な疑問をぶつけた。

しかし、キリトは首を横に振る。

 

キリト「…確かに、わざわざそんなことする必要は無いだろうな。けど、バナージはそれをよしとしないのさ」

 

ユウキ「良しとしない?何で?」

 

ユウキは首をかしげる。

 

キリト「あいつにとって、人を殺すのは愚か傷つけるのも最大のタブーなんだ。だからあいつは、とにかく人を殺さず、傷つけないための技術を磨き続けた。あの強制武装解除も、バナージが作り上げた究極の《不殺》の技術なんだよ」

 

アスナ「不殺の…技術……」

 

キリト「まあ、確かに人を傷つけないようにしたいなら、《武器破壊》で済ませていいかもしれない。実際その方が相手もすぐに諦めるだろうしな。けど、バナージはあえて《強制武装解除》を使ったんだ。武器も人も傷つけず、かつ己と相手の実力差を見せつける。これが、デスゲームであるこの世界でバナージが極めた戦い方さ」

 

ユウキ「でもさ、それって勝ちと言えるのかな?だってそれだと、相手は何回もやって来るよ?自分が傷つかない限り…」

 

キリト「…まあな。けど大丈夫さ。ほら、見てみろよ」

 

キリトはクラディールの方を指差す。

クラディールは悔しそうに体を震わせて、地面に膝をついていた。

 

バナージ「どうします?武器を拾ってもう一度やり直しますか?」

 

バナージはクラディールの方を振り向いてそう言ったが、クラディールはバナージの方を睨むだけで何も言い返さず、剣も拾う様子がない。

そして、小さな声で

 

クラディール「アイ……リザイン……」

 

と口にした。

その瞬間、デュエルのウィナー表示が出て、《winner:banagher》という文字が現れる。

 

ユウキ「え?何でクラディールは降参しちゃったの?」

 

キリト「あいつも、腐っても一流のプレイヤーだからさ。もしこれが下層のプレイヤー同士の戦いなら、武装解除もマグレで済ませられるだろう。けど、さっき言った通り、武装解除は非常に稀な現象だ。ましてや今のは攻略組同士というハイレベルな戦い。武器破壊もそうだが、そんなマグレが起きるはずがないんだ。でも実際に起きた。そのことであいつは直感的に悟ったのさ。あいつとバナージの実力差、格の違いってやつを」

 

アスナ「攻略組という、レベルの高いプレイヤーだからこそ、今の現象をマグレとすることが出来ない…頭では否定しても、直感がこう言ってる…《今のは狙って引き起こされたことだ》と…」

 

アスナが納得したように頷き、呟く。

 

キリト「相手を一切傷つけず、かつ己と相手の実力差を思い知らせて戦意を失わせる。こういう勝ち方もあるってことさ」

 

するとクラディールはバッと立ち上がり、

 

クラディール「ふざけるなぁ!貴様、一体何をした?!《強制武装解除》など、こんなことがここで起きるはずが無いだろう?!言え!貴様が何の小細工をしたのを?!」

 

クラディールはバナージに大声で叫びながらバナージに詰め寄る。

そんなクラディールを、キリトが後ろから肩を掴んで制する。

 

キリト「おい、よせよ。あんただって本当は分かってるんだろ?バナージとあんたの実力差ってやつを」

 

ユウキ「そうだよ!!それに、貴方はさっき自分で降参したじゃん!それって自分で負けを認めたってことでしょ?!なのにこの期に及んでいちゃもんつけるなんてどうかしてるよ!!」

 

クラディール「き、貴様ラァ……!」

 

クラディールはキリトとユウキに鋭い殺気を放ちながら睨みつける。

すると、アスナがキリト達の前に出て、静かに低い声で

 

アスナ「…クラディール、副団長として命じます。本日を以って、護衛役を解任。指示があるまで、本部にて待機。以上」

 

クラディール「な、なんだと……!この…!」

 

クラディールは一瞬信じられないという顔をし、再びバナージ達を睨みつける。

 

そして、クラディールは顔を伏せて転移門の方へ歩いて行き、「転移、グランザム」と口にして飛んで行った。

 

しばらくそのまま固まっていた四人だが、不意にアスナが切り出した。

 

アスナ「ごめんね?変なことに巻き込んじゃって」

 

バナージ「いや、気にしないでくれ」

 

キリト「それより、そっちこそ大丈夫なのか?」

 

アスナは少し悲しそうに笑い、

 

アスナ「…今のギルドの息苦しさは、メンバーに攻略のことばかり考えさせて、規律を押し付けた私にも原因があると思うし…」

 

するとユウキが

 

ユウキ「そ、そんなことないよ!アスナだって頑張ってるじゃん!」

 

するとキリトもそれに続き、

 

キリト「そうだぜ?アスナみたいな人がいたから、ゲーム攻略もここまで進んでるんだし」

 

アスナは驚いた顔でキリトの方を見る。

 

キリト「ソロでダラダラやってる俺たちに言えたことじゃないけど…でも、アスナもたまには、俺たちみたいないい加減なのと組んでも、誰にも文句言われる筋合いはないと思う」

 

バナージ「…“ダラダラやってる”ことと“いい加減なの”とでキリトと一括りにされるのは癪だけど、俺もそう思うよ、アスナ」

 

アスナはしばらくぽかんとしていたが、すぐにふっ、と笑い、

 

アスナ「…まあ、ありがとうと言っておくわ。それじゃ、お言葉に甘えて、今日は前衛よろしく!」

 

と歩き出した。

 

キリト「ち、ちょっと待てよ!前衛は普通交代だろ?!」

 

するとアスナはバナージの方を向き

 

アスナ「バナージ君も前衛お願いしようかな?」

 

バナージ「…え?なんで?」

アスナ「楽させてくれるんでしょう?そう言ったのは貴方達じゃない」

 

バナージ「ちょっと待った?!なんで俺?!ユウキは?!」

 

ユウキ「まあ、ここは男メンバーで頑張ってよ〜!」

 

ユウキは少し申し訳なさそうに、無邪気な笑顔でそうお願いしてくる。

するとキリトが後ろから肩を組んできて

 

キリト「バナージ、ここは男同士、仲良くやろうぜ?」

 

俺はもう万事休すだった。

ただせめてもの抵抗としたら空に向かって叫んだ

 

バナージ「何故だ?!」

 

キリト「…坊やだからさ」

 

と言って、キリトは俺を迷宮区まで引きずって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました!
さて、《強制武装解除》の部分ですが、これはアニメでアスナがクラディールの短剣をパアン!と弾き飛ばすシーンから発想を得ました。あと、キリトの《武器破壊》と区別をつけたかったのが理由です。
アニメではアスナがあっさりやっちゃってましたが、ここで筆者がオリ設定を追加させていただきました。少しわかりにくい部分やおかしな点があればあれば感想欄などでご指摘していただければと思います!
では、長くなりましたが、また次回!!


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第十七話 青眼の悪魔

遅くなりました!ジャズです!
やっとここまできた…そんな思いでいっぱいです!
精一杯書かせていただきました!では、本文スタート!


2024年10月18日 第七十四層・迷宮区

三人称視点

 

先程のアスナの護衛・クラディールとのトラブルを経て、バナージ達は迷宮区の攻略に乗り出していた。

バナージ達のパーティは前衛がバナージ・キリトの二人、後衛がアスナ・ユウキの組み合わせで進めていた。

しかし……

 

アスナ・ユウキ「「………」」

 

彼女達は非常に困惑していた。なぜなら…

 

キリト「とりゃああああっ!!!」

 

バナージ「せやあああああああっ!!」

 

ここまで、前衛の男二人だけでモンスターを倒していたからだ。息つく暇もなくバナージとキリトがスイッチを繰り返し、着実にモンスターのHPを削っていく。息ぴったりの彼らの連携に、彼女達は入ることが出来なかったのだ。

 

ユウキ「ねぇ、アスナ。これボク達のいる意味あるのかな…?」

 

アスナ「……正直、彼らに前衛を任せたの失敗だったわ……」

 

彼らの戦いは、もはや無双と言っても良かった。モンスターは彼らの圧巻の連携になすすべなくHPを削られる。

しかしそのお陰で、アスナとユウキはここまで剣を抜いてすらいなかった。「楽をさせてもらう」と言ったのはいいが、ここまで出番がないといたたまれない気持ちになる。

だが、彼女達が戦いに参加できない理由はもう一つあった。

 

モンスターのHPがなくなり、その姿が消えるとーーー

 

キリト「ーーよっしゃあ!LAいただき!!」

 

バナージ「なっ、おいキリト卑怯だぞ?!俺は技後硬直で動けなかったのに!!」

 

キリト「お前が技後硬直の長いスキルなんか使うからだろうが!とりあえず、これで討伐数は5ー5で並んだな」

 

バナージ「く…くそ、次は俺が勝つからな!!」

 

キリト「上等だ!次も俺が勝つ!!」

 

ーーーそう、モンスターの討伐数で競争しているのだ。今日の晩御飯の奢りを賭けて。

そんなことをしているものだから、余計に彼女達は戦いに参加しにくくなっているのだ。

 

そんな彼らを見て、ユウキは気まずそうに

 

ユウキ「…ねぇアスナ、ボク帰っていいかな?」

 

アスナも気まずそうに

 

アスナ「…安全でいいけど、ここまで出番がないとね…」

 

そして、彼らが再び歩き出してから数分後、新たにモンスターがポップする。

すると、不意にキリトがバナージに向かって

 

キリト「なぁバナージ、久しぶりに()()やらないか?」

 

と話しかける。バナージはその意図を理解したのか、ニヤリと笑って

 

バナージ「いいね、やろうか」

 

と頷いた。

少女達は何を言っているのかわからず、目を合わせて首をかしげる。

そうしているうちに、前方のモンスター、《リザードマンロード》が『キシャアアッ!!』と吠えてこちらに攻撃態勢をとる。

バナージとキリトも、背中から剣を引き抜き構えるが、それを見てアスナとユウキは目を見開く。これはさっきまでの構えではない。

 

()()()()()()()。剣の位置、腕の角度、足の開き、体の体制、それら全てが二人揃ってミリ単位で一致している。

それを見たリザードマンロードも、『ギャアアッ?!』と目を見開き急停止する。

 

そして、キリトとバナージは同時に飛び出した。二人の剣が、緑色の光を放つ。片手剣ソードスキル《ソニックリープ》。だが、剣を振るタイミング、角度、スピード、そして振り下ろされるタイミングもまた一致している。

 

それが終わると、今度は二人の剣が青い光を放つ。そして、同時に四連撃の攻撃をモンスターに与える。片手剣四連撃ソードスキル《ホリゾンタルスクエア》だ。

しかしこれもまた完璧に揃っていた。そう、まるで《分身》のように。

対してモンスターは、身動き一つ取らずに、なすすべもなく攻撃を受け続けている。

 

アスナ「何これ…?」

 

ユウキ「何が…起きてるの…?」

 

アスナとユウキは、訳もわからないまま目の前の光景を見てただ立ち尽くしている。ぴったり揃った彼らの戦闘スタイルを見て、彼女達はまるでサーカスか何かを見ている気分になった。

そして、モンスターのHPはあっという間にゼロになって消滅する。

 

キリト「…ふう、決まったな!バナージ」

 

バナージ「ああ、久々だから上手くできるか心配だったよ」

 

バナージとキリトは拳を打ち付け合う。

そんな二人に、アスナとユウキはものすごい勢いで詰め寄る。

 

アスナ「二人とも、何なのよさっきのは?!」

 

ユウキ「そうだよ!息ぴったりだったじゃん!!モンスターもなんか反撃してこなかったし…」

 

そんな彼女達に、キリトは頬を指でさすりながら

 

キリト「…言わなきゃダメか?

 

アスナ・ユウキ「「ダメです!!」」

 

彼女達の勢いに、バナージは苦笑しながら答える。

 

バナージ「…システム外スキルだよ。《幻影(イリュージョン)》」

 

ユウキ「《幻影》…?」

 

聞きなれない単語に、ユウキは首をかしげる。

 

バナージ「βテストの時に知ったんだけど、この世界でのモンスターってプレイヤーを判別する時、顔じゃなくソードスキルとかの振り方で見分けるらしいんだ」

 

キリト「それを知った時思ったんだよ、“もし二人のソードスキルの振り方が揃っていたらどうなるんだろう”ってさ」

 

それを聞いてアスナとユウキは理解した。

ソードスキルの振り方が揃っている…それはつまり、モンスターからすればその場に同じ人間が二人いるという事。

しかし同じ人間が存在するなどあり得ない。そんな思考に陥った結果、モンスターはエラーを起こし、正常に動作することが出来なくなる。結果、プレイヤーはモンスターからの反撃を受けることなく安全に倒すことができるということだ。

 

だが、ソードスキルを他人とぴったり一致させるなど普通は出来ない。何故なら、上位プレイヤーになればなるほど、ソードスキルの振り方に癖がついてくるからだ。

一流のプレイヤーになると、自分にとって振りやすい剣の角度やスピードなどが当然出てくる。そうなれば、例えばキリトとユウキでは、同じ《ホリゾンタルスクエア》でも、側から見れば全く別のソードスキルに見えてくるのだ。しかし当然ではあるが、ユウキとキリトは同一人物ではない。ユウキの剣の振り方の癖をキリトは知らないし、その逆も然り。仮に理解することができたとしても、それを合わせるなど至難の業だ。

 

だが、キリトとバナージはそれを成し遂げた。それは、彼らがこの世界が始まった時…いや、もっと昔から共にいたからだ。彼らは互いを認め合い、理解し、尊重し、時にはぶつかりながらも支えあってここまできた。彼らは、他の誰よりも深い絆で繋がっている。そんな彼らだからこそ、ソードスキルの振り方の癖を簡単に理解できる、そして合わせられる。だから互いが互いの光になり、影になれる。

結果、同一人物になれる。バナージとキリトがいて初めて使える技、それがシステム外スキル《幻影》だ。

 

そこまで考えたユウキとアスナは

 

ユウキ「…全く、二人とも無茶苦茶すぎるよ…」

 

と、ため息をつきながらそう呟いた。

アスナも頭を抱えながら

 

アスナ「本当よ、ソードスキルを合わせるなんて誰が思いつくのよ…」

 

と呟いた。

 

キリト「いや、俺たちも苦労したんだぜ?ここまでにするの」

 

バナージ「確かに、二ヶ月くらいだっけ?これ完成させるのにかかった時間は」

 

それを聞いたアスナとユウキはまた目を見開く。

 

ユウキ「に、二ヶ月?!」

 

アスナ「たったそれだけの期間で完成させたの?!」

 

バナージ「ああ、そうだけど?」

 

あまりの規格外さに、何も言えなくなるアスナとユウキだった。

 

〜数時間後〜

 

しばらく進んでいると、目の前に巨大な黒い門が現れた。

四人は、目の前の大きな門に圧倒される。

 

ユウキ「ねえ、これって…」

 

ユウキがある確証を持って皆に問いかける。

バナージもそれに頷き

 

バナージ「ああ…間違いなくボス部屋、だろうね…」

 

キリト「まさかボス部屋まで来ちまうとは…」

 

アスナ「でも、ここまでマッピングしといてよかったね。これで攻略がだいぶ早まったと思うわ…」

 

キリトとアスナも続いて呟いた。

バナージが苦笑いで

 

バナージ「…どうする?開けてみる?」

 

バナージの問いにキリトは頷き

 

キリト「ああ、ボスは部屋からは出ないはずだし、覗くだけなら大丈夫だと思う」

 

アスナ「事前に攻略の作戦を立てるためにも、今回のボスがどんなやつなのか、知る必要があるしね…」

 

ユウキ「一応、転移結晶は持っておこうよ」

 

ユウキの言葉に、皆はそれぞれの手に転移結晶を握る。

そして、キリトとバナージが扉に触れる。

 

バナージ「それじゃ…開けるよ…?」

 

皆は黙って頷く。そして、

 

キリト・バナージ「「せーーのっ!!」」

 

一斉に腕に力を込めて、扉を開ける。その中はーーー真っ暗闇だった。

 

バナージ達は、恐る恐る中へ足を踏み入れる。

すると突然、周囲に青い炎が灯った。それらは円状に並び、フロアを照らす。

そして、光に照らされて暗闇から姿を現したのは、青い巨大だった。体躯は鍛え上げられた人のものだが、頭部には大きくねじ曲がった角が生えており、山羊のようだった。

腰から生える尻尾は蛇の頭部のそれである。

そしてその双眸は、荒々しい青い輝きを放っていた。

やがて、その巨人の頭部にカーソルと名前が表示される。

 

『The Gream Eyes』

 

意味は、“暗闇で輝く双眸”。

そして、青眼の悪魔は右手に逆手で持った大剣を引き抜き、

 

ボス『グオオオオアアアアアアッッッ!!!!

 

とけたたましい咆哮を上げた。その迫力に気圧された四人は

 

バナージ「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

キリト「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

アスナ「いやぁぁぁぁぁ!!!」

 

ユウキ「ひゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

と、悲鳴をあげて一斉に部屋から飛び出る。

AGIを全開にし、逃げた先は安全エリア。四人は背中を壁につけ、大きく息を切らしている。

やがて、ユウキが呼吸を整えながら

 

ユウキ「はぁぁぁ〜…こんなに走ったの久々だよぉ〜…」

 

バナージも頷き

 

バナージ「そうだね…現実でも、なかなか無いかもしれない…」

 

キリト「いや…それはねぇだろ…」

 

キリトがバナージの言葉につっこむ。

アスナが呼吸を整えながら

 

アスナ「あ…あれは、苦労しそうだね…」

 

キリトは頷き

 

キリト「ああ…見たところ、装備は巨剣しかなさそうだけど、間違いなく特殊攻撃あり、と見ていいだろうな」

ユウキ「前衛に固い人を集めて、スイッチを繰り返すしか無い感じだね」

 

バナージ「盾装備10人は欲しいな…」

 

そうバナージがつぶやくと、アスナが

 

アスナ「盾装備、ねぇ……」

 

と、バナージとキリトをジト目で睨む。

 

アスナ「キリト君とバナージ君って、何か隠してることあるでしょ?」

 

キリト「は?」

 

バナージ「え?」

 

それを聞いたバナージ達はギョッとした顔になる。

するとユウキも、

 

ユウキ「あ、それボクも思った。ボクが言うのもなんだけど、片手剣のメリットってさ、盾を装備することができることじゃ無い?ボクは片手剣のスピードが落ちるから装備してないけど、君たちってそうじゃ無いよね?」

 

キリトとバナージは気まずそうな顔になる。

ユウキはさらに続ける。

 

ユウキ「それに、結局まだあの光のことも説明されてないよ?そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかなぁ?」

 

バナージ「……」

 

そう、バナージ達はまだ《NTーD》のことを説明していなかったのだ。特に、《ラフィン・コフィン討伐戦》でのキリトの暴走の一件以来、周りから何度も詰め寄られたが、バナージ達はそれに対してうやむやな返事をしていた。

何故なら、《NTーD》を語る事、それはすなわちバナージの前世を語ることでもあるのだ。

だが、バナージはそれが出来なかった。何故なら、それをみんなに話せば混乱が生じると思ったのだ。

 

バナージ達が困った表情をしていると、

 

アスナ「…まぁ、いいわ。スキルの詮索はマナー違反だしね」

 

アスナの言葉を聞き、キリトとバナージはホッと胸をなでおろす。

そしてアスナは、メニュー欄からバケットを取り出す。

 

アスナ「はい、これはキリト君の分よ」

 

そう言って、アスナはバケットから美味しそうなサンドウィッチを取り出し、キリトに手渡す。

 

キリト「えっ?これ、アスナの手作りなのか?!」

 

アスナ「ええ、もちろん。ちゃんと手袋を外して食べるのよ」

 

すると、今度はユウキが

 

ユウキ「あっ、あのね…ボクも作ってきたんだ!バナージの分!」

 

メニュー欄から弁当箱をオブジェクト化する。

中から出てきたのは…

 

バナージ「これって…おにぎり?」

 

手のひらサイズの三角形の形をしたものに、米がぎっしり詰まったおにぎりだった。

 

ユウキ「うん!料理スキルのレベルはアスナには及ばないけど、ボクも頑張ったんだぁ!!」

 

バナージ「ありがとう、ユウキ。それじゃあいただくよ」

 

キリト「じゃあ俺もいただくよ、アスナ」

 

そう言って、キリトとバナージは手に持った食材を頬張る。

そして、二人揃って目を見開き

 

キリト「う…美味い!!」

 

バナージ「すごい!なんだか懐かしい味がするよ!!」

 

バナージ達の反応に、アスナとユウキは満足そうに笑う。

 

キリト「けど、この味どうやって…?」

 

アスナ「料理スキルの熟練度が700を超えた辺りから、ユウキと一緒に現実世界の調味料の味の再現に挑戦を始めたの」

 

ユウキ「いろんな素材を試したんだよ!例えば…」

 

ユウキはバケットから一つの小瓶を取り出す。

 

ユウキ「二人とも、ちょっと手を出してくれる?」

 

言われるがまま、キリトとバナージは自分の手を差し出す。ユウキはそこに、小瓶から液体を数滴垂らす。

キリトとバナージは少しそれを舐めてみると…

 

キリト「…これは、マヨネーズだ!!」

 

アスナ「そ、グログアの種とシュブルの葉とカリム水で作ったの。で、こっちがアビルパ豆とサグの葉とウーラフィッシュの骨で作ったやつ」

 

今度はアスナがバケットから緑色の液体が入った小瓶を取り出し、先ほどと同じように彼らの手に数滴垂らす。

 

バナージ「この味は…醤油だ!!」

 

ユウキ「そうだよー!このおにぎりの味付けもそれでやったんだぁ!」

 

それを聞いてバナージは納得したように頷き

 

バナージ「なるほど…どうりで懐かしい味がするわけだ」

 

キリト「二人ともすごいじゃないか!!これ売り出したら確実に儲かるぞ!!」

 

キリトが興奮気味に言う。

アスナは照れたように笑い、

 

アスナ「そ、そうかなぁ…えへへ//」

 

するとバナージが

 

バナージ「何言ってるんだよキリト。そんなことしたら俺たちの分が無くなっちゃうじゃないか」

 

と真剣な顔で言う。

そんなバナージにユウキがため息をつき、

 

ユウキ「もう、バナージったら食いしん坊だなぁ〜…バナージ達の分はちゃんと作ってあげるよ」

 

キリト「本当かアスナ、ユウキ?!」

 

アスナ「ええ、もちろんよ!」

 

バナージ「ありがとう、二人とも。是非お願いするよ」

 

四人がそんな会話をしている時だった。

安全地帯に新たなプレイヤーの集団が現れたのだ。

彼らは戦国時代の侍風の装備で身を固めており、リーダーの男は悪趣味なバンダナを額に巻いている。

それは、キリトとバナージがよく知る人物だった。

 

クライン「よお!!キリの字にユウキちゃんにハナージじゃねぇか!!」

 

ユウキ「あっ、クラインさん!!」

 

キリト「よぉ、まだ生きてたのかクライン」

 

クライン「相変わらず愛想のねぇ野郎だなオイ」

 

バナージ「……ちょっとすみません、今俺の名前なんて言いました?」

 

クライン「ん?ああ、《ハナージ》って言ったんだが…」

 

バナージ「なんなんですか《ハナージ》って?!やめてくださいよ鼻血みたいじゃないですか!!」

 

クラインは残念そうに肩を落とし

 

クライン「そ、そうか…?こないだの《バナー字》よりはいいと思ったんだけどな…」

 

バナージ「余計に酷くなってますよ!!」

 

ユウキ「《ハナージ》…(今度ドサクサに紛れて言ってみよう)」

 

バナージ「おいユウキ!!聞こえてるぞ!!」

 

ユウキ「ふぇっ?!ボク今口に出てた?!」

 

バナージ「自覚ねぇのかよはっきり聞こえてましたけど?!」

 

キリト「…まぁでも、《ハナージ》ってあだ名はある意味合ってるかもな。バナージは昔からエロ本見てよく鼻血出してよな〜」

 

バナージ「やってねぇよ!!てかそれお前!!自分の罪を人になすりつけるな!!」

 

アスナ「バナージくんってそんな趣味があったの…?正直私、かなり引くんだけど」

 

バナージ「だ・か・ら!!違うって言ってんのぉ!!」

 

クライン「お、おいおい少し落ち着けバナナ味」

 

バナージ「誰のせいでこうなったと思ってるんですか?!てかまた変なあだ名付けましたね?!今度はバナナ味?!クラインさんネーミングセンスなさすぎでしょ?!それならもう普通に呼んでくださいよ!!」

 

バナージが一頻りツッコミ終わると、クラインがアスナに気づく。

キョトンとしているクラインにキリトがアスナを紹介する。

 

キリト「あ、ええっと…ボス戦で顔合わせてると思うけど紹介するよ。こっちは《風林火山》のリーダー、クライン。んでこっちが《血盟騎士団》の副団長、アスナだ」

 

アスナはぺこりとお辞儀をするが、クラインは固まって動かない。

 

ユウキ「お〜い、クラインさぁ〜ん?どうしたの?」

 

フリーズするクラインにユウキが何度か呼びかける。

すると、クラインは突如アスナに向かって90度体を曲げて

 

クライン「く…く、クラインです!24歳独身!彼女募集中です!」

 

と、クラインは早口でアスナに言った。

キリトはクラインを小突いて

 

キリト「挙動おかしいぞ……ラクス」

 

クライン「ラクス?!クラインだよ俺?!」

 

バナージ「ラクスってなんだ?!どこからそんなワード出てきた?!」

 

キリト「んー……適当?」

 

バナージ「適当かよ?!わけわからんボケするなよ!!どこから突っ込めばいいのかわからないだろ?!」

 

彼らがそんなやり取りをしている時だった。

再び、安全地帯に新たなプレイヤーの集団が現れたのだ。

今度は皆似たような格好で、全身を鎧で包んでいる。

 

ユウキ「あの人たち…《軍》だ!」

 

《軍》と言うのは、《アインクラッド解放軍》の略称だ。

もっとも、この名は外部のプレイヤーが勝手に付けた名前で、正式名称ではない。

それに、《アインクラッド解放軍》などと言われながら、実際に攻略に乗り出したのはつい最近の話である。だが、

 

アスナ「二十五層攻略の時に大きな被害を出して、今は組織強化に力を入れている方針になったのよね」

 

クライン「そんな奴らが、なんだってこんなトコに?」

 

やがて、先頭のリーダーらしき男が「休め!」と号令をかけると、後ろの集団は一斉に地面に腰を落とし、肩を上下させている。

 

キリト「…へばってんじゃん、あいつら」

 

バナージ「…一体何してたんだろ?」

 

そして、リーダー格の男がこちらに歩み寄り、先頭の方に立っていたキリトとバナージを上からジロリと見下ろし

 

???「私は、《アインクラッド解放軍》のコーバッツ中佐である!」

 

と、高らかに名乗る。

 

バナージ「(んん?《アインクラッド解放軍》って外のプレイヤーが勝手に言ってた名前じゃなかったっけ?てか《中佐》って……本当に軍を気取ってるつもりなのか…?)」

 

バナージが内心辟易している中、隣のキリトは「キリト、ソロだ」と短く名乗る。

コーバッツは少し頷き、横柄な口調でこう尋ねた。

 

コーバッツ「君たちは、もうこの先も攻略しているのか?」

 

バナージは頷き、

 

バナージ「はい、ボス部屋の手前まではマッピングしています」

 

コーバッツ「うむ、そうか。ではそのマップデータを提供して貰いたい」

 

「当然」と言わんばかりの口調でこう言った。

ちなみに、マップデータをというのは時にかなりの高値で取引されることがある。例えば、フィリアと言った《トレジャーハンター》のような宝箱を開けることが目的のプレイヤーにとって、マップデータは無くてはならない代物なのだ。だが、迷宮区のマッピングはかなりの苦労を伴うものである。迷宮区というだけあって入り組んだ道に、最前線ならそこに強力なモンスターがいる。最前線のマップデータをと言うのは、まさに血と汗の結晶と言ってもいいものなのだ。

 

クライン「なっ…て、提供しろだと?!テメェ、マッピングの苦労を知らねぇのか?!」

 

ユウキ「そうだよ!ボク達がどれだけ大変な思いしてやったと思ってるの?!」

 

クラインとユウキの抗議に、コーバッツはピクリと眉を動かし、顎を少し上げて

 

コーバッツ「我々は!君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている!!諸君らが我々に協力するのは当然の義務である!!」

 

と大声を張り上げた。

そんなコーバッツの態度に、クラインとユウキは激発寸前だ。

すると、

 

バナージ「……人にものを頼むときは、もう少し礼儀というものがあるんじゃないんですか?」

 

と、バナージが低い声でそう言った。

コーバッツは「何?」とバナージを睨みつける。

だが、バナージは気にせず続ける。

 

バナージ「俺たちだって、アインクラッドから出るために戦っています。なら、俺たちと貴方達は対等な関係のはずです。そんな上からものを言われるような立場ではありませんよ」

 

するとコーバッツは、

 

コーバッツ「貴様!減らず口を叩かずに黙って我々にデータを渡さんか!!」

 

とバナージの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。

バナージはそれに臆せず、それどころかキッとコーバッツを睨み、

 

バナージ「そっちこそ、もう少し頼み方があるだろうと言ってるんですよ!《アインクラッド解放軍》だとか、一般プレイヤーとか、そんな立場は関係ない!一緒にここから出るために戦う人間として、そんな傲岸不遜な態度をどうにかしろと言ってるんだ!!」

 

普段のバナージなら、黙ってマップデータを渡していただろう。だが、かつて本当の軍に身を置いていたことのあるバナージにとって、コーバッツの態度はあまりにも納得がいかないものだったのだ。

バナージが触れ合った軍人は皆、対等な立場で自分に接してきた。連邦にしろ、ジオンにしろ、上からものを言うような人間はいなかった。

 

すると、バナージとコーバッツの間にキリトが割り込み、

 

キリト「もうよせ、バナージ。どうせ街に戻ったら公開するつもりだったデータだ。俺は構わないよ」

 

バナージ「キリト!」

 

納得していないバナージはキリトに詰め寄るが、キリトはそれを制し

 

キリト「落ち着け。俺だって納得はしていないさ。けど、今ここで軍と争っても何の意味もないことくらいお前だって分かるだろ?冷静になれ」

 

バナージ「……っ、ごめん…」

 

バナージはそう言って目を伏せる。

それを見たキリトは、メニュー欄を操作しマップデータを送信する。

 

クライン「おいおい、そりゃ人がよすぎるぜキリトよぉ」

 

キリト「マップデータで商売する気は無いさ」

 

マップデータの受信を確認したコーバッツはキリトの方を向き

 

コーバッツ「…協力感謝する」

 

と礼を述べる。とてもそんな気持ちは入っていなさそうだが。

そして、背をむけ歩き出すコーバッツにキリトが

 

キリト「行く前に一つ言っとくが、ボスにちょっかいかける気ならやめたほうがいいぜ」

 

キリトの声に、コーバッツはわずかにキリトの方に視線を向ける。

 

コーバッツ「……それは私が判断する」

 

キリト「さっきちょっとボスを見てきたけど、あれは生半可な人数でどうにかなる相手じゃ無い。あんたの仲間もかなり消耗してるみたいじゃないか」

 

コーバッツ「私の『部下』はこの程度で音をあげるほど軟弱者では無い!!」

 

『部下』と言う部分を強調し、コーバッツは苛立ったように叫んだ。

そして、未だに座り込んでいる集団に対して

 

コーバッツ「貴様らさっさと立て!!」

 

その声に『部下』達はのろのろと立ち上がり、重々しい装備をガシャガシャと鳴らしながら進軍していく。

彼らが安全地帯から姿を消すと、

 

クライン「……大丈夫かよ、あいつら…」

 

クラインが心配そうに呟く。

そしてアスナも、

 

アスナ「流石にぶっつけ本番でボスに挑むことはないと思うけど……」

 

アスナはそう言うが、先ほどのコーバッツの態度からは、最悪の事態の予想しか浮かばなかった。

 

バナージ「…一応、様子だけでも見に行かないか?」

 

キリト「そうだな。これであいつらが全滅したとなれば寝覚め悪いしな」

 

クラインは「どっちがお人好しだよ」と苦笑しながら一緒に歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

しばらくモンスターを倒しながら歩いていると、ボス部屋の手前まできた。しかし、先ほどの《軍》の連中とは遭遇しなかった。

 

クライン「あいつら、アイテムだけ取ってもう帰ったんじゃね?」

 

クラインがそう尋ねるが、バナージ達は難しい顔をしている。その時だった。

 

???「うわあああああああっ!!!!!」

 

と奥の部屋から悲鳴がこだまする。しかも、それは一人だけでなく断続的に響く。

キリトとバナージは顔を見合わせて頷き、一斉に走り出す。

 

クライン「お、おいキリト!バナージ!」

 

クラインが後を追おうとするが、運悪くクライン達の目の前にモンスターがポップする。

 

ユウキ「くっ、こんな時に!」

 

アスナ「急いで倒しましょう!!」

 

キリトとバナージは振り返らずに走り続け、ボス部屋に到達する。

 

キリト「おいっ!!大丈夫か……?!」

 

キリトとバナージが目にしたのは、青眼の悪魔が右手の巨剣を振り回し、統制が取れずに散り散りになった軍のメンバーを追い回している姿だった。

まさに、地獄絵図とはこのことだ。

 

バナージ「…キリト、まずいぞ!二人足りない…!」

 

バナージが声を震わせてそう述べる。

そして、グリームアイズが巨剣を横薙ぎで振り回し、、それで軍のメンバー二人が弾き飛ばされる。

その反動で、吹き飛ばされた軍のメンバーのHPはレッドゾーンに到達する。

 

キリト「何をしている?!早く転移結晶を使え!!」

 

???「ダメだ!クリスタルが使えない?!」

 

バナージ「何…?!」

 

クリスタルが使えない、それはつまり、この部屋は《結晶無効化エリア》と言うことだ。そんなエリアで二人足りないと言うことはつまり……

 

コーバッツ「…何を言うか、我々解放軍に“撤退”の二文字は無い!戦え、戦うのだ!!」

 

バナージ「バカっ!!」

 

バナージが歯ぎしりしながら飛び込もうとするも、軍と俺たちの間にはボスが陣取っており、これでは彼らを救援しようにも出来なかった。

 

そして、クライン、アスナ、ユウキ達が遅れてやってくる。

 

クライン「おい!状況は?!」

 

バナージたちは手短に今の状況を説明すると、クライン達は目を見開く。

 

アスナ「そんな…!」

 

ユウキ「なんとかならないの?!」

 

勿論、バナージ達がボス達の間に割り込めば、軍のメンバーの退路は開けるかもしれない。だが、緊急脱出が不可能なこのエリアで、俺たちにも最悪の事態が起こらないとは限らない。ましてや俺たちの人数では、このボスを相手にするにはあまりにも少なすぎる。持って数分、その間にこちらの倍は人数のある軍のメンバー全員を脱出させるのはかなり難しいだろう。

 

どうにかならないのか…?彼らがそう思案する間に、ようやく体制の整った軍のリーダー、コーバッツが剣を高く掲げ、

 

コーバッツ「総員…突撃ィ!!!!!」

 

バナージ「無茶だ!!よせ、やめろオォォ!!!!」

 

バナージはそう叫ぶがもう遅かった。

彼らは一斉にボスに飛びかかる。だが、たった8人が畳み掛けたところで、統制が取れなくなってまた混乱するだけだ。

ボスは仁王立ちになると、口からまばゆい光のブレス攻撃を放った。そして、グリームアイズはすかさず巨剣を突き立て、一人を弾き飛ばす。

飛ばされたプレイヤーは、バナージ達の足元に激突する。

コーバッツだった。彼の兜が破壊され、露わになったその顔には絶望と悔しさの色が滲み出ていた。

そして、彼のHPはすでになくなっていた。

 

コーバッツ「……有り得ない…!」

 

そう言い残し、彼は消滅した。

 

キリト「嘘だろ……」

 

バナージ「そんな……!」

 

目の前のコーバッツの死に、バナージ達は絶望の表情になる。

しばし無言だった彼らを、また新たな叫び声が現実に戻した。

見ると、リーダーの死で余計に統制の取れなくなった軍の残りのメンバーが散り散りになって逃げ回っていた。そんな彼らに、ボスは容赦なく攻撃し、軍のメンバーのHPを削り取っていく。

 

アスナ「ダメ……ダメよ……」

 

ユウキ「こんなの…!」

 

アスナとユウキが絞り出すようにそう呟く。そんな彼女達の声に、キリトとバナージはハッとした表情になり、彼女達の腕をつかもうとするが、

 

アスナ「だめぇぇぇーーーっ!!」

 

ユウキ「もうためだぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 

アスナとユウキは腰から剣を引き抜き、同時に飛び出した。

 

キリト「アスナ!」

 

バナージ「ユウキ!」

 

キリトとバナージも背中から剣を抜き、彼女達を追う。

 

クライン「〜っ、くそっ!どうとでもなりやがれ!!」

 

半ばヤケになったクラインも、腰から刀を引き抜きボス部屋に飛び込む。

 

ユウキとアスナの決死の攻撃により、軍のメンバーに向けられたボスの攻撃は中断されるが、ボスはアスナ達の方を振り向き、右手の巨剣を高く掲げる。

アスナ達は先ほどのソードスキルの硬直のため動けない。

そこへ、白い剣と黒い剣が割り込んだ。

 

バナージ「二人とも、下がってくれ!」

 

キリト「俺たちがこいつを食い止める!その間にみんなは負傷者達を頼む!」

 

アスナとユウキは頷き、その場から下がった。

バナージ達はボスの剣を押し返した後、再びソードスキルを放つ。

 

バナージ「うおおおお!!」

 

バナージは片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を繰り出し、四連撃を命中させるが、それはボスのHPをほんの僅かに削るのみである。

硬直で動けないバナージにボスの剣が迫るが、今度は別方向からキリトの剣がボスの体を抉る。するとボスは、今度はキリトの方を向き、巨剣を振り下ろす。キリトは硬直がそれほど長くなかったため、間一髪でそれをいなすが、それでも僅かに彼のHPが減少する。キリトはそれに苦い顔をする。

すると、

 

ユウキ「バナージ、キリト!!」

 

ユウキが俺たちの方を向く。よく見ると、彼らのそばには軍のメンバーが座り込んでいる。彼らの安全はなんとか確保できたようだ。

だが、今度はバナージとキリトがボスに阻まれて脱出が出来ない状態になっている。このままでは、バナージとキリトの身の安全の保証はない。

そこまで考えたキリトとバナージは顔を見合わせて頷く。

 

バナージ「ーーーキリト!」

 

キリト「おう!アスナ、ユウキ、クライン!頼む、10秒だけ持ちこたえてくれ!」

 

クライン「わ、わかった!」

 

クライン達はキリトにそう言われ、剣を持ってボスに飛びかかる。

バナージとキリトは同時にメニュー欄を操作し、あるスキルを選択し、そして武器スロットに新たに剣を選択する。

それが完了すると、

 

バナージ「よし、いいぞ!」

 

キリト「スイッチ!!」

 

アスナとユウキがボスの巨剣を弾いたところに、キリトとバナージがすかさず飛び込む。

 

バナージ・キリト「「うおおおおお!!」」

 

バナージとキリトは、ボスの剣を右手でいなすと、そのまま左手を背中に回す。

するとそこに、それぞれ黄色と赤いライトエフェクトが発生し、剣の形になり、そして完全にオブジェクト化されてキリトとバナージの背中に装備される。

キリトには右手の剣と同じく刀身が漆黒で鍔が金色で荒々しい形状の剣、バナージには純白の十字剣が現れる。

そして、彼らはそれを同時に引き抜き、

 

バナージ・キリト「「せあああああああっ!!」」

 

ボス『グエエエエエッ?!』

 

ボスの顎にクリティカルヒットを命中させる。

アスナ、ユウキ、クラインの3人はその光景に目を見開く。

バナージとキリトは、左右両手に剣を持っているのだ。

 

そう、これこそ、彼らの隠し球の一つであるエクストラスキル《二刀流》である。

バナージが持っているのは、鍛治師リズベットが鍛えた最高の剣《ダークリパルサー》、キリトが持っているのは、バナージの世界で生まれた黒き獅子のMSの力を宿した片手剣、《バンシィ》である。

 

ボスは体勢を元に戻すと、すかさず巨剣を振り下ろす。

バナージとキリトは、二本の剣をクロスさせてそれを防ぐ。二刀流防御スキル《クロスブロック》だ。

そして、二人はその攻撃も押し返すと、

 

バナージ「《スターバースト……」

 

キリト「……ストリーム》!!」

 

彼らがそう呟くと、バナージの剣が緑に、キリトの剣が青く光る。二刀流上位十六連撃ソードスキル《スターバースト・ストリーム》。

二つの剣戟が、縦に、横に、水平に、斜めに、そして×印を描くように繰り広げられる。

ボスは緑と青、二つの猛攻撃を受けながらも反撃する。

キリトもバナージも、ソードスキルの最中であるため回避できない。HPを徐々に削られる中、

 

バナージ「(まだだ…もっと……)」

 

キリト「(もっと速く!!)」

 

最大限の集中を以って、怯むことなくボスにどんどん攻撃する。

そして、最後の一撃。

 

バナージ「うおおおおおおおおお!!!!」

 

キリト「はあああああああああ!!!!」

 

緑と青の一線が、ボスを貫く。

 

キリト「終わった……のか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボス『グオオオオアアアアアア!!!!!!!

 

バナージ「なっ?!」

 

ボスは巨剣を横薙ぎし、キリトとバナージ纏めて吹き飛ばした。壁に激突し、二人のHPはイエローゾーンに達する。

一体何故?二刀流上位スキル、それも二人分あったのに…

二人がボスのHPバーを見ると、驚愕の表情を浮かべる。

……ボスのHPバーは、()()()()残っていた。

 

キリト「そんな…?!」

 

二刀流でもダメだったのか…?そんな事実に、キリトとバナージは絶望感に包まれる。

そして、ボスはやられたことに怒るように、今までで一番大きな咆哮を上げて、剣を高く振り上げる。

ここまでか…キリトとバナージはそう覚悟を決めた時だった。

 

 

アスナ「そうはさせないわ!!」

 

ユウキ「やらせるもんかぁぁ!!!!!」

 

アスナとユウキがボスの背後から攻撃したのだ。それに続き、クライン達風林火山のメンバー、そして…

 

バナージ「軍のみんなまで?!」

 

先程安全な場所まで避難させた《アインクラッド解放軍》のメンバーまでもが己を奮い立たせて果敢にボスに飛びかかる。

そして、全員が一斉にソードスキルで攻撃し、ボスのHPを徐々に削っていく。

だが、ボスは突如天に向かって叫び、そして右手の巨剣を構える。すると、その剣が黄緑色の光を浴びる。

 

バナージ「不味い!あれは範囲攻撃だ!!」

 

キリト「みんな下がれ!!」

 

しかし、彼らの警告もむなしく、ボスは両手剣範囲攻撃《サイクロン》を繰り出した。

 

アスナ「きゃあっ?!」

 

ユウキ「うわあっ?!」

 

クライン「ぐおおっ?!」

 

ボスを囲んでいたプレイヤーは成すすべもなく吹き飛ばされ、皆壁に激突し、HPバーが一気に減少する。

今この場にいるメンバーに、壁役の者はいない。先程のボスの攻撃を防ぐ手段もない。つまり、もし次同じ攻撃を受けたらみんな確実に死ぬ。いや、そうでなくとも、誰かがボスの攻撃を受けたらその人は絶対に死ぬ。

 

キリト「(っ、もう…あれを使うしかないのか…?!)」

 

キリトの頭に浮かんだのは、最後にして究極の切り札、異世界より伝わり、自分に受け継がれた最強にして無敵の力……《NTーD》だ。

だが、同時にキリトには苦い記憶があった。そう、《暴走》である。仮にもし、かつてのようにまた自分が暴走してしまったら…ましてここはボス部屋、そのような事態は決して許される事ではない。けれどもこのボスは《二刀流》を以ってしても倒しきることができなかった。ならば、《NTーD》を使う以外にもはや手段は残されていない。

どうすれば……キリトがそう悩んでいた時だった。

 

バナージ「キリト」

 

バナージがキリトの肩をポンと叩く。キリトがバナージの方を向くと、バナージは力強く頷く。そして、

 

バナージ「大丈夫。今は俺が一緒にいる。俺を信じろ、そして、自分を信じるんだ」

 

キリト「……ああ!」

 

そうだ、今は頼れる相棒がいる。バナージがいれば、仮に俺が暴走してもきっと止めてくれる。それに、バナージと一緒に戦えば、決して負けることはない。例えそれが、ボスであってもだ。

 

意を決したキリトとバナージは目を閉じて意識を集中する。

すると、バナージの目の前に赤い文字で、キリトの目の前に黄色い文字で徐々に《NTーD》の文字が現れ始め、二人の体がそれぞれ赤と黄色い光に包まれ始める。

 

バナージ「(聞こえるか……ユニコーン…)」

 

キリト「(なあ……バンシィ…)」

 

二人は、それぞれ自分に力を与えたMSに、頭の中で語りかける。

 

バナージ「(頼む……ここにいるみんなを助けるために…)」

 

キリト「(このボスを倒すために……)」

 

バナージ・キリト「「(力を貸してくれ!!)」

 

そして、同時にくわっ!と目を見開き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「ユニコオォォォォォン!!!

 

キリト「バンシイィィィィィッ!!!

 

二人がそう叫ぶと同時に、《NTーD》の文字がくっきり現れ、二人の体が完全に赤と黄色い光に包まれる。

そして、

 

バナージ・キリト「「うおおおおおおおおお!!!!」」

 

二人は叫びながら、先程とは桁違いのスピードでボスに突っ込む。そして、二方向から同時にボスの横腹を切り裂き、そのまま通り抜ける。あまりに一瞬の出来事に、ボスは目を見開く。

そして、振り返ってキリトとバナージを見つけると、右手の剣を振り下ろす。が、

 

キリト「ーーーーそれはもう何回も見たぜ!!」

 

キリトはそれをあっさりと躱し、片手剣重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を放つ。ジェットエンジンの音のような加速音と共に、キリトは黄色い光の尾を残してボスの体を貫く。

一瞬でボスの背後に回り込むと、不意にキリトの頭に、声が響く。

 

“ーーーーキリト、スイッチ!!”

 

バナージの声だ。キリトはすぐさまその場から飛びのくと、今度はバナージがボスに攻撃を仕掛ける。

 

“ーーバナージ?!”

 

“なんだ?声が…キリト?”

 

“なんだこれ、声に出さなくても話せる?”

 

“ーーーこれも《NTーD》による影響なのか?”

 

“まあ、なんだかよくわからないけど、行くぞ、相棒!!”

 

“ああ!!”

 

そして、二人は同時に飛び出す。

するとボスは、剣を水平に構える。

 

“横薙ぎで来る!!

 

“なら、こっちは同時に下から突き飛ばすぞ!!”

 

“了解!”

 

そして、ボスはそのまま剣を横に振り払うが、キリトとバナージはそれを左右二つの剣で同時に下から突き上げ、その軌道をそらす。

 

“ーーー今だ!行けキリト!!”

 

“分かった!!”

 

キリトは右手の剣を背中に担ぐ。すると、右手の剣がエメラルドグリーンの光を帯びる。片手剣ソードスキル《ソニック・リープ》。

そして、キリトは一瞬でその場から飛び、

 

キリト「はああああああーーーっ!!!」

 

黄色い一閃がボスの体をまた貫いた。そして、続けざまに今度は赤い閃光がボスの腹を打ち抜く。バナージが片手剣重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を使ったのだ。

 

そして、二人が同時に着地した後、キリトとバナージは顔を見合わせ、

 

“ーーーこのまま一気に畳み掛ける!”

 

“ああ、了解だ”

 

そして、二人は同時に二本の剣を構える。すると、バナージの剣はより輝きの強い赤色に、キリトの剣は眩い黄色に光り輝く。

 

バナージ・キリト「「スターバースト・ストリーム!!」」

 

先程と同じ、二刀流上位十六連撃《スターバースト・ストリーム》を発動する。しかし、その剣速は先程の比ではない。赤と黄の閃光が,ボスの逞しい体をどんどん切り刻んでいく。そして同時に、ボスのHPはグリーンからイエローへ一気に減っていく。

だが、ボスも負けじとキリトとバナージに反撃していく。それと同時に、キリトとバナージのHPもまた減っていく。

 

そしてついに、互いのHPがレッドゾーンへ到達した。

 

バナージ「まだだ!負けるものか!!」

 

キリト「これで終わりだぁぁ!!」

 

バナージの右手の剣、キリトの左手の剣が更に強い輝きを放ち、ボスの体を捉える。対してボスも、自身の剣をより奥へ引き、そして一気にキリトとバナージの方へ横に振り払う。

 

バナージとキリトの剣、ボスの剣が互いの体をとらえる。

 

バナージ・キリト「「うおおおおおおおおお!!!!」」

 

そしてーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーボスの体は、ついに消滅した。

 

“終わった……のか…?”

 

“ああ……今度こそ……終わったよ……”

 

そして、二人は自分のHPを確認する。

見ると、二人のHPは残り10を切っていた。未だかつて、ここまで自分のHPが減ったことはない。

 

“キリト………生きてるか…?”

 

“…ああ…どうにかな……”

 

その会話を最後に、《NTーD》の光は消滅し、キリトとバナージは同時に意識を手放した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

“ーーージ………ナージ………バナージってば!!”

 

バナージ「……ん?」

 

バナージは自身を呼ぶ声に目を覚ます。

目を開けると、そこには目の下に一杯涙を浮かべたユウキの姿があった。

 

ユウキ「バナージ!よ、よかったぁ〜!!」

 

ユウキは思わずバナージに抱きつく。

 

バナージ「……俺、どのくらい寝てた?」

 

ユウキ「ぅう……ぐす…ほんの数秒だよ……もう…バカバカ……いっつも無茶してぇ……」

 

バナージ「はは…心配かけてごめん、ユウキ…」

 

そして、バナージは辺りを見渡すと、視界にはアスナに抱きつかれて困った表情のキリトが居た。

そして、クラインがバナージ達の方に歩み寄り、

 

クライン「コーバッツと、あと二人が死んだらしい…」

 

バナージ「そう、ですか……」

 

バナージはその訃報に悲しそうに目を落とす。

キリトも辛い表情を浮かべ、

 

キリト「……ボス攻略で犠牲が出たのは、六十七層以来だな……」

 

クライン「こんなのが攻略って言えるかよ!くそっ、コーバッツの野郎、死んじまったら何も意味ねぇだろうが…!」

 

クラインは悔しさの滲み出た顔でそう言う。

その後ろでは、仲間を失った軍のメンバーが悲痛な顔で肩を落としている。

重苦しい空気が流れる中、クラインは表情を切り替えて

 

クライン「…そりゃそうと、オメェらなんだよさっきのは?」

 

バナージとキリトは微妙な顔で顔を見合わせ、

 

キリト「…言わなきゃダメか?」

 

キリトがそうたずねる。

 

クライン「当たりめぇだろ!見たことねぇぞあんなの!!」

 

言うまで納得しない、というか表情のクライン。そしてそれは、他のプレイヤーも同じようだ。皆、キリトとバナージの方をじっと見ている。

キリトは観念したようにため息をつき、

 

キリト「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」

 

バナージ「俺も同じです」

 

それを聞いたプレイヤー一同は「おお…」と感嘆の声を上げる。

 

クライン「しゅ、出現条件は?!」

 

クラインは慌てて聞くが、

 

バナージ「分かっていたら公開してますよ」

 

キリトもうんうんと頷く。

クラインは即座に情報屋のスキルリストを確認するが、

 

クライン「…そんなスキルはねぇな…てことは、オメェら専用のユニークスキルじゃねぇか?!」

 

だがバナージは首を横に振り

 

バナージ「俺たちも最初はそう考えました。けど…」

 

キリト「ユニークスキルなら、二人に同じスキルが与えられる筈がないんだ」

 

クライン「そ、そうか…なら、なんなんだろうな、その《二刀流》ってのは…」

 

クラインは腕を組んで考え込む。

すると、

 

ユウキ「……それだけじゃないよね?」

 

ユウキがバナージの肩から少し顔を話し、バナージの方をじっと見つめる。

 

バナージ「ゆ、ユウキ…?」

 

ユウキ「ボク達、まだ君から説明されてないよ?《あの光》の正体も、キリトがあの時暴走した原因も……もうそろそろ話してよ」

 

するとアスナも

 

アスナ「私も聞きたい。君たちのその強さの正体を。第一層から、君たちは何度も私たちを救ってきた。もうこの際だし、全部話してくれないかな?」

 

クライン「そういやぁ、さっきも出てたな。キリトから黄色い光と、バナージからは赤い光…あれって結局何なんだ?」

 

バナージはキリトの方を見る。

するとキリトは、目線でこう語った。「お前に任せる」、と。

バナージは目を閉じて覚悟を決める。そして、

 

バナージ「……特殊スキルです。《NTーD》…《ニュータイプ・デストロイヤー》システム」

 

ユウキ「エヌティー……ディー?」

 

アスナ「ニュータイプ…デストロイヤー…?」

 

聞きなれない単語に、ユウキとアスナは首をかしげる。

 

クライン「おいおい…《ニュータイプ・デストロイヤー》って…随分とまあ物騒な名前だなオイ。んで、そりゃ一体どんなスキルなんだ?」

 

バナージは迷っていた。ここで自分の過去を話すか、それともそれだけは誤魔化すか。

キリトはバナージの方をじっと見つめている。ここでキリトが勝手に話すわけにはいかない。これはバナージが話さなければならないことだ。だから、バナージがどう出るのかを見極めていた。

そして、バナージは意を決して口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「……実は、俺にもよくわからないんです」

 

キリト「………」

 

バナージは、話さない事にした。ここで自分の過去を話せば、大きな混乱を招く恐れがあると思ったためだ。

 

クライン「わからない…?そりゃ一体どう言う事だよ?」

 

バナージ「第一層のボス戦の時に初めて現れてから、俺はずっとこれが何なのか考えていました。けど、結局何もわからずじまいです」

 

バナージはなるべく自然な形でそう答える。

するとクラインはキリトの方を向き

 

クライン「オメェはどうなんだ?キリトよぉ」

 

するとキリトは目を伏せて

 

キリト「……悪いが、そればっかりは俺にも答えられない。何せ他のスキルとはあまりにも異なりすぎるから」

 

クラインはまた情報屋のスキルリストを開く。

 

クライン「……《NTーD》ってのも乗ってねぇな」

 

アスナ「《ニュータイプ・デストロイヤー》……《新たなる破壊者》って言う意味なのかな…」

 

ユウキ「…でも、《破壊者》って言う名前は、あながち間違ってないよね?だって、明らかに強すぎるもん。あの戦いぶりを見てると、まさに《破壊者》そのものだよ」

 

アスナとユウキが顎に手を当てながらそう考える。

バナージとキリトは少し目をそらす。なぜなら、彼らは本当の意味を知っている。《ニュータイプ・デストロイヤー》…その本当の意味を。

 

クライン「…まあ、確かにそんなスキルのことをベラベラ話すわけにもいかねぇわな。ネットゲーマーは嫉妬深いし。それに……」

 

クラインは未だにバナージとキリトに抱きついているユウキとアスナを見てニヤリと笑い、

 

クライン「…ま、苦労も修行の内と思って頑張りたまえよ、若者達よ」

 

意味深にそう告げた。

そして、クラインは残った軍のメンバーに話しかける。

 

クライン「お前ら、本部に戻れるか?」

 

軍のメンバーは

 

???「あ、ありがとうございます」

 

と礼を言うが、クラインは首を横に振って親指でバナージ達を指差して

 

クライン「礼ならあいつらにいいな」

 

と言った。

そして、軍のメンバーは次々と部屋から出て行き、順番に転移結晶で本部に帰っていく。

それを見届けたクラインはバナージ達の方に向き直り、

 

クライン「…さてと、転移門の有効化はどうする?」

 

と尋ねる。

キリトは首を横に振って

 

キリト「…お前に任せるよ、クライン。もう体がヘトヘトだ」

 

バナージ「俺も同じです。お願いしても良いですか?」

 

クライン「おう、わかった。んじゃ、気ぃつけて帰れよ」

 

そう言って、クラインはギルドの仲間と共に七十五層へ続く階段を登り始めるが、ふと足を止める。

 

クライン「…おい、キリト」

 

キリト「…何だ?」

 

クライン「オメェが軍の連中を助けるために迷わず飛び込んでいったのを見て……俺ぁ、嬉しかったよ。そんだけだ」

 

キリト「……なんだそりゃ」

 

キリトはまるで意味がわからない、と言う顔をしている。

 

クライン「それからバナージ!」

 

バナージ「はい、何ですか?」

 

クライン「……次会うときまでに、また良いニックネーム考えとくから、期待しとけよ?」

 

クラインは振り返り、ニッ、と笑って親指を立てる。

バナージは苦笑して

 

バナージ「はは……期待しないで待ってます」

 

と返す。

クラインはそのまま上に登り、七十五層へ入って行った。

 

広い空間に、バナージとキリト、アスナとユウキが残された。

キリトは、未だに自分の肩に頭を置いているアスナに話しかける。

 

キリト「…アスナ?」

 

すると、アスナは震えた声で

 

アスナ「……怖かった……君が死んじゃうんじゃないかと……あの時…私…無我夢中で……」

 

すると、バナージに抱きついているユウキも

 

ユウキ「…ボクも…バナージがいなくなっちゃうんじゃないかって……でも…ボクは何もできなかった……」

 

普段の無邪気なユウキからは考えられないくらい弱々しい声だった。バナージは左手でそっとユウキの頭を撫でて

 

バナージ「…大丈夫だよ、ユウキ。俺はどこにもいなくなったりしない。絶対に死なないよ」

 

するとユウキの腕に力が入り

 

ユウキ「約束だよ……?お願いだから……ボクを…一人にしないで……」

 

今にも泣きそうな声でそう言った。

バナージはそれを見て怪訝な表情を浮かべる。

 

バナージ「(なんだろう……今のユウキの言葉……この寂しさって……)」

 

ユウキのあまりに弱々しい言葉から、バナージはユウキから奥深い寂しさを感じた。

 

すると、アスナが

 

アスナ「…私も…しばらくギルド休む…」

 

キリト「えっ?」

 

キリトはその言葉に目を見開く。

 

アスナ「なんだか……疲れちゃった…いろんなことがありすぎて…もしこのまま攻略を続けたら、また良くないことが起こりそうで……」

 

キリトはしばらくぽかんとしていたが、やがてゆっくりアスナの頭を撫でて「わかった」と囁いた。

 

そして、キリトとバナージは互いの顔を見合わせ、

 

バナージ「……明日から、大変なことになりそうだな」

 

キリト「ああ…まあ、遅かれ早かれいつかはこうなっていたさ。いつまでも隠し通せるものでもないし」

 

バナージ「…そうだな。でも、まあとりあえず……」

 

バナージは一呼吸置き、

 

バナージ「……お疲れ様、キリト」

 

キリト「ああ、バナージもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます!!
前回も述べましたが、今回はSAOの話の中でも特に有名な話ですね!キリトが《二刀流》を使うシーン、僕もアニメを見てすごく燃えたのを覚えています。
なので、今回の話はすごく緊張しました。自分なりに、《NTーD》やそれを含んだ戦闘描写をうまく書けたか不安です(汗
もし、おかしな点や不明な点があればまた、感想欄などでお願いします! それでは、次回!!


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第十八話 紅の騎士vs黒き獅子

どうも、ジャズです!
今回、時間の都合上短くなってしまいました。申し訳ありません!
では、本文スタート!!


2024年10月19日 第五十層・アルゲート

 

キリトとバナージは今、エギルの店に来ていた。

キリトは店の中のテーブルに肘をついて悪態をついており、バナージは机に突っ伏していた。

無理もない。何せ……

 

エギル「……『軍の大部隊を全滅させた青眼の悪魔。それを撃破した《黒の剣士》と《白の剣士》、二人の二刀流使いの五十連撃。そして彼らから発せられた光は、まさにこの世界を解放に導く希望の光』……こりゃあ随分大きく出たもんだなぁ!」

 

エギルは今日の新聞を読み上げ、「はははは!」と高笑いする。

キリトはため息をついて

 

キリト「……尾ひれがつくにも程がある。そのせいで朝から剣士やら情報屋達に追われて、塒の宿にもいられなくなったんだからな!」

 

バナージ「……ほんと……朝ドアを開けたら洪水みたいに人が来たもんだから…どうしようかと…」

 

バナージは息を荒げてそう言った。

すると、後ろに座っていたユウキが

 

ユウキ「…でも間違いではないよねぇ…バナージ達の二刀流の技はホントに凄かったし、五十連撃くらいあったんじゃない?」

 

バナージ「ないよ…あの時使ったのは十六連撃だから足しても三十二連撃だよ…」

 

すると奥の方から「自業自得でしょ〜」と声が響く。

そして、出てきたのはピンクの髪に赤いメイド風のエプロンを着た少女、鍛治師のリズベットだ。

 

リズ「あんた達が『あたし達だけの秘密だ〜』って言ったのにバラしちゃうからでしょ?」

 

そう言って、リズベットはニッ、と笑った。

 

バナージ「…ごめんね、リズ。でもあの時はそうする以外方法は無かったんだ」

 

リズ「別に謝らなくていいのよ。どうせ、遅かれ早かれこうなってたんだし」

 

すると、店の奥からアスナが出てきた。

 

アスナ「あっ、よかった…みんなここにいたのね…」

 

アスナは相当走ってきたのか、肩を大きく上下させて息を荒げている。

 

バナージ「どうしたんだ?アスナ」

 

するとアスナは、涙目になってこちらを向き、

 

アスナ「…大変なことになっちゃった!!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

第五十五層・グランザム 血盟騎士団本部

 

塔の最上階の会議室に、バナージ達は来ていた。

向かいには、半円形のテーブルに幹部が座っている。

そしてその中央には、両手を組んでこちらを見つめる灰色の髪に赤い制服を着た男性が座っている。この人物こそ、最強ギルドと言われる血盟騎士団団長、《ヒースクリフ》である。

ヒースクリフはバナージ達を見つめながら

 

ヒースクリフ「…君達と攻略以外でこうして話すのは初めてかな?キリト君、そしてバナージ君」

 

バナージ「…いえ、六十七層の攻略会議で少し話したのを憶えています。ヒースクリフ団長」

 

“六十七層”というワードに、その場の皆は少し顔を曇らせる。ヒースクリフも目を閉じて

 

ヒースクリフ「ああ……あれは辛い戦いだったな。危うくこちらも死者を出すところだった。“トップギルド”などと言われていても、戦力は常にギリギリだよ」

 

そしてヒースクリフはキリトを見つめ

 

ヒースクリフ「…にも関わらず、君は我々から貴重な戦力を引き抜こうとしているわけだ」

 

するとキリトは低い声で

 

キリト「“貴重な戦力”なら、護衛の人選には気をつけた方がいいですよ?」

 

バナージも目を閉じてうんうんと頷いている。

ヒースクリフは苦笑して

 

ヒースクリフ「クラディールが君たちに迷惑をかけたことは謝罪しよう。だがこちらとしても、只でさえ貴重である上に副団長を抜かれて『はい、そうですか』という訳にはいかない。故に、キリト君…」

 

ヒースクリフは一呼吸置き、

 

ヒースクリフ「欲しければ剣で、《二刀流》で奪いたまえ。私と戦って勝てば、アスナ君を連れて行くがいい。しかし君が負けたら…君が血盟騎士団に入るのだ」

 

ヒースクリフの宣戦布告に、キリトは特に動じず

 

キリト「…いいでしょう。『剣で語れ』と言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう!」

 

と高らかにそう言った。

それを聞いたヒースクリフはふっ、と笑い目を閉じ、

 

ヒースクリフ「…では明日の正午に、七十五層の《コリニア》にある闘技場で行うとしよう。楽しみにしているよ」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ヒースクリフはキリト達と会談を終えた後、団長室に来ていた。

すると、おもむろに左手でメニュー欄を開く。すると、そこに無数のスキル名が載った画面が映し出される。

そしてその中に、《ユニークスキル》と書かれた欄に、《神聖剣》と《二刀流》の文字が黒いマーカーのようなもので線を引かれていた。そしてその画面の一番下に、どのスキルにも属さない《???》に分類されたスキル、《NTーD》が表示されていた。

 

ヒースクリフが何故このような画面を見ることができるのか?それは、この男が《GM(ゲームマスター)》であることに他ならない。

そう、このヒースクリフの正体こそ、《SAO》を開発し約一万人をこのデスゲームに閉じ込めた張本人、《茅場晶彦》その人である。

ヒースクリフはその画面を見ながら嘆息し、

 

ヒースクリフ「(…まさか、同じユニークスキル使いが二人も現れるとはな。《NTーD》と言い……キリト君、バナージ君、君たちは本当に私を楽しませてくれる)」

 

頭の中でそう呟いた。

茅場晶彦がこのゲームに降り立ったのは、ゲームが始まってしばらく経ってから。プレイヤーの様子を自身の目で見て、更にラスボスである自身に対抗しうる戦力を作り上げるために降り立った。

だが、この世界に降り立ってまず驚いたのは、プレイヤー達は自分が想像していた程絶望していなかったことだ。本来なら、絶望に満ちたプレイヤー達の前に自分が最強プレイヤーとして名を馳せ、この世界の人々の希望たる存在になるつもりだった。そのためにユニークスキルである《神聖剣》を自分のアカウントにロードもした。

しかし、プレイヤー達の希望は既に、二人の少年に向けられていたのだ。後で《GM》権限により調べたところ、更に驚くべきことがこの世界で起きていたことが発覚した。

そこにあったのは、《NTーD》と言う謎のスキル。これは、茅場晶彦自身も開発した覚えがなく、更にそのスキルのことを調べることも出来なかった。唯一わかったのは、このスキルは二人の少年が保有していること。そして何故か《GM》である自分は持つことが出来ない、と言うことだ。

 

そして、実際その力を目の当たりにした時、彼は思わずこう呟いた。『圧倒的じゃないか』と。《GM》である自分が驚くほどに、《NTーD》は想像を遥かに超える性能を持っていた。

 

故に彼はずっと、《NTーD》をもっと知りたいと考えていた。開発者である自分が驚かされるほどの力を持つ《NTーD》。自分の知らない、未知の力。それがどれほどの強さを誇っているのかを。

そして遂に、その願いが叶う時がきた。明日、《NTーD》、そしてユニークスキルに選ばれた二人の内の一人と戦えるのだ。

ヒースクリフは笑っていた。『ようやく、時がきた』と。

 

ヒースクリフ「大人には、なりきれぬものだな…これほどまでに胸が踊るとは…」

 

所詮、この世界はゲームに過ぎない。にも関わらず、彼は明日の戦いが楽しみで仕方がなかった。強いものと戦える、その高揚感に満ちていた。それはつまり、自身もまた、生粋のゲーマーであることを意味していた。

ヒースクリフはそんな自身への嘲笑も交えてこう呟いた。

 

そして彼は、団長室の窓から下を覗く。

見ると、ギルド本部の門から黒い少年の後ろ姿が歩いていくのが見えた。先程会談したキリトだ。

ヒースクリフは、彼の後ろ姿に向けて不敵な笑みを浮かべながらこう言った。

 

ヒースクリフ「…見せてもらおうか。未知の力…《NTーD(ニュータイプ・デストロイヤー)》システムの性能とやらを」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

10月20日 第七十五層・コリニアの闘技場

 

先日解放された新たな層、コリニア。そこにあるのは、ローマの世界遺産、コロッセオを連想させるものだった。

そしてその中央の道は多くの人で賑わい、道の両端には露店が並んでいる。まるで、プロ野球の試合会場のようだ。

そして、闘技場の一番手前のチケット売り場は長蛇の列が出来ており、チケットの売店の上にあるポスターにはこう書かれていた。

 

『聖騎士・ヒースクリフvs黒き獅子・キリト 』

 

『聖騎士が黒き獅子を討つのか、それとも獅子の牙が聖騎士を噛み砕くのか?!最強プレイヤー決定戦!!

 

場所は変わって闘技場内の待合室。

椅子に座る一人の少年の前に、少女が仁王立ちで立っていた。そしてその傍らで、白い装備の少年と紫の少女が立っていた。

 

アスナ「もうバカバカ!!なんであんなこと言っちゃうのよ!!」

 

キリトは苦笑いで

 

キリト「ご、ごめん…売りことばに買いことばで、つい…」

 

アスナはため息をつくが、不安な顔になり

 

アスナ「…キリト君とバナージ君の二刀流を見た時、別次元の強さだと思った。けど、ユニークスキルは団長にも…」

 

キリトは頷き、

 

キリト「ああ、攻防自在の剣、《神聖剣》だな」

 

バナージ「その攻撃力も然る事ながら、一番すごいのはその防御力だね」

 

ユウキ「団長さんのHPがイエローに陥ったのを見た人はいないらしいよね…」

 

ユウキも不安な顔になる。

そんなアスナとユウキに、キリトは不敵な笑みを浮かべて

 

バナージ「…まあ、心配しないでくれ。簡単に負けるつもりはないんだろ?

 

キリト「ああ。それに忘れたのか?俺には《NTーD》があるんだぜ?」

 

そして、時間がやってくる。

 

アスナ「危なくなったらリザインするんだよ?」

 

キリト「わかってる。さて、ひと暴れしてくるか!!」

ーーーーーーーーーーーー

 

闘技場の真ん中に、二人の男性が向かい合って立っている。

一人は全身を黒い装備で身を包んだ少年、キリト。

もう一人は全身を赤い甲冑で身を包んだ騎士、ヒースクリフ。

 

滅多に見られない二人の最強プレイヤーの姿に、闘技場いっぱいに埋め尽くされた観客は皆歓声を上げている。

そんな観客たちを見渡し、

 

ヒースクリフ「すまなかったな、キリト君。こんな事になっているとは、知らなかった」

 

と申し訳なさそうに謝るが、その表情はどこか楽しそうに見える。

対するキリトも不敵な笑みを浮かべながら

 

キリト「ギャラは貰いますよ?」

 

と言った。

 

ヒースクリフ「…いや、君は試合後から、我がギルドの団員だ。任務扱いにさせてもらおう」

 

そう言葉を締めると、先程までな笑みを消し真剣な表情になり、メニュー欄を操作してキリトにデュエル申請を送る。キリトはそれを《初撃決着モード》で受諾する。

すると、二人の間にデュエルカウントが現れ、60秒が刻まれ始める。

 

キリト「(……全開で行くか)」

 

キリトは背中から二つの愛剣を引き抜く。右手にはエリュシデータ、左手にはバンシィ。

そしてキリトは、意識を集中し、《NTーD》を発動する。

例の如くキリトの体が徐々に黄色い光に包まれていく。

対するヒースクリフはそれを見て感心したように「ほう」と呟き、そして左手の盾に収納された剣の柄に手をかける。そして抜剣、盾から銀色の輝きを放つ十字剣が現れる。

 

そしてカウントがゼロになり、“DUEL!”の文字が現れる。

 

キリト「ーーーーふっ!!」

 

最初に動いたのはキリトだ。

右手の剣を前に突き出す。対するヒースクリフはそれを盾でガードする。

だがキリトの攻撃はまだ終わらない。コンマ1秒で左手の剣が突き出される。二刀流突進スキル《ダブルサーキュラー》だ。しかしヒースクリフはこれにも難なく対応する。

キリトは構わず右、左と交互に剣をぶつけていく。ヒースクリフはそれを盾で難なくいなしていく。

 

すると今度はヒースクリフが動いた。

ヒースクリフは地面を蹴り、キリトに急接近する。キリトは斬撃が来ると予測し剣手でガードの体勢をとる。

しかし、ヒースクリフが突き出したのは剣ではなく、盾だった。キリトは予想外の攻撃に対処できず、そのまま盾のパワーで弾き飛ばされる。また、盾にも攻撃判定があるのか、今のでキリトのHPが僅かに減少する。

 

だがキリトはその反動を利用しヒースクリフから距離を取り、今度は片手剣重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を放つ。しかしこれも、ヒースクリフの左手の盾に簡単にいなされる。

キリトはそのままヒースクリフの側を通り抜け、再びヒースクリフと向き合う。

ヒースクリフはキリトの方を振り返り

 

ヒースクリフ「…素晴らしい反応速度だな」

 

と笑顔で話しかける。キリトも不敵な笑みで

 

キリト「…そっちこそ、硬すぎるぜ」

 

と返す。するとヒースクリフは肩を竦めて

 

ヒースクリフ「たまたま上手く防げているだけだよ。正直、かなりギリギリで焦っているさ」

 

キリト「…そうかよ…」

 

そんなやりとりを終えると、二人は同時に動き出す。

キリトの双剣と、ヒースクリフの剣と盾が火花を散らしてぶつかり合う。

 

キリト「(まだだ……まだ上がる!!)」

 

キリトの剣速は徐々に上がっていき、それに連れて集中力もどんどん深まっていく。更に、《NTーD》による超加速も相まって、キリトの剣は最早速すぎて視認するのも難しくなっていく。

 

そんな彼らを、闘技場の選手入り口から見つめる三人の人物。アスナとユウキ、そしてバナージだ。

 

アスナ「…キリト君……」

 

アスナが心配そうに呟く。

 

バナージ「…大丈夫だよ、アスナ。今でこそ対応できてるけど、おそらくヒースクリフはあれ以上の剣速には反応できない」

 

バナージがアスナを宥めるようにそう言う。

そして、バナージの言う通りついに戦局が動いた。

 

キリトの剣がヒースクリフの頬を掠め、ヒースクリフの表情が揺らぐ。

 

キリト「(ーーーここだ!!)」

 

キリトはそれを見て勝負に持ち込む。

キリトの双剣がより眩い黄色の光を放つ。二刀流上位十六連撃ソードスキル《スターバースト・ストリーム》だ。

 

キリト「うおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

気合の声とともに、黄色の斬撃が無数の流星の如くヒースクリフに襲いかかる。

ヒースクリフは辛うじてそれを盾で防いでいるが、只でさえ補正の強いユニークスキルの《二刀流》の中でも上位に位置する技である上に、今のキリトは《NTーD》を発動しているため、ヒースクリフの防御が崩れるのも時間の問題だ。

そしてついに、キリトの左手に握られたバンシィがヒースクリフの盾を大きく後ろに弾き、ヒースクリフは体勢を崩される。

 

キリト「(ーー抜ける!!)」

 

キリトは勝利を確信し、最後の一撃をヒースクリフに振り下ろそうとする。

そして、それを見ていたバナージも、

 

バナージ「(ーー勝った!!)」

 

と勝利を確信する。

 

ーーしかし、キリトとバナージは一瞬世界が止まったような感覚に襲われる。

そして、大きく後ろに弾かれた筈のヒースクリフの左手の盾が僅かに戻される。

 

バナージ・キリト“何?!”

 

そしてキリトの最後の一撃は盾によって防がれる。

キリトは大技の後であるため硬直で動けない。

そこへヒースクリフの剣がキリトを直撃する。

キリトは成すすべもなくその攻撃を受け、HPがイエローゾーンに到達する。

その瞬間、デュエルが決着し、《Winner Heathcliff》と表示される。

 

観客がどっと湧く中、キリトは半ば放心状態でヒースクリフを見上げる。ヒースクリフは険しい表情でキリトを一瞥した後、控え室に戻っていく。

キリトは座り込んだまま、先ほどの現象が何なのかを考えていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

バナージside

 

あのデュエルの後、キリトは血盟騎士団に入ることになったため、俺は一人宿に戻っていた。

 

バナージ「(はぁ、なんだか昔を思い出すなぁ…)」

 

そういって思い出すのは、ちょうど一年くらい前、キリトと俺が別行動を取っていた時の話だ。あの時、突然キリトがギルドに入ることになったのだ。俺も、聞いたところではすごく良さそうだったので、快く送り出した。

 

だが、悲劇は起きた。そのギルドは運悪くトラップにかかってしまい、偶々居合わせた俺が救援に向かうも、時すでに遅く、キリトと一人の少女・サチを残して全滅した。

 

俺はそのことを思い出し、キリトのことが少し心配になるが、

 

バナージ「(…まぁ、キリトが入るのは血盟騎士団だ。きっと大丈夫だろう)」

 

俺がそう考えていると、キリトからメールが来た。

 

キリト《アスナと、結婚することになった》

 

バナージ「」

 

俺はその場でしばらく固まっていた。

動き出したのは数十分後。結婚したのなら、何かお祝いでも持って行こう、そう思い、俺は宿から出て街に出た。

するとーーーーー

 

バナージ「(ーーーん?何だ?後をつけられてる?)」

 

俺の索敵スキルに何かが引っかかった。

フレンドリストを確認するが、俺のフレンドは皆この近辺にはいない。つまり、今俺をつけている人物は俺の知らない人であることに間違いない。

俺は少し様子を見るため、街を歩き回る。

 

〜数分後〜

 

バナージ「……」

 

やっぱりつけられている。これほど歩き回って反応が消えないとなると、やはり俺目当てでつけているようだ。

ならば、こちらから動くまで。

 

バナージ「…あの、すみません。後をつけてるのはもうわかってるんです。用があるなら聞くので、姿を見せてくれませんか?」

 

しばしの沈黙。するとーーーーーー

 

???「あ〜あ、やっぱり気づかれちゃったかぁ」

 

女の子の声だ。そして、足音が響きついにその姿が露わになる。

身長は俺と同じくらい。女性らしいふっくらとしたラインに、全身をユウキのように紫色の装備で固めている。髪はユウキのものより少し薄い紫でウェーブがかかっていて、大人びた雰囲気の少女だ。

 

バナージ「今までにあったことはないよね?」

 

俺は少し警戒心を持ってそう尋ねる。

するとその少女は笑顔で自己紹介する。

 

???「うん、初めましてだよ。私は“ストレア”。よろしくね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます!
今回のヒースクリフ対キリト、いかがだったでしょうか?
最初、バナージとヒースクリフを戦わせようとも思っていたのですが、その後の展開をいろいろ考えた結果、今はまだ戦わせないほうが良いという結論に至り、ヒースクリフ対キリトのみという形になりました。ヒースクリフ対バナージを期待していた皆様、大変申し訳ありません!
そして今回、SAOゲームより《ストレア》ちゃんを出しました!!フィリアちゃんの時も言ったのですが、ゲームオリジナルヒロインって魅力的なキャラが多いですよね!
なので、これからもゲームオリジナルヒロインを上手く出していきたいなと思ってます!
では、また次回!


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第十九話 紫と朝露の少女

大変遅くなり申し訳ありませんでした!
この小説を楽しみに待っていた方々には心よりお詫び申し上げます!
では、本文どうぞ!


三人称視点

 

バナージは今、目の前に突然現れた紫衣の少女と向き合っている。

この子はバナージの索敵スキルを掻い潜って俺をストーキングしていたのだ。只者ではないのは確かだ。

だが、バナージが彼女に警戒心を持つ一方で、目の前の少女、《ストレア》は優しい微笑を浮かべ続けている。

バナージは、彼女に問いかける。

 

バナージ「俺を付けていた理由を聞かせてもらえるかな?」

 

ストレアは尚も笑顔のまま

 

ストレア「うーーん……アナタに興味があったから、かな?」

 

バナージはその言葉に訝しんだ表情をする。

 

バナージ「俺に興味が…?なぜ?」

 

ストレア「だって、バナージってすごく強いでしょ?興味を持つのも当然だよ〜♪」

 

バナージ「…俺の事、どこで知ったんだい?」

 

ストレア「やだなぁ〜!バナージって自分が思ってるよりすごい有名人なんだよ?多分アインクラッドでアナタの事を知らない人の方が少ないんじゃない?」

 

バナージ「なるほどね……」

 

バナージはそれを聞いてやれやれとため息をついた。

迷惑な話だ。別に興味を持つのは勝手だが、一方的に興味があるからと付きまとわれ、会いに来られるとは。まるで、ファンに一方的に付きまとわれるアイドルの心境だった。

 

ストレア「それにしても〜…」

 

ストレアは徐々にバナージの方へ近づいていく。

そして、ほぼ目前まで接近すると

 

ストレア「バナージって、近くで見るとホント可愛い顔してるね!」

 

バナージ「……うん?」

 

ストレアの突然の言動にバナージはキョトンとした顔になる。するとストレアは…

 

ストレア「えいっ!!」

 

バナージ「えっ?わぷっ?!」

 

なんと、自分の胸にバナージの顔を抱き寄せるというなんとも大胆な行為に出たのだ。

 

バナージ「ちょっ?!何してるんだよストレア?!」

 

ストレア「え〜?だって可愛いんだもん。こうしたくなっちゃうよ〜♪」

 

バナージ「は、離せって!!」

 

しかし、バナージがいくら彼女を引き離そうとしても中々離れない。見た目に反して恐ろしい筋力値の持ち主のようだ。バナージの力をして全く剥がれない。

バナージは、せめて誰もいまの現場を目撃しない事を祈る事しか出来なかった。

しばらくするとストレアは満足したのかバナージを離し、

 

ストレア「あ〜楽しかった♪それじゃ、また会おうね〜、バイバーイ!!」

 

と言って、まさに風のようにその場から去っていった。

 

バナージ「あっ、ちょっと…!」

 

バナージは彼女を追いかけるが、彼が曲がり角を曲がった時には、すでにストレアの姿は無かった。

 

バナージ「ストレア、か……何だったんだ?彼女は…」

 

バナージが一人呟くと、キリトからメールが届いた。

 

キリト《すまない、明日二十二層の俺たちのログハウスに来てくれないか?》

 

俺は一体何の用なのか気になったが、とりあえず今日のところは明日キリト達へ渡す結婚祝いを買って自分のホームへ戻った。

 

〜翌日・二十二層〜

 

そこは湖畔にある小さなログハウスだった。湖の湖面が太陽の光を美しく反射し、あたりの木々が幻想的な景色を作り出している。まさに、新婚生活を送るには絶好の場所と言っていいだろう。

 

バナージ「(…いい家を買ったな、キリト、アスナ)」

 

バナージは彼らを少し羨ましく思いつつ、キリト達の住むログハウスへ向けて歩いていた。

 

バナージ「…ここか…」

 

ついにバナージは、キリト達の住むログハウスに到着した。

バナージは迷わず家の玄関をノックする。

すると、中から出てきたのは、黒い長袖のラフなTシャツに黒いジーパンを履いたキリトだった。

 

バナージ「よう、キリト。結婚おめでとう!」

 

キリト「あ、ああ…ありがとう、バナージ。とりあえず中に入ってくれ」

 

キリトはどこか気まずそうにバナージを中に促す。

そして、リビングに着いたバナージは、ある光景を目にしてフリーズする。

 

???「……?」

 

そこにいたのは、キリトを思わせる艶のある黒髪に、アスナのようなロングヘアの小さな女の子が座っていた。

 

アスナ「あ…お、おはよう、バナージ君…」

 

バナージはアスナに声をかけられるが、未だにフリーズしたままだ。そして次の瞬間、少女が放った言葉でバナージは余計に思考が回らなくなる。

 

???「……ママ、このひとだぁれ?」

 

アスナ「この人はパパと私の友達の“バナージ”君だよ、ユイちゃん」

 

ユイと呼ばれた少女はアスナから目を離し、再びバナージの方をじっと見つめる。

キリトとアスナが結婚、その家に小さな女の子、しかもその子はキリトとアスナの事をパパ、ママと呼ぶ。そのことから一つの答えを導き出したバナージはようやく

 

バナージ「……Unbelievable(信じられない)…」

 

と言葉を発した。そして、

 

バナージ「……お、驚いたなぁ〜…まさかSAOに子供を作るシステムがあっただなんて…ど、どうやら結婚祝いにもう一つプレゼントがいりそうだ。それじゃあな、キリト」

 

そう言ってバナージは部屋から出ようとする。

 

キリト「おいちょちょ待て待て待て待て!!!」

 

アスナ「待ってバナージ君!違うのそうじゃないのよ!!」

 

〜数分後〜

 

バナージはユイという女の子と出会った経緯についてキリト達から説明を受けた。

話を要約するとこうだ。キリトとアスナは今日、この層で出るという小さな女の子の幽霊の噂を聞き、真昼間から肝試しに行ったという。すると、しばらく歩いていると、その幽霊がガチで出てきたのだ。が、その女の子をよく見てみると、どうやらNPCでもプレイヤーでも無いらしく、とりあえずこの家に連れてきた。そして翌朝目が覚めると、この子がキリト達のことをパパ、ママと呼んだというわけだ。

つまり、別に彼らの子供では無い、ということだ。

 

バナージ「……なるほどね、事情は分かったよ」

 

キリト「カーソルが出ないんだけど、ハラスメント防止コードが出ないから少なくともNPCでは無いんだ」

 

アスナ「多分、この世界にこの子のご両親がいるはずだから、明日にでもその子の親について探すつもりなの」

 

バナージ「…そこで、少しでも人員確保のため、俺が呼び出されたと」

 

キリトとアスナはバナージの言葉に静かに頷く。

 

ユイ「………」

 

ユイはというと、相変わらずバナージのことを不思議な顔で見つめていた。

バナージ「…あっ、そういえば自己紹介がまだだったね。俺は“バナージ”だよ。キリト達の友達なんだ」

 

ユイ「…ば…ぁ……じ……」

 

ユイはたどたどしい言葉でバナージの名を口にする。

 

キリト「…ちょっと呼び辛そうだな」

 

アスナ「ユイちゃん、呼びやすい名前でいいんだよ」

 

すると、ユイは少し考えるそぶりを見せ、そしてバナージの方を向き

 

ユイ「……にぃに」

 

バナージ「…へ?」

 

ユイ「ばあ…じの、なまえ、にぃに!」

 

ユイは満面の笑みで、バナージの方を指差しそう言った。

 

バナージ「…はは、にぃにか…」

 

バナージはユイのつけた呼び名に少し嬉しそうに微笑んだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

キリト「…それで、どうする?この子」

 

アスナ「…本音を言うと、このまま面倒を見てあげたい。この子がいると、私たちが本当の家族みたいで……でも…」

 

バナージ「ジレンマだね。俺たちが攻略を休むと、その分ユイちゃんが解放される日が遠のく…」

 

バナージ達はしばし沈黙する。

すると、バナージが切り出した。

 

バナージ「…この子の親がいるかどうかの確証はないけど、いそうな場所ならアテがあるんだ」

 

アスナ「えっ?!ほんとに?!」

 

アスナは目を見開いてバナージを見る。

するとキリトも、頷き、

 

キリト「…なるほど、たしかにあそこなら、ユイも預けられるしな」

 

アスナ「それってどういう…?」

 

バナージ「まあ、とりあえず着いてからのお楽しみ、ってことで。とりあえず出発しようか」

 

するとキリトが少し険しい顔で

 

キリト「けど、あそこは奴らの管轄下だからな。一応用心していこう」

 

と言った。バナージもそれに頷く。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

第一層・はじまりの街

 

広場の転移門が青白く光り、中から四人の姿が現れる。

 

アスナ「ここに来るのも久しぶりだね…」

 

アスナが昔を懐かしんでそう言う。

キリトもそれに頷き

 

キリト「ああ。このゲームが始まって以来、ずっとここには戻ってこなかったからな」

 

バナージ「俺は人に会うために、よくこの層に来てたよ」

 

アスナはバナージの方を向き、

 

アスナ「ここに知り合いがいるの?」

 

バナージ「ああ、キリトもよく知る人物だよ。それで、さっき言ったアテでもあるんだ」

 

アスナ「へぇ〜…」

 

キリト「…よし、それじゃあ行こうか」

 

と、四人が歩き出そうとした時だった。

 

???「バナージだぁ〜〜!!」

 

突然、後ろから少女の声が響き、同時に紫色の人影がバナージに抱きついた。

 

バナージ「えっ?す、ストレア?!どうしてここに?!」

 

ストレア「なんか、バナージがここにいるような気がしたんだぁ〜!」

 

バナージ「ど、どういう事?!」

 

バナージがストレアの突然の登場に混乱している中、キリトとアスナはただ目を見開いてぽかんと口を開けて立っている。

 

キリト「な、なぁバナージ、その子は誰なんだ?」

 

バナージ「え、えっと…この子は…」

 

ストレア「アタシはストレア!上の層でバナージに会ったの!」

 

ストレアの自己紹介と共に、バナージはストレアと出会った経緯を説明する。

 

アスナ「…バナージ君でもわからないほどの《隠蔽スキル》の持ち主…ストレアさん、貴女は一体何者なの?」

 

攻略組最強と名高いバナージの《索敵スキル》を掻い潜るほどの実力者であるストレアに、アスナは少し警戒心を持って問いかけた。

 

ストレア「そんな怖い顔しないでよ♪可愛い顔が台無しだよぉ〜?」

 

ストレアはそれに対して相変わらず無邪気な笑顔でそう返した。そして、

 

ストレア「えいっ♪」

 

アスナ「えっ?きゃああっ!!」

 

ストレアがアスナに抱きついたのだ。アスナはその反動で地面に倒れこむ。

 

アスナ「す、ストレアさんっ!な、何してるの?!」

 

ストレア「えへへ〜アスナって抱き心地がいいね♪」

 

それを見たバナージとキリトはストレアを引き剥がそうとする。

 

バナージ「こらっストレア!誰彼構わず抱きつくな!」

 

キリト「おい!アスナに何してるんだ?!今すぐ離れろって!!」

 

しかし、バナージとキリトがいくら踏ん張ってもストレアはアスナから離れない。一体その華奢な腕にどれほどの力があるのか。

 

アスナ「ちょ、ちょっと!いい加減離れてよ〜!!」

 

ストレア「え〜?いいじゃん、まだ抱き足りないよ〜」

 

するとキリトが

 

キリト「お前いい加減にしろよ?!アスナを抱いていいのは俺だけなんだからな!!」

 

と、爆弾発言を投下した。

それを聞いた五人はキリトの方を向いて凍りつく。アスナは頬を赤らめてキリトから目をそらしている。

キリトも少ししてはっとした表情になり、一気に顔が真っ赤になる。

 

ストレア「へぇ〜?なるほどねぇ〜?そっかぁ〜それじゃあ仕方ないねぇ〜」

 

ストレアも、少し含みのある笑みを浮かべながらアスナからようやく離れた。

 

アスナ「…き…キリト君のバカッ///」

 

キリト「ご、ごめん…///」

 

するとその時だった。

 

ユイ「……す……と…れ……あ……」

 

キリトに背負われたユイが、変わらずたどたどしい口調で、しかしはっきりとストレアの名を口にした。

 

アスナ「ゆ、ユイちゃん?!」

 

キリト「ユイ?この子を知ってるのか?」

 

しかし、ユイは首を振り、

 

ユイ「……わかん、ない……」

 

キリト「そっか……」

 

すると、ストレアが真剣な表情になり、

 

ストレア「…ねぇ、キリト。この子、ユイって言うの?」

 

キリト「え?あ、ああ。二十二層の森で彷徨ってるところを保護したんだ」

 

バナージ「こんな小さい子がこの世界に一人でくることはないだろう?でも、その手がかりもないから、一旦この層にある孤児院に預けることにしたんだ」

 

ストレア「ふぅ〜ん…」

 

それを聞いてストレアは顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せ、そして再びキリト達に向き直り

 

ストレア「…なら、アタシも一緒に行く」

 

アスナ「え?でも…」

 

ストレア「…なんとなくだけど、アタシもその子をほっとけないの。だから、バナージ達の力になりたい」

 

先ほどまでのストレアからは考えられない、非常に真剣な雰囲気に皆は少し驚くが、

 

バナージ「…キリト、どうする?」

 

キリト「そうだな…まあ来ちゃいけない、なんてこともないしな。協力してくれるって言うなら、是非そうさせてもらうよ」

 

それを聞いたストレアはパアッと先ほどの笑顔になり、

 

ストレア「やったぁ〜!ありがとね、キリト♪」

 

キリト「おわっ?!」

 

そして例のごとくキリトに抱きついたのだ。

 

バナージ「だからそうやってすぐに抱きつこうとするなってーーー!!」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

第一層・中央市場

 

広い通りに雑貨屋や武具屋が並び、その通りを四人の人影が通り過ぎる。

 

アスナ「…ねぇ、キリト君」

 

キリト「ん?どうした?」

 

アスナはふと浮かんだ疑問をキリトにぶつける。

 

アスナ「ここって、何人くらい人がいるっけ?」

 

キリト「う〜ん…生き残ってるプレイヤーが約6000人、その内3割がここに残ってて、軍のメンバーも含めると…大体2000人くらいじゃないか?」

 

アスナ「それにしては、人が少なくない?」

 

キリト「ああ…たしかに…」

 

そう、いくらこの街が広くても、ここは中央市場。2000人もいたら、ここは賑わっていなければおかしいのだ。

にもかかわらず、彼らがすれ違ったプレイヤーの数はほんの数える程である。

彼らが疑問符を浮かべていた時だった。

 

???「子供達を返してください!!」

 

女性の声が響いた。

 

???「おっ、《聖女》さんの登場だぜ!」

 

???「いよっ、待ってました!」

 

続いて男性の声がした。

キリトとバナージは女性の声に聞き覚えがあり、アスナとキリト、バナージ、ストレアの四人は頷きその声がした方へ走り出す。

 

薄暗い路地裏に、1人の少女と複数の男性プレイヤーが向かい合って立っている。

男性プレイヤーは横列に並んで道を塞いでおり、彼らは皆《軍》のユニフォームに身を包んでいる。

そしてその奥には、2人の小さい三人の子供がいる。2人の男の子が1人の女の子を庇うように立っている。

 

???「子供達を返してください!」

 

そう叫ぶのは、紺色の髪に水色の装備に身を包み、左目に涙ボクロがある少女。

そう。彼女こそ、とある一件で第一層に戻り、小さい子供達を保護するなど慈善活動を行なっている《サチ》である。

 

サチの叫びに軍のメンバーは

 

???「人聞きの悪いことを言わないでいただきたいねぇ《聖女》さんよぉ…俺たちはただ、()()()()ってやつを教えてやってるだけでさぁ〜?これも、俺たち軍の立派な任務でねぇ」

 

???「そうそう、市民には納税の義務ってやつがあるからなぁ?」

 

そう言って、ニタニタと下劣な笑みを浮かべる。

サチはプレイヤー達の隙間を覗き込むように

 

サチ「ギン!ゲイン!ミナ!そこにいるの?!」

 

しかし、1人がその隙間を埋めてしまい、サチは険しい顔になる。

その時だった。

 

???「お姉ちゃん!サチお姉ちゃん!助けて!!」

 

軍のプレイヤーの背後から、少女の怯えた声が響く。

 

サチ「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」

 

???「姉ちゃん、それだけじゃダメなんだ!!」

 

今度は男の子の声が響く。

サチはその声に疑問符を浮かべるが、軍のメンバーが一層下卑な笑顔で

 

???「あんたら、随分と税金を溜め込んでるみたいだなぁ?」

 

???「なら、装備も全部置いていってもらわないとなぁ?防具も全部、何から何までなぁ?くくくく…」

 

あまりに無茶苦茶な要求にサチは歯軋りする。そして、

 

サチ「…そこを退きなさい!!さもないと…」

 

そう言いながら背中の槍に手をかけ、今にも抜いて飛びかかろうとしたその時だった。

 

1組の男女がサチの両脇を通り抜け、軍の列を飛び越えてそのまま軍に相対する。キリトとアスナだ。

そして続け様にもう1組の男女がサチの前に庇うように立ちはだかる。1人はユウキではない紫の少女。もう1人は…

 

サチ「ば、バナージ?!」

 

バナージは振り返って優しく微笑み、

 

バナージ「…遅くなったね、サチ。もう大丈夫だから安心してくれ」

 

呆気にとられていた軍のメンバーはすぐに正気に戻り

 

???「おい、おいおいおい!お前ら軍の任務を妨害する気か?!」

 

威嚇するようにそう叫ぶが、リーダーらしき人物が「待て」と制し、そのままキリト達の前へ歩み出る。

 

???「あんたら見ない顔だが…解放軍に楯突く意味、わかってるんだろうなぁ?!」

 

そういって、腰から長剣を引き抜いて切っ先をキリト達の方へ向ける。子供達は怯えて体を震わせる。

すると、険しい表情のアスナが前に出る。

 

アスナ「…キリト君。ユイちゃんと子供達をお願い」

 

キリトは黙って頷き、アスナは腰に愛剣『ランベントライト』をオブジェクト化し引きぬく。

そして、そのままニヤケ顔の軍の男の前に黙って立ち止まる。

 

するとその時、アスナの剣がピンク色の光を帯び、ソードスキル《リニアー》が発動する。

 

???「グアアッ?!」

 

軍の男は吹き飛ばされ、地面に倒れこむ。

起き上がろうとするが再びアスナのソードスキルが炸裂し、男はまた吹き飛ばされる。

地面に尻餅をついた状態でアスナを見上げる男。

そんな男をアスナは冷ややかな視線で見下ろし、

 

アスナ「…安心して。圏内戦闘ではHPは減らない。そう、軽くノックバックが発生するくらいけど…」

 

アスナは一呼吸置き、男を睨みつけて

 

アスナ「……圏内戦闘は恐怖を刻み込む!!」

 

そう言って再度ソードスキルを男にぶつける。

男はなすすべなく吹き飛ばされる。

すると男は何かを思いついたようにはっとした顔になり、

 

???「お前ら!そいつらを人質にしろ!!」

 

そう言って指差したのは、バナージ達三人。

言われて軍のメンバーは一斉に武器を抜いてバナージ達の方へ武器を構える。

それを確認したリーダーの男は

 

???「お、お前ら!!こいつらがどうなってもいいのか?!」

 

震えた声でアスナ達に向かって勝ち誇ったようにこう叫んだ。

しかしそれを見たキリト達は呆れたように嘆息し、

 

キリト「……別に、構わないぜ」

 

???「な、何?!」

 

キリト「……そいつらは、お前らごときでどうにかなるような奴らじゃない」

 

その直後、轟音が鳴り響き軍のリーダーの男の目の前に複数の人影が倒れこむ。それは、自分の部下達だった。

 

恐る恐る振り返ると、そこには白い剣を持ったバナージと身の丈ほどもある紫の大剣を肩に担いだストレアの2人がいた。

そしてバナージはリーダーの男に向かって

 

バナージ「…貴方はさっきこう言いましたね…『解放軍に楯突く意味が分かっているのか』と。その言葉、そっくり返させて頂きますよ」

 

ストレアも鋭い眼光を放ちながら男を睨み、

 

ストレア「…アタシ、人の笑顔を見るのが好きだけど、人が悲しい顔になるのは嫌い。だから、人に悲しい顔をさせるものはもっと嫌い。例えばアナタ達みたいな人たちは一番嫌いなの!!」

 

ストレアの怒号と共に、軍のメンバーは一斉に走り出し、そのままその場を後にする。

それを確認したアスナとバナージ、ストレアは剣を収める。

すると、キリトの後ろの子供達が

 

少年A「す、すげえ!!」

 

少年B「初めて見たよあんなの!!」

 

少女C「うん!すごくカッコよかった!!」

 

そしてバナージの後ろに立つサチも、

 

サチ「バナージ、みんな…本当にありがとう!!」

 

と、頭を下げた。

彼らの反応に、アスナは照れて頬を染めている。

バナージもストレアも嬉しそうに笑顔になっている。

 

キリト「どうだ?ママとにぃには強いだろ?」

 

キリトは微笑みながらユイに問いかける。

 

ユイ「みんなの……みんなの…こころが……!」

 

突如、ユイは空に手を伸ばして呟く。

 

キリト「ユイ?!どうした?!」

 

アスナ「ユイちゃん?何か思い出したの?!」

 

アスナも異変に気付き、ユイに駆け寄る。

ユイは怯えた顔でキリトの背中に顔を埋め、

 

ユイ「わたし……わたし、ここにはいなかった……ずっと…ずっと一人で、くらいところにいたっ!」

 

苦しそうで、辛そうな声でそう呟く。

 

ストレア「ユイ、ダメっ…!」

 

ストレアがユイを見て駆け寄ろうとするが、その直後。

 

ユイ「ぅわ、あ、ああぁぁぁああ!!」

 

ユイは目を見開き、背中をのけぞらせて悲鳴をあげる。

そして同時に、耳をつんざくようなノイズ音が走り、皆は思わず耳を塞ぐ。

ノイズが収まると、ユイはバランスを崩してキリトの背中から落ちそうになる。

アスナがそれを慌てて抱きとめる。

 

ユイ「ママ……こわい……ママ…パパ……」

 

ユイはアスナの腕の中で体を震わせ、そして意識を失ってしまった。

 

キリト「なんだったんだ…?今のは…?」

 

キリトは今起きた現象が理解できず、ただ疑問符を浮かべる。

バナージもそれを見つめていたが、ふとストレアの方に視線を移す。

そこには、悲しそうな表情で俯くストレアの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読み頂きありがとうございます!
ストレアとユイ…彼女達は一体何者なのか…?全ては次回、明らかになります!
そして今回、久々にサチを登場させました!サチ…ゲーム版でも死亡扱いの彼女が、《フェイタルバレット》でようやく救済ルートに入ってくれて作者も感激です!(フェイタルバレットはやっていないのですが…)
それでは、次回!


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第二十話 MHCP

遅くなりました!ジャズです!
ユイちゃん回後編です。
では、本文スタート!


2024年11月1日 第一層・はじまりの街

 

三人称視点

バナージ達はサチと子供達を救出した後、サチの案内で街の教会に来ていた。そして、突如として意識を失ったユイのため、彼らはそこに圧迫することになった。

翌朝、彼らが朝食をとるため一階の大広間に行くと、そこには約二十人くらいの子供達がテーブルに並べられた料理を我先にと食べている。

 

バナージ「これは……すごいな…」

 

バナージが目の前の光景に呆気にとられ、苦笑いでそう呟く。キリト達も同じ様子だ。

それに対してサチはふっ、と笑い

 

サチ「…いつもこうなんだよ。静かにって言ってもみんな聞かなくて」

 

そう言って、少し困ったような表情しながら答えた。

すると、彼らが座るテーブルの中央の女性、この教会の主であるサーシャがキリト達の方を向き、

 

サーシャ「…あの、昨日は本当にありがとうございました」

 

とぺこりと会釈しながらそう言った。

 

キリト「そんな、俺たちはただ当たり前のことをしただけですよ」

 

アスナ「そうですよ。それに、軍の良くない噂は最前線でも耳にしていましたし、彼らにとってもいい薬になったでしょうし」

 

サーシャの向かいに座るキリトとアスナはそう答える。

それを聞いたサーシャは少し苦笑し、

 

サーシャ「…昔は軍も真っ当な組織だったんです。しかし、いつからか市民に納税を課すようになり、それが日に日に横暴になっていって…」

 

サチ「しかもあんな小さい子供達に対しても容赦はない様子だし、ホントに困っていたんだよね〜…でも、あの時のバナージ達はすごくカッコよかったなぁ〜///」

 

サチは少し頬を赤らめてそう言った。

 

バナージ「あはは…別にカッコつけたつもりはなかったんだけどね」

 

すると、バナージの隣に座っているストレアがずいっ、と身を乗り出し

 

ストレア「ねーねー、アタシはー?アタシはどうだったー?」

 

サチ「え?えっと〜…うん、かっこよかったよ」

 

ストレア「わーい♪ありがと〜!」

 

そう言って、ストレアはバナージ越しにサチに抱きつこうとする。

 

バナージ「おいこらストレア!俺が巻き込まれてるぞ!危ないから座ってろ!」

 

ストレア「えー?いいじゃん!これがアタシなりの感謝の仕方なんだからぁ〜」

 

バナージ「そういうのいいから!時と場所を考えろって言ってるだろ?!」

 

ストレア「ちぇ〜…はーい」

 

ストレアは口を尖らせながらも大人しく席に座りなおした。

そんなやりとりを見ていたサーシャは少し咳払いをしてからユイの方を向き

 

サーシャ「あの、ユイちゃんは大丈夫ですか?」

 

キリト「一晩休ませたので、この通りなのですが…」

 

キリトがユイの方に視線を向け答える。

ユイは手に持ったパンを黙々と食べていた。

 

サチ「今までにもこんなことがあったの?」

 

アスナ「それが…わからないの。この子、二十二層で記憶を失った状態で彷徨ってて…それではじまりの街に」

 

アスナがそう言いかけた時、ユイが机に置いてあったパンを一つ手に取り、それをアスナに笑顔で差し出す。

アスナもそれを笑顔で受け取り、ユイの頭を撫でる。

 

アスナ「この子を知ってる人がいるんじゃないかと思って来たんです」

 

キリト「何か心当たりはありませんか?」

 

キリトの問いかけに、サーシャとサチは少し考え、

 

サチ「…残念だけど、多分この層にいた子じゃないと思う」

 

サーシャ「このデスゲームが始まってから、多くの子供達が心に傷を負いました。私、そんな子達を放って開けなくて、サチさんと一緒に暮らし始めたんです」

 

サチ「今もよくこの世界に迷い込んで困ってる子供がいないか見回ってるんだけど、ユイちゃんみたいな子は見たことがないな…」

 

キリト「そっか…」

 

サチの言葉に、皆は表情を曇らせた。

その時だった。協会のドアを叩く音がした。

訪問者を招き入れるため、バナージ達はドアを開ける。

そこに立っていたのは、銀色の長髪を後ろに束ね、軍のユニフォームを着ている女性だった。

 

彼女はバナージ達をまっすぐな瞳で見つめ、

 

???「初めまして、《ユリエール》と申します」

 

と一礼した。

そんな彼女を見て、バナージ達は少し警戒した表情になり、

 

バナージ「貴女は…軍の方ですよね?」

 

キリト「昨日のことで講義に来た、とか…?」

 

子供達とサチを守るためとはいえ、バナージ達がやった行為は、軍にすれば到底許されるものではないだろう。彼らもそれは自覚しているので、一体何をされるのやらと身構えていた。

しかしユリエールは両手を振り、

 

ユリエール「とんでもない、寧ろよくやってくれたと言いたいくらいです」

 

と、半苦笑いでそう答えた。

思わぬ発言にバナージ達は疑問符を浮かべる。

ユリエールは再度真剣な表情になり、

 

ユリエール「…今日は、皆さんにお願いがあってきたのです」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ユリエールの話を聞くため、サーシャとサチはバナージ達とユリエールを教会の奥の部屋へと招き入れた。

円形のテーブルを7名が囲むように座っている。

 

ユリエール「元々私達は…いえ、ギルドの管理者である《シンカー》は、今のような独善的な組織を作ろうとしていたわけではないんです。なるべく多くのプレイヤー達で、情報や資源を分け合おうとしただけで……」

 

バナージ「だけど、軍は組織として巨大になりすぎた……」

 

バナージの呟きにユリエールは頷き、

 

ユリエール「はい。そして、組織内の内部分裂が進む中で、台頭してきたのが《キバオウ》という男です」

 

キリト「《キバオウ》……」

 

その名を聞いて、キリトとバナージは少し眉を寄せる。

忘れるはずもない。彼は第一層ボス攻略の際に、キリトとバナージにやっかみを見せ、彼らが《ビーター》という汚名を被ることになった張本人である。

軍の内部でキバオウ一派は徐々に権力を強め、効率的な狩場の独占や調子に乗って恐喝まがいの行為まで行うようになった。

 

ユリエール「しかし、ゲーム攻略を蔑ろにしていたキバオウに対する批判の声が強まり、彼は自身の配下で最もハイレベルなプレイヤー達を最前線に送り込んだのです」

 

その言葉にバナージとキリトは顔を見合わせる。

 

バナージ「それって……!」

 

キリト「《コーバッツ》か…」

 

そう。先日行われた七十四層ボス攻略の際に、誰が見ても無謀と取れる作戦を実行した者達だ。そして、彼らはその結末を知っている。

 

ユリエール「結果はリーダーを含めた三人が死亡。散々な結果にキバオウは強く糾弾され、後一歩のところでギルドを追放できるところまで追い詰めたんです。しかし、そこでキバオウは……シンカーを罠にかけるという強攻策に出ました」

 

そして、ユリエールは顔を曇らせて、悲痛な表情で

 

ユリエール「……シンカーを、ダンジョンの奥深くに一人で置き去りにしたんです」

 

その言葉にバナージ達は目を見開き

 

バナージ「そんな…?!」

 

キリト「て、転移結晶は?!」

 

キリトの問いに、ユリエールは黙って首を横に振る。

 

アスナ「なんてこと…シンカーさんは手ぶらで、たった一人でダンジョンの奥に…」

 

ユリエール「シンカーはいい人すぎたんです。キバオウの“丸腰で話し合おう”という甘言に乗せられて…もう三日前のことです」

 

アスナ「三日前に…それで、シンカーさんは?」

 

ユリエール「かなりハイレベルなダンジョンのようで、身動きが取れないようです。全ては、副官である私の責任です。ですが、今の私のレベルではあのダンジョンには入ることもできませんし、キバオウが睨みを利かせている中で、軍の助力はあてにできません……」

 

ユリエールはそこまで言った後、顔を上げてバナージ達を見て

 

ユリエール「そんな時に、恐ろしく強いというプレイヤーが現れたと聞いて、お願いに来たんです!」

 

そして、ユリエールは席から立ち上がり、

 

ユリエール「キリトさん、バナージさん!お願いです!どうか私と、一緒にシンカーを助けてくれませんか?!」

 

ユリエールは目に涙を浮かべて頭を下げた。

ユリエールのその様子から、彼女にとってシンカーという男性がどれほど大切な存在なのか、皆が察するのは容易かった。

しかし、相手は軍の人間。もしこれが本当は昨日のことの報復で、バナージ達を陥れる罠という可能性も捨てきれなかったので、バナージ達はおいそれと信用することが出来なかった。

どうするか思案していると、

 

ユイ「だいじょうぶだよ、ママ。そのひと、うそついてないよ」

 

それを聞いて、アスナは驚いてユイを見る。

 

アスナ「ユイちゃん?そんなことわかるの?」

 

ユイ「うん。うまく言えないけど…わかる!」

 

そう言って、ユイは満面の笑顔でアスナを見る。

すると、ここまで押し黙っていたストレアも口を開き、

 

ストレア「……アタシもそう思う。もし本当に嘘をついてるのなら、こんな表情はきっと出来ないよ。それに、大切なものを助けたいっていう気持ちは、バナージ達にも分かるでしょ?」

 

ストレアの言葉に、皆はキョトンとしていたが、

 

キリト「…ははっ!そうだな。疑って後悔するより、信じて後悔しようぜ!」

 

バナージ「ああ。それに、何があっても俺たちなら大丈夫。きっとなんとかなるさ」

 

アスナ「…もう、呑気なんだから…」

 

そして、皆はユリエールに向き直り、

 

バナージ「ユリエールさん、俺たちでよければ協力させてください」

 

ユリエール「ありがとうございます!!」

 

ユリエールは再び頭を下げた。

そして、皆は早速準備に取り掛かる。

 

キリト「ユイはここで留守番しててくれ」

 

すると、ユイは顔をしかめて

 

ユイ「やだ、ユイもいく!」

 

サチ「…ユイちゃん、私と一緒にお留守番しよう?」

 

ユイ「やっ!」

 

サチの呼びかけにも、ユイは首を振る。

 

キリト「おお…これが反抗期ってやつか」

 

バナージ「何馬鹿なこと言ってるんだ」

 

アスナ「ユイちゃん、今から行くところはすごく危ないから……」

 

ユイ「やだぁーっ!いくったらいく!」

 

ユイは椅子から飛び降り、キリトの腕にしがみついてしまった。

 

ストレア「…キリト、アスナ。連れて行ってあげて?」

 

キリト「は、はぁ?!」

 

アスナ「何言ってるのストレアさん!ユイちゃんにもしものことがあったら…」

 

ストレア「大丈夫。キリト達がいるんだもん。ユイにもしものことなんて起きないよ」

 

ストレアは諭すようにキリトとアスナに語りかける。

するとバナージも、

 

バナージ「連れて行ってあげようよ?それに、ユイちゃんも、パパのかっこいいところ見たいだろ?」

 

そう言って、バナージはユイの頭を撫でる。

ユイは満面の笑みで

 

ユイ「うん!パパのかっこいいところ、見たい!!」

 

と、曇りのない輝いた瞳でそう言った。

 

キリト「そ、そうか!そこまで言うなら仕方ないな!」

 

アスナ「もう〜…」

 

ーーーーーーーーーーーー

 

薄暗い道を、五人の人影が歩いている。

ここは、はじまりの街にある黒鉄宮の中のダンジョンへ続く道だ。

 

バナージ「……まさか黒鉄宮の中にこんなダンジョンがあったとは…」

 

キリト「βテスト期間中にはこんなのなかったぞ……不覚だ」

 

二人が口々にそう呟く。それに答えるように、

 

ユリエール「…恐らく、上層が解放されるに連れて展開されたダンジョンなのでしょうね。キバオウ達は、ここを独占する計画を立てていたそうです」

 

ユリエールはそう言う。

 

キリト「なるほど、専用の狩場があれば儲かるからな」

 

キリトは訝しんだ表情でそう言う。すると、ユリエールは少し苦笑して

 

ユリエール「それが、60層クラスのモンスターが出てきて、まともに狩りは出来なかったそうですよ」

 

ユリエールがそう返すと、バナージ達も苦笑いになった。

やがて、地下深くへ続く階段にたどり着く。

 

ユリエール「…ここがダンジョンへの入口です」

 

キリトの肩から降りたユイはアスナと手を繋ぎ、物珍しそうに階段を見つめている。

そんなユイを見て、ユリエールはどこか不安げな表情になる。

 

アスナ「大丈夫ですよ、ユリエールさん。この子、見た目よりしっかりしてるし」

 

キリト「ああ、将来は立派な剣士になる」

 

バナージ「…剣士にするつもりかよ」

 

彼らの言葉に、ユリエールは黙って頷き、

 

ユリエール「…では、行きましょう」

 

と、足を踏み入れた。

薄暗い石レンガ造りのトンネルを、ユリエールが先導する形で歩いていく。途中モンスターとエンカウントすることがあったが、それらは全てキリトが相手をしていた。

そして、奥深くまで進んでいくと、カエル型のモンスターが大量に現れた。

 

キリト「うおぉぉぉりゃああぁぁぁ!!」

 

それらをキリトは左右の漆黒の剣で薙ぎ払っていく。

それを後ろで見ていたバナージは苦笑し、アスナは呆れ顔になり、ストレアは「おお〜」と感心したような声をあげ、ユイは楽しそうに笑顔ではしゃいでいる。

 

ユリエール「す、すみません…任せっきりで…」

 

アスナ「ああ、大丈夫ですよ。あれはもう病気みたいなものだし」

 

バナージ「“みたい”じゃなくてもう“病気”だからな。まあ、娘にいいとこ見せたいと言う父親の思いもあるんだろうし、やらせておけばいいんですよ」

 

ユリエールはメニュー欄を見て、シンカーの居場所を確認する。

 

アスナ「だいぶ奥まで来たけど、シンカーさんは今どの辺にいるのですか?」

 

ユリエールは可視化されたマップを表示する。

まだ未探索のエリアなので道は分からないが、赤い点が少し先の方にあるのがわかる。

 

ユリエール「…シンカーはこの位置から動いていません。多分安全エリアにいるのだと思います。そこまで行けば、転移結晶が使えますから」

 

すると、先の方で戦闘音が止み、キリトが剣を収めたやってくる。

 

キリト「いやぁ〜、戦った戦った〜!」

 

心なしか少し楽しそうだ。

 

ユリエール「すみません、任せっきりで」

 

キリト「いいんですよ、好きでやってることだし。アイテムも手に入るから」

 

申し訳なさそうな様子のユリエールに、キリトは手を振って答える。

 

バナージ「へぇ、何か手に入ったのか?」

 

キリト「おう!」

 

興味津々なバナージの問いに、キリトはドヤ顔で答え、メニュー欄からアイテムをオブジェクト化する。

それを見て皆は絶句した。

 

バナージ「…え、えっと……」

 

ストレア「こ、これは〜……」

 

アスナ「な、何……?」

 

キリトの手に握られているのは、グロテスクな形をした手羽先のような肉だった。

 

キリト「《スカベンジトードの肉》!ゲテモノほど美味いって言うだろ?アスナ、後で料理してくれよ」

 

アスナ「いやぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」

 

アスナは絶叫を上げて肉を明後日の方向へと放り投げた。

 

キリト「な、何するんだよ?!」

 

アスナ「ふんっ!」

 

キリト「く…なら、お前はどうだ?バナージ」

 

バナージ「いるかぁっ!!」

 

バナージも肉を地面に叩きつけた。肉はポリゴン片となって消滅した。

 

キリト「なっ、二人揃って…!くっそ、だったらあっ!」

 

キリトはメニュー欄を操作し、今度は両手いっぱいに肉を抱えた。

 

アスナ「いやぁ〜!いや、いやぁぁ!!」

 

アスナは再び悲鳴をあげて肉をポンポンと投げ捨てていく。

 

キリト「バカ!やめろ!美味しいんだってマジ!!」

 

バナージ「だったら全部お前が食え!!」

 

キリト「って、おいちょっ…むぐぐ」

 

バナージが肉をキリトの口に押し付ける。

そんなやりとりを見ていたユリエールは不意に笑ってしまった。すると、

 

ユイ「わらった!」

 

突然、ユイの明るい声が響く。

視線を向けると、ユイが嬉しそうな顔でユリエールを見ている。

 

ユイ「おねえちゃん、はじめてわらった!!」

 

ユイの言葉にユリエールはしばし呆気に取られた表情だったが、再び微笑を浮かべてユイを見つめる。

ユイもそれを見て満面の笑顔を見せる。

そんな彼女達を見て、先ほどまで喧嘩していたキリトとアスナ、バナージも自然と笑みがこぼれる。

 

バナージ「……それじゃあ、行こうか」

 

キリト「ああ!」

 

皆が笑顔で歩く中、一人だけ浮かない表情の人物が一人…

 

ストレア「………」

 

ストレアは後ろからユイを見つめる。

その表情は、どこか寂しげに写っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

しばらく歩いていると、前方に十字路が現れ、さらにその先に光が見える。

その光はおそらく、安全エリアだろう。

 

バナージ「……!奥にプレイヤーがいる」

 

バナージは索敵スキルを用いてそう告げる。

それを聞いたユリエールは

 

ユリエール「シンカー!!」

 

堪え切れなくなったのか、一気に駆け出す。

すると、奥の方から男性の声が響く。

 

???「ユリエール?!」

 

ユリエール「シンカーーーーー!!」

 

愛する人の名を叫びながら、ユリエールは目に涙を溜めてさらに加速する。

バナージ達も目を見合わせ、安心したように微笑んだ後ユリエールを追いかける。

 

しかしその時だった。

 

シンカー「ユリエール!来ちゃダメだ!!その通路には……!!」

 

それと同時に、バナージの眉間に稲妻が走り、何かを察知したバナージはAGIを全開にしてユリエールを追いかける。

そして、彼女が十字路にさしかかろうとした時、左から赤いカーソルが出現し、バナージは咄嗟に左手の剣を抜いて地面に突き立て、右手でユリエールを反対側へ突き飛ばす。

 

瞬間、けたたましい金属音が響き、バナージの目の前に大きな鎌が現れる。

バナージは右手のユニコーンを抜剣して、左側に視線を移し、剣を構える。

 

そこにいたのは、上半身だけの骸骨に大きな黒いローブを纏い、大鎌を携えた“死神”だった。

そして、そのモンスターの頭上に名前が表示される。

 

《The Fatel Scythe 》ーー“運命の鎌”

 

やがて、異変に気付いたキリト達も追いつき、バナージの後ろから目の前のモンスターを見ると目を見開き驚愕する。

そして、

 

キリト「ユリエールさん!ユイを連れて安全エリアへ!!」

 

バナージ「ストレアも逃げろ!!」

 

キリトはユリエールにユイを預けると、すかさず二つの漆黒の剣を抜き構える。アスナも腰から煌びやかな細剣を抜く。

ストレアはバナージの言葉に素直に従い、ユリエールとユイを連れて安全エリアに入る。

 

バナージ「……キリト、アスナ。ユイちゃん達を連れて逃げるんだ」

 

キリト「は?何言ってんだよバナージ?!」

 

バナージの言葉に、信じられないという顔になるキリト。

バナージは目の前の死神を見ながら、

 

バナージ「……こいつ、俺の識別スキルでもデータが見えない。多分九十層クラスのボスモンスターだ!俺が時間を稼ぐから、みんなは転移結晶を使ってここから出るんだ!!」

 

アスナ「そんな……!でもバナージ君が…」

 

バナージ「いいから早く!!」

 

しかし、キリトとアスナは互いに顔を見合わせると、黙って頷き、

 

キリト「ユリエールさん!ユイを連れて逃げるんだ!!」

 

アスナ「ストレアさんはみんなを守ってあげて!!」

 

そう叫ぶと、二人はバナージの隣に立つ。

 

バナージ「キリト?!アスナ?!なんで……!」

 

キリト「“何で”?決まってるだろ……俺はお前の相棒だぞ?お前一人残して逃げられるかよ」

 

アスナ「私も。バナージ君は私の大切な仲間だもの。置いてなんて行けないわ」

 

バナージ「二人共……」

 

バナージは少し嘆息した後、軽く笑い

 

バナージ「……絶対に生きて帰ろう!」

 

キリト「ああ!」

 

アスナ「もちろん!」

 

彼らが気合を入れると同時に、死神の大鎌が振り下ろされる。

バナージとキリトは咄嗟に左右の剣を交差させ、防御の姿勢をとる。

瞬間、激しい金属音と共に、三人の体は一気に後方へ吹き飛ばされ、壁に激突する。

 

バナージ「が……はっ……!」

 

飛びそうになる意識を何とか保ち、バナージは自身とキリト達のHPを確認する。

満タンだったはずの彼らのHPはイエローゾーンに達し、バナージは既にレッドゾーンになっている。

 

そして、バナージにとどめをささんと死神がゆっくりバナージに接近する。

 

キリト「逃げろ!バナージィィィーー!!」

 

アスナ「バナージ君!!!」

 

だが、バナージはスタン状態になっており、体に力が入らず立ち上がることができない。もはや絶体絶命。

 

と、その時だった。

 

黒い挑発がバナージの目の前に移り、死神の前で停止する。

それは、安全地帯にいるはずのユイだった。

 

バナージ「ユイちゃん?!どうしてここに…?!」

 

ユイは答えず、黙って死神を見つめている。

死神は今度はユイを標的に変え、大鎌を振りかぶる。

 

キリト「バカッ!!早く逃げろ!!」

 

アスナ「ユイちゃん!!」

 

攻略組のトッププレイヤーであるバナージ達のHPをたった一撃で致命傷になるほどの攻撃だ。そんなものがユイに当たればどうなるか、答えはあまりに明白だった。

 

しかし、

 

ユイ「……大丈夫だよ。パパ、ママ、にぃに……」

 

返ってきたのは、ユイの言葉。

しかし、それは先ほどまでの幼い感じではなく、寧ろ知的な感じの口調だった。まるで別人のように……

 

そして、ついに死神の鎌がユイを捉え、その小さな身体を真っ二つにーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーならなかった。

鎌がユイにぶつかる直前、紫の障壁がユイを守っていた。

そして、そのにはシステム表示がされている。

 

Immortal Object (不死属性)

 

“破壊不能オブジェクト”ーーーーそれは、普通のプレイヤーには与えられない、システム的不死を表す文字。

 

鎌を弾かれた衝撃で、死神は後ろへ後退する。

すると、ユイが右手を上に掲げる。

それを中心に炎が発生し、ユイの右手に集約され、大きな長剣を形成する。余波の炎はユイの着ている服を焼き、瞬時に白いワンピースーーーキリト達がはじめてであったときのユイの姿ーーーに変化する。

 

そして、ユイがその剣を両手で握り、構えた時だった。

 

「待って、ユイ」

 

後ろからユイを制止する声が響き、そして足音が近づいて来る。

現れたのは、紫の少女。

 

バナージ「ストレア?!」

 

ストレアはバナージの方に視線を向け、少し微笑んだ後ユイの方を向き、

 

ストレア「ユイはやっちゃだめ。アタシに任せて」

 

ユイ「……はい」

 

ユイがそう答えると、ストレアはユイの方に右手を伸ばす。

すると、ユイが握っていた紅の長剣がふわりと浮き上がり、吸い寄せられるようにストレアの右手に収まる。

死神は慌てて大鎌で防御の姿勢をとるが、ストレアは構わず跳躍し、そのまま長剣を振り下ろす。

振り下ろされた長剣は、死神の鎌ごと両断し、そして死神の体を巨大な炎が包んだ。

やがて、死神はけたたましい断末をあげて消滅した。

 

一連の出来事に言葉が出なかったバナージ達だが、不意にバナージが立ち上がり、

 

バナージ「ユイちゃん……ストレア……君たちは一体……?」

 

バナージの問いに、ユイとストレアはゆっくりと振り返り、

 

ユイ「パパ……ママ……にぃに……全部、思い出したよ……」

 

ストレア「……ごめんね。今から全部、話すから……」

 

その二人の両目には、涙が溢れていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

死神を撃退した後、バナージ達は安全エリアに来ていた。

そこは、真っ白な壁に覆われた正方形の部屋だった。

真ん中には黒い石が置かれており、ユイはそこに座り、ストレアがその隣に立つ。

バナージ達は、彼女達と向かい合って立っている。

 

アスナ「……ユイちゃん、本当に記憶が戻ったの?」

 

ユイはアスナ達に視線を向け、

 

ユイ「はい…………キリトさん、アスナさん、バナージさん」

 

三人「「「?!」」」

 

ユイの口調に、出会った時のたどたどしさ、幼さはもうない。しかしそれは、“終わり”を意味していた。キリトとアスナ、ユイの三人が、家族として過ごす時間が……

 

ユイ「…《ソードアート・オンライン》というこの世界は、一つのメインシステムによって制御されています。

システムの名は『カーディナル』。人の手による制御を必要としないこのシステムが、この世界の全てを自分で判断、制御しているんです。モンスターやNPC、アイテムや通貨の出現バランス…果てはプレイヤーのメンタルケアすらも…………」

 

そこでユイは1度目を伏せ、

 

ユイ「《メンタルヘルス・カウンセリング・プログラム》……《MHCP》試作一号、コードネーム《Yui》……それが私です」

 

バナージ「なっ……!!」

 

キリト「そんな…!」

 

アスナ「嘘……AIだって言うの……?!」

 

彼らは、今目の前にいる少女がプログラムであることに驚愕する。

 

ユイ「プレイヤーに違和感を与えないように、私達には感情模倣プログラムが組み込まれているんです……偽物なんです……この涙も……」

 

ユイの両目から涙が溢れ、頬を伝い粒子となって消える。

ユイは淡々と言葉を続ける。

 

ユイ「このゲームの正式サービスが始まったあの日、カーディナルは私達に、プレイヤーに対する一切の干渉を禁じました。私達はやむなく、プレイヤーの感情のモニタリングを続けました。状態ははっきり言って、最悪でした。

恐怖、絶望、怒り、悲しみ……そんな負の感情に支配される人々や、時には狂気に陥る人もいました。

本来であれば、私達はすぐにでもそのプレイヤーの元へ駆けつけなければならない…でも接触するのは許されない…私達はそんな矛盾で徐々にエラーを蓄積し、やがて全部で九人いた《MHCP》は、私一人を残して全て全滅した………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずでした」

 

そこまで言い終わると、ユイはストレアの方を向き、

 

ユイ「……生きていたんですね、ストレア……」

 

バナージ「えっ、ストレアも…なのか…?」

 

ストレアは黙って頷き、

 

ストレア「ごめんね、隠すつもりはなかったの……アタシは、《MHCP》試作二号、コードネーム《STREA》……ユイの妹、になるのかな」

 

キリト「でも、ストレアにはカーソルが表示されてる…なのにユイにはなかった…それはどう言うことなんだ?」

 

キリトはユイと初めて会った時、カーソルがないのを不審に思っていた。

対してストレアは、初めて会った時からカーソルがあり、プレイヤーだと思って疑わなかった。

だが、ユイとストレアは本質は同じ《MHCP》。この違いは一体なんなのか。

 

ストレア「……それはね、アタシが崩壊する直前に、この SAOにログインする筈だった未使用のアカウントに、アタシのデータを上書きしたからなの」

 

キリト「そうか…それでストレアにはカーソルが表示されているのか…」

 

キリトは納得したように頷く。

 

バナージ「それで、ユイちゃん達はどうしてこのフィールドにやってきたんだい?」

 

ユイ「ある日、他のプレイヤーとは異なるメンタルパラメータを持つ三人のプレイヤーを見かけました。そこにあったのは、喜び、安らぎ、友情、愛情、信頼、そして希望……そう言った正の感情でした」

 

ストレア「でも、それだけじゃない……アタシは、みんなに会いたかった…アタシが消える直前、視界が真っ暗になっていく中、光が見えたの。そこにいたのが、バナージ達だった。絶望という闇の中で、アナタ達だけは……夜空で輝く星のようで…だから、消えちゃう前にどうしても会いたくて、上書きしてまでここにやってきたの」

 

ユイ「おかしいですよね……私達、ただのプログラムなのに……」

 

両目から涙を流しながら自嘲するように笑うユイとストレア。

 

バナージ「違う…それは違うよ、ユイちゃん、ストレア…」

 

バナージが首を横に振ってユイ達に歩み寄る。

 

バナージ「君たちはもう、システムにただ従うだけのプログラムじゃない。自分自身の意思で、自分が何をしたいのか、それを言えるはずだ……君たちの望みを言ってごらん?」

 

バナージが優しく問いかけ、少し戸惑った顔になる二人だったが、やがてユイが華奢な手を伸ばし、

 

ユイ「わたしは……わたしは、ずっとみなさんと一緒に居たいです!パパ…ママ…にぃに……ストレア…!」

 

ストレア「アタシも…みんなと一緒に居たい…!」

 

ユイとストレアは涙目で訴える。

そんな彼女達を見ていたたまれなくなったアスナがユイとストレアに抱きつき、

 

アスナ「ずっと…ずっと一緒だよ…!ユイちゃん、ストレアさん…私達はもう、仲間だから……家族なんだからっ…!」

 

キリトもユイとストレアの手を握り、

 

キリト「ああ!ユイはもう俺たちの娘だ…そしてストレアは、俺たちの大切な仲間だ!」

 

しかし、

 

ユイ「もう……遅いんです……」

 

アスナ「……え?」

 

キリト「遅いって、何が…?」

 

キリトの問いに、ユイは座っている黒い石に触れ、

 

ユイ「これは、GMがシステムに緊急アクセスするために配置された『GMコンソール』です。私達はこれを使ってGM権限を発動し、先ほどのモンスターを排除したのですが…」

 

ストレア「……同時に、アタシ達が今この世界に来ていることがカーディナルにばれちゃったの。多分今頃、カーディナルがアタシ達のプログラムをチェックしてる…命令に違反したアタシ達はもうシステムの異物。もうすぐ、消されちゃう……」

 

ストレアの言葉に皆は目を見開いて

 

バナージ「そんな!?」

 

キリト「なんとかならないのか?!」

 

しかし、キリトの言葉にユイは首を横に振り、

 

ユイ「パパ…ママ…にぃに…これで、お別れです…」

 

泣き笑いでそう告げる。

 

アスナ「いや……いやよ!ユイちゃん!ストレアさん!私達…せっかく家族になれたのに…せっかく仲間になれたのに……これからいろんなところに行って、たくさん思い出を作って…消えちゃうなんて、そんなのいや!!」

 

キリト「ユイ、ストレア!行くな!!」

 

キリトもユイとストレアを抱き寄せる。

 

ストレア「バナージ…キリト…お願い。アナタ達は、みんなの光。真っ暗だったみんなの心を、希望という光で照らしてくれる……アナタ達がいれば、みんなが笑顔になれる……だから、アタシ達の代わりに、アナタ達がみんなを笑顔にして……?」

 

ユイとストレアは涙ながらにそう言う。

 

バナージ「そんな…俺たちだけじゃそんなの無理だ!ユイも、ストレアも……みんなで一緒に…!!」

 

バナージもストレアを抱き寄せるが、彼女達の体は徐々に光に包まれていく。

そして……

 

ユイ「パパ…ママ…にぃに…ありがとう…」

 

ストレア「じゃあ…バイバイ……」

 

彼女達は、光の粒子となって消滅した。

 

アスナ「ぁ……ユイちゃん……ストレアさ……あ、あああぁぁぁーー……!!」

 

彼女達が消えたと言う事実に、アスナは膝から崩れ落ちる。キリトもアスナの背中をさすりながら、両目からとめどなく涙を流している。

その時だった。

 

バナージ「っ……それでも!!」

そう叫び、コンソールに現れたキーボードを操作する。

 

アスナ「…っ…バナージ君…?」

 

キリト「バナージ?」

 

バナージ「今なら…今ならまだ、ここのGMアカウントでシステムに割り込めるかも!!」

 

そう言って、キーボードを高速で打ち込んでいく。

すると画面にゲージが現れ、それの数値が徐々に上がって行く。

 

バナージ「来るぞ!しっかり受け止めてくれ、キリト!」

 

キリト「ああ!」

 

キリトもバナージのやっていることが理解できたのか、強く頷いて黒い石の前に立つ。

すると、目の前に二つの青白い光が現れ、それが徐々に収縮し結晶を形作る。

そして次の瞬間、それが爆せた。

 

バナージ「うわっ?!」

 

キリト「あでっ?!」

 

バナージとキリトは吹き飛ばされ、壁に激突する。

 

アスナ「キリト君、バナージ君!」

 

するとキリトが、アスナに右手を差し出す。

 

キリト「…ちゃんと…受け止めたぞ……!」

 

その他の中には、光り輝く涙石があった。

 

アスナ「これって…!」

 

バナージ「ああ…ユイちゃんとストレアが起動したGM権限が切れる前に、ユイちゃんとストレアの本体プログラムを切り離したんだ。それは…ユイちゃんの心だよ…」

 

アスナ「ユイちゃん……!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

60層・アラベル

 

第一層でキリト達が二十二層のホームへ帰った後、バナージは自分の宿へと歩いていた。

ふと、バナージは足を止め、メニュー欄を開く。

そしてそのアイテム欄の一番下に、《MHCP002》と言う文字がある。

そう、先ほどバナージが間一髪のところで救出したストレアのメインプログラムである。

ちなみに、ユイとストレアのプログラムは、この世界が終わった後にはそれぞれキリトとバナージのナーブギアのローカルメモリに保存されるようになっているので、現実世界でもまた会うことができるようになっている。

バナージは、ストレアが消える直前に彼に言った言葉を思い出す。

 

『アナタ達はみんなの光……真っ暗だったみんなの心を、希望という光で照らしてくれる……』

『アタシ達の代わりに、アナタ達がみんなを笑顔にして…』

 

バナージ「……ああ、約束するよ、ストレア。君の代わりに、俺がみんなを笑顔にしてみせる。そして、必ずこの世界を……俺たちの手で終わらせてみせる!」

 

バナージはそう語りかけると、メニュー欄を閉じ、迷宮区へと足を運ぶ。この世界を、終わらせるために……

 

ストレア“バナージ……頑張れ!!”

 

ふと、彼の頭にストレアの声が、聞こえた気がした………

 

 

 




遅くなってすみません!
学校が再開し、中々執筆が進まないでいます。
この作品を楽しみにしてくださっている読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしました!
これから更新ペースが遅くなると思いますが、何卒気長に待っていただければ幸いです。
では、これからもよろしくお願いします!


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第二十一話 奈落の淵

どうも皆さん!ジャズです!
令和が始まりましたね〜!皆さんはいかがお過ごしですか?
それはそうと、この小説のお気に入りユーザーが50を超えました!!皆さん本当にありがとうございます!
これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!
では、本文スタートです!


2024年11月5日 第五十五層・グランザム

 

三人称視点

その日、バナージとキリトは血盟騎士団本部に来ていた。理由は、団長のヒースクリフから緊急招集がかかったからだ。

会議室に集められた彼らが聞いたのは、最前線のボス戦に関する情報だった。

 

バナージ「偵察隊が……全滅…?!」

 

衝撃の報告に、バナージ達は目を見開く。

対するヒースクリフは落ち着いた様子だが、険しい表情を浮かべている。

 

ヒースクリフ「昨日のことだ。来たるボス戦のために、我々は五ギルド合同の20人パーティで偵察に向かわせた。だが、最初の10人が部屋に入ってボスが出現した時、部屋の扉が閉まってしまったのだ」

 

それを聞いたキリトは、ある日の出来事を思い出す。

 

キリト「《結晶無効化エリア》……」

 

キリトの呟きにヒースクリフは黙って頷き、

 

ヒースクリフ「五分後、ようやく扉が開いたとき、部屋には何もなかったそうだ。先に入った10人も、ボスの姿も消えていたらしい」

 

キリト「嘘だろ……?!」

 

ヒースクリフの言葉から、今回のボスは今までとは比べ物にならないくらいの強敵であることは明白だった。その事実に、キリト達は愕然とする。

 

ヒースクリフ「だが、だからといって我々は攻略を諦めるわけにはいかない。可能な限りの大部隊を以って、攻略にあたるしかないだろう」

 

その言葉に、バナージとキリトはヒースクリフの言いたいことを察した。つまりこの男は、自分たちも攻略に加われと言っているのだ。

 

バナージ「…勿論、協力はさせていただきます。ですが、俺にとっての最優先事項はキリトや俺の友人達です。もし彼らに危険が及べば、俺は攻略よりも彼らを優先して守ります」

 

キリト「右に同じだ。俺たちには俺たちの大切なものがある。それだけは譲れない」

 

キリトとバナージはヒースクリフを真っ直ぐに見据えてそう言った。

そんな彼らを見てヒースクリフはふっ、と笑い

 

ヒースクリフ「…よろしい。何かを守ろうとする意思は人を強くするものだ。

作戦決行は三時間後だ。では、君たちの勇戦を期待しているよ」

 

そう言うとヒースクリフは立ち上がり、部屋を後にする。彼の隣に並んで座っていた幹部達も彼に続いて立ち上がり、部屋を出て行く。

部屋にはバナージとキリトが残された。彼らの表情は険しい。

 

バナージ「…はあ、後三時間か……どうする?」

 

バナージが重い沈黙を破るようにキリトに話しかける。

しかしキリトは少し暗い表情のままバナージを見つめている。

 

キリト「……なあ、バナージ。今回のボス戦、お前は……」

 

バナージ「おっと、キリト。それ以上は言うな」

 

バナージはキリトの言わんとしていることを察し、キリトが言い終わる前に制した。

 

バナージ「お前の考えていることなんてお見通しさ。大方、《お前はここで待っててくれ》なんて言うつもりだったんだろ?」

 

キリトはバツが悪そうに目を伏せ、

 

キリト「……だって、転移結晶の使えない場所では何が起こるかわからないんだぞ?お前だって分かってるだろ?それがどれだけの危険を伴うのか…俺は嫌なんだ!お前に、もしものことがあったらって…!」

 

バナージ「……そうだな。俺だって怖いよ。出来ることなら、今回のボス戦には参加したくない」

 

キリト「だったら……!」

 

バナージ「けど俺も、お前が死ぬことの方が怖いんだ。ボス戦の恐怖よりも、お前を失うと言うことの方が何倍も怖い。だから俺は戦う。お前と一緒に」

 

キリト「バナージ……」

 

バナージはキリトの肩に手を置き、

 

バナージ「それに、俺が死ぬことなんて絶対ないよ。断言できる。何故ならお前が俺を守ってくれると信じてるから。お前と一緒なら、負けることなんてない。今までもそうだったろ?」

 

キリトはその言葉を聞いてハッとした表情になり、

 

キリト「…ああ……そうだ、そうだな。ごめん、俺ちょっと弱気になってた」

 

バナージは安心したように微笑んで、

 

バナージ「分かればいいのさ……それに、今の俺たちの現実の体は、多分病院で何とか生かされている状態なんだ、きっと。だから……」

 

キリト「このゲームがクリア出来る出来ない以前に、タイムリミットは存在する、ってことだよな?」

 

キリトはそう問い返す。バナージは頷き、

 

バナージ「そう、だから今は……戦おう。そして必ず、一緒に帰ろう、現実世界に。スグちゃんも待ってるはずだしね」

 

キリト「スグ……ああ、そうだな。あいつ今頃どうしてるかな?」

 

《スグ》と言うのは、現実世界にいるバナージ達の妹、《桐ヶ谷直葉》だ。血の繋がりは無いが、彼らは本当の兄弟のように接していた。

 

バナージ「…スグちゃんは剣道の才能が高かったからなぁ〜…全国大会とか行ってるんじゃないか?」

 

キリト「そうだな……なんか、あいつに会いたくなったな…」

 

バナージ「ああ。俺たちがこの世界に来てからずっと一人ぼっちだったんだもんな。早く戻ってあげないと」

 

キリト「……そのためにも、今は戦うしかないんだな」

 

そう言って、二人はもう一度戦う覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

75層・コリニア

 

3時間後、バナージとキリトは最前線の層に来ていた。

キリトの隣にはアスナがいる。ちなみにキリトは、アスナにも“ボス戦に来るな”と言ったのだが、アスナも“ボス戦に参加する”と言って聞かなかったそうだ。

転移門広場には、これからボス戦に参加するのであろう多くのプレイヤーが集まっていた。

彼らはバナージとキリトに気づくと皆一礼し、中には敬礼するものやわざわざ駆け寄って挨拶するものまでいる。

これは、これまでのボス戦におけるバナージとキリトの英雄的活躍に起因するものだが、彼らが第一層で《ビーター》の汚名で呼ばれていた頃には考えられなかったことだ。

 

バナージ達が広場を歩いていくと、

 

???「おーい、みんな〜!」

 

と、後ろから無邪気な少女の声がする。

振り返ると、そこには紫の長髪に赤いバンダナを巻いた少女、ユウキがいた。

 

バナージ「ユウキ!君もボス戦に参加するんだね!」

 

ユウキ「もっちろん!バナージ達が戦うのにボクがサボるわけにはいかないよ〜!」

 

ユウキは相変わらず無邪気な笑顔で話す。

 

アスナ「ふふっ、ユウキがいれば百人力ね!」

 

キリト「ああ!今回もよろしく頼むぜ!」

 

ユウキ「うん!みんなもよろしくね!」

 

彼らがそんな会話をしていると、

 

???「やっほ〜、みんな」

 

オレンジの髪に青いフード付きのポンチョを身につけた少女がやって来る。

 

キリト「フィリアじゃないか!今回も戦ってくれるのか?」

 

フィリア「当然!今回はクォーターポイントだからね〜、かなりの難敵だろうけど、それ以上に報酬が気になるんだ!」

 

バナージ「ははっ、流石トレジャーハンター!」

 

すると今度は、彼らの背後から二人の男性がやって来る。

一人は戦国時代の侍風の男性と、褐色肌の大柄の男性だった。

 

バナージ「エギルさん、クラインさん!」

 

キリト「二人共参加するのか!」

 

言われた二人は

 

クライン「ったりめぇだろ!!」

 

エギル「こちとら商売投げ出して参加するんだぜ?この無視無欲の精神を理解できねぇか?」

 

それを聞いたバナージとキリトは悪戯な笑みを浮かべ、

 

バナージ「無視無欲…ですか…」

 

キリト「そうか。なら、エギルは戦利品の分配から除外するからな?」

 

エギル「え?あ、いや!それはだなぁ…」

 

言い淀んだエギルにアスナとユウキ、フィリア、クラインは思わず吹き出す。それにつられてバナージとキリトも笑い出す。

しかし、そんな和やかな空気もある人物が現れることによって一変する。

転移門が光り、その中から五人の男性が出現し、中央を仰々しく歩く。全員がその身に豪華な鎧を身につけ、さながら西洋の騎士を連想させる。そのうちの一人は、全身が真っ赤な鎧に包まれいる。血盟騎士団団長のヒースクリフだ。

 

やがてヒースクリフは立ち止まり、懐から回廊結晶を取り出すと、それを高々と掲げて

 

ヒースクリフ「コリドーオープン!」

 

彼がそう叫ぶと回廊結晶が弾け、彼の前に大きな光の壁が出現する。

ヒースクリフはこちらを振り返ると、

 

ヒースクリフ「…では、行こうか」

 

笑顔でそう言い、壁の中へ入っていった。

プレイヤー達もそれに続き、やがてバナージとキリトもその壁をくぐり抜ける。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

転移した場所は迷宮区の最奥、つまりボス部屋の目の前だ。

そこは透明感のある黒曜石のブロックが積み上げられて出来ており、薄暗く門の両側にある炎だけが辺りを照らしている。

 

バナージ「…なんか、嫌な感じだな」

 

キリト「ああ……」

 

この世界で二年も戦い続けてきた彼らは、ボス部屋の様子だけで今から相手取るボスの力量を測るのは容易なことだ。それだけに、今のこの空間は今までと比べてどこか異様で、そしてそれはこの部屋の主がかなり強力な相手であることを意味していた。

 

やがて、ヒースクリフが扉の前に立ち、プレイヤー達の方を向いて

 

ヒースクリフ「諸君、準備はいいかな?基本的に、我ら血盟騎士団がボスの攻撃を食い止める。その間に、可能な限りパターンを見極めて柔軟に対応してほしい。……では行こう、解放の日のために!!」

 

ヒースクリフの宣言にプレイヤー達は「おおーーっ!!」と雄叫びを上げる。

そんな中、不意にアスナがキリトの手を握り、

 

アスナ「……大丈夫だよ、キリトくんは私が守る。だから、キリトくんも……私たちを守ってね?」

 

彼の耳元でそう囁く。

キリトも笑顔で

 

キリト「ああ、約束だ。君も、みんなも…必ず守る!」

 

そして別の場所では、ユウキがバナージに話しかけている。

 

ユウキ「あっあのね、バナージ……」

 

バナージ「ん?どうした、ユウキ?」

 

ユウキは少しうつむいた後、勢いよく顔を上げ、

 

ユウキ「絶対に勝とうね!!」

 

満面の笑みでそう言った。バナージも微笑みながら

 

バナージ「もちろん!みんながいるんだ、負けるなんてことあり得ないよ。今回もよろしく頼む!」

 

そして、皆が各々の愛剣を引き抜き、構える。

キリトは視線を向けずに、フィリアとクライン、エギルに話しかける。

 

キリト「……死ぬなよ?」

 

フィリア「うん!」

 

クライン「へっ、テメェもな!」

 

エギル「今回の戦利品で一儲けするまでは、死ねねぇよ!」

 

彼らの返事を聞いたキリトとバナージはふっ、と笑い、最後に互いを見つめ合う。

彼らは無言でうなづき、再び前方を見据える。最早、バナージとキリトに言葉など必要ない。この世界で二年の間共に歩み続けていた彼らにとって、今更会えて言うことなどない。ただ、今まで通りに戦い、そして勝つのみである。

 

そしてついに、『ゴゴゴッ』というか重々しい音を立ててボス部屋への扉が開き始める。それと同時に、全プレイヤーの緊張感が高まっていく。

そして、完全に開ききった時、

 

ヒースクリフ「戦闘、開始!!!」

 

彼の号令と共に、全プレイヤーが雄叫びをあげてボス部屋へ突入していく。

全員が入った後、部屋の扉は再び閉じられた。

 

あたりは薄暗く、辛うじて円形のフィールドが見えるくらいだ。

周囲には何もなく、プレイヤーの息遣いが聞こえるのみ。ボス部屋には似合わないあまりにわ不気味な静けさに、緊張が高まっていく。

 

???「何も……いねぇぞ?」

 

1人のプレイヤーがそう呟く。

すると、バナージの耳に何かが擦れるような音が聞こえた。音の発信源を探るため、全神経を注いで耳をすませる。

 

その時、バナージの眉間に稲妻が走り、何かを察知したバナージはとっさに

 

バナージ「上だ!!!」

 

と叫んだ。

その声にプレイヤー達は上を見上げる。

その天井に、それはいた。

 

それは骸骨だった。それも異形の。

百足のような縦長の身に両側から無数の足が生えており、頭部からはカマキリのような腕が生えている。

 

やがて、そのモンスターの頭部に名前が表示される。

 

バナージ「あ、あれは……!」

 

キリト「……スカルリーパー?!」

 

『The Skull Reaper』ーーーー『骸骨の狩手』の名を持つモンスターは『ギュオアアアア!!!』と禍々しい叫び声をあげ、こちらに向かって急降下してくる。

 

ヒースクリフ「固まるな!距離を取れ!!」

 

ヒースクリフのとっさの指示にプレイヤー達は慌ててその場から飛びのくが、約2名が恐怖に呑まれたのか、その場から動けずにいる。

 

バナージ「こっちだ!走って!!」

 

バナージが大声で叫び、それを聞いた2人は慌ててそこから走り出すが、直後に『骸骨の狩手』は降りてきた。

狩手は勢いよく右手の鎌を振り、逃げ遅れた2人を容易く吹き飛ばす。

バナージとキリトは剣を逆手に持って2人を受け止めようと両手を広げるが、バナージ達に到達する前にその2人は消滅した。

 

バナージ「……は?」

 

キリト「おいおい……冗談だろ?」

 

フィリア「たった……一撃で……?!」

 

そう、たった一撃でその2人は消滅、すなわち『死んだ』のだ。

スキル・レベル制併用のSAOでは、レベルを上げれば自動的に最大HPも上昇するため、レベルさえ上げていればそれだけで死ににくくなる。

まして、この世界の攻略組は皆が最低でも安全マージンの+10はクリアしている筈だ。なので、いくらボスの一撃といえど、数発ならば回復せずとも耐えられる筈なのだ。

しかし、先程の2人は一撃で死んだ。あまりに理不尽な現実に驚愕するバナージ達だが、ボスはそんなことに構うことはない。ただ無慈悲に、その鎌を獲物に振り下ろす。

 

次の標的を定めた狩手は、その身を大きく持ち上げ、巨体に似合わないスピードで獲物に肉迫する。

獲物として狙われたプレイヤーは先程の光景を見たこともあって、恐怖のあまり動けずにいる。

振り上げられた鎌が今にもそのプレイヤーを叩き斬らんと一気に振り下ろされるが、それはプレイヤーに届く前に阻まれた。

ヒースクリフだ。彼が盾で狩手の攻撃を止めたのだ。

しかし、彼の行動も虚しく、狩手はもう一方の鎌でプレイヤーを斬りつけた。

彼もまた、一撃でそのHPが全損し悲鳴をあげる間も無く消滅する。

その後も、とてつもないスピードで動き回る骸骨の狩手。

 

エギル「くそっ、まともに近づくこともできねぇ!!」

 

エギルが叫ぶ。

そしてボスは、新たな標的に向けてその鎌を振り下ろす。

 

キリト「くそっ!!」

 

キリトはとっさに飛び出し、ボスと狙われたプレイヤーの間に割って入り、左右の漆黒の剣で鎌を受け止める。

 

キリト「下がれ!!」

 

キリトの声に、守られたプレイヤーは走ってその場から後退する。

しかし、キリトが受け止めた鎌は止まらず、そのままキリトの右肩に迫っていく。

 

キリト「(〜っ、重すぎる!このままじゃ……!)」

 

するとボスは、今度は反対側の鎌を振り上げ、キリトに斬りかからんと勢いよく振り下ろす。

しかし、その攻撃がキリトに届くことはなかった。ヒースクリフが自身の盾でガードしたのだ。

そして今度は、赤い閃光がキリトに迫っていた鎌を後方へ大きく弾き飛ばす。ボスはその攻撃を受けうめき声をあげて後退する。

キリトは後ろを振り返ると思わずふっ、と笑みを浮かべた。

そこにいたのは、白を基調とし赤いラインの入ったロングコートを着た少年ーーーーー相棒のバナージだ。

 

バナージ「大丈夫だ、キリト。二人ならーー俺たちならやれる!!」

 

キリト「ーーーああ!行くぜ、相棒(バナージ)!!」

 

バナージとキリトはそれぞれ純白と漆黒の双剣を構え、ボスに対峙する。

 

バナージ「鎌は俺たちで食い止めます!!」

 

キリト「その間に、みんなは側面から攻撃してくれ!!」

 

ヒースクリフ「アスナ君、攻撃の指揮は君に一任する!!」

 

鎌を弾きながら3人は叫んだ。

 

アスナ「了解です!」

 

アスナはそう応えると、プレイヤーの集団に向き直り、

 

アスナ「全員、側面からソードスキルで攻撃!!正面には立たないでください!!!」

 

アスナの号令に、プレイヤー達は一斉に飛びかかる。

 

クライン「うおおおお!!」

 

エギル「暴れんじゃねぇ!!」

 

エギルとクラインも自身の獲物を構えて走り出す。

バナージ達が的確に鎌を受け止め、その隙に側面から攻撃するプレイヤー達。しかし、それでもボスのHPを数ドット削るに過ぎない。

 

その時だった。

 

ボス『キシャァァァァァァッッッ!!!!!!!』

 

ボスが天に向かって叫び、四方に開く顎を目一杯開く。

すると、その口の中にエメラルドグリーンの光の粒子が集まり始め、やがてそれは大きな光の球体となる。

 

そして

 

バシュゥゥゥゥゥ!!!

 

緑の光の光線がボスの口から真っ直ぐに飛ぶ。

それは、側面から自分を攻撃したプレイヤー達に向けられていた。

 

眩ゆい光の光線に五人のプレイヤーが巻き込まれ、悲鳴をあげる間も無くその身は一瞬で蒸発した。

 

アスナ「え?」

 

ユウキ「なっ……」

 

フィリア「何……今の……?」

 

先程の光景にアスナ達は呆気にとられている。

 

バナージ「まさか……今の攻撃は……!」

 

バナージは先程のボスの攻撃に見覚えがあった。

いや、彼はそれを嫌という程見てきた。この世界ではなく、前世ーー《宇宙世紀》の世界で。

そう、《ビーム兵器》である。

 

キリト「おいおい……冗談だろ?」

 

キリトも声を震わせながら呟く。

無理もない。たった一撃でプレイヤーを殺す鎌という近接戦にて凶悪な攻撃手段に加えて、これまた対象を問答無用で消滅させる長距離攻撃ときた。それは、今この場でボスから逃げる手段は何一つないことを意味していた。

ボス部屋の扉は閉ざされ、結晶アイテムは使用不可。よってプレイヤー達がこの場から離脱する手段はない。加えて相手はたった一撃で自分たちを殺す力がある骸骨の空手。対してこちらは全員が一斉に攻撃しても大したダメージにはならない。

これらの現実は、攻略組のメンバーの心を折るにはあまりに十分すぎた。

 

「そんな……」「こんなの…勝てっこねぇよ…」

 

プレイヤーの中には膝をつくものが現れ始め、中には剣を捨てるものまでいる。

アスナ達も目は死んではいないが、その心はすでに闇で覆われていた。《このボスには勝てない》という考えが彼らの頭を埋め尽くしていた。

 

それに対し、ボスは再度天に向かって丸で自身の勝利を確信したように『キシャァァァァァァッッッ!!!』と雄叫びをあげる。

 

そしてボスはプレイヤー達へ向き直り、闘志を無くした彼らへ引導を渡さんとゆっくりと接近する。

プレイヤー達はもう誰も立ち上がらず、ただ自分の命が終わるのを待つのみ。もう攻略組の中に、戦う気力のあるものはいないーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー()()を除いて。

 

 

バナージ「やらせるかああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

突如、バナージが二本の双剣で横からボスに斬りかかった。

 

フィリア「バナージ?」

 

フィリアは目を丸くしてバナージの方を見る。

ボスはバナージの方を向き、すかさず左手の鎌をバナージの方は振り下ろす。バナージは双剣をクロスさせてそれを防ぐが、その一撃はあまりに重くバナージといえど完全に止めることはできず先程のキリトと同じく徐々に鎌がバナージの身体へ迫っていく。

 

バナージ「ぐっ…ううっ……!」

 

必死に踏ん張るが、それでも尚鎌は止まらない。

すると、

 

キリト「はあぁぁぁっ!!」

 

キリトが片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》で鎌をはじき返した。

 

バナージ「ありがとう、キリト!」

 

キリト「ああ!このまま行くぞ!!」

 

そして、二人はボスに向かい合って立つ。

そんな彼らを見て、攻略組のメンバーの男が

 

???「無理だ!いくらあんたらでも、あいつは二人でどうにかなるやつじゃない!さっきも見ただろ?!俺たちが束になっても敵わないんだ!もう、こいつには勝てねぇよ……」

 

と、泣き叫ぶように言った。

それに対して、バナージは振り返らずに答える。

 

バナージ「……そうですね。確かに、俺たちがこいつに勝てる可能性はかなり低いかもしれません」

 

???「だったら…!」

 

キリト「だったら何だ?諦めるのか?このままただ死ぬのを待つのか?」

 

今度はキリトが男がなにかを言い切る前に問いただす。

 

キリト「俺たちは今まで、何のために命を懸けて戦ってきた?そんなの決まってる。この世界から出るためだろう!それをここで投げ出すのか?!」

 

キリトの言葉に男はおし黙る。

 

バナージ「…貴方の言う通り、こいつに勝てる確率は今までのボスに比べてかなり低いかもしれません。でも……それでも、ゼロじゃないはずです!たとえ、たった1%しか確率がないとしても、俺はその1%に全てを懸ける!」

 

バナージがそう叫ぶと、ボスはバナージとキリトに向けて双方の鎌を大きく振りかぶる。あれをまともに受ければバナージ達といえどひとたまりもない。しかし、彼らは動かなかった。

 

その時、バナージはある人物に言われた言葉を思い出していた。その人物とは、少し前に変わった出会いをした二人の少女。一人はまるで家族のように、もう一人は昔からの親友のように接してくれた、二人のAIーー《MHCP》の少女、ユイとストレアである。

 

ーー『アナタ達はみんなの光。真っ暗だったみんなの心を、希望という光で照らしてくれる』ーー

 

バナージ「ああ…わかってるよ、ストレア。みんなが絶望という闇に包まれているのなら、俺たちが光になってみせる!」

 

バナージとキリトは、目を閉じて意識を集中し切り札を呼び覚ます。

 

バナージ「(俺は……俺はあのボスを倒す…いや、倒さなきゃならないんだ!!だから……)」

 

キリト「(まだ、そこにいるなら……俺たちに力を貸せ!!)」

 

 

バナージ「ユニコオォォォォォン!!!」

 

キリト「バンシィィィィィィッッッ!!!」

 

その瞬間、バナージとキリトの身体が赤と黄色の光に包まれ、彼らの切り札である《NTーD》が発動される。

 

バナージ・キリト「「うおおおおおおお!!!」」

 

二人はそう叫ぶと同時に、振り下ろされた鎌がとてつもない力で跳ね返され、骸骨の狩手の上体は大きく仰け反る。

その隙に二人は飛び上がり、今度は頭部にソードスキルを二人同時に叩き込み、ボスの頭部を地面に叩きつける。

ボスも負けじと応戦し鎌を振り続けるが、《NTーD》を完全解放したバナージ達にすれば避けるのは容易い。

 

キリト「そんな攻撃、もう当たると思うなよ!!!」

 

キリトはそう叫ぶと、振り続ける鎌を的確に避け続け、ボスにクリティカルヒットをこれでもかというほど命中させる。

 

ボスは豹変した彼らの猛攻に堪えかねたのか、再びその口を大きく開き、先程のビームの発射準備をする。

しかし

 

バナージ「それはもう撃たせないぞ!!!」

 

バナージがそう叫ぶと、腰から3本のピックを引き抜き、それを投剣スキル《シングルシュート》でまとめて飛ばす。

それらは吸い込まれるようにボスの口内へ飛んでいき、チャージされていたエネルギーに命中する。その攻撃を受けて球体に固まりつつあった光は爆散し、ボスの頭部は爆炎に包まれる。

バナージ達はその後も《NTーD》の機動性を遺憾なく発揮し、先程まで大苦戦していたはずのボスを翻弄し続けている。

 

そしてそんな彼らの姿を見て、

 

アスナ「…やっぱり強いな、キリトくんもバナージくんも……」

 

そう呟くと、軽く笑って

 

アスナ「……キリトくんは私が守るって誓った…なら、私がここでやめるわけにはいかないよね」

 

そう自分に言い聞かせるように呟き、その手に剣を握って再び立ち上がる。

 

ユウキ「……ボクも…行かなきゃ」

 

ユウキもまた、愛剣を手にとって再び立ち上がる。

 

ユウキ「諦めるなんて…ボクらしくないよね!!」

 

そう言って、吹っ切れたように満面の笑みを浮かべる。

その後も、諦めたはずのプレイヤー達は徐々に再び立ち上がり、その手には剣が握られている。

そんな彼らに歩み寄る人物がいた。

 

ヒースクリフ「……安心したよ」

 

アスナ「団長!」

 

ヒースクリフはその顔に微笑を浮かべて、

 

ヒースクリフ「…君たちの剣は、まだ折れていなかったようだね」

 

と、アスナに話しかける。

アスナはヒースクリフの方を向き、

 

アスナ「…はい。私は、二年間戦ううちに最も大事なことは何かを学びました。《どんな絶望的な状況下でも、決して諦めてはならない。可能性がある限り、“それでも”と言い続ける》と」

 

そこまで言い切ると、今度は今ボスと戦っているバナージ達の方へ視線を移し、

 

アスナ「……それを、彼らが教えてくれたんです」

 

と締めくくる。

そこまで聞いたヒースクリフはふっ、と軽く笑い

 

ヒースクリフ「…なるほど。君はいい仲間に恵まれたようだ。ならば私も“それでも”と言い続けることにしよう」

 

と言い切り、ヒースクリフはプレイヤー達の方を向き

 

ヒースクリフ「諸君!君たちは先程絶望に負けてしまったかもしれない。ボスにはもう勝てないと、諦めたことだろう…」

 

そこまで言うと、ヒースクリフは一呼吸置き、

 

ヒースクリフ「だが、よく思い出してほしい。これまでも圧倒的に不利なボス戦を、なぜ今日まで戦い続けてこられたのかを。何のために、君たちが自身の命を賭してまで戦ってきたのかを!私は信じている。君たちなら、もう一度立上がれると。そして……」

 

今度はバナージ達の方へ指をさし

 

ヒースクリフ「私は今も信じている。彼らがいれば、負けることなどない!だから……もう一度、その手に剣を持て!立ち上がれ!!ボスを倒すために…そして、解放の日のために!!!」

 

ヒースクリフの言葉に、プレイヤー達は再起し、『うおおおおおおおっっ!!!』と勇ましい雄叫びを上げて再びボスへ攻撃を開始する。

バナージとキリトの猛攻を防ぐのに精一杯だったボスは更にプレイヤー達の剣の雨に晒され、なすすべなくそのHPを減らしていく。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

戦闘開始から1時間が経過した。

バナージとキリトの奮戦により、ボスは身動き一つ取らずにプレイヤー達の攻撃を受け続けている。

そしてついに、HPゲージがレッドゾーンに到達した。

 

ヒースクリフ「総員、突撃!!」

 

ヒースクリフの号令と共に、プレイヤー達は自身の持つ最強のソードスキルを発動した。

バナージとキリトも、《NTーD》と二刀流の組み合わせによる上級剣技《スターバースト・ストリーム》を発動する。

 

そしてついに、ボスはHPを完全になくし、その体をガラス片に変えて消滅した。

同時に、フィールドに《congratulations!》の文字が現れ、ボス戦が終わったことを告げた。

 

プレイヤー達は勝利の雄叫びをあげると同時に、地面に座り込む。中には寝転がる者もいる。

そしてそれは、ボスと真正面からやり合い続けていたバナージとキリトも例外ではなく、お互いが背中合わせになって座り込んだ。そこにアスナとユウキ、フィリアも寄りかかる。

 

クライン「…何人……死んだ……?」

 

クラインはいつもより一層低い声で誰ともなくそうたずねる。

バナージがメニュー欄を操作し確認する。

結果を見てバナージは目を見開き、一度言い淀むが

 

バナージ「……14人……犠牲になりました………」

 

声を震わせてそう言った。

 

アスナ「そんな…!」

 

フィリア「あと……二十五層もあるんだよ……?」

 

ユウキ「ちょっと……キツすぎるよ……」

 

アスナ達は口々にそう呟く。

動揺しているのはプレイヤー達も同じだ。

無理もない。アインクラッドでもトッププレイヤーの集まりである攻略組が、たった一回のボス戦でこれだけの犠牲を出したのだ。

 

バナージ達も何も言えず、ただ黙り込んでいる。

ふと、バナージの目にヒースクリフが映った。その瞬間、バナージは違和感を感じた。

まず目に入ったのは彼のHPバー。それはイエローゾーンギリギリのところで止まっている。

おかしい。いくら彼が防御力に長けているとは言えあれほどの激戦だったのに、HPゲージが緑のままなのは絶対におかしい。

そしてバナージはヒースクリフの表情を見た。とても穏やかな表情をしており、プレイヤー達を慈しんでいるように見えたーーーーが、かつてニュータイプだったバナージの勘はそうではないと言っていた。あの表情は、もっと別の何か……

その時、バナージはヒースクリフとキリトのデュエルを思い出した。終盤で見せた、彼の超反応・イエローゾーンにならないHPバー・そして激戦の後のあの表情ーーバナージはこれらの要素からある仮説が出来上がった。

バナージは自然と手が剣の柄を握っていた。すると彼の背後から物音がした。

どうやらキリトも同じことを考えていたのだろう、彼もゆっくりとエリュシデータに手を付けていた。

バナージとキリトは目を合わせるとお互いに頷き、ゆっくりと立ち上がる。

 

アスナ「……キリトくん?」

 

ユウキ「バナージ?」

 

突然立ち上がったバナージとキリトを訝しむように、アスナとユウキが彼らの名を呼ぶ。

 

瞬間、二人は地を蹴って走り出した。

それに気づいたヒースクリフは慌てて盾を構える。

まずバナージの剣がヒースクリフの盾に衝突した。

しかしその背後から、今度はキリトの剣がヒースクリフの首元を狙っていた。その刃は、ヒースクリフの首をーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

斬ることはなかった。

キリトの剣は紫の障壁に阻まれ、攻撃は届かなかったのだ。

そして、ヒースクリフの頭上に紫色のシステムメッセージが表示される。そこには、

Immortal Object(不死属性)》と表示されていた。




お読みいただきありがとうございます!
やっと、骸骨戦が終わりました……ここまで本当に長かった……
次回はいよいよアインクラッド編のクライマックスです!精一杯書かせていただきますのでよろしくお願いします!
では、また次回!!


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第二十二話 世界の終焉

どうも皆さん!ジャズです!
遂に…遂にアインクラッド編完結です!
クライマックスですので、精一杯書かせていただきました! 存分に楽しんでいってください!!
では、本文スタートです!!


スカルリーパーとの激戦を終え、皆が体力の限界で倒れ込んでいる中、それは起きた。

 

アスナ「《システム的不死》……って、どういうことですか…団長……?」

 

アスナが掠れた声でそう尋ねる。対してヒースクリフは何も言葉を発さない。

彼の代わりに、バナージが答えた。

 

バナージ「…簡単な話だよ。あの人のHPバーイエローゾーンに当たることがないよう、システムに保護されているんだ」

 

すると、キリトがバナージの隣に立ち

 

キリト「…この世界が始まってから、ずっと疑問に思っていることがあった……あいつは…この世界を作った茅場晶彦は、どこからこの世界を観察し、調整しているんだろうってな……けど俺は、単純な心理を忘れていたよ。俺も昔、経験したことがあるしな……」

 

そこで言うと、キリトは一度区切り、

 

キリト「“他人がやっているゲームを側から眺めるほどつまらないものはない”……そうだろう?『茅場晶彦』!」

 

キリトがそう告げると、プレイヤー達の間でざわめきが起こった。

 

ヒースクリフ「…なぜ気づいたのか、参考までに教えてくれるかな?」

 

バナージ「初めて貴方に会ったときから、俺は貴方に対して違和感を感じていました…貴方は普通のプレイヤーじゃない。俺はそう感じていました」

 

キリト「んで、決定打になったのは俺とのデュエルだ。最後の一瞬だけ、あんたあまりにも速すぎたんだよ」

 

バナージとキリトがそう言うと、ヒースクリフは自嘲するように微笑を浮かべ、

 

ヒースクリフ「…やはりそうだったか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の力に圧倒され、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまったのだよ…」

 

そう言うと、ヒースクリフは周囲のプレイヤー達を見回し

 

ヒースクリフ「……確かに、私が『茅場晶彦』だ!付け加えるなら、第百層の《紅玉宮》にて、君たちを待つはずだった最終ボスでもある」

 

そう宣言する。

プレイヤー達は信じられないものを見る目で一層ざわめきが広まる。

アスナがキリトのそばに駆け寄り、思わず彼のコート裾を掴む。

ユウキも、バナージの手を握る。その手は震えていた。

 

バナージ「……随分と悪趣味ですね。貴方は今まで、最強のプレイヤーとして君臨し、ここに生きる人々の希望だった。それが一転、最悪のラスボスにしてこの世界を始めた元凶だったなんて……」

 

僅かに怒気の含まれた低い声でバナージはヒースクリフに言う。

 

ヒースクリフ「中々いいシナリオだろう?最終的に私の前に立つのは、《二刀流》を与えられるものだと思っていたよ。《二刀流》は全プレイヤー中最高の反応速度を持つものに与えられ、それが魔王に立ち向かう勇者の役割を担うと思っていた。だがそこに、二つのイレギュラーがやってきた……」

 

そこで区切り、ヒースクリフはバナージとキリトを見据え、

 

ヒースクリフ「……バナージ君、キリト君。君たちは私の予想を上回る、いや、予想の斜め上を行く力を見せてくれた。その洞察力、実力、そして本来一人にのみ与えられるはずのユニークスキルが君たち二人に与えられた。極め付けは……何だったか、《NTーD》…だったか?あの力が出現したと言うのは私にとって最大の誤算だった。まあ、このようなイレギュラーもまた、ネットワークRPGの醍醐味と言ったところなのかもしれないね。君たちは本当に私を楽しませてくれる…」

 

ヒースクリフはクスリと笑い、肩を竦める。

その時、ヒースクリフの後方にいた血盟騎士団の幹部がゆらりと立ち上がる。

 

???「き…貴様が…俺たちを……俺たちの忠誠を……!」

 

そして、その手に武器を持ち、

 

???「よくもおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

勢いよく駆け出し、ヒースクリフに斬りかかる。

だが、その刃がヒースクリフに届くことはなかった。

ヒースクリフは左手でメニュー欄を素早く操作する。すると、今まさに彼に斬りかかろうとしたプレイヤーが突然動きを止めたのだ。よく見ると、そのアイコンには麻痺毒のマークが付いている。

それに続いて他のプレイヤー達が、そしてエギル、クライン、フィリア、ユウキ、アスナまでもが麻痺状態にさせられる。今この場で平然としているのはバナージとキリト、ヒースクリフの3人のみ。

 

バナージ「……どうするつもりですか?今までこの場で、目撃者を全員まとめて始末するつもりですか?」

 

バナージは低い声でそうたずねる。

だが、ヒースクリフは首を横に振り

 

ヒースクリフ「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方ない。私は一足先に、第百層の《紅玉宮》で待つとしよう。なに、君たちなら辿り着けるさ。だが、その前に……」

 

ヒースクリフは確かな意志力を持つ双眸でバナージ達をもう一度見据え、

 

ヒースクリフ「…キリト君、バナージ君。君たちには私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう」

 

キリト「チャンス…?」

 

ヒースクリフ「今この場で、君たちと私とで決闘を行うチャンスだ。無論、《不死属性》は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。どうかな?」

 

ヒースクリフの言葉にキリトとバナージは目を見開く。

 

アスナ「ダメだよキリト君、バナージ君…!貴方達を排除する気なんだわ…今は、今は引きましょう…!」

 

ユウキ「そうだよ…相手はゲームマスターなんだよ…?どんな手を使ってくるかわからないよ…?」

 

動かない体を必死に動かし、アスナとユウキはキリト達を説得する。

だが、その声は彼らには届いていなかった。

 

彼らは思い出していた。この世界が始まった瞬間を。

これまで多すぎる人々が犠牲になった。第一層で散ったディアベル、黒猫団のメンバー達、そして自分たちにこの世界の未来を託した二人のAIの少女……

 

バナ・キリ「「…ふざけるなっ…」」

 

意図せず、彼らは同時に呟いた。そして、同時に顔を上げ、

 

バナージ「…いいでしょう。そのデュエル、乗ります」

 

キリト「今ここで、決着をつけよう」

 

そう告げた。

 

アスナ「キリト君っ!」

 

ユウキ「バナージ!!」

 

二人の少女が悲痛な顔で名を呼ぶ。

そんな彼女達に、二人の少年は優しく微笑んで

 

バナージ「…二人とも、ごめんね…」

 

キリト「君たちの言うことも最もだ。でも、ここで逃げるわけにはいかないんだ」

 

アスナ「…二人とも…死ぬつもりじゃ、ないんだよね…?」

 

声を震わせてそうたずねる。

 

バナージ「まさか。必ず勝つよ」

 

キリト「だから…俺たちを信じて、待っていてくれないか?」

 

ユウキ「……わかった」

 

アスナ「信じてるよ…キリト君、バナージ君…」

 

バナージとキリトは静かに頷くと、その場から立ち上がり二本の剣を抜いて歩き出す。

 

エギル「おい…オメェらやめろぉーーっ!!」

 

フィリア「キリトーーーッ!!」

 

クライン「バナージ!行くなぁーー!!」

 

仲間達の悲痛な声を背に、二人は歩く。

ふと、足を止め、

 

バナージ「…エギルさん。今まで、剣士クラスのサポート、本当にありがとうございました…知ってましたよ?貴方がその儲けの殆どを、中層ゾーンのプレイヤーの育成につぎ込んでいたこと」

 

エギルは目を見開いてバナージを見る。

 

キリト「…フィリア、君と一緒にした冒険、本当に楽しかったよ。あの時の冒険は、俺にとって大切なお宝だ」

 

フィリア「キリト…そんなことっ…そんなこと言わないでよ!いやだ!こんなの嫌だよ!!これからいっぱい冒険しようよ!!今度は、バナージと、みんなで…!!」

 

キリト「ああ、もちろんだ。その時は、またいいお宝見つけような!」

 

そして二人は、クラインの方を向く。

 

バナージ「クラインさん。ゲーム初期から、俺たちなんかと仲良くしてくれて、ありがとうございました」

 

キリト「俺からも礼を言わせてくれ。それと…お前には、たくさん迷惑かけたな。本当に、すまなかった…」

 

クライン「て、テメェら!!今生の別れみてぇなこと言ってんじゃねぇよ!!許さねぇぞ!ちゃんと、向こうで飯一つ奢ってからじゃねぇと絶対許さねぇからなぁ!!」

 

両目から涙を流して叫んだ。

 

バナージ「あはは…わかりました。約束です」

 

キリト「…向こう側でな」

 

バナージは最後に、ユウキを見る。

 

バナージ「ユウキ……君は本当に強い。だから……もし俺たちが死んだら…その時は、よろしく頼むよ」

 

ユウキ「な…なんだよそれ…バナージ!死なないって言ったじゃん!話が違うよ!!嫌だ、そんなの嫌だよぉ〜!!」

 

バナージはもう振り返らなかった。

そしてキリトは、アスナに微笑んでからヒースクリフの方を向き、

 

キリト「悪いが、ひとつだけ頼みがある」

 

ヒースクリフ「何かな?」

 

キリト「簡単に負けるつもりはないが、もし俺たちが死んだら……しばらくでいい。アスナが自殺できないように計らって欲しい」

 

ヒースクリフは意外そうに眉をパクリと動かした後、

 

ヒースクリフ「…よかろう」

 

と、静かに頷いた。

 

アスナ「キリト君、ダメだよーっ!そんなの…そんなのないよぉーーーっ!!!」

 

アスナが悲痛な叫び声を上げるが、キリトももう振り返らなかった。

ヒースクリフはメニューを操作し、不死属性を解除する。

そして、地面に突き立てた盾から十時剣を引き抜き構える。対してバナージとキリトも、二本の双剣を構える。

 

両者の間には緊張感が高まっていた。

キリトとバナージは不意に目線を合わせて少し頷く。

すると、両者の体から赤と黄色のオーラが立ち込める。

そう、《NTーD》だ。

 

そして、《NTーD》の恩恵の一つである思考の直轄により、彼らは確認し合う。

 

バナージ「(…こうするしか、ないんだな……)」

 

キリト「(ああ。もう他に手はない。これはもう、デュエルでも、ゲームでもない。ただの殺し合いだ。この世界を終わらせるには、それしかない!)」

 

バナージ「(…わかった。なら、俺はもう迷わない。俺たちで、あの人を……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナ・キリ「「殺すっ!!!」」

 

その瞬間、彼らの目の前に《NTーD》の文字が完全に浮かび上がり、同時に流星の如く飛び出す。

 

キリト「うおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

まずはキリトの漆黒の剣が盾にぶつかる。

けたたましい金属の衝突音と共に、眩ゆい火花が飛び散る。

 

キリトは休む間も無く左右の漆黒の剣を交互に振り下ろす。しかし、それらは全てヒースクリフの盾の前に弾かれる。

 

するとその時、バナージが反対側から急接近する。

今のヒースクリフの目線はキリトの方を向いており、ここからなら完全に死角である。

確実に決まるーーーーーーはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「ーーーーえっ?」

 

次の瞬間、バナージの剣は宙を斬っていた。

そこにいたはずのヒースクリフは姿を消しており、バナージは勢い余ってそのままキリトに衝突する。

 

バナージ「くっ……キリト、すまない!」

 

キリト「気にするな……奴は?」

 

起き上がると同時に、消えたヒースクリフを探し辺りを見回す。

しかし、なぜか彼の姿が見当たらない。

 

アスナ「うしろーーーーっ!!!」

 

アスナの叫びに二人は後ろを向く。

そこには、十字剣を振りかぶるヒースクリフの姿があった。

二人はそれぞれ反対側に飛びのき、その攻撃を避ける。

そして再び剣を構えなおし、ヒースクリフに切りかかる。

だが二人の剣が届く直前、またもヒースクリフは一瞬で姿を消し、そのまま後ろに下がる。

二人は信じられないという顔でヒースクリフを見る。

確かにヒースクリフは一流のプレイヤーだ。大きな盾に全身の鎧を構えているにも関わらず、そのスピードは並のプレイヤーをはるかに凌駕する。

しかし、幾ら何でもこのスピードはおかしい。ただでさえSAOでも最速を誇り、その上《NTーD》発動状態で全てのステータスが飛躍的に底上げされているバナージとキリトの攻撃を難なく避けているのだ。

 

キリト「……どういうことだ?あんたまさか、またシステムのオーバーアシストを使ってるのか?」

 

ヒースクリフ「いや。不死属性を解除すると同時に、私はゲームマスターとしての権限を失っている。今の私は、ただのプレイヤーでしかないのだよ」

 

バナージ「ならば、そのスピードはおかしいんじゃないですか?貴方今まで、そんな動きをした事はなかったでしょう?」

 

ヒースクリフ「そうだな、君のいう通りだ。まして君たちは今、《NTーD》発動状態みたいだからね。いつもの私なら、それこそオーバーアシストを使わない限り君たちのスピードにはついていけないだろう。だが…」

 

そこでヒースクリフは不敵な笑みを浮かべる。

次の瞬間、ヒースクリフの体が赤黒いオーラに包まれた。

それを見たバナージとキリトは目を見開く。

 

ヒースクリフ「……どうやら、()()()を与えられたのは君たちだけではないらしい」

 

キリト「何だと…まさか、あんたも《NTーD》

を……?!」

 

ヒースクリフ「いいや……」

 

ヒースクリフは首を横に振り、メニュー欄を開いて可視状態にしてこちらに表示する。

そこに書かれていた文字を見て、バナージとキリトは息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒースクリフ「特殊OS、《SINANJU(シナンジュ)》」

 

キリト「なっ…?!!!!!!!」

 

バナージ「シナンジュ…だと…?!!」

 

彼らが驚くのも無理はない。

《シナンジュ》……バナージが住んでいた宇宙世紀で、何度もバナージの前に立ち塞がり、苦しめた《赤い彗星の再来》。そして何の因果か、それは《ガンダム》の力を受け継いだ二人の少年の前に、ラスボスとして立ちふさがる男に受け継がれた。

 

ヒースクリフ「…どうやら、このシステムを発動すると()()()3()()()()()()()で動くことが出来るらしい。この力がどこから来たのかは私にも分からない。だが、よもや私にもこのようなイレギュラーが現れるとは…つくづく、この世界は私を楽しませてくれる」

 

キリト「…おいおい、それじゃあ何か?あんたは今まで、俺たちが必死で命がけでボス戦を戦っているときに、一人手加減してたってのか…!」

 

キリトは怒気を含んだ声で叫んだ。

 

ヒースクリフ「“手加減していた”…?やれやれ、人聞きの悪い事は言わないでくれたまえ。確かに君たちのように、常に全力で戦うのも良いだろう。だが、切り札というのは、最後まで取って置くものだよ。ましてや私は最終ボスだ。そう易々と手の内を明かすわけにはいかないだろう?」

 

そして、ヒースクリフは右手の剣をバナージ達の方へ向け、

 

ヒースクリフ「…ともかく、これで私たちの力は五分と五分というわけだ。さあ、どこからでもかかって来るが良い!!」

 

そう高らかに言った。

 

キリト「……上等だ!!行くぜヒースクリフ!!」

 

バナージ「うおおおおおお!!!」

 

キリトとバナージは同時に飛び出した。

ヒースクリフの左右から高速で剣を振るが、今のヒースクリフにはそれらは全て防がれる。

ヒースクリフは左手の盾でキリトの双剣を、右手の十時剣でバナージの双剣を見事に捌いていく。

 

そして、ヒースクリフは超高速で振られる計4本の剣の隙を見つけ、右手の直剣を横に斬りはらう。

 

バナージ「くっ…!」

 

キリト「うっ…!」

 

バナージとキリトは咄嗟に左右の剣でその攻撃を辛うじて防ぐ。

すると今度は、ヒースクリフが動いた。

その重々しい装備からはとても想像がつかないほどの猛スピードでバナージ達に急接近し、右手の剣で突きを放つ。

バナージは両手の剣をクロスさせて防ぐが、ヒースクリフの剣が僅かにバナージの頬を掠め取る。

 

その瞬間、バナージの頬に激痛が走った。

 

バナージ「いっ……?!」

 

キリト「バナージ?!」

 

突然顔を歪めて頬を抑えるバナージを見て、キリトが目を丸くする。

このゲームでは、体を攻撃されても現実のような痛みを感じることがないよう、《ペインアブソーバー》というシステムがある。よって、この世界で仮に腕を切り落とされたとしても、少し肩に違和感を感じるくらいにすむのだ。

しかし、今のバナージはまるで現実で本当に頬を切られたような痛みを感じている。

 

ヒースクリフ「…あ、そうだ。一つ言い忘れていた。この決闘を始めるにあたり、ペインアブソーバーはオフにしておいた」

 

バナージ「なんだとっ…!」

 

キリト「お前、なんでそこまでっ?!」

 

ヒースクリフ「…言っただろう?私はこの世界のラスボスだと。こんな途中で終わらせられては困るんだよ。私はねキリト君、このゲームの創始者だ。そう易々とクリアされるわけにはいかない。だから一切の容赦はするつもりはない。重々承知してくれたまえ」

 

そう冷ややかな声で告げた。

 

キリト「この野郎…!」

 

キリトは一層闘志を燃やしてヒースクリフに斬りかかった。

ヒースクリフはそれらを左手の盾で冷静に捌いていく。

 

バナージも、頬の傷の痛みを堪えてヒースクリフに挑む。

だが、バナージは徐々に疑問を抱き始めていた。

 

この男はなぜ、こうも冷静でいられるのか。

一万人にも及ぶ人々をこのデスゲームに閉じ込め、すでに四千人が犠牲になっている。つまり、その四千人はこの男、茅場晶彦に殺されたようなものなのだ。

なのに、目の前の男はそれを気に病む様子もなく、更にはこのデスゲームを終わらせられては困るとまで言った。それはつまり、今まで死んでいった四千人に加えてさらに人を死なせることも厭わないというのだ。

 

バナージ「あんたは…あんたはっ……!」

 

バナージの中の疑惑は徐々に怒りに変わり、

 

バナージ「罪の意識すら、持つ気が無いのかあああぁぁぁっっっ!!!」

 

バナージの両手の剣は彼の怒りに呼応するように真っ赤に光り、ソードスキルを発動する。

 

キリト「っ?!バカ、よせバナージ!!」

 

キリトが必死に制止するが、もう遅い。

バナージが発動したのは、二刀流最上級27連撃ソードスキル《ジ・イクリプス》。赤い剣戟がまるで太陽のコロナのように猛烈にヒースクリフを襲う。

しかし、ヒースクリフはこの世界の創始者。つまり、これらのソードスキルを設計したのも彼なのであり、彼にソードスキルを読むことなど容易いことだ。

当然、バナージの剣は全て盾により弾かれる。

 

バナージ「くっ…!!」

 

そして最後の一撃も盾に阻まれ、バナージはここで技後硬直により動けなくなる。

そんな彼を、ヒースクリフは哀れむような視線で

 

ヒースクリフ「“罪の意識”、か…生憎だが、私はそんなものとうに捨ててしまったよ」

 

バナージ「なっ…?!」

 

バナージは信じられないという表情でヒースクリフを見る。

 

ヒースクリフ「…この世界を作ると決めたときから、こうなることなど簡単に予想できたさ。だが、間接的にだが人を殺めたことに対して気を病んでいてはこの世界を維持できんよ」

 

ヒースクリフはあくまで淡々と語る。

 

バナージ「あんたは…あんたは…ただの…!」

 

ヒースクリフ「“化け物だ”、そう言いたいんだろう?ああ、そうさ。私は“化け物”だ。この世界を作った時点で、私はもうまともではないよ」

 

そこまで言うと、ヒースクリフは右手の剣を高く掲げ、

 

ヒースクリフ「…では、さらばだ。バナージ君」

 

ヒースクリフの右手の剣がクリムゾンレッドの光を帯び、それがバナージにとどめを刺さんと一気に振り下ろされる。バナージは技後硬直のため動けない。

バナージはここで死を覚悟し、目を閉じる。

しかし、

 

キリト「はああああああぁぁぁぁぁっっ!!」

 

キリトがヒースクリフの剣を弾き飛ばした。

 

バナージ「キリト!」

 

キリト「お前らしくないな、冷静さを欠くなんて」

 

バナージは申し訳なさそうに目を伏せ

 

バナージ「…ごめん」

 

キリト「気にするな……後は任せろ!!」

 

キリトは力強く言うと、その場から一気に駆け出した。

 

キリト「うおおおおおおおおおお!!!」

 

ヒースクリフとの距離を一気に詰めると、《NTーD》のスピードを全開にして左右の剣で高速のラッシュ攻撃を繰り出す。

だが、相変わらずヒースクリフの防御を破ることはできない。

 

ヒースクリフ「…前に戦った時も思ったが、君の戦い方は随分荒っぽいね。《黒き獅子》とはよく言ったものだな」

 

キリト「そうかよ!」

 

キリトは高速で繰り出されるラッシュの中で、ヒースクリフの顔を目掛けて、左手の剣でカウンターの突きを放つ。

それは僅かにヒースクリフの頬を掠め取り、彼の顔一瞬歪む。

 

キリト「(チャンスだ!!)」

 

すかさずキリトは、反対側の剣でソードスキル《ヴォーパル・ストライク》を放つ。一撃の技ではあるが威力もあり、NTーD発動状態なのでこれが決まればいくらヒースクリフといえどタダではすまない。キリトはこの瞬間、僅かに勝利を確信していた。

 

しかし……

 

ヒースクリフ「……甘いな」

 

ヒースクリフはその場から一瞬で横に跳びのき、キリトの技を躱すと、右手の剣を上から振り下ろし、キリトの右腕を切り落とした。

 

ーーその瞬間、キリトの右肩に激痛が走る。

 

キリト「ぐああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

キリトの絶叫がフロア全体に響き渡る。

 

バナージ「キリト!!」

 

ヒースクリフ「…これで終わりだ、キリト君」

 

ヒースクリフは右手の剣を高く掲げる。

 

バナージ「(ダメだ……キリトが……キリトが死ぬ…そんなこと…そんなことっ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁせるかあぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

バナージはその場から一瞬でヒースクリフとキリトの間に割って入る。

その瞬間、ヒースクリフの剣が真っ直ぐに振り下ろされた。

 

赤黒く輝く刃ははバナージを深々と切り裂いた。

目の前の光景に、ヒースクリフとキリトは目を見開く。

そして、ヒースクリフの攻撃を真正面から受けてしまったバナージのHPはみるみるうちに減っていき、やがてレッドからゼロになった。

 

倒れこむバナージを、キリトは片手で受け止める。

 

キリト「嘘だろ…?おい……バナージ…!」

 

目の前の光景が信じられず、キリトは力なく呟く。

 

バナージ「ごめん……キリト……」

 

直後、バナージの体が青白く輝く。

そして……

 

バナージ「後は……頼む……」

 

バナージが悲しそうな笑顔でそう言うと、彼の体はポリゴン片となって四散した。

 

彼の愛剣、《ユニコーン》と《ダークリパルサー》が音を立ててキリトの元に落ちる。

 

ヒースクリフ「…これは驚いたな。硬直から抜け出す手段は無かった筈だが……こんなこともあるのだな」

 

ヒースクリフは少々芝居掛かったように言うが、キリトには何も聞こえていなかった。

 

キリトは微動だにせず、その場に膝をついたまま、ただ項垂れていた。

その間にはもう光がなく、生気は無い。

 

キリトはもう、戦う気力を失ってしまっていた。何故なら、自身の家族であり、半身であり、現実でもこのデスゲームの世界でも共に歩み続けた相棒の死という現実が、彼にのしかかっていたからだ。

 

ヒースクリフはそんな彼を見てため息をつき、哀れむような視線を向けた後、再度剣を高く掲げた。

 

アスナやフィリア、クラインたちが絶叫してキリトの名を呼ぶが、もうキリトには何も聞こえない。

 

キリト「(もういい……俺ももう、ここで終わろう……すまない、バナージ。俺もすぐ…そっちに行くから……)」

 

キリトは避けることも、動くこともせず剣が自分を切り裂くのを待ったーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーだが、いつまでたっても剣は来なかった。

 

ふと顔を上げると、信じられない光景が目に入った。

 

 

二本の剣が、ヒースクリフの剣を受け止めていたのだ。

それは、どちらも純白の剣だった。

 

そう、先程命を散らした、相棒のバナージの剣。

しかし、その剣は誰も握ってはいない。

 

それは、宙に浮いていたのだ。まるで、見えない力が働いているように。

 

ヒースクリフも目の前の光景が信じられず、思わずその場から後ろに飛び退いた。

だが、彼がその場から離れても、バナージの剣は落ちることなく浮遊し続けていた。

そして、それらは緑色の光を帯びてキリトの周りを飛び始めた。まるで、キリトを守るように……

 

その瞬間、キリトの頭に声が響く。

 

“まだだ、キリト!諦めちゃダメだ!!!”

 

それは、自身がよく知る声だった。

 

キリト「……バナージ……なのか……?」

 

そう。死んだはずの、バナージの声だった。

 

“キリト、例えどんな絶望を押し付けられても…どんな理不尽があったとしても……俺たちは、『それでも』と言い続けるんだ!!抗い続けるんだ!!!俺たちの中に……《可能性》がある限り!!!”

 

キリト「バナージ……」

 

“俺たちで終わらせよう、この世界を。大丈夫、君なら立てる…何度だって。さあ、立ってくれ…相棒(キリト)!”

 

その瞬間、キリトの目に涙が浮かび、そしてその瞳に再び光が戻る。

 

キリト「…ああ……ああ、立つよ…俺は……お前のためなら……何度だって……!!」

 

キリトは左手に漆黒の剣、《バンシィ》を握る。

 

すると次の瞬間、キリトの目の前に再び《NTーD》の文字が浮かび上がる。

しかしそれは、黄色から緑色になり、そしてその文字の下に《AWAKENING(覚醒)》の文字が現れる。

 

直後、キリトを覆っていた荒々しく攻撃的な黄色い光が、温かみのある緑色の光になる。

切断された右肩から光が伸びていき、それは実態を帯びて再び右腕となる。そして、その右手に落ちていたはずの《エリュシデータ》が浮遊してその手に収まる。

 

キリト「…決着をつけるぞ、ヒースクリフ!!」

 

キリトは左右の漆黒の剣を構える。そしてそのその隣に、浮遊していたバナージの剣が制止する。

 

ヒースクリフ「……ふふ、面白い。一体どのようなスキルかは知らないが、今度こそ君たちに引導をくれてやろう!」

 

ヒースクリフは不敵に笑うと、盾を前にし、十時の剣を後ろに構える。

 

キリト「ぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

気合いの声とともに、キリトは駆け出した。

そして、まずは左手の剣をヒースクリフの盾にぶつける。

そこに、バナージの剣も同時に盾に衝突する。

凄まじい衝撃音とともに、眩ゆい火花が飛び散る。

 

ヒースクリフ「ぐっ……!」

 

その威力は、先程までとは比べ物にならないほど強く、ヒースクリフは反動で後ろに数歩後退した。

 

キリトはそこから右手の剣、左手の剣とを交互に振り下ろす。その度に、ヒースクリフは後ろへ押し出される。

 

ヒースクリフ「……ふんっ!」

 

ヒースクリフも負けじと右手の剣でカウンターの突きをキリトのクビめがけて放つ。

しかし、それはバナージの白い二本の剣で阻まれる。

 

キリト「(これで決める!!)」

 

瞬間、キリトの剣がより強く緑色に輝き、そして終いに虹色になった。

 

二刀流最上級二十七連撃スキル《ジ・イクリプス》

 

キリト「うおおおおおおおおおおお!!!」

 

キリトの咆哮と共に、猛烈な勢いで虹色の剣戟が繰り出される。ヒースクリフは辛うじてそれを盾で受け止める。

 

ーーだが、それはもう続かなかった。

 

二十六撃目のところで、ヒースクリフの盾がバキイィン!!と音を立てて砕け散ったのだ。

 

そしてキリトは、最後の一撃を繰り出すため、左手の剣を後ろに引く。

 

左手の剣、《バンシィ》に虹色の光が収束し、巨大な剣のシルエットを作り出す。

その時、キリトの左手にうっすらと、しかし確かに、誰かの右手が添えられる。

 

キリト「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

キリトはその感覚を感じながら、最後の一撃をヒースクリフに向けて一気に突き出す。

 

《バンシィ》がヒースクリフ伸びて体を捉える直前、ヒースクリフはうっすらと笑みをこぼす。

 

そして遂に、最後の一撃(獅子の牙)が騎士の鎧を貫き、そしてそのHPを全て消し去った。

それを最後に、ヒースクリフの体が爆散した。

 

ーーーやったぞ、バナージ……見ててくれたよな……?

 

キリトはそんな思考をしながら、静かに意識を手放した。

 

直後、無機質なシステムアナウンスが鳴り響いた。

 

『11月7日午後14時55分、ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされましたーー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉じられた目が、ゆっくり開かれる。

 

まず目に移ったのは、いつもの黒尽くめの装備。

今自分が立っている場所は、ガラスの板の上だった。

 

キリトは徐に右手を上下に振ってみる。

すると、いつも通りメニュー欄が表示されたが、そこにはいつものアイテム欄はなく、《最終フェイズ実行中》とあった。

メニューを見る閉じ、息を吐く。

その時だった。

 

???「キリト……か…?」

 

その声に目を見開き、キリトは後ろを振り向く。

そこにいたのは、現実でもこの世界でも、共に生きて戦い続けた相棒の姿があった。

 

キリト「バナージ!」

 

キリトは思わず駆け出し、バナージを抱きしめた。

 

バナージ「キリト…終わったんだな…」

 

キリト「ああっ…全部…全部お前のおかげだ……バナージ!」

 

キリトは涙を流してそう呟く。

 

すると、

 

???「キリト君?」

 

???「バナージ?」

 

二人の少女の声が響いた。

 

思わず顔を上げると、そこには二人の少女がいた。

一人は白を基調とし、赤いラインの入った制服を身につけた、キリトの恋人であるアスナ。

もう一人は、全体を紫の装備で統一した幼げな少女、ユウキだった。

 

キリト「アスナ!」

 

バナージ「ユウキ!」

 

キリトとバナージは少女の方へ駆け出す。

 

アスナ「キリトくんっ!バカ…バカバカっ…いつもいつも……あんな無茶して……!」

 

ユウキ「本当だよ…!全くもう……心配させて……!」

 

バナージ「あはは…ごめんね」

 

キリト「ああ……ごめんな、アスナ」

 

彼らは泣きつく少女たちの頭を優しく撫で続けた。

 

そうしてしばらく経つと、不意にユウキが呟く。

 

ユウキ「ここって……どこなんだろ?」

 

不意に四人は、辺りをキョロキョロと見回す。

すると、下方に浮遊する巨大な城が見えた。

 

キリト「あれはまさか……」

 

そう、彼らが二年間過ごしたデスゲームの舞台、

 

バナージ「アインクラッド……!」

 

しかし、それは下層の方から徐々に崩壊していく。

 

???「中々に絶景だな」

 

突然、男の声が響いた。

四人が振り向くと、そこには白衣を着た男性が立っていた。

その人物は、キリトとバナージのよく知る人物だった。

 

バナージ「あ、貴方は……?!」

 

キリト「茅場晶彦……!」

 

彼こそ、ナーブギアとSAOを開発し、このデスゲームを始めた張本人である。

 

茅場は彼らの方を向くことなく

 

茅場「…現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置がデータの完全消去を行なっている。あと10分もすれば、この世界の何もかもが消えるだろう」

 

そう告げた。

 

アスナ「あそこにいた人たちは…どうなったんですか?」

 

アスナの問いに茅場はメニューを開いて

 

茅場「心配には及ばない。たった今、生き残った6417人のプレイヤーのログアウトが完了した」

 

バナージ「…なら、死んだ人たちは…?4000人のプレイヤーの命は、どうなったんですか?」

 

すると茅場は目を伏せて

 

茅場「……死んだ人間の意識は帰らない。それは、どこの世界でも一緒さ」

 

するとキリトが、ハッとした顔で

 

キリト「なら…なら、バナージは?頼む、せめてバナージだけでも何とかならないか?!」

 

そう、バナージは先程の戦いでそのHPが無くなり、本来ならば《死亡》しているはずなのだ。

しかし……

 

茅場「それも心配無用。バナージ君は特例として、死亡認定から外させてもらった。ゲームクリアの英雄が死亡とあっては、やりきれんだろう?」

 

茅場は少し笑みを浮かべてそう告げた。

キリトは安心したようにほっ、と息を吐いた。

 

そして、再び真剣な顔で

 

キリト「…あんたは…何で、こんなことをしたんだ?」

 

すると茅場は、遠くを見つめるような顔で

 

茅場「なぜ……か。私も長い間忘れていたよ。フルダイブ技術の開発…いや、それより遥か以前から、私は現実世界のあらゆる法則を超越した世界を作ることを夢見てきた。そして私は、その世界の法則を…いや、人という存在を超越するものを見ることができた……」

 

そう言って彼はバナージとキリトをちらっと見た後、再び崩れゆく城に目を向け、

 

茅場「空に浮かぶ空想の城に私が取り憑かれたのは、何歳の頃だったかな……地上から飛び立って、あの空飛ぶ城に行きたい……長い長い間、それだけが私の唯一の欲求だった……私はね、キリト君、バナージ君。今も信じているのだよ…この世界とは違う、別の世界に…あの城が存在していると……」

 

そう言われて、バナージは何とも言えない表情で

 

バナージ「…はい……そうだといいですね……」

 

と呟いた。

 

茅場「……だが、私はこの世界を生きる中で、もう一つ、新しい発見があったよ……仮想世界を縛り付ける、システムという法則を超え、人という存在すらも超越するものがあることを……」

 

キリト「人すらも……超越するもの……?」

 

すると茅場は、キリトとバナージの方を向き

 

茅場「君たちのことだよ。キリト君、バナージ君。あの戦い以前から、君たちは他のプレイヤーとは一線を画する力を持っていた……《NTーD》システム。あれは私が開発した覚えのないものだ……単刀直入に聞こう。君たちは一体、何者だね?」

 

バナージとキリトは少したじろいだ。

キリトはともかく、バナージはこの世界とは違う世界からやってきた。《NTーD》も、その世界から由来するものだが、幾ら何でも自分が異世界転生者というわけにはいかない。

 

バナージ「何者…と言われましても、開発者である貴方にわからないのであれば、俺たちにもわかりません」

 

と、なるべく自然に答えた。

すると茅場は、目を閉じてふっ、と笑い

 

茅場は「…そうか。ならば、そういうことにしておこう。だが私は信じているよ。君たちが、人類の革新者…………

《ニュータイプ》であると」

 

その単語に、バナージ達は目を見開く。

茅場が宇宙世紀でのニュータイプのことを言ったのか、そうでないのかはわからない。だが、バナージが書き慣れた単語を、それとは無縁の茅場が発したことに驚きを隠せなかった。

 

そんな彼らをよそに、

 

茅場「…では、私はそろそろ行くよ。ゲームクリアおめでとう、アスナ君、ユウキ君。そして、キリト君、バナージ君」

 

そう言い残し、茅場は一人歩き出す。

ふと、風とともに霧が茅場を包み込み、それが晴れると彼の姿はもう消えていた。

 

再び、この場には四人だけとなった。

 

キリト「…お別れ、だな」

 

ふと、キリトがつぶやくが、アスナが首を振り

 

アスナ「ううん、それは違う。私たちが生きているのなら、きっと現実でもまた会える。どこにいても、私はみんなに会いに行くよ」

 

ユウキ「うん!現実に帰ったら、またみんなで集まろうよ!」

 

バナージ「ああ、そうだね」

 

その時、ふとキリトが思い立ったように

 

キリト「…あのさ、現実の名前、教えてくれないか?そうすれば、会える確率が高くなるかもしれないし」

 

バナージ「それは名案だ!」

 

アスナ「ふふっ、そうね。じゃあ私から行こうかな……私は、明日菜……結城明日菜です。17歳」

 

ユウキ「ボクは木綿季、紺野木綿季です!今年で15歳かな?」

 

バナージ「俺はバナージ。バナージ・リンクス。16歳です」

 

キリト「俺は和人。桐ヶ谷和人だ。バナージと同じ、16歳」

 

全員の名前を聴き終わった後、

 

アスナ「…え?バナージ・リンクス?えっ、ちょっと待って、バナージ君って……外国人だったの?!」

 

バナージ「え?ああ〜…まあ、ちょっと色々あって……」

 

ユウキ「すごぉ〜い!なに人?どこの国の人?英語喋れる?」

 

バナージ「あ、ああ、喋れるけど……」

 

ユウキ「やったぁ!それじゃあさ、現実に帰ったら英語の勉強教えてよ!!ボク英語苦手で…」

 

アスナ「ユウキ、英語はちゃんと勉強しなきゃダメよ?」

 

キリト「てゆうかさ、それより……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺以外みんなキャラネーム自分の名前使ってんのぉぉぉーーーーー?!」

 

バナージ「いやそこぉー?!」

 

アスナ「えー?だってその方がわかりやすいし」

 

ユウキ「一番ベタだよねぇ〜自分の名前使うって」

 

バナージ「その方が現実でも区別しなくていいしね」

 

キリト「え?ちょっと、何?この仲間外れ感……?」

 

バナージ「カッコつけてもじるのが悪いんだろ?」

 

ユウキ「そうそう、ふつうに《カズト》とかでよかったじゃん!」

 

キリト「ち、ちくしょおぉぉぉぉ!!」

 

三人「「「ははははははは!!」」」

 

 

 

そして、数分が過ぎると、アスナとユウキの体が青白く光り始めた。

 

アスナ「…そろそろ時間のみたいね」

 

ユウキ「それじゃあ、二人とも!現実世界で必ず会おうね!!」

 

バナージ「ああ、必ず!!」

 

キリト「現実世界で!!」

 

そう交わした後、二人の少女は姿を消し、残ったのは二人の少年のみとなった。

 

バナージ「…やっと…終わったな……」

 

キリト「ああ……ここまで、本当に長かった…本当に色々あった……でも、悪い思い出じゃないな」

 

バナージ「そうだな……ここでしか味わえない経験もあったし、この世界がなければ出会えなかった仲間にも会えた……本当に、いい思い出だよ」

 

キリト「…お前がいなかったら、俺は何度死んでたかわからないな。だから、ありがとう、バナージ」

 

バナージ「俺も。お前にはすごく助けられたよ。だから、これからもよろしく頼む」

 

キリト「ああ!……とりあえず、お疲れ、相棒!!」

 

バナージ「ああ、キリトもお疲れ!!」

 

そう言って、二人は拳を打ち付けあった。

直後、二人をまばゆい光が包んだーーーーーー

 

 

 

 




長かったぁぁーー!
この小説を始めてから約四ヶ月、遂にアインクラッド編が完結しました!!
ここまで続けられたのは、読者の皆さんの存在があったからです!
この作品は、まだまだ続けて行く予定でありますので、是非これからも読んでいってくださいね!!
では、新章で会いましょう!!


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フェアリィ・ダンス編
第二十三話 帰還


月曜にアインクラッド編が終わったばかりなのに筆が止まらなかった……
どうも皆さん!ジャズです!
ついに始まりました!新章《フェアリィ・ダンス》編!!
皆様からすれば、今回の話はちょっと意外な展開になっているかもしれません。
では、新章スタートです!!


2025年1月15日 桐ヶ谷家

 

???「……ふっ!!」

 

冬の冷たい風が吹き抜ける庭で、道着を身につけた少女が竹刀を振っていた。

少女の名は《桐ヶ谷直葉》。この家の娘だ。

 

直葉はある日のことを思い出しながら竹刀を振っていた。

 

それは、彼女の二人の兄ーー《桐ヶ谷和人》と、《バナージ・リンクス》がデスゲーム、《ソードアート・オンライン》に閉じ込められてしまった日だ。

 

あの日、直葉はいつも通り部活に出かけた。

いつも通り、二人の兄が玄関で送り出してくれた。

 

直葉『…じゃあ、あたしはもう部活に行くからねー。帰ったらSAOの話、聞かせてよ!』

 

バナージ『ああ、勿論!気をつけてね!』

 

和人『じゃあな、スグ!部活頑張れよ〜!!』

 

いつも通り、彼らは笑顔で送り出してくれたーーーだが、悲劇は起きた。

直葉が帰ると、家は騒然としていた。玄関には救急車が止まっており、お母さんは泣き崩れていた。

その時、彼女は知った。彼女の二人の兄が、仮想世界に囚われてしまったことを……。

 

あの日から、直葉は何度も病院へ足を運んだ。

彼らが眠っているベッドの隣に立ち、彼らの手を握って何度も祈ったーーー“早く、無事に帰ってきて”、と。

何もできない自分が、どうしようもなく悔しかった。

 

そんなことを思い出しながら竹刀を振っていたので、いつのまにか段々一つ一つの振りに力が入っていった。

 

そしてしばらく振っていると、ふと背後に気配を感じ振り返る。

そこには、一人の少年が縁側に腰掛けていた。

 

???「おはよう、スグ」

 

直葉「あ…お、おはよう!やだなぁ〜…見てたなら声かけてよ」

 

少年は申し訳なさそうに少し笑って

 

???「ごめんごめん。スグがあんまり一生懸命やってるから、邪魔しちゃ悪いと思ってな」

 

直葉「そんなことないよ。もう習慣みたいなものだし」

 

言いながら、直葉は少年の隣に座る。

直葉の隣に座る少年はーーー言うまでもないだろうがーーー彼女の兄である、《桐ヶ谷和人》である。

 

和人「そっか……ずっと続けてるんだもんな……」

 

和人は縁側に立てかけられた竹刀を手にとって軽く振ってみる。

 

和人「……軽いな……」

 

和人は思わず呟く。

 

直葉「それ、真竹だから結構重いよ?」

 

すると和人は少し焦ったように

 

和人「あ、いやぁ〜…まあ…イメージというか、比較の問題と言うか……」

 

直葉「何と比較したのよ……」

 

すると、和人は徐に立ち上がり

 

和人「なあ、ちょっとやってみないか?」

 

直葉「やるって……試合を?」

 

直葉が問い返すと、和人は頷く。

それに対して直葉は不敵な笑みを浮かべ、

 

直葉「ほほ〜う?全中ベスト8の私に随分余裕じゃありません?久しぶりだって言うのに、勝負になるのかなぁ〜?」

 

そして、少し心配そうな表情で

 

直葉「それに、体の方は大丈夫なの?あまり無理しない方がいいんじゃ…?」

 

すると和人は腕を曲げて

 

和人「毎日リハビリでジムに通ってる成果を見せてやるさ」

 

と、力こぶを作る。

 

直葉「いや、全然出来てないよ?お兄ちゃん」

 

和人「」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

二人は家の道場へ行き、防具を身につける。

向かい合って正面に立ち、直葉は剣道で最も基本的な構えである中段の構えを取る。

しかし、直葉は目の前の和人の構えをみて思わず吹き出した。

 

直葉「ふふっ…それ、なぁに?お兄ちゃん」

 

和人は剣道をやる人間からすればあまりにも剣道からかけ離れた構えを取っていた。

右足を大きく前に出し、半身を落としている。

右手は後ろに引き、竹刀は床すれすれのところまで下げられ、左手は膝を曲げて前に突き出されている。

 

和人「いいんだよ。俺流剣術だ」

 

直葉「…じゃあ、行くよ?」

 

直葉は表情を一変させ、鋭い目つきで和人を睨む。

 

直葉「(……面がガラ空きじゃない……これなら一発入れれば……)」

 

と、そこまで思考をしたところで、直葉はふと違和感を感じた。

 

直葉「(あれ……?結構、様になってる……?)」

 

その時、和人が動いた。

勢いよく振り出された竹刀を直葉は躱し、そのまま竹刀を和人に打ち込む。

和人はそれを竹刀を引いて防ぐ。

そしてそのまま、彼らの竹刀の打ち合いが始まる。

静かな道場の中に、パァン!!という甲高い音が響く。

直葉は剣道の基本的なステップで、和人はSAOで磨いたステップを織り交ぜた独自のステップで戦う。

そして、二人の竹刀が鍔迫り合いに入り、和人が距離を取ろうと後ろに下がった時だった。

 

和人「うおっ?!」

 

誤って道着の袴の裾を踏んでしまい、バランスを崩してしまった。

直葉はその機を逃さず、勢いよく竹刀を振り下ろして和人に面を打ち込む。

和人はそれを避けることもできずにそれを受ける。

そのままふらつきながら後退し、後ろにドタン!と倒れ込んだ。

 

直葉「お、お兄ちゃん?!大丈夫なの?!」

 

和人は頭を抑えて

 

和人「いてて…やっぱり強いな、スグは。ヒースクリフなんか目じゃないぜ」

 

言いながら立ち上がる。

 

直葉「…本当に大丈夫なの?」

 

和人「大丈夫だって。さて、終わりにしようか」

 

そう言って一歩後退すると、和人は竹刀を左右に一振りし、それを背中に回した。

直葉はそれが疑問で、思わず問いかける。

 

直葉「あの…頭、ホントに大丈夫?」

 

和人はハッとして

 

和人「あ、違う違う!これはだな、その…長年の習慣が……って言うか、スグ!今失礼なことを言ったな?!」

 

スグ「ふぇっ?!ああ…あ、違うの!そ、そう言う意味じゃなくて!ほら、お兄ちゃん今頭打ったじゃない?だから……その……本当に違うからぁぁ!!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

道場から出て、二人とも防具を外す。

 

和人「ステップはともかく、やっぱりソードスキルはなぁ〜…システムアシストがないと……」

 

和人は竹刀を持ちながら一人呟いていた。

 

直葉「…それにしてもびっくりしたよ。いつの間に練習してたの?」

 

直葉が汗をタオルで拭きながらたずねる。

 

和人「まあ、ちょっとな。でも、やっぱり楽しいな、剣道は……また始めてみようかな…」

 

それを聞いた直葉は満面の笑みで

 

直葉「本当?!ホントに?!!」

 

和人「ああ。スグ、教えてくれるか?」

 

たずねる直葉に和人は笑顔で返す。

 

直葉「勿論だよ!!また一緒に剣道やろうよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージお兄ちゃんも一緒に……!!」

 

和人「ーっ!!」

 

“バナージ”というか単語が出た途端、和人は悲痛な顔になる。

それを見た直葉も、ハッとしたかなになった後悲しそうな顔で俯く。

 

思い沈黙が二人を包むが、それを破るように

 

和人「……そういえば、今日の朝飯の当番は俺だったよな。早く朝ごはんにしようぜ?」

 

と、作り笑いで直葉に話しかける。

 

直葉「うん……そうだね」

 

直葉もそう答え、玄関へ向かった。

家の中に入り、直葉は振り向いてたずねる。

 

直葉「お兄ちゃん、今日はどうするの?」

 

和人は顔を曇らせて

 

和人「…今日は、病院に行こうと思う」

 

すると、直葉も表情を曇らせて

 

直葉「そっか……ごめんね、私も本当は行かなきゃいけないのに…部活があるから……」

 

和人「いいんだよ、スグ。あいつも、そんなことで怒ったりするやつじゃないさ……行ける時に、行ってやればいい。俺たちに出来るのは、それくらいだからな……」

 

直葉「…うん、ありがとう……」

 

そして、二人で朝食を済ませ、和人は準備も済ませて玄関へ向かう。

すると、直葉が突然呼び止めた。

 

直葉「お兄ちゃん!」

 

和人「ど、どうした?スグ…?」

 

直葉が突然大きな声を出したので、和人は少々驚いて振り向く。

直葉はその両目に少し涙を浮かべて、

 

直葉「……バナージお兄ちゃん、帰ってくるよね……?私たち、また三人で、一緒に暮らせるよね…?」

 

和人は目を見開いていたが、直ぐに微笑んで直葉の頭を撫でて

 

和人「…大丈夫だ。あいつはちゃんと帰ってくるよ。だから、信じて待っていようぜ?」

 

直葉「………うん………」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

二ヶ月前、和人ことキリトがSAOをクリアし、現実世界で意識を取り戻した後、すぐに一人の人間が飛び込んできた。どうやら、総務省のSAO対策本部の人間らしい。

和人はその役人に、SAO内での情報提供の見返りに、相棒のバナージや最愛の人のアスナを含めた仲間たちの居場所を聞くことにした。

役人は二つ返事で了承し、彼に仲間達の居場所を教えてくれた。

 

仲間たちは皆、以外に近くの病院にいたようで、意識を取り戻してある程度のリハビリが終わった後、すぐに会うことができた。だが………

 

 

 

和人は今、川越市にある総合病院の最上階に来ていた。そこには、彼が今から会うべき人がいる。

部屋のカードキーを読み込ませ、俺は中に入る。

そして、カーテンを開け、ベッドで眠り続ける人物に語りかける。

 

和人「……よう……来たぜ………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ………」

 

そう。彼の相棒、バナージ・リンクスはいまだに、現実世界に帰還していなかった。

そして、彼を含めた約三百人が、今も眠り続けているのだ。

 

和人はバナージの手を握る。その手はすっかり痩せ細り、すぐにでも折れてしまいそうだった。和人はただ、目覚めぬバナージにそうしてやることしかできなかった。

 

すると、部屋のドアが開く音がする。

和人が振り返ると、そこには彼と同い年くらいの、栗色の長髪の少女が立っていた。

 

???「……こんにちは、キリト君」

 

和人「やあ、来てくれたのか……明日菜」

 

彼女は、SAOでのキリトこと和人の恋人である、《結城明日菜》だ。

明日菜は優しく微笑むと、手に持った花束を花瓶へ移す。

そして、バナージの枕元の横に座ると、

 

明日菜「…バナージ君……来たよ……?」

 

彼の頬を撫で、優しい口調で語りかける。

すると、再び扉が開く音がする。

入ってきたのは、初老の男性だった。

 

???「すまない、遅くなったね」

 

明日菜「ううん、大丈夫よ」

 

和人「明日菜?この人は…?」

 

和人はたった今入ってきた人物が誰なのか明日菜に問いかける。

 

???「ああ、これは失礼。君とは初対面だったね」

 

男性はキリトの方を向き、申し訳なさそうに頭を掻いた後、スーツの胸ポケットから名刺を取り出す。

そこに書かれていたのは、『株式会社《レクト》総合取締役 結城彰三』。

 

和人「“結城”…って、もしかして…!」

 

???「申し遅れたね。私は《結城彰三》。明日菜の父親だ」

 

それを聞いた和人は思わず立ち上がり、

 

和人「あ、えっと……桐ヶ谷和人と言います!」

 

と、慌てて自己紹介した。

 

彰三「あはは。落ち着きたまえ、和人君。SAOの中では、娘が世話になったそうで」

 

和人「い、いえ!僕こそ、明日菜さんには非常に助けられて…彼女がいなければ、自分もどうなっていたか…!」

 

彰三「まあまあ、謙遜はよしたまえ。君は娘を助けてくれた恩人みたいなものだ。だから、この場を借りて、礼を言わせてくれ」

 

と、彰三は和人に対して頭を下げた。

和人は思わぬ人物に出会ったことに対する衝撃が抜けておらず、その上自分に対して頭を下げて礼を言ってきているので、どのように対応したらわからずあたふたとしていた。そんな和人を見て、明日菜は笑いをこらえるのに必死な様子だった。

すると、またもドアが開き、今度は眼鏡をかけた青年が入ってきた。

 

???「社長。そろそろ会議の時間です」

 

彰三「おや、もうそんな時間か。そうだ、ちょうどいい。君のことも紹介しておこう。うちの研究所で主任を務めている、須郷君だ」

 

須郷「初めまして、須郷伸之です」

 

須郷という人物は、人当たりの良さそうな笑顔で和人に握手を求める。

 

和人「あ、えっと……桐ヶ谷和人です」

 

と、戸惑いながらも握手を返す。

 

須郷「桐ヶ谷……?ああ!そうか、君があの英雄《キリト》君か!!」

 

須郷は興奮したように和人の手をぶんぶんと上下に振る。

和人は困惑した顔で彰三の方に目を向ける。

 

彰三「…すまないね。彼は私の腹心の息子で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娘の()()()でもあるから、つい話してしまった」

 

和人「なっ……?!!」

 

和人は思わず叫んでしまうのを必死に抑えた。

だが、動悸が早くなり、呼吸が荒くなるのを抑えることはできなかった。

 

和人「(婚約者…?こいつが……明日菜の……?!)」

 

仮想世界で出会った恋人が、現実ではもう既に決まった人がいる。そのことがたまらなくショックだった。

ふと、和人は明日菜の方を見る。

明日菜は険しい表情をしていた。

 

須郷「や、やめてください社長…人前でそんな…」

 

須郷は照れたように頭を掻いた。

 

彰三「そう照れずとも良い。君は優秀だ、私はそう思っているよ。君なら、明日菜のいい旦那さんになれるだろう」

 

彰三がそう言うと、明日菜は唇をぐっと噛み締め、体をプルプルと震わせている。

彰三はそんな明日菜の様子に気づくことなく、

 

彰三「…では、私はもう行くよ。また会おう、桐ヶ谷君」

 

そう言って、病室から出た。

 

和人「…なあ、明日菜…婚約者って、どう言うことなんだ?」

 

和人は思わずたずねる。

しかし、その問いに答えたのは明日菜ではなかった。

 

須郷「…言葉の通りだよぉ、桐ヶ谷君。僕と明日菜は既に結婚が決まっているんだ」

 

和人の問いに答えたのは須郷だった。

だが、その表情は先程の人当たりの良さそうな顔ではなく、人を見下したような下劣な笑みを浮かべていた。さっきまでとはまるで別人のようだった。

和人がそれに少し戸惑っていると、

 

明日菜「…やめてください。私は貴方を婚約者とは認めていません」

 

明日菜が怒気を含んだ低い声でそう言った。

須郷はそのことを気に留めることなく

 

須郷「つれないねぇ〜、明日菜君。僕と君はもう夫婦同然なんだ。仲良くしようじゃないか。

それに、君に断る権利なんて無いはずだよ?なぜなら……」

 

そう言って、須郷はバナージの方へ視線を移し

 

須郷「この少年が眠っているからねぇ〜?」

 

和人はその言葉に目を見開き

 

和人「どう言うことだ…?あんたの婚約と、バナージの昏睡と何の関係があるんだ?」

 

須郷「あるんだなぁ、これが……桐ヶ谷君、実は今日、僕は君に話があってきたんだ」

 

和人「俺に……?」

 

須郷「そう!単刀直入に言わせてもらうとだね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ君の脳を、我らレクトに提供してもらえないかね?」

 

和人「……は?」

 

和人は須郷が放った突拍子も無い発言に目を見開く。

 

須郷「実はね、僕らレクトの開発部門は、ある研究を行っているんだ。人間の脳の制御範囲を拡大することで、思考、感情、記憶を操作することが出来ないか…ってね」

 

和人「人の記憶や感情を操作だって…何だよそんな実験!そんなの非人道的すぎるだろ!!そんなことが許されるはずがない!!」

 

須郷「“許さない”だって?誰が許さないんだい?言っておくがこの研究は既に世界中で行われている。だが、確かにおいそれと人体実験を行うわけにはいかない……ところがある日、ニュースを見ていたら……あるじゃないか!格好の研究素材が一万人も!!」

 

須郷は両手を広げてそう叫ぶ。

 

明日菜「研究素材、ですって…?っ!まさか、今も目覚めていない三百人はーー!!」

 

須郷「茅場晶彦は天才だが大バカ者さぁ!!あれだけ素晴らしい研究材料を一万人も手にしていながら、ゲームを作ってそれだけで満足しているんだからねぇ!プレイヤー達が解放される直前に拉致できるよう、ルーターに細工するのはそう難しくはなかったさ。お陰で、研究は大いに進んだよ。そして、最後の仕上げが……この少年だ」

 

須郷は声だかに語った後、再びバナージの方へ顔を向ける。

 

須郷「聞けば、バナージ君は桐ヶ谷君と共にゲームクリアに導いたもう一人の英雄だそうじゃないか?そんな人間の脳がどうなっているのか実に興味深い!!これは是非、研究してみないと気が済まないよ!!で、どうだい?僕の大いなる研究目的のために、バナージ君の脳をーー」

 

和人「ふざけるなっ!!バナージは俺の家族だぞ?!そんな勝手な理由で、バナージの脳を提供できるとでもーー」

 

和人は一層大きな声で怒鳴る。

 

須郷「家族?ふぅん…家族、ねぇ〜…」

 

すると須郷は、一層下劣な笑みを浮かべて和人を見下ろす。

 

須郷「では聞くが、君とバナージ君には血の繋がりがあるのかい?君はさっき、この少年が家族だと言ったが、君とバナージ君に血縁関係はあるのかい?」

 

和人「…ないが、それがどうした?」

 

須郷「無いんだろう?!君たちは本当の家族では無いんだろう?!ならば問題ないじゃ無いか!幾ら君たちが絆だなんだと主張しようが所詮君たちの関係は養子縁組だ!!だったらバナージ君の脳を提供してくれてもいいじゃないか!!」

 

和人「ふざけるな!!あんたは自分の欲求のために、バナージの命を差し出せってのか?!!」

 

和人は激しく怒って怒鳴る。

しかし須郷は気にすることなく、肩をすくめて

 

須郷「はあ……困ったものだなぁ〜。どうしても提供したくないのか……ああ、だったらこれならばどうだい?」

 

須郷は明日菜の方に視線を移し

 

須郷「バナージ君の脳を提供してくれたら、僕は明日菜君との婚約をやめてもいいよ?」

 

和人「なっ……!!」

 

和人は思わぬ言葉に目を見開く。

つまりこの男は、バナージと明日菜、二人の存在を天秤にかけろというのだ。

 

須郷「ああ、逆でもいいよ?僕が明日菜君とくっついてもいいなら、この際バナージ君の脳は潔く諦めよう。どうだい?」

 

和人「それ、は………」

 

和人は答えられず、言いよどんでいると須郷はその顔を醜く歪ませ、

 

須郷「むぅりだよねえぇぇぇ?!!君にこの二人を天秤にかけるなんて出来るわけがないよねえぇぇ?!だがね桐ヶ谷君、君にはもうこれしか手はないんだよ!!バナージ君が目覚めない限りね!!」

 

和人「〜〜っ!!!」

 

和人の怒りはもう頂点に達していた。

今にも目の前の男に殴りかかりそうなのを必死で堪えていた。

だが須郷はそんなことに気づくこともなく

 

須郷「まあ別に、今すぐ答えは要求しないよ。決心がついたらいつでも呼んでくれたまえ?

しっかし、あのSAOの英雄君が最愛の人と最高の相棒、どちらを取るのか非常に楽しみだ!!く、くくく……ヒャハハハハハハハハー!!!!」

 

須郷は高笑いをあげながら部屋を出て行った。

部屋には和人と明日菜の二人が残された。

重苦しい沈黙が部屋を包んでいたが、突然《バゴン!!!》という音が鳴り響く。

 

和人が拳を壁に思い切り打ち付けたのだ。その手は固く握られ、体はプルプルと震え、顔は怒りのあまり真っ赤に染まっている。

 

和人「あの野郎……ふざけやがって……!」

 

その声は普段の優しい彼とは別人のように低く、怒りに染まって低くなっていた。

 

ふと、明日菜が和人に声をかける。

 

明日菜「…ねぇ、和人君…ちょっと、外に出よう?」

 

和人は何も言わずに頷き、二人は揃って部屋を出た。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

病院から少し離れた公園のベンチに、二人は並んで座っていた。

しかし、そこには言葉はなく、ただ沈黙が二人を覆っていた。

ふと、明日菜が口を開く。

 

明日菜「…あの、さっきはごめんね?嫌な思いさせて…」

 

明日菜が申し訳なさそうに言う。

 

和人「…気にしないでくれ。明日菜は悪くないよ」

 

和人はいつも通りの優しい口調で明日菜に答える。

 

明日菜「…嫌な人だったでしょう?昔からああなのよ。上の人には猫をかぶってるけど、私たちみたいな下の人間にはああして本性を現す…私も兄さんも嫌いだったの」

 

和人「まあ、確かに。人格としては…と言うより、人として最低の部類に入る人間だな、あいつは…」

 

和人の言葉に明日菜は苦笑する。

 

和人「それで、あいつと結婚っていうのは本当の話なのか?君の両親が決めたことなのか?」

 

明日菜「両親っていうか、お父さんが勝手に決めちゃったの。お母さんはあの人にはちょっと難色を示してたんだけど、お父さんが“絶対大丈夫だから”って無理やり押し切っちゃって…」

 

和人「で、断ろうにも須郷からバナージのことを話された、というわけか…」

 

明日菜はふと、和人の方を向き

 

明日菜「……ねぇ、和人君」

 

和人「ん?どうした、明日菜?」

 

明日菜は少し悲しそうな笑顔で

 

明日菜「……このまま二人で一緒に逃げない?」

 

和人「逃げるって……それって駆け落ちしようってことか……?」

 

明日菜「…だって私、あの人嫌なんだもん。あんな人と無理やり結婚させられるくらいなら、私は私の人生を棒に振ってでも和人君と生きる」

 

和人「あ、明日菜……」

 

明日菜は徐々に目に涙を浮かべて

 

明日菜「わ、私っ…ずっと……ずっと君の隣にいたい……!これから、君とちゃんとお付き合いをして……本当に結婚して……一緒に年を取っていきたい……!だから……だからっ……う、うわああぁぁぁ!!」

 

明日菜は人目も憚らず、大きな声で泣きじゃくった。和人はそんな彼女を優しく抱きしめ、頭を撫でていた。

 

しばらくして、明日菜が泣き止み、

 

明日菜「…ご、ごめんね……みっともない姿見せて……」

 

和人「いや、気にしないでくれ」

 

明日菜「私、すごく勝手なこと言っちゃったね……和人君には、大切な家族が……バナージ君がいるのに……私ったら……!」

 

明日菜は自分を責めるようにスカートの裾をぎゅっと握る。

そんな彼女を見て、和人はある決断をする。

 

和人「……大丈夫だよ、明日菜。あんな奴には……須郷には、明日菜は渡さない」

 

明日菜「えっ?で、でも……それだとバナージ君が……!」

 

和人「何言ってるんだ、明日菜?俺はあいつの言いなりにはならない。あんなクズには誰も渡さないよ。バナージも、明日菜も」

 

明日菜は驚いて目を見開き

 

明日菜「そ、それって……」

 

和人はベンチから立ち上がり、

 

和人「バナージは救う。明日菜の結婚は辞めさせる。簡単な話さ」

 

明日菜「か、簡単って……そんなこと…」

 

和人「簡単さ。須郷のやつ、自分が何をしてるのかさっき堂々と語ってやがっただろ?その証拠を見つけてやればいいのさ。それを君の両親に叩きつけてやれば、君とあのクズとの結婚の話も白紙に戻るはずさ」

 

明日菜は一瞬嬉しそうに笑顔になるが、直ぐに何かを思い出して笑顔をやめ

 

明日菜「で、でも…私の結婚はともかく、バナージ君はどうするの?彼が今どこにいるのか、検討もつかないんだし……」

 

と呟く。

しかし和人は焦ることもなく

 

和人「大丈夫さ。きっと……なんとかする」

 

明日菜「な、なんとかって……そんな楽観的な…」

 

和人「なるさ。バナージの口癖だったんだけど、あいつが《なんとかする》って言ったら、本当になんとかなったんだぜ?だから、あいつの口癖の真似をしてみた」

 

和人は得意げににっ、と笑う。

 

和人「…それに、バナージがよく言ってた言葉がある。《例え、どんな絶望を見せられても、どんな現実を突きつけられても……“それでも”と、いい続けろ》ってさ。だから俺は諦めない。バナージと明日菜、どちらかを見捨てるなんてことは絶対にしない。俺はどんな手を使っても、二人を救ってみせる…!」

 

明日菜「和人君……」

 

和人「明日菜、人生ってのは誰かに決められるものじゃない。例え親であっても、他人に自分の生き方を強制されるなんてこと、あって良いわけがないんだ。

俺たち一人一人には、《可能性》があるんだ。それをどんな形で具現化するかは、その人次第さ」

 

明日菜「《可能性》……」

 

和人「だから明日菜も……もう親の言いなりじゃなく、自分の生き方ってのを決めても良いんじゃないか?嫌なことは嫌と言って、納得がいかないことがあるならぶん殴ってやれば良い」

 

明日菜「ぶ、ぶん殴るって……」

 

和人「明日菜はもう、親の言いなりで動く人形じゃない。ひとりの人間なんだ。君の人生は君のものだ。必要なら俺が支えになる。俺が一緒に戦う。どうかな?明日菜……」

 

そう言って、和人は明日菜に手を伸ばす。

その時、明日菜は吹っ切れた。

暗雲が立ち込めていた心に、徐々に陽の光が差し、雲が浄化され青空が広がる感覚を感じた。

 

明日菜は差し出された手を握り

 

明日菜「……全く、相変わらず君は無茶苦茶なんだから」

 

和人「う〜ん…多分、バナージのが映ったんじゃないかな?」

 

明日菜「ううん、そうじゃなくても、君は十分無茶苦茶だよ?そのせいで私たちがどれだけ振り回されたか……」

 

明日菜は呆れたように首を横に振る。

和人は焦って

 

和人「あ、あああ……いや、その……スミマセンデシタ」

 

明日菜「ふふっ。でも、ありがとう。お陰でスッキリしたわ……無茶苦茶だけど、その話乗ったよ!和人君」

 

和人「明日菜!」

 

明日菜「必ずバナージ君を助け出しましょう。そして、私たちで掴んで見せましょう!私たちの未来を!」

 

和人「ああ!!」

 

そう言って、和人と明日菜は満面の笑顔で固い握手を交わした。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

明日菜「…それで、どうするの?とりあえずバナージ君を探すにも、彼が…というより、彼の意識が今どこにあるのか調べないと……」

 

すると、和人のポケットに入った携帯電話の着信音が鳴る。

差出人はーーーーーー

 

和人「ーーエギル?」

 

そう、SAOで世話になった、和人《キリト》の数少ない友人の一人である、商人の《エギル》だ。

和人は病院で総務省の役人に仲間たちの居場所を聞き出した後、死に物狂いでリハビリを済ませ、彼らのもとに会いに行った。そして、連絡先を交換していたのだ。

 

和人は戸惑いもなくそのメールを開封する。

中に入っていたのは、一枚の画像だった。

それを見て和人は驚愕の表情を浮かべ、そしてニヤリと笑う。

 

明日菜「どうしたの?和人君」

 

和人は得意げな顔で

 

和人「…どうやら、運は俺たちに味方してくれたみたいだ。これを見てくれ、明日菜」

 

明日菜はその画像を見た途端、目を見開いて思わず両手で口を抑える。

 

限界まで拡大しているのか、画質は悪いが少なくとも顔や特徴は判別できた。

そこに映っていたのは、ひとりの少年。

大空をバックに、飛んでいるような姿をしている。

その少年は純白のコートを着ており、シャツやズボン、手袋に至るまで全てが白で統一されている。

そして、その体からは何やら赤いオーラのようなものを放っているように見える。

 

そこまで分かると、和人たちはそれが誰なのか一瞬で理解できた。なぜなら、その人物は彼らがデスゲームの中でずっと共に戦い続けてきた仲間ーーーーーー

 

和人「見つけた………見つけたぞ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………バナージ!!」

 

 




お読みいただきありがとうございます!
はい!というわけでまさかのバナージが囚われの身、そしてまさかの明日菜生還!
読者の皆様の中には、かなり驚かれた方もいらっしゃったのではないでしょうか?
最初は、明日菜もとらわれの身にする予定だったのですが、それだとキリトの心が持たないと思ったので、今回はバナージ君をとらわれの身にしてみました。
では、いよいよ始まりました《フェアリィ・ダンス》編!!どうぞこれからもよろしくお願いします!!


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第二十四話 妖精の世界

どうも皆さん!ジャズです。
では、フェアリィ・ダンス編第二話、スタートです!


2025年1月11日

 

その日、和人は妹の直葉をつれて川越市駅に来ていた。理由はとある人物と待ち合わせをするためだ。

 

和人「あ、来た!」

 

和人は向こうから歩いてくる人物に気がつき、手を大きく振る。

 

和人「おーい!明日奈!」

 

明日奈はこちらに気がつくと、笑顔で駆け寄ってくる。

 

明日奈「こんにちは、和人くん。待った?」

 

和人「いいや、俺たちも今来たばかりだから……そうだ、紹介するよ」

 

そう言って、和人は直葉の方を見て、

 

和人「俺の妹の、《桐ヶ谷直葉》だ」

 

直葉「あ、は、初めまして!桐ヶ谷直葉と言います!」

 

明日奈は優しく微笑んで

 

明日奈「こんにちは。《結城明日奈》です。よろしくね、直葉ちゃん」

 

直葉「こ、こちらこそ!あの、えっと……SAOでは、二人の兄が本当にお世話になり……」

 

直葉はかなり緊張した様子で、かみかみで挨拶をする。

 

和人「スグ、落ち着けよ。そんなに緊張する必要はないぜ?」

 

明日奈「そうそう。それじゃ、早速行きましょうか?」

 

和人「ああ!」

 

そう言って、和人たち三人は並んで歩き出した。

駅の大通りを抜け、しばらく歩いていると雑然とした裏道に入る。

 

ちなみになぜこの場に直葉がいるのかと言うと、昨日エギルから届けられた画像を直葉にも見てもらったからだ。

バナージは和人の家族なので、妹の直葉に黙っておくわけにはいかないと思ったので、家に帰るとすぐに例の写真を見せた。直葉はこれを見た途端、「ALOの中だ!」と叫んだ。

 

詳しく話を聞くと、どうやら直葉は和人たちがSAOに囚われたのを機に、《自分も仮想世界を知りたい》と考え、当時SAOに次ぐ人気作となっていたVRMMORPG《アルブヘイム・オンライン》、通称《ALO》を始めたんだとか。

和人は最初こそ直葉がゲームをやっていることに驚いたが、もしこの写真に写っている人物がバナージで、それがALOの中だと言うのなら、その世界を詳しく知っている直葉に協力を仰げると考え、この場に同行してもらったのだ。

 

そして、少し寂れた裏通りを通っていくと、「Dicey Cafe」という看板のついた一軒の喫茶店兼バーへと辿り着く。

 

明日奈「ここなんだね……」

 

和人「ああ」

 

直葉「あ、あたし初対面だけど…うまくやっていけるかな……?」

 

和人「大丈夫だって!みんな優しくていい奴ばかりだ。すぐに打ち解けられるさ」

 

そう言って、和人は早速ドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、和人のよく知る人物達がいた。

 

???「あっ、来たぁ!!」

 

店に入ってきた和人たちに気づいたのは、かつてSAOで《絶剣》と呼ばれたトッププレイヤーの《ユウキ》こと《紺野木綿季》だ。

 

???「遅いわよ、あんた達!!」

 

と、腕を組みながら姉御口調で言ってくるのは、SAOで鍛冶屋を営んでいた《リズベット》こと《篠崎里香》。

 

???「待っていましたよ、キリトさん、アスナさん!」

 

ユウキよりも少し年下のツインテールの少女はSAOでバナージが助けたビーストテイマーの少女、《シリカ》こと《綾乃珪子》。

 

???「久しぶりだね、二人とも!!」

 

奥のテーブルに座る、首元までのストレートの長髪に涙ボクロが特徴的なのは《サチ》こと《真田千尋》。

 

???「また会えたね!キリト!」

 

オレンジの髪が特徴的なのはSAOでトレジャーハンターだった《フィリア》こと《竹宮琴音》。

 

明日奈「みんな!全員来てたのね?!」

 

里香「あったりまえじゃない!」

 

木綿季「だって、バナージに何かあったんでしょ?放っておくなんてことできないよ!」

 

珪子「バナージさんのことを聞いて、居ても立っても居られなくて……」

 

千尋「SAOではバナージには何度も助けられたからね…だから、今度は私たちでバナージを助けないと!」

 

和人「みんな……ありがとう!」

 

和人は、協力してくれると言うみんなに頭を下げた。

すると、

 

琴音「で、和人。その子は……?」

 

和人「え?ああ、そうだ!紹介するよ。俺の妹の……」

 

直葉「《桐ヶ谷直葉》ですっ!よろしくお願いします!!」

 

直葉は名乗ると同時にぺこりとお辞儀をした。

 

琴音「へぇ〜!キリトに妹がいたんだぁ〜!」

 

琴音が意外そうな顔でそう言う。

 

里香「あんた達も隅に置けないわねぇ〜?こんな可愛い妹を置き去りにしてSAOに来るなんて〜?」

 

里香がニヤニヤと笑いながら和人に肩を組んでくる。

 

和人「あ、いや……それは悪かったと思ってるから!」

 

そんな和人たちを見て自然と周りからは笑顔が溢れていた。

すると、店の奥から一人の男性が現れる。

 

???「…お?どうやらみんな揃ったみてぇだな?」

 

出てきたの は肌黒い巨漢の男性。

SAOで商人兼重戦士をやっていた《エギル》、そしてここ《ダイシー・カフェ》のオーナーでもある《アンドリュー・ギルバート・ミルズ》だ。

ちなみにエギルにはもう直葉のことは紹介済みだ。

 

エギルの登場に、皆は真剣な顔になる。

 

エギル「…俺が送ったメールはもう、見てくれたと思う。まあ、お前らはその写真を見て集まったんだろうが……」

 

和人「…エギル、教えてくれ。この写真は一体何なんだ?」

 

和人が問うと、エギルは手招きして俺たちをバーカウンターに集める。

そして、あるものを取り出してカウンターテーブルに置く。それは、ゲームカセットだった。

 

和人「これは……」

 

直葉「《アルブヘイム・オンライン》……」

 

和人と直葉がそう呟くと、エギル葉意外そうな顔をする。

 

エギル「何だ?お前ら知ってたのか?……なら話は早え。こいつはナーブギアの後継機である《アミュスフィア》って言うハード対応のゲームなんだそうだ。“妖精の国”という意味らしい」

 

里香「“妖精”…随分まったり系な感じじゃない?」

 

エギル「いや、そうでもないらしい…どスキル制だ。プレイヤースキル重視の、PK推奨」

 

直葉「レベルが存在せず、各種スキルが反復で上昇するんです。動きも、プレイヤーの運動能力に依存されているんです」

 

木綿季「おお……それはハードだねぇ〜…」

 

珪子「でも、よく売れましたね?あれだけ騒がれたSAO事件があったから、VRゲームなんて無くなりそうなものなのに……」

 

エギル「ところがどっこい。今や大人気ゲームなんだと。理由は、なんでも“飛べる”かららしいぜ?」

 

直葉「『フライトエンジン』という機能を搭載してて、疑似的ではあるんですが飛ぶことができるんですよ。慣れるまでにちょっとコツがいりますけど……」

 

和人「なるほどな…まあ、このゲームについては大体わかった。んで、この大人気ゲームとバナージと一体なんの関係があるんだ?」

 

エギルは二枚の写真を取り出す。

 

エギル「……どう思う?」

 

そこには、全身を純白の服で固めた少年が夜空を飛行しているのが映っていた。その体からは何やら赤い光が出ており、まるで赤い彗星のようだった。

もう一枚はそれをさらに拡大した画像。かなり粗くて顔が判別しにくいが、それだけでも彼らはそれが誰なのか容易に理解できた。

 

和人「…間違いない。バナージだ」

 

直葉「うん………絶対そうだよ」

 

エギル「やっぱりか……」

 

和人「早く教えてくれ。これがALOの中ってことはわかるが、一体どこで撮られた写真なんだ?」

 

和人の問いに、エギルはALOのカセットパッケージの裏側にある地図を見せ、ある一点を指す。

 

エギル「世界樹、というそうだ。なんでも、ここの上には伝説の城があって、九つの種族がそれを目指しているらしい」

 

千尋「羽があるんだから、飛んでいけばいいんじゃ……?」

 

直葉「それが出来たら苦労しませんよ。どの種族にも滞空時間があって、せいぜい十分程度しか飛べないんです」

 

疑問符を浮かべる千尋に、直葉が苦笑して答える。

 

エギル「そこで、とある五人が体格順に肩車して、多段式ロケットみたいに上を目指したんだと」

 

里香「なるほど……バカだけど頭いいわね」

 

琴音「……それって褒めてるのかな?貶してるのかな?」

 

エギル「さあなぁ。ま、ともかく一番下の枝にすら届かなかったが、到達高度の証にしようと何枚か写真を撮ったんだと。んで、その中に妙なものが映ってたんで、解像度ギリギリまで拡大したのがこれってわけだ」

 

和人はもう一度写真を見る。

 

珪子「でも、何でみんなそうまでして世界樹を目指すんですか?世界樹に何かあるんですか?」

 

珪子がここで疑問を呈する。

 

エギル「ありあり。これが大有りなんだ」

 

直葉「滞空時間があるというのはさっき話しましたよね?でも、世界樹の上には妖精王《オベイロン》という人物がいて、その人に謁見できた種族は、《アルフ》って言う種族に生まれ変わるんです。そうすれば、いつまでも自由に飛ぶことができるんですよ」

 

明日奈「すごい…それは魅力的だね!」

 

するとエギルがタブレット端末を取り出し、

 

エギル「実はな…お前らにもう一つ見てもらいてぇもんがあるんだ」

 

そう言って、エギルはある動画を再生する。

映っているのは、空中で赤い鎧に身を包んだ複数のプレイヤーに囲まれている一人の純白の少年。

そして、一人のプレイヤーが少年に背後から襲いかかるが、少年はまるで後ろに目が付いているかのように華麗に避け、そのまま剣で切りつける。

それに逆上したのか、囲んでいたプレイヤーが一斉に少年に飛びかかる。もう絶体絶命かと思われたその時、突如少年から赤い光が漏れだした。

そして、その光は瞬く間に少年の身を包み、次の瞬間、少年は消えた。

いや、正確には消えてなどいない。目にも留まらぬ速さで動き続けているのだ。赤い鎧のプレイヤー達はその速さについていけず、一人、また一人と消滅していく。まるで、少年以外がスローモーションで動いているかのようだった。

そして、最後の一人が切られた後、少年は瞬く間に大空へと飛び去って行った。

 

エギル「……とまぁ、こんな感じだ。この動画を撮ったのは、この赤いやつらに襲われそうになってた別のプレイヤーだったそうだ。するとそこへ、まるでヒーローのように現れたのがこいつだったんだと」

 

珪子「ヒーロー……ですか……」

 

千尋「なんか、ますますバナージみたいだよね?PKされそうな人を身を呈して守って、颯爽と去っていくなんて…」

 

エギル「違いねぇな…んで、キリト達はどうだ?俺には、こんな戦い方ができるやつは知り合いには一人しかいねぇ。SAOで、しかも最前線で戦ってきたお前さんらには、ますますこいつがバナージだと思えねぇか?」

 

木綿季「うん………間違いないよ。これだけのプレイヤーを、たった一人で圧倒するなんて、そんなことできるのはバナージとキリトくらいしかいないよ……」

 

直葉「……あの、一ついいですか?」

 

するとここで、直葉が疑問を呈する。

 

エギル「どうした?直葉ちゃん?」

 

直葉「このプレイヤーがバナージお兄ちゃんじゃないとしても、この人はどう考えても普通じゃありません」

 

千尋「普通じゃないって……どの辺が?」

 

直葉「まず言えるのは、普通のプレイヤーがこんな速さで飛べるのはおかしいんです。ALOの飛行には、滞空時間の他に速度制限があって、どんな種族でも出せるスピードは限られているんです。特に……」

 

そう言って直葉は、動画を少し巻き戻して、少年が大空へと猛スピードで飛び去っていくシーンを流す。

 

直葉「ここです!このスピード……仮に本当にこんな速さで飛べば、直ぐにシステムメッセージが来て警告が来るんです。私も一回どれだけの速さが出るのかやってみたんですけど、ある程度のところまで行くとシステムが自動でスピードを落としてくるんです」

 

千尋「つまり、この人はシステムを超えた速さで飛んでるってこと?」

 

千尋の問いに、直葉は頷く。

 

和人「……いや、多分一つだけ方法がある。システムを超えた速さで飛ぶ方法が……」

 

珪子「え?そんなのあるんですか?」

 

和人は頷き、

 

和人「ああ。SAOにもあった。システムも、仮想世界のルールや規則を、一切無視した圧倒的な力が……そしてこの赤い光…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつが使ってるのは、《NTーD》だ」

 

里香「えぬてぃー……でぃー?」

 

聞きなれない単語に、里香が疑問符を浮かべる。

 

和人「ああ、リズやシリカ達は知らないんだよな……

《NTーD》は、俺とバナージにのみ与えられた、プレイヤーのリミッター解除の類の力だよ」

 

琴音「そんな力が……あっ!もしかして、キリトが私を助けてくれた時に使ったのって……!」

 

和人「まさしくそれだよ。そして、数ある可能性の中で、こいつの正体は一つに絞られた……ここに写っているのは、間違いなくバナージだ」

 

明日奈「!……なら、和人君…」

 

和人「ああ。行こう!ALOへ」

 

里香「そうね、ここにバナージがいるんなら、さっさと見つけてとっ捕まえてやんないと!」

 

珪子「あたしも行きます!力になれるかは分りませんが……あたしにも、出来ることがあるならやりたいです!」

 

千尋「もちろん、私も行く。あの世界で、私は何度もバナージに救われたんだから!」

 

琴音「バナージは私達にとってかけがえのない存在だもんね!」

 

木綿季「うん!バナージがいないと、ボク寂しいし……」

 

直葉「あ、あたしも力になります!ALOは結構長くやってるので、皆さんのサポートが出来たら……」

 

和人「スグがいるなら心強いな!」

 

明日奈「私たちで見つけましょう、バナージ君を!」

 

エギル「……満場一致、みてぇだな」

 

エギルがニヤリと笑いながら言う。

 

和人「…となると、ハードも買わないとな」

 

エギル「心配無用だ。ナーブギアでも動くぞ。アミュスフィアはそれのセキュリティ強化版でしかないからな」

 

明日奈「それは助かるなぁ〜」

 

千尋「またナーブギアを被るのはちょっと複雑だけど……バナージを助けるためだもんね!」

 

珪子「あ、あの……これいくらでしたか?」

 

珪子が財布を取り出してカセットの代金を渡そうとするが、エギルがそれを拒んだ。

 

エギル「お代はいらねぇよ。その代わり、ちゃんとバナージを見つけ出してこいよ……あいつがいねぇと、俺たちの戦いは終わらねぇんだ」

 

和人「ああ!全部終わらせたら、みんなでオフ会をやろう!!」

 

そう言って、和人とエギルは拳を打ち付けあった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

あれから和人達は、各々がALOでのアバターを作ったら連絡すると確認して解散した。和人と直葉は今、自宅にいる。

和人は、昨日須郷伸之に言われたことを思い出し、それを直葉に話した。バナージを救うには、あまり時間が残されていないことを伝えるために。

 

直葉「バナージお兄ちゃんの脳を……そんなのダメに決まってるじゃない!!何でそんな勝手なことを……?!」

 

和人「あいつには、バナージと俺たちには血縁関係はないだろと指摘されたよ」

 

直葉「血縁関係……」

 

ここで直葉は、二年前に母親から伝えられた真実を思い出した。

バナージと和人、直葉は二人の兄がいるが、その二人はどちらも義兄だったのだ。バナージのことは最初から気づいてはいた。だがまさか、和人まで血の繋がりがないとは思っていなかったのだ。

 

直葉「……ねぇ、お兄ちゃん。あたしね、実は知ってるの……」

 

和人「知ってるって……何を?」

 

直葉は意を決し、親から伝えられたことを話す。

 

直葉「あたし達三人とも、血の繋がりは無いってこと……あたし達が本当の兄妹じゃ無いってこと……」

 

和人は驚いて目を見開く。

 

和人「……そっか……母さん、話しちゃったんだな……」

 

直葉「……あたし、それを聞いた時、少しショックだった。お兄ちゃん達は、あたしが本当の妹じゃないから、ゲームの世界に入り込んだんじゃないかって……あたしが本当の妹じゃないから、あの世界に行っちゃったんじゃないかって……そう思うと、なんだか悲しくて……」

 

言いながら、直葉は目に涙を浮かべる。

すると和人は、直葉の前に立って頭を撫で始めた。

 

直葉「……お兄ちゃん?」

 

和人「……スグ、確かに俺たちには血の繋がりは無い。俺も、最初それを聞いた時はかなり動揺したよ。まあ、バナージのことは俺も気づいてはいたんだけど……まさかスグも本当の妹じゃ無いって知った時は……なんか、他人との距離感がわからなくなった……」

 

直葉「……」

 

和人はここでふっ、と微笑み、

 

和人「……でもな、その時あいつが……バナージが言ったんだ。“それがどうした?”ってさ。“たとえ血の繋がりが無くったって、スグは……《桐ヶ谷直葉》は俺たちの妹だ。それでいいんじゃない?”って。血の繋がり以上に、大切なものがある。それをそれさえあれば、十分じゃないか?スグ?」

 

直葉「お兄ちゃん……!」

 

直葉はそれを聞いて晴れ晴れとした表情になる。

 

和人「……だから、絶対に助けよう……俺たちの、もう一人の兄妹を!!」

 

直葉「うん!!」

 

そして、彼らは自室に戻っていく。

それぞれが部屋に入る直前、

 

直葉「お兄ちゃん!あたし、ALOでは《リーファ》って言うアバターネームでやってるから、アカウントが出来たらメッセージ飛ばしてね!」

 

和人「《リーファ》か、了解だ!」

 

そして、部屋に入っていった。

和人は自室に戻ると早速、エギルにもらったカセットを装填しコードをつなぐ。そして、部屋に置いてあった黒いヘルメットーー《ナーブギア》を手に取る。

 

和人「……もう二度と、お前を使うことはないと思ってたよ……けど悪い、もう少し付き合ってくれ。相棒を、助けるために……!」

 

そういって、和人はナーブギアを被り、ベッドに横になる。

そしていよいよ、あの世界につながる言葉を力強く叫ぶ。

 

和人「リンク・スタート!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

和人は今、真っ暗な空間にいた。

ここは、ゲームを始めるにあたって必ず訪れる《プレイヤーアカウント登録ステージ》だ。

すると、無機質な電子音声が流れる。

 

『アルブヘイム・オンラインへようこそ!まずは、貴方のプレイヤーネームを登録してください』

 

俺はその時、名前を何にしようか少し悩んだが、すぐに決意する。

迷うことなく、キーボードをタッチし入力していく。

『Kirito』ーーやはり、俺といえばこの名前だろう。

それに、もしバナージに会うことになれば、あいつも気づきやすいだろう。

次に、種族選択の画面に映る。

九つの種族を順番に見ていくが、ふとある種族が目にとまる。

 

ーーそれは、全身を黒を基調とした格好の種族だった。

名前は『影妖精族(スプリガン)』。

 

和人「…これにするか」

 

俺は決定ボタンを押す。

 

『スプリガンですね。では、これにて初期設定は終了です。アバターはランダムで生成されます。では、ホームタウンへ転送します。幸運を祈ります』

 

そして、和人の周囲を光が包み、肉体が再構築される。

 

次の瞬間、和人はーーいや、キリトは夜空にいた。

そのまま真っ逆さまに落ちていく。視線の先には遺跡のような建物があり、そこがスプリガンのホームタウンなのだろう。

周りには森林が広がっており、SAOとは違う幻想的な景色を醸し出していた。それを見てキリトは思わず顔が綻ぶ。

 

ところが、突然周りの景色が歪んだ。

目の前の遺跡が消え、真っ暗闇が映る。そしてその中に、キリトは落ちていった。

 

キリト「な、なあぁぁんじゃこりゃあぁぁぁぁ!!!!!」

 

そしてしばらくすると、突然森林の中に落下した。

 

キリト「グハァッ?!」

 

キリトはエビゾリの状態で落ちていたが、直ぐに仰向けになる。

落ちたのはどことも知れない森の中だった。

横たわっている草の感触、鳥のさえずり、虫の鳴き声、それらがすべて、キリトがよく知る仮想世界の感覚だった。

 

キリト「また来ちゃったな……あんな目にあったのにさ……」

 

キリトは自嘲するように笑いながらそう呟いた。

そして飛び上がると、右手を振ってメニューを引き出そうとする。しかし何も起きないので、今度は左手を上下に振る。

すると、聞きなれた鈴のような音と共にメニュー欄が開かれる。そしてキリトは、真っ先に確認したい項目を見る。

そこには、《LOG OUT》と表示されていた。

それはつまり、以前のデスゲームではなく、ちゃんとこの世界から出られることを意味していた。

キリトはそれを見て安堵のため息をつくと、今度はステータスを確認しようとするがーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「いやあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

突如として、女の子の悲鳴がこだまする。

キリトは大慌てであたりを見渡すが、少女らしい姿は見当たらない。

 

ふと、キリトは上を見上げた。

少女はそこにいた。上から自分に向かって落下してきているのだ。

 

キリト「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ?!!!」

 

キリトは急いで彼女を受け止めるために両手を広げるが、少し遅かった。

 

???「きゃあっ?!」

 

キリト「へぶっ?!」

 

女の子はキリトの上にのしかかる形で落下した。

 

キリト「…………ん?」

 

キリトの手に、何やら柔らかい感触があった。

 

キリト「なんだ……これ?」

 

キリトはそれがなんなのか確かめるために指を少し動かす。

 

???「やっ…………!!!///」

 

キリト「え?」

 

次の瞬間、キリトは真横にぶっ飛んでいた。

少女がキリトの顔面を思い切り引っ叩いたのだ。

そのままキリトは転がっていき、大木の幹に衝突する。

 

キリトが目を開けると、そこには水色の長髪に、白を基調とした服に青いラインの入った服を着た少女が、両腕を胸の前で交差させ顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいるのが見えた。

 

キリト「(……あれ?なんかデジャヴが……?)」

 

キリトは以前にも似たような出来事があったのを感じ、記憶を探ってみる。

あれは……そう、SAOでのことだったか。S級食材を手に入れ、アスナとユウキ、バナージとキリトの四人で晩餐を楽しみ、次の日迷宮区の攻略をすると約束し解散した。

次の日アスナを待っていると、後ろから突然アスナが現れ、キリトの上に覆いかぶさるように倒れこんだ。その時キリトは、何が起きたのかわからず、右手にあった柔らかい感触を…………

 

そこまで思い出したキリトは、改めて目の前の少女を見やる。

……非常によく似ている。彼がよく知るアスナに。いや、そっくり、何から何までアスナの容姿をしていた。

キリトはある確証を持って、

 

キリト「……あ、アスナ?」

 

と呼びかけてみる。

すると目の前の少女は目を見開き

 

???「……キリト君?」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

アスナはキリトの隣で、頬を膨らませてそっぽを向いて座っている。

それをキリトが、苦笑いで謝り続けるという状態が続いていた。

 

キリト「な、なぁアスナ……いい加減機嫌を直してくれないか?」

 

アスナ「ふんっ!」

 

アスナは尚もそっぽを向いている。

 

キリト「あのさ、あれは……そう、事故だ。不可抗力だったんだよ。まさか上から落ちてくるなんて思わないからさ……」

 

アスナ「……だからって……その……幾ら君でも……こんなの、恥ずかしいんだから……///」

 

アスナはわずかにキリトの方へ顔を向け、頬を真っ赤に染めて言う。

 

キリト「ご、ごめん……」

 

そしてキリトは、少し咳払いをして

 

キリト「……にしても、アスナのそれは何の種族なんだ?」

 

アスナ「《水妖精族(ウンディーネ)》って言うの。回復支援に特化した種族なんだって」

 

キリト「回復か……なんか意外だな。アスナはてっきり、もっと前線で戦うタイプだったのに」

 

アスナ「まあ、確かにね……でも、私思ったの。今まではキリト君を戦闘面でしかサポート出来なかったけど、今度は“ヒーラー”として、キリト君を支えられたら…って」

 

キリト「アスナ……」

 

アスナはニコッと笑い、

 

アスナ「……それより、ここってどこなんだろ?」

 

キリト「さあ……スプリガン領に転送するってメッセージがあったんだけど……落ちる途中でなんかバグが起きて……」

 

アスナ「キリト君もだったの?私もなのよ〜、途中まではそれらしい場所に向かってたのに、いきなりノイズが走って……まあでも、そのおかげでこうしてキリト君に真っ先に出会えたんだし、よしとしましょうか」

 

キリト「そうだな……っと、それよりステータスを一応確認しとかないとな」

 

キリトは左手を上下に振って、メニュー欄からステータス画面を見る。

 

キリト「……ん?」

 

するとキリトは、途端に難しい顔をする。

 

アスナ「どうかしたの?キリト君」

 

キリトの様子に、アスナが訝しんだ顔で尋ねる。

 

キリト「いや……ステータスなんだけどさ……何だこれ?片手剣スキルが1000とかあるんだけど」

 

アスナもはっとした顔でメニュー欄からステータスを確認する。

 

アスナ「私も……ん?何これ?細剣スキル?この世界にログインしたばかりなのに何でこのスキルが……これじゃまるで、SAOのステータスじゃ……」

 

アスナがそこまでいったところで、キリトも目を見開き

 

キリト「そうか……これはSAOのデータなんだ!だから、この世界に来たばかりなのにこんなにステータスが高いんだ!」

 

アスナ「じ、じゃあアイテムも……ああ、だめだ……全部文字化けしてるわ……」

 

するとキリトは、何かを思い出してアイテム欄を上下していく。

 

キリト「頼む……あってくれ……!」

 

全てが《???》となっている中、《MHCP001》と言う名のアイテムが目につく。

キリトは迷わずそれをタップすると、目の前に水晶のような涙石が出てくる。

 

アスナ「キリト君!それって……!」

 

アスナも何かを思い出しキリトに駆け寄る。

キリトはその涙石に指先で恐る恐る触れる。

すると次の瞬間、涙石を中心に眩ゆい光が二人を包み込む。

キリトとアスナが目を開くと、そこには1人の小さな女の子がいた。白いワンピースに黒い長髪。彼らがよく知る少女だ。

しばらくすると、少女はゆっくりと目を開ける。

キリトはその少女に向かって両手を広げて、

 

キリト「俺だよ…ユイ……わかるか……?」

 

アスナも両目に少し涙を溜めて

 

アスナ「ユイちゃん……私だよ……ママだよ……?」

 

するとユイも、泣き笑いで

 

ユイ「また……会えましたね……パパ……ママ…!」

 

ユイはそのままキリトとアスナの元へ飛び込む。

キリトとアスナはそれを優しく抱きとめる。

 

アスナ「…奇跡って……起きるんだね……!」

 

キリト「ああ……!」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

しばらくして、三人は近くの小川のほとりに腰掛けていた。

 

キリト「…で、これは一体どう言うことなんだ?」

 

ユイ「?」

 

キリトの言葉に、ユイが疑問符を浮かべる。

 

アスナ「ここはね、ソードアートオンラインとは違う、アルブヘイム・オンラインっていう世界なの」

 

ユイ「ちょっと、待ってくださいね」

 

するとユイは目を閉じて、耳をすませるように両耳に手を当てる。

 

ユイ「…ここはソードアートオンラインの世界の、コピーサーバーだと思われます」

 

アスナ「コピー?」

 

ユイは頷いて

 

ユイ「はい。基幹プログヤムや、グラフィック形式は完全に同一です。ただ、カーディナルシステムのバージョンが少し古いですね」

 

それを聞いたキリトは納得したように頷いて

 

キリト「なるほどな…SAOを運営していた『アーガス』の事後処理は『レクト』に委託されている。つまり、『アーガス』の技術資産を『レクト』が吸収し流用したってとこか……でも、何で俺たちの個人データが?」

 

ユイ「ちょっと、パパとママのデータを確認させてくださいね」

 

ユイはキリトとアスナの額に手を添えて目を閉じる。

 

ユイ「…間違い無いですね…これはパパとママがSAOで使っていたキャラクターデータそのものです。セーブデータのフォーマットが同一なので、二つのゲームに共通するスキルの熟練度が上書きされたのでしょう」

 

キリト「そういえば《二刀流》は無くなってたな」

 

ユイ「アイテムも破損してしまっていますね……エラー検出プログラムに引っかかる前に、全て破棄したほうがいいでしょう」

 

そう言い切るとユイは目を開く。

キリトとアスナはメニュー欄を開き、アイテム欄から破損したアイテムを全て選択し、破棄ボタンを押す。

 

アスナ「それと、ユイちゃんはこの世界では、どんな扱いになってるの?」

 

ユイ「えっと……プレイヤーサポート用の疑似人格プログラム《ナビゲーション・ピクシー》に分類されていますね」

 

そう言うと次の瞬間、ユイは光に包まれる。

そして、その中から現れたのは、約10センチくらいの身長でピンクの花を模したワンピースに薄いピンクの翅が生えた、まさしく妖精と呼べるものがそこにいた。

 

ユイ「これがピクシーとしての私の姿です」

 

キリト「おお……!」

 

アスナ「ユイちゃん……か、可愛い〜!!」

 

アスナが小さくなったユイを両手で包み込む。

そして、親指でユイの頭をゆっくりと撫でる。

 

ユイ「く、くすぐったいです〜」

 

キリト「じゃあ、前みたいに管理者権限があるのか?」

 

ユイ「いえ、出来るのはリファレンスと広域マップデータへのアクセスくらいです」

 

少しシュンとした顔でユイはそう言う。

 

アスナ「そっか……」

 

キリト「実はな…ここに、バナージがあるかもしれないんだ」

 

ユイ「えっ、にぃにが?!どういう事ですか?」

 

ユイはキリトの肩に乗り、疑問符を浮かべる。

 

キリト「バナージは、SAOが終わっても現実世界に復帰しなかった…」

 

アスナ「それで、知り合いからこの世界にバナージ君がいるって情報を得て、ここに来たの」

 

ユイ「そんなことが……」

 

キリト「でも、大体の場所は目星がついてるんだ。あそこ……世界樹って言うんだが、あそこの近くでバナージを見たって言う情報があってな……」

 

そう言って、キリトは遥か遠くに移る大きな影を見つめた。それは、空高く伸びる大きな大木だった。その様は、まさしく世界樹と呼ぶにふさわしいだろう。

 

キリト「そういや、何で俺たちはこんな森の中にログインしたんだ?本来なら、それぞれの種族のホームタウンに転送されるはずだったのに…」

 

ユイ「さあ…位置情報が破損したのか、あるいは混信したのか……私にはなんとも言えません……」

 

キリト「どうせなら、世界樹の近くに落ちてくれればよかったんだけどな……」

 

そう言いながらキリトとアスナは立ち上がると、背中に意識を集中する。すると、2人の背中にそれぞれ黒と青の半透明の翅がハの字に四枚出現する。

 

アスナ「へぇ〜、これが翅なんだ!」

 

アスナが感嘆の声を上げる。

 

キリト「でも、どうやって飛ぶんだ?」

 

ユイ「補助コントローラーがあるみたいです。左手を立てて、軽く握るような形を作ってみてください」

 

キリトとアスナは言われた通りに左手を立てて軽く握る。

するとその手の中に、コントローラーが出現する。

 

ユイ「えっと…手前に引くと上昇、奥へ押し倒すと下降、左右で旋回、押し込むと加速、離すと減速になっています」

 

キリトとアスナは試しに色々な角度で飛んでみる。

最初は慣れずに明日の方へ飛んで行ったりもするが、直ぐに順応し安定して食べるようになる。

 

キリト「なるほど、大体わかった」

 

アスナ「とりあえず、近くの街に行ってみましょうか。ユイちゃん、どこが近いかわかる?」

 

ユイ「この近くに《スイルベーン》と言う街があるみたいです。そこが一番……!」

 

ユイは言い切る途中で何かを察知し、険しい顔で空を見た。

 

アスナ「ユイちゃん?」

 

ユイ「近くにプレイヤーがいます。これは……5人が1人を追いかけていますね!」

 

キリト「5対1か……ちょっと行ってみるか!」

 

キリトは言いながら飛び去って行く。

 

アスナ「ちょ、ちょっとまってよキリト君ー!!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

とある森の中。

黄緑の装備に身を包み、金髪を後ろで纏め上げたポニーテールの少女が、赤い装備に身を包んだ男性五人に囲まれている。

少女の名は《リーファ》。ALOが始まった頃からこの世界でプレイしている古参メンバーの1人だ。

 

???「流石は《風妖精族》の五指に入る実力者だな。リーファといったか…?」

 

そう言いながらリーファに歩み寄るのは、《火妖精族》の《カゲムネ》と言う男だ。

 

カゲムネ「悪いがこちらも任務なんでね……金とアイテムさえ置いていけば見逃すが?」

 

その言葉とともに、カゲムネの左右に控える4人のサラマンダー兵士も、手に持った大型ランスを構える。

5対1、絶望的な状況だが、リーファは臆せず長刀を構える。

 

リーファ「…あと1人は道連れにするわ。デスペナルティの惜しくない人からかかって来なさい!」

 

それを聞いてカゲムネは嘆息すると、

 

カゲムネ「気の強いお嬢さんだ……仕方ない」

 

そして、5人の兵士がリーファに飛びかかろうとしたその時だった。

 

???「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突如、リーファの背後から絶叫を上げて、黒い少年が落ちてくる。

 

???「いてて……着地がミソだな、これは……」

 

頭をさすりながら少年は起き上がる。

 

するとその直後、

 

???「きゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!避けてえぇぇぇぇ!!」

 

今度は水色の髪の少女が少年が北方向からとっしんしてくる。

少年がサッ、とその場から飛びのくと、先ほどまで彼がいた場所に少女が顔面から地面に衝突する。

 

???「……ってちょっと!なんで避けるのよ?!ちゃんと受け止めてよ!!」

 

???「ええっ?!いや、アスナが避けろって言うから……」

 

アスナと言われた少女は顔を真っ赤にして

 

アスナ「それでも男ならちゃんとキャッチしてよキリト君!!」

 

キリトと言われた黒い少年は申し訳なさそうに頭をさすりながら

 

キリト「あ、ああ……ごめん」

 

そして冷静になった2人は周りを見渡す。

 

キリト「ふうん……男五人で女の子5人を襲うなんて」

 

アスナ「あまり、褒められたことじゃないわね」

 

不敵に笑ってそう言った。

すると我に返った1人のサラマンダーが

 

???「んだテメェら!!初心者がノコノコと出て来やがって!!」

 

言いながらランスをキリトとアスナの方に突きつける。

 

リーファ「ちょっと何してるの?!早く逃げて!!」

 

しかし、キリトとアスナは微動だにしない。

 

???「やろう……なら、お望み通り殺ってやんよぉ!!」

 

そう言って、勢いよくアスナの方へと飛んでいく。

リーファは思わず目を閉じた。

しかし目を開けると、信じられない光景が目に飛び込んできた。

キリトがアスナの前に立ち、右手一本でランスを止めていたのだ。

 

キリト「ほい」

 

キリトはそれを軽く放ると、サラマンダーは後ろへ吹き飛んでいく。

目の前で起きていることに、リーファもカゲムネも唖然としていた。

すると、キリトが右肩をぐるぐると回し、アスナが指をポキポキと鳴らしながら

 

キリト「えっと……あの人達、斬ってもいいのかな?」

 

アスナ「というか、もう斬っちゃおうよキリト君」

 

アスナは笑いながらそう言うが、どうもその目は笑っていない。

リーファはアスナの雰囲気にやや押されながら

 

リーファ「えっと……いいと思います。少なくとも向こうはそのつもりみたいだし……」

 

と答える。

するとキリトは背中の剣を、アスナは腰の細剣を抜き、

 

キリト「んじゃ……」

 

アスナ「……遠慮なく!」

 

と言って、構える。

次の瞬間、土煙とともに彼らの姿が消えた。

 

???「ぐわあぁっ?!!」

 

???「ギャアァァッッ?!!」

 

2人のサラマンダー兵士の悲鳴が響き、そしてその体が炎に包まれて消滅する。

そしてその向こう側には、剣を振りかぶった後の体制のキリトとアスナがいた。

彼らはゆっくりと振り返ると、不敵な笑みでこう告げた。

 

キリ・アス「「次は誰かな?」」

 




お読みいただきありがとうございます!
祝え!VR最強夫婦が妖精の世界に降り立った瞬間である!!
やっぱりキリアスコンビはいいですよね〜!そこにユイちゃんを加えた家族は、いつも見ててほっこりしますよね!

それと、原作ではリーファとキリトの間に少々揉めることがあったのですが、本小説ではそのような展開は無しで行きたいと思います。理由は、この世界ではリーファにはキリトとバナージの2人の兄がいますからね!
では、次回はいよいよリーファとキリト、アスナの出会いです。お楽しみに!


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第二十五話 思わぬ出会い

みなさん、お久しぶりです!
更新が遅れた事、本当に申し訳ありませんでした。理由は、もう一つ小説を始めたところこれが大好評でして……そちらの方を優先してしまったからです。
これからは二つの小説をバランスよく進めていきたいと思っていますので、よろしくお願いします!


リーファ「なっ……?!」

 

リーファは、今目の前で起こった光景が信じられず、ただ目を見開いていた。

それもそのはずだ。今自分が相手する筈だったサラマンダーの兵士たち。彼らは間違いなく相当な実力者達だ。

だがそんな彼らを、初期装備で、しかもたった一撃で倒したスプリガンの少年とウンディーネの少女。

 

直後、彼らは再び視認できないほどのスピードで2人のサラマンダー兵士を葬った。

そして、最後に残ったカゲムネの方を向くと、

 

キリト「…どうする?あんたも戦う?」

 

と問いかける。

対してカゲムネは両手を上げて

 

カゲムネ「…やめとくよ。あともう少しで魔法スキルレベルが900なんだ。デスペナルティが惜しい」

 

アスナ「…正直な人ね。で、貴女はどうする?」

 

アスナはリーファの方を向いて尋ねる。

 

リーファ「…はぁ、あたしもやめとく。けど、カゲムネさん…だっけ?今度はきっちり勝つから」

 

するとカゲムネは肩を竦ませて

 

カゲムネ「君とのタイマンも遠慮したいな」

 

と言い、体を反転させてその場から飛び去った。

静寂な空気が辺りを包んでいたが、不意にキリトが近くにある炎のようなものを見つめて

 

キリト「…これは?」

 

と尋ねる。

 

リーファ「リメインライトよ。連中の意識はまだここにあるわ」

 

リーファがそう説明する。しばらくすると、それらは全て消滅した。

 

リーファ「…で、あたしはどうすればあなたたちにお礼を言えばいいの?逃げればいいの?それとも……戦う?」

 

そう言って、リーファは右手の長刀を二人に向ける。

すると、アスナが両手を上げて

 

アスナ「まさか!そんな事するわけないよ……」

 

と言って、細剣を腰の鞘に納める。

 

キリト「う〜ん……俺的には、正義のヒーローがお姫様を助けたって言う場面なんだよなぁ…んで、泣きながら抱きついてくる的な展開が……」

 

と、キリトが腕を組みながら言う。

 

リーファ「…は?ば、バッカじゃないの?!」

 

リーファは一瞬呆気にとられていたが、すぐに気を取り直し叫ぶ。

その直後、

 

アスナ「キィ〜リィ〜ト〜くぅ〜ん?なぁ〜にを言ってるのかなー?刺そうか〜?」

 

そう言って、アスナが笑顔で(目が笑ってない)さっきしまったばかりの細剣を一瞬で抜剣しキリトの喉元に突きつけた。

 

キリト「ちょ、ちょっと待てってアスナ!冗談!冗談だって!!!」

 

 

キリトは慌ててアスナを宥める。

すると、

 

???「そうですよ!パパに抱きついていいのはママだけです!」

 

と、どこからか可憐な少女の声が響いた。

リーファが慌てて辺りを見回すが、それらしい姿は確認できない。

と、キリトが「こら!出てくるなって」と、胸ポケットを抑えるがその中から小さな何かが飛び出し、キリトの肩にとまる。そして、

 

???「パパにくっついていいのは、ママと私だけです!」

 

リーファ「ぱ、パパ?!ママぁ?!」

 

思わず素っ頓狂な声をあげたリーファだったが、直ぐにキリトのそばに歩み寄る。

それは、手のひらサイズの小さな長髪の幼女の姿をした妖精だった。

 

リーファ「ねぇ、それって《プライベートピクシー》ってやつ?」

 

リーファの問いにぽかんとしていたキリトとアスナだったが、

 

キリト「そ、そう!そんなんだよ!」

 

アスナ「あ、あはは…」

 

キリトとアスナは引きつった笑みで返した。

そんな二人を交互に見て、

 

リーファ「で、スプリガンとウンディーネが何でこんなところにいるの?」

 

と尋ねる。キリトはそれに対して少し目を逸らし

 

キリト「…み、道に迷って……」

 

と、頬をぽりぽりと掻きながら少し情けない声で答える。

リーファはその答えに思わず爆笑する。

 

リーファ「あっはははは!!道に迷うって…二人とも領地はずっと東でしょう?君たち変すぎ!」

 

アスナ「へ、変なのかな…?」

 

アスナが若干戸惑ったように呟く。

一頻り笑い終えたリーファが落ち着き払った声で

 

リーファ「ある程度の経験者ならともかく、初心者が領地から離れたところでウロウロしてるなんて、変に決まってるよ?

まあでも、助けられたのは事実だからお礼を言っておくわ。あたしは《リーファ》っていうの」

 

そう言って、リーファは右手を差し出す。

それに対してアスナがニッコリと笑顔で

 

アスナ「リーファちゃんね。私は《アスナ》。この子は《ユイ》ちゃんで、この真っ黒な人が《キリト》くん」

 

呼ばれたユイはぺこりと頭を下げる。

だがキリトは、リーファの顔を見て固まっていた。

 

アスナ「…キリトくん?」

 

リーファ「どうしちゃったの?まさかラグってるの?」

 

リーファがキリトの両目の前で手を振るが、キリトの表情は固まったままだ。

その時キリトは、現実世界の妹ーー《直葉》に言われた言葉を思い出していた。

 

 

“あたし、ALOじゃ《リーファ》ってアカウントでやってるから”

 

キリト「(リーファ?リーファって、スグのALOでのアカウントだよな……え、マジで?この目の前の金髪ロングの女の子がスグ?ウソだろ……?)」

 

そしてキリトは、意を決して口を開いた。

 

キリト「………スグ?」

 

するとリーファは、目をまん丸に見開いた。

 

リーファ「……え?」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

お互い正体を明かした三人は、小川のほとりにある岩をベンチがわりにして座り、語り合っていた。

 

リーファ「なんだぁ〜、お兄ちゃんにアスナさんだったんだ!」

 

アスナ「まさかリーファちゃんがあのさ直葉ちゃんだったなんて……でも、こんなところで会えたのも、やっぱり何かの運命なのかな?」

 

キリト「ははは…まあ、かなり驚いたけど、スグにこんなに早く会えたなら、手間がかなり省けて良かったな。スグがいるなら、なにかと心強いし」

 

キリトの方言葉にリーファは少し頬を赤く染めて

 

リーファ「そ、そんな……でも、お兄ちゃん達も強かったじゃない。何?ログインしてすぐに何かチートでも使った?」

 

と、少しジト目で尋ねるが、アスナが慌てて首を振って

 

アスナ「そ、そんなことしないよ!ただ、私達の個人データが何故かSAOのものに上書きされて……」

 

と答える。それを聞いたリーファは納得したように頷く。

 

リーファ「あー、成る程……噂で聞いた程度だけど、このALOのサーバデータはSAOのものと共通らしいしね」

 

そこまで言い切ると、リーファはスッと立ち上がる。

 

リーファ「さて!キリトくん達がお兄ちゃんと明日奈さんだとわかったところで、早速行動しましょう。早くバナージお兄ちゃんを見つけないと!」

 

キリト「そうだな。ウズウズしてもいられないしな」

 

そう言って、キリトとアスナも立ち上がる。

 

リーファ「じゃあ、とりあえずは近くの中立の村に行こっか」

 

キリト「え?スイルベーンって街の方が近いんじゃないのか?」

 

キリトの言葉にリーファは少し眉をひそめて

 

リーファ「あそこはシルフ領よ。シルフ領ではお兄ちゃん達はシルフに攻撃できないけど、逆はアリなの。つまり、襲われても命の保証が無いのよ」

 

と答える。

 

アスナ「成る程ね〜…でも、私たちにはリーファちゃんがいるんだし大丈夫だよ!」

 

と、アスナが満面の笑みで言う。

対してリーファは少しため息をついて

 

リーファ「…まあ、アスナさんがそこまで言うなら。あ、でも……お兄ちゃん達の実力ならそう簡単にやられることはないか」

 

そう納得したリーファは、早速背中に翅を展開する。

同じように背中に翅を広げるキリトとアスナだったが、ここであることに気づく。

 

キリト「あれ?スグはコントローラー無しで飛べるのか?」

 

リーファ「ん?まあね。お兄ちゃん達は……って、この世界に来たばかりだし、出来ないか。

でも、いつまでもコントローラーじゃ不便だしね。ここで随意飛行のコツを教えるわ」

 

そう言ってリーファは、二人の背後に回り込み二人の背中に触れる。

 

リーファ「今触ってるの分かる?」

 

キリト「ああ」

 

リーファ「そこから、仮想の骨と筋肉が伸びてるのをイメージして、それを動かすの」

 

キリト「仮想の骨と筋肉……」

 

キリトがそう呟き、アスナも背中に意識を集中する。

すると、二人の背中から生えた翅が少しずつ動き始める。

 

リーファ「そう!今の感覚でもっと強く!!」

 

二人は歯を食いしばりながらさらに背中に集中する。

直後、背中の翅が大きく広がり、十分な推力が生まれる。

 

リーファ「えいっ!」

 

その時、リーファが二人の背中を思い切り押した。満面の笑顔で。

 

キリト「えっ?うわああぁぁぁぁぁ!!!」

 

アスナ「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

二人は凄まじい勢いで空へ飛んでいった。

しばらく沈黙していたリーファだったが、ハッと我に帰り慌てて空へ飛行する。

 

リーファ「やばっ」

 

ユイ「パパぁ〜!ママぁ〜!」

 

リーファとユイは空中をホバリングしながら二人を探す。

すると、

 

キリト「うわあああーーーっ!!」

 

アスナ「誰か止めてえぇ〜〜!!!」

 

キリトとアスナは情けない声を上げながらふらふらと飛んでいた。

くるくると回転しながら飛び、衝突しそうになる。

 

アスナ「きゃあ?!ちょっとキリトくん!ちゃんと前見て飛んでよ!!」

 

キリト「無茶言うなって?!アスナだって周り見ろよ!危ないだろ?!」

 

アスナ「そこはキリトくんが何とかしてよ〜!!」

 

キリト「んな無茶苦茶なぁ〜?!!」

 

そんな夫婦漫才を見てリーファとユイは思わず吹き出す。

 

リーファ「あはははははは!!」

 

ユイ「ご、ごめんなさいパパ、ママ!お、面白いです〜!」

 

キリト「笑ってないでとめてくれぇ〜〜!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

一頻り笑い終えた後、リーファは何とかキリトとアスナをとめ、改めて随意飛行を教えた。

最初こそやはり覚束なかった二人だったが、あのデスゲームの世界を二年も生き抜いた二人の経験値と順応性の高さで直ぐに安定した飛行を見せた。

 

アスナ「すごぉ〜い!!」

 

キリト「おお!これはいいなぁ!!」

 

感嘆の声をあげながら、辺りを飛び回る二人。

 

リーファ「それじゃ行こうか!付いてきて!」

 

そう言って、リーファはターンして森林の彼方目掛けて巡行する。キリトとアスナもそれに続く形でリーファと並行して飛ぶ。

 

リーファ「最初はゆっくり行こうか」

 

キリト「もっと飛ばしてもいいぜ?」

 

リーファが振り返って言うが、キリトが不敵な笑みで返す。アスナも同じような顔で頷いている。

 

リーファ「…ほほう?」

 

リーファも口角を釣り上げてニヤリと笑うと、再び前を見据えて加速する。

ある程度行ったところで振り返ると、二人が付いてきていることに驚き目を見開く。リーファはこの世界でも飛行速度はかなり早い方で、彼女に付いていけるものは熟練のものでもそういない。にも関わらず、彼らは初心者でありながら自分に付いてきている。

 

キリト「これが最速?」

 

リーファ「まさか!なら、本気出すけどいい?」

 

キリト「ああ、構わないさ!アスナも大丈夫だよな?」

 

アスナ「ええもちろん!これでもSAO時代は《閃光のアスナ》って呼ばれてたんだからね!」

 

リーファ「…なら、どうなっても知らないよ!!」

 

リーファはそう言って、更に加速する。これが今彼女が出せる最高速度だ。ジェット機のような速度で飛んでいく彼ら。リーファはもちろんのこと、キリトとアスナも臆することなく付いていく。

だが、ここで一人脱落者が現れた。

 

ユイ「はうう〜〜、私はもうだめですぅ〜〜」

 

ユイはそう言ってキリトのシャツの胸ポケットに入り込み、頭を出した。

そんな彼女をみて、微笑ましい笑顔を浮かべるキリト達だった。

 

しばらく飛ぶうち、キリトにはある思考が生まれた。

 

キリト「(…もっと、早く食べたらなぁ……)」

 

そんな事を考えていたその時、キリトの身に異変が起き始めた。身体から黄色い光が溢れ始め、徐々にスピードが上がっていく。

 

キリト「…これは……!」

 

アスナ「キリトくん?」

 

異変に気付いたアスナがキリトを覗き込む。

しかしキリトは、この感覚を知っていた。そう、あれはSAO時代、幾度となく自分と仲間達を窮地から救った最強の切り札、

 

キリト「《NTーD》……!」

 

直後、キリトの背中から生えた翅がパージされ、その身が眩い黄色の光に包まれる。そして、キリトの目の前に《NTーD》という文字列が現れる。

次の瞬間、キリトは消えた。

 

キリト「うわああぁぁぁぁーーーー!!!!」

 

否、《キュイイイイイイン》というジェットエンジンの音と共にその場から途轍もない速度で飛んで行ったのだ。

 

リーファ「ちょ、お兄ちゃん?!」

 

ユイ「急いで追いかけましょう!」

 

いつのまにかキリトの胸ポケットから出ていたユイが、目の前で起きた光景に呆気にとられていた二人に言う。

二人ははっ、とした表情になった後、すぐ様大急ぎで追いかける。

だが、最高速で飛ぶアスナ達でも、《NTーD》を発動したキリトには追いつけない。

そこでアスナは、キリトの現在地をユイに割り出してもらうことにした。

 

アスナ「ユイちゃん、今キリトくんがどこにいるか分かる?」

 

ユイ「パパは現在、少し先の《スイルベーン》で停止したみたいです」

 

リーファ「嘘でしょ?!スイルベーンって未だ少し先のところよ?こんな数秒でたどり着けるはずは……」

 

そう、キリトが彼女達の前から消えてものの数秒間の出来事だった。

理由はわからないが、今は兎に角キリトに追いつくことが先決。無事である事を祈りながら、スイルベーンへ急行する二人だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

キリトside

 

時は少し戻ってキリト視点。

《NTーD》が突如発動し、体の底から力が溢れるどこか懐かしい感触の後、周りの景色が急に後ろの方向へとどんどん進んでいく。

いや、そう錯覚してしまうだけで実際は自分が途轍もない速さで飛んでいるのだ。

 

キリト「うわああああああっっ!!!」

 

今まで体感したことのない高速の世界に思わず悲鳴をあげるキリト。頭の中にブザーの音が鳴り響き、目の前に《速度超過》という警告のシステムメッセージが表示され、どうにか減速を試みるものの、スピードは落ちるどころか更に速くなり、音速に近い速さとなる。

 

その時、目の前に大きな塔が見え、それはどんどん大きくなっていく。おそらく、この軌道で飛び続けたら衝突する。そして、この速度で衝突しようものならば、間違いなく無事では済まない。最悪の場合、衝突のダメージで死亡する事も考えられる。

 

キリト「と、止まれえぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

手足をばたつかせながら何とか止まろうとするキリト。

しかし一向に減速する気配がない。壁に激突する事を予感したキリトは両腕で顔を覆う。

だが、いつまでたっても衝突の瞬間は来なかった。

恐る恐る目を開けると、すぐ目前には壁がそびえていた。キリトは塔に激突する寸前のところで停止することができたのだ。

思わず安堵のため息が出るが、同時に身体から出ていた黄色い光が消え、先程までの浮遊感が消える。

 

キリト「あああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

キリトは地面へ落下していった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

アスナ・リーファside

 

リーファ「…もうすぐ《スイルベーン》に着きますよ!」

 

アスナ「キリトくん……!」

 

二人の眼前に、色とりどりの光の群が見えてきた。

そしてとりわけ目を引くのは、街からそびえ立つ五つの塔。《風の塔》という名の、街のシンボルだ。

 

リーファ「真ん中の塔の根元に着陸しま………ってアスナさん、ランディングのやり方って教えましたっけ?」

 

リーファの言葉にハッとした顔になるアスナ。

 

アスナ「え…私、まだ教えてもらってないんだけど……」

 

リーファはその言葉に慌てて

 

リーファ「やばっ?!ああ……だめだ、もう遅いや」

 

そして、苦笑いでアスナの方を向き

 

リーファ「……すみませんアスナさん!幸運を祈ります!!」

 

そういって、リーファは下へ降りていく。

 

アスナ「え、嘘でしょ?ねぇ、ちょっとリーファちゃあああぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 

直後、《ドッゴオオォォォォォォン!!》という爆音が街に鳴り響いた。

 

その音に、地面で倒れていたキリトが思わず顔を上げる。

すると、上から水色の少女が落ちてくる。

 

アスナ「キィィリィィトォォくうぅぅんーー!!!」

 

キリト「あ、アスナ?!」

 

キリトは慌てて両手を広げて受け止める。

今回は何とかキャッチできたキリト。今彼は、アスナをお姫様抱っこしている状態だ。

それに気がつき顔が真っ赤になるアスナ。

 

アスナ「え、えっと………////」

 

キリト「あ、あの…これはだな、アスナを顔面から地面に落とすわけにはいかないと……」

 

キリトも慌てて口をパクパクとしながら言い訳するが、

 

アスナ「ううん、いいの。ありがとうキリトくん、私を受け止めてくれて…////」

 

キリト「あ、アスナ…////」

 

と、甘い雰囲気を醸し出している中、

 

リーファ「ん゛ん゛っ!」

 

と、軽く咳払いをするリーファ。その音にキリトとアスナはハッとした顔になり、リーファの方を見る。

 

リーファ「そういうのは二人っきりの時だけにしてもらえるかな?こっちまで恥ずかしくなるんだから」

 

 

リーファが呆れた表情で言われ、一気に顔を赤くした二人は慌てて離れる。

 

リーファ「…とりあえず、お兄ちゃんが無事で良かったよ。でも一応、回復魔法をかけておくね」

 

そう言うと、リーファは魔法の詠唱を始める。

直後、キリトとアスナの足元にエメラルドグリーンのサークルが現れ、同時にHPが一気に回復する。

 

アスナ「へえ〜、これが魔法かぁ〜!」

 

アスナが感嘆の声を上げる。

 

リーファ「高位の治癒魔法は《ウンディーネ》じゃないと使えないんです。まあでも、これは必須スペルだからお兄ちゃんも覚えた方が良いよ」

 

キリト「なるほど…スプリガンはどんな能力があるんだ?」

 

リーファ「幻惑魔法系とかトレジャーハントとかかな。戦闘にはあまり不向きな種族なんだよね」

 

キリト「トレジャーハントか…(フィリアが選びそうな種族だなあ〜)」

 

そして、キリトは立ち上がり、辺りを見渡す。

 

キリト「にしても、綺麗な街だなぁ〜」

 

アスナ「そうだね。街の灯りとかが凄く幻想的……」

 

リーファ「でしょ!」

 

すると、三人に向かって1人のシルフの少年が走ってくる。

 

「リーファちゃ〜ん!良かった、無事だったんだね!」

 

リーファ「あ、レコン!まあどうにかね」

 

レコン「凄いや、流石はリーファちゃん……って!」

 

レコンという少年はキリトとアスナに気がつくとギョッとした顔で後ずさり、腰の短剣に手をかける。

 

レコン「す、スプリガンとウンディーネ?!どうしてここに!」

 

リーファ「あ、大丈夫だよ!この2人が助けてくれたの」

 

レコン「へ……?」

 

呆気にとられているレコンを他所に、リーファはキリト達の方を向いて

 

リーファ「こいつはレコン。あたしのフレンドなんだけど、少し前にやられちゃって」

 

キリト「へえ、そうなのか。俺はキリト。こっちはアスナだ。よろしくな」

 

キリトは右手を差し出す。レコンは頭を下げて「あ、どもども〜」と握手を交わしている。

 

レコン「……って!そうじゃなくて!大丈夫なの?スパイとかじゃ……」

 

リーファ「だから大丈夫だってば。この2人はリアルでも知り合いなの。こっちのキリトくんはあたしのお兄ちゃんだし」

 

レコン「え?お兄ちゃん…………?」

 

レコンはキリトの顔をしばし見続けていたが、不意にジャンピング土下座をして頭を下げた。

 

レコン「失礼致しましたお兄様ァ!!!」

 

キリト「あ、いや。別に気にしてないから兎に角顔を上げてくれ」

 

キリトがそう促し、レコンは立ち上がる。

 

レコン「……あ、そうだ。シグルド達がいつもの酒場でアイテムの分配をやろうってさ」

 

リーファはそれを聞き、「あー、そっかぁ……」と気まずそうな顔になり、

 

リーファ「…あたし、今日はいいや。アイテムはあんた達4人で分配してきて」

 

そう言って、リーファはトレード画面から今日獲得したアイテムをレコンに転送する。

 

レコン「え?リーファちゃん来ないの?」

 

リーファ「ごめんね?今日はこの2人と予定があるから!」

 

そう言って、リーファはキリトとアスナを連れて歩き出した。後ろから「リーファちゃ〜ん」というレコンの情けない声が響いた。

そして三人は、街のNPCレストラン『すずらん亭』に入る。適当な飲み物を注文し、三人は透明なガラスに入ったドリンクを一口飲んだ。

 

アスナ「…さっきの子って、リーファちゃんの彼氏?」

 

ユイ「コイビトさんですか?」

 

そう言われたリーファは思わず吹き出し、

 

リーファ「違います!ただのフレンドで、同じパーティメンバーなだけです」

 

キリト「にしては、仲が良さそうだったけど?」

 

リーファ「リアルでも学校で同級生なの。それだけよ!」

 

と、必死になって否定した。

 

アスナ「……とりあえず、これからどうする?」

 

リーファ「そうですね。この世界のどこかにバナージお兄ちゃんがいるのは間違いないと思います。ただ、闇雲に探すのはかなりの時間が要りますね。この世界は広いですから……」

 

キリト「う〜〜ん……」

 

ふと、キリトはユイに尋ねる。

 

キリト「……なあ、ユイならバナージがどこにいるか分かったりしないか?」

 

キリトの問いに、ユイは首を横に振る。

 

ユイ「ごめんなさいパパ。私のプレイヤー探索範囲は広くなくて……そもそもにぃにのキャラクターIDは現在私には登録されていないので、探しようが無いです……」

 

キリト「……そっかぁ……」

 

リーファ「……ねえ、一ついい?」

 

キリト「ん?どうした、スグ?」

 

リーファはテーブルの上にちょこんと座っているユイを指差し、

 

リーファ「……この子って、一体なに?プライベートピクシーじゃないよね?」

 

キリト「え?ああ、そうだな。スグには話しておくか」

 

そうして、キリトはユイと出会った経緯を簡単に語った。

 

キリト「……そんなわけで、ユイは俺とアスナの……まあ、一人娘みたいなものだ」

 

リーファ「ほええ……こんな子がAIなんて……ていうか、あたしいつのまにか叔母さん?!」

 

アスナ「あ、あはは……」

 

リーファが顔が青ざめていくのを見て苦笑するアスナ。

 

キリト「…話を戻そうか。とりあえず、バナージの目撃情報は世界樹であった。なら、とりあえずそこを当たってみるか」

 

アスナ「そうだね。世界樹はこの世界の《グランドクエスト》のところなんだよね?なら、もしかしたら……」

 

ユイ「可能性は高いですね。世界樹にはこの世界の《GM》がいますから」

 

アスナ「そうなの?なら、世界樹を登って、バナージ君を見つけてもらったら……」

 

キリト「……バナージを助けられる……よし、とりあえずの方針は決まったな。俺たちで世界樹を攻略して、GMに会う」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

話し合いを終え、三人は宿へと来ていた。

 

リーファ「それじゃあたしはここで落ちるね。ログアウトするときはちゃんと部屋でするんだよ?」

 

キリト「分かった。ありがとうな、スグ」

 

アスナ「リーファちゃん、また明日ね!」

 

リーファは頷き、青白い光に包まれてログアウトした。

キリトとアスナは案内された部屋に入ると、2人ベッドに横になる。

するとそこへ、ユイが飛んで来る。身体を空中で一回転させると、ユイの身体が光に包まれて元の姿に戻る。

 

ユイ「明日まで、お別れですね」

 

そう言って、寂しげな顔で俯くユイ。

 

キリト「…大丈夫。直ぐに戻るさ。な、アスナ?」

 

アスナ「うん。明日必ず会えるからね。それまでちょっとだけ待っててね、ユイちゃん」

 

2人は微笑みながら言う。

 

ユイ「あの…パパ、ママ……その、お二人が眠るまで、一緒に横になってもいいですか?」

 

頬を赤らめながらユイがそう言うと、キリトとアスナは真ん中を空けて手招きする。

 

アスナ「いいよ。ほら、おいでユイちゃん」

 

ユイは空いたスペースに横になり、三人川の字になる。

 

アスナ「…バナージ君を助けだしたら、またこの世界に家を買おうね」

 

ユイ「はい。なんだか、夢みたいです……こうしてまた三人で暮らせるなんて……」

 

キリト「……夢じゃない、もう現実さ……今度は、バナージも一緒にな……」

 

キリトはそう言いながら、ついに眠りに落ちた。

アスナもまた、キリトの少し後に眠りについた。

そんな2人を見て、ユイは優しい微笑を浮かべて

 

ユイ「おやすみなさい。パパ、ママ」

 

 




お読みいただきありがとうございます!
まさかの序盤で正体を明かすことになったリーファとキリト、アスナの三人。そしてキリトとアスナ、ユイの家族愛。凄く良いですよね〜!アニメ見ててもあの家族には癒されます。
そして久々に登場した《NTーD》。ALOの世界でそれは何を見せてくれるのか……?!
では、次回もよろしくお願いします!


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第二十六話 彷徨いの一角獣

お久しぶりです!ジャズです。
今回はバナージ中心で行きます。
では、本文スタート!


 

ここで時は、SAOゲームクリア直後に遡る。

 

崩れ行くアインクラッドを見届け、夕日を背に拳を打ち付けあったキリトとバナージ。その後、ログアウトのために視界が暗転する。

 

暗闇の本流に流される中、バナージの視界に、網のような物体が見えた。そしてその網に、無数の光のような物が引っかかっているのが見えた。

目を凝らしてよく見ると、それは人の形をしていた。

その時、バナージは察した。これは、ログアウトする筈だったプレイヤーの意識だと。そしてそれが、何者かが仕掛けた網によって塞がれているのだと。

バナージは網に到達すると、必死の思いでプレイヤー達を網の外へ放り出した。放り出されたプレイヤーは、網を超えて闇の奥底にある、一点の光に向けて落ちていった。

無我夢中でプレイヤー達を流していくうち、バナージの目の前にある2人の人物が落ちて来た。それはーー

 

バナージ「……アスナ!キリト?!!」

 

そう、SAOで共に戦い続けたアスナと、相棒のキリトだった。バナージは咄嗟に手を伸ばし、彼らの襟首を掴むと網の外へ投げ出し、闇の先へと落とした。

それを見届けると、突然視界が光に包まれ、バナージは両腕で目を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バナージ「………う……」

 

バナージが目を開くと、立ち上がって周りを見渡す。

そこは森林の中だった。辺りは夜なのか薄暗く、虫や鳥の鳴き声が響いている。

現実と相違ない環境に、バナージは一瞬また異世界転移をしたのかと思ったが、直ぐに気がついた。

ここは仮想世界だと。

 

バナージ「…もしかしてここは、SAOの中なのか?」

 

右手を振ってメニュー欄を開こうとするが、何も起きない。

今度は左手を振ってみる。すると、鈴のような音と共にメニュー欄が表示される。ログアウトボタンの有無を確認するが、ボタンのところにはバツ印が付いており、押してもアクティブにはならなかった。

そこでこゆどは、ステータス画面を開く。

 

バナージ「……何だこのステータスは?SAOの時のものと殆ど同じじゃないか」

 

そこまで呟いたところで、バナージは何かに気がつきアイテム欄を開く。項目はいくつもあったが、それらは全て文字化けしていた。

目当ての物が無事であることを祈りながら、一つ一つ確認しつつ下へスクロールしていく。

そして、あるアイテムが目に留まった。

 

“MHCP002”

 

バナージ「これ……!」

 

バナージはある確信を持ってそのアイテム欄をタップ。

すると、目の前に透明な涙石がオブジェクト化する。

バナージは掌の上に乗った涙石を指先で少し触れる。

すると、眩い閃光がバナージを包む。眩しさのあまりバナージは咄嗟に両手で目を覆う。

そして、目を開くと目の前に一人の少女が姿をあらわす。

紫色のウェーブのかかった髪に、紫を基調としたドレス。

そして、その眼がゆっくりと開かれ、真紅の瞳がバナージを見つめる。

バナージは両腕を広げて

 

バナージ「俺だ、ストレア……バナージだ、分かるか?」

 

ストレアは少しキョトンとしていたが、ストレアは涙目になって

 

ストレア「…また……また、会えたね……バナージ…!」

 

そして、バナージに抱きついた。

 

ストレア「えーん!バナージ〜!会いたかったよぉ〜!!!」

 

バナージ「俺もだ……俺もだよ、ストレア……!!」

 

バナージとストレアは、互いに熱い抱擁を交わした。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

しばらくして、バナージとストレアは近くの木陰に並んで座り込んだ。

 

バナージ「……で、これは一体どうなってるんだ?」

 

ストレア「んー?」

 

ストレアは頭に「?」を浮かべてバナージの顔を覗き込む。

 

バナージ「いや、ここは多分SAOの中じゃ無いんだ。あの世界は、俺とキリトが確実に終わらせた。俺たちはそのままログアウトする筈だったんだ」

 

ストレア「そうなんだ〜……よし、ちょっと待ってね」

 

バナージ「え?わぷっ?!!」

 

ストレアは両手でバナージの頭を掴み、そのまま彼女の豊満な胸の谷間に押し込んだ。

ストレアは目を閉じながら「ふむふむ」と頷いている。

 

ストレア「成る程ね〜、ここはSAOのサーバーをコピーして出来た、《アルブヘイム・オンライン》っていうところだね。バナージは……あれ?なんかバナージのプレイヤーデータにエラーがあるね?このエラーのせいでログアウトが出来なくなっちゃってるよ?なんでー?ん、あれ?」

 

バナージ「〜〜〜っ!〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」

 

バナージはストレアの胸の谷間に完全に押し込まれて呼吸が出来なくなっていた。いや、仮想世界では呼吸は必要ないが、呼吸のステータスに異常ができるほどストレアの胸の谷間はある意味で凶器と言えた。

 

ストレア「あっ!ごめーん♪息が出来なくなっちゃってたね!」

 

ストレアはようやくバナージを解放した。

 

バナージ「〜〜〜っ、ぷはっ!!はぁ…はぁ……し、死ぬかと思った……」

 

ストレア「大袈裟だね〜!それで、バナージのプレイヤーデータにエラーがあるんだけど、なんでー?」

 

バナージ「え?俺のデータに?なんでだろ……」

 

ここでふと、バナージはここに来る前の出来事を思い出す。網にかかったプレイヤーの意識を網から放り出し、自分はその網にかかったままここに来てしまった。もしかしたら……

 

ストレア「……網みたいなもの?」

 

バナージ「ああ。なんだかよく分からないけど……俺はその時、あの時の網がログアウトするはずだったプレイヤーの意識を妨げていたんだ。もし俺が逃していなかったら、多分今頃SAOにいた人たちは今頃、誰一人ログアウトしてなかったんじゃないかな……」

 

バナージの説明に、ストレアはいつになく真剣な表情で顎に手を当てて考え込む。

 

ストレア「うーん……その網みたいなものって、多分だけど誰かが敢えてプレイヤーがログアウトするのを妨害するプログラムだったんじゃないかな?」

 

バナージ「妨害……?」

 

ストレア「うん。バナージが出られなくなったのがいい証拠だよ。目的は分からないけど、間違いなく誰かが設置したプログラムだと思う」

 

バナージ「そっか……なら、俺はどうすればここから出られるかな?」

 

ストレア「とにかくまずは、GMに会わないとね」

 

するとストレアは立ち上がり、遠くにそびえる大きな大樹を指差す。

 

ストレア「あそこ。《世界樹》って言うらしいんだけど、あそこに《妖精王オベイロン》って言う人がいるらしいよ。多分その人がこの世界のGMだよ」

 

バナージ「成る程……とりあえずは、あそこに行かなきゃ行けないってことか……」

 

そう言いながら、バナージは立ち上がるが、ここでふと気がつく。

 

バナージ「………なあストレア?君ってなんかこの世界にやけに詳しいな?」

 

ストレア「んー?別にー?ただこの世界のカーディナルシステムにちょっとハッキングして調べただけだよー?」

 

バナージ「は、ハッキングだって?!なんて事してるんだ!!」

 

ストレア「んもぉ〜!冗談だってば!アタシはこの世界じゃ《ナビゲーション・ピクシー》って言う扱いになってるらしいから、その権限内で調べただけだよ!」

 

バナージ「な、なんだ……驚かせるなよ……」

 

ストレアは無邪気な笑顔のままバナージの隣に立つと、突然彼女の体を眩い光が包む。

そして、彼女は消えた。

 

バナージ「え…?ちょ、ストレア?!どこに行ったんだ?!」

 

バナージは慌てて辺りを見渡す。

 

ストレア「ここだよ〜!」

 

バナージは声のした方を向く。

すると、そこには一人の小さな妖精がいた。

 

バナージ「す、ストレア?!どうしたんだその姿は?!」

 

ストレア「これが《ナビゲーション・ピクシー》としてのアタシの姿だよ〜!」

 

バナージ「そ、そうなのか!凄いなぁ!」

 

バナージは指先でストレアの頭を撫でる。

 

ストレア「うわっ?!くすぐったいよぉ〜!」

 

バナージはストレアの反応が面白く、しばらく指先で遊んでいた。

 

ストレア「ひゃん!も、もぉ〜!こうなったら……!」

 

ストレアはバナージの服の中に入り込んだ。

 

バナージ「え?うわっ?!!ちょ、く、くすぐったいって、ははははっ!」

 

ストレア「こちょこちょこちょ〜!」

 

ストレアはその小ささを生かし、バナージの服の隙間から入り込んでバナージをくすぐり始めたのだ。

 

バナージ「はははっ!ご、ごめんて!俺が悪かったから!や、やめてくれぇ〜!くははははははっ!!」

 

ストレア「えーい!まだまだやめないよー!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

バナージ「はぁ……はぁ……や、やっと解放されたか……」

 

ストレア「えっへん!アタシの勝ちだね?バナージ」

 

バナージ「ああ。もうストレアをくすぐるのはやめておくよ」

 

バナージはそう行って立ち上がる。

 

バナージ「そう言えば、ストレアの背中にあるのは羽か?」

 

ストレア「ん?そだよー?」

 

バナージ「そっかー。便利だなー、俺にもそれがあれば、あの世界樹までひとっ飛びで行けるのに」

 

するとストレアは首を傾げて

 

ストレア「うぇ?バナージにもあるよ〜?」

 

バナージ「え?そうなのか?」

 

ストレア「うん。ちょっと待ってね〜」

 

ストレアは元の姿に戻ると、バナージの背中に触れる。

 

ストレア「ねぇ、今背中に触ってるの分かる〜?」

 

バナージ「ああ」

 

ストレア「じゃあ、とりあえずは羽をイメージしてみて?」

 

バナージ「翅か…」

 

バナージはストレアの背中に生えていた翅の形を思い浮かべると、やがて4本の翅が出現する。

 

バナージ「お、おお……!これが翅か!」

 

バナージは感嘆の声を上げる。

 

ストレア「じゃあ、その翅を動かしてみて〜?」

 

バナージは最初こそ苦戦していたが、ストレアのアドバイスを聞いて徐々にコツを掴んでいき、やがて空中へ浮遊することに成功する。

 

バナージ「へぇ!これはいいなぁ!!」

 

ストレア「そうだね〜!空を飛べるなんて、中々体験できないことだよ〜!」

 

バナージ「(宇宙世紀じゃしょっちゅう飛んでたけどな……)」

 

バナージは少し昔を思い出し、苦笑する。

 

バナージ「さて、それじゃ早速行こうか!」

 

ストレア「うん!」

 

そして、バナージとストレアは並んで飛び出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

〜2ヶ月後・紺野邸〜

 

エギルの店でALOのカセットを受け取った木綿季は、早速家に戻る。

 

木綿季「ただいま〜!」

 

木綿季が家に帰ると、一人の少女が出迎えた。

 

???「おかえり、木綿季」

 

木綿季「あ、ただいま姉ちゃん!」

 

出迎えたのは木綿季の実の姉、《紺野藍子》だ。

木綿季と藍子の姉妹は、幼い頃に両親と死別し、頼れる親戚もおらず藍子が一人で木綿季を育てた。

 

藍子「どこに行ってたの?」

 

木綿季「ちょっとSAOで知り合った人たちとね」

 

藍子「………そう」

 

木綿季の言葉に藍子は少しだけ不愉快そうな顔になる。

藍子にとって木綿季はたった一人のかけがえのない家族。そんな妹を二年もの間閉じ込めたSAOという名のデスゲームを、藍子は許せなかった。藍子は毎日木綿季の眠る病室に足を運び、その度に涙を流した。

だからこそ、木綿季が帰って来たときは親が亡くなった時ほどの大粒の涙を流した。だが、藍子は未だにSAOに対する憎しみが消えなかった。

 

藍子「…ねぇ、木綿季。この後はどうするの?」

 

木綿季「えっ?あ……えっとぉ………」

 

木綿季も、藍子がSAOやVRゲームに対していい印象を持っていないのは知っていた。だから、「これから新しいVR MMOを始めるんだ」とは言い出せなかった。

 

木綿季「ちょ、ちょっとお昼寝しよう、かな?夕方ごろまで起きないかもだから、寝てたらドアノックして起こしてね?それじゃ後で!!」

 

藍子「あ、こら木綿季!……もう……」

 

木綿季は走って廊下を駆け抜け、二階にある自分の部屋へと入って行った。

部屋に入ると、ドアを閉めてカバンの中からエギルから受け取ったALOのカセットを取り出す。そして、ベッドに近づき、仕舞ってあったナーブギアも取り出して、ログインの準備をする。

 

木綿季「……待っててね、バナージ。今助けに行くから!」

 

未だ仮想世界に囚われている親友に向けて決意の言葉を言った後、早速ナーブギアをセットしてログインの準備を整える。

 

木綿季「《リンク・スタート》!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

木綿季が部屋に戻った後、藍子は夕飯の準備をある程度済ませ自分の部屋に来ていた。

テーブルから円形のもの取り出す。それは、《アミュスフィア》と呼ばれる《ナーブギア》の後継機だ。

藍子がSAOやVRゲームにいい印象を持っていないのは事実だ。しかし、それ以上に木綿季が見てきた仮想世界がどのようなものなのかという好奇心が彼女をVRゲームに誘った。

ALOのカセットをセットし、ログインの準備を済ませる。

 

藍子「《リンク・スタート》」

 

二人の姉妹は、互いの知らない間に同じ世界へと入って行った。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます!
今回、ユウキの姉である藍子を出しました!
彼女がこれからどのように物語に関わっていくのか、乞うご期待ください!
では、また次回!


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第二十七話 合流

お待たせしました、ジャズです!
ペースを上げなきゃならないとはわかってるんだけど、中々進まない……



どこまでも青く澄み渡る空に、少女はゆっくりと手を伸ばす。

そよ風が優しく肌を撫で、その心地よさに思わず少女は笑みをこぼす。

 

五感で受け取る情報は全て現実そのものではあるが、ここは現実世界ではない。

ここは仮想世界ALO、《アルヴヘイム・オンライン》。

そしてここに、紫の《闇妖精族(インプ)》の少女、《ユウキ》は再び仮想世界に降り立った。

 

ユウキ「…ははっ。また来ちゃったなぁ〜、あんな目にあったのにさ」

 

自嘲気味にそう呟くと、左手を振ってステータスを確認する。

 

ユウキ「えっとぉ……ってうわっ?!なんじゃこりゃ!!

え?ボクってここに来たばかりだよね?なんでこんなに数値が高いの?!」

 

初心者ならばまず有り得ない高ステータス。

ユウキは訳がわからないまま、一つ一つのステータスを確認していく。

ふと、ユウキは何かに気づいた。

 

ユウキ「これってもしかして……SAOの時のステータス?」

 

見間違える筈がない。

これは、SAOでユウキが死と隣り合わせの状況で毎日積み上げたステータスだ。

 

ユウキ「……なんでかわからないけど、でもこれならサクサク進められるね。

よし、行くか!」

 

あまり深く考えることをやめたユウキは、とりあえず武器や防具を揃えるため、商店街へと向かった。

 

幸い、所持金までこのゲームに引き継がれていたため、金には困らず自分好みの装備を揃えることができた。

ユウキが今身につけているのは、赤いバンダナ、紫基調の服である。

 

ユウキ「ふぅ、まあこんなところかな……あ、アスナ達に連絡しなきゃ!」

 

ユウキは事前に聞いていたキリト達のプレイヤーIDを入力し、メッセージを送信した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

場所は変わって、インプ領のサラマンダー領域隣接地域。

ここで、1人の女性プレイヤーが追われていた。

彼女の名は《ラン》。サラマンダー領の近くでモンスター狩りを行なっていたのだが、それがサラマンダー兵士に見つかり、領域侵犯と勘違いされて今この状況に陥っているのだ。

 

背後から無数に放たれる魔法攻撃を寸前のところでかわし続け、逃亡を試みる。

しかし、彼らもサラマンダーの中でも一級の兵士。そう易々と逃してはくれない。

 

仕方なく、ランは腰の刀を引き抜き、中段に構える。

それに対してサラマンダー兵士たちも、装備の大型ランスを構えて同時に突貫する。

 

ランはサラマンダーが自分に近くギリギリまで待つ。

そして、兵士が自分にランスを突き刺すその瞬間、ランは飛び出した。

すれ違い様に刀を横薙ぎし、サラマンダーの横腹を切り裂く。その正確無比な一撃を受けた兵士は、その身を蒸発させエンドフレイムとなって消滅する。

 

「くっ、野郎!!」

 

味方がやられ、怒ったもうひとりの兵士が違う方向から突撃する。

しかしランは、落ち着いた動作で刀を構え、今度は上段から刀を振り下ろす。

その一撃で兵士は体を両断され消滅する。

 

その後も、ランはその正確な斬撃でサラマンダー兵士たちを次々に仕留めていく。

彼女が刀を振るうたびに一人、また一人と兵士が消えていく。

 

が、ここでランに思わぬ攻撃が入った。

背後から、遠距離魔法攻撃の直撃を受けたのだ。

 

ラン「ぐうっ?!!」

 

その一撃でランは飛行能力を失い、地面へ落下していった。

それを追って残った兵士たちも降下していく。

 

地面に落下したランだったが、幸いにもHPは全損しなかった。刀を地面に突き立て、それを支えにして何とか立ち上がる。

と、そこへランを追って降りてきた兵士たちが彼女を取り囲んだ。

 

「…おっと、誰かと思えば《絶刀》さんじゃねえか」

 

《絶刀》ーーこれは、ランに付けられた二つ名で、《絶対無敵の刀使い》の略。

彼女の刀の技術はALOの中でもトップクラスであり、それを恐れたプレイヤー達によっていつのまにか付けられていたものだ。

 

「まじかよ。どうりで強いわけだ」

 

先程までのランの戦い振りを見ていた他の兵士が納得したように頷く。

 

「……でもまあ、いくら《絶刀》さんでも、この人数をソロで倒すのは無理だよな?」

 

「だな。それに、《絶刀》を倒したとなりゃあ軍での俺たちの評価もかなり上がるぜ」

 

「おおっ!そりゃいいなぁ!俄然やる気出てきたぜ!」

 

「つぅ訳で《絶刀》さんよぉ。悪いんだけど、ここで死んでくれや」

 

一通り話し合いが終わったサラマンダー兵士たちが、その手に持った武器を一斉にランの方へ向ける。

 

一対五。先程のサラマンダー兵士の言う通り、いくらランの強さがあれど、この人数差を一人で覆すのは至難の業だ。

 

するとランは、深く息を吐き、右手の刀をゆっくりと鞘に納めた。

 

「お?何だ、諦めたのか?」

 

兵士の一人が嘲笑気味に問いかける。

それに対し、ランもまた嘲笑うような笑顔で応える。

 

ラン「諦める?まさか。確かに、この状況では私が不利なのは明白ですね。

でも、私にもプライドというものがあります。故に……」

 

言い切る直前、ランは左足を後方にずらし、足を開く。

腰を低く落とし、右半身を前にして更に右手を刀の柄に添える。

《抜刀術の構え》だ。

 

そしてランは、鋭い目つきでサラマンダー兵士を睨みながら、

 

ラン「ーー最低一人は、道連れにします。

私に斬られたい方がいらっしゃるのなら、どうぞ前へ」

 

怒気を交えた声でそう宣言した。

ただならぬ殺気を放つランに一瞬たじろいだサラマンダー兵士達だったが、直ぐに気を取り直し

 

「ーー素晴らしいプライドだ、敬服するぜ。

んじゃ、まずは俺からだ!」

 

そう言って、1人の兵士がランに突っ込む。

ランも神経を研ぎ澄まし、刀を引き抜くタイミングを見計らう。その瞬間、ランは視界がスローモーションになる感覚に陥る。ランの集中力が極限まで高められた状態だ。

 

敵のランスが徐々に近づく。その間、約2メートル前後。

 

ーーまだだ。

 

ランは焦る気持ちを押さえつけ、ギリギリまで刀を抜くタイミングを見極める。

ランスはこちらに向けて進み続ける。

 

ーーまだ!あと少し!

 

そして、ランスと自分の距離が1メートル弱までに近づいた。

 

ラン「(ここだ!!)」

 

ランは目をカッ!と開き、右足を大きく前へ、力強く一歩踏み出す。

その勢いで、右半身を時計回りに捻り、刀を一気に引き抜く。

そしてそのまま、右足、上半身の回転で生み出した勢いを殺さず、自分の出せる最高速のスピードを持って刀を振るう。

放たれた銀色の刃は目にも止まらぬ勢いでランスの中腹に食い込み、そのまま一閃しランスを斬り裂いた。

 

その光景に驚き目を見開くサラマンダー兵士だったが、もう遅い。

 

ランは引き抜いた刀の刃と峰の向きを変えると、そのまま

袈裟斬りの要領で左下に向けて振り下ろす。

銀色の刃が兵士の首を捉え、そして斬り裂いた。

 

首を刎ねられた兵士は、HPを全て消し飛ばされ消滅した。

 

「まじかよっ?!」

「くそっ、こうなったら全員でやっちまえ!!」

「かかれぇーー!!」

 

ランを取り囲んでいた残りのサラマンダー達が一斉に彼女に飛びかかった。

ランは刀とその戦闘スタイルの性質上、複数を同時に相手するのは不可能に近い。

ランは覚悟を決め、目を閉じた。

 

ーーその時だった。

 

「そこまでだっ!!!」

 

突如、サラマンダーとは違う別の男性プレイヤーが上空から猛スピードで急降下し、ランの目の前に落下、轟音と土煙を上げて着地したのだ。

 

煙が晴れると、そこには白を基調とした装備の少年が立っていた。

 

「1人の女の子を複数の男性で攻撃ですか?あまり褒められたことじゃありませんね」

 

少年は凛とした声でそう告げた。

 

「…何だてめぇ。部外者がしゃしゃり出てんじゃねぇよ!!」

「俺たちに剣を向けるってことは、それ相応の覚悟が出来てんだろうな?」

 

サラマンダー達は威圧感のある声で少年に言う。

 

「……覚悟なら、出来てますよ?」

 

それに対し、少年は臆するどころか不敵な笑みを浮かべながら背中に装備された白い片手剣を引き抜き、構える。

 

「上等だ!こいつもやっちまえ!!」

「おらぁ!死ねやぁー!!!」

 

サラマンダー達は再び一斉に斬りかかった。

ランも刀を構えて臨戦態勢を取るが、直後信じがたい光景が目に飛び込んだ。

 

少年が消えたのだ。

そして、2人のサラマンダーが胴体を斬られ消滅したのだ。

 

いや、実際には消えてなどいない。

そう錯覚してしまうほどの驚異的なスピードで少年はサラマンダーを斬ったのだ。

 

ランはこのALOがサービスを開始した当初からこの世界で活動している古参のプレイヤーだ。実力も《絶刀》と呼ばれるほど高いし、その自負もある。

だが、目の前の少年はどうか。

今まで自分が積み上げてきたものを全否定してしまうほどの圧倒的な強さ。それをたった一瞬で見せつけた。

 

ランはそれらの情報に理解が追いつかず、ただ呆然と立っている。

残った2人のサラマンダーもまた、先程の光景に目を疑っている。

 

「嘘だろ……こ、こいつまさか!!」

「お、おい……どうしたんだよ?」

 

ふと、1人のサラマンダーが何かを思い出したように叫んだ。

 

「そうだ……盾なしの白い片手剣、白い装備、そして圧倒的な速さ……こいつアレだ!最近巷で噂になってる、《白い悪魔》だ!!」

 

サラマンダーの言葉に、ランも驚愕のあまり目を見開いた。

《白い悪魔》ーー2ヶ月前、突如として現れた種族も不明な謎多きプレイヤー。

ALOはPK推奨のゲームではあるが、稀に弱い女性プレイヤー等を複数のプレイヤーで痛ぶったり暴行したり、強盗まがいの行為をするプレイヤー達がいるのだ。

しかし最近、その被害に遭っているプレイヤーを助ける者が現れた。白い装備と悪魔的な強さから、いつしかそれは《白い悪魔》と呼ばれ、ある者からは救世主と崇められ、ある者からは怪物と恐れられたプレイヤーだ。

 

それを思い出したランは改めて目の前の少年を見遣る。

見た感じだと自分とほぼ変わらない年齢に見えるが、その背中はまさに歴戦の戦士のように力強く、頼もしく見えた。

 

「まじかよ……そんな奴がこんなトコにいるなんて聞いてねぇぞ!!」

「だったら、せめて《絶刀》を殺していくぞ!!」

 

そう言って、サラマンダー達はランを標的にして飛びかかった。

ランは反応が遅れ、気付いた時にはもう敵のランスが目の前に迫っていた。

 

が、またしてもここでランは信じがたい光景を目にすることになる。

 

「ーーストレア!!」

 

「はいはーい!」

 

少年が誰かの名前(?)を叫ぶと、どこからか陽気な少女の声が響く。

その直後、紫の閃光がランの目の前を包む。ランはとっさに左手で目を覆った。

そして手を退けて見ると、そこには先程までは居なかった紫の大剣を持った少女が立っていた。

髪は薄紫のウェーブがかかっており、真紅の瞳を持ち、紫のドレスを身に纏い、手に持った大剣は少女の身の丈ほどの大きさがある。

 

「な、なんだてめぇ?!どこから湧いて来やがった?!!」

 

サラマンダーは驚きのあまりやや早口でそう尋ねるが、

 

「えー?答える必要なんてないでしょ?だってアナタ達はここでアタシに斬られちゃうもん」

 

陽気な声で紫の少女はそう告げると、大剣を右肩に担いで左手を剣の柄に添える。

 

「えいっ♪」

 

そして、その大剣を思い切り横薙ぎし、2人のサラマンダーを斬ったのだった。

サラマンダー達はその一撃で身体を蒸発させ、エンドフレイムとなってやがて消滅した。

 

「お疲れさま、ストレア」

 

「えっへへ〜、バナージもね!」

 

少年と少女は笑顔でハイタッチを交わす。

そして少年はランの方へ歩いて行く。

 

「えっと、君。大丈夫だった?」

 

彼の問いかけにランはハッとした顔で

 

ラン「はっ!あ、あの、だいじょうぶですっ!その…ありがとうございます!助けてくれて…」

 

ランはやや早口になってそう答えた。

少年は安心したように笑顔になると、

 

「じゃあ、俺たちはもう行くから。気をつけて帰るんだよ」

 

そう言って、少年は背を向けて飛び立とうとする。

が、ランは半ば無意識にそれを引き止めた。

 

ラン「あ、あのっ!ちょっと待って!」

 

少年は振り返り、疑問符を浮かべた顔でランを見つめる。

 

ラン「その、えっと……お、お礼をさせて下さい!助けて頂いたんだし、私が何もせずに立ち去るなんてこと…」

 

「いや、いいよ。俺は当然の事をしたまでだから」

 

少年は手を横に振って断る。

 

ラン「それでもですっ!お願いします!」

 

ランは頭を下げた。少年は困ったように頭を掻く。

すると、紫の少女が少年の肩をポンと叩き

 

「まぁいいじゃん!お礼はしっかり受け取っとかないとダメだよバナージ?」

 

「ストレア……分かった。それなら甘えさせてもらおうかな」

 

それを聞いてランはパアッと笑顔になる。

 

ラン「それなら、近くの町でお茶でもしましょう!勿論私が奢りますので」

 

「ありがとう。それじゃ早速行こうか」

 

ラン「はいっ!あ、私《ラン》って言います!」

 

「《ラン》さんね。俺は《バナージ》だ。こっちは《ストレア》」

 

「よろしくね〜!」

 

そして三人は、一斉に飛び立った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

インプ領内にあるとある喫茶店で、彼らは談笑していた。

 

ラン「へぇ〜、ストレアさんは《プライベート・ピクシー》なんですね!」

 

ストレア「そうだよ〜!まあでも、たまにしかちっちゃくてならないんだけどね〜」

 

ストレアはパンケーキを頬張りながら答える。

 

バナージ「それにしても、ランはすごく強いんだね。《絶刀》だっけ?」

 

ラン「あはは。一応はそう呼ばれているみたいですね。

リアルでは剣道をやっているので、それが生きたんだと思います」

 

バナージ「そうなのか!実は、俺の義妹も剣道をやってるんだよ。しかも全国大会まで出てて」

 

ラン「全国大会ですか!それは凄いですね!一度勝負してみたいものです」

 

ランは一度ミルクティーを口に含む。

 

ラン「それより、バナージさんの方が強いじゃないですか。あのサラマンダー兵士、確かALOの中でも熟練の舞台なんですよ?そんな人たちをあんな一瞬で……」

 

バナージ「まあ、俺のはちょっと色々あってね…」

 

バナージが言いにくそうにしているのをランは察し、それ以上問うのを辞めた。

 

ラン「ところで、バナージさんの種族は何なのですか?見たところ、多分《土妖精族(ノーム)》のようにも見えますが……」

 

バナージ「あ、えっと……」

 

するとバナージは、隣りに座るストレアに小声で尋ねる。

 

バナージ(こういう時なんて言えば良いかな?)

 

 

ストレア(うーん……アタシは一応《土妖精族》だから、同じで良いんじゃない?少なくともランちゃんはそう思ってるみたいだし)

 

バナージは納得したように頷くと、

 

バナージ「そ、そうそう!俺もノームなんだ」

 

ラン「そうなんですか!でも、ノームでしたら何でこのインプ領に?」

 

バナージは少し真剣味を帯びた顔になると、ゆっくりと口を開く。

 

バナージ「…実は、世界樹に行きたいんだ」

 

ラン「え?世界樹に?」

 

バナージは頷く。

 

バナージ「済まない、今は詳しくは言えないんだけど……でも、どうしても行かないといけないんだ。何があっても……」

 

呪詛のように繰り返し呟くバナージを、ストレアとランは心配そうに見つめる。

すると、ここでランが意を決して

 

ラン「でしたら、私が案内役をやります!」

 

バナージ「え?」

 

バナージは思わぬ言葉にポカンとしている。

 

ラン「わ、私、これでもALOは長いんです!だから、世界樹までの道のりは把握してますし、絶対に足手まといにはなりませんから……だから……お願いします!私もご一緒させて下さい!!」

 

しばらくランを見つめていたバナージだったが、やがてふっ、と笑みを浮かべると

 

バナージ「実を言うと、俺も世界樹の行き方はよく分かっていなかったんだ。こちらからお願いしたいくらいだよ」

 

ラン「あ、ありがとうございます!では、よろしくお願いします!!」

 

そう言って、2人は握手を交わした。

 

ストレア「よぉ〜し、それじゃあ世界樹に向けてしゅっぱーつ!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

〜シルフ領・スイルベーン〜

 

日付が変わり、約束の時間にログインしたキリトとアスナ、リーファの三人。

 

キリト「よう、早かったなスグ」

 

アスナ「おはよう、リーファちゃん」

 

リーファ「ああ、お兄ちゃん、アスナさんちょっと買い物しててね」

 

キリト「そっか。そうだ、俺とアスナの装備も揃えないとな」

 

アスナ「そうだね。流石に初期装備のままじゃ心許ないし」

 

そして彼らは、商店街で装備を買いに出向いた。

キリトはSAO時代のものを思わせる黒のロングコート。

アスナは衣装は初期のものを、防具にチェストアーマーを購入し、武器は勿論細剣だ。

が、ここからが長かった。

 

キリトがいざ剣を購入するとき、店主に「もっと重いやつを」とと要求し、店主が次のものを持ってきたら「もっと重いの」と要求することを繰り返すこと20分。

結局、キリトは身の丈ほどもある漆黒の大剣で妥協した。

 

リーファ「……そんな重いやつ触れるの?」

 

リーファが内心引きながらそう尋ねる。

キリトは剣を左右に振ってみると、うんと頷き

 

キリト「大丈夫だ。問題ないよ」

 

キリトは涼しげな顔で剣を振ると、そのまま背中の鞘に剣を納める。

すると、キリトとアスナの元に一本のメールが届いた。

 

キリト「……ユウキ?」

 

差出人はユウキだった。

内容は、街に着いたから合流しよう、と言うもの。

 

アスナ「ユウキってインプだよね?どうやってここまで来たんだろう?」

 

インプ領はここシルフ領からは遠く離れた場所にある。にも関わらず、ユウキはたった一人でここまでやって来た。

普通ならこんな短時間で複数の領地を超えるなど不可能だ。だがしかし、キリトとアスナには、《ユウキならやりかねない》とどこか納得してしまっていた。

 

キリト「スグ、俺の仲間が今この街に到着したらしい。合流したいんだけど、待ち合わせ場所はどこにすればいい?」

 

リーファ「えっと、それなら《風の塔》にしよう。あそこなら分かりやすいし、これから飛ぶときに高度も稼げるから」

 

そうして、三人は《風の塔》に向けて歩き出した。

塔の内部は円形状のロビーとなっており、中央に二基のエレベーターが設置され、周囲には様々なショップが軒を連ねている。

 

三人がエレベーターへ向かう途中、彼らを呼び止めるものが現れた。

 

「リーファ!」

 

振り返ると、そこには三人組のシルフの男性が立っていた。中央の人物は左右の二人と比べてかなり体格がいい。

 

リーファ「こんにちは、シグルド」

 

シグルドと呼ばれた男性は、いかにも不機嫌そうな声でリーファに問いかける。

 

シグルド「…リーファ、パーティーを抜ける気か?」

 

リーファ「うん……まあね」

 

リーファは少し申し訳なさそうに答えるが、シグルドはさらに気を悪くした声になる。

 

シグルド「他のメンバーに迷惑がかかるとは思わないか?」

 

リーファ「パーティーに参加するのは都合のつく時だけで、いつでも抜けていいって約束だったでしょ?」

 

シグルドの言い分に少しムッとした声色になるリーファ。

しかしシグルドはそんなリーファの言葉を気にとめることもなく、

 

シグルド「だが、お前はもう俺のパーティーメンバーとして名が通っている。理由も無く抜けられたら、こちらの面子に関わる」

 

あまりに横暴なシグルドの言葉に何も言えなくなるリーファ。

 

アスナ「ちょっと、リーファちゃんは条件付きで貴方のパーティーに参加していたんでしょう?なら……」

 

シグルド「ウンディーネの貴様には関係のない話だ。余計な口を挟むな!!」

 

アスナが眉をひそめながら抗議するが、シグルドはそんな彼女をピシャリと制した。

尚も抗議しようと口を開くアスナだったが、キリトが彼女の肩を持ってそれを止め、代わりに彼がアスナとリーファの前に出た。

 

キリト「仲間はアイテムじゃないぜ」

 

シグルド「なんだと?」

 

キリトは更にシグルドの方に歩き続け自分よりも頭一つ分は高いシグルドの目をじっと見据えながら言い放った。

 

キリト「他のプレイヤーをあんたの大事な装備や鎧みたいにロックしておくことは出来ない、って言ったのさ」

 

シグルド「き、貴様ぁ!!」

 

キリトのストレートな物言いにシグルドは憤慨し腰につけられた剣の柄に手をかける。

 

シグルド「屑漁りのスプリガン風情がつけあがるな!!お前も、そこのウンディーネも、所詮は領地を追われた《レネゲイド》だろうが!!」

 

今にも抜剣しそうな勢いで捲し立てるシグルド。

 

リーファ「失礼な事言わないで!キリトくんとアスナさんは、私の新しいパーティーメンバーよ!」

 

シグルド「……リーファ、領地を捨てるのか?」

 

リーファは暫しの沈黙の後、

 

リーファ「……ええ。あたしここを出るわ」

 

シグルドは「そうか」と呟くと、腰の剣を勢いよく抜剣し

 

シグルド「小虫が這い回る程度には見逃そうと思っていたが、泥棒の真似事とは調子に乗りすぎだ!

ノコノコと他種の領地に踏み込んだんだ。斬られても文句は言えんぞ?」

 

威圧感のある声でキリトに言うシグルド。

だがキリトはそれに対して呆れた顔でため息をつくだけであり、シグルドはますます怒りに顔を歪めていく。

一触即発のピリピリとした空気に、周囲のプレイヤー達も何事かと視線を集める。

と、その時だった。

 

「いやあぁぁぁぁ!!!だれか止めてえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

と、少女の悲鳴が遠くから響き、段々と大きくなっていく。

そして直後、シグルドの背中に何かが思い切り衝突した。

 

シグルド「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ?!!!」

 

その勢いでシグルドは大きく吹き飛ばされ、キリト達三人の脇をすり抜けて後ろの壁に激突した。

そして、シグルドが立っていた場所で今度は別の人物がゆっくりと立ち上がった。

 

「痛ったぁ〜…あれ、ボク何かにぶつからなかったかな?」

 

そこに立っていたのは、紫の長髪に赤いバンダナを巻いた《闇妖精族》の少女。

キリトとアスナは、その人物に面識があった。

 

キリト「えっと……もしかして《ユウキ》か?」

 

キリトがおずおずと尋ねる。

その声に反応した少女がキリトの方を見る。

 

「あっ!キリトにアスナだ!やっほー!」

 

ユウキと呼ばれた少女は無邪気な笑顔を浮かべながらキリト達の方へ駆け寄る。

 

アスナ「ユウキ!ちゃんと辿り着けたんだね!」

 

ユウキ「うん! 親切な人が飛び方を教えてくれてさ〜!」

 

リーファ「……止まり方は教えてくれなかったんですね」

 

リーファが未だに土煙の中で倒れているシグルドの方を見ながらボソッと呟く。

 

キリト「……それじゃ、ユウキも来たことだし早速行こうか!」

 

「「「おー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

アスナ「…ところで、シグルドはどうしようか?」

 

キリト「ほっとけばいいだろ」

 

 




お読みくださりありがとうございます!
バナージの《白い悪魔》の異名、ガンダム好きの方ならもう分かりますよね!

さて、今後どうやって話を進めていこうか模索しながら進めて参りますので、次回も少し期間が空いてしまうかもしれません。
どうか気長に待ってくださると嬉しいです!
では、また次回!!


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第二十八話 ルグルー回廊

どうも皆さん、ジャズです!
アリシゼーション後半、始まりましたね。早くこの小説もアリシゼーションまで進めたいです!
でも私生活が忙しく、中々筆が進まない……


ルグルー回廊。シルフ領から央都アルンへと繋がる唯一の道。薄暗い洞窟の中を、キリトとアスナ、リーファ、ユウキの四人は進む。

 

キリト「セアー・ウラーザ……ノ、ノート……ん?」

 

リーファ「ダメダメ。機械的に覚えるんじゃなくて、スペルの持つ意味とかをちゃんと覚えて、魔法の効果と関連付けて記憶するの!」

 

リーファの指摘にキリトはガクッと肩を落としため息をつく。

 

キリト「……まさかゲームの世界で英単語の勉強みたいなことをするとは……俺もうピュアファイターでいいよ」

 

リーファ「泣き言言わないの!ほら、もう一回」

 

キリトはリーファのスパルタ特訓に「うへぇ」と言いつつたどたどしい口調でスペルを唱えていく。

そんな彼らを横目に、アスナは隣を歩くユウキに視線を移し尋ねる。

 

アスナ「……ユウキは覚えなくていいの?」

 

ユウキ「うん、ボクはいいかな。多分覚えられないし、ボクは剣があれば戦えるからね」

 

得意げな顔で言うユウキに対し、アスナは「ふふっ」と軽く笑い

 

アスナ「そうね。ユウキは剣だけでも十分強いからね」

 

キリト「アスナはもう覚えたのか?」

 

アスナ「勿論!回復から遠距離魔法まで全部コンプリートしたわ」

 

キリトの問いにアスナは満足気な笑顔で答える。

 

キリト「そっか、前衛でも戦えるし後方支援も出来るとなりゃそれは心強いな」

 

ユウキ「流石アスナだね!」

 

ユイ「当然ですよ!ママは世界一強いんですから!」

 

ユイもキリトの胸ポケットから顔を出して言う。

 

アスナ「も、もう〜、褒めたって何も出ないわよ〜!!」

 

 

皆がアスナをベタ褒めしてアスナが照れる中、リーファに一通のメッセージが入った。

差出人はレコン。

 

『やっぱり思った通りだった!気をつけてs』

 

リーファ「…何じゃこりゃ。S…さ、し、す……?」

 

キリト「どうかしたのか?」

 

リーファの様子にキリトが訝しんだ様子で覗き込む。

リーファがメッセージのことを伝えようと振り向くが、リーファが話し始める前にユイが深刻な表情で口を開く。

 

ユイ「皆さん、こちらに接近する反応があります」

 

キリト「モンスターか?」

 

ユイ「いえ、この反応はプレイヤーです。数は……多いですね、12人です」

 

ユイの言葉に皆が息を呑んだ。通常の戦闘単位数よりも遥かに大きい数字だ。

 

リーファ「ちょっと隠れてやり過ごそう。嫌な予感がするの」

 

ユウキ「でも、隠れるっていったってどこに……」

 

ユウキの眼前にあるのは、薄暗い洞窟の一本道。四人が隠れられそうな隙間も脇道もない。

 

リーファ「そこはお任せよ!」

 

が、リーファは不敵な笑みを浮かべると3人を壁まで誘導する。その後、魔法のスペルを詠唱すると緑色の風が四人を包み、彼らをすっぽりと覆った。外から見ると、彼らがいた場所には新たな壁が構成され、そこに人がいるなど誰も思わないだろう。

 

リーファ「喋るときは最低限のボリュームでね。あまり大きい声を出しちゃうと魔法が解けちゃうから」

 

ユウキ「ほえぇ〜、便利な魔法だね〜」

 

ユウキが感心した様子で壁をつつきながら呟く。

 

ユイ「もうすぐ視界に入ります」

 

皆は息を潜め、体を縮めた。

やがて彼らの耳にガシャガシャと鎧の擦れる音が聞こえ始める。

その時、プレイヤーがやってくる方向を見ていたキリトが何かに気づき呟いた。

 

キリト「あれは…何だ?」

 

アスナ「どうしたの?キリトくん」

 

リーファ「あれ?まだ何も来てないじゃない」

 

キリト「いや、あそこ……なんだ?赤い小さな……コウモリ?」

 

 

キリトの言葉にリーファは目を見開き、目を凝らしてもう一度視線を戻す。すると、キリトの言う通り赤い小さな物体が飛んでくるのが見え、「くそっ!」と毒づくとその場から飛び出した。

 

アスナ「ちょ、リーファちゃん?!」

 

リーファの行動に驚くアスナ。

 

リーファ「あれは高位魔法のトレーシングサーチャーよ!潰さないと!!」

 

すかさず右手を前に突き出し、攻撃魔法の詠唱を始める。

コウモリはそれを見て退避するが、詠唱が終わったリーファの手から無数の光の矢が放たれ、それらが命中しコウモリは消滅する。

 

リーファ「みんな走って!!」

 

リーファの声に皆は訳も分からない様子で走り出す。

 

ユウキ「リーファ、また隠れるのはダメなの?」

 

リーファ「トレーサーを潰したのは連中にもバレてるから隠れきれないよ。それに、さっきのは火属性の使い魔だから、今あたし達を追ってきてるのは……」

 

キリト「……サラマンダーか!」

 

ゴツゴツした路面を必死に走り抜けると、やがて視界が開けて湖が現れ、その道の先に大きな街が見える。あれこそ、鉱山都市《ルグルー》だ。あそこまで行けば、追いかけっこも終わりだ。

 

キリト「何とか逃げきれそうだな」

 

アスナ「そうね」

 

リーファ「まだ油断しないで!」

 

キリト達がそんなやりとりをした直後、彼らの頭上を二つの光の矢が通り抜け、眼前で爆発する。そして、目の前に大きな壁が地面からそびえ立った。

キリトはすかさず背中の大剣を引き抜き壁に斬りかかるが、大きな轟音とともに弾き返された。

 

リーファ「無理だよ。これは地属性の魔法だから物理攻撃じゃ破れないわ」

 

ユウキ「湖に飛び込むっていうのは?」

 

リーファ「ナシ。湖には高レベルの水竜モンスターがいるから、ウンディーネの援護なしじゃ無理なんだけど……」

 

そう言いながら、アスナの方へ視線を移すリーファ。

彼女の言いたいことを察したのか、アスナは首を横に振る。

 

アスナ「…今の私じゃ、この人数をカバーするのは難しいな」

 

キリト「そっか。じゃ、戦うしかないな」

 

キリトはその答えを聞いて納得したように頷き、剣を構えた。同時にユウキ、アスナ、リーファもそれぞれ抜剣して戦闘態勢に入る。

が、

 

キリト「…スグ、アスナ。悪いが二人は後方支援に回ってくれないか?」

 

リーファ「え?」

 

アスナ「キリトくん?」

 

キリトの言葉に疑問符を浮かべる二人。

 

キリト「アスナは勿論、スグの腕を信用してない訳じゃないが……二人は回復に専念してくれた方が俺も思い切り戦える」

 

確かに、キリトの大剣はこの狭い橋の上で振り回すには少々危険だ。味方を傷つける可能性もある。

彼の意図を察してアスナとリーファは頷き後方へ下がった。

 

ユウキ「……ねぇ、ボクは?」

 

キリト「ユウキは俺と一緒に前線で戦ってくれ。君も、その方が性に合ってるだろ?」

 

ユウキ「キリト……うん、任せて!!」

 

笑みを浮かべながらいうキリトに対し、ユウキはパアッと笑顔になり剣を構えた。

 

リーファ「気をつけて!サラマンダーがこんな高位の土魔法を使ってくるってことは、相当手練れのメイジがいる可能性が高い」

 

キリト「了解だ!」

 

リーファの忠告を受け、キリトは自身の大剣を、ユウキは片手剣を握る手を強める。

やがて前方にサラマンダーの集団が見えた時、キリトとユウキは同時に飛び出した。

サラマンダーと二人の距離はみるみるうちに縮まっていく。

 

ユウキ「やああっ!!!」

 

キリト「セエエィッ!!」

 

気合の掛け声と共に、二人は愛剣を思い切り振り抜く。

『ガキン!!』という大きな金属音と火花が飛び散る。

その威力は絶大で、衝撃波が発生し周囲の湖の湖面が大きく波打つほどだった。

だが、攻撃を受けたサラマンダー部隊は大きな盾を展開し、その攻撃を防いでいたのだ。その為、HPは約半分も削れておらず、さらに後方のメイジがそのHPを満タンまで回復してしまう。

そして、その更に後方で構えているメイジ隊が火属性魔法の詠唱をし、遠距離攻撃を仕掛けた。

それらは弧を描いてキリトとユウキの立つ場所に降り注ぎ、大きな轟音と炎そして爆煙を立てて炸裂した。

 

リーファ「不味い!」

 

リーファとアスナはすかさず回復魔法の詠唱を始めた。

キリトとユウキの身体を鮮やかなエメラルドグリーンとスカイブルーの光が包み、先ほどの攻撃で大幅に減ったHPを即座に元に戻した。

 

リーファ「(これは……お兄ちゃん対策だ!)」

 

恐らくサラマンダーは先日のキリトとの戦闘で、彼の持つ圧倒的な物理的攻撃力を知ったのだろう。

それを防ぐため、防御力の高いプレイヤーを前に置き、その後ろに魔法攻撃のメイジ隊を配置するという、物理攻撃に秀でたボスモンスター用の陣地配列だ。

これでは幾ら攻撃を加えたところでこちらがジリ貧になるのがオチだ。勝てるビジョンがまるで見えない。

 

爆発の炎の中、何度やられても立ち上がるキリトを見てリーファは叫んだ。

 

リーファ「もう良いよお兄ちゃん!やられたらまた何時間か飛べば済むじゃない!もう諦めようよ!」

 

キリト「…嫌だ」

 

だが、帰ってきたのは拒絶の言葉だった。

 

キリト「…俺が生きてる間は、パーティメンバーは誰一人殺させやしない。四肢をもがれたとしても、俺は必ずお前達を守ってみせる」

 

じっと前を見据えたまま、キリトはきっぱりと答えた。

 

リーファ「お兄ちゃん、ここはSAOじゃない、ここで死んでも本当に死ぬわけじゃないよ!

それに、このままやっても多分勝てない。ジリ貧になるだけよ!だったら……」

 

キリト「それでも!!

 

尚も説得を試みるリーファに対し、キリトは振り返って叫んだ。

 

キリト「それでも俺は諦めたくない!勝てる可能性が1%しかないなら、俺はそこに全てを賭ける!

 

例えどんな絶望があったとしても……どれだけ高い壁があっても………俺は“それでも”と言い続ける!

 

それが、あの世界であいつから………バナージから教わった事なんだ!!」

 

キリトの言葉にリーファはハッと目を見開いた。

同時に、幼い頃から彼に言われたことを思い出し、バナージの姿を自然とキリトに重ね合わせていた。

 

やがて炎が晴れ、前方の視界が晴れる。

 

キリト「(…おい、今もいるんだろ?だったら力を貸してくれ。今ここで勝たなきゃ、前に進めない……バナージにも会えないんだ!だから行くぞ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンシィ!!)」

 

瞬間、キリトの身体が黄色いオーラで包まれ、目の前に《NTーD》という文字が現れる。

体の内側から強烈なエネルギーが湧いてくる感覚に懐かしさを感じながら、キリトは遂にその力を解放した。

 

キリト「うおおおぉぉぉぉぉぉおあああああぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

咆哮を上げ、キリトはその場から飛び出した。

黄色い光の尾を引きながら、再び前衛の盾部隊に突撃する。

左手でシールドの端を掴み、力の限りを尽くし盾を引き剥がす。徐々に隙間が開き、そこに大剣の切っ先を突き刺し、更にこじ開けようとキリトは力を込める。そのパワーのあまり、手で掴んだ部分がミシミシと音を立てて凹み始めた。

思わぬキリトの行動にたじろぐサラマンダー達。

 

ユイ「チャンスは今しかありません!」

 

リーファ「チャンス?」

 

小妖精のユイが飛び出し、リーファに言う。

 

ユイ「残りのマナを全部使って、次の魔法攻撃を防いでください!」

 

ユイは頷いて叫んだ。

リーファはそんな事しても焼け石に水…と言いかけたが口籠った。ユイの見せる真剣な表情が、先ほどのキリトと同じような真剣味を帯びていたからだ。

 

アスナ「やろう、リーファちゃん!」

 

隣のアスナも声をかけた。

彼女の顔にも、諦めの意思は全く無い。

 

ユウキ「よーし!ボクも行くぞぉー!!」

 

ユウキも再び剣を構え飛び出した。

キリトがシールド部隊を抑えている間に、彼女はキリトを飛び越え一気に敵陣内へと潜入し盾部隊を切り裂いていく。

そんな彼らを見てリーファもいよいよ腹を括った。彼らがまだ諦めていないのに、自分が戦闘を投げ出すなど出来ようか。

リーファとアスナは同時にスペルを詠唱する。向こうのサラマンダー達も魔法の詠唱をしているようだが、発射のタイミングを合わせるためか遅めの詠唱だった。

 

キリトはサラマンダーの詠唱に気づき、ユウキに合図して二人は同時に飛び退いた。

 

魔法の詠唱は、リーファ達が早く完成した。

リーファの手からは無数の蝶が、アスナからは水色の霧が反射され、キリトとユウキを包み込んでいく。

 

やがてサラマンダー隊の詠唱も完了し、無数の爆裂魔法が繰り出されたが、それらはリーファとアスナが作り出した防御フィールドに阻まれていく。

 

ユイ「パパ、今です!!」

 

ユイの合図とともに、キリトは右手の剣を高く掲げ、魔法の詠唱を始めた。

 

リーファ「これは……幻惑魔法?」

 

聞き覚えのあるスペルにリーファは思わずそう呟いた。

幻惑魔法はスプリガンが得意とする魔法だ。ステータスは変わらないものの、姿をモンスターなどに変えることができる。

 

キリトのスペルが完成し、彼の身体を黒い煙が包んでいく。やがてそれは臨界に達し、弾けた。

その中から現れたものを見て、皆は息を呑んだ。

 

大きさはプレイヤーをはるかに凌駕しており、下手なボスモンスターと同等の巨体だ。漆黒の身体に四足歩行の動物の姿を取っており、つま先からは金色の爪、首元には鬣が生え、口元からは大きな金色の牙が見える。真紅の瞳を持ち、黒い身体からまるで星のように輝いている。

そう、現れたのは《黒き獅子》だ。

 

リーファ「え……お兄ちゃん、なの……?」

 

リーファが声を震わせながら思わず呟く。

それに応えるように、獅子は巨大な咆哮を上げた。

 

グルルオォォォォォォーーー!!!

 

獅子が放った方向で空気が軋み、地面が震える。

そのあまりの迫力に、盾を持ったサラマンダーの騎士達は一斉にその場から逃げ出した。

直後、獅子はその場から駆け出した。驚異的なスピードで距離を詰め、サラマンダー兵士を爪の生えた前足を引っ掻くように突き出す。サラマンダーはHPが一気にゼロになり、エンドフレイムとなって消滅する。

 

アスナ「うわぁ……」

 

ユウキ「おーい、キリトォーーー!ちゃんと自我ってあるんだよねぇーー?」

 

アスナは目の前の光景に思わずドン引きし、ユウキは獅子となったキリトに呼びかける。

 

ユイ「パパ!凄いです!

リーファさん、もう少し近くで見てみたいです!」

 

リーファ「だ、ダメに決まってるじゃない!食べられちゃうわよ!」

 

ユイ「え?食べられちゃうんですか?ガブー!って」

 

ユウキ「そうだよ、食べられちゃうよ。ガブー!って」

 

はしゃぐユイに対し、リーファとユウキが優しく宥める。

 

アスナ「た、食べられちゃうって……わ、私がキリトくんに……そ、そんな……///」

 

何故か赤面するアスナ。

 

ユイ「ママ、どうしたんですか?」

 

「「あっ……(察し)」」

 

アスナの様子に疑問符を浮かべるユイ。それに対して何かを察したユウキとリーファはもう何も言わなくなった。

 

「ひ、ひいぃ!!」

 

一方こちらは獅子に蹂躙されているサラマンダー達。

残った兵士は怯えた声で後ずさりする。

直後、サラマンダー隊のリーダーらしき人物から怒号が飛んだ。

 

「馬鹿者!態勢を崩すな!奴は大きさとリーチだけだ、元の陣形を保てばダメージは通らない!!」

 

だが彼の声は通らなかった。

獅子はその巨大な顎で兵士を咥え込むとそのまま噛み砕き、前足でもう一人を思い切り蹴飛ばした。

一瞬でHPを消しとばされ、また新たに二つのリメインライトが浮かんだ。

 

「ば、爆裂魔法だ!!」

 

リーダーの掛け声とともに、我に返ったメイジ隊が一斉にスペルの詠唱を始める。

が、獅子はそれを許さなかった。

 

『グルルアアァァァァァッ!!』

 

再び咆哮を上げ、その場から大きく飛び出す。

そしてメイジ隊の中へと思い切り着地し、何名かを踏み潰した。

目の前で繰り広げられる獅子の蹂躙に、リーダーはスペルの詠唱を思わず中断してしまう。

 

「…た、退却!退却うぅぅ!!」

 

彼の指示で一目散に逃げ出すサラマンダー達。だが獅子は逃げることすらも許さない。一度狙った獲物は確実に仕留めるのが百獣の王たる獅子というものだ。

 

巨大な足で次々とサラマンダー達を吹き飛ばしていき、時にサラマンダーを口に咥えてそこから投げ飛ばす。

リーダーは辺りを見渡し、そして橋から身を投げ出した。

湖から泳いで逃げるつもりなのだろう。しかしその目論見は失敗に終わる。

 

「ぎゃああああ!!」

 

悲痛な叫びが木霊し、リメインライトが湖面に浮かぶ。

先ほどリーファが言っていた水竜モンスターにやられたのだ。

 

遂に、残ったサラマンダーはたった一人となった。

兵士はもう恐怖のあまり動くことも声を出すこともできない。

そんな彼に、獅子は『グルルルッ』と唸り声をあげながらじりじりと詰め寄る。

そしていよいよその距離がゼロとなった時だった。

 

グルルオォォォォォオアアアァァァァァァ!!!

 

今までで最大級の咆哮を至近距離で発したのだ。

 

「ひいいぃぃぃぃいい!!」

 

声も出なかったはずの兵士の口から悲鳴が飛び出た。

あまりの恐怖に涙目にすらなっている。

だが獅子は慈悲もなく遂に兵士を噛み砕こうと口を開いた。

 

アスナ「キリトくん、ストーーーップ!!」

 

リーファ「そいつは生かしといて!!」

 

彼女達の声を聞き、獅子はその場から踵を返し離れて行く。

獅子とすれ違う形でアスナとリーファ、ユウキの3人がサラマンダーに向かって駆けていく。

 

ユイ「凄かったですねぇ〜!」

 

ユウキ「うんうん!ボクも幻惑魔法覚えて怪獣になってみよっかなぁ〜♪」

 

ユイとユウキの二人は呑気な事を言っていた。

リーファは腰から愛剣を引き抜き、切っ先をサラマンダーに向けて威圧感のある声で問いかける。

 

リーファ「さあ、誰の命令なのか説明してもらいましょうか?」

 

その問いかけで、逆に先ほど受けた恐怖から覚めた兵士は首を横に振って

 

「こ、殺すなら殺しやがれ!」

 

と顔面蒼白ながらも拒絶した。何も話す気は無いらしい。

 

リーファ「このっ……」

 

リーファは兵士を切り捨てんと剣を振り上げた時だった。

 

キリト「いやぁ〜、暴れた暴れた!」

 

腕をブンブンと振りながら、能天気な口調で歩いてくるキリト。

ぽかんと呆気にとられているサラマンダーのとなりに座り込み、肩をポンと叩く。

 

キリト「よっ、ナイスファイト!」

 

「は?」

 

唖然としているサラマンダーに向けて、キリトは爽やかな口調で語りかける。

 

キリト「中々いい作戦だったよ。俺一人だった、確実にやられてたなぁ〜」

 

リーファ「ちょ、お兄ちゃん?!」

 

アスナ「まあまあ、ここはキリトくんに任せましょう?」

 

動揺するリーファに対し、アスナが笑顔で彼女を制する。

キリトもウインクをして応え、視線を再びサラマンダーに戻す。

 

キリト「さて、物は相談なんだがキミ…」

 

キリトはウインドウからトレード画面を表示する。

そこには、結構な数のアイテムや高額なユルドがあった。

 

キリト「これはさっきの戦闘で得たアイテムなんだけどな、俺たちの質問に答えてくれたらこれ、全部君にあげちゃおうかな〜って思ってるんだけどなぁ〜」

 

わざとらしい口調で言うキリト。

サラマンダーは目を見開き、辺りを見渡して仲間のエンドフレイムが消えているのを確認し、

 

「……マジ?」

 

キリト「マジマジ」

 

ニヤリと笑みを浮かべ合う両者。

 

リーファ「…男って」

 

ユウキ「身もふたもないねぇ〜……」

 

リーファとユウキの二人は腕組みをしながらジト目でキリトを見て言う。

 

アスナ「なるほど……こう言う交渉術もあるのね……」

 

アスナは感心したように頷いていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

キリト達はサラマンダー兵士と別れ、ルグルーの街に入った。

サラマンダーの話を要約すると、彼の部隊がキリト達を襲撃したのは、どうやらサラマンダー上層部の意向だったらしい。上層部が何故キリト一行を狙ったのか、その真相は不明だが、何やらサラマンダーの中で『作戦』なるものがあるらしく、彼はここにくる前大部隊が北に向かって飛んでいくのを見た、と話していた。

 

街を歩く中で、不意にリーファがキリトに尋ねる。

 

リーファ「ねえ、さっきのライオンってお兄ちゃんだったの?」

 

キリト「ああ、多分な」

 

ユウキ「た、多分って……」

 

あっけらかんと答えるキリトにユウキが苦笑いの顔を浮かべる。

 

キリト「俺あるんだよ。戦闘中にブチ切れて記憶飛んじゃうみたいな」

 

アスナ「ああ……」

 

アスナもまた苦笑いになり、とある出来事を思い出す。

それはSAOの時。殺人ギルドである《ラフィン・コフィン》討伐戦においてキリトが引き起こした暴走事件。

 

アスナ「(そう言えばさっきもあの黄色い光……なんだっけ、《NTーD》だっけ?あれって結局どんなシステムなんだろう……あとでユイちゃんに調べてもらおうかな)」

 

リーファ「今の戦闘も記憶が飛んでるの?」

 

キリト「いや、なんとなく覚えてるよ。ユイに言われた通りに幻惑魔法の詠唱して、まあでも何になるか迷ったからとりあえずバ……」

 

バンシィ、と言いかけたところで慌てて口を噤んだ。

 

キリト「(っっぶねぇ〜〜!!今思い切りバンシィって言いかけたわ!アスナ達に宇宙世紀のこと勝手に話しちゃまずいだろ!!

そんであとバンシィをイメージして何で黒いライオンなんだよ!いや、MSのバンシィ出てきたらそれこそアスナ達が困惑するし結果オーライか?)」

 

ユウキ「どうしたのキリト?」

 

ユウキの声で意識が元に戻された。

 

キリト「え?あ、ああ〜、まあ何というか……ライオンだったらあいつらビビるかなぁ〜って」

 

後頭部をさすりながら答える。

 

アスナ「ライオンかぁ〜。確かに物凄く怖がってたね、サラマンダー達。でも化けたライオンまで黒いって、どこまで黒好きなのキリトくんは」

 

キリト「うぐっ……(だって俺黒の剣士だし黒き獅子なんだもん!!)」

 

アスナが呆れた顔で言い、気まずそうな顔になるキリト。

 

ユイ「ガブー!って食べたりしてましたねぇ〜!」

 

ユイが楽しそうに注釈する。

 

キリト「ああ、そう言えばモンスター気分を味分けて中々新鮮だったな」

 

キリトは楽しそうに振り返る。

 

リーファ「その、味とかしたの?サラマンダーの」

 

リーファは少し興味が湧き尋ねる。

 

キリト「…焦げかけの焼肉の風味と歯ごたえが」

 

リーファ「やっぱいい言わないで」

 

手をブンブンと前に降る。

するとキリトはいたずらな笑みを浮かべて彼女の片方の手を掴み取り、

 

キリト「ガオォォッ!」

 

とかぶりついた。

 

リーファ「い、いやああぁぁぁぁあ!!!」

 

アスナ「こらきりとくんっ!!!」

 

ユウキ「成敗っ!!」

 

キリト「あべしっっ!!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

一方、こちらはバナージ、ストレア、ランの3人。

彼らは現在ルグルー回廊の入り口まで来ていた。

世界樹のある央都アルンまで行くには、シルフ領のここルグルー回廊を通るしかない。そのため、バナージ達はサラマンダー領を飛び越え、ここまで来ていた。

 

サラマンダー領を通るためここまで何事もなかったかと言うとそうでも無いが、今日は偶々サラマンダーの警備が薄く、危なげなく通ることができた。

 

バナージ「何とかここまで来れたな……」

 

ストレア「そうだね〜、サラマンダーの警備が薄くて助かったよ!」

 

ラン「まさかこれほどすんなり来れるとは……運がいいですね」

 

口々にここまで来られた感慨を述べるが、

 

バナージ「……よし、世界樹までもう少しだ。油断せずに行こう」

 

バナージの言葉で3人は気を引き締め、いざルグルー回廊の中へと入って行った。

 

バナージとキリト、彼らが再開する日も近いーーー

 




お読みいただきありがとうございます!
最近少し悩みがあって……と言うのも、一応この小説は台本形式なのですが、もう普通に切り替えようかなと最近思い始めました。
この小説を書き始めた頃は地の文が少ないという指摘があり、一応保険のため誰が話しているか明確にする為台本形式にしましたが……もし、こっちの方でも大丈夫であればこのままで行きます!もし台本形式が読み辛い、多分台本形式じゃなくてもいけるんじゃね?という声があれば台本形式をやめてみたいと思います!
皆様の意見を基に今後進めていきたいので、台本形式のごとに限らず何か要望などあれば遠慮なくおっしゃってください!どんなことでも結構です!
では、また次回!!


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