わたくしがカラビーナです (杜甫kuresu)
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序曲

「何時も通りの作戦…………考える所もない」

 

 私は特筆するところ無く、単純な戦績で隊長になっただけのJeagerだ。

 持たされた銃がライフル系統だったとのことで純粋に「コストパフォーマンスの高いレンジ外射殺」だけを考えてきた。誇るわけでもなく、それが私達の仕事だろう。

 

 しかし戦場で愚直なのは珍しいことなのかもしれない。私はそれだけをして、気づけば隊長で、こうやって強襲の命を受けている。

 

 見つかるな、撃て、死ぬなら逃げろ。意外と鉄血兵はこれが苦手だと、スケアクロウは私に言っていた。

 

「しかし作業になるのは駄目だな。よし、一同気を引き締めてくれ。仮にも死んだ殺したの世界にいる、気を抜けば死ぬぞ」

『了解です』

 

 部下は従順だ。なにせそういう風にAIが設計されているから。

 やはり製造されたばかりでは殺すのを優先してしまう個体もいるが、一々教育の必要もない。死なないことを徹底することが殺しにつながるのは、戦場で知ることが出来る。

 

 吹雪く外気温に指がかじかみそうだ。人に近い設計とは此処が良くない、だが入り口の警戒なんて重要な任務を他の人形に押し付けようとも更々思えないのだからどうしようもなかった。

 

『エリア2、制圧完了。生存者零、以上』

「よろしい。引き続き奥へと進んでくれ」

 

 今回の仕事は私に向いているもののはずだ。

 極秘裏に開発されたI.O.P製ハイエンドモデル人形の奪還。よりによっては破壊。破壊という項が有るのは、取り敢えずそのデータが秘匿されたものだからだそうだ。

 

 実際この研究所の警護はとても手薄だった。寒い地域でも更に寒く、汚染区域ギリギリという人間が研究するには向いていない環境。それは鉄血に限らず、人の目にも触れさせたくない技術なのは明らかだった。

 

 しかし冷たい寒空には死体が転がるばかり。研究成果も今に奪われるか、砕かれるか、もしくは雪に埋もれるか。結果から言えば人間達は、その技術を公に研究するべきだっただろう。

 通信が入る。

 

『発見、コードを確認次第回収。以上』

「手早く。遅れると下手をすれば来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――こちら部隊番号1。異常無し」

『すぐに持ち帰ること。危険は冒さなくていい』

 

 ぷつりと通信が切れると、石にでもなったように強張っていたRipperの肩が一際ブルリと震える。

――カチャリ。突きつけられた自動小銃の小さな音に吐息が漏れた。

 

「こ、これで良いのか?」

「ええ。あなたは賢い選択をしたのではなくて?」

 

 妖しく笑った少女の瞳は紅く、またコートには消えそこねた黒く昏く染まった血がこびりつく。

 

 地獄。横たわる鉄血兵達は常に四肢が足りない。彼女が千切り、時には士気を削ぐために見せしめに殺したからだろう。

 彼女が構える銃はI.O.Pが扱う銃種ではない。頑丈な鉄血に似合う高耐久の自動小銃、元を正せばVespidからのものだろうか。

 

 硝煙、血痕、四肢。

 

「私を見逃してくれるっていうのは、ホント?」

「――――――――?」

 

 発砲。通されていないコートの袖からだ。覗いた銃はJeagerのもの、微細なマニピュレータの駆動音が出血の興奮を引き上げていく。

 

 Ripperが叫ぶのをつまらなそうに少女は見下ろす。撃ち抜かれた肩からは疑似血液が垂れ流した蛇口のように溢れ出していく。

 

「わたくしは、「貴方がわたくしの望む者であるならば」と言っただけで、別に仲間を売れだなんて言っていませんよ?」

 

 噴き出す血を押さつけて睨めつける。

 

「で、でも! 「それも方法でしょうね」って…………ッ!?」

「――――――――あーあー! 言いましたねそんなの」

 

 ニタリと釣り上がる口元、とてもその容貌からは想像のつかない邪悪。

 張り裂けそうな笑顔がRipperを凍りつかせるが、しかしその眼は一欠片として笑っていない。

 

 Ripperの髪を掴んで顔を持ち上げる。

 

「――――――言ったとも。実はね、君が後一つを間違えなければちゃんと生かして帰す予定だったんだ」

「…………は、はぁ?」

 

 涙、鼻水、涎。激痛にぐしゃぐしゃになったRipperの顔に更に少女の美貌が映し出されていく。

 曇りのない鮮血色の瞳。まるで雪景色のように白く豊かな髪。目鼻立ちも精細で、生み出したものが芸術的な美しさを追求し続けたのが分かる。

 

 突然言葉遣いの変わった気色悪さなどもはや頭に入ってこない。

 

「君さ、僕の方を見た時にちょっと視線逸らしたよね? あの顔を僕は知ってるよ、アレは仲間を売った罪悪感とか後悔とかそういう目つきだ。死ぬほどあんな顔をした人形は撃ち殺したからね」

 

 袖から、腰から、数多の銃器が身体中に押し当てられる。異様な昏さに呑まれた紅い自分の姿にRipperは嗚咽を漏らすだけになる。

 

「何も味方を売ったからと責めてない、重要なのは今後悔をしたこと。つまりは「今したいことでは無かった」ということ」

 

 吐き捨てるような苦い表情をして少女が睨む。

 

「そんな顔をするぐらいなら潔く殺されておけば良いじゃない。みっともなく命乞いなんてしてさ、一山いくらの安い命のために消えない後悔を背負った――――――君は今というこの瞬間をないがしろにして、今生きている自分の欲望を放り投げて、続くかも分からない未来を選んだ」

「本当は、味方を売った自分に耐えられないくせに。生きるか死ぬかより大事な事を、生きるか死ぬかの後に置いた」

 

 

 

 

 

「安い以前に愚かだ。先ばっかり見て今を見てない――――――本当はこの銃を向けるのだって最悪だけど、他の子が殺さなきゃいけないと思うと尚更最悪」

 

 ケタケタ。と険しい表情が嘘のように子供のような弾けた笑顔を見せると、瞬く間に四方八方の銃が動き出してRipperの四肢を全て撃ち抜く。

 絶叫の中で少女の声が冷たく、また精緻に響き渡った。

 

「君は僕が軽蔑する最低の人形だよ。とても、僕の望む人形じゃない。君の命乞いは無駄にしておいてあげる、真正面からぜーんぶ殺すから地獄に落ちる前によく見といたら?」

 

 意識も絶え絶えのRipperの顔をゆらゆら揺らすと、壁に投げつけて手に持った小銃を構える。

 絶叫が止まると、その目の色が消えた。時も止まってしまったかのようだ。

 

「じゃあね。裏切り者――――――二度と、わたくしの前に現れない事を祈ります」

 

――たとえ生まれ変わっても、君はどうしようもない。

 銃声が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、聞こえているか! 部隊4!」

「残念。もう殺してしまいましたわ――――――命乞いしてる子は居たかもしれませんね、可哀想に。殺したのだけれど」

 

 化物だ。

 まさか10分もしない内に私の所まで「皆殺し」で到達している? 馬鹿な話があるか、私の部隊は作戦遂行能力はともかく死なないことに関しては「アレ」程でなくとも長けた部隊だ。

 

 時間稼ぎすら受け付けず、もう私の前にいるなどと――――――。

 

「あらあら。怯えているのでしょうか?」

 

 ガチャリ。身体のありとあらゆる所から私へ銃が伸びていく。理屈は全くわからないが、恐らく未だ開発中の外骨格か何かなのだろうか。

――いや、だからといって。

 

 ふざけている。この装備が例え大多数戦に特化したものであるとしても、だからといって「大隊」を潰せるものだろうか?

 違う。この人形自体が――――それだけ強力なのか?

 

 考える暇もなく身体中を蜂の巣にされる。

 

「でも無駄です。わたくし、一々相手のご機嫌伺いをして銃を撃つようなマナーのなった人形ではなくて。失礼でしたら寛大な態度を以てご容赦いただければと」

 

 何やら訳の分からない口上を並べているようだが、機関もやられてまともに聞こえない。

 そんな場合でもなかった。

 

 伝えなくては。コイツは放置してはならない、鉄血がたとえ悪だとしても、コイツは――――――。

 思考を食い散らすように頭部だけを一斉掃射される。思考が遠のいた。

 

「通信をオンにしますか、仕事熱心なこと…………けれどその徹底のしよう。あの方を思い出しますね」

 

 女が、両かたを抱いてみ、震いす、るように。嗤っている。なんだ、あれ。

 

――それより、一文字でも。つたえないと、まずい――――――。

 

「寂しいわ。来世はもっと良い躰でわたくしの前に立ってくださいね――――さようなら、名もない鉄血の方」

 

 槓桿を引く音が、私に届いた最期の音だった。



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撃てば撃つほど恋しくなる

いつか言ったな――――――「このカラビーナ、多分書く」って。
R-15要素を回収できる感じにこのカラビーナ、「駄目な人形」になりました。


――――――僕は元々日本という国の、あんまり見どころのない女性だったらしい。

 いやね、らしいというのも僕にはそれが「記録」としてしか感覚にない。歴史の教科書を暗記している、みたいなもので「へぇ~、僕ってそんな事してたんだ」みたいな感覚。

 

 記憶になったのは、二回目の人生――――要は転生ってアレを経験してから。今風に言うと「原作知識を持った」ぐらいのものだよ、ちょっとくだらない女の人生も混ざりこそすれ、ね。

 

 僕は鉄血になって、『二回目』は駄目だった。端的に言うと死んじゃったんだ。

 でもね、二回目には良い収穫が有った。そう、アレは電脳世界だったんだけど―――――――うん、思い出すだけで涎でも出ちゃいそうだ。

 

 噛ませ犬の極みだったあのウロボロスが、なんだかやたらと強かったんだ。

 

 

 

 

 

「凄いなあ…………」

 

 僕というやつは、恐らく人生通算で初めて女の子を好きになってしまった。メロメロだ、虜だ、もう蜘蛛の巣の蝶って感じ。歪んだ感情で頭が全部全部雁字搦め。

 残り人数はインターフェイスを開けば気軽に確認できたけど、彼女が根城にするビルの廃墟。此処に入ったお馬鹿さんが出る度に数字は減った。僕は挑むやつを黙々と観察して、周りで勝手に起きるいざこざもついでに見て鼻で笑ってた。

 

 彼女はとても興味深い戦法を取る鉄血で、最初の数日にちょろっとだけ廃墟に入ってみたんだけど――――――刺さってるんだ。銃がね、まるで剣みたいにいたる所に、ズラーッと。アレはどうやってるのかな。

 トラップも念入りだった。ウロボロスという後世の名にかけるなら建物、それ自体がもう「蛇の腹の中」だった。流石に途中で事態の深刻さに気づいて逃げ帰ったけど、アレは後数歩進めば戻れない――――なんて冗談みたいなことも有り得たと僕は思う。

 

 あの根城の周りでは揉め事が絶えなかった。ポーンも減ってないのにキングを狙う蛮勇ばかりのお馬鹿さんばかりだから、違う鉄血と顔を合わせるとそりゃあもう殺し合いの大喧嘩になる。

 彼女も僕と一緒で、それをよくビルの上から眺めていた。僕と一緒で、何処かつまらなそう。くだらないことで死ぬ連中を嘲笑ってたのかもしれないなあ。その冷たい横顔は僕を幾度となく殺した。

 

 あっという間に彼女は有名人になった。この何も共有されない電脳世界で、「あそこに入るのは死にたがり」という共通認識が根付くくらいなんだから間違いなく有名人だろうさ。

 

 

 

 勿論僕もいつまでもストーキング出来ない。襲われたらそりゃあ対応だってするさ。

 女にしては珍しい銃火器マニアの記憶が役に立ったから、武器選び自体に困る要素はないはずだった。問題は、僕が直感で「Kar98k」なんて馬鹿馬鹿しい時代錯誤の銃を選んじゃったことかもしれない。

 

 基本は彼女を見ているだけだけど、僕を邪魔しようとしたやつは全員殺した。当たり前だ、君のせいで僕のこの一時が壊れたらどうする気なんだい。悪いが僕は君達とこの時間は天秤にかける意味すら感じない。

 僕も有名になっちゃって、時々周りのいざこざの中心になった。億劫だったなあ。

 

 

 

 さてさて、1週間を超えたぐらいで僕は再び腹を中から裂こうと息巻いて侵入した。

 いや酷かったよ。トラップでもう普通に死にかけたね、何とか彼女と顔を合わせるまでは出来たけど。

 

 彼女は常に色々な銃を持っている。この日はVector、スタンダードで直線通路ぐらいしか長い道のないこのビルでは適切なチョイスだ。

 

「またおぬしか…………飽きぬなあ」

 

 振り向きざまの乱射、すかさずムーンサルトで後ろの倒れた棚に隠れてやり過ごす。

 撃ちながら呆れたような提案。

 

「なあ、ちょっと停戦せぬか? おぬしやたら強いからのう、わたしも正直弾薬を割と使ってしまって困っておるのだよ」

「答えんか。全く、台風とかと同じ類よな…………」

 

 答えない。僕は戦場で誰かと言葉を交わしたことはない、戦場で物を言うのは弾丸だけだからね。

 今回も勝てる気はせず、ビルの屋上まで来ておいて僕はぬけぬけと逃げ帰ることになった。

 

 

 

 段々と、僕は彼女を殺せる唯一の存在なんじゃないか。殺して良いのは僕だけではないかという、少し自己陶酔も極まったような錯覚に溺れるようになってきた。

 誇って良いと思う、僕以外――――――あのビルから誰も出てこれてなんかいやしない。実力だけであの蛇を縊り殺せるのは、きっと僕だけだ。

 

 残り人数、200。僕は減らすべきだと焦燥感に呑まれた。

 もう彼女に取り憑かれていたのだ。200という数字を見て、0が二つほど多いと思ったし、早く取ってあげないとと義務感に駆られたし、何よりそうする事への精神と弾薬の消費に何の躊躇いも感じなかった。

 これは歪んだ愛だ。僕も分かっている。

 僕は彼女に殺されたくて、殺したくて、ついでに死に際の台詞なんか聞けば絶頂すら覚えるだろう。というより、それ以外にあまりに興味をもてなさすぎた。狂愛も狭隘極まり、僕は夢心地のまま殺戮へと足を踏み出していく。

 

 とっくに僕は壊れていた。彼女以外の全てを抹殺することが使命であるかのごとく、僕の瞳は爛々と輝き、死に様を精細に写し、そして狂った顔で殺していったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は殺す価値がない」

 

 一目見たときから、ソイツが俺は嫌いだった。常に俺を見ているのは知っていたし、それはかなり不快な時も有った。

 この電脳世界は環境の問題っていうのかな、精神異常者は多い。シリアルキラー、倫理破綻、普通に狂人。まあ種類こそ有れ、共通して一般社会にそう数は居ない感じのイカれた奴は結構居た。

 

 赤く光る眼光は仄暗い、コイツは「此方側だなあ」とだけ感じた。もう既に嫌いだった。

 

「お前が見ているのは生じゃない、オレ自身だ――――――そんなくだらないやつ。後ろ向きな生き方してるやつにオレ、興味ないから」

 

 返事はない。コイツは俺を見ちゃいないんだ、俺のガワを見て執着してる。

 この眼を俺は知ってる、いや知ってると言うより俺がこういう眼をしてるんだ。生き死にとかあんまり興味もないし、世の中に漠然とハリボテっぽさを感じてるし、だから本体まで空っぽな唯の莫迦の眼。

 

 だからこそ許せない。莫迦は俺一人で十分だ。

 

「…………生きる理由が有るだけ万々歳だと、僕は思うよ」

「お前のは生きる理由じゃない。死なない理由だ、まるで違う――――――」

 

 故に殺す。無価値なものは、無価値なままここで消えてもらおう。

 残り人数二人。勝った方が外へ出る。俺は本当にこの環境に直感だよりな生き方をしてきたが――――――その直感とやらは、今までになく俺の頭を掻き毟って警鐘を鳴らす。

 

 コイツは殺せ。世界の邪魔になる。

 

「構えろよクソ女。初めてだ、オレは単純に『お前』を殺すために銃を構えてやる」

 

 お前みたいなやつは、俺みたいなやつは世界に二人以上要らねえよ。なまじっか実力まで持ってちゃ、本当に世の中で何をするにも邪魔になる存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――またあの夢」

 

 身体を起こす。仕事続きだけれど言うほど身体は軋まない、何時からか痛いだどうだという感情はどうでも良くなった。

 そう。今は帰投途中だったね、直前に撃った鉄血の顔ぶれを思い出す。誰も彼も僕の満足行く、というより納得の行く相手ではなかったけれど、仕事なのだから殺すしか無い。正直欲求不満。

 

 あからさまに不機嫌な顔をしたはず――――だというのに、横でウトウトしていたグローザが話しかけてくる。彼女は僕以上のマイペースだ。

 

「やっぱり、満足できないかしら?」

 

 彼女は僕が殺す相手を選り好みするタイプだということを知っている数少ない友人、のようなもの。自分で言うのも何だが、僕の正体にうすうす感づいているくせに話しかけてくる辺り狂人だ。

 

「全然ですね。仕事でなければ銃口を向ける気にもなれません」

「相変わらずの毒舌。まあ、それが貴方らしいと言えば貴方らしいわね――――――Kar98k」

 

 結果から言うが、僕はウロボロスに殺された。

 それはもう凄まじい戦闘だったのだろうと思う。僕が覚えているのは初めて殺したくなった相手を手にかけれる高揚感と、彼女がそれに信じられないほどの抵抗をして僕を逆に殺してしまったことだけ。

 

 しかし間違いなく――――あの日、あの瞬間の僕は幸せだった。

 アレは魔性だ、僕はきっと道を間違えた。アレにはもっと、後に出会うべきだった。

 

――快楽の限界を知った後に、それより下の快楽では満足できるわけがない。

 

「そう言えばKar98k」

「Karちゃんと親しみを込めてくださりますか? ベッドの上でもそう呼ぶつもりなら構いませんけど」

「貴方に手を出されるほど安い人形じゃないというか、その――――――冗談でも辞めてちょうだい」

 

 何てことを言うんだい、こんな美女と百合百合できる幸せが分からないのか君は。僕は君を抱いたら半殺しにされても構わないよ、死ぬのは駄目だけど。

 

 グローザだけだよ、こんなすげない返事をするのは。今までこういう話題を持ち込むとあからさまに話を逸らしたり、俯いちゃったり大変可愛らしい子が沢山いた。

 この子は駄目だ。メロスもびっくり、人形には百合が分からぬようなのである。

 

「グローザさん、それだけわたくしを袖にする割には喋りかけてきますよね」

「性格は好きよ。恋愛感情は持てないって話」

「成る程、今のは「一生友達で居よう」の婉曲表現ですか」

「まあそうなるわ」

 

 つまらない子。

 

 ああだこうだと言っている内に目的地が近づいてきた。今の僕のマイホーム――――――S09基地である。




という訳で僕が後書き担当です。凄いよコレ、僕まだ台本読んでないのに書けって言われたんだ!

しかし神様の道楽で本当に主人公にされるなんて思わなかったね。ああそうそう、当作品は――――えーっと「わたしがウロボロスだ」のスピンオフ作品扱いです! だから読んでないととーきどき違和感があるかも、とはいえ単体で読めるとは思う…………うーん分かんない!?

というか待てよ…………? 僕はひょっとして「ヤンデレ」に当たる転生者なのでは?

ま、という訳で返信も担当してるから気軽に話しかけてねー。
――――ここだけの話。あんな引きを入れた割には続くか微妙なんだってー。うちの神様かなりテキトーだよ、僕知らない間に二回転生した設定だしね。


【Kar98k】
中身は成人オタク女性。転生願望はなかったが三回目という境遇に今はノリノリ。
我が道を行く狂人で傍迷惑な巻き込み型、さながらハリケーンボンビー。道を切り開く、悪く言えば我の強い一面は長所であり短所。意外と男性には弱い。
状況を良しとせず、より良いものを、前進をと突き進む渇望には英雄の資質すら有る。元は普通のオタクだったのだが、前々世の記憶が薄いのでこうなった。
人形をよく口説く。何人か手を出しているという噂があるが、本人は否定。あまり嘘はつかないので多分本当。


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不平等偏愛主義

姉貴のインフレに耐えきれず、どんどん彼女の設定がやけくそ魔改造されています。
だってアレ「Link1で」撃退した設定なんだもん…………。


「敵影なし、このまま進んでください」

 

 ダミー越しの情報提供で運転手に指示を出す。運転手はコクリと頷いて車を走らせ始めた。

 寒い季節だと言うのに僕はこんな薄着で何時間も車の外に乗りっぱなしだ。護送任務なんていつもこんなものだと分かっているつもりだけど、やっぱり時々扱いの悪さには愚痴の一つも口走らせそうになる。

 

 今は吹雪。軍帽もこまめに雪を払って被り直さないと真っ白になっちゃうのが困りものだ、と内心ぼやきながらまた雪を払う。

 運転手が話しかけてくる。

 

「しかし、お嬢さんは一人かい。随分凄いモデルだとは聞いているけど、大変だねえ」

「慣れっこですから。わたくし、あんまり他の人形と行動するのは向いていないようで」

 

 卑屈になるない、と笑う運転手だがこれは事実だ。

 

 僕は驕りでも何でも無く、単体性能を追求した「ハイエンドモデル」だ。他の部隊と一緒に行動しても性能差や、今みたいな単独行動の癖で上手く噛み合うこと自体稀だ。

 あまりにもコスト度外視な設計だから、ダミーも未だに2体しか居ない。仮にも高級品だけど、だからこそ僕はあまり設備に恵まれていなかった。

 

――――にしてもさ。

 

「寒いですわね…………どうして人形に温度感覚なんて」

 

 思わず腕を抱いて摩擦熱なんてものに頼ってみる。どうせハイエンドと言うならこの手の感覚もなしにして欲しい、何だか風邪とかまで引いちゃえそうだよ。

 

 横に座っていた男の子がむすっと此方を見る。

 

「コートちゃんと着ろ。人形ってのは馬鹿なのか」

「おい! 護衛してくれてる人形さんに失礼なこと言うんじゃねえ馬鹿息子!」

 

――ふたりとも馬鹿馬鹿言う辺り、親子だなあ。

 全く見当違いな事を考えてしまったが、横の彼は正規軍希望の青年だという。

 

 僕は一人で警戒は十分だ、と事実を伝えたんだけどどうしてもというから隣に座らせている。まあ役に立つことは期待してない、どうせなら依頼人もしっかり守れる位置に居れば都合は良いし。

 

「ごめんな。この馬鹿息子、遠慮ってものが物言いにないんだ」

「いえ、お構いなく。それはある種事実ですから」

 

 とはいえ、僕の設計的にこうするしか無いだけなんだけど。

 寒いものは寒いので、忠告をガン無視して息を当てて手を摺り合わせていると、仕方ないと言ったかなり不機嫌な顔をして上着が上から着せられる。

 

「お前が熱でも出したら親父まで死ぬ」

「ふふっ、有難うございます」

 

 あっ、照れた。意外と愛嬌あるんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ? マジで護衛はアレだけかよ」

 

 遠方を睨む処刑人がぼやく。映る装甲車に乗っている一体の白い人形、アレだけが今回の標的の護衛なのだと言う報告はもう三度聞いた。

 

 罠なのかと処刑人は何度か疑ってかかったものの、何度周辺の捜索を部下に任せても敵影、どころか不審物すら見当たらない。それなりの速度で走る車、それとあの人形だけが今回の輸送を支援している。

 

「アレじゃ襲ってくれってなもんだ…………幾ら見ても罠じゃねえし、変にビビって余計な手間賃増えたりしたほうが思う壺か…………?」

 

 戦争は戦闘一つで覆るものとは限らない。今回の襲撃に成功した所で、次に繋げるものがないのなら時間の無駄だ。特に此処で迷って浪費などしては、むしろ時間を費やしてヘドロでも拾ってきているようなものだ。

 

 もう一度双眼鏡を見て神妙な顔をする。

 

「…………しかたねえ。作戦行動、かい――――!?」

 

 声が途中で跳ね回る、語尾が行き場を失ったことなど目もくれずに処刑人はじっと双眼鏡を覗き込んでいた。

――手、振ってないか?

 

 それを最初は見間違いだと思った。何か、おふざけでもして偶々こちらを向いていたんじゃないか、そう思おうとした。

 だが横の青年が車の中に消えていったと思うと、静かに銃を手に取った彼女を見て確信する。

 

「おい、気づかれてる――――――!?」

『御機嫌よう、鉄血の皆さん』

 

 軍帽に覆われた赤色が妖しく煌めく。処刑人はその口元を見ると咄嗟に言葉を並べてしまう。

 釣り上がった口端はまるで三日月のごとく。しー、とでも言わんばかりに押し当てられた細い人差し指が得体の知れない狂気を孕む。

 

『騒がないでくださいね。全員――――――綺麗に殺しますから』

「たかが一体で何が出来る…………いや、でもあの自信――――――はったり?」

 

 処刑人は逡巡を重ねた後に全部隊に叫ぶ。

 

「分かる訳ねえ、力任せに押しつぶせ! どちらにせよ敵の数に変わりはねえ――――――!」

 

 ばしゅん。肉を抉る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい、迅速に避難してくださりますか…………此処から先はわたくしの仕事場ですので」

 

 威嚇程度に肩を撃った。これでアッチも多少は士気が落ちるだろう、何せ無防備なヘッドを撃ったのだから。

 

「俺だって銃ぐらい――――!」

 

 煩い青年だ、威勢がいいことは僕も認めてあげようじゃないか。まあ、ただ活きが良いだけじゃ刺し身にだってなれやしないんだけどさ。

 何でも鉄血に母親を殺されたのだそうだ。それは単純に不憫、僕だって血も涙もない外道という訳じゃないから人並みには憐れむ。

 

 だが。

 

「黙りなさい。お母様はあなたを守ったのでしょう? 命は擲つものではなく、燃やすものです――――――お父様を一人にする気ですか?」

「――――ッ!」

 

 浅はかだという気はない。執念に駆られるのもまた手だと僕は頷ける。

 ただそれは命を投げ捨てるに相応しいのか、その問答が彼には足りていない。

 

 それが必要なことならば復讐だって、悪意だって、狂気だって僕は許容しよう。例え後々責められることになろうと、彼の意見とやらを尊重してみても全く構わない。

 問題は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それが、彼が死んでも構わないと納得できるかどうか。気の迷いだったなんて後悔するくらいならしない方がマシだ、逆に言えば行くべきだと後悔するくらいなら此処で死ぬほうがマシだ。

 僕はそれだけを考え続けている。僕には分からなかったけれど、彼女はきっとそういう人形だったから。それは正しいと僕には分かっているから。

 

 車が音を鳴らして走り出す、青年を乗せて。僕を置いて。銃は手に取った、後は何時も通りの作業でしかない。

 申し訳程度の宣伝でもしてみよう。

 

「もしもそれを問いかけ続けて、尚その道を歩こうというのなら――――――――――G&K社はあなたを歓迎するわ」

「道は自由に拓かれています。今のあなたには、その決断はきっとまだ早いだけ」

 

 さて。始めよう、後ろで唇を噛み締める彼の顔を見て気が変わった。

 守らざるを得ない。その決断を、(わたくし)は最大限無駄にしない努力というものをしなくてはならないのでしょうから。

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、高地から攻めてくるのは正しい判断ですね」

 

 雪山から滑り降りてくるGuardの軍勢にクスクスと笑う。積雪を切り裂き、降雪を横切る群れは圧巻。黒い波が襲いかかる。

――ただし、それは僕がマトモな設計をしていればの話です。

 

 彼女の体から僅かに響く金属音。彼女達は気づかない、まずは前衛として奴の斜線を塞ごう、その心意気だけで超至近距離まで肉薄していく。

 

「しかし、降りてきたのは間違いかもしれませんね」

 

 同時に5つのKar98kがGuard達に突きつけられる。Guard達の目の色が変わるが遅い、全ていずれかの脳天に構えられていた。

 

 コートの袖から、腰から、両手で一丁。始まっても居ない試合の終了を裏付けるように、およそ正義は騙れない歪んだ快楽に破顔する。

 

「僕を殺したいのなら、この三倍は持ってくるべきだった――――――!」

 

 斉射。避けようとしたGuard5体が一斉に落ちる。

 そこに間隙など存在しない、カチャリカチャリと異様な音を立てたボルトハンドル達が一斉に準備完了のアクション音を響かせて次の獲物に首を大きく曲げた。

 

 軍帽に隠れた瞳が持ち上げられていく。見開かれた鮮血の瞳から三千世界の屍すら映るような、怖気だったバケモノの殺意が轟く。

 

「斉射!」

 

 発砲。装填。

 

「次!」

 

 発砲。装填。

 

「どうしましたか!」

 

 発砲。装填。

 

「この程度で怖気づかないで! さあ――――――所詮時代遅れの短騎兵銃、近づけば万が一というものも有るのではなくて!?」

 

 発砲。装填。

 殺害。

 殺害。

 リロード。殺害。

 

 

 

 

 

 

 

 終了。

 

「あらあら、全滅してしまいましたね。ヘッドショットはつまらないわ」

 

 そう言いながら口元を抑えてケタケタと首を傾げながら笑うカラビーナ、遥か後方のJeager達がその姿に自らの死骸を幻視する。

 処刑人が鋭く部下たちを声で叩く。

 

『怯んでんじゃねえ! 逆に殺されるぞ――――――――全力で撃て、アイツはヤバイやつだ!』

 

 同時発射。避ける箇所を与えない意図的な偏差射撃の輪舞曲は、恐らく彼らの練度と絆の賜物だろう。

 しかしカラビーナは撃たれた瞬間に大きく口を裂くと、まるで後ろに気絶でもするように倒れ込んでいく。

 

『何だアイツ、頭おかしいのか――――?』

 

 否。

 彼女のコートがふわりと、不自然な動きで彼女を押し上げると弾丸が通り過ぎていく。

 

 後ろに一回転をしている最中に銃口を向けた悪魔の笑顔が映る。

 

「皆さん、常識に縛られすぎていますね」

 

 発砲。5体、カーテンコール。

 どうやって癖を見つけたというのか、撃ち落とされたJeagerは全てMF。総勢20体の行動不能に陥った狙撃部隊がたじろいでいる。

 

 慄くJeager達を良いことに凄まじい速度で走り込みだした。急斜面をまるでブルドーザーのように雪ごと蹴散らして走る俊足は幾らI.O.P製でも理屈では語り切れない。

 

 処刑人が叫びながら前に飛び上がる。

 

「逃げろ、時間稼ぎくらいは何とかしてやる!」

「し、しかし!」

 

 口答えをしたJeagerにじろりと処刑人の瞳がギラつく。

 

「オレ達はもう負けてんだよ。ケツ拭きしてやるってんだ、行け」

 

 消える。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あなたはハイエンドモデルの方ですね?」

「よく知ってるじゃねえか、テメエは嫌いだったが今ちょっとだけ好感が持てた」

 

 処刑人の不敵な笑みは全くのハッタリ。さっきの斉射で直感的に処刑人は分かっていた。

――コイツにオレは、まず間違いなく勝てない。

 しかしハイエンドモデルがそうすごすごとも引き下がれない。

 

 軽口で一秒でも稼ぐ。プライドより人形のボディ優先だ。

 

「お前によく似たやつを知ってるよ、アイツもお前みたいにぶっ壊すのが楽しくて仕方ないって顔しやがる」

 

 しかし意外な効果というべきだろうか、カラビーナがその一言で目を見開いて固まる。

 

 勿論咄嗟に飛びかかった処刑人であるが、気持ち悪いほど細く伸びた外骨格の構えたKar98kが削られながらブレードを止める。

 

「あぁ――――――」

 

 その顔は嗤い、怒り、火照り、何より狂っている。

 瞬く間に目から色が消えたかと思うと、残ったKar98kが一斉に構えられる。使った二丁は既に諦めたのか、大きく十字に構えて盾に捨てる体勢をとっている。

 

「会ったんだね、あの子に」

「あの子?」

「そう、あの子。許せないなあ――――――」

 

 光り輝いていた鮮血色が凝固したようにドス黒く濁る。両肩を抱いた手がまるで気色の悪い物でも見たように激しく擦られ、奇妙な動きで身体を軽くよじる。

――ヤッべえなコレ、何か地雷踏んだらしい。

 

 見たこともない跳躍で処刑人に飛びかかってくる。重みが先程の走りとも段違いなのか、弾丸じみた衝突をしたKar98kに受け止めたブレードが妙な音を立てる。

 

「でも、あの子が許すなら仕方ない――――――縛ったり思うままにするのも好みじゃないからね。半殺しで勘弁してあげるよ」

「意味分かんねえこと抜かしてんじゃねえぞ、このキチガイが!」

 

 余った左足でカラビーナの身体を蹴る。

 

 ふっとばされた身体が宙に舞うが、すかさず打ち込まれた拳銃にカラビーナの身体が奇妙に捻れていく。

 

「ははっ。返す言葉もないや」

 

 そのまま弾丸を――――ブーツで横から絡め取る。

 異様な動きで弾丸を上に蹴り上げると、ねじった勢いで思い切り明後日の方向に蹴りつける。

 

「でもそれくらい好きなんだ、どうしようもないじゃない?」

「何処に撃って――――――!」

 

 直感的に処刑人が後ろに向くと――――未だ逃げなかったJeagerの姿。

 舌打ち。

 

「馬鹿野郎! 倫理より命大切にしやがれクソがっ!」

「僕に照準を向けるなら、蜂の巣にされる覚悟くらいはしておかないとね」

 

 ガサリと、コートが雪に向かって不自然に伸びる。そのまま浮き上がった身体をすばやく起こしたカラビーナは静かに直立不動の体勢に戻っていく。

――あのコートの中の外骨格か。

 

 キチキチと音を立てて袖先から構えられた銃が処刑人に向けられる。

 

「さて――――――――教えてください。あなたは何に生きて、どうやって死ぬのですか?」

「知るかよ。難しいことは手前が勝手に考えてろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「口の割には実力は並でしたね」

「わる、かったな…………」

 

 辛うじて残った左のカメラで睨む。少し動かせば左手を踏み潰された。

――何だこりゃ、勝てるわけがない。

 

 処刑人としては誤算どころの話ではなかったが、幸いなことに彼女はおしゃべりだ。今すぐフォーマットして、というには作戦として処刑人には価値が残っていた。

 この世のものとは思えない悍ましい眼光で処刑人を見つめる。

 

「しかしあなたのような人は好きですよ。足掻く、決断する、振り返らない。わたくし、そういう事が出来る方が大好物でして」

「ひと、じゃねえっての」

「まあまあ、そこはともかく!」

 

 胸に思い切り体重の乗せられたブーツが振り下ろされる。

 呻いた処刑人に息のかかる距離まで顔を近づけたカラビーナが問う。

 

「あなたの思惑通り部下は撤退できましたし、今すぐ殺すのが最善だとは思うのですが――――――僕には一つ、あなたに聞きたいことが有りましてね」

「………………」

 

 答える気はないという黙秘の表情。悪くない、とカラビーナは歪な笑顔をさらに吊り上げる。

 さながら悪魔。かつて白い死神と呼ばれた男が居たそうであるが、コレの場合は比喩ではなく本物の悪魔と言われても納得できてしまう。

 

 本質的に悪だ。純然たる悪。正義を持ち合わせようと、何処かが致命的に間違っている。

 

「いえ、あなたのプライベートのお話です。その僕に似ているというお方――――――元気にしていますか?」

「…………何でそんな事を聞きやがる」

 

 あれあれ、と首を傾げたカラビーナが、やがて納得のいったように手を合わせる。

 

「ああ、ご安心ください。グリフィン社の人形として聞いているのではなく、僕の個人的な目的で聞いているんですよ」

「どうですか? 相変わらずつまらなそうな顔をしていますか?」

 

――相変わらず?

 言い回しに違和感を覚えたが、しかしカラビーナの言う「彼女」は一応秘匿されている。おいそれと情報を流すべきではない。

 

 相変わらず表情の硬い処刑人に晴れやかに微笑む。

 

「そうですか、答えたくはないようですね。あの子はあっさりと仲間を売って後悔していましたが、あなたは違うらしい」

「まあ、元気だということにしておきましょうか。その方が僕としても嬉しい」

 

 雪に埋もれていく中、カラビーナの今までより数段機嫌の良さげな鼻歌が響く。曲名は魔王、処刑人はそのセンスに苦笑いしか出来ない。

――お前自体が魔王みたいなもんじゃねえか。

 

「ま、ギャンブルは強いぜ…………後な。お前が想像するよりは、多分楽しそうだと思うな」

 

 カラビーナの瞳が曇る。

 処刑人の最期ばかりの復讐だった。

 

「そうですか…………僕を置いて行っちゃったんですね、彼女」

「まあ良いや。それじゃあさような――――――」

 

 手に持ったKar98kが頭に突きつけられる前に、空いた左腕で拳銃をこめかみに当てる。

――最期くらい出し抜いてやるよ、どうせ安い命だ。

 

 ニヤリと笑った処刑人に、カラビーナが小さく下唇を噛む。

 

「じゃあな、イカレ人形」

 

 銃声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どうして殺したい相手ほど、勝手に死んじゃうのかな」

 

 降り積もる雪の中、そんな小さな非難が埋もれていく。

 しんしんと降り積もる雪は残骸たちを隠し始めていた。




【Kar98k】
自律型ハイエンドモデル。烙印システムは現在機能していないが、便宜上Kar98kと呼ばれる。
銃の複数所持を可能にする試作型外骨格をコートの裏に装備しており、Kar98kを同時斉射できる特殊な設計をされている。外骨格は独立してMFの運動のサポートも可能。その性質上、彼女以外にこの外骨格は装着できない。
一体で大隊を壊滅に追い込めるスペックを想定されており、彼女は達成した期待すべき試作人形である。


何で僕の描写イメージが「蜘蛛」なんだい!? 仮にも女性に対して大変失礼な神様だ、しかも書く時に聞く曲がHELLSING関連のBGMって…………僕を何だと思ってるんだ彼は。
…………えーなになに? 僕のモデルは伯爵とか防お空ゲーの元祖金髪ヤンデレ令嬢だとか、エッジ効き過ぎだよコレ。

地味にKar98kの装弾数を超えた射撃とかしてるけど、まあ皆気にしないから良いよね。うんうん、僕の話にリアリティは必要ないよ。
そもそもコートにKar98kを隠すのだって採寸厳しいからね、大目に見よう。


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理屈のないもの【前編】

誤解されてほしくないのですが、ウロボロスは彼女を「恋愛対象」とは見ませんが好敵手としては気に入っています。理由は終盤に分かる。まあウザいとは思うかもしれない…………(無数の銃声)。
言うほど性格も悪いところばかりじゃないし、「良い人形」に該当するかも。地味にかなり一途な方だし。

まあ悪役なんですけども。


「有難うございます…………」

「はい。是非感想を聞かせてくださいね」

 

 小さな袋を両手で持った一〇〇式が、僕をちらちら見るなりペコリと頭を下げて帰っていく。可愛いか…………?

 人形の休日の取扱というのは結構困るそうだけど、僕は中身が中身だから例外だった。とにかく前世でおざなりにしていたらしき嗜好に色々手を出すことにしている。

 

 裁縫、栽培、料理。まあ屋内で完結するとこんなものだけど、取り分け料理は他の人形から好評だったから続けている。ちなみに今日はプレーンクッキー、割と長蛇の列で僕も驚いたな。

 

 ニコニコと横から話しかけてくるスプリングフィールド。

 

「今日も好評でしたね」

「ええ。わたくしは別に美味しいとも何とも思いませんが…………まあ、こう欲しがられると多少は作る気にもなるものですね」

 

 いわく「味付けが家庭的」だそうだが、僕にはその家庭的とやらは縁がない。僕に家族だとか血縁者というものが居た記憶も無い、前世とやらはもうただの記録なんだから。

 

 だから作るものがそうだと言われても分からないけど、この程度でニコニコしてもらえるならそれに越したこともないだろう。人形の娯楽というか、息抜きや嗜好品がないのは前々から僕も気になってたしね。

 

「味覚に機能不全でも有るんですか?」

 

 スプリングフィールドが不安そうに此方を見る。

 

「ああ、いえ――――――わたくし。あまり自分でやって嬉しいとか、楽しいとか思う事柄が無いらしくて」

 

 恐ろしい話だが、僕は自発的な行動に感想が持てない。

 食べ物の味はわかるけど興味がないし、スポーツをしても疲れた事実だけを感じる。物を作っても達成感も特に無い。

 

 他物から提供されたものでなければ無感動と言っても良い。

 芸術とか、他人の情動、僕に向けられた明確な感情には興味が有る。それは善悪、好き嫌い何でも構わない。

 それらしい反応は出来るから知らない子も多いが、元人間のくせに僕は人形以上にお人形さんだ。

 

「それは…………不幸、とは感じませんか?」

「いえ? 一周回って何に感情を持つのか、という所を探すのは好きですよ――――――」

 

 好き嫌いははっきり持ってる。妙な話だ。

 

「だから――――――まあ、それこそ躰を重ねる。なんていう事には興味が有るかもしれないわ」

「ふふっ、冗談がお上手ですね」

 

 うわ顎クイをあっさり跳ね除けられた! なんて人形だ、こういう娘こそオトしたいよね!

 ちょいちょい口説いているのだが全くスキが無い、これは百戦錬磨の僕としては大変困った事態なんだよ。

 

 何が凄いってさ、ここから普通に会話に戻してくるところ。スルースキル高すぎる。

 

「そう言えばグローザさんとはそういうご関係なんですか?」

「痛い所を突いてきますね…………ッ!? 全然駄目です、何故かしら!?」

 

 こんな可愛い声で可愛い顔をした僕が口説いているのに一ミリも靡かないんだ、何故だ。彼女は誰とも誓約は交わしていないフリーの筈なのに。

 

「何でも手に入る訳ではないと思いますよ」

「顔も良し、声も良し、スキルも有ります。一体何が駄目なんでしょうか」

「そういう所かと」

 

 グサァ!? 若干気にしてるのに!

 ま、まあ脈ゼロって訳でもありませんから? はい、わたくし問題ないですよ、そんな傷ついてないし。

 

 脳内で言い訳大会を繰り広げていると食堂の扉を乱暴に開く音。蹴っているんじゃないか、というこの開き方は一人しか知らない。

 

「はいお邪魔しまーす――――菓子の匂いする」

 

 袖をまくった紅い上着。浅く被った威厳のない軍帽、射千玉の髪と瞳が印象的な男で、これが僕の指揮官だった。

 

 いつも通りポケットに手を突っ込んだまま、ズカズカとクッキーを頬張る一〇〇式達の前まで歩いて覗き込む。

 

「クッキーねえ。美味しいか?」

「え? は、はい。凄く」

「そうかい。そりゃあ良かったなあ」

 

 年不相応にキラキラと笑うなり、くしゃくしゃと一〇〇式の頭を撫でる。がさつ極まりない動作だが温かみが有るからか一〇〇式は縮こまって抵抗をしない。

 

 一頻り撫でて満足したようにこっちまで歩いてきた。相変わらずの猫背には溜息すら出る。

 

「今日も菓子配りか、精が出るじゃねえの」

「い、いえ。趣味ですから」

 

 スプリングフィールドがニヤニヤと此方を見つめる。何だい、僕だって苦手な人種は居る。

 取り分け男が苦手だ。がさつだからとか理由を一々つける気はなくて、単純に喋るのが得意じゃない。

 

 中でも指揮官は僕の苦手な男像にかなり近かった。

 

「俺にも教えてくれよ」

「えっ?」

「待っててくれ、ちょっとわーちゃんも呼んでくる」

「此方の了承は取らないのでしょうか!?」

「上官命令って事で」

 

 なんて理不尽なやつなんだ!

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!」

 

 わーちゃんのあからさまに焦った視線の先にはかなり殻の混じった黄身。

 

「わーちゃん、力を入れ過ぎです」

「わ、分かってるわよ」

 

 ぐちゃり。またやってる。

 わーちゃんの手付きはおっかなびっくりという感じで、卵一つを割るにつけても何だか手首がガチガチだ。そりゃあ慣れてないと殻なんて多少入るんだけど殻が粉々で混入どころで済まないのがワルサークオリティ。

 

 仕方なく後ろから覆いかぶさる。

 

「手の力、抜いてくださりますか?」

「良いわよ。自分で出来るし…………」

「まあまあ。卵も限られているのですから」

 

 背の差もあまりないからか、肩から顔を上手く出せなくてわーちゃんの匂いがする。何のシャンプー使ってるんだろう、後で聞いてみようかな。

 少しキツめの柑橘系の匂いにらしさなんて覚えながら卵を割る。

 

 しきりにこちらの顔を見て手がガチガチ。

 女同士で人形だって言うのに、僕じゃあるまいし。

 

「こうです」

「そ、そう…………」

「とはいえ料理とお菓子作りは手探りが基礎です。レシピ通りにやる過程でこういう事は模索していってくださいね」

 

 レシピ通りに作るにしても多少は慣れが要る。卵を溶けと言われても、素人は手付きも溶き具合もわからない。数をこなして覚えるものだ。

 

 逆上せたようなショート状態のわーちゃんは放置。

 こちらの作業に戻っていると、横で見ていた指揮官がニマニマとこちらに生暖かい視線を送ってくる。

 

「手は出さねえのか?」

「ちょ、わたくしが誰にでも手を出す売女かのように仰らないでくださるかしら!? 失礼な人ね!」

「初対面で俺にナンパしたのに?」

 

 うっ。だって顔はタイプだったんだもん。

 顔だけ見たら優男だし、押せばいけるんじゃないかみたいな…………。

 

「本命居るんだろ? もうちょっと自制効かせたほうが良いって」

「余計なお世話です。わたくしだって相手は選んでます」

「俺を選ぶセンスってつまり選ぼうが選ばまいがハズレを引くってことだから」

 

 出会った時から「女は損させたことしか無い」って妙な自信を持って言い切ってるだけ有って、自虐と言うより事実を言っているような趣を感じる。

 

 彼は一目で僕の正体を見抜いてしまった数少ない人間で、曰く「同類」だそうだ。意味の取りようは色々有るけど、間違いないのは彼はまっとうな人間ではないということ。

 あの代理人をボルトアクションライフル一丁で人形と撃退した姿は僕だって確かに見た。規格外だ、僕は少なくとも五丁持たないと勝てる気がしない。

 

「でも指揮官さんは正しい人ですから、わたくしの眼は間違っていない筈――――――です」

「正しいねえ、お前は俺に何を期待してるんだよ」

「銃口をちゃんと向けられる事、でしょうか」

 

 一般的な倫理観、正義観に基づいて言うなら僕の行動はとても正しいものじゃない。

 それは自覚がある。別に何でもかんでも自分が正しいと思ったことなんて無いし、良いことをしたつもりでも全然良くないことだって沢山あったはずだ。

 

「わたくしは一丁の銃。指揮官さんは、向けるべき相手に銃を向けられる人――――――少なくともわたくしはそう見ています」

「過大評価極まる~。俺は都合の悪いものをなぎ倒している覚えしかねぇ」

 

 それで良い。僕はこれでも一応、人類の味方をしたいと思う。原則として人間というものは憎からず思っているからね。

 

 とりわけ感情という概念は美しい。人はそんなよく分からないものでいつも色鮮やかに輝いて、死ぬ間際まで何かドラマチックな演出を魅せてくれる事がある。

 僕はない。残念だが、そういう人間らしさは微塵もない。僕はモノクロで、どちらかと言うなら死に際はつまらない方なのは確信がある。良い死に方が出来る生き方はしていない。

 

 でも、まあ好きなものを守りたいという感情くらいは在るわけで。

 

「…………難しいこと考えてる顔してやがんな」

「そうですか?」

 

 そうだよ、とあからさまにげんなりとした顔をするなり手で払う動作をする。

 

「お前、むかーしの知り合いに似てんだよなあ。ヘラヘラしてる癖に頭の中が超シリアス、中途半端に何でも出来る辺りもそっくりだ」

「随分具体的なそっくりさんが居るのですね。その方は今何処に?」

 

 指揮官は少しだけ窓の方を見た後、すぐに作業に戻る。

 返事は

 

「何処だろうな…………アイツ、急に居なくなっちまったし」

「またアイツとゲームしてえなあ、最近メジャーな推しも居るのに――――――――居るんだがなあ…………」

 

 と要領を得ない感じだったので、もう無視しておくことにした。

 聞くだけでいい言葉というのも、まあ世の中には沢山有るからさ。指揮官にも過去編の一つや二つ、回想するだけの猶予を与えて然るべきさ。出来る主人公はこういう気遣いからしていくものだよ?

 

 

 

 

 

 

 

「菓子作りむっっっっっっっっっっっっず!」

「レシピ通りにしないからですよ…………」

 

 書いてある通りにやっても勝手が分からなくても失敗するっていうのに彼と来たら。

 菓子作りなんて単純だ、本当に分量と書かれている通りに正確にやれば出来合いの味には絶対なるんだから。その先はもっと創作意欲旺盛な他人に任せればいい。

 

 頭を掻いて苦い表情で目を泳がせる。

 

「本当に仕事以外は――――というか何でも雑ですよね、指揮官さん」

「いーだろどうだって! 別に菓子作れなくても生きてけるっての!」

 

 まあそりゃそうなんだけど。そんな事を言ってる人がマトモだった試しはないと言うか、何というか。

 自分でも滅茶苦茶なことを言っている自覚があるのか、顔を逸らしてこっちを見ようとしない。呆れた人だ、僕から歩み寄れってことかい。

 

「別に手が空いた時で良ければ教えて差し上げますよ。そう気を揉まずに、ね?」

「断るッ!」

「まあまあ」

「………………チラッ」

 

 口で言うのか。珍しい人もいるものだ。

 

「其処まで言うなら教えてもらわんでもない!」

「はいはい、もうそれで構いませんから」

 

 手が掛かることこの上ない。別にほっといても僕は困りゃしないっていうのに、何でこんな下手に出てるんだ僕は。

 

――――ん? 何でだろう。

 僕らのやり取りをずっと傍から眺めていたスプリングフィールドがニコニコとして頬に手を当てる。

 

「お二人って本当に仲が良いんですね」

「…………何を仰っているのか全く」

 

 僕が? 指揮官と? 寝言は寝ていってもらおう。

 

「スプリングフィールドさん、冗談というのは面白いことで初めて許されるものだとわたくしは思います」

「でも付き合っていると言われたら納得してしまいそうです」

「まー確かに俺への態度は相当マシになったな」

 

 指揮官までおだてられて調子に乗ってしまっている。

 僕は確かに大抵の人間が持っている感情が好きだけど、だからといって誰彼構わず個人を好むと思われたらそれは勘違いと言うしか無い。

 

 特定の個人なんて、今の所たった一回しか好きになったことがない。

 

「お前、本当は優しいんだからあんまツンケンすんなよ?」

「…………ッ! そうやってナチュラルに言ってやった風にしたからと言ってわたくしが靡くと思ったら大間違いですからね!?」

「いや、そんな意図無いんだけど。お前男を意識しすぎじゃねえの? 早口で捲し立てるほどの内容かよ、今の」

「~~~~~ッ!? もう良いです!」

 

 

 

 

 

 

 

「また怒られた」

「指揮官はちょっと痛いところを突きすぎてしまうきらいがありますから」

 

 そういうもんかね。俺は至って普通に接してるだけのつもりなんだけど。

 片付けもせずにどっかに行ったKarに上から料理を教えられる俺とは一体。片付けまでやって料理なんじゃないんですかー?

 

 仕方なく冷水に手をかじかませながらボウルを手に取る。

 

「ちべてっ! まるで俺の懐事情ですわ」

「――――――それにしても、Karさん。随分と明るくなりましたよね」

 

 おもっくそ閉められた食堂の扉を見ながら、スプリングフィールドが感慨深そうに呟いた。

――まあ、最初は酷かったなあ。

 

 あの凍りついた瞳は今でも思い出す。血の色をした目のくせに、まるで氷のように凍りついた冷え切ったあの表情。

 アイツは間違いなく殺ししか知らない奴だった。恐らく喜怒哀楽も破壊でしか表現できなくて、下手をすれば愛情だって――――――壊すことでしか伝えられなかった。

 

「そりゃあな。俺がアイツにいくら貢いだとお思いで?」

「身も心も、とか?」

「いやそこまででは無いんだけども」

 

 俺はひと目見て、アイツに関しては可哀想だと思った。これは唯の憐憫だ、要するに良い感情じゃなかっただろう。

 アイツはヘリアンに紹介された俺を見て一言目に

 

『精々上手く扱ってください。貴方にはそれしか求めていません』

 

 と言い切った。何が怖いって、それが冷たく接してるとかではなくてアイツの自然体だったこと。アイツは血で体を温めなきゃ、感情の一つも湧かない人形だったようなのだ。

 

 それでもアイツが同類だと気づいたのは、やっぱりその瞳の何処かに『誰かに大事にされたい』とかいう、もうそりゃあくだらなさマックスの感情が見えてしまったからだと思う。

 まだ救いようは有るし、それはただの人形には思いつけない発想だ。後ついでに言うと、とても大事な感情だ。

 

「…………ホント、アイツだいぶ柔らかくなったよ」

 

 今回は手遅れにならなくてマジでよかったよ。誰の特別でもなければ、とうとう自分の中でも特別になれないまま生きるのを諦めたやつってのを俺は知ってるからな。

 

 ともかく。ああやってツンケンされるのも、実は言うほど悪い気分じゃないって話。氷ぶち当てられるよりは熱湯かけられた方が俺はマシだ。

 

「……ふふっ、指揮官。お父さんみたいですね」

「よせやい。俺はまだ10代だ!」

 

 10代でも結婚する方は居ますよ? というスプリングフィールドのキョトンとした顔つきの一言で俺は死んだ。

 何だよ前世も童貞でしたよいけませんかねえ!?




【Kar98k】
バイ、女好き、病み気味の面倒三連符を持った駄ヒロインの麒麟児。
口説くときはさながら百戦錬磨だが処女。男は意識するので苦手。
真っ直ぐで高潔な精神を好み、対する相手に求める。性格については、まあお察しください。言うほど、とだけ。
普段はナンパ癖を除くとご本人と違いはない。普通より少し背が高い。

【指揮官】
あいつ。ヒントは星。作中にもヒントいっぱい。
姉貴と大層キャラが被るので少しドライに。

【ウロボロス】
最近フルボイスを某nknkで見ましたが、これでラスボスキャラって中々すごいんだなアイツって感心してた。
本家の10倍ぐらい性格悪そうな感じで想定してください。


僕だって噛むよ、ああ噛むとも。何か駄目かい? 文字の中の人物だからって誤字らないなんて幻想はよそうか、僕だって恥ずかしいに決まってるじゃないか。返信で噛んだくらいが何だい、こっちは恥ずかしいんだから触れないでおくれ。お願い辞めていじらないで恥ずかしい。

――――あ~そうそう! 僕らって他の主人公と明確に違う点があるんだってさ!
というのも、悪感情が基盤で出来上がってる。例えば「弱者に生きる価値はない」とか「人生なんてつまらない」とか「次が有れば上手くやる」とか。人に言ったらアレだと思われる感じのやつね。
僕は独占欲とか「自分には何もない」とか。まあ所謂自己陶酔のたぐいが多いんだよ、だから尖ってくる。
結果がどうなるかと言うと、もうそれは僕達の問題だから彼は全く関係ないんだけどさ。

――――――誤魔化してないよ? ほんとだよ?


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理屈のないもの【後編】

そう言えば時系列は敢えてぐちゃぐちゃにしているので、この話が一体「あちら」で言うと何処に当たるのかはご自由にどうぞ。
書いてないことが多いので、幾らでも想像の余地は有ると思います。


「言わせておけば言いたい放題言ってくれるよ全く!」

 

 走り終えて遠い廊下、唐突にカラビーナはブツブツと居もしない相手に怒り出す。

 

――そもそも、男として見られているという発想が業腹だ。

 正確に言えば男としてではなく「恋愛対象として」だが、ともかく彼女は男のそういう所が以前からあまり好きではない。

 

 性別という観念が纏わりつくと途端に目が濁るものはそれなりの数いる。当然であり、通常だが彼女には耐え難い。

 彼女の場合は性別が恋愛の勘定にない故か、とりわけその様相には過敏で、同時に嫌悪が有った。

 

「…………まあ、過剰反応だったかな」

 

 息を吐いて軍帽のつばを触る。

 

 とはいうものの、彼女に関して単純に過剰反応と攻め立てるのも考えものとなる。

 人形は数多く居るとは言え、中でも彼女のような根本から中性的な人物は中々少ない。「その手の男」に妙にたかられてあまり異性に良い印象が持てなかったのだ。

 

「何が過剰反応だったのよ」

 

 後ろから声。咄嗟に彼女は答える。

 

「そりゃああんなに怒らなくてもって――――――――ひゃあっ!?」

「そんな驚かれても困るんだけど」

 

 思わず飛び退く。視線の先には、白けた顔ですっ転びそうなカラビーナに睨めつけるような表情のWA2000。

 しかし経験則で、それはただ目付きが悪いだけというのは何とか判断できた。急いで立ち上がってコートの埃を払いながら苦笑いする。

 

「い、何時から其処にいらしたのかしら?」

「言わせておけば~~の辺り」

「思いっきり最初からではないですか!? 言ってくださりますか!?」

 

 お忙しそうだったので、と意地悪そうに口端を吊り上げるWAを心底恨めしそうに睨む。瞳には覇気がなく、弱みを見られたからか少し潤んでさえ居る。

 

 露骨に話を逸らす。

 

「そ、それで何の用でしょうか。ワルサーさんが意味もなく走ってついてくるとは思えませんが…………」

「ふーん、まあ今のは不問にしといてあげる」

 

 優勢と見たのか強気なWAだが、カラビーナはさっぱり怯えた様子はない。

 

「用って言うほど大それた事じゃないんだけど…………一つ確認していい?」

 

 WAが顎に手を当てながら何度か確認を取ると、手探りのような様子でそんな事を言い出す。

 カラビーナは別段そこで意地の悪いことをするタチでも無いわけでも、少し引き攣りつつも笑顔で了承を返す。

 

「構いませんが、何でしょう?」

「今まで人形を二桁は食ったってアレホント?」

「…………そ、そそそそそそんな訳無いだろ!?」

「ないだろ?」

「あっいや――――――そ、そんな訳無いでしょう!?」

 

 明らかに狼狽したように手つきをあわあわとさせて拒否する。いつもの何処と無く冷めた空気感は何処へやら、真っ赤にした顔に慌て気味にパクパクする口、思わずワルサーが吹き出す。

 

 まるで図星を突かれてせめて人数だけでもちょろまかそうとしているように見えるかもしれないが、カラビーナは肉体関係は本当に持ったことがない。それはポリシーと言うか、やりたいようにやっていたら自然とそうなっていただけの話だ。

 例えば貞操観念がマトモであるとか、単純な両性愛とは別の理由があって歪んだ私情で関係を持つとかそういう含みのある表現とかでは全く無く、まあ要するに9割偶々だ。

 

 敢えて言うなら、そういう空気になると何度も「ある顔」を思い出したからかもしれない。

 

「誰が吹き込んだんですかそんな情報、全くのデタラメです!」

「誰と言うか広まってるわよ。別にアンタが嘘だって言うなら私は普通に信用するけど」

「嘘八百、尾ひれの付いた噂、真っ赤な嘘に決まってるではありませんか! 確かに関係を持ったのは二桁超えてますけど!?」

 

――えっ、付き合ったのは本当なの。

 WAが予想外の切り返しに困惑しているのだと露知らず、錯乱気味のカラビーナがオタオタと逃げ口上で自ら深手を負っていく。

 

「いや、キスで食べた等と仰るなら確かに二桁かもしれませんが――――――いやいやいや、それって食べたとは言いませんよね?」

「えっ、キスはしたの」

「えっ? まあ、お察しの通りフレンチじゃない方を。わたくしからはしてませんよ? はい」

 

 WAの顔が茹でダコのように真っ赤になる。

 

「ええ!?」

 

――待ってくれお察してないのか君は!?

 爛れたカラビーナの性事情に目を回しながら額に手を当てて首を振るWA。加害者の方は何がおかしいとあっけらかんとし始めた、慣れたやつというのはこういう態度を取るから面倒である。特に、変な感じで小馴れたやつ程こういう態度を取る。

 

 お互いにノーガードで殴り合う酷い会話が続く。

 

「淫れよ、淫れの権化よアンタ!?」

「失礼な! わたくしから求めたのでもないですし、何なら襲われかけた経験だって有るんですよ!? 一緒くたにして全部わたくしの淫れなんて乱暴な物言いをしないでくださる!?」

「襲われかけた!? はぁ~っ!?」

「ああいや、やっぱりこれも僕から誘ったりは全くしてないんだけど…………もうっ、君は何を話してももう駄目そうだな! 終わり! この話終わり!」

 

 

 

 

 

 

 

「…………淫れてる」

「はいはい、もうそういうことで構いませんよ。それでご用件は?」

 

 何故か廊下の隅に三角座りしてしまったWAをカラビーナが慰める絵面となってしまう。

 

――何でこんな付き合いが良くなってしまったんだ、僕というやつは。

 脳裏に状況をせせら笑いながら、ともかく己のやりたいように慰めに戻る。今やりたいことはそんな下らない変化で怖気づくことより、そちらにあった。

 

「その、指揮官とは――――――したの」

「してないよ!? しつこいな君!?」

「そう。というかその口調、素?」

 

 ぐっ、とカラビーナは唇を小さく噛む。

 

 というのも彼女には一応、体裁を取り繕うという概念が有る。最低限の一般常識とこの三度目の人生の過程で学んだことと言えば、取り敢えず「個体として女性に近いものが僕だの男のような口調を使うと、よく分からない顰蹙とついでに妙な男を寄せてしまう」という一点だった。

 

 元々意識して使い分けが有ったが、ボロが出た時に面倒事が時折起きたものだから、本来は徹底して言葉遣いを直している。今回はあまりに普段されない踏み込まれ方をしたための例外に過ぎない。

 

 大体引かれる経験則から適当に煙に巻こうとしたが、すぐにWAの言葉に断ち切られる。

 

「別にどっちでもいいわよ。言葉に関してどうのこうのって私が言える立場でもないし」

「とてもそう思う」

「アンケートみたいな文言でコクコク頷かないで頂戴」

 

――そっか。気にしない、か。

 素っ気ない感想を持ったつもりだったが、表情は少し緩んでいる。

 

「で、どんな口説き文句だったの」

「それはですね、『一目惚れしました、わたくしと愛を語り合ってくださらないかしら』でしたかね? いや覚えてないです」

「うわサムッ、しかもいきなりプロポーズ重っ」

「グサァッ!? テンションが上がるとついついこういう感じになるだけなんですよ!?」

 

 それが薄ら寒いと言っているのだが、まあそれは気づかぬほうが良いのかもしれない。言えば治ることでもないのだから。というか思っても言うものではない。

 

 WAの尋問じみた質問責めにどうにもこうにも業を煮やしたカラビーナが表情だけ笑いながら急かし気味に尋ねる。

 

「それで、要するに何でしょうか?」

「そんな暑苦しいナンパをするアンタの本命って、どんな奴なのよ?」

 

 尤もな質問だ。大体「本命」という言い方だってWAは傍から聞いていて妙だと思っていた。

 

 出会って数秒の男にちょっかいをかけた、という女が、ましてや本命とやらに何もしないだろうか。なにかしたらそれはもう本命というより、玉砕の相手だとか、恋人と言う表現の方が近いはず。

 何故指揮官が本命、とわざわざ言ったのかがWAは気がかりで話を始めたのである。

 

「…………それ、本当に聞きたい?」

「正直かなり」

「何言っても引かない?」

「多分」

「…………じゃあやだ」

「そこを何とか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………人がどう言うかは知らないけど、流れ星みたいな人」

「流れ星?」

 

 そう、流れ星。頷く姿は穏やかで、いつもの「振る舞う」それとも少し違う暖かさが滲む。

 膝を抱え込んだまま、小さく顎を乗せて思い出し笑いをし始める。

 

「良い悪いじゃなくて、しようと思ったことに真っ直ぐな人でした。繊細な癖に強がるし、誰と向き合っても一生懸命だし、何と言えば良いのでしょうか――――――――まあ、可愛らしい人です」

 

 答えたカラビーナの表情は少しだけ寂しそう。細められた瞳に、WAは何故かどきりとしてしまう。

 

 星は遠いもの、そう相場が決まっている。彼女にとっての流れ星も、やはり距離があまりに遠かった。

 彼女が最初に味わったことというのは、要するに自分は流れ星になどなれなかったという事である。流れ星は星だからなれるのであって、星を眺めてしまった時点で彼女は既に流れ星にも、星にもなりはしない。だって星は星など見ないから。

 

「あの人、届かないんですよ。一生懸命色んな事をしてみたんですが、あの人みたいに出来ない。何か足りてないって言えば良いのでしょうか…………」

 

 多くのAIを壊した。思うように鉛をぶつけた。それは彼女がしていたことだったし、そうすれば近くなるかと淡い期待が有った。

 

 得たものは、自分が思ったより化物らしいという虚しい認識。銃弾で肉を貫く事に高揚したわけでもなければ、錯乱したわけでもないのに彼女は動じなかった。

 同様に身勝手に振る舞うことにも何も感じなかった。結局、彼女が求めていたのは恐らく人間らしさ、等というふわふわしたもので、自分の内から得るものでは満足できないことだけを理解する。

 

「そうですね、あの人みたいになれないんですよ。また一人ぼっちなんだろうなあと思うとちょっと可哀想な気もします」

 

 どうしてそうなりたかったのかという大事な観点について、まるで考えている様子はない。ただその相手のことを考えているのだろうか、その度にカラビーナの口元は緩んでいて、それはもう余程好きで堪らないのだろうという事だけがWAには窺い知れた。

 いつもの煙に巻くような微笑と言うより、漏れ出たような笑顔。恐らく、WA以外の誰もが何度も見たことが有る顔ではない。

 

 盲目的ね、とWAは憐れむようにその表情を冷めた感情で一蹴する。

 戦場では悪魔か何かのようだ、と騒がれる人形だと聞いたことは有るが、その面影は此処にはない。此処に居るのは十も行かない少女のような、歪んで真っ直ぐな奇妙な恋慕を吐き出す人形だけだ。

 

「つまり、何。アンタはソイツの支えになりたいってことなの?」

「…………? そう、なんでしょうか」

「そうとしか聞こえないんだけど」

 

――そこまで感情垂れ流しにしてれば普通すぐ分かるわよ。

 あまりに自分を見ていないのだな、と何だかカラビーナに抱いていた印象が変わっていく。もっと、WAは大人びた人柄だと思っていたらしい。

 

「アンタは別にソイツに負けているのでもなければ、同じにならなくちゃいけない訳でもないわよ。それ」

「別にそんなつもりは…………でも、同じにならなくて良いのかしら?」

 

 えぇ、とWAは口を開けっ放しになりそうになる。

 

「アンタ、別に指揮官と性格一ミリも有ってないし、性別も身長も能力も趣味も全く合わないでしょ?」

「ええまあ、あんなのと合う訳無いじゃないですか」

 

 あんなの、なんてにこやかな表情で言われてしまうとWAは返答に困ってしまった。

 

「でも良いコンビよ。妬けるぐらいね」

「は? え、それヤダなあ」

「茶化さないで。要するに、それこそアンタがしたいようにソイツに手を伸ばせばいいだけでしょ、そんなの」

 

 真面目に聞いて損したわ、と少し怒ったような様子でWAが立ち上がろうとするのをカラビーナがスカートの裾を引っ張った。

 

 ムッとした表情で振り向くと、何だか心細そうに此方を見つめてくるカラビーナに咄嗟に言葉が出てこなくなる。つい顔を手で覆ってしまう最中、カラビーナが女を食い物にしているという理由はどことなく理解できてきてしまっていた。

 何度か視線を逸らしながら、消え入りそうな声で尋ねる。

 

「…………それで、大丈夫かな?」

「――――――――ッ! そんな事言ってる内は駄目でしょうね!」

 

 無理矢理を手を引っ張り上げて立たせる。

 

「知るわけ無いでしょ、アンタはまだソイツと何も始めて無いんだから! 始めてから考えなさいよ!」

 

――つい言い過ぎちゃったじゃない!

 怒鳴る相手も居ないまま心中で叫ぶWA。悪癖だとは毎度感じているのだが、こう焦れったい物を見ると口が滑って当たりのきつい物言いになってしまう。

 

 どう言い繕おうか、と既に素直に謝る選択肢を除外してしまう悲しい癖に辟易としながら逃げ道を模索する。

 咄嗟に視線を泳がしてしまうが、カラビーナが顔を近づけてきたかと思うとじーっとWAを見つめてくる。頬は少し紅い。

 

「な、何よ…………」

「いや、その………………ありがとう。今のWA、ちょっとだけカッコよかったよ」

 

 そう言うとすっと顔が離れてしまう。

 気づけば煙のように消えてしまっていたカラビーナに小さく安堵しつつ、紅潮する顔を覆いながらWAは悶え始める。

 

「アイツ絶対悪い女よ…………絶対危険なやつ…………」

 

 この後指揮官に見つかって一週間ほどからかわれたのはまた別の話である。




【Kar98k】
空気感に出さないがこれで純粋な性格をしている。というより子供みたい。
遠いものが好きで、ただ羨ましがる。近付こうという努力はしないし、しても近づけない。
その努力をする唯一の相手というのは――――。

数ヶ月前に書きました。今はBloodborneをしているので書いていません。
楽しい、人間犯すの大好きな実質ズーフィリア系上位者の諸君が好きです。ゴミ共が(ウロボロス系狩人並感)。
そういうのを書く可能性が「それホントかい!? という事はモォチィロォン! 僕も出番が」ないです。
「は?」
ないです。諦めてね。
「リスカしょ。。。」
あ、ちょっ!? 待って!?


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雷雨と化生

彼女とウロボロスの関係については代理人に霞むと読者は見ているようですが、この世界で正当ヒロインってこのアマです。
唯一「殺してやるべきだ」という共通意志を持つ、私の化身みたいな女ですので。

グローザのヴァレンタインボイス好き過ぎる!!!!!!!!


 その日の作戦は、言われてみれば最初からおかしかったのだ。

 グローザは静かに口元に手を当てながら考え込む。籠城戦は長くは続かない、彼女に与えられたシンキングタイムはそうもたもたとしていられない程度ということだけは確かだった。

 

 市街戦も、夜目の利かない夜戦も慣れたものだ。今回なんて彼女はダミー含めて総勢四体という所まで追い詰められてしまったが、それでも数の利を物ともせず時間を稼ぐ腕はエリートと呼んで相違有るまい。

 この瓦礫も何時まで保つだろう。

 

「どう出る…………? 弾も底が見えてる、多勢に無勢、天が見放すってこういうのかしら……」

 

 悲観的な字面を余所に声色は落ち着ききっていた。悲観と焦燥は死を呼び寄せる、彼女が死体を見続けて唯一学んだ真理である。

 

――今回は例外だものね。

 鉄血は、端的に言うと質に任せたゾーニングが多い。

 それはIOP製を遥かに凌ぐ耐久性か、生まれついての人形たる矜持故か。どっちでもいいことだ。

 

 後者であるならば、今回の相手に矜持はない。確実に一体ずつ、ただ作業のように始末したその部隊の根底にあるのは名誉でも、驕りでも、怒りでも、何でもない。

 あまりに単純過ぎる、「敵は殺すもの」という発想のみ。初めての事だった。

 

 気づけば銃声は止んでいる。

 

「無駄弾も期待したり出来無さそうだし…………」

 

 暗み行く思案に光の糸が走る。

 

 もしやという、可能性を辿るような賭け。成功率はきっと数える意味もないし、希望的観測甚だしい。絶望感に酔ったばかりの無駄撃ちに終わる可能性も頭に過る。

 静まり返った夜空を見つつ考える。道は八方塞がり。援軍は絶望的。夢と思い込むには硝煙の匂いが生々しすぎる。

 

 ならば1%でも。それ以下でも、進むしか無いだろう。

 雷雨は行き先など選ばない。風だけが、光明だけが彼女の進む道を知っている。彼女の思考に深い意味は必要なかった。

 

「媚びるついでにチョコレートでも投げておこうかしら」

 

 不敵に微笑み、お守りがわりの板チョコを瓦礫の外に放り投げた。

 瞬間、銃声の狂想曲。つられてダミー達が次々と月光の元へ躍り出る。飛び交う銃弾は光を散らして踊り狂う。

 

――今。

 二体目が血を吹き散らした頃に息を切ると、そのまま後ろへと走り出す。

 

 脇目も振らずに走る。苦し紛れの突撃などとはアチラも考えているわけもなく、すぐさま銃弾が飛び込んでくる。

――それは偽物。

 逃げた最後のダミーが潰れると同時に、今度こそ彼女が走り出した。

 

 作戦は功を奏したのか弾丸は飛ばない。恐らく事前のブラフに大抵が弾を尽きさせたのだろう。

 

「これなら――――――――」

 

 予感に思わず笑みの溢れる彼女の横を、光る鉛が通り過ぎた。

 

 失敗。グローザの額に思わず冷や汗が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「希望の光は、欺瞞の糸だったと嘯いた男が居ました」

 

 瓦礫から誰かが歩いてくる。詩を唄うように、ゆっくりと声を響かせながら、誰も居ない目的地に向かって歩き出す。

 

「ええそうでしょうとも、あなたが信じない希望の何処に真実が有りましょうか。希望とは自身が信じてこそ存在するもので、あなた自身が疑うならそれは欺瞞に違いない」

 

 鉄血が固まる。銃弾は不思議と止んでいた。

 

 異様な雰囲気。其れは割って入るように現れるなり、誰を目指すわけでもなく悠々と語り歩く。声は玲瓏で、しかし親しみ深く、同時に何処か耳障り。

 まるで調律のなっていないピアノのような何か。

 

「信じる者は救われるという言葉があるじゃないですか? 要するに、信じる対象がどうではなくて、あなたが信じるかが至上命題だと心得るべきというお話ではないかしら」

 

 指を振りながら得意げなシルエットが月夜に映り込む。

 

 後を追うコートからは奇妙なアームがちらつき、はためくような銀髪からは月光が演出のように吐き出される。手に取る銃の形に見覚えは有ったが、誰の記憶に当てはめてもあまりに大きすぎる。

 ステップでも混じりそうな人差し指が消えると、くるくると回された古臭い銃がきらきらと光を零してゆっくりと鉄血達へと銃口を近づけていく。

 

「その点、グローザさん。あなたは正解です。己を信じたのか、天に祈ったのか、それともそれとも――――――まあどうでも良い事ね」

「ともかく、あなたは大正解。ジャックポット、何せわたくしが通りかかってしまった。これは天か、あなたの意志か、もしくはもっと凄いものが今あなたに生きろと命じたということに違いありません」

 

 きちきち、と気色の悪い駆動音と共に、女の背中から無数の銃口が現れる。コートを食い破ったように、コートが生きて蠢いているようにもグローザには映るが真相は闇の中。

 

 事実としては、グローザは直感的にそれを「敵」だと感じてしまった事だけである。

 

「あらあら、情報にないと皆さん大焦りのようですね。死ぬ前に心残りは消して差し上げます、わたくしは残党」

「昨夜消えたある研究所の生き残り。シグナルはまだ機能に組み込まれていないもので、今しがた。漸くグリフィンへの連絡手段が見つかったところよ。わたくしも今宵はツイているようですね」

 

 さて、少女は他愛のない話を咳切るように前置いて、トリガーに細い指をかけた。

 

「機体No.319。仮称『Kar98k』、あなた方の生き様だとか、帰りを待つ人とか、矜持とか、まあそういった下らないものはぜーんぶ端に置いておいて」

「わたくしの為に死んで下さい。邪魔ですから」

 

 銃声の五重奏が鳴り響く。

 

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

 

「ああ――――――あなた、あの時の」

 

 次に彼女と出会ったのは、S09地区での事だ。

 月光に映る姿も確かに気色悪くも惹かれるものがあったが、昼下がりの陽気の下でもやはり変わりない。グローザは元からそれに加点はしていないが、少し妙な人形という感覚はやはり抜けなかった。

 

「グローザ。えっと、ああ。あの時のですか」

「随分なご挨拶ね。モーゼル社のお嬢人形って会食でもしてあげないと会った事も覚えててくれないの?」

 

 あーいえいえ、と手を振って訂正が入る。

 

「いや、わたくしは『この子は抱きたい』と思ったことしか大抵覚えてないので」

「嗜好のひん曲がった野獣って事ね、分かりやすくて助かるわ。ありがと」

 

 とんでもない暴露をされた割にはグローザは反応が薄かった。恐らく二徹明けだったのも大きいし、最初の印象から碌なものじゃない事は察しがついていたからだろう。

 

 まあ思って口に出すだけならセーフ。そんな凄まじい演算処理を行って何時も通りに挨拶代わりの全力ストレートを投げる。

 

「そうは言うけどあの暗闇で私に何を見出したのかさっぱりよ、普通に」

 

 カラビーナはそれまでの近寄りがたい雰囲気から一転してニコニコと早口で喋りだす。

 

「良い女性はですね、何と言っても顔を見ただけで分かります! グローザさんは100点です!」

「ふーん。襲ってきたら普通に蜂の巣にする予定なんだけど、今後は仲良くして大丈夫かしら」

「全然大丈夫ですよ、オトせばいいだけなので!」

 

――あなたには多分オトされないわね。

 今の一言で確信したので、その後彼女とは時々会話するようになった。実際彼女は肉体関係は持たない主義者なので、グローザはある意味その直感に従ったことが大正解だったと言える。

 

 

 

 

 

 

 

「へ~、あの頃のKarとお友達になるとは。グローザには頭上がんないな」

「趣味嗜好の範囲よ。別に感謝される謂れもないわ」

 

 グローザはやはり平常運転でスッパリと言い切ってしまう。

 というより細かい押し引きというのは基本的に面倒くさい。彼女は思ったことを率直に喋るし、相手もそれをそのままそうかと言う。それが一番シンプルだし、何より結果は同じでより簡単だ。

 

 指揮官はそう? と聴き直すので

 

「そうよ」

 

 とだけ答える。

 

「あの頃の全身果ては舌まで剃刀みたいだったKarを知ってる俺的には、まあ感謝すべきとこなんだよな」

 

 剃刀、まあそれはあまり否定する所ではないだろう。当時のカラビーナを形容するには本当にそれで正解だった。

 

 しかしグローザが少し顔を顰めて意外な反応を示す。

 

「そうでもないわよ」

「ん?」

「あの時から聞けば大抵教えてくれたし、遊びにも行ってたし。別に私に限らず声を掛けられたらとも答えてたわ」

「え、マジ?」

「嘘は言わないの、あなたが一番知ってるんじゃない?」

 

 まあ言いませんね、と指揮官が唸る。

 

 そもそもグローザから見ると、最初からカラビーナは「おかしな人形」では有ったがそれ以上でもそれ以下でもない。

 センスがズレているなんて誰にでもあることで、グローザに映るのは普通に笑うし、そこそこ怒るし、恐らく自分だけか極一部かでは有るが普通に甘えてくる。

 だとすればもうそれは、ただの人形としてのカラビーナだ。

 

 元々、グローザには指揮官の言う「冷たいなにか」が一度も感じられてない。

 

「料理も来たばかりの頃に教えてもらったわよ。別に普通の子だと思うわ、ちょっと嗜好と欲に問題は有るけど」

「…………はぁ。アンタ凄いなあ」

「普通じゃないのかしら、コレ…………」

 

 感心する指揮官にグローザが逆に困惑していると、ゆっくりと開いた扉から見慣れた軍帽が映る。

 

「何でしょうか。二人してわたくしの話なんてして、褒めるなら眼の前で褒めてくださりますか? 嬉しいので」

「「別に褒めてはない」」

 

 カラビーナがその場で崩れ落ちた。




【OTs-14】
CUBE作戦と同一人物。いろんな基地にゲストになってるイメージ。
優秀なのは勿論のこと、Kar98kが「最も救うに値する」と断言する「矜持」を持ち合わせる人形。かなり仲のいい指揮官が居るイメージ、彼氏ではない。
Kar98kの雰囲気に流されないので辛辣だったり、ズバズバ物を言う。
相手の性格にもよるが、変な面倒臭さの無い立ちふるまいでもあるだろう。Kar98kとはドライに見えるながら仲が良いようだ。


グローザか。あの子はねえ、何と言うんだろ。難しくないしカッコいい。
言動の枝葉じゃなくて趣旨をしっかり汲んでくれるし、後あんな感じだけど意外とマメにプレゼントとかくれるよ。アレはモテるね、間違いない。
後時々先約とか入ってると拗ねる、あの顔は全人類が見ておいて損はないよ。

僕は見たこと無いけど恐らく女の顔をするとギャップで大抵殺せるね、是非とも僕もそういう夜も仲の良いご関係で可愛い顔を拝m(突然の銃声により記録終了)

死ぬかと思った!?


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