英雄の剣に憧れた私が剣に生きるのは間違っているだろうか (美久佐 秋)
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第1章:剣の創造主
prologue:境界の創世


 はじめまして、アルジャーノンです。
 今まで読み専でしたが妄想が膨らみに膨らみ、さらに肥大化した結果、この作品を投稿することになりました。
 更新頻度などは特に決めておりませんので出来次第、または書き溜めしつつ投稿という形でやっていきたいと思います。よろしくね。
 まずは「prologue」だけです。
 もう既に厨二病入っているかもしれないですが、許してください。


 まだ私が幼く物心がつき始めた頃、両親に誕生日プレゼントとして買ってもらった、子供向けの英雄譚をいくつか綴られた一冊の本。

 

 姫を攫ったドラゴンを一人の剣士が討伐し、後にその姫と結ばれたドラゴンスレイヤーの物語。

 巨大な足に潰されかけた一国を、雲を跨ぐ巨人から救った天馬を駆る騎士の物語。

 大陸を滅ぼしかけた瘴気をありとあらゆる魔を祓う魔法の杖で治してみせた、大賢者の物語。

 世界を滅ぼそうとする邪神を女神から受け取った神剣で神殺しを成し遂げ、世界を救った勇者の物語。

 

 その本に綴られた物語は子供向けのものだけあって、全てハッピーエンドで終わる架空の物語だったけど、確かにその世界には英雄がいて、私はその英雄達と彼らが担う“英雄の剣”に魅せられた。

 

 それが私の原点である。

 それから「英雄の剣とは」と、考えないことは一時たりともなかった。

 

 幼い頃の私が思ったのは、英雄の剣を理解するにはまず剣の担い手になる必要がある、と幼いながらもしっかりとした思考から出されたものだった。しかし、その考えが出たのは「カッコイイから」などという、今思い出せば微笑ましく感じるような感情からだった。

 そうだ。英雄とは、カッコイイのだ。そしてその英雄が使う“剣”もカッコイイ。

 だから、そんな私が剣を執ったのも誕生日プレゼントを受け取った時からの必然だったのだと言えよう。

 

 それからと言うものの、私の人生は剣のためだけに注がれていた。

 日々のダンスのレッスンも。人の上に立つための勉強も。民が暮らすために必要な農業も。

 全ては剣のため。その一心で私は貪るようにあらゆる知識を蓄え続け、剣を振り、英雄の剣について考え続けた。

 今思えば、その頃の私がやることは全て常軌を脱していたのだろう。およそ子供の思考ではない。だが私の精神が成熟していたというわけでもなかった。ただただ私は憧憬を追うために狂っていたのだ。それも理性的に。

 だが、それで私はよかった。今の私はその理性的に狂い、狂い続けた研鑽の上に立っていると断言できる。

 ただしこれだけは忘れなかった。

 全は一、一は全。

 全ては剣のために、剣は全てのために。英雄の剣に憧れて剣を執った私の剣は誰かのためにあると思い続けた。

 

 そして私の剣の術理が完成したのは齢18歳の時だった。

 

 剣閃は流水の如く、空を斬り裂き、音を置き去りにし、その理は円環と循環の上に成り立ち、豪と柔を制し、全てを流す。

 大気と大地。人と物。あらゆるものが区切られ、森羅万象に同一のものはあり得ない。この世は境界に満ち溢れているのだ。

 ならば何かを斬れば、それは世界で初めてその切り口を作ったのは私となり、同時にそれは境界の創世となる。

 だから斬殺とは生命という一個体を構成する肉体という名の枠──境界が崩れ、そこに宿る魂が溢れ落ちた結果に過ぎず、斬ると言うことは矛盾しているようでいて、同一であるが故に斬ると言うことは境界の創世に落ち着くのだと、私は思う。

 故に、己の得物は己自身だ。

 なぜなら己は常に己で在るだけで境界を創世しているのだから。

 それが、私の剣であり、私という英雄が使う「英雄の剣」だ。

 ただその術理に最も合う、形ある武器は“刀”だったという理由で私は刀を愛用している。

 

 故に、私はこの時点で「英雄の剣とは」という人生の命題に答えは出ている。しかし同時に、私自身が英雄ではないことに気づいた。そして、もう既に手遅れであることにも、だ。私にはなれなかったのだ。

 

 だから私は「英雄の剣」を創る、英雄を導くような精霊として生きよう。

 そう、新たなる命題を己に課した私が、この世で剣が最も振るわれる街───迷宮都市オラリオに足を踏み入れ、鍛冶神と名高いヘファイストス・ファミリアに身を置こうとしたのは当然と言えば当然なのだろう。

 だから私は毎日鉄を打ち、英雄に相応しい「英雄の剣」を創世する。

 

 それが私───シュヴェルト・エル・ジークハイルの日常だった。

 

 

 




2019.1.27に本文、主人公の少し剣鬼じみた言動の部分に手を加え、鍛冶師になったという事が分かるように修正致しました。


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episode.01:パーティ

 一般市民の多くが住む住居や酒場、または宿屋が多数居並び、現在は迷宮探索から地上へと帰ってきた多くの冒険者で酒場が賑わっている。

 そんな夜の雑多に溢れた西のメインストリートの一角。

 見た目麗しいウェイトレスが揃い、料理も美味しいと評判で今日も賑わう『豊饒の女主人』。

 店内には多くの冒険者が席を埋めているが、そのうちの一つにはつい先日ランクアップを一ヶ月半という驚くべき所要期間とミノタウロスの単独撃破を果たし、下級(駆け出し)から第三級の冒険者に昇格した白髪赤目が特徴の少年とその彼のサポーターである小人族の少女が座り、その傍らにはヒューマンの可愛らしい少女と凛とした雰囲気のエルフの麗人。

 

 今回の主役である彼はこの店に来る多くの冒険者たちが料理を食べるのと同じ、いやそれ以上に彼女たちに会いに来た言っても過言ではないウェイトレスの少女たちを二人も侍らしていた。

 しかし今日は無礼講だ。

 他の冒険者は少年が噂の世界最速兎(レコードホルダー)やらLv,1での猛牛単独撃破を成し遂げたやら、噂を肴に酒を飲みながらも不躾な視線をぶつけるが、店主が金を落とす代わりに許したのだから誰も文句は言えまい。

 

 つい先程、ここに来るまでに娯楽という名の好物を食べようと追いかけて来た神々からの逃走劇を成し遂げた少年に銀髪の少女は人気者ですね、と微笑みかけてくる。その言葉に少年は妬みや興味からの視線は居心地が悪い、と返した。

 

 少年──ベル・クラネルは女将ミアの勧めもありお酒に挑戦、手には既にエールのジョッキが握られている。

 小人族の少女──リリルカ・アーデは果汁(ジュース)を。

 銀髪の少女──シル・フローヴァは柑橘色の果実酒を。

 エルフの麗人──リュー・リオンはお水だけをと言ってそれを貫き通すつもりらしい。

 挨拶代わりに二言三言程言葉を交わした彼らはすぐに乾杯とそれぞれのグラスをぶつけあった。

 

 そうして料理が運ばれて来るようになるとベルに向けられていた視線もなくなり、彼は安心したようにホッと一息つく。

 彼らはこの一時を楽しみ始めた。

 

「さぁ、ベルさん。沢山お飲みになってください。今日はベルさんが主役なんですから。それとも、何かお食べになりますか?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ベルが気付けばいつの間にか隣に座っていたシルはせっせとせっせと甲斐甲斐しく世話を焼き始める。こっちですか?それともこれですか?とお皿に料理を盛って、酌を取る姿はなんとも愛らしい。それに呆気にとられる少年ベルはシルの逆側の隣に座るリリの笑顔に戦慄する。そんなベルの様子もシルはとても嬉しそうにニコニコと笑っていた。

 

「なんだか……すごい機嫌が良さそうですね、シルさん」

「そう、ですか?」

 

 お酒のせいか、それとも少し興奮しているのか。うっすらと上気させている頬に手をやった彼女は照れ臭そうにはにかんだ。

 

「私のお手柄というのは烏滸がましいのかもしれませんが……あの本をベルさんに渡したことでお役に立てた、と思ったら、なんだか嬉しくて」

 

 ベルが本という言葉を聞いて思い浮かべたのは『魔道書(グリモア)』のことだった。確かにその本を渡してきたのは、時々こうやってあざとい言動をとるシル・フローヴァだ。

 

 一瞬、他人のものを使ってしまった罪悪感にベルは苛まれるが、それも彼女の熱っぽい視線で吹き飛んでしまった。瞳を見つめて上目づかい。さらに微笑みの二連続攻撃。耐女性のアビリティが低いベルには効果抜群だった。

 

 ベルの顔は正直なのか頬の筋肉が緩まりかけるが、それはもう一人の隣に座る少女に引っ張られることによる痛みで強制的に引き締められてしまった。そんな二人の間に挟まれたベルはこの状況、というより自分の顔がどうなっているのかちょっと気になってしまうのは仕方がないだろう。

 そんな彼を救ったのは今もちょびちょびと水を口に含むように少しずつ飲む、エルフのリューであった。

 

「ですが、本当におめでとうございます。よもやたった一人で【ランクアップ】を成し遂げるとは……どうやら、私はあなたのことを見誤っていたようだ」

「い、いやぁ……い、いろいろな人に助けてもらった、そのおかげですよ。リューさんにだって、僕は……」

「謙遜しなくていい。Lv.2にカテゴライズされるモンスターの中でも、ミノタウロスを倒したことは壮挙と言うべきです。クラネルさん、貴方はもっと自分を誇っていい」

 

 そう語るリューの視線と表情は真剣そのもので、凛々しい眼差しがベルを見つめる。

 ベルは内心、僕は誉めちぎられるのがどうやら苦手らしい、と照れ臭くなっていた。そしてそれは表情にもバッチリと出ていた。

 少し赤くなった顔をうつむけて「ハイ……」と呻いたような声を絞り出すのが精一杯なベルを見て、そのことを察した少女はクスクスと微笑ましい感じで笑いかける。さらにリリにも畳み掛けるように可愛く微笑みの表情を向けられたベルはとうとう弱り切って若干肩を縮こませてしまった。

 

「クラネルさん、今後はどうするのですか?」

「?」

「貴方達の動向が、私はいささか気になっています」

 

 リリ達との会話の後、苦いお酒と格闘するベルにリューは先程よりも引き締まったような真剣な表情で問いかけてきた。そんな彼女の質問について特に何も考えずに明日からの予定──ミノタウロスとの戦いで壊れてしまった防具をリリと一緒に買いに行くつもりだと、ベルは答えた。それについてリリは申し訳そうに、下宿先の仕事が立て込み同伴できないことを伝える。

 

「え、そうなの?」

 

 リリは小さな体をさらに申し訳そうに縮こませた。

 それを見たベルはいつもお世話になっているなら仕方がない、気にしないでほしいとだけ伝え、今後の予定について考え込んだ。

 

 ベル一人でも購入自体はできる。目利きは上手くいかないかもしれないが……勉強だと思って明日行ってみようかな?と結論が出掛けると、シルに買い物について行ってもいいかと突然言われ、予想だにもしていなかった彼女の言葉に素っ頓狂な声をあげる。

 ついでに隣のリリはぎょっとした後、眉を釣り上げ、その大きな栗色の瞳で威嚇体制に入った。

 

「ど、どうしてまた?」

「私もそろそろ買い出しに行かないといけなくて……お邪魔かもしれないですけど、ベルさんがよろしければ、一緒に買い物をして回りたいんです」

「いけません、ベル様!シル様はきっと勝手のいい荷物運びが欲しいだけです!ええ、リリにはそんな魂胆見え見えです!このままではベル様が骨の髄までしゃぶり尽くされてしまうでしょうっ、断ってください!」

「な、何もそこまで……」

 

 言わなくても、と言葉を続けようとしたところ、ベルは彼女が前科持ちであることを思い出した。この酒場に最初に誘われた時……さらには皿洗いを手伝わされた時……。しかし、彼女の頼みなら荷物持ちくらい全然構わないと考える一方、ベルは一方的に断るのも気が引け、リリとシルの講義と微笑みの板挟みにどうしようかと判断に窮していると、シルの背後に影が迫る。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ」

「うきゅぅっ!」

 

 斜め下に振り下ろされたトレイが容赦無く、ズパァン、とシルの後頭部を叩く。その衝撃で変な声を出してしまったシルは見下げる女将を恨めしそうに見上げた。

 だがそんなシルのあざとい表情すらミアはここでは私が法だ、と一蹴し、リューに明日シルのことを見張るように命じる。そしてその返事も聞かずに踵を返し、カウンターへ戻っていった。

 他の客の気持ち良さそうな大声がベル達を包み込む。ばつが悪い沈黙がしばらく続き、やがてシルはベル達の方に向き直った。

 

「ベルさん、私、傷物にされました。どうか頭を撫でて慰めてくれませんか?」

「さぁベル様!何はともあれ明日はお一人(・・・)で良品を見つけてきてくださいね!リリは期待してますよ!」

 

 よよよ……と期待した眼差しを向けるシルと、やけに「お一人」を強調するリリ。

 ベルはリリとシルが不仲にならないか心配になった。

 

「クラネルさん、その後は?」

「え?」

「装備を整えた後、どうするつもりなのか、そう聞いています」

「どういう……意味ですか?」

「そうですね、端的に聞きましょう。クラネルさんとアーデさん、貴方達はダンジョン攻略を再開させる際、すぐに『中層』へ向かうつもりですか?」

 

 その言葉を聞いてベルはやっとリューの言いたいことを掴みかけた。

 パーティを組んでいるベルとリリの二人は顔を見合わせ、彼女に向き直る。

 

「ひとまず、11階層で今の体の調子を確かめようと思っています。もしそこで攻略が簡単に進みそうだったら、12層までは足を伸ばすつもりです」

「ええ、それが賢明でしょう」

 

 ランクアップ後と前の身体能力は比較にならない程に格差がある。通常の経験値(エクセリア)を神が拾い上げ、アビリティに反映させるのとは比べ物にならない。壁を超えた先にある恩恵は実際に経験した者にしか計り知れず、ランクアップを果たしたベルも同様だ。

 その力の確認と、調整が必要となる。

 ただベルはアビリティオールSに加えて、限界突破を成し遂げたという経歴を持つ。ランクアップ後の恩恵は他の冒険者よりも大きくなるだろう。

 

「差し出がましいことを言うようですが……中層へもぐることはまだ止めておいた方がいい。貴方達の状況を見るに、少なからず私はそう思います」

「つまりリュー様は、ベル様とリリでは中層に太刀打ちできないと、そうお考えなのですか?」

「そこまで言うつもりはありません。ですが、上層と中層は違う(・・)

 今更口にすることではないと思いますが、各個人の能力の問題ではなく、ソロでは処理しきれなくなる。中層とはそういう場所です。

 アーデさんがどれほど助力できるのかは私もわかりませんが、クラネルさん一人では、モンスターやダンジョンの地形に対応が追いつかないでしょう」

「では、リュー様は……」

「ええ、貴方達はパーティを増やすべきだ」

 

 パーティ……と、ベルは内心呟いた。

 ダンジョン攻略には攻撃、防御、支援の連携が機能するの体系の三人一組(スリーマンセル)が基本だと言われている。少なくともギルドではそれを推奨しているし、ベルもアドバイザーであるエイナから説明はされていた。

 それでもいままでソロ、そして後に紆余曲折あってリリがサポーターとしてパーティを組むことになったのだが、それまでソロで潜っていたのは単純に組んでくれる仲間ないし知り合いがいなかったのだ。

 

 ヘスティア・ファミリアはベルがLv.2になったと言っても未だ零細ファミリア。他ファミリアの零細ファミリアの眷属と協力する、という考えもあったが何かトラブルが発生しても対応できない、という懸念からその案は断念。

 それ故にベルは細々とソロで攻略を地道にやっていくしかなかったのだった。

 

 話は戻るが、仲間が一人増えるということは、個人の力が大きく向上ふるよりも、パーティにとって遥かに有意義になるということだ。

 冒険者経験のあるリューのベルとリリだけのパーティでは、これからのダンジョン攻略に差し当たって厳しいものがある、そう判断したが故の助言である。

 

「でも、リュー?ベルさんとリリさんだけなら、逃げ出すことは簡単なんじゃないの?人数が多いと、逃げ遅れる人も出てくるんじゃあ?」

「シルの言うことも一理ありますが、逃走を図るということは、既に追い込まれた後という意味です。最初から窮地のことを考えるより、その局面に遭遇しないことを考えた方が建設的だ」

「なるほど……」

 

 ベルは思わず感嘆の声を漏らす。

 リューの言葉はベル、そしてリリとっても大いに説得と納得を預けるものであり、二人は一考すべきと確認しあう。

 

「万全を期すべきです。貴方達は少なくともあと一人、仲間と言うべき存在を見つけた方がいい」

 

 リューの言いたいことを理解し、噛み締めながらもどうしようかと悩み始めたベル。なにせパーティを組んでくれる当ても、知り合いもいないのだ。

 ベルはこめかみの辺りを押さえ、はぁ、と溜息を吐いた。

 

「はっはっ、パーティのことでお困りかぁっ、【リトル・ルーキー】!?」

「へっ?」

 

 突然、思わぬ方向からの大声とその言葉の内容にベルは素の声を溢した。

 声の主は他の客と同じように酒をあおる冒険者のうちの一人。仲間の男を二人引き連れ、間抜けな顔をしたベルの下……正確にはリューの下へと近づいて行き、背を向けている彼女の真後ろで立ち止まった。

 よく見ると彼らは頬や額に傷跡の多いかなり厳つい容貌で、ベルは無条件で尻込みしてしまう。そんなベルの内心をよそに、彼らは自分本意に話を進めようとし始めた。

 

「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだってなぁ?なんなら、俺達がパーティにてめぇを入れてやろうか?」

「えっ!?」

 

 見ず知らずの筈の赤の他人がいきなり自分のパーティに誘うとは、ファミリア間の接触はトラブルを起こしやすいというのに、どういう了見なのだろうか。彼らの視線の先を見れば一目瞭然なのだが……しかしベル。そんなことは忘れて警戒することもなく、ただただ戸惑うことしか出来なかった。

 

「ど、どういうことですかっ?」

「どうもこうも、善意だよ、善意。同業者が困っているんだ、広ぇ〜心を持って手を差し伸べてやってるんだよ。ひひっ、こんなナリじゃあ似合わねぇかぁ?」

「い、いえっ、別にそんなことは……」

「だぁろぉう?助け合いってやつだ、助け合い〜ぃ。それに今、話題かっさらってるお前さんなら、俺達のパーティに入れても構わねえし……なぁ!」

 

 お酒の強烈な吐息がベルまで届き、思わず仰け反りそうになる。隣ではシルも苦笑を浮かべ、元々冒険者が嫌いだったリリに至っては不機嫌そうな表情を隠そうともしていない。

 冒険者を背後にするリューは被害は甚大なのだろうが、そこは慣れか、はたまた存在すら忘れて意識していないのだろうか。エルフの彼女であれば今の冒険者の匂いは充分嫌悪に値するものだったが……リューは動じず椅子に座っている。

 そんな様子に気を取られたベルはやっと段々と雲行きが怪しくなってきたことに気づく。

 

「それで、だ!俺達がお前を中層につれてってやる代わりによぉ……この嬢ちゃん達を貸してくれよ!?こんのえれぇー別嬪のエルフ様達をよっ!」

 

 ベルは内心で「うわぁ、うわぁー」と呻いていた。本当にこんな絡み方があったのか。これでは時々よくわからない神の言葉のうちの一つ、テンプレ、というやつではなかろうか。

 そんなことを考えながらも、ベルはとっくに彼らに見切りをつけていた。

 

「俺もエルフに酌を受けてみてぇんだよ、なぁわかるだろ?お前さんがいくら払ったかは知らねぇけどよぉ、仲間なら助け合い分かち合いが基本だ!そうだろう!?」

 

 そう言いながらも酒臭い冒険者達はベルと一緒のテーブルに座る少女達と麗人に欲情の目を向ける。

 これはダメだ、とベルは判断を下す。

 それにこの場にはシルやリリ、リューがいるのだ。ベルは『男』を見せる場面!と意気込み、立ち上がろうとした。

 

「いい。結構です。貴方達の手は、彼に必要ない」

 

 しかし、それよりもリューの拒否と軽蔑の視線と言葉が送られる方が早かった。

 

「……おぉ?何でだい、妖精さんよぉ?俺達じゃあソイツのお守りを務まらないかい?」

「ええ、だから帰りなさい」

「ひひっ、おいっ、聞いたかぁ!ぽっと出の新人(ルーキー)相手に、俺達は足手纏いだとっ!逆じゃなくてよ、はっはっ!?」

 

 男達の哄笑。立ち上がる機会を唸ってしまったベルは腰を上げるのか、下げるのか判断に迷う。

 

「嬢ちゃん、俺達はこれでもずっと前から中層にこもってるんだがよ?」

「そうでしたか」

「あぁ、Lv.2さ。俺達全員、な」

「わかりました。では、失せなさい。貴方達は彼に相応しくない」

 

 ビクリ、と豪快に笑っていた男の表情にヒビが入る。

 不穏な空気が立ち込めるのが鈍感なベルでも流石に理解できた。

 

「……嬢ちゃん、そんなに俺達は頼りねぇかい、そこのカスみたいなクソガキよりよぉ?」

 

 一歩近付いた冒険者の男は、自分の左手をリューの肩に置こうとするがベルは、あ、と思い出す。

 エルフは認めた相手じゃないと肌の接触を許さないということを。

 

「触れるな」

 

 リュー・リオンの動きは、正に電光石火。少なくともそれをベルは目で追うことはできず、持っていたエールの大ジョッキはいつのまにか消えて無くなり、気づけばリューの手の内にあり、閃くような速度で右肩に担ぐように後ろに振る。

 そのままであれば、冒険者の手が見事容器の中に収まり、最後には腕をあらぬ方向へと跳ねられて痛みに悶えていたところだろう。

 しかし、そんな彼女の行動を止める第三者の存在がこの場に現れた。

 

「穏やかじゃないなぁ。ここは楽しくお酒を飲む場所じゃないのかい?」

 

 

 



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episode.02:出会いと思惑

「穏やかじゃないなぁ。ここは楽しくお酒を飲む場所じゃないのかい?」

 

 突如現れたのは、鮮血のような真紅の瞳を持ち、月のように光を反射する銀の長髪を後ろで尻尾のように一纏めにした長身の男だった。

 格好は冒険者には見えず、艶美で妖しげな雰囲気を纏いながらも、その容姿や立ち振る舞いは超越存在(デウスデア)と言われた方がまだ納得できる。

 

 ベルもこの男が着る服がお金持ちな人が着るような高品質なものだということはわかった。だがその気配は、まだ(・・)人に近い。

 だからこれから冒険者の男へ制裁を下そうとしていたリューが、さらにこの酒場にいた誰もが彼に気づかなかったのは異常だった。

 

 意識外からの第三者の介入に反応出来なかったリューは咄嗟に警戒態勢へ入り……瞬間、ターゲットを変更して立ち上がりざまに手刀を振り抜く。

 

「うぇいっ!?」

 

 しかし、実際の被害を受けたのは冒険者の男であった。突然体が浮き上がったと思えば、そのまま酒場の外へと放り投げられたのだ。その冒険者は道の端へと脳天から地面に落ち、その衝撃で意識を失っている。仲間の冒険者達もその目の前で起きた出来事に訳もわからず、一先ず外の仲間の安否を確かめに行った。

 

 そして店内に張り詰めていた不穏な空気は消えて無くなり、代わりに目の前の正体不明の男に視線が注目される。

 その中で一番驚いていたのは、彼に手刀を振り抜いたリューであった。

 

「……」

 

 ベルとリリには見えなかったが、この酒場で働く見た目麗しいウェイター達には見えていた。

 振り抜かれたリューの手刀に彼の右手がスッと並行に添えられたと思えば、そのまま動きに合わせるように手を引かれ、彼女の力はどこかへ流されてしまった。

 かと思えば彼の左手はリューの肩に手を置こうとした冒険者の手へと伸び、掴んだ瞬間に引き、態勢が崩れたところを巻き上げた。

 そしてLv.4並の力で外へと投げ飛ばされる。

 

 店の第三級ないし第二級冒険者以上の実力を持つウェイター達は客達に悟られないよう、警戒を強めた。

 リュー・リオンが今もLv.4の恩恵が残っている元第二級冒険者であったと知っているが故に。

 そんな彼女達の内心をよそに、正体不明の闖入者は何処吹く風で騒ぎの当人達へと話しかけた。

 

「大丈夫だったかい、お嬢さん達。それとそこの少年」

「は、はい!」

「ダメじゃないか。パーティのリーダーは君なんだろう?彼も言っていたじゃないか。仲間なら助け合い分かち合いが基本だ、と。

 ならばまだ仲間となっていない今、最終的な判断を下す君が断らないと。まぁ『男』を見せようとしたところは良かったから、なんとか及第点かな」

「はあ……」

 

 ベルはそんなことを言われ、当然困惑した。言っていることはまともであったが、何を評価されているのかが要領を得ないし、なにより釈然としない。

 それよりも側から見れば、急に現れたこの男は結果的にベル達を助けたものの、怪しすぎた。彼が何者なのかが、その何もかもが正体不明だった。

 少なくともベルはオラリオに来てから彼を見たことはないし、今もウェイター達は警戒を続けている。他の酒を飲んでいた冒険者も何が起こるのかと、面白いものを見る目で注目を集めていた。

 

「あれ?変な空気にしてしまったようだ……取り敢えずミアさん。今日は彼に用があって来たんだ。いつものお酒と適当につまめるものを頼むよ」

「はいよ。リューっ、固まっていないで接客しな」

「は、はいっ」

 

 いつもの、というようにこの男はこの店に来たことがあるらしい。だが、銀髪赤目というかなり目立つ容姿の彼が何度も来ているのであれば、ウェイター達は覚えているはず。はずなのだが、彼女達は彼の顔に見覚えはない。

 しかし、女将ミアは知っている様子だった。ならば彼女自ら接客をするような人、もしくは知人?と疑惑を抱き始めたところ、そちらに気を取られすぎたことで、ミアからの叱責が飛ぶ。

 肩をビクリと震わせた彼女達は一先ず店主の知り合いなのだと自分の頭に納得させ、営業へと戻っていった。

 

「……お待たせしました。ミア母さん曰く、いつもの、だそうです」

「ふふ、そう警戒しなくても何もしないさ。取り敢えず、ありがとうと言っておくよ」

 

 酒瓶をとグラスを受け取り、男はリューの警戒を解こうと微笑みかける。その細められた目に秘められた虹彩はベルの瞳よりも更に朱い、鮮やかな血の如く。

 魔石灯の光を反射し、輝く様はまるで月光のようで、後頭部で束ねられた銀糸の長髪は肩よりも更に下まで降ろされている。その長さから予測するに、束ねてある髪を解けば腰にまで届く長さなのだろう。その容姿も相まって女性のようにも見えるが、身体つきと姿勢、何より男性特有の色気というものが漂っており、さらに束ねてあることで見えるうなじがそれを引き立てている。

 

 所詮、彼は魔性を孕む類の色男であった。

 

 正面に座り、鼻歌を奏でながらツマミを待つ男をリューは観察しながら先程のことを思い出す。

 といっても彼のやったことは先程説明したように、それを簡潔に言えばリューの力を完全に流し、それを利用して冒険者を投げ飛ばしたのだ。それも手刀を繰り出したリューに対して一切の負担を掛けずに、だ。

 

 まるでダンスを踊るようにリードされ、引き寄せる彼の手は繊細な陶磁器を扱うかのように優しく、気遣いに溢れるものだった。

 予想外からの登場の仕方だったので反射的に攻撃を繰り出してしまったが、触れられたことに対してエルフ特有の嫌悪感は殆ど沸かなかった。

 それを自覚したことでかつての仲間の言葉を思い出していたのもある。しかし、何よりもリューはそう錯覚させる程の技巧に魅せられていたのだ。

 どれほどの鍛錬を積めばあのような真似ができるのか。触れられた手の感触も皮が厚く、正に剣士の手だった。己の信念を真っ直ぐ貫く、剣士の手だった。

 彼に才能があったとしても、その技量はきっと相当な量の時間と愚直な努力の上に成り立っているのだろう。

 彼女の中に燻る正義の心が、彼は信頼できる人格を持ち得る人だと判断した。

 

 そして彼女は気づかない。

 自分が一人の女性として、目の前と男と踊ることを一寸たりとも嫌がっていないという事実に。

 

「あの、さっき僕に用があると言ってた気がするんですけど……」

 

 ベルはこの場の空気に耐えきれず、取り敢えず騒ぎを大きく掻き乱した本人に何か話の話題を、と期待して話しかけた。

 

「まぁまぁ、そう焦らないで。取り敢えず自己紹介をしよう。と言っても君の名前は知っているよ、ベル・クラネル。君の主神、ヘスティアは元気にしているかい?」

「は、はい。今はまだ零細ファミリアで少し不自由な暮らしですが、神様とリリとで頑張っています」

「そうか、それはよかった。彼女は少し……いや、結構怠惰な性格をしているからね。私が所属するファミリアに居候していた時には私の作った料理を気に入ってくれていたからさ。神がいくら不変だと言え、無事かどうか確認したかったんだ」

「あはは……」

 

 思い当たる節がありすぎたベルは彼の言葉に苦笑する他なく、そして彼のファミリアに居候をしていた、という点が気になったベルはそれについておずおずと聞いてみた。

 

「君……だと、余所余所しいかな。ベル、と呼ばせてもらうことにしよう。

 まぁベルの予想通り、私が所属するファミリアは神へファイストスのところだ。用というのも、二人の女神から頼まれたことなんだけどね。お世話になっている主神とかつて世話をしたことのある友神に頼まれては、鉄を打っていたかった私としても断れなかったよ。彼の処女神はたいへん庇護欲を掻き立ててくるからさ」

 

 神ヘスティアはリューにとって、同僚の将来の伴侶と己の中で確定しているベルの主神である。怠惰な性格をしているということは初めて聞いたことだが、同僚のことを任せられる程に信頼できるベルの主神が信頼する人物であるならば、彼はベルにとっても信頼できる人物だと考える。

 さらに神へファイストスの眷属だという点も後押しした。

 彼の鍛冶神は神格者としても知られており、その眷属である彼も同様に人格者であろう。

 

 彼を信頼できると判断した私は間違っていなかった。

 話の筋が見えてきたリューはそのように結論付け、後の判断はパーティリーダーであるベルが決めることであり、私が口を出すことではない、彼自身に任せることが為になる。

 そうリューは考え、半歩分椅子を引いた状態で見守ることにした。

 

「まぁ、気持ちはわかりますけど……」

 

 神ヘスティアはたいへん庇護欲を掻き立ててくる、という彼の言葉にはベルも同意せざるを得なかった。

 あの小さな身長に母性の塊のような胸部装甲。ベルは何度男として殺されかけたか分からないが、守らなければと使命感のような内なるものを燃やすことも何度もあった。

 そんな彼女が友神と呼ぶへファイストスを頼るのは、最近ではベル自身のことに関してだった。

 へファイストス自ら鍛えた神のナイフ(ヘスティア・ナイフ)然り。

 

「その用、というのはもしかして……」

「そういうことになる。まぁ、改めて名乗らせてもらおうか。

 ヘファイストス・ファミリア所属 Lv.2────」

 

 思考が追いついたベルはリューの言葉もあり、彼の処女神と鍛冶神の神意に思い当たる。

 

「────名をシュヴェルト・エル・ジークハイル。

 パーティメンバーとして、これからよろしく頼むよ、リトル・ルーキー」

 

 そう言って礼をとる彼の姿は、まるで物語に登場する貴族のようだった。

 

「シュベルト……?」

「シュ、ヴェル、ト、だよベル。団員達からはシュベルトかジークハイル、またはエルって呼ばれている。ヘファイストスや椿……ファミリアの団長などの親しい人達からはジークって呼ばれているけどね。ちなみに二つ名は【剣霊(エル・スパーダ)】だよ」

「エル・スパーダ、ですか」

「あのエル・スパーダですかっ!?」

 

 ベルとは対照的にリリはその二つ名に聞き覚えがあったのか、まるで有名人に会ったかのように驚愕し、勢いよく音を立てながら席を立つ。ただそれが恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて静かに腰を下ろした。

 

「そう。まぁランクアップしたのは五年前だからさ。そちらのお嬢さんは知ってくれているようだけど、君はオラリオに来てからそう長くはないと聞いているし、知らないのも当然だろう」

 

 そう言ったシュヴェルトは全く気にした様子はなく、情報に疎いベルの為にリューは彼の名前と二つ名のことについて思い出したように口を開き、聞いたことがあります、と続ける。

 

 シュヴェルト・エル・ジークハイル──剣霊(エル・スパーダ)

 

 曰く、Lv.2でありながら鍛冶神を含めなければ迷宮都市(オラリオ)最高の鍛冶師と言ってもいい単眼の巨師(キュクロプス)に匹敵する鍛冶師である。

 曰く、剣姫(けんき)猛者(おうじゃ)に自ら己を凌ぐ剣の腕の持ち主であると認められている。

 曰く、ベルの前に最高記録を更新したヒューマンである。

 曰く、神々が認めた剣の精霊である。

 

 レベルから逸脱した実力を持つ剣士兼鍛冶師。

 五年前にシュヴェルトが所要期間半年という驚異的な記録を叩き出した時は神々は歓喜し、もし器に実力が追いつけばどうなるのか。そう神と人も誰もが認め、注目される存在だったという。

 

「そんなに凄い人だったんですか……」

「まぁ五年前の話だよ。と言っても、ランクアップしてからは冒険者として剣を振るうのではなく、鍛冶師として剣を鍛えていたんだ。だからステータスのアビリティ値が上がらないのも仕方がないんだろうけど」

 

 リューの話はベルにとって大いに興味を引くことばかりであり、特にあの剣姫に実力を認められているという点がかなり気になった。それと同時に疑問と不安も抱いたが、それはシュヴェルトの話を聞くことであっさりと氷解した。

 そのベルの疑問と不安というのは、半年という最高記録を更新したほどの人物がさらなるランクアップを果たすのにこうも時間がかかるものなのか。そしてランクアップが早ければ早いほど次のランクアップは難しくなるのでは、というものだった。

 

 そのようにベルが思ってしまうのも仕方がないことなのだろう。なにしろベルはシュヴェルト以上の記録を更新してみせた世界最速兎(レコードホルダー)なのだから。

 

「しかし、ステータスのアビリティがあまり上がらない理由はそれだけではないでしょう」

「リューさん……?」

 

 ベルはそのリューの咎めるような視線と声音に困惑した。

 今の会話のどこにこんな一瞬で不穏な空気になるようなことがあったのか。ベルはリリに助けを求めて視線を向けるが逸らされ、シルは綺麗な口元から笛を奏でて明後日の方向を向く。

 そんな彼女達の様子にそんなぁ、と肩を落としたベルは鋭い風のような雰囲気を纏うリューに恐る恐る声を掛けた。

 

「それで、リューさん。どうしたんですか?」

「……あなたもこの話は聞いた方がいいでしょう。

 これはギルドの公式記録ですが、ジークハイルさんの攻略区域は13層から24層。つまり中層を、ミノタウロスや他のモンスターが群れとなって襲ってくるような階層を一人(・・)で探索していたのです」

 

 リューの言葉のモンスターが群れとなって襲ってくる、という部分でミノタウロスの群れを想像したベルの喉からひゅっ、と空気が抜けて声にもならない音が漏れた。

 そして何か恐ろしいものを見るかのように、そーっと視線をシュヴェルトに移す。

 

「なに、簡単なことさ。アビリティを効率よく上昇させるにはより上質な経験値(エクセリア)が必要だ。そしてそれを得るためには自分と同等、または格上の相手を倒す必要がある。

 だから私は中層にまで潜ったまで。なにせ私は上層ならば恩恵のない状態で攻略できるのだからね。上層で得られる経験値(エクセリア)など微々たるものだった。

 それにランクアップはもっと大変だったよ?キッカケとなったモンスターは宝石樹の護り手たる木竜だったからさ。……さすがに24層までいった時は椿も一緒にいたけど」

 

 今度こそベルは絶句して、その喉からは音すら漏れなかった。そんなベルの両隣に座るリリとシルは先程まで触らぬ神になんとやら、という姿勢を取っていたのだが、打って変わって流石におかしなものを見るような眼差しをシュヴェルトへ向けていた。

 そしてリューはその情報を知っていたおかけで精神的ダメージは少ないものの、何かを堪えるように口と目を閉じていた。

 

「ヘファイストスは私の実力を認めてくれて18層までの進出は許されていたんだけどね、椿も一緒だったから行けるんじゃないかって……思いの外探索が順調に行って調子に乗った私達は下へ下へと潜り、宝石樹を採取しに行ったんだよ。

 で、グリーンドラゴンを倒した私は晴れてランクアップさ。地上に帰った私達はその祝杯を二人で上げる気分だったんだけど……流石にヘファイストスもこれには激怒してね。椿共々、極東の正座というものを一晩中させられたのを覚えているよ」

「……クラネルさん。ミノタウロスを単独撃破したあなたはジークハイルさん程ではありませんが、充分に自殺志願者と思われる行動を取っている。決して、彼のようにはならないでください」

 

 呆れた様子で、それでいて切実な思いで念を押すリューに勢いよく首を縦に振ったベル。そんな様子に満足したのか、リューの雰囲気が少し優しくなった。

 

「して、話は戻させてもらうけど、私をパーティメンバーとして迎え入れてくれないかい?」

 

 この空気で急に何を言うのか。ハッ、もしやアイズさんとは違う類の天然なのではっ!?

 そうやって混乱し、先程の冒険者のこともあり慎重になっていたベルは少し考えさせてくれ、と言葉にしようと向き直ると、そこには『剣』があった。

 いや、それには語弊があった。『剣』を差し出すかのようにベルの瞳を真っ直ぐと見据えるシュヴェルトがいた。そしてやっと気づく。ベル・クラネルはシュヴェルト・エル・ジークハイルの剣の一端を理解する。

 

 常在戦場。

 

 いつも戦場にいる気持ちで事に当たれ、という極東の言葉だが、この人の場合は逆で、戦場においても日常にいる気持ちでいるのだ。だからこの人の剣はこんなにも自然なのだ、と。

 

 そして息を呑んで押し黙るベルを見て、悩んでいると思ったリューは後押しするようにこう語る。

 シュヴェルトはLv.2とされており、さらに噂が真実であれば【剣姫】と【猛者】が認める程の剣技の持ち主だ。そしてLv.4の恩恵の力を受け流す程の技量を持つ彼の噂が真実であることは自分が保証します、と。

 

 神ヘスティアの神友である神ヘファイストス、その眷属であり、ヘスティア自身の知り合いでもあるならば、人格者であることはほぼ確定している。そんな彼以上に良いパーティ候補はこれからに出会いでもない限りは現れないだろう、と。

 

 リューさんはLv.4の恩恵をっ!?と、何か聞いては不味いことを聞いてしまったような感覚をベルは覚えたが、それについては取り敢えず棚上げすることにしながら、自分達に絡んできた冒険者を軽々と放り投げたことを思い出す。

 それから分かる通り、シュヴェルトという冒険者が自分と同じレベルでありながら自分よりも遥かに強い人物だ。少なくともベル自身リューの攻撃をああやって無効化どころか何も出来ないで倒されるのは確かである。さらにLv.1の頃から中層を探索していたシュヴェルトが居てくれれば、自分達の迷宮攻略もスムーズに進むだろう。

 そしてベル達にとって未知の領域である中層を知っているということが心強く、なによりいつも負担を掛けていると考えていたリリの重荷が減ってくれるだろう。

 

 そんな、パーティに加われば自分達にとって良い事尽くめとなるシュヴェルトにベルは本当に良いのか、と思い悩み、再び『剣』を差し出す……実際はそんなことはせず、普通に座っているだけなのだが、そんな雰囲気を纏ったシュヴェルトにベルは視線を向ける。

 

 ただベルに向けられた思いが『(スキル)』としてシュヴェルトの背が熱を帯びるが、それをベルが知ることはない。ただシュヴェルトは『剣』を差し向けるのみ。

 

 だからもし、ベルがアイズからの特訓を受けていなければ『剣』には気づかなかっただろう。おそらく、これに気づかなければこちらから頼んでもパーティを組めなかったかもしれないことにも。

 だからベルは風の少女に感謝して、ありがとう、と告げながら剣を手に取る。

 

「おめでとう、ベル・クラネル。君は資格を得た」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 正式にパーティを組むことになったベル、リリ、シュヴェルト、そしてリューとシルを交えて酒、もしくは果汁(ジュース)か水を呑み交わす五人は宴の席で親睦を深めるため、お互いのことを話しあった。

 するとベルの使用していた装備の製作者──ヴェルフ・クロッゾがシュヴェルトの弟分だということが判明した。そしてベルは目の前に鍛冶師がいながら他の鍛冶師を紹介してくれと、失礼を承知で頼み込んだ。

 それについてシュヴェルトは笑って許したがやはり罪悪感が重く伸し掛かったのか、ベルは自分がどういう思いでそのようなことを頼んだのか誠意を持って語る。

 

 つまり、ヴェルフ・クロッゾが製作した防具はランクアップの決め手となったミノタウロスの単独撃破の時、自分の命を砕け散るまで護ってくれた思い入れのあるものだ。だからこれからもその人が良ければ防具を作って欲しい、と。

 

 それを聞いたシュヴェルトは清々しい思いで頷いた。

 ならば私がヴェルフを紹介してあげよう。そして、それは彼に伝えてあげれば凄く喜ぶだろうから直接言ってあげてくれ、と。

 

 酒の席を別れ、そして翌日にはシュヴェルトの仲介でベルはヴェルフと会うことができ、ヴェルフ自身ベルのことを気に入ったことで二人は専属契約を結んだ。さらにヴェルフもランクアップして『鍛冶』のアビリティを獲得したいという思いもあってパーティに加わることになり……───

 

 ベルの願望。

 リリの心胆。

 ヴェルフの意地。

 そして、シュヴェルトの選定。

 

 ───様々な出会いと思惑が重なったことでパーティを組むことになった彼らは、新たなる仲間達と共に中層へと足を踏み入れた。

 

 




 ここで原作4巻の範囲は終わり、次話から5巻の中層編へと突入します。
 4巻では神会などのシュヴェルトがどうしても出せない場面は結構省いたのでこんなに早い展開となりましたが、次からの話では色んな人や神の視点でも出そうかと考えているので、中層編は少し長くなるかもしれません。それでも原作の5巻分の文章量には届かないかもしれませんが。

 私も気をつけてはいますが完璧ではないので誤字などがあれば、よろしければ報告お願いします。


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episode.03:聖剣

 太陽の輝きが市街を超え、オラリオの街並みを照らし出す。

 この大都市の中央に位置し、真下にある迷宮(ダンジョン)に繋がる穴を塞ぐ役割も持つ白亜の塔が、最新の迷宮情報やミッションなどをいち早く獲得するために冒険者達が集う荘厳な万神殿(パンテオン)が、広大な円形闘技場(アンフィテアトルム)が、暖かな朝の色に染められていく。一日の始まりに都市の住人達は既に活気付き、多くのヒューマンと様々な耳をした亜人(デミ・ヒューマン)が街路を行き交い、徐々に賑わいを膨らましていた。

 そして北西と西の間の区画、メインストリートから少し離ればその人々の喧騒がさざ波の音のように届く場所にある、白塗りの煉瓦で建てられた二階建の西洋館。

 その大きく、ハウスメイドの手入れが良く行き届いた庭を見下ろせる一室の窓際の席に二柱の女神──朱色の髪を揺らすロキと鮮やかな紅髪に眼帯を纏ったへファイストスが歓談がてら朝の食事を取っていた。

 

「こんな朝早くからすまんなぁ、ファイたん。押しかけるような真似してしまって」

「ま、構わないわよ。今日は一人で過ごす予定だったから、偶にはあなたと朝食っていうのもいいわ」

 

 ロキの知る神々の中でも比較的……いや、かなりまともなヘファイストス。そんな彼女がファミリアの団長と共に今、シュヴェルトにご執心となっていることは割と有名な話で、この館もシュヴェルト自身が持つ個人的な住居である。

 

「それにしてもいつ見てもでかい館やな。西洋館っちゅう造りで、名前は白銀の館(ホワイト・パレス)やったな?」

「えぇ、あなたの拠点(ホーム)程ではないけど、ジークと私と椿、あとハウスメイドが住むにはかなり広いわよ」

 

 この白銀の館(ホワイト・パレス)

 頭上から見ると本館は『L』の文字のようになっており、それを対照的にして小さくした別館がある。そこがハウスメイドが住まう場所となっており、『口』の文字の左上と右下の箇所を離し、渡り廊下で繋がれた構造だ。

 そしてその中央空間にある中庭には、白塗りの煉瓦には不釣り合いな紅い煉瓦の建物がポツンと建てられており、そこがここ白銀の館(ホワイト・パレス)の本命で、シュヴェルトが鍛冶をする工房となっている。

 

 ───El.Spada───

 

 軒先に取り付けられた木製の看板。そこに彫られた文字はシュヴェルトの故郷のものであり、筆跡などはどうやっても真似できないためにシュヴェルトはこの文字を【剣霊(エル・スパーダ)】のロゴタイプとして使用している。

 シュヴェルトの知人の中でも限られた人物にしか渡していない、そして彼以外にオラリオで作れる人はいないと言われる『聖剣』が真作であることの証だ。

 

「ヘファイストス・ファミリアの団長に並ぶ程の腕前で、ジークハイルだけが造れる『聖剣』は選定された人だけが持つのを許される。……剣の精霊とは、上手いこと言うわ」

 

 精霊とは神々がまだ下界に降りていなかった時、英雄達に力を貸していた存在だ。神の分身、そして同時に神に最も愛された眷属(こども)でもある。物語に出るような英雄の武器の代名詞となる『聖剣』を造れることも由来ではあるが、同時に鍛冶神であるへファイストスが自分の眷属であるシュヴェルトにその二つ名を贈った意味を神々が悟るのは容易だった。

 それにヘファイストスにはロキ自身、ランクアップをシュヴェルトが成す前からどのような思いでいるのは聞いていたし、その思いがどれだけ本気なのかその程は充分に理解し、面白そうだという理由が半分以上あるのは否定しないが応援している身でもある。しかしだ。しかし幾ら何でも同じような惚気話を何度も聞かされるのは辟易してしまう。

 だから何かこの恋する友神を弄れるネタでもあれば少しは仕返しができるというもの。

 今日ここにロキが来たのも眷属達の殆どが『遠征』に行き、それを埋める暇つぶしついでに何か面白いネタを探すためだった。

 

「おっ、これ美味いなぁ」

「でしょ?これもジークが作ってくれたのよ」

「ジークハイルが?」

「えぇ。とても美味しいでしょ?偶に教わりながら作ることはあるんだけど、なかなか上手にできないものね。でも、ジークがフォローしてくれるからなんとか料理自体は作れたわ。

 ただ調味料の分量を間違えてしまってね。包丁の扱いならいつものようにすれば良かったから大丈夫だったんだけど、それだけ間違えてしまったから少し変な味になってしまったのよ。でも美味しかったわ。きっと共同作業で作ったおかげね。

 それとあと───」

 

 

 あかん、藪蛇やったわ。

 友神としてその恋は応援するがこれだけは勘弁してほしい。でも聴かなかったら後で不機嫌になるし、これからも『遠征』にはファイたんのとこの子供貸してもらいたいし、なんか面白いネタが聞けるかもしれん…………と、色々考えたロキは結局、友神の惚気話を聞いてあげることにした。

 

 そして数分後。

 

「───でね?ジークって女好きで色んな女の子を口説くけど手だけは出さないのよ。理由を聞いてみたら、美しい女性の美しいところを言うのは然程おかしいことだろうか、ですって。ジークにとっては口説いているつもりはないみたいなのよ。ただそれにコロッとやられる子が多いのよね……」

「……」

「私も口説かれたのよ。その時の言葉は今でも覚えてるわ。あ、勘違いして欲しくないけど、私が惚れたのは口説かれたからじゃないわよ?ジークの目標に直向きな姿に惚れたの。鉄を打っているのも格好いいんだけどね?」

「……」

「それで私も椿もその気持ちは伝えているんだけど、答えはしばらく待ってくれって言われたのよ。で、私達が焦れちゃって色々誘惑しているけど全然反応がなくてね」

「……」

「別に本命の女でもいるのかって思ったけど、そんな様子は見せないし」

「……」

「それとも私に魅力がないのかしら」

「……」

 

 結果、ロキはヘファイストスの話を顔を引きつらせながらテーブルに突っ伏していた。

 

「って、聞いてるの?」

「…………ハッ、あぁ、うん。聞いてる聞いてる。聞いてるで。

 それにしてもファイたんに誘惑されて手を出さへんとか、嘘やろ。女神らしく綺麗やって。うちやったらそのおっぱいを揉みしだきまくるのに……」

「ロキ?」

「まぁ……ほんまに何にも反応がないんやったら案外本命の女がいて、隠れて会ってたりするんかもな。でもそんな気配はないんやろ?

 だったら他のことに夢中にでもなってるんちゃう?剣とか」

「……」

「……あれ、ファイたん?まさか、心当たりでもあったん?」

「いいえ、知ってたら私は今頃工房にこもっているわよ。ほんと、私と椿があれだけ誘惑しても引っかからないなんて……一体どこのどいつなのよ」

「……フレイヤ?」

「………………ありえるけど多分、違うわ」

 

 かなり間はあったが肯定するのも恐ろしく、否定するしかなかった。明言できないところがあの女神の恐ろしいところである。今も「ふふふ……ごめんなさいね。我慢できなかったのよ」と言う様子が想像できた。

 ロキも同じようなことを想像したのだろう。あの女神ならやりかねへんからなぁ、と言う目の前の朱い女神の言葉にヘファイストスは息が詰まり、同時に頭が冷えた。

 さっきの私はロキにとって少しウザかったかもしれない。だからこれはさっきの仕返しなのだろう。そうに違いない。違いないったら違うのだ。

 ロキにしてみれば少しどころではないのだが、そう結論付けたへファイストスはそれ以上考えるのをやめ、忘れるように頭を振った。

 

「……話を変えましょう」

「そうやな。で、ファイたん愛しのジークハルトはどこに行ってんの?」

「愛しのって……まぁ、間違ってないけど。

 あの子はつい先日からパーティを組む事になってね。本格的な単身(ソロ)以外の探索は初めてのことだから色々と準備したい、って。朝早くから出かけてるわよ」

「ダンジョンに?どこまで行くん?」

「中層よ」

「中層?なんでまた?」

 

 ん?とロキは訝しむ。

 シュヴェルトが迷宮探索を一人で、または椿との二人で行くことしかなかったことはロキも知っている。他の冒険者とパーティを組むなんて今までもなかったし、ギルドの公式記録でもシュヴェルトは単身で中層を探索していたのだ。今更パーティを組む必要があるならば、そこは中層のその先、下層となる筈だ。しかしヘファイストスが言うにはシュヴェルトが行っている探索区域は中層。下層ではないなら、何か他に目的があるはず。

 最近起こったことといえば……──

 そこまで思考を巡らせたところで、ロキは答えに行き着いた。

 

「【リトル・ルーキー】か」

「よくわかったわね……」

「【エル・スパーダ】は中層なら一人で行ける。安全を考慮してパーティを組むっちゅう理由はあるかもしれんけど……そんな性格じゃないやろ?なんせ椿がいたとはいえ、殆ど単身(ソロ)でグリーンドラゴン倒したんや。むしろ一人で下層に乗り込む勢いやとウチは思ってたで」

「そうなのよね……」

「まぁ、結局この五年間は剣作るのに没頭していたらしいけどな」

「ほんと、そうなのよ……」

 

 再びロキは思考に没入する。

 前回の神会(デナトゥス)でランクアップした子供達の中で最も注目されていたのが【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルだった。理由はランクアップの世界記録を更新したからだが、ロキにとって重要なのはそこではない。

 美の女神フレイヤが子供のことを庇ったという事実、それとそのやり口がいつもと違うということ。それだけが心の内でずっと凝りが残っていたのだ。

 それがどうシュヴェルトに繋がるのかというと、彼が一番最初に『聖剣』を鍛え、自ずから渡したのが【猛者(おうじゃ)】であり、フレイヤとシュヴェルトに直接的な関係はないものの、オッタルを通じて繋がっているという噂があるからだ。

 ヘファイストスはともあれ、ロキは噂の真偽はあまり気にしていないが、【剣霊(エル・スパーダ)】が【リトル・ルーキー】に近づいたのもフレイヤが関わっている可能性がある。彼女はそのように考え、まぁ記録抜かされたから興味持っただけかもしれんからな、と頭の隅に置くだけに留めた。

 

「カァーーッ!!ドチビのくせに最近調子乗りやがって、ドチビのくせに。天狗になってあの無駄にデカイ胸を張られたら……あぁ!!この前の神会(デナトゥス)ん時のこと思い出したは腹立ってきた!!」

「はぁ、落ち着きなさいって」

「これが落ち着いてられるかっちゅうねん。あのドチビんとこの子供が『聖剣』の担い手になったとしたら……」

「あ、それはないわよ。その子には私自ら鍛えた短剣を渡してあるから」

「………………は?」

 

 ロキは久しぶりに思考が止まった。少ししてからその言葉を理解して、思わず唖然として間抜けな顔を晒す。そして、テーブルに身を乗り上げて問い詰めた。

 

「ファイたん何やってんの!?ウチはいっつもあのドチビのことを甘やかしすぎやって思うてたけど……今回は弁護もできひんで」

「まぁ自覚はあるけど……ちゃんとお金は払ってもらうわよ?」

「……どのくらいや」

「ん」

 

 ヘファイストスは右の指を二本立てた。

 

「二億ヴァリス……その短剣がどんなやつか見てへんから知らんけど、まぁ、妥当な金額やろ。ウチからしてみれば良心的過ぎてファイたんが心配になったけどな」

 

 はぁ、と溜息を吐き、席にドカリと着いた姿から自分を心配して言っているのはヘファイストスにも理解できたし、度々自分に甘えてくるヘスティアのせびり癖も自分が何度もそれを容認しているのが原因だとも重々承知している。

 しかし、これが私なのだと、ヘファイストスは半ば諦めた気持ちでにへらと笑う竃の女神を脳裏に浮かべる。そしてちょっと微笑ましく感じたところ、あ、と思い出した。

 ロキにその借金は利息も期限も付けていないことがバレたら……今度こそ怒られる。借金をしている側のヘスティアではなく、貸している側である自分が、だ。

 このことは黙っていよう。そう心に決めたヘファイストスは背中に冷や汗が伝って落ちていくのを自覚した。

 

「てか、なんでこんなことでウチが心配しなあかんねん……それよりもファイたん、ウチだけじゃなくて、ドチビに浮気しとったなんて酷いわ」

「ちょっと、人聞きが悪いわね。それに私は──」

「あぁ、はいはい。ファイたんはジークハイルにご執心やもんな。知っとるよ」

「……もう」

 

 ヘファイストスは話を変えたロキが自分に気を遣ってくれたのを感じ、少し申し訳なくなった。だけど怒られるのは嫌だし、ロキに知られたら何をされるかわからないからやっぱり黙っていよう。代わりに何かしてあげれば、その罪悪感もそのうち気にならなくなるはず。

 へファイストスはロキに心の内でありがとう、と感謝を送りつつ、今度は何か自分から話題を振ろうと記憶を探る。

 そしてロキ、しいてこの迷宮都市(オラリオ)ないし下界に降りた神々にうってつけの話題を見つけ、自然と彼女は女神らしく笑みを溢した。

 

「ん?どうしたん」

「ふふ、少し……いえ、凄く良いことがあったのよ」

「それはうちに言ってもええことか?」

「えぇ、それはもう。神々にとって喜ぶべきことね」

 

 そのような勿体ぶった言い方をヘファイストスがするのは珍しい。

 ならば今から言う話は彼女の言う通り、神々が喜ぶべきことなのだろう。そして一番最初に教えてくれるあたりに信頼度が伺え、少しロキは嬉しくなった。

 

「ほぅ……で、何があったん?」

 

 ロキの興味を抑えられないといった爛々とした目をしながらも先程のようにテーブルに身を乗り出さず、今度は顎の下で手を組み、その上に頭を乗せる。

 そして勿体ぶったずに話を進めろ、と促す彼女の様子に微笑みながらヘファイストスは己の眷属へと思いを馳せる。

 

「そうね───」

 

 おそらく、というよりも確実に自分の眷属が成したことは迷宮都市(オラリオ)の歴史を動かす。放っておいてもあの子供は勝手に英雄と呼ばれる存在となり、瞬く間に名を馳せるようになるだろう。だけど自分は鍛冶神で、彼はその子供。最も愛した剣の精霊に相応しい眷属だ。

 だからキッカケくらい、私が貰ってもいいだろう。

 そんな思いを込めて、ヘファイストスは口を開いた。

 

「───ねぇ、ロキ。魂を宿し、生き、担い手と共に成長する剣が創られた、と言ったら……あなたはどう思う?」

 

 さぁ、シュヴェルト・エル・ジークハイル、私の愛しい人。

 歴史が、世界が動き始めたわ。あなたの下に何もかも、全てが集まるでしょう。女の人も、お金も、富も、名声も。…………だけど、私を忘れないでね?ジーク。

 

 



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episode.04:迷宮の悪意

前の話を読み返して、ヘファイストスの最後辺りの独白がフレイヤっぽいなって感じました。



「───ん?」

 

 ふと、シュヴェルトの足が止まる。それに伴い、パーティの足並みが停止した。

 

「どうかした?」

「いや……へファイストスに呼ばれた気がしたけど、ただの勘のようなものだから気にしなくて良いよ」

「そう?ならあと少しで最初の広間(ルーム)だから、早く行こう」

「その通りだ。足を止めてすまなかったね」

 

 リーダーの一声で再び、パーティはヴェルフを先頭に歩を進める場所は『最初の死線(ファーストライン)』と呼ばれる13層──中層だ。

 現在は視界一面が湿っぽい洞窟のような岩石地帯の通路でヘルハウンド二頭とアルミラージ三頭との戦闘を立て続けに行った彼らは一本道の先にある最初のルームへと向かっていた。

 

 布陣について簡単に配置とその役割を説明すると、まず前衛にヴェルフ、その右後方にベルが付くような位置当てとなっている。彼ら二人は基本的に戦線の維持が役割となるが、ヴェルフが積極的に攻撃をしながら牽制、それをベルが一撃離脱(ヒット&アウェイ)で援護をしながら敵の撹乱を目的としている。

 次に中衛を中・遠距離攻撃の手段を持つシュヴェルトが前衛二人の後方に付く。その攻撃手段というのも、【剣霊(エル・スパーダ)】特製の複合弓(コンポジット・ボウ)で、さらに折り畳み機能と変形機能付きという優れもの。戦闘時以外は左腕の籠手として漆黒の異彩さを放っている。彼の役割は後方からの前衛の援護とリリのサポートの橋渡しだ。

 最後は後衛にリリで、役割はパーティのサポートだ。

 作戦名は『臨機応変に』。

 

 そして進むこと数分。通路が終わり視界が開けると、そこは一つのルーム。正方形ではないドーム型の空間で、とにかく天井が高い。

 その天井の中央部からは衝撃を加えれば今にも落下しそうな尖った巨岩が突き出ている。そこに四人が足を踏み入れた。

 

 瞬間、ピキリ、と殻を破るような音。次いでボロボロ、そしてガラガラと何かが崩れるような音がいくつもルーム内に響いた。

 

「……多過ぎだろ」

 

 思わずヴェルフは愚痴をこぼす。だが、ヴェルフはまだLv.1。目の前の光景に慄くのも無理はない。実際、ベルもこれには顔を引き攣ってしまっていた。

 リューの言葉がベルの脳裏に蘇る。即ち、上層とは違う、と。

 

『キュィアッ!!』

 

 地面の岩を覆い尽くす勢いでダンジョンから産まれた一角兎が産声を上げた。

 

「散開!!」

 

 指示を出すのと同時にシュヴェルトは籠手に魔力を通して変形機能を作動させる。

 籠手の側面部分が四つに分かれて開き、端からワイヤーが伸び、甲の部分が弓の握と化した漆黒の複合弓(コンポジット・ボウ)を一言で表せば異様。まるで『放火魔(バスカヴィル)』のような凶暴な雰囲気を纏う弓は御し難く見えるが、調教(テイム)されたことで主人と認めた者には従順だ。

 その銘を【紅穿の魔弓(スカーレット)】。能力はただ込めた魔力の量に応じて炎属性の矢を作るだけだ。

 

 シュヴェルトは握った左手から魔力を送りながら矢を引く動作を起こし、ピンと張られた弦に出現した紅い矢を放つ。

 そして、着弾。吸い込まれるように先頭のアルミラージの額へ命中した矢は頭部を吹き飛ばし、後ろのアルミラージ達を巻き込みながら一筋の閃光となってダンジョンの壁までも穿つ。さらに次いで発火。瞬く間に兎の全身を焼き尽くし、魔石だけが地面に転がった。

 

 しかし、その威力が桁違い。その間、掛かった時間は三秒にも満たず、そのそれは魔法を上回る。

 目前ないし真横で炎に包まれた同胞の末路を見た兎達に動揺が伝わるが、迷宮の武器庫(ランドフォーム)から天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧を手に入れたことで直ぐに調子を取り戻した。

 

 だがしかし、それは既に遅く。開戦の狼煙は上がっているのだ。この場で最も速い兎が暗殺者の如く、シュヴェルトの目立つ紅い攻撃を囮りにし、同時に火精霊の護布(サラマンダー・ウール)の色を利用した擬態で背後から迫る。

 まずは一匹。ベルは確実に首を『神様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)』で斬り裂いた。そして次の獲物に飛びかかり、振り下ろしたショートソードで脳天から股にかけて真っ二つにした後、他の個体が群がってくる前に離脱した。

 

「ヴェルフッ!」

「よっしゃ、任せろッ!」

 

 名前を呼ぶだけの掛け声。パーティを組んで日は浅いが、それでも二人は息の合った連携で位置を変わる(スイッチ)

 ベルを追いかけ飛びかかっていたアルミラージ達だが空中で止まれるはずもなく、アルミラージ自体の勢いとヴェルフの大刀が振るわれたタイミングの良さが上手く噛み合い、石斧を破壊してそのまま三匹の兎を魔石ごと消失させた。

 

「ちょっとヴェルフ様!!魔石はなるべく残すようにしてください!!」

「んなもの、これだけ多ければ充分残るだろッ……と、オラァアッ!!」

 

 続いて薙ぎ払い。次鋒として迫るアルミラージ達を牽制して足を止めさせたヴェルフはそのままの勢いで回転。遠心力を伴った重い攻撃が炸裂し、地面ごと吹き飛ばす。捲れ、砕けて土煙となる岩盤。視界を悪くする意図もあったその攻撃はベルに繋げるための伏線だ。

 

「ベル!」

「了解!」

 

 他のアルミラージに連携させないため、縦横無尽に動き回り一撃離脱を繰り返しながら多くの敵を屠っていたベルはヴェルフが下がったのを確認し、煙へと手を伸ばす。

 そして吼えた。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 無詠唱で放たれる、雷を伴った炎。

 ランクアップしたことで威力も上がった速攻魔法は煙ごとその中にいたアルミラージ達を包み込み、ゴトリ、といくつか魔石が地面に落ちた音を確認したベルは周りを見回し、戦況を見定め始める。

 ベルとヴェルフが屠った数は既に半数弱。そして現在の残りは八割程。三割程は前衛二人がアルミラージを相手している間にシュヴェルトが倒したのだろうと判断した。

 そしてアルミラージの残りは十にも満たず、アルミラージも流石にこの状況が不味いことに気付き、後ずさる。

 

「二人とも下がって!」

 

 声がした方向に目を向ければ、そこには矢を番えたシュヴェルトの姿があり、ベル達から見れば左前方に当たる位置にいた。

 そしてシュヴェルトが見据える視線の先を辿ると、横二列に並び、隊列を組み始めたアルミラージの姿がある。そしてその布陣はシュヴェルの位置からは縦に並んでいるように見えるのだろう。

 シュヴェルトの意図を理解したベルは魔弓の威力を思い出し、一目散にリリの下へと退避する。

 

「ヴェルフ!」

「おう!」

 

 後退しながらも敵からは目を離さずに視界に収め続ける。

 

 アルミラージはわけがわからないだろう。得意の連携で追い詰めるどころか敵に連携で翻弄されて次々と仲間がやられていき、最後にやられるかと思えば後退されたのだ。終始ベル達のペースで戦況が運ばされていたのにも関わらず、それを手離す理由とは……──

 それをアルミラージがわかるはずもなく、思考が止まり、体も固まってしまう。そう、未だ戦闘中なのにも関わらず、固まってしまったのだ。しかし野生の勘か、脅威を感じ取ったアルミラージはシュヴェルトの方を向き、突貫する。だがその行動は遅かった。膨れ上がる魔力とそれを燃料に火力が上昇していく魔法の矢。それを放つことはさせまいと飛びかかる。

 瞬間、魔弓から紅い閃光が迸る。

 先頭のアルミラージの胴を何の抵抗もなく貫き、その後ろにいたアルミラージ、また後ろ、そしてまた後ろとアルミラージを次々と貫く一条の紅光。

 後に残ったのは八つの魔石だけだった。

 

 ルームに静寂が戻る。

 戦闘が終わったことがわかると、最後の一撃を後方から見ていた三人は緊張を解き、それぞれの役割──戦闘員はしっかりと休み、リリはサポーターの仕事に順次し始める。

 

「……ふぅ。ひとまず終わったか」

「流石に多かったよ……あれ以上モンスターが産まれていたら危なかった」

 

 額を伝う汗を拭いながら、二人は魔石を拾うリリを手伝うシュヴェルトに視線を向ける。

 

「話には聞いていたけど、やっぱり凄いよね」

「あぁ、あの弓だろ?ジークの兄貴はオラリオでも数少ない《神秘》のアビリティを持っているからな。魔道具(マジックアイテム)を作れるんだ。聖剣もそのおかげらしい」

「聖剣かぁ……いいなぁ」

 

 聖剣。ベルにとってそれは英雄の代名詞と言ってもいい程の代物で、スキルとしてその願望が形になる程に英雄に憧れているベルはオラリオに来たばかりの頃であれば、喉から手が出るほどに欲しいと願っていただろう。

 だがベルには主神から貰ったナイフがある。気持ちは割り切れた訳ではないし、聖剣は使ってみたいとは思うが、今更欲しいとは思わない。

 漆黒のナイフを見やったベルは一つ大きく息を吸い、気持ちを落ち着けた。

 

「ベル様。魔石は全て拾い集めましたので進みましょう」

「うん、ありがとう。けど、どの通路に進めばいいの?」

 

 そう言うベルの視線はルームに入ってきた通路とは反対側の通路がある方を向く。

 しかし通路の数は一つだけではないのだ。どれが正解でどれが不正解なのか。最終決定権はパーティのリーダーであるベルに委ねられているが、こうやって話し合える間は全員で話し合い、決める。そのようなルールを予め決めておいたベル達はリリが取り出した地図を中心に円陣を組み、顔を見合わせた。

 

「地図によると……通路によって長さは変わるようですが、一応全ての通路が下の階層には行けるそうです」

「流石に未開拓領域はこの辺りにはないと思うから、どの通路を通ってもいいと思うよ」

「俺は別にどこでもいいぜ。連れて来て貰っている身だからな」

「別にそれは気にしなくても良いって……じゃあ、正面の通路を進もう」

 

 各々がベルの決定に了承の意を返し、進路が定まる。

 再度、布陣を組んだ四人組は「よし、行こうか」と言うベルの声で前進を始め、通路の奥へとルームを後にした。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ベル達がルームを離れてから少し経った頃。

 誰もいなくなったことで広大な空間を静寂が包む中、ベル達と入れ替わるようにして六人組のパーティが数ある入口の通路のうちの一つから姿を表した。そして彼らは立ち止まることなくルームのど真ん中を突破し、正面の通路目掛けて走る。脇目も振らず、死に物狂いで足を動かす。

 ただこの場において、殿を務める黒髪の少女──命だけがこの異様な静けさに気づくことができた。

 

(……どうして、こんなにも静かなのだろう?)

 

 よく見渡せば、戦闘の痕跡がある。大きく抉れた壁は余程の高熱に晒されたのか、ドロドロに赤く溶けていた。

 だからこそ、この静けさは不気味だった。戦闘の後なのであれば、その戦闘音に気づいたモンスターがやって来るはずなのだ。しかし、ここには何もない。まるで嵐の前のような静けさが危険だと、命の第六感に近い不安が警鐘を鳴らしている。

 だからだろうか、この場の誰よりも周囲を警戒していた命はそれに早く気づくことができた。迷宮の悪意を察知することができた。出来てしまった。

 ピキリ、と音が溢れる。次いで、ピシッ、ピシッ、と言う嫌な音を次々と響かせながらルームの天井に亀裂が走った。

 

「桜花殿!!天井が崩れます……ッ!!」

 

 辛うじて天井に繋がっていただけの巨大な岩が、モンスターの産まれる衝撃によって───落とされた。

 

「走れえぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!!」

 

 牙を剥く、迷宮からの悪意。

 まるで意思を持っているかのように絶妙なタイミングで巨岩が桜花達に迫る。

 徐々に大きくなる影。もしかしたら逃げきれないかもしれない。察知してしまったが故の悪い予感。

 だからと言って頭上に迫る巨岩をどうにかする手段が彼女にあるわけではない。もし出来たとしても、通路から姿を表したモンスターの群れと闘うことになるだろう。命は走ることしかできないのだ。

 

 そして先頭を走るパーティの首領の桜花が通路に辿り着き、次々と仲間達が転がり込むようにして逃げ込む中、桜花は最後の一人に手を伸ばす。

 

「命!!早く!!」

「はい!桜花ど───」

 

 刹那。ゾクリ、と背中に走る悪寒。

 悪い予感が的中してしまい、命は己の勘に従って立ち止まる。そして目前を雪崩となった天井が通路を塞いでしまった。

 

『クソっ!!命、大丈夫か!?』

「大丈夫ではありません。かなり危機的な状況です。そちらはどうですか?」

『こっちは全員大丈夫だ!!それよりも他の通路からは逃げられそうか!?』

 

 命は静かに後ろを振り返り、ほぼルームを埋め尽くす程の大きさを誇る巨岩の上でこちらを見下ろしてくる四頭のヘルハウンドを見上げ、次に巨岩の端側の通れそうな場所を埋め尽くすアルミラージの群れを見やる。

 誰がどう見ても絶体絶命の状況。にも関わらず、命には焦りも不安もなかった。

 そんな彼女はルーム全体を巻き込んで雪崩となった、頭上の割れ目を視界に収め、目を細める。

 上層に繋がる通路は全て塞り、退路は断たれていた。

 しかし彼女は諦めない。自分には地上に帰るべき家があるのだ。

 そう己の心を鼓舞し、決断する。

 

「───桜花殿、申し訳御座いません。千草をよろしくお願いします。自分は上層には行けそうにないので18層に向かいます」

『な……ッ!』

 

 絶句する声が岩の向こう側から微かに聞こえたが、命にとっては予想通りの反応であった。

 Lv.2の冒険者が一人で18層に行くことなど、普通はありえないことなのだ。

 だから桜花は命がこの危機に正気を失ったのか、もしくは自暴自棄になってしまったのかと思ってしまったが、直ぐに思い直す。

 命は言っていただろう。上層には行けそうにない、と。それに命の声音は静かだった。

 明鏡止水の心。いつ何時如何なる状況であっても平常心であれ、と言う彼女が慕う主神・タケミカヅチの教えだ。それを命はこの状況で……否、こんな状況だからこそ実践している。そんな彼女であれば生き残る為に最善の判断を下すことができるだろう。そう、桜花は仲間のことを信じ、パーティの首領として決断を下す。

 

『……わかった。俺達も直ぐに助けに行く。だから絶対に生きろ!!』

「えぇ、もとより自分。こんなところで死ぬつもりはありません」

『ならいい。お前ら行くぞ!!』

 

 離れて行く仲間の気配。

 次第に聞こえなくなって行く足音に少し心細さを覚えた命は両手で頬を思いっきり叩く。

 

「さて、律儀に私を待って頂いたようですが……生き残る為、容赦するつもりはないのでご了承を」

 

 そう、己に言い聞かせるように呟いた言葉がよく響いた。

 だが、命の言う通りモンスターの群れは別に彼女のことを待っていたわけではない。何か得体のしれない雰囲気を纏う命は近づけば確実に斬り裂かれる。そんな予感をモンスター達は本能で感じ取っていたのだ。

 そしてそれは事実、命はそうするつもりであった。この数を相手取るには一撃必殺を何度も繰り返す必要があると考えた命は、なるべく体力を消耗させない為に自分からは決して動かずに柄からは手を離さず、静の構えで間合いに敵が侵入してくるのを待ち受ける。

 

 そしてふと、その張り詰めたような雰囲気が一瞬霧散し、空気が変わる。

 

「タケミカヅチ・ファミリア所属、ヤマト・命。ここから生き残って帰る為、貴方達を───」

 

 ブワリ、と風が吹いたような錯覚をモンスター達は感じた。そしてその正体は命の剣気。牽制のための警戒の意思から、攻撃の意思に切り替えた命の『斬る』という強い意思が鋭い刃を伴う闘気を漏らす。

 そしてその強烈な気に触発されたヘルハウンドが先陣を切り、頭上の利を捨て口元で火を吹きながら飛びかかってきた。

 

『───オオオオオオオオオオッ!!』

「───斬ります」

 

 戦闘の合図は不要だった。

 頭上から放射状に放たれる火炎攻撃を姿勢を低くし、体を足から滑り込ませることで射程範囲から逃れる命。ギリギリ鼻を掠めたがそれを気にすら暇もなく、次の行動に移る。

 滑り込みの勢いが失われた瞬間、赤い炎に包まれていた視界が開け、そのまま前方に転がりながら立ち上がることで加速。回転の加速を利用した一撃を、潜り抜けた先にいたヘルハウンドに仕掛け、首から腹を斬り裂いた。

 

「まずは一体」

 

 次いで迫まるのはアルミラージの群れ。

 天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧を装備した兎達が左右に分かれ、同時に仕掛けてくる。

 それに対して命が取った行動は前進。

 真ん中の抜け道を通り抜けに右側のアルミラージを数匹程斬り裂く。

 

 しかしそれはアルミラージが誘った罠だ。

 左右の兎の群れを通り過ぎた先にはアルミラージの群れと二頭のヘルハウンド。

 今度は左右からの火炎攻撃で挟まれてしまったことで逃げ場はなく、選択できる道筋は空中か後方だけ。しかし空中なんて逃げ場のない場所へ飛び上がってしまえば、その後の行動が取れず、ヘルハウンドも火炎攻撃を上にズラすことができるかもしれない。

 二つどころか一つしかない逃げ道は作られたものだとわかっていても、命はそれを選択するしかなかった。

 

 だがそれが罠だとわかっていれば対応も可能だ。

 後退を余儀なくされた命はそのまま振り向きざまに後ろから迫るヘルハウンドへ刀を投擲する。今にも火を吹きそうな状態で口を開いていたヘルハウンドは喉から臀部まで串刺しにされ魔力が暴走し、体内から爆発した魔力は周りにいたアルミラージを数匹巻き込んで灰燼と化した。

 

 戦況は目まぐるしく移り変わる。

 

 得物を失った命は予備の二つの短刀を懐から取り出す。そして一つは左手に逆手に握り、もう一つは口に咥え、疾走。Lv.2のポテンシャルを活かした速度でアルミラージの群れへと突貫した命の目的は投擲した刀だ。左手に持つ短刀で攻撃をいなしながら、しかし単純な手数の問題で全てを防ぐことは出来ず、傷付きながらも尚止まらない。

 

 そして辿り着いた先にあったのは刀身が歪んでしまい、今にも柄と繋がる金具が外れそうでグラグラとしており、振れば刀身だけすっぽ抜けてしまうような刀だった。

 爆発の最中にあった刀がそうなってしまうのも仕方がなかったが、それを嘆く暇は命にはない。構わず命は背後に迫るアルミラージを振り向きざまにその刀で斬り裂く。

 ただ刀身が歪んでいるおかげでいつものよう綺麗な太刀筋とは言えず、切り口も荒々しい。二度目を振るえば刀身は死ぬだろう。

 

「仕方ありませんね」

 

 戦闘布(バトルクロス)をボロボロにさせながら、命は壁を背後にしてジリジリと壁沿いに動き、モンスターから距離を置こうとする。そしてその先は巨岩の抜け道。通り抜けさえすれば下の層へ繋がる通路を進むことができるだろう。

 だがそれを許すヘルハウンドではない。アルミラージの群れが後退し、二頭のヘルハウンドが駆ける。一頭はそのまま真っ直ぐ、もう一頭は巨岩を駆け上がりながら頭上の利を取りに行った。

 命は巨岩を駆け上がるヘルハウンドに目標を絞り、短刀を連続して投擲する。しかしそれを軽い足運びで岩肌を駆け避けたヘルハウンドは止まらず、そのまま空中に飛び込んでくる。

 今すぐにでも噴き出そうな炎が若干漏れ、チロチロと揺らめいていた。そしてそれは前方から迫るヘルハウンドも同じこと。

 

 頭上と前方からの火炎放射攻撃。

 上にも前にも逃げ場はなく、命がいる場所が壁際なため後退もできない。それが放たれてしまえば死ぬという、正に絶対絶命の状況……──

 

 しかし、命はそれを待っていた。

 

 獲物を仕留めたと確信する時、それは最も大きな隙となる。

 それはモンスターにも同じことを言えるのだ。

 

「自分の勝利条件はモンスターの殲滅ではなく、この場からの撤退。故にこれを使わせてもらいます」

 

 そう呟いた命が懐から取り出したのは閃光弾と音響弾。

 指に挟み、起動させたそれを空中に投げ捨て、一目散に背を向ける彼女は巨岩とルームの壁の抜け道へと駆け出た。

 その瞬間、脳を揺らすような炸裂音と目を焼くような強烈な光が、この広大なルームを包み込んだ。

 

 このまま火を吹けば同士討ちをしてしまうと考えた二頭のヘルハウンド、巨岩から飛び降りた個体は着地するだけで精一杯だったが、何とか火を吹かずに魔力を収める。

 アルミラージの群れも停止を余儀なくされ、呻き声を上げながらも回復を待った。

 

 そうして暫く。

 目を開けた先に、少女の姿はなく……──

 

 ひとまず、このルームでの戦闘は命の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 




命ちゃん大奮闘の回でした。
少し展開が早いかな?とは思うけど、実際の戦闘ってこんな感じで立ち止まることってないと思う。
感想など待っています。


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episode.05:捜索依頼

 中層への進出を果たし、その日の内に予定よりも早く地上へ帰還したベル達三人(・・)は休む暇など捨て置く勢いで安全地帯(セーフティ・ポイント)と呼ばれる18階層に向かうべく、他ファミリアの団員たちと連携を取りながら行動を慌ただしくしていた。

 

 理由はとある冒険者依頼(クエスト)───『【タケミカヅチ・ファミリア】所属のヤマト・命の捜索』。その詳細はモンスターが生まれた衝撃で天井が崩落した事で分断されてしまい、結果的に一人で18層に向かわなければならない状況になってしまった命の捜索と救出が目的となっている。

 そしてその依頼を受けることとなったのがヘスティア・ファミリア派のベル、ヴェルフ、リリ。そしてヘルメス・ファミリア団長であるアスフィ・アル・アンドロメダである。それに同行する形となったのが依頼を出したタケミカヅチ・ファミリアの首領の桜花を含めた数人、そして神三柱(・・・)だった。

 その神名はヘルメス、ヘスティア、タケミカヅチ。

 ヘルメスの興味本位で十割自分のための行動だが、残り二人は彼の「バレなきゃ問題ない」という誘惑と眷属を思う気持ちが勝ってしまった故の決断だ。

 

 迷宮に神は入ってはならない。それはオラリオに住む神々にとって周知の事実であり、もし他の神々が知れば正気を疑うだろう。そしてこう問うてくるだろう。「お前は天界に帰りたいのか?」と。つまり自殺願望でもあるのかと思われる。それほどにダンジョンとは『神の力(アルカナム)』を封印されて一般人並の身体能力しかない神にとって危険な場所であり、恩恵のないヒューマンと同等とも言ってもいいのだ。死んでも天界に帰るだけだとしても、娯楽に飢えて下界に降りた神々にとっては死活問題となる。

 だからこそ神々はダンジョンには潜らないし、もし迷宮にイレギュラーが起き、もしモンスターが溢れ、もしオラリオ中に解き放たれでもすれば迷宮都市は大混乱に陥り、住人達もただでは済まないだろう。そうなればファミリアに罰則が与えられるどころか、オラリオを追放される可能性もある。

 そしてそれも一昔前の暗黒期と呼ばれた、闇派閥(イビィルス)が跋扈していた時代ならあり得たことだ。

 実際に神タナトスが解放した神威のせいで中層のワイヴァーン、しかも亜種の強力個体が上層12階層に出現した事例がある。そしてそれを当時はレベル1だった剣姫が討伐したことでランクアップを果たしている。

 

 話は戻るが、ともかくギルドでも神の迷宮侵入は固く禁じられている。破ればファミリアへの罰則は免れないだろう。ただそれを承知の上で三人は同行するつもりなのだ。

 監視も含めた祈祷を行なっている神ウラノスからしてみれば三人がダンジョンに入ったことなど直ぐにわかるだろう。バレることは間違いない。本当に眷属と友神のためを思うのならばヘスティアとタケミカヅチの二人はダンジョンなど入るべきではないのだが……二人は既に決断を下してしまった。

 それが己の眷属の信頼を裏切ることに繋がっているとしても、迷宮に足を踏み入れると決めたのだ。それほどに二人の眷属への愛は深かった。

 ちなみにヘファイストスは「己の眷属を信頼している」という理由で同行は断っている。そしてその言葉を聞いたことで何かに胸を抉られ、その場で膝を突いた神が約二名いたらしい。

 

 ともあれ、神が三人も迷宮探索に同行するのだ。

 現在も一人先行してダンジョンの中層を捜索しているが、見つかる確率は低く、時間をかける程に生存確率は下がっていくだろう。

 さらに神の力(アルカナム)を使えない神の身体能力は恩恵を受けていない人と同レベルである。だからこそ迅速に、そして入念な準備が必要となる。人数が多すぎるのはナンセンスで少数精鋭が望ましい。 

 そのように神々が同行するに当たって浮上してくる問題点や役割分担を話し合った後にミアハ・ファミリアの拠点───『青の薬舗』を解散し、各々の準備を始めたのだ。

 ベルとヴェルフ、リリ、桜花達は分担しながら物資の補給を。

 戦力に心当たりのあるヘルメスはアスフィを連れ、とある女主人の酒場へ。

 

 そうして時は流れ、日が傾き切った夜の八時。

 場所は摩天楼施設、西の門前。

 時間帯が時間帯だけに中央広場(セントラルパーク)は昼間と比べ、人の数がかなり減らしている。空いた空間が目立ち、疎らに植えられている広葉樹が静けさを保つ中、ヘスティアとタケミカヅチは神であることがバレないように旅装用のローブと小型のバックパックを背負ったり、一振りの刀を帯刀したり、各々がサポーターや冒険者を装っていた。

 捜索隊の準備は既に完了し、後は出発を待つだけなのだが……なかなか出発しようとしないヘルメスにタケミカヅチは焦りを覚え、逸る気持ちを抑えられなくなって号令を掛けようとした。

 その時、凛とした声がその場で静かに響く。

 

「──お待たせしました」

 

 一行の前に冒険者らしき、人物が歩み寄ってくる。

 その声音からして女性だろうと判断したタケミカヅチはその足運びや気配を感じ、逸る気持ちを抑えることができた。即ち、あのいけ好かないヘルメスが待っていたのはこの人物なのだろう、と。彼女ほどの実力者であれば命の捜索にもきっと役に立ってくれると信じて。

 

「おそらくヘルメスが呼んだのだろうが、まずは礼を言わせて欲しい。今回の呼びかけに応じてくれて感謝する。そしてヘルメスからではなく、改めて……私の眷属の捜索に協力して欲しい」

 

 感謝の言葉を告げたタケミカヅチは頭を下げ、続いて彼の眷属達も頭を下げていた。

 そして彼女は周りにいるメンバーを見渡し、最初に目に入ったのはポカンとした表情で彼女の正体に気づきつつあるベルとリリ。次は確実に自分よりは実力者であることはわかるが、見覚えのない姿に首を傾げるヴェルフ。そして彼女がこの場にいる原因でもあるヘルメスとアスフィ。同僚の伴侶候補の主神・ヘスティア。

 最後にもう一度、タケミカヅチとその眷属達。その誠実な姿勢と言葉に納得したように頷いた彼女は覆面越しに言葉を交わし始めた。

 

「なるほど……少なくともあなたは神ヘルメスより遥かに信用できる神物のようだ。微力ですが、協力いたします」

「そうかっ!よろしく頼む!!」

「……はい」

 

 強力な助っ人が来てくれたことに「よしっ!!」と後ろで握り拳を作り、喜びを表現しながら今も迷宮を彷徨っているだろう命に思いを馳せるタケミカヅチを傍目に、ヘルメスはやっと出発の号令を掛けようとして……ニヤリ、と企むような笑みを浮かべる。そしてその視線の先にはベルがいた。必然的にその場にいる全員の視線が徐々に集まり、オロオロとベルは狼狽える。

 

「な、なんですか?」

「やだなぁ、ベル・クラネル。そんな風に警戒しなくても俺は何もしないぜ?僕はただの旅好きな神様さ」

 

 そう言いつつも、面白いものを見つけた神々の目線で見るヘルメス。だが、そんな視線から守るようにヘスティアがシュバッ!とベルの前に立ちはだかり、ボクシングポーズをとる。

 

「ヘルメス!!僕のベル君には指先すら触れさせないからな!!」

 

 シュバシュバッ!と白い手袋に包まれた腕を振るう度にミョンミョンと跳ねる二筋の黒髪がベルの頬を撫でるシュールな様子にその場の空気が弛緩するが、やっと戻って来たタケミカヅチが声を掛けることで一先ず収集が着く。

 そして「これではいつまで立っても出発できない。多少強引でも行動に移るべきだ、というよりも早く行こう」と考えたタケミカヅチは自分に注目を集めてからベルにこう言い放った。

 

「ベル・クラネル。今回の依頼を受けてくれてありがとう」

「は、はい。でも僕の場合はパーティメンバーの希望と成り行きで、という感じですから、あまり気にしなくても……」

「いや、それでもだ。ただこうしてここに留まっていても自体は一向に進まない。だからベル君。パーティのリーダーである君が号令を掛けてはくれないか?」

「ぼ、僕がですか?」

「ああ、そうだ」

 

 ハッキリと言われたベルは周りの様子を伺うまでもなく、この場の全員に最初の一歩を任されたことを自覚し、数秒だけ目を閉じて息を整えてから口を開いた。

 

「そうですね。確かに一人……ジークが先行して捜索しているとは言え、一人では限界があります。神様の言う通り時間も押していますし、まずは崩落の起こったルームまでは僕が先行します。みなさん準備はいいですか?」

 

 その呼びかけに全員が頷きで返す。

 

「───………では、出発します」

 

 そうして、ヤマト・命の捜索隊一行は静かに歩を進め始めた。

 

 

 

 ◇◇◇ 

 

 

 

 地上でベル含めた命捜索隊が出発してから少し経った頃。一人で先行していたシュヴェルトは命を見つけ出し、合流することに成功していた。

 だが致命的ではないものの、支障となる問題が二つほどあった。

 

「……大丈夫かい?」

「はい。傷はもう塞がっています。ただ……」

 

 二人は視線を斜め下にズラすと、そこにはあるはずの左腕が、肘からゴッソリと失われていた。

 

「酷なことを言うようだけど……まず、この腕が戻ることはないことは念頭に置いておいた方がいい。ここは中層の15階層(・・・・)なんだ。君はよく生き残ったし、今は腕よりも、生命(いのち)が無事であることを喜ぶべきだ」

「そう、ですね……はい。そうすることにします」

 

 こうして項垂れることができるようになったのも、シュヴェルトという存在が命に精神的な余裕を与えているからなのだが、今は、これでいい。

 

 一つ目の問題として、最初に上がったのは左腕の欠損による失血と体力の消耗。彼女の体は限界に近かった。合流した時、血濡れになりながら足をなんとか前に進めようとする姿は、最早執念だけで成り立っていたと言ってもいい。

 その姿を見て欠損部分を探して繋がることをするよりも、傷を塞ぎ血を止めることを優先したのは時間もなく仕方がなかった。もしも腕を繋げることを優先していれば、命の方が限界を迎えていただろう。シュヴェルトの判断な結果的に命の生命(いのち)と未来の彼女へ生存権を繋げたのだ。

 

 今も幻肢痛に苛まれながも、彼女は体力の回復に向けてウトウトと舟を漕ぎ始めている。

 

「命。今は休み、後のことは私に任せなさい」

「はい。わかりました…………お願ぃ……しま、す……じ……くさ、ま」

「あぁ、無事にファミリアの下へ帰すと約束しよう」

 

 痛みを紛らわせるため、髪を梳くように頭を優しく撫でながら軽い暗示を掛け、眠らせる。それから彼女が元気に復帰できるまで回復するには場所が悪い。

 言葉通り、今後の命の生命(いのち)はシュヴェルトに掛かっていた。

 

「さてと。あとは安全地帯(セーフティ・ポイント)に向かうだけなんだけど……行けるかなぁ」

 

 途端にシュヴェルトの声音は弱気になる。だが、その表情に悲壮感はない。

 

 二つ目の問題とは、このことだ。

 まず、シュヴェルトが中層に進出していた時の前提条件として単独(ソロ)である、ということが重要になってくる。

 基本的にシュヴェルトはなんでも、文字通りに索敵も戦闘も地図の作成などあらゆることを、本当になんでも一人でできる。強いて言うなら荷物持ちをしてくれるサポーターが居てくれれば万々歳といったところで、それはオラリオにくるまで世界中を一人で飛び回っていたことが関係しているのだが、今は関係ないことなのて一先ず置いておく。

 

 話は戻るが、シュヴェルトがパーティを組むのは今回のベル達が初めてとなる。

 元々彼の剣は一対多、もしくは一対一などの単独戦闘を好んでおり、多対一、あるいは多対多の戦闘はできないとは言わないが、彼自身好まないし、気が進まない。それ故に今までベル達と行動している間は弓を使って後方からの支援に徹していたのだが、今度は完全な一対多となる。

 だというのに、シュヴェルトの声に覇気が籠らないのは、偏に命の存在だ。言い方は悪いが、今の命はお荷物、もっと悪く言えば役立たずだ。まぁシュヴェルト自身は全くそんなことなど考えていないし、弱気な声も初めてのことに不安が押し寄せてきただけだ。

 つまり不可能ではないし、七割以上は可能で、その残りの三割が現在シュヴェルトが不安がっている理由だった。

 

 ただ、いつまでもそうしている訳にはいかないのだ。

 

「よし、そろそろ行こうか」

 

 先程とは打って変わり、覇気に満ちた声で気分を切り替えたシュヴェルトは命の膝と脇下から背中に腕を通してから立ち上がる。

 俗に言う、お姫様抱っこである。

 

 そのまま一人用の背嚢(バックパック)を背負ったシュヴェルトは一度振り向いた。その先には、休憩のために破壊した迷宮の壁。よくよく観察して見れば修復を始めている。

 本当はもう一度壊して休む時間を確保したいところだが、それも過ぎれば迷宮がシュヴェルトを排除するためのイレギュラーを産む結果を作ってしまう。

 その存在は一度だけ倒したことがあり、一人であれば造作もない相手ではあるが、命を抱えている状態では難しいと判断したシュヴェルトは徐々に元に戻っていく壁から視線を外し、歩を進める。

 

 そうして行動を再開したのは、ベル達捜索隊が中層に足を踏み入れた頃であった。

 

 

 

 

 

 

 



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episode.06:生存証明




 燐光が岩石を薄暗く照らす洞窟。

 恩恵が無ければ見えないに等しい、暗い、暗い洞窟。

 

 中層に足を踏み入れた時点で隊列の配置を変え、先行するのは覆面のエルフ───リュー・リオンである。

 その後ろにアスフィが付き、更にまた彼女の後ろからヘルメス、タケミカヅチ、ヘスティアの神々が順に付いて行く。

 ヘルメスは自分が最も信頼している眷属の側で飄々と笑みを浮かべ、タケミカヅチは武神らしく油断ならない様子で警戒し、ヘスティは若干屁っ放り腰になりながらもベルのローブの裾を掴みながら足を進めている。

 そんな神々をタケミカヅチ・ファミリアの面々とヴェルフ、そしてリリが囲むような隊列を組んでいた。

 

 ヤマト・命の捜索隊一行は中層の安全地帯(セーフティ・ポイント)に繋がる正規ルートを順当に辿り、現在の位置は16階層。

 18階層まではあと二層分の地面が彼らの道を阻んでおり、更にここまでの道のりで命のバックパックとその中身が散乱していたのを見つけたこともあってか、彼らは焦燥感を抱いていた。

 しかし、足並みを揃えなければ隊列が乱され、取り返しのつかないことになってしまう。彼らもそのことは理解している。理解しているのだが……それでも気持ちは前へと逸ってしまう。それでも今の所はこうして感情を抑えられているのは、自分達の主神がジッと堪えるように足並みを揃えているからだった。

 故に一歩ずつ、確実に進んで行く。

 神々の、特にタケミカヅチの存在は結果的には良い方向へと傾いたようだった。

 

 そんな心情を察していたリューは彼らを尻目に、横から襲いかかって来たヘルハウンドを片手間に片付ける。

 

 彼女の心は捜索隊の先行部隊、と言ってもたった一人だけだが、シュヴェルトについての謎を考えることで支配されていた。

 

 

 まず一つ、Lv.4の恩恵を持つリューの力を利用してみせるほどの能力を持っていること。

 それが彼自身の技量から来るものなのか、はたまた『聖剣』、あるいは『魔道具』によるものなのか。なんにせよ、二段階ものレベル差を覆す程の代物などまずありえない。

 

 次に一つ、最後にレベルアップを果たしてから次のレベルアップまで期間が空きすぎていること。

 一先ずは最初の謎を置いておくとして、リューの力を利用すらしてみせる持ち主であるシュヴェルトの最初の偉業が幾ら高みにあったとしても、幾ら鍛冶師として活動していたとしても、もう既に五年経ったのにも関わらずランクアップできないのはありえない。

 

 更に一つ、あれだけの実力者であればオラリオに来る前から名が広まっているはずなのに誰も聞き覚えがないこと。

 リュー自身、本人から一度だけ話を聞いたがその時に聞けたのは「賞金首やモンスターを狩ったりしながら世界中を渡り歩いていた」ということだけだった。であれば、尚更不可解だとリューは考える。世界中を渡り歩いていたのであれば、その途中で会った人がオラリオに来る、ということもありえるはず。少なくとも、オラリオに来る前の噂が一つもない、というのはありえない……はずだ。

 

 終に一つ、先日の酒場で起きた時に自分がシュヴェルトに触れられて不快に思わなかったことだ。

 以前から思っていたことだが、シュヴェルトの技量はずば抜けている。その時はその技量の高さと手から生粋の剣士と感じたからだと思っていたが……後になってその本質は違う、と今は考えている。確かにこの前感じたことは的を得ているのだろう。だが、それだけではない気がする。

 リューは漠然とだが、そのように考えていた。

 

 

 兎にも角にも、シュヴェルト・エル・ジークハイルという人物は謎に満ち、謎が謎を呼んでいるような存在だということは彼の知り合いの共通認識だろう。

 そして未だ出会って数日の関係で掴み所のない人物でもあるが、どうしてか彼は良い人だと断言できる。それは彼の人当たりの良さそうな雰囲気から来るものか……またこうして思考が土壺にはまっていくのだが、それもまたシュヴェルトの魅力なのだろうか。

 

 不思議な人だと、リューの考えは結局そこに帰結する。

 後でまた話を聞いてみよう。そう自分に言い聞かせる彼女は馳せていた思考を現実に戻す。

 

 するとリューは視界の端、正確には通路の岩陰に何かを見つけた。それが気になった彼女は後ろにいるアスフィに一言断ってから隊列から一時的に離れ、襲いかかってきたモンスターを迅速に灰へと還しながらも近づいていく。そしてその岩陰を覗き込めば、見つけたのは一つの小型パックだった。

 それは冒険者見習いがギルドで支給されるバックパックよりも小さい、腰に巻き付けたり肩に掛けたりして扱うタイプのウエストバック。

 隊列を長時間離れるのは得策ではないと判断したリューは一先ず中身を確認するのを保留にし、足を止めてくれている捜索隊の下に戻る。

 

 そんな彼女に声を掛けたのはアスフィの背後から覗き込むようにして見ていたベルだった。

 

「あっ!そ、それって……!!」

「……これが誰かのものか知っているのですか?」

 

 リューの問いかけを切っ掛けに全員の視線がベルに集まる。

 もう慣れても良いものだが本人にそんな様子はなく、しどろもどろになりながらも質問に答えようとするベル。

 が、しかし。

 それを遮ったのは【万能者(ペルセウス)】たるアスフィ・アル・アンドロメダだった。彼女は「失礼」と一言だけ一方的に告げ、リューの手の内にあったパックをヒョイと取ってしまう。

 

 いきなりなアスフィの行動に咎めるような視線をリューは送るも、彼女には答えるつもりがない…………というよりもその視線にすら気づいていなかった。何か鬼気迫るような様子で中身を漁り始めた彼女の行動に流石の主神も驚き、周りの視線も必然的に集まって来る。

 そして手中からいきなり取られたことで暫く固まって動けなかったものの、数秒で戻ったリューも視線を他の人たちと同様にアスフィを送っていた。

 

 今のアスフィの行動は冒険者としてあまり褒められることではない。

 そのことを気付いているのかいないのか……この様子では気づいていないのだろう。

 そう考えたリューは呆れた様子で声を掛けた。

 

「それで【万能者(ペルセウス)】。今のあなたの行動はあまり褒められるものではない……が、何か知っている様子ですし、皆さんにも説明してください」

「そう、ですね……申し訳ありません。あまりにもこの代物が常軌を逸しているものでしたから取り乱してしまいました」

 

 アスフィは自分が視線を集めていることを自覚し、素直に先程の行動がリューの言う通りであったことを認める。その後に一呼吸することで精神を落ち着けたアスフィは振り返り、手に持っていたパックを全員に見せつけるようにして説明を始めた。

 

「この小型パック……一見すれば本当に小さなウエストバックにしか見えませんが、その実……中には大型のバックパック並みの容量を誇る異空間(・・・)を内包しています。流石に入れることのできるのは開け口から入れることの出来るものだけらしいですが、それを差し引いたとしても余り有る価値があります。

 耐衝撃、耐斬撃、耐防水、耐防火…………あぁ、本当に残念です。パッと見ただけでも数多くの効果が付与されていることがわかります。今が依頼中(クエスト)でなければ直ぐに解体してこの神秘を暴いてみたい。本当にどうしてこのような……どのような方法であればこれが作れるのでしょうか。少なくとも私には作れない…………全く、【剣霊(エル・スパーダ)】が作るのは剣だけだと思っていましたが、これほどの『魔道具(マジックアイテム)』を作れるとは。

 気が乗らなかった依頼(クエスト)でしたが、ふふふ……楽しみが増えました。ふふ、ふふふ…………」

(怖い、怖いよアスフィ。それにいろいろと失言してるから!戻ってきて!)

 

 どんな時も飄々とした笑みを忘れないヘルメスも流石にこの眷属の豹変ぶりに顔が引き攣り……彼女の言葉を聞いた他の面々も同じような反応だった。

 特にタケミカヅチ・ファミリアの団員達は依頼(クエスト)に気が乗らない云々のあたりからその反応が顕著に表れていたが……意外にもタケミカヅチ本人はそこまで気にしてはいなかった。それどころかアスフィには同情の視線を送っていた。

 なぜならタケミカヅチはこれまでのアスフィの言動から、彼女自身はしっかりとした人格の持ち主なのだろうと判断していたからだ。

 

 誠実なアスフィと軽薄なヘルメス。

 タケミカヅチもヘルメスが軽薄なだけではなく、頭もキレる曲者だと認めてはいるが……やはり軽薄な一面の方が目についてしまう。

 人を判断する時、大抵の子供達は他人の悪い部分に目が行きがちだ。それは神も大して変わりはないし、ヘルメスもそれを承知でそのような言動を取り、道化に興じているのだろう。彼のその神意を見抜ける神はどの程度いるのか……。

 そうヘルメスの一面を認めているタケミカヅチだが、やはり彼の軽薄な一面の方が癪に障ることには変わりない。

 

 在り方は正反対なのに、己の主神をそれなりに敬っている様子のアスフィはいつも振り回されているのだろう。

 タケミカヅチはそう察し、哀愁のようなものを目の前の子供に抱いた。

 

(……彼女の報酬は出来る限り多めにしてあげよう)

 

 内心でそんなことを考えられているとは露知らず、タケミカヅチから同情の視線が送られているのを怪訝に思いつつも自分を取り戻したアスフィは恥ずかしげに目を逸らす。

 さっきまでの醜態は流石の彼女も堪えたらしい。

 

「コホンッ……申し訳ありません、少々取り乱しました」

「いや、少しょ──」

 

 そう、言いかけたヴェルフを睨むアスフィ。

 その眼光だけで射殺すことができそうな程の視線はヴェルフの口を紡がせた。

 

「……イエ、ナンデモアリマセン。ハナシヲツヅケテクダサイ」

 

 片言になりながらも話の続きを促すヴェルフ。

 彼の背後でアスフィの眼光のとばっちりを被った桜花はグッジョブ!と顔を蒼白にしながらもエールを送っていた。

 

「……まぁ、身も蓋もなく言ってしまえば私でも作れないかなり凄い『魔道具(マジックアイテム)』なのですが……タケミカヅチ様たちに朗報です。これを見てください」

 

 そう言って不思議パック───作品名【宝物庫(アイテムボックス)】。効果は特定の者、つまりはシュヴェルトだけが親機なる宝物庫へ繫る子機として使用できる、と言う代物で要は他の効果、異空間を内包していたり様々な耐性は全て偽装(フェイク)。実際にそれだけでも十分に使えるだけに本当の効果を見抜くことは実質不可能となる───から一枚の白い紙を取り出し、タケミカヅチに渡す。

 

 白い紙はメモ帳から千切ったような跡があり、実際にそうなのだろうメモを見る。書いてある内容が気になった他の面々もタケミカヅチ・ファミリアの団員を筆頭に、タケミカヅチの手元を囲み見る。

 

 するとポタリと紙に書かれた文字を滲ませる一粒の雫が滴り落ち、少しだけ手に持っていた紙がクシャりと歪んだ。

 

「タケミカヅチ様……」

「これを見ろ、桜花」

 

 涙を零した本人は一枚のメモを桜花に手渡し、薄っすらと輝く洞窟の燐光を見上げながら目頭を押さえていた。

 そんなタケミカヅチを尻目に、その内容を見れずにいた桜花は皺にが出来たそれを丁寧に伸ばしてから読み上げた。

 

「『この置き手紙を読んでいるということは捜索隊の皆さんは18階層(セーフティ・ポイント)に繋がる正規の道筋を辿って来たのでしょう。

 まずは報告をさせていただきますが、ヤマト・命の救出は完了しました。生命に別状はないものの、左腕の欠損を確認したため傷を塞ぐことを優先しました。

 命を見つけたのは16階層で、正規ルートに戻るために一度15階層に上がり、その後に18階層に向かっています。

 これを書いているのはここについた時で、命を見つけた時からは時間がそれなりに経っており、痛みに魘されていた息も少しずつ安定してきています。尚、命の治療にポーションの類は全て使ったので私の荷物を持って18階層まで来てくれると助かります。

 ───El.Spada───』」

 

 命の生存が確認出来たあたりから涙を堪えることができなかったが、桜花は震えた声ながらもしっかりと最後まで読みきった。

 そして最後の文字──【El.Spada】が本人である証であることを知っていた捜索隊の面々はその置き手紙が本物であると信じ、必然的に命の生存も証明されたことに喜び、泣き、各々が打ち震える。

 

 そんな子供達の様子に三柱の神々はその神格に相応しい笑みを送る。

 そしてそれは、旅好きなヘルメスも例外ではなく……───

 

 ヤマト・命捜索隊の冒険者依頼(クエスト)は、もうすぐ折り返し地点を迎える。

 

「──……あぁ、これはまずいなぁ」

 

 ヘルメスは英雄の気配に疼く腕を抑え、それを見ていたのは一歩引いて眺めていた、一人の堕ちた正義の妖精だけだった。

 

 

 

 




宝物庫(アイテムボックス)、いったいどこの狩猟者(ハンター)が使っているやつなんだ……。


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episode.07:星の欠片

 鈍く締めつけるような痛みが腕から背筋を通して迸り、深く沈んでいた意識が浮上していく。

 ゆっくり、そっと優しく、そして軽やかに包み込まれるような感覚は残るものの、水面から顔を出し、息苦しかった肺から二酸化炭素を吐き出すかの如く、命は急激に意識を取り戻す。

 

 気がつけば足は地に着き体を支え、見覚えのある竹林の中で立っていた。

 

 そこはよく彼女が師と修行に明け暮れ、オラリオに来てからは一度も訪れていない思い出の地。

 

(……どうして自分はここに?)

 

 最後の記憶はかなり意識が朦朧としていたせいであまり思い出せないが、自分の左腕はモンスターに喰われたことで失い、血を出しすぎたおかげで道半ば倒れたところまでは憶えている。

 しかし、今の自分の体には腕の欠損もない。それどころか傷一つすらない。

 

 おかしいと思いながらも自分の体をペタペタと触れたり、周りに誰かいないかと周囲を確認していると、命はある違和感に気づく。

 まず目に止まったのは手、そして体全体が年齢を巻き戻したかのようにが縮んでいる。そしてLv.2の恩恵がLv,1の時のものに戻っている。さらに感覚も希薄で、自分の体を動かしている感じがしない。だが体自体は自分のものなので異物感などはない。

 

 そこまで考えた命は右手に持つ木刀に気づいた。傷だらけで、自分の得物を模して作られた思い出の品である。

 

 そうして、ふと気づく。

 

(あぁ……また(・・)ですか)

 

 過去の自分の視点を通して自分の過去を見るという、他の人が聞けば夢だろうと思われるだろうが、命にはこれが夢ではないと断言できる。

 不思議な感覚だが、人生の道に迷ったり、壁にぶつかったりするとこうして過去を振り返すことで己を見つめ直すことができるのだ。

 

 そして今回は彼と出会い、初めて剣を交わした時の記憶らしい。

 しばらくすると、()が目の前に現れた。

 

「構えろ、命」

「はい、師匠(・・)

 

 ハキハキとした返事だったが、これは自分の意思で発したものではない。

 口が勝手に動いた後に腰がスッと落とされ、水平に木刀を耳の横まで持っていく。視線は正面のままで、足はすり足。

 タケミカヅチの教えを受けていた頃の自分であれば最善で最も得意な構えだったかもしれないが、現在の命───師の教えを受けた命にとっては違う。

 切先を自分が師と呼んだ人に向けてはいるが、相対する彼はあくまでも自然体。ふらりと街でも歩きながら買い物でもしていそうで、目の前の人が剣士であることを忘れそうになる。

 脱力とはまた違う、自然体。

 常在戦場とは真逆の思想である、常在日常。

 そんな言葉はないけれど、命にはそうとしか表現できない、自然な剣であった。

 

 だから彼の剣には構えがなく、型もない。

 あるのは理のみで、それが理解できればどんな状況でも対応できるようになるらしいが、今の自分はまだ未熟で一端までしか覗けていない。

 だからこの夢のような時間では成長した自分として動けないことが、命にとって最も歯痒いことである。

 

 そのまま二人は衝突…………とはいかず、命がそのまま一直線に突きをなかなかの速さで繰り出したのだが、横に一歩ずれた彼がクルリと翻しただけで躱される。

 突きの体制のまま前に体重が乗ってしまった命はその場に留まらず、そのまま転がるように前へ進む。

 遅れて聞こえた空を斬り裂く音。

 彼の剣は音すら置き去りにするのだ。主神との試合を見ていなければそこで終わっていただろう、音速を超える太刀筋が後ろ髪を掠めた。

 

「クッ……!まだ!」

 

 枯れた木々の葉を踏み締め、反転した体の勢いに任せて反撃に出る。

 しかし円弧を描いた切っ先はその斬撃に合わせて木刀の側面を滑り、物の見事に流される。

 

「太刀筋はなかなかだが間合いを考えず闇雲に振るうな」

 

 そんな素っ気ない口調でダメだしを吐く師に、命の勝手に動く悔しそうな表情とは裏腹に内心では懐かしい気分に浸っていた。

 

 師と別れてからは課された課題や鍛錬を続けてきたものの、それから一度も会うことは出来ず、もしかしたらオラリオであれば……という気持ちもなかったといえば嘘になる。この非現実的な夢においても会えるのは数分間のみ。

 弟子としてはもっと教えを請いたかった気持ちはあったが、師にも目的があったが故に、その別れにも理解はあった。

 ただやはり会いたいのだ。

 

 この夢の時間が自分の記憶と願望から生み出された虚像だとしても、師の言葉一つで笑みが溢れそうになる。

 

 だが、そんな幸せな時間もそう長くは続かないこともわかっていた。

 

 後ろで束ねた煌めく銀髪が翻る度にふわりと舞い、彼が持つ紫紺の瞳に射抜かれた時だった。

 

 記憶の通りであれば、この一瞬こそが彼がその剣の中で業と言えるものを見せてくれた数少ない機会だったはず。

 

(来る………………!!!!)

 

 気持ちを一瞬で切り替えた命は、瞬き一つが惜しいと目前に集中し、されど体は勝手に動くためにただただ集中する。

 

 一片たりとも見逃すな。

 体が動かせずとも、意識だけは追いつかせろ──!!

 

 その一心で追っていた命の願いが聞き届けられたのか、突如景色が止まり、さらに世界は緩やかに動き始める。

 そうして視界に収めてあった師の動きを認識することができ……気づけば目の前には青く広い空が見えていた。

 

(なるほど…………!!そういうことだったのですか!!)

 

 ただ、命は投げ飛ばされたこともそのおかげで痛む体もそっちのけでかなり興奮し、歓喜で包まれていた。

 また一歩、師に近づくことができ、強くなることができる。

 そして彼の隣に立ち、一緒に戦いたい。

 だから、そうやって張り切っていた命はそれに気づくことは出来なかった。

 

 紫根の瞳から一瞬注がれる優しげな眼差しに。

 その視線がその命を挟む位置の竹に立て掛けられた、真紅の装飾を施された銀の美しい剣へと向けられたことに。

 

「準備は整った。あとは機が熟すのを待て」

(え……?)

 

 その聞き覚えのない言葉に耳を疑った命は師の表情を伺うために起き上がろうと必死にもがく。

 だがやはり体は自由に動かせない。

 ならばさっきのは幻聴か?

 

 命の胸中では疑問が渦巻き続ける中、彼はこう、呟いた。

 

「鍵は妖精にある」

(それは……どういう意味なのですか。師匠)

 

 問い掛けようにも、自分の意思では動かせない体が言葉を発せる筈もなく……───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───突如、神々しくも眩い閃光に命の視界を埋め尽くされる。

 そして体が動かない命はその光を直に脳髄へと差し込まれ、次第に意識を薄れさせていく。その最中、それに宿る誰かの願いを理解出来た気がした。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 時は流れ、場所は18階層(セーフティ・ポイント)の森の中にある小さな水源から溢れた湖。

 休息にその場所を選んだ理由はいろいろあったが、最大の要因はヤマト・命の探索を完了したシュヴェルトがその場で彼女の体を清めるためである。

 

 今現在自分ができること、やるべきことを頭の中で纏め終えたシュヴェルトが最初にやるべきことだと判断したのがそれであった。

 

 何と言っても、率直に言って命の体が血やら砂やらで汚れていて衛生面はあまり宜しいと言える状態ではなく、早急に解決して尚且つ他の問題、食料の確保などをシュヴェルトは解決したかった。

 水源であれば木ノ実などをある程度集めることができ、暖かい火を確保するために折れた木々も集めることができるだろう。

 そんなシュヴェルトの判断の下、森の中を歩いていた彼はすぐに水源を見つけることができ、その場にコートを敷いてからその上に命を優しく下ろす。

 

 そしてそこからの行動は迅速かつ的確に進められた。

 

 まず最初に手近の木を抜刀した刀で細切れにし、適当に組んだそれを魔剣の炎で点火する。

 まさに魔剣の無駄遣いではあるが、何度でも使える彼の魔剣である場合はその限りではなく、惜しみなく使ってみせた。

 

 次に彼女の着ている服をパパっと脱がし、ささっと濡らした手拭いで丁寧に彼女の肢体を拭いていく。

 晒しはもちろん外している。

 

 その間、シュヴェルトの脳内は剣のことで埋め尽くされていた。

 否、埋め尽くしていた。と言うより、煩悩やら誘惑やら色々と斬り裂いていた。

 

 怪我人に欲情する異常な性癖はないものの、シュヴェルトも一応は男なのだ。

 主神や団長の誘惑を躱していたとしても、生物学的にシュヴェルトは雄なのだ。

 

 幾ら怪我をしていて痛ましい姿であっても、目の前の少女の肢体はそれなりに美しく、華やかさがある。

 シュヴェルトも剣に一途な鋼の精神とこんな状況でなければ、命のことを口説いていたかもしれない。

 元々シュヴェルトの性質は女好きでフェミニストなのだ。

 

 だが、側から見ればこの状況は非常に宜しくない。

 何が宜しくないかというと、鬼気迫る表情で少女の体を拭き拭きとしている上半身裸の男の絵図らは色々と誤解されてしまう。

 なぜシュヴェルトが上半身の肌を晒しているかというと、それはただただ命の血で汚れた服のまま彼女の体を拭いても意味がないと判断してのことなのだが…………今、この場この時間帯でその判断はかなり悪手であった。

 

 ガサリ、と木々の葉を搔きわける音がその場を満たす。

 本来ならその場に近づいて来ている気配に気づくはずのシュヴェルトは、目の前の彼女に集中力を注ぎ込んでいるために音が聞こえるまで気付かなかった。

 それがシュヴェルトにとって今日最大の不幸だっただろう。

 

 振り向いたシュヴェルトの視線の先には二人の女性冒険者───【怒蛇(ヨルムンガンド)】ことティオネ・ヒリュテと【千の妖精(サウザンド・エルフ)】ことレフィーヤ・ウィリディス。

 どちらもオラリオ最強ファミリアの一角を担う【ロキ・ファミリア】の団員であり、片や第一級と一方は第二級の冒険者。

 アマゾネスとエルフという種族的な違いはあるものの、その視線に含まれている感情は警戒、そして侮蔑。

 

 思い出して欲しい。

 この状況は側から見れば宜しくないのだ。

 亜人の中では性に奔放と言われているアマゾネスだが、この人物とその妹に限っては違う。

 隣のエルフの瞳も絶対零度を孕み、今にも同族の魔法が飛んで来そうである。

 

 ほら。今もこうして魔力の高まりが……──

 

「──って、待って欲しい!!誤解だ!私はシュヴェルト・エル・ジークハイル !【ヘファイストス・ファミリア】所属の冒険者だ!彼女は冒険者依頼(クエスト)の捜索対象でこの状況は治療行為だ!だからひとまずその魔力を収めてくれ……!!」

 

 シュヴェルトもこの状況には焦り、必死の状況説明を敢行してみせる。

 

 この場には怪我人の命もいるのだ。こんな場で魔法を放たれたら自分自身は問題ないとしても、あたりを燃やされたりなどすれば一溜まりもない。

 命を守ることを優先するシュヴェルトは数少ない物資を失うことになるだろう。

 

 両の腕を上に上げ、武器の類を持っていないことを証明しつつも言葉を続ける。

 

「君達は『怒蛇(ヨルムンガンド)』と『千の妖精(サウザンド・エルフ)』だろう?状況から察するに遠征の帰還途中と見た。こちらは彼女の腕の傷を塞ぐのにポーションの類を切らしてしまっている。

 おとなしく付いて行くし、報酬も払うことを約束するから彼女の治療をお願いできないだろうか。

 ほら、男より女性に治療してもらった方が後腐れもないし」

 

 口速に全て言いたいことを言い切ったシュヴェルトの様子と命の状態に築いてくれたのか、ひとまずレフィーヤは魔力を抑え、隣にいるティオネと意見の交換をすることにした。

 

「ティオネさん、どうしますか?シュヴェルト・エル・ジークハイルって『剣霊(エル・スパーダ)』のことですよね。私は今まで一度も会ったことがないので信用できませんが彼女の怪我は本当みたいですし、心情的には治療してあげたいのですが……」

「まぁ私もそうなんだけど、そもそもあいつがあの『剣霊(エル・スパーダ)』だって言う証拠がないじゃない。もし偽物だったらどうするのよ。椿に確認してもらうにしても、引き返してまた戻ってくるのはかなり面倒よ?」

「そうですね……」

 

 何を思ったのか、レフィーヤはこそこそと内緒話をしていた体勢からチラリと視線だけを動かし、シュヴェルトの傍にある一つの剣を見つめる。

 

「……もしですけど、本当にあの人が『剣霊(エル・スパーダ)』であれば、あの剣は『聖剣』なんじゃないでしょうか」

「なるほど。『聖剣』は信頼できて悪用しない人にしか渡されないって団長も言っていたし、それがわかれば少なくとも悪人でないことは証明されるわね」

「はい。それに本当に『剣霊(エル・スパーダ)』であるのなら報酬も期待できますし、団長も喜んでくれるかもしれませんよ」

「そうね!なら早速確認するわよ!」

 

 扱いやすい性格ではある。

 そんなことを思うレフィーヤは確認のために剣を見せてもらい、証明して欲しいと説明するティオネに目を向けた。

 

「ってことで、その剣を見せて頂戴。あんたのその剣が『聖剣』だったら私達は団長の所に連れて行って口添えもしてあげるから。それでいいわよね?」

「あぁーー……『聖剣』じゃなくて私が『剣霊(エル・スパーダ)』であることを証明するのではダメなのかい?」

「何よ。まさか此の期に及んでそれが『聖剣』じゃないです、なんて言わないでしょうね。そうだったら私達は認められないわよ」

「…………まぁ、そのまさかなんだよね」

「…………はぁ?」

 

 まさかの、まさかであった。

 ならその剣はなんなのか。

 

 レフィーヤの、【剣霊(エル・スパーダ)】は『聖剣』を作れるから剣の精霊と呼ばれている、と言う知識は間違ってはいない。

 それはオラリオの共通認識でもあるのだから。

 だが、それはつい先日までのことである。おそらく、地上ではもう情報が行き渡っているだろう。

 

「君達が思い浮かべる『聖剣』ってどんなものか、聞いてもいいかな」

「それは……勿論、神秘を宿す剣じゃないの?」

「まぁそれも合っている。だけど、それはあまりにも普通過ぎるとは思わないかい?『聖剣』の名に負けているとは思わないかい? 

 なにせ神秘もいろいろある。寧ろこの世の全てが神秘で満ち溢れているし、今も君の体には神秘が宿っているよ。

 ……だから私はね。創ったんだ」

「……何を作ったって言うのよ」

 

 ゴクリ、と思わず唾を飲みこみ喉を鳴らす程の迫力が、目の前の男にはあった。

 少なくともレフィーヤはその威圧感に若干尻込みし、ティオネは負けじと圧力を掛ける。

 

 が、その威圧感は突如霧散した。

 

「……すまない。少々気が立ってしまったようだ。頼み事をする相手に取る態度ではなかったね。素直に謝るよ」

 

 その態度に、先程までの威圧感はなんだったのかと言わんばかりに拍子抜けしてしまったティオネは最早どうでも良くなってしまっていた。

 

「あっそ、どうでもいいけど。まぁその子の治療はしてあげるから、大人しく着いて来なさい」

「そうか。助かるよ」

「勘違いしないでよね。あんたじゃなく、その子のために仕方なくだから。団長のところまでは連れて言ってあげるけど、口添えはしないわよ」

「そうかい。なら、君の言う通り大人しく着いて行くことにしよう」

「ど、どうしたんですか?ティオネさんらしくもないですよ?あの団長大好きなティオネさんがツンデレさんになるわけがありません!!

 ……ハッ!!さてはが何かされたのですか!?」

 

 そう、とんとん話が進んで行く中、レフィーヤは急に意見を曲げたティオネの急変ぶりに戸惑い、かなり失言を溢してしまってはいるが、そう言ってしまうのも無理はなかった。

 むしろ団長大好きな彼女であれば「団長にテメェみたいな正体不明の奴を会わせるわけねぇだろ!!」くらいは言いそうである。断じてこんなツンデレ染みた言動をするような人ではないはずだ。

 

「ちょっとレフィーヤ。後でゆっくり話す必要があるようね」

 

 遠回しな死刑勧告にレフィーヤは頬を引き攣りそうになる。

 だが、やはり聞き出さなければならない。

 まるで臨戦態勢のように気を張り巡らせている彼女にあまり近づきたいとは思わないが、ファミリアのため、強いてはアイズさんのため!!と、気持ちを奮い立たせたレフィーヤは前を歩くティオネを追い、話しかける。

 

「待ってくださいティオネさん!本当にどうしたんですか。さっきのは冗談だとしても、やっぱりいつものティオネさんじゃありませんよ」

「……」

 

 言葉は返ってはこず、寧ろ無視するかのように足をさらに早く進めるティオネ。

 その様子を見て流石におかしいと感じたレフィーヤは彼女を追い越して顔を覗き込み……───

 

 

 

 

 

 ───そこにはティオネ・ヒリュテ(アマゾネス)獰猛な笑み(闘争本能)が剥き出しになっていた。

 

「……悪いわね、こんな顔見せたくなかったから、無視したみたいになっちゃったけど……大丈夫。これはいつも通りの私よ。寧ろ、アマゾネスの本性が出ている分、多少は地が出ているかもしれないわね」

「で、でも……どうして?」

「どうして?……まぁ魔法使いなら仕方ないかもしれないけど、あの剣気を感じ取れなかった?Lv.5の私が武者震いする程のものだったのよ」

 

 そう言った彼女は唾を飲み込み、カラカラになった喉を震わせる。

 長らく感じなかった強者に対しての歓喜はなかなかに心地よく、思わず剣を握りそうになる。

 

(早くどうにかして慰めないと)

 

 自分の体が昂ぶっていることを自覚しているティオネは、それを最も早く収めることができる方法を思い付いた。

 そしてあの人なら自分の様子に気づき、気を遣ってくれるだろう。

 そのような打算的な意図もあったが兎も角は行動に移そうと、後は後輩の妖精(エルフ)に任せようと視線を向ける。

 

「……あれはアイズ以上の剣士よ。アイズに聞いていた特徴と一致してるし、大丈夫でしょ。それに早くあいつから離れて団長の所に行かないと、抑えられなくなるから」

「え、ちょ、ティオネさん!?」

「てことで、私は団長にこのことを言いに行くわ。案内は任せたから」

 

 そう一方的に告げたティオネは早々に立ち去ってしまった。そして、二人の間に沈黙が流れる。

 少しおかしくなってしまった場の空気に申し訳ない気持ちになりながら、なんとかするためにもシュヴェルトは隣の彼女に話しかけた。

 

「……とりあえず、レフィーヤ・ウィリディスだったよね?」

「……はい」

「改めて、シュヴェルト・エル・ジークハイルだ。……けど、すまない。彼女のあれは、どうやら私が原因なようだ」

「…………いえ。いいんです」

 

 シュヴェルトの申し訳なさそうな謝罪を受け、責める気にもなれなかったレフィーヤは思わず溜息を吐いてしまうのだった。

 

 

 



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episode.08:妖精の王

 何故か《お気に入り》がメッチャ増えてて吃驚しました。
 当作品を読んでくれている方々、ありがとうございます。ただただ、私はこれからも読んでくれている皆さんに面白いと思ってくれるように精進していくつもりです。
 よろしくお願いします。

 それと感想で「ベル君を無理矢理関わらせている感じがあって、違和感がある」といただきましたので、前書きの場でも答えさせていただきますが、別に読まなくても問題はないです。

 本題に戻りますが、その疑問には私は意味のないキャラクターを出すつもりは極力減らすようにしています、と答えました。
 理由はキャラが多すぎても、一人一人の話が薄くなったり、物語の展開が遅くなったりしてしまうと考えているからです。
 そしてなによりも、何人もキャラを出したとしても、私の文章力では活かしきれません……!!

 ですので、登場したキャラは何かしらの役目を与えている、と考えても構いません。
 といっても、全員が全員に役目を与えても、さっき言ったように活かしきれなくなってしまうので、そこは先の展開などを予想などしたりして楽しんでくれると嬉しいと思っています。

 アルジャーノンより。


 では、「episode.08:妖精の王」です。




 階層の天井にある水晶の集合体。

 内部で乱反射し、太陽の放つ陽光のように照らされる18階層を二人は歩く。

 

 先程の出来事を簡潔に説明すれば「シュヴェルトの剣気に当てられ、抑えきれそうになかったアマゾネスの闘争本能を慰めるためにティオネがレフィーヤを置いて団長の下へと走り去ってしまう」ということになる。

 そしてそれは誰が聞いてもシュヴェルトが挑発したと取られるだろう。それに関しては自覚もあり、申し訳なくなったシュヴェルトがレフィーヤに謝罪するという一幕があったものの、それからは全く無言の状態が続いていた。

 

 そよ風で揺れる木々の音だけが流れる静寂の中、シュヴェルトは怪しまれない程度に隣を歩く妖精(エルフ)へ視線を移す。

 

 全体的に桃色(ピンク)の色合いとヒラヒラしたデザインで、肌をほとんど隠すような布の多さはエルフの一般的な服装の特徴だ。

 山吹色の髪と碧色の瞳、耳はエルフらしく細く尖っている。そしてその耳は彼女を横目で観察しているシュヴェルトに向けられ、偶にぴこぴこと動いているのは敏感に周囲の音を拾おうとしていることを表している。

 そんな彼女に溜息を吐きそうになるがシュヴェルトは堪え、規則的な呼吸を心掛けていた。

 

(まぁ、それも仕方ないか)

 

 そう、内心で独り言ちたシュヴェルトは彼女の思考を読み解いていく。

 

 詰まる所、レフィーヤがシュヴェルトを警戒しているのは【剣霊(エル・スパーダ)】だという証明は果たされなかったからだ。

 今こうして彼女が【ロキ・ファミリア】の拠点(キャンプ)に案内しているのも先輩であるティオネへの信頼と、怪我人がいることは確かだということ。そしてファミリアの団員たちがいる場所まで連れてけば流石にことを起こすことはないだろう、という考えがあってのことだろう。

 しかし、どうしても自分の中ではまだ消化しきれず、態度まであからさまにはせずとも内心ではいつでも応戦、または叫び声をあげて救援を呼べるように残心だけはしていた。

 

 というのが、彼女の内状である。

 

 そんなレフィーヤの内心など、無数にある剣の道の一つを極めたと言ってもいい実力を持つシュヴェルトからしてみれば、身じろぎ一つからでも筒抜け同然に見破れるだが、そのことを指摘するなどという無粋な真似はしない。

 一般常識であれば(・・・・・・・・)他人の思考を読むなど戦闘中ならいざ知らず、あまり褒められるべきことではないのだが……シュヴェルトは円滑な関係構築のためだという事にして一旦棚に上げる。

 

 もし彼女の心情を暴いたことを本人に告白すれば二人の仲は険悪、もっと酷ければ今後の関係を絶たれるのは確実だ。

 知人からは少女の心の内を読み取った不届き者として絶対零度の視線を受けることは間違いなし。加えて彼女自身の冒険者としての、強いては魔法使いとしての誇りを踏み躙ることにもなるだろう。

 

 もう一段、シュヴェルトは己の行為を棚に上げることになるが、「警戒を怠らない」など冒険者であれば基本で、他ファミリアであれば尚更だ。

 一剣士としても、残心が基本と教わったシュヴェルトは彼女のその警戒は理解できるし、寧ろ警戒されなければ「【ロキ・ファミリア】の団員はこの程度なのか」と、拍子抜けしていたところだった。

 

 だからシュヴェルトは自分の行為が最低なことだと自覚しつつも、さらにもう一段……いや、二段ほど棚に上げた後、そのままにすることにしてから思考を切り替える。

 そしてその矛先はこの場にはいないティオネであり、彼女から放たれた闘気を思い出していた。

 

(剣を抜きそうになるところだった。もし、彼女と闘う機会があれば……是非とも剣を交えたい)

 

 奇しくもティオネとシュヴェルトが考えることが重なったが、それはティオネの思考もあの一瞬で読み解いていたからである。

 …………シュヴェルトのその節操のなさというか、彼の剣の理念を考えれば仕方ないのかもしれないが、最早何も言うまい。

 彼の思惑を読める人などこの世に一人として存在せず、もしいるとすればそれは人ではなく、神霊の類なのだから。

 

 シュヴェルトの読心行為が行き過ぎな件はまぁ、ひとまず置いておく。

 今は命の方が重要であり、もしレフィーヤとの仲が険悪になったとしても、依頼を達成するためには命を安静にして休養が取れる場所に移さなければならないのだ。

 最悪な最終手段としてレフィーヤに暗示をかけるという選択もあったが……懇意にしている【ロキ・ファミリア】団長との関係を考えれば、それはナンセンスであるし、この先にいるであろう友人に証明してもらえれば解決する話なので、この件は放置とシュヴェルトの中で決着がついた。

 

 対して、隣で命を横抱きにしながら歩く人物に色々と観察され、思考を読み解かれているとは露程も知らず、レフィーヤは歩き続ける。

 

 そうしてすぐに前方の景色が開け、視界に入ってきたのは建て並ぶ簡易的なテントと道化を模した【ロキ・ファミリア】の旗だった。

 

 ほうほう、と都市最強ファミリアの団員の多さに感心するシュヴェルト。

 そんな彼に話しかけようとする一人の小人族(パルゥム)がテントの奥から近づき、話しかけてくる。

 

「やあ、シュヴェルト。最後にあったのは遠征の前だったかな?」

「フィンか。久しぶり、という程の時間は経っていないが、一先ずは無事にここまで帰還できてよかったよ」

 

 そんな旧知の親しい友人と久しぶりに会ったような、シュヴェルトと【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナの姿にレフィーヤだけではなく、周りにいた団員達も瞠目した。

 周囲の人達が二人、正確にはシュヴェルトのことを探るように視線を集中させていたが、前情報があったレフィーヤにとっては既に団長がこうして親しげに話しかけた時点でその正体を察していた。

 そしてティオネの頼みを達成できたレフィーヤだが、シュヴェルトに向ける心情は大したものではなく、ただこの人物があの【剣霊(エル・スパーダ)】だったんだな、という程度だった。

 何せ、レフィーヤ自体は剣を振るうわけではない。

 強いて言えば、彼の【剣姫】よりも剣の腕が上だという噂が本当なのかと疑っているくらいである。

 

 それよりも気になっているのはフィンの後ろにいる女性───リヴェリア・リヨス・アールヴについてだ。

 彼女はじっと……と言うよりも、ジトっとした目で何かを見定めるような視線をフィンと命のことについて交渉しているシュヴェルトと向けている。

 

 そんな彼女の異変にはレフィーヤ以外のエルフ達も気づいており、とあるエルフが隣のヒューマン、あるいは亜人(デミ・ヒューマン)にそのことを話せば、さざ波が広がるかの如くあっという間に他の団員達にも伝わっていく。

 必然的に【ロキ・ファミリア】は何かあるのかと様子を伺いにゾロゾロとその場へと集まって来るのだが、そのことを周りの気配から察していたシュヴェルトは交渉を手早く終わらせ、愛しの団長(フィン)の指示で側に控えていたティオネに命を預けた。

 

「それじゃあ、僕の天幕に案内しよう。君のことだからあまり疲れていないかもしれないけどね」

 

 命を優しく抱き、治療用の天幕へと連れて行く後ろ姿を見送ったフィンがそう言った。

 

「いや……その前に、話したい人がいるんだ」

「話したい人、ね。それはここにいるのかい?名前を教えてくれれば連れて…………あぁ、いや。必要ないみたいだね」

 

 そう、頷きながら納得したフィンの前には見つめ合う二人の男女の姿がある。

 言わずもがな、シュヴェルトの視線の先にいるのは彼の【九魔姫(ナイン・ヘル)】ことリヴェリア・リヨス・アールヴであった。

 

 そんな二人の様子を見ただけで察したフィンとは対照的に、他の団員達は困惑していた。

 

 なんだあの空間は、と。

 

 シュヴェルトとリヴェリア程の綺麗な顔立ちをしている人物が揃っている、という理由もあるかもしれないが、何か清浄な雰囲気を際立たせている。

 

 何かの景色に例えるとすれば、青い木々が生い茂る湖の畔だろうか。

 

 その様子を察しの良い人が見れば気づくかもしれないが、その在り方は恋人同士というよりも最早長年連れ添った夫婦の域に至っており、二人の空気がピッタリと合わさったかのような感覚を覚えるだろう。

 

 団員達も二人がただならぬ関係ではないことくらいはわかるが、恋人などという考えは浮かんでこない。

 それは偏に普段のリヴェリアと様子がかけ離れており、それ故に恋人という考えに至ったとしても「本当にそうか?」と疑ってしまっている。

 

 ジッと二人の成り行きを見守る団員達。

 二人は何かを懐かしいことを思い出しながら暫く見つめ合っていたが、先に口を開いたのはリヴェリアだった。

 

「……久しぶり、だな。何年振りだ?」

「……会えて嬉しいよ、リーヴェ(・・・・)。多分、50年は経っているだろうね」

「会えて嬉しい、か。確かに私も嬉しい……だが、それ以前に寂しかったよ。なぁユングリング(・・・・・・)。いや、今はジークハイルだったな」

「つれないなぁ。以前のように呼んでくれないのかい?」

「ずっと待っていたんだ。そうして欲しければもっと早く会いにくるべきだったな。

 それにどうしてこれまで会いに来なかったのか、私が納得できるように聞かせて貰えるのだろうな?」

 

 団員達はシュヴェルトの言葉を聞いただけでもう察することができた。というか、遠回しではあったが「会いたかった」と言ったリヴェリアに驚いていた。

 

 彼女の性格上、甘える姿というのは想像しづらい。

 そして団員達にとって、リヴェリア・リヨス・アールヴとは厳格で、他者にも自分にも厳しい、エルフの見本のような人物である。

 叱られ、間違いを正されそうになると疎ましくは思うこともあるが、それらは全て自分たちのことを思ってのことだと理解している故に嫌うことはない。

 そんな彼女の姿を見て神ロキは「リヴェリアママ」と呼ぶのだが、母親のような存在だという認識は【ロキ・ファミリア】の総意である。

 

 だからこそ、こうしてリヴェリアが女の顔を見せるのは完全に予想外であり、彼女にそんな表情をさせたシュヴェルトのことが気になっていた。

 

(……ツンデレだなぁ)

 

 二人の関係を知りたがっている周囲のことは気にせず、変わらない彼女の様子にシュヴェルトは表情を綻ばせた。

 

 

 会いたかった。

 

 寂しかった。

 

 彼女に触れたい。

 

 

 今すぐにもその細い身体を抱きしめたい想いに駆られるが、ここは人の視線が多い。

 胸の中を掻き混ぜる万感の想いが溢れそうになるのを抑える。ただ募る想いをぶつけるだけでは駄目なのだ。

 ゆっくりと、染み込ませるように時間を掛けて愛したいし、愛されたい。

 一瞬でその想いを発することで散らしてしまうのは勿体ない。

 

 理由(わけ)あって再会を我慢していたシュヴェルトだが、こうして会えたのだ。

 時間が許す限り、ずっと一緒にいたい。

 

 そんな想いを込めながら、剣の精霊は九魔の姫に語りかける。

 

「あぁ、何があったか。話したいことがたくさんあるんだ。聞いてくれるかい?」

「……ふ、お前のそれは死んでも治らなそうだし、仕方ないな。私の天幕に案内しよう。茶葉はあるのだろうな?」

「もちろん常備しているよ。いつ君に会ってもいいようにね」

「ならいい」

 

 そう、最後に呟いたリヴェリアはシュヴェルトの手を取った。

 

 もう一度言おう。

 リヴェリアはツンデレだ。そしてクーデレでもあった。

 

 シュヴェルトは彼女も自分と同様に再会を喜んでくれていることを理解し、その愛おしさを隠す態度には思わずニヤけそうになるが努めて平常心を装う。

 ただ、シュヴェルトは一瞬だけ周りに視線を巡らせた。

 

 こうして女の顔を露わにしているリヴェリアだが、仮にも都市最強の一角を誇るファミリアの最高幹部だ。そんな彼女が男の手を引く光景は団員達に大きな打撃を与えるだろう。

 リヴェリアの影響を考え、ついでに【ロキ・ファミリア】のことが気になったシュヴェルトだが、当の本人であるリヴェリアは気にする様子はなく、取った手を引いてズンズンと自分の天幕のある方向へと連れて行く。

 

 そして予想通り、団員達はその光景を見てあんぐりと口を開けて呆然している者が大半だった。

 

 流石にシュヴェルトもこのままこの場を後にするのは気が引けた。

 頼みの綱であるフィンに視線を向けると、手を振りながらパクパクと何度か口を開いたり閉じたりする姿が目に映る。

 そしてその口の形からフィンの言葉を読み取った。

 

(後は任せて、か。ありがとうフィン)

 

 気を利かせてくれたのだろう友人に感謝の念を送り、後を託してから一先ず心配事を頭の隅へ追いやったシュヴェルトは目を前に向ける。

 その先には機嫌を良さそうに顔を綻ばせているリヴェリアの姿がある。

 

「リーヴェ……」

 

 愛しい人。

 その呼び方にそんな意味が込められていることをリヴェリアは知らない。

 それをシュヴェルトは伝えるつもりはないし、これからも伝えることはないだろう。

 

「ただいま……───」

 

 そう呟くとリヴェリアは立ち止まり、振り向く。

 立ち姿だけでも様になる彼女の美貌は色褪せることなく、その変わらず美しい姿にまた一つ、愛しい気持ちが胸を満たしていく。

 

 随分と歩いたおかげか、周囲には気配が少ない。

 そのことをわかっているのかわかっていないのか。いや、おそらくリヴェリアもわかっているだろう。

 

 ゆっくりと近づいていく二人の相貌。

 

「──おかえりなさい、ヴェルンド(我らの王よ)

 

 天幕の陰でそっと、お互いの唇にキスが落とされた。

 

 

 




 というわけで、ヒロインはロキ・ファミリアのママことリヴェリアで行きたいと思います。
 サブヒロインは用意しません。ごめんねヘファイストスと椿。シュヴェルトのヒロインはリヴェリアだけです!!

 あとここからの展開についてなんですけども、私の神話に関する知識はウィキペディア先生由来のものです。そして得た知識は大して深く理解しているわけではなく、「こんな人がいて、こんなことをした」という程度のものです。
 さらに独自で解釈したり、改変したりしています。特に主人公の名前については調べればわかると思うんですが、色々と混ざっています。
 史実と違うぞ?というところがあれば、感想などでなるべく答えるようにしますが、大体は私の考える話の展開の都合のいいように名前を使わせてもらっていますので、そのところをこの作品を読んでいく上ではご了承いただきたいです。


 感想や評価を待ってます!!

 


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episode.09:終末の前触れ

 フィンがシュヴェルトの正体に迫る回です。


 シュヴェルトとリヴェリアの関係。

 

 それを一言で片付けるのであれば恋人、それか婚約者、あるいは同志。

 より詳しく、簡潔に表すのであれば互いに愛し合った仲。

 また、謎めいた言い方をするのであれば主従関係。

 

 ちなみにその関係性は主がシュヴェルトで従がリヴェリアとなる。

 エルフの王族(ハイエルフ)に連なる彼女がたった一人の()に忠誠を誓っているなど、何も知らないエルフが耳にすれば大激怒間違いなしだが、この際そのことについては後回しにしよう。

 

 詰まる所、シュヴェルト(剣霊)は色々とおかしいと言うことだ。

 

「───で、ヒューマンであるはずのシュヴェルトが僕に劣らずの若造りなことも気になるけど、これだけは答えて欲しい」

「なんだい?」

「……【ロキ・ファミリア】の不利益になるようなことを考えているわけではないよね?」

「フィン……!!」

 

 だから、このようにフィンが疑念を抱くのも無理はなく、当然と言えよう。

 そして自分の恋人が疑われているリヴェリアは【ロキ・ファミリア】の最高幹部という立場も忘れて憤る。

 だが、それについてはフィンも織り込み済みだった。

 

「すまない、リヴェリア。だが団長である僕は例えシュヴェルトが君の恋人であっても……いや、だからこそだよ。僕はいち早くシュヴェルトの疑いを晴らしたい。それはもちろん友人としてもだ」

 

 それを言われるとリヴェリアも途端に大人しくなった。

 

(まぁフィンはそうなるような言葉を選んだろうけど……)

 

 内心、目の前で手を組み、その上に顎を乗せながら「一寸足りとも見逃さない」と言わんばかりに目を皿にしている食えない友人の思考を読み解くシュヴェルトは思わず溜息を吐き出した。

 

 フィンがシュヴェルトを疑っている点は二つ。

 リヴェリア曰く、シュヴェルトの姿が最後に別れた日と殆ど変わりないということ。

 そして名前が変わっているということ。

 

 特に二つ目の疑問については冒険者としても見逃せないものだ。

 なぜなら名前というのは付けられた時点で固定されるものであり、普通ならば一生のうちにコロコロと変わるものではないからだ。

 

 通常、人が恩恵を受ければステータスには真名が記される。

 そして冒険者ギルドでその名前と所属ファミリアの登録をするというのが冒険者のなる流れだ。

 

 だからこそ、不可解であった。

 

 シュヴェルトの名前が変わっている理由。フィンは思い至った可能性は二つ。

 一つ目は過去の名前の方が嘘。リヴェリアに偽りの名前を名乗り、騙していたという可能性。

 二つ目はギルドへの虚偽報告。ギルドに登録した際のシュヴェルト・エル・ジークハイル(名前)は偽名であるという可能性だ。

 

 この二つに共通しているのは対象は違うものの、名を偽っていたという点のみである。

 そして名を偽る時は大抵の者が何かを抱えている、もしくは企んでいることが多い。

 

 もし一つ目の方であればリヴェリアを騙し、これまで彼女を誑かしていたことになる。

 リヴェリアの様子を見れば本当に彼女がシュヴェルトのことを愛していることなどフィンにも理解できていた。

 だからこそ、こんな可能性など外れてほしい、というのがフィンの「友人として」という言葉に繋がったのだろう。

 

 だがフィンにとってそれは神秘のベールとも言える、カモフラージュに見せかけた発言だった。

 そしてそれがシュヴェルトに看破されていることも、されることにも気づいていた。

 

 故に敢えてそのことについてフィンは触れず、「【ロキ・ファミリア】の不利益」と言い表したのだ。

 

 二つ目の可能性───シュヴェルトが冒険者ギルド、延いてはファミリアを築いている神々、そしてオラリオの破壊を目論む闇派閥(イビィルス)の刺客───に思い至っていることを仄めかすために。

 

 シュヴェルトはその「不利益」がどの程度なのかを考えた。

 

 それを言葉通りに【ロキ・ファミリア】としてか。

 もしくは嘗て闇派閥(イビィルス)の討伐に一役買った都市最強ファミリアとしてか。

 受け取り方とその返答次第では彼らと敵対することとなるだろう。

 

(……でも生憎と今の私に敵対の意思はないよ。だから、これはちょっとした意趣返しだ)

 

 口には出さず、今からやることに対しての反応を思い浮かべたシュヴェルトはククッ、と堪えるように笑声を溢した。

 そんな彼に誰もが怪訝な表情を浮かべる中……───突如、黄金の風が吹き荒れる。

 

「おかあさん……?」

「否」

 

 懐かしい雰囲気を感じたのか、アイズはその風を母によるものだと勘違し、それをシュヴェルトはすぐさま否定を突き付ける。

 確かに剣姫(アイズ)風の精霊(アリア)が使う、精霊の風(・・・・)に似ているのだろう。しかし、その規模も本質も異なっていた。

 シュヴェルトの力の根源は、精霊よりも大いなる存在だ。

 

 言うなれば、風と台風。

 

 精霊は自然───つまり風そのものを操るのに対し、シュヴェルトのそれは濃度の高い神秘が奮起、噴出されたのを察知した鋭敏な冒険者の身体の錯覚によるもの。

 

 ───黄金の風の正体は『奇蹟』だ。

 

 その発生源は勿論のこと、シュヴェルトである。

 

 あまりの神秘の濃さに後ろ髪を束ねていた髪留めが解れ、金光を帯びた銀髪がフワリと浮かび上がっているその姿は感嘆を漏らす程。

 誰もが清浄な雰囲気を漂わせるシュヴェルトに見惚れる中、こう宣誓した。

 

「我が真名はヴェルンド・ユングリング。訳あってシュヴェルト・エル・ジークハイルと名乗ってはいるが……決して謀略を企んでいるわけでもない。私の目的は一つ。それは、とある剣を完成させることだ。

 故に我が主神の名の下に誓って、私の行動が【ロキ・ファミリア】の不利益にならないと約束しよう」

 

 告げ終えたシュヴェルトはフッと顔を綻ばせたのを最後に、黄金の風をゆっくり収束させていく。

 その中で逸早く正気を取り戻したのは、他の面々よりも何度か見ていたことで慣れていたリヴェリアだった。

 

 若干誇らし気に胸を張っていることについては、いつものことなので見逃す。

 

 シュヴェルトは踵を返し、未だ呆然とするフィンを含めた幹部たちに背を向けた。

 

「それじゃあ、私は失礼するよ」

「私が送っていこう」

「そうかい?なら、お願いしようか」

 

 そんなやりとりの後、そのまま部屋を去って行こうとする二人。

 神秘による圧もやっと動ける程に薄れ、フィンは引き止めようとするが、それも間に合わず……───

 

「……まさか」

 

 ───妖しく揺らめく紫紺(・・)の瞳が、フィンの頭からこびりついて離れなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 パタリ、と扉が閉じられる虚しい音が静寂に包まれていた空間には良く響き渡り、張り詰められてた空気が弛緩する。

 それを切っ掛けに呆然としていた他の幹部達は次々と正気を取り戻していった。

 

 そして各々が目の前で起こった現象を考察していく中、シュヴェルトとその恋人だと聞いていたリヴェリアの不在に気づいたティオネがフィンに問い掛けようとし……───

 

「『我が主神の名の下に誓って』……か」

 

 ───思考の海に潜り始めたのを察し、邪魔にならないよう口を噤んだ。

 代わりに他の幹部達へ指示を出す。

 

 シュヴェルトとリヴェリアに関する指示は後々出されるだろうから、今は遠征の疲れを癒すことを優先するように、と。

 その指示にはガレスも同意したためか、幹部達は全員大人しく退室して行った。

 

 そうして暫く、数分後にティオネは部屋へ戻って来ていた。

 彼女の手には湯気が立ち上る、暖かい飲み物が入ったマグカップ。

 

 未だ思考を巡らし続けるフィンのためを想って用意したものではあるが、あわよくば好感度も上がれば……───。

 そんなことを考えながらもティオネはそっと邪魔にならないよう机上に置いた後、足音をなるべく立てずにその場を離れていく。

 カップの側に愛を込めた書き置きを残して。

 

 ただ、それにフィンが気づかないはずがなかった。

 

「ティオネ」

「は、はいっ!」

 

 集中していて気付かれないと思っていたのか、突然の呼び掛けにティオネはビクゥ!!と肩を震わせた。

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 今度は背筋を通して下腹部へと電流が走ったかのように背筋を仰け反らせ、恍惚とした笑みを浮かべる。

 ハッキリ言って、彼女は発情していた。だが、そのまま襲いかかるティオネではない。長年の「団長を振り向かせてみせる」という想いは伊達ではないのだ。

 

「は、はい!!いつでも呼んで下されば用意しますからね団長!では!」

 

 そう言い残して嵐のように退室したティオネの後ろ姿を見送り、フィンは机に置かれたマグカップの中身で喉を潤す。

 そして置き手紙に記された彼女のブレない姿勢に思わず苦笑を漏らした。

 

 今のフィンにとって纏まらずに行き詰まっていた思考に余裕を持たせる、という意味ではティオネの変わらない自分への接し方は助かっていた。

 

 一息ついたことで落ち着いたフィンは再度、思考の海へと没入し始め、まずはこの数分間で得たシュヴェルトについての情報を無造作に紙へ書き連ねていく。

 

 

 真名はヴェルンド・ユングリング。

 

 偽名を名乗っているのには何か理由がある。

 

 目的は『とある剣』を完成させること。

 

 闇派閥(イビィルス)の刺客ではない。

 

 神の十八番───『奇蹟』を行使することができる。

 

 リヴェリアが従者のように振る舞う時がある。

 

 銀の髪と紫紺の瞳を持っている。

 

 変わらない容姿───『不変』は神秘を身体に内包しているから。

 

 そして新たな可能性───直感ではあるが、本当の主神はヘファイストスとは別にいる。

 

 

 全ての情報を書き終えたフィンはその全体像を捉えようと、紙を持ったまま腕を伸ばし、目を見て細める。

 暫くの間は視線で穴が空きそうなくらいにジッと紙を見続けていたフィンだったが情報は情報のままで、規則性などは見当たらない。

 

 強いて言うならば、『不変』をこのオラリオで指す存在とは神のことであり、銀の髪と紫紺の瞳を持つ神などフィンはかの美神───フレイヤしか知らない、ということだろうか。

 ただそれはフィンの認知する範囲内でのことであり、もしかすれば()、あるいは天界にいるのかもしれない。

 

 噂もあり、少なからず繋がりがあるのだ。無関係とは言い切れない。

 だがしかし、新たな可能性として上げた内容に当て嵌まるとも言い切れない。そしてこれも勘ではあるが、こう親指(・・)が告げていた。

 

 ───彼女は違う、と。

 

「視点を変えよう」

 

 一向に進まない思考。

 解き明かすための鍵はなく、そもそも目的は明かされている。ファミリアの不利益にはならないとも明言されているのだ。

 シュヴェルトの性格上、それを信じてもいいとフィンは判断している。

 

 ならばどうして未だに思考を続けているのか。

 

「目の付け所と順番が違う───」

 

 フィンはシュヴェルトの真なる主神の正体を突き止めようとしていたが、判断材料が足りず、影すら見えない現状でこれ以上の推理は無意味だ。

 

 それに真の主神を知り得たところでシュヴェルトが目的を完遂するまで止まるとは思えないし、そもそも止める必要はない。

 それに、シュヴェルトはこう言っていたではないか。

 

 目的は『とある剣』を作ること、と。

 偽名を名乗るのには理由がある、と。

 ファミリアの不利益にはならない、と。

 

 我が主神に誓って(・・・・・・・・)、と。

 

「───なるほど、一向に推理が進まないわけだ。してやられたね」

 

 まずは神の如き『奇蹟』の披露。

 次はかの女神との共通点を敢えて見せる余興。

 そして恰も、黒幕であるかのように真の主神の存在を仄めかしてきたのがトドメだった。

 

 詰まる所、フィンは最初から最後まで思考を誘導されていたのだ。

 

 そんなシュヴェルトが用意した三段構えの“意趣返し”はかなり効いたらしく、フィンは目元を隠して天井を仰ぐ。

 ニヤリと口元を歪ませたフィンはそのまま暫く、嬉しそうにクツクツと笑っていた。

 

「…………はぁ、まったく。シュヴェルトも意地悪だなぁ」

 

 呆れたように呟くが、やはりフィンは嬉しそうに笑っている。

 

「でも、これで見えてきた」

 

 フィンが知りたかったのは主神の正体でも、目的の行先でもない。シュヴェルトが偽名を名乗る理由だ。

 最初から名前を偽る理由を知りたかった。

 ただこうして遠回りをしてしまったのも、フィンが湾曲して遠回しに問うたからだろう。

 

 自業自得である。

 

 そんな反省も程々にして、フィンは思考を加速させ始める。

 

「シュヴェルトの性格なら、偽名に意味を持たせるはずだ」

 

 目的と理由は同義()だ。

 しかし順番が違うのだ。

 これまでフィンは『とある剣』を完成させたいから(・・)偽名を名乗っている、と考えていた。

 だが本当は偽名を名乗る理由があるから(・・)『とある剣』を作ろうとしているのだろう。

 

 そう結論付けたフィンの気分は霧が去り、晴れ晴れとしていた。

 だが、それだけで終わるフィンではない。

 

「シュヴェルトならば偽名程度とは言わず、取って付けたような名前にはしない。何かしらの意味を持たせるはずだ。そこが鍵になる」

 

 少し冷えてしまったマグカップの中身を一息に飲み干し、フィンはさらに思考を加速させた。

 

 シュヴェルト・エル・ジークハイル。

 直訳すれば“剣・被造物の造物主・勝利万歳”だ。

 しかし、そのままではアホらしすぎる。

 

(偽名なんだ。組み替えたり、別の意味があるはず………………一度バラバラにしよう)

 

(シュヴェルト)

『被造物』『造物(エル)主』

勝利(ジーク)

万歳(ハイル)

 

 紙に書き、一つずつに区切った単語毎にペーパーカッターで切り分けた後、まずは別の意味を切り分けた紙の裏に書いていくことにした。

 とは言え、全てが別の意味に置き換えれるわけではない。

 

 被造物の対義語として『造物主』は『創造主』、雅語に直せば『万歳』は『健康、無事、平安』という意味になるが、ここは敢えて『清浄』と表現しよう。

 

 ここで重要となるのはシュヴェルトの完成させたい、創りたい『とある剣』とは何か。

 

 フィンはパズルのピースのように、紙の順番を入れ替えていく。

 その最中で見つけた三つの剣。

 

「勝利の剣、神の剣、清浄の剣……か。言い換えればそれは神剣を以って勝利を齎し、清く正しく浄める『英雄の剣』だ。……ならば聖剣は完成ではない、ということか」

 

 そうして『とある剣』の正体に辿り着いたフィンは、その壮大さに思わず溜息を溢す。何せ神剣を創造しようと言うのだ。

 それはもしかしたら……否、確実に己の目的───小人族(パルゥム)の再興以上と言える。

 もし達成すれば、シュヴェルトは英雄だと讃えられることは間違いないだろう。と言うよりも、神々がそんな美味しそうな娯楽は見逃さない。

 そして最後には、最新の英雄として後世に語られるようになるのだろう。

 

 だが、フィンの胸には懸念(しこり)が一つだけ残されていた。

 

 昔も今も英雄と呼ばれる者が現れる刻、対となる災害や怪物などが予定調和の如く現れる。

 それは逆も然りで、このオラリオに於いては地下深くから魔物が湧き出る穴を塞ぐために英雄達は闘い抜いてきた。

 

 ならば、ヴェルンド・ユングリングは英雄か。はたまた怪物(反英雄)か。

 英雄ならば、未来にはどのような厄災が待ち受けているのか。

 そして反英雄ならば、何をその剣で斬り裂くというのか。

 

「荒れるぞ、シュヴェルト・エル・ジークハイル(剣の創造主)

 

 顔に哀愁を浮かべ、一人呟くフィンの視線の先にあるのは、並べられた『剣』『創造主』と書かれた二つの羊皮紙だった。

 

 尽きることのない疑問が渦を巻き、胸中を乱していく。

 

 ───詰まる所、創造した後のことを思い描くことができないのだ。

 

 剣とは人を護ることができるが、その反面では人を傷つけることができる、扱い方と担い手によって如何様にもできる代物だ。

 

 大前提として、『剣の創造主』は創り手であり、担い手ではないのだ。シュヴェルト・エル・ジークハイルがそれを手に取ることはないだろう。

 ともすれば、神剣が創造された刻、誰が担い手となるのか。

 そして担い手が絶大な力を手にした時、何が起こるか。

 偽名を名乗ってまで完成させ、ただ作っただけでは終わらないだろう『英雄の剣』とその『剣の創造主』は何を成そうと言うのか。

 

 

 未だ『理由』は図りきれず……───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───願いを焚べよ、聖火を廻せ。

 さもなくば、世界が凍るぞ。

 

 

 

 

 







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epilogue:Sword of requiem

 迷宮都市オラリオ。

 そこでは毎日あらゆる人種が道を行き交い、また忙しなく都市の内と外を出入りされる。やってくる人々の目的は都市の真下に存在する『ダンジョン』だと断言しても過言ではない。

 

 ある者は富を求めて。

 ある者は名誉を求めて。

 ある者は出会いを求めて。

 

 もちろん、生活のための人もいるのだろう。

 

 そういったありとあらゆる、人の思いつく限りの思惑が闇鍋よろしく放り込まれ、さらに神の恩恵というスパイスが絶妙なバランスを保つことで生み出された珍味の如く。

 まさに混沌(カオス)

 これ以上入れてしまえば取り返しのつかないことになる程に、この都市は薄氷の上に成り立っているような魔境。

 

 それが迷宮都市(オラリオ)と呼ばれる場所である。

 

 その中心聳え立つ白亜の塔(バベル)は神の住居という役割を持つが、ダンジョンの蓋という側面の方が大きいだろう。

 そんなダンジョンには冒険者による日々の探索をもってしても、解き明かしきれない未知がある。

 ただ全てが未知というわけでもなく、明かされていることもあるのだ。

 

 例えばダンジョンから産まれるモンスターは魔石を体内に保有し、その魔石はモンスターの急所でもあり、あらゆる動力源となる代物でもある。

 例えば、ダンジョンにはトラップなどがある。

 例えば、モンスターはダンジョンの壁や床、天井などから産まれる。

 例えば、例えば、例えば、エトセトラ……───

 

 様々な未知と危険が内在する魔窟。

 そこは危険な場所だとわかっていても、飛び込むことを止めないのは人としての(さが)故か。

 そこに娯楽を見出した超越存在(デウスデア)ならば何か知っているのだろうか。

 

 だが、一つ。

 それだけはこのオラリオに住む者ならば必ず知っている。

 

 ダンジョンには何かがある、と。

 

 その何かとは人それぞれなのだろうが、その何かを求めているのはダンジョンに潜る者たちの共通事項であった。

 冒険者は武器を手に取り、装備を整え、今日もその『何か』を追い求める。

 その恩恵にあやかろうとする者が世界中から集うが故に、この都市は世界の中心とも呼ばれているのだが……この都市は集まりすぎている。そして、死に過ぎていた。

 

 ───おかしいとはおもわないかい?都市の外からいくら人が移住しても、迷宮都市(オラリオ)の総人口はあまり変わっていないんだよ。

 

 そう、とある男が傍に撓垂れ掛かる女へ語りかけた。

 

 人の魂は死後、本来ならば輪廻の輪、則ち全ての始まりと終わりと言われる『根源』の渦に取り込まれ、また始まりを迎えることになる。その始まりは同じ人としてか、または動物、もしく植物としてかは明らかではないが、形はどうあれ生物の魂は生物として生まれ変わることになるだろう。

 

 この世の全てはそうあれかし───森羅万象・永劫回帰───と創造されたのだ。

 産まれ、生き、死ぬ。

 人と同じように星も開闢を迎え、いずれは人と共に終焉を迎えるかもしれない。

 星の息吹とは『根源』を循環するエネルギーのことだ。

 

 故にその循環が滞れば淀みが生まれ、決壊した瞬間に終末を迎えるだろう。尤も、それは逆も然り、だが。

 

 さて、ここで思い出してほしい。

 

 人の魂は死後、本来なら輪廻の輪に加わるのだ。

 しかし、このオラリオではどうだろうか。

 神は眷属を増やし、人はダンジョンに潜り、危険を犯す。

 そして多くの人が死んでゆき、また神の眷属は増えていくのだろう。

 何にせよ、ここには世界中から人が集まるのだから。

 

 彼らの魂は癒えることなく未来永劫、神の眷属として仕えることになるのだろう。

 行き先は本来死後の世界とされる、冥府ですらない。いつか起こる戦場だ。毎日のように、とはいかないだろうが、それは余りにも戦士たちが浮かばれない。

 

 ───誰かが、終止符を打たなければならない。

 

 そう、哀しそうに呟いた男は口ずさむ。

 

 

───我、至る───

 

 

 それは過去、現在、未来を通した英霊たちに向けて贈る鎮魂歌だった。

 同時に、英雄の剣に憧れ、剣を執り、剣を鍛えると生涯を決めた男が、唯一愛した女のために詠う、愛の唄でもあった。

 

 安らかに眠れるように、と。

 彼女と共に見た景色を壊したくない、と。

 

 とある『』に迷い込んだのは、男が一度死に絶えた時だった。

 世界の真理の一端を体験し、ある程度のことを知り得た後にそこから蘇った男はそのおかげで己の剣を完成させることができたが、同じくして世界の命運をも知り、それを知っていた今の主に託されてしまった。

 

 しかし男は世界の命運なぞ、知り得たところでどうでも良いとも考えていた。ただ、創りたい剣があったから、男はそれを作るだけである。そして先の利が一致していて、無害故に引き受けただけの話だ。

 

 確かに戦士たちのことも少しだけ思うところはあったが、それも男が剣士でもあるが故のただの感傷で、そこから何かをしようとは思わず、己の女のため、という意味合いの方が相応しいだろう。

 何せ己は剣を創りたいだけの鍛冶師であり、剣士であり、精霊だ、と男は考えていた。

 

 ───だから、詠おう。剣の(うた)を。

 

 そんな時だった。

 眼下に現れた二つの影。

 それらが立っているのはオラリオをぐるりと一周させた外壁の上だった。

 

 はためく黒一色のローブの裾辺りはボロボロで、頭もすっぽりとフードで隠している。念には念を入れているのか、さらに面をつけて顔を隠すその姿は、如何にも侵入者です、と言わんばかりの不審者だ。

 

 しかし、今は夜だということもあり魔石によって作られた街灯の光も届かず、誰にも気づかれることはないだろう。

 

 白亜の塔(バベル)の頂上で夜風に当たる男と女以外には。

 

 二つの影のうち、一人がおもむろに夜空を見上げる。

 そして男も夜空を見上げた。

 

 紫紺と真紅の瞳に映るのは満天の星屑。

 腕を伸ばせば掌一杯に掴めそうなのに、掴めない。

 だからこそ、この世界はこんなにも美しいのかもしれない。

 

 二人はその景色を見て、やはり、と頷く。

 この景色を壊したくない、と。

 

 そうして二人は伸ばした腕を水面に波紋を作るようにゆっくりと星空を薙ぐ。その姿はまるで指揮者のようで……───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ピタリ、と腕を停止させたその刹那。

 

 傍で彼らと同じように夜空を見上げていたリヴェリアはその光景に瞠目した後、さも当然だと言わんばかりに大きく頷いた。流石、と。

 

 なにせ───言葉通りに星が停まっていたのだから。

 

 そんな妖精を横目にしながらも、掌握していた天体を解放した二人は同じくして最後の一節───詩の題をその口で紡いだ。

 

「「───【我が境界は剣と成りて(シュヴェールト・エル=テーゼ)】───」」

 

 

 さぁ、聖杯戦争を始めよう。




 申し訳ございませんが、作者の都合で打ち切りのような形で完結させていただきます


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