Fate/Go Astray (泥江青花)
しおりを挟む

EP1.不貞の女

泥江青花(どろえあおはな)です。

この度、Fateの二次創作を執筆させていただきました。
拙著ではありますが、皆様が少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

また、感想をいただけますと今後のモチベーションにも繋がりますので、是非ともよろしくお願いいたします。

※注意
1.無断転載・インターネット上への掲載(SNSを含む)は禁止です。ご質問等あればこちらまでご連絡ください→aohana.doroe.1208@gmail.com
2.Fateの世界観、設定をお借りしていますが、登場人物はオリジナルがメインです。原作キャラクターはほぼ登場しませんので、そうした作品をお探しの方はご了承のうえ、本編を読んでいただければ幸いです。
3.台本形式を採用しています。



登場人物

 

☆■■■■■■陣営

藤戸なずな(一六)高校生

騎士王 ■■■■クラスのサーヴァント。ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二)なずなの担任教師。魔術使い

ダグマル・クリューガー(六一)シュネー家の執事。Bar赤の店主

 

藤戸茅子(三七)なずなの母親

 

☆セイバー■■陣営

巨躯の騎士 セイバークラスのサーヴァント。

 

男性客A・B・C

女性客

 

サラリーマン風の男

 

教師

生徒A・B・C

 

女性店員

 

茅子が連れてきた男

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

○東京 外観 明朝

T「東京」

 

○ホテル 五一九号室 明朝

薄暗い室内。

ドライヤー音が微かに響く。

ベッドで藤戸なずな(十六)は目を覚ます。サイドテーブルに手を伸ばし、スマホを取る。スマホの画面には【二〇一八年五月十九日五時九分】と表示されている。

ガチャという音とともにルイス・フォン・シュネー(三二)がシャツとスラックス姿で現れる。

ルイスはスタンドライトをつける。右手の甲には痣のような痕が見える。

 

なずな「先生……手どうしたの?」

 

ルイスは声のするほうに目を向ける。

ベッドで上体を起こしたなずなは不思議そうな顔をしている。

 

ルイス「……あぁ、起こしてしまったみたいだね」

なずな「手」

 

ルイスは右手の甲を見て、

 

ルイス「ああ、これ? どこかでぶつけたのかな」

 

微かに笑いながらルイスはジャケットを羽織る。

 

なずな「もう行くの?」

ルイス「うん、小テストの準備がまだ終わってないからね」

なずな「……そう」

 

ルイスはベッドに腰をかけ、なずなの額に軽く口づけをする。

 

ルイス「なずなはもう少し休んでるといい」

 

なずなはルイスの胸元に軽く顔を埋める。微笑むルイス。

 

ルイス「じゃあ、僕は行くから……」

 

ルイスは軽く手を振り、部屋から出ていく。左薬指には銀色のリングが煌めている。

なずな、ベッドに仰向けになる。ふと備え付けのデスクに置いてある古びた本が目に入る。

本の背表紙にはドイツ語で【アーサー王伝説】と書かれている。

 

○小木屋谷学園 全景 朝

三階建ての比較的新しい校舎。

校門には【小木屋谷学園】の文字。

登校する学生たち。

 

○同 二年二組 教室内 朝

生徒が疎らにいる教室内。

座席でなずなは【アーサー王伝説】をぺらぺら捲っている。

がらがらと音を立てて、ルイスが教室に入ってくる。

 

ルイス「おはようございます。みなさん朝礼を始めますよ、席に座って」

 

生徒たちは各々の席に座っていく。

なずなとルイスは目が合う。

 

○電車 車内 夜

車窓の景観は移り変わっていく。

なずなはドア付近に立ってスマホをいじっている。子どもの笑い声が聞こえ、座席のほうをちらりと見る。

小さな男の子とその父親と思わしき男性が楽しそうに話をしている。

なずなはスマホに視線を落す。

 

○新宿駅前 夜

新宿駅前では大勢の人で溢れて返っている。

 

○レストラン(チェーン店) 店内 夜

大勢の客で賑わっている店内。

 

なずなの声「では、ご注文を確認させていただきます。ラザニアとドリンクバーのセットお一つ。和風おろしハンバーグのBセットお一つ。以上でよろしいでしょうか?」

男性客Aの声「うん、大丈夫」

男性客Bの声「俺、ビールも頼もうかなぁ」

 

ガヤガヤする店内。

三十代半ばくらいの女性と小さな女の子が食事を取っている。

 

なずな「よろしければお使い下さい」

 

女の子の前に小皿を置くウェイトレス姿のなずな。

 

女性「ありがとうございます」

男性客Cの声「お姉さん、注文いい?」

なずな「はい、ただいま」

 

なずなは女性と女の子に頭を下げて、立ち去る。

 

○路地裏 夜

人通りの少ない路地裏。明滅を繰り返す古びた電工看板。看板には【Bar赤】と表示されている。

 

○Bar赤 店内 夜

赤と黒を基調にした店内。木製の調度品が並ぶ。

微かに聞こえるジャズ。

ガクガク震えながら後ずさるサラリーマン風の男。苦虫を噛み潰したような顔。

フロアには数人の男が白目を剥いて倒れている。

カウンター席に座るルイスはウィスキーを一口呷る。

 

ルイス「穏便に済ませたかったのですが、本当に残念です」

 

カウンターの奥でタキシード服姿のダグマル・クリューガー(六一)がグラスを拭っている。

ルイスは立ち上がり、ジャケットの懐に手を入れる。

 

ルイス「対価はすでにお支払いしています。契約は守っていただかないと困るのですが……」

 

男を見つめるルイス。手には液体の入った試験管が一本。

 

男「そ、そう! 契約です。これは審査だと思っていただきたい。あなたが聖杯戦争を勝ち抜ける人材なのか。私どもが助勢するに値する人間なのか。……おめでとうございます! あなたは合格です!」

 

ルイスは男が話終わる前に試験管に入った液体を床に垂らす。液体は見る見るうちに質量を増やし、二メートルを優に超える一つ目の白い巨人に変貌を遂げる。

 

ルイス「カリバーンの破片を譲るのか否か。お答えいただけますでしょうか?」

 

顔の歪んだ男はルイスに背を向けて逃げ出そうとする。振り向くとホムンク

ルスが白い腕を振り上げている。

 

男「ぎゃああああああああああああああ」

 

重い響きとともに煙が巻き上がる。

壁にホムンクルスの腕が突き刺さり、その下で男が白目を剥いて気を失っている。

ルイスはため息を一つして、男の内ポケットから小さな箱を取り出す。

箱を開けると中には小さな金属の破片が入っている。

 

○リバームハイム 三◯四号室 夜

 

なずなの声「先生は今、何をしていますか?」

 

スマホの画面にはメッセンジャーアプリが起動している。タイムライン上には【先生は今、何をしていますか?】と載ってある。画面上部には【KingArthur】の文字。

女性ものの派手な服が部屋の至る所に散らばっている。居間の片隅でなずなはスマホをいじっている。

がちゃという音が鳴り、藤戸茅子(三七)が居間に入ってくる。スマホを耳に当てている。

 

茅子「あーうんうん。渋谷っしょ? 七時? わかったわかった。で、今回どうよ? 年収一千万? うっそー」

 

茅子はなずなの目の前を素通りして寝室に向かう。

なずなはスマホの画面をずっと見つめている。

 

○小木屋谷学園 全景 朝

 

○同 二年二組 教室内 朝

なずなは前の席に座る女子生徒と談笑している。

がらがらと音を立てて初老の男性教師が教室に入ってくる。

なずなは横目で教師を追う。

 

教師「朝礼始めるぞ、席に着け」

 

生徒たちが各々席に座る。

 

生徒A「あれ? ルイス先生は?」

教師「あールイス先生か? 今日は家庭事情で休みだそうだ」

生徒B「へえー」

 

なずなは机に中にそっと手を入れ、スマホを触る。

 

教師の声「朝礼始めるぞ、ほれ日直」

生徒Cの声「きりーつ」

 

○渋谷109前 夕方

渋谷109前は大勢の人で賑わっている。

 

○カフェ 店内 夕方

がっしゃんという音が店内に響き渡る。

 

なずなの声「失礼致しました」

 

なずなは屈んで割れた皿の破片を片付けている。帚とちりとりを持って女性店員が駆け寄ってくる。

 

女性店員「藤戸さん、大丈夫?」

 

なずなは見上げる。

 

なずな「すいません。今片付けてしまいます」

 

女性店員は心配そうになずなを見つめている。

 

○歩道 夜

なずなは街路樹が植えられた歩道を歩いている。手にはスマホ。立ち止まり、スマホを見る。

タイムライン上のメッセージは【先生は今、何をしていますか?】、【先生、今日はどうされたんですか?】と載っている。

 

なずな「……既読なし」

 

なずなは顔を上げる。

目の前に五階建ての新しくも古くもないアパートが建っている。

 

○リバームハイム 三◯四号室 夜

掛け時計は【一時三十二分】を指している。

居間の片隅で座りスマホをいじっているなずな。

 

男の声「ここでいいのか?」

茅子の声「ここー」

 

がちゃという音が鳴り、酔っぱらった茅子は男に付き添われながら居間に入ってくる。

なずなと男は目が合う。

 

男「ん? 誰こいつ?」

茅子「どうでもいいっしょ?」

 

茅子はなずなの目の前で男と激しく口づけをする。

なずなは無表情で二人を一瞥し、スマホに視線を落す。

男は茅子と口づけしながらなずなを横目で見ている。

 

○小木屋谷学園 二年二組 教室内 朝

なずなはノートに板書を写している。

女性の教師が板書している。

なずなのシャープペンの動きが止まる。

なずなは席から立ち、

 

なずな「先生、体調が悪いので保健室に行ってもいいですか?」

 

○同 保健室 朝

ベッドで横になっているなずな。スマホを見ている。

 

○電車 車内 夕方

混雑している車内。

座席に座っているなずな。目を伏せている。

 

○新宿駅前 夕方

新宿駅前は人の行き来が多い。

俯きながらなずなは人の流れに沿って歩く。

 

○公園 夜

街灯の明かりが閑散とした小さな公園を照らしている。誰一人いない。

革靴が砂利を踏みならす。

なずなは豚を形取った遊具に座り、バックからスマホを取り出す。スマホを一瞥して、目を閉じる。

 

○路地裏 夜

夜空に月が浮かんでいる。

ルイスは壁に沿ってよたよたと歩く。呼吸は荒く、左の二の腕を右手で押さえて

いる。唇は切れ、血が流れている。

真っ正面をしっかり見据えて一歩、また一歩と歩を進める。

後方で爆発音が響き、ルイスは振り向く。辺りを爆風が駆け抜ける。

ルイスは懐から二つの試験管を取り出し、路地裏の奥に投げつける。

アスファルトに触れる瞬間、試験管に魔法陣が浮かび上がる。アスファルトで粉々に砕けた試験管から白い巨人が二体現れる。白い煙の立ち込める路地裏の奥に巨人たちは進んでいく。

ルイスは巨人たちに背を向け、走り出す。

×××

路地裏の奥から白銀の甲冑に身を包んだ大男が姿を現す。右手には十字を象った剣を持ち、左手には大盾を携えている。

大男、巨躯の騎士の足下にはホムンクルスが倒れている。

 

○リバームハイム 外観 夜

 

○同 三◯四号室 夜

がちゃという音が微かに響く。

少し開かれたドアの隙間からなずなが覗き込んでいる。

玄関には赤いハイヒールなどの女性ものの靴が無造作に置かれている。

なずなは玄関に足を踏み入れる。ふと、風呂場に目を向ける。

蛇口から水がちょろちょろ流れる音が聞こえる。

 

○同 バスルーム 夜

脱衣室に入るなずな。

水がちょろちょろ流れる音が聞こえる。

なずなはガラス張りでできた浴室のドアに目をやる。ドアノブを回す。

目を見開くなずな。

浴槽に寄り添う形で茅子は体を預けている。右手は浴槽に浸かっている。

浴槽に張った水は微かに赤く濁っている。

茅子の足下には刃先に血が付着したカッターナイフが落ちている。

なずなはバスルームに入り、茅子を覗き込む。

虚ろな目、青白い肌の茅子。

なずなは静かに右手を伸ばす。

水がちょろちょろ流れる音が聞こえる。

×××

(フラッシュ)

なずなはぎゅっと自らの体を抱きしめる。

目の前には全裸の男が立っており、舐めるような視線をなずなに向けている。男はゆっくりとなずなに手を伸ばす。

×××

なずなは必死に抵抗し、男から距離を取る。ふと、視線を横に向ける。

×××

寝室のドアが半分ほど開いており、茅子が無表情でなずなを見つめている。

×××

きゅっと蛇口を締める音が聞こえる。

 

○歩道 夜

なずなは疾走する。額から汗が流れる。

 

なずな(M)「先生」

 

○路地裏 夜

ルイスは苦悶の表情を浮かべる。対峙する巨躯の騎士は剣を構える。

ルイスは試験管を四本投げ、白い巨人四体を出現させる。

巨人たちは巨躯の騎士に襲いかかるが、僅かの間に返り討ちにされる。

ルイスは舌打ちをして、巨躯の騎士から距離を取る。

ルイスは姿勢を正し、懐から二本の試験管を取り出す。その場で液体をアスファルトに垂らし、詠唱を始める。ルイスの首回りから赤い線のようなものが現れる。赤い線は樹木が枝割れするように首を伝い、頬に幾何学的な紋様を刻む。

アスファルトに垂れた液体は膨張し、体積を増やしていく。体長四メートルは優に超える白い巨人が姿を現す。

 

ルイス「(ドイツ語)冒涜者よ。敵を屠れ!!!」

 

白い巨人は巨躯の騎士に襲いかかる。

甲高い音が路地裏に響く。

白い巨人の左肩から右脇腹にかけて亀裂が入り、崩れ落ちるように体が二つに引き裂かれる。引き裂かれた体は白い煙を吹き出しながら消滅していく。

路地裏に煙が立ちこめる。

巨躯の騎士は右手を大きく振りかぶり剣を振り下ろす。充満していた煙が剣圧で霧散する。

巨躯の騎士は左右を見渡す。路地裏には巨躯の騎士しかいない。

 

○廃ビル 外観 夜

夜空には月が浮かんでいる。

月明かりに照らされる六階建ての廃ビル。

なずなは廃ビルを見上げている。

 

○同 廊下

 

アナウンス「おかけになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないためかかりません」

 

なずなはスマホを耳から離す。廊下を渡り、階段を上り始める。

×××

なずなは階段を上っている。目の前にドアが現れる。

 

○(回想)廃ビル 屋上 夜

ドアが開く音。

 

ルイスの声「暗いから気をつけてくださいね?」

なずな「……はい」

 

月明かりに照らされる屋上。

なずなは目を見張る。

優しく微笑むルイス。

なずなは屋上の中心に引き寄せられるように歩く。

 

なずな「ここは……なんなんですか?」

ルイス「ふふ、僕の秘密の隠れ家なんですよ、ここ」

なずな「……隠れ家?」

ルイス「例えば朝、犬のうんちを踏んでしまってとてもじゃないけど学校に行く気分じゃないとき」

 

なずなは首を傾げている。

 

ルイス「例えばテストで赤点取ってとてもじゃないけど親に見せられないとき。……そんなとき僕はここに逃げてくるんです」

 

なずなはルイスを見つめる。

 

ルイス「……藤戸さん。人はね、悩みを抱えて生きていけるほど強くはないんですよ。どこかで吐き出さないととてもじゃないけど生きてなんていけない」

 

ルイスは悲しそうな顔をする。

 

ルイス「友達に相談したり、理想をいえば家族に聞いてもらえるのが一番いいのかもしれない。でも……それが一番難しい人だっていると思うんです」

 

なずなは俯く。

 

ルイス「僕は何かあったときここに来ます。いろいろ考えたり、ときには言葉にして溜まっているものを吐き出すようにしています。ここには誰もいませんから。すっきりしますし、冷静にもなれる気がするんです」

なずな「……どうしてその話を私に?」

ルイス「余計なお世話だと重々承知しています。それでも藤戸さんには、そういう場所の一つも知っておいて欲しかったんです」

 

なずなは月を見上げている。

 

なずな「先生、それだと私が可哀想な子だってことになりませんか?」

 

なずなの後ろ姿を寂しそうな表情で見つめるルイス。

 

なずな「……本当に何もありませんから大丈夫です。……でも、その、この場所はとても素敵だと思います」

 

ルイスは微かに笑みをこぼす。

 

ルイス「……はい」

 

夜空に浮かぶ月。

 

なずなの声「……先生はその、私のこと好きなんですか?」

ルイスの声「え!?」

なずなの声「……私によくちょっかい出すし、こんな暗がりに連れ込むし……」

ルイス「ち、違います! ぼ、僕はその教師として!」

 

なずなの笑い声が微かに聞こえる。

(回想終わり)

 

○路地裏 夜

壁に寄りかかるルイス。息切れしている。

右手を空にかざす。手首にはきらきらした赤や黄色、ピンクなどのビーズで作られたブレスレットがつけられている。

ルイスはぼんやりブレスレットを眺める。

 

ルイス「……ラウラ」

ダグマルの声「坊ちゃん……坊ちゃん……坊ちゃん」

 

ルイスに直接語りかけるように(念話)。

 

ルイス「……聞こえてるよ……ダグマル」

ダグマルの声「坊ちゃん!!坊ちゃんご無事でしたか!?」

ルイス「……あぁ、命からがらなんとかね。……でも、やられたよ」

 

×××

(フラッシュ)

剣を振り下ろす巨躯の騎士。

×××

ルイス舌打ち。

 

ルイス「セイバーを、セイバークラスを盗られた」

 

ルイスはよたよたと歩き出す。

 

ルイス「……流石はセイバークラスと言ったらいいのかな。手持ちのホムンクルスをほとんど持ってかれたよ」

ダグマルの声「坊ちゃん……」

ルイス「でもね、ダグマル。僕は負けないよ……」

 

ルイスの視線の先には廃ビルがある。

 

ルイス「……負けられない。僕はもう奇跡に縋るしかないんだ」

 

○黒み

 

ルイス(M)「……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を……」

 

○廃ビル 屋上 夜

ベンチで横になっているなずな。

身をよじり、頬を赤らめる。胸元に置かれた右手。左手はスカートの中で蠢いている。

 

ルイス(M)「……四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ……」

 

○路地裏 夜

 

ルイス(M)「……閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する……」

 

爆風。

煙の中から巨躯の騎士が現れ、ルイスに斬りかかる。ルイスはホムンクルスを呼

び出し、巨躯の騎士を迎撃する。

巨躯の騎士、ホムンクルスたちを斬り伏せていく。

 

ルイス(M)「――――告げる」

 

○廃ビル 外観 夜

 

○同 屋上 夜

夜空に月が浮かんでいる。

うっとりとした顔でなずなは月を見ている。

ゆっくりと上体を起こす。

 

ルイス(M)「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に……」

 

○同 正面玄関前 夜

正面玄関前にルイスは投げ出される。よろよろと立ち上がる。

巨躯の騎士はルイスの目の前に立つ。

ルイスは横目で背後に建つ廃ビルを見て、後ずさる。

 

○同 屋上 夜

なずなはベンチから立ち上がり屋上の端に向かってふらふらと歩き出す。

 

ルイス(M)「……我は常世総ての善と成る者……」

 

無表情のなずな。覚束ない足取り。

 

ルイス(M)「……我は常世総ての悪を敷く者……」

 

○同 正面玄関前 夜

ルイスは無言で巨躯の騎士を睨む。

巨躯の騎士、剣を構える。

ルイスは意を決したかのように握り拳にそっと左手を添える。

 

ルイス「……汝三大の言霊を纏う七天……」

 

○同 屋上 夜

 

ルイスの声「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

なずなは屋上から飛び降りる。

 

○同 正面玄関前 夜

唐突に巨躯の騎士はビルの頂上付近に目を向ける。

ルイスも無意識に巨躯の騎士の目を追い、見上げるが暗くて何も見えない。

ルイスの瞳に淡い光が灯る。

屋上から落ちてくるなずなを視界にはっきりと捉える。

 

ルイス「!? ……なずな!?」

 

咄嗟に体が動きだすが、ルイスはもつれてその場に倒れ込む。

巨躯の騎士は上空を見上げ、駆け出す。

 

○空中 夜

意識のないなずなは落下している。

周囲に光子が舞い始める。

 

○廃ビル 正面玄関前 夜

巨躯の騎士は腰をひねり剣を構える。

姿勢を低くした瞬間、なずなを目がけて跳躍する。

 

○廃ビル 教室 夜

荒れた教室内。

薄暗い教室の一区画から青白い光が漏れる。

机の下で青白く発光している魔法陣。

 

○空中 夜

落ちてくるなずな。周囲に漂う光子は爆発的にその数を増やしていく。

巨躯の騎士は斬り上げる。

 

○廃ビル 正面玄関前 夜

ルイスは唖然と上空を見上げている。

右手に握られた金属の破片は青白く発光している。

 

○空中 夜

甲高い金属音が響く。

 

○廃ビル 正面玄関前 夜

巨躯の騎士は鮮やかに着地し、一方を見る。

なずなを抱きかかえた少女は緩やかに着地する。

少女は青を基調とした衣服に銀白色の鎧を身に付けている。金髪碧眼。凛々しい顔立ち。

少女、騎士王はルイスの元に向かう。

ルイスは呆然と騎士王を見つめている。

騎士王はゆっくりとなずなをルイスに預け、巨躯の騎士に視線を送る。

右手に光子が集まり、剣身が細身の両刃直剣が姿を現す。

 

騎士王「伺いましょう。貴方が私の敵ですか?」

 

騎士王は剣先を巨躯の騎士に向ける。

自信に満ちた表情。ニッと笑う。

 

○タイトル

黒み

T「不貞の女」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP2.聖剣戦争

登場人物

 

☆■■■■■■陣営

藤戸なずな(一六)高校生

アーサー・ペンドラゴン ■■■■クラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二)なずなの担任教師 魔術使い

エミリア・フォン・シュネー(二八)ルイスの妻

ラウラ・フォン・シュネー(一〇)ルイスの子ども

ダグマル・クリューガー(六一)シュネー家の執事 Bar赤の店主

 

☆セイバー■■陣営

伊夫伎忠愛[いぶきただよし](三七)巨躯の騎士のマスター 元聖堂教会代行者 第八秘蹟会所属(東京支部)

巨躯の騎士 セイバークラスのサーヴァント

 

☆聖堂教会

コルト・ポーシブ(五三)聖堂教会 第八秘蹟会所属 聖杯戦争の監督役

善知鳥元始[うとうげんし](四二)聖堂教会 第八秘蹟会所属(東京支部)聖杯戦争の監督補佐

 

☆?

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇) ルイス家の前に現れた少年

 

歴史家 象牙色のローブを着込んだ痩せ形の男

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

○教会 全景 夜

ちかちかと点滅している街灯。

人通りのない住宅街。

灯りのついていない古くさい教会が建っている。

 

○同 室内 夜

薄暗い教会内。

祭壇には蝋燭が飾られている。蝋燭に火が灯っている。

金属がぶつかる微かな音が聞こえる。

祭壇に背を向けて、机に座っている伊夫伎忠愛(三四)。手には知恵の輪。知恵の輪に苦戦する伊夫伎。苦悶の表情を浮かべ、必死に知恵の輪を解こうとする。

机の上にはいくつもの知恵の輪の部品が置かれている。

ガチっと音が鳴る。繋がったままの二つの金属パーツ。

知恵の輪の睨みつける伊夫伎。深呼吸をして、

 

伊夫伎「……いいだろう。これでこそ人知が生み出した至高の遊戯というべきだ。ふふ……。私をもっと熱くさせてみろ! さあ!」

 

伊夫伎は前髪をかき上げる。額には赤い幾何学紋様【令呪】が刻まれている。

 

○廃ビル 正面玄関前 夜

巨躯の騎士は駆け出す。

騎士王と巨躯の騎士は剣を交える。

攻守に渡り機敏な動きを見せる騎士王に対して巨躯の騎士はその巨体を活かした力強い剣戟を行う。

騎士王と巨躯の騎士は距離を取り、相手の出方を窺う。

 

騎士王「……それが貴方の答えというわけですね?」

 

騎士王は一気に間合いを詰め、巨躯の騎士に斬りかかる。

騎士王の怒濤の連撃を捌ききれなくなり、徐々に後退する巨躯の騎士。

剣から赤い光が溢れ出し、騎士王は一気に振り抜く。

直撃を受けた巨躯の騎士は轟音とともに廃ビルに突っ込む。煙が舞う。

 

騎士王「じょーだんじゃありませんわ!! 身の程を弁えなさい!」

 

不機嫌な騎士王。

屋上で佇む人影。人影は騎士王やルイス・フォン・シュネー(三二)と藤戸なずな(十六)を見下ろしている。

煙を切り裂くように大盾が騎士王を目がけて飛んでくる。

騎士王は剣で大盾を流す。

勢い余った大盾はアスファルトに突き刺さる。

騎士王は頭上を睨む。今にも剣を振り下ろさんとする巨躯の騎士。

甲高い音と重く低い音が同時に廃ビル周辺に響き渡る。

周囲に粉塵と煙が舞う。

窪んだアスファルトに立つ巨躯の騎士。

アスファルトに十字架を模した剣が突き刺さっている。

一瞬の煌めき。騎士王の振り上げた剣先が巨躯の騎士の首筋を狙う。剣先が巨躯の騎士に触れようとしたとき、ぴたりと止まる。

目を見開く騎士王。

巨躯の騎士は間髪入れず身体を捻り、渾身の強打を放つ。

騎士王は痛打をもらい、廃ビルに吹き飛ばされる。

宙に左手を差し出す巨躯の騎士。大盾が飛んでくる。巨躯の騎士は大盾の取っ手を掴み、剣をアスファルトから引き抜く。

廃ビルから爆発が起こり、騎士王が姿を現す。周囲には赤い粒子が舞っている。

姿勢を正し、剣を構える巨躯の騎士。

ルイスは息を呑み、二人の動向を注視する。

 

騎士王「そこの貴方、彼女をお願いしますわよ?」

 

騎士王は一歩前に進み、剣を天に向けて振り上げる。剣の周囲にも赤い粒子が生まれ、その数を爆発的に増やしていく。

ルイスは騎士王から目を離せない。

 

なずな「あぁあああ……」

 

ルイスは反射的に抱きかかえていたなずなに目を向ける。

なずなは大きく目を見開き、身体を反らせ、苦しみだす。

 

ルイス「なずな!?」

 

なずなの顔に数本の線のようなものが浮かび赤く発光する。

驚嘆したルイスはなずなを見つめ、

 

ルイス「【魔術回路】……? ……何が起こっている?」

 

ルイスの目にはなずなの右手の甲に刻まれた【令呪】が映っている。

なずなは苦しみ、悶える。

眩い光が周囲を照らす。その中心で黄金剣を掲げた騎士王。

剣先から延びる光の帯は天まで届き雲を浸食している。

巨躯の騎士は光の帯を見つめる。

騎士王は剣を一気に振り下ろす。

 

騎士王「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!」

 

光の奔流が廃ビルを一気に呑み込む。

爆発音。

 

○国道 夕方

夕焼け空。

車が行き交う。

黒のアウディ・A4が走る。

 

ラジオパーソナリティの声「……昨日、東京都内にてガス漏えい爆発火災事故が発生しました。何らかの原因で引火、爆発したものと推定されますが、現在詳細を調査中です……」

 

運転席にはルイス、助手席にはなずなが座っている。

なずな、窓の外を眺めている。

 

○都内総合病院 外観 夕方

白を基調とした趣のある五階建ての建物。

老若男女問わず多くの人が往来している。

 

○同 廊下 夕方

無機質な大きなドア。[集中治療室]と記されたプレート。

 

○同 ICU集中治療室 夕方

白を基調とした室内。

中央に置かれた一台のベッドでラウラ・フォン・シュネー(一〇)は眠っている。

少女を囲うように多種多様な機械が置かれている。生体情報モニタでは心電図などがモニタリングされている。

ガラス越しにラウラを見つめるなずなとルイス。その後ろには虚ろな目をした看護師が立っている。

 

ルイス「……紹介するよ。彼女はラウラ。……僕の娘だ」

 

なずなはじっとラウラを見つめている。

なずなの右手の甲には【令呪】が刻まれている。

 

ルイス「もう二年。……彼女はずっと眠っている」

 

白い肌。チューブに繋がれた幼い身体。

ラウラは眼を閉じたまま身動き一つしない。

 

○ルイスの家 全景 朝

雨が降っている。

庭付きの豪奢な一軒家。

急勾配の屋根に大きな窓がついている。

 

○同 客室朝

雨が降っている。

大きな窓から手入れの行き届いたテラスが見える。

ティーテーブルに座り、カップに口をつける騎士王。

騎士王は横目で、手の甲を見つめるなずなを見る。

 

騎士王「……決めましたの?」

 

なずなは騎士王に目を向ける。

 

なずな「まあ、返すも返さないもないですよ。これはもともと先生のものですから」

 

騎士王は静かに立ち上がり、細身の両刃剣を顕現させ、左右に薙ぐ。

 

騎士王「事の重大さがまるで理解できていないみたいですわね」

 

きょとんとするなずな。

 

騎士王「いいですこと? 事情はどうあれ、今、この私と契約を結んでいるのは貴女なのです。貴女には叶えたい願いはないのですか?」

 

なずなはじっと騎士王の剣を見つめている。

 

騎士王「……ってなんです?」

なずな「なんていうか、やっぱり不思議ですね。……魔術? 魔法? でしたっけ? それにその剣、とても綺麗」

 

ぽかんとした騎士王ははっとして、胸を張る。

 

騎士王「ふん、当然ですわ! 湖の乙女から頂戴した由緒ある剣なのですから」

 

剣身には二匹の蛇の姿が刻まれている。

 

○同 離れ 朝

 

ルイスの声「……エクスカリバー。キング・アーサーの伝説において、キング・アーサーが持つとされる剣。決してその刃は毀れず、あらゆるものを両断すると謳われた神造兵器」

 

窓から覗く客室ではなずなと騎士王ことアーサー・ペンドラゴンが楽しそうに話をしている。

窓際に立つルイスとエミリア・フォン・シュネー(二八)。

楽しそうに話すアーサーを横目で見るルイス。困惑の表情。

エミリアはルイスの顔を見上げ、優しく微笑む。

 

エミリア「事実は小説より奇なりなんてね。キング・アーサーがあんな可愛らしい女の子だったなんて世界中でどれだけの人が知っているのかしら。きっと私たちだけよね?」

 

ルイスはぽかんとしている。

 

エミリア「それに彼女がキング・アーサーなら私たちは最強のカードを手に入れたことになる。これほど好条件がそろってなんて顔をしてるの? 私たちはまた一歩聖杯に近づいた。そうでしょ?」

 

ルイスはくすりと笑う。

 

ルイス「……そうだね。君はとても前向きだ」

 

ルイスはなずなとアーサーと見つめる。

 

○同 客室 朝

なずなはティーカップに紅茶を注いでいる。

 

なずな「【聖杯】を手に入れればなんでも願いが叶う……」

 

なずなはティーカップをアーサーの元に置く。

 

なずな「聞けば聞くほど胡散臭いというか……」

 

なずなに見つめられながらもすまし顔でアーサーはカップに口をつける。

右手の甲に刻まれた【令呪】に目を向けるなずな。ため息。

 

なずな「……もういいです。私、受け入れます」

 

アーサー「いい心がけですわ。つい先日まで魔術の存在すら知らなかった貴女には酷な話だと思います。それでも貴女の目の前にいる私は聖杯戦争において最優たるセイバーのクラスの英霊です。必ず私たちの手に聖杯を勝ち取ることをお約束しますわ!」

 

胸を張っているアーサーに対してなずなはぽかんとしている。

 

アーサー「どうかしまして?」

なずな「え、いえ、……アーサーさんはイギリスの王様なんですよね? その、日本語がお上手だなって思って……」

アーサー「受け入れたのではなくて?」

なずな「いや、別にそういうわけじゃなくてですね。えーと、その、友達と話しているみたいだなって……(小声で)ちょっと変だけど……」

アーサー「【聖杯】からこの時代の基本的知識は授けられると言ったはずです。言語もその内です。それに【聖杯戦争】とは【マスター】と【サーヴァント】が共に手を取り戦うもの。会話もできないようではお話になりませんわ。更に私は日本という国の伝統を鑑みて、ブリテンの王として最も相応しい言い回しを選びました。抜かりはありませんわ」

 

得意げなアーサー。作り笑いのなずな。

 

なずな「……【聖杯】って凄いんですね……」

 

×××

(フラッシュ)

 

ルイスの声「もう二年。……彼女はずっと眠っている」

 

白い肌。チューブに繋がれた幼い身体。

ラウラは眼を閉じたまま身動き一つしない。

×××

なずなは目を伏せる。

 

なずな「……もし、本当になんでも願いが叶うなら、それこそ先生に必要なものだと思います」

 

アーサーは無言でなずなを見ている。

こんこんという音が聞こえ、なずなとアーサーはドアのほうに目を向ける。

 

ルイスの声「開けてもいいですか?」

なずな「はい」

 

ドアが開き、ルイスが入ってくる。ルイスの後ろからエミリアが続く。

 

エミリア「……少しは落ち着いた?」

なすな「……はい。……その、いろいろとご迷惑おかけしました」

エミリア「いいのよそんなことは。私たちの不手際でなずなちゃんを巻き込んでしまったようなものだもの……」

 

なずなは右手の甲を擦り、

 

なずな「先生。これ、お返しします」

ルイス「本来こちら側とは関わりのない藤戸さんを巻き込んでしまったこと、本当に申し訳ないと思っています。これからのことはなんの心配もいりません。僕に任せてください」

なずな「はい」

ルイス「キング・アーサー、貴女もそれでいいでしょうか」

アーサー「私が現在契約を結んでいるのは彼女です。彼女が自分の意志で【令呪】を譲渡するなら横から口を出すつもりはありません。それに貴方の彼女に対する誠意を感じました。私の剣を、貴方の願いの成就のため上手く使いなさい」

ルイス「お気遣い痛み入ります」

 

ルイスはなずなに目を向ける。

 

ルイス「では、今夜、【令呪】の移譲を行いましょう」

なずな「はい」

ルイス「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。【令呪】の譲渡は差して難しいことではありません」

 

ルイスは微笑む。

 

○成田空港 外観 夕方

夕暮れ。

数機の飛行機が滑走路を進んでいる。

ターミナルビルが三棟に貨物用施設が点在している。

 

○同 滑走路 夕方

小型ジェット機が着陸する。

×××

小型ジェット機から黒い礼服を身に纏ったコルト・ポーシブ(五三)が降りてくる。

善知鳥元始(四二)は頭を下げ、黒塗りの高級車のドアを開ける。

 

○国道 夕方

黒塗りの高級車が国道を走る。

運転席にはサングラスをかけた男がハンドルを握り、後部座席にコルトと善知鳥が並ぶ。

 

○車内 夕方

アーサーと巨躯の騎士の一戦を断片的に写した数枚の写真。

 

コルトの声「【聖杯戦争】。過去の英霊を現世に召喚し、最後の一騎になるまで争わせる。その勝者にはあらゆる願いを成就させる願望機、【聖杯】が与えられる……か」

 

写真を見つめるコルト。

 

コルト「【サーヴァント】がこれほどのものとは……」

 

コルトは善知鳥に目を向ける。

 

コルト「周囲の影響はどうなっている?」

善知鳥「はい。マスメディアにはすでにダミー情報を掴ませてあります。現場への立ち入りも制限されているため、神秘の漏洩は限りなく低いものと想定されます」

コルト「これだけ人口が密集した都市だ。誰一人に見られていないとは考えにくい。情報の管理は怠るな。どんな些細なことも見逃してはならぬ。いいな?」

善知鳥「……はい、存じております」

 

コルトは窓から東京の町並みを眺めている。

 

善知鳥「……コルト神父。最後に召喚されたあの少女の英雄は……」

 

コルトは善知鳥に目を向ける。

 

コルト「あぁ、その【サーヴァント】も類にもれずだ」

善知鳥「そうですか……」

 

次の瞬間、車内に衝撃が走る。

 

コルト「……なんだ!?」

 

コルトはフロントガラスを見つめる。目を見開く。

 

○国道 夕方

キキキッーという甲高い音とともに黒塗りの車が象牙色のローブを身に纏った男に突っ込んでくる。

 

○ルイスの家 全景 夕方

 

○同 客室 夕方

離れの窓には仲睦まじく作業しているルイスとエミリアの姿が映る。

じっと見つめるなずな。

 

アーサーの声「何をそんなに見つめていますの?」

 

窓際に立つになずなの側までやってくるアーサー。

アーサーは離れに視線を送る。

 

アーサー「ふーん、そういうこと」

 

アーサーは振り返り、なずなに背を向ける。

 

なずな「……それってどういう意味ですか?」

 

アーサーはため息を吐きながら、椅子に座る。

 

アーサー「貴女、彼のことが好きなのでしょう?」

 

なずなは息を呑み、作り笑いを浮かべる。

 

なずな「ははっ。何を言っているんですか? 私と先生が? そんなことあるわけないじゃないですか?」

 

アーサーはカップに口をつける。

 

アーサー「貴女、顔に出過ぎですわよ?」

 

なずなの瞳から一筋の涙が流れる。唖然とするなずな。

 

なずな「あれ?」

アーサー「止めておきなさい。……妻のある人に恋をしても貴女は幸せにはなれませんわよ? ……私にそのようなことを言わせないで」

 

なずなはちらりとアーサーに目を向ける。なずなとアーサーは目が合う。

アーサー、目が据わっている。

 

アーサー「……あら、ご存知ではないの? 私、親友だと思っていた臣下に妻を奪われましたの」

なずな「え?」

 

○同 魔術工房 夜

部屋の中央に膝をつき、手を合わせているなずな。

なずなの足下には魔法陣が描かれており、青白い光を放っている。

目を閉じ、息を呑むなずな。

 

ルイスの声「ーーー告げる。虚にたゆたう明星。現世に漂う宿縁……」

 

なずなに向けて差し出される右手、左手には魔導書を持ち、ルイスは詠唱を進める。

心配そうに見つめるエミリア。

アーサーは腕を組み、なずなを見つめている。

 

ルイス「……旅立つ風に壁を。循環せし軌道は逸れ、普く楔を穿て……」

 

なずなに【魔術回路】が浮かび、【令呪】が赤い光を放つ。

 

ルイス「我、【聖杯】の寄る辺に従う者。この意、その理に抗うなら応えよ」

 

ルイスの右手の甲に【令呪】の輪郭が現れる。

 

ルイス「ーーーセット(AnFang)」

 

なずなは目を見開き、身体を反らせ、苦しみだす。

魔法陣が発光し、なずなの周囲では赤い稲光と乱気流が生じる。

ルイスは奥歯を噛み締め、痙攣で震える右手を左手で押さえ、

 

ルイス「……告げる」

 

【魔術回路】がより強く発光し、なずなは悲鳴をあげる。

エミリアは一歩踏み出し、

 

エミリア「ルイス!」

ルイス「我は……」

 

なずなを中心に魔術工房一帯に暴風が吹き荒れる。

ルイスは吹き飛ばされ、壁にぶつかる。

よたよたと立ち上がるルイス。ふと右手の甲に目を向ける。何一つ傷のついていない右手の甲。

工房の中央で倒れているなずな。右手の甲には【令呪】が刻まれている。

 

ルイス「……もう一度……」

アーサー「そこまでになさい」

 

ルイスとなずなの間に割って入るアーサー。

ルイスの視線の先、エミリアがなずなの介抱をしている。

ルイスは俯き、その場に座り込む。

 

○同 客室 夜

ベッドで寝ているなずな。呼吸は浅く、苦悶の表情。

側にはダグマル・クリューガー(六一)とアーサーがいる。

 

○同 離れ 夜

物を叩く音。

 

ルイスの声「なぜだ!」

 

ルイスは机に広げられた魔術書の頁を勢いよく捲っている。

エミリアは心配そうにルイスの背中を見つめている。

 

ルイス「なぜ、彼女から【令呪】が剥がれない? 本人の同意の上での移譲はなんの問題もないはすだ。なのに何故!?」

 

ルイスは乱暴に魔術書の頁を捲る。顔には焦りの色が見える。

 

エミリア「……ルイス」

ルイス「……キング・アーサーと彼女の結びつきが強いのか? 馬鹿な。彼女は昨日今日まで魔術の存在すら知らなかったんだ。それに五世紀に生きていたとされるキング・アーサーとどんな接点があるっていうんだ!?」

エミリア「ルイス。落ち着いて」

 

ルイスは両の手でエミリアの二の腕を掴んで、

 

ルイス「もう戦端は開かれたんだ! いつ敵が現れるかもわからない。時間の余裕なんてどこにも……」

 

ルイスは俯き、下唇を噛む。

 

ルイス「もう、残る手段は……」

 

×××

(フラッシュ)

白く透き通った肌。華奢な腕。右手の甲には【令呪】が刻まれている。

なずなは虚ろな瞳で宙を見つめている。

鮮血が飛び散る。

なずなから腕が切り離される。

×××

 

エミリアの声「ルイス! 落ち着きなさい!」

 

ルイスは目を見開く。

真剣な顔つきのエミリア。

 

エミリア「いい? 今、あなたが思い浮かべたそれはあなたが最も忌むべきあり方のはずよ。あなたはそれが嫌で家を捨てたんじゃないの?」

 

ルイスは呻きながら、崩れるように椅子に座る。

 

ルイス「……すまない……」

 

エミリアは屈んでルイスの右手をそっと両手で包む。

 

エミリア「……気持ちはわかるわ。このイレギュラーな態勢ではいつどんな窮地に陥るかわからない……。それでも、他に手立てがないと決めつけるには早いと思うの。それにね。こういう言い方はどうかと思うけど現状なずなちゃんは私たちに頼る他ないでしょ? 必然彼女の【サーヴァント】であるキング・アーサーも私たちを無下にはできない。なら、致命的な状況ではないはずよ」

 

ルイスは俯く。

 

○同 客室 夜

ベッドで寝ているなずな。呼吸は浅い。

ダグマルはなずなの額に浮かぶ汗を布巾で拭う。

アーサーは壁に寄りかかっている。

 

アーサー「……どうですの? 容態は」

 

ダグマル「心配はいりません。身体がびっくりしたのでしょうな。昨日今日まで眠っていた【魔術回路】に突然魔力を通せばこうもなります。しっかり休息を取れば、明日にでも自然に目を覚ますはずです」

アーサー「……そう。……ん?」

 

アーサーは宙にするどい視線を向ける。ドアに向けて歩き出す。

 

アーサー「彼女のことよろしくお願いいたしますわ」

ダグマル「騎士王殿?」

 

ドアの閉まる音が聞こえる。

 

○同 廊下 夜

アーサーは廊下を歩いている。

アーサーの前にルイスとエミリアが姿を現す。

ルイスは右手に革手袋をはめている。

 

アーサー「あら? どうなされました? 顔色が優れないようですけど。……今から客人を迎えるというのに主人がそのようでは示しがつきませんわよ?」

 

アーサーはにやりと笑う。

ルイスは真剣な面持ちで、

 

ルイス「心配には及びません。……それでキング・アーサー」

アーサー「ちょうど正門との間で待ち構えていますわ。正面からとは随分と自信過剰のようですわね」

 

○同 玄関前 夜

薄暗い中に一人、リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇)が立っている。

 

○国道 夕方

燃え上がる車体。

ドアを蹴り破り善知鳥が出てくる。

善知鳥の額から血が流れている。

 

善知鳥「……少々やり過ぎではないか?」

 

空を見上げている象牙色ローブを身に纏った痩せ形の男こと歴史家に目を向ける善知鳥。煙草を口にくわえ、火をつける。

車から立ち上る煙を見上げ、歴史家は口を開く。

 

歴史家「……そうかね? 私としてはこれでも物足りないと思っていたところだ」

善知鳥「まあ、いい。これで監督役はコルト神父から私に移譲された」

 

車の中で白目を剥いたコルトは身動き一つしない。

歴史家は立ち上る煙を見つめている。

 

歴史家「開戦の狼煙と言うには些か弱々しい……」

 

善知鳥はちらりと空に立ち上る煙を見て、

 

善知鳥「随分と趣のあることを言うものだ。が、君も歴史家であるなら知っているはずだ。いつの世も戦争とは些細なことから始まる。誰も目に留めていないところから火は回るものだ。ならばこの始まりも予定調和に相違ない。問題あるまい?」

 

善知鳥は歩き出す。

歴史家は善知鳥の背中に目を向け、立ち上る煙に視線を移す。

 

歴史家「……問題はない。順調そのものと言えよう。……ただ、これは私に与えられた役目であり、要は様式美だ。……これだけは言わせてもらおうか……」

 

○タイトル

 

歴史家の声「……始めようか。【聖剣戦争】を」

 

黒み

T「聖剣戦争」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP3.剣雄集う【1/3】

登場人物

 

☆セイバー■■陣営

藤戸なずな(一六)高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二)なずなの担任教師 魔術使い

エミリア・フォン・シュネー(二八)ルイスの妻

ダグマル・クリューガー(六一)シュネー家の執事 Bar赤の店主

メイド

 

☆?

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇)ルイスの前に現れた少年

切能[きりのう] 甲冑を纏った女武者

 

☆?

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)魔術師 時計塔所属

鍛冶師 車椅子に乗った女性

メイドA・B

 

☆セイバー■■陣営

伊夫伎忠愛[いぶきただよし](三七)巨躯の騎士のマスター 元聖堂教会代行者 第八秘蹟会所属(東京支部)

巨躯の騎士 セイバークラスのサーヴァント

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

○アトロフスカ邸 鍛冶場 全景 昼

林の中にある石造りの鍛冶場。煙が立ち上っている。

 

○同 鍛冶場 昼

竃の中で燃え上がる炎。火の粉が舞う。金属同士がぶつかる音が響く。

そこにセオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)が訪れる。

その後に左目に眼帯を着けたリュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇)と二人のメイドが追従する。メイド達は鞄を運んでいる。

セオドアが作業場の入り口で立ち止まり、他の三人は後ろに控える。

 

セオドア「ご所望の品を持ってきましたよ。鍛冶師(スミス)

鍛冶師の声「あぁ」

 

金属音が止み、作業場の奥から車椅子に乗った女性、鍛冶師が姿を現す。鍛冶師は荷物を持ったメイドたちをじろじろと睨め回す。

 

鍛冶師「感謝するぞ。セオドア」

 

セオドアの後ろに立っているリュカは鍛冶師を強張った表情で睨む。

鍛冶師はリュカに目を向けると、微笑む。

リュカは恐怖し体が硬直するが、視線は鍛冶師から外さない。

 

○シュネー家 玄関前 夜

薄暗い中で一人立つリュカ。扉が開き、ルイス・フォン・シュネー(三二)とアーサー・ペンドラゴンが現れる。

互いに見合う。

 

ルイス「……子供?」

アーサー「客人よ! 家人が出迎えに来たですから、名乗ってはいかが?」   

リュカ「……ルイス・フォン・シュネーとその【サーヴァント】だな」

ルイス「……ええ」

 

リュカはパーカーのフードを取り、顔を露わにする。

 

リュカ「はじめまして、だな。オレの名前はリュカ。そして――」

 

リュカの手前の空間が揺らめくと、その場に甲冑を身に纏った女武者が姿を現わす。

 

女武者「(わたし)はセイバーの【サーヴァント】。一先ずは切能と呼ぶがよい」

ルイス「セイバーの【サーヴァント】……」

 

ルイスは切能を観察する。腰元には太刀を佩いている。

ルイスは隣に立つアーサーに視線を移す。その手には光を放つ剣が握られている。

×××

(フラッシュ)

巨大な剣を振り回す巨躯の騎士。

×××

 

ルイス「これは、一体……」

 

ルイスは思わず眉を顰める。汗が頬を伝う。

アーサーはリュカたちに向かって一歩前に歩み出る。

 

アーサー「用向きを聞いて差し上げますわ。それとも、話すより一騎打ちがお望み?」

 

アーサーは剣の切っ先を切能に向ける。

切能は表情を変えずにアーサーに三歩近づく。

 

切能「では」

 

腰を落として居合の構えをとる切能。

 

切能「お手並み、拝見といこう」

 

剣を正面に構えて不敵に笑うアーサー。

 

アーサー「行きますわよ」

 

少しの間睨み合う二人。

アーサーは目にも止まらぬ速さで切能に斬りかかる。刹那、切能が抜き放った太刀がそれを弾く。

体勢を崩したアーサーに、返す刀の追撃が迫る。アーサーは弾かれた勢いを利用して身を翻し、追撃を躱す。

互いに距離を取り、構え直す。

アーサーから笑みが消え、真剣な表情に変わっている。

×××

(フラッシュ)

アーサーの視点。切能の居合抜きからの、二の太刀。隙のない連続攻撃。

×××

アーサーは一気に間合いを詰め、渾身の斬撃を繰り出す。

切能は再び居合抜きでそれを弾こうとするが、斬撃の重さに弾くことができず、鍔迫り合いになる。

しばし睨み合うと、今度は近い間合いでの剣戟が始まる。

互いに有効な一撃は入らず、再び距離を取る。

 

リュカ「もういい。切能」

 

切能は構えを解き、刀を鞘に納める。

 

ルイス「……どういうつもりですか」

リュカ「今のはそっちの力を試しただけだ」

切能「……妾たちは、話し合いをしに参ったのだ」

ルイス「話し合い?」

切能「取引と言い換えてもよい。詳しくは……耳目が届かぬ場所へ移ってから、だが」

 

○シュネー家付近 道路 夜

人通りのない住宅街。薄暗い中で対峙するルイスたちの方を樹にとまっているコウモリが見つめている。

 

○シュネー家 客間 夜

ルイスとリュカは対面でソファに座り、アーサーと切能は各々【マスター】の側に立ち、相手を見据えている。

 

切能「まずはこうして話し合いの席に着いてくれたこと、有難く思う」

 

軽くお辞儀をする切能。

 

ルイス「それで、取引とは?」

 

リュカは切能を一瞥してから、ルイスの方を向く。

 

リュカ「オレたちと同盟を結んでほしい」

 

ルイスは驚く。

 

切能「我が主には討ち果たさなければならない不倶戴天の仇がいる。そこで、そちらの聖剣使いの助力を願いたい」

アーサー「……なるほど。高みの見物とは、なかなか良い趣味をしていますわね」

切能「……緒戦での【宝具】の開帳には面食らったが、それが決め手となった」

リュカ「聖剣エクスカリバー。伝説の騎士王、アーサー・ペンドラゴンの力を借りたい」

ルイス「……そちらの要求はわかりました。では、私たちに提示できるメリットがあるのですか」

 

リュカは自身の左脇腹に手を当てる。

 

リュカ「まずはオレの持つ【令呪】を二画、あんたに譲る」

 

ルイスの表情に緊張が浮かぶ。

 

リュカ「それと、敵を倒した後になるが、切能をそちらの陣営に加わらせよう」

 

淡々と述べるリュカに、ルイスは戸惑いつつ、革手袋をはめた左手を一瞥する。

××× 

(フラッシュ)

なにもないルイスの左手の甲。手を下ろした向こうで、意識なく横たわるなずなを抱き起こすアーサー。

×××

 

リュカ「ありえない、という顔だな。無理もないが……」

ルイス「……説明してください」

リュカ「オレにはこの戦い、勝ち残る気はない」

 

リュカの表情が強い怒りで険しくなる。

 

リュカ「目的はただひとつ……ある男を殺すことだけだ」

 

〇グレアムホテル 外観 夜

繁華街から離れた立地にあるビル。

   

〇同 スイートルーム 夜

ソファに座り、窓を冷ややかに見つめるセオドア。窓には使い魔のコウモリを通してシュネー家の客間の窓が映し出されている。

しかし、窓は黒く塗り潰されたような状態で向こう側は観測できない。

 

リュカ(M)「セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ。今回の【聖杯戦争】の【マスター】の一人だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP3.剣雄集う【2/3】

〇シュネー家 客間 夜

窓から見える木にコウモリが留まっている。

リュカは険しい表情をしている。

ルイスは平静さを取り戻している。

 

切能「セオドアのことは既知のようだな」

ルイス「えぇ、【時計塔】の【君主(ロード)】の血縁者ですから、ある程度は調査済みです」

リュカ「オレはあの男が召喚した【サーヴァント】の容姿、能力、そして真名。大体のことを知っている」

 

ルイスは驚く。

 

リュカ「理由は単純だ。セオドアが奴を召喚したとき、オレもその場に居たからな」

 

リュカは嫌そうな表情を浮かべる。

 

リュカ「リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ。これがオレに押し付けられた名前だ」

ルイス「では、君が調査報告にあった養子の……」

切能「情報の信頼性の保証としては十分であろう。知る限りの情報を渡すつもりだ」

アーサー「その養父と結託し、こちらを罠にかける魂胆ではなくて?」

切能「断じてない。我が主がセオドア向ける敵意は本物だ」

アーサー「口ではなんとでも言えましてよ。信用に値する証左を見せてくださる?」

切能「……あい分かった。……主」

 

リュカは舌打ちして椅子から立ち上がると、上半身の服を脱いで椅子の上に放る。リュカの体にはいくつもの楔状の金属部品が埋め込まれており、左脇腹には【令呪】が三画、刻まれている。

 

リュカ「励起(イクサイト)

 

リュカの体の表面に夥しい量の【魔術回路】の線が浮かび上がり、発光する。

 

ルイス「これは……!」

 

部屋の調度品が震え、部屋の明かりが明滅する。リュカの鼻腔から一筋血が流れる。表情は苦しそう。

 

〇(回想)アトロフスカ邸 門 昼

暗褐色の髪に暗青色の瞳をもつリュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(七)。両親に連れられて門に向かう。

門の前で微笑みながらリュカを出迎えるセオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三六)。

 

〇(回想)同 工房 夜

薄暗い室内。中央の空間だけ灯りに照らされている。

手術台に拘束されているリュカに多様な道具を使い改造を施すセオドア。リュカは痛みに叫ぶ。

 

〇(回想)同 リュカの私室 夜

ベッドの上で苦しみながら呻くリュカ。金髪碧眼に変わっている。

 

〇(回想)同 書斎 昼

セオドアから魔術の鍛錬を受けるリュカ。魔力行使の負荷に苦しんでいる。

 

〇(回想)同 書斎 夕方

机に向かい、セオドアの魔術学の講義を受けるリュカ。表情は憔悴している。

 

〇(回想)同 工房 夜

暗い部屋の中でリュカの苦悶の声が響いている。手術台の上に拘束されているリュカ。燭台の明かりに照らされている。

その傍らでセオドアは粛々とリュカに施術している。鉛色の楔を明かりにかざして眺めると、口の端を上げる。それをリュカに埋め込む。リュカは苦悶する。

セオドアは施術の手を止める。

 

セオドア「美しい」

 

嬉しそうに話すセオドアを、リュカは朦朧としながらも睨みつける。

 

セオドア「喜べ。また一段、お前は魔術師としてより高みへと上ったのだ。アトロフスカの魔道を受け継ぐために」

(回想終わり)

 

〇シュネー家 客間 夜

リュカの魔力が空気を震わせている。

 

リュカ「沈静(カーム)

 

リュカの【魔術回路】の発光は止み、部屋の異変も収まる。リュカは左手の甲で鼻血を拭う。

リュカは左腕に埋まった金属部品を恨めしそうに睨む。

 

ルイス「……ひとまずは信用しましょう」

 

リュカは再び服を着直す。

 

切能「うむ。では話を戻す。セオドアの【サーヴァント】はセイバー。真名をヴェルンドという」

ルイス「ヴェルンド……北欧神話に登場する鍛冶師ですね。しかし、セイバー、ですか」

切能「此度の【聖杯戦争】において召喚される【サーヴァント】の【クラス】はセイバーだけだ。聖剣使いから聞いてないのか?」

 

ルイスはアーサーを一瞥すると、視線をリュカたちに戻す。

 

ルイス「あぁ……いえ、聞いています。ただ、鍛冶師なら本来、キャスタークラスが適当だと思ったので」

リュカ「その感想はあながちはずれじゃない。実際、奴の能力はキャスターじみていて、工房を構え、様々な道具を作ることができる」

アーサー「お世辞にも戦闘向きとは言えない能力ですわね。私の力を当てにする必要などないのではなくて?」

切能「前者は正しいが、後者は誤りだ聖剣使い。たしかにヴェルンドは剣の技にこそ疎いが、能力に都合がよいためか自身の工房で穴熊を決め込んでいる。工房は堅牢な城も同然だ。これを破る手立てが欲しい」

ルイス「ですが、いつまでも引き篭もっているということはないでしょう?」

切能「あぁ。しかし、そこが最大の問題なのだ。奴が穴倉から這い出てくる。それはつまり、神すら殺める宝具を手にしたことを意味する」

ルイス「それは……」

リュカ「■■■■■■■」

 

ルイスとアーサーの表情に動揺が浮かぶ。

 

切能「分かったか? 完成は必ず阻止せねばならない」

ルイス「時間を与えれば与えるほど力を増していく、ということですか」

アーサー「言い換えると、すぐに仕掛ければ勝ち目はある、ということですわね。それで、勝つ筋道は立っていまして?」

切能「切札がある。一騎打ちの場さえ用意できれば、妾はどんな相手であれ絶対に敗北することはない」

 

切能は毅然とした態度で宣言する。

 

〇同 外観 夜

夜空に浮かぶ月。雲が流れる。

 

〇同 客間 夜

あごに手を当てて唸るルイス。

 

ルイス「……確かにその手段が使えるのであれば、勝利は確実と言えるでしょうね」

 

ルイスはアーサーと目配せを交わす。アーサーは静かに頷く。

 

ルイス「……同盟を結んでも構いません。ただし、条件があります」

 

〇同 一室 夜

月明かりに照らされる室内。

ベッドで眠っているなずな。少し苦しそうに呻く。

アーサーはベッドに歩み寄ると右脇に座り、なずなの顔を見つめる。次第に視線を右手の甲にある【令呪】へと移す。

静かに目を閉じるアーサー。少しして、目を開きなずなの顔へ視線を戻す。

アーサーはそっと手を伸ばし、なずなの頬を撫でる。

 

アーサー「……赦しは後で請いますわ」

 

アーサーはなずなの唇にキスをする。次第に、赤みがかった淡い光を纏う。

 

〇同 ルイスの私室 夜

ルイスは苦々しい表情を浮かべ、眉間を指で押さえると、嘆息する。

 

ルイス「セイバークラスのみが召喚され、聖杯を望まない【マスター】が参加し、呼び出した【サーヴァント】が別の人間と契りを交わす。これを異様と言わずになんと言えばいい」

エミリア「キングアーサーが今回の異例について知らなかったのは、どうして?」

ルイス「わからない。彼女自身、訝しんでいたけれど。【令呪】が藤戸さんに移ったのと同じで原因は不明だ」

 

ルイスは机の上に置かれた巻物に視線を落とす。

 

〇(回想)同 客間 夜

テーブルの上に巻物【自己強制証明(セルフギアススクロール)】が開かれている。

ルイスは巻物にペンを走らせる。ルイスの傍にはダグマルが控えている。書き終えたルイスは、巻物をダグマルに渡す。

ダグマルは巻物をリュカの目の前に広げてみせる。

 

リュカ「これは……」

ルイス「魔術師の間で使われる誓約書です。約定を違えれば、死に至る呪いがかかります」

 

ルイスはリュカの表情を窺う。リュカは平然としたまま巻物を読むと、あっさりサインする。

(回想終わり)

 

〇同 ルイスの私室 夜

ルイスは右手の甲を見る。【令呪】が二画、刻まれている。

 

ルイス「厄介な仕事は増えたけれど、最大限の利益を出せるよう努めよう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP3.剣雄集う【3/3】

〇シュネー家 一室 夜

月明かりが差し込む室内。シーツの擦れる音がする。

なずなはベッドの上で目を覚ますとゆっくりと起き上がる。右手の甲を見ると、変わらず【令呪】は残っている。

×××

(フラッシュ)

赤い稲妻と乱気流がなずなの周囲に生じ、【魔術回路】が強く発光している。苦痛に呻きながら仰け反るなずな。

×××

俯くなずな。と、そこにノックの音が響く。一拍間があってから、ダグマルが部屋に入ってくる。

 

ダグマル「お加減はいかがですか?」

なずな「…大丈夫です」

 

声が若干弱弱しいなずな。

 

なずな「あの……」

   

なずなが口を開こうとすると、くぅ、とお腹が鳴る。

 

ダグマル「今、お食事の用意をしております。ですが、その前にお召し替えされたほうがよろしいかと」

 

なずな「…はい」

 

〇同 脱衣所前 廊下 夜

人気のない廊下。二人分の靴音が響く。

ダグマルに連れられて歩くなずな。ドアの前まで到着する。

 

ダグマル「では、後ほどメイドが着替えをお持ちしますので。ごゆっくりどうぞ」

 

お辞儀をしてダグマルはその場から去る。なずなはしばらくダグマルの方を見ていたが、ドアに向き直りドアノブに手をかける。

 

〇同 脱衣所 夜

なずながドアを開けると、そこには裸のリュカが立っている。リュカの横には湯浴み着を着た切能がリュカの髪を拭く手を止めている。

なずなはリュカの裸を見て唖然とするも、慌てて脱衣所から出ようとする。

 

なずな「ごめんなさーー!」

 

なずなが言い終える前に、切能はなずなの右腕を掴み脱衣所に引きずり込む。勢いのまま床に座り込み戸惑うなずな。

腕を掴んだまま、切能はリュカを見る。

リュカの視線はなずなの右手の甲に刻まれた【令呪】に注がれている。

 

リュカ「ふん。温室育ちですって顔つきの割に、中々食えない男じゃないか」

 

〇同 ダイニング 夜

テーブルを囲むルイス、エミリア、なずな、アーサー、リュカ、切能。アーサーは平服。切能は甲冑姿。

なずな、すまなそうにルイスを見る。

 

ルイス「隠していたことは謝ります。後に回しても問題ないと考えまして」

 

ルイスは右手の革手袋を外し、【令呪】をリュカに見せる。リュカから譲渡された二画分が刻まれている。

 

リュカ「別に責める気はないさ。オレがあんたの立場なら同じことをやった」

ルイス「しかし、あなた方には部屋で待っていてもらうよう伝えたはずですが」

リュカ「ここ数日寝泊まりする場所がなくてな。汗を流すくらい問題ないだろ。そっちの【マスター】と鉢合わせたのは不可抗力だ」

 

なずなはリュカと切能を観察する。

×××

(フラッシュ)

夥しい数の金属部品が埋め込まれた

リュカの体。左脇腹には【令呪】が一画刻まれている。

×××

ダグマルとメイドが料理を乗せた皿を食卓に給仕する。【サーヴァント】の分も用意されている。

 

エミリア「どうぞ。召し上がって」

   

リュカが料理に手をつける様を、切能は一瞥する。リュカは切能の視線に気づくと小さく舌打ちして、平然と食べ続ける。

 

リュカ「で、なんでこの女が【マスター】に? 昨夜までは、あんたが【令呪】を宿していた筈だろう」

ルイス「そうなんですが……原因はまだ分かっていません」

 

リュカはナイフをアーサーに向ける。

 

リュカ「騎士王サマにも分かっていないのか?」

ルイス「……どうやら召喚時の特異な状況のせいで、【聖杯】からの知識や記憶が一部欠けているようなんです」

リュカ「よくそんな状況でオレたちと……いや、逆か。だからこそ、同盟を組んだってわけだ」

 

リュカ、ナイフを下ろす。

 

リュカ「しかし、そちらの【マスター】が予定と違うなら、作戦に支障を来たすんじゃないか?」

 

思わず俯くなずな。すかさず、アーサーが口を開く。

 

アーサー「問題ありませんわ」

 

立ち上がり、不敵な表情を浮かべるアーサー。なずなは椅子に座ったままアーサーを見上げる。

 

アーサー「ブリテンを統べる王たる私が力を貸すのです。工房と言わず中に潜む鍛冶師ごと、まとめて切り捨ててみせますわ!」

ルイス「当然ですが、僕も全力で事に当たります。任せてください」

リュカ「……まぁ、いいだろう」

 

リュカは再び食事に移る。アーサーは椅子に座る。

 

ルイス「次はこちらの疑問に答えてもらえますか?」

リュカ「わかった。切能、説明してやれ」

切能「御意」

 

首肯く切能。

 

切能「妾が召喚の折に【聖杯】から与えられた知識の中にまずあったものが、此度の【聖杯戦争】で召喚される【サーヴァント】は全てセイバークラスであることと、己が何番目に【現界】したかということだ」

 

×××

(フラッシュ)

 

切能(M)「まず、妾は五番目だ。故に切能を名乗っている。……ヴェルンドの召喚より前に【現界】していた【サーヴァント】は三騎いる」

 

豪華客船の客室。

ベッドの上で素肌の上からガウンを毛布代わりにして眠っているオリエンタルな雰囲気の女性。ガウンからのぞく右脚の太腿に【令呪】が刻まれている。

バルコニーで、ガウンを着た美貌の男が星空を見上げながら鼻歌を歌う。

×××

(フラッシュ)

首都高速をライダースーツの女が赤い車体のVMX12で駆け抜ける。スーツには獅子の刺繍が施してある。

後部座席に座る青年は両手でグラブバーを握り、辺りを楽しそうに見渡している。

×××

(フラッシュ)

新宿歌舞伎町。

黒のロングコートを着た男が雑踏の中を歩く。わずかに露出する肌には刺青が彫られている。

それを傍にあるビルの屋上から見下ろす、腰に刀を二本差した袴姿の武士。

×××

(フラッシュ)

 

切能(M)「つまり、この三騎が一番、二番、三番にあたる。そして、妾の前に召喚されたヴェルンドが四番目」

 

竃の炎が室内を明るく照らしている。

壁には大小様々な剣や斧、槍などが掛けられている。

ヴェルンドはハンマーを片手に金床で剣を鍛えている。その眼はぎらぎらと輝いている。

×××

(フラッシュ)

 

切能(M)「昨夜、其方たちが戦った大男が六番目」

 

石造りの小さい部屋。薄暗い室内を蝋燭の火が照らしている。

磔台に上半身裸の巨躯の騎士が拘束されている。その背後には十字架が飾られている。

傍で椅子に腰掛け、知恵の輪を弄る伊夫伎忠愛(三七)。

×××

 

〇シュネー家 ダイニング 夜

 

切能「そして、最後に召喚された七番目が――」

 

全員の視線がアーサーに集まる。

アーサー、泰然としている。

 

アーサー「私、となるわけですわね」

切能「さらに、もう一つ。此度の【聖杯】はその本来の形を変え、剣を象っている」

 

×××

(フラッシュ)

真っ暗な空間。中央だけが明るい。

鎧を着た剣士を象った胸像が7体、円を描くように並んでいる。

円の中心で輝く【聖杯】はその輝きを強め、次第に【聖剣】へと形が変化する。

×××

 

切能「これは、七騎のセイバーによる【聖剣】争奪戦なのだ」

 

○タイトル

黒み

T「剣雄集う」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP4.雨:母と子【1/3】

登場人物

 

☆セイバー第七陣営

藤戸なずな(七)(一六) 小学生 高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二) なずなの担任教師 魔術使い

エミリア・フォン・シュネー(二八) ルイスの妻

メイド

 

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇) 切能のマスター

切能[きりのう] セイバークラスのサーヴァント 甲冑を纏った女武者

 

少年 隻眼の少年

医者

 

藤戸茅子(三五) なずなの母親

 

☆セイバー第四陣営

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九) 魔術師 時計塔所属

ヘレン(二○) 侍女

エイプリル(十九) 侍女

 

☆聖堂教会

善知鳥元始[うとうげんし](四二) 聖堂教会 第八秘蹟会所属(東京支部)聖杯戦争の監督

歴史家 象牙色のローブを着込んだ痩せ形の男

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

○武家屋敷 少年の私室

鏡に映る右目に布を巻いた少年(五)の顔。

鏡を見つめる少年。少年の背後には■■と医者がいる。

真顔の■■。

 

医者「では」

 

医者は少年に巻かれた布を解く。

少年の右目の周囲には疱瘡ができ、瞳は白く染まっている。

少年と医者は息を呑む。

■■は無言のまま、踵を返す。

少年は咄嗟に振り返って、

 

少年「母……(パシィと襖が閉まる音が聞こえる)……上……」

 

閉じられた襖を見つめる少年。

 

○ルイスの家 客室 早朝

天井からぶら下がっているシャンデリア。

ベッドで仰向けになっているリュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一○)。

リュカ、右目に手を当てる。舌打ち。

ベッドから起き上がり、パーカーを羽織る。

ドアを開け、部屋を出て行く。

窓際の空間が歪み、切能が姿を現す。

切能はリュカの後ろ姿を目で追う。

 

○同 全景 朝

雨が降っている。

庭付きの豪奢な一軒家。

急勾配の屋根に大きな窓がついている。

 

○同 ダイニング 朝

食事済みの食器を慌ただしく片付けるメイド。エプロンドレスを着た藤戸なずな(一六)も手伝っている。

なずなとメイドを一瞥し、ルイス・フォン・シュネー(三二)はテーブルに置かれたコーヒーを手に取る。

コーヒーの表面に映る眉を顰めたルイス。

 

エミリアの声「心配?」

 

ルイスは声のする方に目を向ける。

微笑むエミリア・フォン・シュネー(二八)

 

ルイス「えぇ……」

エミリア「なずなちゃんから言ってきたんでしょ?」

ルイス「何か自分にもできることはないか……。お世話になってるだけでは申し訳ないと……」

 

エミリアはなずなに目を向ける。

 

エミリア「……そう」

 

○住宅街

人通りの少ない路地。

金髪碧眼、侍女服に身を包んだヘレン(二◯)とエイプリル(一九)が歩いている。

共に黄金の腕輪をつけている。

 

◯ルイスの家 廊下1

ドアが開き、リュカと切能が出てくる。ルイスが後に続く。

 

リュカ「時間まで好きにさせてもらうぞ?」

 

ルイスは頷く。

 

ルイス「何かあればダグマルにおっしゃって下さい」

 

リュカは手を振り、去っていく。

ルイスはリュカを見送り、部屋に入っていく。

リュカは切能を連れ、廊下を歩いている。切能に視線を向けず、

 

リュカ「あの女を探れ」

 

切能は頷き、粒子になって消える。

リュカは立ち止まり、窓に視線を向ける。

窓の向こうではなずなとメイドが掃除をしている。

 

○同 廊下2

綺麗に磨かれた床。壁にかけられた絵画。

額に手を当て、なずなは一つため息を吐く。

 

メイドの声「藤戸様、お疲れ様です」

 

なずなが振り返るとメイドが立っている。

 

なずな「お疲れ様です」

 

なずなは頭を下げる。

メイドは辺りを見渡し、一つ頷く。

 

メイド「……ふむ。これは驚きました。完璧です。これはちょっとメイドとして嫉妬です」

 

綺麗に磨かれた床をじぃーと見つめているメイド。

 

なずな「そうですか? 別に特別なことをしたつもりは……」

メイド「何? まだ、他にできることはないか? 藤戸様は卓越したメイドスキルだけではなく、天性のメイドマインドを持ってらっしゃっると? これは……」

なずな「ええと……その」

メイド「お気遣いいただきまして誠にありがとうございます。ですが藤戸様はそろそろお休みになられたほうが良いかと。朝から働き詰めでございましょう?」

なずな「先生にはお世話になっているので他に手伝えることがあれば……」

メイド「ダメです! NOです! エミリア様から藤戸様のことをお願いと仰せ付かっておりますので。……藤戸様が大変優秀なので甘えに甘えまくってしまいましたが……ダグマルさんに怒られちゃう……なので!!! 藤戸様はお部屋にお戻り下さい。 後ほど温かいお茶と甘いお菓子を用意させていただきます!」

なずな「は、はい」

 

○同 庭

雨が降っている。

 

○同 客室

ベッドで仰向けになり本を読んでいるリュカ。

コンコンとドアをノックする音が聞こえる。

リュカは舌打ちをしてベッドから起き上がり、ドアに向かう。

 

リュカ「誰だ?」

 

ドアノブを回し、ドアが開くとヘレンが立っている。

リュカ、咄嗟に後ろに下がる。

ヘレンと脇に控えていたエイプリルが部屋に入ってくる。

 

リュカ「(舌打ち)ここのセキリュティ甘すぎだろ!」

 

リュカは両手を広げ、吠える。

 

リュカ「吹っ飛べ!」

 

リュカの周囲に光源が発生し、ヘレンとエイプリルの元に飛んでいく。

ヘレンとエイプリルは光弾を打ち払う。

共に手には黄金の剣を持っている。

 

ヘレン「手を煩わせないで」

リュカ「へえ、やるじゃん」

 

黄金の剣は形を変えてヘレンとエイプリルの腕輪になる。

リュカ、怪訝な顔をする。

 

リュカ「何? もう終わり?」

ヘレン「……リュカ、私たちは貴方と争いに来たわけではありません」

エイプリル「……エイプリルたちはリュカを迎えに来た……。師匠がリュカの帰りを待ってる」

 

リュカはじっと二人を見ている。

 

エイプリル「リュカには大切なお役目があるって」

ヘレン「直に最高の【宝具】は完成する。ただ万全を期すなら完成するまでの間、貴方の【境界記録帯】(ゴーストライナー)に護衛を任せるのがより確実……」

エイプリル「……ちゃんとお役目を果たしたら、脱走には目を瞑るって」

リュカ「お役目ねえ……。(鼻で笑う)セオドアの人形風情がオレに指図すんじゃねえよ!!!」

 

リュカの周囲に先ほどより多くの光源が発生する。

ヘレンとエイプリルは腕輪を剣に変え、迎撃体制を取る。

飛来する光弾を、二人は剣で打ち払う。

手を広げるリュカに、二人が飛び掛かろうすると、

 

切能の声「痴れ者め」

 

声と同時に切能がリュカの前に現れ、二人目掛けて太刀をなぎ払う。次の瞬間にヘレンとエイプリルは目を見開く。二人は左右に吹き飛ばされ壁にぶつかる。

残心する切能。

 

リュカ「遅い」

切能「……平にお赦しを」

 

ヘレンとエイプリルは立ち上がる。

 

エイプリル「……【境界記録帯】(ゴーストライナー)

 

切能は霞の構えをとる。

 

ヘレン「……いいでしょう。【境界記録帯】(ゴーストライナー)が相手であろうと貴方を連れて帰ることに変わりはありません」

 

ヘレンとエイプリルは剣を構える。

 

リュカ「……やれるもんならやってみろよ」

 

リュカ、鼻で笑う。

 

◯黒み

 

◯ルイスの家 客室

床には血だまりができている。

ヘレン、エイプリルは目を見開いて倒れている。

黄金の剣が光の粒になって宙に消えていく。

 

リュカの声「……んで、なんかわかった?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP4.雨:母と子【2/3】

○同 客室 外観 夕方

雨が降っている。

窓際で立っているなずな。

 

◯同 客室 夕方

テーブルにはポットとカップ、皿にはスイーツが置いてある。

なずなは窓際に立っている。

雨音が響く。

なずなはソファに座る。

戸板に当たる雨音が聞こえる。

なずなはソファで蹲る。

雨音が聞こえる。

XXX

(フラッシュ)

浴槽に浸かった右手。

XXX

なずなは瞼を強く閉じる。

XXX

(フラッシュ)

水がちょろちょろ流れる音が聞こえる。

張った水は微かに赤く濁っている。

虚ろな目、青白い肌の藤戸茅子(三五)。

XXX

コンコンとドアをノックする音が聞こえる。

なずなは目を見開き、顔を上げる。

 

○同 庭 夕方

雨が降っている。

綺麗に整えられた芝。木製のブランコが風に揺れる。

 

○同 客室 夕方

なずなはカップに紅茶を注ぐ。

リュカはマフィンを口にする。

なずなはリュカに目をやる。

リュカは気にせずマフィンを口に運んでいく。

 

リュカ「心配するなよ。オレはあんたを殺せない」

 

なずなの動きが止まる。

 

リュカ「(舌打ち)……昨日、ルイスと結んだ盟約の禁止条項にあんたに危害を加えることも含まれている。これで満足か?」

 

なずなはリュカを見つめている。

 

リュカ「紅茶。飲みたいんだけど?」

 

なずなは我に返り、カップをリュカに差し出す。

 

なずな「……それで私に何を聞きたいんですか?」

リュカ「あのさ、そのイラつく喋り方なんとかなんない? あんたのほうが歳上だろ?」

 

リュカの視線から逃れるようになずなは視線を落とす。

 

リュカ「(舌打ち)まあ、いいや。で、あんたの名前、なずなでいいんだっけ?」

 

なずなは頷く。

 

リュカ「オレの聞きたいことはさ、別に難しいことじゃない。ただ、なずなにしかわからないことだ、オレはそれを聞きたい」

なずな「……どういうこと?」

 

リュカは一拍置いて、

 

リュカ「ねえ、今、どんな気持ち?」

 

リュカは悪い笑みを浮かべる。

 

リュカ「ほら、なずなの母親。……死んだんだろ?」

 

なずな、目を見開く。

 

リュカ「あんたはさ、どう思ってるかって話だよ」

 

なずなは我に返り、リュカに目を向ける。

ほくそ笑むリュカ。

 

なずな「……何がそんなに可笑しいの?」

リュカ「おかしいのはあんただ。こんな愉快なことは他にないだろ?」

なずな「愉快?」

 

リュカは冷ややかに笑う。

 

リュカ「笑え。笑えよ。クズだったあんたの母親は死んだんだ」

 

呆然と立ち尽くすなずな。

 

◯インサート

藤戸なずな(七)の顔が歪む。目は虚ろになり、口から唾液が垂れる。震える手は宙を掴む。

鬼の形相の茅子はなずなに馬乗りになって首を絞めている。

なずなは茅子の顔を見つめている。

 

◯黒み

ピシャリと音が鳴る。

 

○ルイスの家 客室 夕方

我に返るなずな。切能と頬を抑えたリュカの姿が目に映る。リュカの頬が微かに赤みを帯びている。

リュカの前に跪く切能。

 

切能「……ご無礼、お赦しを……ですが、些かお遊びが過ぎる……」

リュカ「(舌打ち)おい、切能。てめえ、使い魔風情の分際で誰に逆らったかわかってるのか?」

 

眉間に皺を寄せ、切能に鋭い視線を向けるリュカ。

真顔の切能。

 

切能「……その少女、未だ自身の置かれた状況を冷静に判断できるに至っておりませぬ。母親の死とどう向き合うか。その答えを見出す時間が必要かと。今は只、悪戯に彼女を刺激するべきではありませぬ」

 

切能を見つめるリュカ。くくっと笑い出し、次第に高笑いになる。

困惑しているなずな。

 

リュカ「…………母親の死とどう向き合うか。その答えを見出す時間が必要だ? ハハッ。誰がんな、話したよ? それは……家族の話だろ?」

 

リュカは切能を睨めつける。

 

リュカ「……今オレがしてるのは親の振りをしたクズとその所有物っつー家族ごっこの話だよ。なあ、切能。……お前がそれを言うのか?」

 

切能の眉が微かに動く。

 

リュカ「隻眼のあいつとお前は家族じゃないだろ? ……あいつはお前の子供じゃない。ただの道具だ。そうだろ?!」

 

リュカが声を荒らげても切能は黙ったまま跪いている。

リュカは振り返り、なずなに目を向ける。

なずな、リュカから視線を逸らす。

舌打ちをしてリュカはドアを荒々しげに閉めて、部屋を後にする。

 

○グレアムホテル 外観 夕方

繁華街から離れた立地にあるビル。

 

○同 スイートルーム 夕方

 

善知鳥の声「お久しぶりです。ミスター・アトロフスカ」

 

善知鳥元始(四二)は頭を下げる。善知鳥の後ろには象牙色のローブを着込んだ男、歴史家が立っている。

微笑むセオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)。

黒み。

 

セオドア「……しかし、コルト神父は本当に残念でしたな。まさか【聖杯戦争】が始まる時分にこのようなことになるとは」

 

セオドアと善知鳥はテーブルを囲んで座っている。卓上には紅茶が置かれている。

 

善知鳥「……ふ、人が悪いお方だ」

セオドア「これはこれは、随分な言い様ですな」

善知鳥「既知のことだとは思いますが、表向きには事故として処理しています。ですが、実際は何者かに狙われたと見るのが妥当でしょう。現在調査中ではありますが、【第八秘匿会】が絡んでいることは間違いないかと」

セオドア「ふふ、真の敵は身内にありというわけですか」

善知鳥「【聖堂教会】も一枚岩というわけではありません。【聖杯戦争】を極東の島国の儀式と揶揄する派閥もいますが、何せ魔力の規模が桁違いです。【冬木の聖杯】と危険視する者が少なからずいるのも事実です。これは完全に我々の落ち度になります」

 

セオドアは善知鳥を見つめる。

善知鳥、頭を下げる。

 

善知鳥「申し訳ございませんでした。我々【第八秘匿会】東京支部は早急に犯人を特定し事件を終息させることをお約束します。また、【聖杯戦争】の運営進行に支障が出るのではないかとの不信感はごもっとですが、運営進行は滞りなく進行させていただきたいと思っております」

 

善知鳥、顔を上げる。

 

善知鳥「……貴方に聖杯を勝ち取っていただけるようにこの善知鳥、責任を持ちましてご支援させていただきます」

セオドア「結構。そこまで仰るのであれば引き続きお願いしますよ。……善知鳥神父」

善知鳥「感謝いたします。……して、かの【宝具】の進捗は如何なものでしょうか?」

セオドア「ほう?」

 

セオドアは口角を上げる。

 

セオドア「順調と言って差し支えはない。いや、むしろ前倒しにことは進んでいますよ。何せ我が【サーヴァント】は四六時中【宝具】制作に明け暮れております。おかげで私も休む暇がない。まあ、芸術家というのは創作活動に没頭すると周りが見えなくなるもの。致し方ないといえば致し方ない。……あぁ、彼女の場合は鍛治師ですが」

 

笑うセオドアを見ている善知鳥。

 

善知鳥「それは重畳」

 

セオドア「七騎目の【セイバー】が召喚されたのを機に他のマスター供が小競り合いを始めたと聞くが私からすれば片腹痛い。情報収集を兼ねているのだろうが私の前では全てが遅い!」

 

善知鳥は紅茶を一口飲む。

 

善知鳥「……ですが穴がないわけではありません」

セオドア「……それはどういうことかね?」

 

セオドアは善知鳥を鋭利な視線を送る。

歴史家も善知鳥に視線を送る。

 

善知鳥「完成すれば【聖杯戦争】を終結させるだけの絶対的な力を持つ【宝具】。その対象法など考えれば子供とてすぐに辿り着きます。……要は完成させなければいい。完成する前に潰す。これが最良です。もし、私が貴方の敵ならば間違いなく一両日中にことを起こすでしょう」

 

そう言うと善知鳥は鼻で笑う。

 

善知鳥「……とは言ってみたもののその程度では貴方の勝利は揺らぐ余地もなく。これも神の思し召しか。御子息も【マスター】に選ばれた。言わばミスター・アトロフスカには二振りの剣があるようなもの。時間稼ぎなど容易なことでしたな」

セオドア「(鼻で笑う)善知鳥神父は慎重な男のようだ。私に隙はない。万事首尾よく進んでいますよ」

善知鳥「申し訳ありません。生来からの心配性でしてね。懸念材料は口に出すようにしているのです。……そういえば今日、御子息はどうされました? いつもご一緒にいた印象でしたが」

セオドア「用事を言いつけていましてね。外に出ているのですよ」

善知鳥「……そうですか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP4.雨:母と子【3/3】

○国道 夕方

走っている黒い車。

 

○黒い車 車内 夕方

運転している歴史家。後部座席で善知鳥は窓の外を見ている。

 

善知鳥「……浅慮だな。リスクヘッジが甘い。ミスター・アトロフスカは御子息の反抗を我らに言うべきだった」

 

歴史家はバックミラー越しに善知鳥を見る。

 

歴史家「お前はあれに何を求める?」

 

善知鳥は歴史家に目を向ける。

 

善知鳥「……現状、ミスター・アトロフスカに求めることなど何もない。むしろ彼は我々の期待通りに動いている」

歴史家「そうだ。セオドア・バリュエレータ・アトロフスカは己が慢心で身を滅ぼす。 ……そういう筋書きのはずだ。なのにお前の発言には彼に危機管理を促すようなものがあった。どういう意図がある?」

善知鳥「(鼻で笑う)意図などあったものではないよ。ただの気まぐれだ。彼には早々に舞台から降りてもらうことに変わりはない。 ……そうだな。どういう理由であれ、親族で争うのは忍びないと思った。 ……ということにしておこう」

歴史家「……おかしな男だ。そもそもアトロフスカの子を唆したのはお前だろう」

 

善知鳥は微かに笑う。

 

◯ルイスの家 庭

小雨が降っている。

雨空を見上げているなずな。

 

切能の声「良い庭です。細部まで手入れが行き届いている」

 

雑草一つない庭。遊具は雨にさらされている。

 

傘を差したなずなと切能。

なずなは黙って庭を見ている。

 

切能「……先ほどは申し訳ございませんでした」

 

なずなはちらりと切能を見る。

切能は庭を見ている。

 

なずな「……どうして貴女が謝るんですか?」

 

切能はなずなに目を向ける。

 

なずな「……リュカくんは間違ってないんです。私は笑うべきだった。……どうして笑えなかったのか逆に不思議なくらいで……」

 

なずなは暗い笑みを浮かべる。

 

切能「母の死を悼む。それは人の子として当前のこと。決して間違ったことではありません」

なずな「だからそれは家族の話でしょ?」

 

切能を見つめるなずな。

 

切能「そう、これは家族の話です。……そして、貴女の話でもあるのです」

なずな「貴女は私の何を調べたんですか? ……私には母親なんていない。わからないはずがないですよね!?」

 

語気を荒らげるなずな。

切能はなずなに顔を向ける。

 

切能「貴女に家族などいないと?」

 

俯くなずな。

 

なずな「(消え入りそうな声で)……いないに決まってるじゃないですか……」

切能「……では、何故貴女はそんなにも心を乱されているのです?」

 

なずなは目を見開く。

 

切能「御自分の心に耳を傾けなさい。どんな理由があるにしろ、貴女は母君との繋がりを掴み切れていないのです。母の死を笑うなど答えが出てからでも遅くはありません。今はただ、考えなさい。貴女にはそれが必要なのです」

 

なずなは黙っている。

雨が強くなる。

 

切能「……雨が強くなってきましたね。お体に障ります。戻りましょう」

 

○同 客室 夕方

ルイスはしゃがみ込んで血の染み付いたカーペットを見ている。ため息をつく。後方にはダグマル・クリューガー(六一)が控えている。

ルイス、ソファで寝そべり欠伸をしているリュカを横目で見る。

 

○同 客室前 夕方

ドアに背を預けアーサー・ペンドラゴンは腕を組んでいる。

 

○同 客室 夕方

雨の音が聞こえる。

椅子に体を丸めて座っているなずな。

 

○グレアムホテル スイートルーム 夜

卓上には駒(ポーン)が二つ倒れている。

使い魔のコウモリを通した都内各地の映像が宙に映し出されている。

セオドアは映像を見つめている。

映像の一つにリュカを連れてルイス邸を出ていくヘレンとエイプリルの姿が映し出されている。

 

○ルイスの家 夜

コウモリが飛んでいる。体が不規則に揺れ、瞳は虚ろである。

コウモリを見上げるルイスとリュカ。

その隣でコウモリに手を向けているエミリア。

 

○インサート

夜空に月が浮かぶ。

 

○東京都庁第一本庁舎 屋上 夜

外套に身を包んだなずな、ルイス。

視線の先では毅然としたアーサーが眼下に広がる庭園を睨んでいる。

 

T「新宿御苑」

ルイス「……大丈夫」

 

なずなはルイスに目を向け、頷く。

ルイスは微笑む。

 

ルイス「では、お願いします」

 

ルイスの視線の先にはアーサーがいる。

 

○母と子の森 夜

森の中の遊歩道を歩くリュカ。

並び立つラクウショウの木の間から月が見える。

 

○東京都庁第一本庁舎 屋上 夜

アーサーは頷き、右手を高らかに上げる。右手の周辺に光子が集まり、両刃直剣が姿を現す。

 

アーサー「始めますわよ」

 

アーサーはエクスカリバーを手に取り、切っ先を天に向ける。

 

アーサー「……束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流」

 

眩い光が周囲を照らし、切っ先から放たれる光の帯が夜空に向かって伸びていく。

 

アーサー「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!!!!」

 

アーサーは剣を振り下ろす。

光は奔流となって庭園に流れ込んでいく。

 

○タイトル

黒み

T「雨:母と子」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP5.開戦の烽火【1/3】

登場人物

 

☆セイバー第七陣営

藤戸なずな(一六) 高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二) なずなの担任教師 魔術使い

エミリア・フォン・シュネー(二八) ルイスの妻

ダグマル・クリューガー(六一) シュネー家の執事 Bar赤の店主

 

☆セイバー第五陣営

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇) 切能のマスター

切能[きりのう] セイバークラスのサーヴァント 甲冑を纏った女武者

 

☆セイバー第四陣営

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九) 魔術師 時計塔所属

ヴェルンド セイバークラスのサーヴァント 鍛冶師 車椅子に乗った女性

オーガスタ(三五) 執事

執事

執事

ヘレン(二○) 侍女

エイプリル(十九) 侍女

 

☆聖堂教会

善知鳥元始[うとうげんし](四二) 聖堂教会 第八秘蹟会所属(東京支部)聖杯戦争の監督

 

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

○新宿 遠景 夜

星の見えない夜空。地上は繁華街を中心に街灯りが煌めく。

突如、強烈な光が瞬くと一筋の光の柱が地上から発生し、空気が振動する。

 

○グレアムホテル スイートルーム 夜

窓辺に立つセオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)。目を見開き、口を開けて震えながら、膝から崩れ落ちる。

窓の向こうでは光が噴き上がっている。

 

○新宿御苑 遠景 夜 

光が柱状に空へと噴き上がっている。

衝撃で風が吹き荒び、地面が震える。   

 

○東京都庁第一本庁舎 屋上 夜

藤戸なずな(一六)とルイス・フォン・シュネー(三二)が見つめる先で、アーサー・ペンドラゴンは剣を振り下ろした体勢を解く。

 

ルイス「見事です。キング・アーサー」

 

アーサーはルイスらの方へ振り返る。

 

アーサー「これで討てていれば話は早いのだけれど」

 

言いながら、アーサーが剣を掲げると剣は光の粒となって消える。

   

なずな「すごい……」

 

光の柱を見つめるなずな。

腕時計を見るルイス。時刻は二一時を指している。

 

○(回想)シュネー家 客間 夜  

アンティークの柱時計。時針は十九時を指している。

ルイス、エミリア・フォン・シュネー(二八)、ダグマル・クリューガー(六一)、なずな、アーサー、リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇)、切能がテーブルを囲んでいる。

テーブルの上には地図が広げられており、地図にはピンが数本突き立てられている。  

ルイスは都庁の位置を示すピンを指差す。

 

ルイス「始めに都庁屋上でキング・アーサーの【宝具】、聖剣を展開」

 

ルイスの指が新宿御苑の敷地内を示すピンへとスライドする。

 

ルイス「ヴェルンドの工房を狙撃します」

(回想終わり)

 

○新宿御苑 母と子の森 夜

土煙が立ち上っている場所を遠巻きに観察するリュカ。

 

リュカ「……切能」

切能「はっ」

 

【霊体化】を解き、切能が姿を現す。

リュカの前に跪く切能。

リュカは切能の背後へ回り、右手を背中に押し当てる。

切能の体表が淡い光を帯びる。

 

リュカ「役目を果たせよ」

切能「――御意のままに」

 

○グレアムホテル スイートルーム 夜

室内を歩き回るセオドア。

入り口近くにはオーガスタ(三五)が立っている。

 

セオドア「鍛冶師(スミス)! 鍛冶師!」

 

【念話】でヴェルンドに呼びかけるセオドア。小さく呻き、ソファに座り、両手で顔を覆う。

 

セオドア「どうなっている……どうなっているどうなっているどうなっている!」

 

指の隙間から覗く目は血走っている。

手を下ろし、正面を向くセオドア。視線の先には使い魔を通した都内各所の映像が宙に映し出さている。

セオドアの瞳孔が開く。

セオドアはその中の『ヘレンとエイプリルがリュカを連行している』映像を見つめている。

映像に向かって手を伸ばすセオドア。

 

○シュネー家 客室 夜

ケージの中でじっとしていたコウモリが暴れだす。

椅子に座っていたエミリアは傍らに立つダグマルに顔を向ける。

 

エミリア「ルイスに」

 

ダグマルは頷く。

 

○新宿 国道 夜

黒のアウディ・A4を運転しているルイス。なずなは助手席に座っている。

 

ルイス「わかった……ありがとう」

 

ホルダーに置かれた携帯電話は通話中の表示になっている。

 

エミリアの声「……気をつけて」

ルイス「(小さく)あぁ」

 

ルイスは通話を切る。

ルイスの横顔を見つめるなずな。

 

○新宿 ビルの屋上 夜

ビルの屋上から屋上へと飛び移りながら移動するアーサー。着地の際に、少しよろめいてしまう。

体勢を整えると、屋上の縁へと歩く。

ルイスたちを乗せた車が車道を走っていくのを見下ろすアーサー。

 

○グレアムホテル スイートルーム 夜

セオドアの手を伸ばした先に浮かぶ映像はブラックアウトしている。

手で顔を覆い、天井を仰ぐセオドア。

×××

(フラッシュ)

椅子に座っている善知鳥元始(四二)。微笑み、口を開く。

×××

 

セオドア「……バカな、ありえない。なぜ……アレは、私の……私が……っ!」

 

セオドアの体が震え、立ち上がり、窓辺へ駆け寄る。

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

エクスカリバー着弾地点。土煙はまだ残っている。

 

ヴェルンドの声「■■■■■■■――!!」

 

土煙の奥から絶叫が周囲に轟く。   

 

○グレアムホテル スイートルーム 夜

窓に張り付き、笑うセオドア。

 

○新宿 交差点 夜

信号待ちをする人の並びの中、リュカが立っている。

後ろを振り向くが、すぐに前を向く。

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

土煙が晴れてくる。その中から、ヴェルンドの姿が露わになる。

左手を額に当て、右手に大振りのハンマーを握っている。

 

ヴェルンド「あぁ……あぁ……」

 

ヴェルンドはふらふらと歩きながら、周囲を見回す。

壊れた武具、瓦礫が散乱している。

ヴェルンドは土砂に半分埋もれた銀盤を拾い上げ、銀盤の亀裂を指でなぞる。

銀板を額に当て、震えるヴェルンド。

 

○(回想)シュネー家 客間 夜

作戦会議中の一同。

 

切能「工房を破壊することで、奴の護りを崩し――」

リュカ「件の【宝具】の製造を止める。後は蟻みたいに巣から這い出たところを――」

 

笑顔を作るリュカ。

 

リュカ「潰す!」

(回想終わり)

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

 

切能の声「雪の大崎。嘆かわしきは血の相剋」

 

ヴェルンドの震えが止まる。

 

切能の声「仲立ちは中山峠。八十日(やそか)。八十日。言の葉集う、東雲のころ」

 

ヴェルンドは顔を上げ、声のする方を向く。

大名駕籠が宙に浮かんでいる。

 

切能の声「【宝具】、和議の駕籠(わぎのかご)

 

駕籠とヴェルンドを円で囲むように紫色の火球が等間隔に浮かぶ。

駕籠の高度が低くなり、中から口元を扇で隠した打掛姿の切能が現れる。

切能を睨むヴェルンド。

切能が音を立てて扇を閉じると、扇は消え、甲冑姿に装いが変化する。

 

切能「我こそは最上義守の娘! 最上御前、義姫である! 主命により、お相手致す!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP5.開戦の烽火【2/3】

○(回想)シュネー家 客間 夜

作戦会議中の一同。

 

ダグマル「聞き覚えがあります。確か、日本の高名な武士、伊達政宗の母親ですね」

 

ダグマルに一同の視線が集まる。

 

ダグマル「時代劇(ヒストリカル)を観るのが趣味でして」

 

リュカは軽く咳払いをする。

 

リュカ「義姫の【宝具】は、生前の逸話が昇華されたものだ。これで奴を――」

 

(回想終わり)

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

義姫とヴェルンドが対峙している。

ヴェルンドは立ち上がり、義姫を睨む。両足の銀の義足が鈍く光る。

 

リュカ(M)「行動不能にする」

 

○グレアムホテル 入り口前道路 夜

車が止まり、車内からルイスとなずなが降りる。周囲を見回すルイス。

アーサーが上空から現れ、二人の前に着地する。

そこにリュカが歩いてくる。

 

○同 スイートルーム 夜

宙に浮かぶ映像群。その一つにルイスたちが映っている。

窓辺に立ったまま、その映像を見ているセオドア。顔を顰め、窓の方を向く。

 

セオドア「鍛冶師! 無事なのか? 返答しろ!」

ヴェルンドの声「……セオドア」

セオドア「剣は――いや、いい。とにかく、今すぐにこちらへ――!」

 

ヴェルンドの声「(遮って)(うるさ)い!」

 

セオドアの顔が強張る。

 

セオドア「なっ……! もうじき私の所までシュネーの錬金術師共が来てしまう! このままでは……!」

 

間。   

セオドアは眉間を指で強く押さえると、ソファから立ち上がりオーガスタを見る。

 

セオドア「時間を稼げ! 早く!」

 

オーガスタは首肯し、部屋から出て行く。

 

○グレアムホテル エントランス 夜

ホテル内には人はおらず静まり返っている。周囲を見回すなずな。

 

なずな「誰もいませんね」

ルイス「人払いの結界です。当然ですが、察知されていますね」

 

リュカは天井の方を睨んでいる。

 

リュカ「セオドアがいる部屋は二三階だ。さっさと行くぞ」

アーサー「待ちなさい」

 

一同、アーサーを見る。

 

アーサー「なずなと話をさせて」

 

なずなとルイスは目を見合わせる。

リュカは大きくため息を吐くと、アーサーを睨みつける。

 

リュカ「どういう――」

アーサー「(遮って)そう時間は取らせません」

 

見合う二人を窺い見るなずなとルイス。

 

ルイス「必要なことなんですね?」   

アーサー「ええ」

 

ルイス、右手をぐっと握りこむ。

 

ルイス「では、私とリュカ君は先に上へ向かいます。二人は後から追いついてください。それでいいですね」

 

ルイスはリュカを見る。リュカは背を向け階段へと歩き出す。

 

リュカ「時間が惜しい」

ルイス「では、後ほど」

 

ルイスはアーサーに一礼してから、リュカを追う。二人を見送るなずな。

 

なずな「あの、アーサーさん?」

 

アーサーの方を向くなずな。その瞬間、床に片ひざを突くアーサー。

 

なずな「アーサーさん!」

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

義姫とヴェルンドが対峙している。

都庁の方角を睨むヴェルンド。

 

ヴェルンド「大事な作品を。大事な竃を」

義姫「汝はすでに手足をもがれたも同然。大人しく――」

ヴェルンド「そしてなにより大大大事な、創造活動を止めるなどと!」

 

ヴェルンドは義姫の方を向き、ハンマーを振りかぶる。

 

ヴェルンド「ぶち撒けろ!」

 

義姫に向かって駆け出そうとして、二歩踏み出したところで動きが止まる。

 

ヴェルンド「ぬっ!」

 

少し後ずさり、自分の両足を見るヴェルンド。次に、両手を見ると、持っていたハンマーがなくなっている。

顔を上げ、義姫を見るヴェルンド。視線が義姫から、駕籠へと移る。

 

ヴェルンド「なにをした……!」

義姫「我が【宝具】は一度見えれば、いかなる戦であろうと、たちどころに凪へと転じさせる」

 

笑う義姫。

 

義姫「妾の魔力が尽きるまで、付き合ってもらうぞ!」

 

○(回想)シュネー家 客間 夜

作戦会議中の一同。

右手をあごに当てているルイス。

 

ルイス「敵と対話するための【宝具】とは……随分と……その……」

アーサー「厄介な【宝具】ですわね」

 

ルイスはアーサーを見る。

 

アーサー「こちらがいくら戦意を持っていようと対話以外の手段を選べなくする、ということでしょう?」

 

義姫はうなずく。

 

義姫「得物を手に取ることはおろか、攻撃の意思すら持てなくなるまで減衰させます」

リュカ「と言っても、展開できる時間には当然リミットがある。けど、セオドアを殺るのには事足りるだろ。なぁ?」

 

アーサーに向かって笑うリュカ。

アーサーは一瞬、なずなを見る。

 

アーサー「……えぇ。魔術師一人、殺すことは容易いですわ」

 

なずなはアーサーとリュカを強張った顔で見ている。

 

○グレアムホテル エントランス 夜

人気のない、静かなフロント、ロビー。

   

○同 一階ラウンジ 夜

ガラス製の壁面。ホテルの外は暗い。

高級感のある調度品が並ぶラウンジ。

ソファに腰掛けているアーサー。なずなは横に立っている。

 

アーサー「……恥ずかしいところを見せてしまいましたわね」

なずな「いえ。そんなこと……あの、話っていうのは?」

アーサー「私が【現界】して数日。今はルイスに主導権を預けていますが……あくまで私の【マスター】は貴女。忘れてはいませんわね?」

 

なずなはそっと左手で右手の甲にある【令呪】に触れる。

 

なずな「……はい」

アーサー「この先は死線。誰もが命を落としうる舞台ですわ」

 

なずなは震える声で告げる。

 

なずな「それでも、私は先生の願いを……先生を助けたい」

 

アーサーはソファから立ち上がり右手を胸の前にかざす。光の粒子が収束し短剣が現れる。

なずなに短剣を差し出すアーサー。

 

なずな「……これは?」

アーサー「実は、今の私には戦いに回すだけの魔力が残っていませんの」

 

はっとするなずな。

 

アーサー「だから、貴女の血を飲ませて」

 

なずなは一瞬だけたじろぐ。

 

なすな「……それで本当に魔力が?」

アーサー「ええ。実は一昨日も、あなた眠っている間にいただいていたの」

なずな「そうだったんですか……」

アーサー「傷をつけるのは気が咎めたので、接吻で」

なずな「せっ、接吻?!」

 

アーサーの口元を見るなずな。顔が赤らむ。

 

アーサー「今だって、本当はあなたに傷をつけるのは忍びないのだけど……」

 

俯くアーサー。

 

なずな「……わかりました」

 

なずなは短剣を受け取り、刃を見る。刃に映るなずなの顔。

短剣を手に持ち、刃を反対の手のひらに当てる。

深呼吸するなずな。全身に力が入る。

息を止め、素早く刃を引くなずな。床に数滴、血が落ちる。

 

なずな「アーサーさん」

 

アーサーの目を見るなずな。

アーサーは跪くとなずなの手を取り、手のひらに口をつける。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP5.開戦の烽火【3/3】

○新宿御苑 日本庭園 夜

 

ヴェルンド「よくもおおお!」

 

義姫に向かって、殴ろうとするヴェルンド。動きが止まる。

 

ヴェルンド「私の!」

   

蹴ろうとするヴェルンド。動きが止まる。

 

ヴェルンド「造った!」 

 

飛び掛ろうとするが、義姫に届かない。

ヴェルンドは庭園に置かれていた大きな岩に駆け寄り、持ち上げる。

 

ヴェルンド「子供たちを!!!」

 

勢いよく岩を投げるヴェルンド。岩は義姫から少し離れた位置に落下する。

飛び散った石が義姫の方へ飛ぶ。

義姫は顔に当たりそうな石を手で掴む。

 

義姫「無駄な足掻きだ」

 

ヴェルンドは歯軋りをする。

 

○グレアムホテル 二三階 廊下

非常用階段の扉。その表面に術式の紋様が浮かび上がる。紋様が発光し、砂粒となって床に落ちる。

扉がゆっくりと開き、隙間からルイスの手が差し込まれる。

手に持った試験管の中から流体が零れ、白い巨人が現れる。巨人は扉の前で仁王立ちの体勢をとる。

扉からルイスとリュカが現れる。

リュカは周囲を見渡し、床の一点で視線を止める。

リュカはルイスに目配せすると、前進し、そっと床に手を着く。触れた部分が光り、床から壁、天井まで広がる紋様が浮かび、解けていく。

 

ルイス「(ドイツ語)防御っ!」

 

巨人の腕がリュカへと伸びると、飛来してきた矢が突き立てられる。

廊下の奥からオーガスタと二人の執事服姿の男が現れる。オーガスタはサーベルを、他の二人はそれぞれクロスボウとハルバードを持っている。

舌打ちするリュカ。

 

リュカ「オーガスタ……」

オーガスタ「家出をしただけでは飽き足らず敵を招き入れるとは」

 

リュカは立ち上がり、三人を睨む。

 

オーガスタ「躾が足りなかったようですね」

 

ルイスは懐から試験管を取り出す。

 

ルイス「(小声で)リュカ君。ここは――」

リュカ「殺してやるからかかってこい!」

 

リュカの【魔術回路】が発光する。

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

義姫とヴェルンドが対峙している。

大名駕籠を見るヴェルンド。

 

ヴェルンド(M)「得物も持てない。攻撃も届かない。どういう能力だ?」

 

ヴェルンドは視線を義姫に移す。義姫はヴェルンドから視線を外さない。

 

ヴェルンド(M)「空間? それとも私の精神に作用する【宝具】か? なにか破る手立ては……」

 

×××

(フラッシュ)

岩が地面にぶつかり、石が飛び散る。

顔に当たりそうな石を手で掴む義姫。

×××

はっとするヴェルンド。にやりと笑う。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

人のいないガーデンテラス。

息を荒げながら、縁に近寄るセオドア。手すりを掴み、新宿御苑の方角を見る。

 

セオドア「一体どうなっている……!」

ヴェルンドの声「セオドア」

セオドア「鍛冶師! どうだ? 終わったのか? であれば早く――」

ヴェルンドの声「令呪をよこせ」

セオドア「……は?」

 

○同 二三階 廊下 夜

ボロボロになった廊下。

リュカは鼻から血を流しながら、光弾を放つが、オーガスタの武器に弾かれ、あらぬ方向へ飛んでいく。

オーガスタは距離を詰め、サーベルをリュカに振るう。それを庇った白い巨人の腕が切断される。

 

ルイス「下がって!」

 

ルイスが試験管を投げると、新たな白い巨人が出現し、リュカを抱いて後退する。

巨人は残った腕をオーガスタに振るうがハルバードを持った執事に受け止められる。

オーガスタはサーベルで巨人の足を切る。よろめく巨人に、ハルバード、サーベルが突き刺さる。倒れる巨人。

オーガスタたちがルイスたちの退いた方を見る。数体の白い巨人がぞろぞろと向かってくる。

 

○同 階段 夜

階段を駆け上がっているなずなとアーサー。なずなの手のひらにはハンカチが巻かれている。

なずなのスマホが振動しだす。

なずなはポケットからスマホを取り出す。

 

○同 二三階エレベーターホール 夜

丁字路の形をした待合所。

ルイスと、リュカを抱えた白い巨人が駆け込んでくる。

ルイスは手に持っていたスマホを上着のポケットに収める。

 

ルイス「(ドイツ語で)開け」

 

白い巨人はリュカを降ろし、エレベーターの扉をこじ開ける。カゴはなく、むき出しのシャフトが見える。

 

オーガスタ「袋のネズミですね」

 

各通路からオーガスタたちが現れる。

 

リュカ「あんま調子に乗るなよ」

 

鼻血を手で拭いながら、前に出ようとするリュカ。その肩を、ルイスが掴む。

オーガスタを見るルイス。

 

ルイス「いいえ。ここは窮鼠猫を噛む、でしょう」

 

と言ってルイスが微笑むと、シャフトが音を立て始める。音は下の方から聞こえ、次第に近づいてくる。

オーガスタたちは武器を構える。

ルイスたちが扉の前から退くと同時に、扉の奥からなずなを抱えたアーサーが飛び出してくる。

アーサーはなずなをルイスに向かって放ると、即座にクロスボウを持った執事目がけて駆け出す。

執事は狙いをつけようとするも、距離を詰めたアーサーに剣で斬られる。血しぶきが舞う。

 

オーガスタ「――【境界記録帯(ゴーストライナー)】!」

 

アーサーはもう一人の執事へと駆け出す。執事はハルバードで突こうとするが、アーサーは体を捻って回避し、勢いのままに執事を横薙ぎに斬る。

 

オーガスタ「おのれ……!」

 

アーサーはオーガスタに向かって駆け出す。

オーガスタはサーベルで受け止めようとするが、アーサーはサーベルごとオーガスタを斬る。

なずなの瞳に崩れ落ちるオーガスタが映る。

一息つくルイス。

 

ルイス「助かりました。感謝します、キング・アーサー。藤戸さん――藤戸さん?」

 

強張った顔のなずな。

床に転がった死体と、返り血を浴びたアーサー。

 

○同 屋上 夜

新宿御苑の方を見ているセオドア。胸元を服の上から強く掴む。

 

セオドア「……そうか! 令呪による空間転移でこちらに――」

ヴェルンドの声「違う。魔力をよこせと言っている」

セオドア「し、しかしこのままでは……」

 

×××

(フラッシュ)

セオドアの使い魔視点の映像。エントランスにいるルイスたちが映っている。使い魔を睨むリュカ。

×××

セオドアは手すりを強く握る。

 

セオドア「……分かった。ただしそちらの片がつき次第、速やかにこちらに――」

ヴェルンドの声「無論だ」

 

セオドアはシャツのボタンを外し、肌を露わにする。胸元左上、鎖骨近くに令呪が三画刻まれている。

 

セオドア「セオドア・バリュエレータ・アトロフスカの名の下に、令呪を以って命ずる――炉に炎を!」

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

対峙している義姫とヴェルンド。

目を血走らせたヴェルンド。

 

ヴェルンド「私の崇高な創造を侵した大罪、死をもって償え!」

 

ヴェルンドの周囲に炎がゆらめく。

義姫は柄には手をかけず居合いの構えをとる。

 

ヴェルンド「これより此処は、我が憎悪に塗れた幽閉の島」

 

地鳴りとともに、地面から何本もの柱状の石が突き出てくる。

 

ヴェルンド「拵えしは銀の(さかずき)。虹の貴石。歯牙の宝飾(ほうしょく)

 

ヴェルンドの周囲の炎が大きくなり、渦を巻く。

 

ヴェルンド「鞴を踏みて、復讐を為す(バロウズ・セーヴァルスタズ)!」

 

ヴェルンドの周囲の地面がひび割れ、溶けた鉄が噴き出す。

両腕を震わせながら、ヴェルンドは両手を鳩尾に突き刺す。

 

ヴェルンド「見るがいい! 模造・太陽が如き炎の剣(レーヴァテイン・アブクラッチ)!」

 

ヴェルンドの鳩尾が橙色に強く閃く。

 

○グレアムホテル 二三階 エレベーターホール 夜

新宿御苑の方角へ勢いよく振り向くリュカ。

 

○タイトル

黒み

T「開戦の烽火」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP6.太陽が如き炎の剣【1/3】

登場人物

 

☆セイバー第七陣営

藤戸なずな(一六) 高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二) なずなの担任教師 魔術使い

 

☆セイバー第五陣営

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇) 義姫のマスター

義姫[よしひめ] セイバークラスのサーヴァント 甲冑を纏った女武者 切能と呼ばれている

 

☆セイバー第四陣営

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九) 魔術師 時計塔所属

ヴェルンド セイバークラスのサーヴァント 義足をつけた鍛冶師

オーガスタ(三五) 執事

 

リュカの父

リュカの母

 

☆伊達家

義姫(四一、四三) 政宗、政道の母

伊達政宗[まさむね](二二、二四)伊達家一七代目当主

伊達政道[まさみち](二三) 政宗の弟 小次郎と呼ばれている

梵天丸[ぼんてんまる](七) 政宗の幼名

竺丸[じくまる](六) 政道の幼名

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

 

○グレアムホテル 二三階 エレベーターホール 屋内

血溜まりの上に倒れているオーガスタ(三五)の死体。目は開かれたまま。

藤戸なずな(一六)はオーガスタから目を離せない。

なずなの視界がルイス・フォン・シュネー(三二)によって遮られる。

 

ルイス「藤戸さん――藤戸さん?」

 

なずなは震えながら、ゆっくりと顔を上げる。

 

ルイス「大丈夫ですか?」

なずな「……いえ、その、大丈夫です。先に進みましょう」

 

青ざめた顔のなずな。

ルイスは視線を下げて、

 

ルイス「(顔を上げて)では、先に進みましょうか」

 

なずなとルイスを見つめるアーサー・ペンドラゴン。無表情。

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇)の舌打ち。

眉をひそめるリュカを見やるルイス。

 

ルイス「どうかしましたか?」

リュカ「……時間が惜しい。先を急ぐぞ」

 

リュカは走り出す。

ルイスはなずなとアーサーに目を向ける。

 

ルイス「我々も行きましょう」

 

なずなとアーサーは頷く。

 

なずな「あっ」

 

なずなは走り出そうとするが、足がもつれ倒れる。

 

ルイス「藤戸さん!」

 

ルイスが駆け寄ろうとするが、アーサーは手で制する。

 

ルイス「キング・アーサー?」

 

アーサーはなずなを見つめる。

なずなの顔は青白く、体が小刻みに震えている。

 

アーサー「剣を握るということ。これで貴女にもわかったはずです」

 

なずなはアーサーを見上げる。真顔のアーサー。

 

アーサー「ここは戦場なのです。今一度考えなさい。……貴女の願いは剣を取るに相応しいものなのですか?」

 

なずな、ルイスと目が合う。

なずなは歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。が、身体の震えは止まらない。

 

なずな(M)「(ふらふらと歩き出す)…… 私は、私は先生の役に立ちたい」

 

足がもつれて転倒するなずな。

顔を上げるなずな。アーサーの鎧や衣服に付いた返り血が目に入る。

震える右の手のひらを見て、なずなは顔をくしゃくしゃにしながら目を瞑る。

 

○インサート

月明かりに照らされる廃ビルの屋上。

優しく微笑むルイス。

 

なずな(M)「先生……」

 

SE:がりっ(舌を噛む音)

 

○グレアムホテル 二三階 エレベーターホール 屋内

なずなはゆっくりと立ち上がる。口元から血が流れる。

 

ルイス「ふ、藤戸さん?」

 

駆け寄ろうとするルイスを手で制するアーサー。

 

ルイス「キング・アーサー!」

 

アーサーとなずなはじっと見つめ合う。

なずなは血のついた口元を袖で拭い、覚束ない足取りでアーサーに近寄る。

アーサーの目の前に立つなずな。アーサーの胸元に崩れる落ちるように倒れ、抱きとめられる。

小さくため息をつき、アーサーはなずなの頭をそっと撫でる。

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

対峙している義姫とヴェルンド。

石柱と火柱に囲われているヴェルンド。

ヴェルンドは鳩尾に突き刺した両手を横に引き傷口を開く。すると、そこから剣の(なかご)が顔を出す。

周囲の炎が鳩尾の剣へ吸い込まれていき、次第に橙色の光を放つ全長一五〇センチの長剣が姿を現し、その場に浮かぶ。

長剣の腹に刻まれたルーン文字が強い光を放つと、光の環が長剣を軸に発生し、高熱が長剣から発せられ景色がゆらめく。

熱を遮るように腕で口元を覆う義姫。

次の瞬間、義姫の全身が粟立ち、即座に左へ跳ぶのと同時に、義姫の右側を長剣が超高速で通過する。

長剣の軌跡に沿って地面が抉れ、一拍遅れて轟音が響く。

長剣の飛んでいったほうを見る義姫。長剣は夜空をでたらめに飛翔している。

義姫は大名駕籠に視線を移す。大名駕籠は無傷のまま宙に浮かんでいる。

視線をヴェルンドへ戻す義姫。

ヴェルンドは黒く焦げた鳩尾を手で押さえながら、飛翔する長剣を眺めている。

 

ヴェルンド「焼き入れが甘かったか……」

 

ヴェルンドは歯噛みし、義姫を見る。

 

ヴェルンド「だが、貴様には十分だ!」

 

義姫はとっさに長剣のほうへ振り返る。長剣は一〇〇メートル先から義姫目掛けて向かってきている。

義姫は舌打ちし、刀を抜く。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

無人のガーデンテラス。柵の傍に立っているセオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)。

セオドアは背後から近づく足音を耳にし、顔を強張らせながら振り返る。

一〇メートル先にリュカが立っている。

 

セオドア「リュカ……!」

 

リュカの【魔術回路】が(あか)色に発光し、服からのぞく肌に浮かび上がる。

 

リュカ「死ね」

 

リュカが右手をセオドアに向けると、光弾が宙に発生し、セオドア目掛けて飛んでいく。

セオドアは小さく悲鳴をあげ、とっさに横へ跳んで避けるが転んでしまう。

舌打ちするリュカ。

セオドアは顔をあげて涙目でリュカを見る。

 

セオドア「……なぜだ? なぜなんだ。私は、お前を本当の息子として育ててきた」

 

なずな、アーサー、ルイスが非常用階段を駆け上がり、屋上に到着する。

ルイスたちはリュカたちのいるほうを見て、駆け寄る。

 

セオドア「厳しく接したのも、お前の将来を思えばこその――」

 

リュカは右手をセオドアに向ける。

 

リュカ「ベラベラとうるせぇんだよ」

 

セオドアは両手をリュカへ向ける。

 

セオドア「わ、私が悪かった! 謝る!」

 

真顔のリュカ。

セオドアは床に額を擦りつける。

 

セオドア「頼む! どうか命だけは――」

 

ふと、夜空が明るく照らされ、全員が見上げる。

セオドアの瞳に一筋の光が映る。

リュカは視線をセオドアに戻し、周囲に光弾を発生させる。

ルイスはアーサーを見やる。

 

ルイス「キング・アーサー!」

 

アーサーは剣を構えた瞬間、床から大量の石の(いばら)が生じ、アーサーたちに襲いかかる。

アーサーらは迎撃するが、茨はすぐさま再生し、早々にアーサーたちの周りは半球状に囲まれていく。

 

リュカ「(舌打ちして)これは……」

 

リュカは茨の隙間からセオドアの足元に金属の楔が突き立てられているのを見る。楔にはバラの意匠と回路のような紋様が刻まれている。

 

セオドア「時を稼ぐためとはいえ、無様をさらした甲斐はあったな」

 

セオドアは口の端を吊り上げる。

 

セオドア「そこで大人しくしていろ」

 

石の茨が蠢き、茨の隙間をさらに埋めていく。

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

長剣と刀が衝突し、大きな火花が散る。

義姫は衝撃で後ろへ吹き飛ぶが、すぐに体勢を整える。

長剣は再び夜空を翔ける。

大名駕籠は光の粒になり、霧散する。

にやりと笑うヴェルンド。

 

ヴェルンド「やはりな。貴様の【宝具】は私の意思は捻じ曲げられても、備わった機構には干渉できない。そうだろう?」

 

義姫は刀を構えなおし、ヴェルンドに向かって一息に踏み込む。

ヴェルンドの銀色の義足に彫られたレリーフが発光する。

ヴェルンドへ振り下ろされた刀が空を切る。驚く義姫。

瞬間、義姫の頭目がけてヴェルンドの蹴りが叩き込まれる。

義姫はとっさに腕で防御して飛び退くも、次に長剣が飛んでくる。

刀で防御する義姫。衝撃で吹き飛ばされ、池に水飛沫をあげて落下する。

上空から池を見下ろすヴェルンド。腰の後ろに光の翼が展開されている。

ヴェルンドは小さく呻き、自身の足を見る。蹴り足の義足との接合部に刀傷があり、出血している。

歯軋りするヴェルンド。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP6.太陽が如き炎の剣【2/3】

○グレアムホテル 茨の囲い 夜

石の茨に囲われているなずなたち。

セオドアはそれを見てにやついてる。 

ルイスとアーサーはなずなを囲いの中心に寄せ、茨から遠ざける。

茨は蠢きながら囲いの厚みを増していき、内側が次第に陰っていく。

 

ルイス「今の光は……」

リュカ「(舌打ちして)レーヴァテインだ」

 

ルイスとアーサーは目配せする。首を横に振るアーサー。

不安そうにルイスを見るなずな。

リュカは茨を注視する。茨の中に流れる魔力が金色の光としてリュカの視界に映る。

 

リュカ「励起(イクサイト)

 

リュカの服からのぞく肌に【魔術回路】が浮かび上がり紅色に発光する。

ルイスたちはリュカのほうを向く。

 

リュカ「舐めるな」

 

リュカは両手を石の茨にかざす。

 

○インサート

SE:ゴボゴボ(水中の泡音)

黒い空間に漂う義姫。甲冑が所々損傷している。

 

義姫(M)「奴を止めなければ……主のもとへ行かせては……」

 

黒い空間に女性の青白い手が浮かび上がり義姫の腕を掴む。

 

女性の声「ならば、(わたし)為済(しす)ましてやろう」

 

手の主の姿が露になる。そこには紅い瞳、青白い肌をした打掛姿の義姫。

義姫は目を大きく見開く。

 

○新宿御苑 日本庭園 夜

上空から池を見下ろしているヴェルンド。

池の中央に立ち上がった義姫を見て、目を細める。

突如、池一帯が紫色の光を放つ。

ヴェルンドは全身が粟立ち、

 

ヴェルンド「レーヴァ!」

 

遠くを飛んでいた長剣は義姫のほうへ向きを変え、突撃する。

大量の水飛沫が上がり、霧がかかる。

池の水は光を失い、元に戻る。

長剣は上昇すると、再度義姫のいた地点へ突撃する。水飛沫が上がる。

 

ヴェルンド「戻りなさい!」

 

長剣はヴェルンドの傍へと飛んできて、停止する。

ヴェルンドは池を見渡す。辺りに霧がかかっており義姫の姿は見えない。

ヴェルンドは嘆息すると、グレアムホテルのほうを向く。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

茨の囲いに紅色の光が駆け巡り、震動し始める。

目を大きく見開くセオドア。

茨の震動が大きくなり、光に包まれ、一気に爆ぜる。

炎上する茨の残骸からリュカ、ルイス、アーサー、なずなが姿を現す。

リュカは鼻血を袖で拭い、セオドアを睨み付ける。

 

リュカ「(息を切らしながら)……手間かけさせるんじゃねえよ」

 

唖然としているセオドア。

身体から白い煙が立つリュカ。肩で息をしている。

 

セオドア「まさか、お前が?」

リュカ「だったらなんだって――」

セオドア「(遮って)素晴らしい!!!」

 

呆けた表情から歓喜に満ちた表情に変わるセオドア。

リュカは眉をひそめる。   

 

セオドア「それでこそ私の最高傑作。やはり私の跡を継ぐのはお前しかありえない!」

 

セオドアへの視線は逸らさずに片膝を床につけるリュカ。息が荒い。

 

ルイス「リュカくん」

 

リュカの前にルイスとアーサーが立ち、セオドアに鋭い視線を送る。

 

セオドア「茨が破られたのは驚いたが、嬉しい誤算だよ。【魔術式】を強引に破るという芸当も私の与えた力があってこそだ!」

 

よろめきながら立つリュカ。

 

リュカ「どいつもこいつも……」

 

○インサート

 

リュカの母(M)「どうでした?」

リュカの父(M)「さすがは三大貴族の家柄だ。若き才能に金は惜しまないらしい。……それにリュカにとってこれはまたとない機会だ」

リュカの母(M)「そうね。アトロフスカの家ならきっとリュカを立派な魔術師にしてくれるわ」

 

にこやかに笑うリュカの父と母。

暗転。

薄暗い室内。

拘束具のついた手術台。

血の付着したメスや鉗子。

口の端を上げるセオドア。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

 

リュカの声「好き勝手に言いやがる……」

 

リュカを見つめるなずな。

セオドアはリュカを見つめ、

 

セオドア「愛も、金も、時間も、私はお前に与えられる全てを与えた! やがてはアトロフスカを継ぎ、根源への到達を為すという輝かしい未来の、お前のためにだ!」

 

嬉々とした表情のセオドアへ目を向けるなずな。

 

なずな「(小声で)お前のため?」

 

なずなの横顔を見やるアーサー。

 

○(回想)会津黒川城 外観

紺地に金箔で日の丸が描かれている旗を掲げ、伊達軍が行軍している。

 

○(回想)同 廊下

 

義姫の声「どうして大崎に攻め入った!?」

 

表情のない伊達政宗(二二)を睨めつける義姫(四一)。

 

政宗「……全ては伊達家のためにと。嘘偽りはございませぬ」

 

手を振りかぶる義姫。

SE:ピシャリ(平手打ち)

赤く染まった政宗の頬。

気色ばむ義姫。厳しい眼差し。

 

○(回想)同 城内

行灯に照らされる室内。

険しい表情の義姫(四三)

 

政道の声「私とて苦渋の選択にございます。ですが、兄上の所業をこのまま見過ごすわけには行かないのです。……それは母上とて同じ気持ちではないのですか?」

 

伊達政道(二三)は立ち上がり、

 

政道「家を守るといいながら、一族に容赦なく牙を剝く。私には兄上が何を考えているのかわかりませぬ!」

 

○(回想)同 炊事場

家臣は漆塗りの碗に薄茶色の粉薬を入れる。その姿を見つめる真顔の政道と顔面蒼白なたすき掛けした袴姿の男。

戸口に立って三人を見ている義姫。

 

○(回想)会津黒川城 城内

袈裟斬りにされた政道が倒れている。

畳は血で染まり、食物、碗や膳が散らばっている。

伊達政宗(二四)の荒い息遣い。

刀身が赤く染まった刀。

(回想終わり)

 

○インサート

暗い空間の中、義姫は梵天丸(七)、竺丸(六)が仲良く走り回っているのを眺めている。

梵天丸と竺丸は暗闇へと走り去っていく。

義姫の前に甲冑姿の政道が現れる。

 

政道「母上。兄上に伊達家は任せてはおけませぬ。どうかご決断を」

 

政道は消える。

 

義姫「小次郎……」

政宗の声「母上」

 

義姫が後ろを振り返ると政宗が姿を現す。表情は見えない。

 

政宗「……伊達家の繁栄のため、私はなんだっていたしましょう」

 

政宗の姿はリュカに変わっている。

顔を上げるとリュカの右目が腐りかけている。

義姫の瞳孔が開く。

 

○日本庭園 上の池付近

水際で目を覚ます義姫。全身傷だらけ。

ふらつきながら立ち上がるとグレアムホテルの方角を見やる。

義姫は歩き出す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP6.太陽が如き炎の剣【3/3】

○グレアムホテル 屋上 夜

崩れた茨の破片が散らばっているガーデンテラス。

セオドアを睨むリュカ。息を切らしている。

 

リュカ「……誰が頼んだ?」

セオドア「ん?」

 

リュカの両手に光の弾が形作られる。

ルイスはアーサーに目配せする。アーサーは頷く。

リュカとアーサーはセオドアに向けて駆け出す。

セオドアの右手に金色に光る【魔術回路】が浮かび上がる。右腕を横に振ると、床から石の茨が発生しリュカたちを迎え撃つ。

リュカが茨に手を翳すと紅い光に包まれ爆ぜる。

アーサーは茨を避けつつ剣で断つ。

呻くセオドア。再度腕を振り、石の茨を作り出すがリュカとアーサーは止まらない。

セオドアは右手で胸元の【令呪】に触れる。

アーサーはセオドアに素早く駆け寄り、斬りかかろうとする。

アーサーの瞳に橙色の閃きが映る。

次の瞬間、超高速で飛んできた長剣をアーサーは剣で受け止める。

衝撃波が起こり、身を屈めるルイス、なずな、リュカ、セオドア。

アーサーは剣を持つ手に力を込め、長剣を弾き飛ばす。

 

セオドア「(振り返り)鍛冶師(スミス)!」

 

リュカはセオドアの背中に向かって飛びかかろうとするが、飛んできたヴェルンドの体当たりで弾き飛ばされ体がを舞う。

ルイスは素早く懐から試験管を取り出し栓を外す。

 

ルイス「(ドイツ語で)受け止めろ!」

 

試験管に入っていた液体は白い巨人に変化し、落下してきたリュカを受け止める。

巨人の腕の中で呻くリュカ。

セオドアの前に降り立つヴェルンド。

傍らに長剣が戻ってくる。

光輝く長剣を見つめるなずな。

 

なずな「あれが……」   

ルイス「間に合いませんでしたか……」

 

アーサーは剣を構え直し、ヴェルンドを見据える。

ヴェルンドはアーサーの持つ剣を見て、

 

ヴェルンド「貴様か」

 

ヴェルンドが手を掲げると炎が起こり、ハンマーが現れる。

目を血走らせるヴェルンド。

 

ヴェルンド「叩き潰す!!!」

 

アーサーに襲い掛かるヴェルンド。

アーサーは回避しざまに剣で斬り払う。

ヴェルンドは空中へ飛び斬撃を避ける。

 

○空中 夜

ヴェルンドが空中で体勢を整え、ホテルの屋上を見下ろすとアーサーの姿がない。

とっさに上を見ると、アーサーが宙に身を躍らせている。   

アーサーの剣から放たれる深紅の光が真下に向けて尾を引いている。

 

アーサー「墜ちなさい!」

 

アーサーが剣の切っ先を背面へ向けると光が放たれ、ヴェルンドへ高速で接近する。

斬りかかろうとする寸前、アーサーの眉がぴくりと動き、とっさに横から飛んできた長剣を防御する。

衝撃でホテルの向かいに建つ高層ビルまで吹き飛ぶアーサー。

 

○都内高層ビル 屋上 夜

アーサーはビルの屋上に着地する。

ヴェルンドは翼で飛行し、アーサーの前で止まる。

 

アーサー「流石は勝利の剣と謳われるだけのことはありますわね」

 

アーサーは剣を構え、不敵に笑う。

 

アーサー「ですが、急造の模造品(レプリカ)では私の持つ剣には及びませんわ」

 

ヴェルンドの表情が険しくなる。

 

ヴェルンド「やかましい!」

 

長剣がアーサーへ向け、急降下する。

跳び上がって回避するアーサー。

長剣はそのままビルの上層を貫き、瓦礫を撒き上げる。

 

○空中 夜

アーサーは剣を閃かせ、宙を翔ける。

ヴェルンドはハンマーで殴りかかるが、アーサーは攻撃を避け、ホテルの壁面に着地する。

 

○グレアムホテル 外壁 夜

アーサーはホテルの壁面を駆け上がる。

突撃してきた長剣を剣で受け止めるアーサー。

衝撃で壁面のガラスが一斉に割れ、アーサーはホテルの屋内に転がり込む。

 

○同 二〇階 サロン

高級なインテリアで飾られた空間。

勢いよく転がり込んでくるアーサー。

アーサーは体を起こし、壁の穴の向こう、空中にいるヴェルンドを睨む。

穴へ向かって駆け出すアーサー。外へ飛び出す。

 

○空中 夜

飛びまわるヴェルンドを追うようにアーサーは剣を閃かせて空を翔る。

   

○グレアムホテル 屋上 夜

空中のアーサーとヴェルンドを見上げるルイス、なずな、セオドア。

リュカは巨人に抱えられながら二人を見上げている。

ルイスは視線をセオドアに向ける。

セオドアの目は空中の二人に釘付けになっている。

ルイスはそっとジャケットの下に装着しているホルスターに収めた拳銃に手を伸ばす。

つばを飲み込むルイス。深呼吸する。

なずなはルイスに視線を移す。ルイスの表情を見て、心配そうな顔になる。

 

なずな「(囁き声で)先生……?」

 

屋上に着地するアーサー。滞空するヴェルンドを睨む。

額に汗が浮かんでいる。

 

○空中 夜

ヴェルンドは息切れしながら長剣を横目で見て、アーサーに視線を戻す。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

ヴェルンドに向けて跳躍するアーサー。

ルイスは拳銃を抜き、照準をセオドアに合わせる。  

なずなは驚き身を竦ませる。

 

○空中 夜

アーサーに向けて急降下するヴェルンド。

二人が交差する直前、長剣はアーサーの背後へ回り込む。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

ルイスは拳銃のトリガーを引く。

SE:バン!(発砲音)

銃弾がセオドアへ向かっていく。

ルイスのほうへと顔を向けるリュカ。

セオドアは音のしたほうへと視線を移そうとする。

 

○インサート

グレアムホテル屋上。時の止まった、色のない風景。

長剣は金色の光を纏っている。

長剣から光の線が伸びており、ヴェルンドの纏う光と繋がっている。

さらにヴェルンドの纏う光からセオドアの纏う光へと線が繋がっている。

 

○空中 夜

長剣はルイスのほうへと向きを変える。

驚き目を丸くするヴェルンド。

アーサーは驚きつつも剣を握る手に力を込めヴェルンドの両腕を斬り飛ばす。

息を呑むヴェルンド。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

長剣はルイスの放った銃弾を粉砕し、そのまま床を貫く。

衝撃波で吹き飛ぶルイス。

 

○同 全景 夜

ホテルの上層八階層を長剣が鋭角に貫く。

瓦礫が地上へ落下していく。

 

○空中 夜

絶叫するヴェルンド。翼が消え、地上へ落下していく。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

足場が傾き、崩れ落ちていく。

足が竦んで立てないなずな。

リュカは巨人に守られている。

ルイスはなずなを見て、目を見開く。

とっさに駆け出すルイス。

なずなは口を開くが、声が出ない。

なずなのいる足場が崩れていく。

ルイスはなずなへと手を伸ばす。

 

○タイトル

黒み

T「太陽の如き炎の剣」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP7.揺らぐ想い【1/3】

登場人物

 

☆セイバー第七陣営

藤戸なずな(一六) 高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二) なずなの担任教師 魔術使い

エミリア・フォン・シュネー(二八) ルイスの妻

ラウラ・フォン・シュネー(一〇) ルイスの子ども

 

☆セイバー第五陣営

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇) 義姫のマスター

義姫[よしひめ] セイバークラスのサーヴァント 甲冑を纏った女武者 切能と呼ばれている

 

■■[■■■■] ■■■■クラスのサーヴァント 打掛を纏った貴人

 

☆セイバー第四陣営

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九) 魔術師 時計塔所属

ヴェルンド セイバークラスのサーヴァント 義足をつけた鍛冶師

 

☆伊達家

伊達政道[まさみち](二三) 政宗の弟 小次郎と呼ばれている

 

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

○グレアムホテル 全景 夜

崩壊の最中、落下するヴェルンド。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

ルイス・フォン・シュネー(三二)は藤戸なずな(一六)へと手を伸ばす。

ふと、視線がなずなの右手に刻まれている。【令呪】に移る。

 

○インサート

炎上するフロントがひしゃげた黒い車。

 

ルイスの声「ラウラ!」

 

後部座席のドアが乱暴に開けられ顔を出すルイス。顔が涙でくしゃくしゃになる。

後部座席に眠るように横たわるラウラ・フォン・シュネー(一○)。

高いビルから炎上する車を見ている二人の女性。ともに白いローブを身にまとい、瞳は赤い。二人は身を翻してその場から立ち去る。

黒み。

暗い場所でただ一人、肩を落とすルイス。背中に白い手が置かれる。振り向く。

エミリア・フォン・シュネー(二八)がいる。眉をひそめながらも微笑む。

エミリアはそっと首を左右に振る。

ルイスは顔を歪め、後ずさる。

エミリアは悲しげな表情を浮かべ、暗闇に消える。

 

ルイス「(消え入りそうな声で)僕は……最低だ…………」

 

ルイスの体が徐々に黒く染まっていく。

 

なずなの声「……せ、……せい」

 

微かに淡い光がルイスの視界に入る。

 

なずなの声「……せい。…………先生?」

 

淡い光はなずなの姿を形どる。ルイスは顔を上げ、

 

ルイス「藤戸さん?」

 

月明かりに照らされる屋上。

なずなは屋上の中心まで歩き、ルイスに目を向ける。首を傾げたなずな。

なずなを見つめたままのルイス。

 

○グレアムホテル 屋上 夜

なずなと目が合うルイス。目を見開く。

ルイスは歯を食いしばり、宙に投げ出されたなずなの手を掴み、抱き寄せる。

なずなを抱きしめたままルイスはホテルの崩壊に巻き込まれていく。

 

ルイス「……ごめん、ラウラ」

 

○空中 夜

落下する最中、アーサー・ペンドラゴンはホテルが倒壊していく様を見る。

剣先から光の奔流を放ち、グレアムホテルへと舵を取る。

 

○インサート

雲ひとつない青空。青々とした草原。

楽しそうに走り回るラウラ。

ルイスは微笑んでいる。

 

ラウラ「あっ」

 

ラウラは躓き、転んでしまう。

ルイスはラウラに近づき手を差し出す。

 

ルイス「大丈夫かい?」

 

転んだままのラウラは不思議そうな表情でルイスを見ている。

 

ルイス「ほら、手をとって」

 

ラウラは困った顔する。

 

ルイス「どうしたんだい?」

ラウラ「……その体でどうやって?」

 

目を剥くルイス。

 

○グレアムホテル 二一階 夜

徐々に視界が鮮明になっていき、抉られた外壁から月と夜空が見える。

倒れているルイス。呻きながら上体を起こす。体を見ると、ひしゃげた左足と血で染まった腹部が目にとまる。

途端にむせ返し、右手で口元を押さえるルイス。

手のひらには血がついている。

青白い顔のルイスは内ポケットから試験管を取り出し、中身を一気に飲み干す。

息を吐き、周囲を見渡すと傍になずなが倒れていることに気づく。

 

ルイス「うっ。……藤戸さん」

 

右手を差し伸ばすルイス。シャツの袖からビーズで作られたブレスレットが見える。

次の瞬間、ブレスレットが切れてビーズの粒が周囲に散らばる。

伸ばす手が止まる。

ルイスの頬を涙が伝う。

 

ルイス「……ラウラ」

 

甲高い音が聞こえ、ルイスは目を向ける。

コンクリートの瓦礫が崩れて、剣を持ったアーサーが姿を現す。

 

アーサー「そこにいましたのね?」

 

○同 夜

仰向けに寝ているなずなの傍でアーサーは容態を確認している。

 

アーサー「体に目立った外傷はありません。じきに目を覚ますと思いますわ」

ルイスの声「……そうですか。安心しました」

 

アーサーは壁に寄りかかり座っているルイスに目を向ける。

 

アーサー「ふう……。貴方は自身を労りなさい。会話ですら、やっとでしょうに」

 

視線を逸らすルイス。

 

ルイス「……ご心配なく。それより今後ですが」

アーサー「……意地を張るのもそこまでになさい。薬で痛みを和らげているのでしょ? 状況は好転してはいませんわよ」

 

ルイス、アーサーの話を遮り、

 

ルイス「一旦引いて態勢を立て直しましょう。……まずはリュカ君と合流しないと……」

 

怪訝な表情をするアーサー。

 

アーサー「貴方、まだ戦うつもりでいますの?」

 

ルイスはアーサーに目を向け、薄ら笑いを浮かべる。

 

ルイス「突然何を? 僕はこのような有様ですが貴女と藤戸さんは幸いにも軽傷で済みました。であれば、まだ戦いは終わっていません。それとも他に気がかりが?」

 

アーサーは寝ているなずなに視線を落とし、

 

アーサー「私となずなさえいれば問題ないと貴方はそうおっしゃりたいの?」

 

顔が引きつるルイス。

 

アーサー「傷を負った貴方を見たらなずなは何を思うのかしら。そんな彼女が剣を握ったらどうなるのか。貴方にわからないはずないでしょうに。……違うかしら?」

 

鋭い視線をルイスに向けるアーサー。

 

ルイス「ああーーそうですね。僕のために彼女は戦います。……それが何か?」

 

アーサーはルイスから視線を外さない。

ルイスは目を色を変えて、

 

ルイス「そもそも僕がこれまでどれだけ彼女に尽くしてきたか、貴女にわかるか? 母親との関係を取り持つため、学校や児相に何度も、何度も、何度もかけ合った、他にもできることは全てやった! ……そうだよ、今の彼女があるのは僕のお陰じゃないか。僅かな可能性だとしても、彼女の犠牲でラウラが救えるのなら僕は!」

 

咳き込むルイス。

アーサーは目を僅かに伏せる。

 

アーサー「それでも貴方はなずなを救いました。私はそれを尊いと思います」

 

目を大きく開くルイス。

アーサーは小さなため息をつき、

 

アーサー「今の話は聞かなかったことにします」

 

ルイスは嗚咽を漏らす。

アーサーはなずなを見つめ、

 

アーサー「……不器用ですのね、貴女たち」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP7.揺らぐ想い【2/3】

〇グレアムホテル 一五階 ラウンジ 屋内

瓦礫が散乱したダイニングやバー、スパなどの施設が並んでいるフロア。

階層の中央に位置するクラブラウンジは天井がなく、一六階と繋がった空間となっている。

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)が息を切らしながらラウンジを歩いていると、前方の瓦礫の山が大きな音を立てて崩れる。

身構えるセオドア。

瓦礫の下から巨人が這い出ると、その懐から擦り傷を負ったリュカが転がり出る。

セオドアは目を見張り、笑みを浮かべ

 

セオドア「リュカ!」

 

リュカへ歩み寄る。

リュカはセオドアを睨みつける。

 

セオドア「損傷は? 【魔術回路】は無事か?」

 

リュカは拳を強く握り、

 

リュカ「セオドアああああ!」

 

セオドアに跳びかかり、顔を殴る。

うめき声をあげ倒れるセオドア。

さらにリュカは馬乗りになり、顔を何度も殴る。拳が血で赤く染まっていく。

手を止め、息を切らし赤黒く腫れたセオドアの顔を見下ろすリュカ。

リュカは血塗れの両拳を見て口元をほころばせると、手を開きセオドアの首へ添える。

 

リュカ「死ね」

 

リュカは指に力を込める。

 

リュカ「死ね、死ね、死ね」

 

セオドアは呻き声を漏らしながらもがき、リュカを引き剥がそうとする。

 

リュカ「ずっと、ずっとだ。これで」

 

目が血走っているリュカ。

セオドアの抵抗が徐々に弱くなる。

 

リュカ「終わりだ、種無し!」

 

セオドアは青筋を立て大きく目を見開きリュカを見る。

 

〇(回想)セオドアの別邸 寝室 屋内

ベッドの上で半裸のセオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(二五)の腕の中で成人女性が寝息を立てている。

女性の左手の薬指には指輪がはめられている。

目を細めて寝顔を見つめるセオドア。

 

〇(回想)同 玄関 屋内

セオドアの手のひらに、女性の手が重なっている。女性が手を引くと、セオドアの手のひらには指輪。

目を丸くしたセオドアは手のひらの指輪を呆然と見る。

セオドアが指輪から玄関へと視線を上げると、荷物を持った女性が玄関から外へと出て行こうとしている。

口を少し開くが、声の出ないセオドア。

玄関扉が閉まる。

 

〇(回想)アトロフスカ邸 執務室 屋内

アンティークの調度品が置かれた室内。

壁には肖像画がいくつも掛けられており、すべての絵の額にアトロフスカ姓の名札が付けられている。

その中のひとつと同じ顔をした壮年男性が執務机の椅子に腰掛けている。

男性の傍らには壮年女性が立っている。

セオドアは机の前に立ち、俯いている。

男性がなにかを喋っているがセオドアには声が聞き取れない。

男性が席を立ち、セオドアの前に来る。

セオドアが顔を上げると男性と目が合う。視線を逸らすと、奥に立つ女性と目が合う。

女性の瞳にやつれた顔のセオドアが映っている。

黒み。

(回想終わり)

 

〇グレアムホテル 一五階 ラウンジ

大きく見開かれた目でリュカを見ているセオドア。

セオドアの指が仄かに金色の光りを帯び、リュカの腕に埋め込まれた金属の楔に触れる。

SE:ドクン(心音)

ラウンジ中にリュカの叫びが響く。

リュカの腕に浮かび上がった【魔術回路】の線が、紅く光りだす。

リュカはセオドアから手を離し、後ろへ飛び退きよろめく。

息を切らしながらセオドアは光る指先をリュカへと向けたまま立ち上がる。

徐々にセオドアの指先が光の強さを増すのとともに、リュカの【魔術回路】も光が強くなっていき、楔が肥大化しはじめ、肉を裂き血が滲み出る。

瞳孔が開いているセオドア。

 

セオドア「こんなところで……」

 

リュカの【魔術回路】の線が浮かび上がる範囲がさらに広がり、口から白煙を吐き、楔が紅い雷を帯び始める。

 

セオドア「終わらせてたまるものか!」

 

険しい表情で声を荒げるセオドア。

突如現れた義姫の刀による一閃でセオドアの右手が断たれる。

セオドアは叫び、後ろへ倒れる。

義姫は即座に片腕でリュカを抱えるとセオドアから距離をとる。

義姫は悲痛な表情を浮かべ、

 

義姫「(若干震える声で)主」

 

リュカの肩を抱く手に力を込める。

瞬間、リュカの体中の楔が棘状に腕から肩、上半身を中心に肉を破って飛び出す。

リュカは叫び、紅い雷が激しく全身を走りはじめる。

義姫は大きく目を開く。

 

〇同 十八階 廊下

壁や天井の一部が崩れ、大小の瓦礫が散乱している廊下。

アーサーは通路を塞ぐ瓦礫を剣の一振りで斬り崩すと、後ろに立っているなずなのほうを振り向く。

少し俯いているなずな。目元がやや赤くなっている。

なずなを見つめるアーサー。

× × ×

(フラッシュ)

傷だらけで壁に寄りかかり座っているルイスの胸に顔をうずめ泣いてるなずな。

ルイスはなずなの頭をそっと撫で、何かを語りかける。

胸に顔をうずめたまま、頷くなずな。

傍らに立ち、二人を見ているアーサー。

× × ×

 

アーサー「なずな」

 

なずなが顔を上げると、真顔のアーサーと目が合う。

 

なずな「大丈夫です」

アーサー「……急ぎますわよ」

 

前を向き直るアーサー。

爆発音とともに建物全体が揺れる。

目を丸くするアーサーとなずな。

 

〇同 一五階 ラウンジ

ラウンジに炎と黒煙が巻き上がる。

リュカの口から煙が吐かれ、棘の先端で紅い雷がばちばちと音を立てる。

棘と肉の境から血が流れ、床を赤く染めていく。

床に膝を突きそれを遠巻きに見る義姫。

甲冑の右肩が焦げ、煙が燻ぶっている。

義姫は体を起こすと大声で、

 

義姫「主!」

 

リュカの顔が義姫のほうを向くが、目の焦点が合っていない。

リュカが叫び声を上げると同時に棘から紅い雷が八方へと放たれる。

義姫は迫りくる雷に、目を見開く。

紅い雷光に包まれる義姫。

 

〇同 外観 夜

上層部分が斜めに削り落とされたグレアムホテル。

一五階で紅い雷光が瞬き、爆発音とともに炎と黒煙が噴きあがる。

 

〇同 一四階 廊下 屋内

爆発音が轟き、建物が大きく揺れる。

セオドアは廊下を重い足取りで歩いている。

足を止め、壁に寄りかかると切断された右手首を一瞥するセオドア。

 

セオドア「死んでたまるか……!」

 

歯を食いしばるセオドア。

 

〇グレアムホテル 一五階 ラウンジ

瓦礫だらけのラウンジ。辺り一帯は炎と黒煙に包まれている。

義姫は床に突き立てた刀を支えにしつつ、片膝を突き俯いている。

バチバチと音が聞こえる。

紅い雷をまとい、立っているリュカ。

四肢の指から赤黒く焦げ始めている。

義姫は顔を上げ、リュカに視線を注ぎ、歯噛みする。

 

〇同 一六階 ラウンジ 屋内

炎と黒煙に巻かれたフロアを駆けてくるアーサーとそれに続くなずな。

アーサーは一六階と一五階を繋ぐ階段に到着すると、ラウンジの中央でリュカと義姫が対峙している様子が目に飛び込む。

リュカの体から紅い雷が周囲に放出される。

アーサーは義姫目掛けて加速する。

 

〇同 一五階 ラウンジ 屋内

アーサーは義姫を脇に抱きかかえて跳躍する。

リュカの棘から放たれた紅い雷は義姫がいた場所を貫く。

体を起こし、目を見開く義姫。

 

義姫「聖剣使い……!」

 

幾筋もの雷が四方の壁を無作為に貫き、破壊していく。

アーサーは体中傷だらけの義姫を見て

 

アーサー「無事――ではないようですわね」

義姫「(頭を下げ)申し訳ありません……(わたし)の力が及ばず」

アーサー「……どういう状況ですの?」

 

義姫とアーサーの視線がリュカに注がれる。

リュカの体表を走る雷が次第に弱まる。

口から白煙を吐き出すリュカ。

棘が肥大化し鈍い音を立てると、リュカは大きく呻き、体を強張らせる。

義姫は立ち上がり、リュカの胸辺りを注視する。

 

○インサート

リュカの体内が透けて見える。

全身の【魔術回路】が紅く光っている中で、心臓の中に一際紅い光を放っている正八面体がある。

 

○グレアムホデル 一六階 ラウンジ 屋内

リュカを見つめている義姫。奥歯をぐっと噛み締める。

 

義姫「【魔力炉】の(たが)を無理矢理に外されたのです。早く止めなくては……」

 

アーサーを真顔で見る義姫。

アーサーも真剣な表情で義姫を見返す。

 

義姫「……異邦の王よ。あなたの力を借りたい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP7.揺らぐ想い【3/3】

〇グレアムホテル 一六階 ラウンジ 屋内

黒煙と炎にまかれたクラブラウンジ。

なずなは一五階に繋がる階段の傍に立ち、下の階でアーサー、義姫を見下ろしている。

視線をリュカに移すと体を覆う棘に紅い雷が急速に漲っていくのが見える。

目を見張り、口を開くなずな。

 

〇同 一五階 ラウンジ 屋内

 

なずなの声「危ない!」

 

なずなは階段を駆け下りながら、大声をあげる。

とっさにリュカへと視線を移すアーサーと義姫。

リュカの顔がなずなへと向く。

アーサーと義姫は駆け出す。

 

アーサー「なずな!」

 

なずなのいる階段の踊り場へ幾筋の雷が放たれる瞬間、二人はなずなの前へ滑り込み、得物を振るうと雷は切り裂かれ、深紅と紫の衝撃波が巻き起こる。

アーサーと義姫の背後を除いた周囲が

ひどく損壊している。

アーサーはなずなのほうを振り向く。

 

アーサー「迂闊にもほどがありましてよ!」

なずな「……ごめんなさい」

 

俯くなずな。それを肩越しに見ている義姫。

一つ息を吐いて、アーサーはリュカのほうへ向き直ると、隣に立つ義姫を横目に見る。

 

アーサー「話の途中でしたわね」

 

真剣な顔で視線を交わすアーサーと義姫。

 

アーサー「それで、あの子を止める手はありますの?」

 

義姫はリュカに視線を据える。

リュカの肌はひび割れ、凝固した赤黒い血で覆われている。

眉間にしわを寄せる義姫。

 

義姫「毒を使います」

 

驚いて目を見開くアーサー。

 

アーサー「毒……!」

義姫「仮死に至らしめることで、魔力の流れを絶ちます」

アーサー「どこにそんなものがありますの?」

義姫「……妾の有する二つ目の【宝具】を使えば仔細ありません。ただし、隙が生まれてしまう。そこを貴方にお願いしたい」

 

真顔で互いの顔を見合う義姫とアーサー。

 

アーサー「よくってよ。私に任せなさい!」

義姫「……かたじけない」

 

アーサーは義姫から視線を切り、リュカを見据える。

リュカの体の棘に紅い雷が急速に漲っていく。

アーサーは一歩前に出ると、剣を構える。

義姫は目を閉じ、

 

義姫「廻り往くは出羽三山(でわさんざん)――」

 

呟くと、義姫の周囲に紫色の靄が漂い始める。

リュカが叫ぶとともに幾筋もの雷が二人目掛けて放たれる。

アーサーは向かってくる雷を剣で切り払っていく。

義姫の背中を見つめているなずな。ふと、視界の中の義姫の姿が霞む。

 

なずな「切能さん……?」

義姫「我は栄華を言祝(ことほ)ぎ、零落を呪詛(のろ)うもの――……?」

 

義姫が声を止め自身の左手に視線をやると、なずなの右手によって掴まれている。

少しだけ目を見張る義姫。

なずなは義姫の表情を見て、その視線の先で自身の左手が義姫の左手を掴んでいるのを見る。

目を見開くなずな。

再び義姫の顔を見ると、義姫は困ったように微笑む。

なずなの左手から力が抜け、義姫はそっと振り解いてからリュカのほうへ向き直る。

リュカの体からさらに放たれる雷を、素早く駆け、切り払うアーサー。

右手を掲げる義姫。手には扇が握られている。

 

義姫「徒花(あだばな)を枯らす金鳳花(きんぽうげ)――」

 

靄の量が増し、義姫の黒髪が白く、肌は血の気が引き青白く変わっていく。

義姫が瞼を下ろし、開くと瞳の色が赤く変化している。

 

義姫「屠竜ノ膳(とりゅうのぜん)

 

扇を開き、大きく煽ぐと大量の靄がリュカに向かって雪崩れ込む。

靄に飲み込まれるリュカ。

 

○インサート

天と地がない暗い空間に漂うリュカ。

リュカの周囲に濃霧が発生し、空間全体に広がる。

 

○同

濃霧が晴れると会津黒川城内、広間が現れる。

最上座にリュカ、下座には数人の家臣が座り、目の前には膳が並べられている。

虚な目をしたリュカは膳に目を向ける。

 

義姫の声「どうぞお熱いうちにお召し上がりくださいな」

 

斜め後ろから声をかけられ、リュカは椀に口をつけようとする。

打掛姿の義姫の口角が上がる。

× × ×

(フラッシュ)

袈裟斬りにされた伊達政道(二三)が倒れている。

畳は血で染まり、食物、椀や膳が散らばっている。

× × ×

目を見開くリュカ。膳を畳にぶちまけ、義姫から距離を取る。

肩で息をして周囲を見るリュカ。

 

義姫「ほう。我が(はら)で抗うか」

リュカ「……切能?」

 

義姫の前に数人の家臣が立ち、刀を構えている。

畳には食物、椀や膳が散らばっている。

目を細めるリュカ。くすりと笑う。

 

リュカ「……はなから信じちゃいなかったが、これは笑えるだろ……」

 

リュカは左脇腹に手を当てる。

 

リュカ「もういい。……死ねよ、切能」

 

リュカの左脇腹付近から赤い光が放たれる。

しばしリュカと義姫は見つめ合う。

リュカは眉をひそめ、パーカーを捲り、左脇腹を見ると【令呪】が脇腹に刻まれている。

 

リュカ「……どういう、ことだ?」

 

瞬間、リュカは叩き飛ばされ畳を転げ回る。呻きながら顔を上げる。

義姫は鞘に収まった刀を携えている。

 

義姫「どうした? 動揺が顔に出ておるぞ」

 

微笑む義姫はリュカの元へゆっくりと歩を進める。

 

義姫「種明かしをするまでもない。死んでくれと言われてはい、わかりましたと答えるうつけがどこにおる? 当たり前の話だ」

 

義姫はリュカの首筋を掴み、軽々と持ち上げる。

リュカは咳き込みながらも義姫を睨む。

義姫は目を細め、リュカを投げ飛ばす。

襖にぶつかり、呻くリュカ。

義姫はリュカに近づく。

 

義姫「血脈の存続と繁栄ため、セオドアの行いは是であった。だがのう。……それに果たして意味があったのか?」

 

義姫はリュカを踏みつけようとする。

併せて襖が横一線に切断され、胴体から真っ二つにされる義姫。

崩れゆく義姫は目を丸くする。義姫の視界に甲冑を身に纏い刀を構える女武者が映る。

義姫の両断された体は黒い泥となり、畳にぬるりと落ちる。泥は畳をすり抜けるかのように消える。

気がつけば、リュカと距離を開けた畳から泥が湧き、義姫の姿を形作る。

女武者は膝を折り、頭を下げる。

 

女武者「遅参(ちさん)の段、御免なれ」

 

リュカはゆっくりと上体を起こし、女武者の顔を見る。

 

女武者「……この首いつでも差し上げる覚悟はできております。しかし、今はこの場を切り抜けることが先決かと」

 

リュカの視界に甲冑姿の義姫とその背後にいる打掛姿の義姫が映る。

 

リュカ「切能が、二人?」

 

義姫(甲冑)は義姫(打掛)と向かい合う。

 

○タイトル

黒み。

T「揺らぐ想い」




読んでいただきありがとうございます!

ご感想をいただけると大変嬉しいです。何卒、よろしくお願いいたします。

EP8の更新についてですが、twitterにて進捗をご報告させていただきますのでよろしければフォローをお願いいたします!

@aohana_doroe → https://mobile.twitter.com/aohana_doroe


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP8.鬼、二人【1/3】

登場人物

 

☆セイバー第七陣営

藤戸なずな(一六) 高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二) なずなの担任教師 魔術使い

 

☆セイバー第五陣営

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇) 義姫のマスター

義姫(甲冑)[よしひめ] セイバークラスのサーヴァント 甲冑を纏った女武者 切能、鬼姫と呼ばれている

 

義姫(打掛)[よしひめ] セイバークラスのサーヴァント 打掛を纏った貴人 鬼母と呼ばれている

 

☆セイバー第四陣営

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九) 魔術師 時計塔所属

ヴェルンド セイバークラスのサーヴァント 義足をつけた鍛冶師

 

ヴェルンド(二二) フィンランドの王女

ニーズズ王(三四) スウェーデンの王

 

☆伊達家

義姫(四三) 政宗、政道の母

伊達政宗[まさむね](二四) 伊達家一七代目当主

伊達政道[まさみち](二三) 政宗の弟 小次郎と呼ばれている

梵天丸[ぼんてんまる](七) 政宗の幼名

竺丸[じくまる](六) 政道の幼名

 

 

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

 

〇(回想)宮殿 謁見の間 屋内

宝飾品の山が乗せられた盆。

宝飾品を掴み上げ、笑うニーズズ王(三四)。

王を睨んでいる傷だらけのヴェルンド(二二)。手足に枷がはめられている。

王は玉座から立ち上がり、兵士らに向け手を挙げる。

兵士の一人が携えていた剣を構え、もう一人はヴェルンドを押さえる。

振り下ろされた剣がヴェルンドの膝を斬り裂き、血飛沫が舞う。

悲鳴を上げるヴェルンド。

(回想終わり)

 

〇グレアムホテル付近 道路 夜

道路に倒れているヴェルンドの目が勢いよく開かれる。

暗転。

 

○タイトル

黒み

T「鬼、二人」

 

〇インサート

会津黒川城内、広間。

倒れているリュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇)を背にして居合いの構えを取る義姫(甲冑)と、数人の家臣を侍らせた義姫(打掛)が相対している。

義姫(打掛)が口元を袖で隠し、

 

義姫(打掛)「……戯れが過ぎたか」

 

呟くと、家臣たちが義姫(甲冑)へと斬りかかっていく。

義姫(甲冑)は刀を鞘から抜き放ち、家臣たちを瞬く間に斬り伏せると、

 

義姫(甲冑)「力を寄越せ、鬼母(きぼ)

 

素早く義姫(打掛)こと鬼母の間合いに入り込み、斬り払う。

鬼母は鞘に納めた刀で受け止める。

鍔迫り合いする二人。義姫(甲冑)は鬼母を後ろに押しやる。

鬼母の視界に上段から刀を振り下ろす義姫(甲冑)の姿が映る。

鬼母は自ら泥になって躱し、畳の中に姿を隠す。

周囲に目を配る義姫(甲冑)。笑い声が広間に響き渡る。

 

鬼母「力を寄越せときたか!? 傲慢! 傲慢! 傲慢! さすがは奥羽(おうう)鬼姫(おにひめ)と謗られた(うぬ)らしい」

 

畳から泥が湧き上がり姿を現す鬼母。

義姫(甲冑)こと、鬼姫は居合の構えを取る。

 

鬼母「(笑い混じりに)そう猛るでない。人の話に耳を貸すこともまた、大局を有利に進める上では必要なことであろう?」

 

鬼姫は無言のまま鬼母を見やる。

 

鬼母「(笑みを消し)益体もない」

 

鬼姫の四方から泥が湧き上がり、数人の武士が現れる。

鬼姫は柄に手をかける瞬間、武士の一人を見て目を大きく開く。

瞳に刀を構えた伊達政道(二三)の姿が映る。

鬼姫は眉間に皺を寄せ、政道を斬り伏せ、残りの武士たちも斬り伏せる。

歯を食いしばる鬼姫。

 

鬼母「たわけが」

 

鬼姫の背後から現れた鬼母が、鬼姫の脇腹に手刀を突き刺す。

 

鬼母「どこまでいっても虫がいいのだ、汝は」

 

鬼母は脇腹をかき回す。

顔を歪める鬼姫。咆哮を上げ、鬼母に斬りかかるが、躱されてしまう。

片膝を畳につけ、息を整える鬼姫。

鬼母は手についた血を払う。右手は紫色に筋張り、爪が鋭く尖っている。

 

鬼母「のう鬼姫。この腕を見よ」

 

鬼姫は鬼母の露わになった右腕に目を向ける。

 

鬼母「醜かろう。……今や(わたし)は化生の身。いうならば鬼と呼ばれる類だ。……これが後世の民が汝に見た心象。醜くなった息子の毒殺を謀った女、鬼母義姫なわけだ」

鬼姫「それは――」

鬼母「それは身から出た錆である以上、受け入れる覚悟がある、か?」

 

目が合う鬼姫と鬼母。哀愁を帯びた表情の鬼母。

 

鬼母「……それは本当に妾、妾たちの責任と呼べるものなのか? そもそも政宗への謀反を企てたのも小次郎とその一派であろう? それを止めようとしたのは他ならぬ妾ではないか」

 

視線を下げる鬼姫。

 

〇(回想)会津黒川城 城内

 

義姫の声「……ならぬ」

 

伊達政道(二三)は立ち上がり、

 

政道「では、母上はこのままで良いと申されるのか!? 家を守るといいながら、一族に容赦なく牙を剝く。……私には兄上が何を考えているのかわかりませぬ!」

義姫「ならぬと言っている!!! 兄弟で争うなど妾は認めぬ!!!」

 

激しい剣幕の義姫(四三)。

 

〇(回想)同 廊下

女中が膳を運んでいる。膳の上には漆塗りの椀が載っている。

 

義姫の声「そこの。足を止めよ」

 

女中は足を止め、振り返ると義姫が姿を見せる。

(回想終わり)

 

〇インサート

 

鬼母の声「……確かに妾の不徳の致すところはあった。されど鬼母義姫という悪名に関し、その責の全てが妾にあったと思うならそれは自惚れだ。妾にはどうすることもできなかった」

 

鬼姫と鬼母を遠くから見ているリュカ。

 

鬼母「それでも汝は、妾を受け入れるのか?」

 

表情のない鬼姫。ゆっくりと立ち上がり、居合の構えを取る。

 

鬼姫「力を寄越せ。……妾には汝の力が必要だ」

 

眉間に皺を寄せる鬼母。

 

鬼母「……ほんと、つまらない女」

 

鬼母が駆け出すと打掛は粒子となって消え去り、レザースーツの出立ちに変わる。

鬼姫は刀を抜き放つが、鬼母に懐へ入り込まれ、蹴り飛ばされる。小さく呻き、崩れ落ちる鬼姫。

鬼母は鬼姫から自分の服に視線を移す。

 

鬼母「現代のよそ……ファッションというのは興味深い。見栄や用途に応じたものであるが、人の世の流れというもののが顕著に表れる。実に面白い」

 

鬼母はリュカに視線を移す。

 

鬼母「そうは思わないか?」

 

リュカは目を見開く。足元から湧き上がった泥が武士に変わりリュカを羽交い締めにする。

 

リュカ「……てめえ」

 

鬼母はくすりと笑う。

鬼母の纏っていたレザースーツが粒子となり、洋装に変わる。

リュカは眉をひそめる。

 

鬼母「私もそう捨てたものではないだろ?」

 

鬼母の装いが様々な流行の衣装に変わっていく。

 

鬼母「――現世はかくも私の琴線を震わせる」

 

恍惚の笑みを浮かべる鬼母。

 

リュカ「(小声で)……何をしている?」

鬼母「何を?」

 

鬼母は首を傾げる。

 

鬼母「よく見られたいというのはいつの世も当たり前の感情ではないか」

 

口角が上がる鬼母。

 

鬼母「それに……美しい女にはあらゆる男が群がる」

 

リュカは鼻で笑う。

 

リュカ「みっともねえな、お前」

鬼母「そうは言うが、何かと便利だぞ」

 

洋装がボンテージスーツに変わり、外着に紫の打掛を羽織っている鬼母。

 

鬼母「……お前よりもな」

 

鬼母はくすくすと笑いながらリュカのもとに向かい、人差し指を向ける。

額に向けられた爪を見つめるリュカ。

口元が歪む鬼母。

 

鬼母「今までありがとう、さようなら」

 

リュカの瞳孔が開く。

暗転。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP8.鬼、二人【2/3】

○インサート

会津黒川城内、広間。

SE:ドクン(心音)

リュカの視界に血飛沫とともに畳に落ちる鬼母の腕が映る。

鬼母の背後に刀を携えた鬼姫が現れる。

鬼母は泥となり、畳の中に姿を隠す。

リュカを羽交い締めしていた武士は鬼姫に斬り捨てられる。

鬼姫はリュカに背を向け、周囲に気を配る。

畳に膝をつくリュカ。鬼姫を見る。

鬼姫の腹部から血が流れている。息は荒い。

鬼姫の正面に泥が湧き上がり、鬼母が現れる。

鬼姫と鬼母はしばし見つめ合う。

 

鬼母「あわや一息で消えそうな意識の中でよくやる」

鬼姫「……力を、寄越せ」

鬼母「……それは贖罪か? 役立たずの餓鬼一人助けて感心感心。……ふふっ」

 

体をのけ反らせ、哄笑する鬼母。目が血走っている。

笑い声が広間に広がる。

唐突に静まる広間。

しばし天井を見上げている鬼母。ゆっくりと鬼姫に目を向ける。

 

鬼母「被虐趣味の行き着く先が身勝手で無意味な贖罪では目も当てられない」

 

畳から泥が湧き、梵天丸(七)が現れる。右目に布を巻いており、虚な左目で鬼姫を見つめている。右手には小刀を握っている。

 

鬼母「……償いたいのだろう? 助けてやる」

 

眉根を寄せ鬼姫は梵天丸を見つめる。

 

梵天丸「……ぼくはいらない子。……母上の期待に応えられなかった、伊達家を継ぐに相応しくない子……」

 

梵天丸はゆっくりと鬼姫に近づく。

 

梵天丸「……どうして小次郎は死んだの? 誰のせい? ぼくのせい?」

 

梵天丸は立ち止まり、

 

梵天丸「……それとも母上のせい?」

 

呟いて、鬼姫の目をじっと見る。

 

梵天丸「母上は小次郎のこと嫌い?」

 

歯噛みする鬼姫。

 

梵天丸「一緒だね。――ぼくも、母上と小次郎が嫌い」

 

梵天丸は駆け出し、小刀を突き出す。

目を見開く鬼姫。

 

〇(回想)会津黒川城 城内

 

政宗の声「このうつけは私の椀に毒を盛りました。家督欲しさに兄の命を狙うなど許されるはずもありませぬ」

 

畳に右肩から斜めに斬り傷を負った政道が倒れている。

政道を見下ろす伊達政宗(二四)。

目を見開く義姫。

 

義姫「たわけ!!! そのようなことがあってたまるか!! あの椀に毒なぞ入っているものか! あの椀は確かに妾が…!?」

 

政宗の左頬に涙が伝う。政宗の涙に絶句する義姫。

 

義姫「……其方、何故泣いている?」

政宗「……あぁ。(涙を拭う)申し訳ございませぬ。……いや何、私は母上に愛されていたのですね」

 

泣き笑いに似た表情を浮かべる政宗。

 

政宗「(自分に言い聞かせるように)……間違いではなかった。これからも変わりはせぬ。……伊達家の繁栄のため、私はなんだっていたしましょう」

 

はっとする義姫。

(回想終わり)

 

〇インサート

鬼姫、一瞬のうちに梵天丸を斬る。泥に戻る梵天丸。

目を見張る鬼母。

怒りの形相で鬼母を睨む鬼姫。

 

鬼姫「……梵天丸を愚弄するな」

 

顔が引きつる鬼母、後ずさる。

鬼姫を見ているリュカ。顔に戸惑いを浮かべている。

鬼母がふと、視線を自らの手に移すとカタカタと震えているのが映る。

鬼姫は刀を納め、居合の構えを取る。

鬼母は鬼姫を睨みつける。

鬼母の黒髪が白く、肌は青白く変化する。頭には二本の角が生え、瞳は赤くなり、縦長の瞳孔に変わる。

鬼母が吼えると広間の至るところから泥が湧き上がり、広間を侵食していく。

リュカは絶えず左右を確認する。

鬼姫は鬼母を見据え、

 

鬼姫「ご安心めされよ」

 

嵩と勢いを増した泥は鬼姫とリュカを呑み込むように襲いかかる。

リュカは顔に手を翳す。

 

鬼姫「……リュカ、貴方は妾が護る」

 

鞘から滑るように刀が引き抜かれる。

一瞬の閃き。一帯は光に呑み込まれる。

 

〇同

天と地がない暗い空間に漂うリュカ。

リュカは目覚めると、周囲を見る。

リュカの視界の隅に淡い光が見える。

光は徐々に近づいきて、大名駕籠と見て取れる。

紫色の人魂に担がれた大名駕籠はリュカの目の前で止まる。

大名駕籠から竺丸(六)が出てくる。

続いて打掛姿の義姫が姿を表す。その裾を掴んでいる右目に布を巻いた梵天丸。

リュカはぼんやりと三人を見ている。

義姫はリュカに近寄ると微笑みかけ、手を差し出す。

リュカはしばし義姫を見て、恐る恐る手を取る。

義姫の装いが打掛から傷だらけの甲冑に変わる。

リュカは目を見開く。

暗転。

 

〇グレアムホテル 一五階 ラウンジ 屋内

ラウンジを薄紫の靄が包んでいる。その中で紅い雷が数回瞬き、止む。

靄が徐々に薄れていき、手足が焼け焦げたリュカの姿が露わになる。

リュカの全身を覆う棘が崩壊していく。

くずおれるリュカを抱きとめる義姫。安堵の表情でリュカの顔を見つめる。

二人に駆け寄るアーサーとなずな。リュカは咳をし、息を吹き返す。

胸をなでおろす義姫となずな。

アーサーは二人を横目に見る。

 

アーサー「早くここから退きましょう」

 

なずなは頷く。

 

義姫「……ええ」

 

義姫はリュカを抱えて立ち上がろうとして、急に顔を歪ませ、膝をつく。

 

義姫の頭に二本の角が生えてきている。

ふいにアーサーと義姫の全身が粟立ち、空に視線を向ける。

削られた壁から覗く黒い空に橙色の光が閃き、輝く長剣が超高速で飛来してくる。

義姫はとっさになずなとリュカの前に出て、刀を抜く。

ラウンジにかん高い音が響く。

かろうじて立っている義姫。左上半身を深く斬り裂かれている。

 

なずな「切能さん!」

 

飛び出そうとするなずなをアーサーは手で制す。

空へ鋭い視線を向けるアーサー。

光翼を広げ空に浮かんでいるヴェルンド。両腕の前腕部から先が断たれ、怒りの形相で両目から血涙を流している。

睨み合うヴェルンドとアーサー。

長剣がヴェルンドの傍に戻ってくる。

素早く扇を開く義姫。すると靄が周囲に広がり、アーサーたちを覆い隠す。

ヴェルンドは大きく舌打ちする。

長剣が靄へと突進する。ホテルは貫かれ、轟音とともに震動する。

 

アーサー「なずな!」

 

靄の中、なずなに駆け寄るアーサー。

続いて二人の前にリュカを抱いた義姫が現れる。

 

アーサー「助かりましたわ切能。今のうちに――」

 

リュカを床に降ろす義姫。指の爪が長く鋭くなっている。

 

義姫「お二人は主を連れて退却を」

 

なずなは口を開こうとするが、大きな音と震動がして屈み込んでしまう。

真顔で視線を交わす義姫とアーサー。

建物が崩れる音がしきりに響いている。

 

義姫「ここは妾に」

 

アーサーは唇を噛み、ゆっくりと頷く。

 

義姫「……主を頼みます」

 

二人に背を向け、靄の中へ進む義姫。

なずなは口を開きかけたまま、義姫を見ている。

 

〇空中

宙に浮かぶヴェルンド。ホテルの一五階に広がる靄を見下ろしている。

×××

(フラッシュ)

アーサーと空中で切り結び、両腕を切

断されるヴェルンド。

×××

空へ向けて咆哮するヴェルンド。

長剣が建物を破壊していく中、靄が徐々にに薄れていく。

 

〇グレアムホテル一五階 ラウンジ 屋内

薄れていく靄の中から姿を現す義姫。角が伸び、体が若干大きくなっている。

赤い瞳でヴェルンドを睨む義姫。

義姫の周囲を見回して、歯噛みするヴェルンド。義姫を睨みつけると、長剣が義姫に向けて飛んでいく。

義姫は姿勢を低く構え、鋭い爪の一振りで長剣を弾き返す。

驚くヴェルンド。

義姫はいくつもの大きな瓦礫を持ち上げ、ヴェルンド目がけて投擲する。

ヴェルンドが飛びながら瓦礫を躱すと、その陰に隠れていた義姫の爪が迫る。

とっさに義足で防ぐヴェルンド。

義姫は宙返りし、再び襲いかかる。

幾度も衝突する義姫とヴェルンド。

 

〇同 一五階 通路 屋内

薄靄の中ラウンジを背に、アーサーとなずなは通路を走る。

アーサーの腕の中でリュカは弱々しく呼吸している。

走りながら肩越しに背後を見るなずな。

×××

(フラッシュ)

リュカを床に降ろしつつ、顔を見つめる義姫。

×××

靄の中へ進む義姫の背中。

×××

なずなの足が止まる。

ゆっくりと背後を振り向くなずな。

アーサーは足を止め振り返る。

 

アーサー「なずな?」

 

ラウンジで戦っている義姫をじっと見つめるなずな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP8.鬼、二人【3/3】

〇インサート

グレアムホテル一五階の通路に立っているなずな。

近くの瓦礫に寄りかかって座っている満身創痍のルイス・フォン・シュネー(三二)が現れる。

 

ルイス「リュカくんを連れてこの場から離れてください。私なら大丈夫……」

 

ルイスの姿が煙になる。

なずなの前に白髪に角を生やした義姫が現れる。

 

義姫「主を頼みます」

 

義姫の姿が煙になっていく。

空間が黒く染まり、喧騒が聞こえ出す。

景色がファミリーレストランへと変わり、なずなの服がウェイトレスの制服に変わる。

大きな物音がして振り向くなずな。倒れて泣いている男の子を見つける。

男の子の母親が駆け寄ってくると、体を起こしてあげて、あやしはじめる。

なずなは立ったまま親子を見つめる。

眉を八の字にしつつ微笑みかける母親と、次第に泣き止む男の子。

親子の姿に義姫とリュカの姿が重なる。

息を呑むなずな。

 

〇グレアムホテル一五階 通路 屋内

通路から戦っている義姫を呆然と見ているなずな。

 

アーサーの声「なずな!」

 

アーサーの呼びかけで我に返り、振り向くと心配そうなアーサーと目が合う。

 

アーサー「早く参りますわよ。……彼女の覚悟を無駄にしないためにも」

 

一歩踏み出そうとするアーサーのドレスの裾を掴むなずな。

 

アーサー「……なずな?」

 

なずなはアーサーに顔を向け、

 

なずな「アーサーさん……」

 

眉尻を下げたなずなは言い淀み、視線を逸らす。

アーサーは一呼吸して、

 

アーサー「なずな。今貴女がすべきこと、分かりまして?」

なずな「……はい」

 

なずなは裾から手を放す。

 

アーサー「急ぎますわよ」

 

振り向こうとするアーサー。瞬間、ドレスの裾をなずなに強く掴まれる。

 

なずな「だめ!!!」

 

目を大きく開くなずな。

 

なずな「……え?」

 

目を見張るアーサー。

なずな、首を左右に振り、

 

なずな「わかんない。……わかんないけど、このままじゃ嫌……」

 

頭を抱えるなずな。

 

なずな「……助けて、助けてよ……」

 

なずなの左手に刻まれた【令呪】が赤く光りだし、周囲を飲み込む。

光が収まると、頭を抱えたなずなと傍らに深紅の光の粒子を纏ったアーサーが姿を現す。

口を一文字に結んでいるアーサー。

光を帯びた瞳が義姫とヴェルンドの戦いに向く。

 

〇同 一五階 ラウンジ 夜

損壊したラウンジ。

眉をひそめ、義姫を見下ろすヴェルンド。傍らには長剣が浮かんでいる。

血溜まりに膝をつき、ヴェルンドを睨め上げる義姫。

漂っていた靄が義姫の周りに集まっていき、大きなうねりを生む。

うねりの内側から大きな刀が突き出てくると、そのまま靄をなぎ払う。

靄の中から刀を握った5メートルはある鎧武者が出現する。

険しい表情の義姫。歯を喰いしばる。

鎧武者は上段に刀を構える。

歯の根を鳴らすヴェルンド。

 

ヴェルンド「レーヴァ!!」

 

凄まじい風切り音とともに刀を振り下ろす鎧武者。

長剣は光の強さを増し、弾かれたように鎧武者に突撃する。

紫色と橙色の光がぶつかり、けたたましい音が轟くと、大爆発を起こす。

鎧武者は爆発に呑まれ、掻き消える。

床に手をつき、項垂れる義姫。肩で息をしている。

義姫の目前に降下してくるヴェルンド。傍らに傷一つない長剣が浮かんでいる。

顔を上げ、ヴェルンドを見る義姫。

ヴェルンドは義姫をじっと見下ろす。

長剣の切っ先が義姫に向く。

瞬間、深紅の光の刃がヴェルンドに襲いかかる。

吹き飛ぶヴェルンド。目を見張る。

深紅の光を纏う両刃直剣を握ったアーサーが立っている。

顔を上げた義姫はアーサーを見て、唖然とする。

真顔でヴェルンドを見据えるアーサー。

その背後でリュカを背負ったなずながアーサーを見つめている。

吼え猛るヴェルンド。長剣がアーサーに突撃していく。

顔色を変えず剣を振るうアーサー。長剣を弾き返す。

長剣は繰り返しアーサーに攻撃を仕掛け続けるがことごとく弾かれてしまう。

呆然とするヴェルンド。

アーサーは真顔でヴェルンドを見る。

ヴェルンドはアーサーの瞳を見て総毛立ち、とっさに空へと飛び上がる。

 

〇空中 夜

空を飛び、グレアムホテルから距離を取るヴェルンド。

アーサーは剣から放出される光で飛翔し、ヴェルンドに斬りかかるが、僅かに届かない。

高層ビル屋上に着地するアーサー。

ヴェルンドは自身の冷や汗に気づき、大声で喚きだす。

 

〇高層ビル 屋上 夜

上空のヴェルンドを見るアーサー。

深紅の光の粒子が周囲に舞う。

 

〇空中 夜

息を切らすヴェルンド。アーサーの握る剣と傍の長剣の双方を見て、歯軋りをする。

 

〇グレアムホテル一五階 ラウンジ 夜

壁や床などが損壊したラウンジ。

ふらつきながらも義姫はアーサーを見つめる。

なずなは遠巻きにアーサーを見ている。

ふと、上空からラウンジ全体に強い光が差し込む。

空を見上げ、唖然とするなずな。

 

〇同 一階 エントランス 屋内

壁面ガラスの外側が明るいのを見て、セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)は表情を強張らせる。

 

〇高層ビル 屋上 夜

周囲は明るく照らされている。

上空を真っ直ぐに見つめるアーサー。

全長五〇〇メートルを越える巨大なプリズムの剣。

幾重もの大きな炎の輪。その中心で巨大な剣が燦然と輝いている。

 

〇空中 夜

巨大な剣を見上げるヴェルンド。全身に亀裂が走り、炎が噴出す。

 

〇高層ビル 屋上 夜

剣を構えるアーサー。

深紅の光の粒子が渦巻き、輝きを増す剣。

光の流れが嵐のように荒れ狂う。

 

〇空中 夜 

深紅に輝く剣を見るヴェルンド。不意に口の端が吊り上がり、犬歯が覗く。

 

ヴェルンド「太陽の如き巨人剣(ムスペル・レーヴァテイン)!!!」

 

巨大な剣が地上へ落下していく。

 

〇高層ビル 屋上 夜

 

アーサーの声「約束された勝利の剣(エクスカリバー)――!」

 

アーサーが斬り上げるとともに、剣から光の奔流が放たれる。

光が巨大な剣と衝突し、余波で空気が震え、空に深紅と橙の光が撒き散る。

甲高い音がし、巨大な剣に亀裂が走る。

巨大な剣が砕け、光が破片に乱反射し、虹色の光が煌めく。

砕けていく剣を見て唇を噛むヴェルンド。

瞼を閉じ、光に呑み込まれていく。

 




読んでいただきありがとうございます!

ご感想をいただけると大変嬉しいです。何卒、よろしくお願いいたします。

EP9の更新についてですが、twitterにて進捗をご報告させていただきますのでよろしければフォローをお願いいたします!

@aohana_doroe → https://mobile.twitter.com/aohana_doroe


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP9.結びと絡まり【1/3】

皆様、お久しぶりです。
泥江青花です。

「EP9.結びと絡まり」を投稿できる運びとなりましたので報告させていただきます。
○投稿スケジュール
EP9.結びと絡まり【2/3】→2022年8月17日(水)18:00投稿予定
EP9.結びと絡まり【3/3】→2022年8月20日(土)18:00投稿予定

EP10から新たなマスターやサーヴァントが続々登場しますので楽しみにしていただければ。
さらにFateシリーズからある人気キャラクターも顔を出しますのでこちらもお楽しみに。

また、感想をいただけますと今後のモチベーションにも繋がりますので、是非ともよろしくお願いいたします。

Twitterもやっておりますのでお気軽にフォローをお願いいたします。
→https://twitter.com/aohana_doroe


登場人物

 

☆セイバー第七陣営

藤戸なずな(一六) 高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ルイス・フォン・シュネー(三二) なずなの担任教師 魔術使い

エミリア・フォン・シュネー(二八) ルイスの妻

ダグマル・クリューガー(六一) シュネー家の執事 Bar赤の店主

アニス・フォーゲル(一四) シュネー家のメイド

 

ソフィア・スミルノフ(三六) シュネー家と専属契約している医師 魔術使い

 

藤戸茅子(三七)なずなの母親

 

☆?

リベラ 白いローブを纏った瞳の赤い女

キュレル 白いローブを纏った瞳の赤い女

 

☆セイバー第五陣営

リュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一〇) 義姫のマスター

義姫[よしひめ] セイバークラスのサーヴァント 甲冑を纏った女武者 切能、鬼姫と呼ばれている

 

☆伊達家

義姫(二四) 政宗、政道の母

梵天丸[ぼんてんまる](四) 政宗の幼名

 

☆セイバー第四陣営

セオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九) 魔術師 時計塔所属

 

☆聖堂教会

善知鳥元始[うとうげんし](四二) 聖堂教会 第八秘蹟会所属(東京支部)聖杯戦争の監督

歴史家 象牙色のローブを着込んだ痩せ形の男

 

☆?

女 赤い車体のVMX12を駆る

 

-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-

 

 

○新宿 全景 夜

空に眩い閃光とともに大爆発が起こる。

強烈な音と衝撃が空気を震わせ、一帯の街明かりが消える。

やがて爆発が収まり、静けさが戻る。

空から仄かに虹色に光る粒子がはらはらと街に降りそそぐ。

 

○高層ビル屋上 夜

光の粒子が降る中、屋上に立っているアーサー。

肩で息をしながら、空を仰ぎ見ている。

 

○グレアムホテル付近 道路 夜

光の粒子の降る人気のない車道。

真顔で夜空を見上げているエミリア・フォン・シュネー(二八)。背から白く長い腕が四本生えている。

すぐ傍に停められた車に意識のないルイス・フォン・シュネー(三二)を乗せるダグマル・クリューガー(六一)。

光の粒子は徐々に夜闇に消えていく。

 

○グレアムホテル 一五階 ラウンジ

瓦礫だらけのラウンジ。いたる所で炎が揺らめいている。

血だまりの上に座っている義姫。腕の中でか細く寝息を立てているリュカ・バリュエレータ・アトロフスカ(一○)を見て息をつく。

義姫の首から頬が紫色に染まっている。

筋張った紫色の手でリュカの頭をそっと撫でる義姫。

リュカの瞼が微かに動く。

ささやかに微笑む義姫。

義姫の体が光を帯びはじめる。

自身の手が消えていく様を見て、眉尻を下げる義姫。

リュカを見つめ、

 

義姫「……生きて」

 

呟き、義姫の体が光に呑まれていく。

黒み。

 

○インサート(義姫の夢)

 

梵天丸の声「ははうえ!」

 

ゆっくりと瞼を開く義姫。

米沢城、天守に立っている打掛姿の義姫(二四)。

 

梵天丸の声「みて! すごくきれいだよ!」

 

声のするほうを見ると、梵天丸(四)が手摺に身を乗り出している。

義姫は梵天丸に近寄り、

 

義姫「……うん、そうね」

 

言いながら梵天丸の腰を手で支える。

天守からの景色を眺める義姫。

青空、白黒の城壁、緑の木々、濠の水が日の光で輝いている。

 

義姫「――すごくきれい」

 

微笑む義姫。

梵天丸は義姫の表情を見て、手摺から降りる。

 

梵天丸「ははうえ」

 

義姫を見上げる梵天丸。

 

梵天丸「あのね、あのね。おれがおっきくなって、つよくなってね、しろも、もっとおっきくしたら、ははうえはうれしい?」

 

膝立ちになる義姫。装いが傷だらけの甲冑へと変わる。

目を丸くする梵天丸。

 

義姫「うん。すごく嬉しいよ」

 

微笑む義姫。梵天丸も笑う。

そっと梵天丸を抱き寄せる義姫。梵天丸の頭を優しく撫でる。

気持ちよさそうな表情の梵天丸。

 

義姫「たくさん頑張ったね」

 

そっと瞼を閉じる義姫。

世界が白に染まる。

 

○グレアムホテル 一五階 ラウンジ

血だまりの上、多量の光の粒子が夜空に立ち昇り、次第に消えていく。

藤戸なずな(一六)とアーサーはじっと消えていく光を見つめる。

 

○同 地下駐車場 全景

打放しコンクリートの広い駐車場。

薄暗い中、車が疎らに停められている。

 

○同 地下駐車場

車の陰で蹲っているセオドア・バリュエレータ・アトロフスカ(三九)。

顔色が悪く、息を切らしている。

駐車場に二人分の足音が響く。

顔を上げるセオドア。

 

善知鳥の声「ミスターアトロフスカ」

 

セオドアの前に現れる善知鳥元始(四二)。

その後ろには歴史家もいる。

 

セオドア「善知鳥神父?」

 

狼狽しつつ体を起こすセオドア。

 

セオドア「丁度よかった。手を貸して――」

 

セオドアが言い終える前に、胴体を数本の【黒鍵】が貫く。

壁に磔にされるセオドア。

 

善知鳥「残念ながら貴方はここで退場です」

 

真顔の善知鳥。

セオドアは短く呻いて、動かなくなる。

フードで表情が見えない歴史家。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP9.結びと絡まり【2/3】

○都内総合病院 外観 夜

閑散とした五階建ての白い建物。

 

○同 ICU集中治療室 夜

ベッドで眠っている人口呼吸器をつけたルイス。

生体情報モニタでは心電図などがモニタリングされている。

ガラス越しにルイスを見つめるエミリア。瞼を閉じる。

 

○同 廊下 夜

長椅子に俯いて座っているなずな。

 

ダグマルの声「藤戸様」

 

疲れた表情のダグマルが姿を見せる。

なずなは立ち上がり、

 

なずな「せ、先生は?」

ダグマル「……単刀直入に申し上げますと予断を許さない状況とのことです」

 

長椅子に腰を落とすなずな。

 

ダグマル「お気を確かに。医師は最善を尽くしました。後は坊ちゃん、旦那様の生命力次第。とあればーー」

 

声もなく泣くなずな。

 

ダグマル「ーー大丈夫です。……あの方にはまだ成さねばならないことがあります。旦那様は自分の成すべきことを途中で放り投げるような方ではありません」

 

頬を濡らすなずなはダグマルの顔をじっと見つめる。

ダグマルは優しく微笑む。

 

○同 ICU集中治療室 夜

ガラス窓の前に立っているエミリア。背後には白衣姿のソフィア・スミルノフ(三六)が立っている。

 

ソフィア「ーー【魔術、回路】の損傷はかなり深い、です。切断まで至っていないですが回復は、厳しいと言わざるを得ません」

 

額に汗を浮かべるソフィア。

×××

(フラッシュ)

薄暗い部屋。蝋燭の火が揺れる。

アンティーク調の浴槽。

半透明の緑色をした液体に浸かるリュカ。瞼は閉じられている。

×××

 

エミリア「世話をかけるわね。体内に埋め込まれた楔だけど……」

ソフィア「その! ……恐れながら、それ以上の深入りは避けたほうがよいかと」

 

エミリアはソフィアの顔を見る。

 

ソフィア「彼の保護までは、よしとしましょう。ですが、エミリア様が行おうとしているそれはアトロフスカの深奥を盗み見る行為に他なりません。も、もしばれでもしたら……」

 

視線を逸らすソフィア。

 

エミリア「……確かに貴女の言うとおり争いの火種に成りえるのは理解しています。だからこそ対策は十全に行いました。ーーそれに私はアトロフスカの魔術に興味はありません。ただ彼、リュカくんの命を、少しでも長く続けられるよう尽力するだけです」

 

ソフィアは恐る恐るエミリアに視線を向ける。

落ち着いた表情のエミリア。

 

エミリア「大丈夫」

 

○渋谷 スクランブル交差点 朝

人の往来が激しいスクランブル交差点。

大型ビジョンには半壊したグレアムホテルと【二四階建てホテルの上層階が半壊】の文字が映っている。

 

○ルイスの家 全景 朝

庭付きの豪奢な一軒家。

急勾配の屋根に大きな窓がついている。

 

○同 客室 朝

 

リベラの声「ーーでは、【聖杯戦争】を継続すると」

エミリアの声「えぇ」

 

エミリアは首肯し、真向かいに座るリベラに目を向ける。

エミリアの背後にはダグマルがおり、テーブルを挟んでリベラとキュレルが座っている。

リベラ、キュレルは共に白いローブをまとい、瞳は赤い。

 

リベラ「……勝てる見込みは限りなく低いと思われますが」

エミリア「嘆いても現状は何も変わらないわ。常に最善手を探るまでよ」

 

キュレルはエミリアをじっと見ている。

 

リベラ「理解に苦しみます。シュネーの立てた【マスター】は倒れ、【サーヴァント】は魔術師でもない余人頼み。一体どこに勝機があるというのでしょう」

 

真顔のエミリア。

 

リベラ「エミリア。【聖杯戦争】において貴女がどのように立ち回ろうと構いません。ですがーー」

エミリア「ーーお気遣いありがとう。心配しなくても私、むざむざやられるつもりはないの。それと勝機なんて案外どこにでも転がっているものよ?」

 

不敵な笑みを浮かべるエミリア。

 

キュレル「強がり。……どうでもいい。私たちは貴女の体さえ残っていればそれで」

リベラ「結構です」

 

リベラ、キュレルは同時に立ち上がり、

 

リベラ「陰ながら応援させていただきます」

 

○同 客間 朝

手入れの行き届いた調度品。

埃ひとつない部屋。

エプロンドレス姿のアニス・フォーゲル(一四)は首を傾げる。

 

アニス「んんー?」

 

○同 廊下 朝

埃ひとつない廊下。

エプロンドレス。片手にはモップ。額の汗を拭うなずな。目元が腫れている。

 

なずな「よし。……次は」

アニスの声「ふ、藤戸様~!」

 

なずなが振り返ると掃除用具を携えたアニスがばたばたと走ってくる。

 

なずな「どうしたんですか?」

 

今にも泣きそうなアニス。

 

アニス「どうしたもこうしたも、私から仕事を奪わないでくださいよ~!」

 

○同 玄関 朝

しわひとつない玄関マット。

瑞々しい観葉植物。

 

○同 廊下 朝

なずなの声「そんなつもりはないですよ。ほら、朝起きてやることもなかったので」

困惑顔のなずなとむくれ顔のアニス。

 

アニス「藤戸様はお客様なんです! 掃除はメイドの私に任せてゆっくりとお休みになっていてくださいまし」

なずな「私なら、ほら。全然平気ですよ!」

 

ささやかな力こぶを見せるなずな。

目を丸くするアニス。

 

ダグマルの声「(咳払い)どうした? 何かあったのか?」

アニス「ダ、ダグマルさん!?」

 

なずなとアニスが振り返るとエミリアとダグマルが姿を現す。

 

エミリア「朝から元気ね。おはよう。なずなちゃん、アニス」

 

○同 ダイニング 朝

アニスがエミリアの前に置かれたカップに紅茶を注ぎ、一礼して下がる。

 

エミリア「ありがとう」

 

エミリアはカップの取っ手を掴み、視線を真向かいに座るなずなに送る。

 

エミリア「体調はどう? 少しは眠れたかしら?」

なずな「はい、昨日はよく眠れたし気合も十分です」

エミリア「……なずなちゃん。昨日、貴女が体験したことはーー」

なずな「ーー私は大丈夫です!」

エミリア「そう……」

 

エミリアは周囲を視線を送る。

 

エミリア「キングアーサーの姿が見えないようだけど?」

 

なずな「アーサーさんは疲れたから【霊体化】? するって言ってました。なにかあれば呼んでちょうだい、って」

ダグマルの声「やはり【宝具】の連続使用となると多大な魔力を消費するのでしょうな」

 

エミリアの背後にダグマルとアニスが控えている。

 

エミリア「魔力については試したいことがあるの。……でも、その前に」

 

エミリアはなずなを見る。

首を傾げるなずな。

 

○原宿駅前 昼

人通りの多い原宿駅前。

年齢層が若いグループが談笑しながら歩いている。

 

アニスの声「おおお!!」

 

ユニセックスな衣装のアニスは大きく目を見開き、辺りを見渡す。

 

エミリアの声「こらこらアニス。あんまりはしゃがないの」

 

シックな装いのエミリアが微笑む。

 

アニス「だって原宿ですよ? 若者たちのパラダイス! 激ヤバ!!」

 

走り回るアニス。

ワンピースにカーディガンを羽織ったなずなは浮かない表情をして、少し離れたところに立っている。

エミリアはなずなに手を差し出し、

 

エミリア「なずなちゃんもそんなとこにいないで、ほら」

なずな「……その、遊んでる時間なんてあるんですか?」

エミリア「ふふ。なずなちゃん、真面目すぎ。大丈夫! お姉さんを信じなさい」

なずな「で、でも」

 

エミリアはなずなの手を取り、アニスの元に向かう。

 

○ブティック 店内 昼

試着室から出てきたエミリアとアニス。

愛らしいフェミニンコーデのエミリア。

ガーリースタイルのアニス。

なずなはため息。

二人の影に気づくなずな。目の前に目を輝かせたエミリアとアニス。

二人は各々衣装を持ち、なずなに迫る。

なずなは目を大きく開ける。

試着室から出てきた大人っぽい衣装のなずな。頬を赤くし、視線を逸らす。

 

エミリア、アニス「きゃ~~~!!」

 

なずなはカーテンを勢いよく閉める。

満面の笑み店員。レジの側には大量の紙袋が置かれている。

同じく満面の笑みのエミリアの手には黒いカード。

 

○原宿 街路 昼

タピオカドリンクの看板を掲げたフードトラック。

店員からタピオカドリンクを受け取るエミリア。カップのデザインに目をキラキラさせる。

ガードレールに腰掛け、エミリアを見ているなずな。視線を落とす。

 

アニスの声「どうなされたのですか?」

 

なずなは隣に座るアニスを見る。

クレープを美味しそうに頬張るアニス。

 

なずな「いや、別になんでもないです」

アニス「心配しなくても街中で襲われるようなことはないと思いますよ?」

なずな「え?」

アニス「魔術師なんて陰キャ集団だからパリピで溢れている原宿には近づけないと、エミリア様が言っていたでしょう?」

なずな「そ、そんな言い方でした?」

アニス「なので藤戸様は安心なさって英気を養ってください。エミリア様もそれを望んでいられるはずです!」

なずな「はあ」

 

なずなはタピオカドリンクを運んでくるエミリアに視線を送る。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP9.結びと絡まり【3/3】

○ルイスの家 全景 夕方

 

○同 居間 夕方

伸びをするエミリア。

紅茶を注ぎ、エミリアの前にカップを置くダグマル。

 

エミリア「ありがとう、ダグマル」

ダグマル「随分と羽をのばしておいででしたね」

エミリア「ええ、とても。なずなちゃんとアニスを振り回しちゃったみたいだけど」

 

ダグマルは微笑み、

 

ダグマル「先ほどアニスがエミリア様に服を買っていただいたと喜びながら私に見せにきました。お気遣いありがとうございます」

エミリア「そう、よかった」

 

エミリアが紅茶に手を伸ばすと扉が開く音が聞こえる。

 

エミリア「なずなちゃん?」

 

× × ×

なずなの前に紅茶が置いてある。

 

なずな「……あの、私に何かできることはないですか? 何も知らない私が勝手なことを言っているのはわかります。でも、何かできることがあればーー」

エミリア「なずなちゃん」

 

エミリアはなずなを見つめる。

 

エミリア「落ち着きなさい。ルイスのこともあって貴女が落ち着かないのもわかるけど、今の私たちにできることは多くないの。なずなちゃんは体を休めること。いいわね?」

 

ぎゅっと拳を握り、なずなはその場で立ち上がる。エミリアの目を見る。

 

なずな「私は大丈夫です! 昨日はその、【グレアムホテル】で先生やアーサーさんの足を引っ張ってしまったけど、今度はちゃんとやります、やれますから……」

エミリア「貴女に何ができるの?」

 

目を見開くなずな。

 

エミリア「いい、なずなちゃん。【聖杯戦争】は【サーヴァント】同士の殺し合いなの。貴女も見たでしょ? 魔術師ですら割り込むことのできない、でたらめな争いを」

なずな「そんなこと……」

エミリア「頼みの綱である貴女の【サーヴァント】も実体化するだけの魔力もない。貴女がすべきことは体を休めて魔力の回復に努めることーーわかるわね?」

 

俯くなずな。

 

エミリア「心配しなくても大丈夫。幸い他の【マスター】も動きを見せていない。今はどんっと構えて機会を窺いましょう」

 

× × ×

(フラッシュ)

ひしゃげた左足。

血で染まった腹部。

口元から血が流れるルイス。揺らぐ瞳。

× × ×

 

なずな「(消え入りそうな声で)時間がない」

 

なずなはテーブルを思いっきり両手で叩く。

目を丸くするエミリアとダグマル。

 

なずな「先生は! 先生は今も苦しんでる。【聖杯】があれば先生は助かるんでしょ!? ……アーサーさんは一日休めば大丈夫って言ってた。【マスター】だか【サーヴァント】だか知らないけどアーサーさんなら全部やっつけてくれる。先生を助けてくれる!!!」

 

顔が涙でくしゃくしゃになったなずなはエミリアを睨む。

 

エミリア「ーー何を言っているの?」

 

なずなはエミリアから目を離せない。

 

エミリア「貴女は私たちの願いに賛同したからこそ、貴女はここにいるのでしょう?」

 

なずなは奥歯を噛み締める。

 

エミリア「貴女の願いは私たちの願いにそぐわない。それは理解できてる?」

 

拳を震わせるなずな。

 

なずな「人でなし」

 

エミリアは眉も動かさない。

 

なずな「先生は貴女の大切な人じゃないんですか? 大切な人が苦しんでるのに何もしないなんて……」

 

なずなはエミリアをじろりと睨む。

 

なずな「貴女は、私たち私たちって言ってますけど、先生はラウラちゃんと一緒の時間を取り戻したくて頑張ってきたんでしょ!? でも、死んだら意味ないじゃないですか……。先生の気持ちは、どうなるんですか?」

 

なずなは嗚咽を漏らしながら、

 

なずな「……貴女がそういう人だからーーー」

エミリア「ーーーだから、その発言が私たちの願いの趣旨にそぐわないの」

 

人間味を感じさせない表情のエミリア。

息を呑むなずな。

 

エミリア「なずなちゃん。この際だからはっきり言っておくけど、【聖杯】はラウラのために使うの。それ以外の使い道はあってはならない。天秤にルイスとラウラをかける必要すらない。そうーー例え、ルイスが死のうとも、私はラウラを救う」

 

なずなの目にエミリアの姿が映る。姿勢正しく胸を張って座るその姿。しっかりとなずなを見据えた瞳。その虹彩はやや赤みがかっている。

 

黒み。

 

なずな(M)「気持ち悪い」

 

○同 客室 夜

無人の部屋。

ベッドの上に服の入った紙袋が置いてある。

 

○同 全景 夜

夜空に月が浮かぶ。

 

○リバームハイム 外観 夜

五階建てのアパート。

灯りの点いてない三〇四号室を見上げているなずな。

×××

(フラッシュ)

ガラス張りでできた浴室のドアがわずかに開いている。

浴槽に張られた水は赤く濁っている。

血の付着したカッターナイフ。

浴槽に体を預けている藤戸茅子(三七)。虚ろな目、青い肌。

×××

なずなは口元を抑え、その場にしゃがみ込む。

 

○廃ビル 教室 夜

教室の窓から月明かりが差し込む。

薄暗い教室の窓辺で佇んでいるなずな。

なずなの後ろで赤い粒子が舞い、人の姿を形取る。

 

アーサーの声「どこをふらついているのかと思えば、廃ビルだなんて。私、信頼されているのですね。当然といえば当然ですが」

 

振り返るなずな。

 

なずな「……アーサーさん」

 

アーサーは机に座っている。

 

アーサー「どう? 少しは落ち着きまして?」

 

なずなはアーサーへの視線を切る。

アーサーはため息を吐く。ふと、教室に差し込む月明かりに目をやる。

 

アーサー「……なずなとお逢いしたのもここでしたわね。【聖杯戦争】においてお姫様抱っこしながら召喚に応じた【サーヴァント】など私の他にいないのではなくて?」

 

微笑むアーサーをなずなは横目で見る。

 

アーサー「ピンチの乙女を救いに颯爽と現れる騎士、キングアーサー。これ以上の華麗なる登場がありまして?」

 

胸を張るアーサーを横目に見て、笑いが漏れるなずな。

 

なずな「……あの、アーサーさん。ちょっと付き合ってもらえませんか?」

 

○同 屋上 夜

月明かりに照らされる屋上。

アーサーは目を見張る。

照れくさそうにちらちらとアーサーを見るなずな。

アーサーは屋上の中心に引き寄せられるように歩く。

 

アーサー「ここは……いったい?」

なずな「私と先生の隠れ家です。……辛いときにいつでも逃げてこれるようにって、先生に教えてもらったんです」

アーサー「そう……」

 

なずなの頬に一筋の涙が伝う。

手を震わせて咽び泣く。

アーサーは眉を落とし、なずなをそっと抱きしめる。

 

なずな「(泣きじゃくりながら)先生を、先生を助ける方法があるのに。 なんで助けちゃダメなの? なんで!? なんでなの!?……なんでーー」

 

アーサーの胸で泣きじゃくるなずな。

雲ひとつない夜空に浮かぶ月。

ベンチに座るなずなとアーサー。

 

なずな「取り乱しちゃってごめんなさい……」

アーサー「大切な人が今も生死の間を彷徨っているのです。取り乱すのも無理ありませんわ。大切な人を助けたい。何も貴女は間違ってはいない……」

 

アーサーは月夜を見ながら口にする。

横目でアーサーを見るなずな。

 

アーサー「そう、間違ってはいないのです。でも、エミリアもまた、間違ってはいないのですわ……」

 

なずなは顔を伏せる。

 

アーサー「考え方や物事の方向性が違うだけのよくある衝突。ですから折り合いがつかないのであれば、貴女は貴女の道をお行きなさい。貴女が望むなら、私はシュネーに剣を向けますわ」

なずな「エミリアさんは……先生のこと、愛してない」

 

ぼそりと口にするなずな。

 

アーサー「さあ、どうなのかしら。直接聞いてみればわかるのではなくて? 言ってやればいいのです。傍からはそう見えないと……」

 

アーサーは一旦区切り、

 

アーサー「とんだお笑い種ですわ」

 

独りごちるアーサーになずなは微かに首を傾げる。

アーサーは一息をつき、

 

アーサー「(手をぱんっと叩く)さて、帰りますわよ」

なずな「え?」

アーサー「え? じゃありませんわ。貴女ここで夜を明かす気でいますの? 外敵への備えもないところでどう体を休めるというのです?ーー」

 

重低音が屋上に鳴り響き、なずなは耳を塞ぎ、アーサーは剣を構える。

 

○同 壁面 夜

女が乗る赤い車体のVMX12が壁を駆け上がる。

 

○同 屋上 夜

VMX12が屋上に飛び出て、勢いそのままに宙を舞う。

なずなとアーサーは目を見張る。

 

○タイトル

T「結びと絡まり」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP10.三日月の夜【1/3】

皆様、お久しぶりです。
泥江青花です。

「EP10.三日月の夜」を投稿できる運びとなりましたので報告させていただきます。
○投稿スケジュール
EP10.三日月の夜【2/3】→2023年11月1日(水)18:00投稿予定
EP10.三日月の夜【3/3】→2023年11月4日(土)18:00投稿予定

EP10から本格的に新章へと突入します。
いきなり冒頭から新サーヴァントが登場します。本家様にも登場したあのサーヴァントが!?
でも何やらいつもと様子が違うようで……。
色々想像して楽しんでいただければ幸いです。

また、感想をいただけますと今後のモチベーションにも繋がりますので、是非ともよろしくお願いいたします。

X(Twitter)もやっておりますのでお気軽にフォローをお願いいたします。
→https://twitter.com/aohana_doroe


登場人物

 

☆セイバー第七陣営

藤戸なずな(一六) 高校生 アーサーのマスター

アーサー・ペンドラゴン セイバークラスのサーヴァント ルイスに召喚された

ダグマル・クリューガー(六一) シュネー家の執事 Bar赤の店主

 

☆?

向坂ざくろ(二三) 赤い車体のVMX12を駆る

赤い鎧を纏った男

 

☆?

ニコラス・コルヴォ・メイレレス(二○) 黒いロングコートを着た男

武士 袴姿で長い大太刀を持つ

 

☆セイバー第六陣営

伊夫伎忠愛[いぶきただよし](三七)巨躯の騎士のマスター 元聖堂教会代行者 第八秘蹟会所属(東京支部)

巨躯の騎士 セイバークラスのサーヴァント

 

☆聖堂教会

善知鳥元始[うとうげんし](四二) 聖堂教会 第八秘蹟会所属(東京支部)聖杯戦争の監督

歴史家 象牙色のローブを着込んだ痩せ形の男

 

-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-^-

 

 

○廃ビル 全景 夜

夜空に浮かぶ三日月。

灯一つない年季が入ったビル。

 

○同 屋上 夜

マフラーからうねりを上げる排気音。

VMX12に跨る女ライダー。

前照灯は藤戸なずな(一六)、アーサーを照らす。

ヘルメットを脱ぐ女ライダー、向坂ざくろ(二三)はなずなとアーサーに視線を向け、微笑む。

 

ざくろ「見つけた」

 

戸惑うなずなを庇うように前に出るアーサー。剣を構え、

 

アーサー「どちら様かしら? 私、生憎と壁を二輪車で駆け上るようなめちゃくちゃな方、存じあげませんので」

ざくろ「(小声で)めちゃくちゃって、あたしからすれば貴女たちのほうがよっぽど……」

 

ざくろはバイクから降りて、両手を上げる。

 

ざくろ「はじめまして、あたしは向坂ざくろ。ーー察しの通り、あたしは【聖杯戦争】の参加者ではあるけど貴女たちに敵意はないよ」

 

ざくろは視線を横に送る。

 

ざくろ「今日だって、ほら。お使い? だよね?」

 

多数の淡い光が生まれ、その中から赤い鎧を身に纏った美丈夫が姿を現す。

アーサー、剣を強く握る。

赤い鎧の男は一歩前出て、アーサーの前で膝をついて頭を下げる。

 

赤い鎧の男「我が王よ。どうか剣を納めてはいただけないでしょうか」

 

怪訝な顔をするアーサー。

 

赤い鎧の男「(顔を上げ、)ご無沙汰しております。ーーまさか、死した後にこうして王に拝謁できようとは……。光栄の至りにございます。円卓の第二席、パーシヴァル。御身の前に」

 

口が半開きになり、目を丸くするアーサー。

 

アーサー「……え?」

 

アーサーに微笑みかけるパーシヴァル。

 

アーサー「え!? えええええええええ!?」

 

○幹線道路 全景 夜

車の往来が少ない国道。

一台の黒塗りの車が走っている。

 

○車 車内 夜

ハンドルを握る黒服の男。

後部座席は対座シートになっており、歴史家とダグマル・クリューガー(六一)が向かいあって座っている。

ダグマルはサイドガラスから景色を眺めている。大きなビル群が次々と移り変わっていく。

 

ダグマル「一つ伺いたいのですか」

 

歴史家はダグマルに視線を向ける。

ポーカーフェイスのダグマル。

 

ダグマル「何故、私どもに招集を?」

歴史家「……質問の意図を理解しかねるのだが。先ほども説明した通り、監督役から【マスター】全員への招集がかかった。招集するに至った経緯は監督役から直接説明がある。これで回答になっているか?」

ダグマル「これは失礼。招集議題ついての話ではないのです。何故、私どもにまでお声がかかったのか。ーー気になりましたもので」

 

ダグマルは歴史家をじっと見つめる。

 

歴史家「質問に質問で返すのは礼儀に反しているが……。貴公らは【聖杯】を諦めたのか?」

 

無言のダグマル。

 

歴史家「ならば貴公らもまた、物語の登場人物であることに違いはないということだ。……まだ、貴公らの手の中から【聖杯】は零れ落ちていない」

 

わずかに眉を顰めるダグマル。

 

ダグマル「話をはぐらかすのはやめていただけますかな。シュネーはすでに【聖杯戦争】の外にあると考えるのは当然のこと、その私どもに接触する。これは何か裏があると考えるのが自然ではないですか?」

 

歴史家は顎に手を添え、

 

歴史家「……藤戸なずな、と言ったか。ルイス・フォン・シュネーの意思と無関係に彼の【令呪】を貰い受けた例外の存在。貴公らはあれをどう判断する?」

 

息を呑むダグマル。

歴史家はゆっくりと目を閉じ、

 

歴史家「貴公らの抱える懸念など小事に過ぎない。望めばいつでも【聖杯戦争】の表舞台に立てるということだ」

 

目を開いてダグマルを見据える。

 

歴史家「ーー何を躊躇している?」

 

ダグマルは視線を落とし、手に持っていた木箱に目をやる。

 

ダグマル「私どもは【魔術使い】であって【魔術師】ではない。ーーそれだけです」

 

歴史家「まあいい。……藤戸なずなの件については有益な情報を得ることができれば貴公らにも共有する。【アインツベルン】の代理であるシュネーだ、多少の便宜を図ろう」

 

ダグマルは歴史家に目をやる。

 

ダグマル「……そちらにも何か思うところがある、ということですか?」

歴史家「いらぬ詮索だ。我々の責務は【聖杯戦争】をつつがなく進行させることにある。他意はない」

 

○幹線道路 全景 夜

一台の黒塗りの車が走り抜ける。

 

○教会 全景 夜

十字架の尖塔。

古びたゴシック様式の教会堂。

 

○同 室内 夜

祭壇の奥には聖母像が立っている。

蝋燭の灯が微かに揺らめく。

教会堂の後方にあるチャーチチェアに座るなずな。その隣にはアーサーが座っている。

座った目のアーサーは背後を見て、

 

アーサー「……いつまでそこに突っ立っているつもりですの?」

 

アーサーの背後にはパーシヴァルが立っている。姿勢を正し、正面を見据えている。

 

パーシヴァル「我が王よ。お言葉ですが、何かが起こった後では遅いのです。有事の際にいつでも動けるよう備えておくことが王の騎士としての当然の配慮かと」

アーサー「今の貴方は私の騎士である前にざくろの【サーヴァント】。私を気にかける前に彼女の傍にいてその役割を果たしなさい」

パーシヴァル「無論です。【マスター】の身を護るのが私の役割。ただ、私の騎士としての矜持。いえ、同胞から託された責務を蔑ろにすることもできないのです。私、私たちは我が王の剣であり、盾である。ーー私はその運命を全ういたします。例えこの身が散ろうとも」

 

真剣な表情のパーシヴァル。

 

アーサーは眉間に皺を寄せ、横目で左のチャーチチェアに座っているざくろを見る。

肩を竦めるざくろ。

なずなはアーサーを見て、苦笑いを浮かべる。ふと、視線を前方に向ける。

教会堂の前方にあるチャーチチェアに袴姿の武士が座っている。

武士は肩に異様に長い大太刀をかけており、傍には太刀、脇差が置いてある。

なずなは視線を右横に向ける。

頬に痣がある黒いロングコートを着た男ーーニコラス・コルヴォ・メイレレス(二○)が壁にもたれかかかっている。

なずなは視線をアーサーに戻す。

 

なずな「(小声で)あの、アーサーさん……」

 

ガチャという音とともに教会堂の扉が開く。善知鳥元始(四二)を先頭に歴史家とダグマルが入ってくる。

なずなはダグマルの姿を見て、

 

なずな「……ダグマルさん?」

 

ダグマルはなずなに気付いて近づいてくる。

 

ダグマル「藤戸様」

 

ダグマルはなずなの全身を見て、

 

ダグマル「心配しましたよ」

 

なずなはダグマルから視線を外す。

なずなの態度を見て、肩をすくめるアーサー。

祭壇前に立つ善知鳥。傍には歴史家が立っている。

 

善知鳥「さて、皆さま。突然の招集にご協力いただきありがとうございます。全員揃いましたので始めさせていただきます。ええ、ではーー」

 

歴史家が一歩前に出て、手に持っていた分厚い本を開く。

 

善知鳥「まず、こちらをご覧ください」

 

本は自ら発光し、頁を閉じたり開いたりを繰り返して歴史家の手から飛び立つ。

教会内を飛び回る本に、なずな、アーサー、ダグマルそしてニコラス、武士は目を奪われる。

本は瞬く間に巨大化して彼らに覆い被さってくる。

なずな、アーサー、ダグマル、ニコラス、武士は目を丸くして悲鳴をあげる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP10.三日月の夜【2/3】

○インサート

黒味。

覚醒するなずな。

なずなは薄紫色の花吹雪が舞う周囲を見渡し、感嘆の声を漏らす。

 

アーサーの声「なずな?」

なずな「アーサーさん?」

 

なずなの前にアーサーとダグマルが姿を現す。

二人の背後にはニコラスと武士の姿がある。

 

アーサー「大丈夫ですの?」

なずな「はい。でも、ここは……ん?」

 

なずなは鼻に手を当て、眉間に皺を寄せる。

アーサーとダグマルも鼻に手を当てる。

 

ダグマル「この臭いは……」

 

花吹雪が勢いを増し、五人は身を庇うように体勢を取る。

花吹雪が止み、視界が徐々に開ける。

なずなは目を大きく見開く。

人の手。

胴体から切り離された手。

傍には悶絶に顔を歪ませた青年の亡骸が横たわっている。

なずなは口に手を当て、その場で腰を落とす。

青年から逃げるように視線を逸らしたなずなは体をびくっとさせる。

なずなの視線の先には赤黒くベタついた髪、頭蓋骨が陥没した虚ろな目をした女性が倒れている。

そして、その奥に佇む一人の大男。

大男ーー巨躯の騎士は血に塗られた白銀の甲冑に身を包み、右手には十字を象った剣を持ち、左手には大盾を携えている。

巨躯の騎士を見て全身が固まるなずな。

 

アーサー「何がどうなっているのか判然といたしませんが、お久しぶりですわね? 私の敵」

 

ニッと笑うアーサー。剣先を巨躯の騎士に向ける。

ピクリともしない巨躯の騎士。

眉間に皺を寄せるアーサー。

アーサーは一息ついて、剣を下ろし巨躯の騎士に背を向ける。

納刀の音が聞こえ、

 

武士「(舌打ち)つまらん。興が醒めたわ」

 

アーサーはなずなに手を差し出す。

 

アーサー「なずな。立てまして?」

なずな「……大丈夫です。でも」

 

なずなはアーサーと巨躯の騎士を交互に見る。

 

アーサー「心配せずとも大丈夫ですわ。あれはまやかしですもの」

善知鳥の声「おっしゃる通り心配せずとも結構です。ここはある凶行を再現したに幻に過ぎません。……ことの重大性を詳細にお伝えしたく、このような手段を取らせていただきました」

 

薄暗い路地裏。

複数の斬殺された遺体。

 

善知鳥の声「ここ数日の間、都内にてこのような凶行が散見されています。現場の状況から鑑みるに人ならざる者の関与を疑われまして、私どもも調査に入り、ーー結果、この凶行に及んだ罪人は【聖杯戦争】の参加者であると断定いたしました」

 

全員が巨躯の騎士に目をやる。

 

善知鳥の声「皆さまの目の前にいる六番目に召喚されたセイバーの【サーヴァント】、便宜上、6thと呼称させていただきますが、その6thが惨劇を産んだ張本人であります。そしてーー」

 

全員の目の前に荒い画像が現れ、伊夫伎忠愛(三七)が映っている。

 

善知鳥の声「6thの【マスター】である伊夫伎忠愛。彼にもその幇助の嫌疑がかけられています」

 

なずなは伊夫伎の画像を見ている。

 

善知鳥の声「犠牲者は皆、一般人であり共通点がないことから通り魔的犯行である可能性が高い。【神秘の秘匿】を軽んじる行為を監督役として放置するわけにもいきません。6thとその【マスター】に罰則を与えます」

 

パサっという乾いた音が聞こえる。

 

○教会 室内 夜

閉じた分厚い本を持った歴史家が一歩下がり、善知鳥は代わりに一歩前に出る。

 

善知鳥「6thとその【マスター】の討伐に協力していただけますか?」

 

チャーチチェアに座るなずな、アーサー。その傍に立つダグマル。

前方のチャーチチェアにふんぞり返って座る武士。壁際に立つニコラス。

 

ざくろの声「補足だけど、この事態は急を要するの。こうしている間にも6thは無差別に人を殺めているかもしれない。人死の隠蔽にも限界があるし、最悪【聖杯戦争】が公になる可能性だってある。そんなこと、【魔術協会】や【聖堂教会】が許さない。彼らの介入があれば貴方たちは【聖杯戦争】どころではなくなる。それは不都合でしょ? だからーー」

武士「ーーおい、女。そら、儂に言うとるんか?」

 

武士は鋭い視線を後方のざくろに向ける。

 

武士「べちゃくちゃ喧しい。女ごときがでしゃばるな」

 

パーシヴァルは剣の柄を握り、武士に刺すような視線を送る。

武士は犬歯をのぞかせ、太刀を掴み立ち上がる。

 

ざくろ「2nd」

 

パーシヴァルは横目でざくろを見て、剣の柄から手を離す。

 

武士「ーーなんや、やらんのかい」

 

善知鳥はパン! と手を鳴らす。

 

善知鳥「これは連絡が遅くなり、失礼いたしました。2ndの【マスター】である彼女は私どもの協力者です。今回の作戦に当たり、彼女には皆様のサポートをお願いしています。何かありましたら彼女におっしゃっていただければ、後ほど私どもで対応させていただきますのでよろしくお願いいたします」

 

善知鳥は武士に微笑む。

武士は舌打ちすると太刀を置いて、チャーチチェアに座り直す。

 

善知鳥「6th討伐に対する報酬についてですが、参加表明をされた陣営の【マスター】には【令呪】を一画譲渡いたします」

 

善知鳥が右腕の袖を捲るといくつもの【令呪】が刻まれている。

 

善知鳥「さらに6th、または【マスター】である伊夫伎の排除に最も貢献していただいたと私どもが判断した場合、追加報酬としてもう一画譲渡いたします。ーー彼女からもありましたように事は一刻を争います。是非ともご協力をよろしくお願いいたします」

 

善知鳥は頭を下げる。

 

× × ×

 

黒味。

教会堂の祭壇前には誰もいない。

 

アーサーの声「あぁ、もう~~っ!! なんなんですの~~っ!? 私たちは一刻も早く団結して、6thの討伐に乗り出さなくてはなりませんのに。あのサムライは~~っ!」

 

顔を真っ赤にして憤慨しているアーサー。その隣に困り顔のなずなとダグマル。作り笑いを浮かべるざくろとパーシヴァル。

 

アーサー「何がーー」

 

○(回想)同 室内 夜

武士は得意げな顔で、

 

武士「ーー儂は一人でやらせてもらうわ」

 

アーサーはチャーチチェアから立ち上がり、

 

アーサー「貴方、この状況で単独で動く意味をわかっていますの? 民の命がいつ失われるか分からぬこの状況で、最も効果的な解決策は私たちが共同戦線を張るに他なりません。私たちは手を取りあうべきなのです!」

武士「せやからあんたはそこのけったいな男と組んだらええやろ? 儂は別に止めへんよ」

 

前のめり気味のアーサー。その後ろには武士を見つめるパーシヴァルの姿がある。

 

アーサー「ですから私と2nd、そして貴方の三人でより確実にと……」

武士「何遍も言わせんなや! 儂は一人でやる言うてるやろ。心配せんでもあのでかぶつの首はあんたらより先に儂が獲ったる。それでええやろ? 何の問題もあらへん。ーーほんだらな」

 

教会堂を立ち去ろうとする武士。ニコラスは後に続こうとする。

 

アーサー「ち、ちょっと」

 

武士は足を止める。

 

武士「儂な、あのでかぶつとちいとばかし前に斬り合うとるんや。まだ決着が着いてへん。せやからあれは儂の獲物なんや。ま、あんたらかて事情があるんやろうからでかぶつを狙うんは好きにしたらええ。せやけどーー」

 

武士は振り返り、

 

武士「ーー儂の邪魔するんやったら、それ相応の覚悟をしとき」

 

武士はアーサーとパーシヴァルを鋭く睨め付ける。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EP10.三日月の夜【3/3】

○教会 室内 夜

黒味。

 

アーサーの声「民の命より優先されるべきことなどないでしょうに……」

 

× × ×

(フラッシュ)

武士は中指を立て、にたにたと笑う。

 

武士「(鼻で笑う)儂は、一人で十分や」

 

× × ×

 

アーサーはチャーチチェアから勢いよく立ち上がり、

 

アーサー「ーーいいでしょう。……そのやっすい挑発にのっかてやりますわ!! 私か貴方、どちらが先に十字の騎士を倒すのかーー」

 

腕を組むアーサー。

 

アーサー「ーー勝負ですわ!」

ざくろの声「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、それってアーサーちゃんは一人で戦うってこと?」

 

アーサーは左隣のチャーチチェアに座っているざくろを見る。

 

アーサー「え? べ、別にそういうつもりで言ったのではなくて……」

ざくろ「あ~あ、せっかくあたしたちが血眼になって調べた6thの情報を共有してあげようと思ったのに……いいのかな~?」

 

ざくろはチャーチチェアから少し身を乗り出してなずなを見る。

 

ざくろ「ね、なずなちゃんはどう思う?」

アーサー「で、ですからーー」

なずな「アーサーさん。私は、向坂さんの協力したほうがいいと思います。あの大きな人が【サーヴァント】と言うならいずれは戦う相手ですよね? 情報は少しでも多く欲しい」

 

アーサーは少し眉尻を下げ、首肯する。

 

アーサー「(ざくろに右手を差し出す)ざくろ、共に戦いましょう」

ざくろ「(アーサーと握手を交わす)期待してるよ、騎士王様」

 

アーサーはパーシヴァルに向けて微笑み、

 

アーサー「パーシヴァル卿。また、貴方と共に剣を握る日が来ようとは。世の中、何が起きるかわかりませんわね。改めてよろしくお願いいたしますわ」

 

パーシヴァルは一礼し、

 

パーシヴァル「光栄に存じます。王の助力が戴けるならば、6th討伐など児戯に等い。我が槍と王の聖剣があれば敵わうものはいません!」

ざくろ「2nd、あなたそんなキャラだっけ? 何? 大好きな王様との再会に浮かれてるのかな?」

 

ざくろはふふっと笑いパーシヴァルを小突く。

 

パーシヴァル「(頬を赤らめ)止めてください、【マスター】」

 

なずなとアーサーはくすりと笑う。

 

ざくろ「まあ、それはいいとして。(スマホを見ながら)共闘することも決まったし、今日はお開きにしない? 時間も時間だし、本格的な調査と情報共有は明日からってことーーで」

 

ざくろは一同に視線を送る中、なずなを見て止まる。

バツの悪そうな顔のなずな。その隣にはダグマルが立っている。

 

ざくろ「ーーあぁ、そうだった」

 

ざくろは立ち上がり、ダグマルに傍に寄ると笑顔を向ける。

 

ざくろ「少しお話しても?」

 

○向坂邸 外観 夜

広大な瓦屋根の日本家屋。

中庭には石や植物、中央には小さな池が配置されている。

小さい池の水面には三日月が映っている。

 

○同 柘榴の間 室内 夜

頬を膨らませ、惚けた顔するアーサー。

テーブルの上にいくつもの空になったバニラアイスの容器とコーヒーやフルーツのリキュールの瓶が置かれている。

 

アーサー「極上の甘味の中にほのかな苦味がクセになる少し大人な味わい……。し・ふ・くですわ~!!」

 

呆れ顔のなずなをちらりと見るアーサー。

 

アーサー「おほん。私、同盟者との交友をおろそかにするのはいかがなものかと思いまして。ーーつまり」

 

頬を赤くしたアーサーはスプーン片手に、

 

アーサー「アイスの食べ比べもまた、王として、淑女として、恥ずかしくないふるまいなのですわ」

 

アーサーはぷいっと顔を横に逸らす。

 

ざくろの声「ほらほらぁ、なずなちゃんもそんな顔してないで飲んで食べなぁ?」

 

缶ビールを一飲みして、笑むざくろ。

なずなはテーブルに置かれたお菓子の袋や、お惣菜の容器の数々を見て、

 

なずな「えっと、その、ジュースをいただいていますので……」

ざくろ「むー。遠慮しちゃってぇ。あ、お金? お金のことなら心配しなくてもいいよ。ちゃあんと後で、善知鳥神父に請求するし」

アーサー「その善知鳥神父は信用にたる人物なんですの?」

ざくろ「と言うと?」

アーサー「善知鳥神父はーー」

 

× × ×

(フラッシュ)

 

善知鳥の声「ーー全員揃いましたので始めさせていただきます」

 

祭壇前に立つ善知鳥。

× × ×

 

アーサー「などと言っていましたがあの場にはーー」

ざくろ「ーーはは、目敏いね、アーサーちゃん。善知鳥神父は嘘はついてないよ。あの場には全陣営が揃っていた」

 

アイスをスプーンで口に運ぶアーサー。

ぽかんとしているなずな。

 

ざくろ「正確には第一陣営を除いた全陣営だけど」

 

アーサーは座った目をしたままざくろを見る。

 

ざくろ「これは参ったね。隠す気はないよ。第一陣営にも6th討伐の招集はかけたんだけどノーリアクションでさ。貴女たちには伝えるまでもないと思っただけでーー」

アーサー「事情を知れればそれでいいですわ」

 

アーサーは空になったデザートカップをテーブルに置く。

 

ざくろ「でもほら結果的にだけど、6th討伐に対して三組の陣営が参加する。彼らには早々と【聖杯戦争】からお暇願おうじゃない?」

 

ざくろは缶ビール片手に、

 

ざくろ「さ、物騒な話はおしまい! 今は女子会を楽しも~! かんぱ~い!」

 

○インサート

夜空に三日月が浮かんでいる。

 

○向坂邸 廊下 夜

廊下を歩いている浴衣姿のなずな。巾着とバスタオルを持っている。

なずなは横目で中庭を眺める。

手入れの行き届いた植栽、景観にあった石灯籠や敷石。

中央にある水面に三日月を映した池。

なずなの足が止まる。

池の奥底が青白く光る。それに伴い中庭に無数の淡い光が現れては消えていく。

淡い光に目を奪われるなずな。

 

ざくろの声「何してるの、こんなところで」

 

なずなが振り向くと、瓶ビール数本と菓子袋を持ったざくろがいる。

 

なずな「……向坂さん」

ざくろ「も~ざくろちゃん。でしょ?」

なずな「(苦笑して)すみません、ざくろさん」

 

なずなの視線は中庭に移る。なずなの視線を追うざくろ。

 

ざくろ「ああ」

 

ざくろは微笑み、なずなの傍に寄る。

 

ざくろ「この中庭はあたしの曾曾祖父さまの魔術の集大成つーか、その副産物? でさ。池の底には人工の鉱石が埋め込まれていて、時間が来るとそれが発光する仕組みなんだ。それが大気中の魔力(マナ)と結びついて中庭全体に淡い光を生む。我が曾曾祖父さまながら雅なことで」

 

池の奥底で青白い光がゆっくりと点滅を繰り返す。

 

なずな「魔術ってこういうこともできるんですね……」

 

中庭をじっと見つめるなずな。

 

ざくろはなずなの横顔を見て、廊下から中庭に足を踏み入れる。

 

ざくろ「魔術はさ、人殺しの技術じゃないよ。【魔術師】なら【根源】に至る手段とかいうんだろうけど、あたしは便利だから使ってる。より充実した生活を送るためにねーー」

 

ざくろは池の近くで立ち止まって、振り向く。

 

ざくろ「ーーだからあたし、曾曾祖父さまが道楽で作ったこの中庭はわりかし好きかな」

 

なずなは淡い光の中にいるざくろを見て、

 

なずな「私も、わりかし好きです」

T「EP10.三日月の夜」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。