艦隊これくしょん・傭兵魂を継ぎし艦 (京勇樹)
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終わりにして始まり

新作です
何番煎じ?


私の名前は、アークエンジェル

かつて、幾多の激戦を駆け抜けた誇り高き傭兵達の母艦の片割れ

もう一隻の名前は、エウクレイデス

大天使と古代の哲学者の名前を与えられた私達は、彼等と共に幾多の激戦を乗り越えてきた

その中には、不可能と思えた戦いもあった

それを彼等は、何度も生きて帰ってきた

だが時には、仲間を見送ることもあった

しかし彼等は、悲しみで足を止めることをせずに戦場を駆け抜けた

二回も世界を越えて、その度に新しい仲間を迎えて、世界を救った

まさに、英雄と呼べるだろう

しかしそんな彼等も、人間

寄る年や病には勝てない

一人、また一人と姿を消していった

そしてある日、とうとう終わりの日が訪れた

 

「今まで、ありがとうな……アークエンジェル……エウクレイデス……」

 

「今日この時を以て、その任を解き、眠らせよう……」

 

「本当に、ありがとうな……」

 

最後のクルー達の見守る視線の先で、私は

私達は、その長きに亘る任務を終えた

最後のクルー達が設置した爆弾の起爆スイッチ

彼等はそれを、同時に押した

その直後、艦内中に設置した爆弾が起爆

私達が爆発していくのを、最後のクルー達が涙を流しながら見送ってくれている

 

ああ……ありがとうは、私達の言葉です……

ありがとう……英雄達よ……

私達は、最高の戦士達を乗せることが出来て、幸せでした……

 

それを最後に、私達はその艦生を終えた

その筈でした

 

「ん……あ、れ……? こ、ここは……」

 

気付けば私は、見覚えのある場所で目を覚ました

そこは、私の艦橋

そして私は、自分が体を得ていることに気が付いた

 

「な、なぜ……?」

 

と混乱していると、更に混乱することが起きた

艦橋のドアが開き、小さな存在が続々と入ってきた

見た目は、小さい人間

サイズ的には、約1m前後

今の私からしたら、子供サイズ

その内の一人が、私の知っている人に似ていた

病気で死んだスピリッツ総隊長

ゼノン・ティーゲルに

 

「艦長、起きましたか」

 

ゼノンさんに似た小人が、そう言った

 

「か、艦長……私が?」

 

と私が問い掛けると、その小人が

 

「はい、アークエンジェル艦長」

 

と頷いた

その言葉に私は、とりあえずは納得するしかなかった

 

「……それで、貴方達は……何ですか?」

 

そう問い掛けると、その小人は

 

「私達は、妖精です」

 

と答えた

 

アークエンジェルsideEND

第三者side

 

「よ、妖精?」

 

とアークエンジェルが問い掛けると、その妖精は

 

「はい……この艦を運営するために、艦長によって産み出された存在です」

 

と答えた

それを聞いたアークエンジェルは、少しの間黙った

そして、その妖精に

 

「貴方のことは、なんと呼べばいいですか?」

 

と問い掛けた

すると、その妖精は

 

「私のことは、ゼノン……または、副長と呼んでください」

 

と言った

それを聞いたアークエンジェルは、少しすると

 

「では、副長と呼びます」

 

と告げた

それを聞いたその妖精が頷くと、アークエンジェルは

 

「副長……艦の状態は?」

 

と問い掛けた

すると副長は

 

「は! 艦の状態は、何時でも出撃可能です!」

 

と返答した

そして、続けて

 

「それは、僚艦のエウクレイデスも同様です!」

 

と告げた

それを聞いたアークエンジェルは、驚いた表情で

 

「エウクレイデスも居るのですか!?」

 

と問い掛けた

すると副長は

 

「は! おい、通信士長妖精。メインモニターに」

 

と言った

それを聞いて、通信士長妖精は

 

「は!」

 

とCIC席に座り、機器を操作した

すると、メインモニターに隣の様子が映った

そこには確かに、工作艦

エウクレイデスが居た

すると、横のサブモニターに女性の顔が映り

 

『アークエンジェル、起きたのね!』

 

と言ってきた

それを見て、アークエンジェルは

 

「貴女……エウクレイデス……なの?」

 

と問い掛けた

すると、その女性は頷いて

 

『えぇ、そうよ!』

 

と答えた

それを聞いて、アークエンジェルは

 

「そう……だけど、ここは一体……」

 

と呟いた

すると、副長妖精が

 

「我々は今現在、ここに居ます」

 

と言うと、もう1つのサブモニターに世界地図が表示されて、ある一ヶ所に光の点が表示された

それを見て、アークエンジェルは

 

「ここは……最後の地……」

 

と呟いた

それは、幾多の激戦を越えた傭兵達が居た最後の安住の地だった

幾多の激戦を生き残った傭兵達は、余りにも名前が知られてしまった

だからか、名を上げようとしたり目障りだからと襲撃してくる輩が多々居た

そんな者達から隠れるために、スピリッツはある無人島に隠れ住むようになった

その島の地下に秘匿のドックを造り、そこに二隻を隠した

依頼は、ある特殊な電波を発した物のみを受諾して出撃する

そうして、活動を続けた

しかしある日に、総隊長が病気で倒れた

そこから、スピリッツの活動は縮小

最後を迎えたのだ

 

「……だけど、私達はなぜ……」

 

とアークエンジェルが唸っていると、突如警報が鳴り響いた

それを聞いたアークエンジェルは

 

「何事か!?」

 

と反射的に、声を上げた

すると、通信士長が

 

「この島の近くにて、戦闘が起きています!」

 

と告げた

それを聞いた副長妖精が

 

「映像、出せるか」

 

と問い掛けた

すると、通信士長妖精は

 

「少々御待ちを……出します!」

 

とメインモニターに、島の近くの映像を出した

そこには、数人の少女達が数体の化け物と戦っていた

 

「あれは……」

 

「通信を傍受した限りでは、あの少女達は日本帝国軍所属のようです」

 

アークエンジェルの呟きを聞いて、通信士長妖精がそう教えた

それを聞いて、アークエンジェルは

 

「あの化け物達は?」

 

と問い掛けた

すると通信士長妖精は

 

「どうやら、深海悽艦と呼ばれているようです」

 

と言った

それを聞いたアークエンジェルは、無言で様子を伺い始めた

その間にも、その戦闘は激しくなっていく

すると、エウクレイデスが

 

『アークエンジェル、どうするの?』

 

と問い掛けてきた

すると、アークエンジェルが

 

「……何事もなければ、静閑を……」

 

と言った

その直後、少女達の一人が爆発に覆われた

煙が晴れてみれば、その少女の服が破けていた

その少女は辛そうにしながらも、その手に持っている武装を構えた

しかし、どう見ても最早戦えそうに無かった

だからか

 

「総員、戦闘配置!」

 

とアークエンジェルが告げた

そして続けて

 

「私達はこれより、あの少女達を援護します! 総員、第一種戦闘配置!!」

 

と指示を下した

それを聞いて、副長妖精が

 

「はっ!! 総員、第一種戦闘配置! 総力戦闘用意!!」

 

と復唱した

すると、それを聞いた他の妖精達は次々と席に着いた

それを見ながらアークエンジェルは、艦長席を一撫でして

 

「艦長……席、お借りします……」

 

と呟いてから、その席に座った

こうして、誇り高き傭兵魂を受け継いだ二隻が、その世界で活動を開始する!



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艦娘との邂逅

「艦隊、微速前進!」

 

「了解! 艦隊微速前進!」

 

アークエンジェルが指示を下すと、副長妖精が復唱

その指示を受けて、操舵士妖精が艦を前進させ始めた

すると、アークエンジェルは

 

「艦載MSの稼働状況は!?」

 

と副長妖精に問い掛けた

すると、副長妖精は

 

「僚艦合わせて、全機発艦可能です!」

 

と答えた

それを聞いたアークエンジェルは、少し考えた後に

 

「エウクレイデスに、トライアド中隊の発艦要請! あの少女達の援護をさせなさい!」

 

と指示を下した

その数十秒後、モニターにエウクレイデスのリニアカタパルトを使って出撃するトライアド中隊を、アークエンジェルは見送った

場所は変わり、主戦域

そこでは、日本帝国海軍第一トラック泊地艦隊所属の艦娘達が、遭遇した深海悽艦艦隊と交戦していた

しかしこの艦隊、遠征中の艦隊で、戦えるのは武装を保持しているのは二人だけ

しかもその内の一人たる時雨は、不期遭遇した戦艦タ級エリートの砲撃により、中破してしまった

そしてもう一人、吹雪は健在だが、戦力差が激しい

 

(このままじゃ、長くは持たないね……)

 

時雨は何処か他人事のように、そう思った

援軍要請は出したが、今の自分達の提督が頷くとは思えなかった

だから時雨は、決意した

 

「吹雪! 他の子達を連れて、離脱して!」

 

「そんな!? 時雨ちゃんはどうするの!?」

 

「ボクは、あいつらの足止めをする!」

 

「時雨ちゃん!?」

 

「行って!!」

 

吹雪の呼び声を振りきって、時雨は深海悽艦艦隊に突撃した

 

(これで、白露姉さんや夕立に、会えるかな……)

 

と時雨は、戦死した姉妹達に思いを馳せた

その時だった

 

『頭を下げろ』

 

と声が聞こえて、時雨は反射的に頭を下げた

その直後、一発の光弾が時雨の頭上を通過

その光弾により、一体の重巡リ級が撃沈した

 

「え……な……」

 

その光景が信じられず、時雨は呆然とした

そこに

 

『貴官らを援護する……後退せよ』

 

と先ほどと同じ青年の声が聞こえて、時雨の脇を人型の物が高速で通り過ぎた

 

「な、何が……」

 

「時雨ちゃん、今の内に後退しよ!」

 

時雨が呆然としていると、吹雪が近付いてきて、手を引きながらそう促した

 

「吹雪……」

 

「あの人達は、味方みたい! 今の内に、一緒に下がろ!」

 

吹雪にそう言われて、時雨は周囲に同様の人型が多数居ることに気付いた

それらは、遠征艦隊を中心に円形の陣形を展開して、対空射撃をしている

空母ヲ級フラグシップが射出した艦載機を、片っ端から撃墜しているようだ

その動きから、非常に統率力のある部隊だと分かる

 

「あれらは……一体……」

 

「えっとね……傭兵部隊って、言ってた……傭兵部隊、スピリッツって」

 

「傭兵部隊、スピリッツ……」

 

吹雪の告げた名前を聞いて、時雨は呆然と突撃した人型を見た

その人型は機敏な動きで、次々と深海悽艦艦隊を撃破

単機で、深海悽艦艦隊を殲滅した

 

『敵残存勢力、確認されず……艦長、浮上、どうぞ』

 

ゆっくりと戻ってきた黒い装甲の人型は、冷静にそう告げた

その数秒後、少し離れた場所の海面が盛り上がって、二隻の白亜の巨艦が姿を現した

 

「な!?」

 

「か、海中から!?」

 

時雨と吹雪が驚いていると、艦隊の一人

電が近寄ってきて

 

「吹雪さん、時雨さん、どうするのですか?」

 

と問い掛けた

不期遭遇した後、艦隊は全速力で逃げ続けたために、トラック泊地に到着出きるかは微妙な燃料残量だった

そこに、黒い装甲の人型が近付いてきて

 

『あの艦に乗ってくれ、悪いようにはしない』

 

と告げた

すると、電の姉妹艦たる雷が

 

「この人達、悪い人じゃないと思うわ。信じてみましょう?」

 

と時雨に進言した

それを聞いた旗艦たる時雨は、頷いてから

 

「わかった、貴方達の船にお世話になるね」

 

と言った

それを聞いた黒い装甲の人型は

 

『了承した。俺は、傭兵部隊スピリッツのMS隊が一隊。トライアド中隊隊長。トライアド1のガンダムデルタカイ・フレスベルグだ』

 

と名乗った

 

「僕達は、日本帝国海軍第一トラック泊地所属、第一遠征艦隊。僕は、旗艦の時雨だよ」

 

「私は、副艦の吹雪です!」

 

「遠征艦隊の電なのです!」

 

「同じく、雷よ!」

 

「文月ですー!」

 

「弥生……です」

 

時雨が名乗ると、遠征艦隊全員が名乗った

それを聞いたフレスベルグは、頷いてから

 

『了解した。こちらで、安全を保証する』

 

と言って、時雨をお姫様抱っこで抱え上げた

 

「わっ!?」

 

『その損傷では、痛む筈だ。母艦まで運ぼう』

 

時雨が驚くと、フレスベルグはそう言った

確かに、時雨は大破一歩手前の損傷を負っている

事実、航行能力に支障が出ている

 

『トライアド2、3、6以外も彼女達を運んで差し上げろ。カタパルトまで、高さが有るからな』

 

『了解!』

 

フレスベルグの指示を受けて、他のトライアド中隊の指定されたメンバーが、他の艦娘達を同じように抱え上げた

そして時雨達は、トライアド中隊の母艦たるエウクレイデスに乗艦することになった

 

『衛生妖精、彼女を』

 

「はっ!」

 

フレスベルグが呼ぶと、ストレッチャーを引いた妖精が駆け寄ってきた

 

「妖精が……居るんだ……」

 

戦闘が終わって気が抜けてきたからか、時雨は痛みを堪えながらそう呟いた

そしてフレスベルグは、妖精が引いてきたストレッチャーに、時雨を優しく下ろすと

 

『整備妖精、彼女の装備を外せるか?』

 

と別の妖精に問い掛けた

すると、整備妖精が

 

「少々お待ちを……」

 

と言って、時雨の艤装の点検を始めた

そして、少しすると

 

「外します」

 

と言って、一つずつ近くの台に外した艤装を乗せていった

そして、全部外すと

 

「医務室へ!」

 

と衛生妖精が、引いていった

それを見送った後、フレスベルグは吹雪に視線を向けて

 

『君は、エウクレイデス艦長に会ってもらうが、構わないか?』

 

と問い掛けた

その問い掛けに、吹雪は

 

「はい、構いません! お礼が言いたいので!」

 

と言った

その後、吹雪達の艤装も外してから、艦長室に向かった

 

『エウクレイデス艦長、副艦殿を連れてきました』

 

『入室させて』

 

フレスベルグが報告すると、中から入室させるように促された

それを聞いたフレスベルグは、吹雪に

 

『中へ』

 

と言って、ドアを開けた

そして吹雪は、中に入った

 



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設定

軽くネタバレを含めた設定集です
マブラヴ・オルタネイティヴ・OWの進み具合により、適宜更新予定


アークエンジェル

 

アークエンジェル級一番艦として建造された、万能艦

傭兵部隊スピリッツの旗艦を長年勤め、その活動を終えたと思ったら、異世界にて艦娘となった

実戦経験は豊富で、判断力も高い

攻撃力、機動性、防御力全てがバランス良く整った名艦

 

艦娘としての容姿は、ポニーテールにしたマリュー・ラミアス艦長を想像してください

性格は至って温厚で、普段は音楽鑑賞を好む

好きなことは、音楽鑑賞と海を見ること

嫌いなことは、傷付けることを楽しむ輩や人の尊厳を弄ぶ輩

 

艦載部隊

フェニックス隊、ヴァルキリー隊、リトル隊、ジェミニ隊、レイグ隊

 

 

エウクレイデス

 

ラー・カイラム級をベースに、工厰能力を高めた万能艦

火力は低いものの、工厰能力が非常に高く、機体の修理だけでなく、改造も可能

アークエンジェルと共に、長年スピリッツの活動を支え続けてきた

エウクレイデスが居なければ、スピリッツは活動不可能だったと言える程に重要な存在

 

容姿は、少し身長と胸が大きいSAOのリズベットを想像してください

 

姉さん気質で、妖精達の面倒をよく見ている

甘い物が好きで、特にチョコが好き

好きなことは、機械弄りと甘い物

嫌いなことは、人を傷付けたり物を壊すこと

 

艦載MS隊

トライアド隊、アサルト隊、ブリュンヒルデ隊、グランド隊

 

以下、字稼ぎを兼ねた軽いマブラヴ・オルタネイティヴ・OWのネタバレ含み

 

グランド隊の編成

 

バンシィガンダム・クロス

グランド隊の隊長機

バンシィ・ノルンをベースにした改造機

大気圏内での飛行能力の獲得を中心に、全体的に改造した機体

色は黒から紺色に変更

総合性能は、二割増しになっている

 

アルケーガンダム・アスラ

グランド隊の副隊長機

原型機から、オリジナルGNドライヴに変更

更に、各関節の稼働範囲を増してある

主に格闘戦能力を強化されており、近接戦闘では比類なき戦闘能力を発揮する

 

ケルディム・ライド

グランド隊の三番機

最終決戦仕様ケルディムをベースに、狙撃能力を維持しつつ、近接戦闘能力を強化した機体

具体的には、予備を含めたGNピストルに、ビームサーベル発生基を内蔵

それにより、突き刺したり切ったりすることも可能となった

ライフルにもビームサーベル発生基が追加されており、銃剣術が出来るようになっている

 

アリオス・ライオット

グランド隊の四番機

最終決戦仕様アリオスをベースに、機動性を維持しつつ、打撃力を大幅に強化

GNビームキャノンを追加し、ツインビームライフルを二丁に追加

そのツインビームライフル下部には、TNT火薬式のグレネードランチャーを追加してある

 



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説明

只今、活動報告にて新作アンケートを実施中です
良ければ、御協力ください


「失礼します! 第一トラック泊地遠征艦隊、第一遠征艦隊の副艦の吹雪です!」

 

エウクレイデスの艦長室に入ると、吹雪はそう名乗りながら敬礼した

すると、艦長席に座っていたエウクレイデスが

 

「そんな堅苦しくなくていいわよ。あたしはエウクレイデス。宜しくね」

 

と言いながら、軽く頭を下げた

するとエウクレイデスは、吹雪に

 

「取り敢えず、状況を聞かせてもらえる? さっきは、旗艦の要請で部隊を出したけど、何が起きたのか把握してないのよ」

 

と言った

すると吹雪が

 

「旗艦?」

 

と首を傾げた

その直後、壁面のモニターが点灯し

 

『モニター越しでごめんなさいね。私が、当艦隊の旗艦のアークエンジェルです』

 

とアークエンジェルが名乗った

 

「は、初めまして! 第一トラック泊地遠征艦隊、第一遠征艦隊副艦の吹雪です!」

 

初めて見た設備に、吹雪は緊張しながらも名乗った

どうやら通信らしいが、吹雪が知っている通信は音声のみの代物だ

 

『それでは、状況を知りたいのです。なぜ、ああなっていたのですか?』

 

アークエンジェルからの問い掛けに、吹雪は訥々と語り出した

吹雪達は先日、彼女達の提督

楠田陸道(くすだりくみち)の指示を受けて、資材回収遠征に出された

向かった先は、確かに大量の資材が回収出来る場所だったが、その近くには深海悽艦の大規模拠点があり、見つかれば強力な艦隊が差し向けられるリスクがあった

それを承知で、楠田提督は艦隊を派遣した

何故ならば、楠田提督にとって駆逐艦娘は捨てゴマに過ぎないからだ

だから、深海悽艦艦隊と遭遇した際に救援を要請して幾ら逃げようが、救援が来なかったのだ

そして逃げ続けていた途中で、旗艦だった時雨が被弾し中破

もうダメかと、諦めかけた

そこに、スピリッツが来たようだ

 

(トラック泊地……私の記憶通りなら、WW2時の旧日本軍の拠点……)

 

吹雪の話を聞いたエウクレイデスは、かつての世界での歴史を思い出した

しかし、やはり深海悽艦というのは聞いたことがなかった

 

「深海悽艦とは、なんなんですか?」

 

「それは……」

 

エウクレイデスの問い掛けに、吹雪が説明をしようとした時

 

『エウクレイデス艦長、旗艦殿が面会を求めてます』

 

と廊下に居たらしいフレスベルグから、連絡が来た

それを聞いたエウクレイデスは

 

「許可します」

 

と入室を許可した

すると、ドアが開いてジャージ姿の時雨が入ってきた

 

「時雨ちゃん! 大丈夫なの?」

 

「吹雪。うん、大丈夫だよ。ここの治療技術は凄いね……あっという間に、傷みが引いたよ」

 

心配した吹雪が問い掛けると、杖を突きながら時雨は入室し

 

「治療していただき、感謝します。第一トラック泊地遠征艦隊、第一遠征艦隊旗艦の時雨です」

 

と言いながら、敬礼した

それに返礼しながら

 

「改めまして、エウクレイデスです」

 

とエウクレイデスが名乗り、アークエンジェルはモニター越しで

 

『モニター越しでごめんなさいね。私が、当艦隊の旗艦のアークエンジェルです』

 

と名乗った

そしてアークエンジェルは、時雨に

 

『先程吹雪さんにも問い掛けましたが、深海悽艦とはなんでしょうか?』

 

と問い掛けた

その問い掛けに、時雨はゆっくりと語り始めた

深海悽艦

それは、今から数年前

西暦2008年、ビキニ環礁近海で初めて確認された謎の人類に敵対的な存在

そして初めての犠牲は、その近くを通った海運船だった

海運船は複数の深海悽艦からの砲撃を受けて、沈没

それに対して、アメリカは海軍を派遣

現れた深海悽艦を討伐しようとした

しかし、何故か近代兵器では大した損傷を与えられず、結果派遣されたアメリカ艦隊は、文字通り全滅

その後、国連の名の下に世界各国の海上戦力を、最低限の自衛戦力を残して結集し、一大海戦を挑んだ

だが、結果は惨敗

国連艦隊は、全滅

その後、深海悽艦によりシーレーンはほぼ完全に掌握され、最早打つ手なしと思われた

そこに現れたのが、艦娘だった

艦娘というのは、WW2時に建造された数多の艦艇の名前と魂を受け継いで生まれた存在で、深海悽艦とまともに戦える唯一の存在でもあった

特に日本は数多くの艦娘が現れ、今や国連からの命令で世界各国に拠点を建設し、そこに提督と多くの艦娘を派遣

海上戦力を担っている

 

「それで、貴女達はその内の一つ。トラック泊地の所属……ってわけね」

 

「はい」

 

「その通りだよ」

 

エウクレイデスの言葉に、吹雪と時雨は僅かに顔を歪めながら頷いた

その二人の表情を見て、アークエンジェルは

 

(その提督とやらと、少し話をするべきでしょうね)

 

と思った

その時、エウクレイデスが

 

「ここからトラックとなると……少し時間が掛かるわね」

 

とサブモニターに表示させた海図を見た

スピリッツならば、深海悽艦と互角以上に戦える

しかし、無駄な戦いは避けるべきだろう

それを考えると、迂回路を通ることになり、多少の時間が掛かってしまうのだ

 

「あの……こんなことを頼むのは筋違いかもしれないんですけど……」

 

「その……僕達を……泊地の仲間を、助けてほしいんだ」

 

吹雪と時雨の言葉に、アークエンジェルとエウクレイデスは険しい表情を浮かべた

その頃、第一トラック泊地の提督執務室では

 

「くどいぞ、大淀。たかが駆逐艦を助けるために、主力艦隊は動かせん」

 

「ですがっ!?」

 

と二人の人物が、言い争いをしていた

一人は、日本帝国海軍の提督を示す白い軍服を着た太った男

楠田陸道

そしてもう一人は、長い黒髪に眼鏡を掛けた少女

軽巡洋艦娘の大淀だ

 

「決めたことだ。駆逐艦など、幾らでも替えが効く木っ端のために、主力艦隊の救援など出すか。資材の無駄だ」

 

「しかし……!」

 

提督の言葉に、大淀は尚も食い下がった

しかし、提督は

 

「《命令だ、大淀。救援は一切出さない》いいな」

 

と言って、大淀が置いた救援要請の書類を破いて捨てた

艦娘は、提督の命令に逆らえない

それを知っているからこそ、楠田はそう言ったのだ

 

 

「……承知……しました……」

 

そもそも、今の時点で時間が掛かり過ぎた

最早、生存は絶望的だろう

廊下に出た大淀は、遠征艦隊の編成表を見ながら

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

と涙を流したのだった

 



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依頼

「助けてほしい……とは?」

 

「……第一トラック泊地の提督……つまり僕達の提督は

、僕達のことを捨て駒にしか考えてないんです……」

 

エウクレイデスの問い掛けに、時雨は辛そうに語りだした

時雨と吹雪は一代前の提督の時の艦娘だったが、先代提督が病気で急逝

今の提督に引き継がれた

そこから、地獄が始まった

今代の提督は、先代提督がやっていた艦娘の意思を尊重するやり方を否定

先代提督が育て上げた艦娘を、使い捨てるように轟沈させ続けた

次々と沈んでいく駆逐艦娘

先代からの生き残りの駆逐艦娘は、時雨と吹雪を含めて、最早片手で数える人数しか居ない

戦艦や空母艦娘は生き残っているが、行動は制限されている

寮の部屋から出ることは許されず、最もレベルが高い長門だが、艦艇時代の記憶を刺激され、全く身動き出来ない状態になっている

 

「……あの司令官は……私達を兵器だって……兵器なんだから、死んでこいって……」

 

泣きそうな表情になりながら、吹雪はそう言った

それを聞いたアークエンジェルは

 

『愚かな……』

 

と吐き捨てるように言った

すると、時雨と吹雪の二人をエウクレイデスが抱き締めて

 

「よく、頑張ったわね……偉いわ」

 

と優しく声を掛けて、二人の頭を撫でた

それを聞いた二人は、声を押し殺して涙を流し始めた

それを感じたらしく、エウクレイデスは

 

「子供なんだから、素直に泣いていいの……ね?」

 

と諭した

その後、二人は声を上げながら泣き始めた

そして、二人が落ち着いたのを確認したアークエンジェルが

 

『……私達は、傭兵です……正義の味方ではありません……』

 

と語りだした

傭兵

その言葉の意味を、時雨と吹雪は知っている

依頼者から金を受け取り、依頼を達成するためにあらゆる手段を尽くす

だから自分達は、依頼者には当たらない

自分達は、お願いしているだけだ

 

『けれど……何もしないで後悔するより、何かをやって後悔する方がマシです……何より、私達の理念に反します』

 

スピリッツの理念

助けを求める人が居るならば、助けよう

例え偽善者と蔑まれようが、助けられる命は助ける

それが、スピリッツの理念

 

『進路決定……行きましょう、トラック泊地へ!』

 

アークエンジェルのその言葉で、二隻はトラック泊地に向かうことが決まった

 

「凄い……海中を進めるんだ……」

 

「しかも、海底付近……19さんや8さんでも無理なのに……」

 

艦内の通路を進んでいた時雨と吹雪は、窓から見た景色を見て驚いた

今二隻は、海底付近を潜航している

近くのモニターには、海底3000mと表示されている

その数字は、彼女達の知っている潜水艦娘の潜航限界深度を遥かに越えていた

 

「あ、吹雪さん! 時雨さーん!」

 

と二人と呼ぶ声が聞こえたので、二人は声のした方を見た

その先には、一緒に来た駆逐艦娘達が居たのだが

 

「見て見て! 彼凄い力持ち!」

 

四人に抱き付かれながら、スタスタと歩いているフレスベルグの姿があった

 

『此ぐらいならば、問題ない……前なんか、数メガtの隕石を押し返そうとしたからな』

 

「隕石……」

 

「それって……貴方は、宇宙に居た?」

 

フレスベルグの言葉に、時雨と吹雪は思わず顔を見合わせた

すると、フレスベルグは

 

『ああ、言ってなかったか……俺達は、本来は宇宙での活動を前提としているんだ』

 

と彼女達からしたら、衝撃的なことを告げた

 

「宇宙……話には聞いてるけど……」

 

「本当に、空気が無いのー?」

 

という雷と文月の問い掛けに、フレスベルグは頷いて

 

『宇宙では、空気だけでなく重力も無い……一瞬の油断が死に繋がる……それが、宇宙だ』

 

と答えた

その声音から、吹雪と時雨の二人はフレスベルグがベテランだと気付いた

数多の実戦を越えて生き残ってきた、ベテランだと

 

『話は変わるが、これから彼女達を食堂に案内するが……君達も来るか?』

 

というフレスベルグの言葉を聞いて、時雨と吹雪の二人はお腹が空いていることに気がついた

 

「はい」

 

「行くよ」

 

二人がそう言うと、フレスベルグは頷き

 

『では、着いてきてくれ』

 

と言って、食堂に向かうのだった

 



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返還と予想外の結末

「……第一遠征艦隊がか……」

 

「はい……KIA認定されました……」

 

大淀からの通達を、長門はベッドに横たわったまま聞いていた

その長門の両目は、マスクで覆われている

長門は、片手を上に上げて

 

「こんな体でなければ……提督の命令を無視してでも、助けに行ったものを……っ」

 

と悔しそうに言った

それを聞いた大淀は

 

「……今提督は、新たな駆逐艦娘の健造に行っています……」

 

と言った

それを聞いた長門は

 

「……もう、300人は越えるか……」

 

と呟いた

それを聞いた大淀は、頷き

 

「最近……夢に見るんです……散っていった子達の最後の顔と言葉を……」

 

と声を震わせた

それを聞いた長門は、より強く自身の無力感を感じた

軽巡洋艦娘、大淀

通信機能と指揮能力が高められた艦娘で、艦娘の中でも人一倍記憶力が優れている

だから、覚えているのだ

沈んだ艦娘全員の顔と言葉を

 

「もう、これ以上は……っ」

 

「大淀……」

 

大淀が膝を突いてベッドに額を突いたのを感じた長門は、大淀の頭に優しく手を乗せた

それが、今の彼女に出来る精一杯のことだと思ったからだ

その時、甲高い警報が鳴り響いた

それが意味するのは、緊急事態

 

『緊急警報発令! 緊急警報発令! 近海に所属不明勢力を確認! 戦闘可能な艦娘は至急展開せよっ!』

 

と放送で、提督の指示が下された

その直後、廊下でバタバタと足音が響き渡る

近くに居た艦娘達が、走っているようだ

大淀はまだ艤装が無いために、戦闘参加は出来ない

だから、大淀は

 

「私は、指揮管制室に行きます……」

 

「ああ……」

 

この医務室は、もう少ししたら地下に収容されるだろう

そうなる前に、医務室から大淀は出た

大淀が居なくなったことを感じた長門は、揺れを感じながら

 

「私は……無力だ……っ」

 

とベッドを叩いた

この鎮守府で最高戦力なのは、間違いなく長門である

噂でしか聞いたことない改二どころか、大和型は居ない

だというのに、出撃出来ないことが悔しかった

場所は変わり、指揮管制室

指揮管制室は地下にあり、その特性的に安全性が高い場所だった

すでにそこには、提督の姿がある

提督は大淀に

 

「早く敵を特定しろ! この役立たず!」

 

と怒声を飛ばした

大淀はそれを聞き流しながら、素早くコンソールを叩いていた

 

「なにこの反応……推定サイズが、優に300mを越えてる……つっ! 所属不明艦二隻、急速浮上! 海面に出ます!!」

 

大淀はそう言いながら、檀上の椅子に座っていた提督に視線を見た

再び場所は変わり、鎮守府近海

そこに、艦娘達は展開していた

 

「ソナーに感アリ! 正面に浮上してきます!」

 

と言ったのは、軽巡洋艦娘の由良だ

彼女は対潜能力が高いので、鎮守府で待機していたのだ

そんな彼女の目元には、隈がある

面倒見のいい彼女が、駆逐艦の死に何も感じない訳がなかった

 

「了解したわ……全艦、攻撃態勢!」

 

と指示を下したのは、長門の妹たる陸奥だ

以前は優しい笑みを浮かべる女性だったが、最近は険しい表情になっている

彼女は、姉の長門を人質に取られていて、駆逐艦娘を見殺しにすることしか出来ないことを恥じていた

そんな彼女率いる艦隊の前の海面が、大きく盛り上がった

そして海中から、白亜の巨艦が二隻出てきた

 

「白い……艦……」

 

「綺麗……」

 

展開していた他の艦娘達は、その二隻を呆然と見ていた

その時、一隻から次々と何かが射出された

それを見た陸奥は

 

「対空戦闘、用意!!」

 

と指示を下しながら、レーダーからの情報に驚いた

 

「この速度は……!?」

 

レーダーからの情報を信じるならば、相手は空母艦娘が主力として使う零戦21型を越える速度で動いている

 

「照準が、追い付かない!?」

 

陸奥は驚きながらも、予想照準をしようとした

その時

 

「待ってください、陸奥さん!」

 

と一人の重巡洋艦娘

古鷹が止めた

 

「古鷹?」

 

「あの先頭の人型……時雨ちゃんを抱き抱えてませんか?」

 

古鷹は目が良く、先頭を飛んでいた人型

フレスベルグが、時雨を抱き抱えていることに気付いたのだ

そしてフレスベルグは、ある程度近付くと

 

『そちらの艦娘……時雨殿を含めた艦娘達を、返還する』

 

と言って、抱き抱えていた時雨をゆっくりと海面に立たせた

すると時雨は

 

「陸奥さん、古鷹さん! 第一遠征艦隊は、無事だよ!」

 

と手を振った

 

「し、時雨なの……本当に?」

 

まさか生きてるとは思っていなかった陸奥は、呆然と呟いた

すると、時雨の隣に吹雪が近寄り

 

「はい! 私達は生きてます! 全員無事です!」

 

と言った

すると、古鷹はそんな二人に近寄り

 

「無事で、良かった……本当に、良かった……」

 

と抱き締めた

そして、フレスベルグを見て

 

「貴方達が、助けてくれたんですか?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、フレスベルグは

 

『そうなるが、判断を下したのは我等の旗艦だ』

 

と返答した

その時だった

 

『なにをしている、貴様らは!! なぜ敵を撃たない!』

 

と怒鳴り声が聞こえた

全員が視線を向けてみれば、肩で呼吸している提督の姿があった

どうやら、指揮管制室から走ってきたようだ

 

「しかし提督! 彼等は第一遠征艦隊を助けて……」

 

『第一遠征艦隊は全員轟沈している! 生きているわけがない! つまり、そいつらは偽物だ! 深海棲艦が化けているんだ! その人型も、艦載機だ! 撃滅しろ! これは、《命令》だ!』

 

古鷹が最後まで言うまえに、提督はメガホンを使ってそう命令した

その直後

 

「い、嫌……だ……ダメっ」

 

陸奥の背後に居た空母艦娘

翔鶴が、腕を震わせながら弓を構え始めた

艦娘は、提督の命令には逆らえない

だが彼女達は、精神力を総動員して抗っていた

しかし、攻撃するのも時間の問題だろう

だが

 

『……すまんな』

 

フレスベルグがそう言った直後、フレスベルグの装甲が開き、緑色の光が溢れた

そしてフレスベルグは、無造作に腕を振るった

すると、陸奥を含めた艦娘達の艤装が、分解された

 

「な、なにが……!?」

 

時雨達が驚いていると、フレスベルグが

 

『戦闘力を奪っただけだ……』

 

と言って、提督の方を見た

だが、提督の姿は無い

どうやら、逃げたようだ

 

『……バカめ……俺達だけの訳がないだろ』

 

その時提督は、地下最下層のシェルターに向かっていた

そこならば、通路を封鎖してしまえば最も安全だからだ

 

「なんなんだ、あいつらは! だが、ここまで来れば!」

 

と提督は、シェルターのドアのパスワードを解除

中に入り、ドアを閉めた

そうしてシェルターの奥に向かおうと、背を向けた

その直後、背後に異様な熱を感じて振り向いた

 

「なっ!?」

 

そして提督が見たのは、赤熱化したドアだった

赤熱化したドアは、ドロドロに溶けて目前に一機の黒と金が特徴の人型が居た

 

「き、貴様は何者だ!?」

 

提督は混乱しながらも、拳銃を抜きながら問い掛けた

すると、その人型

AGF天ミナは

 

『そう言われて、名乗ると思うかしら?』

 

と言いながら、ビームサーベルを出力した

 

「このっ!!」

 

その言葉に、提督は怒りながら拳銃を発砲した

だが、たかが拳銃でMSの装甲を傷付けることなど出来ず、空しい金属音を響かせるのみ

そして、跳弾した弾が、提督の足を貫通した

 

「があぁぁぁぁぁぁ!?」

 

『アララ、おバカさんね。この距離で撃って跳弾したら、自分に当たるに決まってるじゃない』

 

倒れた提督を見て、天ミナは呆れた声音でそう言った

そして、ビームサーベルを突き刺そうとした

その時だった

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

と新たな声

天ミナが振り向くと、緑色の軍服に憲兵という腕章を着けた軍人が居た

すると提督は

 

「け、憲兵! 私を助けろ! こいつを、なんとかしろ!」

 

と痛みに悶えながらも、憲兵に命令した

しかし、憲兵は

 

「……気付いていないのか」

 

と呆れていた

 

「な、なに……?」

 

憲兵の言葉に、提督は思わず声を漏らした

その時、憲兵の腕章にあるマークが刺繍されていることに気付いた

そのマークを見て、提督は目を見開き

 

「ま、まさか!? 大本営の特務憲兵隊!?」

 

「そうだ……第三パラオ泊地提督……貴様には、艦娘運用第五項と第七項違反、並びに資材の横領……その他含め、貴様を逮捕する。貴様が買収した憲兵達も、既に我々が拘束した……諦めろ」

 

その憲兵がそう言うと、天ミナは通路を譲った

その直後、その憲兵の背後から数人の憲兵が現れて提督を拘束した

 

「くそっ! 放せ! あいつらは兵器だ! だったら、使い潰すのが筋だろ! 放せ、放せぇぇぇ!!」

 

提督は暴れるが、憲兵は無視して引き摺っていった

そして最初に現れた憲兵は、天ミナに

 

「……一応、君達にも話が聞きたい……いいかな?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、天ミナは

 

『その判断は、私達の旗艦……アークエンジェル艦長が下すわ……』

 

と言って、通路を歩き出した

憲兵はその後を、静かに追ったのだった



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兵器の定義

「大本営の特務憲兵隊……」

 

「なんで、ここに……」

 

提督を含めた大多数の要員を連行している特務憲兵を見て、第三パラオの艦娘達は困惑した様子で話していた

すると、降りてきたアークエンジェルが

 

「私達が、あの提督達に関する情報を流させてもらいました」

 

と言った

それを聞いて、鋭い視線を向けながら陸奥が

 

「貴女は? 艦娘みたいだけど……?」

 

と問い掛けた

そこに、時雨と吹雪が現れて

 

「待って、陸奥! 彼女達は敵じゃない!」

 

「スピリッツの皆さんは、私達の依頼を遂行してくれたんです!」

 

と言った

 

「スピリッツ?」

 

吹雪の告げた名前に、陸奥は首を傾げた

スピリッツという名前に、聞き覚えがなかったからだ

 

「平たく言えば、傭兵です……依頼を受けて、その依頼を完遂するためにあらゆる手段を行使します」

 

アークエンジェルがそう言うと、陸奥は

 

「つまり、時雨と吹雪が依頼をした……と?」

 

と問い掛けた

それに対して、アークエンジェルは

 

「正確には、お願いでしたが……私達はそれを受理し、あらゆる手段を持って、あの提督の排除に動きました」

 

と答えた

そこに

 

『終わったわよ。旗艦』

 

とAGF天ミナが、不意に姿を現した

それに、近くに来た駆逐艦娘の一人

初月が

 

「そんな……今、レーダーに反応が一切無かったのに……」

 

と驚いた表情を浮かべていた

それを聞いたAGF天ミナが

 

『私には、あらゆるレーダーと光学的に見えなくなる特殊装備があるのよ』

 

と答えた

ミラージュ・コロイド

ジェネレーションワールドで生まれた、極めて高いレベルのステルス装備だ

これを見つけるのは、至難の技だろう

 

「……それだけじゃなく、あの黒いの……」

 

「フレスベルグですか?」

 

陸奥が視線を向けた先では、フレスベルグが小さい艦娘

駆逐艦娘や海防艦娘達に群がられていた

それの対処が、いやに様になっている

 

「そう……彼の発した光で、私達の艤装が動かなくなった……明石の話じゃあ、機関が完全に分解されていたらしいけど……あれも、そう言った特殊装備なのかしら?」

 

「まあ、副次効果ですがね……」

 

陸奥の問い掛けに、アークエンジェルはぼかしながら答えた

機密を喋る訳にはいかないから

そこに

 

「ねえねえ、この装備って外せるの?」

 

と金髪の駆逐艦娘

皐月が、フレスベルグに問い掛けていた

その問い掛けに、フレスベルグは

 

『……楯やライフルは外せるが……』

 

と答えた

それを聞いた皐月は

 

「持たせて!!」

 

と目を輝かせた

それを聞いたフレスベルグは、頭をアークエンジェルの方に向けた

どうやら、判断を仰いでいるようだ

アークエンジェルが頷くと

 

『……重いぞ、気を付けろ』

 

と言って、ライフル

ビームマグナムを差し出した

それを受け取った皐月は

 

「お、おお……本当に、重い……」

 

となんとか、両手で持ち上げた

それを見たフレスベルグが

 

『……力持ちだな』

 

と少し驚いていた

それに対して皐月は

 

「まあ……ボク達は、兵器だからね……力は、かなり有るよ……」

 

と表情を俯かせた

それを聞いたフレスベルグは、周囲を軽く見た

皐月だけでなく、近くに居た駆逐艦娘や海防艦娘は、落ち込んでいた

恐らく、提督からそういった扱いをされてきたからだろう

そんな皐月の前で、フレスベルグは膝を突き

 

『……君たちは、兵器ではない……兵器というのは、俺達のことだ……』

 

と言いながら、皐月の頭をその機械の手で優しく撫で始めた

機械で体温など無い筈なのに、皐月には温かく感じた

 

「……え?」

 

『兵器というのは、戦う為だけに作り出される存在だ……俺達MSのように、戦うことしか出来ない存在……それこそが、兵器だ……』

 

皐月が驚いていると、フレスベルグがそう言った

ふと気付けば、周囲の多くの艦娘達がフレスベルグを見ている

 

『……君たちには、感情がある……今みたいに悲しくなれば、怒り、笑い、楽しむことが出来る……それが、兵器ではなく、君たちが生きている証拠だ……』

 

「フレスベルグさん……」

 

フレスベルグの言葉を聞いて、何人かは泣きそうになっている

そんな彼女達を、フレスベルグは優しく抱き寄せて

 

『今まで、よく頑張ってきた……泣いていい……』

 

と優しく頭を撫でた

その直後、その艦娘達は泣き始めた

今まで溜まっていた感情が、爆発したようだ

それを見た陸奥が

 

「彼、優しいのね……」

 

と呟いた

それを聞いたエウクレイデスが

 

「かつてのパイロットの思いを、受け継いだのね……」

 

と言った

それから少しして、一人の駆逐艦娘が

 

「情けないところを……見せました……」

 

と頭を下げた

 

『構わない……というより、すまんな。俺のような兵器が相手で……』

 

その駆逐艦娘

陽炎型駆逐艦娘、不知火に、フレスベルグは頭を下げた

すると、不知火は

 

「いえ……貴方で良かったと思います……名乗り遅れましたが、私は陽炎型二番艦の不知火です。よろしくお願いします」

 

と言って、右手を差し出した

それに対して、フレスベルグは

 

『改めて、ガンダムデルタカイ・フレスベルグだ。フレスベルグとでも呼んでくれ』

 

と握手に応じた

そしてフレスベルグは

 

『陽炎型か……データでは、全部で19隻存在した甲型駆逐艦……つまり、姉妹は19人のはすだが……こちらが認識した限り、6人……か? しか居ないが……』

 

と周囲を見回した

フレスベルグが認識したのは、不知火、雪風、時津風、天津風、浜風、浦風だけだ

すると、不知火は

 

「……以前までは、陽炎と黒潮も居ましたが……陽炎は轟沈……黒潮は、提督からの暴行で、重傷のまま放置されています……」

 

と声を震わせながら言った

それを聞いたフレスベルグは

 

『すまない……辛いことを聞いた……』

 

と謝罪

そして、エウクレイデスに視線を向け

 

『エウクレイデス艦長』

 

と呼んだ

 

「はいよ。行きますか」

 

フレスベルグの意図を察したエウクレイデスは、不知火に歩み寄り

 

「不知火ちゃん、だったわね? 案内してくれる?」

 

と問い掛けた

すると、不知火は

 

「し、しかし……」

 

と躊躇った

するとエウクレイデスは、人好きのする笑みを浮かべ

 

「大丈夫! 私に任せなさいな!」

 

と胸元を叩いた

そして、周囲の他の艦娘達に

 

「他に重傷を負った姉妹や仲間が居るなら、私に教えて! 絶対に、治すわ!!」

 

と力強く言った

それを聞いた周囲の艦娘達は、顔を見合わせてから

 

「私の姉の名取姉さんが……」

 

「ボクは妹の村雨が……」

 

と続々と集まってきた

それを聞いたエウクレイデスは

 

「全員、任せなさい! 必ず治すわ!」

 

と言って、右手を高々と上げた

 



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エウクレイデス

「……あの提督、本気で殴ってやりたいわね……」

 

と怒りを滲ませた声を漏らしたのは、エウクレイデスだ

そんな彼女の前には、数多の重傷艦娘達が乗せられたストレッチャーがある

どれも酷い傷を長期間放置されたために、酷い有り様になっている

一番近い艦娘

陽炎型の黒潮は、頭の半分を包帯で覆い、先に見た腕は紫色になって異臭を放っていた

不知火曰く、本当は朗らかな性格の優しい妹だとのこと

そんな黒潮のような重傷を負った艦娘が、優に20以上

その人数と傷に、エウクレイデスは特務憲兵達に連行された元提督に、殺意を向けた

そこに

 

「彼女で、最後よ」

 

と陸奥が、車椅子で長門を連れてきた

 

「……見た感じだと、目だけかしら?」

 

「ええ……」

 

エウクレイデスの問い掛けに、陸奥は辛そうに俯いた

すると、車椅子に乗っていた艦娘

長門は

 

「陸奥から話を聞いている……私は、長門だ……」

 

「初めまして、エウクレイデスよ」

 

長門が右手を差し出すと、エウクレイデスは握手に応じた

そして、小声で

 

「……単純な怪我じゃなさそうだけど……原因は?」

 

と陸奥に問い掛けた

その問い掛けに、陸奥は

 

「……強い光を当てられて、トラウマを刺激されて、目が見えなくなったの……」

 

と辛そうに答えた

それを聞いて、エウクレイデスは

 

「強い光……つっ……クロスロード作戦っ」

 

と長門の失明の原因に行き着いた

クロスロード作戦

それは、第二次世界大戦後に敗戦国たる日本から、アメリカは多数の艦艇を賠償艦として接収し、新型爆弾たる核爆弾の標的にしたのだ

記録によれば、長門は核の爆心地に居たというのに二発の核の直撃に耐えたという

その後、長門は燃えながら沈んでいったとされている

恐らく、その記憶を刺激されたのだろう

 

「となると、心因性……かなり厄介ね」

 

直接的な傷が原因ならば、その治療をすれば治せる

しかし、心因性となれば本人の気力と周りの人達の根気が重要になる

 

「……悪いけど、貴女の治療は後回しになるわよ?」

 

「構わん……駆逐艦や軽巡洋艦娘達を優先的に治してくれ……私は……ずっと……見送ることしか出来なかった……!」

 

エウクレイデスの言葉に、長門は頭を下げながら悔しそうに、アームレイカーを握った

戦艦長門

第二次世界大戦を最後まで生き残った戦艦で、ビッグセブンと呼ばれた戦艦の一隻になる

それ故に、幾多の仲間達が沈むのを見送ってきた

妹の陸奥や、数多くの駆逐艦、巡洋艦、空母を

それも、トラウマだった

見送ることしか(・・・・・・・)出来なかったから(・・・・・・・・)

 

(重症ね……一種の戦争神経症(シェルショック)かしら……)

 

戦争神経症

戦争や戦闘を経験した人物がなる精神病で、トラウマの一種だ

こうなると、戦線復帰は絶望的にすらなってしまう

 

「とりあえず、部屋を割り当てるわ……バーストフリーダム!」

 

『はっ』

 

エウクレイデスが呼ぶと、赤黒白の色合いが特徴の機体

バーストストライクフリーダムが、近寄ってきた

 

「彼女達を、士官室に連れてってあげて」

 

『了解』

 

エウクレイデスの指示を受けたバーストストライクフリーダムは、長門の車椅子を押していた陸奥の案内を始めた

それを見送ったエウクレイデスは

 

「さてと……全員治しますか!」

 

と気合いの声を上げた

そして、地下ハンガー区画

そこにエウクレイデスは、妖精達と一緒に重傷艦娘達を運び入れた

そこは本来だったら、MSの改修をする場所である

しかし今は、数多くのベッドが並んでいる

そしてエウクレイデスは、そのベッドの周囲に数人ずつ妖精を配置

エウクレイデス自身は、一段高い壇上に立って、頭に目元まで覆うマスク

そして両手の指には、指環を着けている

しかしその指環から、10近くのコードが繋がっている

 

「さあ……始めるわ……」

 

エウクレイデスはそう言って、両手を優雅に動かし始めた

すると、天井から数十本のアームが伸びてきて、先端から様々な手術器具を露出させた

それが、今のエウクレイデスの機能

以前はMSの改修機能だったが、今は数多の艦娘達を一斉に治療出来るという機能になっていた

 

「待ってなさい……必ず、治すからね……」

 

エウクレイデスはそう言いながら、治療を続けた

これから、数時間に渡る手術の始まりだった



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会談

エウクレイデスが手術をしている時、泊地のある一室では、アークエンジェル、特務憲兵隊隊長、大淀と加賀がある一室に集まっていた。

 

「私に話とは、なんですか?」

 

とアークエンジェルが問い掛けると、特務憲兵隊隊長は

 

「もう少し待ってほしい……」

 

と言いながら、パソコンを何やら調整していた。

すると、そのパソコンの画面に映像が映り

 

『もう大丈夫かね?』

 

と男性の声が聞こえた。

 

「は、お待たせしました。元帥」

 

特務憲兵はそう言って、パソコンの前から退いた。

するとそのパソコンの画面には、一人の白髪に白い髭が特徴の男性が映っていた。その男性は、先に捕まった元提督と同じ白い軍服を着ているが、襟に着いている階級章を見た加賀と大淀が

 

「つっ!?」

 

「元帥閣下!?」

 

と驚きの声を上げた。その男性こそが、帝国海軍元帥の神林十蔵(かんばやしじゅうぞう)だった。

その神林元帥を見て、アークエンジェルは

 

「初めまして、元帥さん。私は、傭兵部隊スピリッツ旗艦のアークエンジェルです」

 

と名乗った。

すると、神林元帥も

 

『初めまして、アークエンジェル殿。私が、帝国海軍元帥の神林十蔵だ』

 

と名乗った。

この時、加賀と大淀は立ち上がって敬礼しており、それが見えていたらしい元帥は返礼しながら

 

『楽にしてくれて構わん……君達には、辛い思いをさせてしまった……我々に非があり、君達には非難する権利がある』

 

と言いながら、頭を下げた。それを見た二人は、困惑した様子で

 

「お辞めください!」

 

「悪いのは、捕まったあの提督です!」

 

と静止の声を上げた。

しかし、元帥は

 

『そう言ってもらって嬉しいが、まさかあの提督が主義者とは思わなかった……』

 

と俯いた。

主義者

正式名称は、人間主義者である。

そして人間主義者というのは、深海悽艦と戦う艦娘を化物と蔑み、捨て駒にしたり何らかの薬物の実験台にしたりするのを躊躇わない国際的テロリスト集団で、国連の名の下、国際指名手配されている集団だ。

 

『本当に、申し訳なかった……』

 

と元帥は、再び深々と頭を下げた。

そして、アークエンジェルを見て

 

『今回は、あ奴の逮捕に協力して頂き感謝する。それに、重傷を負った艦娘の治療までしてもらって……ありがとう』

 

と頭を下げた。

すると、アークエンジェルは

 

「私達は、依頼を受けて、完遂したまでです……」

 

と首を振った。

それを聞いた神林元帥は

 

『そういえば、傭兵部隊スピリッツと言っていたね……今まで一度も聞いたことない名前だが……』

 

と目を細めた。

それに、アークエンジェルは

 

「それも当然かと……我々は、異世界での傭兵です」

 

と告げ、それを聞いた一同は驚愕で目を見開いた。

 

「その証拠として、我々の艦を見たこと有りますか? 潜行能力を持つ戦艦を」

 

アークエンジェルのその問い掛けに、全員が首を振った。誰も、あのサイズで潜行する戦艦を見たことなど無かった。

 

「そして何より、私達の艦載機たるMS……人型機動兵器……そのような兵器を、知っていますか?」

 

アークエンジェルの再びの問い掛けに、全員は沈黙するしかなかった。

今も廊下に待機しているが、約2mサイズの人型機動兵器など、初めて見たからに他ならない。

 

「私達の世界では、MSを使った戦争が起きました……私達はその戦争を終わらせるために、様々な勢力の依頼を受けて、あらゆる手段を尽くして、果たしました……」

 

アークエンジェルのその声音に、一同はどのような戦場を駆け抜けたのか想像するしかなかった。

 

『しかしその戦争は、どのような規模だったのかね?』

 

「……地球圏全体です……下手すれば、地球が滅びかねない戦争も多々有りました……」

 

元帥の問い掛けに、アークエンジェルは俯きながら教えた。

この時アークエンジェルの脳裏には、地獄と呼べた戦場が思い出されていた。

コロニー落とし、コロニーレーザー、核ミサイル、中性子ミサイル、ガンマ線レーザー。そういった大量破壊兵器が数多く投入され、それらによる凶行を防いだり、無辜の民を救ったりしてきた。

 

『……君の雰囲気が、嘘ではない証だな……人の業も、見ただろうに……』

 

元帥のその言葉に、アークエンジェルは思わず頷いた。

確かに、幾多もの人の業を見てきたからだ。

 

『繰り返しになるが、今回は情報提供も含めて感謝する……礼になるか分からぬが、暫くの間は泊地に居てくれて構わない……ゆっくり休んでくれ』

 

「はい、ありがとうございます」

 

それを最後に、今回の会談は終わったのだった。



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感謝と新たな提督

キャラの使い回し?
仕方ないやん、楽なんやし(こら)


「……っつ……はあぁぁぁ……終わったぁ……!」

 

とエウクレイデスが両手を上げた直後、手伝っていた妖精達も諸手を上げた。

手術開始から、約数時間。ようやく、怪我を負っていた艦娘達の手術が終わったのである。

 

「さて、後は全員を上げるわよ!」

 

「はい!」

 

エウクレイデスの言葉に妖精達は頷き、艦娘達を一人ずつストレッチャーに移し、エレベーターで上げていく。

そうして、エウクレイデスが最後の一人、黒潮と上がって見たのは、待っていたらしい艦娘達の嬉し泣きの顔だった。

その艦娘達は、手術が終わって戻ってきた艦娘達を見て、嬉しそうに駆け寄っていく。

そんな中、一人の艦娘。不知火が

 

「エウクレイデスさん、ありがとうございます……! もう、半ばまで諦めていました……! 本当に、ありがとうございます……!」

 

と涙を流しながら、頭を下げた。

それに続くように、他の艦娘達も頭を下げた。

それを見たエウクレイデスは、恥ずかしそうに頬を掻きながら

 

「いいわよ、私がやりたいようにしただけなんだし」

 

と言って、帰っていく艦娘達を見送った。手術したばかりの艦娘達は、完治するまで数日間を要するだろうが、問題ないだろう。

そう判断し、エウクレイデスは自室に向かおうとした。

その時、一人の艦娘が新たに近づいてきたことに気付いた。

額に巻いた鉢巻きに、長いピンク色の髪が特徴の艦娘だ。その艦娘は、エウクレイデスに近寄ると

 

「今回は、怪我した子達の治療……ありがとうございます……私は、工作艦娘の明石と言います」

 

と名乗りながら、頭を下げた。

工作艦、明石。

第二次世界大戦時に、長い間帝国海軍を支えた補助艦艇だ。直接的な戦闘ではなく、艦艇の修理に特化していて、連合軍では優先撃沈対象に指定されていた。

 

「私は、私に出来ることをやっただけよ」

 

エウクレイデスがそう言うと、明石は俯きながら

 

「本当なら、私があの子達を治さないといけないのに……禁止されて、艤装は没収されて、何処かに隠されて……」

 

と言葉を漏らした。どうやら、無力感を感じているようだ。

そんな明石の頭に、エウクレイデスは手を置いて

 

「話しは聞いてるわ……あんただって、辛かったでしょう……むしろ、あんたは自分に出来ることをやった……そうでしょう……?」

 

と問い掛けた。

 

「それは……はい……出来る限りの修理をして、見送りました……」

 

「だったら、誰もあんたのことを恨んだり怒ったりしたいわよ……胸を張りなさい」

 

明石の言葉を聞いて、エウクレイデスはそう言って明石の背中を軽く叩いた。

その後、エウクレイデスは明石に治療した艦娘達の術後観察を任せ、部屋で休むことにした。

そして、数日後。

 

「いい? 外しますよ?」

 

明石はそう問い掛けると、黒潮の頭に巻いてあった包帯をゆっくりと外した。

それを感じ取ったのか、黒潮はゆっくりと両目を開いた。

 

「あ……」

 

「どう?」

 

明石が問い掛けると、黒潮はゆっくりと周囲を見回してから、自分の体を見て

 

「見える……見えます……!」

 

とその両目から、涙を流した。

その直後、ベッド脇に立っていた不知火は、感極まった様子で黒潮を抱き締め、周囲に居た姉妹艦達は喜んだ。

エウクレイデスが治療した、延べ35名は、全員治った。

 

「明石はん……うち……もう二度と……治らんかと……!」

 

「ごめんね……何も出来なくって……感謝の言葉は、あの傭兵部隊に言って……」

 

黒潮に謝ると、明石は窓から外を見た。

その視線の先では、二隻の白亜の巨艦が静かに佇んでいる。

その二隻の周囲には、数十人の艦娘達が集まっている。

スピリッツのことは、既に周知されている。異世界からの傭兵とあって、やはり珍しいようだ。

そんな時、アークエンジェルの前足が彷彿させる部分が開き、中から赤い装甲の人型機が出てきて

 

『こちらに接近してくる輸送船を確認した……そちらのデータベースでは、おおすみ型というタイプのようだが……』

 

と言って、ある方向を見た。

確かに、一隻の大型輸送船がゆっくりと近づいてきていた。

多目的輸送船、おおすみ型の一隻だ。側面の番号から、大本営所属の二番艦のようだ。

その輸送船はゆっくりと港に停泊すると、階段を下ろした。

すると、その背後に一人の艦娘を従えた白い軍服を着た人物が降りてきて

 

「初めまして……今日付けでこちらの提督になります、榊原祐輔と言います……すいませんが、何方か案内をお願いしても?」

 

と声を上げた。



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新たな提督

「貴方が……新しい提督?」

 

と問い掛けたのは、偶々港に来てアークエンジェルを見ていた長良型一番艦娘の長良である。

本来は元気溌剌で活発な娘なのだが、以前の提督のせいでその印象が無くなっている。

 

「はい。本日付でこちらに転属となります、榊原祐輔少将です」

 

祐輔はそう言いながら、軽く頭を下げた。

その直後、周囲に居た艦娘達は驚いていた。

まさか、少将が転属になるとは思っていなかったのだ。

 

「あ、一応前に受け持っていたのは、横須賀鎮守府です」

 

「横須賀!?」

 

祐輔の告げた鎮守府の名前を聞いて、更に驚愕の声、上がった。

日本国内三大鎮守府。それが、呉、佐世保、そして横須賀である。

祐輔はその内の一つの、横須賀鎮守府にて少将だった。

それはつまり、祐輔は日本国内に於いては高い戦力を有していた筈である。

その時、輸送船から次々と艦娘達が降りてきたのだが、改二艦娘達が何人も居る。

 

「か、改二だ……」

 

「初めて見た……」

 

改二艦娘達を見て、パラオの艦娘達は驚いていた。

噂でしか聞いたことのなかった改二艦娘が、ゾロゾロと降りてきたからだ。

 

「それで、案内は……」

 

「お待たせしました!」

 

祐輔が周囲をみまわしていた時、執務室のある建物から、大淀が走ってきていた。

そして、荒くなっていた呼吸を整えると

 

「榊原祐輔少将! これより、ご案内いたします!」

 

と敬礼してきた。それに対して、祐輔は

 

「ああ、そう固くならないでください。僕、まだ若手の提督ですから」

 

と告げた。

すると、遅れてやってきた加賀が

 

「確かに、貴方は若そうだけど……幾つ?」

 

と問い掛けた。その問い掛けに対して

 

「あー……今年で20になりますね」

 

と返した。

それを聞いて、加賀は固まった。つまり祐輔は、まだ19歳ということになる。

19時で少将というのは、破格の階級だ。

 

 

「それでは、これより執務室にご案内を……」

 

「ああ、いえ……僕が案内してほしいのは施設や皆さんの寮のほうです」

 

「……へ?」

 

祐輔の言葉が予想外だったために、大淀は間抜けな声を漏らした。

そして、十数分後。

 

「話には聞いてましたが……予想以上に酷いですね……食堂で出されるのは、レーションのみ……寮はまるで、牢屋……」

 

艦娘寮を見た祐輔は、溜め息混じりにそう呟いた。

そして、壁に手を触れて

 

「この壁も……よく見れば、強化コンクリート……窓も少し強く叩けば」

 

と言いながら、窓を強く叩いた。その直後、シャッターが轟音と共に閉じられた。

 

「……電気が流されてるシャッターが降りる仕組み……まったく、無駄なことに金と資材を使ったな、前の提督は……」

 

そのシャッターを見て、祐輔はまるで吐き捨てるように前の提督を酷評した。

それら確認し終わった祐輔は、大淀に

 

「それでは、講堂に行きましょう。全艦娘を呼んでください」

 

と告げて、移動を始めた。

そうして、暫くして

 

「ねえ、確か台、なかった?」

 

「有った……高そうなの……」

 

講堂に集まった艦娘達の中で、数人が小声でそう話していた。

すると、その間を通った祐輔が

 

「今しがた、捨ててきました。邪魔でしたので」

 

と言いながら、帽子を直した。

いきなり現れた祐輔に、喋っていた艦娘達は固まるが、祐輔はそのまま壇上に上がった。

そうして、講堂に集まった数十名の艦娘達を見渡して

 

「皆さん、初めまして。僕は今日付けで転属してきました、榊原祐輔少将です。元帥の指示により、この泊地の建て直しを行います」

 

と宣言した。

だが、信じているのは一握りの艦娘のみで、殆どの艦娘は怒りの感情が籠った目で祐輔を睨んでいる。

それに気づいているからか、祐輔は帽子を取り

 

「そうは言っても、信じてはくれないでしょう……ですから」

 

その場で正座。

そして

 

「たいへん、申し訳ありませんでした」

 

と深々と頭を下げた。

つまり、土下座をしたのである。

それを見て、殆どの艦娘は目を見開いた。まさか、提督が土下座するとは思っていなかったようだ。

 

「今回の事は、大本営の不始末……引いては、僕達海軍本部の選定規準の甘さが招いた事……この程度で許されるとは、到底思っていません……ですが、今一度……後一度だけ、僕達を信じてくださいませんか……もし、一度でも信じられないというのであれば、殺されるのも仕方ないこと……彼女達には、決して手出しはさせません……」

 

祐輔がそう言うと、壇上の前に立っていた祐輔が連れてきた艦娘達は、直立不動で俯いた。

数多居る改二艦娘、それは幾度の実戦を乗り越え、艦娘達と絆を育んだ証拠。

 

「……今はまだ信頼した訳ではないけれど……その改二の娘達に免じて、信用はするわ……横須賀の守護神さん」

 

誰もが沈黙していた中で、一歩前に出た陸奥がそう告げた。

 

「陸奥さん……お姉さんは、あの艦ですか?」

 

頭を上げた祐輔は、陸奥にそう問い掛けた。

その問い掛けに、陸奥は無言で頷いた。

それを見た祐輔は

 

「……長門さんのことに関しては、元帥より聞いています……艦娘長門という存在に関しましては、個体差はあれど強い光に過敏な娘は多数居ます……僕の艦隊の長門さんも、そうです」

 

と告げた。

すると、一人の祐輔艦隊の艦娘が前に出た。その強い意志を湛えた目に武人を思わせる雰囲気は、間違いなく長門、それも改二だった。

 

「……私がこんなことを言っても、信じてもらてないかもしれんが……祐輔を信じてやってはくれんか……祐輔は、そんじょそこらの提督とは違う……一度は光によって目が見えなくなった私に、根気よく付き合ってくれた……」

 

と長門は、語り始めた。

 

「それに私は……リビングデッドらしい……」

 

「リビングデッド……!?」

 

長門の告げた言葉を聞いて、大淀は驚いていた。

リビングデッド、分かりやすく言えば動く死体だろうか?

実を言えば、過去から同じような個体が何人も現れていた。

ビッグセブンの一隻だった戦艦長門の記憶を強く継承し、クロスロード作戦による影響なのか、戦いに固執する。

 

「私は、なんの為に現代(ここ)に居る……なんの為に戦場(地獄)に居る……ビッグセブン? 連合艦隊旗艦? そんな称号に興味はない……私はただ、己に出来ることを……私の武力により国民を守るために、戦場に居る!! あの悲劇を繰り返させないために!」

 

その気高さに、誰もが沈黙した。

そして、その長門を率いる祐輔。

否、長門だけでなく幾多の改二艦娘を率いる祐輔。

その実力は、確かだろう。

そして何より、改二になるには艦娘との信頼が必要になる。

ならば、信じてみよう。そう判断したのか、泊地の艦娘達は一斉に敬礼した。

それを見た祐輔は、立ち上がり

 

「ありがとうございます……これより、暫くの間は僕の艦隊の娘達が周辺海域の哨戒と迎撃を行います……皆さんは、輸送船内部の部屋で休んでください……その間に、設備の建て直し及び修復を行います!」

 

と宣言した。



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会談

腰痛めて、自宅療養中です
昨日は、マトモに動けなかった


「……どう計算しても、色々と資材が数字と合わない……」

 

そう呟いたのは、パソコンに向き合っていた祐輔である。祐輔は膨大な書類を捌きながら、備蓄資材の差異を確認していたのだが、パソコンに記録されていたのと、実際に確認してもらった量が違った。

 

「……これは、流したかな……」

 

と祐輔が頭を掻いていると、執務室のドアが開き

 

「祐輔さん、傭兵部隊の方々と面会の時間です」

 

と川内型軽巡洋艦娘の神通が、入室してきた。その姿は、改二だ。

 

「ん、分かった……」

 

神通の言葉を聞いて、祐輔は立ち上がり

 

「……変な気分だな……」

 

と呟いた。

そして、数分後

 

「お待たせして、すいません」

 

と祐輔は、アークエンジェルとエウクレイデスが待つ会議室に来た。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「私達も、ついさっき来たからね」

 

祐輔の言葉に、アークエンジェルとエウクレイデスはそう返答したのだが

 

(やっぱり、よく似ています)

 

(というより、所謂並行世界の本人よ。体格からなにから、全く同じなんだから)

 

と小声で会話していた。

その直後

 

「……それとも、おひさしぶり……と言うべきでしょうか?」

 

と祐輔は、笑みを浮かべた。

それを聞いたアークエンジェルとエウクレイデスは、驚愕で固まった。

 

「いやまあ、あの二隻を見ましたら、記憶が呼び起こされましてね……グランド小隊隊長の榊原祐輔……」

 

「……魂の転生……ということですか?」

 

「多分ですが」

 

アークエンジェルの問い掛けに、祐輔は頷いた。

本人も、まだよくわかっていないようだ。

 

「お二人のことに関しましては、元帥より一任されています……とは言っても、基本的には余程のことが起きない限り、此方からは不干渉になりますが……よろしいですか?」

 

「はい、構いません」

 

祐輔の言葉に、アークエンジェルは頷いた。

基本的には、スピリッツは傭兵。

確かに、金で雇われて組織に所属することはあるが、やはり部外者になる。

そうなると、扱いに困ってしまう。

上層部の一部は、強制的に戦力として接収してしまえと言ったが、それは元帥によって止められている。

 

「ただ、僕個人としては仲良くしたいと思っています」

 

「……私達としましても、懇意にはしたいところです」

 

祐輔の言葉に、アークエンジェルは微笑みを浮かべた。

祐輔の人柄は、前の世界でよく知っている。

まだこの世界の祐輔のことは分からないが、アークエンジェルとエウクレイデスの所感では変わっていない。

 

「では、補給品に関してですが……燃料と鋼材、弾薬はそちらから要請されたら適宜提供する……という形になりますが……どうでしょうか?」

 

「……此方としては有難いですが……いいので?」

 

祐輔の言葉に、アークエンジェルは困惑した表情を浮かべた。

アークエンジェル達でも調べていたが、今の世界は海運ルートの殆どが深海悽艦に制圧されている。

今は艦娘により輸入出きるようになっているが、やはり以前より乏しくなっている。

故に、島国たる日本は民間で一部物資が制限されている。

 

「構いません。既に、元帥からは許可を得ています。代わりに、此方が要請したら、救援等をしていただくことになります」

 

アークエンジェルの問い掛けに、祐輔はそう答えた。

それが、妥当な線になるだろう。

ある意味で、傭兵を雇うことになるだろう。

少し黙考した後、アークエンジェルは

 

「分かりました。それで手を打ちましょう」

 

と提案を了承した。

それを聞いた祐輔は、安心した様子で

 

「では、以後よろしくお願いします」

 

とアークエンジェルと握手したのだった。



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考察と暗躍

祐輔が泊地の再建に着手し始めてから、数日。祐輔が連れてきた明石と夕張は泊地をところ狭しと駈けては

 

「搬入してきた資材から、コンクリート持ってきて!」

 

「その鋼材は、第一倉庫に!」

 

と妖精達に指示を出していた。

そして祐輔は

 

「……よくもまあ、こんな無謀な運用をしたもんだ……二代前の提督が育ててた有用な娘達の、半数が沈没してるじゃないか……」

 

と呆れていた。

祐輔は二代前の提督が育ててた艦隊の最終育成結果と、最近自分達で調べた今の艦隊の練度を見比べていた。

数は二代前と変わらないものの、全体的練度は大幅に下がってしまっている。

しかも、そのことを大本営に知らせていなかったのだ。

パラオは、攻略の最前線たるトラックの重要な後方支援基地。

そこで成功すれば、昇進するのは間違いなしとも言われている。だから、無謀な運用をしたのだろう。と祐輔は予想した。

そして、祐輔はその中から暫く戦闘に復帰は無理と判断された艦娘が書かれた書類を見た。

その人数は、泊地に居る全体の約三割に達する。軍人面から見れば、壊滅に当たる数字になる。

補足すれば、エウクレイデスのお陰で肉体的な傷は治っているものの、海上に出ると恐怖を思い出して動きが固まってしまうのが殆どで、中には精神力で克服し、志願してきている者も居るが、練度が低いために暫くは教育の必要があると神通が判断している。

 

「問題は……長門さんか……」

 

二代前の時点から艦隊の旗艦を勤めていた、戦艦娘の長門。

その練度は、二代前の時点で60を越えていた。

しかし、先代の提督が強い光を当てたことにより、トラウマが刺激されてしまい、今は目が見えていない状況だ。

 

「……暫くは、エウクレイデスさんに任せるしかないか……」

 

祐輔はそう結論して、見ていた書類を置いた。

そこに、パラオの大淀が

 

「失礼します。トラックから、資源を融通してほしいと連絡が来ました」

 

と言って、脇に挟んでいたバインダーを祐輔に手渡した。

それを受け取った祐輔は、暫くその書類の内容を見て

 

「……即は無理だけど、二三日すれば送れますって、伝えておいてください」

 

と言いながら、書類にサインした。

即座に送らないのは、やはりトラック泊地の再建をしている最中だからだ。

特に、先代提督が賄賂として上層部に顔が利く提督に資源を密売していたために、全体的に大幅に足りていないのだ。

そのことは既に元帥に報告してあり、そちらは元帥が私兵を動かして調査中である。

 

「さて、遠征艦隊がそろそろ……」

 

と祐輔が、時計に視線を向けた時だった。

ドアが勢いよく開き

 

「提督さん大変です! 第二遠征艦隊が、海賊の襲撃を受けています!」

 

と由良が報告してきた。

それを聞いた祐輔は、勢いよく立ち上がり

 

「足が速い娘達で、艦隊を編成! 相手が退かない場合は、撃滅も許可する!」

 

と指示を下した。

このパラオ近海だが、小さい無人島が幾つか点在しており、そこを拠点にする海賊が多数居るのだ。

本来はその海賊も対処するのが、パラオ泊地の仕事である。

しかし、他の泊地は未だにまだ小規模艦隊かまだ低練度の艦娘しか居らず、海賊対策は祐輔が一手に引き受けていた。

深海悽艦が現れてから、海上の治安はガタガタになってしまい、それを境に深海だけでなく海賊までが跳梁跋扈するようになってしまったのだ。

勿論、深海悽艦は海賊にも牙を剥くものの、海賊達はそんなこと知るかと言わんばかりに行動を起こしていた。

祐輔達にとっては、正に頭痛の種だった。

深海悽艦だけでも手一杯なのに、更に海賊と来た。

最近では、海賊専門の部署を設けようかという案すら出る始末になっている。

だが祐輔は、1つ気になることがあった。

それは

 

「この近海の海賊……やけに装備が整ってる……」

 

祐輔が再建を開始してから、約二週間。その間数回海賊と交戦しているのだが、海賊達の装備が艦娘にも通用する、そんな武装だったのだ。

普通の銃器ならば、大して効かない。

だが、海賊達の放った銃撃は確かに艦娘に損傷を与えていたのだ。

明石が艤装に残っていた弾丸を調べた結果、12.7mmと25mmだったことが分かっている。

 

「……まさか、艦娘の武装を流している奴が居るのか……?」

 

祐輔はそう思案しながら、緊急出撃していった艦娘達を見送った。

その頃、ある場所では

 

「あんな小僧が、パラオ泊地で指揮を執るなど……調子に乗りおって……!」

 

と一人の男が、怒りを滲ませていた。

そして男は、手に持っていたナイフを祐輔が写っていた写真に突き立てて

 

「所詮庶民出の者など、軍事の家系のワシらに敵うものかっ! 今に見ていろ……貴様など、ワシの踏み台にしてくれるわ!!」

 

と語気を荒げた。

その男の肩には、大佐を示す階級章が着いていた。



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暗雲

その日、祐輔は朝から嫌な予感がしていた。

 

「なんだろう……胸騒ぎがするんだよなぁ……」

 

祐輔はそう呟きながらも、再建を着々と進めていた。その甲斐あり、パラオ第三泊地は大分資源に余裕が出てきた。

そして何より、一部の艦娘達は自主訓練を開始。練度の向上に努め始めた。

いい傾向だと、祐輔は思っている。

海賊も大分数が減らせて、まさに順調。胸騒ぎを覚える理由は無い筈なのだ。

しかし、嫌な予感が止まらない。

 

(なんでだろう……)

 

と思考している時、ドアが開き

 

「祐輔さん。演習の申込みが来ました」

 

と大淀が報告してきた。

 

「相手は誰?」

 

「はい……大湊第四警備府の高久大佐です」

 

大淀が告げた名前を聞いて、祐輔はそれかと思った。

高久大揮(たかくだいき)大佐。帝国海軍に多数の優秀な軍人を輩出した高久家の三男だ。

 

「……規則だから、断ることは出来ないね……何時来るって?」

 

「今から、四時間後です」

 

報告を聞いた祐輔は、演習用の艦隊を編成するために頭を悩ませ始めた。

それから、四時間後。一隻の輸送船が入港してきた。

大湊所属のおおすみ型、たかすみである。

そのたかすみから、一人の肥え太った男が降りてきた。

その男が、高久大揮大佐だ。

はっきり言ってしまえば、悪い噂ばかり耳にする。

一般から選ばれた提督を見下し、駆逐艦娘達は戦艦や空母を守るための弾除けにする。

祐輔としても、関わりたくない提督の一人だが、演習を申込まれた場合は断ることが出来ないのが規則だ。

 

「ふん、提督が出迎えにでないとはな……これだから、一般の出は教育がなっとらん」

 

祐輔が居ないことに気付いた高久大佐は、まるで吐き捨てるようにそう言った。

すると、出迎えに来ていた神通が

 

「現在当泊地は、建て直しの最中でして。提督は多忙なんです。高久大佐」

 

と答えた。

すると、高久大佐は

 

「それがどうした。出迎えをするのが、礼儀というものではないか?」

 

「お言葉ですが、我々の提督の階級は少将です。高久大佐」

 

高久大佐の言葉を聞いた神通は、言外に下の階級の軍人を出迎えるのは如何なものか。と告げた。

だが、高久大佐は

 

「それがどうした。たかが一つしか違わん。それならば、一般の出が軍家の出の私を出迎えるのが礼儀だろう」

 

とまるで、それが当たり前だと言う風に言った。

しかし、神通は

 

「では、提督の所にご案内します」

 

と言うと、静かに歩みだした。

それを見た高久大佐は、小さく舌打ちした後に護衛なのか重巡洋艦娘を一人従えて、神通に続いた。

そして、数分後

 

「提督、高久提督をお連れしました」

 

『入って』

 

祐輔に促されて、神通はドアを開けて、高久も中に入った。そして高久は、見えた光景に固まった。

何故ならば、祐輔の机の上には高さ数十cmにもなろうかという書類の束が幾つもあったからだ。

 

「すいません、もう少々お待ちください。これが終わりましたら、演習場に向かいましょう」

 

祐輔はそう言いながら、次々と書類を終わらせていく。

そして、数分後

 

「すいません、お待たせしました。では、行きましょう」

 

と祐輔は、処理した書類を《処理済み》とラベルが貼られた箱に入れてから立ち上がった。

 

「大淀さん、この書類を事務課にお願いします」

 

「承りました」

 

祐輔の指示を聞いて、大淀は予備の箱と入れ替える形で書類を持っていき、祐輔達は演習場手前の部屋に向かった。

 

「それで、演習ですが。どういった形式で?」

 

「勿論、互いが選んだ主力艦隊の艦隊決戦だ。それ以外は認めん」

 

祐輔の問い掛けに、高久は当然だと言わんばかりに返答した。

 

「分かりました」

 

祐輔は頷きながら、高久の後ろに居る重巡洋艦娘。

妙高型四番艦娘の羽黒を見た。羽黒は気弱な艦娘で、祐輔としては何時もオドオドしている印象の艦娘だ。

だが、高久の後ろに居る羽黒は、気弱というよりも意思が弱いという印象を抱いた。

俯いていて、目に光が見られない。

 

(……何か有るな……)

 

そう考えた祐輔は、編成をしながら

 

「川内さん、ちょっとお願いが有るのですが……」

 

と小声で、通信を試みた。

その頃、たかすみ艦内。

 

「ねえ、本当にやるの……?」

 

「言うな……私とて、やりたくない……だが、やらなければ……あの子達の命が無い……」

 

長い銀髪にピョコンと生えているアホ毛が特徴の少女の問い掛けに、背が高く褐色肌が特徴の女性が嫌々という雰囲気で答えた。

そして女性は

 

「すまない……許せとは言わない……」

 

と呟きながら、移動を始めた。



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解決

高久大佐が来てから、約一時間後。演習が始まった。

なお、双方の艦隊編成は以下になる。

祐輔艦隊

旗艦、長門改二 LV98

金剛改二 LV94

赤城改 LV94

蒼龍改二 LV94

秋月改 LV78

神通改二 LV95

 

高久艦隊

武藏改二 LV93

加賀改 LV89

比叡改二 LV90

翔鶴改二甲 LV90

摩耶改二 LV88

大井改二 LV78

 

双方共に、バランスは良い編成になっており、どちらが勝つか分からない。

だが祐輔は、あることに気付いた。

 

(駆逐艦娘が居ない……それに、全員……目に光が無い……暗い……)

 

羽黒もだが、今演習に参加している艦娘達の目に光が見られなかった。

 

『ではこれより、演習を開始します!』

 

という大淀の宣言の後に、高久艦隊を映していた映像が消えた。演習中の公平さを保つためだ。

 

「蒼龍さん、赤城さん、偵察機発艦」

 

『了解!』

 

『彩雲発艦!』

 

祐輔の指示に従い、蒼龍と赤城は偵察機を発艦開始。

そして、秋月が前に出た。

 

『念のために、直援隊も上げます』

 

赤城はそう言って、今度は烈風を発艦させた。防空のためだ。そこに

 

『偵察機から報告! 敵艦隊発見! 方位038!』

 

「……回り込んでください。面舵」

 

『承知した。艦隊、面舵!!』

 

祐輔の指示を聞いて、長門が復唱する形で指示を下し、それに従って祐輔艦隊は舵を切った。

その頃、高久陣営では

 

「いいな、武藏……指示した通りにやれ……やらなければ、分かっているな?」

 

『……分かっている……』

 

高久の言葉を聞いた武藏から、辛そうな返事がされた。そして高久は、組んだ両手の上に顎を乗せて

 

「あいつを始末した後は、手を回してうやむやにし、ワシが新しく提督として着任……そうすれば、昇進は間違いなしだ……たかが一般の出の者が……どんな手を使ったのか分からんが、貴様らのような者は警備府程度で満足していればいいのだ……最前線や防衛の栄光は、ワシらのような軍家出身が担うべきなのだ」

 

と呟き、低い声で嗤い始めた。

そして演習は、激戦の様相を呈し始めた。長門と武藏は互いに主砲で砲撃を繰り返しながら蛇行運航を続け、少しでも有利な位置を取ろうとしていた。

だがそれを、切り込んでいた神通が阻害し更に、味方艦隊に雷撃を放とうとしている大井に砲撃を行っていた。

しかし大井も、高いレベルというだけあって神通の砲撃を回避し、神通を狙って魚雷を放った。

だがそれを、神通は海面に砲撃を撃ち込むことにより魚雷の進路を変えさせた。

魚雷というのは、意外と海流の影響を受けやすく、横から強い海流を受けるとフラフラと流されてしまうのだ。

そして、神通の砲撃により大井の魚雷はあらぬ方向に流されていった。

そんな中で、赤城と蒼龍は艦載機を発艦させて、状況の打開をしようとしたが、そこに敵の艦載機が飛来し、二人が発艦させた艦載機と二人に襲いかかってきた。だが秋月が対空砲撃を開始。

敵艦載機の迎撃を始めた。

一進一退の攻防が続き、何時均衡が崩れるのか分からなかった。

その時、長門は武藏の主砲が一基、角度が外れていることに気付いた。その直後その主砲が火を噴き、放たれた砲弾は長門の遥か頭上を通り越した。

 

(何処を狙って……)

 

と長門がいぶかしんだ直後、祐輔の居たテント付近で爆発が起きた。

通信からは、爆発による轟音の後にノイズが流れてくる。

 

「なっ!?」

 

『提督!?』

 

長門達は、武藏がやったことに気付いて思わず動きを止めた。

 

「武藏、貴様!?」

 

『……許せなどとは言わない……』

 

長門がオープンチャンネルで呼び掛けると、武藏から沈んだ声が返ってきた。

しかも武藏は、主砲を長門に指向してきた。恐らく、実弾だろう。模擬弾しか積んでいない長門には、かなり辛い戦いになる。

その時だ。

 

『長門さん、僕は大丈夫だよ』

 

「祐輔か!?」

 

通信で、祐輔の無事な声が聞こえた。

そして、まさか無事とは思っていなかったらしい武藏も驚きで固まっていた。

すると、長門が

 

「そうか……吹雪のクライン・フィールドか!」

 

と祐輔が無事な理由に気付いた。

クライン・フィールド、それは限界突破。通称、ケッコン・カッコカリを果たした艦娘のみが扱える特殊な力場で、駆逐艦娘ですら戦艦の主砲を防げると言われている。

そして、祐輔の初期艦娘である吹雪は、その限界突破艦娘である。

 

『何をしている、お前達! 早くその小僧共を始末しろ!』

 

「高久大佐か!」

 

『でなければ、姉妹達がどうなるか、分かっているか!?』

 

高久大佐のその言葉で、どうなっているか長門は察した。高久大佐は、姉妹艦娘を人質にしているのだと。

 

『分かったなら、さっさと……』

 

『高久艦隊に通達します、もう彼の命令に従う必要はありません』

 

高久大佐の言葉を遮り祐輔の声が聞こえ、その直後に演習場に甲高い警笛が聞こえた。

警笛の聞こえた方向を見れば、高久が乗ってきたたかすみがゆっくりと近づいてきていたのだが、その甲板上に大人数の艦娘達が居た。

 

『なっ!?』

 

『お疲れ様です、川内さん』

 

そう、彼女達を解放したのは、潜入を果たした祐輔艦隊の川内だった。

演習が始まる少し前、川内はたかすみに潜入を開始した。たかすみ内外に居た警備兵の無力化に多少の時間は掛かってしまったが、それでも無事に、川内はたかすみに潜入を果たして調査を開始した。

そして、ある一区画に彼女達が閉じ込められていることに気付き、スピリッツに協力を仰いで、解放に成功したのである。

 

『そうか……もう、大丈夫なのか……』

 

姉妹艦を含めた艦娘達が解放されたことを知った武藏は、長門に指向していた主砲を待機状態に移行させて、両手を上げた。

それに続く形で、高久艦隊は全員動きを止めた後に両手を上げた。

 

『そして、高久大佐……今しがた、貴方に逮捕状が出されました……』

 

『な……』

 

祐輔の発言に、高久大佐は言葉を失っていた。

そこに、通信マイクが拾ったらしく、ドカドカと足音が響き

 

『な、なんだ、貴様らは!? 放せ、放せぇ!?』

 

と高久の怒声が、離れていった。恐らくは、憲兵に拘束されたのだろうか。

少し間を置くと、祐輔が

 

『さて、高久艦隊の皆……今まで、辛い思いをさせて、ごめんね……しばらくは、ウチに居ていいからね』

 

と努めて、優しく言葉を掛けた。

この後、高久艦隊の艦娘達は涙ながらに抱き締めあったのだった。



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選択肢

「高久艦隊の皆さんには、一先ずこちらの予備宿舎に寝泊まりしてもらいます。何か入り用でしたら、こちらの番号に連絡くれれば、すぐに対処しますので」

 

「有り難い……何から何まで……感謝する」

 

祐輔の言葉に、艦隊を代表してか武蔵が頭を下げた。

すると祐輔は

 

「僕に出来ることをやっているだけですよ」

 

と微笑んで、元高久艦隊の全員が宿舎に入っていくのを見送った。

その直後、川内が祐輔の背後に現れて

 

「ありがとうね、スピリッツの協力を漕ぎ着けてくれて」

 

と祐輔にお礼を述べた。

川内が電子鍵を突破出来たのは、祐輔がスピリッツに依頼の形で協力を漕ぎ着けたからだ。

そしてスピリッツは、電子戦が得意なセラヴィー・エルフィーとAGE2・フルバレットを派遣し、あっという間にたかすみの制御系を掌握。更には高久元大佐が行ってきた悪事の証拠を全て入手。

祐輔に送った後に、大本営の元帥宛に全ての証拠を送信。それを見た元帥は、逮捕状を発効したのだ。

 

「後は、彼女達がどうするかです……彼女達がやりたいことが有るのなら、僕は無理をしてでも援助するつもりです……」

 

祐輔はそう言って、川内と共に執務室へと向かった。

何せ、書類はまだまだ大量にあるのだから。

そして、時が経ち数日後

 

「皆さん、この後のことは決めましたか? 僕に出来ることなら、何でもやるつもりですよ」

 

と言う祐輔の前に、高久艦隊の艦娘達が整列している。

すると、武蔵が一歩前に出て

 

「そのことに関してだが、我々を貴官の艦隊に編入してもらえないだろうか?」

 

と祐輔に言った。

それは予想外だった祐輔は、思わず片眉を上げた。

祐輔としては、殆どが退役を選ぶと思ったからだ。

 

「確かに、何人かは退役も考えていたが、何をしていいか分からないのと、戦うしか能の無いのでな……話し合った結果、貴官の艦隊に編入してもらおうと決めたのだ」

 

「……分かりました。元帥に話し合って、何とか編入してもらいます」

 

武蔵の話を聞いた祐輔は、そう言うと敬礼しながら

 

「早いですが、貴女方の編入を歓迎します」

 

と伝えた。

その後祐輔は、何とか元帥と話し合って元高久艦隊の全員を編入することが出来て、受け入れた。

そして高久元大佐だが、現在は本土にて軍法裁判の真っ最中だ。

どうやら一度は親族に助けを求めたらしいが、その軍家出身ということをひけらかす人格が好かれていなかったらしく、袖を振られたようだ。

そして、高久元大佐がした悪事に関して現当主は深々と謝罪してきた。

本来高久家は、艦娘肯定の穏健派に属していて、元大佐以外は全員穏健派に属している。

しかし元大佐は強硬派に属し、艦娘達を酷使していた。

縁を切らなかったのは、一重に家族としての最後の情けだったのだ。

 

「しかし、この艦隊の練度は高いな……」

 

「急に、どうしました?」

 

武蔵の言葉を聞いた吹雪は、案内を一時中断して振り向いた。

そして武蔵が見ていたのは、教導に就いている祐輔艦隊の駆逐艦娘の秋月だ。

その秋月が教導している中には、重巡洋艦娘の摩耶の姿もある。

 

「なに、動きを見てな……訓練にも真剣に取り組んでいる……」

 

更に武蔵の見ていた先では、明石と夕張が筆頭になって何らかの改修工事も行っており、そこにも他の艦娘が混じっている。

 

「しかし、ここでは様々なことをやっているな……」

 

「はい。祐輔さんが戦後のことも考えて、戦うこと以外のことも知って、楽しさを見つけてほしいと」

 

ここまで案内を受けた元高久艦隊だが、その高久艦隊では元大佐の指示したこと以外はやるなと言われていた。

兵器なのだから、戦うこと以外はするなと命令され、もしやったり、やろうとしたりすれば、重い罰が与えられた。

 

「じゃ、じゃあ……歌を歌ったりしても、いいの?」

 

オドオドしながら問い掛けてきたのは、川内型の那珂である。

那珂によく見られるのはアイドル活動で、実際に大本営の那珂はアイドルとしてテレビにも出ている。

 

「はい、流石にすぐには無理だと思いますが、許可されるかと」

 

という吹雪の言葉に、その那珂は嬉しそうな表情を浮かべた。

すると吹雪は

 

「余程のことが無い限り、大抵のことは許可される筈です」

 

と全員に聞こえるように、大きな声で教えた。

それを聞いた彼女達は、楽しそうに会話を始めた。

そこに、家具を抱えた川内が現れて

 

「吹雪、このA9の家具はどこに運ぶんだっけ?」

 

と問い掛けてきた。

 

「もう、しっかりしてくださいよ。A9は第二酒保のカウンターとして使うって決めたじゃないですか」

 

「あー、そうだった……ごめんごめん」

 

吹雪の言葉を聞いた川内は、思い出したという風体で軽く自身の頭を叩いて、踵を返して離れていった。

すると吹雪が

 

「ちなみに、あの家具は今の川内さんが作ったものなんですよ」

 

と教えると、殆どが驚いた表情を浮かべた。

川内型一番艦の川内と言えば、夜戦バカと呼ばれる程に夜型の艦娘で夜戦しか興味ないとされ言われる始末の艦娘だ。

しかし、一部の提督しか知らないのが、川内というのは生活力が高い。

料理、洗濯、家事全般が得意で、更には字も上手い。

そして何よりも、一度興味を持ったことはとことん突き詰めていく性格なのだ。

そして、祐輔艦隊の川内改二は家具作りを含めた木工品を作るのに興味を示したのだ。

 

「とまあ、今のように出来ますので、ドンドン自分がやりたいことを見つけてくださいね。なんなら、私達がやっていることを見学に来ても構いませんからね」

 

吹雪はそう言うと、案内を再開したのだった。



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襲撃

祐輔が第三パラオ泊地の立て直しを開始して、約3ヶ月。第三パラオ泊地は、立て直しをほぼ完了し中間拠点として稼働を始めた。

なおその3ヶ月の間で何もトラブルがあった訳ではないが、その全てを解決してきた。時々、スピリッツの力も借りてだが。

 

「アークエンジェル艦長、助かりました」

 

「我々は傭兵です。代価を貰えれば、請け負います」

 

祐輔が感謝の言葉を述べると、アークエンジェルはあくまで事務的にそう返答した。

すると祐輔は

 

「そうですが、侵入者の捕縛……してくれてますよね?」

 

「……よく、気付きましたね」

 

「まあ一応、軍人の端くれですから」

 

3ヶ月の間に、実は何回か侵入者が来ていて、その全てをスピリッツが捕縛。憲兵に直接引き渡していたのだ。

 

「しかし、3ヶ月の間に18人ですか……んー……セキュリティ、見直すべきかな」

 

「そのほうがよろしいかと」

 

祐輔の呟きに、アークエンジェルは同意しながら用意されていた御茶を一口飲んだ。

最近は海賊による被害も無くなり、補給がきちんと入るようになっていた。

過去の旧日本軍は補給線の確保を疎かにしたために、補給が滞ってしまい、前線基地は干上がってしまった。

 

「何か、必要な物はありますか? 融通しますが……」

 

「……強いていえば、弾薬と食料位ですね」

 

「わかりました。後で、そちらに引き渡します」

 

アークエンジェルの言葉を聞いた祐輔は、メモにサラサラと走り書きした。

そうして、定期会談が終わり二人は会議室から出ようとした。

だがその時、甲高い警報音が鳴り響いた。

すると祐輔は、入り口の電話の受話器を掴み

 

「誰か、詳細を」

 

と鋭く告げた。

 

『こちら、管制室の大淀です! レーダーにIFF反応に応答無しの艦隊が接近! 数は、優に50!』

 

「大至急詳細を調べてください! それと、今居る子達で迎撃戦を開始します! 呼び出しておいてください!」

 

祐輔はそう言うと、受話器を戻してから

 

「さて、これは参ったな……」

 

と声を漏らした。立て直しを終えた祐輔は、次に艦隊全員の練度上げを開始。そして今は、練度上げのために主力艦隊は殆どが出払っているのだ。

タイミングが悪かったとしか、言い様がない。

 

「どうやら、お困りの様子ですが……?」

 

「……実は、主力艦隊が殆ど出払っておりまして……今居る子達は、まだ練度が低いか修理待ちばかり……勿論、戻るように連絡はしますし、他のパラオ泊地にも救援要請は出しますが、間に合うかはわかりませんし、他のパラオ泊地は練度に不安が有ります……多分ですが、今回の襲撃は姫級が指揮している筈です……」

 

アークエンジェルの問い掛けに、祐輔は苦々しい表情を浮かべながら返答した。

するとアークエンジェルは、スッと祐輔の前に指を出して

 

「ここに、戦力が居るではないですか……特大の戦力が」

 

と微笑んだ。

すると祐輔は

 

「しかし、皆さんは傭兵……つまりは、要請をしろと言いたいわけで?」

 

アークエンジェルの狙いを察したようだ。

そして、アークエンジェルは

 

「情報は見てますが、姫級の詳細なデータは見れていないんです……ですから、丁度良い情報収集チャンスです」

 

と告げた。

つまり、今侵攻してきている深海艦隊を実験台にするつもりなのだ。

 

「……わかりました。では、要請を出します……そちらの望む物を、後程融通することになります」

 

「承りました……お任せくださいね」

 

アークエンジェルは芝居掛かった仕草で、スカートをチョコンと持ち上げながら返答。そして、胸元からヘッドセットを取り出して

 

「依頼が入りました。今こちらに、深海艦隊が接近中。それの撃退、または撃滅をします。総員、第一種戦闘配置!!」

 

とアークエンジェルは、号令を発した。



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姫級

アークエンジェルの通信を受けて、副長妖精は直ぐ様二隻のエンジンを始動させた。

 

「ピッチ角5! 離水上昇! 最微速!」

 

「了解!」

 

副長妖精の指示を受けて、アークエンジェルの操舵手はアークエンジェルを海から離水させた。

その僅か後に、エウクレイデスも離水を開始した。

それを視界の端で確認しつつ、副長妖精は

 

「レイグ隊にアークエンジェル艦長の迎えを」

 

とCIC妖精に指示を出した。

それを受けて、CIC妖精は

 

「レイグ隊に通達、泊地に居られるアークエンジェル艦長の迎えを!」

 

と格納庫に待機していたレイグ隊に通達した。

すると、MSカタパルトが起動し、レイグ隊が出撃。アークエンジェルを迎えに行った。

 

「CIC妖精、敵深海悽艦艦隊は観測しているか?」

 

「はっ! 距離、38000に敵艦隊を捕捉! 総数は……優に60を越えています!」

 

数の上では、圧倒的に不利だろう。

しかし、副長妖精は慌てずに

 

「ECM起動! 敵艦隊のレーダーを無効化開始!」

 

と指示を下した。

スピリッツの二隻は、本来はこの時代どころか世界にすら無い艦と装備を有する部隊だ。

その機能は、オーバーテクノロジーの塊。

 

「敵艦隊のレーダー並びに通信周波数を特定完了。その周波数帯にECMを集中させます!」

 

恐らく今頃、深海艦隊はレーダーと通信が一切効かないで焦っていることだろう。

しかし、だからと言って情け容赦を掛けるつもりは毛頭無い。

 

「遅くなりました」

 

そこに、アークエンジェル艦長が帰還。艦長席に座った。

 

「現状は?」

 

「敵艦隊、距離約38000の位置に布陣。その総数は、優に60を越えており、数での不利は否めません」

 

アークエンジェルの問い掛けに、副長妖精はキビキビと戦況地図を表示させながら答えた。

すると、サブモニターにエウクレイデスと祐輔の顔が映り

 

『一応、MS隊は何時でも出せるわよ?』

 

『この通信機、凄いですね……雑音が殆どしないですよ……っと、こちらも現状編成出来る艦隊は編成完了しましたよ』

 

と告げてきた。

それを聞いたアークエンジェルは、少し間を置いてから

 

「今回は、我々だけでやりましょう……我々だけの力で、どこまで行けるのか判断するいい材料です」

 

と判断を下した。

 

『え、本気?』

 

「はい……提督殿、艦隊はこちらの防衛線を突破され、接近を許したら防衛をお願いします」

 

『……了解しました。恐らくですが、今回の敵艦隊は姫級が指揮していると思われます』

 

「姫級?」

 

祐輔の告げた姫級を知らなかったアークエンジェルとエウクレイデスは、揃って首を傾げた。

そして祐輔は、二人に姫級のことを説明した。

通常の深海悽艦は、イロハ歌になぞらえて名付けられている。

駆逐イ級や軽巡洋艦へ級、雷巡チ級、空母ヲ級、戦艦ル級等だ。

しかし、それらとは比較にならない程に強力かつ特殊能力を有しているのが、姫級と呼ばれる個体なのだ。

 

『全部で何種類居るかは判明していませんが、尤も大久確認されているのは、戦艦悽姫と呼ばれている個体です……他に、姫級より若干能力が低いのが鬼級と呼ばれています……今回は、恐らく姫級かと』

 

「分かりました。留意します」

 

そこで祐輔との通信を終えて、アークエンジェルは戦況図を見て

 

「MS隊、全機発進! 敵に立て直す暇を与えるな!」

 

と号令を下した。

場面は変わり、深海艦隊。

 

「何ガ起キテイル!? レーダート通信ガ一切使エナイデハナイカ!!」

 

一人の姫級が、苛立ちを隠しもせずに喚いていた。

彼女こそが、今回の深海艦隊の旗艦たる空母悽姫である。

そこに、副艦らしい戦艦タ級が近寄り

 

「原因不明デス……考エラレルノハ、人間共ノ新兵器カト……」

 

と告げた。

通信が使えなくなっているので、艦隊の密度を上げて口頭で話すしか無くなったのだ。

 

「チイ……今ノパラオノ提督ハ無能ダカラ容易ク攻略出来ル筈ダガ……」

 

空母悽姫は上司たる南方悽姫の命令を受けて、パラオ泊地の攻略作戦を開始したのだ。

しかし、ここに来て不穏な空気が流れ始めてきた。

一旦後退するのも手だが、何の成果も上げずに後退したら、南方悽姫からの粛清は避けられないだろう。

南方悽姫の冷酷さと厳しさは深海悽艦の中では、有名な話だ。

どうするか考えていた時、艦隊の前方にて見たこともない閃光が走り、爆発が起きた。

 

「ナンダ!?」

 

「ワカリマセン!? ナニガ起キタ!?」

 

とタ級が声を上げた直後、空母悽姫の前に居た軽空母ヌ級が閃光に貫かれて吹き飛んだ。

 

「我々ハ、何ト戦ッテイルンダ!?」

 

それが、空母悽姫の最後の言葉だった。

空母悽姫は、全身を焼かれて蒸発した。



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ドロップ

「……意外と、脆かったですね……」

 

本当に意外だな、という風にアークエンジェルは呟いた。

 

『やっぱり、ビーム兵器に対する防御力は無かったようね……ここまで来ると、むしろ憐れにすら思えるわ……』

 

文字通り全滅した深海艦隊を見て、エウクレイデスは心底から憐れといった風に言いながら、首を振った。

もはや、海面には燃える深海艦隊の残骸しか見えない。

MS隊は、念のために生き残っている深海悽艦が居ないか確認中である。

ふとその時、ある一ヶ所で光の柱が伸びた。

 

「何事ですか?」

 

「ジェミニ1、確認に向かいました」

 

アークエンジェルが問い掛けた直後、副長妖精はそう告げた。そして、少しすると

 

『こちらジェミニ1! 該当海域にて、意識の無い艦娘を発見しました!』

 

と通信が来た。それを聞いた副長妖精は、首を傾げながら

 

「意識の無い艦娘……捕虜にされていた?」

 

と呟いた。アークエンジェルは、少し間を置くと

 

「ジェミニ1、回収を」

 

と指示を下した。

それから数分後、深海艦隊の全滅を確認したスピリッツは、泊地へと帰還した。

 

「いや、まさか……あんな短時間で全滅させるとは……」

 

と驚いたのは、祐輔だ。

祐輔はまさか、たった一時間足らずで60を越える深海艦隊が全滅するとは思っていなかったのだ。

 

「それと、1つ報告事項が……」

 

アークエンジェルがそう言うと、ジェミニ1。ビギニング30が一人の艦娘をお姫様抱っこで運んできた。

 

「光の柱が伸びた場所で、彼女を見つけました」

 

「この子は……葛城ですね……ドロップですか」

 

「……ドロップ?」

 

祐輔の言ったドロップの意味が分からず、エウクレイデスは首を傾げた。

ドロップというのは、原因不明で時々起きる現象であり、深海悽艦を撃破すると艦娘が現れるのだ。

一説では、艦娘と深海悽艦は正と負の違いでしかなく、撃破することで負の力が削がれて、正に帰属するのではないか。と言われている。

 

「……不思議な現象ですね……」

 

「そうですね……取り合えず、彼女はこちらで預かります……」

 

アークエンジェルの言葉に同意した祐輔は、ビギニング30から葛城を受け取ると、葛城を施設へと運んだ。

それから数十分後、祐輔は神通と共にアークエンジェルとの会談に赴いた。

 

「……なるほど……今回の深海艦隊の旗艦は、空母悽姫でしたか……それを、ハイメガキャノンで……」

 

「ええ……その他に関しては、全てビームライフルかビームサーベルで一撃でした」

 

祐輔とアークエンジェルは普通に会話しているが、神通は

 

(姫級を、一撃で……他にも、耐久力が高い戦艦級も……改めて、彼等の武装が私達の常識の外なのが分かりますね……)

 

と内心で困惑していた。

 

「……目的は恐らく、このパラオを陥落させて、トラックを孤立させることでしょう……補給に関しても、潤沢とは言えなくなります……帝国海軍に代わり、お礼を」

 

祐輔はそう言いながら、深々と頭を下げた。正直言って、残っていた艦隊での防衛戦は無理だっただろう。

 

「今回のことは、こちらとしても渡りに舟でした……良いデータが取れたので」

 

「大抵の通常級は、ビーム兵器で対処可能……ということですね」

 

アークエンジェルの言葉を引き継ぐ形で祐輔が言うと、アークエンジェルは頷いた。

そこに、エウクレイデスが現れて

 

「MS隊の整備、終わったわよ」

 

と告げた。

 

「わかりました……では、我々はこれで」

 

「はい。今回は、ありがとうございました」

 

その会話を合図に、それぞれの拠点に戻った。



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査察

短いです



「……査察ねぇ」

 

そう呟いたのは、一枚の書類を見ていた祐輔だった。

それが届いたのは、今朝方のことであった。査察の名目は、最近急に増えた艦娘の扱いがどうなっているか、ということだった。

拒否する理由もないので、祐輔は査察を受け入れることにした。

そして、翌日

 

「祐輔さん、査察官がお出でになりました」

 

「ん、まあ。こっちは呼ばれない限りは不干渉で……余計な軋轢は生みたくないしね」

 

吹雪の報告を聞いた祐輔は、書類を捌きながら返答。すると、吹雪は

 

「しかし、今のタイミングですか……」

 

「……スピリッツの皆さんには、海底に隠れて貰ってるよ」

 

吹雪が何を言いたいのか分かり、祐輔はそう呟いた。

査察部隊が要らぬことをしないようにと、スピリッツの二隻には事前に付近の海底に隠れてもらっている。

何やら嫌な予感がしたのだ。

 

「さて……僕は、普段通りに……」

 

と祐輔は、今まで通りに書類を捌こうと新しい書類に手を伸ばした。

その時、電話が鳴り

 

「……もしもし?」

 

それに、吹雪が出た。少しすると、マイク部分を押さえて

 

「祐輔さん……」

 

と吹雪が受話器を掲げた。

それを見た祐輔は、自分の机の受話器を持ち上げてからボタンの一つを押して

 

「お電話代わりました。榊原です」

 

と出た。

 

『査察部隊の天瀬大佐だ。伺いたいことがある。今すぐ、港に来い』

 

「……分かりました」

 

要件を聞いた祐輔は、執務室から出て港に向かった。

港に到着すると、小太りの男。天瀬一樹(あませいつき)大佐が数名の部下を伴って待っていた。

 

「お話しとは?」

 

「こちらの情報では、ここに所属不明の艦が二隻停泊していたとあったが……どこに匿った?」

 

祐輔が問い掛けると、天瀬大佐はそう問い掛けてきた。

 

「はて、何のことでしょうか?」

 

「惚けるな」

 

祐輔が首を傾げると、天瀬大佐は拳銃を抜いて突き付けた。

それを見た吹雪は、即座に護衛の為に拳銃を抜いて構えた。それを一瞥した天瀬大佐は、鼻で笑いながら

 

「どういう教育をしているのかね? たかが駆逐艦程度が大佐に歯向かうとは」

 

と侮蔑した表情を向けた。

それを聞いた祐輔は、そんな天瀬大佐に

 

「……その情報の出所は何処ですか?」

 

と問い掛けた。

スピリッツが停泊しているという情報を知っているのは、元帥と祐輔を含めて僅か一握り。

天瀬大佐が知る筈が無かったのだ。

 

「貴様に、教える理由があるか?」

 

天瀬大佐はそう言いながら、拳銃の安全装置を解除し、それに触発されてか吹雪も拳銃の安全装置を外した。

ふと気付けば、天瀬大佐の護衛達も武装を構えていた。数は不利。どうするべきか、祐輔は考えていた。

そして

 

「もう一度言います。そちらの言う所属不明の艦というのは知りません。」

 

と祐輔は告げた。

 

「そうか……」

 

天瀬大佐がそう呟いた直後、炸裂音が鎮守府全域に鳴り響いた。



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ミスをする人

乾いた炸裂音が響き渡った、その直後、今度は甲高い音が響いた。

天瀬大佐が撃った弾丸は、空中で火花を散らして、祐輔には当たらなかった。

 

「なっ!? 何が起きた!?」

 

天瀬大佐は驚き喚くが、祐輔はその理由に即座に思い至った。

 

(……天さんですか)

 

AGF天ミナ改、その特殊装置たるミラージュコロイド。それを展開すれば、あらゆるレーダー、光学カメラ、肉眼で捉えることは出来ない。唯一、ある装置だけがミラージュコロイドから発せられる電磁波を拾うことが出来るが、それが無い天瀬大佐には気付ける理由が無い。

 

「このっ!?」

 

天瀬大佐は更に数発発砲するが、一発も祐輔に当たらない。祐輔は、天瀬大佐から目を放さずに立っている。

そして気付けば、天瀬大佐が何回引き金を引いても弾は出なくなっていた。つまり、弾切れである。

 

「貴様ら! 何を呆けている! 早く撃たないか!!」

 

天瀬大佐が怒号を飛ばすと、呆然としていた部下達は我に返り、次々と小銃を構えてから銃撃しようとした。

だが

 

「これ以上」

 

「撃たせるとでも?」

 

気付けば周囲を、艤装を展開し機銃を指向した艦娘達が包囲していた。その数は、六人。

鳥海、摩耶、球磨、多摩、由良、阿武隈。その六人が、全機銃を指向し、何時でも撃てるようにしていた。

 

「この……兵器ごときが……!」

 

天瀬大佐は怒り心頭と言った表情で、六人を睨み付けた。しかし、六人は何処吹く風と言った感じで機銃を向けている。

その六人は、祐輔艦隊の古参艦娘達で、幾多の修羅場を越えてきている。

その彼女達にとって、人間一人の怒気程度はそよ風程度にしか感じられない。

 

「なるほど……貴方の後ろ楯は、強硬派ですか……となると、トラックに居る金瀬少将辺りですか?」

 

「貴様ごときが、金瀬閣下の名を口にするな!」

 

「……語るに落ちる、とは貴方の為にある言葉ですね。天瀬大佐……さて、仮にも上官に対して発砲……見過ごす理由は、こちらにはありませんね」

 

祐輔は呆れた様子でそう呟くと、指を鳴らした。その直後、天瀬大佐一行の背後に人影が現れて、一瞬にして全員を気絶させた。

 

「ったく、背後への警戒が無いとか……軍人として二流以下だよ」

 

「ありがとうございます、川内さん」

 

天瀬大佐一行の背後に現れたのは、川内であった。

軽巡洋艦娘としての高い身体能力と、軽い身のこなしはまさに忍者である。

 

「いやいや、川内さんの隠密はかなりですよ? 僕も、半径50まで近付かれないと気付きませんよ」

 

「私としては、半径10まで気づかれないで近付くのが目標!」

 

川内は、一体何を目指しているのか。

それが心配になる祐輔だった。実を言えば、今居る場所を中心に半径500以内に二個連合艦隊規模の艦娘が、即応態勢で待機しているのだ。

更には、海中ではスピリッツのMS隊も待機していた。

その証拠に、近くの海面が盛り上がり

 

『まさか、こちらの情報が漏れているとはな』

 

と赤いMS、スピリッツMS隊総隊長のフェニックスが呟いた。

 

「元帥に内偵を頼みましょう。吹雪ちゃん、悪いけど彼等を拘束。適当な牢屋に入れておいて」

 

「わかりました!」

 

祐輔の指示を受けた吹雪は、拳銃を仕舞った後に天瀬大佐一行の拘束を始めた。

ポケットから結束バンドを出して、手首をきつく拘束。その後、フェニックスの後から現れたスピリッツのMS隊の手伝いを借りて、全員を牢屋に収容。

それを確認したABF水中仕様が、二隻に特定の周波数で浮上するように通信した。

しかし、これはまだ始まりに過ぎなかった。



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醜悪

「強硬派に、情報が?」

 

『はい。それにより、天瀬大佐が査察として来訪。スピリッツのことを聞いてきまして。表向きのことを告げたところ、拳銃を発砲。弾はステルスを起動させたスピリッツの機体により防がれましたので、僕は無事です』

 

「実力行使に踏み切るか……」

 

祐輔からの報告を聞いて、十蔵は両手を組んだ。

まさか、実力行使に出るとはと思っていなかったようだ。

 

「……今はどうなっている?」

 

『はっ。天瀬大佐一行は、拘束した後に牢に収容しました』

 

「分かった……天瀬大佐一行については、憲兵隊に引き渡してくれ……上官への発砲……殺人未遂で逮捕させる」

 

『分かりました』

 

十蔵の指示を受けて、祐輔は敬礼。それを見た十蔵は

 

「情報が漏れた件に関しては、こちらで内偵を行う……君は、通常通りに」

 

『はっ』

 

そのやり取りを最後に、通信は終わった。

すると十蔵は、振り向き

 

「加賀、人選は一任する……強硬派の内偵を始めろ」

 

「分かりました」

 

と秘書艦の加賀に、指示を出した。

そして十蔵は、受話器を持ち上げて

 

「私だ……すまんが、分隊規模を第三パラオに送ってくれ……検挙対象は、天瀬大佐とその部下数名。罪状は殺人未遂だ……ああ、頼む」

 

とやり取りすると、受話器を戻した。

どうやら、憲兵隊本部に連絡したようだ。そして、これが後に、強硬派一大検挙と呼ばれる事件の幕開けである。

それから数日後。

 

「……ふむ」

 

祐輔は資源に関する資料を確認し、判子をポンと押してから明石に差し出して

 

「許可します。始めてください」

 

と告げた。

 

「分かりました!」

 

書類を受け取った明石は、執務室から退室。そんな明石と入れ替わる形で、エウクレイデスが入ってきて

 

「失礼するわね」

 

と言いながら、机に近づいた。

 

「エウクレイデスさん、どうしました?」

 

「そちらの長門に関する報告よ。やっぱり、かなり長期化するわね」

 

祐輔の問い掛けに、エウクレイデスはそう答えた。心因性による失明。それにより、長門はまともに生活するのも困難になっていた。

 

「元より、簡単に治るとは思っていません……最善を尽くしましょう」

 

「そうね。やるだけやるわ」

 

祐輔の言葉に同意し、エウクレイデスは頷いた後に退室。それを見送った祐輔は、窓から空を見上げて

 

「……儘ならないなあ……」

 

と呟いた。

ほぼ同時刻、第二トラック泊地。

 

「ち……あのバカ者め……やらかしおって……」

 

そこでは一人の将官が、日本本土からの新聞を読んで舌打ちしていた。

その将官の名前は、金瀬豪一(かなせごういち)少将。

天瀬の上官にして、天瀬にスピリッツの詳細な情報を入手してこいと口頭で命じた張本人である。

しかし金瀬が見ている新聞には、天瀬が上官を銃撃し逮捕されたと記されてあり、他にも余罪が複数あるとしていると書かれてある。

そこまで一読した金瀬は、新聞をゴミ箱に放り捨てて

 

「あのような役立たず、もう知らん」

 

と吐き捨てるように言った。

金瀬の持論は、役立たずは百害あって一理なし。であり、それを証明するかのように、一度でも失敗した者は容赦なく切り捨てている。

 

「……さて……そもそもが、あのような青二才の若僧が、私と同じ将官になっているというのがおかしいのだ……艦娘だがなんだか知らんが、たかが兵器に好かれる必要など無い……穏健派の連中は生温いのだ……絆の力? は、馬鹿馬鹿しい……そんな目に見えん力に頼る時点で、奴等に軍人たる資格などない……今こそ、軍は私のような軍人の家系の者が仕切り、果てには日本が世界を取り仕切るのだ……」

 

金瀬はそれが当然だと言わんばかりに、恍惚とした様子で語った。

金瀬の実家たる金瀬家は、長い間日本の軍に多数の優秀な軍人を輩出している家系で、金瀬はそれを誇りに思っていた。

それ故か、金瀬は一般選出されている提督達を快く思っておらず、数多の妨害をしてきた。

資源をわざと滞らせたり、遠征に出ている艦隊の航路上に数多くの機雷を仕掛けさせて、遠征を失敗させたり。

中には、ケッコンカッコカリに至った艦娘を襲撃させて轟沈させたりした。

それらが表沙汰になれば、金瀬は間違いなく失脚するだろう。しかし、それが露見しないように金瀬はあの手此の手の策を張り巡らした。

配下の提督に極秘裏に滷獲させた深海側の兵装を横流しし、その兵装を装備させて襲わせたり。自身の艦娘を捨て駒にして深海悽艦を誘導し、吹き飛ばさせたりと。まさに多岐に渡る。

そうやって金瀬は、少しでも自身の情報を探り始めた提督達を排除してきた。

そして、死んだ提督達に対し、何時も

 

「その程度のことも予想出来ない役立たずが、軍に居る必要は無い」

 

と言うのだ。

 

「さて……あの若僧をどうしてくれようか……」

 

と金瀬は、指で机を軽く叩き始めた。

だが金瀬にとって予想外だったのは、スピリッツの戦力と能力だったのは、この時は予想しようがなかった。

そう、隠密に特化した機体が潜入していようとは、予想していなかったのだった……



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隠者

二隻が艦娘となって、少し経って数ヵ月。

二人は一室で、今現在秘匿行動中の機体からの報告文章を読んでいた。

 

「……本当に、人は同じ過ちを繰り返します……」

 

「そうね……」

 

その文章には、ある提督がしている汚職の数々が記載されていた。公文書偽造、違法転売、艦娘に対する扱いと挙げたらキリが無い。

 

「……私達は、正義の味方ではありません……」

 

アークエンジェルは、そう言いながらゆっくりと目を閉じた。スピリッツは傭兵であり、傭兵とは戦いを仕事にお金を貰う仕事だ。

中には傭兵なんか嫌いだと言う人も、少なからず居るだろう。それが、悪いことだとは言わない。

悪く言えば、傭兵というのは敵対する相手を殺してお金を貰う人殺しだ。

死の商人に近いだろう。だが

 

「しかし……人の業で泣く子達が居るのなら……救う理由にはなります」

 

アークエンジェルはそう言って、目を開いた。その目には、強い意思を感じさせる光があった。

 

「隠密作戦で行きます……」

 

「はいはーい。動かすのは少数。妨害能力持ちの機体がいいわね……」

 

そこまで言うと、二人は揃って目を閉じた。どうやら、部隊の中から最適な機体を選んでいるようだ。

そして、数秒後。

 

「彼等を出します……さあ……隠者部隊(ハーミット)出撃……まず情報を得るために、保護しましょうか」

 

とアークエンジェルは告げた。

それから、数日後。

 

「私、ここまでかな……」

 

海原を、一人の艦娘が航行していた。

その艦娘は、左手に紅白に塗られた弓を持ち、緑系の服を着ているが、左足の部分にづほの文字が見える。

彼女は、祥鳳型軽空母の瑞鳳だ。

彼女は第二トラック泊地所属の艦娘で、今回の敵地強行偵察艦隊の旗艦だった。

偵察は概ね成功し、敵地の艦隊規模や姫級の有無を知ることが出来て、後は帰還するだけだった。

だが、そこに敵艦隊が襲撃してきた。

もちろん瑞鳳の艦隊は奮戦したが、相手が強すぎた。仲間は一人ずつ連絡を断ち、気づけば瑞鳳だけになっていた。

そして瑞鳳も、被弾から攻撃は出来なくなっていた。

燃料も、残り僅か。

 

「……どうして、こうなっちゃったかな……」

 

瑞鳳はポツリと呟き、過去を振り返った。着任した時は、誰かのために一生懸命頑張ろう。と意気込んでいた。

だが、提督からの扱いは悪かった。

瑞鳳がどんなに戦果を上げても、褒めてもらうどころか見向きすらされなかった。

そしてある日、同時期に着任した重巡洋艦の鈴谷が沈んでしまった。

原因は、鈴谷が迂闊に前に出すぎたために戦艦級の集中砲撃を受けたらしい。

それに関して、提督は

 

『死んだのは、あやつが無能だったからだ。無能な奴は不要』

 

とだけしか言わなかった。その時の提督の目は、瑞鳳を見ていなかった。

そして、ようやく瑞鳳は理解した。提督は、瑞鳳だけでなく、艦娘を道具としか見ていないと。

しかも、一回でも失敗した艦娘には容赦しなかった。

ある日、一人の駆逐艦娘が遠征でバケツを拾えなかった。それだけで、提督はその駆逐艦娘を単艦で情報収集に向かわせて、轟沈させるまで情報を送らせた。

怖かった。無線で、その駆逐艦娘の悲鳴と嘆願が聞こえたが、提督は眉ひとつ動かさずに情報を送らせ続けた。

そこから瑞鳳は、機械的に動くようになっていた。生きるために。

 

「……どうすれば、よかったのかなぁ……」

 

涙を流しながら瑞鳳は、曇り空を見上げた。

それが、敵艦載機から瑞鳳を守っていた盾だった。だが、雲の切れ間が少しずつ増えてきている。もう、長くは保たないだろう。

 

「……お姉ちゃん……私、どうすればよかったのかなぁ……」

 

大好きで、泊地で唯一の癒しだった姉の祥鳳。

祥鳳は、心配するかなぁ。と瑞鳳が思った時、滔々機関が止まった。燃料が無くなったようだ。

そこに、轟音と共に数本の水柱が立ち上った。

どうやら、敵艦隊に捕捉されたらしい。

 

「……お姉ちゃん……先に逝くね……」

 

瑞鳳はそう言って、ゆっくりと目を閉じた。だが、何時まで待っても攻撃がこない。それを不思議に思った瑞鳳は、恐る恐ると目を開けた。

そして瑞鳳の視界に入ったのは、緑色に輝く粒子。

 

「……なに、これ……?」

 

それが何なのか分からず、瑞鳳は疑問の言葉を漏らした。そして、瑞鳳は気付いた。

 

「まさか……深海が、全滅した?」

 

遠方に、夥しい数の黒煙が上がっている。その方向は、深海艦隊が瑞鳳を追い掛けてきていた方向だった。

 

「……一体……」

 

『確認するが、君も第二トラックの艦娘かな?』

 

声のした方向に顔を向ければ、緑色の光を吹き出す人型が居た。

 

「……あ、貴方は……?」

 

『俺は、傭兵部隊スピリッツ、ハーミット隊所属のダブルオーザンライザー・XXXX……まあ、好きに呼んでくれ』

 

これが、彼女の。否、彼女達の救いになる者との出会いになる。



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決意

「あ……陽炎ちゃん! 名取ちゃん!」

 

「瑞鳳さん!」

 

「良かった……無事で……」

 

ダブルオーザンライザー・XXXXに救われた瑞鳳は、白亜の巨艦。エウクレイデスに収容された。

その艦内で瑞鳳は、艦隊を組んでいた陽炎、名取と再会し、嬉しさで抱き合っていた。そこに、蒼い装甲の人型が近寄り

 

『申し訳ありませんが、旗艦は何方ですの?』

 

と問い掛けてきた。

 

「えっと……貴女は……」

 

『失礼しました。私は、ケルディムガンダム・アンダイン。アンダインで構いませんわ』

 

瑞鳳が問い掛けると、蒼い装甲の人型。ケルディムガンダム・アンダインは、名乗りながら頭を下げた。

 

「えっと、旗艦は私ですけど……」

 

『着いてきてくださいまし。艦長が会いたいと言ってますわ』

 

「わかりました……」

 

アンダインの説明を聞いて、瑞鳳はアンダインの後に着いて歩いた。

 

(凄い広い……全体を見たのは、短い時間だったけど……それでも、最低500mは越えてた……それに……潜航能力もあるなんて……聞いたことないよ、そんな艦……)

 

通路を歩きながら瑞鳳は、周囲を見回した。時々すれ違う妖精は、物を持っている妖精以外が壁際に寄って敬礼してくる。

それだけで、非常に統率の取れた部隊だと分かる。

 

『着きましたわ』

 

アンダインのその言葉で、瑞鳳は艦長室と書かれたプレートが掲げられたドアの前に到着していることに気付いた。艤装は艦に収容された際に外されたのだが、少ししたら身に纏っていた衣服が直っていた。

その衣服の乱れを直していると、アンダインがノックして

 

『艦長、先の艦隊の旗艦殿をお連れしましたわ』

 

と言った。

 

『入っていいわよ』

 

中から入室するように促されて、瑞鳳はアンダインが開けたドアを潜った。そんな瑞鳳を出迎えたのは、椅子に深く腰かけたエウクレイデスだった。

 

「初めまして。私は、傭兵部隊スピリッツの万能工作艦艦長のエウクレイデスよ。よろしくね」

 

「第二トラック泊地所属、敵泊地強行偵察艦隊旗艦の瑞鳳です……助けていただき、ありがとうございます」

 

エウクレイデスの後に名乗ると、瑞鳳は頭を下げた。

聞いたことの無い部隊だが、助けられたことは事実。ならば、旗艦として礼は尽くした。

すると、エウクレイデスが

 

「実は、貴女に聞きたいことがあるのよ」

 

「……なんでしょうか? 私に答えられるなら、答えますが……」

 

エウクレイデスの問い掛けに、瑞鳳は僅かに間を置いてから返答した。やはり、軍に所属している身なので、機密は教えられないのだ。

 

「貴女達が所属している、第二トラック……その提督に、かなり黒い噂がある……そう、捨て艦とか……」

 

「つっ……」

 

エウクレイデスの告げた単語に、瑞鳳は思わず拳を握りしめた。事実だっからに他ならない。

 

「……ごめんなさいね……私達も、少し前から情報を入手したばかりでね……ただ、先日に……こんな子を保護したのよ」

 

エウクレイデスはそう言って、モニターを点けた。そのモニターの映像を見て、瑞鳳は目を見開いた。

そのモニターに映っていたのは、知り合いだったからだ。

 

「古鷹! 翔鶴! 初雪! 深雪!」

 

それは、つい先日にKIA認定された同僚達だった。

行ったのは、接近してきていた深海艦隊の迎撃。確かに撃滅出来たが、全滅したとされていた。

 

「彼女達を助けられたのは、本当に偶然でね……私達がある海域に到着したら、彼女達が包囲されてたのよ……まあ、部下が先行出撃してくれてたから、間に合ったんだけど……ただ、重傷でね……まだ、目覚めないのよ……」

 

「いえ……助けていただいただけでも……感謝します……」

 

瑞鳳は涙を拭くと、毅然とした態度でエウクレイデスと向き直って

 

「私で善ければ、知りうる情報を教えます」

 

と宣言した。

それを聞いたエウクレイデスは、嬉しそうに頷いた。

そして、十数分後。

 

『艦内の案内は、その水色ハロが致しますわ』

 

『ハロハロ、ヨロシクナヨロシクナ!』

 

「わあ……可愛い……」

 

アンダインから受け取った水色ハロを両腕で抱いて、眼を輝かせていた。どうやら、ハロの見た目を気に入ったようだ。

そのハロを抱きながら、瑞鳳は艦隊が待っている部屋に向かった。

その歩みは、心なしか軽いようだった。



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合間の進捗

「……これは、本当ですか?」

 

『間違いないわよ。第二トラック所属の瑞鳳って子に聞いたからね』

 

パラオ泊地の執務室でエウクレイデスからの報告を聞いた祐輔は、思わず唸りながらパソコンを見た。

そこには、第二トラックの提督が行っているとされる悪事が事細かに書かれてある。

捨て艦、艦娘に対する扱い、不法な艦娘運用、etcetc……

挙げたらキリがなく、逮捕されるのは確実だろう。

しかし、逮捕されていないのは

 

「……第二トラック……いえ、下手したらトラック全域の憲兵が買収されてる可能性が高いですね……」

 

第二トラックの提督、金瀬少将により第二トラックの憲兵達は買収され、見てみぬ振りをしているのだろう。

でなければ、金瀬少将は逮捕されていておかしくない。

 

「……憲兵隊も、大規模に居なくなるかな……そうなると……」

 

と祐輔が考えていると、エウクレイデスが

 

『とりあえず、私達はまだ情報収集と第二トラックの艦娘達の保護を続行。先に保護した娘達に関しては、既にそちらに送ってるわ。護衛に、デルタカイを着けてる』

 

「わかりました。こちらでも、口裏を合わせておきます」

 

その会話を最後に、エウクレイデスとの通信は終わった。そして祐輔は、吹雪を呼び

 

「吹雪ちゃん、長門さん、加賀さんの二人を呼んできて。多分、そろそろエウクレイデスさんが送ってくる娘達がVTOLで来る筈ですから、口裏を合わせるよう話し合います」

 

と告げた。

それから数十分後、一機のVTOLがパラオ泊地に到着した。その中から、瑞鳳を先頭に陽炎、名取が降りてきた。そして、僅かに遅れてデルタカイが着地し

 

『ガンダムデルタカイ・フレスベルグ、彼女達の護衛で来ました。引き渡しの手続きをお願いします』

 

と言ってきた。それを聞いて、吹雪が

 

「司令官に代わり、総秘書艦の私。吹雪が彼女達を引き取ります。お疲れ様でした」

 

と敬礼しながら、瑞鳳達を迎え入れた。

そして、フレスベルグが踵を返すと

 

「あ、あの! ありがとうございました!」

 

と瑞鳳が頭を下げた。

すると、フレスベルグは振り返り

 

『礼ならば、彼等に……我々に調査を依頼したのは、そちらの方々だからな』

 

と言って、離れた。

それを見送った後、吹雪は

 

「それでは、着いてきてください。今から話し合いをしましょう」

 

と瑞鳳達に提案し、瑞鳳達も頷いてから吹雪の後に続いたのだった。

その頃、第二トラック泊地執務室。そこで金瀬少将は、唸り声を漏らしていた。

 

「何が起きている……」

 

ここ数日、金瀬指揮下の艦娘達が次々と消息を絶っている。中には腕利きだった重巡洋艦娘の鳥海も居たのだが、突如起きた通信不良とレーダーロストから行方知れずになってしまった。

鳥海率いた艦隊も、全員が行方不明になり、最近は艦隊の立て直しに時間が取られてしまい、思うように戦果が挙げられない。

 

「ええい……忌々しい艦娘共め……! 道具なら道具らしく、使い潰されるのが筋だろうに……!」

 

金瀬は予想外に時間を取られたことに苛立ち、持っていた鉛筆を真ん中からへし折った。

だが、彼は知らない。今海軍内では、対主義者一斉検挙の準備が着々と進んでいることに。



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準備

スピリッツが第二トラック泊地に関する情報収集を始めて、約一週間。その間スピリッツは、直接潜入の傍らで第二トラック泊地の艦娘達を助け続けた。

 

「……まさか、私達を助ける存在が居るなんて……」

 

「憲兵ですら、あの提督の言いなりだったのに……」

 

『……これで、第二トラックの憲兵は件の提督に買収されてることが確定したか……』

 

新たに助けた鳥海と千歳の二人の話を聞いて、イクスフォスは腕組みしながらそう呟いた。

問題は、買収されたのが第二トラックの憲兵だけなのか、それともトラック泊地全域の全憲兵なのか、ということになる。

今や人員不足は世界中で深刻であり、帝国海軍に至っては急速な戦線拡大に伴う拠点の増設で、更に深刻化していた。

特に憲兵が顕著で、本土では一部の拠点は憲兵が居らず、本部の憲兵が巡回。または、秘匿捜査している位だ。

もし一拠点の憲兵全員が逮捕されたら、人員不足は更に深刻化してしまうだろう。

 

『それを悩むのは、俺達の仕事ではないがな……』

 

イクスフォスはそう判断すると、考えるのを止めた。

そうして、数日後。第三パラオ

 

「こちらが得た情報は、以上になります」

 

『ご苦労だった……しかし、ここまでとはな……こちらの予想以上だ……』

 

「自分もです……まさか、ここまでやるとは思いもしませんでした……」

 

元帥の言葉に、祐輔は同意した。

金瀬少将のことを元帥とスピリッツで調べ続けた結果、艦娘の人身売買が発覚したのだ。もちろん、艦娘を売買することは違法であり、発覚すれば軍人は銃殺刑は免れない。企業の場合はその企業の廃業だけでなく、莫大なお金を払うことになる。

 

「問題は金瀬少将の逮捕から連なるだろう、反発……特に、主義者達が反乱する可能性が高いかと……」

 

『確かにな……本部にも、少なからず主義者は在籍している……』

 

帝国海軍も、一枚岩ではない。今は、対深海悽艦という人類の大敵と戦うために纏まっているに過ぎない。

だが、もし派閥内の大戦果を挙げている将官が逮捕されたとなれば、反発からの反乱は避けられなくなるだろう。

 

『しかし、その心配は無用だ……既に、策は練っている』

 

「……分かりました。問題は、憲兵の人員不足ですが……」

 

『そちらも、対策している……貴様には、先に話しておこう』

 

元帥のその言葉に、祐輔は軽く驚いた。確かに祐輔も将官だが、今はパラオの提督となっている。以前までは横須賀の提督だったために、時折本部に出向し、元帥の補佐をしていた。

だが今は、その権限は無い筈である。

 

『確かに、今の貴様はパラオの提督だ。だが、私の部下という立ち位置は変わらん……』

 

「は、分かりました……して、その対策とは?」

 

『一部の妖精を、戦力化。そこから、憲兵隊に所属させる』

 

「な……」

 

それは、妖精が現れてから誰も考えたことが無かったことだった。確かに、一部の妖精は非常に高い能力を有していて、そういった妖精は整備や医療に携わさせている。しかし、戦力化させるとは誰も考えなかったのだ。

 

『これを考えついたのは、本当に偶然でな……半年程前に小銃のような物を持っている妖精と軍刀を持っている妖精を見つけてな……加賀と長門に訳して貰ったら、一部の妖精は陸戦能力を有していることが発覚した。今は、その装備も開発中だが……それを利用する形になるが、憲兵隊の隊長と会議して、妖精を訓練し憲兵に組み込むことを決定した』

 

「そんな妖精が……」

 

元帥の話を聞いて、祐輔は思わず腕組みした。

そもそも妖精は、未だに未解明な部分が多分にある存在で、艦娘に深く関わっているとしか判明していない。

 

『故に憲兵の人員不足は、何とかなる……後は、主義者達の一斉検挙だ』

 

「その為なら、こちらも粉骨砕身する所存です」

 

祐輔はそう言いながら、胸元に手を当てた。実は祐輔は、提督でありながら高い陸戦能力も有している。

それにより、陸戦隊の指揮権限も有しているのだ。

 

『その時になれば、通達する』

 

「はっ」

 

そうして、祐輔と元帥の通信は終わった。後は、時を待つのみ。



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海中で

「いったい、どういうことだ!?」

 

と男、第二トラック泊地の提督たる金瀬は、怒鳴りながら拳を机の天板に叩き付けた。すると、執務室に来ていた一人の艦娘。

翔鶴型二番艦の瑞鶴は

 

「だから、遠征中だった第四艦隊は、全員ロストしたって言ってるのよ」

 

と呆れた様子で、報告した。

 

「全員、一斉にか!?」

 

「ええ、そうよ。レーダーも通信も、一斉に消えたわ」

 

金瀬の怒声混じりの問い掛けに、瑞鶴はシレッと答えながら詳細が書かれた書類を金瀬の机に軽く放るように置いた。

 

「けど、あの海域は元々、敵姫級の支配圏で、敵精鋭艦隊の待ち伏せが予想されてた。そこに、非武装で遠征艦隊を派遣するって決めたのは、提督よ?」

 

瑞鶴がそう言うと、金瀬は瑞鶴を睨み付けて

 

「なんだ、私が悪いとでも言いたいのか!?」

 

と怒鳴った。気が弱い艦娘だったら、萎縮してしまう程の声量と怒気だった。

 

「あら、自覚あったんだ」

 

「貴様! 兵器の分際で!?」

 

金瀬は怒りからか、懐から拳銃を抜いて、瑞鶴に向けた。だが瑞鶴は、落ち着き払って

 

「へぇ、この基地唯一の空母を撃てるの?」

 

と問い掛けた。

その言葉に、拳銃を持っていた手が震えた。ここ最近、原因不明の艦隊の消息不明事件で、第二トラックの戦力はがた落ち。特に、空母は今居る瑞鶴のみとなってしまった。空母の有用性は金瀬も理解しているおり、処分で射殺が出来なくなっていた。

 

「言っとくけど、戦艦もよ? 駆逐艦は数は多く居るけど、練度はお察しね。事実、壊滅よ」

 

「ぐっ……!」

 

確かに、瑞鶴の言葉通り、以前に比べたら壊滅的打撃を受けていた。今深海艦隊の襲撃を受ければ、間違いなく全滅するだろう。

 

「じゃあね、提督」

 

瑞鶴は振り向きながら手を振って、ドアを開けて出ていった。金瀬は拳銃を投げ捨てて

 

「兵器風情が、粋がりおってぇぇぇぇ!!」

 

と怒声を挙げ、近くの物に当たり散らし始めた。

 

「私が有効活用してやっているから、今まで生きてこれたのではないか! それを忘れおって! おのれおのれおのれ!!」

 

幾つかの家具を壊した金瀬は、荒く呼吸をしながら

 

「しかし、何が起きている……まさか、深海の新兵装か……?」

 

と考え始めた。しかし、答えは出ない。詳細を知らないのだから、仕方ない。

一方その頃、第二トラック泊地から少し離れた海域の海中

 

「本当に、ありがとうございました……」

 

と睦月型の艦娘。弥生は、頭を下げた。

 

「まさか、非武装で居るなんて思わなかったわよ……焦ったわぁ……」

 

弥生の言葉を聞きながら、エウクレイデスは頬を掻いた。弥生が率いていた艦隊は、遠征の帰路に就いていたが、そこに空母ヲ級F改率いる空母機動艦隊に襲われた。非武装で、持っているのは燃料や弾薬。

攻撃が直撃すれば、爆発が起きて致命的なダメージを受けるだろう。

直接的な足の速さでは遠征艦隊の方が速かったが、敵の艦載機による襲撃。

もはや、全滅しかないかも。と諦めが滲み始めた時、海中からエウクレイデスが出撃させたMS隊が援護を始めた。

そこからはあっという間だった。まず、制空権を確保し、空母ヲ級F改を両断し撃沈。

深海艦隊を殲滅後、損傷していた艦隊をエウクレイデスに保護。ある程度修理した後、弥生がエウクレイデスと話し合っていたのだ。

 

「それで、非武装にされた理由は……?」

 

「遠征艦隊に、武装は勿体ない。他の艦の重武装化用に確保する……と」

 

エウクレイデスの問い掛けに、弥生は少し俯きながら説明した。

確かに、理には叶っているだろう。だが、危険と分かっている海域への遠征でも武装をさせなかった。

その結果が、6名中3名が大破。1人が中破した。

弥生も、入手した物資を投げてでも離脱に使おうかと思考した程だ。

会話を終えると、弥生は宛がわれた部屋に向かった。

その手前の廊下には、イクスフォスが居たのだが、そのイクスフォスに肩車の形で文月が乗っていた。

 

「文月……何してるの……?」

 

「あ、弥生姉さん。この人が遊んでくれるって」

 

弥生が問い掛けると、頭に包帯を巻いた文月が笑顔を浮かべながら答えた。

 

「イクスフォスさん……ありがとうございます」

 

『いや、構わない……子供は、笑顔が一番だ』

 

弥生が頭を下げながら言うと、イクスフォスは文月を両手で高く持ち上げた。

 

『本当なら、俺達が表だって動ければいいんだがな……許してくれ』

 

「……制約があるようですから、仕方ないですよ」

 

イクスフォスは文月を下ろした後、二人に頭を下げた。やはり、いくら戦う力を持つ艦娘とは言っても、見た目は幼い少女だ。

イクスフォスからしたら、戦うべきは純粋な戦闘兵器たる自分達の役目と考えていた。

 

「でもぉ、イクスフォスさんが来てくれたから、私達は助かったんだ。だから、ありがとうね」

 

『……あぁ』

 

文月が笑顔を浮かべながら感謝の言葉を述べると、イクスフォスはコクりと頷いた。

そして、これから数日後に大きく動くことになる。



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傭兵動く

その日、大本営に激震が走った。

それが起きたのは、明け方だった。明け方、憲兵達が同時に複数の提督達。通称、主義者達に対して一斉検挙に動いたのだ。

罪状は、艦娘に対する不当な扱いが主たる罪状。

他に、命令不服従、資材の横領など様々な罪で検挙されていった。中には激しく抵抗する者も居たが、重傷を負わせながらも検挙された。

元帥の一大検挙作戦が始まったのだ。

 

「報告します! 主義者並びに主義者に連なる者達の一斉検挙は順調! 現在、約7割を検挙しました!」

 

「ふむ……死傷者はどうなっているか?」

 

「はっ! 幸いにも、双方に死者は出ていません。しかし、双方に重軽傷者が多数出ており、詳細な人数は只今集計している最中であります」

 

報告にやってきた一人の憲兵の報告に、元帥は一度頷いた後

 

「分かった。引き続き、ことに当たってくれ。くれぐれも、死者を出さないように」

 

「はっ!」

 

元帥の指示に、その憲兵は敬礼した後に元帥の執務室から退室。それを見送った元帥は、窓から外を見上げて

 

「これを、後の歴史家達がどう取るかは分からんが……これで、国内が安定してくれることを願うが……」

 

と呟いた。そこに、湯飲みを乗せたお盆を持った大和が来て

 

「一息入れてください、元帥。起きてから、気を張りつめぱなしではないですか」

 

と忠告してきた。

元帥が目覚めてから、早数時間。元帥はその間ずっと気を張りつめ続けていた。何時如何なる不測の事態が起きても、即座に対処するためだ。しかし、今まで一度もそう言った報告は聞かない。

だから大和は、休息を入れるように促したのだろう。

 

「すまんな、大和」

 

大和から湯飲みを受け取った元帥は、一言言ってからお茶を飲んで、本当に少しだが気を緩めた。

その時だった、ドタドタという忙しい足音が響き

 

「元帥! 緊急事態です!」

 

と一人の海軍兵が、入ってきた。

 

「何事だ」

 

「はっ! トラック泊地に、深海艦隊の大規模侵攻を確認! 第三トラック泊地からの通信が途絶しました!」

 

「なんだと!?」

 

予想外の報告に、さしもの元帥も腰を上げた。第三トラック泊地は、トラック泊地の中では比較的新規の拠点だが、それでも規模の大きい拠点だった。

そこからの通信が、完全に途絶えたとなれば、かなりの大規模侵攻だと分かる。

 

「大至急、付近の艦隊と拠点に救援を打電! 今、トラックを失う訳にはいかん!」

 

「はっ!」

 

元帥の指示を受けて、その兵士は走り去った。それを見送った元帥は、大和に

 

「大和、場合によっては、彼らに要請する可能性がある。用意を頼む」

 

と告げた。

少し時は遡って、場所は変わってトラック泊地。

 

「くそ! 何故今、深海共が攻めてくる!」

 

『議論している時ではない! そちらの艦隊は、どうなっているか!?』

 

『ダメだ! 奴らの数が多すぎる! 第三艦隊からの通信が途絶! 第四艦隊も、壊滅状態だ! これ以上は、戦線の維持が……があぁぁぁぁ!?』

 

「牧本中佐!?」

 

金瀬が呼び掛けるが、返ってくるのは虚しいノイズのみ。金瀬は歯噛みしながらも

 

「金城大佐! 出せるだけの全艦娘を出せ! 今は四の五の言っている場合ではない!」

 

『わ、わかった! 全艦隊出撃させる!』

 

そこで、金城大佐との通信は終わって、金瀬は執務室から飛び出した。

 

「今ここで、死ぬ訳にはいかない! 私こそが、帝国海軍を率いるのに相応しいのだ! 艦隊など、幾らでも建て直しが効く!」

 

金瀬はそう言いながら、ある場所へと一目散に駆けていく。その途中で

 

「何処に行く気で?」

 

と声を掛けてくる一人の艦娘。

今となっては、唯一の戦艦娘、霧島である。

 

「決まっている! 私は脱出する! ここで死ぬ訳にはいかんのだからな!」

 

金瀬の言葉に、霧島は深々とため息を吐いた。そして

 

「ご存知かと思われますが、敵前逃亡は重罪ですが」

 

と首を傾げた。しかし、金瀬は

 

「何を言うか! 私のような歴史ある軍人の家系の者は重要なのだ! その為なら、あらゆる犠牲は問われず、罪も問われることはない! いや、問わせない!」

 

と声高に叫んだ。

それを聞いた霧島は、呆れた様子で

 

「聞いた私が愚かでしたね……」

 

と告げた。次の瞬間、艤装を展開し、金瀬が進もうとしていた道の天井を砲撃。道を塞いだ。

 

「貴様! 何を!?」

 

金瀬は驚くが、霧島は無視し更に砲撃。今度は金瀬が来た道を塞いだ。そして、その場から身を翻すと

 

「では」

 

とだけ言って、今自身が通った道の天井を砲撃し、道を塞いだ。それにより、金瀬は極狭い範囲に閉じ込められてしまった。

 

「おのれ、兵器ごときが……!」

 

金瀬は悪態を吐きながら、窓に駆け寄った。

しかし、今居るのは最上階たる三階。しかも、施設の都合上で崖の上に建っていて、遥か下には海が見える。

いくらなんでも、無事に済むとは思えない。

 

「おのれ……おのれぇぇぇぇぇ!!」

 

金瀬はどうすることも出来ず、ただ怨嗟の声を上げることしか出来なかった。

そして時は戻り、海上。

 

「霧島! 残弾は!?」

 

「後、残り2割というところ……ね!」

 

瑞鶴からの問い掛けに、霧島は敵からの砲撃を手の甲で弾き飛ばしてから告げ、砲撃を撃った。

その数十秒後、遠く離れた場所から爆発音が聞こえてきた。どうやら、直撃したらしい。

 

「瑞鶴は!?」

 

「私は……次が、最後……になるみたい」

 

瑞鶴はそう言いながら、矢筒から最後の矢を取った。

その時だった、風切り音が耳に入り

 

「瑞鶴、回避!!」

 

と霧島が忠告するが、間に合わなかった。

 

「ぐっ!?」

 

「瑞鶴!?」

 

瑞鶴に、砲撃が直撃。瑞鶴が着ていた服は破け、カタパルトは破損。更には、徐々に傾斜を始めた。どうやら、浸水が始まってしまったようだ。

 

「瑞鶴、後退を!」

 

「いいえ……最後まで、発艦を続けるわ……」

 

霧島は後退するように促すが、瑞鶴は首を振って矢を弓につがえた。そして、思い出したように

 

「瑞鶴から、全妖精に通達……発艦要員以外は、即座に退艦……発艦後、発艦要員も退艦せよ」

 

と告げた。

 

「瑞鶴!?」

 

「ごめんね、霧島……さっきの砲撃で、スクリューが死んだ……後退出来そうにないの……だからって、霧島が牽引するのも無し……でないと、霧島まで沈む可能性が高すぎるから……」

 

霧島の呼び掛けに、瑞鶴は何処か諦めた表情でそう言った。

 

「これが、私の最後の発艦よ……この子達を打ち出す……発艦だけは全うする……必ず、空へ……上げてあげるから……! 今まで負け戦続きだったけど……今度は……私の勝ちだ……!!」

 

彼女の言う負け戦とは、彼女と出撃した僚艦が敵の攻撃で沈んでいったことだ。戦闘としては勝っているが、それでも瑞鶴にとっては負け戦だった。

しかし今回、彼女の僚艦たる霧島は未だに健在。

更に言えば、今彼女が発艦させようとしているのは、彼女の中でも最精鋭の零式戦闘機62型爆戦。

爆撃と対空戦もこなす傑作機と呼べる機体だ。

 

「行って……! 私達のために……!」

 

瑞鶴はそう言いながら、その矢を放った。

放たれた矢はカタパルトの上を通り、無事に発艦。空中で12機の戦闘機になって、空へと上がっていく。

それを見送り、霧島に

 

「霧島……退艦した子達……お願いね……」

 

「瑞鶴……!」

 

瑞鶴から降りていく小舟には、妖精達が大勢乗っている。それを回収するために、霧島は片膝を突いた。その時、再びの風切り音が聞こえてきた。

 

「瑞鶴!」

 

「……翔鶴姉……皆……今から、そっちに行くね……」

 

瑞鶴は自身に迫ってくる数発の砲弾を見ながら、そう呟いた。

その直後、全ての砲弾が光りに貫かれて爆発した。

 

「……え……?」

 

訳が分からず茫然としていると、空中を見たことのない人型が飛んでいった。

 

「今のは……?」

 

『こちら、傭兵部隊スピリッツ……これより、貴艦達を援護する!』

 

霧島が呟くと、味方のオープンチャンネルでそう聞こえてきた。



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迎撃戦 1

「傭兵……部隊……?」

 

と瑞鶴が呆然としていると、一人の艦娘。

軽巡洋艦娘の長良が

 

「霧島さん、瑞鶴さん! 海中に反応! 凄い大きいのが、浮上してくる!」

 

と声を張り上げた。その直後、海中から二隻の白亜の巨艦が海水をまるで滝のように降らしながら、姿を現した。

 

「なっ……」

 

「で、デカイ……」

 

霧島と瑞鶴が驚いている間に、その二隻は更に動きを見せた。まず、各所の武装を解放。戦闘態勢に入った。そして、次々と人型を発艦させた。

 

「味方……?」

 

瑞鶴が呆然としていると、霧島が

 

「瑞鶴、あれ……翔鶴さんでは?」

 

とその二隻から発艦された一機を指差した。

近づいてくる白地に青いラインが特徴の緑色の光を撒き散らす機体がお姫様抱っこしているのは、間違いなく瑞鶴の姉。翔鶴だった。

 

「翔……鶴姉……翔鶴姉……?」

 

最初は信じられないといった様子の瑞鶴だったが、徐々に明確になるその長い白い髪は、間違いなく翔鶴だった。

 

「瑞鶴!」

 

「翔鶴姉!!」

 

機体、ダブルオーザンライザー・XXXXが海面に立たせると、翔鶴は斜めになっていた瑞鶴を抱き締めた。

その段階になり、瑞鶴はようやく自身が知る翔鶴だと分かり、涙を流した。

それを横目に見つつ、霧島はXXXXに

 

「貴方方は……」

 

と問い掛けていた。するとXXXXは

 

『俺達は、傭兵部隊。スピリッツ……要請により、君達の救援に来た』

 

と答えた。この時、霧島のレーダーは一切効かなくなっていたので分からなかったが、現海域に集結していた深海艦隊は凄まじい勢いでその数を減らしていた。

 

「要請……?」

 

依頼人(クライアント)の詳細は言えないが、君達の救援を依頼された……これより、撃滅戦を開始する』

 

XXXXはそう言うと、一気に高度を上げると多数のミサイルを放った。放たれたミサイルは海面ギリギリを這うように飛んでいくと、霧島達を狙っていたらしい軽巡洋艦級に直撃、轟沈させた。

そこに、数人の駆逐艦娘が現れたのだが

 

「霧島さん、瑞鶴さん、ご無事ですか!?」

 

「久し振り、って言えばいいかしら?」

 

「貴女達は!?」

 

霧島が驚くのも、無理はない。そこに現れた朝潮、霞、満潮、荒潮は少し前に轟沈(KIA)認定された艦娘だからだ。

 

「味方の危機に死んだ振りして無視なんて真似、私には出来ません!」

 

「そういうことよ!」

 

「本当、あんな物を飛ばして喜ぶとか、深海は変態よね!!」

 

朝潮の後に、満潮と霞がそう言いながら、向かってくる敵艦載機に対して弾幕を形成した。

しかし、その弾幕を掻い潜って接近する敵機が居た。明らかに、他の敵機と動きが違った。

 

「つっ!? 敵機、直上!! 瑞鶴さん!!」

 

その内の数機の狙いを気付き、朝潮が荒潮と翔鶴が曳航している瑞鶴が狙いだと教えた。

それを聞いた翔鶴は迎撃機を発艦させ、荒潮は機銃を撃ち始めた。しかし、敵機はそれすら掻い潜り、機体下部の爆弾を投下させようとした。

だがその直後、分厚い弾幕がその敵機群を蜂の巣にして、撃墜した。

その濃密な弾幕を形成したのは、両手に連装式ガトリング砲を装備した機体。

ガンダムHA改EXだった。

 

『空の敵は、こちらで引き受けます! 後退を続けてください!』

 

HA改EXはそう言いながら、更に濃密な弾幕を形成し、続々と敵機を粉砕していく。

まさに、蹂躙と言える光景を見ながら、霧島は砲撃し近づいてきていた敵軽巡洋艦級を轟沈させる。

 

「しかし、あれほどの戦力を有しておきながら、今まで知らなかった……朝潮、彼等は今までどこに居たのですか?」

 

「彼等は……パラオに居ました」

 

「パラオ!?」

 

朝潮の答えに、霧島は驚いた。

パラオ泊地はつい最近、ようやく戦力や施設の再建が終了し、活動を再開した拠点だと、霧島は記憶していた。

そのパラオに、常識はずれの戦力を有する傭兵が居た。

となれば、パラオ泊地の指揮官が気付かなかったのか、それとも秘匿していたかのどちらかになる。

しかし、新しくパラオ泊地の指揮官となった人物の評価は霧島も知っている。

だから、気付かなかったという可能性は低いと霧島は思った。ならば、あり得るのは秘匿していたということになる。

だが、秘匿していた理由も察することが出来る。もし、そんな傭兵部隊が居ると主義者や強硬派に知られれば、下らない権力争いの末に敵対する可能性が高い。

 

「……流石は、横須賀の要と言われた提督です……見事な先見の明です……」

 

霧島は称賛しつつ、更に砲撃。対空砲撃していた重巡洋艦リ級を撃沈させた。

 

「つっ……残弾が……!」

 

残弾が、残り一割を切った。後数回砲撃したら、弾切れになるだろう。そんな時

 

「そちらは、第三トラックの艦娘ですね?」

 

と霧島に、声を掛けてくる一人の艦娘が現れた。

それは、北海道の民族衣装を纏った後方支援艦娘の一人。神威(かもい)だった。

 

「貴女は……」

 

しかし、第三トラックに神威は在籍していなかった筈で、霧島は思わず問い掛けた。すると、神威は

 

「私は、パラオ泊地所属の神威です。提督の指示を受けて、あの傭兵部隊の艦に乗せてもらっていました。予備の兵装や燃料、弾薬を持ってきています」

 

と説明し、手に持っていた鞄から、弾薬の入った弾倉を取り出すと、霧島の艤装に装填した。

 

「使ってください!」

 

「感謝します! 弾種91式徹甲弾、装填……照準……敵戦艦級……主砲一斉射……撃てぇ!!」

 

霧島の号令の直後、霧島の艤装の全主砲が火を噴いた。



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迎撃戦 2

「なに、あの空飛ぶ人型……こっちの味方、なの?」

 

と困惑していたのは、第三トラック泊地所属の駆逐艦娘の潮だった。彼女は仲間の海防艦娘と一緒に対潜水艦戦闘をしていた。

途中でソナーが、異様な反応を報せてきて、対処を迷っているうちに海面にその姿を現した。

 

「潮さん、どうするんですか?」

 

「……味方みたいだから、攻撃しないで」

 

対馬からの問い掛けに、潮は僅かに考えてからそう判断した。海中から現れた二隻が、沈んだと思っていた仲間達と一緒に現れたからそう判断したのだ。

でなければ、砲撃していただろう。

 

「潮姉さん、来るよ!」

 

「ん、爆雷投下!」

 

佐渡の報告の聞いた潮は、海防艦娘達にそう指示を下して、自身も爆雷を投げた。数秒後、巨大な水柱が上がると同時に、鈍い悲鳴が聞こえてきた。更に数秒後には、海面に深海潜水艦の残骸が浮かんできた。

 

「撃沈と判断します……一度、燃料と弾薬類の補充に帰投します」

 

『了解!』

 

潮の判断に海防艦娘達は従い、後退を開始した。それを見た潮は、後退戦闘を開始。どうにも少し前から、レーダーが上手く動いてないようだが、それでも砲撃を敢行。当たったらしく、爆発が起きた。

 

「問題は、ここから……!」

 

此れまでの経験から、怖いのは後退戦闘だと潮は思っている。特に殿を担っている場合は、攻撃が集中してくるのも分かっている。

その結果、海中、海上、上空の三次元攻撃が潮に殺到してくる。

 

「くっ!?」

 

潮は駆逐艦としての高い機動力を活かし、砲撃、雷撃、爆撃を回避していく。しかし、濃密な攻撃は完全に回避しきれず、徐々に潮の華奢な体にダメージを蓄積していく。

 

『潮さん!』

 

「構わないで、後退して!!」

 

通信で日振が心配してくるが、潮は一喝。わざと大きく動いて、敵の意識を引き付ける。だが

 

「あぐっ!?」

 

間近で航空機の爆弾が爆発し、潮の動きが一瞬止まった。その直後、潮の居た場所近辺で激しく水柱が乱立する。

 

『潮さん!!』

 

『潮姉さん!?』

 

『返事して!!』

 

海防艦娘達が次々と呼び掛けてくるが、潮には答えられなかった。威力からして、重巡洋艦級の砲撃が潮に直撃。潮は大破し、最早まともに動ける状態じゃなかった。

 

「あ……」

 

明滅する視界を何とか動かし、潮は海防艦娘達が大分離れたことを確認し

 

「みんなは……逃げて……ね……」

 

と呟きながら、急降下してくる数十の爆撃機や放物線を描いて飛んでくる敵砲弾を見た。

 

「素敵な出会い……したかったな……」

 

潮はそう呟きながら、ゆっくりと目を閉じた。その直後、目を閉じていたというのに、凄まじい明るさを感じて、更には連鎖する爆発音を聞いた。

だと言うのに、何時まで待っても身を焼く熱さと激しい衝撃を感じない。

それを不思議に思った潮は、ゆっくりと目を開いた。

 

「あ……れ……敵機と……敵の砲弾が……」

 

そして見えたのは、晴れ渡る青空だけ。迫っていた爆撃機や砲弾が一つも無い。

 

「どう……して……?」

 

『間に合ったか』

 

海面に浮いていた潮に、一機の人型が近づいてきて、優しく潮を抱き上げた。

その黒い機体は

 

『あまり動くな……傷に障るぞ』

 

と言って、頭を斜め上に向けて機銃を撃ち始めた。その機銃により、迫ってきていた敵の爆撃機は引きちぎられて、更には盾から撃った擲弾(グレネード)により海面が大きく盛り上がり、雷撃と低空飛行していた雷撃機が在らぬ方向に流れたり、墜落する。

 

『トライアド1よりマザー。負傷者を一名救助……至急治療の必要性を認む』

 

『マザー了解。トライアド1はマザー2に着艦。残りのトライアド中隊は援護』

 

黒い機体。フレスベルグは、指示に従って、味方と共に後退を開始した。どうやら潮を気遣っているようで、少しずつ速度を上げていっている。

 

「だ……め……です……敵が……」

 

潮はフレスベルグの装甲に手を当てながら言うが、フレスベルグはそんな潮の手を優しく握り

 

『安心しろ……仲間は、他にも居る』

 

と告げた。その直後、似た意匠の頭が特徴の人型機が、次々と潮達の頭上をフライパスしていき、敵陣に突撃していく。

 

『フェニックス1より、レイグ、ブリュンヒルデ隊に通達する! 殺戮舞踏会(ダンスマカブル)だ! 奴等に、死の恐怖を刻み込んでやれ!!』

 

『了解!!』

 

勇ましい声が聞こえると、空を幾筋もの閃光が走っていく。その閃光が当たった敵の戦闘機は当たった部分が蒸発し、力なく墜落していく。深海悽艦の場合は、穴を穿たれて倒れる。一種の異様な光景に、潮は言葉が出なかった。

その間にも、フレスベルグはマザー2。エウクレイデスに着艦。駆け寄ってきた妖精が引いていたストレッチャーに潮を優しく乗せた。

 

『推進材と弾薬の補給を頼む』

 

フレスベルグをそう言うと、先とは違う妖精がビシリと敬礼した。中々微笑ましい光景だが、潮は

 

「貴方達は……なんで……助けて……くれるの?」

 

と問い掛けた。するとフレスベルグは、潮に頭を向けて

 

『依頼だからというのもあるが、助けたいと思ったからだ……人を助けるのに、理由が必要か?』

 

と問い掛けてきて、潮はその言葉に衝撃を受けた。今まで居たトラック泊地では、艦娘は兵器という扱いで、人として接してもらうことは一度もなかった。

 

『さて、仲間が待っている……行かないとな』

 

補給が終わったらしく、フレスベルグはゆっくりとカタパルトに歩いていく。

 

「私達が……人……」

 

フレスベルグを見送りながら潮はポツリと呟いたが、気付かぬ内に頬を涙が流れた。



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迎撃戦 3

「ナンダ……何ガ起キテイル……」

 

深海悽艦トラック泊地攻略艦隊の旗艦たる姫級。空母水姫は、言い様の無い不安に駆られていた。

今回のトラック泊地攻略作戦は南方悽姫の肝いりで発令された作戦であり、投入された戦力は事前に調査したトラック泊地の全戦力を優に上まっていた。その証拠に、途中まではかなりの速度でトラック泊地の戦力を削り続けていて、後一歩で陸地に対して攻撃命令を下せる段階まで進行した。

だがある時を境に、突如として最前線を担っていた駆逐級と軽巡洋艦艦隊との交信が途絶。更に、海中の潜水艦艦隊の過半数が消息を断った。

潜水艦艦隊に関しては、ある一隻からの通信が途絶える直前に

 

『見タコトナイ敵ガ海中ニ』

 

という言葉を最後に、通信が途絶。そこから加速度的に潜水艦艦隊の損害が上がっていき、今や残り三割強しか残されていない。

 

「何故ダ……アソコの提督達ハ、私腹を肥ヤスコトシカ出来ヌ愚物ダッタハズダ……」

 

それもまた、事前の調査で分かっていたことだった。トラック泊地に居る三人の提督は、揃いも揃って録な指揮を執れない者達ばかりで、自分の欲求のために艦娘を食い物にしているか、艦娘を使い捨ての道具程度にしか考えていなかった。

 

「ツッ……第八水雷戦隊ノ信号ガ途絶……通信ガ効カンノガ、コンナニ腹立タシイトハ……!!」

 

空母水姫は苛立たしげに、ギリッと歯を鳴らした。

そこに、副官を勤める防空悽姫が近寄り

 

「ダメネ……レーダーノ殆ドガホワイトアウト……何モ見エナイワ……逃ゲルコトヲ考エタ方ガイイワ」

 

と溜め息混じりに告げた。

それを聞いた瞬間、空母水姫は防空悽姫を睨みつけて

 

「逃ゲルデスッテ!? アンナ能無シ共カラ逃ゲロト言ウノカ!?」

 

と怒鳴りつけた。しかし防空悽姫は、雰囲気を変えずに

 

「今ナラ、一度後退スレバ艦隊ノ再編ガ出来ルワ……特ニ最前衛ノ艦隊……モウ、壊滅ヨ……タマタマ見テイタヲ級ノ話デハ、見タコトナイ敵ガ居タラシイワ……」

 

「見タコトナイ敵……ダト?」

 

防空悽姫の報告に、空母水姫は困惑そうに眉をひそめた。

 

「エエ……コチラの艦載機ヲ優ニ超エル速度デ飛ビナガラ光ノ弾ト剣デ砲弾ヤ艦載機ヲ撃墜シ……瞬ク間ニ残骸ヲ築イテイク」

 

「……ナニヲ言ッテイル……?」

 

防空悽姫の報告に、空母水姫は理解出来ないという表情を浮かべながら首を傾げた。しかし防空悽姫は

 

「マア、無力ハナイワ……私ダッテ、信ジラレナイワ……ケド、ソレナラ納得出来ルノヨ……貴女、私ノ対空火力ハ知ッテルワヨネ?」

 

と問い掛けてきて、空母水姫は思わず頷いた。防空悽姫はその名前の通り、防空能力が非常に高い深海姫級である。それを成しているのが、常識外れなまでに高い対空火力にあった。

その対空火力は、深海全級の中でも郡を抜いてトップランクに位置しており、かつて一度艦娘艦隊と交戦した際、艦娘艦隊が放った艦載機は約九割が撃墜・撃破されて、帰還したのはほんの僅かという記録が記されている。

 

「コノ私デスラ、ソイツラヲ撃破処カ撃墜スラ出来ナカッタワ……」

 

「バカナ……!?」

 

防空悽姫の話を聞いて、空母水姫は固まった。嵐と表現出来る防空悽姫の濃密な対空砲撃ですら、撃墜出来ない相手。そんな戦力がトラック泊地に居るなんて、空母水姫は知らなかったし、情報は無かった。

 

「シカシ……無様ニ逃ゲルナド……!」

 

空母水姫の脳裏に過ったのは、少し前にある警備府に襲撃をしに行ったが無様に負けて逃げ帰ってきた重巡洋艦悽姫を無惨に引き裂いた南方悽姫だった。

南方の深海悽艦の勢力に属する深海ならば、誰もが知っていること。南方悽姫は、何よりも敗北して生きて帰ってきた者を見下し、役立たずとして残忍に処刑する。

そうやって、恐怖による一極統制を敷いているが、南方悽姫自体がかなり強いために誰も逆らえないのだ。

 

「ダガ、コノママ戦ッテモ」

 

防空悽姫がそう言った直後、二人の前方数百mの位置で激しい水柱が上がった。

 

「ナンダ!?」

 

「何事ダ!?」

 

二人が視線を向ければ、親衛隊として配備していた戦艦級の一体が上半身と下半身に両断されていた。

 

『敵の首魁と思わしき個体を捕捉した……フェニックス1よりスピリッツに通達する! 奴らを蹂躙せよ! 生かして帰すな!!』

 

『了解!!』

 

赤い人型機、フェニックスガンダムの指示を受けて、約30に迫るガンダム達が二体の姫級達に迫っていった。



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迎撃戦 終

『目標確認……データ照合から、あれは空母水姫と防空悽姫と確認した……あれらが旗艦だ……あれを撃沈するぞ!』

 

『了解!!』

 

フェニックスの指示を受けて、MS隊は突撃を開始した。それに対し、深海側も迎撃を開始。防空悽姫を筆頭にして、濃密な対空砲撃を放った。

普通だったら、回避のために大きく動かざるをえないだろう。しかし、スピリッツは普通に非ず。動きは最低限のみで、形成された弾幕の隙間を的確に通り抜けて、接近していく。

 

『捉えた』

 

フェニックスはそう言うと、ビームライフルを構えて放った。放たれたビームは、一体の重巡洋艦級の頭に直撃し、消滅させた。それが引き金になったのか、更に対空砲撃が激しくなる。

 

全機散開(ブレイク)!』

 

そこでようやく、スピリッツは大きく動いた。それまで保っていた陣形を解除し、散開した。それに合わせるように、対空砲撃も散っていく。

そこを、二機のガンダムが駆け抜ける。

 

『我等に』

 

『斬れぬモノは無い!』

 

ミコトガンダムとラセツガンダム。二機は海面ギリギリを最高速で飛びながら、深海の砲撃を最低限の機動のみで、前衛迎撃艦隊に突撃。そこからは、蹂躙だった。

ミコトガンダムが振り下ろした長刀はリ級Fを頭から両断し、次に蹴りでへ級の頭を蹴り飛ばした。

それに続くように、ラセツガンダムは両手に持った長刀で二体のイ級後期型を両断し、腕に内蔵されていたGNチャクラム発生器を起動させて、GNチャクラムを発射しチ級の首を切り飛ばした。

そして、最後に二機は同時にネ級F改を撃破した。

その間に、本隊はフェニックスを先頭に再度陣形を展開。二体の姫級に迫った。

しかし、それをさせまいと後衛の迎撃艦隊が全ての火力を一斉に解き放った。

四体の戦艦級と二体のヲ級の迎撃機が、スピリッツに火力を集中させる。

まさに、暴虐の嵐と呼称出来る凄まじい密度の弾幕。

恐らく、並の練度の艦娘だったら、直ぐ様轟沈の憂き目に遭うだろうことは間違いなく、そして攻撃機だったら全機撃墜されていただろう。

しかし、今進攻しているスピリッツは、並の練度ではない。

スピリッツは陣形を保ったまま、機体を砲撃の隙間に滑り込ませるように、進んでいく。

 

『刈り尽くせ!!』

 

フェニックスのその号令の直後、本隊は牙を剥いた。

戦艦ル級F改、通常級の中では非常に高い攻撃力と防御力を兼ね備えた個体で、倒すのは並大抵の練度と装備では成しえない。

だが

 

『遅ぇぇ!!』

 

接近していたオーガカラミティが、一対の対艦刀を抜刀。ル級が構えた盾兼主砲諸とも、一刀両断した。

まさに、一刀両断。一切の抵抗もなく、ル級F改を撃破。それを皮切りに、今度はフリーダムゴスペルが主武装たる両手のビームライフルを構えた。

 

『照準、ロック……外しません』

 

静かに告げると同時に、ビームライフルを撃った。放たれた数発のビームは、一体の軽巡洋艦ツ級の全身を貫通。ツ級は、その身を名前の通りに深海へと消していった。

たった四機に、二体の姫級を守っていた迎撃連合艦隊は、あっという間に事実上の壊滅的大打撃を受けた。しかも、スピリッツはまだ余力を残している。

しかし、迎撃連合艦隊の行動は無駄ではなかった。

二体の姫級の危機に気づいたのか、周囲から更に数十体の深海悽艦が集まってきていた。

詳細か数など、数えるのが億劫になるほどに。

しかし

 

『一気に片を着ける!』

 

フェニックスはそう言って、機体をバードモードに変形。一度上空に上がると

 

『避けてみせな!!』

 

その身に焔を纏い、深海悽艦艦隊に突撃した。

フェニックスの必殺技、バーニング・ファイアである。全身に超高温の液体金属を纏い、相手に体当たりするというシンプルな技だが、シンプルだからこそその威力は絶大だった。

数体の深海悽艦が砲撃を集中させるが、放たれた砲弾はフェニックスに当たる前に蒸発し、意味を為さない。

その光景に固まっていたリ級を、フェニックスは見逃さずに攻撃。直撃を受けたリ級は、瞬く間に蒸発し、世界から存在を消した。

 

『まだまだ!!』

 

その勢いのまま、フェニックスは更にナ級、ホ級、ロ級を次々と蒸発させていく。

その間、他のスピリッツはただ待っていたわけではなく、迎撃を続ける他の深海悽艦艦隊を残骸へと変えていく。

まさに、蹂躙劇。圧倒的数を誇り、人類から制海権を奪った深海悽艦が、蹴散らされていく。長らく対深海と戦い続けた者が見ていたら、信じられなかっただろう。

しかし、今起きているのは夢に非ず。現実だ。

そしてフェニックスが突撃開始してから、僅か数分足らずで、集結した深海艦隊は全滅。

その間に、二体の姫級は姿を消していた。

それを確認したフェニックスは、一度周囲を見回した後

 

『残敵の掃討に移る! 最後まで気を抜くな!』

 

と号令を下し、自らも動いた。



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揺らぎ

これが、今年最後の作品かな?
皆さん、良いお年を!


『付近に残敵無し』

 

『全機帰投するぞ』

 

『了解!』

 

深海悽艦が侵攻してきてから、約数時間後。スピリッツの介入により、深海悽艦は逃げた姫級以外は全滅。トラック泊地側の艦娘達は、司令部が陥落した第三泊地の艦隊以外は、全員大小の損傷は負ったものの全員無事。第三泊地の艦隊は、過半数が沈み、生き残ったのは少数だった。しかし、スピリッツが介入していなければ、トラック泊地は壊滅していただろう。

それを考えると、まだ幸運だったと言える。

トラック泊地が陥落し、深海悽艦の拠点と化したら、大規模化するのは間違いないからだ。深海悽艦はかつての世界大戦で大規模海戦が起きた海域か、大きな被害が出た地域で強力な個体が産まれることが確認されている。

そしてトラック泊地は、かつての世界大戦時に旧日本帝国海軍の一大拠点となり、末期には連合軍の空爆により大きな被害が出ている。

そこから予想すれば、深海に占領されれば強大な陸式の深海悽艦個体が産まれていただろう。

 

『隊長、帝国海軍の艦隊が接近……このIFFは……パラオの艦隊です』

 

『来たか』

 

ケルディムの報告を聞いて、フェニックスはパラオ艦隊が来た方向を見た。確かに、ようやく視認出来る距離にパラオ艦隊を見つけた。その速度から、どうやら速度に秀でた艦娘で艦隊を組んだようだ。

 

『こちら、パラオ艦隊旗艦の霧島です! トラック泊地の皆さん。スピリッツの方々、ご無事ですか!?』

 

『こちら、スピリッツのフェニックス。敵軍は殲滅完了した。ただ、トラックの艦隊に数多くの被害が出ている。至急、整備を要請する』

 

霧島の問い掛けに、フェニックスは簡潔に答えた。少し間を置いて

 

『了解! 後方の指揮船から派遣してもらいます!』

 

と霧島から返答が来た。どうやら、後方にて祐輔が指揮をしているらしく、その指揮船に支援艦娘が乗っているらしい。

 

『しかし……トラック第三は壊滅か……』

 

フェニックスは、激しく燃えている庁舎を見ながら一人呟いた。

場所は変わり、南方。深海悽艦の拠点のひとつ。

 

「イ、以上ガ報告ニナリマス……南方悽姫様……」

 

先のトラック泊地襲撃を指揮した空母水姫と防空悽姫は、南方海域を取り仕切る姫。南方悽姫の前で片膝を突き、顔を蒼くしながらガタガタと震えていた。

二人は、もう自分達の命は助からないと思っていた。一度のミスも許さないのが、南方悽姫なのだ。

 

「ソウ……御苦労ダッタワネ……」

 

「アノ……粛清ハ……?」

 

「シナイワ……今回ハ、トンデモナイイレギュラーガ起キタミタイダシネ……空ヲ飛ブ人型……彼等カラ話ヲ聞イタ時ハ、マサカト思ッタケド……」

 

南方悽姫はそう呟きながら、目を細めた。

 

「南方悽姫様……彼等……トハ?」

 

命の危機が去ったと安堵した空母水姫が問い掛けると、南方悽姫は指を鳴らして

 

「ソウイエバ、言ッテナカッタワネ……貴女達ガ出撃シタ後、出会ッタ奴等ガ居ルノヨ……呼ンデキナサイ」

 

南方悽姫が近くのル級に命じて、数分後

 

『なんだい、南方悽姫……僕達の扱い、決まったのかい?』

 

その部屋に、数体の人型が現れた。その内の一体は、腰辺りからオレンジ色の光りを撒き散らしている。

 

「ネエ、貴方……彼等ヲ知ッテイテ?」

 

南方悽姫は、部屋の巨大なモニターに映されている防空悽姫の戦闘記録の映像を指差した。すると、その人型は

 

『おや、あの英雄気取りの傭兵部隊じゃないか……彼等も、この世界に来ていたんだね』

 

と嘲るように言った。

 

「知ッテイルノナラ、教エナサイ……アイツラハ、何者ナノカシラ?」

 

南方悽姫が問い掛けると、その人型は

 

『あいつらは、傭兵部隊のスピリッツ……英雄気取りのバカな奴等さ』

 

と心底侮蔑したように、そう告げた。



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終結後

トラック泊地迎撃戦。

そう呼ばれることになる大規模深海艦隊の侵攻と迎撃戦。その被害は、トラック泊地が開いて以来の深刻なものであった。

三つあった内の第三泊地は、壊滅。第一と第二も艦娘に多大な被害が出て、もし近い内に再度侵攻が起きれば、全滅は免れないレベルだった。しかし、パラオ泊地から来た祐輔の艦隊の一部がしばらく逗留し、再建を図る間は防衛の任に就くことが決まった。

そして、トラック泊地の再建にあたり、金瀬少将が逮捕された。

主な罪状は、敵前逃亡。霧島からの証言で発覚し、緊急逮捕となった。

それに合わせて、トラック泊地全体の憲兵達も収賄罪で逮捕された。第二泊地の金城大佐は無茶な出撃による資源の無駄遣いを指摘され、厳重注意と降格処分を言い渡されたが、そのまま第二泊地の指揮を執ることを許された。

暫くの間は大本営から派遣された特務艦娘の監視が着くものの、金城中佐は、トラック泊地の再建を開始した。

なお、壊滅したトラック第三泊地の残存艦娘達は、一度大本営預りとなり、身の振り方を決めることとなった。

そして、元金瀬少将配下の艦娘達に関しては、本人達の意志に委ねた。

解体するもよし、異動するもよし。その選択権は、彼女達が決める。しかし、残存の内の約半数が一度本土の艦娘用の療養施設に後送される。金瀬元少将からの精神的苦痛が理由で、休まざるをえなかったのだ。

これに関しては、大本営が療養費を負担することを決定。主に療養することになったのは、幼さが残る駆逐艦娘と海防艦娘が殆んどだった。

そして、パラオ泊地

 

『また映像越しになるが……此度の救援、感謝する』

 

「我々は、依頼を果たしたまでです……報酬さえ頂ければ、否やはありません」

 

その会議室の一室にて、アークエンジェルはモニター越しだが、大本営に居る元帥と会談していた。

先のトラック泊地迎撃戦でスピリッツが出撃したのは、元帥からの依頼があったからだ。報酬は、スピリッツが必要とした資材だ。

 

『しかし、貴艦隊は本当に早いのだな。予想よりかなり早く迎撃戦に参加していたようだ』

 

「それが、我らが艦の自慢ですから」

 

元帥の称賛の言葉を受けて、アークエンジェルは秘かに誇らしくなった、幾多の戦闘を支えた艦の速さを誉められたからだろう。

 

「それで、そちらの作戦の状況はどうなのですか?」

 

『……流石に、耳ざといな……』

 

アークエンジェルの問い掛けに、元帥は僅かに驚いた後に口を開いた。元帥が開始した主義者一斉検挙作戦。

まず、本土の各拠点の主義者は全員検挙。それに連なり、主義者達に買収されていた憲兵達も全員検挙。

海外の拠点は、トラック泊地は今回のどさくさ紛れに検挙した。他の拠点は、多少時間は掛かるが、3日以内には検挙を完了する予定となっている。

 

『これで、我が海軍の膿は出しきる……後の歴史研究者達に何と評価されるか分からんが……ワシは、この行いが正しいと信じる』

 

その言葉を最後に、元帥との通信は終了。それを見計らい、祐輔が

 

「此度は、本当にありがとうございました。また何かあれば、依頼するかもしれません」

 

とアークエンジェルに頭を下げた。

しかし、この時は誰も気づいていなかった。この世界で、世界を賭けた戦いのレベルが、一段上がることに。



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新たな敵

トラック泊地迎撃戦から時は経ち、パラオ泊地。

 

「……第三遠征艦隊が、襲撃を受けた?」

 

「はい……それも通常とは違う攻撃で、見たことない敵からだったと」

 

大淀からの報告に、祐輔は手を組んだ。嫌な予感をひしひしと感じ、祐輔は暫く黙考し

 

「第三遠征艦隊は?」

 

「なんとか帰還し、今は入渠中です」

 

祐輔の問い掛けに大淀はそう答えながら、書類を差し出した。損傷規模が書いてあるようだ。それを一読し、祐輔は

 

「旗艦の矢矧さんを呼んでください。バケツの使用を許可します」

 

それから数分後、矢矧が執務室に現れた。

 

「提督、申し訳ありません……遠征を失敗してしまいました……」

 

「いえ、構いません……それで、聞きたいのは貴女達が遭遇したという敵に関してです」

 

「それに関しましては、こちらをご覧ください」

 

矢矧はそう言いながら、USBメモリーを祐輔に差し出した。それを受け取った祐輔は、そのUSBメモリーをパソコンに挿し込み、開いた。

画面に映ったのは、巨大なマンタのような物に乗った人型機だった。

 

「これは……」

 

「その人型が、最低でも12は居ました……その人型が所持していた武装はとても強力で……」

 

「駆逐艦の子達は?」

 

「今は、入渠中ですが……中には、今回が初出撃の子も……」

 

「分かりました……入渠が終わりましたら、執務室に連れてきてください。大淀さん、すいませんがアークエンジェルさんとエウクレイデスさんを呼んできてください。呼びましたら、第三会議室に案内してください」

 

『分かりました』

 

祐輔の指示を受けて、二人は執務室から退室した。それから、十数分後

 

「し、失礼します!」

 

「だ、第三遠征艦隊です!」

 

矢矧を旗艦にした第三遠征艦隊が入室してきた。編成は、舞風、野分、峯雲、初風、江風だ。

しかし、江風以外は今回の遠征が初出撃だった。

 

「皆さん、お疲れ様でした。無事の帰還、嬉しかったです」

 

祐輔が微笑みながらそう言うが、ガチガチに体を強張らせているのが分かり

 

「大丈夫ですよ、失敗は責めはしません……」

 

祐輔は優しく言いながら、駆逐艦娘達に歩み寄った。そして、優しく五人を抱き締めて

 

「怖かったですね……」

 

と優しく言いながら、頭をゆっくりと撫でた。その直後、五人の目元にみるみると涙が溢れてきて

 

「こ、怖かった……怖かったです……!」

 

「も、もう……帰れないかもって……!」

 

「う、うぅ……あぁぁぁぁぁ……!」

 

と嗚咽を漏らした。それから暫くの間、祐輔は彼女達が泣き止むまで頭を撫で続けた。そして、第三会議室

 

「すいません、遅れました」

 

「いえ、構いませんよ」

 

申し訳なさそうに入室した祐輔を、アークエンジェルとエウクレイデスが出迎えた。そして祐輔が座ると、アークエンジェルが

 

「何やら、火急の要件と聞きましたが……何が?」

 

と祐輔に問い掛けた。祐輔は、USBメモリーを会議室のパソコンに挿し込み

 

「今から流す映像を見てください」

 

と正面の大きなモニターに表示させた。アークエンジェルとエウクレイデスの二人は、モニターに表示されたオレンジ色と緑色の光る一つ目が特徴の人型機を見て

 

「これは……間違いないわね」

 

「ハイザックとマラサイですか……」

 

とその人型機を断定した。

 

「やはり、MS……」

 

「はい……」

 

「ようするに、貴方の艦隊が遭遇した……ってことね? 艦娘達は?」

 

「なんとか帰還を果たしまして、今は休んでいます……」

 

祐輔の話に、エウクレイデスは安堵した表情で深々と息を吐いた。面倒見がいいエウクレイデスは、一部の艦娘と仲が良く、時々相談も聞いていた。

だから、無事なことに安心したようだ。

 

「それで……これを我々に見せてきた……ということは……」

 

「はい……依頼は、艦隊の護衛……そして何より、このMSの排除です」

 

「……範囲としては、MSの生産・活動拠点も?」

 

「はい。お願いします」

 

「依頼、確かに受諾しました……我々にお任せを」

 

アークエンジェルのその力強い宣言に、祐輔は微笑みを浮かべた。これが、戦争拡大の一歩となる。



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作戦開始

「さて……ここら辺が、例の海域だけど……」

 

と呟いたのは、第二遠征艦隊の旗艦を勤める長良である。その長良が率いるのは、夕立、時雨、暁、響、霞の五隻。しかし、その全員が実戦経験が豊富なメンバーだ。

 

「旗艦の長良から、艦隊に通達! そろそろ、遠征第三艦隊が襲撃を受けた海域に入る! 総員、警戒せよ!」

 

『了解!』

 

長良が無線で呼び掛けると、艦隊の全員から元気な声で返答が来た。その声音から、緊張した様子はしているが、硬くなってはいないと分かった。

 

(これなら、作戦通りにいけるかな……)

 

と長良が思った時だった。視界の端で、何かが光った。それと同時に、レーダーが効かなくなった。それは、報告にあった襲撃前の現象と一致する。だから長良は、通常の無線ではなく、探照灯を使ったモールス信号。光通信で、対空警戒態勢を取るように通達。そして長良は、すぐに主砲たる14cm連装砲にある砲弾を装填。そして、真上に撃った。

 

「気付いて、スピリッツ!」

 

長良がそう言った数秒後、空中に二発の発光弾が炸裂した。色は、緑と赤。それが、事前に取り決められていた救援信号だった。

 

「これで……つっ!?」

 

信号弾を撃った直後、長良は背筋に悪寒を感じて回避機動を取った。その直後、連続して水柱が形成される。

 

「この威力……口径は駆逐艦の主砲クラスだけど……この連射は……!?」

 

長良は回避機動を取り続けるが、速射砲を越える連射速度で徐々に近づいてくる。

 

「くあっ!?」

 

とうとう、避けきれなかった一発が長良が右手に持っていた主砲に命中。爆発する直前に投棄したから、長良は無事だが、攻撃手段の一つを失った。

 

「誰も来ないで! 対空砲撃を!!」

 

長良は時雨が援護に近づいてこようとしていることに気付き、大声を挙げながら制止。その直後、光の弾が長良の腰部の砲塔に直撃。爆発を起こした。

 

 

「ああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

爆発の熱と破片が長良を襲い、長良は激痛から絶叫を挙げた。そうして長良は、バランスを崩して転倒。

 

「あ……ぎっ……づうっ……!?」

 

痛みで身悶えながら、長良は自身の傷を確認した。腰の右側面は爆発の炎の火傷と破片が突き刺さり、見るも無惨な有り様になっていた。

 

(ダメコン程度じゃ……立て直せない……)

 

歴戦の軽巡洋艦娘の一人として、長良は痛みを堪えながら冷静に判断していた。今回の作戦に先駆けて、長良達は必ずダメコンことダメージコントロールを装備していた。何よりも、生還率を上げるためだ。しかし、予想を越えたダメージに対処が追い付かない。

 

「祐輔……さん……私は……ここまで、みたいです……ごめん、なさい……」

 

長良は、自身に近づいてくる人型。マラサイを見ながら、覚悟を決めた。その時、長良のすぐ近くの海面が盛り上がって、新たに一機の人型が姿を現した。その人型を、長良は知っていた。

 

「スピリッ……ツの……フレス……ベルグ……さん」

 

『すまない、来るのが遅くなってしまった……』

 

長良が呼ぶと、フレスベルグは謝罪しながら装甲が開いていく。その隙間から溢れる緑色の光は優しい感じがして、長良は思わず安堵の息を漏らす。

そしてフレスベルグは、左腕で長良を優しく抱き抱えながら、右手のビームマグナムを出力調整して発射。先頭を飛んでいたハイザックを撃破した。

 

『フェニックス1よりスピリッツ全機に通達! 敵を殲滅せよっ!!』

 

『了解!!』

 

その声が長良の耳に聞こえて、長良はスピリッツが間に合ったことを悟り

 

「後は……お願い……します……」

 

と力無く頼むと、目を閉じた。フレスベルグのスキャンでは、安堵から気を失っただけらしい。それを確認したフレスベルグは、ビームマグナムを腰に懸架すると、長良をお姫様抱っこで抱き抱えて、近くに浮上したエウクレイデスまで運ぶことにした。

そして、帝国海軍とスピリッツの共同反抗作戦が始まる。



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戦闘と合流

海中から出撃したスピリッツは、近づいてきていたマラサイとハイザックの混成中隊と交戦を開始した。しかし、相手は量産前提の機体。それに対して、スピリッツは全機がワンオフのガンダムタイプ。性能面では、比較にならない程にスピリッツが有利である。

 

『SFSを一機、確実に滷獲しろデータを見て、相手の拠点を見つける』

 

『了解!』

 

フェニックスの指示を受けて、スピリッツは行動を開始した。SFSというのは、正式名をサブフライトシステムと言い、大気圏内で長距離飛行が出来ない機体が長距離飛行をするために乗る無人機(有人タイプもあるが、殆んどが無人タイプ)で、それに乗れば、長距離飛行が可能となる。しかし欠点として、相手に奪われたらコンピュータに残された航跡データから、拠点の位置が露見してしまうのだ。フェニックスは今回、それをすることで相手の生産兼整備拠点を発見しようとしているのだ。

 

『今のうちに、貴女方は離脱を!』

 

「ありがとうございます!」

 

ザンライザーXXXXの言葉を聞いて、長良を背負った時雨は離脱を開始。そんな時雨を狙い、一機のハイザックが銃。ザクマシンガン改を指向したが、その胸部を光の刃が貫通。エピオンはそのハイザックを蹴り飛ばし

 

『フェニックスよ、一機確保したぞ!』

 

と先のハイザックが乗っていた、ドダイ改を確保した。それを見たフェニックスは

 

『確認した! 他は、撃滅する!』

 

と一気に、フェザーファンネルを展開。残っていたハイザックとマラサイを、同時に撃破した。その後、他に残っている機体が無いか確認してから、母艦に帰還。ドダイ改の航跡データの確認を始めた。それから、数十分後

 

『敵の拠点が分かったんですか!?』

 

「はい……場所は、ここ……です」

 

祐輔からの問い掛けに、アークエンジェルはモニターの隅に海図を表示させ、その一ヶ所に光点をオーバーラップさせた。そこを見て、祐輔は

 

『そこは……海のど真ん中の筈……』

 

と不思議そうにした。

 

「しかし、間違いなくここでした」

 

『……分かりました。今から艦隊を編成し、その海域に向かいます。途中で合流しましょう』

 

「分かりました」

 

祐輔との通信を終えたアークエンジェルは、直ぐに行動を始めた。MS群は整備を開始し、艦隊は全速力で件の海域に向かい始めた。

 

「……総員に通達します……我々はこれより、対MS、対拠点、対艦戦闘を始めます。対地装備を確認。特に、自己鍛造弾と対地榴散弾頭の二つは念入りに確認を」

 

「ハッ! 通達します」

 

アークエンジェルの言葉を聞いて、副長妖精は敬礼してから受話器を取った。それを視界の端で確認しながら、アークエンジェルは

 

(嫌な予感がします……なんですか、この感覚は……まるで、今まで戦ってきたあの強敵達と相対した時のような、この感覚は……)

 

と黙考していた。それから、数時間後

 

「全艦、急速浮上! 衝撃に備えよ」

 

「メインバラスト、ブロー! 急速浮上!」

 

アークエンジェルの指示を受けて、副長妖精が復唱気味に指示を出した。そして、アークエンジェルとエウクレイデスの二隻は海上に出た。その少し離れた位置には、二隻の船が停泊していた。一隻は、祐輔の船のおおすみ型の二番艦のおおしお。そしてもう一隻は、艦娘用母艦のうずしおだった。

 

「まさか、提督自らが前線指揮を?」

 

『元々、帝国海軍は陣頭指揮が伝統と言えますね。まあ最近は、通信技術の発達で後方での指揮が増えましたが、今回は何が起きるか分かりませんからね』

 

アークエンジェルが少し驚きながら問い掛けると、祐輔はそう返した。なんと今回、祐輔がおおしおに乗って出撃してきていたのだ。どうやら、不測の事態に備えた結果らしい。しかし、おおしおが攻撃されたらと考えると、余りにリスクが大きい。

 

『大丈夫ですよ。操舵が得意な妖精を選びましたから』

 

祐輔はそう言うが、やはり不安は拭えない。しかし、時間を掛ける訳にはいかない。だから四隻は目的の海域に向かった。



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開戦

襲撃の有った海域から離れて、暫く。上空をアークエンジェルが飛ばしたUAVが飛んでいた。

 

「艦長、例の海域にUAVが到着しました」

 

「映像をメインモニターに」

 

「はっ」

 

アークエンジェルの指示を受けて、CIC妖精の一人がメインモニターにUAVが撮影している映像を表示させた。

そしてアークエンジェルは、息を飲んだ。そこに映されていたのは、完全に予想外だったからだ。

 

「ファクトリー艦……!」

 

そこには、トラマリン構造など目ではない巨大な艦が映されていた。まるで、小さな島と表現出来る艦だった。

 

『な、なんなんですか、これは……!?』

 

その映像は、通信を通して祐輔が座乗する艦のモニターにも回されており、その映像を見た祐輔も、驚いていた。そこに、エウクレイデスが

 

『そうか……メガフロートを使って、艦を作ったのね!?』

 

と驚きながらも、その艦の構造に気付いた。

 

『エウクレイデスさん、メガフロートとは?』

 

『つまりは、人工的な島よ。あれは、様々な素材を使って作られた人工の島を艦として利用しているのよ!』

 

祐輔の問い掛けに、エウクレイデスはそう答えた。

その間にアークエンジェルは、その艦の大きさを表示させた。横幅だけで、優に5km。奥行が20kmを超えている。艦というには、余りにも巨大な艦だった。

その艦は、工場施設、港湾施設を有しており、言うなれば移動式拠点だろう。

しかし何より、その一ヶ所には駐機されているMSが有った。それも、中隊どころか、大隊規模の数のMSが。

 

『この数……それに、まだ製造している可能性が高いわね』

 

『今討たないと、後々危険です!』

 

エウクレイデスに続き、祐輔もこの状況を放置するのは危険だと判断し、アークエンジェルも同意するように頷いた。

 

「本艦隊はこれより、このファクトリー艦を攻撃。破壊する作戦を開始します! 総員、第一種戦闘配置!

対艦並びに対MS戦闘用意!!」

 

「はっ! 総員第一種戦闘用意! 本艦隊はこれより、敵ファクトリー艦の破壊作戦を行う!」

 

アークエンジェルの指示を副長が復唱した直後、艦内で鳴り響く警報音。それを受けてか、艦内を妖精達が走り回り、配置に就いていく。

 

「対空警戒を厳に! 相手は恐らく、こちらのUAVに気付いている筈!」

 

「了解! 些細な反応も見逃しません!」

 

アークエンジェルの指示に、CIC席に座っていた妖精が意気込んだ様子で答えた。やはり、スピリッツの妖精達も何か感じているのかもしれない。

これからの戦いは、今までのように一方的にはならないと。

それから、数十分後。

 

「レーダーに異常! レーダーがジャミングされています! モードを切り替えます!」

 

CIC妖精の一人が、そう言ってキーボードを操作。少しすると

 

「これは……GN粒子による干渉です! 間違いありません!」

 

と別の妖精が報告してきた。

 

「GN粒子!? まさか……MS隊、全機出撃! 操舵手、回避運動任せます!」

 

「了解!」

 

アークエンジェルの指示に、操舵手妖精が返答し、アークエンジェルとエウクレイデスの二隻からは、次々とガンダム達が出撃していく。その時、ようやく見えた敵ファクトリー艦。仮呼称、アイランド。

そのアイランドの上空で、閃光が確認された。その直後

 

「アンチビーム爆雷、発射!!」

 

とアークエンジェルが、怒鳴るように指示を飛ばし、CIC妖精も即座に応じ、アンチビーム爆雷を放った。

広がったアンチビーム幕は、迫ってきていたビームを拡散させた。

それを見たアークエンジェルは

 

「副長!」

 

「推定威力……GNメガランチャー! ガデッサです!!」

 

アークエンジェルの意図を察した副長妖精は、データベースから敵の武装を特定。そして、光学カメラがその機体を捉えた。

アイランドの上空に、巨大な火砲たるGNメガランチャーを抱えた黄緑と白が特徴のMS。ガデッサが居た。

しかも、既に次撃の準備に入っているようで、砲口にGN粒子が貯まっている。

その直後、ガデッサが一撃を放った。その閃光は、祐輔の艦に迫る。

 

「トライアド1!」

 

アークエンジェルが呼んだ直後、フレスベルグが祐輔の艦の前に布陣。楯のIフィールドを全開にした。

Iフィールドにぶつかり、拡散されるGNメガランチャー。

アークエンジェルは、それを見ながら

 

「敵の気勢を削ぐ! 主砲並びに副砲、砲撃用意!」

 

「ゴッドフリート、バリアント両舷起動! イーゲルシュテルン、自動照準モードで起動! ミサイル発射管、全門榴散弾頭装填! ゴッドフリート、バリアント照準、敵MS!」

 

「撃てぇ!!」

 

アークエンジェルの号令の直後、砲撃が放たれた。

これが、新たな戦争の幕開けとなる。



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海上の乙女達

アークエンジェルが撃った砲弾やミサイルは、確かにアイランドに向かって飛翔していく。だが、実弾は全て撃墜され、ビームは拡散した。

 

「ダメです! こちらの攻撃、一切効果を成していません!」

 

「今のビームは……いえ、攻撃続行! エウクレイデス、おおしおと呼吸を合わせなさい!」

 

「はっ!」

 

アークエンジェルの指示を受けて、副長妖精は復唱しながら指示を飛ばした。その後、空中で幾つもの閃光が走り始めた。

 

「MS隊、敵MS隊との交戦を開始しました! 敵の編成は、ハイザックが24、マラサイが12……それと、ガデッサとガラッゾです!」

 

「おおしおに打電! 迂闊に前に出過ぎないように、なるべく我々の後ろに居るようにと! MS隊は、敵MS隊を撃破! 一機たりとて抜かせるな!」

 

アークエンジェルの号令の直後、スピリッツのMS隊は一気呵成に動き始めた。攻めてくる敵MS隊を次々と撃破し、進軍する。

 

『こちらも、艦隊出撃! 対空警戒を厳に! 目標、アイランド!』

 

祐輔の指示を合図に、おおしおから次々と艦娘達が出撃。艦隊を編成し、進軍を開始する。その直上に、エウクレイデスから出撃したMS隊が布陣し、艦隊を狙ってくる敵MS隊を次々と焔の華に変じさせる。

もちろん、祐輔艦隊も守られてばかりではなかった。空母艦娘たる蒼龍と飛龍が戦闘機を発艦させ、アイランドに向かわせる。それを狙い、数機の敵MSが向かうが

 

『全主砲斉射! 凪ぎ払え!!』

 

戦艦娘の大和、武蔵、長門、陸奥の四人が一斉に主砲から砲弾を打ち出し、敵MS隊の殆どを撃墜する。

 

「流石は、かの大戦で世界一の火力とビッグ7と呼ばれた火力です……凄まじい」

 

アークエンジェルは四人の火力を見て、思わずといった感じで呟いた。大和、武蔵、長門、陸奥。この四隻は、第二次世界大戦時にその名を世界に轟かせた艦だ。

大和と武蔵は、世界最強級の火力。長門と陸奥は、ビッグ7という世界でも最高峰の火力の七隻の二隻だった。

その火力の高さは凄まじく、幾ら高い防御力を誇るMSでも直撃を受ければ、撃墜は必至というレベルだ。

そしてそれは、アークエンジェルも同じだ。アークエンジェルの防御力はこの世界の艦に比べたら非常に破格だ。しかし、流石にその四隻の火力の直撃を受けたら、大打撃は確実だ。

その砲撃が、今度はアイランドに向けられた。その直後、アイランドから閃光の奔流が祐輔艦隊に襲い掛かる。亜光速で迫る破壊の奔流、艦隊に回避することは叶わない。しかし、艦隊の前にフレスベルグが出て、盾を構えた。盾に閃光が当たると、閃光が拡散される。

数秒後、閃光をフレスベルグが防ぎきると、今度はケルディム・アンダインがライフルを構えて狙撃。

ガデッサを攻撃した。

しかし、ガデッサは悠々と回避した。それを確認したフレスベルグは

 

『アレは、こちらで押さえる。貴艦隊はそのまま砲撃を敢行されたし』

 

と言って、突撃していった。それを見送った大和は

 

「なんとも、心強い方々です」

 

と呟いた。その呟きに、長門が同意するように頷き

 

「傭兵と聞くと、自らの利益のために戦う輩と思えるが……彼等は、平和のために戦っている……傭兵の概念が変わりそうだ」

 

そう口にした。そこに、通信で

 

『新たに、アイランドから敵MS隊が出撃! 艦隊は充分に警戒されたし!』

 

と大淀から注意喚起された。確かに、対空電探が十数機の新たな反応を捉えており、熟練妖精からもかなりの数を捕捉していた。

 

「艦隊、新三式弾装填! 有効打になるかは分かりませんが……目標、接近する敵MS隊……撃てぇ!」

 

大和の号令の直後、四人は新たに砲弾を放った。

新三式弾、それはエウクレイデスの協力で用意された新しい砲弾だった。

今回は試験運用ということらしく、データ収集を頼まれた物だ。そして今回の結果次第により、調整等が入る。

 

「彼等にばかり、頼むわけにはまいりません!」

 

大和は飛翔していく砲弾を見ながら、そう意気込みを述べたのだった。



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禁忌

「艦長! ソナーとレーダーにより、アイランドのある程度のCG化が出来ました! メインモニターに出します!」

 

副長妖精がそう言った直後、メインモニターにアイランドの全体図が表示された。

 

「……全長は、優に5.5km……横幅は22.2km……馬鹿げたサイズですね……それに、海面下にも何らかの設備が……」

 

『スクリューだけじゃないわね……波浪式発電機も確実にあって……まさか、水を吸い上げて貴金属の抽出もやってるのかしら?』

 

『そのような技術、僕が知る限り聞いたことありません……』

 

「となると、やはり私達がかつて居た世界(ジェネレーションワールド)の誰かが関わっているのは確実……今、アレを破壊しなければ、大変なことに……」

 

アークエンジェルがそう言った時、CIC妖精が

 

「アイランドの港より、多数の反応を感知! これは……深海悽艦の艦隊です! 詳細な数はジャミングにより不明! しかし、最低額でも12は居ます!」

 

と報告してきた。それは即時に戦術データリンクでエウクレイデスとおおしおにも共有化され

 

『そちらは、僕達が引き受けます! 皆さんは、アイランドに攻撃を続行してください!』

 

祐輔はそう言ってから、近くに居るらしい吹雪に

 

『金剛さんを旗艦とした水上打撃連合艦隊と翔鶴さんを旗艦にした機動連合艦隊に出撃! スピリッツの皆さんの邪魔をしてくるだろう深海艦隊の撃滅を!』

 

『了解! すぐに!』

 

祐輔が指示を出して少しすると、おおしおの艦側面から次々と新たに艦娘艦隊が出撃。深海艦隊の方に進撃を開始した。

場面は変わり、最前線。そこでは、数多のMSが激しく交差していた。

 

『トライアド中隊、全機散開! 立体機動挟撃(クロスシザース)!』

 

『了解!』

 

トライアド中隊隊長機のフレスベルグの指示を受け、トライアド中隊は複雑な三次元機動を開始し、敵機を次々と挟撃し、撃破していく。

その下の海を、勇敢な乙女達が疾走し、近づいてくる深海艦隊と交戦を開始する。

 

『こちら、水上打撃連合艦隊旗艦の金剛デース! これより、方位203の敵艦隊と交戦を開始するので、射線には入らないようにしてくだサーイ!!』

 

『承知した。だが、安心しろ。味方の砲撃に当たるような間抜けは居ない』

 

フレスベルグはそう言いながら、一機のマラサイを思い切り蹴り飛ばし、海に叩き落とした。そこに、長門改二の砲撃が直撃。マラサイは、大爆発を起こした。

 

『やはりか……アークエンジェル艦長、こちらトライアド1。敵は核融合炉に非ず。恐らくはバッテリー式と思われます』

 

『確かなんですか?』

 

『間違いありません。熱量が違いますし、放射線も一切感知されません』

 

『……分かりました。出来るなら、何機か鹵獲を』

 

『了解!』

 

フレスベルグは返答した直後、背後に迫っていた一機のハイザックの胸部に長さを短くしたビームサーベルを突き刺して、機能を停止させた。

それを、奪ってハッキングしたSFSに乗せると

 

『こちらトライアド1、これより捕獲した一機を送る』

 

と報告してから、エウクレイデスの方に向かわせた。

それを確認しつつ、フレスベルグは

 

『トライアド1より、トライアド中隊各機に通達。アークエンジェル艦長より、敵機を数機鹵獲するように指示があった。今、ハイザックタイプを一機鹵獲した。最低でも小隊単位を鹵獲したい。各機留意してくれ』

 

『了解!!』

 

中隊に指示を下すと、更に前進した。

更に場面は変わり、艦娘艦隊。その機動連合艦隊の中に、パラオ艦隊では割りと古参の不知火が編入されていた。今回の作戦、不知火は自ら志願して参加していた。不知火としては、リハビリ終わりの確認という意味も含めつつ、やはり最前線の空気を感じないと色々と考えてしまうからだ。

何故、陽炎が轟沈しなければならなかったのか。何故、黒潮があんな傷を負わなければならなかったのか。等々。

 

(今は、榊原提督という良い提督に出会えました……一度精神的に不安定になっていた私を、導いてくれました……ならば、私に出来るのは彼の手足となって最前線で戦うことです!)

 

不知火はそう意気込みながら、海面から飛び出してきた駆逐イ級に砲撃を直撃させた。その時、不知火のレーダーに高速で接近してくる反応があった。

 

(推定速度は……37ノットというところですね。平均的な駆逐級でしょう)

 

不知火はそう判断しながら、反応があった方位に振り向きながら主砲を向け、固まった。

 

「あ、あぁ……」

 

接近してくる相手を見た不知火は、声を震わせた。接近してきているのは、人型。最近では、深海艦隊に駆逐の姫級も確認されており、それはかなり人に近い見た目をしている。

しかし、その程度で不知火が固まる訳がなかった。その姫級のことは、既に教育で知っていたからだ。

では、何故固まったのか。

近づいてくる人型は、不知火と同じ陽炎型共通の制服を身に纏い、オレンジ色に近い髪をツインテールにしており、黄緑色のリボンタイを着けており、何よりもツインテールにしている髪を縛っている黒いリボン。それは、二代前の提督が陽炎が改二になった時にお祝いとして買った物。

 

「か、陽炎……」

 

艤装から蒼い焔を吹き出し、顔の目の辺りを機械質な仮面を着けた陽炎が、接近してきていた。

 

「陽炎ぉぉぉぉ!」

 

不知火は、涙を流しながら主砲を向けるしかなかった。



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解放の戦い

「……なんですって? すいませんが、もう一度言ってください」

 

『ですから! 敵の艦隊の中に沈んだ筈の陽炎ちゃんを確認しました! 艤装から蒼い炎が噴き出しているのを確認しています!! 今は不知火ちゃんと交戦中です!』

 

困惑した様子で祐輔が問い掛けると、最前線に出撃した古鷹からそう報告がされた。

 

(前パラオ水雷戦隊有力駆逐艦の一人、陽炎……確か、元大佐により沈んだ駆逐艦娘の一人……それが、生きて深海艦隊に居て、しかも、蒼い炎を噴き出している? 一体、どういう……)

 

と祐輔が困惑していると、通信で

 

『その彼女、こちらで対処させていただきます』

 

とアークエンジェルから声が届いた。

 

「アークエンジェルさん……しかし……」

 

『その蒼い炎というのは、恐らくは我々が知るある特殊装備です。我々が対処する方が迅速かつ確実です。それに、もしかしたら戻せるかもしれません』

 

アークエンジェルのその言葉に、祐輔は僅かに押し黙ってから

 

「……お願いしても、よろしいですか?」

 

『承りました。お任せを』

 

「……古鷹さんに通達! 以後、件の陽炎ちゃんに関しては、スピリッツが対処するので、不知火ちゃんを援護し共に離脱せよ!」

 

「了解!!」

 

祐輔の指示を受けて、オペレーター席に座っていた大淀は古鷹に祐輔が発した指示を通達。そして祐輔は、戦況マップに表示されている各艦隊の戦況を見て

 

「……もしかして、陽炎ちゃんだけじゃないのかもしれない……各艦隊に問い合わせて。敵の戦力に、艦娘が混じってないか」

 

「わ、わかりました!」

 

祐輔の指示を聞いた大淀は、まさかという表情をしながらも各艦隊に問い合わせた。その数十秒後

 

「祐輔さん! 機動連合の第二艦隊から、敵に初霜と叢雲、夕立を確認してると!」

 

と大淀から、祐輔の予想した答えが教えられた。それを聞いた祐輔は、直ぐに

 

「スピリッツにデータを送って!」

 

と指示を飛ばした。

場所は変わって、最前線。

 

「不知火ちゃん、後退して!」

 

「古鷹さん! しかし!?」

 

古鷹の指示に納得いかないのか、不知火は陽炎が牽制で撃ってきた機銃弾を盾で防御しつつ、反論しようとした。しかし古鷹は、そんな不知火の肩を掴み

 

「スピリッツの方が対処する! 彼等を信じよう!!」

 

と泣きそうな表情で告げた。古鷹の性格は、不知火もよく知っている。優しく仲間思いな古鷹は、本当だったら陽炎をどうにかしたい筈だ。しかし、どう対処すれば分からない。だったら、対処方法が分かっているスピリッツに任せた方が確実である。

 

「……わかりました」

 

「うん、良かった……不知火ちゃん、爆雷を使って。深度は、最低に設定」

 

「了解」

 

古鷹の指示に従って、不知火は艤装に取り付けてあった爆雷を投射。陽炎と自分達の間に、巨大な水柱を作って目眩ましにした。その間に、不知火と古鷹は陽炎と距離を取った。

そこに、上空から黒い彗星が落ちた。

 

『なるほど……ナイトロか……これは、分かる……それに後期型ならば、まだ助かる余地があるな』

 

黒い彗星、フレスベルグは、錨を構えて投げようとしていた陽炎の腕を抑えながら、冷静に観察していた。

ナイトロ後期型。ナイトロには、三段階で開発されており、初期型は一回発動しただけでパイロットを廃人にしてしまっていた。

中期型はそれよりもマシだが、出力調整を失敗するか時間超過によりパイロットが廃人になってしまっていた。

そして、後期型。後期型は最高出力がかなり低く設定されており、数回に亘って発動すれば、ほぼ確実にパイロットを強化人間にすることを可能としたサイコミュ装置である。

しかしそれに伴って、起動回数が少ないと投薬が必要だが人間に戻れる可能性があるのだ。

フレスベルグは、陽炎が撃った砲弾を容易く回避すると、ビームサーベルを抜刀。長さを短く。それこそ短刀レベルまで短くすると、陽炎が背負っている艤装のある一ヶ所に突き刺した。

すると、艤装から噴き出していた蒼い炎が消えて、陽炎の頭を覆っていた機械の仮面が取れた。

 

「あ……」

 

『む』

 

仮面が取れると陽炎は倒れそうになったが、それはフレスベルグが支えることで未然に防がれた。そしてフレスベルグは、陽炎を抱き抱えると

 

『トライアド1よりマザー2、要救助を一名確保した。一度帰投する』

 

『了解。道中は、トライアド中隊が安全を確保している』

 

エウクレイデスに一報を入れてから、エウクレイデスへの帰投コースに入った。

そして、解放の戦いが幕を上げる。



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一進一退

『トライアド1より、全機に通達! 今しがた、敵に操られていた陽炎と交戦し、解放しました。敵はどうやら、ナイトロの技術を利用していると思われます!』

 

フレスベルグは通信で報告すると同時に、データリンクに先ほどの戦闘ログを挙げた。

 

『確認するが、ナイトロのタイプは?』

 

『どうやら、後期型のようです。出力が低いのを確認しました』

 

『ならば、まだ助けられるな……フェニックス1より、スピリッツ全機に通達! 敵に艦娘が居て操られている場合、対象の装置を破壊した後に保護せよ!』

 

『了解!!』

 

隊長たるフェニックスからの指事を受けて、スピリッツ全機の斉唱が通達で聞こえる。

業によって誰かが涙を流すならば、それを止めるために剣を執ろう。

例え誰かに笑われようが、その戦いは辞めない。

場所は変わり、祐輔艦隊指揮船おおしお。

その艦橋で祐輔は、艦隊の指揮を執っていた。

 

「接近する敵航空機、八割撃墜!」

 

「残存と新たに接近する敵機に留意。特に、摩耶さんには血気に駆られて前に出過ぎないようにと伝えてください」

 

通信妖精からの報告を聞いた祐輔は、直ぐ様新しい指事を伝えた。対空艦隊旗艦の重巡洋艦娘の摩耶が、血気盛んで勝ち気な性格のために前に前に行きやすいのだ。

 

(まあ、対空艦隊の副官に鳥海さんが居るから、大丈夫だとは思うけど……)

 

勝ち気な摩耶の姉妹艦娘、冷静沈着な鳥海。この二人は非常にバランスがよく、暴走しそうになる摩耶を鳥海が諫める。というのが、最早日常になっている。

それは日常だけでなく、戦闘でもだ。

 

「対空艦隊より通信! 接近する人型機確認! 数は9機!!」

 

「見た目は言ってる?」

 

祐輔の問い掛けに、通信妖精は少し間を置いてから

 

「オレンジ色と緑色の装甲の一つ目の機体と!」

 

「それは敵! 撃墜や撃破は考えなくていい! 弾幕を形成して、突破や接近を許すな!」

 

祐輔が新たに指事を下した直後、空中に激しい弾幕が形成される。だが祐輔は

 

「こちらも対空砲撃! 主砲並びに対空VLS、連続撃ち方!!」

 

「主砲及び対空VLS、撃ち方始め!!」

 

祐輔の指事を復唱した後、妖精は機器を操作した。すると、おおしお前甲板の127mm単装主砲が素早く動き、発砲を開始。それに僅かに遅れておおしおの両舷に配備されていた箱。VLSから、次々と対空ミサイルが放たれた。

本来だったら、深海棲艦にそのような兵器は大した効果たりえない。だが、何にも体裁というのが必要なのだ。

しかし今回、その装備が役に立つのだから、何が起きるのか分からないものだ。

 

「砲撃を絶やすな! 相手に近付かれたら、終わりだ!!」

 

祐輔はそう指事を下すと、今度は操舵手妖精に

 

「回避運動は任せる! 遠慮なくぶんまわせ!!」

 

「了解!」

 

操舵手妖精は復唱した直後に、操舵輪を右に大きく回した。その直後、艦橋のすぐ左側を閃光が走った。どうやら、アークエンジェルが放ったアンチビーム爆雷の効果を抜けた砲撃のようだ。

 

「つっ……被害報告!」

 

「被弾無し! されど、閃光で目が眩んだ要員多数!」

 

「すぐに収容! 外に出ている要員は、艦内に退避!」

 

祐輔は受話器を持ち上げると、スピーカーで今外に居る要員達全員に艦内に退避するように命じた。すると、ドカドカという足音が響き渡り

 

「急げ!」

 

「早く入れ! 隔壁を閉じるぞ!!」

 

という怒号が聞こえた。それを耳にしながら祐輔は、側面のモニターに視線を向けた。そこには退避状況が表示されており、指事を下して一分程で外に出ていた要員は、全員中に入った。

 

「……これも、意味は無いのかもしれないけど……」

 

ビームが直撃したら、間違いなく原子に帰るだろう。アンチビームコーティングされた装甲でなければ、ビームは防ぎようがないからだ。

 

「接近してきていた敵に、ミサイル直撃! 三機撃破を確認!」

 

「まだ生き残ってる! 警戒を解くな!!」

 

祐輔が叱責した直後、海中から一機のMSが姿を現した。背部のコーンから噴き出すオレンジ色の粒子。

 

「さっきのまでと、違う!? 機銃迎撃!」

 

祐輔がそう指事を下した直後、艦艇を激しい衝撃が襲う。

 

「自働機銃、破壊されました!!」

 

どうやら、敵MSの攻撃で機銃が破壊されたらしい。そして敵MSは、脇に抱えていた巨砲を、艦橋に突き付けた。最早、回避も間に合わない。そこに、横合いから白地に青いラインが入ったガンダムが、その敵MS。

ガデッサを思い切り、蹴り飛ばした。

 

『こいつは、此方で引き受ける! 今のうちに後退を!』

 

「感謝します! 艦隊、後退! 態勢を立て直す! 艦娘艦隊で補給が必要なのは、うずしおに後退せよ!」

 

XXXXの指事を受け入れた祐輔は、即座に後退を指事し、更に態勢の立て直しを始めた。

戦いはまだ、始まったばかりだ。



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新兵器

時は僅かに遡り、大和達が新三式弾を撃った後に戻る。新三式弾、名前は帝国海軍が配備している対空榴散弾の三式弾を踏襲しているが、新しい物になっている。

三式弾は、内部のタイマーを設定し、撃つ際に射角を調整。最後に必要な高度に到達させるために火薬の量を調整する。

これが、酷く手間が掛かるものの命中し効果を発揮するとなるかは運任せも多分に含まれる。

それをスピリッツが、大幅に改良を加えたのが新三式弾だった。

スピリッツが改良したのは、大きく分けて二つ。まず一つ目は、タイマー調整を無くし、代わりに内部に近距離用レーダーを内蔵したこと。そして二つ目は、ある程度の誘導性を与えたこと。

内部に近距離用レーダーを内蔵したことにより、高度が合い、近くに敵機が居れば外殻が開き、大量の子弾が吐き出されるようになった。

そしてある程度の誘導性。これは、砲弾後部に小型のフィンを追加して、近距離用レーダーと連動する形でフィンが稼働。近くの敵の方に向かって飛んでいくのだ。

この二つにより、新三式弾は今までの三式弾よりも高い命中率を誇るのだ。

事実、大和達が撃った砲弾は、一度高度を一気に上げると、砲弾後部のフィンが展開。制動を開始した。

砲弾前部に内蔵された近距離用レーダーの探知範囲は約5kmとなっており、その範囲に入るとより緻密な制動になる。

大和達が撃った先には、海面ギリギリをSFSで飛んでいるMS隊が飛んでいた。

どうやら、敵MS隊の狙いはアイランドに向かっている重巡洋艦娘の古鷹率いる水上打撃艦隊らしい。

新三式弾内蔵のレーダーがそのMS隊を捕捉したらしく、フィンが稼働。砲弾の飛行方向を微調整した。

敵MS隊も砲弾に気付いたようだが、既に必中圏内。回避は無理と諦めたのか、肩に固定されている盾を構えた。その直後に砲弾がまるで花弁のように開き、中から大量の子弾を吐き出した。

放たれた子弾は、敵MSの盾に防がれて敵MSに直撃は無かった。しかし、数発の子弾がSFSに命中。

SFSは、黒煙を吐き出しながら、速度を落とし始めた。

 

『支援感謝する』

 

通信回線にそう聞こえた直後、敵MS隊に次々と光弾が直撃。数瞬後に紫電を放って爆散した。

それを見ていると、大和達の頭上をスピリッツがフライパスしつつ

 

『このまま、我々は敵MS隊の撃滅を敢行する。そちらは、水中用MSに注意してくれ』

 

と告げて、新たに侵攻してきていた敵MS隊に突撃していった。それを見送りつつ、大和は

 

「水中用MSというのも、有るのですね……吹雪さん、五十鈴さん、ソナーに反応は?」

 

大和は振り返りつつ、同行していた二人。祐輔艦隊最古参の駆逐艦娘の吹雪と軽巡洋艦娘の五十鈴に問い掛けた。

 

「今のところ、そんな音は聞こえません」

 

「凄いわね……前より、音が断然聞こえるわ」

 

三式探針義こと三式ソナー。それも、お世辞にはいい性能だったとは言えないものだった。

確かに、最初に作られた94式ソナーより遥かにマシだが、それでも敵か味方かどうかの判断すら難しかった。

しかし、スピリッツが大幅改修した三式ソナー改め11式ソナーは凄かった。

海中のあらゆる音がクリアに聞こえ、あまつさえ附属の機器に音を記録させると、敵か味方の判断もしてくれるのだ。

これが帝国海軍全体に配備されれば、味方誤爆の危険性はほぼ無くなるだろう。

自分達がやっているのは、その実証試験。自分達の成否が、今後に関わるのは確実だ。

 

「皆さん、確実に進みましょう!」

 

『おうっ!』

 

『はいっ!』

 

大和は威勢のいい掛け声を聞きながら、少しずつ前進していった。そんな時だった、極太の閃光が走り、祐輔が座乗する指揮船たるおおしおが揺れた。

 

「司令官!?」

 

「提督!?」

 

しかも、おおしお前面の海中から一機のMSが現れ、おおしおの対空自働機銃を破壊。更には、艦橋に巨砲を突き付けた。

最早、絶体絶命の危機。だがその敵MS、ガラッゾをXXXXが蹴り飛ばした。撃たなかったのは、誘爆を恐れたのだろうか。

そうこうしているうちに、通信で後退するよう指示が下された。どっちみち、大和達の残弾もかなり減ってきている。一度うずしおに戻り、補給を受ける必要がある。

 

「全艦後退! 一度、補給に戻ります!!」

 

『了解!!』

 

通信回線に聞こえる、仲間達の声。被弾しているのか、時々ノイズが聞こえる。しかし、轟沈したのは居ないと信じている。何故ならば、今この海域に集うのは帝国海軍でも生え抜きの精鋭達なのだから。

大和はアイランドを睨み付けながら、後退を開始した。



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海中での戦闘

「うずしおより通信です!」

 

「繋いでください」

 

通信士妖精の言葉にアークエンジェルが促すと、サブモニターに艦娘母艦、うずしおの艦長代理を勤める大淀の姿が映り

 

『こちらうずしお! 現在、先に出撃した全艦娘を収容し、補給を行っています! 代わりに、水雷戦隊と潜水艦隊を出撃させようと思いますが、どうでしょうか?』

 

と聞いてきた。それを聞いたアークエンジェルは、少し黙考してから

 

「まだ敵が、水中用MS、MAを保有していないという確証がありません。もし水中用MS、MAが居た場合、ひとたまりもありません。まだ潜水艦隊は投入しないでください」

 

『敵にも、水中用戦力が有るのですか!?』

 

「今から、そちらにデータを送ります」

 

アークエンジェルはそう言って、通信士妖精に視線を向けた。すると、通信士妖精は即座にキーボードを叩き、視線をアークエンジェルに向けた。すると、大淀が

 

『データ受けとりました……このような敵が……』

 

データを確認したらしく、絶句している。

 

「それはまだ、一部のみです。流石に、全てとなるとデータ送信と確認に時間が掛かるでしょう」

 

『確かに、そうですね……これらが居ると考えると、確かに潜水艦隊の投入は難しいですね……』

 

「はい、特にMAは対艦装備を標準搭載しています。速度も考えたら、撃沈されるのは必至です」

 

『そうなると、水上艦隊もになりますが……』

 

「そちらは、主に水中用MSになりますが……そちらは、即座に我々が対処可能です。問題になるのは、MAですね。速度も早いので、捕捉が難しい」

 

アークエンジェルがそう言った直後、艦橋内に警報音が鳴り響いた。

 

「報告!」

 

「ソナーとMADに感アリ! 機種特定……ズゴックEが多数とハイゴッグが3! 更に……MAです! 機種は……トリロバイト!!」

 

「ABF2ndを水中仕様にして出撃させなさい! 更に艦潜行! 対水中戦闘用意!」

 

通信士妖精からの報告を受けて、アークエンジェルは即座に指示を下した。

 

『アークエンジェルは、水中戦闘も可能なのですか!?』

 

「必要だったからですよ。通信終わります」

 

アークエンジェルは通信を切ると、受話器を持ち上げ

 

「本艦はこれより、水中戦闘モードに移行します! 全クルーは水中戦闘シフトに移行してください! 繰り返します! 本艦はこれより、水中戦闘モードに入ります! 全クルーは水中シフトへ!」

 

アークエンジェルがそう言った直後、艦内に放送が鳴り響き、クルーの走る音が鳴る。アークエンジェルは受話器を戻し、副長妖精に

 

「水中戦闘モード、始動」

 

「了解、水中戦闘モード始動! 艦、潜行開始! 操舵手、以後の回避行動は一任する!」

 

「了解! 全ての攻撃を避けてみせます!」

 

副長妖精の指示を受けて、操舵手妖精は気合いを入れて操舵捍を握った。

 

「水密隔壁閉鎖を確認。艦尾ハイドロ系統異常なし。艦首魚雷発射管、異常なし……アークエンジェル艦長、水中戦闘シフト、何時でも行けます」

 

「潜行! 海中の敵を掃討する!」

 

「はい!」

 

アークエンジェルの号令後、艦は海中に潜行。海中でも使える装備で攻撃を開始した。

 

「味方には当てるなよ! バリアント撃てぇ! 魚雷発射!」

 

「そんなヘマしませんよ! ABF2nd、射線上より退避! 敵MAに向かう!」

 

「ABF2ndに通達、決して無理はするなと」

 

「はっ!」

 

水中では、通信は非常に限られる。しかし、ABF2ndは忠告を受け入れたのか、一度トリロバイトから離脱した。そのABF2ndが居た場所を、数本の魚雷が通過した。トリロバイトが放ったらしい。

特に危険度が高いのは、大型の魚雷である。本数は限られるが、なんとGNフィールドを貫通する能力を有しており、高い攻撃力も有している。

直撃を受ければ、艦とて危ない。

 

「ABF2ndには、回避重視で交戦するように厳命。トリロバイトは後方が死角だったはずです」

 

「了解、伝えます」

 

「敵MS、接近!」

 

「迎撃! 敵MSを、祐輔艦隊に近付けるな!」

 

海中での戦闘が、始まった。



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危急

艦娘用移動母艦、うずしお内部。そこはまさに、戦場と化していた。帰還した艦娘達の艤装への補給と整備のために、妖精や整備士達が走り回っていた。

 

「急げ! 戦艦の各主砲砲身の予備を持ってこい!」

 

「駄目だ、この装甲は溶けてる! 新しい装甲板を!」

 

「94式酸素魚雷を持ってこい!」

 

そこかしこで怒号が飛び交い、その中を様々な資材を妖精や士官が運んでいく。その奥には、艦娘達用の待機スペースがあり、何人もが得たデータから作成した敵MSのことを確認していた。

 

「マラサイにハイザック……」

 

「おいおい、ビーム兵器だ? 直撃喰らったら、一撃じゃねぇか」

 

「それに、水中戦用のMSとMA……私達の脅威ですね……」

 

「そちらは、スピリッツが対処するという話になったようだが……こちらでも、対策を考えるべきだな……」

 

と数人が話していると、ドアが乱暴に開けられて

 

「はいはーい! 最新の情報を持ってきたわよ! 確認お願い!」

 

と夕張が、新しい書類を机に置き、データをモニターに表示させた。そこに表示されたのは、ガラッゾだ。

 

「……なんだ、このふざけたスペックは」

 

「これが本当なら、このGNランチャーとやらの最大出力は、戦艦ですら一撃で撃沈するぞ」

 

そのデータを見た殆んどの艦娘達は、マラサイやハイザックとは比較にならない高スペックに絶句していた。

すると夕張が、レーザーポインターでガラッゾを指し示し

 

「これら、高スペック機……なんでも、ワンオフ機って言うらしいけど、それらはスピリッツが最優先に対処するって。間違っても戦わないようにってさ。特に、天龍と摩耶」

 

「だけどよ!」

 

「好き勝手やられるなんて、イヤだぞ!」

 

名指しされた二人は、身を乗りだしながら夕張に抗議した。だが夕張は、無言で持っていた端末を掲げた。その画面には、祐輔の顔が表示されていた。

 

「祐輔!?」

 

『これは絶対事項です。変更はありません』

 

どうやら、摩耶と天龍の言葉は聞こえていたらしい。祐輔は開口一番にそう告げた。そして続けて

 

『これらワンオフ機は、量産型機とは隔絶した性能を有していて、今表示されてる機体は氷山の一角に過ぎません。聞いた話では、自律機動型の砲台を装備した機体や全身ビーム砲の機体もあるようです……それらと交戦すれば、轟沈は必至でしょう……』

 

祐輔のその言葉に、待機スペースに居た艦娘達は黙った。自分達の知らない技術を使って造られた未知の兵器群。

 

『今回の作戦……恐らく表立って表彰されることはないでしょう……ですが、この作戦に参加していた全要員が覚えています……それを心に刻み、生きるんです……今後、僕達はこの敵と幾度となく交戦することになる……だから、今を生きて次に繋げるんです! 今はスピリッツ(彼ら)の足手まといでも、次に戦う時には、互角に戦えるように……』

 

そこまで言った時、画面にノイズが走り、端末から轟音が聞こえた。

 

「祐輔!?」

 

それに驚いたのか、木曾が夕張から引ったくるように端末を掴んだ。その直後

 

『おおしお、艦橋付近に被弾!! 艦、コントロール失う! 通信途絶!!』

 

と彼女達からしたら、信じがたい報告が、スピーカーから聞こえた。それを聞いて、木曾は端末を夕張に投げ返すと、モニターの映像を切り替えた。それは、艦外部の光学カメラの映像。それを見て

 

『祐輔!?』

 

『祐輔さん!?』

 

誰も彼もが、祐輔の名を呼んだ。見えたのは、艦橋付近が黒煙に包まれているおおしおだった。

すると、長門が大声で

 

「動ける者は、すぐにおおしおに向かうぞ!! 祐輔を死なせるな!!」

 

と号令を下し、全員がそれに従った。ハンガー区画に入ると、整備士達が既に用意を終えて待っていた。艦娘達が急いで艤装を装着して出撃しようとすると、一人の整備士が大声で

 

「祐輔さんを頼んだぜ! オレ達みたいなはみ出し者達に、新しい仕事をくれたんだ!」

 

と言って、閉まっていたハッチを全開放した。実は祐輔艦隊の兵士達の大半は、他の鎮守府や基地で爪弾き者として扱われていた者達ばかりなのだ。

祐輔はそういった兵士達を積極的に受け入れ、働かせる場を与えたのだ。

 

「了解した! 艦隊出撃するぞ!!」

 

長門の号令の直後、全艦娘達は次々と出撃。黒煙を吹き上げているおおしおに向かっていった。



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後退開始

「ぐっ……被害、報告……」

 

黒煙満ちていく艦橋、その艦長席で倒れるように座っていた祐輔は、意識が回復すると痛みを堪えながら問い掛けた。しかし、誰からの返事もない。うめき声が聞こえることから、生きているのは確かだが。

 

「う……ぐっ……」

 

祐輔は右側の視界が赤い中、体を起こし始めた。しかし、全身、特に右下腹部に激痛が走った。見てみれば、鉄片が突き刺さっている。

 

「下手には……抜けないか……」

 

そう判断した祐輔は、鉄片を抜かずに受話器を持ち上げて

 

「こちら艦橋……誰か」

 

と繋がっていることを期待して、声を発した。すると、ノイズ混じりだが

 

『こちらCIC! 提督、御無事ですか!?』

 

と副長として乗っている、男性の声が聞こえた。

 

「無事とは、言い難いな……僕を含めて、負傷者多数……大至急、衛生兵を……」

 

『分かりました! 大至急、第一衛生班を送ります! 以後、こちらで操舵を引き継ぎます!』

 

副長はそう答えながら、どうやら近くに居たらしい兵に衛生兵を艦橋に向かわせるように指示しているのが聞こえてくる。祐輔は、それが一段落したのを見計らい

 

「それで……艦の被害状況は……」

 

『はっ! 先の被弾で、レーダーに一部不調が見られます! 更に装甲の一部に破孔も確認。被弾の際の衝撃で、負傷者も多数居ます!』

 

それを聞いた祐輔は、僅かに思考し

 

「艦後退……態勢を……ぐっ……」

 

『提督!?』

 

痛みが全身に走り、意識が遠くなっていく中で祐輔は、思考の片隅で

 

(いけない……血を、流し過ぎた……)

 

と真っ赤になった下半身を見ながら、意識が途切れた。

祐輔が意識を取り戻した頃、うずしおから動ける艦娘達で編成した艦隊が、おおしおに向かっていた。

 

「ダメです! おおしお艦橋と通信が繋がりません!」

 

「くっ!? 私達が居ながら、こんなことになるなんて!?」

 

鳥海からの報告を聞いて、何時もは冷静な加賀も見るからに慌てていた。普段なら、矢を弓につがえたまま航行するなんて、しないことをする程に。

 

「つっ!? 対空レーダーに感アリ! この速さは……マラサイやハイザックとやらではありません!」

 

と鳥海が指差した先から来るのは、オレンジ色の粒子を撒き散らしながら接近するガラッゾの姿。その侵攻先には、おおしおが。

 

「対空砲撃!! 奴をおおしおに近づけさせるな! 弾幕を張れ!!」

 

長門の号令の直後、艦娘達は出来うる限りの火力を前面に投射した。それは、濃密に形成された弾幕。普通の艦載機ならば、容易く撃墜出来ただろう。しかしガラッゾは、その弾幕を容易く回避。巨砲を構えた。その狙いは、おおしお。

長門達は必死に砲撃を集中させるが、当たらない。万事休すかと思われた。その時

 

『させると思うか!』

 

そのガラッゾを、フレスベルグが思い切り蹴った。蹴られたガラッゾは、そのまま海に落ちた。

 

『今のうちに接触し、接触回線を開け!』

 

「ありがとうございます、フレスベルグさん!」

 

吹雪が礼を述べた直後、フレスベルグは海中から出てきたガラッゾと共に上空に登っていって、激しい戦闘を開始した。

そして、吹雪が艦の外壁に触れて

 

「こちら、吹雪です! 誰か、応答願います!」

 

と接触回線で、通信を試みた。すると、少し間を置いてから

 

『吹雪総秘書艦ですか!? こちら副長です!』

 

と副長と通信が繋がった。

 

「副長さん、状況を教えてください!」

 

『被弾により、一部装甲の破損とレーダーに不調。それと、提督を含めて負傷者多数出ています!』

 

その報告に、吹雪は息を飲んで

 

「祐輔さんは無事なんですか!?」

 

と問い掛けた。

 

『油断出来ない状況です。先ほど、衛生兵達が艦橋から搬送しましたが、右下腹部に鉄片が突き刺さっていて、出血多量。今最善を尽くしていますが……医薬品が足りません。被弾の際の衝撃で、医薬品にも損害が出ています』

 

吹雪は副長からの報告内容を、手早く手話で周囲の艦娘達に教えると

 

「分かりました! 少々お待ちください!」

 

と告げてから、主砲に一発の砲弾を装填し、空に撃った。吹雪が撃ったのは、赤い発炎弾。空中に、煌々と赤い炎が灯った。その直後

 

『こちらエウクレイデス! 赤い信号弾を確認しました! 何がありましたか!?』

 

とエウクレイデスの通信士妖精から、通信が来た。

 

「おおしおが先の被弾により、祐輔さんを含めて負傷者多数! 医薬品にも損害が出ており、満足に治療が出来ない状況です!」

 

『了解しました! 至急、そちらに向かいます!』

 

「副長さん、エウクレイデスと通信が出来ました! 今こちらに、来てくれるそうです!」

 

『助かります! 今から、負傷者の移動を開始します! それに伴い、おおしおの後退を開始します!』

 

「分かりました! 私達で護衛します!」

 

吹雪は副長との通信を終えると、味方全体の通信回線を開き

 

「こちら祐輔艦隊の吹雪です! おおしお被弾により、後退を開始します! 艦娘艦隊はおおしおの護衛、スピリッツの皆さんは、戦線の押し上げをお願いします!」

 

と通信を飛ばし、通信回線を閉じた。そして、内心で

 

(祐輔さん……どうか、御無事で!)

 

と思いながら、後退を開始した。



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新たな敵

「パラオ艦隊総秘書艦の吹雪から緊急! おおしお、艦橋付近に被弾。提督を含め、多数の負傷者が出た模様!」

 

「艦をおおしおに寄せて、医療班待機! 近くに直衛以外の部隊は!?」

 

通信士妖精の報告を聞いたエウクレイデスは、操舵士妖精に指示を下すと、CIC担当妖精に問い掛けた。CIC担当妖精は、機器を操作してから

 

「トライアド以外ですと……ジェミニ隊が近いです!」

 

と報告した。

 

「ジェミニ隊におおしおの周囲に展開するよう通達! それと、全隊に通達! 一気に前線を押し上げて!」

 

「了解!」

 

エウクレイデスはモニターに映るアイランドを見て

 

「……やっぱり、簡単には攻略出来ないわよね……」

 

と呟いた。そもそも、拠点攻略戦は相手の三倍の戦力が必要とされている。その意味では、スピリッツとパラオ艦隊の戦力は、相手より大幅に少ない。

そこは士気の高さと練度の高さで補ってはいるが、やはり数の差は如何ともし難い。おおしおが被弾したのも、スピリッツの形成した前線ラインを突破したハイザックがマシンガンを撃ったから起きたことだった。

そのハイザックは直ぐに撃破したが、おおしおに一発命中してしまった。

 

「……何機か鹵獲して、自戦力化するのもアリかしらね……」

 

そう考えたエウクレイデスだったが、一旦その考えを頭の端に追いやり

 

「各機体の弾薬と推進材の状況は?」

 

とCIC妖精に問い掛けた。

 

「平均約6割残っています。あ、フェニックス隊が推進材の補給を要請してきました」

 

「着艦を許可します。整備班に推進材を補給する準備をするよう伝えて」

 

「了解!」

 

スピリッツはデータリンクで全員の機体状況を確認出来るようにしており、それで素早い修理や補給を可能としていた。少数戦力故に、直ぐに前線復帰する必要があったからだ。

 

「だけど、少し違和感を感じるのよね……」

 

エウクレイデスは、サブモニターに表示されているこれまで確認出来た敵の戦力を見て

 

「……ワンオフ機が一機だけ……?」

 

と首を傾げた。ワンオフ機は確かに強力だが、前世界での記憶を振り返ると、単機で行動していたのは中々無かったように思えた。

そう考えたエウクレイデスは、CIC担当妖精に策敵範囲を広げるように指示を出そうとした。その直後

 

「本艦正面、距離30000に新たな敵の反応確認! これは……ヤークトアルケーです!」

 

とCIC担当妖精が報告してきた。

 

「遅かった!」

 

エウクレイデスが声を漏らすと同時に、メインモニターにCG補正された敵機の画像が表示された。

 

「……なるほど、あの世界での機体構成なのね……データリンクで即時に全隊に共有! そして、パラオ艦隊に通達! あいつに手出し無用! あいつとは、こちらが交戦すると! あいつからの攻撃は、絶対に回避するように通達!」

 

「了解!」

 

通信妖精が返答した直後、エウクレイデスが大きく揺れた。

 

「何事か!?」

 

「ヤークトアルケーからの攻撃です! 艦右舷に被弾! 損傷軽微! 戦闘行動に支障無し!」

 

「アンチビーム爆雷と粒子撹乱幕を展開! これ以上の攻撃を許すな!!」

 

副長妖精の指示を受けて、ミサイル発射菅から次々とミサイルが発射され、空中で爆発した。そこにビームが到達した直後、そのビームが拡散した。

 

「以後、適宜両弾を発射。本艦からの攻撃は、実弾に限定! 牽制で構わない! 撃ちまくれ!」

 

多目的支援艦たるエウクレイデスは、アークエンジェルに比べて対ビーム装甲はそれほど成されておらず、場合によっては致命傷になりかねない。

しかしその分、様々な攻撃方法と支援武装が充実している。

 

「医療班から通信! 降下準備良し! 医療カーゴを使うとのことです!」

 

「許可します! 直衛MS隊に通達! これから医療班が降下する! 何としても護りきれ!」

 

「了解!」

 

医療カーゴと言うのは、スピリッツで採用した支援装備の一つで、災害派遣を要請されたりした際に運用した装備で、内部には高度な医療機器が配備されている。

医療に支障がでないようにと、衝撃吸収用の外装、マイクロウェーブによる電力供給機を採用しており、危険地域での医療を続行出来るようにされている。

まさに、こういった場所でその力を発揮する装備だ。

 

「ヴァルキリー隊、ヤークトアルケーと交戦開始!」

 

「任せるしかないわね……」

 

ヴァルキリー隊、スピリッツの第二小隊で、その実力はフェニックス隊に互するもので、変幻自在の部隊戦闘が持ち味である。

 

「敵部隊接近! 深海艦隊です!」

 

「対艦ミサイル発射! 防衛ラインを突破させるな!」

 

CIC担当妖精からの報告を受けて、副長妖精がすぐに指示を下した。

第二幕が開く。



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流転

海中から飛び出してきた駆逐イ級を砲撃で倒すと、吹雪は

 

「スピリッツの母艦から、医療班が降下するって!

みんなで守ります!」

 

と声を張り上げ、機銃で接近を図ろうとしていた深海悽艦の爆撃機を撃墜した。その直後、夕立がリ級の頭に回し蹴りを叩き込んで

 

「了解っぽい! 祐輔さんのために、頑張るっぽい!」

 

と元気よく宣言し、起き上がろうとしたリ級に魚雷を投げ付けて撃破した。

 

「夕立、魚雷は投げないの……」

 

「この方が、普通に使うより確実っぽい!」

 

姉妹艦娘の時雨が苦言を呈するが、夕立は気にした様子もなく今度は砲撃。近寄ってきていた駆逐ロ級を吹き飛ばした。

 

「ともかく、攻撃は続けろ! 今おおしおは、まともに動けないのだ!」

 

『了解!』

 

長門の指事に、周囲に展開していた艦娘達が応えた。すると、吹雪が

 

「つっ! エウクレイデスから通信です! 更に敵に新型のMSが出現したそうです! そいつには、近づくなって……きゃあ!?」

 

吹雪が全員に通達していた時、頭上で轟音が鳴り響いた。見上げてみると、エウクレイデスの右舷側から煙が上がっていて、一部の装甲が捲れ上がっているのが見えた。

 

「あの艦が!?」

 

「どんな攻撃だよ!?」

 

鳥海と麻耶は、エウクレイデスやアークエンジェルの強さを理解しているので、まさか損傷するとは予想外だったのだ。

 

「とにかく、私達はおおしおを防衛! 沈めさせるな!」

 

『了解!』

 

長門の号令の直後、艦隊は更に弾幕を激しくし始めた。場所は変わり、アイランド上空。そこでは、激しく砲火が交わされていた。

 

『このっ!』

 

『はっはぁ! 中々やるじゃねぇか! ええ!? スピリッツのガンダムさんよぉ!!』

 

『舐めるな!!』

 

『ところがギッチョン!!』

 

ヴァルキリー隊からの波状攻撃を、ヤークト・アルケーは奇抜な動きで避けていくか防いでいく。今も、前からのビームサーベルによる一撃をバスターソードで受け止めつつ、背後からのビームソードを爪先から出力したビームサーベルで受け止めた。

 

『はっはぁ! 逝っちまいなぁ! ファングぅ!!』

 

『乱数回避!!』

 

ヤークト・アルケー腰部両側面のファングコンテナから次々と射出されたGNファングを見て、ヴァルキリー隊は乱数回避をしながら迎撃も開始した。

しかし、迎撃も容易ではない。ファングは小型で、尚且つ早い。そのために、軌道先を予測して攻撃するしかないが、ファングは不規則に動く。もし艦娘艦隊だったら、迎撃虚しく全滅していたかもしれない。

しかし、ここに居るのは一騎当千のエース。スピリッツでも古参のヴァルキリー隊。ウィングゼロは軌道を予測してキャノン砲で次々と破壊し、エピオンはビームソードで切り裂いていく。

サバーニャは得意の乱れ撃ちで弾幕を形成し、そこに入ったファングを破壊する。そこに

 

『ちょいさぁ!!』

 

とヤークト・アルケーが、バスターソードを大上段に振り上げ、サバーニャに攻撃してきた。

 

『このっ!』

 

それをシールドビットで防ぎ、ライフルですぐに反撃するサバーニャ。しかしヤークト・アルケーは、バスターソードから手を放すと、バック転の要領で回避し、落ちてきたバスターソードをキャッチした。

その瞬間を狙い、エピオンが斬りかかるが

 

『見えてるんだよぉ!!』

 

その一撃は独楽のように回避され、遠心力を乗せたバスターソードを反撃として叩き付けてきた。

 

『くっ!?』

 

その一撃を辛うじて回避したエピオンだったが、即座に胴体に蹴りが叩き込まれて、大きく吹き飛んだ。ヤークト・アルケーはその隙を逃さず、バスターソード内蔵と腕部収納のGNライフルを撃った。

だがその攻撃を、ウィングゼロがビームサーベルで全て弾いた。

 

『流石に、手強いですね!』

 

そして、ヤークト・アルケーの頭上からハルファス・ベーゼがビームサイスを振り下ろした。だがそれを、ヤークト・アルケーは即座に振り上げたバスターソードで弾き、一度距離を取った。

 

『流石に、四対一じゃ分が悪いな』

 

『逃がすか!!』

 

ヤークト・アルケーは、腰部の装甲内から円筒状の物体を幾つか空中に射出した。それを逃走用のEMPグレネードと判断したのか、サバーニャが全て撃ち抜いた。その直後、一帯を煙が覆い尽くした。

 

『しまった!?』

 

『GN粒子入りのスモークグレネードだったか!?』

 

しかも只のスモークグレネードではなく、GN粒子も充填したスモークグレネードだった。あまりにも濃密なGN粒子のスモークグレネードだったために、センサー類に影響を及ぼし、四機は一時ヤークト・アルケーをロスト。煙が消えた時、付近には居なかった。

 

『見事な引き際だった……』

 

『今回は逃げられましたが、次こそは……』

 

ヴァルキリー隊は悔しそうに呟くと、別の戦域に向かった。アイランドを巡る戦闘は、佳境に向かう。



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終結と世界の行く末

作戦が始まってから、数時間が経過。陽も沈み始めた頃、戦況が変わり始めた。

 

 

『グランド1よりマザー。アイランドに取り付きました。これより、突入します』

 

『了解。油断しないように』

 

『了解』

 

スピリッツの部隊のひとつが、アイランドに取り付いたのだ。グランド小隊、バンシィ・クロスが率いる部隊な、手近な施設の隔壁を破砕突破。今正に出撃しようとした敵MS部隊を撃破した。

そして奥に進むと、見つけたのはMSの無人生産ラインだった。

 

『これは……』

 

『映像を記録したら、徹底的に破壊するぞ。今は、そうするのが最善だと判断する』

 

『了解!』

 

『了解ですわ!』

 

バンシィ・クロスの指示を受けて、部下達も生産ラインの破壊を始めた。次々と撃ち込まれる砲撃に、機械が火を噴き、生産中だったMSが次々と爆発していく。

そしてそれは、外からも確認出来た。屋根を突き破り柱のように上がる炎。アイランドの各所で始まる爆発。

もはや、陥落は時間の問題だった。

だからかは分からないが、敵の動きが変わった。

 

「深海艦隊、一部が離脱を始めました!」

 

『こちらでも確認した……駆逐級と軽巡級が中心になって、こちらに来るぞ!』

 

恐らくは、足止めが目的なのだろう。大型艦の大部分が転進し離脱を開始すると、駆逐級と軽巡級が中心となった深海艦隊が祐輔艦隊の方に突撃してきた。

それを受けて、祐輔艦隊とスピリッツは迎撃を開始した。

祐輔艦隊は長門が旗艦になって、迎撃を開始。スピリッツは、機動攪乱戦で深海艦隊の足を遅くしつつ、撃滅を開始した。

その結果、約二時間後に残った深海艦隊は殲滅が完了し、アイランドも完全に破壊し、海の底に沈んでいった。

海水を巻き込みながら沈んでいくアイランドを見つつ、時雨が

 

「これで、終わりなのかな……」

 

と呟いた。だが、それを即座にフェニックスが

 

『いや、始まりだ……長く困難で激戦の幕開けだ……』

 

と否定した。

そう、これはほんのプロローグに過ぎなかった。

2010年9月末、人類は未だに経験したことの無い戦いの幕を開けた。

人対深海棲艦&機械という、前代未聞の戦いを。

 

報告書

榊原祐輔少将率いる艦隊は、敵無人兵器(以後MSと呼称する)の生産拠点、仮称アイランドの破壊に成功。

ただし、少将の艦隊にも被害は大きく、少将本人を含めて、おおしおの運用人員、18名に重軽傷。艦娘も数名の大破が出た模様。

これに対して、大本営は資源の融通と人員の補充で対処することを決定する。

ただし、今作戦は秘匿することが決定し、表向きには姫級率いる大規模艦隊を捕捉し、撃滅作戦を敢行したこととする。

 

大本営参謀本部統括 大田恵大佐

 

その報告書を読んだ元帥。神林十蔵は、その報告書を秘書艦の五十鈴に秘匿案件のファイルに綴じさせると、窓から外を見て

 

「この世界は、どこに向かおうとしているのか……」

 

と呟いた。

それに答える声は無く、十蔵は蒼空を見上げることしか出来なかった。



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明石の実験

アイランド攻略作戦から、十数日後。パラオ泊地

 

「……彼等に、人の体を?」

 

「はい。詳しくは、こちらの書類を」

 

アークエンジェルが首を傾げると、祐輔が書類をアークエンジェルに差し出した。あの戦いで傷付いた祐輔だが、スピリッツの医療技術により、既に日常生活には支障が無い程度には回復した。そんな矢先に、アークエンジェルとエウクレイデスが呼ばれ、あることを告げられた。

それが、スピリッツの戦力たるMS隊。そのガンダム達に、人としての体を与えようということだった。

 

「……艦娘に関する研究で得た技術を使って、体を……」

 

「だけど、人格は……あ、何とかなるかも」

 

どうやら、艦娘を色々と調べ、研究していく内に、この世界ではクローニング技術と呼べる物がかなり発達したらしい。

それにより、四肢の欠損等は当人の腕を作り出し、移植するという治療が出来るようになったらしい。

その技術を応用し、肉体を作り出すようだ。

 

「思い付いたのは、明石なんですがね……僕も、完全に予想外でしたが……」

 

「彼女、かなりの知識を持ってるようですね……まさか、クローニング技術まで知ってるとは……」

 

祐輔が苦笑いを浮かべていると、エウクレイデスが書類を見ながら感心していた。

 

「どうも、このパラオの明石さんは、知識に対して貪欲みたいでしてね。積極的に新技術を調べては自分でデータを取り、試験を繰り返してきたそうです。調べてみたら、地下にかなりの機材や実験結果らしい物が大量に有りました」

 

「まあ、知らないで後悔するよりかは、マシなんじゃないかしら? で、その知識のひとつに、クローニング技術が有ったと……」

 

「そうなりますね……」

 

会話を終えるとアークエンジェルとエウクレイデスは、改めて書類に視線を落とした。

もしかしたら、これも明石の実験のひとつなのかもしれない。しかし、もしこの技術が確立すれば、機体が大破したりした場合、そちらに人格を移し、機体の大規模修理が容易く行えるだろう。

 

(それに、彼等に人としての体を与えることで……)

 

アークエンジェルが悩んでいると、エウクレイデスが小声で

 

「アークエンジェル……彼等に、人としての喜びを知ってほしいんでしょ?」

 

と耳元で言った。アークエンジェルが視線を向けると、エウクレイデスが

 

「私もね、何時も最前線で頑張るあいつらに、何かしてやりたいな、って思ってたのよ」

 

と告げた。エウクレイデスの思いを聞いたアークエンジェルは、少し間を置いてから

 

「分かりました。このお話、受けます」

 

と告げた。

そこからは、トントン拍子に話は進んだ。設備は、アークエンジェルとエウクレイデスの二隻の物を使うことにした。その方が、直接遺伝子情報が引き出せて、使えるからだ。

嘗てのパイロット達の遺伝子データは、二隻のデータベースに保管されていたのだ。それを使えば、彼等に人としての体を与えられる。

確かに、倫理的には間違っているかもしれない。

だがアークエンジェルとエウクレイデスには、邪な考えは一切無い。

ただ彼等に、人としての幸せを知ってほしいのだ。

自分達は機械だからと、一歩引いた彼等に、人並みの幸せを。嘗ての彼等のように。

そうして、約三週間後。

 

「では、最初に……フェニックスさんから行きますよ」

 

明石はそう言って、パソコンの操作を始めた。

MS用のメンテナンスベッドには、フェニックスが固定されていて、そこから何本ものケーブルが少し離れた位置にある薬液が満たされたカプセルに繋がっている。

そして、パソコンの操作を始めてから、約十秒後。カプセルの中の薬液が無くなっていき、カプセルの正面の蓋が、空気が抜ける音を立てながら開いていく。

そして中から出てきたのは、確かに嘗てのフェニックスのパイロット。マーク・ギルダーそのものだった。

 

「どうでしょうか……」

 

明石が恐る恐ると問い掛けると、フェニックスは体を軽く動かしてから

 

「これが、人としての体か……感慨深いと言うべきか……まさか、自分を乗りこなしていたパイロットの姿になるとは……」

 

と言った。その声は機体の時と同じだが、やはり生身の方が機械的な印象が無くなる。

 

「よし! 上手くいきました! さあ、他の方々もやりましょう!」

 

明石はそう意気込みながら、両手を握り締めた。そこに、フェニックスが

 

「質問だが、また機体の方に意識を戻せるのか?」

 

と問い掛けた。確かに、それは重要だろう。人の体に意識を移したら、機体に戻れなくなった。では、彼等からしたら笑い話にもならない。

 

「あー……理論的には可能ですが、試してみないと……」

 

「どうすればいい?」

 

「そこのベッドにあるヘッドセットを装着して、寝転がってください」

 

フェニックスは明石に言われた通りに、ベッドの上に置いてあったヘッドセットを装着し、寝転がった。それを確認した明石は、再度パソコンを操作した。

その十数秒後。

 

『ふむ……問題なく、戻れたな』

 

とメンテナンスベッドに固定してある、フェニックスから音声が聞こえた。すると、明石が両手を挙げて

 

「私の実験大成功! やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

と歓声をあげた。よほど嬉しかったらしい。

 

「どうでしょうか、アークエンジェルさん! この勢いで、皆さんに体を用意しましょう!」

 

「わかった、わかったから、落ち着いて……それと、休みなさい……隈が酷いから」

 

明石はアークエンジェルの肩を掴んで、ガタガタとアークエンジェルを揺らすが、アークエンジェルはそんな明石を落ち着かせようと明石に声を掛けた。

実は明石、徹夜二日目に入っており、いわゆるナチュラルハイになっていた。

そこに、祐輔の秘書艦の吹雪が入ってきたかと思えば、スタスタと明石に歩み寄り

 

「当て身っ!」

 

「あふん」

 

明石を気絶させた。

そして吹雪は、明石を担ぎ上げ

 

「すいませんでした。明石さんは、こちらでベッドに放り込んできますので。お疲れ様でした」

 

と頭を下げて、退室した。

残された一同は、それを見送った後に

 

「とりあえず、全員分の体は用意しとこうか」

 

と決めたのだった。



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予定決め

「観艦式?」

 

そう言って首を傾げたのは、アークエンジェルである。ここパラオの第三会議室にて、祐輔と話し合っていた時に、祐輔が思い出したようにその言葉を言って、アークエンジェルがおうむ返しに言ったところだ。

 

「はい。あ、式と言いましたが、実際はお祭りですね。一般の方により艦娘を知ってもらうためのお祭りです。確かに、選抜メンバーによる観艦式も行いますが、艦娘達が出店をやるんです」

 

「ほう……しかし、何故それを私達に……?」

 

「実はその日に、元帥が来訪し、貴女方に直接お会いしたいと」

 

アークエンジェルの疑問に祐輔が答えると、アークエンジェルとエウクレイデスは顔を見合わせた。

 

「今まで映像通信のみだったから、直接お会いし感謝したいと」

 

「気にしなくていいんですがね、我々は傭兵。依頼を遂行してるに過ぎないのですが」

 

アークエンジェルのその言葉に、祐輔は首を振り

 

「貴女方が居なければ、パラオやトラックの前提督の汚職の発覚。あのMS隊に対抗は出来ませんでした」

 

と告げる。更に言えば、アークエンジェルが入手した情報が、元帥が行った主義者の一斉検挙に繋がったと言っても過言ではない。主義者達の間には独自の情報網があり、その中には高額で艦娘を買い取る違法風俗店や製薬企業があり、元帥はその情報を長年欲していた。

そして最近、ようやくそれらの対象に一斉取り締まりに動くことが予定されているらしい。

 

「貴女方のおかげで、僕達海軍は首の皮一枚で繋がりました。感謝します」

 

実を言うと、今の海軍は非常に危うい立場になっている。主義者達は主に艦娘に対しての扱いが悪い連中だが、中には周囲の民間と要らぬ軋轢を生む輩も居るのだ。自分が提督だからと権力を笠に、やりたい放題したり、漁船の護衛で漁業組合から貰う料金を、大本営が定めた料金の倍以上を請求したりする輩が居るのだ。

勿論海軍は、そう言った提督に対し何らかの処分を下し、監視を付けたりして対処している。しかしそう言った提督達は、あの手この手で私腹を肥やそうとする。

そんな提督達のせいで、海軍は今大分求心力が低下しているのだ。

そしてもし、主義者達がやっていたことがメディアにより先に露見していたら、大変なことになっていただろうことは間違いない。

元帥からしたら、先に主義者の情報を入手出来たのは、正に幸運だったのだ。

 

「我々は、一度受けた依頼は必ず果たします。その為に、取れる手段は全て取ります」

 

「重々承知してます。そこを含め、元帥は直接お会いし感謝したいと」

 

祐輔がそう言うと、アークエンジェルは暫く黙り

 

「……分かりました。元帥殿とお会いします」

 

と受け入れた。その後、当日に関する細かい内容を決めると、会議室を出た。すると祐輔は、窓からグラウンドの方を見て

 

「ああ、やけに賑やかだと思ったら……」

 

と微笑んだ。それが気になったアークエンジェルとエウクレイデスも、グラウンドの方を見た。するとグラウンドでは、多くの駆逐艦娘が集まり、野球をしていた。

それを見たアークエンジェルとエウクレイデスは、元気なのはいい事だ、と思った。

だが次の瞬間には、驚きで固まった。

何故ならば、審判の位置に、人間体のフェニックス、フレスベルグ、XXXX、バーストが居たからだ。

恐らく、駆逐艦娘達に請われて、審判役を引き受けたのだろう。彼等なら、中立の立場で正確に判断すると。

 

「すいません。どうやら、こちらの子が彼等を……」

 

「いえ、構いませんよ。彼等にも、人間並の生活をしてほしいので」

 

祐輔が謝罪すると、アークエンジェルは首を振った。遠目で分かりにくいが、よく見ると彼等も僅かに微笑んでいるようにも見える。もしかしたら、客観的希望というのも混じっているかもしれない。だが、楽しんでいるのならば嬉しいものだ。

人間体が与えられてからだが、パラオに居る間はなるべく人間体に意識を移して行動するように決めた。

それに合わせ、パラオの執務棟の一角にスピリッツの部屋を確保。そのすぐ近くに、地下に向かうエレベーターを建設し、それはスピリッツ専用とした。その地下に、アークエンジェルとエウクレイデスの停泊所たる秘匿ドッグを設営した。

なおそのエレベーターの入り口は、擬装されているためにスピリッツ以外には入れないようになっている。

その後、気付けばグラウンドにて一大野球大会が始まり、白熱した展開になる。



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会談

パラオ泊地、観艦式の日。そこには、今までで一番の民間人が入り、楽しそうに見て回っていた。各出店は様々な艦娘達が営んでおり、種類に富んでいる。

お好み焼きだったり、たこ焼きだったり、串焼きだったり。

しかし、一般人を受け入れてはいるが、一般人の立ち入りを制限している区画もある。

その内の一つ、執務棟の一室にてスピリッツと海軍元帥が対面していた。

 

「こうして、直に対面するのは初めてになるな……帝国海軍元帥の神林十蔵と言う」

 

「傭兵部隊スピリッツ。旗艦艦長のアークエンジェルです」

 

「同じく、傭兵部隊スピリッツ。汎用工作艦艦長、エウクレイデスよ」

 

三人は軽く自己紹介を終えると、握手してから席に座った。そして、先に口を開いたのは元帥だった。

 

「今回、我が海軍の汚職を行っていた者の捕縛の協力、感謝します……貴女方の協力と迅速な解決により、我々は人員的、国民からの評価的にさほどのダメージもなく立ち直ることが出来ました。非常に感謝しています」

 

元帥はそう言って、深々と頭を下げた。それを聞いたアークエンジェルは、首を左右に振って

 

「我々は、依頼を受けて動いたまでです。依頼内容は秘匿しつつ、最高の結果を出せました……それは、最前線で動いた隊員達の頑張りの結果です」

 

と返答した。それは、彼女の嘘偽りの無い答えだった。彼女からしたら、自分は安全が確保された後方から指示を出していただけ、という認識だった。

 

「しかし、貴女の的確な指示が合ったから、部隊は有機的に連携を取れる……そうではないですかな?」

 

元帥のその言葉に、アークエンジェルは固まった。そう言われるとは、予想していなかったのだ。

 

「こちらとしては、以後も貴女方と良き関係を続けていきたいと願ってます」

 

「……こちらも、裏切り等が無ければ関係を維持したいと考えます」

 

アークエンジェルはそう言いながら、スピリッツが独自に調べた世界情勢を思い出した。

はっきり言って、今の世界情勢は泥沼と言っても過言ではない。深海棲艦によって失われた海路。それにより世界中で起きている恐慌。石油、食糧、経済。それを何とか支えているのが、艦娘が多く居る日本帝国海軍だ。

しかし、それを快く思わない国が居る。

以前より世界の警察を自称していたアメリカは、また世界のトップに立とうと暗躍中。聞いた話では、主義者に武器の横流しをしているようだ。

この深海大戦が始まる前から反日政策をしていた韓国は、最早無政府状態で国内は銃火が鳴りやまぬ有り様。

ロシアは諜報組織が暗躍し、何度も艦娘を拐おうとした過去があり、今は国際的信用が失われている。

中国はその国力の高さから何とか建て直したようだが、一部の地域では独立戦争が勃発し、最早風前の灯。

その中で、まだ治安維持が出来ているのが日本帝国だった。

日本帝国は世界でも近海の安全を確保出来てる唯一の国で、最近では近隣諸国や親交のあった国に基地を建設し、少しずつだが深海棲艦から海路の解放を成し遂げている。

そのおかげか、今は最早形骸化しつつある国連から、対深海戦略を一任されている。

それらを考慮しても、やはり日本帝国と契約関係を維持するのはメリットが大きいのだ。

 

「それで、以前貴女方と協同で攻略したあの敵……MSを運用していたアイランド……あれに関する話が有ると伺いましたが」

 

「はい……我々は確かに、対MSのエキスパートです……しかし、我々は相手と違い数に不利が有ります。それに、行動範囲も」

 

アークエンジェルがそう言うと、祐輔が大き目のモニターを点けて、アイランドの予想行動可能範囲を世界地図に上書き(オーバーラップ)させた。その行動範囲は、広大の一言だ。

 

「これは……本当に?」

 

「はい……こちらで入手した情報を精査した結果、アイランドは動力は波浪発電と太陽光発電を併用しており、海路ならば何処にでも作戦展開が可能と判断されました。更に、掘削能力も有しているために、その気になれば海底鉱山から資源の掘削が可能……つまり、アイランドが複数存在すると、世界各地で同時にテロ行為が可能になります」

 

「なんてことだ……」

 

アークエンジェルの説明を聞いて、元帥は天井を見上げた。祐輔から提供されたデータにより、艦娘ではよほど対空値が高くないとMSに太刀打ちするのは現実的ではないと分かっている。

しかし、今のところまともに戦えるのはスピリッツのみ。だがそのスピリッツも、万能ではない。行動範囲も数にも限界はある。それを考えると、頭を抱えるしかない。

 

「そこで、我々は敵のMSの鹵確……ひいては、アイランドを制圧し、此方の戦力化を目指しています」

 

「そんなことが、可能と?」

 

「はい……既に少数ですが、敵MSの鹵確を行い、自戦力化を行いました……こちらを」

 

アークエンジェルはそう言って、元帥に書類を差し出した。

 

「これは……そのMSのデータですか……!」

 

「はい……我々が鹵確したのは、合わせて一個中隊規模ですが……幸いなことに、貴方方の技術力でも整備が可能ということが分かりました……つまり、アイランドを制圧し確保すれば、貴方方でも生産・維持・運用が可能ということです」

 

「確かに……しかし、大丈夫なのですか?」

 

元帥のその問いかけに、アークエンジェルは首を傾げた。すると元帥は、真剣な表情で

 

「もし主義者が、このMSを貴女方に差し向けたら……幾ら貴女方とはいえども……」

 

と言葉を濁した。つまり、スピリッツが敗北することを危惧しているのだろう。しかし、アークエンジェルは底冷えのする笑みを浮かべ

 

「先にも言いましたが、我々は対MSのエキスパート……更に言うと対人戦闘もお手の物です……相手に、敵対したことを後悔させましょう……圧倒的敗北でもって」

 

と断言した。それを聞いて、元帥は察した。スピリッツは、ここに来るまでに数え切れない程の修羅場を潜り抜けてきた猛者だと。生半可な戦力では、痛い目を見ることになると。

 

「……私からは、諸君を裏切らないと確約しよう……」

 

「私達も、貴方方とは争いたくはありません……お互いに、よき隣人で居ましょう」

 

二人はそう会話を締めくくり、最後に再度握手を交わした。こうして、非公式だが二つの組織のトップの会談は幕を下ろしたのだった。



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新たな火種

それが起きたのは、パラオの観艦式が終わった数日後のことだった。

パラオ泊地の軍港に、一隻のタンカーが停泊した。それ自体は、普段と何ら変わらない。燃料の補給のために、艦隊の護衛付きで入港してきた。だが、護衛の艦隊は一切無し。更には、タンカーには人の姿が一人も無かった。

そのタンカーは、パラオ泊地から遠く離れた海域を漂っていたのを、パラオ泊地の艦隊が発見。曳航してきたのだ。

パラオ泊地の憲兵隊が調査した結果、内部で銃撃戦が起きたことがわかった。それも、大分激しい戦闘で、かなりの血痕が見つかった。

だというのに、死体が見つからなかった。

船籍から、本来はトラック泊地に向かうタンカーだと分かった祐輔は、トラック泊地に連絡。引き取ってもらうことにしたが、調査は続行することにした。

 

「……この血の量だと、最低でも数十人は負傷したのは確実……けどその人達は何処に行った? 避難舟が使われた形跡も無いのに……」

 

祐輔は首を傾げながらも、ある船室に入り、違和感を覚えた。

 

「……この船室……少し狭いな……」

 

その部屋は二人部屋なのだが、広さは大体9畳より少し狭い位だ。確かに船というのはスペースが限られてるので、共用スペース等は狭く設計される。

だが、幾らなんでも狭すぎる。そう判断した祐輔は、近くに居た憲兵を呼び、改めてその船室を調査した。

そして、調査していた時、憲兵が

 

「提督殿。この電灯、動きます!」

 

と壁の電灯のアームを動かした。その直後、その電灯横の壁が動き、隠し棚が現れた。その中には、液体が満たされた大量の瓶があった。

 

「これは……」

 

「……夕張さん、大至急タンカーに来てください。調べてほしいものが」

 

憲兵は驚き、祐輔は無線で夕張を呼んだ。そして調査の結果、驚くべき物だった。

 

拘束具(フェッター)……」

 

「はい……それも、かなり高濃度の物です……これ程の濃度、使ったら……使われた相手はかなりの禁断症状に悩まされます」

 

拘束具。通称、フェッター。

数年前から出回り始めた薬物で、これを注入された相手は忠実に命令を守り、通常を越えた身体能力を発揮する。しかし副作用として、戦闘によって相手を殺したり破壊した場合は快楽になり、薬物が切れると耐え難い激痛と余りの高濃度を注入すると注入された相手の意志を無くしてしまう。

このフェッターは、人間だけでなく艦娘にも効果が有る。勿論だが、大本営はフェッターの使用を禁じており、もし使用が判明したら極刑の適用すら有り得る程の重罪である。

 

「……高濃度のフェッターが、トラック泊地行きのタンカーから見つかった……出港元と最終の行き先は?」

 

「……出港元はボルネオ島……最終は、ブルネイ泊地です」

 

ボルネオは日本帝国が確保しているインドネシアの資源地で、ブルネイは最前線の一ヶ所だ。そして両方共に、戦果が高い艦隊が常駐している。

いるのだが、ここ最近は更に高い戦果を挙げていると報告が挙がっていた。更にあることを思い出した祐輔は

 

「……大淀さん、至急大本営の長官に繋いでください」

 

「分かりました」

 

その二ヶ所の提督は、主義者ではないが、艦娘を軽視している派閥の提督だ。

そして、十数分後

 

『フェッターとはな……』

 

「は……大至急報せねばと思い、秘匿回線を使いました」

 

祐輔の報告を受けて、十蔵は両手を組んで唸り始めた。はっきり言って、十蔵としては頭の痛い話であった。

 

『まさか、まだ製造法を知ってる輩が居るとはな……』

 

フェッターだが、約二年程前に帝国が世界各地にあった製造拠点を一斉に攻撃し徹底的に破壊。その後、製造法も全て破壊した筈であった。

 

『榊原提督……今回の件、知ってるのは?』

 

「は、当泊地所属の一握りの憲兵隊と極一部の艦娘のみです」

 

『分かった……今回の件、特務憲兵隊を動かす。場合によっては、貴様の艦隊にも要請を出すかもしれんが……』

 

「最後まで、付き合います。此度の件は、自分としても許しがたい案件です」

 

祐輔の言葉に満足したのか、十蔵が頷いたら通信は切れた。祐輔は椅子に座ると、空を見上げ

 

「……嫌な予感がする」

 

と呟いた。



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保護

タンカーを曳航してから、約二週間後。パラオにトラックからの船舶運用要員が到着。改めて、タンカーはトラックに向かった。

それを、執務室から見送った祐輔は

 

「さて……何処であの拘束具が下ろされるのか……」

 

と呟いた。実は、祐輔は発見した拘束具は敢えて一度見逃すことにした。しかし、その全ての蓋裏に超小型の発信器を隠してあり、それは夕張が開発した専用モニターの地図上に表示されるようにしてあるのだ。

祐輔としては、最低で二人程度であってほしいと願っている。しかし、最悪の場合はトラックや最前線の提督の誰かが使っている可能性があった。

それを考えると、一つだけに発信器を着けるという訳にもいかなかった。超小型発信器の開発には、夕張と明石、更にはスピリッツの技術妖精が尽力しており、かなりの力作と言っていた。

祐輔はその発信器の性能を信じ、時を待った。

事態が動いたのは、それから約一ヶ月後だった。

 

「これは……ラバウル、タロワ、タウイタウイ、ブルネイ……どこも、最前線を担い、更には高い戦果を挙げている要所ばかり……まさか、こんなにだなんて……」

 

反応のある場所を見て、祐輔は絶句した。反応のある場所は、何処もかしこも、最前線を担う要所だったからだ。

 

「これは、予想以上に根深いかもしれない……大淀さん、大至急長官に繋いでください」

 

「はい」

 

祐輔の指示を受けて、大淀は通信室に向かった。それから、十数分後

 

『……まさか、最前線の四か所にとは……』

 

「は……完全に予想外でした……」

 

祐輔の言葉に、元帥は同意するように頷いた。そして、少しすると

 

「こうなると……他にも怪しい拠点がいくつもありますが……」

 

『確かに……私から陛下に上申し、かの部隊を動かす』

 

元帥の言葉を聞いた祐輔は、驚いた表情で

 

「まさか……あの?」

 

と聞くと、元帥は頷いた。それを聞いた祐輔は、少し間を置いてから

 

「ではこちらは、何時でも動けるよう準備しておきます」

 

と敬礼した。それを聞いた元帥は

 

『頼む。こちらも、なるべく早く確実に情報を入手するように指示しておく』

 

「はっ」

 

それを最後に通信は終わり、祐輔は通信室を退室した。そして、執務室に向かいながら

 

「……別に聖人君子になるつもりはないけど……一人でも助けたい……泣いてる子達を……」

 

と呟いた。事態が大きく動いたのは、それから更に10日程が経ったある日だった。パラオ泊地のある浜辺に、一人の艦娘が流れ着いた。あまりにも酷い損傷を負った艦娘で、むしろよく轟沈しなかったと言える程だった。

そして、その艦娘の所属はブルネイ泊地。

そう、拘束具が下ろされた拠点の一ヶ所だった。

明石と夕張の検査の結果、拘束具は投与されておらず、練度はおおよそ10程。そして、傷の原因は味方たる艦娘の攻撃と分かった。

 

「明石さん、夕張さん、確かなんですか?」

 

「はい、間違いありません」

 

「深海棲艦の武装には、14cmは無いんです」

 

二人の報告を聞いた祐輔は、眠っている艦娘。ドイツの空母艦娘。グラーフ・ツェッペリンを見た。

元々白い肌は、負傷による出血が原因なのか更に白くなっていた。

 

「……彼女が目覚めれば、何らかの情報を得られるとは思いますが……」

 

「それなんですが、彼女の艤装のブラックボックスのログを解析出来ました。彼女は、ブルネイ泊地から脱出を図り、そこから多数の艦娘に追われたようです」

 

「そして、14cm砲が多数直撃する中で彼女は一つの賭けに出た……自身の艦載機の一機を使って防御と共に、煙幕を形成。振り切ったんです」

 

それを聞いた祐輔は、グラーフ・ツェッペリンを見て

 

「勇敢で、清廉潔白……ドイツ艦娘の美徳ですね……恐らく、拘束具を使用しているのを見て、逃走を図った……それを、提督が拘束具を投与した艦娘達に追撃させた……というところですか……」

 

そう言って、ベッドの傍らの台に居るグラーフ・ツェッペリンの妖精達を見た。その妖精達も心配していて、泣いているのが祐輔にも分かる。祐輔は、そんな妖精達の頭を撫で

 

「大丈夫、彼女は必ず目覚めますよ」

 

と優しく告げた。その時

 

「う、ぐ……こ、ここは……」

 

と声が聞こえた。見てみれば、グラーフ・ツェッペリンが目覚めていた。

 

「良かった、目覚めて」

 

「私達が分かりますか?」

 

目覚めたグラーフ・ツェッペリンに、先に明石と夕張が問い掛けた。グラーフ・ツェッペリンは、妖精達に抱きつかれながらも

 

「あ、ああ……明石に夕張だな……そちらの提督殿は……」

 

「初めまして、グラーフ・ツェッペリンさん。僕は、ここパラオ泊地の提督を勤めます、榊原祐輔と言います」

 

「パラオの提督……ここは、パラオなのか……」

 

「はい……今から数日前、貴女はここパラオの砂浜に流れ着いていました……」

 

祐輔の説明を聞いて、グラーフ・ツェッペリンは驚いた表情を浮かべ

 

「数日……!?」

 

「はい……酷い損傷でしたが、良かった……傷が完全に癒えるまで、ゆっくりしてください」

 

「待ってくれ……! 私の艤装の、秘匿倉庫……そこに、ブルネイ泊地の提督の、不正の証拠が納められている……!」

 

祐輔が立ち上がった時、グラーフ・ツェッペリンが手を伸ばし、祐輔の服を掴んでそう言ってきた。

 

「ブルネイ泊地の提督の不正の証拠が!?」

 

「ああ……それだけでなく、他の拠点の提督も絡んでいるらしい……私には、日本語を読むのはまだ難しい……妖精達……秘匿倉庫から、シュヴァルツツヴァイを彼等に渡してくれ」

 

グラーフ・ツェッペリンの指示を受けて、妖精達は敬礼。そして、明石と夕張に抱えられて、グラーフ・ツェッペリンの艤装が納められているドッグに向かった。

それを見た祐輔は、グラーフ・ツェッペリンに

 

「グラーフ・ツェッペリンさん……僕は、貴女の勇敢さに敬意を表します……貴女のおかげで、我が海軍の汚点に気付くことが出来ました……今は、ゆっくりと休んでください……必ず、動きますから」

 

そう言って、グラーフ・ツェッペリンの手を優しくベッドに寝かしてから退室した。



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野心家

グラーフツェッペリンが意識を取り戻し、そのグラーフから出された不正の証拠。それを受け取った祐輔は、大至急元帥に連絡した。

 

『それは確かか!?』

 

「はい、間違いありません。今から、データを送ります」

 

祐輔がそう言うと、パソコンの前に立っていた大淀がパソコンを操作した。その数秒後、元帥が

 

『受け取った……これは……!』

 

サブモニターに表示された拘束具を使う各提督達が犯している、更なる不正の証拠。それを見た元帥は、目を見開いた。事前に確認した祐輔も、驚愕で固まったのを覚えている。

拘束具など、氷山の一角に過ぎなかった。なんと、タロア、ブルネイ、ラバウル、タウイタウイの各拠点の提督達は、自身の私腹を肥やすために、最前線(・・・)という点を悪用した。

まず、最前線故に許可されている艦娘の建造を悪用し、数多の艦娘を建造し、表向きは戦闘で轟沈ということにして、実際は艤装を解体し人間にすると、娼婦、人体実験用にとして密売。

次に、基地の一角に麻薬畑にして、麻薬を精製し、売り捌いていた。

それによって泣くのは、標的にされた一般人。お金のために大事だったモノを売り、犯罪を犯して、麻薬で体がボロボロにされる。

艦娘と一般人の両方を食い物にし、それで私腹を肥やす。

 

『問題は、どうやって奴らに……』

 

「それでしたら、私達にお任せを」

 

元帥が唸ると、そこに第三者の声。気付けば、通信室の端にアークエンジェルが居た。

 

(何時の間に……)

 

『よろしいので?』

 

祐輔は驚き、元帥はアークエンジェルに問い掛けた。

 

「構いません……そのような輩共から、無辜の人達を助けるのが、我等の理念……既に、出撃用意は整っています……複数拠点なので、完全同時とはいかないかもしれませんが……奴らに、逃走の時間は与えません」

 

そう言ったアークエンジェルの目には、普段からは想像出来ないような、底冷えするような光があった。

 

『……すまないが、頼む……徹底的に、やってくれ』

 

「依頼、承りました……では」

 

アークエンジェルは一礼すると、静かに通信室を去った。それを見送った祐輔は、ポツリと

 

「……逆鱗に触れたか……彼らは……」

 

そう呟いた。そして、傭兵部隊は動き始めた。

静かに、非道を働く者達に忍び寄っていく。

それから暫く

 

「くくく……いよいよだ……いよいよ、計画も大詰め……!」

 

ブルネイ泊地執務室。そこに居たのは、帝国海軍第1ブルネイ泊地提督、高宮薫(たかみやかおる)中将。

日本帝国において、軍家の名家たる高宮家の次期当主候補の一人である。

 

「不安要素はあるが、大したことではない……記録から見るに、あの人形が生き残る可能性は低い……私をこんな僻地に飛ばした本国のバカ共に、戦時下ということを忘れた無能な政治家共……今ならば、何処に侵攻しようが深海の排除という大義名分で許される! だからこそ、今が好機! 私が! 世界を支配する! 忠実な人形共に予想外だったが、手に入れた兵器……あれらが有れば、あのアメリカとて容易く灰塵にすることが出来る!」

 

高宮は自身の机の上にある書類には、彼が集めた戦力が記載されている。その一覧の一番下には、新型機動兵器二個連隊と書かれてある。

この男はとてつもない野心家で、ブルネイ泊地の提督となったのも、その野心を警戒されてのことだった。

やはり名家の出身なだけあり、人心掌握術に優れ、投資家や大規模粛清したとはいえ主義者の残党と接触されたら要らない不祥事を起こされる可能性が高かった。

そう判断し、元帥と一部の将校の判断で最前線の一ヶ所だったブルネイに配置した。

インドネシアはブルネイ。

近くには帝国陸軍の拠点のあるフィリピンがあるために、不用意なことはしないと思われたのだ。

 

「タロアやタウイタウイ、ラバウルの提督達は端た金で私の下に付いて、拘束具も回した……さあ、私の時代が来た……!」

 

彼がそう言って、笑い始めた。その時、ブルネイ泊地に轟音が鳴り響いた。

これが、この男の破滅の始まりであり、涙のために戦う者達の幕が上がる。



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ブルネイ泊地攻略作戦

ブルネイ泊地で爆発が起きる、少し前。ブルネイ泊地の沖合いの海中にアークエンジェルとエウクレイデスが停まっていた。

 

「艦長、準備完了しました。何時でも行けます」

 

副長妖精の言葉に、アークエンジェルは頷き

 

「我々はこれより、己の私利私欲で他者を操り人形にするような輩に、鉄槌を下します……恐らくは、拘束具とやらを投与された艦娘も投入されてくるでしょう……そうなったら……艦娘達には、眠りを与えてあげてください……拘束具は、非常に副作用が強く、治療は困難とのこと……ですから、躊躇わずに眠りを……作戦、開始!」

 

そう宣言した後、二隻のVLSから次々とミサイルが発射されて、ブルネイ泊地に雨霰と降り注いで破壊力を発揮した。直撃を受けて、吹き飛ぶ泊地の防衛設備や大型クレーン。その直後、泊地内部で緊急事態を告げる警報が鳴り響くが、兵士達は混乱して右往左往するばかり。

どう見ても、まともな指示が下されているとは思えない。

それを、事前に出していたUAVで見ていたアークエンジェルは

 

「作戦は第二段階に移行、艦隊上昇! 高度4000まで上昇後、MS隊出撃! 敵迎撃機が上がる前に、滑走路と管制棟を破壊せよ!!」

 

アークエンジェルの指示を受けて、二隻は急速上昇を開始。海中から現れると、海水をまるで滝のように降らしながら高度を上げていく。

そして規定高度に達した時、カタパルトハッチが開いて、中から次々とMS隊が出撃していく。

出撃したMS隊は、次々と滑走路と管制棟を攻撃、破壊していく。次々と起きる爆発で、外に居た兵士達は逃げ惑うか、まるでぼろ雑巾のように吹き飛ぶのみ。

 

『……お前達に、直接的に恨みは無い……だが、これも仕事でね……それに、泣く人が居るのならば、それを排除するために刃を振るうのが俺達だ……!』

 

フェニックスはそう言いながら、次々とビームライフルで機銃や対空砲台を破壊していく。

そんな中で、反撃しようとしているのか対空ミサイルランチャーを担いだ兵士も居たが

 

『遅い』

 

フェニックスは小さく呟き、僅かに銃口を動かすとビームを発射。ビームの直撃を受けて、ランチャーが大爆発を起こして、その兵士は即死した。

それを確認したフェニックスは、そこから移動しようとした。その時

 

『02より01! 多数の艦娘を確認した! こっちに来るぞ!!』

 

クロスボーンフルクロスからの報告に、フェニックスはその方角を見た。確かに、艤装を装備した多数の艦娘達が見えた。その目に、意思は感じられない。

 

『……今、眠らせてやる……この悪夢を……』

 

フェニックスは悔しそうに呟き、一番手前に居た戦艦娘に肉薄すると、ビームサーベルを突き刺した。フェニックスの早さに反応しきれなかった戦艦娘は、それで死亡。他の艦娘達は、機械的に迎撃しようと一糸乱れぬ挙動で砲を構えた。

だが

 

『ごめんなさい……』

 

上空を取ったハルファスが、メガビームを発射し、次々と葬っていく。優しい彼女からしたら、非常に辛い選択だろう。だが、仲間をヤラせる訳にはいかない。

そう自身に言い聞かせ、ハルファスは吹き飛ばしていく。

 

『……頼んだぞ、天ミナ改』

 

フェニックスはそう呟くと、少し離れた場所で弓を構えていた空母艦娘を撃った。

その頃、ブルネイ泊地地下。その廊下を、ブルネイ泊地の提督が走っていた。

高宮薫、彼は司令部ではなくシェルターに向かっていた。

自身に保身のために、部下や仲間を全て放置して、その手に有り金が全て詰まったカバンのみを持って走っていた。

 

「くそくそくそ!? 一体、何が起きたんだ!? まさか、噂の秘匿部隊か!?」

 

実は極一部の提督の間では、スピリッツは秘匿部隊として噂が出回っていた。内容としては、元帥お抱えの特務部隊だ。

実際は、傭兵なのだが。

そして高宮は、しばらく走り続けて、あるドアの前に到着した。そのドアは重厚で、かつ厳重なセキュリティーが施されていた。

高宮は出来る限りの速度でそのセキュリティーを解除すると、ドアを開けて中に入ろうとした。

だが、その時

 

『はぁい、そこまで』

 

と聞き覚えの無い声がして、高宮は振り返った。そこに居たのは、金と黒の装甲が特徴の人型。

AGF天ミナ改だ。

 

「き、貴様! 何者だ!? この私を、誰だと思っている!?」

 

高宮は喚きながら、空いてる手で拳銃を取り出して構えた。その直後、その拳銃の持ち手以外が無くなった。

 

「な……!?」

 

『貴方、構えるの遅すぎ……そんなんじゃあ、人一人殺せないわよ?』

 

高宮は何が起きたのか分からず困惑するが、要は天ミナ改がもぎ取っただけだ。その証拠に、開いた左手からバラバラと拳銃の残骸が落ちた。

 

『貴方は、あまりにも罪を犯しすぎた……だから貴方は、生きる価値は無いわ』

 

天ミナ改は冷酷にそう言って、右手の複合盾のビームサーベルを出力させた。そのシェルターに行くための通路は、強化コンクリートで造られており、その強度はかなりのものだ。

だが、幾ら強化コンクリートとは言ってもビームには大した防御にはならない。ビームサーベルの熱に当てられて、一部の強化コンクリートが真っ赤になってドロドロに熔けてきている。

 

「な、あ……!? ま、待て! 金なら言い値を払ってやる! だから……!」

 

『私達は、お金なんてさほど重要視してないわよ』

 

高宮はカバンを開けて、中からお金を出して命乞いするが、天ミナ改は無慈悲に高宮の上半身を消滅させた。

 

『……後の処遇は、元帥さんに任せましょうか』

 

天ミナ改はそう言うと、ミラージュコロイドで姿を消して去っていった。

スピリッツが作戦を開始して、僅か10数分後。ブルネイ第一泊地は完全に陥落。それから数時間後に来た大本営の憲兵隊が泊地を調査して、ブルネイ泊地、タロア、タウイタウイの提督達の不正の証拠を発見・確保。

一気に逮捕に繋げた。

しかし、この騒動から間を置かずにある事件が起きる。

パラオに、深海棲艦の大規模艦隊の襲撃。

そして、世界中にMSの存在が明らかになる戦い。

通称、機械戦線が始まる。



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機械戦線勃発

その日は、パラオに国連の事務次官と監査官が来ていた。パラオは前提督の運営から建て直しが行われているので、その後キチンと運営が行われているのかを確認するために国連からの監査だった。

以前から打診されていて、何とか調整した日程が今日だった。

 

「ふむ……運営は、問題なく行われているようですね」

 

「はっ……艦娘達と、可能な限り話し合いを心掛け、彼女達に良い運営になるようにしています」

 

事務次官の言葉に、祐輔は背筋を伸ばしながら答えた。事務次官と監査官は、祐輔と大淀の案内で敷地全体を見ていた。そして監査も順調に進み、もう間も無く終わろうとしていた。

その時、パラオ泊地に轟音が鳴り響いた。

 

「な、なんだ!?」

 

「姿勢を低くしてください! 状況報告!!」

 

事務次官と監査官を保護しつつ、祐輔は無線で司令部に問い合わせた。すると、司令部に詰めていた吹雪からノイズ混じりで

 

『こちらHQ! レーダーはホワイトアウト状態ですが、観測員が所属不明の人型の敵を多数視認しています! 恐らくは、MSかと思われます!』

 

と報告が入った。

 

「MSだと!? つっ!?」

 

祐輔が声を上げた直後、祐輔達の頭上を数機のドダイに乗った人型機。ハイザックとマラサイが通過し、更に当てずっぽうのようだが地上に砲撃を開始した。

 

「対空砲撃開始! 牽制で構わない! あの敵を、近づけさせるな!!」

 

祐輔の号令の直後、警報が鳴ると同時に機銃による対空砲撃が開始。それに僅かに遅れて、高射砲も砲撃を開始した。それを確認しつつ、祐輔は

 

「お二人はこちらに来てください! 地下シェルターにご案内します!」

 

要人二人を、駆け寄ってきた歩兵と一緒に地下シェルターの方に案内を始めた。すると、事務次官が

 

「榊原提督! 君は、あの敵を知っているのか!?」

 

と聞いてきた。

こうなっては、隠すのは無理と判断した祐輔は

 

「あれは、MS……この世界の新たな勢力です」

 

と説明してから、二人を地下シェルターに続くエレベーターに入れた。

 

「スピリッツの方々は!?」

 

『それが、遠距離通信が出来ません! 酷いノイズが走って……』

 

確かに、基地施設内部だというのに、ノイズが大分混じっている。ということは、敵側のジャミングに他ならない。

 

「多分、スピリッツは気付いてると思うけど、念のために信号弾上げて! 赤三発!」

 

『はい!』

 

祐輔の指示の数瞬後、空高くに赤い信号弾が三発上がった。それは、スピリッツ側と取り決めた緊急事態時の段階を示す合図。

三発は、基地敷地内部に敵勢力侵攻中、大至急応援を望む。である。そして祐輔は、爆発から身を守りつつ

 

「なるべく、皆には攻撃は控えるように通達して! この敵、確認したけど大口径の火砲を持ってる! 直撃を受けたら、皆でも危ない! 緊急時想定、Cー37! 高練度艦のみ対空砲撃を許可! 他は退避!」

 

と指示を下した。その直後、祐輔のすぐ近くで爆発が起きて、祐輔は吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……つっ!?」

 

なんとか受け身を取った祐輔だったが、左腕に激痛が走った。視線を向けると、左腕が肘からあらぬ方向に向いていた。

 

「くっ……」

 

祐輔は痛みを堪えながら、近くの地下司令部に入るためのドアを探した。その時、頭上に一機のハイザックが現れ、祐輔にマシンガンを向けた。

 

(走っても、間に合わないっ!?)

 

祐輔が覚悟を決めた、まさにその時

 

『すまない、遅くなった!』

 

一機の人型、フェニックスが横からすれ違い様にハイザックの右腕を切り飛ばし、更に思い切り蹴飛ばした。

 

『榊原提督! 今のうちに退避を!』

 

「すいません、後を頼みます!」

 

フェニックスの言葉を聞いた祐輔は、地下司令部へのドアから出てきた吹雪に補助されながら、そのドアに入った。恐らく、地下司令部で治療を受けながら防衛の指揮を執るだろう。

そしてフェニックスは、軽く周囲を確認して

 

『フェニックス1よりスピリッツ全隊に通達! 敵は最低でも大隊規模を確認! まだ戦力が投入される可能性は非常に高い! 見つけ次第、確実に撃破! 泊地への被害を最小限にする!』

 

『了解!!』

 

フェニックスの指示を受け、スピリッツは敵への反撃を開始した。そしてこの戦闘は、激しさを増していく。



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機械戦線1

「こっちだ、走れ!!」

 

「ま、摩耶さん!」

 

防空巡洋艦になった摩耶は、濃密な対空砲撃をしながら声を張り上げ、海防艦娘達に避難誘導していた。パラオ泊地はもはや、全域で火事が起きて、施設が倒壊していた。その中を、高練度の艦娘達が対空砲撃をしながらハグれてしまった低練度艦娘達の避難誘導をしていた。

そして摩耶は、近くを通った松輪に

 

「ここら辺に居たのは、お前で最後か!?」

 

「えっ……あっ、あそこに佐渡ちゃんが!」

 

とある方向を指差した。見てみれば、同じく海防艦娘の佐渡が尻餅を突いていた。

 

「佐渡! 何やってる! こっちだ!!」

 

摩耶が怒鳴ると、気が付いた様子の佐渡が走り出そうとした。その時、佐渡のすぐ近くに数発の砲弾が着弾し、その衝撃で佐渡は転倒。そのすぐ真後ろに、ハイザックが着地し、ヒートホークを振り上げた。

 

「佐渡ぉぉぉぉぉ!!」

 

摩耶は佐渡を助けようと主砲を向けようとしたが、直感で間に合わないと分かってしまった。摩耶の時間感覚は伸び、ゆっくりと振り下ろされるヒートホーク。その時、地面スレスレを一機の人型が飛びなから光刃を投擲。ハイザックのヒートホークを持っていた右腕を肘から切断し、光刃は戻っていく。ハイザックがモノアイを向けたと同時に、ハイザックの胸部に蹴りが叩き込まれて、胸部が大きく陥没。ハイザックは機能を停止させた。

 

「フェニックスの旦那か!?」

 

『こいつを連れて、早く下がれ!!』

 

文字通り飛んできたのは、スピリッツの実働部隊の隊長機たるフェニックスだった。フェニックスは佐渡の首根っこを掴むと、摩耶の方に放り投げて、ビームサーベルでマラサイが振り下ろしてきたビームサーベルを防御。放っていたファンネルで撃破した。佐渡を受け止めてから摩耶は、近くで立ち尽くしていた松輪を脇に抱えて

 

「今のうちに地下シェルターに!」

 

と言って、駆け出した。背後からは、激しく銃声が響き渡り、その少し後には爆発音が鳴り渡る。チラッと見てみると、フェニックスは単機で十数機を相手に奮戦し、善戦していた。否、押している。

 

「摩耶さん、フェニックスさん一人で大丈夫なんですか!?」

 

「大至急だ! むしろ、あたしらが居た方が邪魔になる! あたしらは、急いで地下シェルターに向かうぞ!!」

 

「摩耶さん! あたしも走れるって!!」

 

「こっちの方が早い!!」

 

摩耶に抱えられていた佐渡が自分で走ると主張するが、それを摩耶は一蹴する。今パラオ泊地は、至るところに瓦礫が散乱しており、海防艦娘のような小柄な艦娘には非常に走り難い状況になっている。

そんな状況で走らせるよりか、摩耶が抱えて走った方が早かった。

その時、摩耶は直感から頭上を見上げた。レーダー類は、少し前から一切使えなくなっていたのだが、いわゆる歴戦の直感だろう。頭上には、見たことの無い人型が居た。

全身真紅で、背中からは禍々しい赤い粒子を噴き出していて、異様に長い両手には二本の大剣。些か頭部の赴きが違うが、特徴的なV字状のアンテナとツインアイ。

 

「あれって、ガンダム……?」

 

摩耶がそう呟いた時、そのガンダム。アルケーガンダムが、動いた。

 

『チョイサー!!』

 

「つっ!?」

 

摩耶は大きく前に跳び、アルケーが放った光弾を回避した。

 

「こっちを撃ってきた!?」

 

「つまり、スピリッツじゃねえってことだ!」

 

佐渡が驚いていると、摩耶は大きな瓦礫を盾にしながらシェルターに向かい始めた。

 

『久しぶりの戦争だぁ! 楽しませてもらうぜぇ!!』

 

「なんなんだ、あいつは!?」

 

戦争を楽しむという摩耶からも理解出来ないことを言ったアルケーは、摩耶の方に向かってきた。

 

「クソッ! 速えぇ!?」

 

摩耶はせめて佐渡と松輪は逃がそうと考えて、見えた地下シェルターの入り口に放り込むと、地下シェルターの入り口を閉めて、更に隔壁を下ろすためのボタンを叩いた。

 

「摩耶さん!?」

 

「摩耶の姉さん!」

 

後ろから松輪と佐渡が摩耶を呼ぶが、摩耶はシェルターに入らなかった。摩耶の後ろで、隔壁が閉まる音が鳴り響き、摩耶はバスターソードを振り上げながら接近してくるアルケーに、主砲を向けながら

 

(こりゃ、ここで終わりかな……)

 

と思った。摩耶も高練度の一人で、祐輔の艦隊でも強者の一人ではある。だが、直感で分かってしまった。相手は、自分達の常識の埒外の相手で、どうにもならないと。

 

(まあ、チビ達を助けられたのなら……万々歳か)

 

気付けば、アルケーはすでに肉薄し、摩耶が撃っていた砲弾は回避されていた。その時

 

『させるかよ、この戦争狂いが!!』

 

横合いから、XXXXが現れると同時に、アルケーに蹴りを叩き込んだ。

 

『この……また邪魔するのかよ、スピリッツのガンダムさんよぉ!!』

 

『摩耶だったな! こいつは、俺が引き受ける! 離れろ!』

 

「悪い、頼んだ!」

 

XXXXの言葉を受けて、摩耶は別のシェルターの入り口に向けて走り出した。そしてちらりと肩越しに見ると、空中で激しくぶつかっているXXXXとアルケーが見えた。

 

「本当に……MS相手だと量産機しか相手に出来ないのか……!」

 

悔しかった摩耶だったが、遥か頭上を走った紅い太い閃光を見て

 

「……命の方が大事だな、こりゃ……!」

 

祐輔も言っていたことだが、戦果も大事だが、何よりも生きて帰ってくることの方が大事だと認識し直し、摩耶はなるべく敵に会わないことを祈りながら走った。



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緊迫

パラオ泊地で突如として始まった戦いは、激しさを増していた。上空で連鎖する爆発、何かが落ちる音と地響き。果敢に対空砲撃をしていた対空陣地は最早、その意味を成していない。

そして、パラオから東に少し離れた場所の上空にアークエンジェルとエウクレイデスが布陣していた。

 

「パラオ泊地の司令部との連絡は!?」

 

「ダメです! 広範囲に散布されたGN粒子により、繋がりません!」

 

アークエンジェルからの問い掛けに、通信妖精が答えながら、戦域マップに予想されるGN粒子の散布範囲がオーバーラップされた。

それを見て、アークエンジェルは

 

「この広さ……もしかしたら……ドライが居る可能性が高いわね……」

 

と呟いてから、額に手を当てて考え始めた。そして、通信妖精に

 

「戦術データリンクに、GN粒子の散布範囲を上げて! 彼らなら、それで対処するはずよ!」

 

「了解!」

 

通信妖精が操作を開始した時、アークエンジェルは直感的に

 

「回避行動! 面舵30! ピッチ角5!」

 

と指示を出して、操舵担当妖精は復唱を省略して従った。その直後、極太の閃光が走った。

 

「これは……GNメガランチャー……ガデッサか!?」

 

アークエンジェルが敵を予想したのとほぼ同時に、メインモニターにCG補正付きでだが、敵機が表示された。

脇に抱える巨砲、間違いなくガデッサだ。その時、巨砲にバチバチと光が弾けるのが見えて

 

「粒子撹乱幕展開!」

 

アークエンジェルは反射的に指示を出し、妖精もそれに従った。爆雷発射管から数発の球体が発射され、アークエンジェルとエウクレイデスを覆うように爆発を起こした。そこに先ほどと同じ閃光が走るが、先ほどとは違って拡散し、威力は発揮されなかった。

 

「砲撃開始! 精密照準はしなくていい! 撃ちまくれ!!」

 

アークエンジェルの指示を受けて、アークエンジェルとエウクレイデスから次々と砲撃が放たれた。レールカノンとミサイルの嵐。勿論だが、当たることは期待していない。しかし、メインモニターに表示されているガデッサは、回避機動を開始し、精密照準をする余裕が無くなった。これならば、暫くの間はGNメガランチャーの心配はしなくていいだろう。

 

「以後、適宜に粒子撹乱幕を展開。GNメガランチャーを封じる!」

 

「了解!」

 

そうしてアークエンジェルは、爆発が連鎖する主戦域を睨んだ。

場所は変わり、パラオ近海。

そこでも、動きがあった。

 

「パラオ泊地、応答願います。こちら、トラック泊地所属の潮です。応答願います……ダメ……通信が繋がらない……」

 

深海艦隊の襲撃で大打撃を受けたトラック泊地は、大本営から派遣された提督の尽力もあり、なんとか再編出来た。第一と第三の艦娘達を再編し、その提督の配下にすることで活動を再開した。

そしてこの潮は、スピリッツに助けられたあの潮である。今は新しい提督の下で活動しており、今回はパラオ泊地に遠征としてやってきていた。

艦隊は、潮の他には五十鈴、阿武隈、時雨、夕立、皐月となっており、なんと全員が改二になっている。

新しい提督は艦娘に優しく、更に育成に熱心な人物で、既に過半数が改二になっている。

 

「……五十鈴さん、どう思いますか?」

 

「……機器の故障と思いたいけど……緊急事態も想定した方が良さそうね……阿武隈?」

 

「ん……総員、即応態勢……何時でも戦闘可能なようにしていて」

 

旗艦の阿武隈の指示に従い、艦隊は兵装の安全装置を解除し、初弾を装填した。この阿武隈も歴戦の艦娘で、かつては過酷な撤退戦も経験し、兵士を誰一人も死なせないで生還させた武勲艦娘だ。

その判断力は、提督も信頼している。

 

「……それと、トラックに打電……大至急、応援を要請……多分、大規模戦闘が起きてるから……」

 

「分かりました」

 

阿武隈の指示に従い、潮は通信を開始した。それを見つつ、阿武隈はパラオの方向をジッと見つめて

 

「誰一人、死なせない……! 艦隊、増速!」

 

と指示を下し、先頭で進み始めた。



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巨大な敵

パラオ泊地の戦闘は、視察に来ていた国連の官僚達からすれば、まさに未知の領域だった。

人型の存在が空を自由に駆け巡り、光の弾が駆け抜けたかと思えば、何処かで爆発が起き、地響きが鳴る。

 

「榊原提督! あのMSとやらは、一体どういう勢力なのだ!? 我々を攻撃してきたかと思えば、今度は味方するのも居るではないか!」

 

「……味方する勢力は、スピリッツと名乗っていました……」

 

「スピリッツ……?」

 

祐輔の言葉を聞いた官僚は、おうむ返しに呟いた。そして祐輔は、モニターに表示されているガンダム。フェニックスを指差して

 

「彼らは我々に友好的で、度々支援してきてくれました……」

 

「度々ということは、以前から知っていたのか! ならば、何故こちらに知らせなかった!!」

 

「貴殿方の中に、未だに深海との戦争の終結が見えないのに、次の戦い……対人戦を考えている方が居るからです! 今、混乱状態の朝鮮半島での事……知らないとでも思ったか!? 貴殿方が、何をしていたのかを!!」

 

官僚の怒声に負けぬ声量を挙げながら、祐輔は官僚を睨んだ。観光地と北朝鮮は無政府状態で、内線が起きている。

だが、その武器の供給源は国連だった。

 

「貴殿方は表向き、陸上侵攻してくる深海への抗戦用として数多の武器を供給した……だがその実、反日的で帝国が対深海の最前線を担い、各国は支援をするとした協定に非協力だった国でテロを起こさせて、無政府状態にし、国連軍の治安維持と傀儡政権の樹立を名目とした派遣への布石だった! それを、知らないとでも思ったか!? 貴殿方の下らない企てのせいで、一体何人の人が亡くなったと思っている!!」

 

その怒声は、普段の祐輔を知る艦娘達からしたら、予想外な物だった。普段は優しく、怒るとしても理論的に怒る祐輔が、まるで感情を露にしたような怒声だった。

そして祐輔は、無事だった右手で何かの書類を取り出し

 

「これが、なんなのか分かりますか?」

 

とその官僚の眼前に突き出した。その書類に書かれてあるのは、その官僚がした汚職の数々。

それが分かった官僚は、目を見開いて固まった。

 

「そう、貴方がやった汚職の証拠です! すでにこの内容は、そちらの長官に送信済みです……特に貴方は、アメリカと内通していて、武器の密輸まで行っていましたね……貴方のような人に知られたら、要らぬ騒動を起こされるのは目に見えています……だから、秘匿していたんですよ、彼らのことを!!」

 

祐輔がそこまで言うと、その官僚に同行していた若い男性が

 

「……アンバー監査官……あなたは、以前から黒い噂が絶えませんでしたが……!」

 

と言いながら、懐から手錠を取り出した。すると、慌てた様子で

 

「待て! 私より、この小僧のことを信じるというのか!?」

 

と振り向いた。すると、若い男性は

 

「彼の事は、よく知っています。彼は実直な軍人です。以前から黒い噂の絶えなかった貴方とは、信用度が違うんですよ!」

 

と言って、彼を押さえ込み、手錠を掛けた。

そして、若い男性は祐輔に敬礼し

 

「ありがとうございました。彼に関しましては、以前から内偵を進めていたんです……妙に羽振りが良かったりしたので……」

 

「そちらの一助になれたのならば、幸いです……こちらの警備兵に、後程牢屋に運ばせます」

 

そして、若い男性は姿勢を正し

 

「以後は、私。ジョシュア・マッケンジーが引き継ぎます……それで提督殿。あのスピリッツは、信用出来るので?」

 

と祐輔に問い掛けた。

 

「間違いなく、信用出来ます。何回も会談をしてきまして、代表者の人となりはおおよそ把握出来ました……彼らは、強者の務めを果たそうとしているんです」

 

「強者の務め……ですか?」

 

「はい……傭兵という形ですが、彼らは弱きを助け、強きを挫くために戦っています……例え相手が強大だろうとも、決して引くことはありません」

 

ジョシュアの問い掛けに、祐輔は毅然とした態度で答えた。そしてモニターを見ると、フェニックスがマラサイとハイザックを瞬く間に両断し、ガラッゾと交戦を開始した。

激しく火花を散らしながら、ビームサーベルを交差させる二機。その動きから、本気で戦っていることが分かる。

 

「しかし、あの敵の目的は……」

 

「分かりません……しかしあの敵は、人類に対して敵対的なことは確かです……それに、このパラオはトラックやラバウルの大事な中継拠点です……陥落するわけにはいきません……」

 

祐輔がそう言った直後、轟音と共に大きく揺れた。

 

「何が起きた!?」

 

「南西部に、巨大な敵が上陸! それの砲撃のようです!!」

 

祐輔の問い掛けに答えながら、大淀はメインモニターにその敵を表示せた。赤を基調としたカラーリングが特徴の巨体が長い首の先の口から砲口を覗かせていた。

 

「こちらの被害は!?」

 

「第一滑走路と航空機のハンガーが多数破壊されました! 怪我人の有無は、只今確認中です!」

 

「確認急いで!」

 

指示を下しながら、祐輔はメインモニターに映る敵。

シャンブロを睨んだ。



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勇敢な支援

パラオ泊地から、南に暫く離れた海域。そこに、トラックから追加で来た艦隊と合流し、空母機動連合艦隊が編成出来た。

後から合流した空母艦娘のアクイラが

 

「パラオに、見たことの無い大きな何かが居る……」

 

と呟き、それを聞いた霧島が腕組みした。

 

「どれ位か、分かりますか?」

 

「最低でも、40mはある……その口から吐かれた閃光で、格納庫や飛行場が一つ吹き飛んだ……なんなの、あれ……」

 

「ビーム兵器……」

 

「潮、知ってるの?」

 

潮の呟きが聞こえた五十鈴が問い掛けると、潮は頷き

 

「多分ですが、それは以前にトラックで起きた攻防戦で……」

 

と説明を開始した。

 

「なるほど……秘匿情報……」

 

「本当は口外無用って言われてるけど、言わない方が危ないと考えたました……」

 

「同意するわ、潮ちゃん……さて、そのデカブツをどうするか……」

 

「……意外と、防御力は低いかもよ?」

 

そう言ったのは、雷だった。全員が視線を向けると、雷は

 

「前に見たアニメで、大きなのは直接打撃は弱いって言われてたのよ。特に、戦艦級の主砲なら大ダメージは確実じゃないの?」

 

と告げた。それを聞いた霧島は、納得した様子で

 

「なるほど……確かに、巨体ならば防御力を高めるために装甲が厚くなりがちだが、それだと重さでまともに身動き出来なくなる……だったら、いっそのこと防御力を低く、か……有り得ますね」

 

と腕組みしながら、考え始めた。

 

「……とりあえず、パラオに接近します……各電探を起動し、警戒は厳に」

 

『了解!!』

 

霧島の指示を受けて、トラックの艦隊はパラオに向かう。友の危機を救うために。

場所は変わり、パラオ泊地。

 

「シャンブロはどうしている!?」

 

「シャンブロ、微速で少しずつパラオ泊地の地下司令部のある場所に近づきつつあります! ダメです、ミサイルとビームは効果になりえません!!」

 

アークエンジェルの問い掛けに、CIC妖精が答えた。シャンブロを確認した後から、アークエンジェルは出来る限りの攻撃をシャンブロに向けていた。

しかし、ミサイルは拡散対空ビーム砲とリフレクタービットで撃墜され、ビームはリフレクタービットのせいで効果が無い。唯一打撃を与えられるのはバリエントだが、そのバリエントはオーバーヒートで緊急冷却中だ。

 

「効果にならなくてもいい! 行き足を、出来るだけ遅らせて! そうすれば、手が空いた彼らが……ぐうっ!?」

 

指示を出していた時、アークエンジェルが大きく震えた。アークエンジェルは何とか耐えると

 

「報告!」

 

「ガデッサの攻撃により、右舷被弾! 艦尾ミサイル発射管破損しましま!!」

 

その報告に、アークエンジェルは唇を噛んだ。だが、直ぐに

 

「船速上げて、回避機動を! 操舵手、以後は全て任せます! エウクレイデスに打電! ミサイルの発射速度を上げて!」

 

「了解!!」

 

「シャンブロ、主砲の発射態勢に入りました! 狙いは……パラオ泊地、地上司令部棟!!」

 

それを聞いたアークエンジェルは、モニターを見た。シャンブロの口から大口径メガ粒子砲が覗いていて、光が収束してきている。

アークエンジェルが口を僅かに開けた直後、シャンブロの頭部付近で爆発が起き、それとほぼ同時に発射されたメガ粒子砲は大きく狙いを外した。

 

「何が起きた!?」

 

「艦砲の直撃のようです! 予測発射点にUAV飛ばします!」

 

それから数秒後、サブモニターにトラック泊地の連合艦隊が映った。

 

「な……艦娘艦隊!? まさか、パラオ泊地の避難が遅れた艦隊!?」

 

「いえ、IFFで確認出来ました。該当の艦隊は、トラック泊地の艦隊です!」

 

CIC妖精からの報告に、アークエンジェルは驚いた。何故、トラック泊地の艦隊が来ているのかと。最初は、まさか救援信号を出したのかと考えたが、祐輔はMSやMAの危険性を十二分に理解している筈だ。

 

「まさか、当初からパラオに来る予定だった……? そして、パラオが危機的状況だったから、支援を……?」

 

「その可能性は高いと思われます。駆逐艦娘の装備は、遠征を主目的にしているようです。戦艦娘や空母艦娘は、その護衛目的かと」

 

そう考えている間にも、トラック泊地艦隊はシャンブロに対して次々と攻撃を敢行。シャンブロはトラック泊地艦隊を攻撃しようと口を開いたが、そこに霧島の砲撃が直撃し、大爆発を起こした。

それだけでなく、航空機から落とされた爆弾や戦闘機によりリフレクタービットも破壊されていく。それを見たアークエンジェルは

 

「今がチャンスです! シャンブロを攻撃!」

 

「了解!!」

 

アークエンジェルの指示の直後に放たれたビームが、見事シャンブロを直撃。シャンブロは沈黙した。

 

「MS隊に通達! 勇敢な彼女達を死なせないで!!」

 

「了解!!」

 

シャンブロを撃破したことで、ひとまずパラオ泊地の危機は一時的にだが下がった。後は、敵MSやを殲滅するだけ。アークエンジェルはそう考えて

 

「高高度用のUAVを射出して、敵の母艦を探して! 近くに居る筈です! 母艦の姿だけでも、捉えたいわ」

 

「分かりました! エウクレイデスから射出されます!」

 

その数秒後、エウクレイデスのカタパルトから一機のUAVが射出され、一気に高度を上げていった。後に、敵の母艦を捉えることになる。

そして、パラオ泊地攻防戦は終盤に差し掛かる。



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終幕

パラオ泊地上空。そこで、GNメガランチャーを構えていたガデッサは、今回のパラオ泊地攻略の肝として投入されたシャンブロが、撃破されたのを確認し

 

『やれやれ……やはり、ただのAIでは大して使えないか……それに、まさか艦娘ごときに撃破されるとはね』

 

呆れながら、狙いをトラック泊地艦隊に向けた。

 

『せめて、君たちだけでも吹き飛ばす……せっかくのオモチャを壊されたお返しだ』

 

ガデッサがそう言って、エネルギー収束が始まった時

 

『させるかよ!』

 

『なに!?』

 

真下から一機のガンダム。XXXXが急上昇してきて、GNソードⅣでGNメガランチャーを斬った。

 

『くっ! ここまでの接近を許すなんて……量産機では、足止めにならないか……役立たずが!』

 

『後ろから砲撃してるだけの臆病者が、言えることかよ!!』

 

そこからは、ガデッサとXXXXの近接戦闘が始まった。しかし、ガデッサは砲撃型に対してXXXXは近接格闘型。近接戦闘では、XXXXが有利である。実際にガデッサはXXXXに押され、徐々に劣勢になっていた。

 

『この……英雄気取りがぁ!!』

 

『英雄だなんて……思ったことはない!!』

 

ガデッサが胸部を狙って突き出したビームサーベルを、XXXXは身を捻って回避。お返しにと振り上げた刃で、ビームサーベルを持っていた右腕を肘から切断。そして

 

『これで!!』

 

『くっ!?』

 

なんとか逃げようとするガデッサだが、XXXXは逃がさないとTRANSーAMを発動し、一気に肉薄してGNソードⅣを振り上げた。その時

 

『02、回避!!』

 

『つっ!?』

 

フレスベルグからの通信を聞き、XXXXは一気に機体を後退させた。すると、ガデッサも多少巻き込む形で砲撃が走った。それは、XXXXを狙った攻撃だった。

 

『この閃光……まさか!?』

 

『そうよ、そのまさかよ!!』

 

XXXXが視線を向けると、その先に居たのは紅い装甲の異様に手足が長いガンダムタイプ。ヤークト・アルケーだった。

 

『アルケー! 貴様……私も巻き込んで……!!』

 

『おいおい……追い詰められてたお前を、助けてやったんだろうが……大将から念のために待機してろって言われたから、来てみたらよ……』

 

ガデッサは自分も巻き込む形で攻撃したヤークト・アルケーを睨むが、ヤークト・アルケーは飄々とした態度を崩さない。そうして、XXXXの隣にフレスベルグが来て

 

『ヤークト・アルケー……貴様らは、一体何を企んでいる……?』

 

『はっ……傭兵が、大将(クライアント)の考えを話すと思うか?』

 

『いや……思ってはいないさ……だがな……例え何かを企んでいようが……俺達(スピリッツ)が、必ず阻止する……! この世界を、お前達の好きにさせてたまるか!!』

 

XXXXはそう言って、ビームライフルを向けた。それに同調し、フレスベルグもビームマグナムを向けた。だが、ヤークト・アルケーは飄々とした態度を崩さずに

 

『まあ、こういうのもあるんだわ』

 

そう言った直後、腰部装甲が開いて何かが複数射出された。それに素早く反応したXXXXとフレスベルグは、素早くバルカン砲とビームライフルでそれらを破壊した。その直後、一帯に煙が広がってXXXXとフレスベルグを覆い尽くした。

 

『しまった!?』

 

『GN粒子を使ったスモークか……!』

 

XXXXとフレスベルグは素早くグレネードを使ってスモークを吹き飛ばしたが、既にガデッサとヤークト・アルケーの姿は無くなっていた。

 

『やられた……』

 

『半ば、条件反射だな……こればかりは、仕方ないが……』

 

精鋭故に、不意打ちに反応してしまうのを逆手に取られた形だ。本来グレネードは、発射してから一定の時間か距離で起爆し用途を果たす。しかしヤークト・アルケーは、それを短縮するために二機を利用して離脱したのだ。ヤークト・アルケーの判断勝ちと言えるだろう。

 

『今は、本隊と合流して残敵の掃討を優先する。行くぞ』

 

『了解』

 

短く会話したXXXXとフレスベルグは、素早く地上に降下して残った量産型機の掃討に移行。そして、パラオ泊地の襲撃が始まって約2時間後。敵MS隊の全滅が確認された。

この襲撃による死者は奇跡的に出なかったが、祐輔を含めて重軽傷者が数多く出て、更には地上施設も大打撃を受けたために、パラオ泊地はまた暫くの間は復興を余儀なくされることになる。



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復興開始

戦闘が終わったのは、夕方に差し掛かった頃だった。安全確認の為に外に出た吹雪は、見るも無惨な有り様のパラオ泊地を見て、思わず固まった。

そして、翌日。

 

「吹雪ちゃん……報告を」

 

「はい……地上設備の約8割が全壊か半壊を含めて倒壊……残りの約2割も何らかの損傷を確認している為に、地上設備は無傷は一つとして有りません……只今、その損傷設備を優先して修復していますが、復旧にはどれ程の期間が掛かるかは、正直未定とのことです」

 

まず施設面の報告を受けて、祐輔は深々とため息を吐いた。よく見れば、祐輔も吹雪も疲労の色が濃い。まともに休めていないのは明白だ。

 

「幸いにも人員面で死者は無し……しかし、重軽傷者が多数居て……地上設備倒壊により病院施設と薬剤が足りていません」

 

吹雪の報告を聞いた祐輔は、暫く腕組みし

 

「スピリッツに医療品と手術室を使わせてもらえるか打診を……」

 

「使ってもらって大丈夫ですよ」

 

祐輔の発言に被せる形で、アークエンジェルが同意した。そして祐輔は、いつの間にか来ていたアークエンジェルに驚いていた。

 

「貴方は、一度仮眠を取るべきかと……疲労で倒れられたらそれこそ、この泊地の危機では?」

 

今はかろうじて、指揮官たる祐輔が指揮を執っているから均衡が保てているのだ。しかし、その祐輔が疲労にしろ倒れたという話が広まったら、最悪は士気が崩壊してしまう可能性すらありえる。

アークエンジェルは、その点を指摘したのだ。

 

「……指摘ありがとうございます……しかし、今は休める時では……」

 

祐輔が躊躇っていた時、ドアが開いて

 

「ならば、私が一時的にせよ指揮権を預かろう」

 

そう言いながら、長門が入ってきた。

 

「長門さん……しかし……」

 

「何を躊躇う必要がある? 戦場では、何時も私か吹雪に指揮権を預けているだろう? それと同じだ」

 

長門の言葉を聞いた祐輔は、暫く悩んで

 

「……分かりました……少しだけですが、仮眠してきます……その間の指揮を一任します」

 

「うむ、任された」

 

長門が頷いたのを確認した祐輔は、ゆっくりと立ち上がると仮設の指揮所テントから出ていった。祐輔を見送った長門は、テント内に居た吹雪やアークエンジェル、更には資材管理者の曹長を見て

 

「以後、暫くの間は私が臨時に指揮を執る。以降、全ての報告は私に持ってくるように!」

 

と告げた。その後、長門は祐輔が起きて戻ってくるまでの間指揮を代理で行った。はっきり言って、パラオは大打撃を受けた。地上設備は壊滅。地下設備も攻撃の余波で幾らか損傷を受けていて、完全復旧にはかなりの日数が必要になるのは明らかだ。

その後、吹雪も無理やりに休ませ、長門は古鷹に吹雪の代わりを任せた。古鷹も祐輔艦隊では古参で、やり方は十分に知っている。

長門はその敏腕振りを発揮し、テキパキとパラオの建て直しを開始した。そうして、祐輔と吹雪が戻ってきたのは翌日の早朝になってからだった。

 

「ごめんなさい、長門さん……結局、一晩中寝てしまって」

 

「いや……祐輔も片腕を折っているんだ。本来なら、療養すべきだろう」

 

祐輔が謝罪すると、長門は祐輔を労った。だが祐輔は、ゆっくりとだが席に座り

 

「それで、現状はどうなってますか?」

 

と長門に問い掛けた。すると、長門は書類を差し出し

 

「まず、トラックと本土から資源が送られてくることが決まった。詳細な量は一枚目に記載されている。施設に関しては、スピリッツも復興を手助けしてくれるとのことだ。医療面もな」

 

と告げた。そして祐輔は、書類の確認を始めた。その隣には吹雪が居て、祐輔に見えやすいように書類を持っている。

 

「……なるほど……MSは、工事も可能なんですか」

 

その書類には、ガンダムが崩れた外壁や大きな瓦礫を運んでいる証拠の写真が添付されていた。しかも、何機かは工具らしい物を持っているのも確認出来た。

素晴らしい汎用性だ、と祐輔は思った。

 

「それと、祐輔以外の重傷者も殆どが治療は終わったと先ほど聞いた。後は、祐輔だけだろう」

 

「しかし、骨折は時間を掛けるしかないのでは?」

 

「そうでもないわよ? 私達の技術力、舐めないでね?」

 

祐輔が首を傾げた直後、エウクレイデスが姿を見せると同時に胸を張りながら自信満々に告げた。

 

「エウクレイデスさん……どういうことですか?」

 

「ん? そうね……折れた骨をくっ付ける位なら、二時間も有れば可能よ?」

 

吹雪の問い掛けに、エウクレイデスは少し考えてから事実だけを述べた。全治約二ヶ月のケガが、約二時間で癒える。それを聞いて、吹雪は驚いた。

 

「たった二時間で、ですか……?」

 

「ええ、可能よ? まあ、様子見を含めて……最長2日有れば、大丈夫かしらね?」

 

吹雪が驚いた表情で問い掛けたら、エウクレイデスは更に答えた。どっちにしても、破格の回復期間になる。

 

「祐輔さん……」

 

「……2日か……」

 

祐輔が悩んでいると、長門が祐輔の肩に手を置いて

 

「治療を受けてこい、祐輔……2日位ならば十分に私が回せる」

 

と後押しした。それが決め手になったのか、祐輔はエウクレイデスを見て

 

「分かりました……治療をお願いします、エウクレイデスさん」

 

と頼ることにした。祐輔の言葉を聞いて、エウクレイデスは頷き

 

「お任せあれよ! それじゃあ、全は急げね!」

 

と言って、祐輔に手を伸ばした。どうやら、今から治療する気のようだ。祐輔が驚きで固まっていると、長門が祐輔を担いで

 

「エウクレイデス殿、何処に連れていけばいい?」

 

「艦まで運んでくれれば十分よ? 後は、こっちの妖精が対応してくれるから」

 

長門に付き添う形で、エウクレイデスもテントから去っていった。あっという間の誘拐劇(搬送)に、吹雪は見送ることしか出来なかった。



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締結

パラオ泊地での激戦から、少しした帝国海軍大本営。そこのある会議室では、会議が紛糾していた。その内容は、パラオ泊地に侵攻してきた未知の敵と協力態勢のスピリッツに関してだ。

 

「あの敵と味方はなんだ!? 人型の機械だと!?」

 

「敵はともかく、味方のは即座に管理下に置くべきだ! 国に属さぬ戦闘集団など、テロリストに等しい!」

 

「傭兵だと言うのならば、安い金で雇って、捨て駒にしてしまえばいい! 傭兵ならば、損失にもならないからな!」

 

やはり、その議論の中心になるのは、スピリッツに関してだ。スピリッツを脅威と見るか、接収すべきか、捨て駒に使い潰すか、大きく纏めると、この3つになる。

将官達が紛糾する中、一人沈黙を保っている人物が居た。現帝国海軍司令長官、神林十蔵元帥である。

十蔵は、刀で軽く床を叩いた。その瞬間、紛糾していた将官達の視線が全て十蔵に集まった。

現在、帝国海軍に存在する三大派閥。艦娘は兵器なのだから、使い潰してでも戦うべきだ、と主張する強硬派。

深海側と何とかして和平を結ぼうとしている、ハト派。

最後に、艦娘は人間と同じ、もしくは神の使いなのだから親密にし共に戦おうという、穏健派。

十蔵はその中でも、穏健派のトップに当たる。

十蔵は全員の視線が集まったのを確認し、立ち上がると

 

「彼ら……スピリッツに関しては、こちらは前々から接触しており、艦娘が居ることも確認した」

 

「艦娘!?」

 

「以前から知っていたということですか、元帥!?」

 

十蔵の発言に、その場に居た殆どの将官が驚いていた。十蔵は、静かに頷き

 

「傭兵部隊スピリッツ……彼女達は非常に高い理想と理念を抱き、それに従って行動している……彼女達のおかげで、トラック・パラオ両泊地での悪事が判明し、対処してくれた……そして、その戦力の中心となっているのは、人型機……MSと呼ばれる存在で、数は約30機程だが、その全てが我々の有するあらゆる兵器を遥かに凌駕する性能を有している……もし、強引な行動をすれば、簡単に全滅する可能性が高い」

 

と言外に、強硬派に対して牽制した。先ほど強硬派達は無理やり接収するか、使い潰すかと言っていた。そうなれば、スピリッツは敵対して全滅する可能性が高い。

それで殆どの強硬派は黙ったが、一人が十蔵を小馬鹿にした様子で

 

「おやおや、元帥ともあろうお方が随分と弱気ではありませんか……たかが傭兵風情、我々の精鋭艦隊を全て投入すれば、服従させるなど容易いと考えますが?」

 

と半ば挑発するように告げてきた。しかし十蔵は、その将官を哀れんだように見て

 

「今から見せるのは、加工など一切していない実際の映像だ……」

 

そう言って、パソコンを操作した。すると、楕円形の机の真ん中に置いてある数台のモニターに、ある映像が流れ始めた。それは、先のとは違うトラック泊地での攻防戦。相手は、姫級二体が率いる100以上の深海艦隊だ。

 

「元帥、これは……」

 

「……今から、約3ヶ月程前に起きた深海艦隊の大規模侵攻……その時の映像だ……」

 

穏健派の将官が問い掛けると、十蔵は淡々と答えた。そして、戦闘。否、蹂躙が始まった。

十数線の閃光が走ったかと思えば、容易く深海艦を貫通し、一撃で海に沈めた。

 

「なんだ、今の閃光は!? 一撃で、戦艦級を撃ち抜いただと!?」

 

「それだけじゃない! その後ろに居た、他の深海艦も容易く!?」

 

将官達が驚くが、まだ映像は続く。次に現れた人型機、MSガンダムが次々と斬り込み、容易く艦隊が撃破されていった。それも、全て一撃だ。

あまりにも衝撃的な映像に、将官達は最早言葉は出なくなった。

この時、将官達の脳裏に過ったのは、同じ考えだった。もし、自分達だったらどうなっていた? であり、そして答えは苦戦必至だ。しかも、最悪は犠牲すら出る可能性があるという結論が出た。

そして、一時間程で100を越える深海艦隊は姫級二体を残して全滅した。映像が終わったのを確認し、十蔵は

 

「さて、今のを見ても先と同じことが言えるかね?」

 

と先ほどの将官に視線を向けた。将官は何か言おうとしたが、結局は何も言えずに俯いた。それを見た十蔵は

 

「故に傭兵部隊スピリッツとは、契約を結ぶ。契約内容は、未知の深海艦が出た時や大規模侵攻の際の共闘。そして何より、敵MS襲撃の際に戦ってもらうこと……以上を契約内容とし、見返りに資源を渡す……何か異論はあるか?」

 

十蔵は並み居る将官を見るが、誰もが黙ったままだった。異論は無いと判断した十蔵は

 

「では、スピリッツと契約を結ぶ」

 

と宣言した。



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スピリッツと日本が契約を締結してから、2日後のパラオ泊地。

 

「腕の具合はどうかしら?」

 

「……まさか、本当に2日で治るなんて……驚きました」

 

エウクレイデスからの問い掛けに、骨折した腕の調子を確認していた祐輔は、驚いていた。祐輔としては、寝て起きたら治っていたという感覚だが、日付は確かに2日過ぎていた。

スピリッツ側に祐輔を騙す理由が無かったので、本当に2日だと判断したのだ。

 

「まあ、これが私達の技術力ってことよ。あ、そういえば……」

 

「はい、なんですか?」

 

「確か、駆逐艦娘の……白露だったかしら……その子から、このメモを預かってるわ」

 

エウクレイデスはそう言いながら、祐輔に折り畳まれたメモ用紙を差し出した。それを受け取った祐輔は、一度エウクレイデスに視線を向け

 

「……内容は、見たんですか?」

 

「流石に見てないわよ、機密でしょう? まあ、内容は予想出来るけど」

 

祐輔の問い掛けに、エウクレイデスは当然だと言わんばかりに返答。そして、肩を竦めた。

 

「その予想は?」

 

「日本と正式に契約を締結。そして、それを国連に認証させた」

 

祐輔はメモを開きながら問い掛け、エウクレイデスは迷いなく告げた。その内容は、メモと完全に一致。ただし、追記として

 

《スピリッツと友好に接し、良き関係を築くように》

 

と元帥からの言葉があった。

その言葉が無くとも、祐輔としてはスピリッツとは友好的に交流しようと考えていた。そうして祐輔は、泊地の仮設司令部に戻っていった。

泊地の復興は少しずつではあるが着実に進んでおり、優先的に港湾施設と滑走路から修復されており、祐輔の見立てではあと数日で資源の受け入れが出来るようになるだろう。

 

「さて、問題は……」

 

祐輔は呟きつつも、仮設司令部に入った。すると、それに気付いた長門が

 

「おお、戻ったか。さっき入った報告なんだが……」

 

と言って、一枚のメモを差し出した。そのメモを一読すると、祐輔はそのメモをゴミ箱に捨てた。その内容は

 

《強硬派に不穏な動きアリ。注意されたし》

 

であった。そうして祐輔は、少し考えてから

 

「明石さんと夕張さんを呼んでください」

 

と長門に頼んだ。

それから時は過ぎ、祐輔は仮設宿舎の一つで寝ることになり、簡易ベッドで横になっていた。その時入り口がそっと開いて、黒い装備を身に付けた人影が滑り込んだ。

そのまま音もなくベッドに歩み寄ると、肩のナイフシースからナイフを抜いて、逆手持ちで振り下ろした。

確かにその凶刃は、頭に深々と突き刺さった。だが、血が出る様子は無い。それに慌てたのか、その人物はナイフを抜くと即座に布団を引き剥がした。

その下にあったのは、人形。

 

「マネキン!?」

 

「確認しなかったのが、お前の失敗だ」

 

「なっ、がっ!?」

 

慌てて振り向いた襲撃者を、祐輔が殴り倒した。不意打ちを食らい、一撃で意識を失った襲撃者。もう動かない事を確認した祐輔は、襲撃者の両手両足を縛ってから襲撃者が使っていたナイフと腰の拳銃を調べた。

とはいっても、製造番号部分は削られているために、何処の物かは分からない。

その二つは一旦置いといて、祐輔は無線機を取り出し

 

「回収をお願いします」

 

とだけ伝えた。そして、翌日の早朝。被害が無かったため、そのままだった地下の牢屋区画。

襲撃者は意識を取り戻したが、目は覆われていて手足は椅子に拘束されていて、身動きは一切出来なかった。こうなった時点で、奥歯に仕込んでおいた毒薬で自害しようとしたが、気付けばその奥歯が無い。どうやら見つかり、奥歯諸とも除去されたようだ。

 

「さて……目覚めたようだな」

 

その声に、襲撃者は僅かに体を震わせた。襲撃者は意識を取り戻した後、なるべく体を動かさないようにしていた。だが、見抜かれていたようだ。

 

「さて、手短に聞く……何故、パラオ泊地の提督の命を狙った?」

 

声からして男と分かるが、襲撃者が事前に聞いた祐輔の声とは違う。

 

「まあ、問い掛けても素直には答えないだろう……だから……少々強引に行かせてもらう」

 

男はそう言うと、襲撃者の耳にヘッドホンを装着した。最初は何の為に、と考えていた襲撃者だったが、不思議な音が聞こえ始め、頭がボンヤリとし始めた。

それが後催眠暗示だと気付く前に、襲撃者は質問した男。フェニックスの質問に答えていた。



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危機

非常に短いです


襲撃者が現れて、2日後。

 

「……依頼人は不明、しかし、武器は……」

 

「ああ……型式は古いが、そちらの拳銃に間違いなかった。恐らく、表向きは廃棄で回したんだろう」

 

祐輔はフェニックスからの報告に、両手を組んだ。確かに、襲撃時は暗くて気付かなかったが、その拳銃は祐輔も訓練生時に使ったことがある型式だった。

 

「そうなると、軍内部からという可能性が非常に高いですね……」

 

「そうなるな……流石に、そちらの内部となると此方は動けない」

 

「大丈夫です。僕の方で対処します」

 

フェニックスの言葉に、祐輔はそう答えて書類をファイルに挟んだ。そして、その場所での会議は終わった。その後、祐輔は仮復旧した通信室に向かって秘匿回線を繋ぎ

 

「元帥に願います」

 

と告げた。

それから少しして、とある陸軍将校の執務室。

 

「くそ……あの殺し屋め……とんだ役立たずだったわ……金をドブに捨ててしまった……だが、まだ方法はある……何としてもあの小僧を殺して、我が子飼いの士官を送らねば……!」

 

一人の肥えた男将校が悔しそうに、祐輔が写った写真を睨んでいた。その男将校は、陸軍将校の派閥の一つ。強硬派に所属する一人だった。

しかし、今の主戦場は海。それにより、陸軍の発言力は低迷し、更に言うなれば強硬派はその人数を大きく減らしていて、その勢いは最盛期に比べれば三割近くにまで低下していた。

それを憂いていた男将校は、陸軍強硬派の勢力を復活させる手駒としてスピリッツを利用することを考案。

強い繋がりを有する祐輔を排除し、後に自分が英才教育を施し、提督の資格を得た新任士官を送り込もうと画策したのだ。

その為に、殺し屋を雇ってパラオにほゎ送ったのだが、結果は失敗に終わった。

男将校からしたら、大金をドブに捨てたようなものである。しかし、まだ手が無い訳ではない。

何としても祐輔を排除し、スピリッツを陸軍強硬派の手駒にして、かつての精強を誇った帝国陸軍を復活させよう。

 

「それが……我が家の悲願なのだ!」

 

男将校はそう言うと、机の上に置いてある白黒写真を見た。その写真に写る男性士官の胸元には、多数のバッジが飾られている。

そうして男将校は、電話を掴んだ。

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

場所は戻り、パラオ。祐輔は復興の指揮を執りつつ、艦娘達の練度を上げていた。ワンオフMSの相手は無理でも、せめて量産型MSは撃破出来るようにしたかったのだ。

それに合わせ、艦娘達も忙しく駆け回っていた。

奇襲だったとは言っても、悔しい思いをしたからだ。次こそは、悔しい思いをしなくても済むようにと。

そうして祐輔艦隊は、忙しくも次を見据えて動いていた。

そんなある日、祐輔はスピリッツが鹵確し改修した量産型MSを相手にした模擬戦を見ようと、テント下の椅子に座っていた。

その時、一発の銃声が鳴り響いた。

模擬戦を始めようとした艦娘達は、困惑した表情で互いの顔を見合わせた。間違えて撃ってしまったのか、と思ったからだ。

だがその考えを

 

「祐輔さん!?」

 

祐輔の副官として待機していた、吹雪の悲鳴が否定した。模擬戦を始めようとしていた艦娘達は、模擬戦を辞めて一気に駆け出した。

そして見たのは、自身が流した血貯まりに倒れている祐輔の姿と、必死に止血しながら声を掛け続ける吹雪の姿だった。



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未熟

基地敷地内での司令官たる祐輔への銃撃。本来なら安全な場所で発生した凶行に、艦娘達には激しい動揺が襲った。吹雪と一部艦娘により、祐輔に必死の止血と応急処置を施した後にエウクレイデスへと運ばれ、他の艦娘達は殺気立った様子で犯人捜しをした。

だが犯人は見つからず、見つかったのは使用されたらしい弾の廃薬莢のみだった。

しかも、その口径は帝国軍でも広く使われる7.62mm弾。つまり、犯人は身内(帝国軍)ということになる。

なんとか犯人を見つけようとしていた時、つい先日にパラオ泊地陸戦隊の指揮官として着任した牧瀬亮太中佐が

 

「今日から、私がこの艦隊を指揮する。私の命令は絶対だ」

 

と宣言した。確かに、階級的には牧瀬中佐が祐輔の次に高い階級になる。しかし、パラオ泊地の艦娘達は誰もその指示に従わなかった。

その理由は、牧瀬中佐が信じられなかったからに他ならない。牧瀬中佐の目には、艦娘を下に見るような感じがしたからだ。そんな人物を、司令官とは認めなかった。それに業を煮やしたのか、牧瀬中佐は一部の気が強い艦娘達を地下牢に閉じ込め、大本営が送ったという仮だが司令官に据えるという書類を掲げた。

それを理由に、一部の艦娘は不承不承だが指示に従って付近の海域の哨戒等を開始。だが、指示に従う艦娘だけでは近海の哨戒だけが限界で、牧瀬中佐は怒りを溜めていた。そんな時、深海側の襲撃が起きた。

深海側の艦隊は、空母棲姫率いる大艦隊で総数は優に100を超えていた。

その数を聞いた牧瀬中佐は、指揮を放り投げて地下深くのシェルターに逃げ込んだ。

そして、戦域では

 

「クソ! あの威張り散らしてたバカはどうした!?」

 

「それが、我先にとシェルターに避難したみたいで……」

 

「これだから、安地育ちは嫌いなんだ! 態度ばっか大きくなって!!」

 

牧瀬中佐が逃げたことを羽黒から聞いた天龍は、イライラしながら敵の砲弾を両断し、接近してきた駆逐ロ級後期型に砲撃を叩き込んで撃沈した。

しかし、一隻撃沈しても後から後から深海艦が侵攻してきて、攻撃してくる。その深海艦の一隻から放たれた砲弾の直撃を受けて、名取が大破すると

 

「朝潮と満潮の二人で、名取を護衛しつつ後退しろ!! 羽黒! 前面に牽制で構わねぇから砲撃しまくれ!! こいつらを少しでも足止めするぞ!!」

 

「分かりました!」

 

『了解!』

 

「ごめんなさい、下がります……!」

 

天龍の指示に各々従って、行動を開始した。

実は天龍率いる艦隊は、哨戒艦隊な為に装備している武装は艦隊決戦には火力不足な装備ばかりなのだ。

だが戦えているのは、彼女達がベテランぞろいだからに他ならない。火力不足だろうが、それを彼女達は経験で補って戦っていた。

しかし、不利なことは変わらず、少しずつ前線を後退させざるを得なかった。

 

「クソが! 龍田! 無事か!?」

 

天龍が呼び掛けると、少し間を置いてから姉妹艦娘の龍田が近くに来て

 

「何とか無事よー? けど、このままじゃあ長持ちしないのは確かねぇ?」

 

と何時もの声音で答えたが、その表情は真剣そのものだった。幾ら彼女達がベテランの古強者だろうが、限界はある。

武装の弾薬と燃料、そしてその手に持つ近接戦闘用武器も刃零れし、折れそうだ。

 

「不味い! 敵機直上!!」

 

「対空砲撃!!」

 

その時、天龍が敵の爆撃機が侵入してきていることに気付き、羽黒と一緒に対空砲撃を開始した。しかし、撃破出来たのは一部のみで、大部分が投下コースに進入開始。機銃の弾幕をすり抜けて、直撃コースに入ってきた。

 

「回避!!」

 

天龍が叫んだ直後、羽黒を凄まじい爆発が襲った。

 

「羽黒!?」

 

「あ……う……」

 

爆煙の中から現れた羽黒は、意識が朦朧としているようでフラフラとしていた。羽黒は実質大破で、身動きが取れなくなり、砲撃が弱まってしまった。そこに、海面ギリギリを這うように今度は雷撃機が近づいてきていた。

 

「羽黒! クソ! 邪魔だ!!」

 

「羽黒ちゃん、動いて!!」

 

天龍は近づこうとしたが、海中から現れた駆逐級に阻まれ、龍田は対空砲撃を開始するが、単艦ではたかが知れている。殆どが突破し、魚雷を投下。

 

「羽黒ぉぉぉぉぉ!!」

 

天龍が叫んだ直後、海中から赤い装甲のガンダム。フェニックスが現れて、羽黒を抱き抱えて高度を上げて回避した。

 

「フェニックスの旦那!!」

 

『すまない、遅くなってしまった……今から、援護する』

 

フェニックスの言葉の直後、海中から二隻の白亜の巨艦が現れ、スピリッツが出撃を開始した。



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復帰と反撃

奇襲してきた深海艦と艦娘達が戦闘を開始した頃、中佐は一人安全な地下シェルターに向かっていた。

 

「今回の奇襲で、このパラオは致命的な損害を負うだろう……そうして、その責任を全てあの若造に押し付ければ、若造は失墜する……!」

 

実はこの中佐、強硬派の軍人であり、祐輔の排除を指示されていたのだ。その為に、わざと艦娘達にロクな指示を出さずに哨戒網に穴を空けさせて、深海艦隊に攻め込む隙を与えたのだ。

自分も負傷するだろうが、それは誤差の範囲内だと判断していた。そしてパラオに大打撃が与えられれば、その責任を祐輔に押し付け、上手くいけば祐輔を提督から退かせられ、祐輔配下の高い練度の艦娘も手に入る。

正に、一石二鳥だと考えていた。

しかし、この中佐は忘れていた。今このパラオには、常識に収まらない部隊が存在するということを。

シェルターの隔壁を開け、中に入ろうとした。その時、大きく揺れて、シェルターの隔壁が閉まらなくなった。

 

「な、なんだ!?」

 

なぜ閉まらなくなったのか分からず、中佐は満身の力を込めて隔壁を閉めようと引っ張ったが、うんともすんとも動かない。

先ほどの大きな揺れは、侵攻してきた深海棲艦の姫級の一体。戦艦棲姫の砲撃による衝撃による揺れで、そして中佐は知らなかったが、今居るシェルターは実は老朽化により破棄されたシェルターで、至るところが老朽化によりガタが来ていたのだ。

そして先の衝撃により、隔壁周りが歪み、噛んでしまって動かなくなったのだ。更に間が悪いことに、廊下の壁に亀裂が入り

 

「なっ!? 海水が!?」

 

そこから、一気に海水が浸水。中佐が入ろうとしたシェルターに流れ込んできたのだ。中佐は慌てて脱出しようとしたが、水の勢いに敵わずにシェルターの奥まで流され、中佐は溺死した。

場所は変わり、地上。

 

「職員の方々は、こちらに避難してください!」

 

由良に先導され、非戦闘要員達は安全な地下シェルターに向かっていた。頭上では空母艦娘達が上げさせた戦闘機が激しく格闘戦(ドッグファイト)を繰り広げており、パラパラと両陣営の機体の残骸が落ちてくる。

 

「頭上に気を付けてください! 焦らないで!」

 

由良の先導に従い、次々と非戦闘要員達は地下シェルターに入っていく。その時由良は、右手に持っていた14cm連装砲で対空砲撃を始めた。

 

「ドーントレスとか、苦手だけど……!」

 

由良は連装砲だけでなく、機銃による対空射撃も開始。死者を出してたまるか、と弾幕を形成した。その甲斐あって、数機の撃破に成功した。だがそれでも、空を覆い尽くさん数の深海機が向かってくる。

 

「くっ……!」

 

由良は素早く弾倉を交換して、対空射撃を再開した。だが、止められないと思った。そこに

 

『私に任せてください!』

 

と言って、両手に連装ガトリング砲を装備したMS。ヘビーアームズ改が滑り込むようにして現れて、両手のガトリング砲による濃密な対空射撃を開始した。

MSすら蜂の巣にする大口径とビームによる混合弾幕に、ただの飛行機が耐えられる訳もなく、次々と引きちぎられて、残骸へと成り果てていく。

 

『対空射撃は、私が引き受けます! 由良さんは、避難誘導を続けてください!』

 

「わかりました、お願いします!」

 

射撃の轟音に負けないように大声で言ってから、由良は避難誘導に戻った。そこに、長良が来て

 

「由良、通信を広範囲に切り替えて!」

 

と耳を指し示した。それを聞いて由良は、艦隊間(ローカル)に限定していた通信チャンネルを広範囲(オープン)に切り替えた。

 

『繰り返します! 艦娘の皆さんは、スピリッツの皆さんと共闘しつつ非戦闘要員の避難誘導を優先してください!』

 

と祐輔の声が聞こえた。

 

「ついさっき、復帰したみたい! 私達は、逃げ遅れが居ないか確認しつつ、近くの陣営を攻撃するよ!」

 

「はい、長良姉さん!」

 

祐輔の指揮復帰を境に、艦隊の動きが一気に変わった。それまで各個に対応していたのが、組織だった対応に変わって効果が跳ね上がった。

駆逐艦娘と軽巡洋艦娘達が中心になり、避難誘導。重巡洋艦娘、戦艦娘、空母艦娘達が対空射撃と深海艦隊に対して攻撃を開始した。

一度は陸地侵攻を許した祐輔艦隊だったが、息を吹き返してからは一気に第一防衛線まで押し返すことに成功。

祐輔が指揮を取り戻してから、約一時間後。深海艦隊の旗艦だった戦艦棲姫の討伐に成功。

パラオ泊地は、侵攻してきた深海艦隊を撃滅した。



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復旧と暗躍

パラオ艦隊とスピリッツの反撃で、深海艦隊を撃滅して約一時間後。

 

「すいません、皆さん……ご心配をお掛けしました」

 

「祐輔さん……!」

 

「無事で何よりです、提督……!」

 

車椅子姿だったが、元気そうな祐輔の姿を見て、艦娘達は安堵した表情を浮かべた。その後祐輔は、何とか無事なエレベーターを使って、地下司令部に向かい

 

「それでは、最終報告をお願いします」

 

「はい……」

 

祐輔が促すと、大淀が語り始めた。そして数分後、聞き終わった祐輔は

 

「それで、僕の代わりに指揮を執っていたという中佐はどうしました?」

 

「それが、襲撃直後に我先にと逃げ出して、何処かのシェルターに向かったようなのですが……未だに見つかっておりません……」

 

祐輔からの問い掛けに、大淀も困惑した様子で答えた。

戦闘終了後、避難した非戦闘要員及び民間人に被害が出てないか確認する為に、開放した全シェルターに避難した全員を確認したのだが、その中には居なかった。

しかし、見つからなかったのも無理なかった。

中佐が向かったのは、廃棄予定のシェルターだったからだ。しかもそのシェルターの入り口は崩壊し、誰も入れない状況な為に、見つかるのは当分先か、最早見つからないだろう。

それはさておき、と祐輔は呟き

 

「スピリッツの皆さん、今回もありがとうございました……そちらの手助けがなかったら、もっと被害が大きかったでしょう」

 

と祐輔は、代表として来ていたエウクレイデスに頭を下げた。すると、エウクレイデスは

 

「今回の戦闘は、十分契約の範囲内よ。むしろ、少し遅くなってごめんなさいね」

 

と謝罪した。

遅くなった理由だが、スピリッツは海底で資源採掘をしていて、ソナーは採掘の際の作業音で飽和状態だった為に、気付くのに遅れてしまったのだ。

その採掘作業も、パラオとの契約内容の一つでもあった。

パラオの海底には、良質な鉱脈が広大に広がっており、今の人類の技術では、採掘するのは非常に困難だった。その採掘作業をスピリッツが代行して行い、パラオに渡し、幾らかを融通してもらう手筈になっていた。

 

「地上施設は、約5割が倒壊。主に、港湾設備に集中してます。只今、夕張と明石が優先的に修理してます。尚、資源貯蔵庫近辺はほぼ無傷でした。そこから、深海艦隊は当泊地を占拠する気だったのか、と予想してます」

 

「そして、トラックを背後から奇襲……という処ですかね……」

 

大淀の推測混じりの報告を聞いて、祐輔は呟いた。恐らくだが、概ねはその推測通りだろう。

パラオはトラックの補給線でもあり、更には後方の安全を確保する要衝でもある。

 

「……暫くは、復旧を優先しつつ、哨戒艦隊を倍に増やして、再度の襲撃を警戒します……」

 

「了解しました。後程新たに哨戒艦隊を編成し、対処します」

 

祐輔の指示を受けて、大淀は持っていたバインダーの紙に書き込んだ。そして翌日から、パラオ泊地は本格的に復旧を開始した。

幸いだったのは、パラオに居た艦娘には誰一人として轟沈艦娘が居なかったことだ。

このパラオ泊地だが、最前線では戦えなくなった艦娘を引き取り、療養してる艦娘も居たのだ。

その為、療養施設周りには特に防衛施設が展開されていた為に、何とか迎撃が出来て、療養艦娘達は無事だった。

 

「しかし、祐輔さんも無理をしないでください。まだ、傷が完治した訳ではないんですから」

 

「とはいっても、やらないといけない書類が多くて……中佐、まともにやってなかったですから」

 

吹雪が祐輔の体を心配して言うが、祐輔は書類を捌く手を止めることはなかった。

件の中佐だが、ろくに書類をやらなかった為に、数日間分の書類が溜まりに溜まり、祐輔の机の周りには段ボールが幾つか置いてあった。

それら全て、中佐が代理に指揮していた間の書類である。中佐は本来やるべき雑務を全て、艦娘に丸投げしており、書類は一切やっていなかった。

では、何をやっていたか。

実は資源の一部を強硬派の提督に横流しし、更に祐輔に罪を押し付けた後に新しい提督を据える計画の話をしていただけである。

そもそも中佐は、普段から自分の指揮下の陸戦隊の雑務の全てを副官に丸投げし、自身は賄賂を渡したりと、保身に走っていた。そして中佐は気付いていなかったが、監査部が中佐の戦果報告に違和感を覚え調査しており、近い内に逮捕状が出される予定だった。

閑話休題

それはさておき、祐輔はまだ完治していないが、書類を捌いていた。その時、一枚の書類を見て、動きが止まった。

 

「祐輔さん、どうしました?」

 

吹雪が問い掛けると、祐輔は呟くように

 

「……青葉さんと衣笠さんを呼んできてください……」

 

と吹雪に伝え、それを聞いた吹雪は頷いてから、部屋を出た。祐輔が見ていた書類には、こう記載されていた。

 

《ロシア連邦から、諜報員が入った可能性大》



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纏まらない人類

大本営の情報省から、帝国にロシアのスパイが入り込んだ可能性大、という書類を読んだ祐輔は、青葉と衣笠の二人を呼んだ。

青葉と衣笠だが、広報班として行動しており、日刊・週刊・月刊青葉という新聞を発行しており、様々な情報を集めている。

艦娘に人気な各種特集から、提督向け、秋雲の描いた四コマ等、様々なコラムがある。

しかし、その広報班の姿は表向き。裏では、対諜報活動(カウンターインテリジェンス)も行っており、諜報員が入ってこないようにもしている。

 

「青葉、来ました!」

 

「提督、呼んだ?」

 

青葉と衣笠が来ると、祐輔は頷き

 

「帝国情報省から、これが来ました」

 

と情報省からの書類を、二人に差し出した。それを受け取った二人は、一読し

 

「また、あの国からですか……」

 

「しつこいねー」

 

と軽く呆れていた。実を言うと、ロシアから諜報員が送られてくるのは、珍しいことでも無いのだ。

 

「少し前に別の鎮守府でですが、艦娘の体内に発信器が……艤装の妖精を脅迫して、情報を流させていたそうです……あの国も、躍起なのでしょう……自国の防衛の艦娘が全然居ないことに」

 

今現在、ロシアの艦娘は三名。しかも、その内一名は実質日本の艦娘なので、実際は二名だけだ。

戦艦娘、ガングート、駆逐艦娘、タシュケント、ヴェールヌイ(響)だ。

たった二名で守れるわけがなく、ロシア近海も日本が担当しているが、ロシア政府は良く思っていない。

自国の海は、自国で守る。そう考えたロシアは、強引にでも艦娘を増やそうと画策し、艦娘の誘拐を度々行っている。

艦娘の誘拐は、今現在国際法で禁止されており、ロシアは度々非難されているが、知らぬ存ぜぬを貫いている。

 

「そういう意味だと、中国も要注意だけど……」

 

「一応、両方を警戒してください」

 

「了解」

 

艦娘の誘拐、という点では、実は中国も行っていた。ロシアより頻繁ではないが、中国も誘拐を企てている。

中国方面は、台湾の丹陽(ダンヤン)のみ。勿論だが、単艦で防衛しきれる訳がなく、こちらも日本の艦隊が守っており、台湾はこの戦いが始まる以前から日本寄りだった。

だが、中国は違う。中国は台湾ば自国の領土であり、中国の支配下だ。今は日本に治安を頼んでいるだけであり、独立を許した訳ではない。

と告げている。

そしてその中国だが、艦娘の保護と銘打って戦域ではぐれた艦娘を連れていこうとする事態が何回かあった。

だが中国は知らないことに、地上に上陸出来るのは、《艦娘が味方だと認識した人が居る場所》。もしくは、《妖精が居る港湾施設》になる。

そして、中国はその強硬な姿勢からほぼ全艦娘から信用されておらず、中国に妖精は居ないのだ。

では、中国に《保護された》艦娘は、どうやって帰ってきたのか。それは、台湾の艦隊が迎えに行ったのだ。

 

「では、青葉と衣笠は防諜活動を開始します!」

 

「お願いします。何かあれば、適宜報告を……緊急時は、秘匿回線を使って暗号通信を……周波数は、9番を使ってください」

 

祐輔の指示を聞いて、青葉と衣笠は部屋から退室した。

そして祐輔は、パソコンの画面を見ながら

 

「……こんな時でも、人間は一つに纏まれない……か……」

 

と呟いた。

事態が動いたのは、それから数日経ってからだ。

 

『祐輔さん、聞こえますか』

 

衣笠から、秘匿回線で通信が来て

 

「こちら祐輔……どうですか?」

 

『アタリです……現在パラオの一ヶ所に、ロシアのGRUを確認しました……』

 

祐輔の問い掛けに、衣笠が答えた。

GRU(グルー)

ロシアの諜報機関で、破壊活動もする準軍事工作部隊(パラミリ)である。所属を聞いた祐輔は、思わずという感じで額に手を当てて

 

「GRUでしたか……」

 

『ごめんね、祐輔さん……私達が見付けるのが遅かったから……』

 

「いえ……情報省が情報を掴んだのが遅かったのが、大元の原因です……何人居ますか?」

 

衣笠が謝ってきたが、それを祐輔はやんわりと受け止め、人数を聞いた。

 

『15人だそうです』

 

「……厄介な……」

 

特殊部隊相手に、普通の陸戦隊を差し向けても敵う訳が無い。上手くいっても、大損害を被るのが見えている。

手をこまねいていると、GRUが動いて最悪はパラオ泊地に対する破壊工作をされる、だが、どう対処する。と祐輔は考えていた。

そこに

 

『祐輔さん……その、スピリッツの天さんが、私達が対処すると……』

 

と衣笠が、言い淀みながら告げた。

 

「そこに居るんですか?」

 

『その、居場所を教えてくれたのが天さんなんです……』

 

どうやら、青葉と衣笠にGRUの居場所を教えたのは、天ミナ改のようだ。それを聞いた祐輔は、少し黙考してから

 

「スピリッツに任せます……と、伝えてください」

 

『分かりました』

 

そこで通信は終わり、スピリッツによるGRU(キツネ)狩りが始まる。



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蹂躙劇

短くてごめんなさい


パラオ泊地から、少し離れたある小さな村。

その一ヶ所の二階建ての宿泊所の部屋に、15人のロシア人が集まっていた。

その内の一人、GRUの1隊の隊長が、全員に見えるように祐輔の写真と何枚かの艦娘の写真を貼ったコルクボードを指し示し

 

「いいか、今回のターゲットはこいつらだ。この男は殺し、艦娘は何人か連れていく……手段は問わない。手筈は、物流業者のフリをして泊地内部に侵入し、木箱の内部に隠した爆弾で撹乱開始。その後、この男を殺害し、本国で開発されたこの薬物(フェッター)で艦娘を言いなりにして連れていく……何か質問はあるか?」

 

と手順を説明した。実は既に、宿泊所の前には数台のトラックが停まっており、その荷台には爆弾入りの木箱が積まれている。

そして薬物の入った手帳サイズの箱を、各員に渡した。

中身を確認し、箱を懐に入れたその時、激しい爆発音が鳴り響いて、宿泊所も大きく揺れた。

 

「な、なんだ!?」

 

隊長と隊員達は動揺しながらも、状況を把握しようと窓から外を見た。すると、宿泊所の前に停めていたトラックが、全て爆発していたのだ。

 

「一体、何が……」

 

一人の隊員が最後まで言う前に、その隊員は後ろに倒れた。

 

「お、おい、どうした!?」

 

別の隊員がその隊員に駆け寄り、気付いた。倒れた隊員の眉間に、穴が空いていることに。

 

「狙撃だ! 全員隠れろ!!」

 

その隊員の声に反射的に従い、隊長を含めた全員は机やソファーをバリケードにし、その陰に隠れた。

すると隊長が

 

「誰か、狙撃手の姿を見たか!?」

 

「いえ、見てません!」

 

「見えませんでした!!」

 

隊長の問い掛けに、隊員達は口々に否定の報告を返す。隊長も、その報告に仕方ないと思った。何せ、撃たれたタイミングにはトラックだった物体を見ていたのだから、狙撃手の姿を見れる訳が無いのだ。

 

「だが、相手は少なくともサプレッサー付きのライフルを使っている……! 一人ではないだろう……突入してくる可能性がある! 各員、警戒しろ!」

 

隊長は相手、帝国陸軍が突入してくると考えて、隊員達に警戒するように促した。確かに、常道的に考えるならば、それが正解だ。

そして隊員達も、ドアの方に用意していた銃を向けた。

だが、隊長を含めた全員の予想は外れていた。

次の瞬間、再び轟音が鳴り響き、同時に目も開けられないような閃光が隊長に襲い掛かり、隊長は反射的に目を閉じながら目許を腕で覆った。

そして恐る恐ると目を開けば、隊員達が居た場所に大穴が空き、隊員達は誰一人してその姿はなかった。

 

「い、一体何が……!?」

 

隊長は混乱しながらも、隊員達の名前を呼んだが、返事は無い。返ってくる訳がなかった。何せ隊員達は、ビームの直撃を食らって原子に返った(・・・・・・)のだから。

隊長は狼狽しながら、この場所から逃げようとした。だが次の瞬間、その身を何やら見えない巨大なクローが捕まえて、持ち上げられた。

 

「ぐああぁぁぁ!?」

 

隊長は痛みから絶叫していると、目前に空間が揺れるように人間サイズの存在が姿を現した。AGF天ミナ改だ。隊長は、天ミナ改のマガノイクタチに捕まっていたのだ。

 

「き、貴様は……何者だ……!?」

 

隊長は痛みに耐えながらも、天ミナ改に問い掛けた。だが、天ミナ改は

 

『貴方達に告げる名前は無い』

 

とだけ言って、ほんの一瞬だけ電撃を放って隊長の意識を奪った。

スピリッツによる襲撃が始まって、僅か二分の早業だった。二分で、GRUの部隊は文字通り全滅したのだった。



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尋問

GRUの隊長が起きた時、視界は真っ暗だった。目隠しされている訳ではないから、完全に光が無いのだろう。

床に寝転がらされており、その感触から金属製の床だというのが分かり、現状では脱出は不可能と判断した隊長は、まだ意識が戻っていないフリをしていようと思った。

だが

 

「意識が戻ったようね」

 

と女の声が聞こえた。顔を動かすと、右の方にまだ若い女が居た。外に跳ねている水色の髪が特徴の女だ。

 

「貴方、ロシアの諜報部隊の隊長格よね?」

 

女が問い掛けるが、隊長は

 

「何の事か分からないが、これは国際法違反だ。我々は、正規の手続きを踏んでやってきた輸送業者だ。今すぐ解放し、国に連絡させろ」

 

と告げた。あくまでも、諜報部隊だとは認めないようだ。だが、この時点で隊長は言い様のない不安に駆られていた。気付いていなかったのだが、実は今居る部屋は微妙に揺れており、更には大人では認識出来ない音が鳴り続けていた。

それにより、本人は気付かないが体と聴覚双方で常に揺れ続けているのだ。此により、相手は気付かない間に精神的に不安定になってきているのだ。

 

「へぇ……あんな、物騒な武器を持っていて、民間人と言い張るの?」

 

「今の海は敵だらけだ。護身用に銃火器は当たり前だと思うが?」

 

「マシンガンは分かるけど、軽機関銃は流石に護身用とは言えないわね……それに、こんな薬物に爆弾まで」

 

女がそう言って軽く開けたのは、使用予定だった拘束具(フェッター)だった。

 

「その薬物は、痛み止めとして会社から支給されたものだ。爆弾とは何の事だ? もしや、荷物を勝手に開けたのなら、業務妨害で訴えるぞ」

 

「へぇ……痛み止めね……試してみましょうか」

 

「なに……がっ!?」

 

隊長が不思議に思った瞬間、隊長は両手に何かが絡み付いて強引に持ち上げられた。

 

「今から先にこれを打って、色々とやってみましょうか……」

 

女はそう言うと、女の後ろからゴンドラを引っ張りながら隊長に近づいてきた。その上には、刃物や針、棒等が乗せられていた。

一歩一歩、敢えてゆっくりと近づいてくる。それに伴い、ゴンドラが引かれる音と、ゴンドラに乗っている道具が隊長の耳に入ってくる。

それにより、隊長は鼓動が早まるのを自覚した。

拘束具の効果は、隊長は知っていた。本部で映像を見せられており、打たれた相手はまるで人形のように打った相手の言うことを従順に聞いており、過剰投与すると、副作用で命令されなければ動かない人形になる。

そして女は、隊長の後ろ側に周り始め、隊長の視界から消えた。すると、何か軽い物が落ちる音がした。

音からして、革のケース。つまり、拘束具が入れられていたケースだろう。

そしてとうとう真後ろに到着し、首筋に何かが当たるような感触がして

 

「分かった! 分かった! 言うから! それを打たないでくれ!!」

 

隊長は恐怖に屈して、そう告げた。

 

「それじゃあ、洗いざらし言いなさい……もし嘘を言ったら……分かってるわね……?」

 

手首に何かを巻きながら、女がそう言ってきて、隊長は何度も頷いた。

そして、数時間後。GRUが捕まってから、2日後に祐輔の下に人間体の天ミナ改が報告に来ていた。

 

「やはり、彼らはGRUで間違いないわね……目的は、艦娘の拉致と貴方の抹殺……抹殺の目的は、一時的にせよ、日本帝国の力を削ぐ為……その後に、この地にGRUの拠点を築くつもりだったようよ」

 

「そうでしたか……本土の情報省と軍の対諜報班に連絡し、ロシアの行動に注視するように伝えておきます。今回は、ありがとうございました」

 

天ミナ改からの報告を聞いた祐輔は、感謝の言葉を述べながら頭を下げた。そして

 

「それで、その隊長はどうしました?」

 

「そいつだったら、さっきそちらの憲兵隊に引き渡したわ。後はそっちにお任せするわよ?」

 

「分かりました。後日本土に送って、外交のカードとして使うように伝えておきます」

 

祐輔はそう言って、パソコンで少し作業した後に立ち上がり

 

「改めまして、今回は本当にありがとうございました……おかげで、パラオの民間人にも何ら被害は有りませんでした……此方が動いていたら、死傷者が出ていたでしょう……」

 

「いいのよ。これも、私達の仕事の内だから」

 

天ミナ改はそう言って、懐から何かを取り出して

 

「これ、今回奴らが使おうとしてた薬の中身のデータ……確認しておいてね」

 

と祐輔の前に、USBを置いた。

 

「承りました……後程確認しておきます」

 

祐輔が受け取ったのを確認し、天ミナ改は静かに退室していった。



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突然の来訪

すいません、遅くなりました


GRUの捕縛からは、パラオは対人関連は平穏だった。

あの後分かった事といえば、拘束具(フェッター)は以前にあった事件と同じ組成ということだった。

つまり、ロシアはそのデータを同じ所から奪い、生成したということになる。

今現在、本土の諜報機関が調べている最中だという。

それはさておき、パラオ泊地は度重なる襲撃に危機感を覚え、防衛力の強化を始めた。

哨戒艦隊の編成と航路の変更から始まり、泊地施設内部だけでなくパラオ全体に対空機銃と対空砲を設置。

滑走路も増設することにして、その仕事をパラオの人々に割り振った。

そして祐輔は、その進捗状況が記された書類を一読し

 

「順調なようで、良かったです。物資が少なくなったら、すぐに伝えてください」

 

「分かりました!」

 

祐輔の言葉に頷いた明石は、ご機嫌そうに部屋から出た。その直後、入れ替わる形で大淀が慌てた様子で駆け込んできて

 

「祐輔さん! 今しがた、本土から航空機が来ました!」

 

と告げてきた。

 

「本土から? そんな予定、有りましたかね……」

 

大淀からの報告に祐輔は、予定表を開いて確認を始めた。すると、大淀が小声で、祐輔の耳許で呟いた。その直後、祐輔は驚愕から目を見開いて

 

「その御方は何処に!?」

 

「第一会議室です!」

 

場所を聞いた祐輔は、走り出した。そして、目的の第一会議室に到着すると、努めてゆっくりとドアを開けてその人物を一目確認したら、片膝を突き

 

「斯様な遠方の地にお出でになられるとは、思いもしませんでした……陛下」

 

その人物に対して、恭しく頭を下げた。祐輔の祖国たる日本の現天皇。その人である。

70歳を超えているが、背筋は伸びており、まだまだ活動的な印象を覚える。

 

「このパラオに現れたという常識外の戦力を持つ艦娘……どうしても、一目見たかったもので……」

 

「そのお気持ちは察しますが……護衛の方は……」

 

祐輔が確認出来る限り、護衛らしい姿も気配も無い。

しかし、言っても気にしないのが目の前の人物だった。

深海大戦が勃発し、日本に艦娘が現れた時。自ら動いて世界各国と外交をしたのだ。

本来なら外交官の役目だが、その外交官の殆どが緊急帰国の際に襲撃されて亡くなってしまった。天皇は、その行動力の高さと真摯さで約束を取り付けた。

泊地や警備府の拠点設営と物資の融通。その対価として、安全と海運を保証する。そうして、今の日本があるのだ。

 

「それで、飛行機から見えましたが……あの白い二隻の船が、件の?」

 

「はっ……傭兵部隊、スピリッツです」

 

今居る会議室からは見えないが、飛行機から見えた二隻の白亜の巨艦。アークエンジェルとエウクレイデス。

天皇は、やはり気になるようだ。

 

「……行かれますか?」

 

「ええ……直接、会ってみたいのです……」

 

「承りました……大淀さん。向こうに連絡をお願いします」

 

「はい」

 

祐輔の指示を受け、大淀は会議室から出た。そして十数分後、祐輔と天皇はアークエンジェルの艦長室に居た。

 

「初めまして、天皇陛下。私が、スピリッツ代表。艦娘、アークエンジェルです」

 

「スピリッツ万能工作艦娘、エウクレイデスです」

 

「これはご丁寧に……」

 

アークエンジェルとエウクレイデスが恭しく頭を下げると、天皇も頭を下げた。その天皇の背後には、祐輔と神通の姿があった。

念のための護衛である。

 

「此度は急な来訪を受け入れてくださり、感謝します」

 

「いえ。こちらも、何時かお会いしたいと思っておりましたので……」

 

天皇とアークエンジェルは握手すると、席に座った。そして

 

「我々にお会いしたい、ということでしたが……」

 

「世界の為に戦ってくれている貴女方をよく知りたいのと、お礼を言いたかったのです」

 

「……我々は傭兵です。一度依頼を受ければ、例えどんな手段を取ろうが、必ず完遂させます」

 

アークエンジェルのその言葉に、天皇は首を左右に振り 

 

「貴女方は、力の使い方を知っている……誇り高き方々だ……目を見れば分かります……」

 

「……ありがとうございます」

 

天皇の言葉に、アークエンジェルは少し嬉しそうに頭を下げた。

アークエンジェル達からしたら、それはかつての乗組員達を褒められていたのと同義だった。

すると天皇が

 

「此方としては、貴女方とは長く良い関係でいたいと思っております」

 

と言って、右手を差し伸べた。それからほんの僅かに間を置いてから

 

「我々も、貴国とは良き関係を保ちたいと思っております」

 

と告げ、握手に応じた。

こうして、天皇認可の戦力となる事になり、後日宮内庁からの発表により、スピリッツが天皇認可の戦力で、良好な関係を築きたいとされ、最後には直接交渉可能なのは、パラオの現提督の祐輔と長官のみに限定された。

これで、強硬派は動けなくなってしまった。

強硬派からしたら面白くないだろうが、もし強行すれば国家反逆罪が即座に適用される。

これで、長官と祐輔の懸念事項は無くなったのだが、まだ戦火は収まらない。



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対応と調査

陛下の発表から暫く、祐輔はひっきりなしに来るスピリッツに関する問い合わせに対応し続けていた。

とはいえ、余りにも突っ込んだ内容の問い合わせは無い。あったとしても、スピリッツを使った謀叛をやるのか否か、という位だ。

それらの対応が全て終わった祐輔は、疲れた体を椅子の背もたれに深々と預けた。そこに、秘書艦としていた古鷹が駆け寄り

 

「お疲れ様です、祐輔さん」

 

と労いながら、マッサージを始めた。祐輔は、軽く唸り声を漏らしてから

 

「まったく……質問内容の答えは、全て宮内庁の発表した陛下の決定書の中に記されているというのに……きちんと読んでない証拠だよ……よくそんなので、提督業が出来てるよ……」

 

と愚痴を溢した。

他の提督達からの質問責めの全ての問い掛けに対する答えは、宮内庁の発表した内容に全て記載されていたのだ。それを聞いてきたという事は、ちゃんと読んでいないと自白しているのと同義だ。

 

「本当、お疲れ様です……暫くゆっくりして下さい。書類は私達で捌ける物ばかりなので……」

 

古鷹はそう言って、祐輔の目元に手を乗せた。古鷹の手の温かさに祐輔は、体の力を抜いて

 

「……すいません……少し休みますね……」

 

と言って、少し経つと寝息が聞こえてきた。

それに安堵すると古鷹は、ゆっくりと手を離してから祐輔が被っていた帽子を外し

 

「ゆっくり休んでください……」

 

と祐輔に、仮眠室から持ってきたタオルケットを掛けた。そうして古鷹は、自分の机に戻ると、書類を捌き始めた、

そうして古鷹は、窓の外を見て

 

「……対MS戦……か……対空戦闘より難しいなぁ……」

 

と呟いた。それは、スピリッツが用意したシミュレーター訓練での事だった。そのシミュレーターは空間に映像を投影し、攻撃が当たるとその映像が消える仕組みになっている。

それを用いて艦娘達は訓練したのだが、対空戦闘が得意な艦娘でないとまともにMSに対する効果的な迎撃も出来なかった。

だが、だからといってそのままには出来ない。古鷹もだが、対空戦闘が不得手な艦娘達はスピリッツと協力して、対MS戦用の新しい装備を現在開発中だった。

 

「まあ、しばらくはスピリッツの皆さんも忙しいみたいだから……私達でも、出来ることはやっておこうっと」

 

古鷹はそう言って、書類に意識を戻した。

スピリッツだが、今現在部隊を二つに別けて行動しており、一つは敵のMSの調査。

そしてもう1つが、確保した量産型機体の水中仕様への改造とそれのデータ収集だ。

ハイザックの水中仕様の改造とデータ収集は、改造設備があるエウクレイデスが行っており、少し前に聞いた話では水中用の近接戦闘用装備が上手くいってない、と古鷹は聞いていた。

水中戦となると、艦娘では潜水艦娘しか出来ず、潜水艦娘は魚雷でしか戦えないのが現状だ。

もし水中用の敵に遭遇したら、蹂躙されるのがオチだ、というのが資料を見た結論だった。

水中用MSとMA、そのどちらも艦娘達からしたら脅威に他ならなかった。

だから、水中戦用MSの開発は急務だった。

場所は変わり、とある海域の海底付近の洞窟。

そこを、アークエンジェル隊が調べていた。

 

『……クロスボーン、どうだ?』

 

『……見つけたぜ。今データを送る』

 

フェニックスからの問い掛けに、クロスボーンガンダム・フルクロスはフェニックスにあるデータを送った。

そのデータを見たフェニックスは

 

『……この熱量……間違いな。この先に、発電設備があるな』

 

『それも、かなりの規模だ……どうする、もう少し近づいてみるか?』

 

クロスボーンガンダムからの問い掛けに、フェニックスは暫く黙った。そして

 

『いや、一度離脱する……嫌な予感がする』

 

『了解。NTの勘を信じよう』

 

フェニックスの決定に従い、二機はその場から離脱。別の洞窟を調べに分離していた他の機体との合流に動いた。

そして、フェニックスの勘は正解だった。

実は二機の居る洞窟の奥の通路には、爆薬が設置されており、例え爆発に耐えられても、瓦礫に押し潰されていた可能性が高かったのだ。

それの悪意、というべき感覚をフェニックスは感じとっていたのだ。

 

『……この世界で、好き勝手させるものか……リボーンズガンダム……』

 

アークエンジェルに戻ったフェニックスは、小さく呟いた。この世界での戦いは、まだ始まったばかりなのだ。



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反撃の狼煙

スピリッツ第一部隊、アークエンジェル隊は地道な調査を続けていた。とある海域の海底鉱山を調べ、海底火山を調べ、ある証拠を掴んだ。

 

「それで、間違いないのですね? 奴らの基地に」

 

『データ照合し、98%の確率で確定しました。規模から察するに、MS生産工場だと思われます』

 

アークエンジェルからの問い掛けに、フェニックスが答えて、メインモニターにそのデータを表示させた。

それを見たアークエンジェルは、暫く黙考し

 

「……エウクレイデスとの通信は出来る?」

 

と通信妖精に問い掛けた。

通信妖精は、少し機器を操作して

 

「少々距離が離れている為に、リアル通信は難しいですが、メッセージなら可能です」

 

と返答した。

 

「なら、メッセージを……現在地のポイントと敵の予想規模を記載して、集合するように伝えてください」

 

「分かりました。すぐに」

 

アークエンジェルの言葉を聞いて、通信妖精は機器を操作。エウクレイデス隊に対して、メッセージを送った。

エウクレイデス隊は、パラオ付近で海中用MSの試験中である。それを呼び寄せるということは、攻撃を仕掛けるのだろう。

そう判断したフェニックスは

 

「部隊に対し、整備を受けて待機するように伝えておきます」

 

と言って、艦長室から出ていった。

一方、エウクレイデス隊。

エウクレイデス隊は、パラオ近海の海底付近で水中仕様にしたハイザック。ザクマリナーの試験を実施していた。装備は、対MSキャピテーピング魚雷と対艦魚雷。そして、新規開発した高周波クローになっている。

その高周波クローは、緊急時にはパージすることも出来るようにしてある。

 

『……試験は良好……今のところ、発見した深海の潜水艦も一撃でした……』

 

監督しているのは、水中仕様に換装したヘビーアームズだ。水中での移動用に、機体各所にハイドロモーターとスケイルモーターを装着し、水中での移動速度を上げている。

その試験結果は、今のところ良好。先行して改修された四機で小隊を編成し、運用。まだ搭載AIの経験が少ない為に動きは拙いが、調査の為にか侵入してきた深海棲艦の潜水艦数体を相手に気付かれる前に撃沈させることが出来た。

 

『後は、経験を積ませて、そのデータを複製し、量産機に搭載すれば、大丈夫そうですね』

 

ヘビーアームズがそう判断し、ザクマリナー隊に帰還するよう信号を出した時、ヘビーアームズも帰還信号を受信した。

 

『このタイミングで、帰還信号……敵基地を見つけましたかね……』

 

ヘビーアームズはそう考えながら、ザクマリナー隊と共にエウクレイデスに向かった。そして数日後、エウクレイデス隊はアークエンジェル隊と合流。ブリーフィングを始めた。

 

「これより私達は、敵の海底基地を攻撃します。その基地は、調査により海底資源の回収と量産型MSの生産工場だと思われます」

 

アークエンジェルからの説明と同期して、モニターにその基地の規模が表示された。地下にも広がっているようで、相手の戦力も不明。本来は相手の基地の三倍の戦力を用意するのが、拠点攻略の基本なのだが、難しいだろう。

 

「こちらの狙いは、最善は生産工場の確保。最悪でも、この基地の破壊になります。生産工場を確保すれば、その量産機をこちらの戦力とするのも容易になります。何より……あの敵が何処に居るのかがまだ分からず、何処に現れるのかも分からない……ならば、今の我々に出来ることを積み重ねていくしかありません」

 

アークエンジェルのその言葉に、フェニックスが代表して頷いた。はっきり言って、比我の戦力差は如何ともし難い。しかも、スピリッツ側には、対MS戦では不安がある。艦娘達だ。

彼女達の武装は世界大戦期の物が中心な為に、性能としては比較に為らない程の差が開いている。少しずつだが、スピリッツの技術も導入することにより、対処出来るようになってきているが、差は歴然である。

 

「更に、可能ならば敵の拠点の位置の把握。または、相手MSの詳細データの確保が出来れば、なおよしです。しかし、欲張りは身を滅ぼします。無理ならば、生産工場のみとします」

 

『了解!』

 

アークエンジェルの決定に従い、スピリッツは斉唱で返す。そしてアークエンジェルはエウクレイデスと顔を見合せて

 

「作戦開始は、今から12時間後。生産工場の制圧と全機の帰還をもって、作戦の成功とします!」

 

『了解!』

 

その宣言の直後、スピリッツは準備に入った。

今までは、相手に好き勝手されたが、ここからが反撃になる。



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基地攻略作戦 1

アークエンジェルが召集して、約10時間後にエウクレイデスが合流。目標の海底基地に近づき

 

「あそこが、敵のMS生産拠点になります」

 

『……スキャンした限りだと、相当広大そうね……大規模ね』

 

エウクレイデスが、スキャンしたデータを送ってきたのだが、確かに中には二隻も余裕で入れる広大なスペースがある。

 

「付近にある採掘の形跡のある鉱脈、海底火山にある熱発電……それらを考えて、MS生産拠点と判断しました」

 

アークエンジェルがそう言うと、モニターにそれらの画像が表示された。確かに、鉱脈には採掘された痕跡と、火山には発電機らしい機械がある。

それらを考えたら、MS生産拠点と考えるのは当然の帰結だった。

 

「これより、あの生産拠点を攻略し、可能ならば生産拠点を確保します! かの世界から来た悪意達に、この世界を生きる者達を好きにさせる訳にはいきません! 各員の奮戦を期待します! 作戦開始!!」

 

アークエンジェルが作戦の開始を宣言すると、アークエンジェルとエウクレイデスは戦闘態勢に入った。

まずは艦橋が戦闘ブリッジに切り替わり、続いて艦の全武装が解放された。

 

「目標、敵拠点の周辺に展開しているMS及び深海艦隊! 攻撃開始!!」

 

「攻撃目標、敵MS及び深海艦隊! 対MS、対艦魚雷発射! 続いて、バリアント()ぇ!!」

 

副長妖精の指示の直後、アークエンジェルとエウクレイデスから次々と魚雷が放たれ、次にアークエンジェルのリニアカノンが発射された。

突然の攻撃に展開していたMSと深海艦隊の回避が遅れ、次々と被弾し、文字通り海の藻屑になっていく。

しかし、スピリッツの手は止まらない。

 

「艦隊、微速前進! MS隊、出撃!」

 

二隻の艦底部のハッチが開き、そこから次々とスピリッツのMS隊が出撃を始めた。海中での移動と戦闘用に、機体各所にハイドロスラスターを装着し、更にランサーダート発射装置を携行している。

 

『敵の規模が、あれだけな訳がない……恐らく……』

 

フェニックスがそこまで言った時、拠点から次々とMS隊が出てきた。機種は、ザクマリナー、カプールやゼー・ズールが出てきた。

 

『ゼー・ズール!?』

 

『今まで確認してなかった機体だ……油断するな、殺るぞ!』

 

『了解!!』

 

フェニックスの号令に従い、スピリッツは戦闘機動を始めた。それは相手も同じで、戦闘機動を開始。

そして、激突した。先に攻撃を仕掛けたのは、相手からだった。

カプールが胴体の装甲を開き、魚雷を発射した。

しかし、その程度で慌てるスピリッツではない。

フェニックスはビームライフルの収束値を限界まで引き上げて、発射した。

ビームの収束値を上げることで、消費するエネルギーの上昇とビームが細くなるが、水中でビームライフルが使えるようになるのだ。

連射したビームで、次々と魚雷を迎撃。

その爆発で相手のソナーが効かなくなり、見失っている間に一気に接近し、ビームサーベルの柄をザクマリナーに押し付けた直後に、ビームサーベルを出力し、胸部を突き刺した。

水中では酷く運用が難しくなるビームだが、運用の仕方が無い訳ではないのだ。

ビームライフルは収束値を上げ、ビームサーベルは相手に押し付けた状態で出力する。そうすることで、運用を可能にしているのだ。

しかし、それを行うとしたら生半可な技術では実行は難しい。

 

『油断せず、一気に削れ!』

 

『了解!』

 

そこから、蹂躙が始まった。エピオンは熱してはいないがヒートロッドで相手を捕まえると、一気に引き寄せてビームサーベルで腰から両断。

ミコトガンダムは両手の刀で、次々と接近してきた敵機を切り捨てていく。圧倒的蹂躙に、敵はスピリッツを止められないでいた。

確実に敵を撃破しながら、基地に接近するスピリッツ。

その時、基地の入り口のシャッターが降り始めた。恐らく、防爆・耐熱対弾装甲のシャッターだろう。完全に降りたら、いくらスピリッツでも破砕突破するのは簡単ではない。

だが

 

『行け! XXXX!』

 

『おう!』

 

フレスベルグの指示を受けて、XXXXが一気に敵MS隊の防衛線を突破し、シャッターに近づき

 

『ここだ!!』

 

と入り口上部に、GNビームサーベルの柄を当てて、一気に刀身を伸ばした。伸ばした刀身は易々と岩肌を貫通し、中の様々な機構を破壊した。

すると、シャッターの動きが止まった。

 

『トライアド隊、ジェミニ隊、リトル隊、先に行け!』

 

『了解! 突入します!』

 

フェニックスの指示を受けて、三隊が突入した。

そして、基地攻略作戦は佳境に入る。



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基地攻略作戦 2

基地の入り口から突入した三隊。トライアド、リトル、ジェミニ隊は入り口付近にあった防衛設備を破壊し、奥へと向かっていく。

 

『地の利は完全に、相手にあるな……』

 

『防衛MSは、水陸両用機が大半ですが……ジムⅡを確認しました』

 

迎撃に出てきた敵MSは、やはり量産型機ばかりだったが、狭い場所を防衛されたら厄介だった。機動力が制限されてしまい、強引に突破しようものなら被弾は免れない。

 

『……目眩ましも兼ねて、ハイメガキャノンを拡散で撃つ。その直後、一気に突撃しろ』

 

『それが良さそうだな』

 

デルタカイ・フレスベルグの案を聞いて、他の機体は突撃準備を始めた。そして、10秒後

 

『ハイメガキャノン……発射!!』

 

拡散モードに設定されたハイメガキャノンが発射されて、最前衛の敵MSは吹き飛び、中衛と後衛に居た敵MSは過度な光源でフィルタリングが機能するまでの僅か数秒間だが、視界が真っ白に染まった。

そこを狙い、フレスベルグ以外のガンダムが突撃した。

 

『まず、一機!』

 

先に攻撃を仕掛けたのは、バーストストライクフリーダムだった。バーストストライクフリーダムは二挺のライフルを連結させて、後衛のスナイパータイプのMSを撃破した。その機体が厄介だったのだ。

 

『貰った!』

 

『遅いよ!』

 

『……終わり!』

 

そこから、次々と敵MSを撃破していき、確実に奥へと進んでいく三隊。

順調に行けるかと思った、まさにその時だった。

 

『全機、乱数回避!!』

 

三隊を狙い、濃密なビームが襲った。

 

『この粒子ビームは……!』

 

『お前達か……!』

 

三隊の先には、リボーンズガンダム、ガデッサ、ガラッゾ、アルケーガンダムの姿があった。

 

『スピリッツ……そろそろ目障りだからね……君達の戦力、削らせてもらうよ』

 

『やらせると思うなよ!!』

 

短い会話を交わして、交戦が始まった。

先に攻撃したのは、リボーンズガンダムだった。リボーンズガンダムはキャノン形態に変形すると、砲撃を開始した。それを三隊は、散開して回避。斬り込んできたガデッサのビームクローを、XXXXはGNソードⅤ改で受け止めると思い切り蹴った。

そのガデッサを狙い、V2デュークスがビームライフルを向けたが、そこにガラッゾがビームサーベルで斬りかかってきて、V2デュークスは楯で防いだ。

すると、V2デュークスの背後からストライクノワール・ナハトが現れてビームライフル・ショーティーを連射した。

雨霰と放たれるビームを、ガラッゾは肩のGNフィールドで防御しながら後退。ある程度後退すると、ガラッゾはGNビームガンを連射しながら、セラヴィー・エルフィに突撃した。

それを、ケルディム・アンダインがGNライフルビットを駆使して妨害するも、最低限の機動で突破し、GNビームクローを突き出した。

その攻撃は、下から振り上げられたビーム青龍刀と刀型ビームサーベルで弾かれた。

それを成したのは、ガンダム紅牙とガンダムナタク・四龍だった。

二機は一息でガラッゾに肉薄すると、ビームサーベルとビーム青龍刀を繰り出した。息の合った連携で、回避する隙が少ない。

だがガラッゾは、両手のGNビームクローで受け止めて、ガンダム紅牙を蹴ってガンダムナタク・四龍にぶつけた。

ここまで、ほんの僅かな時間の攻防である。

フレスベルグは

 

『やはり、簡単にはいかないか……!』

 

と三機を睨んだ。分かってはいたが、簡単には攻撃は当たらない。しかし、撃破。または撃退しないと、作戦は進まない。

 

『だが、やるしかない!』

 

XXXXはそう意気込むと、部隊を率いてリボーンズガンダム達の方に突撃した。

同時刻、外

海中では、スピリッツ本隊が水陸両用機相手に撃破したり、鹵確していたりした。鹵確しているのは、生産拠点の確保に失敗した場合、少しでも戦力を確保する為である。

しかし、程度の良い状態で無力化するというのは単純に撃破することより三倍の労力が必要とされている。

そういう点では、スピリッツは実力揃いなので問題ないかもしれないが、相手の数が多いのもあって時間が掛かっていた。

だが

 

『……何やら変だな』

 

『何がだ、フェニックス?』

 

フェニックスの呟きを聞いて、一機を無力化したクロスボーンガンダム・フルクロスが問い掛けた。

 

『相手だ。数は多く、確かに攻撃は激しいが……どれも直撃コースじゃない』

 

『……そういえば、そうですね』

 

フェニックスの言葉に同意したのは、三番機を勤めるハルファスガンダムだった。どうやら、ハルファスガンダムも違和感を感じていたようだ。

 

『……誰か、突入した三隊と通信繋がるか?』

 

『……三隊と通信、出来ません! ジャミングされている模様!』

 

ハルファス・ベーゼからの報告を聞いたフェニックスは、カプールを両断し

 

『バルキリー隊、ブリュンヒルデ隊、レイグ隊、行け!!』

 

『了解!』

 

フェニックスの指示を受けて、新たに三隊が拠点に突入していった。それを見送りながら、フェニックスは

 

『まさか、ここが本命だったのか……?』

 

と呟いた。



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基地攻略作戦 3

海底基地内部での戦闘は、どんどんと激化していっていた。リボーンズ達とスピリッツ側のガンダムは互いに激しく動き、ビームサーベルで斬り結んだかと思ったら、同時に離れてビームライフルやマシンガン等による銃火の応酬に切り替わる。

しかし、洞窟という狭い範囲での戦闘は、時に思いもよらない事態に繋がる。

流れ弾のビームが洞窟の天井に当たり、崩落。リボーンズガンダムに向かって落ちるが、リボーンズは流れるような動作でビームライフルを撃ち破砕。破片が飛ぶが、その位は誰も気にしない。

しかし、デルタカイは

 

(マズイな……このままじゃ、最悪は基地に海水が流れ込むかもしれない……だが、手加減して戦える相手では……!)

 

と基地の崩落を危惧していた。

スピリッツ側の狙いは、第一に生産設備の掌握になる。全ては無理でも、一部でも確保出来たら自陣戦力として投入出来る。

最低は、生産設備の破壊。破壊も上手くやれば、最低限の修理で済んで、使えるかもしれない。

しかし、基地の崩落となればそれらは難しい。

 

(どうする……設備を諦めて、こいつらの撃破を狙うか……)

 

と悩んでいた。その時

 

『余所見してる余裕があるのかよ!』

 

と横の壁をぶち抜いて、アルケーガンダムが奇襲してきた。どうやら、いつの間にか岸壁を破砕して回り込んでいたようだ。

 

『ちっ!』

 

『はっ! 相変わらずの反応速度だな!』

 

デルタカイはアルケーが放っていたビーム弾を楯で防ぎ、ビームサーベルを抜いてバスターソードを受け止めた。

 

『アルケー!』

 

『ちょいさ!』

 

XXXXがGNソードで攻撃するが、右足のGNビームサーベルで防がれた。こちらも、相変わらずの変則的な防御だった。

 

『この!』

 

『これなら!』

 

デルタカイとXXXXはファンネルとGNビットを展開し、アルケーを狙った。しかし、アルケーの対応も早かった。アルケーは即座にファングを展開していて、それに気付いた二機はすぐに離れた。

 

『咄嗟にファンネルを展開したが、この狭さではな……』

 

『確かに……動かしにくい……だが!』

 

だが、それでも二機は動きを止めなかった。

本来、狭い空間ではファンネルやビットの運用は不向きである。しかし、手加減して戦える相手ではない。

二機はファンネルとビットをぶつけないように意識しながら、アルケーの放ったファングと交戦させた。

ビームの弾幕が展開され、互いに機動が制限される。

 

『やっぱり、やりにくい!』

 

『だが、隙が出来た!』

 

XXXXはGNソードとGNビームサーベルを展開し、一気に斬り込んだ。だが

 

『させるか!』

 

それは、間に入ったガラッゾに止められた。

真下にガデッサが現れ、至近距離でGNメガランチャーを撃とうとした。その時

 

『させません!!』

 

とガデッサを、ハルファス・ベーゼが思い切り蹴飛ばした。

 

『やはり、本命が来てましたね』

 

『貴様らの好きにはさせん!』

 

僅かに遅れて、ウィングゼロとエピオンが現れ、それぞれガラッゾとアルケーに攻撃した。しかし、リボーンズガンダムの介入により、不発に終わり、双方は距離を取った。

すると、リボーンズガンダムが

 

『……このまま戦うのは、いただけないね。離脱するよ』

 

と言うと同時に、腰部の装甲内からグレネードを地面に叩き付けた。その瞬間、視界を煙が覆った。

 

『しまった……!』

 

『GN粒子が充填された、チャフスモーク!?』

 

しかもただのスモークではなく、レーダーを使えなくするためにGN粒子が充填されたチャフスモークだった。それを使われ、同士撃ちを恐れてスピリッツは攻撃が出来なくなった。少しするとスモークは収まり、リボーンズ達は居なくなっていた。

 

『逃げられたか……!』

 

『仕方ない……今回は完全に、不期遭遇戦だった……それに、最優先は基地の掌握です。進みましょう』

 

ハルファス・ベーゼに促されて、スピリッツは奥に進んだ。いよいよ、海底基地制圧作戦は終わりを迎える。



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最下層へ

消耗が激しいトライアド隊と順番を入れ換えて、ヴァルキリー隊が先頭になって基地の最奥に向かった。

海底基地は予想以上に広く、中には掘削場、資源保管所も合った。

そして最初に見つけたのは、部品の生産ラインだった。

 

『この部品は……ハイザック型のか』

 

『近くに、情報の吸出しが出来るのは……』

 

ハルファス・ベーゼは部品の規格を確認し、エピオンは操作端末を探した。すると、グランド隊のアルケーが

 

『有りました! 情報の吸出しを始めます!』

 

とジャックにコードを差し込んだ。

それから少しして

 

『あちらに、更に地下に行くエレベーターがあります! MSの生産ラインは、その先に!』

 

とある通路を指差した。それを聞いたハルファス・ベーゼは

 

『進みましょう。罠と待ち伏せに警戒を』

 

と指示して、進み始めた。

その先には確かに、MSの搬出もする為にか大きなエレベーターがあった。

スピリッツはその中に入り、更に地下に向かった。

 

『外は、どうなってましたか?』

 

『敵が随時投入されてましたが、問題は無いかと……ザク・マリナーの経験値稼ぎもしていました』

 

XXXXからの問い掛けに、ハルファス・ベーゼは突入する前の状況を教えた。どうやら、改修機のAIの強化の為に実戦投入したようだ。

 

『それより……気付いてますか?』

 

『はい……この下から、高い熱源を確認しました……MAか最低でも10機以上のMSが展開しています』

 

それは、熱源探知で分かったことだ。

最下層らしい場所の通路に、高い熱源を確認したのだ。

間に岩がある為に正確には分からないが、間違いなく敵の待ち伏せだろう。

 

『このままじゃ、確実に先手を取られますが……』

 

『策なら、あります』

 

バンシィ・クロスの言葉に、ハルファス・ベーゼが返答した。場所は変わり、最下層。

そのエレベーター前通路には、片手に連装式ガトリング砲を持つ量産型MS。

サーペントが20機近く展開していた。

前後に10機ずつ並び、前側のサーペントは膝立ちして構えていた。

このサーペント達は、侵入してきたスピリッツの迎撃の為に展開された。

ゆっくりと降りてくるエレベーターの中では、まともに戦闘態勢など取れる訳がなく、入ったままならばただの良い的でしかない。

その状態ならば容易く撃破出来る、と判断した深海の姫級。戦艦棲姫の独断で、新型量産MSのサーペントが投入された。

 

「イイカ……構エロ……」

 

戦艦棲姫の指示に従い、サーペント部隊はガトリング砲を構えた。そして、エレベーターが到着した音がした瞬間

 

「撃テェ!!」

 

戦艦棲姫の号令に従い、サーペント部隊は一斉にガトリング砲を撃ち始めた。数えるのも困難な程の大口径砲弾が、次々とエレベーターに吸い込まれていく。

その火力は凄まじく、エレベーターのシャッターは意図も容易く穴だらけになり、普通だったら中の物も無事ではない。

数十秒は続いた砲撃に、満足したのか

 

「砲撃止メ!」

 

戦艦棲姫は砲撃を止めるように指示し、戦果を確認する為に前に出た。

最初は煙で見えなかったが、見えた光景に驚きで固まった。何故ならば、見えたのは無残に壊れたエレベーターのみで、エレベーターの中はもぬけの殻だったからだ。

 

「バカナ!? 奴ラ、何処二消エタ!?」

 

戦艦棲姫はそう言いながらエレベーターの中を見て、気付いた。エレベーターの天井に、穴が空いている。

それに気付いた直後、後方で轟音が響き渡った。

 

「ナニ!?」

 

後ろを見てみれば、サーペント部隊は消滅。代わりに、スピリッツが居た。

 

「バカナ! ドウヤッテ!?」

 

『簡単な話です。天井に穴を空けて脱出し、岸壁をビームで掘削しただけです』

 

ハルファス・ベーゼはそう言って、メガビーム砲を指向し、他のガンダムも続くように武器を向けた。

多勢に無勢とは、まさにこの事だった。

しかも、艤装すら無い戦艦棲姫にはなす術は無かった。

だが、彼女も姫級としてのプライドがあった。

だから

 

「舐メルナアァァァ!!」

 

とハルファス・ベーゼに飛び掛かった。

 

『愚かな……』

 

それが、戦艦棲姫の聞いた最後の言葉だった。

 



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救出

戦艦悽姫を撃破した突入部隊は、奥に進んだ。

進んでいると、正面に大きな隔壁が降りた場所に到着したのだが

 

『……集音マイクが、この隔壁の向こうから大きめの音を拾ってますね……』

 

『此方でも確認しました……音質からして、砲撃音かと』

 

ハルファス・ベーゼとウィングガンダムが、そのシャッターの向こう側から砲撃音を拾った。

 

『急ぎます……強行突破します』

 

ハルファス・ベーゼはそう言って、少し距離を取ってからメガ粒子砲を構えた。それに同調し、ウィングガンダムもバスターライフルを構えた。

それを見た一同は、衝撃に備えた。その数秒後、隔壁は吹き飛び、突入部隊は一斉に突撃。

付近に居た深海艦を瞬く間に撃滅し、音の源を見つけた。

それは、分厚いガラス壁の向こう側に居た量産型MSの武装だった。量産型MSは、艦娘相手に武装を撃っていた。

 

『くっ……』

 

『金剛さん……もう……いいです……』

 

『よくありまセーン! ネバーギブアップネー!!』

 

中に居た数人の艦娘の内の一人、金剛は右手で左肩を押さえながら艤装の機銃を撃った。しかし、たかが20mm程度ではMSの装甲は破砕出来ない。

そんな最中、量産型MS。サーペントはバズーカを構えた。

その直後、ビームがガラス壁を突き破ってサーペントに直撃。サーペントは吹き飛んだ。

 

「え……」

 

「また、あの見た目の!」

 

金剛に守られていた駆逐艦娘は驚き、金剛は素早くビームの角度から突入部隊を見つけて、歯を食い縛った。

恐らく、リボーンズガンダム達の仲間だと思ったのかもしれない。

しかし、ガラス壁を更に破砕し、中に入ったエピオンが

 

『そのIFF……パラオ泊地の艦娘か……もしや、先代か二代前の提督殿のか?』

 

と金剛を見ながら問い掛けた。

すると金剛は、警戒しながら

 

「……元鈴原提督、現楠原提督貴下の金剛デスが……」

 

と答えた。それを聞いたエピオンは、降りてきたハルファス・ベーゼと顔を見合せて

 

『我々は傭兵部隊、スピリッツ。現パラオ泊地の提督。榊原祐輔提督と協力関係を結んでいる者だ』

 

『楠原前提督は、艦娘に対する不当な扱いで逮捕され、今は榊原提督が指揮を執っています』

 

エピオンとハルファス・ベーゼが、続けて説明した。

すると金剛は、驚いた表情で

 

「榊原提督? 彼は確か、横須賀の提督だった筈デース」

 

『長官から指示を受けて、パラオ泊地の再建の為に異動してきたんだそうだ……楠原前提督より、かなり復興している』

 

エピオンはそう説明すると、金剛は訝しげな表情を浮かべた。やはり、そう簡単には信じられないのだろう。しかし、金剛の後ろで倒れていた駆逐艦娘。

秋月が

 

「彼らは……私たちの提督を、名前で呼んでいました……前に来た奴らは、下等な人間とか、肥えた豚、としか呼んでいませんでした……」

 

苦痛を堪えながら、突入部隊を見た。

その隣に、フレスベルグが膝を突いて

 

『……肋骨が折れてる……無理に喋るな……ヴァルキリュア1』

 

『ええ、エウクレイデスに運び、治療をしましょう』

 

フレスベルグの意図を察して、ハルファス・ベーゼはそう発言した。すると、金剛が驚いた様子で

 

「治療してもらえるのデスか?」

 

『ええ……榊原提督からの依頼の一つに、敵に捕まった艦娘が居たら、保護と治療するのも入っています』

 

金剛からの問い掛けに、ハルファス・ベーゼはそう説明した。その間に、他に倒れている艦娘に近寄ったXXXXやバーストストライクフリーダムが

 

『こっちの艦娘も、辛うじて生きてる』

 

『こっちの艦娘は……ダメだ、亡くなってる……遺体は回収しよう』

 

と手早く、生死判断をしていく。

しかも、金剛からは遺体まで回収してくれるというのが驚きだったようで

 

「遺体まで……ありがとうございマース」

 

と頭を下げた。

 

『彼女達は、勇敢に戦った……なら、その遺体を返して荼毘に伏そう……』

 

エピオンはそう言って、最後に金剛を見た。

見た感じ、金剛の傷は左肩位だが、まだわからない。

 

『他に、捕まっている者は居るのか?』

 

「……NO……私たちで、最後デス……」

 

『すまない……来るのが遅かったようだ』

 

金剛の表情と口調から、以前はもっと居たようだが、現段階での生き残りは倒れているのを含め、僅かなようだ。

 

『申し訳ありませんが、あの機体は何処から出てきましたか?』

 

「アレは、あそこから出てきましたネー」

 

ハルファス・ベーゼの問い掛けに、金剛は今自分達が居る場所とは反対側の壁を指差した。

よく見れば、同色だったから気付かなかったが、隔壁を見つけた。

 

『ジェミニ、グランド、あの先の調査を』

 

『了解』

 

『調べます』

 

ハルファス・ベーゼの指示に従い、F90Ⅱとバンシィ・クロスは自分の部隊を率いてその隔壁に接近。

隔壁に砲撃を集中し、突入していった。

それを見送りながら、ハルファス・ベーゼは

 

『彼女達を入り口付近まで運びましょう。本隊に連絡し、回収ポッドを要請します』

 

と指示し、退路の確保を始めた。



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掌握

数人の艦娘を保護した後、トライアド中隊とグランド隊が保護艦娘達の護衛に回り、ヴァルキュリア隊、ジェミニ隊、リトル隊は更に奥に進んだ。

アリーナの中にあった隔壁をビームサーベルで斬って破壊し、通路を進んだ。

少し進むと、また隔壁があったので先ほどと同じようにビームサーベルで斬り破った。その先に有ったのは、MSの生産ラインだった。

装甲形状から、造ってるのはハイザックのようだ。

 

『……サーペントではない?』

 

『もしや、まだ試験段階なのか?』

 

ハルファス・ベーゼの言葉に、エピオンが可能性の一つを挙げた。それならば確かに、少数しか見ていない理由に繋がる。

三隊は周囲を警戒しながら、更に奥を目指した。

そして、ある隔壁を見つけた。

 

『この隔壁……厄介な』

 

『耐熱耐弾の複合装甲・複層式か……ビームサーベルでも、焼き斬るのは難しいか……』

 

楯と同じ装甲を有する隔壁で、爆撃やビーム系に非常に高い防御力を有する隔壁が降りていて、その先に簡単には進めなくなっていた。

恐らく、その先は何らかのトラップが仕掛けられていたり、通路を崩落させて通れないようにした可能性が高い。

そう判断したのか、ハルファス・ベーゼは

 

『……この先は後回しにします。今はこの生産ラインを確保することを最優先に』

 

と部隊に指示を下した。

実はこの隔壁の先には、対MSを想定した爆薬が多数設置されており、もし隔壁を突破していたらそれらにより、いくらガンダムとはいえ無傷では済まなかっただろう。

ハルファス・ベーゼの判断は正しかったのである。

するとウィングガンダムが、コンソールを発見し有線で接続。ハッキングを始めた。

少しすると

 

『……掌握完了したわ。一時停止するわね』

 

と言った数秒後、動いていた生産ラインが止まった。

生産ラインが停止したのを確認して、ハルファス・ベーゼは

 

『念のために爆薬が無いか確認。ここを破壊されたら、我々はじり貧です』

 

『了解!』

 

指示を下し、自身でも爆弾が無いか確認を始めた。

いくらスピリッツが精鋭とはいえ、やはり数に来られたら後手後手にならざるをえなくなる。

 

『……爆弾は無し……でしょうか』

 

『こちらでは、見つかりません』

 

『同じく、ありません』

 

ハルファス・ベーゼの呟きの後に、次々と報告が挙がる。どうやら、爆弾は無さそうだ。そう判断したハルファス・ベーゼは

 

『これの出番ですね』

 

とある機械をコンソールに装着し、配線を繋げた。

すると、コンソールのメインモニターに凄まじい勢いで文字が流れていき

 

『……生産システムに接続確認っと……そっちから、アタシが見えるかしら?』

 

『はい、見えます。エウクレイデス艦長』

 

メインモニターに、エウクレイデスの顔が映った。

取り付けたのは、量子通信を用いた生産システム掌握器である。これを使えば、海底基地に直接来る必要なく生産ラインを動かす事が出来るという優れものだ。

しかし、まだ生産ラインは動かさない。

最たる理由は、搭載しているAIの書き換えだ。

 

『AIの書き換え機能も着けないといけないから……あ、ハロを繋いでくれる?』

 

『分かりました』

 

エウクレイデスの指示を受けて、F91が腰後の収容スペースからハロを取り出して、メインコンソールに繋げた。

 

『ん、来た来た……これなら、一週間もあれば動かせそうね』

 

ハロから送信されたデータを見て、エウクレイデスは安心した様子で告げた。これで、この基地で生産出来る量産型MSを戦力として運用出来るようになる。

しかし、結局は場当たり的な対処でしかない。

やるならば、抜本的な対処が必要になる。

 

『敵が本拠地が分かるデータが、残ってるといいのですが……』

 

『それは、こっちで調べるわ。そっちは一度帰還して、補給を受けなさい』

 

『了解』

 

エウクレイデスに促され、突入部隊は離脱を開始したのであった。



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帰還と報告

『トライアド1より、マザー……艦娘を数名保護ならびに死者多数……生存艦娘は損傷激しく、衰弱してますが命に別状はありません』

 

『マザー2、了解。今そちらに、潜水艇を向かわせました。そちらに乗せてください』

 

『トライアド1、了解』

 

エウクレイデスとの通信を終えたフレスベルグは、金剛達の方に振り向いて

 

『今こちらに、貴女達用の潜水艇が来ます。そちらに乗り、母艦に向かいます』

 

と告げた。

 

「ありがとうございマース……」

 

「本当にありがとうございます……助けていただいて……」

 

『無理に喋るな……傷に障る』

 

意識がある金剛と秋月は、頭を下げたが痛みに顔が歪む。その時、出入口の海面に二隻の潜水艇が現れた。

恐らく片方は、遺体用だろう。

そう判断したのか、フレスベルグは

 

『まず、生存艦娘を一番艇に……その後、遺体を二番艇に移送だ』

 

『了解』

 

フレスベルグの指示に従って、トライアド隊は次々と艦娘の移送を始めた。

最終的に、生存艦娘は6名。金剛と秋月の他には、照月、グラーフ・ツェッペリン、サミュエル・B・ロバーツ、パースとなった。

そして、死者は12名。遺体の損傷は激しく、艤装も大破級の破損だったが、ブラックボックスは無事であったから、もしかしたら何か分かるかもしれない。

 

『奇襲に警戒しつつ、エウクレイデスまで後退開始する』

 

『了解!』

 

『周囲は俺たちが警戒しますが、奇襲される可能性はあります』

 

「お願いしマース……」

 

トライアド隊が全周囲警戒をしながら、二隻の潜水艇がエウクレイデスまで移動を始めた。作戦開始時に、付近に居た深海棲艦の潜水艦隊は軒並み撃沈した。

しかし、相手は無尽蔵とも言える戦力を誇る深海棲艦。

時間が経ったら、戦力を回される可能性が高まる。

その為、トライアド隊は全周囲警戒をした。

だが、予想に反して奇襲は無かった。

やはり、付近一帯の戦力を狩り尽くしたのが大きいのかもしれない。

艦底部のハッチから潜水艇を入れて、まずは生存艦娘達を次々と医療室に運んだ。

そして次に、二番艇から死者を丁寧に運び出して艦種と名前、どこの所属だったかを確認した。

 

「この娘達……パラオかトラックの娘達ね……両方共、全提督の時にMIA認定された娘達ばかりだわ……」

 

死者の過半数は、特にトラック泊地の艦娘が多かった。

それを確認し、ブラックボックスを艤装から取り出したエウクレイデスは、死者達を丁重に荼毘に伏した。

 

「……間に合わなくて、ごめんなさいね……けど、約束するわ……連中は必ず、私達が倒して無念を晴らすわ……」

 

エウクレイデスは死者達にそう誓い、火葬場を後にした。

そして、作戦開始から約4日後にパラオ泊地にスピリッツは帰還し、祐輔へな面会を求めた。

そして応接室に通され

 

「申し訳ありません。遅くなりました」

 

「いえ、大丈夫です……では、海底基地攻略作戦の結果を伝えます」

 

そこから、作戦結果を祐輔に伝えた。

作戦結果を聞いた祐輔は、渋い表情で

 

「……そのような大規模基地があるとは……完全に予想外でした……」

 

「仕方ないかと……あの基地の技術は、完全にこちらの物でしたから……見つけるのも難しいでしょう……我々はエネルギー探知がありましたから、気付けた……それに、深海500mとなると、いくら潜水艦娘とは言えども潜れない深海域……そちらでは、見つけるのは土台不可能でした……」

 

今現在の既存の潜水艦娘の潜れる最大深度は、約200mで、500mには到底潜れない。

 

「……それで、その基地のMS生産ラインを掌握したということでしたが……」

 

「はい。こちらを見てください……」

 

アークエンジェルはそう言って、祐輔の前に端末を置いた。その端末には今現在の生産ラインの状況が表示されており、順調に再利用する為の作業が進んでいる事が伺える。

 

「今の状況ですと、何の問題も無ければ後3日程で生産ラインは活動開始出来ます。そうしましたら、後程お渡しする端末から量産の指示が出せます」 

 

「……ここまでしてくださり、感謝します……それで、保護したという艦娘達は……」

 

「今はまだ、治療中になります……後2日もすれば、そちらに引渡しすることが可能になる。と、エウクレイデスから報告がありました」

 

アークエンジェルは報告しながら、祐輔に保護した艦娘の名前が書かれた書類を手渡した。その書類を一読した祐輔は、後ろに控えていた大淀にその書類を手渡し

 

「彼女達の籍を行方不明から在籍に復帰を……」

 

「はい、分かりました」

 

祐輔の指示を受けて、大淀は応接室から出ていった。

そして、祐輔はアークエンジェルの方に向き直り

 

「それで、死者は……」

 

「……こちらになります……」

 

裏返しに置いた書類を取った祐輔は、確認すると数秒間程黙祷し

 

「……彼女達を丁重に荼毘に伏してくださり、感謝します……」

 

「いえ……もう少し早ければ、助けられたかもしれないと思うと、無力さを覚えます……」

 

見つけた遺体は、基地内で無造作に廃棄扱いされていたのを含めて、二十名余りに上る。

もう少し早く基地を見つけていたら、助けられたかもしれない命だったのだ。そう考えたら、アークエンジェル達は無力さを覚えた。

 

「いえ、貴女達が居たからこそ、たとえ遺体や遺灰だとしても帰ってこれたのです……ありがとうございます……」

 

祐輔はそう感謝の言葉を述べながら、頭を下げた。

その後、遺灰の受け渡しの打ち合わせをして、アークエンジェルは応接室から出て母艦へと戻っていった。



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おかえりなさい

海底基地から帰って、2日後。

 

「立つなら、ゆっくりね」

 

「はい……!」

 

ハルファスの補助に頼りながら、秋月はゆっくりとベッドから床に立ち、足に力を込めて立ち上がった。

最初はハルファスが脇に腕を入れて補助していたのだが、ハルファスもゆっくりと腕を抜いた。

すると確かに、秋月はちゃんとその両足で立っていた。

 

「ちゃんと、歩ける……!」

 

「おめでとうございます。少しの間は、明石さんの所に行って診察を受けてくださいね」

 

「はい! 妹達共々、ありがとうございました!」

 

ハルファスの言葉に、秋月は嬉しそうに頭を下げた。

海底基地から救助された秋月だが、秋月の他に照月と初月が居た。

そちらはまだ歩けはしないが、車椅子で既に鎮守府に引き渡している。二人は時々エウクレイデスに来てもらい、診察する予定になっている。

 

「後は金剛さんですが……」

 

「あ、彼女でしたら……」

 

「此処に居マース!」

 

引き取りの為に来ていた祐輔が問い掛け、ハルファスが返答しようとした時、元気な声が聞こえて、祐輔は声が聞こえた方に振り向いた。

そこには、見事に仁王立ちしている金剛の姿があった。

 

「お元気そうですね。良かった」

 

「ハーイ! スピリッツの方々には、良くしてもらいました!」

 

祐輔の言葉に、金剛は元気よく返答した。

すると、ハルファスが

 

「後三名、まだ治療中の艦娘が居るのですが……どうやら、楠原前提督の時に余程酷い扱いをされたのか……」

 

「トラウマ……ですか……」

 

祐輔の言葉に、ハルファスは辛そうに頷いた。

これは逮捕し尋問し、さらに調査したから分かった事だが、楠原は一部の艦娘を性奴隷のように扱っていた事が分かり、飽きたりしたら轟沈した事にして売り払っていた事が分かった。

恐らく、トラウマになっているのはそういう艦娘なのだろう。

トラウマの治療は非常に困難を極め、下手な事をしたら逆効果になりかねない。

祐輔は数秒間黙考し

 

「……お願いがあります」

 

とハルファスに告げた。

数分後、エウクレイデスの医務室。

その椅子に座り、パソコンをウイングゼロが操作していた。そうして、隔離部屋に居る艦娘達を見てタメ息を吐いた。

するとドアが開き、ハルファスと祐輔が医務室に入った。

 

「提督殿……」

 

「ウイングゼロさん。彼を、中に入れてあげてください」

 

「しかし……彼女達は……」

 

ハルファスからの頼みに、ウイングゼロは躊躇った。

ウイングゼロの見立てでは、今隔離部屋に居る艦娘達は男性へのトラウマがあると見ている。

最悪、祐輔を見た瞬間に精神の均衡が崩れてしまう可能性すらあった。

 

「お願いします……」

 

祐輔が頭を深々と下げながら頼み込み、ウイングゼロは数秒間悩んだ。

そして、隔離部屋に入るドアの前に立ち

 

「危険と判断しましたら、すぐに止めさせていただきます」

 

「はい。構いません」

 

祐輔はそう言って、近くの机の上に拳銃と軍刀を置いた。これで、完全に非武装だ。

それを見たウイングゼロは、パネルを操作しドアを開けた。最初にウイングゼロが入り、僅かに遅れて祐輔が入った。その瞬間、中に居た艦娘達はビクッと震えた。

その反応に祐輔は、男である自分よりも提督という存在だと思った。

祐輔はなるべくゆっくりと足音をたてずに、その艦娘達。

潮、浦風、村雨、名取の四人に近づいた。

潮や名取は気弱な性格だが、浦風と村雨は本来は明るい性格で、浦風は世話好き。村雨はコミュニケーション能力が高い艦娘だ。

そんな村雨と浦風の二人でさえ、祐輔を見て震えている。

 

「初めまして……僕の名前は、榊原祐輔です……今はこのパラオの指揮を執っています」

 

「榊原提督って……確か……」

 

「横須賀の提督さん……じゃろ……?」

 

祐輔の説明を聞いて、村雨と浦風が祐輔を見た。

どうやら、祐輔の事を知っていたようだ。

 

「はい。前は確かに、横須賀で指揮を執っていました。しかし、楠原前提督が逮捕された為に、長官からの指示で僕がパラオの提督になり、復興を始めました。その業務の中には楠原前提督の悪行の調査と……皆さんのメンタルケアも含まれています」

 

「メンタル……ケア……?」

 

祐輔の言葉を、名取がおうむ返しに呟いた。

 

「はい……つまりは、精神への働きかけ……と言うんでしょうかね……まあ、僕が言っても信じられないでしょう……まず、僕は貴女方の帰還を祝福します……よく、帰ってきました……しばらくはゆっくりと休んでください……動けるようになるまで、貴女方に出撃命令は一切出しません」

 

祐輔がそう言うと、四人は驚きの表情を浮かべた。

楠原は艦娘達が損傷していようが、お構い無しに出撃させ、無為に何人も轟沈させた。それを四人は知っているからの反応だ。

 

「僕は、貴女方に敬意を表します……貴女方のおかげで、僕達人類は瀬戸際でしたが、息を吹き返し、反撃出来るようになりました……感謝しています……」

 

祐輔はそう言って、潮の両手をゆっくり優しく包みこむように握った。最初はビクッと震え、体を硬くした潮だったが、祐輔の手から伝わる温もりに、両目から涙が流れ始めた。

 

「もし、僕にしてほしい事があるなら……僕に出来る範囲になりますが、何でもしましょう……約束します……皆さんの為に手を尽くします」

 

祐輔はそこまで言うと、潮の頭を撫でてから浦風の両手を同じように包みこみ

 

「僕は皆さん一人一人の意志を尊重し、個性を受け止め、好きなように過ごしてほしいと思います」

 

頭を優しく撫でた。

次に村雨の両手を包み

 

「希望するなら、学校に行く為の手配や、鎮守府内に工房を建てたり……研究室を用意するのも構いません」

 

村雨の頭を撫でた。

今しがた挙げた例は、実際に祐輔がやった支援である。艦娘も生きてるのだから、好きな事をさせてあげたい。

それが、祐輔の考えである。

最後に祐輔は、名取の両手を包み

 

「本当に、よく帰ってきてくださいました……お帰りなさい」

 

と優しく言いながら、名取の頭を撫でた。

お帰りなさい

言葉としては、何ら変哲もない日常会話の一つだろう。しかし、その言葉に四人はまず自分達が鎮守府に帰ってきた、という実感が湧いた。

そして次に、優しく出迎えられた事で祐輔は信じられると思い、四人は祐輔に抱き付いた。

最初は驚きの表情を浮かべた祐輔だったが、すぐに四人の頭を順番に撫でながら

 

「お帰りなさい……」

 

と呟いた。



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来客

その日、祐輔はパラオの市街地に来ていた。

パラオは日本の支援により、インフラや経済が活性化していた。祐輔が今居る料理屋も、日本本土の店を誘致し、支店を出してもらったのだ。

祐輔は私服で、そんな料理屋に居た。しかも、居たのは二階の奥の部屋。そこは限られた人しか入れない為、秘密の会話をするにはうってつけなのだ。

相手はスピリッツではない。スピリッツだったら、鎮守府の施設で事足りる。

では、会うのは誰か。

 

『お客さま。お待ちの方がいらっしゃいました』

 

「通してください」

 

祐輔が促すと、料理屋の女将が静かに扉を開けて

 

「どうぞ、お入りください」

 

「ありがとう」

 

女将に促されて、一人の小柄な女性が入った。

その女性が入ったのを確認した女将は

 

「御二階は貸し切りでございますので、どうぞごゆっくり」

 

と言って、扉を閉めた。

そして、女将の足音が聞こえなくなったのを確認してから

 

「……お久し振りにございます……朝日様」

 

と頭を下げた。

敷島型戦艦二番艦の艦娘で、天皇陛下のご意見番であり、更には時々新人に対する教師役も勤めている。

そして、祐輔に対して高い評価を出した一人でもある。

 

「久方ぶりですね、榊原提督」

 

「は……自分が訓練生時代でしたから、三年振りでしょうか」

 

朝日に返答しながら、祐輔は朝日のコップに飲み物を注いだ。

今から数日前、祐輔に私信が届いたのだ。

非常に遠回りな方法で、通常より日数を掛けてきた。それ程日数を掛けたのは、警戒しての事だと祐輔は考えて、今居る料理屋の二階を貸し切りにしたのだ。

更に言うならば、料理屋の周囲には鎮守府の陸戦隊から信頼出来る部隊を選抜し、配置している。

 

「して、朝日様……内密な話とは一体……」

 

祐輔の問い掛けに、朝日は少し躊躇う様子を見せた。

しかし、数秒後

 

「……今陸軍内部で、深海棲艦を鹵獲し、数を増やしている……という情報を入手したのです」

 

「なっ……深海棲艦を鹵獲!?」

 

深海棲艦を鹵獲なんて、どうやって。というのが、祐輔の最初の反応だった。しかもそれだけでなく、数を増やしているというのもあり得ないと言いたかった。

 

「信じられないのも、無理らしからぬ事です……私も、密偵から話を聞いた時は驚きました……もし本当ならば、海軍に協力している者が居る事になります……」

 

「……一体、誰が何の目的で……」

 

深海棲艦は時々、特異な個体が現れる事がある。

その特異個体に遭遇したら、撃破した後、沈む前に回収。海軍研究所に引き渡す事になっている。

 

「今のところ、皆目検討も付きません……しかし、ろくでもないのは確かでしょう……榊原提督……」

 

「自分に出来る事ならば、対処します……軍人として、民間に被害を出させる訳にはいきません」

 

朝日が最後まで言い終わる前に、祐輔は頭を下げながら宣言した。それは一重に、祐輔が善良な軍人だからだろう。

 

「感謝します、榊原提督」

 

「微力ながら、力を尽くします」

 

朝日の感謝の言葉に、祐輔は再び頭を下げた。



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内通者

新しいオリキャラ登場


朝日からの話に、祐輔は頭を抱えた。

陸軍が深海棲艦を捕まえて、増やしている。

陸軍が何を考えて、そんな事をしているのかは分からない。しかし、やっている事は最悪国家転覆に繋がりかねない。

 

「……どうすればいいんだ……」

 

祐輔は悩みながらも、どうにか頼れる人が居ないか考えた。深海棲艦を捕まえて、増やしているという事は、海軍に協力している人物が居るという事で、人選を間違えたら自分が殺される事になる。

 

「…………」

 

祐輔は悩んだ挙げ句、少なくとも二人を思い浮かべた。一人は、元帥の神林十蔵。そしてもう一人は、自分の後釜として横須賀の提督になった後輩。

真面目で、祐輔と同じく元帥の肝いりで横須賀の提督になった。名前は、雪原涼華(ゆきはらすずか)

 

「……吹雪ちゃん、元帥と横須賀鎮守府に通信を繋げてくれる?」

 

「わかりました!」

 

祐輔の指示を受けて、吹雪は通信室に向かった。

そして、数分後

 

『なんと……それは本当か?』

 

「は……朝日様から直接伝えられた情報です」

 

『ですが、信じ難いです……一体、どうやって……』

 

祐輔の話を聞いて、元帥だけでなく、若い女性。眼鏡を掛けたショートカットの黒髪が特徴の雪原涼華が顎に手を当てて唸った。

 

『朝日様からか……ならば、確実か……』

 

「申し訳ありません……自分だけでは対処出来ないと思いまして……」

 

『いえ、榊原先輩の判断は正しいです。下手したら、内紛に発展しかねません』

 

涼華は、祐輔のことを先輩と呼び慕っている。

 

「本土から遠く離れた自分では、情報収集にも限界があります……」

 

『分かった……そちらに関しては、こちらで引き受けよう』

 

『私も微力ですが、手伝います』

 

「感謝します……今から、朝日様から受け取ったデータを送信します」

 

祐輔がそう言うと、吹雪が機器を操作して、元帥と涼華にデータを送った。少しすると、二人は

 

『確認した……これは……』

 

『確かに、海軍内部に内通者が居ると断定出来ますね……』

 

朝日から渡されたデータというのは、朝日直下の諜報部隊が確認した陸軍が保有している深海棲艦の種類と個体数である。

祐輔も軽く見たが、通常級の大部分は保有していた。

そうなれば、最前線を担う鎮守府が内通している、と祐輔は考えている。

 

『榊原提督、涼華提督。今回の事は、内密に……同じ海軍でも、口外無用だ』

 

『はっ!』

 

「了解しました!」

 

祐輔と涼華が敬礼すると、元帥は頷き

 

『今回の事、この三名のみで事を進める……』

 

と言って、通信を切った。

そして祐輔は、涼華に

 

「ごめんなさい、涼華さん。こんな事に巻き込んでしまい……」

 

『いえいえ! 私が先輩の役に立てるなら、喜んで!』

 

実は涼華の方が二歳上であり、祐輔は士官学校で涼華の先輩だったという、少々面白い関係である。

 

「涼華さんも、気をつけてください」

 

『はい、先輩もお気をつけて!』

 

そこで、涼華との通信を終えた祐輔は、嫌な予感を覚えた。そして数日後、その嫌な予感は現実になった。

数日後、一隻の損傷したおおすみ型がパラオに到着した。その船籍番号を見た祐輔は、そのおおすみ型が涼華の船だと気付き

 

「涼華さん! どこですか!?」

 

急いでラッタルを駆け上がり、必死に涼華を探した。

涼華は、艦橋で見つけたのだが、重傷だった。

 

「医療班! 急いで搬送してください!」

 

「先……輩……」

 

祐輔の声で意識が戻ったのか、涼華は震える手で祐輔の襟を掴んだ。

 

「涼華さん!」

 

「気をつけて……ください……内通者は……」

 

「喋らないで!」

 

祐輔は制止するが、涼華は必死に

 

「陸軍に……内通していたのは……佐世保の大将です……!」

 

と祐輔に、血に汚れたメモ帳を差し出した。それを祐輔が掴んだ直後、涼華の意識が途絶えた。

 

「医療班!」

 

祐輔の指示を受け、医療班はすぐに駆け出した。それを見送った祐輔は、涼華が命懸けで渡してきたメモ帳を見て

 

「涼華さんの思い……無駄にはしません……!」

 

と通信室に向かった。



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内乱の兆し

涼華を医務室に送らせた後祐輔は、すぐに通信室に向かい大本営に繋いだ。

そして、祐輔の報告を聞いた長官は

 

『まさか、直接的な方法で来るか……しかも、佐世保の綾坂(あやざか)大将とは……!』

 

と驚いていた。

そして祐輔は、その名前に覚えがあった。

綾坂家次期当主筆頭。綾坂遼(あやざかりょう)大将。

陸軍の名門の綾坂家から現れた異色の提督で、堅実な戦い方で大将にまで登り詰めた。

しかし、部下に求める基準が非常に高い為に佐世保に所属している者達はエリート意識が高く、他者を見下す傾向が強い。

少々孤立化している鎮守府だ。

大規模作戦でも他の拠点艦隊と足並みを揃える気がなく、独断専行も多々あり、煙たがられている。

 

『雪原提督の容態は……』

 

「怪我が酷く、出血もかなり多く有り予断を許さない状況と聞いてます」

 

祐輔からの報告に、長官は苦々しい表情を浮かべた。

 

「そして……雪原提督の艦隊は……壊滅しました……」

 

『バカな!? 雪原提督の艦隊は、君には及ばないが数人の改二と高練度だった!』

 

「損傷したおおきく艦内に倒れていた、改二の艦娘全員は保護しドックに連れていきました……しかし、その他の艦娘に関しましては……見つかりませんでした……艦内の簡易整備場にて見つけた艤装から、ブラックボックスを発見。今現在、何があったのかは調べている最中です。それと、今から雪原提督が調べたデータを送ります」

 

祐輔は雪原提督から預かった手帳をコピー機に読み取らせ、長官に送信した。数分後

 

『まさか、綾坂大将とは……!』

 

「自分も驚きました……まさか、綾坂大将が陸軍に深海棲艦を引渡していたとは……」

 

そう件の陸軍で増やしているという深海棲艦の出所は、綾坂大将だったのだ。それを雪原提督は特定したようだが、恐らくその時に見つかり、逃げてきたのだろう。

 

『重要なデータだ……私はこれから、綾坂大将を逮捕する手筈を整える……雪原提督の事は』

 

「お任せください」

 

そこで、通信は終わった。

そして祐輔は、執務室に向かいながら

 

「そういえば……スピリッツの皆さんは何処に?」

 

とここ数日、スピリッツの姿が見えない事を思い出した。場所は変わり、日本本土。長崎県佐世保市。

そこに、スピリッツは人間体で潜入していた。

実はスピリッツは、少し前から佐世保鎮守府の綾坂提督の口座を監視し、資金の動きが激しかった為に直接潜入していた。

日本本土でも有数の防衛拠点のある佐世保市は、かなりの賑わいがあった。

 

「戦時下だが……そうとは思わせない活気だな……」

 

「ええ……調べましたが、佐世保市は物価も他と比べてかなり抑えられています……」

 

小声で喋っているのは、フェニックスとハルファスの二人だ。

今回スピリッツは分隊単位で行動していて、それぞれが佐世保市全域に散会。何組かは佐世保鎮守府に潜入している。

フェニックスとハルファスは市場を回り、物価や市民の声から情報収集をしていた。

 

「しかし、この値段……どうやって……」

 

「聞いた限りだと、燃料も回しているようだが……それだけではなさそうだな」

 

特に二人が驚いたのは、野菜の値段だった。他の町等では平時の二倍から三倍が当たり前だが、佐世保では五割増し位で収まっている。

どうやったらそんな値段が可能なのか、二人には検討もつかなかった。

そして二人は、とりあえず居た喫茶店から離れて

 

「問題は……」

 

「佐世保鎮守府に潜入した方々ですね……」

 

と一際大きい建物。佐世保鎮守府を見たのだった。



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遅かった行動

佐世保鎮守府、その外れの一画。

その壁を乗り越え、三人の少年が入った。

スピリッツのトライアド隊第一小隊、デルタカイ・フレスベルグ、バーストストライクフリーダム、00ザンライザー・XXXXである。三人は背負っていた鞄から作業着を取り出し、着替えた。

これからこの三人は、内偵の為に鎮守府の要員に変装する。

目的は、佐世保鎮守府内外に流れる莫大な金額の調査だ。

三人は着替え終わると、周囲に人影が無いのを確認してから

 

「行動開始だ……抜かるなよ」

 

「おうよ」

 

「あいよ」

 

と短く会話し、鎮守府施設に入った。

まず入ったのは、倉庫だった。様々な機械や箱が置かれてあり、何かを隠すにはうってつけだろう。

軽く倉庫内を歩き回り

 

「どうだ?」

 

「……一部、変な間取りがあるな……こっちだ」

 

どうやら、いきなり当たりを引いたらしい。

フレスベルグは二人を先導し、ある場所に向かった。

 

「ここだ……この階段」

 

「……なるほど、この壁、明らかに厚いな」

 

それは、二階に上がる為の階段の下。階段は平均より少し広い位なのだが、その下の壁が明らかに厚かった。

XXXXは軽く壁を触っていき

 

「ここに、別の質感があるな」

 

とそこを強く触った。するとガコンという音がして、壁が開いて地下への階段が現れた。

それを見たフレスベルグは、一度周囲を確認してから

 

「行くぞ」

 

と階段を下りた。

 

「随分と、長い階段だな」

 

「ああ……螺旋状になっているし、少し高さも分かりづらいが……」

 

「いや、見えたぞ」

 

数分間下りると、そこに到着した。

最初に見えたのは、何らかの実験施設だった。

大量のポットが規則正しく並び、中には深海棲艦や艦娘が浮かんでいる。その様は、ジェネレーションワールドでもよく見た悪魔の研究。強化人間の実験と同じだった。

 

「まさか、この世界でも似た研究か……」

 

「まだ分からんがな……」

 

「奥に進むぞ」

 

人気は感じられず、三人は更に奥へと進んだ。

暫くポットの間を歩き続け、一つのドアをゆっくりと開けた。そしてその先の光景に、息を飲んだ。

ロボットが深海棲艦や艦娘の頭を開き、頭蓋骨の内側に何らかの機械を取り付けて、元に戻していっている。

そんな常軌を逸した光景に、バーストストライクフリーダムが

 

「なんだ、これは……!」

 

と怒りに拳を握りしめていた。

あまりに、狂気な光景だった。XXXXは一つのモニターに近づき

 

「……深海棲艦と艦娘のパペット化計画……」

 

と呟いた。

 

「なんだと……?」

 

「……深海棲艦と艦娘を意のまま操る為に、脳に機器を埋め込む……目的は、我々が日本を……否、世界を牛耳る為……」

 

「国家転覆どころじゃねぇな」

 

綾坂大将の大それた計画に、フレスベルグ達は更に調査を進めた。すると、ある一つのファイルを見つけた。

それは、パペット化手術に失敗した個体に関するレポート。

それを読んだXXXXは、思わず壁に拳を叩き付けた。

 

「どうした」

 

「……綾坂大将って奴……人間とは思えない事をやってやがる……! パペット化に失敗した個体は、食糧生産プラントで分解し、疑似食糧にして街に出荷してる……!!」

 

それが、佐世保市内で食べ物が安い理由だった。

日本帝国内では食糧危機を脱する為に、食糧生産プラントを開発し、その生産プラントで疑似食糧を生産し、近くの町に出荷していた。

しかし佐世保では、通常では海中のプランクトンを利用しているのではなく、パペット化に失敗した深海棲艦や艦娘をバイオ分解し、食糧にしていたのだ。

 

「……なるほどな……」

 

「データの吸出しがされた形跡があるな……」

 

「誰か、内偵したんだな……」

 

三人は周囲の警戒をしながら、データの吸出しを始めた。その時、フレスベルグが

 

「なんだ、この信号は」

 

と呟いた。その直後、モニターから離れた位置の隔壁が開き始めた。それに合わせて、ポットが開き始めた。

 

「まさか……!?」

 

「既に、計画は実行段階なのか!?」

 

中から出てきたのは、朝潮型駆逐艦娘の大潮だったのだが、まるでロボットのような無機質さを感じた。



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勃発

現れた無表情な大潮が、その手に持っていた連装砲を向けてきた。その直後、XXXXが一気に肉薄し、大潮を殴った。XXXXに殴られた大潮は、思い切り壁に激突し動かなくなった。

 

「データの吸出しも終わった! 離脱するぞ!」

 

フレスベルグの指示を受けて、バーストとXXXXは階段の方に向かって走り始めた。そうしている間にも、次々とポッドが開いて中から艦娘や深海棲艦が出てくる。その全てが、無表情だ。

 

「くそっ! 遅かったのか!」

 

「嘆いてる暇があったら、走れ!」

 

バーストの言葉に、フレスベルグは叱責しながら、柱や壁に次々と何かを投げて付けていく。

 

「階段だ!」

 

「速度を緩めるなよ!」

 

ポッドから出た艦娘や深海棲艦は、フレスベルグ達を無視して大型エレベーターに乗っていく。

恐らくだが、そのエレベーターは外に出るものだろう。

地下に何人居るか分からないが、全て出たら大惨事なのは間違いない。

 

「そのまま走れ!!」

 

三人は一足飛びに階段を駆け登りながら、フレスベルグは懐から小さい機械。起爆スイッチを取り出した。

フレスベルグが壁や柱に投げていたのは、プラスチック爆弾だ。

それを、リュックの中に大量に入れていたのだ。

 

「残酷かもしれん……だが、無辜の民を傷付けさせない!」

 

フレスベルグは階段を登りきって、外に向けて走り始めた直後、起爆スイッチを押した。

すると、仕掛けたプラスチック爆弾が次々と起爆。

佐世保鎮守府は地響きを立てながら、敷地内の様々な所から火柱が上がり始めた。

 

「これで……」

 

「いや、ごく一部だろう。急いで隊長に通信だ」

 

XXXXは全滅したと思ったようだが、フレスベルグは一蹴し、右耳に手を当てた。

地下では通信が届きにくかったので、今から通信するのだ。

場所は変わり、佐世保市街地。

町中を歩く一度は、突如として佐世保鎮守府内から立ち上ぼる火柱を見上げていた。

その火柱に、町中の人たちは呆然としているが

 

「何かあったか」

 

「端末には、まだ」

 

フェニックスとハルファスは落ち着いた様子で、行動の準備を始めた。その時

 

『隊長! 緊急事態です!』

 

「何が起きた」

 

右耳に装着していた小型通信機から、フレスベルグの声が聞こえた。

 

『佐世保鎮守府の提督、とんでもない事を計画してました! 既に、その計画は実行段階です! 今から、詳細を送ります!』

 

普段は冷静沈着なフレスベルグが慌てている事から、余程だと思いながらフェニックスは、送られてきた計画情報を見て、舌打ちした。

 

「パペット化した艦娘や深海棲艦で、国家転覆だと?」

 

「既に実行段階って言ってたわね? もしかして、先ほどの爆発は……」

 

『少しでも数を減らそうと、プラスチック爆弾を使いました。ですが、他にもあると予想します』

 

フレスベルグの報告の向こうから、時々爆発音が聞こえてくる。恐らく、爆破の余波だろう。

 

『トライアド第一小隊は、佐世保鎮守府から脱出します!』

 

「了解した」

 

フェニックスがそう言った直後、フェニックスとハルファスが持っていた端末に新たに文章が表示された。

送信主は、アークエンジェルからだ。

内容は

 

《至急、指定座標に合流。総力で対処する》

 

アークエンジェルは、どうやら今回の事件に全力で対処する事を決めたようだ。

 

「フェニックス1より、総員に通達(オールユニット)! 大至急、マザーからの指定座標に合流! 総力を以て、対処に当たる!」

 

フェニックスはそう言って、ハルファスと一緒に走り出した。

場所は変わり、佐世保鎮守府。その執務室。

その窓辺にて、一人の男が悠然と立っていた。

その男こそが、佐世保鎮守府提督。綾坂遼大将だ。

彼の製菓の綾坂家は、歴史ある家柄である。

今や陸軍の名家だが、その昔は多くの政治家を輩出し、時には大臣や首相になった者も居た。

そういった歴史ある家で産まれ育った遼は、小さい頃から英才教育を受けてきて、ある思想が産まれた。

 

「世界は……私のような優れた人物が支配するべきだ……」

 

選民思想とでも言うべきか、遼は自分が世界で最も優れた人物だと思っている。

事実、遼は過去に学校では常にトップの成績だった。

そして遼は、自分の思想に同調する者達を集め、パペット化計画を立案した。

 

「何やら、倉庫の地下で爆発が起きたようだが……まあ、影響無かろう……捨て駒ならば、掃いて捨てる程にある」

 

遼にとって、パペット化された存在は捨て駒だった。

それは、深海棲艦だけでなく、艦娘と鎮守府に居る自分以外(・・・・・・・・・・)は。

恐ろしい事に、パペット化は人間にも施術出来る(・・・・・・・・・)のだ。警備兵だけでなく、整備士や事務員という非戦闘要員もパペット化する事により、常に最大効率で鎮守府を運営し、常に高い戦果を挙げてきた。そして、いよいよ日本三大鎮守府の一つ。佐世保鎮守府の大将。三大将になった。

 

「くくく……さあ、私の時代と世界の始まりだ……!」

 

遼は歪な笑みを口元に浮かべ、自分の計画が最終段階に入ったと確信していた。



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佐世保動乱

海軍大本営は、情報省から知らされた内容に揺れていた。

佐世保鎮守府から、艦娘と深海棲艦が大量に出現し、街に対して無差別に攻撃している。

 

「佐世保の綾坂大将は何をしている! 連絡はつかんのか!?」

 

「ダメです! 一切連絡はつきません!」

 

「こちらから、部隊を送れ! 何としても、市民の被害を最小限に食い止めるのだ!」

 

会議室は、まさに上へ下への大騒ぎだった。

情報省からの報告によれば、佐世保鎮守府から現れる艦娘や深海棲艦は一様に無表情で無差別に攻撃している。

深海棲艦はともかく、艦娘が人間側に対して攻撃するのはどう考えてもおかしい。

この段階に至っても、大本営幕僚の大半が綾坂大将が反乱を起こしたとは思っていなかった。

しかし、やってきた神林元帥が

 

「此度の事件、綾坂大将が原因と判断する。現時点を以て、綾坂元大将を反逆者として認定し、動かせる戦力で鎮圧を計る!」

 

と指示を下した。

 

「しかし、綾坂大将は長年佐世保鎮守府で国防を担っていた方です! 反乱を企てるとは……」

 

「これを見ろ」

 

一人の参謀がまだ綾坂大将を信じる発言をしていたが、神林は書類をその参謀の前に置いた。

 

「これは……」

 

「ある人物が命懸けで入手した、綾坂大将が企てていた計画書のコピーだ」

 

神林の話を聞いた参謀は、その書類を読み始めた。

 

「なっ……パペット化した艦娘や深海棲艦による国家転覆計画!?」

 

「なんだと!?」

 

その参謀が驚きの声をあげると、周囲に居た他の幕僚達も我先にとその書類を読んだ。そして、最後のページの下部に綾坂大将の名前と間違いなく綾坂大将の判子があった。

 

「その計画書を入手した人物は、綾坂大将からの追手により、艦隊は壊滅し、本人も重傷を負った……ワシも信じたくはなかったが、事ここに至っては信じる他あるまい……急げ! 手遅れになる前に、鎮圧する!」

 

『はっ!』

 

神林の指示を受けて、幕僚達は会議室から出ていった。

そして神林は、窓から外を見て

 

「……どうか、頼む……スピリッツ」

 

と呟いた。

少しばかり時間は遡り、佐世保近郊のある場所に人間の姿になっていたスピリッツ実働部隊が全員集まっていた。そこが、アークエンジェルから指定された座標だ。

 

「さて、そろそろかな」

 

とフェニックスが呟いた時、海中から白亜の巨艦が二隻現れて、そのまま頭上に来た。そして艦底部のハッチが開いてそこから数機のSFSが降りてきた。

スピリッツで運用しているトレイターだ。

 

「よし、行くぞ」

 

『了解!』

 

そして、それぞれの母艦に戻って機体に意識を戻してから、出撃準備に取り掛かった。

その頃、アークエンジェルの艦橋では

 

「佐世保市内の状況は」

 

「只今、UAVが入りました。映像出します」

 

メインモニターに表示されたのは、無差別に暴れてる艦娘や深海棲艦。そして、警官隊が必死に市民の避難誘導をしながら、艦娘や深海棲艦に対して拳銃で反撃している様子だった。

しかし、たかが拳銃程度でどうにか出来る訳がなく、一人また一人と弾切れを起こして後退していく。

 

「……先行投入が可能な無人機は?」

 

「はっ。先行生産したハイザックとマラサイ。それと、ジムⅢが中隊規模になります」

 

ジムⅢは海底基地を制圧した後、生産ラインの一つにあった機体である。ジムⅢの強みは、肩や腰部分に後付けでミサイルポッドが取り付けられる事で、様々な弾頭を用意しておけば、多用途な使い方が出来る機体である。

 

「先行投入し、市民の避難を補助。それと、出来るだけパペット部隊の数を減らしなさい」

 

「はっ!」

 

アークエンジェルの指示から数十秒後、アークエンジェルとエウクレイデスから次々とMS隊が出撃。

佐世保市内に入り、パペット部隊と交戦を開始した。

 

「本隊の投入は、後どれくらい掛かりますか?」

 

「一番早いのは、フェニックス隊が後60秒で可能です。全体では、360秒程かと」

 

副長からの報告に、アークエンジェルは黙考した。

最速を考えるならば、完了した部隊から次々と投入すべきだろう。しかしそれは、戦力の逐次投入という愚策になる。

特に相手の総数が分からない以上は、避けるべきだろう。

そう判断して

 

「全体の準備が整ったら、投入しなさい。それまでは、何とか先行部隊で足止めを徹底」

 

と指示した。

こうして、後に佐世保動乱と呼ばれる戦いが幕を開けた。



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