イルヴァからも問題児が来てしまったようです…。 (とろめ)
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イルヴァより「プロローグ」

拙い文章ですがよろしくおねがいします。
今回は主人公がめっちゃ強いよ!とかの説明回。


  

 イルヴァという惑星の、ティリス大陸北西部に位置する地、ノースティリス。古代遺跡であるネフィアが無数に存在し、また地殻変動によってそれらの定期的な入れ替わりが起こる、特異な地である。

 常に新たなネフィアが現れるこの地は、財宝、刺激、そしてロマンを求める冒険者にとって、まさに楽園のような場所だった。

 

 そのために冒険者が多く訪れるノースティリスには、名のある冒険者も多く滞在している。そしてその中でも“廃人”などという名称で呼ばれる者達がいた。

 彼らの特徴は、並大抵の努力では手に入らないような、それこそ廃人になってもおかしくないレベルで鍛え上げられた人外じみた能力(ステータス)と、自分の目的のためなら犯罪にも手を染めることも辞さない傍若無人ぶり。つまり“廃人”というのは己を限界まで鍛え上げた者達への敬称であり、歩く災害のような連中に対する蔑称であった。

 そのような者達が何人も在籍するノースティリスは、“魔境”などとも呼ばれていたりする。

 

 さて、そんな魔境において廃人に名を連ねる冒険者の一人に、テオドールという男がいた。廃人にしては珍しく、『まだまとも』『まだ話が通じる』『まだ良識がある』『下手に触れなきゃ大丈夫』などと評され、自身でも他に比べて穏健派であると自負しているような、比較的無害とされる男。

 そんな彼が受けた、とある依頼から全ては始まる。

 

   ◆

 

「お兄ちゃ」

 

 テオドールの剣が、あどけない顔をした子供の首を跳ね飛ばす。

 一瞬にして生命力が吹き飛び、爆発四散する子供の身体。その血飛沫を掻い潜るかのように別の子供に急接近、迎え撃とうと繰り出された攻撃をもう片方の手に持つ短剣で防ぎ、がら空きの腹を剣で貫く。そのまま横薙ぎに腕を動かすと、串刺しになった状態のそれは腹を切り裂かれて崩れ落ちた。

 

 そんな大立ち回りが行われている首都パルミアの中心部にある噴水広場は、普段ならば緑に囲まれ一息つける、市民達の憩いの場である。

 しかし今現在、噴水広場は赤色に塗れ、地獄のような有様だった。

 

 地獄絵図を生み出している張本人のテオドールは、周囲に敵影がなくなったことを確認すると、最後に倒したそれの死体へと近付いた。

 テオドールの〈解剖学〉スキルによって、生命力が尽きた後もミンチにならずに残されたそれは、緑色の髪をした()()の姿をしている。

 ノースティリスでよく見かけるモンスター(という扱いになっている生物)である“妹”と似ているようで、決定的な部分(性別)が違うそれ。

 これこそが今回の討伐対象──仮称『おとおと』である。

 

 

 発端は、パルミアに彼らが突然発生したことだった。

 全てが同じ顔をした子供の集団が街中に現れたかと思えば、何故か興奮状態にあった彼らは周囲の人間へと無差別に襲いかかり始めたのだ。

 

 もちろんパルミアのガード達がすぐさま駆けつけたものの、おとおと達は一般人が太刀打ちできない程度には強かった。

 それでもガード達は何とか食い止めようと奮闘したのだが、“妹”を彷彿とさせる見かけをした彼らは、その実“妹”よりもよっぽど人間離れしていた。具体的に言うと、浮遊し、毒のブレスを吐き、分裂したのである。

 この中でも一番の問題は、分裂する能力だった。

 攻撃を受けて分裂するモンスター自体はノースティリスにも何種類か存在しており、珍しいということもないが、人型の生物がそれをやるという冒涜的な光景はガードの精神に多大なダメージを与えたらしい。切った側から肉がみちみちと蠢き、子供が増えるのだ。最初に対処にあたったガードの数人は発狂していた。

 

 そんな彼らの特性によって何が起こったかと言えば、下手に攻撃したせいでおとおとが町を埋め尽くさんとする勢いで次々に分裂し、パルミアから全住人が退避するまでの大事になったのである。

 幸いなことに、ノースティリスにおいて町がモンスターに占拠されるのは稀によくあることなので、避難は迅速だった。

 

 そんな経緯の後、なんやかんやあってテオドールにこのおとおと討伐&パルミア奪還依頼が回ってきたわけだ。

 

 テオドールは地面に転がるおとおとの死体をまじまじと見つめ、首を捻る。

 

「どこから来たんだ、お前達は」

 

 仮称、と言う通り、おとおとはノースティリスには存在しない筈のモンスターだ。少なくともこれまで発見されたことはなかった。

 多くの冒険者達の調査によってノースティリスに存在する生物の情報は網羅されており、ただ未発見の種であった、とは思えない。諸事情あって他大陸で暫く活動していたテオドールでも、このような生物を見るのは初めてだった。

 まさか、“妹”が突然変異でもしたのだろうか。これもエーテルの風の悪影響か。

 

 ……若干有り得そうで困る。

 

 しかしそれならば突然変異する前の存在である“妹”達が町中にいなければ話にならないわけで。やはり原因は他にあるのだろうか、と周囲を見渡したテオドールは、ある一点で眼の動きを止めた。

 それは小さな違和感。しかし、テオドールが意識を集中させると、それが顕になっていく。

 

 何もない空中に、筆舌しがたい紋様のようなものが走っていた。光でできているようにも見える半透明のそれは時折形を変え、数字のような、文字のような形になることもあった。

 

「……成る程」

 

 小さくため息を吐いて、テオドールはそれに手を伸ばした。指先でなぞるように五本の指を動かすと、それは存在を薄くしていき、やがて何事もなかったかのように消えていく。

 もう何も異常がないことを確認し、腕を下ろしたテオドールの背後から二人分の声がかかった。

 

「テオドール様!」

「ボス!」

 

 大剣を携えた金髪の少女と、銃を持つガスマスクの男性が駆け寄ってくる。

 少女はスビン、男はノイロックという名前で、二人ともテオドールのペットだ。テオドールとの付き合いは長く、彼らもまた十分な実力を持っていた。

 テオドールは効率を考えて彼らに別行動を命じていたのだが、合流しに来たということは彼らの方もおとおとの殲滅が終わったのだろう。

 

「状況は?」

「私の持ち場は片付けました」

「こっちも同じく。さっさと報酬貰って帰ろうや、何かいつにも増して疲れたぜ……」

 

 ノイロックは溜め息を吐く。今回の“増える子供”というホラーじみた相手には、元軍兵である彼も堪えたようだ。

 それに、いくら格下とは言えど数が多かった。テオドールとしてはまだ動き足りない感じもあるが、ペット二人はそれなりに消耗しているだろう。

 恐らくは生き残りもいないだろうと、各々バックパックに武器をしまう。そして依頼完了の報告をするために歩き出そうとしたテオドールの足元で、カサリと小さな音がした。

 

「……?」

 

 視線を落とす。白いものの端をテオドールの靴が掠めていた。

 拾い上げてみると、それは一枚の封書だった。先程まで戦闘に夢中だったから気付かなかったのだろうか。表面には“     殿へ”と宛名が書いてあった痕跡があるが、肝心な部分は掠れてしまって読み取れない。

 誰かの落とし物か。もしくは、いらないものを町中にポイ捨てしていく冒険者もいるので、これもそういうものかもしれない。

 

「なんだそれ。手紙か?」

「そうらしい」

「宛名は……読めませんね」

「ゴミじゃねーの。いつかのお年玉みたいに余計なもん入ってても困るだろ、捨てとけよ」

 

 テオドールは手の中にある封書を見る。

 ノイロックの言い分はもっともだ。まだ今よりも弱かった頃、親交の深くない冒険者から受け取ったお年玉を開けたら爆発したり、モンスターが召喚されたりしたことがあった。今はそんなことをする命知らずはほとんどいないが、このいかにも怪しい手紙にも無差別トラップ的な何かが仕掛けられている可能性はゼロではない。

 

 しかし何故か。テオドールはこの封書に、謂れもない特別な魅力を感じていた。

 冒険者の勘か、そう思わせるマジックアイテムか。どちらにせよ、テオドールは好奇心の塊のような性分である。

 テオドールは封を切ると、中の手紙を引っ張り出した。

 

「おいボス? 聞いてるか?」

 

 忠言を無視されたノイロックが顔を顰めたが、テオドールは構わず内容を読み上げる。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 我らの“箱庭”に来られたし』

 

 読み終えた瞬間、テオドール達は浮遊感に襲われ──

 

 

 

 気が付けばそこは、見知らぬ世界だった。




◆廃人
ネットスラングで言うところの(ゲームなどの)中毒者。
イルヴァにおいては鍛錬中毒者、ひいては並外れたステータスを持つ者達のこと。テオドールはステータスカンストしている設定。

◆おとおと
この作品内においては謎の存在。リアルではカスタムNPCのサンプルデータ。外見と強さ(レベル)以外はだいたい本文通りの性能をしている。つまり分裂したり毒ブレス吐いたりする。公式がカオス。

◆妹
elona界のアイドル。ネットミームによって狂気染みたキャラ付けをされがちだが本来は純粋でかわいいキャラなんだよお兄ちゃん!

◆ミンチ
基本的にelonaでは死ぬと木っ端微塵になる。
解剖学スキルで死体が残りやすくなるのはこれを良い感じに防いでるんじゃないか説。

◆少女の『スビン』
初期ペット。武器は大剣。黒ウサギと若干口調が被っている。

◆イェルス兵の『ノイロック』
奴隷商人から買われたペット。武器は機関銃。十六夜と口調が被っている。

◆空中に現れた模様
バグ。


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新天地へ

 眼下に広がるは世界の果ての如き断崖絶壁と、天幕に覆われた巨大な都市。

 突如として現れた景色は、イルヴァには存在しない未知のもの。テオドールの冒険心を滾らせるのに十分過ぎる程の、広大な世界だった。

 

 それらを見下ろすテオドール達は今、空の上に居る。手紙の内容を読み上げたと同時に、高度4000mほどに投げ出されたのだ。どうやら手紙を読むと強制的にテレポートさせる仕掛けがあったらしい。

 テオドール達と同じような経緯なのだろう、三人の少年少女が自由落下していく様がよく見える。

 

「わざとだったら随分性格悪いなコレ。一歩間違えば即死だぞ……」

 

 ノイロックの言う通り、この位置から落下すれば通常は地面に衝突した瞬間に全身粉々になって死ぬだろう。

 幸いなことに手紙の送り主は殺すつもりではないらしく、少年少女が落ちて行く先には減速させるためか空中に水膜が幾重も設置され、最終的には湖に落ちるように配慮されているようだった。

 体勢によっては水面に叩きつけられて痛い思いをするかもしれないが、あの様子ならば死にはしまい。

 

 遠ざかる少年少女を呑気に観察しているテオドール達だが、彼らは空中に投げ出された時からずっと、重力に逆らうように同じ位置に留まっている。

 テレポートさせられたその瞬間から、“浮遊”のエンチャントが発動しているからだ。

 

 喉が乾いたペットが水を飲もうとして井戸に転落死、なんて事故がよくあるノースティリスでは、“持ち主を浮遊させる”というエンチャントの付いた装備品を優先的にペットに回すことは珍しくない。スビンとノイロックの両名も、テオドールに与えられたそれによって落下を免れていた。

 一方のテオドールは浮遊させるエンチャントがついた装備はつけていない。その代わりに、彼には背から生える異形の羽があった。

 

 輝く気体であるエーテルの影響によって発病する、身体や体質の変異を始めとしたあらゆる症状をもたらすエーテル病。テオドールに生えた羽は、それによって起こる変異の一つだ。

 背中に装備品をつけられないというデメリットがあるものの、“浮遊”のエンチャントと同じ効果があり、身体を軽くして移動を助ける効果もあった。つまりは厄介なものが多いエーテル病の症状の中では珍しいことに、比較的有用性が高いのだ。

 そのため先日たまたま発症したそれを、テオドールは折角だからと治療せずに放置していた。今回はその気まぐれが役に立ったのだった。

 

「テオドール様、どうします?」

「状況の把握が先決だ。とりあえずは下に降りよう」

 

 テオドール達が下降し始めるのと同時に、足下で大きな水柱が三本、高く舞い上がった。

 

   ◆

 

 ゆるやかに着地したテオドールは、閉じた羽を()()()と垂れ下がらせる。

 肉体が変異したものであるからか、エーテル病で生える羽の形や性質には個人差があるのだが、テオドールの羽は奇妙な柔軟さと伸縮性を持つ。そのため、根本さえ隠しておけば装飾品の一種に見えるような状態にできる。

 これは、テオドールなりの“擬態”だ。

 

 いくらノースティリスと言えども化物染みた外見になりやすいエーテル病患者への風当たりは未だ強く、エーテル病発症中は余計な面倒を避けるため、なるべく人間に近い状態に見せかけることがテオドールの癖となっていた。

 目や手足が多かったり変形していたりする者に比べれば、羽が生えているくらいではそこまで差別はされないが(そもそも羽の形の装備品が流通しているため誤魔化すのは容易い)、自分の手札を隠すという意味合いもある。

 

 しかし目の前で擬態されれば誰だって目につく。湖から無事に岸に上がってきていた三人組が、その様子を見て目を丸くしていた。

 

「……おいおい、何だそれ。新手の手品ってわけじゃないよな?」

 

 ヘッドホンを着けた金髪の少年が、目に少しばかりの輝きを伴って問うてくる。

 悪感情はないと見たテオドールは、素直にそれに答えた。

 

「ただのエーテル病だ。気にするな」

「エーテル病?」

 

 眉をひそめる少年。差別的なものではなく、聞き慣れない単語を聞いたような素振りだった。

 イルヴァで生きていれば、余程の世間知らずでなければエーテル病という単語を聞いたことがない筈はない。とすれば、彼はイルヴァの者ではないのだろう。

 

『世界の全てを捨て、我らの“箱庭”に来られたし』

 

 ここに来る切っ掛けとなった手紙にはそう書いてあった。その記述から、ここが自分達がいた世界とは違う世界なのではないか、とテオドールは推測していた。

 

 イルヴァでは異世界の存在を信じる者は少なくない。ムーンゲートなどの平行世界に繋がるアイテムが普通に存在しているし、“異世界から来た”とされるアイテムや生物なども確認されているためだ。

 イスの偉大なる種族などが良い例で、あれらは元々、別の次元から来た種族の一部がイルヴァに馴染んだ末の姿であるという。

 だから、異世界への転移なんてものはテオドールにとってそこまで非現実的なものではない。そもそも現実に見知らぬ世界へと飛ばされているのだから、そう考えるのも自然なことだろう。

 

 その考えの上で言えば、この場にいる全員が、それぞれテオドールとは違う世界から来ていたとしても可笑しくはなかった。

 

「……日本、アメリカ合衆国、地球。このどれかに聞き覚えは?」

 

 似たような考えに辿り着いたのだろう少年がそう言った。

 恐らく彼の世界にある固有名称のようだ。どれもテオドールには聞き覚えのない単語だ。一応確認の意を込めてスビンとノイロックに顔を向けると、二人も首を横に振った。

 

「成る程な。お前らは?」

 

 金髪の少年が、他の二人の少女にも問いかける。

 

「日本もアメリカも国の名前、地球は私達が住む星の名前でしょう?」

「うん。私も地球から来た」

 

 気の強そうな少女に続いて、三毛猫を抱いた少女が頷いた。この三人は同郷のようだ。どうやらテオドール達だけが異質であるらしい。

 人数的に考えればバランスが取れているとも言えるが、手紙が一枚であったことを考えれば、ペットであるスビン達はテオドールに巻き込まれて来ただけで、本来は四人の人物が呼び出される予定だったのかもしれない。

 試しに、自分達はイルヴァという星から来たのだと告げてみる。

 

「イルヴァ……聞いたこと無いな」

「私も知らないわ」

「同じく」

 

 首を捻る三人。やはり、イルヴァと地球は全く異なる世界であると考えて良さそうだ。

 あるいは、宇宙の果て、まだ見ぬ星が地球であるかもしれないが。

 

「そういえば私達、まだお互いの名前も知らないのね。この辺りで自己紹介というのはどうかしら」

「そいつは名案だ。じゃあ言い出しっぺのお嬢様からどうぞ」

「……まあ、いいけれど。私は久遠飛鳥よ。それで、野蛮で凶暴そうな貴方は?」

「見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪、快楽主義と三拍子揃った駄目人間なので、精々よろしくしてくれ」

「そう、よろしく十六夜くん。猫を抱いた貴女は?」

「春日部耀」

「春日部さんね。そこの貴方は?」

 

 視線を向けられたテオドールは簡潔に自分の名を名乗り、ペット達にも自己紹介を促した。

 

「私はスビンと言います。テオドール様のペットです」

「オレはノイロック。同じくボスのペットだ」

「……ペット?」

 

 途端に怪訝な目を向けられる。

 何か誤解が生まれている気がしたので、テオドールは簡単にペットシステムについて説明することにした。

 

「端的に言ってしまえば主従関係のようなものだ。主人がペットの全責任を負う代わりに、ペットは主人の所有物となる」

「へえ。奴隷とは違うのか?」

「そうとも言いますよ」

 

 からかうように尋ねた十六夜だったが、あっけらかんとスビンに肯定され目を瞬かせた。否定されるものと思ったらしい。

 

「言ってしまえばニュアンスの違いだよな。悪い扱いを受けるのが奴隷で、良い扱いがペット、って感じか」

「ふうん……そういうものなのね」

「まあ異世界だしな。正しく異文化ってことか」

 

 あとは飼育している動物に対しても使用する単語だが、そこは地球も一緒であるようだ。

 ただし地球ではペットは犬や猫などの愛玩動物のみに使う言葉で、人間相手にそれを使うと愛人関係のように思われてしまうと言う。

 テオドールはスビンのことは恋愛対象として見ていないし、同性愛者でもないので、誤解を招く表現であるということだ。以後は気を付けることにした。

 

「それにしても、ここはどこなのかしら」

「知らね。世界の果てっぽいものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか。手紙には箱庭とか書いてあったが」

「そういえば、皆さんも手紙を読んで此処に?」

「うん」

 

 やはり全員があの手紙によって招待されたらしかった。それならば、そろそろ招待者がこの場に現れるのが通りではないだろうか。

 テオドールがそう言うと、十六夜達も頷いた。

 

「出てきたら空中で死ぬかと思ったし」

「これからどうすべきかもわからないし」

「その辺の説明をしてくれる人物が必要だよな?」

 

 その言葉と共に、六人の視線がある一点──湖畔から少し離れた草陰へと注がれる。

 先程から、何者かがその草陰に隠れてテオドール達を観察していたのだ。恐らくはそこにいる人物こそが招待者なのだろう。

 飛鳥が感心したように言う。

 

「なんだ、貴方達も気付いていたのね」

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ」

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

 気配も丸出しであるし。あれで隠れているつもりなのだろうか。

 六人分の視線を一身に受ける招待者(仮)は、やがてプレッシャーに打ち負けたのか、観念したように草陰から姿を現した。

 その姿は、

 

「や、やだなあ皆々様。そんな狼みたいな目で見られると、黒ウサギは死んじゃいますよ?」

 

「……ウサギ?」

「ウサギね」

「ウサギだな」

 

 確かにウサギである。

 草陰から現れたのは、青味がかった黒髪の少女。その頭からは、立派なウサ耳が生えていた。

 耳をピクピクと動かしながら、少女は笑顔を作る。

 

「はい、黒ウサギですよー♪」

「……あれもテオドールみたいなやつ?」

「動いてるわ……」

 

 イルヴァには獣人が存在しているためテオドール達からすればそこまで不思議な光景ではないが、地球組にとっては珍しいもののようだった。ウサ耳をまじまじと観察している。

 耀は特に関心があるのか、とてとてとウサ耳少女へ歩み寄り、

 

「えい」

「フギャ!」

 

 ウサ耳を力いっぱい引っ張った。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るだけならまだしも、初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!」

「好奇心のなせる業」

「自由にもほどがあります!」

「やっぱり本物なのか」

「……じゃあ私も」

 

 好奇心がそそられたらしく、にじり寄る十六夜と飛鳥。逃げようにも耳を掴まれていて動けないウサ耳少女。

 少女は唯一手を出してこないテオドール達に、最後の望みを託すかのように視線を送ってきている。

 

 その視線に応えるべく、テオドールは親指を突き立てた。

 グッドラック。

 

「ちょ、ちょっと待っ──」

 

 黒ウサギは悲痛な叫び声を上げた。

 

 

  ◆

 

 

「あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうのに小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

「いいからさっさと始めろ」

 

 黒ウサギ、というのがそのまま名前であるらしい彼女は、あれから何とか話を聞いてもらえる状況を作り出すことに成功していた。

 ここに辿り着くまでに聞くも涙、語るも涙な黒ウサギの努力があるのだが、割愛。

 黒ウサギはこほん、と咳払いすると、両腕を広げて語りだす。

 

「それではいいですか、皆々様。定例文で言いますよ? さあ、言います! ようこそ、“箱庭の世界”へ! 我々は皆々様にギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚致しました!」

「ギフトゲーム?」

「そうです! 既に気づいておられるでしょうが、皆々様は普通の人間ではございません! その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその“恩恵”を用いて競い合う為のゲームなのです!」

 

 この箱庭の世界は、神々からの恩恵、ギフトを保持する者達が面白おかしく生活する為に造られたステージなのだと言う。

 ギフト保持者は“コミュニティ”に属さねばならぬこと、ゲームの“主催者(ホスト)”やチップについてなど、質問を交えながらこの世界のルールについて黒ウサギからの説明を受けていく。

 やがて一通り説明を終えたらしい黒ウサギは、懐から一枚の封書を取り出した。

 

「さて。立ち話はここまでとして、ここから先は我らのコミュニティでお話させていただきたいのですが……よろしいです?」

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

 

 茶々を入れつつも今まで質問は一つも出さなかった十六夜が、ここで声を上げた。その顔には、今までずっと刻まれていた軽薄な笑みがない。

 一体何を言われるのかと、黒ウサギは思わず身構えた。

 

「どういった質問です? ルールですか? ゲームそのものですか?」

「そんなのはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。俺が聞きたいのは、たった一つ」

 

「この世界は、面白いか?」

 

 その質問は、世界の全てを捨ててやってきた異邦人たる十六夜にとって、正しく一番意味のあるものだった。自らの世界を引き換えにできる程に、この世界に価値があるのか、と。

 同じ思いを抱く飛鳥も、耀も、テオドールも、無言で返事を待つ。

 

 その期待に応えるように、黒ウサギは微笑みを(たた)えて答えた。

 

「──YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保障いたします♪」




◆浮遊
装備につくエンチャントの一つ。作者はペットが井戸で転落死した悲しみから羽装備を見つけたら即買いするようになった。罠を避けられたりもするので地味に便利。

◆エーテル病
elonaの特徴的なシステムの一つ。普通に生活しているだけでイルヴァ民に有害な物質であるエーテルが蓄積されていき、ある日突然身体が変異する。こわい。
ものにもよるが、ゲーム上では発症してても多少は無視できる程度のデメリットだったりもする。

◆ペット
女の子を連れて「こちら自分のペットです」だなんて言った日には変態扱いが避けられない。奴隷との違いは謎。

◆悲痛な叫び声
黒ウサギのメンタルとスタミナに大ダメージ。


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世界の果てには何がある

 ペリベット通り、噴水広場前。異邦人達を連れ歩く黒ウサギは、箱庭の内側に入る外門近くの階段に座り込んでいるダボダボのローブを着た少年を見つけると、大きく手を振った。

 

「ジン坊ちゃーん! 新しい方々を連れてきましたよー!」

「あ、お帰り黒ウサギ。そちらの女性二人が?」

「はい、こちらの皆々様が──」

 

 くるり、と黒ウサギは上機嫌に振り返り、目に入ったのは耀と飛鳥の二人だけだった。

 そう、()()だけ。十六夜とテオドール、そしてそのペットの姿が綺麗さっぱり消えていた。今の今まで全員揃った状態のつもりであった黒ウサギは、停止しかけた思考を何とか持ち直した。

 

「……お、御二人様? 他の方々はどちらに行かれたのでしょうか?」

「十六夜君なら、“ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出していったわ、あっちの方に」

「テオドール達は“じゃあ自分も”と言ってあっという間に行っちゃった。そっちの方に」

 

 あっちとそっち、二人が指差すのは“世界の果て”である断崖絶壁。それ以上に問題なのが、二人の指差す方向が異なる事だ。

 まさかの別行動。学級崩壊ここに極まれり。

 

 ついに固まった黒ウサギは、一分弱かけて再起動。ウサ耳を逆立て二人を問いただした。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

「止める間もなく行ってしまったわ」

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

「面倒臭かったから」

 

 身も蓋もない言葉にがっくりと項垂れる。それから空を仰ぎ、叫んだ。

 

「あ、あの……あの問題児様達はぁ!」

 

 こうして、黒ウサギは怒りに髪を赤く染め、問題児を引き戻しに奔走するはめになったのだった。

 

   ◆

 

 黒ウサギ達と一方的に別れてから半刻。イルヴァでの鍛錬、もといドーピングの甲斐あって、常人では視認すら不可能な程の速度で駆けることのできるテオドールは、既に“世界の果て”である断崖絶壁へと到達していた。

 断崖絶壁の先は空だけがどこまでも広がっている。自分の足下に広がる空、というのは何とも奇妙だ。

 

「こりゃ本当に世界の果てだな」

「この向こうには何も無いんでしょうか?」

 

 スビンとノイロックも興味津々といった様子だ。

 テオドールとしては更にここから下に飛び降りてみたい衝動に駆られるが、さすがにそこまですると黒ウサギ達との合流が不可能になる可能性があるので自重する。

 暫し空を眺めてから、移動を再開した。

 

 両脇にペット達を抱え、大地を蹴る。テオドールが向かっているのは、別れる際に十六夜が向かうと宣言していた方角──世界の果てに流れる大滝だ。

 上空から見えたその巨大な滝を単純に見てみたいというのもあるが、後から黒ウサギが追ってくる事を見越して、十六夜と合流しておいた方が良いだろうという考えの下である。一応、黒ウサギの労力の事も考えているのだ。

 なら最初から別行動をするな、とツッコむ者はここには居なかった。

 

 移動し始めて少し経った頃、大地が揺れ、森の木々を超えるほどの巨大な水柱が上がるのが見えた。

 

「何でしょう、今のは」

「この森、モンスター的なやつらがそこそこ居るみたいだし、何かが暴れてるんじゃねえか」

 

 モンスター同士の縄張り争いでもやっているのだろうか。興味を惹かれるが、実際に走ってみてわかったこととして、この箱庭は上空から見えていたより随分と広いらしく、テオドールの足を持ってしても変に寄り道をするとかなりのタイムロスになりそうだ。

 数秒悩んだテオドールは、やはり合流を優先することにして、そのまま滝の方へ向かった。

 

   ◆

 

 そろそろ日も暮れようとする頃、テオドール達はやっと大滝に辿り着いた。

 夕陽の朱色に染まる巨大な滝は楕円形に広がっており、太陽の光を浴びて輝く水飛沫が跳ね返って、数多の虹を作り出している。水はそのまま世界の果てへと落ちて行き、その先がどうなっているのかは見通せない。

 

 十六夜はまだいないようだが、途中で方向転換していない限りはいずれここに来る筈だ。

 彼を待つ間、テオドール達は滝を眺める。

 

「凄いですね……」

「壮観だな。これが自然の力ってもんかねえ」

「うん、綺麗だ」

 

 ……ペット達の呟きに続いて、間違いなくテオドールのものではない、幼さの残る声がした。それに気付いたスビンとノイロックが、慌てて後ろを振り返る。

 

 そこに居たのは、見知らぬ少年だった。

 年齢は十歳くらいだろうか。赤銅色の肌をしている。赤に金のグラデーションが掛かった髪は、まるで夕空を写し取ったようだった。

 身体には金色の胸掛けと腰布だけを着けている。もしこの場に地球組が居れば、真っ先に“古代エジプト”という言葉を連想していただろう。

 

 少年はこちらに害意はない様子で、自分に向けられている視線を意にも介さず滝を眺めていたが、突然ゆるりとテオドールに視線を移して首を傾げた。

 

「お前達は何故こんなところにいる? この辺りには幻獣くらいしか住み着いていない筈だ」

「……観光だ」

 

 急な問いかけになんと答えるか迷ったものの、とりあえずそう返した。実際は十六夜との待ち合わせの為だが、そもそも“世界の果て”まてやって来た目的はこれだ。

 テオドールの答えに少年は益々不思議そうな顔をして、

 

「ここには“世界の果て”しかない。箱庭の都市へ行ったらどうだ」

 

 などと親切にも教えてくれた。箱庭の都市と言うのは黒ウサギに案内される筈だった天幕の都市の事だろう。

 少年はテオドールの返事を待たず、更に続けた。

 

「見た所お前は実力はあるようだが、暗い森は危険だ。早く帰った方がいい」

 

 そう言うと、少年はその姿を影のように薄れさせ、暗がりに溶けるようにして消えてしまった。

 それを見届けてから、ノイロックが訝しげに呟く。

 

「消えた……? 何だったんだ、あいつ」

「恐らく神、もしくはそれに近いものだろう。イルヴァで神に相対した時と同じ空気を感じた」

「言われてみれば神気を感じたような気もしますけど……それにしては気配が薄すぎませんか?」

「そうだな。二人がすぐ気付かなかったのもそれが理由だ」

 

 接近そのものに気付けなかったのは、今のテレポートと似たような手段による移動が原因だろうが。その場に一瞬で現れるのだから、それ以前に気配を察知するのは不可能だ。

 それを抜きにしても、少年の存在感はどこか希薄なものだった。しかしテオドールは確かに少年から神聖な気配を感じていた。

 もしかしたら、信仰を失ってしまった神なのかもしれない。

 

 地上に神がいることには何の疑問も持たない。ノースティリスでは願いによって神が地上に引きずり降ろされることなど日常茶飯事だからだ。

 当然ながら本体そのものではないらしいが、それ故に廃人狂信者の家にはほぼ必ず彼らが信仰している神が鎮座している。何なら複数体いることもある。サンドバッグに縛り付ける変態すらいる。

 最後の者に至ってはもはや神への冒涜な気がしないでもない。

 

 ちなみにテオドールの信仰は無のエイス──つまりは無宗教者だ。

 過去にはアイテム収集のために信仰リレーなんてものをしていたのだが、リレーを完遂した後にどの宗教に収まるのか、で友人達やその他の狂信者とのいざこざがあり、最終的に丸く収めるために無宗教という事になった。

 おかげで狂信者共の争いを収める役として大人気である。割と大変なので勘弁して欲しかった。

 

「あ、テオドールさん!」

「よお、早かったな」

 

 過去に起きた局地的宗教戦争の数々を思い出して遠い目をしていると、聞き覚えのある声がした。

 森の木々の間を抜けてやってきたのは、何故かまた全身ずぶ濡れになっている十六夜と、木の苗らしき物を持った黒ウサギ……いや、髪色が緋色に変わっているので赤ウサギか。

 

「黒ウサギです! そんな事より、心配したんですからね! 十六夜さんは蛇神様にゲームを挑むし、テオドールさんも神仏にゲームを挑まれたのではないかと思って冷や冷やしていましたが……大丈夫そうですね」

 

 そう言って黒ウサギは胸を撫で下ろした。

 蛇神とは何のことだろう。

 

「そういえば、ここに来る途中で巨大な水柱が上がるのを見ましたけど」

「ああ、多分それだ」

 

 どうやらあの水柱は、十六夜と蛇神によるギフトゲームの余波であったらしい。彼が濡れ鼠なのもそれが理由なのだろう。

 

「テオドールは何にも絡まれてないのか?」

 

 十六夜の問いに、テオドールは頷いて返す。

 “世界の果て”までに何匹か生物は見かけたが、何故だかすぐに逃げられてしまい、戦いになるようなことはなかった。できれば捕獲するなりしたかったのだが。

 ただ、神らしき少年とは出会った、と付け足すと、黒ウサギが目を見開いた。

 

「少年、でございますか? 蛇や龍ではなく?」

「見た目は人間のようでしたよ。先程までここに居たのですが」

「そうなんですか……。もしかすると、この辺りに住む水神の眷属が人化した御方かもしれませんね」

 

 水神、という感じはしなかったように思えるが。しかし本人が居ない今、詳しい素性などわかるはずもないので、テオドールは適当に肯定しておいた。

 

「ところで、その苗はどうしたんだ? オレ達が来た時には持っていなかったよな?」

 

 ノイロックの指摘に、黒ウサギは今気付いたように手元の苗を掲げる。

 

「ああ、これは十六夜さんがその蛇神様に勝利したことで手に入れた水樹の苗です。これがあればもう水には困りません♪」

「そうか、黒ウサギのコミュニティは水に困るほど困窮しているのか」

 

 何気ないテオドールの発言に、ピシッ! っと黒ウサギが固まる。

 そのオーバーなリアクションにテオドール達が視線を向ければ、だらだらと冷や汗を流し始めた。

 

「あ、その、えっと」

「あーあー、やっちまったな黒ウサギ」

 

 墓穴を掘ってしまったと勘付いた黒ウサギに、十六夜はけらけらと笑う。

 

 正直に言ってしまえば、テオドールのはカマかけだ。イルヴァでも飲み水くらいはいくらでも手に入るが、純度の高い水、となれば貴重品であるため、水樹とやらが清浄な水を生み出してくれる作用を持つのであれば黒ウサギの喜び様も不思議ではない。

 しかし「水には困らない」と言うと、まるで飲み水すらないようではないか──と、少々ひっかかったのでからかい半分で言ってみただけなのだが。

 どうやら図星を突いてしまったようで、その上、黒ウサギにとっては不都合なことであったようだ。

 

 既にそのことについて追及し、説明を受けたのであろう十六夜は、腕組みをして黒ウサギに釘を刺す。

 

「言っておくが、俺は他の奴らの説得には協力しないからな。後腐れなく頼むぜ」

「……はい」

 

 肩を落とす黒ウサギのテンションに呼応するように、緋色の髪が元の色である青に近い黒髪へと戻っていく。

 

「その、もう十六夜さんには申し上げたのですが……皆様には我々のコミュニティの復興を手伝って頂こうと思っていました」

「復興?」

 

 黒ウサギは少し視線を彷徨わせてから、意を決したように語りだした。

 

 内容を要約すると、彼女のコミュニティには必ずある筈の“名”と旗印が存在しないのだと言う。その為にその他大勢を指す“ノーネーム”という蔑称で呼ばれ、また旗印がない為に自分達のテリトリーを主張できないのだとか。

 更にはギフトゲームに参加できる人員すらもほぼ居ないらしく、現在のリーダーを務めるのはジンと言う十一歳の少年で、残りは十歳以下の子供を百人以上抱えているらしい。

 

 つまりはその状況を打開する策として、人員補充のためにテオドール達を異世界からわざわざ呼び出したということのようだ。

 さり気なく彼女のコミュニティに自動的に所属するような流れになっていたのも、この事情があってのことだろう。

 

「……なんと言いますか」

「そんな速攻でバレるような嘘吐いてどうすんだよ」

「はい、仰る通りデス……」

 

 話を聞き終わり、呆れた表情を隠しもしないペット二人に、ウサ耳をへにょらせる黒ウサギ。

 彼女自身もいずれバレる事は承知の上で、コミュニティに入れてしまってから事情を後出しするつもりだったようだが。

 

「それにしても、どうしてそんな状態に?」

「私達のコミュニティは全てを奪われたのです。……箱庭における天災、“魔王”に」

「魔王なんてものがいるのか」

「はい。魔王は“主催者権限(ホストマスター)”という特権階級を持つ修羅神仏。彼らにギフトゲームを挑まれれば、誰も断る事はできません」

 

 そのような存在に仕掛けられたギフトゲームに打ち勝つ事の出来なかった黒ウサギのコミュニティは、敗北の代償として今の状態になってしまったらしい。

 切羽詰まった黒ウサギは、何が何でもコミュニティに新たな人材を確保したかった。しかし“うちのコミュニティに入って下さい! 人材は他にいませんし信用もありませんけど!”などと言えば断られることは明白だという自覚もあって、このように騙し討ちのような手段を採ってしまったようだ。

 

「黒ウサギ達はいつかこのコミュニティを再建し、名前と旗印を取り戻したいのです。仲間達の帰ってくる場所として……!」

 

 熱く語る黒ウサギは、テオドール達に向かって深々と頭を下げた。

 

「今まで黙っていたことは、本当に申し訳なく思っています。ですが、私達にはテオドールさん達が必要なのです! だからどうか、協力して頂けませんか……!?」

「分かった」

「……え?」

 

 あっさりと即答され、黒ウサギはぽかんとしながらテオドールを見る。

 

「どうした?」

「あ、ええと、いやその……本当によろしいのです?」

「断って欲しかったか? では他所へ行くことに」

「だ、駄目です! 絶対に駄目です! あれこんなやりとりさっきもしたような!?」

 

 十六夜に視線を向けるとドヤ顔された。ネタ被りだったようだ。

 

「冗談はともかく……自分は冒険者だ。依頼があればそれを全力でこなす。代わりに十分な報酬があれば何の問題もない」

「ほ、報酬でございますか」

「今すぐに金銭を求めたりはしない。この世界には面白いものが色々ありそうだ、それが報酬となることもあるだろう。……お前たちも、それでいいな?」

「私はテオドール様に従うまでです」

「好きにしろよ。どうせこのまま帰るつもりもないんだろうし」

 

 テオドールが自分のペット達に目配せすれば、彼らも異存は無いようだった。あったところで主人権限で押し通されるということを、親愛なるペット達は理解しているのである。

 

 それに、ノースティリスで活動し始めた頃、未熟で金も力も名声も無かった時代を乗り越えてきたテオドール達からしてみれば、黒ウサギのコミュニティの現状はまだ何とかなる範疇だろうと思っていた。どうやら住む家はあるようだし、寧ろ恵まれている方だろう。

 一時的に失った名声など、あとからいくらでも積み上げれば良いのだ。

 

「この世界に招待してくれた恩もある。是非そのコミュニティに入りたいのだが、構わないか?」

「……! 勿論なのですよ!」

 

 嬉しそうにウサ耳を立てる黒ウサギ。

 無事に丸く収まった所で、世界の果てを十分堪能したらしい十六夜が口を開いた。

 

「さて、そろそろ俺達もお嬢様達と合流した方がいいな。改めて案内頼むぜ黒ウサギ」

「YES! 早く帰らないとジン坊っちゃんが首をながーくして待っているのです!」

「そんじゃゆっくりと歩いていくか」

「走ってください!」

 

 黒ウサギのツッコミを受けながら、一行は賑やかに箱庭の都市へと向かうのだった。




◆ドーピング
主能力の中でも速度はスキルの使用などでは伸びない。願いでステータスを上げるかヘルメスの血などを飲むしかない。いいからドーピングだ!

◆エジプシャンな少年
オリキャラ。しばらく出番はない。

◆信仰リレー
神を信仰していると信仰を深めるごとに神の使いや神器を貰えるため、それらを貰ったあと改宗していく行為。
改宗する時は前の神の信仰を捨てることになるため、神の怒りを買い天罰を受けるが、ちょっと身体が重くなるだけなのでかなり優しい。

◆無のエイス
存在しない神。彼を信仰している=無宗教者。初期状態の信仰はこれ。
どの神にも色々と信仰特典があるので縛りプレイでもない限りここに戻ってくることは基本ないと思われる。


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サウザンドアイズ訪問

「な、なんであの短時間に“フォレス・ガロ”のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」「準備している時間もお金もありません!」「一体どういう心算があってのことです!」

 

「聞いているのですか三人とも!」

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」

「黙らっしゃい!!!」

 

 場所は箱庭2105380外門・噴水広場。“六本傷”の旗を掲げるカフェテラスで飛鳥達と合流したテオドール達だったが、合流するまでに一悶着あったらしい。

 

 ガルド=ガスパーという名の虎男に絡まれた飛鳥達は、色々あって飛鳥のギフトによって露呈したガルドの外道な行いに居ても立ってもいられず喧嘩を売り、ギフトゲームを挑んでしまったそうだ。

 その外道な行いというのは、他のコミュニティを人質をとった上で吸収しておいて、実はその人質を食べていた──というものだ。

 もしかして、ここでは食人は違法なのだろうか。と、テオドールが黒ウサギに確認したところ、

 

「え? ……えっと、このタイミングでそれを聞くのは、どういった意図でございますか……?」

「ちょっと、まさかあの外道の肩を持つ気じゃないでしょうね」

「…………」

 

 女性陣からドン引きされた。

 見かねたノイロックがフォローに回る。

 

「あー、オレ達が居た世界じゃ食人は一応合法なんだよ。まともな奴は食わねえけど」

「……そう。でも、人質を殺して、食べて、しかも隠蔽しているのよ? これはどう考えても許されない事でしょう」

「確かに人質を殺してしまうのは短絡的だ、交渉材料を潰してしまっている。しかし子供とはいえ一度くらいなら耐えられるんじゃないか」

「耐える? 何に?」

「“死”に」

 

 テオドールの言葉を咀嚼しきれずフリーズした女性陣に代わって、十六夜が会話を引き継いだ。

 

「あーっと、もしかしてあれか。そっちの世界には蘇生魔法とか存在してるのか」

「ある。だが今言ってるのはそちらではなく、自分の意志で“這い上がる”方だ」

「……いや待て。その言い方じゃまるで死んだ人間が自分の意志でぽんぽん蘇生するみたいに聞こえるんだが」

 

 聞こえるも何もその通りである。イルヴァでは魂が摩耗しきらない限り、生命力が何度無くなろうと一般人でも長くて三日もすれば肉体が再構成されて復活できる。

 魂の強度は人によるし、魂ごとミンチにされたりすれば当然復活は不可能、場合によっては蘇生を自ら拒否して還ってこない人間もいるにはいるが、その現象のせいで特に廃人揃いのノースティリスでは人の命の価値は恐ろしく低い。

 

 そんな命の大切さやら、生命の不可逆性やらをぶん投げたイルヴァという世界の法則に、黒ウサギ達は戦慄した。

 

「完全な死者の復活が自然に!?」

「そ、そんなことがあり得るんですか……?」

 

 瞠目する黒ウサギとジン、そして地球組。イルヴァと箱庭は異文化云々を通り越して法則そのものが丸っきり異なるらしい。地球の法則もまた箱庭寄りであるようだ。

 つまりはテオドール達が異分子であることの証左だった。まあ、大体わかっていたことだが。

 

 しかし、殺人はイルヴァでもやりすぎれば犯罪者であるが、食人も認められないとなると少々面倒である。

 というのも、人肉嗜好は確かにイルヴァでも少数派、というか普通にゲテモノ扱いだが、カオス極まるノースティリスでは珍しいものでもない。

 特に冒険者は飢餓を免れるためには何でも食べれた方が良いわけで──要するに、テオドールは人肉が大好物だった。

 

 食べなかったからといって凶暴化するなんてことはないが、好物を堂々と食べられないというのは少々辛い。

 実は何個か保存食として人肉をキープしてあるのだが……人前では出さない方が賢明だろう。

 

「まあ、テオドール達が俺達とはだいぶ違う世界から来てんのはわかりきってる事だし、一先ず話を戻そうぜ。いちいちツッコんでたらキリがない」

「そ、そうですね」

「その前に一つだけ良いかしら。テオドールは、その……人間を食べた事が、あるの?」

 

 どこか不安げにテオドールを見る飛鳥に、テオドールは何でもなさそうに答えた。

 

「まさか。誤解させてしまったかもしれないが、単純に疑問に思って訊いただけだ。自分は人肉など食べない」

 

 その答えに、飛鳥はほっと息を吐く。身近に食人者がいると考えると恐ろしいのだろう。

 さしものテオドールも仲間を食べる趣味はないので、彼女達を食べることになる可能性は限りなく低い。だがこの流れで真実を伝えると飛鳥達の友好度が天敵レベルまで下がる予感がしたため、テオドールは嘘を吐くことにした。これも〈交渉〉スキルの賜物か。

 ペット達が呆れたようにこちらを見ていたが、テオドールは無視した。 

 

「すまない、脱線した。話を続けてくれ」

「うぇ? あ、はい。ええと……そう! 明日ギフトゲームとはどういう事ですか! しかもこの“契約書類(ギアスロール)”を見てください! このゲームで得られる物は自己満足だけなんですよ!?」

 

 黒ウサギが広げた羊皮紙は“契約書類(ギアスロール)”と言って、“主催者権限(ホストマスター)”を持たない者が“主催者”になるために必要なギフトだ。

 それにはゲームの内容やルール、チップと賞品などが記載されている。この“契約書類”によれば、今回のゲームの賞品はこうだ。

 

参加者(プレイヤー)が勝利した場合、主催者(ホスト)は参加者が言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する』

 

 つまり、このゲームに勝てばガルドは確実に裁かれるが、飛鳥達への賞品は何も用意されていない。黒ウサギが言うように、得られるのは自己満足くらいだろう。

 しかも、ガルドの犯した罪も、飛鳥の“言葉で生物を支配するギフト”によって自白させた際に近くに居た第三者にも伝わっているため、時間をかければ立証できるものである。それに対し、飛鳥達のチップは“罪を黙認する”というものではあるが、こちらも同じ理由であまり意味を成さないだろう。

 このギフトゲームは、デメリットはそれほどない代わり、メリットもほとんどないのだ。

 

「確かに自己満足かもしれないけれど、あの外道を裁くのに時間を掛けたくないわ。それに、箱庭から逃げられたらおしまいなんでしょう」

「そうなのか?」

「はい。箱庭の法はあくまでも箱庭の都市内でしか有効ではないので……」

 

 ということは、外に出れば食人も可能なのだろうか。いや、殺人すらも裁かれないとすれば──。

 テオドールが気付いてはいけない部分に気付いてしまったとは露知らず、飛鳥が続けた。

 

「ここで逃がせば、いつかまた狙ってくるかもしれないしね」

「ま、まあ逃がせば厄介かもしれませんけれども」

「僕もガルドを逃したくないと思ってる。彼のような悪人を野放しにしちゃいけない」

 

 コミュニティのリーダーであるジンまでもが同調していることで、黒ウサギは諦めがついたようだった。

 

「はぁ……仕方がない人達です。まあ、腹立たしいのは黒ウサギも同じですし……それに、“フォレス・ガロ”程度なら十六夜さんがいれば楽勝でしょう」

 

 そう言って、黒ウサギは十六夜を見やる。

 確かに、蛇神を倒したという十六夜であれば虎人間程度は簡単に倒せるだろう。

 しかし十六夜と飛鳥はその台詞に顔を顰めた。

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」

 

 鼻を鳴らす二人に、黒ウサギは慌てて食ってかかる。

 

「だ、駄目ですよ! 御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ。いいか? この喧嘩がコイツらが売って、ヤツらが買った。なのに俺が手を出すのは無粋ってもんだ」

「あら、わかっているじゃない」

「…………。ああもう、好きにしてください」

 

 疲れたように肩を落とす黒ウサギ。もはや言い返す気力も残っていないようだった。

 

   ◆

 

 その後、気を取り直した黒ウサギは、椅子から立ち上がって横に置いていた水樹の苗を大事そうに抱える。

 

「そろそろ行きましょうか。本当は皆さんを歓迎する為に素敵なお店を予約して色々とセッティングしていたのですけれども……お流れとなってしまいました。また後日」

「いいわよ、無理しなくて。私達のコミュニティってそれはもう崖っぷちなんでしょう?」

 

 さらりと言う飛鳥に、黒ウサギが驚いた顔でジンを見る。ジンは申し訳なさそうに目を伏せた。

 ガルドとの会話の中で、ノーネームの崖っぷち事情は既に二人にも伝わってしまっていたようだ。

 それを悟った黒ウサギは、恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「も、申し訳ございません。皆さんを騙すのは気が引けたのですが……黒ウサギ達も必死だったのです」

「もういいわ。私は組織の水準なんてどうでも良かったもの。春日部さんは?」

「私も怒ってない。そもそもコミュニティがどうの、というのは別にどうでも……あ、けど」

「どうぞ気兼ねなく聞いてください。僕らに出来る事なら最低限の用意はさせてもらいます」

「そ、そんな大それた物じゃないよ。ただ……毎日三食お風呂付きの寝床があればいいな、と思っただけだから」

 

 お風呂、のところでジンの表情が固まった。彼らが水を得るためには余所で買うか、数km離れた大河で汲むしかなく、風呂は一種の贅沢品なのだ。

 耀はそのことを察して慌てて撤回しようとしたが、その前に黒ウサギが喜々とした表情で水樹の苗を持ち上げる。

 

「それなら大丈夫です! 十六夜さんがこんな大きな水樹の苗を手に入れてくれましたから! これで水を買う必要もなくなりますし、水路を復活させることもできます♪」

 

 それを聞いて、飛鳥も安心した表情を浮かべた。

 

「私達の国では水が豊富だったから毎日のように入れたけれど、ここでは違うのね。今日は理不尽に湖へ投げ出されたから、お風呂には絶対入りたかったところよ」

「それには同意だぜ。あんな手荒い招待は二度と御免だ」

「あう……そ、それは黒ウサギの責任外の事ですよ……」

 

 地球組からの責めるような視線に、黒ウサギはたじろぐ。ジンが隣で苦笑した。

 

「あはは……それじゃあ今日はコミュニティへ帰る?」

「あ、ジン坊っちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら“サウザンドアイズ”に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この水樹の事もありますし」

 

 いくつかの聞きなれない単語に、テオドールは十六夜達と共に首を傾げる。

 サウザンドアイズ、というのはコミュニティの名前だろうか。

 

「YES。“サウザンドアイズ”は特殊な“瞳”のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

「ギフト鑑定というのは?」

「言葉通り、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定する事デス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 いや別に気にならない。なぜなら大体把握しているからだ。

 しかしそれを口に出してわざわざ黒ウサギのテンションを落とす事もないだろう、とテオドールは口を噤んだ。

 他の者達もそれぞれ何かしら思う所があったようだが、拒否の声は上がらなかった。テオドール達はジンに別れを告げ、“サウザンドアイズ”へと向かう事となった。

 

 

   ◆

 

 

 既に太陽は地平の果てへと身を隠し、月と街灯が光源として辺りを照らしていた。“サウザンドアイズ”の商店に伸びるペリベッド通りの脇には、街路樹が桃色の花を散らしている。

 飛鳥が並木道を眺めながら呟いた。

 

「桜の木……ではないわよね? 花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「……? 今は秋だったと思うけど」

 

 顔を見合わせる地球組三人に、黒ウサギは笑って説明する。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所がある筈ですよ」

「所々じゃ済まないヤツらがここにいるけど?」

「う、そうなのですよね。世界の法則自体が丸々違うというのは、立体交差並行世界論には当てはまらないですし……あ、ここです」

 

 辿り着いた商店の旗には、青い生地に互いが向かい合う二人の女神が記されている。あれが“サウザンドアイズ”の旗印のようだ。

 しかし時刻は既に夜である。店じまいのためか、割烹着の女性店員が看板を下げようとしていた。

 黒ウサギはそこに滑り込みでストップを、

 

「まっ」

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

 かけられなかった。

 面倒な客への対応には慣れているのだろう、その断固たる物言いには付け入る隙も見当たらない。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

「ま、全くです! 閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

「出禁!? これだけで出禁とか御客様舐め過ぎでございますよ!?」

「成る程、“箱庭の貴族”である御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

「……う」

 

 言葉に詰まる黒ウサギ。そこで十六夜が躊躇いもなく名乗った。

 

「俺達は“ノーネーム”ってコミュニティなんだが」

「ほほう。ではどこの“ノーネーム”様でしょう。よかったら旗印を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 十六夜が閉口する。

 身分を証明する手立てが無いような信用のない連中を、店には入れられないということだろう。“名”と“旗印”が無いということの厄介さを、テオドール達はこの場になって理解した。

 確かにこれは不便である。ノースティリスならば身元不明な連中の方が多いので、そんな問題は起こらないのだが。

 しかしこちらにも事情がある。テオドールが平和的武力解決に出るべきかどうか思案し始めた、その時。

 

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉ! 久しぶりだ黒ウサギイィィィィィ!」

 

 それは、爆走する白い髪の少女だった。

 店内から猛スピードで爆走してきた少女が減速する事なく黒ウサギに一直線、華麗なフォームでフライングボディアタックをかます。

 二人はその勢いのまま空中で四回転半ひねりして、街道の向こうの浅い水路まで吹き飛んでいった。

 

「きゃあーーーー…………!」

 

 遠くなる悲鳴。そして落水音。

 十六夜達は突然の出来事に目を丸くし、女性店員は頭を抱えた。

 

「……おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺も別バージョンで是非」

「ありません」

「なんなら有料でも」

「やりません」

 

 真剣な表情で阿呆みたいなやり取りをしている二人はさておいて、テオドールは黒ウサギの様子を窺う。

 特に外傷はないらしい黒ウサギの胸に、白い髪の少女が頬を擦り付けていた。

 

「し、白夜叉様!? どうして貴女がこんな下層に!?」

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに! フフ、フホホフホホ! やっぱりウサギは触り心地が違うのう! ほれ、ここが良いかここが良いか!」

「ちょ、ちょっと離れてください!」

 

 黒ウサギは顔を更に胸に埋めてくる白夜叉と呼ばれた少女を引き剥がし、頭を掴んで店の方へ投げつける。

 クルクルと回転しながら飛んできた少女を、十六夜が足で受け止めた。

 

「てい」

「ゴハァ! お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」

 

 ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。

 呆気に取られていた飛鳥が、思い出したように白夜叉に話しかけた。

 

「貴女はこの店の人?」

「おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」

 

 突っ込む所はそこなのか。オーナーのセクハラ発言よりも売上が重要であるらしい。

 そうこうしているうちに、黒ウサギが濡れた服を絞りながら水路から上がってきた。

 

「うう……まさか私まで濡れる事になるなんて」

「因果応報……かな」

 

 耀に同意するように三毛猫がニャア、と鳴いた。

 一方、白夜叉は濡れた事など気にもしてない様子でテオドール達を見回す。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は……遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません! どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

 ウサ耳を逆立てる黒ウサギに、白夜叉はニヤニヤと笑う。

 

「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

「よろしいのですか? 規定では」

「“ノーネーム”と分かっていながら名を尋ねる性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保障するし、責任も私が取る。いいから入れてやれ」

 

 女性店員は拗ねたような顔をしたが、それ以上は何も言わずに引き下がった。

 テオドール達は女性店員に睨まれながら、招かれるまま暖簾をくぐる。

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

 白夜叉に先導され、テオドール達は広い中庭を進む。内装や白夜叉の服装はラーナの様式によく似ているが、これは十六夜達の故郷の古い様式とも同じらしい。意外な共通点だ。

 縁側の障子を開けると、個室と言うにはやや広い部屋が現れた。白夜叉はその上座に腰を降ろす。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、3345外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからも手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

 投げやりな言葉で返す黒ウサギの隣で、耀が首を傾げた。

 

「外門って?」

「箱庭の階層を示す外壁にある門の事ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです。私達のコミュニティは最下層である七桁の2105380外門ですね」

 

 黒ウサギが上空から見た箱庭の図を描く。その図はまるで、

 

「超巨大タマネギ?」

「ダーツボードに見えませんか?」

「区切りが多すぎじゃねえか。射撃の標的だろ」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「そうだな。どちらかと言えばバームクーヘンだ」

 

 各々好き勝手言い合うのを見て、白夜叉は呵々と笑う。

 

「ふふ、上手いこと例える。今いる七桁の外門はバームクーヘンで言えばその一番薄い皮の部分に当たる。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側に当たり、“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持った者達が棲んでおるぞ──その水樹の持ち主などな」

 

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向けた。十六夜が倒した蛇神の事を知っているようだ。

 

「して、誰がどのようにして勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」

「いえいえ、ここにいる十六夜さんが蛇神様を素手で叩きのめしたのですよ」

 

 黒ウサギの言葉に、白夜叉は声を上げて驚いた。

 

「なんと、ゲームではなく直接的に倒したとな!? ではその童は神格持ちか?」

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」

「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけの筈だが……」

「なあ、神格って何だ?」

「うん? ああ、神格というのは種の最高のランクに体を変幻させるギフトの事だ。おんしの倒した蛇神も、私が神格を与えたものだの。もう何百年も前の話だが」

 

 その白夜叉の言葉を聞いて、十六夜が獰猛な笑みを浮かべる。

 

「へえ? じゃあオマエはあのヘビより強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の“階層支配者(フロアマスター)”だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)なのだからの」

 

 最強の主催者。随分大きく出たものだが、そう言えるだけの実力はありそうだ、とテオドールは思った。

 テオドールは相手が積み重ねてきた経験(レベル)を見るだけである程度計ることができる。ちょっとした特技のようなものだ。

 そんな彼の目では、白夜叉はその少女の姿には似つかわしくない程の経験を積んでいるように見えた。レベルだけで強さが決まるわけではないとはいえ、少なくとも十六夜達よりは実力があるに違いない。

 だからこそ、テオドールは十六夜達の瞳が爛々と輝き始めたのをあえて見なかった事にした。

 

「つまり、貴女のゲームをクリア出来れば私達は東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

「無論、そうなるのう」

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

 三人は闘争心を隠そうともせず、白夜叉を見やる。

 

「おいボス、いいのか?」

 

 ノイロックがテオドールに耳打ちした。何度も共に死線をくぐり抜け、時には共にそのまま死んだりもしてきたペット達もまた、白夜叉が只者ではないことを感じ取っていた。だから、十六夜達を止める必要があるのではないかと言いたいのだろう。

 だが、テオドールは傍観する。白夜叉がこのように無知な子供──蛮勇な者達に、どのように対応するのかが気になるからだ。つまりは只の好奇心だった。

 

 テオドールの内心を知ってか知らずか、白夜叉が高らかな笑い声を上げる。

 

「抜け目ない童達だ。私にギフトゲームで挑むと?」

「え? ちょ、ちょっと御三人様!?」

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には飢えておる。──しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

 

 白夜叉は裾から“サウザンドアイズ”の旗印が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで告げた。

 

「おんしらが望むのは“挑戦”か──もしくは、“決闘”か?」




◆人肉嗜好
PCは通常人肉を食べると狂気状態になってしまうが、たまに人肉の味の虜になることがあり、以降は発狂せずに美味しく食べられるようになる。
世界観的にもカニバリズムは普通ではないらしい。でもチュートリアルで食べさせられる。
代わりに他の肉で腹が満たされにくくなるが、人肉は手軽に手に入るためこの変異を持つ冒険者は多い筈。

◆死
死んでも生き返れる、そうゲームならね。ゲームでのNPCの復活は正しくは48時間後。
この作品ではイルヴァの人々はゲームと同じようにコンティニューできる。
魂の強度がどうたらは捏造。シナリオ上で死ぬキャラいるし…

◆レベルが見るだけでわかる
ターゲットする際に相手とのレベル差に応じてメッセージが見られる。始めたてだとよく自分が蟻のフン以下に見える。


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白夜叉への挑戦状

「おんしらが望むのは“挑戦”か──もしくは、“決闘”か?」

 

 白夜叉の言葉と同時に、視界が一瞬奪われ、ぐるぐると見知らぬ情景が頭の中を回る。まるでそれらに呑まれるような感覚を覚えた時、視界が一気に開けた。

 そこは、白い雪原と凍る湖畔が広がり、遠い薄明の空に一つ、白き太陽が()()()廻る世界だった。

 

「なっ……!?」

 

 十六夜達が息を呑む。

 まるで世界を一つ創り出したかのような奇跡の顕現。箱庭に招待された時とは全く違うその感覚に、地球より来た三人は立ち竦んだ。

 

「今一度問おう。私は“白き夜の魔王”、太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への“挑戦”か? それとも対等な“決闘”か?」

 

 魔王。箱庭の天災をも自称した少女はしかし、それを裏付けるだけの圧力を持ってそこに君臨していた。

 

 テオドール達はまだ知らぬ事だが、“星霊”というのは星に宿る主精霊の事だ。妖精や悪魔などの概念の最上級種であり、ギフトを“与える側”の存在でもある。

 よって、“星霊”は箱庭における“最強種”の一つとして数えられているのだ。

 

 そのような存在を前に、十六夜は冷や汗をかきながら呟く。

 

「そうか、“白夜”と“夜叉”。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現してるってことか」

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤……!?」

「うむ。して、おんしらの返答は? “挑戦”であるならば、手慰み程度に遊んでやる。しかし“決闘”を望むのならば──魔王として、命と誇りの限り戦おうではないか」

 

 飛鳥と耀、そして蛇神を倒した十六夜でさえ、その言葉に即答できないようだった。それはつまり、目の前の少女が圧倒的強者である事を認めたという事である。

 

 力の差を見せつけて、勝ち目の無さを教えてやる。白夜叉のやり方は存外優しい。どこぞの緑髪のエレアなどと違って極めて平和的だ。

 イルヴァと違って命が一度きりであるから、無闇な殺生はしないようにしているのだろうか。これがノースティリスなら十六夜達は普通になます切りにされていただろう。

 

 暫くの沈黙の後、口を開いたのは十六夜だった。

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

「ふむ? それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの」

「ああ、これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。──今回は黙って()()()()()()よ、魔王様」

 

 その言葉選びが、十六夜の最後の抵抗なのだろう。可愛らしいとも言えるそれに、白夜叉が堪え切れずに哄笑を上げた。

 

「く、くく……して、他の童達も同じか?」

「……ええ、私も、試されてあげるわ」

「右に同じ」

 

 苦い顔をしながら返事をする二人に、今まで冷や冷やしながら見ていた黒ウサギは安堵したように声を上げた。

 

「も、もう! お互いにもう少し相手を選んで下さい! “階層支配者”に喧嘩を売る新人と、新人の喧嘩を買う“階層支配者”なんて冗談にしても寒すぎます! それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!」

「何? じゃあ元・魔王様ってことか?」

「はてさて、どうだったかな?」

 

 悪戯っぽく笑ってから、白夜叉は静観していたテオドール達に目を向ける。

 

「おんしらはどうするのだ?」

 

 勿論“決闘”で。

 と、テオドールとしては言いたかったのだが、少しばかりの懸念があった。この世界で死んだ場合、自分がどうなるのかがわからないのだ。

 

 箱庭の世界にいる以上、テオドールにも箱庭の法則が適用されて死んだらそれまでなのかもしれないし、イルヴァの法則が適用されたとしても、這い上がったらノースティリスのわが家でした、なんてことも有り得る。

 もし本当に“決闘”を挑んで負けて死に、そのままこの序盤の段階で箱庭を去ることになってしまったら死んでも死にきれない。

 勝ったとしても、そもそも今から世話になる予定の存在を殺してしまうと不味いのではなかろうか。

 

 そう考えた末に、テオドールは他の三人に倣うことにした。

 常に我が道を行く廃人でも、たまには秩序的な行動をとることもある。自分は良識ある廃人なのだ。

 

 何故か白夜叉が意外そうな顔をしたのが解せないが、とにかく“ノーネーム”一同は白夜叉の試練を受けることになった。

 

「では、試練の内容だが──」

 

 話し始めた白夜叉の言葉を遮って、湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈から、甲高い叫び声のようなものが聞こえた。

 いや、それは鳴き声だ。獣にも鳥にも似た鳴き声に、耀が真っ先に反応する。

 

「何、今の」

「ふむ、あやつか。そうだな、おんしらを試すには打って付けかもしれんの」

 

 山脈に向けて、白夜叉が手招きをする。すると、体長5mほどのグリフォンが風の如く滑空してきた。

 耀はその姿に驚愕と歓喜の籠もった声を上げる。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。“力”“知恵”“勇気”の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

 白夜叉の説明が耳に入っているのか心配になるほど、耀は目を輝かせてじっとグリフォンを見つめている。

 彼女はギフトによって動物と会話ができ、三毛猫を始めとした多くの動物を友としているらしいので、グリフォンとも友達になりたいのかもしれない。

 

「では、試練の内容はこれだ」

 

 白夜叉が双女神の紋が入ったカードを取り出すと、虚空から輝く羊皮紙が現れた。白夜叉がそこに指を奔らせると、羊皮紙に文字が浮かび上がっていく。

 

『ギフトゲーム名 “鷲獅子の手綱”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

          テオドール

          スビン

          ノイロック

 

 ・クリア条件 グリフォンの背に乗り、湖畔を舞う。

 ・クリア方法 “力”“知恵”“勇気”の何れかでグリフォンに認められる。

 

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 “サウザンドアイズ”印』

 

「私がやる」

 

 “契約書類”を読み終わるや否や、耀が綺麗な挙手をして申し出た。

 

「ふむ。自信があるようだが、コレは失敗すれば大怪我では済まんぞ?」

「大丈夫、問題ない」

 

 きっぱりと言い切った耀は、グリフォンに熱い視線を注ぎ続けている。よほど彼に乗ってみたいらしい。

 この様子では異議を唱えても聞く耳を持たないだろう。十六夜と飛鳥が呆れたような苦笑いを漏らした。

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

「気を付けてね、春日部さん」

「うん、頑張る」

 

 了承を得た耀は、グリフォンから数mほど離れた位置まで歩み寄ると、慎重に話しかけた。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

『!?』

「ほう……あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

 人間の言葉を理解しているらしきグリフォンに、耀は大きく息を吸い、提案する。

 

「私を貴方の背に乗せ……誇りを賭けて勝負をしませんか?」

 

 誇り高き幻獣グリフォンに対し誇りを賭けるという、最大級の挑発。

 グリフォンは驚いた様子を見せながらも、その目に闘志を宿した。

 

「貴方が飛んできたあの山脈を時計回りの大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。それまでに私を振るい落とせば貴方の勝ち。私が背に乗っていられれば私の勝ち。……どうかな?」

 

 小首を傾げる耀に、グリフォンは如何わしげに鼻を鳴らした。そして、耀に何事かを伝える。

 テオドール達には彼の言葉はわからないが、耀にはしっかりと意味が理解できているらしい。グリフォンが喋り終わると同時に、耀は言った。

 

「命を賭けます」

 

 その突飛な発言に、飛鳥と黒ウサギが慌てる。

 

「だ、駄目です!」

「春日部さん、本気なの!?」

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。……それじゃ駄目かな?」

 

 余程自信があるのだろうか。耀は二人の制止を歯牙にも掛けず、グリフォンに語り続ける。

 他の二人と比べれば大人しそうな、悪く言えば無気力なイメージをテオドールは抱いていたのだが、中々に大胆であるらしい。テオドールは内心で評価を改めた。

 

 グリフォンは暫し考える様子を見せたが、最終的に条件を認めたようだった。頭を下げ、背に乗るように促す。

 耀は背に跨ると、グリフォンの肢体を撫で、満足そうに手綱を握った。

 そしてグリフォンは、大地を踏み抜いて薄明の空に飛び出した。

 

   ◆

 

 結果から言えば、勝ったのは耀だった。振り落とさんとするグリフォンの激しい飛行に耐え抜き、見事湖畔の中心まで手綱を握り続けたのだ。しかも、グリフォンの持つ“旋風を操り空を翔けるギフト”まで手に入れてみせた。

 耀曰く、彼女がペンダントとして身に着けていた木彫りに、友好関係を結んだ動物の特性を得るギフトが宿っているらしい。彼女の父親の作品で、白夜叉が欲しがる程の一品であるようだ。

 正直テオドールとしても興味深いし凄く欲しい。しかし確実に価値が高い上、自らの親の作品とあってはアイテム交換を申し出ても素気なく断られるだろう。残念なことに。

 

 ここがノースティリスならば色々やりようがあるのだが、生憎ここは箱庭で、耀は仲間だ。仲間から無理矢理貰うことはしたくない。

 耀が敵に回るようなことがあれば殺してでも奪い取れるのだが。

 

「…………!?」

「春日部さん、大丈夫? やっぱり寒いの?」

「そ、そうかも。何か急に寒気が……」

 

 飛鳥に答えながら腕を擦る耀。野生の勘だろうか。

 

 それにしても、思っていたより簡単に試練が終わってしまった。

 十六夜は蛇神とのゲームをし、飛鳥も明日ギフトゲームが控えているが、テオドールは未だにこの世界のメインイベントであるギフトゲームに関われていない。

 だからこそこの試練に少し期待していたのだが、まさか何もすることなく終わってしまうとは。

 

 テオドールが不満気に白夜叉を見つめると、彼女がこちらに気付いた。

 

「ふむ? おんしは何やら物足りないといった様子だな」

「うん。最強の主催者の試練と言うからには、もう少し難易度が高いものを想像していた」

「ちょ、ちょっとテオドールさん!」

 

 言外に期待外れだと言ってのけたテオドールを、黒ウサギが咎めようとする。

 十六夜ですら戦意を喪失──少なくとも今は喧嘩を売ることを諦めたというのに、どうして挑発するようなことを言うのか。

 当人である白夜叉は、気分を害した様子もなく笑みを浮かべた。

 

「ふふん、ならばもう一つギフトゲームとでも行くかの?」

「え、よろしいのですか白夜叉様?」

「なに、プレイヤーを満足させるのも主催者(ホスト)の努めだ」

 

 ただし、と白夜叉は続け、

 

「短時間で終わるものになるがな」

「それは、簡単にクリアできるものということか? それとも──自分達がすぐに降参するだろうということか」

「さて、それはおんしの実力次第だろうなぁ」

 

 挑発を返すような白夜叉の言葉に、テオドールは沈黙で応える。

 剣呑な空気が渦巻き始め、黒ウサギは息を呑んだ。“試練”というよりは“決闘”が始まりそうな雰囲気に、三人の問題児達も口を挟むのを憚っているようだ。

 このままでは取り返しの付かないことになりかねない。黒ウサギは意を決して仲裁しようとした──が、その前にあっさりと空気が弛緩した。

 

「うむ、やる気は十分のようだな! 私もたまには身体を動かしてみるとするか……あ、おんしらも参加するのだよな?」

「え、あ、はい」

 

 急に話を振られたスビンとノイロックは、空気の切り替わりについていけていないようで、ぎこちなく頷いた。

 あるいはこれも、白夜叉なりの気遣いだったのだろう。やがて緊張を解いたノイロックが溜め息を吐いた。

 

「まあ、オレ達ペットはボスの売った喧嘩に付き合うのが仕事みたいなもんだしな」

「なぬ、ペットとな? ほほう。おんし、硬派そうに見えてそういう趣味が……」

「そのくだりはもうやった」

「何だつまらんのう。まあ良い。おんしらはどうする?」

 

 テオドールと同じく、試練に一切触れていない十六夜と飛鳥に対しても白夜叉が声をかけると、十六夜はひらひらと手を振った。

 

「俺はいい。いま参加するなら飲んだ唾を更に吐き出すようなものだからな。()()()遠慮しとく」

 

 含みを持たせた言い方をする。どうやらいつかリベンジを果たす気満々であるらしい。潔い諦めの悪さである。

 

「そうね、私達の挑戦は次回にお預けね」

「ふふふ、次、か。あい分かった。ではプレイヤーはおんしら三人だな。ルールは……こんなものかの」

 

 白夜叉が新たに記入した羊皮紙が、テオドールと十六夜達の前に出現する。テオドールはそれを手にとって目を通した。

 

『ギフトゲーム名 “手を伸ばせ”

 

 ・プレイヤー一覧 テオドール

          スビン

          ノイロック

 

 ・クリア条件 ゲームマスターの肉体に攻撃を命中させる。

 ※ゲームマスターへの影響は判定に含まない。

 

 ・敗北条件 降参か、クリア条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 “サウザンドアイズ”印』

 

 成程、実にシンプルだ。

 要するに純粋な戦闘力を示せば良いのだろう。ホストマスターへの影響は判定外──つまりは傷の有無などは関係なく、攻撃を当てさえすればクリアということらしい。

 

「武器の使用は?」

「使えるものがあるなら使っても構わんぞ」

 

 考える素振りもなくそう返される。

 あちらは素手、他に使えそうなのは扇子くらいで、場合によっては刃物で刺し貫かれる可能性もあるのに、得物も聞かずに許可を出すとは。よほど絶大な自信を持っていると見える。

 無論、その自信に見合った力量が彼女にはあるのだろうが。

 

「わかった」

 

 しかしハンデを跳ね除けるような豪胆さはテオドールにはない。自分の有利は存分に利用させてもらう。テオドールがペット達に目配せすると、二人は己のバックパックから武器を取り出した。

 スビンが大剣を構え、ノイロックが機関銃の銃口を向ける。

 

「……うむ、銃はちょっと予想外だった」

 

 白夜叉が若干の後悔を滲ませながら言った。

 弾丸は躱すことはできるが生身で受け流すのは無理がある。今回のギフトゲームでは銃はかなり有利な武器だ。まさかそんなものが出てくるとは思っていなかったようだ。

 それでも白夜叉が前言を撤回する様子はない。あくまでも避け切るつもりらしい。

 

「あいつら、今どっから武器出した?」

「……空中?」

 

 一方の観戦組は、テオドール達が持つ“バックパック”について気になっているようだった。

 

 バックパックは、イルヴァの生物が持っている固有の亜空間のようなものである。

 内容物の重量が全身にかかるという特質を持ち、体内のどこかに存在するのではないかと言われているが、詳細はわかっていない。バックパックという名称も荷物入れであることからついた通称であって、別に背後にあるわけではない。

 その在り方故に特殊な技能がなければ窃盗が不可能であることもあり、一般人は勿論、不測の事態に備えて常に手を空けておきたい冒険者や、手を持たない種族に大変重宝されている。

 

「多分、魔法か何かでしょ?」

「まあそうだよな」

 

 しかしそんなことを説明する間もなく勝手に納得されてしまった。

 〈四次元ポケット〉という、バックパックとはまた別の空間にアイテムを出し入れする魔法も存在するため、あながち間違いではないが。

 

 閑話休題。テオドールは白夜叉に向き直って尋ねた。

 

「ゲーム開始の合図は?」

「いつでも。既にゲームは始まっておるぞ」

 

 そう言い終わるが早いか、一発の銃弾が白夜叉の眉間に飛び込んだ。




◆良識ある廃人
テオドールは基本的に犯罪に手を出さないためカルマは0を維持(悪人フィート持ち)。バレなければ犯罪ではない。

◆殺してでも奪い取る
ノースティリスではよくあること。

◆バックパック
所謂アイテムインベントリ。どう考えても200種類のアイテムは持ち歩ける量じゃないので亜空間設定。荷車? この作品内には存在しません。


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ギフトカードと魔王の力

 不意打ちを狙って発射された弾丸は、白夜叉の脳天に突き刺さることはなかった。

 その場でしゃがみ込むことで弾を回避した白夜叉は、その低い姿勢から次いで襲い来るスビンに向かってバネのように跳躍し、首を跳ねんとした大剣をくぐり抜けて密着、勢いを乗せた掌底でスビンの胴体を打ち上げた。

 スビンは放物線を描いて落下し、地面を転がっていく。すぐ立ち上がらないところを見ると、それなりのダメージを食らってしまったようだ。

 

 さすがは元魔王と言うべきか。ノイロックの奇襲をあっさりといなし、反撃にも容赦がない。あれを常人が受ければ、少なくとも骨の数本は折れ、内臓が破裂して使い物にならなくなるだろう。幸い、スビンは常人を逸脱したステータスを持つので軽い打撲といったところか。

 

 テオドールが白夜叉の油断の無さに感心していると、白夜叉がぽつりと呟く。

 

「おんしら殺意が高すぎないか……?」

 

 完全に殺す気だったスビン達にドン引きしていた。まさかそこまで本気で来ると思ってなかったのか、予想以上の殺気に条件反射的に反撃してしまっただけのようだ。

 

 そんなことはお構いなしに、再び銃声が鳴り響く。またもや意識の隙を突いて放たれた筈のそれは、予知されていたように躱された。

 そして瞬きする間に、ノイロックの背後に白夜叉が回り込んだ。

 

「っ、はや──」

「ゲームオーバーだの」

 

 振り返って応戦しようとする前に、白夜叉の手刀を食らったノイロックの体が崩れ落ちる。

 下手に長引かすと互いに危険であると判断したらしい。さっさと落としてしまうことにしたようだ。

 

 間髪入れず、何とか復帰したスビンが迫った。

 常人では目で追えない程のスピードで振るわれる大剣を、白夜叉は後ろ跳びで避ける。繰り出される追撃も、後退しながらも軽やかに躱し続ける。

 

「ほれほれ、掠りもしておらんぞ!」

「安い挑発ですね! このっ、“潔く、くたばりなさい”!」

「むっ!?」

 

 スビンの〈罵倒〉を受けて、白夜叉の体が一瞬ぐらりと揺れる。そこにスビンは全力で大剣を振り下ろした。

 確実に白夜叉を亡きものにしようとしているが、しかし白夜叉は体勢を崩しながらも大剣の腹を殴りつけ、それをスビンの手から弾き飛ばした。

 大剣の行方に一瞬気を取られたスビンに、ノイロックの時と同じく手刀が叩き込まれる。倒れ込んだスビンが完全に意識を失ったことを確認してから、白夜叉が顔を上げた。

 

「ふう、今のは驚いたな。言霊の類か?」

「コトダマ……力が宿る言葉のことか。どちらかといえばそれは飛鳥の恩恵の方が近い」

 

 〈罵倒〉は相手を朦朧とさせる効果がある技能だが、それ以上でもそれ以下でもない。飛鳥のように、言葉の内容が相手を縛るわけではないのだ。

 それに、白夜叉のように実力のある相手では今のように一瞬動きを止める程度が精一杯である。

 

「ふむ。して、あとはおんしだけだぞ。どうだ、降参する気になったか?」

 

 いいや全く。

 白夜叉の親切を一蹴し、テオドールは軽く地面を蹴る。

 次の瞬間、テオドールが白夜叉の目前へと迫っていた。

 

「っ!」

 

 予想外の速さに、白夜叉は慌てて迎撃体制を取る。しかし白夜叉にぶつかる事なく、テオドールの姿はその場から消えた。

 特殊なギフトを使ったのではない。単純に、目に映らない程の速さで動いているのだ。

 

 イルヴァにおける“速度”というステータスは、単純な足の遅速を表すものではない。速度が違えば、生きる世界が違う。有り体に言えば、体感時間そのものが違うのだ。

 無論、戦闘では速度が高いほど有利だ。たとえば相手が一度攻撃する間に、こちらは十通りの攻撃ができる。相手が一秒で判断しなければならないことを、十秒間じっくり考えてから行動できる。

 だから速度が十分に相手を上回っていれば、多少のステータス差を補って余りある程のアドバンテージになる。

 

 であれば、廃人であるテオドールがそのステータスを最大限強化しているのも当然のことだった。更に、装備品や背中に生えた羽によって速度は更に強化され、現在のテオドールの最高速度は完全に人間を辞めている。某中の神をも置いて行ける速さだ。

 何とも馬鹿げた話だが、廃人の集うノースティリスにはこれと同レベルが複数いる。魔境というか普通に魔界だった。

 

 そんなわけで、普段は一般人レベルにセーブしている速度を全開にしたテオドールは、その速度のまま動き回ることで白夜叉の認識から完全に逃れていた。

 

(何という速さだ! 本当に人間か?)

 

 白夜叉は全神経を張り巡らせて奇襲に備える。下手な移動は隙を生み出すだけだ。狙うのは、カウンター。

 視線を一瞬、右に逸らす。刹那、視線とは逆の向き、即ち白夜叉から見て左側から突き出された拳を、白夜叉の掌が派手な音を立てながらも正面から捕らえていた。

 がっちりと拳を掴まれたテオドールが、僅かばかりに驚いた顔をする。

 

「ふっ、捕まえたぞ! どうだ、最強の階層支配者の名は伊達ではな──」

 

 ドヤ顔の白夜叉と、テオドールの間に羊皮紙が現れる。

 

『ギフトゲーム名“手を伸ばせ”

 クリア条件「肉体への攻撃命中」が達成されました。プレイヤー側の勝利です。

 直ちに戦闘行為を終了して下さい』

 

「あっ」

 

   ◆

 

「いやー、凄かったな」

「途中からもう何が何だかわからなかったわ……」

「私も。あっという間の決着だったね」

 

 “試練”も終わり、テオドールがペット二人を叩き起こす間、問題児三人組は先程までの静寂はどこへやら、和気藹々とテオドールの実力について盛り上がっていた。

 

「し、白夜叉様。元気出して下さい」

「一瞬とはいえルールを失念するとは何たる不覚……っ! 途中から楽しくなってしもうたばかりに……!」

 

 一方で白夜叉は、地面に両手を突いて自省の念を吐き出している。

 そんな彼女に、十六夜が慰めるように声をかけた。

 

「まあそう落ち込むなよ。主催者様がちょっとルールを忘れてハイになっちまうことくらい、よくあることなんだろ?」

「そうよ、だって最強の階層支配者というくらいなんですもの。テオドールが予想以上の強さだったからと言って初歩的なミスを犯すわけが無いわ」

「……最強の階層支配者(笑)」

「黒ウサギ! あやつらが私をいじめる!」

「どさくさに紛れて胸を揉まないで下さい白夜叉様っ!!」

 

 たとえ格上だったとしても煽ることは忘れない問題児達の問題児っぷりに、黒ウサギに縋り付くと見せかけてセクハラをかます元魔王様。

 このカオスな空気が心地良い。テオドールはノースティリスに帰ってきた気分になった。

 

「ま、とにもかくにも俺達の勝ちだな」

「うむ。負けは負けだ、認めよう。して、おんしらの目的は何だ? 二つも試練をクリアされてしまったからな、今なら大抵の依頼はこの白夜叉が無償で引き受けるぞ」

「そうでした、今日はここにいる皆様のギフト鑑定をお願いしようと思いまして」

 

 その言葉に、白夜叉はゲッと気まずそうな顔をした。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係も良いところなのだがの」

 

 困ったように言いながらも、白夜叉は順番にテオドール達の顔を両手で包み込んで見つめていく。

 

「どれどれ……ふむふむ……うむ、皆素養が高いのは分かる。しかしこれでは何とも言えんな。おんしらは自分のギフトの力をどの程度に把握している?」

「企業秘密」

「口外不可」

「右に同じ」

「以下同文」

「うおおおおい!? いやまあ、仮にも対戦相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない」

 

 拒絶するような声音の十六夜に、飛鳥と耀が同意するように頷く。テオドールはノリに合わせただけでぶっちゃけどっちでも良いのだが。

 白夜叉は困ったように頭を掻きながら、どうしたものかと何となしにテオドールを見る。そして、何か思い付いたように拳で手のひらを打った。

 

「そうだ。おんしらどこからか武器を取り出していたが、ギフトカードを持っているわけではないのだよな?」

「ギフトカード?」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「違います! というか何で皆さんそんなに息が合っているのです!?」

「ふむ。それならば丁度良い。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いだ。受け取れ」

 

 白夜叉が柏手を打つ。すると、それぞれの眼前に光り輝くカードが現れた。

 テオドールは自分の目の前に現れたそれを手に取り、書いてある文字を読む。

 

 まず最初にテオドールの名前が書かれており、次いでノースティリスでの自身の異名と“バックパック”──そして、“*Debug*”の文字。

 

「…………」

「ん、どうかしたのかボス」

「……、いや、問題ない」

 

 無意識に顔が強張ばっていたか、テオドールの様子に首を傾げたノイロックを誤魔化しつつ、それとなく他人から見えないようにカードを持ち直す。

 他の面々は興味深そうに自分のカードを見ていて、こちらには気付いていないようだった。

 

「これがそのギフトカードってやつか?」

「そうだ。そこに書かれているのは体に宿る恩恵の名。また、顕現してるギフトの収納も可能な品だ。本来ならコミュニティの名と旗印も刻まれるのだが、おんしらは“ノーネーム”だからな。少々味気ないが、文句なら黒ウサギに言ってくれ」

「ふうん。もしかして水樹ってやつも収納できるのか?」

 

 十六夜が水樹にカードを向けると、水樹は光の粒子となってカードの中に呑み込まれた。

 

「おお? これ面白いな。もしかしてこのまま水も出せるのか?」

「出せるとも。試すか?」

「だ、駄目です! 水の無駄遣い反対!」

 

 チッ、とつまらなさそうに舌打ちする十六夜だが、水の貴重さを事前に知ったからか一応は諦めたようだ。しかし黒ウサギは未だ安心できないようで、ハラハラと十六夜を見つめている。信用がない。

 白夜叉はその様子を見て高らかに笑った。

 

「そのギフトカードは正式名称を“ラプラスの紙片”、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームはおんしらの魂と繋がった“恩恵(ギフト)”の名称。鑑定は出来ずともそれを見れば大体のギフトの正体がわかるというもの」

 

 その台詞を聞いて、改めてテオドールは自分のギフトカードを見やる。

 つまりこれは、誰かに見せてしまえば自分の正体やギフトが知れ渡ってしまう、ということにもなり得るわけだ。テオドールの場合、ノースティリスでの異名が彼自身が持つステータス、技能その他を表しているのだろう。これを知られたところで全くもって意味はわからないだろうが、しかし──。

 

「へえ? じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 

 十六夜が白夜叉に向け、自身のギフトカードをついと見せつけた。

 テオドールも思考を打ち切ってそちらを覗き込んでみると、そこには“正体不明(コード・アンノウン)”の文字が刻まれている。

 

「……いや、そんな馬鹿な」

 

 顔色を変えた白夜叉がギフトカードを取り上げた。

 

「ありえん、正体不明(コード・アンノウン)”だと? 全知である“ラプラスの紙片”がエラーを起こすなど」

「何にせよ、鑑定はできなかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 

 十六夜が白夜叉の手からギフトカードを取り返すが、白夜叉は納得できないように十六夜を睨む。

 どうやら本来はあり得ないことらしいが、白夜叉がそれ以上何かを言うことも、十六夜が何かを語ることもなかった。

 

   ◆

 

 テオドール達は“サウザンドアイズ”の支店を後にし、“ノーネーム”の居住区画の門前に立っていた。門には旗を掲げてあった名残らしきものが見える。

 

「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口から更に歩かねばならないのでご容赦下さい。この近辺はまだ戦いの名残がありますので……」

「噂の魔王って素敵なネーミングな奴との戦いの跡か?」

「は、はい」

「ちょうどいいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せて貰おうかしら」

 

 黒ウサギは躊躇いつつ門を開ける。向こうから、乾ききった風が吹き抜けた。

 

「っ、これは……!?」

 

 視界には、一面の廃墟が広がっていた。

 

 十六夜が木造の廃墟に歩み寄り、囲いの残骸を手に取る。少し握ると、木材は乾いた音を立てて崩れていった。

 

「……おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは──今から何百年前の話だ?」

「僅か三年前でございます」

「ハッ、そりゃ面白いな。この風化しきった街並みが三年前だと?」

 

 彼ら“ノーネーム”のコミュニティは──まるで何百年という時間経過で滅んだように崩れ去っていた。

 

 街路は砂に埋もれ、木造の建築物は腐って倒れ落ちている。

 たとえノースティリスで廃人同士が全面戦争を起こしたとしてもこうはならないだろう。破壊されたというよりは、()()()しまっている。

 とても三年前まで人が住んでいたとは思えない有様だった。

 

「ベランダにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない」

「……生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなんて」

 

 それぞれ感想を述べながら、冷や汗を流す。

 黒ウサギが感情を押し殺すように言った。

 

「魔王とのゲームはそれほど未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないように屈服させます。僅かに残った仲間達も心を折られ……コミュニティから、箱庭から去っていきました」

 

 魔王が持つ絶対的な力の残滓を目の当たりにして、テオドールは目を細める。

 格上というものが希少になった彼の瞳に宿るのは──静かな好奇心と、闘争心だった。




◆ギフトゲーム“手を伸ばせ”
力試し用のギフトゲーム。太陽に触れられるものなら触れてみよ。
白夜叉はこれでもかというくらい手加減してくれているので、最後のうっかりも本当にうっかりだったのかどうかは白夜叉のみぞ知る。

◆罵倒
相手を朦朧状態にするNPC専用技能。
バニラでは少女は使用できないのだが、ヴァリアントのomake系列では使ってくれる。

◆*Debug*
Wizardモード、所謂デバッグモードにした際にPCの異名が強制的にこれに変化する。プレイヤーが何かを検証したい時に便利。
この小説内においては恩恵の一つ。


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vsガルド(蚊帳の外)

 “ノーネーム”本拠・貴賓室。テオドールとノイロックは、備え付けのソファーでのんびりと寛いでいた。

 廃墟を通り抜けた後、コミュニティに所属する子供達への面通しや貯水池への水樹の苗の設置を終えたテオドール達は、水が自由に使えるようになったため、折角だからと(特に地球組三人の希望によって)風呂に入ることにした。

 現在は黒ウサギ含めた女性陣が大浴場に向かっており、十六夜は“野暮用”を片付けに外へと出ていった。

 取り残されて手持ち無沙汰な二人は、ぽつぽつと雑談を繰り返す。

 

「それにしても予想以上の大きさだなこの館。この部屋もそこそこ立派だし……元々はかなり大きいコミュニティだったりすんのかね」

「その可能性は高い。それほどのコミュニティを滅ぼす魔王がいる、ということでもあるが」

「要するにボスとかと同レベルかそれ以上っつうことだろ? 異世界行ってもいるんだなそういうの」

「そういうの、とは?」

「面白半分で王都を爆破するような奴ってことだよ」

「自分は利己的に王都を爆破したことは無いが」

「あるだろ。あの爆弾魔の依頼にかこつけて“これで盗賊ギルドに入れるな”とか言ってただろ」

「盗賊ギルドに入るにはそれなりの犯罪歴が必要だったから仕方ない」

「あいつらが求めてるのは盗賊であってテロリストじゃないと思うんだわ……っと」

 

 微かに地面が揺れ、窓ガラスがカタカタと音を立てる。同時に遠くで爆発音のようなものも聞こえた。

 思わず顔を見合わせるがそれ以上の異常も無く、そのまま雑談を続けていると、やがて廊下をドタバタと駆け抜けて行く音がした。誰かが上の階に上がっていったらしい。

 

「なんだ?」

「二人。ここに寄らないということは緊急性はないだろうが……見に行こう」

 

 暇だし。という本音は言外に音を追いかけてみると、本拠の最上階にある大広間に辿り着いた。

 中を覗けば、ジンと十六夜が何やら言い争っている。

 

「どういうつもりですか!?」

「“打倒魔王”が“打倒全ての魔王とその関係者”になっただけだろ。キャッチフレーズは“魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡下さい”ってところか」

「洒落になってません! 魔王の力はこのコミュニティの入り口を見て理解できたでしょう!?」

「勿論。あんな面白そうな力を持った奴と戦えるなんて最高じゃねえか。なあ?」

 

 視線で同意を求められたテオドールが頷く。ジンはテオドールとノイロックの存在に今気が付いたらしく、目を剥いた。

 

「テ、テオドールさんまで……いいですか、魔王というのは“面白そう”だなんて理由で手を出すような相手ではありません! あなた達の娯楽でコミュニティを滅ぼすつもりですか!?」

「その言われは心外だが、それ以前にどういう状況だ」

 

 何となく予想は付くが、先程の地震も十六夜が何かやらかしたに違いない。何をしてきたのかと問えば、十六夜はどこか得意気に答えた。

 

「お前も気付いてただろうが、フォレス=ガロに吸収された奴らが侵入してきてたからな。人質の件含めた()()ついでに名前を売ってきたところだ」

「……“ジン=ラッセル”のか?」

「ご明答」

 

 にたりと笑う十六夜に対して、ジンの顔つきは険しい。

 

「十六夜さんはこのコミュニティを“魔王を倒すためのコミュニティ”と宣伝してしまったんです」

「それって別に当初の目的と変わってないんじゃねーの?」

「全く違います! 僕らの目的はあくまでこのコミュニティの旗印を取り返すことです。もし十六夜さんの宣誓がそのまま広まれば、全ての魔王に対して宣戦布告するようなもの。そうなったら魔王とのゲームは不可避、コミュニティの危機に繋がることになります!」

「まあ落ち着け御チビ様。それこそが“作戦”なんだからな」

「……作戦?」

 

 ノイロックの疑問に、ジンが苛立ったように反駁する。

 そんな彼を宥めつつ、十六夜は言い含めるように続けた。

 

「旗印を取り戻すことが目的って言ったけど、じゃあそのためにお前はどうするつもりだったんだ?」

「それは……これは十六夜さんのおかげで解決しましたが、まずは水源を確保して、次にギフトゲームをこなして実力をつけて、」

「まあそこまでは大前提だな。で?」

「え、」

「俺が聞いてるのは()()()()()()()()()()()だ。先代のコミュニティはどうしてた? まさかそれくらいも怠ってたのか?」

「そ、それは」

「いいか。俺達は先代を打ち負かした魔王を倒す必要がある。なら俺達がしなけりゃならないことは、先代を超えることだ」

「先代を、超える」

 

 ジンにとって遥か遠く、今まで考えてすらこなかったものが突如としてのしかかる。

 新生“ノーネーム”は、名前も旗印もないというハンデを背負いながら先代を超えなければならない。でなければ、彼らの悲願は果たされない。

 まだ子供であるジンには思い及ばなかったのだろうが、それが現実だ。

 

「必要なものは色々あるが、俺達に足りないのは人材だ。でも名も旗印もないコミュニティを信用して入るような奴はいない。なら、リーダーの名前を売り込むしかないよな?」

「……僕を担ぎ上げて、コミュニティの存在をアピールするということですか?」

「成る程な、考えたじゃねえか。コミュニティの名が売れないならジンの名前を売る。で、今回の一件を片付ければその名が広まるわけだ。魔王一味もそうだが、それ以外の奴ら……それこそ、“打倒魔王”を胸に秘めた奴らにまで」

「…………!」

 

 魔王に敗れた存在は、このコミュニティだけではない。この世界のどこかに打倒魔王を胸に秘めた実力者がいる確率は十分高い。

 十六夜の言う“作戦”を理解して、ジンの胸が高鳴った。

 

「しかも今回は相手は魔王の傘下で被害者は数多のコミュニティ。何より勝てるゲームだ。ここでしっかり御チビの名を売れば」

「少なくともこの外門付近のコミュニティで噂にはなるってわけか。なんだ、お前って意外と頭脳派なんだな」

「恐れ入ったか?」

「敵軍には居てほしくねえな」

 

 ニヤニヤと笑い合う十六夜とノイロック。どうやら気は合うらしい。

 

「ま、とにもかくにも明日のゲームに勝ってもらわなけりゃ意味がないからな。わかってると思うが負けてくれるなよ御チビ様」

「はい、必ず勝ってみせます!」

「もし負けたら俺、コミュニティ抜けるから」

「はい! ……え?」

 

 

   ◆

 

 

 翌日。“ノーネーム”一同は“フォレス・ガロ”の居住区画に出向いていた。

 本来外門には様々な区画があり、ギフトゲームを開催する場合は舞台区画と呼ばれる区画で行われるのが定石であるらしいのだが、ガルドは何故か居住区画でゲームを開催したのだ。

 

「あ! 皆さん、見えてきました……けど、」

 

 道案内役の黒ウサギが困惑したように言葉を切った。

 ツタの絡んだ門に、鬱蒼と生い茂る木々。それらを見上げた耀が呟く。

 

「……ジャングル?」

「虎の住むコミュテニィだしな。おかしくはないだろ」

「いや、おかしいです。“フォレス・ガロ”の本拠は普通の居住区だった筈……それにこの木々はまさか」

「ジン君。ここに“契約書類”が貼ってあるわよ」

 

 木々に手を伸ばし、難しい顔をするジンに飛鳥が声をかける。門柱に貼られた“契約書類”に、今回のゲーム内容が記載されていた。

 

『ギフトゲーム名 “ハンティング”

 

 ・プレイヤー一覧 久遠 飛鳥

          春日部 耀

          ジン=ラッセル

 

 ・クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

 ・クリア方法 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は“契約(ギアス)”によってガルド=ガスパーを傷付けることは不可能。

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 ・指定武具 ゲームテリトリーにて配置。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

 “フォレス・ガロ”印』

 

「ガルドの身を条件に……指定武具で打倒!?」

「こ、これはまずいです!」

 

 黒ウサギとジンが悲鳴のような声を上げ、飛鳥が心配そうに訊いた。

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

「いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこの“指定武具での打倒”……このルールがある限り、飛鳥さんのギフトで彼を操ることも、耀さんのギフトで傷付けることもできません! 彼は自分の命をクリア条件に組み込むことで、御二人の力を克服したのです!」

「すみません、僕の落ち度でした。初めに“契約書類”を作ったときにルールもその場で決めておけばよかったのに……」

 

 ルールを決めるのが主催者側である以上、白紙のギフトゲームを承諾することはプレイヤーにとって自殺行為に等しい。後から不利なルールを取り付けられる可能性だってあるのだから。

 ギフトゲームに参加したことのなかったジンは、そのことが頭から抜け落ちていた。

 

「でも指定武具であれば倒せるんですよね? そこまで難しいようには思えませんが」

「その武具が何なのか書いてねえのが問題だろ。それっぽい武具が床一面に置いてあったりしてな」

 

 確かにそうなっては面倒だ。全ての武器を試さなければいけなくなるし、その間にガルドからの妨害が入る可能性がある。延々と無敵の相手に攻撃を受けながら行動せねばならないとなれば消耗は必至だ。

 そもそも飛鳥達は武器など使ったことがないようだし、もしかすると、予想よりも厳しい戦いを強いられるかもしれない。

 

「確かにそういった可能性はありますが、『指定』武具と書いてある限り、最低でも何らかのヒントが提示されなければなりません。なのでヒントさえ見つけることができれば何とかなる筈です」

「そっか。じゃあまずは武具のヒントを探さなきゃだね」

「そうね」

 

 方針を固め、門の前に立つ参加者三名。どちらにせよ、勝機がある限り諦めることはできない。特にジンは十六夜の“作戦”及び負けたら脱退宣言を背負っている。

 各々のプライドと、コミュニティの進退をかけて、彼らは門を開けて突入した。

 

 

   ◆

 

 

 ジン達が門の中に消えると、生い茂る森が進路を塞ぐように門を絡める。ゲームが終わるまで出入りは禁止ということだろう。

 居残り組は各々適当な場所に腰を下ろしたり、木に寄りかかるなどして楽な体勢を作り、三人の帰りを待つ。

 

「ただ待ってるのも暇だな。何か面白い話でもないのか黒ウサギ」

「そ、そんなことを言われましても……うーん、そうですね。では黒ウサギとっておきの滑らない話を、」

「そういやテオドールって魔法は使えるのか?」

「振ったからには聞いて下さいよ!?」

「一通りは使える」

「か、完膚なきまでに無視……!」

 

 ショックを受けている黒ウサギを当然の如くスルーし、話を続ける。

 

「たとえばどんな魔法があるんだ?」

「基本的なもので言うなら〈魔法の矢〉。他には〈テレポート〉や〈鑑定〉……〈壁生成〉という魔法もある」

「名前を聞いた感じだと結構色々できるんだな。スビンとノイロックはどうなんだ?」

「私達はどちらも使えませんね」

「へえ、やっぱ先天性の才能みたいなのが必要なのか?」

「どうかね。一応大抵の奴は訓練すりゃ使えるようになるみたいだが、少なくともオレは魔法とは無縁に生きてきたから今更使おうって気にならねえ。長所を伸ばした方が生存率も高いし」

「魔法を使うも使わないもその人次第ですしね」

「ふうん。要するに魔法使いは珍しくもないし、地位に関係してきたりもしないんだな」

 

 イルヴァの魔法事情を、十六夜はどこか楽しげに聞いている。彼の世界では魔法は存在しないものであるから、その実態に興味が尽きないらしい。

 黒ウサギも事前にスルーされたのが効いているのか話には入ってこないものの、しっかりとウサ耳を傾けていた。箱庭にはギフトがあるが、魔法という技術を扱える者はやはり限られるようだ。

 

「ちなみに攻撃魔法ってのはどれくらいの規模のものを使えるんだ?」

「規模か。最大範囲で……ここ一帯が焦土になる程度か」

「うわお、ファンタジーやべえな! めっちゃ見たい超見たい。今度“世界の果て”あたりで撃ってみてくれよ」

「駄目です! “世界の果て”にも生活されている方々がいますからっ!」

 

 “世界の果て”には十六夜が出会った蛇神を始め多種多様の幻獣が住んでいるため、そこを吹き飛ばすとあってはあらゆる存在から恨まれかねない。黒ウサギが必死で止めるのも当然だった。魔王を倒すどころか、自分たちが討伐される側になってしまう。

 

「……で、ですが様々な魔法が使えるというのは心強いですね」

「単純に選択肢が多いってことだからな。それに火力も申し分ないみたいだし……ぶっちゃけもうテオドールだけで良いんじゃねえ?」

「お前が言うか、それ」

 

 ノイロックが呆れたような顔をする。蛇神とはいえ、仮にも神を素手で殴り倒した男が言っていい台詞ではない。

 なお同じようなことをテオドールもイルヴァでやらかしている。

 

 黒ウサギは苦笑しつつ、テオドールの羽に目を向けた。

 

「テオドールさんのその背中の羽も魔法によるものなのですか?」

「あれ、お前あの時聞いてなかったのか。確かエーテル病とか言ってたし、どうせファンタジー特有の面白い病気なんだろ?」

「お前のそのファンタジー特有ってワードは何なんだよ」

 

 などと、雑談に花を咲かせて暫く。

 突如として獣の咆哮が響き渡った。

 

『GEEEEEYAAAaaaaaa──……!!』

 

 咆哮に驚いた野鳥達が慌てたように飛び去っていく。どうやらゲームに何か動きがあったらしい。

 

「今の凶暴な叫びは……?」

「ああ、間違いない。虎のギフトを使った春日部だ」

「あ、なるほど。ってそんなわけないでしょう!? いくらなんでも失礼でございますよ!」

 

 べちん、とハリセンで十六夜にツッコミを入れる黒ウサギ。どこから出したのだろう。

 

「冗談はさておき、敵に出くわしたっぽいな」

「そうですね。問題は指定武具を発見できたかどうかですが……」

 

 中の様子を窺い知ることができない以上、テオドール達にできることは現状を推測することだけだ。信じて待つしかない。

 黒ウサギの“審判権限”を利用して中に入れないのかという疑問も湧いたが、彼女はその権限故に離れた場所の状況もそのウサ耳によって大まかに把握できるらしく、このくらいの距離では審判に差し支えがないらしい。そのため取り決めがない限りは基本的にゲームテリトリーに侵入できないそうだ。

 

「貴種のウサギさん、マジ使えね」

「せめて聞こえないように言って下さい! 普通に傷付きますから!」

 

 それを聞いた十六夜の辛辣な一言が黒ウサギの心を抉った。

 

 

   ◆

 

 

 ゲームの終了と共に、絡み合った木々が一斉に霧散した。飛鳥達が勝利したのだ。

 しかし勝利の余韻に浸る暇もなく、樹に支えられた廃屋が倒壊する音を聞いた黒ウサギが一目散に走り出す。テオドール達もそれに続いた。

 

「おい、そんな急ぐ必要ねえだろ?」

「大ありです! 黒ウサギの聞き間違いでなければ耀さんはかなりの重傷のはず……!」

「黒ウサギ! 早くこっちに! 耀さんが危険だ!」

 

 廃屋に隠れていたジンが叫ぶ。

 耀は右腕から酷く出血していた。ゲームの途中、虎と化したガルドから一撃食らったのだ。

 飛鳥のリボンによって止血はなされているものの、それ以前の出血によって腕や服が赤く染まり、意識も既にないようだった。見るからに危険な状態だ。

 

「いけません! 早くコミュニティに戻って治療を、」

「貸せ」

 

 耀を抱きかかえその場を去ろうとする黒ウサギを押し留め、テオドールが耀を自分の方に引き寄せる。

 止血された上から手を当てると、魔法を詠唱する。テオドールの手の平から暖かな光が漏れ出した。

 

「これは、治癒の恩恵……治癒魔法ですか?」

 

 テオドールは頷く。やがて十分に回復しただろうと判断すると手を離した。

 リボンを解くと、そこにあった筈の傷は綺麗に消えていた。耀の意識はまだ回復していないが、心なしか顔色も良くなったようだ。

 問題なく治療されたとわかると、黒ウサギがほっと胸を撫で下ろす。

 

「ありがとうございます、テオドールさん。助かりました」

「気にするな」

「一応、私は耀さんを連れて先に帰ります。ベッドに寝かせてあげませんと」

 

 黒ウサギはぺこりと一礼すると、耀を連れて高く飛び跳ねていった。

 遠ざかる影を眺めながら、十六夜が呟く。

 

「やっぱり便利だな、魔法。俺も使えるようにならねえかな。そっちの世界じゃ訓練すれば使えるようになるんだろ?」

「そうですけど、十六夜はそもそも魔力を持っているんですか?」

「……あー、確かに。いやでも実は奇跡的に持ってたりとか」

「それは私にはわかりませんが……テオドール様はどう思います?」

「見た所、十六夜に魔力はないと思う」

「ちぇ。一回くらい使ってみたかったんだけどな」

 

 テオドールに断言され、十六夜はつまらなさそうに足下を蹴った。多少の期待があったらしい。

 しかしテオドールが見る限りは十六夜含めた地球組に魔力というものが存在しているように見えないため、恐らく彼らが魔法を──少なくともイルヴァのものは──使うことはできないだろう。アイテムそのものが内部に魔力を蓄積している魔道具であれば、もしかしたら使えるかもしれない。

 ともかく、ゲームは“ノーネーム”の勝利で終わった。飛鳥を迎えに行かせたノイロックも間もなく戻ってくるだろう。

 この後に残る処理を片付けるべく、“ノーネーム”一同は居住区の入り口へと歩き始めた。




◆テロリスト
王都に赤い花を咲かせるサブクエストをクリアするとカルマがどっぷり下がるため、わりと厳しい盗賊ギルド加入条件を満たすついでに行う者もいるとかいないとか。
悪人フィート持ちのテオドールは勿論クリア済み。

◆治癒魔法
使ったのは〈癒しの手〉。
この小説内ではゲームでは自分しか回復できない魔法も他人に使える設定だけど、他人を治癒する専門の魔法があるならやっぱりそっちを使うよねみたいな。たぶん他より魔力効率が良いとかそういう。

◆ギフトゲーム“ハンティング”
原作通りなので全カット。
今更ですがこの小説は作者の構想力が貧弱なため原作沿い、かつ展開上フラグが折れたりした場合はオリキャラでも何でも使って軌道修正させる予定です。
これが世界の修正力ってやつか…


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招かれざる来客

 “ノーネーム”に敗れ、リーダーのガルドを失った“フォレス・ガロ”は解体された。

 人質のために吸収されていたコミュニティへの旗印の返還を行い、同時にジンの名を広めるという目的を達成した“ノーネーム”は次のステップに踏み出せるようになった。

 その一つとして“ノーネーム”の昔の仲間──それも、元・魔王であるという人物が出品される“サウザンドアイズ”のギフトゲームがあるとのことで、そのゲームに十六夜とテオドールが参加する手筈であった、のだが。

 

「ゲームが延期?」

「はい……申請に行った先で知りました。このまま中止の線もあるそうです」

 

 黒ウサギがウサ耳を萎れさせる。

 本拠の三階にある談話室。ゲームについて話し合うために集まった十六夜と黒ウサギ、そしてテオドールであったが、景品である仲間に巨額の買い手がついてしまったらしく、そもそもゲームの開催が危うくなってしまったとのことだった。

 十六夜は肩透かしを食らったようにソファーに寝そべった。

 

「チッ。所詮は売買組織ってことかよ。“サウザンドアイズ”は巨大なコミュニティじゃなかったのか? 金を積まれたからって取り下げるとはプライドはねえのかよ」

「仕方がありませんよ、“サウザンドアイズ”は群体コミュニティですから。今回の主催は傘下コミュニティの幹部“ペルセウス”。双女神の看板に傷が付くことも気にならないほどのお金やギフトを得れば、ゲームの撤回くらいやるでしょう」

 

 達観したように言う黒ウサギだが、その表情は固い。内心は悔しさで一杯なのだろう。

 しかしこの世界ではギフトゲームこそが法であり、一度奪われた仲間を取り戻すのは容易ではない。今回ばかりは運がなかったと諦めるしかなかった。

 落ち込む黒ウサギにテオドールが声をかける。

 

「なら、“ペルセウス”にそれ以上のものを提供すればこちらに譲ってくれるのか?」

「そういうことにはなるとは思いますが……我々には資産もありませんし、そもそも“ノーネーム”と売買契約を結んで頂けるかという問題もあります」

「そうだったな」

 

 ふむ、とテオドールは顎に手をやった。

 テオドールはこの世界のものではないとはいえ、ゴールドを大量に持っているし、取引材料になりそうなアイテムも持っている。もしかするとそれらで解決できないかと思ったのだが、“名”と“旗印”の問題が邪魔をする。

 歯がゆいことだが、やはりこの状況をどうにかするためにはギフトゲームに頼るしかないのだ。

 あるいはその買い手を暗殺するとか……。

 

「まあ次回に期待するしかないか。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ?」

「そうですね……一言で言えばスーパープラチナブランドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の光でキラキラするのです」

「へえ? よくわからんが見応えがありそうだな」

「それはもう! 加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くに居るのならせめて一度お話したかったのですけど……」

「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

 突如として聞こえた可憐な声に、三人は窓の外を見た。

 コンコン、と叩かれるガラスの向こう側に、金髪の少女が浮いている。

 

「レ、レティシア様!?」

「様はよせ。今は他人に所有される身分。“箱庭の貴族”ともあろうものがモノに敬意を払っていては笑われるぞ」

 

 慌てて窓に駆け寄った黒ウサギが錠を開けると、レティシアと呼ばれた少女は苦笑しながら談話室に入ってきた。

 その美麗な金の髪や台詞からして、彼女こそがたった今話題に出ていた昔の仲間その人らしい。黒ウサギの先輩と言うには幼く見えるが、外見と実年齢の乖離などノースティリスでも珍しいことではなかった。この少女もそういう性質なのだろう。

 

「こんな場所からの入室ですまない。ジンには見つからずに黒ウサギに会いたかったんだ」

「そ、そうでしたか。あ、すぐにお茶をいれるので少々お待ち下さい!」

 

 久しぶりの再会に喜びを隠さず、黒ウサギは小躍りするようなステップに茶室へ向かった。

 それを見送ってから、レティシアが十六夜から向けられる奇妙な視線に気付いて首を傾げた。

 

「どうした? 私の顔に何かついてるか?」

「別に。前評判通りの美人……いや、美少女だと思って。目の保養に鑑賞してた」

 

 真剣な十六夜の回答に、レティシアは心底楽しそうな哄笑で返す。

 口元を押さえながら笑いを噛み殺し、上品に装って席に着いた。

 

「成る程、君が十六夜か。白夜叉の言う通りに歯に衣着せぬ男だな。ということはそちらがテオドールだな」

「買い手がついたと聞いた。こちらに来て良かったのか」

「まあ、良くはないな」

 

 かりかりと頬を掻くレティシアは、所有者に無断でこの場にいるようだ。仄かに厄介事の匂いがする。

 そんなことは知らず、紅茶のティーセットを持って帰ってきた黒ウサギが、温められたカップに紅茶を注ぐ。

 

「して、どのようなご用件なのですか?」

「用件というほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか見に来たんだ。ジンに会いたくないというのは合わせる顔がないからだよ。お前達の仲間を傷付ける結果になってしまったからな」

「……では、やはりあの鬼化した植物はレティシア様が」

 

 黒ウサギはまるで予想がついていたように言う。テオドールが説明を求めれば、飛鳥達がクリアしたゲームの居住区に繁殖していた植物達や、人語を解さぬ虎と化していたガルドは、全て彼女の手引きによるものであったと判明した。

 

 レティシアは吸血鬼であるという。吸血鬼の純血は、互いの血液を交換することで鬼種化を行うことができるそうで、それを利用した結果が、あの蠢く植物やガルドの変貌だったのだ。

 そのような能力を持つ彼らは当然の如く忌避されている──ということもなく、日光を弱点とする彼女達は箱庭の天幕の下でしか太陽の恩恵を享受できず、そのために箱庭を守る種族として“箱庭の騎士”と称されており、人々と共存しているとのことだった。

 

「それで? その吸血鬼様がゲームに手を出した理由は何だ?」

「神格級のギフト保持者が黒ウサギ達の同士としてコミュニティに参加したと聞いてな。そこで私は一つ試してみたくなった。新人達がコミュニティを救えるだけの力を持っているかどうかを」

 

 黒ウサギは十六夜とテオドールに視線を向けた。先程名前が出ていた通り、白夜叉から情報を得たのだろう。

 

「結果は?」

「生憎、ガルドでは当て馬にもならなかったよ。ゲームに参加した彼女達はまだまだ青い果実で判断に困る。……こうして足を運んだはいいが、さて。お前達になんと声をかければ良いのか」

 

 苦笑するレティシアを、十六夜が笑った。

 

「違うね。アンタは言葉をかけたくて古巣に足を運んだんじゃない。古巣の仲間が今後、自立した組織としてやっていける姿を見て安心したかったんだろ?」

「……ああ、そうかもしれないな」

 

 十六夜の言葉に首肯するレティシア。しかしゲームに参加した飛鳥や耀の実力では、未だ安心して全てを託せるとは言い難いのだろう。彼女の目的は中途半端に進行したままだった。

 

「その不安、払う方法が一つだけあるぜ」

「何?」

「実に簡単な話だ。アンタは“ノーネーム”が魔王を相手に戦えるのかどうか不安で仕方がない。ならその身で、その力で倒せばいい。──どうだい、元・魔王様?」

 

 十六夜の言葉に一瞬唖然としたレティシアだったが、すぐにそれは哄笑へと変わる。

 

「ふふ……なるほど。それは思いつかなんだ。実にわかりやすい。下手な策を弄せず最初からそうしていればよかったなあ」

「ちょ、ちょっと御二人様?」

「ゲームのルールはどうする?」

「手間暇かける必要もない双方が共に一撃ずつ撃ち合い、そして受け合う」

「地に足を付けて立っていた者の勝ち。いいね、シンプルイズベストってやつ?」

 

 笑みを交わした両者は、同時に窓から中庭へと飛び出した。

 

「嗚呼またこの流れでございますか!」

 

 何やら黒ウサギが嘆いていたが、無視してテオドールは窓枠へと近寄る。

 中庭で対峙した二人は、天と地に別れていた。

 黒い翼を広げ、満月を背負うレティシア。それを見上げる十六夜は、制空権が取られていることなど気にもしない様子で不敵に笑っていた。

 

 レティシアが懐からギフトカードを取り出すと、黒ウサギの顔面が蒼白になる。

 

「レ、レティシア様!? そのギフトカードは」

「下がれ黒ウサギ。力試しとはいえ、コレが決闘であることに変わりはない」

 

 ギフトカードが輝くと、光の粒子が収束し、投擲用のランスが現れた。あれを互いに投擲し合い、止められなかった方が負けというルールになったようだ。

 

「悪いが先手は譲ってもらうぞ」

「好きにしな」

 

 レティシアはランスを掲げると、呼吸を整え翼を大きく広げる。そして全身をしならせ──打ち出した。

 

「ハァア!!」

 

 怒号と共に放たれたランスは瞬く間に摩擦で熱を帯びる。大気を揺らす程の衝撃を持つそれは、十六夜へと一直線に落ちていく。

 あれをどう止めるつもりなのか。十六夜は牙を剥いて笑い、

 

「カッ──しゃらくせえ!」

 

 迫りくる槍の先端を、()()()()()

 

「「──は……!?」」

 

 素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。

 鋭利に研ぎ澄まされた槍の穂先は、十六夜の拳を貫くことができなかった。逆にひしゃげたそれは柄まで丸ごと鉄塊と化し、散弾となってレティシアを襲う。

 

 筋力がどうとかそういう問題ではない。どうやら十六夜は、テオドールの予想以上に廃人(こちら)側であるようだった。

 テオドールが感心している間にも、鉄の散弾はレティシアへと迫っている。驚愕に見開かれたその瞳に余裕の色はない。

 

「レティシア様!」

 

 テオドールのすぐ横を、黒ウサギが駆け抜けていった。

 窓から跳躍した彼女はレティシアに着弾せんとする鉄塊を全て払い落とし、レティシアの懐に飛び込む。

 思わず黒ウサギを抱きとめたレティシアは、翼を畳んで落下した。

 

「く、黒ウサギ! 何を!」

 

 レティシアが抗議する。決闘の邪魔をされたことに、ではない。その視線は黒ウサギが掠め取ったレティシアのギフトカードにあった。

 黒ウサギはそれに取り合わず、震える声で向き直る。

 

「ギフトネーム“純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”……やっぱり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残っていていない」

「なんだよ。もしかして元・魔王様のギフトって、吸血鬼のギフトしか残ってねえの?」

「……はい。武具は多少残してありますが、自身に宿る恩恵は……」

 

 十六夜は隠す素振りもなく盛大に舌打ちした。そんなに弱りきった状態で相手をされたことが不満だったのだろう。

 

「他人に所有されたらギフトまで奪われるのかよ」

「いいえ……魔王がコミュニティから奪ったのは人材であってギフトではありません。武具などの顕現しているギフトと違い“恩恵”とは様々な神仏や精霊から受けた奇跡、言わば魂の一部。隷属させた相手から合意なしにギフトを奪うことはできません」

 

 ならばレティシアは、自らギフトを差し出したということに他ならない。二人の視線を受けてレティシアは苦虫を噛み潰したような顔で目を逸した。……話が長くなりそうだ。

 

「続きは中でしたらどうだ」

 

 テオドールがそう声をかけると、黒ウサギとレティシアが沈鬱そうに頷いた。

 とぼとぼと歩き出す三人。異変が起こったのは、その時だった。

 

 遠方から、褐色の光が差し込んだ。

 

「あの光……ゴーゴンの威光!? まずい、見つかった!」

 

 焦燥の混じった声と共に、二人を庇うようにレティシアが前に出る。褐色の光を受けたレティシアは瞬く間に石像となって横たわった。

 光の差し込んだ方角からは、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男達が大挙して押し寄せてきた。

 

「いたぞ! 吸血鬼は石化させた! すぐに捕獲しろ!」

「例の“ノーネーム”もいるようだがどうする!?」

「邪魔するようなら構わん、切り捨てろ!」

 

 騎士の一人がその明確な敵意を口にしてしまった瞬間。

 ゴシャリ、という何かがひしゃげる音と共に、その騎士は地面に突き刺さっていた。

 

「え?」

 

 一瞬で静まり返る騎士達。地面に落ちた騎士が元いた場所には、背中から奇妙な形の羽を生やした男──テオドールが剣を片手に浮いていた。

 数秒の間をおいて、騎士達はその男が剣の腹で騎士をぶん殴り、叩き落としたのだと理解する。

 どこから出てきたのかわからないが、仲間を、しかも“名無し”風情が攻撃してきたことに、別の騎士が怒りを(あらわ)にした。

 

「貴様、我らを“ペルセウス”と知っごぴャ」

 

 また一人、騎士が地面に突き刺さった。何なら首があらぬ方向に曲がっている気さえする。

 いつ移動したのか、いつ攻撃したのか。確かに視界に入れていた筈なのに全くわからなかった。

 

「ぜ、全員あいつをズァッ」

 

 攻撃命令を出そうとした男が地に墜ちる。そちらに目をやることもなく、テオドールは百程いる騎士の軍団に対し、無言で何かを待っている。

 テオドールの瞳が、一人の騎士を捉えた。

 

「ひっ」

 

 その小さな悲鳴が最期だった。

 

 “名無し”のコミュニティである相手を舐めきっていた騎士達だったが、四人目の犠牲者が出たことでついに全員が理解した。

 ──こいつは、ヤバイ。

 

「…………」

「…………」

 

 動くことも、声を出すこともできない。何かアクションをした者は殺られる。そういう確信があった。

 数だけ見れば明らかにこちらの優勢なのに、勝てるイメージが何故か全く沸かない。それは哀れな犠牲者を見ると、幸運なことなのかも知れなかった。余計なことをして人生を失いたくはない。いや、犠牲者達もまだ死んではいないが。

 騎士達はアイコンタクトだけで話し合う。

 

(お前が行けよ)

(嫌だよ!?)

(最下層のコミュニティにこんなのがいるとか聞いてねえぞ!)

(帰りたい……)

 

 こちらを一撃で、しかも目にも追えない速さで的確に刈り取ってくるその人間(仮)に、騎士達はビビりちらしていた。わざわざ見せつけられた相手の戦力を見紛う程、彼らは愚かではない。

 できれば今すぐに商品だけ回収して立ち去りたい。重傷者のことも気にかかる。しかし、あの男は撤退を許すだろうか。

 

「…………」

 

 テオドールの顔からは何も読み取れない。その辺のクズ石を見るような目だ。慈悲などありそうもない。

 もはや数を活かしてもう何人かを生贄にしながら逃げるしかないのか、と騎士達が悲壮に満ちた思考をし始めた時、救いの女神は現れた。

 

「テ、テオドールさんっ!! それ以上はお止め下さい!」

 

 あまりのことに固まっていた黒ウサギがやっと口を開いたのだった。

 テオドールは訝しげに黒ウサギに視線を移した。

 

「これは本拠への不法侵入及び侵略行為に他ならないと思うが。正当防衛だ」

「それはそうですけれども!」

「おい何で止めるんだよ、面白くなってきたのに」

「全然面白くないですよ! “ペルセウス”との間に問題を起こせば白夜叉様にもご迷惑が」

「だから何だ」

 

 眉をひそめるテオドール。たとえ白夜叉の同胞だろうと何だろうと、先に攻撃してきたのはあちらである。ノースティリスでは敵対者には死を、というのが常だったのを、こちらの世界に合わせて殺人には至らないところで止めているのだから、彼としてはこれ以上手加減しようもない。素のステータスが高い分、手加減というものが非常に難しいのだ。騎士達の頭が物理的にパンクしてないだけ褒めてほしい。

 それともまさか、箱庭の世界では領地侵犯は合法なのだろうか。そうであれば確かに問題だ。仕方がないから全員抹消して無かったことにしなくては。

 

 何故か殺気が増したテオドールに、黒ウサギは必死に呼びかけた。

 

「不法侵入はともかく、侵略は未遂ですから! 彼らはレティシア様を取り戻しに来ただけで、その点においては彼らにも正当性は……無くはないです!」

 

 騎士達に対する不満はあるのだろう、台詞に若干の棘が感じられたが、黒ウサギの言うことも一理ある。

 渋々といった様子でテオドールが剣を収めると、

 

「総員退却ーーーーー!!!!」

 

 好機とばかりに、蜘蛛の子を散らすように、しかし最低限の統率がとれた動きで騎士達は逃げていった。

 ちゃっかりと死にかけの犠牲者達と石化したレティシアの回収も忘れない。素晴らしい手際だ。

 その素早さに黒ウサギは呆然としていた。

 

「逃げ足速すぎでしょう……」

「しかも消えたな。透明になる兜でも持ってんのかね」

「透明?」

 

 十六夜の台詞にテオドールは首を傾げ、騎士達がいる方角を見る。

 凄いスピードで離れていってはいるが、別に消えたりなどしていない。

 

「“ペルセウス”ってのは透明になることができる兜を被って怪物を退治した神話の英雄だからな。……どこ見てるんだ?」

 

 十六夜には見えていないらしい。少し考えて、このすれ違いの正体が分かった。

 

「自分は透明視の装備を着けている。だから見えている」

 

 テオドールは“透明な存在を見ることを可能にする”というエンチャントのついた装備品を身に着けており、そのため騎士達が透明になったということがわからなかったのだ。

 ノースティリスには透明で厄介なモンスターがいるため常に装備しているのだが、もはやこの状態が当たり前過ぎてすっかり忘れていた。

 

「え、テオドールさん、そんなギフトまで持っているのですか?」

「そりゃ丁度いいな。黒ウサギ、全員集めて白夜叉のところに行くぞ。あいつなら詳しい事情も知ってるだろ」

「わ、わかりました。ですが『丁度いい』とは?」

「これだけやられて向こうの頭も黙ってないだろうからな。その場でゲームになったりした場合都合が良いってだけだ」

 

 要するに、白夜叉に事情を聞くと共に彼女を介して“ペルセウス”に喧嘩を売るつもりなのだ。そしてギフトゲームが行われるとなった場合、テオドールの装備(ギフト)は非常に有利である。騎士達の全員が身に着けている点から、向こうはほぼ確実に透明化のギフトを使ってくると思って良いだろう。それも、こちらに無効化できる手段があると知らずに。

 

 そうと決まれば善は急げ。事の顛末を聞かされたジンや、無事に意識を取り戻した耀を含めた“ノーネーム”一同は“サウザンドアイズ”の支店へと向かった。




◆クズ石
わりと拾いやすいゴミ。アイテム調達依頼の対象になる他、神様の供物にもなる(しかも好物扱い)のでゴミの中ではそれなりの価値を持つ。

◆透明視
主にいらんポーションを投げつけてくる南瓜モンスターを殺すために存在する(断言)。PCだけ見えていてもペットは上手く攻撃してくれないので在庫に余裕があればペットにも着けてあげよう。


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会談と策略

 “サウザンドアイズ”支店の座敷に招かれた“ノーネーム”一同は、長机を間に挟み、“サウザンドアイズ”幹部の二人と向かい合うように座っていた。

 一人は白夜叉、もう一人は蛇皮の上着を着た線の細い男──“ペルセウス”のリーダー、ルイオスだ。

 ルイオスは舐め回すような視線を黒ウサギに向けている。その軽薄な雰囲気に違わず、好色な人物であるらしい。

 黒ウサギはそんな視線を無視して、白夜叉に事情を説明する。

 

「──“ペルセウス”が私達に対する無礼を振るったのは以上の内容です。ご理解頂けたでしょうか?」

「う、うむ。“ペルセウス”の所有物・ヴァンパイアが身勝手に“ノーネーム”の敷地に踏み込んで荒らしたこと。それを捕獲する際の数々の暴言と暴挙。確かに受け取った」

「同時に、こちらもまた正当防衛ではありましたが重傷者を出させたことは事実。これは互いに謝罪だけで済ませるべきことではありません。両コミュニティの決闘を持って決着をつけるべきかと」

 

 両コミュニティの直接対決。それが黒ウサギの狙いだった。

 レティシアが暴れ回ったなどというのは勿論捏造だが、それを止めようとしたテオドールが、駆けつけた騎士達のことをその暴言も相まってレティシアの仲間と勘違いして反撃してしまった、ということになっている。

 テオドールが攻撃したことについては誤魔化しようがないので、何とかそれっぽい形に仕上げたのだ。

 

「いやだ」

 

 対するルイオスの返答は、酷く簡潔だった。

 

「……はい?」

「いやだ。決闘なんて冗談じゃない。僕らにメリットないし。それにあの吸血鬼が暴れ回ったって証拠はあるの? 何でかうちのが怪我したのは事実だとしてもさ。そもそもそっちが先に手を出したんじゃない?」

「そんなこと、彼女の石化を解いてもらえれば」

「駄目だね。アイツは一度逃げ出したんだ、出荷するまで石化は解けない。それに口裏を合わせないとも限らないじゃないか。そうだろ? 元お仲間さん?」

 

 嫌味ったらしく笑うルイオス。レティシアとこちらの繋がりは知っているらしい。どうやら頭は悪くはないようだ。

 

「しっかし可哀想なヤツだよねーアイツも。箱庭から売り払われるだけじゃなく、恥知らずな仲間のせいでギフトまでも魔王に譲り渡すことになっちゃったんだもの」

「……なんですって?」

 

 飛鳥が訝しげに眉を寄せる。彼女はレティシアの状態を知らない。

 黒ウサギは声こそ上げなかったもののの、その顔に動揺が浮かんだのを見てとったルイオスが、更に畳み掛けた。

 

「報われない奴だよ。魂の一部であるギフトを馬鹿で無能な仲間のために捨てて、それでも得られた自由は仮初めのもの。他人の所有物っていう極め付けの屈辱に耐えてまで駆けつけたってのに、こんな悪者にされちゃあね」

「……え、な」

 

 黒ウサギは絶句し、顔面を蒼白に変えた。

 同時に幾つもの謎が解けた。魔王に奪われた筈のレティシアがこの東側に居るのも、神格が失われていたのも。魂を砕いてまで──彼女は、黒ウサギ達の元へ駆けつけたのだ。

 

 ルイオスはにこやかに笑って、蒼白な黒ウサギに右手を差し出す。

 

「まあ僕も鬼じゃない。どうしてもって言うなら取引してあげてもいいよ」

「……取引?」

「吸血鬼は返してやる。部下に怪我をさせたのも水に流す。代わりに、僕は君が欲しい。君は生涯、僕に隷属するんだ」

「なっ、」

「一種の一目惚れってやつ? それに“箱庭の貴族”という箔も欲しいし」

 

 再度絶句する黒ウサギ。飛鳥もこれには堪らず長机を叩いて怒鳴り声を上げた。

 

「冗談じゃないわ!」

「君は“月の兎”だろ? 仲間のために煉獄の炎に焼かれるのが本望だろ? 君達にとって自己犠牲ってやつは本能だもんなあ?」

()()()()()!」

 

 ガチン、とルイオスの下顎が閉じる。黒ウサギの瞳が揺れるのを飛鳥は見ていた。このまま言わせ続ければ彼女の迷いが大きくなりそうだったのだ。

 混乱するように口を抑えたルイオスだったが、何が起こったのかを理解すると、何と飛鳥の命令に逆らい口を動かし始めた。

 

「おい、おんな。そんなのが、つうじるのは──格下だけだ、馬鹿が!」

 

 激怒したルイオスが取り出したギフトカードから、光と共に現れる鎌。

 振り下ろされた刃を防いだのは十六夜だった。鎌の柄を蹴って弾き返し、軽薄な笑みを浮かべる。耀はその場で威嚇する猫のように臨戦態勢をとっていた。

 一触即発。

 

「ええいやめんか戯け共! 話し合いで解決できぬなら門前に放り出すぞ!」

 

 白夜叉が場を収めんと吠える。

 それによって生まれた一瞬の静寂の間に、テオドールがダン! と長机に何かを叩きつけた。

 自然とそちらに注目が集まる。そこにあったのは二本の杖だ。それぞれ色が異なる、生き物の目のような宝石が取り付けられている。

 ノイロックが引きつったような声を出した。

 

「おい、ボス、それって」

「……何のつもり?」

 

 依然殺気立つルイオスに睨みつけられたテオドールは、涼しい顔で答える。

 

「先程お前は“決闘を受けるメリットがない”と言った」

「……ああ、そんなこと言ったっけ? それで?」

「この二本の杖は“支配の杖”と“願いの杖”というギフトだ。それぞれの効果は名前の通り。“支配の杖”は相手を強制的に隷属させ、“願いの杖”は使用者の願いを叶える。これを賭けて決闘をしよう」

「何!?」

 

 突然出されたとんでもない代物に、ルイオスはおろか白夜叉までもが目を白黒させる。その場にいる全員の殺気が一斉に霧散する程度には衝撃的だった。

 

「……んん、いや、でもそれって本物っていう証拠はないでしょ。そんなもの最下層のコミュニティが持ってるわけ、」

「自分はこの間異世界から召喚されたばかりで、これらは元の世界から持ち込んだものだ。使って見せて証明しても良いが、これはその効能故に一度しか使えない。効果のなくなった杖を受け取りたいというのなら見せるが」

「……ルイオスよ。“サウザンドアイズ”の名と旗印をかけて言うが、この杖にはその正体はともかくとして強大な恩恵を宿していると見える。私は強ち嘘は吐いていないように思えるぞ」

 

 白夜叉が真剣な顔でそう言うので、ルイオスはそれらの杖をまじまじと見つめた。

 もしテオドールの言うことが本当なら、純血の吸血鬼なんかよりも大きな価値がある。

 

「“願いの杖”に関してはいくつか制約がある。物品が欲しいと願うのであれば、それはこの世界に存在するものでなければならない。あまりに抽象的過ぎる願いも叶えられない。だが、お前が金銀財宝を願うのであれば、十分な金額がお前の足下に転がっているだろう」

「な、るほどね」

 

 何でも叶うわけではない、と聞いて、逆に少しずつ信じる気になったようだ。何でもできてしまうよりリアリティがあるからだろう。

 とはいえテオドールは最初から別に嘘は吐いていない。敢えて黙っていることはいくつもあるが、教えてやる必要はない。

 

「これらの杖と黒ウサギをこちらは賭ける。そちらは吸血鬼を賭けて決闘を行う。ゲームはそちらが用意できる最難関のもので構わない。どうだ?」

「……確かに、杖に何か恩恵は付与されているようだけど」

 

 未だ渋る様子のルイオスに、テオドールは駄目押しする。

 

「もし後から杖が偽物だと証明された場合は吸血鬼は返却するし、ついでにそこに居る耀と飛鳥、スビンもつける」

「ちょっとテオドール!?」

「ふうん?」

 

 ルイオスが飛鳥と耀、そしてスビンを順に見やった。黒ウサギに比べれば三人ともまだ未熟な身体付きではあるが、見目は悪くない。気高そうなお嬢様一人と、素朴だが純粋そうな娘が二人。何とも遊び甲斐がありそうだし、そうでなくとも()()()()趣味の者に高く売れるだろう。もしこれらを得られるのなら、十分な採算が取れる。

 それに、ルイオスには切り札がある。いくら騎士達を数人撃退したと言えども所詮は“名無し”、勝算は十分だ──と、ルイオスは思っていた。

 

「オッケー、乗ってあげるよ。但し、そこの女三人は最初から賭けて貰う。負けたら全員、僕の奴隷だ」

「構わない」

「よし。それじゃあ明日、うちの本拠に来てよ。“契約書類”はその時に見せる。……じゃあ僕はお暇させてもらいますよ、白夜叉様?」

「……あ、ああ」

 

 ルイオスはご機嫌な様子で座敷を出ていった。邪欲的な視線から解放され、スビンはほっと一息つく。そういう視線に晒されたことが無いとは言わないが、好きでもない相手に向けられたいものではない。

 勝手に景品にされた飛鳥と耀は、不満気な様子も隠さずテオドールを睨んだ。

 

「何だ?」

「作戦だとわかっていても、勝手に売られるのは良い気持ちではないわ。しかもあんな男に」

「うん。ルイオスだっけ、黒ウサギのことも嫌な目で見てたし」

「そうか」

 

 テオドールは特段気にした様子もなく頷くだけだった。その様子に余計に文句をつけたくなったが、そもそも彼自身も奴隷を持つ身であるし、あまりそういったことに嫌悪感を持っていないのかもしれない。飛鳥はそう自分に言い聞かせ、溜め息を吐くだけに留めた。

 

「まあいいわ。とりあえずこれで“ペルセウス”との決闘は取り付けられたのだし。それはテオドールのお手柄ね」

「それで、あの、テオドールさん。その杖ですが……本当に願いが叶うのですか?」

 

 ジンがおずおずと尋ねる。もし本当なら、“ノーネーム”の名と旗印を取り戻すという目標にぐっと近くなる……というか、最悪この杖一本で全て解決しかねない。

 

「ある程度は叶うが、先程説明したように願えるものには制約がある。それ以前にこの世界では恐らく使えない。この杖は自分の世界に居る願いの神に願いを伝えるものだから」

「そうですか……」

「一度試すか?」

「い、いえ! そんな貴重なもの使わせられません!」

 

 ぶんぶんと両腕を振って遠慮するジン。そこまで恐縮しなくとも、テオドールは何十本とストックしているので構わないのだが。

 それでもこの世界では使えないというのは恐らく間違いではないだろうし、使えたとしてそれを頼りにされても困るので、テオドールは黙っていることにした。

 白夜叉は、支配の杖の方を指差す。

 

「こっちの杖は強制的に相手を隷属させると言ったが、これも事実か?」

「事実だが、実力のある相手にはほぼ確実に抵抗されるし、そもそも使用者に魔道具を扱う技量がなければ効果を発揮しない。こちらの世界の知識がないルイオスに使えるとは思えない」

「なるほどの。嘘は吐いていないが、重要なことは何一つ言わなかった訳だな」

 

 半ば呆れたように白夜叉は苦笑した。

 自分には使えないかもしれない、という発想に至らなかったのはルイオスの傲慢さ故であるが、その傲慢さに足を掬われたようだ。

 

「ま、あのお坊っちゃんがそれに気付くことはないと思うけどな」

「そうね。私達の身までかかっているんだもの、負けるなんて有り得ないわ」

 

 “ノーネーム”一同に、負けるかもしれないという不安はなかった。ガルドの時のように相手にゲームのルールを委ねてしまってはいるが、テオドールが予想以上に豊富なギフト(アイテム)を持ち合わせているために、多少のことならば対応できるだろうという楽観が生まれている。

 それ以上に、あんな下種に負けてやるつもりは到底無い。特に女性陣は、あの嫌らしい男に一泡吹かせてやろうと一層闘志を燃やしていた。

 

   ◆

 

『ギフトゲーム名 “FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

          テオドール

          スビン

          ノイロック

 ・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 ・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

 ・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒。

 ・敗北条件 プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

       プレイヤー側のゲームマスターの失格。

       プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・舞台詳細・ルール

 *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

 *ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない。

 *姿を見られたプレイヤーは失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。

 *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行する事はできる。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトネームに参加します。

 “ペルセウス”印』

 

 次の日。“ノーネーム”一同は、白亜の宮殿の門前に居た。

 宮殿は“ペルセウス”の本拠であると同時にゲームの舞台でもあるらしく、“契約書類”に承諾したと同時に箱庭から隔離され、未知の空域に浮かぶ宮殿へと変貌していた。

 

 ゲームのルールはそれなりに厳しそうだ。黒ウサギは審判としてしか参加できないため、テオドール達は総勢七名でルイオスの居る宮殿の最奥まで、しかも主催者側には気付かれずに到達しなければならない。

 恐らく本来はもっと大人数で挑むべきゲームなのだろう。これだけの人数で集団行動していてはあっという間にゲームオーバーである。クリアするためにはしっかりと役割分担をする必要があった。

 

「テオドールさん達は不可視の相手も見えるそうなので、索敵係が良いでしょうね」

「ボスがいるんじゃ索敵に三人もいらねえだろ? オレは派手に暴れて相手の数を削ぐ役でもすっかね」

「ゲームマスターに挑むのは戦力的に考えて俺とテオドールだな」

 

 短い話し合いを経て、飛鳥と耀、ノイロックがそれぞれ散らばって主催者側の注目を集め、残りのメンバーがジンと共に最奥を目指すこととなった。

 飛鳥と耀は直接的にルイオスを殴れないことに不平を示したものの、実力という点においては十六夜とテオドールが抜きん出ていることは理解しており、渋々ながらも了承してくれた。

 

「それじゃ、行くとするか。鬼が出るか蛇が出るか──ってな!」

 

 十六夜が門を蹴り破る轟音と共に、“ノーネーム”は宮殿へ突入した。



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FAIRYTALE in PERSEUS

「ぎゃっ」

 

 不可視のギフトを装備していることで油断していたのだろう、巡回していた騎士の一人があっさりとスビンの一撃を受けて失神する。

 スビンは兜を回収して戻ってくると、ジンに被せてやった。これでゲームマスターであるジンを発見される可能性は限りなく低くなる。

 

 現在テオドール達は、スビンを先頭に、十六夜、ジン、テオドールの隊列で進んでいた。不可視を破れるスビンが失格を気にせず突貫して道を切り開き、最後尾のテオドールは後ろからの敵を警戒するという分担になっている。

 道中は思いのほか敵が少なく、背後からの襲撃も今の所一度もない。囮の効果が存分に出ているようだ。時折遠くで聞こえる怒号やら爆発音からして、ノイロック達は好き放題暴れているらしい。

 唯一心配なのは身体能力に難がある飛鳥だが、彼女の言葉に従わせるギフトが他のギフトにも作用するということがわかり、水樹の苗を持ち込んでいる。水流を放出することで攻撃に転用しようという考えで、そうやって遠距離から攻撃を行っていれば簡単にやられることもないだろう。

 

「不安になるくらい順調だな。欲を言えば兜がもう一つ、二つは欲しいところだが」

「思っていたよりこの兜を使っている人間がいませんね」

「お嬢様達に引きつけられてるってのもあるんだろうが、安易に奪われないように数を絞ってるんだろうな。まあ、しばらくは問題ないだろ。引き続き露払いは頼んだ」

「任せて下さい」

 

 その後も特にこれといった障害も無く、スビンは行く手に現れる敵を淡々と処理していたのだが、ふと足を止めた。

 

「どうした」

「いえ、あそこにいる騎士……何かおかしくないですか?」

 

 テオドールも壁に隠れるように覗き込んで見れば、向こうに人間大の鉄槌を構えた一人の騎士が立っている。こちらにはまだ気付いていないようだが、確かに何か妙だ。兜のデザインからして彼も不可視の状態であるのだろうが、それ以上に少し目を離せば見失ってしまいそうな気がする。

 

「……気配がないな」

「気配、ですか?」

 

 気配というのが何を指すかは曖昧になってしまうが、テオドールの感覚からはそうとしか言いようがなかった。視覚以外からあの騎士の情報を感じない、とでも言えば良いのか。しかも廃人であるテオドールがそう感じるのだから、気配を隠すことに余程長けているのだろうか。

 

「それってもしかして、“本物”を使ってるんじゃないのか?」

「そうか。ペルセウスがメドゥーサ退治に使ったハデスの兜は、本来神をも欺く代物です。僕が今被っているようなレプリカよりも高性能であることは間違いありません。気配を完全に絶つくらいは有り得ます」

「その本物もテオドール達には見えちゃってる訳だけどな。“透明になる”ギフトである以上、“透明なものを視る”ギフトには勝てないのかね」

 

 心底残念そうに言う十六夜に、ジンが苦笑いを浮かべる。いくら神代のギフトと言えども、出来ることもあれば出来ないこともある。

 

 ともかく、何がおかしいのかはわかった。気配がないというだけなら、視界外からの奇襲でなければ対応できる。スビンは武器である大剣を握りしめると、騎士に向かって駆けて行った。

 騎士は本来ならば見えていない筈なのに、真っ直ぐにこちらに目掛けて来る少女に目を瞠りながらも、振るわれた大剣を鉄槌で受け流す。判断力も技量も高い。他の騎士と武器が違うことからしても、彼は隊長格なのだろう。

 スビンはどちらかというと力押しの戦闘スタイルだ。受け流された大剣をそのまま振り抜くと、その場で一回転してもう一度叩きつける。騎士の使う鉄槌はその大きさに見合った重量であるようで、その動きに素早く反応できなかった。大剣が容赦無く、本物だという兜に叩きつけられる。

 流石は神話級のギフトと言うべきか、兜そのものが駄目になることはなかったものの、廃人のペットの腕力から繰り出された衝撃は計り知れない。あからさまに騎士の足元がふらついたが、それでもまだ意識は手放していないあたり彼も尋常ではない鍛え方をしているらしい。

 しかしそれも、二撃目を耐える程ではなかった。仕留めきれなかったと悟ったスビンがすぐさま大剣で胴を打ち据えると、壁に叩きつけられると同時に騎士は動かなくなった。

 騎士の健闘に敬意を表する、なんてことをする訳もなく、さっさとその兜を剥いだスビンが戻ってくる。

 

「終わりました。十六夜とテオドール様、どちらが被りますか?」

「十六夜でいいだろう」

「おっ、サンキュー。……御チビ? どうした?」

「い、いえ」

 

 改めてスビンの容赦の無さに若干引いた、などとはとても言えないジンであった。

 

   ◆

 

 ルール上、失格となってしまっているスビンを残し、テオドール達は白亜の宮殿の最奥である最上階へ踏み込んだ。

 

「皆さん!」

 

 審判として待っていた黒ウサギがほっとしたように溜め息を漏らす。

 最奥には天井がなく、闘技場を思わせる簡素な造りとなっている。上空を見上げれば、こちらを見下ろす人影があった。

 

「──ふん、ホントに使えない奴ら。今回の一件でまとめて粛清しないと」

 

 ブーツから生えた光の翼を羽ばたかせ、ルイオスは懐から“ゴーゴンの首”の紋が入ったギフトカードを取り出した。

 

「何はともあれ、ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう」

 

 ギフトカードから取り出したのは燃え盛る炎の弓。そのギフトを見て黒ウサギの顔色が変わった。

 

「……炎の弓? ペルセウスの武器で戦うつもりはない、という事でしょうか?」

「当然。空が飛べるのになんで同じ土俵で戦わなきゃいけないのさ」

 

 小馬鹿にするように答えたルイオスは、首にかかったチョーカーを外し、付属している装飾を掲げる。

 

「メインで戦うのは僕じゃない。僕はゲームマスターだ。僕の敗北はそのまま“ペルセウス”の敗北になる。そこまでリスクを負うような決闘じゃないだろ?」

 

 腐っても五桁のコミュニティを率いているだけあって、傲慢ではあれど慢心はしていないようだった。とはいえ、目先の賞品に釣られて決闘を受けてしまったのはまだ若い証拠か、とテオドールは冷静に分析する。

 ルイオスの掲げたギフトが光を放ち始め、十六夜がジンを庇うように前に出る。

 光が一層強くなり、ルイオスは獰猛な表情で叫んだ。

 

「目覚めろ──“アルゴールの魔王”!」

 

「ra……Ra、GEEEEEYAAAAAaaaaa!!!!」

 

 光が褐色に染まり、甲高い女の声が響き渡る。狂いそうな程の不協和音。とても人のものとは思えない。

 現れた化物のような女は灰色の翼を持ち、体中に拘束具と捕縛用のベルトを巻いていた。乱れた灰色の髪を逆立たせ、更なる絶叫と共に両腕を拘束するベルトを引き千切る。

 

「な、なんて絶叫を」

「避けろ、黒ウサギ!!」

 

 えっ、と硬直する黒ウサギを抱きかかえ、十六夜がその場を飛び退いた。同じようにして、テオドールがジンを抱えて跳躍する。

 直後、空から巨大な岩塊が山のように落下してきた。二度三度、続く落石を避け回る十六夜達をルイオスは高らかに嘲る。

 

「いやあ、飛べない人間って不便だよねえ。落下してくる雲も避けられないんだから」

「く、雲ですって……!?」

 

 落下してきた岩塊の正体。それは、“アルゴールの魔王”と呼ばれた女の力によって石化した雲だった。

 ペルセウスが退治したゴーゴンと呼ばれる怪物は、その目に映るものを石化する力を持っていた。そして“アルゴル”とは、星座のペルセウス座において“ゴーゴンの首”に位置する恒星でもある。

 ゴーゴンの魔力である石化の力を備えた、一つの星の名を背負う大悪魔。元魔王にして箱庭最強種の一角、“星霊”がペルセウスの切り札だった。

 

「今頃は君らのお仲間も部下達も全員石になってるだろうさ。ま、無能にはいい体罰かな」

 

 不敵に笑うルイオス。今の一瞬で、アルゴールは広がる世界全てを石化していたのだ。

 それだけの力を持つにも関わらず十六夜やテオドールを即座に石化しなかったのは、やはり彼の享楽的な嗜好によるのだろう。ただ勝つだけではつまらない、ということだ。そういう嗜好はテオドールも嫌いではない。

 

「下がってろよ御チビ。テオドール、御チビは任せた」

 

 アルゴールの力を前にして、十六夜は高揚した様子でこちらを振り返った。彼も快楽主義者を自称する人間だ。根本ではルイオスも十六夜も、似た者同士なのかもしれなかった。

 テオドールは十六夜の言葉に頷くと、ジンと共に一歩下がる。

 

「ん? 三人でかかってこないのかい?」

「おいおい自惚れるなよ。オマエ如き俺一人で充分だ。うちの坊っちゃんが手を出すまでもねえ」

 

 あたかもジンが実力者のように振る舞っている。どうやら今回の騒動も広報に使うつもりらしい。

 十六夜が一人でゲームマスターに挑むというのは事前に取り決めていたことだ。十六夜が楽しみたいから、というのもあるが、ジンもまた、十六夜の実力をその目で把握したいという思いがあった。テオドールについては、スビンの主人であるという点から少なくとも彼女よりは強いのだという判断を置いたらしく、ジンの守護に回されることになった。

 しかしそんなことを知らないルイオスは侮辱されたと思ったようで、肩を震わせて叫んだ。

 

「はっ。名無し風情が、精々後悔するがいいッ!」

「ra、GYAAAAaaaaaa!!」

 

 輝く翼と、傷だらけの灰翼が舞う。

 ルイオスはアルゴールの影に隠れながら炎の弓を引く。

 蛇のように蛇行する軌跡の炎の矢に対して十六夜は、

 

「喝ッ‼」

 

 気合い一喝で弾き飛ばした。

 そのでたらめな肺活量にはさすがのテオドールも驚いた。声量だけで矢を弾き飛ばすなど考えたこともない。轟音のブレスのようなものだろうか。

 

 ルイオスは無駄を悟り、舌打ちして炎の弓を仕舞う。代わりにギフトカードから取り出したのは鎌のように湾曲した刃を持つ武器、ハルパーだ。

 “星霊殺し”のギフトを付与されたそれを手に、ルイオスは縦横無尽に空を駆けて十六夜を追い詰める。

 

「押さえつけろ、アルゴール!」

「RaAAAAA!! LaAAAAAA!!」

 

 甲高い叫び声を上げて振り下ろしたアルゴールの両腕を、十六夜が組み合うようにして握りしめる。

 

「いいぜいいぜいいなオイ! いい感じに盛り上がってきたぞ……!」

 

 十六夜とアルゴールの手が重なる。しかし押し合いになったのは一瞬。アルゴールは耐えきれずにねじ伏せられた。

 

「GYAAAAaaaa!!」

「はは、どうした元・魔王様! 今のは本物の悲鳴みたいだぞ!」

 

 獰猛な笑顔で腹部を幾度も踏みつける十六夜。楽しそうで何よりだが、もはやどちらが悪役かわからない。

 ちらりとテオドールがジンを見ると、完全に顔を引き攣らせていた。

 

「図に乗るな!」

「テメェがな!」

 

 背後に回ったルイオスを、十六夜の蹴りが迎え撃つ。辛うじてハルパーの柄で受け止めたルイオスだったが、あまりの威力に自分ごと吹き飛ばされる。

 跳躍してそれに追いついた十六夜が挑発した。

 

「どうした? 翼があるのに不便そうだな?」

「貴様ッ!」

 

 怒りに任せてハルパーを振るうが難なく十六夜に受け止められ、今度は地面に投げ飛ばされた。

 

「ガッ!」

「Gya……!」

 

 昏倒していたアルゴールにルイオスが重なるように叩きつけられ、二つの呻き声が漏れる。

 このままだと本当に自分の出番は無いかもしれない、とテオドールが失望にも似た気持ちでいると、ルイオスが更に手札を切った。

 

「アルゴール! 宮殿の悪魔化を許可する! 奴を殺せ!」

「RaAAAaa! LaAAAAAA!」

 

 謳うような不協和音が世界に響く。白亜の宮殿は黒く染まり、壁は生き物のように脈を打つ。まるで宮殿が生き物に変貌したかのようだ。

 蛇の形をした石柱が動き出し、テオドール達にも襲いかかる。テオドールはジンを担ぎ、蛇を切り払った。

 

「これも伝承由来のギフトか?」

「ええと、そうだと思います。ゴーゴンには様々な魔獣を生み出した伝説がありますから」

 

 ルイオスはテオドールの姿どころか十六夜のことすら目に入っていない様子で、狂気じみた形相で叫んだ。

 

「もう生きて帰さないッ! この宮殿はアルゴールの力で生まれた新たな怪物だ! 貴様らの相手は悪魔と宮殿の怪物そのもの! このギフトゲームの舞台に逃げ場は無いものと知れッ!」

 

 その言葉を証明するかのように、魔宮はその外壁を、柱を、蛇蝎の如き姿に変える。

 四方八方から襲う蛇をさくさくと処理しながらテオドールが十六夜の方を見れば、彼は千の蛇に呑み込まれていた。

 十六夜は焦る様子もなく、その中心でボソリと呟く。

 

「そうかい。つまり、()()()殿()()()()()()()()()()()?」

 

「「え?」」

 

 嫌な予感がしたジンと黒ウサギだったが、止められる筈もなく。十六夜が無造作に上げた拳が、黒に染まった魔宮に向かって振り下ろされた。

 千の蛇蝎は一斉に砕け、闘技場が崩壊し、瓦礫が四階を巻き込んで三階まで落下する。

 テオドールは崩落に任せて着地すると、ジンを安全そうな位置に下ろした。瓦礫がいくつかぶつかった気がしたが、あってかすり傷だ。

 ジンが化物を見るような目をしている。十六夜に向けたものだろう。

 

 上空へと逃げていたルイオスは、この惨状に息を呑んだ。

 

「……馬鹿な。どういうことなんだ!? 奴の拳は、山河を打ち砕く程の力があるのか!?」

「おい、ゲームマスター。これでネタ切れってわけじゃないよな?」

 

 やや不機嫌そうに声をかける十六夜に、ルイオスは屈辱で顔を歪ませた。たった一人に、あまりにも一方的に押されている。しかも所詮は名無しと見くびった相手に。

 しばし悔しそうに表情を歪めていたルイオスは──スッと真顔に戻ったかと思うと、凶悪な笑顔を浮かべる。

 

「もういい。()()()()()、アルゴール」

 

 星霊・アルゴールが謳うような不協和音と共に、褐色の光を放つ。アルゴールを魔王に至らしめた根幹、天地に至る全てを灰色に変える石化のギフト。

 褐色の光に包まれた十六夜は、真正面からその瞳を捉え──

 

「ゲームマスターが、いまさら狡い真似してんじゃねぇ!!」

 

 褐色の光を、()()()()()

 比喩でも何でもない。十六夜の振り下ろした足が、アルゴールの放つ褐色の光をまるでガラス細工のように砕いたのだ。

 砕け散った光はその存在を霧散させる。

 

「せ、“星霊”のギフトを破壊した!?」

「有り得ません! あれだけの身体能力を持ちながら、ギフトを破壊するなんて!」

 

 階下から見ていたジンと黒ウサギが悲鳴を上げる。

 テオドールもまた非常に珍しいことに、ポカンとしていた。テオドールにもああいう手合いのものを無効化する手段は無くもないが……それは装備によるものや、魔法を使った上でのこと。

 身一つで、しかも魔力もない人間が、成し遂げられることなのだろうか。十六夜に宿る“正体不明(コード・アンノウン)”とは、一体どれほどの力を秘めているのだろう。

 

「さあ、続けようぜゲームマスター。“星霊”の力はそんなものじゃないだろ?」

 

 やる気満々の十六夜だが、見るからにルイオスの戦意は枯れている。黒ウサギが溜め息混じりに割って入った。

 

「残念ですが、これ以上のものは出てこないと思いますよ?」

「何?」

「アルゴールが拘束具に繋がれて現れた時点で察するべきでした。……ルイオス様は、星霊を支配するには未熟過ぎるのです」

「っ!?」

 

 ルイオスの瞳に灼熱の憤怒が宿る。射殺さんばかりの眼光を放つルイオスだが……否定する言葉を持たないようだった。つまり、それが真実なのだ。

 これで勝敗は決した。黒ウサギが宣言しようとした、その時。

 

「ああ、そうだ。もしこのままゲームで負けたら……お前達の旗印。どうなるか分かっているんだろうな?」

「な、何?」

 

 この上なく凶悪な笑みで告げる十六夜に、ルイオスは不意をつかれたような声を上げた。

 レティシアを取り戻すために旗印を手に入れるのではなかったのか。

 

「旗印を盾にして即座にもう一度ゲームを申し込む。そうだなあ、次はお前達の名前を戴こうか」

 

 ルイオスの顔から一気に血の気が引いた。砕けた宮殿、石化した同士達。こんな壊滅した状態で戦うなど不可能だ。

 ここで敗北すれば旗印を奪われる。そうなれば“ペルセウス”は決闘を断ることはできない。負ければ確実に、そして徹底的に十六夜は“ペルセウス”の存在を貶めるだろう。

 ルイオスは今、コミュニティの危機に立たされている。

 

「や、やめろ……!」

「そうか、嫌か。ならもう方法は一つしかないよな?」

 

 にこやかに笑う十六夜が、指先で誘うように挑発する。

 

「来いよ、ペルセウス。命懸けで──俺を楽しませろ」

 

 獰猛な快楽主義者がゲームの続行を促す。まだまだ遊び足りないとでも言うように。

 ルイオスは──覚悟を決めて叫んだ。

 

「負けない……負けられない、負けてたまるか! 奴を倒すぞ、アルゴオォォル!!」

 

 輝く翼と灰色の翼が羽ばたく。ルイオスはコミュニティのリーダーとして、組織の危機を救うために駆け出した。

 たとえその先に、敗北の道しか残されていなかったとしても。




◆轟音のブレス
その名の通り音属性のブレス。モンスター専用技能なのでいくら廃人でも使えません。

◆飛べない人間
テオドールも羽生えてるけど擬態してるので気付かれませんでした。

◆化物を見るような目
二次小説書いてて改めて十六夜の強さヤバイなって思いました。
なおジンの目はもちろん二人に向けられています。


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招待状:火竜誕生祭

 “ノーネーム”農園跡地。見渡す限り荒廃した白地の土地に、黒ウサギとレティシアが佇んでいた。

 

「……酷いな。ここがあの農園区とは。石と砂利しかないじゃないか」

 

 しゃがみ込んだレティシアが砂利を一握り掬って零し、土壌を確かめる。

 

「コレはもう駄目だ。土地が死んでいる。水があったからといって、生き物が巣食う余地がない。土壌を復活させるためには膨大な時間がかかるだろう」

「……はい」

 

 二人は同時に溜め息を吐く。三年前まで豊潤な土地があった農園は見る影もない。コミュニティの支えとなっていた土地はもう何処にもないという切なさが、二人の胸に去来する。

 箱庭の世界を襲う、唯一にして最大の天災──“魔王”の傷跡は、仲間や誇りだけでなくコミュニティの未来さえも奪うほど巨大なのだ。

 

「あ、レティシア様。裾に砂利が」

「おおすまない。まだあまり慣れなくてな」

 

 レティシアは立ち上がり、フリルが付いたスカートの裾から砂利をはたいて落とした。そして自分の服装を見下ろす。

 

「ふむ。……やはり私が着るには少し可愛すぎると思わないか?」

「そんなことございません、とても良くお似合いですよ」

「そうか? まあ主殿達が選んだものだしな。家政婦にしては少し愛嬌が有りすぎる気もするが」

「あはは……」

 

 黒ウサギが苦笑いする。

 レティシアが今着ているのは以前の衣装とは異なり、清楚かつ愛らしいエプロンドレス……所謂、メイド服であった。

 

 “ペルセウス”との決闘後に石化が解かれたレティシアは、問題児達の強い要望により“ノーネーム”でメイドとして働くことになったのだ。

 純血の吸血鬼かつ元・魔王。それ以上に黒ウサギにとってはお世話になった先輩である。無論止めようとしたのだが、本人が恩義を理由にそれを了承してしまったため、今やレティシアは“ノーネーム”に所属する立派なメイドさんだ。

 黒ウサギとしては複雑な思いだが、本人が満更でもなさそうなのでそういうことになった。

 

「そういえば黒ウサギ。土地の再生のためにも目下の目標は南側の収穫祭だが、北側の大祭はどうする? 収穫祭まで時間もあるし、主殿達が聞けば喜ぶと思うが」

「うっ」

 

 あからさまに視線を背けた黒ウサギに、レティシアはやや眉を顰めた。

 

「なんだ、話してないのか? 北と東のフロアマスターが行う大祭なのだろう? 七桁は最下層とはいえ華やかなものになるのは間違いない。主殿達ならば」

「いえ、その……実は路銀がないのでございます。境界壁に行くのも、無理に無理を重ねて一回が限度で……」

 

 黒ウサギの気まずそうな言葉に、レティシアも閉口する。苦笑と共に溜め息を吐いた。

 

「……貧乏は辛いな」

「で、ですがもう少しの辛抱でございます! 十六夜さん達なら必ず南側の収穫祭でギフトを」

「く、黒ウサギのお姉ちゃぁぁぁぁん! 大変ーーーーー!!」

 

 叫び声に振り返る。本拠に続く道の向こうから、割烹着姿の年長組の一人──狐の耳と尻尾を持つ少女、リリが泣きそうな顔で走ってきた。

 

「こ、これ、手紙!」

 

 パタパタと忙しなく二本の尾を動かしながら、リリが黒ウサギに手紙を渡してくる。とてつもなく嫌な予感に襲われつつ、黒ウサギは折り畳まれたそれを素早く開いた。

 

『黒ウサギへ。北側で開催する祭典に参加してきます。貴女も後から必ず来ること。あ、あとレティシアもね。

 私達に祭りのことを意図的に黙っていた罰として、今日中に私達を捕まえられなかった場合は()()()()()()()()()()()()退()()()()。死ぬ気で探してね。応援しているわ。

 P.S. ジン君は道案内に連れて行きます』

 

「…………、」

「…………?」

「────!?」

 

 たっぷり黙ること三十秒。黒ウサギは手紙を持つ手をワナワナと震わせ、悲痛な叫び声を上げた。

 

「な、……何を言っちゃってんですかあの問題児様方あああぁぁ!!」

 

   ◆

 

 時は少し遡り、“ノーネーム”本拠、地下三階の書庫にて。

 山積みの本に囲まれながらテオドールが本を読んでいると、視界の隅で十六夜が頭をもたげた。

 

「……ん……おお、テオドール」

「おはよう、と言うにはまだ眠そうだ」

「まあなー。御チビは……寝てるか」

 

 ふぁ、と大きな欠伸をして身体を起こした十六夜だが、まだまだ眠気は覚めないらしい。ジンの方は机に身体を突っ伏したまま、安らかに寝息を立てている。

 毎朝早くに本拠を出て、帰ってきては夜更けまで書籍を漁る、というのが十六夜の箱庭におけるライフスタイルだ。ジンは書庫への案内を兼ねて毎晩それに付き合い、テオドールもギフトゲーム攻略の糧にすべく異世界の知識──主に伝承などを知るため、時折こうして同伴していたのだった。

 そんな生活を毎日していれば当然の如くいずれ限界は来る。そのためこうして二人共部屋に戻らぬうちに寝落ちしていたというわけである。

 テオドールは徹夜など慣れているし、彼らのように毎晩そうしていたわけでもないので、今朝は寝ている二人を放置してずっと一人で本を読み耽っていた。

 

 俺ももう少し寝るかな、と十六夜が二度寝に入ろうとした時、飛鳥が慌ただしく階段を下りてきた。

 

「十六夜君! テオドール! 何処にいるの!?」

「……うん? ああ、お嬢様か……」

 

 一瞬頭を上げた十六夜だったが、ゆるゆると二度寝の体勢に戻っていく。飛鳥は散乱した本を踏み台に、十六夜に飛び膝蹴り──別名、シャイニングウィザードで強襲。

 

「起きなさい!」

「させるか!」

「グボハァ!?」

 

 飛鳥の蹴りは盾にされたジンに見事命中し、寝起きを襲われたジンは三回転半して吹き飛んでいった。

 

「ジ、ジン君がぐるぐる回って吹っ飛びました! 大丈夫!?」

「……側頭部を膝で蹴られて大丈夫な訳ないと思うな」

「ありゃ死んだか」

「何とか生きてるみたいですよ。やったのが飛鳥じゃなければ死んでました」

 

 後からリリに耀、ペット達も追いかけてきて、書庫がにわかに騒がしくなる。

 ジンを吹っ飛ばした張本人の飛鳥は、特に気にも留めず腰に手を当てて叫んだ。

 

「緊急事態よ! 二度寝している場合じゃないわ!」

「そうかい。それは嬉しいが、側頭部にシャイニングウィザードは止めとけお嬢様。俺は頑丈だから兎も角、御チビの場合は命に関わ」

「いいからコレを読みなさい!」

 

 眠気からか不機嫌そうな十六夜に、飛鳥が開封された招待状を押し付けた。

 

「双女神の封蝋……白夜叉からか? あー何々? 北と東の“階層支配者”による共同祭典──“火龍誕生祭”の招待状? オイ、ふざけんなよお嬢様。こんなクソくだらないことで俺はシャイニングウィザードで襲われたのか!? クソが、少し面白そうじゃねえか行ってみようかなオイ♪」

「ノリノリね」

 

 不機嫌さも睡魔もどこへやら、十六夜は身体をしならせて飛び起きると颯爽と制服を着込んだ。この男がお祭りと聞いて参加しないわけがない。

 しかしリリが血相を変えて呼び止める。

 

「ま、ままま、待って下さい! 北側に行くとしてもせめて黒ウサギのお姉ちゃんに相談してから……ほ、ほら! ジン君も起きて! 皆さんが北側に行っちゃうよ!?」

「……北……北側!?」

 

 失神していたジンが飛び起きた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください皆さん! 北側に行くって、本気ですか!?」

「ああ、そうだが?」

「テオドールも行くわよね?」

「当然だ」

「何処にそんな蓄えがあるというのですか!? 此処から境界壁までどれだけの距離があると思っているんです!? リリも、大祭のことは皆さんには秘密にと──」

「「「秘密?」」」

 

 重なる疑問符。ギクリと硬直するジン少年。失言に気付いた時にはもう手遅れだった。

 

「こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだ、私達。ぐすん」

「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張ってるのに、とっても残念だわ。ぐすん」

「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」

 

 泣き真似をする裏で、物騒に笑う問題児達。

 哀れな少年、ジン=ラッセルは問答無用で拉致され、問題児一同は東と北の境界壁を目指すのだった。

 

 ◆

 

 リリに手紙を預けた後、一同は2105380外門の前にある噴水広場まで来ていた。

 “六本傷”の旗印を掲げるカフェに陣取り、飛鳥が赤いドレススカートから伸ばした足を組み替えながら問う。

 

「それで、北側まではどうやって行けばいいのかしら?」

「予想はしてましたけど……もしかして、北側の境界壁までの距離を知らないのですか?」

「知らねえよ。けどそんなに遠いのか?」

 

 怪訝な表情で返す十六夜に、ジンは天を仰いで思考し、

 

「此処は少し北よりなので、大雑把でいいなら……980000kmぐらいかと」

「「「うわお」」」

 

 あまりの馬鹿げた数字に気の抜けた声が出る。ざっくり換算してもイルヴァや地球を二十周は回れるレベルだ。

 

「いくら何でも遠すぎるでしょう!?」

「ええ、遠いですよ!! 箱庭の都市は、中心を見上げた時の遠近感を狂わせるように出来ています。あの中心を貫く“世界軸”までの実質的な距離は、目に見えている距離よりも遥かに遠いんです!」

 

 机を叩いて抗議する飛鳥に、負けじと叫ぶジン。

 一見して巨大な箱庭の都市だが、本当は一層巨大な都市であるらしかった。そもそもこの箱庭の世界が恒星級の表面積を持っているというのだから恐れ入る。

 

「テオドールの魔法でどうにかならないかな」

「お前ら魔法を便利に考え過ぎじゃねえか? ボスが使える〈帰還〉の魔法じゃ一度行ったとこにしか行けねえぞ」

「なら仕方がないわね。“ペルセウス”の本拠に向かった時のように、外門と外門を繋いで貰いましょう」

「……それはもしかして、“境界門(アストラルゲート)”を起動してもらうという事ですか?」

 

 飛鳥の提案に、ジンが苦々しい顔で問い返す。

 “境界門(アストラルゲート)”とは、莫大な土地を有する箱庭を行き来するために設けられた外門と外門を繋ぐシステムのことで、要するにテレポーターのようなものだ。

 しかしジンはこれにも難色を示した。

 

「“境界門”の起動を言っているなら断固却下です! 外門同士を繋ぐ“境界門”を起動させるには凄くお金がかかります! “サウザンドアイズ”発行の金貨で一人一枚! 七人で七枚! コミュニティの全財産を上回っています!」

 

 鬼気迫る叫びに再度黙り込む一同。

 テオドール達もいくらかギフトゲームをこなし、ある程度は稼いでいるのだが、元々逼迫していた“ノーネーム”の財政事情は未だ好転しているとは言えなかった。

 さすがにもう打つ手なしかと思われたが、一同は顔を見合わせて頷くと、

 

「黒ウサギ達にあんな手紙を残して引けるものですか!」

「おう! こうなったら駄目で元々! “サウザンドアイズ”へ交渉へ行くぞゴラァ!」

「行くぞコラ」

 

 半ばやけくそ気味のテンションで立ち上がり、ジンの首根っこを引っ掴んで“サウザンドアイズ”の支店へと向かった。

 

   ◆

 

 “サウザンドアイズ”の支店で待ち構えていたかのように現れた白夜叉に、一同は座敷へと招かれた。

 白夜叉は煙管で紅塗りの灰吹きを叩くと、珍しく真剣な表情で問う。

 

「条件次第で路銀は私が支払ってやる。だがその前に一つ問いたい。おんしらが魔王に関わるトラブルを引き受けるとの噂があるそうだが……真か?」

「はい。名と旗印を奪われたコミュニティの存在を手早く広めるためには、これが一番いい方法だと思いました」

 

 代表として答えるジンに、白夜叉は鋭い視線を向けた。

 

「リスクは承知の上なのだな? そのような噂は、同時に魔王を引きつけることになるぞ」

「覚悟の上です。今の組織力では上層に行けません。こちらから決闘に出向けないのなら、誘き出して迎え撃つしかありません」

「無関係な魔王と敵対するやもしれん。それでもか?」

「望む所です」

「……ふむ」

 

 ちらりとその他のメンバーの顔を見やり、白夜叉は瞳を閉じる。

 しばし瞑想した後、呆れた笑みを唇に浮かべた。

 

「そこまで考えてのことならば良い。これ以上の世話は老婆心というものだろう」

「で? 条件ってのは?」

「うむ。実はその“打倒魔王”を掲げたコミュニティに、東のフロアマスターから正式に頼みたいことがある。此度の共同祭典についてだ。よろしいかな、()()殿()?」

「は、はい! 謹んで承ります!」

 

 子供を愛でるような物言いではなく、組織の長として言い改める白夜叉。

 ジンは少しでも認められたことに、パッと表情を明るくして応えた。

 

「さて、どこから話そうかの……北のフロアマスターの一角が世代交代をしたのは知っておるか? 急病で引退だとか。まあ亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかったと見える。

 それで、此度の大祭は新たなフロアマスターである、火龍の誕生祭でな。五桁・54545外門に本拠を構える“サラマンドラ”──それが北のフロアマスターの一角だ」

 

 北側は様々な力がある種が混在しており、治安も良いとは言えないために“階層支配者(フロアマスター)”が複数存在しているらしい。

 “サラマンドラ”はその中でも旧“ノーネーム”と親交があったそうだ。代替わりについてはジンも初耳とのことだった。

 

「今はどなたが頭首を? やはり長女のサラ様か、次男のマンドラ様が」

「いや。頭首は末の娘──おんしと同い年のサンドラが火龍を襲名した」

 

 は? とジンが小首を傾げて一拍。みるみるうちに顔が驚愕に染まる。

 

「サ、サンドラが!? 彼女はまだ十一歳ですよ!?」

「あら、ジン君だって十一歳で私達のリーダーじゃない」

「そ、それはそうですけど……!」

 

 まだ子供であるジンが“ノーネーム”のリーダーに収まっているのは言ってしまえば成り行き、他に居なかったから暫定的にそうなっていたに過ぎない。一組織としてきちんと成り立っている“サラマンドラ”では状況が違うのだ。

 

「実は今回の誕生祭は北の次代マスターであるサンドラのお披露目も兼ねておる。しかしその幼さ故、東のマスターである私に共同の主催者(ホスト)を持ちかけてきた」

「それはおかしな話ね。北には他のマスターもいるのでしょう?」

「察するに、幼い権力者を良く思わねえ連中がいるっつうことだろ」

 

 ノイロックの言葉に、白夜叉は苦々しい顔で頷いた。

 

「その通りだ。東のマスターである私に話を持ちかけてきたのも、様々な事情があってのことでな」

「ところで、自分達はここで悠長に過ごしていて良いのか?」

「ん?」

 

 重々しく続けようとした白夜叉をテオドールが遮る。白夜叉は首を傾げたが、十六夜達はハッとした。

 リリに手渡した手紙を見れば、黒ウサギ達はすぐさま自分達を探しに出るだろう。路銀がないことは向こうもわかっている筈で、ただでさえ顔なじみのこの場所だ、探しに来る可能性は高い。いつまでもここに居てはすぐに捕まってしまう。

 

「し、白夜叉様! どうかこのまま──」

「ジン君、()()()()()!」

 

 それに気付いたジンが咄嗟に立ち上がるが、飛鳥のギフトが口を封じる。

 その隙を逃さず十六夜が言った。

 

「白夜叉! 今すぐ北側へ向かってくれ!」

「む、むう? 構わんが、内容を聞かずに受諾してよいのか?」

「構わねえから早く! 事情は追々話すし何より──()()()()()()()! 俺が保証する!」

 

 十六夜の言い分に白夜叉は目を丸くし、呵々と哄笑を上げた。

 

「そうか、()()()か。いやいや、それは大事だ! 娯楽こそ我々神仏の生きる糧なのだからな!」

「…………!?」

 

 白夜叉の悪戯っぽい横顔に、声にならない悲鳴を上げるジン。しかし何もかももう遅い。

 暴れるジンを嬉々として縛り上げる十六夜達を余所目に、白夜叉はパンパンと柏手を打つ。

 

「これでよし。これでお望み通り、北側へ着いたぞ」

「「「──……は?」」」




◆コミュニティの財政
イルヴァ産のゴールドも金として換金できそうだったけどあまり流通を荒らすのは良くないと言われたのでやめた。うっかりすると大手商業コミュニティに睨まれる模様。

◆帰還
指定したマップにテレポートできる魔法。ゲームでは限られた場所しか選べないが、この作品内では行ったことのある場所なら大体どこにでも飛べるという設定。
なお配達依頼中にこの魔法を使うのは犯罪である。何故。


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赤壁の街、魔王の影

 東と北の境界壁。4000000外門・3999999外門、サウザンドアイズ旧支店。

 いつの間にか高台に移動した“サウザンドアイズ”の支店から出ると、街が一望できた。だが、眼下に広がるのはよく知るいつもの街ではない。

 熱い風に頬を撫ぜられ、飛鳥が胸を躍らせるように感嘆の声を上げる。

 

「赤壁と炎と……ガラスの街……!?」

 

 天を衝くかというほど巨大な赤い境界壁。色彩鮮やかなカットガラスで飾られた歩廊。巨大なペンダントランプが数多に点在し、朱色の暖かな光で街を照らしていた。

 

「へえ……! 東とは随分と文化様式が違うんだな」

「うむ。しかし違うのは文化だけではないぞ。そこの外門から外に出た世界は真っ白な雪原でな。それを箱庭の都市の大結界と灯火で、常秋の様相を保っているのだ」

 

 自慢げに小さな胸を張る白夜叉。彼女は東側のマスターだろうに、余程この都市を愛していると見える。

 胸の高まりが収まらない飛鳥は、美麗な街並みを指差して訴えた。

 

「今すぐ降りましょう! あのガラスの歩廊に行ってみたいわ! いいでしょう白夜叉?」

「ああ、構わんよ。続きは夜にでもしよう。暇があればこのギフトゲームにでも参加していけ」

 

 ゴソゴソと着物の袖から取り出されたゲームのチラシを、一同が覗き込むとほぼ同時、

 

「見ィつけた──のですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ズドォン!! と、ドップラー効果の効いた絶叫と共に爆撃のように着地。

 声の主は我らが黒ウサギ。いつもの穏健さはどこへやら、淡い緋色の髪を戦慄かせ、怒りのオーラを振りまいている。予想以上に手紙の煽り文句の効果が絶大だったらしい。

 

「逃げるぞッ!」

「逃がすかッ!」

「え、ちょっと、」

 

 危機を感じた十六夜が、側に居た飛鳥を抱えて展望台から飛び降りる。テオドールとそのペット達の姿は気が付いた時にはもうなかった。

 次いで耀が旋風を巻き起こし空へ逃げようとしたが一手遅く、大きく跳躍した黒ウサギにブーツを掴まれる。

 

「わ、わわ、……」

「捕まえましたよ、耀さん!……フフフ、後デタップリオ説教タイムナノデスヨ。御覚悟シテ下サイネ?」

「りょ、了解」

 

 ぶっ壊れ気味に笑う黒ウサギに、怯えたように頷く耀。

 黒ウサギは着地と同時に耀を白夜叉に投げつける。吹っ飛んだ耀と白夜叉が悲鳴を上げた。

 

「きゃ!」

「グボハァ! お、おいコラ黒ウサギ! 最近のおんしは些か礼儀を欠いておらんか!?」

「耀さんのことをお願い致します! 黒ウサギは他の問題児様を捕まえに参りますので!」

「ぬっ……そ、そうか、よくわからんが頑張れ」

「はい!」

 

 勢いに押された白夜叉が頷くと、黒ウサギは展望台から跳び去った。

 

   ◆

 

 〈テレポート〉の魔法にて緊急離脱したテオドール達は、人混みに紛れながら観光に勤しんでいた。

 適当に転移してしまったため現在地もわからず、完全に他のメンバーとはぐれてしまっているが、まあそのうち見つかるだろうという軽い考えをしつつその辺りの出店で買った菓子を頬張る。

 

「さすがはフロアマスター主催の大祭だけあるな。どこもかしこも賑やかなことで」

「お祭りというとノイエルを思い出しますね」

「聖夜祭なー。去年のは酷かったな。エボンの足枷外した阿呆を筆頭に冒険者集団とパルミア特殊部隊とエボンの三つ巴大惨事聖夜大戦……」

「集まった観光客のおかげで経済が潤ったらしいじゃないですか」

「あの中で普通に商売してんじゃねーよって話だよな。でもそれを見ながら“雪夜の花火大会”と称して呑気に飯食ってた廃人共に一番ドン引きだわ」

「ノイロックも普通にラムネ飲んでましたよね」

「うるせえあんなのに関わりたくねえだろ」

 

 そんなこともあったな、とペット達の雑談に耳を傾けながらテオドールは歩く。目の前を二足歩行のキャンドルスタンドが通り過ぎていった。

 特に目的もなく街をブラブラするというのは考えてみれば久々だ。昔は生きるのに必死で、それ以降はネフィア探索のために、買い物などに必要な場所にしか寄り付かなかった。テオドールにとっては街を探索するよりも、ネフィアに潜る方が楽しみであり、生きがいだったのだ。

 だが、たまにはこうやって荒事から離れ、平和的に活動するのも良いかもしれない──

 

 ズドガァァァァンッ!! と、爆発音。

 テオドールは突然のことに思考を中断し、音がした方へ目を向けた。

 

「うわっ! 何だ!?」

「おい見ろ、時計塔が!」

「な、何が起きてるんだ!?」

 

 住人達が指差す先で、巨大な時計塔の頂角が瓦礫となって崩れ落ちていく。

 祭りのイベントか何かか、とテオドールは一瞬思ったが、ここまで住人が混乱しているということは多分違うのだろう。とすればテロか、乱闘か。

 テオドールはペット達を抱えると跳躍し、屋根の上を渡って時計塔に近付いていく。場合によっては参加できるかもしれない。健全な冒険者であるテオドールは、荒事に加担する気満々だった。

 平和的な活動キャンペーン、五秒で終了。

 

「……何かすげえ見覚えのある奴らがいる気がするんだが、どう思う?」

「私もそう思います」

 

 ある程度近付いたところで、瓦礫が降りしきる中で格闘する二つの人影を発見した。というか、黒ウサギと十六夜だった。

 何があったというのか、互いが互いに相手を掴もうとしては阻まれている。……本当に何をしているのだろう。

 時計塔を破壊したのは十六夜だろうが、黒ウサギとの追いかけっこのためだけにそこまでするだろうか? そもそも逃げているように見えない。飛鳥の姿がないのは既に捕まった後なのだろう。

 どうしたものかと迷っていると、十六夜達の頭上に時計塔の残骸に巻き込まれて倒壊した建築物が襲いかかる。二人はそれを拳を振り上げ吹き飛ばし──同時に、互いの腕を掴んだ。

 

「「あっ」」

 

 二人が持っていた契約書類が発光し、顔を見合わせている。どうやら何らかのギフトゲーム中であったらしい。

 とりあえず今のでゲームは終わったのだろうと判断し、テオドールは二人が居る歩廊へ降り立った。

 

「何をしている?」

「あ、テオドールさん!? その、これはですね」

「さっきぶりだな。今まさに黒ウサギとの真剣勝負をしていたところだったんだが……おい引き分けってのはどういうことだ黒ウサギ。どう見ても俺の方が速かった──」

 

「そこまでだ貴様ら!!」

 

 厳しい声音が響く。炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団が一同を囲んでいた。騒ぎを聞いて駆け付けた衛兵隊のようだ。

 テオドールは全くもって関係ないのだが、そう言ったところで逃してくれそうもない。最悪黒ウサギと十六夜を置いていけばなんとかなるか。

 そう思って、テオドール達は大人しく二人と一緒に連行されるのだった。

 

   ◆

 

 “火竜誕生祭”運営本営陣・謁見の間。

 

「随分と派手にやったようじゃの、おんしら」

「ああ。ご要望通り祭りを盛り上げてやったぜ」

「胸を張って言わないで下さいこのお馬鹿様!!」

 

 スパァーン! と黒ウサギのハリセンが奔る。後ろにはコミュニティのリーダーとして呼び出されたジンも居り、頭を抱えていた。

 白夜叉は必死に笑いを噛み殺している。彼女の側には玉座に座る色彩豊かな衣装を纏った幼い少女が居る。彼女が“サラマンドラ”のリーダー、サンドラのようだ。誕生祭の主賓の前であるから、何とか取り繕っているらしい。

 サンドラの側近らしき軍服姿の男が鋭い目つきで前に出て、十六夜達を高圧的に見下す。

 

「ふん! “ノーネーム”の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな! 相応の厳罰は覚悟しているか!?」

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろ?」

 

 白夜叉がマンドラと呼ばれた男を窘める。

 サンドラは玉座から立ち上がると、黒ウサギと十六夜に声を掛けた。

 

「貴方達が破壊した建造物の一件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的に無かったようなので、この件に関しては不問にさせて頂きます」

 

 チッ、と舌打ちするマンドラ。以外そうに声を上げる十六夜。

 

「へえ? 太っ腹なことだな」

「おんしらは私が直々に協力を要請したのだからの。報酬の前金とでも思っておくが良い。……ふむ。いい機会だから、昼の続きを話しておこうかの」

 

 白夜叉が連れの者達に目配せをする。サンドラも同士を下がらせ、側近のマンドラだけが残る。

 サンドラは人がいなくなると玉座を飛び出してジンに駆け寄り、少女っぽく愛らしい笑顔を向けた。

 

「ジン、久しぶり! コミュニティが襲われたと聞いて随分と心配していた!」

「ありがとう。サンドラも元気そうで良かった」

 

 同じく笑顔で接するジン。元々親交があったと言うだけあって、仲は良さそうだ。

 

「本当はすぐ会いに行きたかったんだ。けどお父様の急病や継承式のことでずっと会いに行けなくて」

「それは仕方ないよ。だけどサンドラがフロアマスターになっていたなんて──」

「その様に気安く呼ぶな、名無しの小僧!!」

 

 ジンとサンドラが親しく話していると、突如としてマンドラが獰猛な牙を剥き出しにし、帯刀していた剣をジンに向かって抜き放った。

 その刃がジンの首筋に触れるより早く、十六夜が足の裏で受け止めるより速く。

 テオドールの剣が、マンドラの腕を切り飛ばした。

 

「マンドラ兄様っ!!」

「テオドールさん!?」

 

 二種類の悲鳴が交差する。

 ぼとぼとと血を垂らしながら、しかし未だ怒気を収めぬマンドラは、失くした腕を庇いながら憎悪の目でテオドールを睨みつけた。

 

「っぐ、……貴様! このようなことをして許されると」

「こちらのリーダーを殺そうとしたのはそっちだろう」

「テオドールさん、落ち着いて下さい!」

「自分は落ち着いている。箱庭では殺人は重罪と聞いたが、フロアマスターはそうでないのか? それともこの世界は、コミュニティの仲間が殺されそうになっても黙って見ているのが常識か」

 

 全員が口を閉ざす。間違いなく、先に手を出したのはマンドラの方だ。それも首を狙ったということは明確に殺害の意図があった。テオドールはコミュニティの一員として、リーダーを守るために正当防衛したに過ぎない。テオドールを責めるのはお門違いだ。

 テオドールとしても加減してやった方なので、寧ろ感謝して欲しいくらいだった。本来なら片腕一本切り落とすだけで相応の生命力が失われるところを、〈解剖学〉スキルでなるべく軽傷で済むように調整するにはかなりの集中を要する。その労力を厭わずマンドラをミンチにしなかっただけ自重していた。

 そんな中、サンドラがいち早く動いた。素早くテオドールとマンドラの間に滑り込むと、深々と頭を下げる。

 

「……“ノーネーム”の皆様、我が同士の暴挙をどうかお許し下さい」

「サンドラ……!」

 

 マンドラが食い下がろうとするが、涙目で睨み返され言葉を詰まらせる。

 

「此度のこと、到底許されることではないと承知しています。ですが兄様……マンドラの命だけは、どうか」

 

 声を震わせながらも頭を下げるサンドラを、無表情で見下ろすテオドール。黒ウサギは冷や汗をかきながら、テオドールの一挙一動を見逃さまいとする。

 今までの言動を顧みて、テオドールが敵対者に対して慈悲というものを一切持ち合わせていないことに黒ウサギは気付いていた。それは彼が元々いた世界の特異性もあるだろうが、スビンやノイロックの呆れたような表情を見るにそれ以前に彼の性格によるものが大きいのだろう。一応この世界に合わせて殺人()()()避けるようにしているようだが、それより手前の部分を譲るつもりはないようだった。

 多少の暴力は箱庭でも容認されているような部分もあるし、正当防衛としてやり返すのも当たり前ではある。だが、テオドールには本当に容赦というものが無い。最悪、幼い少女であるサンドラにさえ切りかかる可能性だってある。黒ウサギはそれだけは避けたかった。

 

 テオドールが一歩踏み出した。その場にいる全員の緊張が増す。

 しかしテオドールはサンドラの横を通り過ぎて、床に落ちたマンドラの片腕を拾った。それを持ったまま今度はマンドラの方へ近付いていく。

 思わず臨戦態勢をとろうとするマンドラに足払いをかけて転がし、腕の切り口を合わせて魔法を詠唱する。〈ジュアの癒し〉、癒しの女神の名を冠する最上級の回復魔法だ。腕をくっつけることなど造作もない。

 しばらくしてテオドールがマンドラを解放すると、慌てて立ち上がったマンドラも腕が元通りになったことに気付いたようだった。

 

「これは……!」

「え、ボス、どうしたんだ? 偽物か?」

「テオドール様が敵を治した……天変地異の前触れに違いないです」

 

 凄く失礼なことをほざいているペット達だが、黒ウサギの内心も似たようなものであったことにテオドールは幸い気付かなかった。

 

「これで満足か」

 

 サンドラとマンドラに向かって言うテオドール。どうやらサンドラの“命だけはお助け下さい”という願いに対する返答として行ったつもりのようだった。

 この台詞の裏には“そっちのリーダーが懇願するから治してやったけど、名無しの温情で命を助けられた上に治療までしてもらうとか恥ずかしくないの?(笑)”というマンドラへの煽りも含まれているが、そんなことに素直なサンドラが気付く筈もなく、今度は嬉しそうに頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます! この御恩は必ずお返し致します。……兄様」

「……何だ」

「頭を冷やしてきて下さい」

 

 コミュニティのリーダーとして有無を言わさぬサンドラの声音に、マンドラは口をもごつかせたが、最終的には黙って謁見の間を出ていった。

 何とか穏便に(?)ことが終わり、黒ウサギはほっと息を吐く。

 

「えっと、ジン。本当にごめんね。マンドラ兄様も今は色々気が立っていて」

「う、ううん。大丈夫。テオドールさんも、ありがとうございます。ですが今後はもう少し平和的に対処して頂けるとありがたいんですけど……」

「善処する」

 

 澄ました顔で応えるテオドール。その場しのぎの言葉であることは明白だったが、言質が取れただけ良しとジンは思うことにした。

 

「……やれやれ。随分話が逸れてしまったが、本題に入らせて貰うぞ」

 

 そう言って、白夜叉が一枚の白い封書を取り出した。

 

「それは?」

「ここに、おんしらを呼び出した理由が書いてある」

 

 十六夜が受け取った手紙を全員で覗き込む。

 そこにはただ一文、こう書かれていた。

 

『火竜誕生祭にて、“魔王襲来”の兆しあり』

 

「……なっ、」

 

 黒ウサギは絶句した後、呻き声のような声を漏らす。

 十六夜が鋭い瞳で白夜叉へ問い返した。

 

「正直意外だったぜ。てっきりマスターの跡目争いとか、そんな話題だと思ったんだがな?」

「謝りはせんぞ。話を聞かずに引き受けたのはおんしらだからな」

「違いねえ。それで、俺達に何をさせたいんだ? つーかこの封書は何だ?」

 

 白夜叉が目配せをすると、サンドラが頷く。それを確認してから神妙な面持ちで語り始めた。

 

「まずこの封書だが、これは“サウザンドアイズ”の幹部の一人が未来を予知したものでの」

「未来予知? 信憑性はあるんですか?」

「上に投げれば下に落ちる、という程度だな」

 

 その例えに十六夜が疑わしげな顔をする。

 

「それ、予言なのか? 上に投げれば下に落ちるのは当然だろ」

「予言だとも。何故ならそやつは“誰が投げた”も“どうやって投げた”も“何故投げた”もわかっている奴での。ならば必然的に“何処に落ちてくるか”も推測することができるだろう?」

 

 はい? と十六夜が呆れた声を上げる。

 白夜叉の話が本当なら、犯人も、犯行も、動機も全て分かっているということだ。なのにそれを事前に防がないのは何故なのか。それとも、防げない事情がある──?

 

()()()()()()、ということか」

 

 テオドールの呟きに、ジンがハッとしてサンドラを見る。

 幼い権力者を良く思わない組織があるからこそ、東のマスターである白夜叉に共同の主催者が持ちかけられた。そこから導き出されるのは。

 

「まさか……他のフロアマスターが、魔王と結託して“火竜誕生祭”を襲撃すると!?」

 

 ジンの叫び声が謁見の間に響く。それは想像するのも恐ろしいことだった。

 “階層守護者”は魔王から下位のコミュニティを守る秩序の守護者の筈なのだ。それが秩序を乱すなど、信じられない。

 白夜叉は哀しげに嘆息し、首を横に振った。

 

「まだわからん。内容は預言者の胸の内に留めておくようにボスから厳命が下っておる。だが、この誕生祭に北のマスターが非協力的だった理由が“魔王襲来”に深く関与しているのであれば……これは大事件だ」

「けど目下の敵は、予言の魔王。ジン達には魔王のゲーム攻略に協力して欲しいんだ」

 

 サンドラの言葉に一同は頷く。フロアマスターが関わっていようがいまいが、魔王襲来の予言があった以上は新生“ノーネーム”の初仕事だ。

 ジンは事の重大さを受け止めるように重々しく承諾した。

 

「わかりました。魔王襲来に備え、“ノーネーム”は両コミュニティに協力します」

 




◆テレポート
マップ内をランダムでテレポートする魔法。範囲が狭いバージョンである〈ショートテレポート〉という魔法もある。モンスターに囲まれてどうしようも無い時なんかに活躍する。
小説内だと座標指定が可能という設定。じゃないと後で困るのです…

◆ノイエル
ノースティリス最北に存在する村。12月になると聖夜祭が開催する他、見世物屋で『エボン』という巨人が展示されていたりする。
エボンの足枷を外すとエボンが暴れまわって大混乱になり、パルミア特殊部隊と何故か観光客が沸く。大惨事聖夜大戦は誤字じゃないです。

◆ジュア
癒しのツンデレ女神。ジョアではない。好物が鉱石なので、クズ石で喜んじゃうチョロイン。
イルヴァ資料館によると「信者の望みに応えて口調を変える」ことがあるらしい。ファッションツンデレ疑惑。


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造物主達の決闘

 境界壁の展望台・サウザンドアイズ旧支店、来賓室。魔王襲来の件を含めた情報共有のため、“ノーネーム”一同は改めて白夜叉と顔を合わせていた。

 飛鳥の膝の上には、とんがり帽子を被った小さな精霊がすやすやと眠っている。レティシアとの行動中に懐かれたらしいが、その間に大量のネズミに襲われるなどのハプニングもあったとレティシアから聞いた。

 一番最初に黒ウサギに捕まってから単独行動だった耀は、白夜叉から紹介された“造物主達の決闘”というギフトゲームに参加していたらしい。このゲームは作成されたギフトの性能を競い合うもので、耀の“生命の目録”で出場することを白夜叉が勧めたのだと言う。明日にはその決勝戦が控えているとのことだった。

 

「白夜叉。私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」

「すまんがそれは教えられん。“主催者”がそれを語るのはフェアではなかろ? 教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 

 思い出したように尋ねた耀に、白夜叉は“契約書類”を差し出して答えた。内容を読むと、“ウィル・オ・ウィスプ”と“ラッテンフェンガー”というコミュニティが相手のようだ。

 その名前を見て、十六夜が物騒に笑う。

 

「お嬢様が襲われたネズミに“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”か。ハーメルンの笛吹き男でも来てるのか?」

「ハ、“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」

「どういうことだ小僧。詳しく聞かせろ」

 

 二人の驚愕の声に、そこまで過剰に反応されると思っていなかった十六夜は目を瞬かせる。

 白夜叉が幾分声のトーンを下げ、質問を具体化した。

 

「ああ、すまんの。最近召喚されたおんしは知らんのだな。“ハーメルンの笛吹き”とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

「何?」

「魔王のコミュニティの名は“幻想魔導書群(グリムグリモワール)”。全二百篇にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、驚異の召喚士が統べたコミュニティだ」

「けどその魔王はとあるコミュニティとのギフトゲームで敗北し、この世を去ったはずなのです。しかし十六夜さんは“ラッテンフェンガー”が“ハーメルンの笛吹き”だと言いました。童話の類は黒ウサギも詳しくありませんし、万が一に備えご教授欲しいのです」

 

 緊張した面持ちで言う黒ウサギ。

 十六夜はしばし考えた後、悪戯を思いついたようにジンの頭をガシッと掴んだ。

 

「なるほど、状況は把握した。そういうことならここは我らが御チビ様に説明願おうか」

「え? あ、はい」

 

 十六夜と毎日書庫に籠もっていたジンなら説明も可能だろう。

 ジンは自らに集まる視線に顔を強張らせつつ、コホンと一度咳払いをして語り始めた。

 

「“ラッテンフェンガー”とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男とは、グリム童話の魔書にある“ハーメルンの笛吹き”を指す隠語です。大本のグリム童話には創作の舞台に歴史的考察が内包されているものが複数存在し、ハーメルンというのも舞台になった都市の名前です」

 

『1284年 ヨハネとパウロの日 6月24日

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』

 

 この碑文はハーメルンの街で起きた実在する事件を示すものであり、グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”の原型である。そしてグリム童話では笛吹き男はその笛の音でネズミを操り、ネズミを街から追い出した。だからこその隠語だという。

 

「ふーむ。“ラッテンフェンガー”と“ハーメルンの笛吹き”か……となると滅んだ魔王の残党が火龍誕生祭に忍んでおる可能性が高くなってきたのう」

「YES。参加者が“主催者権限”を持ち込むことができない以上、その路線はとても有力になってきます」

「うん? なんだそれ、初耳だぞ」

「おお、そうだったな。魔王が現れると聞いて最低限の対策を立てておいたのだ」

 

 白夜叉がピッと指を振ると光り輝く羊皮紙が現れる。

 ざっくりと内容をまとめると、“参加者以外はゲーム内に入れない”、“参加者は主催者権限を使用できない”というルールを追加することで、魔王が参加者として紛れ込むことを封じている。

 それでも魔王に関係する疑惑のある“ラッテンフェンガー”がゲームを勝ち抜いていることが気がかりだが、疑惑は疑惑。とりあえずゲーム及び誕生祭は予定通り進行し、いざとなったら“ノーネーム”が駆けつけるということで解散となった。

 

   ◆

 

 翌日。一同は“造物主達の決闘”の決勝戦会場を見下ろしていた。一般席の空きがなかったため、サンドラの取り計らいによって、運営側の特別席として舞台を上から見れる本陣営のバルコニーに席を用意してもらった。魔王襲来への備えの一つでもあるが、マンドラの一件のお詫び、という面もあるようだ。

 

「こんな良い席用意してもらって悪いな!」

 

 上機嫌な十六夜に対し、マンドラの機嫌は急降下中である。それもそうだろう、自分の片腕を切り飛ばした相手と共に仲良くゲームの観戦などしたくはない。だがリーダーであり妹でもあるサンドラの言いつけを問答無用で突っぱねることなどできなかった。

 客観的に見れば自分にも確かに非はあるとマンドラは理解している。そのことが余計に悔しさを増長させているのだが、マンドラは怒っているような不貞腐れているような表情をしつつも、できるだけそのことから意識を外すように心がけていた。なにせ微量でも殺気を出せばテオドールがこちらを見るのだ。普通に怖い。

 

 日が昇りきった頃、決勝の準備が整い、黒ウサギが開催の宣言のために舞台中央に立った。

 元々彼女はこの誕生祭ではゲストであって審判の仕事は無い筈だったが、先日の十六夜との追いかけっこを目撃した人々が“月の兎”がやってきたと噂を広め、今後のゲームで姿を見られるのではないかという期待が高まってしまったらしい。そのため急遽審判を務めることになったのだった。

 黒ウサギは胸一杯に息を吸うと、観客席に向かって満面の笑みを向けた。

 

『長らくお待たせ致しました! 火龍誕生祭のメインギフトゲーム“造物主達の決闘”の決勝を始めたいと思います! 進行及び審判は“サウザンドアイズ”の専属ジャッジでお馴染み、この黒ウサギがお努めさせて頂きます♪』

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「黒ウサギいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」

「パンティー食わせろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」

 

 熱狂的に歓声、及び奇声を上げる観客達。まるでアイドルを応援するファンのようだが、内容が酷い。どんな世界でも変態というものは存在し、そして蔑まれる運命のようだ。飛鳥が生ゴミを見るような目で見ている。

 

「……………………。随分と人気者なのね」

「“箱庭の貴族”が審判をしたゲームは“箔”付きのゲームということになるらしいですしね。私達が思っていた以上に黒ウサギはネームバリューがあるみたいですね」

 

 あえて変態達を目に入れないようにしながら飛鳥の呟きに応えるスビン。それを見習い、飛鳥も自分の中からアレらの存在を抹消することにした。

 

「相手はどちらも六桁のコミュニティだと白夜叉が言っていたけれど……春日部さんは大丈夫かしら」

「少なくとも次の相手の“ウィル・オ・ウィスプ”は魔王の一派である可能性は低いみたいですし、それにこの場には白夜叉も……一応いますから、きっと大事にはなりませんよ」

「うん、そうよね」

 

 隣で「見えなければ芸術だッ!!」などとチラリズムについて十六夜と熱く語っている最強のフロアマスター(変態)の言動を見なかったことにして、二人は頷き合った。

 

   ◆

 

「気乗りしねえなあ」

 

 舞台袖でノイロックがぼやいた。その言葉が聞こえたのか、隣で三毛猫と戯れていた耀が声をかけてくる。

 

「ノイロック。さっきも言ったけど私は別に一人でも、」

「ここまで来といて出なかったらオレがボスに叱られんだろ。そうじゃなくてだな、オレが役に立つかって話だよ」

「随分弱気なことを言うな。君も充分な実力はあるんだろう?」

「いやまあ、そりゃ余計な謙遜をするつもりはないけどよ」

 

 首を傾げるレティシアに、ノイロックは自分の武器を見る。

 その手に握られているのは、ガラスで出来たナイフが一本。……以上だ。無論バックパックの中にはいつも使っている機関銃やらが入っているが、このゲームでそれは使うなとテオドールから言い渡されている。

 

「こんなんで戦える気がしねえ……」

「“訓練としては丁度いいだろう”って言ってましたね、テオドールさん」

 

 苦笑するジンに、ノイロックは渋い顔を返した。

 

 このギフトゲーム、メインのプレイヤーとは別に補佐としてもう一人参加できるのだが、耀は最初から全て一人で出場するつもりだった。しかし魔王襲来の予言があったこと、相手側が桁数的に格上であることを考えて、やはりサポーターとして一人つけるべきだ、という意見があり、耀の反対を押し切って補佐をつけることになったのだ。

 では誰をつけるのか、という話だが、十六夜とテオドールは素が強い上に好戦的なので“創作系のギフトの性能を競い合う”という趣旨に反してしまいそうなため却下。ジンや飛鳥は格上とのゲームの補助となると力不足感は否めず、レティシアも武具というよりは吸血鬼の能力を武器にしているので辞退。

 残ったのはスビンとノイロックだが、前衛をこなすスビンと違ってノイロックは普段後衛を担当しているため、近接戦闘能力はさほどでもない。それでもこなせない訳ではないので戦力にはなる。つまり銃を使わなければメインプレイヤーである耀を目立たせたまま補佐が可能なのではないか、とテオドールがノイロックを推薦し、そのまま採用された。

 

 使う武器についてはテオドールが用意する手筈になっていた。そうして渡されたのが今ノイロックが持つガラス製ナイフである。

 なんとこのナイフ、その辺の土産屋で売っていたものだ。切れ味は申し分ないのだが、当然ながら戦闘用ではなく観賞用であり、武器にするには脆すぎる。

 いくらなんでもこれで乗り切るのは無理だろ、とノイロックは訴えたが、テオドールが他に持っている武器は強力すぎるので駄目だと跳ね除けられた。せめて金属製のナイフが欲しかった。

 

「腹括るしかねえか……あー、耀。お前はソロプレイの方が得意かもしれねえけど。わりとこっちもギリギリかもしれんから、役割分担な。オレはなるべく相手の妨害に徹するから、お前は多少無理してでもゲームクリア最優先で動いてくれ。何かあったらオレがサポートする。OK?」

「え……う、うん。おーけー」

 

 ぎこちなく頷く耀に、ノイロックはガスマスクの裏に満足気な笑みを浮かべる。

 耀は単独行動しがちな部分がある。今後のことを考えるなら、そこを矯正してやらなければいけないと思っていた。

 突出する奴は死ぬ、と元軍兵であるノイロックは戦場とネフィアで学んだ。今の“ノーネーム”は戦力を一人でも失うのは痛く、その可能性を少しでも潰しておきたい。

 

『それでは入場して頂きましょう! “ノーネーム”の春日部耀、ノイロック。“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャ=イグニファトゥス!』

 

 開始時刻だ。二人は黒ウサギのアナウンスに促され、通路を通って舞台に上がる。

 その瞬間、耀の眼前を高速で駆ける火の玉が横切った。

 

「わっ……!」

 

 堪らず仰け反り尻もちをつく耀。頭上を見れば火の玉の上に腰掛けている人影があった。

 ゴシックロリータの装束に身を包んだツインテールの少女──アーシャは耀を見下ろして、愛らしくも高飛車な声で嘲った。

 

「あっはははは! “ノーネーム”の女が無様に尻もちついてる! オモシロオカシク笑ってやろうぜジャック!」

「YAッFUFUFUUUUUUuuuuuuu!!」

 

 笑い声と同時に炎を振りほどき、火の玉の中から巨大なカボチャ頭のモンスターが現れた。

 ノイロックは耀に手を差し出して立ち上がらせてやりながら、ゲーム前にジンから教わった情報を思い起こす。

 

「カボチャ……もしかしてあいつが」

「その通り! コイツは我らが“ウィル・オ・ウィスプ”の傑作にして名物幽鬼! ジャック・オー・ランタンさ!」

「YAHOHOHO!」

 

 アーシャの名乗りに合わせて動くジャック・オー・ランタン。片手には燃え盛るランタンを提げ、愉快そうに笑っている。

 余程アーシャの操作が上手いのか、自律型のギフトなのか、見た限りでは生きているようにしか見えない。人数差はないものと思った方が良さそうだ。

 

『それでは皆様、ご静粛に。ただいまより白夜叉様にゲームの舞台を整えて頂きます』

「うむ。“主催者”の名において、私がゲームの舞台を用意した。今回の舞台は──これだ!」

 

 パン、と柏手一つ。

 刹那、世界がグルグルと回り──ノイロック達は、上下左右を木の根で覆われた空間に投げ出されていた。白夜叉のゲーム盤の一つなのだろう。

 同時に舞台へと招かれた黒ウサギが、その手に持った光り輝く羊皮紙の中身を読み上げる。

 

『ギフトゲーム“アンダーウッドの迷路”

 ・勝利条件

 一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外に出る。

 ニ、対戦プレイヤーのギフトを破壊

 三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)』

 

「此処に、ゲームの開催を宣言します」

 

 黒ウサギの宣誓が終わると共に、耀とアーシャは互いに距離を取った。

 満たすべきは迷路からの脱出かギフトの破壊か。方針を確定するため、ノイロックが耀に小声で尋ねる。

 

「出口の方向はわかるか?」

「うん。風の流れを辿れば」

「じゃあ脱出路線が良いか。お前は素早いし、そっちのが分があると思う。どうだよ」

「異議なし」

 

 方針を纏めると、アーシャ達を見る。向こうも動きを決めかねているのか、それともこちらの動きを窺っているのか、動く様子がない。

 耀は少し考えた後、口を開いた。

 

「貴女は“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダー?」

「え、そう見える? そうだったら嬉しいんだけどな♪ けど残念なことにアーシャ様は、」

「そう、わかった」

 

 リーダーに間違えられたことが嬉しかったのか、満面の笑みで答えるアーシャ。だが耀は一方的に会話をほっぽり出して背後の通路に疾走、ノイロックも戸惑うことなくそれに続いた。

 

「って聞いてねえのかよ!?」

 

 アーシャの叫びが聞こえるが知ったことではない。今の質問は隙を作るためと、相手がどこまで格上かを確認するためのものでしかないのだ。

 “ウィル・オ・ウィスプ”と“ジャック・オー・ランタン”の二つの伝承には、どちらも『生と死の境界に現れた悪魔』が出てくる。コミュニティのリーダーであればその悪魔である可能性が高いが、彼女は違うらしい。それだけ分かれば十分だ。つまり、耀達には勝算がある。

 

 背後には怒るアーシャがジャックに乗って猛追してきている。彼女は左手を振り上げて叫んだ。

 

「馬鹿にしやがって! 焼き払えジャック!」

「YAッFUUUUUUUUUuuuuuuu!!」

 

 右手に提げたランタンとカボチャ頭から吹き出された炎が、根を燃え上がらせながら二人に迫る。耀は最小限の風を巻き起こし、炎を誘導して避けた。

 

「よし、そのまま走れ!」

「うわっ!?」

 

 直後にノイロックがアーシャに襲いかかる。ふわりとした動きで避けられたが、その隙に耀は振り返ることなく駆けて行く。

 追いかけようとするアーシャを、ノイロックが追撃して邪魔をした。

 

「くそっ、燃えろ!!」

「ハッ、軌道が丸わかりなんだよ!」

 

 放たれた三本の炎を素早く躱して振るったナイフは、ジャックの巨大な手に阻まれた。

 そうこうしている間にも耀の姿は見えなくなってしまう。アーシャは歯噛みした。

 

「ぐぬぬ……はぁ、仕方ないか。悔しいけど、後はアンタに任せるよ。本気でやっちゃって、()()()()()()

「任されました」

 

 「は?」とノイロックが声を上げる前に、霞の如くジャックの姿が消える。そして背後から背中を強打され、木の根に叩きつけられた。

 

「ぐぅっ!?」

「さ、早く行きなさいアーシャ。彼女に追いつかなければ勝てませんよ」

「了解です!」

 

 ジャックから飛び降りたアーシャが耀を追って走り去っていく。ノイロックは咳き込みながら立ち上がり、急いで後を追おうとするが、業火の壁に道を閉ざされた。

 その熱量と密度は先程まで吐いていた炎とは段違いだ。ノイロックが振り返ってカボチャ頭を睨む。

 

「明かりに火炎放射にお喋り機能付きってか。随分高性能なこったな」

「ヤホホ。私、世界最古のカボチャお化けでございますから」

 

 今までとは違う、明確な意志と魂を灯したカボチャ頭が笑う。仕草と口調はひょうきんだが、その身からは強者の威圧感が漏れていた。先程までは手を抜いていた……いや、アーシャに合わせていたのだろう。恐らく本来は奴の方が立場が上なのだ。

 

「オレを足止めしてる暇はあるのか? 見た所、こっちの耀の方が走るの速そうだったしな。お宅のお嬢ちゃん一人で追いつけんのかね」

「正直に言ってしまえば厳しいでしょうね。ですので──こうします」

 

 ジャックが手を広げると共に業火の壁が円状に広がり、ノイロックを囲む。炎はその勢いを増すと、天を覆うようにノイロックに殺到した。

 避ける隙間はない。襲いかかる熱に身構えるノイロックだったが、いくら待っても炎がその身を焼くことはなかった。不思議に思って頭上を見れば、炎はドームを作るような形で留まっている。

 炎の向こうからジャックの声がした。

 

「少々熱いかもしれませんが、ご安心を。近付かなければ焼かれることはありません。自ら触れた場合は保証できませんがね」

「炎の檻、か。随分甘っちょろいな」

「私こう見えましても平和主義者……とは言いませんが、不要な殺生はしないと誓っておりますので。それではミスタ、また後程」

 

 炎の向こうでジャックの影が背中を見せる。ここでじっと見ている訳には行かないが、追いかけようにも業火に触れれば命を落としかねない。……普通ならば。

 ノイロックは犬歯を剥き出しにして笑う。

 

「背中を見せたことを後悔しな、ドテカボチャ!」

「ヤホッ?」

 

 威勢の良い声にジャックが振り返る。

 炎の壁を突っ切ったノイロックが、そのカボチャ頭にガラスのナイフを突き刺した。

 

「何と!?」

「チッ!」

 

 そのまま切り開いてやろうとナイフを動かしたが、一瞬でも熱されたせいか耐久に限界が来たか、簡単に持ち手が割れてしまった。ノイロックは手に残ったナイフの残骸を放り捨て、ジャックの頭を蹴り飛ばして距離をとる。

 ジャックは自らの頭に刺さったナイフを大きな手で器用に引っこ抜くと、しげしげとそれを眺めた。

 

「フーム。このナイフでは少し攻撃力が足りないと思いますよ?」

「奇遇だな、オレもそう思ってた。それでも頭狙ったのにダメージ0かよ」

「ヤホホ、お化けですから。……それにしても貴方、どうやってあの炎を掻い潜ったのです? 普通の人間には耐えられない筈ですが」

「そういうギフトを付けてるんだよ」

 

 雑に説明したが、その実態は装備による火炎耐性の賜物である。バックパックの中身は(何故か)炎によって焼かれてしまうことがあるため、様々なアイテムを持ち歩く冒険者は必ず炎への対抗策を持っている。ペットであろうと例外ではない。

 ジャックは納得した様子で頷いた。

 

「火除けのギフトですか。そうなると少々相性が悪いですね」

「つってもこっちも有効打がないんだけどな。まあ別にお前を倒さなきゃいけないってわけでもねえし、身体を張って止めさせて貰うぞ」

「困りましたねえ」

 

 呑気にヤホホと笑うジャック。何ともやり辛い。ノイロックは若干呆れつつもファイティングポーズをとる。

 しかし直後に黒ウサギの声が響いた。

 

『クリア条件・野外への脱出を春日部耀が満たしたため、“ノーネーム”が今ゲームの勝者となります!』

 

「……まじかよ。早すぎんだろ」

「やはりアーシャでは追い付けませんでしたか」

「若干不完全燃焼な感じだが……まあいいか」

 

 決着が着いた瞬間、ゲームの舞台はガラスが割れるように砕け散り、全員が円形の闘技場へと戻ってきていた。

 ノイロックは釈然としないものを感じて頭を掻く。勝ちは勝ちなのだからここは素直に喜ぶべきだろうか。

 耀はアーシャに何やら噛みつかれていたが、ノイロックを見ると適当にアーシャをあしらってこちらに寄ってきた。

 

「お疲れ」

「ん、お疲れさん。上手いこといったみてえだな」

「うん。ノイロックが時間を稼いでくれたおかげ。ありがとう」

「おうよ」

 

 次に耀は仲間達が座っているバルコニーを見上げ、勝利を分かち合おうと手を振ろうとする。だが、その目はそれより上空の異変を捉えた。

 

「何、あれ」

「あ?」

 

 耀の声につられるようにノイロックも空を見る。

 雨のようにはらはらと、何かが舞い落ちてくる。目を凝らせばそれは、数多の黒い封書だった。

 間もなく観客達も異変に気付き始め、舞台会場が静まり返る。

 ジャックがぽつりと声を零した。

 

「これは、まさか」

 

 観客の一人が膨張した空気が弾けるような叫び声を上げる。

 

「魔王が……魔王が現れたぞオオオォォォ────!!」





◆パンティー
ギャルのパンティーおくれーっ! と願うと本当に降ってくる投擲武器。投擲武器です。
投擲武器としてはわりと高性能、かつレア。生もの製であればもぐもぐできる。あらゆる素材のパンティーを集める変態もいるらしい。

◆変態
自分の欲望に素直な者達。Elona界ではゲームの自由度の高さと世界観のカオスさが合わさりあらゆる種類の変態像を垣間見れる。

◆透き通る短剣(ガラスのナイフ)
それは硝子製だ。
通り沿いにある土産屋で売っていたナイフ。持ち手に彫られた装飾が美しい。ナイフとしてちゃんと切れるが割れやすく、取扱いには注意を要する。戦闘に使うなどもってのほかである。


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踊る黒煙

 境界壁・上空2000m地点。遙か上空、境界壁の突起に五つの人影があった。

 

 一人はフルートを持つ、布の少ない白装束を纏う女。一人は女とは対象的な黒い軍服姿の、身長と同等の長さの笛を持つ男。三人目は、陶器のような滑らかなフォルムと、全身に風穴が開いた姿の巨兵。安易に例えるなら、まるで笛を擬人化させたようだ。

 笛という共通のモチーフを持った彼らを従えて佇む、白黒の斑模様のワンピースを着た少女が無機質な声で言う。

 

「ギフトゲームを始めるわ。ラッテンとヴェーザーは手筈通りお願い」

「イエス、マイマスター♪」

「了解」

 

 ラッテンと呼ばれた女と、ヴェーザーと呼ばれた男が小気味良く返事をする。

 少女は残った最後の一人──笛のモチーフを持ち合わせていない、白シャツと黒コートを身に着けた青年に鋭い眼差しを向けた。

 

「貴方のような得体の知れない存在に手を借りるのは癪だけれど。精々役に立つことね」

「あはは、“得体の知れない”とは酷いなあ。君と僕ってそれなりに近しいと思うんだけど」

「突然出てきた初対面の相手にそんなこと言われても気持ち悪いだけ。協力したいと言うから協力させてあげてるのだから、無駄口を叩かず言う通りにして。いいわね、コリア」

「はいはい、お任せ下さい魔王様」

 

 にっこりと微笑むコリアに、少女──“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

   ◆

 

『ギフトゲーム名“The PIED PIPER of HAMELIN”

 ・プレイヤー一覧

  現時点で3999999外門・4000000外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

 ・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

  太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

  全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

 一、ゲームマスターを打倒。

 ニ、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 “グリムグリモワール・ハーメルン”印』

 

 

 本陣営のバルコニーで、黒い風が吹き荒れた。

 

「な、何ッ!?」

「白夜叉様!?」

 

 黒い風が球状に白夜叉を包み込み、サンドラが伸ばした手はその風に阻まれる。

 勢いを増した黒い風は、白夜叉以外の全員をバルコニーから押し出した。

 

「きゃ……!?」

「お嬢様、掴まれ!」

 

 “ノーネーム”と“サラマンドラ”がそれぞれ舞台と観客席に吹き飛ばされる。

 十六夜は飛鳥を抱きかかえて着地し、舞台袖から出てきたジン達を確認してから黒ウサギに振り向いた。

 

「魔王が現れた、そういうことでいいんだな?」

「はい」

 

 黒ウサギが真剣な表情で頷く。

 テオドールは観客席を見た。我先に魔王の手から逃れようと、押し合いながら逃げようとする観客達。あの阿鼻叫喚の中から“サラマンドラ”の面々を探し出すのは難しそうだ。

 

「ゲーム内に魔王は入れないのではなかったのですか、黒ウサギ。ルールが破られたのでは?」

「白夜叉様の“主催者権限”は破られていません。黒ウサギがジャッジマスターを努めている以上、誤魔化すこともできません」

「なら連中は、ゲームのルールに則った上でゲーム盤に現れているわけだ。……ハハ、流石は本物の魔王様。期待を裏切らねえぜ」

「どうするの? ここで迎え撃つ?」

「ああ。けど全員で迎え撃つのは都合が悪い。それに“サラマンドラ”の連中も気になる」

「では黒ウサギがサンドラ様を探しに行きます。その間はレティシア様と十六夜さん、テオドールさんで魔王に備えて下さい。ジン坊っちゃん達は白夜叉様をお願いします」

「オレ達はどうすんだ?」

「スビンさんとノイロックさんは避難者の誘導をお願いします。あの混乱では怪我人が出るかもしれません」

「わかりました」

 

 着々と役割が決まっていく中、飛鳥の顔が不満の色に染まる。

 

「また面白い場面を外されたわ」

「そう言うなよお嬢様。“契約書類(ギアスロール)”には白夜叉がゲームマスターだと記述されてる。それがゲームにどんな影響を及ぼすのか確かめねえと──」

「お待ち下さい」

 

 一同が声の方向に振り向く。同じ舞台上に居たアーシャとジャックだった。

 

「概ね話はわかりました。魔王を迎え撃つというなら我々“ウィル・オ・ウィスプ”も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

「う、うん」

 

 前触れ無く魔王のゲームに巻き込まれたアーシャは、緊張した様子で頷く。

 

「では御二人は黒ウサギと一緒にサンドラ様を探し、指示を仰ぎましょう」

 

 一同は視線を交わし、各々の役目に向かって走り出す。

 逃げ惑う観客が悲鳴を上げたのは、その直後だった。

 

「見ろ! 魔王が降りてくるぞ!」

 

 境界壁から人影が落下してくる。人数は五人、その中でテオドールは一人に狙いを定める。

 

「んじゃ行くか! 俺は──」

「一番上にいる男は自分がやる」

 

 十六夜の言葉を聞く前に、テオドールは背中の羽を広げて飛び出していった。

 一瞬呆気に取られた十六夜だが、すぐさま軽薄な笑みを浮かべる。

 

「やる気満々だな。そんじゃその手前の黒い奴と白い奴は俺が、レティシアはデカイのと小さいのを任せた!」

「了解した主殿」

 

 レティシアが単調に返事をする。十六夜は嬉々とした様子で身体を伏せ、舞台を砕く勢いで境界壁に向けて跳躍した。

 

   ◆

 

 最後尾、高さにすれば最高度にいたコリアは、一直線に突き出された長剣を上体を反らすことで回避した。

 

「おっと」

 

 空中でぐるりと後転しながら、つま先でテオドールの顎を狙う。

 テオドールはそれをもう片方の手に持った短剣で防ぐと、一度距離を離した。

 

「お前が魔王か?」

「そう見える? だから僕を狙ったのかな。残念だけど魔王は僕じゃない」

 

 聳える境界壁に背中を預けて笑うコリアに、テオドールは首を傾げる。

 

「お前が一番脅威に感じたが」

「そうなんだ? それは嬉しいな。君は勘がいいね」

 

 否定するつもりはないらしい。やはり魔王一派の中で彼が実力が高いと思って良さそうだ。

 相手の経験(レベル)を計ることができるテオドールは、彼が一番の強敵であると確信している。だからこそ、真っ先にこの青年を相手取ることに決めたのだ。

 

「さて、中々見どころがあるようだし、一応魔王様のご命令だから聞いておこうかな。ヘイ、こっちに鞍替えしない? 今なら好待遇だよ、多分」

「こちらのメリットは?」

「え? うーん……魔王の仲間として好きなだけ暴れられる、とか?」

「…………」

「そこで迷っちゃうのはどうかと思うよ」

「断る」

 

 キリッとした顔でのたまうテオドール。実は若干心惹かれたとか、そういうことはない。断じて。

 見透かしたようにコリアがくすくすと笑う。

 

「それは残念。じゃあここからは真面目に行こうかな。早く行かないと、魔王様に皆殺しにされちゃうかもしれないから、さ!」

 

 コリアが片腕を振り上げると共に、黒い煙のようなものが放出された。まるで霧のように湿っぽく、粘り気のある暗い黒煙が、煙と言うには異常な速度でテオドールに迫る。

 それでも避けられない程ではない。危なげなく黒煙を避けたテオドールだったが、それは向きを曲げて追尾してきた。

 

「まだ行くよー」

 

 黒い煙に紛れながら緩やかにテオドールを追いかけるコリアの身体から、湧き出るように黒煙が次々と現れ、テオドールに襲いかかる。

 あれに触れるのはまずそうだと直感したテオドールは、蛇行しながら宙を舞い、黒煙を振り切ろうと試みた。しかし黒煙は時間が経っても消えるどころか、新たに生み出されたものが合流して大きくなっていく。

 埒が明かない。テオドールは黒煙をどうにかするのを諦めて、自身の“速度”を上げた。

 四方八方から追い縋る黒煙を今までとは比にならない速度で置き去りにし、比較的煙の少ない下方から急接近。剣を振りかざして黒煙を風圧で斬り飛ばしながら、コリアの胴体を真っ二つにする。

 

「っぐ、」

 

 同時にコリアの身体から吹き出していた煙に微かに触れてしまった瞬間、テオドールの全身が倦怠感に包まれた。

 武器を取り落としそうになりつつも、テオドールは自分の状態(ステータス)を素早く確認した。表皮に異常はない。毒とも異なる感触がする。ならば魔法的な効果を疑い……数瞬の間に、未知の“呪い”を受けたのだと理解した。どうやらあの黒煙は、肉体に作用する何らかの呪いが形を成したもののようだ。

 テオドールは緩やかに力を抜こうとする肉体を気合で動かし、唇を持ち上げて〈清浄なる光〉の魔法を唱えた。淡い光に包まれると同時に倦怠感が消える。神による天罰さえも解呪するまで鍛え上げただけあって、難なく解呪に成功した。

 

「……驚いた」

 

 上下に分かたれた筈のコリアが呟く。その身体の断面からは一切血が流れていなかった。

 重力に従って落下していた下半身は黒い煙に変わって消失し、代わりに断面から湧き出た黒煙が凝縮、霧散すると、コリアの身体はあっさりと元通りになっていた。

 しかしそんなことは意識の外とばかりに、コリアは真剣な眼差しでテオドールを見つめる。

 

「君、何者? どうやって」

「……? 呪いを解呪する魔法を」

「違う、そっちじゃない。僕は見ての通り物理的な攻撃は効かない。なのに、何故──どうして、()()()()()()()()?」

 

 コリアの問いに、テオドールは首を傾げた。彼が何を言っているのか分からない。

 霊格を削り取る、とはどういうことだろう。

 

 箱庭において霊格というのは、“存在”そのものを表す言葉だとテオドールは認識している。それは肉体や魂よりももっと根幹にあるものの筈で、たとえ“廃人”であろうと、神ではない生物では簡単には干渉できない領域に思えた。少なくとも異世界の存在であるテオドールにとって、元の世界に存在すらしなかった霊格という概念をどうこうする手段はないと言える。

 精霊のように実体のない者の肉体は霊格が形を成していると聞いたことがあるから、コリアは精霊のような存在で、身体を切断したから霊格が削られた、と言いたいのかとも思った。しかし彼の身体は復活しているし、物理攻撃は効かないと自分でも言っている。

 それに、今までに敵を攻撃して、同じようなことを言われた覚えがない。たとえばマンドラの腕を切り落とした時も、特におかしなことは言われなかった。そこに言及する余裕が無かっただけかもしれないが……。

 関係ありそうなことは、強いて言うならば、マンドラの時とは違い一切加減せずに攻撃したことか。ここで言う加減とは、相手がミンチになっても構わないくらい思いっきり生命力をぶちまけようとした、ということだ。

 

 イルヴァにおいて、動植物を生かすのはその身に宿る生命力だ。アンデッドにも存在しているのに“生命”力と呼ばれる理由は謎だが、ともかくそういう力が生物には流れていて、それさえ失わなければ死ぬことはない。

 生命力は肉体に紐付けされており、出血すれば生命力は減るし、首を刎ねられれば一気に生命力を失う。そして生命力が空っぽになると爆発四散する。

 ただ、生命力の減少は肉体の損傷と完全にイコールではないらしい。軽い傷しか受けなくても延々と傷付けば生命力が減っていき、死に至ることがある。

 それを利用するのが〈解剖学〉スキルだ。生命力の流れを考慮して攻撃することで、殺した相手の肉体の破裂を防ぐことを可能にする。応用すれば、相手を欠損させながら生命力を失わせすぎないことも可能だった。

 

 箱庭の世界においては生命力の仕組みは存在しないらしいが、万が一を考えてテオドールは箱庭では身に付けた〈解剖学〉スキルを活用し、生命力を削りすぎないように心がけていた。峰打ちのつもりがうっかり殺人になってしまう可能性があるからだ。

 自身の生命力はイルヴァの頃と変わらず存在しているのだ。世界を移動したからと言って自身を取り巻く法則が変わるとは限らない。

 

 そこまで思考を進めて、テオドールの中で一つの仮説が浮上した。

 

「……これが霊格なのか?」

 

 幽霊であろうとも生命力は存在し、技量と強い殺意さえあれば魂ごとミンチにできる。だからこそイルヴァでは、生命力は肉体よりは魂にリンクしているのだという説がある。

 霊格が存在そのものを指すのなら、魂とそれに繋がる生命力はそれに非常に近いものなのかもしれない。

 

 世界は矛盾が発生すれば崩壊への一歩を辿る、とテオドールは()()()。たとえば世界に存在し得ないものを世界が認識しようとした時がそれだ。

 ならば、テオドールが生命力を削ろうとした時、箱庭の世界は本来なら存在しない生命力という概念を、代替品として霊格に変換することで矛盾を防いでいるということも、まああり得ない話ではないのでは無いか、と思えたのである。

 

「何か自己完結したみたいだけど、僕にも教えて欲しいなあ」

「説明が面倒だから黙秘する」

「折角不意打ちもせず待っててあげたのに……」

 

 知ったことではない。肩を落とすコリアをテオドールは内心で一蹴した。

 

「じゃあ他の質問。君って一応人間だよね? 羽生えてるけど。もしかして異世界から来た人?」

「そうだが」

「ふーん、なるほど……。さて、それならこちらも、もっと本気を出そうかな」

 

 再び黒い煙が立ち昇る。テオドールは剣を構えた。

 “物理攻撃は効かない”と彼は言ったが、同時に“霊格を削られた”と自白している。つまり、本気で斬り続ければ死ぬ筈だ。

 黒ウサギ達もまさか魔王相手に殺人を控えろとは言わないだろう。久々に思う存分楽しめそうだった。

 

 呪いは意味がないと判断したのだろう。生み出された黒煙が凝縮していき、漆黒の剣を持つ騎士の軍勢へと姿を変えていく。

 テオドールはそれらがどこまで増えるのかを眺めていた。早く終わらせてしまっては面白くない。相手もそれをわかっているように、警戒する様子も攻撃してくる様子もなかった。

 

 やがて騎士達が視界を埋め尽くす程になったが、無尽蔵なのだろうか、増殖が止まる気配がない。

 これ以上増えても面倒なだけだろう。テオドールは待つのをやめて、騎士達に向けて突撃する。

 

 その時、雷鳴が鳴り響いた。

 

「“審判権限(ジャッジマスター)”の発動が受理されました! これよりギフトゲームを一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!」

 

 黒ウサギの声だった。

 騎士達は一瞬で霧散し、剣が空振る。コリアが苦笑した。

 

「残念、時間切れ」

「……何が起こった?」

「審議決議。“主催者権限”によって作られたルールに不備がないかどうかを確認するためにジャッジマスターが持つ権限だよ。その間互いは不可侵だし、休戦期間が生まれる。魔王対策にはもってこいだよね」

 

 ルールに異議があれば、ゲームを強制的に中断させて準備期間を作ることができる。魔王の奇襲へ対抗するためと言っても良い権限。

 そんなものがあるならば、早く言って欲しかった。知っていればもっと早く攻撃を仕掛けていたのに。テオドールは後悔した。こちらはいくらか手札を見せたが、相手の力量はまだ見極めきれていないのだ。

 

「まあそういう訳だから、僕も戻らないと。そうだ、君の名前は?」

「……テオドール」

「僕の名前は“コリア”だよ。じゃあ頑張ってね、テオドール」

 

 軽く手を振って、コリアは煙のように姿を消した。審議決議が発動されることを予期していたような顔だった。

 時間稼ぎをしていただけ、ということか。……嵌められた。

 

「……ふう」

 

 軽く息を吐いて気分を切り替える。ともかく、いつまでもここに居る訳にはいかない。

 十六夜達と合流するため、テオドールは地上に戻った。

 

   ◆

 

 大祭運営本陣営。大広間は巻き込まれた多くの参加者達で埋め尽くされていた。中には負傷者も多数居る。“ノーネーム”も被害を受け、耀とレティシアは魔王との交戦で疲弊しており、飛鳥は行方知れずとなっていた。

 そんな中で交渉のテーブルに着いたのは“サラマンドラ”のサンドラとマンドラ、ジャッジマスターとして黒ウサギ、参加者から“ハーメルンの笛吹き”の伝承に詳しい者として、“ノーネーム”のジンと十六夜だ。

 戻ってきたサンドラと黒ウサギが代表として、参加者達に審議決議の結果を報告する。

 

「ゲームの再開は一週間後。そしてゲーム再開から二十四時間後に、無条件で魔王側の勝利となります」

「休止期間中はゲームテリトリーから出ることはできません」

「ルールによって、同士討ち、自決は禁じられます」

 

「“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”の正体は──黒死病(ペスト)です」

 

 一つ一つのゲームルールの改変に対して参加者達はざわめき、時には罵声や怒号も飛んだが、魔王の正体が明かされた時の波乱は一際大きかった。

 他の参加者達の喧騒と、それを鎮めようとするサンドラ達の声を背後に、テオドール達はジンと十六夜から詳しい話を聞いていた。

 

「聞いた限り、魔王に有利なルールになったようですね」

「ゲームに不備はなかったので、こちらが言いがかりをつけたとして不利になることは避けられませんでした」

「でも向こうは新興コミュニティで人材奪取に目がないみたいだったからな。代わりに黒ウサギの参戦権を取り付けてきたぜ」

「成る程、そいつはご苦労さんだな。そんで、ペストって何なんだ?」

 

 黒死病(ペスト)は地球において人類史上最悪の疫病であるが、イルヴァ出身のテオドール達には当然ながら初耳の言葉である。ジン達もそれは予想していたのだろう、驚くこともなく簡単に説明をしてくれた。

 

「致死性が高い伝染病か。そんなもんまで人間の形して居るのか箱庭(ココ)、おっかねえな。通りで他の奴らが大騒ぎしてるわけだぜ」

「俺の時代じゃ治療法も確立してるんだけどな。ただこの世界じゃそうもいかない。もう何人かに菌が潜伏してるって話だ」

 

 一週間という期限は、黒死病による死者が出ないギリギリのラインであるらしい。魔王相手に最大限譲歩させたジンの手腕は“ノーネーム”のリーダーとして立派なものだ。

 

「ところで、魔王の正体がペストであると向こうから告白したのか?」

「いや。“ハーメルンの笛吹き”で消えた子供達についての考察がいくつかあるんだが、その中に“黒死病”が含まれてるからそこからだな。他のメンバーも“ヴェーザー河”、“ネズミ(ラッテン)”、“(シュトロム)”、それとテオドールが戦った“舞踏病(コリア)”……ハーメルンの解釈に関わりがある奴らばっかりだ」

「そういえば、コリアだけ審議決議の場に居ませんでしたね」

「まあ全員出張る必要もないだろうからな。裏で何かしてなければっていう前提がつくけど」

 

 審議決議の場にコリアはいなかったらしい。シュトロムは既に倒されたそうだからわかるが、存命であるコリアは何故姿を現さなかったのだろう。十六夜の言う通り、深い意味はないのかもしれないが……どうにもきな臭い。

 名前を教えてきたことも、ジン達の話を聞くにわざわざこちらへ魔王の正体を暴くヒントを教えたようなものではないか。名前からばれることはないだろうと高を括っていたのだろうか。テオドールには、そこまで考えなしの男には見えなかった。

 コリアはどこか異質だ。まるで、本当はこのゲームに関わりがないような。

 

 “舞踏病”という名が明かされているのにも関わらず、テオドールはコリアの正体を掴むことができないままでいた。




すごいオリキャラが出しゃばっていますが今後も何人か出しゃばる予定です。まあ元からオリ主モノなので今更ということでここは一つお許しくださいませ。

◆清浄なる光
自分の身にかけられた呪いを解呪する魔法。ついでに呪い耐性もつけてくれる。呪われたアイテムの解呪はできないので注意。

◆生命力
最大HPに影響する能力値。この小説内ではHPシステムそのもの。elonaはたとえ幽霊でも回復魔法で回復し、物理攻撃でダメージを受ける。わかりやすい!

◆コリア
Chorea、ドイツ語で舞踏病。テオドールによるペストさん即殺ルート回避のために生み出されたチートキャラ。箱庭世界ならどんなチートがいても許されると思っています許してください。
ちなみに舞踏病は本当にハーメルンの考察の一つではありますが、雑に調べた感じ信憑性は微妙だったり。


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考察の時間

 大祭運営本陣営、バルコニー。

 審議決議が行われている頃、黒い風に動きを封じられている白夜叉は、床に座り込んで独り思考の海に埋没していた。

 

(審議決議は発動したようだが……ルールに不備が無いのであれば、私の封印は確実にギフトゲームによって為されているもの。参戦権、太陽の星霊を封じる、太陽を弱める……?

 くそ、何が最強のフロアマスターか。このような時に何も出来んとは。せめて黒ウサギ達と連絡が取れれば良いのだが──)

 

「やあ、こんにちは」

 

 突然声をかけられ、白夜叉はバッと顔を上げる。

 星霊をも阻む黒い風の中、全く平気そうな顔で佇む男──コリアの顔を見て、白夜叉は目を瞠った。

 

「な、貴様、ト──!?」

「あ、待って待って。僕はコリアだよ、白夜叉。それとあまり大きな声を出さないで。魔王様には内緒で来てるからさ」

 

 まるで子供に言い聞かせるように人差し指を唇に当て、シーッと息を漏らすコリア。

 その仕草に毒気を抜かれ、白夜叉は浮かせた腰を落ち着ける。休戦期間である以上どちらも危害を加えることはできないし、何より白夜叉とコリアは既知の仲だった。油断する訳にはいかないが、必要以上の警戒はしなくて良いだろう。最後に会ったのはずっと昔のことであるが。

 

「おんし……コリアと言ったか。何故下層に、と訊くのは野暮であろうな」

「まあ僕はどこにでもいるからねえ」

「何をしにきた?」

「ぶっちゃけると暇潰しかな。魔王様にも警戒されちゃってるし」

 

 よっこらせ、とコリアは白夜叉の正面に腰を下ろす。

 

「暇潰し、か。相変わらず自由な奴め」

「貴女には言われたくないな。どうせ幼女の姿を良いことにセクハラしまくってるんでしょ」

「それで、コリア。魔王と組んでいるのだな?」

 

 図星をつかれた白夜叉が強引に話を進める。

 あまり冗談に付き合う気分ではないらしい。コリアはわざとらしく肩を竦めた。

 

「そうだね。無理矢理押し入ったものだから、あんまり気に入られてないんだけど」

「傍観者気質のおんしにしては珍しいものだの。何故そんなことを?」

「ストレートに言うと、同情かなあ」

「同情?」

「あまり言うとネタバレになっちゃうから簡単に言うけど。僕の霊格は()()()のおかげで肥大したと言っていい」

「……それは、」

「ね? 可哀想でしょ?」

 

 言葉に重みは感じられないが、彼は本当に同情心で魔王に手を貸しているのだろう。そういう性格であると、白夜叉は知っていた。

 そして、彼の言葉が意味するところも。

 

「ここでくらい夢を見させてあげてもいいかなって。奪われた時間を少しでも取り戻すことができれば……まあ、多少気は晴れるかもしれないだろう?」

「魔王として滅びることになってもか?」

「勿論。どうあがいても滅びるんだから、せめて一度くらいは楽しまなきゃ」

 

 笑顔で言い切るコリアに、白夜叉は溜め息を吐いた。

 

「本当に、誰にとっても残酷な奴よな」

「ありがと。あ、そういえば。テオドールって知ってる?」

「む? 知っているが……何故その名前を?」

 

 テオドールの今までの所業は白夜叉も知っている。理性的な面を持ちながらもブレーキが効かない十六夜に対し、理性的でありながらブレーキを踏まないテオドールは紛うこと無き問題児である。また何かやらかしたのかと、白夜叉は好奇心半分でコリアを見つめた。

 

「さっき戦ったんだけどさ、いやあ驚いたよ。彼、剣で斬っただけで僕の霊格を削り落としたんだ」

「けず……!? おんしの霊格をか!?」

「そう。何か、まるで分解されるような心地というか……どうも異質だよ、彼。一体何者なの? 外界から来たみたいだけど、それにしたっておかしい」

「……いや、おんしには教えんぞ。あくまでも魔王の手先だろう?」

 

 白夜叉も明確な答えを持っている訳ではないが、あまりにも他と違う世界から来たことが原因の一端ではあるのだろう。だが、推察する材料を下手に与えることはしない。

 

「そうかい。仕方ない、色々仕込んでおかないとかな。……うん、審議決議もそろそろ頃合いだろうし、僕は戻るね」

 

 来た時と同じ唐突さでコリアは姿を消した。本当に只の暇つぶしだったらしい。それにしては色々と情報を落としていったが、その理由はきっと、白夜叉が封印されているからだろう。

 

(私の封印が解かれることはないと思っている、か。しかし審議決議の発動は魔王に対抗するためには必要なことでもある。どうかこの時間を有効に使ってくれ。サンドラのことは頼んだぞ、“ノーネーム”よ)

 

 彼らに少しでもこの思いが伝われば、と念じる。

 旗も名前も失ったコミュニティのことを、白夜叉は誰よりも信じていた。

 

   ◆

 

 大祭運営本陣営、隔離区域。

 審議決議より六日が経った。飛鳥はまだ、見つからない。

 あれから参加者達はゲームの考察を進めていたが、異世界の童話の知識が不足しているテオドールは特に出来ることもなく。ゲーム再開に向けて身を休めることだけに専念する……とはいかなかった。

 

 魔王が撒いた黒死病の呪い。ゲーム休止に間もなくして感染者が現れ、激しく衰弱していく者もいた。

 治療法も無く、感染を広めないため隔離されていく参加者達。当然士気は下がっていき、感染者は増えていった。

 その様子にふと思い付いたテオドールが、感染者に向かって〈清浄なる光〉の魔法を唱えた。すると驚くべきことに、明らかに容態が回復したのである。

 

 ペストの病原菌は確かに肉体的に参加者たちを蝕んでいたが、同時にそれは魔王によって生み出された“呪い”なのだ。だから〈清浄なる光〉によって、ある程度その呪いを無効化することができた……とテオドールは結論づけた。

 ヒントとなったのはコリアとの交戦の時のこと。彼から受けた呪いは、恐らくは舞踏病の症状を引き起こす呪いだったのだ。ならばペストの呪いもまた解呪が可能なのでは無いかと踏んだのである。

 

 呪いの性質が違うのか、菌という明らかな病原が用意されている故なのか、解呪魔法だけではどうしても完治に辿り着くことは無かったが、これによって参加者側にも多少の余裕が出てきた。そして、テオドールは奇跡の癒し手として参加者達から崇められることになる。

 無論テオドールも増え続ける感染者全員の面倒を見る訳にはいかないため、主力になるメンバーと重体患者を中心にではあるが、他に出来ることもないからと朝から晩まで魔法をかけ続ける日々を送っていた。

 ついでに魔法を鍛えることもできて、テオドール的には一石二鳥である。

 

 今日もまたテオドールは、感染者達の下を回って解呪を施していた。現在向かっているのは、隔離区域の中に特別に用意された個室だ。

 ドアをノックすると、「どうぞ」と声が返ってくる。中に入るとそこにはベッドに横になった耀と、何故かその隣で本を読んでいる十六夜が居た。

 耀は“ノーネーム”の中で唯一黒死病を発症してしまったため、こうして設けられた個室で療養しているのだ。

 

「調子は」

「魔法のおかげかな、すごくいい。こうして個室を貰ってるのが申し訳なくなるくらい」

「でも感染してるのは事実だろ? フロアマスター様からの取り計らいだ、ありがたく貰っとけ」

 

 そう言う十六夜は感染者ではないので、あまりこの辺りに立ち入るのは感心しない。そう窘めてはみたものの、「俺は風邪も引かない超健康優良児だぜ?」ということで聞き入れるつもりはないらしかった。

 テオドールは耀にいつものように〈清浄なる光〉をかけ、ついでに十六夜には呪いを予防する〈ホーリーヴェイル〉をかけておく。効果があるかはわからないが、無いよりはマシだろう。

 

「平気だって言ってんのに。心配性だな癒し手様は」

「どうせ魔力が余っている。それよりゲームクリアの目処は立ったのか」

「大まかにはな。ただ核心が掴めない」

 

 勝利条件である『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』の一文。明日にはゲームが再開してしまうのに、この部分の考察が未だ参加者内で統一されていなかった。

 

ネズミ捕り道化(ラッテン)災害(ヴェーザー)(シュトロム)舞踏病(コリア)黒死病(ペスト)。これらの悪魔の中から1284年6月26日のハーメルンで起きた事実を選択する……っていうところまでは考察できてるんだけどな」

「何か問題が?」

「『立体交差平行世界論』って知ってるか? 異なる事象が起きている世界平行線上で、結果が収束するクロスポイントがあるんだ。つまり奴らは130人の子供が死ぬという結果を引き起こす複数の事象を表している。その中でイコールで繋がらない考察が“真実の伝承”or“偽りの伝承”である筈なんだ」

 

 しかし、そこから真実を絞り切ることができずにいた。どれが有力であるかに迫ることは可能だが、真実を証明する手立てがないのだという。

 

「なら、真実は横に置いといて。十六夜はどれが偽物だと思ってる?」

「ペストとコリアだ」

 

 身体を起こして問う耀に、十六夜が即答する。それだけは断言できると表情が物語っていた。

 

「黒死病も舞踏病も、発症したその日に死ぬようなものじゃない。“ハーメルンの笛吹き”は1284年6月26日という限られた時間で子供が一斉に死ぬ必要がある。特に舞踏病は感染症ですらないし、一番可能性が低いと見てる」

「じゃあ、“偽りの伝承”である二人を倒せばいいのかな?」

「それじゃあ第一勝利条件と被るから違う。鍵は『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』という一文だ。この伝承とは一対の同形状であり、“砕き”“掲げる”ことが出来るものと推測される。なら考えられるのはハーメルンの碑文と共に飾られた、()()()()()()()だ」

「ステンドグラス? それってもしかして」

「ああ。主催者でも参加者でもないのに祭りに参加できる別枠。それが白夜叉のルールを突破した奴らの正体だ」

 

 祭りに出展された美術工芸品。“ウィル・オ・ウィスプ”のジャックのように、独立した意志を持つギフトとしてペスト達は祭りに参加していたのだ。

 サンドラに確認したところ、十六夜達とは別の“ノーネーム”名義で出展されたステンドグラスが百枚以上も登録されていたことが判明したらしい。魔王達のものと見て間違いないだろう。

 

「つまり展示されたステンドグラスの中から偽りのものを砕き、本物を掲げろということか」

「そうなるな。でも真偽の目処が曖昧で、ペストとコリア以外のどのステンドグラスを砕いて掲げればいいのかが分からん」

 

 いくら物事に詳しい十六夜でも、今回はお手上げのようだった。八つ当たりのように持っていた本を壁に投げつける。

 床に転がった本は黒死病について書かれたもののようだ。テオドールは拾うついでに中をパラパラと読んでみる。

 

「そういえば、白夜叉は?」

「バルコニーに封印されたまま、参戦条件も分からず仕舞いだ。白夜叉は下層に下りるために仏門に下ることで太陽の星霊としての霊格を落としてるらしいんだが、それでも封印するには余程強力な──」

「十六夜」

 

 本に目を落としたまま声をかけて来たテオドールに、二人の視線が移る。

 

「ん、どうした。何か気付いたか?」

「ハーメルンの碑文によれば、ハーメルンの事件が起きたのは1284年だな」

「そうだな」

「この本によれば、世界的に黒死病が流行したのが1300年代半ば」

「その通りだ。発生時期とグリム童話の道化が黒死病の流行元であるネズミを操っていたことから、百三十人の子供達は黒死病で亡くなったという考察が──……?」

 

 自分が喋った内容に違和感を感じて、十六夜が首を傾げる。

 ペストが流行ったのは十四世紀から始まる寒冷期、ヨーロッパでの流行は1347年からだ。そしてハーメルンの碑文の事件が起こったのは1284年……、

 

「……! そうか、そういうことか!」

 

 急に立ち上がった十六夜に耀がびくつく。

 そんなことはお構いなしにテオドールから本をひったくると、十六夜は興奮した様子で本のページを捲り始めた。

 

「ペストの流行は十四世紀の寒冷期、太陽が氷河期に入った年代記だ! 白夜叉の封印もそれで説明が付く。舞踏病の記録があるのもそれ以降……

 くそ、完全に騙されていたぜ“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”! つまりお前達はグリム童話上の“ハーメルンの笛吹き”であって、1284年の“ハーメルンの笛吹き”じゃなかったってことか……!!」

 

 勢い良く本を閉じ、十六夜は部屋を飛び出していく。その前に一度だけこちらを振り返った。

 

「ナイスだテオドール! おかげで謎が解けた! 春日部! あとは任せて枕高くして寝てな!」

 

 凄まじい速度で去っていく十六夜。

 取り残された二人で顔を見合わせる。

 

「……えっと、どういうこと?」

「ペストの流行とハーメルンの碑文の時期がズレているというのが何か重要だった、らしい」

 

 テオドールは単純に疑問に思ったことを軽い気持ちで訊こうとしただけなのだが、どうやらその部分が謎解きの肝であったらしい。

 十六夜の台詞から何とか推察するに、グリム童話のハーメルンと、ハーメルンで起きた実在の事件はあくまで別物であるため、そこから誰が真実なのかが導き出せたということらしいが……結局誰が正解なのだろう。

 

「うーん……でも、謎が解けたならきっと皆に説明されるよね」

「そうだな。では自分はそろそろ行くが、平気か?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

 

 耀が布団に包まる。

 少々長居してしまった。テオドールは耀の個室から出ると、他の患者達の下へと足を速めた。




◆ホーリーヴェイル
事前にかけておくと呪いを予防してくれる魔法。〈清浄なる光〉を唱えた時にも発動する。
冒険中に突然現れる辻プリーストさんがかけてくれたりもする。ノースティリスにも暖かい心を持つ人がいるものですね。

◆奇跡の癒し手
黒死病に苦しむ参加者たちの下に現れた癒し手。彼の存在によって士気と“ノーネーム”の好感度が上がったが、「何か作業感がすごい」「どちらかというと死神みたいな雰囲気」「何故ここで女じゃないのか」と一部からは不評らしい。


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フラム・ダンス・マカブル

 ゲーム再開の合図は、激しい地鳴りと共に起きた。

 

 突如光に呑み込まれたかと思えば、ペンダントランプの煌めきが消え、代わりにパステルカラーの街並みが広がった。

 ここはハーメルンの街。境界壁の麓は、一瞬にして魔王の舞台に書き換えられていた。

 

「見つけたぞ! ネズミを操る道化が描かれたステンドグラスだ!」

「それは“偽りの伝承”です! 砕いて構いません!」

 

 ジンの返答の後に、パリンとガラスが割れる音がする。

 十六夜が謎を解いた後、全員に“真実の伝承”についての通達がされた。

 “真実の伝承”=“ヴェーザー河”。それがこのギフトゲームの答えだ。

 

 1284年のハーメルンの伝承と碑文には、“ネズミを操る道化”は出てこない。ネズミとネズミを操る道化が出現するのは、黒死病の最盛期である1500年代からだ。ネズミを発端とするラッテンやペストという悪魔は、後の時代に創作されたグリム童話の魔書に描かれる、()()()()()()()()()()()()と考えられた。

 舞踏病(コリア)はネズミと関係ないが、こちらは『子供達が踊りながら去った』というイメージに基づいて考察されたものであり、グリム童話の影響が強い。碑文には『踊りながら』などとは一言も書いていないのだ。

 よって、1284年のハーメルンの伝承に当てはまるのはヴェーザーとシュトロムだけである。しかしヴェーザー河は天災の象徴であると言われており、シュトロムもまたヴェーザーのことを指している。つまり、ヴェーザーこそが唯一の“真実の伝承”だったのだ。

 

 テオドールは現在、護衛としてジンと共にステンドグラスの捜索隊に参加していた。

 ノイロックとスビンは別働隊に回っており、この場には居ない。ちなみに耀は療養中、飛鳥は未だ行方不明であり、その他の面々は別々に行動している。

 

「ここにもあったぞ! これは……骸骨、か?」

「え?」

 

 ネズミの模様が描かれた通りを少し進んだ先で、道の真中に展示されたステンドグラスを発見する。

 そこに描かれているのは子供と、子供の手を取り踊る骸骨だ。明らかにヴェーザーを示すものではない。

 だが、ジンは困惑の声を漏らした。

 

「骸骨……? いや、これって」

「おい! 砕いちまっていいんだな?」

「あ、はい!」

 

 急かす参加者の声に、ジンは慌てて返事をした。猶予は二十四時間しかないのだ、時間を無駄にはできない。

 ステンドグラスに近付いて割ろうとした参加者が、突如現れた黒い煙に包まれた。

 

「うわ、なん……!?」

 

 振り上げたハンマーを取り落として地面に倒れる参加者の男。

 テオドールは武器を取り出すと全員を下がらせ、最前に躍り出た。

 予想通り、ステンドグラスの前に現れたコリアが笑う。

 

「おっと、手荒な真似してごめんね。でもこのステンドグラス、無理して作った特注品で一個しかないんだ。壊されると困るんだよねえ」

 

 ここでコリアが現れたということは、あのステンドグラスは舞踏病(コリア)を表しているのだろう。舞踏病の主な症状は不随意運動であり、それが踊るように見えるという理由でその名がつけられている。だからこそ子供が踊る姿が描かれているのだろう。

 だがその病自体には致死性はない。骸骨と言えば死のモチーフだ。何故子供と共に骸骨が描かれているのか。

 

 コリアが黒い煙を吹き上げさせながら忠告する。

 

「一応言っておくね。この場にいる全員がこちらに下るなら見逃してあげる。さもないと彼、()()()死んでしまうかもよ」

 

 倒れた男を見る。意識を失っているのか目を閉じ、ぐったりと地面に倒れたままだ。舞踏病、と言うにはあまりにも動きがない。どちらかというとまるで()()()()()かのようだった。

 

「……まさか」

 

 何かに気付いたジンが、テオドールの隣まで歩を進める。

 顔を青褪めさせ、口を開いた。

 

「……あなたはコリア、なんですよね?」

「そうだよ」

「でもそれは、本当の名前ではないですよね?」

「そう思う?」

 

 否定も肯定もしないコリアに、ジンは何か確信に至ったらしい。ごくり、と生唾を飲み込む。

 

「ジン、どうした」

「テオドールさん、彼は……彼は、舞踏病(コリア)ではありません」

 

 その言葉に参加者たちがざわついた。

 コリアは何も言わず、ただこちらを眺めている。

 

「黒死病の流行により、あらゆる者達が死にました。それから、死の普遍性をテーマとする美術様式が現れたんです。そこに描かれるのは死を擬人化した骸骨が、生者の手を取り踊る姿。……あのステンドグラスのように」

 

 子供と共に踊る骸骨。まさしくジンの言う特徴と一致している。

 ジンは冷たい汗を流しながら、コリアの正体を指摘した。

 

死の舞踏(トーテンタンツ)。どんな身分の者にも死が訪れるという死生観から生まれた絵画の悪魔。それがあなたなのではありませんか?」

 

 にこ、とコリアが微笑んだ。それが答えだった。

 

 話を理解した参加者達が悲鳴を上げる。

 

「ってことは、死を司る悪魔ってことか……!?」

「俺達の手に負えるのか!?」

 

 一気に参加者達が恐慌状態に陥る。

 死を司る存在は箱庭にも多くいるが、そのどれもが強大な力を持っており、そして恐れられている。生命を持つ者に対して、死の恩恵を与えることができる存在であるからだ。

 

「じゃ、じゃああいつは、死んじまったってのか!?」

 

 黒煙に包まれ、動かない男を指して叫ぶ参加者。

 コリア──否、トーテンタンツは、安心させるような声色で言った。

 

「まだ死んでないよ。僕はあくまでも絵画の悪魔。死の恩恵を押し付けるだなんてこと、とてもとても。僕が出来るのは精々仮初めの死を与える、つまりは仮死状態にするくらい……まあ、その状態で十五分も放っておいたらさすがに死んじゃうだろうけど」

 

 十五分という明確なタイムリミットを示され、参加者達に緊張が走る。それまでにどうにかしなければ彼は死ぬということだ。

 

 テオドールが呪いを受けた時の倦怠感。あれは舞踏病の症状ではなく、仮死状態になりかけていた、ということか。

 テオドールの時と違い、参加者の男が即座に仮死状態になっているのはテオドールのステータスが高かったからか、それとも呪いの強度が違うのか。……恐らくは、後者だろう。

 

「といっても、僕は本来このゲームには全く関係ない存在でね。このステンドグラスが壊されるとゲームを続行できない程度には無理矢理入り込んでる。いやー、困ったなー」

「……つまり、そのステンドグラスを砕けば呪いから解放されると?」

「そういうこと。さて、もう少し煽ってみようかな」

 

 トーテンタンツが片手を上げると同時、黒い煙が吹き抜けた。

 そのスピードは風よりも速い。回避行動すら取れなかったジンと、その他の巻き込まれた何人かが崩れ落ちる。

 同時に残留した黒煙が形を成し、黒い騎士の軍勢が現れる。よく見れば鎧の隙間からは白い骨が見え隠れしていた。

 騎士達がこちらを囲むように壁を作り、トーテンタンツの周りには黒い煙が漂っている。近付くにしても騎士が邪魔になり、近付いたところで黒い煙に触れれば仮死状態になってしまう。酷くいやらしい布陣だ。

 

「ほら、早くどうにかしないと皆死んじゃうよ」

 

 悪魔がぞっとするような笑みで告げる。

 気圧された参加者達が、一歩後ずさった。

 

「くそ、おい、テオドールさん! あんたなら呪いをどうにかできるんだろ!? あいつらを助けてくれ!」

 

 完全に戦意喪失した男がテオドールに丸投げしてくる。他の参加者たちも同意するように縋るような視線を送ってきていた。

 自分のところの同士なら仇討ちを表明するくらいの気概を見せてみろと言いたい所だが、彼らにとってトーテンタンツはそれほど恐ろしいのだろう。黒死病を治療していたテオドールにある程度の信頼を寄せている証とも言えるので、それは良いのだが。

 何にせよ、他に対処できる者がいないのだから、テオドールはトーテンタンツを倒す方法を考える必要があった。

 

 仮死状態の者達を解呪することは可能ではあるだろうが、正直言って彼らは戦力外だ。せめてもう少し数が居ればマシだったが、今の人数で下手に襲いかかって全員まとめてやられるくらいなら彼らは放っておいてテオドール一人で戦った方が余程良い。

 かと言って、前と同じく黒煙に触れる覚悟で突貫するのは気が引けた。

 あの仮死の呪いに〈ホーリーヴェイル〉が通じれば万々歳だが、もし通じなかった場合は〈清浄なる光〉を唱える暇もないだろう。テオドールが呪いに抵抗できず戦闘不能になってしまえば、この場に居る全員は間違いなく死ぬか、良くて魔王の軍門に下らざるを得なくなる。賭けに出るにはデメリットが大きすぎた。

 たとえ廃人であろうとも、無茶はできても無謀はしない。それが死に繋がると、廃人と言われるようになるまでの長い経験の中で知っているからだ。

 

 まあノースティリスで廃人ともなれば、暇なので友人宅に忍び込んで自爆特攻テロをかますだとかの人命軽視にも程があるお遊びが流行ることもあるが、そこは世界の違いによる言葉の綾というやつである。

 

「さあ、まさか諦めないよね? 君達はまだ生きている。全員死ぬまで……踊ってみせろ」

 

 トーテンタンツの言葉と共に、人々を死へと招く使命を負った騎士達が剣を掲げる。

 生者と死者が交わり踊る、死の舞踏が始まる。

 

 そして閉幕も迅速だった。

 

「……え?」

 

 テオドールを中心に爆炎が吹き荒び、中身骸骨の騎士達はあっという間に鎧ごと灰になった。

 唱えたのは〈ファイアーボール〉の魔法、効果は見ての通りだ。やはりアンデッドは燃やすに限る。

 魔法の範囲外に居た騎士達も、驚異的な速度で近付いたテオドールが起こす爆炎に次々と焼き尽くされていく。

 当然、仮死状態のジン達や呆気にとられて動けなかった他の参加者も炎に巻き込まれたが、テオドールの高度な〈魔力制御〉スキルによって被害を免れていた。服の端や髪の毛が焦げ付いているようにも見えるが恐らく気のせいである。

 

「えっ、熱っ!?」

 

 そしてさっくりと騎士達を殲滅したテオドールは〈ファイアボルト〉を連射する。

 炎熱を持つ赤い稲妻がトーテンタンツを襲う。一体どれだけの生命力があるのか、それとも火炎耐性でも持っているか、テオドール渾身の魔法を持ってしても死ぬ様子がないが、そんなことはどうでもいい。

 ボルト系の魔法の特徴は、射程内にある全ての対象を貫通する所だ。そしてトーテンタンツはステンドグラスの真正面に陣取っている。

 

 嫌な予感がして振り返ったトーテンタンツが叫んだ。

 

「うわ、溶けてる!!」

 

 熱でぐにゃりと軟らかくなったステンドグラスを見て〈ファイアボルト〉の特性に気付いたようだが、もう遅い。

 最後の一撃として〈アイスボルト〉を唱える。冷気を孕んだ稲妻が、トーテンタンツの身体を通してステンドグラスに叩きつけられる。

 熱されて膨張したガラスが急激に冷やされた時、起きる事柄は一つ。

 

 バキン、と盛大に音を立ててステンドグラスが砕け散る。

 トーテンタンツが操っていた黒煙がゆるやかに消失し、同時に“契約書類”が現れた。

 

『“グリムグリモワール・ハーメルン”・トーテンタンツの参戦権が失われました。戦闘行為を中止し、速やかにゲームテリトリーから離脱して下さい』

 

 “契約書類”を手にとりながら、トーテンタンツが残念そうな表情を浮かべた。

 

「え、ええー……折角盛り上がってきたのに」

「時間がないと煽ったのはそちらだが」

「いやまあそうだけどさあ」

 

 近付けないなら近付かなければいい。実に単純なことだった。

 別にボルト系の魔法を使うなら騎士達を殲滅する必要はなかったのだが、そこは単に気分の問題だったりする。たくさんいる雑魚を殲滅するのは楽しいものだ。

 

「うん……確かに遠距離攻撃が正解なんだけどね。まさかワンマンで攻略されるとは。ちょっと予想外かなあ」

「集団戦を望んでいたか」

「望んでいたというか、一度撤退して他から仲間を集めてくるっていう戦法も有りだったと思うけどな」

「彼らは十五分で死ぬんだろう」

「僕の言葉が真実だったらね」

 

 そう嘯くトーテンタンツにテオドールは微かに片眉を吊り上げた。まさか、ブラフだったのか?

 黒煙に触れられた者達を見やったが、トーテンタンツが参戦権を失うと同時に呪いは解かれたらしく、判断はできそうになかった。

 テオドールが睨め上げると、先程の不満そうな表情はどこへやら、トーテンタンツは楽しそうににっこりと笑う。どうにも喰えない男である。

 

「……う、」

 

 倒れていたジンがうめき声を上げた。意識を取り戻し始めているらしい。

 

「ま、終わったものはしょうがない。いつまでもいると強制退場させられちゃうだろうし、僕はもう行くね」

「……結局、お前の目的は何だ」

「目的?」

「無理矢理このゲームに入り込んだ、ということは、お前は元来の魔王の手下というわけでは無いだろう。何のために魔王に味方した?」

 

 キョトンとしていたトーテンタンツは、やがて小さく笑うと柔らかに言った。

 細められた瞳に浮かぶのは、人々を誑かす悪魔というよりも、人々を見守る神のような。

 

「死は全ての者に平等に訪れる。ならば、生を楽しむ権利も全ての者に平等にある。だからそれを不本意に奪われた者達に、少しばかりの憐れみを覚えることもあるんだよ。たとえ自分の存在が、死そのものだったとしてもね」

 

   ◆

 

「……ん……、ここは……」

「起きたか」

「テオドールさん……? そうだ、トーテンタンツは!?」

 

 がばりと身を起こすジンに、トーテンタンツが去ったことを告げる。彼はあの後、すぐに黒煙に身を変えて姿を消した。ゲーム中に再び現れることはないだろう。

 他の参加者達も全員無事だ。倒れ込んだ際に頭を強かに地面にぶつけてしまった者も居たが、幸い大事はないと言う。

 

「そうですか……テオドールさんが倒してくださったんですよね。ありがとうございます」

「凄かったんだぜ、あの炎! 巻き込まれた時はほんと死んだかと思ったけど何ともなかったしよ。これだけの実力者が“ノーネーム”に居るなんて勿体無いよなあ」

 

 近くで割れたステンドグラスを回収していた、仮死の呪いを受けなかった男がからからと笑う。それを聞いたジンが見るからに落ち込んだ。

 失言に気付いた男が慌てて弁解する。

 

「おわ、いや、その。お前らのコミュニティを馬鹿にしたつもりじゃねえんだ。それくらいお前のとこの同士はすげえってことだから……す、すまん」

 

 そそくさと離れていく男。ジンがぽつりと言った。

 

「すみません、テオドールさん。僕はまた……何も出来ませんでした」

「…………」

 

 ジンは、自らの無力感に打ちひしがれている。コミュニティのリーダーでありながら、いつも助けられてばかり。“ペルセウス”の時だって、やったことと言えば付いていっただけである。自らが出来ることなど、この世界の常識を教えることぐらいだ。と、そんな感じのことを思っているのだろう。

 彼はまだ十一歳で、テオドールとしては年上の者に助けられるのは当然だと思うのだが、曲りなりにも彼はコミュニティの()であるため、それなりの責任感を感じているのだろう。ついでに言うと、テオドールや十六夜の存在が余計にハードルを上げている節もある。

 

 確かに力不足であるという点についてはテオドールも擁護できない。歴とした事実だからだ。ここでその点を突いてジンを完膚なきまでに叩きのめすこともできるが、メリットが無いのでやらない。

 テオドールは少し考え、口を開いた。

 

「ではこれからの道案内はしないつもりか?」

「え。い、いえ、そんなことはありません」

「ならそれはジンが“出来ること”だな」

 

 十六夜と共に勉強に励んでいたジンは、この中で一番ハーメルンの街について詳しい。元の街との地図と照らし合わせ、捜索隊を的確に導いていたのは彼だった。

 

「戦闘力だけで物事を考える必要はない。ジンが弱いのは事実だが、その代わりに頭脳がある。お前は賢い。リーダーとして采配を振るうには十分だ」

 

 ノイエルで冒険者に雪をぶつけては怒りを買って虐殺される、学習能力皆無の子供達を思い出しながらテオドールは続けた。

 

「今までもやってきたように、これは役割分担だ。ジンのように賢明な存在は、知で他人を助け、力は仲間に補って貰えばいい。まだ子供のジンには伸びしろがある、焦る必要はない。

 それに、他の誰も気付かなかったトーテンタンツの正体を暴いたのもジンだろう。もっと自信を持つべきだ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 照れたようにジンは恐縮した。同士に面と向かって褒められるのに慣れていないようだ。

 

「それに、リーダーがそう自分を卑下していてはコミュニティの評判にも傷が付く。そうなれば力を貸す者も減る」

 

 釘を刺すのも忘れない。しかしジンは吹っ切れたように頷いた。

 

「……はい。わかっています。僕はまだ未熟者ですが……力がなくとも、知恵で皆さんを助けてみせます」

「期待している」

 

 なんとかメンタルを持ち直したらしい。テオドールは安心した。コミュニティを復興させるという依頼を受けているのに、そのリーダーが潰れてしまっては困る。

 

 ステンドグラスの回収が終わったため、テオドールとの会話はそこで途切れた。ジンは地図を見直すと、次の目標を定める。街並みは一変しているが、座標だけを見れば元々ステンドグラスが展示されていた場所とのズレはそう無い。

 

(僕が今出来ることは、皆さんを確実にステンドグラスまで案内すること。まだゲームは終わってない、もっと自分を高めるためにも出来ることをやらないと)

 

 最短ルートを脳内で構築しながら、ムン、と両手を握って気合をいれるジンであった。




ジンは実際めちゃくちゃ頭良いですよね。十六夜とか周りがバグなだけで。

◆トーテンタンツ
本当はもっと苦戦させる筈だったのが余計な弱点を用意したせいであっさりと退場となってしまった、舞踏病改め“死の舞踏”の絵画群から生まれた悪魔…ではないです。本当はもっとチートな人なのでもう少し設定がでしゃばります、すみません。後でこいつが居ると便利な予定なので…。
多分「乙」に出てくるピエールとは友達。

◆攻撃魔法の体系
攻撃魔法はその効果範囲によって矢系、ボルト系、ボール系に大別できる。矢系以外は範囲攻撃のため複数の敵を攻撃できるが、〈魔力制御〉スキルが育っていないと友好NPCだろうがペットだろうが巻き込みが発生する。事故に注意。


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The End of HAMELIN

 ハーメルンの街を縦横無尽に飛び回る三つの人影。

 黒ウサギが持つ三叉の金剛杵・“疑似神格(ヴァジュラ)金剛杵(レプリカ)”が轟雷を、サンドラの“龍角”が紅蓮の炎を放出する。

 黒い風を球体状に纏うペストは、棒立ちのまま二つの奔流を遮断する。攻撃を防がれた二人を竜巻く黒い風が襲うが、距離を取ることで回避した。

 

 先程から同じことを繰り返し、戦況は一歩も動いていない。このままではいずれ時間切れになってしまう、と焦り始めていた二人の元に、大きな振動が届いた。

 

「今の揺れ、かなり大きかった」

「YES! 十六夜さん達の決着がついたようです!」

 

 尖塔の影に隠れながら、二人は喜色を浮かべる。十六夜はペストによって神格を付与されたヴェーザーと戦っていた。ヴェーザーの霊格が跳ね上がったことで十六夜は想定より苦戦を強いられていたのだが、これで戦況は有利に傾くだろう。

 一方ペストもまた、ゲームに動きがあったことに気付いていた。

 

(ラッテンもヴェーザーも……そしてコリアも。みんな倒されてしまったみたいね……)

 

 沈みきった夕陽を見つめ、少し、遠い目をした。

 

(破壊されていないステンドグラスは……残り五十八枚)

 

 潮時かな、とペストは呟く。

 彼女は黒死病によって死んだ、八千万もの死者で構成された悪霊群だ。本来は神霊に至るような存在ではないが、ハーメルンの魔導書によって斑模様の死神に押し上げられていた。魔導書であるステンドグラスが破壊されれば、死神としての霊格を失い、“主催者権限(ホストマスター)”も失うだろう。

 成り行きであれど自分に忠を尽くしてくれたラッテンとヴェーザーに黙祷を、ついでにコリアに少しばかりの感謝の念を捧げた後、

 

「──……止めた」

「えっ?」

「時間稼ぎは終わり。白夜叉だけを手に入れて──皆殺しよ」

 

 刹那、黒い風が天を衝く。

 雲海を突き抜け、霧散した風がハーメルンの街に降り注ぐ。空気が腐敗し、鳥は地に落ち、街路のネズミが死んでいく。

 

「先程までの余興とは違うわ。触れただけでその命に死を運ぶ風よ……!」

「なっ、」

 

 トーテンタンツのように偽りの死で上塗りするのではなく、“死”そのものを恩恵として与える風。神霊という“与える側”の存在になったペストの黒い風は、触れるだけで命を落とす。そんな死の風が吹き荒れ始め、街を襲う。

 黒ウサギが金剛杵を掲げ(いかづち)を放つが、即座に黒い風にかき消された。為す術無く退避し、その威力にサンドラが慄く。

 

「ま、まずい! このままじゃステンドグラスを探す参加者達が!」

 

 しかし街の各地に散らばる参加者達にまで手を回す暇はない。

 辛うじて建物に避難しているようだが、幾人かの“サラマンドラ”のメンバーが黒い風から参加者を庇って命を落とすのがサンドラの目に入った。

 

「よくも……“サラマンドラ”の同士を……!」

 

 サンドラの赤い髪が怒りで燃え上がる。

 黒ウサギも覚悟を決めたように、懐からギフトカードを取り出した。

 

(こうなったら勝負を仕掛けるしか──!)

 

 しかし、黒ウサギがギフトカードを取り出した瞬間。視界の端に逃げ遅れた樹霊の少年の姿が映った。

 

(こ、この! 何でこのタイミングで!)

 

 少年の元に跳びたいが、間に合わない。彼の頭上に降り注いだ死の風が、

 

「──DEEEEEeeeEEEEN!」

 

 紅い鋼の豪腕に阻まれた。

 突如として現れた紅の巨人が、死の風から少年を守る。その総身には太陽をモチーフにした意匠が拵えられている。

 恐らくはゴーレムの類だ。生命無き者に、死の風は通用しない。

 一体どこのコミュニティの援軍か、と疑問に思った黒ウサギは、巨人──ディーンの背後から現れた少女の姿に目を丸くした。

 

「今のうちに逃げなさい。ステンドグラスのことは後で処理すればいいわ」

「は、はい!」

 

 黒ウサギがプレゼントした映えばえしい赤いドレス。間違いなく、行方不明であった筈の飛鳥がそこに居た。

 彼女の無事に、黒ウサギは歓喜の声を上げる。

 

「飛鳥さん、よくぞご無事で!」

「感動の再会は後よ! 前見て前!」

 

 へ? と振り返る。ペストが放った死の風が黒ウサギのすぐそこにまで迫っていた。

 

「オイコラ、余所見してんじゃねえぞこの駄ウサギ!」

 

 側面から助勢に現れた十六夜の蹴りが、死の風を霧散させる。

 

「ギフトを砕いた……? 貴方、」

「先に断っておくが俺は人間だぞ魔王様!」

 

 ヴェーザーとの戦いでボロボロになった腕は使わず、勢いのまま懐に飛び込んで蹴り上げる。

 纏った風すら貫通してきた十六夜の足を初めてその手で受け止めるペストだが、止めきれずに追撃を受けて地上に叩きつけられた。

 ペストは数多の建造物を粉々にしながら吹き飛ばされる。そのでたらめっぷりにサンドラが唖然と十六夜を見た。

 

「……え、えーと? あの人ギフトを砕いたように見えたけど」

「さ、さて? 黒ウサギも十六夜さんについては知らぬことだらけでございますが……」

 

 もしかして決着が着いたのかなーと思いかけた黒ウサギだったが、幾千万の怨嗟の声が瓦礫を吹き飛ばしたことで気を引き締め直す。

 ペストは瞬時に傷と服のほつれを修復し、十六夜に微笑みかけた。

 

「……そうね、所詮人間だわ」

「何っ?」

「星も砕けない分際では、魔王を倒せないということよ」

 

 無造作に腕を振る。すると八千万の怨嗟の声が衝撃波となって十六夜を襲う。

 不意打ちを受けた十六夜は上空高く打ち上げられ、落下。それを冷めた目で眺めるペストの元に、一本の矢が飛んだ。

 飛来した矢に気付いたペストが、心臓を射抜かれるすんでの所で自らの掌で矢を受け止める。

 易易と掌を貫く矢と、傷口から流れる血にペストが虚を突かれたような顔をする。

 

「これ……ただの矢?」

 

 矢が飛んできた方向を見る。屋根の上でこちらに弓を向ける男。テオドールが二本目の矢を番え、発射した。

 盾となる筈の死の風を切り裂くように、今度は右肩を撃ち抜かれた。

 

「私の風を貫通した……? あの男といい、どうなってるのよ」

 

 本来、神霊の御業である死の風は物的な力では突破できない。それこそ十六夜のようにギフトを破壊できる力でもない限り、黒ウサギですら雷鳴を通すことができないのだ。

 そして今のペストの肉体に傷を付けるだけでも相応の力が必要になる。確かにこの矢は人間が放つにしては驚異的な威力を秘めていたが、それだけだ。少なくともペストはこの矢が自らを傷付けることになるとは微塵も思っていなかった。

 ペストは小さく舌打ちし、肩と掌から矢を引き抜いて投げ捨てる。傷はやはり瞬時に癒やされたが、不調を感じて首を傾げた。

 

(何……? 霊格が、)

「テオドールさん! ジン坊っちゃんは」

「避難させた。この様子ではステンドグラスどころではない」

 

 テオドールは死の風を避けながら屋根から降りてくる。

 これで黒ウサギの作戦通り、作戦以上に主力メンバーが揃った。事前に打ち合わせていた十六夜が、鋭い瞳で催促する。

 

「おい、こっからどうすんだ黒ウサギ。作戦があるって言ってたよな」

「はい。今から魔王を討ち取ります」

 

 強い意志で十六夜を見つめ返す黒ウサギ。作戦とやらに明確な勝算があるようだった。

 

「ですが今の状況では上手くいきません。皆さんは魔王に隙を作って下さい」

「それはいいが、あの風はどうする? このままじゃ他の奴らがドンドン死ぬぞ」

 

 当然の指摘に、黒ウサギは白黒のギフトカードを口元に当てて微笑む。

 

「ご安心を! 今から魔王と此処にいる主力──纏めて、月までご案内します♪」

 

 は? という疑問の声は刹那に消えた。

 白黒のギフトカードの輝きと共に急転直下、周囲の光が暗転して星が廻る。

 力の奔流が収まり、テオドールが天を仰ぐと、箱庭の世界が遥か天上に逆さまに浮いていた。……否、テオドール達が、箱庭の世界の遥か天上にある舞台へ招かれたのだ。

 

 石碑のような白い彫像が散乱する灰色の荒野で、ペストが蒼白になって叫ぶ。

 

「チャ……“月界神殿(チャンドラ・マハール)”!」

「YES! このギフトこそ、我々“月の兎”が招かれた神殿! 帝釈天様と月神様より譲り受けた、“月界神殿”でございます!」

「け、けど……! ルールではゲーム盤から出ることは禁じられている筈、」

「ちゃんとゲーム盤の枠内に居りますよ? ただ、高度が物凄く高いだけでございます」

「っ……!?」

 

 ペストは言葉を失う。月を、天体を、ゲーム盤の真上に移動させたというのか。

 生来の神仏──最強種の眷属というものは、これ程までに強大なのか。

 

「これで参加者側の心配は無くなりました! 皆さんはしばし魔王を押さえつけてくださ──!?」

 

 声を張り上げた黒ウサギの台詞を待たずして、ごう、と音を立てて発射された何かがペストを撃ち抜いた。胴の中心を貫くそれは、よく見れば白い彫像の一つである。

 テオドールはその辺からもう一つ彫像を引き抜いて狙いを定める、前に黒ウサギに止められた。

 

「ちょちょちょちょっとテオドールさん!? 何をしていらっしゃるので!?」

「……? 接近するのは危険だから、遠距離で」

「テオドールさんは魔法が使えるのですよね!? 何なら先程弓矢も使われてましたよ!? 何ゆえ我らが神殿の一部を!?」

「魔法も弓もさっき使ったから」

「あー同じ手法ばっかりじゃつまらないよな。わかるわかる」

「何をしみじみと頷いてらっしゃるのですかお馬鹿様!!」

 

 いけしゃあしゃあと言ってのけるテオドールとそれに同意する十六夜に、ハリセンの代わりに雷鳴を轟かせる黒ウサギ。

 ついていけないサンドラが困惑の表情で飛鳥に助けを求める。

 

「あの……魔王……」

「ごめんなさいね、あの人達実は馬鹿なの」

 

 ピシャリと言い捨てたが、真理だった。

 

 緩みかけた空気は、黒い風の塊が弾丸のように飛んできたことで引き戻された。

 飛鳥が操るディーンが弾を防ぐ。無表情のペストがまるで幽鬼のようにこちらを見ていた。

 

「馬鹿にしてるの……?」

 

 穿たれた彫像が、ずるり、と押し出されるように胴から抜け落ちる。同時に、肉体を修復したにも関わらず自身の霊格が明らかに縮小していることにペストは気付いた。

 あの黒いひらひらをつけた男は何かしら霊格に作用するギフトを持っているらしい。奴がこの中で最大の脅威と見るべきだろう。だが、それでも神霊の命を奪うには至らない。

 

「私は太陽への復讐を誓ったのよ。こんなお遊びのような攻撃で、覚悟で、私を倒せると」

 

 白い彫像が顔面を貫き──というよりは完全に首より上を彫像に持っていかれ、ペストは沈黙した。当然ながら、テオドールの仕業であった。

 残された胴体が地に落ちて、灰色の荒野を血で濡らす。やがてその身体は割れるように砕けて消えた。

 魔王は死んだ。あっさりと。

 

「「「………」」」

 

 何とも言えない沈黙が流れる。

 本来黒ウサギが考えていた作戦は、十六夜達がペストを抑えている間に黒ウサギのギフト“叙事詩・マハーバーラタの紙片”より必勝の槍を召喚し、ペストを倒すというものだった。

 穿てば必ず敵を焼き尽くす、勝利の運命(ギフト)を宿すインドラの槍。ゲーム中に一度しか使えない、黒ウサギのとっておきの切り札だ。

 それらが全部無駄になったというか、神霊を普通に殺してしまったテオドールは何者だとか、賜った神殿を引っこ抜いて攻撃なんて罰当たりだとか、そもそも最初から本気を出していたら死者も出さずに魔王を倒せていたんじゃないかとか、そんな色々な気持ちがない交ぜになった結果、

 

「帰りましょうか……」

 

 と言うのが、黒ウサギには精一杯だった。

 

   ◆

 

 ──境界壁の展望台・サウザンドアイズ旧支店。

 テオドール達が月へ転移した後、参加者達は早々にステンドグラスの捜索を再開し、帰還した頃には“偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ”の一文が達成されていた。つまりは魔王のゲームに完全なる勝利を収めたのである。

 祝勝会のため他の参加者達がうきうきで準備を進めている中、テオドールは何故か白夜叉に呼び出しを受けていた。

 

「何の用なんでしょうね」

「いくつか思い当たる節はありますが……マンドラ様の腕の件とか……」

 

 従者(ペット)として一応着いてきたスビンとノイロックはリラックスした様子で腰を下ろしているのに対し、お目付け役として同行している黒ウサギは落ち着かないように身体を揺らしている。テオドール達が怒られる前提らしい。

 マンドラの腕の件に関してはきちんと治療したし、どちらかといえば怒られるべきは鬼ごっこで建物を倒壊させた黒ウサギと十六夜だとテオドールは思うのだが、その件も既に解決している。であれば一体何の用だろうか。

 

「おお、待たせてすまぬな」

 

 東側のフロアマスターとして色々と処理を行っていたらしい白夜叉が襖を開けて入ってくる。黒ウサギはピンと背筋を伸ばした。

 

「そこまで気を張らんでも良いぞ。今回呼び出したのはテオドールに少し聞きたいことがあるだけなのだ」

「へ? そうなのですか?」

 

 では何故黒ウサギは呼ばれたのでしょうか、と首を傾げる黒ウサギだが、その実態は白夜叉の趣味である。隙あらば揉んでやろうと思っていた。

 が、それを口に出せば確実に逃げられるのでそっと胸中に仕舞ってテオドールを見やる。

 

「うむ、それで早速だがテオドールよ。コリアと名乗る男に会わなかったか?」

「会った、というか戦った。本当の名前はトーテンタンツというのだろう」

「そうか、そう名乗っていたか」

 

 扇子で口元を隠して何事かを考える白夜叉。

 数秒の間を置いて、口を開いた。

 

「まず、そのトーテンタンツという名はあやつを示すには完全ではない。奴の真の名はトート、“死”だ」

「えっ!?」

 

 今一つ飲み込めなかったテオドール達と違い、黒ウサギの反応は顕著だった。ウサ耳を逆立たせ、あまりの驚きに腰が浮きかけている。

 

「何だ、何と戦ったんだボス」

「さあ。死神、ということか?」

 

 ペストとは違う、本物の死神。そうだとしたらかなりの大物であることは間違いないだろう。

 しかし、白夜叉は首を横に振った。

 

「確かにカテゴリーとしては神霊に入るのだが……トートは死を司る神ではなく、世界の法則としての死そのものなのだ」

「というと?」

「奴の霊格を構成するのは万物が持つ死への恐怖と生への執着。それらが形を成したものがトートだ。全ての生命の終着点で待ち受ける者であり、あらゆる世界に存在するものでもある」

「……要するに、普遍的な死を擬人化したような存在ということか?」

 

 テオドールは自分で言いながら結局よくわかっていなかったが、白夜叉はその説明がしっくりしたらしく、大きく頷いた。

 

「まあなんだ。わかりやすく言ってしまえばおんしは世界に存在する死というシステムそのものに対して喧嘩を売ったわけだ。名を偽り霊格を落としていたと言えども本質は変わらないからな」

「ええ……」

 

 自分の主人の化物っぷりにノイロックはドン引きした。

 

「病原菌の次は法則そのものですか。本当に何でもありですね、この世界は」

「ですが、何故そのような御方が下層にいらっしゃったのですか?」

 

 そのように強大な力がある存在は、下層への影響が大きいことから通常は上層からは出てこない。というか、出てくることができない。

 白夜叉の話が事実ならば、トートはあらゆる神霊の中でもほぼ最上位と言っていい存在である。そう簡単に下層へ出てくることは不可能な筈だ。

 

「虫にも獣にも人間にも、どんな存在にも死は付き纏う。人間は神に触れられなくても死には触れられるからな、下層へ出ても影響が少ないらしい。本来は下手なことをしないよう監視がつけられている筈なのだが……まあ、神も死を封印するなんてことはできないからの、普通に逃げられたのだろう」

「いいのかそんなんで。あいつ魔王の味方してたじゃねえか」

「うむ、何の擁護もできん。だがトートは無闇に死を与える者ではないのだ。奴の根幹は死の存在によって生を肯定することにある。精一杯生きる者を遠くから観察するのが趣味みたいな奴だし……だから神々も基本的には自由にさせておるのだ。事実、下層であやつの姿を見たのは何百年ぶりだぞ」

 

 何者にも平等ではあるが、自ら死を選ぶ者をトートは好まない。死を想い、畏れ、生に足掻くことこそが生命の輝きであるという持論を持っているからだ。だからこそ今回の魔王──人生を病に奪われた哀れな怨霊達に同情心が湧いたなどと言って、魔王に助力するような真似をしたのだろう。

 普段の態度を思えば、その方が面白いから、という考えがあったことも否定できない。トートは傍観者気質である故に、享楽的な部分がある。だからこそ白夜叉とも気が合うのだが。

 それでも彼は、今回のゲームで死者を一人も出していないのだ。

 

「まあ、トートのことはどうでも良い。どうせ後でハデスあたりにでも叱られて暫くは大人しくなるだろ。それより問題なのはテオドール、おんしだ」

「……? テオドール様ですか?」

「そうだ。おんし、トートの霊格を削ぎ落としたそうだな」

「ええっ!?」

 

 黒ウサギは再び驚愕の声を上げた。

 世界の法則レベルの存在の霊格を削るなど正気ではないというか、とにかく常識外だ。

 

 説明を促す白夜叉の瞳にテオドールは若干迷ったが、味方に隠す必要もないだろうと生命力と霊格の関連性についての推測を話すことにした。世界の不具合がどうこうは伏せたが、似通った法則がそのまま適用されたのだろう、と。

 

 話を聞いた白夜叉が腕を組んで唸る。

 

「生命力……か。確かに在り方そのものは似ていると言えなくもないか」

「神霊であるペストをテオドールさんが倒せたのも、それが原因なのでしょうか?」

「自分はそう考えている」

「ふむ……」

 

 目を瞑って暫し逡巡の様子を見せた後、白夜叉が言った。

 

「霊格とは存在の形そのものだ。黒ウサギの同士であるおんしを疑うわけではないが……その力はこの世界では少々規格外のものでもある。使い所を誤れば危険であると、それだけは言わせてくれ」

「承知している」

「そうか。ならば私からの話はこれだけだ。わざわざすまなかったな」

「構わない」

 

 さっさと立ち上がるテオドールに、黒ウサギは慌てて一礼してから続こうとする。そこを白夜叉が思い出したように引き止めた。

 

「あ、待て黒ウサギ。最後に一つ用がある」

「? はい、何か──」

「隙ありィィィィィィィィィィィ!!」

 

 振り返ったところを狙い、胸に向かって飛び込んでくる変態ロリ。

 その両手が膨らみにジャストオン。

 

「何をしてるんですかあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 その日、“サウザンドアイズ”支店で雷光が弾けた。




◆霊格と生命力
テオドールの前では霊格はそのまま生命力の多さとして機能する。この作品では部位を失ったらそのぶんだけ生命力を失う(首刎ねは基本即死)という設定なので、いくら霊格が高まろうと人型である限り耐久力がなければ首を刎ねられて死ぬ。理由はテオドールの推察通り…?

◆Q.矢が死の風を貫通してるけど
A.テオドール「なんかやってみたらできた」
明確な殺意など、対象を絶対的に排除しようとする意思がある場合そういうことが起こるようです。テオドール自身は上記のあれこれが作用した結果であると考察しています。ネタバレするとスビンとノイロックにはできない。

◆トート
存在がチート枠。箱庭だから許されるという呪文を胸に…お許し下さい! しばらくは出てこないので!
宗教観に囚われない、誰もが持つ漫然とした死への恐怖から生まれた神霊だか悪魔だか。人類以外の生物にも生存本能があるので人間が滅んでも霊格が縮小するだけ。メメント・モリの概念に沿ってどうせみんな死ぬから生きてる間は楽しくやろうぜ! という考えを下敷きに活動(傍観)しているので魔王になることは基本ない。


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期待の日々

 “黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”との戦いから一ヶ月。テオドール達は今後の活動方針を話し合うため、本拠の大広間に集まっていた。

 面子はリーダーのジンといつもの主力メンバーに加え、年長組の筆頭として狐娘のリリだ。

 旗頭であるジンが緊張した面持ちで上座に座っているのを見て、次席に座る十六夜がからかうように言う。

 

「どうした? 俺よりいい位置に座ってるのに気分が悪そうじゃねえか」

「だ、だって旗本の席ですよ? 緊張して当たり前じゃないですかっ」

 

 ぎゅっとローブを握って反論するジン。テオドールが一度発破をかけた筈だが、まだ自信が持ちきれていないのだろう。それ以上に本来なら旧“ノーネーム”のリーダー、つまりはジンの憧れの存在であった者が座るべき位置にいるのだから、緊張もやむ無しか。

 

「おいおい、お前は“ノーネーム”の旗頭であり名刺代わりなんだぜ? 俺達の戦果は“ジン=ラッセル”の名に集約されて広がっている。そのお前が上座に座らないでどうすんだよ」

「YES! 十六夜さんの言う通りでございますよ! 事実、この一ヶ月間で届いたギフトゲームの招待状は全てジン坊っちゃんの名前で届いております!」

 

 ジャジャン! と黒ウサギが取り出して見せたのは、それぞれ違うコミュニティの封蝋が押された三枚の招待状。それも驚くべきことに、うち二枚は参加者ではなく貴賓客としての招待状だ。“ノーネーム”にしては破格の待遇である。

 

「苦節三年……とうとう我らのコミュニティにも招待状が届くようになりました。それもジン坊っちゃんのお名前で! だから堂々と胸を張って上座にお座りくださいな!」

「で、でも」

 

 いつも以上のテンションで喜びはしゃぐ黒ウサギに、なおかつ謙遜しようとするジンだが、席の順番とかどうでも良いテオドールはさっさと話を進めることにした。

 

「それで、その招待状が今回集まった理由か?」

「は、はい。それも勿論あります。ですがその前にコミュニティの現状をお伝えしようと思いまして。黒ウサギ、リリ、報告お願い」

 

 半ば責めるようなテオドールの声音に気付いたジンは頭を切り替えると、黒ウサギとリリに目配せする。

 リリは割烹着の裾を整えて立ち上がり、背筋を伸ばして報告を始めた。

 

「えっと、備蓄に関してはしばらく問題ありません。最低限の生活を営むだけなら一年は問題ないかと思います」

「へえ? 何で急に?」

「一ヶ月前に十六夜様達が戦った“黒死斑の魔王”が、推定五桁の魔王に認定されたので、規定報酬が跳ね上がったと白夜叉様からご報告がありました」

「“推定五桁”ということは、本拠を持たないコミュニティだったんだ?」

「は、はい。本来ならたった四人のコミュニティが五桁に認定されることはそう無いみたいですけど、魔王が神霊であったことやゲームの難度を考慮したということらしいです」

 

 一人、五桁どころではない人物が混ざっていた気がしたが。

 テオドールの頭の片隅で黒い煙が踊ったが、ゲーム中は霊格を落としていたのだからそんなものなのかもしれない。

 

「えっと、それでですね。五桁の魔王を倒すために依頼以上の成果を上げた十六夜様達には、金銭とは別途に恩恵(ギフト)を授かることになりました」

「あら、本当なの?」

「YES! これについては後程通達があるので、ワクワクしながら待ちましょう!」

 

 へえ、と十六夜から喜色の籠もった声が上がった。

 新たなギフトがどのようなものかは分からないが、魔王を倒した報酬なのだからそれなりの代物が期待できる。

 ジンも明るく笑って頷くと、リリに最後の報告を促した。

 

「それではリリ、最後に農園区の復興状態をお願い」

「はい! 農園区の土壌はメルンとディーンが毎日頑張ってくれたおかげで、全体の四分の一は既に使える状態です! これでコミュニティ内のご飯を確保するには十二分の土地が用意できました!」

 

 ひょコン! と狐耳を立てて喜ぶリリに、飛鳥が得意そうに髪を掻き上げた。

 

 メルンとディーンは火龍誕生祭で飛鳥が契約した新たな同士、つまりは飛鳥のペットである。

 開拓の霊格と功績を持つ地精であるメルンが廃材を分解し、神珍鉄という金属で造られたゴーレムのディーンは毎夜毎晩それを混ぜたり土地の整備をしたりして、農園区復興に貢献していた。

 

「そこで今回の本題でございますが、復興が進んだ農園区に特殊栽培の特区を設けようと思うのです」

「特区?」

「YES! 有りていに言えば霊草・霊樹を栽培する土地ですね」

「そういえば、テオドールが持ち込んだ種はどうしたの? もしかしたらギフトになるかもしれないって言ってたわよね」

 

 思い出したように飛鳥が言う。彼女が言っているのは謎の種のことだろう。

 農園が本格的に復興するより前に、テオドールは手持ちにあったいくつかの種を植えていた。イルヴァの植物は生命力が強く、石畳の上でも成長することさえ有り得るため、異世界という環境でも成長するだろうと見込んでのことだ。

 冒険中に拾ったものだったため数は少なかったが、その中に謎の種も混ざっていた。謎の種は運が良ければ指輪などのアーティファクトを実らせる。既に十分な装備を持つテオドールにとってはあまり旨味はないが、モノによっては飛鳥や耀の助けになるだろう。そうでなくとも、売ってしまえば資金になる、という算段だった。

 しかし今回はそう上手くはいかなかった。

 

「全て一度実りはしたが、土地が良くなかったか異世界の環境に耐えられなかったか、収穫後は全て枯れてしまった。収穫物も普通の野菜と果物、あと妹だけだ」

「妹?」

「妹!?」

「敵対心はなかったが、扱いに困るので殺して埋めておいた」

「殺して埋めた!?」

「埋めたんですかっ!?」

「妹と言っても血が繋がった妹ではなく、モンスターの一種だ」

「モンスター!?」

「妹が!?」

 

 淡々と話すテオドールに、冗談なのかマジなのか判断できず混乱が加速する一同。残念ながらマジである。謎の種という名に恥じぬ収穫物だったが、放置するわけにもいかず、かといってペットを増やすつもりもなかったので普通にミンチにして土に混ぜた。

 本来は黙っているつもりだったのだが、うっかり口が滑ってしまったテオドールだ。たまにはそういうこともある。

 スビンとノイロックは事実と分かっていたが、他のメンバーは異世界特有のブラックジョークであるという風に脳内で結論づけ、それ以上の追及を行わなかった。何らかの防衛本能が働いたのかもしれない。

 

「ええと、それでだな。主達には農園の特区に相応しい苗や牧畜を手に入れて欲しいのだ」

 

 レティシアによって軌道修正がなされ、飛鳥がそれに乗っかった。

 

「牧畜って、山羊や牛のような?」

「そうだ。都合がいいことに、南側の“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟から収穫祭の招待状が届いている。種牛や希少種の苗を賭けたギフトゲームも開催されるだろう」

「今回の招待状は前夜祭から参加を求められたものです。しかも旅費と宿泊費はホストが請け負うというVIP待遇! 場所も南側屈指の景観を持つという“アンダーウッドの大瀑布”! 皆さんが喜ぶことは間違いございません!」

 

 黒ウサギが招待状を開き、胸を張って紹介する。彼女がここまで何かを強く勧めてくるのは非常に珍しい。

 

「へえ、“箱庭の貴族”の太鼓判付きとは凄い。さぞかし壮大な舞台なんだろうな」

「これでガッカリな場所なら……黒ウサギはこれから、“箱庭の貴族(笑)”だね」

「“箱庭の貴族(笑)”!? 何ですかそのお馬鹿っぽいボンボン貴族なネーミングは!?」

 

 再び話題が逸れ始めたので、ジンが苦笑いを浮かべつつもコホンとわざとらしく咳払いをして注目を集める。

 

「方針については一通り説明が終わりました。しかし一つだけ問題があります」

「問題?」

「はい。この収穫祭ですが、前夜祭を入れて二十五日──約一ヶ月の開催が予定されています。この規模のゲームはそう無いですし、最後まで参加したいのですが、長期間コミュニティに主力が居ないのはよくありません。そこでレティシアさんと共に一人残って欲し」

「「「嫌だ」」」

 

 即答である。思わず言葉を呑み込んだジンだったが、拒否されるのは予想の内だ。すかさず次の提案をする。

 

「では、参加する日数を絞らせて下さい。オープニングセレモニーからの一週間は全員参加として、前夜祭と残りの日数で二グループに分かれるのはどうでしょう?」

「グループ分けね。具体的には?」

「前夜祭が三人、一週間が六人、それ以降が三人です」

「つまらねえが、それが妥当だろうな」

 

 三人も留守番がいるのは多すぎる気もするが、“打倒魔王”を掲げるコミュニティとして名を上げ始めた今、魔王の襲撃を警戒する必要はあるだろう。

 それに、やはり全員を平等にした方が余計な諍いを生まない。特に地球組は我が強いので、誰かを贔屓するような真似をしたら何を言われるか分かったもんじゃない、というのがジンの本音だった。

 

「となると問題はグループ分けですか。どうします?」

「適当にじゃんけんでもいいんだけどな。折角だからテオドール達と俺達とでまぜこぜにしてみるか? 異文化交流的な感じで」

「いいわね。私は賛成よ」

「異議なし」

 

 最終的に、人数的にも丁度良いということで男女別に分かれて行くことになった。

 順番についても、耀の強い希望によって女性陣グループが前夜祭に参加することが速やかに決定し、方針会議は特に波乱もなく終了したのだった。

 

   ◆

 

 “ノーネーム”は普段、ギフトゲームに積極的に参加することで、名を広めたり、資金を稼いだり、箱庭の知見を得たりと精力的に活動している。

 それは収穫祭を目前に控えた今も例外ではなく、つい先日にも飛鳥と耀が“ウィル・オ・ウィスプ”主催のゲームを勝ち抜いて炎を蓄積できるキャンドルホルダーを獲得してきた。

 魔王戦での活躍もあって戦果は広まりつつあり、本拠近くの街では“ジン=ラッセルのノーネーム”が固有名詞となりつつある。

 しかし、名声が高まった弊害もしっかりと出始めていた。

 星霊(アルゴール)神格持ち(ヴェーザー)を打ち負かした十六夜と、神霊(ペスト)を殺したテオドールは、その評判故にギフトゲームの参加を断られるようになってしまったのだ。

 

 “ノーネーム”が本拠とする最下層ではそれだけの力量を持つプレイヤーを捌ける者が居らず、十六夜などは知識も豊富なため謎解きがメインのギフトゲームでも連戦連勝、賞品を総浚いした結果一部のゲームは出禁になった。

 テオドールもそう分かりやすく暴れてはいないつもりだったが、やはり参加を受け入れてくれるゲームがそうそう見つからず、コミュニティに貢献しにくくなってしまったのである。

 

 そんな中テオドールが始めたのは、なんてことはない、ノースティリス時代と同じ冒険者業だった。

 

「テオドールさんのおかげで助かったよ。これ、約束の報酬だ」

 

 依頼人から銅貨が入った小さな袋を受け取って、テオドールは建物から出る。息子だという少年がこちらに無邪気に手を振っていた。

 

 今日請け負ったのはちょっとした倉庫の整理だ。片付けをしようにも、長年無造作に詰め込まれるままだった荷物は一度外に出すだけでも重労働で、中々作業が進まずに困っていたらしい。

 テオドールとそのペット達にかかれば木よりも軽いそれらを持ち運ぶなど簡単なことで、作業に取り掛かって数時間、正午にもならないうちに整理を終えた。

 

 しかし荷物の整理など、“ノーネーム”とはいえ屈指の実力者がやることでは無い。テオドールが冒険者業──つまりは何でも屋を始めた時、内部は勿論、外部の者達の反応も芳しくなかった。

 格上である人物に雑務を頼むこともそうだが、コミュニティの同士ではない者の力を借りることに抵抗があったのだ。テオドールが幾許かの対価さえあれば何でも行う、と付近の住人達に言ってみても、中々依頼人は現れなかった。

 仕方なく、テオドールは街をぶらついて困っていそうな者を見つけては持ち前の〈交渉〉スキルを用いて自分を売り込み、ギフトゲームに参加できないためコミュニティに貢献することができずに困っている、と正直に言えば、良心のある何人かが仕事を回してくれた。

 

 やがてテオドールが掃除でも料理でも配達でも、どんな仕事でも文句も言わず、しかもスキルの高さ故に完璧に遂行してくれることが知れ渡り始めると、次第にテオドール個人宛で本拠に依頼書が届くようになった。

 結果的にテオドールは、コミュニティの知名度を上げるという点において多大な貢献を果たしていた。ついでに個人の所持金も一番多い。

 勿論報酬のいくらかはコミュニティの資金の足しになっているのだが、あくまでも個人の活動という面が強いため、黒ウサギが遠慮した形だった。どうしても必要になった時はテオドールが支払う、という取り決めにはなっている。

 

「これからどうすんだ、ボス。今日は他に依頼もねえんだろ?」

 

 ノイロックに訊かれ、テオドールは今後の予定を思い描いた。

 暇な時はギフトゲームの参加を同じく制限されている十六夜と行動を共にすることも多々あるのだが、今日は彼も白夜叉からゲームを紹介されたとかで出掛けている筈である。

 このまま街を彷徨ってみても良いが……丁度良い時間帯なので、昼食目当てに本拠に戻ることにした。

 

「おっ、テオドールとそのお供。今帰りか?」

 

 帰る途中、本拠に続く廃墟街で、何故かずぶ濡れの十六夜と出会った。どうやら彼も午前でギフトゲームを終わらせたらしい。

 

「どうしたんですか、ずぶ濡れですが」

「いつもの水難だよ。それより丁度いい。“サウザンドアイズ”に──というか白夜叉に用があってな、お前らにも付き合って欲しいと思ってたんだ」

「本当に何かある度に濡れてんなお前……オレ達今から昼飯を食うつもりなんだが、それって今すぐ行かないといけねえのか?」

「いや。どうせお嬢様たちも本拠で食べるだろうし、主要メンバー全員を招集するつもりだったからな。どっちにしろ一回戻るつもりだ」

「そうかい。了解」

 

 その後、道中で廃墟街の整備をしていた飛鳥と、農園を整理していたリリを拾って本拠に戻り、昼食を堪能したテオドール達は、他のメンバーも連れて“サウザンドアイズ”の支店へと向かった。

 

   ◆

 

「まあ、コンセプトは悪くなかった。しかし次からはきちんと俺に相談してからだな、」

「これ以上その話を引き伸ばすのは止めてくださいっ」

 

 ペチン、と黒ウサギがハリセンで十六夜の頭を叩く。

 “ノーネーム”一同は、いつものように白夜叉の私室に通されていた。いつもと違う所と言えば、障子が焦げて濡れて全て駄目になり、非常に開放感溢れる空間になっている所か。

 どうしてそうなったかは、黒ウサギinミニスカ着物ガーターソックス(白夜叉セレクト)という一文で察して欲しい。

 

 当の白夜叉は黒ウサギの反応に少し焦げた頭を振り、至って真面目に言った。

 

「いや、あの服も今日の話に無関係ではない。今の服はこの外門に造る新しい施設で使う予定の正装での」

「し、施設の正装!? あのエッチな着物モドキがでございますか!?」

「落ち着けって。施設そのものは至って真っ当な代物だ」

「うむ。やや横道に逸れてしまったが、この件は“階層支配者”の活動の一環でな。最近の東区角下層では魔王らしい魔王も現れておらんし、ちょいと発展に協力しようと思っての。そこで十六夜の発案で、大規模な水源施設の開拓を行うことにした」

「この前に旱魃騒ぎがあっただろ? あの様子を見る限り、どのコミュニティも水の工面に苦労しているみたいだったからな」

「うむ。そのため十六夜には水源となるギフトを取りに行ってもらったのだが……よもや隷属させてくるとは思わなんだ。まだまだ修行不足だのう、白雪?」

 

 白地の着物を身につけた黒髪の美人が、白夜叉の言葉に不貞腐れた表情を見せる。

 彼女は名を白雪姫と言い、箱庭へやってきた初日に十六夜が倒したというあの蛇神本人であるらしい。白夜叉の話から察するに、何やかんやあって十六夜のペットと化したようだ。

 白雪姫はしばらく顔を顰めていたが、十六夜を一瞥して諦めたように深く溜め息を吐いた。

 

「ふう……まあ、致し方ない。異議を唱えても契約が覆る訳も無く。トリトニスの滝は移住してきた水精群に預け、我は小僧に従いましょう」

「そりゃどうも。ま、心配せずとも俺から命令することは暫くねえよ。施設が完成するまでは白夜叉に身柄を預ける契約だしな。──さて、これで契約成立。ゲームクリアだ。例のものを渡して貰おうじゃねえか」

「ふふ、分かっておる。“ノーネーム”に託すのは前代未聞であろうが……地域発展のため神格保持者を貸し出すほどの功績を立てたのだ。他のコミュニティも文句はあるまい」

 

 白夜叉は両手を前に伸ばし、パンパンと小さな手で柏手を打った。

 現れた一枚の羊皮紙に、虚空から取り出した羽ペンでサインを書き込むと、リーダーであるジンに瞳を向ける。

 

「それでは、ジン=ラッセル。これはおんしに預けるぞ」

「ぼ、僕ですか?」

「うむ。これはコミュニティのリーダーが管理するもの。おんしがその手で受け取るのだ」

 

 緊張しつつも、促されるままジンは羊皮紙を受け取り、文面に目を通す。

 直後、ジンは衝撃で硬直したまま動かなくなった。

 

「こ、これ……まさか……!?」

 

 羊皮紙には、次のように書かれていた。

 

『─ 2105380外門 利権証 ─』

 

「が……外門の、利権証……! 僕らが“地域支配者”!?」

 

 外門利権証は、箱庭の外門に存在する様々な権益を取得できる特殊な“契約書類”だ。外門同士を繋ぐ“境界門”の起動や広報目的のコーティネートなどを一任するもので、この利権証を所有するコミュニティはその影響力から“地域支配者”と呼ばれる。

 “ノーネーム”にしてそれを所有するなど、二ヶ月前までは考えられない大躍進だ。

 

「し、しかし、今の僕らは外門に飾る旗印がありません。外門が無印では他のコミュニティから異論が上がるかも、」

「おいおい御チビ、頭使えよ。俺達は水源を地域に無償提供するんだぜ? 普段は名無しと声高に罵ってる連中も、声を潜めずにはいられないだろ?」

 

 ハッと言葉を呑み込むジン。この男はそこまで計算して事に臨んでいたのだ。

 ジンは困惑した視線を黒ウサギに移す。

 

「黒ウサギ……」

 

 黒ウサギはジンの声には応えず、俯いたまま身体を震わせる。

 そしてゆっくりと十六夜に近付いたかと思うと、ガバッと十六夜の胸の中に飛び込んだ。

 

「凄いのです……! 凄いのです、凄いのです!! 凄すぎるのですよ十六夜さんっ!! たった二ヶ月で利権証まで取り戻していただけるなんてっ……!」

 

 ウッキャー♪ と奇声を上げ、十六夜に抱きつきながらクルクルと回る黒ウサギ。どさくさに紛れて十六夜がセクハラ気味に手を回していることにも気付かない程の喜びようだ。

 後ろで成り行きを見守っていた飛鳥が感心したように呟く。

 

「やるわね、十六夜くん。私達が知らないうちにこれだけの戦果を上げるなんて」

「ここは私達も同士の活躍を喜ぶべきでしょうけど、すっかり美味しいところを取られたような気分になりますね」

「全くよ。サプライズのつもりか知らないけれど、こんな大事を私達に秘密にしていたなんて許せないわ。こうなったら私達も収穫祭で見返してあげないと。ね、春日部さん」

「……え、あ、うん」

 

 どこかぎこちない耀に、飛鳥は気付いた様子もなく策を練り始める。

 その顔にある寂しさのようなものを感じ取れたのは、近くにいたスビンだけだった。




◆謎の種
成長すると食べ物から本、アーティファクトからがらくたまで色々なものがランダムに実る種。どうやってなっているのかは不明。
バニラではさすがに妹は実りません。畑で妹を収穫したいならヴァリアントを入れないとダメだよお兄ちゃん!

◆冒険者業
冒険をするにも先立つものが無くては始まらない。そのステータスを武器に何でも行ってお金を稼ぐのが冒険者。テオドールにとっては趣味の域。
序盤は店主にお酒飲ませて気持ちいいことするのが手っ取り早い気もする。病気が怖いけど。


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水の都“アンダーウッド”

 2105380外門、噴水広場前。

 “境界門”の起動は定時に行われる。起動時間に合わせて行商目的などの遠出が必要なコミュニティなどが集まる中、ジンと黒ウサギ、そして三毛猫を含めた前夜祭参加メンバーは門柱に刻まれた虎の彫像を凝視していた。

 現在の外門利権証の所有者は“ノーネーム”だが、先代の地域支配者である“フォレス・ガロ”の名残は未だ健在だ。

 飛鳥は悩ましげに日傘を傾け、溜め息を吐いた。

 

「収穫祭から帰ってきたら、いの一番にこの彫像を取り除かないと」

「ま、まあまあ。それはコミュニティの備蓄が十分になってからでも」

「あら、何を言ってるの黒ウサギ。この門はこれからジン君を売り出すための重要な拠点になるのよ。先行投資の意味でも、まずは彼の全身をモチーフにした彫像と肖像画を、」

「お願いですからやめてください!」

 

 ジンが青くなって叫ぶ。いくら何でも恥ずかしすぎた。

 

「じゃあ、黒ウサギを売り出しましょう」

「何で黒ウサギを売り出すんですかっ」

「じゃあ……黒ウサギを売りに出そう」

「何で黒ウサギを売るんですかあああああああ!!」

 

 黒ウサギのハリセンが迸る。今日も今日とて漫才は絶好調だった。

 問題児二人に翻弄された黒ウサギは、若干の疲労を感じつつ二枚の招待状を取り出した。

 

「我々がこれから向かう場所は南側の7759175外門。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”が主催する収穫祭でございます。しかしそれとは別に、舞台主である“アンダーウッド”の精霊達からも招待状が来ております。両コミュニティには前夜祭のうちに挨拶へ向かいますので、それだけ気に留めておいてください」

「分かったわ」

 

 黒ウサギが道先案内している内に“境界門”の起動が進み、門に青白い光が満ちた。

 スビンは持たされた鈍色の小さなナンバープレートを確認する。この数字で“境界門”の出口が決定するのだ。もしも取り落としたりすれば大変なことになる。

 やがて門がゆっくりと開く。地域支配者である“ノーネーム”は利用者が作る列の脇を悠々と通過し、

 

「わ、……!」

 

 ビュゥ、と吹き込んだ冷たい風に悲鳴を上げた。

 次いで目に入る光景に息を呑む。

 

「す……凄い! なんて巨大な水樹……!?」

 

 遠目でも確認できる程に巨躯の水樹がスビン達を出迎える。

 丘陵に立つ外門を出て眼下を覗き込めば、樹の根が網目模様に張り巡らされた地下都市が見えた。河川を跨ぐように聳える水樹は幹から滝のように水を流れ落とし、地下都市へと送り込んでいる。

 翠色の水晶で出来た水路が落ちてきた水を受け取って、樹の根の隙間を縫うように都市を駆け巡っていた。

 

 絶景の水舞台に飛鳥は勿論のこと、耀も珍しくはしゃいだ様子で声を上げている。

 スビンもその景色を眺め、ぽつりと呟いた。

 

「大樹の下に栄える街ですか」

「はいな、こちらこそが“アンダーウッド”でございます。……ええと、お気に召しませんでした?」

「……? 何故です?」

「いえその、スビンさんはあまり普段と変わりがないなあと」

 

 はて、と首を傾げてみせるスビンだが、その表情に興奮の色はない。

 テオドールもそうなのだが、彼女はあまり感情が表情に乗らないらしく、無表情がデフォルトである。それでも何かあれば多少は顔に動きを見せるので、全く平常と変わらないスビンを黒ウサギは少々不安に思ったらしい。

 

「ああ、すみません。少し気を張っていたようです。初めての場所ですし、テオドール様が居ないので。大丈夫、ちゃんと感動しています」

「そ、それなら良いのですが。……やっぱりスビンさんはテオドールさんの従者ですし、一緒に居ないと落ち着かないですか?」

「そうですね。一度乗っていた船が転覆して離れ離れになってしまったことがありまして、それから少しトラウマなのかもしれません」

 

 テオドールがまだ一端の駆け出し冒険者で、スビンが唯一のペットであった頃の話だ。波に飲まれ、打ち上げられた場所で目覚めた時、側に彼が居なかった衝撃は未だに覚えている。

 今となっては立派な廃人であるテオドールの安否を心配する方が馬鹿らしいのだが、知らないうちにふらふらとどこかへ行ってしまうのではないかという不安があるのも事実だ。

 彼は、好奇心旺盛かつ気紛れなのだから。

 

「な、中々ハードな人生を送られていたのですね」

「冒険者とそのペットなんてそんなものですよ。それにもっとハードそうな人が私の目の前に」

「黒ウサギですか? うーん、まあ、そうですね。黒ウサギもそれなりに色々ありましたね……」

 

 何やら良くない記憶を思い出したらしく、どんよりと遠い目になる黒ウサギ。

 ちょっとばかしネガティブな思考が渦巻いたが、耀の熱っぽい声で現実に引き戻された。

 

「鹿の角が生えた鳥……! すごい、見たことも聞いたこともない鳥だよ。やっぱり幻獣なのかな? ねえ黒ウサギ、ちょっと見て来てもいい?」

「へ? あ、ええと……」

 

 空を飛んでいた鳥の幻獣の群れを指差し、熱い視線を送ってくる耀に黒ウサギが困ったようにしていると、突如旋風が巻き上がった。

 大きな翼を広げて現れたのは、いつぞやの“サウザンドアイズ”のグリフォンである。鳴き声をかけられた耀は、嬉しそうにグリフォンの喉仏を優しくなで上げた。

 

「久しぶり。ここが故郷だったんだ」

 

 肯定するように鳴くグリフォン。その背には立派な鋼の鞍と手綱が装備されている。“サウザンドアイズ”も収穫祭に参加するため、その護衛として契約している騎手と共に来たそうだ。

 グリー、という名で呼ばれているらしい彼は、耀達を街まで送ってくれると言う。断る理由などある筈もなく、“ノーネーム”一同は彼の背を借りることにした。

 少々人数が多いため、耀とスビンは彼に捕まりながら自力で飛ぶことになったが。

 

 網目のような根をすり抜けて地下にある宿舎に到達すると、グリーは背から飛鳥達を降ろす。別れを告げて彼が飛び立つのを見送ると、耀が少々残念そうに言った。

 

「……殺人種なんているんだね」

 

 先程見上げていた鳥の幻獣、ペリュドンのことだ。様々な獣を友とする耀だが、殺人種という言葉通りの危険性があるため、黒ウサギに近付かないように釘を刺されて肩を落としていた。

 

「大丈夫ですよ耀。私達の世界なんて襲ってこない(モンスター)の方が珍しいです」

「それってフォローになってるのかしら……?」

「あー! 誰かと思ったらお前、耀じゃん!」

 

 会話の中、宿舎の上から知った声が降ってきた。

 上を見ると、窓から身を乗り出した“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャと、その隣でジャックが手を振っていた。

 

「アーシャ。君も来てたんだ」

「まあねー。コッチにも色々と事情があって、サッと!」

 

 窓から飛び降りたアーシャは軽やかに着地すると、後ろで手を組みながらニヤリと笑った。

 

「ところで、耀はもう出場するギフトゲームは決まってるの?」

「ううん、今着いたところだから」

「なら“ヒッポカンプの騎手”には必ず出場しろよ。私も出るしね」

「……ひっぽ……何?」

 

 何それ? とこちらに振り向く耀に黒ウサギは口を開きかけたが、ジンの背中を叩いて説明役を譲る。

 コホン、と一間入れたジンは簡単に説明した。

 

「ヒッポカンプとは別名“海馬(シーホース)”と呼ばれる幻獣で、たてがみの代わりに背ビレを持ち、蹄に水掻きを持つ馬です。水上や水中を駆ける彼らの背に乗って行われるレースが“ヒッポカンプの騎手”というゲームかと思います」

「……そう。水を駆ける馬までいるんだ」

「前夜祭で開かれるゲームじゃ一番大きいものだし、絶対に出ろよ。私が作った新兵器で、今度こそ勝ってやるからな」

「分かった。検討しとく」

 

 パチン、と指を鳴らして自慢げに笑うアーシャ。

 “造物主の決闘”での対決以降、耀をライバル視しているらしい。先日飛鳥と耀が招待されたゲームも、耀への挑戦状という意向が強かったようだ。

 一方のジャックはジンの前に近付いて、礼儀正しくお辞儀をした。

 

「ヤホホ、お久しぶりですジン=ラッセル殿。いつかの魔王戦ではお世話になりました」

「い、いえ、こちらこそお久しぶりです」

「例のキャンドルスタンドですが、この収穫祭が終わり次第届けさせて頂きますヨ。その他生活用品一式も同じくです。……しかし“ウィル・オ・ウィスプ”製の物品を一式注文して頂けるとは! 今後ともご贔屓にお願いしたいですな!」

 

 ヤホホホホ! と陽気な声で笑い上げるジャック。

 飛鳥がそっと前に出て彼に話しかけた。

 

「お久しぶりジャック。今日も賑やかそうで何よりよ」

「ヤホホ! それは勿論、賑やかさが売りなものですからね! 飛鳥嬢もご健勝なようで何よりです。前回のゲームではディーンに不覚をとりましたが、何時かリベンジを果たさせて頂きますよ」

「ふふん、勿論受けて立つわ。ところでジャック、貴方はゲームに参加しないの?」

「私は主催者がメイン活動なもので。今回の収穫祭も招待状が来たので足を運びましたが、目的は日用品の卸売りです」

「あら、それでは参加者はアーシャ一人だけなの? 楽勝じゃない」

「うん」

「おいッ!!」

 

 二人の挑発にツインテールを逆立たせるアーシャ。それを見たジャックがカボチャ頭を揺らして笑った。

 

 その後一同は、貴賓客が泊まるための宿舎に入った。所々に浮き出た水樹の根が談話室では椅子のようにも扱われており、その一つに腰掛けた耀が大きく息を吐いて“アンダーウッド”の感想を述べる。

 

「……凄いところだね」

「ええ。大自然的というのかしら。南側は環境に適して過ごしているように思えるわ」

「YES! 南側は箱庭の都市が建設された時、多くの豊穣神や地母神が訪れたと伝わっています。自然神の力が強い地域は生態系が大きく変化しますから」

「そうなのね。でも、水路の水晶は北側の技術でしょう? 似たような物を誕生祭で見たわ」

 

 飛鳥の言葉に、ジャックが感心したように答えた。

 

「良く分かりましたねえ。飛鳥嬢の言う通り、あの水晶の水路は北側の技術ですよ。十年前の魔王襲撃が原因で“アンダーウッド”に宿る大精霊が休眠状態にあるため、“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”のコミュニティが“アンダーウッド”との共存を条件に守護と復興を手助けしているのですが、その復興を主導されている御方が北側の出身だとか」

 

 “アンダーウッド”が十年でここまで復興できたのも、その人物の功績が大きいのだと言う。

 一体どれだけの被害があったのかスビンは知らないが、“ノーネーム”の惨状を見るに、魔王に襲われてから十年でこれだけの復興を成したことは偉業と言っていいのだろう。

 黒ウサギも、ジャックの話に感嘆の息を漏らしていた。

 

 それから、ジャック達が“主催者(ホスト)”への挨拶に行くと言うので、一同はそれに同行することにした。

 

   ◆

 

 収穫祭本陣営は“アンダーウッド”の巨木、その中腹にある。

 巨木は全長500m、つまりは高度250mまで登らなければならないことに渋面を作った耀達であったが、その不満はすぐに解消されることとなった。

 カラカラと滑車が回り、スビン達が乗る木造のボックスが上昇していく。

 

「これがエレベーター、ですか」

「ヤホホ! 反対側の箱に注水して引き上げるという原始的な手段ですが、足で上がるよりは余程速い」

 

 ものの数分で本陣まで辿り着いた水式エレベーターを降りて、木造の通路に立つ。

 木の幹に取り付けられた通路を進むと、収穫祭の主催者である“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の旗印が見えた。

 

「旗が……七枚? 七つのコミュニティが主催しているの?」

「残念ながらNOですね。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”は六つのコミュニティが一つの連盟を組んでいると聞いております。中心の大きな旗は連盟旗でございますね」

 

 “一本角”、“二翼”、“三本の尾”、“四本足”、“五爪”、“六本傷”。これらのコミュニティが組む連盟こそが“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”である。

 連盟は加入コミュニティが魔王に襲われた際、ゲームに介入し助太刀することが可能らしい。

 

 本陣入り口の脇には受付があり、そこで入場届を出す。

 

「はい。“ウィル・オ・ウィスプ”と“ノーネーム”の……あ、」

 

 受付をしていた樹霊の少女が、ハッと顔を上げる。

 一人一人の顔を確認してゆき、飛鳥で視線を留めた。

 

「もしや“ノーネーム”所属の、久遠飛鳥様でしょうか?」

「ええ、そうだけど。貴女は?」

「私は火龍誕生祭に参加していた“アンダーウッド”の樹霊の一人です。飛鳥様には弟を助けて頂いたとお聞きしたのですが……」

 

 ああ、と思い出したように声を上げる飛鳥。

 “黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”と戦った時に助けた樹霊の少年のことだろう。

 

「やはりそうでしたか。その節は弟の命を助けて頂きありがとうございました。おかげでコミュニティ一同、一人も欠ける事無く帰って来られました」

「そう、それは良かったわ。なら招待状をくれたのは貴女たちなのかしら?」

「はい。大精霊(かあさん)は今眠っていますので、私たちが送らせていただきました。他には“一本角”の新頭首にして“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の議長でもあらせられる、サラ=ドルトレイク様からの招待状と明記しております」

「サラ……ドルトレイク?」

 

 一斉に顔を見合わせる。ドルトレイクという姓には聞き覚えがあった。

 飛鳥がジンに向かって問いかける。

 

「まさか、“サラマンドラ”の……」

「え、ええ。サンドラの姉である長女のサラ様です。でもまさか南側に来ていたなんて……もしかしたら、北側の技術を流出させたのも──」

「流出とは人聞きが悪いな、ジン=ラッセル殿」

 

 聞き覚えのない女性の声が響き、一同が振り返る。

 途端、熱風が木々を揺らした。激しく吹き荒ぶ熱と風の発生源は、空から現れた褐色肌の女性が放つ二枚の炎翼だった。

 

「サ、サラ様!」

「久しいなジン。会える日を待っていた。後ろの“箱庭の貴族”殿とは、初対面かな?」

 

 炎翼を消失させ、木の幹に舞い降りるサラ=ドルトレイク。

 まるで踊り子のような軽装だが、頭上には二本の長い龍角が猛々しく並び立っている。亜龍としての力量は角から計れると言うから、やはりその角に見合った実力を持つのだろう。

 サラは一同の顔を一人一人確認すると、受付の樹霊の少女に笑いかけた。

 

「受付ご苦労だな、キリノ。中には私が居るからお前は遊んでこい」

「え? で、でも私が此処を離れては挨拶に来られた参加者が」

「私が中にいると言っただろう? それに前夜祭から参加するコミュニティは大方出揃った。受付を空けたところで誰も責めんよ。お前も少しくらい収穫祭を楽しんで来い」

「は、はい……!」

 

 キリノと呼ばれた樹霊の少女は表情を明るくさせ、飛鳥達に一礼し収穫祭へ向かった。

 残ったサラは一同に目を向け、仰々しく頭を垂れた。

 

「ようこそ、“ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”。下層で噂の両コミュニティを招く事が出来て、私も鼻高々といったところだ。しかし立ち話も何だし、中に入れ。茶の一つも淹れよう」

 

 手招きしながら本陣の中へ消えるサラ。一同は招かれるまま大樹の中に入って行く。

 貴賓室に通されると、各々促されて席に座る。全員が腰を落ち着けたのを確認して、サラが口を開いた。

 

「では改めて自己紹介させてもらおうか。私は“一本角”の頭首を務めるサラ=ドルトレイク。聞いた通り元“サラマンドラ”の一員でもある」

「じゃあ、地下都市にある水晶の水路は、」

「勿論私が作った。しかし勘違いしてくれるな。あの水晶や“アンダーウッド”で使われている技術は私が独自に生み出したもの。盗み出したようなことを言うのは止めてくれ」

 

 苦笑いするサラに、ジンがほっと胸を撫で下ろした。そこが気がかりであったらしい。

 

「それでは、両コミュニティの代表者にも自己紹介を求めたいが……ジャック。彼女はやはり来ていないのか?」

「はい。ウィラは滅多なことでは領地から離れないので、此処は参謀である私から御挨拶を」

「そうか。北側の下層で最強と謳われるプレイヤーを是非とも招いてみたかったのだがな」

「……北側、最強?」

 

 耀と飛鳥が同時に声を上げる。

 隣に座っていたアーシャが自慢げにツインテールを揺らした。

 

「私たち“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーのことさ」

「“蒼炎の悪魔”、ウィラ=ザ=イグニファトゥス。生死の境界を行き来し、外界の扉にも干渉できる大悪魔だ。噂によれば“マクスウェルの魔王”を封印したという話まであるそうだが。それが本当なら六桁はおろか五桁最上位と言っても過言ではないな」

「ヤホホ……さて、どうでしたか」

 

 ジャックは笑ってはぐらかす。表情を読み取ろうにもカボチャ頭が相手では分が悪い。

 詮索はできそうにないと判断したサラは、ジンに向き直った。

 

「“ノーネーム”の噂も聞いている。例の“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”を倒したのもお前達だろう?」

「そ、それは……」

「隠さなくていい。今の“サラマンドラ”に魔王を倒す程の力は無いからな。故郷を離れた私だが、礼を言わせてくれ。……“サラマンドラ”を助けてくれてありがとう」

「い、いえ……」

 

 赤髪を垂れさせて一礼するサラ。物言いは高圧的だが、その風格と随所に窺える真摯な性格故か、不快な気持ちにはならない。

 サラは一同の顔を一瞥し、屈託のない笑みで収穫祭の感想を求めた。

 

「それで、収穫祭の方はどうだ? 楽しんでもらえているだろうか?」

「はい。まだ着いたばかりで多くは見ていませんが、前夜祭にも関わらず活気と賑わいがあっていいと思います」

「それは何より。ギフトゲームが始まるのは三日目以降だが、それまでにバザーや市場も開かれる。うちの商業担当である“六本傷”は南側特有の動植物をかなりの数仕入れたと言っていたから、後程見に行くといい」

 

 小さく頭を縦に振った耀は、ふっと黒ウサギと目が合う。

 ポン、と両手を叩き、思い出したようにサラに聞いた。

 

「南側特有の植物って例えば……ラビットイーターとか、」

「何ですかその黒ウサギだけを狙った代物は!? そんな愉快に恐ろしい植物が在」

「在るぞ」

「在るんですか!?」

 

 そんなお馬鹿な!? とウサ耳を逆立たせて叫ぶ黒ウサギ。

 

「確かブラックラビットイーターとか言う植物の発注書がここに」

 

 バシッ! と黒ウサギがサラの机から発注書を奪い取る。

 そこにはお馬鹿っぽい字でこう書かれていた。

 

『対黒ウサギ型プラント:ブラック★ラビットイーター。八十本の触手で対象を淫靡に改造す』

 

 グシャ!

 

「……サラ様。収穫祭に招待していただき、誠にありがとうございます。我々は今から向かわねばならない場所が出来たので、これにて失礼いたします」

「そ、そうか。ラビットイーターなら最下層の展示会場にあるはずだ」

「ありがとうございます。それでは、また後日です!」

 

 黒髪を緋色に変幻させた黒ウサギは問答無用で“ノーネーム”のメンバーの首を鷲掴み、貴賓室を飛び出す。

 

「やれやれ。噂以上に苦労人の様だな」

 

 猛スピードで遠ざかる黒ウサギを見送り、サラは呆れたような声を漏らしたのだった。

 

   ◆

 

 黒ウサギの手により、ラビットイーターが実に残念ながらこの世から消失した後。一同は日が暮れるまで収穫祭を見学した。

 バザーや市場を見て回り、農園に植える為の苗や種子を物色していく。いくつか目処は付けたが、ギフトゲームの賞品を手に入れてからでも間に合うだろうということでその場では買わずに保留にし、代わりに屋台で食べ物を買ったり毛皮製の商品を試着したりと、実に姦しく過ごした。

 

 空が夕焼け色に染まり、そろそろ宿舎へ戻ろうかという頃。スビンがふと足を止めた。

 

「……あれは」

「どうかした?」

「いえ、あの少年をどこかで見た気がして」

 

 スビンが指差した先にいたのは、金の胸掛けと腰布を身に着けた少年だ。赤銅色の肌も相まってどこかサラにも似た雰囲気ではあるが、さて誰だったか……と記憶を掘り返しているうち、少年と目が合った。

 少年は焼きとうもろこしを齧りながらこちらをぼんやりと眺めていたが、思い立ったようにこちらに近付いてくる。

 

「観光客の一人。縁があるな」

「観光客……?」

 

 知り合いか、と少年とスビンの顔を交互に見る飛鳥達。

 彼の赤と金の髪を見て、スビンはようやっと思い出した。

 

「トリトニスの滝にいた神様ですか」

「神様!?」

 

 ぎょっとする黒ウサギだったが、問題児達を召喚したその日、ダイナミック別行動を決めたテオドールらと合流した際にそのようなことを言っていたなと思い出す。

 それにしても、存在感が薄い。周囲に配慮して霊格を落としているのだろうか。

 

「前に見た他の二人の姿が見えないな。迷子か?」

「別行動をしているだけです」

「そうか」

 

 少年はとうもろこしを咀嚼しつつスビン以外の顔を一瞥し、黒ウサギのウサ耳を見てこてんと首を傾げた。

 

「……月の兎?」

「あっ、はい。黒ウサギと申します」

「国が滅びたと聞いたが、生き残りがいたのか」

 

 えっ、と黒ウサギを見る。彼女は固まっていた。

 

「……滅びた?」

「ちょっと待って、黒ウサギは“ノーネーム”の生まれではないの?」

 

 思わず問いかける。彼女のコミュニティに対する献身的な態度は、“月の兎”である以前に故郷への想いによるものだと思っていた。

 見つめられた黒ウサギは、ゆるゆると首を横に振る。

 

「黒ウサギの故郷は東の上層にあったと聞きます。しかし絶大な力を持つ魔王に滅ぼされ、一族は散り散りに。幼かった黒ウサギは、頼る当てもなく放浪していたところを今の“ノーネーム”に招き入れて貰ったのです」

 

 飛鳥と耀は言葉を失った。その話が本当なら、彼女は二度も魔王に故郷を奪われていたことになる。

 重くなった空気を振り切るかのように、黒ウサギは少年に問う。

 

「ところで失礼ですが、貴方様は……」

「うん、まだ名乗っていなかったな」

 

 少年は食べ終えたとうもろこしの芯を掌の上で燃やしてみせると、平淡に言った。

 

「僕の名前はアテン。もはや神格すら曖昧だが、太陽に連なる神ということになっている。よろしく」




◆船が転覆
オープニングのあれ。
スビンはあえて言いませんでしたが、密航です。

◆アテン
エジプトで信仰されていた神様。多神教なのにとある王様が唯一神として祀り上げようとして失敗したそうな。
箱庭風に言うと星霊と神霊の中間くらいにいる御方。太陽としての信仰はあるけど神としての信仰は薄れている。
今回出すつもりじゃなかったのに出てしまった。どうしよう?


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襲撃の巨人

 “すくつ”と呼ばれるネフィアがある。

 一見ただの洞窟にも見えるそのネフィアは、多数の廃人を擁するノースティリスに存在しているにも関わらず、未だに最下層への到達者が存在しなかった。

 何故ならば、どれだけ奥底へ潜ったとしても、延々と先が続いているからだ。

 

 深く潜れば潜るほどに強化されるモンスターは廃人すらも凌駕しかねない程のステータスを持つに至るし、その種類もまるで統一性がない。既に死んだ──魂が霧散し、死から這い上がることができなかった──筈の人間が襲ってくることもある。

 これらは流言飛語などではなく、すくつに挑んだ数々の冒険者が口にする話で、今や周知の事実として認定されていた。

 

 調査をした魔術師達によれば、すくつの中は時空が捻じ曲がっていると言う。

 延々と続く階層も、どこから発生してるかもわからないモンスター達も、故人の復活も、時空の乱れによって発生しているらしいのだ。

 

 すくつには一定階層ごとにボスが居て、それを倒さなければ解除されない未知のバリアが階段に張られている。どこか人為的なものを感じるそのシステムから、すくつは神代における鍛錬の場として用意されたものではないか? という説がある。

 あるいは単に、とてつもないお宝が隠されており、時空の歪みやバリアはそれを守護するギミックであると主張する者もいれば、時空の歪みから人間を守ることこそがバリアの役割であると唱える者もいる。

 要するに、何のために存在するのかも、いつから存在するのかもわかっていないのだが、その性質故に専ら“廃人の鍛錬場”として扱われていた。

 

 廃人の一人であるテオドールも、その持て余したステータスを使う場として、気が向いた時には単独ですくつ攻略に精を出していた。

 鍛錬のため、という目的も勿論あるが、一番は好奇心によるものだ。

 

 最下層に辿り着いた者は神に成り上がることができる。最下層は次元の果てに繋がっている。最下層などというものは存在しない。

 そんな根も葉もない噂の真実を求めて、テオドールは永遠の腹底を進む。

 

 死闘の末に倒したボスが残した部位を回収し、事前に見つけていた階段へと向かう。とうの昔に一万階層を突破している筈だが、未だに終わりは見えない。

 十分に運動して少し満足していたテオドールは、次の階層の様子だけ見て今日は帰ろうか、と考えながら階段を降り始めた。

 一歩一歩確かに、慎重に歩いていたテオドールが、更に一歩踏み出した途端、景色が崩れた。 

 

「…………!」

 

 声を上げる暇も、回避する間もなく、真っ白な闇に包まれる。下から上に、黒い文字列のようなものが流れていった。

 時空の歪みに呑み込まれたのだと悟って、テオドールは振り向いた。そこには何もない。

 通ってきたはずの階段は、白の中に消え失せてしまっていた。

 

 廃人と言えど、世界から追い出されては成す術を持たない。どうすることも出来ずに身体が分解されていく。何が起こっているのかはわからないのに、現状の把握だけは冷静に出来ていた。いや、本当は混乱していたのだろう。自分では気付かなかっただけで。

 これから自分はどうなるのか、残したペット達はどうなるのか。そんな少しばかりの気がかりを置いて、意識を失おうとした瞬間。

 気紛れか、あるいは日頃の行いの良さ故か。何者かの声が聞こえた気がして、そして。

 テオドールは、見えざる手に掬い上げられたのだった。

 

   ◆

 

 “アンダーウッドの地下都市”スビンの個室。

 アテンと軽い自己紹介を交わした後、彼と別れて宿舎まで戻ってきたスビン達は、各々の荷物を部屋に運び一時解散となっていた。

 

 寝るにはまだ早いが、かといって一人で観光しようという気にもならない。

 どこか剣でも振れる場所を探しに行こうか、とぼんやり考えていたスビンは、素早くバックパックから大剣を取り出し、その場を飛び退いた。

 直後、宿舎の壁をぶち破って現れた巨大な腕を視認すると、迷うことなく斬りつける。

 

「ガアアアアァァァァァァッ──!!」

 

 何某かの悲鳴を聞きながら、宿舎の外に飛び出した。

 そこに居たのは巨人だった。片手に長刀を持ち、仮面をつけている。

 驚くようなことではない、イルヴァにも巨人は存在する。謎なのは、何故先程までは居なかった筈の巨人が突然現れたのかと言うことだが、襲われている以上はまず反撃せねばならない。

 スビンは半ば条件反射のような勢いで突進すると、巨人の喉をその大剣で串刺しにした。

 

「ガッ、アァ──……」

 

 力任せに剣を引き抜き、倒れゆく巨人の下敷きになる前に巨人の身体を蹴り飛ばして離れる。

 周囲を見渡すと、黒ウサギと耀、そして飛鳥がこちらに駆け寄ってきていた。

 

「スビンさん! ご無事でしたか!」

「黒ウサギ。何が起きてるんですか」

「魔王の残党の襲撃です! 黒ウサギは都市内を片付けます、皆様は地表へ! 外にはもっと多くの巨人族が──」

 

 言っている間に頭上から三体の巨人が落下してくる。

 迎撃しようとしたスビンだが、彼女が出る前に黒ウサギが金剛杵と共に稲妻を叩きつけた。

 

「ご安心を! この程度なら何体来ても黒ウサギの敵ではありません! 外の援護をお願い致します!」

「わ、分かったわ!」

 

 飛鳥が承諾すると、耀は旋風を巻き上げて飛鳥を拾い上げた。スビンもその後に続く。

 

 地表は乱戦状態だった。飛び散る火花が夜の帳を照らし、轟々と撃ち合う炎の矢と、竜巻く風の壁が弾け合う。

 “恩恵(ギフト)”を用いた戦争が、“アンダーウッド”の麓で繰り広げられていた。

 巨人の人数は二百体ほどで、数で見ればこちらが勝ってはいるが、巨人は一体で十人の味方を相手取っている。

 更に突然の強襲に味方陣営は完全に混乱しており、まともな連携が取れていない。戦線がいつ崩れてもおかしくない状況だった。

 

「そ、想像以上の事態ね……」

「確かにこれでは援護が必要でしょうね。私は向こうを助太刀しに行きます」

「わかった。気をつけて」

 

 二人から離れ、スビンは味方が少なそうな場所に向かって駆け抜ける。道中の巨人達に一太刀入れるのも忘れない。

 テオドール程の技量を持たないスビンでは、移動がてらの攻撃で生命力を削りきるのは難しい。足を狙って行動力を削ぐことを重視し、後は他に任せることにする。

 遠くでディーンの雄叫びが響いた。飛鳥達も戦闘を始めたらしい。

 

「オオオオオオオォォォォォォ──!!」

 

 振るわれた巨腕を、大剣の腹で防いで弾く。

 見た目は華奢な少女であるスビンに、まさか力負けするとは思わなかったのだろう。怯んだ隙に切り伏せた。

 

「“主催者(ホスト)”がゲストに守られては末代までの名折れッ! “龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の旗本に生きる者は己の領分を全うし、戦況を立て直せ!」

 

 戦場に響いたサラの一喝に、おおと鬨の声が上がる。彼女の声のおかげで各コミュニティに統率が戻り始め、徐々に巨人族を圧し始めた。

 退却し始めた巨人を深追いはせず、逃げ遅れている者だけを着実に仕留めていくスビン。

 

 どこかで、琴線を弾く音がした。

 

「……霧?」

 

 赤い血飛沫を飛ばすと同時に、突如として視界が白く閉ざされる。

 現れた濃霧が、スビンや味方の視界を阻んでいた。タイミングからして自然現象ではないだろう。何らかのギフトによるものか。

 スビンは一瞬の戸惑いを打ち消すように戦闘を続行する。見えないなら“そこにいる”という前提で剣を振るうのみだ。〈心眼〉スキルを高めた彼女の剣は、多少の空振りを伴いつつも致命的な一撃を巨人達に与えていく。

 

「きゃあ!!」

 

 悲鳴が聞こえて、スビンは上半身を捻った。飛鳥の声だ。いつの間にか近い場所まで移動していたらしい。

 彼女にはディーンがついているが、その操り手である彼女自身のステータスは低い。この視界不良に乗じて襲われては普通に死んでしまうかもしれない。

 助けに行くべきなのだろうが、こう霧が深くては正確な位置がわからない。周囲の怒号、悲鳴、剣戟の音が混じって、声を辿るのも難しい。

 どうしたものか、と思案し始めた時。幻獣達が雄叫びを上げた。

 

「──GEYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaa!!」

 

 数多の旋風が巻き上がり、白い霧を掻き回す。

 全てを払うにはまだ足りていないが、周囲を見通すには十分なまでに霧が薄まった。ディーンらしき影が薄ぼんやりと見え、スビンはそちらへ駆け出す。

 側方から薙ぐように巨人の剣が振るわれるのを、地面を転がるようにして躱す。回転の勢いをそのままに立ち上がって邪魔者を倒そうとして、スビンは手を止めた。

 

 まだ何もしていないのに、巨人が倒れていく。それはスビンの側に居た一体だけではない。周囲にいた巨人族が全て、その息を絶やしていた。

 

「──お怪我はありませんか?」

 

 凛とした声が耳に触れる。

 その直後、霧が全て晴れ、戦場の姿が顕になった。

 それほど遠くない場所に、飛鳥と耀の姿がある。彼女達は周囲の光景に絶句している。

 

「──嘘、」

 

 あれだけいた巨人族が、全員死んでいた。そのほとんどが首や頭や心臓を切り裂かれている。スビンがやったものを除けば、その切り口は全て同一だった。

 スビンは先程聞こえた声の主を見る。

 

 純白の髪を、黒い髪飾りで一つにまとめ、白銀の鎧を纏う少女。その目元は舞踏会で使うような白黒の仮面で覆われている。

 一見聖騎士のようにも見える彼女は、その全身を赤い返り血で染めていた。巨人族を殲滅したのは彼女なのだろう。

 負けず劣らず血を浴びているスビンを一瞥した少女は、

 

「失礼、余計な手出しでしたね」

 

 とだけ言うと、ポニーテールを揺らして去っていった。

 その背を見送り、スビンは飛鳥の方へ駆け寄る。どうやら怪我はないようだった。

 

 静まり返った戦場で、安全を知らせる鐘の音が鳴った。

 

   ◆

 

 “ノーネーム”本拠。地下にある書庫で、テオドールは読書をしていた。

 いつものようなギフトゲーム対策ではなく、読んでいるのは娯楽小説だ。情操教育の一貫か、“ノーネーム”の書庫には創作の物語の本も貯蔵されていた。

 異世界ではどのような話が作られるのか気になったのである。

 

 本の中では、身の丈に合わぬギフトを手に入れてしまった少年が、力に翻弄されながらも異世界を生き抜く様が描かれている。どうやら舞台は箱庭ではないらしい。

 少年は正体不明の神によって与えられたギフトを少しずつ物にしていく。

 テオドールは何となく、自らのギフトカードを取り出して眺めた。

 “*Debug*”という文字で目が止まり、自然とこれを手に入れた時のことを思い出す。

 

 イルヴァには神が確かに存在するが、世界そのもの、宇宙そのものを創造した神を知る者はいない。それはきっと、()()()()()()からだと、テオドールは思っていた。

 本当の神は、己が存在するより上の次元にいるのだ。それを認識することは普通にはできないし、できるとすればそれは世界に()()が現れている。

 

 あの時テオドールは存在してはいけない次元に足を踏み込み、歪みを解消するためにその存在を抹消されそうになった。

 それをたまたま見つけた神の一端が、テオドールを“あちら側”に存在しても良いモノとして再定義して修復し、そのまま送り返した。

 それは慈悲だったのかもしれないし、ただの気まぐれや、ほんの遊びだったのかもしれない。

 

 ……どちらにせよ、これらの話はテオドールの憶測だ。

 目が覚めた時、テオドールはすくつの前に居て、頭の中に残る世界の法則に関わる知識と、自身にいつの間にか宿っていた小さな世界の歪みを修正する力だけが、あの光景が事実であることを物語っていた。

 この出来事を、テオドールは誰にも話さなかった。その事実を知ることこそが、世界の歪みを広げる原因になりかねないと思ったからだ。

 

 一方的に押し付けられた力をどうするのかは自分の勝手だろうが、その力を正しく使ってやろうとテオドールは考えた。命を救われたこともあるが、わざわざ自身に世界の法則について知らせたことが、それを期待しているように感じたのだ。

 つまりこれは依頼だ、とテオドールは見なした。

 依頼を受けたからにはできるだけのことをする。それが冒険者としての在り方だ。

 その程度の秩序を守る良心を、テオドールは持っている。

 

 たまに依頼内容を無視したり(主にパーティーでジェノサイド)することもあるが、それはそれ。ご愛嬌というやつである。

 

   ◆

 

 “アンダーウッド”収穫祭本陣営。

 一同はサラの下へ呼び出されていた。襲撃時、大樹の中で匿われていたジンと、同じく呼び出された“ウィル・オ・ウィスプ”も一緒にいる。

 

「サラ様。一体これはどういうことですか? 魔王は十年前に滅んだと聞いていましたが」

 

 ジンに追及に、サラは背もたれに仰け反り天を仰いだ。

 

「……すまない。今晩詳しい話をさせてもらおうと思ったのだが、彼奴らの動きが存外早かった。実は両コミュニティを“アンダーウッド”に招待したのには訳があったのだ。……話を聞いてくれるか?」

「はい」

「ヤホホ……まあ、聞くだけでしたら」

 

 即答するジンと笑って誤魔化すジャック。

 サラは事情を説明し始めた。

 

「十年前、“アンダーウッド”は魔王の襲撃を受けた。それを倒すことはできたが、傷跡は深く残ってしまった。そして魔王の残党が、“アンダーウッド”に復讐を企んでいるらしい」

「それがさっきの巨人族だと?」

「そうだ。しかしそれだけとは限らん。ペリュドンを始め殺人種と呼ばれる幻獣まで集まり始めている。何かしらの術で操られている可能性もある」

 

 何故そうまでしてこの“アンダーウッド”を狙うのか。

 サラは椅子から立ち上がり、壁に掛けてある連盟旗の裏に隠された金庫から、頭ぐらいの大きな石を取り出して見せた。

 

「この“瞳”が連中の狙いだ」

「……“瞳”? この岩石がですか?」

「今は封印されているんだ。このギフトの名は──“バロールの死眼”と言う」

 

 ガタンッ! と、ジンと黒ウサギは腰を浮かせるほど驚いた。

 いまいち状況を把握していないスビンが問う。

 

「その眼とやらはそんなに価値があるものなんですか?」

「価値があるどころではありません! あれは視るだけで死の恩恵を与える、最強最悪とされた死の神眼なのです!」

 

 血相を変えた黒ウサギが声を上げる。

 “バロールの死眼”は巨人族の王バロールが所持していた神眼で、一度瞼を開けば太陽の如き光と共に死を強制する力を持つ。

 この瞳によれば、一度に百の神霊を殺すことすら出来ると言われているのだと言う。

 

「しかし“バロールの死眼”はバロールの死と共に失われたはず。それが何故今更、」

「バロールはケルト神話群の者だ。ケルト神というのは多くが後天性の神霊と聞く、第二のバロールが現れたとしてもおかしくはない」

 

 神霊は功績と信仰を積むことで後天的に成り上がることができる。“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”がその良い例だ。彼女は八千万の死霊群であることとは別に、ハーメルンの笛吹きによる信仰と恐怖を取り込んで神霊に成った。

 

「連中は何としてもこの神眼を取り戻したいのだろう。適性が無ければ十全の力を発揮しないが、それでも強力なギフトであることに変わりはない。私達が収穫祭で忙しい時を狙って、今後も襲撃を仕掛けてくるだろう」

「ヤホホ……その襲撃から街を守るために、私達に協力しろと?」

 

 ジャックとアーシャはあからさまに嫌な顔をした。彼らは戦闘能力こそあるが、あくまで物作りが主体のコミュニティだ。進んで戦いに臨むのは主義に反するのだろう。

 

「確かにウィラ姐は強いよ。でも性格が致命的に戦闘向きじゃないんだよね。それにこの件はまず、“階層支配者(フロアマスター)”に相談するのが筋ってもんだろ?」

 

 “階層支配者”は無法行為を行う連中を裁くのが使命だ。今回のようなギフトゲームを介さず襲撃を仕掛けてくるような無法者を対処するにはこれ以上ない存在の筈だった。

 しかしサラは、辛そうな瞳を向けて首を横に振る。

 

「残念ながら……現在南側に“階層支配者”は存在しない」

「……は?」

「先月のことだ。時期としては“黒死斑の魔王”が現れたのと同時期になる。7000000外門に現れた魔王に“階層支配者”が討たれたのだ。その後の安否は今もわからん。しかも魔王の正体も不明ということ」

「なっ……!?」

 

 予想外な回答に絶句するアーシャ。

 サラは瞼を閉じて南側の現状を話し出す。

 

「巨人族が暴れ始めたのはそれからのことなのだ。我々は白夜叉様に代行として、南側から新たな“階層支配者”を選定して欲しいと相談した。しかし秩序の守護を司る“階層支配者”にふさわしいコミュニティはそう見つかるものではない。そこで白夜叉様から話を持ちかけられたのが……“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の五桁昇格と、“階層支配者”の任命を同時に行うというものだった」

 

 ハッと黒ウサギとジンが察したように息を呑む。

 

「で、ではこの収穫祭は“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の五桁昇格と“階層支配者”の任命を賭けたゲームなのですか!?」

「そうだ。“階層支配者”になれば“主催者権限”と共に強力な恩恵(ギフト)を賜る。巨人族を殲滅するには“主催者権限”を用いたギフトゲームで挑むしかない。南側の安寧のためにも、この収穫祭は絶対に成功せねばならないのだ」

 

 強固な決意で断言するサラ。初めて知る事実に一同は言葉を無くした。

 彼女は憂鬱気に苦笑を浮かべる。

 

「“サラマンドラ”を……次期“階層支配者”という立場を捨てて“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟に身を置いた私が、南側の“階層支配者”になろうとしている。さぞ滑稽に見えるだろうが……今は手段を選んでいる場合ではない。南側の安寧のためにも、両コミュニティの力を貸して頂けないだろうか?」

「そう言われましてもねえ……」

 

 ジャックは事情を聞いてもまだ難色を示している。

 それでも引けないサラは、“バロールの死眼”の上に手の平を乗せ、

 

「無論、タダとは言わん。多くの武功を立てたコミュニティには、この“バロールの死眼”を与えようと思う」

「は……!?」

「聞けばウィラ=ザ=イグニファトゥスは生死の境界を行き来する力があると言う。ならばこの“バロールの死眼”も使いこなせよう。我らの手元で腐らせておくよりは、彼女の下で力を振るった方が有益というものだ」

「確かにウィラならば“バロールの死眼”の適性は高いでしょう。しかし、我々以外のコミュニティに渡った時はどうするのです? 下層でウィラ以外に“バロールの死眼”を使いこなせる例外など……きっといませんよ?」

 

 チラ。とジャックが黒ウサギたちを見る。“ノーネーム”なら或いは、と思っているのかもしれない。

 その視線に気付いたサラが頷いて返した。

 

「安心して欲しい。“バロールの死眼”を譲渡するのは両コミュニティのどちらかに限らせてもらう予定だ」

「ぼ、僕たちもですか?」

「しかしサラ様。黒ウサギ達の同士に適性持ちはいないと思われますよ? ……多分」

 

 コミュニティ内でも突出して異質な存在であるテオドールの姿が若干思い浮かんだが、さすがの彼でも死を操る訳ではないので、適性はないと思われた。

 言葉尻に不安が滲んでいるが。

 

 そんな黒ウサギ達に、サラは思い出したように切り出した。

 

「すまない、すっかり忘れていた。実は白夜叉様から“ノーネーム”へ、新たな恩恵(ギフト)を預かっていたのだった」

「え?」

「話は聞いているだろう? The PIED PIPER of HAMELINをクリアした報酬のことだ。アレさえあれば“バロールの死眼”を使いこなすことができるはず」

 

 パンパン、とサラが両手を叩いて使用人を呼ぶ。

 使用人は両手に小箱を持ち、蓋には向かい合う双女神の紋が刻まれている。

 

「これが、新たな“恩恵(ギフト)”……?」

「そう。お前達は“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”主催ゲーム、The PIED PIPER of HAMELINを()()()()()()()()()()()()()()()()()。これはその特別恩賞。開けてみるといい」

 

 代表者であるジンが神妙な顔で頷き、小箱の封を解く。

 小箱の中には笛吹き道化──“グリムグリモワール・ハーメルン”の旗印を刻んだ指輪が入っていた。




◆すくつ
高レベル向けの固定ネフィア。入るだけでもすくつ探索許可証というアイテムが必要。PCの計算機能が許す限り階層が生成され続けるため真の底なしダンジョンだが、一万〜二万階層あたりで大抵エラー落ちする。
名称は何故か変換できない。え?巣窟??はて…?

◆見えざる手
ランダムイベントなんかのあれとは別物。
次元の隅に引っかかって消えかけている存在を発見し、ちょっと調整して送り返してあげた誰かさん。創造主ではないが協力者。不安定な世界を安定させるための現地協力者を作ったり、世界に分身を送り込んで遊んだりしている。

◆パーティーでジェノサイド
装備や財布などを手に入れるために行われる宴。あとパンティー。
こんな目にあっても演奏依頼を出すことをやめないのがティリス民。


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巨龍召喚

 巨人族を押し返したスビン達であったが、平和な時間はあっという間に過ぎ去った。襲撃より一時間後、緊急事態を知らせる鐘が再び鳴らされたのだ。

 

 一時的に地下都市に戻っていた一同が“ウィル・オ・ウィスプ”の二人と共に地表に出た時には、戦闘を担当する“一本角”と“五爪”の同士達は半ば壊滅状態になっていた。

 面食らうスビン達の下に、グリーが空から舞い降りてくる。後ろ足に深い切り傷を負った彼は、耀に向かって懸命に何かを訴えている。

 

 その最中、琴線を弾く音が響いた。

 二度、三度と音が重なる度に、前線の味方がパタパタと倒れていく。音源から遠く離れた飛鳥達も意識を飛ばしかける。

 唯一何事も無かったスビンが、怪訝そうに他の面々を見た。

 

「この音、何か効果が?」

「グリーが言うには、この音で見張りの意識を奪って、奇襲をかけてきたみたい。多分、眠らせる音みたいだけど……スビンは何ともないの?」

「そうですね、恐らくは装備のエンチャントによるものかと」

 

 睡眠の状態異常を無効にする装備と、音属性への耐性が効いているのだろう。スビンはいくら音を聞こうと全く異常を感じていなかった。

 

「それと、今は仮面の騎士が戦線を支えてるって」

「仮面の騎士!? ま、まさかフェイス・レスが参戦しているのですか!?」

「ま、まずいぜジャックさん! もしアイツに何かあったら“クイーン・ハロウィン”が黙ってねえよ! すぐ助けに行こうッ!」

 

 耀の言葉を聞いた途端、アーシャとジャックは大慌てで前線に向かっていった。

 残されたスビン達は首を傾げながらも、現状の把握を優先して再びグリーに状況を尋ねる。

 この音色は神格級のギフトらしき竪琴によるもので、その主は巨人ではなく、少なくとも背丈だけ見れば人間であると言う。音の発信源に近い程効果が高いらしく、戦線を支えている仮面の騎士も攻めあぐねているらしい。

 

 現在襲ってきている巨人族の数は五百超。前線の味方が壊滅している今、数の有利も最早ない。敗北を覚悟している様子のグリーに、ジンが一歩前に出た。

 

「大丈夫。僕に考えがあります」

 

   ◆

 

 ジン達は飛鳥が手綱を握るグリーの背を借りて、前線近くまで移動する。

 “巧みに、速く飛べ”と飛鳥に命令されたグリーは、巨人族の大剣や鎖をスルスルと抜けながら戦場を駆け抜けている。

 ただ命令されたように他人を動かすだけではない、新たなギフトの活用法だった。

 

「ジン君! この辺りでどう!?」

「はい。これだけ敵陣に踏み込めば──!」

「ウオオオオオオオオォォォォォォォォ──!」

 

 足を止めた途端、巨大な大剣が一同を襲う。

 しかし飛び出た黒ウサギとスビンがそれを阻む。

 

「ご安心くださいジン坊っちゃん! 不逞な巨人族は黒ウサギ達が一匹たりとも近付けません! 今こそジン坊っちゃんが受け継いだギフト──“精霊使役者(ジーニアー)”を使う時です!」

 

 黒ウサギの声に応えるように、ジンが“グリムグリモワール・ハーメルン”の指輪を嵌めた右腕を掲げる。

 

「隷属の契りに従い、再び顕現せよ──“黒死斑の御子(ブラック・パーチャー)”────ッ!!」

 

 刹那、漆黒の風が戦場に吹雪いた。

 

 笛吹き道化の旗印が刻まれた召喚陣、その中心に不吉な黒い風が圧縮される。やがて人型へと変化していく黒い風は、圧縮された全ての空気を放出して爆ぜる。

 爆心地は白と黒の斑模様の光が溢れ、その中から顕現したモノは──

 

「──何処に逃げたの、白夜叉ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 戦場とは無関係の駄神の名を叫び。

 一撃で、百の巨人族を薙ぎ払った。

 

「予想以上の効果ですね」

「YES! ハーメルンの魔導書から切り離されているため神霊では無くなっていますが、戦力としては申し分ありません!」

 

 元“黒死斑の魔王”、ペスト。それが“ノーネーム”が賜った新たなギフトだ。

 “主催者権限”を強制したゲームを完全勝利で飾ることで、魔王の隷属を成すことができる。The PIED PIPER of HAMELINの全ての勝利条件を満たした彼らと隷属の契約をするため、消滅した筈のペストは箱庭に再召喚されたのだ。

 

「ケルト神話群には黒死病を操ることで他の巨人族を支配した巨人族の逸話があります。伝承が正しければケルトの巨人族には抜群の効き目があるはず……!」

 

 彼女の力で伝承に則り、巨人族の混乱を煽る。それこそがジンの狙いだったのだが。

 

「出て来い、出て来い、出て来なさい白夜叉ッ……! よくも元魔王の私に、あんな下劣でイヤラシイ服装の数々を……!」

「ウオオオオオオオオオォォォォォォォ──!!」

「五月蝿いわ、この木偶の坊ッ!!」

 

 一喝、腕の一振りで放たれた衝撃波が怨嗟の声を上げて巨人族を薙ぎ倒す。その一瞬だけ黒い風の密度が下がり、ペストの姿が露わになった。

 

「……メイド服でしたね」

「……フリフリのメイド服だったわね」

「白夜叉様……」

 

 彼女が激怒し暴走している理由を察し、黒ウサギはホロリ、と同情の涙をペストに向けた。

 

 無差別に攻撃しているように見えるペストだが、黒い風に巻き込まれている筈の“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の同士は無傷で戦っている。隷属は上手くいっているらしい。

 ジンが持つ“精霊使役者(ジーニアー)”のギフトは、霊体の種族を隷属させて使役するものだ。まだ未熟なジンであるが、そのギフトのおかげで元魔王であるペストを十全に支配することが出来ていた。

 

 怒り狂ったペストは順調に巨人族をかき乱し、殲滅していく。

 すると予想通り、琴線を弾く音が聞こえた。前回の戦闘と同じように濃霧が一体を包み込んでいき、視界の全てが奪われていく。

 あとは耀の仕事だ。上空に待機している彼女がコウモリの力を使い、超音波をソナーのようにして竪琴の音源を見つけ、奪還する。それがこの作戦の本来の本懐である。

 巨人族との勝敗が決したのは、それから間もなくのことだった。

 

   ◆

 

 次の日の夜。テオドール達は“アンダーウッド”に到着した。

 まだ前夜祭期間中ではあるが、巨人族の襲撃という緊急事態を黒ウサギの手紙から知り、予定を前倒しにして男性陣も参加することになったのだ。

 巨大な水樹を前に、十六夜が感嘆の吐息を漏らす。

 

「緑と清流の舞台。ハハッ、北側の石と炎の真逆じゃねえか! ちょっと出来過ぎじゃねえ? いや、俺は歓迎だが? むしろ抱きしめたいぐらい大歓迎だが? ちょっくら抱きしめに行っていいか?」

「構わんよ。黒ウサギたちには私から伝えておく」

 

 苦笑いしながらレティシアが承諾すると、十六夜は我慢しきれないとばかりに走り出し、大樹を目指して去っていった。

 

「あいつの水難を考えると嫌な予感がしねえか?」

「心配しなくても濡れるのは十六夜だけだ」

「はは、違いない。では宿舎に行こうか、主催者への挨拶もあるからな」

 

 女性陣が最初に使っていた宿舎は倒壊してしまったため、別の宿舎を使っているらしい。レティシアはテオドール達とはまた別の宿舎に部屋があるそうで、荷物を置くために一度別れた。

 バックパックという便利なものを持つテオドールやノイロックには置かなければならない荷物もないため、暇潰しがてらスビンの部屋に集合する。

 下手にふらつくと収集がつかなくなるから止めてくれ、と事前にレティシアに釘を刺されたのもある。

 

「収穫祭はどうだよ、面白いもんはあったか?」

「ええ。正直巨人の襲撃で全部吹っ飛んだ感はありますが、苗もいくつか見繕いましたし、色々と美味しいものもありましたよ。明日は“ヒッポカンプの騎手”というギフトゲームもありますし」

「予定通り進行するつもりなのか、この状況で」

「これだけの大祭ですから、中止するわけにもいかないんでしょうね」

「ま、巨人くらいならボスや十六夜がいれば何とかなりそうだしな。そういや黒ウサギの手紙にフェイス・レスって奴のことが書いてあったが。そんなに強いのか?」

 

 仮面の騎士フェイス・レス。スビンも出会った、あの巨人族との戦闘においての功労者である少女のことだ。

 後にジャックから紹介されたところによれば、彼女は“クイーン・ハロウィン”というコミュニティの者で、“ウィル・オ・ウィスプ”の客分であるらしい。

 

「そうですね。恐らくはテオドール様とも十分戦えると思います」

「そいつはすげえな。人間辞めてるってことだろ?」

 

 ペット達の話を聞きながら、テオドールは内心で期待を膨らませる。

 百もの巨人を屠った少女。恐らく相当のレベルの持ち主だ。バトルジャンキーのつもりはないが、戦闘を生業とする者としては是非とも手合わせ願いたいものである。

 そうして穏やかな時間を過ごすテオドール達の耳に、ポロン、と心地良い音色が届いた。

 

 ──目覚めよ、林檎の如き黄金の囁きよ──

 

 吟遊詩人でもいるのだろうか。そう呑気に考えたテオドールは、爆風で空中に投げ出された。

 

 テオドールは素早く羽を広げて体勢を立て直し、周囲の状況を確認する。

 稲妻が迸り、地下都市を覆う根を焼き払った。宿舎が地盤ごと豪快に崩壊していく。天災にしては威力が高過ぎる。

 ペット二人は浮遊装備のおかげで無事だが、落雷が引き起こした落盤によって降りかかる落石や瓦礫を避けなければいけなかった。

 

 遅れるようにして、巨人族の襲撃を知らせる鐘が鳴り響く。

 

「おいおい、巨人は追い払ったんじゃねえのかよ!」

「テオドール様、今のは先日の竪琴の音です。間違いありません」

「まさかとは思うが、昨日の今日で敵に竪琴を奪い返されてんじゃねえだろうな」

「まあ、タイミングを考えればそうなんじゃないですか? 図ったように襲ってきてますし」

「……だよなあ。ったく、管理どうなってんだよ」

「私に言われても知りませんよ」

 

 ともかく、“アンダーウッド”は未だ平和からは程遠いらしい。

 度重なる凶報に、都市内では混乱が渦巻いている。一先ず合流を優先すべきか、それとも巨人族とやらを倒しに行くべきか。

 次の行動を迷うテオドールの鼻先を、黒い封書が掠めた。

 

「黒い“契約書類(ギアスロール)”……」

 

 落ちていくそれを掴み取り、封を切る。

 

『ギフトネーム名“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”

 

 ・プレイヤー一覧

  獣の帯に巻かれた全ての生命体。

  ※但し獣の帯が消失した場合、無期限でゲームを一時中断とする。

 

 ・プレイヤー側敗北条件

  なし(死亡も敗北と認めず)

 

 ・プレイヤー側禁止事項

  なし

 

 ・プレイヤー側ペナルティ条項

  ・ゲームマスターと交戦した全てのプレイヤーは時間制限を設ける。

  ・時間制限は十日毎にリセットされ繰り返される。

  ・ペナルティは“串刺し刑” “磔刑” “焚刑”からランダムに選出。

  ・解除方法はゲームクリア及び中断された際にのみ適用

  ※プレイヤーの死亡は解除条件に含まず、永続的にペナルティが課される。

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

  なし

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

  一、ゲームマスター・“魔王ドラキュラ”の殺害。

  ニ、ゲームマスター・“レティシア=ドラクレア”の殺害。

  三、砕かれた星空を集め、獣の帯を王座に捧げよ。

  四、王座に正された獣の帯を(しるべ)に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 “        ”印』

 

 凶悪なペナルティ。勝利条件が存在しない主催者。

 あまりにも異質な内容だ。まるで、勝利なんてものを捨てて、プレイヤーを虐げるためだけに作られたような。

 しかし最もテオドールの目を引いたのは、『ゲームマスター・“レティシア=ドラクレア”』の文字だった。

 後ろから覗き込んでいたペットの二人が、思い思いに口にする。

 

「レティシアがゲームマスター……? そういや元魔王だっけな。今更裏切ったのか?」

「彼女がそんなことしますかね。あの性格で」

 

 普段の行いを見ていれば、元魔王であったという事実すら疑問に思えてくる程の誠実さが滲み出ているレティシアだ。テオドールとしても、このゲームがレティシアの裏切りによるものだとは考えにくかった。

 しかし現実に、今回のゲームマスターはレティシアであると“契約書類”に記されている。何らかの事情があると考えるのが妥当だろう。

 先程行動を共にしていた時には、彼女が何かを企んでいる様子など一欠片も感じなかった。別れた後に何かあったのかもしれない。

 

「これからどうするよボス」

「レティシアの行方が気になる。一度黒ウサギ達と合流して──」

 

「──GYEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaEEEEEEEEEYYAAAAAAaaaaaaaaaaaa!!」

 

 鼓膜を突き破るような絶叫に、テオドールは言葉を止めた。

 天を仰ぎ、雷雲に覆われた夜空を見る。

 稲光と共に空が割れ、現れ出たのは巨大な龍──全長を捉えられない程の巨躯のドラゴンが、雲海から頭を覗かせていた。

 

「何だありゃ。随分とでかいドラゴンだな」

「どれだけの乳を飲めばああなるんでしょう」

 

 見るからに異常事態だが、至って冷静に会話をするノイロックとスビン。それもその筈、ノースティリスで奇妙キテレツなモンスターやら廃人やら変態やらを見てきた彼らにとって、多少は驚くにしても、ただ巨体なだけでは畏怖するに値しないからだ。

 そんな冷めた彼らのため……ではないだろうが、巨龍は雄叫びを上げ、鱗を散弾のように“アンダーウッド”へ撒き散らした。

 鱗はやがて巨大な蛇やトカゲや大サソリ、様々なモンスターに変幻して降り注ぎ、街を襲い始める。

 

「うわ、分裂……とはちょっと違えな」

「ここから更に増えたりはしないみたいですね」

 

 近くに投下されたモンスター達をさくっと処理する。ステータスはそこまででも無く、手こずるような相手ではない。

 しかしあの巨体故か、落とされた鱗の数はかなりのもので、住民達にとっては混乱も手伝って荷が重そうだ。“ノーネーム”の一員として今すべきことは、都市に投下されたこれら爬虫類モンスターの掃討だろう。

 テオドールはすぐさま行動に移った。放っておけば街が壊滅しかねない。

 

「“審判権限(ジャッジマスター)”の発動が受理されました! 只今から“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”は一時休戦し、審議決議を執り行います!」

 

 それから約五分後、大体都市の半分程度をテオドールが掃討し終えた頃、“アンダーウッド”に黒ウサギの声が響いた。

 テオドールは今しがた殺したモンスターから剣を引き抜く。まだ相手は沢山いるのだが、殲滅より前に休戦に入ってしまった。

 モンスター達もこの世界のルールには抗えないのか、それとも声に驚いているだけなのか、棒立ちになったテオドールに襲いかかることもなくその場に留まっている。

 

「プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください! 繰り返し」

「──GYEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAaaaaaaaaEEEEEEEEEYYAAAAAAaaaaaaaa!!」

「……え?」

 

 黒ウサギが審議決議の宣言をしている最中、巨龍が雷雲を撒き散らして“アンダーウッド”へと急降下し始めた。身動ぎ一つで大気を震撼させる龍は“アンダーウッド”の僅か上空100m頭上を通過し、突風を巻き起こす。

 

「うわっ!?」

 

 暴風に絡め取られ、テオドール達は上空に吹き飛ばされた。それはテオドール達だけではない。

 “アンダーウッド”の住民も、襲って来ている巨人も、街に蔓延るモンスターも、敵味方の区分なく、空へと攫われる。

 それだけの強烈な風の中、テオドールは器用に暴風に翻弄されるペット二人を回収した。

 

「動くだけでこれ、ですか」

「休戦がかかっている以上、攻撃ってわけじゃねえだろうが。ただ何のためにこんな……っておいボス、どこに向かってんだ?」

 

 すぐさま地上に戻るのかと思いきや、テオドールは風に乗ってそのまま上昇していた。地面がぐんぐんと離れていく。

 

「あれだ」

 

 テオドールが視線で示す先を見る。

 大空に浮かぶ巨大な古城がそこにはあった。雷雲に包まれているのと、巨龍に気を取られていたため、地上では気付かなかったのだろう。

 

「はーん。何つうか、いかにもな拠点だな。こんなのゲーム開始前には無かったし」

「成る程、あそこでゲームの攻略法を探るわけですね?」

「そうだ。レティシアもあそこにいる可能性が高い」

 

 レティシアを殺してしまえばゲームクリアなのだが、実行すれば“ノーネーム”の全員から糾弾されること間違いなしだ。なので出来ることなら本人の口からゲームの攻略法について吐かせる……もとい、聞いてしまいたいとテオドールは考えていた。

 

 喋れなくとも、彼女の居場所さえ把握できればとれる対応もあるだろう。勿論それは“ノーネーム”にとって最悪の結果になるかもしれないが、それが最善の方法になるかもしれない。

 

 鬼だ悪魔だの罵倒はとうの昔に聞き飽きている。

 それをやれるのはきっと己だけなのだ。




◆吟遊詩人
歌や楽器でお金を稼ぐ人々。
ゲーム上だと彼らが持つおひねり目当てに殺されたり固定アーティファクト目当てに楽器をひたすら盗まれたり壊されたりする。
また他人に楽器を渡せない仕様があるため、ペットにして好きな楽器を持たせようとした結果悲しい思いをすることがある。

◆最善の方法
一番わかりやすいクリア条件を達成する。
謎解きが詰まってしまったり、一刻も早くゲームをクリアせねばならなくなった場合に有効。
同士は戻ってこない。


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古城散策(要隠密)

 “アンダーウッドの地下都市”緊急治療所。

 急遽用意された治療所には、怪我人が所狭しと並べられていた。家屋の六割が焼き払われてしまったため、負傷者のほとんどが雑魚寝の状態だ。

 守備は万全とは言えず、今襲われれば一網打尽にされてしまうが、しばらくは問題ないだろう。巨龍の起こした突風によって巻き上げられた魔獣達は、そのまま本体に舞い戻っていったのだ。巨人族の襲撃も、巨龍によって大半が地面に叩き落とされたことを受けてか、今は落ち着いている。

 

 そんな中、“ノーネーム”一同は、お互いの無事を確認するためこの治療所に足を運んでいた。

 審議決議から半刻程で十六夜と黒ウサギ、そして飛鳥とジンが合流できたが、レティシアと耀、テオドール達とそのペット達は探しても見つからない状態だった。

 

「……駄目だな。これだけ探しても見つからないとなると、春日部もレティシアと同じように異常事態があったと考えていい」

「テオドール達は? 噂だと街中の魔獣を倒して回っていたらしいから、地下都市には居そうなものだけど」

「そっちは正直、心配しなくていいと思ってる。一人であの城に乗り込むぐらいしてそうだからな」

「まあ……確かにね」

 

 冒険者と言うだけあって、テオドールは十六夜と同レベルで自由奔放な所がある。合流をさておいて好奇心の赴くまま行動することもあるだろう。

 だが同士の行方が知れない今、飛鳥の心の片隅にはまさかという不安もあった。

 

「レティシアが連れ去られたというのは本当なの?」

「ああ」

 

 レティシアがローブを纏う詩人に連れ去られる姿を、十六夜は見ていた。恐らくあれが今回のゲームの黒幕だろう。

 十六夜がレティシアを取り戻す前に、彼女は巨龍に飲み込まれた。彼女が死んでいないならば、もしかするとあの巨龍は──

 

「十六夜さん、飛鳥さん! 耀さんの行方が分かりました!」

「本当!?」

「YES! ですが、かなりまずいことになっているようです」

 

 黒ウサギとジンが捜索から帰ってきた。

 苦々しい表情を浮かべる黒ウサギの腕の中には、ボロボロになって気を失っている三毛猫がいる。その表情と三毛猫の状態から、十六夜と飛鳥は事態の深刻さを悟った。

 

「春日部に何があった?」

「目撃者によると……耀さんは魔獣に襲われた子供を助けようとして……」

「魔獣と共に回収された子供を追いかけ、空に上って行ったということです」

 

 飛鳥が息を呑み、天を仰ぐ。耀は、たった一人であの古城乗り込んでいったのだ。

 十六夜も痛烈に舌打ちしたが、顔を青褪めさせた飛鳥よりは幾分か落ち着いていた。

 

「もし俺の予想通りテオドール達が城に向かっているとしたら、上手く合流できれば春日部も死にはしないだろうが……」

 

 あの古城は十中八九このゲームの鍵になるものだろうと十六夜は踏んでいた。ならばそこに攻略を妨害する罠があってもおかしくない。

 彼らが合流するまでに耀の身が危険に冒される可能性もある。ただ帰還を待っている訳にはいかなかった。

 

「黒ウサギ。その話通りなら巻き込まれて行方不明になったのは春日部だけじゃないだろう? 他のコミュニティはどう動くつもりなんだ?」

「それについて後程、“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟を中心に会合を設ける予定です。聞いたところによると、連盟の要人も行方不明になったとウサ耳に挟みました。早ければ明日にも救援隊を組むかと思われます」

「……ふうん。組織の要人が、ね」

 

 それなら動きも早いか、と十六夜は呟いて下がる。

 空を翔けることのできない一同は、歯痒そうに空の古城を睨んだ。

 

   ◆

 

 “アンダーウッド”上空、吸血鬼の古城・城下街。

 一夜明け、城下街に連れ去られた者達は一息吐くことにした。

 

 耀以外にこの場に居るのは“ウィル・オ・ウィスプ”のジャックとアーシャに“六本傷”の頭首である猫の獣人、ガロロ=ガンダック。それから“アンダーウッド”で受付をしていた樹霊のキリノと、数名の負傷者に加えて四十名もの子供達だ。

 かなりの大所帯である。当然これだけの人数で行動するには危険が伴うが、この城下街に蔓延っていた脅威──冬獣夏草と呼ばれる寄生型の菌糸類は、ジャックが召喚した地獄の炎によって一掃されていた。

 

 ゲームも休戦中であり、暫くは安全だろうと見越して、一同は廃屋の中で食事を楽しむ。ガロロとジャックが、ギフトカードに保存食料や水を常備していたのだ。

 焼いた干し肉やドライフルーツは決して不味くはないが、特別美味しいとも言えない。本拠の食事に思いを馳せながら、耀はリスのように頬張った。

 

「お、おい。そんなに頬張ると喉に詰まるぞ。干し肉なんだからしっかり噛んでだな、」

「────…………ッ!?」

「って言ってる側から詰まらせてんじゃねえかッ!」

「嘘だよ」

「嘘かよ!? ちょっと心配するから止めてよそういうのッ!!」

 

 アーシャをおちょくりながら食事を進める。上空だけあって肌寒いが、皆で集まって食べる食事は暖かい。

 穏やかな雰囲気の中──突然、耀が顔色を変えた。

 

「どうした?」

「……誰か来る」

 

 その言葉に全員が静まり返る。耳を澄ませても何も聞こえないが、獣の聴覚を持つ耀には何某かの足音が聞こえていた。

 冬獣夏草のものではない。死骸を苗床としているらしいそれと比べると、もっとしっかりとした足取りだ。耀達が合流できなかった人間かもしれないが、この城下町にそれ以外のモンスターが棲んでいないとも限らない。

 

(多分、人間だと思うけど……でもまた寄生型の何かかも)

 

 子供達を庇うように前に出る。

 やがて足音の主が廃屋の入り口に辿り着く。警戒を強める耀の前に、ひょっこりと顔を出したのは、とても見覚えのある人物だった。

 

「テオドール! と……アテン、だっけ?」

 

 ペット達を引き連れたテオドールが、こちらを視認して武器を下ろした。その後ろには、何故か先日出会ったアテンもいる。

 耀の知り合いらしいということが分かって、他の面々が緊張を解す。見知った顔の登場に、耀もいくらか気を緩めた。

 

「耀。何故ここに?」

「捕まった人達を助けに。テオドール達は?」

「ゲームの攻略法を探っていた」

「いま、城下街を調べているところだったんです。アテンとは先程たまたま出会いまして」

「僕もこの城に興味があった。ところで、捕まったというのは此処にいる者達で全員か?」

「うん、その筈」

「なら丁度いい。脱出したい者は言ってくれ、送っていく」

「え?」

 

 そもそも救出のために城までやってきた耀だが、攫われた者達の数が多すぎて、全員を抱えて飛ぶなんてことはとてもできそうになかった。だからこそこうして城下街に留まっていたのだ。

 アテンはまるで当然のように“送っていく”と言ったが、やはり彼のその体躯ではとても誰かを抱えて飛んだりできそうには見えない。

 

「もしかして、一人ずつ行き来して脱出するの? それはちょっと」

「ああ、説明していないな。空間跳躍は知っているか?」

「空間跳躍?」

「所謂テレポートですね。境界を預かる神霊や悪魔は、境界門を開いて空間を移動することができるのです」

 

 ジャックが補足する。詳しいことはともかく、耀達が“アンダーウッド”を訪れる際に通った外門同士を繋ぐ境界門──あれを個人で自由に使えるようなものなのだろう。

 

「僕は一応、それを使うことができる」

「ということは、今すぐ皆を地上に移動させられるってこと?」

「そうだ」

「でしたら子供達や負傷者はお任せしてしまった方が良いかもしれませんね。我々の無事を伝えると共に、彼が居れば地上から救援を出して貰えるかもしれません」

「そうだね。えっと……それじゃあガロロさん。皆と一緒に一度戻って、現状を伝えて貰える?」

「おう、任しておきな。お嬢ちゃんはどうするんだ?」

「私はここに残って、もう少しゲームについて考えてみる。何かヒントがあるかもしれないし……」

 

 ぐるりと皆の顔を見渡して、テオドールに目を留めた。

 

「そういえばテオドール達は、城下街を調べてたんだよね? 何か見つけた?」

「ああ。まだ全てを見終えてはないが、こんなものがあった」

 

 小さく頷いたテオドールは、虚空(バックパック)からいくつかの欠片を取り出した。欠片に見覚えのある記号が刻まれているのを見て、耀が目を見開いた。

 

「この模様……星座だ!」

 

 思った以上に食いつかれ、テオドールははやるように近付いてきた耀に欠片を手渡した。

 

「これは黄道の十二宮……でもこっちは違う星座だ……ミスリード? でも……」

 

 呟きながら欠片の記号を一つ一つ確認し、くるくると手に持って回す。

 全ての欠片を確認し終えると、耀はテオドールに尋ねた。

 

「この欠片って、どこで見つけたの?」

「いくつかは神殿のような廃墟で。他はよくわからない瓦礫の下に埋もれていた」

「具体的にどれがどれって分かる?」

「神殿で見つけたのはこの五つだったと思うが」

 

 テオドールが示した欠片を、耀は真剣な目で見つめる。

 

「何だよ、何か分かったのか?」

「もしかしたら……もしかしたら、このゲームの謎が、解けたかもしれない」

「本当か、嬢ちゃん!」

 

 勝利条件の一つについて、耀は暫定的な解答が実はすでに用意できていた。それでも説明しきれない部分もあったのだが、テオドールが持ってきた欠片がそれを解決してくれた。

 

「でもまだ足りない。私の考えが正しいなら……こういった欠片が、まだ城下街のどこかに隠されてる筈だ」

「ヤホホ! どうやらそれなりの確信があるご様子。差し支えなければ内容をお聞きしても?」

「勿論。でも、まずはアテンに皆を送ってもらおう。怪我人もいるし、心配してるだろうから」

「了解した。怪我人と子供だけでいいんだな?」

 

 アテンが子供達を一箇所に集めると、前触れも無く薄暗い膜のようなものが彼らを覆った。同時に眩い光が迸り、耀は思わず目を閉じる。それは一瞬のことで、次に目を開けた時にはそこには誰も居なかった。

 残ったのは“ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”だけだ。

 

「これが空間跳躍……本当に居なくなっちゃった」

「ヤホホ、便利ですよねえ。さて、救援が来るまでは時間があるでしょう。それまでに春日部嬢、貴女のゲームに対する解答をお聞かせ願えますか?」

「あ、そうだね。えっと、まずこのギフトゲームのタイトルからだけど──」

 

   ◆

 

「──というわけで、正式な救援はまだ時間がかかるそうだ」

 

 他の参加者達を送り届けたアテンは、その後一人で戻ってきた。

 彼がサラから受け取った伝言には、巨龍によって怪我人が多く出た上、巨人族の動きが読めないのもあって、今は迂闊に人を動かせないという事と、すぐに救援を出せないことを詫びる言葉が含まれていた。

 アテンが居れば簡単に行き来ができるので、十六夜あたりは一人でも真っ先にこちらに来そうなものだが、そうしていないのは何か準備でもしているのだろうか。

 

「僕はいつでも連れて来れるよう地上で待機するが、お前達はまだ残るのか。一度戻るのも手だと思うぞ」

「……ううん、こっちはこっちで城下街の散策を進めるよ。本当は人数がもう少し欲しかったんだけど、何もしない訳にもいかない」

 

 この場にいるメンバーはほとんどが飛行が可能であるため、最悪何かあっても自力で地上まで逃げることができる。アーシャにもジャックが付いているし、一人だけ置いていかれることもないだろう。

 耀がそう考えていると、テオドールが口を開いた。

 

「待て。ノイロック、お前は地上に戻れ」

「え、何でだよ?」

「巨人族の襲撃含め、他に何かあったら困る」

「……ああ、そういうことな」

 

 また悪い癖が出たな、とノイロックは内心で苦笑した。

 台詞だけ聞けば地上の戦力を心配しているように聞こえるが、実際のところはそれは……まあ多少考慮しているだろうが、真意ではない。

 テオドールは廃人である前に、生粋のコレクターである。自身がたとえ使わなかったとしても、あらゆるアイテムや、ペットや、果てはガラクタまで、手元に置いておきたがるのだ。

 それは物品だけではなく、知識に関してもそうだった。今回彼が求めているのは事実。つまりは、地上で何か特別な出来事──テオドールはしばしば、そういったものをイベントと呼ぶ──が起こった時のことを知り損ねたくないのだ。

 

 普段の言動が淡泊過ぎてたまに勘違いされるのだが、ノイロックの主人はとんでもなく貪欲だし、またかなり利己的な人間でもある。今回も、イベントを見逃せないからと、人数が欲しいという耀の考えより、自身の都合を優先している。

 自分が行かないのは他に気になることがあるからだろう。本当に何かがあったら後からその辺の参加者にでも聞けば良いだろうに、とノイロックは思うのだが、その辺は信頼の差とか、何らかの理由があるのだろう、多分。

 

「ま、了解。そんじゃ、ついでにオレも一緒に頼むわ」

「わかった」

 

 先程とは違って、アテンとノイロックは影の膜にそのまま溶けるように消えていった。また光が発生することを見越して身構えていたが、必要なかったらしい。

 次にテオドールは耀に向き直ると、

 

「耀。自分は城を探索する、城下街は任せた。スビンは耀と行動しろ」

「はい、わかりました。お気をつけて」

 

 ひらりと軽く手を振って、さっさと行ってしまう。

 

「え、一人で行かせて大丈夫なの?」

「まあ、テオドールだし」

 

 アーシャが心配そうに言ったが、耀はさほど心配していなかった。彼なら大抵のことには対処してみせるだろうと思っているからだ。

 古城のことも気になっていたので、テオドールが先に探索してくれるのはむしろ有り難いくらいだった。

 

「私達も欠片を探しに行こう。スビン達はどっちから来たの?」

「あっちの方角ですね。外周を回るようにしながら歩いてきたので、反対側へ行くのがいいと思います」

「そうだね。そうしよう」

「では私は空から見てみますので、皆様は地上からの探索をお願いします」

 

 ふわり、と浮き上がったジャックを見上げてから、一同は荒れた道を歩き出した。

 

   ◆

 

「殿下」

 

 吸血鬼の古城、黄道の玉座。

 水晶玉を覗く黒いローブを纏った女性が、白髪の少年に向けて呟いた。

 殿下と呼ばれた少年は、爛々と輝く金の瞳を女性に向ける。

 

「どうした、アウラ」

「“アンダーウッド”に動きが。どうやら空間跳躍を使える者が紛れていたようです」

「そうか、それはちょっと予想外だったな。こっちに来るのも時間の問題か」

 

 殿下の言葉に対して、黒髪の少女が声を上げた。

 

「そうかな? 私はもっと時間をかけると思うな」

「うん? 何でだ?」

「だって休戦期間は一週間もあるんだよ? 焦るような時間じゃないし、私ならギリギリまで治療に専念して……うん、五日目ぐらいに敵城探索に乗り出します」

「リンの言うことは最もだけれど……“アンダーウッド”は既に攻略部隊を編成し始めているようよ」

「本当に?」

 

 アウラの言葉に、黒髪の少女──リンは、一瞬だけきょとんとした顔を見せた後、すぐさま思考を廻らせ始めた。

 

「フロアマスターを抑えてる今、魔王に襲われてるコミュニティを救おうなんて物好きは早々いないだろうし……」

 

 現在、休眠中の“ラプラスの悪魔”を除いた“階層支配者(フロアマスター)”は全て、魔王の襲撃に遭っている。そう仕向けたからだ。

 下層の秩序を守る存在である彼らでもない限り、自ら魔王のゲームへ飛び込んでいく者など普通は居ない。ということは、“アンダーウッド”に他の戦力のあてがある可能性は低い。そんな状態で、ただでさえ少ない人員を割いてまで攻略を急ぐのは何故か。

 

「考えられるのは二通りかな。一つ、参加者の謎解きが難航している可能性。参加者側は完全に手詰まりになり、犠牲や罠を覚悟で敵城に乗り込まなくてはならなくなった」

『……下らん。所詮は下層のコミュニティの寄せ集めだったというだけだろう』

 

 回廊の柱の陰から、格下を嘲笑うかのような陰鬱で獰猛な声がした。

 リンは腰に手をあてて、窘めるように言う。

 

「もう、グーおじ様! おじ様のそういう傲慢なところ良くないと思うな! 格下と見くびって敗因を作るなんて、それこそ三流プレイヤーのすることなんだからっ!」

『……ヌッ』

 

 小娘に叱られ、不満そうな声を漏らす陰の声。

 リンはキリッとした顔で続けた。

 

「私はこのケースはあり得ないと思ってます。ペストちゃ……じゃなくて、黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)を倒したコミュニティが来ているなら、謎解きがそんなに難航しているとは思えません。あのゲームを解いた人が、今回のゲームでそれほど手を焼くとは思えないもの。

 もし本当にこちらのケースだったとしたら、相手が格下の証拠になるだけで脅威は無いかな。だから問題は、もう一つのケースです。参加者側は既に謎解きを完璧に終えており、かつ全体の回復を待つ必要がない程に敵城に自信を持って送れる戦力が居る」

 

 それはあまりにも向こうに都合が良く、そしてこちらにとっては都合が悪い。

 だが、リンの中では十分に有り得る可能性だった。

 

「空間跳躍を使える程の存在がいるなら、可能性は低くないと思うの。私としては、こちらのケースを前提として動くべきだと思います。噂の“ノーネーム”もいることだしね」

「……そうだな。リンの言う通り、相手を見くびって足を掬われるなんて笑えない。最悪を想定して動くべきだろう」

「では、我々も動きますか?」

「ああ。リンとアウラは予定通り巨人族と合流してくれ。グー爺は乗り込んできた参加者の撃退を頼む」

「承りました」

「はーい。でも、殿下は万が一に備えて地上で身を隠していてね。殿下は私達の切り札なんだから、こんなゲームで存在を知られちゃダメ」

「わかってる。言われなくてもゲームが終わるまでは高みの見物を決め込むさ」

 

 殿下が承知したように頷くと、リンとアウラは回廊の闇の中に消えた。

 

「……あいつ、どんどんゲームメイクが上手くなるな」

 

 王座に続く階段に座り込み、殿下は苦笑いを浮かべる。

 

『はい。リンの所持するギフトと併用すれば、頼もしいゲームメイカーになるでしょう。さて、城には私が残ります故に、殿下は身をお隠し下さい』

「分かった。……ああ、そうだ」

 

 殿下は思い出したようにニヤリと笑う。

 

「例の"生命の目録"の所持者だが、案外、ソイツが乗り込んできたりしてな」

「…………」

「兄・ドラコ=グライフを打ち破った男と同一のギフトを持つ者。何か思うところがあるんじゃないか? グライア=グライフ」

 

 回廊の柱の陰に近付く殿下。その陰から現れたのは──巨大な一本の龍角を頭上に持ち、胸元に“生命の目録”と同じ円環状の系統樹を刻んだ、黒い鷲獅子だった。

 グライアは、淡々と答える。

 

『まさか。あの男が造り上げた系統樹は、我が胸にも刻まれております。たとえ同じギフトを用いたとしても、私の敵ではないでしょう』

 

 殿下は一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐに不敵な笑みを口元に浮かべた。

 

「まあいい。リンとアウラにも伝えたが、“生命の目録”の所持者を見つけたら全てにおいて優先しろ。俺が許可する」

『御意』

 

 音もなく闇に溶けて姿を消す殿下。グライアも漆黒の翼を広げ、王座へ続く回廊から飛び去っていった。

 後に残されたのは静寂と、

 

「……あれが今回の“敵”か?」

 

 黒幕らしき一団の内緒話を影に潜んでまるっと盗み聞きしていた、テオドールだけであった。




どうしてもテオドールが城に乗り込みたがるのですが、原作通り殿下達に殺気を飛ばさせると99%アウラが死んでしまうので困りました。

◆イベント
作者が隠しイベントとか回収しないと気が済まないマンなので、テオドールもそういう感じの性格をしています。彼はゲームしてる時のプレイヤーと同じような思考回路をしているので、ある意味究極的に自己中です。
まあelonaにはそういうのないんですけど…強いて言うならサブクエは全部やるしギルドにも一通り入るタイプです。

◆Q.アテンの空間跳躍、光ったり光らなかったりしてるけど?
アテンの預かる境界は陰と陽です。夕日の神なので。だから境界門を開けると光と影が発生する設定(後付け)。しかし今までそういう描写をしていなかったので…人数が少ない時は門を小さく開けるだけでいいから強い光が発生しないみたいな…そんな感じでお願いします…


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迫るは死の影

 テオドールは細心の注意を払って玉座の間へ足を踏み入れた。

 彼が黒幕らしき一派をその場で捕縛なり殺害なりしなかったのは、ゲームの中核であろうこの城で暴れた結果ゲームが崩壊したりして、クリアが不可能になることを懸念したからだった。そうでなくとも、レティシアの命を彼らが握っている可能性がある。下手に手を出して、救出の芽が潰えてしまうことは避けたかった。

 まだ自分とは直接敵対していないから、というのと、放っておいた方が面白そうだから、というとても誠実とは言えない理由もあるのだが。

 

 玉座の間の半円球状の天井は、光が透過する水晶で飾られており、空間の中心となる場所に玉座が設けられている。そこには黒いドレスに身を包んだレティシアが腰掛けていた。

 太陽の光を浴びて金髪を輝かせる彼女の手足は鎖で玉座に繋がれていて、王と言うよりは囚人のようだ。

 気を失っているのか、いくらテオドールが近付いても目蓋は閉じられたままだ。揺さぶれば起きるだろうか、とその肩にかけようとした手が幽霊に触れるようにすり抜けた。

 それとほぼ同時に、背後から殺意が膨れ上がる。

 

 ガキン! という音と共に、激しい火花が散った。

 テオドールが剣で弾き飛ばしたのは、影で出来た槍。それを射出してきたのは、“レティシア=ドラクレア”その人だった。

 

「……レティシア?」

 

 呼びかけてみても、その真紅の双眸は冷たくテオドールを見据えるのみ。ちらりと玉座を見たが、彼女は変わらずそこに存在していた。つまりこの場に、レティシアが二人居る。

 実は双子でした、なんてことは無いだろう。どう判断したものか、テオドールが迷っているうちに“レティシア”が次の槍を放つ。

 今度は確実に仕留めるつもりか、影から生み出された何十本もの槍が雨のように襲いかかる。テオドールはバックパックからサブ武器として持ち歩いていた赤い槍斧──ランキスを振り回し、全てを叩き落としていった。

 ランキスはとある古城の主から手に入れた武器だ。地獄で鍛え上げられたというそれは、その見た目に反して異常に軽い。振り回して扱うにはもってこいである。性能も悪くなく、中でも素晴らしいのがそのエンチャントだ。

 

 また一つ、槍を叩き落とす。刹那、世界が灰色に包まれた。“レティシア”も、打ち出された槍も、世界の全てが動きを止める。

 時止めエンチャント、と冒険者たちが呼称するエンチャントがある。効果はその名の通り、“時を止める”こと。そのエンチャントを発動した本人以外が全て止まる、あらゆるエンチャントの中でも強力かつ希少なものだ。

 発動は運任せで、効果時間も五秒程度しかないが、十分だ。武器を振るい続ければいつかは発動するし、五秒もあれば“レティシア”に接近するのに訳が無い。

 

 動きを止めた黒槍の雨の中をするりと抜けて、“レティシア”の目前へと移動する。一瞬迷ったが、まあ二人いるなら一人くらい殺しても大丈夫だろう、と極めて軽い思考をしながら、渾身の一撃をもって心臓を貫く。

 そして時が動き出す。世界に色が戻ると同時に、“レティシア”は呆然としたような顔で、あるいは何も感じていないのかもしれないが、全身を影のように黒く染め、溶けるように地面に落ちていった。

 

「──ぁ、ん、ああ……!」

 

 同時に背後から呻き声のようなものが聞こえ、思わず振り返る。

 

「はぁ、はぁ……ここ、は……?」

 

 朦朧とした様子で、レティシアが辺りを見回している。意識を取り戻したようだ。

 今思えば、レティシアがあれと連動していて同時に死んでしまうという可能性もあったが、どうやら上手いこと事が運んだらしい。

 

「こ、黄道の王座……!? 何で此処に、」

「気が付いたか」

「テオドール……?」

 

 レティシアは暫く混乱した様子だったが、王座に繋がれた鎖を見て、己が置かれた状況を把握したらしかった。

 

「そうか……私は再び魔王と為ったのだな。……テオドールが、私の影を倒したのか?」

 

 沈鬱な面持ちで呟いてから、テオドールに尋ねる。

 以前飛鳥から聞いたところによれば、彼女は龍の影を操っていたらしい。あの“レティシア”はその影が姿を変えたものなのだろう。

 そう察したテオドールが頷くと、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。

 

「さすがだな、テオドール。私が認めた主なだけはある」

「それは良かった。ところで、聞きたいことがある」

「何だ?」

「このゲームの攻略法を教えてくれ」

 

 こちらと敵対した様子もない。これならあっさりと教えてくれるだろうと予想したのだが、レティシアはその言葉を聞いた途端に表情を曇らせた。

 

「どうした?」

「いや……実はこのゲームだが、他人に任せて作らせたものでな。本来の“主催者権限(ホストマスター)”のゲーム内容とは大幅にかけ離れているんだ」

「……つまり、レティシアはこのゲームのクリア方法を知らないということか?」

「その通りだ」

 

 申し訳なさそうにレティシアが言う。

 まさか主催者がゲームのクリア条件を知らないとは。少々落胆したテオドールだが、耀がクリア方法を思い付いたようだったし、さして問題はないだろうと思い直す。

 ならば次の好奇心を満たすまで。テオドールはレティシアの身体に無遠慮に手を差し込んだ。

 手はやはり彼女の身体をすり抜けて、空を切る。何の感触も無かった。そのままあちこち腕を動かしてみたが、何か核のようなものがあるという訳でもないようだ。

 

「おい、テオドール?」

「実体が無いのか」

「あ、ああ。この私は精神体のようなもので、侵入者に対する疑似餌なんだ。影が撃退に現れただろう?」

 

 あの影はレティシアに触れたことがトリガーとなって現れたらしい。

 テオドールは納得しながら、ずぼずぼと手を抜き差しした。

 

「では本体はどこに?」

「私の身体は龍の媒介になっているんだが……その、そろそろやめてくれないか? そう自分の身体の中をまさぐられているのを見ていると、何かむず痒くなってくる。感覚がある訳ではないが……」

 

 身体をもじらせるレティシアの反応がちょっと面白かったのでもう少し続けてみようかと思ったが、魔王のゲーム中だったのを思い出して大人しく手を引っ込めた。遊んでいる場合では無い。

 

 レティシアに聞いた限りでは、城は他にギミックのようなものも無いらしい。彼女が知らない仕掛けが無いとは言い切れないが……とりあえず今は、一通り見て回る程度でも問題ないだろう。

 テオドールは外に出て、耀達と合流を図ることにした。レティシアは玉座から動かすことが出来ないので、置いていくことになる。

 

「待ってくれ、テオドール」

 

 玉座の間を出ようとしたテオドールに、レティシアが声をかけた。

 

()()()()()()()()()()

「…………?」

「ゲームの制作者によれば、これがゲームクリアの鍵らしい。……頼む、テオドール。どうか、このゲームを止めてくれ」

「…………。言いたいことはそれだけか?」

 

 テオドールがそう言うと、レティシアは戸惑った顔を見せた。

 何でもない、と首を振り、テオドールは歩き出した。

 そんな悲痛な顔で、言うつもりはないのだろうか。

 『助けてくれ』と。

 

   ◆

 

「揃った……!」

 

 城下街の一角で、耀が歓喜の声を上げる。

 探索は順調だった。驚異的な筋力を持ち、かつ探索慣れしているスビンにかかれば、瓦礫を掻き分けるのも容易なことなのだ。

 そのうち、彼女達の手元には黄金の十二宮が描かれた欠片が揃っていた。欠片の面は球面になっていて、全てを合わせれば一つの球体になる筈だ。

 

 これが、耀が用意した『砕かれた星空』の解答である。

 彼女は“獣の帯”を“獣帯(ゾディアック)”と解釈し、黄道の十二宮がゲームにとって重要だと考えていた。そして揃ったこの欠片こそが、王座に捧げるべきものに違いない。

 自力でゲームの謎を解き明かしたことに、耀は興奮を隠せないでいた。

 

「嬉しそうですね、耀」

「うん。でもここまでスムーズに来れたのはスビン達のおかげ。ありがとう」

「どういたしまして。こちらも安心しました。ここのところ耀はあまり元気が無さそうでしたから」

「……そう?」

「ええ、少し」

 

 そんなことはない、とは言い切れなかった。

 スビンは穏やかな目で耀を見ている。耀はジャック達に聞こえないように、小さな声で言った。

 

「本当のことを言うと、ちょっと自信が無かったんだ。私、今まであんまり活躍できてない……コミュニティに貢献出来てないんじゃないかって。ペストの時も、私は寝ているだけだったし」

「そうでしたか。それで今回の収穫祭もあんなに早く行きたいと言っていたんですね」

「うん。せめて農園のために私も何かしたくて」

「でも、“ウィル・オ・ウィスプ”のゲームで景品を貰って来たじゃないですか」

「ううん、あれは飛鳥が居たから……」

「ヤホ、お呼びですか?」

 

 いつの間にか声が大きくなっていたらしい。「なんでもないよ」とジャックに告げて、耀は改めて欠片を手元に集めた。

 

「とにかく、後はこれを全て玉座に捧げるだけ──」

『見つけたぞッ!』

 

 刹那、黒い影が飛来する。

 真っ先に行動を起こしたのはジャックだった。敵の強大さを瞬時に悟ったジャックは、三つのランタンから業火を召喚し、ありったけを敵に浴びせる。

 

『ぬるいわッ!! 木っ端悪魔がァ!!』

 

 しかし敵影は身動き一つでその業火を打ち払い、猛々しい雄叫びを上げた。

 

「な、何と!?」

 

 敵は仰天するジャックの頭を鉤爪で鷲掴み、廃墟の壁へと叩きつけた。

 

「ジャックさん!」

「アーシャ、逃げて! こいつは……」

 

 敵の姿が顕になり、耀は冷や汗を流す。

 

「黒い、グリフォン……!?」

 

 全身が黒く塗りつぶされた鷲獅子。その頭上には一本の龍角が聳え、そしてその胸には“生命の目録”が刻まれている。

 黒の鷲獅子は、嬉々として耀を見た。

 

『嬉しいぞ、コウメイの娘。よもや解答に辿り着くのが本当に貴様だったとは……! この星の廻りに感謝せねばなるまい!』

「え、何を言って、」

『我が名はグライア=グライフ! 兄・ドラコ=グライフを打ち破った血筋よ! 今一度、血族の誇りに決着を付けようぞ──!!』

 

 襲いかかるグライアに対し、彼の台詞に動揺した耀は反応が遅れた。巨大な鉤爪が耀を食い破ろうとする、その寸前でスビンの大剣がそれを受け止めた。

 

「耀! 集中してください!」

「ご、ごめん」

『邪魔をするな小娘ッ!!』

 

 弾き返して距離を取る。グライアは今まで箱庭で出会った者達と比べても数段上の実力を持つようだ。だが、スビンにとっては倒せない敵ではない。

 問題は耀だ。スビンの喝によって臨戦態勢をとってはいるものの、どこか上の空だった。これでは守るものも守れない。

 

「移動しましょう。このままではジャックとアーシャを巻き込みかねない。敵の狙いは貴女です、私は後を追いますから、早く!」

「……わ、わかった!」

 

 スビンの荒げた声にやっと頭を切り替えた耀が、旋風を巻き上げて空へと逃れる。それを見逃す筈もなく、グライアが追い掛けようとするのを、スビンが大剣を振りかざして阻んだ。

 

『貴様に構っている暇は無い!!』

 

 グライアの鉤爪を再び受け止めるスビンだが、今度は空中でのことだ。テオドールのように自前の翼で飛んでいる訳ではないスビンは、踏ん張りが効かずに投げ捨てられ、瓦礫の山に激突した。

 

「スビン!」

 

 耀は派手な音を立てたスビンを振り返ったが、すぐ後ろをグライアが猛追していて、戻る訳にはいかなかった。

 無事を信じ、すこしでも引き離そうと試みる。しかし本物のグリフォンに飛行能力で適う筈もない。その距離はみるみるうちに縮まっていく。

 その身を穿たんと迫る龍角を避けて顔に蹴りを入れる。しかし耀はそのまま跳ね飛ばされ、追撃の爪を辛うじて避けた。

 

(強い……!)

 

 一回の攻防で、力の差を思い知る。飛行技能も、単純な筋力も負けている。

 耀は防戦に徹しながらも、グライアの隙を突いて市街地に降り、廃墟に身を潜めた。

 足音を殺し、廃墟から廃墟を渡り歩く。ゲリラ戦になれば、五感の優れた耀が索敵能力の分まで有利になる。

 できればスビンか、テオドールか、十六夜……誰かの助けに期待したいが、いつになるかもわからない。自力でできるだけ粘らねばいけなかった。

 

 グライアは空から城下街を見下ろして、隠れ潜む耀を嘲笑う。

 

『フン、時間稼ぎか。この程度のことで姿を隠しきれると思っているのか!?』

 

 高く吼えるグライア。刹那、黒い鷲獅子はその造形を激変させ始めた。“生命の目録”の系統樹が流転を繰り返し、彼の生命としての在り方そのものを変幻させていく。

 骨肉が捻じれ軋む音が響く。耀は物陰からその様子を窺っていたが、あまりの事態に息を呑んだ。

 

(な、何アレ……!?)

 

 グライアの身体から嘴と翼が消え、首筋から犬の頭を生やす。やがて三つ首の猛犬へと変幻し、城下街へ降り立った。

 三つの鼻頭をひくつかせたグライアは、廃墟から覗く耀の瞳を直視し、

 

『其処かッ!!』

 

 巨大な顎を開き、龍角を輝かせて炎の嵐を襲わせた。

 耀は転がり出るように廃墟から逃げ出し、上空へ飛翔する。

 

『愚か者がッ! 我ら鷲獅子の一族は翼が無くとも飛翔できるのを忘れたか!』

 

 グライアは強靭な四肢で大気を踏みしめ、一瞬で耀との距離を詰める。耀は襲いかかる鋭い牙をすんでのところで躱したが、間髪入れずに三つの犬首が耀を噛み殺さんとする。

 連続して襲いかかる牙に左足が掠る。それだけで大量の鮮血が舞った。

 

 距離を取らねば噛み殺される。そう悟った耀は上向きにグライアの鼻頭を蹴りつけて、半ば叩きつけられるように着地した。

 

「痛っ……!」

 

 衝撃と激痛に顔を歪めるが、痛がっている時間はない。直ぐに立ち上がって逃げ出そうとする彼女の行く手を、鷲獅子の姿に戻ったグライアが阻んだ。

 即座に臨戦態勢を取る耀。しかしグライアは何故か訝しげな表情でこちらを見つめた。

 

「…………?」

『解せんな。何故、“生命の目録”を使って変幻しない? そのギフトを使えば勝てぬまでも、防戦に徹することは不可能ではない筈』

「……変、幻……?」

 

 グライアは一層不可解だと瞳を細めた。

 

『よもや貴様、そのギフトが何か知らぬ訳ではあるまいな』

「え……?」

『その“生命の目録”は()()()()()()()()()()()()。使用者は例外なく合成獣(キメラ)となり、他種族との接触でサンプリングを開始する』

 

 耀は息を呑み、父に渡されたペンダントを強く握りしめた。

 

『そうだ。先程組み合った時の剛力。あれは巨人族のものだ。お前にも覚えはあるだろう?』

 

 今度こそ耀は呼吸が止まったかと思った。

 先日の“アンダーウッド”襲撃の際のことだ。耀は巨人族に叩き落とされたことがあったが、まさかその程度の接触で新たなギフトを得ていたなど微塵も考えなかった。

 そもそも、このギフトは心を通わせた証では──

 

『ふん、いっそ哀れだな、小娘。よもや己の知らぬ間に、父親の手によって怪物化していたとは夢にも思うまい』

「──っ、黙れッ!!」

 

 地面が窪む程の力で、グライアの下顎を蹴り上げる。

 しかしグライアは蹴られた方向に飛び上がったまま空を駆け、憐れみを込めた声で──

 

『そのまま生きていたとしても、己が怪物性に目覚めて苦しむだけだろう。せめて最期は、貴様の父が造り出した業の片鱗を見て逝くがいい……!』

 

 グライアの龍角が、彼の総身を包み込むように灼熱の炎を放出する。炎の中で変幻する彼の姿はやがて鷲獅子の面影を無くし──炎の嵐から、巨大な四肢と龍角を持つ黒龍が顕現した。

 

「鷲獅子が……龍に……!?」

『これが貴様の父が作り出した業の片鱗。そして“生命の目録”が持つ、真の力だッ!!』

 

 グライアは口内に炎を蓄積し、熱線として城下街を焼き払った。地盤を貫通するほどのそれは、着弾した場所から炎の竜巻を巻き上げ、城下街を焦土と化す。

 とても逃げ場などはなく、耀は全身を旋風で包むことで身を守る。

 しかしそんな防備は焼け石に水だ。炎の竜巻に巻き込まれた耀は、為す術もなく瓦礫と共に巻き上げられ、叩きつけられた。

 

 大気を燃やし尽くす程の熱量。五体が満足なのは奇跡的だった。しかし、何とか逃げようと四肢に力を込めてもピクリとも動かない。

 

(手足が……動かない……!)

 

 グライアは程なく耀の前に現れ、その姿を見て小さく首を振った。

 

『抵抗しなければ容易く死ねたものを。下手な足掻きは己の格を下げるぞ、小娘』

「そんなこと言われても、困る」

 

 茶化したように応えるが、本当にそれくらいしか手がなかった。火傷の痛みが彼女の少ない体力を削っていく。

 グライアは顎に熱を収束させ、やはり憐れみの籠もった瞳でトドメを刺そうと近寄り──現れた金髪の少女に、その片翼を斬り裂かれた。

 

『ガアアァッ!?』

 

 熱線の軌道が逸れ、耀は九死に一生を得る。

 スビンは手を緩めずにもう一撃を加えてから、グライアの反撃を許す前に飛び退き、耀を守るように立ち塞がる。

 

「スビン……!」

「すみません、少々遅くなりました」

 

 本当のところはもう少し前から様子を窺っていたのだが、おくびにも出さない。

 

『貴様……ッ!!』

「随分と様変わりしましたね。カオスシェイプのお仲間ですか?」

『何を意味のわからないことを……良いだろう、まとめて仕留めてやるッ!!』

 

 グライアは咆哮を上げ、再び熱線を吐き出そうとする。二人は直線上、片や身動きがとれない状態だ。

 スビンは自身の前に大剣を盾のように立てた。愚かにも受け止める気でいるらしい。

 内心で哄笑を上げるグライアは気付かなかった。その背後に死神の影が忍び寄っていることに。

 

『…………?』

 

 熱線を撃ち下ろそうとしたグライアだったが、口内の熱はその温度を失い、消えてしまった。

 同時に視界がぐるりと反転する。そこに見えた黒い龍の身体に、疑問は加速し、そして。

 その疑問は解決されぬまま、グライア=グライフは命を落とした。

 

 ごろり、と龍の首が転がる。耀は放心したまま、死神の名を呼んだ。

 

「……テオドール」




アウラさんの死亡フラグを折ったらグライアさんがお亡くなりになってしまった…どうして…?

◆ランキス
固定アーティファクトの一つ。古城の主『ワイナン』というユニークNPCが持っている。時を止めるエンチャントがついていて使い勝手も良いが、武器カテゴリがあまり使われない(イメージの)槍なのでちょっと不憫。

◆カオスシェイプ
一定レベルが上がるごとにランダムに部位が増えるという特徴を持つ種族。キメラとか目じゃない。


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兆し

 グライアの首を刈り取ったのは、テオドールが持つ大きな鎌だった。彼はいくつか武器を持ち歩いているらしく、これもそのうちの一つだろう。

 大鎌を構えるその様はさながら死神だ。グライアの血を吸った大鎌が、歓喜にぶるりと震えた……ように見えた。

 

 地面に降り立ったテオドールは、グライアの死体を一瞥してから、治癒の魔法をかけようと耀に手を差し伸べる。手の平が触れそうなくらいに近付くと、耀は小さく肩を震わせた。

 テオドールはその様子に首を傾げる。もしや怖がらせてしまったのだろうか。思えば、獣を友とする耀の前で首を切り飛ばすのはやりすぎだったかもしれない。いや、獣の世界は弱肉強食であるしこれくらい慣れているのでは?

 テオドールのそんな考えは掠りもしていない。彼女が恐れたのは──自分自身だ。

 

 接触して、サンプリング。グライアの言葉が脳裏をよぎる。誰かと接触するだけで、自分が変わってしまう気がした。

 父の所業への動揺と、命の危機による恐怖が合わさって、彼女の心は弱りかけている。

 それを見ていたスビンが口を開いた。

 

「テオドール様、耀に少し話があります」

「……わかった」

 

 テオドールが少し離れて、代わりにスビンが目の前にやってくる。しゃがみ込んで目線を合わせると、スビンは素早く耀の手を取った。

 

「あっ」

「耀。実は私はテオドール様の手によって遺伝子合成を受けています」

「……え?」

「馬に、巨人に、ドラゴンに、そして貴女が知らないようなモンスターの遺伝子によって、私の身体は強化されています。無論、鍛錬の成果もありますが。つまり、私は合成獣(キメラ)というわけですね」

 

 急に何を言い出すのだろう。耀は目を白黒とさせた。

 

「で、でも、スビンは人間にしか……」

「そうですね。テオドール様が私をいくら合成しても人の形を失ってしまわないよう、気を使ってくれたので」

 

 テオドールはグライアの死体を検分していた。首を失った胴体には、耀が持つ“生命の目録”と似た模様が刻まれている。姿が変わっているのはこれの効果だろう。

 もしこれを誰かに移植したらどうなるのだろうか。いや、それとも食べてみるとか。素材として遺伝子合成に使えたりしないか。

 好奇心がむくむくと湧き上がる。とりあえず皮だけを剥ぎ取ろうかと思ったが、耀の目の前でこれ以上スプラッタを演出するのはよくないかもしれない。

 テオドールはクーラーボックスを取り出して、そこに死体をしまった。

 

「私が今の姿を保っているのは、テオドール様の思いやりによるものです。であれば、貴女の父親もまた、貴女を思いやってそのペンダントを贈ったのではないでしょうか」

「……どういうこと?」

「あの黒い鷲獅子には直接その系統樹が刻まれていましたが、耀に贈られたのはペンダントの形をしています。その形状の違いによる変化……それが存在するなら、あの鷲獅子と同じ現象が起こるとは限らないと思うのです。つまり、娘が合成獣に変じることがないように、あれとは違う、娘を想って創り出した新たなギフトである、という可能性」

「…………」

「もちろんこれは私の想像でしかないので、貴女の父親が娘を化物にするような非情な人間という線も──」

「そんなことない!」

 

 自分の喉から強い声が出て、耀は驚いた。だが、そのおかげで自身の気持ちに確信が持てた。

 父と過ごした日々はあまり長くはなかったけれど……愛情は、確かに感じていたのだ。

 

「私……まだ、怖いけど。父さんを疑いたくない。このギフトが今の私を形作ったものだから……これからもこのギフトで友達を作りたい」

「そうですか。貴女の父親もそれを望んでいると思いますよ」

「うん。……ところでスビン」

「はい」

「もしかしなくても、私達の会話聞いてたよね? いつから居たの?」

「何の話です?」

 

 すっとぼけるスビンに、耀はくすくすと笑う。多少でも吹っ切れたのか、元気が出てきたようだ。

 

「そろそろいいか」

 

 良い雰囲気の中、手持ち無沙汰になったテオドールが口を挟む。この男は遠慮と言うものを知らなかった。

 

「いい加減治療をした方がいい。まだ余裕があるなら話は別だが」

「ううん、すごく痛い。お願いします」

 

 改めて、テオドールの魔法が耀を癒やす。

 動けるようになった耀はその場で立ち上がると、照れくさそうに小さく一礼した。

 

「ありがとう、スビン。テオドールも。さっきはその……失礼な態度をとってしまってごめんなさい」

「構わないが……そうだな。詫びを求めるつもりではないが、一つ頼みがある。それを少し貸して欲しい。悪いようにはしない」

 

 “生命の目録”を指差すテオドールに、耀は首を傾げながらも素直に手渡した。

 テオドールは受け取ったペンダントに対して、〈鑑定〉の魔法を行使する。その名の通り、物品を鑑定する魔法だ。これを使えば、名前や効果が大まかではあるが明らかになる。

 〈鑑定〉がこの世界のギフトにも通用するのか若干心配だったが、問題なく機能した。脳内に、“生命の目録”がもたらす恩恵が浮かび上がる。

 

 スビンの言うように、変幻する効果が存在しないのかどうか──それを確認できるかと思ったが、それよりも気になる言葉を見つけた。

 

「──……耀。この“生命の目録”だが、どうやら今使っているのは上澄みだけのようだ」

「どうしてわかるの?」

「〈鑑定〉の魔法を使った」

「……えっと、本当に何でもありだね……」

 

 苦笑いしながら、返されたペンダントを首にかける。

 

「上澄みって?」

「系統樹に収集した生命情報から、更に“進化”と“合成”を重ねる事ができるらしい」

「うん……?」

「違う生物の遺伝子を取り出して組み合わせることによって、新たな力を得る事ができるようだ」

「……それって」

 

 若干耀の顔が暗くなる。テオドールの言うことはずばり、合成獣を造るのと同じことだった。

 父を疑う訳ではないが、やはり不安が拭えない。

 

「そこまで心配なら、一度使ってみたらどうだ」

「え、」

「多少見た目が変貌しても、この世界なら目立たないだろう。異形を隠すコツくらいなら教えられる」

 

 そう言って、テオドールは背中の羽を大きく広げて見せた。たまに忘れてしまうが、確かに彼も普通の人間とは逸脱した器官を持っている。

 

「それにあのドラゴン……いや、鷲獅子。あれも見た目は合成獣には見えなかった。多少見た目を変幻させても、ギフトを解除すればあっさりと人間に戻れるのかもしれない。スビンの言う通り、胸に直接刻まれているのとは訳が違う可能性も高い」

「……確かにそう、なのかな?」

「わだかまりを残して使い続けるより、この場で解決してしまった方がいいと思うが」

 

 珍しく必死な様子で──見た目からはわからないが──丸め込もうとするテオドール。スビンにはわかっている。あれはただ単に自分がギフトの発動を見たいだけだ。

 

「危険そうであれば自分が止めるし、治療もする。いざという時ギフトを使えないとなると困る、今すぐ検証するべきだ」

「……うん、そうだね。わかったよ。一度試してみる」

 

 これ以上コミュニティの同士に迷惑はかけられない。そう思った耀は覚悟を決めてしまった。〈交渉〉スキルを見事に悪用したテオドールが満足そうに頷く。

 小さく溜め息を吐いたスビンだが、黙って見守ることにした。

 

 耀はペンダントを握りしめ、収集した生命情報──否、彼女がこれまで出会ってきた友達を、彼女が生きてきた日々の軌跡を思い浮かべる。

 ただ適当に組み合わせるのでは駄目だ。耀は幻獣と呼ばれる者達を模してロジックを構築する。

 たとえばグリフォンは、鷲と獅子の因子。本来の系統樹からはあり得ない進化の系譜を持つ彼らだからこそ幻の獣とされる。

 では、自由に進化の系譜を操り、生命の基盤を変える者がいるのなら。それは合成獣(キメラ)という名の禍々しい怪物でしかない。

 

(違う。父さんが私に渡したのはそんな贈り物(ギフト)じゃない)

 

 父との日々を、その贈り物を、享受してきた恩恵を、彼女は信じた。

 ペンダントに、春日部耀の霊格(そんざい)を形成する数々の出会いという名の恩恵を込め、思い描くは未だ出会っていない憧れの幻獣の一つ──

 

 “生命の目録”が光り輝くと、形を変えて耀の両足を包み込む。履いていたブーツは白銀の装甲に包まれ、その先端からは燦然と輝く白い翼が生えていた。

 

「できた……!」

「……ほう」

 

 テオドールは興味深そうに観察する。

 耀の身体に異常はない。変幻したのは彼女が持つ“生命の目録”だけだ。グライアの時とは明らかに仕様が違う。

 

「これは?」

「馬と鳥の因子──ペガサスを模倣してみたんだ。でも、やっぱりテオドールとスビンの言う通りみたい。このペンダントは、私の身体を変えてしまうようなものじゃない……!」

 

 嬉しそうな様子で、耀が一歩踏み出した。滑るように空中を移動し、その場で一回転してみせる。ペガサスのギフトをしっかりと行使できているようだ。

 

「あくまでも直接系統樹を刻まれたものが形を変える、といったところでしょうか。ペンダントは媒介として、他種族のギフトを所有者である耀に一時的に付与しているだけ、と」

「どうだろうな」

 

 腕を組むテオドールは思案する。スビンの仮説に対して納得しきれていない部分があった。

 だが、今それを追究したところで、折角立ち直った耀に新たな不安を与えるだけだ。

 自身の疑問を胸の内にしまい込んで、テオドールはそれ以上の言及を止めた。

 

   ◆

 

 “アンダーウッド”東南の平野。

 巨人族の三度目の強襲は、またも突然の出来事だった。

 しかも以前のような濃霧に紛れた襲撃ではない。巨人族はなんの前触れもなく平野の先の丘に現れ、一斉に襲いかかってきたのだ。

 

「た、大変です! 巨人族がもうすぐそこまで迫ってきています!」

『ええい! 議長の話では高原の方まで撤退していたという話だったではないか!』

 

 大樹の根本の広場で、這う這うの体で逃げ帰ってきた守衛の報告に、“二翼”の長であるヒッポグリフ──グリフォンに馬を掛け合わせた高位生命体(ハイブリッド)だ──が、狼狽したように声を上げる。

 それを聞いていた黒ウサギは、“ノーネーム”に緊急事態を告げた。

 連盟とは別働隊として、十六夜がアテンに頼んで一人古城に乗り込もうとした、その矢先のことである。

 

「チッ、タイミングの悪い……」

「どうするの、十六夜君」

「春日部とテオドールは無事合流したようだし、ゲームは休戦中だ。なら俺も今はこっちに参戦するしかねえだろ」

 

 嘆息する。彼は同じく古城へ乗り込むつもりだった飛鳥に対して、「足手まといだ」と一刀両断した。彼女の実力を考えれば当然の采配だと確信していた。それを分からせるため、ジンとペストとの模擬戦を行ったりしていたのだが、それが仇になった。さっさと乗り込んでおけば、巨人族の襲撃より前にゲームにカタが付いていたかもしれない。

 十六夜は既に、ゲームのクリア方法に見当を付けていたのだ。

 

「さっさと巨人族を倒して、ゲームに集中したいところだな」

「そうですね。──ペスト!」

 

 笛吹道化の指輪から、黒い風と共に顕現するペスト。今度はメイド服ではなく、出会った当時の斑模様のスカート姿だ。

 

「で、作戦はあるのか、御チビ様?」

「はい。巨人族ですが、ペストがいる以上それほどの脅威にはならないと思います。問題は敵に盗まれた“バロールの死眼”をどう攻略するか──」

「……何それ。敵は“バロールの死眼”を所持しているの?」

 

 ジンの口から飛び出た言葉に、ペストが眉を歪めた。

 これはサラから伝えられたことだが、“黄金の竪琴”が奪取されると共に、“バロールの死眼”も消えていたのだという。十中八九、敵の手に渡ったものと見えた。

 

(マジで管理が杜撰すぎる……いや、内部に手引きしてる奴がいんのかね)

 

 ノイロックが心中で独りごちる。そんな危ないものなら誰にも取り出せないように厳重に封印しとけよ、とも思っていた。

 

(“魔王連盟”ねえ……こりゃ一筋縄じゃいかねえわな)

 

 現存する“階層支配者”が、全て同時に魔王に襲われていると報告を受けていた。“アンダーウッド”の巨人族襲撃を含め、明らかに人為的なそれを操る何某かを、十六夜は“魔王連盟”と仮称している。

 その手先が連盟の中に潜り込んでいるとしたら厄介だ。

 

「──だからここは『バロール退治』の伝承をなぞろうかな、と思って」

 

 作戦会議に意識を戻す。ジンは黒ウサギに目配せしていた。

 

「もしかして……黒ウサギの出番だったりします?」

「うん。黒ウサギが所持する“マハーバーラタの紙片”……帝釈天の神槍なら、“バロールの死眼”も撃ち抜けるはず。伝承だと、開眼した死眼を貫いた“神槍・極光の御腕(ブリューナク)”も必勝の加護を帯びたものだったらしいから。その代行を帝釈天の神槍でやろうと思う。……出来るかな、黒ウサギ」

「YES! 任されたのですよ!」

 

 シャキン! とウサ耳を伸ばして大きく胸を張る黒ウサギ。

 

「よし。作戦の初期段階として、ペストを含んだ皆さんが巨人族を混乱させて叩く。上手く追い詰めれば敵は必ず“バロールの死眼”を投入してくるはず。黒ウサギは“アンダーウッド”の頂上で待機して、タイミングを見計らって死眼を討つ。……どうですか?」

「それが最善だろうな」

 

 すらすらと作戦を組み立てたジンの様子を内心意外に思いながら、十六夜が頷いた。コミュニティの指揮官(リーダー)として、ジンも少しずつ成長しているようだ。

 最後に自信なさげに確認してくる部分は減点だけどな、と笑いを噛み殺す。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 作戦は決まった。

 黒い風を巻き上げて、ペストが飛翔する。後に続いた十六夜と共に、“アンダーウッド”に突撃していた巨人族へ一直線に衝突した。

 

 飛鳥とノイロックはそれより少し後方、地下都市を守る防衛線へと加わる。

 ペストの黒い風と十六夜の拳が次々と巨人族を薙ぎ倒していき、後陣が倒さなければならないのは少量の取りこぼしのみ。そしてそれすらも減っていくばかりだ。

 指揮を執っていたサラが呆然と言う。

 

「改めて、なんとも凄まじいな……」

「そうね。おかげで私達の存在意義が危ういわ」

「オレ達も前進するか? 余裕もでてきたしな」

「そうだな。これなら十分に押し切れるだろう──」

 

 ──ポロン、と琴線を弾く音。“黄金の竪琴”の音だ。

 言葉を切り、視線を交わし合う。敵の主力が動き出したのだ。

 

 ノイロック達が、“来寇の書”を広げ儀式を行うアウラの前に辿り着いた時には、巨人族は全滅していた。

 そのほとんどは黒死病に侵されている。広範囲攻撃という点では、十六夜よりペストに分があったようだ。

 

「お疲れ様、ペスト」

「どういたしまして。でもまだ終わってないわ」

 

 一同の視線がアウラへと集う。

 剣を抜き、サラが降伏勧告を行った。

 

「巨人族は全て我々が倒した。大人しく降伏し、その身を預けるが良い」

 

 彼女をすぐに倒してしまわなかったのは捕虜とするためだ。だが、抵抗するならば躊躇はしない。

 幻獣達に四方を囲まれ、サラに殺気を飛ばされていても、アウラは憮然とした笑みを絶やさない。

 

「……ペスト。貴女は何故、巨人族が黒死病に弱いか知っている?」

「え?」

「それはとある強大な力を持つ巨人族が、他の巨人族を支配していたことに起因するわ。“黒死病を操り、築き上げた支配体系”。これが巨人族の呪いとして、貴女を優位に立たせている。──でも逆説的に考えてみて? “黒死病によって支配された巨人族”がいるなら、“黒死病で支配していた巨人族”も存在していたはずよね?」

「ッ──! アイツを止めろ!」

 

 敵の狙いに気が付いた十六夜が吠える。だが一歩遅かった。

 アウラが“バロールの死眼”を掲げ、黒い光が戦場を満たした。

 

 死眼の光を受けて死を覚悟したサラ達だったが、別段身体に異常はない。訝しげに顔を見合わせる。

 しかし次の刹那──

 

「「「ウオオオオオオオオオッォォォォォォ────!!」」」

 

 黒死病から解放された巨人族が、鬨の声を上げて彼らを包囲した。

 




耀の成長フラグを無理やり立たせた結果がコレ。
弱った心に付け込んだだけの気もしますがこれが限界でした。

◆遺伝子合成
遺伝子複合機にペットとペット(素材)をぶち込んで強くする。素材にもよるが新しいスキルの取得ができ、能力値やレベルも強化されるためペットを強くするためにはとても便利。
素材によっては新しい部位が生えてしまうので、RP的に気になる場合は注意が必要。

◆鑑定
未確定名アイテムを確定させたり、装備の素材やエンチャントを知るために必要なもの。魔法を覚えていない、鑑定の杖を持っていない場合は街の魔術師にお世話になるが、有料。序盤は出費が馬鹿にならないので困る。
装備品はずっと持っていると自然鑑定できたりもする。


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そして再開

「怯むなッ! 如何に黒死病より蘇ったとはいえ、敵も万全な状態ではない!」

 

 黒死病の呪いが解呪された巨人族に囲まれ、士気が下がる同士達にサラが一喝する。

 幻獣達の雄叫びを聞きながら、ノイロックは十六夜に話しかけた。

 

「どうする、あれじゃ近付けねえぞ」

 

 儀式場の中心にいるアウラは“バロールの死眼”を掲げたまま、濁りきった黒い光に包まれている。十六夜が石を投げ込んだりノイロックが銃で撃ち込んでみたりしてみたが、死眼の光と、恐らくは魔術的な防御によって、全て防がれてしまった。

 死眼対策である筈の黒ウサギはまだ現れない。時を待っているのか、それとも彼女の身に何かあったのかもしれない。どちらにせよ今は、彼女の存在を排除して突破口を見出す必要がある。

 

「一応言っとくがよ、一か八か飛び込むなんて考えてねえよな、十六夜?」

「……まあ、それは最終手段だな」

 

 十六夜はペストの黒い風やアルゴールの石化の光を砕いた前例があるが、あの死の渦の中に飛び込んで無事で居られるかはわからない。

 釘を差したつもりのノイロックだが、もし本当に他に手段が無ければ十六夜はそれを実行するだろう。そういう眼をしている。

 どいつもこいつも命知らずで参っちまうな、とノイロックは内心で溜息を吐いた。

 

「とりあえず巨人族を全滅させちまうか? 黒死病から立ち直ったところで、バフがかかってるわけでもねえだろ」

「そうしたいが、あの年増女から目を離すのも心許ない。死眼が本格的に開放されたら今度こそゲームオーバーだ」

 

 巨人族そのものは、十六夜やノイロックにとって敵ではない。本気を出せば彼らだけで全員片付けられるだろう。

 問題はアウラの動きだ。まだあちらから攻撃を仕掛けてきてはないが、巨人族に注意が削がれている間に死眼の力を放たれれば、十六夜自身はともかく他のメンバーを守り切ることができない。だから下手な動きが取れないでいた。

 何か、死眼を封じる術さえあれば良いのだが。

 

「ねえ」

 

 ペストの声に、そちらを見やる。

 何故か彼女に睨まれた飛鳥が小首を傾げた。

 

「何? いい案が浮かんだ?」

「ええ。ちょっとしたギャンブルになるけれど……乗る?」

 

 悠然とした笑みで問うペストに、飛鳥は当たり前だとでも言うように頷く。

 

「出し惜しんでいる場合じゃないでしょう? 手があるなら早急に教えて」

「……難しい話じゃないわ。貴女のディーンが突進して、“バロールの死眼”までの道を切り開く。私はその道を通って敵から死眼を奪う。ほら、簡単でしょう?」

 

 その言葉に、飛鳥の顔が険しくなる。あの死の渦の中にディーンを飛び込ませろと言っているのだ。

 だが、荒唐無稽な話でもない。ディーンはペストの死の風をも受け付けない、永久駆動の鉄人形だからだ。

 

「成る程な。お嬢様のディーンなら死の恩恵を無効化できる……けど、斑ロリはあの死眼を奪い取れるって確証があるのか?」

「私と死眼の本質は同じ、それが答えよ。それで、乗るか乗らないか。どうするの、赤い人」

「……やるわ。もう躊躇っている暇もないもの」

 

 振り向けば、“アンダーウッド”に復活した巨人族が雪崩込んでいる。最早一刻の猶予もない。

 彼女の答えに、ペストが微笑んだ。

 

「そう。なら私も乗ったげる。あ、火龍の人は下がっていいわよ」

「だ、だが」

「大丈夫。サラはみんなの指揮を執ってあげて」

 

 飛鳥の強い眼差しに、それでも暫し迷った様子を見せたサラだったが、やがて炎翼を広げて飛び立っていった。

 それを見送って、近くの巨人を銃で撃ち抜きながらノイロックが問う。

 

「その作戦だと、オレ達は飛鳥のお守りか?」

「別に気にしてくれなくても結構よ。自衛手段はあるわ」

 

 その言い回しにムッとしながら、飛鳥は視線で自身が身に着けている籠手を示した。

 手袋型のそれは“アンダーウッド”防衛戦の参加に際し、サラから贈られたギフトである。それぞれ宝玉が埋め込まれており、片方は水、片方は炎を放出する。

 威力そのものはそこそこ──彼女が巨人と相対するには心許ない程度だが、飛鳥のギフトと組み合わせれば接近を妨げるくらいはできるだろう。

 

「だってよ、十六夜」

「……そうだな、わかった。ここはお嬢様に任せる」

「あら、珍しく素直ね。明日は槍が降るのかしら」

「俺はいつでも自分に素直だぜ?」

「物は言いようね」

 

 会話に割く時間も惜しい。下手に反駁するより、それとなくフォローに回ったほうが良いだろうと十六夜は結論付けていた。

 それを薄らと感じ取って、飛鳥は組んだ腕の中で、両手に力を込める。

 

(みんなと比べれば実力不足だとはわかってる……でも、だからこそ、私ができることは私がやらないと)

 

 紅い鉄人形を見上げる。頭に灯る一つ目が飛鳥を見返した。

 

「……ごめんなさい、ディーン。いつも辛い役割ばかりで。でもこれは貴方しかできない役目なの」

「DeN」

 

 無骨な返事をするディーン。どんな無茶な要求にも、彼は二つ返事で頷いてくれる。会話こそできないが、飛鳥は誰よりも頼もしく感じていた。

 ペストはアウラへと続く道を空け、

 

「一瞬でいい。私が死眼に手を伸ばせるだけの道を作って」

「わかったわ。──突き破りなさい、ディーンッ!」

「DEEEEEeeeEEEEEEEN!!」

 

 鉄人形が突進する。あまねく生命を死に落とす死の恩恵も、命無き巨人には通じない。

 だが、“黒死斑の魔王”のゲームの顛末を把握しているアウラにとって、その程度は予想の範疇だ。

 

「フフ。二番煎じが通用するほど私は易くなくてよ!」

 

 “黄金の竪琴”を取り出す。由緒正しき神格持ちのこの竪琴は、催眠や士気の操作以外にも、天候を操作する恩恵を持つ。

 弦を弾くと共に、雷雲から数多の稲妻が打ち下ろされた。

 命中精度は高くないが、数撃てば当たる。稲妻がディーンの紅い総身を駆け巡り、周囲はさながら爆撃を受けたように粉塵が立ち込める。

 だが、それでも止まらない。重鈍ながらも着実に死の渦をかき分けて進むディーンに、アウラは舌打ちを漏らした。

 

「ええい、鬱陶しい……! ならば先にマスターから始末してやるわ!」

 

 黒い渦となっていた“バロールの威光”の一部を掌中に収束させ、飛鳥を狙う。

 巨人族と戦っていた十六夜が、それに気付いて駆け出そうとする。しかし注意の逸れた彼の左足に、巨人族が投げつけた鎖が巻き付いた。

 足を振りかぶり、巨人ごと鎖を振り回して粉砕する。足止めされたのは数秒にも満たない。だがその一瞬の遅れが命運を分けた。

 

「飛鳥ッ──!」

「お嬢様!!」

 

 絶叫を上げるペストと十六夜。間に合わない。

 アウラの掌中から、一条の黒い光が飛鳥の胸元に照射される。

 危機を感じた飛鳥は咄嗟に右手を掲げ、その光を──

 

()()()!」

 

   ◆

 

「……え?」

 

 十六夜達が戦っている間、ナイフを扱う少女──リンに襲われていた黒ウサギは、フェイス・レスの助力によって何とか逃走に成功していた。

 彼女の耳は戦況を把握している。命を落とそうとしていた飛鳥をどうにか助けるために駆けつけたが、眼前の光景に目を奪われて足を止めた。

 ペストも、ノイロックも、十六夜も、そして敵であるアウラも。

 

「何、コレ……!?」

 

 飛鳥自身でさえも、目の前の光景に絶句した。

 

 比喩でも何でもなく。彼女が放った炎は、黒い光を()()()()いたのだ──!

 

「馬鹿な!? 人間が……人間が、神霊の御業を中和するなんて……!?」

 

 アウラの狼狽たるや、常軌を逸したものだった。

 十六夜もまた驚きを感じつつ、冷静に考察を進める。

 

(お嬢様の命令が、“燃える”ことを強制した……? ハッ、面白くなってきたじゃねえか……!)

 

 飛鳥のギフトは、霊格の劣る相手を従わせるギフトから、ギフトを操るギフトへと使い方をシフトしているところだった。言葉によって霊格を上乗せし、他者を強化することもできることが分かってきていた。

 ところが今度のこれはその程度のものではない。彼女の恩恵が籠手に嵌め込まれた宝玉の霊格に直接作用し、()()()()()()させたとしか形容しようがなかった。

 もしそれが事実なら、彼女は──凡百の恩恵を、神仏の御技にまで昇華することができる。

 

(面白い……! これだけの才能が一挙に集まったコミュニティが、まだ最下層に燻っているなんて……!)

 

 その超常的な力に強い関心を覚えながら、ペストは胸の奥から湧き上がる高揚と共にディーンが切り開いた道を突貫する。

 “バロールの死眼”に手を伸ばし、凶悪な笑みでアウラを嘲笑った。

 

「終わりね、アウラ。今度は貴女が“バロールの死眼”に撃ち抜かれなさい!」

「こ、この小娘共がぁああああ!」

 

 所有権を奪われまいと、アウラは必死に“バロールの死眼”を押さえつける。

 だが無意味だ。相手は黒死病によって生まれた死霊群。死眼に対する適正がどちらにあるかなど、火を見るよりも明らかだった。

 

(……殿下、お許しを。どうやらここまでのようです)

 

 何かを悟ったように瞳を閉じたアウラは、懐から槍の穂先のようなものを取り出す。

 それは短刀ほどの長さしかないが、煌めくような極光を放っている。

 

「アウラ……! その穂先、まさか」

「そう。太古にて“バロールの死眼”を撃ち抜いた“神槍・極光の御腕(ブリューナク)”の穂先。五指ある内の一指だけでも、この至近距離ならッ!」

 

 決死の表情で死眼に突き立てる。すると瞳は石になり、二つに裂けて分かれた。

 一つはアウラに。一つはペストに。

 彼女達を包んでいた黒い光の渦は唸りを上げて濁流へと変わり、敵味方の区分なく四方八方へと撒き散らされていく。

 

「これはちょっと、困ったわ……!」

 

 割れて半分になった死眼を手に取りながら、ペストは阿鼻叫喚の戦場を見渡した。

 適正が高いペストが触れてしまったせいで、本来の力が漏れ出てしまったのだろう。割れてしまった死眼ではもはやこの光を操ることができず、時間経過で収まるのを待つしかない。

 

「ペストッ! 後ろです!」

「えっ?」

 

 黒ウサギの声に振り向く。暴走した死の光がペストに迫る。

 

「ぼけっとしてんな!」

 

 十六夜が光を蹴り砕き、ペストを守った。

 だが死の無差別乱舞は未だ止まらない。ノイロックが叫んだ。

 

「このままじゃ不味いぞ! どうにかならねえのかペスト!」

「無理よ! 収まるのを待つしか──」

 

 刹那、ぐいと後ろから強く服を引っ張られた。まるで放り投げられるかのように死の光の中心地から遠ざけられ、ほぼ同時に目の前を薄闇が遮る。驚く間もなく眩しい光が迸ったかと思うと、ペストは儀式場から遠く離れた、戦場の後方に居た。

 

「何……?」

 

 いつの間にか、“ノーネーム”だけでなく巨人族に囲まれていた幻獣達共々移動させられていた。アウラの姿は無かったが、それに気付く余裕はなかった。

 

「無事か?」

 

 混乱する一同の前に降り立ったのはアテンだった。すぐに彼が空間跳躍で全員を移動させたのだと思い当たる。

 遠目で、死眼の光が徐々に勢いを失っていくのが見えた。

 

「助かった……」

 

 全員がその場にへたり込む。あのままで居たらもう何人か死んでいたかもしれないと思うとぞっとした。

 

「感謝する、アテン殿」

「いや。僕も戦線に参加できずにすまない。どうも戦闘は苦手なんだ」

「そう謙遜しないでくれ」

 

 サラとアテンのやりとりを横目に、飛鳥が安堵の息を漏らした。

 

「何とかなったわね……」

「安心するのはまだ早いぞお嬢様。巨人の残党がまだのこってるしな」

「ああ、それぐらいならやっといたげる。死眼の力もなくなったし、あれくらいなら──」

「あー、ちょっといいか?」

 

 ペストが言う途中に、呆れ半分、警戒半分といった絶妙な声色で、ノイロックが割って入った。

 

「ゲームの再開って、今日じゃねえよな?」

「え? ……え?」

 

 一同はノイロックの視線の先、空を見上げて固まる。

 

 雷雲の犇めく空から大地を見下す巨龍。

 休戦中動きを見せなかった龍は、その山河を一飲みできるほどに巨大な顎を開き──天地を揺るがす絶叫と共に、大地に舞い降りた。

 

   ◆

 

「耀!」

「レティシア。よかった、元気そう」

 

 グライアを打倒してやってきた耀達を、鎖に繋がれたレティシアが出迎えた。事前に彼女の様子はテオドールから聞かされていたので驚きはせず、至って普通に声をかける。

 レティシアは耀の手にある欠片を見て、不思議そうにした。

 

「それは……私達の神殿に安置されていたものじゃないか」

「そっか、レティシアはゲームの内容を知らないんだっけ」

「耀。ここじゃないか」

 

 帰ってきて早々玉座の間の壁を調べていたテオドールが耀を呼ぶ。壁の一点を押し込むと、ガコンと音がして窪みのようなものが現れた。

 

「それだ! ジャック、方角は?」

「ええと、そっちは処女宮があった方角かと」

「ありがと。ここに処女宮の欠片を置いて、後はここを基準に十二等分すれば……」

 

 ガコン、と欠片を嵌める。レティシアは己の元居城にそんな絡繰り仕掛けがあったのか、と目を丸くした。

 

「その欠片が……ゲームの鍵なのか?」

「うん。レティシア。この空を飛ぶお城って、元は衛星──じゃなくて。えっと、世界の周りをぐるぐる回るお城だったんじゃないかな?」

「あ、ああ。我々吸血鬼は世界の系統樹が乱れないように監視する種族だったからな」

「そう。なら監視衛星だったんだね。……うん、そこは分からなかったな」

 

 次々に欠片を嵌めていきながら、耀が頷いた。

 

「私が今嵌めこんでいるのはこの城が正しく飛ぶ為に使っていたと思われる物。そして“砕かれた星空”の解答。それがこの“天球儀”の欠片だよ」

 

 要は“The PIED PIPER of HAMELIN”の応用だ。“偽りの伝承”と“真実の伝承”が『砕き、掲げる』ことができる代物だったように、今回の“砕かれた星空”も『砕き、捧げる』ことができる、星空が描かれた物……天球儀が解答だと導き出したのだった。

 耀の言葉に、レティシアは心の底から感嘆した。

 

「素晴らしい……! 見直したぞ耀! いや、マイマスター!」

「そ、その呼び方はちょっと恥ずかしいから止めて欲しい。それに私がゲームを解けたのはテオドールやジャック達の協力のおかげだ。何より、十六夜が“The PIED PIPER of HAMELIN”を解いている様子を見ていたからだもの」

「それこそ何を謙遜することがある! 同士の戦果から学び、己の戦果を挙げる! これぞコミュニティの理想的な高め合いではないか!」

 

 珍しく熱のこもった声でべた褒めするレティシア。

 耀は恥ずかしそうに頭を掻いて、十二個目の欠片を手にとった。

 

「これが、最後の欠片」

「ヤホホ! これでゲームクリアですね!」

 

 耀も頷き、壁の仕掛けに欠片を嵌め込む。中でガコン! と何かが動く音がして──

 

「…………」

「…………?」

 

 しかし、なにもおこらなかった。

 

「……………………あれ、」

 

 サァ、と耀の血の気が引く。あれだけ自慢げに解説した答えが間違っていたとは流石に思いたくない。

 テオドールとスビンが顔を見合わせて小首を傾げ合う。するとレティシアが、

 

「……始まった」

「え?」

()()()()()()()()()()! 私が巨龍を抑えておくうちに、勝利条件を完成させろッ!! さもないと私が……“アンダーウッド”を……!」

 

「────GYEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaEEEEEEEEEEYYAAAAAAAaaaaa!!」

 

 古城に巨龍の雄叫びが響き、雷雲の稲光が差し込む。

 

「今の雄叫び……まさか、本当にゲームが再開したんですか?」

「でもどうして!? 休戦期間はまだあるし、主催者は不可侵じゃ──」

 

 ハッと耀が言葉を切る。

 

「……まさか……私がゲームをクリアしようとしたから、休戦期間が強制的に終わった……? 私が間違ったせいで、巨龍が……!?」

「違う! 耀は間違ってなどいない! 正解だからこそ、再開されたんだ!」

 

 え、とレティシアを見る。彼女も同じ様に動揺しているが、その瞳にはまだ冷静な色が浮かんでいる。

 

「いいか、耀。お前の推論は正しい。だからこそゲームが再開された。……わかるか? クリアに近付いたからこそ、休戦期間が終わったんだ」

「……? えっと、どういう……?」

()()()()()()()()()。完成した解答に至るまでの何かが」

 

 あと一歩だと訴えるレティシアに、耀も落ち込んでいる場合ではないと悟り、両頬を思いっきり叩いて気合いを入れた。

 

「……アーシャ。“契約書類”を見せて。何か見落としてるのかもしれない」

「う、うん」

 

 アーシャが取り出した羊皮紙を受け取り、改めて勝利条件を確認する。

 

『三、砕かれた星空を集め、獣の帯を玉座に捧げよ。

 四、玉座に正された獣の帯を導に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て』

 

「……わかるか?」

「…………、」

 

 耀は答えない。答えられない。

 城の外では巨龍の絶叫と雷鳴が轟き、城全域を揺らしている。レティシアが抑えていると言っても、巨龍が地上に舞い降りるまではそれほどかからないだろう。

 窓から外の様子を眺めていたテオドールは、ふと言葉を零した。

 

「……十三番目の太陽」

「え?」

「レティシアが言っていた。このゲームのキーワードだ。“十三番目の太陽を撃て”……そうだな?」

「あ、ああ」

「十三番目……十三番目……?」

 

 言葉を口に含みながら、考えて、考える。

 テオドールは静かに〈知者の加護〉を詠唱した。脳の働きを助ける魔法によって、明晰になった耀の思考が一文一句を紛うこと無く飲み干し、字列を並べ替え、発想を転換し、それぞれの意味を繋ぎ合わせて正して──

 

「────正された、獣の帯……?」

「…………?」

「正された、獣の帯……そう、“正された獣の帯”だ!」

 

 ガタン! と立ち上がり、

 

「“正された”ということは“誤りがあった”ということ……! “黄道の十二宮”……ううん。もしかしたら、天体分割法そのものに誤りがあったんじゃ……!」

 

 耀は“天球儀の欠片”を壁から取り出し、十二宮の星座の割れ口が全て繋がるかどうかを確認する。

 

「……やっぱり。()()()()()()()()()()()()。太陽の軌道線上にある星は、十二個じゃなくて十三個だったんだ……!」

 

 それが“十三番目の太陽”か、とテオドールは心中で感心した。こんなことならもっと早く伝えるべきだったのだろうが、耀の推論で納得していた──というより、異世界の星座まで把握していないので口を出せなかった──ために言い忘れていたのである。

 まあすぐに解答が出たようなので誤差だな。テオドールは自分を正当化した。

 

 耀はテオドールが持っていた残りの欠片を集めて早速つなげてみたが、一致する欠片は無かった。まだ見つかっていない欠片なのだ。

 

「今すぐ蠍座と射手座の間にある星座を探して! もしも城下街がそのまま天球儀を示しているなら、その中間地点に最後の星座がある筈だ!」

 

 一同は頷いて、玉座の間から飛び出した。

 “SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”は、最終局面に向けて再び幕を開ける──




ノイロック「巨龍がもう動き出すなんて……どうせボスがまた何かやらかしたんだろうな」
テオドール「風評被害だ(重要ワード言い忘れ)」

グライアさんも死んじゃったしいっそアウラさんも死なせちゃおうかと思いかけたのは内緒。

◆知者の加護
魔力、習得の主能力と読書スキルを向上させるバフ魔法。
ざっくりいうと頭が良くなって魔法が使いやすくなる感じ。魔法書や古書物を解読する時にも役立つ魔法使いのお供。


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十三番目の太陽を撃て

「GYEEEEEEYAAAAAAAAAAaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 雄叫びが響く。“アンダーウッド”への攻撃が再開されたのだ。

 いつかのように巨龍が疾走し、生み出される衝撃の余波が城を揺らす。それだけで地上の惨状を思い浮かべることは容易い。

 テオドール達は地上に残る者達の奮闘を信じて、努めて迅速に城下街を探索し直していた。

 

「春日部!」

 

 そこへ、アテンを引き連れた十六夜が走ってきた。巨龍が動き出したのを見るや、すぐさま古城に転移してきていたのだ。巨龍をどうにかするより、ゲームをクリアする方が早いと判断したのだろう。

 耀は彼らに気付くと、大きく手を振った。

 

「十六夜。地上はどうなってる?」

「大量の魔獣相手に防衛戦だ。巨龍が動き出したからな。で、解答を間違えたんだな?」

「うん。ごめん。でも、もう大丈夫……ほら」

 

 少し申し訳なさそうにしてから、耀が差し出したのは最後の星座──蛇遣い座の欠片だ。十六夜が来るつい数十秒前に見つけたものだった。

 

「お、自力で辿り着いたのか」

「うん。でも、第三勝利条件だけだし、間違えちゃったけど」

「まあ、よくやった方だと思うぜ。さて、謎が解けてるなら話が早い。そいつを持ってとっとと行くぞ」

 

 巨龍の襲撃を受ける“アンダーウッド”がいつ崩壊するかも分からない。無駄話をする暇も無く、一同はレティシアが座する玉座の間に舞い戻る。

 テオドール達を探しに出る前にまず城へ寄ったのだろう。十六夜はレティシアの様子に特別触れることはせず、さっさと欠片を嵌め込む場所を探しにかかった。

 同じように壁をさすりながら、耀が尋ねる。

 

「十六夜は、第三・第四勝利条件の完全な謎解きが出来ていたの?」

「ああ。俺はレティシアから吸血鬼の歴史を聞いていたからな」

 

 詳細は省くが、“正された獣の帯”という文言は、第四勝利条件の“鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て”という一文にもかかっているものだったらしい。いま暴れている巨龍は吸血鬼の宇宙観において『吸血鬼の世界を背負う龍』であるらしく、それと前述した文をかけると何やかんやあって『巨龍の心臓を撃て』という第四勝利条件の正体が(あらわ)になるのだ。

 

「……ただ一つ、腑に落ちないことはあるが」

 

 得意げに解説していた十六夜が、声のトーンを落とす。最後の欠片を嵌める窪みを見つけた彼は、しかしそれを無視して王座に鎮座するレティシアに振り返った。

 

「レティシア。外の巨龍はもしかして……お前自身なんじゃないか?」

 

 え、とその場にいる面々が目を丸くしてレティシアを見る。テオドールは驚かなかった。

 彼女が精神体であることを知った時に、身体は龍の媒介になってどうのと言っていた覚えがある。その時から想定はしていたのだ。

 レティシアは彼の言葉に、自嘲の笑みを浮かべた。

 

「……ああ、その通りだ」

「ど、どういうこと?」

「タイトルに書いてあるだろ。これは太陽の軌道の具現である巨龍と、吸血鬼の王様が主催したゲーム。そして勝利条件に二度登場するレティシアの存在。確信にはちょっと物足りないが、推測するのは難しくない」

「最強種を箱庭に召喚するには多くの場合、星の主権と器が必要だ。そして偶然にも、当時の私にはその二つが揃っていた」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らす十六夜に、レティシアが付け足す。

 “当時”とやらをテオドールは知らないが、彼女が魔王と成ったきっかけのことなのだろう。巨龍を召喚してまでやりたい何か──ゲーム内容から考えれば、何者かを半永久的に殺し続けること──があったのだ。

 どれほどの重い過去を持つのだろう。テオドールはその内容に興味を抱いたが、それだけだった。

 

「さあ、それはいいんだ。勝利条件を満たせば巨龍は消え、私も無力化されてゲームセット。終わらせてくれ、我が主」

「……信じていいんだな?」

 

 真剣な色の籠もった眼でレティシアを睨む十六夜。

 彼がわざわざ確認をとったことに、耀は漠然とした不安を感じた。

 

(……でも、他に方法なんてない。巨龍がレティシアの本体なら、他の勝利条件で死なせてしまうかもしれないし。無力化させる勝利条件を満たせばレティシアも──)

 

 ふと、そこでようやく気が付いた。

 

(……()()()()()?)

 

 あの強大な巨龍をどうやって無力化するのか。

 この鎖に繋がれたレティシアをどう解放するのか。

 

 その方法がまるで見えてこない中で、十六夜は最後の欠片を窪みに嵌め──

 配られた全ての“契約書類”に、勝利宣言がなされた。

 

『ギフトゲーム名“SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”

 

 勝者・参加者側コミュニティ“ノーネーム”

 敗者・主催者側コミュニティ“     ”

 

 上記の結果を持ちまして、今ゲームは終了となります。

 尚、第三勝利条件の達成に伴って十二分後・大天幕の開放を行います。それまではロスタイムとさせて頂きますので、何卒ご了承下さい。

 夜行種は死の恐れもありますので、7759175外門より退避して下さい。

 

 参加者の皆さんはお疲れ様でした』

 

 

「……どういうこと?」

 

 “契約書類”を穴が開くほど読み直した耀が、ゆっくりとレティシアを見た。

 

「其処に書いてある通りだ。今から十二分後に箱庭の大天幕が開放され、太陽の光が降り注ぐ。その光で巨龍は太陽の軌道へと姿を消す筈だ」

 

 違う、そこではない。

 大天幕を開放するということは、太陽光が直射するということになり──

 

「……レティシアは、どうなるの?」

 

 一寸の沈黙。

 レティシアは瞳を閉じ、懺悔するように真実を告げた。

 

「死ぬ、だろうな。龍の媒介は私だ。それにこの玉座の頭上は見ての通り水晶体。太陽が直射されることは間違いない」

「……っ、だって、無力化されるだけだって……!」

「アレは嘘だ」

 

 にべもなく告げられる。

 耀はたまらず彼女の胸ぐらを掴もうとしたが、その手は虚しくすり抜けた。どうあがこうと、精神体である彼女に触れることはできない。

 テオドールは耀の手をそっと下ろさせて、淡々と尋ねた。

 

「このゲームでレティシアが──魔王が生存する勝利条件はあるのか?」

「無い。それだけのリスクを背負わないと、あの凶悪なペナルティ条件を加えられなかったのだろう。主催者側の勝利を捨て、あらゆる救いを捨てて……最後は、命を捨てて朽ち果てる」

「…………」

「すまなかったな。辛い役目を騙すようなやり方で押し付けて。でもどうか分かってくれ」

 

 じゃあやっぱり最初からレティシアを殺しておけば早かったんじゃないか。

 などと口に出さなかったテオドールは賢明だった。隣で肩を戦慄かせる耀や、無言で傍観しながらも硬い顔つきの十六夜にぶん殴られていただろう。

 

 しかし思い返せばあの時──レティシアをこの城で初めて見つけた時──彼女が助けを求めてこなかったのは、もしかしたらこのことを思ってのことなのかもしれない。最初から、自分が助かる気が無かったのだ。

 魔王となり、必滅の王道を歩む。その覚悟を、彼女は済ませていた。

 

 テオドールとしては、別に構わない。止めて欲しいと頼まれれば止めるが、彼女自身が死を望むなら、無理にそれを捻じ曲げようとは思わない。そういう()()()()として心に刻むまでだ。

 だが。

 

「……レティシアのことは、よく分かった」

 

 耀の震えた声に、レティシアが申し訳なさそうに視線を下げる。

 しかし耀の瞳は一転、完全に据わりきっていた。

 

「要するに。大天幕が開くまでに、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……はっ?」

 

 死んだ筈のペストが隷属の契約のために箱庭に再召喚されたように。

 隷属条件を満たせば、レティシアを再召喚することができる。

 今回のゲームはどの勝利条件でも魔王であるレティシアが死ぬ──つまり、第三・第四勝利条件を満たせば自動的に第一・第二勝利条件も満たせるようになっている。だから、今からでも第四勝利条件を達成してしまえば、このゲームは“ノーネーム”の完全勝利になる。

 

 ……耀は、レティシアを死なせる気が更々無いようだった。

 

「レティシアは、間違っていない。今は一分でも一秒でも早くゲームをクリアしなきゃいけなかった。地上で死に物狂いで戦っている皆のためにも。……そしてそれは成された。だから、()()()()()()()()()()()()

 

 玉座に背を向けて歩き出す耀。

 レティシアは顔面蒼白になり、玉座の間にいる全員に訴えた。

 

「だ、誰か耀を止めろッ! あの子は本気だッ! 本気で……巨龍と戦うつもりだ!!」

 

 しかし誰も止めようとしない。レティシアは縋るようにテオドールを見た。

 

「……ッ! テオドール……!」

「“自己責任だ”と言ったのだから、やらせておけばいい」

「なっ……」

 

 絶句するレティシアに、十六夜は肩を竦めると、玉座の間を出ていこうとしている耀に声をかけた。

 

「レティシアもああ言ってるから、一度だけ確認するが。……本気なんだな?」

「うん」

「そうか。なら手伝ってやるよ」

「十六夜ッ!! お、お前まで何を言うッ!」

「巨龍を倒すと言ったのさ。自暴自棄になってるメイドのために春日部を死なせるわけにもいかないだろ?」

 

 やれやれと頭を振る十六夜。呆れたような笑みを浮かべているが、瞳は笑っていなかった。

 彼の本気を悟って、レティシアは息を呑み、あらん限りの声を張り上げて叫ぶ。

 

「馬鹿な……見損なったぞ。お前達はもっと聡明な人間だと思っていた。なのにそんな、無責任なことを言うなんて……!」

「ああ、そうだな。死にに行く身内を止めるどころか、一緒に死地へ向かうってんだからな。……だがな。責任を()()()()()()()()()()は、臆病者の卑怯者だ」

 

 怒りを込めた眼光が、レティシアを貫く。遠回しに罵倒された彼女は言葉を失った。

 十六夜は耀の下まで歩み寄り、くるりと振り返る。

 

「俺は自己犠牲の出来る聖者よりも、物分りの悪い勇者を支持するね。……だから覚悟しろ。俺たちは巨龍(オマエ)を倒して──完膚なきまでに救ってやるからな」

 

 

   ◆

 

 “アンダーウッド”大樹の麓。“契約書類”に記された勝利宣言は、全ての参加者達の士気を高くした。

 度重なる激戦で疲弊した同士達もまた奮起し、魔獣の群れを押し返さんとする勢いで戦いに身を投じている。

 

「やれやれ、やっと終わるのか……」

 

 ノイロックもまた、魔獣との戦いに疲労を感じていた。彼からすれば格下であっても、数が多い。何せどれだけ倒そうが次々と巨龍から投下されるのである。時折巨龍の疾走によって発生する暴風に耐えるのにも体力を削られていた。

 だがそれもこれまでだ。あと十二分耐え抜けばゲームが終わる。タイムリミットが出来たことで多少気分が上向きになり、

 

「──み、見ろッ! また巨龍が降りてくるッ!」

「今度はかなり低いぞッ!!」

「まさか……“アンダーウッド”に突撃するつもりかッ──!?」

 

「はぁ!?」

 

 聞こえてきたどうしようもない情報に、ノイロックはキレ気味だった。

 

「なんでクリアしたのにまだ攻撃しかけてくんだよ!!」

 

 巨龍はその凶暴な顎を限界まで開き、東南の平野の地平へと急降下。激突寸前のところで進路を変え、雄叫びと共に大樹へと突進を仕掛けんとしている。

 あれを止めるのは──無理だ。あまりにも体格が違いすぎる。廃人(バケモノ)のテオドールならワンチャンどうにかできるかもしれないが、ノイロックが銃弾を撃ち込んで殺せたところで死体がその速度のまま突っ込んでくるだけだ。

 

 この絶望的な状況に、抗おうとする赤い少女が居た。

 

「ディーン! 限界まで巨大化するわ! 急いでッ!」

「DEEEEEEEeeeEEEEEEEEEEN!!」

 

 紅の鉄人形が、飛鳥の命令に応じるように肥大化していく。その巨躯は瞬く間に大樹と並び立つ程までに背丈を伸ばした。

 受け止めるつもりなのだ。あの巨龍を。

 

 だが、それでもまだ足りない。

 本来ディーンの材料である神珍鉄は、どれだけ肥大しても本来の重量が変わることはない。飛鳥の命令があれば重量を増やすことができるが、それでも十倍が限界だ。

 

「でも……やるしかない……!」

「止めろ、飛鳥ッ! 正気か!?」

 

 ノイロックが声をかけるより前に、サラが炎翼を羽ばたかせて飛鳥の隣に立った。

 手を引っ張って逃げるように促すが、飛鳥ははっきりと首を横に振った。

 

「駄目……! 私達の後ろには、“アンダーウッド”があるわ!」

「分かっているッ! それを承知で連れ戻しに来たんだッ!」

「私も承知の上よッ!」

「何を承知しているものかッ! お前のそれは自殺に他ならん!」

「たとえ自殺まがいでもッ! 此処で退いたら、生涯悔いが残るわッ!!」

 

 彼女の覚悟はあまりにも重い。ついこの間まで、戦場を知らない少女だったというのに。

 

「もしも此処で巨龍が“アンダーウッド”を破壊したら……私の友人が全員悲しむわ。だから私は、絶対に退かない……!」

 

 それを真正面から瞠目して受け止めたサラは、静かに嘆息を漏らし、

 

「──分かった。ならば、私も同じだけの決意を示そう……!!」

 

 サラは帯刀していた剣を抜き放ち、一族の誇りである龍角を切断した。

 赤髪が彼女の血に濡れて、真紅に染まる。

 

「……な、」

 

 何を、とは続けられなかった。

 サラは倒れ込むように飛鳥に龍角を手渡し、激痛を堪えた声で伝えた。

 

「……龍角は、純度の高い霊格だ。神珍鉄にも溶け合うはず……!」

「で、でも、それで止められる保証なんてないのに……!」

「飛鳥なら……きっと、止める……! “アンダーウッド”を守ってくれ……!」

 

 その言葉を最後に、サラは意識を失った。

 彼女達の応酬を眺めていたノイロックは、いよいよ巨龍との激突が近いことを予期してその場から離脱する。この場でできることが彼には無いからだ。

 それに気付かない飛鳥は戦慄く両手でサラを抱きしめ、彼女の龍角をディーンに捧げた。

 

 純粋な霊格としての力を解放した龍角はディーンの装甲と一体化し、伽藍堂の身体から熱の籠もった紅い風を噴出し始める。

 飛鳥が叫んだ。

 

「──巨龍を迎え撃ちなさい、ディーンッ!!」

「DEEEEEEEEEeeeeeeeeEEEEEEEEN!!」

 

 巨龍とディーンが激突する。

 

 大地が捲れ上がるほどの衝撃を発生させながらぶつかり合う。押し込む巨龍の顎を剛腕で掴み、ディーンは山河より尚巨大な龍の突進を持ちこたえた。

 肩の装甲は砕け、地面と擦れ合う足はすり減り、剛腕は今にも食い千切られそう。しかしそれでも退かない。退けるはずがない。

 

 血まみれのサラを抱き、渾身の声で叫んだ。

 

「止まれええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ────!!」

「──GYEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaa!!」

 

 巨龍もまた雄叫びを上げ、紅い鉄人形の右腕に食らいつく。

 ディーンはそれを勝機とし、残った左腕で巨龍を下から殴りつけた。巨龍の頭蓋が大樹の頭上にまで持ち上がり、ディーンの半身を食い千切って上空へと駆け上がる。

 

 大天幕の開放と共に、“アンダーウッド”を取り巻いていた暗雲が太陽の日差しを受けて霧散していく。開放された大天幕に導かれ、太陽の日差しの中に溶けて消えゆく巨龍。

 巨躯の身体が透過していき、心臓に刻まれた神々しい極光が浮き彫りになる。

 

 その一瞬を待っていたかのように、白銀の流星が追走した。

 ペガサスのブーツを纏った耀に抱えられた十六夜が、両手に抑えた光の柱を束ねる。

 

「見つけたぞ……十三番目の太陽────!」

 

 心臓が撃ち抜かれ。

 巨龍の断末魔は無く、その総身は光の中へと静かに消えていく。

 極光から零れ落ちた、もう一つの太陽──レティシアを日光から庇うように抱きとめて、耀が高らかに右腕を振り上げる。

 

 それを遠くから見つめていたテオドールは、眩しそうに目を細めた。





◆何やかんや
何やかんやは、何やかんやです!
詳しい謎解きは原作買おう。

◆自己責任
やりたいって言ってるんだからやらしておけばよくない? という気持ちでした。さすがに本当に無駄死にになりそうだったら止める。どんな廃人でも仲間が死ぬと悲しい気持ちになる程度の人の心はあります。たぶん。


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収穫祭と因縁と

 巨龍との戦いから半月が経過した。

 

 延期となっていた“アンダーウッド”の収穫祭は、有志の援助と“サウザンドアイズ”の手早い広報により再開の目処が早い段階で立てられた。南側に新たな“階層支配者”が誕生することを正式に発表することで、多くのコミュニティへ集客を図ったのだ。

 魔王の撃退という実績と功績を得た“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟は、多くのコミュニティに着任を歓迎されるだろう。

 それと同時に“ウィル・オ・ウィスプ”と“ノーネーム”の二つのコミュニティもまた、魔王撃退の名誉と社会的な信頼を得ることに成功していた。

 その甲斐あって“ノーネーム”は、収穫祭にコミュニティ全員──中心メンバー以外の、年長・年少全ての子供たちを含む──で改めて招待を受けることができたのだ。

 

 そして、今日がその収穫祭当日である。

 正確には開会は夜からだが、立ち並ぶ露店にはあらゆる食材を使った食べ物が売られ、通りは通行人と早速出来上がった酔っ払い達で活気に溢れている。既に祭りは始まっていると言って良いだろう。

 

 テオドールが箱庭で大きな祭りに参加したのはこれが二回目だが、特に面白いと思ったのは、持ち寄られた食材を使って誰でも自由に調理をして良いというシステムだ。

 独自のレシピで振る舞われる料理はあまりにも多種多様過ぎて、とても一日では味わい尽くせない。異世界だけあって食材そのものも珍しいものが多く、歩くほどに新たな料理が現れるのだ。

 そうして露店を眺めつつ広場まで歩いてきたのが、つい先程。

 

「テオドール様、味見をお願いしますっ」

 

 リリが差し出した小皿を受け取り、中身を口に含む。

 肉の臭みをとるための香草が独特な味わいを生み出していて、しかしそれが深みになっている。

 

「……うん、美味しい」

「本当ですか!」

 

 素直にそう告げると、リリはパタパタと嬉しそうに二尾を振った。

 

 “ノーネーム”の年長組は収穫祭を手伝っており、リリは広場の隅にある厨房で収穫祭で配るためのシチューを作っていた。食べ歩きを楽しんでいたテオドールとそのペット達はたまたまそこに出くわし、彼女に頼まれて味見役を引き受けたのだ。

 

 鼻歌を歌いながらぐるぐると鍋をかき回すリリを見ていると、テオドールも少し料理をしてみようかという気になってきた。〈料理〉スキルを持ってはいるが、箱庭に来てからは家事は子供達とメイドの仕事だったので振る舞う機会が無かったのである。

 

 厨房にはまだいくつか材料が残っていたが、折角使い放題なのだから、と広場の隅にある材料が積み上げられた特大のテーブルの前に向かう。

 手頃な大きさの肉を手に取り、用意されていた麻袋の中へ入れていく。

 その間、スビンが思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、そろそろジンの交渉も終わった頃ですかね?」

「連盟の件な。上手くやったのかね」

 

 “ノーネーム”は巨龍との戦いの報奨を受け取ることになり、そこでジンが望んだのは、六桁への昇格と土地・施設の返還だった。しかし六桁への昇格は領地の外門に“旗”を飾ることが最低条件に含まれていた。“名”と“旗”を奪われた身分では、六桁への昇格は承認されない。

 そこで我らがリーダーが目を付けたのはコミュニティの同盟の証──“連盟旗”だ。

 

 それを作るための一歩として、先代から縁がある“六本傷”と交渉が行われることになった。出向いたのはリーダーであるジンと、護衛として白雪とペストだけだった筈だ。

 最近たくましくなってきたとはいえ、経験不足がまだ垣間見える少年なだけに、ノイロックは彼の交渉技術に多少不安があるようだった。

 

「妙に十六夜が自信満々だったし、何か秘策でもあるんだろうけどよ」

「呼んだか?」

 

 噂をすれば影が差す。会話を聞きつけてか、十六夜がひょっこりと現れた。黒ウサギも一緒だ。どうやら彼らも食べ歩きを満喫していたらしい。

 

「お、テオドールも何か作るのか?」

「折角だから。普段は機会がない」

「確かにな。いつもは節約する必要があるから豪勢なもんは作れねえし……よし、ここはいっちょ俺も──」

「ってテオドールさん、危ないッ!」

 

 ん? と振り返ると、拳大の精霊が複数、顔面に突っ込んできた。

 それを手でぎゅっ! と素早く握って次々麻袋に放り込み、袋の口を閉じる。何やらコキンと鳴ってはいけないような音がした気もしたが気のせいだろう。

 

「ってちょっとテオドールさん!? 今何を放り込みました!?」

「……さて、材料はこれでいいか」

「いやいやいやいや、無かったことにしても駄目ですよ!?」

「問題ない、腐っていなければ食べられる」

「ストップいかもの食い!」

 

 まあ冗談は置いといて。

 麻袋の中を覗き込むと、赤紫のワンピースを着た少女型の精霊が四匹、痙攣して気絶していた。

 かろうじて息はあるようだ。いや、別に殺すつもりでは無かったが、ちょっとばかし力を入れすぎたかもしれない。

 

 その中の一匹を取り出した黒ウサギが、突然真剣な眼差しになる。

 

「あれ? この子達、精霊じゃありません。これ……まさか“ラプラスの小悪魔”!? 嘘、ラプラスの端末がこんな下層に──」

 

 広場に流れていた演奏と、雑踏の喧騒が鳴り止み、何かを言いかけた黒ウサギは言葉を切った。

 開会式の準備が整ったのだと気付いて、断崖の中腹に設けられた壇上へと視線を上げる。そこには折れた龍角に包帯を巻いたサラが立っていた。

 黒ウサギが星を見上げ、慌てて時間を確認する。

 

「ま、まずいのです! サラ様と白夜叉様から開会式の進行を任されていたのでした!」

「うん? 白夜叉もくるのか?」

「YES! 急遽足を運ぶことに……と、とにかく! その小悪魔たちは、テオドールさんが保護していてください!」

 

 勢いに押されて頷くと、黒ウサギは大急ぎで開会式場に走っていった。

 十六夜と顔を見合わせる。

 

「自分は、ここで待っていた方がいいのか?」

「さあ? まあ、開会式が終わったら戻ってくるんじゃね?」

「……そうだな」

 

 これといって用事があるわけでもない。テオドール達は近くにあるテーブルに着いて、開会を待つことにした。

 

   ◆

 

「テオドール様、スビン様、ノイロック様ー!」

 

 雑談をして時間を潰していると、リリが小走りで駆けてきた。手には料理が盛られた小皿を持っている。

 

「あ、十六夜様も! こんばんは!」

「おう。今まで手伝ってたのか?」

「はい! お小遣いも貰えました!」

 

 ひょコン! と狐耳を立てるリリ。小皿をテーブルの上に置くと、開会式場を見上げて瞳を輝かせた。

 

「実はこの収穫祭、白夜叉様も来られるそうなんです」

「ああ、そうらしいな」

「はい。収穫祭に祝いの品として、強大なギフトを授けるとか──」

 

 言い終わる前に、広場の篝火が一斉に消えた。

 いよいよ収穫祭が始まるのだろう。自然と参加者達は静まり返り、静寂が広がる。

 舞台袖の篝に火が灯されると、袖から出てきた黒ウサギは意気揚々と右手を掲げ、音頭を取った。

 

「大変長らくお待たせしました! これより“アンダーウッド”の収穫祭を開催します! 進行は“サウザンドアイズ”の専属審判でお馴染み、黒ウサギがさせて頂きます♪」

「フォォォォォォォォォォォ黒ウサギぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「パンツくわせろ!」

「ガチガチのパンでも食ってろハゲ!」

 

 大樹の地下都市に、割れんばかりの歓声と酔っ払い共の奇声が上がる。

 いつぞやにも見たなこの光景、などと思っていると突然、麻袋から四匹の精霊が一斉に飛び出した。

 

「あ」

「きゃ……!?」

 

 リリは爆発した麻袋に驚いてひっくり返り、周囲の人間も驚きの声を上げて避難する。

 赤紫のワンピースを揺らして飛翔する小悪魔たちは並んで一言ずつ、

 

「ばかやろー!」

「あほやろー!」

「タコやろー!」

「いかやろー!」

 

 ギャーギャー! と罵倒らしきものを吐き捨てて、大樹の天辺目指して飛び去ってしまった。

 追いかけるべきか、しかしそちらでは開会式が行われている真っ最中である。

 こちらの騒ぎに気付いていない黒ウサギはテキパキと式を進行する。

 

「それでは皆さん! 大樹の天辺をご覧ください!」

 

 大樹の天辺には煌々と火が焚かれている。だがそこに何者かの姿は見えない。大樹の葉が夜風に吹かれ、擦れ合う音だけが響き──そして、数秒後。

 綺羅と輝く白銀の光が靡いた。

 

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶッ! 少し落ち着けと人は言うッッ!!」

 

「とうっ!」というふざけた掛け声と共に大樹の天辺から舞い降りてくるは着物を纏う銀の髪を(なび)かせる美女(おバカ)

 あの存在感、髪色、そして奇行。見た目は以前と違えども、テオドール達は知っている。

 そう、彼女こそが東側最強の“階層支配者”にして、永遠不落の純白の太陽(問題児)。かの“白き夜の魔王”・白夜叉その人である──!

 

「いやなんだこれ」

 

 華麗なポーズを決めて着地した白夜叉を見ながら、ノイロックは思わず半目になった。

 

   ◆

 

 その後、開会式は驚くべきことに非常にまともに進行し、万雷の喝采と共に幕を閉じた。

 

 何故か白夜叉の身体が大人のそれに成長していた件については、後から知ったことによると、巨龍と同時に発生した、各“階層支配者”を狙った魔王の襲撃が関係しているらしい。

 白夜叉は仏門に属することで霊格を落とし、下層への干渉を許されていたのだが、東側に現れた魔王撃退のために神格を返上。本来の霊格を取り戻したことで肉体にも変化が生まれたのだそうだ。

 

 閑話休題。

 

「さて、お前らこれからどうするんだ?」

 

 リリが持ってきてくれた料理を食べ終えて、十六夜が尋ねた。

 

「自分は精霊を探しに行くべきか、ここで黒ウサギを待つべきか迷っている」

「私は年長組を一度集めます。“六本傷”の名物料理がそろそろ焼き上がると聞きましたから」

「ああ、例の“斬る!” “焼く!” “齧る!”の三工程で食べるアレか」

「はい。一度食べてみたくて」

「肉か……なあボス、オレ達もそれ──」

「それ、私も行く──!!」

 

 ズブゥン! と落下の衝撃音としては柔らかい音と共に、見覚えのある顔が降ってきた。

 耀は抱えていた二人を投げ捨ててツカツカツカと一瞬でリリに詰め寄り、肩を抱く。

 

「それ、私も食べる。何処にある?」

「……え? ええと、一つ上の断崖だと思いま」

「よし行こう飛鳥たちが目を覚ます前に行こうさあ行こうレッツ、立食!」

 

 ひゃー、と悲鳴を上げるリリを担いだ耀は、旋風を巻き上げて颯爽と去っていった。あっという間の出来事だった。

 一連の流れを呆れたように見ていた十六夜は、その側に飛鳥と、“サウザンドアイズ”の女性店員が放置されているのに気付いて手を差し伸べる。

 

「何やってんだ、お嬢様」

「……十六夜君には関係ないわ」

 

 ぶすっ、と拗ねながらも手を取る飛鳥。

 一方のテオドールは女性店員を助け起こす。

 

「……ありがとうございます。ところでつかぬことを聞きますが、拳大の精霊を見ませんでしたか?」

 

 何事もなかったかのように立ち上がって問う女性店員。覚えがあったテオドールは大樹の天辺を指さした。

 

「それなら先程あっちに飛んでいったが」

「……! そうですか。貴方も飛べましたよね、追いかけてくれませんか? いえ、すぐ追いかけて下さい!」

「……ん、わかった。では二人とも、自分達はこれで」

「え、ええ」

 

 何だかよくわからないが、頼まれ事は基本断らない主義であるし、相手は普段世話になっている“サウザンドアイズ”の者だ。食後の運動がてら、テオドールは素直に引き受けることにした。

 女性店員を自分に掴まらせると、ペット達を引き連れて飛び立つ。

 十六夜達も、耀が向かった立食会場へ赴くことにした。

 

 完全にすっぽかされた黒ウサギがウサ耳をしょんぼりさせるまで、あと数分。

 

   ◆

 

 上空から、時には降りて地上から。散々探し回ったが、ただでさえ小さな精霊達は中々見つからず。肩を落とす女性店員と別れたその直後、テオドールは収穫祭の本陣営に呼び出された。

 今回ばかりは本当に何もしたつもりはないと首を傾げたが、話を聞くと耀が“二翼”と揉め事を起こしたらしい。

 

 十六夜、飛鳥、黒ウサギ、ジンと、机を挟んで睨み合う見知らぬ男。背中から鷲の翼を生やしている彼はグリフィス、“二翼”の頭首を務めるヒッポグリフである。現在は術を使って人の姿をしていた。

 グリフィスは立食会場に居た耀と“ノーネーム”、果てはサラに対する侮辱的な発言をした。それで耀が逆上し、彼の取り巻きに重症を負わせたのだと言う。

 耀は喧嘩の仲裁の際に殴られて、今は別室に寝かされている。

 

「……話はよくわかった」

 

 報告書を読み終えたサラは、深い溜息を吐いて険悪な両者を見やった。

 

「この一見は両者不問とする。しかし次に問題を起こしたら強制退去だ。──以上」

「ふざけるなッ!!」

 

 怒声と共に激しくテーブルを叩いたのはグリフィスだ。

 

「サラ議長! こいつらは我らの同士を重症に追い込んだんだぞ! なのに処罰しないとはどういう了見だ!」

「それはお前達にも非があるからだ。私に対する侮辱は……まあ、目を瞑ってやるとしても、」

「馬鹿を言わないで! それが一番重要でしょう!?」

 

 今度は飛鳥がテーブルを叩く。

 

「私は貴女が議長を退くなんて初耳よ。“アンダーウッド”を救った功労者である貴女が、どうして議長を退く必要があるの!?」

「それは連盟の事情だ。飛鳥に話せることは何もない」

 

 ハッキリと拒絶され、飛鳥は歯を食いしばった。そしてサラの折れた龍角を見る。

 次期連盟の長の座は、テオドール達の知らぬ間にサラからグリフィスに挿げ替えられていた。それを理由にサラが侮辱されたのだ。

 地位を退く原因が彼女の折れた龍角であるならば、飛鳥に責任があると言っても過言ではない。

 

 サラは申し訳なさそうに視線を逸らし、先を続けた。

 

「……しかしグリフィス。彼らに対する侮辱は、行き過ぎた名誉毀損だ。決闘を申し込まれたとしても仕方のない行為と言える。違うか?」

「確かに、決闘という形式ならば重症を負っても仕方がない。しかしあの小娘は問答無用で同士へ危害を加えたのだぞ! 過剰な暴力行為だろうがッ!」

 

 鋭い指摘に、青筋を立てて怒り狂うグリフィス。しかしその内容も一応筋が通ってはいる。

 面倒臭いものだ、とテオドールは辟易した。ここがノースティリスであれば、「相手の実力も見極めず喧嘩を売った方が悪い」ということで満場一致だろうに。

 ……いや、そもそもグリフィスの命は無いだろう。ノースティリスにおいて喧嘩は殺し合いと同義である。

 

 サラの方は、これ以上この問題を広げるつもりはないようだ。無言で席を立ち、解散を告げようとする。

 尚も食い下がろうとするグリフィスを止めたのは、壁際へと凭れかかり、枯れ木のように静観していた男だった。

 

「君、その辺で止めときや。サラちゃん困ってるやんか」

 

 隻眼に眼帯をした男が、胡散臭い笑みを浮かべてグリフィスに言う。

 

蛟劉(こうりゅう)殿……その、二百歳にもなってサラちゃんというのは、」

「あっはっは! 僕の妹と同じこと言うねえ、サラちゃんは」

 

 脱力したように肩を落とすサラに、蛟劉と呼ばれた男は愉快そうに笑った。

 その笑みのまま、グリフィスに視線を向ける。

 

「まあ、ぶっちゃけた話をするとやな。君の言い分は一理ある。話を聞いた限りやと、“名無し”の子らはちょっと過剰防衛気味やなあ」

「な、何ですって……!」

 

 彼の言い草に、飛鳥が憤りを抑えながら声を上げた。

 

「そもそも、貴方は何者なの? これは“ノーネーム”と“二翼”の問題でしょう?」

 

 耀と“二翼”の仲裁に入ったのが彼であるらしいのだが、それはそれ。どこの馬の骨とも知れない者が、何をもってコミュニティ間の諍いに口を挟んできているのか。そんな敵意をたっぷり込めて告げる飛鳥に、サラは大慌てで割って入った。

 

「ま、待ってくれ飛鳥! この御方は亡きドラコ=グライフの御友人で、連盟のご意見番でもある方なんだ!」

「ご意見番だと? そんな輩がいるとは初耳だが」

 

 グリフィスが訝しげに眉をひそめる。

 連盟の一角を担う“二翼”の頭首が、連盟のご意見番を知らない筈は無いだろう。

 余計に不信感を募らせる一同に、蛟劉は困ったように頭を掻き、袖から蒼海の色を持つギフトカードを取り出して見せた。

 

 そこに記されたギフトネーム──“覆海大聖(海を覆いし者)”の文字を見て、皆の顔色が変わる。

 

「……“覆海大聖”蛟魔王だと!?」

「こ、蛟劉さんが、七大妖王の一人だと言うのですか!?」

 

 いや誰だよ。

 というのがテオドール達イルヴァ組の率直な感想であったが、十六夜達も反応しているところを見ると、あちらの世界における有名人なのだろう。

 

「くっ……つまるところは穀潰しだろうが。巨龍との戦いにすら参加しなかった者が抜け抜けとご意見番を名乗りやがって」

「せやなあ。巨龍の件については申し開きもできん」

 

 グリフィスの悪態もおおらかに呑み込んでしまう。少なくとも彼よりは大物であることは明らかだった。

 

「けど、今回の件は君のためでもあるんやで」

「何だと?」

「“名無し”とはいえ、“サウザンドアイズ”の専属審判である黒ウサギがいるコミュニティを侮辱したんやで? 身内贔屓の白夜王がその事を知ったら、何されるかわかったもんやないよ。それにあれ以上戦闘を続けて他の参加者に怪我でもさせたら、連盟の名にも泥を塗ることになりかねんやろ?」

「ぐぬ……」

「でもさっき言ったように、先に手を出した“ノーネーム”側にも非がないとは言い切れない。そこで、や。ここは一つ、箱庭らしくギフトゲームで決着を付けるというのはどうやろ? 折角の収穫祭なんやし」

 

 にこやかに提案する蛟劉。収穫祭で開催されるゲームで決着を付けろということだろう。

 落とし所としては悪くない。悪くないが、この胡散臭い男に言われるがままなのが癪で、グリフィスは渋い顔で押し黙った。

 沈黙を肯定と受け取り、蛟劉が話を進める。

 

「二日後に開催される“ヒッポカンプ”の騎手。収穫祭で最大のゲームやし、どちらのコミュニティも参加するつもりやろ? そこで決着を付けるというのが僕からの提案。どうや?」

「“ノーネーム”はそれで構いません」

「負けた方が壇上で勝者に土下座だな。異論はあるか?」

「……ふん、いいだろう。今からでも恥を掻く準備でもしておくのだな」

 

 挑発するような声音の十六夜に、グリフィスは苛立ちを込めながらも堂々と返す。

 ここで不平を並べても、現議長であるサラが先程の結論を覆すことはないだろう。ならば生意気な“名無し”をこの手で懲らしめる大義名分を得ただけ遥かに良い。そう考えている様子だ。

 

 グリフィスが退室すると、サラは肩の荷が下りたように溜息をこぼした。

 

「助かりました、蛟劉殿」

「気にせんでええよ。こういうのは下手に怨恨を残すと余計にこじれるからな」

「同感だ。こっちもあの馬肉には腹が立ってたところだし。……それにしても、」

 

 十六夜は思い出したようにニヤリと笑った。

 

「驚いたぜ。強いとは思っていたが、まさか西遊記の蛟魔王とはな。アンタの記述はほとんど無いに等しいし、一度話を聞いてみたかった」

「あら、それを言うなら私もよ。西遊記ぐらい有名な物語だと、事実関係を検証してみたくなるわ」

「YES! そういうことなら黒ウサギも聞いてみたいのですよ!」

「サイユーキって何だ?」

「さあ?」

 

 一斉に瞳を輝かせる“ノーネーム”一同(若干名除く)に、蛟劉は笑顔を引き攣らせて後ずさった。

 

「あーいやいや、そんな。年寄りの昔話なんて」

「美味い肴はあるぞ」

「美味しい前菜もあるわ」

「美味しいお酒も……ありますけど、果汁ジュースで手を打って下さいな!」

 

 よし、準備完了。

 そんな姿勢を見せる彼らに、どうやら逃げられそうもないと悟る。

 蛟魔王は、観念したように笑って席に着くのだった。




蛟魔王って誰だよ(西遊記絵本勢)

◆料理
スキルの一つ。これが高いほど高ランクの料理が作れる。ただし出来上がるものはランダム。主能力を効率よく鍛えるためには良いものを食べるべし。
調理器具ごとに作れるものが変わったりはしないのでオーブンでシャーベットを作ったりする。すごい。

◆ガチガチのパン
小麦粉を料理した時にできる失敗料理(?)
食べてもお腹を壊したりはしないが、ティリス民の胃袋が強靭なだけかもしれない。


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収穫祭・二日目

『ギフトゲーム ─ ヒッポカンプの騎手 ─ 

 

・参加資格

 一、水上を駆けることができる幻獣と騎手(飛行は不可)。

 ニ、騎手・騎馬を川辺からサポートする者を三人まで選出可。

 三、本部で海馬を貸し入れる場合、コミュニティの女性は水着必着。

 

・禁止事項

 一、騎馬へ危害を加える行為は全て禁止。

 ニ、水中に落ちた者は落馬扱いで失格とする。

 

・勝利条件

 一、“アンダーウッド”から激流を遡り、海樹の果実を収穫。

 ニ、最速で駆け抜けた者が優勝。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、各コミュニティはギフトゲームに参加します。

 “龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟 印』

 

   ◆

 

 収穫祭二日目、“アンダーウッド”・川辺の放牧場。

 “ノーネーム”の面々は明日の“ヒッポカンプの騎手”に向け、騎馬となるヒッポカンプを借りに出ていた。

 

「はいやっ!」

 

 手綱を握り、軽く鞭を入れる。ヒッポカンプは嘶きを上げると、水上を走り始めた。

 蹄に水かきを、(たてがみ)にヒレを持つ幻獣、ヒッポカンプ。その足跡は激しい水飛沫が飛んでいるが、四足は前進し続けている。

 彼らのギフトは水の表面張力と浮力、そして圧力を操作し、水面を駆けることを可能にするのだ。

 

 テオドールは飛行して追従しながら、騎手であるノイロックに声をかけた。

 

「問題なさそうか」

「そうだな、思ったより揺れるが……ま、転落することはなさそうかね」

 

 適当に方向転換しながら所感を口にする。

 ノイロックに乗馬の経験はほとんどないが、卓逸したステータスが彼らを乗りこなすことを可能にしていた。

 幻獣である彼らは普通の馬よりも知能が高く、操縦するにも特別な技量は必要ない。少なくとも平常なら、思い通りに動くことができそうだった。

 

「ノイロック、もうパートナーを決めたんだ」

 

 軽く大河を駆け回っていると、別のヒッポカンプに乗った耀が近寄ってきた。

 

「おう。水着選びはもう終わったのかよ?」

「うん。今は黒ウサギが飛鳥とスビンのを選んでる」

 

 海馬を本部から借り入れるコミュニティの女性は、ゲーム中の水着の着用が義務である。そのため女性陣は、まず放牧場の隣に用意された水着置き場で明日の水着を選んでいた。耀は適当に済ませてしまったらしい。

 

 ちなみに、元々の“ヒッポカンプの騎手”にこのようなルールはない。全ての元凶は、何を隠そう白夜叉である。

 あの駄神、開会式を真面目に進行したかと思えば、式を終えてから誰も居なくなった壇上を独占し、水着着用の義務を勝手に取り決めてしまったのだ。酔っ払い共の支持を受けた彼女は無敵だった。

 ある意味期待を裏切らない所業だが、水着の形状を指定していない辺りまだ大人しい方かもしれない。

 

「それにしても、意外。テオドールが騎手をやるのかと思ってた」

「ボスが馬に乗ると弱体化するようなもんだからな」

 

 廃人であるテオドールは様々なスキルを極めているが、いくつか例外もある。その一つが〈乗馬〉である。

 理由は単純、そこらの馬よりテオドールの方が圧倒的に()()からだ。そこまでステータスを伸ばす以前も、特別必要性を感じなかったため、彼の〈乗馬〉スキルは人並みのものでしかない。

 なのでテオドールはサポーターとして動く方が自由が効くのである。

 スビンではなくノイロックが騎手に選ばれたのは、ノイロックがサポーターとして活躍し辛いのもある。騎馬に危害を加えることは禁じられているため、彼の獲物である銃を使えない。まさか騎手をヘッドショットする訳にもいかないのだ(ルールに騎手については書かれていないのだから許されるのでは? と本気でテオドールは考えたが、こういった平和的なゲームでの殺人行為は御法度だと黒ウサギに強く言い含められた)。

 

「そっちは耀が乗るのか?」

「ううん。今は私が乗りたかったから先に乗らせて貰ってて、本番の騎手は飛鳥の予定。飛鳥の足だと、ヒッポカンプを追いかけるのは厳しそうだから」

「ああ、ディーンは修理中だっけか。……一応、お前と二人で騎手をやるって手もあるぜ?」

「それだとテオドールチームに勝てる気がしない」

 

 このゲーム、コミュニティごとの出馬数に制限は無い。元々は個人戦だった名残だろう。理由は不明だが、昨日のうちに水着以外にもルールが改訂され、チーム戦になったらしい。

 そのため“ノーネーム”では十六夜発案の(もと)、折角だからと地球組とイルヴァ組で順位を争うことになった。

 彼らが本当に争うべきはグリフィスなのだが、全員全く持って負ける気がなかった。

 

「心配せずとも、自分は専守防衛に徹するつもりだ」

「うーん……どちらにしても余計に難易度が上がってる気がする」

 

 サポーターによる妨害や補助が前提にあるゲームで、テオドールの戦闘力を考えれば、彼の防衛をくぐり抜けてノイロックを妨害するのはかなり難しいだろう。もし彼が本気で他者の妨害に参加することになったら、恐らく開始数秒で全員水中に叩き落とされるので、それより遥かにマシだろうが。

 いっそ両方を中途半端にやってくれた方が付け入る隙がありそうなのだが、寧ろ攻守を完璧にこなして来そうなのが怖い。

 

「でも、私達も負けないよ」

「受けて立とう」

 

 穏やかな口調ながら熱の籠もった眼を向ける耀に、不敵に返すテオドール。

 静かに火花を散らしながらヒッポカンプの宿舎がある放牧場まで戻ってくると、水着を試着した飛鳥とスビンが川辺で待っていた。

 

「飛鳥、スビン! 二人とも水着は決まった?」

「え、ええ」

「はい、まあ」

 

 飛鳥は赤いビキニにパレオを巻いたもの。スビンは胸部がフリルで覆われた青い水着だ。

 両名とも露出が多い服に慣れていないのか、落ち着かない様子だった。

 側に控えていた黒ウサギが二人の肩を抱いて笑う。

 

「ふふ、どうでございますか? お二人のイメージに合わせてセレクトしてみました♪」

「うん、とても似合ってる。ね、テオドール」

「そうだな」

 

 ファッションには疎いテオドールだが、似合う似合わないで言えば断然似合っている。素のプロポーションもあって二人とも大抵のものは着こなせてしまうのだろうが、それでもこのチョイスは上等に思えた。

 無遠慮に観察する視線に、飛鳥は頬を染めてそっぽを向く。

 

「そ、そんなことよりっ! 十六夜君は? 居ないの?」

「十六夜? お前達と一緒に居たんじゃねえの?」

 

 ノイロックが首を傾げる。

 テオドールと似たような理由でサポーターを担うことになったらしい十六夜も、ヒッポカンプに興味があるとかで一緒にこの場に来ていた。

 確か「任せな! 俺がエロエロになれる水着を選んでやるぜ!」とか何とか言っていた気がするのだが。

 

「十六夜君に水着を選ばせるのは身の危険を感じたから却下したわ。そうしたら“ならその辺で遊んでくる”なんて言って出ていったんだけど」

「そうかい。オレ達は見てねえな」

「そう。まあ十六夜君だし、そんなに心配するようなことでも……」

 

(ドドドドドドド……)

 

「……何か聞こえない?」

「え?」

「水の音、かな? どんどん大きくなって、あっちから」

 

 聴覚に優れた耀が大河の下流を指差す。

 視線を向けると、死にものぐるいで走る一頭のヒッポカンプと、その後ろを猛追する激しい水飛沫がこちらに向かってきていた。

 

「何あれ!?」

「追いかけられてる……んですかね? 何かに」

「どういう状況だよ」

 

 どんどん近付いてくるそれらに、各々は一応身構えた。もしかしたら何か凶暴な存在に追われてるのかもしれない。

 逃げるヒッポカンプが接近する。自然と緊張感が高まる中、バシャアッ! と水中からそれが飛び出した。

 

「っし到着!」

 

 十六夜だった。川辺に着地した彼は、何故だかちゃっかり水着(貸出用として男性用も少数用意されていた)を着用している。

 危惧した通りの凶暴な存在には違いないが、一同は不本意に肩の力が抜けたことを自覚した。

 

「……十六夜君?」

「おおさっきぶりだなお嬢様。水着決まったのか。へえ……」

「じ、じろじろ見るのをやめなさい! ってそうじゃなくて! 何やってるの!?」

 

 飛鳥の当然の疑問に、十六夜はからからと笑って答えた。

 

「いや、折角だし俺もヒッポカンプに試し乗りくらいしとこうと思ったんだが、そいつがとんだじゃじゃ馬でな。何回乗っても落っことしやがるから、そのガッツを見込んで真剣勝負を挑んでみた」

『えーんヒポポタママー! こわかったよー』

『おおよしよし』

『だから人間を舐めるのもいい加減にしとけよって言ったのに』

 

 背後で鳴き合うヒッポカンプ達の会話を聞き、耀は苦笑した。ほんの悪戯心だったのだろうが、相手が悪かったようだ。

 ドヤ顔を決める十六夜に、ノイロックが呆れたように言う。

 

「マジで何してんだよ。水難の相が酷すぎてついに自分から濡れに行ってんじゃねえか」

「これならこれ以上濡れなくて済むぜ!」

(ほんとかよ)

「で、パートナーは決めたのか? スタミナならあいつが一等だぞお嬢様。俺が保証する」

「いえ、遠慮しておくわ……」

「ならこっちにする? こちら、ヒポポタママさん」

「ヒ……?」

 

 耀が試乗していたヒッポカンプを紹介すると、それに気付いたヒポポタママは泣きつくヨアスケ(先程十六夜に追い回されていた子だ)を適当にあしらい、ヒンッと鼻を鳴らして挨拶した。

 飛鳥と黒ウサギは笑い出そうとするのを渾身の努力で我慢し、礼儀正しくお辞儀する。

 

「よ、よろしく。ヒポポ……ヒポポ、タママさん」

「うわ変な名前モガッ」

「十六夜さんッ!」

(普通)

(普通だな)

(普通ですね)

 

 黒ウサギに口を塞がれる十六夜を横目に、飛鳥はヒポポタママに跨る。

 しっかりと手綱を握ると、軽い調子で鞭を入れ、

 

「それじゃあ、高原の辺りまで──()()()()()()()()

 

 言うや否や、激しい嘶きを上げて走り出す。先程の十六夜達を上回りかねない速度に、飛鳥は馬上で激しく揺られながら顔を引き攣らせた。

 

「え、ちょ、ちょっと待っ」

 

 激しい揺れで静止の言葉が出ない。飛鳥を乗せたヒポポタママは物凄いスピードで彼方へと走り去った。

 遠ざかる背中を見送りながら、黒ウサギが無邪気に歓声を上げる。

 

「凄いですねー! あのスピードなら優勝も狙えちゃいますよ!」

「確かにあの速度は脅威です。どうしますテオドール様」

「速いだけならいくらでもやりようはある。他の参加者にも言えることだが」

「……うん。私も、速いだけじゃ優勝は無理だと思う。あの人も出場するみたいだから」

 

 あの人? と耀の視線を辿ると、大河の対岸に見るも見事な肢体のヒッポカンプと、それに跨る仮面の騎士が居た。

 その見た目と耀の態度でテオドールもピンとくる。彼女が巨人族との戦いで活躍したというフェイス・レスだろう。伝聞の通り、確かに実力者のオーラがある。

 フェイス・レスは自分に向けられた視線に気が付くと、手綱を操ってこちらに騎馬を寄せた。

 馬上から降り、軽く一礼。

 

「……お久しぶりです。そちらの貴方も」

「おう。話は聞いちゃいたが、やっぱりアンタだったか」

「あれ、知り合い?」

 

 声を掛けられた十六夜がニヤリと笑う。

 この収穫祭でフェイス・レスと出くわしたことがあるのは女性陣だけの筈なのだが、彼も顔見知りであるようだ。

 

「ほら、前に黄金盤のゲームがあっただろ。あの時にやりあった相手だ」

「……あぁ、十六夜が暴れたせいで手に入れた報酬が全て弁償に当てられたというアレですか」

「その時居なかったもんな、オレ達。帰ってきたらエラいことなってたけど」

「それそれ。……睨むなよ。悪かったって」

 

 当時のことを思い出した耀と黒ウサギから若干怨念がこもった目を向けられ、十六夜が苦笑する。

 

 収穫祭に来る以前に、テオドール達が届け物の依頼に出ている間に突発的に開催されたゲームがあった。そこで“ノーネーム”は報酬として多大な賞金を稼いだにも関わらず、十六夜がフェイス・レスとの戦闘中に出した被害が甚大で、修繕費として全額没収されたと聞いている。

 あの十六夜がそれほどやらなければ勝てなかったと言うのだから、やはりとんでもない実力者であるのだろう。

 

「まあでも僥倖だ。こんなところでリベンジの機会が現れるとはな」

「同感です。貴方には一杯食わされましたので、また相見えることがあればと思っていました。騎手は貴方が?」

「俺はサポーターだ。騎手をやるのはここには居ないお嬢様と、あとそこのノイロック。俺達は二組で一位を争う予定だったんだが、仮面の騎士様が居るとなると三つ巴になるかもな」

「……成る程」

 

 フェイス・レスはテオドール達の姿を見て、何やら得心がいったように頷いている。

 一方耀は彼女の騎馬を見て瞳を輝かせていた。

 

「ねえ、この子。凄い綺麗だけど、貸出のヒッポカンプじゃないよね?」

「はい。クイーンより与えられた騎馬の一頭です」

「流石は“クイーン・ハロウィン”の寵愛者。これほどの騎馬を授けられているとは」

 

 黒ウサギも見惚れるような眼差しを向けている。

 ところでテオドールには気になることがあった。

 

「“クイーン・ハロウィン”とは?」

「あ、テオドールさんは詳しく知りませんよね。“クイーン・ハロウィン”は箱庭第三桁に籍を置く、太陽の運行を司る黄金と境界の星霊でございます。フェイス・レスさんはその寵愛者である女王騎士なのです」

「へえ、血統書付きって訳だ。でも第三桁ってことは思いっきし格上だよな。こんな下層のゲームに出ていいのかよ?」

「あくまでも今の私は“ウィル・オ・ウィスプ”の客分ですので。無論、手加減は致します」

 

 冷やかし半分で尋ねたノイロックに、フェイス・レスは淡々と返した。

 収穫祭中、彼女は名義上“ウィル・オ・ウィスプ”に所属していることになるらしい。それを知らない者からは彼女は下層の人間として認識され、下手に萎縮されることもない。

 実力故に本拠付近でのゲーム参加に制限がかけられているテオドールや十六夜からしてみれば羨ましい限りだが、収穫祭のような大きな祭りの中であることと、“クイーン・ハロウィン”という箔があるからこその特例なのだろう。何より彼女は接待とまでは言わずとも、場が冷えない程度に加減が出来る。

 テオドール達ももう少し手加減が上手ければ参加できるゲームが増えたかもしれない。

 

「でも、手加減なんかする余裕は無いかもしれないぜ? 何せうちにはこのテオドールがいるからな。そこ二人がぶつかってる間に俺達が優勝を掻っ攫うって手がある」

「それは心に留めておきましょう。しかし、コミュニティ内で順位を争うのは良いですが、大丈夫なのですか? 貴方達は“二翼”との決闘があると聞いていますが」

「あんなのに負けないし」

 

 即答して唇を尖らせる耀。

 フェイス・レスはしばし一考した後、気になることを口にした。

 

「……貴方達は、“龍角を持つ鷲獅子”連盟が行っている賭けを知っていますか?」

 

 一同は顔を見合わせるが、誰もそのことについて知る者はいないようだった。

 フェイス・レスは身体を寄せると誰にも盗み聞きされないように小声で、

 

「私も又聞きではあるのですが……“ヒッポカンプの騎手”で“二翼”が優勝した場合。グリフィスが、南の“階層支配者”に任命されるそうです」




◆名前
elonaの一般NPCの名前はランダム生成されるので、ちょっと響きが面白いくらいの名前ならその辺にいくらでも居る。

◆ヨアスケ
ちょっと人間を舐めてたヒッポカンプ。十六夜に泣かされた。
今回の茶番のためだけに生み出されたので出番はもうない。


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“ヒッポカンプの騎手”・前編

 ──“ヒッポカンプの騎手”・参加者待機場。

 

 快晴だった。強い日差しの下、大樹の水門に設けられたスタート地点で、参加者達が意気揚々とレースの開始を待っている。川辺ではサポーター達が牽制し合いながら、各々がベストであると思う位置を陣取っていた。

 

 飛行が可能なサポーターは、その集団から一歩引いた位置に居る。その中に混じっているテオドールは、“二翼”の者達を視界の端に捉えながら、先程ジンから知らされた内容を思い返した。

 

「今回のゲームの優勝者には、次期“階層支配者”を指名する権利が与えられるそうです」

 

 更衣室テントの前に集められた“ノーネーム”一同に、ジンが語った。

 

「実質、サラ様とグリフィス様の争いです。『選択は任せるが、“ノーネーム”に託したい』──そうサラ様とポロロから要請を受けました。“二翼”とは遺恨もあります。絶対に勝って下さい」

 

 昨夜連盟の間で交わされた密約だというそれは要するに、サラがグリフィスを蹴落とすために“ノーネーム”を代理人に仕立て上げた、ということだ。“ノーネーム”がグリフィスを選ぶことは無いと分かっているのだから。

 ちなみにポロロというのは吸血鬼の古城で出会ったガロロの息子にして“六本傷”の若き頭首──驚くべきことに、ジンとは同年代──である。先日のジンの交渉相手でもあり、今となっては同盟相手だ。

 

 無断でそんな大役を任されたことに多少は思う所があったが、“ノーネーム”としてもあの高慢なグリフィスよりサラが“階層支配者”になってくれた方が心情的にも立場的にもありがたい。断る理由は無かった。

 

『──大変長らくお待たせ致しました!』

 

 少しして、舞台に立つ黒ウサギの声が、マイクを通して辺りに響いた。

 

『それでは今より、“ヒッポカンプの騎手”を始めさせて頂こうかと思います! 司会は毎度お馴染み、黒ウサギが──』

 

 ──雄々オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

 

 天地を揺るがす大歓声。ひゃっ、と黒ウサギが驚くのが聞こえた。

 

 このゲームの様子は、“ラプラスの小悪魔”という群体悪魔の力によって中継されるらしい。収穫祭初日にテオドールが遭遇したあの赤紫の小さな少女達のことである。

 彼女達は圧倒的な情報収集能力を持ち、箱庭の各地で今回のようにギフトゲームの情報を映像として映し出すアルバイトを行っているそうだ。

 

 恐らく今は、黒ウサギの水着姿が観客達の前に映し出されているのだろう。

 テオドール達はジンに招集された際に目撃する機会があったのだが、彼女を見慣れている地球組がエロいエロい連呼していたので、この観客の反応もむべなるかな。

 しかも酒が入っているとくれば、観戦会場の惨状が目に見えるようだった。

 

『えー諸君! ゲーム開始前に、まず一言──黒ウサギは実にエロいな!』

『さっさと開始して下さいこのお馬鹿様!!』

 

 満足げな声色でセクハラを挟みつつ、白夜叉が言う。

 

『皆も知っておるだろうが、この度の収穫祭は我々“サウザンドアイズ”からも多くの露店を出しておる。しかし残念ながらゲームの開催を準備する時間が無かった。そこで考えたのだが……この“ヒッポカンプの騎手”を勝ち抜いた参加者には、“サウザンドアイズ”からも望みの品を進呈すると宣言しておくぞ!』

 

 参加者達から歓声が漏れた。

 それぞれが欲しい物を思い描けば弥が上にも野心が高まり、空気が緊張を帯びていく。

 

『それでは黒ウサギより、“ヒッポカンプの騎手”の最終ルール確認を行います!

 一、水中への落下は即失格! 但し岸辺や陸に上がるのはOK!

 二、進路は大河だけを使用すること! アラサノ樹海からは分岐路がありますので、各参加者が己の直感で進んで下さい!

 三、折返し地点の山頂に群生する“海樹”の果実を収穫して帰ること! 以上です!』

『それでは参加者達よ。指定された物を手に入れ、誰よりも速く駆け抜けよ!

 此処に、“ヒッポカンプの騎手”の開催を宣言する!』

 

   ◆

 

 ──開催宣言後、刹那の剣閃だった。

 白夜叉が柏手を打つと同時、フェイス・レスは獲物の蛇腹剣を引き抜いて、範囲内にいる参加者を全て斬り伏せた──否。

 正確には、首の皮一枚傷付けることなく。

 

 仮面の騎士は一瞬にして、参加者達の水着を引き裂いたのだ──!!

 

「きゃ…………きゃあああああああああああああああ!?」

 

 途端に広がる黄色い絶叫。水着を斬られた者達は何が起こったのかも分からず、己の裸体を隠すためにどんどん水面に落馬していく。

 男性の騎手は鎧を着ている者も居たが、その隙間すら縫って切り裂き、問答無用で素っ裸にした。

 

 彼女の絶技と血も涙もない戦法に参加者達は戦慄し、テオドールは舌を巻いた。

 見るもやるも馬鹿馬鹿しいが、効果は抜群だ。ああなってしまえば身を隠せる場所は水中にしかない。

 幸いなことに、裸体を剥き出したままレースを続行するような猛者は居ないようである。

 

 悠々と騎馬を進める水着切り裂き魔(フェイス・レス)は、近寄る参加者の水着や衣服を片端から斬り捨て、あっという間にトップに躍り出た。

 その後ろにしれっとノイロックが続く。蛇腹剣の射程ギリギリを維持し、さり気なく他者の接近を牽制していた。

 飛鳥も初撃に巻き込まれていたが、十六夜の投石で何とか逃れ、今はノイロックの背中を追っている。

 

(今はこれ以上先に行くのは無理ね……)

 

 ノイロックの少し後ろに続く位置。飛鳥はそこでスピードを緩めた。

 彼女のギフトを使えば、もっとスピードを出すことは可能だ。しかしノイロックを抜かせば、フェイス・レスの攻撃範囲に入ってしまう。そうなれば必然、水着が斬られる。肌を出すだけでも恥ずかしいのに、顔も知らぬ観客達に裸体を晒すくらいなら死んだ方がマシだ。

 サポーターの十六夜も、投石だけで飛鳥の身を守り続けることは困難だろう。

 

 本当はテオドールとフェイス・レスがぶつかることを期待していたのだが……“専守防衛に徹する”という宣言通り、テオドールは彼女の刃が直接ノイロックを襲わない限りは攻撃するつもりはないようだった。

 

『現在、トップ集団は六頭! トップは“ウィル・オ・ウィスプ”よりフェイス・レス! 二番手、三番手は“ノーネーム”よりノイロックと久遠飛鳥! 以下四番手から六番手は“二翼”の騎手達が猛追している状況です!』

 

 黒ウサギの実況に耳を傾け、情報を噛み砕く。

 “二翼”も複数の騎手とサポーターを出場させているようだ。彼らの数は厄介な武器になるだろう。

 その他の参加者はフェイス・レスの手によって大半が脱落しており、“ノーネーム”からすればほとんど気にする必要は無い。

 

 やがて、鬱蒼とした森が参加者達の目前に迫る。

 

『トップ集団、アラサノ樹海の分岐路に到着しました! 此処からはどの経路を選ぶかが勝負の鍵になります! 己の直感を信じて突き進んで下さい!』

「お嬢様! こっちに寄って、なるべく細い河を選べ!」

「分かったわ!」

 

 十六夜の指示に従い、手綱を操る飛鳥。

 参加者達は次々と樹海の中に姿を消していく。

 

   ◆

 

 テオドール達は数多に存在する経路の中から、的確に最短経路を選び取っていた。

 土地勘のない彼らがそのルートに入れたのは幸運によるもの……ではない。

 実は彼らは前日のうちにレース会場を上空から視察し、ちゃっかり最短ルートを把握していたのである。

 

 十六夜達が知っていればブーイング間違い無しのガチっぷりだが、箱庭においては出来ない、しない方が悪いのであって、ルールで禁止されていない以上反則ではない。

 なので当然ながら“二翼”も似たような行動をしていた。先回りしていた“二翼”のサポーターが、最短ルートを封鎖していたのだ。

 そこに入ろうとしたノイロックを襲った“二翼”の同士は哀れ、スビンとテオドールの手によって全員大河の底に沈んだ。中にはグリフィスも混じっていたのだが、途中から機械的に処理していたテオドールは気付かなかった。

 

 滑稽にも見える“二翼”のやられっぷりに、中継映像を見ていた酔っ払い達は笑い、二つのコミュニティの確執を知る者達はドン引きした。

 十割侮辱とはいえ、自分に話しかけてきている、しかも因縁がある相手をノールックで水面に叩き落とせば、引かれるのも仕方あるまい。

 けしかけた張本人であるサラも、空いた口が塞がらなかった。

 

 ちなみに騎手達もグリフィスが落とされた時点で自ら大河に飛び込んだため、“二翼”はゲームから完全に脱落したことになる。

 そんな訳で、ノイロックたちの行く手を阻む者は居なくなった──かに思われた。

 

「へえ、ここで潰しに来たか──耀」

「本当は“二翼”を倒しにきたんだけど……先を越されちゃったね」

 

 前方に耀が進路を塞ぐように現れ、ノイロックは騎馬を止めた。

 黒ウサギの実況は、レースの公平性のためか単なる距離の問題か、既に聞こえなくなっていた。恐らく本当に“二翼”を狙うつもりでここまで来たのだろう。

 しかしそれはわざわざ彼らの目の前に出てこずとも確認できることである。つまり彼女は目標を変えたということだ。

 

「そんじゃ親切心で言っといてやるが、二の舞を演じることになる前に帰りな」

「それは無理」

 

 意地悪く笑うノイロックの勧告を、耀は淡白に突っぱねる。

 耀が上空から確認したところ、既にノイロック達は折返しの半分まで来ていた。飛鳥を勝たせるためには、彼らを少しでも足止めしなければならないのだ。

 

(……でも、ここからどうしよう?)

 

 見栄を張ったは良いものの、完全にノープランであった。

 

 同じコミュニティの仲間であれど、今は一位を争う好敵手だ。遠慮する必要はないし、するつもりもない。だが、それはテオドールも同じこと。耀が少しでもノイロックに対してアクションを起こせば、彼は容赦なく牙を剥くだろう。

 正直、テオドールとスビンの二人に独りで勝てる自信はない。どうやって彼らを足止めすべきか、耀は必死に頭を廻らせた。

 

「……仕掛けてこねえな」

「こちらの出方を窺っているのでは?」

「しゃあねえ。こっちが動くか」

 

 律儀に耀の行動を待っていたノイロックだが、中々動く様子が無い。これ以上待つ義理も無いと、騎馬に鞭を入れた。

 念の為距離をとって、彼女の横を回り込むように騎馬を走らせる。すれ違い様、耀が騎馬の目の前に割り込んできた。

 

「うおっ!?」

 

 あわや正面衝突、という寸前で急転回。興奮する騎馬を落ち着かせながら耀を睨んだ。

 

「……自分の身体で妨害してくるとはな。大怪我しても知らねえぞ?」

「別にノイロックを邪魔した訳じゃないし。私が居るところにノイロックが突っ込んできたんだし」

「はあ?」

 

 自分から飛び出してきておいて何を──と言いかけたノイロックが、ハッとした。

 

(まさかこいつ……屁理屈でボスの干渉を遮断しようとしてんのか!?)

 

 そんな馬鹿な、と思ったが、事実テオドールは彼女に対して手を出していない。彼女の行動は彼にとって“攻撃”には値しないのだろう。敵意が無く、たとえぶつかったとしてもノイロックには特にダメージが無いからだ。

 そして、自己責任だからテオドールが激突から耀を救い出すということもない。

 

 耀は、自分の賭けが成功したのだと悟った。

 

(テオドールは変な線引きで動く時があるから、もしかしたらいけるかなって思ったけど……上手くいったみたい。通行人が目の前を塞いでて邪魔だからって問答無用で攻撃する筈ないもんね)

 

 残念ながら彼女の心の中の台詞をノイロックが聞けばそっと目を逸らすしか無いのだが、まあ確かに()()()()気分の時でなければ無辜の通行人を殺したりはしない。

 つまり彼女は、あくまで通行人Aであって妨害している訳ではないと無茶苦茶な主張をしているのである。

 

「そう、私はたまたま道の上に居る罪のない子供。そこに突っ込んでくるノイロックが悪い」

「てめえコノヤロウ……」

 

 耀はこれで無理矢理にでも時間を稼ぐつもりのようだった。ドヤ顔が腹立つ。

 

 もし騎手がテオドールであれば、構わず耀を撥ね飛ばして先に進むに違いない。だがノイロックはそこまで人の心を失くしていなかった。いくらギフトで頑丈だったとしても、仲間である少女を平気な顔で馬で轢くなど無理だ。戦場ならまだしも、ここは平和なレースゲーム会場である。

 しかも後からこの件を引き合いに出してなじられたり無茶なことをさせられる可能性まであるので、あまり強攻策は取りたくない。ノイロックは地球組のやり口も心得ていた。

 

 ちらりとテオドールの顔を見ると、心なしか口角が上がっている。……面白がっているようだ。暫く手助けは期待できそうにない。

 そしてスビンも今回はテオドールの方針に従っているので、テオドールが手を出さない限り動かないだろう。つまりあれをどうにかするにはノイロック自身が行動するしかないのだ。

 

 まさか必死に守ってきた道義心が自分の首を絞めることになろうとは。こうやって名のある冒険者達は廃人堕ちしていくのだな、とノイロックは少し遠い目になった。

 

「……あー、わかった。お前のその悪ふざけに付き合ってやる。でもお前さ、人の善意に付け込んで申し訳ないとか思わねえの?」

「確かに心は痛むよ。でも、今の私ができることはこれしかないから……!」

「清々しい顔して言ってんじゃねーよ!!」

 

 キレ気味に騎馬を走らせる。

 残された良心を守るため、巧みに騎馬を動かして耀との激突を防ぐノイロック。騎馬の旋回能力を計算し、ギリギリのところを見極めて攻める耀。思いの外テクニカルで白熱した攻防が繰り広げられ、観客席は普通に盛り上がった。

 途中からテオドールとスビンも完全に観戦モードに移行し、ノイロックに雑な声援を送り始める。暇なのだろう。

 

 攻防は耀の予想よりも長く続いた。焦れたテオドールにいつか強制終了させられると思っていたのだが、どうもテオドールはこの状況をかなり楽しんでいるらしく、彼が手を出してくる様子が無かったのだ。

 いつまでこの流れを続けられるだろうかと、耀がほんの少しだけ意識を逸らした時だった。

 

「余所見してんなよ!」

 

 すれ違い様、飛翔する耀の足首をノイロックの手が掴む。

 

「……っ!」

 

 力尽くで振り払おうとする耀だが、忘れるなかれ、ノイロックも廃人のペットなのだ。その腕力はとても人並みのものではない。

 振りかぶったノイロックの腕に逆に振り回され、耀は空中でバランスを崩してしまう。同時にグリフォンのギフトによる制御が甘くなる。ノイロックはそれを見逃さなかった。

 

「おらよっ!」

 

 水面に向けて耀を投げつける。耀は体勢を持ち直せないまま、河の中へ飛び込んでいった。

 

 精神的な疲労から解放されたノイロックは、そのままスピードを殺さず走り抜けていく。着実に先に進んでいたとはいえ、大幅なタイムロスには変わりない。これ以上悠長にしている暇は無いだろう。

 そのうちスビンとテオドールが追いついてきて、ノイロックに話しかけた。

 

「お疲れ様です」

「中々楽しめた。だが少し長い」

「……なあ、オレ結構ボスのために頑張ったと思うんだがよ。もうちょい優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃねえ?」

「耀に付き合うと決めたのはノイロックだ。本来なら今頃は折返しを過ぎている」

「あーはいはいスイマセンデシター」

 

 最初から耀の存在を無視していれば良かったものを、わざわざ相手にした方が悪いと言いたいらしい。楽しげに観戦しておいてよく言えるものだ。

 まあ、半分くらいは十六夜達へのハンデのつもりでもあったのだろう。このまま順調に行き過ぎてもつまらない、などと考えていたに違いない。或いは、仲間達に向ける優しさの一つなのか。

 

 ハンデや猶予を与えた上で最後に叩き潰すのもこのド外道のやり方だったりするが、ノイロックはそこは考えないことにした。さすがに今回はそういうのじゃない。多分。

 

   ◆

 

 山頂へと到達したノイロック達を出迎えたのは、途方もなく広がる真っ青な水平線だった。

 身体に纏わりつくような湿った風が、紛うこと無き()()()()を運んでくる。

 

 ここまでくれば、誰もが異常に気付けるだろう。

 驚くべきことに、山河を登りきったその先には──()()()()()()()()()()のだ。

 

「よし、あとはあの果実を回収するだけか」

「ですね」

 

 が、ノイロック達はこの光景をスルー。

 当たり前である。彼らは前日のうちに視察を行っているので、勿論この海の存在も前日のうちに把握していた。

 二度目なのにわざわざ過剰反応するようなエンターテインメント精神は彼らには無い。

 

 海岸や海面には大小様々な樹が立っている。その天辺に実る真っ赤に熟れた果実を素早くもぎとると、荷袋に詰める。

 あとは河の流れに乗って帰るだけだ。走り出したノイロックを、石(つぶて)が襲った。

 

「……十六夜か」

 

 礫に〈魔法の矢〉をぶつけて相殺したテオドールは、爆風が晴れた向こうに十六夜と飛鳥の姿を見た。彼らの荷袋にも既に膨らみがある。

 耀の足止めが効いたのか、彼らのルート選びが良かったのか。予想以上に差が詰められていたらしい。

 

「追いついたぜ、ノイロック」

「みたいだな。耀の野郎、やりやがる」

「ん? 春日部はお前らの所に行ってたのか。それでお前らが今ここにいるってことは……脱落したか。参ったな」

「ちょっと待て。アイツまさか無断でオレ達の方に来てたんじゃねえよな?」

「気付いたら居なくなってた」

「ほんとに団体行動駄目だなお前ら……」

 

 てっきり十六夜の指示で動いていたのかと思っていたが、耀の独断専行だったらしい。

 報連相のなってなさにノイロックが呆れていると、テオドールが口を開いた。

 

「そろそろ殺していいか?」

「殺すな馬鹿」

「……攻撃していいか?」

 

 同じコミュニティの同士が相手ということで、会話している間は先程の投石に対する反撃を控えていたようだ。

 敵対者に情けなど不要、という風潮のノースティリスでも、余程殺す気の攻撃でなければ一撃だけは嫌な顔をするだけで済ます者も多い。冒険者が多いせいか、多少の暴力はじゃれ付きとして処理されるのだ。

 だがそんなことは知らぬとばかりに先手必勝を謳い、相手が害意を持った時点で対処していたテオドールにしては驚きの慈悲深さである。比較的平和な箱庭で過ごすうち、多少は丸くなったということだろうか。

 ノイロックがツッコむ前はいつも通り殺意が滲んでいた気もするが、言い直しただけマシであろう。

 

 そして十六夜も何故かノリノリだった。

 

「よっしゃかかって来いよ!」

「ちょっと、十六夜くん」

「止めてくれるなお嬢様。一度テオドールとは真面目にやり合ってみたかったんだ」

「もう、只でさえ人数的に不利なのに──それに、まだ彼女が残ってるのよ」

「……噂をすれば、来ましたね」

 

 目付きを鋭くしたスビンの声に、一同が振り向く。

 水煙を立ち上らせ猛追するのは、残された強敵──フェイス・レスだ。

 十六夜達とは別のルートからやってきた彼女は、一同を視認すると、口元に薄い笑みを浮かべた。

 

「……やはり、辿り着いたのは貴方達だけでしたか」

 

 蛇腹剣を引き抜き、一瞬で果実の回収を終わらせる。

 あっという間に勝負は五分だ。ここからの動きが真に勝敗を分ける。

 張り詰める空気。一触即発の中、三者は走り出すきっかけを探り合う。

 

 飛鳥とフェイス・レスは、他二組が争う間を抜けていくのがベストであり、下手に動いて注意を引くべきではない。

 ノイロックはテオドールとスビンという二名のサポーターを抱える一番有利な立ち位置だが、動き出せば他二組が共闘して止めに来る可能性が高い。

 

 最初に動くのは誰か。警戒を強める十六夜の視界が、突如狭まった。霧が出始めたのだ。

 黄金の竪琴を想起するような、不自然な霧──十六夜はそれができる人物に思い当たる。

 

「テオドールか!」

 

 十六夜の予想通り、この霧はテオドールが唱えた〈闇の霧〉によるものだ。魔法で作られた霧はあっという間に深くなり、テオドール達の姿を覆い隠してしまう。

 

「チッ、逃がすかよ! お嬢様、追うぞ!」

「ええ!」

 

 十六夜達がノイロックがいた方に走り出すと、すぐに視界が晴れた。どうやら霧の範囲は限定的であるらしい。海上にはいくつかの霧の領域が出現していた。

 同時にフェイス・レスが別の霧の中から飛び出てくる。咄嗟に振るわれた蛇腹剣は、またもや十六夜の投石に防がれた。

 

 再び睨み合う。ノイロックに追い付かなければならないが、次を焦れば間違いなく隙を突かれる。

 

「……っ、……?」

 

 その時、異変が起きた。

 緩やかに足場が揺れ始め、心なしか波風が強くなり始める。

 地震による津波かと警戒した十六夜と飛鳥だが、すぐにそれが誤りだったと知る。

 唯一原因に気が付いたフェイス・レスは、うわ言のように呟く。

 

「まさか、こんなお遊びのようなゲームで動くのですか? “枯れ木の流木”と揶揄された、あの男が……!」

 

 地鳴りは滝の下を震源として徐々に強くなり、大噴火のように水柱を上げてその姿を現す。天まで届くかという水柱には、一頭の騎馬と騎手の影。

 先程までの地鳴りは、大河と滝の流れを逆流されるものだったのだ。

 

「いやあ、参った参った! 寝坊したらこんな時間になってもうた。無理矢理ねじこませて貰ったのに、白夜王には悪いことしてもうたなあ」

 

 胡散臭い関西弁を話しているがしかし、その雰囲気に昨夜までの親しみやすさはない。

 突然現れた最後の参加者──蛟魔王は、濡れた髪を掻き上げて十六夜達を一瞥する。

 

 最強の参加者を迎え、“ヒッポカンプの騎手”は終盤戦へと差し掛かった。




◆嫌な顔
友好NPCに攻撃しても、一回は嫌な顔をするだけで反撃してこない(カルマは減る)。もう一度攻撃すると激怒して反撃してくるようになる。
一発だけなら誤射かもしれないからね。優しいね。

◆闇の霧
霧を出現させ、その中にいる間は回避率がアップする魔法。霧は誰でも利用できるので敵が中に入らないよう上手く使う必要がある。
実は魔法書が存在しないのでちょっとレア。


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“ヒッポカンプの騎手”・後編

「しゃらくせえ!」

 

 十六夜が腰を捻り打ち出した拳が、大津波に巨大な穴を開けた。

 海を割り山河を砕く十六夜の一撃は二度三度と続けられ、津波の被害を半減させる程。海岸に押し寄せる余波で下半身を濡らしながらも、彼は無事だった。

 

 津波を引き起こした張本人である蛟劉が、ゆっくりと騎馬から降りる。

 

「なるほどな。落馬扱いは全身が水中に沈んだ時のみ、か。こりゃしくじったなあ。この分やと、あの子らも無事かもしれん」

「無事だろうさ。お嬢様は箱入り育ちだが、根性は筋金入りだ」

 

 飛鳥とフェイス・レスの姿は既にここには無い。彼女達は大津波から逃れるため、滝から跳んだ。

 滝は100mもの高さがある。フェイス・レスはともかく、飛鳥が無事であるかは分からない。だが、十六夜は彼女の“強さ”を信頼した。

 だからこそ飛鳥も、恐怖を押し切って跳んだのだ。

 

「となると、この場はさっさと収めて逃げたいところやな。果実だけ貰ってもいい?」

「馬鹿を言え。果実を採ったら一目散にゴールするつもりだろうが」

 

 大河を逆流させることができる蛟劉だ。果実を採らせてしまえば、瞬きの間に飛鳥達を追い越していくだろう。

 十六夜は何としてもこの場でこの男を足止めせねばならなかった。

 

「騎馬を降りたってことは、相手をして貰えるって考えでいいのかい、蛟魔王様?」

「勿論。最強種を倒したって噂が本当なら、僕なんぞ相手にもならんやろうけどな」

 

 胡散臭い笑みで飄々と肩を竦める蛟劉。

 しかし焦って果実を採りにいかないということは、余程の自信があるのだろう。

 端的に言えば、十六夜は──舐められている。

 

(……ハッ、面白いじゃねえか)

 

 嬉々として構える。相手にとって不足はない。

 蛟劉は曲刀を腰に下げているが、抜こうとする気配はない。肉弾戦で十六夜と戦おうというのだ。

 久方ぶりの殴り合いに心を躍らせ、

 

「後悔すんじゃねえぞ、蛟魔王──!」

 

 大地を蹴り、一直線に突進を仕掛けた。

 

   ◆

 

 二人の戦いは、傍から見れば十六夜の劣勢だった。

 十六夜の額は割れ、流れる血が顔を汚している。対して、蛟劉に目立った外傷はない。

 彼がここまで劣勢を強いられている最大の要因は、身体能力の差。蛟劉こそが、十六夜の身体能力を凌駕する魔王──十六夜がいつか越えなければならないと考えていた、壁そのものだったのだ。

 だがしかし。否、だからこそ。打ち合う度に十六夜の顔は喜色に満ちていった。そして初めは避けることも叶わなかった蛟劉の攻撃に対応していき、今は反撃すら入れている。

 余りにも早すぎる成長速度。激化する戦闘と共に、交わされる言葉も熱を帯びていく。

 

「しっかしとんでもない才能やな! これだけの才能があったら、上層から引き抜きが来てもおかしくないやろ!」

「ハッ、身内を捨てていくほど腐ってねえさ!」

 

 熾烈に殴り合いながらの応酬。精神的にも肉体的にも、常人には最早立ち入ることすら許されない領域に、水を差す無粋な者など──やはり、一人しかいなかった。

 

 突如二人の間に割り込んだ影が、十六夜の拳をいなし、蛟劉の防御をすり抜けて蹴り飛ばす。

 

「っとお!?」

 

 意識の外から放たれた重い一撃に吹き飛ばされ、それでも流石は魔王と言うべきか、よろめきながらもしっかりと足の裏で着地した蛟劉は、乱入者の姿を確認する。

 どこか歪な異形の羽を生やす男は、見覚えがある。確か“ノーネーム”の──

 

「テオドール? お前、何でここに?」

 

 直後に放り投げられた十六夜は、海岸をごろりと転がってから起き上がる。流血により朦朧とした頭でも、この場に現れた存在を違えることは無かった。

 既にノイロックと共に離脱したと思われていたテオドールは、十六夜の問いに素直に答える。

 

「お前達が追ってくるのを妨害しようと思って待っていた」

「へえ。でも専守防衛って縛りはどうしたよ」

「だからきちんと攻撃を受けてから反撃した」

「ん?」

 

 首を傾げる。

 事前に石礫で牽制した十六夜はともかく、蛟劉についてはノイロックやテオドールに会ってすらいない筈だが……どこかに潜んでいたとすれば、先の津波に巻き込まれたのでもしたのか。

 しかしテオドールは首を横に振った。

 

「空に居たから、津波は関係ない」

「んじゃいつだよ」

「今二人で攻撃してきただろう」

「はあ? ……いや待て、そういうことか」

 

 さっき割り込んだ際に、確かに十六夜と蛟劉の攻撃を()()()。それに反撃したまでだと言いたいらしい。自分から割り込んできておいて、と言いたくなるが、まあ多分縛りに飽きでもしたのだろう。

 

 そう考える十六夜は知らないが、テオドールがこういう手段を取った原因は言わずもがな耀のアレである。彼女の当たり屋理論が縛りを課したテオドールに自由を与えてしまっていた。

 飛鳥がこの場にいないことは幸運だった。もし居れば騎馬の前に飛び込んだテオドールが、そのまま彼女を脱落させたかもしれない。

 ちなみに、縛りに飽きたという推理は大正解である。

 

「そこまでして参加したいのは分かった。でも今は俺が挑戦者(チャレンジャー)だ。順番守れよ」

「断る」

 

 バッサリと切り捨てた直後、テオドールは間髪入れず蛟劉に突撃した。その手にはいつの間にか剣が握られている。

 

「ちょっ、」

 

 蛟劉は慌てて抜いた曲刀で凶刃を防ぐ。激しい金属音がその威力を物語っていた。

 殺しが御法度のゲームで躊躇なく剣を抜いてくるとは思いも寄らなかった。しかも剣筋の先は首である。本気で殺しに来ている。

 相手を舐めてかからない姿勢は好感が持てるが、流石に振り切りすぎではなかろうか。

 

「血気盛んやな! どうなってるんや最近の下層は!」

「こうなってんだよ!」

 

 ()り合う横から蛟劉を殴りつけようと十六夜が飛び出す。だがそれに気付いた蛟劉が足を摺り動かし、剣を滑らせながら後退したことで、拳の先にはテオドールが。

 

「あ」

 

 素早く身体を捻ったテオドールが、回し蹴りで十六夜の腕を打ち払った。

 何分咄嗟のことだったので、加減が効かない。みしり、と嫌な音を立て、派手に吹っ飛んだ十六夜が転がっていく。

 

「うわ、容赦ないな。同じコミュニティやろ?」

「問題ない、まだ生きてる(多分)」

「殺伐としとるなあ……っと」

 

 いつの間にかもう片方の手にあった短剣を避け、距離を取った蛟劉はテオドールを見た。剣を防いだ右腕に微かな痺れが未だ残る。人間とは思えない腕力だ。

 

「なあ、君は何者や? あの少年はともかく、君は……まさか人間ではないよな?」

「何を根拠に」

「羽生えてるやん」

 

 その言い分は全く正しいのだが、テオドールとしては心外だった。ちょっと羽が生えてるくらいで人外扱いしないで欲しい。

 

「オイごらぁ! テオドール!」

 

 テオドールが反論する前に、痛みから復帰した十六夜が怒り声を上げながら戻ってきた。その右腕はだらりと垂れ下がっている。

 

「骨折れたぞ! 慰謝料だ慰謝料!」

「不可抗力だ。よって拒否する」

「いいや嘘だな。やろうと思えば普通に避けられただろ」

「否定はしない。だが対応できなかった十六夜が悪い」

「よーし今すぐ買ってやるぜその喧嘩」

「ふはっ」

 

 蛟劉は思わず吹き出した。まるで喧嘩する程仲が良い兄弟のような、遠慮のないやり取り。それがかつて旗を共にした義兄妹達の姿を思い浮かばせ──その目に哀愁の念が宿る。

 

 それを見た十六夜が、不機嫌そうに舌打ちした。

 

「またそれかよ。もう率直に言うぞ、蛟魔王ッ!」

 

 満身創痍とは思えぬ速度で突撃してくる。迎撃しようとした蛟劉は、続く言葉に動きを止めた。

 

「アンタはそんな顔で、“斉天大聖”に会いに行くつもりかッ!」

「…………っ!?」

 

 蹴り飛ばされ、危うく崖下に落ちそうになった蛟劉はすんでのところで踏みとどまった。

 その瞳は驚愕に揺れている。

 

「まさか……白夜叉から話を、」

「馬鹿を言うなよ。アンタが覇気を取り戻す理由が他に思いつかなかっただけだ」

 

 斉天大聖、またの名を孫悟空。かの西遊記に記された七人の魔王の一人にして、蛟劉の()()である。

 彼女は現在仏門に下っているが──“このゲームに優勝できれば斉天大聖に会わせてやってもよい”という白夜叉の甘言が、“枯れ木の流木”と揶揄された彼をこの場に向かわせた。彼女と会うことで、あの日々のような熱を取り戻そうと。

 しかし彼の心は、十六夜やテオドールという強者との戦いの中で、既に燃え上がろうとしていた。だからこそ彼は、苛立ちを感じていたのだ。

 こんなちょっとした喧嘩で取り戻せてしまうほど、己の渇望は浅かったのか、と。

 

 戦いの中、十六夜は彼のその心中を漠然と読み取っていた。

 

「もし俺のところに腑抜けた弟分がいけしゃあしゃあと会いに来たら、間違いなく殴り飛ばすぞ。アンタみたいな世捨て人になってたら尚更だ」

「…………、」

「だからその前に、此処で顔洗って行けよ。目の前の熱にうかさ」

 

 バシャォン! という音と共に蛟劉の姿が消えた。話し途中の十六夜が硬直する。

 もはや説明するまでもない気がするが、テオドールの仕業だった。

 気配を消して近付いたテオドールが足払いをかけ、こけた背中を踏み付けて水の中に押し込んだのだ。蛟劉の全身が水に浸かるような格好で。

 この瞬間、“覆海大聖”蛟魔王の脱落が決まったのである。

 

「…………ってちょっと待てや!」

 

 ガバリ、と勢いよく起き上がった蛟劉が抗議の声を上げた。

 

「何か?」

「いや、な? 確かに今ちょっと警戒が薄くなってたことは認めるけど、今のタイミングで攻撃するか普通?」

「せやぞお前」

 

 頭の流血のせいもあって状況処理が追い付かなかった十六夜も軽くバグっていた。

 テオドールは真顔で言い放つ。

 

「顔を洗わせてやった」

「そうじゃねえんだよなー!」

 

 誰もそんな物理的な話はしていない。それなりに良いことを言おうとしていた十六夜が笑顔で青筋を立てるのも無理からぬことだった。

 しかしあんな無防備な背中を見て我慢できる者が居るだろうか。いや居ない。テオドールには反省も後悔もなかった。

 

「今の状況が蛟劉が腑抜けているという何よりの証左だと思う」

「それは……まあ、確かに、そうやな」

 

 ピシャリと言われ、蛟劉は参ったように頭を掻く。水で冷やされた頭に、十六夜の言葉が染み渡っていた。

 確かに今の腑抜けた自分が義姉に会いに行けば、最悪、三途の川に沈められかねない。ましてや会話に気を取られてゲームに負けたなんて知られたら、それはもうどれだけ笑われるやら。

 

「……はあ。何かもう阿呆らしくなってきたわ」

「だろうな」

「君に言われると複雑やけどな……」

 

 げんなりとした表情を見せた蛟劉だが、すぐに小さく笑う。

 

「……うん、そうやな。負けた。今回は完全に負けたわ。少年、君にもな」

 

 どこか清々しい顔で、蛟劉は十六夜を見やった。

 十六夜が半ば拗ねたように尋ねる。

 

「“斉天大聖”に会う件はいいのかよ」

「おいおい、君が言ったことやろ。今の腑抜けた僕と会ったら……あの人を失望させてしまうって」

「…………」

「さて、敗者はそろそろお暇させてもらいますわ」

 

 雰囲気を変えるように蛟劉は胡散臭い笑みを浮かべ、ゲームから退場するために歩き出す。

 滝の河口まで行くと、最後に一度だけ振り返って言った。

 

「また会おうや、二人とも。次に会う時は……蛟魔王の“主催者権限(ホストマスター)”でお相手しましょう」

 

 滝の上から飛び降りた蛟劉を見送って、十六夜は溜息を吐く。

 

「晴れやかな顔しやがって……こっちは不完全燃焼だっての」

「なら決着をつけるか? 自分と」

「……いや、さすがに体力が持たなそうだから止めとく。それよりテオドール、腕だけでも治療してくんね? お嬢様の助太刀に行くから」

「ゲームの終了後なら」

「ケチだな」

「当たり前だ。それに、恐らく今から行っても自分達の出番はない」

「まあ、確かにそうか。さて、となるとお嬢様がどこまでやれるかだが……」

 

   ◆

 

 決死の大滝ジャンプから生還した飛鳥は、がむしゃらにゴールを目指していた。津波は十六夜によって弱まっているとはいえ、余波が濁流となって樹海を沈めていく。ルートを考える暇もなく、木々の間を抜けていく。

 暫くして、飛鳥の視界が見覚えのある背中を捉えた。

 

(ノイロック……!)

 

 滝から飛び降りたことで、大幅なショートカットになったのだろう。距離はそう遠くない。

 速度だけなら飛鳥によって強化された騎馬の方が速い。テオドール達は積極的に妨害を行うつもりはなさそうだったから、優勝の目はまだある。

 距離を詰めようとして、更にその先にいる存在に気が付いた。

 

(……フェイス・レス。ノイロックを追い越していたのね)

 

 レース序盤と同じ形だった。ノイロックを追い越せば、フェイス・レスの蛇腹剣が待っている。

 十六夜も耀もいない今、飛鳥だけであの剣閃をやり過ごせるかと問われれば……厳しい、と言わざるを得ないだろう。

 

 前を走っているノイロックがちらりと後ろに目をやった。飛鳥の存在を認めると、側を飛んでいるスビンに何事かを指示している。

 テオドールはどこへ行ったのか、この場にはいないようだ。それは幸運ではあるが。

 

(まずいわね。もし、ギリギリまでこの形勢を崩さないつもりなら……)

 

 優勝を狙っているのだから、いずれノイロック及びスビンはフェイス・レスを排除しようとするだろう。しかしそのタイミングが遅ければ遅い程、フェイス・レスに近付けない飛鳥は不利になる。

 

 正直に言ってしまえば、無理して飛鳥が勝つ必要はない。優勝の功績はコミュニティ全体に利益がある。“ノーネーム”同士で争う必要は本当はどこにもないのだ。

 でも、それでは面白くないから。本気でゲームを楽しみたいから。それ以上に──負けず嫌いなのだ。飛鳥も、そして耀と十六夜も。

 

(何かある筈よ。私一人でもできることが!)

 

 樹海の暗闇を突破する。

 視界が開け、“アンダーウッド”の大樹が見えた。

 

   ◆

 

『皆さん見えてきました! トップは“ウィル・オ・ウィスプ”のフェイス・レス! 二番手は“ノーネーム”のノイロック! 三番手は同じく、久遠飛鳥!』

 

 黒ウサギの実況と観客達の歓声が聞こえてくる。ゴールである水門はすぐそこだ。

 

「飛鳥は……ありゃ戦意喪失してる感じじゃないな。何を狙ってる?」

「それは分かりませんが、そろそろ最後の直線に入りますよ」

「分かってる」

 

 ノイロックは前を走るフェイス・レスと、後ろにいる飛鳥を見て、位置関係を頭の中に描き出した。

 テオドールが帰ってこないということは、少なくとも十六夜は抑えられている筈だ。飛鳥だけではフェイス・レスを突破することはできない。仕掛けてくるなら、ノイロック達が彼女を倒した瞬間。

 最高速度では負けている。なら、ゴールまでに抜かされないギリギリのタイミングを狙ってフェイス・レスを倒せばいい。それがノイロック達の作戦だった。

 スビンを使って飛鳥を騎馬から引き摺り下ろすこともできるが……弱い者いじめのようで、気が引けた。それに、イルヴァ組は一応専守防衛を謳っているので。

 

「っし、そろそろ仕掛けるぞ。準備はいいか?」

「いつでもどうぞ」

 

 スビンが大剣を構えると同時、ノイロックはフェイス・レスの間合いへ飛び込んだ。

 火花が散る。的確にノイロックを襲う蛇腹剣を、スビンの大剣が弾いた。

 フェイス・レスはこちらを見向きもしていない。気配だけで全方位を把握しているというのか。

 

「化物じみてんな」

 

 思わず呟く。

 だが、ノイロック達とて伊達に廃人(バケモノ)のペットをやっている訳ではない。スビンを盾に着実に距離を詰めていく。

 先にスビンだけを突撃させないのは、飛鳥との差をできるだけ広げるためだ。このペースで行けばゴールの手前辺りでフェイス・レスの元まで辿り着く。そこで彼女を倒せば、飛鳥が自分達を追い抜かす時間は無い筈だ。

 そう考えながらノイロックは再度後ろを振り返り──目を瞠った。

 

 飛鳥が脇目も振らず、ノイロック達の方へ突っ込んできていたのだ。

 

「ヤケにでもなったか!? (コロ)されるぞ!」

 

 良心からそう叫ぶノイロックだが、飛鳥は止まらない。

 無論それを見逃すことはない。間合いに入り込んだ哀れな犠牲者に、蛇蝎の剣閃が無慈悲にも牙を剥く──

 

「──()()()()()、この破廉恥剣──!!」

 

 水着に触れた、その瞬間。飛鳥の剛火によって、蛇腹の刀身が焼失した。

 

「これは……!」

「あらあら、策に溺れたようね! 剣閃が見えてなくても、“水着を狙う”と分かっていれば罠を仕掛けることくらい出来るに決まってるでしょう!」

 

 飛鳥が護身用に着けているガントレット。そこに嵌っていた五つの発火の宝珠を、水着の裏地に潜ませていたのだ。

 出力が低いため、触れなければ対象を燃やすことができない代物だが──触れてしまえば、飛鳥のギフトによって強化された炎は鉄をも溶かす。その代わりギフトによって負荷がかかるため、使う度に消耗し、金がかかるのが欠点ではあるが。

 

「くっ……!」

 

 フェイス・レスの判断も早かった。即座に蛇腹剣を捨て去り、ギフトカードから二本の剛槍を取り出す。連発できる手段では無いと看破し、直接切り捨てる腹積もりなのだろう。

 しかし飛鳥の前にはまだノイロックが居る。彼としても飛鳥を通すわけにはいかないが、フェイス・レスを放って置けば先に被害を被るのはこちらだ。

 

「クソ、作戦変更だ! 二人共叩き落とせ!」

「……了解です!」

 

 方針を転換し、ノイロックは全力で鞭を入れた。弱い者いじめだなんてとんでもない。ここまで来たら何が何でも飛鳥を引き離し、蹴落とす。彼女は──たとえ身体能力が劣っていようとも、弱者ではない。

 ノイロックを迎え撃とうとするフェイス・レスに、スビンが大剣を叩きつける。剛槍で受け流そうとしたフェイス・レスだが、力ではスビンが(まさ)った。

 強い衝撃にバランスを崩し、馬上で大きく身体が傾ぐ。このままでは滑り落ちると瞬時に予期した仮面の騎士は、それでもただでは終わらせない。

 

「なれば、貴女だけでも!」

「なっ、」

 

 剛槍をも捨て去り、大剣を握るスビンの腕を掴む。強く引っ張られたスビンは、フェイス・レスもろとも大河に水没した。

 

「マジかよ!?」

 

 驚愕するノイロックを余所に、飛鳥の目は真っ直ぐ先を見据えていた。

 道は、拓けた。

 

「今よ! ()()()()()()()!」

 

 力強い嘶きと共にヒポポタママが駆ける。ノイロックを追い越し、前へ、前へ。

 

「“ヒッポカンプの騎手”は……私達の勝利よ!」

 

 高らかに勝利宣言。

 “アンダーウッド”が揺れる程の喝采と共に、飛鳥はゴールへと飛び込んだ。




◆人外扱い
背中に羽が生えてたら普通は人外です。※ただしイルヴァは除く

◆骨折
十六夜じゃなかったら腕が爆散して千切れてる。


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強者達の一夜

「「「かんぱーい!」」」

 

 交わし合う杯が、高く鳴った。

 

 ──“アンダーウッド”収穫祭・中央広場。

 “ヒッポカンプの騎手”終了後の夜。華麗な逆転劇による熱も冷めやらぬまま、優勝者を迎えた大宴会が始まっていた。

 いくつかあるテーブルに所狭しと並べられた料理を好きに摘みながら、飲めや歌えやの大騒ぎ。そんな“アンダーウッド”の住人達を眺め、飛鳥が笑う。

 

「何だか優勝した筈の私達より盛り上がってるわね」

「八割は便乗して騒ぎたいだけだろうからな」

 

 そう言いながら骨付き肉に豪快に齧り付く十六夜も、いつもよりご機嫌な様子だ。場酔い、という程ではないが、多少は雰囲気に呑まれているらしい。

 ちなみに、彼の折れた腕はテオドールの魔法によってあっさりと完治している。

 

「折角だし、お嬢様ももっと羽目を外してみちゃどうだ?」

「そう言われてもね……正直もうお腹一杯だし」

「何だ、だらしないな。ほら春日部を見てみろよ」

 

 十六夜の視線の先、別のテーブルを一人で占領している耀は、黙々と料理を食べている。それはもう物凄い速さで食べている。

 当然彼女の近くにある皿が次々と空になっていくが、

 

「相変わらずいい食べっぷりだな嬢ちゃん! うちのも食べていきな!」

 

 と、住人達が料理を次々と盛っていくため、さながら永久機関が完成していた。

 最初はゲームであまり活躍できなかったから……と遠慮する姿勢を見せていた耀だが、やはり食欲には勝てなかったらしく、今やこの状態である。

 

「余計にお腹が膨れそうだわ」

「そりゃ残念」

 

 肩を竦めた後、あっちも美味そうだな、と十六夜が傍から離れていくと、他の人間が料理を摘むために近寄ってきて、ついでに“ヒッポカンプの騎手”での飛鳥の健闘を讃えて去っていく。

 他のテーブルでは盛り上がりすぎてひっくり返ったり、じゃれつき程度の乱闘騒ぎにまで発展していた。

 前の世界に居た頃には味わえなかったこの流動的で無秩序などんちゃん騒ぎを、飛鳥はそれなりに快く感じている。

 

 とはいえ胃袋の限界である。疲れもあり、睡魔が忍び寄って来ていた。

 

「そろそろ部屋に戻ろうかしら……」

 

 一応は宴の主役のような立場だが、この様子なら抜け出しても気付かれまい。手元にあるジュースだけ飲んでしまってから、誰かに離席を告げようと視線を巡らせていると、テオドールと目が合った。

 

「お代わりか?」

 

 空のグラスを見てそう言うテオドール。

 イルヴァ組は地球組に負けた罰ゲームとして、給仕係を命じられていた。料理は他の住人達の手で自動的に運ばれてくるので、主に飲み物を注いで回っているようだ。片手間にしっかりと料理も頂いている。

 奉仕精神に溢れる黒ウサギも自主的に似たようなことをしていて、たまに彼女に伸びるセクハラじみた手を払い除ける役はスビンが担っていた。

 

「いいえ、そろそろ部屋に戻ろうかと思って。でも誰にも言わずに帰ったら心配されるかもしれないし」

「そうか、わかった」

「何だ、帰るのか?」

 

 たまたま近くを通りがかったノイロックが、話に入ってきた。

 

「今からボスが余興やるけど」

「余興?」

「十六夜の要望だ」

「あいつ、三人で勝ったから三回分の命令権があるとか抜かしやがってよ。内容は可愛いもんだからってボスがオッケーしちまったんだが」

「……ということは、私の分も命令権があるのかしら?」

「そいつは耀と相談した方がいいんじゃねえか?」

「ふふ、確かにそうね。それで、何をするつもりなの?」

「〈演奏〉だ」

 

 返答が意外だったので、飛鳥はぱちりと瞬きをした。

 正直もっと、何というか……突拍子もないことをするのかと思っていた。

 

「テオドールって、楽器も弾けるの?」

「そこそこは」

「へっ、謙遜とはらしくねえな。ボスの演奏は本物だぜ」

「へえ……それじゃあ折角だし、それだけ聴いていこうかしら」

「そうか」

 

 無感情に頷いたテオドールは、準備をするからとその場を離れていった。

 まず広場に元々居た楽団の下へ向かうと、いくつか言葉を交わして演奏を止めさせる。〈交渉〉スキルの賜物で快く場を譲って貰ったのであり、非人道的な“交渉”が行われたのではないことを明記しておく。

 その後に彼がバックパックから取り出したのは、艷やかなヴァイオリンだ。楽器には疎い飛鳥であっても、それが相当の名器であることが理解できるような存在感と輝きを放っているように感じた。

 さもあらん、これはイルヴァに存在するアーティファクトの一つにも数えられる伝説のヴァイオリン、《ストラディバリウス》である。その希少性は言わずもがなで、これを入手するまでに中々に非道いことをやらかしているテオドールだが、幸いなことにそれを知る機会は飛鳥には無い。

 

 簡単に調律を行った後、テオドールが弦を滑らせた。

 小刻みに繰り返される民族調のリズムがテンポを増していく。気分を高揚させるように、そして、身体を動かしたくなるような曲調で。

 その波に乗るようにして楽団の者達が音を付け足していけば、やがて演奏に気付いた酔っぱらい達が手拍子でアクセントを作り、踊りで場を賑やかした。

 楽器の音と、手拍子、足踏み、笑い声。あっという間に音が溢れ、会場が一つになっていく。それぞれは相変わらず思い思いに過ごしているように見えるが、その中心に無意識的に居るのはテオドールだ。

 

 成る程、ノイロックが“本物だ”と言うだけはある。演奏技術は然ることながら、宴の空気を掌握する手腕も見事だった。

 

「想像以上だな」

 

 いつの間にか隣に戻ってきていた十六夜の声に、飛鳥は現実に引き戻された。

 

「……ええ。正直、ここまでとは思ってなかったわ」

「余興を頼んだんだが、もはやメインになってきてるしなあ」

 

 他所で演奏を聞きつけたのだろう人々も加わり、広場の人口は増えるばかりだ。耀ですら聴き入っているのか、リズムに合わせて身体を揺らしているし、食べる速度も見るからに落ちていた。それでも食べる手を止めないのは彼女らしい。

 

「見ろよ、おひねりが凄いことになってるぞ」

「わあ……あれって私達に分けてくれたりは……ううん、あれはテオドールの個人収入だものね」

 

 感激した聴衆が投げた、テオドールの足元に散乱するおひねり──銅貨や銀貨に混じり、ギフトらしき物品まである──を見て、飛鳥は少し悲しくなった。彼女の恩恵(ギフト)を活用しようとすると、どうしてもお金がかかるのだ。

 先のゲームで使用した発火の宝珠なら、一セット銅貨一枚。それも消耗品なので、“ノーネーム”の財政からすれば十分な出費である。

 無論コミュニティ内で一番の金持ちであろうテオドールに頼めば、簡単に金を融通してくれるだろうが……彼の持ち金のほとんどは完全に個人的な活動によるものなので、それに頼るのは憚られる。

 

「それなんだが、お嬢様。今日のゲームの賞品は、お嬢様に見合った武器や装備になるようなものが良いんじゃないかと思ってる」

「私?」

「そうだ」

 

 “ヒッポカンプの騎手”に優勝した“ノーネーム”だが、“サウザンドアイズ”から贈られる優勝賞品については、内容の決定を保留していた。

 折角なのでより良いものをせしめたい──もとい、コミュニティの方針も考えて、もう少し話し合ってから決めた方が良いだろうという考えだ。

 

「“打倒魔王”を掲げる俺達がやるべきは個々の戦力の増強だ。俺や春日部はまだ今のままでも何とかなるが、お嬢様がやれる事を増やすならまず使い潰すことがない、ディーン以外のギフトが必要だろ」

「……まあ、そうね。私としても使える手段が増えるのは願ってもないことだけど……十六夜君はそれでいいの?」

「ああ。それがコミュニティ全体の利益にもなる。それに、今回のゲームで優勝できたのは、お嬢様の活躍があってこそだからな」

 

 にやりと歯を見せる十六夜に、飛鳥は仕方なさそうに笑った。

 

「そう……分かったわ」

「よし。じゃあ春日部にも相談して、明日は白夜叉のところに候補を見せて貰いに行くか」

「了解よ。でもそれなら、テオドール達にも意見を聞いてもいいんじゃない?」

「そりゃ勿論。冒険者なら装備選びも得意だろうしな」

 

 音が弾け、曲が終わった。テオドールが大袈裟にお辞儀して見せると、会場が拍手喝采に包まれる。

 追加で投げ込まれるおひねりを素早く拾い集めるテオドールの肩を、楽団の一人が笑顔で何やら話しかけながらバンバンと叩いている。

 テオドールは頷いて、(おひねりを忘れずに懐に仕舞ってから)再びヴァイオリンを構えた。

 

「もう一曲やるみたいだぞ」

「それは困ったわね」

 

 部屋に戻るつもりが、あんな演奏を見せられてはもう一曲聴きたくなってしまう。

 実のところ、眠気などすっかり覚めてしまっていたのだが。

 

「よし。それじゃあ行こうぜお嬢様!」

「え? えっ、何、」

「同じ阿呆なら踊らにゃ損々ってな!」

 

 突然手を取られて困惑する飛鳥を引っ張り、酔っぱらいの輪に突撃する十六夜。

 即席のダンス会場に飛び入り参戦した彼らを、住人達が歓声を上げて迎え入れる。

 そうして至極賑やかに、“アンダーウッド”の夜は更けていった。

 

   ◆

 

 “アンダーウッド”最高貴賓室。

 香を焚いた煙が充満した部屋の中で、白夜叉がプカプカと煙管を吹かせながら愉快そうに言った。

 

「一杯食わされたようだな、蛟劉」

 

 彼女の正面に座る男──蛟劉は、へらりと笑う。

 

「ええ、お陰様で」

「ふむ? おんし、少し……垢抜けたな」

「おや、そう見えます?」

 

 おどけるように首を傾げてみせた後、ふっと笑みを消す。

 窓の外にある月を仰いだ彼は、独り言のように応えた。

 

「“ノーネーム”の少年にね。言われたんですよ。どんな顔をして姐さんに会いに行くのか、と。いやはや、全く持ってその通りです。今の僕じゃ、会ったところで何も変わらんでしょう。胸張って会いに行くには、この手に何一つ功績が無い。

 それで怒られるならまだいいとしても……最悪、泣かれてしまうような気がするんですわ」

「…………」

「だから、このままあの子らに勝ち逃げされる訳にはいきませんでしょ」

「……ふ、そうかそうか」

 

 最後は明るく締め括った蛟劉だが、その瞳に籠もる熱意を見て取り、白夜叉は鷹揚と頷いた。

 どうやら“ノーネーム”との邂逅は、彼女の期待以上に良い結果を(もたら)してくれたらしい。

 

「蛟劉よ。功績が欲しいのならば、一つ大きな依頼があるのだが」

「でしょうね。そう思って部屋まで伺いましたから。……やっぱり、神格を返上した一件ですか?」

「うむ。私は暫し、表立った行動が制限される。その間、東は“階層支配者”が不在となる。そこでおんしさえ良ければ……支配者代行として、東側を守ってくれんか?」

 

 白夜叉が一枚の羊皮紙を書棚から取り出し、蛟劉に手渡す。

 

 仏門に神格を返上した白夜叉は現在、後ろ盾がない状態にある。何処かの神群に属することが元魔王である白夜叉が下層に干渉できる条件であり、今の彼女が下層に留まれる時間はそう長くない。

 今回彼女がこの収穫祭に訪れた真の目的は、彼女が不在の間、東側を任せられる代行者の捜索だったのだ。“ラプラスの小悪魔”を連れてきたのもそのためである。

 

 白夜叉から受け取った羊皮紙──“主催者権限(ホストマスター)”の文面にさっと目を通した蛟劉は、小首を傾げて苦笑する。

 

「ありがたいお話やけど、僕は組織力とかないで?」

「何、気にするな。おんしには“サウザンドアイズ”の客分として私の立場を委任しよう。足りなければ太陽主権も一部貸し出す。それで釣りが来るだろう?」

 

 蛟劉は思わず目を見開いた。

 釣りが来るなんてものではない。客分に与えるには規格外で破格の待遇だ。

 

「そ、それは流石に買い被りすぎとちゃいます?」

「いいや。魔王連盟なる彼奴らは未知数だ。こちらも出し惜しみしてる場合ではない。下層には、まだまだ愛でてやりたいコミュニティもあるしの」

 

 厳しい声音の中で、ふと白夜叉の口元がほころぶ。蛟劉も同意するように頷いた。

 

「その思いは僕も同じや。“ノーネーム”を含め、下層にはまだまだ楽しみが多い」

「では、引き受けると?」

「ええ。支配者代行、謹んで受けさせてもらいます」

 

 差し出された手を握る。

 そこに居るのは“枯れ木の流木”と揶揄された男ではなく。かつて名だたる修羅神仏を相手に戦った、蛟魔王の強靭な覇気が感じられた。

 

「よし、引き継ぎはうちの店員に任せてある。分からぬことがあったら適宜その者に聞くようにしてくれ」

「了解です」

「……それと、テオドールのことなのだが」

「彼がどうかしました?」

 

 ここでその名前が出されると思っていなかった蛟劉は、訝しげに白夜叉を見た。

 確かに彼の実力は先日思い知らされたばかりだが、だからといってそのような、苦虫を噛み潰したような顔で言うべきものとは思えない。

 

「いや、すまぬ。一つ共有しておきたい事柄があるだけだ」

 

 そう前置きしてから、白夜叉が改めて口を開いた。

 

「あやつはな、蛟劉。“他者の霊格を削り取る”恩恵を持っているようなのだ」

「霊格を?」

「原理は分からぬ。だが確かなのは、それが物理的な攻撃を介すだけでトートの霊格を削り取る程のものということだ」

「トートって……ええと、まさかとは思うけど、エジプト神群の話やんな?」

「であればまだ良かったがな」

「……ということはやっぱり、死神のトートのことを仰ってるんで?」

 

 白夜叉の反応に、蛟劉は額を抑えた。

 箱庭において霊格を摩耗させる(すべ)は存在しない訳ではないが、少なくとも人間が、物理的な手段で“死”の霊格に干渉するなど普通はあり得ない。世界の法則を力で捻じ曲げるような恩恵を持っているということになるからだ。

 

「それが本当なら、危険と言えば、危険ですね」

「うむ。今はその力を外敵──魔王にしか向けていないようだし、釘も刺してはおいたから、無闇にその力を使いはしないだろうがの。それを正しく使ってくれるならば、魔王への対抗策にもなり得る」

「でも懸念があるんやな?」

 

 煙をふーっと吐き出して、白夜叉は言った。

 

「もし、仮にあやつが()()()()するようなことがあれば、何が起きるかわからぬ。ゆめゆめ注意してやって欲しい」

「心変わり、ですか。何か兆候でも?」

「……いや、そういうわけではない。今のあやつには魔王に(くみ)するような理由はないだろう」

 

 だがそれは、()()そうする理由がないというだけだ。

 もし彼が魔王側に付く何らかのメリットを見出してしまった場合、コミュニティすら容易く裏切ってみせる──そんな予感が白夜叉にはあった。

 確かな根拠はない。しかし時折彼が見せる視線に薄ら寒さを覚えるのも事実だ。

 例えば、虫籠を観察するような。飽きてその場を去るだけならまだいいが、好奇心のままに虫籠を水の中に沈めても、彼は罪悪感を抱くことなどないような気がした。

 

「ともかく、あやつの力が箱庭にどこまで影響があるか分からぬ。そのことだけは覚えておいてくれ」

「ええ、分かりました」

 

 煙管の火を落とし、白夜叉は窓の外を見上げる。

 彼女の心中とは対照に、夜空は澄み渡っていた。




◆演奏
その名の通り演奏するために必要なスキル。おひねりによる金稼ぎや魅了のステータス上げに使え、演奏依頼もあるため需要はそれなりだが、スキルが低いと聴衆に石を投げられて最悪死ぬので鍛えるのが大変。
下手な演奏を聴かせるだけで命の危機、それがelona。

◆★《ストラディバリウス》
固有アーティファクトの一つ。おひねりの質を良くするエンチャントがついており、演奏するなら手に入れたい品。ランダム生成なので、手に入れるためにとある町の吟遊詩人達がひたすら燃やされたりする。
テオドールはストレス解消に吟遊詩人を殺戮していたら手に入れた。

◆あなたは罪悪感を感じない
王都を核爆弾で*チョドーン!*すると得られるようになるフィート。カルマが減りにくくなる=犯罪者状態になりにくくなるので便利。普通のelonaプレイヤーは大体取得している(偏見)。もちろんテオドールも持っている。
本当に恐ろしいのは核で爆破されても平然と生き残る王様や王妃かもしれない。


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キリング・ミシング

 喧噪から少し外れた人気のない路地に、血溜まりができている。

 周辺には骨や肉の欠片が散らばっており、あたかも人体が無残に爆散したかのような惨状だった。

 

「──“神隠し”だ! また“神隠し”が出たぞッ!」

 

 どこかで焦燥の滲む声が聞こえた。騒ぎはそれ程遠くない。

 

 不吉な光景と付随する重い空気が、唐突に一変する。

 地面から湧き出るように火柱が噴き出し、血溜まりを覆い尽くした。炎が消える頃には全てが灰となり、ここで起こった出来事を隠蔽してくれるだろう。

 

 巻き起こる熱を肌で感じながら、溜息を吐いて──テオドールは内省した。

 またやってしまった。

 

   ◆

 

 箱庭54545外門“煌焰(こうえん)の都”。

 “サラマンドラ”が治めるこの外門に、“ノーネーム”は再び招かれていた。

 というのも、白夜叉が退いてから既に二ヶ月が経ったが、魔王連盟の動きは未だはっきりせぬまま、噂と影だけがチラついている状態だった。そこで、各地域の支配者たちが今後の方針を話し合うために召集会が開かれることになり、“ノーネーム”もまた魔王及び魔王連盟との交戦経験を買われて召集されたのである。

 

 “階層支配者”から直々に大抜擢を受けた“ノーネーム”にも、相応の態度が求められる。だからお願いだから羽目を外しすぎないように、とジンやレティシアから口を酸っぱくして言われたのが三日前のこと。

 そうしてジン達より一足先に“煌焰の都”を訪れた問題児達は、案の定、自重しなかった。

 開催される格下のギフトゲームに連勝した結果一部のゲームは出禁になり、繰り返される悪戯に黒ウサギは疲労困憊。少々やり過ぎて憲兵隊に追われたりもした。

 

 しかし、それはあくまでも十六夜達地球組の話。テオドールらイルヴァ組は、そこそこ大人しくやっていたと言える。精々参加したギフトゲームの主催者に泣かれたぐらいだ。

 だというのに、テオドールが何故このように死体を焼却処理する羽目になっているのかといえば、不幸な事故である──と、テオドールは断言するだろう。

 

 本拠付近で無くとも“打倒魔王を掲げるジン=ラッセルのノーネーム”と言えば通じ得る程度の名声を得ているとはいえ、やはり“ノーネーム”だからと下に見てくる者は少なくない。そもそも顔が割れている訳でもないので、実力差も知らずにテオドールに絡んでくる哀れな者達が居るのが一つ。

 魔王の襲撃という数ヶ月に一度のレアイベントでしか本気が出せず、常日頃フラストレーションが溜まっていたのが一つ。

 

 最大の原因は、わざわざ人気のないところに“名無し”を連れ出し、脅かそうとしてしまった犠牲者にある。

 目撃者が存在しない絶好のシチュエーションに、ついうっかりやり過ぎてしまうのも仕方のないことではなかろうか。テオドールは開き直った。

 

 なお、これは今回が初犯ではない。召喚された直後から、時折こうして現れる命知らずをひっそりとミンチにしてきた。

 黒ウサギ達には一つもバレていない。知っているのは機嫌を良くして帰ってきたテオドールを見て察した彼のペット達だけだ。そうでなければ“ノーネーム”には居られないだろう。

 

 イルヴァでの命と殺人の罪の軽さを“ノーネーム”の面々は知っているが、だからと言ってテオドールの殺人を良しとする事はない。表面上の理解は有っても、どうあがいても溝がある。

 郷に入っては郷に従え。彼らはテオドールが箱庭の法に合わせることを前提としているのだから。

 

 まあ、別にテオドールはそれを否定する気など無いし──理解されようとされ無かろうと、自分の好きなように生きるだけだ。

 たとえ、この世界にとって()()()()()“*Debug*”という称号を抱えていたとしても。

 

「…………」

 

 消えかかる炎を見ながら、テオドールはふと、先程聞こえた“神隠し”について意識を向けた。

 

 箱庭では、人攫いや夜逃げなどで人が消えることがままあり、理由が何であれ総じて“神隠し”と呼ばれる。住民達も慣れきっているとまではいかないが、いつ起きても不思議ではないという意識はあるようだ。

 事実、テオドールの手によってチンピラ数人が消える程度では、近所の噂にはなりこそすれ、大事件として声高に騒がれる程では無かった。

 

 それなのにあれ程の騒ぎになるような──ましてや『また』と言うからには、随分と特徴的な神隠しがこの辺りで連続して起こっているのだろう。

 少なくともテオドールが遭遇(引き起こ)した“事故”とは別口であることは間違いない。“煌焰の都”での犯行は今日が初めてだからだ。

 

 箱庭も物騒なものだな。と、テオドールは他人事のように思った。

 

   ◆

 

 ──“煌焰の都”工房街・西区。

 “神隠し”の現場は人混みが出来ていた。場所は工房街にある宿泊施設の一室。

 煉瓦造りの街道を憲兵隊が封鎖しており、その先頭には“サラマンドラ”の参謀であるマンドラが指揮を執っていた。

 

 彼は己に近付いてくる男を視認するや否や眉間に皺を寄せると溜息を吐き、

 

「……何をしにきた。此処には娯楽なんぞありはしないぞ」

「娯楽ならあるさ。“神隠し”があったんだろ?」

 

 ヤハハと笑って隔離用の柵を踏み越える十六夜。彼は“神隠し”の噂を聞いて、意気揚々と首を突っ込みに来ていた。

 憲兵隊の面々は壮絶に嫌な顔をしたが、止める声は無い。彼の実力はここ数日で嫌というほど経験させられており、この場で取り押さえても返り討ちに遭うと悟っているのである。

 マンドラもまた手慣れてきており、「現場が見たいのなら見せてやるが、決して荒らすなよ」と最低限の釘だけ刺して、宿泊施設の扉を開けた。

 

 何かしらの事件があったという割に内装は乱れておらず、平時の平穏がそのまま保存されたような状態だ。

 マンドラに促され、三階の部屋に入ると──この部屋こそが“神隠し”の現場だ──やはり人攫いがあったとは思えないほど生活感が残されている。

 ……(ただ)一つ、入り口に正面に書かれた“混”の文字と、謎の矢文を除いては。

 

「“遊手好閑”……それと“混”の文字。中華系の言葉だな」

「ああ。術の名残りか、それともメッセージなのか。どちらにせよ、他の二つの現場にも似たような文字が残されていた。故に同一の術師だろうと我々は見ている」

「神隠しは三度目か」

「そうだ。短期間にこれだけの痕跡を残しながら、我ら“サラマンドラ”が擁する対“神隠し”機関を欺くなど──」

 

 振り向いたマンドラは、ズサッ、と大袈裟に後退る。

 十六夜だと思って返答したが、背後に立っていたのはテオドールだった。

 

「き、貴様、何故ここに」

「憲兵隊に“神隠し”の件を尋ねたら、快く案内してくれた」

 

 さらりと言われ、マンドラはこめかみを押さえた。

 

 マンドラはテオドールに片腕を切り飛ばされた因縁があるため、彼を苦手としている。だがその事実はサンドラ以外の“サラマンドラ”の同士には伝わっていなかった。

 当時は人払いがされていたし、コミュニティの威厳にも関わるので、わざわざ醜聞を広める必要は無い。マンドラは自分から口を閉ざしていた。

 しかしそれが仇となった。予想外に、テオドールは外面が良かったのだ。

 

 まず、平時のテオドールは大人しいもので、十六夜達と違い不必要な問題を起こすことが──それこそ突っかかってくる馬鹿者がいない限り──ほとんど無い。それだけで、“サラマンドラ”の同士達には少なくとも地球組の問題児達よりはまともな性格だと思われていた。誤解である。

 それに、“黒死斑の魔王”戦において、ペストの進行を抑えてくれた彼に、未だに感謝の念を持つ者達も多い。

 また、テオドールの立ち振る舞いから、彼が相当に戦い慣れていることを見抜いた戦士達からは、強者に対する羨望のようなものも見られた。

 ついでに、廃人である彼は、魅力のステータスもカンストしている。寒気を感じるような平坦で泰然とした雰囲気が第一印象を悪くしているが、慣れてしまえば不思議と信頼を覚えてしまうらしかった。

 

 そういう訳で、“サラマンドラ”全体で見ると、テオドールに対する好感度はわりと高い。

 十六夜を通してしまった手前、そんな彼が神隠しについて気になるというなら、憲兵隊は止めることはできなかったし、彼ほどの実力者なら十六夜に対するストッパーになるかもしれないという思いもあった。誤認である。

 

「……まあいい。邪魔さえしなければ好きにしろ」

「元よりそのつもりだ」

 

 恐らくは一番の危険人物を前に、マンドラも完全に諦めた。彼に対しては触れぬが吉である。

 テオドールの方も邪魔をする気も協力する気もなく、本当にただ様子を見にきただけなので、素直に頷いた。

 壁に寄りかかったテオドールが続けてくれ、と視線で促し、十六夜が事情聴取を再開する。

 

「それで、他の現場には何て文字があったんだ?」

「“虚度光陰”と“一事無成”、だ」

「……ふうん、成る程な。他に手掛かりは? 被害者の共通点とか」

「さしてない。……いや、一つだけある。姿を消した者はいずれも、年端もいかぬ幼子だったということだ」

 

 それを聞いた十六夜が、不快そうに舌打ちした。

 

「……それは、気に食わないな」

「ほう。癇に障ったか?」

 

 マンドラは意外そうだ。テオドールも同じ気持ちだった。彼はもっと、弱肉強食的な考えを持っていると思っていたが、どうして子供を害することは気に入らないらしい。

 

「強い力は、強い奴にのみ振るっていい──そう思って、今日まで生きてきた。こいつは、その第一原則を真正面から破りやがった」

 

 十六夜の言葉には、犯人に対する明確な怒気と敵意が含まれていた。

 

 彼もわりと弱い者いじめをしている気がするが、考えてみれば子供に手を上げるようなことは一度も無かった。寧ろ子供と戯れることが好きなのか、“ノーネーム”の年少組にもよく構ってやっているのを見る。

 粗野で凶悪で快楽主義に見えても、子供には慈悲と優しさを見せる十六夜。

 テオドールは、やっと彼の本質を理解した。

 

「つまり、十六夜はペドフィ」

「よし黙れテオドール」

 

 ……ような気がしたが気のせいだった。

 

「ともかく、“神隠し”の概要は分かった。犯人像は見えて来たし、適当に捕まえておいてやるよ」

「……フン。なら引き渡しの際は私の名前を出せ。それで憲兵隊には通じる筈だ」

「あいよ」

 

 片手を上げて返事をした十六夜は、階段を使うのも面倒で、窓枠に足をかける。

 しかし、飛び出す寸前の体勢でぴたりと動きを止めた。

 

「……おい、マンドラ」

「どうした? まさか今更になって我々にも協力しろとか言い出すのでは、」

「恥ずかしながらその通りだ。──今すぐ下を固めろ。“神隠し”のご登場だ」

 

 言うや否や、十六夜が弾丸のように跳躍した。

 彼が狙ったのは、隣の工房の屋根に居た人影。フード付きのローブに“混”の文字が刺繍されたそれは、瞬く間に距離を詰めた十六夜の突進を、身を翻して回避した。

 “神隠し”の想定を超える身軽さに、十六夜のスイッチが入る。

 

 一方のマンドラは、窓から身を乗り出して声を荒げた。

 

「おい、何処だ!? 何処に“神隠し”の主犯が居る!?」

「はぁ? 何言ってんだお前、俺の目の前に──」

 

 マンドラの様子がおかしいことに気付いて、言葉を止める。彼は“混”の一文字に目もくれず、眼下を血眼になって探し始めたのだ。

 十六夜は次にテオドールの姿を確認した。そちらは十六夜と、“神隠し”と、マンドラを順に見て、小首を傾げている。彼には見えていると確信する。

 つまりは。

 

「不可視のギフトか……!」

「おうさ、良い勘してるじゃねえか。テメェが巷で噂のニュービーかい?」

 

 “神隠し”が麻布のフードの下でニタァと笑う。どうやら知性を持った化生の類のようだ。

 十六夜は苛立ち混じりに視線を戻すが、同時に納得もした。この犯人は、己を認知できないようにしているらしい。それこそテオドールの透明視のギフトのような対処法が無ければ、犯人を見つけることは難しいだろう。

 

「どこの巷で噂か知らねえが、気になるならテメェの腕で確認した方が確実だと思うね。

 ──来いよ、“神隠し”。その(こす)い術を暴いてやる」

「ヒヒ、威勢がいいなァ! その不遜さは評価するぜ新参者ッ!」

 

 “混”一文字を靡かせ、麻布のローブから巻物らしき紙を取り出す“神隠し”。結びを解かれた巻物から“虚度光陰”の文字が顕現し──

 次の瞬間には十六夜共々、足元を粉砕する勢いで彼方へと駆けていった。

 

「…………?」

 

 何が起こったのか分からないマンドラが、呆然とテオドールに振り向く。混乱しているようだ。

 

「何が起きた?」

「“時止め”だな」

 

 テオドールは、“神隠し”が広げた巻物によって、世界がモノクロームに変貌するのを感知していた。それはイルヴァに存在する“時を止める”エンチャントが発動した時と似ている。

 恐らくはそれこそが今までの神隠しを成功させたトリックの一つだろう。被害者は抵抗もできずに攫われたに違いない。

 しかし、十六夜が無傷だったのを見るに、どうやら十六夜には効かずに逃亡したようだった。彼はどれだけ規格外なのだろうか。

 

 だがマンドラの疑問はそれ以前にあるようで、眉を寄せるだけだった。テオドールは更に付け加える。

 

「どうやら“神隠し”は普通には見えないらしい。不可視のギフトでも持っているのだろう」

「不可視のギフト……っ!?」

 

 何故かマンドラが、さっと顔色を悪くした。

 

「お前には見えていたのか?」

「自分は透明なものを見るエンチャント……ギフトを持っている。十六夜に見えた理由は不明だ。何か条件があるのかもしれない」

「……そうか、分かった。とにかく私は奴らを追いかける。放っておけば街への被害が出かねん」

 

 マンドラは何かを考え込むようにしていたが、すぐさま状況を思い出したのだろう。憲兵隊に指示を出すため、素早く部屋を出ていった。

 テオドールも十六夜達を追いかけようと、羽を広げて開け放たれた窓から飛び立つ。もし本当に自力で時を止められる能力を持っているというならば、ぜひともペットに欲しい──せめて死体と残骸だけでも──という欲と共に。

 

 こうして、“神隠し”にとって地獄の鬼ごっこが始まった。




◆火柱
〈炎の壁〉の魔法によるもの。指定した座標周辺に炎を発生させる。
攻撃よりはアイテムを燃やしたりするのによく使われる。

◆残骸
NPCを倒した時に落とす皮・骨片・瞳・体液・心臓のこと。冒頭で散らばってた。
バニラでは使い道のないゴミだが、とあるヴァリアントではこれらと死体があれば人体錬成が出来たりする。これでユニークキャラをペットにできるぞ!
ただし禁忌なのでカルマが鬼のように下がる。死者蘇生はOKなのに。


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バッド、エンカウンター

 “煌焰の都”錬成工房街。

 スビンとノイロックは、箱庭に来てから、テオドールと別行動することが増えていた。ノースティリスと違い、町中に突然モンスターが湧いたり、廃人や狂人が戯れで襲いかかってくる危険性がほぼ無いため、単独行動のリスクが低い、とテオドールが判断したからだ。別々に行動した方が、“イベント”の見逃しが減る、とも言っていた。

 それはペット達への僅かな優しさ──休暇を与えるような感覚──も含まれていただろう。当のペット達としては、目を離している隙に何をしでかすか分かったものではないので、あまり離れたくはないのだが、主人が勝手にどこかへ消えてしまってはどうしようもない。

 ということで、テオドールの捜索ついでに街をぶらぶらと歩き回っていた暇人二人は、飛鳥と黒ウサギに遭遇した。

 

「あら、スビンにノイロックじゃない。散策中?」

「まあそんな感じだ。そっちは何してんだ、こんな所で」

「ジャックさんが、この辺りの工房を借りているそうなのです。最後の同盟相手を紹介して下さるとか」

「折角だし、二人も来る?」

「そうですね、予定も特にありませんし」

 

 そんな流れを経てやってきた第八八番工房にて。

 彼らはジャックの他に、思わぬ人物と再会した。

 

「名無し共め……! よくも僕の前に顔を出」

「裏口の扉を蹴り破ってんじゃねえええええええええ──!!」

 

 ドアを蹴り破って現れた人物が、激怒したジャックに殴り飛ばされた。

 頭蓋骨の二倍超はありそうな拳が即頭部にクリティカルヒットし、三回転半して壁にねじ込まれる。

 

「全く、君という人は……此処が借家だと何度言えば分かるんですかッ! 壊した扉や壁の穴の修理代は我々が払うのですよッ!」

「お、お待ちくださいジャック殿! 壁に穴を開けたのは貴方ですぞ!」

 

 全くその通りなツッコミを入れながらジャックを止めにかかるのは、甲冑ではなく鍛冶屋のような衣装に身を包んだ“ペルセウス”の同士である。

 ということはやはり──壁から引き抜かれたのは、“ペルセウス”の首領、ルイオスだった。

 鼻唇から血を流しながら、ルイオスが吠える。

 

「……ふッざけんなよ、このドテカボチャ頭……! いい加減にしないとその空っぽの頭蓋をぶち砕くぞッ!!」

「そう言って幾度返り討ちにあったか覚えてますか? 両手の指では足りませんよ? あと、私はドテカボチャではありませんと何度言えば分かるんでしょうかその頭蓋を柘榴の如くブッコロリーするぞゴラァッ!!」

 

 その後怒鳴り合いはヒートアップ。因縁のある相手を前に飛鳥まで参戦する事態となり、仲裁に使われた黒ウサギの“疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)”が完全にご臨終した──“アンダーウッド”での戦いで、既に半壊していたらしい──が、彼女の奮闘の甲斐あってとりあえずは場の落ち着きが取り戻された。

 飛鳥とルイオスの両名は、未だに仇を見るような目で睨み合っているが。

 

「……にしても、“ペルセウス”が最後の同盟相手とはなあ」

 

 ノイロックの呟きに、ルイオスがそれはこっちの台詞だ、とでも言いたげな顔をした。口に出さないのは、機関銃の銃口を向けられているからである。

 そのまま話を進めると一々小競り合いが発生しそうだったので、ノイロック達が武力によって抑制することにしたのだ。

 この場にテオドールが居なくて良かったなあとしみじみ思う。うっかりするとルイオスが物理的に口を開けなくなるかもしれなかった。

 

 ちなみに“ペルセウス”の同士達は、自分達の首領が置かれている状況を甘んじて受け入れている。我儘(わがまま)な坊っちゃんに多少の灸を据えてやりたいのか、それともテオドールとそのペット達(主にスビン)にトラウマがあるからなのかは定かではない。

 

「黒ウサギはいいんですか? アレが同盟相手で」

 

 レティシアを売り飛ばそうとした上、“ノーネーム”に対する屈辱的な暴言の数々。一番それに晒されたのは黒ウサギである。

 それでも同盟に納得できるのか、というスビンの問に、黒ウサギは一考してから答えた。

 

「黒ウサギとしても、この同盟には思うところがあるのですが……先程、気になることを言っていましたので、そう易々と無下にすることもないかなと思うのです」

「気になること? ……ああ、そう言えば。ドアが蹴破られる前に“ディーンを修理したのは自分だ”というような台詞を聞いた気がします」

 

 “アンダーウッド”での戦いによって半壊したディーンは、“ウィル・オ・ウィスプ”預かりで修理を受けていた。現在は完了した状態でこの工房に運び込まれている。ここに集合したのは、ディーンの受け渡しも兼ねていたのだろう。

 なので当然、ジャックが修理をしたものと思っていたのだが。スビンは佇む神珍鉄の巨兵を見上げた。

 もし本当にルイオスがディーンを修理したのなら、話くらいは聞くのが筋かもしれない。

 

「そこの所、どうなんです? 本当に貴方が修理したんですか?」

「……フン。それぐらい楽勝だ。“ペルセウス”には“オリュンポス十二神”が一柱、“鍛冶神・ヘパイストス”の神格が授けられているからね」

「ヘパイストス?」

「ギリシャ神話群における、数々の武具を創造した神様ですね。伝承では、ペルセウスがゴーゴン退治の際に授かった武具は兜・具足・楯・鎌の四つ。そのうち楯はゴーゴンの首と融合させて女神に返上したと言われております。ゴーゴンの首を楯に付与(エンチャント)した術式を組んだのが、きっと鍛冶神(ヘパイストス)だったのでしょう」

「あー……何だ。要するに、鍛冶神の加護を持ってるってことか」

「端的に言うなら、そうですね。実際は神格そのものではなく恩恵付与に特化した神格具でも与えられたのでしょうけど、それがあれば、神珍鉄や金剛鉄の製鉄も可能かもしれません」

 

 確認するように視線を送ると、ルイオスが自慢げに笑う。

 

「当然だね。この僕の手にかかればあの程度のことなんて造作も、」

「ルイオス様、見栄を張らないで下さい。ジャック殿が居なければ、どこから手を付ければいいか分からなかったではないですか」

 

 諌めるように側近の男が告げる。ルイオスは怒気を隠さず舌打ちした。

 前途多難な同盟相手に溜息を漏らす黒ウサギだったが、ふと気になったようにジャックに問う。

 

「一つ気になったのですが……“ウィル・オ・ウィスプ”と“ペルセウス”は、どのようなご関係なのですか? 失礼ですけど、友好的には見えないのですよ」

「ヤホホ……まあ、ちょっとした貸し借りのある間柄というやつですよ。以前にお話したかもしれませんが、我々“ウィル・オ・ウィスプ”は“マクスウェルの魔王”に幾度か襲撃を受けていまして」

「YES、それは聞きました。五桁でも最上位の魔王と──」

「いえ、それはもう以前までの話です」

「へ?」

「彼奴はもう、五桁ではありません。我々が“アンダーウッド”に行っている間に──

 “マクスウェルの魔王”は、四桁にまで上り詰めたという噂です」

 

   ◆

 

 “煌焰の都”北区の商業街・大通り。

 行き交う人々の頭上で、縦横無尽の鬼ごっこが繰り広げられていた。

 壁を蹴り、街路樹を伝い、時にはキャンドルランプを吊る配線さえも足場にする。軽業師も顔負けな芸当で逃げ回る“神隠し”──その名を混世魔王と言う──は、非常に焦っていた。

 

(ありえねえ、ありえねえ、あの糞ガキマジありえねェ!)

 

 所詮は人間と侮っていた小僧が、己のギフトを無効化するわ、あっさり正体を当ててくるわ、人外並みの脚力で追ってくるわと、もう散々だった。

 スピードでは引き剥がせそうにないと、機動性を活かしてフェイントをかけたりしてみても、追跡者は揺らがない。どう動いても確実に付いてくる。しかも、まだ余力があります、という顔をしていた。絶対人間じゃねえだろ。

 

(畜生……! 蛟劉の野郎が支配者に収まったっていうから人里に来たものの……とんだ厄日じゃねェかよォ!)

 

 混世魔王の本来の目的は、蛟魔王を襲うことだった。彼らの間にある因縁については割愛するが、そのために乗り込んだ“煌焰の都”で、挑発するように“神隠し”を成功させていた混世魔王だったが──こんな訳の分からない人間が居るなんて、聞いてない!

 

(……仕方ねェ。蛟劉の野郎が来る前ってのが癪だが──)

 

 突如、混世魔王の雰囲気が劇的に変わる。“混”一文字の下に隠された霊格が膨張し、不吉な風が吹き荒ぶ。

 足場の建築物の倒壊を避けて攻めあぐねていた──しかも鬼ごっこに半ば飽きてきていた──十六夜も、それに気付いて己の失態に苛立って舌打ちした。

 

(“主催者権限(ホストマスター)”……!)

 

 力を持つ修羅神仏にのみ許された、試練(ゲーム)の強制主催。普段なら意気揚々と挑む十六夜だが、今日は都合が悪い。

 今頃“ウィル・オ・ウィスプ”が飛鳥に新しいギフトを渡している筈なのだ。ぶっつけ本番で魔王と戦わせるのは荷が重い。

 煉瓦畳の街道を踏みしめ、ミシリと軋ませる。

 

「させるかッ!」

 

 足元の崩壊を顧みない、全力の跳躍。瓦礫を撒き散らし、音をも追い越して“混”一文字の背に迫る。

 指先が触れそうになった、その刹那。

 背後で、マンドラが叫んだ。

 

「後ろだ、避けろッ!!」

 

 ハッと背後の脅威を察する。しかしその反応は致命的に遅かった。

 十六夜が振り向くや否や──炎熱の街に、極寒の風が吹雪いたのだ。

 

(何──ッ!?)

 

 跳躍の際に巻き上げた瓦礫を足場にして回避しようとする。だがタイミングを見計らったかのような絶妙な一撃を、躱しきることは困難だった。

 キャンドルランプの篝火さえ凍らせる極寒の風が、十六夜を襲う。

 

「っ……!!」

 

 冷気によって生み出された氷の刃は叩き落としたが、風そのものを防ぐことはできない。極寒の風に煽られて落下しながら、せめて混世魔王の行方だけは把握しようと目玉を動かし、視界に割り込む影を見た。

 

「テオド──!?」

 

 メキョ、という致命的な音と共に地面に激突する何か。その後を追うように、十六夜も売店の天幕に落下する。

 天幕によって衝撃は和らいだが、その売店が果物屋だったのは誤算だった。全身を果汁で濡らした十六夜は不機嫌そうな顔で立ち上がり、舌打ちを漏らす。

 

「……くそ。水で濡れるのは慣れっこだが、果汁で濡れるのは不愉快だ」

 

 言いながら、地面に墜落したものを確認しに行く。

 ようやく追いついたマンドラも駆け付けた。“神隠し”の姿が見えない彼ら憲兵隊は、包囲網も張れずに十六夜を追いかけることしかできなかったのだ。

 

「おい、大丈夫か!?」

「ああ。それよりこいつを見ろ」

 

 売店のすぐ横、陥没した地面の中心に、混世魔王が倒れていた。完全に白目を剥いているし、口から泡ぶくを吹いている。もう死んでるんじゃないかと思ったが、流石は魔王。辛うじて息はあるようだ。

 

「これが“神隠し”か!?」

「そうだ。どうやら見えてるみたいだな」

 

 気を失ったせいでギフトが解除されたのか、マンドラの目にも“神隠し”が見えているらしい。

 マンドラは声を張り上げ憲兵隊を召集してから、十六夜に向き直った。

 

「……助かった。お前のおかげで犯人を捕縛することができた」

「いや。お礼はテオドールに言ってやってくれ。こいつを叩き落としたのはあいつだ」

「そうか。……その本人はどこへ行った?」

「さあな」

 

 歯切れが悪い答えにマンドラが眉を寄せる。だがそう言うしかない。

 十六夜が落下する直前、飛び出てきたテオドールは混世魔王の脳天に踵落としを食らわせた後──まるであの極寒の風に攫われるように、ふっと消えてしまったのだ。

 恐らく本来は、混世魔王がそうなる筈だった。十六夜はそういう現象を起こすことができる手段を知っている──“空間跳躍”。何者かがそれを仕掛けたのだとしたら。

 

 混世魔王の同士ではないだろう。そんな使い手が仲間にいたのなら、焦って“主催者権限”を使おうとはしなかった筈だ。

 つまり、考えられるのは、未知の第三勢力の存在。

 

「細かい話は後だ。とにかくすぐサンドラに伝えろ。この“神隠し”とはまた別の、良くない勢力がこの街に潜んでる可能性がある」

「……それは本当か」

「十中八九な。まあもしかしたらテオドールが全部片付けちまうかもしれないが──」

「マ、マンドラ様! 大変です!」

 

 憲兵隊の一人が慌ただしく駆けてきたので、二人は会話を切って振り返った。

 血相を変えた隊員が、マンドラの返事も待たずに報告する。

 

「サンドラ様が宮殿を抜け出したとの報告が……!」

「なんだと!?」

「幸いなことに都市内で目撃者が多数おり、現在は“星海の石碑”の展示回廊に居られるとのこと!」

「ええい、こんな時にアイツは何を──」

 

 恫喝しようとしたマンドラだったが、突然言葉を呑み込む。苦い表情を浮かべ、十六夜を見た。

 その反応が気になりはしたが、追及する程でもないか、と流す。

 

「悪いが“星海の石碑”まで付き合ってもらうぞ」

「まあ、あの展示回廊は見ていて飽きないからな。タダで入場できるなら喜んで付いていくさ」

 

 事態がいつ動くか分からない。十六夜としても見過ごせない状況だ。共に頷き合い、展示回廊へ駆け出す。

 

 ちなみに犠牲になった売店の修理費用は、憲兵隊の隊員達がしっかりと支払った。マンドラ付けで。

 

   ◆

 

 ──“紅玉の洞穴”地下水路。

 着地すると同時に、熱風がテオドールを襲った。

 石造りの床を焦がす程の灼熱の嵐。しかし炎耐性が万全のテオドールにとってはただのちょっと熱い風だ。完全にそれを無視して、敵意を感じた方へと一瞬で駆け抜ける。

 道中の壁をぶち抜いて、最短距離で現れたテオドールに、青と赤のコントラストで彩られた外套を身に纏った男は僅かに目を瞠った。

 

「ほう、私の居場所を悟るとは──」

 

 テオドールはバックパックから取り出した大鎌で、迷いなくその首を刎ねた。

 知覚することすらできずに頭を失った男の身体が、それでも変わらずそこに在るのを見て悟る。生命力を削りきれなかったのだ。首を失っても死なないということは、恐らく人間ではないのだろう。

 

 だったら死ぬまで切り刻む他ない。

 

 間髪入れず、圧倒的な〈速度〉から繰り出される怒涛の斬撃が、男の生命力を──霊格を奪い去っていく。再生しようとしていた男の身体は、それ以上の速度で細切れになる。

 果たして、テオドールが動きを止めた時には、男は塵のように崩れ落ちていた。

 

 霊格を失い、原形を失くした誰か──思わず殺してしまったが誰だったのだろう──を見下ろすテオドールの背中に、何かがコツンと当たる。

 カラン、と音を立てて落ちたのは短剣だった。刃には一滴の血も付いていない。テオドールの耐久力を超えられなかったようだ。

 

「……嘘、」

 

 狼狽したような少女の声を聞き逃す筈も無かった。瞬時に敵と判断、接近し、鎌を振るう。

 細い首を食い破ろうとした大鎌は──その寸前で動きを止めた。

 まるで見えない壁があるような重みが、それ以上刃が近付くことを拒んでいる。

 

 その一瞬の間に見た、目を白黒とさせる少女の顔に、テオドールは見覚えがあった。

 

「……吸血鬼の城に居たな」

 

 確かリンと呼ばれていた少女が、息を呑んだ。

 

   ◆

 

 “空間跳躍”の座標に別人が割り込んだせいで、混世魔王を味方に引き入れることに失敗した。

 でも問題ない。まだいくらでもチャンスはある。

 

 そう思ったのも束の間だった。まさかあの“マクスウェルの魔王”が手も足も出せずに殺されてしまうとは、どうして予想ができよう。

 動揺が隠せないまま牽制として投げた短剣が、躱されもせずただ地面に落ちた。それが間違いだった。

 真っ直ぐに向けられた無色透明な殺意に、リンの足が竦む。

 

「……吸血鬼の城に居たな」

 

 気が付けば、自身の首に鎌が迫っていた。

 ギフトが無ければ間違いなく死んでいた。リンのギフト、“アキレス・ハイ”は相対的な距離を操る。どんなに強力で速い攻撃も、届かない。()()()()が守ってくれる。

 だが、死なないだけで、自分では勝てないとすぐに分かった。次の瞬間にはリンは離脱を図り──*Error occurred. Undefined skill found, try debugging*──バチン、と耳障りな音がして、“アキレス・ハイ”が無効化された。

 

「え?」

 

 鎌の刃が首に喰い込む。血が首を伝っていく。

 その瞬間が、リンには何秒にも感じられ──

 

「…………?」

 

 いや、違う。

 刃は確かにリンの首筋を舐め取ったが、そこで止まっていた。

 困惑してテオドールを見れば、彼は先程までの殺意なんてなかったような澄ました顔でこちらを見つめている。その目からは何を考えているのか読み取れない。

 これはチャンスなのかもしれない。思わず腰の短剣に手を伸ばそうとし、

 

「動くな」

 

 肩を震わせたリンが動きを止めると、また殺意がすっと霧散する。さざ波すら立たないような静かな空気は、先程までの苛烈な殺意の痕跡を一つも残さない。

 じわじわと、リンの中に恐怖が積もり始める。

 端的に言うならば。

 

(……この人、やばい……!)

 

 絶体絶命であった。




◆敵意を感じた方
〈探知〉スキルの賜物。一部ヴァリアントではこのスキルがあると敵がいる方向を察知できる。
元々の効果は隠し通路や罠を発見するスキル。正直いらない。

◆壁をぶち抜く
〈採掘〉スキルの賜物。elonaは町だろうがネフィアだろうが壁を掘って進むことができる。
王様の寝室に不法侵入(無罪)して勝手にベッドを使う(無罪)ためのショートカットに使ったりする。

◆マクスウェル
霊格が粉々になってしまったので修復不能。
炎も氷も効かない相手だったばっかりに…

◆途中の謎英文
所謂システムメッセージなので誰にも聞こえてない。テオドールは薄々何が起きてるか気付いてる。


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好奇心が殺すのは

 人間は──彼が本当に人間であるかはこの際置いておいて──どんなに意識を変えようとしても、一度持った感情を引きずってしまうものだ。それなのに、彼はまるでスイッチを切り替えるように殺意を出し入れする。

 異常だ。

 何でもない相手に、本気の殺意を抱く。本気の殺意を抱くような相手を、次の瞬間には道端の石ころのように見る。そんなことができるのは、普通の精神構造ではない。

 勿論そういう風に()()()ことができる者は大勢いるが──

 

 この、テオドールという男は、そんなものでは無い気がした。

 

「お前達の目的は何だ」

「……そう簡単には教えられませんね」

 

 冷たい汗が背中に流れるのを感じながら、リンは必死に思考を巡らせる。

 いつ殺されるとも知れないが、下手に動けば間違いなく首に当たる鎌が首を分かつだろう。とにかくできるだけ話を引き伸ばし、隙を見出さなくてはならない。

 彼女は、ここで死ぬ訳にはいかないのだ。

 

(これからどうしよう)

 

 一方のテオドールは、わりと呑気に困っていた。何せ生まれて初めて尋問というものをしているので、勝手が分からない。命を握るだけでは足りないようだ。

 ノースティリスであれば、廃人であるテオドールに会っただけで、その肩書きを恐れて勝手に命乞いを始める輩も多いので、新鮮と言えば新鮮だが。

 

 話は変わるが、テオドールの持つ大鎌は、実は“生きている武器”である。血を吸って成長する、謂わば魔剣の一種だ。ノースティリスにおいてはレア物ではあるが、数年冒険者をやっていれば一度は目にすることがある程度の希少度で、“生き武器”という通称で冒険者達に親しまれている。

 そんな“生き武器”だが、生きているというだけあって意思を備えている。しっかりとした人格が形成されたものはテオドールでもお目にかかったことが無いが、大半は敵を屠り成長する度に喜びの感情を所有者に伝えてくるというので、おおよそ凶暴で残忍な性格をしていると言えるだろう。無論、テオドールが持つこれも例外ではない。

 何が言いたいかと言うと、そろそろ大鎌が我慢の限界なのである。

 

 ただでさえ廃人に育てられ、数々の生き血を啜ってきた武器だ。こんな、少女の首から流れる少量の血だけで満足してくれる筈も無い。

 先程から、急かすような思念をバシバシと飛ばしてきている。あまり時間をかけると、我慢しかねて傷口から血を全部吸い尽くすくらいはするだろう。つまり尋問が長引くと、テオドールの意志に関係無く情報を引き出す前にリンが死んでしまう。

 

 そもそも武器の選択を間違っている訳だが、最初は普通に殺すつもりだったので仕方がない。テオドールが尋問なんて行為を思い付いたのは、リンのギフトが解除されたその瞬間だったのだ。首を刎ねる前に止められたのは奇跡的だった。

 武器を入れ替えるにしても、リンのギフトの正体が不明なため、変に隙を与えたくはない。

 

 さてどうしたものかと色々考えているうちに、ふと思い出したことがあった。

 テオドールはバックパックの中にあるクーラーボックスからある物を取り出して、リンに見えるように転がす。

 

「……? なに、を──」

 

 リンがそれを凝視する。

 黒い龍の首だ。明らかに死んでいるが、腐敗の進行が無く綺麗に原形を留めている。そのせいで、リンの聡い頭脳は瞬時にその正体を導き出してしまった。

 

「グー爺……?」

 

 グライア=グライフ。黒き鷲獅子の同士。“アンダーウッド”での戦い以来行方が分からなくなっており、プレイヤーに討たれたのだと予想はしていた。だが、死体が見つからなかったせいで、もしかしたらどこかで生きているのではないかと心の片隅で期待してしまっていたのだろう。

 変わり果てた同士の姿を見て呆然と呟くリンに、テオドールが冷淡に告げる。

 

「“煌焰の都”で行おうとしていたこと、それを話せ。そうすれば生きて解放し、この首も返す。さもなければお前と……また別の者がこれと同じようになるだろう」

「────っ!」

 

 さっさと話さなければお前も、お前の仲間もこうして並べてやるぞという脅しだ。同時に生還を約束することで、こちらの譲歩も示す。これならいい加減情報を吐くだろうとテオドールは得意気だった。

 さり気なく“生命の目録”が刻まれている胴体は返さないとかいう(こす)い真似をしているし、傍から見れば普通にテオドールの方が魔王である。

 

 リンは暫く顔を伏せて沈黙していたが、やがて口を開いた。

 

「話したら、解放してくれるんですか?」

「そう言った」

 

 人の話は真面目に聞きなさい、とでも言いたげな顔だった。相手の命を握っているこの状況には似合わない、その辺の子供を窘めるような顔。

 普段なら、生きて帰してくれるだなんて甘言を鵜呑みにするほどリンは楽観的ではない。しかし、彼の異常さを考えれば、本気で言っているようにも聞こえてくる。

 それに、これを拒絶すれば、本当にチャンスは無くなるだろうと直感した。

 

 リンが細い息を吐き出す。

 

「……驚きました。“打倒魔王”を掲げるコミュニティが、こんな真似をするなんて」

 

 不敵な笑みを作ろうとして、頬が引き攣るのをリンは自覚した。今は無様な悪あがきも、負け惜しみを言うのも命懸けなのだ。

 

「敵の首をずっと保存しておくとか、中々良い趣味ですね。最初からこういうつもりだったんですか?」

「いや別に。珍しいから拾った」

「…………」

 

 やっぱりこいつ頭おかしいな、と思ったが、何とか呑み込む。それで気分を害して殺されては敵わない。

 リンは平静を装って続けた。

 

「もしかして、今のコミュニティは物足りないんじゃないですか?」

 

 突然の問いに、テオドールは小首を傾げる。それ以上何も言ってこないのを見るに、少なくとも話を聞く気にはなってくれているのだろう。

 心の中で安堵しつつ、リンは更に続ける。

 

「実際に見て分かりました。貴方は最下層のコミュニティに甘んじるべき人じゃない。実力は高いし、何より……どう考えても、貴方の本質は魔王(わたしたち)側です」

 

 本心だ。

 彼はきっと、ふとした気まぐれで世界を敵に回すことも躊躇わない。

 

「貴方の真の実力を活かすなら、“ノーネーム”というコミュニティは枷になる。……でも、私達なら。貴方が満足できる舞台を用意できる」

「それはない」

「え?」

 

 予想外に断言され、リンは思わず聞き返した。

 

「“ノーネーム”は枷にならない。今のところは」

「何故そう言い切れるんですか?」

「組織が貧弱だから」

「……と言いますと?」

「縛る力が無い」

 

 テオドールは自由を愛する冒険者である。気の向くままに各地を放浪し、冒険する者。彼にとっては、組織に所属すること自体が束縛だ。彼以外の冒険者も、多くがその考えに賛同してくれるだろう。

 ノースティリスにある各職業ギルドなども、それが分かっているから、所属する冒険者にノルマは課しても期限を設けることはしない。したい時にしたい事をするのが冒険者だからだ。

 そんな冒険者テオドールが“ノーネーム”に所属することを決めたのは、この異世界に招待してくれたという恩があるから、というのは建前で、組織自体が貧弱だったからだ。個人を縛る余裕など無いに違いない、という打算があった。

 もちろん多少の情とか、地球組や黒ウサギが中々面白そうな連中だったから、という理由も多分にあるが。

 

「それに、“ノーネーム”は打倒魔王を掲げている。つまりお前達のような者と戦える機会があるということだ」

 

 現在もコミュニティを抜ける気にならないのは、この理由が大きいとテオドールは自己分析している。

 ノースティリスでは出会えないような存在を見られるのは中々に好奇心が刺激される。魔王との戦いを避けようとする他のコミュニティでは得られない特典だ。

 

「成る程、強者との戦闘を好むタイプってことですか」

「否定はしない」

「でしたらそれこそこちら側に来るべきですよ。私達は“階層支配者”と敵対している──つまり、神様なんかと戦う機会が現れます」

「確かに」

 

 いやそこ納得するの?

 リンは多少テオドールの認識を改めた。この人、想像以上にその場のノリで生きている。

 そして、更に分かったこともある。

 

「でしたらこうしましょう」

「…………?」

「この“煌焰の都”の地下に、二百年前に封印された魔王が眠っているという話はご存知ですか?」

「初耳だ」

 

 あからさまに興味を寄せるテオドールに、リンは心の中でほくそ笑んだ。

 

「私達はその魔王の封印を解く鍵を持っています。もし今私を解放してくれるなら、その魔王の封印を解きましょう」

 

 普通ならあり得ない話だ。

 魔王に与する人間を解放し、封印された魔王を復活させる。たとえどれだけ実力に自信があったとしても、この土地の住民やコミュニティの同士に降りかかる危険を考えれば、一考する余地も無い。条件を呑んだ時点で、コミュニティから裏切り者と非難されるだろう。

 

 だがテオドールは、まるで揺れるように、顎に手を当てて思案し始めたのである。

 

(やっぱり)

 

 リンは確信した。

 

(この人……とんでもないエゴイストだ……!)

 

 テオドールは、自分の関心のために、他者の犠牲を簡単に容認できる。

 他者のことがどうでも良いから、他者への殺意──広く言えば、相手に対する感情──も自在に切り替えられる。

 十六夜が自称するものより遥かに徹底した快楽主義者がテオドールなのだ。

 

 もし黒ウサギが、テオドールが興味本位で炎の巨人を封じる足枷を解き、炎の海と化した小さな村を眺めて悦に入るような、人の心を持たない廃人だということを知っていたなら。

 決して彼をコミュニティに入れようとはしなかっただろう。

 

 その本質に初めて気付いたのは、皮肉なことに、敵である筈のリンだった。

 

「その魔王というのは」

 

 テオドールが思案しながら言う。

 

「お前達にとって、解放する必要があるものなのか」

「……まあ、そうですね」

「だが、それはお前達の目的ではないな」

 

 そう簡単に流されてはくれないか、とリンは内心苦笑する。

 リン達の目的を聞き出すことが主目的であることを、テオドールは忘れていなかった。

 

「そこまで話すのも条件だ」

「……分かりました。簡単に言えば私達の目的は“略奪”です」

「略奪? それで“神隠し”を狙ったのか」

「その通りです。彼の力が必要だったので」

「ふうん」

 

 今度はあからさまに興味を失くしている。自分には関係ないと思っているのかもしれない。

 

「なら魔王の封印を解く必要はなさそうだが」

「そう思いますか?」

 

 笑顔の裏で、リンはどきりとした。

 魔王を復活させるのは、彼女達としても最終手段だ。封印を解けば、魔王は全ての者に牙を剥くだろう。“魔王連盟”と称されるリン達も例外ではない。

 封印を解くというのは実際の所、この場を乗り切るための口実という面が強いのだ。

 幸い、テオドールはそこまで追及してくることはかった。他のことに興味が移ったらしい。

 

「“アンダーウッド”の時は、お前と、それと、あと二人居た。殿下とアウラだったか」

 

 それ、でグライアの首を示されたことに何とも言えない感情を持ちつつ、リンは頷いた。

 彼女達が意識的に秘匿してきたつもりの殿下の存在を知られてしまっているが、そういえばテオドールはリンに“吸血鬼の城に居た”と言った。つまり古城で既にリン達を発見していたのだ。

 早々に地上に降りたリンを古城で見たと言うなら、殿下と共に居た時のことも見られていても不思議ではない。

 索敵は行った筈だが、それを掻い潜る程の実力があるのだろう。

 

「今回も四人だけか?」

「もう一人居たんですけどね。さっき貴方に殺されました」

「ああ」

 

 今気付いたような反応。先程殺した相手のこともまともに記憶していないようだ。

 

「随分少ない」

「少数精鋭ってやつですよ。それに大人数で動いたら“階層支配者”に察知されますから」

「だろうな。そして“神隠し”の勧誘にも失敗している」

「貴方のせいですけどね……」

「手数が足りないのでは?」

「そんなことはありませんよ」

 

 本当は、計画を大幅に修正しなければならない。それでもリンに諦めるという選択肢は無いし、その事実をこの男に教える気もない。

 

「……それで、結局条件は呑んで頂けるんですか?」

「そのことだが」

 

 逆接で切り出され、リンに緊張が走った。

 ここまで聞き出しておいて、やはり殺すなどと……言い出しそうだから気が抜けないのだ。

 

「これは依頼ということにする」

「え?」

「報酬は魔王復活の瞬間の見学」

「はい?」

 

 何の話? とリンが聞き返す前に、首から冷たいものが離れた。

 大鎌をバックパックに仕舞ったテオドールが言う。

 

「最低限の力を貸すから、魔王の復活を確実にやれ」

「……凄いことを言いますね」

 

 そこまでするとは思っていなかった。もはや魔王連盟に加担しようと言うのだ。

 もしくは、リンが条件を無視して逃げ出すことを防ぐためか。

 どちらにせよ、全ては自身の好奇心を満たすためなのだから、どうしようもない男だった。

 

「それ、バレたらどうするつもりです? コミュニティに居られなくなりますよ」

「バレなければ犯罪じゃない」

「私が告げ口するとは思わないんですか?」

「するのか?」

 

 すかさず殺気が飛ばされる。はいと言えばこの場で殺しにかかるだろう。

 

「しませんよ。聞いてみただけです」

「そうか。では、早速その魔王について詳しく聞こう」

 

 テオドールはブランケットを取り出して床に置き、それをクッションにして腰を下ろした。色々と話を聞き出す気満々のようである。

 見るからに隙だらけだが、もう逃げ出す気にもならない。そうすれば彼は絶対にリンを許さないだろうし──一時的にでも彼が味方になるというのなら、これ以上の収穫はないだろう。

 

「……わかりました」

 

 リンも同じようにしゃがみ込む。

 “ノーネーム”と“魔王連盟”。二つの組織は、たった一人の廃人によって掻き乱されていく。




◆生きている武器
「それは生きている」のエンチャントがついた武器。この武器を装備して敵を倒すと経験値が貯まり、レベルを上げる程エンチャントを付与できる。でもあまり育てすぎると「使用者の生き血を吸う」というデメリットエンチャントがついてしまう。こわい。
ちなみにレベルが上がった時は嬉しげに震える。かわいい。

◆ギルド
戦士ギルド、魔術師ギルド、盗賊ギルドがある。所属しているだけでメリットがあり、ノルマを達成するとランクが上がったり報酬が貰える。
複数所属することはできない。

◆炎の巨人
エボンのこと。
暇な時にノイエルに行ってNPCの頑張りを眺めたり遺品をこっそり頂いたりするよね?

◆尋問
なんでテオドールがこんな面倒なことをしているのかというと、これから起きるイベントが面白いやつだったら生かしておくか…って思ったからです。つまり略奪の話を先にしてたらリンは死んでた。


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ヒーローは遅れてやってくる

無人島生活をエンジョイしていたらいつの間にか5月になっていました。
というわけで急いで(遅いけど)投稿。誤字脱字、たくさんあったらごめんなさい。いつも報告して下さる方々本当にありがとうございます。


『ギフトゲーム名 “造物主達の決闘”

 ・参加コミュニティ

  *全二十四名 ※別紙参照

 

 ・ゲーム概要

  一、予選は一試合で三人が一斉にぶつかり合う。

  二、最後まで失格しなかった一人が予選通過。

 

 ・勝利条件

  一、対戦者がリングから落ちた場合。

  二、対戦者のギフトを破壊した場合。

  三、対戦者が勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)。

 

 ・敗北条件

  一、参加者がリングから落ちた場合。

  ニ、参加者のギフトが破壊された場合。

  三、上記の勝利条件を満たせなくなったを場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、コミュニティはギフトゲームを開催します。

 “サラマンドラ”印』

 

 沈み始めた陽の光とペンダントランプの篝火が差し込む、夕映えの闘技場。

 支配者達の召集会が開かれるということもあって、月例祭である“造物主達の決闘”も普段以上の盛り上がりを見せている。

 始まる前から喧噪と熱気に溢れる観客席の中に、スビンとノイロックも混じっていた。

 

 闘技場の円形のリングの隅には、初戦を飾る三人の参加者が既に待機している。

 一人は静かに開幕の時を待つ春日部耀。一人は苦虫を噛み潰したように対戦者を睨みつける久遠飛鳥。そしてもう一人は、黒と蒼のレースで飾られたゴシックアンドロリータなドレスに身を包んだ、ツインテールの少女。

 その無表情のベビーフェイスからは覇気を感じられないが、決して油断できる相手ではない。何故ならば。

 

「た、大変なことになってきたのですよ! まさか飛鳥さんと耀さん、そしてウィラさんまで一緒の予選になるなんて!」

 

 隣に座る黒ウサギが言った通り。

 あの儚さすら感じさせる少女こそが、“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーにして北側最強のプレイヤーと謳われる、ウィラ=ザ=イグニファトゥスなのである。

 

「ヤホホ……全く、あの放蕩娘は。真っ直ぐ工房に来なさいとアレほど言っておいたのに。しかしまあ、飛鳥嬢なら大丈夫ですよ!」

「フン、どうだか」

 

 ノイロック達の近くには黒ウサギだけではなく、ジャックとルイオスも座っている。

 何故彼らと仲良く観戦に来ているのかと言うと、端的に言えば、ルイオスを同盟に入れるためだ。

 

 工房でのいざこざの後、ルイオスは“自分達を同盟に入れたければ、造物主達の決闘で優勝しろ”という挑戦状を叩きつけてきた。自分の修理したディーンが“名無し”の小娘に持っていかれるのがどうしても納得できなかったらしい。

 それだけではなく“同盟相手が本当に同盟を組むほどの実力を持つのか知る権利がある”という至極全うな意見も持ち出してきて、ジャックの方も彼が飛鳥に贈った新たなギフトの試運転に丁度良いと乗り気であったため、結果として押し切られた飛鳥は渋々──耀が出場することを既に知っていたので──このゲームに参加することに決めたのだった。

 

「どう思います、ノイロック。飛鳥は勝てるでしょうか」

「どうだろうな。正直言って、この狭いリングじゃアイツが一番カモだろ」

 

 イルヴァ風に例えるなら、飛鳥のポジションは魔法使いに近い。“威光”によって多種多様なギフトを扱えるが接近戦は不得手で、敵を近寄らせない戦い方をする必要がある。

 そのことはコミュニティの仲間として皆が把握している事実であり、耀は勝ちを譲るつもりが無ければ間違いなく速攻を仕掛けてくるだろう。飛鳥がそれに対応しきれるかどうか。

 

「“ヒッポカンプの騎手”で手に入れた賞品のアレも遠距離戦目的だしな」

「せめて耐久のステータスくらい上げられれば良かったんですけどね」

「死ぬだろ」

 

 スビンの言うステータス上げはテオドール、というか廃人流のものを指している。分かりやすく言うなら効率最優先、自身に負荷をかけ続ける拷問(スパルタ)方式。

 耐久を上げるなら、壁を掘り続けたり自分がサンドバッグになって殴られ続けることになる。飛鳥にはとても耐えられないだろう。というか常人ならまず心が死ぬか発狂する。

 

 そもそも、イルヴァの人間と箱庭や地球の人間ではステータスの成長性が違うらしい。

 一度“ノーネーム”内でテオドールの強さの話になり、テオドールが行ってきた鍛錬を話したところ「いやそうはならんやろ」と総ツッコミを受けた。確かに常軌を逸する(場合によっては生死が掛かる)方法だが、それにしても成長が爆発的過ぎるという。

 神魔蔓延る箱庭の尺度で考えても、只の人間がそうなるにはまず転生するなりして百年以上の修行をしなければ無理だと黒ウサギが言っていた。恐らくそこも世界の法則やらに差異があるのだろうと。

 つまり、箱庭の者がテオドール達と同じことをしても、同じだけ強くなれるとは考えにくいのである。

 

 それを聞いたテオドールは大層残念そうにしていた。手っ取り早くコミュニティの質を上げるため、年少組を彼のやり方で鍛えてやろうかと考えていたらしい。

 危うく健全な少年少女達が文字通りの廃人になるところだった。防げてよかった。

 

「そういや、結局ボスはどこ行ったんだろうな」

「“造物主達の決闘”には興味があるようでしたし、案外この闘技場のどこかに居るんじゃないですか?」

 

 ぐるりと観客席を見渡してみるが、さすがに人が多過ぎる。とりあえず近くには居ないようだ。

 

「まあ、魔王でも来ない限り変なことはしないだろ」

「普段は大人しいですからね」

「やる時の幅がでかいんだよなボスは……」

 

 テオドールがやらかす時は大抵何らかのきっかけがあり、それが無い時は本当に何もしない。それがイルヴァでの“多少まともな廃人”という認識に繋がっている。

 だからといって他人に不干渉を貫くというわけでも無く、その時の気分にもよるが誰かに何かを頼まれても断らないし、普段は親切にさえ見える。

 そのせいで“ノーネーム”の面々もテオドールの本性を誤解している節があることには気付いているが、ペット達は指摘しない。彼らもこの“名”と“旗”が重視される異世界で、全く身寄りが無くなってしまうのは困るのだ。

 主に、テオドールの枷が無くなってしまう的な意味で。

 

 そんなことを話していると、闘技場で動きがあった。

 飛鳥と目が合ったウィラが、突然十字型の鈍器を取り出して、

 

 ズガシュ!

 

「っ!?」

 

 飛鳥の脳天に十字型の鈍器──というかハンマーを直撃させた。

 まさかの先制攻撃。強烈な鈍痛に思わず座り込んだ飛鳥は怒り心頭といった様子で立ち上がり、慌てて舞台に現れたアーシャに宥められている。

 

 ジャックが盛大に溜め息を吐いた。

 

「大変申し訳ありません。ウィラは興味のある人間には鈍器をぶつけて反応を見たがる悪癖がありまして。何度も厳重に注意しているのですが……」

「アレを癖で済ますか。打ち所によっちゃ死ぬんじゃねえの?」

「流石にその辺りはきちんと見極めていますので大丈夫デスヨ。多分」

「そこは断言しろよ」

 

 余計に心配になった。会話を聞いていた黒ウサギも苦笑いするしかない。

 スビンがポツリと呟く。

 

「……もしテオドール様にもその癖が発動した場合、同盟を組むどころじゃなくなるのでは」

「「………………」」

 

 沈黙するノイロックと黒ウサギ。

 鈍器をぶつけられれば、当然テオドールは“攻撃された”と考えるだろう。彼が敵対者に容赦が無いのはコミュニティ内では周知の事実である。

 周囲に止められる者が居れば良いが、もし居なければ──悪くて同盟相手を殺害するというとんでもない事件が起き、良くて北側最強のプレイヤーと廃人のガチバトル(同盟はご破算)が勃発する。

 

「……と、ところでっ。アーシャさんは何故舞台に?」

 

 黒ウサギがわざとらしく話を変えた。考えるのが怖くなったらしい。

 

「ヤホホ! 我々“ウィル・オ・ウィスプ”はこのゲームの常連でして、懇意にさせていただいているサンドラ様から直々に審判をお任せされたのですヨ!」

 

 テオドールの脅威を知らないジャックが自慢げに笑う。

 彼のコミュニティは既に“星海の石碑”に殿堂入りを果たしている。優れた功績を残すコミュニティから審判役が選出されるのは、さほど不思議な話ではない。

 

 黒ウサギが納得していると、開幕の銅鑼が鳴り響いた。

 飛鳥を無事に落ち着かせたアーシャが、改めてリングの中央に立つ。観客の視線が一斉に集約する。

 

『──それでは、第一試合!

 “ノーネーム”所属、久遠飛鳥!

 “ノーネーム”所属、春日部耀!

 そして、我らがアイドル! 優勝候補筆頭! 難攻不落のスーパーレディ!

 “ウィル・オ・ウィスプ”所属、ウィラ=ザ=イグニファトゥス──!!』

 

 ──雄々オオオオオッ!! と、ウィラの紹介を受けて大歓声が立ち昇る。彼女も黒ウサギに負けず劣らずの人気を持っているようだ。当の本人は何を盛り上がっているのか分からないようで、小首を傾げている。

 

 アーシャは会場の盛り上がりを見て満足したように頷き、右手を掲げて宣言した。

 

『それでは此処に──“造物主達の決闘”の開幕を宣言します!!』

 

 ──瞬間。

 大地から、蒼い風が吹き荒れた。

 

「──召喚(summon)、“愚者の劫火(Ignis fatuus)”」

 

 召喚の式を紡ぐのはウィラだ。瞬時に危険を察知した耀が突進する。

 光るペガサスの具足を顕現させ、風の上を滑走するように蹴りを入れる、その寸前にウィラの姿がふっと消えた。

 

「っ、しまった──!?」

 

 境界を操作できる者が行使できる、“境界門(アストラルゲート)”の開門。前兆のない瞬間移動に対し、今は対抗する術がないと判断した耀がはち切れんばかりの声を上げて叫ぶ。

 

「飛鳥ッ!! リング外に逃げてッ!!」

 

 え──と呆けた顔をする飛鳥。しかし耀が助けに行けるような時間は残されていなかった。

 蒼い風が熱を帯びる。

 

 開幕より僅か二秒の出来事。

 ウィラ=ザ=イグニファトゥスが召喚した“愚者の劫火”によって──闘技場は蒼炎の嵐に包まれた。

 

「ちょ、ウィラ姐タンマッキャアアアア!?」

 

 顔面蒼白になりながらリングの外に逃げていたアーシャが、背後から押し寄せる熱風によって観客席まで吹き飛ばされる。

 観客席は防護の恩恵によって守られているが、それでもその熱で焼かれるような錯覚に陥る程の熱量。リングを瞬く間に融解させ、蒼炎の柱が雲海すら蹴散らして立ち昇る。

 

 熱狂していた観客席も、一転して静寂に包まれていた。

 

「な、なんてこと……!?」

 

 黒ウサギは両手を震わせながら呻くように呟く。彼女はウィラが何をしたか全て理解していた。

 地獄の業火を召喚した、という生易しいものではない。ウィラはあの瞬間、比喩ではなく──リング上を地獄そのものに繋げたのだ。とても殺人が御法度のギフトゲーム内で行っていい行為ではない。

 それを知らないノイロックとスビンも、さすがに肝を冷やしていた。

 

「あの躊躇の無さ、ボスと似てるぜ……」

「本格的にテオドール様と会わせると危ない気がしてきました」

 

 若干周りと方向性が違ったが。

 

「よくも……よくも御二人を……黒ウサギの同士を──!!」

 

 呑気なノイロック達とは対照的に、黒ウサギは髪を緋色に燃え上がらせ、怒り狂った。物質界に存在するあらゆる物を焼却せしめる劫火だ。巻き込まれた二人は無事では済まないだろう。

 仇討ちの念に駆られ、紅い稲妻を迸らせて今にも乱入しかねない彼女をジャックが陽気に諌めた。

 

「ご安心下さい黒ウサギ殿。ほら、二人とも無傷ですヨ!」

「────へ?」

 

 紗欄(シャラン)、と雅な鈴と笛の音が鳴る。

 天地を焼き尽くす蒼炎の嵐は──巨大な氷柱となって、粉々に打ち砕けた。

 

「こ、これは……!?」

 

 身を乗り出すようにして、黒ウサギが飛鳥と耀の姿を探す。

 耀は上空に逃れ、“生命の目録”から火蜥蜴と鼠のギフトを融合させ、“火鼠”の革で出来た法被を纏うことで劫火から身を守っていた。

 しかし飛鳥は闘技場のどこにも姿が無く──代わりに、先程まで存在しなかった鋼の球体が聳え立っていた。

 ディーン程の大きさを持つ球体は、劫火が吹き荒れたリングの上でも無傷だった。表面から微弱の雷光を放ち、何者も寄せ付けない堅牢な存在感を漂わせている。

 その中心から、飛鳥の声が響く。

 

「もういいわ。防護を解いて、アルマ」

『了解しました、マイマスター』

 

 ──ドクンッ、と球体が脈打ち、稲光を伴ってその姿を変えていく。

 雄々しく伸びた角に、力強い四肢と蹄。白銀の体毛から光る稲妻を迸らせ、威風堂々とした山羊の神獣が、飛鳥を守るように立ち塞がっていた。

 

「あの神獣は……!?」

「あれこそが私とウィラ、そしてルイオスが作った、飛鳥嬢の破格の才に見合うギフト──“アルマテイアの城塞”でございます」

「“城塞”か。成る程な」

 

 感心半分、呆れ半分といった声音でノイロックが呟く。

 劫火でも焼き尽くせない鉄壁の防御力。背に乗れば機動力も改善できそうだし、纏う雷を攻撃に転用できるのなら自衛としても十分だろう。

 女王たる飛鳥を守る“城壁”として、攻め込む不埒者を弾き返すためのギフト。

 正直、予想を遥かに超えた代物である。あれ一つで飛鳥の弱点をほとんど補おうというのだ。

 

「武具って言うから鵜呑みにしてたぜ。まさか生きてるとはな」

「ヤホホ。驚いて頂けましたか?」

 

 茶目っ気たっぷりに言うジャックに、スビンも頷いた。

 

「ええ。正直、貴方達の鍛冶技術を舐めていましたよ」

「ふふん、これで僕の実力も分かっただろ──」

「貴方には言ってません」

「おい!」

 

 などとルイオスと戯れていると。

 

「……あ! 黒ウサギ!」

 

 聞き馴染んだ声にピョン! とウサ耳を立たせ、キョロキョロと周囲を見渡した後、黒ウサギは上の観客席にいるジンを見つけた。

 今しがた闘技場に入ってきたのだろう。ペストとサンドラ、そして見知らぬ白髪の少年を引き連れ、こちらに歩いてくる。

 

「ジン坊っちゃん! どうしたのですかこんなところに!?」

「ヤホッ!? それにサンドラ様まで!?」

「私はジンに街を案内していました。“ノーネーム”の御三方とはお久しぶりですね」

 

 余所行き用の少し大人びた口調と笑顔で挨拶するサンドラ。その額には赤色に光る龍角が、骨格に不似合いな程に見事に生え聳えている。

 “火竜誕生祭”にて支配者となったサンドラに贈られた、“サラマンドラ”の初代党首、星海龍王の龍角だ。龍は角を受け継ぐことで、霊格を増すことができるらしい。装備品のようなものと思って良いだろう。

 最強種の霊格を宿すそれを真に自分の物とするには相応の実力が求められるそうだが、間違いなく龍角はサンドラの一部となっている。少し見ない間にかなりの死線を(くぐ)ってきたようだ。面構えも風格も、以前とは比べ物にならない。

 

 しかしそれよりノイロックが気になったのは、サンドラの背後でこちらを値踏みするように見ている白髪金眼の少年のことだった。歳はジン達と同じくらいに見えるが、まさかその辺で知り合ったお友達という訳ではあるまい。身に纏う超然とした空気から、明らかに只者でないと分かる。

 

「ジン、そいつは?」

 

 ノイロックの胡乱な目を向けられても、少年は平然としている。

 

「えっと、こちらは殿下と言って、サンドラのお客さん……でいいのかな?」

「そうだな。とある商業コミュニティに所属していて、サンドラとは二年程前から縁がある。訳あって名は名乗れないが、殿下と呼んでくれ。よろしく」

「殿下? ……へえ、そりゃどうも」

 

 随分と威勢の良い渾名だな、とノイロックは思ったが、深くは聞かなかった。どうせこういう類は訊いても教えてくれないし、恐らくはコミュニティの次期頭首か何かだろうと想像できたからだ。その肝の座りっぷりも、立場が故なのだろうと勝手に納得する。

 それにしても普通に偽名でも名乗ればいいだろうに、箱庭の文化はよく分からない。

 

「……? おい、ちょっと待った」

 

 サンドラにおべっかを使うことに一生懸命だったルイオスが、唐突に口を挟んできた。

 サンドラに軽くあしらわれ、居心地を悪くして彷徨わせた視線の先に居た殿下の姿を、上から下まで注視して訝しげに問う。

 

「お前……僕と、どこかで会ってないか?」

 

 殿下は一瞬だけ瞳を丸くして驚いたが、小さく笑って頷いた。

 

「そうだな、会ったことがあるかもしれない。うちは商業コミュニティだから、“ペルセウス”とも商売の中で会ったんだろ」

「ああ、うん。そんな感じの記憶。確か大きな商談の時にチラッと……」

「その事なんですけど、あの、ルイオスさん」

「あん? 何だよ?」

 

 ジンが苦笑しながら殿下とルイオスの間に割って入る。

 さり気ない素振りでそっとサンドラを後ろに庇ったジンは、一瞬で笑みを消し、

 

「それ──()()()()()()()()()()()()()()、じゃないですか?」

 

「────っ!?」

「動かないでください!!」

 

 虚を突かれた殿下の背後で、黒ウサギが叫ぶ。

 彼女の手には既に帝釈天の槍が握られていた。

 

「サンドラ様、お下がりください! すぐに憲兵隊の用意をッ!」

「ど、どうして、」

「この少年は魔王連盟の出身者ですッ! レティシア様を売ったコミュニティは一つのみ──そう解釈してもよろしいですね、ジン坊っちゃん」

 

 コクリとジンが頷いたのを見て、スビンとノイロックも事情を呑み込んだ。すぐさまバックパックから武器を取り出す。

 ともかく、この少年は“ノーネーム”の敵ということだ。

 ノイロックはそのまま殿下の足を狙って発砲する。数発の銃弾は難なく躱され、床に突き刺さった。付近の観客が悲鳴を上げて逃げ出していく。

 殿下が笑みを浮かべた。

 

「危ないな。他の観客に当たったらどうする?」

「当たんねーよ。そういう風に撃っただろ」

 

 今の発砲はどちらかと言うと、周囲の人間に警告し、退かすためのものだ。戦闘が発生すれば巻き込まれかねないし──彼らが騒ぎを広めれば、外にいる憲兵隊や、街のどこかに居る十六夜やテオドールも、こちらへ向かうだろう。

 できれば殿下にも一発くらい当たってくれれば嬉しかったのだが、やはりそう簡単にはいかない。

 

(大人しく投降するようなタマじゃなさそうだしなあ)

 

 正体がバレて尚、殿下には余裕がある。このまま穏便に事が運ぶなんてことは無いだろう。ノイロックは警戒を強める。

 それを知ってか知らずか、殿下は自身を取り囲む面々を眺め、愉快そうに言った。

 

「そうだな……今の攻撃は見逃してやるよ。だから取引しようぜ、ジン」

「……取引?」

「全員、()()()()()()()()。だからジンとペストは俺の軍門に下れ」

 

 刹那、放たれた微量の殺気に真っ先に反応したのはスビンであった。

 横薙にした大剣の刃を、殿下は素手で止めようとしてみせた。目を瞠るスビンは、刃が傷付けるのを拒否するかのように殿下の肌で止まっているのを見た。

 しかし殿下にとっても、スビンの人外じみた筋力は想定外だったらしい。衝撃を殺しきれず、闘技場の中央へかっ飛ばされる。

 

 地面を滑りながら着地し、やっと止まった時にはリングの中央だった。防御に使った腕をぷらぷらと振り、殿下は苦笑する。

 

「……成る程。本当に人材の宝庫だな」

「っ、誰──!?」

 

 ウィラと相対していた耀と飛鳥は、突然の乱入者に困惑を隠せない。

 彼女達が事態を把握するより先に、リングに飛び込んだ黒ウサギが叫んだ。

 

「皆さん! 離れてください!」

 

 雷鳴と共に、帝釈天の神槍が解放される。

 ウィラも飛鳥を抱えた耀も慌ててその場を離脱したのに、殿下は不敵な笑みを浮かべ、“さあ、好きに撃て”とでも言いたげに両手を広げた。

 その余裕も挑発も不気味だったが、黒ウサギは覚悟を決めて片足を踏みしめる。

 ()()()()()()()()と、軍神の眷属の血が訴えている。この一撃で仕留めねば、この場にいる全員が殺される……!!

 

「穿て……“疑似叙事詩・梵釈槍(ブラフマーストラ・レプリカ)”────!!!」

 

 勝利の運命を宿す神槍が、激しい雷鳴と共に殿下に突き立てられる。

 神霊さえも一撃で打倒する必殺必勝の槍は、一度突き刺されば最後、あらゆる概念を凌駕して敵を撃ち殺すだろう。

 ──しかし。

 

「な……何で……!!」

 

 帝釈天の槍は、殿下を穿つことなく弾かれていた。

 

「相性が悪かったな。この類の武具は、生まれついて効かないんだよ」

 

 雷撃を受けながら涼やかな笑みを浮かべる殿下。やはり見間違いでは無かった、とスビンは思った。如何なる恩恵に依るものか、彼の肉体はあらゆる刃を通さない。“穿った者を必ず倒す”運命を宿す神槍も、そもそも突き刺さらなければ十全の効果を発揮しないのだ。

 

 殿下は槍の柄を掴み、拳を握り締め、

 

「一瞬だけ時間をやる。死にたくなければ“鎧”を召喚しろ」

「っ、このっ……!!」

「──()()()()()()()!!!」

 

 ごう、と音がして、猛烈な風が吹く。壁のような空気の圧が二人をもろとも空に押し上げた。

 すかさずスビンが空を駆け、槍を掴んだままの殿下の腕をへし折らんと大剣を振り下ろす。

 殿下は器用に空中で身を捻ると、槍を蹴り飛ばして大剣から逃れ、そのまま無人の観客席──只事ではないと気付いた観客達は既に逃げ出している──に着地した。

 

 黒ウサギもまた、体勢を立て直して離れた場所に着地する。

 

「黒ウサギ、大丈夫!?」

「助かりました、飛鳥さん!」

 

 飛鳥の手には、一枚の羽扇。風害を巻き起こす怪鳥の羽で作られたそれは、“ヒッポカンプの騎手”の賞品として彼女に与えられたものだ。

 一つ扇げば風を起こす。本来なら精々敵の体勢を崩す程度だが、飛鳥のギフトによって風は形と威力を変える。

 後衛的な立ち回りでありながら遠距離攻撃を持たない彼女のために、十六夜とテオドールが散々話し合った末に選んだ武器である。

 

 殿下は改めて一同を見やった。思っていたよりは厄介だ──特に、大剣を使う少女と先程からずっとこちらに銃口を向けている男のことだ。

 どちらもかなり戦い慣れている。少女は一見力任せだが判断は冷静だし、男もフレンドリーファイアを避けてか無闇に発砲してこないが、虎視眈々と殿下が隙を晒すのを待っている。

 弾丸は刃ではないため、無効化できない。そのせいで殿下も多少慎重に戦わざるを得ない状況になっていた。

 そして更に動きにくくなる要因となるのが風を起こす扇だ。毎回空中に投げ出されるとなると面倒だ。

 

 それら全てを蹴散らすためにもっと本気を出しても良いのだが、そうすると本格的に殺し合いが始まるだろう。だが、やるならもっと、舞台を整えてからの方が──

 

「殿下ぁ〜〜!」

 

 馴染み深い少女の声に、殿下はハッとして顔を上げた。声が聞こえた方を見ると、リンが空から降ってきていた。

 ……何故か見知らぬ男の小脇に抱えられた状態で。

 

「リン!?」

 

 想定外の展開にぎょっとしてしまう。敵に捕縛されたのかと一瞬思ったが、それならあんな無抵抗で抱えられはしないだろう。

 男は一直線に殿下に向かってきている。

 

「増援か……!?」

 

 ノイロック達も微かに焦りを見せた。殿下は強い。二人足されるだけでもパワーバランスが崩れかねない程度には。

 そう、彼らもまた()()()()()()()()。不用意に手を出すこともできず、しかし瞬時に対応できるよう、動きを見守る。

 

「……っ、おい……!?」

 

 猛スピードで降下した男は殿下の首根っこを掴む。そして警戒する面々を一瞥したかと思うと、瞬く間に殿下ごと姿を消した。“空間跳躍”だ。

 

「……逃げた……?」

 

 少し経って、殿下達が完全に姿を晦ませたと分かってから、ノイロックは銃を下ろした。

 “逃してしまった”と言うべきか、“助かった”と言うべきか。あのまま戦闘が続いていたら、本当に一人くらいは死んでいたかもしれない。

 何故このタイミングで撤退したのかは分からないが、ともかくこの場を乗り切ることは出来たようだ。

 

「間に合わなかったか」

 

 ノイロックが溜め息を吐いて振り向くと、十六夜が観客席を下りてきていた。

 

「遅えよ。今頃来んな」

「悪い悪い。殿堂入りした展示品の見応えが凄くて」

「この野郎」

 

 十六夜が遅れてきたことに非がある訳ではないのだが、殿下と戦っていたことは察しているだろうにあまりにも呑気な言い草だったので、ノイロックは青筋を浮かべる。

 それを軽く受け流し、十六夜が全員に向かって言った。

 

「ま、全員無事で何よりだ。マンドラが憲兵隊とこっちに向かってる、今のうちに少し休んでおけよ。どうせこれから今後について話し合うことになるだろうし」

 

 魔王連盟の一派が既にこの都に潜伏していた──しかも“階層支配者”に取り入っていた。つまり先手を打たれている可能性があるのだ。すぐに対策を練らなければならない。当然“ノーネーム”も、対魔王戦力として頼られることになるだろう。

 全く嬉しくないが、テオドールなら新たなイベントの発生を喜ぶだろうか。そう考えて、ノイロックはふと思う。

 

(そういや、ボスはこの騒ぎに気付いてねえのか? 気付いてたら真っ先に野次馬しに来そうなもんだが)

 

 結局、テオドールは闘技場に現れなかった。




黒ウサギのウサ耳を生存させることに成功しました。やったー。
代わりに成長フラグやら好敵手フラグがボキボキと…。

★《風生みの羽扇》
『大風』という羽ばたきと共に風を起こす怪鳥の羽から作られた扇。イメージ元は西遊記の芭蕉扇。
飛鳥のギフトに耐えられ、遠距離に対応できる、扱いが比較的安易なもの…という条件で主に十六夜とテオドールと白夜叉が“サウザンドアイズ”の莫大なカタログから頑張って探した。
本来は攻撃に使える程の威力は出ないが、飛鳥のギフトで強化すると風が砲弾となって岩を砕いたり、かまいたちで木を切断したりできる。

本当は鞭にしようと思っていたけど、飛鳥さんの身体能力だと扱いづらそうだったので断念。

◆謎の男
殿下を回収した“空間跳躍”の使い手。
一体誰なんだ…?


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嵐の前の

 ──“煌焰の都”本拠宮殿・鍛錬場。

 時刻は夜。闘技場での騒動により、魔王の襲来は住民の誰しもが知るところとなった。

 すぐに対策会議の開催が告げられ、魔王との戦いに臨む覚悟のある者達は今、“サラマンドラ”本拠の宮殿・第三右翼の宮に集っている。

 今頃は魔王連盟と繋がりを持っていた情報提供者──つまりはペストから、魔王連盟について話を聞いているところだろう。

 

 そんな中“ノーネーム”の主力メンバーこと問題児一同は、会議の出席をジンや黒ウサギに任せ、“サラマンドラ”が有するこの鍛錬場に赴いていた。

 ちなみに、無許可である。

 

『ええい、小娘を相手に何を手間取っている!』

『陣形を組み直せ!』

『数の優位を活かすのだ! 決して勝てぬ相手ではないぞ!』

 

 咆哮を上げて疾駆する七体の火龍。それらを相手に立ち回っているのは耀だ。

 輝く旋風を巻き上げて飛翔する彼女の足元には、光翼馬(ペガサス)の具足が無い。

 彼女は今、独力で輝く旋風を放出しているのだ。

 

 理由はウィラが提供してくれた輝く羽にある。それはペガサスの羽そのもので、耀は羽に接触したことで“生命の目録”を介して進化した。その結果グリフォンと同じように、“生命の目録”を変幻させなくともペガサスのギフトを扱えるようになったのだ。

 ウィラが何故そんなものを持っているかと言えば、耀の父──春日部コウメイが関係している。が、その辺りの詳しい話は割愛する。

 ひとまず、耀の父コウメイは箱庭で活動していた人物であり、ウィラはそのコウメイと知り合いであったということだ。ペガサスの羽は、彼が娘のために残した恩恵(ギフト)の一つなのだと言う。

 

 耀が滞空したまま稲妻を迸らせた。その手に握られているのは三百六十種の獣の王、麒麟を模した矛。

 

「これで……!」

 

 一閃、矛を横一文字に薙ぎ払う。

 雷鳴を轟かせて扇状に放射された稲妻が、七体の火龍を貫いた。

 

『馬鹿な……!?』

 

 駐屯兵の中でも実力者だったのであろう彼らも、神獣の放つ稲妻には分が悪かった。痙攣した火龍達が次々と落下し、地面に激突する。立ち上がる者はいない。

 

 観戦していた十六夜は、顎を撫でてヤハハと笑った。

 

「グリフォンとペガサスで機動力を確保して、“生命の目録”で破壊力のある幻獣を模倣する。成程、こいつは強力だ」

 

 感心したように頷く。

 実の所、火龍達の実力は想定以上のもので、それほど楽観した戦いでは無かった。それでも耀の力だけで勝利を収めることができたのは、間違いなく新たなギフトと彼女自身の成長によるものだ。

 魔王連盟との激突が予想される今、耀と、それから飛鳥の戦力が増強されたのは喜ばしい。

 

 残る大きな問題は一つ。

 テオドールが帰って来ないのだ。

 

「……あいつは本当にどこをほっつき歩いてんだ」

 

 混世魔王の代わりに姿を消してから、テオドールの目撃情報が無い。

 彼の実力を考えてあまり心配はしていなかったのだが、相手が魔王連盟であることが分かってから、もしや転移させられた先で何かあったのでは、という不安が頭をよぎる。

 唯一分かっているのは、死んではないということだけだ。

 

 スビンとノイロックが言うことには、ペットである彼らには主人との間に魔術的な制約がかけられており、離れていても互いの生死を感じることが出来る。その感覚によれば、テオドールは間違いなく生きているらしい。

 ならば何故すぐに帰ってこないのか。

 

「何か面白いものでも見つけたのでは?」

「転移させられた先が何かの遺跡とかで、探索に夢中になってんじゃねえか」

 

 ……ペット二人は全く心配していない様子だったが、たとえば魔王連盟に囚われている可能性だってゼロではない。

 もし複数の魔王に襲われたとしたら、たとえテオドールであっても無事では済まない筈だ。多分。十六夜もちょっと言い切る自信は無かったが、どれだけの魔王が与しているのか分からない以上、あり得ないとは言えない。

 

 しかしテオドールは本拠にいた時も「散歩してくる」と言って三日くらい帰ってこなかったりしたこともあったので(冒険者である彼は拠点に頻繁に帰ることに慣れていなかったらしい)、スビン達の言う通り、探索していて帰りが遅くなっているだけというのも十分考えられる。

 

 実力と性格が分かっているだけに、逆に現状が読めない。強い力を持って周囲を振り回してきた十六夜だったが、まさか己がこんな悩みを持つことになるとは思わなかった。

 できれば明日の朝には帰ってきて欲しいところだが──

 

「ええい! “サラマンドラ”の連中は何をしている!」

 

 飛び込んできた怒声に顔を上げる。

 鬼やら妖狐やら、多種多様な化生(けしょう)たちが突如として闘技場に駆け込んできた。第三右翼に集っていたコミュニティの者達のようだ。

 

 彼らの先頭に居たペストが十六夜の下へやってきて、皮肉げに笑った。

 

「言われた通り連れてきたわよ」

「ご苦労さん。いい感じに発破かけてくれたみたいだな」

 

 ペストを追ってきた一団は、怒気を孕んだ眼で“ノーネーム”を睨みつけている。

 彼らは“ノーネーム”の活躍を知らない、あるいは知っていても所詮は“名無し”と侮っている連中だ。そういうのを炙り出すため、ペストには挑発をかけてここに連れてくるように頼んであった。

 

 何も彼らを排除しようという訳ではない。これは一刻も早く、既に動き出しているかもしれない魔王連盟に対抗するための策だ。

 魔王連盟が混世魔王を勧誘するために動いていたのは間違いない。そしてその目的は恐らく、サンドラの“神隠し”。彼女と共に行動し、宮殿から抜け出させたのもその一環。

 その“神隠し”当人はテオドールの手によって瀕死に追い込まれ投獄されたものの、奪取しにくる可能性は高い。そうでなくとも、他に手を打ってくるだろう。

 

 そうなった時、“ノーネーム”だからと口を出しても一蹴されるような状態は困る。ましてやここに居るのは魔王との戦いも辞さない古豪たちだ。実力もプライドも高い彼らを一々言い負かすのは面倒臭いし、時間が勿体無い。

 

「貴様ら……随分と好き勝手に暴れたようだな」

「だが貴様らの蛮行もそこまでだ」

「我らは悪鬼羅刹が蔓延るこの北側で幾多の試練を乗り越えてきた。あまり我らを舐めるなよ、人間ッ!!」

 

「てい!」

 

「「「グアアアアアアアアやられたああああああ!!!」」」

 

 牙を剥こうとした者達は哀れ、十六夜の拳によって時計塔に突き刺さった。

 

 というわけで、とっととコミュニティの実力を認めてもらって発言権を得るためにこの場を設けたのである。

 ここにいる中では贔屓抜きで“ノーネーム”が最大戦力だ。それを分かってもらうにはこの手に限る。

 

 あんまりなデタラメっぷりに固まる古豪たちは、さすが目の前で見せつけられた実力差を見誤る者達ではないらしい。

 さあ、やりやすくなってきた。十六夜は不敵に笑って口を開いた。

 

   ◆

 

 宮殿の廊下をサンドラは歩く。その表情が暗いのは、月が雲に隠れてしまったせいだろうか。

 

 彼女はジンや黒ウサギと共にペストを追いかけてきて、鍛錬場での出来事を傍観していた。

 きっと大喧嘩になるだろうと止めるタイミングを窺っていたが、予想に反して十六夜は力を見せることで古豪たちをまとめてしまったのだ。

 

 その場で話し合いが始まったため、サンドラは第三右翼の宮に残った者達を連れてくると言って、独りでその場を抜け出した。

 十六夜の口から説明してもらった方が、きっと上手くいくだろうから。

 

(……私が同じことをしても、ああはならないだろうな)

 

 サンドラは前回の“神隠し”の現場で、犯人である混世魔王を目撃していた。しかしそれを告げてもコミュニティの同士は誰も──実の兄であるマンドラでさえも──信じてはくれなかった。彼らには見えていなかったからだ。

 混世魔王は、子供にしか見えない。

 

 それを知ったマンドラ達からは後から謝罪を受けた。しかし、サンドラの心は晴れなかった。

 実力と功績、そして信頼の不足を痛感した。

 

 殿下達と宮殿を抜け出したのは、少しでも信頼を得ようと“神隠し”の犯人を自らの手で捕まえるためだった。でもそれも、魔王連盟による策略だった。

 

「…………、」

 

 足が止まる。

 十一歳にして頭首となってしまったサンドラには、“階層支配者”となるために必要だった積み重ねが無い。彼女が支配者と認められるに至った魔王ペストとの戦いでも、ほとんどは“ノーネーム”の力によって勝利を掴んだと言っていい。

 ギフトゲームを解いたのは十六夜で、魔王を倒したのはテオドール。

 “サラマンドラ”は……サンドラは。本当に“階層支配者”たりえる器なのだろうか。

 

(……止めよう。こんなこと、コミュニティの皆に失礼だ)

 

 何かを振り払うように大きく一歩を踏み出す。

 ──瞬間、全身から力が抜けて倒れ込んだ。支えようとした腕はあっさりと堪えるのを拒否し、床に体を軽く打つ。

 

「……痛い」

 

 疲れているのだろうか。

 石造りの床は硬くて冷たい。気分が沈んでいたこともあって泣きそうになっていると、ふと影が差した。いつの間にかすぐ目の前に誰かが居て、倒れたサンドラを覗き込んでいる。

 

「──わぁっ!?」

 

 まだ残る虚脱感を押し切って、バッと起き上がった。“階層支配者”としてあるまじき失態を見られてしまったとあっては、ますます信頼が下がってしまう。

 しかし幸か不幸か、そこに居たのは“サラマンドラ”の同士ではなく、見知らぬ男だった。もしかすると、第三右翼の宮に残っていた者が様子を見に来たのかもしれない。

 どう取り繕ったものかと考え始めたサンドラは、男の手にとても見覚えのあるものが握られていることに気付いた。

 二本の龍の角だ。今はサンドラの額から生えている筈の、星海龍王の龍角。

 

「……え?」

 

 混乱の最中、男が突き出した剣がサンドラを貫く。

 急激な霊格の縮小と痛みに耐えきれず、彼女の意識はあっけなく闇に落ちた。

 

   ◆

 

 対岸の廊下で一部始終を眺めていた殿下とリンの前に、気絶したサンドラが転がされる。

 

「……えーと、一応確認しますけど、殺してないですよね?」

「その筈だが」

 

 ショックと出血で一時的に意識を失っているだけだ、と淡々と言う。

 魔法での治療も行ったので、出血死する恐れもない。

 

「ならいいんですけど。というかあの傷も簡単に治せちゃうんだね……」

「それが何か?」

「さすがだなーって思っただけですよ。──テオドールさん」

 

 リンがそう言うと同時に、男の顔が幻のように変化し──〈インコグニート〉の魔法が解けたことで、すっかりその姿はテオドールのものに戻っていた。

 

 魔王復活に手を貸す(強制)ことに決めたテオドールは、魔王連盟側の動きを監視するため、また最低限の力を貸すという条件をクリアするために、いつ誰に目撃されてもいいように正体を隠匿する魔法をかけ、今までずっとリンと行動を共にしていたのだ。

 つまり、闘技場に現れた謎の男の正体もテオドールであった。

 

 これだけテオドールが堂々と動けるのはリンにとっては想定外であり、また言えばわりと何でもこなしてくれるのも予想外だった。それとなく作戦から距離を取らせて上手いこと逃亡するルートが完全に潰えたことに絶望したとかしてないとか。

 まあ半ば無理だろうとは思ってはいたものの。

 

「ところで、その手に持っているのはまさか龍角じゃないですよね?」

「……盲目にでもなったか?」

 

 首を傾げるテオドールに、リンは乾いた笑いで「冗談です」と返した。

 あーやっぱり見間違いじゃなかったかー。

 

 ……思わず現実逃避をしてしまうのも仕方ない。

 テオドールにサンドラを誘拐させたのは、彼が目的とする魔王の復活に星海龍王の龍角が必要──もちろん、リン達の本来の目的にも必須──だからなのだが、通常、肉体に同化したギフトを相手の同意なく無理矢理引っこ抜くなんてことはできない。

 だからリン達はサンドラを“神隠し”に遭わせ、その身体とギフトを根こそぎ奪い取る予定だった。テオドールのせいで混世魔王は投獄されてしまったが、あとでどさくさに紛れて脱獄させるつもりだ。

 が、何故かテオドールは既に龍角をサンドラから奪い取っていた。物理的に切り取った訳でもないのに、瞬きした次の瞬間にはサンドラの額から龍角が消えていたのだ。

 何だこいつ。何でもありか。

 

「どうやってそれを?」

「盗んだだけだ」

「……まあ、そう簡単には教えませんよね」

 

 リンはそれをはぐらかしと捉えたようだが、別に嘘は吐いていない。テオドールは確かにサンドラから〈窃盗〉したのだ。

 

 〈窃盗〉とは、相手が身に付けているものに限らず、バックパックの中身まで覗き見てアイテムを盗むことができる技能である。箱庭で言うなら、相手のギフトカードの中にあるギフトを引き摺り出して盗むことができるようなものだ。

 亜空間であるバックパックに干渉できることからも分かる通り物理法則を軽く逸脱しており、高いステータスと経験さえあれば、戦っている最中に敵の装備を盗むなんてこともできる程。

 その特異性から詳細は盗賊ギルドが秘匿していて、ギルドに所属している人間しか教わることができない技能だが、テオドールは盗賊ギルドに所属していたことがあるのでその時に覚えていた。

 実は所属するより以前にギルドにこっそり侵入して習得したものだったりするが、バレると面倒なので周りにはそう言ってある。

 

 さて、先程〈窃盗〉の効果を箱庭風に言い換えて説明してみたが、実際のところ箱庭で使うとどうなるのか、テオドールは既に実験していた。

 結果から言うと、技能は問題無く使うことができた。持っているバッグの中身から、装備品として衣服とそのポケットに入った小物、そしてこっそり黒ウサギなどに試すと、物品として存在するならギフトカードに収納されたギフトまで認識することができた。

 逆に肉体あるいは魂に紐付いているような恩恵は、やはり対象外であった。

 

 では、サンドラの龍角のような、後付けされて肉体と融合したものはどうなのか。

 またとない検証のチャンスだったのでやってみた結果、意外とあっさりと〈窃盗〉に成功してしまったのである。どうやらこの龍角は装備品扱いらしい。

 この辺りの判定は、生命力と霊格の関係のように、箱庭の世界がエラーを避けるために擦り合わせた結果だろう。あるいは、その()か。

 

 しかし、どれだけ誤魔化してもいずれは限界が来る。その前に。いや、そうなった時こそ。

 テオドールの“願い”が通じるかもしれない。

 

「……じゃあテオドールさん、それ渡してください」

 

 はい、と差し出された手のひらを、テオドールはいかにも不可思議だと言わんばかりに見つめた。

 

「……テオドールさん?」

「何故?」

「何故!?」

「自分が手に入れたものなのでこれは自分のものだが」

 

 そして有無を言わさずバックパックに龍角を仕舞うテオドール。

 リンは苦い顔をしつつ、諦めて手を下ろした。そういう人だよね、知ってた。

 殿下も闘技場で拉致された後のすったもんだでテオドールのスタンスと実力を理解させられた後なので、何も言わない。

 

 補足しておくと、テオドールはリン達が龍角を持って逃げてしまうことを考慮しているのであって、何の意味も無くジャイアニズムを発揮している訳ではない。

 リンがこっそり逃亡してしまおうかと考えていたことにしっかりと勘付いていたのだ。

 

「わかりました。でも使う時になったら渡してくださいよ?」

「無論だ」

「それでリン、この後は?」

 

 殿下に促され、リンはこほんと咳払いして空気を改めた。

 

「サンドラちゃんが居なくなったことはすぐバレるだろうから、速攻で行きます。まず混世魔王様を迎えに行って、それから魔王の封印を。殿下達は“主催者権限”を使用せずに陽動して下さい。じゃないと“審判権限(ジャッジマスター)”で中断されちゃうからね」

「二人だけで行くんだな?」

「はい。テオドールさんが思いの外便利なので、問題ないです」

 

 廃人を便利アイテム扱いとは中々大胆だが、腹を括った結果だろう。ここまできたら精々利用できるだけしてやろうということか。

 冒険者=便利屋として生きてきたので、テオドールも今更そんなことで腹を立てることはない。

 

「……分かった、なら後は任せる」

「うん。気を付けてね、殿下」

「俺を誰だと思ってるんだ? リンこそ、十分気を付けろ」

 

 最後にテオドールに視線をやってから、殿下は去っていった。ほんの少しだけ敵意が見て取れたのは、グライア=グライフを殺したことを根に持たれているのかもしれない。

 

「私達も行きましょう」

 

 リンがそう言って、横たわるサンドラを軽々と背負う。

 間もなく二人の姿も消え、廊下には静寂だけが残された。





◆インコグニート
正体を隠匿する…というか、変装する魔法。ゲームでいうと敵対関係を初期化する。なので最初から敵であるモンスターには意味がない。
同じ効果を発揮できるアイテムとして“変装セット”がある。
冒険者と敵対した場合、これを使わないと許してくれないので下手に喧嘩を売るのはやめようね。

◆窃盗
その名の通り相手から物を盗む技能。盗賊ギルドでしか習得できない。
固定アーティファクトだけは盗めないが、殺せば落とすからやっぱり強盗が一番早い。
この小説内においては、箱庭世界に固定アーティファクトという概念がない(変換先が存在しない)のでどんなギフトでも盗めるパラダイスと化す。なので星海龍王の龍角も盗めちゃいました。やばーい。

◆ギルドに侵入
ギルドは所属してない状態で忍び込むと警報が鳴り、中にいるギルド員全員と敵対状態になってしまう。が、インコグニート状態になると敵対が解除されるため、自由に店を利用したり技能を習得できる。こんなに警備がガバガバで大丈夫なんだろうか。


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錯綜するは思惑か

 サンドラの失踪が明らかになったとほぼ同時に、巨人族の襲撃が始まった。頭首の捜索と巨人族の対策を同時に行わなければならなくなったことで“サラマンドラ”陣営に一時的な混乱が生じたものの、さすがは歴戦の猛者が集っているだけあり、早々に統率を取り戻したようだ。

 戦える者達は防衛や警戒に駆り出され、非戦闘員は“サラマンドラ”の本丸である第五右翼の宮に速やかに避難させられた。

 宮内には戦況の行く末を案じる者達の不安が蔓延し、薄暗い空気が静かに揺れている。

 

 そんな第五右翼の宮の通路を、テオドールとリンは歩いていた。

 ただでさえ人気が少ない通路で、〈インコグニート〉の魔法によって正体を隠した彼らを見咎める者はいない。牢に囚われていた混世魔王を解放しに赴いた際はさすがに見張りに止められかけたが、ティリス式でスピード解決(排除)したので何も問題なかった。

 少なくともついこの間までは味方だったコミュニティの同士の首を鮮やかに斬り飛ばすテオドールの手腕に、リンは目標を達成し次第すぐに逃げようと心に決めた。

 

 それから今の今まで気絶したままだったらしい混世魔王を叩き起こし、経緯と現状とテオドールが味方であることを説明して(それなりの時間を要した)、混世魔王に協力を取り付けた。サンドラのことも同時に任せてある。

 巨人族の襲撃もあり、脱獄の発覚にはまだ時間がかかるだろう。今は内部への警戒が強まる前にと、足早に目的地へ向かっているところだった。

 

「ここです」

 

 リンに小声で囁かれたのは、通路の突き当りにある銅像の前だった。ぱっと見ただけでは不自然な箇所は見当たらない。

 周囲に誰も居ないことを確認し、テオドールが銅像を退かしてみると、床面に隠し通路が現れた。通路は螺旋階段になっていて、地下に続いている。

 リンがギフトカードからランプを取り出し、階段を下り始める。テオドールもそれに続いた。

 

 長い通路には明かりが無く、視界はランプの光が届く範囲に限定される。夜目が効くテオドールも、螺旋の先を見通すことはできない。

 一歩進むごとに道が浮かび上がり、背後が闇に閉ざされる。

 闇に呑み込まれていくような感覚。通路がどこまで続くのかも分からなければ、どれだけ進んだのかも見失ってしまいそうだった。

 ふと、テオドールの頭にすくつが思い浮かんだ。だがあの底無しのネフィアと違い、この隠し通路には明確なゴールが存在している。

 

 すなわち、封じられし最古の魔王だ。

 

   ◆

 

 地上における巨人族との攻防は、予想よりも拮抗していた。

 初めは効率的に、上空から火竜とペストが攻撃することで殲滅しようとしたのだが、火球と黒い風の絨毯爆撃を受けても巨人族達は倒れなかった。

 魔王連盟の手によって、彼らは鬼化していたのだ。

 怪力と異常な生命力を得て、物量で無理やり防衛線を突破しようとする巨人族達を止めるため、やはり“ノーネーム”も前線へと駆り出されることになった。

 

 そうして一面の巨人族を薙ぎ払っていた十六夜の前に、白髪金眼の少年──殿下は悠々と現れた。

 

「腑に落ちねえな」

「何がだ?」

 

 開口一番にぶつけられた言葉に、殿下は首を傾げる。

 二人ともそれらしい構えはとっておらず、戦場で相対するには相応しくないようにも見える。だが、何も知らない者が近くに寄れば、二人から発せられる重圧に息を呑んだだろう。

 

「お前達のやり方だよ。随分魔王らしくないやり方だ」

「ふうん? “魔王連盟”に魔王らしさを説くんだな」

「それ以前の問題だ。──どうして“主催者権限”を使わない?」

 

 魔王が魔王たる所以(ゆえん)であるそれを、このタイミングで使ってこない理由が無いと、十六夜は気付いていた。

 攻勢をかけるのならば、“主催者権限”は最強の武器である筈なのだ。

 

 十六夜の鋭い視線を受け、殿下は考える。

 さて、“お前の所の同士のせいで、それどころではなくなったからだ”──などと正直に言うわけにもいかない。

 言ったらどんな反応をするか気になるところではあるが、あの厄介な人物を完全に敵に回す可能性を作るのは下策だろう。それに、場合によってはこちらの後の無さにも気付かれてしまいかねない。

 

「月の御子がいるからな。中断されて時間を稼がれては困るんだ」

 

 そう言ってみたが、十六夜の表情は変わらなかった。残念ながら納得してもらえなかったらしい。

 まあ仕方ない、ゲームが中断されようがお構いなく猛威を振るうのが魔王というものだからだ。

 殿下としては、身動きが取れないまま魔王の復活に巻き込まれては敵わないので、ほとんど本心のつもりだったのだが。

 

「……ま、何を企んでようがここでお前を倒せば万事解決だよな」

「はは。やってみろ、逆廻十六夜」

 

 互いに拳を握り、睨み合う。いよいよ火蓋が切られようとしていた。

 

 本来であれば因縁の対決となる筈だった闘いは、今や茶番と成り果てている。それでも、この場で負けることだけは許されないのだ。

 

   ◆

 

 防衛の手が薄い方面に送られたスビンとノイロックは、次々と襲い来る巨人族を着実に狩り続けていた。

 数が多いこと、そして街を守らなければならないことから殲滅するにはまだ至らないが、二人にとっては容易い戦いだ。

 いくら鬼化していようが、ステータスが廃人のペットには及んでいない。しかも単なる物理攻撃しかしてこないため、図体がでかいだけのサンドバッグと同義である。分裂したり、集団で毒のブレスを吐いてきたりするならまた違っていただろう。

 半ば作業的に巨人を斬り払い、撃ち抜く二人には、いつも通りの会話を交わす余裕すらあった。

 

「ふーむ。鬼化ってやつは知能が下がるもんなんかね。こんだけやられてて尚突っ込んでくるとは」

「これはこれで厄介ですけどね。カミカゼ特攻隊を思い出します」

「ん? 何だそれ?」

「……あぁ、これはノイロックが来るよりも前の話でしたか。ええとですね」

 

 まだテオドールが駆け出しだった頃に受けた依頼の話だ。戦場に取り残された軍隊の撤退を支援するというもので、とにかく人数が必要だったのか、比較的低レベルの冒険者でも受けることができた。

 実際に参加した面子はかなりレベルにばらつきがあり、好奇心で参加したテオドールは、その中でも下から二番目くらいだった。

 

「冒険者を戦場に駆り出すとは、よっぽど切羽詰まってたんだな?」

「そうみたいですね。それで、その時の敵がカミカゼ特攻隊、自爆モンスターで構成された軍団でした」

 

 敵が自爆特攻してきていると言うのは事前に聞かされていたが、当時のテオドールを含む依頼を受けた冒険者達は、戦場の過酷さというものを舐めていたと言っていい。ネフィアでの戦闘とは、人数規模が桁違いだったのである。

 伝令に案内された先は地獄だった。怒涛のように押し寄せる、夥しい数の自爆モンスターにあっという間に囲まれ、倍はレベルが上だろう先輩冒険者が為す術もなく爆死する姿に戦慄しない者はいないだろう。

 冒険者がネフィアの探索中に数の暴力に晒されることは勿論あるが、そんなものを遥かに超えた惨状だった。

 

 当然駆け出しのテオドールにそれらを捌く実力などある筈も無く。たまたま持ち合わせていた壁生成の杖を使って籠城し、迎えが来る時間までやり過ごすことで生還したのだった。

 

「うわぁー……てかそれ、ちゃんと報酬貰えたのか? 籠もってただけなんだろ?」

「私達の周りに居た特殊部隊はほぼ壊滅してましたけど、無事に報酬は貰えましたよ。多分、戦場が混沌とし過ぎていて誰も見ていなかったんじゃないかと」

「もしかしてそれ込みでやってねえか、ボス」

 

 ちなみにこの話、同じ依頼を受けていた中でテオドールより唯一レベルが低かった神官の少女(もれなく爆死していた)が、数年後再会した時には、自爆モンスターをペットとし、無限に蘇生させることで爆裂ゾンビアタックを楽しむデンジャラスボンバーウーマンに変貌していたというオチが付く。

 爆散していく敵とペット達を見ながら聖母のような笑みを浮かべる少女は、どこに出しても恥ずかしくない歴戦の冒険者(廃人堕ち一歩手前)だった。

 

 閑話休題。

 

 雑談、というよりは思い出話に花を咲かせる二人は、巨人族の群れの中に混じって、小柄な人影が近付いてきていることに気付いた。

 すわ伏兵かとノイロックが素早く銃口を向けると、人影は両手を挙げながら適当な距離で立ち止まった。

 敵意は感じないが、巨人族の中に居て攻撃されていないのだから、まさか味方ではないだろう。投降するつもりか、騙し討ちするつもりか。

 突き刺さる二人の視線を受けて、それはニヤリと笑ったようだった。

 

「ヒヒ、あぁおっかねえ」

 

 老獪さを滲ませる口調とは裏腹に、こぼれた声は少女のものだ。フードに隠されて顔はよく見えないが、どこかで聞いたことのあるような気がした。

 しかしそれが誰のものであったか思い出す前に、ローブに刺繍された“混”一文字が目に付いた。スビン達も十六夜やマンドラから“神隠し”のあらましを聞いている。

 

「混世魔王……!?」

 

 正体を言い当てられた混世魔王は、そんなことは意にも介さず早口に喋りだした。

 

「伝言だ! “指示を出すまで手を出すな”だそうだ!」

「は?」

 

 呆気にとられた間を隙と見たか、複数の巨人族が襲いかかってくる。

 巨人族の陰に隠れた混世魔王の声が遠ざかる。

 

「確かに伝えたぜェ!」

「待て!」

 

 すぐに巨人族を蹴散らしたが、視界には他の巨人族が映るばかりで、混世魔王はもうどこにも居なくなっていた。

 

「……どうします?」

「あー……」

 

 ノイロックは小さな呻き声のようなものを漏らした。

 投獄されている筈の混世魔王がここに居たことと、残していった伝言の内容からして何となく状況は見えている。

 見えているからこそ、苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。だってつまり、それは誰かさんの“犯行予告”以外の何物でもない訳で。

 

「……すぐに帰ってこない段階で薄々そんな気はしてたけどよ。今回は本格的にやらかす気だな」

「やはり魔王連盟と接触したせいでしょうか」

「絶対そうだろ、混世魔王まで解き放って……はーあ、またあの気まぐれの被害者が増えるって訳か」

 

 詳しい経緯はよくわからないが、確実なのは、伝言の主がテオドールであることと、今から発生する重大な出来事──つまりテオドールがイベントと呼ぶもの──に干渉するなと命令されたということだ。

 今まで(イルヴァ基準で)大人しくできていたと言うのに、ここ一番で決めに来たな、とノイロックは思った。

 

「でも、少し安心しました」

「何が?」

「伝言を残したということは、私達はまだ見捨てられていないということですよね」

「おぉ……そうだな」

 

 スビンは奴隷という出自ゆえか、たまにこういうことを言う。いま覚えるべき感想としてはズレているし若干重い。まあ反論しても良いことはないだろうと、ノイロックはとりあえず頷いておいた。

 

 だが、わざわざ伝言を寄越してきたことは確かに珍しい。いつもなら何も言わずにやらかすのに。

 今までの経験と、自分達が巻き込まれることを前提に考えると、テオドールが見たいイベントは“ノーネーム”に被害をもたらすものであろうことは分かる。

 それに手を出さずに放置しろとなると──まさか、ついに“ノーネーム”に飽きてしまったのか。魔王連盟に鞍替えするから、“ノーネーム”に味方しなくていいぞということなのでは。

 

 その場合、黒ウサギ達は最悪殺されるかもしれない、などと思考を巡らせ……溜息を一つ。

 

「仕方ねえ。このまま雲隠れするか、スビン」

「そうしましょう。でないと参加せざるを得ないでしょうから」

 

 まあ、自分達が死なないなら何でもいいか。と、思考を放棄。維持していた防衛線を離れ、二人はあっさりと姿を晦ました。

 ペットにとって主人の命令は絶対であり──結局は、彼らもイルヴァの価値観と廃人の奇行にすっかり毒されている身なのである。

 混沌とした戦場で、それに気付ける者は居なかった。

 

   ◆

 

 十分以上歩き続けて、ようやくテオドール達は螺旋階段を抜けることができた。

 その先は星海の間と書かれた大広間になっていて、五つの扉と一枚の“契約書類(ギアスロール)”がある。ギフトゲームを解き、正しい扉を選べということだろう。

 

 リンは文面にサッと目を通すと、「うわ、超簡単」と呟いて扉の一つに直行した。

 テオドールも軽く読んでみたが、何が何だかさっぱり分からなかった。相変わらず明らかに異世界人に対応していない。誠に遺憾である。と負け惜しみっぽい感想を誰にでもなくぶつけつつ、リンの後を追う。

 

 扉をくぐった直後、何かの気配がしたと思った途端に断ち切られた。

 

「今のは?」

「人払いの呪いだと思います。星海龍王の龍角が無ければ辿り着けないようになってるんでしょう」

「成る程」

 

 人払いの呪い、そういうのもあるのか。

 テオドールは感心した。そんなものがあれば色々とやりたい放題ではないか。何とは言わないが。

 呪いと言うからには“恩恵”と言うより魔法の一種なのだろう。あまり不便に思わなかったのでそうしてこなかったが、箱庭世界の魔法についてもう少し勉強してみても良かったかもしれない。

 逆転して人寄せの呪いとかできないだろうか。中心地にモンスターを召喚してやればさぞ愉快だろう。平和的に考えるなら、敵をまとめて掃除したり刺客を引きずり出したりするのにも有用そうである。

 

 頷いたきり黙りこくるテオドールに、「あっ今よくないことを考えてるな」とリンは察する。

 短時間の付き合いながら、廃人の考えを読める程度にはリンの対廃人スキルの経験値が上がっていた。全く嬉しくない。

 

 やがて二人は最後の間に辿り着いた。そこには角をはめ込めそうな台座と、旗を飾れるような場所が用意されている。

 

「これが?」

「はい。ここに星海龍王の遺産と……例の魔王が封印されています」

 

 リンに促され、テオドールは星海龍王の龍角を取り出した。二本の角は封印の座を前に、鈍い光を発している。

 そしてリンも、似たような光を発するボロボロの生地を取り出す。

 

 赤地の布に金の縁。日の昇る丘と少女を象ったその旗印は、人類史上、最も多くの魔王を倒したコミュニティのものであるらしい。

 魔王の手に渡っているからには、もはやその栄光は過去のものなのだろう。テオドールにとっては他人事なので、特別感傷は抱かない。

 テキパキと、龍角と旗をそれぞれ封印の座に配置する。

 

「あとは龍角に炎を打ち込めば、地脈と活火山が刺激されて封印が解ける。そうしたら私達の協力関係も終わり。……そうですよね?」

「そうだな」

 

 封印が解け次第、リン及び魔王連盟は星海龍王の遺産とやらを戦果に撤退し、テオドールはそれを見逃す。そういうことになっている。

 この間に魔王連盟の者がとっ捕まっている可能性が無きにしもあらずだが、当然これが終わればテオドールが助けることはない。その点はリンや殿下も受け入れている。余計な注文をつける余裕が無かったからである。

 

「じゃあ、お願いします」

「ああ」

 

 一歩前に出たテオドールが〈ファイアボルト〉の詠唱を始める。手元に集まる魔力は熱と速度を溜めながら収束し──

 

 燃え盛る稲妻が、龍角を貫いた。

 

   ◆

 

「──っ!? 何だ!?」

 

 妙に時間を稼ぐような動きを見せる殿下に痺れを切らし、必殺の一撃を叩き込まんと十六夜が足を踏み込んだ、その刹那のこと。

 自然発生したとは思えない巨大な大地の揺れが、地殻を立ち昇って二人を襲った。

 

「……デカイ! ただの地震じゃないぞ!?」

 

 熾烈な戦闘を経て傷だらけの二人は立っていられず、片膝を立てて地面に座り込む。

 尋常でない大地震。心当たりしかない殿下は、ついにその時が来たことを悟った。

 

「始まった……!」

「おい、何だこれは! 何をした!?」

「端的に言うぞ! 死にたくなければ今すぐ“煌焰の都”を脱出しろッ!」

「は……!?」

「この大地震は地下に封印されてる魔王が復活する余波とでも思っとけ!」

「よ……余波だと……!?」

 

 活火山の噴火する音が響く。

 これが最後の予兆だろう。絶句している十六夜に、一から十まで説明している暇はない。

 

「復活した魔王が最初に狙うのは、十中八九“サラマンドラ”の宮殿だ! あとはそっちで何とかしろ!」

「っ、おい!?」

 

 やけくそ気味に吐き捨てた殿下は、くるりと背を向けて一目散にその場を後にした。

 一瞬追いかけなければ、と思いかけた十六夜だが、二の足を踏んだ。あの焦りようだ、恐らく嘘は言ってないのだろう。

 宮殿には非戦闘員が多く避難している。これだけの地震を余波だけで起こせるような存在に今対抗できるのは──自分しかいない。

 腹を決め、十六夜は宮殿に向けて走り出した。

 





◆カミカゼ特攻隊
港町ポート・カプールで受けられるLv14相当のサブクエスト。無限沸きする自爆モンスターの特攻を一定ターン凌ぐ。壁生成を使った籠城が攻略法として有名。
一応味方NPCが撤退するまでの時間稼ぎという体なのだが、NPCの生死はクリアに関わらない。戦争って悲しいね。

◆自爆モンスター
その名の通り自爆してくるモンスターのこと。
誘爆するので、上記クエストに気軽な気持ちで行くとすぐに囲まれて連鎖爆撃で死ぬ。
elonaには複数種類おり、爆弾岩というわかりやすいものから地雷侍、ハードゲイなんてのもいる。つまり、HGです。フゥーー!…もう通じなさそうだな、これ…


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