聖なるかな 〜鞘を求めて〜 (ぴんころ)
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第一話:御堂隼也は世刻望が嫌いである

 空には幾億もの星が煌めいている。見渡す限りの宇宙。そうとしか表現できない空間に、御堂隼也はいた。それらはこの星(地球)では見ることが叶わぬはずのものであり、だからこそ、これが夢なのだと理解した。

 

「■■■■、もしもの時のためにあなたにこれを託しておきます」

 

 鈴の音を鳴らしたような、可憐な声。

 それが、彼の口から漏れる。

 

 いいや、違う。

 この声は彼のものではなく、この夢の登場人物である誰かの声だ。

 

 その証拠に、彼の意識が宿った体は自由に動かない。声も出ない。

 ただ、この体の持ち主──おそらくは少女──の視点で、夢を見ているだけ。

 

 差し出された小さな手には、その掌には収まりきらないほどの巨大な、剣に似た形状の、何か。

 それが、目の前に立つ赤毛の少年に差し出されている。

 少年の名前は確かに呼ばれたはずなのに、ノイズがかかったかのように聞き取れない。

 

「わかった。もしもの時は──」

 

 隼也の急速に意識が遠のいていく。

 会話は続いている。

 けれどもう、その内容を聞き取ることはできない。

 

「よかった。これで安心して──」

 

 けれど、隼也の中には、少女が持っているのであろう安堵がじんわりと残っていた。

 どこか、胸が暖かくなる気持ち。

 隼也が現実に生きる中で一度も得たことがない、「後を託せる者がいる」という事実から来る、失敗を恐れる必要が消えたことによる安堵だった。

 

「では、私は行きます。これ以上、■位をのさばらせておくわけには──」

 

 それが、夢の終わりだった。

 急速に離れる意識は、もはや彼ら彼女らが何を話しているのか、いやそもそも会話をしているのかどうかすらわからなくなるほどに。

 

 そして、次の瞬間、意識が真っ白になった。

 

 現実に隼也の意識が戻ってくると、そこら中から話し声が聞こえてくる。

 目を動かすと、周囲には友人と集まって会話をしているクラスメイトたちがいる。

 そんな彼らは隼也に目を向けることはなく、そして隼也も彼らに対して特別話しかけることもない。

 

「……俺、女装癖なんてないはずなんだけどなぁ」

 

 そんな言葉が、昼休みの教室で、誰の耳に止まることもなく消え去った。

 

 

 

 

 月曜日。それは誰もが厭うであろう曜日。理由は様々だが、最も多い理由としては「一週間の始まり」だから。

 そしてそれを、隼也は少し違う意味合いで使っていた。

 

「望ちゃんの、馬鹿ァァァァ!!」

 

「グハァッ!?」

 

「おうおう、今日はまたよく飛んでるな」

 

「最高記録更新じゃない?」

 

(こいつら馬鹿じゃねぇの……人が殴り飛ばされてるってのに)

 

 叫ぶ少女──永峰希美によって殴り飛ばされた少年──世刻望を見てそんな感想を喋っているクラスメイトに対して冷たい目を向ける。

 だからと言って、彼は望を擁護するようなことも、ましてや倒れた望に手を差し伸べることもしない。

 

 理由は単純。彼は望が嫌いだからだ。

 

「ん? 望はまたやってるのか」

 

「ああ、暁か。おう、今度は寝ぼけて抱きついた挙句、起きて最初の一言が”なんだ、希美か”だったからな」

 

「そりゃ、キレるな」

 

 教室に入ってきた男、暁絶が望の友人である森信助と話をしている。

 ここにもう一人、生徒会長たる斑鳩沙月が加わり、望、希美、絶、沙月のいつもの四人組ができることは知っているが、隼也はそれが──正確には望を中心とした四人組が嫌いだ。

 

 ()()()()()()()()()

 

 絵に描いたような鈍感系ハーレム主人公(世刻望)彼に想いを寄せる暴力系幼馴染(永峰希美)その恋路を楽しむ親友(暁絶)何かと主人公を気にかける先輩生徒会長(斑鳩沙月)

 まるでありふれたライトノベルか何かのようだ。そんなことを考えてしまうくらいには、現実味が存在しない。

 

 彼もライトノベルは好きだが、だからと言って自分の住まう現実までそうなって欲しいとは思っていない。

 だって、ライトノベルは設定を作る作者がいる。この現実がライトノベルのようになったら、()()()()()()()()()()()()()()()()ような気になってしまう。

 だから、彼はそのライトノベル(非現実)的な象徴である、主人公みたいな立ち位置にいる奴(世刻望)を嫌っていた。

 

 自分の人生から消えてくれ、と。自分に関わりのないところでやってくれ、と。心の底から思っていた。

 

 けれど

 

「しゅ、隼也……助け……」

 

 現実は残酷で、世刻望と御堂隼也は親同士が知り合いの、いわゆる幼馴染と呼ばれる間柄で、小中は別の学校で過ごしていたにも関わらず、高校に入ってからはよくよく声をかけられていた。

 

「自業自得だろ」

 

 だから、彼はバッサリと切る。親しい間柄にはならない。この高校生活が終わればそれでおしまいだと。

 

「理由がわからないならわかるまで考えろ。他の連中も言ってるけど、お前が殴られる理由はお前にあるんだ」

 

 その言葉に、どうにか意識を保っていた望が気絶し、また教室内が騒がしくなる。

 近くで倒れられていると面倒だが、かと言って自分で起こす気にもならないので不機嫌なままの希美の方を向いて

 

「お前が気絶させたんだから、お前が責任持って面倒みろ」

 

 もはや慣れ親しんだ日常として過ごすそれは、今日も何事もなく過ぎていく。

 これで誰か美少女が転校してくるような事態になればそれこそラノベか何かだな、とどうでもいい思考をしながらも、望が回収されるのを見届ける。

 

 そんなものが、隼也の嫌う今の日常だった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 空が、暗く染まる。……隼也が望まなかった非日常が始まる。

 放課後の、学園祭の準備。望とその周囲が嫌いであるとはいえ、高校二年生の学園祭という一生に一度しかないものを楽しむために、学校で準備をしていた彼は、空が黒く染まるのを見た。

 

 大量の犬が空から降ってくる。それらは地面に、校庭に着いた途端、どろっと溶けて人型の、美しい少女のような何かとなる。

 それらが牙を剥き、校庭に存在する生徒たちに襲いかかる。

 

「逃げろーーーーッ! そいつらは危険だッ!!」

 

 その望の声は、廊下を歩いていた隼也にも届いた。

 切羽詰まった声。これまでにないほどに焦りを含んだその声は、望を嫌う隼也をしてその声に従わないといけない、と思うほどに鬼気迫っていた。

 

(何があったんだ……?)

 

 近くの窓から見てみると、そこでようやく隼也も放課後であったはずの空が暗く、そして校庭に存在する武器を持った人形のような何者かに気づいた。

 

「あれって……」

 

 それが何者なのかはわからない。けれど、望の声の通りに、あれが危険な何かだということだけは隼也にもわかった。

 

 だから、彼は逃げ出す。最悪なことに隼也がいたのは三階。このままだとあの少女たちが校舎内に侵入したら最後、逃げ場などなく殺される。それを理解して、彼は全力で階段を下り裏門から抜け出そうとした。

 グラウンドに出ていた生徒たちがその少女たちに取り囲まれ、殺されそうになっていたが、今の彼にとっては知ったことではない。自分の命を投げ出してまで人を救えるほど、隼也はお人好しではない。

 

「!?」

 

 ドゴォンと爆発音が校庭に轟く。あの武器を持った少女たちが何かしたのかと思ったが、剣、槍、その他殺傷性の高い武器を持っているのだから、わざわざあんな轟音を起こす必要性を感じない。結果として、その少女たちとは別の何かがやって来たのだと考えて、振り向いて見ると、果たしてそこには思った通り、少女たちとは違う存在が立っていた。

 

「斑鳩先輩!?」

 

 ただ、彼が思っていたのとはずいぶん違う人ではあったが。

 衣装も、普段のものとはずいぶん違う。物部学園の制服ではなく、純白のそれ。髪についた羽根飾りなどどういう理屈か動いている。

 

「皆、体育館に避難してッ! 奴らの相手は私がするわっ!」

 

 普段、望たちとの会話で見せる気安い先輩としての姿でもなく、生徒会長として凛とした姿でもなく、一介の戦士としての姿を、この学園の誰一人として知らない姿を見せながら、沙月は叫んでいた。

 

 その言葉に誰もが避難を開始する中、隼也は一人、動きを止めて悩んでいた。

 

(斑鳩先輩を信じていいのか?)

 

 確かに今、斑鳩沙月はこの校舎にいる生徒を守るために全力で戦っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「彼女らに殺されたら困る」から助けているかもしれない。そうなると、実は「自分たちの手で殺害する」必要があるのかもしれない。一度その疑念を抱いてしまえば最後、全員を一箇所に集結させようとする、守りやすくするという点では何も間違っていないはずの行動すら怪しく思えて来た。

 

(このまま裏門から脱出しよう!)

 

 幸いなことに、この学校を狙って来たのか、あるいはこの学校にいる何者かを狙っているのか。そのどちらかはわからずとも()()()()()()()()()()という状態なことに変わりはない。そう考えて、学校外部に逃げ出してしまえば安全だという結論にたどり着いた隼也はそのまま裏門を目指して駆け出した。

 

「御堂!」

 

 必死の形相にて走る彼に、二階を通った時にクラスメイトに名前を呼ばれたことなど些事でしかない。

 彼がその程度で足の動きを止めることはなく──たとえ聞こえていたとしても足を止めたかは別として──そのまま下の階に降りていく。

 

 走って、走って、走り抜いて──

 

「ようやく──」

 

 裏門が見えてきた、と。そう呟いて、息を切らしながらも、これまでで最も長い裏門までの距離を走り抜いた彼は、ようやく速度をわずかに緩める。

 

「この、クソみたいな悪夢(現実)から──」

 

 そこまで口にして気がついた。

 

 そう、これは悪夢のような現実。

 そしてその悪夢側に関係ある人物として斑鳩沙月が存在した。

 それはつまり──

 

「斑鳩だけじゃなくて、世刻たちもグルか……!」

 

 確証など何もない。けれど、ラノベのような(非現実的な)集団がいて、非現実的なことが実際に起きて。その現実に元から関わっていた人間にその集団の中の人物がいた。それだけで、残りの面々もその一団だと判断した。

 

 けれど、今はどうしようもない。自分を簡単に殺せるような集団相手に、理不尽に巻き込んだ恨みがどれだけあったとしても、何の策もない状態で殴りに行くほど、隼也はバカではなかった。

 

「でも、これで──」

 

 もう関係ないと外に出ようとして──

 

 

 

 

 そこで、隼也の世界は崩壊した。




基本、原作とは別行動です


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第二話:一般人とそれ以外の違いとは?

 隼也が気がつくと、そこは宇宙としか表現できない場所だった。

 

(なんだ、ここ……?)

 

 宇宙としか表現できない、というだけで、実際のところは宇宙でもなんでもない。

 ただ、周囲は漆黒の内側に煌めく星があり、そして何より、巨大な枝葉がこの空間に存在することを、隼也の瞳は捉えていた。だからこそ、宇宙に似た何かであって、実際の名称を今の彼が口にすることは不可能。

 

(え……あ……え……? まっず……!)

 

 何を感じ取ったのか踠き始める隼也。けれどふわふわと、無重力の空間なのかその動きは大した意味を持たない。

 

(俺が解けてく! 意識も体も、何か別の、よくわからない何かになって死んじまう!)

 

 少しずつ、少しずつ、隼也の視界の中では己の肉体が黄金の霧になって解けていくのが見えた。

 意識も、徐々に薄れていくのがわかる。

 彼にとってこれは、理不尽なまでに絶対的な死だった。

 

(死んで、たまるか……! 死んで、こんなところで死んで……!)

 

 だから、彼はもがく。

 だから、彼はこの状況に追い込んだ望たちを恨んだ。

 

 死を厭い、遠ざけんとする彼の行動は、けれど特に奇跡を起こすこともなく、そのまま御堂隼也を黄金の霧へと還し、それで彼の物語は終わり。

 

(──求めるか)

 

 ……そのはずだった。

 

(え……?)

 

 最初、その声を隼也は幻聴だと思った。こんな謎の空間に、誰かがやってくることなどあり得ない、と。

 

 けれど

 

(汝、死を遠ざけ、己の命を手繰り寄せることを求めるか)

 

 その声は繰り返し問いかけてくる。

 

(この声……一体どこから……?)

 

 己の命が危ないと感じていたのにも関わらず、はっきりと頭に響くその声に、これまでにない謎の体験の連続に、いい加減頭がいっぱいになっていた隼也は、つい自分の状況すら忘れてその声の持ち主を探す。

 

(ここだ。……我は汝の眼前にある)

 

 その言葉とともに彼の出現するは、刀身の半分が純白、もう半分が漆黒の重厚な大剣。

 

(剣……?)

 

(然り。我は永遠神剣第四位『平衡』。我が願いを叶えるため、汝が願いを叶えるため。諸共に願いを叶えるために汝に契約を持ちかける者なり)

 

(契約ったって……)

 

(我が望むは、かつて我と同質であった神剣の破壊。それによる我の回帰。対価として、汝にこの場を生き抜く力を与え、汝が元の世界に帰るための力をも与えよう)

 

 死にたくないのであろう、と試すようにして隼也に問いかける「平衡」。

 

 それはまるで悪魔との契約。「平衡と同質の永遠神剣」という言葉が何を示すのか隼也にはわからなかったが、「契約を持ちかける剣」と同質であるということは、己と同じようにしてそれらの剣と契約している何者かと殺しあう可能性すらある。

 けれど、そうだとしても彼が生き残るにはこの剣と契約するほかなく、契約することで何が起こるのか今このタイミングではわかっていないながらも隼也は覚悟を決めた。

 

(わかった……! あんたと契約する! どうすればいい!?)

 

(我を握れ)

 

 簡潔に言われたことではあったが、今の、もがいてももがいても何もできない彼にとってはどうしようもない言葉であった。

 

 それでも

 

(ぐんぎぎぎぎぎぎ!!)

 

 何も目的がないまま闇雲に腕を動かすのではなく、『剣を握る』という目的が存在する動きは、この空間での動き方に適応しないままながらも、少しずつ「平衡」に近づいていく。

 

(よしっ……!)

 

 そしてついに、その柄を掴んだ。

 

(これにて契約は成った)

 

(なん、だ、これ……! 頭、割れそ……!)

 

 掴んだ途端、隼也の頭の中に大量の情報が──永遠神剣の契約者としての基本情報が流れ込んでくる。

 無理矢理に脳内にインストールされる知識は不快というレベルではなく、強引すぎるそれにはまさしく「頭が割れそう」という表現がぴったりだった。

 

(契約者よ。このまま一番近くの世界に落ちるぞ)

 

(ちょ、まっ……)

 

 頭痛をこらえる隼也の言葉は聞き届けられず、強大な引力によって最も近くの枝葉に近づいていく。

 与えられた知識から、この枝葉の一つ一つが世界なのだと理解していたが、自分がこの程度では何もダメージを受けない存在になったことは理解していたが、それはそれとして強大な葉に突撃することへの恐怖が消えるわけでもない。

 音として響くことはなく、けれど悲鳴は確かにそこに存在して。その音源たる隼也は、この宇宙のような空間から消えるのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ちゅどん、と地面を揺らすとても大きな音と、クレーターと共に世界に侵入する隼也。

 

「ってて……いきなり何すんだバカ剣」

 

『まさかと思うが、バカ剣とは我のことか?』

 

「お前以外に誰がいるんだよ、バカ剣」

 

 けれど、その中心にいる隼也は、己の持つ剣に話しかけている余裕すら見せて、それとは逆に体にはしていてもおかしくない怪我の数々は存在すら見当たらない。

 森の広場ともいうべき場所に落ちた彼は、周囲を見渡しながら悪態をつく。

 

「くそッ! 世刻の奴。絶対ぶっ殺す」

 

 この剣と契約することになったのは望たちが原因だと。根拠もないままに断言して怒りを見せる。

 

『契約者よ。その世刻なる人物を殺すのはいいが、今はそれは置いておけ』

 

「あ? どういう……っ!」

 

 永遠神剣と契約したことで得た、これまでとは比較することすら馬鹿らしいほどの気配、あるいは何かしらの五感に刺激を与えるものに対する感知能力で、「平衡」が言おうとしたことに気がつく。

 

『気がついたか、ミニオンだ』

 

「ミニオン……? ……学園を襲った奴らのことか」

 

 目の前に現れたことで、学園にやってきた存在の総称を知る。

 隼也の指が震える。永遠神剣と契約したからと言って、いきなり戦えるわけがない。ましてや、ついさっきまで自分を殺そうとしていた存在だ。そんな簡単に恐怖を拭えるはずがない。

 

『案ずるな』

 

「平衡……?」

 

『このような雑兵。我と契約した以上は取るに足りん。汝の心の赴くままに我を振るうだけで十分に殲滅可能であろうよ』

 

「そうか……そうなのか……だったら!」

 

 剣を正眼に構える。永遠神剣が駆動するための燃料とも言える存在、マナが周囲に可視化できるほどに集まりだす。

 

「一気に撃破する!」

 

 そう叫び、ミニオンに向けて飛び出した。

 

 

 

 

 現れたミニオンは隼也の目視の叶う範囲では十体。周囲からはその気配はせず、一方向から来たことがわかりやすい。

 なので、それを理解して隼也がとった行動は、戦闘を何も知らない人間としては、自分が負けることはないと知っている人間としてはおかしくないであろう、戦闘を知る人間からすれば無謀としか言いようがない突撃だった。

 

「死ねぇっ!」

 

 けれどそれも、第四位の神剣使いとたかが雑兵(ミニオン)の差があれば必殺のものへと変わる。

 濃密なマナを纏った剣は、赤いミニオンのダブルセイバー型の神剣による防御の上から真っ二つに切り裂き、黄金の、マナの霧へと変化を開始する。

 

(これなら……!)

 

 そして、その事実が隼也の中に自信を生み出す。

 

(これなら、戦える!)

 

 今の自分なら、問題なく敵を殺せるのだ、と。

 

 殺した時には罪悪感でも出るかと思ったが、それよりも先に「自分の日常を破壊した一因を自分の手で抹消できる」ということに暗い喜びが前面に出て来たことで、特にそんな感情が心を満たすことはない。

 

「殺してやる……! 俺をこんな殺し合いに巻き込んだんだ、きっちりお前らの望み通り殺してやるよ!」

 

 まるで紙か何かを切るように簡単に斬り裂けるミニオンたち。それらを殺し、そして死体すら残さないミニオンに殺しをしている実感は薄い。

 

「落ちろぉっ!」

 

 魔法陣が浮かぶ。そこから発現するは重力の暴力。圧縮された重力というわけのわからない代物が、ミニオンに向かって高速で飛んでいき、標的たる一体だけではなく、周囲のミニオン全てを圧搾していく。

 

「『ブラックホール』!」

 

 球体に引き寄せられ圧搾されたのは八体。一体だけ効果範囲から逃れ、その個体はやって来た方向へと去っていく。

 

「逃すかっ!」

 

 隼也は走って追いかけるも、現代の都会に住まい、そこで育った子供としては森の中での移動法など知ることはなく、木々すらもうまく利用して逃げ続けるミニオン相手に引き離されないようにするので精一杯。

 

(契約者よ)

 

(なんだ!?)

 

(このまま先に進めば、あるいはこやつらの主と戦う可能性もある。そうなれば今の汝では勝ち目はないぞ)

 

(それは……そうかもしれないけど! ……でも、このまま逃したら俺の情報を相手が得るかもしれない。今だけは奇襲ができるんだ!)

 

(……ふむ。そこまで考えているならいい)

 

 実際のところ、パッと思いついただけで、最初はこいつらを生み出した永遠神剣の持ち主の存在すら考えていなかった。

 だが、こうして口にしてみるとある程度は自分でも筋が通っているように思ったので、「平衡」も認めているんだしそれでいいかと進んでいた。

 

「あれって……村……!?」

 

 走っているとミニオンが行く先、森を抜けたところに村を発見し、そしてその村の中にミニオンが大量にいることと村人がミニオンに怯えていることを確認した。

 

(多分、あのミニオンたちもこいつの仲間……! だったらここであの村に恩を売って拠点を作るか……!?)

 

 そこまで考えて、さらに加速する。恩を売るのであれば誰かが殺されるよりは早く止めないと「恩を売る」という行為としてはどうかと思ったのだ。

 永遠神剣と契約したとはいえ戦闘者としてはひよっこ。確実性を高めるのであれば一体一体おびき寄せて殺害することであって、敵のど真ん中に飛び込むことではない。

 

 けれど、この世界で衣食住全てが足りていないこともあって、それらを得られる可能性を逃すわけにもいかない。

 

 だから、飛び込んで──

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 倒すのにかかった時間は、そこまで長くはなかった。

 

 一体につき数秒あれば強引に防御ごと斬り伏せることが可能であったし、敵の攻撃に関してはミニオン程度では「平衡」が展開している防御を抜けて傷をつけることが不可能とわかってからは、一切防御を考えずに戦うことができたために、都合四十体ほどの敵を倒すのに、むしろかかった時間としては敵の前まで行くことがった。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 かけた声は、疲れだけではない理由でどもっていた。

 

 一般人を殺すことなど余裕なミニオンに大量に囲まれていた、という事実は一般人であるこの村の人間からすれば恐怖の対象であり、そう言った視線を向けられることもこれまでなかった一般人の隼也としては少しばかり辛いものがあり、平時と同様に話すことに失敗してしまった。

 

「え、ええ……」

 

 そして、それに応える村人たちも恐怖のせいで詰まってしまう。結果として、会話がなかなか前に進まない。

 

 結果として、話がまとまるまでに時間が必要になった。

 

 村としてはボディーガードが欲しい。隼也としてはこの世界にいる間の衣食住の保証……拠点が欲しい。

 

 いつまでこの世界にいるのかわからないが、それまでは近くのミニオンを殺害する、という契約が、そこに結ばれた。



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第三話:神剣使いとしての彼はどうなったのか

『契約者よ』

 

「なんだ、バカ剣」

 

 ボディーガードを行うことになってから数日。森の中で素振りを行っている隼也に「平衡」が話しかけた。

 

『この世界には我が同属は存在しない。留まる意味はないと思うが』

 

「この世界に存在しないならそっちの方が好都合だろ」

 

『なに?』

 

「この世界では襲われることなく、まともに戦えるようになるまで自由に鍛錬できるってことだ。……俺たちは、最後には同じように契約した人間と殺しあうんだ。その時までにできることはしておくべきだろ」

 

『ふむ……そういうことか』

 

 考える時間を得たことで、そこにまで考えが至ったが、それでも帰りたいのだからと止まることはない。

 故に、同類と出会った時に戦えるように、殺せるだけの実力をつけるために、この世界に留まり、訓練を続けていた。

 

「っと、ミニオンか」

 

 感知した気配に、その地点に向かって走り出す。

 泊めてもらっている以上はそのぶんの働きはしないといけない、と。そう考えている。

 

「ま、死ね」

 

 発見と同時に呟き、加速して斬りかかる。

 

 肩口から斜めに、敵の体をバッサリと斬る軌道で振り切られた剣は、動揺を隠せないミニオンの肉体を切り裂き、その体を構成するマナを吸収する。

 直後動揺から立ち直ったミニオンが放つファイアボール。それを青属性の使えない隼也はバックステップで飛びのいて躱し、黒属性のミニオンのダークインパクトに飲み込まれた。

 

「っ!」

 

 神剣魔法に詠唱は存在するが、だからと言ってそれを使わないと魔法が使用できないわけでもない。詠唱ありより威力は下がるとはいえ、無音のダークインパクトは確かに衝撃を与え、隼也の動きを止めた。

 

「舐めんな!」

 

 けれどダメージは存在しない。黒マナを爆発させた一撃は、わずかに地面を揺らしただけに終わり、攻撃そのものはとっさに纏った『威霊の錬成具』と呼ばれる防御技へと変貌したマナによって無効化された。

 

「マナよ、天命の元に朽ち果てよ」

 

 流動するマナが、詠唱に応じて隼也の元へと集う。

 

「デッドエンド!」

 

 命すらも塗り潰す黒マナの渦が生み出され、特に位の高くない神剣しか持たないミニオンたちはそれに飲まれて消滅していく。マナの量と威力は比例しているが、今の隼也が使える中でも最上級のこれは、今この場に集っているミニオンを倒すためだけに使うのは些か過剰な火力であった。

 

 けれど代わりに、それによってミニオンたちは消滅した。村の護衛としての役割は、確かに今日も果たされたのだ。

 

『動きとしてはまだまだだな』

 

「知ってるっての……」

 

 倒した直後、周囲にいないことを確認して最初に口を開いたのは「平衡」。その内容は隼也へのダメ出しで、隼也もそれは理解できていたのでボヤくだけで否定はしない。

 

『それに、我の使い方としても未熟というほかない』

 

「選択肢ありすぎるんだよお前」

 

 「平衡」

 

 その永遠神剣は混色の属性だった。基本的には黒と白。少し弱くはあるが残りの属性の魔法を使用することもできて、戦闘慣れしていない隼也ではどれを使っていいのかわからない。だから、今はまだ黒属性しか使っていない。

 

『だが……そう遠くない時期に出立できるようにはなるだろう。……精進せよ』

 

「珍しいな、お前が褒めるなんて」

 

『最低限の実力、と判断すれば契約者のそれは十分に達している。……数日の実戦がいい方向に働いたようだな』

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 そこからさらに数日。ボディーガードとして過ごしていた中で、「平衡」からも「これならある程度は戦える」とお墨付きが出たことで隼也はこれから別の世界に飛ぶことになった。無論、それを伝えボディーガードの件も終わりにすることは承認を得ている。

 

「そういや、どうして俺はミニオンを殺して罪悪感を覚えないんだろうな?」

 

 世界から飛び立つ直前、ふと思い至って隼也は尋ねる。

 

 最初の一回は自分を巻き込んだ原因を殺せるということでそこまで思い至らなかったが、二度目三度目の時点では落ち着いていた。その普段の調子で殺せる自分というのが少し恐ろしくて、自分が人でなしなのではないかという不安から隼也は「平衡」に尋ねてみた。

 

『それは我の能力だな』

 

「能力?」

 

 特に大した答えが返ってくるとは思っていなかったために、さらりと答えを出した「平衡」にただただおうむ返しで問う。

 

『そう、我の能力はどんな状態でも心の均衡を保つこと。殺害の度に罪悪感に苦しんでいては戦いの邪魔にしかならないからな』

 

「ふーん。便利だしいっか。……で、移動ってどうやるんだ?」

 

『無論、こうやるのだ』

 

 その言葉とともにどこかに吸引されるような……この世界に最初に来た時と同じような気配を隼也は感じた。

 いや、それだけではなく、気配だけではなく物理的にすら浮いている。そう気がつくのに時間はかからなかった。

 

「は……ちょ……まさか!」

 

『行くぞ!』

 

「どわああああああああ!?」

 

 そのまま、異常な速度で本来ならありえない上への垂直な移動を行い始める隼也。

 予想外のそれに情けない叫びをあげながらも、隼也の肉体はある一定の高度にまで達したところで消えた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 世界から消えた後、「平衡」と契約したような空間に隼也の姿はあった。

 

『さあ、契約者よ。どこか行きたい世界はあるか?』

 

(〜〜〜〜っ!!……はぁ、そんなこと言ったって……俺にこの葉の違いなんてわかるわけねーだろ)

 

『ならば、こちらで勝手に選ばせてもらうぞ』

 

 そんな中、「平衡」は何事もなかったかのように行き先を尋ねる。最初は何かを言おうとして、何かを諦めたのかため息をついたあとに硬い声で返事をする隼也を知ったことではないと言わんばかりに淡々と「平衡」は告げる。

 

『……あの世界にするか。同属の気配をかすかに感じ取ることができた』

 

(ってことは殺し合いになるのか……)

 

 少し目を伏せて隼也は言う。

 

『否、まだそこまではわからん。あるいはただ安置されているだけで、簡単に砕くことができる可能性もある』

 

(……そうであることを祈るけど)

 

『では、行くぞ!』

 

 その言葉とともに、今一度隼也の肉体は引っ張られる。

 数瞬後には、その空間は静けさを取り戻し、隼也の姿もまた、最初の時と同様に消え失せるのだった。




最初の世界はただのチュートリアル(ミニオンとの戦闘だけ)なので端折る。


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第四話:なんとなく、よくわからない出会い

 世界をめぐる。すでに隼也は最初にたどり着いた世界から、いくつかの世界を巡っていた。

 

「これで、二つだよな……一体いくつあるんだ、お前の同属」

 

『知らん。自分の肉体が砕けたタイミングで、そんなものを数えきれると思うか?』

 

「それもそうか……」

 

 宇宙らしき空間を漂いながらも会話する隼也。その声には呆れが多分に含まれており、ため息すらつく始末。

 

「ん? ……ってかそれって、『お前が回帰するまで』って契約だと、俺の世界が見つかる方が早いんじゃねーの?」

 

『わからん。回帰するだけであれば、全て破壊する必要はない。その姿を保てないほどにバラバラに砕かれたことで今の我になったのだ』

 

 ふと気になったことを尋ねると、はいともいいえとも取れる返答がやってきて、なんとも言えない表情になる隼也。

 

「……はあ。とりあえず、次の世界に行ってみるか」

 

『うむ』

 

 ため息をつきながらも文句を言わず、その言葉が終わるとともに、隼也の体が周囲に存在する葉──分枝世界に向けて引き寄せられた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 慣れ親しんだように、世界に入ると空中に出たにも関わらずに騒ぐことなく平然と降りていく。

 

「っ!?」

 

 けれど突然森の方から飛んでくるレーザーに、咄嗟に身を翻したことで躱したが、驚きの表情を隠すことができない。

 

「いきなり、何が……」

 

『どうやら、同属の攻撃のようだぞ。……喜べ、ついに実戦だ』

 

「どこに喜ぶ要素があるってんだよ、バカ剣!」

 

 叫びながら、赤属性のマナを纏ったレーザーが飛んできた方向を確認する。

 

「あれって……うぉっ!?」

 

 一体、なんだという言葉は宙に消える。彼の視界に入ったのは、ピラミッドのような建物。そこから膨大なマナを吹き出しながら、攻撃が連続で飛んできた。

 

「クッソ、この敵。どんだけマナ持ってんだ!?」

 

『少なくとも、あのピラミッドから撃ってきているのだから、そこのマナを自由に扱えるのではないか?』

 

「それぐらいわかるっての! あそこまでいくぞ!」

 

 レーザーでの狙いがつけづらいようにするために森の中に降りていく。森の中では地震が発生していたが大した大きさではなく、赤属性の神剣魔法が炎であることが一番の懸念ではあったけれど、それでも狙われ続けて近づけないよりはマシだと降りたのだ。

 

「一気に駆け抜ける!」

 

 これまでのマナとは違う、精霊光が隼也の元に集っていく。

 

「マナよ、時を駆け、戦場を疾く走る疾風となれ……!」

 

 走りながら、隼也は詠唱を始めた。

 精霊光の属性が、闘争を求めるものから変貌する。

 疾走を助ける一点においてのみその力を発揮するために、足元に集うその精霊光に対して隼也が名付けた名前は──

 

「アクセラレーション!」

 

 呪文を口にするとともに、名前の通りに加速する。

 

 ピラミッドまで直線距離で一キロ。さらにそこに森という条件が加わって、永遠神剣と契約しているとは言え即座にたどり着くなど不可能。

 

『気をつけろ、契約者よ!』

 

「言われるまでもない!」

 

 けれど加速を得たことによって、飛んでくる炎の雨(フレイムシャワー)を潜り抜けることすら可能となる。

 

 なったのだが──

 

「マナよ、天を覆う災禍を打ち消せ! アイスパニッシャー!!」

 

 青属性のパニッシュスキルを起動して、その炎の雨すら消しとばす。

 フレイムレーザーならともかく、フレイムシャワーならば問題なく打ち消すことができる。

 少なくとも、「平衡」が扱える青属性のスキルであれば、それぐらいのことは可能だった。

 

 度々発動される神剣魔法を打ち消し、加速した己の身をもって攻め込む。

 

 マナの消費、敵の居城。どう考えてもそのまま飛び込むのは阿呆としか言えない所業ではあるが、己と敵のマナの総量を考え、この世界の地理についての知識の差を考え、あらゆる要素から「敵を表に出すことは不可能」と判断したことで、(最善)の状態のまま戦いに持ち込むのが最善の選択肢だと。

 

 そう「平衡」に告げてピラミッドに向けて飛び込んだ。

 

「邪魔だ、死ねっ!」

 

 ピラミッド内部には多数のミニオン。それを加速した肉体で一度も止まることなく斬り捨てながら上層を目指して走る。

 

『わかっているだろうが……!』

 

「こいつら全滅させないと後ろから狙われるってんだろ!……だったら!」

 

 黒きマナを集結させる。渦巻くそれは重厚な刀身に集い、そのまま衝撃波として放たれる。それはミニオンたちを消し飛ばし隼也の通る道を作り出した。

 

 そうして走り、数分後。加速している状態の彼には長いことに、それだけの時間をかけて頂上にまでたどり着いた。

 

「あんたが、さっきからフレイムレーザーを撃ってきてた奴?」

 

 そう聞く隼也の声は、けれど確信に満ちていて。眼前の男が持つ永遠神剣に意識を向けていた。

 

 美男子と呼ばれるであろう顔の造形も。紅く、燃え盛るような髪も。その情熱を体現したような髪とは真逆の、凪いだ漆黒の瞳も。隼也には関係なく、またその男にも隼也の容姿は関係なかった。

 

「……『光をもたらすもの』所属、永遠神剣第五位『煌舞』が担い手、煌舞のイスタ」

 

 男が名乗る。籠手型永遠神剣に赤マナが集っていく。その瞳には敵意だけがある。

 

「永遠神剣第四位『平衡』が担い手、平衡のシュンヤ」

 

 隼也も名乗る。大剣型永遠神剣に青マナが、隼也の全身には白属性のマナが昇華された精霊光が。

 

『こやつの持つ神剣。我の同胞ぞ』

 

(だったらとっとと回収しないとな)

 

 隼也は「平衡」の言葉に心の中で返し、イスタと隼也は同時に駆け出した。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 戦闘が開始した直後、最初の一手はすでにアクセラレーションが解けていたとはいえ、神剣による肉体強化の倍率の差で隼也になるかと思われたが、実際にはほぼ同時になった。

 

「っ!?」

 

「戦闘経験はこっちの方が上みたいだな。……これなら、この世界が滅ぶよりも先に貴様を殺せそうだ」

 

(はっ……? どうなってんだ……?)

 

 その現実と、イスタの言葉に心の中で動揺する隼也だが、さすがに戦闘を幾度か繰り返していたことはあり、動きを止めれば殺されると理解して走り出す。

 

「荒々しい……全く洗練されてない動きだ」

 

 ダメ出しをするかのようなイスタの籠手に覆われた拳が飛んでくる。

 それに合わせるようにして「平衡」を振るったところで、ぶつかり合った衝撃が肉体に浸透してわずかに動きを止める隼也。

 

「緩い」

 

「が……っ!」

 

 そこに、一撃が飛んできた。

 

(こいつ……武術かなんかやってんのか!? ……ってことはさっきのあれも武術の賜物とかか!?)

 

 跳ね飛ばされながらも、彼のほうが戦闘を行う上では上手なのだと隼也は理解する。

 理解したところで戦況が変わるわけではないが、理解不能な動きをする敵がいる、という考えから解放されたことで、動揺は少なくなった。

 

(だったら!)

 

 迫る豪腕を少々強引に、転がるようにして躱す。まともに受けては先の二の舞にしかならない。隼也のそう判断しての回避は功を奏して、体勢は悪いままながらも攻撃を放つ余裕を得た。

 

「死ね」

 

 放たれた一撃は心臓を逆袈裟に狙うもの。それを、攻撃に使った右腕とは違う、左腕に展開された籠手でイスタは受け止める。

 弾かれた勢いに乗ってそのまま回転しての切り払いも、これは右腕で受け止める。

 

「遅いぞ」

 

「がっ──」

 

 そして、動きが止まったところに腹に向けて放たれた拳が、剣を引き戻すことも叶わずに直撃した。

 

『マナよ、天龍の息吹と化して、炎熱の海を生み出せ──』

 

「──ブレイズファイネスト!」

 

 吹き飛ばされ、錐揉み回転のような状態になりながらも永遠神剣が詠唱を行い、魔法陣が剣を通る。

 回転しながらも、確かにタイミングを見極めて、イスタを向いた瞬間に剣に集った赤属性のマナを一気に解放。

 

「っ!」

 

 イスタは青属性の魔法を使えないのか跳びのいて躱すが、その一手により隼也が立て直す時間は得た。

 

(いってぇ……)

 

 立ち上がり構える。今も殴られた腹部がじくじくと傷んでいるが、隼也はそれをおくびにも出さずに、ダメージなどないかのように振る舞う。

 最初と同じような立ち位置に戻り、けれど今度は動きが発生しない。

 互いにどう出るか悩み、動かず時間だけが過ぎていく。

 

(とっとと決めるぞ、バカ剣!)

 

『言われずとも。このようなところで消滅するつもりはない』

 

 けれど、イスタの言葉の通りであれば、世界崩壊までのカウントダウンがすでに切られているということ。それが真実かどうか隼也にはわからない。わからないが、わからないからこそ焦る理由になる。

 

「マナよ、兵を鼓舞し、新たな風を巻き起こせ!」

 

『インスパイア!』

 

「並びに──」

 

『アクセラレーション!』

 

 身体強化を行い、そのまま隼也は駆け出す。彼の狙いは永遠神剣一点のみではあるが、格上との戦闘で武器だけ破壊などという幻想を抱くほど愚かではない。

 神剣の素の肉体強化に加え、筋力、俊敏を強化されての疾走。初動はマナを練った分だけ隼也が遅れたが、その差を押しつぶすようにして、次の瞬間には未だ距離を詰めるための動きをしていたイスタの目の前に出現した。

 

(速っ……!)

 

「とっとと死ね」

 

「っ……!」

 

(これなら……いけるか……?)

 

 咄嗟の防御。けれど筋力が強化された状態の隼也の一撃に、マナを練りこんでいない防御が通用するわけもなく、敢え無くイスタは吹き飛ばされる。

 

 その隙に、隼也はマナをかき集め始めた。

 

「灼熱よ、天を焦がし浄滅せしめよ」

 

 黒属性は相手への嫌がらせ。緑属性は味方の回復などの援護。青属性は敵の攻撃の妨害。白属性は身体強化など多様性に富んでいる。そして赤属性は攻撃という一点におけるスペシャリスト。

 攻撃のために集められた赤属性のマナが紅蓮の炎となって空気を焦がす。威力を高めるために呼び出されたこの地に集うなけなしの緑属性のマナも、雷となって剣に纏わりつく。玉のような汗が頬を伝う感覚を理解しながらも、隼也は駆ける。今彼が持つ技の中でも最大級の破壊力を持つ一撃をイスタに叩き込み、彼の命を終わらせるために。

 

(そう簡単にやられるものか……! 死ぬのは貴様だ!)

 

 対するイスタも起き上がりながら籠手に赤マナを集中させる。左腕全体を覆うほどの火炎となったそれに頓着することなく、上半身を捻り、勢いをつけての射出を行うための姿勢に。

 

「炎熱よ、地を満たせ」

 

 世界崩壊まであとわずかという現状に焦り、決着を急ぐ二名。

 

「……!」

 

 けれどイスタは何かに気がついたかのように咄嗟に飛び退く。すると困るのは隼也の方。元から相手も駆けてくることを前提として剣を振ったがために、その剣は空振りする。

 

「なっ、てめ……!」

 

 飛びのいた先を見ると、そこには背後に謎の、銀のカーテンらしき何かを展開したイスタの姿が。

 

「もう時間のようだな」

 

「あん……?」

 

「この分枝世界も滅ぶ、ということだ。もとより、滅ぶ直前のタイミングで貴様が入ってきたのだからな。貴様を倒すのは不可能ではないだろうが、それで死んでは元も子もないのでな。……決着は次回に持ち越しだ」

 

「ちっ……だったらとっとと消えやがれ」

 

 言われずとも、と言いながらカーテンをくぐり世界から消失するイスタ。

 

「バカ剣、俺らも行くぞ」

 

『わかっておる』

 

 それを見届けて、地震が激しくなってきていた世界から飛び立つために隼也は「平衡」に声をかける。それに「平衡」も返事を返したことで、隼也の姿も世界から消える。

 

 後には、ただ地震によって大地が崩壊して行く世界だけが残るのだった。



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第五話:嫌いな奴に再会したいとは思わない

 イスタという神剣使いと出会ってから、さらにまた隼也は数個の世界を巡る。

 「平衡」の同属である神剣が存在する世界。日本に近しい、殺し合いが日常ではない世界。

 いろんな世界を回る中で、隼也は一つのことに気がついていた。

 

 自分は弱いのだ、と。

 

「いや、まあ俺が戦いを始めたのはつい最近だからおかしなことじゃないんだけどな」

 

『だが、だからと言ってそれを言い訳にしていいはずがない』

 

「わかってるよ。……にしても、この世界はどういう世界なのかね?」

 

 今の世界も、数個前のイスタと戦った世界に似た森の中に降りて。そしてしばらくの間その場に留まっていた。というよりも隼也の視界の中には木々しかなくて、どこにどう進めばいいのかわからないがために立ち往生していた。

 

『知らん……が、どうやらこの世界には多数の永遠神剣があるようだぞ』

 

「は? 多数ってお前の同属はこの世界で徒党を組んでんのかよ……どこだ?」

 

『いや、徒党を組んでいるのは間違いないようだが。……この世界に存在するのは我が同属ではない永遠神剣だ』

 

「ふーん。なら戦う必要はないのか」

 

 呟いた言葉には否定が入るが、かと言って彼からすれば永遠神剣など関わらなくてもいいのであれば関わりたくもない厄ネタ。無理矢理にその神剣使いたちにとらわれる可能性を考えると、そこには近づかないようにしたいので、隼也は「平衡」に尋ねた。

 

『徒党を組んでいる者たちはここから東に離れたところ。そして、それとは別に一人だけで存在する者はここから西に離れたところに一人いる』

 

「関係ないなら関わる必要もないよな」

 

(飯とか食い終わったらとっとと出て行こう……!)

 

 そう決意して、隼也は歩き出す。この世界に入ったのも、言ってしまえば彼が個人で動き、拠点も持っていないからこそ。

 物資など最低限以上を持てるはずもない彼としては、そこらへんの木の実を永遠神剣の担い手としての耐性で強引に食べたり、あるいはミニオン撃退によってどこかの村人を助けたりしてボディーガード的な仕事をすることでしばらくの間の飯にありついたり。そんな生活をしているのだ。

 

「まっ、この世界には人間いないっぽいし……ん?」

 

 歩きながら独り言を呟いていた隼也は、ふと立ち止まる。

 

「ちょい待て、『平衡』、さっきお前『多数の神剣反応』とか言ってたよな? っていうか徒党を組んでる奴がいるって」

 

『ふむ、言ったが?』

 

「ってことは人間がいるのか!?」

 

『おそらくな。……永遠神剣の担い手が必ずしも人間とは限らんが、それでも意思疎通が叶うかどうかはともかくとして知性体が存在することには間違いない』

 

「危険かもしれないけど、行く価値はある……か?」

 

『向かうのか?』

 

「ああ、神剣そのものには関わりたくないけど、一人で生きていけない以上はコミュニティが存在するはずだ」

 

 首を傾げながらも前に前にと進んで行く。「平衡」と話をしたことでその神剣の持ち主に今の状態なら接触する価値があると判断して神剣の反応がする方向へ向かっているのだ。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ったく、なんで神剣使いが迷い込んできてるのさー」

 

「しょうがないだろ、こっちはこの世界に来たばかりなんだ。この森が精霊のものだっていうのも知らないんだよ」

 

 その結果、隼也は今、一番近くにあった神剣反応の持ち主であるルプトナという神剣使いに連れられて、人間のいるという場所にまで連れていかれようとしていた。

 

「長老たちのいう『災いをもたらす者』かと思ったから全力で排除するつもりだったのに、全く無関係なただの旅行者だなんて」

 

「悪かったな、ただの旅行者で」

 

「まあいいさ。さっきも言ったけど」

 

「わかってるって。お前に連れてこられたことは内緒にしろってんだろ」

 

「そうそう」

 

 そう言って、ルプトナはとある一点を指差した。

 

「ほら、ここをまっすぐに進めば人間が住んでるところにたどり着く。あのでっかい木が目印だからな」

 

「サンキュー」

 

 隼也はそう言って走り出す。それを見送ってからルプトナも反対方向……自分とも隼也ともまた違う神剣反応の持ち主……彼女がいうところの『災いをもたらす者』がいると思われるところに向けて走り出すのだった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 しばらくの後、ルプトナは災いをもたらす者ジルオルの転生体である望たちとともに、次元を移動する能力を持つ次元鯨ものベーに乗り移動することになった。

 

「そういえば、シュンヤはどこにいるの?」

 

 そしてそこで、ルプトナがふと思い出したように発した言葉は、物部学園の生徒たちにとってはとても大きな言葉だった。

 

「ちょっと待て!」

 

「ひゃっ!?」

 

「ルプトナは隼也のことを知ってるのか!?」

 

「え……うん、知ってるっていうか、同じ制服着てたしノゾムたちと一緒にいるんじゃないの? ……っていうか近いよー」

 

「隼也が生きてる……」

 

 ルプトナの抗議は届かず、望は呆然と呟いた。直後、突如走り出し、生徒会室に向かう。

 

「先輩!」

 

「そんなに焦ってどうしたの、望くん?」

 

 勢いよく飛び込んできた望に、沙月は驚きながらも尋ねる。その場には沙月以外にも、沙月が属する勢力『旅団』のメンバーであるタリアとソルラスカ、そして物部学園生徒たる永峰希美がいたが、望はその三人には目もくれない。

 

「隼也が生きてるって! ルプトナが、俺たちが来るよりも先に隼也と会ったって言ってたんです!」

 

「隼也って……御堂くんのこと!?」

 

 名前で言われたことで、そこまで仲良くない……というよりも一度も話したことのない相手だからか理解が一瞬遅れた沙月だったが、望の態度からそれが誰なのかを理解して驚きの声をあげた。

 

 御堂隼也。

 

 それは、ものベーに乗っている物部学園生徒にとっては忘れたくても忘れられない名前。

 学園がミニオンに襲われ、『剣の世界』と彼らが呼称する世界に降り立った時に唯一消えていた……死んでしまったと思われた生徒。

 それにより『剣の世界』に到達してからしばらくの間は、クラスメイトや神剣使いは落ち込んでいたのだが、今『生きている』という情報が入ったことにより、最初からいた三人が沸く。

 

「本当なの、望ちゃん!?」

 

「ああ! ルプトナがこんなことで嘘言うなんて思わないし!」

 

「そもそも、ルプトナが『隼也って名前の生徒が物部学園にいる』ってことを知ってるのが証拠よね!」

 

「でも、それなら確かに、まずはその生徒を探さないとダメよね。その生徒は世界を渡ることなんてできないだろうし」

 

 永遠神剣の所持者となったことで分枝世界間の移動をできるようになったことを知らない面々は、この世界にもうしばらくの間留まることを決定する。

 

「意味ないと思うけどー?」

 

 しかしそこにルプトナもやって来て、冷や水を浴びせる。

 

「なんでだよ!?」

 

「うわっ! ……だ、だってもうあいつの神剣の気配この世界からしないもん!」

 

「神、剣……?」

 

「うん、そうだよ。あいつ、神剣と契約してた」

 

 全員が驚愕する。一般生徒だと思っていた相手が神剣使いだったことに。

 

「でも、それならいなくなった理由も決まりね」

 

 さらにタリアも言葉を紡ぐ。

 

「永遠神剣と契約している相手が、ミニオンに襲われたと同時に姿を消した。つまり、狙われる理由があるか、あるいはそいつがこの学園に潜り込む理由がなくなったか」

 

「あいつが、そんなことする人間なわけないだろ!」

 

「私はそいつのことを知らないし、そもそも友人やってて神剣使いだった相手が裏切る、なんてのは暁絶って前例があなたの中にはあると思うんだけど?」

 

「そ、それでも!」

 

 冷静に考えればタリアの言う通りなのだが、望は認めたくないと言うようにどうにか否定の言葉を探す。

 そんな望の姿にため息をつくタリア。今この場においては『同じ学校の仲間』というカテゴリに会った面々よりも自分の方が冷静でいられそうだと。

 

「とりあえず、私たちの本拠地に行ってこの学校の生徒たちは元の世界に返す。そのあとでその生徒を探し出して話を聞けばいいでしょ」

 

「そう……だな」

 

 落ち込む望。そしてその落ち込みの原因である隼也はと言うと──

 

 

 

 

 

 

 

 別の世界で、一人の少女と相対していた。

 

『契約者よ、何があろうとこの者と戦おうと思うなよ』

 

(は……? いや、戦うつもりはないけど、お前がそんなことを言うなんて珍しいな)

 

『理由は我にもわからん。……”この方に勝ち目がない”という理由でもない。そう、契約者らの言葉に合わせるなら、”この方と戦うことが恐れ多い””この方に逆らいたくない”と本能がそう感じている』

 

(この子が……?)

 

 自分の青っぽい白髪とは違う純粋な、蒼穹をを思わせるほどの美しさの髪を持ち、黒っぽい青目を己に向ける少女に訝しげな、けれどなぜか敵意を抱けないことに疑問も持たずに隼也はただその少女と見つめ合う。

 

(ゆーくん)

 

『うん、ユーフィー。言わなくてもわかるよ。なんとなく、この人から懐かしい感じがする』

 

(やっぱりそうだよね? なんだか一緒にいたくなるような……)

 

 少女もまた、見つめ合いながら己の持つ神剣と会話をしていた。()()()()()()()()()()()()()()()という、己が両親に抱いた感情と似ているがまた異なるその謎の感覚を正しく示す言葉を得られずに、結果として二人ともそこから先の行動を起こす指針がないために何もできない。

 ただ、お互いに敵対するつもりはない、ということだけが二人の間の共通認識として、言葉を一切交わしていないにも関わらず存在していた。

 

「え、えっと、その、まずは自己紹介しませんか?」

 

「そ、そうだな……」

 

 少女の言葉に、隼也も頷く。

 隼也が頷いたことで、少女は花咲くような笑顔を見せて永遠神剣を顕現させた。

 

「あたし、ユーフォリアって言います。こっちはゆーくん。永遠神剣第三位『悠久』です。よろしくお願いしますね、おにーさん」

 

 

 

 後に、隼也は語ることになる。

 

 永遠神剣というものと出会ってからの日常で、もっとも幸運だったことを一つあげるなら、それはユーフォリアと出会ったことだと。

 そう断言できるほどの何かを隼也に与えることになるとは、『幸福感』を意味する名を持つ少女(ユーフォリア)も、そして隼也も、今はまだ理解することはないのだった。



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第六話:昔を思い出す日常

 ユーフォリアと出会ってから、なぜか隼也は彼女と行動を共にしていた。

 

「おにーさん、次はどこに行くんですか?」

 

「んー、とりあえず適当に回ってるだけだしなぁ……」

 

 ユーフォリアは確かに隼也よりも強いが、少々行動を共にしただけで、隼也は彼女とは『合わない』ということを理解していた。

 ユーフォリアという少女は、単純にいい子なのだ。それこそ、最初の自己紹介の時に隼也が『自分の世界にいた時に何かに巻き込まれて、今は元の世界に戻るために旅をしている』といえば、探すのを協力する程度には。

 

 それが、隼也にとっては枷となっていた。

 

 イスタとの戦いから、隼也が学んだことの一つとして『存在している世界が滅びれば、神剣使いだとしても死んでしまう』ということがある。よって、それ以降は「平衡」から同属が存在するということを聞かされた場合は、まずは世界を滅ぼす仕込みをしてから、相手を焦らせて実力を発揮させないという手段をとっていた。

 けれど、ユーフォリアがいる以上は、そんな手段を取れば彼女が敵に回る可能性が高いということも理解しているせいで、真っ向からの勝負を挑まざるを得なくなる。

 

 けれど、ユーフォリアという少女がこの時間樹内部では制限がかかっているとはいえ強すぎることもまた事実であり、その力を借りられる、彼女の手で訓練をつけてもらえるというメリットも考えた結果、今の隼也は彼女と行動を共にしている。

 

 ただ、これらの理由は彼にとっては小さいものだ。

 

 最も大きな理由は、最初に出会った時に感じた安心感。そうして共に過ごしていると感じる心地良さなどからつまり、彼女が隣にいないとだめだ、というような感情を抱いてしまったことにある。

 

「それなら、次はあそこに降りませんか?」

 

「別にいいけど……」

 

 だから、今も仲良く二人揃って降りて行く。未だに元々の世界というものは見つからないが、『合わない』はずの少女と共に旅をするのは隼也自身、理由がわからないにも関わらず、生まれてこのかた感じたことがない懐かしさと心地よさを抱いて、それはそれでいいかな、と思うようにはなっていた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「御堂……だったか? 貴様、なぜこんなところにいる?」

 

 そして入った直後、隼也は暁絶に敵意を向けられ、さらには神剣も突き付けられていた。

 

「……このあいだのミニオン襲撃でなんか宇宙っぽい空間に放り出されて、その結果永遠神剣と契約して生き延びたんだよ。今は帰るために手当たり次第に葉の中にある世界を確認してるだけだ」

 

 周囲は枯れた大地。マナの存在を感じることはできない。そんな状況下で、暁絶の持つ永遠神剣が刀型であること……刀という武器を扱うのに必要となる技量を知っていたことと、この世界について詳しそうであることから隼也は戦うのは得策ではないと、真実を暴露する。

 

「待て、永遠神剣と契約、だと……? 貴様、転生体ではないのか!?」

 

「なんだよ、その転生体って……」

 

「……知らないならそれでいい」

 

 そう言って沈黙し、永遠神剣に触れていた手を離し、その永遠神剣を一時消滅させる。

 

「っていうか、あなたはそもそも誰なんですか! いきなり神剣を突き付けたりして!」

 

 そこで、そこまでは話し合いの体が成っていたために永遠神剣を出しながらも口出ししなかったユーフォリアが、戦闘にはならないと判断して永遠神剣を手元から消して、「私不満です」と言わんばかりの表情で食ってかかる。

 

「うるさい、貴様の質問に答える義理はない」

 

「ぶー! おにーさん、あたしこの人嫌いです!」

 

「はいはい、よしよし。……それで、暁」

 

「なんだ……?」

 

 しかし絶の発言によってさらに不満をあらわにするユーフォリア。その頭を撫でながら隼也は絶を見つめ一つ尋ねた。

 

「無関係な俺に剣を向けたんだ。せめて一つだけ答えてくれ」

 

「俺の目的は教えんぞ。お前には関係ないからな」

 

「そんなのはどうでもいい」

 

「なに……?」

 

 即座にどうでもいいと言われたことで疑問を浮かべ、「ならばなんだ」と言うような視線になり言葉の続きを促す。それを向けられた隼也は臆すことなく、どちらかというと声に変な感情が乗らないように、無理矢理に感情を抑えるような声を絞り出す。

 

「あの日、学園がミニオンに襲われた日。あいつらは何が目的で来たんだ?」

 

 目には嘘を許さない、と激情が込められている。「神々の転生体」という特別がないただの人間だと思っていた隼也がそんな目をしたことに驚き、絶は息を飲む。

 

『マスター』

 

(わかっている。……誤魔化す方が面倒だな、これは)

 

 絶の内側から声がする。けれど彼は驚くことをせずに、その声の言いたいことを読み取って隼也の質問に答えることに決めた。

 

「あの日、ミニオンたちが狙って来た理由だったな」

 

「ああ。ミニオンが襲いかかって来て、それを斑鳩先輩が迎撃して。さらに今は暁が神剣使いになってる。……ってことはいつもの四人組が全員神剣使いで、その中の誰かをあのミニオンたちは狙って来たんじゃないのか!?」

 

「……正解だ。あいつらは、望を狙ってやって来た。望の持つ、破壊神ジルオルの力をな」

 

「破壊神……」

 

「ジルオル?」

 

「…………」

 

「……はぁ。行くぞ、ユーフィー」

 

「おにーさん!?」

 

「こいつはこれ以上は話さないだろうよ」

 

「……はい」

 

 隼也とユーフォリアの疑問の言葉に、けれど一つと言ったのだから、と黙して語らない絶。これ以上は無駄だと判断して、ユーフォリアを促す。

 ユーフォリアは最初、本当にいいのかというような表情をしていたが、絶も隼也もこれ以上話すつもりはなさそうということを理解して頷いた。

 

「じゃ、これでサヨナラだな暁。もう二度と会わないと思うが。ま、元同じ学園の人間ってことで息災を祈っとくよ」

 

「ああ」

 

 そうして隼也とユーフォリアはこの世界を去る。

 

「よかったのですか、マスター?」

 

 それを見送った絶の横に小人が出現する。顔の横に浮かんでいたその小人は純粋な疑問を顔に浮かべていた。

 

「俺があいつを見逃したことが疑問か、ナナシ?」

 

「はい……マスターのことですから何か理由があるのだと思いますが」

 

「あいつは見逃しても問題ない。望がいたことがあの学園が狙われた原因だと聞いて殺意を漲らせてはいたが、だからと言って望をそう簡単に見つけられるはずがない。あいつの行動する先がわかっている以上、当たり前に考えて俺が出会う方が先だ」

 

「ですが……」

 

「それに、万が一奴が先に出会ったとしても、結局はただの人間が永遠神剣を握っただけの存在だ。破壊神としての力を徐々に復活させている今の望や、その周囲の神剣使いの敵ではない。……奴を殺せるのは、俺だけだ」

 

「はい、マスター」

 

 そう断言したことで、小人──ナナシも落ち着き、頷いた。彼らが旅団の本拠地『魔法の世界』と呼ばれる世界で世刻望と出会うまであと──

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 宇宙の煌めきの中、隼也とユーフォリアは話し合っていた。

 

「それにしてもその望って人、とっても迷惑な人ですね。破壊神だかなんだか知りませんけど、神剣と契約していない人も巻き込んで学校で戦うなんて」

 

「ああ、そうだな。……そういえば本当に昔、希美含めて三人の家の関係でピクニックに行った時だったかに野犬を絞め殺してたのも、今になって思えば神剣の力を引き出してたのか」

 

「それなら昔から『自分が他人を簡単に殺せる力がある』ってわかってたってことじゃないですか!」

 

 ユーフォリアが会ったこともない望に対して不平不満を口にする横で、隼也はかつてのことを思い出す。それを聞いてユーフォリアがさらなる憤りを口にしたことで、隼也も少しばかり怒りのボルテージが上がっていく。

 

「そうだな。あいつがいなけりゃこんなことには──」

 

『契約者よ』

 

(なんだよ、バカ剣)

 

「おにーさん?」

 

 しかしそこで、「平衡」から言葉が入る。それに中断させられたことでユーフォリアがきょとんとしているが、それには気がつかない。

 

『契約者は我と出会ったことや戦いに巻き込まれたことに対して不満を口にしているが』

 

(戦うのを選んだのは俺だって言いたいんだろ)

 

『いや、我と出会わなければ、ユーフォリアと出会うこともなかったぞ』

 

(……それもそうか)

 

「おにーさんってばー!」

 

「おわっ! どうしたユーフィー?」

 

「返事してくれなかったじゃないですかー」

 

 ゆさゆさと、何度呼びかけても返事がなかったので体を揺らしたところ、隼也は驚いて大げさな反応をする。それに対してむすっとしているユーフォリアだが、その瞳には何かあったのだろうかという心配の色も確かに見えて、隼也は一瞬言葉に詰まる。

 

「いや、あいつがいなけりゃこんなことに巻き込まれることはなかったけど、そうなるとユーフィーと出会うことはなかったと考えると、ただ『いなけりゃよかった』って言っていいものかと悩んでな。……まあ、今度会ったらぶっ殺すことに変わりないけど……」

 

「え……あ、あの、あたしに会えてよかったんですか?」

 

「ああ。ユーフィーと出会えたことだけはあいつに感謝してもいいかと思えることだぞ」

 

「えへへ……」

 

 その言葉にユーフォリアは照れたように、はにかんで笑う。恥ずかしいことを言った自覚は彼にもあったが、だからと言って言った言葉を取り消すつもりもなかった。なにせ、その言葉に嘘はないのだから。

 

「なんていうか、うん、そうだな。ユーフィーが隣にいると心地良いってレベルじゃないな。むしろそばにいるのが当然というか、そばにいるのが正しいとかそんな感じに思ってる」

 

「あ、あう……」

 

 なので、もうそれなら全部言ってしまえと半分ヤケクソで彼女と出会ってから思っていたことを口にする。それを聞いて、直球の、もはや愛の告白とすら取れてしまうような言葉を受けてユーフォリアは顔を真っ赤にして俯くのだが、けれど自分も気持ちをしっかりと言葉にしようと向き直った。

 

「あ、あたしもおにーさんに会えてよかったって思ってますよ! ずっと一緒にいたいって思ってます!」

 

 けれど、彼女はそれが不可能であることも知っている。なぜなら隼也が契約している神剣は第四位。対してユーフォリアは永遠神剣第三位と契約し、永劫の時を生きるエターナルであり、そしてこの時間樹から去れば最後、その時間樹内部でのことは彼女の記憶以外には残らない。……どれだけあがいても共に生きていくことはできないのだ。

 

「えいっ!」

 

「っと、どうしたユーフィー?」

 

「えへへっ、なんでもないです!」

 

 だから、最後のその時になるまで彼女は遠慮しないことを決めた。腕に抱きついて隼也を驚かせながらも、そのまま離れることをしない。

 

「なら、次の世界に行こっか」

 

「はいっ!」

 

 二人の姿がその空間から消え失せる。また、別の世界に向かうのだ。本心を語り合ったことで縮まった距離とともに。




このユーフィーは「望たちと出会っていない」ことと「主人公が事件に巻き込まれたことで神剣使いとなって一人旅している」ことから、その事件の原因である『光をもたらすもの』も、狙われた神剣使い(世刻望)もよく思っていません。望くんが覚醒してたかどうかなんて知らないしね!


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第七話:戦闘が日常となった悲しい現実

「おにーさん、おはようございます!」

 

「……おはよう」

 

 ユーフォリアと出会ってからの隼也は、彼女につけてもらっている訓練の厳しさもあって朝に弱くなった。

 この世界に入った時に「平衡」から同属がいると言われながらも、あるいはだからこそ厳しくなった訓練もあって、今日も今日とて眼をこすりながらも朝の挨拶をする。

 

「そしておやすみ……」

 

「え、ちょ、おにーさーん!?……わふっ!?」

 

 しかし、同じベッドで寝ていたユーフォリアが隼也を起こそうとして、その結果抱きしめられて抱き枕の代わりにされるまでがワンセット。

 彼女にとってもすでに慣れたことではあるはずなのだが、なぜか毎日のように焦っている。

 

(おにーさんの匂い……落ち着く……あ、あたしも眠く……ぐぅ……)

 

 直後、ユーフォリアも眠りに落ちた。

 二人の朝はこうして始まる。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「最大の力を、最高の速度で──」

 

 マナの哮りが大地を揺らす。

 加速(アクセラレーション)と鼓舞《インスパイア》、さらにそこに集中(コンセントレーション)まで重ねがけをしたことにより、隼也の戦闘は極限まで高められている。

 眼前に立つのは、この世界に侵入した時に感知した、「平衡」と同属たる永遠神剣の契約者。

 足裏で小規模なマナ爆発を起こして、爆風に乗る形で行われたスタートダッシュは加速の影響もあり神速のもの。

 隼也は、己より一回りは大きな神剣使いの懐に瞬きほどの時間もかけずに飛び込んだ。

 

「最善のタイミング!」

 

 振るわれる一撃は隼也が言葉にした通り、単純すぎるもの。

 けれど、だからこそ奥義と呼べるレベルにまで昇華したその一撃を防ぐのは並大抵のことではない。

 ユーフォリアとの訓練で学んだ、彼女の一撃の紛い物(デッドコピー)

 あの一撃と比べればまだまだな代物としか言えないが、隼也の扱える技の中で最高峰と言っていい代物だった。

 

「『礼賛』!」

 

 杖型永遠神剣、永遠神剣第五位『礼賛』の担い手たる男は、一瞬だけマナによる障壁を貼りその攻撃を防ぎ、あるいは躱すだけの時間を稼ごうとした。

 だが、格上(ユーフォリア)相手にダメージを与えるために、攻撃に収束させるマナの量が初期とは段違いに上昇した隼也にとっては、その咄嗟の防壁は紙屑同然だった。

 幸い、あるいは不幸なことは、その防御は本命のものではなく、最初から躱すつもりだったこと。

 結果として、その一撃は男の肉体に赤く細い線を刻むに終わった。

 

「っ──!」

 

(浅い……!)

 

 二人は同時に舌打ちする。

 片方は傷をつけられたことに、口に出して舌打ちを。

 片方はつけた傷が浅いことに、心の中で歯噛みする。

 けれどどちらも動きを止めることはなく、男は杖型であるが故の利点、マナを固めての砲弾を放つ。

 隼也は、魔法陣を展開してマナを収束させていく。

 

「オーラカノン!」

 

 放たれた弾丸は十六。

 その全てが、逃げ道を封じ、確実に隼也にダメージを与え、殺すために空気を震わせて進軍する。

 

「マナよ。オーラの奔流と変われ。激流となりて万象を我が眼前より押し流せ」

 

 隼也もわざわざそれを食らう義理はなく、目の前に白属性の魔法陣を展開する。

 インスパイア、アクセラレーション、その他の能力を強化するための白属性の神剣魔法とは違う魔法陣。

 赤属性(攻撃用)の神剣魔法と同様の、攻撃に関する技を放つための魔法陣と詠唱。

 神剣に集ったマナが凝縮され、ただの白から純白へと移り変わり、精霊光(オーラフォトン)へと変貌していく。

 そして、それらが魔法陣を通して一つの属性を得て、攻撃の型を手にした。

 

「オーラフォトンストリーム!」

 

 激流。

 

 そうとしか表現できないマナの流れが、弾丸を全て押し流してそのまま『礼賛』を持つ男に向けて突き進む。

 荒れ狂うマナの奔流は、放たれた時点で躱すという行動を許さない速度で、上への跳躍もその一撃の範囲を考えれば意味をなさない。

 

「お、オォォォォォォォォォォォ!!」

 

 咆哮、そして防御。

 

 考えるよりも先に、己の身を守護する、己の持つ、知る限りの絶対の防壁を展開する。

 この一撃を凌ぐにはそれしかないと考えるよりも先に判断してのその行動。

 もはや本能とも呼べる行動は、確かに功を奏した。

 

「ぐっ──!」

 

 確かに、防いでいる。

 けれどそれ以上の行動を彼が行うことはできず、離れていると言って空に飛んで行ったユーフォリアが戻ってくれば、その瞬間敗北するし、そうでなくとも、これを防ぎきった後の彼は一切のマナが残らない。

 後先考えていては防げないような一撃だった。

 

「オーラフォトン──!」

 

 だから、次の一撃に対して、その男は何もできることはなかった。

 

 マナの奔流が止み、障壁も消えていく。

 力なく「礼賛」を握った腕を下ろした直後、その先には白属性の魔法陣を透過しながらも形状が変化していく「平衡」を持った隼也がいる。

 持ち手も刀身も変化はなく、剣先から湾曲した白いマナの刃が生えた、死神の鎌に似ていながらも確実にどこか違う状態の「平衡」。

 それを後ろ手に構えて加速した肉体で駆ける隼也。

 空いている距離は最初の一撃によって空いた、神剣使いにとっては簡単な跳躍で埋められる距離だけ。

 

「スライサー──!」

 

 故に、当然のようにその距離は埋められ鎌と化した「平衡」の一撃を受ける。

 

「っ……! こ、んのぉぉぉぉ!」

 

 はずが、なぜか腕が動き、障壁は貼れないが「礼賛」を鎌と己の間に割り込ませ防ぎ、その勢いに跳ね飛ばされる。

 鎌という武器の特性上、引き戻して斬るよりもそのまま回転させて斬った方が早いと踏んだ隼也は、けれど己ごと回転することはなく、手首のスナップで「平衡」を回転させる。

 

「スライサー、二連!」

 

 直後、持ち手の部分からもマナが固形として顕現し、棒と、そして湾曲した刃として、鎌を成していく。

 その結果、回転した「平衡」の一撃は、二撃と化して同一の軌道を描き、死神としてその男の命を刈り取り、「礼賛」も砕いた。

 

「う……あ……」

 

 男は呻くだけ。

 急速に肉体がマナの霧と化していく。

 数秒も持たずにその肉体はこの世界から完全に消滅した。

 

「ふぅ……」

 

『ふむ。やはりユーフォリアとの訓練は汝に良き影響をもたらしたようだな』

 

(ん、ああ。そうだな)

 

 それを見届けてため息をついた隼也は、「平衡」から与えられた評価に頷くだけ。

 

(特に悪いことをしてない相手を殺したわけだけど、ユーフィーは何て言うやら……)

 

 どちらかと言うと、思考はユーフォリアに嫌われないかということを心配していた。

 なにせ、ユーフォリアは良い子であり、悪いことをした相手には容赦はしないものの、そうでなければ基本的には情けをかける子であることをちゃんと知っていた。

 そんな子に、特に悪いことをしていない相手を殺した姿を見せた、ということは嫌われる原因になるのではないか、ということを隼也は心配していたのだ。

 

「おにーさん、お疲れ様です」

 

「ユーフィー……? お前は俺があの男を殺したことになんか言ったりしないのか?」

 

 ちょこんと降りてきたユーフォリアはニコニコとしていて悪感情を抱いているようには見えない。

 それが隼也には解せなくて、ついつい口に出して尋ねて、直後しまったと思う。

 

「言いませんよ。だって、おにーさんも、あの人も、初対面なのに殺しあうことに合意してたってことは、それをしないといけない理由があったんでしょ?」

 

「いや、まぁ……あったけど……」

 

「だったら、それについて無関係のあたしが何か言うのはお門違いです」

 

「そっか……うん……そういうことならそれで良いよ。帰るか」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「そういえば、おにーさんの神剣ってゆーくんみたいに神獣……? っていうのはいないんですか?」

 

「神獣……ああ、ユーフィーの後ろにいつもいるあの二匹の龍か? あれって、『悠久』にだけいるんじゃないのか?」

 

 帰る最中、ユーフォリアからの言葉に疑問を浮かべる隼也。

 話の内容は『守護神獣』について。

 

「違いますよ? ゆーくんもこの時間樹に入るまでは神獣なんていませんでしたし」

 

「ってことは、『平衡』にもいるかもしれないのか……」

 

(その辺りどうなんだ?)

 

『ふむ……この時間樹で生まれた神剣はそもそもそういうものだろうが、我はこの時間樹の外から来ているからな。ユーフォリアにいることを考えれば我にも存在するのだろうが、これまでそれを出そうと思ったことはないからわからん』

 

「多分いるってさ」

 

「だったら、今度見せてくださいね!」

 

「おう」

 

 二人は新しい約束を交わし、歩いていく。

 もう数日過ぎれば、この世界から出ることになるのでそれよりも先には見せよう、と隼也は思う。

 おにーさんの神獣はどんな子なのか、とユーフォリアは神獣に想いを馳せる。

 

 どんな神獣が出てくるのか、と二人で話し合いながら、隼也の疲れもあってゆっくりとした歩調にはなりながらも宿にたどり着く。

 

「まあ、とりあえず今日は休まないと……」

 

「ゆっくり休んでくださいね!」

 

 宿の女将に二人は挨拶をして部屋に戻る。

 部屋に入るとユーフォリアは猫の着ぐるみパジャマに着替える。

 隼也も部屋の中にいるが、二人とも特に気にすることはない。

 『互いがそばにいることが当然』とすら思っている二人では、未だに試したことがないために誰も知らないが、おそらく一緒に風呂に入るという事態になったとしても特に気にせずに入るのではないだろうか。

 

「おやすみ……」

 

「おやすみなさい」

 

 隼也が眠りにつくと、ユーフォリアも同じベッドの中に入っていく。

 二人とも別々のベッドがあるはずなのに、二人がどちらともなく、あるいは同時に『わざわざ離れる必要もない』と思ったために、二人で一つのベッドを使って眠っていた。

 

(やっぱり……落ち着く……)

 

 ユーフォリアも時期に眠りにつく。

 二人は互いがいることで、これ以上ないほどの安眠を得られることを知っていた。

 だから、まるで本当の兄妹のように、あるいは恋人のように、二人は寄り添って眠るのだった。



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第八話:……?……!?

「うわぁ……!」

 

 キラキラした目でユーフォリアは眼前に広がる雪景色に感嘆の声を上げる。

 

「しばらくはここで休憩かな」

 

「本当ですか、おにーさん!」

 

「この間の謎の攻撃の療養ってことで降りてきたんだしなー。こんな平和っぽい世界なら、しばらくの間は休めそうだ」

 

 喜びを隠せないユーフォリアに頷く隼也。

 雪景色の中で子供達がミニオンに襲われることを想像していない顔で遊んでいることで、この世界は平和なのだと判断した隼也は、この世界にしばらくの間止まることを決めた。

 

 二人がこの世界にやってくることになったのは、数日前ふよふよと分枝世界間を渡って、次にどこの世界に行くかを話し合っていた時に起きた出来事が原因である。

 

 分枝世界を渡る最中、とある分枝世界から飛び出してきた一撃。

 二人は知ることはないが、『魔法の世界』と呼ばれる場所で破壊神ジルオル(世刻望)の力を乗せて放たれたそれの名前は『意念』の光。

 絶対的な破壊の一撃であり、同時にそれが放たれるように仕向けた暁絶にとっては理想幹神と呼ばれる存在を殺すための手段の一つだったのだが、とある別の歴史ならその一撃は反射され、そして『魔法の世界』を滅ぼす一撃となってしまうものだった。

 その歴史では、跳ね返ってきたタイミングで魔法の世界に入ったユーフォリアによって防がれるはずだったのだが、この世界では隼也とともに行動を共にしているためにそんなことは起きはしない。

 代わりに、それが放たれた時に『魔法の世界』の近くにいた隼也とユーフォリアに当たりそうになり、それを二人が防ぐということになった。

 今は、その時の疲労を取るためにこの世界にたどり着いたのだった。

 

「それにしても、この雪すごいな」

 

 そっと手を開いて雪の結晶を受け止めてみると、積もっている雪に触れてみると、隼也の手のひらに乗ったその雪はすぐに溶ける。

 『雪』という概念を体現したような雪。

 隼也の生まれ育った土地では見たことがない、まるで漫画や小説に登場する、現実味のない雪だった。

 

 神剣と契約する前(これまで)であれば、この現実味のない雪も、己が何者かに設定された操り人形のように感じていたのだろうが、今となってはすでに非現実的なもの筆頭である神剣と契約をしている間柄。

 故に、隼也はただただ感嘆することができるのだった。

 

「ほら、行くぞユーフィ……おい、ちょっと待て。お前いつの間にそんな服を買ったんだ?」

 

 雪を見て感嘆していた隼也は、現実にすぐに戻ってユーフォリアに声をかける。

 けれど声をかけた時点で、ユーフォリアは常の足を丸出しにして寒そうな神剣使いとしての衣装からすでに、この土地に合わせた藍色のコートと薄い桃色の耳あて、さらには紺色のロングスカートと黒タイツに覆われた足という、完全防備としか言えない状況に。

 ほんのわずかに目を離した隙にそんな風に衣装を変更していたために、どんな技を使ったのかとついつい問い詰めてしまう。

 

「おにーさんのぶんもちゃんと買ってありますよ?」

 

「いや、そんなこと聞いてねーよ……着るけど」

 

 ユーフォリアが買った服のサイズに関して隼也は心配していない。

 彼女なら問題なく自分のサイズにあったものを買っていると、そう信頼していた。

 

「なんだかお祭りしているみたいで、いろんなものを売ってたんです」

 

「それで、服も売ってたって? ……普通、そんなものは売らないと思うんだけどな」

 

 忘れてはいけないことだが、隼也は『学園祭の準備をしている最中』に異世界に飛ばされている。

 これまでの世界は制服でも問題なく過ごせるような環境だったが、この世界は制服のままだと凍え死ぬと判断して、先ほどまでは神剣の能力を使用して、今は冬用の服装に着替えて寒さをしのいでいた。

 

「この世界のお祭りは、別の世界からも人が来るらしくて、たまたまやってきた人が寒さに凍え死んだりしないように色々と売ったり、貸し出したりしてるらしいです」

 

「あー、なるほどね」

 

 二人で歩きながら、宿泊するための宿を探す。

 祭りの期間全てとまでは言わずとも、数日間この土地で過ごせば十分に回復するだろうと判断しているので、換金する量は最低限に。

 手を繋いで歩いていると周囲からは微笑ましいものを見る目で見られていたが、二人は一切気にしていない。

 そうして見つけた宿屋で、しばらくの間二人で横になっているのだった。

 

「明日からはお祭りのお店も見て回りましょうね」

 

「おう、どんなものが売ってあるんだろうな?」

 

 ユーフォリアを抱きしめ、そして抱きしめられながら、明日以降に何をするのかを話し合って眠りにつく。

 眠りにつくまでは、わずかな時間だった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「おにーさん、大丈夫ですか?」

 

「あー、うん、大丈夫だけど……何それ?」

 

 翌日、『意念』の光を確実に防げるレベルの障壁をユーフォリアが展開できるまでの時間を全マナを使用していた隼也は、未だに戦闘に耐えられるレベルまで回復していなかったこともあって休み、ユーフォリアは外の祭りに参加していた。

 

「お隣の街で売ってたんです」

 

(なんでそんなもん売ってるんだ……と言うかなんで隣町まで行ってるんだこいつは……)

 

 ユーフォリアの元気な返事に、隼也は天を仰いで疑問を呈する。

 今、彼の目の前のユーフォリアはなぜかメイド服。

 話を聞くに隣町で買ったようだが、そもそもどうしてそんなところにまで行ったのか、そしてなぜそんな店に入ったのかが隼也には疑問でならなかった。

 

「この街はお祭りの屋台ばっかりで、普通のお店は開いてなかったんです。それでお隣まで行ったら親切なお姉さんが案内してくれたんですけど、そこで色々と着させられておにーさんの看病って言ったら『看護師の衣装がここには置いてない……!』って言ってなんだか苦渋の決断っぽい表情で、これを着て看病すればいいよって教えてくれました」

 

「……できる限りその人とは関わらない方がいいぞ」

 

「えー」

 

 親切な人だったのにー、と言うユーフォリアだが、けれどその言葉に逆らうつもりはないようで、特にそれ以上の文句を言うことはない。

 一方、それを聞いた隼也は「服装」ではなく「衣装」と言っていたことを聞いた時点で、その女の人をやばい奴認定していた。

 

「ユーフィー、今度からはそばにいるようにな?」

 

「へうっ!?」

 

 ついでに、ユーフォリアを一人で歩かせることの危険性を確認したことで、少々勘違いされかねない言葉を発していた。

 と言うか現在進行形で勘違いされてユーフォリアは少々奇声をあげていた。

 

「え、えっと、それって……」

 

 ユーフォリアが何かを口にしようとした途端、部屋にノックが響いた。

 

「はい?」

 

「あう……」

 

 出鼻をくじかれたことでユーフォリアはそれ以上口にすることはできずに、隼也はその、おそらくは客であろうと思われる人物に対して中にいると示すために返事を返す。

 

「お客様。この祭りの実行委員長がお客様たちに会いたい、と」

 

「委員長が?」

 

「あたしたちに?」

 

 外からやってきた言葉は、思慮の外にあったもので、二人で顔を見合わせて何があったのだろうと頭をひねった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「初めまして。私、この祭りの実行委員の一人、この町の守り神たる雪像型永遠神剣、永遠神剣第六位『札幌』と契約しているカリアと言います」

 

「札幌」

 

「ええ、この街で今行われている祭りは『札幌』の力で行われています」

 

「あ、ああ……いや、それはいいや。俺は御堂隼也って言います」

 

「ユーフォリアって言います。よろしくお願いしますね、カリアさん!」

 

 場所は隼也たちの部屋の中。

 カリアと名乗った女性に二人も名乗り返し、話はさっそく本題に。

 雪像型と言う聞いたことのない形であろうと『そんなものもあるのか』で済んでしまう程度には永遠神剣というものに慣れているので、そこに関しては言及しない。

 永遠神剣の名称が自分でも聞いたことのある地名だったことと、それによって行われる祭りということで隼也が少々戸惑ったが、その程度。

 

「それで、俺たちに話って?」

 

「聞きたいことがあるのです」

 

 居住まいを正すカリア。

 その瞳はまっすぐに、隼也とユーフォリアを貫いている。

 そこには、どことなく剣呑な色もある。

 

「貴方達がこの世界にきた目的です」

 

「目的、ですか?」

 

「ええ」

 

「おにーさんの療養です」

 

「……そうでしたか」

 

 困惑する隼也だが、ユーフォリアが代わりに答える。

 それを聞いて瞳から剣呑な色が消え、ホッとした表情になるカリアに、一体どういう意図での質問なのか疑問に残る二人は視線を向けた。

 

「ああ、申し訳ありません。説明がまだでしたね」

 

 そう言って、カリアが説明を開始する。

 

「この街の祭り……雪まつりと言うのですが」

 

「……札幌だ」

 

「はい?」

 

「ああ、いや、なんでもないです」

 

 雪まつりという余りにも札幌な名前にそうとしか言えない隼也だが、この世界の人間が雪まつりなど知るはずもないので、カリアは疑問符が浮かんだような顔になる。

 

「お二人がもしも『神剣を砕く』という目的で来ていた場合、先ほども言いましたが『札幌』が祭りを起こすための動力のようになっている今、この街の皆の娯楽となっている祭りを守るためにも戦わざるを得なかったので」

 

 けれど、いきなり不躾な質問をしたことを理解していたので、それ以上を聞くことはない。

 

「俺たちが嘘をついてるとは思わないので?」

 

「貴方ならともかく、そちらのお嬢さんは嘘をつけそうな子には見えませんから……」

 

「えへ」

 

 クスクス笑いながらユーフォリアを見るカリアに、ユーフォリアもふにゃりと笑って返す。

 その光景は隼也も和やかな気分になってしまい、ついつい顔をほころばせる。

 

「……いきなり不躾な質問をして、それで帰るのもどうかと思いますので。明日以降も楽しまれるのでしょう? でしたら、現地民の視点からの楽しみ方をわずかばかりではありますが」

 

「ありがとうございます!」

 

 ユーフォリアが元気に返事をして、その部屋の中でしばらくの間雪まつりについての話を聞くことになるのだった。

 

 ちなみにこの間、ユーフォリアはずっとメイド服である。

 カリアが一切そのことに触れなかったのは隼也にとっていいことなのか、それとも触れてくれた方が良かったのか。

 

 数日後、二人はこの『銀雪の世界』から療養を終えて旅立って行く。

 それまでの間、カリアから教えられた楽しみ方を一つ一つ味わって。

 特に何かしらの土産を持って行くことはなかったが、それでも二人の間にこの世界のことは、深く心の中に刻まれた。




とある場所で神剣の名称を募集した結果生まれた話。


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第九話:そろそろ決戦

「久しいな、『平衡』の担い手よ」

 

「てめっ……イスタ!」

 

 その日、隼也は久方ぶりに『煌舞』の担い手たるイスタと遭遇していた。

 以前、『意念』の光という意識外からの攻撃を受けたので、マナの揺らぎに対しては多少敏感だったために隼也はイスタの出現にすぐに気がつき、戦闘態勢に移行することができた。

 

 隼也の目の前に立つ男は己の永遠神剣を展開しておらず、マナもこの世界に出現した時の残滓程度しか身に纏っていない。

 その事実が、イスタは戦うために来たのではないということを示していながらも、隼也は警戒を解くことはしない。

 隼也の武術に関する知識は酷く偏っていて、そこに神剣という通常ではありえない事象を起こせる存在が加わったことで、「イスタが武術を齧った人間である」とわかってからはどんなトンデモな動きをして来てもおかしくはないとすら考えている。

 彼の中では、武術を修めている相手はどんな状態からでも一撃で殺害できるような技術を持っているかもしれないトンデモ野郎になっていたのだ。

 

「案ずるな、今日は戦いに来たのではない」

 

「それを、信じろってのか……!」

 

 神剣を取り出してはいるが、それにマナを込めれば即座に反撃に転じるだろうと確信しているので隼也は攻撃を行えない。

 イスタは話をしに来たために、そもそも神剣を展開することすらしていない。

 結果的に、ではあるがどちらも行動を起こしていないために、話をすることができる状態にはなっていた。

 

「今日来たのは、我らの決着をつける場所と日時の指定だ」

 

「なんでそんなもんに乗ってやらなきゃならねーんだ」

 

 イスタに噛みつくようにして言う隼也。

 その言葉は正しい。

 わざわざ敵が用意した日時と場所に乗るのは、自分から罠にホイホイとかかりに行くようなもの。

 だからこそ、その言葉に噛み付いた。

 

「いいや、お前は来るさ」

 

「……なんで言い切れる」

 

 けれど、イスタは自信満々に言い切り。

 その態度に隼也は疑問を抱いた。

 

「俺たち『光をもたらすもの』は、つい先日に敵対組織と激突したことでほとんど滅びかけている。もはや、俺たちの戦いはどうあがいても次が最後となるのだ。ゆえにこそ、お前が来なければその時点で俺と『煌舞』は滅び、永遠にこの宇宙から喪失する。……幾ら何でも、俺も多対一で確実に勝ちきれるとは言い切れんからな」

 

「……なら、俺がこの場でお前を倒すとは?」

 

「お前の攻撃が俺を殺し切るよりも俺の撤退の方が確実に早い」

 

 ギリと歯を鳴らす隼也はその言葉を確かに認めていた。

 感じ取ることのできるマナの量、そしてその修練、どちらも実戦で磨かれていて、以前戦った時とは比べ物にならないほど。

 隼也もユーフォリアとの訓練によって高められ、実戦も経験しているが大元のスタート地点が違ったことにより、そして何よりユーフォリアと共に療養したりしていた時間もイスタは鍛え上げていた、と言う絶対的な差が、今の隼也にはわかった、わかってしまった。

 

 ユーフォリアも、今はいない。

 ユーフォリアが買い物に出ている間一人で修行していたらイスタが出現して、そして永遠神剣の契約者として、神剣使いとして戦うための修行だったがゆえに人里から離れたところにまで走ってやって来たことが、ユーフォリアの合流までに時間がかかる原因となっていた。

 

「この世界の時間で一ヶ月後、暁絶の生まれ故郷……『枯れた世界』と呼ばれる土地にて待つ。その時こそ、以前つけられなかった決着をつけよう」

 

「……いいぜ。その時こそぶっ殺してやる」

 

 そう吠える隼也だが、ことはそう簡単にいかないだろうとも思っていた。

 次の戦いで滅ぶからその時に自分を倒す、とそう言ったということは『次の戦いには隼也も巻き込む』ということである。

 その二つの組織の戦いに巻き込まれることを前提とした戦いになるがゆえに、イスタに集中しなければならない戦場で、イスタ以外に目を配らないと死ぬという状況が形成される。

 

 そして何より──

 

『契約者よ。この男、おそらくは──』

 

(わかってる。……多分、こいつは他の神剣も持ってやがる)

 

 以前は気がつかなかっただけなのか、あるいは以前の戦いの後に追加されたのかはわからないが、今の隼也には以前感じ取った「煌舞」以外の神剣の気配もイスタから感じ取ることができた。

 

(そう簡単には倒せそうにないな……!)

 

『だが、倒さねば帰れぬぞ』

 

(わかってるっての)

 

 「平衡」と話をしながらも、視線は目の前のイスタから離しはしない。

 最前はこのまま時間を稼いでユーフォリアに奇襲を仕掛けてもらうことだと思っていたから、そのタイミングまで逃さないようにと、イスタが本気になればすぐに逃げられるだろうと推測し、ほとんど無意味であることを理解しながらも見張っていた。

 

「では、これで俺の要件は終わりなのでな……ああ、いや、まだ一つ残っていたか」

 

「っ……!?」

 

 直後、イスタが眼前に出現して隼也の頭を掴む。

 とっさに逃れようとしたが、簡単に振り解ける程度のものではなく。

 隼也の頭の中に、掴んでいる腕を通して何かが流れ込んでくる。

 

「ぐ……が……!」

 

 ズキズキと頭が痛む。

 隼也の許容範囲を超えた情報が一気に流れ込んでくることによって、一時的に暗闇の中に意識が押し流されそうになる。

 

「おにーさんっ!」

 

 意識の喪失という結果が発現しようとしたその瞬間、聞きなれた少女の声が遠くから隼也の耳に入った。少なくとも、隼也はそう感じた。

 

「ルインドユニバース!」

 

「チィッ!」

 

 声が届くよりも早く、イスタは離れる。

 そうして開いた距離に割り込んできたのは青い影。

 ユーフォリアは、その幼い美貌に敵意を乗せてイスタを睨んでいた。

 

「まぁいい。今日のところは退散させてもらおう」

 

「逃しません!」

 

 ユーフォリアとイスタの距離は三十メートル。

 その気になれば一瞬で詰められる距離だが、逆に言えば一瞬の時間がある。

 飛び込み、斬りかかった時点で、イスタはこの世界から消失し、結果ユーフォリアの一撃は空振りに終わってしまった。

 しばらくの間は周囲への警戒を怠らなかったが、確実にイスタがこの世界から出て行ったことを確認して、ユーフォリアは片手で頭を抑えている隼也の元に向かう。

 

「大丈夫ですか、おにーさん!?」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 結局、あの時に隼也が流し込まれていると感じたのは『枯れた世界』の座標情報。

 隼也がその情報を引き出そうとすればすぐに脳裏に文字列として表記されるが、今はそんな状態ではなかった。

 

「おにーさんを一人にしたら、次はどんなのを引っ掛けてくるのかわかりません!」

 

 そう叫んで、ユーフォリアはイスタと出会ってからは隼也とずっと行動を共にしていた。

 以前の雪まつりの件では隼也がユーフォリアを一人にしたらやばい奴(ロリコン)を引っ掛けてくると判断して、しばらくの間は行動を常に共にしていたが、今度はユーフォリアが同じことを言っていた。

 

 結果

 

「わふぅ……」

 

 風呂場なんて、特に性差があるために一人になりやすい、と文句を言うユーフォリアに仕方がないと隼也が頷く形で、今二人は一緒に入っている。

 裸の付き合いであることに対して特に疑問を持つことはない。

 お互いの間では家族よりも気を許せる存在になっているような状況で、今更になって恥ずかしがったりするようなことはない。

 

「それで、明日からはどうするつもりなんだ?」

 

「もちろん。おにーさんの戦闘能力の向上です!」

 

 尋ねたところ元気よくユーフォリアからは返事が返ってきて、そして彼女が考えている訓練の内容とやらが少しずつ口から漏れているのを聞いて、引き攣ったような表情になる隼也。

 

『契約者よ』

 

(なんだ、バカ剣)

 

『契約者はなんというか、戦い方がチグハグだな』

 

(どういう意味だよ……?)

 

 そして、そのタイミングで話しかけてきた「平衡」。

 内容は、隼也には決して理解できるものではなかったが。

 

『神剣魔法を()()()()()()()()()()()()使う姿。インスパイアなども教えられればすぐに使用できていたこと。大剣()を使う剣技も、どちらかと言えばもともと何か別の武器を使用している時の動きを無理矢理に変えているような印象もある。だが、これまで神剣を握ったことがないかのように神獣との連携はズタボロ』

 

(……何が言いたいんだ?)

 

『我には汝が、別の時間樹で、かつて我ではない神剣を握って戦っていたような人間に見えるのだ』

 

(そんなわけないだろ。俺の人生は地球で始まって今こんなところに来てるので終りょ……)

 

 そう返したところで、いつかの夢が隼也の脳裏を掠めた気がした。

 一瞬のことではあったが、それはこの旅が始まってから一度も見ることがなかった、少女が赤髪の少年に剣を渡す夢。

 その夢では自分は渡した剣以外に武器を持っていなかったはずなのに、なぜかその夢が思い浮かんだ。

 

『どうかしたか?』

 

(……いや、なんでもない)

 

 けれど、それを伝える気にはならず、ただ心の中に秘めておくことにしたのだった。

 

(それにしても、いきなりそんなことを言い出すってどうかしたのかよ)

 

『いいや、奴と戦う時のことを考えているようだったのでな。今の汝が奴に勝ることができる分野を挙げてみようと思っただけだ』

 

(神剣魔法だけだ、って言いたいのか?)

 

『そういうことだ』

 

「おにーさん」

 

 隼也が「平衡」と話していると不意に、ユーフォリアの声で現実に引き戻される。

 そちらを見ると、頬を膨らませたユーフォリアの姿がある。

 

「話、聞いてました?」

 

「……悪い」

 

 今回に関しては自分が悪い。

 そう感じて、隼也は言い訳をすることなく謝る。

 言い訳をすることなく謝っても、聞いていなかった事実には変わりないので、ユーフォリアはむぅ、と不機嫌さを隠しはしない。

 

「あー、うん。どんな話だったっけ。明日以降の訓練の話をしてた覚えはあるんだけど……」

 

「おにーさんと神獣の子の連携、ですかね?」

 

「……いや、聞かれても困るんだけど」

 

 足の間に座り背中を己に預けるユーフォリアに隼也が言うと、誤魔化すようにふにゃりと笑う。

 その姿に毒気を抜かれ、まあそれならそれでいいかと思考放棄して──

 

「一ヶ月で勝てるようになるのかね……」

 

「なりますよ……多分」

 

 一ヶ月後に想いを馳せるのだった。



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第十話:修行中につきお引き取りを願います

「ゆーくん、力を貸して!」

 

「最大の力を、最高の速度で──」

 

 二つの影が荒野を駆ける。

 蒼い影と白い影。

 それはお互いのマナの色であり、修行ではあれど全力で殺す気概を持って行われている証明となるもの。

 

「プチニティリムーバー!」

 

「最善のタイミング……!」

 

 光の刃と化した「悠久」の振り下ろし(プチニティリムーバー)と、マナを纏った「平衡」の斬り上げ(フェイク・コネクティドウィル)が激突し、火花を散らす。

 インスパイアによって強化された隼也の一撃も、三位と契約している(エターナルである)ユーフォリアのそれを打ち破ることはできず、鍔迫り合いの様相を示した。

 そうとわかった瞬間に、半ば無意識で隼也はすでに大剣を握る両の手から左手を離してその掌に収まる程度の小さな魔法陣を展開する。

 

「オーラフォトンシュートッ!」

 

 その小さな魔法陣から放たれたのはバスケットボール大の圧縮された精霊光の球体。

 かつて「礼賛」を持っていた男と戦った時に見た、マナを収束させて放つオーラカノンを神剣魔法として再現した一撃。

 空気を裂いて迫る超至近距離からの弾丸にユーフォリアは慌てることなく、片手になったことで鍔迫り合いの均衡が崩れたことを利用して、その弾丸に向けて隼也の持つ「平衡」を叩きつけるような軌道で力を込めて「悠久」を押した。

 

「っ……!」

 

『ぬぅ……!』

 

 結果、「平衡」はその弾丸を防ぐ盾となる。

 敵を穿つための銃弾が、己の不利を招く。

 戦場では良くあることだが、未だ戦いに慣れていない隼也では一瞬意識の空白が生まれる。

 対応が遅れる。

 ユーフォリアの斬撃が、隼也の胴体を切り裂く軌道で、大剣という武器の関係上難しい取り回しでは追いつかないほどに疾く振るわれた。

 

「え、ええっ!?」

 

 それを認識するよりも速く、それを受け入れてしまえば己の生が遠ざかる(敗北が決まる)ことを本能で悟った隼也はとっさに口を開き、()()()()()()()()()()()()からフレイムレーザーを放つ。

 威力は高くない。

 急速に練り上げられた分だけではユーフォリアにダメージを与えることは不可能だ。

 けれど、口から魔法を放つという神剣使いの常識では考えられない方法で放たれたその熱線に、ユーフォリアはその威力を鑑みることをせずに、防御のための運動をとってしまう。

 作られたのは水流の盾(ウォーターシールド)

 十分にマナを練られた一撃では瞬間的に蒸発させられてしまうような盾でも、今この一撃に関してだけでいうなら確実に防げる。

 ジュウ、と音を立てて盾の表面から蒸発した水が水蒸気と化して、そして白い煙を上げた。

 

「むぅ……怒りました! ゆーくん!」

 

 愛らしく頬を膨らませた少女が、飛び退いて神剣の柄の部分をくるりと数回回転させて掲げる。

 その背後に、双子龍型神獣であるゆーくんこと「青の存在、光の求め」が出現し、口元にマナを収束させていく。

 

「灰は灰に、塵は塵に、声は事象の地平に消えて……!」

 

 ユーフォリアの両親の力を受け継いだ神獣は隼也に向けて殺意を向ける。

 この戦いは修行の一環であって、殺してはならないとわかっていながらも、両親の力だけではなく感情も乗っているのではないかと思うほど、隼也に向けて「お前ちょっとユーフィーに懐かれすぎやしないかゴラァ!!」という想いを乗せていた。

 

「うぇっ!? ああ、もう……! こっちもやるぞ!!」

 

 その殺意に少し怯えながらも神剣を地面に突き刺すと、隼也の背後にも神獣が現れる。

 白と黒の対照的なコントラストが印象的な二頭のドラゴン。

 ユーフォリアの神獣である「二体の、東洋の伝承に出てくる龍」とは真逆に、「一体の西洋の竜に、二つの頭がついている」という神獣が、隼也の神獣だった。

 名前はユーフォリアが名付けて曰く「こーくん」。

 最初に出現させた時に名付けるにあたり、隼也がまともな名前を思いつかないからと「へーちゃん」「いーくん」「うーちゃん」などのいくつものユーフォリア発案の名前の中から選んだ名前。

 なお、最初の数日はこーくんも抗議したが、ユーフォリアの笑顔に毒気を抜かれ、名前を呼ばれることに不満を示すたびに落ち込む姿を見て諦めたらしい。

 今となっては、できる限り名前を呼ばないことを条件に「しょうがない」的な雰囲気を醸し出しながら隼也の力になっていた。

 

「声は遠くに、我らの怒りは世界すらも焼き尽くす……!」

 

 二属性を持つ神獣たちが、同時に口からブレスを吐き出す。

 

「ダストトゥダスト!」

 

「オーラフォトンブレス!」

 

 ユーフォリアの神獣が放つマナを一時的に消失させるブレスと、隼也の神獣が放つ精霊光の咆哮がぶつかり合う。

 隼也はダストトゥダストの恐ろしさをすでに知っている。

 けれど、それもブレスであるが故に神獣の肺活量という限度があり、マナを消失させるブレスも消失させるマナの量が多ければ多いほど、先に進む速度は落ちる、ということも知っている。

 だからこそ、精霊光……マナが強化されたその粒子によるブレスを削るのは時間がかかり、結果として隼也の肉体に届くまでにブレスの大半は消え去った。

 

「っ……!」

 

「うぅ……」

 

 けれど、だからと言って全てを相殺できたわけではない。

 わずかに届いた分は確実に隼也の肉体から活力(マナ)を奪い、その動きを阻害する。

 ユーフォリアも、ブレスの余波によってマナを失っている。

 ならば後の違いは、互いの気合と根性、そしてこの技によるマナの喪失への慣れで決まり──

 

「あたしの勝ちです!」

 

 我慢強く、芯もあり、この技の担い手であるが故にこれ以上ないほどにマナの喪失の感覚に慣れているユーフォリアが先に動いて、剣を突き付けようとしながら叫ぶ。

 

「いや、まだだ……!」

 

 だが、隼也は喪失した量という一点でユーフォリアよりも被害は小さく、結果としてユーフォリアの剣が彼女の勝利を完成させるよりも早く、その軌道に「平衡」が割り込んだ。

 

「まだまだ……!」

 

「……いえ、おにーさん。今回はここで終わりみたいです」

 

「え……?」

 

 直後、アラームが鳴り響く。

 『誰かに邪魔されない』ことを念頭に置いて、ユーフォリアが邪魔をする集団を確実に食い止めておける時間として設定した時間を過ぎたのだ。

 この時間を過ぎると遠くない未来に確実に乱戦になるために、そうなった場合は諦めるように約束すらさせられた隼也の訓練は、いかにして格上であるイスタを、限られた時間内に殺しきるか、という一点にのみ収束している。

 

「……はぁ。今日も勝てなかったか」

 

「えへへ。あたしが勝ちました。……あとでちゃんとご褒美くださいね?」

 

「わかってるよ」

 

 ご褒美。

 本来なら何も関係ないユーフォリアにただ付き合ってもらうのもどうかと思ったので何か礼をしたいと言った隼也と、自分がやりたいからやってるんだと言って受け取らないユーフォリアの妥協点。

 当人たちにもなぜそうなったかわからないが、結果として隼也にユーフォリアが勝利した場合は何か一つユーフォリアのお願いを聞くことになっていた。

 ちなみに隼也は勝ったことがない。

 

「それにしても、まさかおにーさんが口から魔法を発射するなんて思いもしませんでした」

 

「俺もとっさだったからなぁ……もう一度やれと言われてもできる気がしない」

 

 あの瞬間、隼也の中にあったのは『自分とは違う自分』という感覚と、『これはできる』という謎の確信。

 まるで自分が自分でないものになったかのような一撃は、途中で隼也の意識がほぼない本能だけの状態から普段のものに戻ったことで『制御を間違えたら大変だ』という小心者的な理由が芽生えたために威力が大変しょっぱいものになった。

 

「今の状態だと勝てる見込みはどれくらいなのかね……」

 

「あたしは、その人にあったことはないからわからないです……」

 

 ポツリと呟いた独り言に反応してごめんなさいと謝るユーフォリアに、隼也は別に問題ないと頭を撫でる。

 隼也自身は、勝てるかどうかを気にしているような言葉を出したが、実際のところは今の所曲芸じみた動きはできてもその程度しか「以前にできなかったことをできるようになった」と言える部分がないことを理解している。

 勝てる見込みは、そこまで高くはないだろうと本人は思っていた。

 

 この、今現在隼也が存在する時間樹──分枝世界という枝葉が存在する以上は幹もあり、そして幹も含めての一本の木としてユーフォリアたちエターナルは時間樹と呼ぶ──には他の時間樹とは違い『聖なる神名(オリハルコンネーム)』というものがある。

 これにより基本的に神剣使いは『前世』を持ち、そしてその前世の力をいかに引き出せるのかによって戦闘能力が変わってくるのだが、隼也は今世で永遠神剣と契約した、この時間樹にて生まれた神剣使いの中では珍しい存在、そんなものを持ってはいない。

 結果、彼らのように前世を思い出すことで急速に戦闘能力が上昇していく連中とは違って、一歩一歩緩やかに足を進めている現状である。

 魔法に関しては、()()()()()()()()()()()()使い方や威力も向上しているが、それ以外に関しては「平衡」が言った通りにチグハグなまま。

 

 最初から遠距離主体ならばともかく、武器が大剣であることも彼の成長の阻害に一役買っていた。

 

「うん。まあ、それに関してはどれだけ考えても本番にならないとわからないし考えても無駄か。……とりあえずはユーフィーへのご褒美だな」

 

「えへへ……何がいいかな……」

 

 彼女がねだる内容は基本的にはちょっとしたお菓子を食べたい、という程度。それも、大体は二人で食べたいというもの。

 けれど、今日の内容はだいぶ違った。

 

「あ、そうだ!」

 

「思いついたのか?」

 

「はいっ!」

 

 恥ずかしいのか頬を染めて周囲を見渡すユーフォリア。

 誰もいないことを確認してから、隼也の耳元に口を寄せようとして身長差によって失敗し、隼也が苦笑しながらも屈んで、結果として内緒話ができるようになった。

 

「おにーさんが欲しいです……」

 

「ん? 別にそれくらいならいいけど……」

 

 あっさりとした返答だが、この二人の持つ情報には差があるためにこんなことになっている。

 二人は、お互いがなくてはならない存在であるが、ユーフォリアは己がエターナルであるが故に、神剣使いではあっても人間でしかない隼也とは一生を共にできないことを知っている。

 なので、ユーフォリア的には時間樹を出るまでの間だけでも自分のそばから離れないでいて欲しいという程度なのだが、隼也からしたら実際は年上であってもそれを知らないのでユーフォリアは年下の少女でしかなく、エターナルという『時間樹の外に出る”渡り”という行為によって時間樹内部の人間からは忘れ去られる』存在であることも知らないので、死んだら自分を構成していたマナをユーフォリアにあげるか、という少々重たいものになっていた。

 ……まあ、お互いがなくてはならない存在と本能的に認識しているので、これも重たいという自覚は二人ともないのだが。

 

「だったら、死んじゃダメですよ? おにーさんはもうあたしのものなんですから!」

 

「はいはい」

 

 ユーフォリアの頭を撫でながら、二人は帰路につく。相棒のように、兄妹のように、恋人のように。



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第十一話:枯れた世界はどこじゃらほい

「……行くか」

 

『そろそろ向かわねばな』

 

 イスタの宣言から約一月。

 正確にはまだ一ヶ月は経っていないのだが、世界間移動となるといくら世界ごとに時間の流れが違うとは言っても間に合わなくなる可能性も存在するために、隼也はそう口にした。

 

「頑張りましょうね、おにーさん!」

 

 ユーフォリアは笑顔で、負けることは考えていない。

 そんな彼女の頭を撫でて、隼也は気持ちを一つ落ち着ける。

 

「そういや……これ、ありがとな」

 

 そう言って隼也が目を向けたのは己の右腕。

 正確には、己の右腕を覆う普段の制服とは違う装束。

 戦場に向かうのに制服姿のままはどうなのかと思っていた隼也の心の機微をいつのまにか把握していたユーフォリアが、これまたいつのまにかどこかで習った、あるいは隼也と出会う前から持っていたけれど披露する機会がなかったのか、実際のところはわからないが彼女が持っていた裁縫技術を駆使して仕立てた決戦用の衣装(ドレスコード)

 隼也が得意とする双属性たる黒と白を基調とした、各部に動きを阻害しない程度にマナを通せばそのまま防具として扱うにたる至上の一品。

 彼のことを誰よりも理解しているユーフォリアだからこそ作ることができた、『御堂隼也が着て戦う』ことを大前提とした場合これ以上のものはないと断言できる代物だった。

 

「えへへ、問題ないですよこれぐらい。あたしができることなんてそんな程度なんですから」

 

「いや、ユーフィーは俺が戦ってる間、誰にも邪魔されないようにしてくれるんだろ? そっちも本当に感謝してるよ」

 

 それに何より、と隼也は続けた。

 ユーフォリアが戦いを見守れない……何かあった時にすぐに助けに来ることができる位置にはいられないことを嘆いているのを理解していたが、それでもこの前準備の時点で彼女に世話になりっぱなしで、何かを返すことができたと思えていない隼也としては礼を言うしかできることはないのだ。

 

「ユーフィーが特訓に付き合ってくれたおかげで、俺にも勝ちの目はあるんだ。それなのに、『そんな程度』なんて言わないでくれ。……それとも、ユーフィーは俺が勝っても負けても特に嬉しくも悲しくもならない?」

 

 自分の勝率を生み出したことは、ユーフォリアにとってどれくらいの意味があるのかと問いかける。

 

「そ、そんなことないです! おにーさんが生き残ってくれた方が嬉しいに決まってます!」

 

 被せるように否定したユーフォリアにじゃあと言って

 

「なら、ユーフィーがしてくれたことは『この程度』のことじゃない。『こんなにも』俺の生存の確率を高めてくれたんだ。その働きが小さなものだなんて誰にも言わせない」

 

 ポンポンと頭を撫でて、ユーフォリアの兄としての顔を戦場に向かう、これから殺しあうことを覚悟した顔つきに変える。

 

「さあ、行くか」

 

「はいっ!」

 

 その言葉を最後に、神剣を取り出した二人はマナの揺らめきとともにこの世界から姿を消す。

 そして、二人が次に目にしたのはいつもの星の大海。

 分枝世界間を行き来するために使用される次元の狭間だった。

 

「頼むぞ、ユーフィー」

 

「任せてください」

 

 取り出された「悠久」は剣、槍に続く、ルインドユニバースを放った時の形態である飛行形態(サーフボード)に。

 宇宙(そら)を駆けるのに最も適した形態となった「悠久」に乗ったユーフォリアは隼也に対して手招きをして、そして隼也もユーフォリアの後ろに乗る。

 「悠久」も神剣である以上は契約者以外が扱うことなどできるはずもなく、そして徒歩でこの星海(そら)を駆けるのは時間がかかりすぎると、少しでも鍛錬に時間を費やすためにこの移動手段を取ることにしてギリギリまで修行に明け暮れた。

 故に、これに乗らなければ、戦場に足を踏み入れることすら不可能。

 

「行くよ、ゆーくんっ!」

 

『うん! 任せて、ユーフィー!』

 

 周囲のマナを子供特有の無邪気な残虐性を以てユーフォリアは吸い上げ、自らの保有するマナと合わせて「悠久」に向けて注ぎ込んで行く。

 兄と慕う人物の役に立てることが、生来の優しさの箍をわずかに緩めてしまい、結果として彼女の持つエターナルとしての全力……時間樹ごと滅ぼすこともできるだけの力がわずかに漏れる。

 座標はすでに隼也からユーフォリアに渡され、そのために行われたファーストキスも特にその後の関係を悪化させることなく時間を最大限に活用することもできた。

 そうして与えられたそれがユーフォリアによって「悠久」に伝えられたことによって、「悠久」はその目的地に直行する便となっている。

 

「いっくよー! それー!」

 

『はっしーん!』

 

「うぉぉぉ!?」

 

 ルインドユニバースを放った時よりも速く、「悠久」は星の海を駆ける。さながら流星のように。

 燐光のように瞬いては消えるマナを背部から撒き散らしながら、その星は宇宙を舞って行く。

 思っていたよりも速かったのか、隼也は驚いたような声をあげ、それもまた虚空の彼方に消え行くだけ。

 情けない声を出した隼也だが、その速度に慣れればある程度は周囲に目を向ける余裕もできてくる。

 

「……綺麗だな」

 

「うん……」

 

 返答を期待したわけではない、ただの独り言だった。

 けれどそれにユーフォリアも忘我したように呟きを返す。

 それは、まさしく絶景というほかない光景であった。

 

 枝葉(世界)が瑞々しさを得て色づいて行く。

 黄金の燐光(マナ)を得て、枝が大きく葉を育てるにたる大きさへと成長する過程が見える。

 すでに老いた世界が、新たな世界の養分となるために自死する様すらも美しく。

 何者の手も入っていない世界のあるがままの移り変わりは、まさしく命を示しているとしか二人には思えなかった。

 

「あ、おにーさん。見えてきたみたいですよ!」

 

「そっか……」

 

 拳に力が入る。

 けれど直後のユーフォリアの笑顔に肩の力が抜けて、戦闘に向かうためのベストコンディションにまで持って行くことができた。

 

「突入します!」

 

「頼んだ……!」

 

 ユーフォリアの言葉の後視界が白く染め上げられて、かつて旅を始めてから絶と出会った唯一の世界である『枯れた世界』と呼称される世界へと二人の姿が出現した。

 

「それじゃ、ここで一旦お別れだな」

 

「はい、おにーさんも気をつけてくださいね」

 

 マナを感知することによって、隼也もユーフォリアも五箇所に強力な、ミニオンではない神剣使いがいることを把握。

 一つは、暁絶のもの。一つは、イスタのもの。一つは彼らが知らない、イスタが所属する組織のエヴォリアという女のもの。一つは、エヴォリアの仲間であるベルバルザードという男のもの。そして一つは、無数の神剣反応が一つになって移動し続ける、『旅団』という組織のもの。

 この中ではイスタと旅団を除く残りの三反応は距離が開きすぎてはいないが仲間と呼べる距離ではない、という程度に離れている。

 旅団は、大別して暁勢とイスタに向けて別行動をとるために二手に分かれたところまで、二人は理解した。

 

「俺はイスタがいる方に向かって」

 

「あたしは、そっちに向かおうとする神剣使いを足止め、ですね」

 

 その言葉を最後に、どちらからともなく目的の場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘になる可能性を捨てられないユーフォリアは、隼也の戦いの邪魔にならないであろう地点で神剣使いと相見えることを望み、神剣による強化を以て走りながらもマナの使用を最低限にして駆け抜けた。

 

「女の子……?」

 

「てめぇ……なにもんだ?」

 

 弓を背負った男性(スバル)鉄爪を身につけた野獣のような男性(ソルラスカ)眼鏡をかけ本を持った男性(サレス)ランタンを持った女性(ヤツィータ)薙刀を持った少女(タリア)

 

 それぞれの名を知らずとも、弓、鍵爪、本、ランタン、薙刀からは神剣反応が出ている。

 故に、ユーフォリアはそれらを隼也の戦いの邪魔をする者として判断しながらも、けれど未だ戦いが始まっていないことから言葉を尽くせば邪魔をしない可能性もあるのではないかと一縷の望みをかけて話をすることにした。

 

「あたしは、貴方達の目的を知りませんし、興味もありません。ですが、今この先ではあたしの大事な人が一騎打ちをしようとしているんです。ですから、もしもここを通ろうというなら、たとえそれがどんな目的だろうと容赦はしません」

 

「……っ!」

 

 いいや、それは話ではなくただの通達。

 彼女の言葉には「だからここから先に行こうとしないでくれませんか?」という思いも含まれているが、けれど通ろうとする者に容赦しないという純然たる決意にも満ちていて、一瞬その意思の純度に誰もが気圧された。

 

「っせー! 俺らにも行かなきゃならねー理由があんだよ!」

 

「ま、待ちなさい、ソル!」

 

 けれど、だからこそ戦意が高い男は『こんな少女に気圧された』という事実が、相手の実力を知らないことが原因で認められない。

 特攻してくる姿を認め、ユーフォリアは一つ残念そうにため息をつく。

 

「そうですか……それなら仕方ありません」

 

 くるりと「悠久」を一回転させ構える。

 総身からマナが溢れ出す。

 

「永遠神剣第三位『悠久』の担い手、”悠久のユーフォリア”、行きます!」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「待たせた、か?」

 

「いいや、脅しまでかけたんだ。お前が来たくなくても神剣が無理矢理に連れてくるだろうとは思っていた。時間まで決めていなかった以上は別に問題ない」

 

 そこに、イスタはいた。

 さっと隼也が感知してみたところ、この土地に何か仕掛けが存在するという結果は出なかった。

 たとえ仕掛けられていたとしても戦う他ないのだが。

 

「なら、始めようか。俺の相棒が邪魔が入らないように食い止めてくれてるからな」

 

 隼也は、ユーフォリアの莫大な反応が発現したことを感知した。

 だから、こちらも長々と話をするわけには行かないと感じた。

 ユーフォリアが抑えておける時間にも限りがあるということは知っているから、その間に終わらせてしまいたいという思いがあった。

 

 周囲のマナを吸い上げる。

 枯れた世界……マナが枯れて、世界として存続が厳しくなってしまった世界。

 ほとんどマナが残っていなかろうと、この世界を構成するマナは未だ残っている。

 大気のマナが残っていないのなら、残っている部位から吸い上げれば問題ない、と隼也は全力で吸い上げた。

 

「オーラフォトンストリーム」

 

 吸い上げ始めてから放つまで、瞬きほどの間。

 一ヶ月間にて鍛え上げられたマナ操作と神剣魔法の威力を以て、開戦の一撃は放たれた。




今回の時間樹内部の変化は理想幹神が関与していないもの


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第十二話:え? 2回目の戦いのくせしてライバルっぽい言動してるの?

「ぬぅん!」

 

 開幕を告げるように放たれたストリームは、籠手型永遠神剣たる「煌舞」を纏ったイスタの腕によって、強引に叩き潰される。

 よく見れば、ストリームの上下左右には障壁を張る魔法陣が展開されていて、それを上から叩き潰す形で軌道を逸らしたことがわかるが、そんなものを一瞬見ただけでは己の一撃もあって隼也には判断などできるはずがなく、結果として驚きに目を見張った。

 直後、その絶技に気がついたが、それはもう遅い。イスタはその驚きによって生まれた時間にすでに自分の攻撃体勢も整えていた。

 

「初手は譲った。故に、次手はこちらがもらう」

 

 爆発的なマナの昂り。籠手に集うマナの量はかつてとは比較にならないほどで、足元に起こした小規模マナ爆発も合わさり、瞬間最高速では隼也のこれまでの人生で見たこともない速度になった。

 集ったマナは赤一色に染め上げられる。凶兆たる災禍の紅がすでに枯れ果てた土地を穿ち、喰らい、穢し、彼の暴力(殺意)の発露を十二分に示しながら突き進み、隼也という個体を殺戮の嵐に巻き込みながら世界ごと討ち滅ぼすための一撃と化す。

 

「炎熱よ、地を満たせ」

 

 隼也に対して不敵に笑いかけるイスタ。その笑みには「お前も覚えているだろう?」と言っている。

 そう、その口上はかつて一度だけ戦った時に、最後の最後で世界の崩壊というタイムリミットを迎えたことで放つことすら許されなかった一撃。

 不意打ちじみた最初の一撃とは違う、決闘という形を始めるのであればあの時の続きからという意思をその瞳に乗せて、イスタの籠手は炎を纏う。

 

「マナよ、兵を鼓舞し、新たな風を巻き起こせ(『時を駆け、戦場を疾く走る疾風となれ』)

 

 対する隼也は多重詠唱。筋力強化(インスパイア)速力強化(アクセラレーション)を「平衡」と同時に詠唱することで発動させてから、赤属性のマナと緑属性のマナをかき集め雷炎をその刀身に纏わせていく。

 

「灼熱よ、天を焦がし浄滅せしめよ」

 

 今か今かと解き放たれる瞬間を待ち続ける雷炎はかつて戦った時とは比較にならないほどの圧力を醸し出している。

 灼熱が形を成したとしか思えない左腕は、今も全てを焼き焦がさんと叫びながら揺らめいている。

 どちらからともなく二人は走り出す。狙うはかつては強弱を測ることができなかった、当時の己達の最強の技。必殺技とすら呼称できたその一撃を、己の力を誇るようにして激突させる。

 

「ティルヴィング!」

 

「ソードオブフレイ!」

 

 勝利の剣の名前を模した二つの一撃が激突する。周囲にそれを構成していたマナが散る。

 純粋な、赤属性のマナによる炎の一撃としてはイスタの放つティルヴィングに軍配があがるも、ソードオブフレイは雷炎。二属性のマナが混じり合い、威力を高めているが故にその一撃は拮抗という形を生み出す。

 周囲に飛び散ったマナが強引に二人に吸い寄せられて、さらにその一撃を持続、強化させる一助となって酷使されながらも、大地が剥がれ落ちていく。本来の、大地となる以前の原初の姿たるマナへと立ち返り神剣に吸収され、この世界を滅ぼしながらも勝利を冠する二つの剣は打ち合った。

 

 このまま続けても意味がないと悟った二人が同時に舌打ちをして次の行動を起こす。

 二人は神剣魔法を放つための行動に出る。

 イスタは神剣魔法の魔法陣を招来し、放つための時間を得るために全力で飛び退きながらも魔法陣を前面に展開する。

 隼也はその場から動くことなく、以前ユーフォリアとの特訓で行ったのと同様に口を開きその内側に展開していた魔法陣を外気に触れさせる。

 

「ファイアボール!」

 

『オーラフォトンストリーム!』

 

 圧縮増強された、太陽と見紛うほどの熱量を帯びた火球が数十、同時に隼也に迫る。

 口内だけではなく、両の手の平の指先に合計十展開された青属性の魔法陣からそれらの火球全てに合わせてアイスパニッシャーが放たれ、一つ一つ確実に発射、制御、維持の全てに関わる魔法陣を凍りつかせ破壊しながら、それとはまた別の生き物のように口内からは『開いた口』という小さな砲門から飛び出させるために指向性をもたせた激流が、ビームと化してイスタに向かって直進する。

 

「その程度……!」

 

 けれど、当たることはない。激流が指向性を持ち、イスタのみを飲み込むためのものになろうと、圧縮されたことで物理的に叩き潰すのは骨が折れる程度だ、と躱しながらイスタは思う。

 さらに、口内にダメージを与えないように制御する必要性があるために動けないと踏んだイスタの籠手から小規模な炎弾が放たれた。

 

「ちっ……!」

 

 ストリームの展開をやめて躱す隼也に仮説は当たったかとわずかに口元を緩めるも、すぐにそれは消え失せる。アイスパニッシャーを展開していた十の指が、それぞれ別種の魔法を生み出す魔法陣を展開し、さしづめ魔法という弾丸を撃ち出す銃口へと変貌する。

 ファイアボルト。ファイアボール。フレイムレーザー。ライトニングファイア。インフェルノ。イグニッション。オーラフォトンシュート。ライトバースト。オーラフォトンクルセイド(精霊光の十字架)。オーラフォトンブラスター。

 それら十の神剣魔法がイスタを消し去るためだけに生み出される。なぜか隼也が適正を発揮し続ける神剣魔法の扱いという分野では、彼以上の存在などこの時間樹の中にはエターナルも含めて存在しない。

 

「ぬ、ぐぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 どの銃口がどういった位置へ向けてどの魔法を放つのか。常に銃口から放たれる魔法は切り替わり続け、向かってくる位置も変わり続けるがためにイスタの二本しかない手では対処が追いつかない。

 赤属性のシールドは展開されているが、魔法としてではなく物理的な一撃と化すオーラフォトンに対してはほとんどブロック効果を発揮することができない。

 

 もはや、ただ嬲り殺されるだけにすら見えた。

 

「舐めるなっ!!」

 

 裂帛の気合と共に放たれたのは全方位に向けての炎の一撃。体から放出する炎が向かってくる炎を打ち消し、オーラフォトンをわずかに押し止め、対処する隙を生み出した。

 十字架となって降り注ぐオーラフォトンを炎と籠手でカバーした手によって掴み、振り回し、あるいは立てかけて他の神剣魔法への盾となし、己の武器となし、結果的にはありえないほどの軽傷でその弾幕を防ぎきる。

 

「氷刃よ、荒れ狂え」

 

 青属性のマナが大気を滅し、隼也の望む形へと作り変えていく。魔法陣を穿ち、神剣魔法の発動を阻害するアタックスキル、アブソリュートゼロ。それらが飛び出し、イスタの炎によって瞬間的に蒸発させられるが、それもまた隼也の思っていた通り。

 冷気の刃を生み出した青属性のマナは、仕事を終えてなお、己を使役する隼也の敵であるイスタの周囲にまとわりつき、赤属性のマナを沈静化させた。

 

「この程度か」

 

 けれど、氷雪の嵐に巻き込まれながらも、その内側には確かに紅が灯っている。凍気の内より、灼熱の権化が再誕を果たす。

 飛び出してきたイスタの一撃は、隼也がそれを視認してからアブソリュートゼロを解除する一瞬の空白に、足元での爆発による加速を加え、最も効率よく破壊力が乗せられた状態でその肉体へと突き刺さる。

 

「がっ……!」

 

 それはまさしく、隼也がユーフォリアから幾度となく見せられて、そして紛い物として覚えた繋がれた意思(コネクティドウィル)

 最大の力を最高の速度で最善のタイミングに放つだけのシンプルな、けれどだからこそ回避も防御も難しい、武の極みのような一撃をイスタは今この瞬間、何者のサポートも受けることなく自らの手で生み出し、放っていた。

 精霊光による障壁も生み出すことは許されない意識の空白。本当に気休め程度の障壁を「平衡」がとっさに張ったが、その程度で防げるほど甘い一撃ではなかった。

 吹き飛ばされる隼也。地面をバウンドしながら土煙を上げて、その姿は覆い隠されていく。

 

「ふむ……」

 

 そのまま追撃に走ればいいものを、己の手のひらをしげしげと見つめ、今の感触を忘れないようにするためか手を幾度か握っては開くイスタ。戦場における行動としては論外だが、今この場が決闘の場であり誰もいないことと、隼也がすぐに立ち戻ることができない状況であることから、それを行うに足る時間が生まれていた。

 

「……よもや、死んだか? いや、まだマナの塵に還っていないということは気絶しているか、あるいは立ち上がれないか」

 

 機を虎視眈々と狙っているという考えが出てこないほどの一撃だとイスタは自負している。だからこそ、その選択肢は最初から抜いていた。そして、その考えは──

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 隼也は、この旅が始まる前によく見ていた夢を今この時も見ていた。

 

(この空間、なんか分枝世界から飛び出した時に見るのと似てるな……)

 

 夢の内容は現実に帰ると大半は忘れてしまう。故に、星の煌めきに見覚えがあったとしても、夢から現実ではそれを知ることはできず、現実でそれを知ってから夢に見たことでようやく知ることができた。

 

「■■■■、もしもの時のためにあなたにこれを託しておきます」

 

 目の前にはいつもの赤毛の少年。けれど、今はそちらに興味が向かない。隼也の興味は全て、この少女の言葉に、そしてその声にあった。

 

(この声って……ユーフィーの……?)

 

 現実の自分の状態を思い出せないのか、隼也は今自分が夢を見ていることに気がついていても、それは眠りについたからだとしか思っていない。だからこそ、こうして興味を全て夢の中に向けることができていた。

 隼也が普段から聞いている、ユーフォリアによく似た声の持ち主は赤毛の少年に剣を託し、ホッと息を吐く。ここまではいつも通りで、そしてここで目が醒めるのだが、今日に限ってはなぜか意識が覚醒へと向かわない。

 

「そして、貴方も」

 

 その言葉の直後、隼也の意識はまた別へと飛んだ。

 

「初めまして……というべきでしょうか」

 

 そして目の前には、ユーフォリアによく似た女性の姿があった。

 ユーフォリアと違うと判断できるのは、彼女にはない落ち着きが雰囲気からして滲み出ているという事実と、そして手に持つものが「悠久」とは違う、剣を納めるための鞘であること。

 

「あな、たは……」

 

「さあ、お話をしましょう?」

 

 にこりと、その少女は微笑んだ。



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第十三話:ぺっ、覚醒とか……

「そうですね。まずは話をするのなら自己紹介からしましょうか、御堂隼也さん」

 

「あ、はい……」

 

 隼也の最愛の少女(ユーフォリア)によく似た見た目の少女は、柔らかな微笑みをその顔に湛えながら隼也に話しかける。隼也は、ユーフォリアの存在が念頭にあるためにその存在のお淑やかさに困惑を隠せない。

 ならばその見た目は偽物だ、と断じるのかといえば、この姿こそが目の前にいる彼女の本当の姿なのだという妙な確信も湧いていてそれすらできない。

 

「私は■■■■■■。『■■』の担い手です」

 

「え……?」

 

 肝心な部分は、全てノイズによって掻き消されて隼也の耳には届かない。

 困惑したような隼也に、けれどその少女も困ったような表情になる。どうやら、少女にもこの事態は想定外だったようだ。

 

「仕方ありません。……これが通るかはわかりませんが、私のことはアムとでも呼んでください」

 

 あ、通りました、とクスクス笑う少女。清純な色っぽさとでも言うべき、相反する二つが一つになったような雰囲気を出すアムと言う少女は、隼也に向けてふわりと微笑む。

 

「うーん、まずは何から話しましょうか?」

 

 小首を傾げる姿に、ユーフォリアのそれとは違う愛らしさを感じてどきりとするが、隼也は聞かなければならないことがたくさんありすぎて、まずはどれから聞けばいいのかわからない。

 

「……ならまずは、あなたが何者なのか教えてください。どうして俺のことを知っているのか……どうして俺があなたのことを夢で見るのか……どうしてユーフィーとそっくりな姿をしているのか!」

 

 言葉にするたびに、その瞳に焦燥が映りだす。言葉として認識するたびに、それが異常なことなのだと理解する。故に、己が何者かに蝕まれているのではないかという不安が、焦りとなって飛び出した。

 

「……私が何者なのか、それを語るにはちょっと長い時間が必要となりそうなので簡潔に結論だけ言いますけど──」

 

 ──私はあなたです。

 

 その言葉の直後、わずかに沈黙が訪れる。俯いた隼也の表情はアムには見通せず、けれど何を思っているのかは理解できて、言葉を待つ。

 

「ふざけてるのか……?」

 

 ポツリと呟かれた言葉には感情が乗っておらず冷たい。

 

「いいえ」

 

 けれど戸惑うことなく、アムは隼也の言葉に否定を返す。

 

「貴方も、暁絶が言っていた言葉を覚えているはずです。『転生体』という言葉を」

 

「それがどうかしたのかよ……」

 

「私は、貴方の前世ということです」

 

「…………は?」

 

 再度の沈黙。けれど今度は、ふざけた返答に対する怒りを抑えて問答の体をなすためのものではなく、純粋に言っている言葉の意味がわからないために発生したもの。

 

「なに、言って……」

 

 隼也からすればわけのわからない言葉。けれどアムからすればそれは真実であり、その言の葉に一切の虚偽は混じっていない。

 

「貴方がユーフォリアと出会った最初期から彼女といて安心していたのも、(前世)絡みです」

 

「それって、つまり……」

 

 ユーフォリア相手に抱いた感情は全てアムが理由なのか、と切迫した表情で言う隼也。彼女を相手に最愛と感じるのも、全て前世とはいえ他人の情動であるかもしれないという今が、彼に恐怖を与えていた。

 

「いいえ。私のそれは『一緒にいて心地いい』と思う程度。そこからの互いに向ける感情に関しては一切関わっていませんよ」

 

「そう、か……」

 

「ふふっ」

 

「何か……?」

 

 ホッとする隼也に、小さく笑うアム。それがなんとなく気にかかって、隼也はむすっとしながらも尋ねる。

 

「いえ、ただ、見た目的には私をコピーした相手が私の転生体にこうも好意を寄せられている状況そのものがなんだかおかしくて」

 

「コピー?」

 

「ええ。先ほども言ったでしょう? 私は貴方の前世で、彼女に対する第一印象に関しても私絡みだと。彼女の前世には私も関係があるんですよ」

 

 生まれる前からお互いのことを知っていたって素敵じゃありません、と問いかけるアムに、言いたいことはわかるけど、と返す隼也。

 

「ですから、前世からの関係もありまして、私は彼女を残して先に逝きたくはないのです。……本当は、出てくるつもりはなかったんですが、都合のいいことに貴方が戦闘中に気絶してくれましたので」

 

「あ……そうだ! 今もイスタのやつが……!」

 

「ええ、ですから急ぎましょう。私が出て来たのは、貴方に私の培った戦闘技術の継承を行うため。……ですが、それを行えば貴方は死ぬかもしれません。私がかつて契約していた永遠神剣と契約できるだけの素質が、今世の貴方には存在しないのですから」

 

「別にいいさ。悔しいけど、今の俺じゃあいつに勝てないと思うし。ただ殺されるのを待つか、死ぬかもしれないけど生き残れる可能性もある方を取るか。後者を取るだけだ」

 

「……そうですか。ですが気をつけてください。貴方に継承する技術は『私が永遠神剣を用いて戦う』ためのもの。貴方の肉体では使いこなせない可能性もありますし、そして何より、当時とは武器が違います。参考程度に留めておいた方がいいですよ」

 

「わかった」

 

 言葉を紡いでいる最中、わずかに表情が曇ったが、それもすぐに消え失せて軽やかな足取りで、アムは隼也への距離を詰める。

 

「『■■』のことをよろしくお願いしますね」

 

 隼也の襟元を掴み、戸惑っている隙に強引に引き寄せて、その額に口づけをする。

 

「な、な、な……」

 

「それでは、いずれまた」

 

 別れは笑顔で。ただしアムだけ。隼也はいきなりの額へのキスに「な」を繰り返すだけのマシーンとなりながら、夢の内より帰還する。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『契約者よ』

 

 どうした。

 

『あれを砕けば、我もかつての我に還ることができるだろう』

 

 そっか。それなら、ようやくお前の目的は達成されるわけか。

 

『ああ、そうなれば後は契約通り、我は汝を元々の世界に返すだけだ』

 

 ああ、そうだな。そういえば最初はそんな感じのスタートだったな。最近は、ユーフィーも加わって楽しかったから忘れてたけど。

 

『うむ……それで、だな』

 

 なんだよ。

 

『契約者がもしも良ければ、だが。我が回帰した後も、契約を結んだままにしてみる気はないか?』

 

 いきなり、何を言い出すんだよ。

 

『汝と過ごす時間はなかなかに我にも楽しいものだったのでな。それもいいかと思っただけだ』

 

 ……ああ、それも悪くないかもな。

 

『……ならば、元の世界に帰るまでに決めておいてくれ』

 

 ああ、ちゃんと考えるよ。

 

 

 

 

 意識が浮上する。

 

 目を開くと周囲には土煙。俺の姿をイスタから覆い隠してくれている。けれどあいつがその気になれば俺の位置など把握も容易いはずだ。ってことは今はあいつは本気になっていないのか、それとも俺が死んだと思っているのか。

 

 あいつを倒すにはアムから継承した知識を使う必要がある。自分のもののように扱えるのかは不安だが、そこは彼女を信じるしかない。

 

 ……使い方はわかっている。これを使わなければどうなるかもわかっている。それでも使おうという気になれないのは、やはり彼女の言葉が、俺が死ぬかもしれないという言葉が心のどこかに楔として嵌ったからだ。

 戦闘における痛みにはもう慣れた。けれどこれは別種のものだ。戦場で切った張ったの殺し合いとは別ベクトルの死だ。斬り殺されるか、あるいは知識に頭が弾け飛ぶか、二つに一つ。斬られる痛みは知っているが、頭が弾け飛んで俺が俺でなくなる恐怖なんて味わったことがない。だから怖い。

 

 この肉体が壊れ果てるよりも先に、奴を殺しきれるか。そして何より、神剣魔法(リヴァイブ)による蘇生が通用しないであろう俺の死体をユーフィーに見られたりしないか。とても心配だった。

 

『契約者よ』

 

 けれど、使わないわけにはいかない。

 

『……行くぞ!』

 

「ああ……!」

 

 だから、バカ剣が珍しく叫んだのに合わせて俺も気炎を吐いた。

 

 ──接続(アクセス)

 

 呟かれた死出の旅へ誘う言葉は短く、小さく。けれど確かな存在感を持って世界に溶けた。

 ありがたいことにイスタは俺が出てくるのを待っているのか、それとも土煙が晴れるのを待っているのか、とりあえず今は仕掛けてこないらしい。それなら、存分に俺が死に迫ることができる。

 

「────あ」

 

瞬間。

俺という人格を滅ぼすような知識の波濤が、知覚世界の全てを覆った。

 

「────あ、あ……」

 

 そうだ、波だ。

 俺という存在を押し流す知識(絶望)の津波だ。

 俺が奴を殺すことを成就させるに足る、知識(希望)の宝庫だ。

 

 足は踏ん張ることができず。

 肉体は水圧に潰され。

 生命は知識とともに洗い流されて行く。

 

「────……」

 

 もう自分が何者なのか、なんのためにこれに浸っているのかすらわからない。

 

俺は

倒せ

なんのために

──を倒せ

なにをねがって

イスタを倒せ

 

 消える。

 

 意思も、思想も、願いも、目的も、全てが溶け失せ、────を構成していたものが一つ一つ欠落して行く。

 両手も、両足も、首も、唇も、眼球も、全てが己の思考から切り離され、動きを止めてしまう。

 

 ──()は、どうしてここに。

 

 己の全てが消え失せ、誰かの思考に染め上げられ視界と意識が消滅して行く中で。

 

 遠くに、声が聞こえた。

 

『我が能力(ちから)は心の均衡を保つこと……! たとえわずかであろうとも、砕け散っていないものがあるのなら……!』

 

 わずかに、津波が滞った気がした。

 

『聞こえるか、契約者よ! 汝は勝手に死ぬことを許されていないのだろう! ユーフォリアの所有物となっているのだろうが!』

 

 大切な、誰かの名前が聞こえた(剣に、罅が入る音が聞こえた)

 

 ユーフォリア。そうだ、ユーフォリアだ。俺が、自分の名前を忘れたとしても絶対に忘れてはいけない相手の名前。ああ、そうだ。彼女のことを忘れるわけにはいかない。たとえ知識が俺を侵食することになったとしても彼女のことだけは忘れるわけにはいかないのだ。

 

 ■■■■はユーフォリアの所有物である。それだけ理解していればいい。俺の命は俺の自由に使い果たせるものではない。だからここでは死なない。奴を殺して帰るんだ。……どこに? 知ったことか。俺の帰る場所は彼女がいる場所だ。それがどこなのかはどうでもいい。

 

 津波に流されるだけの己の精神に喝を入れる。彼女の存在を己の芯に据えた。ただそれだけのことなのに、俺の全てはただ流されるだけの脆弱なそれから、強靭な何かに変貌したかのようにその知識を吸収し始める。

 

 意識が現実に戻ってくる。

 土煙に未だ己の身は隠されている。

 今の俺が先ほどまでの俺と違うことはまだ敵手には知られていない。

 だから、確実性を求めるのなら一撃で。

 そして、それ以降は俺の肉体の損傷からしてそもそも保たない。

 

 思考は冴えている。

 己が彼女から受け継いだ戦闘技術は把握している。

 ■を用いた戦闘法はその一切合切が使用不能。

 神剣魔法についても同様。ただし■■■■■■が独自に生み出したもののうち、■を用いないものに関してのみ、今現在の状態で使用可能。

 ■■■■■■の仲間であったものたちの武具を使用した場合の戦闘法の記録、再生、並びに模倣開始。大剣型に最も近い武装を用いての戦闘法をインストール。

 けれど注意せよ。それらの闘法を扱うということはすなわち術理を理解するということ。与えられた知識の沼(死地への道)へと自ら飛び込むことと同義である。

 

「────」

 

 罅が入ったバカ剣を左手一本で構え、左腕を含めて叩き込めるだけマナを叩き込んでいく。今把握したのは突発的にでも使える武技のみ。

 すでに人間で言うところの死に体であるバカ剣にそんな無茶なことをさせれば(大量のマナを叩き込めば)砕けることは必定。

 故にここまで支えてくれたこともあってこのバカ剣に感謝を胸中で伝えると、気にするなと返事が返ってきた。

 

「装填数、九」

 

 全身に何かが駆動し始めた。剣を握った左の腕に、何も持たない右の腕を添えて何かをつかむように握りしめた。

 この技を放つためには極限の集中力とマナ操作が必要となる。今の俺がマナを注げるだけ注いでは確実にマナ操作をどこかでミスすることは必至。だが、マナの量を減らして技の威力を下げては元も子もないために、俺は自らの体を一箇所捨てることを決意する。

 

「──行こう、俺たちの最後の戦いだ」

 

『では、我らの演舞を見てもらおうか』

 

 バカ剣と行える最後の戦い。

 土煙が晴れる。イスタの姿を捉える。

 奴を殺す決意を整える。

 

 故に、これよりは敗北などありえない。

 今ここにいるのは「平衡」の担い手である俺ではなく、「■■」の担い手である■■■■■■だ。

 その絶技は、技だけであれば極地に到りかけている「煌舞」のイスタすらも凌駕し、この手に勝利をもたらすものだ。

 

「一刀」

 

 その一撃は俺が磨いた技術ではなく、誰か別の人間の持つ武威を示しながら放たれた。

 バカ剣が袈裟懸けの軌道でマナの暴威を纏いながら切り裂きにかかる。

 

「ぐ、うぅぅっぅぅ!」

 

 加速と鼓舞による強化を受けた状態の俺と同等の強大な一撃が、強化なしで放たれる。

 バカ剣の罅がさらに大きくなるが、すでに別れは済ませた以上頓着することはない。

 うめき声をあげながらその籠手で、踏み留まりながら耐えるイスタだが、それは悪手としか言いようがない。

 

「二刀」

 

 振るわれた左腕()から、そこに添えていた右腕を振り抜くことで魔法(刀身)が解き放たれる。

 

「三刀」

 

 籠手を弾いて延びきった左腕がバカ剣を手放して、そのまま背中()から魔法(刀身)が解き放たれる。

 

「四刀、五刀、六刀、七刀、八刀」

 

 右腕、右太腿、左太腿、両側頭部。

 口、指先、あらゆるところに魔法陣を描ける()の──アム()はそんなことをする必要がなかったために身につけていなかった──技巧と組み合わさることで全身を鞘として扱えるようになった、魔法を刀身とする九連撃。

 

「九刀」

 

 最後の鞘は、砕けかけていたバカ剣。引き抜いたオーラフォトンノヴァの圧力に耐えきれず砕け散ったその刀身を視認してわずかに哀悼の意を表しながらも、三から八までで傷つき動けぬイスタに向けて殺戮の嵐を解き放った。

 

「か、は……」

 

「これにて終幕。演舞、九刀連夜」

 

 アムはこの技に名前をつけていなかったらしい。己の持つ、鞘がわりになるもの。何かしらの空洞が存在するものから圧縮して剣状にした魔法を連続して放つその技に、バカ剣が最後に使う技を知った時に俺に伝えた名前をつけた。

 倒れ臥すイスタ。一の太刀を防ぐのに渾身の力を使ったことにより、バカ剣が死に近づいたが、その代償として奴は俺の二の太刀以降を防ぐことは能わず、八の連撃をその肉体全てに受け止めることになった。故に、これにて決着。

 同時に、俺の左腕も溜め込んでいたマナに肉体が耐えきれずに破裂する。痛みを感じることはない。もう、その痛みを感じることができる痛覚すら死んでいる。ただ少し、顔に張り付いた未だマナの塵になっていない肉片が視界を遮るのは邪魔だと思うだけだ。

 

「おにーさん!」

 

 遠くに、大切な少女の声が聞こえた気がした。それが鍵だったのか、俺の体に疲れが揺り戻してくる。もう、起きていることすら億劫だ。まぶたが重い。立っていられない。ふらりと倒れそうになって

 

「わわわ!」

 

 どこか、焦ったような少女の声を聞いて眠りについた。




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第十四話:やることやったし……

 隼也が目を覚ますと、そこは昔懐かしい日本家屋(これまで見聞きしたことのない空間)だった。

 

「ここって……」

 

 左腕を動かそうとして、そこには何もないことを思い出す。

 ならばと右腕を動かそうとしたが、今度はそちらに重石のような何かが乗っているのか、隼也の右腕が意思にしたがって動くという結果は現れない。

 視線を向ける。そこにいた眠り姫は隼也にとっての運命の女。今の、ポロポロと構成する中身が崩れ落ちていく隼也が、何があっても忘れないと誓い、ついでにその言葉の通りに今はまだ彼女に関する記憶は一つも消え去っていない。

 

「ユーフィー」

 

 呟き、右手に重ねられた少女の手のひらを握る。そっと、起こしてしまわないように。

 その名を口にしたことで、少女との思い出を一つ一つ手繰り寄せるようにして思い出す。

 陽光に照らされた蒼穹の髪は、光を反射して輝いて。

 幻想的すぎるその光景に目を奪われ、隼也はそれ以上の言葉を口にすることができなかった。

 

「……」

 

 何を口にすればいいのか、彼にはわからない。

 この見知らぬ土地でぐっすりと眠っているからには、ユーフォリアの判断する限りでは戦火は届いていないのだということだけはわかるが、だからと言って言葉にする内容が出てくるわけでもない。

 

 故に、沈黙が部屋を満たす。

 

 けれど

 

「ありがとな」

 

 礼だけは言っておかなければ、とその言葉だけが口にされた。

 

 彼女の眠りを妨げるつもりはなく、隼也はそのまま寝顔を見つめ続ける。

 

(バカ剣との契約は……途切れてるか)

 

 少しもの悲しくなりながらも、その思考は止まらない。

 安心しきった表情のユーフォリアに心癒されながらも、アムからの継承によって戦闘者としての気概に侵食されたこともあって隼也の中では戦闘に扱えるものの検索が行われる。

 

(神剣による身体強化は無し。神剣魔法は……使えるか)

 

 ブレながらも、魔法陣は展開することができたことを確認。ユーフォリアを起こさない程度にマナの移動も微弱なものだが、それすらも神剣の補助がない現状では隼也単騎で使うにはギリギリの代物。

 永遠神剣と契約していた頃に比べて、遥かに戦力としては使い物にならなくなってしまった。そのことを自覚して、隼也は奥歯を噛んでしまう。

 

「おにーさん……」

 

 うにゅうにゅ言いながら、ユーフォリアは隼也のことを呼ぶ。もう、直に起床しそうな雰囲気ですらある。

 

「ユーフィー……」

 

 隼也は何をすればいいのかわからない。

 ユーフォリアがいたことで勝利できたことに違いないし、生き残れたのも彼女のおかげ。

 何か礼をしないといけないというのはわかっている。だが、さすがに彼にも己の根幹に関わる部分に彼女を置くのは重すぎやしないだろうかと思うだけの心はあり、そんな状態の自分がすることが重くならない自信もなく、だからこそ何をしてあげるのが正しいのかわからない。

 あとついでに、惚れた腫れたの問題もあって、「キスをした」という事実があってもユーフォリアの性格的に両親にも親愛を示すキスを普通にしていそうなので、そのところをどう取ればいいのかも彼にはわからない。

 彼女に向ける恋愛を彼女は恋愛として返したのか、それとも親愛を示す形で返したのか。知りたいけれど知りたくないという二律背反。

 

 わからないことだらけで、結果としてただ手を握り続けるだけ。

 

「うにゅ……あれ、おにーさん? おはよーございます」

 

「おはよう、ユーフィー」

 

「……あれ? おにーさん? ……おにーさん!? 目を覚ましたんですか!」

 

 腕痛みませんか、大丈夫ですかと隼也の心配ばかりをするユーフォリア。それにああ、ユーフィーだなという感想しか抱けず苦笑する隼也。

 

「ああ、うん、大丈夫大丈夫。……ところで、ここってどこなんだ? イスタを倒して最後に気絶したところまでは覚えてるんだけど……」

 

「あ、はい、今の状況ですよね。ちょっと長くなりますけど……」

 

 ユーフォリアは語り始める、あの時に何があったのかを。

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

 

 

 

 枯れた世界の一角にて、ユーフォリアと旅団の五名の戦闘は続いていた。

 

「強い……! 攻撃が、当たらない……!」

 

 スバルが己の持つ弓型永遠神剣「蒼穹」からマナの矢を連射するも、それらは飛行状態の「悠久」に乗って空を駆けるユーフォリアに当たることなく、ただ虚空に消え失せる。

 近接攻撃を仕掛けるために降りてくることはあるが、そのタイミングに攻撃を仕掛けるなんてことができないほどの速度での突撃であるために、結果として一方的な戦いになっていた。

 

「だぁ……降りて来やがれ、テメェ!」

 

 ソルラスカは己の永遠神剣「荒神」が届かない距離にユーフォリアがいるために叫ぶ。

 この距離でまともに当てられる攻撃が存在するのはサレス、スバル、ヤツィータの三名。

 しかし、それもだいたい直線に飛ぶ攻撃なので、空を自由に駆け、その気になれば変態的な機動もお手の物なユーフォリアに当たることはない。

 

「悠久の光よ! この人たちを貫いてっ!」

 

 魔法陣が展開される。マナが収束していく。吐き気を催すほどの濃度が、オリハルコンネームによる制限がかかっているとはいえ、エターナルという今この場に集った面々の中での別格の実力者しての本領を解放する。

 

「甘いわね、出直して来なさい!」

 

 それを見て、けれど神剣魔法であることを見抜いた唯一青属性を扱う神剣使い(タリア)も同様に魔法陣を展開した。

 

「ライトバースト!」

 

「アイスバニッ……何ですって!?」

 

 青属性のバニッシュスキル。けれど、それが通用しない(アンチバニッシュ持ち)魔法であったことから、無残にも凍結粉砕しようとしたタリアの魔法陣が逆に砕かれる。

 タリアの魔法陣を信用して一瞬マナを貯めるのに使っていた面々はその一撃を丸腰のまま受けることになり、サレスがもしもの可能性を考えて張った空気を圧縮してのブロックも、物理攻撃としてではないライトバーストを防ぐことはできずにそのまま通す。

 

「っ……!」

 

 ヤツィータが咄嗟に全体障壁を展開する。けれど、ただの一介の神剣使いが咄嗟に張った程度の障壁ではエターナルの全力を通さないほどのものになどならない。

 直撃を避けた五人ではあるが、それは気休めにもならない事実。一撃一撃の格が違いすぎるがために、存在を揺るがす規模での大ダメージを受けていた。

 

「マナよ、光の息吹となれ。悠久の時を超えて、究極の破壊をもたらせ」

 

 そして、それに頓着することなく、敵であることを理解しているから躊躇うこともなく、ユーフォリアは己の父がよく使っている神剣魔法を解放する。

 顕現するは白の魔法陣。ライトバーストのそれとは比べ物にならないほど複雑怪奇であり、緻密な、もはや芸術とすら呼べそうなまでの一品。

 もはやこの世界を維持するマナよりも多く、集まっているのではないかと錯覚するほどの一撃。これを喰らえば確実に助からないことをこの五人は理解してしまった。

 

「プチ・オーラフォトンノ──」

 

 唱える最中、ユーフォリアの優れたマナ感知能力が少し離れた二箇所での状況の変化を感じとった。

 一箇所は、隼也が言っていた暁という人物のいる場所。大きなマナの変動が発生し、新たな何者かのマナを感じたことで、状況が動いたことを察した。

 一箇所は、隼也のいる戦場。先の箇所に比べれば大きな変化ではないが、それでも隼也のマナ反応が小さくなって、そして直後に莫大なものになったことを感知した。

 

「おにーさん!?」

 

 隼也に何があったのかを理解しえないながらも、マナの反応が小規模になったことを鑑みて死にかけているのではないかと焦り、この五人に関わっている暇はないと魔法陣の展開をやめて、飛行状態の「悠久」に乗ったまま、その地点へと直進する。

 速度は音を超え、ソニックブームを撒き散らしながらも上空であることと生き物が存在しない土地であることが幸いして被害が出ることはなかった。

 

「おにーさん!」

 

 多少は離れているとはいえ、音速を超える今のユーフォリアには数秒程度でたどり着ける距離。そうしてたどり着いた彼女が目撃したのは、隼也の持つ「平衡」が砕け散り、そしてイスタらしき人物──ユーフォリアは一度として会ったことはないので断定できない──を手に持った固形状の神剣魔法で切り裂き、それを持っていた左腕が爆散するところだった。

 

 

 

 

「それで、おにーさんの治療をしないとって急いで拠点のある世界に戻ろうとしたら、何かに引っ張られるような感じでこの世界に落ちたんです。そしたら、あたしの知り合いがそこにいて、その人のところでおにーさんの治療とか色々としてもらって……」

 

「今に至るってわけか」

 

「はい」

 

「なら、その人に礼を言わないと……っと?」

 

「あっ、おにーさん」

 

 立ち上がろうとするも、片腕がない感覚に慣れず重心が定まらない。

 ユーフォリアが咄嗟に支えて、どうにかフラフラした状態から脱却したことで歩くことができるようになる。

 けれどユーフォリアは離れることはなく、隼也も何も言わずされるがままにして、ユーフォリアに案内されながら先に進んでいた。

 

「ここ……?」

 

「はい。おにーさんが目覚めたらここに連れて来なさいって……。 時深さん、おにーさんが目を醒ましました」

 

 隼也が見たこともない(記憶に残していない)様式の扉、ユーフォリアが中に声をかけて、その返事が返って来たことで、引き扉が開かれた。

 その先にいたのは一人の女性。楚々とした雰囲気とピンと張った背筋、確とこちらを見つめながら正座している。

 

(なんだっけあの服……確か、えっと……)

 

 巫女という職種が咄嗟に頭の中には浮かばない。ユーフォリア関係の事以外はほとんど全て薄れてしまっているが、逆にいえばユーフォリアに関連づけて思い出せばどんなことでも多少のリカバーは効果を見込める。

 

(ああ、そうだ。巫女装束……? 巫女服……? なんかそんな感じの)

 

 今回関連づけたのは、かつて『意念』の光を弾いた後の療養期間の事。

 

『そういや、御堂は女の子に着てもらう服ならどれがいいよ? メイド服? 巫女服? ナース服? 』

 

『いや、何言ってるんだお前?』

 

 あの時のユーフォリアのメイド服を思い起こして、そこからコスプレ衣装に戻り、さらにはそこからもう塵程度にしか残っていない学生生活の一幕を想起する。

 

「初めまして、御堂隼也さん。私は倉橋時深といいます。以後、お見知りおきを」



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第十五話:デート……デート!?

 今回の会談は、隼也に自分が変化してしまったことを否が応でも自覚させる結果となった。

 特に倉橋時深という人物と接した結果としてわかったのは、隼也が短時間であったとしても他人との会話ができなくなってしまったということ。

 

「おにーさん……」

 

 ユーフォリアの心配そうな目が隼也に刺さる。

 まず、隼也は話し合いの開始時点、名前を呼ばれたタイミングで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 確かに、先の服装を思い出した時点では自分の名字を呼ばれていた場面を思い出したはずなのに。たった数秒でで御堂隼也としての時間が忘却されている。

 

「大丈夫、今はちゃんとしてるだろ?」

 

「そうですけど……」

 

 そしてもう一つ。隼也が会話をしていると十数分の間に、一人称と喋り方が途中で変化すること両の指では数えきれないほど。俺という一人称と少し不慣れな敬語から、私という一人称と柔らかな女性の話し方。

 基本はこれまで通りなのだがふと気を抜くと出てくる女性のような人格。ユーフォリアが声をかけるたびに元の隼也の人格に戻るのだが。

 

「まあ、理由はわかってるし……」

 

「へ?」

 

 どうすればいいのか悩んでいたユーフォリアが、その言葉を聞いてきょとんとした顔になる。

 そんな表情も可愛いなぁと思いながら、隼也は説明をすることにした。

 

「……」

 

「えっと、ユーフィー……?」

 

 己の前世たる少女、アムとの出会いとそこから継承に至ったこと。それによって合計十七年程度の己の人生、そのほとんどすべてに関わる記憶が消えたことと流れ込んできたアムの戦闘経験やその技術によって、今の隼也を構成しているものの過半数はアムの戦闘に関わる記憶。

 そんな話をしたところ、ユーフォリアはむすっとし始めたので隼也としては戸惑うばかり。

 

「……なんか嫌です」

 

「何が?」

 

 いきなりそんなことを言われても、隼也はそう返すしかない。

 

「今のおにーさんは、そのアムって人が頭の中のほとんどを占めてるわけなんですよね」

 

「えっ」

 

「なんかそれが嫌です」

 

「……そんなことはないぞ」

 

 ぷいと顔を背けるユーフォリア。そんな彼女に苦笑して頭を撫でながらも隼也は言う。

 

「どうしてそう言えるんですか……?」

 

「いや、だって──」

 

 重ねて言うが今の隼也を構成する記憶は、過半数がアムの戦闘経験。

 だが、わずかに残っている隼也としての部分は『ユーフォリアとの記憶』であり、アムが関わらない隼也の素の部分ではユーフォリア以外との記憶は残っていない。

 つまり、ある意味では今の隼也を占めているのはユーフォリアだけとも言える。

 ユーフォリアに関連づけて思い出さない限りは隼也は己の目的、己が永遠神剣と契約した経緯、そしてこれまでの自分の人生の何もかもを思い出せないし、思い出したとしてもすぐにまた忘却してしまう。

 

「そ、そうなんですか……?」

 

 それを最後の部分だけ除いて伝えると、恥ずかしそうにしながらもユーフォリアは隼也に尋ね、そしてそれに彼が頷いたことでえへへとはにかみながら笑う。

 

 沈黙が、二人の間を満たす。その間がなんとなく嫌だったので、隼也はふと思い至ったことを尋ねることにした。

 

「……そういや、時深さんの話ってなんだったんだ?」

 

「時深さんのですか? ……ああ、そういえばおにーさんは意識が飛び飛びになってましたもんね」

 

 じゃあ仕方ないです、と言いながらもどこか嬉しそうに、ユーフォリアはその内容を語り始める。

 

「簡単に言うと、おにーさんを送り返す準備はこっちでいつでもできるから、おにーさんがよければあたしの手伝いをして欲しいってことなんです」

 

「うん、それぐらいなら全く問題はないけど。……とりあえず、ユーフィーについていけばいいのか?」

 

「……どうなんでしょう?」

 

「……まあ、ユーフィーについてくさ。そもそもユーフィーの目的を俺はよくわかってないわけだし」

 

 

 

 

 そんな話をしていたのが、数日前のこと。

 

 

 

 

「デート?」

 

「はいっ!」

 

 名目としては「隼也の元の世界と似ているので、今のうちに戻った時のために『地球』という世界での生活を思い出しておこう」ということ。それを話すユーフォリアにとっては実際はただのデート。

 

「いつ行くんだ?」

 

 少々食い気味に問いかけてしまったことを後悔しないわけではなかったが、それを気にすることなくユーフォリアはその日程を告げる。

 

「今日の午後からです」

 

「今日の午後」

 

「はい」

 

 当たり前に考えて、デートをするとなると男女で違いはあるだろうが『準備をする』という一点に変わりはなく、そして隼也からすればそのデートをする相手は好きな女の子。仲のいい友達と一緒に出かける程度の格好では許されないのだ。

 

(……とは言っても服はないんだがな)

 

 隼也の持っている服は、すでに名前を忘れた所(物部学園)の制服とユーフォリアが用意した戦闘用の衣装の二着のみ。ついでに、戦闘用の衣装は内側で左腕が爆散した影響で左の袖がちぎれてしまい、補修しないと服として着るのはどうかと思うような状態である。

 

 つまり、学生服を着るほかない。

 

『ふふふ』

 

(……?……? ……!? いやいやいやいや! ちょっと待て! なんであんたが出てきたんだ!?)

 

 その事実に思い至った隼也の脳内に、前世を名乗る少女アムが話しかける。

 いきなりすぎる出来事に隼也はパニック。脳内では色々と愉快なことになっていた。

 

『それに関してはいいじゃないですか。デート、なんですよね?』

 

(そうだけど……)

 

 なんとなく嫌な予感が隼也にはあった。

 具体的には恋愛話になった時の女子のキャーキャー騒いでいるあれ。

 

『それでしたら、時深さんでしたか。彼女に裁縫道具を借りてくれば、私が貴方の体を使ってどうにかしますよ?』

 

(どうにかできんの?)

 

『できます』

 

 隼也には、アムが脳内でドヤァとしているような様子すら再現された。

 これは断っても色々と言ってきそうだな、と隼也は思った。

 

『その通りです。ここで満足させないとデートにも口出ししますよ』

 

(……斬新な脅迫だな。まあいいけど)

 

 言う通りにしないと頭の中で騒ぎ立てるという脅迫に屈したのか、それともデートでまともな服装を着られるというメリットにつられたのか、許可を隼也は出す。

 

 

 

 

 この後に起こるすったもんだを想像もしないで。

 

 

 

 

「ああ、時深さん」

 

「御堂さん……いえ、アムさん、でしたか? その肉体に知識を継承したことで表層に出てこられるようになった第二人格」

 

「ええ。この『私』はそっちではなく、知識を継承させた前世の方が今回表層に出ているのですがね」

 

 隼也の肉体で女性のように喋るアム。

 それに対して元から知っていたかのように驚くことなく対応する時深。

 アムは『時深がアムの存在を知っている』ことに関しては驚いていないし、時深は『アムが驚かなかった』ことに関して驚いてはいない。

 

 時深は未来視の使い手。ここで自分たちが会話をすることをすでに知っていて、そしてそこでアムという少女の存在を知ったために驚くことはない。

 アムは元々は『■■』の担い手。で、あるがゆえに彼女はそこに納められるべき永遠神剣(刀身)を契約者を見ただけである程度は把握できる。だから、時深が時を司る神剣を持つことを知っていて、結果として時深が知っていても未来かどこかで見たんだろう、という程度で驚くことはない。

 

「裁縫道具、ですよね?」

 

「ええ、こういう場合は話が早くて助かります」

 

 ニコニコと女性同士の話を広げながらも、片方は別に性転換手術を受けたわけでもないので見た目男性というシュールな状態。

 表層に出ていない、映画を見るような感覚でアムと時深の会話を聞いている隼也はユーフォリアに見られたら勘違いされそうだと思いながらも会話を聞き続ける。

 

「それにしても、言ってくれればこちらで服程度なら用意しますよ? 彼が貴女にはお世話になったそうですから」

 

「ああ、彼のことですか」

 

(彼……?)

 

『今世の貴方には関係のない相手ですから、気にしなくていいですよ。出会うことがあったら、その時にでも』

 

 時深と話しながらもアムは隼也の疑問に答えてくれる。

 

「……そうですね。この世界の基本的な服装がどういうものなのか。それを知らずに作ろうというのはさすがに浅はかでした」

 

「でしたら、用意しますか?」

 

「一着だけお願いしても宜しいでしょうか? 作る参考にしますので」

 

 女性同士の話し合いもまとまりつつあったところで、ふと時深が何かを思い出したようにああと声を漏らした。

 

「御堂さん」

 

「はい? ……あ、話せる」

 

『これに関しては私じゃなくて隼也さんが聞いた方がいいでしょうしね』

 

(サンキュ)

 

「この時間樹にいる間、ユーフォリアのことはよろしくお願いしますね」

 

「はい……!」

 

 力強く頷く。それに関しては戸惑う理由は隼也の中に存在しない。

 

「それと」

 

 クスリといたずらっぽく笑って。

 隼也が抱いていたイメージ……楚々とした、見た目の年齢には不相応なまでの落ち着きが消えて見た目相応の少女然とした姿が垣間見えた。

 

「ユーフォリアのデート用の服。楽しみにしていてくださいね。今、この『出雲』に揃っている面々が皆で着せ替え人形にしながら選んでますので」

 

「……手加減してあげてください」

 

 いろんな服装を着せられて目を回しているユーフォリアの姿を思い浮かべて、そうとしか口にすることはできなかった。

 

 

 それから数時間後。

 本来の『デート』ならば待ち合わせをしたりするのだろうが、ユーフォリアの『今のおにーさんを一人で待ち合わせ場所まで行かせるのは不安です!』という強硬なまでの主張により、今現在彼らがいる場所、『出雲』と呼ばれる組織から二人で一緒に出かけることになった。

 

 そして今、隼也はシンプルにすぎる格好で待ち合わせ場所(出雲の玄関前)にいた。

 そこらへんを見渡せばポツポツと似たような格好の高校生は見られるだろうというような、休日の少年じみた格好。

 ユーフォリアが着て来る服、というものがどれくらい気合が入っているかわからないが、絶対に釣り合わないと隼也は考えていた。

 

『問題ないですよ。ユーフォリアが着て来る服がどんなものだったとしても、あの子は元がいいですから。ですから貴方をどう着飾っても意味はないです。むしろ、あの子の可愛さを引き立てる意味合いでシンプルにしたんですよ』

 

(……それって自慢か?)

 

 アムの姿形はユーフォリアとそっくりで、そしてその姿はユーフォリアの転生前とアムの関係性が深かったがゆえにそちらが選んだのだろうということを以前言っていたことを思い出しての発言。

 

『……そういうことになりますね』

 

 アム当人も、全く考えていなかったけれど言われてみれば確かにそうだというような声を出す。

 

「それにしても……」

 

『まあ、ユーフォリアの服装を楽しみにしながら待ちましょう?』

 

 「平衡」が砕け散った代わりに、アムという話し相手を得た隼也は、さすがに超越存在のような話し方をする「平衡」よりは話しやすく、けれど女性人格ということでその辺りの機微がわかっていない男子高校生としては辛い会話になることが多い。

 こういう場合も、待たされる男の側に立つのではなく待たせているユーフォリアの側に立つのでなんとなく自分が辛抱強くないのが悪い気分になっていた。

 

「おにーさん! 待たせてごめんなさい!」

 

 けれどそれも長くは保たず、十分もしないうちにユーフォリアがやって来る。

 その声を聞いて、内心先ほどの時深の発言から察せられるユーフォリアの苦労への同情心を、デートなのだからと隠しながら振り向く。

 

「いや、大丈夫。全然待ってな……」

 

 ユーフォリアの姿を目撃した瞬間、時間が止まったような気がした。



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第十六話:デート、デート、初デート……だいたい失敗するよねそれ

「ユ、ユーフィー、その格好……」

 

「は、はい。どう、ですか?」

 

 似合いませんかとしょんぼりとしているユーフォリア。

 けれどその姿は、彼女の想定とは逆に隼也が一瞬息を忘れるほどに可愛らしいものだった。

 隼也が、己が隣にいていいのかと悩むほどに。

 

『ほら、ちゃんと褒めてあげないとダメですよ』

 

(あ、ああ……)

 

 アムの言葉で正気に戻り、もう一度ユーフォリアの姿をじっくりと見る。

 白のオーバーサイズスウェットに黒のミニスカート。スカートと白のソックスが生み出している絶対領域と、俗に萌え袖と呼ばれる状態と化した、ちょこんと外に出ている指先が大変愛らしい。

 普段頭につけていた羽飾りは濃い青のリボンに変わり、ストレートだった髪はツインテールとして結わえている。

 なぜか、時深がいい仕事をしたと言わんばかりの表情でサムズアップしている姿を幻視する。

 そんな、ユーフォリアという少女を着飾る衣装としては隼也の想像をはるかに超えるレベルでまとまっている姿は、覚悟していたにも関わらず隼也の呼吸を再度止めた。

 

「うん……すっごい似合ってる。正直、今のユーフィーと俺なんかがデートしてもいいのか悩むぐらい」

 

「え……えへへ、本当に似合ってますか?」

 

「うん、こんなことで嘘ついたりはしない」

 

 時間は有限とばかりに『出雲』から歩き始める二人。

 この場所は少々特殊な場所に位置しているため、最初から座標を持って『出雲』に入るか、あるいはエーテルジャンプ装置を使うかの二択でしか出入りはできない。

 今回の二人は、後者を使用させてもらえることになっていた。

 

「これがエーテルジャンプ装置?」

 

「らしい、ですけど……」

 

 隼也はもとより、ユーフォリアもどうやら見たことがなかったようで、その装置を見て驚いている。

 思っていた以上の威容に驚いたのか、それとも思っていたよりも小さかったから驚いたのか。

 ユーフォリアならぬ隼也にはその理由はわからない。

 けれど、彼はもっと大掛かりな装置だと思っていたから、せいぜいが五メートル程度の高さの塔のようなそれには驚いた。

 

『まあ、出雲の森の中にあると聞いていましたから、さすがに目に見えない以上はその程度の高さしかなくてもおかしくはないんですけどね』

 

(それはそうだけど……)

 

「でも、どうやって起動するんでしょうか?」

 

「……さあ?」

 

 第一関門。そもそも外に出るための装置の使用法がわからない。

 

 沈黙が場を満たす。こればっかりは使用に際しての説明書も何も存在していないからしょうがない。

 ついでに言うなら、隼也もユーフォリアも、隼也が左腕のない生活に慣れる必要があったためにこれまで一度も外に出ていないので、この場所までやってきたことはなく、誰かが使っている姿を見る機会もなかった。

 だから、使い方を知る由もなく、かといって今から戻って使い方を聞きに行くのもデートの雰囲気が崩れてしまうような気がしてどちらも言い出せない。

 

 悩むこと数分。

 さく、と草を踏みつける音が背後から響いた。

 

「っ……!」

 

 直後、隼也はその人物から神剣の反応を感じて動いた。

 左腕の断面部分に魔法陣を展開しながら、右手をその魔法陣に突っ込む。

 そこから小刀の形状となったオーラフォトンストリームを引き抜いて、一週間程度前のイスタとの戦いまでは平然とできていた神剣魔法による強化を、神剣のサポートがないことで練度は低いながらもマナをかき集めて実行する。

 神剣使いとしては論外、けれどミニオンとはどうにか戦えるレベルの身体能力まで強化された隼也は、その神剣魔法の使用によって負荷がかかって痛む頭を表には出さずに、振り向きざま逆手に持った小刀を突き刺すように投げ放つ。

 

(こんなところにミニオンか……!)

 

 躱す動きを取ったなら、小刀の形に固定しているストリームを固定化を解除してやればそれでいい。

 そんな思いで放った小刀は、ミニオンに向かって飛んで行く。

 アムから継承した知識は、隼也の体を最適な動きへと導いてくれた。

 

「無駄……」

 

 けれどその黒属性のミニオンは、左腕にシールドを展開して飛んできた小刀を受け流す。

 シールドの力が発揮され、その攻撃に使用されたマナの持ち主たる隼也に、わずかながらも黒属性のマナによるダメージが入る。

 マナの固定化というアムの得意分野を継承しているおかげで、傷自体はすぐに集めたマナをその部位に固定して修復した隼也。だが、隼也の中には警戒心が出ていた。

 

(こいつ……普通のミニオンじゃない……?)

 

 今の一撃は、いくら隼也が貧弱になったとはいえミニオンが咄嗟の対応としてできる動きではなかった。

 だからこそ警戒する。

 

「……!?」

 

 ミニオンは神剣を消滅させる。戦闘を行なっている相手に対して取るものとは思えない行動に驚愕を隠せない隼也だが、次のミニオンの言葉でさらに驚くことになる。

 

「時深様から、このエーテルジャンプ装置の作動をするように命じられました」

 

「…………はい?」

 

 このミニオンが、『出雲』において防衛人形(まもりひとがた)と呼ばれる存在……『出雲』産のミニオンであることを知らなかった隼也は間抜けな声を漏らし、そしてそのことを知っていたユーフォリアはニコニコとしたまま。

 

「……すみません」

 

「いえ、別に問題ないです」

 

 そういった事情を聞いて隼也は謝るが、ミニオン……防衛人形は無表情のまま首を振る。

 彼女の指示に従ってエーテルジャンプ装置の操作をして、隼也たちはようやく『出雲』から外界にジャンプした。

 

 

 

 

『ふむ……あの者』

 

 それを、誰かが見ているなんて考えもしないで。

 

 

 

 

「ここって……」

 

「神社、ですよね」

 

「神社……?」

 

 隼也の中にはもう神社という言葉すら残っていない。

 ユーフォリアも特に詳しいわけではないので、説明できない。

 結果として、ただそういう場所があるんだ程度のことですんだ。

 

「それにしても……」

 

 隼也はぐるりと高台にある神社から街の様子を見渡す。

 

「これまでユーフィーと回ってきた世界とは全く違うんだな」

 

「はいっ! 確か、パパの生まれた世界らしいです!」

 

「へえ……」

 

 今日のデートは、隼也が以前ユーフォリアと出会ってから「宝石を持っておいて、それを現地で買い取ってもらう」というやり方を知ったので、時深に頼んでどこぞの質屋にて換金した分のお金で行われる。

 とは言っても、二人とも特別何か欲しがるようなタイプではないのだが。

 きゃっきゃとテンションを上げてユーフィーは隼也の右腕に抱きつき、それを聞いた周囲の人たちは二人に視線を向けて、そしてその視線は二人の状況を見て変化していく。

 

 隼也に向けてロリコンじゃねーかと侮蔑するような視線。

 隼也の左腕がないことに気がついて驚愕の色へと変化した視線。

 仲のいい兄妹を見るような視線。

 ユーフォリアの可愛らしさに見惚れて顔を赤くする男性。

 ユーフォリアの愛らしさに息を荒くしてストーキングを開始しそうな視線。

 

 多種多様ではあるが、最後のそれだけは周囲の人たちに止められたり、隼也がそれを把握してピンポイントに射出した誰の目にも留まらないほど小さなマナの弾丸を額に受けて気絶したり。

 そんなことをしながらも、隼也はするっとユーフォリアに抱きつかれている右腕を引き抜く。

 

「あ……」

 

 思わず漏れた、と言わんばかりの悲しそうな声と視線を受けながら、何事もなかったかのようにユーフォリアを視線から守るようにして抱き寄せる。

 

「あ……えへへ」

 

 するとユーフォリアはいつもの花が咲いたような笑顔を見せて、隼也の手を取ってそこに頬ずりする。

 もはやふにゃふにゃに蕩けているのではないかと思うようなそれを見て、隼也はなんとなく犬か猫を想起したがそれを口にすることはない。

 

(……っ!?)

 

『我と契約せぬか……?』

 

「おにーさん!?」

 

 直後、立ち眩みが隼也を襲う。

 何者かの声が聞こえて、ふらりと倒れそうになったところでユーフォリアが掴んだことで隼也もどうにか踏みとどまるが、頭痛が酷く、ユーフォリアの呼ぶ声に反応することができない。

 

「いや……大丈夫」

 

「本当、ですか……?」

 

 心配そうなユーフォリアを撫でて誤魔化し、そしてユーフォリアもそれが誤魔化しだと気づいていながらも誤魔化そうとしているのだからと戻った後にちゃんと見てもらうことを条件に諦めることにした。

 

「……」

 

 そのせいで、その後のデートは微妙な感じになってしまった。

 時々、隼也を立ち眩みが襲ったことが、やはりそれを助長していたのか。

 大丈夫じゃないですよね、と視線で語るユーフォリアが、隼也には痛かった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 とは言っても、デートはデート。

 元々の予定が存在しなかったとはいえ、二人で話し合ってどこを回るのかということを出発する直前には決めていたのでその最後にたどり着くまではちゃんと二人ともデートとしての体裁を整えていた。

 

「おにーさん、早く帰りましょう」

 

 なので最後に、夕日の見える高台にたどり着いたユーフィーの第一声は隼也のことを心配する一言だった。

 

「……少しぐらいはこの風景楽しもうとは思わない?」

 

「確かに綺麗ですけど……」

 

 それはおにーさんの容体を気にしない理由にはなりません、とぴしゃりと言い放つ。

 隼也は知らないことだが、今の彼女は両親譲りの頑固な一面を見せていた。

 

「とにかく、まずはおにーさんの不調の原因から……」

 

「あ、それに関してはわかってるから問題ない」

 

「……」

 

 無言の圧力が隼也にかかる。

 むすっとしたユーフォリアの視線は「理由を教えろ」と如実に語っており、隼也もそれに逆らうことはなく長い話になるからとそこらへんにあったベンチを指して座ることにした。

 

「それで、どういうことなんですか?」

 

 ベンチに座った隼也の膝の上に座って頭を胸にグリグリと押し付けながらユーフォリアが問いかける。

 取っている行動と視線の温度差が激しすぎるが、隼也は戸惑うこともなく、大したことじゃないけどと言って平然と話を進めることにした。

 

「いや、多分、永遠神剣っぽいのに接触された」

 

「大したことじゃないですか!」

 

 怒られた。

 

「それがおにーさんを乗っ取るつもりだったらどうするつもりだったんですか!」

 

「いや、その場合もアムがどうにかガードするつもりだったみたいだし……」

 

「ぷぅ……」

 

 アムという名前を聞いてユーフォリアはむすっとした。

 そんな彼女にキスをしたりしてご機嫌とりに勤しみながらも、隼也は説明を要求されてそれに応えた。

 

 接触してきた永遠神剣が名乗った永遠神剣第二位「協奏」という名前。

 そして接触してきた意図……契約をしないかと迫ってきたこと。

 

「おにーさんはどうするんですか?」

 

 それらを聞いて、ユーフォリアはむすっとした顔から少し不安そうな顔になって隼也に尋ねる。

 

「うん? 契約するつもりだけど……」

 

 右腕で頭を撫でながら隼也は何事もないかのように言い放つ。

 即答だったがためにユーフォリアは一瞬きょとんとして、意味を理解して喜び、けれど直後三位以上の永遠神剣(上位神剣)と契約する代償を思い出して──

 

「ユーフィーと一緒にいられること以上に大事なことはないからなぁ」

 

「へぅ!?」

 

「なに、その声」

 

「な、なんでもないです……」

 

 ユーフォリアを下ろして、立ち上がる隼也。

 帰るのだと悟ったことで、ユーフォリアも横に並んだ。

 

 戻った時に出会うことになる、見覚えのある(見知らぬ)面々のことを、今はまだ知る由も無い。



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第十七話:お前、登場いつ以来だっけ?

 隼也たちが戻ってきて数十分。

 その部屋は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 

「……」

 

 その始まりは戻ってきた直後のこと。

 

「あっ……」

 

 ユーフォリアの目の前にいたのは枯れた世界で戦った五人とその愉快な仲間たちっぽい連中。

 旅団と呼ばれる組織と、それに協力している面々と鉢合わせをした。

 

「てめぇは……!」

 

「なんで貴方達がここにいるんですか」

 

 一触即発。

 ユーフォリアも含めて合計六人。神剣を取り出して戦闘態勢に。

 

「ちょっ……ソル! タリアにヤツィータまで! 一体どうし……って御堂くん!? どうしたのその腕!?」

 

 何が起きているのかわからない残りの面々はパニックになり、ついでに斑鳩沙月と世刻望は行方不明になっていた御堂隼也を見つけて喜びに沸き、直後左腕の欠損に気がついて驚く。

 言われた隼也からすればこいつら誰だ、状態だが、その集団の中に絶を見つけてふと『枯れた世界』に最初にたどり着いた時のことを思い出す。

 

『あの日、ミニオンたちが狙ってきた理由だったな』

 

『あいつらは望を狙ってやってきた』

 

 その二つの言葉を思い出してさらにそこを起点にして過去の……未だ物部学園にいた頃のことを思い出す。

 

「死ね、世刻」

 

 思い出したので、とりあえず隼也の中での諸悪の根源ということになっている望に向けて小刀状の神剣魔法が放たれた。

 

「うわっ!?」

 

「ちっ!」

 

 それは、以前の会話から望に向けて殺意を見せるであろうことを把握していた絶が、驚いている望の代わりに舌打ちしながらも『暁天』で弾く。

 それを見た旅団の面々は、神剣を取り出していなかった者も全員神剣を取り出し、そしてユーフォリアもデート時の服装から神剣使いとしての姿に変わる。

 殺害そのものには失敗しても、学園の生徒に殺されかけたという事実そのものは消えることはなく、そんなことになるとは思っていなかった、そんな理由が思いつかない望たちからすれば、横にいる神剣使いの少女(ユーフォリア)が原因だと判断するのは何もおかしなことではなかった。

 

「お前、隼也に何をした!?」

 

「は?」

 

 端的な一言だった。

 そしてこれまで誰も聞いたことがないほど冷たい声だった。

 それは、今この部屋に入ってきた時深さえも。

 

「私が、おにーさんに、何かしたと。貴方は、そう言いたいわけですか? 自分のことを棚に上げて?」

 

「そ、それ以外に考えられないだろ!」

 

 その恐ろしさにどもりながらも、望は言い返す。

 誰もが、言われていないどころか味方であるはずの隼也までもユーフォリアの冷たすぎる声に微妙に怯える中、それはある意味では勇者じみた行動だった。

 

「い、いや望。今回に関してはそのガキは関係ないぞ」

 

 そしてそこで入る絶のフォロー。

 さすが親友と言うべきか、望の命が守られるように、望の勘違いを正すために、絶の言葉は望の心を突き穿つために放たれる。

 

「何言ってるのよ。こいつがか、それとも二人ともかは知らないけど『光をもたらすもの』に所属しているってことでしょ? そうでもなければ世刻を狙う必要なんてないわ」

 

「いや、一つだけあるさ」

 

 タリアの援護もバッサリ両断。

 絶は結局のところ望も被害者だということを理解しながらも、かつての隼也と出会った時の話を思い出して、望が狙われる理由を説いた。

 

「『光をもたらすもの』が狙ってきたことが原因で、分枝世界間の狭間に落とされ、永遠神剣と契約することになったこいつからすれば、『望があの学園に存在したこと』だけで、狙う理由になる。……そりゃ恨むさ。全く関係ないことに巻き込まれた挙句殺されかけて、殺し合いに参加するしか生き残る道はなくて、しまいには今見ただけでわかる通り腕を失ってる。そんな事態に陥ったのは全て、『望が狙われたこと』が原因だ」

 

「でも、それは望くんの意思はないんだから彼に何を言ってもダメでしょう!?」

 

「いいえ、そんなことないですよ」

 

 そこに、望を庇おうとした斑鳩を遮るように、ただ話を聞いていたユーフォリアがぴしゃりと言い放つ。

 

「おにーさんは前に話してましたよ。小さい頃、家族ぐるみでの付き合いがあった頃に、そこの人と、後一人いるっていう幼馴染さんと一緒にピクニックに行って、その人が永遠神剣の力を引き出して野犬を殺したっていうことがあったそうじゃないですか。その時点で、神剣の力は目覚めてたんですよ。……神剣の力に気づいてなくても、まともに考えたら何も持ってないただの子供だった頃に『野犬を素手で絞め殺せる』ってだけで、自分が異常だと、近くにいたら殺しかねないんじゃないかと思わなかったんですか?」

 

「それ、は……」

 

「貴方が少しでもその時に自分のことに恐怖を持っていたなら! おにーさんは腕も無くすことはなくて! 記憶が消えることもなくて! 今も普通の学生生活を送れていたんですよ!」

 

 俯く望に、ユーフォリアは責め立てるようにして言い募る。

 時深が今の荒ぶっているユーフォリアの肩に手を置いて落ち着くようにとジェスチャーで示す。

 それによって少し落ち着いたユーフォリアは失礼しますと言って、隼也を連れて自分たちに割り当てられた部屋へと向かう。

 

「あの、記憶が消えてるってどういう……」

 

 ユーフォリアがいなくなって、物部学園の生徒がそんなことになっているとは思わなかった、狙われた時に学校にいた三人中二人が沈む。

 そんな中、その二人に配慮をしながらも誰かが時深に尋ねる。誰もが気になっていた、腕の欠損という目に見えるそれとは違う、「記憶が消えている」という見た目ではわからない欠損のことを。

 

「今の彼は、個人として過ごした記憶がほとんど消えている状態です」

 

 時深は、ため息を一つ吐いてから話し始める。

 精神的な部分で隼也のことを一番理解しているのはユーフォリアだが、肉体の状態という意味合いでは未来視も含めて情報を得られる時深の方が理解していた。

 

「今の彼の中に、御堂隼也(彼自身)としての記憶で残っているのはユーフォリアと過ごしていた時のことだけです。先ほどの、彼が世刻さんを認識してから攻撃するまでのわずかな間。あれは、『ユーフォリアと出会ってからの暁さんとの会話』を元にして世刻さんのことを思い出したからです」

 

「そん、な……」

 

 その言葉は、望にどう響いたのか。

 少なくとも、思い出しただけで殺しにかかる程度には嫌われていたことに対してショックを受けているのは間違いないようだった。

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

「……ああ」

 

「ちょっとサレス。望くんがまだ……!」

 

「望なら自分でどうにか納得するだろう。……あとは、それまでの時間をどう有効に使うかだ」

 

 それとも、望がそんなこともできないと思っているのかと言われれば沙月は何も言えない。

 ここで望を気にかけて言い募れば、それは望を信頼していないように思えるし、かと言ってそのまま同意すれば望のことを心配していない人でなしになるような気もして。

 そんな心の機微を理解していながら、あとで荒ぶっているユーフォリアの対処もする必要がある、と気が滅入りそうになっている時深は、もう一つ頭痛の種が増えることも理解しているがために悪態の一つはつきたくなったが、それを表に出すことなく尋ねた。

 

「では、話を聞かせていただけますか? 貴方達が理想幹に向かう最中出会ったという、永遠神剣第三位『天造』の担い手であるイスタという男の話を」

 

 

 

 

 時深たちが真面目な話を始めた頃、時深が後でなだめようと思っていたユーフォリアはというと──

 

「おにーさん……えへへ」

 

 もうすでにだいぶ機嫌が直っていた。

 和室に入り、胡座の形で座った隼也の足の上にここが居場所だと言わんばかりにスッポリと収まったユーフォリアは、安いことに撫でられているだけで機嫌が直りかけていたのだ。

 

「ユーフィー」

 

 名前を呼んで、振り向いた彼女に隼也はキスをする。

 甘い、ミルクのような味。

 他の誰かとキスをしたことがないから、これがユーフォリア特有のものかどうかは隼也にはわからない。

 けれど、その答えを知る機会はなくていいと彼は思っていた。

 

「ユーフィー」

 

 もう一度名前を呼ぶ。

 いきなりキスをされた少女は驚きを見せながらも嫌がることはなく。

 今度は自分の方からキスをする。

 

「好きだ」

 

「あたしもおにーさんのことが好きですよ」

 

 隼也の言葉に間髪入れずにユーフォリアは返す。

 二人の間で交わされた視線に乗っていたのは何か。

 それを知る者は二人以外存在しない。

 

 笑む少女にはすでに、こんなキスを隼也がする理由がわかっているようで。

 何も言わずに、ただお互いが望むままにキスを続け、どちらからともなく疲労によって眠りについた。

 

 

 

 

 そして、その日の夜。

 隼也は、一人庭の方に出ていた。

 

「……」

 

 草木も眠る丑三つ時。

 今、この『出雲』には旅団の面々と物部学園の生徒たちも存在するが、そちらも何かしらの疲労があるのか、あるいは元の世界に近い世界に来たことで緊張が緩んだのか、誰も起きている気配はない。

 

「待っててくれてありがとな」

 

 静寂の中、隼也の声が虚空に溶ける。

 何もいない空間、何も存在しないはずの世界。

 そこに、まるで何かがいるように。

 

『気にするな。我も契約をするかもしれない相手の機嫌をわざわざ損ねるような真似はしたくなかったのでな』

 

 そして、虚空から返答が返って来る。

 直後、隼也の正面に神剣が出現する。

 光の球体としか言いようのない存在が。

 

『さて、では答えを聞かせてもらえるか?』

 

「ああ」

 

 手を伸ばす。

 

「俺はお前と契約する」

 

 ひょい、と避けられる。

 

「……いや、なんで避けるんだよ」

 

『我は手に取る永遠神剣ではない』

 

 そのまま、左腕の断面に突っ込んで来る。

 そして、体の中に溶けた。

 

『我は永遠神剣第二位「協奏」。お前の肉体と同化し、その力となる者だ。以後、よろしく頼むぞ我が主よ』

 

 それが、溶ける瞬間、確かに隼也が聞いた「協奏」の言葉だった。



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第十八話:永遠存在として……

 隼也が永遠存在(エターナル)となった翌朝。

 ちょっとした騒動が発生したのだが、それも終結して、隼也とユーフォリアは防衛人形から時深がいる部屋に来るように言われ、今たどり着いた。

 

「おはようございます、二人とも」

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、時深さん!」

 

 朝の挨拶をした三人。

 ここにいる誰もが、この場に三人が揃った理由を知っている。

 時深の視線の先、それにつられるように隼也もユーフォリアも同じ箇所に、隼也の左腕に視線を向けると、そこには()()()()()が。

 

「それが……?」

 

「ええ」

 

 互いに言いたいことはわかっている。

 ユーフォリアは通じ合ってるような雰囲気を出している二人に面白くなさそうで。

 けれどくしゃりと頭を少し乱暴ではあったが撫でられたことで落ち着いた。

 

「もう一度自己紹介した方が……?」

 

「ええ、そうですね。エターナルとしての貴方の自己紹介を」

 

「わかりました」

 

 今も撫で続けていたユーフォリアから一度手を離して、背筋を正す。

 契約直後、「協奏」から名乗るようにと言われた名前が存在する。

 そんな、エターナルとしての初めての名乗りを、ユーフォリアの前で、ユーフォリアの知人女性に対して行う。

 

「永遠神剣第二位『協奏』の担い手、エターナル”黄昏にて(かな)う者、シュンヤ”と言います。若輩の身ではありますが、何卒よろしくお願いします」

 

(以前よりも物腰が柔らかになっていますね)

 

 ユーフォリアと共にあるということはつまり、倉橋時深の、エターナル”時詠のトキミ”も存在する陣営であるカオス・エターナルに所属することになる。

 なので先輩後輩という関係も合わせて、これまで以上に丁寧な対応となった。

 

 そして名乗った名前。

 「協奏」曰く、神剣宇宙の終焉(黄昏)にてあらゆる事象を”協う”、つまりは調和する役割を持つ者。

 それが、「協奏」の担い手たる隼也に与えられた役割だった。

 

 だからこそ、調和する役割を持つからこそ、相手と自分から敵対するような真似は基本的にはしない。

 例外となるのは、ユーフォリアといることを邪魔しようとする連中、そして己が人間だった頃の因縁だけだ。

 

「あの、時深さん。少し、場所を借りることはできませんか?」

 

 そんな名乗りが終わった直後、ユーフォリアの言葉が時深に向けられる。

 

「それぐらいなら別にいいですが……」

 

 なぜ、と問いかける瞳がユーフォリアに向けられた。

 

「おにーさんの神剣はこれまでと違いますし、少し慣れてからじゃないと実戦は厳しいんじゃないかなって」

 

 左腕となっている永遠神剣を見つめてユーフォリアは言う。

 

 言うまでもないことだが、隼也の武器は元は大剣。

 ユーフォリアの父親である聖賢者ユウトは契約した永遠神剣「聖賢」の力と、元々持っていた永遠神剣と「聖賢」が「大剣型」という一点で共通していたために、最初からある程度戦えていたが隼也にはそんなものはない。

 「協奏」の能力の関係もあるのでアムから受け継いだ知識も一部扱うことはできるが、そもそも「左腕を武器として扱う知識」は持っていないし、「その知識を有効活用できるようにする」ことと「知識を引き出してくる」ということにかかる時間が戦場では生死を分けることになる。

 なので、隼也単体で扱える戦い方を身につけておく必要がある、と。

 

「そうですね。……ですが、今は旅団の方達がナルカナ様の試練を受けているので、出雲の奥に通じる修行場を使うのは無理です」

 

 後で行うとしましょう、と言われると納得するしかないが、それでも「隼也を辛い目に合わせた諸悪の根源が優遇されている」ようでちょっとむくれているユーフォリア。

 順番というものがあることは理解していながらも、なんとなく納得がいかない姿に、良い子という印象が強かった時深は珍しいものを見たというように目を丸くしていた。

 

「旅団って昨日の?」

 

「ええ。仲間が攫われたらしいのですが、敵の本拠地に向かっている最中にエターナルに妨害されたらしく、進むにせよ戻るにせよデメリットがどうしようもなく存在する状況だったそうで。そのタイミングでナルカナ様が引っ張った結果、今彼らはこの世界に来ているんです」

 

 そしてもう一つ。

 

「そのエターナルが、貴方達が戦ったというイスタという神剣使い、だそうです」

 

 それは、大きな情報だった。

 

 

 

 

 

「まさか、あれで死んでなかったなんてなぁ……」

 

「あたしも、ちゃんと見ておけばよかったです」

 

 時深から伝えられた情報に、少々のショックを受けながら歩く二人。

 その脳内では、時深から伝えられた「イスタがエターナルになった経緯」というものがぐるぐると渦巻いていた。

 

 死に体のイスタを永遠神剣が操り、砕けマナの塵に還ろうとしていた平衡を吸収することで第三位「天造」へと回帰したこと。

 さらに、あの時に吐き散らされたマナを吸収することでイスタ自身の肉体も補填して強制的に蘇生させたこと。

 結果として、エターナル”天造のイスタ”が完成したこと。

 

「いや、ユーフィーは俺が死にかけてたからそのまま連れて来てくれたわけだろ? だったら恨み言は言うわけない」

 

 そんな言葉を口にしながら、ユーフォリアの頭を感覚が存在する右手で撫でる。

 微妙に沈んでいたユーフォリアもふきゅ、と声を漏らして撫でられるのを楽しんでいた。

 

「あっ……」

 

「御堂……」

 

 そんな時に、目の前に見知らぬ人間がいることを見つけた。

 

「誰だ、お前ら」

 

 森信助と阿川美里。

 隼也が特に親しかったわけではないクラスメイトだが、クラスメイトであるがゆえに生きていると聞いて喜び、そして心配して、隼也が記憶と左腕を失ったことを聞いてショックを受けていた生徒筆頭でもある。

 自分たちは本当に運が良かっただけなんだと、同じ立場にいたはずの隼也が通って来た道を聞いて実感したから。

 だから、彼ら彼女らはわずかに声かけに躊躇して、そして声をかけた後の返答に対して「本当に記憶が残っていないんだ」と実感した。

 

「その腕……左腕、なくなったって聞いたんだけど」

 

 話のとっかかりが見つからない。

 彼らのことを思い出せるだけの何かが存在しないと、旧交を暖めるなんてこともできない。

 だから、彼らが持ち出した内容は今の隼也でも知っている、むしろ彼以上に知っている人物はいないであろう左腕のことだった。

 

「なんでそんなことを見知らぬお前らに話さないといけないんだ」

 

「っ……!」

 

 今の隼也にとってこの二人は、「昨日ユーフィーが敵意を向けて、ユーフィーに敵意を向けていた集団の連れ」という認識。

 つまり、元々同じ高校だったという認識はなく、さらには世刻望に対して向けた殺意の理由も、思い出しにユーフォリアが関わっていないがためにすぐに忘れてしまっていた。

 理由は覚えていなくとも殺意を向けたということはそいつの仲間であるこいつらも敵で、ならばこれの存在を教えるわけにはいかないだろう、という思考が隼也の中では働いていた。

 どうせ後で知られるとしても、これが神剣か、あるいはただの義腕かまでは実際に目にしないとわからないだろうから、と。

 

「ほら、行こうユーフィー」

 

「はーい」

 

 「見知らぬ人間」扱いされて、無関心な瞳を向けられたことで本当に記憶を失っていることを実感した二人を通り過ぎて、ユーフォリアとともに部屋に戻っていく隼也。

 それを呆然と見送る二人は、しばらくの間そこから動くことはなかった。

 

 

 

 

「それでは二人とも、よろしく頼む」

 

 翌日、なぜか隼也とユーフォリアは物部学園を運ぶ神獣、ものベーの中にいた。

 

「言われたぶんのことはするさ」

 

 ユーフォリアは、かつて戦った五人のうちソルと呼ばれていた男性と睨み合い、隼也は旅団のリーダーであるサレスと会話していた。

 

 こうなったのは時深の一言。

 

「『天造』の担い手がどういう意図で邪魔をしたのかはわかりませんが、これは貴方達の不始末なのですから、貴方達がどうにかしなさい」

 

 という真っ当なそれ。

 そのために、隼也とユーフォリアは『”天造のイスタ”が出てきた場合、そいつと戦う』ためだけにものベーに共に乗ることになった。

 理想幹神がどうの、という話をされたがそれはこの二人には関係ない。

 むしろ

 

「というか、なんでお前らは神剣使い以外も連れて来たんだ? どう考えても狙われるだけなんだから置いていけばよかっただろうに」

 

 今現在仲間が攫われているから助けに行く、という話であるはずなのに人質として有効に過ぎる、攫われやすい一般人も連れて行こうというところに、当人達にそんなつもりがあるかどうかは関係なく、楽観視しすぎているのか、あるいは隼也たちが守ってやるとでも勘違いしているのではないかと、そう言いたくなるような話だった。

 一度仲間が攫われているのだから、攫われないように手を尽くすべきだろう、と。

 

「一応言っておくが、狙われても知ったこっちゃないぞ。連れて行くことを選んだのはお前らで、この学園に残ると決めたのはあいつらだ。巻き込まれたならともかく、巻き込まれに来た連中の身の安全を保障するつもりはない」

 

 行くぞユーフィーと言って、ソルラスカとにらみ合っていたユーフォリアを連れて行く。

 すでに仮眠室の場所は教えてもらっているために、二人は特に誰かに場所を聞くことなく出て行った。

 部屋には微妙に重苦しい雰囲気が残ったままだった。

 話を聞き流していたナルカナはあくびをした。

 

「おにーさん」

 

「ん? どうした、ユーフィー」

 

 歩く最中、すでに全校生徒に通達されていたのかどことなく痛ましいものを見るような視線を向けられたが、二人はそんなことを気にはしない。

 あとついでに向けられたロリコンを見るような視線にはマナ弾を額に直撃させて強制的に黙らせた。

 

「あとで剣道場に行きましょう。多分、そこが一番訓練しても問題ない場所だと思います」



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第十九話:やることないと暇でいいねー

「ゆーくん、力を貸してっ!」

 

 ユーフィーが突っ込んでくる。

 「悠久」から生えた光の長剣が、()を切り裂こうと迫ってくる。

 

「プチニティーリムーバー!」

 

 彼女が以前説明してくれた、母親から受け継いだという技は、まともに受けたら世界の外に追放されそうな威容を持っていて。

 『人間』御堂隼也も、『神剣使い』「平衡」のシュンヤも、その一撃を防ぐ手段を持っていない。

 エターナルとしての彼女が、普段の訓練でどれだけ手加減していたのか。

 それが、長剣を構成するマナの量を感じただけで今の俺にはわかった。

 

「斬り穿つ」

 

 マナを左腕に集める。この技はアムからもらった知識の中で最初の接続時に解放したものの中に存在した技。

 俺の体を乗っ取ったりできるようになったアムのおかげで、彼女から継承した知識によって常から発生している情報の激流はある程度堰き止められ、すでに解放してある分……大剣を使用した剣術に関してだけは必要な時に必要なものを彼女が持ってきてくれる。

 

「オーラフォトンブレード!」

 

 左腕に顕現したのは極太の光の刃。手刀から延びた光の刃は、その左腕に纏ったマナの燐光をより鮮明に、より荒々しく纏め上げたもの。目の前の敵を食い破り、そのマナを喰らい尽くすと攻撃性に満ち満ちたマナは叫んでおり、そんな獣性を解き放つかのようにして正面からプチニティーリムーバーに叩きつけた。

 火花を散らせながらぶつかり合った刃は、その刃を構成するマナすらも互いの刃に食い込み、相手の存在を食い散らすようにずぶずぶと嵌まっていく。

 

「裂き斬る」

 

 それを見た俺は右腕にもマナを集める。マナの操作に関しては永遠神剣を失ってからも神剣魔法を扱うために行っていた。そのために流れるようにマナの移動、凝縮、形成を行えた。

 

「オーラフォトンクロー……!」

 

 そして、それら三工程を為した後に俺の右腕を覆っていたのは、鉤爪だった。右腕が振るわれると同時に、左腕に展開されていたブレードが掻き消えていく。鉤爪が、「悠久」から延びる意思の刃を絡め取ろうと混じり合っていく中で

 

「え……っ!?」

 

 一歩遅れてその狙いに気がついたユーフィーが強引にマナの刃を消去(キャンセル)して、結果として俺の狙いも彼女の一撃も、どちらも空振りに終わる。

 

 ぬかった、と心の中で吐き捨てる。ユーフィーとの戦闘となると長時間のものになればなるほど地力の差が出てくる。だから、今はまだ「協奏」と契約してからわずかな時しか過ごしていない……まだこの武器に慣れていない俺からすれば短期決戦で決める必要があって、そしてその作戦がユーフィーの武器を取り上げてしまうことだったのだが。

 

 それは失敗した。ならば次の作戦だ。そんなものないけど。

 

 いや、その気になればアムから継承した知識を組み立てることで彼女を倒す作戦をいくつか立てられるのだろうけど、俺にはそれらを咄嗟に組み合わせるだけの経験が不足している。あれだ、数学の文章問題で、必要になる計算式は全部わかっているが、それらをどう使えば解けるのかを想像できていないから解けない、みたいなやつだ。

 更に言えば、今の俺は自分が扱える知識の総量を知らない。どんな知識が眠っているのかは開いてみないとわからないのだ。不確かすぎて、戦闘中にいきなり解放して探し当てる確率を狙うのなんて無理無茶無謀の三拍子揃っているとしか言いようがない。

 

 ユーフィーが一度距離を取ろうとして後ろに跳ぶ。

 こちらも、一度右手の鉤爪を解除して後ろに下がる。

 

「装填、解放……!」

 

 彼女の周囲に魔法陣を展開し、オーラフォトンクルセイドを五つユーフィーの動きを封じる形で解き放つ。

 十字架は確かに逃げ道を塞ぎユーフィーの出る道を絞ったが、逆にそれは罠だと分かり易すぎて、彼女がその罠を食い破ってでも前に進むと瞳に決意の色を乗せるまでの時間が短縮されるだけに終わる。

 

「アムっ!」

 

 突っ込んできたユーフィーを瞳に捉えながら、左手を前に突き出す。そうして叫んだ名前から了承の言葉が返ってきて、自らの脳内にアムが知る限りの()の術理が強制的に流し込まれた。

 迸る頭痛に、けれど以前の大量の情報に比べればマシだと強引にねじ伏せて、突き出した左腕にマナを集める。神剣で構成されていた手が変貌していく。まるで、左手で弓を握っているような形、あるいは左手と弓が融合したような形にも見える。その形成が終わったと同時に、己の左腕部分から重たい何かが人間の部分に流れ込んできたように思ったが、それはすでに知っていたことなので気にしない。

 

「形成……『蒼穹』っ! 擬弓よ、突き穿て!」

 

 弓をひくような動作を行う。実際には習ったことはないからただの見よう見まねだが、矢が存在しない弓からはそれだけで、大量のマナ矢が出現、掃射され、ユーフィーが唯一出られるであろう出入口へと殺到する。けれどそれを確認したユーフィーは、出入口を形成していたクルセイドに「悠久」から展開した光の刃の腹部分を押し当てて動かし、迫り来る矢に対する盾にした。

 

「氷晶の青、輝閃の白、その完全なる調律よ!」

 

 そして、十字架を動かしたことで新たにできた隙間から脱出。それと同時に、その十字架を展開していた魔法陣が砕かれたことで十字架の即席盾が消え去るも、すでにその時点でユーフィーはその場所にはいない。

 

「形成、『悠きゅ──」

 

 弓と化していた左腕を変貌させる。先ほどよりもさらに重たい何かが流れ込んできて、理解していたにも関わらず、一瞬動きが止まった。

 そして、それだけの時間があれば彼女には十分だったらしい。すでに眼前に迫ったユーフィーに対処する手段は俺には存在しない。諦めて、その刃を受け入れることにするのだった。

 

「パーフェクトハーモニック!」

 

 ユーフォリアの剣の閃きを最後に、俺の意識は落ち──

 

 

 

 

「それで、おにーさんの腕が変化したのって、やっぱり永遠神剣の力なんですか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 目を覚ましたのは戦闘訓練を行っていた剣道場の中。今は、ユーフィーを膝の上に乗せている。この時間樹の中を巡る最中に幾度か聞いて、そして『出雲』でついに理屈を知った『聖なる神名(オリハルコンネーム)』というもの。世刻たちのようにそんなものを持っていない俺たちからすれば、体を鈍らせない、戦闘時の咄嗟の判断を鈍らせない、などの様々な観点から見て戦闘訓練を行うことは必須。あいつらのように『前世の力を引き出せばそれで終了、お疲れ様でした』とはならないのだ。

 特に、俺に関しては未だ若輩の、成り立てのエターナルであり、今までとはまるで勝手が違う「協奏」を用いての戦闘に慣れるために、自らよりも強者であるユーフィーと戦って自分だけの戦い方を形成するのは重要なことだ。

 

 そしてそれには、永遠神剣の固有の能力も使いこなす必要がある。

 

「『協奏』は、神剣宇宙の末世で起きるであろう争乱を納め、調和するための力だ。だからこそ、全ての永遠神剣の力を抑えるために、その対となる力を発生させられるし、その気になれば『相手の反対の力を持つ永遠神剣をその場で一時的に作り出す』なんてことも可能だ。……俺はそこまでシンクロできないから、使える力には制限があるけどな」

 

「制限があってもすごいと思うんですけど……」

 

「いや、もう少し慣れれば色々とできるんだろうけど、今は相手の武器を見ただけだとその外観をまねることしかできない。『俺が』相手の能力を自分で理解しないと相手の能力の対になるものを使えないんだよ。さらに言えば、そうして得た力も、相手と同じレベルで、相手の力を封殺できるようにするには一朝一夕には無理だから、二回目以降の戦いじゃないと使い物にはならないんだよ、形成した永遠神剣」

 

 一応、武器として扱うだけであればアムから継承した知識、今はまだ継承されていない知識という禁じ手があるので不可能ではないだろうが、それではこの永遠神剣の真髄を使いこなせているとは言えない。

 そもそも争いを納めるための力なのだから、そこに至るまでの過程で自分が他者との友情を築いて、その末世で戦いが始まった時に、始まる前に終わらせてしまうのが正しい使い方なのだろうけど。

 

「一応、今は時深さんの永遠神剣の力を教わったおかげで、時間関係のことなら多少はどうにかできるぞ?」

 

 ……文字通り、その能力によってボッコボコにされて教わったおかげで。時間を消しとばすタイムリープとそれの裏技で自分に都合のいい時間を差し込む技だったり、タイムアクセラレイトとそれの裏で自分の時間を遅くする、エターナルとしてはどこに使い道があるのかよくわからない技だったり。

 

 実際今も、「休憩時間」を差し込むことで二人の体力を回復させていたり。

 

「むー」

 

「どうした?」

 

 なんだかむくれている。

 

『多分……』

 

 理由がわからないまま頭を押し付けられて、そんなユーフィーを撫でていたところアムが口を挟んできた。そこで伝えられた内容は思ってもみなかったことだが、一応俺よりは乙女心に詳しいはずのアムなので、その言葉を信じてみることにしよう。

 

「『悠久』の能力はよくわからないからなぁ。形だけ真似ることしかできないし。……『悠久』の能力教えてくれない?」

 

「あう……私もわかんないです」

 

 しょんぼりするユーフィーに、アムの言葉を疑っていたわけではなかったが、当たっていたことに多少の驚きを覚えた。

 

 まさか、自分よりも先に時深の能力を覚えたことに嫉妬していたなんて。

 

「……でも、おにーさんがわかってくれるなんて思いもよりませんでした」

 

 そんなことを思っていると、ユーフィーがそんなことを言い出した。

 俺が気づいたわけではなくて、アムが気づいたのを俺が口にしただけなのだが、乙女心に疎い俺でもこれを言ったら怒らせることぐらいはわかっている。なのでそのことについては口を噤む。

 

「あー、うん、好きな女の子のことぐらいはね」

 

『嘘つき。自分じゃわからなかったじゃないですか』

 

 うるさい黙れ。お前は俺の前世なんだから実質俺。だから俺が理解したようなもの。おっけー?

 

『はあ……女心に疎い来世を持つと大変ですね』

 

 脳内でため息をついているアムを無視して、お互いにある程度疲労が取れてきたことを確認し終えたところで立ち上がる。

 

「それじゃ、もう一戦頼んでいいかユーフィー?」

 

「はい、別にいいですよ」

 

 ただその前に、というユーフィーがこちらを向いて──

 

「ん……」

 

「……!」

 

 いきなりのキス。ちょっと驚いたが、よくよく考えたらいつもの『ご褒美』だということには思い至った。

 ただ、こんなことを要求してくることが今までなかったから驚きは収まらなかったが。

 

「えへへ。模擬戦であたしが勝ったらってやつです」

 

 ふにゃりと笑うユーフィーを一撫でして、そして真剣な表情になってまたぶつかり合うのだった。




二人がイチャイチャする中、原作組は理想幹に突入中。七章の前に八章が来て、結果として七章に入った直後のメンバー+ナルカナで突入する理想幹


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第二十話:何事もないって幸せね

 なんとなく、ユーフィーと剣道場でイチャコラしながら修行をしていると、校舎に戻ってから微妙に生暖かい目で見られることが増えた。

 右腕に抱きついているユーフィーを見ても、彼女もなぜそんな目で見られるのか理解していないらしい。

 確かに、ここで修行をしたことで「ムカつくやつらの本拠地」というだけの場所から、俺個人の話でユーフィーはどう思っているのか知らないが、「修行場」という側面を得たことで、少しばかり気が緩んでいる気がしないでもないが、それでもこんな視線を向けられるいわれはない。

 一応、時間の差し込みで疲れはとっているが、精神的な疲労は未だ取れていないし、ついでに言うなら差し込みにマナを使用したことで消耗しているので、仮眠でもとって休みたい。なのでこの生暖かい視線がうざいということを、頭を撫でるように要求して来たユーフィーを抱き寄せながら撫でて、さらにそのまま歩幅を合わせて歩きながらも話し合っていた。

 

「にしてもあいつらなんで俺らのことをあんな視線で見てるんだ……」

 

「なんか居心地悪いですよねー」

 

 仮眠室にたどり着いて横になると、ユーフィーがいつものようにその横に来て同じ布団の中に入る。

 

「まあ、明日になればさすがにどうにかなってるだろ」

 

「ですよね」

 

 そんな会話をしながら眠るが、この時の俺たちは甘かったというほかなかった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「おい……」

 

 隼也は正直、今こいつらを殺していないことに関しては我慢強いと自分を褒め称えたくなっていた。

 

『頼む、御堂! どうやったらあんなに可愛い子と仲良くなれるんだ、教えてくれっ!』

 

 切羽詰まったような男子生徒たち。

 出会いがないことを悲しんでいるようで、昨日のユーフォリアとの一幕を見て、元の世界からモテていた望とは違い、たった一人相手とはいえあそこまでのいちゃつきっぷりを別の世界に来た途端に見せている隼也にその秘訣を聞きたいらしい。

 

「俺たちも出会いが欲しいんだ……っ!」

 

「お前なら……異世界に来たことでモテ始めたお前ならっ!」

 

「きっと、俺たちの思いもわかってくれるだろっ!」

 

「いや、そもそもお前ら誰だよ」

 

 隼也が覚えていない元クラスメイトだけではなく、一年三年も地味に亡者のごとくすがりついている。

 鏖殺するかと悩んだが、それを実行したらしたであとで神剣使いがうるさいことは隼也にも容易に想像がついた。

 ちなみに、ユーフォリアはユーフォリアで、女子に連れ去られて色々と話を聞かれているわけだが、今の隼也がそんなことを知るわけがない。

 

「ってかここどこだ……?」

 

『おいっ……流石にそれは冗談だろ!?』

 

 冗談ではない。

 今の隼也はユーフォリアと共にいる時間を中心としていて、つい先日の弓の術技を継承した影響で知識の濁流が発生していることもあり、やはりユーフォリアといる時間以外が断続的になり、さらには『ユーフォリアと共に行動している時間』以外はすぐに記憶から消える。

 なので、隼也はこの一瞬で、『こいつらのせいでユーフィーと引き離されたと思ったら、泣いているこいつらに周囲を取り囲まれていた』という状態になっていたのだ。

 

「おいおい……いくらあの子との出会いを離したくないからってそんな嘘はダメだぜ?」

 

「そうだぜ、ソウルブラザー? さあ、キリキリと吐くんだ」

 

「俺たち『世刻ぶち殺す(リア充絶許)同盟』の誇りを忘れたのか?」

 

「いや、知らねえよ。気色悪いから肩組むな。誰が兄弟だ。そしてなんだその同盟は」

 

 無論、記憶を失ったことを知ってはいても、ユーフォリアとともに行動をしていないと現在進行形で記憶を失い続けることなど知らない物部学園の生徒からすれば、ただの言い逃れにしか聞こえないようで。

 肩を組もうとしては投げられ、足にすがりついては蹴り飛ばされ、端的に言って亡者の群れとしか思えない様相が繰り広げられていた。

 

「なあ……頼むよう……俺たちにも出会いを……出会いを……」

 

「もうこれ以上世刻がモテ続けるのを見るだけっていうのは……」

 

「昔みたいに斑鳩先輩がのぞみんをからかうだけだったならまだしも……」

 

「ナーヤちゃんにお兄ちゃんって呼ばれたい……」

 

「ええい、気味が悪いぞ貴様らぁ!」

 

 今、確かにオーラフォトンが集まった。

 一瞬、本気で後先考えずに殺すつもりになっていた。

 しかしどうにか思い直して、ため息を隼也は吐く。

 

「はぁ……わかった。教えればいいんだろ」

 

『おお……!』

 

 男子生徒たちの顔に希望が満ちる。

 それを見て、絶望に叩き落としたくなったので、どうにかしてユーフォリアとの出会いまでを思い出そうとする。

 少なくとも、そこに至るまではまともではなかったような覚えがあるので、それを語れば多分十分なのだろうと隼也は思うが、やはりユーフォリアとの出会いの前のことなのではっきりと思い出すことはできない。

 

『なら、私が語りましょうか? 私は中から見てたので全部覚えてますし』

 

(お、本当か。なら頼む)

 

 入れ替わる。

 隼也の意識が内へ、アムの意識が外へ。

 外から見れば一瞬目を閉じただけだが、それだけで大規模な変化が発生する。

 

「私がユーフォリアとここまで仲良くなるに至った経緯でしたね?」

 

「ん……?」

 

「あれ……?」

 

「なんだか喋り方が……」

 

「出会った時点でもう今の状況と大差なかったと思いますけど……」

 

『女の子っぽくなった…………っ!!』

 

 ざわざわとしながら、少しずつ後ろに下がる男子生徒たち。

 隼也は中から、アムがそのことに気がつかずに語り続けている光景を見ていた。

 

 

 

 

 一方その頃、別の教室にて女子に囲まれたユーフォリアは。

 

「え、えっと……あたし、そろそろおにーさんのところに」

 

「そのおにーさんとの出会いを聞かせて欲しいなぁ……?」

 

 手をわきわきとさせながらユーフォリアに迫る変質者(女子生徒)たち。

 それに微妙に怯えながら、ユーフォリアは隼也のところに戻ろうとする。

 その怯える様が小動物のようで女子生徒たち(可愛いもの好き)の心にクリーンヒット。

 さらなる欲望をたぎらせながらにじり寄っていた。

 

「た、大変だー!」

 

 そこに、男子生徒が一人入り込んできた。

 ユーフォリアからしたら救いの神が。

 女子生徒たちからしたら、恋バナの邪魔をするゲス野郎が。

 

「何よ、今からユーフォリアちゃんに御堂と結ばれるまでのあれこれを聞こうとしてたのに」

 

 なので女子生徒たちは不満を顔にあらわにして、その男子生徒を睨む。

 睨まれた男子生徒は、ビビりながらも今の状況を伝える。

 

「そ、その御堂が……」

 

「おにーさんに何があったんですか!」

 

 名前を出した瞬間、ユーフォリアは先ほどまでの小動物じみた姿から、一瞬で戦士としてのそれに変化する。

 囲い込んでいた女子生徒たちを一筋の突風となって突破して襟元を掴んでガクガクと揺らしながら、彼女の両親が見たら唖然としそうなほどに殺気立っていた。

 

「あ、あいつがなんだか雰囲気変わって、それで女の子っぽい喋り方に……」

 

 もはや聞いておきながら、途中で駆け出していた。

 彼女の中では、アムが表に出てきた時と、アムから流れ込んできた知識のせいで一時的に隼也の人格が希薄になった場合の見分け方は「自分が話しかけた場合の返答」しか存在しない。

 自分が話しかけても返答が女のものならばアムが外に出てきていて、隼也のものに戻った場合は隼也の人格が希薄になっている。

 希薄になったまま放置したらどうなるのか、放置したことがなく、そしてこれからも放置するつもりがないユーフォリアにはわからないし、わかるつもりもない。

 

 なので、走り出していた。

 

「おにーさん!」

 

 見つけた、と思った直後には遠くから大きな声をかけていた。

 ドン引きしている周囲の男子生徒を押しのけて目の前に立つと

 

「あら、ユーフィー」

 

 女性の言葉が、男性の声で男性の口から放たれる。

 

「アムさん。説明されてないこの人たちの前にいきなり出てきたら驚かせるじゃないですかー」

 

 それで、今回はアムが出てきただけだと理解してホッと一息。

 苦言を呈する。

 

「でも、ユーフィーと出会う前のことは、もう隼也は覚えてませんし」

 

 長い時間……とは言っても未だ一月も過ぎてはいないが、それでも常に共に過ごしているのだからある程度は仲良くなる。呼び捨て、愛称と言った部分はそれが理由で出てきて、確実に仲が深まったと聞いた二人は思っていた。

 

「えっと、あの、ユーフォリアちゃん……これはどういう……」

 

「おにーさんには女性人格も存在するってだけのことです」

 

 ユーフォリアの中では、物部学園の生徒の株がどんどん急降下していく。

 知らなかったとはいえ、隼也の自我が希薄になっていたかもしれないほどの時間を別々に拘束されていた、というのは、彼女の中ではマイナス点。

 

「おにーさんは、普段からある、記憶が抜けた男性人格。前世だっていう女性人格。あたしとしばらく離れてると起きる、前世から受け継いだ知識関係で記憶が剥がれていって、女性人格と男性人格が混じった状態の三つで構成されているんです」

 

 後ろから追いかけてきた女子生徒に対しても少し不機嫌そうに。

 

「おにーさんから離れてるわけにはいかないから速く戻らせてって言ったのに……」

 

 幼子が我儘を言うのとは違う、隼也の人格がどうなるのかの予想もつかないからこその人命第一の言葉。

 さすがにそれに対して恋愛どうこうで聞くのは不謹慎だったかと、生徒たちが反省したところで。

 

「まあ、おにーさんがあたしといる時の記憶を失わないのは、あたしのことを大事にしてくれてるからなんですけどねー」

 

「ちょっ、ユーフィー!? さすがにいきなり抱きつくのはっ!」

 

 気づけば、アムも隼也の人格に戻っていた。

 ただ、戻ったタイミングがユーフォリアが抱きつこうとしたタイミングだったので、踏ん張る時間は得られなかったが。

 

『ほほう……』

 

 きらん、と誰かの目が光った。

 

「ちょっとその辺りを詳しく」

 

「聞かせてもらいたいなぁ……?」

 

 男女間でアイコンタクトが交わされ、二人がじゃれ合っている間に周囲を取り囲む。

 永遠神剣の力を使えば難なく突破できるが、使わなければ厳しい包囲網に。

 

「具体的には御堂にとってユーフォリアちゃんが一番(がロリコン)になった経緯とか」

 

「ユーフォリアちゃんがどんな風にしてその思いに答えた、いや、逆か? とりあえず恋人みたいな関係になった経緯とか」

 

 ジリジリとにじり寄ってくるそいつらに気がついた二人はアイコンタクトすらとることなく神剣の力を解放して、天井を蹴ってその包囲網から抜け出した。

 

「あ、逃げたぞ! 追え!」

 

「全校放送を使え! 今この場にいない生徒たちの協力も仰ぐんだ!」

 

 今、おそらく世界一無駄な鬼ごっこが始まった。




微妙に距離が開いたような、馬鹿話ができる程度には縮まったような


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第二十一話:まったりまったり

 世刻たちの集団は、どうやら連れ去られていた永峰という神剣使いを救出することに成功したらしい。戻ってきた時には一人増えていた。どうやら俺とも知り合いらしいが、世刻たちから話は聞いていたのかよそよそしい。そちらの方が、無理矢理に関わってくる一般人よりもマシなので問題はないが。

 

「ごろごろー」

 

 ユーフィーがそんなことを言いながら仮眠室のベッドの上で転がっているのが見える。可愛らしいことは間違いないが、さすがに小一時間あのままというのもどうかと思う。そろそろ声をかけた方がいいだろうか。……体を鈍らせないため、戦い方の模索をしているために剣道場を使う時間もそろそろ近づいてきている。そんなことを始めとしていくつものやめさせる理由はある。

 

 ただ、それらを差し置いて、スカートを履いているのに入り口側に足を向けてごろごろしているのはどうかと思うだけだ。

 

 なので、そんな可愛らしい姿をやめさせるのは心苦しかったが声をかけることにした。

 

「ユーフィー。さすがにそろそろごろごろするのやめよっか」

 

「えー」

 

 一緒に寝ましょうよーと言うユーフィーに時間を確認しようなと返すと、彼女が枕を抱いた姿勢のまま壁に備え付けられた時計を見る。仕方ないとため息をついて起き上がり、俺の膝の上に座る彼女の姿は学園の制服姿。『私服だと敵が入り込んでいた場合に誰が誰だかわからなくなる可能性がある』と言う理由で、学内では戦闘にならない限りは制服の着用が義務付けられているらしく、俺たちも制服を着ている。

 

「ん?」

 

 俺も立ち上がるためにどかそうとしたところで、部屋の外に神剣反応が存在することに気がついた。少なくとも、一度も感じたことのない神剣反応だが、旅団の面々に阿呆面……というか考えるのが苦手そうなやつはいたが、さすがに内部に侵入されて気づかないほどのバカしかいないわけはないだろうからきっと旅団の誰かなのだろう。全員の神剣反応を覚えているわけではないのであれだが。

 

 一応、神剣にマナを込める。本当に一応だ。この旅団の神剣使いは全員一度は見たことがあるので、一度も見たことのない相手なら、それは敵だろうから殺さないといけない。ユーフィーも、少しばかり気を引き締めているのが見える。代償を支払う覚悟を決めて、神剣の変化の用意すらした。技だけならともかく、見た目を似せる、あるいは対となる能力を持った神剣を作成するとなると俺のシンクロ率では厳しいものがある。けどしないといけない。だから代償を支払う。たったそれだけのこと。

 

 そこまで決意を固めたところで、ノックが響く。

 

「えっと、入ってもいい?」

 

 聞いたことのある声だ。……確か、攫われていたという永峰だったか。別に断る理由もないので入れると、まず俺たちの様子を見て目を丸くする。そんなにおかしなものだろうか。ただユーフィーを膝の上に乗せているだけなのだが。

 

「な、なんでユーフォリアちゃんを乗せてるの?」

 

 まさか二人いる幼馴染の片方がロリコンだったなんてとか言い出す永峰。俺はロリコンではない。ただ惚れた相手が少女(ユーフィー)だっただけで、更に言えばユーフィーはエターナルなのに自力で成長しているから、最終的には見た目的には変わらなくなるはずだ。

 

「幼馴染……?」

 

「うん、そうだよ? ……あ、そっか。記憶ないんだっけ。忘れたかもしれないけど私と、望ちゃんと、しゅんちゃんで三人幼馴染」

 

「しゅんちゃん」

 

「しゅんちゃん」

 

 幼馴染ということとか、関係性よりもまずは何よりもその謎の呼び方だ。見ろ、ユーフィーもぽかんとしているじゃないか。二人で瞬きしながら「それって誰?」「誰のことだろ?」とアイコンタクトしているのが見えてるだろ? だったらちゃんと説明しろ。

 

「……とりあえず、その妙な呼び方はやめろ」

 

 そっちがその呼び方をするつもりなら『野犬殺し(ピクニック)に参加していた(であろう)ガキ』と呼び続ける用意がある。というかマジでやめろ。ユーフィーが「しゅんちゃん」呼ばわりされている事実に対してむくれて神剣を取り出しはじめてるし。俺はそんな、ユーフィーの本気の怒りに巻き込まれたくはないので、やるなら勝手にやっててほしい。

 

 とりあえず宥めるために撫でていたが、ムスーっとした顔は元には戻らずにキスをねだられたので、最終的には永峰もその気配に圧倒されたのか、あるいは考えたくないことだが昨日の女子どものようにキャーキャー言い出すためか、どこか慌てた様子で戻って行った。

 

 十分後。

 

「おいおい御堂! ユーフォリアちゃんとキスしたって本当かよ!?」

 

 ……永峰ぇっ!!

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あー、やっぱ『出雲』の方が気楽になれるわ」

 

 閉塞感のあるものべーの旅も終了し、出雲の土地に降り立つ。ものベーの主導権はもともと永峰が握っていたらしく、世刻が永峰を連れて戻ってきた影響で微妙に快適度合いは上がっていた。そんなこともあって行きよりも帰りの方がマシな旅路ではあったのだが。ただ、まあそれのせいで面倒も増えた。

 

『校舎内での不純異性交遊は禁止です』

 

 そんな校内放送によってキスしたり、諸々の行動をしようとする度に邪魔が入ったので一体何度殺害しようと思ったことか、

 

 世刻を。

 

 生徒たちが戦闘に巻き込まれて死ぬのは、彼らも想定してその上で乗っているのだから問題ないが、さすがに私怨で永峰をぶち殺した結果ものベーが消失して生徒たちが各世界に放流される原因になるのは、「自分が人とは違うとわかっていながら学校にいたせいで何も関係ない連中を巻き込んだ」世刻と同レベルの畜生になるような気がしたのでやらない。

 代わりに誰かをぶち殺そうかと思ったら、今のところ生徒会長として生徒をまとめる役割のある斑鳩や、保健室にいるヤツィータなどの重要な役割がある人物を抜いて行った結果、破壊神(疫病神)ジルオルとやらを前世に持つらしい、諸々の巻き込まれの元凶である世刻をぶち殺すのが一番いいのではないかという結論に至った。……ついでに永峰の好きな人物でもあるし、嫌がらせにはなるだろう。

 

 ただ、まあ。さすがに任務として、こいつらをイスタが狙ってきた時に倒さないといけない以上は、俺たちが自分の手でこの集団を終わらせて戦闘を起こらないようにする、なんて手段は許されないだろうし。そうなると連鎖的に、世刻を中心としている集団を瓦解させ、完全な戦闘状態に持ち込む世刻殺害もアウトなのだろう。

 

 というかぶっちゃけた話。永峰の……旅団内部で決められたという『学内での不純異性交遊は禁止』というあれは、聞いた話では『ものベー内部で恋愛が起きた場合、二人が別れて気まずくなる可能性』があるとのことと、『そうなっても必ず顔をあわせる必要があるのが今のものベーで、そしてそれが原因で空気が悪くなるとそれこそ治安維持に大変』という理由で作られたらしい。

 

 それ、すぐに離脱する俺たちには関係なくね……?

 

「お疲れ様です、みなさん」

 

 そんなことを考えながら『出雲』の入り口までやってくると時深さんの姉であり、この『出雲』の長でもある倉橋環さんが出迎えにきてくれていた。穏やかな笑みを浮かべている彼女とサレスの話に曰く、元々の世界に戻るための座標割り出しにはあと数日かかるらしい。

 理想幹には全ての世界の絶対座標が存在するとかいう話を聞いた覚えがあったので、そこで座標を得て来てそのまま直行便で買えるのではないのかと訝しげな瞳を向けた俺だが。

 

「ナル化マナが存在したせいで、そんなことを確かめてる時間がなかったのよ」

 

 そのナル化マナとやらにブチギレているナルカナによって、理由は説明される。そもそもナル化マナとはなんぞやという疑問は存在するままだが。

 

「そして、『出雲』の方でもすでに座標を手にしているものだと考えていたために、私たちのいた『魔法の世界』の座標を始めとして『剣の世界』『精霊の世界』『元々の世界』……つまりは出身世界の座標はどれもわかっていない」

 

 そしてその説明をサレスが引き継いだ。

 

 うん。まあこいつらがいつ消えるかとかは別にどうでもいいことだけれど。……ああ、それでも、よくよく考えれば一つだけ好都合なことがある。そう思った途端、戦意が溢れたのか、途端に顔を強張らせる旅団の面々。さすがにいきなりすぎただろうか。いや、別に問題ないな。最初に会った時にもちゃんと言ったはずだし。

 

「なら、世刻。死んでくれ」

 

「えっ、はっ、なん、で……?」

 

 なんで? バカなことを言う。俺がこんな事態に巻き込まれたのはお前のせいだ、ということはすでにユーフィーから聞いているだろうに。そして、そうではなくて。そのお礼参りというのでは納得がいかないというのなら、お前の流儀に合わせて言ってやる。

 

「『俺は皆を守るんだ』だっけか? それとも『皆揃って元の世界に帰るんだ』だっけか? まあそんなことがお前らの行動指針なんだろ?」

 

 頷く世刻。けれど顔にはまだ理解できませんという言葉がありありと溢れている。だから、ちゃんと説明してやらないと、納得して殺されてくれないだろう。

 

「皆で元の世界に帰るために、皆を守るための力を必要とする。ああ、別にいいさ、何も間違っちゃいない。……言ったのが、諸悪の根源(お前)でなければな」

 

 そもそも、『元の世界に帰る』の前に、『元の世界から追い出される要因』となったのは、暁が言っていた通り『世刻がその学園にいた』からだ。けれどこれまでは『元々の世界に帰るには神剣使いが必要であり、その途中で立ち寄った世界でも戦闘が起きた時に神剣使いが必要』という、生きているに値する理由があった。

 

 だが、もうすぐ帰れるということは

 

「お前の存在はすでに必要ないどころか、ただの害悪にしかならないんだよ。お前だって知ってるだろ? 今回の旅は自分の力が狙われたことが始まりなんだって」

 

 これから先、世刻が普通の人間として生きていこうとしても、破壊神の力を狙ってきた連中によって全く関係ない、今回で言うところの学園の生徒たちのような被害者も出るかもしれない。それは、たとえどんな世界であっても。

 

 だから

 

「永峰のように神剣に関わらずとも一生を過ごせたかもしれない相手を戦場に連れ込んだこと。学園の生徒みたいな本当に関係のない一般人も巻き込んだこと。それに対して悪いと思うなら、少なくとも『今回の旅が始まることになった原因』は、二度とこんなことにならないように死んでおくべきだろ」

 

 まあ、色々と理由をつけてはいるが、要するに。

 

「俺は、すでに(被害者)を出しているくせに、これからものうのうと生きていこうとしているお前が許せない。だから死ね」

 

 被害者がいることを理解していて、しかも目の前にそれがいるっていうのに謝罪すらなしで(したところで『そうか、なら死ね』と殺すだけだが)、自分に未来があると思っているこいつがムカつくから殺すだけの話だ。




七章が存在しないまま八章、九章(ただし希美を元に戻すのにサレスが離脱して合流してという一幕はあったのでちょい長い)と進んだことで、微妙にマナ・ゴーレムが襲いかかってくるまでに少し日数が存在する模様。


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第二十二話:ガンホーガンホー

 望への殺意を漲らせた翌日。

 二人は、あの後に発生した環のとりなしによって三日後に戦うことになった。

 自分をこんな目に合わせた望を殺したい隼也と、それを理解していても生きていたいと叫んだ望。

 これはお互いの意地でもあるので、一対一の戦いとして行われることになったのだ。

 

 隼也は時深に怒られることにはなったが、それでも最終的にはため息をつかれながらも

 

「一度言ってしまったからには仕方ありません。……いいですか? 自分から口にした以上は絶対に負けることは許しませんよ?」

 

 と怖い笑顔での脅しを受けていた。

 なので、今日も今日とて確実に望を殺すためにユーフォリアとともに『出雲』の一角で戦闘訓練を行なっていた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 戦いの場は、何も遮蔽物が存在しない広場だとすでに聞いている。だから、今回の特訓は『出雲』の中でも遮蔽物が存在しないところを選んでいるが、けれど俺たちの戦い方を確認できないように結界は貼られているらしい。本番になって初めて、俺たちはお互いの戦い方を知る。その時にはすでに誰にも邪魔できない、邪魔させないということも時深さんたちが確約してくれた。……ただ、俺たちの求める決着が違う影響で、望の勝利条件は『俺を殺す』『俺のマナ切れまで粘る』の二つのうちどちらかを達成できればそれで済む話となり、俺は『望を殺す』以外では敗北となる。

 

 そんな、当たり前の話を思い出して、俺は今日も防衛人形と剣を交える。

 

 右手に持ったマナで構成された光の長剣が防衛人形の持つ、名も無き永遠神剣と打ち合う。持っているのがただの右腕だとしても、その長剣はオーラフォトンの輝きを放ち、剣に固定化された状態で消費されるだけではなく、オーラフォトンノヴァとしての解放をも待ち望んでいるように見えた。「協奏」は完全な白属性。赤属性などを組み合わせて使うのは厳しいが、ギリギリ、技としての形は整えられる程度のものならば頑張ればどうにか使える。

 

 だが、今となってはそんなものは必要ではない。

 

 赤属性のマナを集中させて爆炎を起こすことは叶わずとも、武器に込めたオーラフォトンを起爆させることで爆炎を発生させることは可能だ。緑属性のマナが使えなくても、マナはそもそもが万物の素。込め方次第では十分に治療が可能だ。青属性のマナが使えなくても、相手の神剣魔法をより強い一撃で叩き潰してしまえばいいだけのこと。黒属性に至っては、そもそもエターナルと神剣使いという違いだけで嫌がらせとしては十分にすぎる。敵に対してのインパクトを地面から与えたりするそれらは、ただただ存在の差を見せれば事足りるものだった。そのため、これから先の永遠においてはともかく、今この訓練の時だけはオーラフォトンの扱いと、武器としての「協奏」の扱いに慣れればいいだけの話だった。

 

 左腕を突き出す。左腕が神剣となっている現状では、マナを込めて突き出すだけでもスピードが乗っていれば即席の槍と化す。心臓を抉り取るような一撃を前に、それを受けるミニオンとはまた別の、後ろにて構えていたミニオンから火属性の神剣魔法が前衛ごと焼き殺す勢いで放たれたことで、一度バックステップ。下手な傷を残して世刻を殺す時の邪魔になったりしたら困る。

 

「……これじゃダメだな」

 

 ユーフィーが俺の訓練を見ている少し離れたところにまでは届かない程度の大きさで言う。武器を扱う技術はアムから受け継いだ。けれどそれだけだ。全ての動きの『繋ぎ』が、未だに俺は凡庸以下。一つ一つの技は使えるのにも関わらず、それらを流麗とすら言える動きで繋いでいくことができない。まるでゲームか何かのように、一度技を使ったらそこで動きが雑なまでに停止して、そして次の技に移行。弱点がモロバレだった。

 

 原因はわかっている。エターナルになったことだ。昔であれば。「平衡」を握っていた頃であれば。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてことはなかったのに。基礎能力の短期間の異常なまでの上昇が、自分の力を殺している。

 

 実際、この時間樹のルールで存在する『前世』、つまりは神として生きた記憶を持っている存在は、その神の力を引き出す形で、前世の自分に近く……一般人だった己から神としての己へと戦の最中のみ回帰しているらしい。つまり、前世になるか、前世から力を引き出すか。その違いによって、俺と世刻の差は戦いとして成立しそうな程度の差になっていた。

 

「もっと、体に馴染ませないと……」

 

 今の俺の戦力として数えられる力は各種オーラフォトン。単発で使うことを前提としてアムから受け継いだ各種武芸と、代償を覚悟した上で俺が見た永遠神剣とアムの知識から得た各種上位神剣の力。基本、永遠神剣を模す力は大元の永遠神剣とのぶつかり合いになると熟練度の差で勝てないので戦闘で突発的に使うことはない。今回も使用するつもりはない。

 

「ああ、ようやく復讐の時が来たんだ。ちゃんと確実に殺さないと」

 

 今のあいつでは確実にオーラフォトンの一発すら耐えられない。となるとまずは何を用意しているのか。やはり俺の力を削いで、自分の守りを固める力だろう。神剣魔法もいくつか組み合わせればそんなことができるはずだ。

 

 死にたくない、と叫んだ以上はそれぐらいは容易く成し遂げてくるだろう。それができなければ死ぬのだから。それができないことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから絶対に成功させる。そうだと仮定して、戦力として扱える諸々をどう扱うか。それを決めていく。

 

 この戦いはどう言い繕っても『俺があいつを許せない』と言う一点のみで行われるものに違いはない。だから、確実に奴を塵も残さずに消しとばすぐらいの勢いは持ってかからないといけない。ああ、そうだ。心の中でくらい憎悪が湧いてくる。『よくもやってくれたな』と言う理不尽に対しての怒りが湧き上がる。

 

 殺意に比例して、継承した知識をより深く理解する。これもどう言い繕っても結局は『敵を殺す』ことを目的としたもの。それは、仲間を守るという理念で使われていたとしても。その正しい使い方たる「殺害」に対して前向きとなったがゆえに、この技術は新たな力を俺の内側で生まれさせてくれる。あとは、それを使いこなせるようになるだけだ。

 

 戦意の高揚に伴い、俺の内側で反射的に作り込まれたオーラフォトンが外界に溢れ出る。空間ごと圧搾するような形で、その空間を削り取るような形でミニオンを消しとばしていく。オーラフォトンの扱いだけは元々の俺の適性もあってか、他に割ける意識の量は減るがアムの知識にあったものよりも上等なものが使える。

 

 完全な虐殺形態(ジェノサイドシフト)。塵の一片すら残さないと言わんばかりの俺の殺意の具現化。それが世刻を確実に殺せるのかどうかとふと疑問が鎌首をもたげ──それについては考えるのをやめた。

 

「……」

 

 俺はあいつの力量をよく知らない。なら、俺が予想して、その予想をあいつが超えて来た時にまともに対応できるかどうかの自信がない。なら、最初からこれで殺し切れるなんて考えないほうがいい。

 

 ただ、これを逃れようと思ったら、空間ごと消し飛ばすこれを躱そうと思うのなら、この技が発動する前に範囲から外れるか、もしくは同じだけのパワーをぶつけるか。それぐらいしか思いつかないので、一応、あいつを殺せるであろう技には入れておくか。……準備に時間がかかるから、ミニオン相手ならいざ知らず、神剣使い相手に使う暇があるのかどうかは置いておくとしても。

 

 左手を変化させて世刻の神剣である『黎明』を生み出す。右手も同様に変化する。双剣の術理をインストール。基本的な型の反復を行う。個々人にあった動きはあれど、『型』というのは本当に基本的な部分だ。それなくして『剣士の動き』なんぞできるわけがない。戦場で鍛え上げられたジルオルの力を使っているのだから、それこそ基本的な型なんぞあいつは持っていないだろうが、それならそれで『戦場で双剣を使って戦った者』の術技をあとでインストールするだけだ。

 

 それを考えながら、同時に腕変化によって使える神剣の中でも俺の負担を考えなければ確実に殺せるであろうものをリストアップ。アムから受け継いだものと「悠久」(ユーフィー)「時詠」「時果」「時逆」(時深さん)のみ。……エターナルとなったイスタと戦っていれば、あるいはもう一本増えていたのかもしれないけれど。

 

 それらを全て使用しての勝率なんてものは考えない。ただ、殺したいから戦って殺す。それだけ理解していればいい。

 

「形成──」

 

「ダメですよ、おにーさん」

 

 それらを使用するための咒を唱えようとすると、そこでユーフィーからストップが入った。少し、世刻に向ける殺意によりヒートアップし過ぎていたかもしれない。一度スイッチを切り替えると周囲の様子もよく見える。気がつけば、すでにミニオンが全滅していた。

 

「結構離れてるのに、おにーさんが大暴れしてる衝撃がこっちまで届くんですよ。このままそれを使ったらここの結界だけじゃなくて色々と吹き飛んじゃいます」

 

「ああ、うん。そうだな悪い」

 

 私服姿のユーフィーに諌められたところで、その私服に微妙に切り傷が入っていることがわかる。微妙に白い肌が見えていることに俺の視線を受けて気づいたのかえへへと笑う。

 

「それって……」

 

「はい。おにーさんの使ったオーラフォトンが飛んできた影響だと思います」

 

「怪我とかしてないよな?」

 

「大丈夫ですよ、あれぐらいなら」

 

 あ、うん。ちょっとカチンときた。ユーフィーからしたら俺に心配かけないようにってことなんだろうけど。さすがに全く効いていないのは、こう、年季の違いがあるにしても男の沽券に関わるというか。傷つけるつもりはなかったから問題はないはずなのに、本気の攻撃ならユーフィーの防御を抜けるって証明したくなってきた。

 

「わふっ!?」

 

 不穏な空気を感じたのか走り去ろうとし始めるユーフィーのことを抱き寄せて、どうするべきかを考える。腕の中でうーうー唸っているユーフィーのことは一時置いておくとしよう。

 

「おにーさん……?」

 

 何をされるのかと少々怯えた、潤んだ瞳でこちらを見つめるユーフィーに少しばかり嗜虐性が湧いて出てくる。……うん、首筋を噛むぐらいなら許されるだろうか。ついでにそこからマナもちょっと吸わせてもらおう。あとでユーフィーが不機嫌になりそうだけど、それはそれで可愛いので良しとして。

 

 そう思ってユーフィーの首筋に顔を近づけていくと

 

「何をしてるんですかっ!!」

 

 やってきた時深さんに後ろからぶっ飛ばされた。

 

「がっ……!」

 

 見事に回転して落ちたので全身が痛い。意識も消えかけている。なのにお説教は聞こえてくる。修行のために貸し出しているのだからちゃんとここでは修行をしろ、()()()()()()は部屋でやりなさいと顔を真っ赤にしながら言っている時深さんの姿を見て、そこで意識が暗転するのだった。




ちなみに、今の望は十一章を突破していないのでナルカナと契約はできません。


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第二十三話:ようやく……ようやくだ!

「よしっ……」

 

 ユーフィーが作り直してくれた決戦用衣装(ドレスコード)に身を包む。(神剣)の稼働を完璧にするために、左腕部分だけが肩口からバッサリと存在しない状態に改良された衣装は「平衡」の担い手としての俺ではなく永遠存在(エターナル)としての己を確立するもの。この衣装──最後に着たのは改良される前ではあったが──を着るのは実時間ではそこまで久しぶりではないはずだ。けれど、体感時間ではかなり久しぶりに感じるのはやはり、世刻たちと再会(邂逅)してからの諸々の事件(基本全部世刻が原因)のせいだろうか。

 

「決戦、ですね」

 

「うん、そうだな」

 

 隣にいるユーフィーは少し表情が硬い。そんな彼女の頬をグニグニと引っ張って延ばす。何気にこれまで頬をいじったことはなかったが、どうやら俺の彼女は頬すら俺が好ましい触感をしているらしい。これならもっと早くからいじっていればよかった。「はひふふんへふはー(なにするんですかー)!」と叫ぶユーフィーにごめんごめんと謝りながら、頭をポンポンと撫でる。少なくとも今のこれは、今日の戦いで俺がマナ不足にならないように昨晩ずっと()()()()()()を通して俺にマナを与え続けてくれた少女に対して行うことではなかった、と反省をした。

 

「それじゃ行こっか」

 

「はいっ」

 

 そうして出かける前にあっと何か忘れ物にでも気がついたのかユーフィーが声を上げる。……別に、今日に関してはユーフィーが忘れ物をする余地なんてないから何か別のことだろうけど。そんなことを思っていると、ユーフィーが正面に回り込んで来てキスして来た。さすがにこのタイミングでこんなことをされるとは思ってもみなかったので、目をパチクリとしたが、えへと笑ったユーフィーは

 

「勝てるようにおまじないですっ」

 

 そんなことを可愛らしく語ってくれたので、とりあえず撫でる。だいたい30分ぐらい撫で回して、さすがにそろそろ行かないとダメだろうというような時間になったので、そのまま部屋を出た。

 

 気力も、活力も、マナも、あらゆる全てが今日の俺は充実している。そんな状態で行う戦闘だから負けるはずがないとも思っている。部屋を出て堂々と歩いて行くと、玄関近くに環さんの姿を認めた。

 

「もう、行く時間ですか」

 

「はい。……この戦いがどうなるにせよ、終わったらそのままこの世界から旅団は去るそうです」

 

「……新しいカオス・エターナルの同胞(仲間)の抱いた最初の願い。それが成就してほしいと願うのが当然なのでしょうけど。やはり、知り合いである以上は彼にも生きていてほしいと思うものですから……」

 

 なかなか人間とは難しいものですね、と苦笑する環さんに見送られて決戦の地へと向かう。

 

 この戦いの結果がどうなるかはわからないが、『望が出雲に戻ってくることはない』ということだけは事実。数日とはいえ旅団の面々も一緒にいたことで多少は情も湧いたのだろう。長い年月を生きたことが原因で人間らしさを失うということになっていない先達を見て、これから先に月日の流れが原因で自分の人間性が削れ落ちて、人間らしくなくなるという最悪の事態は避けられそうだと、少しホッとした。

 

「おにーさん」

 

「ああ、わかってるよ」

 

 出雲の玄関を出て、森の中を歩き始める。澄んだ空気が美味しい。この森は霊験あらたかな場所なので、マナを始めとした様々な条件が外界とは比べ物にならないほどに良好なのだ。そんな、本来ならば防衛人形たちが守護しているべき空間を二人、何者の気配も感じることなく歩く。

 

 正直なことを言うのなら、世刻を殺すことが目的ならば『ものベーごと狙撃して消し飛ばす』やら『外を出歩いている時に不意打ちする』など、その気になって手段を選ばなければいくらでも殺す隙はあっただろう。けどそれを選ばなかったのはやはり──

 

「ついたか」

 

 そこまで考えたところでたどり着いた。そうだ。今日それこそ世刻が到着したことを確認してオーラフォトンノヴァを叩き込めばそれで済んだ話を、わざわざここまでしたのは、今回の戦いに何者の介入をも許さないためにそこにいる時深さん。彼女の姉がわざわざとりなしてくれたのだから、これから仲間になる人の心象を下げないでいい部分は下げたくない、という程度。それと以前聞いたところ、ユーフィーの両親と知り合いらしいので、彼女の両親に俺の存在を知られた時のためにも、そこまでの効果があるとは思っていないがとりなしてもらうため。……親バカらしいし。

 

「世刻」

 

 けれどそれも、目の前の一件を片付けてからだ。

 

 目の前には憎い男がいる。殺したい男がいる。その後ろにいる、今回の戦いに関係ない面々はどうでもいい。男同士の戦いなのだから手は出さないだろう。だからそちらには意識を向けない。もしも邪魔しようとしたら、それはその途端にユーフィーが消しとばすだろうから。

 

 だから、眼前の男に殺意を向ける。この男を殺さないと、『世刻への殺意』を残したままユーフィーの両親に会うことになる。心の奥底に復讐心なんぞ抱えた男に娘をやりたい親などいるはずもないので、ここで一度、”人間”御堂隼也の後悔を、未練を無くしておきたい。

 

 そして何より、俺が世刻のせいで受けた仕打ちの分程度の仕返しはさせてもらわないと、俺の気が収まらない。

 

 俺の命が、旅路の中で危険に晒され、俺の存在が、イスタとの戦いで削られることになった。それらは全て俺の選択であるが、その選択肢しかない道へと俺を強制的に引きずり込んだのはやつだ。だから殺す。

 

「お前が巻き込まれたこれまでの事件……たとえばジルオルがやったことのせいで『世刻望(お前)』が巻き込まれた……お前も被害者側なのだとしても、それでもお前の存在が学園の何も関係なかった生徒を巻き込んだ加害者側であることにも間違いはない」

 

「ああ……」

 

 苦虫を嚙みつぶしたような表情。けれどそれは理解できているらしい。……それならとっとと死ねとも思うが、人間は『死にたくない』からとこれからの死地に飛び込むのが好きなのだろう。俺もそうして神剣使いの領域(死地)に飛び込んだわけだし。

 

「これまでの戦いではお前とその相手の関係がどうだったか。俺はそれを知らない。あるいはお前が正当な復讐を成す側だったかもしれないが──」

 

 一度、言葉を切る。

 

 理想幹神は聞いた話だと『この時間樹の創造神』とやらを恨み、自分たちの行う計画が途中で頓挫しないように、自分たちを神名を消滅させることで確実に殺せるジルオルの転生体に対する対策が欲しかった、とのことで永峰をさらったらしい。そこにジルオルの転生体(世刻望)の落ち度は存在しない。つまり完全な被害者側だ。

 

 だが

 

「今回に関してだけは、お前の存在そのものが俺を殺しかけた。俺に死と隣り合わせの日常を強制的に選ばせた加害者だ。お前が被害者として加害者に怒りをぶつけて殺してきたというのなら、今度は加害者として被害者(おれ)の怒りを受ける番だ」

 

 被害者として加害者を殺したなら(自分がされて嫌なことは)加害者になった以上は殺されろ(人にしてはいけません)

 

 お前は最初の時点で、子供でも知っているようなことを破ったんだ。

 

「やるしか、ないんだな……」

 

「やるしかない?」

 

 何をバカなことを言ってるんだ。

 

「これは、お前が原因だろ? まるで自分はやりたくない、みたいな言い方をするなよ。お前自身の行動の結果が、こうしてやってきたんだ」

 

 暁が世刻を狙ったのも、『光をもたらすもの』が学園を狙ったのも、そこに世刻の意思は『物部学園に通いたい』以外には介在していない。それすらも、「すでに一度神剣の力を引き出している」という前提がついている以上はいいこととは言えないが。

 

 そして、その騒動の結果が今の状況だ。

 

 『神剣使い』という加害者が引き起こした、『神剣使いの抗争』という事象によって、『一般生徒』という被害者が生まれた。だから、あの時学校にいた神剣使いは正直全員殺すべきだと思う。けれど斑鳩沙月(生徒会長)は生徒をまとめる立場であり帰るまでの数日という期間であってもいなくなるのは厳しいし、永峰希美(ものベー)は生徒と学校を元の世界に送り返すことに必要。

 そして暁は、そもそも『光をもたらすもの』が世刻を狙った案件とは全く別の案件。どころか、聞いた話では、暁が世刻を殺そうとしたタイミングで永峰が神剣に目覚めた以上は、「世刻のせいで起きた騒乱において、唯一一般生徒が多数生き残るための道を切り開いた英雄」と読んでも差し支えないかもしれない。暁がいなければ、永峰が覚醒することはなく、ものベーもなく、全員散り散りになっていた可能性もあるのだから。

 

 ならば、最後の一人。全く役に立たないどころか、そもそもの騒乱を招き入れた理由である世刻に退場してもらうのは何もおかしなことではないだろう?

 

「だから、お前がこれまでやってきたことをされるだけだ。自分がやってきたことに正当性があると思うなら、お前がやったことと同じ行動をする俺の正当性もわかるだろ?」

 

 世刻は、気質そのものは善性の人間だと思う。そこにジルオルがくっついているから余計なことを招き入れて人を戦場へと誘うだけで。だからこそ、基本的には細かい部分で色々と間違うことがあっても『永峰を助ける(仲間を助ける)』『暁と殺しあう(友人と仲直りする)』『各世界における困難を排除する(困っている人を助ける)』と言った善性の行動を行える。

 

 だが、だからこそ。これまでの行動に対して『間違っていない(正当性がある)』と叫ぶのならば。私怨が混じっているとはいえ、『これまでの一部の事件に対してではあるが、元凶と言える存在を倒す』という俺の行動に対しても正当性(善性)が宿ることはわかるはずだ。これまでの事件の元凶、これから先に事件が起きる理由となるかもしれない存在。それを滅ぼすこの行動に。

 

「世刻、死んでくれ」

 

 お前ら風にいうのなら『分枝世界を守る』ため。これから先にジルオルという存在が利用されて世界を滅ぼすことのないように。

 

「お前のことだ。どうせこれから先に『お前が死なないと世界が滅ぶ』みたいな状況でも、『俺は皆で生き残れる道を探す!』とか言って、世界を救おうと襲ってくる連中を殺して、あるいはそこから逃げて。生き残れる道を探して……」

 

「それの何が悪いんだよ!」

 

「悪いことじゃないさ。その考え方自体は尊いものだろうよ。だが……それで、お前は一体幾つの世界を滅ぼすつもりだ?」

 

 そうだ。この世界は非現実(空想)じゃない。皆で生き残れる道を探して、それを見つけて皆で笑いあって終わってハッピーエンドなんて。そんな何もかもがうまくいく世界じゃない。お前が死ねばたくさんの存在が救われたのに、お前のその善性(我儘)で滅ぶ世界がたくさんあるだろう。

 

 色々と言いたいことが多い。

 

 こいつに自分が殺されることを納得させて、自分が犯した罪の重さを理解させて、その上で殺してやりたい。

 

 でも、このままだと。どれだけの時間があっても、言い切れない。

 

 だから、今から戦いの中でお前の存在が、その善性が引き起こす罪がどれほどのものか教えてやる。この、完全に隔離された空間で。




次回、望戦。そろそろサードディスティネーションで一瞬姿を見せたというあの人も登場。サード持ってないので喋り方はわかってないけど


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第二十四話:世刻望vs御堂隼也

 この殺し合いの戦端を幕開けたのは、隼也の体から大量に放出されたオーラフォトンだった。

 

「オーラフォトンフィールド」

 

 静かに唱えられた言葉は望にも届き、この隔離された決闘用の空間全域にその名の通りの力場(フィールド)を形成した。周囲のマナにオーラフォトンが届き、そのオーラフォトンを通して作り変え、全てを隼也の支配下に置いていく。尋常な果し合いの場(決闘場)が、隼也に有利な場(処刑場)になる。先日の戦意高揚によるオーラフォトンの大量放出で、隼也はユーフォリアに傷をつけることは敵わなかった。けれど、もともと攻撃用に変化させたわけでもない精霊光で服が一部裂けたという事実が、隼也の中にこの技の着想を生んだ。

 

 すなわちここは、隼也の絶対殺害圏(キリングゾーン)。『オーラフォトンが己の意思を汲み取ってその性質に反映した』という事実から生み出された、隼也にとって有利な空間。

 

 全体に広がるオーラフォトンのスピードはそこまでではない。けれど時間感覚としては数十秒。それだけの広がり終わるまでの時間をタイムリープが消しとばす。

 

「インスパイ……っ!?」

 

 戦いは始まったばかり。向こうが己の有利な空間を生み出したというのなら、その隙に己も準備をせねばならぬと、神剣魔法を発動しようとする望。けれど、その魔法が途切れた。いいや、そもそもマナが入ってこないことで魔法を使用できない。

 

 普段から使っていた神剣魔法が使えない、というのは動揺を生み、ワンテンポ行動が遅れる。

 

 これこそが、隼也の使ったオーラフォトンフィールドの効果。空間をオーラフォトンで満たした意味。己の色で染め上げた空間では、隼也の望むがままにオーラフォトン(マナ)の属性値すら変わり、オーラフォトン(神剣魔法)であるがゆえに敵は体に取り込むことができず。さらには自然のマナも存在しないために神剣魔法を扱うためには己の身を削らねばならず、たとえそうして放ったとしても、外界に作用する類のそれは、先に放たれていたオーラフォトンに防がれてしまう。

 

「これを使っている隙に一撃入れようとしていれば、まだ生き残る道はあったのかもな」

 

「どうせっ、防いでただろうにっ……!」

 

 当然だろう、と隼也は返す。これは、戦いを始める前の「お前を殺す」という宣言をわかりやすく事象として発露しただけのことなのだから、と。

 

 絶対殺戮圏を作る一手。これを使用することはエターナルでもない望相手には過剰としか言いようがない。使えば、エターナルでもない限りは確実に死ぬ。だからこそ、作っている最中、あるいは作り終わってからでも、隼也が攻撃の準備を始めるよりも先に一撃入れておかなければいけなかった。そのための時間は、確かにあったのだから。

 

「その首もらう」

 

 言葉が届くか届かないかのタイミングで、すでに隼也は望の目の前にまでたどり着いている。神剣魔法による強化は全て、マナをオーラフォトンに変えて行われるがゆえに。隼也は己の周囲のオーラフォトンにそれらの属性変化を与えて全ての能力値を同時に強化。左腕に装填された五つの神剣魔法を同時に爪として顕現させながら、その首を掻っ切るために神速で放たれた。

 

「五天龍爪」

 

「っ……!」

 

 ただの一度も戦闘を行うことなく消滅した「平衡」の神獣たる「こーくん」の爪を模した一撃を、望が躱すことができたのは一体いかなる因果か。少なくとも、ここまで圧倒的な実力差のある相手とはこれまで戦ったことのない望では、絶対に躱せないものだと断言できる。ならばジルオルの持つ多量の経験からか。その答えを隼也が理解することはない。

 

「レーメ!」

 

「応っ!」

 

 避けるために不恰好に転がりながらも望は「黎明」を振るう。崩れ落ちながらも振るわれる剣技は流麗で、マナの消費を抑えるためにただの剣術と化しているが、それでも最低限のマナは乗っている。それを余裕すら持って躱し、その間に望はどうにか立ち上がった。そんな彼の視線が一瞬向いたのは宙空。そこには一匹の小人が顕現している。

 

 その小人こそ、世刻望が永遠神剣、「黎明」の守護神獣。天使レーメ。

 

 彼女が、望を体内のマナを最低限使って最大限の強化を施していく。

 

「まずは、知っての通り。お前の存在そのものが学園の生徒を苦しめた」

 

 それをさらに上から叩き潰しながら隼也は謳う。お前がこれまでに犯した罪を暴いてやると。

 

「ジルオルの転生体。その力を狙う連中は多数いるにも関わらず、かつてその力の一端を引き出しておきながら人間世界に混ざっていた」

 

「それは、でも……」

 

「そこに、どんな理由があったのか、などどうでもいい。お前が誰かに何かを言われたのかもしれない。言われずに自分で決めたのかもしれない。けれどどちらにせよ、『人に混ざって生きていく』という選択を最後に選んだのはお前だ。それによって生まれたいくつもの罪は、お前も知っての通りだろ?」

 

 左腕から放たれるオーラフォトンの斬撃に、右手から放たれる幾重にも折り重ねられた神剣魔法。それらと共に放たれる口撃(語られる罪)に、それを聞きながらも殺されないために二つの「黎明」を一つに合わせて、両手で掴んで望は振るう。『浄戒』の力を乗せた一撃、ネームブレイカー。それを持って全ての攻撃を傷つきながらも弾き、あるいは避け、隼也のオーラフォトンに包まれた空間でなお、その輝きを衰えさせずに隼也の胴体に向けて放たれたそれを

 

 隼也は、人の肌に覆われたままの右腕で止めた。

 

「なん、で……」

 

 望はそれを呆然と見る。神剣である左腕なら止められることも理解できたのかもしれないが、隼也の右腕は誰がどこからどう見ても人のままだ。マナによる強化が入っても、元が人間の腕なのだからどうしても神剣よりは強度は小さい。それなのに防がれてしまった現実に望は理解が追いつかない。

 

「一体いつ、誰が、()()()()()()()()()なんて言った?」

 

 ”輪廻の観測者”ボー・ボーというエターナルが、秩序の永遠者(ロウ・エターナル)には存在する。そのエターナルが持つ永遠神剣。永遠神剣第二位「無限」は、わかりやすい武器の形をしているわけでも、指輪、ランタン、本のような、一見して武器とは思えないようなものの形をしているわけでもない。

 

 「半身」

 

 彼の肉体の半身が永遠神剣であり、爪で引き裂いた部分に永遠神剣の効果が発揮される。それこそが半身型永遠神剣、第二位「無限」である。それになぞらえて隼也の永遠神剣の型を名付けるのであれば

 

「全身だ」

 

 隼也はただ事実を告げる。

 

「俺の永遠神剣は、俺の全身と融合している。全身型永遠神剣、第二位『協奏』。お前がいなければ人間としてまともに生きていられた存在が、お前が犯した罪が、今こうしてお前の攻撃を素手で受け止められる理由だよ」

 

 もうすでに体の全てが人間のそれではないのだ、と。

 

 別に隼也としても、すでに思い出せない人間だった頃よりも今の方が幸せなのだろうと根拠もなく確信している。けれどそれとこれとは話は別。結果としていい方向に進んだからと言って、望の犯した罪に変わりはない。だからこそ、望の存在によって運命を変えられたという証拠としてこれ以上ない肉体である。

 

「う、あ……」

 

 愕然とする望。それはそうだろう。一体誰が、肉体の全てが永遠神剣になったなどと考える。ボー・ボーという可能性を知っていればそれもあり得たかもしれないが、望はエターナルではないのだから知るはずがない。そしてそれが、己の存在が原因で引き起こされたことなのだと、そう言われたことで頭がショートした。

 

「おい、ノゾムっ! しっかりせぬか、バカモノ!」

 

「レーメ……」

 

「お前は、確かこれまで巡ってきた世界で出会った人物の味方をしてきたんだよな」

 

 レーメによる励ましも無視して、さらに隼也は語りかける。

 

「……ああ」

 

「お前は善性の人間としてこれまで出会ってきた相手を助けてきた。……だけどな、お前が相手をしてきたやつは本当に悪人だったのか? 『光をもたらすもの』とやらの目的は知らない。手段として『分枝世界を滅ぼす』ということはやっていたけど、それが目的だったのか? そうじゃないなら目的は? もしかしたら彼らの行動を邪魔した結果、お前がミクロな視点で目の前の人間を救おうとした結果、マクロな視点で見たら余計に被害が増えたこと、なんてのは想像したことはあるのか?」

 

 例えば、の話ではあるが。彼らが世界を滅ぼさなければならない理由があるとして。

 

「お前は、彼らの事情を考えたことはあるのか?」

 

 たとえその答えがどちらであったとしても。

 

「そもそもカティマ(一国の王女)が、まだ国がある、どころかこれから再スタートを切るのだから、何よりも旗頭にならないといけない人物が自分勝手にやってきてる。そんなことを平然と受け入れたお前らがやってることが本当に世界を守ること(正義)か、その時点で疑わしい」

 

 余計な混乱を引き起こそうとする相手を受け入れているんだからな、と吐き捨てる。

 

 そんな言葉を吐きながらも攻撃の手を緩めることはしない。答えのない望に対しても一切躊躇しない。あるいは、これで反省しているのであればと余計に苛烈な攻撃すらも加え始める。

 

 溜め込んだオーラフォトンが爆炎と化して、望の周囲の空間を焼き払う。それを望がカタストロフィで周囲一帯を吹き飛ばすことで対処したのを目撃し、それよりも早く体内で練られたオーラフォトンが充満する。今の隼也と望の保有マナは遥かに隼也の方が上。ゆえにこそ、多少の無茶な使い方も、隼也にのみ許される。

 

 放たれる突進(オーバードライブ)を右手に集中させたオーラフォトンで受け止め、仕返しとばかりに左手を「悠久」へと変化させてのプチニティリムーバー。それを余った左手の「黎明」で受け止めたが、身体能力の大きすぎる差によって弾かれる。

 

「しまっ……!」

 

 そこへ隼也が手刀を突き出す。狙いは心臓。己の保有するマナを削りながら望はシールドを展開し、手刀とぶつかった地点から火花を散らしながらもどうにか吹き飛ばされるだけで終わらせる。

 

「オーラフォトンブレード」

 

 そこに、空気中を漂うオーラフォトンが剣となって空中より降り注ぐ。身体中に切り傷が増えるのにも関わらずに飛び出し、隼也を殺しにかかる。もう、マナが切れるのを待っていては確実に死ぬと理解したから。思い切りだけは良くなった。

 

「はっ……」

 

 無論それだけで勝てるわけがないので隼也は嘲笑する。向かってきた望を妨害するように、空間の至る所からオーラフォトンビームとオーラフォトンブレードが殺到する。それらを避け、あるいは防ぎ、腕の一本はくれてやると言わんばかりに「黎明」を一本に再融合して走り抜ける望。その姿は、それらの攻撃によって周辺の地形が崩れ砂埃が舞うことで隼也には見えなくなるが、己の感覚(オーラフォトン)が今どこにいるのかを教えてくれるために、迷うことは何もない。

 

「お、オォォォ──ッ!!」

 

 吠えながら、『浄戒』の力を引き出していく。今度こそ全力。今度こそ、望の持つ全ての力を引き出しての一撃。倒せねば意味がないのだと、ほとんど全てのマナを「黎明」に込める。レーメも、己の限界を超えてマナを使用してこの一撃に全てを乗せた、本当に最後の一撃を放つ用意を始める。

 

「ふうん。……いいぜ。お前の全部を叩き潰してやるよ」

 

 それを目視した隼也も、己の両の腕に働きかける。

 

 彼が思い起こしたのは、アムの記憶。その内に存在するアムが契約していた永遠神剣と、アムを殺した永遠神剣。これら以上の永遠神剣など存在しない、となぜかそれを知っていた。

 

「形成──『■■』、『■■』」

 

 その名前を聞き取れたものは誰もいない。どちらも、隼也は見たことのない永遠神剣。左手には剣を、右手には鞘を。それら以外にも、形成はしないがアムの知識から得た全ての永遠神剣の力を解放する。

 

「グッ……!」

 

 けれど代償は重い。永遠神剣を作り出すなど、たとえエターナルであってもできないことだ。できるのは上位の神剣が下位の神剣を作り出すことのみ。ゆえに、たとえ一時的であろうとも、こうして永遠神剣を生み出した以上は逆説的に『隼也は永遠神剣である』という形に作り変えられていく。「全身が永遠神剣となっているエターナル」から「人の形をした永遠神剣」へと。

 

 世刻望の死という()()を確定させてから、速度を超克するために()()()()()()()()、それを避ける気力を奪うことで必中のそれと化す。放たれたネームブレイカーを右手の()に納め、それを己の体を通して左手の剣に叢雲の特性たるナル化マナを乗せて、()()()()()()()()()()()()を、何者かが()()した知識から見つけ出された最良の型から放つ。

 

「エタニティ──」

 

 一の太刀にて「黎明」を砕く。そして返す二の太刀で世刻の体を切り裂き──

 

「リムーバーッ!!」

 

 フィールドの効果で強化された最大の力を、時の操作で得た加速による己の最高の速度で、神剣を砕かれ避ける気力を削がれ脱力した瞬間という最善のタイミングに叩きつけた。



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第二十五話:またジルオルか……

 ──疲れた。

 

 言葉にならない言葉が漏れた。フィールドを展開していたオーラフォトンを消失させ、決戦場を隔離していた壁を、内から外へと食い破ろうとしていたそれが消えたことが決戦の終わりだと理解したのか、その壁が消失していく。

 

 今回の戦いでは一切のダメージを負っていない。エターナルと神剣使いという差があるから当然といってもいいと思う結果だ。

 

「最初から私怨で始めたんだし、最後も私怨で締めるのが筋だよなぁ」

 

 ──やられたら倍返しでやり返す。

 

 そんな言葉が、最後の瞬間俺の中に降りて来ていた。あのまま殺してしまえばそこで終わり。それ以上の苦しみなど与えることもできずに終わってしまい、また別のジルオル転生者とその被害者が生まれることになる。そう思うと、単純に殺してしまうのもどうかと疑問が湧いて来て、結果としてエタニティリムーバーによる世界追放に処したのだ。

 

 学園から落とされて一人元の世界に帰る手段を探す羽目になったらしい俺と、時間樹から追放されて一人元の時間樹に戻る手段を探す世刻。倍程度ではすみそうにはない報復にはなったが、他の学園生徒を巻き込んだぶんの怒りということにでもしておこう。

 

 それにしても、だいぶすっきりした。

 

 気力的には充実していて、けれどマナの消費によって気怠い体で、戦いが終わったにも関わらず戦闘態勢を解除することはしない。旅団の男勢は「男同士の決着」とかなんとか。納得してくれたけれど、女性陣……それも特に世刻のことを好いていた人物たちは納得せずに殺しに来そうだ。あるいは絶望して生きる気力をなくすか。前者だった時のことを考えて構えておく。

 

「って……あれ?」

 

 けれど、障壁が消えた先にいたのは時深さんだけで、他には誰もいなかった。一体どういうことなのか。それがわからずについつい疑問の声が漏れたけれど。そんな俺の姿を認めて、結果を理解した時深さんはけれど神妙な顔。

 

「貴方の勝利に終わったのですね」

 

「はい。世刻にはとりあえず世界の外に追放されてもらいました」

 

 そう言って、俺が行ったことの説明をした。さすがに俺がエタニティリムーバーを使ったことには驚いたのか驚愕に目を見開いていたが、それでもどうにか納得してくれたらしい。

 

「そういえば、どうして今は誰もここにいないんですか……?」

 

 戦ってる最中は記憶がうつらうつら消えていっても、目の前の世刻が憎いやつなのだということは、ユーフィーも加わった話し合いで世刻が俺の憎いやつだという会話をしていたので問題はないだろう、と二人で話し合ったが、それが終わった後になると「俺がどうしてここにいるのか」などの記憶が、いつ、どのタイミングで、どれくらいの内容が消えるのかわからない。だからいてくれるものだと思っていたが……

 

「ユーフォリアたちは、今『出雲』を襲ってきた南天神の怨霊と戦ってくれています。目的はジルオル……だったのですけれど」

 

「今、俺が倒しちゃった……っていうか世界から追い出しちゃいましたからね。もしかしたら二度と戻ってこれないかもしれません」

 

 説明を受けたが苦笑いしか返せない。そんな俺には取り合わず行きますよ、と南天神との戦いに連れて行こうとする時深さん。仕方ないことだろう。ジルオルをこの時間樹から追放したのは俺なのだから、そのぶん、本来なら彼に対処させるはずだった案件、しかも世話になった『出雲』が襲われているのなら俺がやるのは当然なのだ。……まあ、ジルオル憎しなら当人以外巻き込むなという気持ちもないではないが。

 

「それにしても……」

 

 走りながら時深さんは何か、昔、あるいは大切な人を思い出すかのように言い始めた。時々、自分が今どうして走っているのか、どこに向かって走っていけばいいのか、なぜこんなに体を気怠く感じるのか忘れてしまう俺に、それらの答えを教えながら、何かを思い出している。

 

 俺も、ついでに今の自分の状態を確かめてみる。世刻と戦った時の記憶はないが、内側のアムは俺が「■■」と「■■」を形成して使ったと言っているので、おそらくは俺の覚えている時よりも侵食は一気に進んでいるのだろう。……俺に伝えられたノイズ混じりの音声が、俺の予想通りであればの話だが。

 

 ──一気に進んだな。

 

 心臓に意識を向けて確かめた結果に、思わず心の中でそう漏らしてしまう。『人間』としての俺の中核はそこだろうと思っているだけなのだが、言葉に表現できない感覚ではあっても、大体の侵食度合いがなぜかそれでわかってしまうのだから都合がいい。

 

 そこで感じ取れたのは、今のところ一割程度が人間から永遠神剣に置換されている、ということ。これまでは「悠久」などの上位神剣をポンポン……と言えるほど多数ではないが、それでも幾度か形成しても三パーセント程度だったから、一度の形成で七パーセント近くが侵食されたとみると、やはりアムの使っていた神剣とアムを殺した神剣の力というものの強大さがよくわかる。

 

「エタニティリムーバーを使うだなんて。あなたの前世……アムさんは『永遠』とも知り合いだったんですね」

 

「『永遠』、ですか?」

 

「ええ。永遠神剣第三位『永遠』。ユーフォリアの母親が契約している永遠神剣です」

 

 いいや、違う。俺があの時使ったのは第三位の「永遠」なんてものじゃない。あれはもっと、ナルカナのような第一位神剣のそれすら越える力だ。永遠神剣■位「永■」は──

 

「っ……!」

 

 そこで、頭痛により思考が中断される。確かに、「永遠」という永遠神剣の名前を聞いて、俺が形成した永遠神剣の名前を一瞬ノイズの塊から意味のある言葉にできそうだったのに。しかし、それに悔しがる暇などない。横合いからは時深さんが頭痛でわずかに足が止まった俺を見て、また記憶が吹っ飛んだと思ったのか、どういう状況下を手短に説明してくれた。

 

「いえ、大丈夫です。ちょっと頭痛がしただけですので」

 

「そうですか……」

 

 戦えるのですか、戦えますと手短に言葉を交わすとやはり疾走は再開される。タイムアクセラレイトは今から戦うことと先ほどまで戦っていたことを考えると使用したいとは思わない。できる限り、この疾走時間でマナを全快にまで持っていきたいところだ。

 

 そう思っても、距離は変わることはないし、疾走速度も落とすことはない。

 

 どのタイミングで『出雲』に南天神が攻め込んできたのかは知らないが、エターナル(ユーフィー)第一位神剣(ナルカナ)がいても未だ撃退できていないというのなら、それはそれでしぶとい連中なのだろう。そう思って右手に意識を集中させる。もしもの場合は今一度エタニティリムーバーを解禁する必要があるかもしれない。敵が強いだけなら、外部に放り出してしまえばいいのだから。

 

「見えた……っ!」

 

「一気に行きますよ……!」

 

 時深さんから合わせなさいっと、ほとんど叫ぶようにして言われる。今このタイミングで合わせる技など一つしかない。マナを練り上げる。己の全身にそのマナを集中させながら、右手に向けていた意識を、「■■」のイメージから変化させる。今から使う技はそれでは扱いきれない。

 

『タイムアクセラレイトッ!』

 

 敬うべき先達の一撃の模倣。それによって俺も時深さんと同様の加速した時間流の中に身を置いたが。

 

 やはり、というべきか俺と時深さんでは時間の加速倍率が違う。この辺りは年季の差と、神剣の持ち主による本家本元(オリジナル)か模倣しただけの紛い物(デッドコピー)かの違いだろう。

 

 けれど、目前に見えた虚ろな視線を眼下に向ける踊り子風の露出の高い服を着た女性と、巨大な土偶のような兵器の速度は遥かに上回り、司令塔であろう彼女は己らのことを未だに観測できていない。

 

あちらの女性をお願いします!

 

 言葉は、加速倍率の差で確と聞き取ることはできない。けれど多少は聞き取れる範囲。故に俺は加速して一直線に南天神であろう女性を切り裂きにかかり、時深さんはその間に土偶を三体切り裂き終えていた。よくよく見ると「時逆」だ。あれなら確かに切れないものはない。図体がでかくて破壊までにかかる時間が多いのが難点なら、一撃で必ず斬り裂ける武器を使えばいい。たったそれだけのことだ。

 

 それを横目に見ながら、俺は南天神の腕を切り裂く。

 

「あんたがここを攻めて来た親玉か」

 

 疑問の形を呈してはいるが、もはや確信しての言葉だと相手にもわかったようだ。それを理解しながらも目視すると、なんとなく後ろに見える靄のようなものが、この女性の体を操っているのは理解できたような気がする。

 

 女性ごと殺すことに変わりないが。

 

 俺は『正当性』という言葉を使って世刻を殺すことをよしとしたが、基本的には相手に正当性があろうが、こちらに正当性があろうが。目の前の相手を殺して解決するぐらいしかできることはない。それによくよく観察しなくても、これはすでに肉体が死んでいる。腹から流血した跡があって、その血がすでに乾いている。拭われたのではなく、抉り取られたような傷跡から流れた血が乾いているのならば、それはすでに肉体的には死んでいるようなものだろう。

 

 ──後ろの亡霊を消しとばさなきゃ意味がないってことか。

 

「ジルオル……ジルオルゥゥゥ!」

 

「人語すら介せないのかよ……」

 

 面倒だが、右手をまた「■■」に変化させる。あるいは元々は人語を喋っていたのかもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。俺に亡霊を、その亡霊が存在する原因の『聖なる神名(オリハルコンネーム)』を砕く力はない。だから、外宇宙のどこかでも漂っているジルオル(世刻)を探して勝手に復讐して勝手に殺されてくれればいい。

 

「エタニティリムーバー」

 

 淡々と放つ一撃。それは南天神の肉体を消滅させながら、肉体にしがみついていた怨霊を、外に繋がる門から追放する。

 

「さて、あとは残った土偶を破壊するだけか」

 

 さすがに疲れが半端ない気がするが、ここまで来て自分だけ帰りまーすなんて言えるはずがない。……正直に言って、あとでまたユーフィーからマナを分けてもらわないといけないとは思うが、これの後だとユーフィーも疲れ切っているかと思うとそれも言い出しづらくなりそうだ。

 

 なので、とっとと撃破する。




ウィキ見ながら書いてたせいで今の今までエタニティリムーバーだって気付かずにエタニティーって書いてた。恥ずかしい。


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第二十六話:視界いっぱいの土偶

 あ、こいつら結構厄介だ。

 

 そんなことが、まず一匹目の土偶の排除を行うために腹部を左手でぶち抜いた瞬間に感触として理解できた。攻撃そのものも今のタイムアクセラレイトによる加速の中では目で見てから回避は余裕だが、チャージ時間などはそこまで長いものではないだろう。いや、ユーフィーがいて倒しきれていないんだからこれぐらいは予想してしかるべきだったか。貫いた瞬間、回収したままのナル化マナが漏れ出そうになったので、とりあえず内側に侵入した左腕をそのまま「叢雲」へと変化させて、「ナル化マナを内包する」その神剣の模造品に回収させる。

 

 「叢雲」本体が、今は俺のことを視認できない距離にいるとはいっても、同じ場所にいるいる以上は模造品を見せないほうがいいだろうと思って、そのまま内側から引き抜くときに左腕に戻してしまう。ただ、「叢雲」もやはり第一位であるだけのことはあって、変換にかかる負担は大きい。できる限りこの手段は取らないほうがいいだろう。

 

 なら、遠距離から砕く? ダメだな。俺の神剣魔法で破壊しきれる自信がない。フィールドに関しても密閉された空間とは違う以上、力場として展開し続けるのは効率が悪すぎる。

 

 それなら近距離? こっちに関してはもっとダメ。ナル化マナが放出されたときに至近距離で被害を受ける可能性がある。マナ存在であるエターナルな俺たちからすれば食らったら甚大な被害を受ける。

 

 それこそナルカナを扱える相手がいればいいのだが、いないのならばしょうがない。

 

 やることは確定した。あとは実行するだけだ。

 

「土偶が固くて厄介なら──」

 

 タイムアクセラレイト。時の感覚が引き延ばされていく。時間流から外れた俺が二十数えるほどの時間、それが外界の一秒と同じだけの時間になっている状態で、神剣使いとして強化された脚力を以て次の土偶に向かう。背後で土偶の膨張、爆発が引き延ばされて異様な音を放ちながらスローモーションで行われている。そんな音を聞きながら、俺よりも加速している時深さんが旅団を苦しめている土偶を切断している姿が見えた。

 

 あれなら、向こうのことは気にしなくてもいいだろう。

 

同じもの(土偶)をぶつけてやるだけだ……っ!」

 

 たどり着いた土偶の目の前。その土偶の振り上げていた腕を口から放つ光線状のオーラフォトンノヴァで消しとばし、残った片腕を掴んで持ち上げる。

 

「おぉ、らぁっ!」

 

 そのまま、土偶を鈍器として別の土偶に叩きつける。何やら表面に働いている防御壁は全機体同様のようで、多少の攻撃は弾く代物だが、

 

 同じ障壁を纏った機体同士で叩きつけたときにどうなるのか。

 

 俺が振り回す速度の二十倍が、本来の時間流の中で土偶が振り回されている速度。それだけの加速が加えられた一撃ならば多少の障壁程度は意味がないだろうし、たとえ意味があったとしてもこの一撃そのものが無意味になることはない。そんな目論見でぶつけられた土偶は、速度と勢いに半壊した状態では耐えきれなかったのか俺の持っていたほうがひしゃげ、原型をとどめないものへと変化していくが、そのことを気にせずにぶつけられた土偶を掴む。

 

 そもそも今俺たちが戦っているのが橋の上であり、下手に地面に倒れることを許してしまえば、その巨体が倒れた衝撃で橋が崩れる可能性もある。その危険性を考慮するとどうしても休みなく崩していく必要性がある。俺がいたのが『出雲』敷地内ではあるが少し離れた場所。そして『出雲』玄関側で旅団の面々は防衛を行なっていて、時深さんがそこに援軍として向かいながら道中の土偶を幾体か切り裂いていた。俺は玄関側ではなく、どちらかというと玄関に至るまでの、街中に近い方向の部分から出たので挟撃という形に図らずもなっていた。

 

 そうして大量の土偶を同士討ちさせていた最中、一人の少女の姿を認めた。

 

「お、ユーフィーだ」

 

 タイムアクセラレイトの影響で動きは緩やかになっているが、そこにいたのは間違いなくユーフィー。数体の土偶に囲まれていたがまだまだ余裕はありそうだ。とは言っても

 

「俺にはそこまで余裕はないんだけどな」

 

 そう呟いて、最後にユーフィーの周囲を取り囲んでいた土偶を武器として振り回し、他の土偶をひしゃげさせながら水没させる。そのまま水中にノヴァを叩き込んで破壊完了。タイムアクセラレイトを解除すると、俺の存在に気がついたユーフィーが近寄ってきた。

 

「おにーさん……!」

 

「行くぞ、ユーフィー」

 

 ユーフィーは俺がやってきたことに対して笑顔を向けている。俺がここにいることはすなわち「俺が戦いたくないと言っている人を殺害した」可能性を示唆しているにも関わらず、俺が生きていたことに対して安堵の表情を見せてくれた。……いや、元からそう言っていた人物と戦うことになるとはわかっていてそれでも力を貸してくれたのだから何もおかしくはないのかもしれないが。それでも彼女が受け入れてくれるのが嬉しかった。

 

「おにーさん、先に世刻さんと戦ってきて消費したマナもありますよね。だったら……」

 

 ふわり、とユーフィーのマナが俺の肉体を包む。先に世刻との戦闘があった、ということ。ここに至るまでの通路にいた土偶が消失しているという事実から、きっと彼女は俺が戦ったという事実を読み取ったのだろう。

 

「あたしの力、使ってくださいっ!」

 

 俺に対して、マナを分ける神剣魔法、マナリンクがかけられて、多少マナを回復させてくれた。周囲にはすでに土偶は存在しない。あとは向かう先にいる、ユーフィーがここに来るまでにくぐり抜けて来る形で進んだことが原因で、今はまだ倒されていない土偶が俺たちの進む先に残るのみ。それらを全て倒すには今の俺──一緒にいるユーフィーがどれくらい余力を残しているのかは知らないが──には厳しい。

 

「よしっ、やってみるか……!」

 

 なので、遠目に見えたナルカナの姿から思いついた事象を試してみることにした。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 神性強化(リーンフォーサ)

 

 マナを集め、己の血肉とすることで己の神性を取り戻すこの世界の神剣使い……いわゆる転生体と言われる『前世が神である存在』の己の強化の仕方。

 俗な、ゲーム的な言い方をするのであればレベルアップ。

 時間樹エト・カ・リファ(隼也たちのいる時間樹)に入れば最後、エターナルであろうと時間樹のルールからは逃れられない。

 創造神エト・カ・リファによって『聖なる神名(オリハルコンネーム)』を植えつけられ、上限が定められる。

 そしてその上限の内側で、神性強化と同様のことを行えるようになるのが今の隼也たち(エターナル)なのだ。

 

 それを、今の隼也は行おうとしていた。

 

「ナルカナがマナで神性強化を行える……」

 

 それは何もおかしなことはない。

 ナルカナはナルを内包している。

 ナルは「マナを一方的に侵食して変質させることができる」という特性を持つ。

 ならば、彼女は「取り込んだマナをナルに変化させることで神性強化をしている」と捉えるのが自然だろう。

 

「だったら、俺もできるはず……」

 

 ナルがマナを一方的に侵食する関係で、基本的にエターナルにはナルを取り込んで強化しようなどという阿呆はいない。

 そんなことをすれば死ぬことはわかりきっていることだからだ。

 けれど隼也は「協奏」の担い手。

 

 「知っている永遠神剣を模倣する」、そして「対象の対となる能力を持った永遠神剣を一時的に生み出せる」という二つの能力。

 

 「叢雲」がナルを振るっていることを確認して、それがマナ存在であるエターナル(自分たち)に対して特攻効果を持つと知って、それを本来なら振るえないはずの永遠神剣(「叢雲」)が扱っているのを見て。

 

 それが能力だと理解したから。

 だから今、「マナを侵食して同一の物質(ナル)へと変化させるものを内包する神剣」の対となる、「ナルを侵食してマナへと変化させるものを外へと放出し続ける神剣」なんてものが、隼也の神剣の中の顕現できる記録として生み出された。

 そうでなくても、「叢雲」に関してはコピーできているのだから「ナルを内包する」特性を持つことができる隼也はナルでもマナでも己を強化できるはずだと、そう考えていた。

 

 周囲にマナは多いとも少ないとも言い切れない。

 だが、隼也はそれをどこで回収したのかは知らないが、理想幹にあった(なぜかどこからか)ナルを回収してきた存在(土偶)がここには大量にいる。

 そしてそれらは基本、水の中に叩き落とされ後に塵に変えられたりしていない限りは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さっきまではナルに対して効果的な手段は「叢雲」の特性で回収してその「叢雲」を元の腕に戻すだけだったから今はそうなっているが、これができるのであればナルの存在する部位をマナで消しとばして、そうして吸収したマナを強化に当てることができる。

 

 そのために、土偶の一体から、回収したナルを置いておく部分を剥ぎ取っていた。

 

「強化、開始……っ!」

 

 隼也の中にマナからナルに変質し、今またマナへと戻った物質が流れ込みその肉体を強化する。

 より上位の存在へと、その肉体を構成するマナの総量を増やすことで変質させようとする。

 力が、その総身に溢れかえる。

 

「ふわぁ……」

 

 ユーフォリアの思わず、といった具合に漏れた感嘆の吐息も、今の隼也には届かない。

 

 そもそもが神性強化は一部の神々の『聖なる神名』に刻まれた技能。

 『他者の能力を強化する』という、その道の神々の技能を、それを持たない、経験も少ないたがが人間上がりの一年も神剣使いをやっていない隼也が行うには最大の集中が必要となっていた。

 

(今なら……)

 

 己の存在の位階を一つ上げられそうだ。

 隼也はそう思う。

 

『これならようやく……』

 

 内側でアムが何かを語る。

 それを聞き取る余裕すら隼也は持たない。

 

 己の存在を生まれ変わらせるほどの膨大なマナをその総身に宿し、確かに変化が生まれる。

 見た目には変化はない。

 けれど今なら何かができると、これまでには不可能だったことが少しはできるのではないか、と。

 そんなことを、隼也は思っていた。

 

「今なら色々とできそうだ……!」

 

 一般人と神剣使いほど、神剣使いと永遠存在ほど。

 そんな絶望的な差があるわけではないが、確かに今、隼也は半歩ずれた。

 エターナルからより高み(ハイ・エターナル)へと。

 己を構成するマナ配列すら知らぬうちに書き換えて。

 

 両の腕にぎちりと力が宿る。

 その力を一気に解放するようにして、隼也の()()は確かな形を為す。

 

「全身が永遠神剣であることの意味を教えてやる」

 

 獰猛な笑みを浮かべて宣言する。

 

「ユーフィー、合図を出したら突っ込むぞ」

 

「はいっ!」

 

 ユーフォリアの元気な返事を聞きながら、全身にその能力を行き渡らせる。

 両手、合計十の指にそれぞれ別の永遠神剣の能力を宿す。

 右の五本には空間切断など、防ぐことができない攻撃を放てる「虚空」「赦し」「無限」「無我」「時逆」を。

 左の五本には「粉砕」という結果を残すため、「破壊」「悟り」「縁思」そして破壊という結果を作り出すために「聖賢」と、それによって得た「土偶を倒すためにもっとも効率的な方法」を実現する「宿命」。

 全て、アムから得た知識の中にあった神剣であり、この中でこれまで作ることができたのは隼也自身と縁が深い「時逆」だけだったものが、隼也の中で何かがカチリと嵌ったことで完成した。

 

 それぞれ、組み合わせることで無類の強さを発揮するであろうに、持ち主が敵対勢力に分かれている、あるいは仲良くないのか、それとも出会ったことがないのか、完全に合わせることが別人が使っているために不可能なのか。

 数多の理由がありながらも実現しなかったその組み合わせを、無理矢理に作り上げた。

 

「それじゃ……行くぞっ!」




・これまで

「主人公が作れるのは主人公自身が見て理解したもの」のみ。あとはおまけで「前世の自分」も自分判定でOKが出た(代わりに理解度に関しての条件は厳しい)ので、アムを殺した「■■」とアムが契約していた「■■」、あとはおまけでアムの神剣が作った「■■」は作れた。

・今

前世の分なら名前がわかっていて実際に見たことがあればアムちゃんだいたいわかってるので作れる。つおい。


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第二十七話:そろそろ土偶排除も……

「私も混ぜてくださいな?」

 

 土偶の群れに入り込んだ少女はユーフィーによく似ている。違いはある。確かにあるが、見た目といい雰囲気といい「成長したユーフォリア」と言われれば誰しも納得してしまいそうな見た目だ。

 違いとしてはユーフィーが未だ幼い見た目であるが、その少女はすでに俺と同年代。十六、十七程度の見た目であることと、龍の角を髪の隙間から生やしていること。そして、その衣装の所々に龍を模したアクセントが存在していること。例えば、龍が(とぐろ)を巻いているようにも見えるマフラー。例えば、彼女の身を包む藤色の浴衣に似た装束の柄。そういった細かいところに。

 

「アムッ!」

 

 その少女に向けて叫ぶ。神剣使い()の深層心理を元にして姿形が決定されるという神獣。俺の心内に住まうアムがその「守護神獣」としての形をとって顕現した少女へと。微妙にこーくんを乗っ取られている気がしないでもないが、何を言っても現実は変わらないわけで。それならせめて、アムにもしっかりと働いてもらおうと顕現させているが、ぶっちゃけた話をすると神獣として出てきているに関わらず俺よりも強い。

 

 当人曰く、エターナルとしての俺の実力が先の昇華で最低限「神獣として顕現させられる」レベルには達したから勝手にこーくんの肉体を借りて出てきた、とのことらしい。その結果なのだから意匠が残っているのは仕方ないことなのだとか。

 

「全て、全て……この鞘の内に」

 

 先の進化に伴い、すでにアムの本当の名前もわかっているのだが、それでも呼び慣れたこの名前の方が楽だ。今の正面の敵と戦っているユーフィーもその見た目とか、そもそも俺の心中にいるはずの彼女が出てきたこととか色々と驚いていたが、彼女も戦える、普通に戦力としては強大だということがわかってからは、彼女の立場もあってか信用して背中を任せている。

 

 そんなアムは、土偶から向けられる実体を伴わない、ビームなどの攻撃をその手の中にある鞘の内へと全て納めていく。ユーフォリアに向けられたものもかばい、納め、そしてそれらの数が合計十を越えた頃。

 

「解き放ちます」

 

 極太の光線が鞘から放たれる。十本分の光線が、まとめて吐き出されるかのように。あの鞘の本来の担い手であるアムが振るうそれは、ただ前世の記憶を頼りにして振るっている俺のものよりも遥かに美しく、まるで一つの演舞を見ているかのようだった。

 

「オーラフォトン──」

 

 けれど見てばかりはいられない。アムが十本分の光線を編み合わせてできた極太の剣を横目に、俺も己の武器へと意識を向ける。右手で土偶の存在する空間を切断することであらゆる防御を透過して、左手でそもそも防御という概念を砕く「粉砕」という結果を残す一撃を放つ。

 

 その左手の手首から、延長するかのように刃が伸びる。それを投球するイメージで、一度右半身を前に出してアンダースローの体勢で左手で空間を薙いだ。

 

「──スライサー!」

 

 分離した左手の刃が、回転しながら飛んでいく。神速のそれも土偶の表面にはほとんど意味をなさないが、それでもわずかには効果は存在する。動きを止めたその瞬間に、ユーフィーの放つドゥームジャッジメントが穴を開けた。

 

 もう、土偶の数は残り少ない。あと十体程度。それも、すでに半数近くがタイムアクセラレイト中の時深さんによって切り刻まれている。旅団の面々は倒れ伏していたり、気絶していたり、ナルカナ以外はまともに動けそうな状況ですらない。

 

 力を込める。左腕を変貌させる。俺は名前を知らないけれど、深層心理に未だいる、化身(アバター)として神獣の形を借りて外に出てきたアムの本体が知っている。そんな、腕と一体になった永遠神剣へと。アムが知っていればだいたいどうにかなる、そんなレベルにまで引き上げられたために、アムが見たことのある永遠神剣を、「聖賢」から得た知識で名前を知ることで形成を可能とした永遠神剣を。

 

「貫け……!」

 

 世界の名を冠する一撃が、オーラフォトンレイという神剣魔法と合わさり一条の光の槍として突き進む隣で、アムが並走しながらその足元に何かみたことのない永遠神剣を宿す。「聖賢」の力で確かめてみると三位「飛天」という名前の、時間と空間を飛び越える靴型永遠神剣。「時遡」ではなく「時渡り」の力。断絶された空間を飛び越える空間跳躍の力を持つ。

 

「では、私も参加させてもらいます」

 

 その力でわずかに時を飛び越えて、俺のオーラフォトンレイが土偶に直撃する直前という、消えた数秒後に出現した彼女の鞘から、合計十数個分の神剣魔法をひとまとめにした一本の剣が放たれ、俺のオーラフォトンレイが貫く瞬間に合わせて、全く同じ箇所に向けてそれらの神剣魔法全てが指向性を向けて解放された。

 

「うわぁ……うわぁ……」

 

 ユーフィーもその一撃がもたらした破壊に言葉もないようだ。何を言っていいのかわからない、と言わんばかりの表情。

 

 橋が崩れ落ちている。

 

 指向性は持たせてあったし、土偶の範囲以外から抜け出るような一撃ではなかったが、土偶を消しとばした一撃は、持たされた指向性の範囲内で発生させられるであろう最大限の被害をも『出雲』にもたらしていた。

 

「……とりあえず行こう」

 

 なんとなく沈鬱な気分になるし、今から説明するとなると戦闘になるのではないかと嫌な気分にもなるが、もう全部なるようにしかならないだろう。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「今日は疲れた……」

 

 『出雲』を拠点として生活している今、その中で与えられた一室にてなぜかユーフィーとアムを腕枕という形で侍らせながら、隼也はそんなことを呟いた。

 

 もうすでに、今『出雲』には隼也たち三人しかいない。

 

 まず最初に、戻った三人がしたのは、『隼也が戻って来たこと』によって望の死が確定したことで泣き崩れ、文句を言う望を好いていた五人……沙月、希美、カティマ、ルプトナ、ナーヤの五名の対処。

 悲しそうではあったが残りの面々は「男同士の戦いの結果に文句を言うつもりはない」や「逃げるという選択肢もあったのだから、それを選ばずに戦いに向かった望の決断を侮辱する行為だ」などと言って、『時間樹の外に追放された』という事実を聞いて錯乱した五人を沈めていた。

 

 その後、「時間樹から出た望を探しに行きたい」ということになり、時間樹から出るにはどうしたらいいか。

 そんなことを話し合っていた旅団の面々にナルカナが「時間樹の創造神を倒さないと自分はここから出られない」ということを話し。

 そして何より、「時間樹の外にはエターナルがゴロゴロといる」ということを知ったがために、「まずは創造神を殺してエターナルと戦えるという自信をつけよう」と、世刻望という人物を探すつもりの旅団の面々と、ジルオルに会うつもりのナルカナは一緒に『出雲』から出て行った。

 

 まずは学園の生徒を元の世界に帰してから、そしてその後創造神を殺しにかかると、そう決めたということを彼女たちが出て行く直前に隼也は聞いた。

 

「あら、それなら癒してあげましょうか?」

 

 ニコニコと、隣で横になっているアムがさっきのこともありますし、と言えば、反対側で横になっているユーフォリアがダメですよーなんて言う。

 一度、大の字で倒れた隼也の横をユーフォリアが陣取った後、それとは逆の方を陣取ったせいで頭から生えている角が腕に刺さってしまうという事態が発生した。

 それにユーフォリアが慌てたりして、もうすでに傷口は塞がっているとはいえ一時は部屋の中だけではあるが大騒動になっていた。

 

「おにーさんを癒してあげるのはあたしの仕事ですっ」

 

「よしよし……」

 

 えへーと抱きつくユーフォリアを隼也は愛で始めて、それをジト目で至近距離からアムは見ていた。

 

「ちょっと、私がすぐそばにいるときにイチャつき始めないでもらっていいですか……!?」

 

 何が悲しくて自分そっくりの少女と自分の来世がイチャイチャしているのを見てないといけないんですかっ、こっちはまだ隼也がそこまで神獣を顕現させることに関しては安定させられていないせいでこの部屋程度の距離から離れることはできないんですよっ、と怒り始めるアムに、さすがに申し訳ないことをしたとでも思ったのか二人はイチャつくのをやめた。

 

「全く、これまでも深層心理の方で見せられていたというのに……そして隼也に関しては女の子の扱い方というものを教えてあげたのに……」

 

「あ、はい、すみません……」

 

「そうだったんですか……?」

 

 片方は萎縮して、もう片方は知らなかったことを知って驚く。

 

「ええ。この『出雲』に来てからの隼也はこれまでよりも優しかったでしょう?」

 

「それはそうですけど……」

 

 でもでもそれまでも十分優しかったですよっと叫ぶユーフォリア。

 

「ありがとな、ユーフィー」

 

「あ……えへへ」

 

 それを撫で始めてまた二人の世界を作り始めたのを見て

 

「いい加減にしなさいっ!」

 

 スパコーン、とアムの作り出したハリセンが隼也の頭に振るわれた。

 

 形の存在しない永遠神剣、「依存」を形成するというありえないこと。

 それを彼女は、『自分がイメージして作り上げたものこそが「依存」の姿である』と解釈してハリセンとして生み出した。

 まさに無駄に洗練された無駄のない無駄に高度な無駄な神剣の使い方としか呼べない代物。

 更に言えばその力も「協奏」の力なのでそれを形成した代償は契約者である隼也が払わないといけないという無駄なダメージも存在する。

 

「痛っ……!?」

 

 ついでに言えば、永遠神剣第三位なので威力は申し分ないし、更にそこに『依存』の能力である紫電もわずかに乗っていたのでツッコミによってダメージが入るという無駄もあった。

 

「おにーさん!?」

 

 さすがにダメージが入るものだとは思っていなかったのかユーフォリアもちょっと驚いた声を上げる。

 

「いいですか、いいですね。ちょっとそこに座りなさい!」

 

 アムからのお説教も始まる。

 これは長くなりそうだと、これまで一度も彼女から説教を受けたことのない二人は確信した。

 

「別にイチャつくな、というつもりはありません。一応、前世の私がこうして出て来ていることを除けば、よくよく物語で見るような『前世からの縁で結ばれる』という代物ですからね。ですがせめて、TPO程度はわきまえなさい!」

 

「……異世界人にもTPOとか理解できるのか」

 

今世の私(あなた)を中から見てて知りました!」

 

 わざわざ、ちょっとした疑問にも答えるあたり優しさがにじんでいた。

 そして隼也も、なんとなくこうして「怒ってくる」という状況がこれまでよりも親密になったような気がしているので特に止める気にはならなかった。

 

「……そうですね。どうしてもやめないというのなら」

 

「いうなら……?」

 

「中学時代の友人だった人物があなたの性癖にぴったりだと言って持って来たエロ本の内容をユーフォリアに伝えます」

 

「やめてっ!?」

 

「あ、教えてください、アムさん」

 

 ニッコリとユーフォリアが見たことないような笑顔で笑った。

 親密になるのはいいことだけではないと隼也は理解した。




皆が難易度スーパーハード(レベル61〜99)でやってるのに一人だけ難易度ノーマル(レベル1〜30)でやってる主人公を見てみたい。敵の仕様もスーパーハード


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第二十八話:あ、日常くん久しぶりー

 永遠神剣の契約者、というのは長生きできるようになる。具体的にはおそらく三桁は余裕で。そうでもないと、この世界で昔あったという南天神と北天神による戦争などまともに行えるはずがない。

 

 神々の数は数百億、数十億といった人間の数よりは遥かに少ないのだから。

 

 たとえどれだけ『聖なる神名』に早く覚醒することができたとしても、そこからまともに戦えるようになるまでの時間は長く、そしてその間に殺されない可能性も少ない。どう考えても『寿命』が長くなければ、寿命で死んでしまう神々が多ければ、新しい転生体がまともな戦力になる前に全神々が潰れてしまうのだ。

 

 なのでその人間としてみれば長い、あるいはエターナルとして、神剣宇宙全体としては短いだろう時間の中で世刻を探しに行くと言い切った旅団のメンバーが邪魔なエト・カ・リファを殺しに行くために旅立ってから、今はすでに数日が経っていた。

 

「で、俺たちは貴方と修行というわけですか」

 

「というよりはレクチャー、ですかな」

 

「まあ、いいですよ。私も、神獣として顕現している今の私がどれくらいやれるのか気になってはいましたし」

 

 今、俺とアムの目の前にいるのは永遠神剣第二位「堕落」の担い手であるヴェンデッタという初老の男性。カオス・エターナルの相談役兼教官とのことで、今はまだイスタが何も動き出していないために、その時間を有効活用するためにここに来てくれたらしい。ヴェンデッタさんの能力の影響から外れるためとはいえ、ユーフィーがこの場にいない今、始まってから記憶が薄れたらどうするかの不安はあれど、こんな風にエターナルとしての自分を鍛えてもらえる機会はほとんどない。これまでは「神剣使い」という剣士としての修行ばかりだったから、これから始まることには少し期待している。

 

「では、始めましょうか」

 

「……っ!?」

 

「体、が……」

 

 そんな期待を根こそぎ奪ったのは、取り出されや彼の神剣である「堕落」。それと同時に、俺とアムの体から力や考えが消えて行く。先に聞いてはいたがこれが「周囲の者のあらゆる気力を奪う」という能力か、と納得したところで、想像する。

 

 俺が望む、この永遠神剣の対となる存在を。

 

 「考える気力」も徐々に奪われているので、いつもよりも深く、より深く思考に没頭する。ヴェンデッタさんが仕掛けてこないのはこれが訓練だからで、本当ならすでに斬られて死んでいる。だから、もっと手早く想像しないといけないのだろうけど。それは今の俺にはできないから。

 

 より、鮮明に。己の全てをかけるぐらいの勢いで、神剣を一時的に生み出し、それを己の記憶した永遠神剣を記録として残す場所へと貯蔵しておく。

 

「できた!」

 

 その言葉はこれまで自分が発した中で最も力強かった。

 

 けれどそれはおかしなことではない。何せ今作ったのは「周囲の存在の気力を奪う」力の真逆。「周囲の存在に気力と活力を与える鼓舞のオーラを吐き出す」という能力を持った神剣。

 

 「己の持つ知識の中にある永遠神剣」しか。「聖賢」という知恵袋を得ているために「この世界に存在する、あるいは存在した永遠神剣の全て」を具現化できるけれど、「今はまだ存在しない対の能力を持った神剣を作り出す」ことが本来の契約者ではないためにできないアムには不可能なそれを作り出した。

 

 そうして俺と「協奏」の記録に貯蔵されたそれを即座にアムも引き出し、少々時間はかかったが二人とも戦闘態勢は整った。

 

「行きますっ!」

 

 そうして、俺たちは互いの繋がりを利用して念話を行いながら作戦を立てて戦闘を開始した。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「悔しい」

 

「お、おにーさん……」

 

 戦闘は瞬く間に終わった。俺は、開始五分で気絶させられた。マナの使い方、エターナルという、時間樹ごとに使える力に制限のかかる俺たちがどう戦うべきかということをしっかりとその五分で見せられ、教わったのだが。

 

「さすがにあそこまで一方的に負けたのは悔しい」

 

 そして何より

 

「アムの方が歴としては長いんだからそれが当たり前なんだってことはわかるけど……」

 

 俺が気絶して、戦えるのがアムだけになった時。アムはさらにそこから三十分ほど戦ったらしい。エターナルとしての戦い方を熟知している彼女が、カタログスペックでいえば俺とほとんど変わらない彼女がそれだけ戦えたということは、それはつまり俺がちゃんとエターナルとしての戦い方を理解していればもっと良い戦いになったはずということで。実際にはいつ何を使うかの状況判断などの差もあるからなんともいえないが、それでも、ただ無様を晒しただけに終わった戦いが、もう少しまともになっていたかもしれないという可能性があることは、そこにたどり着けなかったことへの悔しさを構築していた。

 

「大丈夫ですよ?」

 

 エターナルとしての先輩(ユーフィー)を抱きしめ、ついでに彼女によしよしと撫でられながらも心を回復させる。あとで思い出したら恥ずかしくなるかもしれないけど、よくよく考えたらユーフィーとは他人から見たら恥ずかしいことをもっと人前でやってることに気がついたので多分大丈夫だろう。そっちには特に羞恥心感じなかったし。

 

 直すべき部分に関してはアムから伝えられたし、すでにヴェンデッタさんは帰っているらしい。今からもう一人エターナルが来るらしいが、そちらに関しては何を目的として呼んだのか知らされていない。こんな風にユーフィーとイチャイチャしていればいずれ来るだろうし、それまで待つとしよう。

 

 だいたいそれから数十分後。

 

「えっと、君、だよね?」

 

「はい?」

 

「この部屋にいる新しいエターナルに会いにきてほしいって言われたんだけど」

 

 襖が開いて、そこには俺と同年代っぽい男性がいた。俺に抱きしめられて猫と化しているユーフィーを見て苦笑いしているが、特にこの状況に関しては触れないらしい。触れない方がいいと理解したのかどうかは定かではないが、俺がその「新人」だということをどういう理屈か理解したらしく、ユーフィーではなく俺に話しかけてきた。

 

「僕はリアン。永遠神剣第三位『日常』の担い手。”陽光を浴びる者”リアン。よろしくね、若きエターナルさん」

 

「ああ、うんよろしく」

 

 スッと差し出された手を握って、そこでようやく自己紹介していないと気がついて、名乗ろうとすると手を横に振りながらいいよいいよと笑う。なんというか、好青年というのが正しいような少年だった。

 

「聞いているよ、時深さんから。隼也くんとユーフォリアちゃんだよね?」

 

「ああ」

 

「うにゃー……あ、はいそうですよ」

 

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら完全に猫と化していたユーフィーだが、さすがに名前を呼ばれれば人間に戻ってこれるらしい。そんな彼女に苦笑して、リアンは告げる。

 

「今回、僕が呼び出されたのは僕の神剣の能力が理由だよ。精神攻撃の類に対する耐性をつけてもらうことと、今回の出雲襲撃に関係ないのに手伝ってくれたお礼の二つを同時に達成するため。相手を『幸せな日常』に取り込む効果を持つ僕の神剣の力でね」

 

 ああ、なるほど。

 

 なんとなく納得した。

 

 彼から滲み出る良い奴感はあれだ。戦場にはありえない、日常にしか存在しない類のそれだ。薄汚い戦場にあってもその頃の自分を見失わない、日の当たる日常に属する適正を失っていない人間だ。……そしてそれが多分、「日常」という永遠神剣の力なのだろう。

 

 幸せな日常に取り込むことで、「そこから出たくない」と思わせる類の精神攻撃。それを先に体感しておけと、そういうことで呼び出されたらしいリアンなのだが

 

 どうやら、「対の能力を持つ永遠神剣を生み出す」という「協奏」の力で、「辛い現実に引き戻す」類の力を持つ永遠神剣をストックすることもしろ、ということなのだろう。……休ませて欲しいのだが。

 

「この力で、今日だけは君たちに幸せな日常を体験させてあげてほしいっていうのが、ちょっとした事情でこの世界に訪れた時に『出雲』の人たちから頼まれたことだよ」

 

「ちょっとした事情?」

 

「ああ。そっちは個人的なことだから気にしないで良いよ」

 

 錫杖が現れる。神剣の気配。おそらくそれが「日常」なのだろう。紗蘭、と杖の頭についた(かん)が鳴る。それと同時に地面をコンと小突き、次の瞬間、俺たちのいる場所はめまぐるしく回転し始めた。

 

「え、は……?」

 

「な、なんですかこれー!?」

 

『あはは、今から一時的に君たちの意識を幸せな日常……要するに夢の世界にご招待ってこと。それを発生するにはこんなことをする必要があるんだよ』

 

 すでにリアンの声は遠く、俺たちにははっきりとは届かない。強烈な眠気が俺たちを襲っている。もうすでに閉じかけている視界にはユーフィーが目をこすっている姿が見える。だけどこの言葉を信じるなら、これは何も問題ないはずのことで。

 

 この『出雲』の奥深くにまで入ってきているということは少なくとも敵ではないのだろう。そうでなければ戦闘が発生しているはずだし。そこまで考えたところで思考を放棄。もう我慢する必要はないはずだ。

 

「おやすみ……」

 

『うん、おやすみなさい二人とも。…………それにしてもこの状況、聖賢者に知られたらどうするつもりなんだろう。あの人親バカだって噂があるし』

 

 最後に何かつぶやいていたような気がしたが、何を言っていたのかまでは聞こえなかった。

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは『出雲』の一室のまま。何も変わったような様子は見る限りは存在しない。

 

「……どういうことだ?」

 

 リアンの言葉を信じるならこれは「幸せな夢」だということ。「戦闘を行うことが日常となった人物」に対して、それ以前の平和だったであろう「理想の日常」を経験させるのが能力なのだろうということで……

 

「ああ、いや、そういうことか」

 

 そう言葉にして、そしてふと、気がついた。隣にユーフィーが眠っている。彼女が起きたら今思い浮かんだ仮説を確かめてみれば良い。そんなことを考えて、暫くの間はこの部屋で待つことにした。




オリジナル神剣とオリジナルエターナル。ヴェンデッタさんは数話前で言ったサードにちょこっと出てきた人。


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第二十九話:最後の日常(なんか不穏)

 目を覚ましたユーフィーへの問いかけで、ここがどういう理屈かははっきりとした。

 

「まだ俺が教えてもらったことのない、ユーフィーの過去のことを聞いてみたい」

 

 その質問に対して彼女がショートしたことで、ここにいるユーフィーは本物ではなく、あくまで「俺が幸せと感じるであろう日常」を再現した時にこの偽りの空間に誕生した、そこの登場人物なのだということは理解できた。

 

 それもそうだ。俺とユーフィーは別人で。一緒にいられるのは嬉しいことだとは言っても、その周囲の日常に関して、「自分たちの知る人たちが幸せでいてくれれば良いね」などと同じ意見だったとしても。「周囲の人間」に属する、「ユーフィーの両親」などを見たことがない俺の思い描く「幸せな日常空間」と、ユーフィーの思い描く「幸せな日常空間」がぴったりと重なるわけがない。「仲良く暮らしている」と一言で言っても、現実には存在しないような万年新婚夫婦が「夫婦で旅行に行っている」ことを「仲良く」と称するか、「家族で笑いあっている」のを仲良くと称するか。そう言った細かい部分で差異が出るために、俺とユーフィーは別々の夢にいるはずだ。

 

 多分、俺の夢の中にユーフィーの両親は出てこない。その人たちのことを全く知らないから、たとえこの世界にその人たちが存在したとしても、なんやかんや理由をつけて俺と出会うことはないだろう。

 

「なら、やることは一つだ」

 

 そう、ここには誰もいなくて、なおかつ「味方が展開した空間である」ということ。そして「今日だけ」という言葉からするに一日経てば、それでこの空間は終了する。それらの事実が、この空間でするべきことを決めさせてくれた。

 

「現実でできないようなことをしよう」

 

 具体的には、「現実では相手の意思が介在するために多分断られるであろうこと」を。「日常」という制限がある以上は神剣使いとしての常識を逸脱した行動なんてできっこないだろうし。……いや、でもなんとなく自分の妄想の中に浸るのは……

 

「それで、何をするつもりなんですか?」

 

「え……? ああ、いや、お前がいてもおかしくはないか」

 

 何かするべきか否かを悩む中、後ろからいつもよく聞く声が聞こえてきた。

 

 声が聞こえてきたことには驚いたが、振り向いてみるとそこにいたのはいつも通りの姿……ではないが確実に俺の知っている方(本物)だと理解できるアム。よくよく考えてみれば、俺と深いつながりが彼女にはある、というよりもエターナルとしての俺の一部なのだからここにいることは何もおかしなことではない。むしろいないことの方がおかしいのだ。

 

「それで、これがどういう状況なのかわかるか?」

 

「ええ、まあなんとなくですけど」

 

 これがどういう日常なのか(舞台設定)については彼女の方が知っているのだろう。そうできた理屈はわからないが、「日常に浸る」ということが精神攻撃の部類なのだから、「その日常が永遠に続けばいい」と思わせる必要がある。「ここが自分の居場所だ」と認識させる必要があるのに、俺には全くそれらの舞台設定が入っていない。「俺が目覚めるよりも先に目を覚ます」ことに関してだけはこの空間ではありえない。対象が俺である以上は、彼女も俺が目覚めるのと同時にここに顕現できたはずだし。

 

「ただ、これをどう説明するべきか……」

 

「? 説明がそんなに難しいのか……?」

 

 アムが言語化して説明するのが難しいレベルとなると、俺にもどうすればいいのかわからない。年の功というやつでおそらくはアムの方が物知り……

 

「隼也?」

 

「あっ、はい。ごめんなさい」

 

 繋がりがあるからか考えもすぐに読まれる。はあ、とため息をつくアムからはデリカシーがないのは仕方ないかという思いが伝わってくる。ついでに、今のこの世界がどういう状況(設定)なのかも伝わってきた。

 

 まず、今の世界で(設定として)は俺は物部学園のような高校に通っているわけではない。まあ、そもそもその当時の記憶が今の俺には存在しないわけだから俺の日常としての象徴はそこにはないというのはわかる。一番安定した生活をできているのは『出雲』だから、目覚めが『出雲』というのも理解できる。

 

 だが

 

「なんで『出雲』の外はこんな……こんな……」

 

 わけのわからないことになっているのか。

 

 『出雲』の外には何もかもが存在しない。歩いているといろんな場所ににたどり着けたのだが、それらも全ていろんな世界のそれが混じっている。結局のところ、今の俺を構成しているのは「ユーフィーと出会ってからの記憶だけ」ということがよくわかる代物。彼女との生活……それもおそらくは『出雲』に来てからまた戦い始めるまでのわずかながらも気が休まる期間こそが俺が心底から望んでいる日常ということがよくわかった。

 

「さあ、貴方の発想が貧困、というべきか。それとも記憶を失ったせいでまともな日常を思い出せないことを悲しむべきか。それについてはわかりませんが、とりあえず今日一日はこの何もない世界で私と二人きりということですので、よろしくお願いしますね?」

 

「ああ、うん、よろしく」

 

 握手。よくよく考えてみればこの数日常にアムは顕現していたにも関わらず、俺は彼女とそこまで交流した覚えがない。内側に未だ彼女の本体があってそちらと会話すればいいとはいえ、外側に出ている彼女と連携を取るのであればそれは外側でしかできない。それができていればヴェンデッタさん相手にもまだ戦えたかもしれないのに。

 

「よしっ」

 

 そこまで考えたところで今日の目標は決まった。この──想像した自分が言うのもなんだが──寂しい世界でやれることなどほとんどないので、今のうちにアムとやれることをやっておこう。

 

「なら、今日は一日デートといきますか」

 

「ええ、行くとしましょうか」

 

 特に何もない空間ではあるけれど。

 

 そんな心の声が重なる。俺がアムとの交流をしたいことを知られているために、特にデートという言葉を使っても動揺を誘えたりはしない。ユーフィーに聞かれたら絶対に怒られるやつだから、現実では絶対に言えない類の言葉ではあるけれど、俺とアムの間ではどういうことを言いたいのかわかるために、二人きりなら使える言葉。ただ、「お互いのことを、本人の口から知りたい」というだけの言葉。

 

 

 

 

 向かうべき場所は思いつかず、結局俺が目覚めたいつもの部屋を模したあの部屋に戻ってきた。

 

 

 

 

「ってことは、こーくんは消えたわけじゃないのか」

 

「ええ。言ってしまえばただのストライキ。ユーフィーが名付けたこーくんっていう名前が嫌だったそうで、せっかく永遠神剣(住居)が変わったことを機に、名前変えてください(ストライキ)ってことらしいですよ」

 

 話の内容は、神獣としてのアムの成り立ち。本来ならこーくんが存在する予定だった場所にいくら前世とはいえ、なぜアムが出てこられたのかという話から始まった。

 

「隼也がエターナルからわずかに上位の方向に外れた結果、神獣を顕現できるだけの力を得ました」

 

 そこに至るまでのプロセスは俺自身わかっていないが、内側のアムはこーくんと話をしたからだろうか、どういう理屈かはわかっているらしい。神獣はその永遠神剣の象徴たる存在だと聞いたことがあったので「協奏」に入れ替わった時に、その名前を考慮した結果「俺の前世として知識を継承したり、といった面で最も融和できる」という存在であるアムが選ばれたのかと思ったりしたこともあったし、あるいは無理矢理にこーくんの居場所を奪った可能性も視野には入れていたのだが、これでようやくその謎が解けるらしい。

 

「その時に『守護神獣』を形成するための力は外に出てきましたが、それを構成する『こーくん』という形は与えられていない状態でした。そのままだと形を与えられなかった力が暴走すると思ったので、『私』という枠組みを守護神獣を作るための力の入れ物とした結果、今の『協奏』の守護神獣、『調律のアムフォンセ』はできているわけなんですよ」

 

 アムの本名。エターナルとして外れた時に知ったけれど、それまで通り「アム」とだけ呼び続けてきた相手がついに自分から本名を口に出した。けれど彼女も「すでに俺が知っている」ということを知っているからこそ口に出したのだろう。俺たちの間には隠し事は無し、というよりはすでに隠し事はできないという状態にまで上がっていることを互いに理解しているのだから。

 

「……なるほど。ってことは今、アムは『こーくんを形作るために使われる予定だった力』の範囲内でしか力は振るえない、ってことなんだよな?」

 

「ええ。全盛期に比べれば遥かに弱くなっていますから、エターナルの上位層と戦うとなると心もとない程度の戦力です」

 

「更に言えば、基本的には神獣なんてシステムもこの時間樹限定だから、この時間樹から出たらアムはまた……」

 

「まあ、それに関しては仕方ないですよ。そもそも私の一生は一度終わっているんですから。こうしてまた外に出られる機会を得ている今、これ以上何か望む方がダメでしょう?」

 

 アムの現状を言葉にしてみるとなんとも言い難い。要するに彼女の存在は期間限定なのだ。この時間樹を出るまでの間、先達として実際に外に出て何某かを俺に見せてくれる先達。しかも、彼女の戦い方は俺のそれの上位互換としか言いようのないものなのだから、ためにしかならない。だが、そんな彼女に対して俺が恩を返す手段はない。

 

「あとは今の私にできることなんて、エターナルとして長く生きた分の知恵とか、そういったものを貴方に教えたり、相談に乗ったりする程度ですけど、エターナルとしての知恵もヴェンデッタさんから教わったエターナルとしての戦い方が、私が生きていた頃とほとんど変わっていないことを考えたらそこまで役に立てる気がしませんし。あとは武芸の矯正程度ですかね」

 

 今は夢の中だからか武器を顕現できないから何もできませんけどねと笑うアム。ユーフィーとはまた違う笑みを眺めながら、今日という日を過ごしていく。

 

 普段から膝の上に座って俺に背中を預けてくるユーフィーとは違い、俺の隣に寄り添って色々と知識をくれるアムに、俺とアムの関係性で一番近しい言葉はなんなのだろう、とふと考えてみた。

 

「なんでしょうかね?」

 

 その疑問はアムにも伝わる。師弟と呼ぶには何か違うような気もするし、なら一体何が一番合っているのか。そんなことを二人で話し合う。武術……というか神剣使いとしての俺の師匠というには、俺の私生活にまで乱入しすぎな気がする……

 

「隼也?」

 

 おっと、これ以上は藪蛇か。そこで思考を中断する。……ああ、いや。でもなんとなく今のでわかったような気がした。俺には”それ”の記憶は残っていないから実際にはどうなのかわからないが

 

 アムが、知識としては存在する母親のように感じたのだ。

 

 その感情もしっかりとアムには伝わっている。こんなに大きな息子を持った覚えはないですけどね、なんて苦笑はしているが、その実心中では微妙に嬉しそうなことも見逃しはしない。

 

「いや、そこは見逃しなさい。もしくは気づいてないふりをしなさい」

 

 怒られた。

 

 まあ、そんな感じで。これまでにないほどアムとの距離を縮められた時間に感じた。リアンには感謝するしかない。




さらりと本名が出たアムさん。同人設定の方の人。ローガスに永遠神剣をあげた人。ユーフィーに似てる人。どれでも好きな呼び方を。


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第三十話:目を覚ますと、そこはいつもの場所だった

「おはよう、ユーフィー」

 

「おはよーございます、おにーさん!」

 

 目を覚ます。「日常」の能力でついた眠りから覚めたところ、目の前にはユーフィーの顔が。けれどそれもいつものことなので特に慌てることはなく、ユーフィー曰くおはようのキスを済ませて起き上がる。

 

 すでにリアンの気配はない。あいつの言葉を信じるなら俺たちが目覚めた時点で昨日は終わっているのだろう。あいつにも用事があると言っていたのだから、そっちに向かったということだろうし。俺たちが心休まる時を過ごせるのが目的らしかったので、リラックスした上にアムとの距離が縮まった昨日は、目的を達成できたと言っていいはずだ。

 

「って、アムは?」

 

 そうだ。口にして気がついた。アムの姿が見えない。神獣が中にいる気配はないので外にいるはずだが。

 

 そう考えていると襖が開く音。振り向かなくてもアムだと気配とマナでわかる。かくして、振り向くとそこにはアムが立っていて。なぜかその手には水を持っていた。

 

「ああ、起きましたか」

 

 アムは目覚めたタイミングで、自分が目覚めたということがそろそろ夢世界の終了ということだと理解したらしく、起きた俺たちのために水を取りに行ってくれていた、ということがこちらに伝わってくる。そのまま微笑む姿は、元が美人なこともあって一枚の絵画のようで、一瞬見惚れてしまっていた。

 

「むー!」

 

 しかしそのことはすぐに抱きしめていたユーフィーにもわかったようで、「あたしに構ってください」と目で訴えかけてきている。それにはいはいと言って、昨日のように喉を撫でる。ユーフィーを甘やかすのはもはや日課とも言えるので、とてもスムーズに行える。今日は話のネタとして、「日常」の能力でどんな夢を見たのかの内容を聞くこともできるから特にすることがなくて外に出る、なんてことにはならないだろう。

 

「そんなことになってたんですか……」

 

 ユーフィーに俺が入っていた夢の内容を話すと、神妙そうな顔でつぶやいている。

 

「そんなことになってたんだよ」

 

 俺も、それに返す。話した内容といえば今現界しているアムについて話した、ということ。少なくとも今ここにいるアムは時間樹エト・カ・リファからの旅立ちとともに消失するということ。

 

「まあ、そういうことなので、もうしばらくは私も一緒にいますけど。それが終われば存分にいちゃついていいですよ」

 

 俺の隣に座っているアムはユーフィーの顔を覗き込んでそんなことを言う。「節度を持ちなさいっ!」といちゃつくのを毎度のごとく途中で邪魔はされるが、そんなこともこの時間樹を出ればなくなるのだと知って悲しそうなユーフィーを茶化して、笑わせようとしているのだろうか。エターナルとなったことで”渡り”を行えば誰の記憶にも残らない、という意味では『時間樹を出ることで仲間と永遠の別れをする』というのは珍しいことではないけれど、それは別に悲しくないわけではないから。

 

「でも……」

 

「それに」

 

 ユーフィーが何か言おうとするところにアムが重ねて、その言葉を続けさせない。

 

「この時間樹のルール内で顕現しているから、この時間樹のルールが届かないところに行ったら体を保てませんけど。隼也が頑張って、この時間樹のルールを再現することに成功すれば……」

 

「……また、会えるんですね?」

 

「ええ。というより、まだこの時間樹を出る時期が決まってないのに、今から悲しむのは時間の無駄ですよ」

 

「むぅ……無駄って何ですか。アムさんと一緒にいられなくなるのは、その、おにーさんと色々とするのを邪魔されるのは嫌ですけど、それでもいられなくなるのは悲しいんですよっ」

 

「無駄ですよ。まだまだ……と言ってもいいのかはわかりませんが、まだこの時間樹を出るまでには時間はあるわけですから、その間に色々と思い出作りをすればいいじゃないですか」

 

「そう、ですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ユーフィーの見た夢ってどんな感じだったんだ?」

 

 俺が夢の中でアムと話した内容を語ってしまったことが原因で微妙な空気になってしまったので、俺の手でこの空気を変えるために、ユーフィーが見た夢の話を聞くことにした。……これで俺がいない状況が幸せな日常として顕現していたら死にたくなるのである意味諸刃の剣ではないかと思うのだが、そんなことはないと信じて、聞いてみた。

 

「あたしの見た夢ですか? えっとですね……」

 

 ユーフィーが見たという夢の内容を聞いたところ、どうやら両親に認めてもらって俺と二人で両親の住んでいる家の近くに住むことらしい。

 

『無理でしょうね』

 

 隣にいるアムはにこにこと笑いを崩さずに念話で断言してきた。ポーカーフェイスというやつだろうか。……それにしてもそこまで断言できる理由なんてあるのか? アムは以前、ユーフィーという存在……生まれながらのエターナルであることを聞いて驚いていたことがあったけど、その両親については名前を聞いても知らなかったようだし、ユーフィーの両親とは知り合いではないだろうけど。

 

『時深さんに聞きました。以前、ローガスが娘さんをくださいと言った時に最大攻撃を同時に放とうとしたらしいですよ?』

 

 いや、ローガスって誰…………ああ、あの人か。アムが永遠神剣を渡していた人。

 

『ええ。その時に父親の方は完全にブチ切れていたらしく、母親は「私とユーフィーのことになると見境がなくなる」と言っていたらしいです』

 

 時深さんは何で知ってるんだ……

 

 俺の中で、時深さんが「おしとやかな美人さん」から「ユーフィーの両親の私生活を盗撮盗聴している可能性のあるやばい人」になりかけている。知らなきゃよかったそんなこと。

 

『何でそうなるんですか。ローガスがその時のことを楽しそうに語っていたらしいですよ』

 

 恥ずかしそうにしながらもその時の夢を語り続けるユーフィーを見ながら、時深さん相手に盗聴盗撮という考えがまず一番に来た自分が恥ずかしくなって、けれど『ユーフィーの夢が無理だろう』という会話から始まった内容なのでバレるわけには行かず、全力で顔に出ないようにし続ける。

 

 でも、そうなると俺が娘さんをくださいをしに行く時にもそうなるということだろうか。それなら今のうちから対策を立てておく必要がある。俺の使える永遠神剣の中からユーフィーの両親と契約している永遠神剣に対策を取れる永遠神剣を探す。

 

 「聖賢」は、契約者がその知識に接続して最善の行動を引き出すことで大きな力を発揮する神剣。その力を封殺するとなると契約している経路(パス)を通じて知識を得ることから防がないといけない。けれど、永遠神剣とのパスを崩すなんてそんなことをできる神剣なんているはずがないし、作ることもできない。となると純粋に防ぐための技能を俺も「聖賢」を模した状態の「協奏」から引き出してくるしかない、か。

 

 「永遠」に関してはおそらく「永■」の力を引き出してくることでどうにかなるはずだ。そっちが上位の力を持っているはずだし。ただ神剣の持つ元々の能力値が「永遠」は高いので、そこには注意する必要があるか。

 

「どうかしたんですか?」

 

「うぉっ!?」

 

 ユーフィーの声が、耳元で聞こえた。見れば俺の膝の上に座っていたユーフィーが心配を含んだ瞳を俺の顔の横にまで持って来ている。アムがいる方とは逆。ぴったりと寄り添う瓜二つの二人の少女の片方は面白そうなものを見ている表情で、片方は心配を見せている。なんとなく「今の日常」という感じがしてクスリと笑った。その感情がダイレクトに伝わるアムと、全く伝わらないユーフィーがやはり対照的な反応をする。

 

 好いてくれている女の子とは言葉を交わして心を伝える必要があって、そうではない女の子とは言葉を交わさずに心が伝わる。

 

「いや、特になにかあったわけじゃないよ。ただ、その夢を叶えるんだったら、いずれはユーフィーのご両親にも挨拶に行かないといけないよなって思っただけ」

 

「あ……えへへ……」

 

 アムの話を聞く限り、ユーフィーはローガスが「娘さんを僕にください」って言った時にその言葉の意味をわからずに、父親が暴走していたことにだけ慌てていたらしいけれど。どうやら今回に関しては「夢を叶える」……つまりは「ユーフィーと一緒に暮らす」ために両親に挨拶しに行くと聞いて喜んでいるようだ。

 

「うん、まあ、お義父さんを倒す用意をしないといけないし。準備は早いに越したことはないかなって」

 

「なんで戦うことになってるんですかぁっ!?」

 

「娘を嫁にやることを平然と認める父親はいないんだよ、ユーフィー。だから、戦うことになる可能性はそこまで低くないかなって思ってる」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんです」

 

 アムはクスクスと笑っている。彼女の中から、見たこともないユーフィーの父親と俺が時間樹を破壊しながら戦って「娘さんをください!」「やらんっ!」って叫びながら戦っているイメージが伝わってくる。

 

「あの、その、できる限りパパやママとは戦わないようにお願いしても……」

 

「ああ、うん。それぐらいはわかってるよ。別に戦いたいわけじゃないから。……難しいとは思うけど」

 

 そこまで言ったところでアムと会話をし始めたユーフィーを横目にこれからのことを考える。

 

 目標が一つ増えた。今日の会話はそれだけのこと。ユーフィーの父親に認めてもらうことが新しい目標。イスタを倒すというこの時間樹における目的を果たした後の方針。たったそれだけのことではあるけれど、何か一つぐらいは目標があった方がいいだろう。見つかってよかった。



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第三十一話:おっすおっす

 その日、『出雲』の一角は不穏な空気に包まれていた。

 

「お前は……っ!」

 

 俺の目の前にいるのはイスタ。宙に浮かんでいる。けれどその瞳には以前のように意思が宿ってはいない。いや、それどころか以前の戦いで死んだ時のままだ。腕はちぎれかけて、体には大きな刀傷が。まともな人間のままならば確実に死んでいる様相に息を飲む。ユーフィーをかばうように立つ。今のユーフィーはすぐに戦える状態ではない。ついさっき「両親と戦わないように努力してほしい」と言われた時に「なんでもする」と言われたので、以前俺の体調が芳しくない時に着ていたメイド服を今回また着てもらったのだ。趣味で。

 

 結果として戦いづらいその姿のままイスタと出会うことになってしまったし、先に奴を滅ぼしてから着てもらうべきだったと今更になって悔いてはいるが、そんなことを言っても現実が変わるわけでもない。彼女が戦闘態勢を整えるまでの数秒は左腕にマナを通せば即座に戦える俺が稼ぐ、どころか俺の敵なのだから俺が確実に殺さないといけない、と決意を固める。

 

 死んだ状態の肉体を永遠神剣が動かして、そのまま持っていた永遠神剣や俺の「平衡」の欠片を砕いたことで完成した永遠神剣第三位「天造」、それがそのままイスタの死体に住み着いたのが今のイスタ。永遠神剣第三位「天造」の担い手、”天を造りし者”イスタの正体。

 

「彼の地にて、待つ』

 

「なんだと……?」

 

『我らが、決戦を行なった地」

 

 いや、よく見ればイスタの肉体は半透明。ここにイスタの本体はいないのだろう。そして決戦を行なったという彼の地。つまり『枯れた世界』にいる、ということ。……イスタではなく「天造」が語ったということが不愉快ではあるが、それでも行かなければいけない。

 

「ユーフィー、時深さんに言いに行くぞ」

 

「あ、はいっ!」

 

「……先に着替えてからな」

 

「あ……えへ?」

 

 ごまかすような照れ笑い。俺から言い出したこととはいえ、彼女も結構ノリノリで着用しているのが、今そのまま行こうとしたこと……その格好に疑問を持っていない現状から十分に読み取れた。ただ、まあ、見られたらどう行動するのかわかったものではないので、着替えてもらいたいものだ。

 

「それじゃ、アムさんと一緒に先に行っててください! あたしも着替えたらすぐに行きますので!」

 

 俺とユーフィーの関係性が『互いに一緒にいることが当然と思っている』といううふんわりとしたものから、『恋人』という明確なものになってからユーフィーはちょくちょく、これまでは気にすることがなかった着替えなどの色々な部分で恥じらいというものを覚え始めていた。それはそれでかわいいなあと思うのだが、離れる時間が増えたのは少し悲しくて。けれどよくよく考えたら周囲から見ればこれまでの状況の方が謎だったわけだというのも理解できている。なので特に何も言わない。

 

「そういうことですか……」

 

 あとで警備を強化しておかないといけませんね、と伝えた結果、時深さんがため息を吐きながらもこれからのことを考え始める。

 

「今回の一件が終わったら、俺もこの時間樹を出ようと思います」

 

 そんな彼女の思考を止めるのは申し訳ないのだが、前々から決めていたことを伝える。俺が『出雲』に来たのは「ユーフィーに連れてこられた」というのが始まりだが、そこからエターナルとなって、イスタがエターナルになったということも聞いたために、その存在がこの時間樹にある間は出て行くこともできず、そして今、ついにイスタの居場所がわかった。これまではエターナルとしての戦い方やこれまでとは全く違う永遠神剣での戦い方を模索したりと色々していたが、それもついに終わりの時を迎えたわけだ。

 

「そうですか……前々からそう言ってましたものね」

 

「はい。ユーフィーと一緒に出て行くことにはなります。さすがにその後のことは決めてませんが」

 

 「ユーフィーの両親に挨拶に行く」というのは目的の一つだが、だからと言ってこれまで得られた情報からして今のまま行っても即座に殺されるだけだということは理解できている。だからしばらくは修行をしないといけないだろう。……すでに記憶継承は終わっているから、知識の濁流によって記憶が流されることもないので「ユーフィーと一緒にいれば記憶の紛失を止められる」というのも使えない。

 

「出発はいつ?」

 

「明日にしようかと思ってます。今日のうちに食料とか色々と買い込んでおこうかと」

 

 そんな会話をして、部屋を出る。この部屋も明日出るときに訪れるのが最後になるのだろう。理由がなければ以降『出雲』にお邪魔することもないだろうし、そのときにはこれまでの礼をしっかりとして、心残りがないようにしてから出発しないと。そう決意してから、今俺とユーフィーが使っている部屋に戻った。

 

「ただいまー」

 

 そう言って襖を開こうとして、そこでふと思い出した。

 

 ──そういえばユーフィーは今着替え中なんだっけ。

 

 けれど気づいたときにはもう遅く。襖が開くのは止められない。いや、別に着替え程度なら同じ部屋で何度も行われているのだから、そこまで気にする必要が今更あるのかと言われればその通りなのだが、だからと言ってユーフィーが恥じらっているのにそれを見てしまっていいとも思えない。だから開かれた直後、すぐに閉めようとして。

 

「…………」

 

 そこで目撃した光景に一瞬、全ての考えが吹き飛んだ。

 

「…………何、やってんの?」

 

 たっぷり十秒。それだけの時間ショートして、そして絞り出された一言がこれ。

 

「なんで、アムが、ユーフィーを、脱がそうと、してんの?」

 

 そう、メイド服を脱ぎかけの半裸姿のユーフィー。それぐらいであれば別に俺がやってきたタイミングが悪かったと言い切れるのだが、そこに「アムが脱がそうとしている」という状況が追加されたことで混沌とし始めている。

 

「し、閉めてくださいぃっ!」

 

「あ、っと、わ、悪い!」

 

 バタン、と後ろ手に閉める。そう後ろ手に。アムが脱がせようとしているという、自分の前世が実は同性愛者だった疑惑が出てきたことでパニック状態になっていたのか、出ればいいものを中に入った状態で閉めてしまう。ユーフィーは半脱ぎ状態のためにチラチラと見える肌を隠すためか、近くにあったシーツを使って体を隠してあうあう言いながら壊れている。なんというか、そういう行動をされると余計にこちらも意識してしまうのでやめてほしい。

 

「アム。なんで脱がそうとしてたんだ……?」

 

 だから落ち着くためというか、あるいはユーフィーから目を背けるためか、とりあえずこの状況の首謀者であると思われるアムに話を聞くことにした。

 

「理由ですか? そんなのユーフィーと隼也のために決まってるじゃないですか」

 

「あれが……?」

 

「ええ。今のこれが、です」

 

 うーうー言い始めた団子状態のユーフィーに目を向けて断言するアム。その堂々とした姿を見ているとまるで彼女が間違っていないかのように思えてきたので不思議だ。

 

「なんでそうなるの?」

 

「簡単ですよ」

 

 ペイっとユーフィーが身につけていたシーツを取り除く。ああっと叫ぶユーフィーを無視していいですかとこちらを見つめる。

 

「まず、今のユーフィーは貴方と恋人になったことで色々とこれまでは平然とできていたことが改めて恥ずかしくなっている状況です」

 

 それを当人の前で言うか。

 

 そうは思っても話が円滑に進まないので今はとりあえず話を聞くために黙る。少なくとも、この部分だけではどういうことなのか全くわからない。理由がわからないと無意味に辱められたユーフィーが浮かばれない。この感情も伝わっているだろうけど、気にしないで話してくれるらしい。ありがたい。

 

「その結果、貴方に迷惑をかけているのではないかと相談されました。私を通じて隼也に伝わる危険性があるにも関わらず」

 

 ……なんか怒ってないかアム? 微妙に言葉に棘があるように感じるのだが。けれど、そんなことを考えている俺のことは無視して話を続ける。

 

「なので、そんなに迷惑をかけたと思うのなら何かしてあげればいいではないかと言ったわけです。そこに男性の欲望とか以前から色々と教えていた結果、こうなりました!」

 

 サムズアップと良い笑顔。けれどそれで納得できるわけがない。

 

「いや、でもそれだとユーフィーが脱いでいたことの理由にはなっても、アムが脱がせた理由にはならないと思うんだけど」

 

 というかまずは時深さんとの大事な話し合いで、後から行くと言ったくせにどうしてこのタイミングでそんなことをしているんだというツッコミを入れたくなるが。そこは後にしておこう。とりあえずアムが脱がせた理由だ。

 

「そこは簡単ですよ。隼也の性癖は私が一番わかっているから、どれぐらい脱がせれば一番良い塩梅なのかを教えていただけです。……まあ、ちゃんと準備が完成する前に来たから私が脱がせていた最中で、さらにはユーフィーの覚悟が決まる前だったからああして隠れているんですけど」

 

「アムゥッ!」

 

 吠える。性癖を暴露されたことに対してはキレても良いはずだ。ちょっと最近初めて出会った時の神秘性が跡形もなくなっているんだけど。俺の前世フリーダムすぎない?

 

「なんですか! 仕方ないでしょう!?」

 

「お、おおう……?」

 

 逆ギレ、だろうか。母親っぽいと理解してから、なんだか地の部分、なのだろうか。これまでには見せてこなかった少女な部分が見えて来ているような気もする。完全に気を許したことの証拠、と考えて良いのだろうか。

 

「貴方達、最初からの距離感が異常なんですよ! そのせいで放置してたら絶対になかなか関係性が進まないでしょう! この時間樹を出たら延々となかなか進まない状況を見せられることになるであろう私のことも慮ってくださいよ!」

 

「そのために俺も知らない俺の性癖を暴露したのか、お前……」

 

 せめて俺に先に確認を取れ。というか俺の性癖を真面目に俺が覚えていないのだけれど。そこらへん、元々がどうだったのか本当に気になるのであとで教えて欲しい。

 

『知りたいんだったらとっとと押し倒してしまいなさい』

 

 押し倒したら絶対にわかるであろうアムがスタンバってるのに、素知らぬ顔で押し倒せるほど俺の心は鋼ではない。というかそうでなくてもこの時間樹を出たら常に内部からアムに見られ続けることになるのではないだろうか。ちょっと考えただけでも嫌になって来たぞ。

 

 母親のように思っている相手に性癖を完全に知られているだけでも恥辱の極みだろうに、さらに好きな相手との状況を整えられるってもはや恥ずかしい程度では済まないのだが。

 

「というわけで私はしばらくの間時深さんのところに行って今のエターナル事情を聞いて来ます。だいたい三時間ぐらいで戻りますので、それぐらいで済ませておいてくださいね!」

 

 そう言って、アムは部屋から出て行く。ついでに念話で三時間の間何もしてなかったら次の修行を十五倍で、などという地獄のような言葉を残して。

 

「……」

 

「……」

 

 いきなり部屋に二人で残されても沈黙するしかない。特に、()()()()()()()をすることを他人から求められているとわかっている現状では。

 

「おにーさん……」

 

「お、おう、なんだ……?」

 

「その、あたしのせいで色々とおにーさんに迷惑をかけてるっていうのはわかってるつもりです。だ、だから! おにーさんが満足できるように、その、色々と……」

 

 恥ずかしそうにしながらの言葉。シーツも持っていかれたせいで、はだけたメイド服と肢体を隠すものは存在しない。そんな状態のユーフィーは本当に可愛らしく、ロリコンでないであろう存在も皆ロリコンに落としてしまうのではないだろうかと思えるほどの破壊力を誇っている。

 

「えっと。ユーフィーは何をするのかわかってる……?」

 

「わ、わかんないです。その辺りはおにーさんに教えてもらえってアムさんが……」

 

 男性の欲望とかは教えてたのにその辺りは教えていないのかあいつ。

 

 そんなことを思っていると『そっちの方が隼也が色々と仕込めていいでしょう?』と念話がやってくる。なんで聞いてるんだ。絶対あいつ覗き見しているだろ。

 

「……明日からイスタを倒すために旅立つことになるから、そっちに支障が出ない範囲で色々とするけど、いい……?」

 

「……はいっ!」

 

 頷くユーフィーの体に手を伸ばして……




R-18ではないので行為は脳内補完してね?

そしてこれとは別にR18で新しく永遠神剣シリーズの小説書き始めました(ダイマ)


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