朝起きたら… (good luck,,have fun,)
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1話

朝起きたらイケメン小学生になっていた。…ああ、俺だって自分自身何を言っているのかわからないさ。周りを見渡すとまるで見覚えのない部屋に寝かされていて、その家の子供にでもなったかのようにサイズぴったりのパジャマを身に纏っている。鏡を覗けば、逆立った茶髪に自信ありげな雰囲気を漂わせた少年が、笑みをこちらに向けていた。ほんとに、一体どうなってんの…。

 

戸惑いは隠せないが、何もしないわけにはいかず、状況を一つずつ確認していった。階下にいた母親らしき女性や、姉と思われる少女に話を聞くと、どうやらここは俺のいた世界とはまったく別の場所らしい。

集まった情報をまとめると、

 

・人間はポケモンと共に暮らしている。

 

・少年少女は10歳になるとトレーナー資格試験なるものを受けることができ、合格すればポケモントレーナーとして旅に出ることが許される。

 

・俺の名前はグリーン

 

以上である。色々と、突っ込みたいことはある。いやほんと、突っ込みどころ満載なのだが。まず、そもそも何で俺は、こんな訳のわからない状況に置かれているのだ。昨日までの記憶をたどってみても、心当たりなど欠片もない。

 

いつものように会社に出勤して、残業し、夜遅く帰宅した。シャワーを浴びてコンビニ弁当に酒を煽り、夜12時には就寝したはずだ。それがどうしてこんな非日常に、突然駆り出されてしまっているのか。理不尽すぎる事態にとてもついていけない。

…まあとりあえず、まずは外に出てみなければ始まらないか。母親や姉と名乗る彼女らが嘘をついていないとも限らないし、盛大なドッキリだという線も捨てきれない。家を飛び出し、外を散策する。

 

 

 

 

そこは広大な自然に囲まれた、長閑な田舎町だった。川のせせらぎ、葉叢のざわめき、鳥の声。全てがこの世界を、ファンタジーではない、実在だ、と伝えていた。

俺は不思議と高揚して、思わず駆け出していた。数軒の民家を通り抜け、草はらを超え、森林に近いところまでたどり着く。

 

上を見上げると、木々の枝に休んでいたのは、鳥達ではなかった。俺は確かにその姿を、ゲームやアニメで、目にしたことがあった。背から翼にかけて茶色い羽毛に覆われ、腹はクリーム色の体毛が伸びている。目元は黒く、鋭い。野生的な嘴からは、小動物ながら、どこか剣呑な雰囲気を漂わせていた。間違いない、ポッポだ。俺は額に湿った汗と心の興奮とをぐっとこらえて、また街まで、走って引き返していくのだった。

 

 

街の中心部まで来ると、ここらで一番大きな建物がそびえ立っていた。立ち止まり、その影に入って体を休める。息は荒く乱れて、膝は笑っていた。

 

「何あれ、マジで殺されそうだったんだけど。怖すぎだろ、誰だよポッポをスライム的な立ち位置に置いたやつは。」

 

「どうしたんじゃグリーン、物騒なことを呟いて。」

 

ハッ、と後ろを振り向くと、どこか見覚えのある老人が俺の方を見ていた。急いで眼前の建物を見やれば、そこには確かに、『オーキドポケモン研究所』と書かれている。迂闊な…。めっちゃでっかく書いてあるやん。なんで気づかなかったんだ。

 

俺は思わずオーキド博士をまじまじと見つめた。なるほど、確かにゲームでおなじみのビジュアルと瓜二つだ。そしてふと思い至る。この体はこの人の孫ってことになるんだよな。それって少し、マズくないか?

 

「あー、いや、なんでもない。ただちょっと、アクシデントに遭遇しただけだ。」

 

しどろもどろになりながら、なんとかそれらしい言葉を選ぶ。

 

「ふうむ、また何か変なことを企んでおらんだろうな。」

 

「変なことって。俺はそんなにしょっちゅう企んでねえよ。」

 

オーキド博士は意外そうに眉をひそめた。いやまずい。どう接したらいいかまるでわからん。とりあえずなんか喋らないと、もっと怪しまれる。

 

「…それよりじいさんは何してたんだよ。」

 

「ワシは気分転換に散歩に出かけようと思っていたところじゃ。」

 

「へえ、年寄り臭いな。」

 

嘲笑的な表情を浮かべて、地面の小石を蹴飛ばす。オーキド博士は苦笑している。その反応を見るに、今度は正解だったようだ。

 

「ところでグリーン、お前はこんなところをほっつき歩いていて大丈夫なのか?三日後の試験の準備はどうなっておる。」

 

「…ああ、試験ね。ハッ、なに言ってんだよ、俺が試験くらいで躓くわけないだろ。」

 

グリーンらしくを意識して、自信に満ちた笑みをたたえて言う。

 

「はあ、我が孫ながら、その自信過剰はどこからくるのやら。」

 

これもオーキドの反応は悪いものではない。呆れたように眉根を上げる表情は、それを日常の会話であると答えていた。

 

「まあ、流石に今日は寄らずに家に帰るよ。試験は三日後、だもんな。」

 

「うむ、頑張れよグリーン。」

 

 

 

 

不思議なことだが、喋りながら俺は、この肉体にとって自然な言葉遣いや態度、仕草を理解しつつあった。

 

グリーンらしく、なんて意識したとして、ゲームでオーキドとの会話シーンが数えるほどしかない彼の口調と接し方を、そうそう再現できるものではないはずだ。どう話すことが自然なのか、体が知っている、そんな感覚だった。

 

まあ、便利なことには違いない。肉体への違和感や恐怖もあるが、それは今は考えないことにした。

 

 

 

それにしても、試験、とオーキドは言っていたが、俺はそれに多少心当たりがあった。

 

急いでグリーン宅に戻り、自室のカレンダーを調べると、確かに三日後の日付が赤く丸で囲んであり、『試験当日!!』と大書されている。机には様々な教本や参考書が雑然と置かれ、表紙には『トレーナー資格試験過去問題集』とか、『ポケモン基礎学!よく出る問題200』といった見出しが躍っていた。

 

母親がそのことについて軽く喋っていたが、まさかそれがこんなにすぐの出来事とは思わなかった。今朝から散々なことばかり起こる。俺はため息を一つついて、勉強机に座った。

 

問題集をペラペラとめくっていると、なぜか気持ち悪いほどに、内容が理解できた。いや、この『理解』というのも、おそらく俺本来の記憶からではなくて、肉体であるグリーンによるところが大きいのだろう。

 

鉛筆を手にとって、一問一問、丁寧に解いていく。試験科目はポケモン基礎学、国語、数学、理科、社会。そして実技だ。

 

国語や数学などは俺の世界のものと似通った内容で、レベルはだいたい高校受験程度といったところか。小学生にやらせる内容ではないが、この肉体の知識と俺の経験を足して合わせれば、さほど難しくも感じなかった。

 

スラスラと淀みなく回答していく。その後の採点の結果、正答率は9割弱程だった。受験では6、7割正解していれば合格なのだが、この世界の試験ではどうだろうか。

 

 

 

 

 

やるべきことが決められているとやってしまう社畜根性は、どうにかしなければ。あれから一週間が経った。結局、何故この世界に来たのか、とか、戻る術はあるのか、なんてことは思考の端に追いやって、ただひたすら試験勉強に明け暮れてしまった。

 

そして無事合格した。内容?さして語ることもない。特に難しいと思う間も無く終わった。というか、グリーンの才能が突出しすぎているのだ。一週間過ごす中でしみじみ実感したが、記憶力、読解力、計算能力が図抜けていて、高校程度の勉強範囲ではまるで苦戦しない。

 

実技に関しても、別段てこずることはなかった。何匹かのポケモンと触れあわせたり、指示を出させたりと、この世界らしいものではあったが、天性の才能なのか、ポケモンたちは俺の指示を従順に受け入れて、なすがままにされていた。正直拍子抜けだ。

 

 

 

そして、一週間この世界で生活していると、いよいよ覚悟もできてくる。つまり、自分はグリーンの体でこの先も生きていくしかない、という覚悟だ。

 

最初のうちは世間に向けてグリーンという個人を『演じている』感覚が強く、苦痛や精神的疲労を伴っていた。

 

しかしこうして時間が経つと、グリーンの外面は俺の精神と完全に癒着し、まるでそれが昔からそうであったかのように、自然に振る舞えるようになっていたのだ。ここまで来ると、もはや手遅れかもしれない。

 

俺自身が、グリーンとしての自分を『普通』だと感じているのだから、元に戻れるかは微妙なところだ。この世界で一生暮らす、そんな未来さえ見据える必要が出てきたということだ。

 

 

 

 

そして試験の合格通知が来てからすぐに、オーキド博士から呼び出しがあった。研究所に向かうと、博士は笑顔で俺を出迎えた。

 

「やあグリーン。まずはトレーナー資格試験の合格、おめでとう。」

 

「当たり前だろ。なんたって俺だぜ。あの程度の試験、難しくもなんともない。」

 

言葉は苦もなくすべり出た。表情は自然と不遜なものになる。自身たっぷりの笑みに、博士は苦笑した。

 

「まあ心配はしておらんかったが。だがまさかお前があれほどの好成績を叩き出すとはな。」

 

「意外そうにするなよ。今回はまあまあマジメに勉強したんだぜ。それぐらいできてくれなきゃ困るっつーの。」

 

もしかすると、グリーンの脳スペックはオーキドの血を引いていることが大きいのかもしれない。ポケモン学者として名高く、数多くの実績を積み上げてきた彼の孫ならば、ありえない話ではない。

 

「ああ、うむ。ワシとしては嬉しい限りじゃ。こうなってくるとワシの後を継がせてみるのも面白いかもしれんな。」

 

「はあ、じいさん、まさかそんなくだらないことを言うためだけにわざわざ呼んだのかよ。」

 

俺が呆れたように言うと、博士は肩をすくめて、真面目な顔つきを作った。

 

「もちろん用事はそれだけではない。」

 

博士はおもむろに、机にかけられていた布を掴み、取り払った。そこには、三つのモンスターボールが、蛍光灯の下に輝いていた。

 

「なあ、これってもしかして。」

 

「うむ、モンスターボールじゃ。中にはカントー地方で初心者トレーナーに配られる最初の三匹が入っておる。」

 

急速に鼓動が早くなる。三つのボールが宝物のように感じられて、喜びが全身を駆け巡った。

 

「もらっていいのか、じいさん!」

 

「ああ、だが少し待て。もう一人、来る。」

 

「もう一人?」

 

まさか、と俺は思う。もう一人と言われて、思い当たるのは彼だけだ。とはいえ、俺は一週間この街で暮らして、一度も会うことはなかった。本当に会えるのか。胸には期待感が込み上げていた。

 

「お、きたようじゃぞ。」

 

ガチャ、と扉の開く音がして、そちらを見やる。外光に包まれるようにして、彼はあらわれた。

 

「…どうも。」

 

赤いジャンパーが翻る。どこかヒヤリとさせる雰囲気を放つ彼は案外、可愛らしかった。澄明な瞳、無表情ながら整った顔立ち、艶のある黒髪のショートヘア。そしてトレードマークの赤い帽子を目深に被っている。

 

「レッド、さあ、こっちへきなさい。」

 

博士が手招きすると、彼はゆっくりと歩いてきた。その立ち居振る舞いは幼いながらに風格を纏っていて、後にGSCにおける裏ボスとして君臨するに相応しいものだった。

 

俺はグリーンの脳内ナビゲートに従って、ここで話すべき内容を口に出した。

 

「へえ、レッド、お前も試験に受かってたとはな。」

 

「…当たり前。」

 

「ハッ、そうかよ。まああんくらい簡単に受かってくれなきゃ、幼馴染としちゃ恥ずかしいけどな。」

 

会話の中で、少しの違和感を発見する。レッド、声高くね?まるで女の子のような…。というか、よくよく見ると普通に女の子だった。少年風のいでたちではあるが、体つきはどことなく女性的な特徴を帯び、すらりとした体躯や膨らみ始めた胸元が、明らかにそれを女体だと主張している。

 

まじかよ。まあ、ありえなくはないのかもしれないが。だが待て、FRLGの女主人公はリーフだろ?普通ならそっちが出てくるはずだ。なのになんで、TSレッドが出てくるんだよ…。

 

まるで『こんらん』にでもかかったように頭がぐらつく。原点にして頂点と呼ばれた彼、俺がポケモンのキャラクターの中で最も好きだった彼が、まさか彼女だったなんて…。ショックで少し顔が引きつった。

 

「レッド、グリーン。君たちは今日付けでポケモントレーナーとしての資格を持ち、旅に出ることを許された身となる。そんなお前たちに選別として、最初のポケモンをワシから、プレゼントしよう。」

 

俺とレッドは並べられたモンスターボールの前に立つ。

 

「先に選んでいいぜ。俺は大人だから、ゆずってやるよ。」

 

レッドは俺を一瞥すると、頷いた。そして彼女は自分の目の前にあったボールを掴む。

 

「博士、これにします。」

 

「ほう、炎のポケモン、ヒトカゲじゃな。」

 

レッドがヒトカゲを選んだのを見て、俺も躊躇なく一匹を選択した。

 

「なら俺はこいつだ。」

 

「水のポケモン、ゼニガメか。」

 

ライバルらしく、主人公の選んだ御三家に有利なポケモンを選んだ。

 

「それからこれは、ワシからのわがままなんじゃが。」

 

オーキド博士は言いながら、懐から、おなじみのあの機械を取り出した。

 

「それは?」

 

「ポケモン図鑑、という。捕まえたポケモンの情報を自動的に記録する道具じゃ。」

 

俺とレッドは図鑑を受け取った。形状は電子手帳のように小型で、折りたたみ式。開いてみると情報を映し出すディスプレイと、操作用の十字キーやいくつかのボタンが取り付けられている。

 

「こんなもんもらっちまっていいのかよ。」

 

「ああ。いや、ぜひもらってくれ。実はな、この機械はワシの夢なのじゃ。世界中の全てのポケモンをまとめた、完璧な図鑑を作ること。そのために長い年月をかけてこの図鑑を完成させたのじゃが、どうやら歳をとりすぎたようでな、自分で図鑑を埋めるのは少々難しい。だから、才能溢れるお前たちに、これを託したいのだ。150匹のポケモン全てを記録した、完璧な図鑑を、ワシに見せてはくれないか。」

 

博士は俺とレッドを、強い眼差しで見つめた。

 

「まあ、いいぜ。どうせポケモンを散々捕まえることになるだろうしな。片手間で完璧な図鑑作ってやるよ。せいぜい出来上がりを見て腰抜かさないようにしとくんだな!」

 

隣でレッドも深く頷いていた。博士の熱意は俺たちに十分伝わっていた。散々世話になっているわけだし、断るはずがない。

 

「ありがとう、二人とも。」

 

博士は感極まって俺たちの手を握った。おいおい大げさだろ、と俺は笑う。博士もつられて笑った。レッドは相変わらず無表情だったが、気のせいでなければ少しだけ、楽しそうに見えた。

 

「なあレッド、お互いせっかくポケモンをもらったんだ。バトルしようぜ。」

 

レッドは無言で頷いた。その瞳の奥には、きらめく闘志が宿っていた。俺は思わず口元に笑みが浮かぶ。

 

「はあ、こうなることは分かっとった。バトルならば裏庭を使うといい。」

 

 

 

 

裏庭に移動した俺たちを出迎えたのは大勢のギャラリーだった。娯楽の少ない田舎町だからか、大人も子供も等しく熱狂的な視線をこちらに向けていた。

 

「レッド!頑張るのよ!」

「グリーン!そんなやつぶっとばせ!」

 

騒がしい掛け声に囲まれていても、レッドは我関せずといった様子だ。俺は人混みの中に姉を見つけて、気を引き締めた。仮とはいえ家族の前で無様を晒したくはない。ふう、と深呼吸をして、意識をバトルに集中させる。野次馬の一人が名乗り出て、審判を務めることになった。

 

「それではこれより、マサラタウンのレッド対グリーンによる、ポケモンバトルを始める。ルールは一対一のシングルバトル。道具の使用は禁止。ポケモンが戦闘不能と判断されるか、トレーナーが降参を宣言した時点でバトルは終了とする。では、…開始!」

 

ほぼ同時にボールを投げる。地面にぶつかるとはじけるような音をさせて、ポケモンが登場した。ゼニガメが背後の俺を振り返り、見つめている。

 

「ゼニガメ、これから俺がお前のトレーナーだ。よろしく頼むぜ。」

「…ガメッ!」

 

決意のこもった鳴き声だった。やる気は十分。向こうのヒトカゲも、ギラギラした目でこちらをにらんでいる。

 

「覚えている技を確認したいときはポケモン図鑑をかざすといいぞ。」

 

博士に言われるままに俺たちは図鑑を自分のポケモンにかざす。

 

・たいあたり

・しっぽをふる

・みずでっぽう

 

たったこれだけ、いや、もらったばかりなのだから当たり前か。むしろ水技を覚えていることに感謝すべきだろう。この三つの技で相手を確実に倒すための方法を探さねばならない。

 

まず、俺のゼニガメと照らし合わせれば相手の技構成は予想できる。ひっかく、なきごえ、ひのこ、そんなところだろう。有効打になりうる技は覚えていないはずだ。ならばこちらは積極的に踏み込んでいい。初めてのポケモンバトルで勝手がわからないのだから、小細工などは考えず、タイプ相性を活かした戦い方がベストだ。

 

「よしゼニガメ、みずでっぽう!」

 

ゼニガメの口から勢いよく水撃が飛ぶ。消防車の放水すら上回りそうな水圧がヒトカゲに迫る。

 

「かわして。」

 

まるで動揺していない平坦な声音に、ヒトカゲは従順に従った。遠距離からのみずでっぽうであれば、難なく躱されてしまうようだ。

 

「ヒトカゲ、ひのこ。」

 

「みずでっぽうで迎撃しろ。」

 

激しく二つの技がぶつかり合う。均衡を保っていたのは一瞬で、みずでっぽうがすぐにひのこをかき消した。ヒトカゲに水飛沫がかかり、わずかな隙を生む。

 

「今だゼニガメ、たいあたり!」

 

一気に距離を詰める。ヒトカゲは焦りから硬直し、避けようとしない。

 

「ヒトカゲ、なきごえ。」

 

しかしレッドの指示で我に帰ったのか、すぐさまギャアッ、というに叫びを上げる。それは人間が聴いても気分のいい音ではないが、おそらく戦っているポケモンにはそれ以上の効果があるのだろう。ゼニガメはその威嚇的な声に怯え、動きに躊躇が生まれる。

 

「ひっかく。」

 

ゼニガメの腹をヒトカゲの爪が斬りつけた。

 

「チッ、堪えろ、たいあたりだ!」

 

だが技を食らって動転したゼニガメの攻撃は空を切る。

 

「たたみかけて、ひっかく。」

「バックステップだ!一度距離をとれ!」

 

再び迫り来るひっかくを、なんとか後ろに飛ぶことで回避する。

 

「逃げ続けろ!」

「追いかけて。連続でひっかく。」

 

背中を見せて全力で逃走しているゼニガメは反撃できない。ギャラリーたちの声が一層騒がしくなる。

 

「おいグリーン、負けてんじゃねーよ!」

「いつもでかい口叩いてるくせになあ!」

 

俺は内心イライラしながら、2匹の一挙手一投足を見据え、逆転のためのタイミングをうかがっていた。

 

ひっかくを繰り返すうちに、ヒトカゲの攻撃のリズムにはごく僅かずつ、ずれが生じていく。まだバトル慣れしていない初心者用ポケモンだからな、あたりまえだ。俺はヒトカゲの身体がぶれて、今までで一番バランスの悪いひっかくをした、その瞬間に勝負をかけた。

 

「ゼニガメ、背中の甲羅でひっかくを受け止めろ!」

 

逃げながらできる防御方法といえばこれだ。ゼニガメは逃走をやめ、甲羅を突き出す。ヒトカゲのひっかくはそれに弾かれて、仰け反ってしまう。

 

「飛び掛かれ!」

「…!」

 

レッドもこれには動揺しているようだ。ヒトカゲの体にまたがったゼニガメは完全に相手の動きを封じている。向こうも必死にもがいているが、体重の違いから抜け出すことはできない。

 

「とどめだ、みずでっぽう!」

「ひのこ!」

 

至近距離での技のぶつかり合い、激しい衝撃とともに、土煙が舞い上がる。遮られた視界の中、誰もがその勝負の行方を固唾を飲んで見守った。

 

「…両者戦闘不能!よってこの勝負、引き分け!」

 

土煙の晴れて見えたのは、寄り添って倒れ臥す二体の姿だった。ギャラリーからどっと声が上がる。拍手や口笛が飛び交った。

 

「引き分け、か。気に入らねえ。」

「…。」

 

レッドも無表情ながら、どこか悔しそうにしている。お互い納得のいかない結末だった。こうして俺たちの初バトルは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

あれから二日経ち、全ての手筈を整えた俺は、ようやくこの街から旅立つこととなった。

 

「グリーン、忘れ物はない?」

 

「ねえよ。さっきから何度同じこと聞くんだよ。」

 

「母親の心配性くらい許しなさい。まあお姉ちゃんの方が心配してるみたいだけど。」

 

隣を一瞥すると、姉であるナナミが瞳を潤ませていた。

 

「だってさあ?あんなちっちゃかった弟が、まさか旅に出るなんて思わないじゃん。あーあ、あの可愛くて素直だったグリーンが、旅かあ。」

 

感傷を誤魔化すように、明るく間の抜けた調子で姉は話す。

 

「何言ってんだよ姉貴、そんな大層なもんじゃねえよ。パッとポケモンリーグ優勝して、すぐ帰ってくる。ただの旅行だ。」

 

俺が笑うと、ナナミの顔が少しだけ、明るさを取り戻した。美人な顔で、クスッと笑った。

 

「…うん、そうだね。怪我しないで、すぐ帰ってきて。約束!」

「ああ、当たり前だ。」

 

俺は強く頷いて、姉に別れを告げた。

家族として過ごした時間は10日と経っていない。だが少なからず、胸には親愛の情が宿っていた。それはグリーンの体によるものかもしれなかったが、それでもいいと、今は思った。

 

 

 

カバンを背負って街を歩くと、誰彼構わず声をかけてきた。この小さな街ではグリーンという名は浸透しているらしく、みんな親しみを込めて見送ってくれる。

 

オーキドの孫という肩書きも手伝って、老人連中は真面目くさった顔で俺の肩に手を置き、激励した。

 

 

それから同年代か一回り上くらいの女の子たちから、凄まじい勢いで迫られた。まあグリーンは顔も整っているし、だいたいのことはそつなくこなせる器用さがあるから、これほどの女性人気も当たり前かもしれない。少女たちに囲まれながら俺はどこか他人事のように考えていた。

 

「グリーン君、あの、いつ帰ってくるとかって、予定はあるの?」

 

「さあな。まあ最強のトレーナーになったら、一度戻ってくるよ。」

 

「そ、そうなんだ。」

 

頬を染めてもじもじとする黒髪ロングの少女。

 

「あの!私、来年のトレーナー試験で絶対に合格して、グリーン君を追いかけるから!だから、まってて!」

「ああ、来いよ絶対。」

 

そうして握手を交わして、別れる。このパターンを何度か繰り返しながら、一番道路へと歩みを進めた。知り合いに対してはグリーンの脳内ナビゲートに従って対応しているのだが、なんというか、こいつのモテる理由が嫌という程わかってくる。忌憚なく思ったことを口に出す割に、案外女心をわかっていて、扱いもうまい。だが何人もの子をたらし込むのは、10歳の少年としてどうかと思うのだが。

 

街の出口に、一人の少女が立っていた。

 

「レッドか。まさか俺を待ってたのか?」

「…。」

 

相変わらずの無愛想に苦笑する。レッドは特に表情を変えるでもなく、一言呟いた。

 

「…次は負けない。」

 

一瞬何を言われたのかわからなかった。が、すぐに納得すると、可笑しかった。こいつもつまりは、かなりの負けず嫌いなんだな、と。

 

「ハッ、勝つのは俺だ。」

 

こちらの言葉を聞くと、レッドは満足したのか、それ以上何も言わず、踵を返して一番道路を駆けていった。

 




『トレーナー資格試験』
満10歳から受けることのできる試験。ただし難易度はかなり高めに設定されているため、実際に10歳で試験に合格することは極めて困難。


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2話

一番道路は舗装されておらず、穏やかな自然に囲まれた歩きやすい土の道だった。ところどころに草むらや森林が密生し、生物の息遣いが聞こえる。太陽は照り、暖かな日差しが一面を輝かしていた。周りに人の気配はない。こんな自然、前の世界では滅多にお目にかかれないだろう。

 

歩いていると心地がいいので、俺は特に意味もなく、モンスターボールを取り出した。

 

「出てこいゼニガメ。」

 

ボールがひらいてゼニガメがあらわれる。キョロキョロと辺りを見回して、なぜ呼ばれたのかわかっていない風だった。

 

「なあ、天気もいいし、一緒に散歩でもしようぜ。」

 

ゼニガメは意外そうに首を傾げたが、それでも頷いてくれた。

 

マサラタウンでは知り合いを憚ってグリーンとしての態度で生活していたから、ゼニガメには人が変わったように見えるのかもしれない。

 

だが、態度を使い分けなければいけない場面は出てくるだろうな。それは知り合いに対してもそうだし、バトル相手に対してもだ。突然コロッと俺の態度が変わっても動揺しないように、今のうちに慣れてもらう必要があるかも。

俺の考えなど露知らず、ゼニガメはトコトコと横をついてくる。たまに撫でてやるとはにかんで、頭を擦り寄せてきたりする。かわいい。

 

なんというか、町の外に出たのだからもう少し殺伐としてるものだと思っていたが、案外平穏なんだな…。

 

 

 

なんて思いつつ、十分ほど歩いたろうか。どこからかバサッバサッと、鳥の羽ばたきが聞こえてきた。俺がとっさに上空を見上げると、そこには鳥ポケモン、ポッポが飛行していた。ゼニガメも気づいて、空をにらんで警戒心をあらわにしている。

 

ポッポはギラリと目を鋭くして、突然急降下してきた。しかも俺めがけて。くそ、やっぱり殺伐としてるじゃねえか!叫びたくなる衝動を抑えて、ゼニガメにすかさず指示を出す。

 

「みずでっぽう!」

 

ポッポの狙いをずらすようにステップを踏んで軽く攻撃をいなし、みずでっぽうの射程から離れる。

 

水撃は勢いよく放出され、ポッポを撃ち落とした。

 

「ポーッ…。」

 

間抜けな声を出して目を回しているポッポを眺める。たいした傷は負っていないようだ。まあ野生ポケモンとは言えむやみに大怪我を負わせていたら可哀想だからな。

 

ゲットしようかとも考えたが、やっぱりやめた。このポッポはあまり強そうじゃない。個体値を調べるすべはないが、一撃で伸されてしまうポケモンを捕まえる気にはならなかった。

 

 

 

また少し歩くと、今度はコラッタが現れる。チッチッ、と鳴き声をあげながら、こちらに飛びかかってきた。ていうかまた俺狙いかよ!トレーナーが攻撃されないのはゲームの中だけの話か…。

 

飛びのいてなんとか攻撃を回避し、ゼニガメに対処させる。

 

「たいあたりだ!」

 

攻撃がヒットし、コラッタは目を回して気絶した。野生のポケモン、ちょろい。またゲットするか悩んだが、やっぱり無視して歩き出した。

 

ゲームでもそうだったが、一番道路の草むらからはポッポとコラッタしか出現しないようだ。対処法をわかってしまえばさほど強敵ではなく、どちらもゼニガメが簡単に屠れる相手になった。

 

まあそんなわけで、それからも度々襲いくる野生ポケモンに対応しつつ、捕まえるべきか迷い、結局捕まえずに捨て置くというサイクルが続いていった。

 

 

 

またしばらく歩くと短パンを履いた少年に出会った。へえ、これがたんぱんこぞうか、などと呑気に構えていると、

「お前目があったな!トレーナー同士、目と目があったらポケモン勝負だ!」

 

なんて言って、いきなり勝負をふっかけてきた。俺はふっ、と嘲笑って、グリーンらしい態度を作る。

 

「はあ、おまえさあ、もうちょっと誘い文句考えたほうがいいぜ。どこの喧嘩番長だよまったく。」

 

「う、うるさいな!いいだろ別になんでも!それより勝負を受けるのかどうなんだ!」

 

たんぱんこぞうは恥ずかしそうに鼻をこすって顔を赤らめた。おまえの赤面は誰も求めてねえんだよ、と内心でごちる。

 

「まあ、受けてやるよ。自分がトレーナーとしてどの程度の実力があるのか、知っておきたいしな。」

 

「へっ、そうこなくちゃ!」

 

やつは嬉しそうに笑って、ボールを構える。

 

「行けコラッタ!」

 

ボールがはじけてポケモンが飛び出した。コラッタか。さっき散々戦ったから、対処法は万全だと思うけど。不安要素があるとすれば、トレーナーの存在か。後ろからポケモンに指示することでどれだけ動きが変わるのか、その辺は注目だな。

 

コラッタは前歯をむき出しにしてゼニガメを威嚇している。態度や仕草から、ある程度バトル慣れしているのがわかる。

 

「先手はいただくぜ!コラッタ、たいあたり!」

 

かなりの速度、だが直線的な攻撃だ。俺は落ち着いてゼニガメに指示を出す。

 

「しっぽをふるで翻弄しろ。」

 

ゼニガメは相手に背中を向けて尻尾を器用に振り回した。尻尾の軌道は独特で、近づいてきたコラッタはあからさまに動揺する。ダメージにはあまり繋がらない技だが、近づくポケモンへの牽制として挟めば有用な効果を発揮する。

 

一番道路での道すがら、突貫してくるポケモンたちを傷つけずに追い返そうと試行錯誤するうちに、この使い方を見つけたのだ。

 

敵のたいあたりがとまる。隙ありとばかりに次の攻撃を叫ぶ。

 

「たいあたりだ!」

 

どん、と鈍い音がして、コラッタに攻撃がヒットする。体重の軽いコラッタは吹き飛ばされて、三メートルほど飛んでいった。だが倒れはしない。そこは流石に野生のポケモンとは違うか。俺は笑って、また攻撃を仕掛けた。

 

「よし、みずでっぽう。」

 

立ち上がったコラッタはなんとか避けるが、まだダメージを引きずってか、スピードはさほど出ていない。

 

「敵の動きをよく見ろ。連続でみずでっぽうだ。」

 

コラッタの進行方向を塞ぐように水撃を放っていく。詰め将棋のように逃げ道を潰し続け、ついにはコラッタはみずでっぽうに直撃した。

 

「コラッタ!?」

 

コラッタは完全にダウンしていた。たんぱんこぞうは顔をしかめて、コラッタをボールに戻した。

 

「まっ、こんなもんか。やっぱりこのあたりのトレーナーじゃ俺の相手にはならないな。」

 

もうほとんど素なんじゃないかというレベルで皮肉は自然に口をついて出る。たんぱんこぞうは悔しそうに歯噛みした。

 

「あんまり調子にのるなよ!お前なんてこの先のトレーナーたちに比べれば、全然弱いんだからな!」

 

「へえ、そうかよ。」

 

不敵に笑って、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

なんというか、グリーンの悪役臭がすごい。

 

相手の実力が期待外れだったのは事実だ。ただ、そんな感情をグリーンの外面はああいう風に表現してしまう。別にやめることもできるが、まあ、今のところは不都合もないからな。当面はこのままの調子で行こう。うん。…そのうち戦ったトレーナー全員から嫌われそうな気がする。

 

 

 

 

それからかなり時間が経った。どれくらい歩いたろう。朝の9時ごろ家を出たはずだが、今太陽はちょうど真上のあたりに登っている。

 

あつい。気温はそれほどでもないのに、歩きづめで舗装されていない道は変に体力を消耗する。ゼニガメも疲労が見え始めていたので、少し前にボールに戻した。後どのくらいでトキワシティに着くのだろう。不安になって、少しだけ辺りを見回した。どこかで道を間違えたり、はしてないはずだけどな…。

 

あれからトレーナーとも何度か戦った。多少面白いバトルはあったが、それでも苦戦するほどの相手はおらず。旅の疲れと、不完全燃焼な連戦に辟易していた。

 

うまくいきすぎている。俺はそれが気に入らなかった。

 

不意に、顔に影がかかる。太陽が雲に入ったのか。いや、それならどれだけいいか。俺は何度目かになるため息をついて、上空を見上げた。やはりというかなんというか、そこにいたのはポッポだった。もう10回は戦っているだろう。見飽きた光景にうんざりしながら、ゼニガメを繰り出した。

 

だが、そのポッポは他の個体とはどこか違うようだった。上空を旋回しながら、こちらを値踏みするようにじっくりと視線を向けていた。3、4メートル上にいられてはみずでっぽうでも容易には捉えられない。それを知ってか知らずか、攻撃を仕掛けてくることもなく、出方を伺っているのだ。その瞳には、野生の鋭さの中にも怜悧を含んでいた。

 

なるほど、なかなか良さそうなポッポだな。俺は初めてボールを投げるに値しうるポケモンに出会えた気がした。

 

「ゼニガメ、あいつは多分そこそこ強いぞ。集中しろ。」

 

俺が小声で囁くと、ゼニガメは空を見据えて撃ち抜かんと狙いすました。

 

二匹は間合いを探り合いながら、視線を交わしている。俺は静かに、奴の動きの一切を観察していた。

 

強い羽ばたきの音とともに、ポッポは飛翔した。一瞬あっけにとられた。奴は敵対する俺たちとは逆方向、つまり今よりもさらに高く、天空へと登ったのだ。

 

逃げたのか、いやそんなはずない。けれどもポッポの姿は次第に小さくなり、ついには俺たちの視界から完全に消えた。

 

警戒を解かずに空に目を凝らしていると、10秒ほど経って、ポッポは再び姿を現した。だが、奴は今、太陽の中にいた。きつく照り輝く光を背にして、その体はオレンジに燃えている。まるで戦闘機のような超スピードで、まっすぐこちらをめがけて飛んでくる。太陽の光が邪魔でゼニガメは正確に狙いを定めることができない。さらには高所から急降下し、でんこうせっかを使うことで速度を加速させているのだ。考えたものだ。それにでんこうせっかなんて、野生のポッポはまず覚えていない技のはず。期待以上に面白くなりそうだ。

 

俺は手で庇を作り、スッと目を細めた。ほとんど見えない。だが、当てる方法はありそうだ。

 

「ゼニガメ、みずでっぽう!狙わずに撒き散らせ!」

 

無作為にみずでっぽうを空中にばらまく。ポッポは驚いたように速度を落としたが、もう遅い。完璧なタイミングで放たれた水壁は奴の目の前に展開され、回避は不可能。バシャッ、と音を立てて、水の中に突っ込んでいった。

 

みずでっぽうを点としてではなく、面で捉える。命中精度に多少難のある水撃をいかに当てるか考えた結果だ。

 

ポッポはそれでも空中にとどまっていた。ばら撒かれた分みずでっぽうの威力はあまりないが、それでも直撃を受けて飛んでいられるのは驚異的だ。

 

「みずでっぽうだ!今度はよく狙え!」

 

一本の放水がポッポを正確に撃ち抜かんと迫る。濡れそぼった翼ではまともに回避できないのか、のけぞるようにして直撃は防いだものの、また翼にかすってしまう。

 

奴はそれでも、持ちこたえてみせた。空中で苦しそうに羽ばたきを続け、自尊心のこもった瞳で、俺をまっすぐ見据えている。

 

「連続でみずでっぽう!」

 

まだ落ちないポッポを仕留めるため、たたみかけて攻撃を繰り返す。水は二撃、三撃と腹や翼を打ち、ついに奴は撃墜された。真っ逆さまに落ちていく最中、俺は用意していたモンスターボールをとっさに構え、投げつけた。空中でボールはポッポにぶつかり、中に収納する。カチッ、と音が鳴り、ゲットした合図である白い光がボールを満たした。

 

「ポッポゲットだぜ、ってな。」

 

薄く笑って、初ゲットの余韻を噛みしめるように呟いた。

 

ゼニガメは多少気の毒そうに俺の握っているボールを見ていた。まあ、こいつには弱いものいじめみたいな役回りをずっと押し付けてるからな。もともと優しい奴だし、心配するのも無理ないか。

 

俺はさっそくボールを開いて、ポッポを呼び出した。出てきたポッポは弱り切っていて、とても抵抗できる力は残っていない。バッグからきずぐすりを取り出し、使ってやると、多少マシになったようだ。調子を確かめるように翼をはためかせている。

 

「なあ、ポッポ。」

 

鋭い眼光がこちらを睨んだ。俺は気にせず話を続ける。

 

「お前は、もっと強くなりたくないのか?そんなに速く動けて、頭も切れる。この辺りの敵相手じゃ、物足りないだろ。」

 

ポッポは少し首をもたげた。

 

「そして、自分に満足もしてないはずだ。俺についてくれば、世界最強のトレーナーの手持ちポケモンにしてやる。誰にも負けない、無敵のポケモンに。なあ、俺と一緒に来ないか?」

 

ポッポはしばらく悩んでいる風だった。もしこいつが嫌がれば、俺は逃してやる気でいた。協力的でないポケモンをいくら連れ回したところで戦力にならない。だがポッポは逡巡ののち、小さく、けれども確かに頷いた。

 

「一緒に来てくれるのか?」

「ポッー。」

「ありがとな。」

 

語ったことに嘘はない。高潔さ、知性、そして戦闘センス。このポッポの器は相当なものだと思う。いずれゲームの彼と同じように、ポケモンリーグに挑戦する時がくるとして。こいつはきっと、俺の役に立ち、助けてくれる。

 

「よし、じゃあ新しい仲間も増えたことだし、先を急ぐか。まだまだ道のりは長いからな。」

 

俺はひとまず傷ついたポッポをボールに戻した。こいつの傷を癒すためにも、トキワシティに早く辿り着かないといけない。

 

前を向くと、看板が立っているのに気づく。さっきまでバトルに夢中で見えていなかった。

 

『1キロ先、トキワシティ。』

 

俺は苦笑いして、ゼニガメと一緒に、また一歩ずつ歩き出した。

 




コラッタは捕まえませんでした…。ゲームだと途中解雇されているので、それなら捕まえなくてもいいかな、と。
ご指摘、感想、批判などありましたら、ぜひお願いします!


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3話

旅に出てから二週間、俺は今ニビジムで門下のトレーナーたちを相手にバトルを繰り広げていた。もう三十分は続いているだろうか。

 

荒野のようなフィールドには乾いた砂と、大小様々な岩や柱。ジム特有の自然環境を再現した空間に、苦戦させられている。

 

想像していたほど、ジム戦というのは甘くないらしい。バッジ0個の子供がいきなりジムリーダーと戦いたいと訪ねて行っても、はいいいですよ、とはならない。実力を証明しなければ、ジム戦にさえたどり着けないのだ。

 

そんなわけで、まだ見ぬジムリーダーと相見えるため、アイアントのように現れる彼らとヒイヒイ言いながら戦っている。

 

ゼニガメのあわ攻撃が炸裂し、ようやく相手のイシツブテが倒れた。

 

もうそろそろ勘弁してくれ…。相手のトレーナーも実力は並じゃない。俺のような初心者トレーナーが相手をするには荷が重すぎるのだ。それをチートボディとゼニガメのタイプ相性の有利でゴリ押して、なんとか勝ちを拾っている。

 

4人目のトレーナーが出て行った後、奥からようやくお待ちかねの人物が姿を見せた。

 

「待たせたな、俺がニビのジムリーダー、タケシだ。」

 

とりあえず言っておくと、半裸ではなかった。ラフなトレーナーにジーンズといういでたちで、高身長も相まってしっかりとした青年、という印象がにじみ出ている。手を差し出してきたが、俺はそれを取らなかった。

 

「待たせすぎだっつの。ま、残念ながら俺はまるで消耗してないわけだけど。」

 

先発でバトルしていたゼニガメは正直ジムリーダー相手に繰り出せないほど疲労していたが、グリーンボディはそれを表情に出さないばかりか、煽りまで入れてくる。隣でゼニガメも、えっへん、とばかりにドヤ顔を決めているが、体のあちこちにダメージを受けているのは可愛らしくも一目でわかった。

 

「いや、すまない。だがこうして挑戦者の力量を測るのはジムの規則のようなものだ。大目に見てくれ。」

「へいへい、どうせ負けないし、気にしてねえよ。」

 

うん、さすがの減らず口。ただタケシの隣に侍ってる少女がキレ気味にこっちを睨んでるのが怖い。さっき倒したトレーナーの一人だ。タケシにそれ以上無礼なこと言ったら殺す、という思念がビンビンに伝わってくる。申し訳ない。このボディは割と勝手に口走っちゃうんだ。

少女を手で制してタケシは苦笑した。

 

「まずは君のポケモンの傷を治そう。」

 

言いながら高級そうなパッケージのきずぐすりを取り出すと、慣れた手つきでゼニガメの回復を行なった。ゲームのようにみるみるうちに体力が回復し、ゼニガメは元気を取り戻してぴょんぴょん動き回る。

 

「礼は言わないぞ。」

「言われることでもない。」

 

タケシは微笑して立ち上がった。一瞬ブリーダー、という職業が頭をよぎった。この世界のタケシは、それを夢見ていたりするのだろうか。

 

「気を取り直して、早速ジム戦と行こう。俺はこの二体を使う。君は六匹までポケモンを使うといい。」

 

当たり前のようにそう言ってタケシは二つのボールを取り出す。

 

「なんだ、手加減のつもりか?」

「いや、ジムのルールに則っているだけだ。対戦相手のバッジの数に対応して、ジムリーダーは使うポケモンやルールを変更する。君はまだバッジを持っていないんだろう?」

「…まあ、ルールがそうだって言うなら、ありがたくそうさせてもらうけど。」

 

ここでごねても始まらないので頷いておく。まあ、顔には不服そうな表情が張り付いているだろうが。

 

お互いフィールドの端に移動して、ボールを構える。ピリッとした緊張感が場を支配して、いつになく心が騒いだ。初めての公式戦、気合は十分だ。

 

「両者、準備はよろしいですか?」

 

審判の声に俺たちは小さく頷く。

 

「ルールは二対六のシングルバトル。道具の使用は禁止。先に相手の使用ポケモンを全て戦闘不能にした方の勝利とします。それでは、バトル始め!」

 

二つのボールがフィールドに投げ込まれる。

 

「いけ、マンキー!」

「出てこいイシツブテ!」

 

向こうはさっきジムのトレーナーたちとのバトルでも使われていたイシツブテだ。ただ、体格はそれらより一回り大きく、がっしりとしていた。目つきも鋭く場数を踏んでいることが見て取れる。対して俺のマンキーはトキワシティ周辺で捕まえてタケシ対策に育てていたかくとうポケモン。まったく歯が立たないということはないと思いたい。

 

両者の眼光はぶつかり、火花を散らす。

 

「マンキー、からてチョップ!」

 

勢いよく駆け出し、イシツブテに接近していく。相手は動かずじっとこちらの攻撃を見据えている。さっきトレーナーたちと戦った時も思ったが、いわタイプのポケモンには己の防御力への強い信頼があるらしい。だから攻撃が至近距離まで迫っても動じないし、トレーナーの指示を待つことができる。

 

「イシツブテ!丸くなるだ!」

 

タケシが叫ぶと、イシツブテは腕を自分の体を守るように組み、鈍く光を帯びた。

 

からてチョップは完全に直撃した。しかし、イシツブテはのけぞらなかった。それはまるで、本当に岩石でも殴っているかのような、手応えのなさだ。

 

「ころがるだ!」

 

まるくなるをしたことにより威力が増したころがるがマンキーに襲いかかる。

 

「マンキー、けたぐり!」

 

ここで逃げてころがるの速度を稼がれると厄介だ。転がり始めを狙い、足払いが放たれる。イシツブテの下腹部を強く打ち付けた。

 

岩のようだった体が心持ち浮き上がる。だが、回転は止まらず、マンキーはそれに飲み込まれてしまった。

 

「キーッ…!」

 

マンキーの悲痛な叫びがこだまする。吹き飛ばされて俺の足元に倒れこんだ。

 

「大丈夫かマンキー?」

 

俺の問いかけに頷き返すその瞳はまだ闘志を燃やしている。ゆっくりと起き上がり、マンキーは再び拳を構えた。

 

「立ち上がるか。だが、ころがるはまだ続いているぞ。」

「いいぜ、すぐ止めてやる。」

 

轟音を立てながら、イシツブテはころがるを続けている。続いているということは加速しているということ。ゲームでは5ターンの間ころがり続け、一回ごとに威力が倍に上がっていた。そして5ターン目の攻撃ののち、技は解除される。

 

「マンキー、フィールドの岩を飛び移りながら逃げ回れ。」

 

考えたのは、ころがるの効果が解除されるまで逃げ回る、ということ。ニビジム特有の岩のフィールドを利用し、遮蔽物として、あるいはジャングルの木と見立てて飛び回る。

 

「追いかけろ!」

 

イシツブテは加速して追いかけ、岩にぶつかるたびにそれを破壊していく。時には先回りやフェイントを挟みながら、積極的に逃げ場を潰している。

 

タケシはジムリーダーなんだから、このフィールドでの戦闘方法は熟知していて当然か。ころがるの効果が切れるまで逃げ延びられるかどうか。

 

時間にして1分か2分、利用できる岩が尽きた。タイミングとして最悪だ。ころがるはちょうど、最速に達した。こんなことなら、逃げまわらずに早く叩いておくべきだったか。

 

「押しつぶせ、イシツブテ!」

 

まるでスポーツカーのような速度で迫るイシツブテ。マンキーは覚悟を決めたように立ち尽くす。ぶっつけ本番だが、やってみるか。マンキーもちら、と俺に視線を送り、頷いた。タイミングは読み間違えない。衝突の瞬間、叫んだ。

 

「…いまだ!きしかいせい!」

 

同時にマンキーが拳を突き出す。ドン、と音がしてイシツブテはサッカーボールのように弾かれた。だが、マンキーも無事ではすまない。同じように、いやそれ以上の威力で反対方向に跳ね飛ばされる。そして駆け寄ると目を回して気絶していた。

 

「マンキー戦闘不能、イシツブテの勝ち!」

「っ…!」

 

「よく耐えたイシツブテ。」

「…イッシィッ」

 

イシツブテは立ち上がっていた。さすがにダメージは大きかったようだが、それでも倒すには至らなかった。

俺はマンキーをボールに戻して、ぐっと握りしめる。反省は後だ。切り替えろ。次の手を考えないと。

 

「ハッ、ジムリーダーってだけあって、他の雑魚とは格が違うみたいだな。だけど次のポケモンでケリをつけさせてもらうぜ!」

 

心情とは裏腹に、グリーンマウスはまるで取り乱さず、楽しげに言う。

次のボールを投げ込む。現れたのはバタフリーだ。キラキラとはためく羽、大きな瞳は案外愛らしい。トキワの森で捕獲したが、まさかここで出すことになるとは思っていなかった。

 

「…なるほど、悪くない選択だ。飛んでいればころがるを食らうことはない、ということか。だが…。」

 

そう。それだけで攻略できるほどジムリーダーは甘くない。

 

「イシツブテ、いわおとし!」

 

直径二メートル以上はあろうかという岩を生み出したイシツブテは、バタフリーのいる方向に打ち出した。

 

「かわせ!」

 

ひらひら飛び回って回避する。

 

「連続でいわおとしだ!」

「させるな!ねんりきだ!」

 

新たな岩を打ち出そうとしているイシツブテにねんりきを食らわせる。防御力においては岩石のように硬い相手だが、特殊攻撃にはそれほどでもない。イシツブテの体は地面に強く叩きつけられた。

 

堪えられたが、マンキーとの戦闘で負った傷のためか、動きは鈍い。再びいわおとしを放とうとバタフリーに視線を送ったのを見て、

 

「反撃の隙を与えるな!ねんりきだ!」

 

バンッ、とクレーターができるほどの力でその体を押し付ける。イシツブテは辛そうに歯を食いしばった。

 

「よし!とどめのかぜおこし!」

 

烈風が吹きすさび、フィールドを駆け巡る。土煙が一面に上がった。

 

「くっ、イシツブテ!」

 

視界が晴れると、イシツブテは目を回して倒れていた。

 

「イシツブテ戦闘不能、バタフリーの勝ち!」

「さっきのダメージが響いていたか。」

「これで倒れたポケモンはお互い一匹。追い詰めたぜタケシ。」

「なるほど、面白い。」

 

タケシも熱くなってきたのか、瞳を燃やし、口元を綻ばす。モンスターボールを強く握り、気合を込めるように投げ上げた。

 

「こいつは俺の切り札。さっきのように行くとは考えないことだ。」

 

登場したポケモンに抱いた感想は一つ。でかい、でかすぎる。見上げると首が痛くなるほどの巨体。本当に生き物なのか、わからなくなるほどだ。

 

「いわへびポケモンのイワークだ。君はこいつを、どう突破する?」

 

興味深そうに問うてくるが、その雰囲気は強者、ジムリーダーとしての貫禄に満ちていた。二十歳そこそこの青年が出していい威厳じゃないって。

 

「関係ねえよ。俺が負けるなんてありえない。」

 

俺の不安などなんのその。口だけはペラペラ調子のいいことをのたまう。タケシはそれを聞いて、嬉しそうにこちらを睨んだ。おいお前実はバトルジャンキーなの?さらに相手を盛り上がらせてどうすんだよ。さっきの女の子なんかポーッと顔赤らめてバトル観戦してるけどさ。ちょっと頼むからタケシさん落ち着かせてくんない?

 

「フリー、フリー!」

 

バタフリーまで気合い入ってきてる。待て落ち着け。場の空気に乗せられるな。俺はトレーナーなんだからしっかり戦況を把握しないと。イワークは体長およそ9メートル。3階建ての一軒家並みのでかさで、いくらバタフリーが飛んでいようと尻尾を伸ばせば届きそうなほどでかい。いわ技に四倍の弱点を持つバタフリーを続投させるのは愚策だ。有利に立ち回れるポケモンに交代すべきだ。

 

「戻れバタフリー。」

 

交代で繰り出し、元気よく登場したそいつは、俺が一番信頼している相棒だ。

 

「さあ、始めようぜタケシ。決着をつけてやる。」

 

 

 

 

 

タケシside

 

俺がその少年に出会った時、最初に感じたものは『才能』だった。整った顔立ちから溢れる自信、軽薄そうな笑み。切れ長の瞳は鋭く俺を見据え、品定めするように鈍く色づいている。大器の片りんはすでに芽吹いていた。センスは申し分ない。戦わずとも差し向かいに立てばわかるものだ。

 

しかし惜しいと思った。そういう人間にいくらか出会ったことがある。そのことごとくは才覚ほどの結果を残せず、あるいは途中でトレーナーをやめ、去っていった。

 

他の職種では知らないが、少なくともトレーナーの才能とは、イコールで成功という切符にはならない。いやもちろん、一つのバトルでうまくやることはできるだろう。ただし、それと信頼関係は別だ。才に恵まれれば、驕りが繁栄する。驕りはポケモンへの接し方につながり、不信を呼ぶだろう。そうして生み出された不協和音を携えて勝てるほど、バトルの世界は甘くない。真の信頼関係とは簡単ではなく、決して一朝一夕で育まれるものではないのだ。

 

ましてやグリーンは俺の出会った『才能』あるトレーナー達の中でも飛び抜けてプライドが高そうだ。それがある限り、本当の意味で強くなることはできないだろう。半ば落胆しながら、バトルは開始された。しかし、

 

「マンキー、きしかいせい!」

 

あのトレーナーとポケモンの通じ合った戦いぶりには正直驚かされた。イシツブテに押し負けはしたが、彼のマンキーは完全にトレーナーを信頼し切っていたのだ。たとえ自分がここで倒れても、グリーンがそれを無駄にはしないと。

 

俺はその信頼の源泉に興味を抱いた。

 

「君はこいつを、どう突破する?」

 

イワークを繰り出してそうたずねると、彼は不敵な笑みを浮かべてこう答えた。

 

「関係ねえよ。俺が負けるなんてありえない。」

 

なるほど、な。この言葉を聞いて、俺は少しだけそれを知った。才能に裏打ちされた傲慢、自尊心。それは本来忌避されるべきものだ。しかし彼の場合、実力があり、言葉と態度には真実味がある。だからポケモンたちは彼に付いてくる。強い後ろ姿、傲岸不遜に、信頼を寄せる。

 

柄にもなくワクワクしてきた。目の前の相手は今までで出会ったことがないタイプのトレーナーだ。血が湧き立つのを感じる。バトルを心の底から求め、彼と戦える期待感でボールを握る手が震えた。

 

バタフリーを戻してから繰り出したのはゼニガメだ。さっき門下のトレーナーたちを相手に使っていたポケモン。タイプ相性は向こうに分がある。だが曲がりなりにもジムリーダーである俺は、弱点のポケモンと戦う心得もある。それをわからないグリーンではないだろう。どう攻めてくるか、今から楽しみだ。

 

二匹のポケモンが出揃いバトルは開始された。最初に仕掛けるのはやはりグリーンだ。

 

「みずでっぽう!」

 

技の発動を見て、こちらも指示を出す。

 

「がんせきふうじ!」

 

複数の巨大な岩を打ち出し、水撃をブロックする。

 

「連射しろ、みずでっぽう!」

「がんせきふうじだ!」

 

手始めにお互い得意の技を撃ち合い、探りを入れている状況。避けては撃ち、防いでは撃つ。

 

ラチがあかないが、こういうこう着状態は公式戦などのバトルでは案外見かける。相手のトレーナーの力量は、技の牽制、その使い方と捌き方でだいたい見当がつく。グリーンはまだ荒削りだが、要所要所はしっかりと抑えていた。相手が嫌がるタイミングで技を撃っている。だからこちらもうまく踏み込めない。

 

永遠にも思える均衡。実際は三十秒と経っていなかったろう。しかしそれはバトルにおいて、とても長く、緊張感を持って感ぜられる。

 

「ゼニッ…!?」

 

ようやく、こちらのがんせきふうじがゼニガメを捉えた。それもそのはず、この技はたとえ当たらなくとも、岩をフィールドに残し相手の行動範囲を狭める。撃ち続ければ軍配があがるは明白だろう。

 

「いわおとし!」

 

降りかかる巨岩を、グリーンは険しい表情で見据えた。

 

「みずでっぽうだ、岩を撃ち落とせ!」

 

指示通り、ゼニガメは上空に技を放つ。かろうじてだが、岩は落下地点を変えて、ゼニガメに直撃はしなかった。だが、上に気を取られすぎだ。

 

「たいあたり!」

 

ドンっと鈍い音がして、ゼニガメを吹き飛ばす。小さな体は空を舞い、地面に転げた。

 

「ゼニガメ、もう一踏ん張りだ。頼む。」

 

グリーンの声を聞いて、ゼニガメは立ち上がる。やはり、彼らは強い信頼で結びついている。この不利を覆せると確信しているようだ。面白い…!

 

「イワーク、がんせきふうじ!」

「突っ込めゼニガメ!」

 

仕掛けてきたか。だがゼニガメのすばやさで、駆け抜けられるわけがない。何か策があるのか。警戒しつつ、技を細かく指示していく。

 

「ゼニガメの3メートル手前にがんせきふうじ!移動しながら撃て!」

 

距離を詰められなければこちらが有利。踏み込ませはしない。だがゼニガメは止まる気配を見せない。牽制で放ったはずのがんせきふうじに、もろに突っ込んでいった。

 

砂埃でうまく見えない。だが、確かに今、ゼニガメに技が直撃したのを見た。何を考えていたかはわからないが、戦闘不能は免れない。

 

「…ゼニガメ、みずでっぽう!!」

「!?」

 

倒れてはいなかったのか!?砂埃の中から、水撃が放たれる。だがおかしい。この威力はなんだ。水を束ねたように渦巻いた柱が、イワークめがけて突き刺されようとしている。さっきまでのものとはまるで別ものだ。

 

「イワークかわせ!」

「イワァッ!?」

 

遅すぎた。イワークはその技に直撃し、巨体が水で万遍なく濡らされる。

 

「とどめだ、みずでっぽう!」

「イワークッ!がんせきふうじだ!」

 

力を振り絞り、イワークは岩を展開する。だが、ゼニガメのみずでっぽうはそんな岩を物ともせず、突き破って直進した。

 

ドシンッ。イワークは、倒れた。

俺の一瞬の油断が、この勝負を決定付けたのだ。

 

無言でイワークをボールに戻す。そして、グリーンに視線を移した。

 

笑っていた。いや、笑みというには明らかに質の違う、無機質な眼光。今まで受けていた自信過剰で楽天的な印象とはまるで逆、冷淡な表情だった。

 

「イワーク戦闘不能、ゼニガメの勝ち!よって勝者、マサラタウンのグリーン!」

 

審判の声も遠く聞こえた。ただグリーンの表情が目に焼き付いて離れなかった。

 

「…グリーン。」

 

俺は呼びかけて歩み寄る。こちらに気づいて、いつもの雰囲気に戻った。

 

「タケシ、俺の勝ちだな。」

「ああ、俺の負けだ。ただ一つ聞いていいか?」

「ん?」

 

俺は胸に溜まっていた疑問をそのままぶつけた。

 

「俺は最後のがんせきふうじで、ゼニガメを倒したと思っていた。直感なんかじゃない。ひとりのトレーナーとしての経験からだ。なぜ耐えられた。そしてその後、みずでっぽうの威力が増しただろう。あれは…。」

 

「あー、簡単だよ。からにこもるを使った。そんでがんせきふうじをギリギリ耐えて、特性のげきりゅうで、水技の威力を上げた。」

 

こともなげに言ってのける。だが、そんなことがあり得るのだろうか。俺もその可能性は考えた。げきりゅうは、水ポケモンの体力がごくわずかになった時発生する特性。狙って使うことは不可能だ。そのはずだ。しかしグリーンはまるで、故意に発生させたような言い方じゃないか。

 

「狙っていたのか…?げきりゅうが発動することを。」

「ああ、まあな。」

 

目眩がした。この少年は、何が見えているというんだ。いや、もっと根本的な問題。もしそれができたとして、誰が実行に移す?ポケモンの体力を、『調整』しようなんて真似。狂気、異端。計算などという生易しいものなどではない、冷酷な未来への確信。グリーン、その底にあるものを、俺は見通すことができない。

 

「…そうか、完敗だ。どうやら君は、すでに俺の目に見える限界を超えている。」

 

バッジを手渡した。グレーバッジは彼の手に冷たく光っていた。その嬉しそうな表情は俺を惑わす。先ほどの冷徹な笑みとの対比は、まるで太陽と月だ。

 

「そしてこの先はジムリーダーとしてではない、ただのタケシとしての言葉だが…。君はきっと近い将来、ポケモンリーグに挑戦し、そして、結果を残すだろう。予想ではなく、これは確信だ。君には才能がある。そしてもしそれが済んだら、もう一度俺とバトルしてくれ。今度はちゃんと、同じ条件で、手加減はしない。」

 

この不思議な少年と、また戦いたい、本気でぶつかり合いたい。大人気なくも、衝動が抑えられなかった。

彼は当たり前だ、というように頷いた。

俺はため息をついて、苦笑した。

 

すぐ先の未来、グリーンがポケモンリーグを制覇する、そんなビジョンを想像して。




主人公の素はゲーム脳の凡人。でもポケモンの世界で生きてる人からするとやべえやつなんですよね。

批評や感想、いっぱいください、、


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