あらすじにも書きましたが、KHⅢのネタバレにお気をつけください。
窓から差し込むやわらかい光を受けて、ゆっくりと瞼をもちあげる。デジャヴな感覚にうっすらと笑みを浮かべて少年…ロクサスを身体を起こした。
かつての自分はこの後、ボソリとこう呟くのだろう。
『また、あいつの夢だ』と。
「ソラの夢…毎日見てたよな」
かつて自身が見ていた奇妙な夢。青い海、青い空が印象的なその夢に、いつも屈託のない笑顔を浮かべる男の子がいた。
全てが終わった今ならば理解することができる。
無論、痛みは忘れていない。
懐かしい時計台。甘くてしょっぱいあのアイス。2人の親友。3人の友達。
『機関に消されちまうんだぞ!?』
ネオンばかりが明るい街で、過ごした記憶。
『ダメだ…シオン。また3人でアイスを食べよう…?』
自分が何者なのか、ソラとは誰なのか、自らの存在理由を模索した記憶。
とても長い時間がかかった。それこそ、ロクサス自身は納得していないながらも自らの存在を諦めかけていた。それでも、諦めなかった男の子とロクサスの帰還を待ち続けた親友によって彼の存在は繋ぎ止められ、復活することができた。
過去の悲しみはゆっくりと癒されている。
全てが元に戻った。
レプリカという新しい身体を得て、
いや、少々変わった点もあったりなかったり…。
不思議なシェフの料理屋さんができていたり、いつの間にか大きなシアターができていたり。
この街にロクサスが帰ってきてから1ヶ月ほどの期間が過ぎようとしている。親友2人が隣にいることの喜びを噛み締めながら…自分が存在していることを実感しながら、ロクサスはトワイライトタウンで生活していた。ハイネ、ピンツ、オレットの存在も忘れてはいない。データの世界で友人だった彼らとも、現実の世界で絆を結ぶことができた。
毎日一緒に行動しているわけではないが、大きなイベントがある祭には彼らも側にいることが多い。
暴走するハイネを止める役割をロクサスは担っている。わかりやすく言うならば、サイファーへのカチコミを阻止する役割である。
親友のアクセルとシオンとはほぼ毎日共に過ごしている。特に何をするわけでもない日常を謳歌している。次の大きなイベントでは3人だけで海に行く計画を建てている。青春なんて言葉は似合わないが、ハイネ曰く、『女の子と出かけるなんて、これが青春じゃなくてなんと言う!』らしい。3人だけとは言ったものの、『俺たちを除け者にすることはできないぜ!』なんて言ってハイネグループが参加することは目に見えている。
アクセルとピンツの頭の対決はすでに始まっているのかもしれない。
ベッドから立ち上がり大きく伸びをしてから、着替え…ようとして私服をつかもうとした手を止めた。ロクサスの視線の先にあるものは、ハンガーにかけられている真っ黒なコート。
最後の戦いの時に身につけていたそのコート。ⅩⅢ機関と呼ばれた組織の服装でもあったそのコートに酷く懐かしい感覚を覚える。この街に帰ってきて以来、このコートを着ることはなかった。
戦いでついていた汚れも、シオンとオレットに説教半分に洗濯されたことは、この街に戻ってきてすぐのことだが、記憶に新しい。
このコートを着ることはしばらくない…と思っていたが、気分で着てみるのも悪くない。懐かしい目覚めをしたからだろうか、なぜだか今日は過去を振り返ってみるのも悪くないとロクサスは感じた。親友のアクセルとシオンに会ったら笑われそう予感がしたが、それはそれだ。ロクサスから言わせれば、私服を着るようになったアクセルとアイザよりも可笑しく思うことはないだろう。黒コートがあまりに似合いすぎていた彼らに、ロクサスは違和感しか感じなかった。2人が私服で現れた時には、シオンと2人で笑ったものだ。
とにかく、今日はこの黒コートを着よう。
なぜかそう感じたロクサスはⅩⅢ機関のコートに袖を通す。Xの文字の形をしたネックレスを身につけることも忘れない。
鏡で懐かしい自分の姿を確認して、外へ出る。
時計台から溢れる暖かな日の光に目を細めながらロクサスは何度も通ってきた街中を歩く。データのトワイライトタウンと現実世界のトワイライトタウンに目立った差異はない。いつもなら
別段、今日は何かする約束もなかった。
トワイライトタウンの大きな門をくぐり抜け、緑で溢れた郊外へと出る。しばらく森のように木が並び立つ薄暗い道を通り過ぎたその先にある大きな屋敷。ロクサスはそこへ向かっていた。
幽霊屋敷。
トワイライトタウンに住む者で、この屋敷を知らない者は少ない。トワイライトタウンに伝わる七不思議を知らない者は多いが、幽霊屋敷の話を知らない者は少ない。
幽霊屋敷と呼ばれるのにはもちろん、理由がある。古びた古風の大きな屋敷。そこには誰も住んでおらず、今では空き家となっている。誰も住んでいないはずのこの屋敷の2階の窓から女の子の姿が見えるという…そんな噂だ。
無論、幽霊であるはずもなく、本当に女の子がこの屋敷に居たことをロクサスは知っている。
そうして、この屋敷でロクサスの夏休みが終わりを迎えたことも。
幽霊屋敷の門に視線を移す。
全てはここから始まった。
ロクサス自身は覚えていないが、生まれ落ちたロクサスはここで
屋敷の扉に手をかけようとしたとき、足元に何かが落ちているのに気づく。
一部が欠けた水色の星の形をした何か。流れ星を表現するように黄色い尾がついている。
星の形をした何かを拾い上げ、探るように確認する。柔らかくはない。石のように硬く、握りつぶせそうにはない。
不思議な石だ。
まじまじと不思議な石を見つめる。
(あとでアクセルとシオンに見せよう)
ピンツに見せたら『研究してみたい!?』と言いそうだ。想像が難しくない様子にクスリと微笑んで今度こそ扉に手をかける。だが、またしてもロクサスが扉を開けることは叶わなかった。
「ロクサス?」
不意にかけられた声に振り向く。
振り向いた先にいたのは、ロクサスに微笑みかける袖のない黒い服とスカートに身を包んだ黒髪の少女。
かつて自身が傷つけ、消滅してしまった彼女もまた、ロクサスと同じようにこの街へと帰ってくることができた。
「シオン」
驚くロクサスにシオンも驚いた様子でゆっくりと近づき、ロクサスの周りをゆっくりと一周したシオンは黒いコートの一部を摘む。
「機関のコート着てるの?なんだか久しぶり」
「シオンとオレットに洗濯されて以来かな」
「
諌めるように言うシオンにロクサスは苦笑いを浮かべる。あの時の2人の表情には有無を言わさない何かがあった。もう1人の親友であるアクセルが何度も首を縦に振る程度には凄みがあった。
『そうとも言う』と呟くロクサスの手に握られている不思議な形をした石に気づいたのか、シオンが指差す。
「それは?」
「ここで見つけたんだ。不思議な石だろ。あとでみんなに見せようと思って」
「ピンツに見せたら、喜びそうだね」
「同じこと考えてた」
お互いにクスリと微笑み合う。手に握り締められた星の形をした石を太陽にかぶせるようにかざす。一部は欠けているが、確かな星の形。そして流れるような黄色い尾を見て、改めてロクサスは思う。
「流れ星みたいだよな」
ロクサスがそう呟いた直後だった。
眩い光がロクサスの視界を真っ白に染め上げる。甲高い音が一度鳴り響いたかと思えば、弾けるような音と共に、身体がふわりと浮き上がる感覚に襲われる。
「ロクサス!?」
スキップをするようにリズムを踏みながらロクサスの身体を振り回し、石とロクサスは空を駆ける。
相変わらず視界は真っ白に染まったまま。だが、自身の身体が確かに空を飛んでいることをロクサスは感じていた。遠くから自分を呼ぶシオンの声が聞こえる。
手を離して落下することなど造作もない。だが、手を離そうにもなぜか握りしめた不思議な石を手放すことができなかった。ロクサスの手が離れること
それはまるで、石がロクサスをどこかへと誘っているよう。
弾けるように駆ける石は止まることを知らず、ただひたすらにどこかを目指すように見えない階段を上っていく。眩しさに堪えながら、なんとか下を向いたロクサスの瞳に見えたのは、玩具のように小さくなったトワイライトタウン。更に高度を増していくにつれて、トワイライトタウンの地形が変化していく。
平らに見えていたはずのトワイライトが球体へと変わっていたのだ。球体の周りはオーロラのように揺らめいている。星のように煌めくいくつもの点が、トワイライトタウンの球体を照らしていた。
恐らくはロクサスの周りもこの景色になっているのだろう。
状況に見合わない感嘆の声を漏らしたのは一瞬だった。上昇していたはずの不思議な石が、突然急降下をし始めた。ふわりとした感覚とともに、ロクサスはどこかへと落ちていく。
一瞬、ロクサスは奇妙な感覚に襲われる。
どこか懐かしい。
だが確実に闇の回廊とは違う…世界の壁を越える感覚だった。
最後に見えたのは、トワイライトタウンのように球体状になっている巨大な鋼鉄の城だった。
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World 1 Floating Castle Ainclad
黒の少年、白の少女
データの世界で剣をぶんぶん。
ロクサス入れやすいかなとか安直に思ってしまったんです…。
この世界に存在するのは現実世界となんら変わることのない空や湖、人々。変わる部分があるとすれば、世界観やモンスターと呼ばれる怪物がいることくらいか。
『これはゲームだが遊びではない』
このゲームの製作者、茅場晶彦が放ったこの一言に多くのゲーマーが沸き立った。
俺自身も例外ではない。メディアを含めた大勢の人が一斉に取材を開始し、開発者を含め、そのゲームは大きな話題をよんだ。話題が話題を呼び、正式サービスを待たずして、誰もがゲームをプレイしてみたいと心を躍らせた。
開発者の台詞の本当の意味を理解するまでは。
ソードアート・オンラインと名付けられたこのゲームはゲーム界を激震させた。フルダイブシステムと呼ばれるVR技術を駆使して、プレイヤーは世界の中で自由に動くことが可能となった。視覚、聴覚、嗅覚といった現実世界となんら変わらない五感を再現することの難しさは想像を絶するものに違いない。現に、この偉業を達成した者は、茅場晶彦その人しか存在しない。
プレイヤーは、文字通りゲームの主人公となって、一人称の視点から思った通りに身体を動かすことができる。
それはもはや、もう一つの肉体を得たと言っても過言ではない。
βテストを経て、発売されたソードアート・オンラインは瞬く間に売り切れた。購入できたプレイヤーはサービス開始が始まる日時を心待ちにしながら過ごしたことだろう。だが、プレイヤーはすぐさま絶望に落とされることとなる。
『諸君は今後、この城の頂きを極めるまで、ゲームからログアウトすることはできない。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントが0になった瞬間…諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』
プレイ開始から僅か1時間後、このゲームはデスゲームと化した。
このゲームを作り上げた茅場晶彦の望みはなんだったのだろう。もしかすると、この状況こそが、彼の作りたかったものなのかもしれない。
眼前に迫る光を浴びた剣を冷静に対処し、息を吐く音と共に握りしめられた剣を喉元に突き刺す。緑色の光沢を放つ鱗は爬虫類そのもの。違和感を感じるならば、それはこの爬虫類が人型をしていて、2足歩行をしているからだろう。人によっては、気持ち悪いとすら感じるだろう。
突き刺した剣を思いっきり横薙ぎし、爆散させ、背後に迫っていたもう一体の
全てが終わった後に残った者は、黒ずくめの黒髪の少年とリザードマンの残骸とも言える小さな四角い光の破片。手を器用に回し剣で円を描き、背中の鞘へとしまう。
ここは、データが全ての世界。
人の身体、敵、景色。全てがデータによって形作られた幻想の城。
その城の名は、浮遊城アインクラッド。
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不思議な石とともに辿り着いたのは薄暗い場所だった。今立っている細い通路は随分たい場所にあるらしく、下は真っ暗で何も見えない。ソラの記憶で見た、オリンポスの冥界に似ているかもしれない。
一つ確実に言えるとすれば、別の世界へ移動してしまったことだろう。
ここはトワイライトタウンとは別の世界。
世界を越えること自体は何度も経験をしている。簡単に世界と世界を行き来することはできないが、ロクサスを含めたⅩⅢ機関と呼ばれるかつての組織は、闇の回廊と呼ばれる特殊な方法を用いて世界と世界を行き来していた。ソラと呼ばれる少年は、グミという特殊な素材を用いて作られたグミシップに乗って移動をしていた。その他にも世界間を移動する方法はあるのかもしれないが、今回移動してきた方法は極めて異質だとロクサスは感じた。
行きたい場所を念じたわけでもなく、ただ不思議な石が強引にこの場所へと連れてきたのだ。不思議な石が光りだした時と同じように、ロクサスは頭上に不思議な石を掲げてみる。
だが、不思議な石は何も反応しない。
この薄暗い空間は洞窟の何かで天井に覆われている。状況が違うとすれば、青い空が見えないことか。
何度か試してみたものの、石はやはり何も反応しない。トワイライトタウンに帰る方法はわからない。そもそものところ、この不思議な石は、一体何に反応したというのか。仮にこの石が光りだしたとしても、また別の世界に飛んでいってしまう可能性も否定できない。
現時点での解決は不可能。もっと言えば前途多難な現状。
ロクサスの脳裏に浮かぶニヤニヤしながら計画を立てるアクセルと部屋に飾ってある貝殻を手に取るシオンの姿。
「海、またすっぽかしちゃった」
今度こそと思っていた海に行く計画。
頭を掻いてため息を吐く。
迷惑をかけている以上、一刻も早く戻らなくてはならないことは確か。ロクサスは慎重に薄暗い道を進み始める。
歩き始めてわかったことがいくつかある。
この世界はオリンポスの冥界ではないということ。同時に、闇の世界でもないことがわかった。仮にここがもしも闇の世界だとすれば、すでにハートレスに襲われている。
暗く細い道は一直線にどこかへと繋がっているようで、どれだけ歩いても枝分かれする道にたどり着くことはなかった。一直線の道ではあるものの、螺旋階段のような作りになっているせいで、先を見据えることはできない。確実にいえるのは、どこかを目指して上っているということだけ。
その他に道中であったことといえば、途中からだだっ広い円形の足場が立ち並ぶようになり、不思議な淡い光のせいもあって荘厳な景色へと変化していた。一寸も違わず等間隔で並べられているだろう円柱。一体だれが作り上げたのか、円柱には見事しかいいようのない彫刻が施されている。その彫刻が不気味であるとはいえ、見事なことには変わりがない。
何かに近づいている。
宝箱だろうか。それとも強大な敵だろうか。
「…なんだ?」
立ち止まり、青い瞳を細めてロクサスは耳をすませる
円柱が並び立つ奇妙な回廊に、先ほどまで自分の足音以外に音はなかった。おかしいことに
「戦ってるのか?」
空気を裂くように聞こえてくる音。その正体をロクサスはすぐに理解した。なんということはない。彼自身も、幾度となく聞いたこの音。金属と金属がぶつかり合う音に間違いない。時折なる甲高い音は、十中八九、剣で相手の剣を逸らす音だろう。
一瞬の光とともに、2本のキーブレードを出現させる。右手には黒を基調とした
薄青い光に照らされた螺旋状に並べられた円柱を走り抜ける。どれだけ走り抜けても周りの景色は一向に変化はしない。円柱の上という足場も変わらない。だが、走れば走るだけ、戦闘の音は激しさを増していく。音からして、1対1ではない。1対複数か、複数対複数。
そうしてようやくたどり着いたその場所にいたのは、黒ずくめの少年と白を基調とした鎧を見に纏った少女。
なによりも目を引いたのは、彼らが戦っていた相手だった。
血色の悪そうな緑色の鱗に細く長い舌、二足歩行で地に足をつけ曲刀を握りしめたその形相は、正しくトカゲ男と呼ばれるもの。トカゲ男の右上には黄色の奇妙な棒線も見える。
奇妙ではあったものの、ロクサスが注視したのはそこではない。
トカゲ男の目。
基本、爬虫類とは鋭い瞳孔を有していることが多い。しかし、このトカゲ男の目はなぜか丸く黄色い。
ロクサスの脳内に導き出された答えは1つ。
心なきもの…ハートレス。
生きている限り、誰しも必ず心には闇が存在する。人の心というものは曖昧だ。決して目に見えるものではない。
しかし、存在するのは確か。
ハートレスはそんな心の闇を具現化した存在といえる。
ハートレスの目的は、全ての心の集合体と呼ばれるキングダムハーツへと還ること。心を持たないが故に、彼らは一心不乱に目的を遂げようとする。結果として、世界が闇に消え去ってしまうこともあると言われている。
改めて気を引き締めて一気に距離を詰め、黒ずくめの少年とトカゲ男の姿をしたハートレスの間に跳躍し、左手に握りしめられた約束のお守りを一閃する。
「は?」
どこか間の抜けた声が背後から聞こえてきた。声の主は少女ではなく少年だろう。一瞬でトカゲ男のハートレスを1体屠ると、困惑する少年と少女をよそに、改めて戦況を確認する。
ロクサスは器用に2本のキーブレードを回転させて、構え直し、トカゲ男のハートレスを睨め付ける。
「2本!?」
残りのトカゲ男の数は4体。
驚きの声をあげた黒ずくめの少年と白の鎧を着た少女に怪我はないように思える。
「怪我はない?」
「怪我? HPに余裕はあるし、状態異常もついてないから問題ないけれど…あなたは?」
「HP? 状態異常? いや、今はこいつらを蹴散らそう」
「まあ、その通りだな」
後ろで2人が武器を構えたのを気配と音で感じ、2本のキーブレードを引きずりながら駆け出す。トカゲ男が振り下ろす曲刀を2本のキーブレードをクロスさせて受け止め、力一杯弾き返す。ノックバックをうけたトカゲ男がよろめきながら数歩後ずさる。その隙を許さず、2本のキーブレードでX字を描くように斬りつける。
トカゲ男の右上にあった黄色棒切れが目に見えて短くなる。
更に追撃すべくロクサスがキーブレードを振りかぶったとき、突然変化は起こった。
「なにやってるソードスキルだ!? 下がれッ!」
黒ずくめの少年の怒号の後、待っていたかのように嘲笑う表情を浮かべたトカゲ男の姿が、突然残像を残してブレる。同時に、トカゲ男の曲刀が突然赤い光を纏い、異常な速度で繰り出された。先ほどの動きからは予想することが不可能な洗練された動き。動き始めから終わりまで一切無駄のない動きだった。
ほぼ独学のロクサスから見ても、洗練された達人のような動きだと認知できた。
だが、ロクサスは見事にソードスキルと呼ばれる技を対処してみせた。ほんの一瞬で、トカゲ男から放たれるソードスキルと呼ばれる技の範囲外まで下がったのだ。側から見た少年と少女には、瞬間移動したようにすら見えただろう。
今までの戦いでは、瞬間移動まで使い背後を取る、或いは目の前に現れる敵と戦い続けてきたのだ。驚きはしたものの、この程度の速度、しかも眼前に迫ってくるだけの攻撃など難なく躱すことが可能だった。
ロクサスが無事避けたことに安堵した様子の2人は、それぞれが1体のトカゲ男を相手取っていたが、2人とも青い光を放つ剣技で圧倒していた。明らかに戦い慣れている様子の2人に今日何度目かわからない驚きを感じながら、過ぎ去りし過去と約束のお守りによる連撃でトカゲ男を圧倒する。
再度吹き飛んだトカゲ男にロクサスは右手の過ぎ去りし過去をブーメランの要領で投げつけ、追撃する。
そこで、ロクサスは奇妙なものをみた。
ハートレスをキーブレードで倒すことによって、ハートの形をした心が解放される。心が解放されないハートレスももちろんいる。だが倒したときに例外はなく、闇に溶けるようにその身を消滅させる。
だが、今回は違った。
トカゲ男の身体が突然光り始め、小さな光のカケラを放ちながら散っていったのだ。その光景は、過ぎ去りし日、シオンが一度ソラに帰ったときによく似ていた。
戦闘が終わったことを確認し、キーブレードを光とともに消失させる。ロクサスが振り返ったそこにいたのは、まじまじとこちらを見つめる2人。彼らの視線はロクサスに向いているようで、どうやら違うらしい。具体的にいうならば、ロクサスの少し上…頭上辺りが適当だ。
「キリトくん、これって…?」
「ああ、間違いない…NPCだ。なにかのクエストが始まったのか? だけどクエストフラグは建ってない。受注画面もなし。さっきのリザードマンもどこかおかしかったし、バグか?」
「…NPC? クエストフラグ? バグ? なんのこと?」
顎に手を当て、何かを考える黒ずくめの少年。そんな少年の肩を、少女が軽く小突く。
「そうやって直ぐに考えないの。彼、困ってるじゃない。私はアスナ、よろしくね」
我に返ったようにブンブンと手を振るキリトに首を傾げる。この世界のことを知るチャンスではある。しかし、アクセルか以前聞いたことがある。異なる世界では、世界の秩序を守るために話てはいけないことが多いのだと。
故に、ロクサスは言葉を選ばなくてはならなかった。
「いや、いいんだ。俺はキリト。えっと…」
「俺はロクサス。普通にロクサスって呼んでくれ。よろしく、キリト、アスナ」
「ネーム持ちのNPC…キズメルと同じ。いや、それよりだ。ステータス化け物なんじゃないか? AGIオバケの割にはSTRも弱くなさそうだし…
「オバケ?」
続きを濁したキリトに自己紹介をするロクサス。しかし、なにが不思議だったのか、キリトは面食らったような表情をし、再び何かを考え始めてしまった。
「ってまた考えてるじゃない…。ごめんなさい、この人のことは気にしないで」
「わかった」
「わかったって酷いな、おい」
キリトのツッコミに小さく笑いロクサスは、この世界にたどり着く前に見た鋼鉄の城を思い出す。城というにはあまりに巨大だったような気がするのだが、何故だか、あれは城だと確信している自分がいた。そのことを不思議に思いながら、ロクサスはキリトに問いかける。
「キリト、アスナ、鋼鉄の城について、教えてほしい」
トワイライトタウンへの帰還に向けて、ロクサスは一歩前進した。
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歩み
そのうち一方その頃的なシオンとアクセルサイドも書きます。
ちなみに、文章の書き方はKH小説版を参考にしてます。
暗い部屋に浮かぶ、いくつもの窓。横長の長方形に映されているのは、屈強な男がモンスターに立ち向かう姿。ある者は戦い、ある者は宝箱を開け、またあるものは芝生でのんびりと寝転んでいる。ウィンドウと呼ばれるこの窓は、この世界に囚われたプレイヤーの数だけ存在する。プレイヤーの数だけあるといっても、四六時中行動を監視しているわけではない。製作者である茅場晶彦は、このようにプレイヤーの行動を見れるようにしたが、プライベートに関しては興味を示さない。
戦いの中でこそ、人の可能性が垣間見えると考えていたからだ。
「ほう…」
ウィンドウの光だけが照らす暗がりの中、茅場晶彦は小さく感嘆の息を漏らす。他のウィンドウを全て消し、一つのウィンドウの大きさを拡大し、調節する。
そのウィンドウに映されているのは、黒ずくめの少年と白を基調とした鎧を着た少女。そしてなによりも彼の関心を惹いたのは、フードつきの黒いロングコートを身にまとった少年だった。
奇妙な形の二振りの剣。彼のステータスを表す標識はNPC…つまりプレイヤーではない。
全てのNPCやクエストを記憶しているとは言わないが、果たして二刀流のNPCなどいただろうか。
二刀流がある種、攻略の鍵となるこのゲームに…?
二刀流は、ある条件を満たした
ユニークスキル。
二刀流はこの世界に一つだけ。
黒いコートの彼は二刀流ではない。ソードスキルも発動していない。
自身の早計に安堵しつつも、茅場晶彦の興味は黒いコートの少年にあった。
彼のステータスは決して、平凡なNPCとは思えない。
最近突如として出現し始めた黄色い目をしたモンスター。原因不明のバグではあるものの、さしたる問題ではないと感じたが故に放置している。言ってしまえば、モンスターは強化される結果となった。
だが、この二刀流の少年には強化などまるでなかったかのように、ただの
ソードスキルを使用せずにモンスターに有効な攻撃を与え続ける姿…茅場晶彦から見たそれは、まるで黄色い目をしたモンスターに対して特攻がついているかのようだった。
管理者としての世界の管理ではなく、純粋な好奇心が彼を掻き立てる。
指を操作して管理者用のウィンドウを開き、プログラムを組んでいく。システムの根幹を組み直すわけではない。一番最下層の第一層では不具合が起きるだろうが、茅場晶彦にとって彼のウィンドウを作ることが最優先となった。
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浮遊城アインクラッド。
鋼鉄のような見た目が印象的だったが、どうやらこの世界は蒼穹の彼方に浮かんでいるらしい。そのルーツは遥か昔、神話にまで遡るようだ。もともと世界は大地に根ざしていた。今のように蒼穹の彼方に浮いているのは、神話の時代に起こった事件が原因らしい。現在、世界の全ては城の中に押しとどめられているらしく、この世界に生きている人々は城から出ることが出来ずにいる。キリトとアスナから聞いた話を要約したロクサスは、不思議そうな顔をする2人に礼を言う。
それにしても、世界の全てがこの城に押し留められているというのに、どうしてキリトとアスナは外に出たがっているのか。外に出ても大地はない…疑問は残る。
2人とも何かをボソボソと呟いているのが気になるものの、こちらに対して警戒をしている様子はない。そのことに若干の安堵を覚える。
というのも、今の自身の姿を考えてみれば警戒されない方がおかしいことは明白だ。黒いロングコートに2振りの奇妙な剣。フードなんて被っていれば、それこそ怪しい人相に違いない。
いつもの服…来てくればよかったな。
「なぁ、さっきの黄色い目をしたモンスターについて、何か知ってないか?」
「俺たちはハートレスって呼んでる」
キリトの質問にロクサスは、小さく頷いて慎重に言葉を選ぼうとするが、考えてもいない台詞が浮かぶ。突然のことに目を見開き、両手で口を抑える。だが、頭の中ではハートレスについて話さなくていけないと感じている自分がいた。それはまるで、『知っていることを全て話せ』と絶対服従の命令をされているようだった。
「ハートレス… heartless?冷酷なとか熱意のないとか…直訳するとそんなところかしら」
キリトが『クエストが進行したのか?』と何やら指を動かしているのを見ながらも、ロクサスの口は動きを止めることはない。
「心無き者は心を求める。ハートレスは人の心の闇に反応し、心を奪うことで増え続けるんだ」
「この世界の設定補完のサブストーリーってところか? クエストフラグは立ってない辺り、条件を満たさないといけないのかもしれない」
元の世界に帰りたいだとか別の世界について話してしまうのではないかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。ロクサスの口は閉じ、主導権もロクサス自身に返ってきた。そういった魔法の可能性も考えたが、キリトとアスナから警戒している雰囲気は微塵にも感じられない。
だとすれば、アクセルから聞いた世界の法則というのが当てはまるのかもしれない。
世界には決まりごとがある。世界ごとに異なっている世界の法則は、他の世界から移動する場合、ほぼ必ず適応される。世界によっては、姿までも変えられることがあるという。豪に入れば郷に従えということなのだろう。
今まで何度かやりとりをしたが、回答を強制されたのはこれが初めてだ。質問されたことも初めてではあるが、何か条件があると考えていいだろう。世界の法則によって、なんらかの力が働き、ロクサスの知っていることや受け答えを誘導していると考えるのが自然だ。
アクセルに言われたことを守るのは難しそうだ…と内心でボヤくロクサスにアスナが手を伸ばす。そんなアスナにキリトが驚いた様子であたふたしているが、アスナは気にせずにロクサスに手を伸ばす。
「もしよければ、私たちと一緒に行動しない?」
「アスナ!?」
「ここに一人置いていくわけにもいかないじゃない。もしかするとボス攻略の重要なクエストかもしれないし。それに、彼の実力なら一緒に行動して足を引っ張るどころか大助かりなんじゃないかしら」
「…それもそうか。俺からも頼むよ、ロクサス」
差し出された手を軽く握る。
この2人を見ていると、何故だかソラとカイリを脳裏によぎらせる。こういったやりとりが似ているのだろうか。決して姿が似ているわけではない。性格が似ているわけでもなさそうだ。だが、不思議なことに、そう感じた。
特にアスナ。
これはもはや、直感に近い。一体何が似ているというのか。見れば見るほど、話せば話すほど別人だということはわかる。わかるはずなのに、なぜかカイリと
それはもはや、顔や性格などの外見ではなく、世界における在り方…根幹かもしれない。
建ち並ぶ円形の足場はどこまでも続いてる。それこそ頭上を見上げてみれば、まだまだ上への道が続いている。ロクサスたち一行は、果てしなく続く螺旋階段に似た道を進んでいた。
今頃、シオンやアクセルはどうしているだろうか。そもそも、こちらに来てからどれくらいの時間が向こうでは経っているのだろうか。時間の流れが違うとは考えにくいが、そういう世界もあるのだとアクセルから聞いた。現に、アクセルとカイリは、そんな場所で修行をしたそうな。
「どうしたの?」
「なんでもない。それより、2人はどこに向かってたんだ?」
果てしなく続く道を見ながらロクサスはキリトに問いかける。キリトとアスナは同じように頭上を見上げ、困ったように苦笑いを浮かべた。
「向かってたというより、探索していたんだ」
「探索? 何か探してたの?」
「いや、もう見つけたんだ。俺とアスナの2人で挑んでも無謀だから、マッピングできていない…ええと、まだ行ったことのない場所を探ってる」
ロクサスは考える。
やはり、この先には何かがあるのだろう。
アスナとキリトの2人で挑んでも無謀…やっぱりなにか強大な敵がいるのか?
それがハートレス何なのかはわからないが、この世界にいる以上、きっとキリトとアスナが探していた何かは俺にも意味がある…と。
その答えを示すように、ハートレスと
度重なる同中の戦闘でこの世界の戦闘についても、だいぶ慣れ始めていた。
注意すべき点はいくつかある。
まず、今まで不自由なく使えていたはずの魔法やアビリティが封じられている。攻撃魔法はもちろんのこと、回復までも意味をなさない。キーブレードを構えて唱えてみても、振ってみても虚しい結果となった。アビリティに至っては全て封じられているわけではない。しかし、多くのアビリティが使えなくなっている。
その際たる例がグライドだ。
本来ならば空中に停滞し、ゆっくりと飛行できるはずのアビリティ。しかし、どんなに飛ぼうとしても重力に引かれて落ちてしまう。使えるアビリティに感じての多くはキーブレードを使って攻撃する物理的な技ばかり。キリトやアスナの使っているソードスキルという剣技の帳尻合わせなのかもしれない。これもまた、世界のルールのせいなのだろう。
ロクサス自身が得意としている光系の魔法…ホーリーやホーリーライズ、ラグナロクが使えないことは不都合なことに変わりはないが、この程度のハートレスに遅れをとることはない。
周りを囲んでいたはずのハートレスは確実に数を減らしている。一体、また一体と握りしめられたキーブレードによって消滅させられていく。魔法こそ使えないのが悔やまれるが、ストライクレイドのような複数体に有効な技を使えば、複数体を相手取っても問題はない。
むしろ、一本のキーブレードを投げたところで、ロクサスにはもう一本のキーブレードが残る。その他のハートレスの攻撃を捌く余裕は十分にあった。
「貫け!」
全力で地面を蹴り、最後の一体を高速で突き抜ける
「お疲れロクサス」
「それを言うならキリトとアスナもだろ」
「それじゃあ、お互い様ってことね」
一足早く戦いが終わっていたキリトとアスナを茶化すように声をかけ、再度考える。
自身にとって、この世界の一番の強敵はモンスターだと。
黄色い目をしていない…闇から現れるわけでもなく、光とともに現れ、周囲をうろつき始めるモンスター。このモンスターはずっとこの世界にいる原生的なモンスターらしく、ロクサスの攻撃があまり通らない。キリトやアスナの使うソードスキルならば有効なダメージが通るのだが、ロクサスの攻撃ではソードスキルほどのダメージは与えられない。逆に、ハートレスを相手取る際、アスナとキリトの2人ではソードスキルを使ってもロクサスほどのダメージを与えることはできない。そういうこともあって、キリトとアスナはモンスター、ロクサスはハートレスを担当することになったのだ。
「そういえば、ロクサスはどうしてここに?」
不意に問いかけられたアスナの言葉に一瞬身構えるロクサス。不思議そうに首をかしげるアスナ。だが、先ほどのような強制感はなかった。安堵の息を漏らして口にするべき言葉を探す。
そうして少し考えて探してみた言葉は、酷く曖昧なものだった。
「…気がついたら、あの場所に立っていたんだ」
世界を移動してきたなんて、言えるはずがない。懐にしまってある石のことを言っても、帰って混乱させるだけだろう。
「記憶喪失って設定なのか…?」
「いや、記憶はある。だけど、気がついたらここにいて、帰り道を探してるんだ」
「もともとはどこにいたの?」
「トワイライトタウンっていう大きな街だ」
「トワイライトタウン…聞いたこともないな。もしかして、次の層の主街区…?」
「あー、ごめんねロクサス。彼のことは気にしないで」
若干のデジャヴを感じながらロクサスは苦笑いを浮かべたその時だった。
大地を揺るがす大きな揺れとともに、遠くから悲鳴が聞こえてきたのは。
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