無口な瑞鶴さん (榊 樹)
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第1話:瑞鶴(欠陥)誕生

気分転換に書いてたら溜まったので投稿。
ゴッド★ロックシューターの方はもう少し待って下さい。


ここは?

 

 

気付けば、一面真っ黒な空間に居た。本当に何もなく、どうしようかと悩んでいると記憶が少し蘇って来る。

 

 

あぁ、そうか、死んだのか。ってそれしか思い出せんのかい。

 

そんな下らない事を考えていると何やら声が聞こえてきた。いや、聞こえたと言うよりも脳にちょくせつ響くような、そんな不思議な声だった。

 

 

ハツノオオガタケンゾウ!

 

ウデガナルゼ

 

タイチョウ!シザイガゼンゼンタリマセン!

 

ナニ!?

 

ゴアンシンヲ。ソレデモツクッテミセルノガワタシタチヨウセイサンデスカラ

 

ハンギャクジダイニクラベレバ、コノテイドピンチノウチニモハイリマセン

 

 

え?なに?なんかボソボソ聞こえるんですけど?あと、トンカチとかで金属を叩くような音も聞こえてきたんですけど?

 

 

 

オイ、イマダレカ「ア」ッテイワナカッタカ?

 

タイチョウ!ゼンゼンタリマセンデシタ!

 

ダカライッタロ!

 

イマサラチュウシナンテデキナイゾ!?

 

テカ、コレフツウドコロカ、レッカバンズイカクジャネ?

 

ハツノオオガタケンゾウデコノテイタラク!

 

ヨウセイサンノナオレヨ

 

シカタナイ。セメテムネダケデモオオガタニシヨウ!

 

オマエテンサイカ!?

 

 

え、なんかめっちゃわちゃわちゃしてる気配がするんですけど?ホントにどんな状況?

 

 

フゥ、コレデアトハギソウダナ

 

ビミョウニアマッタカラ、カミデモノバスカ

 

・・・ナァ、カナリヤバイコトニキヅイタ

 

ドシタ?

 

ムネガズイカクトシテハキカクガイニナッタカラ、ドノギソウモアワナクネ?

 

・・・・・・・・・ヤッベ

 

チョ、ドウスンノ!?

 

・・・サラシヲキツクマイテミカケダケデモチイサクスレバアルイハ

 

ソレダ!ホカニホウホウモジカンモナイカライソグゾ!

 

ブーラジャー!

 

 

うおっ!?なんかいきなり凄い圧迫感が襲って来たんですが?そして、今更気付いたんですけど、身体が動かないのは何故?

 

 

コレデドウダ?

 

オ?ギソウハイケタゾ

 

ギソウハ?

 

ウン。ギソウハ

 

・・・ツマリ?

 

テキゴウスルヨウセイサンガイナイッス

 

バカジャネェノ?

 

ア、モウジカンガナイヨ

 

!?シカタナイ、シアゲニトリカカルゾ!

 

レッツパーリー!

 

 

ッ!?こ、今度はなんぞ?なんか布みたいなのが身体を巻き出したぞ?

 

 

身体に巻き付く感覚が収まると、急に大量の記憶が頭の中に流れ込んできた。容赦無く次から次へと一気に流れ込んで来るそれらだったが、頭が痛くなるような事は無く、きちんと把握することができた。

 

 

この記憶は、翔鶴型航空母艦二番艦「瑞鶴」の記憶か。あまりにもリアル過ぎて実際に体験したみたいだな。いやまぁ、艦だからどのみち見てるだけなんだけど。それと・・・成る程、どうやら私は艦娘の瑞鶴として転生するのか。

 

 

入ってきた記憶は、艦である瑞鶴としての記憶と艦娘について、あとは一般常識だけでいいのかな?そして、ここは建造前の艦がいる場所、工廠の中ってこと?そんで、今さっき建造が完了したのか。

 

ん?体がある?というか、今まで無かったってことか。全く気が付かなかった。動かなかった原因はこれか。

 

この身体は・・・ズイ (((ง˘ω˘)ว))ズイなるほど。この身体も瑞鶴と言うのか。服装は翔鶴型とやらと同じだな。けど髪は、色は瑞鶴と似てるけど記憶の中の瑞鶴よりも長い。腰よりも少し長いくらいかな?

 

ん?明るい?

 

 

体を確認していると、正面から光が漏れてきた。光は徐々に大きくなり、私を包み込んだ。光が止むと、そこは工場のような建物の中で軍服?を着た人達が居た。

 

 

ふむ、予想の斜め上を来たな。

 

建造が初めてって訳ではないだろうから、何か特別な建造の仕方でも発見したのかな?場所は工廠の中だろう。

 

ん?特別な建造?

 

 

少し疑問に思ってチラッと後ろの方を見るてみる。そこには、記憶にあった建造施設より数倍デカい機械が佇んでいた。

 

 

あー、もしかして、大型建造ってやつか?だとしたら、状況的にも考えて、ここは大本営の敷地内の可能性が高いな。更に、集結してる人の数の事も考えると稼働試験的な意味合いでの建造の可能性もあるかな。これ、中身が違うってバレると絶対に面倒臭い事になるね。断言出来る。

 

 

 

「あの、貴方は?」

 

 

 

一番近くに居たthe委員長みたいな人がそう問い掛けてくる。何やら疑いつつ、値踏みするような視線。明らかに何かがおかしいと思われている。

 

 

この場合は、自分の艦種と名前を言えばいいんだよね?やっべぇ、なんか緊張してきた。主に上手く嘘を隠し通せるかという方面で。

 

緊張して動けないでいると、黙っている私に辺りがざわざわしだした。早く何か言わないと余計な誤解が広がるだけだと考え、取り敢えず、まずは自己紹介をしてみる事にした。

 

 

心を落ち着かせ敬礼をして

 

 

「・・・」

 

 

・・・あ、あれ?声が出ない。というか、口が動かせない。

 

 

「・・・」

 

 

あー、これはダメなやつですね。動く気配が全くしない。喉だけ鳴らそうとしたけど、震える様子も無し。あ、あちらさん方も本格的に困惑してきてるな。ふむ、ホンマにどないしよ。

 

何がアカンって、傍から見たら私が完全におかしな娘に見えるってことだな。自己紹介する所を何も喋らずに敬礼してるだけだよ?あちらさんも私が喋るだろうと思ったのか緊張して若干空気が張り詰めちゃってるよ。なのに私が一向に喋らないから、あちらさんも喋ろうか喋るまいか微妙な空気になっちゃったよ。沈黙が痛ぇよぉ。

 

結構冷静そうに見えるかもしれんが、悶え死にそうな所を必死に抑えてる状態だからな。うぉぉ、誰でもいいからこの空気を何とかして〜。

 

そんな私の願いが叶ったのだろうか。先ほど私に問いかけた女性がおずおずとしながら、確認するように私に問い掛けてきた。

 

「あ、あの貴方は、ず、ずい・・・かく?で宜しいのでしょうか?」

 

 

ズイ₍₍(ง˘ω˘)ว⁾⁾ズイ

そう、私が瑞鶴・・・・・・なんで名前知ってんの?あ、同型艦ってのがいるからなのかな?って考えてる場合じゃないわ。せっかく繋いでくれたパス。これを生かさない手はねぇ。と言っても喋れないので私は首を縦に振り、肯定の意思を示す。

 

 

「あの、何故、何も仰らないのですか?」

 

何故と言われましても、こちらが聞きたいくらいなんですが。うーん、取り敢えず首を横に振ってみるか?

 

「・・・」

 

 

何か難しい顔をして考え始めてた。

 

 

「もしかして、喋れないんですか?」

 

 

・・・よくそこまで正確に伝わったなと、私自身が疑問に思ってしまった。いや、状況的に考えて、妥当な回答か。

 

 

彼女の推理力に半ば驚嘆しつつも、きちんと首は縦に振って、肯定の意思を示しておく。すると、更に難しい顔をして初老の提督の所に行き、何かを話し始めた。

 

あの人は、恐らく元帥クラスの人だろうね。勘だけど。オーラっつうの?あるもんなんだな、実際。少しして、委員長がピンクの髪の娘を呼んで近付いてきた。

 

 

「検査をしますので、こちらの明石に付いて行ってもらえますか?」

 

「どうも!工作艦の明石です!」

 

 

そう元気よく挨拶して来たのはエロい目的としか思えないようなスカートを履いたセーラー服姿のピンク髪の美少女だった。心無しか目も輝いて見えるのは目の錯覚か何かだろうか。

 

 

頭を下げて一礼をし、すぐに移動する。

 

検査室?に行くには取り敢えずここから移動しなければならないので、皆の間を通るのだが視線が痛い。バレないように視線を動かして見てみたが、殆どの人にガン見されてた。中には失望のような眼差しの人も居る。

 

大型建造だとすると、大量の資材を使ったのだろう。それが既存の、その上、欠陥付きなら当たり前か。ただ、視線が何やら胸辺りに集中している気がするのは気のせいか?気の所為だな、うん。身長的なアレでそう見えるだけだ。

 

でも、こちらからすれば、勝手に作って、生まれたばかりでその反応は理不尽過ぎるが、特にこれといった怒りなどの感情は湧いてこなかった。その事に違和感を覚えたが、気にせず視線を前に戻し、明石さんに付いて行った。彼女が今にもスキップしそうな雰囲気を出してたが、何がそんなに楽しいのだろうか?

 

 

 

 

「この中で検査をします」

 

少し歩いた所に、工廠みたいな所に着いた。中から、機械音がそれなりに聞こえてくるが、喧しい程でもなかった。明石さんの声が少し高く息が荒く、獲物を見つけたような目付きをしている気がするがきっと気の所為だろう。

 

 

中は広い空間が広がっていた。機械やらなんやらがあって、それがかなりのスペースを取っていたが、それでもまだ余裕がある程だった。開けた瞬間にかなりの音が響いて、気圧されたが、すぐ我に帰り、明石さんに付いて行く。入って中に取り付けてある扉に入ると、病院の設備のようなものが沢山あった。

 

これでも一部らしく、奥には仕切りがある。恐らく、あの向こうに他のがあるんだと思う。

 

 

服を脱いで診察服のようなものを着て診察台に座り、明石さんが私の診察服を脱がして注射器を取り出した。なんの為に着替えたんだろうか・・・。

 

 

「少しチクッとしますよー」

 

 

んっ・・・慣れない痛み。

 

 

「それでは暫くの間、おやすみなさぁ〜い♡」

 

 

え、ちょ、は?

 

 

抵抗する間もなく、私の意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

特に何の脈絡も無く目を覚ます。辺りを見回すと明石さんが目の下に濃い隈を付けながらにやけ面でヨダレ垂らしながらパソコンを弄ってた。

 

何故かその姿を見ただけで途轍も無く関わりたく無くなって来る。終始にやけ面で『グヘヘ』とか言いながらパソコンを弄るその姿は何かの中毒者と見間違う程だ。先程の天真爛漫な明石さんはどこへ?

 

 

「あ、お久しぶりのおはようございます!もう終わったのでゆっくりしていて下さい」

 

 

こちらに気付いた明石さんは同時に正気に戻ったようで、笑顔でそんな事を宣いだした。そして、コピー機から出てきた紙を持って結果を報告しだした。

 

 

「身体的な欠損などはありませんでしたね。能力値に関してですが、他の瑞鶴と比べて速度が少し出るようですね。と言っても、突出して速い訳ではありませんが。逆に、装甲がかなり落ちていました。軽巡の平均的な装甲よりも余裕で下です。軽巡といい勝負してます。声が出ない原因は今の所はまだ分かりませんでした。以上が結果報告となります。あ、見ます?」

 

 

 

マジで?なら、精神が『私』なのが原因とか?まぁ、いっか。今考えても何も変わらないだろうし。

 

あ、どうも。

 

 

 

読み上げる際の明石さんの顔に関しては何もツッコまないようにしよう。あれは内から抑えきれない欲望が溢れ出ている時の表情だ。完全に手遅れです。救いはありません。今後は、エロピンクとでも呼ぼうか。

 

 

「それでは、私は報告に行きますので暫くここで待っていて下さいね」

 

 

切り替え早いな。すぐにキリッとしだした。 隈は健在だけど、流石は大本営所属と言った所か。それでも私の中での評価は既に底辺となっていますが。

 

エロピンクはデータを印刷した紙の束を持って出ていった。そんなこんなで、1人取り残されてしまった。・・・暇になった。取り敢えず、いろいろと整理しようか。

 

1、多分、私は転生?憑依?のような形でこの瑞鶴の体を持ってこの世界に生まれ落ちた。

2、恐らく大型建造で建造された。

3、何かが原因で私は喋る事と表情を表に出すことができない。(表情に関しては、見てないので分からないが感覚的に動いてない事が分かる)

4、その結果、検査を受ける事となった。

5、検査結果に異常は無し。強いて言うなら装甲が空母としては紙装甲と呼ばれても仕方ないくらい。

6、その結果を明石が報告しに行き、私はお留守番。

 

 

知識面は前世の自分に関することは死んだこと以外思い出せない。しかし、それ以外ならある程度なら覚えてる。与えられた知識は艦娘や深海棲艦に関する事。

 

 

 

こんな所かな?問題は結果を聞いた大本営がどういった対応を取るかだな。瑞鶴がこの世界で珍しいならまだ希望はあるけど、さっき見た反応からするに、その可能性は薄い。となると、解体か、それとも実験材料っていう可能性も捨てきれないな。はっきり言って、建造は失敗のようなものだし、その原因が私を調べることによって分かるかもしれない。・・・最悪の場合、逃げようかな。

 

 

いや、それは今は止めよう。あまりにも愚策過ぎる。初期装備で大本営の警備を突破できるとは思えないし、仮にできたとしても、生きにくいだろうし、すぐに捕まるだろう。はぁ、考えれば考える程、今の状況の悪さが身に染みる。

 

 

気分転換にさっき貰ったデータを見てみようか。

 

 

どれどれ・・・・・・ふむ。

 

 

そうやって心の中では嘆いているが、身体は背を起こした椅子に微動だにせず、いい姿勢で座っている。意識をしたらある程度動くだろうけど、無意識とかでは動かないなこの体。ふむ、誰か来るまでこの体を少し調べてみるか。

 

 

 

 

大本営の会議室では、十数人の白い軍服を着た男性達が議論をしていた。内容はもちろん、大型建造という新しい建造方法での試験運転で建造された、あの見るからに異常で異様な『瑞鶴』だ。

 

 

「資材が足りなかったのが原因か?」

 

「明石からの報告書を見る限り、そうとしか言えんな」

「やはり、あれはすぐさま解体するべきではないか?身体を十分解剖したのだ。これ以上、危ない綱を渡る必要もあるまい」

 

「嫌、それは流石に早計が過ぎると思うぞ」

 

「では、一体誰があの瑞鶴を引き取るんだ?少しの間なら営倉にでも入れていればいいだろうが、長期間は無理だ」

 

「かと言って、貴重なサンプルである事も事実であるし、何より建造に使用された資材と解体した時に得られる資材では割に合わなさ過ぎるぞ」

 

「確かにそうだが、仮に裏切られた時のことを考えれば、先に始末しておいた方がいいと思うが?あの姿は、あれにあまりにも酷似していると思う。また、あの時の惨劇が繰り返されるかもしれん」

 

「いっそのこと、モルモットにするか?」

 

「嫌、それはダメだ。この数日間だけでも誤魔化すのがやっとだったのだ。万が一にでも他の艦娘にバレた場合、または、そのストレスから完全に覚醒した場合、目も当てられない事態になりかねない。それなら、取り敢えず何処かに配属させて経過を見守る方がまだいい」

 

「となると、万が一の事も考えて戦力がしっかりとしている所のように、裏切られても被害を最小に抑えられる所に配属させるべきか?」

 

「ふむ、その案は悪くないだろう。私は賛成だ」

 

「他に異論の有る者は居るか?」

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

「ふむ、では配属先は高練度の居る所で決まりじゃな。次の会議までに、どこかいい所を各自探しておくように。解散!」

 

 

その初老の提督、元帥の言葉と共に各自が席を立って部屋を出ていった。そんな中、一人だけ他よりも若く、端正な顔立ちをした二十歳半ば程の男の口端がつり上がったが、誰も気付く事は無かった。




明石の検査?を変更致しました。
こっちの方が面白そうだし、勘違いの要素?としては理に適ってるかなと思ったので。


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第2話:営倉での同居人・失った自尊心

暫くするとエロピンクが憲兵さん方を引き連れて戻って来た。

 

 

「移動しますので付いて来て下さい。」

 

 

うぃっす・・・どうでもええんやけど何で私の四方を憲兵さんで囲むん?これって物凄い警戒されてるって事でいいのか?脱走とかしなくてマジで良かった~。敵対意識見せた瞬間、問答無用でモルモットとかだったろうなぁ。

 

少し前の私、マジgj

 

 

 

 

はい、そんなこんなで着きました。営倉です。

 

・・・・・・。

 

 

「処遇が決まるまではここで過ごして下さい。決まり次第、またこちらに来ますので、それでは」

 

 

俺の心情なんかまるで気付かずに淡々と語るエロピンク。彼女はそう言うと、私を牢に入れて鍵を閉め、憲兵さんと一緒に出て行った。

 

 

 

・・・・・・もう少し他の場所は無かったのだろうか?

営倉って・・・営倉ってお前・・・。まぁ、屋外よりはましと思えばいいか。幸いにも設備は綺麗だしね。このまま突っ立っとる訳にもいかないし、壁際にでも腰掛けるか。

 

よっこらせっと。壁冷てぇ。

 

 

 

あー暇だー。あれから少し経ったけど予想以上に暇だ。何か暇潰せることとかないかなぁ〜。部屋の中を見回してみたが、一組の布団とトイレ(洋式)、鏡に洗面台しか無かった。 まぁ、営倉だしな。物がある方がおかしいか。

 

それでも、する事も無いのでもう少し見回してみると、真横に顔を向けた時、つまり、私が座っている隣に何か居た。

 

 

「<●><●>」

 

 

・・・・・・・・・ハッ、あまりの驚きに意識が飛んでた。誰も居らんと思ってたからね。そりゃ驚くよ。その上、瞬きせずに底の見えないような虚ろな目でこちらをガン見してるんだよ?叫ばなかった事を褒めて欲しいくらいだ。あ、私そもそも叫べないじゃん。

ズイ (ง˘ω˘)วズイ

 

 

「<●><●>」

 

 

・・・どうしようぅ。めっさ見てはるんですけど。こっちも目線合わせたまま気を失ってたからいつ外せばいいかタイミングが掴めない。もしかして、馴れ馴れしく隣に座ったから怒っちゃったのかな?

 

いや、ちゃうねん。わざとやないねん。気付かなかっただけなんよ。この何も無い空間で気付かない方がおかしいとか言われたら何も言い返せないけどね。

 

 

 

「<●><●>」

 

 

うぅ〜、何か言ってぇ。流石にその目で見続けられるのは堪えるよ〜。

 

 

 

「<●><●>」

 

 

 

うん、進展無さそうだし、こっちから視線を外そう。もしかしたら、あちらさんもタイミングを逃して困ってるかもしれんしな。うん、きっとそうだ。

 

 

「<●><●>」

 

 

 

・・・横から凄まじい程、視線を感じる。 何なんだよぉ、もぉ。何考えてんのかさっぱり分かんないよぉ。というか、なんで私は気付かなかったんだ。普通こんな空間に人が居たら気付くだろ。どんだけ間抜けなんだよ。それとも、精神的に割と参ってたのかな?そのせいで視野狭窄に陥ってたりとか。う〜ん、分からん。

 

「<●><●>」

 

 

誰かー!誰でもいいからこの娘を何とかしてぇー!!

 

 

 

 

あれから、瞬き一つせずにずーーーーーっと見られ続けて、流石に堪えてきたので動かずに出来る瞑想で気を紛らわして、新たな扉を開きそうな気がしてきた頃、食事が運ばれて来た。どうでもいいが、瞑想で気を紛らわすってのもおかしな話だな。

 

こちらを見てた娘も見るのを止め、食事を一緒に受け取り、私の隣に腰を下ろした。

 

 

「<●><●>」

 

 

そして案の定、こちらをまた見てきた。

 

なんでや!?なんで態々隣に座るの!?いや、私が言えた事じゃないんだけどさぁ!別の所に座るのも嫌な感じがして元の位置に座った私も悪いとは思うよ!百歩譲って隣に座るのは分かるよ。貴女も元の位置に戻っただけなんでしょうね。

 

だからって、食事の時くらいこちらを見る必要無いでしょ!?なに!?なんなの!?私の顔に何か付いてるの!?それとも何か?単なる嫌がらせか?それなら喜べや。その嫌がらせは大変よく効いております。だからもう止めて下さいお願いします。

 

 

長ったらしく心の中で鬱憤を晴らしてスッキリしたので合掌をして食べ始める。隣に居る娘はこの際、無視しよう。そうしなければ、私の心が持ちそうにも無い。いや、マジで。

 

そうして、料理を口に運ぼうとした時、横から金属が壊れる?音が聞こえた。

 

何事かと思いスプーンを降ろして横を見ると、さっきから私を見ていた娘・・・これ面倒だな。目が虚ろだから虚ちゃんでいいか。虚ちゃんが持つ部分より先が無くなっているスプーンを持っていた。

 

 

状況から察するに、持ったら折れたって事?・・・えぇ、どんな馬鹿力なのぉ。

 

呆然としていると虚ちゃんは持っていた持ち手を置いて、右手を伸ばして素手で食べようとしていた。私は咄嗟にその手を掴み、阻止する。掴まれて困惑したのだろうか、虚ちゃんは動きを止めてこちらを見ていた。

 

 

いやいやいや、流石にそれはアカンで。汚いとかそういうんじゃなくて、絵面がアカン。牢屋で目に生気が宿ってない少女が壊れた食器を横に置いて素手で食べようとしてるんだよ?

 

なんか、もう見てるこっちが辛いよ。仕方無いから私の使って。

 

掴んでいた手を離して、自分のスプーンを差し出した。すると虚ちゃんがそれを数秒見詰めた後、手を伸ばしスプーンを手に取った。こちらが手を離すと虚ちゃんの親指と人差し指に挟まれているスプーンの持ち手が一気に凹み、スプーンが二つに分かれた。

 

 

oh・・・そう来たか。力の制御ができてない感じだな。うーん、一応、壊れたスプーンは短くなっただけでまだ使えん事も無いんだけど、これを渡しても更に短くなるだけだろうしな。

 

と言うか、食べるのを止めるっていう選択肢は無いのかな?さっき気付いたんだけど、この料理、尋常じゃないくらい悪臭がするんたよなぁ。鼻が曲がるような臭い?っていうのかな。その表現がピッタリ合うような臭いだった。

 

 

はぁ、でもさっきの反応を見るにその選択肢は無さそうだな。仕方無い、食べさせるか。

 

 

落ちたスプーンを取り上げて立ち上がり、洗面台へと歩いてそれを洗う。この隙に虚ちゃんが食べ始めないかと危惧したが、チラッと様子を見るにその心配は無さそう。スプーンを振って軽く水をきって、掛けてあったタオルで拭く。

 

 

元の場所に戻り、大人しく待っていた虚ちゃんを軽く撫でて料理を掬って虚ちゃんの口に運ぶ。スプーンに乗っている料理と私の顔を交互に見た虚ちゃんは少し逡巡した後に口を開いて料理を食べ始めた。

 

 

良かった。流石にスプーンを噛み千切るなんてことは無かったか。

 

その後も食べる速さを見て、スプーンを運ぶ速さを調整しながら食べさせ続けてついに完食した。

 

 

さて、次は私の番か。

 

 

 

 

はぁ、はぁ、や、やっと、食べ、終わっ、た。ゴクゴクゴクぷっはぁー。あー水が上手い!

 

拷問のような食事を終わらせ、水のありがたみを感じてると隣の娘も水を飲み終わって食事が終了した。

地獄のような食事時間だった。何故かって?・・・不味すぎるんだよ。いや、不味いでは表現が生温いか?まぁいいや。それでな、どんな感じだったかと言うと、見た目は普通に美味しそうなんだよ。でも、やっぱり臭い。ゴミ処理場とか比じゃないくらいには臭い。食べてる時も飲み込んでからも当分続くとかイカレてるよ。

 

次に味。

これは・・・あれだな。表現のしようがない。新しい味覚が開拓されるような味やな。悪い方向で。意識が飛ばなかった私を褒めてやりたい。

 

そして、食感。

グチャグチャしてたり、ぶにぶにしてたり、めっちゃ硬かったり、様々。それが一品ごとじゃなくて、一つの品にその要素が詰め込まれてる。これ、一種の才能だろ。下手したらどこぞの一流シェフが作る料理を真似るよりも難しいんじゃないかな?この味で、あの見た目は天災の領域に踏み込んでるんじゃないかと思うよ。ただでさえ不味いのに、見た目とのギャップが凄過ぎて、余計不味く感じるしな。

 

んで、最後に水。

これは、うん。普通だった。普通の水道水の水だった。ギャップもクソもなかった。強いて言うならコップ1杯ってのが不満な所。でも、他が不味過ぎたせいで、何倍も美味しく感じる。砂漠の中でオアシスを見つけた時のような気分を味わった。できればそんな気分、知りたくなかったがな。

 

料理に関してはこんな所だな。うん、料理への不満は以上で終わり。更に問題なのが隣の娘だよ。この娘が更なる地獄へと私を導くんだ。

 

 

虚ちゃんが咀嚼中に自分のを食べてたんだけど、当の虚ちゃんが食べながらずっーーーーと1度も目を逸らさずに底の見えない虚ろな瞳をこちらに向けてくるんだよ。

だから、吐くとかの痴態を晒すこともせずに、完食しなければならなくなった。

 

まぁ、食べさせた手前、そんな事をする気はなかったけどね。でも、不味過ぎて強引に意識を引っ張り戻される事があった。つまり、意識を失いかけたってこと。・・・気を失わなかったの十中八九、不味過ぎるのが原因だ。・・・・・・はぁ、身体、持つかなぁ。

 

 

 

 

その後は、虚ちゃんに見られながら瞑想をして、2度目の食事を何とか食べ終わり、また瞑想をしていると暫くして電気が消えたので、恐らく就寝時間となったのだろう。

 

しかし、ここで問題が発生した。布団が一組しか無い。多分、この部屋自体が1人用なんだろうな。そこに私を突っ込んだのは纏めた方が楽だと思ったからとかか?だとしても、布団をもう一枚くらい追加してくれてもいいと思うんだがね・・・・・・ん?

 

 

グダグダと文句を垂れてると虚ちゃんが立ち上がり、布団を敷いて、中に入った。

 

 

・・・まぁ、いいですけどね。私の方が新参ですし。

と言うか、あの寝具、見た感じかなり悪そうなんだけど、寝難くないのかな?敷布団はペラッペラだし、毛布は毛が抜けてタオルケットより薄いんじゃないかってくらい透け透けになってるし、枕に至っては平安時代とかで殿様が使うような硬いヤツみたいだし。

 

うーん、無いよりはマシか?まぁ、私は壁に背を預けて寝ますか。横になるのもいいんだが、床はかなり硬いから肩凝りそうなんだよね。んじゃ、おやすみ。

 

 

 

 

ん?

 

膝に何か違和感を感じて、目が覚めた。一瞬で覚醒して膝に重みがある事に気付いて、そちらに目を向けてみると、布団に入って寝てた筈の虚ちゃんが私の膝を枕にして寝てた。所謂、膝枕と言うやつだ。余談だが、私は女座りをしている。これ超楽。

 

 

夢か?と思ったが、完全に覚醒した思考がそれを否定する。布団があった方に目を向けてみれば、綺麗に畳まれている布団が目に入ってきた。

 

・・・あぁ、やっぱり寝難かったのかな?まぁ、ここは牢屋みたいな所だからな。見た目通り、寝具がクソったれでもおかしくはないか。だからと言って、私の膝が気持ちいいとは思えんが、この娘がいいならそれでいいか。でもあの寝具たちよりは寝心地が少しくらいはいい自身があるぞ。しっかり堪能したまえ。

 

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

 

それにしても、あれだな。起きてる時は、怖い印象を受けたが、こうして見ると歳相応の寝顔だな。艦娘の場合は歳と言うよりも容姿か?無表情な所は変わってないけど。

 

風邪を引かないように気休め程度だが、私の上着を掛けておくか。私自身が上は晒しだけになるが、まぁ、この娘が風邪を引かないならそれに越した事はないか。

 

 

「・・・クイ・・・・二・・・・・イ」

 

 

ん?何か寝言を言ってる?

 

 

「ニクイ・・・ニクイ・・・ニクイ・・・」

 

 

 

・・・・・・闇深すぎだろ。本当に何があったんだ?そして、どんな夢を見てるんだ?えーと、確か落ち着かせるには頭を撫でるのが効果的なんだっけ?

 

 

なでなで

 

 

「ニク・・・イ・・・・・・すぅ・・・すぅ・・・」

 

 

お?合ってたようだ。気持ち良さそうに寝息立て始めた。・・・ふふっ、本当に可愛らしいな。起きてる時もこんな感じだったら良いのになぁ。・・・・・・ふむ、膝を貸してるんだ。少しくらい弄っても問題は無いだろう。

 

 

寝ている虚ちゃんの髪は私よりも短いがそれでも綺麗な黒髪だった。ストレートのままでも十分可愛かったが、せっかく綺麗なんだし、弄るべきだと思うんよ。早速結ぼうと思ったけど、周囲にも手持ちにも結ぶものが無い事に気付き、凹んだ。しかし、私の髪を見て思いついた。

 

 

あ、私のは2つあるから片方要らないじゃん、ってね。

思い立ったが吉日。早速、片方を解いて、その紐で結んであげる。いろいろ試した結果、三つ編みにして肩から前に出す結び方に収まった。私は、ハチマキ風にしてみた・・・かった。紐の長さが足りなかった。

無念。

 

故に、私も三つ編みにした。お揃いである。ちょっと嬉しい。しかし、本当にこの娘の髪は撫で心地が良いな。

 

 

ふう、さて、満足したし寝直すか。

 

 

完全に覚醒していた状態でも、寝ようとすればすぐに睡魔が襲ってきた。この身体、どんだけ寝付きがいいんだよ、と思いながら手を止め、膝の娘の頭に乗せたまま、意識が暗闇へと沈んでいった。

 

 

その後、何度も寝言に起こされて、殆ど寝れなかった。夜泣きに苦労する主婦の方々の気持ちが少し分かった気がする。

 

 

 

 

目蓋越しに光が差しているのを感じ、目を開け、ボーっとする暇もなく意識が覚醒した。光源が電気だと確認して、恐らく起床時間となったのだろうと推測する。

 

 

昨日、起こった転生?憑依?という現実離れした経験をした事を思い出し、そこから順々に昨日の出来事を思い出していき、夜中に膝枕をしたのを思い出した。

 

 

あの時は違和感を感じて目を覚ました程の重みなのだが、現状それが全く無い。不思議に思い膝を見てみるときちんと頭を膝に乗せて、すぅすぅと寝息を立てながら寝ていた。

 

 

しかし、何も感じない。感じないと言うよりも、脚の感覚が全くない。・・・あぁ、脚に血が通ってないのか。

 

理解すると同時に、尿意が私を襲ってきた。

 

 

朝に出るのは健康で大変よろしいとは思うが、今はやめて欲しかった。いや、マジで。できれば、脚の感覚が戻って麻痺が治まってからにして欲しかった。漏らせって言ってるようなものじゃん。まぁ、そんなお下品な事は致しませんがね。

 

 

さて、考え事をしている間にも時間は刻一刻と過ぎていっている訳で。つまり、今この瞬間にもかなり不味い事になっているんですよ。

 

 

と、取り敢えず、虚ちゃんを起こさないように退けるか。もし起きたら、無いとは思うが万が一、排泄中でもガン見してくる恐れがある。・・・無いと願いたい。切実に。

 

 

掛けていた服を取って丸めて、そっと頭を持ち上げ、感覚がギリギリある腰付近の太股の筋肉だけで未だに感覚が戻らない脚を動かし、持ち上げていた頭の下に丸めた服を差し込み、床にそっと降ろす。

 

少しの間、観察したが起きた様子は無し。その事実にホッと一息付くと、便意が更に襲ってきた。それに耐えながらも、壁を使ってなんとか立ち上がり、寝ている虚ちゃんを起こさないように意識を全身に張り巡らせて慎重に壁伝いに歩く。

 

幸い、脚は感覚が無いだけでまだ、痺れて無かったので、脚の動きを見ながら歩く事が出来た。この娘が壁際で寝てくれてて良かった。ギリギリ跨がずに迂回して行けたからな。

そのまま、便意と戦いながらなんとかトイレまで到着したが、ここで脚が痺れだしてきた。痺れた箇所が太股の真ん中辺りから下全てなので、スカートを降ろそうにも、掠るだけで脚全体が痺れて、素早く降ろすことができずに、また慎重に降ろさなくてはいけなくなった。

 

ゆっくりと、スカートを降ろしたが、やはり掠らずに降ろすのは無理があり、何度か痺れによる痛みに襲われるハメになった。スカートを降ろしてから、一仕事終えた気分の私は更に難関なのが、より密着している下着である事に気付き、軽く絶望した。

 

 

それでも、麻痺が治るまで待つことも出来そうにないので、観念して下着に手を掛けようと腰辺りを見てみると、紐パンだった。

 

 

紐パンだった。

 

 

 

・・・・・・なんてもの履いてるんだ私は。緊急事態なのにマジで数秒頭が真っ白になったよ。再起動してからはその事実に頭が追いついて、ただ今絶賛赤面中だよ。ってかこの体、赤面とかはするんだな。表情筋は全く動かんくせに。

 

そんな事よりも、何で紐パン?上が晒だよ?晒に紐パンって、マニアック過ぎるだろ!?責めてそこは褌だろ!?・・・・・・いや、褌は無いわ。幾ら何でも今の時代に褌は無いわ。どうかしてたわ、私。しかし、あれか?晒の和と紐パンの西洋で和洋折衷ってか?喧しいわ!うっ!?ぼ、ボケてる場合じゃなかった。急がなくては。

 

それにしても、今回ばかりは紐パンで助かったかも知れんな。なんせ、腰の紐を解けばいいだけなんだからな。これが、不幸中の幸いってやつだろうか?

 

 

・・・・・・よしっ、解くぞ。

 

 

シュルシュル

 

室内に響く衣擦れの音。

 

・・・・・・これ、超恥ずかしいな。

 

 

 

ま、まぁいい。

これでやっとできる。

 

 

よっこいしょ。

ヴッ!?痺れてる所が便座に当たった。

 

 

しかし、もう安心。

これで、・・・ん?

 

チラッ

 

 

「<●><●>」

 

 

 

えっ!?何時から見てたの!?って、あ、ちょ、ちょっと待っ、あっ、いやっ///

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

営倉で日の出と同時に、チョロチョロと水の音がただただ虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モウオヨメニイケナイ

 



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第3話:営倉での日々

用を足し終えた後、意識が朦朧としながらもトイレットペーパーで拭いて流してパンツとスカートを履いて元の位置、こちらをガン見してくる虚ちゃんの横に座り直した。

 

 

フッ、フフフ、ミラレタ。ゼンブミラレタ。キカレタ。フフフフフ、モウオヨメニイケナイ。フフフフフフフフフフフフフフフフフフフ。

 

 

それからも、意識が覚醒はせず、食事がくるまでずっと何かを心の中で呟いていたが、運ばれてきた朝食を一口食べると一瞬で正気を取り戻した。正気では無い物で正気を取り戻すのはなんとも皮肉な話だとは思ったが、まぁ、立ち直れたから結果オーライ。

 

 

因みに、服は返して貰っていません。未だに虚ちゃんが肩から羽織っています。あ、違った。羽織ってなかった。ちゃっかり、普通に袖に腕を通してるわ。そんでご丁寧に紐まで結んでる始末。完全に着ちゃってますね。

 

うん、ここから返してとは流石に言い辛い。いや、喋れんけどね?はぁ、飽きるまで貸しておくか。

 

 

それまで、私が上が晒だけの半裸状態になるが、これはきっとコラテラル・ダメージと言うやつなのだろう。そうだ、これは仕方無いのだ。だから、半裸の状態で私が何も感じないのも仕方無いのだ。決して、私に裸族の素質があるとかそんな事では無いのだ、うむ。

 

 

さて、今日もやる事が無いからその、なんだ。虚ちゃんによる死線(死んだ目線)攻撃に耐えながら瞑想でもしよう。

 

 

 

 

それからの日々は、

 

起床→トイレ→見られる→意識が朦朧とする→朝食→正気に戻る→瞑想→昼食→瞑想→夜食→瞑想→虚ちゃんを膝枕→就寝→夜中に虚ちゃんの寝言で起床→撫でて落ち着かせる→寝顔に癒される→再び寝る→それを数回繰り返す→起床

 

のルーチンワークを数日行った。

 

二日目の昼頃から視姦されるのに慣れてしまった。就寝時間になると虚ちゃんは当たり前のように私の膝に頭を乗せるようになった。大変良い撫で心地であります。

 

 

四日目には気付けば、味覚と嗅覚が死んだ。流石に艦娘という人外でさえも耐え切れなかったのだろう。でも、悪い事ばかりじゃない。お陰で食事が苦に感じなくなったし、それに味覚と嗅覚ぐらいドックに入れば修復できるだろ。あれ?いい事づくめじゃね?

 

しかし、痛覚はまだ残っている。そこで私は、味覚と嗅覚を克服?したんだから痛覚もできるだろ、と思い、痛覚の遮断を試みた。

 

結果から言うと出来てしまった。ただ、全身の痛みが感じなくなる所か、触覚までもが感じなくなった。これはなんかヤバイと思い、すぐに止めた。痛覚も触覚も無事に戻ってくれた。マジで焦った。

 

そして、私は痛覚遮断にハマってしまった。・・・いや、その、確かに危ないのは分かってるんだが、それでも何と言うか、新しい扉を開いてしまったと言うか、未知への好奇心って言うの?それが刺激されて、止めるに止められなくてね。そんな訳で暇潰しに痛覚遮断の練度上げが追加された。

 

後、ほんの少しずつだけど、虚ちゃんの夜泣き並の魘される回数が減った気がする。私が魘されているのに気付いてないだけかもしれんがな。

 

 

そう言えば、3日目の夜におかしな夢を見た。何時もなら夢を見る前に虚ちゃんに起こされるから見る事なんてできないんだけど、この日は眠りが深かったのか、そんな事は無く、目を覚ましたのが朝だった。

 

見たものは艦だった頃の空母瑞鶴の記憶だとは思う。私が甲板の上に居て、景色がコロコロ変わり、最後には沈んでいき、完全に沈む瞬間に目が覚めた。私が自我を持った時に流れ込んできた記憶と一緒の展開だった。艦娘としてはよくあるような話らしいんだけど、沈んで目覚める瞬間に乗組員でも私でもない人影が甲板に居た。

 

何だったんだろう、あれ。

 

この身体の元の人格とかか?だとするとなんか申し訳ない気がするな 。まぁ、考えても答えなんて分かんないだろうから、今は置いとこう。

 

 

 

 

五日目

瞑想をしている時に、ふと思ったんだけど私は虚ちゃんの事について何も知らない。でも、知りたくはあるが私は口が訊けないし、何より幾ら夜を共にしてるからって、今の状態の虚ちゃんに話し掛けられるほどの勇気が私には無い。あ、夜を共にするってそのままの意味ね?

 

なので、自分なりに現状と今までの事からいろいろと推測してみよう。うん、思い付きだったけどなんだか楽しそう。

 

 

でもその前に、虚ちゃんの姿を細部までよく思い出せない。そして、虚ちゃんはこちらをガン見してるからそんなに長く何度も見る事が出来ない。以上からチャンスは一度。そのチャンスでチラッと見て脳に焼き付ける。

 

ふふっ、普通なら無理難題だろう。しかし!艦娘という人外になった今、人間離れした技など私には容易いことよ!

 

 

べ、別にビビってる訳では無いよ?ただ、人を無言で見続けるのはなんか相手に不快感を与えそうじゃん?現在進行形でそれに晒されている私が言うんだから間違いない。え?虚ちゃんもしてるからお相子?

 

・・・いや、考えてもみろ。虚ちゃん見た目、幼女だぞ?しかも見るからに精神が崩壊してそうな風貌だぞ?そこに追い打ちをかけろっての?鬼か。

 

ん?チラ見もそれなりに不愉快?・・・気にすんな。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・チラッ

 

 

「<●><●>」

 

 

スッ

 

 

よ、よし。

いけた。

完璧に記憶した。

これならいける。

 

 

さて、まずはこんな所に軍服でもないセーラー服?を着ている一般人なんている筈が無いから私と同じ艦娘であることに間違いないだろう。・・・あれ?私、艦娘だよね?何か別の新しい生命体とかって言わないよね?

 

いや、やめよう。どつぼに嵌ってしまいそうだ。 ってか、序盤から話が外れてしまった。

 

 

コホン。

そして、見た目は中学生か小学生高学年くらいだから、駆逐艦だと思う。もしかしたら、軽巡の可能性もなくはないけど、勘で駆逐艦だと思う。まぁ、他の艦娘なんてエロピンクくらいしか見たこと無いけどね。記憶には他の娘のデータなんて無いし。あ、あの委員長みたいな人も艦娘かな?

 

 

髪は黒色?で三つ編みに結んで肩から前に出している。結んだのは私だけどね。他に特徴的な所と言えば、やっぱり目だな。

 

こちらまで引き込まれてしまいそうな程の底の見えないひと・・・み?ん?なんか若干、光戻ってね?う〜ん、覚え間違えしたかな?この短時間のインターバルでまた目を合わせて確認するのは辛いので、この件は一旦保留。

 

 

座り方は体育座りで壁にもたれながらこちらを四六時中ガン見してる。瞬きしなくて目が痛くならんのかな?あ、私もしてないから人の事言えんな。

 

 

後は・・・そう言えば、艤装ってどうなってんの?この娘は見た所、服しか着てないし、機械的なものはこの部屋にも見当たらない。

 

 

ん〜〜〜〜あ、記憶に有った。何々?イメージすれば展開される?掛け声があると出し易い、か。ふむ、幸い、自分の艤装についての情報もあるし、試してみるか。

 

 

 

艤装展開!!

 

 

 

・・・・・・しーーーーーーん。

 

 

何も起きねぇじゃねぇか!!これじゃ、私が痛いやつみたいじゃん!おい巫山戯んなよ!?なんだよこの知識!

もしかしてWi⚪ipedia並に嘘情報とか混じってんのか?マジで洒落になってねぇぞ!?

 

どうやって艤装を出せばいいんだ?唯でさえ性能低くてコミュニケーション能力も最悪なんだぞ?その上、艤装が出せないって・・・艦娘として終わりじゃん!?役に立たないどころか、完全に穀潰しだよ!肉壁すら成れないぞ?

 

ヤバイぞヤバいぞ、これがバレたら冗談抜きで私の人生(艦生?)が終わる。これはできるだけ隠しておかなくてはいかん。少なくとも配属先に行くまでは。

 

 

その後も記憶を漁ってみたり、色々試してみたりしたものの、艤装の問題が解決する事は無かった。そして、出撃以外で艤装展開なんてしないだろうから、バレる事なんて無いだろ、という思考に辿り着き、心に余裕が生まれた。開き直ったとも言う。

 

 

 

 

今は十日目の就寝時間になろうとしている。六日〜十日の間も特に変わり映えのない時間を過ごした。その間に、痛覚遮断のON/OFFが楽に出来るようになった。イメージとしてはドラゴ〇ールの初めて超ヤサイヤ人になる難易度と、超ヤサイヤ人に成れる事が当たり前になった時の難易度。

 

他にする事も無いから一つの事に集中出来てかなり捗った。明日からは部分的なON/OFFを試そうと思う。

 

 

しかし、あれだな。いくら暇潰しを楽しんでも景色が石の壁だけの殺風景のままだと気が滅入ってくるな。何かそんな気持ちを吹き飛ばしてくれるような事が起きないだろうか?

 

例えば、新しい住人が来るとか、ここから出られるようになるとか。ここから出られると言えば、私の処遇は結局の所、どうなったのだろうか?もう一週間を過ぎているぞ?もしかして、忘れられたとかじゃ無いよな?解体されるよりかはマシかもしれんが一生をここで過ごすのは流石に嫌だぞ。

 

まぁ、慌てても艤装も出せない艦娘に何か出来る訳では無いんだけどね。はぁ、本当に何で出ないのだろうか?これも精神が『私』になった弊害とかか?だとしたら、どんだけ鬼畜な二度目の人生(艦生?)だよ。生まれた瞬間、牢屋だぞ?驚く暇も無いよ

 

 

「<●><●>」

 

 

ん?あぁ、虚ちゃんごめんね。

お膝どうぞ

 

 

電気が消えて、完全に消灯時間になっていてもボーッとしていたら、虚ちゃんにスカートの裾をクイクイと引っ張られた。寝やすいように座り直して、ポンポンと膝を叩いて虚ちゃんを招く。

 

すると、すぐに虚ちゃんは頭を私の膝に乗せて横になった。そして、私がその頭を撫でる。一分も経たずに寝息が聞こえてくる。

 

 

私は思ったんだ。怖いのは知らないからだと。そして、大切なのは言葉によるコミュニケーションではなく、日々のちょっとした触れ合いなのだと。なので、あまり意味があるとは思えないけど、日々のちょっとしたスキンシップ?触れ合い?を増やしてみた。

 

具体的には、さっきしたみたいに膝をポンポンと叩いたり、昼間に偶に撫でたりとかそんな感じ。こうする事で、虚ちゃんに私が受け入れてくれてる、的な事が伝わると思う。

 

 

実際、寝る時に私が膝を出さなかったらスカートの裾をクイクイと引っ張るようになった。いい傾向だと思う。因みに、それを虚ちゃんが初めてやったのが一昨日だった。

 

虚ろな目でもかなりの破壊力を持つ上目遣いに突然の不意打ち、更に今までとのギャップで萌死にという感覚を初めて味わった。あれは卑怯だと思う。鼻血を出さず、すぐに正気に戻って対応した事を褒めて欲しい。この体から鼻血が自然に出るかは分からんがな

 

 

この出来事は滅入った心を復活させる程の事では無いのか?と思うかもしれんが、半分正解で半分不正解。これやるの夜の寝る前に一度、それも私が膝を差し出すのが遅れた時だけだからそれ以外は前と大して変わらないんだよ。私が求めたのは長時間影響する変化。

 

 

それでも、それ以来、距離が縮まったと言うか、お互いに心を少し開いたと言うか、とにかく仲良くなったと思う。傍から見たらいつもと変わらず、能面で会話が一つとして無いような二人だけど、私はだいぶ仲良くなってると思う。・・・悲しいのが、私は、としか言えない事だな。やっぱり喋れないのって不便だな。

 

 

とまぁ、こんな感じで今日も終わるなぁとか思って寝たんだよ。事件が起きたのはその後だった。

 

 

 

 

ん?始まるな。

 

 

「ニクイ・・・ニクイ・・・」

 

 

はいはい、落ち着きな。

 

なでなで

 

「ニクイ・・・ニク・・・イ・・・・・・すぅ・・・すぅ・・・」

 

 

最近出来るようになった私の新たな特技。虚ちゃんの悪夢が始まる予感をキャッチして、先に起きる。はっきり言おう、使い道がまるで無い。利点も無い。

 

色々と考えてはみたが本当に応用のしようが無い。下手すれば、他の人の悪夢か寝言の時には使えずに、虚ちゃん限定って可能性も大いにある。そうなれば、もっと出来る事が減る。まぁ、どうでもいいけどね。

 

 

思考を完結させると私は再び眠りについた。

 

 

 

 

その後も何度か先に起きてあやすを繰り返していた。しかし、ついに事件は起きた。

 

その時、私は普通に寝ていたが膝の重みが無くなるのと同時に胸に何かが触れる感覚を覚えた。私は眠りながら起きるという芸当をしてしまった脳に本当に人間辞めたんだ、と実感した。精神のターニングポイントが何ともしょうもない話ではあるがな。

 

 

さて、そんな事よりも今の現状について眠りながら考えていこう。まず、今も胸を何か(十中八九、手だと思う)が揉んでいる感触がゆっくりではあるが確かにある。だけど、それがゆっくりにしてはあまりにも遅すぎた。これに一つの仮説を立てた。今の私の状態だと思考速度がかなり上がっているのではないかと。実際に馬鹿みたいに正確になった脳内時計で時間を測りながら適当に考え事をしてみると、いつもの10分の1しか進んでいなかった。

 

以上の事から、仮説の思考速度向上は間違いでは無いと思う。検証はまたするとして、今は取り敢えずこの仮説が正しいという事にしよう。

 

次に、体が動かない。と言うか力が入らない。これ、あれだ。体が起きてないんだと思う。だから、きちんと目を冷ませばこの問題は解決すると思う。

 

で、次。膝の重さが消えた事だ。これは虚ちゃんが私の膝から退いた事を意味する。つまり、虚ちゃんが起きたか誰かが退けたかだ。足の感覚は残ってるから血が通ってないという選択肢は無い。牢屋の扉は寝る時も途中で起きた時も閉まったままだし、開閉する時は結構な金属の音がする。それに気付かない筈が無いから、後者は無い。なら、虚ちゃんが起きたという事になるのだが、それだと可笑しい事がある。

 

この10日間、虚ちゃんは毎晩同じ時間に寝て、毎朝同じ時間に起きていた。私のせいで寝る時間が少し前後する事もあったが、それでも起きる時間が脳内時計が完成してからは1秒もズレてない事が分かった。そして、今の私の脳内時計はその起きる時間を示してない。

 

あ、寝てる時も何故か脳内時計は動いてる。これには流石に少し引いた。便利だからそんな事はすぐ気にならなくなったけどね。

 

 

うーん、謎が深まるな。恐らく、私の付近に聞こえる聞き慣れた小さな呼吸音から、虚ちゃんが普通に起きたが正解だと思うんだけど、何の為に起きて、そして何故、私の胸を触ってるのかが分からない。

 

 

ふむ、もういいや。

目を開けよう。

 

 

思考速度が元に戻ったのを感じ、瞼を開いて視界に写ってきたのは

 

 

モミモミ フニフニ

 

 

私の胸を揉みながら自分の胸を揉んで首を傾げている虚ちゃんだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・え?

 

 

そして、虚ちゃんは私が起きている事に気付くと手を止めて、私の膝に跨って、私の背中に両手を回し、私の晒の結び目を解いた

 

思った以上にキツく巻かれていた晒は一気に緩み、次第に床に落ちていった。故に(あらわ)になる今まで押さえ付けられていた私の中々に立派で形の整った乳房。その両方を虚ちゃんは何かを確認するかのように数回両手で揉むと、また両手を私の背中に回して腕で私の胸を寄せて枕にして寝た。

 

 

・・・・・・!!!?!??!?!!!??!?

 

 

待て待て待て待て待て!お願い待って!!何が起こったの!?何が起こってるの!?今どいう状況!?そしてこれは本当に現実!?とうとう私の気が狂い出して幻覚でも見てるのか!?てか、さっきから体が動かないんだけど!!?あまりにも急展開過ぎてそれなりに高性能な脳の処理が追い付かないよ!!!

 

 

はぁ、はぁ、はぁ、あー少し落ち着いた。

 

 

まだ驚き足りないけど、取り敢えず今は一つずつ解決していくか。

 

 

 

まず、これは現実だ。私が狂ったとか寝惚けてるとかそんな事はまず無いと、相も変わらず完全に覚醒している頭が否定している。ただ、現実を受け入れたくない自分も居る。いや、だって虚ちゃん容姿が子供と言っても中学生くらいだよ?甘えてくれるのは嬉しいけど、これはちょっと・・・ねぇ?だって、私完全に半裸だよ?上半身裸だよ?今まで晒があったからまだ良かったけどそれすら無くなったんだよ?さっきから、顔が熱くて仕方無いんだけど。

 

 

てか、未だに体に力が入らない。これ、あの寝ながら起きるヤツの代償か?う〜ん、今は放置しよう。

 

 

次に何故、虚ちゃんがこのような奇行に走ったのか。

私が起きてから見た光景から察するに、胸の方が枕として適してる事に気付いたからだと思う。疑問に思う事が有るとすれば、何故いきなりそのような事を思ったのか、虚ちゃんに私の羞恥心を気にするという考えは無いのか、とかだな。おい私の顔、いい加減赤くなるのを止めろ。上手く思考ができん。

 

 

お?体に力が入り出した。

時間は大体数分くらいか?

どちらにせよ、検証が必要だな。

 

 

 

さて、退かすか。虚ちゃんには悪いが流石にこれは恥ずかし過ぎるからな。

 

 

起きて

 

トントン

 

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

 

肩を叩いてみたが起きる気配無し。

 

 

起きてぇ〜

 

 

ユサユサ

 

 

「スゥ・・・スゥ」

 

 

肩を持ち、揺らしてみたが、これまた起きる気配無し。

 

 

仕方無い、引き剥すか。

 

 

肩に両手を掴んだまま離そうとしたが動かなかった。ビックリするくらいの力で私に掴まっていた。背中に回している両手を解こうとしてもこちらも無理だった。

 

 

・・・・・・虚ちゃん、君、起きてるでしょ?寝てるとは思えないくらいの力なんですけど。

 

 

 

「・・・・・・ニクイ・・・ニクイ・・・」

 

 

このタイミングで魘されるの!?嘘でしょ!?後、出来れば私の胸に埋まりながら『ニクイ』を連呼しないでほしいな!なんか、私の胸が悪いみたいじゃないか。謎の罪悪感に悩まされるよ・・・。

 

落ち着かせる為に頭を撫でてやろうとすると胸が少し濡れている事に気付いた。

 

・・・・・・卑怯だなぁ、もう。これじゃ、受け入れるしかないじゃないか。はぁ、明日いや、今日の朝か。食事を運んで来る数分前までならそのまま寝てていいよ。

 

 

「スゥ・・・スゥ・・・」



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第4話:営倉生活終了

私が完全に半裸の痴女と化した日の早朝。私は全力で虚ちゃんを起こしていた。

 

 

起きて!頼むから起きて!

後10分弱で食事が来ちゃうから!

 

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

 

おい、嘘だろ!?ちょっと!本当に早く起きてよ!

 

 

奮闘すること5分後に漸く虚ちゃんは目を覚まし、私の上から退いて私と向かい合うように座った。

 

 

良かったぁ、本当に良かったぁ。

さて、晒を巻くか・・・晒、何処行った?

 

昨日、解いて自由落下し、そのまま放置していたので私の周囲にある筈の晒を探したが見当たらなかった。冷や汗が出そうになった時に、虚ちゃんが両手に私の晒を持っている事に気が付いた。

 

・・・・・・拾ってくれたのか?ありがとう。

所で何時まで持っているんだ?

 

 

「<●><●>」

 

 

え?両手を上げて、頭の後ろで組め?・・・こ、こう?

 

 

いきなり、ジェスチャーで動きを指示してきた虚ちゃんに驚きながらも言われた通りの動きをする。

 

 

もしかして、巻いてくれるのか?それは有難いんだができれば早くしてくれ。時間が無いのもそうだが、この体勢はかなり恥ずかしいんだ。あ〜もう!私の顔よ!いちいち熱くなるなと言っているだろ!

 

 

「<●><●>」

 

 

しかし、待てど暮らせど虚ちゃんは巻く気配が無い所か、私の胸をガン見している。

 

 

あ、あの、虚ちゃん?時間が、時間が本っ当に無いから早くしてくれない?

 

 

ガバッ!

 

 

そして、何を血迷ったのか、虚ちゃんは私の胸にまた抱き着いて、パフパフしだした。

 

時間が無いって言ってんだろうが。

 

 

ペシッ

 

 

反射的に心の中でツッコみ、頭を叩くと、虚ちゃんは顔を胸から離し、晒を巻き出した。いきなりボケ出した虚ちゃんに不安を抱くもそれは杞憂に終わり、もたつく事無く、かなり強い力で元通りに巻き直した。この締め心地、なんか安心する。

 

巻き終わり、虚ちゃんが私の横に座り直すと同時に食事が運ばれて来た。

 

 

もしかして、虚ちゃんも正確な脳内時計を持ってるのかな?欠陥品の私が数日で習得できたくらいだし、持ってても可笑しくはないか。海上でも必須スキルだと思うし。ん?とすると、味覚やら何やらも失ってたりするのか?だから、これ食べても平気なのか。

 

その後、かつて拷問のようなだった食事を2人とも難無く食べ終わり、食器が片付けられると、虚ちゃんが私の膝の上に乗って、私に身体を預けるように寄り掛かってきた。

 

 

 

いや、あの、うん。別に嫌では無いけどさ、幾ら何でも距離が縮まり過ぎじゃね?何かイベント的なのがあったのなら、まぁ、分からんでもないけどさ、そんなの無いじゃん?

 

夜のあれ?あれは私が痴女になっただけじゃん。ってか、あれが仲良くなるイベントとか認めたくないんだけど。仮に百歩譲って、あれが仲良くなるイベントだったとしよう。なら何で、膝枕をした時の昼間は特に何も起きなかったんだい?強いて言うなら、スカートをクイクイ引っ張る、ってのがあったけど、現状とあまりにも差が激し過ぎると思うんよ。

 

 

と、まぁ長々と垂れているものの、先述した通り 、別に嫌な訳では無いので、大人しく椅子に徹しますけどね。自動で頭を撫でてあげる機能付きの椅子だ。ほら、ここがええんか?ん?うりうり。

 

 

 

 

同日の昼間

 

食事が運ばれて来る瞬間に隣に座り直した虚ちゃん。これで、脳内時計の説がかなり濃厚になった。

 

食べる時もちゃっかり私の上に座り、大人しく食べさせられる虚ちゃん。それにあっさりと順応する私。食べ終わり、食器が片付くとまた私の膝の上に乗り、寄り掛かって来た虚ちゃんを撫でながらふと、疑問に思った事がある。

 

 

それは私のスペックだ。艤装の、では無く、身体のスペックだ。その中でも身長、体重とあるが、気になったのはバストだ。脳内知識によると、瑞鶴型の平均はB〜Cで、個体差はあるらしいが、かなり大目に見ても、DよりのCと言った所が限界らしい。

 

 

ここで、昨夜の私の胸を思い出してみよう。明らかにEはいってたぞ。かなり大目に見て、Dと言い張れる事もなくはないかもしれんが、どう考えてもCではない。何が原因でこうなったのか、適当に考えてみるとやはりこの2つしか考えれなくて、他が思い浮かばなかった。

 

まずは、精神が『私』という事。『私』自体がかなりぶっ飛んだ存在なので、一層の事、胸までぶっ飛んだものにしようという事になったのか。

 

次に、大型建造による不具合。

まだ試作機っぽかったし、また何かと不具合が発生してしまったとか・・・仮に、仮にこれが正常だと仮定してみよう。大型建造・・・大型・・・元は小型・・・そして、晒を巻いた私のバストは見かけ上、B〜C。更に当時の男性陣の反応。まさか大型建造って、そう言う事?え?何?そんな下らない理由で発明された物から私は出てきたの?嘘でしょ?

 

いや、止めよう。所詮は憶測でしか無いからな。なんの根拠も無い事で批判的意見を持つのは良くない事だな。・・・私の身体的特徴は根拠に成り得るか?

 

いやいや、もしかしたら本当にただの不具合かもしれんしな。それに、ここは軍隊だ。そんな乱れに乱れた理由で貴重な資金を使うとも思えん。この世の中の男共がそんなどうしようもなく拗らせたヘタレの童貞みたいな野郎共で無い事を祈ろう。

 

 

 

 

 

この日は久しぶりに夢を見た。内容は前回と同じ。ただ、最後の人影の黒い影が少し薄くなってたような気がしたけど、気のせいか?

 

 

夢を見終わり、目を覚ますと時間は食事が来る10分前だった。現状を考えると、この何故か決めた時間に正確に起きる習慣?は本当に役に立つ。さて、虚ちゃん起きなさい。い〜や〜、じゃない。って、何拒否しとんのや。ビックリしたわ。

 

 

「<●><●>」

 

 

起きたね。さ、早く退いて

 

 

「・・・スゥ・・・スゥ」

 

 

いや、何、二度寝しとんねん。あれか?君は私を焦らせるのが好きなのか?お母さんそんなドSな娘に育てた覚えはありません!

 

冗談はこの辺にして、早く起きて。流石にこれ以上は不味いから。うん、いい娘いい娘。え?今日も巻きたい?あの恥ずかしい格好をまたしろと?・・・まぁ、いいですけど。ほい。って抱き着くな。絶対やると思ったわ。

 

 

 

 

食事を無事食べ終わり、虚ちゃんが私の膝の上に乗って寄り掛かって来た。昨日でやってくる事は分かっていたので、少し壁から離れて、上半身が斜めになるように壁に背を預ける。

 

すると、虚ちゃんが座ってからこちらに顔を向けて特に何かする事も無く、また前に戻し、寄り掛かった。多分、お礼的な何かを言いたかったんだと思う。あってるか分からんがそれなりに何を考えてるのか分かり始めたと思う。

 

これも、激し過ぎる触れ合いの成果だろうか。全くもって不本意である。

 

 

 

 

次の日の早朝

 

この日の夜は特に夢を見る事は無かったが、夜中に一度も起きる事が無かった。それはつまり、虚ちゃんが夜泣k・・・魘される事が無かったと言う事。

 

もしかして、克服したのか?という期待を込めて下を見てみると

 

 

「んぅ・・・んぅ・・・」

 

 

私の片方の綺麗なピンク色の胸の頂き、俗に言う乳首を咥えてこれまでの比では無い程に安心したようにぐっすりと眠っていた。

 

[悲報]私、瑞鶴擬きは生後2週間足らずで母役で幼児プレイをする。

 

 

私はもう、ただただ現実を受け止め、考えない事にして、いつも通りの起こしてボケにツッコンで晒を巻いてもらう朝を迎えた。

 

 

 

 

何もする事がなく、虚ちゃんを撫で撫でしながらボケーッとしていると、朝の事を思い出した。

 

そう、今朝の幼児プレイだ。

 

私が寝る前は普通に抱き着いて寝ていた。これは間違い無い。とすると、私が寝ていた夜中の間にあの体勢になったという事だ。おかしいな、身じろぎ一つで起きる事の出来る私が人間の敏感な部分を刺激されて起きない筈が無い。

 

 

うん?敏感?あれ?咥えられてるのに何も感じなかったような・・・。もしかして、不感症ってやつか?HAHAHA、はぁ。また、欠陥が見付かったかもしれん。今回のは艦娘としては支障が無いからまだマシだけど。

 

 

で、話を戻すと、幾ら不感症だからといって、触れられたりするとその感触はある訳だ。不感症は性的興奮を感じ難いか、全く感じ無いという症状の筈だしな。私がやってる触覚遮断は寝ている間は何かあったらいけないから何時も切っている。切ってるって事はつまり、感覚があるって事な?

 

以上の事を踏まえて、疑問に思った事がある。限界を超えるとこの体はどんな反応をするのか?だ。意識的に動かさなければ瞬きすらしないこの体。しかし、それだとおかしな点がある。心臓などの内側の動きについてだ。

 

私はそんなものは全くと言っていい程に動かそうなんて思っていない。寧ろ、止めてみようなんて思った時もある。だが、心臓の鼓動は止まることは無かった。

 

今思えば何をトチ狂った事をしたのだろうかと過去の自分を小一時間説教したいが、やってしまったものは仕方ない。多分、病んでたりしてたんだろ。

 

 

んで恐らく、生命維持に最低限必要な事は自動で行われているのかもしれん。今回のはその機能が原因で、これまでの睡眠不足が重なり、動いている事に気付かない程、かなり深い眠りに着いたのだと思う。

 

 

例えるなら、オートモードが無いラジコンカーみたいな感じかな?脳がコントローラーで、指示するまで動かない。しかし、充電が無くなれば動かなくなる。その充電を溜める方法は睡眠という事か。

 

 

・・・。

 

紙装甲、紙威力、紙コミュ力、硬フェイス、睡眠に食事が必要。

 

 

・・・これってさ。

軍艦時代の方がまだ・・・マシじゃね?

 

少なくとも、コミュ力と顔と睡眠に食事は気にしなくてもいいんだからさ。

 

 

いや、決め付けるのはよくないか。態々蘇ってまでこの姿になったんだから、それなりに理由はある筈と考えるべきか。私が憑依した理由は・・・・・・偶然だろうけど。

 

 

 

 

更に一週間が過ぎた。特にこれと言った変化は無く、今日も朝食をして虚ちゃんの髪を弄ったりして遊んでると誰かが入って来た。

 

時間を確認してみるが、まだ食事の時間では無い。どうしたのだろうと、素早く髪を元に戻してそちらに視線を向けるとなんか凄くイライラしてる憲兵さんが居た。

 

 

「翔鶴型二番艦瑞鶴、お前の処遇が決定した。出ろ」

 

 

と言って牢屋の鍵を開けた。

 

処遇・・・処遇?なんの?私の?・・・・・・・・・あ、そういやそうだった。私って、処遇待ちだったんだ。一ヶ月くらい過ぎたから素で忘れてた。

 

 

牢が開けられ、立ち上がってそちらへ歩こうとすると、スカートが強い力で引っ張られた。私は反射的に身体を動かす事が出来ない。だから、突然止まったりは出来ずにそのまま歩いた結果、スカートがずり落ちた。

 

 

凍る空気。露わになる紐パン。スカートを握ったまま固まる虚ちゃん。状況が理解出来ない私。一層顔を顰めた憲兵さん。

 

私はいち早く我に返り、ずり落ちた後も数歩歩いた為に完全に脚から抜けて虚ちゃんが握り締めているスカートに手を伸ばすが、その手は空を切った。

 

スカートの行方を探すと虚ちゃんが胸で抱き締めてた。

 

ちょ、待って待って!虚ちゃん、返して!お願いだから返して!不味いって!これは流石に洒落になってないってば!ねぇ、分かってる?私今、男の憲兵さんの前で上は晒だけ、下はパンツ一丁、おまけに靴を履いてんだよ!?変態だよ!紛れも無い変態だよ!下着に靴って・・・なんて度し難い変態なんだ!!?

 

 

「おい、早くしろ」

 

 

ひえっ! なんか憲兵さんの声が底冷えしてるぅ!虚ちゃぁん!お願いだから返してぇぇぇ!!

 

 

一方、そんなカオスな状況を見て、即座に目を逸らした紳士な憲兵さん。

 

 

(ちっ、折角、訓練終わりのシャワーで仲間の筋肉を堪能出来るまたと無いチャンスだったってのによ。なんで女体なんぞを見せ付けられなきゃなんねぇんだよ。さっさとしろよ。裸の付き合いという名のパラダイスが全部おじゃんだ)

 

 

何を隠そう。この憲兵さん、変態紳士(ホモ)である。心情的には女風呂を命懸けで覗いて、入ってるのがオバサンばかりだった中学生のようなもの。本人的には地獄絵図から目を逸らしてるだけである。

 

 

その後、数分の格闘の上で漸く回収完了。いそいそとスカートを履き終わると同時に虚ちゃんが私の胸の包帯を緩めながら抱き着いて来た。そして、憲兵さんが更に顔を顰めた。

 

 

いや、あの、虚ちゃん?行って欲しくない事は十二分に理解出来たよ。出来たけどさ、駄目なものは駄目なんだよ。だから離して?ね?ん、いい子いい子。

 

 

頭を撫でていると次第に離れて行く虚ちゃん。

 

 

そう言えば、なんで虚ちゃんは牢に入ってたんだろ?ま、いっか。そんじゃ、縁が有ったらまた会おう。じゃあね。

 

 

完全に離して、その場に突っ立ってる虚ちゃんを他所に牢から包帯を巻き直しながら出て行く。憲兵さんが舌打ちをしながら、鍵を閉めた。そして、営倉から出て廊下を歩いて行くと憲兵さんが小言を漏らして来た。

 

 

「ちっ、汚らわしいもの見せてんじゃねぇよ。よりにもよってなんでそんな痴女みたいな格好してんだよ」

 

 

 

け、汚らわしい・・・。私の身体ってそれなりにスタイルいいと思ってたけど、そんな事は無かったのか。 すみません。悪気は無かったんです。お目汚しして本当にすみません。

 

ん?痴女?

・・・・・・・・・あ、上着返してもらうの忘れた。

 

 

 

 

車に乗せられ、揺られること数時間。その間、憲兵さんはずっと不機嫌で、理由がさっきの私だろうから凄く申し訳ないし、思った以上に精神的にダメージを負った。

 

やっと着いた先は波打ち際の大きな敷地に建物。港か?と思ったがどうやら鎮守府らしい。

 

 

憲兵さんの案内はここまでらしい。

 

 

「精々、ボロ雑巾のように働いてろ」

 

 

という捨て台詞を吐いて去って行った。

 

勿論ですとも。欠陥品なんでそのくらいになるまで仕事をせねばならぬのは当然の事。でも、改めて言ってくれるなんて、あの人は愚痴しか聞いてないが根はいい人なのかもしれない。

 

意志を固めた所で早速、門付近にある地図を見て執務室へ向かう。所々で恐らく艦娘と呼ばれる人達を見掛けて、偶に目が合う時があるが、その時はヒッ!って感じに怯えられる。

 

涙が出ないこの身体に感謝感謝。

 

 

執務室の扉の前に到着し、ノックをすると中から声が掛かったので入室した。

 

 

中には中年の男性と少女が書類仕事をしていた。

 

 

「お、おお、よく来たね」

 

 

無言で敬礼する私にすっごい引き攣った笑みを浮かべる提督。

 

先が思いやられて来た。



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第5話:牢屋in鎮守府

数時間の間、静かな車内で揺られる私。運転手は毎度お馴染み憲兵さん。今日もお小言を貰いつつ、本当に申し訳なる気持ちに溢れてくる。

 

そして、到着したのは見慣れた鎮守府の門前。

 

 

「次こそはきちんと仕事をしてこいよ。そして二度と私に送迎させるな」

 

 

はい、本当にすみません。運転ご苦労様です。

 

 

去って行く車を見送り、地図を確認して鎮守府を歩く。時々、目が合う艦娘に怯えられつつ、執務室の前に到着。

 

 

はぁ、今度もまた、かなぁ。嫌だなぁ、これ以上、あの憲兵さんに迷惑掛けるの。

 

 

ノックをして、入室許可が出たので中へ入る。中には執務机の椅子にでっぷりと太ったバーコードハゲのどこのエロ同人のおじさんですか?と言いたくなるような人が葉巻を吹かして寛いでいた。

 

 

なんて言うか、濃い人だな。

 

 

「来たな。挨拶なんてものはいらん。これがお前の部屋の位置で、お前の仕事はその部屋にある書類の処理だ。今月までには終わらせろ」

 

 

え・・・え?

 

 

「あぁん?どうした?早くしろ。まさか着任日は部屋で寛げるとかそんな甘ったるい事を考えてたんじゃねぇだろうな?だったら残念だったな。うちにそんな余裕は無い。荷物も無いだろ。艦娘なら艦娘らしく、馬車馬の如くさっさと持って部屋で仕事しろ。終わるまで部屋を出るのも禁ずる。風呂も食事もだ。働かざる者食うべからずって事だな」

 

 

と言われ、取り敢えず、見取り図を持って退席。執務室の前で呆然として、突っ立ってる私。

 

 

え、今からするの?仕事?働ける?

 

・・・やったー!働けるー!必要とされてるー!やりますとも!やってみせますとも!提督の期待に応える為にさっさと終わらせてみせましょう!

 

 

ウキウキしながら、割り当てられた部屋へと歩を進めた。

 

 

 

 

さて、そろそろ疑問に思ってるだろう事に応えましょう。前回の鎮守府はどうした?と。はい、クビになりました。正確には移動ですけどね。

 

この顔でコミュ力ゼロな為にまるで鎮守府に馴染めずに、一度も仕事をせずにあっさりと移動を言い渡された。その後もいろんな所をタライ回しにされ、仕事をまるで言い渡されず、出撃したとしても巡回程度のものでやったとしても一、二回程度で随伴艦の子達が拒否して、また待機。

 

完全に穀潰し状態だった。書類仕事はそもそも、秘書官が居るので言い渡される事も無かった。そして、その度に同じ憲兵さんが運転する車に揺られて各地を転々としてた訳だ。

 

そんな時にここへ辿り着き、今に至る訳ですよ。いやー、変なイメージを抱いてホンットに申し訳ない。これで、憲兵さんに迷惑が掛からずに済みそうです。

 

 

そんな回想を交えつつ、辿り着いた部屋は鎮守府から少し離れた山の一部を掘って作った地下室だ。すっごいボロくてカビ臭そうだしジメジメしてる。しかも、少し深い地下なので真っ暗。

 

こりゃ明かりがいるな。ん?お、ダンボールがある。おぉ?蝋燭が入ってる。マッチもだ。筆記用具もある。他にもいろいろあるな。

 

な、なんて準備がいいんだ。これ程、期待されているという事か。やる気は全開!期限は明日までだが、徹夜なんて苦でもないこの身体なら余裕余裕♪

 

あ、机用かな?空の頑丈なダンボールがあったから、机代わりに丁度いい。蝋燭に火を灯してみると扉から数歩先には既にダンボールの壁。やり甲斐がありますね。

 

 

 

 

多分、日の出前に取り敢えずダンボール一箱が終了。最初は書くこと自体、初めてだからミミズがのたくったような文字だが、今ではそれなりに見られるようになった。文字通り思い通りに動くからね。

 

しかも、腕がまるで疲れないからかなりの速度で書いていける。これ、天職かもしれん。あ、艦娘だからそりゃそうか。

 

それにこの部屋が中々に快適。ボロいとかは気にならないし、かび臭いのはそんな気がするだけで鼻が効かないから問題無し。寧ろ、こういうボロっちい方が落ち着く。それに大量のダンボール故に狭いから結構気分が良い。どうやら、狭い空間の方が性に合ったようだ。

 

そして、なんと言っても同居人が居ない!これ本当に最高。今までも何度か同居人が居た事はあるんだが、怯えられて基本的に部屋に居ない時の方が多いから申し訳無くなってくるんだよな。一人だとなんの気も使わなくていいから凄く楽だ。

 

さて、次の書類に取り掛かるか。

 

 

 

 

えーと・・・あ、今は夜だな。書き方も分かったし、だいぶ慣れて来たから、一箱半終わった。未だにまるでお腹が空かないが、もしかしてご飯って要らないのかな?

それとも燃費がいいとか?まぁ、どちらにせよ、終わるまでは部屋に出る事が出来ないからどの道関係無いんだけどね。

 

提督も言ってた。働かざる者食うべからずってね。今までずっとタダ飯食らいだったから身に染みた。

 

これら全ての処理には数週間掛かりそうだが、それは艦娘なら問題無いだろう。海上でも飲まず食わずだからな。その事を考えれば、動いてないのにお腹が減る方が異常だろう。

 

 

 

 

ここへ着任して一週間が過ぎた。処理速度も当初よりもかなり早くなり、朝から夜までで五箱、同じく夜から朝まで五箱で丸一日で計十個を処理出来るようになった。

 

元々あったスペースの三倍の空間と同じ量の書類を捌き終わった。が、未だに向こうの壁が見えない。書き続けるのも、三日目辺りから苦痛になったが、今では既に慣れた。この精神的苦痛が快楽に変わったくらいには慣れた。順応の高さは相変わらずのようで何より。

 

 

今の所ご飯が欲しいとは思わないので、やはりそんなに食事が必要無いという仮定は間違ってなかったな。ただ昨日、時々意識がフェードアウトしたりした。ウトウトするんじゃなくていきなり意識が飛ぶから意識が戻った時に時間が進んでてビックリした。

 

流石に変な書き込みをするのもアレなので、一時間ほど寝た。夢も短時間だが久しぶりに見たりもした。その後はフェードアウトする事なく、今に至る。

 

一箱がちょうど終わって捌き終わった物の所へと運び終えると室内にあるスピーカーから放送が鳴った。

 

 

『翔鶴型二番艦瑞鶴、至急執務室まで来るように』

 

 

えっと・・・私の事でいいんだよな?終わるまで出るなって言われたんだが、本当にいいのだろうか?ま、まぁ、念の為に行くか。もし違うなら、その時は大人しく怒られよう。

 

 

唯一の出口である階段を登って扉を開けると陽の光が飛び込んで来た。

 

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!

目が!!目があ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!

 

 

あまりの光に目が開けられない。一週間前まではこんなこと無く、原因を探ってみると恐らく、暗い部屋の中に居たからだろうと分かった。実を言うと蝋燭は、なんか勿体なく感じて途中から使ってない。

 

虹彩が弄れるようになったから、白黒しかない書類だから真っ暗闇でもその字が見えるレベルまでに光を取り込んでたんだ。その結果が今の有様よ。

 

両目を両手で抑えて蹲って、取り敢えずは落ち着く。そして、抑えながら虹彩を数日ぶりに弄るんだが、ずっと暗闇に対応させてたから調節が難しい。兎に角、数分奮闘していると眩しくはあるものの漸く見えるようになった。視力が死んでなくてマジで助かった。次からは気を付けよ。

 

 

 

 

そんなハプニングがあったものの、執務室に辿り着いた。ノックをしようとすると中が騒がしい事に気がついた。聴力を強化して聞いてみると女性の声が聞こえる。

 

ん?どうやって聴力を強化してんのかって?味覚と嗅覚が死んだからかな。痛覚が弄れるようになったのと同じように視力と聴力も弄れる様になった。ただこっちはリスク付きで、視力を強化すればする程、耳からの情報がクソザコナメクジになるし、逆もまた然り。

 

こういう、片方の機能が役に立たない時とかしか使用機会が無い。

 

んで、その声の内容なんだが、どうやら私に関してらしい。ざっとこんな感じ。

 

 

『提督!瑞鶴が着任したんですか!?』

 

『あ?なんだお前の方かよ。関係無いからさっさと出てけ。こんな事してる暇なんざねぇだろ』

 

『し、しかし!』

 

『・・・分かった。なら、待ってるといい。そろそろ来るだろうからな』

 

 

タイミングがいいんだろうか? 入ってもいいんだよな?これって、あれか。噂をすればなんとやらの典型的なタイプか。・・・言ってくれるかな?ちょっとワクワクしてきた。

 

 

そんな訳でノック。

 

 

コンコンコンコン

 

 

『む?噂をすればなんとやらだな』

 

 

流っ石ー!提督、あんた漢だよー!んじゃ、失礼しまーす・・・これ、私じゃないってオチはないよね?

 

 

「瑞か・・・ッ!」

 

「ん?どうした?姉妹の感動の再会だ」

 

 

お、私で良かったっぽい。にしても姉妹とな?私の名前が翔鶴型二番艦瑞鶴だから、もしかしてそこの白髪の女性は翔鶴さん?そして、提督は一体何をニヤニヤとしてらっしゃるの?

 

 

「これがお前の待ち望んでいた瑞鶴だ」

 

 

こ、これって酷くないですか?

 

 

「ぁ・・・」

 

 

ん?どうかした?

 

 

「ヒッ!」

 

 

・・・・・・まぁ、慣れましたよ。腰を抜かされたのは初めてだけど、全力で逃げられたり大泣きされた事あるし。うん、怖がらせてごめんね翔鶴さん・・・で合ってるのかな?

 

そんな気持ちを込めて手を伸ばすが

 

 

「イヤッ!」

 

 

そう叫ばれて差し伸べた手がバシィンと子気味の良い音を響かせて弾かれ、シーンと静まり返った。

 

ニヤニヤと厭らしく笑う提督。なんか、やっちまったみたいな顔をしてる翔鶴さん。これ以上関わると余計に怖がらせるだけになりそうなので体勢を整えて提督の方へ向き直る私。

 

初めに口を開いたのは提督だった。

 

 

「翔鶴、用が無いならさっさと出て行け。目障りだ」

 

「・・・は、はい」

 

 

意気消沈とでも言うべきか。翔鶴さんはそんな様子で部屋を出て行った。

 

 

「さて、瑞鶴。貴様には一人で海域の攻略に向かってもらう。これが作戦書だ」

 

 

差し出された紙を見ると、パソコンで作戦内容が打ち込まれていた。誤字脱字だらけなのは気にしない事にする。

 

 

「早く準備をして出撃しろ。帰って来たら執務室に来るように」

 

 

敬礼をしてドアノブへと手を掛けると声を掛けられた。

 

 

「あぁ、言い忘れてたが中破以上の被弾をした場合、決して誰にもバレる事無く戻って来い。血などは海水で洗って来るように。それから、変な気を起こしてみろ。今の女がどうなっても知らんぞ?」

 

 

え?あ、はい。疑問に思うも、きちんと守ろうと胸に刻んで部屋を後にした。

 

 

 

 

初出撃。

砂浜のようになだらかになっているアスファルトに突っ立って心を落ち着かせている。今まで忘れてたが、私って艤装出せないんだよな。マジでヤバい。普通に忘れてたから、なんの解決策も思い浮かばない。

 

一応、脳内にある知識通りにもう一度やってみるか。

 

 

艤装展開!

 

 

期待を裏切るように心の中のその掛け声と共に、私の身体を小さな光が包み、光が止んだ頃には記憶の中の瑞鶴と同じ艤装を装備していた。

 

 

・・・・・・?あれ?普通に装備出てる?あれ?なんで?前はなんで出なかったの?うーん、ま、出たからいっか。

 

翔鶴型二番艦瑞鶴、行っきマース!

 

 

 

 

初めての航海は割と順調に進んだ。道に迷ってはないと思うし、天気も良好。途中でトリプルアクセルをしようとして着地をミスって大惨事に成り掛けたりしたが順調順調。

 

だが、そろそろ戦闘予定区域に入るが、なんか忘れてる気がしてならない。なんだっけ、とずっと考えて渡航していると、ドゴォンという轟音と共に周囲で水飛沫が上がり、最後の一発が直撃した。

 

 

痛ったぁぁ!?

そして思い出した!

痛覚遮断と周囲の索敵を忘れてた!

 

 

幸い、当たりどころが良く、小破で済んだ。痛みに耐えながら、痛覚遮断を終え、砲弾が飛んで来た方へ矢をつがえた弓を構える。しかし、痛覚遮断までの時間で次弾装填が完了したらしく、再び撃って来た。

 

弓を降ろし、ジグザグに動いて回避。当たりはしなかったが、付近に着弾してその衝撃でバランスを崩して、海面をゴロゴロと転がってしまう。

 

それでも武器を手放さず、片膝を立てて起き上がって弓を射る。矢が無事に五機の戦闘機に変化すると同時に視界がリンクされた。脳内で簡単な指示を送っても、頭の中で動きをイメージしてもどちらもその通りにリンクされた視界が動いた。

 

少し飛んだ所に黒い物体を発見。数は三。種類は・・・イ級かな?幸い、対空戦が得意な個体は居なかったようで、攻撃は難なく成功させ、全艦撃破出来た。しかし、攻撃が直撃する前に敵は戦闘機ではなく、私自身に砲撃をしたようで、こちらの攻撃が当たると同時に砲撃も私に直撃した。

 

集中していた為、完全停止からの直撃で中破手前までもってかれた。だが、痛覚は遮断し続けているので、特に問題は無い。戦闘機を回収し、矢となったそれらを矢筒に仕舞う。

 

 

さて、と。両膝と両手を突いて所謂、四つん這いの姿勢になる。海面に映るは相も変わらず、能面のような感情が抜け落ちた顔。暫く見詰め、そして

 

 

オロロロロロロロ

はぁ、うっぷオロロロロロr

 

 

暫くお待ちください

 

 

 

 

はぁ、はぁ、やっと落ち着いた。戦闘機やべぇわ。完全に甘く見てた。似たような動きをしているとは言え、同時に五個の視界が追加されるのは想像以上に酔う。

 

随伴艦がどれだけ大切なのかが文字通り身に染みて理解した。リンク中に動くなんて無理だよ。立ってるのがやっとだ。

 

でも、偶に運良く見れる演習とかだと先輩方は普通に回避しまくってるんだよな。五機じゃなくて、数十機を同時に操って・・・しょ、正気の沙汰じゃない。どれだけ耐性が付けばあんな事が出来るんだ。

 

ん?うおっ!?被弾した箇所の肉が抉れてる。骨は見えてないが痛そう(他人事)

痛覚遮断様々だな。

 

 

その後、きちんと索敵を行い、基本的に先制を決めて今回の作戦は終了。一発で沈めれなかったのもあり、小破よりの中破になったがまぁ、特に問題は無し。

 

酔いに関しては吐くものが無くなって、ずっと気持ち悪いのが続いてる。こういう症状は都合良く無くなったりしないのかと思いながら帰るまでずっと気持ち悪いのと戦っていた。




勘違い(翔鶴→瑞鶴(偽))
・翔鶴が瑞鶴(偽)に酷い事をしたと思ってる。尚、当の本人はまるで気にしてない模様


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第6話:信頼度上昇

水平線の向こうに鎮守府が見えて来た。私よりも鎮守府に近い位置に恐らく遠征帰りの艦隊を見付けた。そこで提督から言われた事を思い出し、進行方向を少し離れた所にある海岸へ変更した。丁度、露出した岩が大量にあり、それで身を隠せる。

 

近くまで着くと艤装が岩礁にぶつかりそうになり、解除するとそのまま海中へ落ちたので浜辺まで泳ぐ事にした。不本意ながら薄着だったので、泳ぎに支障が出る事はなかった。怪我の功名と言うヤツか。

 

 

泳ぎ切って周囲に誰も居ない事を確認して水から出た。そして、少しボロくなったスカートを脱いで艤装を出さずに艦娘の力のみを発動して思いっ切り絞ると海水がスポンジの様に出て来てほぼ完璧に乾いた。

 

胸に巻いた履き直して胸に巻いた包帯は思いっ切り振るうとバシィンという音速を超えた音と共に水が舞ってそこそこ乾いた。ただ、血が付着した色は取れなかった。まぁ、気にする事でもないかと胸に巻き直した。どうでもいい事だけど、よくあの攻撃を受けてこの包帯は無事だったよな。

 

 

執務室までに誰もバレないように歩いていると、窓に一部が赤い自分の姿が映っている事に気が付いた。注視して見るとその赤が肉が露出しているからだと分かった。ここで、漸く提督が何故バレないように指示したのか理解した。

 

怖い。そして気持ち悪い。さっき見た遠征帰りの少女達が見たら確実に失禁するだろう姿がそこにあった。より一層、バレずに行くべきだと、少女達の為にもバレる訳にはいかないと誓った瞬間だった。てか、私が原因で失禁されるとか立ち直れる気がしない。

 

 

何度もキョロキョロしながら執務室へと無事に着いたが、全く艦娘を見掛けなかった。私としては居ない方がいいんだが、なんか不安に感じるのは何故だろう?

 

ノックをすると、中から提督の声がしたので入ると、いつもの様に椅子で葉巻を吹かせていた。入って来た私の姿を見ると顔を顰めた。

 

 

「随分と醜い姿になったものだな。気色悪い。見た所、中破と言った所か。それなら、さっさと部屋に戻って書類を書きに行け。貴様のような奴には資源が勿体無いから大破になるまでは入渠をするなよ」

 

 

そう言い終わると、またふんぞり返って葉巻を吹かし始めた。話は終わったようなので執務室を出る。

 

周囲に誰も居ない事を確認していると、誰かがやってくる足音がしたので逆の方へと足速に向かい、角に隠れる。覗いて見ると、多分さっきの遠征帰りの子が疲れ切った顔をしながら執務室の扉を叩いて中へ入って行き、すぐに出て来て歩いて来た方へと去って行った。

 

私もこんな所で暇を潰してる場合じゃないとハッとして、そう言えば何の為に執務室へ行ったのか不思議に思いながら部屋へ向かった。

 

 

 

 

地下行きの階段を降り終わり、虹彩を調節して机代わりのダンボールの前に正座して書類の処理を開始。腕に垂れて来る血が書類に付着しそうで鬱陶しかったので、そう言えば備品が入ってるダンボールに包帯があった事を思い出し、書類作業に邪魔な患部のみに巻いて作業再開。

 

 

包帯が真っ赤になった頃に、漸く血が止まった。脳内の記憶的に艦娘は入渠する事で高速で回復出来るが、代わりに自然治癒の能力がかなり低いようだ。

 

私は致命的な欠陥機。提督のあの時の言葉はつまりそう言う事なのだろう。書類に記載されている資材は遠征へ行く子達の頑張りでこの鎮守府を運営して行く上で特に問題無いどころか、同じ規模の鎮守府を二、三個は運営出来るレベル。

 

それでも提督が資材が足りないと言っていたのは他の鎮守府へ資材を送っているから。私が書いてるのはその為の書類が殆ど。

 

資材の入手量的に遠征行きの子達の働きは凄まじい。先程見た小学生のような子達が駆逐艦とすると、あんな小さい子達があそこまで疲れ切ったような顔をしてまで手に入れた資材。私なんかがそんなに使う訳にはいかないという提督の方針はファインプレーとしか言いようがない。

 

だが、仮に私がまた出撃するとなると次は確実に大破になる。二回に一回入渠だと、私が空母という事もあり、中々の資材を消費する。となると、どうにか被弾しない方法と弾丸の消費量を抑える方法を考えないといけない訳だ。

 

うーん、どうしよう。あ、リンク時の処理能力の強化に関しては一つ案があるぞい。書類の捌き方なんだけど、両手にペンを持って書いてみるってのはどうだろう?一度に動かすのは二つだけだけど、文字の処理も含めるとかなりキツそう。

 

動かす分には片方でやってみるとすぐに出来たので特に問題は無い。あとは並行処理に慣れる事だな。被弾しない方法と弾丸の消費量を抑える方法は・・・すまぬ駆逐艦の子達。思い付かぬ。

 

 

取り敢えず、締切の日付けもヤバいから今は書類に集中しよう。

 

 

 

 

数日後にまた放送で呼ばれ、怪我の事もあり、誰とも会わずに執務室へ到着。そこで前と同じように作戦書を渡され出撃。同じように戦闘をして、大破したので入渠の許可が降り、入渠場へ行こうとすると呼び止められた。

 

どうやらいつの間にか私専用のものが作られていたらしく、そちらへ向かうと確かに一つの湯船があった。中身が濁り切ってるが、効果はきちんとあるらしい。正直、私なんかの為に作って大丈夫かと思ったが恐らく提督なりの気遣いだろう。

 

私の、ではなく、他の艦娘の。私としても他の艦娘と関わらずに済んで気が楽ではあるので、寧ろもっとやってくれと思う。慣れたと言ってもツラいものはツライんだ。

 

 

中へ入ると、骨が見える程に吹き飛ばされた肉の断面がぐじゅぐじゅと蠢きだした。うん、控えめに言ってクッソ気色悪い。

 

何これ?本当に回復するのこれ?なんか、冗談抜きで別の何かに成りそうな勢いなんですけど?

 

しかし、そんな心配は杞憂と言わんばかりに数十分後にはそこそこの肉が再生していた。問題は無い事が分かったのでゆったりとしながら、あれこれと被弾しない方法や弾丸の消費量を抑える方法を考えていたが、そう易々と案が出る筈も無く、気が付けば数時間が過ぎて入渠が終了した。

 

立ち上がって全身を確認すると傷は綺麗さっぱり無くなっており、何処にも不調も無い。少しの間、呆然としてからボロいタオルで身体を拭いて着ていた服に着替えた。毛量が多過ぎて、髪は水が垂れない程度にしか乾かせなかったが部屋的に問題は無いだろう。これを乾かそうとなるとタオルだけだと、自然乾燥の方が早そうだ。

 

 

この後は、いつも通り部屋で仕事をしろと言われており、傷も治ったので特に周りを気にする事無く、部屋へと戻った。なので途中でばったりと服がボロボロなのが印象的な艦娘と会ってしまった訳だが、案の定、怯えられた。変に慰めると返って酷くなる事はもう分かり切ってるので、さっさと退散する為に横を通り抜けた。

 

もう、怪我をしていようがいまいが、誰にもバレないように行動しようと自分の愚かな考えを考え直した。

 

 

 

 

書類書いたり、出撃したり、偶に寝たりしてると気付けば言われた期限の日付けになっていた。実を言うと、書類は一ヶ月の一日前に終わった。片手で一日十五箱、両手で三十箱は伊達じゃないね。

 

やってる最中はちょっとずつ増えた感じだからなんとも思わなかったんだけど、いざこうして数字にしてみると我ながら凄くない?

 

さて、そんな訳で次の朝まで寝ようとした所で提督が初めて様子を見にやって来た。ダンボールの壁を見て何やら焦って終わったのかと聞いて来たのでしっかりと頷けば、ホッとしたような反応をして出て行った。

 

期限の朝にまた提督が来た。後ろに・・・誰だろ?憲兵さん・・・とはなんか雰囲気が違うな。

 

私は端に寄せられ、その憲兵さん?達はダンボールを外へと次々に運び出して行った。数十分後には作業が終わり、この地下室には備品が入ってたヤツと机代わりのダンボールの二つだけとなった。

 

と思ったら次のダンボールが運び込まれて来た。運び出す時よりも少し遅かったが数十分で終わり、憲兵さん?は出て行き、提督がこれらをするように私へ言って出て行った。

 

 

・・・さて、やるか。

 

 

 

 

余裕っすわ。もう慣れた。ほぼ不眠不休で二週間弱くらいで半分は書き終わった。その間に出撃もあったけど、五機までなら酔う事も無く、自由自在に操れる。だから操作中も自分自身が動けるから、被弾率が下がって三回に一回、運が良ければ四回に一回で入渠するようになった。

 

 

それでも、まだ減らせる。いや、減らさなければならない。だって、四回に一回とか他の子達と同じだもん。中には十回に一回なんて猛者までいるのよ?目標はその子と同じペースになる事。けど、案が何も思い浮かばない。むむむ、本当にどうしたものか。

 

それと元から巻いていた包帯が完全に使い物にならなくなったから、今ではダンボールの中にあった包帯を使ってる。引っ張り過ぎると千切れるかもと思ったけどそんな事は無かった。ただ、元の包帯よりも破れやすいから消費が激しい。水を切る時に包帯が吹き飛んだ時はそりゃそうだろと反省した。

 

これ、その内上裸とかなんないかな。

不安だ。

 

 

 

 

いい案が思い付いたー!まだ成功してないし、失敗したお陰で腕が吹き飛んで死ぬかと思ったけど、凄い事思い付いたー!

 

始まりは、とある巫女服を改造したような艦娘を見掛けた時だった。その人を見た時、タライ回しにされていた頃に見た演習で同じ型の人が弾丸を弾いていた事があった。勿論、同じように私も弾くとかそう言う訳では無い。あれは条件が結構限定されてるから難しいし、それなら回避した方が早い。

 

いい案ってのはそれを元にした方法で、その場で回転して弾丸を掴んで投げ返すって方法。

 

ただ、未だに成功はしていない。強いて言うなら側面に手を当てて軌道を逸らす事は出来たけど失敗して普通に着弾するわ、軌道を逸らせても手がボロボロになるわでまだまだ使い物にならない。無駄な動きだらけという事なんだろう。

 

タイミングはやはり慣れるしかないだろうなぁ。あ、偵察機だと視界が広がるから、それを利用して正確な弾道予測が出来るか?うむ、なんかいけそうな気がする。回転スピードも上げる必要があるな。逸らす事は出来ても返す事は出来ないんだよね。こっちも取り敢えずは何度も繰り返しやるしかないか。

 

あ、腕は無事生えて来たよ。仕方なく弦を口で引いた結果、口が裂けもしたけどそっちも問題は無し。相変わらず、絵面は最悪だったよ。

 

 

 

 

先月よりも入渠回数が減ったから、書類が五日早く終わった。仮に暇になれば、適当に過ごしていいと言われたので何をしようかと考え、この鎮守府にある食堂とやらに行く事にした。

 

仕事を終わらせたからね。これなら負い目無く、施設を使えるよ。怖がらせるかもしれないけど、このくらいは勘弁して欲しいな。

 

 

そんな感じにドキドキしながら食堂へ行くと、丁度昼という事もあり、多くの艦娘が使用していた。少しザワザワと話声が喧騒が聞こえて来ていたが、中に入って来た私に気付くと一気にシーンとした。恐怖、怯え、困惑、憎悪。いろんな感情を乗せた視線を向けられたが、それらは全て負の感情よりだった。

 

 

うん、待って。恐怖、怯え、困惑は分かるよ。恐怖と怯えは私の容姿から、困惑は私を初めて見た人やら、初めてここを使用したからだろう。分かるんだ。そこまでは分かるんだ。

 

問題は憎悪だよ。私が何をした!?こればっかりは本当に心当たりが無いんだが!?てか、どんどん憎悪に似た感情を抱く人が増えて来てる気がするんだけど気の所為だよね!?ねぇ、気の所為だと言って!そこの般若みたいな表情でこちらを睨み付けている食堂のお姉さん!

 

そして更なる問題が浮上したよ。私、食堂の使い方分からねぇわ!自分でもビックリするような間抜けなミスだったよ。目を合わせただけで相手を怯えさせるようなクソみたいなコミュニケーションしか出来ないこんな私だから、誰かに聞くなんて無理。

 

そもそも、あの般若顔のお姉さんに料理を頼む勇気が無い。だけど、このまま何もせずに帰ったら寧ろマイナス印象が増加してしまいそう。でも、他の子の反応的に帰った方が私にとっても皆の為にもなる。

 

うぅ、誰でもいいから、いっその事合唱してもいいから、私に出て行けとか言ってよぉ。そうしたらそそくさと退散するからさぁ。もう二度と来ないから、一度だけでいいから誰か助けてよぉ。

 

 

私が食堂で棒立ちになって数十秒した時。

まるで天の声のように放送がした。

 

 

『瑞鶴。執務室まで来い』

 

 

喜んでー!

 

 

口実が出来た私は早歩きになりそうな足を必死に抑えて、背中に刺さりまくる視線を無視して食堂を後にした。

 

 

 

 

提督からは、何をしていたのかとか呼び出しの放送を地下室限定にしてたからあまり出るなとかのお小言をもらいつつ、作戦書を渡された。

 

放送、地下室のみだったんだな。そりゃそうか。最初の時は恐らく全体だったんだろうけど、そうする必要が無いもんな。だって私、出撃と入渠以外だとスピーカーがある地下室に居るんだからね。それに私、皆に嫌われてるからね。毎度毎度放送で嫌いな奴の名前なんて聞きたく無いだろう。

 

 

さて、出撃の前に補給をするか。この補給と言うのは食堂でも出来るらしいが、私は基本的に別の方法でしてる。食堂では食材と資源を融合?させて補給出来るらしい。そして、私のは燃料を直接飲んだりする方法。

 

知識によるとそれぞれにメリットデメリットがある。融合?させる方は補給効率が少し下がるけど、キラ付け?とやらが出来るらしい。逆に直接補給は補給効率がいいけど、気分が悪くなるレベルで不味いらしい。

 

おかわり頂けただろうか?味覚も嗅覚も死んだ私にとっては食堂で補給する意味がまるで無いのである。寧ろ、直接補給した方はメリットしか無い。じゃあ、何故食堂に行ったのかって?・・・いや、食堂の料理って絶品って知識にあったからさ。

 

もしかしたらと、一途の望みを掛けて行ったんだが、何も匂わなかったから、この身体では食事を楽しむなんて事は出来なさそう。トホホ。

 

 

 

 

出撃で偵察機を利用した戦闘を行ってみたんだが、結構良かった。周囲一体が見渡せるから、敵がどうやって動いてるか分かり易いし、そこから派生して戦闘機同士で互いの死角を拙いながらもカバー出来る事にも気付いた。

 

勿論、処理能力が更に必要になるし、まるで違う動きをしなければならなくなるから、結構キツイけど多分その内、慣れるだろう。

 

あぁ、今更なんだけど包帯が完全に無くなった。そんな訳で上裸で提督の所に行って、身振り手振りで説明するとなんとか包帯が定期的に貰えるようになった。代わりに処理する書類がダンボール十箱分くらい増えたけど、まぁ特に問題無い。

 

一応、手で隠してたけど案の定、顔を顰められた。私ってやっぱり醜いんだろうな。はぁ。

 




取り敢えず、溜まったのはここまでです。
今後は出来次第、投稿します。


次回も気長にお待ちください!



勘違い(瑞鶴→その他諸々)
・中破と思っているが、本来なら余裕で大破。提督自身も皮肉で言ったつもりだが、その辺の基準がまだよく分からない瑞鶴(偽)にはまるで効果無し。
・欠陥機だから大破するまでは入渠出来ない、ではなくそもそも他の艦娘も最低でも中破にならないと入渠させてもらえてない。
・現状の環境下(装備は本来の半分近い性能・補給もままならない・不眠不休・ずっと真っ暗な所に一人)で四回出撃して一回入渠は普通にイカれており、狂って深海棲艦化してもおかしくないレベル。十回に一回入渠してる艦娘はその子がベテランなだけ。

・腕は他の艦娘も生えるが、あんな悍ましくないし、そもそもそのような大怪我をする事自体が異常。仮にそうなったら暫く出撃出来ないか沈むかのどっちか。本来なら薄い膜のようなシールドが身体に張ってあり、ダメージは全て服(艤装)が肩代わりしてくれて、痛みも大して無い。身体に傷を負うという事はほぼ100%のダメージを身体に負うのと同義であり、いつ轟沈してもおかしくない。瑞鶴(偽)はこの艤装の薄い膜の効果も半減しており、装甲ほぼゼロで戦場に出てる。生きている事がおかしいレベルで意味不明な状態。

・食堂にて、各方面から負の感情を向けられたのは本当。しかし、その理由があちらの勘違い(一部そうでもなかったりする)

・燃料の補給の直飲みは今の時代では有り得ない。裕福な現代日本でヌクヌクと過ごしてた人を食堂で食べている艦娘に例えると、瑞鶴(偽)はゴミが捨ててあるドブのような泥水や昆虫などのゲテモノを食べているようなもの。

・本来なら妖精さんが居ない艦載機を酔うとは言え、一戦だけでも行える事がおかしい。まず慣れるのに才能にもよるが半年は掛かるし、本文で書いたように普通に酔いまくる。その辺、本人は全く気付いてない。妖精さんが乗っていないとすら思ってる節がある。

・最後に顔を顰められたのは色仕掛けして来たと思われたから。尚、デブ提督は彼女の衣類事情をまるで把握していない模様。


勘違い(他の艦娘→瑞鶴(偽))
(謎のボロボロの艦娘→瑞鶴(偽))
・どれだけ遅くても半日未満で終わる簡単な初心者用の任務なのにピカピカになるまで入渠させてもらえる
→実際は現在の瑞鶴(偽)のレベルが一隻で全ての敵艦を撃破しようとすると運が良くない限り確実に沈む。怪我の深刻具合は本来の艦娘なら動く事すらままならない程の激痛であり、海の上を航行する事すら自力では不可能なレベル。

(間宮(般若の顔してた人)→瑞鶴(偽))
・一人だけ裕福な生活を送っている貴女に出す食事はありません。あの肉達磨と豪華な食事でも食ってこいこの雌豚が
→実際はまともな飲食は精々が水くらい。後は燃料などの直飲み。これ知ったら間宮さん自己嫌悪で色々とぶっ壊れると思う。

(その他の艦娘の基本的な認識)
・一人だけいい生活をしている
→真逆。一人だけ死んでもおかしくない程の奴隷のような生活

・食堂に来ても何もせずに帰ったから冷やかしに来ただけ。嫌な奴。(負の感情を向けた事や放送で呼び出された事は棚に上げている)


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第7話:車の中でのひと時

今回、加賀さんが好きな方は見ない事をオススメします。



最近、提督の機嫌が矢鱈と良い。機嫌がいいと言うか、余裕が出来たというべきだろうか?そんな提督にある日、いつものようにスピーカーで呼び出された。

 

もはや癖になった隠密行動の末、誰とも接触せずに無事到着。ノックしようとしたが、中で提督以外の気配がした。試しに聴覚を強化してみると確かに二人分の息遣いが聞こえて来た。

 

会話はしてないのかな?取り敢えず、ノックをしてみると提督の声で入室許可が下りたので気にせずにドアを開けて中へ入った。

 

中へ入ると、嘗ての私と似たような服装のサイドテールをした女性がこちらを背にして立っていた。私に気が付くとその女性はドアの開閉の音に気が付いてこちらに振り向いた。

 

 

同じ型の艦娘を見たことがある。一度に数十機を操って、回避行動に加え、周囲への命令も的確に熟していた艦娘だ。私のような例があるから、型は同じだけで違う存在である事は十分理解している。それでも、憧憬のような感情を抱かずにはいられない。だって、型が同じだけだと言っても私の目標と瓜二つなのだから。

 

ボーッとしていると、あちらが寄って来て握手を求めて来た。

 

 

「初めまして五航戦。一航戦の加賀よ。よろしく」

 

 

握手を返そうと右手で握ると強過ぎる力で握り返され、手の骨が一瞬でバキバキになった。勿論、骨が砕ける音は部屋中に響いたが、提督はいつものように厭らしく笑っていた。

 

そして、加賀さんは私の耳元に口を持ってくると純度100%の殺意を乗せてボソッと呟いた。

 

 

「他の子達が随分とお世話になったわね?提督(クズ)のお狗さん?」

 

 

そう言い終わると、手を離して提督の方へ向き直った。

 

 

・・・ふ、ふふ怖い。

凄い嫌われてるよ。

 

ていうかクズって提督の事・・・なんだろうなぁ。確かに提督は見た目があれで勘違いされやすい容姿だけど、艦娘の事はよく考えてるよ?現に私と他の子が接触しないようにいろいろと配慮してるし、必死になって集めた資材を他の鎮守府の為に使ったり・・・あ、これはギルティ。

 

やるなとは言わないけど、まずはここが余裕を持てるレベルには抑えて欲しい。優しさが空回りしてると言うか。まぁ、一介の艦娘である私が口出しする気は無いけど。言った所で否定されるだろうしね。

 

それでえーと、お狗さん?え?私、狗なんて呼ばれてるの?なんで?こっちは心当たりがまるで無いんですけど?

 

手は・・・まぁ、いつも吹き飛んでるし、特になんとも。提督も見慣れてるから特に気にした様子も無いし。寧ろ、私が今まで他の子にして来た事に比べたら粉々にされなかっただけで有難いよ。

 

 

「今日二人に集まって貰ったのは、大本営で半年に一回行われる定例会議の護衛だ。必須らしいが特にする事は無い。ただ付いてくればいいだけだ」

 

 

え、私が行ってもいいんですか?言っちゃあなんでが、私が居ると評判ガタ落ちだと思うんですけど。

 

 

「今日の昼に出発するから、それまでに門の前に集まっとけ。あぁ、瑞鶴はそれまでに手を戻しておけ。以上だ」

 

 

あ、はい。

いいんですね。

分かりました。

 

 

加賀さんの後に続いて部屋を出て、自分の部屋に戻ろうとすると加賀さんに声を掛けられた。

 

 

「五航戦。いや、これは他の瑞鶴に失礼ね。お狗さん、私は貴方を軽蔑するわ。あのクズがやっている事を知っておきながら、駆逐艦の子達が身を削りながら集めたと知っておきながら、尻尾を振ってそのおこぼれにあずかろうとする貴方に。貴方に艦娘としての誇りは無いのかしら?あぁ、そんものは狗にでも食わせてしまったのね」

 

 

・・・ぐ、ぐうの音も出ない。そして私が狗と呼ばれた理由が判明した。そりゃ嫌われても仕方ないわ。一介の艦娘だからって、他の子が苦労して手にした成果を別の所に渡してるんだから。

 

 

「っ!何とか言ったらどうなの!出会ってからまだ口を一度も開かない!挨拶の一つもしない!これだけ罵倒されても言い返す気配も無い!貴方にとっては私なんて話す価値も無いという事!?」

 

 

いや違います違います。寧ろ話したくて仕方がないです。運用方法とか戦闘のコツとか聞きたい事もたくさんあります。でも喋れないんですよ!

 

そう言い訳しようにも口は動かない。だからジェスチャーで伝えようとする前に提督の叫び声がした。

 

 

『五月蝿いぞ!さっさと行け!』

 

「ちっ、無能が・・・まぁいいわ、覚悟しときなさいお狗さん。お零れにあずかるしか能の無い貴方達を必ず地獄の底に叩き落としてあげるから」

 

 

なんか凄い不吉な事を言い残して何処かに行った加賀さん。

 

何が彼女をそうさせるのだろうか。考えられるのはやはり、他の子達への気持ちの大きさ。それが本来の艦娘としての在り方なのだろうかと思ってしまう。

 

艦娘は深海棲艦に対抗しうる唯一の手段であると記憶にある。要は兵器だ。人間が生き残るための道具。使えなくなったら道具は捨てられてしまう。

 

私だって生きたい。だから、欠陥だらけの私に仕事を与え、ここで働かせてもらえる、生かしてもらえる提督に恩返しをと思い従っているのだが、それは間違いなのだろうか。

 

何もさせてもらえず、ただ解体されるのが嫌だというのは我儘なのだろうか。

 

あぁ、でもそうだね。それがたくさんの少女達の犠牲の上で成り立っているのだとしたら、それは私だって生きたいとは思わない。その時は地獄に落としに来てください。出来ることなら、その役目は憧れである加賀さんに担ってもらいたいなぁ。

 

 

 

 

何かシリアスになってしまったが、時間があるとはいっても準備しなければならない。一応、部屋に戻って来た訳だけども、よくよく考えれば準備って何をすればいいんだろう?あ、取り敢えず手を戻そうか。

 

右手を見てみると手首から指先までぐにゃぐにゃになっていた。まずは手首から捻って形を戻し、指先へと順々に見た目だけでも普通に戻す。

 

グーパーグーパーしてみると、違和感はあるものの見た目的に触れられない限りは多分バレないだろう。後は・・・そう言えば護衛の為に付いて行くんだったよね。

 

なら、懐に何か武器とかいるかな?うーん、でも武器と言われてもなぁ。この部屋には何も無いし・・・あ、外に木が有ったじゃん。あれを加工して投げナイフ的な物が作れるかも。

 

 

艦娘の力を使えば片手でも加工は簡単だった。どちらかと言うと力があり過ぎて慎重になり過ぎたほどだ。出来たのは木という事もあり、ナイフというよりも針のようなものが出来た。

 

投げる練習も抜かりはない。加工や投擲などの手先の器用さを要求される事に関してはこの身体と相性が抜群らしくて、狙った所にヒュンヒュン飛んで行く。不安があるとすれば鑢代わりに弓の弦を使ったことくらい。

 

未だに破れてないからいいけど、仮に壊れた時はどうしよう?弦の梁型については記憶にあるからいいけど、材料が無い。あ、その時には提督に頼るか。

 

夢中になっていたら昼まで残り一時間になっていた。

 

ここでどこに隠すか、という問題が発生したが消去法でスカートの中になった。と言うかここしか隠す場所が無かった。太ももに当てて包帯を上から巻く程度で大丈夫かな。あ、髪の毛の手の高さ辺りに忍ばせとくのも取り出す時に楽かも。簪風にするのも考えたけど、この毛量だと流石に無理があるしね。・・・おぉ、これ凄い楽。丈夫なヤツを忍ばせとこう。

 

 

ふむ、こんな所でいいか。今更だけど武器と言う事で手頃な物を作った訳だが、私は一体何に備えているのだろうか?仮に深海棲艦が来たらこれら全ては無意味な代物になるし・・・あ、艦娘の力だけで十分じゃん。これらの小道具要らないじゃん。いや、でもあって困るわけでもないし折角だから持って行こう、うん。

 

 

 

 

得にする事も思い付かなかったので三十分以上の余裕を持って門の前に到着。帽子を目深に被った憲兵さんが送迎を担当するようで、私に気付くと敬礼をしてきた。敬礼を返した後に提督が来るまでは外で待っているように言われたので待機。聴覚強化をして周囲の安全を確保しながら待っていると十分前に加賀さんがやって来た。

 

 

「あら、お狗さんはこんなに早くから待っているなんて大した忠誠心ね。どんな神経をしていたらあんなのにそこまでご執心できるのかしら?」

 

 

・・・何と言うか恨まれてるなぁ、って考えなくても分かるその態度がいっその事清々しくて寧ろ好きだわ。そもそも私と面と向かって話せる人自体少ないから新鮮だ。

 

 

「はぁ、まただんまり。その顔に付いた口は一体何の為にあるんでしょうね。ご機嫌伺いの為?それともあのクズの足でも舐める為かしら?」

 

 

その冷めきった表情・・・もしかしてドS?加賀さん凄い美人だからその顔で見下されると、何かいけない扉を開きそうなんでできれば罵倒中にその顔は止めてほしいです。ちょっと憲兵さん?聴覚強化していたから分かったけど、今「いいな」って呟かなかった?

 

 

その後も提督が来るまで私を罵倒し続けた加賀さん。正論だし矛盾していないし同じことも言っていないので、何故か結構勉強になるし為になる事もちょくちょくあった。戦闘面の事は見た事無いから仕方ないとは言え、話してくれなかったのはちょっと残念。

 

トラック型の前と後ろが分かれたタイプの車。前に提督と憲兵さん、後ろに私と加賀さんが乗車をして出発。護衛が出来ないと思ったが、提督も加賀さんも何も言わないから問題は無いんだろう。

 

その後、一切の会話は無く、ただ車に揺られるだけだったので、聴覚を強化していると前からエンジン音に混じって話声が聞こえて来たが、エンジン音やタイヤの摩擦音で上手く聞き取れなかった。

 

 

 

 

後ろに瑞鶴と加賀が乗っている車両の運転席で提督と送迎に来た憲兵が会話をしていた。憲兵は何処か見下したような口調だったが、提督は気付くこと無く会話を続けていた。

 

 

「随分と飼い慣らせているようですね。あの瑞鶴を」

 

「お前が指示した無茶な量の書類の処理と敵の撃破をさせたまでだ」

「それに関してはすみません。最近は艦娘に関しての不正が大変厳しくなりましたから。何度もアリバイ工作やらしなければならないんですよ。それにあの書類を書かなければ貴方の首が確実に飛んでいたのも事実。それでも期待以上の成果である事に変わりはありませんがね」

 

「あの瑞鶴に任せておけば問題無いと断言したのはお前だろう。何を今更」

 

「そうですね。全て狙い通りです。そしてあの瑞鶴についても分かった事があります」

 

 

そこで一旦話を区切り、口端を上げる憲兵。

 

 

「・・・随分と悪い顔だな。折角の色男が台無しだ。それで、分かった事とはなんだ?勿体ぶらずに教えろ」

 

「そう急かさずともお教えしますよ。・・・これまでに送られた情報で分かった事ですが、あの瑞鶴は表情筋どころか、瞳にも身体のどこにも自身の感情が表れる事がありません。しかし、感情が無い訳では無い」

 

「あれ程の境遇で口一つ聞けないような気持ち悪いヤツにか?姉を脅しに掛けてもピクリともしなかったぞ」

 

「ええ、きちんと感情はあります。その一つとして最も必要だった提督の役に立ちたい、という感情。いえ、願望でしょうか?姉については実感が湧いていないだけでしょう。顔合わせすらした事が無いんですから当然です。そして貴方は他には無いブラックな労働環境に艦娘を置いている為、艦娘からの評判は地に落ちています」

 

「ふんっ。道具なんぞの信頼なんか要らん。道具は道具らしく使われていればいいんだ」

 

「そこはいいんです。貴方の方針に口出しする気はありません。しかし、あの瑞鶴にはこれまで様々な鎮守府へ行ってもらいました。自分がどういう立場にあるのか、自分は何も出来ない無能、そう言った負の感情を蓄積させ、提督の役に立ちたいという欲求を更に深める為に。思い通りの対応をしてくれる提督を吟味するのは骨が折れましたけどね」

 

「負の感情は蓄積させていいのか?それは・・・」

 

「いいんですよ。この程度なら何も問題はありません。寧ろ従わせるには丁度いいくらいです。そして出来上がったのがあの都合のいい機械のような瑞鶴です。建造に投入する資源を抑えされるのには苦労しましたよ。それにどうやら指示通りに周囲の艦娘への悪い情報を流すのもきちんと成功しているようですしね。その結果、更に孤立していき、情報統制が楽になる。最終的に命綱でもある貴方に縋るんじゃないですかね?全く、何もかもが上手く行って怖いくらいですよ」

 

「思い通りにいっているのなら何よりだ。して、本当に約束は守ってくれるんだろうな?」

 

「ん?当たり前ですよ。頭の硬い上層部を一掃した後は貴方が元帥です。私はその地位になんの興味もありませんしね。私を愚弄した老いぼれ達に復讐出来ればそれだけで十分です」

 

「ふんっ、ならばいい」

 

 

己の懸念が払拭され、目を瞑りふんぞり返る提督。その姿を蔑んだ目で見る憲兵。

 

 

(本当に愚かな肉達磨だ。自分が騙されているとも知らずに金と地位に目が眩んでここまで思い通りに動いてくれるとは。精々、残り短い余生を好き勝手生きる事だな)

 

 

憲兵が思っている事など知りもせず、大本営までの道のりを静かに進む中で眠る提督であった。




大体コイツのせい、憲兵?が登場。
加賀さんと瑞鶴を含めたその他大勢については、綺麗さっぱりこの憲兵の思惑に嵌ってしまった感じ。まぁ、それを抜きにしても毒舌の加賀さんにはなっていた模様。

加賀さんが罵倒していた時の憲兵さんの反応はいい傾向だ、って意味でのいいな。因みに瑞鶴はそっち方向の趣味があると勘違いされたまま。


次回も気長にお待ちください!


勘違い(瑞鶴→その他諸々)
・提督に対しての好感度がやたら高いが全て勘違い。実際は普通に自己中極まりなく、自分さえ良ければ他の人間(子供でも)を喜んで地獄に叩き落とすような人物。

・加賀さん大好き系瑞鶴さん。しかし、本人からは勘違いでゴキブリ以下並に嫌われている。

・使えなくなっても別に捨てられる事は無い。しかし、本人は道具のようにしか扱われて来なかったのでそれ以外の考えが既に思い付かなかい程に染み付いてしまった。

勘違い(加賀→瑞鶴(偽))
・瑞鶴(偽)は狗っぽいが、ちょっと違う。その通りにしないと生きていけないからそうしてるだけであり、実情を知れば自信を省みずに普通に提督を滅す。本人は何も喋らないのでその真意が届く日は来ないかもしれないしもしかしたら来るかもしれない。

・瑞鶴(偽)が喋れないと知らない。最初に挑発して瑞鶴(偽)が怒鳴った所でマウントを取ろうとしたが、何も喋らないどころか、表情一つとして変えないので相手にもされていないと勘違いして怒鳴ってしまった。瑞鶴(偽)本人は加賀さんと話したくて仕方無い模様。




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第8話:不審な影

大本営でのちょっとしたお話


ゆらりゆらり揺られ、加賀さんからの殺気を正面から受けつつ到着したのは懐かしの大本営。加賀さんの後に続くように降りると、眼前に広がる巨大な建物。

 

甦るあの頃の記憶。エロピンクに身体を隅々までぐへへとか言われながら弄られ、クソみたいな食事を出され、虚ちゃんに身体を好き勝手され・・・碌な思い出が無いよ。

 

ん?あれは他の鎮守府の提督と艦娘か。おーおー、楽しそうに雑談してらっしゃる。仲が良いのは良き事かな。

それに対してウチは

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

空気が死んでやがるぜ。

 

そして加賀さんから送られる殺気がヤバい。何がヤバいって、なんか空間が歪んでるように見えるし、それを提督は涼しい顔で受け流してる。だから余計に空気が死んでいく。あ、あれ受け流してるんじゃなくて気が付いてないだけだ。

 

き、気まずい。こんな時に表に出ないこの身体は有難い。まぁ、こんな状況になったのも元を辿ればこの身体のせいでもあるんだけどね。

 

 

 

 

大本営の中を歩いていると途中の分かれ道で係の人に冷や汗ダラダラで艦娘はこちらだと指示され、提督と別れた。終わり次第迎えに来るらしい。

 

それまで幾つかの別室で艦娘が集められ、そこで適当に時間を潰すんだとか。会議が終了すると放送が流れて、それを合図に艦娘は帰る支度をするらしい。

 

・・・本当に何の為の護衛なんだろうか?あ、もしかして他の鎮守府の艦娘と親睦を深めろとかそんな感じかな?いや、それだと私を連れて来た理由が分からない。

 

そう言えば、護衛は形だけみたいな事を提督が言っていたような。それならもっと愛想のいい子の方が良かったんじゃ・・・。いや、別に他意はありませんよ?えぇ、ありませんとも。ですから、加賀さん。もう部屋の中なので、殺気を収めてくれると嬉しいです。入室した時に注目されるから、周りで談笑していた子達が一斉に悲鳴を上げて怯え切ってるんですけど。なんでその澄ました顔からここまでの殺気を出せるんですか。意味不明ですよ。

 

 

「お手洗いに行ってくるわ」

 

 

あ、いってらしゃいです。

 

 

そう言って、加賀さんは入って来たばかりの部屋を出て行った。加賀さんが出て行った扉を凝視するその他。その内に端の方にある椅子へとすすすと座りに行く私。

 

私が座ると同時に次第に室内で喧騒が広がりだした。

 

 

「ひっ!?」

 

 

そんな事は無かった。

 

今度は私の近くに居た子が私に気が付いて、顔を見ると悲鳴を上げてこちらに視線が集中。怯える声が幾つかと興味深い視線が幾つか。え、誰?みたいな反応をするのが多分、一番多い。

 

え、なんで?瑞鶴ってそれなりに居ると思っていたんだけど。現にそこにも瑞鶴が・・・あぁ、うん。容姿も服装もまるで違うな。そりゃ、そんな反応になるか。

 

その後、加賀さんが戻って来るまでの十数分間、話し掛けるか?、貴女行きなさいよ、いや貴女が行きなさいよ、みたいなアイコンタクトを取りまくる室内で必死に気付かないフリをし続けた。

 

加賀さん、失礼だとは思うんですけどお手洗い長過ぎです。途中から普通の瑞鶴に視線が集中しまくって可哀想な事になってましたよ。本人も涙目になって必死に顔を横に振るし。

 

そんな静まり返った中で戻って来た加賀さん。当然、視線がそちらに集中し、それに対して加賀さんの眉間に皺が寄り、殺気が溢れ出て来た。そんな反応を見て即座に視線を外すのがちらほら。戸惑っているのが結構多い。

 

それでも知ったこっちゃないと私を睨むと私まで一直線で来れるように人が左右に分かれた。人で作られた道を堂々とした足取りで歩き、私の前まで来ると私を見下ろして、溜め息を一つ吐くと指示を出して来た。

 

 

「はぁ、付いて来なさい」

 

 

踵を返して行く加賀さんに立ち上がって追随する。歩いて行く私達に視線が集中し、私が生まれた時と既視感を感じつつ、それぞれの視線に乗る感情に不安を抱いた。

 

 

うーむ、非常にマズい。この殺気が向けられる人物も原因も全て私であって、他の子は流れ弾を受けたようなもの。

 

私が悪いのであって、加賀さん特に悪くない。なのに加賀さんが悪いみたいに見られてる。それは・・・なんか嫌だ。だって、罵倒されようが好感度がマイナスにぶっちぎっていようが憧れである事に変わりは無い。

 

全部は無理だけど、せめて半分でも私に向かせよう。出来ることなら全部私に向かせたいが、加賀さんが可愛く見えるレベルの殺気を私は出せない。精々が同レベル以下・・・やった事ないから分かんないけど。そして、去り際にやった方が印象に残りやすそう。

 

そして、加賀さんが部屋を出た後に後ろをチラッと肩越しに見て頑張ってやり方の分からない殺気を出してみた。

 

特に反応が返って来る事は無かった。

 

不発!

 

トホホ。

 

すみません加賀さん。

私じゃ力不足みたいです。

 

 

 

 

加賀さんの後に続いて廊下を歩く。そんな時に加賀さんが前を歩きながらこちらをチラリと振り向いて話し掛けて来た。殺気はデフォルトですね、分かります。

 

 

「何をどうすれば、あの短時間であんな状況になるの?」

 

 

・・・顔がコレだから・・・・・・ですかね?

 

 

「貴女に聞いても無駄だったわね。なんせ貴女の口は、ご主人様にわんわん吠える為にしかないものね」

 

 

そう言って、黙って前を向いて歩き続けた。

 

お、おうぅ、もしかして室内をあんな状況にして出て行くしかなかったのを根に持ってらっしゃる?だとしたら、本当に申し訳ないです。いや、申し訳ないと思っても治しようがないんで大目に見てくれると有難いです。

 

 

その後、歩いているとドリンクバーの機械らしきものがあった。置いてある机に艦娘専用と書いてある紙が貼られてる。加賀さんが端に置いてある紙コップを一つ手に取ると多分ジュースを入れてそのコップを手に取った。

 

 

「好きなの入れなさい。嫌なら無理して飲まなくてもいいわ」

 

 

うーん、水でいいです。

 

 

「・・・そう、いつも良い物を飲んでるでしょう貴女には泥水のように感じるのね。いいご身分だこと」

 

 

良い物・・・確かに純度100%のいい燃料を飲んでる。それを好んで飲む程に舌がどうかしてる貴女の口には合わないでしょうね、という意味か?

 

ふっ、惜しいですね加賀さん。半分正解で半分不正解といったところです。舌がどうかしてるのは正しいですが、私にとってはあらゆる飲み物は液体でしかないんですよ。

 

こんな私に味がある飲み物は勿体無いと思いません?宝の持ち腐れってヤツです。それにここに集まった艦娘は結構多いみたいですし、対してこのドリンクバーの大きさはそれを賄える大きさではない。ドリンク達も味の分かる人に飲んでもらいたでしょう。

 

そんな訳で私は飲料用の水道水で十分です。と言うか、水道水だとどんな味かを味わった事があるので唯一イメージで補えるんですよね。所詮はイメージですけど・・・。

 

 

「・・・そう、飽く迄もシラを切るのね。どうでもいいけど」

 

 

およ?どうかしました?

ごくごく。

うん、水だ。

 

そう言えば、水を飲んだのも久しぶりだ。前に記憶を見返した時に燃料さえ補充しとけば艦娘は生きていけるってあったし、そもそも飲める機会自体が無かったのもあるけど、偶には悪くないな。味という刺激を唯一感じる事のできる手段であるし、そんな機会と味覚に希望をくれた加賀さんには頭が上がりそうにない。まぁ、元から頭は上がないけど。

 

 

「近くの廊下に椅子があるわ。部屋に戻る訳にもいかないしそこで時間を潰すわよ」

 

 

はい、お手数をお掛けして本当にすみません。なんか、さっきから加賀さんに謝ってばかりな気がする。

 

 

 

 

普通に廊下を歩けば死角になる位置。そもそも人が殆ど通らない場所の壁に椅子が何個か並べられていた。よくこんな所を知っているものだと思いながらも目を瞑って凄く良い姿勢で座っている加賀さんの隣に座る。

 

私も同じくらい姿勢はいいけど、それはこの身体のお陰。一番いいと思える姿勢で動こうと思わない限り、私は微動だにしない。

 

だけど加賀さんは違う。そんな機能は無い筈なのにこの美しい姿勢。うん、惚れ惚れする。っとと、あんまり見てると失礼だ。適当に前を向いて虚空でも見てよ。あ、聴力でも強化させとくか。形だけと言っても一応、護衛だからね。

 

 

そうして、暇潰しという本音を意味も無く誤魔化して周囲の音を拾って遊んで?いると、この道に入れる角の陰に誰かがずっと居る事に気が付いた。聴力を元に戻して視力を少し強化して、そちらを目だけ動かして見るとかなり長そうな髪がはみ出ていた。

 

護衛という名目でやってたからか、明らかに怪しい相手に敵対心マックスで髪の中に忍ばせていた串を取り出して、角ギリギリに牽制で投擲した。因みに後から、どう見ても素人相手にそこまでする事は無かったと反省するのはご愛嬌。

 

艦娘の力を使うと空気抵抗で大惨事に成り兼ねないので、人の力で手首のスナップだけで投げた串は狙い通りの所へと飛んで行き、はみ出ている髪の隙間を掻き分けて奥の壁に反動せずに先端がスッと刺さった。聴力を強化して様子を窺ってみると、不審者は何が起きたのかを理解すると慌てたようにその場でアタフタすると何処かへ走って行った。

 

あの程度ならそこらの憲兵さんに捕まるだろうと判断して、姿勢を正して虚空を見つめようとすると横からの視線に気が付いた。ちらりと向くと案の定、殺気を膨れ上がらせた加賀さんがこちらを横目で睨み付けていた。

 

 

「私の前で余計な事をするとは大した度胸ね。次は無いわよ」

 

 

そして、再び目を閉じて動かなくなった。

 

・・・あれ?もしかして、不味い事しちゃった感じですか?あそこで隠れていた人ってもしかしなくても敵対したらいけなかった人的な・・・大人しくしておきます。はい、本当に本当にすみませんでした。

 

 

その後、気付けば何かをしでかし兼ねないと思ったので聴力を元に戻して、眠りに就いた。一時間弱で放送が流れ、加賀さんに部屋に戻ると言われ、後に続いて来た道を戻る。その時に投げた串が無くなっている事に気が付いた。一番いい出来だったのでちょっと残念だったけど、また作ればいいかと思い直して途中で紙コップを捨てて部屋へと向かった。

 

 

 

 

部屋付近では何人かの提督と艦娘がわいわいしていて、それぞれが挨拶をして帰路についていた。私も提督を探してみたが見付からなかった。見た所、提督の体形は軍内だとかなり珍しい部類に入るから見付けやすいと思ったがそうでもないらしい。

 

加賀さんは見付けられたか様子を見ていると、何処かへ歩き出した。進行方向には憲兵さんが敬礼して待っていた。

 

 

「加賀型一番艦加賀、翔鶴型二番艦瑞鶴。お迎えに上がりました。提督殿は既にご乗車しております。こちらへ」

 

 

なるほど。それなら見付けられない筈だ。それにしても態々遣いの者を出せるなんて、ウチの提督ってもしかしなくても結構凄い人なのかな?でも、なんでその報告を受けた途端に見えない筈の加賀さんの目が冷酷なものになっていくのを感じたのは何故だろう。

 

 

私が翔鶴型二番艦瑞鶴と呼ばれた瞬間の周囲の反応を無視して憲兵さんに付いて行く。そして、到着したのは多くの軍用車両が止められている駐車場。乗る車は多分来た時と同じ物。

 

運転席に憲兵さん、その隣に提督が座っており、加賀さんが後ろに乗ったのでその後に同じようにして私も乗車。すると、案内してきた憲兵さんが運転手に合図を出したのか、すぐに出発した。

 

 

 

 

ちょっと混んだけど、そこまでのタイムロスは無く、日が暮れる前に鎮守府に到着。因みにそこまでの道中は加賀さんも前の二人もだんまりでした。目を伏せて座っている加賀さんから殺気を受け続けていたけど、途中からパッタリと止んだ。

 

どうしたのかと様子を窺ってみるも変わった様子は無い。試しに聴力を強化してみると微かに寝息が聞こえた。

 

流石に疲れたらしい。まぁ、ずっと私に殺気をぶつけ続ける為に気を張っていたんだから当然と言えば当然かな。ただ、寝ている前と後で変化が全く無いし、それなりに揺れているのにどちらにも倒れる気配が無いのは流石だ。

 

私も暇である事に変わりは無いし、何かをすると碌な事に成りそうにないので大人しく寝る事にした。そして道中がほぼ一瞬に感じた。

 

提督は降りると私達に部屋に戻るように指示すると何処かへとのっしのっしと歩いて行った。残された私と加賀さん。車は疾うの昔に帰って行った。

 

 

「本当に滑稽よね。ただの無能が妖精さん達が見えるというだけで提督になった。買われたのは能力ではなく才能。磨かなければ簡単に切り落とされるとも知らずに・・・ただの独り言よ。貴女は気にせずにいつものようにあのクズに尻尾でも振っていればいいわ。それじゃ」

 

 

そう言い残して去って行く加賀さん。

 

・・・うーん。

仲良くとはいかないでも、相談くらいは出来るレベルで仲良くなりたいと思ったけど、どう考えても不可能みたい。自業自得とは言え、ちょっと残念。さて、いつまでもクヨクヨしてらんない。早く戻って書類書かなくちゃ。

 

 

そう言えば、あの時の覗いていた不審者は一体誰なんだろ?




この定例会議は今回は大した事は話さずに適当な報告で終了の為にカット。
一応、瑞鶴の事が話に挙がりはしましたが、よく働いてくれていますとか何とか言って提督の評価が若干上がった程度。
それでも、この提督の元々の評価があまりよくないので微々たるもの。

艦娘の護衛は最近は平和なので本当に形だけのもので、親睦が目的になっていますがこの提督はあんまり表情が出難い人物を選出。
出やすい子だと疲労が顔に出てブラックだとバレてしまいますからね。

加賀さんがチクらなかったのはタイミングが無かったのもありますが、提督に他の艦娘がどうなってもいいのか、と私が死んでも他の者が潰しに行く的な事を言われて上手く動けない状態。

その会話で提督が捨て駒だと気が付いた加賀さん。
凄い優秀。
尚、提督は全く気が付いていない模様。
憲兵?にこう言っておけば大丈夫だと言われたのでそうしたまでの事。
完全に傀儡。

殺気は殆どが無意識に出ていたモノ。
トイレに行く前なんかが特にそう。

トイレに言った理由は誰かが来れば、自分たちの状況が説明できると思っての事だが運悪く誰も来ずに退散。
戻ると状況を把握して他の子の迷惑になるからとここでも退散。
一体、誰の仕業なんでしょうね。

因みにこの時の瑞鶴がきちんと出せた殺気で加賀さんへの悪印象は殆ど払拭されています。
反応が無かったのは、その殺気の質が深海棲艦のそれに近いものがあったので呆然としたから。
加賀さんには当たってないので気付かれてない。


角で隠れていた影と串の行方に関しては後々。
そこまで重要人物でないとだけ。


帰りで加賀さんが寝たのは本文でも記したのもあるが、普通に激務で疲れたから。
と言っても瑞鶴ほどではない。
そもそも、瑞鶴と比べること自体が間違いである。


次回も気長にお待ちください!



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第9話:欠陥機だからこそ

韓国からこんにちわ。
暇な時間の合間を縫って漸く書き終わりました。

後書きに現状で起こってる勘違いを長いですが書いておきます。


部屋へ戻って来ていつものように虹彩を調節してから、いざ書類仕事をしようとする時に思い出した。

 

 

あ、右手ぐにゃぐにゃじゃん。

 

 

飽く迄も形を元に戻しただけであって、治った訳では無い。意識しない限り動かないと言っても、そう言った物理法則とか人体の構造を無視するような動きは出来ない。ペンを持つ事は出来なくもないが、やったとしても右手に集中し過ぎて、左手だけよりも寧ろ時間が掛かる。

 

たったこれだけ(右手)の為に入渠するのもなんか勿体無い気がする。そもそも、大破しない限り入渠するなと言われてるからどの道、入る事は出来そうにもない。

 

固定具とかを作って補助させるって案も考えたけど、流石にそこまで細かい物は作れないし、作り方が分からない。

 

 

結論、左手だけで頑張る。

 

 

・・・まぁ、やりますけどね。

 

 

 

 

順調・・・と言えば、順調かな?片手だけな分、二分割していた脳の処理をどちらとも使えるから脳内での処理速度は格段にアップしてる。

 

手を動かす速度も上がってると言えば上がってるけど、脳の上昇値に比べれば微々たるもの。つまり、身体がまるで追い付けていないのである。

 

始めてそろそろ朝になるけど、まだ十箱しか出来てない。片手だけなら十分かもしれないけど、両手の時には十五箱近く出来てた。

 

このペースで行けば、一日で出来るのは二十箱。一週間程、右手がこうなる前に一日三十箱を済ませていたから一ヶ月でこのダンボールの壁を処理するのは不可能ではないけど、かなりシビアだ。

 

 

悪いのは加賀さんでない事は分かってるけど愚痴くらい言わせて下さい。

 

 

うー、加賀さんのバカぁ

 

 

 

 

そんな切羽っ詰まった状況下の昼の三時頃に呼び出された。恐らく出撃だろう。移動時間を歩くなんてのは勿体無いので、隠密行動はそこそこに人の力のみで全速力で執務室へ直行。

 

息が上がらないので息を整える必要も無くノック。用件はやはり出撃だったが、こんな時に限ってと言うべきか、いつもより交戦回数が多い。

 

執務室を出て港まで同じく全力疾走し、海岸で飛んで空中で艤装を展開してそのまま出撃。全速力で渡航して、そろそろ戦闘地域に入る頃になって気が付いた。

 

 

あ、弓引けない。

 

 

大問題である。

 

即座に急ブレーキを掛けて停止。試しに引いてみると、「かけ」という手袋のようなものを付けているのでそれが補助となってなんとか引けた。だが、違和感がありまくりで、なんとも心許無い。

 

きちんとした握りだと、なんとかいつも通りに引けるが少しずれるだけで引っ張ってる弦が外れる。これ、確実に戦闘中に引っ張り切る前に弦が外れそう。ここ最近は艦載機やらを操作する練度も上がって来たからあんまり撃墜されず、戦闘中に弾の軌道を変えたりしてるから弓を持つ事自体が少なくなってきたが、それでも不安はある。

 

取り敢えず偵察機を三機ほど出して、周囲の索敵を行うと割と近くに黒い影が複数あった。偵察機を戻して、周囲の状況把握用の偵察機を一機と運がいい事に空母は居なさそうなので爆撃機を五機で戦闘を開始。

 

 

 

 

・・・ヤバい。

 

先の戦闘は無事に無傷で終えれた。あまり弓を引きたくないから、落とされないように慎重にした結果思いの外、時間が掛かってしまった。しかもその後の戦闘も何機か落とされて新しいのが中々出せなくて結構危なかったけど、最終的に小破までに留めて勝利出来た。

 

そして、後二回程戦闘が残ってる訳なんだけど、ほぼ詰んだかもしれない。

 

 

何故なら、水平線に半球の太陽があるから。

つまり、夜になる。

 

 

・・・ヤバいヤバいヤバい。これ、今すぐに戻った方がいいよね?だって、このまま進んで接敵しても私空母だから攻撃出来ないよ?周囲に偵察機を飛ばして見た感じ、未だに敵が居ない今しか戻るチャンスは無さそう。

 

でも、ここで戻るとここまで来た燃料が勿体無いしな。

それにすぐに見つければギリギリ後一回は出来そうな気がする。

 

 

・・・・・・あと一回だけなら大丈夫だよね。

 

 

 

 

はい、無理でした。太陽が沈み切るまでに見付からず、偵察機を戻そうと思った瞬間に見付けました。そして、こちらの存在がバレました。

 

あはは、完全にやっちまいましたよ。

・・・本当にどうしよう。

 

空母が居ないようだから制空権争いをする心配は無いけど、そろそろ夜になる今だとあまり関係無い。それにこちらに空母が居ると判明した時点で格好の獲物だと思われて逃がしてもらえそうにもない。速度的にも逃げ切れる自信が無い。

 

幸い、まだ日は沈み切ってない。残り時間は本当にギリギリではあるけど、このまま何もせずに夜になるのを待つよりもさっさと攻撃した方がまだ勝算はある。

 

正直、不安しかないけど、ここで殺らなきゃ私が無抵抗のまま殺られる。そんな殺られ方は出来ればしたくない。しかも、それが自分のミスから来るものなら尚更。

 

 

偵察機を戻したと同時に砲撃された。周囲に立ち上る水柱。距離がある分、命中率はかなり悪いようだが、それも時間の問題。

 

取りにくくはあるものの何とか矢をつがえて、爆撃機五機と偵察機二機を新しく出撃させる。

 

まだギリギリ見えるが、影のお陰で微妙にズレる。命中はしたが、あんまり効いてないみたい。あ、一機落とされた。

 

 

そんなこんなで敵の半分を撃破した頃に世界が闇に染った。七面鳥、という言葉が頭を過った。こちらは敵が見えずに回避がままならないが、敵も見えにくい筈。だが、次々と当てて、最終的には偵察機まで落とされた。

 

こちらへ砲弾が飛んでくる。弾道予測はまともに出来ないが、今までの経験でなんとか軌道はずらせた。だが左手がボロボロになった。皮はずる剥けるわ、爪は剥げるわで見た目は左手の方がヤバいが、中身は右手程では無い。表面の傷など怪我のうちにも入らない。

 

幸い、次弾装填に入ったのか、砲撃が一時的に止んだ。

 

 

取り敢えず、剥がれかかってる爪を邪魔なので全部剥がす・・・うむ、鬱陶しくなくなった。

 

さて、どうしたものか。考えてる時間はそこまで無い。

逃げるのは無理に等しい。迎撃するにしても副砲なんか付いてないし、あるのは艦載機のみ。ステゴロ・・・この手だと無理か。近付ける気もしない。

 

それに何故だろうか。常日頃から真っ暗闇に居たというのに、不安で心が押し潰され・・・そう・・・だ・・・・・・。

 

・・・、・・・・・・。

・・・ん?あれ?ちょっと待って。

 

空母が夜戦出来ない理由って、要は敵を捕捉し難かったり、着陸が難しかったりとそんな理由だったよね?・・・うん、記憶にもそうある。

 

・・・・・・・・・私、関係無くない?

 

虹彩をちょちょいと弄れば、ほらこの通り。昼間・・・とまではいかないけど、敵を捕捉して攻撃したり躱したりするのには問題ないレベルで辺りが見え易くなった。

 

 

・・・さぁ、夜はこれからだ。

 

Let's Party!!

 

 

 

 

いや、まぁ、見えたからと言って、戦闘が可能になるだけで右手が治る訳でもないんでかなり苦戦しましたけどね。それでも倒せました!

ズイ (((ง˘ω˘)ว))ズイ

 

途中で戦闘機や偵察機の燃料が切れて、回収しようにも夜だから遣り難い。しかも、失敗すれば洒落にならないダメージを受ける事になるし、他の戦闘機の操縦も一時的にだが出来なくなる。

 

そこで考えたのが敵へと特攻させて自爆させる作戦。夜だから、やはり昼よりかは撃ち落とされ難い。しかも、直撃すればほぼ確実に大破以上になる。

 

残りの艦載機は一度に出せる量が少ないからまだまだ余ってる。一機で確実に敵を一隻は撃破出来るんなら、弾薬や燃料の消費も減る。

 

デメリットと言えば、その爆発の瞬間までずっと視界をリンクしてるからそこだけ凄い事になる程度。これは慣れればいいだけの話。

 

 

さて、このまま最後の戦闘区域へと向かいますか!

(流石に気分が高揚してます)

 

 

 

 

終わったよ。

やっと倒せた。

ふ、ふふっ、駆逐艦怖い。

 

夜だとここまで厄介だなんて思わなかった。そう言えば、さっきの戦闘は夜になる前に出来るだけ数を減らそうと駆逐艦だけ撃破してたんだった。

 

ヤバいよ。デストロイヤーなんて随分と大袈裟だと思ったけどそんな事は無かったわ。記憶でも見てたっちゃ見てたけど、こうして体感してみると改めて思う。

 

駆逐艦ヤバい(語彙力)

 

てか、なんで自爆特攻をすいすい避けるん?機体が消えた分、寧ろ消費が激しくなったんだけど。まぁ、二隻しかいなかったから何とかなったけどね。海面に違和感を持って聴覚を強化して魚雷に気付かなかったら、マジで沈んでたのは否定しない。

 

テンションが馬鹿みたいに上がってたのは、そうしないと何故か心が不安で押し潰されそうだったから。これは周囲がきちんと見えても変わらない。夜の海そのものに恐怖を感じているようだった。正直、出来る事なら夜の海は二度と御免だ。

 

それに夜の戦闘に慣れてないからか、被弾率が跳ね上がってる気がする。お陰で大破になって入渠出来るのはラッキー・・・とでも言えばいいのだろうか。

 

うー、駆逐艦の子達に申し訳無くなってしまう。本来なら夜になる前には終わってた筈なのに、下手に警戒して被弾が増えるとか、阿呆なんじゃなかろうか。

 

 

・・・・・・今、ふと加賀さんは私が夜戦できる事を知ってたから右手を砕いたのかと思ったけど、そこの所はどうなんだろ?加賀さんも同じ空母で発艦の仕方も確か同じだから、片手が使い物にならなくなると戦闘に支障が出る事も大破しないと治す事も出来ない事は知ってるだろうし、同じな筈。

 

それを承知の上でやったのだったら、そうとしか考えれない。だって、加賀さんにも駆逐艦の子達にもメリットが無いんだから。加賀さんは恐らくだけど他の子を本当に大切に思ってる。それは言動を見てれば分かる。

 

言動を・・・見てれば。

 

・・・・・・まぁ、私は欠陥機だしね。その思いの片隅にほんの一欠片だけでもいいから私も居れば、なんて・・・高望みが過ぎるよね。

 

 

 

 

まだ真夜中と大差ない明るさだが、そろそろ日が昇ってくるだろう時間帯に鎮守府に戻って来た。

 

帰投中に最近出来るようになった自力での止血をして、ダラーんとしてた片目を海へと放り捨てて肉が崩れ落ちそうな場所を払い落としたり、ボロボロの晒で何とか巻いて準備万端。陸地に着いたと同時に無駄にデカい胸を抱えて全力で執務室へと向かう。片方が抉れていたから楽でいいわ。

 

 

あ、提督、戻りました・・・って、そんな慌ててどうしたんですか?

 

 

扉を開けば、この時間帯は起きていない筈の提督が執務室でソワソワしていた。そして、入って来たのが私だと気付くと何やら珍しく安否確認をするとホッとあからさまに息を一つ吐いた。

 

 

「無事、戻ったのならいい。さっさと・・・うえっ、いつもいつも気色悪い姿で戻って来やがって!さっさと入渠して来い!」

 

 

うぃーす。

 

 

いつもより少し酷いやり取りを終えて、専用の入渠場へゴー。そんな時、いろいろ有り過ぎて(主に書類)周囲への注意が散漫となり、横から歩いて来る子に気付くのが遅れた。

 

慌ててブレーキを掛けたがもう遅い。

 

曲がってこちらへ来る小学生くらいの袴を着た少女にその姿をバッチリ見られた。

 

 

「へ・・・?あ、ぁあ、いやぁあぁあああああああああああぁぁぁ!!?!?」

 

 

過去最大の叫び声。流石にこの大きさだと周囲がなんだと寄って来る。だから、慌てて黙らせようと近付けば、

 

 

「ひぃぁああああ・・・ぁ・・・ッ」

 

 

肺にある空気を全て吐き出すかのような金切り声と共に白目を剥いて失神した。

 

 

・・・ど、どうしよ、これ。

 

 

医務室という存在を思い出して、取り敢えずそこへ送ろうとしたが、周囲が静かな事もあり、聴覚を強化しなくとも近付いてくる足音に気が付いた。

 

 

あ・・・あぁ、えっと、どうしよ。このまま居たら来た子も怯えちゃうし、えっと・・・撤退!

 

 

私が出した答えはその場を全て丸投げして逃げる、だった。

 

 

 

 

「早く医務室に運んで!」

 

 

瑞鶴と接触して気絶した艦娘、瑞鳳が発見されたのは彼女が気を失ってからすぐの事だった。

 

偶々、報告に行こうとした駆逐艦が悲鳴を聞き付けそちらへ急行。泡を噴いて倒れている瑞鳳を発見し、応援を呼んだ。あまりにも大きな悲鳴な為、寝ていた艦娘の殆どもやって来ており、作業は迅速に行われた。因みに提督は初めての徹夜明けの為、自室でぐっすりだ。

 

運ばれて行く瑞鳳を眺める艦娘達はそれぞれ、心配や不安、恐怖などといった感情が心中で渦巻いていた。なにせ、安全だと思っていた鎮守府内での事件。

 

ただでさえ疲労しているのに、これでは解決するまで警戒して満足に休息を取る事も出来なくなる。

 

瑞鳳が運ばれ、手持ち無沙汰になったその他はここに居ても仕方ないのでそれぞれが持ち場へと戻って行った。そんな中、憤怒を押し殺したような表情で開いた窓を見る加賀におずおずと話し掛ける駆逐艦が居た。最初に瑞鳳を発見した子だ。

 

 

「あ、あの、加賀さん」

 

「ん?何かしら、初月」

 

「瑞鳳の悲鳴を聞いて、駆け寄った時に・・・見たんだ」

 

「見た?一体何を?」

 

「長い三つ編みをした子が何処かに急いで駆けて行くのを・・・」

 

「・・・そう。なら、その長い三つ編みの子がこの窓から飛び降りでもしたのね?」

 

 

それを小耳に挟んで立ち止まる艦娘が居た。それを気にせずに話を聞く加賀とそもそも気付いてすらいない初月。

 

 

「え、あ・・・うん、その通り・・・でも、見えたのは三つ編みと後ろ姿がちらっとだけだから、まだ」

 

「いえ、もう殆ど確定したも同然でしょうね。提督自身がこんな事を出来るとは思わない。何の為にアレにこんな事をさせたのかは・・・まぁ、恐らくいつものサディズムが抑え切れなくなったのか、何らかの指示があったのか、そこはいいわ。どれだけ言い繕ってもこちらへ実質的に手を上げた事に変わりは無いんだもの。陸で起こった事だから、最低でも調査は入るでしょうね。あのクズを消すいい材料になるわ」

 

 

加賀の見解を聞き、どこか不安そうな表情をする初月。

 

 

「・・・やっぱり、瑞鶴はあちら側・・・なんだろうか」

 

「まだそんな寝言を言ってるの?アレと他の瑞鶴を一緒にしないこと。信じるのは勝手だけど、信用はしないようにね。寝首を搔かれるのは貴女よ。翔鶴、貴女は別に気負う必要は無いわ。アレは貴女の妹なんかじゃない」

 

「ッ!?」

 

 

いきなり話を振られて肩を跳ねさせる翔鶴。居た事に今更気が付いた初月。翔鶴は瑞鶴との執務室での初邂逅以降、顔を合わせていない。

 

正確には翔鶴自身が抱いていた瑞鶴のイメージとの格差故に勝手に怯えて差し伸ばされた手を弾いたと言う後ろめたさから翔鶴が避けている。無論、周囲も艦として姉である翔鶴が誰よりも瑞鶴を必要以上に避けているのは分かってはいるが、その原因が翔鶴自身にあるとは誰も知らない。

 

しかも、避けているのに瑞鶴の事を気にしている様子を度々見掛ける。それは単に純粋な善意(推測)を振り払うという失礼な行いをどうやって謝ろうかなどと考えているだけだが、周囲からは姉として責任を感じているとしか思われていない。

 

妹の瑞鶴と触れ合いたいという欲求があるが、姉としてどう接すればいいか、そもそもあれは本当に瑞鶴なのかなどとも考え出す為、その頻度は増してあながち間違いでも無いが、余計な勘違いが加速するのは止まらない。

因みにその勘違いを翔鶴は気付いていない。周囲を気にする精神的な余裕が今の翔鶴にはあまりないのも起因している。

 

 

「でも、私は・・・」

 

「翔鶴も初月も見たでしょ。アレの何処が瑞鶴だと言うの?あのクズに従順に従い、命令とあらばこうして同じ艦娘にすら手を掛ける。艦として指揮官の命令に従うのは正しいのでしょうけど、それが国の為になるのかしら?翔鶴、貴女は特別なのだからしっかりしなければ、駆逐艦の子達も不安になる」

 

「・・・はい」

 

「・・・私は先に戻っておくわ。初月、別にアレに対してどう思おうと勝手だけど、心は許さないようにね」

 

「・・・うん」

 

 

その場で俯く二人を置いて出撃の準備へ向かう加賀。目的の場所には既に出撃準備を終えた加賀を除いた艦隊が居た。皆に謝罪を入れた後に、一人瞑想中の艦娘に加賀は声を掛けた。

 

 

「ごめんなさい、赤城さん。すぐに準備するわ」

 

「はい」

 

 

加賀に赤城と呼ばれた少女は、パチリと目を開けて加賀の方へ向くと無表情に無機質な声でそう一言だけ返して再び瞑想を開始した。それを苦虫を噛み潰したよう表情で見た後に艤装を展開する加賀。

 

加賀がここまで提督に殺意を抱く一因として、この赤城が挙げられる。元々、赤城という艦娘自体が戦闘狂や殺戮兵器のような部分がある。そして、この赤城はそれが顕著だ。だが、着任当時は寧ろ真逆のような戦場に出るべきでは無いとすら思う程に心優しい少女だった。

 

この鎮守府へ着任したのは加賀が先であり、後から赤城が来た。加賀は赤城と嘗て同じ一航戦だった事もあり、出撃だろうとよく行動を共にする。

 

初めは深海棲艦を殺す事にすら忌避する臆病な性格だったし、それでも味方を傷付かせたくないからと感情を押し殺して必死に敵を屠った。加賀はそんな赤城を見ていられず、提督へその事を進言し艦隊から外すようにお願いした。

 

提督が事務仕事が苦手だと知っており、せめて事務仕事をさせてはどうか、と。この時の加賀はまだ提督という男がどういう人物なのか把握し切れていなかった。いや、信じたくなかったとも言える。

 

加賀の進言を聞いた提督はその話を聞いてからは、寧ろ嬉々として赤城を多用しだした。そして、加賀自身も一緒に出撃させられた。

 

下手に口を出して赤城さんと別れさせられる方がマズいと考えた加賀は不満を抱きつつもそれに従った。その結果、赤城の徐々に変化していく様をまざまざと見せ付けられた。

 

日に日に消えていく口数。

日に日に消えていく表情。

日に日に消えていく笑顔。

日に日に消えていく感情。

日に日に消えていく人間性。

 

気付いた時には日々の生活すらも戦場の為に捧げる機械と化していた。こちらの指示には最低限従うものの、口を開くのは食事か、加賀に話し掛けられた時くらい。たとえ、圧倒的に不利でも敵を見付ければ自身の被害など考えずに戦闘を続行出来る限り戦い続ける。

 

酷い時で肉が抉れて骨が見えた事もあった。もう腕が上がらないであろう傷で弓を何度も引いていた。赤城が完全に壊れたと理解するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

(許さない、絶対に)

 

 

赤城が元からこうであればここまでは思わなかったのかもしれない。壊れたのが赤城でなければここまで復讐心に囚われなかったのかもしれない。

 

だが、そんな事は関係無い。あの心優しかった赤城を壊した。その事実だけで万死に値する。

 

自ら僅かに出た禍々しいオーラに気付かず、加賀達は出撃した。




かなり長めです。

時系列順?での勘違いとその他諸々を書きます。


まず、瑞鶴だけ個室をもらってること。
他の皆は大部屋みたいな場所での生活。
真っ暗な地下の牢屋とは知らない

次、姉である翔鶴を泣かせた。
翔鶴は新参ではあるものの、瑞鶴と違って普通に笑顔とか出来るし、空母故に夜が暇なので駆逐艦や周囲のお世話も誰よりもしてるので結構慕われてるし、恩義を感じてる子もチラホラ。根っからの善人。
そして、普通の翔鶴よりも強い(性能的な意味で)ので、最近は戦闘面でも頼りにされてる。
そんな人が瑞鶴に必要以上に避けてる。
結果、周囲は瑞鶴に悪印象を抱く。

因みに、避けてる理由の一つ本文にも書いたように翔鶴が瑞鶴の手を弾いた事が挙げられ、顔を合わせにくいなどの理由がある。
それを一人で抱え込んで、周囲に大丈夫、と無理してる感丸出しの笑顔で対応してるので瑞鶴に対しての負の勘違いが加速。


次、初の入渠後に出会ったとある艦娘(誰かは決めてない)。
この時の瑞鶴の髪は完全に風呂上がり風に濡れていて、瑞鶴は無傷。
その後も出撃してる所は何度も見たが、怪我をしてる所を見た事が無い艦娘(見るに堪えないから瑞鶴自身が隠してる)。
他の子はギリギリまで入渠する事を許されないが、瑞鶴はいつも入渠してる。
瑞鶴用の入渠場が新設された事も噂で耳にした。
結果、瑞鶴だけ優遇されてる。
なんで?
瑞鶴がほぼ裸の状態で執務室を出たり入ったりしてるのを見た。
誰かが邪推して身体を売ってる?という結論をポロッと口にする。
それが広まる。
瑞鶴さんは提督の狗であるとここで気付く。
因みに入渠場が新設された以外は全て勘違い。
入渠場が新設されたというよりも、古いのを設置しただけ。
性能は昔の酷い入渠場の回復速度を上げて、痛みを数十倍に引き上げたという徹底ぶり。
なお、瑞鶴にはメリットしかない模様。

次、食堂にて。
上記の事から、特徴的な容姿な為にすぐに誰か分かり、困惑やら憎悪などの感情を抱いた。
食堂のお姉さんとは間宮さんのこと。
瑞鶴だけ美味しい料理や十分な補給をしてる噂を聞き、事情を聞くとそれを真に受けた。
横領、賄賂などで数少ない資源をお前に食わせるか、という事で鬼のような形相になっていた。

この時、タイミング良く放送が流れ悠々と去って行く瑞鶴に対して、何故来たのかという理由が嘲笑ったり冷やかしに来たと思った。
案の定、勘違いである。

次、上記と本文より加賀さんが手を握り潰したのは、貴女ならこんな傷などすぐに入渠で済ませれるでしょ?という皮肉のようなもの。
そして、瑞鶴を治すのに使われてる資源は横領の一部なので、それも把握済み。
どうやって把握したとかはよく考えてないです。
なので、今回の瑞鶴のさす加賀は勘違い。

優秀な加賀さんでも無能の提督が夜に空母一隻で出撃させるなんて流石に思わない。

次は気絶した瑞鳳。
片目が無い、身体の至る所の肉が抉れてる、ボロボロの包帯を割と適当に巻いている、それが脚を動かさずに真顔でこちらへ向かってくる(ブレーキしたから)、廊下は本文の距離でギリギリ瑞鶴の姿が見えるくらいには暗い。
これで驚くなと言う方が無理。

その後の瑞鶴は加賀さんの推測通りに窓から飛び降りて、艦娘の力を艤装無しで発動して逃亡。
初月は瑞鶴がどんな姿かを髪が見事に隠して見えない。
ここでボロボロな姿を目に出来ていれば瑞鶴は救われてた。(本人の意思は無視する)

赤城さんについては本文に記載した通り。
感情を押し殺してたら、気付けばそれが当たり前になっていた。
ミイラ取りがミイラになる的な感じ(若干違う気がする)
感情が無いので、本人は特に何とも思わない。
傷付いても無反応なのは痛みが無い訳ではなく、慣れたから。
五感は普通に作動してる。

因みに、赤城さんの傷は瑞鶴にとっては当たり前のもの。
この事に気付くのは・・・いつになるのだろうか。


あ、臭いに関しては入渠したら大丈夫。
話せない事と顔については、そもそもあまり長く相対してないので気付かない。
加賀さんは話さない部分は本編の通りもありますが、顔については怒りのあまり冷静な判断がしにくいなどのガバ設定です。


抜けがあったら追加しますし、各話の後書きにも後々追加します。


それでは次回も気長にお待ちください!


2019/03/15
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第10話:明石は見た

今回はガバ設定が割と出て来ますが、そんなもんなんだ、程度に思いながら見て下さい。


誰か来たのに気付くと同時に、その誰かがすぐそこに居る事にも気が付いた。廊下の長さ的に今の姿がバレバレになる。なので、ここは三階だがバレるよりはマシだろう、と窓を開けて私は鳥になった。そしてあっという間に重力に従って落ちた。

 

まぁ、いつも艦載機越しで見る光景の方が凄いので新鮮味も何も無かったが、着地をするのは別だし、思ったよりも高かった。しかも身体はボロボロ。唯一の救いは下が芝生だった事。

 

着地の取り方なんてよく知らないから、普通に両足で着地して、身体に掛かる負荷によって両手を地面に突いた。

 

ゴシャッ!と嫌な音が両足から聞こえる。

 

ちらりと見てみると膝から骨が突き出ていたし、足首より下は両足とも捻れてる。両手を見ると軟体動物に負けず劣らずのぐにゃぐにゃっぷりだった。

 

痛みは消せる。だが、衝撃は消せないし、感覚も残してある。骨が突き出たからか、足の肉からなんか変な感じが伝わってくる。しかも、落ちた際の衝撃で集中力が保てなくなり、身体の至る所から大量の血が噴出する。

 

ボロボロの身体に私を中心とした血溜まり。完全に投身自殺のような状態になった。

 

隣にある建物の中から、人が走る音がする。恐らく、あの気絶した子の悲鳴を聞いたのだろう。四肢が使い物にならなくなったので、出来れば私も助けて貰いたいなぁ、なんて思うが、この惨状がバレたらバレたで更に騒ぎになるだろうからやっぱりバレたくないというジレンマ。あ、出血止めとこ。

 

今更ながら、何故艦娘の力を使わなかったのだろうかと後悔してしまう。あれは身体の表面に薄い膜が出来て、それがダメージを肩代わりしてくれるという代物で艤装無しだと効果は半減する。装甲の強度はこの膜の厚さにも比例するので、私の場合はあまり効果は期待出来そうにないが無いよりはマシだっただろう。

 

・・・うむ、今更どうこう言っても仕方無い。

次は気を付けよう。

 

 

さて、取り敢えず入渠するか。

 

 

 

 

無事な所を見つける方が困難な程に全身血だらけでボロボロ。何故生きてるのか、ソレを見た時の第一印象が驚きや恐怖よりも勝る勢いで瀕死だった。

 

四肢が使い物にならないのだろう。ズルズルと身体を地面に擦り付けながら、肘で芋虫のように這う姿に人の尊厳を見い出せない。日の出間近にそんな憐れな姿を曝す(さら)瑞鶴を少し離れた場所で足を止めて見詰める人影があった。

 

その者の顔には何の感情も映っていない。驚きも恐怖も増してや疑問すらも抱いていない。それを助けようとはせず、只々ソレを見るだけ。目に映る光景をただ認識してるだけ。

 

少しすると、未だに茂みの上に赤い道を作りながら這いずる瑞鶴から視線を外し、人影は去って行った。

 

 

 

それから数十分後。

 

 

「ごめんなさい、赤城さん。すぐに準備するわ」

 

「はい」

 

 

そんなやり取りが港近くで行われた。

 

 

 

 

えっちらおっちらと地面を這って何とか入渠場に到着。実は入渠場はあの建物からは結構離れた所にあり、しかも、ふと後ろを振り返ると芝生が赤っぽくなってたから、割と他の人も使うような道を通る近道は使えず、かなり遠回りする羽目になった。いつもより遠く感じる道のりが精神的に辛いです・・・。

 

ん?腕は大丈夫なのかって?・・・いや、実は途中から艦娘の力の事を思い出して、かなり楽になったりしたから、割と余裕。はい、そこ。さっきの反省がまるで活かされてないとか言わない。自分でも私は鳥頭か、と自己嫌悪したんだからもう勘弁して。

 

・・・・・・・・・七面鳥だけに。

 

 

さて入ろう。

さっさと入ろう。

流石に身体が冷えてきちゃった。

 

服は使い古したかのようなボロいスカートと紐パンだけだし、這いずってたからもう殆ど脱げてるのでズルズルと湯船に浸かる時に勝手に脱げた。

 

包帯は・・・あれ?無い?もしかして途中で千切れて、完全に全裸で徘徊してた?・・・抱腹前進してたからセーフって事で。

 

 

ぬるっと頭から湯船に入る。

 

 

あ゙〜〜〜~~~〜・・・まぁ、そこまで温かくも無いんですけどね。しかも、見た目は全然よろしくないしであんまりいい気持ちにはならない。慣れるまでそれなりに時間が掛かった。

 

それでも入らない訳にはいかないのでぐじゅぐじゅと再生していく肉体から目を逸らすように天井を見て、物思いに耽ける。

 

今更ながらに思い出した事がある。そう言えば、エロピンクと会わなかったな、と。大本営所属だと聞いたから、 ちょっと、ちょっとだけ、ミジンコレベルで会える事を期待したんだけど居なかった。

 

あ、大本営と言えば、あれだ。虚ちゃん結局の所どうなったんだろ?

 

記憶を探っても大本営に行った時は影も形も無かったし・・・あ、同じ型の子なら居たな。でも普通の女の子って感じがしたから、その子では無さそう。

 

思い返してみれば、症状が私と似てたから私と同じく欠陥機みたいなものであそこに突っ込まれてたって考えも出来るんだよね。となると、私も寝てる時はなんか喚いてたりするのか?いや、無いか。もしそうなら、多分その声で起きてるだろうし。

 

起きるで思い出したんだが、虚ちゃんのあの私の胸に対する執着は一体何だったのだろうか?最後の最後に態々包帯を解く程、気に入っていたのかな?

 

モミモミ

 

 

うーん・・・特に何とも思わない。強いて言うなら、再生中の右胸が大変気持ち悪いぐらい。

 

・・・・・・寝るか。

 

 

 

 

入渠終了の三十秒前に起床。外は完全に日が上に昇って、大体昼過ぎになっている。経験上、一度出撃すれば次の出撃は最低でも二、三日は空く。その間は気兼ねなく書類作業が出来る。

 

入渠終了を知らせるブザーが時計から聞こえてきた。

 

立ち上がって己の身体を確認する。傷一つない四肢、胸の傷も完全に消えた。手を開いたり閉じたりしてみても特に違和感は無い。相変わらずの再生能力も今では慣れたものだ。

 

身体を拭こうとタオルを手にしようとした時に気が付いた。視界がいつもより狭い。正確には左側が見えない。

 

 

・・・・・・ハハ。

 

 

急いで虹彩を全開にする。

 

 

のお゛お゛お゛お゛!!!

 

 

右眼に強烈な光が入り込むと同時に左眼からピキリという何かが割れる音がしたような気がした。虹彩を調整するまで右手で押さえて、収まってから設置されている鏡に映り込む自分の顔を見た。

 

特にこれと言って変化は無いいつも通りの無表情。ただ、左眼に確かな変化があった。正確には左目の瞳。

 

右目の瞳の黒や黄色のような色彩は無く、眼球をホワイトとすれば瞳はオフホワイトのような白。そして、瞳の中心から瞳全体に蜘蛛の巣のような(ひび)が入っている。

 

虹彩を調整してみたが、右眼の瞳だけが大きくなったり、小さくなったりするだけで、左眼の瞳はピクリともしなかった。視線だけあちらにやったりこちらにやったりしてみたが、右眼は動くが、左眼はやはりピクリともしなかった。

 

 

左眼が死んだ!

この欠陥機!

 

 

試しに修復剤を掛けてみたが、うんともすんとも言わない。一旦取り出して、もう一度修復剤を掛けて鏡を見ると眼球は戻っており、今度は瞳は罅割れの無いオフホワイトになっていた。

 

罅は無くなったが、動かないのは変わらないし、何も見えない。右眼だけ動かすと、右眼だけがギョロギョロと動いてなんか気持ち悪い・・・気持ち悪くなってばかりなような気がする。

 

 

さて、どうしたものか・・・目が見えなくなる、というのは欠陥の中でも相当なモノの気がする。それに日常生活でも支障が来たす。

 

・・・あー、うん。なんか、新しく欠陥が増えるという異常になんか慣れてしまった。むむむ、取り敢えず隠すのは確定として、どうやって隠すか、か。髪を前にパサりとしてみるとか?・・・頼り無さそう。眼帯は着けてる時点で何かあったとバレるから本末転倒だし。色を塗る・・・は良い色も道具も無い。

 

うーん・・・何も思い付かないし、消去法で髪前パサにするしかないか。欠陥が増えるのは別に構わないけど、こうやって隠蔽工作するのが少し面倒だ。どうせなら、そういうのが楽な欠陥とかになって欲しかった・・・私は何を言ってるんだろう。

 

まぁ、ここで何の進展も無い事をグダグダ考えてても時間の無駄だから、部屋に戻りますか。ついでに、この髪前パサがどれだけ隠しながら動けるかを試してみますか。

 

 

 

 

髪前パサ凄いわ。結構ふわふわしてる感じだけど、なんやかんやで前にパサりとした状態に戻るから何にも準備出来ない今では中々の高性能。しかも、かなり激しい動きをしないと髪が目の辺りから外れる事が無い。戦闘だと潮風が凄い事もあって多分バレバレだろうけど、地上だと心配する事は無さそう。

 

さて、さっさと虹彩を調整して・・・あ、今ピキリみたいな音がした。鏡が無いから分かんないけど、多分割れたな。となると、虹彩調整をすると割れるのか・・・なんで?まぁいいか。割れた所で視界に何か変わる訳でも無いし。

 

さってさってさってっとー早く書類終わらそー。

 

 

この後、視界が(せば)まった事により、片目で両目分の仕事を補う大変さに四苦八苦しながら頑張ったり、まさかの夜中に呼び出されて涙目(心の中)になりながらも闇夜の海を出撃したりしたけど、今日もずいずいは元気です。

 

 

 

 

『ん、どうかしたの?』

 

 

あぁ、またこの夢か。

 

 

『え?周囲の人間が阿呆過ぎてつまらない?むむむ・・・あ、ならこういうのはどうかな。自分も阿呆になれば、周囲の人と同じレベルになれるよ!』

 

 

いつもどこかおかしな答えをそれが然も当たり前のように語る少女。

 

 

『どったの?話したくない?・・・そっか・・・・・・んー?べっつにー。ただギュッとしてるだけー。え?恥ずかしいから止めろ?こんのマセガキめー。うりうり、ここか?ここがええんか?』

 

 

どうでもいい時だけ周囲の阿呆共と同じように割と自分の思い通りになるのに、思い通りになって欲しい時だけその通りにいかない、そんな彼女。

 

 

『相変わらず綺麗な髪してるよねー・・・弄るの止めろ?よいではないかーよいではないかー』

 

 

人の髪を弄るのが好きらしく、よくいろんな髪型にさせられた・・・表面は嫌がっていたが、心の中ではそれが嬉しくて、楽しくて、それが原因で髪を伸ばし始めた事もあった。それを女装に目覚めた?と聞いて来た時は思わず張り倒してしまっが・・・。

 

 

『見て見て〜。どう?チアガールの格好・・・顔真っ赤だけど大丈夫?気にするな?ふーん?・・・ではいきます!チアガールが〜・・・立ちあがーる・・・え?その為に着替えたのかって?そうだけど?・・・え、なんでそんな大きな溜め息吐いたの?』

 

 

スタイルがいいのにその事にまるで無自覚。そもそも、自分がどれ程に魅力があるのかすら気が付いていない。

そして阿呆。誰よりも阿呆。極め付けにギャグが寒い。無駄に凝ってる癖に。

 

でも、そんな彼女だからこそ・・・

 

 

『ハロハロ〜。お?どした?そんなに思い詰めた顔してからに。悩み事?なら、お姉ちゃんに聞かせ給え!ほらほらー遠慮せずにぃ。聞くだけならタダだよぉ?・・・む、明日話す?むむむ、気になるが仕方無い。それじゃ、今から私のスーパームーンウォークでも見せてあげよう。・・・・・・いくよー。ヒャッホーーー!!』

 

 

人が一世一代の思いを告げようと悩んでいると言うのに本人は能天気。こちらの気が抜けて、結局はその日も阿呆な事に付き合う。

 

そして、言おうと決心した次の日に・・・

 

 

『逃げて!!』

 

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

ソファーの上で寝転んでいた青年が悪夢から目を覚ましたかのように見開く。額に掻いた汗を拭いながら、今のが夢であった事を認識する。と、同時に廊下からドタバタと誰かが走る音が聞こえ、バンッ!と勢い良く扉を開いた。その犯人はピンク色の髪が特徴的な十代くらいの活発そうな笑みを浮かべる美少女だった。

 

 

「お久しぶりです!明石ですよー!ちょっと面白い事になったので報告に来ましたー!」

 

 

何やら興奮が抑え切れないかのような口調で話し掛けて来た彼女に対して、ほぅ?と少し興味深そうに目を細めた。

 

 

「お前がそこまで興奮するのも珍しいな。何があった?」

 

 

トーンが低めの若干、怖い印象を受ける声を発する青年に対して、まるで気にせずに近寄って束の書類を渡す明石。

 

 

「いやぁー本当に最っ高ですよー!もう毎日が楽しくて仕方無いって感じです!見て下さいよ、これ!あの欠陥機の瑞鶴が一隻で夜戦してしかも全勝してますよ!それも二回!もう意味不明ですよ!!ついでに左眼も失明しましたし、もう何コイツって感じですよ!」

 

 

何があったのかを端的に説明しながらゲラゲラと笑い転げている明石を他所に束の書類をペラペラと字が見えているのかすら怪しい速度で見通す青年。

 

 

「ふむ、まさか本当にやってのけるとはな。失明は痛手だがそれに見合う結果だ。普段の行為を見てまさかとは思ったが、これは良い収穫だ」

 

「おやおやぁ?その割にはあんまり気分が優れてないような表情ですねぇ?あ、もしかして夢でも見ました?今日はどっちです?」

 

「喧しい。そんなモノはお前に関係無いだろう」

 

「成る程ー。初恋のお姉ちゃんの方ですかー」

 

「ッ!?貴様ッ!」

 

 

言い当てられて、その端正で澄ました顔を一気に見る者を凍えさせるような憤怒の表情へと変貌させる青年。それに対して明石は特に慌てる様子もなく、どこか可笑しそうに続けた。

 

 

「嫌ですねぇ。貴方が分かり易いだけですよー。そっちの夢だといつも少し不機嫌に誤魔化すんですから。あ、因みに婚約者(仮)の方だと特に返事も無く話を終わらせますね。そういう癖は早めに治しとくべきだと思いますよ」

 

「・・・はぁ、ご忠告感謝する」

 

「もう何度目でしょうか?」

 

 

厭らしくニヤニヤと薄笑いを続ける明石だが、外から新たに足音が聞こえていつもの人懐っこい笑顔へと即座に変え、青年も近寄り難い雰囲気は消して爽やかそうな雰囲気を纏った。

 

 

コンコンコンコンと扉が四回ノックされ、入って来たのは委員長のような風貌で眼鏡を掛けた、これまた美少女。その少女は明石達を見付けると少し近付いて、用件を切り出した。

 

 

「数日後にとある鎮守府への抜き打ち検査が行われる事になりました。これがその資料です」

 

 

そう言って渡される資料を受け取る青年に、ニヤリと何かを思い付いたかのような笑みを一瞬だけ浮かべた明石。

 

青年が見始める前に明石は青年が座るソファーの後ろに回り込み、青年を所謂あすなろ抱きにして目の前の委員長風の少女に見せ付けるかのように耳元に顔を寄せた。

 

 

「提督ー、明石にも見せて下さいよー」

 

「鬱陶しいから離れろ」

 

「まぁまぁ、そう言わずに〜。んー、もうちょっと身体を寄せた方が見え易いかなー?」

 

「・・・」

 

 

そう言いながら、何気に豊満なその胸を押し付けながら提督と呼ばれた青年に顔を近付ける明石にそれを心底鬱陶しそうにして、まるで心動かされない青年。 そして、目の光と表情が消えた状態で見下ろす委員長風の少女。

 

 

「明石、離れなさい」

 

 

端的に発せられたその言葉に温度は無く、身体の芯まで凍ってしまいそうな程に冷淡だった。それでも明石はそちらをチラリと向くとどうしたの?とでも言わんばかりの表情で問い掛けた。

 

 

「淀、どうかしたの?」

 

 

淀と呼ばれた少女はその問に対して、今度は怒気を含んで少し声を荒らげて再度応えた。

 

 

「いいから離れなさい!明石!!」

 

「おっと、ごめんごめん。冗談だよ、淀。そうカッカしないでよぉ」

 

 

少し堪えたかのように謝りながら、提督から離れて謝る明石にそんな明石をキッと睨む淀と呼ばれた少女。そんな二人を見ながら内心溜め息を吐きつつ、打開策を練る提督。

 

 

「大淀、用件がこれだけならもういいだろう。明石には俺から言っとくから」

 

「失礼しました。用件はこれだけです。それと明石にはよく言って聞かせて下さい。特に私の前で提督に不用意に接触するな、と」

 

「ごめんってば〜淀〜。そんなに拗ねなくても・・・」

 

「それでは、私はまだ仕事があるので失礼しますッ」

 

 

そう言って、やや乱暴に扉を閉めてカツカツと廊下に足音を響かせながら去って行く大淀を耳を澄ませながらシーンとする提督と明石。聞こえなくなって来た頃に明石は肩を震わせ始めて、もう耐え切れないとばかりに笑いだした。

 

 

「アッハハハハハハハ!!見ましたか!?さっきの淀のヤンデレみたいな表情!もう可愛いなぁ淀はぁ♡拗ねてる顔もすっごく興奮する♡」

 

「はぁ、アイツも難儀な奴に惚れられたものだな。お前の本性を知ったらどんな反応をするんだろうな」

 

「んー?別にいいんですよー。ああ見えて、淀はヤキモチ妬きのゾッコンですからねぇ。それなのに素直になれない淀ぉ♡あぁ、もう本当に虐め甲斐が有りますよぉ♡」

 

(苦労しそうだな。にしても大淀のヤツ、女運が無いと言うかなんと言うか・・・まぁ、似た者同士でもあるし、何かと気が合いそうだからほっとくか)

 

「あ、そうそう提督。さっきの書類ってあの瑞鶴を送った鎮守府の事でしょ?大丈夫なんですか?」

 

「あぁ、鎮守府内で艦娘が何者かに気絶させられる事態が発生したらしい。外傷は無かったものの目覚めた瑞鳳には相当なトラウマだったのか、当時の事を聞いたり暗い廊下を見たりしただけで、発作やら過呼吸に目眩、終いには気絶してしまう程の重症なんだと」

 

「あー!それあれですね!先日あった奇跡的な事件!・・・くふふ、思い出しただけで笑えて来ますよ。なんたって逃げ出した後の瑞鶴の方がどう見ても重傷なのにだぁれも気が付かない!四肢がまともに使えずに這いずり回る姿は爆笑しましたよ!あ、そう言えば一人居合わせた艦娘が居ましたね。確か、元々は提督の下に居た赤城さん」

 

「赤城か・・・あれは完全な予想外だったよ。あの赤城とあの肉達磨の性格だとほぼ深海化一歩手前まで行けるだろうとは思っていたが、まさか感情を消して自力でそれを阻止するとはな。本当に赤城型は大した艦娘ばかりだ」

 

「あぁ、自分が深海化するって何故か気付いた時は驚きましたね。その対処法も数ある中の一つをあっさりと考え付いて実行するんですから。でも、それを誰にも言わないで勝手にするとは・・・あの赤城さんらしいと言えば、らしいですけどそれに狼狽える加賀さんは見物でしたよー」

 

「加賀には本当に感謝してるよ。思い込みが激しい所が無ければ、最高クラスの艦娘だったろうに。その欠点があるだけで寧ろ誰よりも扱い易くなった。計画がトントン拍子で進んだのも彼女のお陰だ」

 

「瑞鶴の手を握り潰した時は笑い死ぬかと思いましたよ!実際、過呼吸気味な時に淀に見付かって、アタフタと慌てる淀は最高でした!ここぞとばかりに人工呼吸をしようか顔を真っ赤にして迷い、最終的に目をギュッと瞑って唇を近付けて来る淀を眺めるのは何物にも替えられない至福の時でした!ご馳走様です!」

 

「そうかい。そりゃよかったな」

 

「話は戻りますけど、その審査する所ってあの肉達磨の所ですよね?どうするんです?庇います?」

 

「いや、アレにはもうこれ以上の結果を見込めない。出したとしても大して意味の無いものであるし、艦娘達もそろそろ限界だろう。ここら辺が潮時だ」

 

「・・・へぇ。なら、貰ってもいいですか?」

 

「好きにしろ。ただ、それまでに少し時間が掛かるがな」

 

「生きているのなら、それで十分ですよ・・・となると、そろそろ憲兵ごっこは止めて、本職に戻るんですね?」

 

「そうだな。次は俺が引き継ぐだろう」

 

「その時は私も同行させてもらいますよ?そんな楽しいそうな現場に一人で行くなんて卑怯です」

 

「大淀はいいのか?アイツまで連れて行くのは無理だぞ」

 

「うーん・・・ま、大丈夫ですよ。あの娘の行動は全て監視カメラでいつも見てるので」

 

「あぁ、そう」

 

「それでは、私はちょっと改造・・・コホン、手術の準備をして来るので席を外しますね」

 

「見付かるなよ?」

 

「誰に聞いてるんです?淀にすら見付からずに何年も隠れて改造しまくってる私ですよ?そこらのヤツらが気付く筈無いじゃないですか〜」

 

 

口を三日月に歪ませて、心底楽しそうに出て行く明石を見送りながら、青年はアイツ本当に苦労しそうだなぁ、と健気な少女へと同情していた。




目に関して、最初は割れっぱなしにしようかと思いましたが、再生するのにそれは可笑しくね?などの謎の疑問が湧き上がり、虹彩を調整すると割れる仕様になりました。

あ、ただの趣味です。なんか格好良くないですか?そうでもない?・・・まぁ、人それぞれって事で。髪前パサはかなり雑な気がしましたけど、特に思い付かなかったのでこれにしました。串でどうこうってのも考えたんですけど、三つ編みを維持しつつ、前パサできる髪型が思い浮かばなかったのでボツ。

後半の明石がいろいろと知ってる理由ですけど、単純に鎮守府の至る所に隠しカメラを設置してるだけです。どうやったのかって?・・・こちら側の人間が頑張った?とかですかね。

書くタイミングが見当たらなかったのでここで書いておきます。血の道は瑞鶴が書類作成をし始めて暫くして大雨で流れました。(ご都合展開)
気付いた子もちらほら居ますが、怖がって見ただけで終わり、どこまで続くかは見ていない。頼りになる人達は出撃中。帰って来た時には水で流れて分からない。
明石は爆笑。


それから、肉達磨提督にはそろそろ退場して頂きます。
内容はもう粗方決まっていますが、何処をあっさり目に書くか、詳しく書くかで少し迷い中。少なくともあっさり死亡とかは無いです。


次回も気長にお待ちください!


(2019/03/25)
感想にて、筆談をしてみては?のような内容の感想があり、確かに疑問に思われてる方も多そうだと思ったのでここで昔、感想返しで書いたものをそのまま書きます。


一応、筆談なら会話と同じかそれ以上の速度で意思疎通は出来ます。ただ、紙は書類だけなのでそれに書こうなんて発想自体がまず出てこない。仮に紙を提督に要求しても、黒幕さんからそれはするなと言及されているので提督もその要求は絶対に受け付けない。
そもそも、紙が欲しいと伝える事すら出来るか怪しいレベル。何処からか盗むとかも仮に思い付いても性格的に出来ない。

つまり、大体コイツ(黒幕)のせい。


もし、筆談が可能になっても、艦娘の殆どは噂もプラスされて怯えてまともに会話出来なかったり、逃げ出されたり、怒りで話を聞いてくれなかったりと理由は様々で兎に角、会話にならない。

加賀さんに今の状態で伝えてもこちらを油断させる為の嘘だとすぐに思われる。ずいずいの部屋を見せてもそれも罠だと思われる。量も含めて何かと冗談みたいなレベルですからね。

でも、大事な書類なのでずいずいは部屋を見せる事を忌避するし、部屋へ招く可能性は無いに等しい。あったとしてもまず罠だと思われて取り合ってくれない。粘ったら加賀さんも少しは信じてくれるでしょうが、その前にずいずいの心が折れて、信じて貰う努力を止めます。


因みに今までのはずいずいが自分の現状に不満を持って変えたいと願った場合の話。


ここからは本編のずいずいについて。
ずいずい本人も心のどこかで自分がおかしいのはなんとなく理解してはいます。でも、全く働かせて貰えず穀潰し状態が続いた結果、文字通り眠れない程に忙しいのは提督に必要とされてるから、という理論が展開されてそれが幸福になってたりする可哀想な思考回路をしてる。


つまり、大体コイツ(黒幕)のせい。


と、ざっとこんな感じです。


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第11話:√肉達磨

筆が乗るぜ!

後半にちょっとグロがあります。
苦手な方はお気を付けて。


その日、肉達磨提督は執務室でいつものように葉巻を吹かしながらダラダラとしていた。忠実な駒である瑞鶴の出撃も昨日終わったばかりで今日は特にする事が無い。自身がしなければならない書類も瑞鶴がやっており、指示も何一つとしてする必要が無い。

 

そんな暇な時はいつも自分の豪遊している将来を妄想しては下品に薄ら笑いを浮かべるのが彼の日課だ。そしてつい先日、気に食わない青年からある連絡が入った。あと数日で終わります、という短く省略した内容であったが、優秀な肉達磨提督は全てを理解した。

 

ついに私が元帥となる日が来るのだと。そうすれば、金も女も権力も地位も名誉も何もかもが全て私のモノとなる!そう思っては下品な笑い声を執務室に響かせていた。

 

 

「アヤツも馬鹿な男だ。元帥となる私に媚びを売って自分だけ助かろうとでも思っておるのだろうが、そうはいかん!私が元帥となり、謙りながらお零れを貰おうとした所を銃殺刑にでもしてやろうか。いや、確か明石とかいう随分と親しそうな艦娘が居たな。そうだ、アヤツに好意を寄せている大淀なんて者も居た筈だ。・・・フッフッフ、アヤツを縛り上げた状態で目の前で二人を犯させるのも一興だな。兵器を犯したいなんて気が知れんがそこら辺の気色悪いホームレスにでもさせればいいだろう。クックック、アーハッハッハッ!!」

 

 

一体誰の力でそのような地位になるのかを完全に忘れ、そんな高笑いを上げていると、扉からノックする音が聞こえて来た。何事かと考えて、そろそろ準備が整ったのだろうと思い至り、ニヤリと笑って入室を許可した。

 

入って来たのは予想通り憲兵だった。恐らく、あの青年が寄越した遣いか何かだろう。葉巻を吹かしながら、憲兵の言葉に耳を傾けた。

 

 

「失礼します。本日、大本営から派遣されて参上致しました。連絡の無い急なご訪問、大変失礼だとは思いますがご理解頂けますよう・・・」

 

「下らない御託はいい。さっさと行くぞ。案内しろ」

 

「・・・はっ!」

 

 

長ったらしくご高説を垂れる憲兵に嫌気が差して、先を促す肉達磨に憲兵は一瞬だけ呆けた表情をしたが、すぐに取り繕い、車まで案内した。

 

駐車場へ向かった時にやけに車の数が多いと感じたが、恐らく私がそれ程の重要な人物だからだろうと言う結論に至り、特に気にせずに車へと乗り込んで大本営と発った。

 

 

 

 

大本営へ到着し、憲兵の後ろを付いて歩く肉達磨。到着した部屋は遠方地域の提督用の泊まる部屋だった。そこで数日程の待機をするよう言われ、疑問に思ったものの私の元帥就任の為の準備があるのだろうと推察した。

 

何かあればすぐに人を呼べ、好きな物もある程度はすぐに用意してくれる。流石に女を呼んだ時は無理があると言われたが、元帥になってからの楽しみに取っておくかと勝手に一人納得した。

 

 

そうして数日が経った日の未明。部屋でパンツ一丁で贅沢に過ごしていた時の事だった。憲兵が移動する旨を伝えに来て、準備をする間もなく簡単な服を着た時点で前に手錠を掛けられ、数人の憲兵に強引に連れて行かれた。

 

 

「おい!貴様ら無礼だぞ!!私が誰か分かっているのだろうな!覚悟しておけよ!私が元帥となった暁には貴様ら全員親族諸共一生牢獄行きだ!!」

 

 

ぎゃあぎゃあ喚く肉達磨を無視して、目的地へと連れて行く憲兵達。その後も喚き続けるも辿り着いたのは大きな何かを話し合う時や決定する時に使う会議室。

 

憲兵がノックをして、中からくぐもった声で許可が降り、憲兵が扉を開ける。中はまるで裁判所のように誰も居ない机を中心に半円に囲んだ海軍の幹部や厳つい堅気の顔とは思えぬ人、そして正面に元帥が居た。

 

 

ここに来て、漸く何かがおかしいと思い始めた肉達磨。何がどうなっているのかを頭の中で思考を繰り返すも上手く整理出来ず、強引に中心の机の前に立たされる。そして、未だに整理出来ていない肉達磨を他所に元帥が物理的な重圧があると錯覚する程に重たい声で話し始めた。

 

 

「何故ここに立っているか、理解してるな?」

 

 

その声を聞いただけで、背筋が伸び、水溜まりが出来る程の大量の汗をダラダラと掻き始めながら硬直する肉達磨。反応の無い肉達磨に元帥は先程と同じような調子で続けた。

 

 

「はぁ、やはり何も分かっていなさそうだな・・・先日の瑞鳳の陸上での謎の気絶について、こちら側の者が調査に向かう事になった」

 

 

まるで心当たりの無い内容に更に混乱する肉達磨。

 

 

「しかし、貴様の評判は非常に悪い。そこで、お前が何かをしたのではないかと言う声が多数上がり、抜き打ちとして検査する事となった」

 

 

何かをした。

その言葉に自分は何もしていないという確信があり、何が何だか分からないがこのままでは不味いと思った肉達磨は咄嗟に声を荒らげた。

 

 

「い、いえ!私は何もしておりません!!何かの間違い━━━━」

 

いつ発言を許可した?

 

「ヒイッ!?」

 

 

ただ重苦しかっただけの声に抑え切れんばかりの強烈な殺意が乗せられ、肉達磨は少し過呼吸気味となりつつも黙って、大人しくした。

 

 

「この件にお前が直接関わっていないのは既に調査済みだ。何があったのかも信頼出来る筋からの情報で知っている。そして、本題はこれでは無い」

 

 

この訳の分からない事件の話が自分の無実で終わる事を知った肉達磨はあからさまに安堵し、それを見ていた者達によって室内の温度が数度下がった。だが、肉達磨は気付く事無く、安心したような勝ち誇ったような表情のまま続きを促した。

 

 

「それで?一体どうしたというのですかな?閣下」

 

 

先程の事を全く懲りてないのか、そんな調子で話す肉達磨に何人かの者の額には青筋が浮かんでおり、腕にも何本もの血管が浮き出ていた。

 

 

「・・・この瑞鳳の件を調べている時に興味深い資料が多数発見されてな。詳しく調べてみると中々の内容が溢れる程に出て来たよ」

 

 

尚も変わらずに話し続ける元帥。

 

 

「そして、貴様の鎮守府で禁忌とされる艦娘への悪質な環境での労働、入渠の制限、大破進軍・・・挙げればキリがない。実際、何人かの艦娘にも確認済みであるし、長時間傷だらけで放置したと見られる艦娘やボロボロの居住区・・・いや、広間に押し込むように入れているという物的証拠も多数出ている」

 

 

語られた内容に余裕の表情が一瞬で崩れ去っていく肉達磨。同じように再び汗を大量に流し始め、身体はガクガクと震え、股からは黄色い液体が流れ始めていた。

 

 

「終わりなんだよ肉達磨。もう少し理性が働けば気付けた筈だ。自分が底の見えない崖で綱渡りしていた事を・・・」

 

「成功すれば一攫千金。失敗すれば全てが、命までもが御破算。そしてお前は失敗した」

 

 

焦点が合わずに瞳がブレ続ける。歯がガタガタと噛み合せる音が室内に響く。顔の穴という穴から汚らしい液体が肉汁のように溢れ出す。

 

 

「もう分かっているだろう?これが裁判なんて話し合いをするような生易しいモノではなく、ただ決定した事をお前に突き付ける場であると」

 

「ぁぁ・・・ぁぁぁあ・・・」

 

貴様の提督としての権限、及び軍人としての階級を全て剥奪。並びに海軍を永久追放とする

 

 

結論を言い渡され、残った気力で絞り出すかのように叫び出す肉達磨。

 

 

「違う!私じゃない!!アイツだ!全てアイツに指示されてした事だ!そうすれば私が元帥になれると!!何もかも私のモノになると!!私は悪くない!!全てアイツが悪いんだ!!!!」

 

 

全身や顔中から滅茶苦茶に液体を撒き散らしながら、カエルのように泣き喚く肉達磨。それに対し、元帥は静かに、然れどヤケに耳に入る声で質問した。

 

 

「ならば、その者の名は━━━なんだ?」

 

「え・・・?」

 

 

その質問に完全に虚をつかれたかのようにポカーンとする肉達磨。

 

 

「容姿は?海軍の者か?ならば階級は?初めて出会ったのはいつでどこだ?」

 

 

「え・・・あ・・・・・・え・・・」

 

 

答えれない肉達磨。思い出そうとすればする程にあの青年に関しての記憶が無い事に気が付くばかり。何かをされた。だがそれが何なのか、いつなのか、皆目見当が付かない。

 

そして、次第に自身が信じ切れなくなり、終いには「ぁぁ・・・」や「ぅぅ・・・」などの意味の無い言葉をボヤく抜け殻のようになっていた。

 

 

「連れて行け」

 

 

その様子を見て、これ以上は何も無いだろうし出来ないだろうと判断した元帥。その声に反応して憲兵数人がかりで廃人のような肉達磨を運んで行った。

 

 

 

 

 

「どの面下げて生きてやがる!」

 

「よくもノコノコ外に出歩けるなぁ!外道!!」

 

「裏切り者が!どんな神経していたらあんな事が出来るんだ!!」

 

「その上自分は豪遊だ!?お前には人の心が無ぇのかよ!」

 

「そして今はこのザマか!汚物のようなお前には相応しい末路だな!」

 

 

海軍を追い出された肉達磨。いきなりそうされても、行く宛などない。あの青年に連絡する手段も無ければ、金なども元帥になれば心配いらないという思いから全て使い込んでおり、完全な無一文。

 

初めは道行く人に自身が提督であり、自分に貢げとのたまわっていたが格好からして有り得ないので世迷言と無視され、それに腹が立った肉達磨はギャンギャン喚き出した。

 

そんな彼をなんだなんだと取り囲む野次馬。彼らに対して見世物じゃないと当たり散らす肉達磨。そんな時だった。野次馬の一人が叫んだ。

 

 

「あ!コイツ艦娘に酷い仕打ちして自分だけ贅沢な暮らししていた肉達磨じゃね?」

 

 

その一言で周囲の目が変わった。最初は面白そうな事をしているという好奇心のようなものから、養豚場の豚以下のナニかを見る蔑んだ目。何故彼らが肉達磨の事を知っていたのか、それは単に詳細な身体情報と共に行って来た非道の数々。そして、禁忌を犯した大罪人であるという事実、おまけに脱走したという虚偽情報まで上乗せされて全国に日夜報道されていたからだ。

 

本来、このような汚点を態々暴露するのはデメリットしかないが、海軍がどれだけ国の為に、そして国民の為に活動して来たのかを国民の多くは身をもって知っている為に海軍のイメージがダウンする事は無かった。

 

と言うのも、嘗ては所謂ブラック鎮守府と呼ばれる程の労働を強いていたのが当たり前だった。だが、その結果、多くの艦娘達が人間に対して反乱を起こし、各地で大虐殺が起こった。ただ、艦娘は一人殺すと正気に戻ったかのように一度呆然とした後、自らを撃ち抜いてその場で四散。少なくとも人は最小限の被害で抑えられ、反乱は数日で終わった。

 

その後、何が原因かを徹底的に調べ上げ、その結果から分かった事がある。それは正と負の感情であり、艦娘と深海棲艦は同じ存在であるという事。負の感情を積み重ね過ぎると、深海化と呼ばれる現象が艦娘に起きる。これは一気に変化する者も居れば、少しずつ変化するなど、変化の仕方は様々であり、その要因は負の感情の大きさ。

 

この感情というのは人間と同じらしく、簡単に言えば幸福を感じる程に正となり、苦痛を感じる程に負となる。

そこでまず行ったのが労働環境の改善。これは案外早く実現する事が出来た。その理由が今まで、ブラックな故に何度も出撃しては敵を撃破し、結果、敵の数が格段に減っていたというあまりにも皮肉なものだったからだ。また、艦娘用の娯楽施設などの息抜きが出来る設備を整えるなどして、艦娘達のメンタルケアもほぼ完璧に行われた。

 

だが、ここである問題が発生した。強い者は先の反乱で殆どが轟沈。残った者達も弱い訳では無いが、轟沈した強者に比べれば見劣りする。そして、彼女達は出撃や訓練をする前にメンタルケアを行い、その後の極度に減った出撃回数。要因を挙げればキリがないが、艦娘に笑顔が戻り、日本各地でも笑顔が溢れる程に復旧した頃、轟沈者が出た。

 

別に悪い事をしていた訳では無い。ブラックな環境に置いていた訳でも無いし、寧ろどこよりも笑顔溢れるような鎮守府だった。ただ、出現した深海棲艦が強過ぎたのだ。

 

下手をすればその鎮守府の艦娘が全滅する程の強敵。あの状況下で轟沈者が一隻で済んだ事は寧ろ素晴らしい戦果だった。

 

 

だが、その戦闘から数日後。その鎮守府にて深海化した、或いはその予兆が見られる艦娘が多数出現。完全に深海化した艦娘は止む無く沈めて、予兆が見られた艦娘は別の施設でメンタルケアの後に回復し、そこの鎮守府の提督は責任を感じたのか、気が付いた時には失踪していた。

 

そして、何故このような事が起こったのか、再度調査が進められ、ある事実が判明。それは正の感情が大きければ大きい程に、その要因となったモノが消えると大きな負の感情を蓄積するという事。考えてみれば当然であったが、どこか兵器という感覚が抜け切っていなかったが故の失態。

 

この事実が判明すると早急に全鎮守府に事の詳細と轟沈の禁止、及び中破の時点で撤退する旨を伝えた。

 

 

それ以来、轟沈者は文字通り無し。度々、強力な深海棲艦が現れるも、幾多の鎮守府が共同で事に当たり、被害は大きいものの轟沈者無しでの撃破。どの鎮守府でも平和な一時を過ごしつつも、国民への艦娘のイメージアップを少しずつしていく。

 

その為の近隣の町への奉仕活動などなど、様々な事を行って来た。容姿も相まって、当初の予定よりも順調に進んだ。

 

そんな中で肉達磨が提督に成れたのは妖精さんが見える数少ない人材という理由もあるが、勿論、それだけでは無い。妖精さんが見える者が提督に就くというのが、業務上や艦娘側からもベストらしいが、そこまで絶対と言うほど重要では無い。

 

ならば何故、この地位になれたのか?それは単純。ある男がそうなるように根回しをしたからだ。

 

反対していた者に上手い話を持ち掛け、その上であの肉達磨の責任は全て自分が持ち、貴方は甘い蜜を何のデメリットも無しに吸える。

 

簡単に言えば、大体こんな感じの内容。それに乗っかかるようなヤツだけにした。とまぁ、そんな経緯で肉達磨は初めから傀儡として提督にならされた(・・・・・)

 

 

そして、そんな哀れな傀儡は今現在、国民から罵倒罵声を浴びせられ、ゴミや石を投げつけられ、気付けば辿り着いたのは路地裏のゴミ溜めのような場所。

 

そこで痛む身体に鞭を打ってゴミを漁り、その日を生きる為の食料を探しては喰らっていた。だが、すぐに特定され、そこを追い出されて再び彷徨う生活。

 

 

頭は禿げ、身体は前に比べれば少し痩せ、至る所が汚れまくり、鼻の曲がるような悪臭を撒き散らし、歯は殆どが無くなった。全身が打撲、所々が骨折、指先は腐ったように腐敗していた。

 

 

(どうして・・・私が・・・こんな目に・・・)

 

 

未だに自分の何が悪かったのかを認めたがらない。分かってはいるが、その事実から目を背け続け、自分は正しく、周りが間違っているのだと思い込んだ。

 

 

(そうだ・・・アイツだ・・・アイツのせいで)

 

 

何処かも分からない、道無き道を苦しみつつも自身を嵌めた者へ恨みながら歩き続け、遂には力尽きてその場に倒れ付した。

 

 

(クソッ・・・クソッ・・・クソッ・・・許さんぞ・・・絶対に・・・許さんぞッ)

 

 

自身の惨めさに顔中から汚らしい液体が溢れ出す。本当ならもっと極楽のような生活をしていた筈。あの男さえ居なければ。

 

こんな状態になっても、尚も自身に都合の良い事のような思考しか出来ない滑稽な肉達磨。

 

 

意識が薄れ行く時、近くに車が止まるような音がし、誰かが降りて来た。

 

 

「うわっ、クッッサァ!!何ですかこの臭い!鼻が曲がりそうってレベルじゃないですよ!ちょ、退散退散!」

 

 

そう言って車に戻り、暫くするとまた出て来た。

 

 

「ふぅ・・・うっ、自信作の超高性能なガスマスクなんですけど、これでも少し臭うんですか。まるで世界の汚物を掻き集めたかのような臭い、いや今の姿も相まって存在ですね」

 

 

開幕からいきなり馬鹿にしてきた人物。残り少ない体力を振り絞って見上げてみるとガスマスクをしたピンク髪の長髪の女が見下ろしていた。

 

 

「ハイハーイ、ご機嫌如何ですかぁ?お久しぶりですねぇ。明石ですよぉ?覚えてます?」

 

 

煽るように手をヒラヒラとさせ、こちらを小馬鹿にしたような巫山戯た口調。ガスマスク越しから辛うじて見えるニタニタと薄ら笑う嫌な表情。見覚えがあった。自身を嵌めたヤツとよく一緒に居た艦娘だ。

 

 

「あらら、完全に死に体ですねぇ。まぁいいです。それよりあの人からの伝言を伝えに来ましたよ!」

 

 

こちらの反応など初めから興味が無いとばかりに話を続ける明石。

 

 

「『最後の晩餐は美味しかったでしょうか?僭越ながら、何かと不都合がありましたのでお出しした料理に貴方の記憶を弄る薬を入れさせて貰いました。それから、提督の真っ白な服よりも今のゲテモノ姿の方が何兆倍もお似合いですね』だそうです!あ、因みに薬は私が作ったものなんですけど、どうでした?あまりモルモットが手に入らないので実験出来てないんですよね。まぁ、今の姿を見れば効いたかどうかは一目瞭然ですけど♪」

 

 

自身に何があったのかを知った肉達磨。然れど、怒る気力は湧かず、代わりに無様に顔を流れる液体が目に見えて増えた。

 

 

「ん?ブハッ!何ですかその顔!アッハハハハ!!ちょ、笑い死にしそうなんで止めウハハハハハッ!!」

 

 

肉達磨の泣き面を見て腹を抱えて笑い転げる明石。それが一層惨めになり、更に溢れ出す。それを見て更に笑い転げる明石。次第に明石が慣れてきたのか、咳払いを一つ話を再開した。

 

 

「コホン・・・さて、私が何をしに来たかなんですが、別に伝言を伝える為に来た訳ではありません。私にとっては寧ろここからが本題です」

 

 

そう言って、(かが)んでこちらの瞳を覗き込むようにして見る明石。そして、何やら手の平サイズの機械を取り出してスイッチを押し、音声が流れて来た。

 

 

『アヤツも馬鹿な男だ。元帥となる私に媚びを売って自分だけ助かろうとでも思っておるのだろうが、そうはいかん!私が元帥となり、ヘリ下りながらお零れを貰おうとした所を銃殺刑にでもしてやろうか。いや、確か明石とかいう随分と親しそうな艦娘が居たな。そうだ、アヤツに好意を寄せている大淀なんて者も居た筈だ。フッフッフ、アヤツを縛り上げた状態で目の前で二人を犯させるのも一興だな。兵器を犯したいなんて気が知れんがそこら辺の気色悪いホームレスにでもさせればいいだろう。クックック、アーハッハッハッ!!』

 

 

高笑いが終わり、ピッとスイッチを押して停止させた。流れて来た声は紛れも無く自身のモノであり、内容にも覚えがあった。何とか見えた明石は変わらずニタニタと笑っていたが、その目はまるで笑っていなかった。

 

 

「いやぁ、随分とまぁ面白そうな事をのたまわっていましたねぇ。自分がずっっっと監視されているとも知らずに。そして、テいトクを縛リ上げて私ト淀を犯ス?終い二は銃殺刑?アハハッ!じシンがドウいった存在ノ上でナリ立ってイタのかも忘レ、よくモソこまで愉カいな事ヲ言エタものデす」

 

 

そう言って、肉達磨の腹をサッカーボールのように蹴り抜く。

 

 

「ぐふぉッッ!!」

 

 

人間を超えた力に内臓が破裂し、強烈な鈍い痛みと共に血反吐を吐き出した。尚も変わらずニタニタと笑い続ける明石。

 

 

「おっと。ちょっと興奮し過ぎちゃいましたね。コホン・・・あの人からですねぇ。貴方を好きにしてもいいというお達しが出たんですよぉ。この意味が分かります?そうです!貴方はこんな糞溜りみたいな生活から脱却出来るんでよ!いやぁー良かったですねぇ!貴方は私に一生感謝して生きていくべきですよぉ?そこの所、分かってます?」

 

 

一体誰のせいでこうなったのか。そんな言葉すら思い浮かばない程に、目の前でケタケタと笑うナニカが不気味で仕方無かった。

 

 

「そんな訳で、今はおやすみなさぁい♪」

 

 

そう言って何かを肉達磨に刺した明石。次第に視界はボヤけていき、意識が落ちる瞬間にこんな声が聞こえた。

 

 

「次に目覚めた時を楽しみにしておいて下さいね♪」

 

 

見えない筈なのに、口を三日月に歪めて笑う明石を見た気がした。

 

 

 

 

カタカタとタイピングする音が響く薄暗い部屋。様々な機械が置かれ、どれもが起動しているのか画面に無数の文字や数字、グラフが映し出されている。そんな部屋の唯一の住人である明石は付近に置かれた大人が二人入っても余裕がありそうな程の黄緑色の液体で満たされた大きな試験管にコードを繋げたパソコンを弄っていた。

 

中には何かの肉塊のようなもの。それは何処か人間のような部分が多々見られたが、今のこれを人間とはあまりに表現し難い。皮膚は全て剥かれ、肉が丸出し。中心部分は開帳され、中にドクンドクンと脈動する心臓。その他の機能しているであろう綺麗な臓器。

 

 

暫くタイピングしていた明石は作業が一段落付いたのか、ググッと腕を天に伸ばして背伸びをした。

 

 

「ふぅ、取り敢えずはこんなものですね・・・ふふっ、人間に艦娘の力を植え付ける。再生能力とちょっとの頑丈さだけですが、やりたかった事はほぼ完成ですね。これで資材がある限り無限に再生するモルモットの完成です♪いやぁ、私ってばやっぱり天才だわ〜」

 

 

そう言いながら、試験管に手を当てて中の様子を覗き見る。

 

 

「痛みは消してあげたんです。それに人類の糧となれる。糞溜めで生活していた頃に比べれば余程マシでしょうぅ?ね、肉達磨さん♪」

 

 

口を三日月に歪めてニタニタと笑う明石。次第に込み上げて来たのか、声を荒らげて笑い出した。

 

 

「アハハハハハハ!やっと欲しかった物が手に入りましたよぉ!検査と称して瑞鶴をバラバラにしてた時に気が付いたんです!人間にも同じ力があったら、たった一体で無限に等しい実験を繰り返せるんじゃないかって!!だから、貴方が堕ちて行くのをずぅっと待ってました!これで貴方は半永久的に不死身となったんですよ!良かったですねぇ!人類の夢を貴方の身体で叶えちゃいました!!これからも末永く宜しくお願いしますね?肉達磨さん♪」

 

 

肉達磨は名実共に肉達磨となり、人類ではなく明石の糧となり続けた。




不細工肉達磨に相応しい最後だッ!笑ってやる!!
フハハハハハハハハ!!!
(これがしたかった)


そんな訳で肉塊エンド。
この後もずーーーーーと彼は再生と崩壊を続けます。因みに意識もありますし、精神は明石によって狂ってもすぐに強制的に正常な状態へ戻されます。あ、艦娘の力を与えただけで、艦娘は犠牲になってません。

どうやったのか?
・・・・・・明石って、便利ですよね(ガバ設定&オリジナル要素)


次回からは多分、鎮守府の復興編みたいなのになると思います。なのでずいずいの出番は減るかもです。


次回も気長にお待ちください!


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第12話:大本営での一幕

やっと・・・出来ました・・・。

ここ最近、忙し過ぎる上にあんまり筆が走らなくて、更新速度がガタ落ちしてしまいました。すみません。

閑話も書いてたんですけど、気付いたら本編が思った以上に長くなったので、取り敢えず投稿する事にしました。瑞鶴さんは暫く出番が激減するかもです。
ズイ (((ง˘ω˘)ว))ズイ


大本営のとある一室。中は広く、装飾品や家具に至るまで、一目見ただけで高価な物であると分かる程に豪華な一室で二人の男が向かい合うようにソファに座っていた。

 

 

「此度の件、ご苦労だった」

 

 

そう重々しく、何処か申し訳無い様な雰囲気で口に出した初老の男性。彼は現在の海軍の頂点に位置し、今の平和な海軍や日本の社会を確立した張本人である元帥、その人だ。

 

 

「いえ、それが私の仕事ですから。私も書類を見ただけですが、それだけでも現在のあの鎮守府の悲惨さは想像に難くありません。寧ろ、遅過ぎたくらいですよ。轟沈してしまった艦が居ないのは本当に運が良かった・・・だからこそ、今回の件の発見が遅れたと言うのは、何とも皮肉なものですがね」

 

 

対して、元帥というトップであり、今や生ける伝説とまで言われた大物に掛け値無しの賞賛を送られたにも関わらず、何処か悔いるような、そんな印象を抱く、それでもその端麗な容姿が健在の美青年は唯々自身の無力さを嘆くかのように返答した。

 

 

「・・・そうだな。言葉を取り繕う必要も無かろう。お前の言う通り、轟沈者が出なかったのは不幸中の幸いだが、だからこそ彼女達に長い間、苦痛を強いるはめになった。あのデブがあそこまでのやり手だと見抜けなかった私の責任でもある」

 

「そんな事ッ・・・いえ、よしましょう。今はこのような会話に勤しんでいる場合ではありませんでした」

 

「・・・あぁ、本題に入ろう」

 

 

その言葉を皮切りに、元帥はいつもの覇気ある表情で青年へ切り出した。

 

 

「貴殿の憲兵の任を解き、件の鎮守府へ提督として着任するよう命ずる」

 

 

『憲兵の任』

それは、嘗て提督であった者が大切な者を失い、それでも護国の平和に尽くそうと元帥へお願いして与えられた特殊任務。本来の憲兵とは違い、提督としての面も持っており、幅広く物事を調査、時には捕らえることも可能。

 

言うなれば、囮捜査のようなものだ。

 

 

「ハッ!必ずやご期待に応えてみせます!」

 

「フッ、あれからもう何年だろうな。また、お前の力を借りねばならんとは。情けないものだ」

 

「いえ、私が望んでしている事です。先程も申した通り、今回の事態を予め阻止する為に私はその任に着いていたのです。それがこのザマ・・・責めてもの罪滅ぼしとして、彼女達の復興に誠心誠意尽くさせて頂きます」

 

「あぁ、こちらもバックアップは出来る限りしよう。何かあれば遠慮せずに言ってくれ」

 

「お気遣い痛み入ります。では、少しお願いしたい事があるのですがよろしいですか?」

 

「あ、あぁ、構わない。一体、何だね?」

 

 

まさか今言われるとは思わずに少し驚きを露わにしたものの、すぐに表情を取り繕いその用件に耳を傾けた。

 

 

「私が着任する鎮守府ですが、出来れば明石も連れて行きたいと思っています。なにせ、彼女は優秀ですから」

 

「ふむ・・・確か、君とよく居るあの明石か?彼女も多大な功績があるし、今はここも落ち着いている。それに君と親しい艦娘が居た方が何かと彼女達の警戒も解き易いだろう。・・・うむ、許可しよう。手続きはこちらでするから、今から連れて行っても問題は無い」

 

「恩に着ります」

 

 

一礼した青年は席を立ち、扉へと歩いて行く。その背中に元帥は思い出しかのように声を掛けた。

 

 

「あぁ、迎えの車は用意してある。準備が出来次第、向かってくれ」

 

「分かりました。それでは私はこれで」

 

「あぁ、彼女達をどうかよろしく頼む」

 

「無論です」

 

 

そう言って部屋を出て言った青年を見送り、元帥はふぅ、と一息吐くと元帥としてではなく、一人の老人の顔になった。

 

 

「・・・すまぬ。辛い仕事ばかり、お前に押し付けて。本来、英雄と呼ばれるに値する偉業を成した筈のお前が名誉も何もかも捨て、文字通り、その身を削って護国の平和に尽くしてくれたというのに・・・儘ならないものだな、この世界は」

 

 

頭を過ぎるのは、愛する者の横であの心の底から笑った、少年のような屈託の無い笑顔。それが守れなかった事が、今でも元帥の心に影を差す。

 

あの時、ああしていれば。ふとした時に考えるのはそんな益の無い事ばかり。後悔ばかりが募り、自身を英雄と呼ぶ者達に出会う度、その影は闇を増す。

 

 

「ハハッ・・・こんな近くに居た子供一人救えなかったというのに、何が英雄だ」

 

 

その懺悔のような嘆きは、室内に響く事無く、虚しく消え去った。

 

 

 

 

元帥との話が終わり、青年が扉を出て暫く歩いた廊下の壁に寄り掛かっている美少女が居た。少女はその美貌を台無しにするが如くニヤニヤと厭らしく笑いながら青年を見ていた。

 

その姿を認識した瞬間に青年は顔を一瞬だけ歪めたかと思うと、すぐに無表情を取り繕い、無視して前を通り過ぎる。その少女は無視された事に不快感を表すどころか、一層笑みを深めて後に着いて行った。

 

 

互いに口を開く事なく、元帥が居た部屋から暫く歩いた所で少女が堪え切れないかのように青年の横へ出て、下から覗き込むように口を開いた。

 

 

「いやぁ〜、それにしてもよくもまぁ、あそこまでペラペラと言葉が出てくるものですよねぇ〜。薄っぺらいからですか?」

 

 

まるで煽るかのような、人を不快にさせるのを隠す気ゼロな口調に青年は顔は歩きながらも咎めるような視線を少女に寄越した。並大抵の者や空気の読める者ならそこで黙るだろうが、少女は変わらぬ様子で話し続けた。

 

 

「だ〜い丈夫ですよぉ。盗聴なんてされてませんし、周囲に人も居ない。その辺は弁えてますってばぁ〜。そこの監視カメラだって、今頃、私達が仲睦まじく会話しているようにしか見えてませんよ〜」

 

 

無駄だと気付いたのか、青年は視線を前に戻し、先程の元帥の時とは真反対のまるで感情が乗っていない平坦な口調で返した。

 

 

「盗聴していたのは貴様の方だろう。元帥との会談までするとは・・・あそこは許可された電子機器以外は使えなくなる筈だが?・・・いや、貴様に言っても無駄だったな」

 

「当たり前じゃないですかぁ。そのシステムを作ったの、誰だと思ってるんです?()()な明石ですよ?()()な。そんな明石さんが、自分が作った物に保険を掛けてない訳無いじゃないですかヤダァ〜」

 

 

ヤケに優秀を強調して喋る明石。それだけでも本当に盗聴していた事を伺わせるが、予想していた青年にとっては特に驚きも無く、淡々とその歩を進めた。

 

そんな反応に何を思ったのか、明石は心底楽しそうに懐から手の平サイズの長方形の箱を取り出し、スイッチを押した。

 

 

『私が着任する鎮守府ですが、出来れば明石も連れて行きたいと思っています。なにせ彼女は優秀ですから』

 

 

それは先の元帥と青年の会話の内容の一部。アレを聞かれていた事に青年は余程堪えたのか、足は止めなかったがその無表情を崩し、不愉快そうな顔を隠そうともせずに明石を睨み付けたが、本人はニマニマと楽しそうに笑うばかりだった。

 

 

「いやぁ、照れちゃいますねぇ〜。提督にそこまで思われていたなんて。普段、なんやかんや言ってたのって、照れ隠しか何かですかぁ〜?これ、淀に聞かせたら、嫉妬されちゃいそうだなぁ。あ、因みにこんな事も出来たり・・・」

 

 

そう言って、目にも止まらぬ早さでスイッチを次々に押して、最後に再生ボタンを押すと再び同じ音声リピートされ何度も流れた。

 

『明石は優秀ですから』

 

「んもぅ〜、そんなに褒めたって何も出ませんってばぁ〜・・・でもぉ、ここまで熱々に告白されたら、返答しない訳には行きませんねぇ〜」

 

 

足を止め、ゴホン、と態とらしく咳払いをした明石に、何をするのかと同じく足を止めて身体ごと振り向かせた青年。

 

明石は先程までの嫌な奴、という印象が欠片も見当たらない、自身の魅力を最大限に引き出したかのような仕草、角度、微笑みを伴って、まるで慈母のような優しさに満ちた心温まる声色で宣言した。

 

 

「提督、私も愛してますよ」

 

 

それは、男であれば誰もが見惚れてしまい、日暮れをバックにしていたら映画のワンシーンのような、そんな魅力を放つ魔性とでも言える雰囲気を醸し出していた。

 

 

「気色悪い」

 

 

しかし、考える余地など無いとでも言うかのように、即答して踵を返す青年。それが予想通りの反応なのか、明石はまるで堪えた様子は無かった。

 

 

「あらら、フラれちゃいました。冗談でも良い返事が聞けたなら、淀をもっと揶揄(からか)えたんですけどねぇ・・・残念です」

 

 

録音中だった特製のレコーダーをフリフリして、懐に戻してから青年の後を追い掛ける。その顔には先のような魅力は無く、厭らしい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

「ふぅ、こんなものでいいかな・・・にしても、見事に綺麗になったなぁ」

 

 

一仕事終えたとばかりに、掻いても無い額の汗を拭う仕草をしながら息を吐く明石。何をしていたのかと言うと、引越しの為の自身の部屋の整理である。

 

とは言うものの、元から移動する計画だったので始めてから十分も経たずに荷造りは終了し、運ぶのが大変な機材やその他諸々は既に積み込み終えていた。結果、手元にあるのは小物や小さい部類に入る完成品の玩具だったりと、カバン一つでどうこうなるものばかりだ。

 

 

「さぁて、時間にもまだ余裕あるし、最後に淀に会ってから行こっかなぁ・・・くふふっ、どんな反応するか楽しみ〜♪」

 

 

ルンルン気分でカバンを手に取り、扉を開ける。すると、何かにぶつかり、反動で扉が閉められた。もう一度、ソロりと開けると扉の前に額を抑えて蹲る明石と似たような格好の少女が居た。

 

 

「・・・何してんの淀?」

 

「・・・頭ぶつけたのよ。見ればわかるでしょ」

 

「あぁ、うん・・・」

 

 

しゃがんだままの状態で涙目になりつつ、こうなった原因を睨み付ける淀改め大淀。微妙に気不味い空気が流れ、立ち上がろうとしている大淀に話題転換として明石は尋ねた。

 

 

「そう言えば、なんで淀が?どうかしたの?」

 

「え・・・あ、あぁ、いや、丁度近くを通り掛かって、違和感があったから覗こうとしただけで・・・」

 

 

フリーズからの赤面。何をそんなに驚くのかと不思議に思った明石だが、そんな事よりも本来の目的を思い出したのでそちらを優先。

 

 

「それより淀。私、異動になったから、後はよろしくね」

 

「え、えぇ・・・・・・・・・え?・・・は?」

 

「さっきから表情がコロコロ変わるね。淀にしては珍しいんじゃない?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!異動ってどういう事!?私、何も聞いてないんだけど!?」

 

「そりゃ・・・さっき決まったから?」

 

 

普段の冷静沈着な人物とは思えない程に狼狽する大淀。

そんな彼女の様子とは対照的に、明石は表面上は私、何か変な事言った? という何でもないかのように装い、内面は歓喜に溢れていたりする。

 

 

「さっきって・・・だからって、私に連絡が来ないのはおかしいし・・・」

 

「決めたのが元帥だからじゃない?」

 

「元帥・・・って閣下が!?あ〜〜もぉ〜、だからかぁ〜〜」

 

「あの人の力って凄いよねぇ。大抵の事なら、鶴の一声で何だって許可出来ちゃうんだからさ」

 

「・・・それで場所は・・・・・・あぁ、あの鎮守府ね」

 

「正解!流ッ石ー!相変わらず冴え渡ってるねぇ!」

 

 

だいぶ落ち着いて来た大淀は、いつもの調子が出て来たのか、その頭脳を遺憾無く発揮し、あっさりとその答えを導き出した。

 

しかし、それは彼女をより不機嫌にさせたのか、目が据わり、ジト目で明石を睨み付ける。それは何処か拗ねているような、そんな印象を与えた。

 

 

「・・・なんでよ」

 

「ん?」

 

「なんで・・・貴女だけなのよ・・・」

 

「んー・・・取り敢えず、コレ聴いてみて」

 

「・・・ボイスレコーダー?」

 

 

カバンではなく、懐から取り出したソレは大淀の言う通りボイスレコーダー(明石特製)。訝しげに見詰める大淀を他所に明石は再生ボタンを押した。

 

 

『明石は優秀ですから』

 

 

聴こえて来たのは、聞き覚えのあるその一言のみ。それだけで大淀は理解したのか、俯いて動かなくなった。そんな大淀を他所に明石は停止させると、片手で頭を掻きながら照れたように笑い出した。

 

 

「いやぁ、明石さん、思った以上に提督から想われていたみたいなんですよねぇ」

 

「・・・」

 

「そんな訳で、鎮守府の復興を手伝う為に着いて行く事になったんですよぉ」

 

「・・・」

 

「そうなると、必然的に少なくとも一年以上はあっちで活動する事になりました」

 

「・・・でよ」

 

「淀?どうか」

 

 

ボイスレコーダーの音声を聴いてから俯いていた大淀がボソリと何かを呟いた。さてさて、どんな反応をするのかなぁ?と期待を胸にニヤけそうになる頬を抑えつつ、尋ねようとした明石。

 

しかし、その言葉は大淀が詰め寄って胸倉を掴まれた事によって遮られた。

 

 

「なんでよ!なんでいつも貴女だけなのよ!私だって、一緒に行ってもいいでしょ!?」

 

「よ、淀?どうしたの急に?ほら、落ち着いて?」

 

「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!大体、明石も明石よ!私の気なんて知らないで、いつもいつもいつも好き勝手やって!私がどれだけ必死こいて誤魔化して来たか、なんでそんな事をして来たか分かってるの!?」

 

「え、えー、あー、えっと・・・」

 

 

まさか、ここまで急変するとは・・・。

て言うか、思ってたのとなんか違う。

 

そんな大淀の急な変化に狙ったとは言え、ここまでは予想外だった明石。溜まってるのかなぁ、なんて呑気な事を考えつつ(現実逃避)、流石に宥める事にした。

 

 

「よ、淀、取り敢えず落ち着こ?ね?足が着いてるけど、割と息苦しいよ、これ」

 

「そもそも、見た感じ部屋が大分片付いてるみたいなんだけど?ねぇ、どうゆう事?貴女の部屋はよく見てたから、どう考えても可笑しいわよね?私が居なければ散らかり放題のあの明石が荷造りを今朝から始めても間に合う筈が無いし、艦娘の力を使ってもそれは不可能。出来たとしても、それなりに大事になるわよね?ここら一帯を行ったり来たりしてる私に一切悟られずにそんな事が出来るのかしら?ねぇ、答えてよ?おい答えろ」

 

「ちょ、怖い怖い!あと、一旦離して!段々絞まって来て本当にマズい!」

 

「ねぇ、なんで答えないの?何か後ろめたい事でもあるんでしょ?そうよね?大方、提督が四面楚歌な所に放り出されてそこを明石が味方になって距離を縮めようとでも思ったんでしょ?そんな事は絶対に許さないわよ?」

 

「淀ッ!?そんな気色悪い事言わないでよ!全身に鳥肌が立って鳥になりそう!」

 

「ねぇ、どうなの?さっさと白状しなさい。でないと私、何するか自分でも分かんないわ」

 

「あ、首が・・・ま、待って・・・淀・・・息が・・・」

 

「そう、あくまでシラを切るつもりなのね。いいわ、そっちがその気なら白状するまで徹底的に追い詰めてあげる。覚悟しなさい明石」

 

「・・・カフッ」

 

「ふふふふふふふふふふ」

 

 

 

 

「な〜んて事があったんですよねぇ。いやぁ、あの時は本当に殺されるかと思いましたよ」

 

「ザマァねぇな。いい気味だ。序に尊厳を踏み躙られていたらもっと良かったのにな」

 

「あっるぇ?もしかしてぇ、提督はぁ、そぉんなエッチぃ展開をご〜所望で〜すかぁ〜?明石のぉ乱れる姿が見たいだなんてぇ、提督のケ・ダ・モ・ノ」

 

「・・・」

 

「いやん♡そんな眼で見詰め無いで下さいよぉ〜。興奮するじゃないですか♡」

 

(相変わらず、度し難い変態だな)

 

 

揺れる車内で二人の男女が、そんな仲が良いのか悪いのかよく分からない会話を繰り広げていた。片や養豚場で豚の真似をしている変態を見るような冷ややかな目をした提督に、片や自身の身体を抱き締めて頬を染めてクネクネと揺れ動く明石。

 

暫くそうして、無反応な事に飽きたのか、動きを止めてシートにもたれ掛かった。

 

 

「淀なら大丈夫ですよ。ちゃんと、上手くやりましたから。大本営での任務娘を辞めるなんて事はないでしょう。あ、どうやったのか聴きたいですか?」

 

「アイツが来ないならそれでいい。その情報だけで充分だ」

 

「まず、淀が正気に戻るような言葉を掛けて、落ち着かせます。そして、力が緩んだ隙に抜け出して、淀を抱き締めて拘束。あ、艦娘の力も使ってです。後は何とでも捉えられる理由で誤魔化しつつ、私も行く、なんて言い出した淀に大本営の秘書艦はそうコロコロ変わっていいものじゃない等の大淀が正論だと思っているであろう内容で説得・・・ふふっ、相変わらずチョロいですね〜」

 

「・・・」

 

「って、あれ?提督、どうかしました?」

 

「なんでもねぇよ」

 

「?」

 

 

呆れた眼差しを向けられた明石であるが、大淀関連の話の時は大体いつもの事なので特に気にする事も無くスルー。会話が途切れたかと思われたが、ここで再び明石が切り出した。

 

 

「あ、そう言えば、部屋ってもう決まってるんですかね?その辺、私何も聞いてないんですけど」

 

「・・・工廠(こうしょう)だ。お前の場合、与えてもそっち(工廠)に入り浸るだろう。キチンと仕事をするなら、好きに使え」

 

「ひゅ〜、太っ腹〜!楽しみが増えましたよ!」

 

「変な物を置いてバレるなよ。特にあの肉塊」

 

「だ〜い丈夫ですってばぁ。その辺は弁えてますよ・・・そう言えば、あの艦娘はどうしたんです?」

 

「・・・あぁ、アレの事か。何かと試して問題無いと判断した。近々、欠陥機同士で出撃させてみる」

 

「ふ〜ん・・・!・・・ちょっと、私も一枚噛んでいいですか?」

 

「また碌でも無い事が浮かんだのか・・・」

 

「ヤダなぁ〜、違いますってばぁ。更に面白くさせるだけですよ〜」

 

「好きにしろ。くれぐれもヘマはするなよ」

 

「了解しました〜」

 

 

待ち遠しいとばかりに笑みを浮かべる明石とボーッと外の景色を眺める提督の二人が乗った車は、その後も無事に走り、目的地へと向かって行った。

 

 

 

 

「おぉ〜ここが鎮守府ですかぁ。見るからに空気が淀んでますねぇ」

 

 

鎮守府の駐車場に車を停め、荷物を持って先に外に出た明石が見た鎮守府の第一印象がソレだった。

 

 

「今日本で最もクソったれな場所の一つだからな。大本営に慣れた者からすると、余程なものだろうよ」

 

 

それに付け加えるかのように、後に出て来たこの鎮守府で着任する事になった提督。実は明石は初めて生で見たが、彼は何度かこの鎮守府にやって来ていた。

 

その内の一つが、前提督の送迎などの為の運転手である。

 

 

「どうしましょうか?私の荷物はコレだけで後は工廠にあるんですよね?もうそっち行っていいです?」

 

「呼ぶのが面倒だから着いて来い」

 

「・・・は〜い」

 

 

望んだ返答では無かったのだろう。何処か拗ねたような表情でそう返事した明石は、前を歩く提督に不貞腐れたように着いて行った。

 

そうして歩いて行くと門の前に一人の少女が感情を押し殺したかのような無表情で立っていた。

 

 

「・・・お待ちしておりました」

 

「お出迎えご苦労さま。君が案内役だね。名前を聞いてもいいかな?」

 

 

爽やかな笑みを浮かべ、相手が不快に思わないような声色でそう尋ねる提督の姿は先程とはまるで別人で、何処から見てもいい人だった。

 

 

「加賀です。それではこちらへ」

 

 

そう言って振り返ってこちらを気にする事無く進む姿は友好的では無い、と隠す気がまるで無いと一目で理解出来る。それでも提督は困ったような笑みを浮かべるだけで、大人しくその後に着いて行き、そんな提督に明石は笑いを堪えるのに全力を賭していた。

 

 




今回から、ブラック鎮守府復興編?のようなものです。

デブ提督が拘束されてから今回までの鎮守府側の流れを次回あたりに書きます。
閑話は出来次第投稿になると思います。


次回も気長にお待ち下さい!


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