Fate/Over night (鎌鼬)
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開幕

 

 

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公」

 

 

まず初めに、感じたものは絶望だった。

 

『ほぅ、枯れたと思っておったがこやつは見込みがあるようじゃな。回路こそは数少ないが……今の間桐からすれば高望みというものか』

 

 自分というものを知覚した時に見えたのは小柄な老人の姿。目の奥に怪しい光を宿しながら、その老人は自分の事を人間としてではなく道具として見ていた。

 

 彼の事を知っていた。間桐という名前を知っていた。創作物の中でしか登場しないはずのそれらを知っていたからこそ、これから先の未来を想像して絶望を覚えた。

 

 嘘だと思いたくて、この現実が夢であってほしいと願って、付いてくるように言った老人の後をついて行き、

 

無数の蟲の蠢く地下へと叩き込まれた。

 

 

「降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 常識では考えられないサイズの蟲達に身体のありとあらゆる部位を犯されて泣き叫んだのは半日程だったか。助けて、助けてと叫びながら自分をこの地獄へと突き落とした老人に向かって手を伸ばす。が、返ってくるのは愉悦に満ちた渇いた笑い声のみ。どれだけ泣き叫んでもそれ以上は何も無かった。

 

 そして、これが現実だと理解して発狂したーーーいや、したかった。

 

 笑う、笑う。ケタケタとけたたましく、声が枯れても、喉が裂けて血が出ても笑った。この狂気じみた世界こそが現実であると認識して、この家の事情を知ってるからこそ救いが無いことを理解して。

 

 時間の感覚が失うくらいに蟲達に犯され続け、犯され続けている間笑い続けていた。

 

 狂え、狂え、狂っちまえ、と想像しているような狂人のように振る舞いーーー狂えない事に気が付いた。前世の記憶があるせいなのか廃人となる事なく、そのまま生きる事が出来た。

 

 世界に絶望した、家に絶望した、これからの未来を想像して絶望した。発狂するほどの絶望を突きつけられ、それでもなお正気である事を強制させられた。

 

 

閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)

繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する」

 

 

 初めて蟲蔵に入れられてから時が経ち、臓硯が妹だという少女を連れてきた。

 

 その少女を助けると言って、叔父を名乗る男性が現れた。

 

 だが、それでも変わらない。妹だと言う少女が、叔父を名乗る男性が蟲の蠢く地下へと送り込まれたが、頻度が減っただけで俺があの地獄へと行く事には変わりなかった。

 

 あの老人の事を憎んだ事はある。だが、老人は地獄へと送る割には俺の事を可愛がっているように見えた。日が沈めば俺の苦しんでいる姿を見え愉快愉快とカラカラ笑い、日が登れば孫のように俺に対して接する。

 

 その二面性が理解できず、知ってはいけないと本能で理解していたものの、地獄の日々で精神を擦り減らしていたからかある日に馬鹿正直に老人にどうしてかと尋ねたーーー尋ねて、しまった。

 

 曰くーーー老人にとって、俺は()()()()()()()()()そうだ。

 

 その老人の正体を俺は〝識っていた〟。

 

 老人の肉体は人間の物ではなくなっている。魂を蟲に移して、他者の肉体を乗っ取って生きながらえる妖怪であると識っている。

 

 次の身体に相応しいーーーつまり、俺は妖怪の次の身体として育てられているのだと分かった。

 

 

「告げるーーー汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ」

 

 

 それを聞いてからどうしたのかは記憶が無い。気がついた時には夕暮れ時、公園のベンチに防寒着も着ないで座っていた。

 

 自分の未来を知った。蠢く蟲達の中に放り込まれたのも、あの妖怪の都合の良いように調整する為なのだろう。〝識っている〟限りでは、その役割は妹だと言う少女が担っていたはずだが、よく考えればあの少女とは違い、俺と妖怪は血の繋がりがある。そこがあの妖怪からすればあの少女よりも価値があるのだろう。

 

 絶望を感じた。無気力になり、寒さで身体が震えていると言うのにそれ以上の虚無感を覚える。

 

 だと言うのに、俺は正気だった。狂う事が出来なかった。

 

 いっその事、自殺でもしてしまおうか。そう考えても行動に移そうとは思えない。それは生きたいという生存欲求では無い。何もしたく無いという虚無感だった。

 

 ただただ何もせずに時間を消費する。夜が深くなるにつれて寒さが厳しくなって体温が下がっていく。このままじっとしていれば死ねるのかな、などと考えていると、

 

『どうした?貴様のような幼子が何故この場にいる?』

 

 金髪で赤目の、日本人では無い風貌の男性が聞き覚えのある声で話しかけて来た。

 

 その声を〝識っていた〟。

 

 彼の顔を〝識っていた〟。

 

 彼の正体を〝思い出した〟。

 

 原初の英雄。神代の時代において神々と決別し、人の時代を始めた最古の王。

 

 そしてーーー俺が憧憬と敬意を抱いている偉大なる英雄だった。

 

『ぬっ!?何故だ!!何故泣くのだ!?えぇい泣き止まぬか!!』

 

 彼に指摘されて自分が涙を流している事に初めて気がついた。最後に泣いたのは何時だったか。妖怪に地獄に叩き込まれ、蟲に嬲られる日々を送っているうちに何時しか泣かなくなっていたのだ。

 

 泣いている事に慌てている彼の姿に新鮮味を、久し振りに泣いている事に何故か嬉しさを感じてしまってしばらくの間、声を出さずに泣き続けた。

 

 そこから先の事は今も思い出せない。気がつけば俺は自分の部屋のベッドの上で起きた。叔父を名乗る男性が言うには、神父の男が俺を連れて来たと言う。泣き疲れて寝ていたところを運んでもらったのだろうか。

 

 今その光景を想像したら割と笑えるので困る。

 

 

「誓いを此処にーーー我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 

 だが、その出会いは決して無駄にはならなかった。狂気に晒されても狂う事が出来ず、虚無感に苛まれていた俺に一つの目標が出来たのだ。

 

 彼に、原初の英雄に、最古の王に、俺の事を認めてもらいたい。

 

 現代に生きる有象無象の1人ではなく、どんな形であっても良いから一個体として彼に認められて欲しいという望みが出来た。

 

 その為に今日まで備えて来た。

 

 霞んで消えそうになっていた記憶を必死になって思い返して、どうすれば彼に認められるのかと知恵を巡らし、妖怪の悪趣味にも耐え続けた。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天ーーー抑止の輪より来たれッ!!天秤の守り手よーーーっ!!」

 

 

 全ての詠唱を終えた瞬間、地面に刻まれていた魔法陣から暴力的な閃光と暴風のような魔力の本流が生まれる。思わず片手で覆い隠し、それらが治った頃合いを見計らって退ける。

 

 すると誰も居なかった筈の魔法陣の上には一つの影があった。ボロボロになった黒い外套を身に纏い、片腕を拘束具で縛り上げ、髑髏を模した仮面を付けた人間と思わしき存在。だが、見ただけでそれは俺たち人間とは異なる、高次元の存在なのだと理解出来た。

 

「サーヴァント、アサシン。参上シタ。オマエガ、オレノ、主カ?」

 

 知性を感じさせないような声でアサシンは語り掛けてくる。それを聞いて漸くスタートラインに立つ事が出来たと、口角を持ち上げて笑みを浮かべながらその問いに肯定で返した。

 

「あぁーーー間桐誠一(まとうせいいち)、俺がお前を召喚したマスターだ」

 

 

 

 

 

全てはこの日の為に、我が命はこの時の為に。

 

 

物語なんぞ知ったものか。狂え狂え、壊れてしまえ。

 

 

この夜に、彼の王を超越する。

 

 






間桐の生まれの転生者君、目的がギル様に認められるとか言うハードモード。

まぁどう頑張ってもマトモな方法じゃ達成できないからマトモじゃない方法で挑むんだけどね!!



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間桐臓硯

 

「ふぁあ……ねっむ」

 

 アサシンを召喚した影響で不足していた魔力を回復させる為に眠りについて起きたのは昼過ぎだった。ショートスリーパーなので普段ならば4時間も寝れば十分に休めるのだが、思ったよりも消耗していたらしい。

 

 その理由は分かる。俺には魔術師にとっての必需品である魔術回路の数が5本しかないからだ。

 

 魔術師と呼べるのかすらどうか分からない体たらくなのだが、この本数であっても今の間桐からすれば見込みがあると妖怪ーーー祖父の間桐臓硯は言っていた。

 

 それだけで今の間桐がどれだけ落ちぶれているのかが分かってしまい、腹を抱えて笑いたくなる。

 

 時計を見れば午後3時を回った辺り。まだ眠気が残っているので寝直したくはあるのだが、生憎とサーヴァントを召喚したら見せるようにと臓硯に言われているのでそう言うわけにはいかない。約束の時刻まではまだ空きがあるが、寝直すには時間は無い。

 

 実家暮らしならばその日の内に見せて惰眠を貪っていたのだが、俺は間桐の家にはいない。新都の一角にある廃ビルを間桐の財力で買取り、そこを俺の工房として使用している。聖杯戦争の時期が迫ってからは工房に引きこもりっぱなしで、実家に帰っていないのだ。

 

 不便かと聞かれれば不便だが、それでもあの妖怪のいる実家で暮らすよりはマシだと断言出来る。俺の願いは臓硯からすればどうでも良いと一蹴されるものでしか無い。監視の目もあって満足に休む事さえままならない。俺の計画が臓硯にバレれば間違いなく邪魔をされる。それを防ぐ為にも実家から出る事は最低条件だった。

 

 時間を潰す為に本棚から一冊の本を引き抜き、ソファーに寝転がりながらそれを開く。使い込まれ、年季が入っているせいでページがくたびれ、色褪せているそれには文字が何も書かれていない。

 

 白紙のページを魔力を宿した指でなぞれば、そこから手書きの文字が現れる。

 

 この本は俺の記憶にあるこの世界の事を書き記したメモ帳のようなものだ。誰にも見せるわけにはいかないので俺の血を混ぜたインクを使用する事して、魔力に反応して浮かび上がるように細工を施したのだ。

 

 パラパラと捲り、目当てのページを見つけ出す。今回の第五次聖杯戦争の参加者とサーヴァントの真名がそこには書かれていた。

 

 衛宮士郎ーーーアーサー王(セイバー)

 

 遠坂凛ーーー英霊エミヤ(アーチャー)

 

 言峰綺礼ーーークー・フーリン(ランサー)

 

 間桐桜ーーーメデューサ(ライダー)

 

 葛木宗一郎ーーーメディア(キャスター)

 

 メディア(キャスター)ーーー佐々木小次郎(アサシン)

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンーーーヘラクレス(バーサーカー)

 

 アサシンの項目を二重線で消し、その下に自分の名前と呪腕のハサン(アサシン)の名を書き込む。令呪が配布されて良かった。もし選ばれなかったとしても大丈夫なようにそちらのルートは考えていたが、有った方が楽が出来る。

 

 訂正をし、次に考えるのは誰から戦うか。アーサー王(セイバー)は彼のお気に入りで、求婚をしていたので排除。メデューサ(ライダー)は我が妹である桜に呼び出されたサーヴァントなので、序盤から敵対するのは悪手でしか無いのでこれも排除。

 

 残るのは英霊エミヤ(アーチャー)クー・フーリン(ランサー)メディア(キャスター)ヘラクレス(バーサーカー)となる。

 

 固有結界の担い手に因果逆転の魔槍の所持者、神代の魔術師に世界でもトップクラスの知名度を誇る大英雄。豪華過ぎて涙が出てくる。

 

 呪腕のハサン(アサシン)は決して弱いサーヴァントでは無い。筋力、耐久は記憶にあるものよりも一ランクダウンしているが敏捷、魔力、幸運は記憶通りのまま。スキルに関しても劣化無しで、気配遮断もA+の一級品である。専らはクラスの通り暗殺者としてマスターを狙わせるのが定石なのだろうが、正面戦闘も出来る程には強いのだ。

 

 決してアサシンは弱くは無い。ただ、周りが強過ぎて相対的に弱く見えるだけなのだ。

 

 加えて俺というイレギュラーが召喚したせいなのか、俺の〝識っている〟臓硯に召喚された当初の知性が乏しい状態で召喚されてしまった。これについては対処法があるのでその通りにすれば問題無いだろう。

 

 となれば最初に狙うのはランサーかキャスターだろうか。アーチャーに関してはのちにマスターの遠坂凛がセイバーのマスターである衛宮士郎と同盟を結ぶ事になるので、相手をしようと思えばセイバーとも戦う事になる。アサシンの強さは知っているが、だからといって一対二をさせようとは思わない。

 

 そうやって数分間メモ帳と睨めっこしながら考えーーーバーサーカーを狙うことに決めた。

 

 普通ならば愚行だと笑われるような決断だが、勝算はある。それに、この機を逃せばバーサーカーを倒す好機を逃してしまうのだ。

 

 間桐、遠坂、そしてアインツベルンの三家は聖杯戦争の基盤を作り上げた魔術師たちの子孫の家系で、それぞれが上質な霊地を有している。序盤ならばまだしも、中盤以降にもなれば霊地の有無で消耗差が如実に現れてしまうのだ。それに遠坂や間桐とは違い、アインツベルンの霊地は冬木の郊外にある。周囲一帯は森であり、そのものが天然の要塞として役割を果たしているのだ。

 

 つまり、引きこもっているアインツベルンを攻める事は攻城戦を仕掛けるのと同意義である。ちょっと酷過ぎて笑ってしまう。

 

 故にイリヤスフィールを狙うのならば森から出て来た時を狙うしか無い。そして記憶にある限りでは、戦闘が可能な時刻に森から出てくるのは聖杯戦争初日の夜くらいしか無い。

 

 無論、無策で向かうつもりは無い。アサシンとは別に戦う手段は用意してあるし、切り札だって持っている。そもそも、令呪が現れなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、そうなると別の問題が浮かんでくる。朧げな記憶を思い返す事で何とか物語の大まかな流れは把握しているが、俺の行動が原因でそれの通りにいかなくなるという点。そもそも、それに関してもアサシンを召喚している時点で手遅れだ。ストーリーに大きな齟齬が発生しないうちに行動に移した方がいい。

 

 初戦の相手を決め、行動を起こす時期を決めた。臓硯との約束の時間まで、どうやって聖杯戦争を戦うのか思考する時間に費やした。

 

 

 

 

 臓硯との約束の時間が迫っていることに気が付き、タクシーを使って間桐邸に帰宅した。

 

「こんな有様だから幽霊屋敷とか言われるんだろうなぁ」

 

 長年過ごして来た我が家は一言で言えば幽霊屋敷としか言えないような有様だった。外壁は蔦で覆い隠されていて、窓硝子はヒビ割れている物がある。門から玄関までは中庭を通るのだが、全く手入れされていないので荒れている。

 

 幽霊屋敷と近所から噂されても反論出来ないのが悲し過ぎる。

 

 荒れた中庭を通って玄関へと辿り着き、インターフォンを押す。来客を伝える事は大切だって古事記にも書いてある。

 

「はいはーい……って、マコ兄じゃん。どうしたの?」

 

 出迎えてくれたのは一つ下の弟の、海藻のような癖の強い髪が特徴的な慎二(しんじ)だった。学校から帰ってきたばかりなのか、穂群原学園の制服姿のままだった。誠一という名前の誠はマコトと読む事が出来、そこからマコ兄と呼んでくれている。

 

 ちょっと間抜けかもしれないが、愛称っぽくて気に入ってる。

 

「ただいま、爺さんに呼び出されたんだけど……あ、これお土産な」

 

「お、駅前のケーキ屋のじゃん」

 

「人数分買ってきたから分けて食べろよ?」

 

「え?……3つしか入ってないけど」

 

「お前、桜、あとライダーの。間違ってないだろ?」

 

『誠一、儂の分はどうした?』

 

 嫌悪感を掻き立てるような嗄れた声がホールに響き、影から蟲が這い出して集合し、人の形を作る。

 

 一見すれば杖をついた小柄な老人にしか見えないが、あくまでそれは外見だけを見た時の話でしか無い。幼い頃から蟲蔵へと叩き込まれていた俺は、俺から正体を教えられて蟲蔵を見せられた慎二は、その老人の本性を知っている。

 

 間桐臓硯。五百年以上の時を生きる、人喰いの妖怪。

 

「爺さんは、ほら、血糖値があれかなって思って、ね?」

 

「戯けが。この身体になってから血糖値なんぞ関係無いわい」

 

「洒落になってないよ爺さん……」

 

 確かに人ではなく蟲である臓硯の健康は人の物では考えることが出来ないのだろうが、そこまで堂々と言われると自虐ネタっぽく聞こえてしまうのでやめてほしい。事実、慎二はドン引きしている。

 

「言われた通りにサーヴァント召喚したから見せに来たぜ」

 

 霊体化していたアサシンに念話で指示を出し、実体化させる。知性が乏しいはずのに家の雰囲気を感じたのか、臓硯の気配を察したのか、膝をついて(こうべ)を垂れて顕現する。

 

 それを見て臓硯は愉快だと言わんばかりに笑い声を上げた。

 

「呵呵ッ!!よくやったぞ誠一。よもや此度の聖杯戦争で間桐から二人もマスターを出すとは儂も想像しておらんかったわ」

 

「違う、間違えるな。間桐のマスターはあくまで桜だ。俺はお情けの自由枠で選ばれたに過ぎないよ」

 

 聖杯戦争に参加するマスターは聖杯によって選ばれ、御三家は優先的に令呪を配布される。一番初めに令呪が現れたのは桜で、俺のは最近になって現れた。これだけで聖杯は桜の事を間桐の人間だと認めていると分かる。

 

 とはいえ臓硯が喜ぶのも理解できる。聖杯戦争の勝者は一人だけ、どうあがいてもバトルロワイアルの戦いだ。同盟を結べば勝率が高くなるとはいえ、最終的には殺し合うのだから背中にも気にかけなければならない。

 

 だが、間桐から二人のマスターが出た事で話は変わる。間桐は臓硯をトップとしたカーストが築かれている。例えマスターになったとしても、あの妖怪の気分一つで命を奪われる事実に変わらないのだ。裏切りを考える必要が無くなるというのはそれだけで大きなメリットになる。

 

 まぁ、それもマスターが二人とも臓硯には逆らえないという前提が無ければ成立しないが。

 

「約束通りに俺は自由にやらせてもらう。間桐として動きたかったらライダーの方を使え。頼み事程度なら駄賃によりけりだけど聞いてやるがな」

 

 本音を言えば自己強制証文(セルフギアス・スクロール)を使って臓硯の行動を制限してやりたかったが、メリットとデメリットを測りに掛けて考えた結果、口約束程度で済ませることにした。相手の行動を縛るというメリットは惜しいが、こちらの行動が縛られるというデメリットがあまりにも大き過ぎるのだ。

 

「うむ、好きにせい。元より今回の貴様の参加は全くの予想外であったからな。だが、忘れるなよ?」

 

「分かってる。絶対に死ぬな、だろ?」

 

「そうじゃ。儂としても可愛い孫が死ぬのは堪えるからのぉ」

 

 堪えるのは俺が死ぬ事ではなくて次の身体が無くなる事だろうに。ここまで良く回る口だと感心してしまう。

 

 ともあれ、これで間桐邸で済ませなければならない用事は終わらせた。持ち帰らなければならない物も無いのでアサシンを霊体化させ、踵を返す。

 

「なんじゃ、もう出るのか?夕餉くらいは食べて行ったらどうだ?」

 

「急に参加が決まったから色々と忙しいんだよ。それに御三家に余計な疑いかけられても面倒だろ?」

 

 桜の顔を見ておきたかったが、靴が見えないので今頃は衛宮士郎の家にでも行っているのだろう。あいつが魔術師だという事はすでに臓硯の口から桜に伝えられている。令呪が現れたら教えるようにと頼んであるので、それが開始の目安になる。

 

 気をつけてな、という臓硯の心無い言葉に手を振って返して玄関の扉を閉める。

 

 あの妖怪は俺の手綱を握って聖杯を狙っているだろうが、甘いとしか言いようが無い。確かに生きた年月は前世と今世を合わせても臓硯には届かない。が、胸に燃える渇望(いのり)の強さは決して引けを取らないと信じている。

 

 精々今の内に笑っていろと内心で呟き、間桐邸を後にした。

 

 





ハサン先生がちゃんと召喚したはずなのにHFルート見たいな話し方になっているのはそういう仕様。他のサーヴァントの心臓モグモグすると強くなるぞぉ!!

マコニキ、家に帰ったと思ったら妖怪と腹の探り合いという高度なプレイを始める。間桐に生まれた瞬間から臓硯が一番の敵なんだよなぁ……



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遠坂凛

 

 

「頭痛い」

 

『魔術師、無事カ?』

 

『大丈夫だけど念話は控えてくれ。頭に響く』

 

 アサシンの心配するような言葉にぞんざいな言葉を返してしまうが、そのくらいに頭痛が酷いのだ。

 

 昨日、臓硯と別れて工房に帰ってから気分転換に酒を飲んだのがいけなかった。想定していた最低よりも良い状態で聖杯戦争に挑める事を祝おうとして開けたのだが、気分が良くてついつい飲みすぎてしまったのだ。加えて酔った勢いそのままに準備に時間を費やしてしまって、睡眠時間は一時間も取れなかった上に二日酔い状態だ。その上、アサシンの維持に最低限とはいえ魔力を使っているからなのか身体が重い。

 

 二日酔い、寝不足、魔力不足の三重苦が酷く辛い。

 

 出来る事ならば思う存分に寝たいのだが、今日中に済ませておきたい用事があるので朝早くからアサシンを連れて出ているのだ。

 

 向かう先は穂群原学園ーーー慎二と桜、そして俺が通っている学校だ。とはいえ、俺は三年生で自由登校を迎えているので最近は登校していない。進学するつもりは無く、学校には間桐の家を継ぐと言ってある。まぁ実際には俺の身体を乗っ取った臓硯が、なのだが間違いでは無い。

 

 三重苦を堪えながらもこうして学校に来た目的は二つある。

 

 一つは桜がライダーを使って俺の指示通りに動いたかの確認。

 

 もう一つはキャスターのマスターである葛木宗一郎が黒だという情報を手に入れる為。

 

 前者の方は然程心配していないのだが、後者の情報を手に入れるにはあまりにも早く来すぎてしまった。校門から学園を見渡しても、部活動の朝練に参加している生徒しか見えない。

 

 出来れば後者の情報を先に手に入れておきたかったが仕方ない。挨拶をしてくる下級生に返事を返しながら校舎の裏まで移動する。

 

 冬場の校舎裏は不自然なところは見受けられない。違和感も感じず、一瞥した程度では何も無いと判断して通り過ぎてしまうだろう。

 

 だが、俺は知っている。ここに何があるのかを知っている。今の眼では見る事が出来ないだけだ。

 

 故に、視界を切り替える。

 

 右手を右目に添えて魔術回路を起動。蟲による改造により通常の眼球とは別の機能を持つ眼は切り替えられた視界の中で異質な物を捉える。

 

 草むらの影から溢れる紅い光。掻き分ければそこには魔法陣が刻まれていた。待機状態のそれの効果を見るだけで読み解ける程に俺の魔術師としての才気は無い。だが、この魔法陣の齎らす効果を俺は〝識っている〟。

 

「おはようございます、間桐先輩」

 

 背後から声を掛けられる。中腰の姿勢から立ち上がり、振り返ればそこにいるのは紅いコートを羽織った黒髪の女子生徒。一般人ならば対処を考えなくてはならないが、彼女は一般人では無い。

 

 遠坂凛。冬木の当代の管理者であり、第五次聖杯戦争のアーチャーのマスター。そして、我が妹である桜の実の姉。

 

「おはよう、遠坂。こんな朝早くから、こんな場所に何の用だ?まさか……俺の身体か!?」

 

「そんなわけないでしょう!!……ハッ!!んん!!」

 

「取り繕おうとしても遅いから」

 

 学園内での遠坂の評価は高い。容姿端麗、文武両道、才色兼備の優等生だと言われているが、それは猫を被っている彼女の評価だ。少し煽ってやれば簡単に素顔を引きずり出せる。

 

 遊んでて面白い相手というのが俺の評価だ。

 

「はぁ……それで、間桐先輩はどうしてここにいるのかしら?」

 

「多分同じ用事だと思うぞ?」

 

 そう言いながら地面に刻まれた魔法陣を指差せば彼女は顔を顰める。そして膝をついて宝石を掲げ、なにやら詠唱を始める。すると魔法陣は徐々に輝きを薄れさせ、終いには消えた。

 

「消したのか?」

 

「いえ、残念だけど私でも完全に消すのは無理だわ。恐らくはサーヴァントのスキルか宝具ね。発動したら内部の人間をドロドロに溶かして吸収する悪質な結界だわ」

 

「ヒューッ!!そのサーヴァントのマスターさんは過激派だねぇ!!」

 

「ふざけないで。私の目の黒い内は発動させてなるものですか」

 

 囃し立てるような言葉に遠坂は怒りの感情を露わにしていた。それは魔術師として神秘が露見してしまうようなやり方に対して、そして無関係な人間が巻き込まれるようなやり方に犯人に対して怒っているのだろう。彼女のそんな姿を見ると、魔術師の全てが臓硯のような外道では無いと分かって安堵する。

 

 まぁ、この下手人はライダーで、そうするように桜に指示を出したのは俺なんだけどね!!

 

 俺はこの聖杯戦争の流れを大まかにとはいえ〝識っている〟。その通りに進めて都合よく終わらせようとは考えていないのでどうなろうが知ったことではないが、だからといってこの〝識っている〟というアドバンテージを失うのはあまりにも惜しい。

 

 なので桜からライダーの宝具や情報を聞き出して結界を学園で展開出来るように準備しておけと唆しておいた。無論、ライダーを強化させようという魂胆ではない。結界を用意しておく事で、学園は自分の縄張りで手を出すなと主張すれば良いと。

 

「それにしても学校に結界ねぇ……十中八九、下手人は学校の関係者だな」

 

「えぇ、学校で戦うことになった時に魂喰いをさせてサーヴァントを強化するつもりでしょうね」

 

「案外マーキングかもしれないぞ?ここは自分の縄張りだから手出しは許さないっていうアピールとか。そうでもないと遠坂はまだしも、俺みたいな落ちこぼれに簡単に見つかるような杜撰な隠し方はしないだろう」

 

「一般人には隠して、関係者なら簡単に見つかるようにしておいたってわけね?成る程、確かに有り得ない話じゃないわね」

 

「ま、どれが正解なんて分からないんだから考えるだけ無駄だけどな」

 

 そう言ってその場から立ち去ろうとする。桜が指示通りに行動しているのかを確認するだけのつもりだったが、偶然だとはいえ遠坂と話をする事が出来た。未だに三重苦は続いているが、美人と話が出来た事で気分が良くなる。この気分のまま、葛木宗一郎の情報を得るつもりだったが、

 

「待ちなさい」

 

 遠坂の静止の声に足を止める。振り返れば、遠坂は右手を銃のような形にしてこちらに向かって指差していた。

 

「おいおい、天下の遠坂様がカツアゲかよ!!ここでジャンプしろってか!!」

 

「違うわよ!!……間桐誠一、貴方はマスターかしら?」

 

 鎌かけだろうその一言に反応しそうになるが、臓硯相手に鍛え抜いた表情筋で太々しく笑う事で誤魔化す。

 

「違うよ。俺みたいな落ちこぼれじゃあマスターなんかには選ばれなくてねぇ。遠坂も予想しているだろうけど、間桐のマスターは桜が選ばれたよ」

 

「それはあくまで御三家の枠として桜が選ばれたってだけでしょう?貴方も落ちこぼれだとしても魔術回路を持っていることには変わりない。だったら疑って当然だと思うのだけど」

 

「あーあ!!疑心暗鬼の塊かよ!!これだから胸の無い奴は器もちっせえなぁ!!」

 

Anfang(セット)ーーー!!」

 

 予想していたのはガントの一撃だったが、胸が無いという言葉が余程頭に来たのか、遠坂が選んだのは物理攻撃、それも頭部を狙ったハイキックだった。しかもご丁寧に魔術による強化まで施されている。

 

唵 呼嚧呼嚧 戰馱利 摩橙祇 娑婆訶(オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ)ーーー」

 

 それを受けるという選択肢は無い。同じようにこちらも魔術による強化を施し、上半身を晒すことでその一撃を躱す。

 

「避けるな!!」

 

「無茶言うなよ。頭が柘榴みたいになるわ」

 

 肉弾戦であるのなら我流のなんちゃって拳法とは言え心得はあるので相手にはなるが、魔術合戦になればこちらが圧倒的に不利だ。なので反撃はせずに遠坂のパンチを、キックをひたすら避け続ける。

 

「あぁもう、落ち着けって。そろそろ人が集まる頃だ。折角の優等生の化けの皮が剥がれちまうぞ?」

 

「うっ!?……そうよ、落ち着きなさい遠坂凛。優雅たれ、優雅たれよ……」

 

 額に手を添えながら自己暗示のようにブツブツと呟く姿を見て笑う。本当に面白い奴だ。

 

「えぇ、あんな彼女も出来たことのない落ちこぼれなんかよりも私の方がずっと上よ……」

 

「相手が居ないのはお前も一緒だろうが。俺の場合はあれだ、好みに合うのが居ないんだよ」

 

「へぇ、そうなの。だったら好みを教えてもらっても良いかしら?」

 

 遠坂の目が座っている。正直に言えって眼で訴えている。これは適当に誤魔化したらさっきの焼き増しになると判断し、両手を挙げて降参の意を示す。

 

「背は小さい方が良いな、庇護欲が湧くくらいのサイズだと実に好ましい。胸の大きさも中途半端よりもいっそ無いくらいが良いね」

 

「……あのぉ……待って、それって……」

 

「うん、そう言うことだ」

 

 それだけで遠坂は俺の好みを察したのだろう。言いにくそうにしていたが肯定を聞いて手で顔を覆い隠した。知らなきゃよかったという声が聞こえる。

 

 その隙にこの場から離れる。遠坂の追ってくる気配は無い。

 

『魔術師、アレ、コロサナイ?』

 

『彼女は魔術師だけどマスターかどうか分からない。殺すのはマスターだと判断出来てからだ』

 

 それにしてもやはり遠坂と言うべきか、流石は遠坂と言うべきか、俺に対して圧倒的な優位を取っておきながらも抜けた対応をしてくれる。マスターかどうかの鎌かけをした時に、然りげ無く両手に視線を向けていたまでは良かったが、それ以上探そうとしなかった。あの状況なら、悪評が流れるのを覚悟してでも俺に服を脱ぐように指示して令呪を探すべきだった。

 

 冬の乾燥した空気で乾いた唇を舌で舐めるーーーそこにはマスターの証である令呪が刻まれていた。

 

『さて、キャスターのマスターの情報を集める。護衛は頼んだぞ』

 

『御意』

 

 桜が指示に従っているかの確認は済ませた。あとは葛木宗一郎がキャスターのマスターであるという疑いが持てるほどの情報を集めるだけだ。

 

 その事を俺は〝識っている〟ので襲撃しようと思えば出来なくも無いのだが、そんな事をすれば臓硯から疑いの目を向けられる事になる。今の俺ではアサシンを含めた手札全てを使っても臓硯を殺し切る事は出来ない。

 

 故に今は雌伏の時。あの妖怪の目を掻い潜りながら、俺の目的に向けて行動する。その為ならば妹であろうが、妹の実姉であろうが、全て利用する。

 

 魔力不足の倦怠感はまだあるものの、気がつけば寝不足と二日酔いの不快感は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

 






凛ちゃん登場。いやぁ、本当にいいキャラしてて使いやすいわぁ。

マコニキの女性の好みは低身長で無乳らしい。低身長……無乳……あっ(察し



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聖杯戦争・開幕

 

 

 笑う、嗤う、破顔う。けたたましく、金切り声を上げるが如く大声で笑う。普段であれば臓硯の監視の目を恐れ、例え工房内だろうが感情的に振舞うことはしないのだが、この時ばかりそれは出来なかった。

 

 冬木に散らばらせた監視用の蟲を通して待ち焦がれた光景を見たから。

 

 

 ーーー穂群原学園にて朱槍を携えた青い戦闘衣服の男と黒白の双剣を構えた赤い外套の男の戦闘を見た。人間を遥かに超えた身体能力で戦闘を行う彼らは間違いなくサーヴァント。その近くには遠坂凛もあった。青い戦闘衣服の男が魔力を槍に集中させ、宝具を放つ瞬間になって部外者が覗いているのに気がついてその戦闘は決着がつくことなく中断された。

 

 

 ーーー衛宮邸にて穂群原学園で戦闘をしていた青い戦闘衣服の男と、バトルドレスを着た少女の戦闘を見た。少女は不可視の武器を携えていて、武器のリーチを測らせずに戦闘を優位に進めていたが、青い戦闘衣服の男が学園で使わなかった宝具を発動。仕留めることは出来なかったが少女に手傷を負わせ、そこで撤退した。

 

 

 ーーー衛宮邸にて少女と赤い外套の男の戦闘を見た。不可視の武器と黒白の双剣を交え、本格的に戦闘が始まるところで少女を召喚した衛宮士郎が令呪を使用して少女を強制的に停止させた。そして遠坂凛といくらかを会話し、共に衛宮邸の中に入っていった。

 

 

 〝識っている〟、〝識っている〟。その展開を〝識っている〟。俺の記憶にある通りに、寸分違わずに同じ進行を辿っている。現に蟲を通して衛宮士郎と遠坂凛がサーヴァントを連れて冬木教会へと向かっている姿が見える。

 

 あぁ、ようやく始まるのだ。待ち望んでいた夜が始まるのだ。彼の王へと挑む為の下準備をようやく行うことが出来るのだ。高ぶる気持ちが抑えられずにみっともなく、狂ったように笑い続け、俺の感情に呼応するようにこの部屋に蠢く蟲たちがギチギチと嫌悪感を掻き立てる不快な音を鳴らしている。

 

 臓硯は妖怪だ。好きか嫌いかで問われれば、殺したくなるという第三の選択肢が即座に出るだろう程に醜悪である。が、蟲を使役するという手段は悪くは無い。魔術師としては最低レベルな俺が手っ取り早く戦力を揃える為には臓硯のような使役魔術が都合が良かった。

 

 流石にあの妖怪のように人を苗床にする様な()()()()手段では無く、普通に卵生で増やす様にしているが。

 

「アサシン、出るぞ。俺たちの夜を始めよう」

 

「御意」

 

 一頻り笑い、落ち着いたところで実体化して側に控えていたアサシンに声を掛けて蟲蔵から出る。冬の裂けそうな程に強い寒さが火照った身体に丁度いい。熱のこもった息を吐き出し、冷たい外気を目一杯吸い込んで熱を溜め込んだ身体を冷ます。

 

 今日の為に、王に挑む為に備えて来た。魔術師と戦う手段も、サーヴァントと戦う手段も用意してある。勝ち筋は確かに存在している。が、それだけで勝てる程に聖杯戦争は甘くは無い。勝ち残る算段はあるが、一手間違えれば即座に終了する綱渡りのような状況なのだ。

 

 感情の赴くままに、テンションに従って行動するのは嫌いでは無いが、今回は我慢する事にする。

 

 予定通りに事が進むのならば、この後はイリヤスフィールが現れてバーサーカーとの戦闘が始まるだろう。正確な場所までは流石に把握していないが冬木教会周辺には監視の蟲を配置している。バーサーカーという破壊兵器と言っても差し支えのない存在が戦うのだ、目につかない筈がない。

 

 

「さぁーーー超越の夜(Over night)の始まりだ」

 

 異形の蟲達を従え、山の翁(アサシン)を従え、戦場となった夜の冬木に足を踏み出した。

 

 

 

 

 不可視の武器を携えた少女ーーーセイバーとイリヤスフィールの従えるバーサーカーとの戦闘は、マスターである衛宮士郎がセイバーを庇うという〝識っている〟通りの幕切れを迎えた。普通ならば即死してもおかしくはないが、衛宮士郎の体内にはとある聖遺物が埋め込まれている。それの正式な所有者であるセイバーが召喚されている以上、例え未完全な繋がり(ライン)だとはいえ現在の所有者である彼が死ぬことは無いだろう。

 

 その光景を蟲を通して観戦し、イリヤスフィールの目的地を先回りする。衛宮士郎が死にかけだとはいえ、近くで戦闘があったとなれば遠坂凛がアーチャーを連れて現れてもおかしくはない。あれは甘いところはあるが、精神は魔術師としてしっかりとしている。いざとなれば非情な判断を下してもおかしくはない。

 

 そうしてイリヤスフィールが十分に彼らから距離を取ったのを見計らい、姿を見せる。

 

「こんばんわ、アインツベルンのマスター」

 

「あら、貴方もマスターなのかしら?」

 

「その通りだよ」

 

 イリヤスフィールは記憶にあった通りの幼い外見の少女だった。長い銀髪が街灯に照らされて幻想的に輝き、ルビーの様な赤い双眼が真っ直ぐに俺を見据える。ホムンクルスと人間のハーフであるからなのか、人形じみた計算された美しさの中には幼子の様なあどけなさが混在している。

 

彼女の顔を見た瞬間、目を奪われた。

 

これまでの興奮とは違う高揚を感じ、

鼓動が不自然に加速する。

 

 それらの感情が何であるのかーーーその正体を探ろうとする思考を頭から追いやる。これから戦う相手は間違いなく今回の聖杯戦争で最強の英雄だ。余計な事を考える余裕など存在しない。考察ならば、戦闘が終わってから幾らでも出来る。

 

「間桐誠一……そっち的にはマキリと言えば伝わるか?」

 

「マキリ?貴方みたいなのがマキリのマスター?」

 

「イヤイヤ、御三家の枠は俺よりも優秀な妹に取られたよ。俺は聖杯のお情けでマスターになった様なもんだ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「だから、ね?こう、俺が死なない程度に手加減をしてもらえるとすっごくありがたいんだけど……ね?」

 

「ごめんなさい、今の私は機嫌が悪いの。加減無しで殺しに行くわ」

 

「Sadistic……!!」

 

 花の咲く様な笑顔で言われたからしょうがないな〜許しちゃおうかな〜って考えそうになったけど、よくよく考えれば普通に殺人宣言である。衛宮士郎のせいで不完全燃焼なことは理解しているのだが、あまりにも殺意が高すぎやしないだろうか。

 

「おいで、バーサーカー」

 

「◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 イリヤスフィールの呼び掛けに応じる様にして顕現するのは鋼の巨人としか形容の言葉が出ない様な大男。曝け出された上半身は極限まで鍛え上げられ、身に纏う空気だけでもトップクラスの大英雄である事を否応無しに理解させられる。

 

 事前に見たセイバー、アーチャー、ランサーは決して弱くは無い。だが、目の前の狂戦士は彼らよりも頭二つは抜きん出ていた。

 

唵 呼嚧呼嚧 戰馱利 摩橙祇 娑婆訶(オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ)ーーー」

 

 即座に魔術回路を起動させて詠唱する。途端、近くにあったマンホールの蓋が弾け飛び、そこから夥しい数の蟲たちが這い上がってくる。

 

 間桐の蟲たちは一見しただけで通常の虫ではない事が分かるので、神秘秘匿の概念に則って一般人には見せない様にしなくてはならない。臓硯の様に小型のものならば影に隠して連れてくる事が出来るが、俺の使役する蟲の中には人に並ぶ様な、あるいは人よりも巨大なサイズのものが混じっている。その為、下水道を通って連れてくる様にした。

 

 このアイデアは前回の聖杯戦争に参加した叔父さんから頂いている。

 

 サンキュー叔父さん。臓硯に中指立てながら安らかに眠ってくれ。

 

「アサシン」

 

 それだけでは足りない。いくら戦闘用に育てたとはいえ、相手は今回の聖杯戦争で最強のマスターとサーヴァント。例え他の参加者の目があって、手札がバレる事になろうが全力で挑まなければ勝ちは無い。

 

 最高の勝利条件はバーサーカーを打倒し、イリヤスフィールを確保する事。トップクラスの大英雄を使役出来るイリヤスフィールの魔力量は遠坂と比較しても桁違いに多い。魔力不足の問題を解決するために、生きたまま捉えて()()()()()()()()()()()()。それが不可能だとしても、俺たちが生き延びる事が最低条件。

 

 逆に敗北条件は俺が死ぬ事だ。それだけは何としても避けなければならない。最悪、蟲達とアサシンを犠牲にしてでも生き延びる。そうすればこの先が苦しくなるのが目に見えているが、それでも死ぬよりかはマシだ。

 

「やっちゃえ、バーサーカー!!」

 

「貪り喰らえ、蠱毒の住人ーーー!!」

 

 

 鋼の巨人が吠える。

 

 山の翁が闇夜に紛れる。

 

 異形の蟲たちが金切り声を上げる。

 

 

 今ここに、聖杯戦争初日の最後の戦いが始まる。

 

 

 






おや?マコニキの様子が……?




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VSイリヤスフィール&バーサーカー

 

 

 我先にと飛び出したのは蟲達。餌は与えているが、目の前に立つ上質な魔力源(イリヤスフィール)に目を奪われたのか、明らかに食欲を剥き出しにして向かっていく。

 

 百足の様な節足の蟲が、蟷螂の様な鎌を携えた蟲が、鍬形虫の様な鋏を鳴らす蟲が、幼子に向かって迫る光景はあまりにもホラーチック。術者である俺でさえ生理的嫌悪を感じるというのに、イリヤスフィールは迫る蟲達を見据えてその(かんばせ)を歪ませる事なく、優しげな笑みを浮かべている。

 

 脳裏に思い浮かぶのはイリヤスフィールが蟲達に群がられて生きたままに捕食される光景。

 

 だが、同時にそんな未来は訪れないと確信している。

 

「◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 バーサーカーがイリヤスフィールの前に立ち、踏み込んで石造りの斧剣を振るう。

 

 斧剣に触れた蟲が消し飛ぶ。

 

 振るわれた剣圧で蟲達が弾ける。

 

 その余波が顔を殴り抜く。

 

 バーサーカーからすれば目の前のマスターを狙う脅威を払っただけなのだろうが、結果としてたった一動だけで俺の連れてきた蟲の大半が死滅した。我先にと飛び出していった蟲達は全滅し、残ったのは食欲を堪えて留まったか地上に出で来れなかった奴くらい。

 

 飛び散る蟲の破片と体液越しにバーサーカーと目が合う。

 

 その背後に、髑髏が嗤う。

 

「散レ、柘榴ノ如クーーー」

 

 攻撃の間際までその存在を気付かせない、無音の暗殺術が闇夜から放たれる。イリヤスフィールとバーサーカーを中心に飛来する投擲物の数は十二。現在地の急所だけではない。移動中、そして移動後までも見据え、先んじてそこに放っている。知性が乏しかろうが、肉体に刻み込まれた技術を見せつけられる。

 

 イリヤスフィールに回避は許されていない。行動が出来るのはバーサーカーのみ。彼女を守ろうとすればバーサーカーの急所に投擲物が突き刺さり、自身を守ろうとすればマスターである彼女は深手を負う事になる。選択肢の存在しない選択を迫られ、

 

 バーサーカーは迷う事なく、イリヤスフィールの守護を選んだ。

 

 イリヤスフィールに迫る投擲物を素手ではたき落す。その代償にバーサーカーには投擲物が吸い込まれた。人体の急所である延髄と鳩尾、そして眼球を狙った刹那の暗殺劇。歴代の山の翁に劣りはしない、生涯をかけて練り上げられた技術は鮮やか見事と称賛したくなる様な美しさを感じさせた。

 

 が、終わらない。バーサーカーの急所に突き刺さる筈だった投擲物は身体に当たり、弾かれた。

 

「◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 それはマスターである少女を狙われた怒りか、それとも鮮やかな暗殺技を見せた事に対する賞賛か。バーサーカーは咆哮と同時に斧剣をアサシンに目掛けて振るった。

 

アサシン、躱せ(〝令呪使用:強制転移〟)

 

 空中にいたアサシンではその一撃を回避する事は出来ず、また防御する事も出来ないと判断して令呪を使用した。斧剣の一閃が当たる直前にアサシンの姿が消えて空を裂き、消えたアサシンが俺の隣に現れる。

 

「あら、もう令呪を使っちゃったの?」

 

「まだ死なせるには早過ぎるんだな。それに俺、エリクサーとかガンガン使っていくタイプなんだよ」

 

 三度限定の奇跡、参加条件を考えれば実質二度までしか使用する事が出来ない令呪の重要性は理解している。が、だからといって躊躇ってアサシンを殺すという真似はしない。バーサーカーでは相手が悪いというだけであって、アサシン自体は非常に優秀なサーヴァントなのだ。

 

「にしても、肉体そのものが宝具とかズルくない?」

 

「えっへん、凄いでしょう」

 

 脳に入れていた蟲を起こし、忘却しないようにと入れていた過去の記憶からバーサーカーの宝具を思い返す。

 

 ヘラクレス(バーサーカー)の宝具は〝十二の試練(ゴッド・ハンド)〟。Bランク以下の攻撃を無効化し、11の命のストックを付与し、更に既知の攻撃に対しては耐性を得るというもの。これにより、バーサーカーを完全に殺したければ、一流(Aランク)相当の攻撃で、異なる十二の手段を用いて、バーサーカー十二回殺さなくてはならないという頭がおかしいんじゃないかと叫びたくなる様な事になっている。

 

 今回の聖杯戦争でバーサーカーを単騎で殺す事が出来るサーヴァントは召喚されていない。セイバーが行った様に一撃で複数回殺すなどの抜け道もある事にはあるにはあるが、彼女一人で倒す事は不可能と思っていいだろう。唯一可能性があるとするのならばアーチャーか。だとしてもそれは()()()()()を持っているだけでしかなく、俺の〝識っている〟限りではアーチャーは単騎でバーサーカーに挑んで負けている。

 

 アサシンではバーサーカーを殺し切る事は出来ない。筋力、宝具のダメージを与えられるステータスはどれもがBランク以下で〝十二の試練(ゴッド・ハンド)〟を突破する事は不可能。令呪によるアシストがあればいけるかもしれないが、出来たとしても一度だけ、その上耐性を付与する事になるので悪手でしかない。

 

「はぁ……アサシン、下がれ」

 

 他に手段は無い、切り札を切る以外にバーサーカーには勝てないと判断し、アサシンに下がる様に指示を出し、代わりに俺が前に出た。

 

「……一体何のつもりかしら?」

 

「さて、何だろうな?」

 

 訝る様なイリヤスフィールの言葉と視線を嘲笑いながら流す。言葉で、態度で、行動で、格上の存在である彼女を煽る。

 

「ふざけて……!!バーサーカー!!」

 

「◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 外見通りに精神が幼いのか、それとも我慢という事が出来ない性格なのか、イリヤスフィールはあからさまな煽りに乗ってきて、バーサーカーを差し出した。鼓膜が破れんばかりの咆哮と同時に、突貫してくる。

 

 一歩踏み出すごとに局地的な地震が発生し、その巨体に似つかわない速度で迫るバーサーカーはまるで重量戦車。防御、回避、反撃がすべて無意味。

 

 だが、それがどうした?

 

 神話の英雄が何するものぞ。

 

 彼の王に挑もうと言うのだーーー神話の一つや二つ乗り越えなければ話にならない。

 

 意識を外界から内側に集中させる。絶体絶命にありながらも胸の内で規則的に鼓動を打つ心臓に意識を向ける。

 

接続開始(circuit connect)

 

 ドクリと、規則的に刻まれていた心臓が邪悪に脈打つ。

 

 眼前にはバーサーカーがあり、加速を乗せた斧剣の一撃が降りかかる。

 

 その速度ば人間の眼球を持ってしては捉える事は愚か、影を追うことさえ叶わないだろう。このままならば、俺は死んだという事実を認識するよりも早くに死を迎える事になる。絶対的な死を目前にして恐れは欠片も湧く事はない無く、静謐な精神でその一撃が落ちてきた。

 

だが、生きている。

 

 防御、回避、迎撃の全てが無意味な絶対的な死が降り注ぎながら、怪我一つ負うことなく生きている。

 

 眼前にあるのは静止した斧剣の切っ先。あと少し振り下ろされたいれば頭蓋を砕かれていたであろう場所で止まっている。その柄には担い手であったバーサーカーの手は無い。

 

 バーサーカーは、離れたイリヤスフィールの場所まで下がり、膝をついていた。

 

「何……何なのよ!!()()()ッ!!」

 

 怯え、驚愕、困惑。それらの感情が入り混じった複雑な表情を浮かべながらイリヤスフィールは俺をーーー否、()()()()()()()叫んでいる。

 

そこにあったのは、いと悍ましき何かだった。

 

 バーサーカーよりも一回りな巨大な体躯を泥で構成した不定形の存在。手と思わしき部位があり、頭部と思われる箇所があり、女性らしいラインが見受けられる人型に見えなくはない巨人。全身から泥を滴らせながら、両腕を使ってバーサーカーの斧剣を受け止めている。

 

「流石はギリシャ神話の大英雄。数合わせの雑兵や魔術師もどきは愚か、アサシンであっても敵わないか」

 

 背後に佇むそれに向かって手を伸ばす。それは頭部を下げ、まるで愛玩動物が飼い主にじゃれ付く様に、頭部を手に擦寄らせた。

 

「だがーーーご覧の通り、彼女はそれらに当てはまらないんでな」

 

 邪悪に脈打つ心臓に意識を集中させる。自分の心臓だとはいえ、臓硯に弄られてから十年の年月が経っているとはいえ、これは人の身では余る力だ。気を抜いた瞬間に俺が食い殺されてもおかしくはない。

 

 バーサーカーは唯一の武器を奪われた。そして、片足は膝から下を失っている。人型を構成する泥はサーヴァント殺しの泥。霊基を汚染し、魂を溶かす最悪の代物。バーサーカーの踏み込んだ足が泥に触れ、その結果食われたのだ。

 

 記憶にある通りの代物ならば、サーヴァントの属性を反転させる効果もあったはずなのだが、俺という依り代が影響しているからなのかそれ以上の効果は無い。

 

 だが、それで十分。〝十二の試練(ゴッド・ハンド)〟を貫通して片足を奪えた。それはつまり、バーサーカーを殺す事ができるという事。

 

「〝蠱毒の女王〟、〝汚泥の貴婦人〟ーーー喰らえ、獣の如く」

 

 その言葉と同時に泥の人型、〝汚泥の貴婦人〟は動き出す。腕を地面に着け、頭部に大きな切れ込みを作り、泥を撒き散らしながら四つん這いでバーサーカーへと向かっていく。

 

「逃げるわよ!!バーサーカー!!」

 

 醜悪極まり無いその姿を目にしてイリヤスフィールの下した判断は逃走。あぁ、その判断は間違っていない。こんな化け物を見たら、初めに考えることは逃げる事だ。情報不足のまま戦って負けるよりも、恥を忍んで逃げて生き延びる方が利口である。

 

 当然の様に、それは俺も考えている。

 

 イリヤスフィールを抱えようとして伸ばした腕が蟲によって落とされる。それは最初にバーサーカーが蹴散らした蟲と同じ百足の様な蟲だ。しかし、全身からは〝汚泥の貴婦人〟と同じサーヴァント殺しの泥を纏っていて、英霊殺しの特性を得ている。

 

 それだけに留まらず、道路を、戦場の上空を無数の羽虫が旋回している。どれもがサーヴァント殺しの泥を滴らせ、イリヤスフィールとバーサーカーの逃げ道を塞いでいる。

 

「◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 逃げられないと判断し、バーサーカーはマスターの意思に逆らって〝汚泥の貴婦人〟へと向かっていく。鋼の如く鍛え上げられた腕が唸りを上げ、〝汚泥の貴婦人〟を殴る。拳圧で触れる事なく泥を弾き飛ばし、構成する泥を減らされながらも〝汚泥の貴婦人〟は命令通りに獣の様にバーサーカーに襲いかかる。

 

 サーヴァントを殺す泥に浸りながらも戦闘を続けられる事には流石は神話の英雄だと感心する。だが、この勝負にバーサーカーは勝つことは出来ない。

 

 〝汚泥の貴婦人〟は死なない、そもそも生きていない。いくら拳圧で泥を吹き飛ばそうが構うことなくバーサーカーに襲いかかる。

 

 そして何より、バーサーカーは泥に浸りながらも戦っている。自分の霊基を砕きながら戦うそれはもう自殺行為と変わりない。片足が無くなり、片腕を失い、残された片腕で這いずりながらなお戦う意思を見せるものの、すでに顔の半分が、下半身が、胴体の殆どが消えている。

 

 もう死んでいなければおかしい状態でなお戦う。その姿を、ひどく尊い物だと感じた。

 

「ーーー勝って……」

 

 それは油断だった。格上に挑んでいるというのに、してはいけない行為だと知っていたはずなのに、死ぬ事を厭わずに戦うバーサーカーの姿に感じ入ってしまったために出来た致命的な隙。

 

負けないで!!バーサーカー!!(〝令呪使用:戦闘強制続行〟)

 

 イリヤスフィールの身体に紋様が浮かび上がり、その量を減らす。

 

 その瞬間にバーサーカーから膨大な魔力が放たれた。

 

 それはセイバーが使用している魔力放出のスキルに匹敵するものだった。暴風と見間違うほどの出力で吹き荒れる魔力が身に纏わり付いた、そして周囲一帯の泥を吹き飛ばす。

 

「◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 咆哮、残された片腕を使って跳躍。魔力を放出させる事で推進力を得たバーサーカーは自身を弾丸として真っ直ぐにこちらに向かってくる。その速度は開いていた距離を一息の間に詰め、俺を轢き殺さんと迫る。

 

 あの有様ではバーサーカーはもう戦うことは出来ない。脱落する事は避けられなかった。だから、最後の力を振り絞って相打ちに持ち込もうとしているのだろう。向かってくるバーサーカーの目からは死んでも殺してやるという殺意と決意が伝わってくる。

 

 だが、決死の特攻も、俺の想像を上回らない。

 

「抱き締めろ、処女(おとめ)の如く」

 

 足元の泥が競り上がり、人型を取って新たな〝汚泥の貴婦人〟が現れる。

 

 〝汚泥の貴婦人〟とは泥を人型に型どらせた存在を指す。泥さえあるのならば、いくらでも作り出す事が可能なのだ。

 

 〝汚泥の貴婦人〟とバーサーカーが激突する。バーサーカーが咆哮を上げながら後ろに立つ俺に迫らんとするが、それは自分からサーヴァント殺しの泥に浸っていくのと同じだ。

 

 徐々に体積を減らし、魔力放出の勢いを弱めーーーそして、完全に〝汚泥の貴婦人〟の体内に沈んでいった。

 

 勝った、勝つ事が出来た。殺せる手段を用意していたとはいえ、それはイリヤスフィールの油断と慢心を前提にしていた綱渡りの戦いだったのだ。もしも初めから彼女が全力で殺しに来ていたとしたら、俺は死んでいたに違いない。

 

 最初の難関を乗り越えたと思い、安堵してタバコを吸おうとした瞬間、

 

「◼️◼️◼️◼️ーーーッ!!」

 

 〝汚泥の貴婦人〟の背中を貫いて、バーサーカーの腕が伸ばされた。完全なる予想外からの不意打ち。全身をサーヴァント殺しの泥に浸かりながらもまだ生きているなどと誰が思うか。バーサーカーの怪力を持ってすれば、ただの人間なんて掠っただけで十分に殺せる。

 

 あ、死んだと思いーーー伸ばされた手は眼前で空振った。それが本当の最後の力だったのか、バーサーカーは動かなくなり、完全に泥の中に沈んでいく。万が一を警戒し、距離を取ってもそれ以上の変化は起きない。

 

 バーサーカーの腕は、肘から先が無くなっていた。鼻先に届くか届かないかの距離で、バーサーカーの最後の足掻きは失敗に終わった。泥に霊基を汚染され、魂を溶かされ、間違いなく終わっていた筈だった。それなのに、彼はそれを乗り越えて俺の喉元にまで迫って来たのだ。

 

 その姿に恐怖するでは無く、怒りを覚えるでも無くーーー羨ましいと思った。

 

「ば……バーサーカー……」

 

「はぁ……はぁ……アサシン」

 

「御意」

 

 バーサーカーの最後を見て唖然としていたイリヤスフィールの首にアサシンが手刀を落として気絶させる。勝った気がまるでしない。バーサーカーを殺し、イリヤスフィールを手に入れるという想定していた最高の勝利を得たというのに。

 

 だが、そう思う反面、気分は清々しかった。連れて来ていた蟲の大半を殺され、令呪を一画失ったが、それ以上に得るものがあったと感じたから。

 

「が……ッ!!グゥゥ……ッ!!」

 

 その余韻に浸っていたかったが許されなかった。心臓に激痛が走り、何か巨大な物を入れられたかのような不快感が襲う。思わず膝をつき、胸元を掻き毟る。しばらくすれば不快感は残るものの、痛みは引いて立ち上がれる程度には落ち着いて来た。

 

 その代わりに、飢えと倦怠感が一緒くたになった衝動が襲って来た。

 

 心当たりはある。魔力不足だ。アサシンだけでも魔力が足りなかったのに蟲の使役と〝汚泥の貴婦人〟まで使ったのだ。心臓が特別性だからなのか気絶するまででは無いが、早急に魔力を取り込む必要が出て来た。

 

「アサシン……工房に帰る。彼女を連れて来てくれ」

 

 魔力不足の懸念は初めから考えていた事だ。そして解決する為の手段もしっかりと確保している。

 

 アサシンの抱えるイリヤスフィールを見て、暗い笑みを堪える事が出来なかった。

 

 

 






マコニキの切り札はサーヴァント殺しの泥。臓硯によって心臓にアレが埋め込まれていて、それによって大元であるアレと繋がりを持ち、尚且つアレの意思と契約を結んでいるのでアレの中身である泥を呼び出す事ができる。原作と仕様が異なっているのはマコニキとの契約による影響。反転なんて不要。ただ殺して溶かし、取り込む事だけに特化してる。

アレって一体何なんだろうか……(スッとぼけ

でも呼び出すとただ垂れ流すだけなのでもったいないと思い、試行錯誤した結果人の形をとらせて使役する事に成功する。それが〝汚泥の貴婦人〟の正体。

魔力不足、幼女誘拐、暗い笑み……うん、次回はそういう話だよ!!



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イリヤスフィール

 

 

 アサシンに周囲の警戒を命じ、イリヤスフィールを連れて工房内の寝室に向かう。粗末なベッドに冷蔵庫、それと小さな本棚が備え付けられただけの質素な部屋だが、基本的に眠る為だけに使用している部屋だったからこの程度で十分だったのだ。

 

 気絶しているイリヤスフィールをベッドの上に寝かせ、冷蔵庫から透明な液体の詰められたペットボトルを取り出す。貼り付けてあるラベルを見てそれが目的の物だと確認し、蓋を開けて中身を口に含む。

 

 そして、その状態のまま、寝ているイリヤスフィールの唇に唇を重ねた。

 

 僅かに開いていた口を舌でこじ開け、液体を少しずつ流し込めば白い喉が動いて液体を飲むのが確認出来る。そうやって少しずつ少しずつ口の中の液体を減らしていると、身動ぎと共に彼女の目が開かれた。

 

「ん……ンンッ!?」

 

 さっきまで殺し合っていた相手にキスをされていると理解したのか目を大きく見開きながらイリヤスフィールは暴れもがく。彼女は魔術師としては俺とは比べものにならない程に優れているのだろうが、肉体的には外見通りの少女の物でしかない。腕を使って頭を固定させ、残った腕で身体を抱きしめる様に寄せて逃がさない。吐き出そうとしても口を離さず、液体を流し続けて強制的に飲ませ続ける。

 

 そうして口の中の液体を全て飲ませたところで彼女を解放する。

 

「はぁ、はぁ……一体何のーーー」

 

 一体何のつもりだと言おうとしていたのだろうが、突然彼女は胸を押さえながらベッドに沈んだ。白磁の様に白かった肌が朱色に染まり、荒々しく吐き出される吐息はどこか熱っぽい。身体を抱きかかえる様に丸めさせ、足は内股になって擦り合わせている。

 

 有り体に言えば、イリヤスフィールは発情していた。

 

「ん……ッ!!なに、これぇ……ッ!!」

 

「今お前に飲ませたの、分かりやすく言ったら媚薬だよ」

 

 臓硯の使役している蟲の中には催淫効果のある体液を持つものもある。あの妖怪は女性に使い、快楽で精神を崩壊させてそれを楽しんでいた様だが、俺はそれをもう少しまともに使えないかと考えて色々と試行錯誤を繰り返した。それが今イリヤスフィールに飲ませた液体の正体だ。

 

 献体は慎二と桜にやってもらった。協力ありがとね。

 

 そういう目的で媚薬を飲ませ、目論見通りの効果が出ているのだが、どうにも効きが良すぎるように思える。効果が出るのが早いし、発情具合がどうも強い。

 

 思い当たる原因は彼女がホムンクルスと人間のハーフだという事。元々純人間だけを対象として考え、献体もそうだったのでそれ以外の種族に与える効果まで把握していないのだ。案外、ホムンクルスに対しては効果が強過ぎたのかもしれない。

 

 まぁ、そんなことはどうでも良い。多少の予想外はあったものの、望んでいる効果は現れている。イリヤスフィールの体躯、生い立ちから考えて処女(はじめて)なのは間違いないだろう。幾らかの交換条件を持ちかけるつもりだとは言え、これからも魔力供給を務めてもらうつもりなのだ。性行為が痛く、辛いものだと誤認されてはこれから先がつまらない。

 

 暖かいだけの肉人形を使う趣味など無い。ヤるのならば人とヤりたい。

 

 無理矢理犯すというのも嫌いでは無いが。

 

 防寒着のコートを引き千切るように剥ぎ取る。感度が上がっているのか、服が擦れる程度でも快楽を覚えた様で堪える様な艶やかな声を上げる。幸いな事に下はスカートだったので、このまま捲って下着を晒し、挿れる事も出来る。だが、彼女からすれば初めてのセックスなのだ。そんな強姦じみたやり方では無いやり方で卒業させてあげたい。

 

 少し考え、壁に背中を預け、イリヤスフィールの身体を持ち上げて後ろから抱き抱える様な形で股の間に座らせる。

 

「こ、の……変態……ッ!!」

 

「ありがとう、超興奮するわ」

 

 我々の業界では幼女からの罵倒はご褒美です、などと馬鹿な事を考えながらボタンで留められている上着を引っ張って千切る。薄手のキャミソールの下の胸は予想していた通りに無いに等しいサイズ。手を下に潜らせて直接乳房に触れても揉めるほどのものでは無かった。だが、それでも媚薬のお陰なのか、撫でる様に触れるだけで彼女の口からは堪える声が溢れる。

 

 片手で胸を撫でながら、空いている片手をスカートの中へと滑り込ませる。足を内股にして手の侵入を拒まれるが、華奢な少女の脚力などたかが知れている。割り込ませ、下着越しに秘部に手を伸ばす。

 

 指先から伝わる下着の感触は、既に湿り気を帯びていた。

 

「効き過ぎだろこれ……後で調整しておいた方が良いか?どう思う?」

 

「はぁ、はぁ……んんッ!!」

 

 返事は返ってこない。話しかけている間にも胸に追加して秘部への愛撫を続けているのだから当然だろう。そもそも、彼女に性的知識があるかどうかすら怪しいのだ。アインツベルンという閉ざされた環境で、さらにホムンクルスだけで構成されるコミュニティだ。数を増やそうとすればセックスでは無く、培養すれば良いと考えて教えていない可能性はある。いや、彼女はホムンクルス(アイリスフィール)人間(衛宮切嗣)のハーフだ。教えられるだけは教えられていたかもしれない。

 

 まぁ、教えられたところでこうして薬決められて軽い愛撫されただけで手玉に取られているのだが。

 

 ゆっくりと、じっくりと、時間をかけて愛撫を行う。何度か限界を迎えたのか、魚の様に身体を跳ねさせていたがそれを無視して続行する。時間にすれば30分程だろうか。イリヤスフィールは中々に唆る有様になっていた。

 

 変態と罵る程に強気だった彼女の顔は蕩けきっており、目は若干光を失って口からは涎を垂らしている。下着は秘部から溢れる愛液の量が多過ぎるせいで水に浸した様に濡れており、乾かさないとその役割を果たすことは出来ないだろう。強張らせていた肢体は度重なる絶頂のせいか弛緩している。抵抗する素振りも見せない、完全に為すがままという状態だった。

 

 完全に堕ちたとは思わない。だが、初対面の時よりも堕落したと確信出来る。

 

 人形の様に完成された美と人間の様な不完全さが入り混じった少女をこの手で堕とし、穢したーーーその事実に、興奮した。

 

 起源の問題なのか、それとも元からの性根の問題なのか、他者とは違う感性を持って育った。綺麗な物を汚したい、美しい物を穢したい、整頓された物を滅茶苦茶にしたい。そんな一般社会では受け入れられない様な感性。

 

 俺が少女趣味なのもそこからなのだと信じたい。

 

 ともあれ、長い時間をかけて愛撫をしたお陰でイリヤスフィールの準備は出来ている。ベットの上に彼女を仰向けに寝かせて、スカートを捲って下着を剥ぎ取る。愛液を零している秘部はぴっちりと閉じていて、予想していた通りに男を知らない事を証明していた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 息を荒くしながら身体を弛緩させているイリヤスフィールの目には知性が見受けられない。今まで感じたことの無い快楽を感じたことで一時的に吹き飛んでしまったのだろう。

 

 その代わりに、もっと欲しいという欲求があるように見えた。

 

「ーーー」

 

 そんな姿を見てしまえば、これ以上我慢することは出来なかった。ズボンから痛々しい程にいきり勃った逸物を取り出す。そしてイリヤスフィールの膝を曲げ、邪魔にならないように調整してコプコプと愛液を垂れ流している秘部に擦り合わせーーー腰を掴み、逸物を一気に挿れた。

 

「ーーーッ!!」

 

 これまで使われた事の無い部位を開かされ、純潔の証である処女膜を破られ、最奥まで叩き込まれたというのにイリヤスフィールのあげた声にならない声は快楽を帯びたものだった。

 

「ぐ……ッ、うぅ……ッ!!」

 

 体躯の通りに狭く、丁寧に解したとはいえ硬さのある膣に堪えようとしたが耐えることが出来ずに、そのまま最奥で射精した。俺が早いとか、彼女が名器だとかいう話ではない。相性が良過ぎるのだ。まるでイリヤスフィールが俺の為にあるように、俺が彼女の為にあるように。そういうレベルで俺たちは合い過ぎていた。

 

 一度射精した、普段であればそこで満足して終えるのだが、逸物は萎えるどころか更に硬さを増している。獣欲が掻き立てられ、目の前の少女をもっと犯せと叫んでいる。

 

 その衝動に従い、射精を行いながら腰を動かした。

 

「あっ、あっ、あっ、あっ!!」

 

 抜き差しを行う度にイリヤスフィールは身体を反らしながら絶頂している事をアピールしていた。俺が射精を抑えられないように、彼女も絶頂が抑えられないのだろう。快楽を感じて涙を、涎を垂れ流して顔を汚しながらも、それを拒む事なく逆に受け入れている。

 

 冬の妖精を思わせる少女を組み伏し、淫らに喘がせている。

 

 そう考えるだけで腰を振るスピードが上がり、段々と暴力的なセックスになってくる。だが、それを彼女は華奢な身体で受け止め、言葉には出さずとも身体の反応と色香でもっともっと、と細い足を腰に絡ませながら必死になって強請ってくる。

 

 最早これまで来ると射精を堪えるなんて考えられない。腰を力任せに叩きつけ、再び最奥で射精する。

 

 抜かずに二度も射精を行なった。それでもまだ興奮は治らない。それどころか更に高ぶっているように思える。それは目の前で蕩けた笑みを浮かべている彼女も同じようだった。これからの事を考える理性など残らない。

 

 湧き上がる色欲に従い、再び彼女を犯し始めた。

 

 

 






この業界じゃあ負けたらR18解放だって常識だから、というわけでイリヤちゃんのR18解放。勿論マコニキが負けても開放してたよ!!GのつくR18だけどネ!!

マコニキの優しさにより、おくしゅり決められてのおセックス。事案?イリヤちゃんは合法だからセーフセーフ(震え声



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妖怪と雪の妖精

 

 

 今日は珍しく気分が良い日だった。聖杯戦争が始まる前、アサシンを召喚してから慢性的な魔力不足により倦怠感が常に付き纏っていたが、今はそれを感じない。イリヤスフィールと魔力供給をしたことにより、それが解消されたのだ。気絶するまでセックスを続け、目覚めてから倦怠感を感じない事に気付き、喜びのあまりに眠っているイリヤスフィールを犯そうとした。

 

 が、腹が減ったので止めることにした。考えれば昨夜から何も食べていない。

 

 しかし、冷蔵庫の中を開けてもあるのは調味料の類のみ。食料は何も無かった。準備を始めてから昨日まで、情報収集に使う以外の時間は全て準備だけに当てていた。当然買い出しを行なってなどおらず、貯蔵していた食料は減るばかりで増やす事はしていなかったのだ。

 

 時刻は夕方。近くにあるコンビニで適当に食料と酒を買い漁って帰路に着く。未来では未成年に対してなにかと厳しかったが、現代(2000年)ではそうではない。多少は怪しいと思われたかもしれないが、店員は何も言わずに売ってくれた。

 

 鼻歌を歌いながら路地裏に続く道に入り、大通りから遠ざかるーーーその時、嗅ぎ慣れた不可解な臭いが鼻についた。

 

「爺さんか、何の用だ?」

 

「呵々、何用とか随分な物言いじゃのう」

 

 路地裏は背の高いビルに挟まれているせいで昼時の僅かな時間以外は常に日陰が覆っている。その影から蟲達が這い出し、集まって人の形となって臓硯が姿を現した。

 

 一目見た限りでは臓硯の機嫌は良さそうだ。あの妖怪の事だから、昨日のバーサーカーとの戦闘を見ていたに違いない。アサシンを召喚した俺がバーサーカーを下し、そしてイリヤスフィールを捉えたのだ。臓硯からすれば予期せぬ嬉しい出来事なのだろう。

 

 向かい合うように適当な場所に腰を下ろし、買い物袋から缶ビールを取り出して蓋を開け、一息で半分近く煽る。

 

「こんな時間から酒か。いい御身分じゃのう」

 

「五月蝿え。こっちとら折角いい気分だったのに妖怪に出くわしたせいで最低の気分になったんだ。飲まなきゃやってられねぇよ」

 

「前々から思っとったんじゃが、儂に辛辣過ぎやしないか?」

 

「なぁ、便器にこびり着いた糞のような爺を見て誰が喜ぶと思う?」

 

「く……ッ!!」

 

「言い返さないのか……」

 

 臓硯の事だから呵々と笑いながら受け流すか反論でもしてくると思っていたが、何も言い返さずに口を噤んで悔しそうにしている。これは本当にそう思っているのか、それともこちらに乗って合わせているのか非常に判断し辛い。

 

「まぁ良い……誠一。お主、アインツベルンの娘を捕らえたな?」

 

「あぁ、捕まえたとも。今は俺の工房に居る。アサシンに見張らせているから逃げられるなんて事は無いはずだ」

 

 俺が起きて買い物に出かけた時にはまだイリヤスフィールは眠っていた。気絶するまでヤっていたのだ、幼い身体の彼女の消耗は酷かったに違いない。起こす理由はなかったので書き置きを残してアサシンに見張らせている。

 

「ならば話は早いーーーあやつを儂に寄越せ」

 

「ーーー寝言は寝て言え、妖怪」

 

 臓硯の頭部に目掛けて中身の残っている缶を投げつける。それを臓硯は頭部だけを崩して避け、再び頭部を作り直した。

 

「いいか、よく聞けーーーあいつを下したのは俺だ。あいつを捉えたのは俺だ。故にあいつをどうにかする権利は俺だけにある。あいつを汚すのも、穢すのも、鳴かせるのも、俺だけに許された特権だ。横からしゃしゃり出てきた妖怪風情がふざけた事を抜かすんじゃねぇよ」

 

「ほぅ?儂に逆らうつもりか?」

 

 影から臓硯の使役する蟲たちが這い出して姿を現す。人の頭部程の大きさの羽蟲がギチギチと不快な音を立てながらこちらを威嚇するように歯を鳴らす。

 

「お、やるか?確かに俺じゃあんたを殺す事は出来ないが……それでも限界まで削る事は出来るぞ?」

 

 そばにあったマンホールの蓋が持ち上がり、そこから俺の使役する蟲が這い出してくる。流石に時間帯が時間帯なのでサイズの大きい物は少ない。それでも、臓硯が使役している蟲と同数程を呼び出して睨みつける。

 

 数十秒か、数分か。その状態で睨み合いを続けていると、不意に臓硯が表情を崩して笑い出した。

 

「呵々!!余程あの娘に執着しているようじゃな。良かろう、アインツベルンの娘は諦めよう」

 

 杖で地面を叩くと臓硯の蟲はそれに従うように引き、影に紛れるように姿を隠した。間違いなく引いている事を確認してから、俺の蟲たちも下水道へと引かせる。

 

 人気が少なく、人目のつかない場所だとは言え、人が必ず来ないとは限らないのだ。臓硯が引かせた以上、蟲を出し続けることは余計なリスクを背負うことになる。

 

「リスクとリターンを考えられるようで助かったよ。あぁ、そうそう。一つ報告がある事を思い出した」

 

「報告じゃと?」

 

「マキリの(さかずき)が起動した。順調にいけばアインツベルンの杯の役割を奪う事ができるだろうさ」

 

 沈黙、静寂。臓硯は今言われた言葉の吟味を行い、それを認識すると突如破顔して笑い始めた。周囲の目も気にしない高笑いは妖怪そのものと言っても過言ではない醜悪さを曝け出している。

 

「呵々!!呵々々!!そうかそうか!!我が杯が動き出したか!!善き哉善き哉!!我が悲願の成就に近づいたわ!!」

 

 マキリの杯とは臓硯が前回の聖杯戦争で手に入れた聖杯の欠片を埋め込んだ人間ーーー俺の事を指す。聖杯戦争で脱落した英霊の霊基を取り込み、最終的には聖杯となる末路にある。本来ならばその役目を果たすのはイリヤスフィールなのだが、彼女よりも先に俺がバーサーカーの魂を取り込んでしまったのだ。

 

 まだ確実に成り代わったと断言出来るほどの稼働率では無いが、それも時間の問題。時期に正式な杯として駆動するだろう。

 

「成る程、それならば様子見に徹する必要も無くなったか……誠一よ、一つ頼みがあるのじゃが」

 

「なんだ?あまりにもふざけた事じゃない限りは糞爺思いの優しい孫の俺が聞いてやらんこともないぞ?」

 

「人の事を糞呼ばわりする孫のどこが優しい……簡単な話じゃ、キャスターめを討ち、その身体を儂に寄越せ」

 

「死霊魔術で使役するつもりだな?このど外道め」

 

 臓硯の申し出に対して反射的に罵倒を返しながら頭の中で思考を巡らせる。この申し出自体、そんなに悪い話ではないのだ。

 

 キャスターが柳洞寺にいる事は既に知識から〝識っている〟し、地脈を利用して冬木の住人たちを対象に魂喰いを行っている事も〝識っている〟。序盤ではそうではないが、このまま放置していれば魔力を溜めて、手のつけられない存在になる事が目に見えている。御三家たちと同じ理由で早めに倒しておきたいサーヴァントで、俺が次に狙っていたサーヴァントである。

 

 既に葛木宗一郎が怪しいという情報は手に入れていた、早ければ今日か明日にもキャスターを殺すつもりでいた。倒したキャスターをそのまま臓硯に渡せば良い。臓硯が動けば動くほど他の陣営の目は臓硯の方に向かっていき、俺たちは動き易くなる。

 

 信用も、信頼も決して出来ない。が、利用価値はある。

 

「……分かった。キャスターの死体はくれてやる」

 

「そうかそうか。祖父思いな孫を持てて幸せじゃのう」

 

 臓硯の足元に向かって、痰を吐き出した。

 

「今日の夜だ。遅れるんじゃないぞ」

 

「……もう少し、こう、儂に対する思いやりとか持たんか?」

 

 再び足元にむかって痰を吐き出し、買い物袋を持って立ち上がり、この場から離れることにした。

 

 少しだけ寂しそうにしている臓硯の姿に腹を抱えて笑いたくなる衝動に耐えながら。

 

 

 

 

「ん……」

 

 目を覚ました。視界に入るのは見覚えのない天井。あれ、如何してこんなところで寝ているのだろうと寝惚けた頭で考えながら身体を起こし、布団の下の自分の身体が裸な事に気がついて、一気に目を覚ました。

 

 そうだ、私は負けたのだ。間桐誠一を名乗るアサシンのマスターに。最強だと信じて疑っていなかったバーサーカーを討ち取られて。

 

 そして、その後の行為の事もすべて覚えていた。

 

「うぁーッ!!あーッ!!あーッ!!」

 

 布団を頭まで被って暴れまわる。そうだ、全部覚えているのだ。彼にここへ連れて来られ、媚薬と呼んだ怪しい薬を口移しで飲まされーーー彼に優しく犯された事も。

 

 最悪だ、死にたい。どうして覚えているのだと羞恥心に頭を抱える。最初の方はあの男にいいようにやられていた。それは別に良いのだ……いや、良くはないけど。

 

 問題なのは途中からだ。気持ち良すぎて頭が馬鹿になっていたのか、途中からは自分から行為を求め出してしまったのだ。

 

 自分から大きく足を広げて彼を求め、四つん這いになって腰を掲げながら彼を求め、彼の上に乗りながら腰を振り、一心不乱になって快楽を求めていた。最後の方なんてお尻の方で致していた。

 

「ーーーそうだ、死のう」

 

 恥ずかしさのあまりに死にたくなって出た言葉がこれだ。恐らくはここはあの男の工房だろう。探せば刃物の一つくらいは見つかるに違いない。そう考えて行動を起こそうと布団を除けると、

 

「……」

 

「……ギィ」

 

 首を九十度近く曲げた髑髏の面を被った人物ーーーアサシンと目があった。

 

 布団を再び被り直す。

 

「これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢……」

 

 あれが現実なら、アサシンの目の前で布団を被ったまま暴れ回っていた事になる。それが事実なのだとしたら、これまでのものとは別の恥ずかしいさが込み上げてくる。だからこれは夢に違いない。今まで私は布団を被って眠っていて、今目を覚ましたところなのだ。

 

 そう自分に言い聞かせながら心を落ち着かせ、再び布団を除ける。すると視界にはアサシンの姿は無かった。良かった、やはりあれは夢だったのだ。安堵の溜息をついて胸を撫で下ろしていると、扉の開く音がした。

 

 そちらに顔を向けるとあの男がーーーバーサーカーを倒し、私を犯した間桐誠一が、買い物袋を手に部屋に入ったところだった。

 

 「ふむ……」

 

 彼は私の顔に視線を向けると、徐々に下に下げていく。一体何を見ているんだと思い、私もそれに合わせて下を見る。

 

 そこには、外気に曝け出されている私の胸が在った。

 

「……」

 

 彼はそれを見て満足げに頷き、満面の笑みを浮かべながら親指を立てて流石に部屋から出て行った。

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 裸を見られた。その事に気がついて私は声にならない声を出して悶絶する事しか出来なかった。

 

 

 






マコニキと妖怪ジッジとの心温まる交流(中指を突き立てながら
マコニキに聖杯の欠片が埋め込まれていて、バサクレスをモグモグした事で動き出したことから妖怪ジッジが重い腰を上げたようです。

エッロエロな夜の事を覚えていたイリヤちゃん。媚薬が抜けて正気に戻って羞恥心に悶絶する事に。

マコニキはイリヤちゃんの無乳に満足した模様。



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交渉

 

 

「えっと、ご馳走さま、だったかしら?既製品にしては中々悪く無かったわね」

 

「日本の食に対する情熱甘く見るなよ。まぁ、時折なんで作ったって思うような商品が並んでたりするけどな」

 

「例えば?」

 

「ドリアンの文字が見えた瞬間に選択肢から外したな」

 

「なんでドリアンを使ったのかしら……」

 

 首を傾げるイリヤスフィールに苦笑いで返しながら、食べ終わった食器をゴミ袋へと放り投げてダストシュートに叩き込む。どうやら高貴な暮らしをしていた彼女の口にもコンビニの弁当は合ったようだ。

 

 帰ってきた時は全裸だった彼女だが、今は俺のインナーとワイシャツを貸し与えて着て貰っている。彼女が最初に着ていた服は生憎と昨夜の行為のセックスの最中で引き千切る様に脱がせてしまった、或いは着ながらにしてしまったので着れるような状態では無くなっているのだ。しかも下着も含めて、だ。なのでどうにか着れそうな物を選んでその場凌ぎで着てもらっている。

 

 その結果、出来上がったのがワイシャツ装備の合法ロリである。最高の目の保養になる。

 

「コーヒーと紅茶、どっちがいい?まぁインスタントとティーパックだけど」

 

「そうね……なら、紅茶を頂こうかしら?」

 

 食器棚からカップを二つ取り出し、一つにはティーパックを、もう一つにはインスタントコーヒーの粉を入れ、ヤカンで沸かした湯を注ぐ。茶葉から色が出てくる間に牛乳と角砂糖を用意し、出来上がった紅茶をイリヤスフィールの前に置く。コーヒーは俺の前に起き、来客室を想定して配置した、彼女の向かいに置いたソファーの上に腰を下ろした。

 

「ふぅん……悪くは無いわね。特別美味しいわけでも無いけど」

 

「ちゃんとしたのが飲みたかったらそういう店に心当たりがあるから連れて行ってやるよ」

 

「そう……そろそろ本題に入りましょう」

 

 コーヒーに牛乳と角砂糖をぶち込んでカフェオレに魔改造していると、一口だけ飲んだカップをテーブルの上に置き、彼女はそう切り出した。

 

「間桐誠一、貴方の目的は何なのかしら?敗れたマスターである私を自分の工房に連れてきて、あまつさえアサシンに見張らせるなんて信じられないわ」

 

「俺がお前をここに連れてきた目的なら、あれだ。お前の持ってる魔力が目的だよ」

 

 予め話すつもりでいたから躊躇うことなく彼女をここに連れて来た理由を話した。

 

 持ち前の魔力回路の本数が少ないせいで、俺は慢性的に魔力不足に悩まされている。アサシンの戦闘と蟲の使役だけでもいっぱいいっぱいだというのに、それに加えて〝汚泥の貴婦人〟も使う事を考えると大赤字になる。聖杯戦争を続けるならばその問題を解決することは決定事項だった。

 

「バーサーカーに全力で戦闘させても賄えるだけの魔力、それに俺の性癖からお前がドンピシャだったんだよ」

 

「性癖」

 

「俺、少女趣味だから」

 

「少女趣味……」

 

 俺の性癖を知ったイリヤスフィールが遠い目をしながら天井を見上げたと思うと、俯かせながら顔を手で覆った。この反応、遠坂のと似てるなぁと思ってしまった。

 

 ちなみに割合としては魔力が三割程、性癖が七割程だったりする。

 

「俺からの要求は一つ。聖杯戦争が終わるまで俺の魔力供給源になる事だ」

 

「ふざけないで!!そんな要求を私が飲むと思うの?」

 

「飲むさ」

 

 出来上がったカフェオレを一口含み、まだ甘さが足りなかったので追加で砂糖を入れる。

 

 俺は〝識っている〟。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという少女の取り巻く環境を〝識っている〟。彼女の急所になりそうな箇所なんて、既に調べるまでもなく心得ている。

 

「郊外の森、アインツベルン城。そこにホムンクルスを連れて来てたよな?名前は確か……あぁ、そうそう。セラとリーゼリットだったな」

 

「ッ!?」

 

 セラとリーゼリット。アインツベルンから連れて来た二人のホムンクルスの名前を出した途端にイリヤスフィールがソファーから立ち上がった。顔は強張っており、困惑と怒気が入り混じったような顔をしている。

 

「……二人を、どうするつもりなの?」

 

「さてな、そこはお前の対応次第だ。もしかしたら聖杯戦争が終わったら再会出来るかもしれないし、明日の朝にでも二人の頭部と再会出来るかもしれない」

 

 俺一人ならばそんな事は不可能だが、アサシンがいる。彼なら森に張られている結界を掻い潜りながらアインツベルン城まで辿り着き、セラとリーゼリットを殺して生還する事も不可能では無い。俺がアサシンのマスターであるという事を知っている彼女だからこそ、やりかねない事を理解している。

 

 憤りに困惑、そして焦燥。外見通りに精神が幼いからこそ、彼女は予想外に対して弱く、見た目通りの幼い反応しかすることが出来ない。そんな姿を眺めているだけでも中々に楽しめるのだが、臓硯との約束の時刻が迫っているので悠長にはしていられない。

 

 鞭を叩きつけたのならば甘い飴を、追い詰めたのならば優しく逃げ道を用意してやる。

 

「お前の知りたい事だって教えてやれるさ。例えば……第四次聖杯戦争、衛宮切嗣とアイリスフィールの事とかな」

 

「え……」

 

 衛宮切嗣とアイリスフィール、それは彼女の父親と母親の名前。第四次聖杯戦争の最中でアイリスフィールは死亡し、衛宮切嗣もその五年後に死亡した。イリヤスフィールに伝えられているのは衛宮切嗣がアインツベルンを裏切ったという事実だけであって、どうして裏切ったのかという真実は伝えられていない。

 

 全てを知っているであろうアハト翁はその事を決して彼女に伝える事はしないだろう。何故なら、あれは臓硯とは違ったベクトルでの妖怪だ。第三法の成就だけを見据えて稼働する壊れた魔術師。駒である彼女が余計な事をしないように、要らない事を絶対に教えはしない。

 

「知って、るの……?」

 

「あぁ。所々に俺の主観が入るかもしれないが、どうして衛宮切嗣がアインツベルンを裏切ったかは間違いなく伝えられる」

 

「そう、なの……」

 

「大体、この聖杯戦争におけるお前の役割なんてもう無くなってるんだよなぁ。小聖杯の役割だって、マキリの杯が起動したから無くなってるし」

 

「待って」

 

 手を突きつけられて止まるように言われたので、それに従って口を止める。手のひら越しに見えるイリヤスフィールは、もう片方の手を顔に添えていた。

 

「え?何?小聖杯の役割無くなったって?それにマキリの杯って何?」

 

「マキリの杯っていうのは前回の聖杯戦争で臓硯がくすねた聖杯の欠片を埋め込まれた人間の事、つまり俺の事だ。昨日の戦闘でバーサーカーを呑んだ事で俺の方に霊基が入って来て、小聖杯として稼働してる。このままなら、間違いなく俺の方が小聖杯になるぞ」

 

 小聖杯とは聖杯戦争で脱落したサーヴァントを溜め込む器。願望器という観念からしてみれば、これがこの聖杯戦争の優勝商品となる。本来ならばこの役割はアインツベルンが用意する。前回からホムンクルスの中に溶け込まれていてアイリスフィールが、そして今回はイリヤスフィールが担っていた。

 

 が、臓硯が俺の心臓に前回の聖杯戦争で手に入れた聖杯の欠片を埋め込み、その俺がバーサーカーを泥を介して呑んだ事で俺の方に霊基が溜め込まれた。そのせいでイリヤスフィールの役割を俺が奪ったのだ。

 

「何やってるのよマキリはぁ〜ッ!!」

 

「もうあの妖怪のやる事だから諦めとけ」

 

 少なくとも俺は諦めるか、最後の最後でどんでん返しを狙うことにしている。

 

「まぁ、何が言いたいのかっていうとだな。お前が魔力供給を務めるのならばアインツベルン城にいるホムンクルスには手を出さない、第四次聖杯戦争での衛宮切嗣とアイリスフィールについて話す。ついでに俺が小聖杯になったから聖杯戦争終わっても生きられる……条件としては割と破格だと思うけど?」

 

「小聖杯の事に関しては許さないから」

 

「臓硯に言ってくれ。俺は悪くないから」

 

 その事に関しては俺はどちらかといえば被害者の立ち位置なのだから勘弁して欲しい。

 

 イリヤスフィールは腕を組み、うんうんと唸りながら悩んでいる。リスクとリターンを考えているのだろう。どれだけ悩んだところで彼女が選ぶ選択肢は一つしかないのだが。

 

 イリヤスフィールが聖杯戦争に参加したのはアハト翁の命令というのもあるが、衛宮士郎に対して復讐という個人的な理由もある。彼女と衛宮士郎との間には直接の関わりは無い。あるのは衛宮切嗣を介した間接的な繋がりだけ。

 

 つまり、イリヤスフィールはまだ自分を捨てたと思っている衛宮切嗣に対して執着を持っている。

 

「……良いわ、その条件を飲みましょう。それで?自己強制証文(セルフギアス・スクロール)はどこかしら?」

 

「これくらいなら口約束でオッケーよ。話すことは話すし、アインツベルン城には手を出さない。その代わりに魔力供給を拒んだり、俺が裏切ったと思ったらすぐに反故するから気をつけとけ」

 

 スクロールを使えば確かに相手を縛る事が出来るが、その代わりにこちらも契約に縛られる事になる。その点、口約束ならば相手の自由を許す代わりにこちらの自由も約束される。

 

「よし、それじゃあ服買ってくるから留守番頼んだ」

 

「あら、この格好のまま過ごさせるかと思ってたわ」

 

「確かにその格好は興奮するんだけどさ、見てて寒々しいのよねーーーそうだ、魔力供給する時にはその格好で頼むわ」

 

「ーーー変態!!」

 

 顔を真っ赤にしながら叫ばれた罵倒を笑って受け流し、財布を片手に工房を後にする。生憎と服のセンスに関しては全く分からないので適当に買って、それを着てもらって明日に外に連れ出そう。

 

 明日の予定に胸を膨らませながら、キャスターへの殺意を漲らせた。

 

 

 






我を忘れておセッセをした結果、イリヤちゃんの服は全滅しました。今はマコニキのインナーとワイシャツ姿だぞ!!全裸ロリからワイシャツロリにジョブチェンジだ!!

どうしてだろうか、全裸よりもワイシャツの方が犯罪チックに思えてしまう。



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VSキャスター&葛木宗一郎

 

 

「あら、先生じゃん。おひさ〜」

 

「……間桐か」

 

 夜の早い時間帯。予め調べていた葛木宗一郎の帰宅コースでコンビニ袋を片手に待っていたら、予想通りの時刻に彼はやってきた。学校でも融通の効かない人間だと言われていたが、彼の場合は事情さえ知っていれば規則通りに働いているだけにしか思えない。

 

 今日だって業務を予定通りに終わらせ、帰宅の途に着いただけだろう。

 

「こんな時間にどうした。最近、何かと事件が起きて物騒なことはお前も知っていると思っていたが」

 

「ウチの爺さんがコンビニのプリンが食べたいって駄々捏ねたんですよ。先生の言った通りに慎二や桜に行かせるのも忍びないからこうして俺が行ってきたんですよ」

 

 物陰から何かを訴えるような視線を向けられている気がするが無視する。

 

「そうか、ならば早く帰りなさい」

 

「言われなくても……あぁ、そうだそうだ」

 

 葛木が通り過ぎた時に声をかけると、彼はその場に立ち止まった。俺は背を向けていて、振り返る足音はしなかったので背中合わせのような状態になっている筈だ。俺の背後に潜ませていた蟲と視界をリンクさせる。

 

「聖杯戦争、キャスター……この二つの単語に聞き覚えは?」

 

「ーーーそうか、お前もそちら側なのだな?」

 

 葛木がメガネを外し、胸ポケットにしまう姿を蟲の視界が捉える。

 

「まぁそう言うことだよ」

 

 コンビニ袋を手放し、腰に巻いていたベルトに手を掛ける。

 

 そしてコンビニ袋が地面に落ちた瞬間、同時に振り返った。

 

 先手を取ったのは葛木の一撃。ボクシングのジャブに似た左拳の一撃が蛇のような奇天烈な軌跡を描きながら放たれる。葛木の拳法は徹頭徹尾殺す事だけを注視している邪拳。初見で一撃を見切ることは不可能であり、知識の中ではあのセイバーにさえ致命傷を与えて戦闘不能に追い込んでいる。

 

 究極の初見殺しだと言っても過言ではない葛木の拳法だが、俺はその存在を〝識っている〟。記憶の中に微かに残っているそれを頭の中で何度も反芻し、立ち会ったのならどうするかと言うことを予め予習している。全てを捌ききる事は不可能だが、一撃くらいならば防げる。

 

 事実、右腕を盾にしてその一撃を防ぐ事は出来た。その代償に右腕の骨が折れた、或いは砕けた。本来ならば即死の一撃を重傷程度に抑えられたのだ。不幸ではなく幸運だと喜ぶ事にする。

 

 右腕を砕かれながらも左手で握ったベルトを振り回す。たかがベルトと思うかもしれないが、ベルトというのは身近にある物の中で最も便利な凶器だ。バックル部分を先端にして振り回せば当たりどころにもよるがアッサリと人を殺せる威力が出せる程には。

 

 一撃を入れて動きの止まった葛木の側頭部にベルトのバックルが命中する。遠心力によって高められた一撃は余程の物だったのか、葛木は僅かに身体を揺らして足をもつれさせた。

 

 その姿を見て好機などとは考えず、後ろへ飛び退く。相手は葛木宗一郎、二十年掛けて暗殺道具として育てられた人間なのだ。あの挙動でさえ隙を見せてのものかもしれない。そもそも、ベルトの一撃が当たった事さえ幸運なのだ。

 

「ベルトか。意外だな、マスターなのだから魔術とやらを使うと思っていたのだが」

 

「生憎と魔術師としては落ちこぼれ以下なんでね。なんでもかんでも魔術に頼るわけにはいかなかったのよ」

 

 そう言いながら使役している蟲たちを予め隠れさせていた物陰から呼び寄せる。今回は隠密性を重視して連れて来たのは大きくても雀蜂程の大きさのものばかり。一噛みで人を殺す事は出来ないが、一刺しで人を動かなくする事が出来る毒を持っている。

 

 この蟲達を使って葛木を生け捕りにし、柳洞寺に引きこもっているキャスターを引っ張り出す。それが第一プランであった。

 

 しかし、どうやら予定通りには事は運んでくれないらしい。俺と葛木の間の空間が歪み、そこから人影が現れる。恐らくは空間転移の類いだろうか。現代の魔術師では凡そ不可能な魔術を事前の準備も無しに行使出来る存在など一人しか思いつかない。

 

 ローブに身を包んだ女性ーーーキャスターが現れた。

 

「宗一郎様、ご無事ですか!?」

 

「キャスターか、問題無い。頭蓋骨は砕けたようだが今すぐ死ぬ程のものではない」

 

「宗一郎様、それは普通に重傷です!!」

 

 普段はフードで顔を隠している筈なのだが、慌てて来たのか彼女の顔は露わになっている。それはそれだけ彼女が葛木宗一郎という人間の事を大切に思っているという証拠。やはりキャスターを下すには人質が有効だろう。

 

 行け、っと小声で蟲達に指示を出す。

 

「邪魔よ」

 

 が、それは神代の時代を生きたキャスターには児戯に等しかったのか。振り返りながら腕を振るというワンアクションだけで、彼らに向かっていった蟲達は全て弾け飛んだ。

 

「これが現代の魔術師のレベルなのかしら?だとするなら随分と落ちたものね」

 

「クソ雑魚魔術師もどきとキャスター様を比べられてもなぁ……」

 

 神秘というものは基本的に古ければ古い程に強い。神秘の殆どが淘汰された現代生まれの落ちこぼれ魔術師と、神代の時代に生きた魔法に近いレベルの魔術を行使できるキャスターとでは比較にならないだろう。細胞と山のどちらが大きいのか比べているようなものだ。話にならない。

 

「さて、私のマスターに手を出した報いは受けて貰うわよ?」

 

 キャスターの声に混じる感情は怒り。それはそうだ。大切に思っている相手が傷つけられれば、マトモな感性の持ち主ならば誰だって怒る。本当なら今にだってキャスターは俺の事を八つ裂きにしてしまいたいだろうが、葛木が目の前にいるから必死になってそれを抑えているのだろう。

 

 なんともまぁ涙ぐましい事かーーー不自然にも気が付かずに。

 

「待て、キャスター。間桐がマスターだというのならば、何故サーヴァントを連れていない?」

 

 葛木の一言で怒りに支配されていたキャスターの動きが鈍る。漸く気が付いたか、だがもう遅い。葛木がこの場にいる時点で、キャスターが葛木を連れて逃げ出さなかった時点で、もうキャスターは詰んでいる。

 

葛木の背後で髑髏が嗤った。

 

 暗殺者として通ずるものがあったのか、先に反応したのは葛木だった。闇夜に溶け込むような黒塗りの短刀(ダーク)三本に気が付き、無手で全てを弾く。

 

 弾いた事で出来た僅かな間隙。そこを狙ってアサシンは葛木の頭上に現れ、手を頭に添え、そのまま()()()()()

 

「ーーーえ?」

 

 葛木の反応に気づき、振り返ったキャスターが目撃したのは頭部を失った葛木の姿。迎撃の構えを取ったまま立つ骸は、やがて糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。

 

「嘘……嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ!!こんな、こんな事って……!!いやぁ……宗一郎様……ッ!!」

 

 キャスターが葛木の死体を抱き起こし、無くなった頭部に手をかざして魔術を行使する。恐らくは治療しようとしているのだろうか。葛木は完全に死んでいる。心臓が止まった程度ならば魔術でも治療出来たかもしれないが、頭部を失えば魔法(きせき)にでも頼らねば治らないだろう。魔術師であるキャスターもその事は熟知している筈。

 

 それなのにキャスターは一心不乱に葛木の死体に向かって治療を施そうとしていた。自分の背後に立ち、短刀(ダーク)を振りかざしているアサシンにも気が付かずに。

 

 そして、無防備なキャスターの延髄目掛けてそれは振り下ろされた。

 

「そう、いち、ろう……さま……」

 

 葛木の名前、それがキャスターの最期の言葉だった。葛木の死体の上に重なるように力なく倒れる。

 

 そして、物陰から這い出して来た蟲達が二人の死体に群がった。

 

『呵々!!出来したぞ誠一!!』

 

 喜色を隠さぬ妖怪の声が辺りに木霊する。本来ならばあの妖怪に手を貸すなんてしたくはないのだが、暗躍してくれればそれだけ俺たちから目を逸らすことが出来るはずだ。終盤までなどと贅沢は言わない、せめてランサーを倒してアサシンの強化を終えるまで臓硯には暴れていてほしいものだ。

 

 群がっていた蟲が引いた時、そこには何も残っていなかった。二人の死体どころか地面にあるはずの血痕まで、あらゆる痕跡が無くなっていた。

 

「いってぇ……」

 

 葛木と対峙していた緊張感から忘れていた痛みが、緊張が緩んだ事で振り返してくる。アサシンから短刀を借りて服を破いてみれば、右腕は鬱血して骨が飛び出していた。

 

 これは痛いに決まっている。良くさっきまで無視出来てたな。

 

 治療しなければならない程の重傷だが、生憎と俺は治療魔術を使う事は出来ない。そうなると病院に駆け込むくらいしか当ては無いのだが、それだと入院させられて拘束されるのが目に見えている。

 

「当てはあるにはあるが……さて、どうなることやら」

 

 患部に手を添えて、意識を集中させる。マキリの杯が起動して俺が小聖杯となった時、ある事を思い付いたのだ。

 

 アインツベルンの杯であるイリヤスフィールは人でありながら聖杯である。それにより、彼女の魔力には〝人の願いを叶える〟という特性が備わっているのだ。それにより彼女は魔力を放てば()()()()()()()()()()()()()()()()()。なら、マキリの杯である俺にもそれは適用されるはず。

 

「おぉ……本当に治った」

 

 結果、その仮定は正しかった。治療を望みながら患部を一撫でしただけで飛び出していた骨は肉の中に隠れ、鬱血は無くなり素の肌色に戻っている。試しに何度か掌を開閉し、曲げ伸ばしして調子を確かめても全く痛まない。

 

 が、その代償なのか酷い倦怠感に襲われる。

 

 何度も経験しているから分かる。これは魔力不足だ。イリヤスフィールという供給源を得たところで俺個人の保有出来る魔力量は変化していない。サーヴァントとマスターのようにラインをしっかりと繋ぐことが出来ていれば話は変わったかもしれないが、俺ではそれをする事が出来なかったのだ。

 

 帰ってからする事は決まった。だが、明日の予定は決まっているので軽く済ませようと心に決め、アサシンを霊体化させて帰路に着くことにした。

 

 この場から立ち去る間際、葛木とキャスターが寄り添うように倒れていた場所に向かって一礼をしてから。

 

 

 






キャスター&葛木先生、決着。キャスターが柳洞寺に引き込もられているのが問題であって、出て来てくれるのなら幾らでも殺す手段はあるんだよなぁ。今回は先に先生を殺して錯乱させたけど。

こら、そこ。アサシンがアサシンしてるとか言わない。

さて、魔力不足&戦闘に勝利……次はそういうお話だよ(ニッコリ



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イリヤスフィール・魔力供給

 

 

「フゥ、フゥ……ンンッ!!」

 

 荒々しく、どこか熱の篭った吐息を吐きながらイリヤスフィールが上に跨り、ゆるゆると腰を振るう。今の彼女の格好はワイシャツ姿とキャスターを討つ前と同じであったが、その下に着ていたインナーは脱いだのか着ていなかった。

 

 外見幼女の裸ワイシャツである。

 

 それを寝巻きにして眠るつもりだったようだが、その前に俺が帰って来て魔力供給を申し出て、セックスを行った。

 

 無論、媚薬を使用してだ。

 

 彼女の身体はまだ幼く、そのままヤろうとすれば負荷になるのは目に見えている。そして魔力供給ーーーセックスは気持ちいいものだと教える意味も込めている。いずれは媚薬を使わずとも彼女の身体が、精神が、魔力供給(セックス)は気持ちいいと覚えれば使わずにヤレる日が来るだろう。

 

 もっとも、その日まで俺が生きているのか怪しいところではあるが。

 

 昨日の事を考慮して薄めた媚薬を使用したからなのか、彼女は前の時よりも落ち着いた様子だった。それでも時間をかけて愛撫をすればすぐに欲しがったのだが。

 

 そうして魔力供給を終え、互いに意識を残した状態でピロートークを楽しんでいると不意にイリヤスフィールが一方的に攻められるだけではつまらないと言い出したのだ。セックスを楽しんでいるというわけではなく、俺に良いようにやられているのが気に入らないからそう言ったのだろう。

 

 ならばお前のペースでやってみろよと言って、彼女を跨らせた。所謂、騎乗位と呼ばれる体勢である。

 

「フゥ、フゥ……ッ!!」

 

 俺の腹に手を着き、ゆっくりとしたペースで腰を上下に振る。彼女の性知識は乏しく、経験も昨日が初めて。いくら意気込んで自分のペースで攻めようとしても、加減が分からない上に自分で動いて得られる快楽に惑わされてしまっている有様だ。

 

 自分で腰を動かす度に少しずつポジションを変えて、どこが一番気持ちいいのかを探しているように見える。それを指摘したら可愛らしい反応が見れるに違いないだろうが、今は懸命に奉仕してくれる姿で満足する事にした。

 

 彼女の口にはワイシャツの裾が加えられているせいで白く綺麗な腹と、逸物を加えている秘部が丸見えになっている。俺がそうしろと言った訳ではなく、彼女が自分からそうしたのだ。恐らくは声が漏れるのを我慢する為にしたかったのだろうが、その代わりに素晴らしい光景が広がっている事に気付いているのだろうか。

 

「フゥ、フゥ……ッ!!ど、どぉ?きもふぃいいでひょ?」

 

「あぁ、極楽だよ」

 

 イリヤスフィールの腹に手を伸ばし、逸物が収まっているであろう場所を上から撫でる。媚薬を使っているとはいえ、彼女のような華奢な身体に挿れられている事に妙な感動を覚える。

 

「ひゃッ!!ら、らめぇッ!!」

 

 強く押した訳ではない。ただなぞるように撫でただけなのだが、敏感になっている彼女からしたらそれだけでも十分な刺激になってしまったらしい。慌てた様子で俺の腕を振り払う。

 

 が、それがいけなかった。彼女の身体は二本の腕と足を使って何とかバランスの取れている状態だった。支えになっている内の一つの手を腕を払う事に使ってしまい、彼女のバランスが崩れて腰が落ちる。

 

 その結果、逸物を秘部が根本まで咥え込んでしまった。

 

「あ、あぁぁーーーッ!!」

 

「ぐ……ッ!!」

 

 イリヤスフィールの膣は狭く、そして短い。根本まで挿れようとすれば、子宮口をこじ開けてしまいそうな程に。なので加減をして挿入していたのだが、今の衝撃で逸物が彼女の硬く閉ざされていた子宮口をこじ開け、子宮の中にまで入ってしまった。

 

 不意の、そして強すぎる衝撃に快楽がオーバーフローしたのか、身体を弓なりに反らせて絶頂するイリヤスフィール。俺も感じた事の無い刺激が逸物を締め上げた事で射精しかけてしまう、が寸での所で堪える事に成功する。

 

「ぁ、うぅ……」

 

「あーよしよし」

 

 あまりにも快楽が強過ぎたせいなのか、顔を蕩けさせて意識を失いかけているイリヤスフィールの頭を撫でてやる。

 

 そして腰を引き、子宮に入らない程度の強さで押し込んだ。

 

「ァゥッ!?」

 

「悪いな、そっちがイってもこっちがまだなんだよ」

 

 意識を失いかけている彼女を犯すのは若干心苦しい物がある。が、中途半端に射精を我慢した事で収まりがつかないのだ。

 

 一度だけ一度だけと、アウアウとしか言わないイリヤスフィールの耳元で囁き続けた。

 

 

 

 

「完全復活!!」

 

 行為後の処理を済ませ、イリヤスフィールを寝巻きに着替えさせてベッドに眠らせてから部屋に戻る。既に魔力不足の倦怠感は無い。体調的な不調も感じず、精神的な不調も無い。

 

 時計を確認すれば今日は終わっておらず、まだ夜の早い時間帯であった。活動する時間はまだまだあるのだが、キャスターを倒しているので今日はこれ以上働きたく無い。ゆっくりとしている事に決め、メモ帳を取ってソファーに寝そべりながらページを開く。

 

 そこに書かれていたのは第五次聖杯戦争のマスターとサーヴァントの名前の書かれたページ。そこのバーサーカーとキャスターの部分に二重線を引き、残された名前を確認する。

 

 聖杯戦争が開始されてから既に二騎が脱落して残りは五騎。内、セイバーはご機嫌とりの為に残しておく必要があるので倒さなくてはならないのはランサー、アーチャー、ライダーの三騎だけになる。

 

 三騎中で誰が一番楽なのかと考えれば、恐らくはライダーなのだろう。確かにライダーとアサシンではステータスに大きな開きがあり、真っ向勝負を挑めば十度中十度敗れるのが目に見えている。だが、マスターである桜は魔術師として未熟だ。人質や脅迫など、取れる手段は山ほどある。桜を人質にしてライダーに自害を迫るなんて手段も良い。もっとも、俺は桜の身内なので、それを利用すれば隙なんで幾らでも作れそうなのだが。

 

 逆に一番苦労しそうなのはアーチャーだろうか。遠坂凛は魔術師として優秀で、いざとなれば損得で養子に出されたとはいえ実妹を切り捨てられる程の非情さを持ち合わせている。加えてアーチャーもサーヴァントとして優秀だ。他のサーヴァントの様に真っ当な英霊では無いし英霊の象徴とも言える宝具も持っていない。だが、生涯を掛けて磨き上げられ武技に固有結界〝無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)〟がアーチャーの強み。ヘラクレス(バーサーカー)を六度も殺してみせたのだ。サーヴァント特攻の手段一つしか持っていない俺と知性の乏しいアサシンでは勝ち目は無いだろう。

 

 そして一番優先して倒さなくてはならないのはランサーである。倒して心臓を奪い、それをアサシンに食べさせる。そうする事でアサシンは知性を得られ、まともに話せる様になる。他のサーヴァントでも同じく喋れるらしいが、その場合は良くも悪くも取り込んだ者の影響を受けるとどこかで聞いたことがある。俺の〝識らない〟性格でいられるよりも、俺の〝識っている〟性格でいてくれた方がこちらとしても接しやすい。

 

 問題があるとすれば、ランサーの現在地がどこにいるのか分からない事か。マスターは今回の聖杯戦争の監督役である言峰綺礼だが、監督役がマスターである事を隠す為に教会では無く別の場所に待機させている筈。それは俺の知識の中には存在しない。いる場所さえ分かればこちらから攻められるのに、ランサーに見つけてもらうのを待つ事しか出来ない。これに関しては明日からアサシンを街中の目立つ所に置いておけば向こうからやって来るだろう。セイバーやアーチャーが見つけるかもしれないが、その場合は逃げる事に専念させる。

 

 あと注意しなくてはならないのはランサーと接敵した場合はそれで殺さなくてはならない事。言峰から令呪により、全てのサーヴァントと一回以上交戦し、初戦は自ら撤退する事をランサーは命じられている。そのお陰で、ランサーは初戦においては全力で戦う事は出来ないでいる。しかし、それは裏を返せば二度目からは全力で殺しに来るということでもある。今のアサシンでは二度目どころか初戦のランサーを相手にしても勝てるかどうか怪しいのだ。まだ勝てる可能性のある初戦で確実に殺さなければならない。

 

「うーん、何というか難易度高過ぎじゃないかねぇ……まぁ、そっちの方がやる気が出て良いけど」

 

 ハードルが高い事は高い。が、記念すべき聖杯戦争の初戦でヘラクレス(バーサーカー)を相手にした事を考えればまだ楽な方だ。勝てる手段はある、あとはそれを勝てるかもしれないから確実に勝てるまで昇華させるだけだ。

 

 身体を起こしてペンを手にとり、メモ帳に走らせる。戦う事は考えない。思考を巡らせるべきはいかにして殺すかという事だけ。ランサーの性格、ステータス、スキル、技術、宝具を空いているページに箇条書きで書き連ね、隣のページにアサシンのステータス、スキル、技術、宝具、そして俺が出来る事を同じく箇条書きで書き殴る。

 

 そして空いたページにペンを走らせる。少しでもアサシンにとって優位な場所を冬木の中から探し出し、逆にランサーにとって不利そうな場所をピックアップしてそれ以外に二重線を引く。

 

 どうやってランサーを殺そうかと考えているうちに、顔に笑みが浮かんでいる事に気がついた。それはそうだ。何せクソ雑魚な魔術師擬きと真っ向勝負が不得意なアサシンで、アイルランド神話に登場する紛う事なき大英雄を相手にするのだ。

 

楽しくないという方がおかしい。

 

 そうして窓から見える夜景が白むまで、ひたすらにランサーの殺害手段を考え続けた。

 

 






イリヤちゃんとの魔力供給(二度目)

攻められるのが気に入らなかったから攻めに回ろうとしたけどアッサリ失敗してイカされるっていう。

マコニキ、槍ニキの殺し方を考えて夜を明かす。あっさりと負けてるかもしれない槍ニキだけどガチの大英雄なので作戦しっかり考えないと普通に負けるっていう。

なおゲイボルクは当たらない(断言)



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コミュニケーション・イリヤスフィール

 

 

「はい、お待たせ」

 

「お、来た来た」

 

 年配の店長が持ってきた皿がテーブル越しに向かい合って座っている俺とイリヤの前に置かれる。乗せられているのは二段重ねのパンケーキ。四角くカットされたバターに蜂蜜がたっぷりとかけられていて、その横には控えめに盛られたホイップクリームとベリー系のフルーツ。フォークで突き刺し、ナイフを立てるだけでフワフワとした感触が伝わってくる。一口にカットしたパンケーキを口の中に入れて咀嚼して食感を楽しみ、インスタントでは無い引きたて淹れたてのコーヒーで流し込む。

 

 あぁ、至福だ。行きつけの喫茶店のモーニングだが、一週間も来ていなかっただけでこんなに美味しく感じられるものなのか。

 

 ()()()()()()()()()()()ーーーまぁ、そういう事なのだろう。気にせずにパンケーキを食べる事にする。

 

「食べないのか?冷めてても美味いけど、温かい方がもっと美味いぞ?」

 

「ゴメン、もうちょっとだけ待って」

 

 パンケーキを前にして、イリヤスフィールは頭を抱えてテーブルに肘をついていた。今の彼女の格好は適当に買ったものでは無く、服屋の店員と話し合って用意したもの。セーターの上からポンチョを羽織り、下は丈の短めのズボンにニーソックス。今は店の中なので脱いでいるが、耳当て付きのニット帽もある。

 

 初めて会った時の様な貴族の令嬢を思わせる格好ではなく、活発そうな格好をイメージして揃えてみた。完成度の高さに思わず店員とハイタッチを交わしたのが懐かしい。

 

 だけど店員はタイツ派だったのでそのまま流れる様に殴り合いに移行したのだが。

 

「えっと、教えてもらった事を纏めるとよ?第三次でアインツベルンが反則をしてアヴェンジャーのクラスのサーヴァントを召喚、それが負けた事で無色だった聖杯が呪いに汚染されて、第四次でそれにそれとなく気がついたキリツグが聖杯を破壊させたのよね?」

 

「あぁ、そうだな。補足させてもらうと衛宮切嗣はその時に呪いを浴びて魔術回路の大半が使えなくなったそうだ。それでもお前に会おうとアインツベルンに向かったけどアハト翁はこれを拒絶、そのせいで短くなっていた寿命が余計に短くなって五年前に亡くなったな」

 

「ーーー悪いのアインツベルン(ウチ)じゃない!!なんで自分から設定したルール破って台無しにしてるのよ!!」

 

「アハト翁バグってるんじゃね?」

 

 イリヤスフィール、実家のやらかしを聞かされて涙目である。可愛い。

 

 店員とマスターが何事かとこちらを見てくるが、気にしないでと手を振りながら暗示をかけると少しだけ目を濁らせて視線を逸らした。開店と同時に来たからか、他の客が居なくて助かった。

 

「はぁ……なんでそんな事を知ってるのよ?貴方、第三次も第四次も参加してないでしょ?」

 

「ウチの爺さんの書庫から見つけた本に書いてあったんだよ。それと、第四次に関しては蟲を通して見物してたからな」

 

 知識で聖杯が汚染されていた事は〝識っていた〟が、その経路を用意しておかなければ臓硯に警戒されてしまう。あの妖怪が几帳面に資料を残してくれたおかげで、こうして彼女に何が起きたのかを話すことが出来るのだ。

 

 サンキュー妖怪ジッジ。蟲風呂プレイは絶対に許さねぇけど。

 

 そして第四次に関しては蟲を通してだがこの目でちゃんと見ているのだ。始まる直前には目的を定めていたので、第五次の時に使える事は無いかと探すつもりで臓硯に頼み、最初から最後までリアルタイムで見通した。

 

 ただ、あの妖怪はやたらと叔父さんが苦しんでる姿を見せるのを勧めてきたが。

 

「それよりも食べてしまえよ。ここのパンケーキは絶品だぞ」

 

「……そうね、食べさせてもらうわ」

 

 実家のやらかしから目をそらす為か、それとも気分転換がしたかったのか、イリヤスフィールはナイフとフォークを手に取ってパンケーキを食べ始めた。その所作が洗練されていて、彼女が良いところの出身であると改めて思い知らされる。

 

 そして一口サイズに切ったパンケーキを食べた時、目を見開いて驚く様な顔をしていた。

 

 そんな反応を見るだけで頬が緩みそうになる辺り、相当に入れ込んでいるのだなぁと自分の感情を再認識した。

 

 

 

 

 当初の目的であるイリヤスフィールの服は買い終えた。予想していない出費だが、間桐の財力からすれば微々たるものでしか無い。

 

 本来ならば冬木の管理人である遠坂家が管理している土地があるのだが、遠坂凛の後見人を務めている言峰綺礼が杜撰に管理している為にいくつか放流され、それを臓硯が買い取って管理しているのだ。

 

 そのお陰で間桐は潤い、遠坂は枯れる。その上、遠坂の魔術は高価な宝石を扱う物なのでさらに枯れる。そりゃあもう出涸らしなんじゃないかってほどに。

 

 まさに愉悦である。

 

「さて、服は買ったし朝飯も食べた。夜が来るまで適当に街を歩こうか」

 

 ちなみに服は嵩張るのでアサシンに工房へと持って帰らせた。実体化させる必要があるが、アサシンには高ランクの気配遮断スキルがあるので問題無いだろう。

 

 その時のイリヤスフィールは凄く複雑そうな顔をしていたが。

 

「サーヴァントも連れずに街を歩くなんて不用心ね。それに、住んでいる街だから探索なんて必要ないんじゃないかしら?」

 

「朝っぱらから仕掛けてくるようなところは無いだろ。それとこれは探索じゃなくて案内のつもりなんだけどな。お前、まだ街を見てないんだろ?」

 

「……えっと、私のためなの?」

 

「そういうこと」

 

 彼女が聖杯戦争の前に冬木に来ている事は〝識っている〟が、街の造りを把握出来るほどに現地を視察したとは考えられない。アインツベルンの本家が辺鄙なところにあるのも相まって、俺からすれば見慣れた街並みだって彼女からすれば珍しい物に違いない。

 

 無論、彼女だけでは無く俺にも益はある。聖杯戦争という殺し殺されの環境に身を置き続ければ、たとえ感じていなくてもストレスが溜まる。なのでこうして息抜きをしてストレスを発散させるのだ。

 

 とは言っても、これは建前だ。彼女の喜ぶ顔が見たい、それが本当の理由。

 

「そう……ならエスコートは任せるわ」

 

「了解」

 

「それと、私の事はちゃんとイリヤって呼びなさい」

 

「あー、そういえば名前呼んでなかったか」

 

「そうよ。ずっとお前としか呼ばれてないわ」

 

「なら俺の事もちゃんと呼んでくれよ。名前は教えただろ?」

 

「分かったわ……それじゃあ、セーイチ。宜しくね?」

 

「任せておけ、イリヤ」

 

 ミトンタイプの手袋に包まれた手が差し出され、それを優しく握る。

 

 他の真面目に聖杯戦争をしている参加者が知ったら巫山戯るなと怒り狂うかもしれないが、このひと時だけは全てを忘れて楽しむことに、そしてイリヤを楽しませる事を決めた。

 

 

 

 

「あー!!楽しかった!!やっぱりアインツベルンとは全然違うのね!!」

 

「そりゃあ未開の地みたいな場所と現代の都市部を比べたらな」

 

 イリヤは俺からすれば見慣れた冬木の街を物珍しそうに歩いた。気になるものがあればあれはなんだと俺に尋ね、行ってみたいと俺の手を引いて目に付いた場所に向かい、凄い凄いと文字通りに飛び跳ねて喜びを表していた。

 

 昼食を取るのにハンバーガーショップに行った時なんて、包みを剥がして直接食べる事を知って驚いていたのが印象的だった。どう食べ進めたら良いのか悩んでいる彼女に手本を見せながら食べるのが楽しかった。

 

 その時も、やはり()()()()()()()()

 

 今の時刻は午後三時。夕暮れにはまだ早いが、冬場だと夕暮れだと思っていたらあっという間に暗くなる。そろそろ帰るのが良いのだろうが、まだ寄りたい場所が二箇所ほどあった。

 

 なので近くの花屋で花を買ってからタクシーを拾い、運転手にそこの住所を伝えて向かうように頼む。

 

「次はどこに行くの?」

 

「着いてからのお楽しみだよ」

 

「お客さん……その、その子との関係は……?」

 

何も、問題、無い(〝暗示魔術〟)

 

「うーーー何も、問題、無い……」

 

「良し」

 

「良しじゃないわよ」

 

 運転手からは怪しい人を見るような疑いの目を向けられたので暗示をかけてしまったが、些細な事だろう。イリヤの俺を見る目が若干トゲトゲしくなっている気がしたが。

 

 タクシーを走らせて十数分で最初の目的の場所に辿り着く。運転手にはすぐに戻るから待っているようにと伝え、イリヤと一緒にタクシーから降りた。

 

「ここは……」

 

 着いたのは冬木中央公園。平日で冬場という条件であるが、人影は俺たち以外には誰も見当たらない。俺からすれば心地の良い空間なのだが、他の者からすればそうは感じないのだろう。イリヤもこの公園の空気を感じ取って眉を潜めている。

 

「冬木中央公園。前回の聖杯召喚地だ」

 

「それって……」

 

「あぁ、アイリスフィールはここで死んだ」

 

 正確には聖杯が完成したからではなく、言峰綺礼に殺されたのだが、そこまで正確に伝える必要は無い。イリヤにとって、ここで自分の母親が死んだということの方が重要なのだ。

 

「酷い場所ね」

 

「ここで聖杯が砕かれてその中身がブチまけられたんだ。寧ろ、よくこの程度で済んだと感心するよ」

 

 復興計画の一環でこの場は自然公園として生まれ変わったが、恐らく利用する者はほとんど現れないだろう。来るにしても、十年前の被害者が来るぐらいか。

 

 花屋で買った花を公園の邪魔にならない場所に置き、イリヤと共に黙祷を捧げる。俺とアイリスフィールとの間には面識は無い。だが、イリヤには何かとお世話になっているのだ。祈りの一つでも捧げないとバチが当たるというものだ。

 

 もっとも、彼女が俺のやってる事を知ったらメルセデスで突っ込んで来そうだが。

 

 黙祷を終えてタクシーに乗り込み、次の目的地に向かう。イリヤは次に向かう場所がどこなのか何となく察しているようで、何も喋る事なく窓の外を眺めていた。

 

 そうして辿り着いた先はーーー墓場。タクシーを帰らせて、砂利の敷き詰められた道をイリヤの手を引きながら歩く。事前に蟲を使って場所を調べてあったので、迷う事なくそれを見つけることが出来た。

 

〝衛宮家〟と書かれた墓石を

 

「キリツグ……」

 

「離れた方が良いなら離れておくけど」

 

「ううん、大丈夫だから」

 

 花束を受け取り、それを墓前に供える。怒り狂うか、嘆き悲しむか、それとも無言で墓石ブレイクするかと思っていたのだが、イリヤの顔は慈愛に満ち溢れた穏やかな物だった。

 

「ーーーお疲れさま、キリツグ。よく頑張ったね。もう頑張らなくて良いから、ゆっくり休んで」

 

 真実を知ったからなのか、イリヤの中から衛宮切嗣への恨みの感情は無くなっているようだった。墓石へとかけられた声は優しく、穏やかで、誰かの為に頑張り続けた父親を労わる娘のそれだった。

 

 だが、それでも堪えられないのか、彼女の目には涙が浮かんでいる。

 

「はぁ……ねぇ、セーイチ。ちょっとだけで良いから、泣いても良いかな?」

 

「おぅ、ちょっとだけとは言わずに好きなだけ泣けばいいさ。その位の甲斐性はあるつもりだ」

 

「うん……ありがとう」

 

 そう言ってイリヤは俺に抱き着きーーー泣き出した。声を押し殺しながら、だけど嗚咽を零しながら。

 

 俺の出来る事は彼女が泣き止むまで、優しく抱き締める事だけだった。

 

 




イリヤちゃん、実家のやらかしを知って崩れ落ちる。アハト爺はやることなす事全部が裏目になってるんだよなぁ……ルーラー召喚の世界線だと横槍入れられて台無しになるし。

ママリスフィールと衛宮パパ嗣の御墓参り。折角冬木に来たのだから、両親のお参りをさせてあげたかった。

次回は槍ニキ戦よ〜



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VSランサー

 

 

「ギィーーー」

 

 深夜の冬木。冬場の寒さの厳しい風に煽られながら、高層ビルの屋上にそれはいた。

 

 全身をボロが目立つ黒い外套で覆い隠し、右腕に拘束具を嵌めた人影。顔は髑髏を模した仮面に隠されていて判別する事は出来ない。アサシンのサーヴァントが、ビルから街を見下していた。

 

 別段、これと言って何を注視している訳では無い。早い時間であれば街を行く人を監視していたのだろうが、今の時間帯は遅く、直に朝と呼べる頃を迎える。アサシンに知性は乏しい。彼は忠実にマスターからの命令を実行しているだけに過ぎない。

 

 即ちーーー囮。潜伏先不明のランサーを誘い出す為に目立つところを陣取れというオーダー。

 

 アサシンのマスターである間桐誠一の把握しているサーヴァントの現在地はセイバー、アーチャー、ライダーだけのもの。セイバーとライダーは基本的にはマスターの側から離れる事はしないし、アーチャーは状況によりけりではあるが前者と同じようにマスターの側にいる。間桐誠一が掴めていないのはランサーの位置だけなのだ。

 

 暗殺者であるはずのアサシンが目立つ場所にいる。普通ならば罠だと考えて様子を見るか、あるいは手出しは考えないだろう。

 

「ーーーよぉ、良い夜だな」

 

 不意に声をかけられ、アサシンが振り返る。すると足音を立て、金属をこすり合わせるような音を響かせながら暗がりから青い戦闘装束を身に纏い、朱槍を携えた男が現れた。

 

 知性が乏しくとも、記憶力まで喪失しているわけでは無い。獣のような眼光でアサシンを睨む男こそ、待ち望んでいたランサーのサーヴァントだ。

 

 普通ならば上記の通りに行動するだろうが、生憎とランサーの取り巻く状況は普通では無かった。マスターからの令呪により、ランサーは全てのサーヴァントと一度は戦わなくてはならず、撤退しなくてはならない。明確ではあるものの長期的な命令のせいで強制能力は衰えているのか宝具を使って殺害を企てていた事もあるが、基本的にはランサーは己の矜持に従ってマスターの命令通りに行動する。

 

 すでにランサーはアサシンを除いた五騎のサーヴァントとの交戦を終えている。残る相手はアサシンのみ。己を縛る制約を取っ払い、全力で戦う事を望んでいるランサーからしてみれば、罠だと分かっていても飛び込まない道理は無かった。

 

 たとえ罠だとしてもそれを食い千切る。それが出来るだけの実力と自信がランサーにはあった。

 

「陰険な風体だがアサシンのサーヴァントで相違ないな?」

 

「オマエ、ランサー、ダナ?」

 

「ハッ!!俺がセイバーにでも見えたか?」

 

「ク、ククッ、ククククーーーッ!!」

 

 嘲笑うかのような笑い声をあげながらーーーアサシンは躊躇うことなくビルから飛び降りた。

 

 人間がそれを行えば死は免れないのだが、サーヴァントはそうではない。ビルの僅かな凹凸に手足の指を掛けることでビルの壁面に張り付き、蜘蛛を連想させる挙動で重力に逆らいながら逃走を開始する。

 

「逃すかよーーー!!」

 

 それを見逃すランサーではない。自身もビルから飛び降り、逃げるアサシンを追跡する。こちらはビルの壁面を蹴り、道路を挟んだ向かいのビルの壁面を蹴るという方法でだ。夜が深いので人目につく心配は無い。

 

 逃げる黒影と追う蒼影。通常ならば直線に進むだけのアサシンの方に軍配があがるはずなのだが、ランサーの敏捷はアサシンのそれと同等値。それに加えてルーンによる強化で底上げをしているので三角飛びというロスの多い動きでありながらもジワジワとアサシンとの距離を詰めていく。

 

「ギィーーーッ!!」

 

 このままでは追いつかれると知性の乏しい頭で判断したのか、左手で黒塗りの短刀(ダーク)を数本取り出し、それをランサーに向かって投擲した。夜闇に紛れて高速で迫るダークは防がれる事を、躱される事を前提に投げられている。例えその朱槍で防いだとしても、仮にその獣じみた体捌きで躱されようとも、その上でランサーに届くように投擲されている。

 

 ランサーの視界は自身に迫る凶器をしかと捉えていた。その上で獰猛な笑みを浮かべ、()()()()()()()

 

「ナーーー!?」

 

 命中を確信するアサシンだったが、予想していた未来は訪れない。確実に当たるはずだったダークは突然軌道を変え、ランサーを避けるようにして通り過ぎていったのだ。

 

「流レ矢ノ、加護カ!?」

 

「おぅ、正解だ。俺に投擲は通用しねえぞ?」

 

 アサシンが流れ矢の加護と呼んだそれは正確には〝矢避けの加護〟という飛び道具に対する防御スキル。これを所持しているランサーは狙撃手を視界に納めている限り、どのような投擲武装も通用しない。余程のレベルならばこの場合には当てはまらないのだが、アサシンはそのレベルに達していない。

 

 これにより、アサシンの主戦法であるダークの投擲が封じられた。

 

 しかし、それによる動揺は一瞬だけ。確かに主戦法が封じられたのは痛手である。だが、それは所詮数ある内の殺しの技の一つに過ぎない。知性が乏しいが故に感情の揺れは少なく、本能的に身に付いた暗殺者としての判断が次の殺害方法を導き出す。

 

 突然アサシンが進路を変える。地面と水平に移動していたのを上向きに変えて建物の屋上へと移動し、屋上から屋上へと飛び跳ねるように移動しだした。

 

 無論、ランサーもそれを追う。寧ろ壁面を蹴って移動するよりもこちらの方がランサーとしては動き易い。踏み込みを強めてギアを上げ、それまで以上の速度でさらにアサシンとの距離を詰めていく。

 

 そして互いがトップスピードで移動をして暫くした時にアサシンが動いた。目の前にあった避雷針を掴むことで速度を落とすこと無く180度のターンに成功させ、逆手に持ったダークでランサーに向かっていった。槍の間合いを一息で詰め、超接近戦による戦闘に挑む。

 

 頸動脈を狙って振るわれるダークの一閃。常人であれば斬られた事に気付くよりも前に絶命するそれをランサーは腕でアサシンの手首を抑える事で止め、それだけでは無く無防備な胴体に蹴りを叩き込んだ。

 

「グギァーーーッ!!」

 

 手応えは確かにあった。サーヴァントであっても膝を着くような一撃を叩き込んだという確信がある。

 

 しかし、アサシンは苦悶の声を上げて無様に転がり回りながらも、即座に体勢を立て直して逃走を再開させた。

 

「チッ!!薬でも決めてやがるな?」

 

 サーヴァントの中には再生能力を持つ者もいる。だが、アサシンはその類のサーヴァントでは無いとランサーは即座に看破した。そして戦うのならば即死を狙うのが上等かと考えながら追跡を再開する。

 

 冬木の街を舞台にした逃走劇は朝が来るまで続くかと思われたが唐突に終わりを迎える。アサシンが逃げ込んだ先は四方を廃ビルに囲まれた空き地。アサシンの逃げ足であったとしても、それよりも先に朱槍の投擲がアサシンに届くだろう。

 

「鬼ごっこは終わりか?」

 

「ク、クク……」

 

「あぁ?何笑ってやがる」

 

 朱槍の穂先を向けられてもアサシンは静かに笑うのみ。薬物を決めている事や言動がおかしかった事からそういうサーヴァントかと思ったが、これまでで見せられた体捌きや技術は間違いなく一流のそれだった。故に何かを企んでいるのかもしれないと、警戒しながらアサシンに問いかける。

 

「ココガ、貴様ノ、死地ダ!!」

 

 

次の瞬間、ランサーは死を感じた。

 

 

「ーーーッ!?」

 

 濃密な死の気配を感じとり、全身に寒気が襲う。それの出所はアサシンでは無い。

 

 前方?右方?左方?後方?

 

 否ーーー()()()()()()

 

 廃ビルの壁が砕け、何かが飛び出してランサーに襲い掛かる。反射的にそれを槍で斬り払い、目視し、それの正体を知った。それそのものを見た事は無いが、類似したものならば生前に戦場で何度も見かけた事がある。

 

 それは特濃の呪い。正を蔑む負の塊。生者を汚し、死者を穢す最低最悪の呪詛。人間の女のような姿を象ったそれは斬り払われたを気に留めることなく、もう片方の腕をランサーに向かって伸ばした。

 

「テメェ……!!これが何か分かってやがるのか!?」

 

「真ッ当ナ、オマエ、コレ、効ク」

 

 直接触れるのはまずいと判断してルーン魔術で炎を放ちながらランサーは叫ぶ。それは自身の危機からではなく、これの危険性を知っているから。誰かが操っているようだが、一度これが解き放たれればこの街などあっという間に死都に成り果てるだろう。いや、()()()()()()()()()()()。下手をすれば世界の危機だとこれまでの経験から判断できた。

 

 人型が一つだけならばルーンで吹き飛ばしてそれでしまいだった。だが、アサシンは言った。ここがランサーの死地であると。

 

 それを肯定する様に残る三方の壁からも同じような人型が現れ、更に人型を構成している泥が上で網目を作って蓋をする。

 

 これによりランサーの逃げ場は無くなった。四体の呪詛の人型に囲まれ、足場は垂れ流される泥によって無くなりつつある。時期に自分はこの泥に飲まれて脱落するだろうと自身の運命を予想しーーーランサーは決意する。

 

 たとえ自身が消滅するとしても、あれは消し去ると。

 

「オーーーオォォォッ!!」

 

 跳躍して自身の身体をルーンで保護し、頭上の網目の蓋を突破する。いかにルーン魔術であっても相性が悪かったのか、ランサーは身体に直接泥を浴びてしまっている。純粋かつ圧倒的な呪詛が流し込まれ、激痛が走り、霊基が蝕まれるのを感じながらもランサーは朱槍に魔力を込めて宝具を解放しようとしていた。

 

 アレを遠隔操作する事などそれこそ神でなければ不可能。ならば、この近くに術者はいるはずだと、この周囲一帯を吹き飛ばす為に。

 

 その判断は間違っていない。人型の呪詛ーーー〝汚泥の貴婦人〟の術者である間桐誠一はこの近くにいる。ランサーの宝具が放たれれば巻き込まれるほどの至近距離にいる。

 

 だが、ランサーはミスを犯した。アサシンから目を離したという些細なミスを。

 

 誰だって腹を空かせた肉食動物の群れを前にした時、目の前で飛んでいる羽虫に注意は向かないだろう。今のランサーにとって大した脅威では無いと判断されたアサシンは、その羽虫に等しかった。

 

 問題があるとすればーーーその羽虫には、人を殺せる毒があったという事。

 

 ランサーの朱槍に魔力が集い、紅い閃光となって程走る。身体を弓なりに反らして投擲姿勢を取る。

 

 

突き穿つ(ゲイ)ーーーッ!!」

 

 

「死ネ」

 

 

その背後で髑髏が嗤った。

 

 

 アサシンの右腕の拘束具が解放される。そこから現れたのは異形の腕だった。左腕と比較しても倍以上長い、まるで架空の存在であるとされる悪魔のそれを思わせる赤い腕。それはランサーの背中に伸ばされ、身体を貫いた。

 

「何ーーー!?」

 

 ランサーは貫かれ、胸に赤い掌が咲いた時になってようやく気がついた。痛みがないのだ。肉体的、精神的不調もまるで感じない。だが、赤い掌の中心で脈打つ虚ろな心臓を見た瞬間に最大級の警鐘が鳴らされた。

 

 

死ぬぞと、早く宝具を放てと。

 

 

妄想心音(ザバーニーヤ)

 

 

 そしてランサーが行動を起こすよりも先に赤い掌は閉じられ、虚ろな心臓は握り潰された。虚構の心臓が破壊されたことにより呪いは成立、実像の心臓が共鳴して握り潰された。

 

 かくして暗殺は成就した。ランサーは投擲しようとしていた朱槍を落とし、全身を弛緩させる。

 

「ギィーーー」

 

 右腕を抜き取る間際、アサシンはランサーの心臓を掴み取った。そして用の無い死体を眼下で蠢いている〝汚泥の貴婦人〟に向かって蹴り落とし、廃ビルの屋上に着地した。

 

 まだ温かく、血の滴るランサーの心臓。それをアサシンは髑髏の面をズラして口を露出させ、丸呑みした。空き地からはランサーの死体を貪っているのか、粘着質な音が響いている。

 

 二月五日。聖杯戦争の正式な開始から四日目にして、三騎目のサーヴァントが脱落した。

 

 






実は聖杯戦争始まってから四日も経っているという事実。

槍ニキ戦決着。アサシンで正面から戦っても勝てるわけが無いのでそれよりも危険な〝汚泥の貴婦人〟を見せびらかす事で槍ニキから余裕を奪ってアサシンへの注意を反らし、その先に宝具でハートキャッチ。

宝具の仕様が違う?この小説オリジナルだよ。

これによりハサン先生が強化!!ようやくマトモに話す事が出来るようになったぞ!!



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英雄王、邂逅

 

 

 不規則に、そして荒々しく脈打っている心臓を落ち着かせようと深呼吸をしながら胸を押さえ、廃ビルの壁にもたれながら座り込んでいる。

 

 作戦は上手くいった。アサシンがこの場所までランサーを誘導出来るかどうかが心配だったが予定通りに事は運ばれた。形振り構わずに逃げに徹されたらその時点でご破算だったが、結果はご覧の通り。ランサーの性格なら危険物を見せつければ自身よりも優先して排除しに掛かると分かっていた。

 

 ランサーは消滅し、その霊基はマキリの杯(オレ)の中に還って行った。バーサーカーの時に比べれば感じる不快感と激痛は幾分かマシである。

 

 この声さえなければ、だが。

 

 

死ね

 

 

死ね、死ね

 

 

死ね、死ね、死ね

 

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

 

「黙ってくれないかなぁこのクソ野郎が……!!」

 

 声の正体は聖杯の中身。悪であれと望まれたが故にこの世全ての悪性を背負わされた男が聖杯に還った事で、無色の願望器に悪意の方向性を与えた。そのありかた故にどんな願いであっても人に対する果てない悪意を介した結果を持って叶えようとする最低最悪の願望器と成り果てた。

 

 臓硯によって汚染された聖杯の欠片を埋め込まれたこと事により、俺は聖杯と擬似的に契約を結んでいる。

 

 聖杯の望みは〝産まれたい〟。

 

 俺の望みは〝かの王に認められたい〟。

 

 互いの望みを叶えるために協力し合うステキな関係。だが、聖杯は汚染が酷いのか協力者である俺でさえ害を成そうとしてくる。バーサーカーの時はそれ程でも無かったが、二つ目のサーヴァントの霊基が焚べられた事で活性化したのか、より酷くなっている。それだけならまだ良い。俺が耐えれば良いだけの話なのだ。

 

 問題があるとすれば、飢餓感が強過ぎる事。

 

 アサシンの全力戦闘に宝具開帳、〝汚泥の貴婦人〟の行使により、魔力不足は倦怠感では無くて飢餓感となって襲い掛かってきたのだ。まるで何年もの間、食べる事も飲む事もしなかったのでは無いかと錯覚してしまいそうな程に酷く飢え、酷く渇く。油断すれば、意識を緩めてしまえば、無意識のうちに人を襲って魔力を得ようとするだろう。

 

 魔力不足は問題だったので苦肉の策としてイリヤから血液を幾らか貰っていた。その全てを飲み干しても、飢えや渇きは治らず、それどころか酷くなっているような気さえする。

 

 応急処置として蟲を呼び出してそれを貪っても自体は好転しない。外殻を噛み砕き、体液を啜り、全てを飲み込んでも飢えと渇きは強くなるばかり。

 

 かくなる上はーーーイリヤをこの場に呼び寄せるか。ランサーを狙っていることは彼女にも伝えてあり、万が一の為にいつでも魔力供給出来る様に備えておけと伝えてある。電話で場所さえ伝えれば彼女はここに駆けつけてくれるだろう。

 

 

 彼女の白く、柔らかな肌に歯を突き立てて温かな血を啜りたい。

 

 彼女の華奢な肢体を欲望に身を任せて犯し、穢し、蹂躙したい。

 

 美しく、神秘的な彼女の全てを否定して絶望させ、辱めて愉悦に浸りたい。

 

 

「いや、それは駄目だろ」

 

 懐からナイフを取り出し、それを手のひらに突き立て、抉じ開けるように捻り抉る。そこから走る激痛が沸き上がってきた悪意に水を差し、飢餓感を誤魔化して理性を保つ。

 

 初っ端の魔力供給で媚薬を飲ませて理性を溶かしてレイプしたわけだが、だからと言って俺に強姦趣味がある訳ではない。俺がしたいのは互いが快楽を得られるセックスであり、一方だけが快楽を得るそれはどちらかというと嫌いなのだ。そんなものは自慰と何の違いがあると言うのか。

 

 ナイフによって出来た傷は酷く痛むものの、それによって飢餓感は誤魔化せ、煩いほどに聞こえていた声は聞こえなくなった。倦怠感はあるものの、先ほどに比べればだいぶ楽になった。今のうちに工房に戻ろうとフラつきながら立ち上がる。

 

「ほう?貴様、中々に面白い中身をしているな?」

 

 そして暗がりから掛けられた声に身体を硬直させた。その声を〝識っている〟。その声の主を〝識っている〟。まさか、どうして、何故このタイミングでと、困惑しながら声のした方向へと顔を向ける。

 

「この世界の住人とは異なる魂を持ち、聖杯の中身に身を浸しながらも己を保つ程に強靭な自我を持つか」

 

 暗がりから現れたのは〝王〟だった。くすみの一切ない金髪を靡かせながら、燃え盛るような紅い双眼を俺に向ける一人の男。

 

 原初の王、最古の英雄。第四次聖杯戦争でアーチャーとして召喚され、聖杯の中身を飲み干すことで受肉した存在しないはずの八騎目のサーヴァント。

 

英雄王〝ギルガメッシュ〟

 

「どうして、貴方がここに……」

 

「何、此度の器を検分する為によ。アインツベルンの物ではなく、醜悪極まる妖怪が作り上げた物だと聞いてつまらないのであれば砕こうかと思っていたのだが……よもや貴様のような珍種であったとはな」

 

「珍種」

 

 呆然として口を聞いてしまったが、ギルガメッシュは機嫌が良いようで笑いながらこの場にいる理由を語ってくれた。助かった。機嫌が悪かったり、彼の機嫌を損ねれば即座に殺されてもおかしくは無かった。

 

 それにしても珍種ときたか。いや、転生しているから珍種なのは分かるのだが。

 

「さて、面白いものを見せた褒美だーーー(オレ)手ずからに殺してやろう」

 

「えーーー」

 

 何も反応することは許されなかった。ギルガメッシュの背後に黄金の波紋が浮かび上がり、そこから高速で射出された物が俺の身体に突き刺さる。その勢いの強さのあまりに背後の壁を壊しながら、ビルに囲まれた空き地に放り出される。

 

「それが馴染み過ぎれば楽には死ねまい。今のうちに死ねる幸福を噛み締めよ」

 

 視線を動かして確認すれば、身体に突き刺さっているのは現代ではあり得ない程の神秘を内包した複数の武器。武器その物はギルガメッシュの宝具でも何でもない。

 

 彼が生前に収集した材を納めた宝物庫。その逸話故に今もなお、現在進行形で財が増え続けているという規格外(EX)を与えられた宝具。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

 俺なんかに財を使ってくれた事を喜ぶべきか、それとも問答無用で殺しに来た事を悲しむべきなのか。どちらにしても、ギルガメッシュはこちらに対して殺意を有しているのは変わらない。だからこそ、こうして宝具を使っているのだ。

 

 常人なら即死の、運が良くとも致命傷の傷を負った。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 激痛に苦悶の声をあげながら、身体を起こして立ち上がる。

 

「何だと?よもや、貴様そこまで成っているのか?」

 

「はぁ、はぁ……その通りだよ。この程度じゃあ()()()()()()()()()

 

 身体に突き刺さった武器が一人でに抜け落ちる。そのままの形を保ったままではなく、腐ったかのようにドロドロに溶けた断面図を晒しながら。そして傷口からは聖杯の泥が流れ出している。

 

 ランサーを喰らって聖杯との接続は遮断した。それなのにこうして泥が滲み出ているのは、それ程に俺と聖杯が同調しているという証左。

 

 現に聖杯は傷ついた俺の身体を現在進行形で修復している。とはいってもそれは外見を取り繕う程度の物でしかなく、中身はデタラメに繋がれているだけなのは感覚的にわかる。あとでイリヤに治して貰わなくては。

 

 何かしらの対策を考えておかないといけないなぁ、っと考えながら、ビルに空いた穴からこちらを見下しているギルガメッシュを見上げる。

 

「ふぅ……王様、一つ提案がある。俺を見逃してくれない?」

 

 現状、たかだか武器が数本刺さった程度では死ねない。だが、ギルガメッシュがより強力な財を使うか、射出する本数を増やすだけで俺は簡単に死ねるのだ。戦おうにも今の俺では相手にならないのが目に見えている。幸いにも会話を許してくれる程の懐の深さを見せてくれているのだ。誠心誠意、言葉を尽くしてこの場を乗り越えるしかない。

 

 大丈夫、俺なら出来る。だって我様の反応しそうなワード分かってるし。

 

「ほぅ?それで、貴様を見逃して(オレ)に何の益があると言うのだ?」

 

「代わりにと言ってはなんだけど、セイバーとの結婚式の会場を用意してあげよう!!」

 

「良し!!許す!!何処へと行くがいい!!フハハハッ!!」

 

 一言でこれである。我様、セイバーの事大好き過ぎるでしょ。

 

 しかし、セイバーのお陰で俺はこの場を見逃されて生を掴む事が出来た。ありがとう、セイバー。お礼にブリテン罰ゲームネタで弄るのはやめておいてあげよう。

 

「ありがとね!!ついでにセイバーとウチのアサシン以外のサーヴァント脱落させてとくから!!セイバーとの逢瀬を楽しんでね!!」

 

「まぁ待て、珍種。貴様が聖杯に掛ける望みは何だ?そのような姿に成り果ててまで、一体何を求めている?」

 

 サムズアップをして立ち去ろうとした時、ギルガメッシュから問いを投げかけられた。彼からすれば些細な気紛れ程度の質問だろう。他のマスターに同じ質問をされたとしても、適当にお茶を濁してはぐらかしている。

 

 しかし、尋ねてきたのはギルガメッシュなのだ。俺が憧れ、敬意を抱いている偉大な英雄。たとえ臓硯に聞かれるかもしれないリスクを犯してでも、彼からの問いには真剣に答えなければならない。

 

「俺の望みは一つだけーーー貴方に認められたい。それだけだ」

 

 現代に生きる有象無象の一つとしてではなく、俺個人としてその存在を認めて欲しい。今こそ珍種として区別されたが、それだけでは足らない。出来る事ならば、彼の口から名前で呼ばれたいのだ。

 

「だから俺は貴方の前に立つ。引き出物代わりに聖杯を持って行くから、その時は是非とも相手をして欲しい」

 

「セイバーとの婚儀の前の余興にはなるか。良い、その不遜を許そう。その時が来たのならば、全身全霊で(オレ)を楽しませるがいい」

 

 相手を見下している笑みと、心底愉快だと言わんばかりの笑い声をあげながらギルガメッシュは夜闇に紛れて姿を消した。威圧感が無くなり十秒、二十秒と時間を開けてから、止めてしまっていた呼吸を再開して肺の中に溜まった淀んだ空気を全て吐き出す。

 

 まさかこのタイミングでギルガメッシュに出会うなんて予想外もいいところだ。動くのなら中盤か終盤頃だと考えていたのに、良い意味で予想を裏切られてしまった。

 

「アサシン、動けないから連れて行ってくれ」

 

 気配も存在感も感じない。しかし、契約により近くにいることは感覚的に分かっている。アサシンの名を呼べば、暗がりから姿を現した。

 

 ランサーの心臓を食べたからなのか、以前よりも人らしい所作に近づいているような気がする。まだ馴染みきっていないのか所々はぎこちないし、言葉も話せない様だが、それも時間の問題だろう。

 

 アサシンは俺の首根っこを掴むと地面を蹴り、高く飛び上がった。

 

「違う、そうじゃない。もっと優しくしてくれない?一応怪我人なんだからさ」

 

 アサシンは俺を米俵を担ぐ様に肩の上に乗せた。

 

「だから違うって……あぁ、もう良いよ」

 

 一見すれば乱雑に扱われている様だが、その状態で着地しても身体は全く痛まない。恐らくは着地した時の衝撃を完全にコントロール出来ているのだろう。凄い技術だと感心は出来るのだが、なんか釈然としない。

 

 だが、まぁいい夜であったと胸を張って言える。

 

 当初の目的通りにランサーを倒し、その心臓をアサシンに食わせる事が出来た。予期せぬギルガメッシュとの邂逅を果たす事が出来た。そして、どさくさに紛れてギルガメッシュとの対戦を取り付ける事が出来た。

 

 これで後はセイバー以外のサーヴァントを脱落させるだけだ。今後の行動については考えなくてはならないが、四日間でサーヴァントを三騎も一人で脱落させたのだ。

 

 二、三日はダラダラ魔力供給しながら休んでもバチは当たらないだろう。

 

 

 






マコニキは小聖杯になったからね、サーヴァントが脱落する度にどんどん人間の機能が削られていくぞ!!その上、アンリマユからの汚染で倍プッシュだ!!

ギル様登場、青トリアとの結婚会場の支度をしてもらえ、ゴミ掃除までしてくれる上に、余興を用意してくれるとあってご満悦。きっとこの聖杯戦争じゃ一番のエンジョイ勢。

ちなみにギル様は十年前にマコニキと会ったことは覚えてない。十年前は有象無象の一つとしてしか認識してなかったからね。やったねマコニキ!!珍種として認識されたよ!!



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グッドモーニング

 

 

 目を覚ますと、セーイチの寝顔が視界いっぱいに広がっていた。

 

「ーーー」

 

 不意打ちに近い、思わぬ光景を目覚めの一番で見せつけられた事で叫びそうになるが、声を出す寸前でなんとか堪える。彼は眠っている様だ。三白眼で、どこか悪戯小僧の様な印象を受ける笑みを浮かべずに、穏やかな表情で静かに寝息を立てる。

 

 呼吸を整えながら状況を確認する。どうやら私は彼に抱きかかえられている様だ。とは言っても力強さは感じず、壊れ物でも扱う様にそっとなのだが。そして服は着ている。これにより、魔力供給をしていたという線は無くなった。もしもそうであれば、私は裸で布団の中で眠っているから。

 

 セーイチを起こさない様に注意して彼の腕から抜け出し、起き抜けで働いていない頭を必死になって働かせて寝る前に何があってこの状況になったのかを思い出す。

 

 確か……そうだ、セーイチがランサーを仕留めてくると言っていて、帰ったら魔力供給をするから起きていてくれと言われていたから起きていた。すると夜明けごろになって、彼はアサシンに担がれながら帰って来たのだ。

 

 服はボロボロで、血の匂いを漂わせていた。でも、服の下から見える肌は傷一つない。念の為と思って彼の身体を調べたところ、無事なのは外見だけ。中身はデタラメに繋ぎ合わせたかの様に酷い状態になっていた。

 

 それを必死になって治した頃には外が明るくなっていて、このまま魔力供給をするのかと思ったら、彼は私の事を抱き締めて寝ると言ったのだ。私も私で一晩中起きていたのと治療の疲れから、抵抗する事なく成すがままで一緒に寝たのだ。

 

 眠っているセーイチを、正確には身体を見る。治療してすぐに眠ったからか、彼は上半身裸。外見では傷一つ無く、内部を調べてもおかしなところは見当たらない。しっかりと治せていた。命の危険を心配する様な状態ではない。

 

「良かったぁ……」

 

 無意識の内に口に出した言葉に首を傾げる。

 

 良かった?何が良かったなのか。私と彼との関係は魔力供給を行うだけのもののはず。寧ろ、死んでくれたら解放されて都合が良いというのに、何故良かったなどと口にしたのだろうか。

 

 腕を組んで唸って見ても答えは見つからない。正解を知っているはずなのにそれが思い出せない様な感じがして非常にもやっとする。

 

 そうやって暫く考えていると、部屋の外から音が聞こえる事に気がついた。それに気がつき、思わず身体を硬直させる。ここにいるのは私とセーイチだけのはず。それなのに物音が聞こえるという事は、侵入者しか有り得ない。

 

 本当ならばセーイチを起こして一緒に確かめに行くのが正しいのだろう。だが、彼の状態を考えると、少しでも長く休ませてあげたい。

 

 そう結論付けて、私は一人で確かめに行く事にした。

 

 この工房の案内はされていて、間取りは把握している。聞こえた方向にあるのはキッチンだ。外見は廃ビルなくせに、内部は割と新しいのはセーイチの趣味らしい。キッチンだって簡易の物ではなく、アインツベルンほどではないがそこそこの物が揃えられていた。

 

 ゆっくりと、慎重に。音を立てない様に気をつけながら部屋を出て、キッチンの方へ進み、壁越しに確認する。

 

 そこには、エプロンの様な物を着たアサシンの姿があった。

 

 顔を戻し、目をこすり、もう一度確認する。

 

 エプロンの様な物を着た、アサシンがいた。

 

「何してるのよッ!?」

 

「ん?おぉ、お嬢様。お目覚めですかな?」

 

 アサシンが喋っている様な気がするが気にならない。それよりもエプロン姿のアサシンのインパクトが強過ぎる。

 

 エプロンに加えてバンダナらしき物を頭に巻き、アサシンは異様に長く、赤い右手で食材を抑えながら左手に持った包丁で切っていた。バーサーカーと戦っていた時は拘束具を着けていたのでわからなかったが、あぁいう風になっていたのか。

 

「何で、アサシンが、料理、してるの!?」

 

「お二人共、明け方に眠りにつかれたでしょう?目覚めた時の為にと思いましてな。あぁ、直に出来上がるので魔術師殿がお目覚めになられたら食事に致しましょう」

 

「んもぉ……!!」

 

 違う、そういう意味じゃない。というよりもアサシンって料理が出来たのか。いや、サーヴァントは現界の時に聖杯から知識を与えられるから、そこから得たのだと言われれば一応は納得出来るのだが。

 

 そうだとはいえ、それは所詮知っているだけの状態のはず。それなのにアサシンの手つきは妙に手馴れていた。食材を微塵切りにして鍋の中に入れ、塩と胡椒で味を整えながらフライパンの上のオムレツを返している。完全に熟練のそれだった。

 

「はぁ……もう良いわ。出来たら教えてね」

 

「ご心配なさらず、このアサシンのサーヴァントにお任せを」

 

 実はアサシンじゃなくて給仕(バトラー)のサーヴァントなんじゃないだろうかという言葉は飲み込んで、私は部屋に戻って再びセーイチに抱かれて寝る事にした。

 

 

 

 

「お味の方は如何ですかな?」

 

「うん、美味い美味い」

 

「美味しいわよ……えぇ、本当に美味しいわ……」

 

 コンソメのスープを啜りながらアサシンの問いに頷いて答える。目覚めの事を意識しているのか、スープの中身は野菜オンリーで脂っこさを感じさせない。オムレツは中が半熟、トーストはバターのみとシンプルだったが、それが良かった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 イリヤも美味しいと口にしているが、その顔は浮かない。まるで知りたくなかった事を知ってしまった様な、どこか気落ちしている様に見える。

 

「何かあったのか?」

 

「さて、私には心当たりは御座いませぬが……」

 

「ッ!!セーイチは、これを見ても、何も思わないの!?」

 

 テーブルを叩きながら立ち上がったイリヤの指差した先にいるのはアサシンーーー割烹着に頭巾を装備したアサシンの姿だった。どうやら俺が眠っている間にランサーの心臓が馴染み、知性を得たらしい。人の言葉を話し、家事をしてくれていた。

 

 ふむ、と首を傾げながら空になったカップを差し出せば、アサシンがコーヒーメーカーの中身を注いでくれる。

 

「別に?」

 

「馴染みすぎよぉッ!!どうしてアサシンが家事をしてるのよ!!それに、昨日まで喋れてなかったわよね!?」

 

「昨夜の戦闘でランサーの心臓を取り込んだ事で知性を得ましてな。家事に関してですがお二人共お疲れの様子でしたので空いている私がやる事にしました」

 

「マジかよ、サンキュー」

 

「軽過ぎよぉッ!!」

 

 サーヴァントに家事をさせていることがそんなに信じられないのか、半ば半狂乱になっているイリヤ。その姿を見て笑いながら()()()()()()()で香りを楽しみ、()()()()()()()()()()()()でコーヒーの苦味を愉しむ。

 

「そんなに驚く様な事か?」

 

「サーヴァントに家事をさせるなんて前代未聞よ……多分、貴方が初めてのマスターだわ」

 

 いや、先駆者はいるぞ。あかいあくまとか。

 

 そういったところで余計に混乱しそうなので言葉にはせず、イリヤを落ち着かせて食事を再開させる。アサシンの料理が美味しかったからなのか、それとも現実逃避がしたかったのか、食事は数分で終わった。

 

「はぁ……もうそういうものだって思う事にするわ」

 

「それが良い。無理に理解するよりも、分からないままに受け入れる方が良い時もあるもんな」

 

「もうそれで良いわ……」

 

 朝一番からどうやらお疲れの様だ。因みに原因であると思われるアサシンは食器を洗いにキッチンに行ったのでこの場にいない。

 

「それで、今日はこれからどうするの?魔力供給するのかしら?」

 

「いや二、三日の間はダラダラ過ごすつもりだからそんなに積極的にはしない」

 

「……そうなの?セーイチの事だからまた今夜にでも動くと思ったのだけど」

 

「俺の事なんだと思ってるの?」

 

「……聖杯戦争ガチ勢?」

 

「間違ってないんだけどなぁ……」

 

 必要に駆られたとはいえ、四日の間に三騎のサーヴァントを倒しているのだからその評価は間違いでは無い。でも、だからといってサーヴァント絶対殺すマスター的な扱いをされるのは納得がいかない。

 

 これは今夜にでも魔力供給して、たっぷり虐めてやらなければ。

 

「サーヴァントが三騎脱落した事で残りはアサシンを含めて四騎。それで、セイバーのマスターの衛宮士郎とアーチャーのマスターの遠坂凛がほぼ一緒に行動中。さらに衛宮士郎と元から関係があったライダーのマスターの間桐桜が正体を隠して一緒にいる。どういう事か分かるよな?」

 

「うわぁ……ほとんど三対一の状況じゃない」

 

 臓硯がこのまま行動していれば、いつか衛宮士郎と遠坂凛と敵対するだろう。その時に臓硯がバラすか、桜が自分の口からマスターである事を明かすことが予想出来る。まぁ、遠坂は桜がマスターであると気付いているだろうけど。

 

 その結果、出来上がるのはセイバーとアーチャーとライダーの同盟だ。マトモに相手をしようと思いたくない。

 

 だが、それは逆を言えば俺から行動を起こさない限りはサーヴァントは脱落しない事に等しい。

 

 聖杯戦争が始まってから、ほとんど休む間もなく戦い続けて来たのだ。二、三日くらいは休み、英気を養ってもバチは当たらないだろう。

 

 臓硯が余計なことをするか、衛宮と遠坂が俺の工房に直接乗り込んでもしない限りはであるが。

 

 最後になるかもしれない休息期間だ。ダラダラと、存分に満喫させてもらおう。

 

 

 






割烹着姿のアサシンにイリヤちゃん半狂乱。でもね、あかいあくまはサーヴァントを召使いにしてるんだよ……

イリヤちゃんゲット、ランサーの心臓確保と当初の目標は達成出来たので、マコニキはしばらくダラダラして過ごすそうです。

取り敢えず、イリヤちゃんとの魔力供給かなぁ?



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休息と言う名の

 

 

 上に乗ったイリヤがゆっくりと腰を振り、それに合わせるように同じくらいの速度で腰を振る。前回の体位では無く、今回は俺が身体を起こしての対面座位。激しくするのには苦労しそうだが、スローペースな方が好みなのでこちらの方が都合がいい。

 

 イリヤが雪の様に白く、それでいてほんのりと朱を浮かばせた身体を擦り寄らせる。前回と同じ量くらいの媚薬を使用しているが、今日の彼女はどこか甘える様な素振りが目立つ。

 

 彼女に一体どんな心境の変化があったのかは分からない。だが、こうして甘えられて悪い気分になるはずも無く、受け入れて行為を続ける。

 

 肌と肌を擦り合わせながら快楽を得て、互いの体液を混じり合わせた香りに理性を溶かす。初日で理性を無くす程に抱いていながら、俺は彼女の身体を飽きたとは感じなかった。

 

 まさしく極上の女だと言えよう。恐らく、この先何があっても彼女以外の女を抱いても満足出来ないだろうと断言出来る。

 

「ふぅ、ふぅ、……ンンッ!!」

 

 軽く達したのか、イリヤが腰の動きを止めて堪える様に身体を震わせた。それに合わせてこちらも動きを止め、労わる様に彼女の頭を撫でる。

 

 その時、不意に彼女が俯かせていた顔を上げた。そして形のいい唇をムニュムニュと動かし、何をするかと思えば首筋に噛み付いて来た。痛みは全く感じ無い、歯を軽く立てる程度の物だった。

 

 何がしたいのか分からない。が、一方的にやられているのも癪なので同じように首筋に噛み付いてみることにした。

 

 イリヤの甘い体臭を、()()()()()()()で堪能する。抱く度に思っていたのだが、どうして彼女はこんなにも良い匂いを漂わせているのだろうか。不快さは感じない、むしろ落ち着く様な香りでいつまでも嗅いでいたくなる。

 

 そうやってイリヤが落ち着いてきた頃合いを見計らい、再び腰を動かす。そうするとイリヤも同じように腰を動かし始めるのだが、軽くでも達した事で余裕が出て来たのか、俺の逸物をより深くまで入れようとしている。

 

 子宮口を突き抜けない程度の強さで逸物に押し付け、ゆっくりと引いてから再び逸物に押し付ける。昨日は白目剥いて気絶したというのに、どうやら彼女はそれを気に入ったようだ。あの快楽に対する恐怖心と、それと同じくらいの好奇心が見え隠れしているのが伝わってくる。

 

「少し強くするけど、いいな?」

 

 言葉は返ってこなかったが、同時に反対するような言葉もなかった。ただ、僅かに首が縦に振られただけ。

 

 それを了承の意だと受け取り、ほんの少しだけ腰を強く突き出した。

 

「うっ、うっ、うっ……ッ!!」

 

 俺の首筋で塞がれているせいで声にならない声が上がる。抱き着くために回された腕の力が強くなり、背中に爪が立てられる。甘噛みも加減を間違えたのか、若干の痛みを伴って来た。

 

 だが、それが心地よかった。痛みすらも、彼女と交わる事のスパイスでしかない。

 

 イリヤは止まったが、その代わりに俺が動く。片腕を背中に回し、片腕で小振りな尻を支えて逃げ場を封じ、先ほどよりも強めの挿入を繰り返す。魔力供給を始めてからの間、イリヤは何度か達していたが、俺は一度も射精をしていない。こうやってイリヤをイカせ続けるのも悪くは無いが、そろそろ出したかった。

 

 俺だけしか知らない幼い膣が、懸命に精液を求めて逸物に絡みつく。徐々に込み上げてくる射精感。それを堪える事なく、腰を押し出すのと同時に射精した。

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 逸物で子宮を圧迫するように押し込みながら精液を注ぎ込む。それにイリヤは今日一番の絶頂をした。首筋と背中から感じる痛みがより一層強くなったが、この程度ならば気にならない。

 

「……どうする、まだやるか?」

 

 射精が止まり、そのままの状態で息を整えて彼女に問う。今日は魔力を使っていない。昨夜の不足分は自然回復と今ので満たされたのでこれ以上の魔力供給は不要である。つまり、これから先は魔力供給ではないセックスになる。

 

 敢えてそれを言葉にせずに、だけどもそういうニュアンスで伝える。イリヤは少しだけ悩む素振りを見せて、恥じらいと情欲の入り混じった顔で首を縦に振った。

 

 それに対して軽く微笑みかけ、逸物を抜かずに再び腰を動かし始めた。

 

 

 

 

「さぁて、どうしようかねぇ」

 

 翌朝、ソファーに寝転がりながらこれからの事を考える。イリヤはまだ眠っていて、アサシンは霊体化して工房の外を警戒してもらっているので完全に独り言だ。そもそも考えをまとめるための独り言で、返事は期待していないのだが。

 

 聖杯戦争もサーヴァントも臓硯が使役しているキャスターを含めて三騎が脱落し、中盤か終盤まで進んで来ている。残っているサーヴァントはセイバー、アーチャー、ライダー、アサシンの四騎。

 

 普通ならば四つの勢力と考えるのだが、実際にはアサシン単騎とセイバーとアーチャーとライダーの同盟だと考えるべきだろう。ライダーは桜次第で不明なのだが、それでもセイバーとアーチャーは組んでいるのは事実。それに加えて、桜が自分から衛宮士郎に敵対するとは考えられない。

 

 つまり、アサシン一人で残る三騎を相手取らなければならない。しかもセイバーに関してはギルガメッシュのお気に入りなので倒してはならない。出来る事ならば、傷を負わせたくない。倒せるのはアーチャーとライダーだけになるが、ほとんど纏まって行動している。

 

 桜がマスターである事を明かしていないのならば先にライダーを討つ事も出来る。その後に適当に遠坂凛を煽って暴走させてセイバーと衛宮士郎から引き離し、孤立したところで狙うのが良いだろう。

 

 俺の目的を考慮しなければ、一番最初に狙うべきなのは衛宮士郎だろう。俺よりも多くの魔術回路を持っているものの、本人の魔術師としての力量は未熟であり、戦闘能力も下から数えた方が早いほどだ。

 

 だが、それは二重の理由で出来ない。一つは目的であるギルガメッシュ。セイバーのマスターである衛宮士郎が死ねば、契約を結んでいる彼女は座に帰ってしまう。ご機嫌とりのためにも彼らには生き残ってもらわなければならない。

 

 そしてもう一つの理由は、横槍の介入を防ぐため。

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデアと呼ばれる組織がある。それは現代では設立させていない未来の組織なのだが、彼らはレイシフトと呼ばれる技術で過去に介入することが出来る。その目的は歴史の修正。イレギュラーを排除し、正しい歴史へと戻す事。

 

 この物語は俺というイレギュラーの存在により、本来の物語とはかけ離れた流れを辿っている。それでもカルデアの介入が無いのは本来の勝者である衛宮士郎が生存している、あるいは死亡する未来が存在しないからだろう。

 

 もしも俺が衛宮士郎を殺そうと行動を起こした場合、カルデアに観測されてレイシフトで介入される可能性があるのだ。そうなればここまでの苦労が水の泡だ。セイバーとアーチャーの同盟どころでは無い、時期にもよるがカルデアは俺の知っているだけでも100以上のサーヴァントと縁を結んでいるのだ。

 

 その全てが俺一人を狙ってくるとか、悪夢以外の何でもない。

 

 百を超えるサーヴァントが肩を組みながら輪を作って俺を包囲している光景を思い浮かべてしまい、頭が痛くなる。

 

 そうなったらそうなったで覚悟はしているが、出来る事ならばカルデアの介入を許したくは無い。要するに衛宮士郎が最後に勝てる道筋を残しておけばいいのだ。聖杯戦争の最後まで衛宮士郎とセイバーを残しておけば大丈夫だろう。

 

 朝一番から100以上のサーヴァントが輪になって踊っている光景を思い浮かべてしまって気分が悪くなったが、大まかな方針は決まった。まずはライダー、次にアーチャーだ。最優先は殺す事だが、出来るのならば彼らの心臓をアサシンに与えて強化しておきたい。

 

 その為にどうするかと、身体を起こしたどころでテーブルの上に置いていた携帯電話が鳴り響いた。

 

 画面を確認すれば、そこに浮かんでいたのは慎二の名前。こんな朝早くから何かあったのかと、少しだけ訝しながら通話ボタンを押す。

 

「ハイハイ、マコ兄の携帯ですよ〜」

 

『あ、もしもしマコ兄!?大変だ!!大変だよ!!』

 

「落ち着け、何が大変なのか伝わらん。そんなんだからお前はワカメと言われてるんだぞ」

 

『そんな不名誉な呼ばれ方されてないからぁ!!』

 

「え……いや、そうか……うん、何でもない」

 

『言い澱むなよ!!なんかすっごい不安になるから!!』

 

「で、何があったんだ?」

 

 慎二の慌てっぷりからただ事ではないのは伝わっていた。案外、臓硯と接触して桜への所業を知った遠坂凛がブチ切れて間桐邸に襲撃をして来たんじゃないかなぁ程度に考えていた。

 

『あぁ、そうだったーーー家が、家が遠坂の奴に燃やされたんだよ!!』

 

「ーーーえぇ……」

 

 まさかのそれよりも上の、間桐邸が焼き討ちされていた。

 

 






休息と言う名の魔力供給(おセッセ)

どんな形であれ、衛宮士郎が聖杯戦争を勝ち抜けばカルデアの介入は無い。逆に衛宮士郎が聖杯戦争を勝ち抜け無い、途中で死ぬなどの可能性が出来た瞬間にカルデアが介入してくる。

つまり特異点バスターズのFGO主人公が現れるぞ!!

ブチギレ遠坂によるバーニング間桐事件勃発。これによりホームレスワカメが誕生しました。



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報復法

 

 

 電話越しに早口で捲したてる慎二をどうにかして落ち着かせ、何故そうなったのかを尋ねる。

 

 慎二によれば深夜の時間帯に遠坂が衛宮士郎と桜、そして彼らのサーヴァントたちと共に襲撃。起きていた彼を遠坂が首根っこを掴み、臓硯の所在を尋ねた。慎二は魔術師ではないものの、間桐が魔術師の家系であることを知っている。そして聖杯戦争の事も知っていたのでこれもその一環なのかという考えに至り、素直に知らないと伝えた。

 

 そも、臓硯はキャスターの死体を手に入れてから間桐邸に帰っていないらしい。あの妖怪の事だから、キャスターの魔術を悪用して良からぬ事を企んでいそうだ。

 

 臓硯が居ないことを知り、そこで話が終わりかと思えば終わらなかった。遠坂は慎二を投げ捨て、臓硯の工房である地下に向かって行ったらしい。直接目にしていないが、地下から爆発音と振動があったと言っていたので間違いではないだろう。

 

 その時の爆発音と振動が尋常では無かったので慎二は携帯と財布を手に取って間桐邸から脱出。そしてその数分後には火の手が上がり、瞬く間に炎上したとのことだ。

 

 流石に遠坂凛がこんな行動をするとは俺も〝識らなかった〟。俺の記憶の中には無い全く未知の出来事だが、そういう行動を起こしかねない理由ならばわかる。

 

 その理由は、間桐桜だ。

 

 彼女と遠坂凛は血の繋がった姉妹である。先代の遠坂時臣と臓硯との間で交わされた密約により、魔術師として劣等である俺ではなく桜の方を間桐の当主にするという理由で彼女を引き取ったのだ。

 

 だが、臓硯は桜を間桐の当主にはしなかった。魔術のまの字も教える事はなく、行われるのは胎盤として相応しくなるようにと調教と調整だけ。俺が経験したように、まだ生理も来ていない幼い彼女を蟲風呂に沈め、苦しんで心が壊れる姿を見て呵々大笑していた。

 

 これを遠坂が知ったら、マトモな感性ではその非道に間違いなく怒りを覚えるだろう。だが、それが魔術の教育の一環で、正式に魔術を教えられていたのならば、魔術師としての遠坂はその怒りを飲み込んでいたはずだ。

 

 しかし、臓硯は魔術を桜に教えなかった。遠坂時臣と交わした密約を無視し、彼女の事を自分の趣味と実益を兼ね備えた道具としてしか扱わなかった。それは魔術師の視点からすれば許されない事に間違いない。すぐ様に報復を起こしてもおかしくない。

 

 そして臓硯に報復を果たそうと、遠坂は間桐邸に襲撃を仕掛けた。しかし、目的である臓硯の姿は無く、あるのは醜悪な蟲の蠢く空間だけ。そこにどんな感情があったのか分からないが、結果として遠坂は蟲蔵を徹底的に破壊し、ついでの被害なのか間桐邸を炎上させた。

 

 話す機会があったら良くやったと褒めてやろう。

 

 だけど我が家を本能寺よろしくバーニングした事だけは絶対に許さねえから。

 

 俺個人としては、家を本能寺された事には特に思う事はない。貴重品の類は全て俺の工房である廃ビルの方に移してあるし、あの家には臓硯の仕打ちと蟲蔵のイメージが強過ぎる。逆に無くなって精々したくらいだ。

 

 しかし、あんな最低最悪な家だとしても家なのだ。慎二が現在進行形で暮らしている場所なのだ。桜ならば衛宮士郎の家に泊まり込めばいいだろうが、慎二はそうはいかない。今は家が本能寺して燃え尽きたと伝えて友達の家に転がり込んでいると言っていたので寝る場所には困らないだろうが、帰る場所が無くなった事には変わりない。

 

 ホームレス慎二(ワカメ)君の完成である。

 

「さてはて……」

 

 近いうちに金を渡すから、それまではその友達の家に世話になるように伝えて電話を切る。 ソファーに身体を深く沈めて天井を見つめながら、どんな仕返しをしてやろうかと思考を巡らせる。

 

 遠坂が本能寺をした理由は推測であるが理解出来た。その感情にも納得出来るし、もっと言えば共感だって出来る。

 

 だが、それとこれとは話は別だ。

 

 ハンムラビ法典という報復法がある。目には目を、歯には歯を。やったのならばそれと同等の罰則を与えられるという至極分かりやすい内容だ。個人的に気に入っているものであり、今回はそれに習って報復を行う事にする。

 

 つまりは、やられたのだからやり返す。

 

 本能寺には本能寺を、ホームレスにはホームレスを。

 

 遠坂邸を本能寺して、ホームレス凛ちゃんにしてやる。

 

「アサシン」

 

「お呼びでございましょうか」

 

 アサシンの名前を呼べば、彼は膝をついた状態で実体化する。

 

「ちょっと敵対してるマスターの実家を本能寺してホームレスにするから手を貸してくれ」

 

「魔術師殿、出来るのならば私めにも分かる言葉でお願いします」

 

「えっとだなぁ、放火して、住んでる場所を無くしてやるんだよ」

 

「成る程、つまりは私がそのマスターの家に火を放てば宜しいのですね?」

 

「いや、それじゃあつまらんからもう少し派手にしてやろうと考えてる。その為にはお前にも手伝って欲しいんだけど……」

 

 既にどういう手段で遠坂邸を放火するのかは頭の中で考えている。しかし、それをしようと思えばアサシンの協力が必要不可欠なのだ。出来ればこの案でやりたいのだが、それを伝えて否と応えられれば諦めてアサシンに放火させるつもりでいる。まだ聖杯戦争は続いている、こんなつまらない事で溝を作りたくは無かった。

 

 しかし、アサシンは作戦を伝えるよりも前に首を縦に振った。

 

「心得ました。このアサシンにお任せを。して、如何なる策をお考えで?」

 

「まずは道具の調達からだ。出るぞ」

 

「ハッ」

 

 まだ眠っているイリヤへ手紙を書いてからソファーから立ち上がり、防寒着を着込んで部屋を出る。周囲にアサシンの姿は見えないが、契約のラインによって近くにいるのは感覚的に分かる。

 

 俺の記憶には無い未知の出来事に少しばかり困惑したが、よくよく考えれば良い機会だったのかもしれない。

 

 恐らく、向こうはあのまま同盟関係を続ける事になっていただろう。崩そうと思うと俺が行動するか、臓硯が動くのを待つかの二択しか無かった。中途半端なものでは意味が無く、やり過ぎるくらいが丁度良い。

 

 これが上手くいけば、間違いなく遠坂は激昂するだろう。怒り狂うだろう。あの綺麗なお顔を怒りで醜く歪ませるのを直接見れないのは残念だが、間違い無くそうなると確信できる。

 

 その光景を想像して、僅かに微笑みながらーーータンクローリーを求めて街中を徘徊する事にした。

 

 

 

 

 冬木市の深山町の住宅街。そこの丘の上にある西洋建築の館こそが遠坂凛の自宅である遠坂邸だ。屋敷の一帯も遠坂の地所であるらしく、周囲には遠坂邸以外の建物は見えない。前もって知っていたのだが、これならば周囲への被害は気にしなくても良さそうだ。

 

 遠坂邸から少し離れた場所から屋敷を見る。間桐邸とは違い、古いながらも衰えを感じさせない立派な造りであり、誰が見てもお化け屋敷なんて言わないだろう。

 

 なんて不公平なんだ。一刻も早く本能寺してやらねば。

 

 そんな使命感を感じながら携帯を取り出し、連絡網から入手した衛宮士郎の自宅の電話番号を入力する。しばしのコール音の後に電話が繋がり、聞こえた声は女の物ーーー妹である桜の声だった。

 

『もしもし、衛宮です』

 

「桜、お兄ちゃん的にはまだ衛宮は早いと思うんだけど」

 

『お、お兄さん!?これは、その、あれです!!ここは先輩の家だからそう言ったのであって!!』

 

「あぁ、うん。分かってる、分かってるから。取り敢えず電話に出てもらってあれだけど、一旦切るわ。携帯の方にかけ直すから、それで遠坂と衛宮の二人とも話せるようにしてくれない?」

 

『もしかして……聖杯戦争ですか?』

 

「それ以外に何があると?」

 

 そうですか、と少し落ち込んだ様な声が聞こえて電話が切れる。そして桜の携帯に電話をかければ、すぐに通話状態となった。

 

『もしもし、間桐先輩かしら?』

 

 聞こえたのは桜とは異なる女性の声、遠坂凛の物だった。

 

「あぁ遠坂か。おはよう。慎二から聞いたぞ?良い朝だと思ってたら度肝抜かれたぜ」

 

『あら、マスターでもない部外者なのに口を出すつもりですか?今回の事は放火による火災で話が纏まっています。もしも先輩がマスターだというのならば話は違いますけど』

 

「なら問題無いな、俺はマスターだし」

 

 イリヤを確保し、アサシンの強化を済ませたのでマスターである事を隠しておく理由は無い。桜から俺がマスターである事を伝えられているかもしれないが、ここでは敢えて俺の口から俺がマスターである事を肯定する。

 

「よくもやってくれたな。臓硯の工房を潰してくれた事に関しては札束で殴り倒してやりたいくらいには感謝してるが、家まで燃やすのはやり過ぎだとは思わないのか?」

 

『う……ッ!!た、確かにやり過ぎかなぁとは私も思ったわよ?でも、もう後の祭りだし、マスターとして相手の拠点を潰すのは当然のことじゃないかしら?』

 

 確かに、遠坂の言い分は間違っていない。今、俺たちが行なっているのは聖杯戦争なのだ。敵のマスターの拠点を潰して相手の弱体化を図る事に何の問題も無い。遠坂の口ぶりからして、監督役もそれを隠蔽するつもりでいるらしい。

 

 そして、これによって俺は大義名分を得られた。

 

 即ち、マスターの拠点を潰しても問題無いと。

 

「成る程、確かに当然の事だな」

 

『でしょう!?』

 

「だから、俺がお前の家を潰しても問題無いという事だな?」

 

 え?という間抜けな声を無視して空いている手でサインを出す。すると街で見つけて強奪してきたタンクローリーに乗っていたアサシンが頷き、エンジンを掛けた。

 

 アクセルを踏み込んだのか、けたたましいエンジン音が閑静な住宅街に響き渡り、遠坂邸へと向けて加速していく。

 

『待ちなさい、そのエンジン音は何なのかしら?物凄く嫌な予感がするのだけど』

 

「目には目を、歯には歯を、だよ。俺は自宅を本能寺させられてホームレスになったんでな。報復法に則って俺も遠坂の自宅を本能寺してホームレスにしてやる事にしたんだ」

 

『はぁ!?』

 

 携帯を耳から離し、遠坂邸へと向かっていくタンクローリーを見守る。

 

 遠坂邸は間桐とは異なり、しっかりとした魔術師が住む家だ。魔術的な防御が施されていて、イリヤの拠点であったアインツベルンの森程ではないとはいえ、防御面は優れている。

 

 そこで、その防御をタンクローリーという質量で叩き壊す。ガッチリと固められているのならば、破壊槌で粉微塵に粉砕すれば良い。

 

 

 そしてその数十秒後、タンクローリーは遠坂邸にぶつかり、積んでいた可燃燃料が引火して大爆発を起こした。

 

 

 






魔術をちゃんと教えられていたのなら桜ちゃんが蟲風呂に入ってたとしても我慢出来ていたかもしれない。だけど教えられていなかったのでブチ切れて蟲蔵を破壊、そのついでに間桐邸は炎上して本能寺した。ワカメはホームレスになった。

なのでやられたらやり返すゼェ!!とマコニキ、ウキウキの本能寺返し。これにより目出度く遠坂邸は本能寺され、凛ちゃんはホームレス凛ちゃんにジョブチェンジを果たす。



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宣戦布告

 

 

 テーブルの上に乗せられ、スピーカー状態になっている携帯から聞こえてくるのはけたたましい程の爆発音。発信源からは距離が離れているのか耳を痛める程では無いのだが、電話越しでもその甚大さは伝わってくる。

 

 そして通信相手である間桐誠一は、それを聞いて笑っていた。

 

『クカカカッ!!聞こえるかよ遠坂!!いい感じで大爆発したぞ!!お前に見せられないのが残念な程になぁ!!これでホームレス凛ちゃんの爆誕だ!!あ、やべ、笑い過ぎて呼吸が……』

 

 遠坂凛の自宅を爆発した、それが余程ツボに入ったのか、誠一の呼吸が乱れてそれを整えようとしているのが分かる。

 

 それを聞かされた遠坂凛の顔は、無表情だった。しかし、それは何も感じていない訳ではないと彼女の顔を見た者なら理解出来る。この無表情は、怒りが限界を突破したからこその表情なのだと。

 

「……間桐誠一、一体何のつもりで私の家を爆発させたのかしら?」

 

『ふぅ、ふぅ……あぁ、ゴメンゴメン、何で爆発させたのかだっけ?さっきも言ったように我が家が本能寺されたからだよ。やったのならやり返される覚悟はあったんだろう?まさか、自分がそうされるとは思わなかったとかつまらない事を言うんじゃないよな?そうだとしたら萎えるぞ』

 

 ミシリと、遠坂の手元にあった湯飲みが軋みをあげる。見れば器にはヒビが入っており、そのまま力を入れれば砕けてしまいそうな状態になっていた。

 

『まぁ、もう一つあるんだが……開戦の狼煙?いや、宣戦布告って言った方が合ってるな』

 

「宣戦布告、ですって?」

 

『あぁ、そうだ。今回の聖杯戦争で残っているサーヴァントは俺のアサシンを含めて四騎だ。バーサーカー、ランサーは俺が倒して既に脱落済み。キャスターはあの妖怪に操られているみたいだが、ほとんど死んでるのと変わらんからな』

 

「待ちなさい、それってつまり、貴方がアサシンで三騎も脱落させたって事なの!?」

 

『そう言ったつもりなんだが、理解出来なかったか?』

 

 嘘を言っているようには聞こえない。サーヴァントたちに目をやるが、経験豊富な彼らでさえも、誠一の言葉を否定せずに肯定するような仕草をしているではないか。

 

 信じられなかった。バーサーカー、ランサーの強さは直に見て知っている。キャスターも臓硯に操られて劣化しているだろうが、セイバーの対魔力を貫く程の技量だと理解している。

 

 そんな彼らを、真っ向勝負には向かない筈のアサシンのサーヴァントで打倒したなど、到底信じられる話では無かった。

 

『信じられないというのならご自由にどうぞ。確認を取りたいのなら教会を訪ねれば、あの性根の腐った外道神父なら喜んで教えてくれるだろうさ。残るサーヴァントはたったの四騎なんだ、引きこもってるなんてつまらない事はやめて、ドンパチかまして愉快に殺し合おうぜ』

 

「ちょっと待て!!」

 

 誠一と遠坂との話し合いに割って入ったのは衛宮士郎。テーブルを強く叩き、身体を乗せながら携帯電話の向こう側にいる誠一に向かって叫ぶように話しかける。

 

 衛宮士郎と間桐誠一との間には特に交友関係は存在しない。士郎は間桐桜と間桐慎二の兄という程度の認識しかしていない。だからこそというべきか、彼からすれば誠一の行動理由が分からなかった。

 

「あんた、こんな事をして一体何が目的なんだ!!」

 

『目的?()()()()()()()?』

 

「なーーー」

 

 誠一の言葉に思わず絶句する。声色から伝わってくる通りに、誠一は言葉通りに何も思わずに事を起こしたと感じてしまったから。

 

『元々の予定しては遠坂邸に手を出すつもりは無かったんだけどさ、ウチが本能寺よろしくバーニングされた訳じゃん?その理由がウチの妖怪ジジイにあるとしても、黙って見過ごすわけにはいかなかったのよね。ならどうしようかって考えて報復法に則ることにしたんだよ。知ってるでしょ?目には目を、歯には歯をってやつ』

 

「たった、たったそれだけの理由で遠坂の家を燃やしたのか……!!」

 

『あぁ、お前がそれだけのと評価した理由で燃やしたよ。これは聖杯戦争なんだぜ?最低限のルールさえ守れば何をやってもいいバトルロワイアルなんだ。言っておくけど、俺でもまだ優しい方だぜ?何せ、前回の聖杯戦争じゃあ衛宮切嗣の方がもっと過激な事をやらかしてるんだからなぁ』

 

「ッ!?待て、親父が、そんな事をしていたのか……?」

 

『してたぞ?セイバーのマスターとしてな。詳しく聞きたかったらお前が召喚したセイバーに聞くといい。そいつが前回に衛宮切嗣が召喚したセイバーだからな』

 

 誠一の言葉に士郎は視界を絡むような錯覚を覚える。十年前の公式では原因不明の震災の光景がフラッシュバックし、体勢を崩しそうになったところをセイバーに支えられる。いつもなら彼女に謝罪の一つでも入れるのだがそんな余裕は無かった。

 

 何故なら、衛宮士郎は衛宮切嗣という人物の事を知らないから。知っているのは十年前に彼に助けられ、養子として引き取られて以降の彼の事だけ。十年前に地獄から救い上げてくれた人物が、人様の家を燃やすよりも酷い事をしていたと言われて信じられるはずがなかった。

 

『もっと詳しく知りたいのなら外道神父に聞くといい。あいつは一時期、衛宮切嗣のストーカーをやっていたからな。複雑な心境で教えてくれると思うぞ』

 

「無駄話はそこまでにしてもらえるかしら?」

 

 話の流れを断ち切ったのは遠坂だった。もっとも、それは士郎を庇ってという理由では無く、間桐誠一という人物を完全に敵として認定したからこその判断なのだが。

 

「えぇ、分かったわ、間桐誠一。そういうのなら、その宣戦布告を受けてあげるわ。命乞いしたところで絶対に許さないのだから覚悟しなさい」

 

『ハハッ!!今日まで何の成果も挙げられていないのによく吠える!!精々頑張る事だな』

 

 その言葉を最後に電話は切れた。桜が慌てて誠一の電話番号へと掛け直すが、電源を切ったかそもそも携帯を壊したのか繋がる事は無かった。

 

 遠坂は立ち上がり、アーチャーを伴って外出しようとする。桜はそれを止めようとするものの、ショックを受けて項垂れている士郎の事を心配してどちらを優先すれば良いのか分からずに右往左往している。

 

 遠坂邸を燃やすという、誠一からすれば何の考えなしに起こした一手。それが間違いなく、彼らに深い亀裂を与えていた。

 

 

 

 

「うーん、まぁ予想通りといえば予想通りだな」

 

 深山町内、遠坂邸から程よく離れた場所で衛宮邸を監視していた蟲と視界を共有し、赤いコートを羽織って外出する遠坂凛の姿を確認する。

 

 プライドが高い彼女の事だから、自宅を燃やして適当に煽ってやればすぐに行動に出るのは予想出来ていた。衛宮士郎に関しては、義父である衛宮切嗣が人様の家を燃やすよりも非道な事をやっていたと伝えればショックを受けるだろうと思っていたし、桜はそんな彼を心配して側にいるだろうと想像出来た。

 

 これで遠坂凛は孤立し、俺の事を探して昼夜問わずに冬木の街を歩き回るだろう。霊脈上にある拠点を失った以上、魔力の回復に関しては以前よりも困難になるだろうが、衛宮邸に入り浸っていた事と、魔力の消耗がそれ程酷くはないアーチャーを使役しているから然程痛手ではないかもしれない。

 

 まぁ、遠坂邸を本能寺出来たし、煽ってやったから良しとするか。

 

 出来る事ならば衛宮士郎も外に出て桜だけが家に残っていて欲しかったのだが、それは流石に望みが過ぎるだろう。少なくとも、遠坂の性格を考えればそう簡単には衛宮邸に戻る事はしないはずだ。

 

 集まっていたマスター3人が2人に減ったと考える事にしよう。衛宮士郎の性格上、立ち直って行動を起こすとしても桜の事を家に置いて行動する筈だ。その時を狙えば良い。

 

 問題があるとすれば残っているマスターたち全員から俺の正体が正確に把握され、敵意を向けられることになった事くらいだろうか。アサシンのマスターが正体不明であったというメリットが失われるのは少しばかり痛い気はするが、正体を隠し続けていれば聖杯戦争が硬直するのが目に見えていたのだ。多少の痛手は受け入れてでも、場をかき乱した方がこちらとしても動き易い。

 

『魔術師殿、ただいま戻りました』

 

『お帰り、ご苦労だったな』

 

『あの魔術師は中々のやり手だったようですな。幾らか魔力を溜め込んだ宝石を見つけました』

 

『お前は本当に有能だな!!』

 

 戻ってきたアサシンが思わぬ戦果を持ち帰ってくれたようだ。遠坂の魔術は宝石を利用している事は〝識っていた〟。遠坂邸を燃やすと決めたのは割と考え無しなのだが、そうすると決めてからは出来るのなら遠坂の妨害をしてやりたいなぁとは考えていたのだ。

 

 霊脈による魔力の回復の阻害と宝石の補充の妨害が出来れば上々だろうと思っていたが、アサシンのお陰で魔力の込められた宝石を入手する事が出来た。間違いなく大戦果だろう。

 

『これから如何されますか?』

 

『一先ずは様子見だな。先にライダー狙い、続いてアーチャー狙いで動く。セイバーに関しては無視だ。交戦することになってもやり過ごすぞ』

 

『御意』

 

 深山町でやる事は無くなったので工房がある新都へ戻る事にする。アーチャーを先行させて偵察させている事も考えたが、俺のサーヴァントがアサシンであると公開したのでマスター殺しを恐れて近くに待機させているだろう。もし発見されても、まだ人の目のある時間帯なのですぐ様交戦という事にはならない筈だ。

 

 そんな初歩的なことまで忘れる程に怒り狂ってるのなら話は別だが、その時はその時で教会に掛け合って遠坂にペナルティーを与えて貰えば良い。あの外道神父の事だ、嬉々としてペナルティーを与えてくれるに違いない。

 

 時計を確認して、ここから工房に戻るまでのおおよその時間を計算する。丁度正午あたりには帰れるだろうか。恐らく、帰った頃にはイリヤも目を覚ましているだろうから、何か食べれる物を買って帰ることに決め、予め呼び出していたタクシーに乗り込んだ。

 

 

 






行動と電話だけで場をかき乱していくスタイル。なお、マコニキ的には考え無しの模様。

呪腕先生はマジで有能だから。第五次のメンツが戦闘方面に振り切れてるだけで、真剣にアサシンやってればマジで有能だから(必死の叫び



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一幕

 

 

 目を覚まして、一番初めに視界に入って来たのはここ数日の間で見慣れてしまった無機質な天井だった。

 

 身体を起こして右へ左へフラフラさせ、ここが何処なのかを思い出して意識が完全に覚醒する。今の自分の姿を確認すれば裸。つまり、いつも通りにセーイチと魔力供給を行った翌日だ。

 

 側に置かれていた服を着て、宛てがわれた寝室から出て談話室となりつつある部屋に向かう。いつもならば私が起きた時には必ずそこにセーイチがいた。今ならば割烹着に身を包んだアサシンも一緒に出迎えてくれるだろうかと考えながら扉を開けば、そこには誰も居なかった。

 

「あれ?セーイチ、アサシン?」

 

 呼びかけてみても返事は返ってこず、先程よりも大きな声で呼びかけても結果は同じだった。何かあったのかと思いながらソファーに腰を下ろすとテーブルの上に紙が置かれている事に気がつく。

 

【ちょっと遠坂凛に自宅燃やされたから遠坂凛の家燃やしてくるわ】

 

「うーん、セーイチらしいというかなんというか……それよりもリン、私よりも先にセーイチの事を知ってたのになんでこんな事をしたのよ……」

 

 手に取ってみれば、上記の内容が書かれていた。それもドイツ語で、調べながら書いたのか辿々しい筆跡で。

 

 まず初めに書かれていた内容に呆れてしまった。付き合いの短い私でも、セーイチは頭のネジが外れているタイプの人間だという事は分かっている。リンもその事を知っていたはずなのに、どうして彼の家を燃やすという選択肢を選んでしまったのだろうか。今、彼女はシロウの家にいるはずだ。寝る場所には困らないだろうが、間違いなくこれから先が苦しくなるに違いない。

 

 そして次に、書いてある文字を見て笑った。多分、私が読めるようにと気遣ってドイツ語で書いてくれたのだろう。読めない訳ではなく、ちゃんと文にもなっているのだが、文字のサイズが疎らな上にガタガタで、まるで子供が初めてペンを持って書いてみた様な文字だった。笑わない方がおかしい。

 

「さて、どうしようかしら……」

 

 置き手紙をテーブルの上に戻し、一人で出来るだけの身支度を整えて、考える。冷蔵庫を確認したら食べられそうな物はあったので空腹に困るような事にはならないだろう。セーイチの事だから、燃やすだけ燃やしたらすぐに帰ってくるはずなので、彼が戻って来てから一緒に食べる事にする。

 

 ここから出るという選択肢も無い。彼はアサシンを連れて出て行ってるらしく、監視の目は無いので逃げようと思えば逃げられるのだが、そうなった場合は間違いなくセラとリーゼリットに矛先が向かう事になる。出掛けるにしても、彼が帰って来た時に入れ違いになり、逃げたと思われた時点でそうなるのだからここから外に出るわけにもいかない。

 

 暇を潰せそうな道具はあるのだが、それを使うような気分では無いので却下。結果として、何もやる事が無くなってしまった。

 

「……暇ね」

 

 自分以外に誰も居ない部屋で小さく呟き、フラリと倒れるようにソファーに横になる。そういえば、ここに連れてこられてから暇なんで感じたことは無かったなぁ、と思い出す。

 

 夜は聖杯戦争の時間なので除くとしても、明るい内はセーイチが居て、アサシンが居て、心の底から楽しいと思えるような時間を過ごす事が出来ていた。時折、会話の無い静かな時間があるのだが、それにも気まずさや居心地の悪さなんて感じる事はなく、どこか安心していた様な気がする。

 

 それがどうだ、セーイチが居ないだけでこんなにも寂しいと感じてしまっている。彼の居ない静かな時間が、アインツベルンに居た頃を思い出してしまって心が軋む。まだ十日も過ごしていないというのに、しかも私に薬を盛って犯した相手だというのにどれだけ入れ込んでいるのだろうか。

 

 ちょっとチョロすぎでしょ、私。

 

 ソファーから起き上がり、棚に折り畳んで収納されていた毛布を手にとってそれを被り、再びソファーに横になる。この毛布はセーイチが愛用している毛布だ。私に寝室を与えて自分はここで眠っているのか、毛布には嗅ぎ慣れた彼の匂いが染み付いていた。

 

 それに包まれていると、この場に居ないはずのセーイチを身近に感じる事が出来る。アインツベルンを思い出して軋んでいた心が、少しだけ暖かくなった様な気がした。

 

「早く帰って来ないかなぁ……」

 

 セーイチとご飯を食べて、お喋りがしたい。今日は動くのかは分からないが、出来るのならば夜も一緒に居たい。

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()()。出来る限り一緒に居たい。

 

 前回の聖杯戦争でお母様がそうであった様に、小聖杯をその身に宿した者はサーヴァントが脱落する毎にどんどんと人間としての機能が削ぎ落とされてしまう。聖杯の欠片、ホムンクルスでは無くて人間、聖杯が汚染されているなどの要素があるが、それはマキリの聖杯であるセーイチも同じ筈だ。

 

 バーサーカーとランサーは脱落してキャスターは間桐臓硯の操り人形。残っているサーヴァントはアサシンを含めて四騎だけ。ここから聖杯戦争が進めば、セーイチは間違い無くマトモでは居られなくなる。ひょっとすると、もう何かしらの影響が出ているのかもしれない。

 

 だから、遅くても一週間だろうか。それがセーイチが人としていられる……そして、私が彼と一緒に居られるタイムリミットになる。

 

 叶うのならば、彼に勝者となって欲しいなぁ、と考えながら、私の意識は闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

「……寝てるな」

 

「お疲れでしたのでしょう。起こさずにそっとしておきましょう」

 

 遠坂の目を掻い潜りながら新都に戻り、適当に食べれそうな物を買って帰って来た俺たちを出迎えたのはソファーに毛布に包まりながら眠っているイリヤだった。

 

 あまりにも良く眠っているので起こし難く、アサシンの言った通りにそのまま眠らせておく事にした。

 

「ん〜……」

 

 昼食は彼女と一緒に食べるつもりだったのでまだ食べていない。アサシンは買った物を持ってキッチンへと向かって行き、やる事もないので対アーチャー戦の作戦でも考えようとしたところでイリヤが起きてしまった。

 

「……セーイチ?」

 

「あぁ、悪い。起こしたか?」

 

「ん〜……」

 

 そう言って、イリヤは俺に向かって両腕を伸ばしたが、俺と彼女の間には距離があるので届く事はなく、虚しく宙を切るのみ。

 

「イリヤ?」

 

「ん〜……」

 

 しかし、それでもイリヤは手を伸ばす事を辞めなかった。何をしてるんだと思ったが、もしかしたら寝ぼけてるんじゃないかという考えに至る。それなら惚けた顔をしながらこんな行動をしているのにも納得がいく。

 

 寝ぼけているイリヤを見ていると心が癒されるのでそのまま眺めていたいのだが、同時にその内ソファーから落ちるのではないかと心配になってくる。少しだけ悩み、彼女の側に寄ることにした。

 

 すると、イリヤに抱きつかれた。首に腕を回されて、離れない、或いは離さないと言わんばかりに力強く。

 

「すぅ、すぅ……」

 

 そして、彼女は再び眠りに着いた。抱きついて密着した状態のまま、自分の顔を俺の肩に乗せて、耳元で安らかな寝息を立てている。

 

「こうしてると普通に外見相応にしか見えないな」

 

 見た目は十かそこらにしか見えないが、中身はしっかりと十八年生きた大人のはずだ。それなのにこうして居眠りをして、寝ぼけている姿を見ると見た目相応の子供の様にしか見えない事に思わず苦笑してしまう。

 

 ずり落ちない様にイリヤを抱えてソファーに座り、冷えない様に毛布をかけて対アーチャー戦の作戦を頭の中で考えることにする。本当なら考えをまとめる為に紙に書きながらやりたかったのだが、それをすれば彼女を起こしてしまうので我慢する事にする。

 

 彼女が何を思い、何を感じているのかは俺には分からない。魔力供給の相手を務めてくれる協力者で、特別に思っているからこそ出来る限り誠意のある持て成しをしていたつもりだが、やっている事は拉致監禁した上での強姦行為と変わらない。

 

 だが、それでも俺は俺がやった事を否定しない。俺の目的の為に彼女を利用している事は否定しない。

 

 ギルガメッシュを超えて、認めてもらう。その為だけに、俺は生きているのだから。

 

 






おや、イリヤちゃんの様子が……?



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確認

 

 

 深夜、気紛れに冬木市に散らばらせている蟲達の視界を共有していたら、それを見つけた。

 

「あ?」

 

 視界に映ったのが一瞬だったので気のせいかと思ったが、真実だとしたら洒落にならないと考えて別の蟲に視界を変える。

 

 捉えたのは真紅の主従。赤い外套を身に纏った男性と、彼に抱えられながら夜の街を駆ける少女の姿。間違いない、遠坂凛と彼女のサーヴァントであるアーチャーだ。

 

 蟲の視界に映ったことは、まぁいい。遠坂邸を燃やして散々煽ったのだ。多少は治まっているにしても、彼女の中では未だに怒りの感情がのたうち回っているのは間違いない。アーチャーが止めなかったのは気になるが、あれはあれで皮肉屋だがマスターを立てるサーヴァントだ。

 

 問題なのは、彼らの姿を確認したのが工房から然程離れていない場所だという事だ。

 

 まさかと思い、彼らの姿を追う様に蟲に指示を出す。現在の彼らの場所は直線距離でここから数Km程の距離。遠坂を抱えたアーチャーはビルの屋上を足場にしながら夜闇に紛れるように、着実にこの廃ビルへと向かって来ていた。

 

「バレたか」

 

 バレていない、偶々近くに来ているだけだ、などとは考えない。俺はこの聖杯戦争に参加している誰よりもマスターの素質に恵まれず、魔術師としても劣っているのだ。自己評価を違え、現実から目を逸らした瞬間に負けだという強迫観念を持たなければ立ち回る事など出来る訳がない。

 

 本音を言えばどうしてこの場所がバレたのかという考察をしたかったのだが、彼らの速度を考えるとそんな悠長な事をしている暇など無い。遠坂という足手まといが居るから遅いが、後十分もすれば彼らはこの廃ビルの屋上に辿り着くだろう。

 

 それまでにここから離れなくてはならない。

 

『アサシン』

 

『魔術師殿、アーチャーとそのマスターの姿を確認しました。ご指示を』

 

『無論、撤退だ。逃げの一手以外あり得ない。俺が安全圏に逃げるまで、奴らをビルの中に誘い込んで時間を稼げ。出来る事なら威力偵察も兼ねてくれると助かるけどな』

 

 問答無用で破壊される事を考えたが、そうであるのなら遠くからアーチャーにビルを狙撃させれば良いだけの話だ。それをせずに、遠坂を連れてこちらに向かっているという事は彼女と一緒に乗り込むつもりなのだろう。

 

 そうであるのならまだ楽だ。開発途中で放棄された廃ビルとは言え、ここは新都なのだ。サーヴァント同士が戦闘を行えばその音から騒ぎになるのは目に見えている。固有結界が張られれば話は変わるが、アサシン相手に使うとは考えられず、そもそも遠坂には記憶が無いと偽っている筈なので彼女の前で使用するとは考えにくい。直接戦闘が不得手であるアサシンでも逃げに徹すれば問題ないだろう。

 

『負けるな、そして()()()。どうにもならないのなら令呪を使ってやるからそれを厳命しろ。ここでアーチャーを倒すと後が面倒だ』

 

『御意』

 

 アサシンと蟲、そして隠し札を切ればアーチャーをこの場で倒せる可能性はある。だが、確実に殺せるとは断言出来ず、どちらかといえば痛み分けに終わるのが予想出来る。情報の漏洩と消耗をして倒せるかどうか分からないのなら、素直にこの場では逃げに徹した方が良い。

 

 それに、もしもアーチャーを倒してしまえばライダーを倒すまでが面倒になる。

 

 先にアーチャーを倒せば、残るのはライダー。そうなった場合、ライダーのマスターである桜は衛宮士郎と共に行動する。そうなれば、ライダーはセイバーと共に行動することになる。自主性があるとは言えない桜では衛宮士郎のそばを離れるとは考えられず、衛宮士郎も俺の事を警戒して桜の側から離れないだろう。

 

 今もそうなのだが、アーチャーが倒れれば今よりも強く警戒されるのが目に見えている。それならば現状維持が好ましい。

 

 それでも時間をかければ警戒されるのには変わらないのだから早いうちにライダーを殺しておきたい。遅くとも明日の内に、出来るのならば朝までに。

 

 片目で蟲の視界を見ながら、寝室に向かう。今日は魔力供給をするつもりは無かったのでイリヤは寝かせているのだ。

 

「夜だけどグッドモーニング!!」

 

「ふぇっ!?な、なにごと!?」

 

 寝室の扉を蹴破りながら入れば、それに驚きながらイリヤが飛び起きる。言動が辿々しく、顔が寝ぼけているが。

 

「さて、イリヤ。ここに遠坂が向かって来ている」

 

「リ、リンが……?」

 

「あぁ、そこで聞きたいことがある。お前はどうしたい?」

 

「どうしたいって……」

 

「マスターで魔術師だが、人間として甘ちゃんな遠坂の事だ。例えお前だとしても保護を申し出れば受け入れてくれるだろうよ。そうすれば、こんな魔力目的で犯される日々から解放される事になる」

 

「そうだとしても、魔力はどうするつもり?元々そういう目的で私を攫ったのでしょ?」

 

「今日、遠坂の家を本能寺した時に思わぬ収穫があったんだよ」

 

 タンクローリーで突っ込んだアサシンが遠坂の家からいくつかの上等な宝石を盗み出した。軽く見たところでは、どれもが俺の魔力を簡単に回復する事が出来るだけの質と量を兼ね備えている。

 

 これさえあれば、イリヤとセックスをしなくても魔力を回復する事が出来る。それも、手間も時間もかからない。

 

 つまり、イリヤは不要になる訳だ。

 

 故に、これが彼女にとっての分水嶺となる。この場で俺と別れて遠坂に保護されれば、彼女には自由が約束される。が、俺とこの先、行動を共にすればどうなるのか分からない。最悪、死ぬ可能性だってあるのだ。

 

 イリヤの事を思えば、彼女とはここで別れるべきだ。しかし、内心では彼女と一緒に居たいと考えている。イリヤと契約を交わした時からこの事を考えていて、今日まで答えを出す事は出来なかった。なので、彼女に選択を委ねることにした。

 

 もしもイリヤが別れたいと言ったのなら、その通りにしよう。悲しくはあるが、これも彼女の為だと思い、遠坂に保護させるように行動するつもりだ。

 

 だが、もしもイリヤが一緒に居たいと言うのならば、その時は俺が死ぬまで一緒に居てもらおう。俺が目的を果たし、ギルガメッシュに認められ、気分が良いと死に果てるその瞬間まで、全てを余さずに見届けてもらおう。

 

 全てはイリヤ次第、彼女がどちらを選ぶのかで決定する。

 

 まぁ、間違いなく前者を選ぶだろうが。

 

「どっちが良い?逃げなきゃいけないから早めに決めて欲しいんだけど」

 

「……つまり、別れるのかついて行くのか、って言うことよね?自分で決められなかったの、この意気地無し」

 

「返す言葉も無い」

 

 耳が痛い話だが、彼女の言う通りに俺が意気地無しなだけなのだ。

 

 

 一緒に来いと言って、手を掴んで引っ張れれば良かったのだ。

 

 付いて来るなと言って、突き放してやれたら良かったのだ

 

 そのどちらも、俺は選ぶ事が出来なかった。

 

 

 意気地無しと罵られても受け入れるしか無いだろう。結局のところ、俺は自分で決める事が出来なくて、イリヤに任せっきりにしているのだから。

 

 だからこそ、どんな選択でも受け入れるつもりでいるのだが。

 

「はぁ……セーイチは私と一緒に居たくないのかしら?」

 

「……一緒に居たいな。だけど、これからの事を考えると俺と一緒に居たら危ないからな」

 

「あら、それなら問題ないわよ」

 

 だって、と言いながらイリヤは笑う。

 

「セーイチが私の事を守ってくれれば、それで解決でしょ?ほら、何も問題ないじゃない」

 

 それは出会った当初の妖精を思わせる幻想的な微笑みでは無い。俗物的で、活発な、どこにでもいる普通の少女の笑顔だった。

 

 俺と一緒に居ると危ないと言っているのに、俺が守ってくれるから大丈夫だと、彼女は笑っている。

 

 あぁ、こんな物を見せられたら、俺も腹をくくらなければならないでは無いか。

 

「……くっそ、見た目ロリータなのになんでそんなに肝が太いんだよ。自分が惨めに思えて来るぞ」

 

「フフン、これでもお母様の娘なんだから。一度こうだと決めたらそれ一直線よ」

 

「説得力があり過ぎる」

 

 イリヤの母親、アイリスフィールの事を引き合いに出されたら納得するしか無い。彼女は、衛宮切嗣の理想にその身命を捧げてまでも殉じようとしていた。一言、彼女が衛宮切嗣にその理想は間違っていると、そんな事よりも家族と一緒に居たいと言えば、衛宮切嗣はそれを受け入れていたかもしれない。正義の味方を諦めて、彼女たちだけの味方になっていたかもしれない。

 

 アインツベルンの女はそういうタイプなのかもしれない。

 

「はぁ……分かった、分かったよ。ここから離れるから生活レベル下がるけど、文句言うなよ。出来る限りの努力はするけど」

 

「頑張ってくれるのなら文句は言わないわよ。あぁ、それと……」

 

 ベッドから降りて、逃げる支度をしようとしていた時、イリヤは何かを思い出しかなの様に振り返り、

 

「ーーー私を傷物にした責任、しっかりと取ってもらうんだから」

 

 そう、花が咲く様な笑顔で言った。

 

「……ハハッ、あぁ、もう……本当に良い女だなぁ」

 

 あぁ、これはもうダメだ。完全に惚れてしまった。初めて出会った時の様な一目惚れでは無く、心の底から彼女に惚れてしまった。

 

 ギルガメッシュに認められたら死んでも良いと考えていたのに、聖杯戦争が終わっても生きたいと思ってしまった。無理だと分かっているのに、マキリの杯の役割を与えられた時から、臓硯の次世代の肉体だと告げられた時からそんな事は微塵も考えた事が無かったというのに。

 

 全てが終わっても、彼女と一緒に居たいと思ってしまった。

 

 成る程、これが人を好きになると言う事か。

 

「……そろそろ遠坂が来る。早く支度をしてくれ」

 

「分かったけど、どうやって脱出するつもりなのかしら?普通に出ていったところで見つかるだけだと思うのだけど」

 

「大丈夫だ、こう言う時に備えて脱出経路はちゃんと確保してある。具合的に言うと、蟲に穴を掘らせてある」

 

「地下から脱出するのね。少しワクワクしてきたわ」

 

 地下道はそのまま下水道に繋がっている。街の規模に比例して広大になるそれは一種の異界と言えるほどに複雑化している。下水道を使うと決めた時から把握に努めているが、まだ完全に把握し切れていないほどの規模なのだ。仮にアサシンを引かせてから追われたとしても、前知識無しでは迷う事間違い無しだ。

 

 まぁ、それだけでは心配なのでもう一手打つのだが。

 

『魔術師殿、アーチャーのそのマスターが屋上に辿り着きました。どうやらそのまま侵入する様子です』

 

『予定通りで頼む。俺たちが安全圏に脱出出来たと判断したら連絡するから、その後はそちらの判断で離脱してくれ』

 

『承知しました』

 

 杞憂であればよかったが、どうやら遠坂は完全にこの工房の事を捕捉していたらしい。魔術で探索されたか、或いは臓硯辺りが何か企んで案内した可能性も捨て切れない。どちらにしても、ここを捨てなくてはならない事には変わりない。

 

「準備出来たわよ」

 

「よし、それじゃあ出るぞ」

 

 寝室から談話室に移動し、敷いていたカーペットを引き剥がす。現れたのは粗末な木の板で、それをズラせば削られた跡の目立つ穴が現れる。

 

「ところでイリヤ、秘密基地に必要な物ってなんだか分かるか?」

 

「脱出用の通路じゃないの?」

 

「そう、脱出口だ。追い詰められて逃げ場が無いなんて笑い話にもならないからな」

 

 あと、と付け加え、笑う。悪戯を企んでいる悪ガキの様に、悪事を考えている小悪党の様に、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「あわよくば、自爆装置とかな」

 

 

 






マコニキ、自分の心境を再認識&イリヤちゃんに惚れ直す。信じられるか、コイツ、今襲撃されてるんだぜ?

アインツベルンの女は割と一途で重たいイメージ。ほら、ZEROのアイリとかHF√のイリヤちゃんとか見てるとね?

これによりマコニキのグッドエンド解放。もしもここでイリヤちゃんが付いてこなかったらノーマルエンドかバッドエンドで終わってた。



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 深夜の冬木の街。人が眠りに就こうとしているこの時間帯に、新都の上空を駆ける二つの人影があった。赤い外套の男性と、彼に抱えられた少女。聖杯戦争に参加している魔術師の遠坂凛と、彼女のサーヴァントであるアーチャー。

 

 立ち並ぶビルの屋上を足場にしながら、彼らは真っ直ぐにある一点を目指して歩を進めている。

 

 凛の自宅は間桐誠一の手によって爆破、炎上させられた。が、魔術師にとっての心臓と同意義である工房は地下にあったので最悪の被害だけは免れたのだ。そこに残されていた宝石や資材を使い誠一の現在地を調べたところ、新都のある一角を指し示した為にそこへと向かっているのだ。

 

 誠一はやられたからやり返しただけだと言っていたが、凛自身は間桐邸を焼いた事を後悔していないし、間違ったとも考えていない。

 

 臓硯は先代である遠坂時臣との契約で、桜の事を魔術師として育てるという条件の元で引き取ったのだ。しかし、実際には魔術師としての教育は施されることは無く、行われていたのは口にするのも悍ましい所業。魔術師としても、人としても臓硯を許す事が出来なかった。故に報復として間桐邸を焼いた。

 

 平時ならば問題になっただろうが、今は聖杯戦争の最中。その上、臓硯はキャスターを死霊魔術によって操っていてマスターの枠組みに入っているので聖杯戦争の一環として処理される事になった。

 

 それは遠坂邸も同じなのだが、彼女自身も自分からやったのだからと一応の理解はしている。

 

 が、頭で理解したからと言えども、感情も納得しているわけではない。

 

 やったからやり返された。ならば、やり返されたのだからやっても文句は言えない筈だ、と内心で怒りを燃やしながら最低でも誠一の拠点を使い物にならないレベルにしてやろうと奇襲を仕掛ける事に決めた。

 

 もしも誠一が彼女の内心を知ったのならば、腹を抱える程に爆笑しながらダブルファックサインを突きつける事間違い無しである。

 

「止まって、アーチャー。ここよ」

 

 そうして彼らは目的地にたどり着く。一見すれば、そこは廃墟と化したビルの一つにしか見えない。だが、注視すれば微かにだが魔力が残留しているのが見てわかる。

 

「さて、リン。私が言ったことは覚えているかね?」

 

「勿論よ。間桐誠一を格下だと侮るな、でしょう?」

 

 それは誠一の拠点を攻めると決めた時にアーチャーから言われた言葉。間桐誠一というマスターの戦績は一言で語れば異常であると言える。

 

 ケルト神話に語られる大英雄のクー・フーリン(ランサー)を、柳洞寺を拠点として街中の人間から魂を集めていたキャスターを、そして今回の聖杯戦争で間違いなく最強であるはずのヘラクレス(バーサーカー)を、戦闘能力で劣っているはずのアサシンで倒しているのだ。アサシン本来の役割であるマスター殺しに専念させたとしても、その戦果は異質や異常の域に達している。

 

 遠坂は誠一が魔術師としての才能が殆ど無い事を知っている。が、だからといってマスターとして自分よりも格下であると思い込む程に怒り狂っていなかった。だからこそ、アーチャーの忠告を素直に受け入れた。

 

「それじゃあ、行くわよ」

 

「了解した」

 

 アーチャーが扉を開け、先行する形で屋上から廃ビルへと侵入する。外部はヒビが入っていたり欠けていたりと廃墟としか思えなかったが、内部はそれ程までに酷くは無かった。電気が通っているようで電灯は点いているし、予想していたよりも埃っぽさを感じる事は無い。

 

 そして、ここは工房とは呼べぬお粗末な物だった。普通の魔術師ならば内部の一部を異界化させていたり、猟犬代わりの悪霊やキマイラを放っていたりと侵入者に対して様々な対策を施している。が、ここには何も無かった。衛宮邸でさえ張られていた外部からの侵入を伝える結界すら張られていないのだ。

 

 誠一の事情は知っていたが、もう少しどうにかならなかったのかと、いっそのこと憐れみすら覚えてしまうレベルの酷さである。

 

 だが、誠一本人もその事を理解しているのか、視界の端で小さな蟲が動いているのが見える。恐らくはあれを使ってこちらの事を見ているのだろう。潰せば誠一の目を奪う事が出来るのだろうが、向こうもそれを分かっている筈だ。それを行う労力を嫌い、遠坂はそれらを無視して先に進む。

 

 ゆっくりと、道なりに、魔術以外の罠を警戒しながら進む。どうやらこのビルは構造上の仕様なのか、窓が存在せずに、光源は天井の電灯だけしか無い。戦闘になった時にはそれに気をつけなければならないだろうと思いながら階段を降りて下の階層に進むと、それまでの部屋とは違う拓けた階層に出た。

 

 それまでの階層と同じく窓は存在しないが、会議室でも想定していたのか壁が存在せず、障害物は四方にある柱だけ。さらに電灯が古くなっているのか、不定期に点滅を繰り返してる。

 

 そして、部屋の中心にそれはいた。

 

 黒い、ボロ切れのような外套を身に纏った猫背の人影。その雰囲気はまるで幽鬼のようで、直接目にしている筈なのに何処か朧げ。顔は髑髏を模した仮面で隠されていて確認する事は出来ない。

 

 一目で理解出来た。あれこそが聖杯戦争で召喚された最後のサーヴァント、アサシンであると。

 

「ーーーッ!!」

 

「驚いたな、よもや暗殺者風情がその姿を現わすとは。マスターの指示なのかね?」

 

 宝石を取り出しながら下がる遠坂を庇うように、アーチャーが前に立つ。空であったはずのその手には一対の夫婦剣、干将・莫耶が握られている。

 

 彼らの警戒は当然の事だ。アサシンのサーヴァントは直接の戦闘能力に劣る代わりに気配遮断というサーヴァントの警戒すら掻い潜る事の出来るスキルを保有している。それさえあれば、アーチャーの目を欺きながら遠坂の命を狙う事も可能だったのだ。

 

 それをする事無く、こうして堂々と目の前に姿を現している。何かあるはずだと警戒しない方がおかしい。

 

「アーチャーとそのマスターか。よくぞ我が主の工房へと参られた。が、生憎と貴様らの目的である主は既にここには居ない」

 

「やはり逃げられたか、昼間に事を起こすから豪胆かと思えば小心なマスターの様だな」

 

「ククッ、全くその通りよ。あの方は自身が他のマスターよりも実力が劣っている事を誰よりも自覚している。奇襲をされて能天気に迎え撃とうなどと欠片も考えておられなかった」

 

 やり難い、それがアーチャーがアサシンと言葉を交わしての感想だった。

 

 アーチャーの言葉は相手を侮辱し、挑発させ、行動を誘発させる意味合いがある。だというのにアサシンは自身を、マスターである誠一を侮辱する言葉をぶつけても、激昂するどころか賛同して笑う程の余裕を見せつけてきた。

 

 正規の英霊では無く反英雄だからなのかと、挑発に乗らなかった事の予想をしながら干将・莫耶を構える。

 

 それに呼応するようにアサシンもまた、黒塗りの短刀(ダーク)を逆手に握りながら構える。

 

「成る程、貴様がここにいるのは殿か」

 

「然り、序でに貴様らの実力を測ってこいとも言われた。本来の目的が果たせずに不服だと思うが、付き合ってもらうぞ、弓兵」

 

「サーヴァントを囮にして自身は一目散に逃げる、か。フッ、よくそんなマスターに従えるな」

 

「何とでも言うが良い。既に我が今生はあの方に捧げると決めた。例え如何様な罵倒を投げつけようとも、我が忠義は揺らぐことは無い」

 

 アサシンがランサーの心臓を喰らい、知性と記憶を取り戻してから然程時間は経っていない。交わした言葉も限られていて、これ程までの忠義を向けられる理由は無いはずだった。

 

 それは偶然だった。ランサーの心臓を喰らい、朧げであるが知性と記憶を取り戻しかけた直後、誠一がその身体を濃密な神秘を宿した武器に貫かれながら廃ビルから飛び出したのを、そしてそこから覇気を纏ったサーヴァント、ギルガメッシュが姿を現わすのを見た。

 

 咄嗟に身を隠し、暗殺の機会を伺っていたのだが、誠一とギルガメッシュの問答が偶然耳に入ったのだ。

 

『俺の望みは一つだけーーー貴方に認められたい。それだけだ』

 

 その言葉に、アサシンの朧げであった記憶が刺激され、ある事を思い出した。

 

 それは生前の出来事の事。暗殺教団に所属していたアサシンは〝山の翁〟として名を残そうとしていた。しかし、その身は特別な物を何も宿さぬ平凡の身。誰にも真似をする事が出来ない特筆するべきものが何も無いただの暗殺者でしかなかった。

 

 それを自覚していても、アサシンは〝山の翁〟として名を残そうとした。己を偉大なる者として、優れた者として名を残したかったのだ。

 

 故に、アサシンは狂気に走った。

 

 自らの名を捨てた。

 

 生まれた村を捨てた。

 

 愛した女性を捨てた。

 

 自らの顔を捨てた。

 

 自分の持っていた物を全て投げ捨てて、彼は〝山の翁〟にならんとその道を進んだ。そしてその果てに、特筆するべきものを得るために最後の凶行に走る。

 

 己に才能が無いのならば、特別な力を宿すモノを己の肉体にすれば良いと、自身の右腕を切り落とし、悪性精霊である魔神シャイタンの右腕を繋げたのだ。

 

 そうして得たのは鏡面存在である虚構の心臓を握り潰す事により、実体の心臓をも破壊する呪殺〝妄想心音(ザバーニーヤ)〟。誰にも真似をする事が出来ない、まさに御業と呼ぶに相応しいそれにより、彼は見事に〝山の翁〟を襲名した。

 

 しかし、そうして得た物は彼が望んだものでは無かった。

 

 彼は自身の名を残さんとして〝山の翁〟になりたかった。しかし、その過程で自らの名を、そして顔を捨てた。残されたのは〝ハサン・サッバーハ〟という称号に等しき名と、髑髏の仮面だけ。

 

 加えて、平凡であったはずの彼が〝ハサン・サッバーハ〟を襲名した事を気に入らぬ者たちからの冷遇もあった。魔神の腕を得たからあれは〝山の翁〟になれたのだと。それさえ無ければあれは所詮、平凡な暗殺者に過ぎないと。彼を知っていた者たちの嫉妬の声が耳に届いた。

 

 アサシンはそれを理解している。自分が平凡な暗殺者であった事を理解していたからこそ、魔神の腕を宿したのだから。

 

 アサシンが聖杯戦争に招かれた願いは、己の名前と顔を取り戻し、誰でも無い何者かでは無く、一人の人間として己の名前を残す事。だが、それと同じくらいに認められたかったという渇望(いのり)も持ち合わせていたのだ。

 

 その時、どうして自分が誠一に呼び出されたのか理解した。

 

 彼は英雄王に認められたい。アサシンは認められたかった。

 

『ーーー嗚呼、まさか同じ願いを持つ者に召喚されるとは』

 

 ならば、是非も無し。同じ渇望(いのり)を持つ者として、貴方こそが我がマスターに相応しい。我が今生を捧げてでも、貴方の渇望(いのり)を叶えましょうぞ。

 

 誠一の願いに共感し、今を生きる彼を優先すると決め、アサシンは忠誠を誓う事を決めた。それはマスターである誠一すらも知り得ない事実。

 

 故に、アサシンは誠一に従う。

 

 アサシンとアーチャーの間に言葉が無くなる。高まる緊張感を感じ取り、遠坂は冬だというのに冷や汗を流す。

 

 そして電灯が点滅して闇が訪れた瞬間、アサシンとアーチャーは同時に斬りかかった。

 

 

 






マコニキ、実はハサン先生に気に入られていたという。そりゃあ同じ願い持ってたら共感されるよね。

ちなみにハサン先生の認められたかったっていうのはオリジナルだから。でも、魔神の腕を得たから山の翁になったわけだし、そういう陰口は言われていたと思うの。



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21話

 

 

 開幕は静謐に、されども衝突は苛烈に。

 

 電灯の点滅により一瞬だけ訪れた暗闇。それが晴れた瞬間にはアサシンとアーチャーは赤と黒の軌跡を残しながら斬り合いを始めていた。短刀と夫婦剣がぶつかり合い火花が飛び散る。手数は二刀流であるアーチャーの方が上。しかし、アサシンはその不利をアーチャーの背後に立つ遠坂凛を狙う素振りを見せる事で相殺する。

 

 マスターをこの場に連れているアーチャーからすれば、遠坂の存在は守らなければならない存在である。例え、アサシンが言っていた通りにこちらの実力を見定める事が目的であったとしても、それを律儀に守る保証などどこにも無いのだ。

 

 自身とマスターを守らなければならないアーチャーに対して、自身の身だけを気にすれば良いアサシン。三騎士の一角で弓兵でありながらランサーと打ち合えるアーチャーを前にして、自身の本領である暗殺の気配を漂わせる事により、強引に状況を互角へと持ち込む。

 

 アサシンからすれば戦いの結果などどうでも良い。マスターである誠一からのオーダーは彼とイリヤが逃げるまでの時間を稼ぐ事と、自分が生き残る事である。第一に、第二に優先するのはその二つ。そして同時にアーチャーを倒すなとも言われている。

 

 出来る事ならば、アーチャーはこの場で倒したい相手だ。聖杯戦争の現段階での勢力図は把握している。把握しているからこそ、サーヴァントを三騎も有している敵勢力の戦力を少しでも減らしておきたいと思っている。

 

 何せ、敵のサーヴァントは誰もが厄介だ。ステータスならばライダーが、宝具という一撃必殺の点ならばセイバーが危険であるとマスターである誠一は言っていた。それはアサシンも同意している。その上、セイバーは前回の聖杯戦争から現界しているとあるサーヴァントの機嫌取りの為に生かしておかなければならない。

 

 しかし、誠一とアサシンが最も危険視しているのはアーチャーである。

 

 確かにセイバーとライダーは強敵である。だが、彼らのマスターたちは魔術師としての視点を持たない一般人と変わりない。倫理観、道徳観から犠牲を出しての成果を許す事はせず、それがそのまま彼らを縛る枷となる。

 

 その点、アーチャーには何ら縛りは無い。マスターである遠坂凛は正道を良しとする人物ではあるが、魔術師であるが故に非道な手段を取る事も厭わない。そしてアーチャーもその事に対して嫌悪感を抱く事は無く、彼女の命令を即座に実行出来る。その上、アーチャーは〝◾️◾️の守護者〟なのだ。最悪、〝◾️◾️◾️〟からのバックアップを受ける可能性があるのだ。

 

 本音を言えばこの場でアーチャーか、それが不可能であるのならマスターを殺してしまいたい。それは誠一も同じであるはず。だが、それを理解した上で彼はアーチャーを殺す事を禁じた。

 

 ならば、己はそれに従うだけだとアサシンは意識を切り替える。暗殺者としての本領から脱し、アーチャーの戦闘能力を削ぎ落とす事に注力する。

 

 踏み込んで放たれた蹴りを自ら後ろへと飛び退く事で無力化しながらアーチャーから距離を取り、空中で体勢を整えながら後方に立つ遠坂凛へと短刀(ダーク)を投擲。眉間膵臓横隔膜(急所三点)へと放たれたそれは紫電めいた速度に加え、電灯の点滅によって訪れた暗闇に紛れている。常人では気付く事すらなく、一流の魔術師であれども防御を意識する間も無く死を齎していたであろうそれを、

 

「フーーーッ!!」

 

 遠坂凛の前に移動していたアーチャーが一息の間に全てをはたき落す。その結果にアサシンは動じない。寧ろ予想通りの行動だと受け入れて、柄に括り付けていたワイヤーを使い、撃ち落とされた短刀を回収する。

 

 アサシンに殺意など無い。しかし、今の行動により、アーチャーはマスターの殺害を意識せざるを得ない。これによりアーチャーの思考のリソースは遠坂凛の守護に割かれ、アサシンの生存確率の上昇に繋がることになる。

 

「ふん、所詮は暗殺者風情か。実力を図るなどと口にしながらもマスターを狙うとはな」

 

「ククッ、世迷言を。ここは既に殺し合いの場なのだぞ?殺して欲しいと言わんばかりに隙を晒している者を殺しにかかって何が悪いというのだ?」

 

 アーチャーの挑発じみた言葉にアサシンは応じる事なく、それどころか遠坂凛が愚かだと逆に挑発を投げ掛ける。アーチャーもその真意を理解しているからか、無言で夫婦剣を構える。

 

「それにしても、我が主の言葉を疑うわけでは無いがこれ程だとは驚きだぞアーチャー」

 

「……さて、一体何の話だね?」

 

 愉快だと笑い声を交えながら投げ掛けられた言葉の意味をアーチャーは理解している。

 

 アーチャーの戦闘スタイルとアサシンのそれは、非常に良く似通っていたのだ。

 

 アーチャーの戦闘は打ち合いの中で態と隙を曝け出す事で相手からの攻撃を誘導し、限定するスタイル。正規の英霊では無いアーチャーは、正面からの戦闘ではアサシンとキャスターを除く、この聖杯戦争に呼び出されたサーヴァントたちと比較して二歩は劣る。だが、その戦闘スタイルと生涯を掛けて得た経験則からその差を埋め、正面からの白兵戦を成立させていた。

 

 対するアサシンの白兵戦も、アーチャーと似ていた。打ち合いの最中で極自然に隙を作り出し、そこへと攻撃させる様に誘導していたのだ。

 

 アーチャーとアサシン。二人とも、生前には白兵戦に関しての才能を持ち合わせていなかった者同士。故に、格上との白兵戦を成立させる為の手段は隙を曝け出して攻撃を誘導するという同じ物となっていた。

 

「惚けるか、それも良いだろう。だが、その手の内の全てを曝け出してもらうぞーーー()()()()()

 

「ーーーッ」

 

 正義の味方。アサシンがアーチャーをそう呼んだ瞬間、彼の纏う気配が一変した。表情は強張り、目は驚いた様に見開かれている。

 

「貴様……何処でそれを」

 

「ククッ、ククク……ッ!!」

 

 これまで冷静沈着であったアーチャーが激昂した。誠一から教えられた情報の中にあった呼び名を出しただけでこれなのだ。余程アーチャーの中では地雷なのだろうが、その隙を見逃せる程にアサシンは甘くは無い。

 

 笑いながら短刀を天井に向けて投擲する。向かう先にあるのは不定期に点滅する蛍光灯。無機物であるそれがアサシンの投擲を避けられるはずが無く砕け散り、唯一の光源が失われた事で暗闇が訪れる。

 

「チィ……ッ!!凛、私から離れるな!!」

 

「分かってるわよ!!」

 

 一切光源の無い暗闇はアサシンの独壇場。常人よりも目の効くアーチャーや、魔術により視界を確保出来る遠坂凛であっても、今この瞬間はアサシンに狩られる獲物でしか無い。

 

 背中合わせになりながらアサシンを警戒するが、気配は感じられず、四方八方からこちらの事を嘲笑う様な笑い声が聞こえるだけ。アーチャーたちが絶対的不利な立場に追い詰められた以上、アサシンは無理をする必要は無くなったのだ。

 

 警戒を続け、いつか訪れる限界を待つだけで良い。それに、アサシンの目的はあくまで誠一の逃走を成功させる事である。この膠着状態はアサシンに取って利しか無かった。

 

 アーチャーも、遠坂凛も、その事を理解している。故に、念話で短い会話を済ませ、即座にこの状況を打破するために動き出した。

 

 遠坂凛の手から小振りな宝石が零れ落ちる。重力に引かれて床に落ちた宝石が、宿していた魔力を消費して発光し、光源となって暗闇を照らした。

 

「アーチャー!!」

 

 視界を確保する事は出来たが、暗闇に慣れたせいで宝石の光に目を眩ませた遠坂凛はアーチャーに指示を出す。この光はアサシンに取っても予想外のはず。その隙を逃さずに仕留めろという意味だったが、

 

「ーーー伏せろ、凛!!」

 

 帰って来たのは焦りを感じさせるアーチャーの叫ぶ様な声だった。その必死さに思わず何故などと考える間もなく、倒れる様にその場にしゃがみ込む。

 

 そして、遠坂凛の頭上スレスレをアーチャーが薙いだ。

 

 その一閃に、髑髏の面が宙を舞う。

 

 アーチャーが視界を確保した瞬間、アサシンは凛の真横に立っていた。これ程までに接近され、それでも気配を感じさせる事の無かった絶技に驚愕しながらもアーチャーは即座にマスターを守る為に、アサシンを討つ為に行動を起こして見事にアサシンの首を刎ねた事に成功したのだ。

 

 しかし、アーチャーの心中にあるのはアサシンを倒したという達成感では無く、不信感であった。

 

 黒いボロ切れを纏ったアサシンの首を刎ねた、外套の一部と共に髑髏の面が宙を舞っているのがその証左。

 

 だというのに、剣から伝わってくる手応えはあまりにも軽かった。

 

「隙を晒したな?」

 

その無様を、無貌の暗殺者は嘲笑う。

 

 天井から落ちた影が、剣を振るう為に伸ばされたアーチャーの右腕を断ち切った。

 

「な、にーーー」

 

「ククッ、浅はかよなぁ」

 

 アーチャーの右腕を左手で、宙に舞う髑髏の面を拘束具を外した異形の右手で回収したアサシンは二人の無様を笑う。

 

 暗闇に紛れたアサシンは即座に天井に張り付き、そして外套と右腕の拘束具、仮面をワイヤーで吊るす事でダミーを作り上げた。事前に誠一から教えられていた遠坂の魔術を使えば、簡易の光源を確保する事など容易く予想出来た。後は光源を作ったのと同時にダミーを遠坂凛の側に配置するだけ。マスターを守らなければならないアーチャーならば、即座に反応するのは明確。

 

 最も隙を晒す瞬間は攻撃をした直後である。一流の暗殺者であるアサシンは、それを理解していた。

 

 その結果がこれだ。アサシンは宝具である異形の右腕を見せる事になったが無傷。アーチャーは片手を失った。環境や制約によってもたらされていたはずの擬似的な優位が、この瞬間に絶対的な優位となった。

 

『待たせた。避難は完了した』

 

『承知しました、それでは今から三十秒後に脱出致します』

 

『目の前に遠坂とアーチャーがいる?それなら言伝頼みたいんだけど』

 

 出来る事ならば、この場でアーチャーを仕留めたい。心臓を食らう事で自身の霊基を強化したいのだが、マスターである誠一の命令は絶対だ。優位を確保しておきながら撤退する事に異存は無い。

 

「さて、この場は引かせて貰おう」

 

「ッ!!……逃げるというのか?」

 

「私の目的は主が逃げるまでの時間稼ぎだ。それを果たした以上、この場に留まる理由は無い」

 

 そう言うとアサシンは上へと続く階段へと向かって行く。霊体化をする事なく実体化したままで去ろうとしている事からこれ以上の交戦の意思は無いらしい。

 

 それを見てアーチャーは警戒を続けながらも内心で安堵する。今回の戦闘はあまりにもアーチャーたちに取って不利過ぎた。片腕を失ったとはいえ、仕切り直すと言うのであれば引き留めるはずもない。目を眩ませながらも念話で状況を把握している遠坂凛も、悔しそうな顔をしながらもアサシンを止めようとしない。

 

「あぁ、主からの言伝だーーー茶釜を抱いて爆死しろ!!」

 

 主、誠一からの言葉を残してアサシンは去って行った。

 

 途端、アーチャーと遠坂凛を悪寒が襲う。

 

「……アーチャー、私、どうしてだか物凄ぉぉぉく嫌な予感がするのだけど」

 

「奇遇だな、私も同感だ」

 

 誠一が遠坂邸を放火した時、彼は電話越しに本能寺という言葉を使っていた。そしてアサシンの言った茶釜と爆死、茶釜というのが茶器の事を指すのならば、思い当たる人物が一人だけいる。

 

 松永弾正。本能寺の変で死んだ織田信長の配下で、平蜘蛛という名器に火薬を詰めて壊し、自害した武将。

 

 そこから導き出される、茶釜を抱いて爆死しろという言葉の真意は間桐誠一という人間のこれまでの行動を鑑みれば、大凡ではあるが察しがついてしまう。

 

 そして彼らが感じた嫌な予感を肯定するようにビルが揺れ、浮遊感に襲われる事になる。

 

「殺す。あいつら絶対に殺してやるわ」

 

「同感だ」

 

 ビルが崩れた事で降り注ぐコンクリートの豪雨を目の当たりにしながら、アーチャーは遠坂凛の殺意を静かに肯定した。

 

 

 



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