S10地区司令基地作戦記録 ([SPEC])
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OUTER OPS
-資料集-


ネタバレも多少含まれています。ご注意下さい


1.人物詳細

ブリッツ。

S10地区を担当するグリフィン前線基地の男性指揮官。元正規軍兵士。

短い黒髪に鮮やかな青い瞳が特徴的。

身長182cm。体重98Kg。27歳(グリフィン側の推定)。

元正規軍兵士という事と、日々の体力錬成を欠かさぬ事もあってかなり屈強な肉体の持ち主。

 

ブリッツはグリフィンが用意したコードネームであって本名ではなく、そもそも存在しない。

名前だけでなく国籍、出身、生年月日、年齢、親兄弟の有無すら不明。判明しているのは性別と血液型(AB型)のみである。

 

全身至る所に大小様々な傷痕があり、そのほとんどが大戦で負ったもの。中でも一番目立つのが胸にある大口径弾による三つの銃創。

 

部下である戦術人形との関係は良好。指揮官としてではなく、共に戦う戦友としての信頼の方が強い様子。

戦術人形を機械としても人間としても見ておらず、自分も人形もPMCに属する戦力としての商品であり、同じ兵士として見ている。そのため、上官と部下の関係であっても戦場に出れば対等であると考えている。

 

若くして第三次大戦を開戦から休戦までの約6年を戦い抜くが、これがきっかけで軽度の睡眠障害を患っている。

 

鉄血に対し並々ならぬ憎悪を持っている。

 

 

2.経歴

物心ついた時から銃を持って傭兵集団に混じって各地の紛争地帯を渡り歩く。

幼少の頃からこの傭兵集団から様々な訓練を受けていたため、銃の扱いや近接戦闘の技術を培っていた。そのため、幼い見た目からは想像できない程高い戦闘能力を当時から有していたとされる。

 

第三次大戦では某国の正規軍に徴兵され参加し、開戦から休戦までの約6年間を最前線で戦い抜いた。

その当時は10歳前後と推定されているが、頭数が少なく戦力不足であった軍は複数のPMCに戦力支援を要請。そのPMCの中には彼の属する傭兵集団もあり、一時的に正規軍所属の少年兵として戦地に赴いた。

彼の他にも少年兵はいたが、全員戦死している。

 

大戦時の混乱もあって正式な戦果は不明だが、各地の敵前線基地を制圧に導く活躍を成し遂げ、その内の幾つかはブリッツ単独で壊滅させたという記録も残っている。

後に参入した第一世代戦術人形との交戦経験もあり、こちらは通算500体以上の撃破が確認されている。

 

休戦を機に傭兵集団を抜けて正規軍に正式入隊。大戦時の実績から第74特殊戦術機動実行中隊。通称ギアーズ部隊に配属。複数あるチームの中の一つであるデルタチームの一員として、数々の機密作戦(ブラックオプス)を遂行。

そこで初めて、これまで名前の無かった彼にブランクというコールサイン(名前)が授けられる。

名無しのブランクと部隊の皆や軍に所属する兵士から呼ばれていた。これは嫌みや揶揄などではなく、「名前が無くとも戦果を上げられる」彼に対する敬意も込められていた。それと、彼自身がまだ子供であった事から世話焼きの他隊員から可愛がられており、愛称としても使われていた。

 

なお後に、敵勢力の拠点に単独潜入し情報を入手する任務で、アクシデントから敵勢力と交戦するも、これといった負傷もなくブランク単独で敵に壊滅的ダメージを与え拠点を制圧したのと、過去の実績もあわさって「ブランク・ディザスター(名無しの災害)」とも呼ばれるようになったが、本人は知らない。

 

他部隊と共同作戦でE.L.I.Dとの交戦経験もあり、ゾンビやミュータントといった初期感染型の撃滅。D型感染型の進行遅延といった戦果を上げている。

 

正式入隊から9年後。ある任務に向かう途中に鉄血製戦術人形から攻撃を受け、チームは全滅。ブリッツ自身も重症を負うが、グリフィンの人形部隊に救助され辛うじて生還する。だが軍は早々にブリッツを戦死(KIA)として処理した。

軍に戻れない彼をグリフィンが雇い入れ、以後指揮官として配下の人形を率いることになる。

 

 

3.能力

 

幼少期から受けた戦闘訓練によって、兵士としては非常に高い能力を持っている。

少年兵時代から換算してキャリア20年前後というベテランの兵士であり、人形も含めてグリフィンでも屈指の凄腕である。

銃器や爆発物の取り扱い。近接戦闘術。小型大型問わず、様々な車両の運転も出来る。

 

しかし部隊を率いる指揮官としては二流であり、大局的な指示を出すことを苦手としている。これは本人も自覚しており、他基地と合同での作戦任務では他の指揮官に大局的な指揮を執ってもらっている。

後方から指揮するよりも、先陣を切って率いていく事を得意としており、「部隊の背中を蹴飛ばすのではなく、背中で部隊を引っ張る指揮官でありたい」という考えが根底にある。

そのやり方で結果を残すブリッツの姿勢に、人形は高い信頼を寄せている模様。

 

配下の人形の訓練をブリッツ直々に施しており、自身の経験も織り混ぜた訓練は厳しくも一部の人形からは密かな人気を誇っている。

 

重要かつ緊急性の高い作戦では、戦術人形と共に出撃している。

これは基地創設時から続く慣習のようなものであり、古参の人形は受け入れている。が、やはり新入り人形は「お前正気か?」という顔をする。

 

4.基本装備

 

基本的にH&K社のHK417A2をメインアーム。同社のMk23ソーコムピストルをサイドアームとして使う。

任務によって417の仕様を変えており、部品取り用も含めて5丁所持している。

Mk23は隠密作戦用の物と、コンペンセイター付きの戦闘用の二種類。どちらもフラッシュライト付きL.A.Mが装着されている。

分かりやすく言うとMGSに出てくるアレと同じ。

 

 

1.スマートグラス

ブリッツが任務で使う軍事行動用網膜投影ARグラス。見た目はサングラスだが、着用者の視界はクリア。

 

壁の向こうを透過出来る後方散乱X線を使ったマグネティック。

光増式と熱探知を併用したENVG。

音響を視覚化するサラウンドインジケーター。

GPSを使った現在位置と周辺の地形情報を表示するミニマップ。

戦術人形と情報共有し、隊員の現在地や敵の位置を表示出来たりと、任務を有利に進める為の機能が多数盛り込まれている。

安心と信頼の16Lab製。

 

1-2.ブリッツグラス

これまで使っていたスマートグラスの機能性を更に向上させたブリッツ専用スマートグラス。

マグネティックの有効範囲拡大に透過性と視認性を向上させ、双眼鏡のようなズーム機能に指向性マイクの追加。

サラウンドインジケーターを改良し、最大で半径20メートルの範囲内なら音の発生源を特定出来る。

まだまだ改良点を残しているプロトタイプ。

 

2.戦闘服(BDU)

ブリッツが任務時に着用する戦闘服。

色や柄など、様々な種類の迷彩パターンを所持しており、任務地の状況によって使いわける。

 

ジアメンという、強い衝撃を受けると瞬時にダイヤモンド以上に硬質化する特殊素材を使った防弾仕様。ただし徹甲弾には耐えられない。

プレートキャリアといった防弾装備を併用すればより高い防弾性能を発揮出来る。

 

2-2.16Lab製防弾戦闘服

 

カーボンナノチューブを繊維状に織った素材を使った戦闘服。

貫通力のある5.56mmAPCR高速弾を通さない程強靭だが、撃たれれば当然激痛に見舞われる。

鉄血の指向性エネルギー兵器に対しても有効であり、いずれは人形にも転用しようとペルシカは考えている。

 

 

3.TMEジャケット

『歩兵に高い機動力と高い攻撃能力の付与』というコンセプトを元に第三次世界大戦時に開発された人間用の強化外骨格。TMEは戦術機動外骨格の頭文字から。

パワーアクチュエーターによる高い機動力を確保しつつ、本来三脚で固定して使うような重機関銃をアサルトライフルのように扱える程の強力なパワーアシストによって、歩兵一人の戦闘能力を底上げする。

 

開発時点ではM134やM61バルカンといった大型重火器を個人で運用出来るレベルを想定していたが、実際の現場ではアサルトライフルやLMGの反動制御という運用方法に留まっていた。

全身を装甲に覆われたフルスキンタイプや機動力に特化したライトタイプなど様々な種類が存在する。

ブリッツが着用しているのは機動力特化のライトタイプであり、防御面に関してはプレートキャリアといった防弾装備に依存する。見た目のイメージはCoD:AWのEXO。

 

ブリッツは隠密作戦では使わずに、一気呵成の制圧作戦や拠点防衛といった攻撃力が必要となる任務にしか使用しない。

 

 

 

5.多目的戦闘群(Multi-purpose Action Group)

 

S10地区司令基地にて新設されたグリフィンの特殊部隊。通称MAG。もしくはスペルからマグと呼称される。

拠点こそS10地区司令基地ではあるが、所属自体はグリフィン本部直轄の部隊である。

 

地区に関係なく機動的に活動し、有事の際は迅速に部隊を展開し、的確かつ徹底的に敵性勢力を制圧することを目的としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体質

 

過去に軍で行われた汚染エリア内でのE.L.I.D掃討戦中、ミュータントの攻撃によって防護服が破損。防護機能が失われ、崩壊液に被爆した。

が、即死はおろか肉体の崩壊も起きず、E.L.I.Dの発症も見受けられなかった。

 

結果、発症の兆候こそあったが、汚染エリアで一週間ほど生身で作戦行動を続けられた。後に定期的にアドレナリンを投与すれば、更に長時間汚染エリアを行動出来ることが判明。

 

崩壊液への高い耐性について、研究機関で精密な調査が検討されたが部隊の作戦遂行能力の低下や士気の問題で、結局有耶無耶となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

206■年■月■日

ブリッツ。■■■の任務中にて戦死。 消息不明

 

 




シナリオ進行と共に資料は少しずつ更新していきます


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所属スタッフ一覧

名前しか出てこない人たちのまとめ


 

 

ナビゲーター

 

S10基地における優秀な参謀役。

指揮官のブリッツが立てた作戦の是非、または実行するにあたって必要な要素を即座に提案、実行する。

その正体は第三次大戦以前に開発された量子コンピューターによる戦術支援AI。

圧倒的な演算処理能力によってあらゆるセキュリティを突破し、鉄血のドラグーンやジュピターの制御を奪えてしまえる。

 

これでも性能はブリッツによって意図的に抑えられており、仮に性能をフルに引き出した場合、

・正規軍のサーバーに一切気付かれる事なく侵入し、ありとあらゆる機密情報を入手してしまえる。

・居住区のインフラを機能不全に陥らせ壊滅させられる。

・世界各地に現存する核兵器を起動し人類を絶滅させられる。

など、危険性が高すぎるために制限が課せられている。

 

現在は基地運営の補助、管理が主な役割。

 

 

=ヘリパイロット=

 

-スレイプニル-

ヘリコプターをこよなく愛する28歳男性。本名、クリス・"マードック"・シュルツ。短い金髪とパイロットスーツがトレードマーク。

S10基地専属のヘリパイロット。前職は航空機専門のPMCに所属しエースパイロットとして活躍していたが、給料の関係で社長と対立し飛び出すように退職。

たまたま流れ着いたS10地区のカフェ&バー『ピット』にて呑んだくれている所を、当時指揮官として着任したばかりのブリッツと出会い意気投合。以降ブリッツをブラザーと呼ぶようになる。

 

「クレイジーモンキー」「H・M・マードックの生まれ変わり」「ヘリを愛しヘリに愛されし男」と、様々な自称を使いこなし、実際自称通りの操縦技術を有している凄腕。

ティルトローター機や固定翼機を毛嫌いしており、「アレに乗るくらいなら活火山に突っ込んで華々しく死んでやる」と真顔で言い切った事がある。

 

スレイプニルは前職のPMCに所属していた時期に使っていたTACネーム。北欧神話に登場する神獣、主神オーディンが騎乗する8本足の白馬。

 

対空機関砲で4回。地対空ミサイル(SAM)で3回。携行式防空システム(MANPADS)で6回ほど撃墜されているが、いずれも軽傷か無傷で敵地から帰還するほどのサバイバビリティとバイタリティを持っている。

 

一部の読者からは「プニキ」と呼ばれている模様。

 

 

-ハービンジャー-《先駆者》

S10基地に所属する若き優秀なヘリパイロット。本名はマイク・デューク、27歳。

スレイプニルと同じ航空機専門のPMCに属し、彼をよく慕っていた弟分。が、社長との衝突によってスレイプニルが退職したのを知り、「なら俺も」と一週間後に後を追うように退職。その後スレイプニルがグリフィンに雇われたのを知り、また後を追うようにグリフィンに入社しS10基地に配属される。

 

TACネームであるハービンジャーは先駆者という意味。前職にいた際は敵地の先行偵察をよく遂行していたことからTACネームとして使われる様に。夜間飛行の経験も豊富で、隠密行動で夜間に行動することが多いブリッツたちも彼には幾度となく助けられている。

 

スレイプニルと違いヘリコプターだけでなくティルトローター機や固定翼機の操縦も出来るが、グリフィンではヘリが重用されているため、中々操縦技術を披露する場がないことが細やかな悩み。

 

操縦訓練以外ではよく筋力トレーニングをしている。着痩せするタイプ。ベンチプレスは210kg。

 

 

-ファルケ-《鷹》

グリフィンでは数少ない女性ヘリパイロット。本名はレオナ・ハイム、24歳。髪型はショートのブラウン。

元ドイツ連邦警察局に籍を置くヘリパイロットだったが、突如そこを退職しグリフィンにスピンオフ。その詳細な理由は今現在も開かされていない。

 

TACネームのファルケはドイツ語で鷹を意味する。彼女の鋭く切れ長な目が鷹に見えることから。

 

口数は少なく表情もあまり変えない。スレンダーな体形に凛とした佇まいは彼女は、クールでどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。その為一部の人形が彼女を「クールビューティーの体現者」として憧れを抱いている。

 

意外と可愛いもの好き。最近は猫を飼ってみたいとか考えてる。

 

 

 





思い出したり思いついたりリクエストがあれば増えたりします


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OPERATION REPORT
.1 ―戦闘捜索救難(CSAR)任務―


ゴーストリコンとかやってたら書きたくなったので初投稿です。
ちなみに作者、ミリタリー系の知識とか無いです


「全く、参ったわね」

 

とある廃墟ビルの3階。四方をコンクリートで形成された壁に囲われ、それに沿うように置かれた埃しかない空っぽの棚。雑に放置された鉄屑やゴミが散乱とした、そんな一室。

おそらくは、廃墟と化す以前は物置部屋に使われていたのだろう。そんな部屋の中で、一人の少女。────否、一体のアンドロイド(戦術人形)、HK416が壁に背を預けて座り込み、若干乱れた青みを帯びた銀色の髪を掻き上げながら、小さくも苦々しい愚痴を溢した。

 

────事の発端はほんの3時前。何て事はない、夜間のS10地区内某所で展開していた、敵拠点への潜入偵察任務。その帰りに起きた。

彼女の所属する特殊部隊。404小隊は、人類共通の敵となった鉄血工造製戦術人形達による奇襲を受けた。

おそらく「Jaguar」から放たれた迫撃砲。それが帰投し、ヘリの合流地点へ移動途中であった小隊を襲った。それを皮切りに雪崩の如くSMGを装備した鉄血兵「Ripper」と二足歩行兵器に搭乗した鉄血兵「Dragoon」が二方向から押し寄せてきた。

偵察任務故に装備は最低限。敵に見つかるリスクを下げるためダミーリンクも連れて居らず、戦力的には全く太刀打ち出来ぬ程に差があった。

 

真っ向から撃ち合えば間違いなく全滅する。それを避ける為、小隊の隊長であるUMP45は発煙手榴弾を。彼女の妹であるUMP9は閃光手榴弾を敵部隊に投擲。一時的に敵の一部の行動を封じたその隙に小隊は撤退。

 

その際不幸なことに、敵が放った何発かの銃弾が彼女と同じ名を関した小銃。HK416の機関部に命中。

暴発こそしなかったものの、銃としては使い物にならなくなってしまった。おまけに被弾した時に手から離れて落としてしまうという失態付き。完璧(自称)な彼女として、あってはならない致命的なミス。

戦術人形としての戦闘能力が著しく低下した事は手痛い。だが、それ以上にマズイのは攻撃を回避する為に小隊メンバーと離れざるを得なかった事だ。

何時もなら、こう言った事態に陥った場合は最低でも二人一組(ツーマンセル)で行動するよう小隊メンバー内で定めている。

任務以外にも小隊随一の寝坊助であるARの戦術人形G11の世話を何かと焼いている為、こういった有事の際にもよくタッグを組む事が多いのだが、敵の奇襲に対応出来ず離れ離れになってしまった。

G11はちょっと油断すると何処であろうとすぐに寝ようとする。戦闘中ならば頼りになるのだが。今も何処かで自分が居ないのを良いことに寝ようとしているのではなかろうか。それが何だか不安だ。

 

ともかくとしてサイドアーム、サプレッサー付きのHK45Tをレッグホルスターから引き抜いて応戦するも、Ripperなら怯ませる程度の効果では、高い耐久性を誇るDragoon相手には力不足。ホローポイント弾も持ってくれば良かったと嘆いた所でもう遅い。

後退を続け、時折敵の銃弾が身体を掠めて、その内の一発が右大腿部に当たりながらも懸命に抵抗し。物量に押され押されて、最終的に辿り着いたのが今彼女がいる廃墟の一室。

 

苦し紛れも良いところだ。自ら袋小路に入ってしまうとは。

完璧を自称する彼女としては、自分がこうして追い詰められる事態など、今まで想像もしたことがなかった。

 

改めて今の状況を確認する。

まず現在位置。おそらくはかつて物置部屋として使用されたであろう部屋。窓はなく、棚やゴミはあるが隠れてやり過ごすには無理がある。

次に装備。メインであるアサルトライフルは破損の上紛失。サイドアームのHK45Tは健在だが、残弾はあと3発。

 

更に酷い事に。右足がまともに動かない。

撤退途中で大腿部に被弾したのが原因。痛覚を遮断して誤魔化してきたが、いよいよもって限界のようだ。

生体部品だけの損傷なら動きが悪くなる事はあっても、動かなくなる事はない。つまり要であるフレームにまでダメージが及んでいる。その証左として、被弾した大腿部からは生体部品を巡る赤い人工血液と、フレームから出たであろう茶色のオイルが混ざりあってどす黒い液体となって少しずつ溢れている。

間抜けな話だ、と。416はそう自らに告げる代わりに溜め息を溢す。

 

そこに追加情報が音として416の聴覚センサーが捉える。

複数の足音。階段を駆け上がる音。敵が押し寄せてきている。

時折銃声や壁などに着弾したような音も聞こえる。クリアリングする際に銃弾をバラ撒いているのだろうか。

ともかくとして、この状態で動けば簡単に見つかってしまう。動かなくとも見付かるのは時間の問題だ。

 

もう一度、深く息を吸ってゆっくりと吐き出す。HK45Tからマガジンを抜いて.45ACP弾の所在を確認。中身が減ってすっかり軽くなってしまった弾倉には、心許なさを思わざるを得ない。

再度弾倉を収め、スライドを軽く引く。薬室内に弾丸が装填されているかを確認し、丁寧にスライドを戻す。

彼女は優秀なエリート戦術人形である。特別な(エッチング)処理のなされていない銃器であったとしても、所持していた弾数と消費した弾数は認識している。それでもこうして確認してしまった。彼女自身、何故こんな事をしたのか理解出来なかった。

不安を覚えてしまったとでも言うのか。完璧な自分が?不安を?馬鹿な。

 

自分自身の感情が理解出来ぬまま、整理出来ぬまま。敵の足音は次第に大きくなっていく。近付いてくる。ふと見れば、己の足から溢れ出た液体が点々と、部屋の外からまるで道標のように連なっている。居場所を教えているのも同義だ。

 

「やってやろうじゃない」

 

彼女は正面に位置する出入口に向けてHK45Tを構える。両手でしっかり銃を握り、自身の完璧の名に懸けて一発も外さぬ意思を残り3発の弾丸に込める。

もう足音の主はすぐそこまで迫っている。

 

銃を構えたまま待つ。敵がこの部屋に踏み込んでくるその刹那を。

足音が消える。敵が足を止めた。すぐそこにいる。

 

敵が一体、部屋に踏み込む。Ripperだ。SMGを構え射撃に入る。その前に416は引き金を引く。

サプレッサーによるくぐもった銃声と共にRipperの頭部に.45ACP弾による風穴が空き、鉄血兵は前へつんのめるようにして倒れる。

この至近距離ならハンドガンでもヘッドショット一発で行動不能に出来る。

まず一体。あと2発。

 

二体目のRipper。今度は姿勢を低くして飛び込んでくる。即座に敵のSMGが火を吹いた。

同時に416は身体を右へ倒して飛んでくる銃弾を紙一重で回避。背を預けていたコンクリート壁に敵の凶弾が突き刺さる。

倒れ込んだまま一発撃つ。お返しと言わんばかりのヘッドショット。先と同じようにRipperは倒れた。

 

あと1発。左足で地面を蹴って、銃を構えたまま肩を回すようにして少しずつ出入口の正面から離れるように這って移動する。

敵が2体なだれ込んできた。一瞬早く部屋へ踏み込んだ敵に銃口を向けて発砲。しかしその弾は敵の頭部のすぐ右を飛んでいき、背後の空っぽの棚を揺らすのみに終わる。

HK45Tのスライドは引かれたまま固定。弾切れを告げるホールドオープン。替えの弾倉なんかない。あったとしても再装填の時間など無い。

 

打つ手無し。終わった。ここまでか。

諦念が彼女の電脳に芽生える。

2体のRipperが416に銃口を向ける。

 

その次の瞬間であった。敵が引き金を引き凶弾を放つその直前。銃を持つRipperの腕がもげた。

まだ終わらない。416自身も敵も状況を把握するよりも早く、連続するくぐもった音と共に2体のRipperは頭部と胴体に無数の風穴を空けられた。

頭部の電脳も胸部内のコアも。原形を留めぬ程に、もろとも破壊し尽くした。

瞬く間に行われた完膚無きまでの蹂躙。明らかに銃撃による破壊劇。416は目を丸くさせて驚いた。

 

そんな彼女の状況など知ったこと無いと言わんばかりに、新たな影がぬるりと静かに部屋へと侵入する。

先に入ってきたのは、黒を基調とした都市迷彩の戦闘服と、それに合わせた黒いタクティカルベストに身を包み、ヘッドセットにサングラスを思わせる程に黒いゴーグルを身に付けている。艶の無い黒一色に塗装されたアサルトライフル、HK417を構えた男。

その男の背後にもう一人。I.O.P社製エリート戦術人形であるSMG。Vectorが男をフォローするように付き従っている。

どちらの銃にもサプレッサーが装着されている。

 

新たに侵入してきた二人組は、416には目もくれない。代わりに、彼女が頭部を破壊して仕留めた二体の鉄血兵を見下ろす。

その二体の胴体。つまりコアに向かってそれぞれ7.62mmと.45ACP弾を数発撃ち込む。撃たれた鉄血兵は着弾の衝撃で体を揺らすのみで、動くことはなかった。

 

「クリア」

 

男性特有の低く静かな声で417を持った男が告げ、新たな弾倉を銃に叩き込み、チャージングハンドルを引く。両名に油断は無く、警戒を一切解いてはいない。

 

「ヴェクター。見張っててくれ」

 

「了解」

 

男と同様、Vectorも静かに応えて通路を見張る。それを確認して、男は持っているHK417にセーフティを掛け、グリップから手を離しハンドガードを持って416に歩み寄り、視線を合わせるように膝をついてしゃがむ。

416も、倒していた身体をなんとか起こして男と向き合う。

 

「404小隊のHK416だな」

 

「·····あなたは?」

 

警戒心をそのまま声に乗せて尋ねる。男もそれを予想していたのだろう。即座に応答して見せる。

 

「安心してくれ、俺達はグリフィンだ。ヘリアントス上級代行官の命令で、アンタを助けに来た」

 

「ヘリアンが·····?」

 

簡潔な身分紹介と知った名前が出てきたが、男に対する懐疑心は消えない。確かに、男のベストと戦闘服の肩部分にはグリフィン&クルーガーの社章がある。

しかし、だからといって素直に助けられようとは思わない。社章があるからと言っても、本物である確証などない。

 

男もそれを察したのだろう。少しだけ悩む様な素振りを見せてから、口を開いた。

 

「俺はS10地区指令基地の指揮官だ。指揮官と呼ぶのが煩わしかったら"ブリッツ"と呼んでくれ」

 

「ブリッツ。自己紹介なら後にしてくれる?」

 

Vectorがいい加減にしてくれと言わんばかりに男の名を冷たく呼び窘める。彼女が口に咥えている細長い棒状の物。ロリポップキャンディをゆらゆらと揺らしている。これは彼女が苛立っている証拠である。

普段なら指揮官と呼んでくれる彼女が、コードネーム呼びな辺り相当なものであろうと察した彼も「それもそうだな」と早々に切り上げるように答えて、ヘッドセットに手を当てる。

 

「こちらブリッツ。ワルサー、応答してくれ」

 

『ブリッツ。こちらWA2000。聞こえてるわ』

 

「状況はどうだ」

 

『周囲の敵は殲滅。予定通り着陸地点を確保。こちらに目立ったダメージはないわ』

 

「了解。なら、さっさと撤退だ。各員、予定通りに合流。ヘリでホットゾーンから離脱するぞ」

 

『了解。後で会いましょう。WA2000、アウト』

 

通信が終わり、ブリッツは膝を付いたままVectorへゴーグル越しに視線を向ける。

 

「聞いてたな?移動するぞ」

 

「了解」

 

必要最小限。短く応えてVectorは通路へと身を乗りだす。

ブリッツは再度416に視線を向け、彼女の血とオイルにまみれた足を見る。

 

「被弾したか。この感じだとフレームまでイってるな。動けないか?」

 

「無理ね。それに、助けてもらうつもりもないわ」

 

416はブリッツを冷たくあしらう。エメラルドグリーンの瞳はブリッツとVectorに対して疑いの色が浮かんでいる。

彼女は突如として現れたこの二人を信用出来なかった。

少なくとも、今は敵ではないのだろう。だがそのあとは?予測が出来ない。

 

分かりやすくG&Kの社章を見せ付けての自己紹介や、ヘリアンの名前が出たこともそうだ。分かりやすい故に疑わしい。

更に言えば、404(存在しない)小隊が存在している事を知っていた事が、彼女の疑心暗鬼を強くさせていた。

 

判断材料が少ない。だから疑わしい。疑わしきは拒否した方が無難である。

 

もし仮に、今彼女の手に握られているHK45Tに弾が残っていたら、撃つつもりで彼らに銃口を向けていただろう。

敵である可能性だって捨てきれないのだから。後々面倒な事態になるくらいならば、いっそ事を起こした方が却って都合がいいだろう。

 

そして何より、今目の前に居座るこの"自称"指揮官の存在そのものが、416が疑う要因そのものであった。

グリフィンの指令基地を任されている指揮官自らが、何故こんな前線に戦術人形と共にいるのか。

確かに、戦場へ戦術人形の部隊と同行する指揮官は少数ながらに存在する。しかしその殆どは後方からの狙撃による支援であり、鉄血の戦術人形と正面切って戦う指揮官など、果たしてその少数の中にどれだけいるか。それも、主に前衛を務めるSMGの人形とだ。

 

指揮官は指令基地から戦術人形へ指揮を出す。それがグリフィン内部の常識であり、指揮官の立場で戦場に立つ人間は異端者として扱われる。

第一、戦術人形を駆使する民間軍事企業の先駆けとなったグリフィン&クルーガーが、人形を率いる指揮官を常時募集している状態だ。グリフィンの設立者であるベレゾヴィッチ・クルーガー氏自らが有望そうな人物を直接スカウトしに出向くことすらある。

逆に言えば、それだけグリフィン内の指揮官不足が深刻な域に達してきているということでもあるのだが。

 

故に、そんな貴重な指揮官は担当地区の司令部にて部隊に指示を出すか、戦闘区域手前の地域に即席の前線基地を設営し、そこから指揮を執るという形を取っている。間違っても部隊と同行することはまず無い。

そんな異端者な"自称"指揮官に着いていく事は、416としては躊躇いを覚える事態であった。

 

「そうか。なら仕方ない」

 

しかしこの指揮官。そんな事関係なしと言わんばかりに、持っていたHK417をスリングベルトを使って腰に添えるように吊るす。

そして、座ったまま動けない416を右肩に担ぐ形で立ち上がる。

 

「ちょっ、ちょっと!」

 

「こっちも仕事なんでな。担がれてくれ」

 

416からに抗議の声も一蹴し、踵を返してブリッツも部屋を出る。部屋の外にはVectorが銃を構えながら、怪訝な顔で待っていてくれた。

 

「遅い。っていうかなにそれ」

 

「やむを得ない事情だ」

 

「ふぅん·····」

 

淡白な反応を返すVectorであるが、その視線は担がれている416に向いている。

担がれている416も、現状を見られて恥ずかしいやら情けないやらで、「な、なによ」と語気だけは強い薄っぺらな虚勢を張ってVectorに声を掛けるが、どこか締まらない。

 

数瞬の間をおいて、Vectorは腰に手を回し背嚢を漁り、棒つきキャンディを引き抜いて416に差し出す。

 

「食べる?」

 

「·····遠慮しておくわ」

 

「ああそう」

 

言って、Vectorは今まで咥えていたキャンディの棒を吹き捨て、取り出した新しいキャンディの包装を剥がして口に入れる。

キャンディを口のなかでコロコロと転がして味わいつつ、棒を上下左右に振るようにして弄ぶ。

 

それでも、その双眸には毛ほどの油断も慢心も感じられない。ブリッツも同様で、左手には大型の45口径拳銃、L.A.Mとサプレッサーを装着したH&K Mk.23ソーコムピストルを持って前進する。

ビル内の敵は侵入時、目標を探索中についでとばかりに3階から下は掃討されていた。階段の踊り場や各階の通路には鉄血兵だった物の残骸があちこちに転がっている。416が見える範囲だけでも二個分隊近い数を確認出来た。

倉庫部屋での徹底した破壊劇ではなく。そのどれもが、損傷の差は多少あれど、必ず頭部の電脳と胴体のコアに最低でも2発ずつ弾丸が撃ち込まれ、完全に機能を停止させていた。

 

416がここに逃げ込んだのは今から30分程前だが、敵がビルに進入してきたのは10分程前だ。

つまりこの惨状は、そのおよそ10分の間に作り上げられたことになる。それも、416や敵には一切悟られずに。

もし彼らの襲撃が鉄血に察知されたなら、奴等は即座に増援を呼ぶ。鉄血の戦術人形が敵と見定めているグリフィンの戦術人形や人類を滅殺する為に、鉄血は過剰なほど大規模に部隊を素早く導入、展開する。

現に帰投中の奇襲も。逃げ込んだビルへの侵入も。質より量で押し潰すやり方であった。結果的にそっちの方が確実なのだろう。

 

なので、鉄血兵と交戦した際には真っ先に電脳を破壊し、敵の交戦開始や増援要請の信号を送れないようにする必要がある。

しかし人形は人間とは違い、ヘッドショット一発で完全に仕留められるとは限らない。機関部のコアが無事な場合、電脳が壊死しても動く場合があるのだ。甚だしい時は、頭と胴体が分離しても銃撃してくる事もある。

Vectorはもちろん、ブリッツもそれを分かっているのだろう。

 

担がれながらもそう分析した416は、その端正な顔をしかめた。

この男はまるで機械のようだ。的確に、迅速に、隠密に、徹底的に、容赦なく殺せ。そうプログラムされた機械。

416は勿論404小隊の全員にも同じ芸当は出来る。というよりも、そう指示(プログラム)された戦術人形(機械)ならば出来る。

 

ちらりと、416は彼の腰で揺れているHK417を見る。彼女と同じ名前であるHK416を強化改修。大口径化された銃だ。

一目見て分かる程に使い込まれたピカティニーレールにはレッドドットサイトにフォアグリップ。不慮の脱落防止にタイラップで括り付けられたPEQ。銃全体に刻まれた細かい傷の数々は、彼がこの銃を持って幾度となく戦場へと赴いた証。

 

(まさか、I.O.Pが新たに開発した男性型戦術人形。とかじゃないわよね·····)

 

そんなバカな考えが浮かんでしまうが、戦闘能力といい、決して軽くはない戦術人形一体を担いで平然と危なげなく移動してみたりと。並みの人間にはまず出来ない事をやっている辺り、ただの指揮官ではない。

 

結局、そのまま敵とは遭遇せずに無事一階の正面玄関から外に出た。

 

「あっ、指揮官!」

 

凛とした、それでいて弾むような声が掛けられた。416は担がれたままながら可能な限り体を起こして、声がした方向へと視線を向ける。

まず視界に入ったのは、嬉しそうに満面の笑顔でこちらを出迎えてくれた黒いセーラー服に赤いマフラーを巻いた一○○式機関短銃。今にも飛び跳ねんばかりの可愛いげのある笑顔だ。ただし、その顔。正確には左頬を中心にべっとりとこびりついた赤黒い人工血液が無ければの話だが。よく見れば、顔だけでなく漆のように黒く艶やかな長髪やセーラー服のあちらこちらに血が付着している。

特に酷いのが彼女の持つ、弾倉が着いていない機関短銃だ。銃の先端部に取り付けられた銃剣は今もなお鮮血を滴らせている。

 

「一○○式ちゃん、弾が切れました~って言った途端いきなり敵に突っ込んでくんだもん。ビックリしちゃったよ~」

 

まあいつもの事だけどと最後に付け足して、明るく軽い口調で言うのはAm RFBだ。

血に塗れている一○○式と比較すると、その明るさも一際目立つ。

 

「とかなんとか言っておきながら、結構楽しんでたじゃない。あなた」

 

そう呆れた口調で指摘するのは、白いスリップの上に黒いジャケットを羽織ったFALである。

何とも目のやり場に困る格好であり、それで平気な顔して外を出歩ける彼女にはファッションセンスと倫理観の欠如が疑われている。というよりも指揮官が「戦場にその格好で行くのはどうなんだ?」と指摘したが、当の本人は「これが私の持つ魅力を最大限に引き出すファッションよ」と譲らないので、指揮官は諦めた。

 

「一○○式ちゃん、トリッキーな動きするからね~。それに合わせて援護射撃するの難しいけど、結構楽しいよ~」

 

あっけらかんと言ってのけるRFBにFALは額を抑えてため息をつく。

 

「私はフレンドリーファイアしないか毎回冷や冷やしてるわよ·····」

 

「いつも助かってます!」

 

「そう思うならもう少し自重してちょうだい。少しでいいから」

 

快活に述べられた一○○式の感謝は嬉しいが、つい本音が溢れてしまう。それくらい一○○式は一見して無茶な接近戦をやってのけるのだ。それでも、返り血だけで一切の傷を負わずに殲滅して見せる所が、一○○式の凄いところであるのだが。

 

「それより指揮官!一○○式は斧が欲しいです!」

 

「は?」

 

突然のおねだりに指揮官は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。どういう事だとFALに視線を向けると、彼女もその意図を汲み取って説明してくれた。

 

「敵が持ってたトマホークを奪って使ったのよ」

 

「凄かったよ~。無双ゲーみたいだったよ!」

 

目を輝かせて補足をいれるRFBに対して、FALの表情は沈んでいる。FALもその時の光景を目撃していた。

周囲の敵に銃剣を振るって切って突いて刺して息の根を止め、トマホーク一発で叩き切り仕留める。SMGの戦術人形が持つハイスペックな身体能力を駆使すればこそ出来る芸当。

きっと獅子奮迅な活躍を見せてくれたのだろう。一○○式の血塗れな笑顔がその証拠だ。

 

眩いばかりの笑顔を振り撒き期待に瞳をキラキラと輝かせる一○○式を見遣り、ブリッツは考えるような素振りを見せる。

 

「斧か。いいな、考えておこう」

 

「わぁ!ありがとうございます!」

 

「いや止めなさいよ」

 

指揮官の前向きな検討に一○○式は更に表情を明るくさせ、FALは勘弁してくれと言わんばかりにまた溜め息をつく。

もしこれで正式に斧の支給が決まったら、一○○式は今以上に銃剣突撃をする機会が増えるのだろうな。SMGの戦術人形なのに。

 

「いざとなったら、私がフォローしてあげるわよ。何だかんだで、引き際は弁えてるみたいだしね」

 

やや高飛車な口調で次にやって来たのは、体を覆う熱光学迷彩マントをたなびかせ、地面に転がっている鉄血兵の残骸を蹴飛ばし、踏み越えながらRFのエリート戦術人形、WA2000が姿を見せた。

 

それを見て、いまだに担がれたままであった416は漸く気付いた。この周囲一面、鉄血の戦術人形の残骸が転がっていることに。

彼女がビルの中で隠れている最中、あの短時間で。ビルの中に侵入した以上の敵が殲滅されている。

大した物だ。ダミーも無しに。そう感心してしまえる。

 

そんな416の感心を余所に、ブリッツとその後ろにいるVectorにWA2000は「おつかれ」と労いの言葉を告げる。ブリッツは彼女と同じように「おつかれ」と返しVectorは返事こそしなかったが、代わりに軽く手をひらひらと振った。

 

「よし、全員集合したな。"ゲート"、ブリッツだ。荷物を確保した。ヘリを寄越してくれ」

 

『既に向かっています。あと10秒です』

 

ブリッツの要請にヘッドセットのスピーカーから、無線機特有の僅かなザラつきに混じって女性の落ち着いた声が帰ってきた。それを聞いて416は驚く。

何故なら無線周波数を教えてもいないのにも関わらず、平然と彼女のヘッドセットにも音声が飛び込んできたのだから。

 

『404小隊のHK416さんですね。初めまして。私はブリッツ指揮官の補佐を担当しています"ナビゲーター"と申します。以後、お見知りおきを。まずは無断で貴女の無線機に割り込んでしまったことを謝罪します。申し訳ありません。話を円滑に進めるために必要だとこちらで判断した結果です』

 

淡々と事務的でありながらも、それを嫌みに聞こえさせない。そんな柔らかな声色で、無線の向こうにいる"ナビゲーター"と名乗った女性。おそらく彼女も人形か、それに準ずる何かであろうと416は予想するが、敢えてそれを言及するような事はしなかった。

それよりも、気になっている事があるからだ。

 

「何故指揮官が戦場にいるの?」

 

『指揮官が戦ってはいけませんか?』

 

飄々とした態度と口ぶりで質問に質問で返されるが、つまりはそう言うことなのだと暗に示す。それで納得しろと、遠回しに次げているのだ。

416としては面白くはないし気に入らないが、おそらくはぐらかされて終わるのだろうと予想がついた。この辺り、小隊の隊長サマであるUMP45と似ているなと416は思う。本当に気に入らないが。

 

そうこうしている内に、ナビゲーターの言った通りにヘリコプターがやって来た。機体側面にはグリフィンの社章も確認出来る。

大きく旋回しながらやってくるヘリは、人員輸送のヘリとしては些か過剰に武装が施されていた。

 

機体の両側面には装甲とハードポイントが追加され、ロケット弾ポッドとミニガンがぶら下げられている。スキッド上部にも機関銃が備わっており、完全なガンシップの様相を呈している。

対地攻撃を想定しているのだろう。地上に展開する鉄血兵どもを空から蹂躙するための装備だ。416を担いでいるこの男の一声さえあれば、たちまち地上に蔓延る鉄血兵が見るも無惨な鉄屑と化すだろう。

 

やがてヘリは目前の広い交差点へ降下を開始する。しかし完全に着陸することはなく、地上1mから2mの高度を維持したままホバリング。ダンパーの稼働音と共にドアハッチが開く。

 

『急いだ方が良いですよ。鉄血の増援部隊がこちらに向かってきています。あと約2分です』

 

ああ忘れてましたとでも言わんばかりに軽い態度で告げるナビゲーター。思わず聞いていた416の表情が苦々しく歪んだ。

 

「ならさっさと帰ろう。第一部隊、帰投する」

 

それに応答するブリッツもブリッツで、何でもないような風で返す。416にの表情が更に歪む。

それを合図に部隊員たちはヘリに搭乗。ハッチが閉まると共にヘリは上昇を開始。

次第に速度を上げていき、やがて戦闘区域から離脱した。




(続くかどうかはわから)ないです。仕事いそがしいからね。しょうがないね。


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1-2

ぬわぁぁぁぁん執筆つかれたもぉぉぉぉん!
毎日投稿してる先駆者ニキたちは一体何者なんですかね・・・・・?

とりあえず感想下さい何でもしますから!


────S10地区司令基地。この基地の評価は「可もなく不可もなく」である。

基地としての規模も小さくは無いが大きくも無く、戦果も少なくは無いが多くもない。指揮官が特別優れている訳でも無ければ所属する戦術人形もそう多くは無く、実働部隊も二つか三つが精々である。

 

隣のS09地区が激戦区である事もあって、些か影の薄さは否めない。

 

良くも悪くも目立たない。それがS10地区司令基地。

────というのが、エリートにして(自称)完璧な戦術人形HK416が、当基地にて自身の義体を修復中に入手した情報を基に判断した総評であった。

 

しかしながら、彼女は入手した情報と自分が置かれている状況から得た実情に、修復を終えて基地の中枢とも言える司令室へ向かう最中において無視出来ぬ程のギャップを感じざるを得なかった。

 

まず第一に、評価の割に設備が充実し過ぎていた。

義体の修復に使用されたメンテナンス装置も、数は5つと少ないがそのどれもが最新型の物が使われていて、貯蔵している資材も潤沢だ。資材に関しては徹底した節制や言い渡される任務内容によって説明は出来るが、装置に関しては首を傾げるばかりだ。

 

こっそり覗き見た人形の戦闘記録を収集、蓄積するデータルームも、例外無く充実していた。

高精細なモニターを備えたドローンコンソール。大型のサーバーに、型落ちではあるがデスク上には高性能PCが鎮座している。

サーバーの隣に設置された見慣れない大きな箱状の機材が気になったが、一先ず捨て置く。

 

して、あらかたの情報収集を終え、足早に目的地である司令室に到着した416は、乱れてもいない身なりを手早く整えてから自動ドア横の開閉に使うタッチパネルに触れる。

 

滑らかにドアはモーター音を伴いながら開いた。

 

「HK416。ただいま到着しました」

 

敬礼と共に告げる。その姿はまさしく完璧であると416は自画自賛し、内心ドヤ顔を浮かべていた事を蛇足として付け加えておく。

 

司令室には三人。一人はこの基地を任されている指揮官。ブリッツが、ディスプレイ一体型のテーブルの近くに立ってテーブルを見下ろしていた。

 

グリフィンの制服である赤いコートを着込み、されど前は大きく開かれており、その下には戦場でも見た都市迷彩の戦闘服がある。

 

その傍らには一体の戦術人形。頭頂から毛先にかけて白銀から赤にグラデーションがなされた長いツインテールが特徴的なMG。LWMMGがブリッツと同じようにテーブルを見下ろしている。

もう一人。いや一体人形がいるが、416はなるべく視界にいれないように努めた。

 

ブリッツも416の存在に気付き顔を上げ、微笑を浮かべて青い双眸を向けた。

 

「来たな。身体の状態はどうだ」

 

「良好よ。おかげさまでね」

 

「それは何よりだ」

 

言葉短いやり取り。その中でも、416の電脳はブリッツを値踏みしようと処理速度を上げていく。

 

「先ほど君の所属する部隊。404小隊隊長のUMP45と連絡が取れた。第3セーフハウスにて待機しているとの事だ」

 

その報告に416は「そう」とだけ返した。

404小隊を知っているだけでなく、隊長であるUMP45とも直接連絡が取れる当たり、やはりこの指揮官はただ者ではないと確信を抱かざるをえない。

少なくとも、グリフィン内で出回っている評価からはかけ離れた存在であろう。

 

ブリッツの素性を訝しげに思うその時、甲高い電子音が司令室に鳴り響く。

 

ブリッツがテーブルに触れると電子音は鳴り止み、代わりに彼の背後に設置された通信モニターに光が灯った。

 

『ブリッツ指揮官』

 

モニターに映し出されたのは彼の上司にあたる女性。右目にかけられたモノクルを煌めかせながら、ヘリアントス上級代行官はブリッツの名を呼んだ。ブリッツは先ほどまでの微笑を消し、厳かな表情で敬礼して応える。

 

ヘリアントスは、モニター越しにHK416の存在を確認して小さく息をついた。

 

『まずは、急な救出任務を見事やり遂げてくれた事、感謝する』

 

「恐縮です」

 

『うむ。だがすぐに次の任務を遂行して貰わなければならない。申し訳ない』

 

「構いません。準備はいつでも出来ています。───どうぞ、命令を」

 

瞬間。スイッチが切り替わるように、ブリッツが纏う空気ががらりと変わった。

冷たく、されど苛烈で。一つでも扱いを違えれば途端に爆発してしまいそうな程に危うい。

それは殺意。それも、何があってもブレる事のない決意によって固められた、明確な殺意。

 

勿論命令を下すヘリアントスに対する物ではない。これから言い渡される命令が分かっていて、その中で出てくるであろう対象へ向けての殺意。

 

それを見たヘリアントスは、特別驚くでもなく平然としていて。寧ろ彼がそうなるのかの確認すらしてから、彼女はモノクルをかけ直し言葉を紡ぎだした。

 

『先ほど404小隊が偵察した鉄血の前線基地。貴官らにはそこの壊滅を命ずる』

 

「直ちに」

 

纏う雰囲気をそのままにブリッツは軽く頭を下げて命令を受諾。ヘリアントスが最後に『良い報告を待っている』と言い残して通信が切れ、モニターは消えた。

 

「さて、HK416」

 

ブリッツが顔を上げて振り返り様、416に呼び掛ける。

その声色は寒気を覚える程に冷えきっていて。それでいてえもいわれぬ圧力が込められていて、思わず肩がぴくりと震えてしまった。

 

「この任務、君にも協力してもらうぞ」

 

「・・・・・理由を聞きたいわね」

 

「君は直接敵の前線基地を見ている。こちらでも偵察ドローンなどで情報を集めてはいるが、やはり直接見て得た情報には敵わない。俺達の部隊に同行し、手助けしてほしい」

 

「・・・・・それは命令?」

 

「いや、"お願い"だ」

 

圧をそのままに笑って見せるブリッツに、416は薄ら寒いものを感じた。そして同時に思う。この男は我らが隊長サマとはまた違う意味で食えない。

こちらが断れないのを見越してお願いなどと抜かしているのだ。

 

本来なら、こんなお願いは聞き入れる必要はない。彼は指揮官という立場にあっても、それはこの基地での話であって404小隊の指揮官ではない。指揮権命令権は無いのだ。

だからお願いといったのだろう。命令ならば指揮権命令権云々で拒否出来たが、お願いならそれに当てはまらない。

 

付け加えて、彼らは頼んでいないが自身を救出し、修復までしてくれた。とてもじゃないが、断りづらい状況に持ってかれている。

そして何よりも、完璧な自分が任務の助力を求められて断るのは、言外に「出来ない」と告げているようで。己の矜持がそれを告げるのを拒んでいる。

 

気にくわない。これが計算ずくか否かは知らないが、とにかく気にくわない。

 

416が答えを出しあぐねている所に、ブリッツは更に切り出す。

 

テーブルの影から黒い長方形のハードガンケースを取り出し、机上に置いた。

ケースを開けて、416に中身を見せる。そして彼女は目を見開いた。

 

ケースの中には、自身と同じ名が冠されたアサルトライフル、HK416が弾倉を抜かれた状態で収まっていた。

それも、ただのHK416ではない。鉄血からの奇襲で破損し紛失した、烙印システムで繋がった己の半身だ。

 

「同時に展開していた別の部隊の人形が偶々見付けてな。

ASSTに影響を与えない程度には修復し、各部のメンテナンスも済ませている」

 

聞いてもいないのにブリッツが答える。しかし確かに、ASSTが正常に働いているのも、それによって偵察任務に出動する前よりも銃の状態が良好なのも。触れるまでもなく彼女は即座に理解させられた。

 

やられた。そう思った。

416は大きく息を吐いて、告げる。

 

「わかったわ。協力する」

 

ブリッツが嬉しそうにニヤリと笑い、懐からHK416の弾倉を取り出し、彼女に差し出す。

弾倉上部から見える黄金色のAPCR弾が誇らしげに光を反射している。

 

416はガンケースの小銃を手に取ってから弾倉を受け取り、それをレシーバーに叩き込む。チャージングハンドルを引く。

 

「HK416。ただいまよりS10地区司令基地の指揮下に入ります。指揮官、ご命令を」

 

「協力に感謝する。HK416」

 

一切の淀みもない敬礼に、ブリッツも答礼する。

 

「ライト。第一、第二部隊は?」

 

「補給を終えて待機中です。何時でも出れますよ」

 

「直ちに召集してくれ。ブリーフィングを行う」

 

「了解しました。指揮官」

 

これまで沈黙を保ってきたライトことLWMMGは一瞬の遅れもなく反応し、即座に無線で部隊に呼び掛ける。

 

ブリッツも着ていたグリフィンの制服である赤いコートを部屋の隅へと脱ぎ捨てて、またテーブルの影から黒いプレートキャリアを取り出し、身に付けた。

不思議と、制服姿よりも今の方がしっくりくると感じる。

 

慌ただしい様子となった司令室を見ながら、416は不意に目だけを横へと向ける。

 

視線の先には、少し前から気にしないようにしていた人形。

部屋の隅でちょこんと正座し、首からは『私は銃弾を無駄に撃ちまくりました』と書かれたプラカードを紐でぶら下げた一○○式機関短銃が、見るからにしょぼんとした表情でそこにいた。

 

そういえば、弾が切れるまで撃ったとか言ってたなと、416は電脳の記録装置に保存されたデータから、一○○式はおそらく反省中なのだと判断した。

 

何とも言えないまま416は一○○式から視線を外した。

 

結局一○○式の正座は、召集した第一、第二部隊が到着するまで継続された。

 

 


 

急な救出任務で疲れているだろうが、敵と任務は待ってくれない。早急に行動を起こす必要がある。

知っているだろうが、基地より北東約10kmの地点に、鉄血の前線基地が発見された。先の404小隊への奇襲も、おそらくここが出所だろう。

居住区からもそう遠くない位置だ。放置することは出来ない。

計らずも、さっきの任務で幾らか敵戦力を削ぐことが出来た。救出したHK416が提供してくれた情報もあるし、彼女も作戦に協力してくれる。時間をおいてもロクな事にならない。行くなら今しかない。

 

ヤツらの前線基地はどうやら大戦時代に軍が使い、その後放棄された軍事施設を再利用しているらしい。四方を高い壁に囲われていて、乗り越える事はほぼ不可能だ。ヘリで直接乗り込んでも、3つの対空砲が設置されていて、蜂の巣にされる。

侵入出来る経路は2つ。南の正面ゲートと北の裏口だけだ。当然正面の警備は厳重。裏口も、決して緩くはない。

だがやらない理由にはならない。

第二部隊は正面ゲート付近に待機。隠れて合図を待て。

第一部隊は裏口から侵入する。緩くはないとはいえ、正面と比べて敵の数は少ない。必要ならば迅速かつ隠密に敵を排除し、内部に侵入する。

そこからは三手に別れる。

ワルサー、一○○式と共に基地北西に位置する監視塔を制圧しろ。監視塔に上がったら合図があるまで待機だ。見付かるなよ。一○○式はその警護だ。その時がきたら好きに暴れろ。

FALとRFBは三つの対空砲にC4を仕掛けろ。見つからなければ何をしても構わない。対空砲の爆破がワルサーと第二部隊への合図だ。しくじるなよ。

ヴェクター、416は俺と共に施設の中枢部に侵入。情報通りなら、中央の建物に施設全体を制御しているメインパネルと通信設備がある。ここを制圧したタイミングで対空砲を爆破しろ。

そこからはお楽しみだ。第二部隊は正面ゲートの敵を排除した後内部に侵入。蹂躙しろ。

敵は全て殺せ。殲滅しろ。例外無く、満遍なくだ。

制圧後は使える物資を全て根刮ぎ奪い、二度と基地として使えないよう木っ端微塵に吹っ飛ばす。

 

正直この作戦は作戦とはとても呼べない。ちょっと手の込んだカチコミだ。だが、我々ならば必ず遂行出来る。

鉄血のクズどもに、どこに基地をおっ建てたかを銃弾で教えてやれ。

 

さあ諸君、任務開始だ────




雑な解説こーなー

ブリッツ指揮官
S10地区司令基地にて指揮官を務める男性。鉄血絶対殺すマン。
年齢は大体20代後半。身長180センチ弱。短い黒髪に青い目が特徴。
ブリッツはグリフィン内で使われるコールサインであり、本名ではない。
というより氏名が無い。不明ではなく無い。

高い作戦遂行能力を有しており、VECTORと一緒に屋内戦やったり、AA-12持って一○○式ちゃんと仲良く敵に突撃したりと、今日も元気に戦場を駆け回る。
なお指揮官としての能力は高くはない。グリフィンの選抜試験は何とかクリア出来る程度。

HK417A2をよく使い、任務内容によって仕様を変えている。
基本的には16.5インチモデルにサプレッサー着けたりM320着けたり。時折20インチモデルを狙撃仕様として使ったりと様々。部品取りも含めて417だけで5丁ある。


元零細PMC所属の少年兵。正規軍特殊部隊に所属していた過去があるが、軍では戦死者として処理されている。

あ、ブリッツくんフリー素材なんで(需要無し)


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1-3 -敵拠点制圧-

時間かかりすぎぃ!
誰か執筆速度向上のコツ教えて


─────今回襲撃する鉄血兵が占領した軍事施設は元々、某国軍が第三次大戦時に自軍の前線基地へ支援物資を送るためや、作戦行動中の部隊への支援を目的として建設、運用されていた補給基地であった。

しかし6年にも渡る大戦で国家は疲弊、衰退。停戦と同時に基地は閉鎖。解体する予算も惜しい状況もあり、そのまま形を残したまま放棄された。

 

そこを鉄血兵に狙われたようで、当時の設備を復旧し、人類へ攻撃する為の前線基地として再稼働された。何とも笑えない話だ。

更に笑えないのが、基地の防衛システム。例えば対空機関砲といった兵器類が、整備すれば問題無く使用可能な事だ。当然鉄血兵も、使える物を使わないなんてマヌケではないわけで。立派に拠点防衛の設備として利用されている。

 

これにより、ガンシップを使ったへリボーンが実行不可能になってしまった。

勿論、真っ先にヘリで対空兵器を潰しておくという選択肢もあったが、降下前に撃墜される可能性も低くはない。流石にリスクが高過ぎると判断。

 

よって、ブリッツは司令基地から装甲車で接近し、途中から徒歩で敵基地に近付くという選択をした。

 

その道中、装甲車の車内にて、一○○式機関短銃は非常にご機嫌であった。

救出任務の帰還から敵前線基地攻撃のブリーフィングまで、見るからに落ち込んだ面持ちで正座(プラカード付き)による反省をさせられていたとは思えぬ程に。

お世辞にも座り心地はよろしくない装甲車(APC)の座席にちょこんと座り、赤い瞳を爛々と輝かせている。

 

そんな彼女の視線の先には、艶の無い黒い手斧。

DEMKOのAll Steel Tomahawkに向けられていた。

柄の長さと、格闘戦を想定し意図的に重く作られているのが特徴的であり、金属の切断にも適しているため、頑丈さを売りにしている鉄血兵にも有効打を与えられる。

 

このトマホーク、ブリーフィング後にブリッツから一○○式へ手渡された物だ。

 

銃剣による突撃をよく敢行している一○○式ならば使いこなせる。そう判断したブリッツが所有していたトマホークを彼女に譲渡した形だ。本人も欲しがっていたのも後押ししている。

使い込まれた事がよく分かる位に、トマホークには大小様々な傷が見受けられる。しかし手入れはされているようで、使用には問題は全く無さそうだ。

 

その時の様子を司令室で見た副官を務めるLWMMGは呆れてため息を溢し、FALは頭を抱えて唸っていた。

ちなみにLWMMGはブリッツが不在の間、司令部防衛の為に基地に残っている。

 

「恨むわよ指揮官・・・・・」

 

トマホークを見つめる一○○式を横目に見ながら、恨み辛みがそのまま声としてFALの口から小さく漏れ出る。だが装甲車の駆動音によって掻き消されてしまい、誰もその声を拾う事が出来ない。代わりに主犯であるブリッツを睨み付けるが、睨まれた本人は素知らぬ顔で16.5インチモデルのHK417A2の作動チェックに勤しんでいる。

時折大きく揺れる車内であっても、その手付きに乱れはなく実に手馴れていた。

 

HK417の仕様も先の救出任務から変わっている。銃口のサプレッサーは取り払われ、代わりにマズルブレーキが。アンダーバレルはフォアグリップからM320グレネードランチャーに。完全に戦闘を想定した、ドンパチ賑やかなセットアップとなっている。

右のレッグホルスターにはMk23ソーコムピストルを収め、こちらはサプレッサーとL.A.Mが装着されたままだ。

ボディアーマーも兼ねて着込んだ黒いタクティカルベストのポーチにはHK417用の30連拡張マガジンと破片手榴弾が三つ。腰に巻き付けたベルトに設けられたポーチにはMk23の予備弾倉と大型ナイフが。完全武装といった装いであるが、APC内部という限定した状況においてその格好は酷く浮いており、場違い感すらあった。

 

戦術人形の衣服はそれ自体が戦闘服も兼ねているのもあってか、マガジンポーチやホルスターといった各部に違和感がないようデザインされている。例えば第一部隊のバトルライフルのような一部の例外はあるが、戦闘面の機能性と見映えの良さが両立しているが故に、戦場における正装そのものである筈のブリッツの格好が逆に浮いてしまうという摩訶不思議な現象がおきてしまうのだ。

 

尤も、この部隊に限って言えばそれは何時もの事であり、この場で気にする者は唯一の部外者であるHK416以外に存在しなかった。

 

「一○○式ちゃんご機嫌だね~」

 

ちょうど一○○式の向かいに座る第二部隊所属、CZ-805が微笑みを溢しながら告げる。

第二部隊はガードが厳重な正面ゲートの攻撃がある。その為、従来の5.56mm弾ではなく更に強力な7.62mm弾が使用できるようバレルが交換されている。

 

「ご機嫌なのはいいけど、また無茶な突撃しないでよね」

 

同じく第二部隊。マイクロUziが釘を刺すように便乗する。

が、同じSMGの戦術人形としてそれなりの付き合いがある彼女は分かっている。「まっ、結局突っ込むんだろうけどね」と。それを実際言葉にすることはせず、また言葉にした所で一○○式が省みる事はないと確信している。

彼女も正面ゲートカチコミ組なので、腰のベルトには予備弾倉がこれでもかと詰め込まれ、バックパックには焼夷手榴弾がこれまたギュウ詰めされている。

 

「無茶をしないことが無茶なのでは?早く使いたいって顔してますよ」

 

柔らかな声色で指摘するARの戦術人形AR70が、苦笑混じりに告げる。

良いとこのお嬢様のような物腰穏やかな雰囲気を醸し出す彼女だが、コートの下。ショルダーホルスターにはベレッタAPXコンバットが右脇にぶら下がり、腰にはM320グレネードランチャーに榴弾が数種類と、  

 

「ワルサーさん、一○○式ちゃんの面倒、おねがいしますね」

 

第二部隊隊長、SV-98が苦笑いを浮かべながらすぐ右隣に座るWA2000へ声を掛ける。彼女も過去、一○○式の突撃癖に苦労させられた人形の一人である。

それを知るWA2000は「やるだけやるわよ」と、自身の実体験を思い起こしながらため息混じりに彼女は返した。

そんなやり取りが偶々聞こえた張本人は「ちょっ、何ですかそれは!」と不満を顕にして頬を膨らませた。それがなんだか面白可笑しく、車内のあちこちから吹き出す音と笑い声が沸き起こる。

 

部隊間では「手のかかるコだが何だか憎めない」という近所に住む腕白な娘っ子か何かのような立ち位置を一○○式は確立していた。当の本人はそんな扱いを受けることをおきに召してはいないようだが。

 

416は思う。これから戦場へ。それも敵の拠点に攻め込むというのに、車内には穏やかな空気が流れている。緊張感がない。

特に第一部隊。先の任務と変わらぬ面子であるが、あの時と本当に同じ部隊の人形なのかと疑問を抱いてしまうほど雰囲気が違う。

 

『皆さん、そろそろ作戦区域に入りますよ』

 

通信機に"ナビゲーター"からの声が入る。スイッチが切り替わるように、穏やかな空気は途端に引き締まる。

ブリッツとHK416及び第一部隊の面々が、装填されたマガジンに弾丸が入っているか確認してからセーフティを解除し、チャージングハンドルを引く。

装甲車の騒音が車内に響くなか、無機質で乾いた音がやけに耳に残る。

同時に、ブリッツが掛けている黒いサングラス───メガネ型のヘッドマウントディスプレイを起動。見た目と違い、ブリッツの視界はクリアで。かつHMDには現在地を示すミニマップ。持っている武器の種類と残弾数。更に味方の戦術人形と無線で接続(リンク)したことで様々な情報がブリッツの視界に表示されては消える。

 

やがてあれ程駆動音をがなり立て激しい振動は鳴りを潜め、装甲車は停車。後部ハッチがモーターの稼働音を立てて開かれる。

外気からひんやりとした空気が流れ込み。しかしそれを味わう間もなく真っ先にブリッツが装甲車の外へと飛び出す。続くように第一部隊、一○○式とFAL、RFBとWA2000が頭を下げて姿勢を低くし、銃を構えて周囲を警戒しながら外へと躍り出る。装甲車の奥にいたHK416が最後に降車する。

装甲車前方の運転席側からはVectorが。収容人数の関係で、第一部隊で彼女だけ運転席側に搭乗していた。

 

第一部隊の面々は視る。仲間の配置。周辺の状況。それらを加味し、視線と銃口を同時に周囲へ向ける。

大戦前。人で栄えていたであろう街を。煌びやかな摩天楼であったであろう建設物を。その尽くが見るも無惨な姿となり果てている。

ビルが。マンションが。アパートが。車が。広場が。舗道が。割れ、抉られ、砕かれ、破られ、潰され、破壊の限りを尽くされている。

大戦で使用されたであろう戦車や装甲車にジープが、原形を留めぬ程に潰され破壊されている。

 

第三次大戦という人間が引き起こした大災害の爪痕。それを目の当たりにした胸中に去来するのは悲しさでも虚しさでもなく。むしろ一切の感動もない。眼前に広がるのはただの廃墟であり瓦礫であり残骸である。

いつ崩壊してもおかしくない建物ばかりであるが、それだけに身を潜める場所も多い。今一番気を付けなければいけないのは敵のアンブッシュからの奇襲。

 

装甲車を囲むようにして展開し安全を確認。

 

「クリア」

「クリア」

「クリア」

 

オールクリア。周辺の安全を確保。

隊長であるSV-98が装甲車から顔を出し、クリアリングを終えたブリッツも彼女に視線を向ける。

 

「では指揮官。予定通り、私たちはここから敵基地の正面ゲートに向かいますね」

 

「ああ、頼むぞ。たださっきの騒ぎで付近を哨戒している奴らがいる筈だ。増援を呼ばれると厄介だ。数的不利なら隠れてやり過ごせ。一息で叩けるなら即座に排除しろ」

 

「静かに素早く姿を見せず、ですよね指揮官」

 

「そういう事だ。健闘を祈る」

 

「指揮官も、お気をつけて」

 

互いに敬礼を交わし、SV-98は装甲車のハッチを閉鎖し、Vectorとブリッツを先頭に第一部隊は前進を開始。

同時に装甲車も敵拠点の裏口近くを目指して出発する。

 

「さて、時間がない。敵の拠点までは後600mだ。夜明けまでには全て終わらせるぞ。遅れるな」

 

「そっちこそ」

 

ブリッツの言にFALが挑発的ともとれる笑みと共に返す。

戦術人形の機動力は、人間のそれを凌駕している。後付けの外骨格を用いれば更に上がる。

第一部隊は全員I.O.Pのカタログ上では最高級(LEGENDARY)のエリート戦術人形で編成されている。当然性能面も半端や伊達ではない。

416も、エリートと言って差し支えない性能を持つ戦術人形だ。ブリッツがいくら優れた兵士であったとしても、移動ひとつとっても、彼女には人間に遅れをとってしまうようには思えなかった。

 

「行くぞ」

 

ブリッツがそう告げたその瞬間。HK417を両手で保持した状態で駆け出した。それに合わせて部隊も地面を蹴って走り出す。

416は一瞬呆気に取られるが、すぐに合わせる。

 

静かに素早くとやらはどうしたのだと今すぐにでも問い詰めたかったが、すぐにそうもいかなくなった。

動きが速いのだ。

 

両手を小銃で塞がれている状態での全力疾走は、肉体的に負担の多い動きだ。小銃によって腕の動きが制限され、効率的な走り方が出来ない。つまり体力の消耗がそれだけ激しい。

更にブリッツは戦闘時の備えとして完全武装。ベストや予備弾倉に手榴弾などの装備品によって決して軽くはない重量が身体にのし掛かっている。

 

それでもなお、機動力の高いSMGの戦術人形であるVectorと並走した状態で走り続けている。

中間に陣取るFALとRFB、WA2000も離されず追随。というよりも、この3人に先行する2人がペースを合わせているといった感じか。

それでいて、ただ駆け抜けるだけでなく進行方向とその周辺へのクリアリングも怠らない。

 

そのまま走り続けること数分。市街地を抜けて、ちょっとした森林地帯を進んだ先。目的地である鉄血兵に占拠された軍事施設の裏口付近までたどり着いた。幸いな事に、敵とのコンタクトが無かった為、スムーズに進行できた。

 

裏口の警備は想定していた以上であった。

体の前面がすっぽりと隠れてしまう程の巨大なシールドを持った鉄血兵、GUARDが三体。その後ろを長射程のライフルを装備しているJAEGERが2体居座っているという状態だ。ガードも裏口を中心にイェーガーと一緒に囲うようにして展開している。手際よく排除しないと増援を呼ばれ、じり貧に陥る可能性もある。

 

そういった事情も相まって、現在第一部隊は近くの茂みや木の上で裏口を監視。第二部隊の連絡を待っている、という状態である。

 

「結局、ここまで敵はいなかったわね」

 

周辺を警戒しているFALが、道中の様子を思い出しながら小声で告げる。無線機のマイクによって、味方内だけはその声がハッキリと聞こえる程度に拡声される。

 

「たまたま敵がいないルートを通ったのかな?」

 

RFBがそれに反応。意見を述べる。確かにその可能性もあるにはある。

しかし、それにしたって気配も痕跡もないのは些か気になる。

 

まさか誘い込まれたのでは?そんな懸念が416の電脳内に浮上する。

 

「俺が思うに」

 

そんな彼女の懸念を払拭するかのように、ガードとイェーガーの動向を観察していたブリッツが、視線を逸らさぬまま口を開く。

 

「哨戒に回せる人員がいないか、もしくはそっちに回す予定だった人員を拠点の防衛に充てているんじゃないか。404小隊への奇襲と捜索で、結果として俺たちに戦力を削がれたからな。補充が間に合ってないのかもしれない」

 

「下手に探し回るより待ち構え、迎え撃つ選択をしたってことね。だとしたら厄介よ」

 

FALの納得したといった口調と共に告げられた最後の一言に、他のメンバーに緊張が走った。

 

基本として、拠点を攻める側と守る側では、余程の物量差がない限り圧倒的に守る側の方が有利である。

攻めいる側と違い物資にも余裕があり、大がかりで強力な武器兵器が使いやすい。戦闘員10名ちょっとが正面からがっぷり四つといけば、返り討ちに遭うのが関の山。

そのため、少数で敵拠点を攻め落とすには隠密に行動し、内部から攻撃を仕掛けるしかない。それでも、失敗すれば敵の敷地内で包囲されて孤立。そのままなぶり殺しにされる。

 

鉄血兵は効率と確実性を重視する。敵司令部まで真っ直ぐ最短距離で侵攻したり、戦力が拮抗しているようなら即座に応援を送る。もしくは予め過剰な戦力を投入しておくなど。目的のためならば採算度外視の手法をとる。

 

であるならば、敵を確実に壊滅させるために拠点の守りを固めることを選択してもおかしくはない。

もちろん確証はないのだが。

 

『指揮官。こちら第二部隊』

 

無線機に通信。第二部隊隊長のSV-98からだ。呼ばれたブリッツが即座に応答する。

 

「SV-98、こちら指揮官。状況はどうだ」

 

『予定通り、正面ゲートに到着。ただ、警備が厳重です。AEGISが5体とDRAGOONが4体。想定していた以上に守りが硬いです』

 

これで確定した。奴らは守りを固めて迎撃態勢にある。

強化装甲持ちのアイギスが前面を固めているとなると、対抗できるのは徹甲榴弾が使えるSV-98と、グレネードランチャーを装備したAR70とCZ-805。焼夷手榴弾を持っているマイクロUziも、やや劣るが一応対抗できなくはない。

 

しかしそれだと火力と機動力に秀でたドラグーンの排除に時間がかかってしまう。どうしたものか。

 

『あのぉ指揮官。ひとつ質問があるのですが』

 

正面ゲートの警備に頭を悩ませているところに、おずおずといった様子でAR70が相変わらず柔らかい声色で聞いてきた。

 

『正面の警備は全て倒す必要がありますか?』

 

「確かにそれがベストではあるが、まともにやりあってたら時間がかかりすぎる。警備が厳重であるところを見ると、攻撃を確認した瞬間正面ゲートに敵が押し寄せる事はほぼほぼ間違いない。そうなったらじり貧だ。せめてゲートを抜けられればやりようはあるんだが」

 

『でしたら、私に一つ考えがあります。恐らく、一番手っ取り早い方法かと』

 

「・・・・・わかった。やり方は任せる。準備して、合図を待て」

 

『了解しました、指揮官。御武運を。アウト』

 

通信を終了。それを見計らい、416がブリッツに近寄り声をかける。

 

「任せて良かったの」

 

「問題ない。いつものことだ」

 

「いつものことって・・・・・」

 

指揮官として大丈夫なのか?そう問い質したくなる衝動を寸でのところでこらえる。自分よりも長く付き合いのある部隊員が何も言わないのだ。これ以上の言及に意味はないだろうし、余計なお世話だろう。完璧な自分はそういう所もまた完璧なのだ。

 

「よし、戦力と状況は大体把握できた。休憩は終わりだ。そろそろ行こう」

 

「やっと出番?」

 

待ちくたびれたとでも言わんばかりの、やけに間の抜けた声でVectorが舐め終えたキャンディのスティックを摘まんで弾き飛ばす。

 

「早く切り込みたいです!」

 

「そしたらまたライトに怒られるんじゃない?」

 

「っっ!」

 

ヤル気満々といった具合にウズウズしている切り込み隊長こと一○○式に、FALが一言。これが実に効いたのだろう。ビクリと体を揺らし半身たる機関短銃をぎゅっと抱き締めてブルブルと震えだす。

 

先ほどの反省の義(正座とプラカード)は指揮官によるものではなくその副官。LWMMGによるものだ。

司令部に所属する人形は皆、第一第二部隊も含めて彼女には逆らえない。副官という立場によるものもあるが、それ以上に戦闘面の実力で敵わないという要素が大きい。

 

それで作戦終了ごとに副官に怒られる一○○式の姿が見られ、その後で戦友たちに慰められるまでがワンセットである。

 

ともかくとして、仕事に取りかかろうとブリッツは部下達を見遣り、上を見上げた。

視線の先には木の上で座り込む形で射撃体勢に入り、スコープを覗くWA2000の姿。銃口は真っ直ぐ、裏口を警備する鉄血兵に向いている。

 

「ワルサー、そこから敵の横っ面ぶん殴れるか」

 

「楽勝よ。私を誰だと思ってるのよ」

 

自信満々。余裕すら窺える。しかし慢心も油断もない。

彼女に限って。更に言えばこの部隊に範囲を絞って言えば、エリート戦術人形にありがちな油断や慢心、驕りは一切無い。それを指揮官はよく知っていた。というよりも、"そう鍛え上げた"。

 

スコープを覗く。演算処理を加速させる。

風速、気温、湿度、距離、角度。そこに敵の様子も含めた様々な要素を計算し、最適な向き、角度、タイミングを計る。

といっても今回は距離も近い。狙えば当たる。そんな状況だから仰々しく複雑な計算は要らないのだが、それはRF持ちの彼女の性格故か。瞬く間に演算を済ませ、万全に状態へと心身を導き、深く息を吸い込み止めて、引き金を引いた。

 

衝撃が肩を叩く。制音された発射音と共に対戦術人形用7.62×51mm徹甲弾が銃口から飛び出す。

弾丸は吸い込まれるようにして後方に陣取るイェーガーの頭部を捉えた。体が崩れるより。機関部より排出された薬莢が地に落ちるよりも早く。彼女の銃口は次に向けられ、間髪入れずに発射。同様に2体目のイェーガーの頭部を破壊。

ここで一発目の薬莢が地に落ち、ガードが異変に気付く。が、それよりも早く彼女の凶弾は放たれ、異変に気付くだけで自身が撃たれた事に気付くこと無く機能を停止した。

更に一発。2体目のガードのバイザーごと撃ち抜く。

最後の一体。こちらはシールドで前面が射線が遮られている。だが彼女は一切気にせず。

まずシールドに一発。ちょうど頭部のある部分に弾丸を撃ち込む。それで貫通するなら良し。そうでないならもう一発。案の定、徹甲弾はシールドを貫通。風穴を空けたが、本体にダメージを与えるには至らない。

間髪入れずにもう一発。弾丸が先に空けた穴を通りガードの頭部に命中。部品の欠片を撒き散らしながら、パタリと後ろへと倒れた。

 

動くものはいなくなった。

オールクリア。この間4秒足らず。

全員もれなくヘッドショット。被害報告を他の人形に伝える間もなく機能停止に追いやった。

現に拠点内部に変化らしい変化は見受けられない。

 

「援護くらいさせなさいよ。サボってるみたいじゃない」

 

「それは次の機会に取っときなさい」

 

FALの冗談混じりの苦言を溢す。見れば彼女も銃口を動かなくなったガード達に向けられていた。RFBやVectorも、万が一の為に銃を構えている。しかしそれは杞憂に終わってしまい、この後に出来ることと言えば銃口をそっと下へと向けて構えを解く位である。

そんな戦友の様子を横目に、撃つ前と変わらぬ余裕をもってFALに返し、WA2000は木から飛び降りた。

その姿からは今しがた5連続キルの秒殺劇をしれっとやり遂げた余韻は一切感じられ無い。

 

「やるな。更に腕を上げたようだ」

 

「当然よ」

 

指揮官の称賛にも浮かれた様子を一切見せない。むしろ「この程度何てこと無い」とでも言いたげな余裕綽々な微笑すら浮かべている。

空になったマガジンを地面に落とし、バックパックから新たなマガジンを取り出し、機関部に叩き込む。

コッキングレバーを引き、薬室へと弾丸を送る。

 

「私は、殺しのために生まれてきたのよ」

 

 




カッコイイわーちゃんが書きたかったんや・・・・・かっこいいよね?(不安)

あっ、そういえば。デイリーのコア狙いで複合レシピ回したらMDRちゃんとK21ちゃんが来てビックリしました(小並感)


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1-4

状況や風景を文章で表現するって難しい・・・難しくない?(文章力クソザコ作者並感)

そういえばはじめて感想もらった!ありがとナス!
もっと欲しい(強欲)


裏口の警備を始末し、ブリッツとVectorを先頭に部隊は敷地に潜入。その際、倒した鉄血兵のコアに弾丸を叩き込み確実にトドメをさしていくのを忘れない。

 

同時に、動かなくなったイェーガーのうなじの辺りに黒く刻印されたQRコードとシリアルナンバーを確認。

それをブリッツは個人情報端末(PDA)で写真を撮影し、記録。それを指令基地のナビゲーターに送信。解析を頼んでいた。

その時彼が浮かべていた表情はとても神妙で、何かしらの懸念を抱いているように思えた。

 

しかしそれもすぐに引っ込む。

部隊全員でカバーしあいクリアリング。四方を高い壁で包囲されているだけに、中に入った時若干ながら圧迫感を覚えた。

 

幸い、周囲に敵影は無かった。

 

「ここで分かれるぞ。ワルサー、一○○式と一緒に監視塔を制圧。待機しろ。FALとRFBは対空兵器の破壊工作。Vectorと416は俺と一緒に中枢に踏み込む。くれぐれも見付からないようにな」

 

「スニーキングミッションの予習ならバッチリだよっ」

 

「あなたそれゲームでしょ」

 

自信満々といったRFBに入るFALからのツッコミに、416以外の全員が小さく吹き出し、小さな声量で笑い声を上げる。

 

一頻り笑った後、ブリッツは何も言わず右手を軽く振る。ハンドサインのみで散開を合図。それぞれ与えられた役割を果たしに行動を開始する。

 

頭は低く身を屈め、動きは素早く迅速に、物音を立てず隠密で。敷地内には監視用のサーチライトが、常に動き回って不徳なネズミを見付けようと目を光らせているが、それを嘲笑うかの如くワルサーと一○○式のBチーム。FALとRFBのCチームは照明に照らされていない暗闇に身を溶け込ませ、敵に存在を一切悟らせない。

 

残る3人。ブリッツ、Vector、HK416のAチームは予定通りに施設中央の建物。中枢部へと進行。

人気の無い裏の勝手口に辿り着く。

 

建物は三階建て。そして目的である制御パネルと通信設備は最上階の三階にある。

屋上にはパラボラアンテナが設置され、あれで鉄血兵や各地の拠点に情報を送り。または受け取り、侵攻の是非や増援部隊の派遣などを決めているのだろう。

 

あれを潰せば、周辺の敵に気付かれる事無くこの施設を占拠、壊滅させる事が出来る。

 

更に幸いな事に、外の警備は硬かったが、中はあまり厳重ではないようだ。大半はスリープモードに入っているのかもしれない。

 

これなら対空兵器の破壊工作担当も、意外にすんなりと終わらせて催促の通信を飛ばしてくるかもしれない。

 

手早く終わらせよう。

言葉に出さず、三人は目線だけでその意思を伝達させる。

 

ブリッツが金属製のドアに近寄る。HK417を背中に背負うような形で収め、レッグホルスターからMk.23を取り出す。マガジンの中身を確認し、薬室内の弾丸の有無の確認(プレスチェック)。ドアのノブをゆっくりと捻り、ゆっくりと少しだけ開ける。

トラップの類いは見当たらない。静かに素早くドアを開けてエントリー。

 

照明が点いていない室内は暗いが、戦術人形には夜間でもある程度の視界を確保するため、僅かな光を増長させ視界を確保する機能が備わっている。とはいえ、ハンドガンの人形に比べると、完全なクリアとはいかないが。

忍び込んだ部屋は倉庫か何かだったのか。埃を被った棚やら段ボール箱やらが、雑に放置されている。

 

「クリア」

 

Vectorが静かに告げる。

 

「ここから制御室のある三階まで行く。気を引き締めろ」

 

「はいはい了解」

 

「私は何時でも完璧よ」

 

片や気だるげに、片や少しズレた返答を持って応える。

 

特に気にせず、ブリッツはHMDのフレームに付いたスイッチを押す。

途端に視界には暗闇とは違う黒を基調とした。それでいて様々な物体の輪郭が青い線状となって浮かび上がる。

 

マグネティックモードと呼ばれるこれは、後方散乱X線を用いて、雨や霧。砂嵐に吹雪の中でも視界を確保し。果ては薄い壁の向こう側をも透視出来る。

これにより、ドアを開けて部屋を直接確認せずとも敵の有無が分かり、クリアリングに掛かる時間の短縮に繋がった。

有効半径は30mとやや狭く、あまり壁が厚いと透視が効かなかったりといった弱点はあるが、それでも屋内戦でならかなり利便性の高いガジェットである。

 

そのマグネティックで部屋の外の通路を透かして見る。

敵影らしき存在は確認出来ない。部屋と通路を隔てるドアを開け、躍り出る。

 

建物の見取り図は装甲車の中で確認。記憶済みだ。

といっても、その見取り図は大戦時の物。鉄血が占拠した際にリフォームでもしていたら進行に影響が出るおそれも、無くはなかった。

 

だから慌てず急ぐ。Mk23を胸元に引き寄せるように構える──所謂C.A.R systemと呼ばれるシューティングスタンスで前進。

底の硬いブーツによる足音をなるべく出さぬよう配慮も忘れない。いらぬリスクは徹底して避ける。

 

階段を上がり二階へ。しかしそれ以上にはいけない。三階へと繋がる階段が無いのだ。

大戦時、前線基地では無くとも軍事施設として運用されていたのだ。敵が内部まで侵攻してきた場合に備え、頭脳部であり心臓部でもある制御室に容易く行かせぬように、やや入り組んだ面倒な作りになっている。

 

だが、事前に入手した見取り図のおかげで迷う事無く。入り組み死角の多い通路も"マグネティック"でクリアリングもスムーズに。

 

順調に次の階段へと到達。

 

『ブリッツ、ワルサーよ』

 

踊場の部分で通信が入る。

 

「ブリッツだ。どうした」

 

『予定通り、監視塔を制圧。その際、敵を5体排除』

 

「了解。そのまま待機だ。可能なら、FALとRFBの援護を頼む」

 

『そっちも大丈夫そうよ。今二つ目にC4を仕掛け終えたみたい』

 

「そうか。順調そうで何よりだ。こっちはこれから三階の制御室に踏み込む」

 

『了解。あまり待たせないでよね』

 

「善処しよう。ブリッツ通信終了(アウト)

 

通信が終わる。作戦は順調に進行出来ている。

何も問題はない。

 

三人は残りの階段を上がって前進。3階の通路にも敵らしき影は見当たらない。

 

「少なすぎない?」

 

「おまけに静かすぎる」

 

Vectorの指摘に便乗するように416も進言する。

それを気のせいだと。大丈夫だろうと捨て置くほど、ブリッツは能天気で楽観的な思考を持ち合わせてはいない。

 

待ち伏せか罠の可能性もある。だとすれば今この状況は不味い。自分達は今ヤツラの胃袋の中も同然だ。しかし確信が持てない。

ブリッツは考える。部隊を率いる者として。敵地に侵入している一兵士として。

 

数瞬の推考の末、彼は判断を下す。

 

「やることは変わらない。行くぞ」

 

選んだのは前進。どちらにせよ後戻りできるポイントはとっくに通りすぎている。

であれば、進んだ方がいいと判断した結果であった。

 

交差点や曲がり角を警戒しつつ前進。

三人の不安や懸念を嘲笑うかのように、目的の制御室の前に辿り着く。

 

制御室の前にはドアといった通路と部屋を隔てる物がない。"マグネティック"を使わずとも室内を見回せた。内部もそれほど広くはない。

室内には3体の人形。リッパー2体にイェーガーが1体。

武装こそしてはいるが、制御パネルの前で突っ立っているだけで何も警戒している様子がない。

 

「随分と厳重な警備体制だったね」

 

直接声ではなく、味方の人形同士が使える短距離無線通信を使ってのVectorの皮肉な物言いに、ブリッツと416は無言のままであったが頷かざるをえなかった。ブリッツの無線機もそれが拾えるよう調整がなされている。

最悪を想定して行動していただけに肩透かしをくらった気分だ。

 

ブリッツが「片付けよう」とハンドサインを駆使して指示を伝達してからMk23を構え、一番近いイェーガーに照準を合わせる。高威力な45口径弾とはいえ、頑丈さが売りの鉄血工造製の戦術人形。万が一に備えての選択だ。

Vectorも416もそれを見て残り2体のリッパーに銃口を向ける。

 

「狙ってる」

 

「準備よし」

 

インカムから入る二人の声に、引き金に掛ける人差し指に力を込め、遊びを潰す。

 

「───撃て」

 

静かに告げられた合図とほぼ同時に放たれた3発の銃弾は、正確に鉄血兵の頭部を捉え即座に機能停止(ブラックアウト)。糸の切れた操り人形よろしく力無く床に崩れ落ちた。

銃口をそれぞれ倒れた人形から外すこと無く制御室の中へと入る。近付いてコア部分に2発。

 

「クリア」

 

安全を確保。構えを解く。制御パネルにブリッツが近付き、PDAと接続させる。

416は通路を見張り、VectorはPDAを取り出してパネルと接続するブリッツの傍でカバーに入る。

 

「ゲート。アップリンクする。受け取ってくれ」

 

『了解、受けとりました。────全システムの掌握を確認。全てのデータの抜き出しに成功。解析結果は帰投してから教えますね』

 

「頼む」

 

『ではまた後ほど』

 

通信が切れる。これで山場の一つを越えた。が、余韻に浸っている時間はない。

接続されていたパネルとPDAを切り離し、代わりにバックパックから四角い物体。遠隔での起爆が出来るように誂えたC4爆薬を取りだし、スイッチを入れてパネルの上に置いた。

他にも通信装置と思われる機材にも設置。

 

 

細工は流々。仕掛けは上々。あとは仕上げを御覧じろ。

 

『ブリッツ、FALよ。たった今3つ目の爆薬を設置したところ』

 

爆薬の設置が終わったタイミングで、破壊工作に勤しんでいたFALから通信が入る。

「私も頑張ったよ~!」と相も変わらずな元気で明るい声色でRFBも告げてくる。

 

その声で見つかりはしないだろうなと一瞬不安になったが、今さらそんなミスをするほど、彼女は無能でもない。無用な心配だ。

 

「良いタイミングだ。こちらも今準備が終わった」

 

『あら、じゃあいよいよね』

 

『ハイスコア目指しちゃうよ~!』

 

二人の期待感に満ちた声。今の今まで息を潜め、我慢を続けた。その甲斐が今報われる。

そう。ここからがもう一つの山場であり、盛大なパーティーの始まりとなる。

 

『ワルサー、及び一○○式。準備完了よ』

 

『第二部隊も準備完了しています』

 

各々から上がる報告。そのどれもが今か今かと期待感を纏った声色で。もう待ちきれないといった風で。

ブリッツの口角は自然とつり上がった。

 

「諸君。ここまでご苦労。お待ちかねの時だ」

 

ブリッツがバックパックから爆薬の起爆スイッチを取りだし、悠然とした足取りで部屋から出る。その後ろをVectorと416は着いていく。

 

「さて、お祭りの時間だ。ドンパチ賑やかになるぞ」

 

十分距離をとってから、ブリッツはスイッチを押した。




無駄に長いわりに話があまり進んでない・・・進んでなくない?(脚本構成クソザコ作者並感)

ブリッツくんと愉快な仲間たちは皆好戦的っていうかわりとドンパチ大好きなやつら。
戦術人形だし、それと一緒に戦場に出るようなヤツだし、ま多少はね?

次回はドンパチ賑やか戦闘回(描写できるとは言ってない)


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1-5

勢いをそのままに書いてたら切り所さん見失って長くなっちゃった。おまけに相変わらずのガバガバ描写だけど、お兄さんゆるして


────それは爆発音から始まった。

 

偶々対空機関砲の周辺を巡回していたヴェスピドが、それに気付いた。

決して小さくはなく、遠くもない。静寂を破るように夜空に響くその音の出所を、ヴェスピドは即座に探知する。

 

方角からして施設中枢部。下の階層の方ではない。もっと上。ヘルメットのような金属質のバイザー。それに仕込んだ各センサー類が検知した様々な情報を統括、整理し、演算を経て、やがて辿り着いた発生源のポイント。

 

そこまで辿り着いて、漸く彼女は異常事態が起きていることを察知。この場にいる他の人形と情報を共有し、事態を正確に確認しようと動く。だが、それは出来なかった。

 

何故なら、すぐ近くの対空機関砲が突然爆発し、それに巻き込まれてしまったのだから─────

 

 

占拠された元軍事施設から上がる火の手。これは狼煙だ。時折聞こえる爆発音。発砲音。これは鬨の声だ。戦いの時が来たのだ。

 

軍事施設から少し離れた位置にて。

S10地区司令基地所属の第二部隊。隊長のSV-98が乗り付けた装甲車の上で、それを双眼鏡を用いて視認する。その表情は作戦前や普段の穏やかな雰囲気とはほど遠い、冷静にして冷徹な無表情。

装甲車のエンジンは掛けられたままで、物々しい騒音を響かせているが、それすらも彼女は気にした様子もない。

 

双眼鏡には突然の爆発に慌てパニック状態に陥っているドラグーンとアイギスの姿。

 

「"合図"を確認。AR70、行って下さい」

 

「了解しましたっ」

 

やけに弾んだ声色で、OTs-12から運転席を交換したAR70が応える。これから起こすこと。それから起こることを想像して、ついつい表情を緩ませてしまう。

 

彼女はアクセルを大きく開けた。

途端に装甲車のエンジンが唸りを上げて排気音を撒き散らし、駆動輪がその場で空転する。

追加の装甲板などで重量が加算され、結果として20トン近い車体重量。それを前に押し進める600馬力以上を叩き出すターボチャージャー搭載のディーゼルエンジンによって、徐々に装甲車はその見た目と重量から見合わぬ速度を発揮していく。

それを運転するAR70の顔は花が咲いたような笑顔である。

 

速度は既に時速100キロに達し、そのまま直進。その行き先は正面ゲート。

 

AR70がブリッツに提言した作戦はつまり、装甲車で正面ゲートに全速力で突っ込むという無茶苦茶な物であった。

 

激しく揺れる装甲車の上で、SV-98は振り落とされぬようベルトで車体と体を繋ぎ、座った体勢で己と同じ名を冠したライフルを構え、スコープを覗き込む。

スコープのレティクルには4体いる内、一番右端にいる1体のドラグーン。狙いを定めてトリガーを引く。

放たれた対戦術人形用.338ラプア・マグナム弾がドラグーンの頭部を吹っ飛ばした。

ボルトハンドルを引いて排莢し、狙いを定めて更に一発。今度は左端のドラグーンだ。

 

これもまた同様にヘッドショット。走行中の装甲車の上での狙撃とは思えぬ正確無比さ。されど彼女は出来て当たり前とばかりに淡々と、まるで単純作業を繰り返すかのような様相で狙撃を続ける。

 

装甲持ちのアイギスは例えヘッドショットしても耐えられる可能性もある。なので、比較的脆弱な膝関節を撃ち抜いて破壊し、まともに動けなくする。それでも攻撃できない事もないが、現状これで十分。

 

何故なら、全速力で突っ込む装甲車で皆まとめて轢き、破壊してしまうからだ。

 

いくら頑丈なアイギスとはいえ、時速100キロで重量20トンの金属の塊に突っ込まれれば一溜まりもない。

何かが潰れたような硬く鈍い音を掻き鳴らし、風に舞う紙切れよろしく装甲や武器だったものの破片やらなんやらを撒き散らし、尽くを弾き飛ばした。

 

結果として、高脅威目標は為す術もなく破壊され、第二部隊は施設内部に無事突入した。

 

「ウフフフ♪」

 

可憐に笑みを溢しながらそれをやってのけたAR70は、ハンドルとブレーキを駆使して装甲車の巨体を左へ大きくスライド。土煙を巻き上げながら摩擦抵抗で車体を減速させる。

並行して、突入と同時に後部ハッチを開けて車内にいた人形がぞろぞろと飛び出す。

 

真っ先に飛び出したのはCZ-805とマイクロUzi。

敵に撃たれるよりも速く7.62×39mm弾の雨を浴びせ、自身の間合いに入ったヴェスピドやリッパーを次々に打ち倒していく。

 

「ドンドンいっくよぉ~!」

 

興が乗って来たのかやけに明るく弾んだ掛け声でアンダーバレルに装着されたグレネードランチャー、CZ805G1の引き金を引いて40mmグレネードを射出。3体程纏まっていたリッパーの足元に着弾、爆発。腕やら足やらを吹き飛ばす。

 

Uziも右手でILM社製45口径ホローポイント弾をフルオートで打ち続けて牽制。その片手間に左手でバックパックに収納した焼夷手榴弾をひとつ取りだし、近付こうとするヴェスピドに向かって投擲。

放物線ではなく地面と水平で真っ直ぐ飛来するそれを避けることも出来ず、頭部のバイザーに命中。真上に弾かれる。そのタイミングで焼夷手榴弾が破裂。大気に反応して薬剤が発火。火のついた燃焼剤が、ヴェスピドとその周辺に居合わせてしまったリッパーやイェーガーに降り注いだ。瞬く間に火だるまになる。

 

炎による高熱に晒された電脳はやがてオーバーヒートやショートを引き起こし、やがて燃えながらにしてパタリと倒れた。

人間であったなら。もしくはI.O.P社製の戦術人形であったなら怯むなりなんなり、何かしらの反応があっただろう。

しかし相手は鉄血工造製の人形。怯むこと無く反撃してくる。

 

「可愛いげないわね!」

 

「ちょっとは怯みなさいよ!」と大声で文句を吐き捨てながら空いた左手で一度リロードし、もう一丁のマイクロUziをホルスターから抜き出して構える。

今もなお燃えている味方だったであろうヴェスピドのボディを乗り越え踏み越えて、ぞろぞろとやってくる多数の鉄血兵に向かって無数の銃弾を浴びせる。

 

訓練に訓練を重ねて習得した反動制御により、バイタルパートへ吸い込まれるように弾丸は着弾する。

 

機能停止して倒れる鉄血兵を押し退けるようにして、次にやって来たのは5体のドラグーン。

バイクに足を生やしたかのような見た目をしている二足歩行兵器に搭載された、機関銃を彷彿とさせる巨大な武器がUziとCZ-805に向けられる。

 

それに気付き、二人はドラグーンに銃を向ける。─────よりも先に、一体のドラグーンの頭が弾かれるように揺さぶられ、それきり動かなくなる。

それだけでなく歩行兵器が爆発したり、脚部が破壊されて倒れたりと、次々に戦闘不能に陥っていく。

 

装甲車の上に乗ったままのSV-98がヘッドショットを決め、操縦席の上部ハッチから身を乗り出す形でM320グレネードランチャーを使ったAR70に、いつの間にか敵の背後に回り込んでいたOTs-12ががら空きだったドラグーンの背中や歩行兵器の間接部や機関部に銃弾を叩き込んでいた。

 

動かなくなったのを確認し、Uziは一息ついた。

 

「ありがと、助かったわ」

 

「お互い様ですよ」

 

AR70がハッチからよじ登りながらも、お淑やかな笑みを絶やさずに告げる。この言葉通り、実際CZ-805とUziが周囲の敵を片付けてくれなかったら、彼女の降車は遅れ、延いては援護が遅れて最悪間に合わなかった。

 

「秘密兵器だからね。期待通りでしょ」

 

フンスと自慢げに胸を張って見せるOTs-12。ドラグーンが一発も発砲できなかったのは彼女の功績も大きい。SV-98とAR70だけでは処理が追い付かず、誰かが被弾していた可能性もあった。

彼女はこういった立ち回りが非常に上手く、何度もピンチを彼女に救ってもらった。

 

目につく限りの鉄血兵は全て片付け、今は非常に落ち着いた状況にあった。

 

だからだろうか。OTs-12の背後に忍び寄る影に、彼女は気付けなかった。

 

「ッ! ティスちゃん後ろ!」

 

それにすぐ気付いたCZ-805が声をあげるも、背後の敵は既に彼女に飛びかかっていた。

反射的に振り返ったOTs-12も敵の姿を視認した。

小柄な体躯に褐色の肌。青い頭髪を靡かせて、ブルートがその手に持つ鋭利なナイフを振りかぶる。

 

半端な装甲板程度なら容易く切り裂くナイフの斬撃を受ければ、文字通り致命傷。

 

OTs-12はもちろん第二部隊の面々も全員対応に遅れた。間に合わない。

 

やられる。そう確信せざるを得ない状況。

 

(指揮官・・・・・ゴメン)

 

最後にバックアップ取ったのいつだっけ。なんて他人事のように考えながら彼女は目を閉じる。

 

しかし何時になってもブルートの凶刃が来ない。

代わりに、何かが砕ける音と何かが地面に転がる音が聞こえた。

 

何があったのか。ゆっくりと目を開けてみれば、頭部に風穴を開けて地面に横たわるブルートの姿。

 

『ティス。油断しすぎ。秘密兵器が秘密のまま終わっちゃうところよ』

 

「おお~っ。わーちゃんありがとう」

 

通信機に飛び込んできた音声。WA2000の軽口からブルートを仕留めたのが彼女だというのがよくわかった。

本当に間一髪だった。この土壇場で決められる技術をWA2000が持っていた事がOTs-12にとって何よりの幸運だったに違いない。

 

『今そっちにFALとRFBを向かわせたわ。あとわーちゃん言うな』

 

「了解しました、わーちゃん」

 

「今度お礼に美味しいココア奢るよわーちゃん」

 

OTs-12をきっかけにしてSV-98の悪ノリも加わって、『アンタたち後で覚えてなさい』とやけにドスの効いた声が返ってきて、プツリと一方的に通信を切られた。

とかなんとか言って、WA2000が特に何もしてこない事を第二部隊の面々はよく知っている。嫌がってるのではなく、ただ単に気恥ずかしいだけなのだ。

 

そうこうしている内に、WA2000の言う通りにFALとRFBが第二部隊と合流。

施設内の敵の残党を探す、掃討戦へと移行する。────ハズだった。

 

瞬間、爆発があった。もちろんFAL達が仕掛けたものでもないし、別行動中のブリッツ達によるものでもない。

 

爆心地は、近くの建物。ブリーフィング時に見た際は大型の倉庫。または格納庫と断定された場所だ。

その倉庫か格納庫かに備えられた巨大なシャッターが、内側から吹き飛ばされていた。

 

なぜ爆発したのか。その理由はすぐにわかった。物々しい駆動音と振動共に巨大な影が蠢いている。

それはグリフィンに所属する戦術人形ならば誰もが知っている兵器。月明かりと所々から上がる火の光がそのシルエットを不気味に浮き立たせた。

 

「冗談でしょ・・・・・」

 

うんざりといった風にFALの口から溢れる。

 

四脚型無人歩行戦車。マンティコアと呼ばれる存在が、格納庫から姿を表した。

更に、ついでと言わんばかりに多数の鉄血兵がぞろぞろと、まるで随伴兵のようにマンティコアを中心に展開し、それぞれがFAL達に銃口を向けていた。

 

「カバー!」

 

真っ先に声を上げて行動に移していたのはやはりというか、FALであった。

それに半ば吊られるようにして、全員が身を翻して隠れる。その一拍後、お返しと言わんばかりの鉄血兵からの光学兵器による弾幕が襲いかかった。

 

辛うじて、全員が射線から逃れられ、被弾はしなかった。FALとRFBはすぐ近くに置かれていたコンテナに。第二部隊は装甲車を遮蔽物にして難を逃れた。

だがこのままではいずれ押し潰される。

 

『ちょっと!またわらわら出てきたわよ!?どこにいたのよ!』

 

『ああ・・・弾が無くなっていく・・・。またライトさんに怒られちゃう・・・・・』

 

片や怒号。片や悲痛な声が通信機越しに聞こえる。それに混じってこちらと同様に銃撃音が聞こえる。

WA2000と一○○式の方にも増援がやってきてしまったようだ。一○○式に関してはキチンと弁明すれば許してくれそうではあるのだが。

ともかくとして、あちらの援護は期待できそうにない。

 

「ブリッツ!応答して!緊急事態よ!」

 

鉄血兵の光学兵器の射撃音と着弾音に掻き消されまいとFALが通信機に向かって声を荒げる。

その姿からは普段の冷静沈着な様子からはかけ離れている。

 

応答はすぐにあった。

 

『ブリッツだ。状況は把握している。ちょっと待ってろ。すぐに行く』

 

「すぐってどれくらいよ!」

 

緊急事態と告げているのにいつもと変わらぬ態度のブリッツにFALはつい怒鳴り散らすように聞く。

それが理不尽な八つ当たりである事は彼女にもわかっていたが、どうしても感情をぶつけてしまう。

 

このままだと物量差と分厚い弾幕に押し潰されてしまう事もあるのだが。

本来ならば既に寝る前のスキンケアを終えて熟睡している時間帯であり、このままでは睡眠不足によって肌に悪影響を与えてしまうこと。それを認識してしまったがゆえのストレスが大半である。彼女、意外と余裕がある。

 

そんな彼女の返答は、声以外でなされた。

 

少し離れた中枢部の二階部分。その壁が突然内側から爆発した。

人一人は悠々と通れる位には大きく風穴が空いた。

 

破壊された壁からもうもうと上がる煙の中から、人影が現れる。

 

「────たった今だ」

 

その人影は紛れもなく我らの上官であるブリッツその人であった。

 

HK417を携えて二階から飛び降りる。着地してすぐに膝射体勢でフルオート射撃。近付こうと試みたリッパー2体を瞬く間にスクラップに変える。

流石に派手に壁を爆破すれば目立つ。FALのいるコンテナやSV-98が隠れる装甲車に向けて銃撃していた鉄血兵の何体かがブリッツに意識を向ける。

しかし遅い。敵が銃口を向けるより先にブリッツのHK417が火を吹き、3体ほど機能停止に追いやった。

 

そこで弾が切れ、今度はアンダーバレルのM320でグレネードを発射。マンティコアの側面に直撃させる。巨体は揺らぎ、動きが止まる。

 

二階からはVectorとHK416がブリッツを援護。分厚かった弾幕を少しだが押さえられた。

その隙にブリッツがFAL達のいるコンテナまでサイドアームのMk23を連射して牽制しつつ走る。

 

「お待たせした」

 

「久しぶりだね指揮官。随分遅かったじゃん」

 

詫びの一言と共に空になったマガジンを放り捨てて、ベストから新たなマガジンを取りだし機関部に叩き込む。

それを見ながらRFBは軽口調も織り混ぜて尋ねる。

 

「道に迷ってな。同じところをグルグル回ってた」

 

「もうちょっとマシで笑える嘘を付きなさいよ」

 

「手厳しいな」

 

FALの鋭い口撃にやや渋い顔を浮かべながらも、チャージングハンドルを引いて薬室に新しい弾丸を送る。

Vectorと416の二人もブリッツ同様にコンテナまで無事に移動。合流出来た。

 

「で、どうするの?」

 

Vectorが舐め終えたキャンディのスティックを吹き捨てながらに問う。

こうしている間にも鉄血兵は絶え間なく銃撃を続け、ブリッツ達を釘付けにしている。

 

装填を終えたばかりのHK417を見て、小さくため息を溢す。

 

「もっとデカくて大胆な銃がいるな」

 

「無いものねだりはやめてよね」

 

「わかってる」

 

FALからの鋭い指摘を受け、ブリッツは視線を417から外して周囲を見渡す。

今背を預けているのと同じタイプのコンテナ。

施設放棄の際そのまま置いていったとされるスクラップと化したジープの残骸。

上半分がごっそり無くなってる戦車。

同型がボロボロに横たわっているなかで唯一、操縦者(ドラグーン)が居なくなって起立したままの二足歩行兵器。

 

「・・・なあ、なんでアレ立ったままなんだ?」

 

「操縦者だけを殺したから、乗り物はまだ生きてるんじゃない?」

 

「なるほど」

 

FALのぶっきらぼうな返答に、ブリッツは納得。そして思い付いた。思い付いたまま口から出した。

 

「アレ使うか」

 

「は?」

 

激しい銃撃音の最中、それを聞いた全員の口からそんな素っ頓狂な声が溢れ出た。

 

皆が皆、呆気に取られているのも気にせず、ブリッツは二足歩行兵器に近付いて飛び乗る。この淡い紫色の兵器も、絶え間なく銃撃をかましてくる鉄血兵からは直接狙えないコンテナ裏に置かれている。

 

見た目はバイクに足をくっつけたようなデザインであるが、コクピット部分にはバイクのようなハンドルは無く、直立したレバーが左右に一本ずつ。あとはセンターコンソールには消灯した液晶ディスプレイに各スイッチ類が幾つか並んでいる。

ディスプレイのすぐ下。並んでいるスイッチ類の丁度中央に、一回り大きいプッシュ式の赤く丸いボタン。そこを押す。

途端に消えていたディスプレイは起動。"STANDBY"の文字が表示される。が、すぐに"ERROR"という文字が点滅表示された。

起動キーか。それと似たような物が必要のようだが、それを律儀に用意する余裕はない。強行手段だ。

 

「ゲート、ハッキングできるか?」

 

『PDAをコンソールに翳してください』

 

言われた通りにPDAをディスプレイの辺りに翳してみる。

再度ディスプレイに光が点り、STANDBY表示に。その次の瞬間には、"ACTIVATE"の文字が。

 

『起動完了。姿勢制御システム、FCS、電圧、油圧、オールグリーン。お待たせしました、指揮官。スマートグラスに操縦方法を載せておきますね』

 

HMDによって形成された拡張現実を通して、各ボタンの種類や用途、左右にあるレバーの操作方法まで、簡易的ながらも分かりやすく表示される。よほどパニックにならなければ、操作を間違える事はないだろう。

 

試しに左のレバー。HMD上では移動方向を定める操縦舵を前に倒す。機体はゆっくりと歩きだす。変な揺れもなく安定した歩行に何とも言えない妙な感覚を覚えるが、一歩一歩が力強く、安心感がある。

 

右のレバーは機体右側にぶら下がった機銃で使うようで、丁度人差し指にかかる位置にトリガーが設けられ、ある程度なら上下左右と角度を変えられるようだ。

右のフットレバーで歩行速度を変えられ、左のフットレバーで機体の向きを固定したまま移動できる。

 

一つ一つの操作を頭の中に叩き込み、自分のものにしていく。

 

大体分かった。試運転はここまでにして、そろそろ本番といこう。

 

『では指揮官、反撃開始ですよ!』

 

「・・・オーライだ」

 

右のフットレバー──便宜上スロットルとする──を一気に踏み込み、操縦レバーを前に倒す。各アクチュエーターが唸りを上げて駆動し、機体は地面を蹴飛ばして走り出す。

 

分かってはいたが、一歩一歩が人とは比べ物にならない程に大きいため、移動速度が速い。

 

コンテナの影から飛び出して機体の向き、正確には銃口をマンティコアに向けるよう旋回する。

 

突然飛び出した、味方が乗っていた兵器が自分達に銃口を向けている。

そんな状況に鉄血兵は軽い混乱に陥り、動きが鈍くなる。

 

そんな間抜けを見逃すわけはなく、ブリッツはトリガーをクリック。

機銃が轟音と共に銃弾を放った。射撃の振動が射撃レバーを通じて腕に伝わる。

対し、鉄血兵の被害は甚大で。撃たれるというよりは弾けている。一発命中する毎に腕やら足やら頭やらが吹き飛ばされる。コアごと胴体が真っ二つになるものまでいた。

 

瞬く間に弾幕の大半を形成していた随伴兵の9割が地に伏した。

当然、攻撃はほぼ無くなり、高脅威目標と認識されたブリッツを排除しようと、マンティコアが主砲を向ける。

 

このまま撃たれてやる義理もないブリッツは機体を最高速度で移動。注意を引き付ける。

 

その結果、装甲車の裏に隠れる第二部隊に側面を晒す形となった。

 

「SV!マンティコアに集中砲火!」

 

『了解!全員撃って!』

 

FALの一声にSV-98も反応。装甲車から身を乗り出してマンティコアを撃つ。他の隊員も、ありったけの弾丸をくれてやるつもりで撃ちまくる。

 

「こっちも撃つわよ!ブリッツが囮になってくれてる間にね!」

 

言って、FALは着ているジャケットの下。位置としては腰の辺りに手を突っ込み、何かを引き抜いた。

 

出てきたのはダネルMGL-140。6連射出来るグレネードランチャーである。

それを見た416が驚愕の表情を浮かべる。

 

「どこから出したのよソレ!?」

 

「イイオンナは引き出しが多いのよ!良いから撃ちなさいミスパーフェクト!」

 

随分と使い古された台詞を告げながらマンティコアに向かってMGLを3連射。一発は右前の足元に。一発は右前脚部に。一発は主砲の機関部に命中。

これが効いたのか、主砲がバチバチと漏電し、ショートを引き起こし使用できなくなった。

 

主砲以外に攻撃手段の無いマンティコア。こうなれば只のデカイオブジェも同然。

逃げ回っていたブリッツも方向転換。マンティコアと向き合う形で機銃を向け、トリガーを引いた。

 

正面から、側面から。為す術もなく銃弾の雨に晒されるマンティコアからは、やがて黒煙が上がり始める。

 

まだ動いている。銃撃を続行。

 

右前脚部の油圧ダンパーの損傷を確認。装甲板が剥がれ落ち、姿勢を維持できない。

 

まだ動いている。銃撃を続行。

 

主砲の機関部が爆発。接続部が損傷しボディから剥がれるように地に落ちた。

 

まだ動いている。銃撃を続行。

 

グレネードランチャー持ちの4人による攻撃、胴体部に損傷を確認。

 

まだ動いている。銃撃を続行。

 

まだ。まだ。まだ。続行し続ける。

 

正面の赤く煌々としているアイカメラから光が消える。何とか踏ん張っていた脚部が小さく爆発。もう立ってはいられない。重々しい音と共にボディが地に着いた。

 

銃撃を止める。静寂が訪れる。

機銃の先端から硝煙が立ち上るドラグーンの機体から降り、ブリッツが倒れたマンティコアに近付く。

 

銃撃により穴だらけとなったマンティコアからは、ショートや漏電による焦げ臭さとモーターが焼けてグリスが焦げた、独特な刺激臭が漂っている。

 

膝を着いてしゃがみ、HK417の銃口を光の消えたアイカメラに向け、3発撃ち込んだ。

 

「機能停止を確認。排除完了だ」

 

その報告に、全員がほっと胸を撫で下ろし、安堵した。

どうなるかと思ったが、どうにかなった。生き残った。

 

しかし、まだ終わっていない。少し離れた先から幾重にも折り重なった銃声が聞こえる。

WA2000と一○○式がまだ戦っている。

 

「第二部隊は装甲車のチェックと残党がいないかの確認だ。第一部隊と416は俺と一緒に二人の救援だ。さあ、最後の仕上げにいくぞ」

 

任務も終盤。

夜空には少し、白が差し始めていた。

 

 




他のドルフロ作品だとタイタンとか二足歩行歯車とかアメリカ合衆国大統領とか出てるんだから、指揮官がドラグーンのアレに乗るぐらい可愛いもんじゃん?じゃん?ちなみにコクピットの描写については完全に妄想。
ところでアレ名前なんて言うの?取り敢えずワイはウォーカーギアとかライドバックって呼んでる。

本当はもっと色々詰め込もうとしたけど、そうすると一万文字越えて冗長になっちゃうので色々削った。やっぱり戦闘描写って難しいなって・・・。
ちなみに隠密時のイメージはゴーストリコンだけど、ドンパチ賑やかな時はギアーズオブウォーを参考にして書いてます。デルタ部隊ホントすき。


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1-6

今回もクッソ長い。勢いってのはこえぇなぁ。
上手く伝わるといいなぁ(願望)


ブリッツ達がメインルームを制圧、爆破したその直後。

一体どこに隠れていたのか。建物の影からリッパーとヴェスピドの群れが、WA2000と一○○式に向かって迫り来る。その数16体。

爆発を感知した近くの鉄血兵が、現場確認でやって来たのだろう。

 

だが確認だけならば数体で事足りる。こうして大量にやってきたのは、おそらく何処で爆発があったのかを理解し、敵襲と判断。内部に敵がいると想定しての応援。

つまり、現場確認兼敵性勢力の排除。

 

中々どうして。鉄血のミドルレンジモデルとしては的確な判断を下すではないか。

監視塔からスコープ越しに、先陣を切るリッパーを見るWA2000は感心する。

 

だがしかし惜しいかな。そこまで判断出来て敵部隊の展開が済んでいると考えが至らない辺り、やはりミドルレンジモデルに過ぎないと言うことか。

 

とはいえ、このままでは今だ屋内に居座っているブリッツ達が室内戦に陥る。そうなるとまともな援護が出来なくなってしまう。ここらで食い止める必要がある。

 

「一○○式、見えてるわね。アイツらをブリッツ達の下に行かせるわけにはいかないわ。合図したら切り込んで」

 

『その言葉を待ってました!』

 

通信機に飛び込んでくる一○○式の嬉々とした応答に、WA2000は頼もしいやら呆れるやら。何とも複雑な気持ちに苦笑するばかりだ。監視塔制圧してから今までの間、ずっと待機で退屈していたのだろう。

しかしスコープ越しに敵を見る右目は決して緩みはなく。

 

いざ建物に潜入しようとドアに手を掛けるリッパーに向かって発砲。頭部に一発、コアに一発。確実に仕留める。

仲間がやられた事で確認部隊の動きが止まり、警戒態勢。腰を落として周囲を見渡す(クリアリング)

 

「優秀ね。バーカ」

 

更に一発。二発。三発。四発。五発。

 

ヴェスピドの頭が弾け。リッパーのコアが砕かれ。ワンショットワンキルを地で行き、16体いたのに、瞬く間に1/3がやられた。

 

「今よ。切り込んで」

 

静かに。しかし冷たく厳かに。空になったマガジンを引き抜きながらに告げる。

 

その瞬間。確認部隊のすぐ近くの地面から、まるで湧き出てきたかのように一○○式が現れる。

 

WA2000の熱光学迷彩マントを身に纏い、地面に伏せて隠れていたのだ。

自分を隠してくれていたマントを脱ぎ捨て、特製の8mmホローポイント弾を連射。ライフルに比べて威力は弱いが、これだけの近距離ならば当たれば有効だ。

 

突如現れた一○○式に対応する間もなく、機関短銃が鉄血兵を打倒していく。

しかし、3体ほど倒した辺りで弾倉が空になる。当然発砲が出来なくなる。

 

好機と見た鉄血兵は一○○式に銃口を向ける。が、銃撃が出来なかった。

 

何故なら、一○○式が銃が容易には使えないほどの至近距離に潜り込んでいたから。

懐に飛び込まれたヴェスピド。こういう時どうすればいいのか、咄嗟の判断が出来なかった。

 

────刹那、機関短銃の先端に取り付けられた銃剣、I.O.P社製高周波ブレードが閃く。宛ら居合い切りよろしく。銃のストックを右手に持って刀のように振るい、ヴェスピドの頭部が切り落とされた。

 

噴水の如く切断面から噴き出す人工血液とオイルが、一○○式の黒いセーラー服と左頬を汚す。

返す刀で、左隣のリッパーを袈裟に一閃。胴体のコアごと切り裂き前方へと蹴飛ばし健在の敵へと押し付け、2体のヴェスピドの体勢を崩させた。

真後ろへと回り背後から射殺しようとリッパーが動いたのを即座に知覚。木製ストックで銃の側面を叩き射線を逸らす。直後リッパーの銃口から一発のエネルギー弾が放たれ、それが近寄ろうとした別のリッパーのコアを撃ち抜いた。そのまま胴体を強く突いて後退させる。

 

間合いが開いた所で新しい弾倉を叩き込み。後退させたリッパーに弾丸を食らわせる。

 

一○○式の奇襲が始まって僅か4秒足らず。この時点で7体。残りはあと3体。

 

機能停止した仲間を押し付けられ、体勢を崩していたヴェスピドが立て直して銃口を一○○式に向ける。丁度後ろを取る形となり、ヴェスピドからすれば絶好の銃撃チャンス。

 

それを拒む形でリロードを終えたWA2000がヴェスピドを撃ち抜く。

残る一体だけとなったリッパー。仲間が居なくなり同士討ちのリスクが無くなったことで銃を乱射して牽制しようと試みる。が、それより早く一○○式が役目を終えた空の弾倉をリッパーの顔面に投げ、ぶつけた。

バイザーに命中し一瞬だけ意識が逸れる。そこを逃さず、一○○式は低い姿勢から一気に肉薄。槍を突くように、銃剣を胴体のコアに突き立て、真横にかっ捌く。人工血液とオイルが吹き出した所で、ダメ押しの一閃。首と胴体が別れた。

 

オールクリア。辺り一面にどす黒い液体による水溜まりが出来上がる。

 

一仕事終えた。そんな風に、銃剣に付着した血やオイルを振り落とし、一○○式は小さく息をついた。

 

「ワルサーさん。援護ありがとうございます」

 

『全くよ。今度和菓子作ってよね。甘いやつ』

 

「フフ、はい喜んで」

 

小休止といった空気が通信機を通じて流れる。

 

直後、WA2000が発砲。どうやら正面ゲート方面で戦闘している仲間の援護射撃をしたようだ。

通信機にはOTs-12とSV-98の茶化した台詞も聞こえた。

 

どうやら正面ゲートの戦闘も落ち着いたようだ。

 

大好きな至近距離の戦闘も出来たし、何より仲間が誰も傷つかずに済んだ。それが一○○式にとって一番嬉しい戦果であった。

満足だ。胸中に広がる充足感に、一○○式は自然と顔を綻ばせた。

 

しかし、現実とは非情なものらしい。途端に通信機が騒がしくなった。

同時に、一○○式の紅い瞳も現状を捉えた。

 

先の確認部隊よりも多い鉄血兵があちらこちらから現れる。優に倍以上はいる。

 

『ちょっと!またわらわら出てきたわよ!?どこにいたのよ!』

 

通信機からWA2000の怒号が聞こえる。殲滅しきったと思ったところに予期せぬ増援。ブリーフィングで想定されていた敵戦力を上回っている。WA2000でなくともそう叫んでしまうのも致し方ない。

 

そんな状況下で、一○○式の胸中に過ったのは悲壮でも。ましてや絶望でもない。

 

「ああ・・・弾が無くなっていく・・・。またライトさんに怒られちゃう・・・」

 

それは現状を乗り切った後に訪れるであろう憂鬱であった。

自身の損傷や戦闘不能に陥る可能性も不安も、一切考えていない。必ず乗り切れるという揺るぎ無い精神。やり遂げるという確固たる意思。そして、こういうシチュエーションは今回が初めてではないという、経験から生まれる自信が、一○○式という戦術人形(兵士)を突き動かす。

 

包囲を構築していく鉄血兵の動きを見渡す。

 

「指揮官。使わせていただきます」

 

腰に収めていたオールスチールトマホークを取り出し、左手に持つ。

右手に銃剣を、左手に斧を。歪な二刀流が完成する。

紅い双眸が妖しく煌めき、敵の集団を見ていた。

 

首に巻かれた赤いマフラーを口元を覆い隠すように整え直す。

 

────銃剣の始まりは、最前線を進む仲間達を護るため、軽機関銃に着剣装置を取り付けた事に端を発している。

一○○式(彼女)もその流れを汲まれ、着剣装置が付いている。

 

現代の素材と技術を使用(つか)って、当時とは比較になら無いほど剣としての性能は底上げされたが、その本質までは変わらない。

この銃と剣は、仲間を護るために存在している。

 

無力で誰も護れなかったあの時の。昔の自分はもういない。

今度こそ護ってみせる。幾度となく固めた決意を改めて、銃と斧を握り直す。

 

「一○○式!行きます!」

 

敵に真っ正面から切り込んでいく。

 

馬鹿正直な吶喊。絶望的な状況に陥り自棄を起こした。美味しい獲物だ。鉄血兵達は誰もがそう判断していた。

全ての銃口が一○○式に向けられる。

即座に発砲。緑色のエネルギー弾による弾幕が形成される。

 

しかしそれが当たらない。弾幕の僅かな隙間を縫うようにして、体を捻り、飛んだり跳ねたり。避けていく。弾が体をすり抜けているのではと錯覚すら覚えるほどに無駄が無く。

 

そうして、一発の被弾も許さないまま、遂に敵の懐へと飛び込んだ。

 

一閃。銃剣が横薙ぎに振るわれ、リッパーの胴体が横に真っ二つにされる

間髪入れずに左手の斧が翻る。ヴェスピドの左足を切り落とす。バランスを崩して倒れるヴェスピドに銃弾を叩き込む。

ついでとばかりに近くにいる鉄血兵を撃ち抜いていく。

 

これで空間が出来た。空になった弾倉を交換しながら、脚に満身の力を込めて地面を蹴飛ばす。

地を這うかのような低姿勢での突進。からの急停止。その勢いを使ってトマホークを振るう。リッパーの首を飛ばす。

続けざま近寄ろうとしたヴェスピドに向かって一発発砲。ヘッドショットが決まるが、まだ動いていた。

たまにあるのだ。電脳を破壊しても動き続けることが。近付き、コアに銃剣を突き立てる。一瞬痙攣したように体をビクリと震わせて、それから動かなくなる。

引き抜き、振り返り、また一発だけ撃つ。リッパーのコアに当たる。今度は動くこと無くその場に倒れ伏した。

 

既に一○○式の全身は敵の返り血とオイルにまみれている。その周辺も、血とオイルが撒き散らされ、ドス黒い色に染まっていく。

 

WA2000も援護に加わる。一○○式の背後に回ろうと動く敵。間合いの外から撃とうとする敵。そういった人形を優先的に次々と狙撃していき、数を減らしていく。

 

数が多い。WA2000は苦悶に顔を歪ませる。明らかに弾が足りない。

 

一○○式も近接攻撃で弾の節約をしているが、限界がある。部隊の中では近接戦闘の鬼として知られている彼女ではあるが、いずれ物量に押し潰されてしまう。

 

「何やってるのよ向こうは・・・!」

 

一向にやってこない援軍に思わず毒づく。

ブリッツ達に何かしらのイレギュラーがあったのは確実。だがこのままでは多勢に無勢。

向こうにも都合があるのはわかるが、こちらにも都合があるのだ。

 

「まだなの?もう持たないわよこれ・・・!」

 

残弾数に心許なさを覚える。一人で携行できる弾薬数にも限界がある。その限界が差し迫っている。

 

その時だ。周囲の観察に使っていた左目の視界に、集団から離れて妙な動きを見せる敵、イェーガーの姿が入り込んだ。

すぐにそっちへスコープを向ける。ソイツが構えているのはいつものライフルではない。

代わりに肩に担いでいるのは携行対戦車砲。

滑腔式無反動砲AT-4。

 

なぜ鉄血がそのような物を持っているのか。何処から引っ張り出したものなのか。そんな些細な疑問を浮かべては瞬時に切り捨てた。

なぜならそれが、自分が今いる監視塔に向けられているのだから。

 

3階相当の高さ。着地にミスすれば脚部の駆動系に支障をきたす恐れがある。が、そうも言ってられない。

すぐにライフルを背中に背負って柵を乗り越え飛び降りる。

直後、対戦車榴弾が放たれる。榴弾は恐ろしい速度で飛来し、WA2000がいた場所に着弾。オレンジ色の閃光が膨らみ、轟音と共に爆炎が吹き出した。

 

間一髪爆発から逃れたWA2000は地面に着地。上手く衝撃を殺し、体の何処にも損傷を負わずに済んだ。

 

しかしホッとしてはいられない。

脱出を目敏く見ていた鉄血兵が何体か近付いていくる。その中にはAT-4をぶっ放したイェーガーもいる。

すぐに背負っていたライフルを構えて応戦する。仕返しも兼ねて監視塔を爆撃したイェーガーを真っ先に撃ち抜く。

 

二体三体とダウンさせ、新たな弾倉をバックパックから取りだし銃に叩き込む。

ここで恐れていた事態。今装填したマガジンが最後の一つ。残り6発。

 

どこかに7.62mm落ちてはいないか。なんてあり得るはずがない儚い願望は、己を仕留めに来た10体の鉄血兵の姿を見て瞬時に切り捨てた。

 

弾がないなら、無いなりに抵抗してやろう。

 

膝射状態で発砲。確実性を重視してヘッドショットではなく胴体のコアを狙っていく。

ワンショットワンキルで仕留めていくも、6体倒したところで弾切れ。敵はまだ4体残っている。更にその後ろからイェーガーの群れ。

それを見てWA2000は舌打ちを溢し、ライフルを背中に背負うように納め、腰にぶら下げたサイドアーム、.40S&W弾仕様のワルサーPPSをホルスターから抜く。その弾倉にはILM社製のホローポイント弾が収められている。

 

とはいえ、これは飽くまで緊急時に使う為のもの。装弾数は7発で予備弾倉も一つしかない。訓練しているとはいえ、ASSTの恩恵も無い。

つまりは悪足掻きにしかならない。

 

それでも

 

「諦めたくないのよ。最後までね!」

 

自分に言い聞かせ、奮い立たせる。

よく狙って、引き金を引く。

 

その時、背後から音が響いた。何かが抜けるようなそんな音だ。

その音の一端はWA2000の斜め上を通過し、打ち損じた残り4体の鉄血兵に直撃。まとめて仕留めた。間髪入れず、今度は連続した2つの銃声が響く。後から迫ってきていたイェーガーの群れに弾丸が飛び込んでいき、食らった者から次々に倒れていく。

 

やがて銃声の主は彼女の隣にやってきた。

 

「ワルサー」

 

呼び掛けに応じるように顔を向ける。そこにはいまだ銃口から硝煙が立ち上るHK417を構えたブリッツがいた。

その隣には416の姿も。

 

「使え」

 

一言だけ告げて、ブリッツは自身のバックパックからWA2000のマガジンを3つ差し出す。

 

「遅刻のお詫びのつもり?」

 

憮然とした物言いではあるが、その表情には僅かだが確かに喜色が滲んでいた。

PPSを仕舞いライフルの弾倉を換える。

 

進行方向上に敵影は無い。WA2000は走り出す。発揮できる出力の限界まで使って足を駆動させる。

監視塔を破壊されてから一○○式の援護が出来ていない。早く行って助けないといけない。

 

自分がスナイパーである事も忘れ、曲がり角から飛び出す。

 

「あつ!ワルサーさん!」

 

満面の笑みで。それでいて笑みに似つかわしくないほどの血塗れな姿で大きく手を振る一○○式が、そこにはいた。

 

見れば、一○○式の足元やその周辺には夥しい数の鉄血兵だった残骸。

そして、何故かドラグーンの二足歩行兵器に乗って楽しそうなRFB。右手に型式と同じ銃を持ち、左手にはMGL-140を持って肩に担ぐFAL。リロードしているVector。自分以外の第一部隊がそこに集結していた。

 

戦闘は終わり、つい先程までの騒がしさは消え失せ、夜らしい静寂がその場に流れている。

 

「ちょっと遅かったんじゃないの?ブリッツ指揮官?」

 

「そのようだな」

 

ニンマリと得意気な笑みを浮かべてFALに、ブリッツはこれといったリアクションを取らずに平然と返した。

 

そして、一番近くに転がっていたリッパーのうなじ。QRコードとシリアルナンバーを確認する。

 

「・・・・・・やっぱりか」

 

「なにがよ」

 

「ちょっとな」

 

ブリッツの呟きに反応したWA2000。しかしブリッツは詳細を話そうとせずに流す。

 

『指揮官。SV-98です。周辺のクリアリング終了。残党はありません。装甲車も、あまり無茶な運転をしなければ何とか走れそうです』

 

「了解した。なら後片付けだ。装甲車を裏手に回してくれ」

 

『了解しました』

 

─────その後、倒した鉄血兵の残骸を施設の中枢部に押し込め、仕掛けた爆薬で建物ごと処分。使える物資を放棄されていたコンテナに詰め込み、後日ヘリで回収出来るよう下準備をした後、部隊は作戦区域を後にした。

 

『皆さん。任務完了ご苦労様です。安全第一に帰還してください』

 

「帰るまでが任務ですね!」

 

「さあ、帰り道を探そう。銃弾は一回に一発だ」

 

ちょうどその時、東の空に太陽が上がっていた。

それから逃げるように。僅かに残った闇に紛れるようにして、部隊は消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後。

HK416はS10基地にて休息と補給。そして今回共に戦った部隊の皆から押し付けられた、インスタントコーヒーやクッキーといった手土産を持って、現在404小隊が潜んでいるセーフハウスにやって来ていた。

 

一瞥しただけではただの廃墟であるそこは、巧妙に隠された秘密の入り口を使って中に入れば、外見からは想像できないほどに設備の整った環境が広がっている。

 

その内の一室に、彼女はいる。灰色の長いサイドテールの髪に、左目に縦の線状の傷跡。404小隊隊長UMP45が。

 

「あら416。帰ってきてたのね」

 

椅子に腰かけて。いつも通り、とぼけたような態度に仮面のように張り付けた笑みを浮かべるUMP45に、416は若干の嫌悪と戻ってこれた事への安堵を覚える。丸一日、色々ありすぎた。疲労(キャッシュ)も溜まっている。今すぐにでも横になりたい気分だが、その前に聞いておきたい事がある。

 

「ブリッツ指揮官と知り合いなの?」

 

「うん?ああ、そうよ。昔、何度か仕事を手伝ってもらってね。優秀だったでしょ」

 

「兵士としては。指揮官としてはどうかしらね」

 

「んー、確かにね~」

 

ケラケラと胡散臭い笑いを織り混ぜながら話す45に、疲労の影響か416は先より強くなった嫌悪感から、聞かずに休めば良かったかと後悔を始める。

ため息を溢し、押し付けられた手土産を近くのテーブルに置いて、踵を返す。

 

「彼ね、グリフィンで指揮官になる前は正規軍にいたのよ。しかも、第三次大戦の開戦から休戦までの6年間を、大きな負傷もなく最前線(フロントライン)で戦い抜いた。ハッキリ言って、凄腕よ」

 

自分に割り当てられた部屋に戻ろうとした足を止め、45に向き直る。

 

「それが何でグリフィンの指揮官なんてやってるのよ」

 

「そこまでは知らない。というより、公式な記録がほとんど残ってないの。特に大戦の前後について、分からないことが多い。ただ、正規軍の名簿上ではKIAで処理されてる事と、グリフィンに入ってからの素性は確か。だから私も彼を利用してる」

 

「・・・・・・戦死した人間まで指揮官にするのね、グリフィンは」

 

「都合がいいでしょ。404Not found(存在しない)私たちにしてみればね」

 

それ以上、416は何も言わなかった。

あの男とは、長くは無いが決して短くもない時を過ごした。ましてや、戦場で肩を並べて共闘したのだ。

 

そんな男の正体がKIA判定を受けた元正規軍所属の兵士で、かつての大戦を戦い抜いた猛者で、グリフィンの指揮官をやっているという。

疲労からか、頭がよく回らない。いつもの完璧な軽口が出てこない。クールダウンが必要のようだ。

 

45もそれを察したのだろう。「まあ、機会があればまた会えるかもね」なんて、本当に思っているか怪しい一言で締め括り、さっさと自室の方へと引っ込んでいった。

 

「ブリッツ、か・・・・・・。敵として出会わないことを祈るわ」

 

誰もいなくなった室内で、416は小さく呟いた。

 

 

 

 

 




(伏線みたいなもの張ってるけど、これといって意味は)ないです。
通常戦役と同じ6パートで終わらせました。次が同じように6パートで終わるとは思えないけどね。
そしてちょっとだけ明らかになったブリッツ君の過去。これが後に活かされるかはワイの気分次第や。
ちなみにこの作品は明確な終わりは考えてません。話が思い付かなくなったらそこで終わり!閉廷!
でも思い付いたら短くとも投稿していく、といった感じです。
あと登場する人形はゲームで入手したヤツに限ります。少なくとも、S10基地では。

で、そのゲームの方では何とかAUGさんをお出迎えし、今はビンゴに励んでおります。全然揃わねぇなアレ!やっと2ラインだよ!(8/28現在)
必死こいて貯めたコイン使って11連回してもスキン来ねぇしよぉ!引き弱ぇなぁ!(血涙)

ところでIWSさんとかネゲヴさんとか一向に来てくれないんだけど、なんでなん?弾薬3桁になるまで回したのに全然来てくれない・・・・・・。わーちゃんは二人来てくれたのに


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インターミッション.01

ビンゴは揃わねぇし弾薬は3桁代で枯渇してるしどうなってんだよ俺の基地ぃ!(クソザコ指揮官並感)


鉄血が占拠していた軍事施設の強襲任務から数日。

あれからS10地区司令基地にはG&K本部からの任務通達は無く、基地周辺と担当する管轄区域の哨戒のみで、実に穏やかな日常を過ごしている。

 

S10地区の管轄区域内には居住区と工業区が隣り合うようにして展開している。

当然人が多く住むそこを防衛し、区内の治安を維持する。それがS10地区指令基地指揮官。ブリッツの主な仕事内容である。

 

管理区域内の内政自体はグリフィン本部から派遣された人間が行っている。そのため、ブリッツがやることと言えば先に告げた担当地区全体の防衛と居住区内の見回り。内部に潜伏しているとされるギャングやらマフィアやら危険なカルト教団。最近ではロボット人権団体や反戦団体といった不穏因子の監視及び撃滅である。

 

そういった事案を内政を担当してくれている本部の人間と連絡を取り合っていき、具体的にどう行動するかを決めていくと。

 

そしてもう一つが、基地の管理だ。

基地を運営していくのにもコストが掛かる。そのコスト管理をしていくのも、指揮官たるブリッツの仕事だ。

任務で使用される弾薬や食料(MRE)、損傷した人形の修復に使われる交換部品。

それらの収支管理はもちろん、所属する戦術人形の管理まで。

任務が終わればそれを書面にして報告しなければならない。

消費した弾薬と結果的に出た損害。それに伴った戦果の算出。

 

つまり、指揮官の仕事とはデスクワークが主である。

しかしブリッツは根っからの兵士。戦果報告ならともかく、その他のデスクワークというのはお世辞にも得手とは言い難かった。

 

それでもなんとか今日までやってこれたのも、所属する人間と人形のスタッフのサポートや、"ナビゲーター"の存在が大きい。彼女たちがいなければ、この基地はその機能を果たしきる事無く崩壊していただろう。

 

そんなブリッツだが、基地の運営において唯一の得手があった。

 

それが戦術人形の訓練。軍人としての経験と技術は、人類に代わって戦う戦術人形の訓練にも役に立っていた。

 

実働部隊である第一部隊や第二部隊はもちろん。基地の防衛を担当するMGと大口径のRFを中心に編成された第三部隊に所属する人形全て、ブリッツによる訓練を受けている。

 

とはいえ、人間と違い身体能力の面では人形の方が遥かに優れている。故に肉体を苛めぬく過酷なトレーニングはあまり意味を為さない。過酷なトレーニングには精神面の鍛練や、同じ辛苦を味わう仲間がいることで連帯感が形成され、仲間同士で強い絆で結ばれる。そんな名目もあるが、人形のメンタルモデルは意外と繊細で、下手をすれば兵士として使い物になら無くなる可能性がある。

 

なので、基本的に戦術人形の訓練は効率的な部隊の展開やクリアリング。戦術、戦略面の教育といった、知識と経験を積ませることが主になる。

 

その中で色濃くブリッツの教えを身に着けているのが、副官であるLWMMGだ。

基地の創設時から所属する彼女は、それだけ長い時間ブリッツと共に過ごしてきている。現在は副官であると同時に第三部隊の隊長として基地の防衛に徹してはいるが、まだ所属する人形が少なかった頃はブリッツと共に前線に赴き戦ってきた。

 

そして現在、他の人形に技術を教えるまでに成長。今日も予定通りに、新人(ブーツ)たちの訓練をブリッツと共に行っている。

 

基地の中にはシューティングレンジやキルハウス。VRトレーニングといった訓練施設が存在している。

キルハウスには防弾性の高いセパレートを遮蔽物にして並べた物。

居住区内を想定してそれっぽく小さなビルが立ち並び、自動車やトラックを遮蔽物とした市街地戦闘が出来るもの。

セパレートを使ってコースを作り、敵を模したターゲットを銃かナイフで倒していきながらゴールを目指し、その時間を競ったりと種類が幾つかあり、基地の近くに点在する廃墟と化したショッピングモールだった建造物も、後々大規模な訓練施設として再利用する計画も進んでいる。

 

今日はコースを使っての突入訓練で、たった今一人の戦術人形がターゲットを全て倒しゴールした。

 

「ステアーTMP!遅いぞ!」

 

「ヒィッ!ゴ、ゴメンナサイ・・・・・・!」

 

ブリッツの激にコースをクリアしたSMGの戦術人形。ステアーTMPはビクリと体を震わせ目に涙を浮かばせる。

グリフィンの制服ではなく、動きやすさ重視の使い込まれたグレーの戦闘服を着て、チェストリグを装着している。

右脚のレッグホルスターにはMk23が収まっている。

ある程度ではあるが戦闘準備を終えた姿は、制服とはまた違う威圧感が全身から滲み出している。

 

彼の手には見るからに頑丈な軍用タブレット端末があり、そこにはキルハウス内に設置されたカメラからの映像がリアルタイムで表示されている。もちろん録画も行っているため、後から見直すことも出来る。

それを見たブリッツが拡声器も用いずに、決して狭くはない訓練施設全体に響く程の声量で言い放つ。関係ない新入りの人形達も思わず反応して姿勢を正す。

 

ステアーTMPは先月、ブリッツ達が他地区の支援部隊として任務に当たっている際に、作戦区域にて保護した戦術人形だ。

元々所属していた部隊からはぐれ、一人戦場に取り残された人形の事をドロップと言い、そこから保護された人形も同様に呼称されている。I.O.P社との契約もあるのか、グリフィンでは発見した際は可能な限り保護するよう各地区の指揮官に通達している。

彼女もその、典型的なドロップである。

 

「クリアリングに時間をかけすぎだ!丁寧なのはお前の美徳ではあるが突入はスピードが肝心だ!今のお前なら後2秒は縮められる!5分後にもう一度だ!」

 

「! はいっ!」

 

震えが無くなり威勢のいい声で返すTMPに、ブリッツも表情こそ変えないが満足げに頷く。

来たばかりの頃に比べていい顔をするようになった。気弱な性格こそ変わりはしなかったが、だからこそ自信を付けようと努力をしている。彼はそれを好ましく思っていた。だからつい激を飛ばしてしまう。

 

「よし!次ィ!」

 

入れ替わって次の人形、USPコンパクトが「は、はい・・・・・・!」と震えた声で返事をし、コースの入り口に立つ。

彼女もまたドロップであり、TMPとほぼ同時期にこの基地にやってきた。

 

────このS10地区司令基地に所属する人形の殆どがドロップである。

稼働以来、グリフィン本部を経由してのI.O.P社に製造依頼をした事がない。

 

中には任務の報酬として本部から直々に配属を命じられた人形や、自ら志願してこの基地にやって来た人形もいるが、それでも全体の数%に満たない。

 

ドロップにも色々と種類がある。

先のような部隊からはぐれてしまった人形や、所属していた基地そのものを失ってしまって行き場を無くした人形。

酷いものでは、基地を鉄血に襲撃され、幸か不幸か生き残ってしまった人形。まともな訓練も受けぬまま戦場に追いやり囮として使い捨てられた人形もいる。

 

そんなドロップ人形を保護し、一端の兵士として鍛え上げているのがブリッツだ。そして一定のレベルまで鍛え上げた戦術人形に、ブリッツはある選択を人形に迫る。

 

『ここに残るか。それとも別の基地に転属するか』

 

この二択を迫られた人形の大半は後者を選ぶ。自信と実力をつけた人形が、より活躍できそうな基地に移って役に立ちたいと願うからだ。

 

その意思を汲み取り、ブリッツはヘリアントス上級代行官経由で各地の基地に育て上げた人形達を転属させているのだ。

今のところ、転属していった人形たちについて悪い話は聞いていない為、よく頑張っているのだと彼は信じている。

 

TMPやUSPも、いずれどこかの基地に転属して活躍してくれるだろう。そう信じて、彼は今日も彼女達の訓練に立ち会う。

 

「あ、あの・・・・・・指揮官。ちょっと、いいですか?」

 

聞くからに不安げで気弱な幼い声を、ブリッツの聴覚が拾い上げる。

視線を移せば、そこには声の通りに不安げに瞳を揺らして見上げているステアーTMPの姿。

 

自前の尻尾もペタリとしなだれている。

 

「どうした?」

 

「え、えっと・・・・・・お、お願いがあるんです」

 

「ほう?」

 

「あの、その・・・・・・失礼でなければ一度、見本を見せてもらいたいと思いまして・・・・・・」

 

TMPのお願いに、ブリッツは「ふむ」と思案げに唸る。

効率的な技術向上のためには、確かに見本があったほうが良いかもしれない。

 

ちょうど、近くに暇を持て余している適任者がいる。

 

「ヴェクター!手本を見せてやれ!」

 

近くの壁に寄りかかり訓練を眺めていたVectorに声をかける。今日も口には棒つきキャンディが居座っている。

そんなVectorは一瞬不快げに眉をひそめて、寄りかかっていた壁から離れる。その動作はどこか気だるそうだ。

 

そうしてブリッツの前に立ち

 

「ん」

 

自身の半身。装填済みのクリスヴェクターと予備弾倉2本を彼の胸元に押し付けた。反射的にそれを受け止める。

 

「どうせならあたしの記録超えて見せてよ。ね、ブリッツ指揮官?」

 

「ほぅ・・・・・・いいだろう」

 

アンニュイでありながらも挑発的な言い方で煽り、ブリッツもそれに敢えて乗っかる。

そろそろ後ろから威張るだけでなく、指揮官(上に立つ者)としての威厳と強さを見せておく必要がある。

兵士は追い詰められたり辛い時、指揮官の背中を見る。その指揮官が弱いところを見せては、部下は着いてこない。

指揮だけ出来ていれば良いわけではないのだ。

 

ちなみに、このキルハウスのコースレコード第1位はVectorである。

 

ちょうどその時、USPコンパクトが自己新記録を叩きだしコースをクリアした。

 

「USPコンパクト。大分早くなったな。いい感じだ。だが、まだまだ縮められる筈だ。────今から手本を見せてやる。よく見ておけ」

 

物静かで厳かな雰囲気に切り替わる。まるで実際に任務中であるかのような緊張感を纏った上官の姿に、思わず新入り二人は息を飲んだ。

押し付けられたVectorのセーフティを解除し薬室に初弾を装填。チェストリグに予備弾倉を差し込み準備完了。スタート地点に立つ。

 

「はい、よーいスタート」

 

なんとも気の抜けたVectorの合図と共に、ブリッツのタイムアタックが開始(はじ)まった。

 

 

 

同時刻。基地敷地内の屋外射撃訓練場。ここでは主にRFやMGといった高火力、高射程の人形が利用する場所である。

屋内と比較してもターゲットまでの距離は遠く、ドローンを使った動く標的を想定した訓練も出来る。

 

晴天が広がる本日。そこを利用するのは、2週間前に入ったばかりのMGの戦術人形たちである。スケジュールの関係上、今日から訓練が始まる。

その教官はもちろん同じくMGであり、副官であるLWMMGだ。

 

この基地に来て初めての訓練ということもあってか、新入り達の表情は緊張で若干強張っている。

軽機関銃から重機関銃まで様々な人形が同じ名を冠した半身を傍らにして、LWMMGと向かい合う。

ちなみにサポートとして、第三部隊に所属するM2HBも立ち会っている。

 

M2の表情には不安の色が滲んでいた。今日から訓練を受ける人形達にではなく、教官を務めるLWMMGに対してである。

 

射撃訓練場とは思えぬほどに静まり返った場に、教官(LWMMG)は空気が整ったとばかりに切り出した。

 

「ある国の言葉に、このような言葉がある」

 

一拍溜める。

 

「百発百中。私の大好きな言葉であり、私が目指す極致であり理想。そして皆さんには、この基地に所属する以上その極致を目指してもらう」

 

場がざわめいた。当然である。基本的に命中精度は二の次なMGに百発百中を目指せと告げられたのだから。MGの戦術人形間で流れる常識の完全否定も良いところだ。

M2は不安が的中したとばかりに眉をひそめる。なぜなら彼女もここに拾われたばかりの頃、この教官に全く同じことを言われたからだ。

 

コイツマジで言ってるのか?そんな空気が流れ始めるなかでも、LWMMGは構う事無く言の葉を紡ぐ。

 

「私たちの長所はRF並みに高い火力を連続で射撃出来ること。軽機関銃一丁でアサルトライフル10丁分の火力を誇ります。堅牢な装甲持ちの敵であっても、徹甲弾を使える私たちならば瞬きする間に皆殺しにできる。当たらなくとも、敵の頭を押さえ付けてその場に釘付けにすることも出来る。しかしそれは、その分弾薬の消費する速度が早いということ。つまり命中率を上げれば、それだけ弾薬コストを削減でき、無駄をなくせる。私は無駄が嫌いです」

 

いや理屈はわかるけどやっぱり無茶だろ。本当に大丈夫かコイツ。

そんな雰囲気が新入り達の間で流れ始める。

 

「ちなみにですが、私の後ろにいるM2HBさんは過去に約1200mの"狙撃"に成功しています」

 

やめろ、ここであたしを引き合いに出すな。そう言いたかったM2HBだが時既に遅し。新入り達からは驚愕と羨望の眼差しが向けられている。そんな目で見るんじゃない。

おそらく人間であれば、今ごろ胃の辺りに激痛がはしっていることだろう。

 

それにあれは狙って撃ったものではない。あれは本部からテロハントの任務が通達されたときの事。目標を達成し、作戦区域からの撤退の際。迎えのヘリが来るまでの間、時間を稼ぐ必要があった。それで牽制目的で撃ったら偶々有効打が当たってしまっただけなのだ。それがきっかけで、敵がスナイパーがいると思い込んで迂闊に攻めてこれなくなって、結果として撤退の時間を比較的穏やかに稼げた。

だがあくまでも偶然なのだ。あたかも狙って当てたかのように言わないでほしい。

 

そもそも12.7×99mm弾(.50BMG)を使う重機関銃で狙撃ってなんだ。丁寧に狙って当てるような代物ではないだろう。あの時はバラまいたら当たっただけであれは断じて狙撃ではない。────ちなみに彼女は知らないのだが、1982年に狙撃用スコープをつけて1km先の敵に狙撃を敢行したり、1967年では単発射撃で2500ヤード(約2300m)の狙撃に成功した記録が正式に残っている。ついでに付け加えるならば、その記録は35年間破られることはなかった。

 

ともかくとして、重機関銃で精密射撃はさすがに無茶振りが過ぎる。せめて効率的な制圧射撃のやり方から入った方が負担が少ない。

 

そう言えたらM2HBとしてはどれだけ気が楽だったことだろう。それを言えない理由は今目の前に立つ教官そのものにある。

 

「なるほど。出来るわけがない。皆さんはそう決めつけているわけだ」

 

ざわつく新入りMG人形達を見かねたLWMMGは、近くの射撃スペースの台に置かれた己の半身を持ち、初弾を装填した。

腰にポーチのように大型のお手製ベルト付きアンモボックスからは.338ノルママグナム弾が帯のように連なって銃の機関部まで伸びている。

 

それのストックを肩に当てて立射の体勢で。さながらアサルトライフルのような構え方で100m先のマンターゲットに照準を合わせる。

新入り達が呆気に取られているのも気にせずトリガーを引く。連続した重々しい銃声が閑静だった射撃訓練場に響く。

何発撃ったか。耳をつんざく銃声がパタリと止んだ。バイポッドを展開して台に銃を置き、腰のアンモボックスを外し、改めて新入り達に向き直った。

 

「M2さん。命中率は?」

 

M2の手元には軍用タブレット端末があり、ディスプレイには各レンジ毎の命中率が一目でわかるよう表示されている。当然、今のLWMMGの記録も手元に届いており、その記録にM2HBは苦笑いをこぼした。

 

「・・・・・・50発中47発命中で94%ね」

 

「3発も外しちゃったか。私もまだまだ甘いか」

 

ここはカッコ良く98%は叩きだしたかったなー何て事を呟きながら、LWMMGは顔だけを100m先の標的を見た。

もう何度目か。新入り達はどよめいた。

3発も外した?とんでもない。機関銃手としては不安定な立射姿勢で連射して3発しか外していないのだ。規格外の命中率である。

 

わざとらしい咳払いを一つして、LWMMGは言葉を紡ぎだした。

 

「ちょっと失敗しちゃったけど、確かに百発百中(理想)の実現はかなり困難。だけど、限りなく近付くことはできる。皆は私よりも人形としての性能が良いから、頑張り次第でかなり近付くことができると思う」

 

これがM2HBが彼女に意見具申出来ない最大の要因。LWMMGはI.O.P社のカタログ上では比較的安価で手に入りやすいローエンドの戦術人形だ。そんな彼女が大言壮語を吐いても許されるのは、それに限りなく近いことが出来てしまうから。

彼女よりもカタログスペックでは上のM2HBでも、彼女にはまだ敵わない。

というより、戦力として彼女に敵う人形は現状この基地には存在しない。

 

「では皆さん。射撃訓練を始めましょう」

 

末恐ろしいスコアを叩き出した人形が浮かべる穏やかな笑み。そこから始まるを告げる訓練初日に、新入り達の背筋には氷のように冷たい何かを感じた。

 

 

 

 

 

それから数時間後。予定通りに訓練過程を終えて、指揮官のブリッツと副官のLWMMGは司令室へと赴き、本部から送られてきた少なくはない量の書類と格闘を始めていた。

 

「それで、どうだったんだ?新入り達(ブーツ)は」

 

訓練で使用した弾薬量やその際消耗した備品の補充に関する書類とにらめっこしながら、ブリッツが話題提供も兼ねて尋ねる。

LWMMGも、それに乗っかる。

 

「やっぱり命中精度に難があるかな。命中率が良くても50%下回ってたもの。でもスジはイイと思う」

 

「まだ初日だからな。そういえば、手本を見せてやったんだってな」

 

「言うよりやった方が説得力あるから。そっちも手本を見せたって聞いたけど」

 

「ああ、Vectorの記録塗り替えといた」

 

記録を更新してゴールした後、Vectorが無言でボスボスと腹をグーで叩いてきたが、些細なことである。地味に痛かったが些細なことである。

ちなみにだが今回の記録更新は一秒ちょっと速かったのだが、TMPとUSPの新入りが見学してたいた為、動きを分かりやすくしたためその分ロスがある。ブリッツなりに身に付けたやり方を駆使すれば、更なる記録更新が狙える。

 

とはいえ、あまりハードルを上げすぎると後を追うものが疲れてしまうので、少しだけの更新に留めておく。

 

『ところでお二方』

 

書類が広がる机の上に置かれた小型のスピーカーから飛び出してくる若い女性。"ナビゲーター"からの落ち着いた雰囲気のお声がけに、二人は反射的に空気を震わせるスピーカーに視線をやる。

 

『明日、会議に出向くことを忘れてませんよね』

 

「ああ、だからこうして仕事を余分にやっている」

 

『結構です。どうやら明日は、ヘリアンさんも直接出席するようですね』

 

「それは珍しいわね。あの人、合コン以外で姿を見せることってないのに」

 

「ライト、それ本人に絶対言うなよ」

 

しれっとLWMMGから吐き出される毒に一応上官として釘を差しておく。

とんでもない風評被害を受けた、遥か遠くの本部にいる件の上級代行官がくしゃみを溢したのは偶然か否か。

 

ともかくとして、2週間ほど前からブリッツはS10地区の指揮官として会議に来るよう、本部から通達を受けている。余程の事がない限り会議には出席しなければならない。

出席するのは構わない。やらなければならないからだ。

 

ただ、何故かあまり良い予感がしなかった。

何か面倒事。厄介事が起きるような。そんな無根拠な直感。

そして彼の経験上。グリフィンに務める以前から、こういう予感が外れたことはあまりない。

 

「全く、面倒だな」

 

製作途中の書類に視線を落としながら、ブリッツは小さく独りごちた。

 

 

 




サブタイは休憩なのにこいつら休憩してないっていう。

今回でわかる通り自分はLWMMG推し。作中での能力面ではかなり依怙贔屓した設定。ゲームでも実際レアリティ詐欺だし、ま多少はね?
スキン実装はよ。Modもはよ。他のドルフロ二次創作もライトちゃんの出番増やしてくれよな~頼むよ~。

ついでに評価とか感想とか誤字脱字報告とか欲しい。気軽にどうぞどうぞ


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.2 ―シェルター防衛戦―

UA1000超えてるやん!(驚愕)
これからも書きたいもの書いて好き勝手やっていきます



グリフィン&クルーガーに所属する指揮官は2ヶ月に一度、定例会議に召集される。

 

鉄血の攻勢。人類人権団体にロボット人権団体、反戦団体といった不穏因子の動向。各地区で確認された情報を共有し現状を把握。必要に応じて迅速且つ柔軟な支援を行えるよう取り決める為の、顔合わせも兼ねた重要な会議である。

 

しかし今回、ブリッツが招集された会議はそういった重要性の高い案件を取り扱う会議ではない。

 

指揮官の間では"反省会"と揶揄される会議がある。

鉄血はもちろん、不穏因子の排除といった戦果を上げられていない司令部の指揮官を中心に招集され、ここ数週間の実績報告と、どうすれば戦果を上げられるかを考える、所謂アクションプランの場だ。

 

グリフィンの指揮官選別試験は厳しい事で有名だ。それ故に、試験をパスして指揮官という肩書きを手に入れた人間の大半はプライドが高い。そんな人間が、「どうやったら戦果を上げられるか考えましょう」なんていう場に招集されること自体、面白味を感じるわけもない。

グリフィンに所属する指揮官の中で、落ちこぼれの烙印を押される事と同義なのだから。

 

会場となる場所はグリフィン本部ではなく、その傘下に属する組織が所有・管理する施設。シェルターと呼称される建物だ。

 

第三次世界大戦のきっかけとなった北蘭島事件。列強各国が自国の保全に走る中、要人達が保身の為に建造されたのがこのシェルターだ。

 

見た目は円柱状の3階建ての商業施設。しかしその地下には核攻撃を受けてもビクともしない耐久性と、長期間の籠城を前提とした設計が施されており、大戦中は密かに協力関係にあった要人達が隠れ潜んでいた。

 

大戦も終わり、PMCが台頭する時代となったのと同時期にグリフィンがこの施設を接収。現在はこうして幾つかある集会の場の一つとして利用している。

 

指揮官のブリッツと副官として同行したLWMMGが、シェルターの地上部分から施設に入る。小綺麗に清掃の行き届いたロビーは、大戦時の爪痕が色濃く残っている世界()の惨状を散々見た後だと、酷く違和感を覚える光景だった。

 

そんな中で、いつもの戦闘服ではなくグリフィンの制服に身を包んだ自分も、きっと世界から見ればひどく浮いているように見えるに違いないと、ブリッツは内心で呟く。

 

会議の開始時刻にはまだ早いが、ロビーには既に何人か同じグリフィンの制服を着ている他地区の指揮官と、それに同行している戦術人形の姿が見受けられる。

 

本部からは、会議などで基地の外に出る際は最低一体の人形を同行させるよう伝えられている。万が一に備えての護衛もかねているのだろう。

 

そんな中で早速、反省会特有の光景がチラホラと見られ始める。

 

先にも言ったように、試験をパスした指揮官というのはプライドが高い。

それ故に、同行している人形の殆どは最高級モデルだ。プライドの高さから見栄を張りたがる。だからこその光景だ。

 

そんなだから、ブリッツと彼に同行したLWMMGに向けられる視線には嘲笑の念が混じっていた。

 

「見ろよ。安い人形連れてるぜ。ありゃ誰だ?」

 

「さあなぁ?ここに来るってことは、どうせ遠くの辺境に派遣されたヤツだろ」

 

「ああ、じゃああの荷物は宿泊グッズか。そりゃ大変だわ」

 

事実無根の嘲笑と勝手な言い分を吐き捨てる、最高級の戦術人形を傍らに立たている他地区の男性指揮官二人に、LWMMGは今すぐに食って掛かりたかった。

自分の事はいい。安い人形である事は否定できない。だが彼の悪口は許せない。見過ごせない。

何も知らない人間が、自身が最も信頼している彼に陰口を叩くなど、許せるはずがない。

 

しかしそのブリッツが全く意に介していない以上、部下である彼女は言い返すことも、何も出来なかった。

 

男達に指摘されたブリッツの持つ大きなバッグには、先日の作戦でも使ったタクティカルベストに黒を基調とした都市迷彩の戦闘服。ヘッドセットにHMDといった装備品と、HK417A2が収納されている。

サイドアームのMk23は制服で隠すようにして腰のホルスターに収めている。

 

どうしても不安を拭うことの出来なかったブリッツが、有事の際に最低限戦えるだけの武器をバッグに詰めて持ってきたのだ。

 

ついでに言うと、完全武装した第一部隊が施設から少し離れた地点で待機していたりする。

ブリッツがここまでやるのには理由があり、以前本部から緊急の会合で多くの指揮官が集まっていた。そこを鉄血に襲撃され、決して小さくはない被害が出てしまった。その当時ブリッツは別の任務で手が離せず、会議に出席していなかった。

突如として襲ってきた緊急事態だったが、S09地区に配属された新人指揮官を中心とした活躍によって鉄血の撃退に成功。

 

そういう前例がある以上備えておくのは当然であり、何もなく杞憂に終わるのが理想だ。ブリッツの弁である。

 

LWMMGはチラリと嘲笑を浮かべる他地区の指揮官を見る。姿勢に制服の膨らみ具合を見たところ、武装らしい武装をしていないことが分かる。護身用の拳銃位はあるかもしれないが、戦力としては不安が残る。

 

彼女も、護衛という名目でLWMMGをスリングで身体の前に吊り下げる形で装備している。

その銃身をそっと撫でる。

使わずに済むならそれが理想。確かにそうかもしれない。辺りやブリッツ以外の人間を見回して、LWMMGはそう思った。

有事の際、これでは対応が出来ないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後。予定していた時間の通りに会議が始まった。

シェルターの地下3階にある、最低限識別出来る程度の光量しかない薄暗い多目的室の中央に巨大なテーブルが鎮座し、その周囲をグルリと囲むようにして指揮官達が椅子に腰を下ろす。

同行していた護衛役の人形は別室にて待機している。

 

基地の司令室にある椅子よりも柔らかな、見るからに高級な椅子に腰かけるブリッツは、態度にこそ出ないが何とも言えない座りづらさに内心落ち着かなかった。

服装の「着こなす」と「着られている」のような、言うならば椅子に座らされている感が、どうにも拭えなかった。

 

「では、定例会議を始めるとしよう」

 

本会議の議長役、ヘリアントス上級代行官が、灰色の長髪を揺らし右目のモノクルをかけ直しながら告げた。

傍らには書記を務める女性もおり、PCと向き合ったままだ。

 

つまらない反省会の為にここまで足を運ぶとは、中間管理職とはやはり大変な役職なのだろう。そりゃ合コンの一つや二つ行ったってバチは当たるまい。いつかは幸せになって貰いたいものである。

そんな他人事を内心で呟いている内に各地区の指揮官達による近況報告が始まっていた。

 

「我々の司令部では数か月前から、人類人権団体とロボット人権団体による作戦の妨害を受けていますが、先日この二つを制圧。これからは多大な戦果を上げてみせましょう!」

 

「私の部隊では先日鉄血のハイエンドモデルと戦闘。大きな損害もなく撤退に追い込みました!」

 

さて始まった。反省会名物、戦果のマウント合戦。

 

先に話した通り、指揮官はプライドの高い人種だ。それ故か他人より上の功績を上げないと気が済まない。

だからこうして近況で一番の戦果、功績を声高に主張するのである。もっとも、それがどこまで正しいのかは知らないが。

ましてや今回は直接上司が来てくれている。出世のチャンスでもあるこのタイミングで功績の主張はある種当然ではある。

 

しかし、この反省会に召集された時点で、その一番の功績が全体から見て大した事はないと決定付けられている。

それでも何とか、か細い紐を手繰り寄せて掴もうと必死だ。

 

ブリッツからすれば、ひどく見苦しいものだ。同じ指揮官としてではなく、一人の兵士として、それはあまり見れたものではない。

 

適当に聞き流している内に、ブリッツの番まで回ってきた。

 

座らせられていた椅子から腰と背中を解放し、背筋を伸ばし、一度見渡す。

値踏みするような視線が一斉に降り注ぐ。

 

何を期待しているのか。これはただの報告だというのに。

小さくため息をついてから、持参した軍用タブレットを手元に持つ。

 

「えー、自分の担当するS10地区では先日。大戦時に使用しその後放棄された軍事施設。そこを占拠、再利用していた鉄血兵の掃討作戦を行いました」

 

「ああ、それについて報告も受けている。実にご苦労だった」

 

「恐縮です。ですが今回の本題はこれではありません」

 

「どういうことだ」

 

ヘリアントスのモノクルが訝しげに光る。

 

「その作戦で撃破した鉄血製の戦術人形。その大半がS09地区で生産されたもので、10地区の物は一体もありませんでした」

 

場が俄にざわついた。

 

鉄血工造は蝶事件以降も、全うな製造工場であった頃の名残で、鉄血兵やユニットにシリアルナンバーとIDタグが刻印されている。それを読み取ると、どこの地区のどこの製造工場で生産されたのかが分かる。

あの夜、施設に居座っている鉄血兵はS10地区で製造された人形は一体もいなかったのを、ブリッツは直接確認していた。

 

何より、S10地区内の鉄血工造の秘密製造工場はとうの昔にブリッツ達が発見し、直接潰している。

だからといって油断があった訳ではないが、急激に地区内で増えた鉄血兵に対処が遅れてしまったのは事実。遅れた分を取り戻せたのは幸運だった。

 

とにかく続ける。

 

「他にもS06地区や02地区、隣のR地区にT地区の物まで。詳細な内約は今調査中ですが、わかっているだけでこれです。

ご存じの通り、S09地区はS地区きっての激戦区。複数のハイエンドモデルの存在も確認されており、その対応もしなければならない。取りこぼしも仕方ないかと」

 

「救援要請してくれればすぐに窺うんですがね」と、冗談めかした言い方で一旦区切る。

 

「やつらの目的は?」

 

「ハッキリとは。ただ居住区からそう離れた場所ではありませんから、そこを拠点にして居住区に攻め込む心算もりだったのではないかと。マンティコアまでありましたから、放置していれば大変な事態に陥ってました」

 

居住区にも防衛装置としての兵器や防壁が設置されてはいるが、任務の時のような数で攻められれば流石に侵入を防ぐのも困難だ。マンティコアの攻撃力と機動力をもってすれば、強行突破も出来なくはないだろう。アイギスもあれば尚更に。

 

それを考えれば、あの施設内で敵を抑えられたのは良かった。もしも敵が戦力を整えて侵攻するようなことになったら、居住区を背にしての防衛。もしくは居住区に攻め込まれた後で対応に当たらねばならない事態になれば、それはそれはもう泥沼だったことだろう。

 

まだ懸念はあるが、地区内において当面の脅威は排除できている。消極的だが、しばらくは様子見するしかない。

 

「当面は居住区と工業区の防衛を第一として、哨戒を強化。平行して、こちらで預かっている新入りの人形達の訓練も進め、そちらも哨戒に充てます。残党がいないとも限りませんので。

他の地区と比べて基地自体の戦果は減りますが、その分は緊急即応部隊(QRF)として他地区の支援に出向くか、不穏因子の制圧が主な活動になるかと」

 

「そうか。わかった。有事の際は、貴官らに頼むこともあるかもしれない。その時は頼んだぞ」

 

「一声もらえれば。自分達はいつでも準備が出来ています。以上、報告を────」

 

終わります。そう告げようとした途端部屋が大きく揺れた。

テーブルに置かれたコーヒーカップは揺れ、幾つかテーブルから落ちて床にぶちまけた。

 

「な、なんだ・・・・・・!?」

 

誰かが明らかに慌てた様子で声をあげる。

他の指揮官らも突然の事に混乱をしているようだ。

 

「ライト、何があった」

 

そんな中でもブリッツは動じずに耳に着けた通信機で、別室に待機しているLWMMGに呼び掛ける。応答はすぐにあった。

 

『指揮官。鉄血が攻めてきました。敵襲です』

 

端的に告げられた報告は、すんなりとブリッツの頭の中に染み込んでいく。

 

『今は隠れていた第一部隊主導で正面玄関前に即席のバリケードを作ってます』

 

「お前は?」

 

『そちらに向かっています』

 

「何時着く」

 

その時、勢い良く手の込んだ装飾を拵えた会議室の両開きの木製ドアが開かれた。見れば、背中にLWMMGを背負い、左肩にブリッツのバッグをかけている副官の姿。

どうやら律儀に開ける手間すら惜しんで蹴破ったようだ。

 

「たった今です」

 

「お、おい人形が勝手に・・・・・・!」

 

他所の指揮官がLWMMGを憎らしい目付きで睨むが、彼女は視界に入らないと言わんばかりに一切気にせず、一直線にブリッツの下へと早足で近寄る。

会議の場に人形が入らないことがルールだが、今はそんな悠長な事を言ってはいられない。

 

「指揮官、これを」

 

「よし」

 

副官から受け取ったバッグをテーブルに置いてファスナーを開ける。

黒い都市迷彩の戦闘服にタクティカルベスト、靴底に踏み抜き防止の鉄板を仕込んだブーツ。Mk23用レッグホルスター。作戦に使うインカムとHMD。

HK417A2にM320、予備弾倉を次々にテーブルに並べていく。

 

LWMMGも、自身の銃の作動チェックを行う。

 

グリフィンの赤い制服を脱ぎ、腰に巻き付けていたホルスターを一旦外してバッグに放り込む。代わりに戦闘服とベスト及びレッグホルスターを着用。Mk23とマガジンを詰め込む。

ヘッドセットとHMDを装着。何事もなく起動、LWMMGと一足先に戦場にいる第一部隊との通信リンクを確認。

HK417に1×6倍率のオプティカルサイトとM320を組み付け、マガジンを機関部に叩き込みチャージングハンドルを引いて薬室に初弾を装填。

 

瞬く間に戦闘体勢へと切り替わり、指揮官から兵士へと変貌を遂げる。

 

「代行官殿。我々はこれより、鉄血と交戦し、侵攻を食い止め時間を稼ぎます。その間に本部に救援を要請してください」

 

「了解したブリッツ指揮官。一階の倉庫に弾薬を備蓄してある。好きに使ってくれ」

 

「感謝します。この場はお任せします。では」

 

上官に一礼し、踵を返す。

副官から頼れる相棒へと切り替わったLWMMGと共に、会議室を飛び出す。

 

ここでようやく他の指揮官達も動きだし、連れてきていた護衛の人形達に通信機越しに指示を飛ばす。

ヘリアントスも、たった今駆け出していった兵士に武運を祈りながら、あくまで冷静なままで本部へ緊急通信を繋げた。

 

 




もう9月だよ。早いっすね。
皆さんビンゴどうですか?私は無事にJS9ちゃんさんを無事お出迎えしました。
前話の後やたらと揃ってびっくりした(小並感)
でも相変わらず弾薬がないです。なんでや。
おまけにコアも無いんで大型製造出来なくてショットガンが4体しかいないっていう。

あっ、次回はドンパチ回です。


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2-2

会議室を出て近くの非常階段を駆け上がる。

様々な攻撃を想定し、耐えられるよう設計された構造が今は何とも悩ましい。

 

エレベーターはあるが、何かの拍子に使えなくなって閉じ込められる可能性がある。迂闊には使えなかった。

 

非常口のドアを蹴破って地上一階のロビーに出る。

ロビーには護衛として同行してきたのであろう戦術人形が右往左往している。

見たところ、地下から指示を出している指揮官達のおかげで、指揮系統が混乱し、集団としての統一性を欠いているようだ。

 

それはつまり、誰も迎撃態勢に入っていない事を示唆していた。ブリッツとLWMMGはそんな有り様に表情を歪ませる。

 

攻撃を受け、銃を持ったその時点で、ブリッツは既に心身共に戦闘モードに入っていた。

ウォームアップせずとも心臓は早鐘を打ち、全身に血と酸素が巡り、体温が上がる。典型的緊張状態。しかし頭は冷静でクリア。無駄な思考(ノイズ)は一切遮断して任務に集中する。

 

戦術人形であるLWMMGは言わずもがな。

既に装填を終えた中機関銃が全てを物語っている。

 

ともかく、やることを進める。

丁度、施設付近に待機していた第一部隊の面々が二人に駆け寄り向き合う形で整列した。

与えられる指示を待つ。そこに余計なものを持ち込まない。面持ちだ。

 

「第一部隊。状況報告」

 

冷たく厳かな声色でブリッツが告げる。

すぐ傍のLWMMGがぞくりと寒気が走る程、声に感情という色が消え失せている。

 

そんなブリッツの横顔を見て彼女の頬に朱が差すが、本人は一切気付く事は無く。

 

部隊を代表し、WA2000が答える。

 

「敵はまだ視認出来ない。数は分からないけど、攻め込むって事は少数じゃないわ。さっきの爆発はジャガーからの砲撃と断定。建物の二階部分に着弾したわ。方角は着弾位置と地理から逆算して正面方向から。ついさっきまで侵攻に備えて土嚢といった簡易的な遮蔽物を設置してたけど、地下で胡座かいてる指揮官達のおかげで軽いパニック状態よ」

 

「こちらの現有戦力」

 

「HGが4。SMGが6。ARが12。RFが7。MGが3。SGは無しの計32」

 

「プラス、俺たちか。足りないな」

 

「おまけに、見ての通りよ。撃退は無理」

 

周辺をアピールするように両手を広げて見せる。

確かにWA2000を始め、第一部隊の面々のような落ち着きは見られない。

このままでは、まともな迎撃態勢も取れない。

 

仕方無いと告げる代わりに小さくため息を溢し、レッグホルスターからMk23を抜き、天井に向けて一発発砲。

 

全て雑音を掻き消す銃声に全ての戦術人形が足を止め、手に持った銃をブリッツに向ける。

 

腐っても戦術人形。銃声には人一倍敏感に反応してくれる。

 

「自分はS10地区を担当する指揮官だ!今から襲撃してきた鉄血共に鉛玉をブチ込む為に防衛戦を開始する!自分の指揮官を守りたければすぐに迎撃準備を整えろ!」

 

自分の指揮官を守る。その一言が戦術人形全員に浸透し、緊張し張り詰めた空気を醸し出す。

 

他所とは言え指揮官が直接出向き、直接声を張り上げたのも効いているのだろう。

ともかく、マシな空気にはなった。

 

「MGは二階へ、RFは三階に陣取れ!ARは正面玄関にバリケードを作って正面から迎え撃つ!SMGは倉庫に備蓄されてる弾薬を運び出してサポートだ!HGはRFのスポッターを頼む!」

 

基本の指示を出した所でブリッツのヘッドセットが通信を拾った。

 

『ブリッツ指揮官。ヘリアンだ。聞こえるか』

 

「ブリッツです。どうぞ」

 

『本部と連絡が取れた。救援部隊と兵員輸送用の大型ヘリを寄越してくれるが、到着に30分かかるそうだ。近くの基地にも声を掛けたが望み薄だ。持ちこたえられるか』

 

「・・・・・・何とかします」

 

『・・・・・・かなり無茶をさせてしまうな。頼むぞ。君達が頼りだ』

 

「了解」

 

通信を終了。

この時、ブリッツは無意識に出掛けた舌打ちを咄嗟に堪え、必死に飲み込んだ。

 

30分。ハッキリ言って長すぎる。

増援は望めない。航空支援も無い。ここにいる39名の戦力のみで、未知数の敵を相手に30分耐えなければならない。

 

戦況は圧倒的に不利だ。

だが、弱音を吐く訳にはいかない。指揮官が弱音を吐けば、それは部下達にも伝わり、士気が下がる。

 

そこまで考慮した途端、ブリッツの胸中に去来したのは懐かしさであった。

 

思い起こすは、第三次世界大戦。

航空支援はおろか、まともな補給すら受けられなかった戦争。

昼も夜も無く。毎日毎夜、先の見えない戦いに明け暮れたあの頃。

 

それに比べて、今はどうだ。

増援が来る。迎えがくる。蓄えもある。

 

なんだ、かなりマシじゃないか。

 

「リーダーは、弱音を吐かず堂々といるべき。そうだったよな、フラッグ・・・・・・」

 

ふと脳裏に浮かんだ、かつて部隊を率いていた戦友の姿。

その戦友がかつて言っていた台詞が、無意識に口から零れ落ちる。

 

彼は何時だって。どれ程の苦境に立たされ、どれ程の逆境に晒され、どれ程の困難に陥り、どれ程の絶望が立ちはだかろうとも、それを乗り越えてみせた。乗り越えさせてくれた。

自分は彼のようにはなれないだろう。だがそれでも、どうするべきかは分かる。"どうあるべき"なのかは、分かる。

 

自分が出来る"そうあるべき姿"を思い浮かべ、ブリッツは肺一杯に空気を溜めて、声帯を通してありったけの肺活量を一気に解放した。

 

「30分で救援と迎えが来る!それまで持ちこたえるぞ!なんとしてもだ!向かってくる敵はとにかく撃て!端から端まで全部だ!行動開始!」

 

全ての戦術人形が一斉に動き出す。

 

先程の右往左往ではない。明確にやる事を把握し、どうするべきかを理解した動き。

迎撃態勢が整っていく。

 

ここで漸く、ブリッツはMk23のグリップを潰さんばかりに握り締めていた右手から力を抜き、ホルスターに収めた。

 

「あの、よろしいですか?」

 

声を掛けられ、振り返る。

緑掛かった銀髪に、左目が黒い義眼をした少女の姿。

 

「・・・・・・確かキミは、少し前にロールアウトしたという」

 

「TAC-50と申します。よろしくお願いします、指揮官」

 

穏やかな物腰から綺麗な敬礼を見せるTAC-50に、ブリッツも答礼する。

I.O.Pから出たばかりの人形を既に獲得し、運用している司令基地。自分とは縁遠いと思ってしまった。

 

しかし、目の当たりにしてこうも思った。

「その銃SIG-50じゃないのか?」と。間違っていたら大変失礼なので、黙っておくが。

 

「私の指揮官が、貴方と話したいと申しております」

 

言って、TAC-50はPDAをブリッツに差し出す。

受け取り、画面を注視する。

 

「ブリッツです」

 

『はじめまして、ブリッツ指揮官。私はR09地区を担当しているメリー・ウォーカーと申します。メリーとお呼び下さい』

 

若い女性の声が聞こえる。そういえば、会議室に一人女性指揮官がいたなと思い起こす。

今時、女性指揮官は珍しくなく、少しずつ増えてきている。

それだけ指揮官という人間の"入れ替わり"が多いという事でもあるのだが。

 

「はじめましてメリー指揮官。自分に何のご用ですか」

 

『貴方が会議室を出た後、偵察ドローンを飛ばしてシェルター周辺の戦術マップを作りました。大まかな敵戦力も把握出来ました』

 

「・・・・・・ほう」

 

感嘆の吐息が零れ落ちる。

ドローンの工面はどうしたとか情報の精度はどうなのかとか、そんな疑問は敢えて切り捨てる。

 

今喉から手が出る程に欲しいのは敵に関する情報だ。大まかでも敵戦力が分かれば対処もしやすい。

 

「ゲート、聞こえるか」

 

『お声が掛かるのを待ってました』

 

打てば響くと言わんばかりに即応してみせるナビゲーターに、ブリッツも思わず笑みを溢してしまう。

 

「なら、状況は把握しているな」

 

『勿論。既にメリー指揮官の戦術マップとブリッツ指揮官のPDAと同期を完了させ、何時でも確認出来るようにしました』

 

『え、いつの間に・・・・・・』

 

「流石に仕事が早いな。助かる」

 

持つべきは優秀な補佐役である。

メリー指揮官の困惑した声が聞こえるが、今は気にするような事ではない。

 

PDAからの戦術マップがHMDに問題なく投影された事も確認した。

 

敵戦力の規模。見えてるだけで二個中隊(約400人)。

それが遮蔽物に身を隠し、虎視眈々とこちらを窺っている。先程シェルターに砲弾を打ち込んだであろうジャガーも見える。

そして、そのすぐ傍でライフルを構える複数のスナイパー(イェーガー)の姿も。

 

ジャガーの砲撃によってシェルターから出てきた人形を狙い撃ちする算段だったのだろう。

今回は運良く、誰も屋外に出なかった為損害が出なかった。

だから今は様子見をしている。

 

全く面倒だ。スナイパーを排除しても、スカウトやプロウラーがうじゃうじゃと湧いてくる。それを根気よく排除している内に鉄血兵が湧いてくる。

 

キリがない。

不幸中の幸いなのは、完全な包囲ではなく一方向からのみの侵攻だという事。勿論正面に意識を集中させ、背後に回ってくる可能性もあるが、そこはメリー指揮官の目に頼る事にする。

 

『RF、HGチーム、配置完了』

 

『MGチーム、準備完了。指示を』

 

『ARチーム、バリケード設置完了』

 

人形からの報告が続々と上がる。一先ず態勢は整った。

 

「メリー指揮官。大局的な指揮はそちらに任せます」

 

『了解。現場指揮はブリッツ指揮官にお任せしますね。回線は常に開けておきます』

 

「了解。頑張りましょうか」

 

『ええ、お互いに』

 

もし目の前にメリー指揮官がいたならば、拳と拳を突き合わせただろう。

借りたPDAをTAC-50に返し、彼女は一礼してから持ち場へと向かっていった。

 

風向きが変わってゆく。

か細く、頼り無く、不安定で。だが確かに変わっている。

少しだけ、良い方向に。

 

HK417を持ち直し、ブリッツも持ち場へと向かう。

 

「今日は、死ぬには良い日だな」

 

昔々の兵士が好んで口にした言葉。それに応える者は無く、ブリッツの胸の内にのみ響くに留めた。




前回、次回はドンパチ回だと言ったな?
あれは嘘だ(ウワァァァァ)
また無駄に長くなりそうだったのでドンパチ賑やかになる手前で切りました。


あんまり語る事無いので今回登場した女性指揮官の設定でも

名前:メリー・ウォーカー
年齢:24
今となっては珍しくもなくなってきたG&Kの女性指揮官。担当はR09地区。
両親と自身の借金返済の為、居住区のOLから指揮官になった経緯があり、事務職だった当時の名残か資材管理にはかなりうるさい。
部下である戦術人形の安全を重視している為戦果が上がらず、今回の反省会に召集されてしまったが、彼女自身の能力は決して低くはない。人形からの評判もよく、反省会に呼び出したグリフィンに対し不満を漏らしていた。

同行させたTAC-50は、先々週メリー指揮官が涙ながらに資材を投入して入手した人形。

煌びやかな金髪のショートヘアで、端正な顔付きをしている。指揮官らしい凛々しさの中に少女としての可憐さもあり、何体かの人形から狙われているらしい。


そんな感じで次回に続きます


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2-3

どうでもいいことですが、ぼくはモンエナよりもレッドブルが好きです。
でも周りの人はみんなモンエナの方が好きだって言います。さびしい


 

 

円柱状に設計されたシェルター。輪郭に沿う形で太い柱が整然と等間隔に並び立ち、その柱間を埋める形で、正面玄関を中心に土嚢を積み重ねて即席のバリケード。もとい遮蔽物を設置。銃弾程度なら問題なく防げる。

ここ最近、鉄血兵の間で急速に配備の進んでいる指向性エネルギー兵器も防げるだろう。

 

シェルターを中心にした半径100mは整地され、不規則ながらコンクリート製のガードフェンスも設置されている。遮蔽物として利用できる。シェルター近くには今回の会議に召集された指揮官が利用した装甲車やジープが駐車されている。

 

そこから更に外側は森林地帯。木や岩影に鉄血兵が身を隠し、今にも飛びだして来そうな様相だ。

今は鉄血側は動きを見せないが、それも長くは続かないだろう事は、防衛側は良く理解している。攻め込むためにきたのだ。動かない理由はない。

 

鉄血側の全戦力は確認できないが、施設に攻め込むに足る規模の部隊が展開しているのは間違いない。

それが一気にやって来た場合、一体どれだけの時間堪えられるのか。ブリッツも、メリー指揮官も想像しきれない。

 

────キッカケが訪れたのは、最初の攻撃から5分後のことだった。

奥の森林地帯から、3機の自走砲台であるジャガーが姿を表した。

 

先と同様に砲撃を仕掛けるつもりなのは明白。そしてそれを黙って見過ごす事はしなかった。

 

シェルターの地上3階に陣取る8名からなるRFチーム。その内の3名。ブリッツの部下であるWA2000を筆頭にTAC-50と、幼児体型でありながら不相応なアンチマテリアルライフル、M99による一斉射が砲撃を封殺。

重厚な銃声が3発分。ほぼ同時に大気を震わせた。次の瞬間にはジャガーは砲撃を行う前に機能を停止。崩れ落ちた。

 

それを皮切りに、森に潜んで静観を決め込んでいた鉄血が一斉に飛び出してくる。

 

ぞろぞろと現れたプロウラーの大群に、2階に陣取った4名のMGチームが徹甲弾の雨を容赦なく浴びせる。瞬く間にプロウラーは原型を留めることも敵わず、残骸を撒き散らし見るも無惨な姿へと変貌していく。

その後ろにはガードもいたが、ついでとばかりに打ち倒される。

今の2体は動きが遅い。先手を取ってしまえば対処は容易い。

 

今度はリッパーとヴェスピドの群れ。二個分隊規模の数だ。2階と3階のMGとRFに向かって牽制射撃を行いながら猛然とシェルターに向かって前進していく。

 

そこを、正面玄関前の土嚢や柱の裏に隠れていた、ブリッツを含む15名のARチームが対処。無防備な所へまともに弾丸を食らい、次々に機能停止へと追い込まれていく。

 

戦術マップを見て状況をリアルタイムで監視してくれている、メリー指揮官からの指示や報告が突発的な状況を押さえ込み、それに合わせてブリッツが落ち着いた対応と動きを可能に。

 

有効射程距離に秀でたMGとRFによって、戦況は一方的な様相を呈していた。

 

しかしそれも、長くは続かない。

一度に攻め込む物量を増えれば、それだけ対応にも遅れが出てくるのは自明の理。

 

それを体現するようにダイナゲートとブルートがわらわらと現れる。

おまけに直線的ではなくジグザグと狙いを定めさせない工夫も拵えて。

 

圧倒的な制圧火力を発揮するMGの人形達でも、一度に処理できる数には限りがある。それが比較的耐久力の無いダイナゲートや軽装のブルートであってもだ。

MGチームの人形には倉庫から引っ張り出してきたアサルトパックを傍らに設置し、長時間の継続射撃を可能にしているが、それだけにリロードにやや時間がかかってしまう。ダミーがいればそれもまた違うのだろうが、生憎ダミーを連れてきている人形。延いては指揮官はいない。

 

ダイナゲートとブルートの大群。その半分も処理できずに、MGからの射撃がピタリと止まる。好機と見て、二つの軍勢は一直線にシェルター目掛けて突っ込んでくる。

 

「ARチーム、ファイア」

 

十分に引き付け、かつ安全を確保できる距離で正面玄関のバリケードに身を隠していたARチーム。総勢15名がブリッツの合図で一斉に姿を現し銃口を迫り来る敵に向け、引き金を引いた。

正確に狙いを定めなくても当たってしまう程に密集したダイナゲートとブルートは弾幕に晒され、瞬く間に鉄屑に変えていく。

 

しかしその弾幕を掻い潜り、一体のブルートが遂にシェルターに到達。即席バリケードの土嚢を飛び越え、目前にいる獲物。ブリッツに対し逆手に持ったナイフを振りかぶる。

一閃。刃が不気味な光を放ちながら横凪ぎに振るわれる。しかしそこに鮮血の赤い彩りは一切なく。更に言えばナイフが振るわれた場所にブリッツの姿はない。

 

その瞬間。ブルートは後頭部を手で掴まれた感覚を覚え───そこから先、ブルートは何が起きたかを理解する間もなく機能停止(ブラックアウト)した。

 

ナイフ攻撃をかわしたブリッツは瞬時にブルートの背後へと回り、後頭部を掴んでそのままコンクリートの地面に顔面を叩きつけた。

頑丈なコンクリートが割れる程の力でもって叩きつけられたブルートは一溜まりもなく。更にコアにMk23で2発撃ち込むという徹底した処理によって二度と動くことはない。

 

「しきか~ん、気を付けてよね~」

 

「ああ、もう大丈夫だ」

 

欠片も心配なぞしていないとわかるRFBの発言と、落ち着き払ったブリッツの声が、銃撃戦の最中だというのにやけに人形達の耳に残る。FALはFALでブリッツに見向きもせず、近付こうとするダイナゲートの群れにMGL-140の榴弾を叩き込む。

 

戦利品回収といった具合にブルートのナイフを回収し、ブリッツは即座にHK417に持ち変えて銃撃を再開。

同じように飛び込もうとしていたブルートに7.62mm弾を食らわせる。銃を振るようにして空マガジンを弾き飛ばし、新しいマガジンをレシーバーに叩き込み更に銃撃。あまりに早い再装填に近寄る間もなく撃ち殺される。

 

FALやRFBといったS10地区の第一部隊メンバーからしてみれば見慣れた光景ではあるが、ブリッツを知らない他地区の戦術人形や、たまたまドローンカメラ越しにブリッツを見たメリーからしてみれば、その手際は末恐ろしいものであり、それ以上に頼もしさを感じた。

 

こういったシチュエーションにおいて、グリフィンに属する戦術人形に共通して思うことは、指揮官の身の安全を確保すること。

指揮官無くして部隊の展開や基地の運営は出来ない。ぶっちゃけてしまえば、指揮官さえいれば部隊がロストしても基地が攻め落とされても何とかなるのだ。だから戦術人形は自分を使役する指揮官を守ろうとする。

 

それは今回の防衛戦でも同様であり、こうして戦線に立って戦術人形たちと肩を並べて戦う事は、かなり稀である。

 

グリフィン内で出回っている社内報では、実際に戦場に赴き鉄血相手にキルスコアを稼いでいる指揮官の存在を報じているが、グリフィン全体で見れば戦う指揮官の存在はかなりの少数であり、それでいて大抵が批判的な意見が集まる。実際、ここに集まる指揮官達はそういう批判的な視点で戦う指揮官を見ている。わざわざ危険な場所に飛び込むなぞバカがやることだと。

彼女たちは、戦う指揮官という存在に不慣れであり、またそれが当たり前の環境で今日まで戦ってきた。

 

それ故に思う。指揮官と共に戦う事の心強さ。頼もしさ。

彼の部下であるFALとRFBも、それが良くわかっているのだろう。ブリッツに対して一切の不安も抱いていない。

だからこそのあの態度。信頼していなければ出来ない。

羨ましかった。自ら戦場に出て、戦術人形と同等の実力を持つ指揮官を持つ、あのS10地区の人形が。

 

だが今日だけ。今だけは彼の部下だ。指揮官にカッコ悪いところは見せられない。

 

何を言うでもなく、示し合わせたように彼女達の意思は統一され、士気が高揚する。狙いは精確性を帯び、命中率が上がり、弾幕の質と密度が上がる。ダイナゲートとブルートの大群も、次第に近寄る前に破壊されてしまう。

 

その間にMGチームもリロードを終わらせて加勢。

弾丸の点と点が密集し、やがて面攻撃となって鉄血の頭を押さえるに至る。

 

「メリー指揮官。救援はあとどのくらいですか」

 

『あと10分です!なんとか持ちこたえてください!』

 

「10分か。了解」

 

祈るように振り絞った声で声援を送るメリーに対し、ブリッツは終始冷静に返す。

ずっと銃を撃ち続けていたせいで時間感覚が狂ってきた。いつの間にか開戦から20分も経っていたらしい。

 

これなら何とか持ちこたえられそうだと安堵する反面、まだ何が起きるか分からないという不安に苛まれる。

倉庫内の弾薬だって無限ではない。種類によってはそろそろ在庫切れという事態になっていてもおかしくはない。

 

土嚢に背を預け、手持ちのマガジンを確認する。土嚢のおかげで直撃は受けないが、すぐ頭上を高速で飛来するエネルギー弾の存在はあまりいい気分にはさせてくれない。

隠れたまま、ベストに詰めた30連マガジンは残り3つ。90発分を地面に置く。今装填されている分を足して残り115発。10分は持たない。補給がいる。

 

「一○○式かVector。7.62mm弾はあとどのくらい残ってる?」

 

『こちらVector。7.62mmはあと2ダース。後は5.56mm弾が殆ど』

 

「・・・・・・了解。とりあえずFALやRFBの分も均等にマガジンに詰めて全部持ってきてくれ」

 

『了解』

 

残弾数の心許なさに、ブリッツはため息が溢れそうになるのを辛うじて堪えた。

残り10分。永い10分になる事は明白であり、確定である。

 

『ブリッツ指揮官。こちらMGチームのPKPだ。弾が切れそうだ。救援はまだなのか』

 

『指揮官!M99です!もう弾がなくなりそうです!』

 

今正に恐れていた事態が発生している。

どれほど火力に秀でていても、弾薬がなければどうしようもない。

 

ゲームのように無限に弾薬補充が出来る訳がなく、必ずクリア出来るよう難易度調整がなされているわけでもない。

弾が切れればどうなる?簡単だ。物量に押し潰されてからのなぶり殺しが始まる。

それで終わりだ。自分や今戦っている戦術人形だけじゃない。地下の奥深くに居座る指揮官連中やヘリアントス上級代行官も、満遍なく殺される。

ましてや鉄血からしてみれば目の上のたん瘤であるグリフィンの指揮官を大勢殺せるチャンス。容赦はしないだろう。

 

どうすればいい。どうすればこの状況を好転させられる。

頭を使う。必死に回転させて、打開策を思案する。

 

『───ッ! ブリッツ逃げて!』

 

ヘッドセットに飛び込むメリーからの叫び。緊急性が高いと想像できる発言であるが、全く別の事を考えていたブリッツには、すぐにその台詞の真意を掴むことができない。

 

危険な戦場において、一瞬の判断の遅れは即死に繋がる。最前線で戦ってきたブリッツはそれをよく知っており、体がそれを記憶している。

だから真意を掴めずとも、その場から離れるという回避行動を無意識下で取ることが出来た。

 

しかしほんの数瞬だけ遅かった。行動も対処も。

 

ブリッツがそれを自覚したのは、すぐ背後から襲いかかる爆発音と爆風に曝されたその瞬間の事であった。

 

 

 





戦闘描写や銃撃の描写って難しいっすねぇ・・・・・・。実銃撃ってみてぇけどな~俺もな~。

地の文もワンパターンになっちゃったりだから、もっと本読んで勉強しないといけないな~って思っちゃいます。

作中に出てきた総勢32名の戦術人形。残り30名はどうぞご自由に想像して活躍させてください。(投げ遣り)



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2-4

背後の爆発によって生じる衝撃が、ブリッツの体を風に煽られる紙切れよろしく吹き飛ばされ、硬いコンクリートの地面を跳ねるように転がり、やがて壁に叩き付けられる。

 

ジャガーから放たれた砲弾が、ブリッツの近くに着弾したのだ。その威力たるや、ブリッツが吹き飛ぶ様を見れば一目瞭然。それでもHK417を手放す事はしなかったが、うつ伏せに倒れている様子を見るに芳しくは思えない。

 

「ブリッツ!」

 

「指揮官!?」

 

その様子を見たFALとRFBが驚愕の声を上げた。周囲の人形もそれを目撃し、動揺がはしる。その結果、形成していた弾幕が薄くなり、敵に付け入る隙を与えてしまう。

FALとRFBはブリッツに近寄ろうとするが、直後にその隙を突いたヴェスピドからの銃撃によって妨げられる。

 

「ああクソッ!」

 

「邪魔しないでよ!」

 

敵を一時的にでも退けないと安否確認も出来ない。

とにかく応戦し、ヴェスピドを黙らせる。

それでも鉄血兵は物量に物を言わせて迫りくる。動揺も相まってか、一向に減らない鉄血人形に恐れの感情が芽生え始め、士気が落ちる。

 

「RFB!お願い!」

 

MGLをRFBに渡し、FALはブリッツに駆け寄る。

その間にRFBが自身のセミオートライフルとMGLを二挺拳銃よろしく構えて、鉄血兵に向けて撃ち込む。

こういう時、趣味のゲームから得た台詞を軽口として告げる事の多いRFBも今は憎らしげに鉄血兵を睨み、無言のまま引き金を引き続ける。

二階にいるLWMMGも事態を察知。援護射撃を行い、一時的ではあるが敵を抑え込んだ。

 

ようやく動ける。FALがそう思って駆け出そうとしたその時、ブリッツが体を起こした。

 

爆発の際に飛来した砲弾の破片や整地された地面からの石などで、着ていた野戦服は擦りきれたり穴が空いたりとボロボロになり、所々に血が滲んでいる。

 

だがそれ以上に深刻なのは、ブリッツの体内であった。

 

爆発による瞬間的かつ急激な気圧の変化と強烈な衝撃波。典型的な一時的爆傷。

内臓を直接殴られ、肺を締め上げられたような苦痛。呼吸困難。

聴覚も麻痺し、環境音が全て甲高い耳鳴りに支配される。

 

脳震盪も起こしたのだろう。ハッキリしない意識と、靄が掛かったようなぼやけた視界。倦怠感まで芽生える。

それでも動く、立ち上がる。

 

大戦時にもよくあった。敵からの砲撃を受け、至近弾を食らった事。身を持って知っている。

動かなければ死ぬ。それだけでブリッツはほぼ無意識に体を起こし立ち上がっていた。

 

「ブリッツ!前!」

 

FALの悲壮感すら覚える叫び。しかし今のブリッツには届かない。

間違いなく外さない。それほどの近距離で、弾幕を掻い潜りバリケードの内部に飛び込んだリッパーとヴェスピドの2体がブリッツに銃口を向けた。

FALも、RFBも、他の人形も間に合わない。

 

ブリッツの虚ろな双眸にも、二人分の人影は見えていた。だが誰なのかは分からない。

 

鉄血人形が引き金に指をかける。

その瞬間発せられる機械的で冷たい微かな音が、殺意が、機能を失った聴覚の代わりに皮膚が感知し、兵士としての本能に強く警鐘を鳴らす。それがさながら気付けのようにブリッツの意識を急速に覚醒させ、鮮明さを取り戻す。

 

エネルギー弾が発射されるのとほぼ同時にブリッツは咄嗟に横っ飛びで回避。エネルギー弾はブリッツに当たらず壁に着弾し消滅した。右肩から地面に着地してすぐ、お返しとばかりに持ったままの417を構えて2体の人形に銃撃。

マガジンに入った全ての7.62mm弾は堅牢な鉄血人形の外郭を容易く貫き、内部機構をズタズタに破壊した。

 

パタリと倒れる鉄血の人形2体を確認し、咳き込みながらも起き上がる。

瞬間的に動けはしたが、やはり一過性とは言え後遺症が残っている。

 

「ブリッツ!ちょっと大丈夫なの!?」

 

FALが駆け寄り肩を貸す。

 

「大丈夫じゃなければ立たないさ」

 

口調こそ強がってはいるが、ブリッツの体はもう傷だらけである。

タクティカルベストの背部に仕込んだ防弾プレートが、幸いにも致命傷を防いでくれた。反射的に行った回避運動が功を奏した結果でもある。

とはいえ、戦うには無理がある状態にあるのは間違いない。

 

HK417も、吹き飛ばされた際にオプティカルサイトが壊れ、ひしゃげている。スコープとしての機能を失していた。

幸い機関部や銃身に影響はない事はさっき証明されているが、使う側に問題がある。

 

だが

 

「まだ動ける。まだ殺せる」

 

そんなFALの心情を察したブリッツが二の句を告げる。

FALだって、彼との付き合いは長い方だ。だから、わかってはいた。

彼がそう答える事は。

 

この男は、動ける限り戦い続ける。

銃と弾があるから戦う。

弾が切れてもナイフで戦う。

ナイフを失っても素手で戦う。

手足が無くなっても口が動けば敵に噛みつきにいく。

口も動かないのなら射殺さんとばかりに睨み続ける。

 

おそらく、死ぬその瞬間まで。

 

「ッ~!ああもうっ!勝手にすればいいわ!死ぬまで戦えばいいじゃないもう!」

 

「・・・・・・そうさせてもらうさ」

 

FALから離れ、地面に落ちている417のマガジンを全て拾う。機関部に居座る空のマガジンを抜き捨て、新しいマガジンを装填する。

使い物にならないオプティカルサイトも、今は邪魔なだけだ。外してそこらに放り捨てる。

 

全身が痛い。出血も重なり、酷く体が重い。今すぐにでも地面に横たわって眠りにつきたい衝動にも駆られている。

だが、頭上から響くMGの連続した射撃音。聞き慣れた中機関銃の銃撃音が、ブリッツの五体に力を込めさせる。

まだ戦え。まだ殺せと本能が強く叫び、闘志を沸き立たせる。

 

息苦しい心肺を無理矢理働かせ、硝煙混じりの空気を取り込み、一気に解き放つ。

 

「あと少しだ!持ちこたえるぞ!」

 

それは他の人形に告げたものか。それとも己に対する鼓舞か。

とにかく、ブリッツが迫り来る軍勢に向けて417をフルオートで撃退していく。他の人形も、先ほどまでの動揺を完全に捨て去り、鉄血人形を近付けまいと撃ち続ける。

 

ボロボロになりながらも戦おうと奮い立つ人間の姿を見て、なにも思わない筈もなく。何としてもこの局面を乗り切ろうと一致団結し、ありったけの想いを銃弾に込めて鉄血に食らわせる。

 

メリー指揮官もそれにあてられて、指揮に一層力が入る。穴が開くのではと思わせるほどに戦術マップを見遣り、より効率的、より効果的な攻撃を行うために頭脳をフルに回転させて指示を出す。常に考え、常に答えを出し続ける。

全ては生き残るために。

 

だが、限界は訪れた。

MGの弾薬が尽きた。メイン火力足るマシンガンの弾薬が尽きた今、防衛能力は著しく低下する。

ARチームもまた同様で、ブリッツとRFB以外の全員が弾切れ。二人の残弾もあと1マガジン。サイドアームのMk23も2マグ分のみで、敵はまだわらわらと残っている。

 

もうどれくらい戦ったのかと時計を見れば開戦から25分。時間まで一歩及ばなかった。

 

柱に背を預け、ブリッツは無線機越しにもう一人の指揮官に声をかける。

 

「メリー指揮官。救援部隊からの連絡は?」

 

『・・・・・・ごめんなさい。ありません』

 

「貴女が謝ることではないでしょう」

 

無線機特有のややザラついた音声からでもわかる程に、メリーの声は落ち込んでいた。

これから訪れる結末を想像したのか。それとも力及ばず終わってしまった事への落胆か。ブリッツには分からない。

だがこうなった以上、次にやらなければならない事はわかっているつもりだ。

 

「メリー指揮官。地下のシェルターを今すぐ封鎖してください。もうすぐ救援が来ます。それまで籠城するんです」

 

『そんな・・・・・・!あなたはどうするんですか!?』

 

「自分はまだ弾が残ってます。ほんの僅かですが、時間を稼ぎます」

 

『いけません!今すぐこちらに逃げてください!』

 

「全部隊に告ぐ。弾が切れて戦えない状態で、逃げたいヤツは今すぐ地下シェルターに駆け込め。・・・・・・みんな、よく頑張ってくれた。奮戦、感謝する」

 

悲痛な叫びがヘッドセット越しに聞こえる。それを振り払うように、ブリッツはヘッドセットの電源を切った。無用の荷物となったヘッドセットを外し、雑に地面に転がした。

 

さて、もう一仕事だ。417を持ち直し、柱の影から鉄血人形を見る。

こちらの状態に気付いた残りの鉄血人形全員、今にも駆け出してきそうな雰囲気を醸し出しているのが見て取れる。

 

かなりの数を潰された鉄血側も流石に消極的な姿勢を見せていたが、パタリと止んだ銃撃を見てまた勢いを取り戻そうとしている。

 

今はまだジリジリと様子を窺いながらゆっくりと近づいてくるに留めているが、それもいつまで続くかわからない。

ふとした拍子に一斉に攻勢に出るだろう。

 

そんな状況で逃げろだと?無理に決まっている。

今自分がシェルターに逃げこめば、そのシェルターに敵を引き込むも同然。

ここまできて、そんな真似が出来るか。

 

殿が必要なのだ。それが出来るのは少量でも残弾のある自分だけだ。

 

「言ったからには、時間を稼がないとな」

 

銃を構えたまま、ゆっくりと柱の影から出る。そのすぐ傍を、RFBも銃を構えてピタリと寄り添うように追従する。

 

「指揮官。これってあれでしょ。俺に任せて先に行けってヤツでしょ?そんな美味しいところを独り占めはいけないな~。最後まで付き合うよ」

 

「そうね。仮にも上官を一人残して撤退なんて、ナンセンス極まるわ」

 

便乗するようにFALがククリナイフを持って応戦の意を示す。

 

「あたし達もいるんだけど?忘れてない?」

 

「指揮官!一○○式はいつでも行けますよ!」

 

SMGの二人。Vectorと一○○式も加わる。彼女たちは先程まで弾薬補充の補佐をしていたため、直接戦闘には参加しなかった分残弾がある。

 

「しょうがないから私も付き合ってあげるわよ」

 

やれやれといった風に、WA2000もやってくる。その手にはライフル(WA2000)ではなくサイドアームのワルサーPPSが収まっている。彼女のライフルも弾切れで、これしか武器が残っていないのだ。

ぶっきらぼうな言い方ではあるが、わざわざ3階からここまでやって来てくれたのを見れば、それも照れ隠しの類いであることがよくわかる。

 

「指揮官。私たちは最後までやりますよ」

 

ブリッツの副官であるLWMMGもやってきて、両手には機関銃では無く、黒く鈍い光を放つマチェットが握られている。

それはかつて、ブリッツが彼女にあげた物。丁寧に手入れがなされ、触れただけで切り裂かれてしまいそうな鋭さを帯びたそれは、彼女の不退転の決意の表れ。

 

そして全員、作り物の筈の瞳に決意の炎が揺らめいており、どう説得したところで一切退かないというのがよくわかる。

 

こんな負け戦に付き合わせてしまう事に、ブリッツは改めて自身の指揮官としての才の無さを痛感し、申し訳なく思ってしまう。

同時に、そんな無能の指揮官に着いてきてくれた彼女達に感謝もしていた。

 

「今日は、死ぬにはいい日だな」

 

開戦前にも告げた台詞をもう一度。

その意味を知らない人形は、彼の部隊にはいない。

今それを告げる意味がわからぬ人形は、この場にはいない。

 

気付けば、他の人形達も彼を中心に集まっていた。横一列にならび、自分がバリケードだと言わんばかりに仁王立ちしている。

そのほとんどが弾切れで戦える状態ではないと言うのに、まだ誰も諦めていない。

サイドアームを構え、ナイフを構え、弾の撃てなくなった銃を鈍器の代わりにする者もいた。

 

始めは右往左往していた人形たちが、今はここまで団結して、最後まで戦おうとしている。

奇妙で心地よい一体感。恐れや不安はない。

 

これが最後だ。誰もがそれを自覚した。おそらく、鉄血も。

 

コップ一杯の水。表面張力でなんとか溢れずに済んでいるコップの水が、ふとした瞬間に溢れるように、鉄血は一気に走り出し、グリフィン側はなけなしの火力で迎え撃つ。

 

だがやはりグリフィン側の火力が足りない。対処しきれない。

鉄血は数こそ減ったもののまだ物量面で勝っている。

 

ここまでかと思った。正にその瞬間、頭上からけたたましい何かの駆動音と突風が吹き荒れた。

敵味方共に、その頭上の駆動音の正体に目をやった。

 

正体は兵員輸送にも使われるタンデムローター式の大型輸送ヘリ。その機体側面にはグリフィンのロゴが。つまりそれは、待ちわびた救援だ。

後部ランプは大きく開かれており、そこに4人の人影が見えた。

 

「ブリッツ。これ」

 

FALが先程捨てたヘッドセットを差し出す。受け取って電源を入れる。

 

『こちら、ネゲヴ小隊隊長のネゲヴ。救援要請を受けて本部から駆けつけてきたわ』

 

『私はR09地区司令基地指揮官、メリー・ウォーカーです。救援感謝します。外ではまだ戦闘が続いてます。彼女たちの援護を』

 

『了解。ただ数が多すぎる。全部は対処しきれない。私たちで時間を稼ぐから貴女たちは屋上のヘリポートに向かって、全員搬入次第脱出するわ』

 

『了解』

 

やり取りを終えたネゲヴ小隊隊長ネゲヴは、どこからか拡声器を持ち出して

 

『アンタたち!ボーっとしてないでさっさと屋上に避難しなさい!』

 

叫んだ。

 

同時に、後部ランプから他の小隊メンバーが鉄血に向けて銃撃を開始。高所という利を持つ小隊は効率的に敵を排除していく。

鉄血も今一番の脅威を再認識し、ヘリに向かって攻撃を開始。その隙に、他の戦術人形は急いで施設に入り、一直線に屋上を目指す。

 

ブリッツとその仲間たちは一番最後。殿を努める。鉄血は今ヘリに意識が向かっているとはいえ、いつこちらに攻撃をするかわからないため、警戒する必要があった。

 

「ゲート!閉めろ!」

 

言葉短めの指示にナビゲーターは即座に反応。メリーの戦術マップと同期した際、ついでとばかりに施設のセキュリティも掌握していた彼女は正面の防犯シャッターを一斉に閉める。これでいくらか僅かだが時間を稼げる。

 

非常階段を駆け上がり屋上に飛び出せば、そこにはすでに他の指揮官達が救援を待っている状態であった。

メリーとヘリアントスが上手く誘導してくれたのだと理解するのにそう時間はかからない。

 

あらかた敵を減らしたネゲヴ小隊を乗せたヘリが屋上に姿を現し、ヘリポートに着陸。開け放たれた後部ランプにぞろぞろと指揮官と戦術人形が搭乗する。

ここでも、ブリッツ達は他の全員が乗るまで周辺の警戒を続けていた。

全ての人間を乗せたヘリはすぐに離陸。後部ランプも完全に閉鎖される。

 

小さな窓から下を覗けば、鉄血がぞろぞろと無人のシェルターに入っていく光景が見られた。

あと少し、救援の到着が遅れていたらああなっていた。

そうなっていたらどうなっていたか。想像するに難くないだろう。

 

「ブリッツ指揮官」

 

ふと、声を掛けられた。

振り向けば、今回協力してくれたメリー指揮官と、ヘリアントス上級代行官がそこにいた。

 

慌てて足を揃えて背筋を伸ばし敬礼すれば、ヘリアントスは苦笑いを浮かべ、メリーは「そんなことしなくていいですから!」とこちらも慌てて敬礼していた腕を無理矢理下ろさせる。

 

「今回の戦い、ご苦労であった。おかげで一人の犠牲もなく脱出できた」

 

「人形たちにも損傷はありませんよ。見事です」

 

「恐縮です。ただ、自分は何も。メリー指揮官と、共に戦ってくれた彼女たちが優秀だったからこその結果です」

 

「そう謙遜するな。君が率先して戦ってくれたからこその結果でもあるのだ」

 

ヘリアントスの言い分に、ブリッツは「はあ」と生返事を返すのが精一杯だった。

グリフィン管理の施設が一つ占領されたが、人命という意味では確かに活躍したのかもしれない。

結果的に救援までの時間を稼ぐことが出来たのも事実。

損傷無しというのも、正直運が良かったというのが本音だ。全員が被弾せずに敵を抑えてくれたという、指揮とは別の能力によるもの。つまりは人形そのものの実力があってこそだ。

 

最後の最後はネゲヴ小隊が抑えてくれたから、こうして自分も五体満足で救援された。

 

結局、最大の功績は最後まで戦ってくれた戦術人形であり、それを鍛え上げた指揮官であり。自分ではないというのがブリッツの本音であった。

 

「それについてはまた後日話そう。今は休め」

 

「・・・・・・そうします」

 

言って、すぐにブリッツはキャビンの壁に力無く寄りかかり、やがてHK417を抱えたままずるずると座り込んだ。

 

そのすぐ隣にLWMMGは腰を下ろし、そっとブリッツの頭部からヘッドセットとHMDを外す。静かに寝息を立て、先ほどまで苛烈な戦闘を行っていた人間とは思えぬ程に穏やかな寝顔を晒す。

ゆっくりと体を倒してやり、彼女の両足を枕に。俗に言う膝枕の状態でブリッツを休ませる。

 

考えてみれば、ブリッツは唯一の負傷者であり重症を負った人間である。今まで戦闘行為を続けてきたこと事態が異常であり、本来ならばすぐに治療が必要な状態なのだ。

 

それを思い出した戦術人形たちは、彼の休息の邪魔にならぬようなるべく音を立てぬよう取り計らい、少しだけ距離をおいた。

今彼の近くにいるのはLWMMGを始めとするS10地区所属の人形達だけである。

 

RFBとVectorは面白がってPDAを使って寝顔の写真を撮り。FALと一○○式はイタズラで無防備な頬を突っつき。WA2000はLWMMGの隣に座ってブリッツを見守る。

 

「お疲れさまでした。指揮官」

 

彼女たちを代表して、副官が優しく囁く。ヘリの駆動音で囁きはほとんど掻き消えてしまったが、それでも彼女たちは満足げに微笑んでいた。

 

 

 

 




スペシャリスト「貴方が今回人形に混じって戦ったって言う指揮官?って・・・・・・し、死んでる・・・・・・!?」

ライト「生きてるから。勝手に殺さないで」



はい、これにて.2は終了。やってるのただの防衛戦だもんでよ。
次はインターミッションです


ちなみに我が基地にネゲヴさんは来てません。いつ来てくれるんですかね?誰か知りませんか?


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インターミッション.02

ぼく「ハア……ハア……この血と汗と涙の結晶……!なけなしのコイン100枚で、狙うぜフュンフの浴衣スキン……!」

☆5家具「ワイやで」

ぼく「うわあああああああ!!!」(完全敗北)


このご時世。誰もが戦う理由を持っている。

生きるために。食わせるために。あるいは自分という存在の価値を証明するために。

では、"彼"は何の為に戦うのか。それは────

 

 

 

S10地区居住区。アパレルやアクセサリーのショップ、洒落たカフェテラス等が軒を連ねるメインストリート。そこから外れ、明るい昼間であっても薄暗い路地を通った先に、その店はある。

 

『カフェ&バー ピット』

昼間は喫茶店。夜間はバーという二面性を持つ飲食店である。

 

穴蔵(ピット)というだけあり、その喫茶店は細長い複合ビルの地下に存在する。エントランスにはそれ用の階段もある。

細く狭くやや急な階段を降りた先、モダンな雰囲気を感じさせる木製のドアと、そのドアに掛かる「OPEN」とシンプルなゴシック体で記された長方形に加工された木製のプレートがかかっている。

 

ドアを開ければ、店内はドアから得たイメージをそのままに木目調を基本とした内装にテーブルや椅子が並び、落ち着きのある空間が広がっている。それほど広い店内ではないが、かといって不足を感じることはまず無いだろう。

明るすぎず、しかし暗すぎず。丁度いい塩梅に調整のなされた照明と、年代物のレコードプレイヤーから流れる落ち着いたジャズの音色が合わさり、心地よい空間となっている。迷惑にならなければ、コーヒーを嗜みながら読書に耽るのもいいかもしれない。

 

そんな店内には、白いシャツに黒のベスト、黒のタイトスカートというバーテンダーのユニフォームを着こなす女性が、カウンターに立ってグラスを磨いている。

栗色の長髪を後ろに纏め、淑女然とした落ち着いた雰囲気を纏う女性がやってきた客を、穏やかな微笑みでもって出迎える。

 

「いらっしゃいませ、ブリッツ指揮官」

 

「指揮官はいらないよ、フィーさん」

 

その客、白シャツに黒いジャケットを着た大柄な男性。ブリッツは、フィーと呼ぶ女性店員と向き合う形でカウンター席に座る。

 

彼女はかつて、スプリングフィールドM1903と呼ばれた戦術人形だった。

最前線で獅子奮迅の活躍を見せていた彼女だったが、戦闘中にコアに被弾、損傷を受け、そのまま戦線離脱を選択。それを機に、かねてやりたいと言っていた喫茶店を営むようになった。

この空間も、彼女自らが手掛けて仕上げたものだ。

 

立地的には目立たない所にあるが、知る人ぞ知る店として一定の人気を博している。

S10地区所属の人形や人間のスタッフも、休日にはここに立ち寄る事もある。

 

他の地区のスプリングフィールドや、グリフィン本部が抱えているスプリングフィールドも、同じようにカフェを営んでいるらしい。ここと違いがあるとすれば、司令基地内にあるかどうかの差、くらいのものである。

 

「ご注文は?」

 

「コーヒー。甘くしてくれ」

 

「かしこまりました。相変わらず、苦いのは無理ですか」

 

「ああ、無理だな」

 

変わりませんね、と小さく笑みを浮かばせながらコーヒーを淹れる。

 

ここの店では本物コーヒー豆を使ってコーヒーを淹れる。

核兵器による放射能汚染や崩壊液の流出によって人類の生存圏が大幅に縮小された昨今。農業が出来る地域が激減し、それまでコーヒーやタバコといった嗜好品だった物が軒並み高額となり、安価な代用品が出回るようになった。

だが代用品と銘打っているものの、品質は低く、味や風味の再現率はお世辞にも高いとは言えない。

 

だがこのピットでは、代用コーヒーではなく本物のコーヒーが飲める。もちろん安くはないが、正規ルートで入手するよりも安価だ。

仕入れを担当するフィー曰く、「コネを使った独自のルートがある」と言っているが、そのルートについて尋ねても、ただただ微笑むばかりでその一端すら教えてはくれない。当たり前といえば当たり前だが。

 

コーヒーの品質もそうだが、彼女の淹れる技術もまたそれ相応だ。

手際よく淹れられたコーヒーからは湯気とともに、芳醇な香りが鼻孔を擽る。一口だけ含めてみても、代用品では再現不可能な味わい深さを味覚が感じ取る。飲み込んでからの後味もしつこさがない。

ほぅ、と安堵の吐息が無意識に溢れる。砂糖やミルクを入れなければもっと味わい深いものになるのだろうなと思うと、苦い物が飲めない自分の味覚を呪うべきか、わりと本気で考えてしまう。

 

「聞きましたよ。大活躍したんですってね」

 

本物のコーヒーに対する感動と己の味覚への細やかな自己嫌悪が胸中で入り交じっているところに、フィーがそう切り出した。

はて、なんのことやらと首を傾げて思案し始めたところに、フィーは一冊の雑誌のような物をカウンターに置いた。

 

それはグリフィン内で出回っている社内報であった。当然社外に出る事はなく、ましてやここのような一喫茶店に出回るような代物ではない。

 

疑念の視線をフィーに向けても、無言のまま余裕を感じさせる澄ました笑みを返すだけである。

これもきっと、コーヒー豆のような"独自のルート"とやらを使って入手したのだろう。暗に触れてはいけないのだと察した。

 

社内報にはこれ見よがしに黄色の付箋が紙の束の間から自己主張している。そこを見ろと言うことらしい。

指定されたページを開けば、先週のシェルターで起きた鉄血との防衛戦についての記事。

記事の内容を要約すれば、「R09地区女性指揮官メリー・ウォーカーの活躍によって他指揮官達の人的被害は一切無く、脱出に貢献した」という物だ。そこにブリッツの名前やそれに関する名称は一切無い。

 

当然だ。救援された後連行されたグリフィン本部で詰め寄られた広報部に所属する人間に、自分の名前を出さぬようヘリアントスに言っていたからだ。結果としてR09地区担当メリー・ウォーカー指揮官はグリフィン創設者であるベレゾウィッチ・クルーガーから直接表彰を受けて一躍有名人となり、ブリッツは記述にある他指揮官達の括りの一人となった訳である。

 

さて、ここで問題。なぜ社内報に載っていない情報をフィーが知っているか。

見も蓋もない言い方で答えを告げるなら、今の彼女がカフェ&バーのマスターという一面以外にも、情報屋という側面も有しているからである。

 

曰く、「こういうお店をやってると結構色んな情報が入ってくるんですよ」と宣っているが、喫茶店に転がり込むことなんてまず無いような情報でさえ彼女は把握している。これも"独自のルート"で入手したものなのだろう。深くは聞かない事にしている。藪をつついて恐ろしい物を出したくはない。

 

彼女には主に、居住区内の不穏因子の動向について情報を探ってもらっている。

二つある人権団体は、どちらもやり方が過激で危険だ。だから、可能な限り事前に情報を掴めば未然に防げる。もしくは被害を最低限に抑えられる。情報を制したものが戦いを制するのだ。

 

つまり彼女の働き次第で、ブリッツ達の正否が決まる。重要なポジションだ。そんな彼女が、広げたグリフィンの広報紙に視線を落としながら、静かに告げ始める。

 

「推計二個中隊規模の鉄血人形を一個小隊未満の兵力で迎え撃ち、見事守りきった。施設を一つ失いはしましたが、十分勲章物ではありませんか。このメリー・ウォーカーという指揮官と同じように、貴方も十分評価されるべき人間だと私は思いますが」

 

このフィーの言い分に、ブリッツは返答を誤魔化すようにコーヒーを一口飲んだ。

 

別に名声が欲しくて指揮官をやっているわけではない。称えて欲しくて防衛戦をやったわけではない。

なんならブリッツにとって指揮官という肩書きは、個人的な都合を済ませる為の手段の一つでしかない。

言ってしまえば、グリフィンに対する忠誠心なんて無いのだ。ただ組織に属している以上は上官へ敬意を持って受け答え、命令は遂行し、業務をこなす。それだけだ。

 

「ガラじゃないからな。スポットライトは苦手だよ」

 

本音をそのまま告げる訳にもいかないので、もう一つの差し障りの無い本音で誤魔化した。

ただ、それを聞いたフィーは悲しげに微笑み、ブリッツを見ていた。それが何だか、本音の裏に隠した本音を見透かされたようで、途端にいたたまれなくなった。

 

カップに入った残りのコーヒーを飲み干して席を立つ。ここにきたもう一つの用事を済ませるために。

 

店の奥。STAFF ONLYと表記されたドアを開けて奥に進む。食材等の備蓄を置くバックヤードに通じる扉。その隣にもう一つ扉がある。そちらを開けば、雰囲気がガラリと変わる。

 

LED照明の白い光によって照らし出されたのは、国やメーカー別に整然と並べられた様々な銃器。

壁に掛けられたもの。ガラスケースの中入れられ展示されているもの。ガンラックに収まっているもの。各銃器のアタッチメントや弾薬。ホルスターや各種手榴弾に至るまで。様々な銃火器が並んでいる。

 

そんな部屋の中心。ソムリエ風な装いをした、40代に差し掛かろうかという男性が一人だけ。どうやら展示されている拳銃を磨いている様子だ。

ブリッツの入室に気付き、営業スマイルで出迎えた。

 

「こんにちは、ブリッツ様」

 

「終わったって聞いたよ。どうかな」

 

「万全でございます」

 

言って、男は部屋の中央にあるテーブルを示す。テーブルの上には黒いガンケースが一つ。

近づき、ケースを開ける。中には艶の無い黒一色のHK417A2が収まっていた。破損して放棄したオプティカルサイトと同型の物も一緒に。

紛れもなく、ブリッツが所有し使用している銃である。

 

例の防衛戦が終わり、本部から基地に戻る途中。ここに立ち寄って戦闘に使った銃を預けていた。

 

────カフェ&バー ピット。喫茶店を営む裏では、こうした銃器の売買も行う。つまり武器商人としての側面もある。

彼はその武器商人であり、優秀な銃職人(ガンスミス)でもある。

 

始まりは第三次世界大戦。核兵器によるEMPによってあらゆる電子機器が使用できなくなり、空軍及び海軍の戦力は無力化。よって地上における銃器を用いた白兵戦を主とした戦闘が頻発する。

戦闘を行うために大量の銃器と弾薬が必要となり、消耗の激しい戦場に立つ兵士達は武器と弾薬を常に欲していた。そこで活躍したのは武器商人である。

彼らはあくまで中立の立場として軍に武器を売った。

 

停戦後、彼らは軍が抱える余剰分の武器弾薬を、大戦で得た利益を使い全て買い取った。そしてそれを世界各地に台頭してきたPMCに売り渡す。

疲弊した軍は資金を得られ、開業したてで戦力の乏しい多くのPMCは手軽に強力な銃器を入手出来、武器商人は利益を得る。

 

PMCが都市の運営を委託されるようになってからも武器の需要は増え続け、武器商人という存在はこの時代には欠かせない存在となっていった。

 

今やPMCは花形職業と呼ばれているが、武器商人もまた安定した利益を得られる可能性のある職業になっている。

 

彼もまた。その利益を上げた武器商人の一人である。彼の父親が大戦で得た利益とコネクションを受け継ぎ、今はこうして喫茶店と兼業して商いをしている。

 

ブリッツが個人的に有する銃火器も、グリフィンを通さずにディーラーの彼から入手した物だ。

彼以外の武器商人にも会ったことはあるが、悪くはないのだが良くもない。酷いときには相場よりも高い値段でチープアモを掴まされ、射撃時に不発だったり、薬莢が破断し薬室内に張り付いて銃が使い物になら無くなるというレアケースにも見舞われた。

 

彼が提供する武器弾薬はそういったアクシデントが起きないよう万全な整備が行き届いた物以外置いていない。

信頼性のない武器は使えない。それを売ったことで生じる後々の損害も考慮すれば、そんな真似をしようとは思わない。

 

「今回は大分使い込まれましたね。サイトも含め、消耗や劣化の見られた箇所は全て新品に交換しておきました。バレルに関してはより精度の高い物を」

 

ディーラーからの説明を聞きながらもケースから銃を取りだし、実際に構えてみる。レシーバーにマガジンがないことを確認して引き金を引いてみたり、チャージングハンドルを何度か引いて戻してみたりと。各部の動作を確かめる。

その様子を特に気にした様子もなく、ディーラーは淡々と今回の整備に関する報告を続ける。

 

やがて満足がいったのか、ブリッツは頷いて417をケースに戻す。

 

自分でもフィールドストリップは出来るし、基地には予備と部品取り用の417がいくつか置いてある。

それでもやはり、細部に関してはプロには及ばない。だからこうして、時折店に銃を持ち込みオーバーホールをしてもらっているのだ。

 

「どうでしょう。この際乗り替えるというのは。貴方にオススメしたい新しい商品が入りました」

 

言って、ディーラーはテーブルにその新しい商品とやらを置く。

 

「HK433です。ドイツ製の軍用小銃。ハンドガードにはピカティニー・レールがついてますから、アタッチメントを417からコンバートすることも可能です。弾薬も同じにしたいのであればHK231もご用意いたしますが」

 

「折角の営業トークだけど、遠慮しておくよ。物は大事にする性分だ。使える内はこのままでいい」

 

「そう、ですか。ああ、なら是非見てもらいたい物が他に」

 

武器商人、というよりもただの商人としての性だろうか。乗り換えの話を機に一気に流れが変わってきている。

ただブリッツ自身、武器装備に関しては彼の世話になっており、無下にはできない。最後まで付き合ってあげよう。もしかしたら、その中に魅力的な商品があるかもしれない。

 

そうして取り出したるは、緑を基調とした野戦服。これといって特別な意匠が拵えられているようには見られない。

視線を服からディーラーに移す。待ってましたといわんばかりに語りだす。

 

「これはジアメンという特殊な素材を基に作られたボディアーマーです。見た目はただの服ですが、一定以上の強い衝撃を受けると一瞬でダイヤモンド以上に硬化するという特徴があります。つまり服そのものが防弾仕様なのです」

 

「ほう・・・・・・効果は?」

 

「大口径の徹甲弾には流石に効果はありませんが、9mm弾から45口径の拳銃弾レベルなら、問題なく受け止められます。前面と背面にはセラミックス基複合材と炭化ケイ素を重ねたソフトアーマーを縫い合わせてあり、万が一バイタルパートへ被弾しても、弾を貫通させず受け止められます。当たり前ですが、防弾チョッキ等を着込めば更に効果的です」

 

「・・・・・・痛そうだな」

 

「痛いか死ぬか、ですよ」

 

「どっちがマシか、ってことか」

 

サンプルの防弾服を手に持ってみる。柔らかく、肌触りも市販されている服とそう変わらない。強いて言えば、生地がやや厚めに作られていることと、バイタルパート部は柔らかくも異質な厚みを感じる。

これだけ見れば本当に防弾なのか疑わしいが、今日まで彼が質の悪い品物を売り付けてきたことはない。なので、これはきっと本当に効果のある代物なのだろう。

 

痛いのは嫌だが、被弾しても即行動不能に陥る心配が無いのはありがたい。軽いというのも魅力的だ。

鉄血の指向性エネルギー兵器に撃たれたらどうなるかはわからないが、武装したテロリストや過激な人権団体の制圧には丁度いいかもしれない。

奴らは一度事を起こせば一般人がいても関係なしに銃を撃ちまくる。

敵の銃弾がどこに飛ぶかわからない以上、少しでも守りを固めておくのは有効だろう。

 

「デザインは変えられるのか?」

 

「もちろん。あなたの戦友である戦術人形の着ている衣服と同様のデザインにすることも可能です。時間とお金はかかりますが」

 

「・・・・・・わかった。買うよ。数とサイズはまた連絡をいれる」

 

「ありがとうございます。仕上がり次第、いつものようにグリフィンの配給品に紛れ込ませておきます」

 

「頼むよ」

 

HK417の入ったケースを持って踵を返し、部屋から出る。

カフェスペースに戻る。フィーが先と変わらずカウンターに立っている。

さっきの事もあってか、どうにも気まずく思える。

 

「邪魔をしたな。コーヒーごちそうさま」

 

頂いたコーヒーとHK417のメンテナンス。その代金を纏めてカウンターに置く。

用は済んだと暗に告げて、ブリッツは逃げるように店を出ようとする。

 

「お待ちを」

 

凛とした声がブリッツを引き留め、紙で出来た二つの手提げ袋を差し出す。

受け取って中身を見れば、一つは瓶に詰められたインスタントコーヒーが三つ。もう一つはクッキーとマフィンだ。

 

「皆さんと一緒にどうぞ」

 

優しく微笑んでみせる。

貴重なコーヒーと菓子だ。立場やあり方は変われど、形成された性格(メンタルモデル)は変わらないようだ。

 

「ありがとう」

 

一言返し、ブリッツは店から出ていく。扉がしまるその直前。小さく「また来る」と言い残す。

自律人形の聴覚センサーはそれを正確に拾い上げる。

 

「お待ちしておりますよ。いつまでも」

 

危険な戦場へと赴く兵士の。生きることに不器用な男の。その行く末の無事を祈る。

どうしても拭えない一抹の不安を振り払うように。

 

 

 

 

 

基地に戻る頃には日が暮れていた。ジャケットからグリフィンの赤い制服に手早く着替える。

といっても、シャツの上に上着を羽織るだけのラフな格好だが。

 

司令室には誰もいない。

本日中に終わらせるべき書類は全て完了している。副官であるLWMMGも、今は休んでいるか訓練施設で汗を流しているだろう。

留守の間はナビゲーターが対応してくれる。

 

「ゲート、連絡事項は?」

 

『特にありません。平和でなによりといった所です』

 

スピーカーから流れるナビゲーターの報告に、ブリッツは一言「そうか」とだけ返してソファに座る。

 

「例の件は?」

 

『そちらも特には。ここ数ヵ月で目撃情報は上がってません』

 

「・・・・・・そうか」

 

ため息が溢れる。調査を開始してもうすぐ1年になろうとしている。にも関わらず、進展がない。

 

PDAを立ち上げ、あるフォルダを開く。

目撃情報の上がった場所と日時。その時率いていた部隊の規模と編成の詳細。事細かにファイリングされている。

 

その中の一つ、画像データを表示。

白い髪。白い肌。鋭い眼光。黒い衣装。大型の二丁拳銃。そして、左頬には横に延びた小さな裂傷の痕が刻まれた長身の女性。

その画像データに付けられたタイトル名、『SP721 Hunter』。

 

これは鉄血工造製の戦術人形にして、ハイエンドモデルと呼ばれ恐れられる存在。通称ハンターについて纏められたデータフォルダだ。

 

ブリッツはこのハンターをずっと追っている。ナビゲーターを通じてグリフィン内の報告書に目を通し、そこから目撃情報や被害内容を入手している。

このハンターという存在こそが、ブリッツがグリフィンの指揮官として着任した最大の理由。

 

「何処にいやがるんだ。狩人」

 

画像に映るハンターを忌々しげに見る。同時に、胸辺りに鈍痛が滲み出るようにして発露する。

それが更に、ブリッツの憎悪を肥大化させる。

 

────このご時世。誰もが戦う理由を持っている。

生きるために。食わせるために。あるいは自分という存在の価値を証明するために。

では、"彼"は何の為に戦うのか。

 

それは

 

「────必ず殺してやる」

 

復讐の為である。

 

 

 

 




誰にだって理由がある


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.3 ―S08基地支援任務―

少しずつお気に入り登録が増えていって嬉しい(嬉しい)
感想とか評価もらえたらもちろん嬉しいけど、自分の作品を読んでくれる人がいるって時点でもうほぼほぼ満足


走る。走る。

時刻はとうに日付の変わった深夜。暗い暗い森の中。道と呼ぶにはあまりにも整っていなさすぎる道を。

 

走る。走る。

着ている服は既に擦りきれたり穴が空いたりとボロボロ。生体パーツの皮膚からは疑似血液が流れる。

機動力特化の外骨格も、ここまで度重なる追手との戦闘でアクチュエーターが破損しワイヤーが切れている。使い物にならない有り様だ。

それでも彼女は走る。走らなくてはいけない理由がある。

 

微かに後ろから物音がした。反射的に振り返り左右それぞれの手に持った銃。Vz61もそちらに向ける。

誰もいない。獣かなにかだったのだろうか。

 

とにかく今、ここで敵に追い付かれたらヤバイ。対処が出来ない。

だから一刻も早く。速く。助けを呼びにいかなくてはならない。

 

交戦している時間も、装備も無ければ弾薬だって余裕が無い。

 

ここまで来る途中で無線機が壊れてしまったのも手痛く、憎らしい。助けを呼ぶことも救援信号を送ることも出来ない。

だから走るしかない。走って行って直接助けを頼むしかない。

 

困ったときにはどうすれば良いか。彼女が考えたのは頼れる存在。

真っ先に浮かんだのは一人の男性指揮官。彼を頼ればいい。彼の部隊を頼ればいい。本人も、その仲間もそう言っていた。

 

「お願いだから、助けてよ・・・・・・ブリッツ」

 

すがるような、懇願するような。悲壮な顔で彼女。戦術人形Vz61スコーピオンは両足に力を込めて走り続ける。

 

 

 

 

 

太陽が上がったばかりの早朝。清々しい青空と心地よいそよ風が吹くS10地区居住区、その外周部を見回る5体の戦術人形。S10地区司令基地の第一部隊に所属するVectorを隊長とした哨戒部隊が、居住区周辺をパトロールしていた。

そのメンバーには新入りの戦術人形であるステアーTMPとUSPコンパクトの姿も。キルハウスやシューティングレンジを使った訓練を繰り返していた彼女たちだが、数日前からいよいよ実践的な任務に参加することとなった。とはいえ、いきなり銃弾飛び交う戦場へ実戦投入は無茶が過ぎるので、まずはこうして哨戒任務を通じて実戦の空気に慣れさせる。

 

サポートとして第二部隊のCZ-805とAR70もいるため、余程の事がなければ対応できないという事態にはならない。

 

ちなみにMGの新入り達は現在、LWMMGによってハードな訓練を受けている。

今回は制限時間内に機関銃を担いで特定のポイントへ移動し、射撃体勢に移行するという訓練内容となっている。

 

シェルター防衛戦の後、S10地区司令基地にはこれといって作戦任務は与えられなかった。

 

というのも、軍事施設を占拠した鉄血を排除して以来、当地区における鉄血製戦術人形の出没及び目撃情報は殆ど無くなったのが要因だ。

時々情報が上がっても隣のS09地区かS11地区から紛れ込んできた小規模な部隊のみで、脅威として見るには些か不足感の否めないものばかりだ。しかし脅威じゃないからと放っておくわけにも行かない。

 

そんな感じで、今現在の基地の主な業務は居住区の治安維持。外敵からの防衛、撃滅という、普段の内容から考えれば随分と平穏な日々を送ることとなったわけである。

Vectorがパトロールをピクニックと称するくらいには平穏な毎日なのである。

 

新入り二人も、出歩くだけでなにも起きない哨戒任務に安堵している。

はじめは緊張し、よく言えばクール。悪く言えば無愛想なVectorと一緒に哨戒するのは怖かった二人。だがVectorから飴を貰ってからは苦手意識も無くなり、任務に集中出来るようになった。

 

「見回りは敵を探すだけじゃなくて、敵がいた痕跡を探すのも仕事だよ。周囲と一緒に足元にも注意を配って。時々トラップとかあるから」

 

「ト、トラップがあるんですか!?」

 

Vectorのアドバイスに新入り二名が肩を震わせて驚き慄く。

それを見たVectorはちょっぴり悪戯心が芽生える。

 

「あるよ。随分前に、今日みたいに哨戒(ピクニック)してるとき、巧妙に隠されてたクレイモアに引っ掛かった人形がいたんだよ。・・・・・・もう、いないけどね」

 

その時、Vectorの表情に影が差した。どこか悲しげに俯く彼女に、TMPとUSPも悲しそうに表情を暗くしてしまう。

 

「騒がしいけど勇敢で、仲間思いの人形だったよね」

 

「惜しい人形(ヒト)を亡くしました・・・・・・」

 

いつもは明るいCZ-805とAR70も揃って俯き、瞳に涙を滲ませる。

 

その姿を見て、新入り二人は「きっといい人だったんだろうな」と思い、会ったこともない人形の姿をぼんやりと思い浮かべてせめて安らかにと胸中で祈りを捧げるのだった。

 

人形はバックアップがあるのだから、厳密には死なないという自律人形の間では常識的な知識も、3人が醸し出す雰囲気に引き込まれてしまって思い付かない。

新入りの初々しい反応に先輩三名は顔を伏せ、ニヤついた笑みを見られないようにするのがやっとだった。

 

しかしこれ以上は流石に悪い冗談だ。さっさとネタばらしをしよう。

 

「まあいないって言っても、ただ別の基地に────止まって」

 

右手の拳を掲げ、Vectorはピタリと止まる。CZ-805もAR70も、ニヤけた笑みを瞬時に引っ込め、警戒態勢に移る。

あっという間に空気が張り詰めていき、USPもTMPも突然の事に状況が飲み込めずに狼狽えるばかりだ。

 

「どこから」

 

「11時方向。誰か走ってくる」

 

CZ-805の問いに即座に答え、Vectorは銃口をその方向に向ける。

指定した方向には森林地帯。

HGの人形であるUSPもそちらを見るが、特になにも見えない。

 

「見えた。先頭に1名。後方に7名」

 

「戦ってるみたいですね」

 

ARの二名も存在に感付く。USPはまだ視認できないが、確かに銃声のような音は微かだが聞き取れた。

TMPも先輩三名に習って銃を構えているが、手が震えてしまっている。それはUSPも同じだ。

 

訓練の時とは違う緊張感。敵がいるかもしれない恐怖。

そして、ドロップとなってしまった当時の記憶がフラッシュバックする。

 

頼れる仲間は全員やられてしまった。指揮官からの指示もこなくなった。

残弾も心許なく、鉄血人形に見つからぬようにやり過ごすばかり。戦おうなんて、とても思えなかった。

 

またあの時のような事になるのでは?今度こそ殺されてしまうのではないか?今すぐ逃げ出したい。何処に逃げる。では戦うか?戦えるのか?その為に訓練してきた。だが上手く出来るのか?

 

様々な思いが電脳内で交錯し、次第に冷静な思考が出来なくなる。

 

「大丈夫ですよ」

 

そっと、頭を撫でられた。

視線を向ければ、穏やかな顔でこちらを見るAR70がいた。

 

「指揮官は、あなたなら問題なくこの任務をこなせると判断したんです。それに、いざとなったら指揮官が助けに来てくれますから」

 

「そうだね~。私のときもそうだったし、きっと大丈夫だよ~」

 

励ましとしては何とも曖昧で、安心できるのかと問われればきっと不安なままだろう。

だけど、言葉を送ってくれた二人に不安は一切ない。大丈夫だと信じているから。

 

AR70もCZ-805も、きっと自分のような経験があったのだろう。だからこその安心。だからこその信頼。

 

USPもそれを察したのだろう。不安に揺れていた瞳からは負の色が抜け落ち、真っ直ぐ銃を構えている。それに触発されたというのもあるのだろう。TMPの銃から震えが無くなった。

大丈夫。そんな無根拠な確信が、彼女から震えを消し去った。

 

「来るよ。備えて(ready)

 

Vectorの一声に反応し、いつでも迎撃出来るよう備える。

 

次の瞬間、茂みが揺れてすぐに人影が飛び出す。

 

「ああクソッ!」

 

飛び出した人影は悪態を吐き捨てると同時に、森に向かって銃を向けている。

距離があるせいか、ハッキリとした正体はわからないが、体躯は小柄であることと薄らと聞こえた声から察するに少女である事は間違いない。

 

正体不明(アンノウン)確認。撃ちますか?」

 

「鉄血じゃない。待って」

 

引き金を引こうとするAR70をVectorは止める。敵かどうかの判別をせずに射殺して、もしも敵じゃなかったら問題だ。人形の解体処分。もしくは初期化。それだけならばまだマシな方だ。

最悪なのは、人形の管理責任者である指揮官のブリッツに累が及ぶ事だ。指揮官としての資格剥奪もあり得る。

そうなったら今の司令基地は消える。それは困る。

 

だから、()()()()()()()()()()()()()。それなら一応の体裁は整う上に言い訳もしやすい。

 

最初に飛び出してきた人影に続いて、更に複数の人影が森から飛び出しくる。

 

鉄血の戦術人形、リッパーが4体。ヴェスピドが3体。計7体。見慣れた分、今度はハッキリと視認できた。

鉄血に追われているという事は、最初に飛び出した人影は敵である可能性は低い。

 

これで決まった。

 

「目標、後方の鉄血兵7体。攻撃開始」

 

隊長の合図と共に5つの銃口が火を吹いた。

最初に飛び出した少女をすり抜けるようにして無数の弾丸が鉄血兵に降り掛かる。少女は咄嗟に地面に這いつくばるように伏せ、いきなり飛んできた弾丸に当たらぬよう対処する。

リッパーとヴェスピドは予期せぬ攻撃を食らって足が止まる。

その隙に近寄り、更に銃撃を加える。頑丈さが売りの鉄血製戦術人形。やり過ぎるなんて事はない。

やがて少女のすぐ近くまで歩みを進めつつ銃撃は継続。

硝煙と薬莢を撒き散らしながら腕を破壊し、足を破壊し、電脳を破壊し、コアを破壊し。破壊の限りを尽くした蹂躙劇は、7体全てが機能を停止し、倒れ伏せるまで続いた。

 

耳をつんざく幾重にも折り重なった銃声は一気に鳴りを潜め、今度は水に沈めたような静寂が訪れる。

 

CZ-805とAR70が倒れている鉄血人形に近付き機能停止を確認。Vectorに親指を立てる。

 

「周辺に敵影無し。オールクリア。ダメージは無いね。おつかれ」

 

淡々とタクティカルリロードを行うVectorの発言に、USPとTMPは深く安堵の息をついた。

今すぐにでも座り込みたかったが、そうもいかない。

 

何せ、最初に現れた少女の正体がまだ分からないのだから。

鉄血に襲われていたからと言って、敵ではないという証明にはならないのだから。

 

Vectorがハンドサインで新入り二人にその場で動かず、自分の援護をするよう指示。隊長自らが正体不明の少女に銃口を向けながら慎重に近づく。

CZ-805もAR70も頭を覆って倒れ伏している少女に警戒。引き金に指をかけ、あと数百グラム力を加えれば撃てるという状態。

 

Vectorが一歩一歩近付くにつれて緊張感が増していく。それに対し、とうのVector本人は妙な既視感を覚えていた。

 

例えるなら、これまで音沙汰のなかった数年ぶりの友人にでも出会ったかのような。そんな曖昧な感覚だ。

 

近付くにつれて容姿について詳細がわかってくる。

所々で乱れている金髪のツインテールにボロボロの黒いジャケット。穴だらけの左右で長さの違うソックスに泥だらけの赤いバスケットシューズ。極めつけは、彼女が両手に持っている2丁の銃。Vz61。

 

ここまで情報が揃ったことで、Vectorはこの少女の正体に感付く。

 

「もしかして・・・・・・サソリ?」

 

サソリと呼ばれた少女はピクリと反応する。

 

「その声と呼び方・・・・・・。もしかして・・・・・・ベクター?」

 

おそるおそる。そしてほんの少しの期待を込めてといった様子で、伏せたまま見上げる。

顔が露になり、互いが互いの顔を認識できるようになる。

 

「やっぱりサソリだった」

 

「ああ!やっぱりベクターだ!」

 

サソリがバッと素早く立ち上がり、押さえきれぬ歓喜と興奮をそのままにVectorに飛び付いた抱き締める。

新入り二人はどういう事なのか理解が及ばず、対してCZ-805とAR70は事態を把握。警戒を解いた。

 

「久しぶりだね~、スコーピオン」

 

「CZ!あとナオちゃんも!・・・・・・ってことは、ここってS10地区?」

 

「そうですよ」

 

サソリこと、I.O.P社製戦術人形。Vz61スコーピオンの問いに、AR70改めナオちゃんが肯定する。

すると、Vectorを抱き締めるスコーピオンの力が強まる。銃を持ったままなので、ゴツゴツとした固い感触がVectorの背中を刺激する。地味に痛い。

 

「よかった・・・・・・!よかったよぉ・・・・・・!」

 

しかし、眼帯で封じられていない右目から溢れる大粒の涙を見てしまったら、いかにVectorといえども文句は言えなかった。

彼女は見るからにボロボロだ。何かあったのはまず間違いない。

 

「何があったの?」

 

銃を腰のホルスターに納めて、スコーピオンの背中をさすってやりながらVectorは出来る限り柔らかな口調で問いかける。当の本人以外はいつもと変わらぬように聞こえていたが。

 

「お願い・・・・・・!みんなを助けて・・・・・・!お願いだから・・・・・・!」

 

絞り出すように告げられた懇願。どういうことかと再度尋ねようとした次の瞬間には、スコーピオンはVectorに体を預けてスリープモードに入ってしまった。

よほど消耗していたのだろう事が窺える。

 

Vector含め、その場にいる全員が困惑するばかり。何が起きているのか。どういう状況なのか理解が出来ない。

 

ただ、あまりよろしくない状況が起きている事は確信出来た。

 

Vectorは基地へと通信を飛ばす。

 

「指揮官。こちらVector。哨戒任務中敵と遭遇し排除した。なお同時に戦術人形を一体保護」

 

『こちら指揮官。了解した。丁重にエスコートしてやれ』

 

「・・・・・・指揮官。保護した人形はあのスコーピオンだよ」

 

通信機越しにブリッツが息を飲んだのがわかった。

驚きを隠せないようだ。無理もないだろうし、それはこちらも同じだ。まだ状況を飲み込みきれていないのだから。

 

『・・・・・・わかった。ともかく、無事に帰ってきてくれ』

 

「了解。アウト」

 

通信を終わらせ、背中に回されたスコーピオンの腕を解き、体勢を変える。

スコーピオンの小柄な体を肩に担ぐ。いわゆるファイヤーマンズキャリーと呼ばれる運搬方法。

これならば、背負ったり抱えたりするより効率的に人間を運べる上、片手がフリーになるので万が一の時銃が使える。

 

「さあ、ピクニックは終わり。急いで帰るよ」

 

冷静に努めて、Vectorは部隊に撤退命令を下す。それに意見を言う者はいない。

 

一抹の不安と漠然とした嫌な予感。それを少しでも紛らわすように棒つきキャンディを口に咥えて走り出した。

 

 

 




みんな大好きスコピッピが登場です。ゲームのほうでも彼女には随分お世話になっております。スキン欲しかった(金欠)

そしてコラボイベントが始まりましたね。
ブレイブルーの時もそうだったんですが、自分ヴァルハラについて知らんので「どういうことだってばよ」状態がずっと続いております。完走できるんかコレもうわかんねぇなぁ。
おまけにシナリオ読んでたらタブレットの電池切れました(逆ギレ)

それにしてもこの作品、どこ読んでも硝煙の香りが漂ってるんだよな。ほのぼのとか書きたい(願望)
だれか書き方教えて(切実)


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3-2

今回のコラボ、なんか面倒くさい。面倒くさくない?夜戦多くてア-ナキソ


迅速にS10地区指令基地へと帰還した哨戒部隊。早々に基地で働く人間のスタッフと自律人形がVectorから引き継ぎ、損傷しているスコーピオンを修復装置へと搬送。早急に修復作業が開始された。

ボディだけでなく、電脳とメンタルモデルの不具合等のチェックも並行して行われ、どちらも異常無しと診断。となれば後はボディの都合だけだ。必要な部品をリストアップし、在庫があればそれを使う。無ければ本部経由でI.O.P社に発注を掛けなければならない。

 

戦術人形スコーピオンは、本来この基地の所属ではない。彼女に適合した部品があまり揃ってないのだ。手持ちの部品を加工すれば着けれなくもないが、I.O.P社製自律人形の部品は一つ一つの精度がかなり高い。下手に加工して無理に組み付ければ、どんな不具合が起きるかわかったものではない。

部品が足りない所は応急処置をするしかないのが精一杯である。

 

修復装置で眠り続けるスコーピオンの姿を、新入りを除く基地に所属する全ての人形。そして指揮官のブリッツも、神妙な面持ちで見守っていた。

 

─────スコーピオンは今でこそ所属する基地は違うが、半年以上前まではこのS10地区の基地にてVectorと並ぶ優秀なポイントマンとして活躍していた。

 

Vectorが無駄を削ぎ落とした最小限の動きで敵陣に切り込みダメージを与える戦い方だとするならば、スコーピオンは対称的に高い機動力を生かした敵部隊の撹乱と各個撃破を得意としていた。

 

スコーピオンが曲線的に動いて敵を撹乱し戦力を分散。その隙にVectorが直線的に切り込んで敵部隊に打撃を与える。直線と曲線。二つの異なる線が合致したことで生じる火力は、様々な任務で効力を発揮し幾度と無く部隊のピンチを跳ね返してきた。

 

数々の逸話を持つVz61スコーピオンとは、いわば基地内における伝説的な人形であった。

 

彼女の後任である一○○式も、ブリッツとスコーピオンに鍛えられた事で銃剣を用いた高度な近接戦闘術を身に付けられた。

第二部隊のマイクロUziは彼女とほぼ同じ時期に基地にやって来た。スコーピオンとはライバルとして互いに切磋琢磨し、高めあってきた間柄だ。

 

一○○式が第一部隊で活躍出来るようになったのと同時に、当時戦火が増してきたS08地区に転属。今日に至るまで連絡はなかった。

連絡がないことを、ブリッツも人形たちも良いことだと信じていた。

 

だがまさに今日。見過ごせない状態となってスコーピオンは皆の前に現れた。

 

PDAに送られた損傷状況の詳細を見て、ブリッツは思わず苦々しく顔をひきつらせた。

かなり無理無茶を続けたのだろう。全身の人工筋肉とそれを補助するアクチュエーターはオーバーヒートを起こしていたが、無理矢理動かしていたのだろう。フレームが歪んで関節部に本来ならばあり得ない負荷がかかり、焼き付く一歩手前までダメージが及んでいた。

電脳に蓄積されたキャッシュも膨大だった。これは夜間に一度も眠らずに走り続けたという何よりの証左だ。

 

誰もがスコーピオンの功績を知っている。だからこそ、こうして負傷した彼女の姿が衝撃的すぎた。

 

「一体、何があったんでしょうか」

 

不安げで悲しげな声で一○○式が告げる。不意に溢れてしまった疑問だったのだろう。答えなんて本人以外でわかる者はこの場にはいない。

同時に、それは誰もが知りたい情報であった。

 

夥しい負傷に膨大なキャッシュ。この二つが、彼女の身の周りで何かが起きたことを如実に物語っている。

それも、並々ならぬ何かがだ。

 

「ゲート。スコーピオンのメモリを解析してくれ。何が起きたのか知りたい」

 

『それについてですが、電脳をチェックした際に一つ気になる記録が見つかりました。端末に送信しますね』

 

それはすぐに届いた。ビデオログのようだ。

人形たちも気になったのだろう。ぞろぞろとブリッツのPDAの画面を見ようと群がってくる。

仕方なく、指令室に場所を移して全員で見ようと言うことになった。

 

ナビゲーターが先程のビデオログを指令室のモニターに表示する。

全員が全員、食い入るようにモニターを見る。

 

映像を再生。

数秒の砂嵐の後、映像が鮮明になる。

映ったのはどうやら、S08地区の司令基地。その指令室のようだ。

 

本部宛に作戦報告書を作製する際、機密性の高い任務でなければ映像記録も添付するよう指示されている。

この映像はスコーピオン自身が記録したビデオログのようだ。

 

グリフィンの赤い制服を着た男性の後ろ姿。人形指揮システム機材の前に立っている。

 

『クソっ!数が多すぎる!対処が間に合わない!』

 

指揮官が指揮システムに表示されている戦術マップを見て悪態をついている。

基地を中心に形成されたマップには夥しい数の鉄血人形による部隊が展開、包囲している様子が表示されている。

かなり絶望的な状況ではあるが、辛うじて基地内への侵入はされてはいないらしい。彼の卓越した指揮がそれを許してはいないのだろう。

 

だがそれも限界に近いことは容易に見てとれた。

 

事ここに至るまでに救援を呼ぶという選択肢もあったはずだ。

そんな懸念を抱くが、遠慮なしに映像は進む。

 

指揮官がカメラ、つまりスコーピオンに向き直る。その表情には決意というか、覚悟を決めたような。そんな神妙な表情をスコーピオンに向けていた。

 

『スコーピオン。今から私の姿と発言を、映像として記録しろ』

 

『え?う、うん。わかったよ・・・・・・』

 

困惑しながらもその通りにスコーピオンは記録を開始。

 

『・・・・・・私はS08地区担当の指揮官、ジルフォードだ。当基地は現在、鉄血の部隊から攻撃を受けている。敵は確認できただけでも一個大隊だ。

救援信号を手当たり次第に送ってはいるが、強力なジャミングによってどこにも届いていないだろう。ハッキリいって戦力が足りない。長い時間持ちこたえる事は出来ないだろう。この映像を見た指揮官は、直ちに本部に通達し、対応可能な戦力をこちらに送ってほしい。この地区を落とされるわけにはいかない。

・・・・・・スコーピオン。お前は今からこのメッセージを持って基地から逃げろ。助けを呼ぶんだ』

 

『そんな!何言ってるのさ指揮官!ただでさえ人数が足りてないのにあたしまで抜けたら・・・・・・!』

 

『このまま耐えていても助けはこない。落とされるのも時間の問題だ。だったら、僅かでも可能性のある選択をする。お前ならこの包囲を突破出来る筈だ』

 

『だったら指揮官も行こう!やられちゃうんでしょ!逃げようよ!』

 

『それは出来ない。まだ戦っている部下がいる。私の指示を待っている。皆を置いて逃げるなんて、私はそんな臆病者にはなりたくないのだ。我々がやられる前に、急いで救援を呼んでくるんだ』

 

『指揮官!』

 

ここで映像が途切れ、砂嵐になる。

次に映ったのは、木々が生い茂る森の中。何とか包囲を抜けたようだ。木と木の隙間を縫うようにしてすり抜けていき、動きは直線ではなくジグザグに動くように。

その理由はすぐにわかった。突然背後から緑色のエネルギー弾が飛んできて、近くの木を穿った。

鉄血からの銃撃であった。

 

『うわっ!このぉ!』

 

スコーピオンが走りながら銃を背後に向けて撃つ。だが木が遮蔽物となって、ほとんどの弾丸は鉄血に当たること無く、ちょっとした牽制にしかならない。すぐに追跡を再開される。

 

『お前らに構ってる暇無いんだってば!』

 

走り続けながら持っていた焼夷手榴弾3つのピンを抜き、2秒ほど待ってから一つはその場に落とし、二つは少しだけ遠くに撒いた。

その3秒後、追いかける鉄血兵が差し掛かったところで焼夷手榴弾が作動。発生した火炎で足止めされる。

何体かは燃焼材がボディに掛かったのか燃えている。

 

『ずっとそこにいろバァーカ!』

 

効果の程を見届けてから、スコーピオンは更にペースをあげて走り続ける。

 

ここでまた、砂嵐になった。

今のような戦闘を何度も切り抜けてきたのだろう。それによってメモリーの幾つかが破損してしまったようだ。

重要な情報だけは残っていたのは幸運だった。

 

終わったと思った映像記録だったが、再度モニターに映像が流れる。

 

場面は変わらず森の中だが、先と違って荒い呼吸音が聞こえる。余程追い詰められているようだ。

 

『お願いだから、助けてよ・・・・・・ブリッツ』

 

すがるような、懇願するような。悲壮な声で助けを求めるスコーピオンを最後に、今度こそ映像は終わった。

 

誰も言葉を発しなかった。スコーピオンの気持ちを思えば、誰も言葉を発せなかった。

人形たちは皆沈鬱な表情で俯いている。

 

なぜ彼女が隣のS09やS07地区に行かずここに着たのか。

 

おそらく、S09地区だと相手にされないか、道中で鉄血にやられてしまう可能性があったからだろう。S地区屈指の激戦区だ。戦火に巻き込まれる可能性は低くない。

S07地区は、あまりいい評判を聞かない指揮官が担当している。救援は寄越してくれるだろうが、見返りが無ければ簡単に掌を返す。適当な理由をでっち上げて見捨てる可能性がある。

それでも今なお指揮官でいられるのは、担当区域の管理能力が非常に高いから。本部も、手放すのは惜しいのだろう。

 

そこで彼女の中で白羽の矢が立ったのが、このS10地区。かつて所属していた基地ならば、助けてくれるかもと思ったのだろう。

 

彼女はブリッツを頼った。つまり、基地に所属する部隊を頼った。助けてほしいと。どうにかしてほしいと。

 

ビデオログの日付は今から8時間前。

彼の考えは既に決まっていた。

 

「総員、傾注」

 

指揮官(ブリッツ)の低く厳かな声に、全員が顔を上げる。彼の口もとにはPDAがあり、それを使って基地全体に声を届けている。

命令を告げようとしている。おそらくは、皆が待ち望んでいる命令を。

皆が次の台詞を待ち、それに答えるようにブリッツは告げた。

 

「直ちに戦闘準備。完全武装(フルセット)だ。30分後にヘリで出発する。

────諸君。仲間を助けに行くぞ」

 

「了解!」

 

待ち望んでいた命令に、全員が一斉に動き出す。

戦友を助けに。戦友(スコーピオン)の戦友を助けるために。

 

基地にいる誰もが、同じ思いを胸に行動に移していた。

 




次回はなるべく派手なドンパチ描写にしたい。(願望)

ブリッツくんの新装備も出てくるから見とけよ見とけよ~


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3-3

私の家ってまともなネット環境がないから、作品を投稿する際はスマホかタブレットを使うんですが、最近はタブレットにキーボード接続して文章を打ち込んでます。
めっちゃ捗る


 

 

今回は緊急性の高い任務だ。S08地区の指揮官から救援要請が入った。

この基地は現在、強力なジャミングと大隊規模の鉄血どもが基地を包囲しているせいで孤立状態にある。

最後に確認出来たのは8時間前。最早一刻の猶予も無い状態だ。

早急に現場に向かい、敵を撃滅する。

本部にも要請をかけているが、やつらは腰が重い。悠長に待ってはいられない。最悪我々だけでどうにかしないといけないだろう。

 

S08地区は武器や弾薬を始めとした、様々な軍需品の生産と物流を担う重要な地区だ。我々の武器も弾薬もここから来ている。敵に奪われたらこちらが劣勢に立たされる。

出し惜しみは無しだ。ありったけの武力を駆使して事に当たる。

各自、自分が最善最高だと思う装備を用意してほしい。

 

第一部隊と第二部隊は基地に直接投下。防衛戦力と合流し協力しろ。

 

第三部隊の面子も、今回は作戦に参加してくれ。LWMMGとM2HBだ。

LWMMGは地上から基地を防衛。M2はヘリのドアガンナーとして地上に蔓延る鉄血を片付けてくれ。

弾薬は本部持ちだ。遠慮せずバラ撒け。

 

仲間(スコーピオン)が命を懸けて、我々に助けを求めた。応えない訳にはいかない。

なんとしても、S08地区を護りきるぞ。

 


 

鉛のような、どんよりとした灰色の曇り空の下。

S08地区司令基地は、絶望的な状況に陥っていた。

襲撃に対応していた防衛部隊も、数で押してくる鉄血の大部隊に対処しきれず負傷者が多数出ていた。

 

出せるだけのダミー人形を使って火力を底上げしても、それを上回る鉄血人形の侵攻を抑えるには不足していた。

そこへ追い討ちをかけるようにして、基地内の備蓄。主に弾薬が枯渇しようとしている。

弾がなくては防衛出来ない。撃てば撃つほど無くなっていく弾薬は、さながらカウントダウン。

この基地が落とされるまでの残り時間を指し示しているようであった。

 

StG44は防衛戦力として駆り出された人形の一人だ。現在は正門付近に設置されたコンクリート製ガードフェンスに隠れながら応戦している。

綺麗好きで知られる彼女だが、身に纏う紺色の制服は度重なる銃撃や砲撃を浴びせられ、回避し続けた為に泥だらけだ。

本来の彼女ならば嫌悪感を抱くような状況でも、それを気にする余裕が無いほどに鉄血に攻め込まれ、追い込まれている。

それを印象づけるように、鉄血兵から浴びせられる銃撃の痕がガードフェンス表面を穿ち歪な凹凸を作り、角は無くなり丸くなっている。次に強い衝撃。例えばジャガーからの砲撃を食らえば崩れ落ちてしまいそうな脆さを思わせた。

 

「ああもう!全然減らないよー!」

 

すぐ隣で泣き言を溢すFNCも同様に全身汚れている。彼女の場合、持っていたMRE(チョコレート)を消費しきっているのも相まって、メンタル的にもかなり追い込まれていた。

 

襲撃してきた鉄血部隊は巧妙な布陣を敷いていた。

大型のシールドを持ったガードを先頭に前進。それをカバーポイントにしたリッパーが牽制射撃。

当然、基地へと侵攻してくるこの二つは最優先で排除しなければならない。それを遮って、ヴェスピドとストライカーの存在である。

ストライカーが圧倒的に高い射速に物を言わせる制圧射撃に頭を上げられず、僅かな隙をついてもヴェスピドが目敏く狙い撃ちしてくる。

そうでなくても、更に後方にはイェーガーが睨みを効かせているため、思いきった反撃が出来ないでいる。

その為に基地上部の監視台や格納庫のルーフ部にRFとHGによるライフルチームが陣取り、イェーガーを黙らせてくれる。が、中盤のヴェスピドやストライカーにまで手が回らないようだ。厳しい状況に変わりはない。

 

苦悶の声を漏らしながらStG44は接近してきた一体のガードに向かってフルオートで発砲。放たれた7.92×33mmクルツ弾はシールドに吸い込まれる。何発かはシールドを抜けたようで、前進する速度が若干だが落ちる。

しかしそれだけだ。何体ものガードの内の一体の侵攻を食い止めたところで意味など無いに等しい。

空になったマガジンを捨てて新しいマガジンを叩き込む。

 

シールド正面に打ち込んでも効果は得られない。ならばと、彼女はシールドの下。地面との僅かな隙間に見えるガードの足を狙う。ASSTによる銃との繋がりとこれまでの訓練が、彼女に正確無比な連射時の精度を与える。

 

脚部を破壊された事でガードの姿勢が崩れる。シールドで見えなかったボディが僅かな時間だが露出する。

その僅かな時間を見逃さず、即座に発砲。コアを撃ち抜き、ガードは倒れる。その背後にいるリッパーにも弾丸を食らわせてやる。

1マグで2体。悪くはないが現状に置いては素直に喜べない。何せ備蓄している弾薬量が少なくなっている現状、無駄弾が一切撃てない。

誰かと弾薬が共有出来れば良いのだが、生憎と居ない。

仮にいたとしても、下手な身動きが出来ない現状では弾薬の分配など困難かもしれないが。

 

結局、節約していくしかないのだ。

 

それはFNCも同様だ。FCA研究所製5.56mmJHP高速弾を何発も叩き込んで、やっと一体が倒れてくれる。その背後にいたリッパーがお返しとばかりにエネルギー弾を連発してくるものだから、一体倒す度に反撃され「ひゃあ~!」と頭を抱えながら悲鳴を上げる。

一通りやり過ごしたらまた一体仕留め、また反撃を食らう。いい加減被弾をしそうなものだが幸運にも被弾らしい被弾は一切せずに撃退数を増やしている。

それでも、彼女の足元に転がる空になった弾倉の山は、それだけ残弾数が減っていく事を如実に物語ってる。

 

倒しても倒しても、倒しただけ敵が続々と現れる。

弾が足りない。

 

その時、StG44が隠れていたガードフェンスが突如襲いかかった爆風と共に砕けた。

 

「きゃあっ!」

 

衝撃に弾かれるように飛ばされ、地に倒れる。砕けたガードフェンスの欠片が当たったのか、額からは赤い人工血液がどろりと流れ落ち、左目に入る。たちまち左半分が赤いカーテンに覆われ、視覚情報が制限されてしまう。

 

「StG! うわっ!」

 

吹っ飛ばされたStGに駆け寄ろうとしたFNCだが、途端に集中砲火を浴びる。StGが体勢を崩したところに鉄血兵が大挙して押し寄せ、それがFNCへの攻撃の激化にも繋がってしまった。咄嗟に隠れたことで被弾はしなかったが、その場から動けない。

 

左半分の視覚情報を失っても、接近してくる鉄血には気付ける。仰向けに倒れたまま手放さなかったStG44をフルオートでばら蒔く。何体かには当たったが、出鱈目に撃っただけの弾丸など効果は薄い。すぐに弾切れとなって機関部からは乾いた音が虚しく響く。悠々とガードが倒れた彼女の横を通りすぎる。もはや脅威と思われていなかった。

 

銃の使えない戦術人形なんて、何も怖くはない。暗にそう言われているようで、彼女の矜持が踏みにじられているようで。形容しがたい屈辱に彼女は苛まられる。

 

されど、脅威でないとはいえ敵は敵。排除するべしと判断したのか、一体のリッパーが傍に立って見下ろし、銃口を向けてきた。

 

戦術人形は、破壊されても代わりのボディと記憶のバックアップさえあれば何度でも復活できる。

そのバックアップは、所属する基地のメインサーバーに保管されている。

 

つまり、ここでStG44という人形が破壊された場合、もう二度とS08地区司令基地所属のStG44は生き返らない可能性がある。基地そのものを攻撃されれば当然サーバーだって破壊されるのだから。

 

それを自覚した瞬間、彼女の電脳とメンタルモデルは恐怖という感情を発露させた。

戦術人形は死なない。部品があればいくらでも甦る。

その前提を根本から覆す事態に陥って、彼女は恐怖した。

 

「StG!逃げて!」

 

迫り来る鉄血兵に応戦しているFNCの必死な叫びも、どこか遠くに聞こえる。聴覚センサーが麻痺してしまったのだろうか。

 

しかしながら、沸き上がる恐怖の最中でも、彼女の人形たらしめる機械的で冷静な判断力は僅かだが残っていた。

そこから導き出された感情は、申し訳なさであった。

 

自身の上官。指揮官に対する申し訳なさ。守りきれず死んでしまうことの申し訳なさ。

上官への念が、己の恐怖を上書きした。人間的に言えば開き直った。もしくは覚悟を決めた。

 

「指揮官、ごめんなさい」

 

通信機を通じて指揮官に、今一番伝えたかった言葉を送る。

ジャミングのせいで近距離の無線通信でも影響が出ている。届いただろうか。届いたら嬉しいな。

 

リッパーが手に持った銃の引き金を引く。

 

『そうはさせない』

 

聞き覚えの無い男の声が通信機のスピーカーから流れた瞬間。リッパーの銃口からは閃光は上がらず、代わりに頭部に大きな風穴が空いていた。

膝をついて崩れ落ちるリッパー。同時に、その周囲のリッパーやガードが次々に崩れ落ちる。

 

呆気に取られるStGとFNC。次に聞こえてきたのはヘリの駆動音。

 

音の発信源を探し、見つけた。それは基地の上空を旋回するように飛んでいた。

G&Kのロゴが機体側面に描かれたガンシップと、後部ランプを開け放った大型輸送ヘリの2機。

その後部ランプには、小銃を構えた一人の男性と、機関銃を構えた戦術人形がいる。

 

あの二人が助けてくれた。そう判断した。

 

『ようやく通信できる距離に入ったか・・・・・・。

こちらS10地区司令基地、指揮官のブリッツだ。そちらに所属するVz61スコーピオンからの救援要請を受けやってきた。これより援護を開始する』

 

オープン回線で告げられた新たな事態。半ば諦めていた救援部隊の登場。

疲弊して、状況を飲み込みきれていない人形たちは2機のヘリを眺めるのみ。

 

それに構わず、旋回するガンシップが支援攻撃を開始。スキッド上部に備わったミニガンが地上に展開するヴェスピドとストライカーを蹂躙していく。

そのガンシップの両サイド。ドアガンナー部に居座る機関銃。M2重機関銃。それを担当するのは当然戦術人形M2HBとそのダミーである。

 

「掃討開始!」

 

唇を舐め、嬉々としたM2の一声がキッカケとなって、ドアガンナーのM2が火を吹いた。

毎分500発放たれる12.7×99mm(.50BMG)弾は、ガードのシールドをまるで紙細工かなにかのように容易く破壊。ついでとばかりにシールド持ちのガード本体とリッパーに弾丸を食らわせる。

堅牢な装甲さえ食い破る威力を誇る弾丸だ。歩兵部隊が装備できる装甲なぞあって無いようなもので、一発でも当たれば即致命傷となる。いかに頑丈な鉄血製戦術人形とはいえ、耐えられる筈もない。

 

「救援だ!救援が来たよStG!ほら立って!」

 

それまで動けなかったFNCが歓喜の声を上げてStGに駆け寄る。

付近の敵は片付けてくれたが、敵が居なくなったわけではない。今の内に態勢を整える必要がある。

FNCが差しのべた手を掴み、StGが立ち上がる。

 

ガンシップとM2が敵を押さえている間に、輸送ヘリに乗ってやってきた第一部隊と第二部隊が基地の敷地内に着陸。

ぞろぞろとS10地区の人形部隊がヘリから出てくる。

その中で特に目を引く存在。

 

鉄血のドラグーンが乗っている二足歩行兵器によく似た、黒みの強いグレーの物体。

そしてそれに乗る戦闘服を着た一人の男性。

基地内部にて陣地を張っていたMGチームがそれを見て驚きを隠せない。

 

男性が二本足の兵器から降り、近くにいた人形に声を掛ける。

 

「S10地区司令基地指揮官のブリッツだ。ここの指揮官と話がしたい」

 

「えっ!?指揮官!?」

 

たまたま近くにいたMGの戦術人形、M1918は驚く。

指揮官自らが救援に来るなんて思ってもいなかったからというのもあるが、それ以上にブリッツの姿は指揮官というイメージからは掛け離れていた。

 

黒みの強いグレーの都市迷彩が施された戦闘服。その上に予備弾倉や手榴弾がぶら下がった黒いタクティカルベスト。サングラスのようなデザインのHMDにヘッドセット。

極めつけは、腕や足、背中に沿うようにして装着された人間用の強化外骨格。

背部のウェポンハンガーにはHK417と、同じ弾薬を使う汎用機関銃、HK21Eが居座っている。

 

指揮官というより前線に赴く兵士。

身を守る装備というより敵を殲滅する装備といった様相だ。

何より、指揮官でありながらその完全武装ぶりに違和感が生じていないという事実に困惑するばかりである。

 

一緒にヘリから降りてきた彼の部下であろう人形たちは予め決めていたかのように、さっさと展開していく。

 

ともかく、M1918はしどろもどろとなりながらも基地を指差し「あちらにいます」と控えめな声量で教える。

戦闘時以外だと、普段から上官に対してもテキトーな態度が目立つ彼女だが、この時ばかりは畏まってしまった。

 

そんな彼女の心境を余所に、ブリッツは一言「ありがとう」とだけ告げてそのまま基地の内部へと足を運んでいく。

 

基地の内部は外とは対象的に物静かであった。所属する人形全てが外に出払っているためだろうか。

緊急事態につき、無駄な電力をカット。施設防衛の為の装置に電力を回しているのだろう、通路は非常灯のみで薄暗い。

 

G&Kの基地はそれぞれで内部構造が異なり、いりくんだ作りとなっている。

敵対している鉄血の他にも、グリフィンを快く思わない存在も少数ながら存在する。そういった存在がテロリストよろしく基地に襲撃をかけるからだ。ほとんどの場合が所属する戦術人形達によって鎮圧されるが、万が一内部に侵入された場合に備えて、施設の中枢部。司令室には簡単には辿り着けないようになっている。

 

S08地区司令基地は比較的規模の大きい基地だ。基地の大きさはそのまま拠点としての重要性に直結している。

ブリッツは予め入手していた基地のマップデータをHMDに表示させることで、道程を間違えることはないが、これがなければ施設内で迷子になっていた可能性がある。

 

見取り図を入手してくれたナビゲーターに感謝の念を抱く。と、その時であった。

 

通路の向こうから乾いた銃声が反響してブリッツの鼓膜を刺激した。反射的に身を屈め壁に寄りサイドアームのMk23を抜く。

銃声は一発だけで終わらず、二発三発と続いている。

交戦している。

 

(9mm。拳銃だな。M9か?)

 

銃声から拳銃を特定。本当にM9を使っているとすれば、鉄血ではない。使うとすれば戦術人形か、人間か。

 

即座にゴーグルの視覚モードをマグネティックに変更。索敵(クリアリング)も行いながら急いで司令室に向かう。

 

基地の内部で発砲するという事は、考えられる可能性は一つしかない。

()()()()()()()()()()()()という可能性しか無いのだ。

どこから入ったとか敵の数はとか、そういった考察は後回しにしてとにかく音の発信源に向かう。

 

進む毎に銃声が大きくなっていく。同時に、指向性エネルギー兵器特有の射撃音も。

HMDに表示されたサラウンドインジケーターも反応を示し。そしてその方向はブリッツが目指していた司令室と一致している。嫌な予感が脳裏にこびりついて離れない。

司令室に繋がる通路の角から飛び出す。案の定というべきか、2体のリッパーが司令室前に居座り、室内に向けて発砲している。その足元にはリッパーが一体倒れ、額に風穴が空いている。

本来ならば通路と司令室を隔てるドアがあったのだろうが、ブリーチングしたのか鉄血によって消し飛ばされている。

 

鉄血を視認した瞬間ブリッツはMk23を発砲。ブリッツ自身の技量と外骨格によるアシストが働き、Mk23は射撃時の反動の殆どを抑えられ、精密な連続射撃を可能とさせる。

 

ブリッツの攻撃に気付いたリッパーだが、もう遅い。司令室内からの応戦もあってリッパー2体はすぐに物言わぬ鉄屑と化す。

 

機能停止を確認し、壁に背を預けて司令室内を覗き見る。と、そこに銃弾が飛んでくる。運良く壁にぶつかり被弾はしなかったが、反射的に顔を引っ込める。そこから何発も銃弾が飛んでくる。

先程聞いた9mm拳銃の音と同じだ。

 

「撃つな!グリフィンだ!」

 

銃声に掻き消されぬよう声を張り上げる。それが聞こえたのだろうか、銃声は途端に止み静寂が訪れる。

 

Mk23をホルスターに仕舞い、両手を上げながら姿を晒す。同時に司令室内を見渡す。

即席のバリケードか。椅子やら机やらが積み重なっており、リッパーからの銃撃の痕跡が色濃く残っている。そんなバリケードの後ろ。グリフィンの赤い制服を着た男性指揮官が姿を見せた。

スコーピオンのビデオログにも映っていた指揮官だ。その手にはM9が握られており、彼の奮闘を示すかのように赤い制服は所々擦りきれている。

 

「あなたがジルフォード指揮官?」

 

「そういう君は?」

 

「S10地区司令基地指揮官のブリッツです。この基地に所属するVz61スコーピオンから救援要請を受けとりました。よくぞ持ちこたえてくれました」

 

身分を明かせば、ジルフォードは合点がいったという風に表情を綻ばせた。

 

「ああ、君があの。スコーピオンから聞いている。自ら戦場に立って人形を指揮している男だと。冗談か誇張とばかり思っていたが、その姿を見れば納得だ。良く来てくれた。助かったよ」

 

「礼なら後で。まだここは包囲されたままです。積もる話は奴らを片付けてからにしましょう」

 

「そうだな。君の言う通りだ。私はここから部隊に指示を出す。君はどうする」

 

「人形とともに応戦します」

 

背負っていたHK417を持ち出し、チャージングハンドルを引く。

 

「どこまでも話の通りなんだな。わかった。よろしく頼む」

 

「大局的な指揮はお願いします。もうじき本部からも増援がやってくる筈です。それまで持ちこたえましょう」

 

「了解した。任せてくれ。武運を祈るよ、ブリッツ指揮官」

 

「こちらこそ。背中は預けますよ、ジルフォード指揮官」

 

最後に拳をかち合わせ、ブリッツは司令室から飛び出し、ジルフォードは指揮システムの前に立つ。

 

二人の指揮官による最後の徹底抗戦が始まろうとしていた。





今回登場した武器装備紹介

1.RIDE(ライド)

1-5でブリッツが使用したドラグーンの二足歩行兵器を鹵獲し、独自の改造が施された兵器。
内蔵されていたCPUもI.O.P社製の物に換装され、PDAを使った遠隔操作も可能となっている。
兵装もメンテナンスや使い勝手からエネルギー兵器から実弾兵器であるM134ミニガンを搭載。機体そのものの出力と高精度のバランサーによる姿勢制御によって移動しながらでも銃撃が行える。
機体後部には大型のアサルトパックも装備されており長時間の射撃が可能となっているが、撃てば撃つほど倹約家である副官の表情が歪んでいくというデメリットがある。
高い機動力に高い火力を備えた兵器。

2.TMEジャケット
『歩兵に高い機動力と高い攻撃能力の付与』というコンセプトを元に第三次世界大戦時に開発された人間用の強化外骨格。TMEは戦術機動外骨格の頭文字から。
パワーアクチュエーターによる高い機動力を確保しつつ、本来三脚で固定して使うような重機関銃をアサルトライフルのように扱える程の強力なパワーアシストによって、歩兵一人の戦闘能力を底上げする。
水素を吸臓出来るという特殊な合金を用いた燃料電池によって、長時間の稼働が可能となっている。

開発時点ではM134やM61バルカンを個人で運用出来るレベルを想定していたが、実際の現場ではアサルトライフルやLMGの反動制御という運用方法に留まっていた。
全身を装甲に覆われたフルスキンタイプや機動力に特化したライトタイプなど様々な種類が存在する。
ブリッツが着用しているのは機動力特化のライトタイプであり、防御面に関してはプレートキャリアといった防弾装備に頼ったもの。見た目のイメージはCoD:AWのEXO。


こういう設定考えるときが一番楽しい。楽しくない?


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3-4

今回時間かかっちゃった(´・ω・)
久々にPSPを引っ張り出してMGSPWやってたらこんなことに・・・


 

 

ブリッツが基地の外へ出る頃には、M2HBによる上空からの制圧射撃によって付近の敵は粗方片付いていた。

大量にいた鉄血兵達が瞬く間にいなくなったことで一時的に余裕が出来た。その間にS08地区所属の人形たちは束の間の休息を取り、態勢を立て直している。

出撃の際に輸送ヘリに積載したコンテナには、少量ながら人形の銃の規格に合う弾薬とMREが入っている。

陸路ならもう少し積載出来たのだが、一刻も早く現場に向かわなければならない状況だったが故に空路という選択。それでも、今まで防衛に当たっていた人形達からは補給を受けられたことで安堵の笑みが溢れている。それだけ本当にギリギリの状況だったということだ。本当に、よく持ちこたえてくれたとブリッツは感心を抱かずにはいられなかった。

 

『指揮───の敵は───うする?』

 

上空のヘリから攻撃していたM2HBからの通信だが、ノイズが酷く聞き取れない。100mも離れていないのにも関わらず電波が安定しない。これでも最大出力で電波を送っている筈なのにだ。

 

鉄血が設置したジャミング装置のせいなのは明白だ。おそらくM2HBは「指揮官!周囲の敵は粗方やっちゃったけどどうする?」と尋ねているのだろう。その返答をしたい所ではあるが、この状況で無線を使っても明確な指示は出せないだろう。

個人間でなら半径約10m圏内なら問題なく通信が出来るが、こうも通信の有効範囲が狭いのは不便だ。おまけに、これのせいで基地のナビゲーターとも通信が途絶状態にある。

 

S08基地も、このジャミングの影響で戦術マップ形成にも苦労しているようだ。

電波の発信源たる基地は、場合によっては遠距離で人形に指揮を送る必要がある。そのため、円滑な通信を行うために強力な電波を送れるよう作られている。ジャミングのせいで遠距離通信は出来なくとも、あまり離れさえしなければジルフォード指揮官と無線でやり取りが出来る。

 

ただ、広い範囲を飛ばなければならない偵察用ドローンだと、ジャミングによって遠隔操作や情報収集が出来ない。どうしても、基地周辺の情報しか入手出来ないのだ。

それでもここまで耐えられたのは、やはり指揮官であるジルフォードの手腕によるものが大きい。重要拠点であるS08地区を任せられるだけの力量を持っている事に疑問はない。

 

とにもかくにも、この任務のキモはやはり鉄血が仕掛けたジャミング装置の存在だ。

 

ここは、M2HBもといヘリにジャミング装置を破壊を頼みたい。

ではどうやって指示を出すか。簡易的だが方法がある。

 

ブリッツはMk23をヘリに向ける。正確には、Mk23に備え付けられたL.A.Mのフラッシュライトだ。

それを点滅させる。古の伝達手段、モールス信号だ。

伝えたい指示を全て光の明滅で伝え、M2HBもフラッシュライトと使って返答。了解の意思を伝える。

 

M2HBに伝えた指示は「全てのジャミング装置の破壊」だ。

基地が孤立するほどの強力な妨害電波だ。一機二機の少数の筈がない。最低でも三機。もしくはそれ以上はある。

 

M2HBを通じて指示を受けたヘリも、了解と告げる代わりに機体を急激に旋回させ、基地から離れていく。

ジャミングさえ止めてしまえば、鉄血もこれ以上ここを攻め込むことは無くなるだろう。基地がジャミングによって孤立無援の状況下にあったからこそ、物量による侵攻を敢行した。その前提が崩れれば、残るのは無駄に人形を消耗してしまったという事実だけだ。やつらもそこまで考えが回らない筈がない。

 

万が一、それでもなお攻め込むというのなら、戻ってきたヘリからの支援攻撃。ミニガンと重機関銃による蹂躙が再開されるだけだ。

ジャミングが停止するまでの間、この基地を防衛出来ればこちらの勝ち。守りきれなかったら負け。そういう単純な図式だ。実に分かりやすい。

 

初っ端からヘリによる近接航空支援(CAS)が確定している現状。地上からチマチマと撃ってたシェルター防衛戦の時と比べればかなりマシだ。

 

第一部隊のWA2000と第二部隊のSV-98は、すでに基地所属の人形に誘導されて狙撃地点である基地屋上に陣取っている。

FAL、RFB、CZ-805、AR70、OTs-12は、基地の防衛ラインを構築している地点に移動済み。

残る四名。SMGである一◯◯式、Vector、マイクロUzi。MGのLWMMG。

 

「ウージー。お前は他の人形も何体か連れて、一度基地の中を隈無くクリアリングしてくれ」

 

「なんでよ。私も一暴れしたいんだけど」

 

明らかに不満げな声がUziから発せられる。同期でありライバルでもあったスコーピオンがやられて怒り心頭な彼女からしてみれば、その命令は納得出来ないのだろう。

こっぴどくやられたスコーピオンの分、大いに暴れたいのだろう。それはブリッツとしても汲みたい心情ではあった。

 

「気持ちはわかる。だがまずは不安要素を取り除きたい。先程、基地内にリッパーが侵入していた。排除はしたが、侵入経路がまだわかっていない上にまた侵入されると困る。徹底的な掃除が必要だ」

 

「それを私にやれっての?」

 

「そういうことだ。お前なら任せられる」

 

Uziのエメラルドグリーンの瞳とブリッツの青い瞳が向き合う。

いまだ不満げに目を細めるUziと、鋭くも力強い視線を彼女に向けるブリッツ。やがて、Uziが諦めたようにため息をこぼす。

 

「ああもう、わかったわよ。ただし、ちゃんと私の分も残しといてよねっ」

 

「それはお前の働き次第だ。早く済ませればそれだけ食い放題だ」

 

「言ったわね?ソッコーで終わらせてやるんだから!」

 

踵を返し、近くにいたSMGとHGの人形を引き連れて、Uziは基地の中へと消えていく。

第二部隊のポイントマンであるUziならば、例え基地内であっても危険を察知するなど、十全な働きをしてくれる。

一先ず、これで基地の中は安全になる。

 

「Vector、一◯◯式。二人は今から敵陣に突っ込め。ライトと俺がそれを後ろから援護する」

 

「本当ですか指揮官!」

 

「へぇ、思いきった事言うね」

 

一◯◯式がこれでもかとばかりに目を輝かせ、Vectorは妖しく微笑を浮かべる。

ここ最近、派手な戦闘任務が無くて退屈していた二人。援護有りとはいえ思いきり暴れられるシチュエーションに心を躍らせているようだ。

 

「M2のおかげで敵は崩れてる。ダメ押しに暴れて引っ掻き回せれば、それだけ防衛側は楽だろう。近距離での銃撃戦でお前達に勝てる鉄血人形なんていない。蹂躙してやれ」

 

「了解しました!」

 

「ふぅん、まあいいや。それじゃ出発ね」

 

一◯◯式は言わずもがな。対称的にアメを咥えて興味の無いような口ぶりのVector。だが、その口許は妖しく弧を描いている。

一見すればクール。もしくはアンニュイな雰囲気を醸し出しているVectorだがその実、部隊内でも随一の武闘派として知られ、ブリッツも認める過激派である。

 

自身と同じ名を冠した銃を2丁使った銃撃。

分隊規模の敵を密かに静かに素早く単独で各個撃破。

グリフィンに攻撃を仕掛けようとしたテロリスト達を、大量の破片手榴弾と焼夷手榴弾を使ったトラップで一網打尽。または無人の廃ビルに敵を誘きだしC4爆薬を使ってビルごと殲滅。などなどなど(エトセトラ)

枚挙に暇がない。

 

今回も、ブリッツが最高の装備で臨めと言った為に腰に2丁のクリス・ヴェクターをぶら提げて、バックパックには大量の予備弾倉と焼夷手榴弾を詰め込んでいる。

隠密性を必要としない作戦では必ずこういった装備を選択する。彼女曰く「火力不足を補うための手段」との事だ。

 

脚部にはSMG人形御用達。機動力特化のI.O.P社製T4型カスタム外骨格。それを彼女好みに独自のチューンナップを施し、瞬間的に発揮できる出力を更に向上させている。おかげで故障してもI.O.Pの保証が使えなくなってしまったが、それは別の話だ。

あまりにも機動力が高いが故に扱いが難しいシロモノだが、Vectorは勿論同じ外骨格を装着した一◯◯式も見事に使いこなせている。

 

その機動力を活かして敵陣に切り込みをかける。この二人ならば出来ると判断しての指示。無理無茶無謀とは思っていない。

 

そうこうしている内に、拠点から少し離れた先にある、鬱蒼と生い茂った森林からぞろぞろと鉄血兵がやってきた。第二陣である。ガードを先頭に少しずつ基地に近付いてくる。

後列にも大量の人形が控えている。

しかし、それに臆する事はない。数的不利なシチュエーションはもう幾度となく乗り越えてきた。

それによく見れば、数こそ多いが隊列自体は乱れている。先頭のガード達の足並みが揃えられていないようだ。それが波及して全体的な隊列の乱れとなって表れている。

 

よほどヘリからの攻撃が効いたのだろう。慌てて戦況をひっくり返そうと兵隊を揃えたのだろうが、それは勇み足だ。拠点へと乗り込む攻撃側よりも、迎え撃つだけでいい防衛側が有利なのは常識。ましてや防衛側は態勢を立て直している。

 

 

「始めよう」

 

ブリッツが短く、それだけ告げる。安全装置を外し、初弾を装填する。ブリッツは持ち込んだ二足歩行兵器、ライド(仮称)に搭乗。

 

同時に、補給を終えて休息をとっていたS08地区の人形達も忙しく配置につく。表情には焦りや士気の低下は見受けられない。寧ろ高揚しているようにも見えた。それでいて、浮き足立っているようでもない。

 

『こちら司令部。ブリッツ指揮官、聞こえるか』

 

 

無線機がジルフォード指揮官の声を受信する。

基地の敷地内という近距離なのにも関わらず、ノイズが酷い。

 

「ブリッツです。聞こえています」

 

『部下からの報告によれば、敵は基地正面に向かって三方向から来ている。君たちには左翼側からやってくる敵を迎撃してもらいたい』

 

「了解。つい先程、自分の部下にジャミング装置の破壊と、念のため基地内のクリアリングを指示しました。必要ならば彼女に指示を出してもらって構いません」

 

『了解した。感謝する。何としても、護りきろう』

 

「当然です。ブリッツ通信終了(アウト)。・・・・・・全員、聞いていたな。派手に出迎えてやろう」

 

その場にいる全員が静かに頷く。

 

『背水の陣ってやつだね!ゲームでも中々燃えるシチュエーションだよ!』

 

ジャミングによるノイズすら弾き飛ばすほどに勢いのある声でRFBが応える。

 

『どいつもこいつも、纏めて吹っ飛ばしちゃえばいいんでしょ?実に簡単ね』

 

落ち着き払った声色でFALが告げる。きっと半身とMGL-140による物騒なトゥーハンドが出来上がっていることだろう。

 

『サーチアンドデストロイ。いつも通りね』

 

こちらも非常に落ち着き払った。むしろ冷たさすら感じさせる声でWA2000が溢す。

 

『任せてよ指揮官!どんな状況にも対応して見せるから!』

 

『戦果を上げるときが来ました!任せてください!』

 

『秘密兵器の実力。見せてあげよう』

 

『遠くの敵は任せてください!一体も逃しはしません!』

 

『ちょっと!私まだ終わってないのにおっ始めないでよ!』

 

CZ-805が。AR70が。OTs-12が。SV-98が。マイクロUziが。

全員が全員、今の様子がありありと目に浮かぶ程に、はっきりと戦意を示す。

きっと、通信範囲外にいるM2HBも同じだろう。

 

そういう連中だ。そういう風に鍛え上げた。

 

同時に、前のシェルター防衛戦ではかなり追い込まれてしまった事を思い出しているのだろう。

今こそが、その雪辱を果たすときだと。ブリッツはそう思っていた。

 

だが、実際は違った。

 

シェルター防衛戦から基地に戻った時、彼女達は密かに誓っていた。

あの時と同じような状況に対して。

そういった状況を作り出した存在に対して。

肩を並べ、背中を預けてくれる指揮官(戦友)を負傷させた存在に対して。

それでもなお立ち上がり、戦い続けた指揮官(戦友)の為に。

 

彼女達は、復讐を誓っていた。今後もし、同じ事態が起きた時は必ず。必ずや敵を鏖殺してみせると。

誰も傷付けさせず、相手になにもさせず。一方的に殺してみせると。

 

それをブリッツに悟られぬよう、普段通りの笑顔と態度という薄皮一枚の下に押し込め隠してきた。こんなドス黒い感情を、指揮官には見られたくはなかった。

しかしそれも今日までだ。今日だけは、押し止めてきたドス黒い感情を銃火に乗せて吐き出せる。

 

さあ敵が見えてきた。後は(ブリッツ)の一声だけだ。

 

ブリッツが搭乗しているライド。その武装であるM134ミニガンの砲身がモーターの駆動音と共に回転を始める。その銃口は先頭を歩いているガードに向けられている。

 

「さあ、蹂躙してやろう」

 

ブリッツの指が発射トリガーを引き、ミニガンが火を吹き銃声をかき鳴らした

 




皆様台風は大丈夫ですか?自分は立地的に強風や冠水といった被害はまず無い地域に住んでるので何とか大丈夫です。

ネゲヴ&コンテンダーの製造確率アップでは見事どちらも一発ツモで満足。
新人形製造確率アップでは初っぱなにXM8ちゃんさんが出てきてくれたのでおおむね満足です。



ん?コラボイベント?聞かないでくだしあ

評価、感想、要望、誤字脱字報告。お気軽にオナシャス


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3-5

無心でガチャを回したらトカレフのスキンと春田さんのハロウィンスキンが出ました。
ビックリしてレッドブル吹き出してタブレット汚れちゃった('・ω・`)

今回詰め込むだけ詰め込んだんでクッッッッッソ長いです。暇な方推奨


 

 

7.62mm口径の銃身6本がモーター駆動によって高速で回転し、毎分2000発という圧倒的な発射レートでI.O.P社製Mk211徹甲榴弾という脅威を吐き出す。

左から右へ。なぞるようにして銃弾達の軌跡によって作られた"線"が流れてゆく。

 

堅牢なガードのシールドは紙細工よろしく、7.62mm弾によって見るも無惨にグシャグシャに破壊され、それを持っていた者も容赦無く脅威の餌食となる。

 

防壁が崩れてしまえばもう彼女達(鉄血兵)の身を守る物は無い。

軽量中機関銃(LWMMG)から放たれた.338ノルママグナム弾による制圧射撃も加わり、侵攻してきた鉄血兵は何も出来ぬまま蹂躙され、電脳とコアごとボディを破壊され力無く地にひれ伏す。

 

厄介な先陣は沈黙し(黙らせ)た。隊列も面白いくらいに崩れている。

頃合いだ。

 

「Vector、一◯◯式。行け」

 

合図と同時に二つの影がブリッツとLWMMGの横を後ろから通りすぎた。

頭を下げて身を屈め、被弾面積を小さくした前傾気味な姿勢で敵陣に切り込んでいく。

 

「他は二人の援護だ。フレンドリーファイアなんてつまらんミスはしてくれるなよ」

 

『あら?誰に言ってるのかしら?RFB、わかる?』

 

『さっぱりわからないね!』

 

慢心を見せ、忠告に対し茶化すような口ぶり。しかしFALとRFBはすでに援護射撃を開始。浮き足だった敵に他のS10地区所属のAR人形も、今まさに敵陣に切り込もうとしている二人の為に道を切り開いている。RF組の正確無比な狙撃も組合わさり、的確にダメージを与えていく。

乱れた隊列の一部に穴が空く。SMG二人は迷わずそこへ飛び込んだ。

 

敵が密集し、その全てが武装している。

普通ならば絶望的な状況。しかし飛び込んだ二人は、生憎と普通ではない。

 

始めはVectorだ。二つの半身(Vector)を乱射しながら敵陣に突っ込み、真っ先に視界に入ったヴェスピドに向かって飛び蹴りを食らわせる。

バイザーは破損し、顔面にVectorの右足がめり込む。

 

強烈な勢いにヴェスピドは仰け反るが、Vectorの右足は顔面を捉えたまま離さず、やがて地面に叩きつけるようにして頭部を踏み潰した。

空き缶を気安く潰すように、ヴェスピドのヘッドパーツは原形を留めぬほどに破壊され、二度三度義体を痙攣させた後、止まった。

 

間髪入れず。足元の残骸をそのままに、二丁のヴェクターを使い左右にいた別のヴェスピドとリッパーに向けて、屈んだままマガジンに入った残り10発にも満たない.45ACP弾を全て浴びせる。電脳とコアを滅茶苦茶に破壊された2体は為す術もないまま機能停止。崩れ落ちていく。その最中で起き上がりがてら、右足を軸にしてリッパーに後ろ蹴りを食らわせる。外骨格のアシストもあって、無防備に蹴られたリッパーは紙屑よろしく周辺に蔓延っていた鉄血人形を何体か巻き込みながら吹っ飛ばされる。

 

同時に、銃殺したばかりのヴェスピドの襟首をひっ掴んで立たせる。

瞬間、銃撃がVectorに襲いかかる。が、立たせたヴェスピドが盾の役割を果たし、一発の被弾もなく済んだ。

数秒足らずで腕やら足やらが千切れ、ズタボロに破壊され尽くした哀れな人形が出来上がる。

 

その間に手早くリロードを済ませ、盾としての役割を終えた人形を放り捨て目についた人形を次々に銃火を浴びせる。

Vectorの周囲には鉄血兵が蔓延っている。下手に撃てば同士打ちになる為、迂闊な行動がとれない。

ならばナイフで、と判断を下してもその前にVectorは目敏く察知して即座に銃撃。

そういった情報が鉄血人形間で錯綜し、フリーズでも起こしたのかと思えるほどに行動が取れなくなる。

最早Vectorの独壇場と化していた。

 

そこへ切り込んできたのは、ナイフを持った人形ブルートだ。小柄ながらも素早い動きでVectorに向かって背後から突進する。

 

Vectorは背を向けたまま、別の人形を攻撃している。絶好のチャンス。逃す筈もない。

ブルートはナイフを振りかぶり、Vectorに襲い掛かる。

 

が、後少しというところでブルートの意識はブラックアウト。機能を停止した。

 

その理由。横から割り込むようにして、柄の長いトマホークを投擲しブルートの頭部に叩き込んだ一○○式機関短銃がやってきたからだ。Vectorは背後からブルートが接近してきている事に気が付いていたが、同時に一○○式が接近して来ていることにも気が付いていた。だからブルートに対し何のアクションも示さなかったのだ。

 

一○○式は、ヘッドパーツに深く食い込んだ斧を無理矢理引っこ抜き回収。動かなくなったブルートを蹴飛ばしてどかす。右手に半身である機関短銃を、左手にトマホークという彼女独自の歪な二刀流が完成する。

 

鉄血兵は一○○式の斧を警戒し距離を取る。

一○○式機関短銃という銃の情報は鉄血兵同士のネットワークで共有されている。銃という飛び道具ではなく、銃剣と斧を警戒しての措置。頑丈さを売りにしている鉄血製戦術人形ならではの対応。

 

そこに、Vectorが付け込んだ。素早く二人の立ち位置(ポジション)を入れ替え、Vectorは距離を取った人形共に.45ACP弾をバラ撒きダメージを与える。

 

粗方片付けたら適当に一番近くにいたリッパーに接近。高速で飛来する青緑のエネルギー弾を掻い潜り肉薄。

勢いをそのままに銃のストックで下顎に一撃。稼働部が損傷したリッパーの口がパックリと開く。

 

そこに焼夷手榴弾を捩じ込みピンを抜いた。腹の辺りを蹴り押すようにしてリッパーを後退させる。

 

リッパーが口に突っ込まれた手榴弾を取り除こうともがくが、それより早く焼夷手榴弾は炸裂。爆発時の威力自体は大した事無い。が、爆竹を手に握った状態で破裂させたら大怪我を負うように、衝撃でリッパーのヘッドパーツは内部から滅茶苦茶に破損。電脳も致命的な損傷を受けるに至り、その場に倒れた。

 

「思ったより地味だね」

 

「花火みたいなの期待したのに」と今しがた焼夷手榴弾で倒したリッパーの姿を見て、Vectorは小さく不満げに溢した。口内という限定されたポイントでの炸裂は確かに威力としては申し分はなかったが、焼夷手榴弾というシロモノにしては演出面での効果が(彼女的には)今一つだった。

そこで彼女は、不満を解消するために右手に持ったヴェクターのマガジンを変えた。そのマガジンには帯状の赤い線が入っている。

チャンバーに弾丸を送り、敵に向かってフルオート射撃。射線上にいたヴェスピドに命中。その刹那、ヴェスピドのボディに爆発のようなオレンジ色の閃光が走った。

 

弾丸の直撃によりボディ外郭は破損。そこを中心とした生体部品は焼け落ち、内部のメカニカルな部分が露出する。そこへ更に銃弾が撃ち込まれ、火炎の高熱による電子機器の熱害によってショートを起こし、機能不全が発生。

遂には電脳が焼き切れ機能停止(ブラックアウト)した。

 

ILM社製45口径焼夷弾。Vectorが撃った弾丸の正体だ。

戦術人形の防弾装備の進化に対する回答の一つとして開発された特殊弾頭の一つ。グリフィンでは非制式採用だが、Vectorとブリッツが「面白そう(使えそう)」と勝手に仕入れた弾丸だ。

 

今回が初使用だが、効果は十分だと確認出来た。

その上でVectorは

 

「いいね」

 

口角を吊り上げ、満足げに微笑んだ。愉しげに焼夷弾を更にばら蒔いた。

 

一方で一○○式は、バックパックから発煙手榴弾を二つ取り出し、ピンを抜いて敵集団に向けて放り投げる。底部から白煙が吹き出し徐々に広がっていく。

 

白煙が集団の一角を覆いつくすのに然程時間は掛からなかった。すぐ隣にいる仲間の存在すら視認する事が困難な程に濃い煙幕。自然と動きも緩慢になる。

 

そんな白煙の中に、一○○式は躊躇う事無く飛び込む。

途端に様々な異音が煙幕の中から聞こえてくる。

 

金属が衝撃でひしゃげる音。潰れる音。切断される音。

ありとあらゆる破壊の音。それが一切途切れる事無く掻き鳴らされ続ける。

 

やがて滞留していた煙が風に吹かれて霧散した。白煙というベールが取り払われ、そこから表れたのは鉄屑と化した鉄血人形が倒れ伏している光景。しかし一○○式の姿は無い。

 

それもその筈。既に見切りを付けて別の集団に銃剣を突き付け、吶喊しているのだから。

 

一体のヴェスピドの胴体。コア部分に銃剣を突き刺し、掬い上げるようにしてヴェスピドを宙へと放り投げる。

放り投げられた鉄血兵が地面に着地するより早く、一◯◯式は次の獲物を仕留めにかかっている。

銃のストックで胸辺りを突いて体勢を崩し後退させる。そこへ縦に一閃。高周波ブレードは何の抵抗もなく、まるで熱せられたナイフに当てられたバターのようにスルリと、真っ二つに斬られた。

 

それを見届ける間もなく次の敵へと肉薄。一◯◯式にとって、倒した敵にもう感動はない。これから倒す敵が最優先であり感動の対象である。

 

リッパーの首に銃剣を水平に突き刺し、横へと薙ぐ。生体部品である人工肌の薄皮一枚を残して首が胴体から落ちる。

トマホークでヘッドパーツを電脳ごと叩き割る。

コア部分に銃剣を突き刺し、そのままフルオート射撃。胴体に風穴が空くまで弾丸を撃ち込む。

 

そんな事を繰り返している内に、一◯◯式の身体は徐々にドス黒い赤に染まっていく。鉄血兵から噴出する人工血液と潤滑油。それらが敵を仕留める度に一◯◯式を染めていく。

染められていく内に、妖しく光る一◯◯式の紅い瞳がより際立っていく。

 

さしもの鉄血兵も、恐ろしさを覚えたのか。やや離れた位置からイェーガーがスコープ越しに一◯◯式を見る。

味方集団の隙間から見える一◯◯式の姿を捉え、誤射せぬよう意識しつつも引き金に指をかける。あと少し指先に力を加えれば、エネルギー弾が鮮血に染まった恐ろしい人形(ヒトガタ)の動きを止められる。

 

しかしそれは叶わない。何故なら基地のルーフトップからSV-98がイェーガーに狙撃を敢行したためだ。

一発で脳天を貫かれ、引き金に指をかけたまま機能を停止。ボルトハンドルを引き、SV-98は更に狙撃。

彼女が狙うのは中衛のやつらではない。それはARの仲間に任せる。狙いは後方から狡猾にも狙っているスナイパーだ。

撃たれる前に撃つ。射程距離と命中精度の高さを謳う彼女に取って。ましてや、任務でよく動く対象を自分も動いている状態で狙撃しているような状況が多い彼女にとっては、こうしてバイポッドを展開し伏せた状態で撃てる援護射撃など、鼻唄混じりに容易く行える所業であった。

 

それはすぐ隣にいるWA2000も同様だった。

SV-98のようなボルトアクションとは違って、連続して撃てるセミオートのWA2000は、次々に敵を屠っていく。

 

こういうとき、SV-98は銃の構造からくる射撃速度の差を恨めしく思ってしまう。

そんな事を思っていても仕方ないことは分かっているが、どうしても考えてしまうのだ。

 

だからこういう時、SV-98は考え方を変える。射撃速度の改善はどうしようもない。ならば、今の自分は何が勝っていて、そこで何が出来るか。

 

彼女の答えはこうだ。

「より遠くの敵を仕留めればいい」

 

探す。見つける。イェーガーだ。まだ移動中だ。移動速度と風を読む。狙いをつける。撃つ。命中。仕留めた。

距離にして約850mの遠距離スナイプに成功。

 

「むっ・・・・・・」

 

それに気付いたWA2000の顔つきが変わる。それもそうだろう。自身の有効射程外の敵を一発で仕留められたのだから。

ボルトハンドルを引き、更に一発。今度は約870mの狙撃に成功だ。

フフンと得意気に鼻を鳴らす。

 

「むむむ・・・・・・」

 

悔しげに唇を尖らせて唸るWA2000はお返しとばかりに空になった箱形弾倉を交換し、有効射程内のイェーガー5体を瞬く間に仕留める。

今度はWA2000が得意気にニヤリと笑い、SV-98が悔しげに頬を膨らませた。

 

これを機に、二人の小さな戦いが静かに勃発した。

 

それと同時に、基地左翼方面から接近している敵集団の左側面を叩こうと、ブリッツとLWMMGは敵に悟られぬよう移動していた。

多少遠回りになってしまったが、ブリッツの操縦でライドの後ろにLWMMGが乗ることで移動時のロスを無くし、ここまでは順調に進んできていた。

そう、"ここまでは"。

 

敵集団の横っ面が見えた所で急にヴェスピドやリッパー。おまけにプラウラーまでブリッツの存在に気が付いて銃口を向けてきた。

 

「あ、ヤバイな」

 

どこか他人事のような。呑気さすら窺えるような反応をブリッツは溢した。その瞬間、鉄血兵たちが一斉にブリッツとLWMMG目掛けて銃撃を開始した。

 

「頭下げてろ」

 

あくまで冷静にブリッツはLWMMGに命じ、その通りに彼女は頭を下げた。

敵から放たれたエネルギー弾はライドに当たる。が、元々これは鉄血からの鹵獲品だ。頑丈さは折紙付きである。そうそう壊れはしない。

 

ブリッツも伏せた状態のまま射撃レバーのトリガーを引く。

M134ミニガンの銃身が回転を始め、大量の7.62mm弾をばら蒔き敵に浴びせていく。凪ぎ払っていく。

バタバタと倒れていく。

 

敵からの銃撃が止んだ辺りで体勢を直し、ブリッツはスロットルペダルを大きく踏み込み操縦レバーを前に倒した。

ライドは地を蹴って走り出す。同時に、ミニガンを撃ち続ける。ライドに搭載された高精度姿勢制御バランサーがミニガン射撃時に生じる強い反動も制御し、例え移動中であっても安定した制圧射撃を実行させてくれる。

 

中衛のほとんどを薙ぎ倒した辺りで、突如ミニガンの射撃が止まった。

 

「あっ」

 

やっちまった。そんな感じの声がブリッツの口から無意識に溢れ落ちる。実際言いそうになったが喉元まで出掛かった所を何とか堪えて飲み込んだ。

コントロールパネル上のディスプレイに表示されたミニガンの残弾数がゼロを示していた。

つまりは弾切れである。

 

「────ブリッツ?」

 

低く冷たく静かに、それでいて怒気も籠った声がブリッツの背後から聞こえる。腹の底が冷え込むような寒気を覚え、ビクリと彼の肩が震えた。

 

「まさか、800発はあった弾薬全て使いきった。なんてこと言わないよね・・・・・・?」

 

弾薬コストに厳しい女、LWMMG。好きな言葉は百発百中。嫌いな言葉は無駄撃ち。

そんな彼女が投げ掛ける問いかけ。ブリッツは答えられなかった。

しかし、沈黙は是なりという言葉があるように、その無言こそが何よりの返答になってしまった。

 

「また後で話そうか」

 

「・・・・・・はい」

 

帰還後、副官からのお説教が確定した瞬間だった。

 

ともかく、仕事である。弾切れによる戦闘能力の消失で、ライドは無用の長物と化した。このまま使っても盾にしかならない。

 

一つわざとらしい咳払いをかませてから、ブリッツは後ろに乗るLWMMGに告げる。

 

「ライト、行くぞ」

 

「了解」

 

言って、LWMMGはライドから降りる。ブリッツもそれに続き、背中に背負うようにして所持していたHK21Eを構える。それを、態勢を立て直そうとしている鉄血兵達に向ける。

一度崩した態勢を立て直させる理由はない。カバーに向かっている鉄血人形目掛けて二人は銃撃。

.338ノルママグナムと7.62mm弾の嵐が吹き荒れる。

 

外骨格(TMEジャケット)を装着しているブリッツは言わずもがなだが、本来は伏射(プローン)か、ドアガンといった固定機銃として使用することを推奨されているLWMMGだが、彼女は平然と立射(スタンディング)で。それどころか、敵集団を中心に時計回りに移動しながら制圧射撃を続けている。

 

「リロード」

 

「OK」

 

LWMMGの後ろに回り、HK21Eのボックスマガジンを手早く交換。装填を行う。

 

「完了」

 

「了解。変わって」

 

今度はLWMMGがブリッツの背後に回る。機関部にちょっとした改造を施し、200連装ボックスマガジンを取り付けられるようにした中機関銃に弾薬を装填する。その間をブリッツがカバー。幾度となく繰り返してきたコンビネーション。一つ一つの動きに淀みや迷いはなく、何も言わずとも標的の遠近を合わせ、効率的に敵集団を外側から排除。削っていく。

 

その光景を、ドローンカメラから転送される映像を指揮システムから見ていたジルフォードは、その表情を驚愕に染め上げていた。ブリッツの動きに気付いた彼が、何かサポートが出来ればとドローンをそちらに飛ばしたのだ。

 

いくら外骨格を身に纏い武装をしても、いくら戦術人形を同行させても、大量の鉄血兵相手では力不足だろうと思っていた。

しかしそれは要らぬ心配だったと気付かされた。

 

銃火に曝されようとも冷静さを失わず反撃し、使えなくなった兵器を即座に放棄して即座にマシンガンで攻撃を継続する。

闇雲に撃つのではなく、きっちりと選定した上で敵の頭を押さえ込み、かつ撃破する。

 

如何に鉄血製戦術人形と言えども、1発2発ボディに撃ち込まれればそれだけで深刻なダメージだ。彼らに対応しなくてはならない。

 

しかし、内側に潜り込んだVectorと一○○式にも対応する必要がある。さもなくば、内側から部隊が食い破られるからだ。

イェーガーやストライカー、ジャガーによる後方からの支援攻撃も、基地屋上からの狙撃部隊が目敏く撃破している。移動中の鉄血兵まで潰してきている念の入れようだ。

 

対応を決めあぐねている外と内の中間にいる兵達は、AR人形が形成した防御陣地から一斉射撃を食らって倒れる。

時折グレネードまで飛ばして完膚なきまでに破壊するという周到さ。

 

敵の心理を読み、知略を巡らせ、効率とリスクを天秤にかけて実行に移す。そんな戦略性の高い戦い方とはとても言えない。

高い火力と技術による、戦術という名の力押し。それでも、その戦略性の無い力押しの戦術に、頑強な鉄血兵が劣勢を強いられている。

 

信じ難い光景であった。たった10人前後。一個分隊規模の戦力加入で、戦況を引っくり返してしまった。

自分が知っている常識という枠組から逸している。

 

そんな分隊の内の一人。一体に、ジルフォードは背中を向けたまま声をかける。

 

「君は行かなくていいのか?」

 

「もう手遅れよ。今行っても大して役に立てないわ」

 

憮然と、というよりかは拗ねているような口調で、マイクロUziは口を尖らせながら答えた。

ブリッツの命令で、基地内部にクリアリングをかけていた彼女の仕事は終わっているのだが、すでに仲間が大多数を食い荒らしてしまった。

 

今日のUziの戦果は、クリアリングの際遭遇したリッパー5体だけだ。既に侵入経路も塞ぎ、今はジルフォード指揮下の人形が警戒している。

 

何でもないような顔をしているが、ジルフォードからしてみればUziも十分に枠からはみ出した人形だ。

クリアリング時の動きと判断。敵との咄嗟の遭遇にも驚かず怯まず狼狽えず、冷静かつ迅速に排除。

今彼女の足元に転がっているリッパーだった鉄屑も、Uziの戦果の一つであった。頭部の電脳と胴体のコアが綺麗に撃ち抜かれている。

まるでアクション映画の主人公だ。

 

「君たちは、強いんだな」

 

「かなり鍛えられたから、ブリッツ(アイツ)に」

 

「彼は何者なんだ?」

 

「さあ、私たちもあまり知らない。本人も語らないしね。多分元軍人」

 

なるほど、軍人か。ジルフォードはそう納得するしかなかった。

二人はドローンから送られる映像を見る。HK21Eを構えて撃ち続ける指揮官(ブリッツ)の姿を。

 

そこへ、通信が入った。

ジャミングで使えない筈の通信機材から、着信を伝えるアラームをがなり立てたのだ。

当然すぐに応答する。

 

「こちらS08地区司令基地」

 

『S10から援護にきたM2HBよ。たった今ジャミング装置を全て破壊したわ』

 

「・・・・・・ああ!こちらからもジャミングの消失を確認出来た!感謝する!」

 

『あと1分ちょっとでそちらに戻るわ。本部からの増援と一緒にね』

 

吉報に次ぐ吉報だった。ヘリが戻ってきてくれればあとは消化試合だ。

すぐにブリッツに通信を繋ぐ。

 

「ブリッツ指揮官!こちらジルフォードだ。たった今そちらのM2HBがジャミング装置を破壊してくれた」

 

『了解。こちらでも基地との通信リンク復活を確認した。ヘリからの支援攻撃に備え、一時撤退します』

 

「了解。気を付けてくれ。アウト」

 

───この通信が終了した約1分後。M2HBを乗せた武装ヘリと、グリフィン本部からやって来た支援部隊の到着により、形勢は一気にグリフィン側に傾く。

上空から降り注ぐ暴力的な弾丸の雨は満遍なく敵部隊にダメージを与え、尽くを金属の残骸へと変えていく。

 

地上に降りた支援部隊の活躍もあり、多大な損害を被った鉄血兵は撤退。その場に残ったのは、大量の薬莢と爆発によって生じたクレーター。そして、鉄血製戦術人形だった物。

そして、傷だらけのグリフィン戦術人形による歓喜の笑顔と歓声であった。

 

そして現在、ブリッツ主導のもとS10地区司令基地の部隊の撤収準備が、着々と進められている。

その最中で、ジルフォードがブリッツに手を差し伸べていた。

 

「ありがとう。おかげで助かった」

 

「いえ、間に合って何よりでした」

 

ジルフォードの差しのべた手をブリッツは握る。他の人形も同様に握手を交わしたり、泥だらけ傷だらけなのも気にせずハグをしたりと、非常に和やかな雰囲気に満ちている。

 

今回の戦闘で被害の大小は様々にあるが、S08地区司令基地の人形が完全に破壊されるという事態には陥らなかった。十分に大勝利といえるだろう。

 

「何かあれば、また呼んでください。すぐに駆け付けます」

 

「ああ、それはこちらも同じだ。困ったことがあったら言ってくれ」

 

「あら、それは私たちもいいのかしら?」

 

指揮官二人の会話に割って入ったのは、今回本部から派遣された支援部隊。FN小隊の隊長FALであった。

その後ろを、同じく小隊メンバーであるFN49が「ちょっと・・・!失礼では・・・!?」と慌てた様子でおろおろとしている。FNCはS08のFNCと鉢合わせし、仲良さげにチョコを頬張っている。

 

そして、FALの隣には兎の耳を彷彿とさせるようなリボンの付け方をしている白い髪の戦術人形、Five-sevenが、表情を暗くしてブリッツを見ていた。

 

(支援部隊って、FN小隊の事だったのか)

 

本部に支援を要請した際、部隊を送るとは言われたがどこの誰々が来るとは聞いていなかったブリッツは、これには少々面食らう。

同時に、Five-sevenの表情にも納得がいった。

 

「ブリッツ。撤収準備、完了したわ・・・よ」

 

そこへ、S10の方のFALがやって来た。やって来てしまった。

 

人形である彼女たちにとって、他の基地にいる同型人形と鉢合わせる、というのはさほど珍しくはない。

珍しくはないが、これに限って言えば珍しかった。それも、悪い意味で。

 

「あら。アナタ、(FAL)を使っているのね。いいセンスよ」

 

FN小隊のFALも彼女に気付き、ブリッツを褒めた。それに対しブリッツは「ああ、どうも」となんとも歯切れの悪い返答をしてしまった。

それどころではなかったのだ。

 

「あっ、FAL!そろそろ帰って来いって!」

 

FNCが声をあげる。どうやら本部の方から撤退するよう催促がきたようだ。

 

「もう、せっかちね。アナタ、ブリッツって言ったわね。機会があれば、また会いましょう?」

 

「ああ、その時は紅茶とチョコレートをご馳走しよう」

 

「流石ね。楽しみしてるわ」

 

言って、FALは踵を返して本部のヘリへと歩き始める。FNCもFN49もそれに合わせて足を進める。

 

「・・・・・・ねえ!」

 

Five-sevenが声を上げた。FN小隊のFALではなく、S10のFALに向かって。

彼女は口を開けてはすぐに閉じを繰り返す。言いたいことはあるが何を言ったらいいかわからない。そんな風だ。

 

「・・・・・・もういいから、行きなさい。置いてかれるわよ」

 

そんなFive-sevenの様子を見かねてか。FALが告げる。それによってFive-sevenは俯き、口を固く強く閉じた。

やがて彼女も仲間と同じように振り返り、ヘリへと搭乗した。

まもなくヘリは離陸し、基地から遠ざかっていく。

 

残された二人。事情を知る二人の間に沈黙が流れ始める。

空気を読んでか。ジルフォードは静かにその場を離れてくれた。

 

「・・・・・・どうだった。かつての部下は」

 

「・・・・・・別に。昔の話よ」

 

「そうか。そうだな。さあ、帰り道を探そう」

 

「銃弾は一回に一発、でしょ」

 

ブリッツがFALの頭をポンっと、優しく撫でた。労うように。励ますように。

 

それをたまたま見た一○○式が、「指揮官!一○○式にもしてください!」と返り血塗れなのも気にせず近付く。

CZ-805とAR70にRFBがそれに悪ノリしたり。

WA2000とSV-98が苦笑いを浮かべて見ていたり。

OTs-12がニヤ付きながらUziに「あんたはいかないの?」とあおったり。

あおられたUziは「い、いかないわよ!」と顔を赤くして否定したり。

Vectorは電池が切れたように既にヘリの中で眠っていたり。

皆を他所にLWMMGとM2HBが水筒を片手にお互いを労ったり。

 

そんな皆を見て、FALが笑顔を浮かべたり。

そんなFALを見たブリッツが、まとわりつく少女たちを適当にあしらいながらも満足げに一度頷いて

 

「よし、全員。帰還するぞ」

 

優秀な部隊員(少女たち)は、一斉に声を上げて応えた。

 

 




今回一万文字越えました。長い(確信)
ゲームではS08地区って鉄血に落とされてますが、本作品ではそんなことはないです。

本作品のFALの姐さんは元FN小隊隊長を勤めていましたが、ある任務がキッカケで隊長格を剥奪。解体処分されるところをブリッツに拾われたという過去があります。
機会があれば、S10メンバーの過去話とかやりたいね。(需要があるかは不明)



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3-6

ドルフロのアニメの日本語吹き替え版始まりましたねぇ!(今更感)
ジュニアかわいい。かわいくない?
狂乱編の勢いに任せて突っ走る感じほんとすき


 

「『S08基地陥落の危機をS10地区指揮官とその部隊が救う』!いやー有名になったねー私たち!」

 

S10基地の司令室にて。来客等で使うソファに座って声をあげて両足をパタパタと動かす陽気なRFBに、ブリッツは対称的に頬杖をついて重いため息をついた。

 

あれから一週間が経過した。その間S08地区への襲撃は起きていない。

あの地区に展開している鉄血側も、大きな損害を被った。そう易々と再度の襲撃には移れないのだろう。

 

更に、各基地の兵站を支えているS08地区の重要性と価値をグリフィンの上層部は再認識したようで、本部から部隊を一つと防衛の為にかなりの予算を与えられた。

そうするのが少し。いや大分遅いと他基地のブリッツでさえ思うが、これでまたS08地区を襲撃されたとしても十分対応出来るはず。ジルフォード指揮官も、これには「ありがたい」と両手を上げて喜んでいた。

 

そして、命懸けでS10基地に助けを求めたスコーピオンは、既に修復を終えて元の基地へと帰還。帰る前日には彼女と見知った人形たちと、別れを惜しむように夜が明けるまで騒いでいた。

 

さて、ここまではハッピーエンドとして、とても喜ばしい結果であった。

問題は先にRFBが告げていた台詞。

あれはグリフィンの社内報に記載されていた一文を音読したものだ。

 

本部からの支援部隊としてやってきたFN小隊と同行していたのか。戦闘記録を収得する広報班がいたようで、戦闘の一部始終を記録されていた。

 

その記録の中には、外骨格に身に着け、HK21Eを持って鉄血に応戦するブリッツの様子も捉えられていた。その様子も写真付きで社内報に掲載されてしまった。

目立ちたくないブリッツからしてみれば堪ったものではない。ヘリアントス上級代行官もこれは知らなかったようで、先程「すまない」と謝罪を受けた。

 

グリフィン&クルーガーは、人間の指揮官と戦術人形の部隊による指揮システムを駆使している。

これは、人間の損耗を減らすための措置でもある。

 

ブリッツのやり方は、その指揮システムと相反するものだ。

社内報でも、「指揮官が自ら戦場に立つのは如何なものか」と指摘している。中々に耳が痛い。ヘリアン曰く、本部上層部の人間も「これはどうなのか」と物議を醸しているらしい。

 

既に社内報は各基地に配布され、今さら回収も出来ないと言う。

それはそうだ。よしんば、回収したとしても、既に殆どの人間が読んでしまっただろうから。

今目の前で、鼻唄混じりでご機嫌な様子で社内報を読んでいるRFBのように。

 

「ライトさんもカッコよく写ってるよ!ホラ!」

 

「ヤメテ・・・ヤメテ・・・」

 

意気揚々と記事を見せるRFBに、LWMMGは副官の席に座ってずっと俯き、両手で顔を覆っている。

 

RFBが見せた写真にはブリッツと並んで銃撃している姿が写し出されていた。

本人曰く、「キメ顔で立射している自分の姿が恥ずかしい」とのこと。

 

本当に恥ずかしいのだろう。着ているジャケットに負けないくらいに耳が真っ赤に染まっているのが、ブリッツには確かに見えていた。

元々引っ込み思案な性格の彼女。こうして大々的に目立つことに不慣れであった。

 

これでもこの基地で最強格の人形なのだ。随分と可愛らしい最強である。

 

ちなみに、ナビゲーターが気を効かせたのかは定かではないが、社内報に載っていたLWMMGの写真をブリッツのPDAに送信していた。彼女のために黙っておこう。更に顔が真っ赤になりそうだから。

 

ともかく、これ以上グダグダしていたら仕事が手に付かない。いい加減切り替えて働くべきだ。

 

「さあ、読書は終わりだぞRFB。ここからは楽しい訓練の時間だ」

 

「うえぇ!?そんなぁ!」

 

「ほう、嫌か?なら貯まりに貯まった戦闘データを作戦報告書に纏めてもらおう」

 

「訓練してきます!」

 

「よろしい。今日はセミオートでもARばりに連射出来るようになるまでみっちりやるぞ」

 

「え、ちょ、それは幾らなんでも無理なんでは・・・・・・?って、ああ!引っ張らないで!ダレカタスケテ!」

 

ブリッツに襟首を捕まれ、RFBがつまみ上げられた猫のように司令室から連れ出された。

 

一気に静まり返った室内の中、一人残ったLWMMGは徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

伏せていた顔を上げて、誰もいないことを確認。そっとジャケットに仕舞っていたPDAを取りだし、電源をいれる。

画面には、ブリッツと並んで戦うLWMMGが写った画像が表示されていた。言わずもがな、ナビゲーターの仕事である。

やけに丸っこい字体で「お似合いですね!」とメッセージも添えられていた。

 

それを見て、また顔が熱くなるのを感じた。

 

「・・・・・・弾薬(タマ)の補充、確認しよ」

 

仕事をしよう。熱くなった顔を冷ますために。

ただ、次に顔を合わせたときに赤くならずにいられるかは、彼女にはわからなかった。

 

 

 

 





一方で射撃訓練場

ブリッツ「ゲームで『ジュウロクレンシャ』って技があるんだろう?それとほぼ同じだ」
RFB「えぇ・・・(困惑)」
なお全然違う模様。

RFBはARじゃなくてセミオートライフルだってそれ一番言われてるから。なんで彼女ARなんですかね?見た目?
あと、セミオートでも連射するやり方を教える動画があったんですけど、んにゃぴよく分からなかったです(英語?だった)
調べたらバンプファイアっていうんですね。一つ賢くなった。
ただブルパップでもバンプファイア出来るんですかね?教えて詳しい人。ついでに感想もくわえ入れて


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インターミッション.03-1

IWSさんが一向に来ないので、きっと自分がやってるドルフロではまだ実装してないんだと思います


 

 

S10地区司令基地を任されている指揮官、ブリッツの朝は割りと早い。

 

陽も上りきらない薄暗い早朝4時。夜間警備担当の人形以外はまだ宿舎のベッドで眠っている時間から、彼は行動を始める。

 

上は黒い半袖のコンバットシャツに下はグレーのカーゴパンツ。使い込まれ所々擦りきれたタクティカルブーツという出で立ち。そこに万が一に備えてヒップホルスターにHK45を装備。緊急事態が発生した際の連絡手段に通信機を身に付ける。

 

念入りにストレッチを行い、ブーツのヒモをほどけぬよう縛り直してから、彼は軽やかな足取りでロードワークを始める。

基地の外周約15kmのランニングだ。

 

ペースを落とさず15kmを走りきる。額にはじんわりと汗が浮かぶ。

これで終わりではない。ここまではウォーミングアップだ。

温まった体が冷えない内に準備を始める。

 

上半身に訓練用のプレートキャリアにタクティカルベストを装着。ベストのポーチには弾倉とバラストが入っている。

バックパックにもバラストが詰まっており、その総重量は20kgにも及ぶ。

そこへ更に両手でHK417を持つ。弾倉は抜いてあるが、それでも4kg前後ある。

 

見た目だけなら完全武装という出で立ち。事実、これは任務時にブリッツが身に付ける装備を想定している。

この状態で、ブリッツは再び走り出す。

 

ハイポートと呼ばれる体力錬成。

自衛隊という、東洋の島国に存在していた軍隊で行われたとされる訓練だ。かつて所属していた軍で知り合った日本人から教えてもらい、彼は「これがツラかった。もうやりたくないね」と笑いながら語っていた。

 

小銃を保持しているから腕がまともに動かせないので、見た目以上に体力を使う上、水や弾薬といった重量物も所持しているため、動き続けるのも大変だ。

 

ただ日本人の彼は要領が良かった。こうも言っていた。

 

「持つ時は脇を締めるんだ。こうすると腕の負担が軽くなる。まあ、俺は弾帯に引っ掛けて持ってたから、生真面目なヤツラより楽だったがな」

 

けらけらと笑っていた。真面目にやれよとも思ったが、彼の組織内での立ち回りは実に巧妙だった事も知っていたので感心もしていた。

事実、彼は軍では諜報部隊に所属し、器用に役割を演じていたと評判だった。

 

とはいえ、ハイポートで弾帯に引っ掛けるというズルをするつもりはないが。

 

閑話休題。

ブリッツはこの訓練で基地の外周15kmを二周。つまり30kmを走破する。着任してから一日も欠かさず続けてきた日課だ。

 

人間とは比較にならない運動能力を持つ戦術人形と同行するのなら、生半可な体力では付いていけない。

足手纏いにならぬための体力強化は必須だ。

 

更に、この訓練には厳しい教官役もいる。

 

『はいダッシュ!』

 

「ッ!」

 

通信機から聞こえてきたナビゲーターの声と共にペースを急激に上げる。

通信機に内蔵されたGPSから現在地と移動速度を常にモニターしているナビゲーターは、時折檄を飛ばしてブリッツを追いたてる。

 

僅かなペースダウンも許さぬナビゲーターの姿勢は正に鬼教官のそれだ。尤も、そうするようブリッツが頼んでいるからだが。

 

どうにか30kmのハイポートを終える。クールダウンも兼ねて基地内部の装備保管庫(ロッカールーム)まで歩き、装備を外す。

 

『お疲れ様でした。いい汗をかけましたか?』

 

ナビゲーターから軽口混じりの労いが通信機に届けられる。

 

「ああ、途中から気持ち良くなってた」

 

ブリッツも軽く返す。

実際、20kmを通過した時点でランナーズハイに入り、陶酔感と爽快感に浸っていた。

 

それだけに、シャツには汗が大量に染み込んでいる。肌に貼り付くシャツをどうにか脱いで、備え付けの洗面台で軽く絞ってやればバシャバシャと水が出てくる。

露になった上半身には玉の汗が浮かび、水分を纏った肌は倉庫内の照明の光によって光沢を帯びる。

 

「指揮官」

 

ベンチに座り込んで水分補給をしていた所に、ふと背中に声を掛けられる。凛としていて、静かで落ち着きのある女性の声だ。

 

顔だけ振り返ってみれば、黒を基調とした軍服に身を包んだ女性が立っている。

 

「おぉ、ダネルか。夜間警備ご苦労だった」

 

「なに、大した事じゃない。指揮官は朝から鍛練か?精が出るな」

 

ダネルこと、ダネル NTW-20がそこにいた。ダネルは腰まで伸びたピンク色の長髪を靡かせ、己の半身である大砲の如く巨大な対物ライフルを肩に担いでいた。

 

身長は170cm前後の高身長で、女性らしい起伏あるボディラインをしている彼女が、涼しい顔で総重量30kgの対物ライフルを担いでいる絵面は、一般人が見たら実に払拭し難い違和感を滲ませている。

 

とはいえ、ブリッツを始めとした基地に所属するスタッフからしてみれば日常茶飯事。特に珍しい光景でもない。

 

彼女は今日、夜間の警備担当だ。時刻的にも次の担当に引き継ぎ、休む前に武器装備をここへ収納にきた。

 

そんな彼女が、ブリッツの身体に視線を向けている。

 

「ああ、すまない。見苦しかったか」

 

ブリッツは今上半身裸な上に汗だくだ。人によっては不快感を抱かせてしまいかねない。

しかしそんな彼の心配を他所に、ダネルはクスリと微笑んでみせた。

 

「とんでもない。兵士として相応しい肉体だ。部下としては頼もしい」

 

「む、そうか?」

 

「そうだよ。それにしても、本当に立派だな・・・・・・」

 

ダネルが感嘆混じりに称賛する。

普段はグリフィンの制服に覆い隠されている肉体。風船のように張った大胸筋、パックリと割れた腹筋、大きな広背筋。全身に至る大小様々な筋肉が、まるで生ゴムを詰め込んだが如く高密度に、大きく隆起。見事な逆三角形を形成していた。

筋繊維も一本一本が発達したように幾つもの筋が浮き上がっている。

 

そんな肉体には幾つもの傷痕が刻まれている。切り傷、刺し傷に擦過傷。薄くなってパッと見は分からないものもあるが、確かに存在している。

その中で、何より一番目につくのが胸にある三つの銃創。いずれも大口径のものだ。

 

それもこれもどれもが、兵士として並々ならぬ経歴を持っていることを如実に物語っていた。

 

「なあダネル。君はここに配属されて以来ずっと基地の防衛にあたってくれているが、不満はないか?」

 

つい見入ってしまった所にブリッツから声をかけられて、ダネルはハッと顔をあげる。

 

「ん!?え?ああ、不満か?いいや、特に無いな。私がこの基地を守っていると思えば、それほど不満もないさ。適度に休みも貰っているしな」

 

「そうか。そう言ってもらえると助かる。何かあったら遠慮なく言ってくれ」

 

「勿論だ。その時は必ず伝えるようにしよう。指揮官も、何かあったら遠慮なく私を頼ってくれ。では指揮官。今日もよろしく頼むぞ」

 

「呆れられないよう努力しよう」

 

会話も終わり、ダネルは担いでいた対物ライフルを武器庫へと置きに。ブリッツはシャワールームへと向かう。

 

午前6時。

汗を流し終え、新しいシャツとカーゴパンツに着替えたブリッツが次に向かったのは屋内の射撃訓練場(シューティングレンジ)

奥行きと横は10m。

その範囲内で、ランダムにフリップアップしたマンターゲットを速く撃つスコアアタック。

天井から吊るされた標的をただただ撃つ標的射撃の二つを選べる。今回ブリッツがやるのは標的射撃である。

 

自前のHK417とMk23と予備弾倉をそれぞれ3つを持ち込み、訓練場のドアを開ける。

先客がいた。出入り口から一番遠い場所に一人、標的射撃を行っている人形、USPコンパクトの姿が見えた。

邪魔にならぬようそっと後ろに回って傍観する。彼女は気付いていないようで、標的から目を一切そらさない。

 

一発。また一発と。標的に描かれた人型のシルエットに向かって撃つ。そのどれもが正確にシルエットのバイタルパートに命中している。

戦術人形として銃と繋がっている彼女なら、単純な標的射撃ならヘッドショットを連発できるだろうに、それをしない辺り彼女の控え目な性格が感じ取れる。

 

USPコンパクトは控えめな性格で、誰よりも努力家だ。それをブリッツは好ましく思っていたし、他の人形も彼女に触発されて訓練に励んでいる。

 

空のマガジンが3つになった頃、USPは聴覚センサー保護のイヤーマフを外し、一息ついた。

 

「朝から頑張っているな」

 

「え!?指揮官!?」

 

いつの間に!?といった思いがUSPの顔からありありと見て取れる。イヤーマフを付けていたからというのもあるが、それだけ集中していたというのもあるのだろう。

 

「全弾命中か。それも、鉄血ならコア。人間なら心臓や肺。やるじゃないか」

 

それぞれのレーンに設置されたディスプレイに、命中率の数字や命中箇所が赤い点として表示されている。

ブリッツの言った通り、赤い点は標的の胸部に集中している。

狙いづらく当てにくい頭部よりも、狙いやすく当てやすい胴体に撃ち込む。仕留めることよりも動きを止める事に念頭を置いたハンドガンらしいやり方だ。

しかし当の本人は、あまり納得の行っていない面持ちであった。

 

「あ、ありがとうございます。だけど、これだけじゃまだ活躍できないです・・・・・・」

 

結果と対照的に自信無さげに暗い面持ちのUSPに、ブリッツはどうしたものかと肩を竦めた。

 

HGの戦術人形は、部隊に於いて主力とはなりにくい。火力に優れるRFやMG。あらゆる局面に対応できるARといった人形がメイン火力になりやすい。拳銃自体、戦闘力よりも携帯性や秘匿性に重きを置かれているためだ。

HG人形の主な役割は、戦場で指揮官からの指示を高い精度で受け取り、部隊員に伝達することだ。

そのため、部隊全体の火力の補助。安定した機動力の確保。夜間では暗視装置の役割を果たすよう設計されていたりする。

HG戦術人形とは、部隊における縁の下の力持ちなのだ。

 

この標的射撃の結果も、実にHG人形らしい見事な結果だ。

 

それでも、USPとしては満足が出来ないらしい。

難儀なものだと思ってしまう。

 

しかし、それも仕方ないのかもしれない。今目の前にいるUSPコンパクトという人形の過去の影響もあるのだから。

 

彼女もかつて、こことは違う基地に配属されていた人形だ。

後方支援を終えた帰りに鉄血からの襲撃を受けて部隊は孤立。包囲された。

応戦を開始するが、戦闘任務ではなかった故に弾薬も多くは持ち合わせていなかった。

何より悲惨だったのが、突発的な事態だったからかパニクった指揮官の指示があやふやで、適切ではなかったというところだ。

 

先にもいった通り、HG人形は指揮官からの指示を高精度に受け取り部隊に伝達する役割を持っている。だが、その指揮官からの指示が杜撰では、戦術人形としての性能を十全に発揮することなど出来ない。

 

それでもUSPは懸命で。あやふやな指揮でも彼女なりに解釈して対応。救難信号も飛ばし、時間を稼ごうと必死に抗った。

 

それでも物量差による劣勢には抗いきれず、一体。また一体と、仲間がやられていく。遂にはUSPただ一人となる。

 

終わったと彼女は悟るが、そこへ救難信号を受け取ったS10地区所属の部隊が到着。彼女たちも偶々後方支援に向かう所を通りがかったのだ。

間一髪のところで救出されたUSPは、紆余曲折を経てこの基地に配属となった。

 

彼女はこう思った。あの時、自分にもっと力があれば、部隊の皆を助けられたのではないかと。彼女は、それをずっと悔やんでいる。人間で言うサバイバーズギルトに苛まれている。

 

USPコンパクトは控えめな性格で、誰よりも努力家だ。

だから、少しでも彼女は報われてもいいと思っている。

 

ブリッツは、彼女の頭にそっと手を乗せ、優しく撫でる。

 

「昔、君のように自分に自信の持てない人形がいた」

 

「え・・・・・・?」

 

「そいつは、強い責任感と高い理想を持ち、それに恥じぬよう努力を続けてきた。だがどうしても自信が持てなくてな。仲間思いのヤツなんだが、仲間に頼れなくて一人で抱え込んでた。俺も他のヤツも、随分とやきもきさせられたものだ。頼ってくれよってな」

 

「そう、なんですか」

 

「ああ。時間こそかかったが、今やそいつは一丁前の口がきける位に実力と相応の自信を持つことが出来た。それがライト。俺の副官だ」

 

「え!?副官が!?」

 

USPは驚きのあまり声を上げ、ブリッツは「ああ、内緒だぞ?」と悪戯っ子が浮かべるような笑みを浮かべる。

副官たるLWMMGの話は、USPも自分と同じ新入りのMG人形たちから色々聞いてはいた。

曰く、鬼教官。

曰く、部隊の最古参。

曰く、基地の主力かつ不動の絶対的エース。

曰く、指揮官が全幅の信頼を寄せ、背中を預ける数少ない人形。

 

そんな戦術人形にも、そのような時期があったことにUSPは驚きを隠せない。

 

「他のヤツも似たり寄ったりだ。ここにいる人形は皆、何かしら抱えてる。それでも歯を食い縛って、踏ん張って。そうして強くなった。

だから、君の努力も無駄にはさせない。そのために俺がいる」

 

ブリッツがUSPの目を見て告げる。迷いの無い真っ直ぐな目だ。

人形としての性質か。それとも彼女自身の意思か。ふと沸き上がった感情の由来は本人にもわからなかった。

 

分からなかったが

 

「はい!おねがいします!」

 

これだけは、言っておかねばならないと思った。

ブリッツも満足げに微笑んで見せてくれた。

 

「よし。今日の訓練は厳しめにやってやる。そのために今は休んでおけ」

 

「えっ。今までより・・・?」

 

ちょっぴり後悔したUSPである。

 

 

 




ドルフロのTPSとか出ないっすかね??ギアーズみたいな。
もしくはメタルギアみたいに基地の運営、拡大するために戦場の人形をフルトン回収していくみたいな。
あったら絶対やるんだよなぁ


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インターミッション.03-2

ドルフロのアップデート前に、SMGレシピで製造回したら
PP-19-00→スオミ→ヴィーフリ→79式
が立て続けにいらっしゃって「ワイ、明日死ぬんか?」って割りと本気で思いました。まる


午前8時。司令基地の業務開始である。

 

とはいえ、本部から通達される作戦任務が無ければ、後は人形たちの訓練か事務作業(デスクワーク)しかない。

 

この基地にはそれを補佐をしてくれる後方幕僚がいない。1年ほど前まではカリーナという少女がその役目を務めてくれたが、本部からの通達で異動が決まり、今はS09地区で指揮官をサポートしているようだ。

 

今でも定期的に基地への補給の手配や、時折彼女から個人的に連絡がくるが、異動してからは直接面を会わせることはなかった。少し前には人形が使う作戦報告書の製作に睡眠時間が削られていると聞き。また実際に彼女の目元には隈が出ていたが、はてさて今は大丈夫なのだろうか。

若くして心労が祟り、倒れたりしていなければいいのだが。

 

そんなうら若き乙女だったかつての部下に対する一抹の心配を抱きつつ、ブリッツはデータルームのハードディスクに蓄積、保存された人形の戦闘経験のデータを基に作戦報告書の製作に取りかかった。

 

とはいえ、作業自体はそれほど難しいわけではない。大容量ハードディスクに保存されている戦術人形の戦闘データをパソコンを使って変換し、戦術人形用の記録媒体であるフロッピーディスクに移す。これだけだ。

 

しかしブリッツがこの基地に配属されたばかりの頃、彼はこの報告書の製作方法に戦慄を覚えた。

何せ戦闘データが紙媒体で出力され、それをまた紙に手書きで纏め上げてスキャナーに通してフロッピーディスクに移すのだ。

自分と同じ新米だったカリーナの苦労たるや。ブリッツもよく手伝ったし、彼女の作業環境の改善を優先したりもした。

本部に掛け合って作業効率向上の機材にタイプライターが支給されたときは、グリフィンという企業のドが付くほどのブラック体質に更に戦慄を深めた。

 

今は機材も最新鋭の物を揃えているため良い思い出扱いに出来るが、当時は冗談抜きで鉄血ではなくデスクワークに殺されるのではないかと恐怖していた。

 

そんな回想に耽っていれば、いつの間にか報告書が出来上がり、フロッピーディスクという形で出力された。

 

戦術人形達が経験した膨大な情報が、この3.5インチサイズのフロッピーディスク1枚に納められている。

フロッピーディスクが世間に登場してから約70年。今もなおこうして形を変えずに使われていると70年前の人間が知ったらどう思うのだろうか。

それはそれで興味が沸くし、何となくだが感慨深くも思う。

 

『お疲れさまでした、指揮官』

 

「やったのは殆どゲートだろう。俺はただキーボード叩いただけだ」

 

作業開始から一時間。パソコンのスピーカーから聞こえるナビゲーターの労いに、ブリッツはらしくもなく嫌みっぽく返す。

 

ナビゲーターこと、「自律思考型戦術支援AI」。

量子コンピューターに人形に使われる電脳と疑似感情モジュールを並列に組み込まれたそれは、効率的かつ柔軟な思考を可能にし、ネットに接続すればあらゆるセキュリティを瞬時に突破出来る処理能力を有している。

 

戦術マップ形成で使われるドローンとリンクすればリアルタイムで戦況分析。瞬時に膨大なシミュレーションを行い最適な行動を選択させ、部隊の生存性、及び作戦行動の成功確率を引き上げてくれる。

 

だが物が物だけに危険視される可能性もあるため、ブリッツはグリフィンに対しナビゲーターの存在を秘匿している。

ヘリアンにも、「信用出来る外部の協力者」と言って押し通している。当然いい顔をされなかったが、ナビゲーターの能力のおかげで黙認されている。

 

今では基地の電気や水といったライフライン。周辺の警戒に、敵に対する防衛措置といった基地全般の制御を一任。更に、訓練や任務を含めた各人形たちの弾薬管理。食料の備蓄や消費量。人形の修理、メンテナンスに使われる消耗品やASSYなど。

基地の運営に関わる所までナビゲーターは掌握している。万が一のために、ブリッツも副官のLWMMGもそういった部分は逐次把握しているが、ナビゲーターを失ったときのダメージを考えたくはなかった。

「ナビゲーターさんが頼りになりすぎるのがいけないのだ」と二人で言い訳を内心で呟いている。

 

 

午前9時。司令室にてLWMMGと共に今日のタスクを確認する。

そんな中で突如、司令室の自動ドアがダンパー音と共に開いた。

 

「指揮官。なんか荷物が届いてるよ~」

 

そう言って入ってきたのはCZ-805である。今日の彼女は緊急召集を掛けられない限りは非番。つまり休みである。

そのため、今日の彼女はいつもの露出の多い格好ではなくグレーのパーカーに白のラインが入った黒のプリーツスカート。黒のミリタリーブーツという出で立ちである。非番の時にいつもしている格好だ。

 

その彼女が「ハイコレ!」とブリッツに荷物を差し出す。

見るからに頑丈そうな黒いハードケース。それを見たブリッツは合点がいったように「ああ、来たのか」とこぼした。CZとLWMMGはそれを訝しげに見ている。

 

以前、他地区のグリフィン司令部に本部からの支給品に紛れ込んだ荷物が爆発した。という事案が発生した。

犯人は反グリフィン団体。どのようにして爆発物を紛れ込ませたかは明らかになっていないが、被害は倉庫の一部と資材が少々で、人的被害は一切なかった。一時的に倉庫に移し、保管していた所で爆発したからだそうだ。

 

そういった事もあって、グリフィンは管理体制を見直し、対策を講じた。結果として、これ以降の爆破による被害は無くなった。

これもその類いではないかとLWMMGは怪しんでいたが、送り先であるブリッツは一切怪しむこと無くケースを開ける。

 

「ほぉ・・・これはこれは」

 

ケースの中身を見たブリッツから感嘆の声が漏れた。

中身は爆発物ではなく、拳銃。それも、ブリッツが持っているMk23ソーコムピストルだ。

しかし、そのMk23は些か意匠が変わっていた。

 

まずネジ式の銃口がなくなり、代わりにコンペンセイターが装着されている。銃の全長が伸びた。

L.A.Mもそのままなので、ただでさえ大型の拳銃であるMk23が更に大きくなった。

しかしそれを使う当の本人はあくまで満足げで微笑みを浮かばせながら、グリップを握って感触を確かめたり、何度かスライドを動かしたり引き金を引いたりとしながら、銃の理解を深めていく。

 

「なんか変わったねー指揮官の銃」

 

カスタムされたMk23を見ながらCZが言う。そう言いたくなるのも仕方ない。

 

「ああ、前にVectorがILM社の試作弾を使って、そのデータを会社に送ったら『今度はこれを使ってみてください』って、新しい拳銃弾のサンプルをくれたんだ。なら念のために、銃の強化をしておこうと思ってな。贔屓にしているガンスミスに頼んでおいたのがコレだ」

 

「そっか。でも別に強化する必要もないんじゃない?元々頑丈な銃でしょコレ」

 

CZの言う通り、Mk23は耐久性の高い拳銃だ。

かつてのアメリカ特殊部隊で採用される為の厳しいトライアルを勝ち抜いた高性能自動式拳銃である。

トライアルの条件にも強装弾の連続射撃テストもあって、それを通過したという信頼性の高さは折り紙つき。

 

なのだが、ブリッツはあまりいい顔をしない。見るからに不安感を滲ませている。

 

「それがまあ『拳銃弾に破甲性能を持たせる』ってコンセプトの対戦術人形用AP弾のサンプルなんだが、貫通性能を持たせる為に弾頭の素材と形状の変更。は、まあいいんだが・・・・・・貰った資料見た限りでは若干火薬量過多(オーバーロード)でな。だから、念のために・・・・・・」

 

「あー・・・なんとなくわかったよ」

 

弾丸の威力を上げる方法として、薬莢内の火薬量を増やすやり方が一番手っ取り早い。

が、やり過ぎれば当然銃にも負担が掛かり破損の原因になる。(射手の手首などに怪我を負う可能性もあるが、それは鍛練や慣れで克服出来る上、ブリッツ自身生半可な鍛え方はしていない為、特に気にしてはいない)

それを防ぐ為の予防という意味合いでの強化、という事らしいと、CZは苦笑共に納得した。

 

現代の素材(マテリアル)と製法、技術を駆使すれば、形を変えずとも性能を上げる事が出来る。

このMk23も、部品の構造自体は開発当時と変わらずとも、素材、製法、技術は現代の手法で作られている。

より頑丈なスライドとフレームをガタ付き無く組み合わせ、より高精度のバレルを組み込んで命中精度を上げる等々。長時間の連続使用でもパフォーマンスを落とさぬレベルに仕上げられている。

 

なお、昨今では第三次大戦以前の技術を再利用し、更に発展させるリバースエンジニアリングが盛んだ。

一から新しい物を作るより、既存の技術を再利用した方が使い勝手がよく、コスト面でも優れている。

 

グリフィン以外のPMCに所属する兵士は勿論、I.O.P社の戦術人形も、このリバースエンジニアリングの恩恵を受けている。

民間用として銃器を使うなら、効果も高いがランニングコストも高いエネルギー兵器よりも、古臭いが実績があってコストを抑えられ、何より分かりやすい実弾兵器の方が人気だ。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

「そういえば指揮官。射撃訓練場でUSPちゃんとTMPちゃんが自主練しながら待ってたよー」

 

「ん?そうなのか?」

 

「うん。特にUSPちゃん、なんだか張り切ってたよ。じゃ、私これからAR70(ナオ)ちゃんとおでかけに行ってくるからね~」

 

見るからにウキウキとした様子でCZが告げる。彼女非番の時、自前のカメラを持って外に出掛けて写真を撮る事を趣味にしている。テーマはその時々で変わるようで、ある時は鳥を。ある時は山や木を。ある時は街の様子を。その時々の彼女の気分で変わる。

基地から出ないときも、よくデジタルカメラを持って人形やスタッフたちと写真を撮って親睦を深めているようだ。

回収分解(リストラ)されたらカメラマンになろっかな~」なんて言っちゃう程度にはハマっているようだ。

 

ちなみに、彼女とAR70はこの基地に来る前からの付き合いだ。

AR70も、非番の時はよく出掛けている。CZと一緒の時もあれば一人でフラリとどこかへ行ったりと、彼女なりに楽しんではいるらしい。

 

ブリッツ自身、任務の時に切り替えてさえくれれば、人形が休みをとって出掛ける事に異論はない。

兵士にも休息は必要なのだ。

 

「ああ、わかった。あまり遅くなるなよ」

 

「モッチロン!指揮官も、何かあったら呼んでよね~」

 

「じゃっ、いってきまーす」と快活にブリッツとLWMMGに言い残し、軽快な足取りで司令室から飛び出していった。

いってらっしゃいと二人は見送り、本来進めていたタスクの確認に戻った。

 

 

 


 

 

午後7時。突発的事態は起きること無く一日の業務を終えた指揮官と副官は、二人揃って背筋を伸ばして、凝り固まった筋を解した。人形に凝りがあるのかはわからないが、まあ気分の問題だろうとブリッツはそう納得している。

 

訓練も恙無く、順調に進んでいる。そろそろUSPとTMPには選択の機会を与えてもいいかもしれない。

第一、第二部隊の連中とはほど遠いが、これから実戦経験を積んでいけば、いずれは遜色無いレベルに至るだろう。

将来が楽しみな二人だ。

 

「ただいま指揮かぁ~ん!」

 

「ただいま戻りましたぁ」

 

勢いよく司令室に飛び込んできたのは朝に出掛けた二人。CZとAR70だ。

仕事中も定期連絡と称した様々な写真がブリッツのPDAに転送されていた。二人と居住区の住民たちが並んで仲睦まじく撮った写真だったり、スウィーツを楽しんでいる笑顔のAR70の写真だったり、沈み行く夕陽の一部始終を捉えた写真だったり。それだけで今日一日を有意義に過ごせていたとわかるものばかりが送られていた。

 

AR70が「これお土産です」と、どこかのスウィーツ店で買ってきてくれたのだろう、ケーキの入った白い箱をLWMMGに手渡した。甘いものが好きな彼女たちにとってケーキは最高のご褒美だ。LWMMGも、心底嬉しそうに満面の笑みを溢して受け取った。

 

「おかえり。楽しんできたか」

 

「バッチリ!お休みくれてありがとうね!指揮官!」

 

「お前たちはよく働いてくれた。その分休息は必要だ。お礼を言う必要はない」

 

「それでもですよ。感謝してますよ、指揮官」

 

ありがとうございますと、非番の二人は頭を下げて感謝の意を示す。

確かに、彼女たちの境遇を考えれば、そうしたくなるかもしれない。だからブリッツもLWMMGも、その感謝を素直に受け止めた。

 

「わかった。なら、また明日からキビキビ働いてもらうか」

 

「そうね。せっかくなら、特別な訓練メニューでも組んでやってみる?ケーキのお礼にどうかな?」

 

どこか黒い笑みを浮かべる上官と副官に、二人は苦笑を溢すばかりであった。

一言二言残し、二人は司令室を後にした。戦略的撤退である。

 

入れ替わるように、司令室に新たな来客。いつもの白いスリップに黒のジャケットを羽織ったFALだ。

 

「指揮官。第一部隊、後方支援より帰還したわ」

 

彼女。もとい第一部隊は、R地区に潜伏しているという人権団体。という名を被った過激派(テロリスト)集団の本拠地を突き止めるという任務を、ヘリアン経由でR地区担当指揮官から受けていた。メンバーの追跡(トラッキング)だけなら人形たちだけでも十分という理由で、今回はブリッツ抜きで第一部隊が出張っていた。

 

「ご苦労だった。結果は?」

 

「上々よ。過激派集団のアジトを特定し、それを座標として本部に通達した。なんだったら、私たちだけで制圧することも出来たのに」

 

第一部隊は万が一の交戦に備えて完全武装という装いで任務に赴いていた。

しかし、ブリッツは首を横に振って否定する。

 

「やめておけ。あんまり他所様の仕事を奪ってやると、"敵が増えかねない"からな」

 

「ああ、そうね。面倒だものね」

 

「そういう事だ。明日中に報告書を纏めておいてくれ」

 

「了解。それじゃ、失礼するわ」

 

踵を返し、FALは司令室を後にする。

後方支援完了報告を受けた。これで、ブリッツが今日中に済ませなくてはいけないタスクは全て終わった。後は明日にでも回しておいても問題ない。

 

デスクの引き出しからゼリー型のレーションを取りだし、ソファにどっかりと腰を下ろす。

 

静寂な司令室を満たす空調の稼働音をBGMに、ブリッツはゼリーを口内に流し込み、喉に通す。

手のひらより少し大きいくらいのパックに詰まったゼリーは吸収効率が高く、必要な栄養素が配合されている。

味は酷いが、手っ取り早い。軍役時代の大戦や任務時にはよくこれを飲んで空腹をやり過ごしていた。

 

思えば懐かしいものだ。大戦時には清涼な飲料水は貴重で、無駄遣いができなかった。それでも、長時間作戦行動を続ければ水はいずれなくなる。

 

そこで切羽詰まった前線部隊は、汚染された水をろ過して飲む事を決めた。

核放射能と崩壊液に汚染された水をだ。それだけ切羽詰まっていた。

 

味は覚えていない。が、喉にへばりつくような乾きは癒された。それで騙し騙し戦った。

撃たれて死んだ者がいた。放射能の被爆で死ぬ者もいた。中には崩壊液の作用で内臓が溶けたように無くなって死んだ者もいた。

今こうしてブリッツが健康的に生きているのは、奇跡としか言えない。

 

そう思えば、クソ不味いレーションも喜んで頂ける。飲んでも死ぬことはないのだから。

 

「またそんな物を・・・・・・。体壊すよ?」

 

「栄養剤飲んで体壊すようなら別に原因がある。俺なら大丈夫だ」

 

LWMMGの忠告も耳に貸さず、ブリッツはレーションを一気に飲み込んだ。それを見た彼女は悲しげで、不安げだ。

 

ふと、LWMMGは副官の席から立ち上がり、ブリッツの隣に座った。

 

「ブリッツ」

 

「なんだ?」

 

「んっ」

 

言って、彼女はブリッツを見ながら自分の足。太ももの辺りをペシペシと叩く。

頭にハテナマークを浮かべるブリッツ。つまりどうしろと?そんな事を言いたげな表情だ。

 

そんなブリッツに痺れを切らしたのか。彼の肩をつかみ無理矢理LWMMGの方へと引き込み、ブリッツの頭部を自身の足に乗せた。

 

いわゆる膝枕である。

 

「・・・・・・なんのマネだ?ライト」

 

「ブリッツ。あなた、いつから寝てない?」

 

LWMMGを見上げながら尋ねるも、彼女はそれを自身の質問で塗りつぶす。

答える気など無い。今重要なのはそれではない。

 

彼女の質問に、ブリッツは答えない。誤魔化すように目線を逸らすだけだ。

それだけで、彼女には十分だ。

 

「人間は、長時間起きたまま活動できない」

 

「任務で72時間眠らず作戦行動をしていたこともある。問題ない」

 

「今のあなたは軍人じゃない。大戦中でもない。今のあなたは指揮官で、私のパートナーよ」

 

ブリッツは息をついた。言い返せなかった。そもそも、膝枕された時点で彼の衰退は決まっていた。

起き上がろうと力を込めていた体を脱力させる。

 

「・・・・・・すまん。まだ怖いんだ。眠るのが」

 

「知ってる。だけど、せめて私がいるとき位は眠ってほしいな」

 

「・・・ありがとう」

 

瞼を閉じる。寝息が溢れる。

すぐに寝入ってしまった。

 

彼女は知っていた。彼が三日ほど寝ていないのを。

大戦の影響で、ブリッツは夜眠ることに恐怖心を抱くようになった。昼夜問わず飛び交う銃弾と砲弾。耳をつんざく銃撃音と爆発音。仲間と敵の断末魔。

常に死と隣り合わせだった彼にとって、無防備を晒す睡眠という時間は恐怖でしかなかった。

まともに休めるはずもない。それを6年も続ければ、廃人になってしまってもおかしくはない。

 

そして今。彼はグリフィンと鉄血の戦争。その火中にいる。

彼の力は必ず必要になる時が来る。だから、休める時には休んでもらわないと困るのだ。

 

「まったく。人形()達には休めって言ってるくせして、自分は無理するんだから。おやすみ、ブリッツ」

 

おだやかな寝息をたてる彼の頭を、起こさぬよう優しく彼女は撫でた。

 

 




任務の無い日の基地での日常。ほのぼのとか書きたい。いつか書きたい。
ネタはあるんよ。書ききる自信がないだけで。

ちなみにブリッツが眠っているとき不用意に近づくと、彼のせいで怪我をするので、人形たちの間では「指揮官の睡眠中は半径3m以内に入らない」という暗黙の了解がある。
無意識に体が動いて、つい殺っちゃうんだ☆ってやつです

ここにも昔はカリーナちゃんがいたんだよ。しかも新入りとして。そこで後方幕僚としての経験を積んで。ついでにブリッツから戦闘技術を教わった後、移動してるという裏設定。
なんか彼女、セクハラ指揮官に腕の関節極めて懲らしめてそうな雰囲気を感じるんすよ。

そんな感じで感想ください!なんでもしますから!


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.4-1 ―グリフィン指揮官救出―

今章はちょっと暗い話になります


 

広い空間。ただ広い空間だ。

視界を遮るもの。行く手を阻むもの。そういったものが一切ない空間だ。

 

5メートル前後の高さに設計された天井。そこに設置されたLEDに照らされ、滑らかに仕上げられたフローリングが光沢を放つ。

イメージとしては体育館が一番近い。

 

その中央。二つの影が立っている。

 

一つは、黒いセーラー服に赤いマフラーを巻いた戦術人形。一〇〇式機関短銃。

もう一つは、同じ黒いセーラー服に赤いマフラーを巻いた、一〇〇式機関短銃が。

同じ戦術人形が、向かい合って立っていた。

 

別に珍しい事でもない。戦術人形が工場で製造、量産される商品である以上、同型が鉢合わせする確率は少なくない。

 

しかし同じ戦術人形でありながらも、その様相は相反するものであった。

 

片や、口を真一文字に結び顎を引き、見るからに緊迫した様子だ。

槍術よろしく、半身たる機関短銃。の形を模した木製の模型を半身(はんみ)で構え、その先端─トレーニング用のゴム製ダミーナイフを銃剣のように装着─をもう一人の一〇〇式に向けている。

 

片や、困惑や躊躇い。遠慮しい様子でただ立っている。棒立ちだ。

銃(模型)も、構える事もなくただ機関部あたりを両手で鞄のように持っているのみだ。

 

あまりに対称的な同型。それを殊更強調するように、片や赤。片や白の鉢巻きが、二人の頭に巻かれている。

 

「あ、あのぉ指揮官」

 

おずおずと、赤い鉢巻きを巻いた遠慮しい一〇〇式が、少し離れた男の指揮官、ブリッツに声をかける。

 

「本当にやるんですか?」

 

「ああ、やれ」

 

にべもなく、無情な返答。

赤い方に逃げ場はない。

彼のとなりに立つR09地区司令基地、メリー・ウォーカー指揮官は心配そうに、落ち着き無くゆらゆらと揺れているが、それでも止めようとは思っていないようだ。

やるしかない。

 

「・・・わかりました」

 

目付きが変わる。赤い双眸が正面の白い方の一〇〇式に向けられる。

得物の持ち方も変わった。

今まではただ持っていただけの模型銃を、本来の持ち方。右手で銃把を、左手で木把を。ただし、構えない。

構えないが、それだけで白い一〇〇式の纏う雰囲気がガラリと変わる。

 

変貌に次ぐ変貌。赤い方から発せられる"圧"。

それに気圧されぬよう、白い方は自身を奮い立たせ、得物を握り直す。

 

「失礼の無いよう、殺す気でいきますっ・・・・・・!」

 

白い方が告げる。それは礼儀としてか。または自分に言い聞かせるためか。

明らかに熱のある。ある種の覚悟も秘めた声で。

 

赤い方も口を開く。

 

「そんなこと、言わないでください」

 

対照的に冷淡に、起伏の無い声で言う。

 

「殺しに来なさい」

 

瞬間、白い方が動く。後ろ足で地面を蹴り肉薄。その勢いで銃剣を突く。狙いは顔面。

赤い方は上体を僅かに動かし、揺れるような最小限の動きでかわす。

 

次。突いた得物を引き戻し、今度は上半身。胸の辺りに狙いをつける。

しかし赤い方はそれを読んでいたのか右足を引き、胸への突きをヒラリと半身になって回避。

同時に、白い方の得物。実銃でいえばハンドガード辺りを左手で掴む。そのままくるりと回れ右。

 

「うわっ!」

 

自身の突きの勢いを利用された白い方はつんのめるように体勢を崩す。が、強く踏み込むことで無理矢理体勢を整える。床材を踏み抜かんばかりの強さ故、空間には大きな音が響く。

間髪入れず振り替える。しかし、そこに赤い方の姿はない。

 

去来するは困惑。咄嗟に視覚センサーと聴覚センサーをフル動員して探す。

すぐに見つけた。真後ろだ。

 

「ッッ!?」

 

咄嗟に。反射的に。無意識に。白い方は振り返り様銃剣を振るう。

それを、赤い方はストックで弾き返した。事も無げに、易々と。

白い方は姿勢が乱れる。すぐには動けない。

 

それを見逃すほど、赤い方は木偶ではない。

 

すぐさま軸足へと放たれた右のローキック。いくら強靭な足腰を持つSMGの人形といえども、姿勢が崩れた時点で耐えられる筈もなく、あっさりと地面から離れ尻餅をつく。

 

すぐに起き上がろうとするが、時すでに遅し。赤い方の銃剣が、白い方の喉元に突き付けられていた。

赤い方が、突ききらずに止めた。

 

「止め」

 

ブリッツが静かに、かつ厳かに止める。

赤い方は突き付けていた銃剣を引っ込め、くるりとバトンのように得物を回しながら距離をとった。

 

────ここはR09地区司令基地。その訓練施設の一つである多目的ルームだ。

本日、合同演習という名目でブリッツと第一部隊所属の人形全員が、このR09基地に招かれていた。

 

一〇〇式同士の模擬戦も、その一環だ。

 

以前のシェルター防衛を機に面を合わせた両指揮官は、それからも時折連絡を取り合って情報を共有していた。

時には支援部隊として援護したりされたりと、良好な協力関係を結んでいた。

 

メリー指揮官はブリッツ率いる第一部隊の技量と、彼自身の戦闘能力の高さも、交流を経て把握していた。

そこで彼女は考える。この戦闘技術をどうにか自分の部隊にフィードバック出来ないかと。そうして行われたのがこの合同演習だ。とはいえ、今のような模擬戦も含めて、演習というよりもブリッツ達を教官とした技術教習といった色合いが強い。

 

だが、こういった経験はいずれ実戦で活かせられる時が来ると、メリーは信じていた。

 

「うぬぅ・・・・・・」

 

白い方が悔しげに唸る。一分足らずの攻防だったが、開始から終わりまで一方的な展開であった。歯が立たなかったという事実が悔しいのだろう。

 

「大丈夫一〇〇式ちゃん!?」

 

慌てて白い一〇〇式に駆け寄ったメリーに彼女は「あっ、大丈夫です!」とすぐに、勢いよく立ち上がる。それを見てメリーもホッと胸を撫で下ろす。

一方で、赤い方の一〇〇式は軽快な足取りでブリッツに近寄る。

 

「指揮官!どうでした!?」

 

「悪くなかったぞ。ただ、背後を取った時点で終わらせなかったのは、些かいただけないな」

 

「それでは稽古になりません。それに、ここは戦場ではありません」

 

つまり赤い方はこう言いたいのだ。「戦場ならすぐに終わらせていた」と。

自分から「殺しに来なさい」などと言っておきながら手加減をする。それを指摘すれば本人は否定するのだろうが。

 

今回の結果は、単純に経験値の問題だ。

戦闘時には切った張ったの近接戦闘が常な赤い方の一〇〇式にとって、こういった稽古の場は本気にはなるが真剣にはなれないのだろう。

もし彼女が初めからその気であったなら、初手の段階で白い方の一〇〇式は首と胴体が別れている。

 

しかしそれも仕方ないことだろう。ブリッツの一〇〇式と違い、メリーの一〇〇式はまだ着任して3ヶ月ほどしか経っていない。

実戦経験は積んではいるのだろうが、人間のような個体差がかなり小さいため、戦術人形はそういった経験の差が顕著に出る。

 

今日の経験は、必ず白い彼女の中で活きてくる。なぜなら、戦術人形とはそういう存在だからだ。

 

「ありがとうどざいました!」と赤い方の一〇〇式に敬礼している白い方の一〇〇式を見遣りながら、ブリッツはそう思った。

 

「あの、ブリッツ指揮官?」

 

いつの間にか正面に立っていたメリーに声をかけられた。ぼんやりしていると思われたのかとすぐに反応を返す。

 

「なにか?」

 

「あのですね、よろしければなんですが・・・・・・私にも戦いかたを教えてくれませんか?」

 

躊躇いがちに告げられたお願いの内容に、ブリッツは面食らった。

メリーは続ける。

 

「ここ最近、人類人権団体やロボット人権団体。反戦団体といった過激派集団の活動が、エスカレートしてきています」

 

「そのようですね。どういう訳か、奴らの武装も近代化が進んでいる。昔は大きな声で喚くだけの集団が、今では小銃撃ちながら権利を訴えている」

 

以前より、メリーが告げた団体たちの過激な活動は、グリフィンは勿論居住区に住む住人達にとっても頭の痛い問題であった。

 

ただ集まって喚く(デモをする)だけなら「言わせておけ」で済むが、集団心理が働くのか。火炎瓶を取り出して居住区内に設置されたグリフィン駐在所へ投げ付けたり、グリフィン所属の戦術人形を攻撃。または捕獲(彼らは保護と主張している)されている。

 

それだけでも十分危険な集団なのだが、最近になってシンパたちの武装化が急激に進んでいる。

旧世代ながら、銃器や防弾装備。果ては装甲車に至るまで。日に日にその脅威を増している。

 

そんな中で浮上したのが、反グリフィン団体という存在。

戦術人形を忌み嫌う人類人権団体。戦術人形を酷使する人間を嫌うロボット人権団体。名目上は平和を願い活動する反戦団体。

それぞれの団体に属していた人々が結託し、人形を使役する企業としては最大手であるグリフィン&クルーガーを現代社会における元悪と定め、それに対抗するために結成された武装新興団体。

 

どうやらこの武装集団から、各団体に武器が流れているようだ。

 

「私達R09地区司令基地は、本部からその過激派集団を壊滅するよう通達されました」

 

「なるほど。今回の演習も、その為のものでもあると」

 

「はい。本部は、グリフィン(私達)が人形を使って過激派集団を壊滅する事で、今後の彼らの行動を抑止したいようです。ただの武装集団(テロリスト)相手なら力で抑えつけられると踏んだのでしょう」

 

人形()で抑えつける、か」

 

「あまりいい気はしませんけどね・・・・・・」

 

メリーの表情が暗くなる。本部からの命令とはいえ、人類を攻撃するのは気が進まないのだろう。

本来なら、自分たちが守るべき対象なのだから。

 

しかし命令は命令。"気が進まない"などという個人的な都合で無視など出来ない。

それはメリーも分かっているのだろう。すぐに暗い顔を消し去る。

 

「成功すればグリフィンとしても、I.O.Pとしても、所属している戦術人形の有用性を公表できますしね。大きな宣伝になるって訳です。

でも、絶対成功する保証なんてない。イレギュラーはいつだって起きる。そのためにも、私は自衛する手段が必要なのです」

 

「万が一に備えての対抗手段、というわけですか」

 

「そういうことです。お願い、できますか?」

 

ブリッツとメリーの身長差から、彼女は自然と上目遣いになる。彼女の容姿も相まって、そこらの色々持て余した男ならば、下心を込めて快諾したのだろうが、彼はあくまで神妙であり続けた。

 

「自分に教わるよりも、あなたの部下達に教わった方が良いかと。彼女達は、戦う術を持った存在ですから。きっと、貴女の力になってくれます」

 

さらりとブリッツは断った。

彼としては、短時間の教練で身に付けられる技術を教えるには、メリーという女性は線が細すぎた。彼女の経歴もざっと見てみたが、軍出身という情報はなかった。多少の経験があれば付け焼き刃程度の技術を授けられるかもしれないが、そうでないのなら中途半端な技術は却って危険。

ならば、付きっきりで見れる彼女の部下達に任せた方がマシ、というのがブリッツの判断であった。

 

これにはここまでのやり取りを横目で見ていた白い方の一〇〇式は、ホッと胸を撫で下ろしていた。

彼女を慕う人形は結構多い。中には異常な執着を見せる人形もいる。中には既成事実を作ろうと画策している人形もいる。

そんな百合の園にもしも(ブリッツ)が入ろう物なら、阿鼻叫喚でジェラシー燃え盛る紛争地帯が基地内に出来上がるのが容易に思い付く。

 

しかしなぜだろうか。

 

「ああ、そうですか・・・そうですよねぇ・・・」

 

見るからに残念そうなメリー指揮官の表情に、白い一〇〇式は何か胸中に黒い靄がかかったような気がした。

 

ちなみに赤い方は、「斧いいですよ!斧!」と仲間を増やそうと先程から聞き流している白い方に熱弁を奮っていた。

 

 

───────────────

 

合同演習から一週間後。

その日。S10地区では、朝から雨が降っていた。

どんよりと黒みがかった分厚い雨雲から降り頻る無数の水滴。

 

雨が降れば気分が落ち込む。これは低気圧の影響で血圧が落ちることによって起きるのだが、人形にも適用されるようで、みな一様に鬱屈とした様子だ。ただ単純に雨の影響で外に出れない、というのが主な理由だろうが。

 

今日は任務も無く、指揮官に出来るのはただ流れてくる書類を、右から左へと処理して流すだけの退屈な仕事のみであった。

一応各部隊にはローテーションで基地周辺を監視してもらうよう命令を出しているが、ほとんどは待機という名の自由時間だ。

 

暇を持て余した人形にとって、面倒な書類作成よりも退屈の方が嫌らしい。何体か司令室に出向いて手伝ってくれた。おかげで夕方には業務自体終わってしまった。

 

それからは、司令室に集まった人形達とブリッツによる雑談タイムと化した。

 

やれ至高は猫だ、いや犬だという不毛な論争だの。

CZ-805が「私も7.62mmNATO弾使いたい!」だの。

RFBが空いた時間に作っていたゲームで一〇〇式とUziが熱中したり。

ダネルNTW-20とブリッツの白熱したアームレスリングでかなり盛り上がったり。

突発的に始めたFALのファッションチェックに、LWMMGがその場で服を脱がされるという被害を受けたり。

その様子をこっそりカメラに納めていたり。

 

そんな、騒がしくも平和な時間を過ごしていた。

 

陽が完全に沈んだ頃に通信機材が、甲高い電子音を発するその時までは。

 

発信元はグリフィン本部。

喧騒はピタリと鳴り止む。全員が襟元を正し整列。

 

ブリッツは機材のボタンを押し応答する。

この時彼の胸中には、不穏なものが蠢いていた。

 

このタイミングで本部からの通信。間違いなく任務の通達だろう事は想像がつく。

想像はつくが、どうにもそれが嫌な予感にしか思えなかった。

 

機材のモニターに上官、ヘリアントス上級代行官が映る。

その表情には微かにだが焦燥が滲み、それがブリッツの不安感を煽る。

 

『ブリッツ指揮官。緊急事態だ』

 

「何が起きましたか」

 

『R09地区司令基地指揮官、メリー・ウォーカーがテロリストに拉致された』

 

嫌な予感が、最悪な形で的中した。

 

 




次回、奪還。




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4-2

感想貰えた嬉しい(〃´ω`〃)



状況を説明する。

今から5時間前。過激派集団の壊滅に乗り出したメリー・ウォーカーが作戦任務中、反グリフィン団体の奇襲を受け身柄を拘束。拉致された。

 

彼らは、48時間以内に現金500万ドル。そして、大量の武器弾薬を引き換えに彼女を解放する。要求を飲まねば、彼女は公開処刑にすると言っている。

この一方的な要求に、上層部は拒否の姿勢を見せている。

情けない話だが、「女一人に500万ドルと武器弾薬では割に合わない」というのが上層部の意思だ。

 

が、このままでは彼女は殺されてしまうだろう。

貴重な人材だ。失うのは惜しい。見殺しには出来ない。

 

彼女の居場所は分かっている。R09地区にある、現在は使われていない収容施設に囚われているようだ。

 

貴官には、彼女の救出任務を遂行してもらいたい。

 


 

ヘリアントスの話が一通り終わった頃を見計らい、ブリッツは右手を肩ほどの高さまで上げる。

 

「質問が」

 

『なんだ』

 

「何故自分なのでしょう。確実に救出したいのであれば、人形の部隊を向かわせるのが妥当では」

 

グリフィンには数多くの戦術人形部隊を有している。

その中には、今回のような救出任務に適した部隊も存在する。

で、あるならば。わざわざブリッツに任務を言い渡す必要はない。

 

つまり、そうしなければならない理由がある。

 

ヘリアントスが苦々しく眉間に皺を寄せながら、その理由を話し始める。

 

『救出部隊なら既に派遣した。が、失敗した』

 

「何故です?」

 

『敵施設にDS兵器が存在している。戦術人形部隊を展開出来ない』

 

今度はブリッツが苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

 

DS兵器。「Doll's Sealing」の頭文字を取ってつけられた名称だ。。

通称"人形封じ"

第三次大戦の終盤に開発された対戦術人形用行動阻害装置。

特殊な超音波と微弱な電磁波を使うことで干渉し、戦術人形の戦闘力を抑え込む効果がある。

第二世代が登場してからもより性能を上げた改良型が開発されており、稼働している間は行動不能にしてしまう。

軍に属していたブリッツも、人形封じの威力はよく分かっている。

 

だが

 

「なぜそんな物が。あれは軍用の特殊兵装だったはず」

 

『理由はわからないが事実だ。施設に近付いただけでまともに動けなくなったという報告を受けている。

グリフィン本部が抱えている人形部隊では手出しができない状態だ』

 

ここまでくれば誰でも、ブリッツに任務を言い渡す理由に気付く。もちろん、彼の部下も。

 

「つまり、人形ではなく自分が行けと」

 

『そうだ。私が知る限り、敵に全く感知されず拠点に潜入し、対象を無事に連れ出せる人間は、グリフィン内では貴官しかいない。

クルーガーさんには許可を頂いている。『必ず助けろ』との事だ。あとは貴官次第だ』

 

随分と信頼されたものだ。そうブリッツは思った。

グリフィンのトップからも許可を頂いている。お膳立ては整っているという訳だ。

 

その時ブリッツは、自分の後ろにいる人形達の落ち着きが無くなっているのを感じ取った。

きっと分かっているのだろう。これから自分達の上官が、なんと答えるのかが。

 

そうだ、その通りだ。上官の事をよくわかっている部下達で何だか嬉しくなる。

だからわかりやすく、一言にまとめる。

 

「了解」

 

それだけだった。それだけで十分であった。

 

『また無茶を押し付けてしまうな』

 

「慣れてますよ。ただちに準備し、至急現場に向かいます」

 

『座標データを送った。そこが目的の施設だ。いいか、敵に存在を悟られるな。単独でもグリフィンが侵入している事が知れれば、やつらはただちにメリー・ウォーカーを殺すだろう。非常に困難な任務だが、頼んだぞ、ブリッツ』

 

通信が終わる。しんと静まり返る。

踵を返し、ブリッツは今この場にいる全員と向き合った。

 

「そういう事だ。友人を迎えに行く。留守は任せた」

 

静かな空気に満たされた司令室に、ブリッツの軽口混じりの声はやけに大きく響いた気がした。

 

本来ならば、「バカな事はやめろ」と強く引き留めるのだろう。人形を率いる指揮官が、単独で戦場に向かうのだから。

しかし彼女達は知っている。

ブリッツという男は、指揮官である以前に兵士である。与えられた任務は必ず遂行する。それがどれほどに困難極まるものであっても、必ず遂行する。そういう兵士なのだ。

 

そんな彼に救われた人形(自分)が、彼を止められる訳がない。

 

「お気をつけて指揮官」

 

副官(LWMMG)が敬礼する。他の人形もそれに続く。

 

「さぁ、始めようか─────」

 

 

 


 

今回の作戦は隠密に遂行しなければならない。

誰にも見付からず、悟られず、目標を助ける。言うのは簡単だが、行うは難しだ。

見付かればメリーだけでなく、ブリッツも危険に曝される。

 

おまけに、メリー・ウォーカーの居場所を突き止め、救出出来るまでは隠密性を高める為、グリフィンからの支援は見込めない。

 

準備は念入りに。しかし、最小限最低限に。

ナビゲーターが入手してくれた収容施設の見取り図から、潜入ルートの構築と敵の規模を予測。正確ではない分、若干過剰に見積もる。

相手は反グリフィン団体。過小評価は命取りだ。

 

想像を巡らせる。時折、軍用タブレット端末に映る衛星写真にタブレット用のタッチペンを使って書き込んで、より想像を巡らせる。

 

しかし時間は掛けられない。見切りを付けて、装備を整える。

 

今回は屋内がメインになる。見取り図を見た限り通路は広くはない。

取り回し重視で12インチタイプのHK417カービンを選択。銃口にはサプレッサー。アタッチメントにEOT社製518型ホログラフィックサイトを装着。アンダーバレルにはバーティカルフォアグリップを選択。

サブにはMP7A1を選び、右足のレッグホルスターに収める。こちらもサプレッサーがついている。

 

あとはいつも通り。黒とグレーのBDUに黒のタクティカルベストを身に付け、ポーチに予備弾倉を三つずつ。サングラスを模したスマートグラス。ヘッドセット。

不安は残るが、これでおおよその事態には対応できる。

 

時刻は20時。準備を終えたブリッツはヘリに搭乗。目的地であるR地区の収容施設を目指す。

到着は片道で1時間。当然だが、直接乗り込む事はしない。

収容施設まで直線距離にして500m。朽ち果てたコンクリートのビルが乱立するゴーストタウンに着陸する。

 

ヘリアントスの命令を受けたR09地区の戦術人形達がランディングゾーンを確保。ブリッツを出迎えてくれた。

 

時刻は21時を過ぎた。陽は完全に落ち外界は完全に暗闇が支配している。分厚い雨雲が月を覆い隠したせいで晴れた時よりも数段暗く思える。おまけに雨まで降っている。

そんな中で出迎えてくれた、レインコートを纏った5体の戦術人形の表情は暗い。

 

 

「よく来てくださいました。ブリッツ指揮官」

 

代表して、TAC-50が前に出て敬礼する。

 

「状況は?」

 

「芳しくありません。6時間前を最後にカルトどもからは連絡はありません。・・・・・・上層部も、要求を呑む気はないのでしょう?」

 

「・・・ああ、そうだ」

 

彼女の口調は憎らしさと悔しさが入り交じっていた。見れば、TAC-50も他の人形達も、血の滲んだ包帯やガーゼが、顔や足といったパッと見える範囲にいくつもある。おそらくは、レインコートの下にも。

ろくに修復もせず、簡易的な応急処置のみで出撃したのだろう。

 

休んでいる場合ではない。彼女達の暗い表情からは、そんな感情が読み取れた。

それ程に彼女を慕っているのだ。

 

ただそれだけに、彼女を取り戻そうとしない上層部に苛立ちを覚えているのだろう。

 

上層部は頼りにならない。

だから

 

「だから、俺が来たんだ」

 

ここから先は自分の仕事だ。

 

「全員、ご苦労だった。ヘリに乗ってただちにここから離脱。帰還しろ。修復も忘れるな」

 

「そんな!私たちも手伝います!このまま帰れません!」

 

「却下だ。DS兵器がある以上、お前達(戦術人形)は足手まといだ」

 

即座に切って捨てる。

真っ直ぐに事実を突き付けられ、全員が全員なにも言い返せず歯を食い縛った。

敬愛する指揮官の為に動きたくても、妨害装置のせいで一矢報いる事すら出来ない。悔しくて悔しくて、たまらないのだろう。

 

「ウォーカー指揮官の事なら任せてくれ。必ず君たちの元へ連れて帰る」

 

理解出来るが納得出来ない。そんな心情がありありと苦々しい表情に出ている。しかし、この任務に失敗は許されない。

TAC-50もそれは分かっている。

 

「お願い、します・・・っ!」

 

TAC-50は深く頭を下げ、4人は再度敬礼する。

そうして、彼女達はヘリに乗り離脱。ブリッツ一人だけが残される。

 

「ゲート、ブリッツだ。予定通りランディングゾーンに到着。これより収容施設に向かう」

 

『了解。今夜は雨も合わさって気温が低いです。低体温症に注意してください』

 

「心配するな。問題ない。ブリッツ、アウト」

 

通信を切る。

持っていたHK417のセーフティを解除。コッキングレバーを引いてチャンバーに弾丸を送る。確かな手応えを感じ取り、セレクターをセミオートにセット。MP7も同様だ。

 

スマートグラスを起動し、現在地と収容施設までの道程を投影。それをHUD上でARとして表示する。

 

「さて、行くか」

 

降り頻る雨の中、ブリッツは収容施設を目指して走り出す。近くにろくな外灯もない廃墟の町に広がる闇の中、ブリッツの姿は次第に溶け込んでいく。

 

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

道中で鉄血とも出くわさず、無事に収容施設前に到達。現在は小高い丘から施設を見下ろし、様子を窺っているところだ。

人目につかぬよう隔離するため、収容施設はブリッツが今いるような丘で四方を囲っている。町へと通ずる道は一本だけ。正面ゲートから延びている。あとは高いコンクリートの壁と、その上に有刺鉄線が設置されている。

本来は囚人の脱走を防止するための装置なのだろうが、今では侵入を防ぐバリケードになっている。

 

外観は入手した昔の資料写真と変わりはない。修繕している真新しい形跡こそあるが、些細なものだ。

つまり、反グリフィン団体とやらはここを歴とした活動拠点としているようだ。

 

ゲートには当然、見張り。人数は3人。近くには監視塔もあって、そこには一人常駐している。

敷地内にも何人か彷徨いている。指揮官(VIP)誘拐(招待)しているのだ。誰かが取り戻しに来ると予想を立て、警戒しているのだろう。ここまで見つけた全員がもれなく武装している。

 

ただ問題なのは、その全員が全員、レミントンのACRを装備しているのが気になった。おまけにケブラー製のボディアーマーを装備している者までいる。

 

武装カルト集団にしては装備が整っている。どうやら反グリフィン団体というのは、資金面で大きなバックがいるようだ。

 

「ゲート。収容施設前に到着。現在監視中」

 

『さすが、早いですね。どんな様子ですか』

 

「正面ゲートとその付近に見張りが複数。動きは素人だが全員武装。レミントンのACRを装備している。アーマー持ちも確認した」

 

『いい装備ですね』

 

「ああ、整いすぎている。あいつら、ただのテロリストではないな」

 

『侵入できそうですか?』

 

「やってやれない事はない」

 

『ではまず、モニタールームへ向かってください。そこなら対象に関する情報が入手出来るかもしれません。ついでに制御も奪ってしまえば、こちらに有利に動けます』

 

HUDに見取り図と、モニタールームまでのルートが投影される。やはりというか、屋内に入ってすぐの場所、という訳にはいかないようだ。施設の奥深くに存在していた。

 

「了解。モニタールームを目指す。アウト」

 

通信を終えて、暗視装置を起動。僅かな光量も増幅した青緑を基調とした視界が展開され、同時に見張りの体温を視覚化するサーマル機能も発動。雨の中でもはっきりと視認出来る。

 

最小限の動きでゆっくりと丘を降りる。

隠れる場所は少ないが、雨のおかげで気付かれにくい。痕跡も洗い流してくれる。悪天候時の強みだ。

ちょっとした岩や木、茂みも利用してゲートへと近付いていく。

 

ある程度近付いた所で匍匐姿勢。手入れがされてない鬱蒼と生い茂る雑草に紛れ、そっとHK417を構える。高所に陣取る見張り一人と正面ゲートに居座る三人。その全員を狙えるポイントだ。

 

まずは高所から。

ホロサイトの照準を合わせる。撃つ。

サプレッサーによって制音された、くぐもった発射音は雨音に紛れて消される。

放たれた7.62mm弾は監視塔にいた男の脳幹を貫き、声を上げる事もなくその場に崩れ落ちる。

 

次。ゲートにいる三人。距離40m。敵は動く事なく棒立ちしてる。標的(マト)も同然だ。

息を止め、集中力を上げる。体感時間が遅くなり、視界に入る動く物全てがスローモーションに映る。降り注ぐ雨粒の一つ一つまで見える程に。

 

狙う。撃つ。

先と同様にヘッドショット。一人が後ろへ仰け反るように倒れていく。

近くの仲間がそれに気付くが、声を上げる前に頭部を撃ち抜かれる。

最後の一人。言う事はない。先の二人同様だ。

 

瞬く間に見張り三人を排除。倒れ伏せる三人は、冷たい雨に打たれ次第に生命の名残だった熱が冷めていく。

 

Good night(おやすみ)

 

何も知らず、気付かぬ内に殺された4人に手向けの言葉変わりに告げる。

彼らにも彼らなりの正義があったと思う。ただ正義(武力)を振りかざしたのなら、また別の正義(武力)が振りかざされる。

 

今回の結果は、そういう事だ。

 

正面ゲートを通過。幸い、二重三重のゲートは無さそうだ。

拠点として使うだけなら厳重なセキュリティはいらないらしい。

幾つか監視カメラも見付けたが機能していないようで、内部が騒がしくなる様子はない。

 

好都合だ。人間の目だけを掻い潜ればいいのだから。

 

なるべく照明の当たらない暗がりを選びながら。時折邪魔な見張りを排除しつつ、ブリッツは見付からぬよう前進を続ける。

 

 

雨は、弱まる事なく降り続ける。

 

 

 




あの世界の1ドルって大体いくら何ですかね?
ブラックマーケットではどんぐり何個かで銃と弾丸が入手出来たりするのかしら??

あと感想ほしい。下さい


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4-3

ドルフロの二次創作なのに戦術人形が一切出てこないパートを掲載している作品があるらしいぜ。まあこの作品なんですが。
おまけに大して場面進まないっていう。


正面ゲートを突破さえすれば、内部への潜入ルートは幾つか選べる。

真正面のエントランスから入るもよし。少し離れた非常用口から。適当な窓から。

 

もしこれが強襲制圧作戦だったのなら、幾らか細工を施した上で、壁の一枚でもぶち抜いて突入するのだが、今回はそうもいかない。

 

収容施設は地上2階地下3階。地上階は施設スタッフが使い、地下階が収容所という構造だ。

メリー・ウォーカーも、地下にいるハズ。だが地下に行くにはどうしても内部に侵入する必要がある。

 

というのも、施設の構造が上から見るとカタカナの「ロ」のような形をしており、地下の収容所へは施設の中庭。その中心に入り口がある。

だから、施設に入る必要がある。

 

それに、今現在目指している地下階の収容所を監視するモニタールームは、地上二階にある。

これだけ聞くと厄介だが、不幸中の幸いもあった。

 

今目指しているモニタールーム。非常用口にかなり近い位置にあるのだ。この時点で、侵入ルートは非常用口に決定。素早く移動する。

 

緊急時に施設内部から退避する際に使われる、螺旋状の非常階段を昇る。硬いブーツの足音を立てぬよう慎重に進む。

 

階段を昇りきれば、非常用口のドアが立ち塞がる。

ドアノブを捻ってドアを引く。が、施錠されているようで開かない。

ドアの近くには、番号入力式のセキュリティが設けられている。これを突破しなくては、内部には入れない。

 

「ゲート、電子ロックだ。解除出来るか?」

 

『PDAをかざして下さい』

 

言われた通り、セキュリティにPDAをかざす。

数秒して、ドアから鈍い音が鳴った。

 

『お待たせしました。どうぞ、お入り下さい』

 

「流石だ。これより侵入する」

 

武器をHK417からMP7に持ち替え、スマートグラスをナイトビジョンからマグネティックに切り替える。

後方散乱X線により、薄いドア程度なら透過してくれる。

 

MP7を構えたままドアを開ける。

施錠はされてても、使われていなかったのだろう。動きが鈍く、ギイギイと嫌な金属音が鳴る。人一人が通れる程度まで開けて、クリアリングしながらエントリー。静かにドアを閉める。

 

暗かった外とは打って変わり、LEDの照明による白い光が通路を明るくさせている。

 

壁や床は薄い灰色に統一されており、黒を基調とした戦闘服を着ているブリッツは悪目立ちしてしまう。

しかし通路には物資が入っているのか、グレーのカバーが掛けられた、立方体状の大きな木箱が幾つか壁際に置かれている。中身はわからないが、影に隠れたり、息を潜めて奇襲を仕掛ける事も出来そうだ。

利用しない手はない。団体の物資管理の杜撰さに感謝だ。

 

マグネティックも使ってクリアリングしながら前進。

付近に敵はいないようで、すんなりとモニタールーム前に到着。

 

部屋と通路を隔てるドアも何もない。

マグネティックで通路から中を覗き見ると、人影は二人。

どちらもACRを武装している。

外の見張りだけでなく、監視係まで武器を所持している。

 

今さら驚きはしない。十分予想できる。

 

「なあ、俺たちはいつまで意味のない監視を続けなきゃならねぇんだ?」

 

モニタールームにいる男が言う。口調からかなりうんざりした様子が窺える。

 

「仕方ないだろ。あの人の命令なんだ。それに、あの女以外にも捕虜はいる。脱走しないように見張っとかねぇと、いざというとき危ねぇよ」

 

もう一人の男がなだめる。あの人という言葉が気になるが、今気にするのは残りの二つ。

まずあの女というのは、おそらくメリーの事だろうとブリッツは予測した。情報通り、ここに囚われていて間違い無い。いくらグリフィンが追跡していたとしても、一時的にここを使っただけで既に移動してしまった可能性も捨てきれなかった。

もう一つ。彼女以外にも捕虜がいるという事。これは事前の情報には無かった。

グリフィンも把握していないのか。それとも単に関係ないからと伝えられていないか。

 

「そうは言うが、俺たちには人形封じがあるんだ。捕まえた人形どもが暴れたって簡単に取り押さえられる。ああ、さっさと交代の時間にならねぇかな。最高のオモチャがあるっていうのによ、これじゃ生殺しだぜ」

 

「喚くなよ。俺だって我慢してんだ」

 

なるほど、もう十分だ。この二人から得られる情報はこれで十分。

 

二人がモニターに意識を向けている内に、MP7を構える。

トリガーを引く。小さくくぐもった音と共に、男二人は力なくその場に倒れた。

 

「クリア」

 

小さく呟く。

部屋に入り、監視モニターに近寄る。

モニターには映像が映っているが、明らかに地上の施設ではない。おそらくは地下の収容所に設置された監視カメラからの映像だろう。

その証拠に、いくつかのモニターには営倉らしき鉄格子が見える。

 

「ゲート。モニタールームを制圧、確保した。これよりアップリンクする」

 

『了解。いつでも』

 

PDAを操作パネルに有線で繋ぐ。アップリンクが完了するまで、ブリッツは部屋の中を物色する。

男の言っていた「あの人」という存在がどうにも気になった。それに関する資料か何かでもあればと思い、近くのテーブルの上に散らばった紙を一つ一つ確認する。

そのほとんどが使用済み。つまりは過去すでに行った活動計画書が、そのまま残っているのだ。中には、グリフィンにとっても見過ごせないような事も。

 

これはこれで使える事は使える。グリフィンが反グリフィン団体に堂々と攻撃出来る大義名分になるのだから。

 

その中で、特に気になるものを見つけた。

 

『ブリッツ。アップリンク完了。これでこの施設はこちらのものです』

 

「了解。こっちも興味深いものを見つけた」

 

ブリッツが一枚の紙を手に取る。

 

それは、グリフィンが過激派団体の制圧作戦を画策している事を記した資料だった。

作戦の実行日時。投入される予想戦力。部隊の配置と数。実行部隊の指揮官の顔写真に簡潔なプロフィール。

かなり事細かな情報が記載されている。

 

あの制圧任務はグリフィン内にしか出回っていない。さらに言えば、それを命令した上層部と命令されたメリー・ウォーカー。そしてそれを相談されたブリッツ以外、知っている者はいない。

ブリッツだって、近々そういう作戦があるというだけで、具体的な日時は今日の今日まで知らなかった程なのだ。

 

どこからか情報が漏れている。それも、地区を任される指揮官クラスからではない。もっと上から情報が漏洩している。そうでなくては、ここまで詳細な情報がこの紙に記載されているはずがない。

 

つまりあの人というのは、グリフィンに所属する人間。もしくはグリフィンに関わりのある人間である可能性がある。どちらにせよ、身内に情報を漏らす輩がいるというのは確かだ。

 

「嫌な気分だ。身内の裏切りを知るっていうのは」

 

『これは許されない事です。ヘリアンさんにもこの事を伝えておきます』

 

「頼む。俺はこれから収容所に侵入する」

 

『ウォーカー指揮官は地下3階の区画です。本来は、凶悪犯を収容するための物のようです。かなり厳重ですよ』

 

「VIP待遇だな。忌々しい。すぐに向かう」

 

PDAを回収し、近くの窓から飛び降りる。男達の会話から、別の危険を感じ取った。一々一階まで降りて勝手口から向かう何て、悠長な事は言ってられない。ショートカット出来るならそうする。

 

日頃から鍛えている足腰は、自身の体重プラス装備品の重量を感じさせないフワリとした着地を可能とさせた。同時に暗視装置を起動。警戒する。

中庭にも監視塔が二つ、斜になるよう角に設置されており、そこには見張りがそれぞれ一人立っている。

侵入もそうだが、脱出でも厄介な存在だ。着地したその場から膝射体勢でそれぞれHK417で狙い撃つ。少々距離があったが、問題なく沈黙させられた。

 

これで障害は殆どなくなった。中庭中央の収容所入り口を目指す。

まともに管理していない中庭は、至るところに雑草が伸び放題で、夜間に姿を隠すには好都合であった。

 

そんな途中、哨戒している男を見付ける。ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるが、ブリッツを見付けてはいないようだ。

雨もあって、伸び放題の雑草に隠れればもう見付けるのは困難だ。

 

草の中で息を潜め、男が目の前を通るのを見送る。

 

完全に背中を見せたその瞬間、男の背後から飛び掛かる。

口元を塞ぎ、頸椎を捻り上げる。骨が折れる音と手応え。そのまま男を草の中に引き込む。

意識を永遠に断ち切られた男を見付けるのは困難だろう。

 

再度前進。進行方向とその周辺に敵影は無い。もっと厳重なのかと予想していただけに、嬉しい誤算であった。

 

遂には中庭中央。地下の収容所前の入り口へと辿り着いた。

入り口は地下鉄(メトロ)を彷彿とさせる作りだった。コンクリートでできた入り口に、延々と地下へと延びる薄暗い階段。

再度MP7に持ち替えて階段を降りる。トラップや待ち伏せは無いだろうが、敵地に身を置く以上は何が起きてもいいように備えておく。

 

しばらく降り続けて、ようやく地下一階に到着。少しだけ広い空間に出た。しかし広くはなったとはいえ、地上階と比べて低い天井が圧迫感を演出している。床も天井も壁も、全て無機質なコンクリートで形成されているのが、また閉塞感を醸し出す要因になっている。

おまけに階段と同様に薄暗い。暗視装置を起動させたまま前進。見取り図もHUDに表示して、迷わず最短ルートを進む。

 

部屋の突き当たりには貨物用も兼ねているのか、巨大なエレベーターがある。そのすぐ横には階段があり、ブリッツは迷わずそちらに歩を進める。

 

『ブリッツ、エレベーターで一気に行きましょう』

 

「バレないか」

 

『問題ありません』

 

「了解」

 

ナビゲーターの提案通りに、エレベーターのスイッチを押して呼び寄せる。

 

エレベーターはすぐに来た。物々しい稼働音と共に扉が開き、敵がいない事を確認して乗り込み、地下3階のボタンを押した。

 

扉が閉まり、わずかな振動と共にエレベーターは下降を始める。

 




どうしても文章が冗長になってしまうのが自分の悪い癖。それがわかってて改善できないという救いのなさ。おにいさんゆるして

今回分かりにくい表現とかあったかなって。駄文でごめんなさい。おにいさんゆるして(2回目)


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4-4

今回、ちょっと胸糞悪い描写があります。一応ご注意ください


 

「そういえば、そっちでDS兵器を無効化出来ないのか?」

 

降下を続けるエレベーターの中。ブリッツは先ほど聞きそびれた事を尋ねる。

もしDS兵器(人形封じ)を施設で制御していたのなら、ナビゲーター経由で装置を止められる筈だった。

 

『試してみましたが、どうやら施設の制御とは別で稼働しているようです。おそらくは、発電機のような物を使って稼働させているかと』

 

「止めるには、発電機を壊すしかないか。面倒だな」

 

一言でDS兵器と言っても、大きく分けて三種類がある。

 

一つは基地といった拠点に設置する併設型。基地などから供給される電力を使って使用する、安定して高い出力を発揮し、広い範囲で効力を期待出来る。

 

一つは自動車といった車両に積載する搭載型。併設型と比べると効力は劣るが、DS兵器を迅速に配置出来るという利点がある。

 

最後は、簡易型。発電機のような動力源を使って稼働させるタイプ。先の二つと比べても効力は小さいが、発電機さえあればどこでも使え、ある程度数さえ揃えれば十分効力を発揮出来る。

 

当初、ブリッツとナビゲーターは併設型が使われていると予想していた。が、どうやら簡易型が使われているようだ。

 

だとすると、施設の敷地内に幾つか設置されているのだろう。正確な位置も数も分からず、先にDS兵器を潰しにいくのは現実的ではない。

やはり、メリーの救出を優先した方がよさそうだ。

 

『そうなります。それから、地上と比べて地下3階には敵が多いみたいです。注意してください』

 

「了解。アウト」

 

通信を終えると同時に、エレベーターは地下3階に到着。また物々しい音を出しながら扉が開いた。

 

MP7を構えながらスルリとエレベーターから抜け出す。少し狭い通路が出迎えるが、ゆっくりと進む内に一気に広くなる。地下1階と比べて天井が高く横も広く、奥行きもある。

まるで巨大な図書館の本棚を彷彿とさせるように並べられ、配置された独房は、どれもこれもが見るからに厳重で。鋼鉄製の分厚いドア以外は窓一つないという徹底ぶり。凶悪犯を収容していたという情報にも納得してしまう。

その独房も、殆どが施錠されている事を告げる赤いランプが点灯してた。中に誰かいるという証であった。

 

男たちが言っていた「捕まえた人形」とやらは、ここにいるようだ。つまり、赤ランプがついている所は全て人形が収容されているかもしれない、ということだ。

 

耳を澄ませば、近くの独房からは女性の悲鳴と男の罵声のような声が聞こえる。

その理由が容易に想像できてしまい、背筋が震えた。

MP7のグリップを握る手に力が入ってしまう。このまま握りつぶしてしまいそうなほどに。

 

『ブリッツ、HVIは一番奥の独房です』

 

「・・・了解」

 

ナビゲーターの一言に、気持ちを落ち着ける。今は優先すべき任務がある。

私情に振り回されるほど、自分は素人ではない。

 

視覚モードをマグネティックに切り替えて辺りを見渡す。

マグネティックの有効半径は約30m。その30mの中には、確認できるだけでも5人はいた。

それでも地上同様の木箱や小型のコンテナ、フォークリフトといったものまであり、隠れる場所には困りそうにない。

近くには看守待機室と、そこから独房を縦断出来る別の通路もある。

 

待機室には誰もいない。

これ幸いと待機室を横切り、看守用の通路へ。

看守用通路はコンクリートの床をくりぬくようにして、この区画の中央を通るように作られており、A-1~A-15やC-16~C-30といったような、それぞれで番号が振られた独房近くに設置されたドアから出られるようになっているようだ。人間が並んで歩ける程度には広く、普通に出歩くよりは人目に付きにくい。

 

独房はD-30まであり、アルファベットと数字が進むほど奥に。つまり、メリーが捕らえられているのはD-30という収容所の中でも最深部に位置する独房だ。

 

看守用通路のおかげで最短距離を目立つことなく前進できた。目的の最深部に辿り着く。

 

最深部という事もあって、かつてはより凶悪な囚人をここに押し込んでいたのだろう。

ドアを開けた瞬間。心なしか、重苦しい空気が肌に纏わりついた。

必要最低限以下の光量しかなく、より暗い。鉄錆びとカビ臭さが嗅覚を刺激する。

お世辞にも、長居したいとは思える場所ではない。

 

ともかく通路から出て、近くの柱に隠れながら進んでいく。

一番奥。数ある独房の中で一つだけ、赤いランプが煌々と点灯している。メリーのいる独房だ。

 

マグネティックを併用して辺りを見渡す。

 

やはり、最重要人物たるメリー・ウォーカーが逃げぬよう見張っているのだろう。武装した見張りがいる。

 

ACRは勿論、SPAS-12にMG42機関銃。ショットガン持ちと機関銃持ちはプレートキャリアを身に付けている。

ACRが二名。SPAS-12が二名。MG42が一名。ACRが辺りを彷徨き、SPAS-12とMG42が独房のすぐ近くに警備員よろしく立っている。

 

「ゲート、ここだけ照明を落とせるか」

 

『可能です。いつでも』

 

「3秒後に落とせ」

 

マグネティックからナイトビジョンに切り替える。銃もHK417に替え、セレクターをセミオートにする。

 

きっかり3秒。微かな光量も無くなり見張り達は動揺して足を止める。

そこを逃さず、見張り5名全員をヘッドショット。射殺する。

 

「クリア。HVIを確保する」

 

『了解。ロックを解除します』

 

ガチャンと、赤いランプは消え重々しい解錠音が周囲に木霊する。都合上、あまり大きな音を立てて欲しくはない。

 

だから、手早く済ませる。

 

鋼鉄製の引き戸を開け放ち、MP7を構えながら入る。敵影は無かった。

 

その時ブリッツが嗅ぎ取った異臭。この臭いには覚えがあった。

人間の体液と分泌物がぐちゃどろに混ざりあった、むせかえる程濃密な複合臭。

 

部屋の中も、様々な液体が撒き散らされ、惨状と呼ぶに相応しい有り様であった。

 

そんな独房の中心で、力なく横たわる人影。

衣服を剥ぎ取られ、腕を後ろに結束バンドで拘束され、全身至るところに暴行の痕跡が色濃く残る、全裸の女性。

 

紛れもなく、誘拐されたメリー・ウォーカーだった。

 

すぐに駆け寄る。

 

「ウォーカー指揮官。聞こえますか」

 

結束バンドをナイフで切り、抱き抱えて呼び掛けるが、反応は薄い。呼吸はあるが、メリーの双眸に光はなく虚ろだった。かなり消耗している。

部屋の惨状といい、彼女の状態といい。自分がここに来るまでに何があったか。考えなくとも分かる。

 

反グリフィン団体は、捕虜に対し非人道的行為を働いた。

彼女が、それを証明している。

 

間に合わなかった。その事実が、ブリッツの胸中に渦巻き、締め付ける。

 

「ブリッツ、指揮官・・・・・・?」

 

か細く、弱々しい声が聞こえた。メリーの声だ。

 

「ウォーカー指揮官。助けにきました」

 

「えっと、わたしは確か・・・・・・あ、ああっ・・・!いや!いやああぁ!」

 

突然悲鳴を上げて暴れる。涙を流して泣き叫び、自由になった両手でブリッツを自分から引き剥がそうともがく。

 

「いや!触らないで!見ないで!お願いだからやめて!」

 

完全にパニック状態に陥っていた。

 

めちゃくちゃに動くメリーの肩を掴み、動きを抑える。

 

「大丈夫だ!落ち着け!」

 

「っ! いやぁ、見ないで・・・・・・」

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

少しずつ、少しずつメリーは落ち着きを取り戻していく。

遂には安堵からか、静かに嗚咽を溢しながら泣き出した。

 

一通り泣いて、完全にメリーが落ち着いたのを確認してから、ブリッツは彼女から離れる。

 

「遅くなってすいません。脱出しましょう。あなたの部下が待っています」

 

ブリッツは着ている戦闘服の上着をメリーに掛ける。

 

「防弾です。貴女の身を護ってくれます。さあ行きましょう」

 

「ま、待って下さい!私に武器を下さい!」

 

「何故ですか?」

 

「ここには数多くの人形が捕まっています!助けなくてはいけません!」

 

「それは出来ません」

 

「なぜ!彼女たちを見捨てるのですか!?」

 

あれほど凄惨な目にあったばかりなのに、自分と同じ状況にある人形を気に掛ける。並大抵の事ではない。

そんな彼女に驚嘆するブリッツだが、彼女の要求には応えない。応えられる筈がなかった。

 

「ウォーカー指揮官。自分が受けた任務は、『反グリフィン団体に拉致されたメリー・ウォーカーの救出』です。これは最優先に実行されなくてはいけない命令であり、その他一切は含まれていません。

そして、貴女に武器を渡す事を許可されていません」

 

憎らしげにメリーはブリッツを睨む。

非情に思うのだろう。冷酷に思うのだろう。しかし、彼女がどれほどに憎く思おうとも、ブリッツの役割は変わらない。やらなくてはいけない事は変わらない。

 

「私は指揮官ですよ。グリフィンの指揮官なんです。そんな私が、助けを求める人形を見捨てて自分だけ逃げろと?そう言うつもりですか?」

 

「指揮官だからこそ、貴女はここから逃げるべきだ。このまま居ても、貴女は殺されるか。延々と奴らに陵辱されるか。どちらにせよ、このままでは二人とも危うい。行動するべきです」

 

「あなたも指揮官でしょう!?ならわかるはずでしょう!?」

 

「自分は兵士としてここにいます。兵士として、与えられた任務は必ず遂行しなくてはいけない。付け加えるならば、そこに()()()()()()()()()()()

 

「ッッ!」

 

敵意の込めた目でメリーは睨む。もし今彼女の手元に武器があれば、きっとブリッツに向けていただろう。

しかしブリッツも譲れない。例え武器を向けられ、本気で殺しにきたとしても。

 

とはいえ、このままでは彼女は動かない。それこそテコでも動かないだろう。

 

ブリッツは一つため息をつき、MP7を彼女に差し出した。

 

「これを使ってください。あまり弾薬はありませんから、無駄撃ちしないように」

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

差し出されたMP7を受け取ろうとメリーは手を伸ばす。が、その手は銃に届くことはなかった。MP7がブリッツの手を離れ、その場に落ちる。

それと同時にブリッツはメリーの背後に回り込み拘束。素早く腰のポーチからペン型の注射器を取りだし彼女の首に刺し、薬剤を注入した。

 

「あっ・・・が・・・!」

 

苦悶の声をあげるメリーはブリッツの腕を掴んで抵抗を試みるが、やがて全身から力が抜け、意識を手放した。

 

彼女に注入したのは麻酔薬。効力は個体差があるので一概には言えないが、夜明けまでは目を覚ますことはない。

念のために持ってきていた最終手段。救出対象に助けにきたと言っても信じてもらえず、やむを得ず意識を失わせて運び出したというブリッツの経験から、用意していた代物であった。

 

「ゲート、HVIを確保。これより脱出する」

 

『了解。ポイントAにヘリを送ります』

 

「HVIはひどい暴行を受けた痕跡がある。合流後、すぐに病院で治療を受けられるよう手配してくれ」

 

『了解しました。気を付けてください』

 

「もちろんだ。ブリッツ、アウト」

 

上着を掛けたまま、メリーを肩に担ぐ。右手にはMP7を持って独房から出る。

 

先と同様に看守用通路を使ってエレベーターまで誰にも気付かれず移動。

地上に上がり、ナビゲーターの援護もあってあっさりと施設を横切るようにして通過。正面ゲート付近の敵兵も先に倒してしまったせいで、誰にも気付かれることなく脱出に成功した。

 

四方を囲んでいる小高い丘を越えた先、広い草原地帯。そこが合流地点だ。

すでにヘリが着陸し、二つのローターを回転させていつでも離陸できるよう待機していた。

 

「指揮官!」

 

待機していたヘリから飛び出してきたのは、メリーの部下であるTAC-50であった。

修復を終えたのか、さっきまであった傷が綺麗さっぱり消えていた。ブリッツの言いつけを守ったのだ。

 

「ああそんな、指揮官!」

 

「今は薬で眠っているだけだ。手筈通り、病院に直行しろ」

 

慌てふためくTAC-50を宥め、メリーをヘリに用意された救急用ベッドに寝かせ、今までかけていた上着を回収し、代わりに暖かな毛布をかけてやる。

 

「彼女の事は任せた」

 

戦闘服に袖を通し、同じくヘリに積まれていたハードケースを二つ引き寄せる。

 

ケースの中身はM26MASS。いわゆるマスターキーと呼ばれる、アンダーバレルショットガン。それをHK417のアンダーバレルに取り付け、同時に銃口をサプレッサーからマズルブレーキに付け替える。

左足にレッグホルスターを取り付け、そこにコンペンセイターが装着されたMk23を納めた。

新しくバッグパックも腰に着ける。中身は417とMP7、Mk23の予備弾倉が詰まっている。

更に破片手榴弾を三つ腰からぶら下げて、ブリッツはヘリから離れる。

 

それをただ、横で呆然と見ていたTAC-50はここで我に返る。

 

「何をするつもりですか!?」

 

「やり残しを済ませてくる」

 

ヘリの駆動音が鳴り響く中で、やけにはっきりと聞こえたブリッツの返答。その声色は、それ以上有無を言わせないという形容しがたい圧力が込められていた。

 

TAC-50は萎縮し、まさにそれ以上何も言えなかった。なにより、自分の指揮官の事が心配だった。彼女もヘリに乗ってメリーのそばに寄り添い見守る。

 

ヘリは離陸し、ブリッツから離れていく。やがて、雨に紛れるようにして見えなくなった。

 

「ゲート、メリー・ウォーカーをヘリに乗せた。救出完了。フェイズ1終了だ」

 

『フェイズ1終了確認。では、作戦をフェイズ2にシフトします』

 

「了解、フェイズ2にシフトする。アウト」

 

冷たい雨が降り注ぐ。ブリッツの全身に降り注ぐ。

その中で、深く息を吸った。冷たい空気が肺を冷やすが、それも一瞬の事。すぐに熱い吐息がブリッツの口から溢れた。

 

「ヒーローは101を救う覚悟をするが、兵士は時として1のために100を殺す覚悟が必要になる。そうだったよな、皆。なら、100を殺して101を救う俺は、なんになるのかな」

 

自問自答の独り言。それもどこか自虐的、自嘲的に言う。

 

目を閉じ、再び深く呼吸する。

目を開ける。その目には、人間的な熱や色は一切ない。ただ一つの目的のために動く機械のような、冷徹な目をしていた。

 

遠くで、雷鳴が轟いた。雨は、更に強くなっていく。

 

 

 





次回、見敵必殺(サーチアンドデストロイ) 


今後の励みにしたいので感想くださいお願いします!なんでもしますから!


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4-5 ―敵勢力殲滅戦―

ひ、評価バーが赤くなってる・・・!?
評価してくれた方々、お気に入りに登録してくれた方々、ありがとうございます!


ブリッツが収容施設に戻ってくる頃には、施設全体にけたたましい警報と侵入者の存在を告げる放送が、雨音と雷鳴を塗りつぶさんばかりの音量で掻き鳴らされていた。

 

味方の死体を見付け、捕らえていたメリー・ウォーカーが居なくなった事に気付いたのだろう。

 

駐留している反グリフィン団体の戦闘員(オペレーター)がわらわらと、忙しなく動き回り唯一の侵入口である正面ゲートに土嚢をいくつも積み重ね、バリケードを形成している。迎撃準備は着々と進んでいる。

 

その様子を、小高い丘の上からブリッツら見下ろしていた。

 

『いいか!女を拐った奴らはまたここに来る筈だ!見付け次第殺せぇ!』

 

スピーカーから発せられる怒号。声質からして中年男性。

この声の主が「あの人」なのか。それともこの戦闘員を束ねるリーダー格か。

何れにしろ、やる事は変わらないが。

 

仮称として、スピーカーの男は"指揮官"としよう。

手出しが出来なかった理由の一つが無くなった今、敵は一転攻勢に出ると予想し、思考を迎撃態勢に移行している。グズではない。

ただ、分かりやすく頭に血が上っているのはよろしくない。指揮を執るなら、的確かつ冷静にだ。

 

「見事に戦闘地域(ホットゾーン)が出来上がってるな」

 

『敵は重警戒体制に入ってます。見付け次第撃ってきますよ』

 

「だろうな。さあ、鉄火場に飛び込もう」

 

準備は急ピッチで進められている。後少しで態勢は整うだろう。が、それを悠長に待ってやる義理はない。

 

目立たぬよう小さな動きで少しずつ近付く。ちょっとした岩の影に隠れた所で、バックパックから灰色のプラスチックで出来た円柱状の物体を二つ取り出した。

塩ビパイプの両端に蓋をしたような見た目をしたそれ。重さは一つ1kg弱ほど。

 

その二つ。スイッチのようなボタンを押すと、小さなLEDが赤く点滅する。

それから、積まれていく土嚢の向こう側へ向かって放り込む。硬い地面の上を乾いた音でバウンドし、惰性で戦闘員が集まる場所に転がりこんだ。

 

何の音か。何が転がってきたか。戦闘員が訝しげに地面に落ちているパイプを見る。

 

狙い通り。ブリッツはほくそ笑み、

 

It's showtime.(おっ始めるぜ)

 

PDAのタッチパネルを2回タップ。

その瞬間、放り込まれたパイプが爆発した。

 

ブリッツお手製、遠隔起爆式プラスチック爆弾。

通称パイプ爆弾と、そのままだ。

プラスチックのパイプにC-4爆薬と信管。おまけでボールベアリングを詰めた対人用爆弾。

破壊よりも殺傷能力に比重が置かれた設計だ。

 

些かサイズが大きい為、あまり多くを持ち込めないという弱点がある。

しかし効力は確かで、土嚢の向こう側で待ち構えていた戦闘員は爆発に吹っ飛ばされ、ほとんどがボールベアリングによる負傷で無力化されていた。

 

Jackpot(大当たり)!』

 

ブリッツのスマートグラス越しに爆発を見たナビゲーターが、まるで悪戯が成功した子供のように揚々と声を上げた。

 

一方で団体側は混乱の極みに陥っていた。

前触れもない爆発は減った人員以上に戦闘員のメンタルに多大なダメージを与えていた。戦闘員の足並みは揃わず。

攻撃を受けたと混乱しながらも近くの遮蔽物に隠れる者もいれば、仲間の死体を見てパニックに陥り右往左往する者。棒立ちになる者もいる。

 

それを見逃さず、ブリッツは岩影から飛び出す。正面ゲートに向かって走る。

 

伏せていた敵。パニック状態の敵。棒立ちの敵。爆発で瀕死の敵。

その全ての位置関係を把握。数的不利を埋めるため、立て直す前に先制攻撃をしかける。

 

伏せていた敵を撃つ。パニック状態の敵を撃つ。棒立ちの敵を撃つ。

ブリッツが土嚢の前に到達する頃には、正面ゲート付近に集まっていた戦闘員の大半が射殺された。

 

スライディングして土嚢に到達。背中を預け、空の弾倉をレシーバーから抜いて、新たに弾倉を叩き込む。

 

その時、雨音に混じった異音をブリッツの聴覚が捉えた。水溜まりが弾ける音だ。

その理由をブリッツは頭でなく本能で察した。

研ぎ澄まされた闘争本能が。危険に対して敏感な皮膚感覚が。長年に渡って過ごしてきた戦闘行動(非日常)によって培い、歪な発達を遂げた第六感が、ブリッツの体を無意識に動かした。

 

反射的に417を振り上げ、背中を預けたまま土嚢の向こう側に銃口を向ける。アンダーバレルのマスターキーが火を噴いた。

 

発射の確かな衝撃と共に、装填された12ゲージOOOバックショットが放たれ、射線上にいた戦闘員(オペレーター)の胴体を滅茶苦茶に破壊させながら吹っ飛ばした。

至近距離のショットガン。身を守るアーマーもない。まず助からない。

すぐに土嚢に身を隠したまま417を構え直し、今しがたショットガンで吹っ飛ばした男に7.62mm弾を叩き込みトドメを刺す。続けざまに発砲。先の男と同様に距離を詰めていた3人の戦闘員を射殺。胴体に3発ずつ叩き込む。

アーマーを着ていようが、鉄血人形の硬い外郭をも貫く7.62mmAP弾の前には関係ない。

 

残りは確認できただけで5人。しかしその残りはブリッツを警戒して出てこない。隠れて奇襲する心算なのか。それとも恐れをなしてやり過ごそうとしているのか。

 

どちらにせよ、ブリッツには意味がない。

隠れている場所はマグネティックで全て把握済み。

 

フェイズ2は施設内にいる敵勢力の殲滅。一人残らず、例外無く排除する。

故に、彼らの進退は決まっている。

 

先ほど撃ったM26MASSのボルトを引いてシェルを吐き出させ、これ見よがしにその場に立って417のマガジンを抜く。

 

すると、今が好機と捉えた敵戦闘員が一斉に飛び出してきた。油断して呑気にリロードしているブリッツを仕留めようと、ACRを向ける。

 

が、それよりも早く戦闘員の一人が後ろにのけぞり倒れた。続けて轟音と共に一人が鮮血を撒き散らしながら派手に倒れる。やられた仲間を見た残り3人の戦闘員は慌てて立ち止まろうとするが、すぐに同じ末路を辿った。

 

それをやってのけたブリッツの手。右手にM26MASSのグリップを握り、左手でMk23を持っている。

ショットガンとハンドガンの2丁で、残りの5名を瞬く間に殲滅してみせた。

 

「アマチュアだな」

 

侮蔑を込めてブリッツは吐き捨てる。

 

正面ゲート、敵影無し(クリア)。一度抜いた417のマガジンを再度入れ、M26MASSのボルトを引く。Mk23はホルスターに収めた。

 

すると、雨の雑音に紛れて電子的な音声が聞こえてきた。

近づけば、倒した戦闘員の一人が持っている無線機から流れている事がわかった。

 

『おい!応答しろ!敵は仕留めたのか!?』

 

スピーカーから大音量で声を荒げていた中年男性と同じ声が、無線機から溢れている。他の所から聞こえて来ないところを見るに、この無線機を持っている男はどうやら正面ゲートの防衛線を束ねる存在だったようだ。

そんな男から応答が無く、不安を覚えたようだ。

 

無線機を手に取る。

 

「どうも指揮官(コマンダー)。ご機嫌はどうだ?」

 

『な、誰だお前は!?』

 

「今からそっちにいく。茶菓子用意して待ってろ」

 

一方的に告げて、無線機を握りつぶす。

無線機だったガラクタは地面に叩きつけるように捨てる。

 

『敵を挑発してどうするんですか!?』

 

ナビゲーターが信じられないとでも言いたげな口調で言う。

確かに、数的不利な状況で敵を挑発。ましてや行く先を告げている。これでは奇襲が使えない。

 

「俺が思うに、敵指揮官はそこそこ頭はキレるが、それ以上に臆病者だ。こうやって脅しをかければ、どっかに引っ込んでくれる。ほぼ全ての戦力と一緒にな」

 

『まさか、敵を一ヶ所に集めようと?』

 

「そういう事だ。そっちの方が分りやすい。おまけに向こうは、すでに施設の制御がこっちにある事を知らないようだ。地の利はこちらにある。武器は上等でも、使うやつはアマチュアの寄せ集めだ。それに、装備もこちらに比べて不十分。やりようはあるさ」

 

『しかし、そんなうまく行きますか?』

 

疑問の声を溢すナビゲーター。が、それを払拭する声がスピーカーから流れた。

 

『全員!所長室に来い!そこで侵入者を殺せぇ!』

 

甲高い耳障りなノイズ混じりに、指揮官が命令を下した。

 

「な?」

 

『この人、よく今日まで指揮官やってきましたね・・・。居場所をオープンでバラしちゃってますし・・・・・・』

 

「ああ、()()()()な。それだけテンパってるって事だ。行くぞ。案内を頼む」

 

『二階に上がってください』

 

正面玄関を潜れば、すぐにエレベーターと階段が見える。

迷わず、エレベーターのボタンを押して呼び寄せる。ドアはすぐに開いた。一度中に入り2階のボタンを押し、すぐにエレベーターから出る。

 

「相手の出方を見ようか」

 

階段を昇り始め、誰もいないエレベーターの扉は閉じ、無人のままカゴは2階へと上昇。

やがてエレベーターは2階へ到着。甲高い電子音と共に扉は開いた。

 

瞬間、数多の銃声と共にエレベーター内に向けて銃撃。玄関近くのエレベーターか階段を使うと予想し、戦闘員達が待ち構えていたのだ。

硝煙と粉塵が辺りに充満していく。弾切れになるまで撃ち続けて、そこでようやく気付く。誰も乗っていない。

 

困惑する戦闘員達は、弾切れであることも忘れて空っぽのエレベーターを見る。

 

その呆けた横っ面を、階段から飛び出したブリッツがHK417の弾丸でぶん殴った。

ブリッツの奇襲に為す術もなく、待ち構えていた戦闘員全員が混乱に陥ったまま排除された。

 

「まあ、これくらいはやってくるか」

 

倒れ伏した戦闘員を見遣りながら、ブリッツは小さく溢した。

空になったマガジンを捨て、新たなマガジンを装填。出来立ての屍を越え、所長室を目指す。

 

結果から言えば、待ち伏せはエレベーターの前だけだった。クリアリングを欠かすこと無くナビゲーターの示す通りに進み、トラップも何も無いまま所長室の前にたどり着いた。

 

ここまで何もないという事はつまり、この所長室の中に待ち構えている事を示していた。

その証拠に、マグネティックで部屋の中を見たら、大量の戦闘員が唯一の出入り口であるドアにACRを向けている。

その数は20名。ドアを中心に扇状に展開し、同士討ちのリスクと仕留め損なう可能性を徹底して排除していた。

 

その戦闘員の後ろ。部屋の隅で縮こまっている、腹回りが良く肥えた男がいた。声から予想出来る体型そのものであった。

どうやら彼が指揮官のようだ。

 

「物騒な茶菓子を用意してくれたもんだ」

 

『どうします?このまま行けば風通しの良い体になっちゃいますよ?』

 

「寒い思いはしたくないな。幸い、壁は薄い。ぶち抜こう。ゲート、合図したら照明落とせ」

 

『了解』

 

所長室の隣に移動する。どうやら物置部屋のようで、埃を被ったダンボール箱や、銃器を保管していたであろうロッカーが開け放たれたまま放置されている。

 

そっと、所長室に面した壁に近付き、C-4爆薬を設置。壁を突破するために開発された指向性のものだ。

念のため少し離れる。

 

「ゲート、落とせ」

 

照明が落ち、部屋の中が暗闇に満ちた。戦闘員と指揮官が、突然の事に慌てふためく様がマグネティック越しに見えた。

 

Take this(喰らえ).」

 

PDAをタップ。壁に張り付けたC-4が起爆し、壁に大穴が開いた。

その衝撃。爆発のエネルギーとそれによって飛散した破片が無防備な戦闘員を襲った。

 

近くにいた何人かが吹き飛ばされ、中には爆発の影響で腕が千切れた者もいた。

 

暗視装置を起動し、部屋に突入。HK417のフルオート射撃が、武装した戦闘員達に襲いかかる。

敵に暗視装置を持っている者がいなかったのも大きかったのだろう。何も見えない室内で、何も抵抗できないまま。

マズルフラッシュが迸ったと思いきや次々に仲間の断末魔が上がり、やがて自分も築かれた屍の一つに成り果てる。

 

暗視装置越しに部屋を見る。全員仕留めた。

残るは丸腰の指揮官のみだ。

 

「ゲート、つけろ」

 

照明が再び光を灯す。室内は血の海と化していた。呻き声一つない。全員死亡している。

 

弾丸を撃ちきったHK417を背中に収め、Mk23を抜いて部屋の隅で尻餅をついている指揮官に向け、ゆっくりと近付く。

 

「き、貴様!何者だ!?」

 

虚勢から大声をあげているが、その声は緊張と恐怖で震えている。

 

「動くな」

 

ブリッツはそれだけを冷徹に告げた。それだけで指揮官は体を震わせ黙り込む。

 

ゆっくりと近付く。そして、ブリッツは気付いた。

 

自分はこの男を知っている。ブリッツの中で、全てが繋がった。

 

「なるほど、アンタが"あの人"か。中佐」

 

「なっ!?貴様!軍の人間か!?」

 

「いや、ここにいるという事は元中佐か」

 

指揮官改め元中佐は、ひどく狼狽する。

構わず続ける。

 

「第74特殊戦術機動実行中隊。通称ギアーズ部隊。そのデルタチームと、ここまで言えばわかるか?」

 

「デルタチームだと・・・!?バカな!デルタチームは全滅した筈だ!」

 

「ああ、アンタが持ってきた嘘の任務でな。俺以外、全員死んだ」

 

「そうか・・・!貴様ブランクか!」

 

「漸く思い出したか」

 

「この死に損ないが!名無し(ブランク)の歯車風情が私に銃を向けよって!」

 

「生憎、もう名無し(空欄)のブランクじゃないんだ。歯車でもない。アンタも中佐じゃない」

 

元中佐の男は悔しげに。忌々しくブリッツを睨むが、彼からしてみれば、牙を抜かれ肥え太った獣が精一杯体を大きく見せようと虚勢を張っているようにしか見えない。

 

階級相応の威厳が欠片も無くなった。そんな元中佐の姿に、ブリッツは当初抱いていた殺意が抜け落ちてしまった。そして、もっといい方法を思い付く。

 

「気が変わった。アンタをグリフィン本部に連行する」

 

「何だと!?」

 

「そこで洗いざらい吐いてもらう。反グリフィン団体の規模と戦力。拠点の位置と数。武器の入手ルート。活動資金の出どころ。全てだ。

それと、アンタと繋がってるグリフィンの内通者もな」

 

この男はメリーの誘拐にも関わっている。今この男を始末しても、根本的な解決には繋がらない。

ならば当然、利用する。この男の持つ全てを奪う。始末するのはそれからでいい。

 

ただ────

 

「しかしそれだと、俺の気が済まないんでな。痛い目にはあってもらう」

 

言って、ブリッツは男の右膝を踏み潰した。

硬いブーツに、骨が砕ける感触が伝わる。

 

「ぐあぁああぁ!」

 

悲鳴を上げる。気にせず左膝を踏み砕く。

また悲鳴を上げる。

薄くなった髪を掴んで床に転がす。

 

左手を踏んで固定し、左肘を踏み砕く。

悲鳴に嗚咽が混じり始めた。

同じように、右肘を破壊。

 

息をするように行われた人体の破壊。痛みに男は悲鳴を上げ、のたうち回る。しかし両腕両足が破壊されているため、体を揺するくらいしか出来ない。

上げ、のたうち回る。しかし両腕両足が破壊されているため、体を揺するくらいしか出来ない。

 

「これで勘弁してやる」

 

冷淡、冷徹に。抵抗出来ない男の顔面を踏みつけた。

気絶した事で悲鳴は失せ、所長室には静寂が訪れた。

 

「ゲート。オールクリアだ。DS兵器を破壊した後、帰還する」

 

『了解。ヘリアンさんに、R09地区の人形を手配するよう連絡します。・・・ブリッツ指揮官。お疲れ様でした』

 

「・・・・・・ああ」

 

最後の応答には、疲労が色濃く表れていた。

誤魔化しようも無い程に、彼は疲れていた。

 

だが、まだ終わっていない。DS兵器の破壊に取り掛かる。

 

予想通り、複数箇所でDS兵器が発電機を使って稼働されていた。使われていたのは型落ちの物であったが、I.O.Pの戦術人形を封じ込むだけなら十分効力を発揮する。

 

それらを丁寧に一つずつ、破壊していく。なお一つだけ、電源を外した状態で確保。報告書の作成や本部の調査の為に必要になると判断。

 

DS兵器の効力が無くなった所で、地下収容所に囚われていた人形達を解放。

グリフィン所属の人形もいれば、戦闘能力の無い民生用の自律人形も捕らえられていた。

後の報告で、保護された人形の数は96体。いずれも時期が来たらブラックマーケットで売り出すつもりだったらしい。

解放された人形は本部が一時的に保護する事で決定した。

 

ヘリアンの命令でR09基地の人形が収容施設に到着した頃には、ブリッツの姿は無かった。

残っていたのは、解放された人形と数多くの死体。両腕両足の関節を破壊され気絶している太った中年男性。

 

この状況を作り出した一人の兵士の姿は、施設のどこにもいなかった。

 

 

 

 




ちょっとだけブリッツの過去が明らかになりました。昔はブランクって呼ばれてたんだよアイツ。

ギアーズとかデルタとか、狙いすぎじゃねぇの?とか言われそうだけど、ゆるして。
この部隊についても、いずれは詳細を書ければなと。

後半駆け足になってしまったけど、あんまり細々と描写しても冗長になってしまうのでダイジェストっぽくしました。

お陰さまで評価バーに色が付きました!もっと欲しいので感想ください(強欲)


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4-6

まぁ~た長い文章書いちゃったよ。時間に気を付けてね!


 

S10地区司令基地。その屋上。

快晴の空の下。ブリッツは落下防止の柵に背中を預け、ぼんやりと空を見上げていた。

口には火の着いていない煙草。そして、手慰みに年季の入ったオイルライターを弄んでいる。

 

彼は煙草や葉巻といった類いは吸わない。口に咥えるだけで紫煙を燻らせることもしないし、ライターというものは無用の長物だ。

 

それでもこうして持っているのは、このライターがかつて共に戦った戦友の形見だから。

 

火を着けては消し。火を着けては消し。それを淡々と、延々と繰り返す。時間をもて余した時、彼はずっとそうしている。

 

屋外の射撃訓練場から聞こえる連続した銃声をBGMにして、深く息を吐いた。

 

「平和なもんだ」

 

青空を見遣りながら、小さく呟いた。

そよ風が髪を靡かせ頬を優しく撫でた。

 

────誘拐されたメリー・ウォーカーの救出任務から、一週間が経過した。

 

救出されたメリーは、グリフィンが提携している救急病院に搬送。処置を受けた。

順調に快復していっているようで、近い内に退院出来るだろうと聞いていた。

 

メリー・ウォーカー指揮官の誘拐については、グリフィン上層部は黙秘する事に決めた。

PMCとしての信用に関わる問題として、公にはしないとの事だ。これに関してはメリーとしても、その方がありがたいだろう。

 

同時に、グリフィン上層部には大掛かりな浄化作業が行われた。

ブリッツが捕らえた元正規軍中佐の男。彼と通じている人間を炙り出した。

本部による元中佐への尋問は、とても親身なものだったのだろう。色々話してくれたようだ。

 

お陰で、密かに通じていたグリフィン内部の人間を見つけ出し、排除する事が出来た。

身代金500万は、元中佐とその内通者達で山分けする心算だったようだ。

 

元中佐がまだ軍にいた頃。急速に台頭してきた自律人形と彼自身の能力が合わさり除籍されたという、曖昧な情報しかブリッツは聞いていない。別に気にはしないが。

 

ともかく、人形に対し恨み妬み嫉みが積み重なり、軍役時に築き上げたパイプを活用し、反グリフィン団体に武器を提供。見返りにそれなりの金を手に入れていた。

武器を手に入れた団体はより活動的になり、数多くの自律人形を確保。ブラックマーケットで売りさばき資金を得ていた。

金を手にいれ武器を買い、更に活動的になる。段々とエスカレートしていった結果がメリー・ウォーカー誘拐に繋がり、結果ブリッツが幾つかある拠点の一つを壊滅させる要因となった。

 

元中佐の処遇はまだ決まっていない。このままグリフィンの営倉に閉じ込めるのか。軍に引き渡し、あとは任せるのか。どちらにせよ、もうブリッツには関係はなく彼自身も興味は失せていた。

 

そんなテロリストの拠点を一つ、単独で潰したブリッツは現在謹慎中である。こうして空を見上げているのも、そういう理由だ。

 

ヘリアントスから受けた任務は「拉致されたメリー・ウォーカー指揮官の救出」であり、拠点の壊滅は入っていない。

つまり、救出後のフェイズ2はブリッツの独断専行の命令無視という事だ。

 

「放置は危険と判断し、壊滅させた」と、ブリッツは悪びれもなくヘリアンに言い切っていた。しかし命令無視は命令無視。

本来なら厳重な処分が言い渡されるのだろうが、無事にメリーを救出し、グリフィンに内通者がいる事を突き止め、団体に武器を流していた元中佐の身柄確保。戦闘員壊滅によって不当に囚われていた人形達を解放。

これらの功績によってブリッツは1ヶ月の謹慎という、かなり軽い処分が言い渡された。

 

その代わり、本部が用意した「R09基地のメリー・ウォーカーが負傷を受けながらも、反グリフィン団体の拠点を壊滅。多くの人形を救助した」というカバーストーリー(作り話)の真相を喋らないという条件付きで。多額の特別報酬(口止め料)も添えて。

功績は認めるが、処分は与えないと他に示しがつかない。との事だ。

どうせ公表されないのだから、他を気にする必要は無いと思うが。

おそらくは、ブリッツたちを好き勝手に動けぬように釘を刺した、という意味合いの方が強いのだろう。

 

ブリッツとしても、元より言いふらすつもりは無い。突然降ってわいたボーナスと休暇を謳歌させてもらっている。

 

とはいえ、現状から見てわかる通り些か持て余している。といった感じが否めない。

 

「サボってるの?」

 

ふと声を掛けられた。見上げていた視線を下ろして見る。

この基地の副官。LWMMGがそこにはいた。一冊の雑誌を脇に抱えていた。

彼女はそっとブリッツの隣に行き、同じように背中を柵に預けた。

 

「仕事が無いんだ。サボりようもない」

 

「それもそうね。私も暇だし」

 

LWMMGが小さく朗らかに笑う。

随分と笑うようなったものだ。出会ったばかりの頃を思い出し、そう思った。

 

LWMMGは脇に抱えていた雑誌を、ブリッツにも見えるように開いた。グリフィン内て出回っている、お馴染みの社内報だ。

 

「『R09基地、反グリフィン団体の拠点の一つを壊滅。多くの人形を救出』、か。こうまで脚色されると、却って清々しいわ」

 

「プロパガンダだろ。前線指揮官が敵に拉致され酷い暴行を受けた。人形も手出しできなくて救助は難航した。なんてバカ正直に載せたら、ただでさえ不足してる指揮官という存在が更に減りかねないからな。」

 

「でも、指揮官の中にはいざという時に戦える人間もいるんでしょ?戦闘訓練だって受けてるって聞いたわ」

 

「いざという時にしか戦えない人間は、いざという時も戦えないんだよ。ウォーカー指揮官がその例だ。

グリフィンの戦力は戦術人形に依存し、指揮官は戦術人形の戦闘能力に生かされている。だから、何時でも戦える人間(兵士)に付け込まれる」

 

ブリッツの言い分に、LWMMGは社内報の記事から目を離し、空を見上げた。遥か遠くの果てを見ているように、その焦点(ピント)はどこにもあっていない。

 

「ねえ、ブリッツ」

 

合わせていなかった焦点(ピント)をブリッツに合わせる。

 

「もし、ブリッツが彼女のように捕まったら、私達はどうしたらいい?」

 

「見捨てろ。リスクを考えれば、助ける必要はない」

 

迷いも躊躇いも、感情すら廃した返答。それに対し、LWMMGは驚きはしなかった。

そう言うと分かっていたから。しかしそれは彼女にとって自身の意に反する回答だ。

 

「わかった。なら、そうなったら私が助けるよ」

 

「話を聞いてなかったのか?」

 

「聞いてたよ。言われた通り、グリフィンの指揮官をグリフィンの戦術人形としては助けない。

だから、私の所有者(オーナー)としてブリッツを助ける。貴方の命は私にとって、百万発の弾薬よりも重い」

 

LWMMGはブリッツの眼を見る。共に同じ青い眼。揺らぎの無いその眼は、確かな決意の光が宿っている。

そんな眼を見て、ブリッツは小さく息をつく。

 

「オーナーの意思を無視するとは、とんだ不良人形だ」

 

「ん?そんな風にしたのは誰だったかな」

 

ニマニマといった笑みを見せ付けるLWMMGに、ブリッツは呆れ気味に「全く・・・」と呟く。

不意に、ブリッツは彼女の頭に手を置いて少し荒っぽく撫でる。

 

「その時は頼んだ」

 

「あ、うん・・・・・・」

 

これまでの笑みはすっかり鳴りを潜め、LWMMGは顔を赤くして俯き、それっきり黙りこんでしまった。

コロコロと表情が変わる副官(相棒)の姿に、ブリッツの胸中には穏やかな物が流れ込んだような気がした。

 

しかし状況というのは穏やかな胸中とは対称的にあるようで、ブリッツのPDAに穏やかならぬ一報を届けてきた。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

R地区内の居住区域にある、グリフィンと提携している巨大な救急病院。8階建てであるその病棟の最上階には、治療中の患者を収容するための病室が連なっている。病院自体は一般人も利用できるようになっているが、7階と8階はグリフィン所属の指揮官や幹部クラスの人間と、その関係者以外入れないようになっている。

その一室に、一際大きな病室がある。主にVIPが治療に使うその病室は豪華な意匠が拵えられていて、リクライニング機能つきのベッドや心電図、点滴といった医療機材が無ければ高級ホテルのそれと勘違いしてしまいかねない。

 

そんな部屋に一人、入院着を着たメリー・ウォーカーがベッドに寝転び、窓の外を見ていた。

時刻は夜。照明が消えた室内を照らすのは空に浮かび上がる月からの、微かな光のみだ。

 

社内報でメリーのカバーストーリー(活躍)は広く伝わっているが、それが露呈しないようセキュリティが万全に施された病室で、彼女は治療を続けている。

嵌め殺しにされた窓ガラスは小銃程度なら貫通させない、振動センサー付きレベル4クラスの防弾ガラスだ。

反グリフィン団体が報復として、彼女に再度襲撃をかける可能性も考慮しての配慮だった。

病室の外には彼女の部下である戦術人形たちが交代しながら、24時間体制で警備している。

 

暗さで遠近感が無くなり、広い病室が更に広く思えた。人形たちが気を使ってか、病室にはいない。自分以外には誰もいないことに、彼女は物寂しい気持ちになった。

 

そして去来するのは、あの独房で行われた惨事。ここと同じように暗い部屋の中で、数々の男達になぶられた記憶。

 

「ッッ!」

 

恐怖で寒気がした。自分自身を抱き締めるように身を縮み込ませた。

 

「大丈夫・・・もう大丈夫・・・」

 

自分に必死に言い聞かせる。もう終わったのだと。わかっているのに恐怖は拭えない。今にも病室にあの男達がなだれ込み、また自分を汚すのではないかと。

 

肉体以上に擦りきれた心から来る被害妄想に近いそれを止める手段を、今のメリーは持ち合わせてはいた。

密かに持ち込み、枕の下に忍ばせていた拳銃。ベレッタM9を両手でぎゅっと握る。

 

今、彼女の精神の拠り所はこれだ。この小さい黒鉄が、彼女の不安定な心を支えている。敵が来ればこれで応戦し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

拳銃という存在が持つ力だけが、今の彼女を寸でのところで踏み止めていた。

 

─────その時、気配がした。すぐ横だ。この病室には自分以外いない。

いつの間に。どうやって侵入してきた。そんな疑問を置き去りにして、抱いていた恐怖心から反射的にM9の銃口を向ける。

 

瞬間、手が押さえられた。間髪入れずにガシャンと何かが外れたような音がした。

 

「危ないな。病院にこんなモノ(M9)を持ち込むとは、感心しませんよ」

 

気配から声を掛けられる。聞き覚えのある声だ。暗がりの部屋の中でも、その顔の輪郭くらいは視認できた。

真っ先に思い浮かんだ男の名前を告げる。

 

「ブリッツ、指揮官・・・?」

 

「一週間ぶりですね、ウォーカー指揮官」

 

自分を助け出してくれた男、ブリッツがそこにはいた。以前のような戦闘服ではなく、カジュアルな黒いスーツ姿の彼の手には、何か棒状のものが握られている。それが自分の持っていたM9のスライドである事に気付くのに、メリーは5秒ほどの時間を要した

 

「思っていたより元気そうだ。安心しました」

 

言いながら外されたM9のスライドを取り付け、メリーに返す。

 

メリーの脳内は混乱していた。何でどうしてと思考が纏まらない。

 

「え、あの、どうして・・・?」

 

「お見舞いですよ。病院ですから」

 

「いや、そうじゃなくて・・・」

 

「ここの戦術人形(警備員)は優秀だ。ここまで来るのに苦労しました」

 

あっけらかんと言うブリッツに、メリーはもういいやと疑問を抱くことを諦めた。

よくよく考えれば、誰にも見付からずあの独房まで辿り着き、自分を助け出したのだ。彼にとってはちょっと苦労するくらいで出来るのだろう。

 

「まず、謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

「え?」

 

深々と、ブリッツは頭を下げる。

 

「無理矢理眠らせてしまいました。貴女の気持ちも無視して」

 

「・・・ああ、あれですか」

 

そっと、首を撫でる。ブリッツに注射を打たれた場所だ。

注射を打たれたあの時からの記憶はない。目が覚めたときにはこの病院のベッドに寝かされていた。

 

「もっとスマートなやり方も、あったはずなのに」

 

「あ、えっと~・・・その、あの時は私もテンパってましたし、仕方ないと思います。今はもう気にしてません」

 

「そういって頂けると助かります。・・・正直、恨まれていると思ってましたから」

 

頭を上げて安堵の表情を浮かべるブリッツに、メリーの脳裏にある予想が組上がる。

 

「まさか、それを言うために来たんですか?」

 

「ええ、まあ。どうしても、直接謝罪したくて」

 

メリーはため息を吐いた。謝るためだけに、夜中に侵入し、警備の目を掻い潜ってきた目の前で照れ臭そうに頬を掻いている男に。

技術の無駄遣いも良いところだ。なんと不器用な人間か。

 

それでも、こうして会いに来てくれたのが、なんだか嬉しかった。

少しだけ、救われたような気がした。

 

「ブリッツ指揮官。ありがとうございます」

 

「え?何がですか?」

 

「いえ、何でもないですよ」

 

小さく笑って見せるメリーに、ブリッツはどういう事だろうと首を傾げるばかりだった。

 

その時、ブリッツのスーツに忍ばせていたPDAが甲高い電子音を鳴らした。それを聞き、ブリッツは一瞬だけ眼を細めた。

 

「そろそろ帰ります」

 

「え、もう帰っちゃうんですか?」

 

寂しげにメリーは表情を曇らせる。

 

「ええ、これでも謹慎中の身なので。見つかると色々マズイんですよ」

 

「悪い事しますねぇ」

 

「バレなきゃ問題ありませんよ。では、ウォーカー指揮官。また」

 

敬礼し、ブリッツは踵を返す。それを、メリーはスーツを掴んで引き留めた。

 

「ウォーカー指揮官?」

 

「・・・メリーって、呼んでください」

 

「え。いやそれは」

 

「シェルターの時は呼んでくれたじゃないですか」

 

「あの時は切羽詰まった状況で、ファーストネームの方が都合が良かったというか」

 

「呼んでくれなきゃ不法侵入者アリと緊急通信します」

 

「脅迫ですか?ああもう、わかりましたよ。メリー指揮官」

 

半ばヤケになったブリッツはぶっきらぼうに名前を呼ぶ。

呼ばれたメリーは若干不満げで、小さく唸る。

 

「んー・・・思ってたのと違うし、敬語なのも余計ですが・・・まあいいでしょう」

 

「お気に召したようで。それでは・・・っと、忘れてました」

 

ブリッツは懐から銃を取り出した。

MP7A1。あの独房で、メリーに渡そうとしたPDWだ。それを予備の40連マガジン二本と一緒に、ベッドに置いた。

 

「差し入れです。有効に使ってください」

 

コレ(M9)以上に物騒な差し入れですね」

 

リンゴ(手榴弾)も付けるか迷いました」

 

「爆発物持ち込もうとしないでくださいよ」

 

苦笑いを浮かべつつ、メリーはMP7を手に持ってみる。

やはり、M9と比べるとやや重い。それでも、貫通力に優れるMP7ならボディアーマー持ちにも有効だろう。

 

「ありがとうございます、ブリッツさ・・・ん・・・?」

 

視線をMP7からブリッツに向けるが、そこには誰もいない。

病室には、メリー以外誰も居なかった。まるで初めから誰もいなかったように、病室内は静まり返っていた。

 

それでも、先程までの寂しさは無かった。

 

唯一、ブリッツが来ていた証拠であるMP7を両手で掲げるように持つ。

微かな月明かりに照らされたその黒鉄を、まじまじと見る。

 

「初めてだなぁ。男の人からプレゼントもらうの」

 

随分と鉄と火薬臭いプレゼントだ。彼女の部下たちが見たらきっと、そんな感じに様々なツッコミを頂くのだろう。

だが、気にしない。

 

嬉々とした笑みで、メリーはぎゅっと胸元に引き寄せ抱き締める。

 

彼女の心の拠り所が、もう一つ増えた。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

病院から数百メートル程離れた場所に、有料の駐車スペースがある。

そこに、一台の大柄な車が鎮座している。

 

黒のトヨタ ハイラックス。

そのハイラックスのもとに、ブリッツがやってきた。

助手席側のドアを開け、ハイラックスに乗る。

 

「おかえり」

 

運転席で、退屈そうにハンドルに凭れかかっていLWMMGが出迎えた。

 

「ただいま。状況は?」

 

「聞いてみたら?」

 

ぶっきらぼうに、LWMMGは無線機を差し出す。

副官の態度を訝しく思いながらもそれを受け取り、スイッチを入れる。

 

「状況報告」

 

『こちらAポイント。オールクリア』

 

『Bポイント。オールクリア』

 

『Cポイント。オールクリア』

 

「了解。各自速やかに撤収しポイントDに向かえ。痕跡は残すなよ。オーバー」

 

無線を切り、ブリッツはシートに身を埋める。一先ず終わった。

 

─────その連絡は、日中に届いた。

 

反グリフィン団体に不穏な動きがある。名目としては、『団体に武器を供給していた正規軍元中佐が捕まり、拠点の一つを潰された事への報復』。

 

グリフィンの誰がやったのかは分からないが、その時捕らえていた指揮官、メリー・ウォーカーの関係者に違いない。

ならそれを匿っている病院も同罪だ。粛清してやる。

 

団体の行動理念としてはこんな所か。

ともかくとして、反グリフィン団体は大規模な攻撃を敢行しようとしている。

"関係者"として、阻止する必要がある。

 

基地のほぼ全ての戦力を、予想進行ルートである3つのポイントに分散。強襲してくる反グリフィン団体を迎撃した。

 

全てのポイントに引っ掛かるとは思わなかったが、強襲部隊を全て撃退出来た。

念のため、メリーの病室に忍び込み。連絡がくるまで護衛していたが、杞憂に済んでよかった。

 

これで、しばらくは反グリフィン団体を始めとした過激派たちは大人しくなるだろう。迂闊に攻めればどうなるかをよく理解出来ただろうから。

 

ちなみにこれは、グリフィン本部も知らない作戦行動だ。

もしバレたら謹慎程度じゃ済まない。

 

後は、バレない内にさっさと姿を消すだけだ。

 

「なぁんか、やけに気にかけてない?あの女性指揮官にさ」

 

ハンドルに凭れたまま頬を膨らませるLWMMG。

 

「なんだ?拗ねてるのか?」

 

「べつにー」

 

台詞とは裏腹に、その口調は明らかに不満たらたらである。

 

「関わった。そして知ってしまった。放ってはおけない」

 

「そうだね。まあそういう人だからね。ブリッツは」

 

「はいはい。さあ、帰るぞ」

 

イグニッションキーを捻り、エンジンを始動させる。

野太いエキゾーストを響かせてハイラックスは動き出す。

 

料金所にPDAをかざして、ゲートを開けさせる。

これでもうこの駐車場に、彼らがいた痕跡は無くなった。

 

夜の闇の中に溶け込むように、黒いハイラックスは何処かへと消えた。

 

 




真面目なふりした問題児。それがブリッツ指揮官。
そんなヤツに着いていく人形が真面目な訳ないっすね。

評価とか感想とか要望とかあったら下さい。くれよこせ(豹変)



あと凄い事言うで。
ワイこの次どうするか考えてない


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インターミッション.04

今回は(作者の力量のせいで)影の薄かった人形数体に注目。

キャラ崩壊ちうい


 

 

S10地区司令基地には、トレーニングルームが設けられている。

人間である指揮官やスタッフが主に使用する施設だ。様々なトレーニング機材が揃っている。

鍛える必要の無い戦術人形も時折遊びで、ベンチプレスやスクワットマシンを使い、度々人間のスタッフを驚かせている。

 

その中でも異彩を放っているのが、指揮官たるブリッツである。

 

鉄パイプと固定用金具で組み上げられた、鉄棒を彷彿とさせる造形をした懸垂器を使い、懸垂運動を行う。

 

「497・・・!498・・・!」

 

着ているグレーのタンクトップに染み込んだ汗が、彼が敢行しているトレーニングの過酷さを如実に物語る。

それでもペースを落とさず、歯を食い縛り、重い体を持ち上げる。

 

「499・・・!500・・・!」

 

予め決めていた回数を終え、ブリッツはだらりとぶら下がる。

 

降りる前に、腰に巻かれたベルトを外す。すると、彼の股下にぶら下がっていた、ベンチプレス用のプレート20kg三つが、敷かれていたマットの上に落ちる。反発力のあるマットがめり込むように沈んだままで、その重量を静かに物語る。

 

プレートを踏まぬようブリッツも降りて、近くに掛けていたタオルで汗を拭う。

上腕が大きくパンプアップし、筋肉が肥大化している。

 

乱れた呼吸を整えつつ、蓄積された疲労を紛らわすように腕を振る。

 

その様子を少し離れた所の柱に身を隠しながら、双眸を輝かせて覗き見る一体の人形の姿。

名をダネル NTW-20。ブリッツや他の人形基達からはダネルと呼ばれており、この基地に所属する人形の中でも、最強の破壊力を誇る対物ライフルを扱う戦術人形である。

 

彼女も他の人形の例に漏れず、戦場で保護された人形だ。後方支援の最中に人類人権団体から襲撃を受け、連れ去られたという過去があり、紆余曲折を経てブリッツの指揮下にやってきた。

そんな彼女のメンタルモデルは、この基地で過ごす内にある性癖が発露した。

 

鍛練に次ぐ鍛練によって強くしなやかに、大きく発達、隆起した五体の筋肉に性的魅力を感じる。所謂筋肉フェチというものだ。

 

というのも彼女の前の指揮官は、ソフトな言い方をすればふくよかな。ストレートに言ってしまえばメタボリックな体型で。前線指揮官という肩書きにそぐわない体型をしていた。

 

工場生産(ファクトリーライン)の人形と違い人間は千差万別。体型がアレだからと批判する気は無いが、彼女元来の性格もあってあまり好ましくは思っていなかった。

 

そういった反動もあるのか。S10基地に着任し、兵士として日々鍛練を欠かさぬブリッツの肉体を見てフェチが目覚めた。目覚めてしまった。

それ以来、ブリッツが筋力トレーニングを行っている間は、こうして少し離れた位置から覗き見している。

 

特に、一ヶ月の謹慎を機によりハードなトレーニングを行うブリッツの肉体はより一層磨きが掛かり、更なる発達を遂げていた。

 

「はぁ、いいなぁ・・・・・・」

 

肌に浮かぶ汗が照明の光を反射させ煌めく。ダネルにはそれが一種の芸術作品のように見え、うっとりとした熱い視線を向け、思わず感嘆の声が漏れた。

 

「ならもっと近くで見たら?」

 

「ひゃっ!?」

 

すぐ後ろから突然声を掛けられ、ダネルは思わず素っ頓狂な声が飛び出し、体が跳ね上がった。

 

「おお、可愛い叫び声だね」

 

「てぃ、ティスか?」

 

「やあダネル」

 

飄々とした様子で後ろにいたのはOTs-12。第二部隊に所属し、仲間からはティスという愛称で呼ばれている。銀の長髪に、瞳が星形になっているのが特徴的。自称"秘密兵器"。

それが彼女のプロフィールである。

 

「で、いかないの?」

 

「い、行ける訳ないだろう!?」

 

「なんでさ」

 

「上官に対していきなり近づいて触っても良いかなんて聞ける訳ないだろう!?」

 

「そこまでは言ってないよ。わたし」

 

ダネルの自爆に「あ、触りたかったんだ」と知った。

どうも普段の彼女は、どこか抜けていたり勝手に暴走して自爆する節がある。戦闘時はこれ以上無いほどに頼りになる、優秀な人形なのだが。

今も、ティスの指摘に「あっ・・・」と口を滑らせてしまった事に羞恥で顔を赤くさせている。

 

二度目だが、戦闘時にはWA2000やSV-98に次ぐ優秀なスナイパーなのだ。これでも。

 

そんな可愛いげのあるスナイパー。もとい戦友に、手を差し伸べてもいいのではないか。ティスはそう思案する。

何だかんだで彼女が属する第三部隊。拠点防衛に特化した部隊には世話になっている。

彼女達の存在があるからこそ、今この基地の平穏と、任務に対して集中できる環境がある。暇潰しも兼ねて助けるのもまた一興だろう。

 

「よし、この秘密兵器に任せなさい。ダネルの願望を叶えてあげよう」

 

「ちょっと待て。何をする気だ?」

 

「まあまあ、見てなさい」

 

言って、ティスは軽やかな足取りで柱の影から出て、一通りのトレーニングを終えて小休止に入っていたブリッツに接近する。

 

「しきかーん」

 

「ん?ティスか。どうした」

 

「指揮官。汗かいてるでしょ。背中とか拭いてあげよっか。───ってダネルが言ってる」

 

「ティスぅー!?」

 

ダネルが隠れる柱を指差していう言うティス。思わずダネルの口から悲鳴染みた声が上がる。

ティスの予想外の行動にダネルは混乱。それを好機と見たティスは手を緩めない。

 

「さっきから熱のある視線を指揮官に向けてたんだよ。知ってた?」

 

「ああ、サボってないかの監視かと思ってな。お陰で身が入ったよ」

 

「でしょ。だから、労いで背中を拭いてあげたいみたいだよ。よかったね」

 

「そうなのか?それは嬉しいな」

 

ティスの裏切り(?)やとっくに覗き見がバレていたり。ブリッツが本当に喜色の声で言っていたり。

これで断ったり否定したら指揮官に失礼だと、生真面目なダネルは逃げ場がないことを察して柱からおずおずと出てきた。ティスは清潔なタオルを片手に持ち「はよ来い」と手招きをしている。

 

ブリッツとしては、普段の冷静沈着な彼女とは違う様子に新鮮さを覚えた。

 

ティスからタオルを受け取り、ブリッツを見る。その目はどこか不安げで、それ以上に気恥ずかしさが顕れていた。

 

「し、指揮官。その、いいか?」

 

「構わない。正直助かる」

 

「そ、それじゃあ、失礼する」

 

着ていたタンクトップを脱ぎ、ブリッツは背中を向けた。よく鍛えられた広背筋が、ダネルの眼前に晒される。

まるで腫れ物を扱うかのごとく、ダネルが持つタオルはそっとブリッツの肌に触れ、浮き出た汗を拭き取っていく。

 

タオル越しでもわかる重厚な筋肉の質感と熱は、戦術人形にとっては無縁の存在である。人形は、どれだけ筋力トレーニングをこなそうとも、機械としての性質ゆえに効果は無い。人間は負荷を掛ければ、それに対応しようと筋肉が発達するが、人形がそれをやっても負担が掛かるばかりで破損のリスクが高まるだけだ。

 

人形にはないからこそ、惹かれたのだろう。

オーバーヒート手前の電脳が辛うじて出力した、ダネルの心境であった。

 

今にも倒れて(フリーズして)しまいそうな程にテンパっているダネルを、ティスはすぐ横でニヤニヤと愉悦の笑みで眺め続けた。

 

結局、これがきっかけでダネルはブリッツとの距離を物理的に縮める事に成功し、ティスは一時の満足感を得られた。

 


 

ブリッツの背中をダネルが拭いているちょうどその頃。屋内射撃場では勝負の幕が切って落とされていた。

 

ロシアのイズマッシュ社製スナイパーライフル、SV-98に模擬弾を詰め込まれたマガジンを装填し、ボルトを引く。

二脚を展開しレンジ台の上にかけて構える。銃と同じ名を関した戦術人形。第二部隊所属のSV-98が、普段の穏和な表情を完全に消し去り、スコープを覗き込んでいた。

 

スコープのレティクル越しに見えるは、水の入った2Lサイズのペットボトル。ペットボトルの口には白いキャップが閉められている。銃口は、そのキャップに向けられていた。

 

息を深く吸い、吐き出す。もう一度吸い込み、止める。照準のブレを極力無くし、引き金を引いた。

 

重い銃撃音と共に発射された7.62mm模擬弾は正確にボトルのキャップ。その右端を掠める。その衝撃でキャップは反時計回りに高速で回転し、やがてキャップはボトルの口から弾かれるように高く舞い上がった。

 

素早くボルトを引き次弾を装填。撃つ。次に放たれた弾丸は飛び上がったキャップに命中。打ち落とした。キャップは撃たれた衝撃で歪に変形し、固い床の上を何度かバウンドした後止まった。

 

「ふう」

 

止めていた息を控えめに吐き出して、SV-98は構えを解いた。

同時に、それの所業を見ていた観衆が歓声を上げた。

 

「やるわねSV」

 

歓声の中、悠然とWA2000は称賛する。その声色にはどこか余裕のような物を感じる。

 

「命中精度なら、負けませんよ」

 

それに対し、何て事はないと言わんばかりに朗らかな笑みを浮かべた。

 

瞬間、目には見えない火花が二人の間で迸った。

 

半世紀近く前、世界では「ボトルキャップチャレンジ」という挑戦が、一時期流行した。

台に置かれたペットボトルのキャップを、後ろ回し蹴りで開ける。というものだ。中には、自動車のドリフト走行でそれを行うものまでいた。

 

そういった試みを知ったRF人形二人は、戦術人形風にアレンジ。勝負の方法として確立した。

それが、今しがたSV-98がやってのけた神業である。

 

彼女より先にWA2000も同様の事をやってのけている。つまり、現状二人の戦績は五分である。

 

当初はセミオートのWA2000が有利と思われていたが、蓋を開けてみれば中々どうして。ボルトアクションであるSV-98も負けず劣らず。完全に拮抗していた。

 

10m。次に15m。20mと、長引けば長引くほどにペットボトルは遠くなり、難易度は上がっていく。現在は20mを成功したが、屋内の射撃訓練場ではこれ以上挑戦距離を伸ばせない。

ので、二人はそれぞれの得物をもって屋外の射撃場に移動中である。もちろん、凄いもの見たさにギャラリーも着いていく。

 

補足しておくと、二人は仲が悪い訳ではない。むしろ良好である。

同じRF人形。実戦を経てお互いの実力はよく理解している。

 

理解しているからこそ、負けたくないという思いが芽生える。WA2000は言わずもがなだが、SV-98もあれで中々負けず嫌いの一面のある人形だ。

 

負けたくない。勝ちたい。上に立ちたい。その思いが互いを刺激し合い、よきライバル関係を築いている。

今日のような勝負も、これが初めてという事は無く過去幾度と無く繰り広げられているが、明確に白黒が決まった事は無い。

 

故に、二人は今日こそはと意地になっている。

 

「さあ!今日こそケリをつけてやるわ!」

 

戦意満々といった具合で、WA2000は屋外射撃場近くの勝手口を開け放った。

 

そうして彼女たちを出迎えたのは青空と太陽などではなく、鉛色の曇り空と土砂降りの雨であった。

 

十数メートル先の景色すら霞む程の大雨。この場にいる誰もが今日の天気予報を失念していた。

 

彼女たちは戦術人形。こういった悪条件でも問題なく作戦を遂行出来る。訓練も受けている。

 

しかし、しかしだ。土砂降りの中でまで個人的な勝負をしようとまでは思わない。

白黒つかない原因として、このような外的要因が介入した事で有耶無耶になってしまうのだ。今日のように天気が悪かったり、緊急出撃が入ってしまったり。

 

完全に戦意が萎え、興が削がれた二人は、そっと勝手口のドアを閉めた。

 

「・・・今日はこのくらいにしましょ」

 

「ええ。司令室でコーヒーでも飲みましょう」

 

踵を返し、RF人形二人は来た道を戻っていく。集まっていたギャラリーも終わりを察し、それぞれバラけていった。

 

 

 

「───で、ここに来たのね」

 

弾薬の消費量と補充分の算出を示した資料を確認しながら、副官のLWMMGは呆れ混じりに告げた。

宣言通りに司令室にコーヒーを飲みに来たWA2000とSV-98。

 

二人はソファーに座り、LWMMGが淹れたコーヒーを嗜んでいる。

SV-98はブラックで、WA2000はスティックシュガーとミルクをドバドバと大量に注ぎ込んでいる。副官は味を想像してしまい苦々しく顔を歪めた。

 

「指揮官はどちらに?」

 

「トレーニング中。謹慎中なんだから仕事せず鍛えまくれるって」

 

謹慎について勘違いしてるんじゃない?とこの場にいない指揮官に向けてため息を溢す。

 

この1ヶ月近く。ブリッツはトレーニングと戦闘訓練。人形とスタッフ達とのコミュニケーションを毎日行っていた。いつもは業務で中々交流する機会が無かったが、謹慎を機に所属する人形やスタッフたちと交流を深める事が出来た。

 

他の人形やスタッフも最低限の仕事のみをこなして自由に過ごしていた。

ブリッツ自身、「仕事をしてくれれば自由にしてくれて構わない」と公言している。

おかげで、副官の仕事は減ることはあっても無くなる事は無かった。

 

「もう少しで謹慎が開ける。そうなったら資材の定期支給が再開される。やっと頭の痛い問題が解消されるわ」

 

後方支援(アルバイト)すら制限されてたものね。ホントお疲れ様」

 

資材管理を一手に引き受ける副官の苦労たるや、察するに余りある。

1ヶ月とはいえ、減るものは減る。それをどうにかこうにか遣り繰りして繋いできた。ようやく報われる。ややぶっきらぼうにも聞こえるWA2000の労いも、今なら身に染み入る。

 

本部の表向きの評価として、S10基地は良くも悪くも目立たない。

だから、支給される資材もそう多くはない。多くはなくとも、貰えるものは貰っておく。多少の足しにはなる。

 

「仕方ないとはいえ、この基地の評判はもっと良くて良いと思うんですけどねぇ」

 

「ここ最近は他所の支援任務(お手伝い)戦闘捜索救難(CSAR)ばかりだったもの。支援じゃ戦果は無いし、捜索救難は功績にはなっても戦果としてのカウントはされないわ」

 

SV-98とWA2000のやり取りから察せられる世知辛い現状に、思わずため息が溢れる。

この地区で戦果を上げたくとも、鉄血の生産工場を早々に潰してしまったが故に、突発的な鉄血との遭遇はかなり少ない。つまりは戦果を上げられない。

 

「謹慎開けたら、一杯働きましょう」

 

せめて資材は余剰分確保しよう。

SV-98の一言に、二人は大きく頷いたのだった。

 

 

ブリッツ指揮官の謹慎期間終了まで、あと7日───

 

 





所属人形の簡単な紹介

ダネル NTW-20
戦闘時には冷静沈着なスナイパー。普段はどこか抜けてる美人。筋肉フェチを拗らせており、トレーニング中のブリッツを離れた所から眺めてた。(なおバレてた模様)
基地の防衛が主な役割である第三部隊に所属。

OTs-12
第二部隊に所属する自称秘密兵器。
直接的な戦闘ではなく、相手の背後や側面を叩く事を得意としており、部隊内での役割は主に援護。
基地内では神出鬼没の存在として知られており、よく背後から近付いて驚かしたり、こっそりと相手の秘密を探る事をライフワークとしているタチの悪いヤツ。

WA2000とSV-98
この基地においては数少ないRF人形。
よく狙撃技術の比べ合いをしており、仲良く喧嘩する好敵手同士。
実力は拮抗しており、なんやかんやで決着がつかない事に定評がある。これまでの戦績は50戦50分。

ちなみにデフォルトのわーちゃんより、この基地のわーちゃんは素直。割合としてはツン3にデレ4。残りは仲間への敬意と感謝。糖分大好き。

SV-98は第二部隊隊長を務め、普段温和で気配りの出来る人形。
戦闘時は対称的に物静かで、的確にワンショットワンキルを決める職人。曰く「800メートル以内なら外しません」。
コーヒーはブラックで飲めるが、どっちかというとカフェオレが好き。


脱いだシャツを洗濯機に放り込むくらいの気軽さで評価と感想ください。要望もお待ちしております


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.5 ―戦術人形回収任務―

ゲーム序盤のステージの難易度が低い理由の一つ。
そんな任務(お話)


 

ある一室。

部屋の中にはベッドが4つあり、壁には見覚えのない女性が過度に肌を露出したポスターが幾つも貼られ、その横にライフルやハンドガンがフックに引っ掛けられるように飾られている。

 

ベッドの下にはアンモボックスが服の収納ボックスよろしく押し込まれていた。

 

そんな部屋に入った「   」の目の前に男が立っている。スキンヘッドで、見るからに屈強な黒人男性。

「   」よりも歳は一回りほど上だろう。

 

「よう!アンタが例の名無しの新人くんか!噂には聞いてるぜ。大戦で派手に暴れたってな。デルタチームにようこそ!俺が隊長のフラッグマンだ。フラッグでいい。よろしくなっ」

 

快活で気さくな態度で接してきた彼。フラッグマンに、「   」はどう返せばいいのか分からず、ぽかんと呆けるしかなかった。

フラッグマンは気にせず快活に笑い続ける。

 

「ハハッ、無口なんだな。それもまた個性だ!それじゃ、イカれたメンバーを紹介するぜ。

まずアイツはジーク。近接戦闘でアイツに敵うヤツはそういない」

 

ジークと紹介された男は無言だが軽く手を上げて挨拶はしてくれた。白人かと思ったが、顔の形からアジア系の人種かもしれない。「   」と年齢的に同じくらいだが、どこか刃物を思わせる鋭い雰囲気を纏っていた。

彼の喉には痛々しい傷痕があった。そのせいで声が出ないのかもしれない。

 

「その横にいるのはピアス。1キロ先のベースボールも余裕でぶち抜く凄腕のスナイパーだ」

 

「フラッグ、そいつぁ盛りすぎだ」

 

ピアスと呼ばれた白人の男は苦笑を溢し、短く切られた金髪を掻き上げる。

だが否定はしない。近い事は出来るという事なのか。

ピアスは「真に受けるなよ」と言いたげに「   」を見る。一先ず目線を合わせて頷いた。

 

「さて、迎え入れるにあたり、アンタの名前を決める必要がある。名無しや身元不明(ジョン・ドゥ)なんて味気無いからな」

 

フラッグマンが手元にある「   」に関する資料を見ながら悩ましげに唸る。

「   」に名前はない。名前だけじゃない。年齢はおろか生年月日、出身地に国籍もない。性別と血液型以外は何もわからない。資料に記された個人情報のほとんどは空欄だ。

経歴も、「6年間、第三次世界大戦に参加」としか記載されていない。それによって生じた実績も。

 

「見事に空欄だな」

 

「清々しい程にな」

 

ピアスも資料を見る。それにつられて、ジークも覗き込むように見る。

 

「   」を差し置いて、三人は悩ましげに唸った。

 

しかし唐突に、フラッグマンがパッと顔を上げて「   」を見た。

 

「決めたぞ!お前のコールサイン(名前)はブランクだ!」

 

「ああ?資料が空白だらけだからブランクか?ちょっと安直じゃないか?」

 

ピアスが不満げに声を上げた。ジークも、声には出さないが同意見のようで頷いている。

 

「なんでだ!変にイジるよりシンプルでいいだろーが!」

 

本人そっちのけで盛り上がる三人。あーでもないこーでもないと言い合っている。

 

「あ、あのさ」

 

おずおずと、「   」はヒートアップしていく三人に声をかける。

この部屋に入ってから初めて声を出した「   」に若干ながら驚いた様子で三人は振り返る。

 

「・・・ブランクでいいよ。俺の名前。名無しより良い」

 

ややぶっきらぼうにも聞こえる「   」の台詞だが、三人はそれを微笑ましく思った。

 

フラッグマンが「   」の前に立ち、右手を差し出した。

 

「よろしくな。ブランク」

 

「   」改めブランクは力強くフラッグマンの右手を握った。

 

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───

 

 

目を開ける。真っ先にブリッツの視界に入ったのは無機質なコンクリートの天井と、そこから吊るされている消灯したLED電球が一つ。

 

壁と垂直に取り付けられた、ヒト一人程度の板きれに毛布を被せただけの、お粗末なベッドから上体を起こす。小さな格子つきの窓から差し込む僅かな月明かりが、さほど広く無い部屋の中をほのかに浮かび上がらせる。

 

クローゼットに、個人で集めた様々な銃火器が収納されたウェポンラック。

金属製の頑丈な作業台。上にはフィールドストリップを終えたばかりのHK417とMk23が置いてある。寝る前に終わらせたものだ。

その傍には、完全武装した4人の男性が写った写真が、古めかしい木製のフォトフレームに収められている。

写真に写る男たちは皆笑顔を浮かべていた。

 

ぼんやりと靄の掛かっていた脳内がクリアになっていく。

ここはグリフィンが管轄するS10地区の基地で、この部屋は司令室に隣接した自分の私室。

指揮官という肩書きを持つ人間が使うには些か狭すぎる。ラックやテーブルが無ければ、独房と思われかねない、そんな部屋だ。

 

ベッド近くに置かれたデジタル表示の時計が示す現在時刻はAM2時24分。まだ夜中であり、彼が寝床に入ってからまだ二時間ちょっとしか経過していない。

 

うんざりといった風に重々しくため息をつく。

 

「・・・だから寝るのが嫌なんだ」

 

思い出したくない記憶が夢として表れる。

過去という拭えぬ古傷が、いつまでもブリッツの心にのしかかる。

 

今夜はまだ良い方だった。

大体は大戦時の記憶だったり、仲間を失う記憶だったり。

 

仲間を殺す瞬間だったり。

 

「・・・・・・ッ!」

 

いつもそうだ。夢を見る度。目覚める度に、胸に刻まれた銃創が疼き、痛む。

 

「ハンター・・・!」

 

脳裏に浮かぶは鉄血のハイエンドモデル、ハンターの姿。

仲間を殺した仇敵。

悲しみが。喪失感が。怨恨が。ドス黒い感情となってハンターに対する復讐心を沸き起こす。

胸の銃創をシャツ越しに掴む。それでも。そうしても、疼きは止まない。

それがブリッツの復讐心を更に増長。加速させる。

 

「見付け出して、必ず殺してやる・・・!」

 

彼はずっと、古傷を引きずって生きている。

 

彼はすっくと立ち上がり、台に置かれたMk23を掴んで自室を出た。真っ直ぐ、射撃訓練場へと向かう。

 

フラッシュバックに対する恐怖心が。

ハンターに対するドス黒い復讐心が。

 

彼は今夜も眠れない。

 

 

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───

 

本日のAM9時丁度をもって、ブリッツの謹慎が解除。基地内の通常業務が再開された。

それに伴って基地の代表たるブリッツから、2体の人形が司令室に呼び出されていた。

 

USPコンパクトと、ステアーTMPだ。

 

司令室に呼び出された二人は見るからに緊張した面持ちで、顔を強張らせていた。なにかしてしまったのか。そんな不安が見てとれる。

そんな二人の緊張を和らげようと、ブリッツは微笑みを浮かべて見る。副官のLWMMGも、朗らかに笑みを浮かべている。

 

「そう身構えるな。説教するために呼び出した訳じゃない。この数ヵ月、お前たちは真摯に訓練を積んできた。もうどこへ出しても恥ずかしくない、一端の兵士だ」

 

少し前から積極的に訓練を行ってきた二人も、いよいよ訓練課程を修了。哨戒任務を通じて様子を見てきた他の人形も、「そろそろ大丈夫だろう」という判断を下していた。

 

だから、選択肢を与える。

 

「さて、君たちには二つの選択肢がある。一つは、S10基地(ここ)に残るか。もう一つは、他所に移るか。強制はしない。自由に決めてくれ」

 

この基地でのドロップ人形の扱いは、まず訓練をさせるか回収分解するかの二択だ。もちろん人形の意思に沿っての選択だ。

訓練を受けたなら、一定期間の課程を経て他所に行くか、ここに残るかを決めさせる。

過去にも、S10基地で訓練を受けた人形が他の基地に移り、中にはS地区きっての激戦区であるS09地区で活躍している人形もいる。

 

何故、せっかく鍛えた人形を手放すような真似をするのか。それはブリッツ自身の考えによるもの。

あまり多くの人形を保有していても、管理が行き届かなくてはいずれ不満が出る。抱え落ちする位なら自分よりも有効に人形を使役できる指揮官に任せた方が戦術人形としても、延いてはグリフィンの為にもなる。

 

だから、ブリッツは必要以上の戦力を保有しない。

 

USPとTMPも、その選択を決する時がきたのだ。

 

「もちろん、今すぐに決めろとは言わない。だが3日以内には決めてほしい」

 

「でしたらもう決まっています」

 

USPがブリッツを真っ直ぐ見据えて言う。当初には無かった、自信を得た凛とした声色だ。

TMPもまた、何も言わないが真っ直ぐにブリッツを見ている。USPと同じ答えを持っているようだ。

 

「貴方の下で、私たちも一緒に戦わせて下さい」

 

迷いの無い、澄んだ答えだった。

ブリッツもLWMMGも、嬉しそうに微笑んだ。

 

「ようこそ、S10基地へ。歓迎しよう」

 

「よろしくね」

 

必要以上の戦力は持たない。だが、共に戦ってくれる仲間がいるのは。一緒に戦うと言ってくれる仲間がいるのは嬉しい。

 

選択は決まった。では次に移ろう。

 

「それでは、歓迎会を開く前に君たちにはある任務を遂行してもらう」

 

「任務、ですか?」

 

TMPが訝しげに聞き返し、ブリッツは意味ありげに笑みを向けた。

 

「ああ、任務だ」

 

 


 

これはS09基地からの委託任務だ。

知っての通り、S09地区はS地区きっての激戦区。鉄血との交戦頻度も規模も、S10地区(こちら)とは比較にならない。

 

それだけに、戦場にはグリフィン人形と鉄血人形が欠落した部品や銃火器がそのまま放置されている。回収している時間的余裕すらも無いというのが現状だそうだ。

君たちには、その部品や銃火器を回収、掃除をしてもらいたい。それが任務だ。

 

戦場には戦術人形だけじゃなく、"落とし物"を集めるスカベンジャーが蔓延ってる。

そいつが戦場に放置されている部品や銃火器を回収し、ブラックマーケットに流し、資金を得ている。

ブラックマーケットに流れた武器は例の反グリフィン団体といった武装カルト集団に行き渡り、更なるテロ攻撃が勃発する。

これは単なる掃除の雑用などではない。重要な任務だ。

 

君たちにはポイントD7の掃除をしてもらう。現状、ここで戦闘は確認されていない。今がチャンスだ。

スカベンジャーどもより早く目標を回収し帰投しろ。

鉄血や武装集団と遭遇した場合は交戦を許可する。

 

目的地までは装甲車で移動。回収した物も装甲車に載せろ。支援(サポート)にはナビゲーターを付ける。

彼女の言うことを聞いておけば、ほぼ間違いない。

 

なおこの任務はS09基地指揮官からの委託ではあるが、依頼元はあの16Labだ。

鉄血の戦術人形に使われる技術を解明するためのサンプルが欲しいそうだ。

今後の我々の為にもなる研究だ。尽力してくれ。

 

 


 

「以上。何か質問は?」

 

USPが小さく手を上げる。

 

「私たち二人だけですか?」

 

「いや、後二人いる。君たちと同じく訓練課程を終えたばかりの新入りだ。基本は四人一組(フォーマンセル)。最低でも二人一組(ツーマンセル)で行動するように」

 

「了解しました。よかったぁ・・・・・・」

 

USPが安堵のため息をつく。激戦区に入り込むというのに、HGとSMG二体だけでは火力に乏しい。戦闘は確認されていないとしても、これから起きる可能性は決して低くはない。有事の際には火力不足で対応出来ないかもしれないのだから。

 

「流石に二人だけで戦場に放り込むような事はしないさ。他に無いようなら、準備に取り掛かってくれ。完了次第、出発だ」

 

「了解!行ってきます!」

 

USPとTMPが司令室から去った。意気揚々とした後ろ姿の二人を見送り、完全に姿が見えなくなったのを確認し、ブリッツとLWMMGは表情から笑みが抜け落ちた。

 

「ライト、FALとVectorを召集。完全武装(フルセット)だ」

 

「了解、指揮官。・・・やっぱり着いていくのね」

 

「当然だ」

 

言って、ブリッツはグリフィンの赤い制服を脱ぎ、ソファーに放り投げた。

制服の一枚下には何時もの黒を基調とした戦闘服を着こんでいた。

 

「さあ、"子守り"をしてやろう」

 

 




本作品のS09地区のイメージ。

・AR小隊が所属し、よく戦ってる。
・毎日昼夜問わずドンパチ賑やか
・他地区の平均1.8倍くらいの確率で鉄血のハイエンドモデルが出てくる(時々複数同時出没)
・所属する人形がめっちゃ多く、その大半が闘争を求めてる。
・S09地区だけでもグリフィンの基地や関連施設が多く、鉄血に取られたり取り返したりしてる日常。

地獄みたいやね(他人事)

ちなみに今パートはほのぼのとしたドンパチ回になる予定です。




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5-2 ―味方部隊隠密護衛任務―

みなさんイベントはどうですか?
自分はE1-1を周回20回目にしてグローザさんを二体確保しました。
さあ次はPSG-1だ・・・


今回の任務は"子守り"だ。

嬉しい事に、この度新入り数名が正式にこの基地に着任する事を決めてくれた。

 

そんな彼女(新入り)たちのファーストミッション遂行を護衛してやるのが、今回の任務だ。

 

USPコンパクト、ステアーTMP、M249、T65。彼女たち4人を纏めて第四部隊と呼称する。

第四部隊は新兵訓練(ブートキャンプ)を済ませてはいるが、まだまだ経験が足りてない。ましてや現場はS09地区だ。俺たちがこっそり助けてやろう。

 

俺たちがまず現場に先回りし、周辺を掃除。

彼女たちの安全を確保する。

 

そこからは状況次第だ。部隊に追従するか先回りするか、臨機応変に対応する必要がある。

 

いいか。今回の任務で一番大事なのは、「第四部隊に見付からない」事だ。現場で俺たちの存在がバレればややこしい事になる。

見付からず、悟らせずに。過度に助けず、しかし見捨てず。

俺たちはあくまで、彼女たちに自信を付けさせる一助をするだけだ。

 

困難な任務だが、必ずやり遂げよう。

 

 


 

ナビゲーターの指示の下、第四部隊は予定通りにポイントD-7に到着。乗ってきた装甲車から隊員4名は周囲を警戒しながら降りる。

 

見渡す限り、ここは廃墟の町だ。大戦の影響で数々のビルが元の形を失い崩れ、その巨大なコンクリートの破片が辺りに散らばっている。

大戦が無かった頃、今日のような快晴の日には多くの人間で溢れていたのだろう事を想像させる。

 

銃痕だらけになって放棄された一般車に、砲撃によりひしゃげてひっくり返った装甲車。

爆発によって抉れたアスファルトには、泥にまみれた空薬莢や空の弾倉が大量に転がっている。プラスチック製の弾倉に至っては、長時間雨風に曝された事で劣化し、中には割れて内部のバネが露出しているものもあった。

 

あれもこれもどれも。見える全てに大戦の傷痕が刻まれている。

 

メインストリートだった道のど真ん中に停車した、すっかり見慣れてしまったグリフィンの装甲車も、ボロボロに破壊され朽ち果てたゴーストタウンの中では違和感が芽生える程にその存在は浮いている。

 

そして、第四部隊隊長に抜擢されたUSPは気づく。装甲車と同等に浮いた存在に。

 

瓦礫に紛れて、数多の鉄血人形が機能を停止し倒れ伏している。それも、やけに真新しいものばかりだ。

 

損傷は大小様々だが、そのどれもが電脳とコアが破壊されている。中にはその二つのみを破壊した、些か綺麗すぎる壊され方をしたものまで。

 

USPは思案する。ここでの戦闘は確認されていない。それはナビゲーターから聞いている。

ではこれは?昨日以前のものだとしても、人形自体が新しすぎる。

 

まるで、ついさっきまで動いていたような。

 

「USP。どうするの?」

 

M249が気だるげに問う。面倒だから早く終わらせよう。彼女の顔にはそう書いてあった。

 

「えっと、一先ずここにある鉄血の残骸を回収しましょう。ちゃんと機能停止したか確認した上で回収してください」

 

「りょーかーい」

 

覇気の無い間延びした声で応え、M249は動き出す。

TMPもT65もせっせと鉄血人形を背負ったり引きずったりと、苦労しながらも装甲車の中へと放り込んでいく。

 

────その様子を、小高いビルの屋上から監視する4つの影がいる。

 

「ミスったね」

 

影の一つ、Vectorは抑揚のない声で言う。

 

「FAL、アンタが壊した人形を見てUSPが疑いを抱えちゃったよ」

 

「なんでよ。きっちり殺したじゃない」

 

Vectorの言にFALが不満げに返す。彼女は今、偶々捨てられていたブルーシートで作った即席の日除けの下に座っている。

 

「壊れかたが綺麗すぎ。もっと雑っぽくやらないと」

 

「雑にやるのは私の美徳(センス)に反するわ」

 

「そういう問題なの?」

 

「どっちみち、ガラクタが真新しいんだから綺麗に壊そうが雑に壊そうが、USPなら遅かれ早かれおかしいって気付く。それに彼女がどれだけ疑ったとしても、私達がいるという結論にはならないわよ」

 

そう締め括ったFALに言いたい事はあるが、これ以上は不毛だと判断し、Vectorは黙って新しい棒付き飴の包装を取っ払った。

 

やがて、周辺の目ぼしい物を回収し終えた第四部隊は移動を開始。装甲車を中心に4人纏まって周囲を捜索するようで、一先ずはメインストリートに沿って移動している。

 

『VIP移動中。追跡する』

 

無線にブリッツの声が届く。道を挟んだ反対のビルからブリッツとLWMMGが第四部隊を監視している。

 

「了解よ。ナビゲーター、周囲に敵影は?」

 

FALが空を見上げながら問いかける。

視線の先にはドローンが一機滞空している。

 

第四部隊が来る前にブリッツたちが飛ばした偵察用ドローンだ。戦術マップの形成にも使われる偵察用ドローンに搭載された高性能カメラは、例え100m先の人間の表情はおろか、その周辺の小石までもがハッキリと識別できる程の高い解像度を誇る。そのドローンをあと二機飛ばしている。

 

一つは第四部隊の直上。残りの二機はポイントD-7全体およびその周辺を飛んでおり、敵の有無を常に監視している。ドローンから得られた状況をナビゲーターが整理し、正確な情報としてブリッツたちに提供される。

 

『今のところ、居ないようです』

 

そのナビゲーターから返答。了解と短く返してからFALは立ち上がる。

 

「私たちも移動しましょう」

 

「了解。あたしは下に降りるけど、アンタはどうする?」

 

「上から見てるわ。いざとなったら援護する」

 

「わかった。よろしく」

 

言って、Vectorはバックパックから棒付きキャンディーを一つ取りだし、FALに投げ渡す。

難なく受け取ったFALは、ポップなデザインの包装にあった飴の味を見て顔をしかめた。

 

「タコ焼き味って・・・なにこの微妙なチョイス、ってもういないし」

 

文句を言いたい相手はすでに屋上から姿を消していた。

さては押し付けたな。そう理解するのに時間は掛からなかった。

 

屋上から第四部隊を見下ろしながら、飴の包装を解いて、口に放り込む。

 

「・・・味まで微妙じゃない」

 

不味くはないが旨くもない。良くも悪くも口内に広がる複雑な味を、的確に言語化出来ないもどかしさに、FALは小さく唸った。

 

ともかく、移動する。胸元程の高さのある安全柵を踏み越え、今いるビルより少し低い隣のビルの屋上に飛び移る。

 

メインストリートを進行する第四部隊を見る。周囲を警戒しながら移動していた。USPは部隊を率いる隊長としてしっかりやっているようだと感心する。

 

しかしそれだけに、思いきった移動がしにくい。

 

今日は天気が良い。燦々と降り注ぐ太陽光で非常に明るい。

明るいという事は影が出来る。影が動けば目立つ。

 

ましてや、移動の際には隣のビルに飛び移る必要性があるだけに動きが大きくなりがちだ。調子に乗って移動し続ければ呆気なく見つかってしまう。

 

おまけに向かうにはいざとなれば火力制圧が出来るM249(ミニミ)がいる。敵認定されて撃たれでもすれば厄介だ。すばしっこいの(TMP)もいるから、撃たれて頭を抑えられている内に回り込まれる。なんて事だって有り得る。

 

幸い太陽光の向きからして、自身の影が第四部隊に被る事はないが、細心の注意は払うに越したことはない。

もしもこれが第四部隊ではなく敵であったなら、見つかった瞬間ヘッドショット一発で解決するのに。

 

「ホント、困難(面倒)な任務ね」

 

そんな任務を自分に割り振った上官を思い浮かべながら、FALはポツリと内心を吐露しつつも、また隣のビルへと飛び移った。

 

一方、ブリッツ、LWMMGの二人。FALと同様にビルの屋上経由で移動。第四部隊を追跡していた。

 

とはいえ、こちらはビルの高さがまちまちで時折ビルの中を突っ切る必要がある。ビルとビルの間隔はそう広くはないため、屋上から窓へ、窓から屋上へと移動できなくはない。

ただしこちらは生身の人間なのと、中機関銃という大きいものを抱えてるコンビだ。単独且つ突撃銃持ちであるFALよりも、どうしても移動速度は遅くなる。それでも、第四部隊に引き離されてはいない。

 

「それにしても、敵が最初のアレだけでよかったね」

 

LWMMGが声をかける。沈黙が続く時間が長いことで、口が寂しくなったのだ。

最初のアレとは勿論、第四部隊が展開した時にあった鉄血人形の残骸のことである。

 

「もっといると思ったんだがな。運がいいのか悪いのか」

 

「え?運が良いんじゃないの?」

 

「どうにも他に理由があるような気がしてな」

 

「他の理由って?」

 

「そうだな、例えば・・・・・・全体的にバラけている。もしくは別の場所に集中している」

 

LWMMGは足を止めぬままに首をかしげる。

 

「つまりどういうこと?」

 

「さてな。ただ、あまりいい予感はしないのは確かだ」

 

ブリッツにもはっきりとした確証はないようで、そこでこの話は終わってしまう。

しかし彼の胸中には重い何かを抱え、どこかスッキリしない気持ちがあった。指揮官としてではなく、戦場に身を置く兵士としての、ドス黒い嫌な予感。

 

今にも崩れ落ちそうな損傷の激しいビルの中を慎重に突っ切り、隣のビルの屋上に飛び移る。それと同時にナビゲーターから通信が入る。

 

『指揮官。問題発生です』

 

明らかに不穏な発言に、ブリッツとLWMMGはその場に足を止めて聴覚に意識を集中させる。

 

『9時方向より鉄血の集団を確認。こちらに接近中です』

 

嫌な予感が的中した瞬間であった。

 




単語解説。"子守り"
新入り達の任務を密かにサポートする事をさすS10基地内で使われる隠語。
戦術人形の中にはプライドの高い人形もいるため、援護そのものが自尊心を傷付ける恐れがあるとして考案された。
あくまで新入り達の経験と自信を付けさせる事がメインなので、直接援護する事はない。
S10基地内だけでなく、他の基地の要請で"子守り"をすることもある。


といった感じで今回は短めです。寧ろ今までが長すぎた・・・?

そういった所の意見も含めて感想ください
要望とか評価とかもお願いしますor2


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5-3

UA6000越えました。うせやろ?(嬉)
ありがとう・・・!ありがとう・・・!



 

第四部隊(仮)は、順調にナビゲーターから指示されたルートを進行していた。

これといった戦闘は起こらず、着々と指定区域内に放置されている鉄血人形や、I.O.P社のダミー人形の残骸や武器を回収していった。

 

隊長のUSPコンパクトは警戒状態を解かないまま、なにも言わずに祈っていた。このまま敵が出てこないことを。何事もなくこの任務を終えて帰還することを。

 

右を向いても左を向いても、あるのはつい最近まで動いていたであろう敵味方共々の戦術人形たち。真新しい鉄血の残骸があれば、泥や瓦礫を被ったグリフィン人形の残骸もある。

遠くから聞こえる無数の銃声は一切鳴り止む事はなく、何処かで戦闘が繰り広げられているのだと否応なしに実感させられる。

 

つくづく思い知らされる。どれほど今が平穏であっても、ここは紛れもなくあの激戦区S09地区であり、ここは戦場に違いないのだと。

 

『注意。2ブロック先に鉄血兵確認』

 

サポートしてくれているナビゲーターからの注意喚起。こういう事前情報はありがたい。

 

「戦力は?」

 

『リッパーが5体。イェーガーが5体。このまま進行すると正面から鉢合わせます』

 

「わかりました。一旦隠れてやり過ごし、背後を取りましょう。M249さんは私と近くのビルに潜んで、高所から銃撃します。TMPさんとT65さんは反対側に隠れて挟撃しましょう」

 

「りょーかい」

 

「了解です」

 

「わかった!」

 

USPの指示に返答し、迅速にポジションへ移動する。

 

────このやり取りを密かに盗聴して(聞いて)いたブリッツは、感心したように頷いた。

 

「数的不利を埋めるために奇襲作戦を即座に立案、実行するか。やはり彼女に隊長を任せて正解だったな」

 

「感心するのは後にしてくれるかなぁ」

 

言って、LWMMGは打ち捨てられた車の影から身を乗り出し、バイポッドを展開したLWMMG(銃の方)を迫り来る鉄血兵に向けて銃撃を始めた。

 

重厚な銃声が連続で鳴り響き、迫り来る数多の敵を次々になぎ払う。

 

ブリッツとLWMMG。この両名は現在鉄血と交戦状態にあった。

敵の戦力はおよそ二個分隊相当。構成もヴェスピドを中心とした、よく見かけるものだ。

この程度なら、LWMMGの.338ノルマによる制圧射撃で瞬く間に皆殺しに出来る。

 

問題なのは、この規模の部隊が続々と襲来し波状攻撃を仕掛けてくる事だ。

 

何故鉄血はそのような行動に移り、襲撃してきたのか。攻撃に曝される中、ブリッツの脳内は冷静に、ある仮定を出力した。

 

もしかしたら、最初に片付けた鉄血は斥候で。その斥候が排除された事で敵。つまりブリッツらがいる事を察知。

攻勢に打って出た。

 

そこから更に発想を飛躍させる。

おそらく鉄血はこのゴーストタウンを拠点にしようと画策したのではなかろうか。

どういう意図があるのかは分からないし、そもそもこの仮定は確証の無い妄想の類いでしかない。

 

しかしここまでが正しかったとして、自分だったらこのゴーストタウンを拠点にする理由を考えると、おそらくは"餌場"の確保だろうか。

 

ゴーストタウンそのものをグリフィン人形部隊を誘き寄せ、刈り取る為の餌場にするとしたら、この波状攻撃にも一応の納得は出来る。

 

となると、このままではジリ貧確定だ。鉄血がどれほどにここが欲しいのかは分からないが、こうして続々と敵がやってくる辺り、"獲れるなら獲る"というスタンスなのだろう。

向こうは制圧する気だ。いずれ物量に押しきられる。

 

どうした物か。

頭を働かせ、現状打破の策はないかと思考を巡らせる。

 

その時だ。迫ってきていた前衛であるヴェスピドの群れの足元が爆ぜた。

 

その後ろも横も、次々に爆発していく。

突然の爆発に足並みが崩れ、陣形が乱れる。

 

「チャンスね」

 

その隙を見逃さず、LWMMGは手早く200連装ボックスマガジンを装填。トリガーを引いた。徹甲榴弾(APHE)による弾幕がヴェスピドとその後ろのイェーガーに襲い掛かる。

更に、ブリッツのHK417。そのアンダーバレルに装着されたM320グレネードランチャーも炸裂。取りこぼしは7.62mmAPHE弾で処理。

数が減っていき、敵からの弾幕も薄くなる。そうなればもうこちらの物だ。MGの瞬間火力に物を言わせて鉄血兵を機能停止に追い込む。

戦力が8割ほど減った辺りで鉄血は進行方向を180度転回。エネルギー弾を撒き散らしながら撤退を開始。引っ込んでいく。

 

押され気味の戦況から一転。瞬く間の形勢逆転による迎撃であった。

近くの5階建てビルを見上げながらブリッツは無線機を繋ぐ。

 

「援護感謝するぞ。FAL」

 

『ならお礼に、上等な紅茶とそれに合うチョコを所望するわ』

 

ブリッツが見上げた先には、ビルの屋上にてダネルMGL-140を持ったFALが二人を見下ろすように佇んでいた。

余裕を窺わせる軽口に、ブリッツは小さく笑みを溢す。

 

「次の資材搬入に期待しておけ」

 

『指揮官のセンスを拝見させてもらうわね。がっかりさせないでよ?』

 

それだけ言って、FALは通信を切ってブリッツの視界から消えた。第四部隊の近くへ戻るのだろう。

 

『指揮官。第四部隊が接敵。無事に撃破しました』

 

「流石だ。引き続きサポートしてやってくれ」

 

『了解しました─────指揮官。3時方向、また敵です』

 

「今度はなんだ?」

 

『武装した人間の集団です。数は10。全員が武装。武装車両(テクニカル)を持ち込んでいます。更にグリフィンのデータベースと一致する危険人物を確認。人類人権団体のダグラス・ウェールズ』

 

「人権団体の過激派にして武闘派。反グリフィン団体との繋がりも疑われている男だな」

 

『その通りです。過去には無抵抗の戦術人形部隊に無反動砲を撃ち込んだ記録もあります。どうしますか』

 

俺の部下(第四部隊)と鉢合わせるとマズイな。ゲート、第四部隊を敵から遠ざけるようそれとなく誘導してくれ。Vector、第四部隊はこちらで受け持つ。お前はノコノコとやってきた過激派を潰せ」

 

『いいの?相手人間だけど』

 

「良いことを教えてやる。この作戦に交戦規定(ROE)は無い。バレない程度に存分にやれ」

 

『了解。歓迎してくる』

 

若干喜色が見えた声色で、Vectorは通信を終了。ブリッツは「ああ、これは派手になるな」と、これから行うであろうVectorの独壇場を想像し、ため息を一つ溢した。彼女は敵を認識したら一切の容赦がなくなる。

 

ダグラスを確保しようとも一瞬考えたが、ヤツも団体全体で見れば都合のいい使いっ走り。大した情報も無いだろう。

それなら、見せしめも兼ねて排除しておいた方が都合が良い。

 

『指揮官!先ほど撤退した鉄血兵が増援を引き連れて戻ってきてます!数もかなり増えています!』

 

切羽詰まった様子のナビゲーターに対し、ブリッツとLWMMGはまたかとうんざりした風にため息を溢した。

しかし、やらねばならない。第四部隊を守らなくてはならない。

 

そうこうしている内に、件の増援を視認。確かに、先よりも数が増えている。

弾倉を新しい物に換え、銃を敵集団に向ける。

 

「ライト。片付けるぞ」

 

「了解。思い知らせてやる」

 

オプティカルサイトとホロサイトに敵を収め、トリガーを引く。

けたたましい轟音を唸らせて、二つの銃が火を吹いた。

 

────その時丁度、第四部隊は仕留めたばかりの鉄血兵を装甲車の中へと運び込んでいた。

装甲車の内部は、今回の任務に合わせて改装されている。改装と言っても、乗員スペースのシートを始めとした車内の内装を取っ払いスペースを作っただけなのだが。それでも、"荷物"だけならそこそこの数をキャリー出来る。

 

「そこそこ集まってきたね!」

 

回収したリッパーを載せたT65が、達成感を思わせる口ぶりで言う。

彼女の言う通り、現地入りしてすぐに見つけた残骸も含めれば、かなりの鉄血人形を回収できた。

任務は順調だ。USPはそう思っている。

しかし同時に、生真面目なUSPは考える。この任務の目的は、鉄血製戦術人形を解析するためのサンプル回収だ。サンプルは多ければ多いほど良いはず。

それに、回収した鉄血兵のほとんどはリッパーとヴェスピド、イェーガーだ。サンプルにするのであれば、もっと色々な種類の人形があった方が良いはずだ。

まだ時間はある。手持ちの弾薬とMREもまだ余裕があるし、装甲車の中にも予備がある。時間が許す限りは探索し回収作業を続けたい。もしかしたら、新しい発見もあるかもしれない。

 

「この調子で探索していきましょう。皆さん、引き続きよろしくお願いします」

 

部隊員からそれぞれ、様々な返事が聞こえた。

M249は相変わらず声に覇気が無くやる気が感じられないが、何だかんだで仕事はしっかりしてくれている。

MG人形は少女らしい華奢な見た目とは裏腹に、大きく重い機関銃を振り回せる程の出力を誇る。

 

こういった回収作業はどうしても力仕事になるため、MG人形の存在はありがたい。

 

ともかく、効率的な回収作業をするために一度、全員が装甲車に乗り込み移動する。

移動中は上空のドローンを通じてナビゲーターが監視、偵察を行う。

 

仮に敵と遭遇しても、装甲車に備え付けられた25mm機関砲で蹴散らせられる。鉄血のガードはおろか、アイギスやマンティコアの装甲すらも容易く貫き破壊する威力を誇る。

先制攻撃出来れば一方的に殲滅でき、ナビゲーターの協力があればそう難しいことでは無い。

 

とはいえ、気は抜けない。そう遠くない所から響いてくる銃声が、USPの警戒心を強めている。

敵か味方かはわからないが、二つの陣営が戦っているのはわかる。それも、かなり激しい。7.62mm口径の小銃と8.60mm口径の機関銃による合唱が聞こえる。奇しくも、自分の指揮官とその副官が使う口径と同じだ。

 

「もしかして、来てくれてるのかな・・・?そんなわけないよね」

 

今ごろ基地で仕事をしているであろう二人の姿を思い浮かべながら、USPを小さく息をついた。

 

一方でその、基地で仕事をしているであろう二人は

 

「ああもうまた敵が来た!」

 

「とにかく撃て!撃ち続けろ!」

 

鉄血からの猛攻に見舞われていた。二人の周辺には様々な鉄血製戦術人形やひっくり返ったプラウラー。

一部が欠損したアイギスにニーマムといった様々な残骸がそこら中に転がっている。

すでに一個小隊規模は優に越える数を屠っているが、鉄血が攻撃の手を緩める気配はない。

 

『指揮官。武装集団は殲滅した(黙らせた)けど、増援呼ばれたみたい。テクニカルが2、3台接近してるのが見える』

 

心底面倒だと言いたげなVectorからの通信。と、このような連絡を寄越されてもブリッツの命令は変わらない。

 

「Vector。命令は変わらない。引き続き静かにさせろ」

 

『了解。せめて一瞬で殺してあげる』

 

ブツリと通信が切れたところで、LWMMGは接近中の敵集団を見て驚愕と嫌悪に顔をしかめた。

 

「ブリッツ!マンティコアを2体確認!こちらへ急速接近中!随伴兵(ヴェスピド)もいる!」

 

「次から次へと・・・!先に随伴兵を片付けろ!デカブツはその後だ!絶対にこの先へは行かせるなよ!」

 

耳障りな駆動音をかき鳴らし、重量感ある足音を踏み鳴らす巨大な四脚型無人歩行戦車2体とその随伴兵たちに、二人は銃口を向けて応戦を開始した。

 

 




この温度差よ。まあブリッツたちが頑張らないと第四部隊(仮)はすぐに物量に押し潰されちゃうから仕方ない。
ちなみにブリッツたちがいなかったら第四部隊は鉄血に壊されるか武装集団に拉致されて色々酷いことになります。

それにしても大陸のライトちゃんの新しいクリスマススキン可愛い・・・かわいくない?
じゃけん日本版の実装は大体2年後とか聞いて涙がで、出ますよ・・・。
ついでにライトちゃんが出てくる作品少なすぎんよ~。皆もっと出して、どうぞ


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5-4

クリスマス・イブなのにRFBのクリスマススキンが出ません。サンタさんたすけて


 

 

その周辺は、焼け焦げた臭いが充満していた。

 

そうなった要因は様々だ。

ボンネットの隙間やフロントグリルから上がる炎が車両の塗装や鋼板を焼いている。損傷したエンジン、その燃料ラインやインジェクターから溢れ出たガソリンとショートした電装系が火種となって発火。炎上した。

もしくは、外装を突き破ってガソリンタンクに着弾した45口径焼夷弾によって爆発。

または、焼夷手榴弾による炎上か。

 

それに巻き込まれた幾人もの人間。既に事切れた人間たちの皮膚が爛れ肉が焼ける臭い。

 

「はぁ・・・・・・」

 

オレンジの閃光と高熱を放つ炎を見ながら、破壊されたテクニカルから脱輪したタイヤに腰を降ろしたVectorは、物憂げにため息をついた。

 

彼女の目の前で焼かれている死体。元々は人類人権団体に所属していたであろう過激派集団だった。

中でもダグラス・ウェールズという男は危険人物としてグリフィンのブラックリストに載っている。I.O.P社の許可もなくグリフィンの戦術人形を確保。散々なぶった後、ブラックマーケットや都市部に住む富裕層に高値で売る事でしられ、人権団体の資金源の一つにもなっている男だ。

 

他にも鉄血の指向性エネルギー兵器も戦場で回収、改造し、それを自分達や他の武装集団に売り渡す。

回収、改造がなされた武器でグリフィンの作戦行動を妨害。または居住区内でテロ紛いの示威行為を見せるなど、グリフィンだけでなくグリフィンの保護下に置かれた一般市民に対しても、ささやかながら平穏な生活を脅かす、脅威となっている。

 

そんな男が、Vectorの目の前で苦悶の表情のまま息絶えて、炎に焼かれ、黒焦げに変貌していっている。

 

「あんたが今日まで何やってきたか知らないし興味もないけどさ」

 

何の感情の色も熱も無い作り物の瞳で、ダグラスだったモノを見る。

 

「何の意味も無くなったね。死んじゃったんだから」

 

舐め終えた棒付きキャンディの棒を、燃え続けるダグラスに向けて放り捨てる。

感傷も何も無い。まさに人形そのものといった風に、Vectorはそこに佇む。

 

こういった輩を見ると、どうしても昔を思い出してしまう。ブリッツに拾われる前の事を。

ただの商品。否、それ以下の扱いだったあの頃の自分の事を。

 

『FALよ。Vector今大丈夫?』

 

思考が深い所に行きかけたところでFALから通信が入り、半強制的にVectorの意識は現実へと引き戻される。

 

「うん、大丈夫。もう終わった」

 

『ならこっちに戻って第四部隊(ヒヨッコ達)を見てあげて。私はブリッツ達を手伝ってくる』

 

「了解。でもライトもいるんでしょ?平気じゃないの?」

 

『あの二人でも流石にマンティコア5体連続はキツいでしょう』

 

「うわぁ・・・」

 

思わず表情が苦々しく歪む。パッと想像してみたらかなりの地獄絵図だ。

マンティコア相手に自身の45口径弾程度では力不足なんて軽い表現だけでは到底足りない。7.62mmと.338ノルマの徹甲榴弾(APHE)を持っている二人ならば対応出来るだろうが、数が数だけに厳しい。随伴兵もいれば尚更に。

 

『そういうわけだから、頼むわね』

 

まるで仕事の手伝いにでも行くような気軽さでFALは一言告げた。

あの二人は今日まで一緒に数々の死線を潜り抜けてきた猛者であり強者だ。早々にやられてしまうような輩ではない。Vectorがそう思うようにFALもそれを確信しているのだろう。

 

だからVectorも余計なことは何も言わずたったの一言、「了解」とだけ返して通信を終了した。

 

空っぽになった弾倉を放り捨て、新たな弾倉を叩き込む。

 

「行こうか」

 

誰に言うでもないその一言に返事をする者は誰もおらず、ただ空気中に霧散してそよ風に流されて消えた。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

第四部隊は順調に回収作業を進められていた。

探しては回収し、探しては回収し。時には敵と遭遇しては交戦し、負傷することもなく戦闘を終える。近くに装甲車があれば、搭載された25mm機関砲による制圧射撃が鉄血を粉砕する。

隊長のUSPコンパクトも次第に慣れてきたのか、メンタルモデルに余裕が生じ始めていた。

 

そうこうしている内に、弾薬とMREに余裕が無くなってきた。装甲車に荷室も、鉄血の残骸や機能停止したグリフィンの戦術人形が落とした武器で一杯だ。

 

もう十分だろう。そう判断し、部隊員に通達する。

 

「もう十分回収できました。そろそろ撤退しましょう。いいですよね、ナビゲーターさん」

 

『はい。もう十分過ぎるほどに回収できました。これ以上の長居は無用です。敵がいない今のうちに戦闘区域(ホットゾーン)を離脱し、帰投することを推奨します』

 

「了解です。これより、帰投します」

 

それを合図に、USPを除く3名全員が疲労と安堵からため息を溢した。S10基地に配属されてから初めての任務だ。無事にここまでやれた事に安心と達成感を抱いていた。

 

ともかくとして、ポイントD7から離脱するために、装甲車へと近付く。

 

─────そこでUSPは気付く。すぐに右手で拳を作り、掲げて見せる。

それを見た部隊員は即座にスイッチを切り替えた。しゃがみ込み、全員が半身()を装甲車へと向ける。

 

装甲車に誰かいる。敵かどうか。人形か人間かも分からないが、間違い無く誰かいる。索敵能力に長けたHGタイプの人形だから気付けた。

 

『TMP、私は左から行きます。貴女は右から。M249とT65は援護を』

 

人形同士が使える短距離通信で指示を出す。返事はせずとも行動で示してくれる。

 

身を隠しながら装甲車の側面に張り付き、スクラップ回収のために開け放たれたままのタラップへと忍び寄る。

車内からはガサガサと、何かを漁るような音が聞こえる。これでほぼ確定だ。後はその正体だ。人間か人形かのどちらかだが、そんなものは()()()()()()()()関係ない。

 

『スリーカウントで突入します』

 

『りょ、了解』

 

通信越しにもわかるほど、TMPは緊張しているようだ。何者かわからないモノに対する不安があるのだろう。しかし、このまま放置する訳にもいかない。TMPもそれはよくわかっている。だから頑張ろうとしている。

 

『スリー』

 

安全装置の解除を確認。

 

『ツー』

 

チャンバーに弾丸が正常に入っているかプレスチェック。

 

『ワン』

 

グリップを握り直し、呼吸を一つ。

 

『GO!』

 

装甲車の影から飛び出し、車内の何者かに銃を向ける。何者かは二人に背を向けてしゃがみ込み、第四部隊が集めていた鉄血の残骸を漁っているようだった。

 

「動かないでください」

 

静かに告げる。黒いフード付きのコートを羽織ったその何者かは、ピクリと肩を震わせてから、ゆっくりと両手を上げて立ち上がる。

 

「あ~あ、見付かっちゃったか・・・」

 

女性の声だった。口調こそ軽いが観念したといった風な口ぶりで小さくため息を溢す。

 

「誰ですか?一体何をしているんですか?」

 

「私?私はね」

 

何者かはゆっくりと振り替える。

前が大きく開けられたコートの下には茶色のレオタードのような衣服と、その上に装着された白いタクティカルベスト。碧眼を携えたその顔にはどこか不敵な笑みを浮かばせている。

 

「ただの盗掘屋(スカベンジャー)だよ」

 

悪びれもなく彼女、戦術人形Px4ストームは二人に告げた。

 

 

──────────────────

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─────

───

 

第四部隊はポイントD7から離脱した。彼女達はそのままS10基地に帰るのではなく、一度委託元であるS09基地に向かい、そこで今回回収した部品と銃器を納める。

それからS10基地へと帰還するのだ。

 

『指揮官、第四部隊はS09基地へと向かいました。任務は終了です。あと、どうやら思わぬ拾い物を得たようです。後程ご確認を』

 

無線機に飛び込んできたナビゲーターからの淡々とした報告に、ブリッツは小さく掠れた声で「了解」と返した。

誤魔化しようの無いほどの疲労感が、ブリッツの全身に鉛のごとくのし掛かる。

それは共に行動していたLWMMGも、FALも、Vectorも同様であった。

 

全員が全員、着ている戦闘服(BDU)がボロボロになっている。FALに至っては、所々着用している白いスリップが破れてかなり際どい有り様になっている。が、それを指摘するだけの体力も残っていない。

 

そんな彼と彼女達の活躍の程を物語るように、周囲には数々の鉄血人形や兵器だったものが大量に転がり落ちていた。

プロウラーが。ジャガーが。ガードが。リッパーが。ヴェスピドが。イェーガーが。ストライカーが。アイギスが。ニーマムが。マンティコアが。

その尽くが機能を停止している。

 

彼らは第四部隊を守りきった。心身共にすり減らし、圧倒的な物量をその場に押し止め、遂には打ち止めに追いやった。

正直、今は一歩も動きたくはない。このまま倒れ伏せ、目を閉じて意識を手放したい。

 

しかしそれは許されない。早急に基地へと帰還する必要がある。

やがてヘリがやってきた。S10基地で保有する兵員輸送用ヘリだ。重い身体を引きずるようにして、全員がヘリに乗り込む。

これでS09基地へ寄り道している第四部隊より先にS10基地へと戻り、何食わぬ顔で出迎えられる。

 

FALとVectorがヘリに搭乗してすぐに休止状態(スリープ)に入る。ボロボロの身形とは相反するようにその寝顔は穏やかだ。

 

「お疲れさま。ブリッツ」

 

そうやって彼に声を掛けてくれたのは、やはり隣に座るLWMMGであった。彼女にも無視出来ない程の疲労がある筈なのに、LWMMGはそれをおくびにも出さない笑顔でブリッツを見ていた。

 

「ああ、ライトもな」

 

「うん、流石に疲れちゃった。肩、借りていいかな」

 

言って、ブリッツの右肩にLWMMGは自身の頭部を預けるように乗せ、そのまま目を閉じた。スリープに入ったようだ。

了承はしていない。が、だからといって跳ね除けるほど無粋ではない。今日くらいは、許してやろう。

 

ヘリの駆動音をBGMにして、ブリッツは基地に到着するまでの十数分を、そのままで過ごした。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

「指揮官。USPコンパクト、以下三体。回収任務から帰還しました」

 

USPコンパクトを中心に、ステアーTMP、T65、M249がS10基地指令室で整列。執務席に座るブリッツに帰還報告を行った。

 

「任務ご苦労だった。大まかなことはゲートから聞いている。よくやってくれた。─────で、それが例の拾い物か?」

 

ブリッツが怪訝な表情で視線を下に落とす。第四部隊の足元には手足が結束バンドで拘束され、身動きが取れずにもがいている、一体の人形がいた。口にはガムテープが貼られているため声が出せず、ずっと何かを呻いている。

 

そんな彼女だが、ブリッツは社内報に載っているI.O.Pの新人形一覧で見たことがある。Px4ストーム。カタログ上では最高級(LEGENDARY)のエリートHG人形だ。

例えグリフィンであっても、おいそれと入手できる人形ではないのだが、なぜポイントD7でスカベンジャーなんて事をやっていたのか。甚だ疑問である。

 

ともかく、話を聞いてみよう。ブリッツはPx4ストームの前にしゃがみ、口元に貼られたガムテープをそっと剥がす。

 

「いった!ああもう、もうちょっと優しく扱ってよね」

 

「それはすまなかった。で?キミは何者だ?」

 

「別に、ただの通りすがりの盗掘屋(スカベンジャー)よ。ガラ空きの装甲車を見付けたから物資を拝借しようとお邪魔しただけ」

 

「キミはI.O.Pのエリート戦術人形だ。グリフィンでも、それ以外のPMCでも引く手数多のはず。カラスの真似事なんて縁遠いだろうに」

 

「そうならなかったからカラスの真似事をやってるのよ。そうでもしなきゃ、すぐに機能停止しちゃうもの。野垂れ死ぬのはゴメンよ」

 

「なるほど、生きるためにということか」

 

ふむ、と。顎に手を添えてブリッツは何かを考える素振りを見せる。

やがて考えが纏まったのか。ブリッツは改めてPx4の碧眼を見据える。

 

「それなら、ウチに来い。少なくとも、野垂れ死にはさせない」

 

「へぇ・・・私にグリフィンの一員になれと。言っておくけど、私は安くないわよ」

 

「上等だ、期待させてもらおう」

 

懐に仕舞っていたナイフでPx4の結束バンドを切る。

拘束を解かれた彼女は立ち上がって服についた埃を落とし、身形を整えて、真っ直ぐブリッツの青い瞳を見据えながら敬礼をした。

 

「改めて、Px4ストームよ。指揮官、これからよろしくね」

 

「グリフィン&クルーガー、S10地区司令基地指揮官のブリッツだ。こちらこそよろしく頼む」

 

自己紹介も済んだところで、今日のところはこれで解散となった。

後日改めて第四部隊の面々と、Px4も交えた歓迎会を開く事に決まった。

 

その夜、Px4は臨時的に宛がわれた空き部屋に通された。お世辞にも広くは無く、窓(という形を模した液晶ディスプレイ)も一つだけしかない。あとあるのは椅子とテーブルにシングルベッド。非常に簡素な部屋だ。

 

しかし個室であるのは好都合だ。

拘束時に没収されていたバッグも返してもらった。問題はない。

 

バッグから荷物。PDAを取り出す。

タッチディスプレイに触れて操作し、ある所に通信を繋ぐ。

 

耳に当てた受話口から響くのは甲高い電子音のみで、声らしきものは聞こえない。だがそれでいい。

やりたいのは電話ではないのだから。

電子音が止む。

 

「マスター、こちらPx4ストーム。予定通り、S10基地に潜入成功。明日より行動開始します」

 

通信終了。PDAを操作し、テーブルの上に放る。

 

その表情は、とても物悲しげであった。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

同日深夜。指令室にて。

依頼元であった16Labに無事、鉄血人形のサンプルが届けられた。

その報告を、委託してきたS09基地から届けられた。ただし、報告してきたのはS09の指揮官ではなかったが。

 

「久しぶりだな。カリン」

 

『はい!指揮官様も、相変わらずお元気そうで何よりですわ!』

 

通信モニター越しでもわかる快活に話す少女の姿。グリフィンの制服を少し着崩した風に着こなすのは、カリーナというS09基地の後方幕僚だ。

以前はS10基地に所属しブリッツの仕事をサポートしてくれていたが、少し前に本部からの辞令でS09へと転属した。

たまにこうして通信機を使っての交流を続けており、その際にはお互いの情勢を共有していた。

 

「カリン、俺はもうキミの指揮官じゃないぞ」

 

『ああスイマセン。ついクセで』

 

苦笑いを溢すカリーナを見て、ブリッツもつい頬が緩んでしまう。

────しかし、これから切り出す話題を思うと些か笑えない。

 

『今回はありがとうございました!ペルシカさんも、大量のサンプルを入手出来てとても満足そうでしたわ!』

 

「そうか。それは良かった。───ところでカリーナ」

 

その時、両者間の空気が一瞬で変わった。

 

「今回出向いたポイントD7。ちょっと話と違うんじゃないか?いや、話に無かった、の方が正しいか」

 

『どういうことですか?』

 

カリーナは何て事無い様子で問い、ブリッツはそれに答える。

 

「確か君たちはこう言った。()()()()()()()()()()()と。だが、俺が現場に着いた途端戦闘が起きた。つまり、敵がいるのにS09基地はあの地点に出向いていない」

 

『それは、他の重要度の高い地点に出撃していたためですわ』

 

「確かに、そうかもな。だが、あそこまで野放しなのは納得がいかない。敵の戦力から考えて、おそらく近くに敵の司令部がある。それらしき所も確認できた。・・・これは俺の勘だ、カリーナ」

 

ブリッツの青い双眸が鋭く、カリーナの瞳を捉える。

 

「もしかしてお前たち(S09基地)は、俺たちに回収任務と称して威力偵察(RIF)を押し付けたんじゃないか?もしそうなら、俺はとても許せないんだが、どうなんだ?」

 

『ブリッツ指揮官』

 

冷たい声色で、カリーナは告げた。

 

『私たちが依頼したのはあくまで回収任務。それ以上でも以下でもありませんわ。任務の性質上、敵と遭遇してしまうリスクは当然高い。今回はたまたま運悪く敵が多く押し寄せた。それだけですわ』

 

「・・・なるほど。運悪く、か。それなら仕方ないな。すまないなカリン。どうにも疑り深いタチでな」

 

『いえいえ!気にしていませんわ!こちらこそ、面倒をかけてしまって申し訳ありません。お疲れみたいですし、今日はこのくらいでおやすみしましょう』

 

「ああ、また何かあったら言ってくれ」

 

『ハイ!では!』

 

通信終了。モニターからカリーナの姿は消える。

それを見計らって、ブリッツは小さく息をついた。

 

「まったく、立派になったもんだ」

 

出会ったばかりの頃を思い浮かべ、今と比べる。

随分と図太くなったものだ。それがなんだか嬉しくて、ブリッツは小さく笑みを溢した。

 

 




色々詰め込んだけどとりあえずPx4出せたから満足。
これから彼女はどのようなロールを見せるのか。

ブリッツとカリーナは別に仲が悪いわけではなく、
ブリッツ「お前話と違うやんけ!」
カリーナ「多少はしょうがないやん?」
って感じに思っていただければいいかと。プライベートはそこそこ仲がいいです。

今回は新キャラ出したけど、もっと人形だした方がいいのかな?あまり増えるとワイが処理できなくなるけど。
「この人形出してほしい!」ってリクエストあったらメッセージでもなんでもいいので下さい。
ついでに評価とか感想とか下さいオナシャス!




ところでブリッツの設定資料とか需要ある?


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インターミッション.05

クリスマス回やろうとしたけど良い感じのネタ思い浮かばなかったのでボツにしました。
あとRFBのスキン来ません。僕の世界にサンタはいない。

今回は前回入ってきたPx4ストームがメインのお話でっす


 

 

「貴様の役目はある基地に潜入し、指揮官の情報を入手。私に報告する事だ」

 

グリフィン本部のある一室にて。見るからに高慢な態度で目の前の男は告げる。

頭髪は後退して禿げ上がり、腹には贅肉がたっぷりと詰まって身体のシルエットを丸く見せるのに一役かっている。

 

そんな男はグリフィンの制服である赤いコートを着ている。そのコートには様々な勲章が誇らしげに煌めいており、グリフィン内における男の立場の程を如実に物語っている。

それが無かったら、今目の前で高そうな椅子にふんぞり返っている男など、そこらの醜い中年にしか見えなかった事だろう。

 

彼女、戦術人形Px4ストームは男に対する嫌悪感を表情に出さぬよう、必死に奥歯を噛み締める。

 

男はグリフィン内でもそれなりの地位にいる幹部である。一つの地区を任される指揮官の人生を生かすも殺すも思いのまま。それほどのポストに就いている。同時に、彼女の所有権も握っている。つまりはオーナーだ。

そんな男が、Px4ストームにタブレット端末をぶっきらぼうに執務机の上に放るように置いた。彼女は端末を手に取り見遣った。

 

端末のディスプレイには若い男の顔写真とプロフィールが表示されていた。尤も、名前と年齢、性別、身長と体重、血液型といった身体的特徴以外は全て空白だったが。

 

『ブリッツ』

名前欄にはそう記載されていた。

顔写真を見ても、短い黒髪に青い瞳。それ以外は特徴らしい特徴の無い、平凡な顔としか思えなかった。

 

気になるとしたら、経歴が何も無い事だ。

黒塗りに潰されているのならまだ分かる。だがこの、いっそ清々しい空白は返って異様に思える。

 

「その男について詳しい事は何も分かっていない。だと言うのに、ヘリアンの推薦でこの男はS10地区を担当する指揮官として着任した。あの女が何か企んでいる可能性がある。貴様の役目は、この男の監視と報告。及び、何か良からぬ事を企てていた場合はそれの阻止だ」

 

忌々しい。そんな風に幹部の男は吐き捨てるように命令した。余程上級代行官(ヘリアントス)の事が気に入らないらしい。

だが口振りから察するに、グリフィンの為というよりも私怨の方が相応しいだろう。眉間に寄った皺の一つ一つが憎らしそうに歪んで見える。

 

本来なら、高官から直々に下される任務。それは誇らしい事なのだろう。能力を認めた上での任命。自身の地位向上にも繋がる重要な案件。

 

だが彼女のメンタルモデルに去来しているのは、ただ白けて萎えきった、空っぽの感情であった。

この男のやり口は分かりきっている。

 

「廃棄の決まっていた貴様をわざわざ使ってやるのだ。精々感謝し、任務を全うしろ。成果によっては、今貴様が一番望んでいる物をくれてやってもいい」

 

これが白けて萎えている原因だ。

自分は公に存在が認められている存在ではない。故に、文字通りに使い捨てが出来る。書面にした上で報酬を約束されるわけでもない。

失敗すれば電脳をフォーマットされた上で廃棄処分。成功したとしても今後もこのような使いっ走りか、この男の獣欲の捌け口としての慰み物が関の山。事実、それは今日この日に至るまで繰り返されてきたこと。

成功しようが失敗しようが末路は決まっているのだ。

 

本来自律人形は、所有者にたいして好意的に接するよう作られている。しかしそれは、あくまで友好的な所有者に対してである。

擬似的とはいえ感情を有している自律人形が、所有者やその周囲から暴力的な行動言動を浴び続ければ、いずれメンタルモデルはストレスからエラーを起こす。エラーを起こした人形は、人間で言い表すなら殺意を抱くようになる。

 

結果、それが人間へ対する殺傷事件に発展することもある。

 

Px4も、そのエラーが出ようとしていた。長期間にわたるメンタルモデルへの負荷は影響が大きい。

されど、寸での所でリミッター(理性)がそれを食い止めていた。

全ては自分が望むものを得るために。

 

しかしどうしたって、嫌悪感は募るばかりだ。メンタルモデルがストレスでおかしくなりそうだった。

 

だが、こうも思った。

気に入らない任務であっても、一時といえこんな男と離れられる。

 

それに、もしかしたらということもある。

 

宝くじと同じだ。

買っても当たる可能性はかなり低いが、買わなきゃ当たる可能性もない。

わずかな可能性。Px4はそれにしがみついている。すがっている。

 

だからこう言った。

 

「了解しました。マスター」

 

 


 

Px4ストームがS10基地に正式に着任してから一週間が経過した。

 

たったの一週間だが、そこそこの情報は得られたと彼女は思っている。

 

まず基地。事前に聞いていた通り、規模は小さくはないが大きいわけではない。

しかし施設は金がかかっているという印象を受けた。戦術人形用メンテナンス装置も、最新とは言えないがかなり高性能な物が使われている。

資材についても不足は無さそうだ。特に配給と部品にはかなりの余裕があった。

兵士運搬に使われるであろうヘリも、中々重装備だ。追加装甲に、ハードポイントにミサイルポッド搭載という重武装。ガンシップという様相だ。

 

装甲車も複数所持している。どれもこれも、整備が行き届いているのがよくわかる。自分がこの基地に連行された時に使われた装甲車もあれば、ストライカーMGSもある。

グリフィンは現在、鉄血と戦争状態だ。だというのに、このような兵器の使い所はあるのだろうか。精々が迅速な部隊の展開に一役買っている程度だろうが、甚だ疑問である。

 

第三次大戦の影響で国家が衰退したことで、都市運営の観点からもPMC需要は大きく跳ね上がった。それは、民間でありながらも保有する兵器、武器からなる戦力の増大にも繋がった。治安維持の面から見ても、確かに武力は必要ではある。とはいえ、ここまでする必要があるのかはわからない。

 

だというのに、所属している戦術人形は多いわけではない。しかもその殆どは仮の配属で、他所の基地に転属する可能性もあり、部隊数は最近になって4に増えたばかりだという。

あとは人間の後方支援スタッフ。所属する人形や作戦任務時のサポート。兵器や機材のメンテナンスをメインに働いてもらっている。当然、非戦闘員である。

 

人形と人間を含めても、これだけの兵器を運用しきれるのだろうか。正直、宝の持ち腐れといった感が否めない。

維持費の無駄遣いと言ってもいい。

お金が大好きで守銭奴な性格の彼女からしてみれば、見過ごせない部分であった。

 

ともかくとして、そんな基地を運営している実質の責任者が、今回Px4が監視する男。S10地区司令基地指揮官のブリッツだ。

 

この一週間でブリッツの指揮官としての能力もある程度把握できた。

 

まず、事務作業(デスクワーク)は苦手らしい。副官であるMG人形のLWMMGに少しからかわれながらも職務をこなしていた。

だが彼にはもう一人、強力な助っ人がいる。

時おりスピーカーから出てくる声。ナビゲーターという女性の存在だ。ブリッツからはゲートと呼ばれている。

この女性がとにかく凄い。大量にある決済書類を次から次へと的確に処理していく。ブリッツの事務能力の低さもカバーし、午前中には仕事が全て捌けてしまうほどに。

 

ブリッツ曰く、別の場所からサポートしてくれる、信頼できる人物。ということらしい。確かにこの仕事ぶりなら信頼の一つや二つしてしまうのも已むなしだ。

 

配下の人形との関係は見たところ良好だ。皆信頼し、見かけたら気さくに声をかけている。ブリッツもそれに付き合い、コミュニケーションをとっている。

 

どうやらブリッツという男、人形を道具として見ていないようだ。

RFBという主力の第一部隊所属のAR人形によれば、「自分(指揮官)も戦術人形も、PMCに属する戦力としての商品であり、そこに人間や人形という違いは無く、同じ兵士だ。故に自分と人形は対等である」と、ブリッツは以前に語ったそうだ。

そういう姿勢があるからだろう。前線に立って戦う人形全員が、ブリッツに信頼を寄せている。

 

自分も、ブリッツのような男の元に配属されたかったが、それも無理だろう。

いくら彼でも、自分を受け入れることは恐らくできない。

 

 

それはそれとして、デスクワークが終わって空いた午後からは戦術人形の訓練だ。

この基地に所属する人形の殆どは、戦場からつれてきたドロップ人形だという。人形製造の依頼をしたことはなく、主力の第一第二部隊も全員がドロップ人形だ。

 

それゆえか、倉庫には本部からの報酬で貰える人形製造契約が埃を被った状態で大量に保管されていた。

 

捨てるわけにもいかないので、取り敢えず倉庫の隅っこに寄せていたらしい。

ブリッツ指揮官からの信用を得るために、各地区のグリフィン基地やI.O.P社の戦術人形を使役するPMCに格安で売り付けた。飛ぶように売れた。そうやって得た売り上げを基地に献上した。指揮官はともかく、副官は「これで弾薬が大量に補充できる!」と大喜びだった。

こんな任務じゃなかったら、弾薬コストを気にする副官のLWMMGと、きっと良い関係を結べたと思う。それがとても残念だった。

 

閑話休題。ともかく訓練だ。

 

今日は近接戦闘訓練施設(キルハウス)を使うようだ。路地や屋内といった狭い空間での戦闘を想定して作られたコースのスタート地点には、AR人形のT65が「今日こそは!」と意気込んでいる。

彼女はこの基地における先輩AR人形であるFALの記録を越えようと、日々努力をしている。

 

個人記録は少しずつ更新してきているが、まだまだ目標には及ばない。その目標であるFALはブリッツの隣に立って「まあ頑張りなさい」と余裕すら感じられる笑みを浮かべてT65を見ている。

 

この基地では、ブリッツ自身が訓練に立ち会い、指導している。

自分も訓練に参加したが、その時は厳しくも的確な助言を彼から貰っていた。

 

その教え方というのが実に実戦的で、戦闘をよく知る者でなければ出来ないような助言であった。

 

グリフィンの指揮官というのは、自らが前線に立って戦うことはしない。後方の比較的安全な場所から指揮を執る。だから、戦闘訓練は積んであっても実際に戦った事のある指揮官というのは少ない。

 

が、ブリッツの場合は自らが前線に立ち指揮を執る。何なら単独で撃破何て事もやってのける。

実際、自分が予定通りに第四部隊と鉢合わせしていた時、裏ではブリッツたちが鉄血相手に激しい銃撃戦を繰り広げていたらしい。

 

「部隊の背中を蹴飛ばすのではなく、背中で部隊を引っ張る指揮官でありたい」

そうブリッツは言っていた。こんな指揮官(人間)がいるのかと驚いた。

 

グリフィン内部における戦術人形主力の現代戦で、ブリッツという存在はかなりのイレギュラーだ。

(マスター)も、これを危惧しているのかもしれない。下手に圧力をかけたら、どのような反応をするかわからない。最悪、逆恨みでグリフィン本部に単独でカチコミをかける恐れだってある。

 

戦術人形達も、本来ならば良い顔をしないであろうブリッツのやり方に文句も言わない。

むしろ、緊急性と危険性が高い任務にこそ彼に同行してほしいとさえ思っているらしい。

 

はっきり言って異常だ。指揮官も、その配下の人形も。それだけの実力を持っているということだろう。

背中を守り、かつ背中を預けるに値する存在だと。

 

そんなブリッツだが、どこでそんな戦闘技術を身に付けたのかを聞いてみた。

すると答えは「ここじゃない何処かだ」とはぐらかされた。かなり怪しいが、この男はそうそう口を割らないだろう。というか割らなかった。スタイルには自信があったのに。

 

せめてこの男の正体がわかればいいのだが、それにはまだ時間がかかりそうだ。

 

─────といったような内容を、本部にいるあの男。マスターに報告書として提出した。もちろん余計な部分は消したり削ったり、もっと堅いイメージの文面で送った。

 

無線接続されたPDAと自分を切り離し、Px4は与えられた自室で一息ついた。

 

最後の一文。まだ時間がかかりそうだの部分。この時、こんな事をいつまで続けなくてはいけないか考えて、すぐに止めた。気が滅入るだけだ。

 

時刻を確認すれば、既に夜の10時。明日は第二部隊のメンバーと一緒に哨戒任務を任されている。早めに寝てキャッシュをすっきりさせよう。

ベッドに横たわり、Px4はすぐにスリープモードに入る。嫌なことを考えないよう、逃避するように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、今機密回線でメールがグリフィン本部の幹部宛に送信されましたよ。どうやら報告書のようです』

 

「ハハハ。やっぱりアイツ、スパイだったか。しかも本部。上層部も暇だな。ウチの何を探ろうと言うんだ?」

 

「う~ん、仲良く出来ると思ったのになぁ」

 

『どうします?』

 

「慌てるな。取り敢えずはまだ泳がせる。良い結果を迎えるためにな。ゲート、情報収集は頼むぞ」

 

『了解です。楽しくなってきましたね』

 

「そうだな。どうせなら楽しもう。この茶番をな」

 





という感じで今回はPx4(スパイ)の報告書(という名のおさらい回)でした。
この娘凄いゾ。ライトちゃんと組ませると鬼神の如き火力を発揮するゾ。ほんとすき。
性格面でもこの二人、仲良く出来そうじゃない?倹約家と守銭奴って相性どうなんだろうね。

この話にあわせてブリッツの設定とか公開しようとしたけど、どこまで公開したら良いか分からなかったのでとりあえず保留にしてます。どうすっかなー。

あと、感想がごっそり減ってたので寂しい。感想ほしい。下さい。





さて、次どうしよう・・・・・・


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.6 ―機密データ奪取―

あけましておめでとう。
今年初めての投稿なので初投稿です


太陽が沈み、夜の帳が落ちる。

そんな暗闇の中を、五つの人影が息を殺して気配を最小最低限に留めながら、ゆっくりと前進している。

視界には木々が乱雑に立ち並び、伸び放題の鬱蒼とした雑草や茂みのみ。ここは森の中だ。

 

今夜は新月。月明かりなどない。天体観測には絶好のシチュエーションだろう。

しかし木々の枝についた無数の木の葉が宛ら天井のように広がり、見上げても星空は一切見えない。

そのせいか、視覚的により一層の暗さと閉塞感を醸し出している。

 

光量不足だけでなく、不規則な並びの木々や茂みが邪魔で死角も多く、遠くまで見通せない。

それだけ隠れる場所もあるという事でもあるが、それは敵も同じこと。どうしてもクリアリングに手間取る。

こういった所で待ち伏せ(アンブッシュ)が潜んでいたり、トラップが仕掛けてあったりするからだ。

 

アンブッシュの場合、見落として背後を取られれば即死に繋がりかねない。文字通り、終わりだ。

 

『ブリッツ指揮官。もうじき鉄血のジャミングエリアに入ります。注意してください』

 

「了解」

 

ナビゲーターから忠告が入る。

スマートグラスによるHUD上に表示された簡易マップには、数メートル先からの地形情報が無い。

ここから暫く、頼れるナビゲーターからのバックアップは期待出来ない。

 

全くもって、気が滅入る。

だがやらなければならない。

 

「これよりジャミングエリアに侵入(イントルード)する。通信終了」

 

───────約8時間前。

S10地区司令基地に通信が入った。発信元はグリフィン本部。発信者はヘリアントス上級代行官だ。

 

ヘリアンは普段から鋭い眼光を更に鋭くさせ、モニター越しにブリッツを見ている。

 

副官のLWMMGと暇潰しに司令室にいたRFBはヘリアンのいつになく厳しい表情に「あれ、怒ってる?」と、慌てて過去のログを洗いだし該当しそうな情報を幾つかピックアップ。が、そのどれもこれもがヘリアンに関係しない事柄ばかりだった。

ブリッツも同様なのだろう。応答した矢先に飛び込んできたヘリアンの表情から何かあったと察し、藪蛇にならぬよう無言で彼女の次の動きを待つ。

 

一〇〇式も、「触らぬ神に祟りなし」と言っていた。

軍役時代には、作戦開始の許可が下りるまでの三日間を暗く狭い地下室で待機していた事もある。それに比べれば、この沈黙の(触らぬ)時間は苦でも何でもない。後ろの二人が耐えられるかは別としてだが。

 

「あの~ヘリアンさん?何かあったの?」

 

ほらやっぱり。自称戦術人形一のゲーマーにこの時間は耐えられなかったようだ。

ブリッツは内心でため息をつき、だから他所の基地にいるKSGに勝てないんだぞと心の中で言っておく。

 

『いや、うむ・・・・・・大した事はない。昨日の夜、ちょっとな』

 

この瞬間、三人同時に「あ、合コンダメだったんだな」と同じ結論に至った。連敗記録更新が発覚した瞬間である。

いい加減好い人が見付かって欲しいと願うばかりだ。

 

「任務ですか」

 

ブリッツが無理矢理空気を変える。途端に司令室内に厳格な雰囲気が満ち始める。

ヘリアンもすぐに切り替え、上司らしい厳格そうな姿勢となる。

 

『ああ、任務だ』

 

 


 

今回貴官にやってもらいたい任務は、16Labが開発した新装備の実地試験(フィールドトライアル)だ。

 

以前より厄介な問題として取り上げられてきた鉄血によるジャミング装置だが、この存在が我がグリフィンの人形部隊の出撃及び展開を妨げ、結果として甚大な損害を被っている。

指揮官であり兵士でもある貴官ならよく分かるだろう。戦場での連絡途絶は、即部隊の壊滅に直結する。

前線にいる人形に安全な位置から指揮官が指示を出す、というグリフィンのやり方では致命的なほどに効果的だ。

 

そういう意味では、貴官のやり方は合理的かつ効率的ではあるのだが、全員が全員そう出来る訳ではない。

 

そこで16Labが、前に貴官の部隊が収集した鉄血人形のサンプルを解析し、従来と違う暗号化プロトコルを組み込んだ通信機のプロトタイプを開発した。

鉄血の使う周波帯を使うことで、敵のジャミングの影響を受けずに部隊の展開が出来るという代物らしい。

 

ただし、あくまでこれは理屈的にはという話だ。上手く行くかという保証もなく、敵と同じ周波帯で傍受されないのかという懸念もある。そのチェックを貴官に確認してもらいたい。

 

"シェルター"は覚えているな。前に貴官とR09地区のメリー・ウォーカー指揮官が協力して、防衛戦を行った施設だ。

 

あの施設は今、鉄血に占領され前線基地として利用されている。

 

貴官の部隊には、鉄血が司令部として使っているこの施設に侵入。そこにあるという機密データを回収してもらいたい。

しかし施設の周囲は鉄血の強力なジャミング装置が設置されており、一度領域(テリトリー)に入ってしまえば外部と通信が一切取れなくなってしまう。

そこで例の通信機を使って性能を評価してもらいたい。

 

ハッキリ言って、これはかなり危険な任務だ。

それでも遂行してもらいたい。

 


 

『こんな事を頼めるのは貴官しかいない』

 

苦渋の顔でヘリアンは告げる。

 

要するにこういうことだ。

 

「新しい通信機試すついでに敵の拠点一個潰してこい」と、そう言っているのだ。

 

確かに、新しく開発された兵器や装備を特殊部隊がお試しで使い、性能評価を求めるのはよく聞く話だ。正規軍時代にもそういった事はあった。

 

ジャミング装置を無効化する装備作ったからジャミング装置のある場所に言って試してくるというのは、まあ納得が出来る。それを確かめ、有効であるならこれほど頼りになる装備は無い。

 

が、ついでとばかりに敵拠点に侵入しろというのは正直理解がしがたい。おまけに主目標は機密データの回収。性能評価のために遂行する任務ではない。

 

─────だが、いくら考えたところで下された任務を反故にはできない。

上からの指示だ。兵士はそれに従うしかない

 

「回収する機密データとやらは、どのような」

 

『貴官が知る必要はない。とにかく、重要なデータだ』

 

「それでは任務の遂行に支障が出る恐れがあります。詳細を要求します」

 

『・・・すまない』

 

苦虫を噛み潰したようなヘリアンの苦悶の表情に、ブリッツは何も言えなくなる。

おそらく、ヘリアンも機密データとやらの詳細を知らない。もしくは()()()()()()()()()かだ。

ヘリアンは上級代行官という肩書きこそもっているが、立場で言えば中間管理だ。それよりも上の人間からの指示。もとい圧力があったのか。

 

上層部と繋がるスパイ(Px4)といい、この作戦といい。どうにも周りでおかしな事が起き始めている。

 

とはいえ、今の自分に出来ることなどない。どう足掻いたところで、今の自分はただの指揮官(下っ端)だ。

やるしかない。

 

「任務了解しました。ただし、準備はこちらに一任して頂きたい」

 

『ああ、もちろんだ。────これは私の独り言。というより、愚痴だ』

 

わざとらしいため息を溢し、ヘリアンは視線を外してから"独り言"を語り始める。

 

『どうやら一部の幹部が、私に対して不満を持っているらしい。経歴不明瞭の若い男性指揮官に地区を一つ担当させるよう手配し、その若い指揮官が公にはされない作戦で功績を上げているのが気に入らんらしい。事実無根のガセを流されては敵わん。この任務も、そんな私や指揮官が気に入らない人間の嫌がらせだろう。失敗すれば指揮官の評価は下がり風当たりが強くなる。私にも責が問われるだろう。頭が痛い話だ。それ以上に腹立たしくもある。内部で足の引っ張り合いに巻き込まれるなんてな。

噂によると、過去にシェルターで()()()行われていたらしい。どうせ疚しいことなのだろうが。今回の任務で奪取できるとされるデータに、仕返しが出来るものでもあればいいんだがな』

 

一瞬、ヘリアンの口角が妖しく歪んだのを、ブリッツは見逃さなかった。というよりむしろ、わざとそれを見せつけたようにも見えた。

さらにわざとらしく「おっと」と喋りすぎたとばかりに口元を隠して見せ、これまたわざとらしく咳払いを溢す。

 

『まあとにかくだ。貴官にはジャミング範囲内での通信機の作動チェック。及びシェルターに侵入し機密データを奪取してくれ』

 

「了解。しかし、機密データの詳細がわからないとなると、データが複数あった場合選別も必要になります。その際()()()()()()()()それは不可抗力、ということでよろしいですか」

 

『ああ、それは仕方ない。今回はデータ奪取が主任務であり、見るなとは言われていない』

 

「わかりました。準備が出来次第、出撃します。・・・ところで、その新装備とやらはいつ────」

 

届くのでしょうか?そう尋ねようとした瞬間、外から何かが落ちるような音と微かな衝撃が司令室に響いた。

その反応はすぐにきた。

 

『指揮官』

 

「ダネル、何があった」

 

『たった今飛来してきた無人航空機(UAV)が、基地の屋外射撃場付近にコンテナを落とした。UAVとコンテナには16Labとある。人間、人形、施設に損害はない。強いて言えばコンテナで地面に若干クレーターが出来ている』

 

通信機に飛び込んできたダネルNTW-20からの報告に、ブリッツはなんとも形容しがたい怠さを伴った脱力感を覚えた。

 

「ああなるほど・・・。了解した。それについてはこちらの方で確認が取れている。危険は無いはずだ。コンテナ内の荷物を司令室まで持ってきてくれ」

 

『了解した。ダミーに持っていかせる。アウト』

 

通信が終わり、ジロリとヘリアンを見る。

 

『・・・すまない。これはこちらの管理ミスだ。犯人には私の方から言っておく』

 

「厳重にお願いします」

 

『ああ。では、頼んだぞ』

 

通信が終わり、モニターは元の待機画面に切り替わる。

なんとも締まりが悪いがとりあえず、やることは決まった。気を取り直して、ブリッツはLWMMGに向き直り指示を出す。

 

「ライト、召集だ。ウージーとティス、そしてワルサーだ」

 

「了解」

 

「指揮官!私は~?」

 

RFBが声を上げる。

おそらく、今回の任務に連れていけと主張しているのだろう。

 

少し悩んで、そして決める。

 

「いいだろう。今回はお前にも頑張ってもらう」

 

「ヤッター!最近出番無かったから張り切っちゃうよ!」

 

両手をあげて喜ぶRFBに、LWMMGは大丈夫だろうかと不安の眼差しを送った。

 

────この後、16Labから届いた通信機を司令室に持ってきたメイド姿のダネル(ダミー)に驚かされることになるが、それはまた別の話である。

 

 




今回ちょっと無理のある話の切り出し方しててアレかな?って思ったけど強行しました。考えるな感じろ。
ちなみに自分はダネルの水着スキンはあってもメイドスキンは持ってないです。ほしい

それと、各パートの最初に作戦名(そのまま)を明記することにしました。数字だけってなんか寂しいなって・・・

UA8000突破しましたありがとうございます!高評価もいただけて嬉しいです!
些細なことでも感想もらえると嬉しいです。返信しきれないくらいほしい(ほしい)


こんな感じで今年もやっていきますのでどうぞよろしくお願いします!



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6-2

UAが9000を超えました。ウッソだろお前(歓喜)
これからもお願いします

今回はちょっと難しかった・・・。


 

 

16Labから届いた通信機は5機しかなかった。ブリッツたちに回せる機材はこれだけだったようだ。

 

通信機を二部隊に分配して作戦に当たる。という選択肢もあるにはあった。が、今回は敵地への潜入任務。人数は少ない方がいい。

よって、5つの通信機は今回作戦に当たる5人で持っていくことに。

 

─────そして現在。予定通りにルートを進行し、部隊は鉄血のジャミングエリア手前まで到達。

 

「ねえ、これホントに効くの?」

 

先頭を歩くブリッツの横で、マイクロウージーが提供された通信機であるヘッドセットを煩わしそうに触りながらぼやく。

普段はイヤホンタイプの無線機を使う彼女にしてみれば、ヘッドセットというのは慣れていない分据わりが悪いのだろう。

OTs-12は任務でヘッドセットを着けているし、RFBはFPSゲームでよくボイスチャットでヘッドセットを使っている。ワルサーは特に気にした様子はない。

つまり、今この場で文句を言っているのはウージーだけなのだ。

 

とはいえ、彼女の言い分も理解できる。

 

いくら耳障りのいい新装備でも、実際試してみるまでは信用は出来ない。普段は第二部隊でポイントマンを務める彼女だ。得体の知れない装備に命を預けろというのは無理がある。

 

「大丈夫かどうかの確認をしに来たんだ。いざとなれば何時も通りの通信方法に切り替えればいい。30m以内なら確実に通信出来る」

 

「新しい通信機の性能評価で敵拠点に侵入しろって、ふざけてるとしか思えないけどね」

 

WA2000の言に、ブリッツ以外の全員が同意とばかりにため息を溢した。どうにも士気が低い。

しかし、事が始まればすぐにスイッチは入る。それが戦術人形の良いところであり、ブリッツもそう出来るよう彼女たちに訓練を施していた。何も問題はない。

 

「意思の疎通は済んだな?行くぞ」

 

ブリッツがいつものHK417を構えながら前進すれば、他の4人もそれに合わせて進む。

 

ジャミングの有効範囲に入った途端、ブリッツのスマートグラスに投影される様々な情報が少しだけ歪む。スマートグラスは通信機とも連動している。それが拡張現実(AR)にも影響を与えているのだ。

通信以外の使用に問題はない。ないが、少し鬱陶しい。

ヘッドセットにも、耳障りなノイズが混じるようになった。

 

「全員、通信機を切り替えろ」

 

通信プロトコルを通常から新しいものへと切り替える。その瞬間、ノイズの走っていたヘッドセットは静寂が訪れ、ARの歪みは治まった。

 

「通信チェック」

 

『聞こえてるわ』

 

『聞こえるよー』

 

『問題なし』

 

『良好よ』

 

WA2000、RFB、ティス、ウージーが順番に応答する。

隊員同士の通信には問題なさそうだ。

 

「ゲート、聞こえるか。コントロール、応答できるか」

 

基地のナビゲーターとグリフィン本部(コントロール)のヘリアンに通信を試みるが、ノイズが返ってくるだけで応答はない。

対策のしていないナビゲーターはともかく、本部に通信が取れないのはどう言うことか。

こういった装備の性能評価を通達してくるなら、当然本部も同様の対応をとっている筈だ。

 

 

「使えるんだか使えないんだか分かんないわね、これじゃあ」

 

「大した新装備ね」

 

ブリッツからの呼び掛けに応じないのを見て、ウージーとWA2000は悪態を吐く。司令部との通信途絶は下手をしなくとも部隊壊滅に直結する由々しき事態だ。

このまま作戦を継続するのはハッキリ言って危険だ。だからといって撤退すれば指揮官とヘリアンに何かしらのペナルティがつく。減給や降格で済むならいいが、怪しい行動を取っている幹部連中がいる中での作戦失敗は付け入る隙を与えることになる。一体どうなることか、想像もしたくない。

 

進むも地獄。退くも地獄だ。

 

どうしたものか。ブリッツは悩む。

 

『はい、こちらコントロール』

 

突然、無線機に女性の気だるげな声色の言葉が飛び込んできた。

それを聞いた全員が集まり、お互いの背中を庇い合うように周囲を警戒する。

 

「誰だ」

 

『どうもどうも。私は16Labのペルシカ。あなたが今使ってる通信機の開発者よ』

 

ペルシカ、という名前にブリッツは聞き覚えがあった。

大分前だが、何かの資料にその名が記載されていた。

 

「Dr.ペルシカリア。16Labの首席研究員?」

 

『予習はしているようだね。感心感心。キミの任務をサポートさせてもらうようヘリアンに頼んだのよ。今回はよろしくね、ブリッツ指揮官』

 

「それはありがたいですが、何故自分に協力を?」

 

『開発者にとって、現場の意見というのは貴重なんだよ。どうせなら直に聞きたくてね。通信リンクの感度チェックも出来るから、一石二鳥ということよ。それにヘリアンからキミの事は聞いていた。話してみたくてね。どんな人間なのかと』

 

「・・・そんな面白い人間ではありませんよ。自分は」

 

『そう自分を無下にするものじゃないわ。あなたは任務に忠実で、信頼に値する兵士だとヘリアンから聞いてる』

 

複雑に渦巻く心境に、ブリッツは眉を八の字に曲げた。

真っ直ぐ称賛されるのはどうにも慣れない。

 

返す言葉に迷っていると、通信機の向こうからパンッと高く乾いた音が聞こえた。銃声ではない。仕切り直し、といわんばかりにペルシカが手を叩いたのだろう。

 

『さて、自己紹介は一旦ここまで。無駄に出来る時間もないし、元より無駄にする気もないわ。シェルターに向かって。そのためのバックアップもつれてきた』

 

「バックアップ?」

 

訝しげにしていると、通信機から甲高い電子音が鳴る。どこかと繋がったらしい。

 

『指揮官。こちらナビゲーターです。通信リンクの構築を確認しました』

 

「ゲートか?」

 

『はい。Dr.ペルシカリアの協力で、16Labの通信モジュールを間借りさせていただきました。これでバックアップ出来ます』

 

「頼もしい限りだ。よろしく頼む」

 

『はいっ』

 

『それにしても、キミ凄いモノ使ってるんだね。量子コンピューターを使った戦術支援AIなんてオーパーツ。大戦以前の骨董品だ。どこで手に入れたんだい?』

 

興味津々、といった風にペルシカが尋ねてくるが、ハッキリ言ってそれほどドラマチックなものは無い。

というよりも、通信リンクを接続しただけでナビゲーターの正体を突き止められた事に驚きだ。

 

量子コンピューターはペルシカの言った通り、大戦前まで研究開発がされていた代物だ。その後の大戦で用いられた大量の核兵器によるEMPによってほぼ全ての電子機器がダウン。またはロスト。

が、一部はファラデーケージによって機能を損なう事無く稼働を続けていた。

 

ブリッツの使うナビゲーターも、その一つだったとされている。

理由がハッキリせず仮定なのは、入手経路が強盗集団から押収したものであるからだ。おそらくどこかで入手した量子コンピューターを金銭に変えようとしていたのだろう。その強盗集団も、全てを伝える前に全員死亡してしまった。

 

ナビゲーターの現状は「とりあえず稼働させてみたら予想以上に使えるから使っている」といういい加減なものだが、それで今の今まで上手くいっていた。性能面は申し分なしということだ。

 

「それについては追々説明しますよ。今は仕事に集中しましょう」

 

『ああ、了解』

 

「では、前進します」

 

隊列を整え、再度前進。通信機のお陰か、スマートグラスに投影されている簡易地図(ミニマップ)も正常に機能してくれている。目的地までのルートもバッチリと。

いざとなったらアナログなやり方で進もうと決めていたが、便利な機能が生きているなら活用するのが道理だ。

 

クリアリングしながら慎重に進むと、やがて建造物が木々の隙間から見えた。シェルターではない。

シェルターへはまだ300メートルほど距離がある。

ということは、可能性は一つしかない。

 

ゆっくりと気取られぬよう建造物に近付き、それを確認する。

そこは少し開けた場所だった。その中央に長方形の貨物用コンテナの上に、鉄骨で出来た小さい電波塔のようなものが乗っている。イメージとしては、そういった感じだ。

そして、コンテナの側面には「SANGVIS FERRI」の文字にあのロゴマーク。

 

「報告。鉄血のジャミング施設を発見。見張りも複数」

 

偶然にも、鉄血が仕掛けた複数あるジャミング装置の一つに辿り着いてしまった。

予定にはない事態だ。そもそも、鉄血のジャミング装置がどこに設置されているのかでさえ、グリフィン本部は把握していなかった。なのでこの作戦では、ジャミング装置の存在は一旦無視して、シェルターに直行する予定だった。

 

どこにあるかも分からない装置を探して森の中を歩き回るのは、効率的とはとても言えない。そういう任務であるならば話は別だが、その場合装備を見直す必要がある。

 

装置だけならまだしも、見張りの鉄血兵。ヴェスピドが装置を守るように動いている。数は8。それぞれ二人一組で装置を囲むようにして動いている。厄介だ。

 

ここはやり過ごすが吉だ。

そこに待ったをかける存在がいた。

 

『ちょうどいい。ジャミング装置を調べてくれないかな』

 

『ペルシカリア博士!?』

 

突拍子もない事を言い出す首席研究員に、ナビゲーターも思わずその名を悲鳴のごとく叫んでしまう。

無理もない。わざわざ冒す必要の無いリスクを背負えと気軽に言ってのけたのだから。ブリッツも、これには眉をひそめた。

 

「理由を聞いても?」

 

『ジャミング装置の解析が出来れば無線機の性能を上げられる。今回の任務には、通信機の実地試験(フィールドトライアル)も兼ねているわ。ならこれも、それの範疇よ』

 

「・・・なるほど」

 

『納得しないでくださいよブリッツ!』

 

普段は冷静なナビゲーターが声を荒げて抗議する。それだけ非合理的な選択をしようとしている、という事なのだろう。

 

「いいかゲート。Dr.ペルシカリアの言う通り、俺たちは今回通信機の性能評価を任されている。つまり、彼女(16Lab)は俺たちにとって依頼人(クライアント)も同じだ。その依頼人(クライアント)が、ワケあってそうしろと頼んでいる。任務を受けた以上、俺たちはそれに可能な限り応える義務がある。彼女は別にワガママを言っているわけではない」

 

『しかし!』

 

「3人でやる。RFB、ワルサー。お前たちが仕留めろ。ティスは二人の援護だ。ウージー、俺と来い」

 

埒が明かない。そう判断したブリッツは指示を出す。彼女たちも思うところはあったが、それを否定する理由もなかった。戦術人形は基本的に指揮官の命令に忠実だ。ブリッツがそう決めたのならば、それを遂行する。

 

全員が「了解」と告げ、配置につく。

見付からぬよう姿勢を低く、木や茂みに身を潜め、ヴェスピドの横顔が見える位置に陣取る。

 

「合図したら撃て」

 

HK417を構える。サプレッサーが装着された銃口を辺りを見ながら歩くヴェスピドに向ける。RFBもWA2000も、同様に構え何時でも撃てるようスタンバイ。

 

ブリッツの背後にはウージーが、万一の為に何時でも飛び出せるよう銃を構えている。

OTs-12も、RFBの傍に付き援護できるよう構えている。

 

『準備よし』

 

『同じく』

 

RFBとWA2000が告げる。何時でもいいぞと言わんばかりにその声は冷たく、残酷だった。

 

「────撃て」

 

3つの銃口から弾丸が飛び出した。

強力な弾丸はヴェスピドの頭部に命中。電脳を破壊した。

隣を歩くペアも同様に撃ち抜く。

 

間髪入れず、残りの2体に照準を合わせる。

 

攻撃を受けたことにすぐに気付き、ヴェスピドは撃たれた仲間を一瞥する。が、その一瞬が命取りであった。

残りを狙えるのはブリッツだけだ。研ぎ澄まされた感覚は体感時間の経過を遅らせ、自分以外の全てがスローモーションに見える。ホロサイトのレティクルは即座にヴェスピドの側頭部を捉え、即座に発砲。7.62mm弾が電脳に致命的損傷を負わせる。

その隣にいるヴェスピドも同様。例外無しだ。残り2体も同じ末路を辿る。

 

8体全てが、ほぼ同時に機能停止。救援要請を行う事はおろか、敵を認識する間も無く地に倒れ伏した。

2秒足らずの出来事であった。

 

「敵ダウン」

 

冷酷に告げる。それを合図にして、全員が木の影や茂みから身を乗りだし、クリアリングしながら鉄血のジャミング装置の前に集結する。

 

制圧完了(クリア)。ジャミング装置を確保しました」

 

『お見事。惚れ惚れするくらいスマートな制圧だったわ』

 

ブリッツのスマートグラスに仕込んだカメラから、今の攻撃を見ていたのだろう。ペルシカが拍手しながら称賛する。ナビゲーターは、「ああもう良かった・・・」と安堵の声を溢している。

しかし、それらを全く意に介さずブリッツは装置の操作パネルを繁々と見る。

 

「ドクター、見えてますか?」

 

『お陰さまでね。なるほど、そういう感じか』

 

「ドクター?」

 

『うん、もう十分。どうやって稼働してるのかわかった。多分今止めると、シェルターにいる鉄血に気付かれる。このまま放置した方がいいわ。コレ、シェルターからの電力供給で動いてるから』

 

「了解。では引き続きシェルターに向かい前進します」

 

通信を終える。

全員銃を構え直し、周囲を警戒しながら前進を再開。

 

この先の、目標のシェルターに到着する。

 

 

 

 





初登場ペルシカさんです。(声のみ)
個人的にはこのキャラ使いづらい・・・

あとお気付きでしょうが本作品の指揮官はグリフィンの人間としてはそこそこ強いですが、全体で見れば単なるモブ指揮官ですので原作主要キャラとの絡みは現状ヘリアンとカリーナ以外にはいない状態です。
なのでこの任務が終わったらペルシカさん次以降出てくるかわかりませんし、クルーガー社長なんて名前しか出ない可能性もあるわけで。
この指揮官、縦横の繋がりがほとんどない。誰か助けてあげて

執筆のモチベーション維持にも繋がりますので感想お願いします!
読者の反応が見たいんじゃ


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6-3

感想と評価とお気に入りが増えた(* ゚∀゚)
でも誤字報告も一杯きた恥ずかしい


ブリッツたちが鉄血のジャミング装置を制圧したその頃。S10基地の自室にて待機していたPx4ストームは、突然PDAに届いた自身の所有者(マスター)からのメッセージに目を丸くした。

 

『今現在ブリッツ指揮官が従事している任務が万一にも成功した場合、ブリッツが所持しているであろうデータを盗み出し、破棄しろ』

 

Px4はどういう事かと思案する。

自分の役割はあくまでも彼の監視だった筈。動くとしたら、ブリッツがグリフィンに対して不穏な動き、敵意ある行動を起こした時だ。

 

今回の作戦はヘリアントスから。つまりグリフィンからの正式な通達だ。

ブリッツが出るという事で、作戦の概要もある程度は聞かされている。

 

新しい通信機のテストと、敵に占拠されたグリフィン所有の施設に潜入。重要なデータを奪取すること。

随分と無茶な任務ではあるが、何も不穏なことはない。

 

そもそもその作戦だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものじゃないか。

だというのに、わざわざそれを妨害し失敗させるよう仕向けるのはどういう事だ。

 

ああ分かっている。自分がそう問い質しても、マスターは何も答えない。結局の所、言われた通りにやるしかない。

 

だがどうする。ブリッツはグリフィンの指揮官としては二流かもしれないが、兵士としては超がつく一流。凄腕だ。

 

そんな男が、重要なデータを盗まれるような隙を見せるとは思えない。

 

ましてや、自分は新入り。データが盗まれた事がバレれば真っ先に自分が怪しまれる。

そういう根本的問題を理解していないのか。

今までは「新入りだから色んな事を知りたい」というスタンスでやってこれただけだ。

 

どれだけ密かに活動しても、整合性の無い行動を取り、事件が起きれば即発見に繋がりかねない。

怪しまれずに情報を掻き集める事の至難さを、あのマスターは全く理解していない。

事を性急に進め過ぎている。最早意味が分からない。

 

何かを焦っている。もしくは慌てている。

 

まるで素人の右往左往だ。

仮にも自分のマスターならば、そんな醜態を晒すのはやめてほしい。

 

────だが、最後に付け足すように送られてきたメッセージに、Px4は激しい動揺を禁じ得なかった。

 

『データの盗み出しが困難な場合、ブリッツ指揮官を不穏因子として処理しろ』

 

処理とは?殺せという事。誰を?ブリッツを。彼を殺す?

 

彼女のメンタルモデルとどこまでも冷徹な電脳が相反する反応を示し、干渉し合う。干渉はやがてエラーとなって彼女のメモリに蓄積されていく。

 

「何で殺すマスターの命令だからでも殺す必要がないそうしなければならない理由が出来ただとしても殺さず何か失敗させて失墜させるだけで十分だ生かしておけばいずれブリッツ指揮官はマスターに辿り着き私にまで危害が及ぶだけど今それをやったら真っ先に私が疑われる処理した後にすぐ逃げればいい無理だここの人形たちは皆優秀だ絶対捕まるなら先に人形を始末すればいい数が多すぎるなら爆弾を仕掛けて一網打尽にすればいい嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ殺したくないでもやらなきゃ私が殺される殺したくないやらなきゃいやだやらなきゃいやだやらなきゃいやだ─────」

 

暗い部屋の中。Px4を止めてくれる者は誰もいない。

 

 

 


 

 

 

鉄血に制圧される前のシェルターは、大戦時に国や企業の要人達が自己保身の場として使われていた。

例え周辺に核ミサイルを始めとした大量破壊兵器(WMD)による攻撃が地上でなされても、地下に作られた核シェルターが安全を保証する。

 

そんな脅威から守ってくれるシェルターが、今や人類の脅威に占拠されている。皮肉が効いてるなと、ブリッツは木の影に身を隠し、遠巻きにシェルターを見て思った。

 

シェルターやその周辺はあの襲撃以来、そのままの状態で放置されていた。

建物の外壁に刻まれたエネルギー兵器の痕跡。鉄血のジャガーから放たれた砲弾によるクレーター。無数の足跡。

あの時使われたグリフィンの装甲車が雨風に曝されたまま放置されている。

 

当然、周辺には敵がいる。複数のヴェスピドとリッパーが辺りを見渡しながら歩き回っている。

予想通りだ。予想通りだが

 

「何か少なくない・・・?」

 

ブリッツの隣にしゃがんで、様子を窺っていたウージーが怪訝そうに呟く。

彼女の言う通り、前線基地として使っている割には敵の数が少ない。

 

仮にも拠点ならば、敵の数はもっと多いはず。

その答えは、意外にもペルシカが教えてくれた。

 

『ああ、それについてなら深く考える必要はないわ。さっきヘリアンから聞いたのだけど、どうやら別のグリフィン人形部隊が動いてるみたい。そっちの対応してて今は少ないんじゃない?』

 

「陽動か」

 

『作戦自体は別みたいよ。ヘリアンも、さっき知ったみたいね。なんか、上の人間がヘリアンを超えてシェルター奪還の指示を出したとか。今頃、交戦してるんじゃないかしら。でも、このタイミング。たまたまこっちの作戦とバッティングした、なんて考えにくいのよねぇ。そもそも、ヘリアンが把握してない時点で、お察しよ』

 

「・・・こちらを邪魔したい存在がいる?」

 

『さあ。それはわからないわ。ただ、注意はした方が良さそうよ』

 

「もちろんです。ところで質問なんですが、今自分たちが使ってる無線機。他の基地に回したんですか?」

 

『いいえ、あなた達に渡したので全部。あとは今私が使ってるのだけよ』

 

質問に対するペルシカの回答に、ブリッツは思わず額を押さえて天を仰いだ。

 

つまりその上の人間とやらは別動隊を、ろくに通信が出来ない場所に部隊を放り込んだという事だ。どんな指揮官だ。

 

作戦行動における無線通信の重要性は、指揮官なら誰しも知っているべき常識だ。敵地で通信がほんの数秒途切れただけで部隊は壊滅する恐れもある。

 

ジャミング装置が設置されているような敵地に人形部隊の展開など、自殺行為と変わらない。

 

「まさか、救援に向かうなんてこと。ならないよな?」

 

『ありえるんじゃないかしら。今の所、一番近いのは貴方たちよ』

 

ブリッツの独り言を、ペルシカが拾い上げて軽い口調で答えた。それはブリッツとしては一番避けたい事態である。

ただでさえ厄介な任務なのだ。これ以上の厄介事は御免だ。

 

しかし、いざそう命令されれば従うしかない。ペルシカの言う通り有り得なくはないのだから、それも想定して動く必要がある。

 

一つ息を小さくついて、ブリッツは再度口を開く。

 

「ワルサー、RFB。お前たちは外で状況監視。不審な動きがあれば報告。最悪交戦も許可する。ウージー、ティス。俺と来い」

 

指揮官の指示に全員が了解と返す。聞き分けのいい部下ばかりで嬉しい。

 

ワルサーとRFBはお互いの死角を補い合うように背中合わせで周囲を監視を始める。

隠密性を高めるためにダミー人形を連れていないため、必然とこうしたフォーメーションになる。

 

正面入り口近くを歩き回る警護役のヴェスピド一体に、ブリッツは茂みから出て忍び寄る。最小限の動きで物音一つさせない。かつては軍用としても使用されていたモデルであるヴェスピドには、敵を探知するための各種センサーが備えられている。例えば聴覚センサーは、動きによって生じる音を検知し即座に戦闘モードに切り替わる。

だが積み重ね研鑽されたブリッツの挙動は物音一つしない。肌と生地による衣擦れも、地を踏みしめる足音も。

 

全く気づかないヴェスピドの背後を取り、サプレッサー付きのMk23を構える。

 

撃つ。まず頭部の電脳を45口径ホローポイント弾が蹂躙する。間髪入れず背面を撃つ。コアを穿ち、完膚なきまでに破壊する。二つの急所を撃たれたヴェスピドは即座に機能を停止。周囲の仲間に連絡を取る暇すらなく、糸の切れたマリオネットよろしく地に伏した。

被弾箇所からは赤い疑似血液とオイルがドロリと溢れ出る

 

「敵ダウン。クリア」

 

ブリッツの合図に、ウージーとティスも木の影や茂みから出る。

身を屈めて、素早くブリッツのいる場所へと移動する。ブリッツはその間に、施設周辺を歩き回る鉄血兵から、今しがた仕留めたヴェスピドを隠すために担ぎ上げ、目立たぬ場所へと移動させる。

 

合流し、3人はシェルターの正面エントランスから侵入。

開放的な空間であるエントランスだが、深夜であるのと内部の照明が落ちているのもあってどこか不気味だ。敵が待ち構えているのではと身構えるが、それについてはブリッツのスマートグラスによる暗視装置が有用に働き、周囲に敵影がないことを確認した。

 

「ゲート、シェルター内部に侵入した。これより、サーバールームに向かう」

 

『了解。サーバールームは地下3階にあります。お気をつけて』

 

「了解。アウト」

 

通信を終えて、3人は前進を開始。

体格差から、ウージーをポイントマンとして先頭を歩き、その後ろにブリッツが着く。二人の後ろを庇うようにティスが後方を警戒しながら歩調を合わせて進む。

エレベーターではなく、すぐそばの階段を使って地下へと降りる。

 

静まり返った施設内部。自身の呼吸音すら耳障りに思えるほどの静寂に満ちている。

こういった状況では、ほんの僅かな音ですら敵に見つかる恐れがある。一瞬たりとも気が抜けない。

 

硬い床材と硬いブーツ同士が干渉する音。擦れ合う(スキール)音。衣擦れ一つに至るまで。細心の注意を払ってサーバールームを目指す。

 

ブリッツのスマートグラスは、暗視装置から壁を投下できるマグネティックへとモードを切り替え、索敵(クリアリング)に専念する。この視覚情報を、人形の二人に共有できれば幾らか楽になるのだが、無い物ねだりはするだけ無駄だ。

 

何とか地下三階まで降りる。ここで前衛を交代。ブリッツがマグネティックと暗視装置(ENVG)を交互に駆使して敵の存在を探る。

敵はいない。どうやら、見張り役は今外を警備しているか、シェルター奪還に動いているグリフィンの人形部隊の対応に追われているようだ。謀らずも漁夫の利を得てしまった形だ。

 

「クリア。一気に行こう」

 

予め入手していた見取り図を頼りに、ブリッツを先頭に通路を進む。前に反省会で使われた会議室の前を通りすぎ、奥へ奥へと進んでいけば、目的のサーバールームに辿り着く。

サーバールームへ入るには、扉の鍵を開ける必要がある。

扉の鍵には電子ロックが使用されており、解錠するにはカードリーダーにカードキーを通す必要がある。当然ブリッツはそのカードキーを持っていない。が、問題はない。

 

「ゲート、開けてくれ」

 

PDAをカードリーダーに翳して2秒足らず。電子ロックの重々しい解錠音が通路に響いた。

 

『ほんと、便利ね。今度貸してくれないかしら』

 

「考えておきますよ。では、サーバールームに入る」

 

扉を開けて中へ入る。部屋の中は全体的に暗く、裸眼では隅々まで見渡すことは出来そうにない。空調も効いており、肌寒さを覚える。

 

すぐ正面にはサーバーを管理、操作するための端末がある。その奥には、無数の大型サーバーが列となって大挙している。照明こそ落ちているが、電力自体は生きているようだ。おかげでサーバーはシャットダウンされていない。

 

「ゲート、今からデータを抜き取る」

 

『了解。いつでもどうぞ』

 

すぐに端末に張り付き、PDAと有線で接続する。キーボードを叩き、サーバーに貯蔵されている膨大なデータを読み取り、吸い出していく。もっとも、データを読み取り、保存するのはPDAの向こうにいるナビゲーターが行っているのだが。

 

いくら量子コンピューターとはいえ膨大なデータを、それよりも処理速度が遅いPDAを使っては時間もかかる。その間はウージーとティスが周囲を警戒してくれているが、敵が何時来るかわからない。

PDAのディスプレイにはデータの転送状況がパーセンテージで表示されている。

 

進行状況が80%まで達した所で、ペルシカがブリッツに呼び掛ける。

 

『あー、ブリッツ指揮官。今ヘリアンから連絡があってね?シェルター奪還に動いていた部隊が通信途絶。敵地に取り残されたって。そこでブリッツ指揮官に、並行して部隊の戦闘捜索救難(CSAR)を頼みたいそうよ』

 

勘弁してくれ。そう溢す代わりにブリッツは額を押さえて天を仰いだ。言わんこっちゃない事態だ。

 

それとほぼ同じタイミングで、データの転送が終わる。PDAのディスプレイには「COMPLETE」の文字が表示されていた。

 

通信機の実地試験(フィールドトライアル)は問題なし。目標であった機密データとやらは丸ごと戴いた。

本来ならば、これで帰投して任務完了の筈だった。

 

が、こうして命令は下った。兵士として、遂行せねばならない。

 

「Dr.ペルシカリア。貴女は先ほど、ジャミング装置の電力はシェルターから供給されている。そう言いましたね」

 

『ええ、言ったわね。知ってると思うけど、ジャミング装置って常に強力な妨害電波を出してる訳だから、その分必要な電力も膨大。装置自体に発電機がついてる物もあるらしいけど、そこみたいに広範囲に強力な妨害電波を出し続けるとなると、装置の発電機だけじゃ電力が足りない』

 

「それで、シェルターから電力を供給し、足りない電力を補っている?」

 

『そう。シェルターには長期間籠城しても生命を維持出来るよう発電タービンが設置されてる。その発電タービンで作った電力をジャミング装置に送っている』

 

「つまり、シェルターからの電力供給を止めれば妨害電波は消滅。もしくは効果が減少する?」

 

『断言は出来ないけど、その可能性は高いわ。仮に完全に消滅しなくても、電波出力を上げれば従来の通信機でも使えるかもしれない』

 

「・・・どうにかなるか」

 

ブリッツは端末を操作し始め、同時に外で監視している二人に通信を入れる。

 

「ワルサー、RFB。聞いていたな」

 

『聞いたよ~』

 

『聞いたわ。どうするの?』

 

「今からジャミング装置に供給されている電力を止め、任務をCSARに切り替える」

 

『了解。全く、手間を焼かせるわね』

 

「その分手数料は戴くさ。さあ、始めるぞ」

 

発電タービンの稼働が停まる。

サーバールームの電力も無くなり、サーバーと空調も停止。

これで、シェルター全体の機能が落ちた。

 

『妨害電波の減少を確認。周辺のグリフィンの通信を検索。────発見しました。シェルターから南東約800メートル地点。交戦中の模様』

 

ナビゲーターがすぐに良い仕事をしてくれた。スマートグラスのミニマップにもポイントをマーキングしてくれた。

 

「かくれんぼは終わりだ。打って出るぞ」

 

 




メンタルアップグレードが実装されましたねぇ!
とりあえずワイは後にやってくるライトちゃんの為にせこせこ欠片集めます。
MOD3でMG人形トップクラスの火力やぞ。専用装備もあるぞ。みんなLWMMGをすこれ。
ついでに感想と評価を下さい。


あと、作品に関する質問や要望があったらここにお願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=230528&uid=262411


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6-4

UAが10,000越えた!
この作品も少しずつ人気が出てきているようで嬉しい(*´ω`*)

それだけに誤字が多くてすまぬ・・・すまぬ・・・!


「指揮官」

 

さあ行こう、という矢先にティスがブリッツを引き留めた。

ブリッツは踏み留まり、ウージーはガクリと躓く。

 

ティスは列をなしているサーバーの一つの近くに立っている。いつの間に移動したのか。

ふと気付けばさっきまでいたのに居なくなったり、逆に居なかったのにいつの間にかいたりと、ティスというの神出鬼没なキャラクターとして基地では知られている。

 

そんなティスが、何かを知らせてきた。彼女の近くに寄る。

 

「どうした」

 

「これ見て」

 

彼女が差し出したのは、手のひらに収まる程の大きさの黒い箱状の物。見た目の材質はアルミだろうか。そこそこ頑丈そうな印象だ。

箱からは配線が伸び、その先端にはサーバーに接続するためのコネクターになっている。

そして何より、一番の特徴は箱には鉄血工造のロゴマーク。

 

「Dr.ペルシカリア。これ、何かわかりますか」

 

それは質問というよりも、確認の意味合いが強い問いであった。

ペルシカも、それがわかったのだろう。ブリッツのスマートグラス越しに見た箱を見て、息を飲んだ。

 

『・・・ええ、分かるわ。つまりそういう事ね』

 

「嫌な事を知ってしまったな。ゲート、送ったデータの中にシェルター内の監視カメラ映像は入っているか」

 

『あります。解析してみますね』

 

「頼んだ。よし、さあ行くぞ」

 

 

 


 

 

この場を一言で言い表すとすれば、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

S07地区司令基地所属のHGの戦術人形Mk23の電脳は、そう出力した。

 

指揮官の命令で、グリフィンが所有していたシェルターの奪還を命じられたMk23の部隊は、指示通りに進行。妨害電波の範囲内に侵入してしまい、司令部と連絡が取れなくなってしまった。

 

鉄血のジャミング装置があるなんて聞いていない。気付くのも遅かった。部隊は混迷する。

そこに駄目押しとばかりに鉄血人形が攻勢を掛けてきた。

 

迎撃態勢に入るよりも早く、二方向からなる十字放火(クロスファイア)に曝された。迂闊に動けず、釘付けにされている。

 

太い木や大きな岩を遮蔽物として使い、何とか耐えてはいる。が、やられるのは時間の問題であることは言うまでもない。

 

通信が繋がらない。指示もない。ダミーも壊滅しメインフレームにも損傷が出始めた。絶体絶命だ。

 

「Mk23!まだ通信は繋がらないの!?」

 

部隊のポイントマンであるSG人形、SPAS-12が悲鳴めいた声を上げて問いかける。彼女は身を呈して数少ない遮蔽物の一つとして、鉄血兵からの銃火に耐えていた。

多少の被弾程度なら物ともしないSGの装甲だが、ここまで集中砲火を浴び続ければ流石にダメージが入る。ダメージが入ればいずれ装甲は無力化され、やがて部隊は壊滅する。

 

「あーもう!鬱陶しいなあ!」

 

AR人形のXM8が怒声と共に岩影から身を乗りだし反撃する。が、XM8の1に対して敵は10で攻撃を返してくる。乗り出した身をすぐさま引っ込める。SIG-510も加勢しているが、焼け石に水といったような状況。明らかに数は敵の方が多い。

MG人形のMG34も応戦しているが、効果のほどは芳しくはない。どれほど弾丸を撒き散らしても、弾幕が薄くなることはない。

 

どう打開すればいいのか。その為にも指揮官には応答して、指示をしてほしい。もしくは、支援部隊の派遣でもいい。むしろ、現状を考えれば支援部隊を要請した方がいい。

 

「指揮官様!応答してください!」

 

懇願にも近いMk23の悲痛な呼び掛け。それに応えるように、ノイズにまみれていた通信機に反応があった。

 

『こちら司令部。Mk23、どうした』

 

どこか冷たさを覚えるような声色だが、応答したのは紛れもなく彼女たちの指揮官である男だった。

あれほど猛威を奮っていたジャミングが、突然消失した。理由はわからないが、今がチャンスだ。

 

「指揮官様!鉄血から十字放火を受けています!身動きがとれません!このままじゃ壊滅します!至急支援を!」

 

『ネガティブ。支援は出せない。自力で突破しろ』

 

「そんな・・・!」

 

『これはS地区支局長(ステーションチーフ)から直々に言い渡された任務だ。鉄血の包囲網を突破し、何としてもシェルターに辿り着け。私に恥をかかせるな』

 

絶望感がMk23のメンタルモデルに去来する。同じく、ここまで必死に応戦していた部隊の皆にも。

自力で突破しろ?顔すら出せない現状で?弾薬もMREにも限りがある状況で?

 

『そもそも、その状況に陥った原因は貴様らにある。責任をもって事態を打開しろ』

 

更に追加。ダメ押しの一言だ。これで確信してしまった。

『私たちの指揮官は、私たちを見捨てたのだ』と。

きっと司令部ではすでに、サーバーに残してきたバックアップ用データを使い、損失した人形を補填する準備に入っているのだろう。

 

「なんだよ!私たちを捨て駒にするのか!どうなんだよ指揮官!」

 

悲痛なXM8の呼び掛けに司令部は応答しない。ただただノイズが虚しく流れるのみ。それはつまり、彼女たちの進退が決まった事を意味していた。

 

─────グリフィンの人形に自殺は出来ない。だが、万が一敵に生きたまま鹵獲されて機密を抜き取られでもすれば、グリフィンに甚大なダメージが及ぶ。そうでなくとも、『傘』ウイルスが仕込まれて基地に戻るような事になれば、それこそ目も当てられない。

 

それを避けるため、彼女達が選んだのは、互いが互いを破壊すること。ブラックボックスでもある電脳を破壊すれば、機密を抜き取られることも、『傘』ウイルスを仕込まれることもない。

選択の余地はなかった。

 

それぞれがそれぞれの頭部。電脳に銃口を向け、引き金に指をかける。

 

と、その時だった。鉄血の指向性エネルギー兵器特有の射撃音が減った。そして、一方の弾幕が鳴りを潜めた。

あれほど頭を悩ませていた十字放火が、突如として一方向からのみの銃撃に。

 

やがて、その残った一方向からの銃撃もなくなった。

それまでの喧騒が嘘のように、周辺は静寂に支配される。

 

何が起こったのか。S07部隊の全員が怪訝に、しかし警戒しながら様子を見る。すると、暗闇の向こうから5つの人影が姿を現す。人影に向けて、全員が銃口を向ける。

 

すると、5つの人影の内の一人が、両手を上げながら近づいてきた。

大柄な男だった。180cmを超える身長に服越しでもわかるほどに鍛え込まれた肉体を、黒を基調としたBDUに身を包んだ、完全武装の男だ。

その男の後ろを、4体の戦術人形が周囲を警戒しながら追随している。

 

「S07地区の人形だな」

 

男は静かに告げた。誰も返事をしようとはしなかった。

敵か味方かも分からない。

 

「グリフィンのS10地区司令基地。指揮官のブリッツだ。本部からの救援要請で、君たちを助けにきた」

 

「指揮官?指揮官がなぜここにいるんだ」

 

食って掛かったのはXM8だった。つい先程その指揮官という存在に切り捨てられただけに、彼女の中で指揮官という存在は憎く思えるのだろう。口調からもどこか棘があるように思える。

しかし、ブリッツはどこ吹く風と言わんばかりにペースを乱さない。

ブリッツにとって、彼女たちはただの作戦目標。それ以上でも以下でもなく、憎かろうが何だろうが関係無いのだ。

 

「そういう性分なんだと理解してくれ。今から君たちを保護する。ランディングゾーンまで誘導するから着いてきてくれ」

 

「て、敵はどうしたの・・・?」

 

Mk23は岩影から顔を出し、おずおずとブリッツに尋ねる。少しでも情報が欲しいのだろう。

 

「始末した。だが、増援がくる。生き延びたければ着いてきてくれ」

 

そうブリッツが告げた、次の瞬間であった。

ブリッツの第六感とも言うべき器官が危険を感知。長きに渡って戦場で培った経験と歪に発達した皮膚感覚は、思考という段階を飛び越えて即座に判断、行動させた。

 

「────伏せろッ!」

 

反射的に声を張り上げた。その刹那、さながら横殴りの暴風雨よろしく青緑色のエネルギー弾が大量に飛来した。

間一髪、ブリッツの声に反応してS10の人形たちはその場に伏せて難を逃れた。S07も、遮蔽物にしていた岩のおかげで被弾する事は無かった。

 

接敵(コンタクト)!」

 

交戦開始(エンゲージ)!」

 

伏せたままブリッツは銃撃開始。エネルギー弾が飛んできた方向に7.62mm弾をお返しとばかりに撃ち続ける。

反撃しながらも暗視モードに切り替えたスマートグラスで索敵する。

見付けた。

 

「前方50メートル。イェーガーだ。数は15」

 

「なら対等(フェア)ね」

 

WA2000が伏射(プローン)状態で一発撃つ。

グシャリ、と。何かが潰される。もしくは弾けるような音が暗闇の向こうから聞こえる。

更に一発。また同じ音が虚しく響く。一発。また一発と、撃つ毎に何かの破壊音が。そして少しずつ飛来するエネルギー弾の数が着実に減っていく。

 

何が起きているのか。それを正しく理解しているのはS10のブリッツと部下の人形。そして、夜戦能力に秀でたHGのMk23のみであった。

WA2000がやっていることは至極単純である。敵の射撃時に出る僅かな閃光を確認し、そこに照準を合わせる。これだけである。

これだけならば、別にRFの戦術人形でなくとも真似は出来る。WA2000が驚異的なのは、閃光を確認してエイムするまでの時間の短さだ。WA2000の場合、閃光が出た瞬間にイェーガーの頭部に照準を合わせ、精確に狙撃している。

 

銃の弾倉が空になるのと同時に、RFBがカバーに入る。カテゴリーこそAR人形だが、銃そのものはセミオートライフル。WA2000と同じように狙撃も出来る。

牽制射撃を続けていると、あれほど撃ってきていたイェーガーも警戒し近くの木の影に隠れてしまった。

敵からの銃撃が一時的に止む。

 

すかさずブリッツは立ち上がると同時に、バックパックからお手製のパイプ爆弾を3本取り出し、イェーガーの隠れた場所に向かって投擲。3本とも50メートル先のポイントに落ち、そのどれもが敵の近くに転がった。

 

Take this(喰らいな)

 

PDAを三回タップ。パイプ爆弾は正常に爆発。衝撃波と多量のボールベアリングを撒き散らし、隠れていたイェーガーに致命的損傷を与えた。

 

一先ず撃退は出来た。が、すぐに次がやってくる。

ブリッツは岩影に隠れているS07の人形たちに駆け寄る。

 

「次が来る前に移動するぞ」

 

その呼び掛けに、彼女たちは頷いて移動を開始。ウージーとブリッツを先頭に全速力で森の中を駆け抜ける。

側面をWA2000とRFBが。最後尾にはOTs-12がつき、周辺を警戒。

 

「正面!」

 

ウージーが声を張り上げる。3体のリッパーが進路を塞ぐように飛び出してきた。待ち伏せし、不意を突こうとしたのだろうが、それよりも早くウージーが2丁のMicroUziを連射し2体を蜂の巣に変貌させる。残りの一体も、素早く反応したブリッツがHK417で撃退。足を一切止めず、リッパーだった残骸を踏み越えて尚もランディングゾーンへと走り続ける。

 

「ゲート。ヘリは」

 

『待機中です。あと100メートルです。急いでください』

 

『ほら走って走って』

 

ペルシカリアの他人事のようにも思える声援も聞きながら、ペースを緩めず走る。

 

「8時方向!ドラグーンが来た!」

 

側面についていたRFBが声を上げる。

 

「仕留めなくていい。足止めしろ」

 

「りょーかい!」

 

任せてくれと言わんばかりに、RFBは走りながら向かってくるドラグーンに向かって銃撃を開始。体勢的にも不安定なのだが、RFBの放つ7.62mm弾は全てドラグーンの二足歩行兵器に命中し、動きを鈍らせる。

XM8もそこに協力し、ドラグーンに向かって榴弾を撃ち込む。歩行兵器の足元に着弾し、ドラグーンはその場で止まった。

 

「よくやった。もう少しだ」

 

足を止めぬまま走り続けた末、森を抜けて開けた場所に出る。そこにグリフィンのシンボルマークが入ったヘリがいた。

ヘリは地上スレスレにホバリングしており、いつでも離陸できる状態で待機していた。

 

「ブリッツ!」

 

そのヘリの搭乗口にはLWMMGがいた。ヘリには彼女と同じ名を冠する中機関銃がドアガンナーとして固定されている。

 

「全員乗り込め!」

 

ブリッツが周辺を警戒し、その間に全員がヘリに飛び込むようにして搭乗。最後にブリッツが乗り込み、ヘリは離陸。急速に高度を上げていく。

離脱させまいと追ってきた鉄血兵がヘリに向かって銃撃を開始。墜落させようとする。

 

LWMMGも、攻撃を仕掛けてくる鉄血兵に向かって.338ノルママグナムの雨を食らわせる。ブリッツも加わって反撃している。

反撃の甲斐もあって、機体にいくらか被弾はあったものの飛行自体に問題はなく、やがてエネルギー弾の有効射程からヘリは逃れた。それを確認し、ブリッツはヘリのハッチを閉めた。

 

「ゲート。目標を確保。任務完了だ。これより帰投する」

 

『了解。お疲れさまでした、指揮官』

 

『お疲れさまブリッツ指揮官。今度、使ってみた感想を聞かせてね。今夜は貴重な経験をさせてもらったわ。それじゃあね』

 

返答も待たず、ペルシカが通信を切った。が、どうせまた通信機について色々話すことがあるだろうと、すぐに切り替えた。

 

「お疲れ、ブリッツ」

 

LWMMGの労いに、ブリッツは息をつき、軽く右手を上げた。

ウージーもWA2000もRFBもOTs-12も。S07地区の人形も、無事に帰路へ着くことが出来た事に安堵した。

 

今回は色々あった。機密データの奪取。通信機の実地試験。追加のCSAR。

不安な要素が多かったが、無事に遂行出来てた。何より、16Labが開発した通信機が有効であることが確認できた。これがグリフィン全体に普及すれば、鉄血との戦闘も比較的優位に進められる。

 

与えられた任務は完了した。

 

だが

 

「いや、まだ終わっていない」

 

そう。まだ終わっていない。回収した機密データの解析。ヘリアンとブリッツを陥れようとする一部の幹部。

そして、バックパックに仕舞い込んだ、シェルターで回収したあの小型機器。

その全てを明らかにしない限り、終わることはない。

 

しかし今は、基地(ホーム)に帰れることを素直に喜ぼう。

 

「さあ、帰り道を探そう。銃弾は一回につき一発だ」

 

機内に、ささやかながら歓声が上がった。

 




誤字報告がいっぱいきて物凄い申し訳ない。それが評価にも影響してるようで更に申し訳ない。
確認はしてるんだけどね・・・。またあったら報告お願いします

今回は戦闘描写(と言っていいのか)がちょっと薄かったかなとか思ったり思わなかったり。
本当はMk23とかいうあざとい人形とブリッツを絡ませたかったけど断念。ワイには書けんかった・・・!いつか書けたら書きたいね

任務は終わったけどまだ終わらないんじゃ。


感想と評価、どうぞよろしくお願いします!


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6-5

大体こんな感じでブリッツはドロップ人形を仲間に引き込んでるって話


 

ヘリがS10地区司令基地に到着する頃には、夜が明けて朝になっていた。

朝陽を浴びながら、ヘリは基地屋上のヘリポートに着陸した。ハッチを開けて、ブリッツはヘリから地上へと降り立った。

 

「おかえりなさい!指揮官!」

 

ヘリポートにて出迎えてくれたのは、基地に待機していた人形たち。それらを代表して、SV-98が敬礼と共にブリッツに声をかけた。ヘリの駆動音にも負けずに張り上げた声はブリッツだけでなく、その後ろの人形にもハッキリと聞こえた。

他の人形たちも、同時に敬礼してくれた。ブリッツ自身が任務に赴き、そして基地に帰投する度に見られるS10基地特有の光景だ。

 

ブリッツ自身、こうして部下たちが出迎えてくれる度に安堵し暖かい気持ちになり、無事に生きて帰れた事を実感する。

 

「ああ、今戻った。みんなも出迎えありがとう。SV、彼女たちをメンテナンスルームへ。その後宿舎に案内し、休ませてやってくれ」

 

「わかりました!任せてください!」

 

満面の笑みで了承してくれたSV-98に「ありがとう」とだけ告げて、ブリッツは同行した人形を引き連れて基地内部へと足を進める。

 

その様子を、S07地区の部隊は唖然とした顔で見ていた。

どうにも見慣れない光景ばかりだった。完全武装した指揮官に、それを出迎える戦術人形。しかも、出迎えた人形全員が命令や義務からではなく嬉々として、自らが進んでそうしている。

 

ふと、自分の指揮官と比較する。彼はどうだったろうかと。

彼は自ら戦わないし、帰投した部隊をヘリポートで出迎えるような事もしない。労う事もしなかった。

グリフィンの指揮官としては優秀だったが、それでもS10の人形たちのように慕う気にはなれなかった。

こうしてS10基地に救出されたのも、元を辿ればあの指揮官の無謀な指示のせいなのだから。

 

もしシェルターの奪還を自分たちの指揮官ではなくブリッツがしていたら。そんな"たられば"を思考してしまう。

 

案内を頼まれたSV-98に声を掛けられるまでの間、S07部隊の全員が少しずつ小さくなる男の背中と、その背中に着いていく人形たちの後ろ姿を終始見つめていた。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

「────以上で口頭での報告を終わります。正式な報告書は明日中に」

 

帰投から2時間後のS10基地司令室にて、武装を解除しグリフィンの正装に身を包んだブリッツが、メインモニターに映し出されたヘリアントスへ口頭での任務終了報告(デブリーフィング)を告げた。副官のLWMMGも、その場に同席している。

 

報告を聞いたヘリアンは一つ頷いてから口を開いた。

 

『了解した。任務ご苦労だった。報告書は明日で無くとも良い。貴官も疲れているだろう。それに、提出するデータの洗いだしにも時間が掛かるだろうしな』

 

「お心遣い、感謝します」

 

『うむ。では、通信を終了する』

 

ブツリと、通信が終了する。ブリッツも、小さく息をつく。

しかし休んでいる時間はない。保護したS07地区の人形とも至急話し合う必要がある。

LWMMGも引き連れて、司令室を後にする。向かう先は所属する人形たちの居住区画である宿舎だ。

 

S10基地の宿舎には、今回のような戦闘捜索救難(CSAR)などで保護した人形の為の部屋が幾つか設けられている。

短期間であれば不自由を感じさせない程度には、ソファーやテーブル、ラジオに少し古いテレビゲームやミュージックプレイヤーといった家具家電が揃っている。

ちなみにこれらの家具は全て所属する人形が、使わなくなったものを寄贈という形で持ち込んだものだ。

 

さて、そうこうしている内にそんな部屋の前に到着した。

礼儀として扉の前に立ち、すぐそばのインターホンのボタンを押す。部屋の内部は防音仕様だ。こうでもしなければ部屋の中にいる人形は来訪者の存在に気が付かない。通路にはカメラも用意されており、誰が来たか一発でわかるようになっている。

ドアも電子ロックだ。基地の制御を握っているナビゲーターなら簡単に開けられるが、流石に強制的に部屋に入ろうとは思わない。

 

来訪に気づいた誰かが電子ロックを解除、ドアを開けてくれた。

出てきてくれたのはSG人形のSPAS-12だ。メンテナンスを受けた後にシャワールームを使ったのか、ほのかに石鹸の良い香りが漂ってきた。

 

「スパス12だな。部屋はどうだ。不自由してないか」

 

「ブリッツ指揮官!いえ、実に快適に過ごさせていただいてます!」

 

ビシリと、そんな効果音が聞こえてきそうな程に見事な敬礼を、SPAS-12は見せてくれた。

その表情には若干ながら緊張の色が窺える。今日来たばかりで勝手もわからないのだ。肩の力が解れるのに、もう少しばかり時間が必要なのだろう。

 

「そう固くならないでくれ。実は君たちに話したい事がある。中に入ってもいいか」

 

「はい!どうぞ!」

 

少々ぎこちないながらもブリッツとLWMMGを迎え入れる。

I.O.Pのカタログの説明や社内報で伝えられてきた情報から、もっとおおらかな性格の人形というイメージであったが、周囲の環境の違いでそういう性格に変わってしまったのだろうか。という疑問をブリッツとLWMMGは抱きながらも部屋へと入る。

 

部屋の中は白を基調とした明るく清潔な印象を与えており、そこにイメージを壊さない程度に色とりどりのソファーやテーブルが配置されている。

 

しかし、そのソファーに座るS07地区の人形たち、Mk23、XM8、SIG-510、MG34の様子は、実に沈鬱なものであった。

出迎えてくれたSPAS-12以外は俯いたままだ。XM8に至ってはソファーの上で体育座りをして、膝に顔を埋めている。

まるでこれから解体処分を宣告される。もしくは宣告されたかのような雰囲気だ。

 

────しかしある意味で、その例えは正しいのかもしれない。

とはいえ、ブリッツも指揮官という立場である以上、伝えることは伝えなくてはならない。

 

わざとらしい咳払いを一つして、ブリッツは告げる。

 

「先程、君たちの指揮官に連絡を取った。貴方の部下の身柄を保護した、そちらに送り届けるので受け入れの準備をしてくれと」

 

彼女たちの体が小さく、弱々しく震えた。視線こそ合わせてはくれないが、話は聞いてくれているようだ。

だから一息に、ブリッツはS07の指揮官に言われた事をそのまま伝える。

 

「『ろくに任務を遂行出来ない人形はいらない。そちらで処分してくれ』。それが、S07の指揮官の返答だった」

 

それは残酷な。あまりに残酷な宣告であった。ただ言われた事を伝えただけのブリッツも、その相棒のLWMMGも胸が締め付けられるように辛い。

では言われた人形たちは?言うまでもない。

すぐそばに立っているSPAS-12を見れば、どれほど鈍感な人間でも察しがつく。

両手を握りしめ、涙を堪えている彼女を見れば。

 

「ふざけんな・・・!使うだけ使っていらなくなったら捨てるのか・・・!私たちは最初から捨て駒だったのかよ・・・!」

 

XM8が恨みがましく呟く。他の人形たちは何も言わず、ただ座して沈黙を保っているが、おそらくは彼女と同じ心境だろう。

 

ブリッツが察するにS07指揮官は、彼女たちが敵と刺し違える形となってでもシェルターを奪還するよう動いている節があった。

メンテナンスをさせる際に抽出したメモリーに保存されていた通信ログを読むに、ともかくシェルターまで突っ込むよう指示していた。鉄血からの十字放火に曝されてもなお、その指示を出し続けている。

 

このような状況であっても指示を固持し続けた理由。おそらくは敵の消耗が狙いだろう。

ある程度彼女たちが敵戦力を削って、その後で本命がシェルターに向かって進行。本命は最小限の消耗で目標を確保できる。あくまで、もしブリッツがS07の指揮官であったらという予想であって、本当にそうなのかは分からないが。

ただ先のS07の発言から考えれば、そう見当違いでもないだろう。XM8が言う通り、彼女たちは捨て駒にされていた。

 

 

戦術人形は、人間の代わりに戦場に立って戦う存在であり、現代の戦場における主力は戦術人形だ。

彼女たちは兵士であり、兵器であり、武器であり、人間ではない。

バックアップと資源があれば、いくらでも使える消耗品。使い捨て出来る戦力。残酷な話だが、それが人間側から見た戦術人形の価値だ。

 

では戦術人形は?それを良しとしているのか。

否である。彼女たちにも擬似的とはいえ感情がある。喜怒哀楽を表現できる存在だ。

 

現にこうして、S07の彼女たちは絶望感に打ちひしがれている。

 

「終わりたくない・・・終わりたくないよ」

 

嗚咽混じりのMk23の声。それは彼女たちの総意。彼女たちの意思。

 

「終わらせない。お前たちを、このまま終わらせやしない」

 

その意思に応えるのが、指揮官であるブリッツの務めだ。

 

「俺たちは兵士だ。任務を遂行し、使命を全うする存在だ」

 

俯いていた顔が、引き寄せられるように上がっていく。

 

「お前たちは兵士だ。遂行する任務は俺が与えよう。全うすべき使命は俺が授けよう。後悔はさせない。俺と共に戦ってくれ」

 

そう語るブリッツ(指揮官)の青い瞳はどこまでも真っ直ぐで、引き込まれそうな程に澄んでいて。それでいて力強い意思を秘めていた。

指揮官として人形を使役する人間としてではなく、戦場に赴く兵士として。

 

「敢えて君たちに問おう。今君たちには二つの選択肢がある。一つは回収分解してI.O.Pに返却されるか。それとも、兵士としてここで戦うか。強制はしない。君たちの意思を、君たちの決断を、俺は尊重する」

 

その問いの答えは決まっていたが、即答はしなかった。誰が言うでもなく全員が立ち上がり、全員がブリッツとLWMMGの二人と向き合うように整列する。

そして、一斉に敬礼してみせた。

 

「本日より、我々はS10地区司令基地の指揮下に入ります。私たちは貴方に従い、貴方と共に戦います。任務を与えてください、ブリッツ指揮官」

 

代表して、SPAS-12が宣誓する。そこに異論を唱える者はおらず、全員が真っ直ぐにブリッツを見ていた。

その意思に、その決断に、ブリッツは少しだけ顔を綻ばせ、答礼する。LWMMGも、いつもは着崩している赤いジャケットを整えた。

 

「ありがとう。S10基地は君たちの着任を歓迎する。今は感謝と束の間の休息くらいしか与えられないが、遠くない内に君たちには任務を与えよう。約束する」

 

話が一段落ついた所で、ブリッツとLWMMGの通信機に信号が入る。ナビゲーターからだった。

耳に装着されたインカムに手を当てて、通信を聞く。

 

「・・・了解した。すぐに行く」

 

通信を終えて、改めて新たな戦友たちに向き直る。

 

「すまない、急用が入ってしまった。正式な辞令や歓迎会はまた後日、改めて行おう」

 

言って、ブリッツとLWMMGは踵を返して部屋を出る。それからまっすぐ、司令室に向かう。

 

「ゲート、さっきの通信は本当か?」

 

『はい、指揮官。回収したデータの中に入っていたビデオログに、決定的な場面がありました。身元もわかっています』

 

「了解した。また忙しくなるな」

 

『いつも通り、ですよ』

 

「そうだな。退屈しない職場で何よりだ。─────さあ、仕事に取りかかろう」

 

グリフィンの制服である赤いコートを脱いで肩に担ぎ、ブリッツは早足で通路を進んでいく。

その顔からは、残酷で冷徹なまでに感情の色が抜け落ちており、これから彼が行う所業の程が如何なるものかを如実に物語っていた。

 

 

 

 

 

 




次回で色々解決させる予定です。色々風呂敷広げちゃった感あるけど、ま大丈夫やろ(慢心)
誰が言ったか武闘派復讐者が、まっとうな手段で問題を解決させるわけがないんだよなぁ

それはさておき、とりあえず欠片と作戦報告書とコアは着々と溜まってきてるんでドルフロ運営はLWMMGのメンタルアップグレードを早く実装してくれよな~頼むよ~


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6-6

彼は人間だがそれ以前に、生まれながらの兵士であり、元軍人であり、戦争経験者であり、大量殺人者であり、聖人君子ではない


 

深夜のS10基地。夜間警備以外の人形は全て翌朝からの業務に備えて、スリープモードに入っている時間帯。

一人、省電力モードで最小最低限の明かりしかない、薄暗い通路を歩いている人物。HG人形のPx4ストームは、いつも被っているパーカーのフードを更に目深にして被り、目的地に向かって進んでいく。

 

足音を立てぬよう慎重に、かつ早く。目的地である、司令室へと。

 

彼女はS10基地に送り込まれたスパイである。彼女の所有者(マスター)である、グリフィン&クルーガーS地区支局長(ステーションチーフ)からの密命によって。

 

密命の内容はS10地区指揮官であるブリッツの監視。及び、グリフィンに対し何らかの敵意を示した場合の速やかな排除。

であったが、状況が変わってしまった。

ブリッツは本部から言い渡された機密データ回収の任務を遂行してしまった。それはおそらく、Px4のマスターに対して大きな弱点(マイナス)に繋がるようなものだったのだろう。

回収されたデータの奪取を言い渡された。が、すでにブリッツはデータをナビゲーターに渡してしまった。奪取は不可能。

そこで、予めマスターによって用意されていた最終手段。『ブリッツを不穏因子としての排除』を実行するよう命令された。

 

所有者(マスター)の命令は絶対だ。逆らえない。が、Px4は最後まで実行しないよう抗った。時間を稼ごうと。何とか状況を変えようと。

だがダメだった。彼女の抵抗は、命令と状況の前には無力。

 

実行する以外の、選択肢は無かった。

 

司令室に入る。

本来ならばロックされている司令室だが、ブリッツは緊急時に備えてフリーにしている。

所属する人形や人間を信用しているからこそ出来ることだ。それを利用して悪事を働こうとする自分に嫌気が差す。

 

司令室も指揮コンソールの計器以外の光源は無く薄暗い。誰もいなかった。

今夜は任務もなにもない。ブリッツは司令室に隣接している部屋にいるのだろう。

 

部屋に入る前に、Px4は自身と同じ名を冠した拳銃を取り出す。スライドを軽く引いてプレスチェック。薬室に弾丸が装填されていることを確認。

サプレッサーは着けていない。こっそり殺してこっそり逃げる。そんな気は起きなかった。

 

彼を殺して自分も処理される。その為に。

 

そっと、部屋へと近付き、ドアを開けた。気配を消し、音を立てず、するりと部屋へと侵入する。

 

狭い部屋だった。四方をコンクリートの冷たい壁に囲まれ、ベッド代わりに壁に据え付けられシーツを被せただけの板きれ。窓は小さく格子付いている。

 

ブリッツが使う様々な銃器が収納された大型のウェポンラックが無ければ、独房と見紛う部屋だ。

かのグリフィンの指揮官が使う私室というには、あまりにも不釣り合いな部屋だった。

 

ともかく、ベッドに近付き銃を向ける。しかし、すぐに気付いた。

 

()()()()()

 

「ああ、やっぱり」

 

背後から酷く落胆した風の声が聞こえた。

咄嗟に振り返り銃を向ける。が、銃口がシルエットを捉える前に、射線上から消えた。

同時に銃を持つ腕が、何かによって下から突き上げられるように弾かれた。それが背後にいた人物による仕業だと気付くのに時間は必要無かった。

だが気付いても、対処は出来なかった。

手首を抑えられて捻り上げられ、流れるようにPx4が奪い取られ、体の前面を冷たいコンクリート壁に押し付けられる。奪われた銃も、今は彼女の頭部に向けられている。

 

「残念だよ。Px4」

 

「副官・・・!?」

 

Px4を押さえ付けたのはS10基地の副官。LWMMGであった。驚愕の表情で副官を見やりながら、拘束を振りほどこうともがく。

しかしそこはMG人形の膂力。ビクともしない。

 

「MGが、近接格闘(CQC)出来るのがそんな意外?生憎、ブリッツに鍛えられてるからね。それとも、私が待ち伏せしてた事?」

 

「・・・副官、なんで・・・?」

 

「必死に隠してたようだけど、ごめんね。全部知ってる。貴女がS10基地(ウチ)に入り込んだスパイだって事。ちょくちょく秘密回線でグリフィン本部に情報を流していた事も」

 

「・・・・・・ッッ!」

 

Px4は激しい狼狽を見せた。

バレていた。その事実が、彼女のメンタルモデルを追い詰める。

 

「ブリッツから伝言。『終わったら話そう』だってさ。それまでは、大人しくしてて」

 

「・・・・・指揮官は?」

 

「秘密の仕事中。誰にも言えないような、秘密の仕事中。帰ってくるのは、昼前かな」

 

「・・・そっか」

 

それきり、Px4は何も喋らず、抵抗も止めた。

 

もう終わったのだと。終わってしまったのだと、察したから。

 

 


 

 

────それは、人気の無い夜間に起きた。

 

世界最大手のPMCグリフィン&クルーガー社。そこの資源管理部門に籍を置く若い白人の男、マイルズ・ローレンズは心地好い疲労感を抱きながら、本部近くにある自宅へと歩を進めていた。

 

グリフィンと提携している武器弾薬、爆薬、食料。人形に使われる消耗品や構成部品(ASSY)の生産工場。いわゆる資源を、一度グリフィン本部で預かり、グリフィンが獲得した地方地区にて点在する各前線基地に分配するというのが、資源管理部門の主な業務内容である。

 

E.L.I.Dの対応に追われる正規軍からの委託によってグリフィンは、現在暴走状態にある鉄血工造製戦術人形と戦争状態にある。

そのため、各地区の各前線基地からはひっきりなしに、資源を寄越せという催促の連絡が後を絶たない。

 

激戦区ゆえに継戦のためにどうしても資源が必要な基地もあるが、戦果を焦った指揮官が戦力拡張と称して人形を製造し、結果として見た目の戦力だけは立派で資源の貯蔵が乏しく運営に難のある基地もある。

当然、資源の提供には正当な理由が必要になる。理由として正当か否かを見分け、限られた資源を適切に分配することが、資源管理部門の役目の一つだ。

 

激務ではあるが、労働環境はそれほど悪いわけではない。遣り甲斐はあるし、当たり前にこなしていれば、当たり前に頼られる。休みも貰える。

給料だってそれほど悪くない。少なくとも、独身貴族として不自由無く暮らせる程度には。

 

そんな充実した生活を送る彼には、ある目標があった。グリフィンの前線基地を預かる指揮官になるという目標である。野望と言っても良い。

 

指揮官になるためには、厳しいことで知られる指揮官選抜試験をパスしなければならない。

そのために、グリフィン内では通称"勉強会"と呼ばれる社員限定で受けられるセミナーがあり、マイルズは仕事終わりにはセミナーに足繁く通っている。

 

セミナーでは主に戦術人形の信頼獲得のための手段方法。戦闘時を想定してのミリタリーシミュレーション。資源の効率的な運用などなど。おおよそ基地運営に必要な能力を学び、身に付けられる。

 

選抜試験は半年に一度行われる。次の試験は一ヶ月後。ここまで仕事と両立して頑張ってきたのだ。見事試験をパスして、指揮官という肩書きを手に入れて見せる。

 

マイルズには自信があった。指揮官としてやっていける自信が。

セミナーでのシミュレーションでは毎回優秀な結果を残し、資源管理部門で覚えたノウハウは必ず基地運営において役に立てる。それに自慢ではないが、今日までの人生でボードゲームの勝率は8割台をキープしている。

 

グリフィン指揮官には緊急時における戦闘技術、射撃や近接格闘術の取得を推奨されているが、必要ないだろう。

配属される人形に守ってもらえば良いのだから。そのための戦術人形だ。

 

危険な前線で戦果を上げれば、それだけ出世も早くなる。

鉄血を踏み台にして、上層部へと上り詰める。そんな自分のイメージに、マイルズはつい頬が緩んだ笑みを浮かべてしまった。

 

────そこにあった確かな油断が、彼の意識を一瞬にして奪い去る要因となった。

 

人目のつかない路地にマイルズは引きずり込まれ、口を塞がれ拘束される。抵抗する間もなく首に注射器のような何かを刺され、急激に抗い難い眠気が襲いかかり、やがて意識を手放した。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

マイルズが意識を取り戻し、真っ先に視界に入ったのは、コンクリートの壁と金属製のドアであった。

頭上には部屋をというより自分を照らし出すように、天井からLED電球が吊られている。

部屋はそれほど広くはない。見渡せる範囲には窓もなく息苦しさを覚えるほど閉塞的で、今が昼か夜かも分からない。

 

そこまで来てようやく自分の状況に気が付いた。

マイルズは椅子に座らされた状態で全身を拘束されていた。上体は背凭れと一緒に革バンドでグルグル巻きに締め付けられている。両腕は肘掛けに結束バンドで固定。両足は椅子の脚に固定。全く身動き出来ない状態だった。

 

なんだこれは。マイルズが真っ先に浮かんだ言葉がこれだった。

 

そこへ丁度、目の前のドアが開く。そこから部屋へ入ってきたのは、全身黒尽くめの野戦服に、顔をバラクラバで隠した、大柄な男だった。

 

「目が覚めたようだな。おはよう、良い夢を見れたか?」

 

男がマイルズの前に立って声をかける。挨拶としては、些か感情の無い声色だ。

 

「・・・誰だ?人権団体か?それとも反グリフィン団体とかいう連中に雇われた傭兵か?」

 

「俺が誰かなんてどうでもいい。質問は俺がする。アンタはただそれに対して正確に答えれば良い」

 

「俺が誰かわかっているのか?」

 

「わかってるさ。だから連れてきた」

 

バラクラバの男はマイルズと目線を合わせるように、その場に膝を折ってしゃがみ込む。男は残酷なほど冷徹な目でマイルズを見る。

 

「マイルズ・ローレンズ。26歳。グリフィン&クルーガー社本部の資源管理部門所属。現在は前線基地に指揮官として配属されるための選抜試験をパスするためセミナーに通っている。成績は優秀。このまま行けば、問題なくパスできるだろう。講師役も期待している人物。大したものだ」

 

スラスラと淀みなく、個人情報の一部を読み上げる男に、マイルズは軽く恐怖した。口調から察するに、他にも色々調べ上げているのだろう。

同時に、自分が人違いで拐われたという可能性も無くなった。

 

「・・・俺をどうする気だ」

 

「質問は俺がすると言ったはずだ。・・・だがそうだな、どうなるかはアンタ次第だ」

 

男は立ち上がる。間近で見れば男の大きな体格もより大きく見える。

 

「アンタ、コレに見覚えはあるか?」

 

言って、男は野戦服のポケットから小さい箱状のものを取り出し、マイルズに見せた。

外観は黒く、金属で出来ている。箱には鉄血工造のロゴマークが貼り付いている。

 

マイルズには、これに見覚えがあった。

 

「それがどうかしたのか」

 

「コレをどこで手に入れた?いや、()()()()()()()()?」

 

「・・・・・・知らないな」

 

「そうか」

 

男はマイルズの股間を踏みつけた。辛うじて潰さない程度に強く睾丸を硬いブーツで圧迫する。

急所に走る呼吸すらままならぬ程の激痛に、身動きがとれないマイルズはただ声になら無い苦悶の声を上げる。

 

「とぼけるなよ。俺はお前が知っている事しか聞かない。知らぬ存ぜぬわからぬは論外だ」

 

股間から足をどける。痛みから解放されたマイルズは、溜め込んだ息を吐き出す。

 

男は仕切り直しと言わんばかりに一度手を叩く。

 

「よし、順番に行こうか。まず、これをグリフィンが所有する"シェルター"に仕込んだのは、お前だな」

 

男はPDAを取り出し、その画面を見せ付ける。

画面には、シェルターのサーバールームに入り、"箱"を仕掛けるマイルズの姿が映っていた。

動かぬ証拠を突き付けられたマイルズは、小さく舌打ちを溢す。

 

「・・・ああ、それがどうした」

 

「なら、これが何なのかも知っていたな」

 

「・・・遠隔で状況確認するための機器と聞いている」

 

「これがそんな気の利いた物に見えるのか?だとするなら、相当おめでたいな」

 

侮蔑を込めた物言いに、マイルズは男を睨み付ける。が、男はマイルズの頭髪を掴んで引っ張り上げる。

 

「いいか、コレはな。鉄血製の戦術人形や機械兵に内蔵されてる救難信号発信器を改造した物だ。サーバー経由で広範囲にバラ撒くようにな。一度起動したら、付近の鉄血人形共がこの信号の発信源を目指して集まってくる。

アンタの考えなしのせいで指揮官が集まるシェルターに鉄血が大勢集まった。おかげで多くの指揮官が殺されかけた」

 

マイルズが驚愕の表情で男を見る。

 

「指揮官・・・!?まさか、シェルター防衛戦の・・・!?」

 

「仮にその指揮官たちが殺されたらどうなると思う?基地の機能は低下し、それぞれの担当地区に住む住人が敵の脅威に晒される。治安維持能力が無くなるからな。鉄血は勿論、人類人権団体、環境団体に訳の分からん反グリフィン団体。住民はグリフィンを目の敵にするテロリストの犠牲になる可能性が高い。予想される犠牲者の数は約1万人。

もしそうなっていたら、アンタは大量殺人の共犯。残念だったな。もう少しで凶悪なテロリストも裸足で逃げ出す男になれたのに」

 

簡潔、かつなるべく具体的に男は事実を述べる。

掴まれた頭髪の痛みも忘れ、マイルズの顔には焦燥にも似た。呼吸が荒く、心臓が激しく跳ねるように鼓動する。

 

「さて、マイルズ・ローレンズ。もう一度聞くぞ。コレを誰から受け取った?」

 

「・・・言えない、と言ったら?」

 

「言えるよう体に聞く」

 

「拷問するのか・・・?」

 

「手っ取り早いのでな。未来の指揮官サマを壊すような真似はしたくないが、仕方無いよな」

 

男は近くに置いてあったワゴンを引き寄せる。ワゴンにはナイフや薬品の詰まった注射器。ハンマーに釘にノコギリにペンチ。様々な物が載せられている。

 

「まずはどうしようか。爪の手入れか、虫歯の治療か。釘を使った針治療なんてどうだ?よく効くぞ」

 

マイルズは恐怖に震えた。これから自分の身に降りかかる激痛の連続。その予感に。

 

これから受けるのは理不尽な暴力だ。

目の前の男は、それを迷い無く実行出来る人間なのだと、確証の無い確信がマイルズにはあった。確信があるからこそ、マイルズは恐怖に震える。

 

「まあ、オーソドックスにまずは爪かな」

 

ワゴンから茶色の薄い竹べらを手に取る。指と爪の間に差し込むための道具。過去に使ったのか、竹べらの先端はどす黒く変色している。

よく見れば、他の道具にもかつて使用した形跡が残っている。それが、マイルズの恐怖を増長させた。

 

「最後に聞こう。全部話すか?それともだんまりか」

 

竹べらをさながらボールペンのペン回しよろしく手の上でクルクルと巧みに回しながら、男は訊ねる。

これは最終警告だ。ここで選択を間違えれば、自分は延々と続く果て無き地獄を体感するハメになる。

 

マイルズの選択は─────

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

「ゲート。終わったぞ」

 

薄暗い一室。

赤い鮮血に染まった両手をタオルで拭き取りながら男、ブリッツはナビゲーターに連絡を取る。

 

『お疲れ様です。情報はどうでした?』

 

「饒舌に語ってくれたよ。推測通り、S地区の支局長(ステーションチーフ)が糸を引いていた」

 

やれやれと、呆れと軽蔑が篭った溜め息を溢した。

 

鉄血がシェルターに襲撃をかけた背景には、グリフィンのS地区全体を統括する支局長、ジェームス・ベイカーが絡んでいた。

 

ジェームスは以前から密かにシェルターを私的利用していた。

 

人類人権団体やロボット人権団体。環境団体や反戦団体といった過激派や、反グリフィン団体という非合法武装集団に、支局長という立場を利用して資源や武器弾薬を横流しし、大金を得ていた。

 

武装集団に武器を流せばより過激に活動する。それをグリフィンが鎮圧する。武装集団の残党は報復として更に武器を求める。

それに応じて、ジェームスは武装集団に武器を流す。

それが延々と繰り返される。

 

つまりはマッチポンプだ。

そうやって利益を得てきた。

 

しかし、些か派手に動き過ぎた。上級代行官のヘリアントスがそれに感付き、密かに調査していた。

ジェームスの息が掛かった人間がそれを察知し密告。

 

目障りと判断したジェームス支局長は、グリフィン本部の資源管理部門に勤め、指揮官選抜試験を受けようとしているマイルズ・ローレンズに目をつけた。

どうやら、選抜試験を優先的にパス出来るよう計らう約束で、例の発信器をシェルターのサーバーに設置させた。

"反省会"のタイミングで信号を発信。鉄血の襲撃という名目でヘリアンを排除しようと画策したようだ。

 

結果として失敗したが、シェルターのサーバーに機密データとして保存されている横流しの証拠は、鉄血の占領によって隠匿される形となった。

 

だが、16Labが鉄血のジャミング装置に対応した新しい通信機を開発したことで状況は一変する。

グリフィン本部としても、サーバーに保存されているデータが必要ということで、通信機のフィールドトライアルという名目でデータ回収をブリッツらに言い渡した。

 

当然ジェームスは焦る。そこで支局長権限でS07の指揮官にシェルターの確保。もとい、証拠となるデータの確保を命じた。それは見事にブリッツの活躍によって防がれ、証拠となるデータはブリッツが確保。

 

最終手段として、スパイとしてS10基地に送り込んだPx4ストームにブリッツの暗殺を命じるも、それも阻止された。

 

物証は押さえた。裏取りもできた。

後は、これらを報告書に纏めてヘリアンに提出すれば、ここ最近の茶番は終幕。地方都市の管理を任されているグリフィンとしては、このような汚職は見逃さない。事態を収めるためにジェームスには何らかの処分が言い渡されるだろう。

 

ともかく、今自分が出来ることはやった。あとは本部に丸投げさせてもらう。

直接支局長の下に出向いても良いが、それをやると言い訳が出来なくなる。自分の復讐を果たすまでは、グリフィンの指揮官を演じなければならない。

 

手の汚れを落としきり、今は使われていない廃ビルからブリッツは屋外へと出る。外はすっかり明るくなっている。

時刻は6時だ。

青空と陽射しが心地よい。良い天気だ。

 

「今から帰ると、着くのは昼前か」

 

『寄り道せずに帰ってくださいね。貴方がいないと締まらないって、人形たちが言ってますよ』

 

「了解だ。最短距離で帰ろう」

 

仕事で使った道具を纏めた大きなバッグを肩にかけて、ブリッツは近くに停車しているハンヴィーへと歩み寄った。

 

─────ブリッツのハンヴィーが走り去ってから数分後、グリフィンの治安維持課が廃ビルに殺到。ビルの中から重症を負った白人の成人男性一名が救急病院へと搬送された。

 

 

 




長くなっちゃったごめんね(´・ω・` )
あんまり長いと読む方も疲れちゃうというのはわかってるんだけど、どうしても冗長になってしまうんだよなぁ・・・。
かといって短いと味気ないというか無駄に長引くから好きじゃないんだよなぁ。困っちゃうね。

そういった所も含めて意見や感想、評価をおねがいします!何でもしますから!


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6-7

皆さんイベントどうですか?ワイは半ば諦めてます。
どうせ常設イベント化するんやろ!?そうなんやろ!?


 

ブリッツは基地に帰還してすぐに報告書、というより告発文を纏め上げてヘリアントスへと提出。

 

シェルターで得た機密データと、そこで発見した鉄血の発信器。それをマイルズ・ローレンズがシェルターのサーバールームに仕掛けた瞬間の監視カメラ映像。それをマイルズにやらせたグリフィンのS地区支局長、ジェームス・ベイカーが様々な汚職に関わっている証拠。

シェルターに鉄血を差し向けることでヘリアンの謀殺を企てていたこと。

あの任務で得た情報と物的証拠から、信憑性の高い推測も織り混ぜて(あくまで可能性があるという程度の表現で)文章に纏めた物だ。

 

おおよそ文章を読み終えたヘリアンは、モニター越しでもわかるほどに悩ましげで苦悶の表情を浮かべていた。

 

『参ったな。あれがまさか私を狙っての物だったとは。確かにジェームス・ベイカー支局長の汚職疑惑について証拠を集めていたが、それを隠滅するため鉄血を利用するとはな。いやはや、本当だとしたら頭が痛いな』

 

眉間を押さえるヘリアンの姿からは、ありありと精神的疲労の色が滲んでいた。しかしいつまでもこのままという訳にもいかない。すっと顔を上げてモニター越しにブリッツを見る。

 

『了解した。これは受け取り、クルーガーさんに提出しよう。ジェームス・ベイカーの処分については、その後決める。これだけ証拠があるんだ。言い逃れなどさせん』

 

「感謝します、代行官」

 

『・・・・・ところでブリッツ指揮官。この報告書にもあったマイルズ・ローレンズだが、先程病院へと搬送された。かなり暴行を受けたようでな。まるで拷問をかけられたようだったらしいのだが、()()()()()()()()?』

 

ヘリアンの目付きが少しだけ鋭くなった。このタイミングだ。そう尋ねてもおかしくはない。

 

「・・・・・・。()()()()()

 

はっきりと否定する。下手に話せば面倒なことになるのは明白だ。

無言のまま、モニターを通してお互いの視線を合わせる。

 

やがて、ヘリアンは小さく息をついた。

 

『わかった。では私はコレをクルーガーさんに提出してくる。今回はご苦労だった。別命あるまで通常業務を続けてくれ』

 

「了解」

 

『・・・それと、貴官。今回の任務遂行で、上層部は貴官に注目している。良い意味でも悪い意味でもだ』

 

ブリッツは目を細める。こういうニュアンスで切り出される話に、良い思いではほとんどない。

 

『貴官は優秀な兵士として、有事の際には頼りになる。が、それだけに危険視もされている』

 

「自分がグリフィンに弓を引くと・・・?」

 

『そう不安を抱いている者もいる。今回の告発(コレ)もそうだ。もしかしたら、何かしらの対処がなされるかもしれない』

 

「ならば、その上層部のお歴々にこう伝えてください。"ちょっかい出すなら覚悟しておけ"と」

 

ブリッツが冷たい声色で告げる。自身に言われたわけではないのに、ヘリアンは背筋が冷たくなるのを感じた。

しかし上官としての矜持か。それをおくびにも出さず、平静を装って見せる。

 

『わかった。では、これで失礼する』

 

通信が終わり、モニターからヘリアンの姿が消えた。

映像も音声も切れたことを確認し、ブリッツは踵を返す。

 

「さて、もう一仕事だ」

 

 


 

 

 

S10基地の地下には営倉がある。かつては懲罰房として使われていたのだろうが、ブリッツの着任以来使われていない。

内壁は分厚い鉄筋コンクリートで覆われており、一面だけガラス張りとなっている。

ガラスの厚さは500mm。弾性も付加されており、戦術人形の力をもってしても破ることは出来ない。例え武器を与えたところで精々が傷を付けるだけで、下手に銃を使えば跳弾というリスクもある。

 

更に、脱走防止として24時間態勢でナビゲーターが監視カメラという目を光らせている。

 

億が一にも抜け出したとしても、その先にあるのはこれまた分厚い防火扉のような頑丈な隔壁が行く手を塞ぐ。おまけにこの21世紀半ばの時代にして、ダイヤル式というアナログな施錠方法だ。ダイヤルは100×100×100×100。つまり100,000,000通りの中にある正しい組み合わせを見つける必要がある。当然、下手に壊せば二度と開かなくなる。

電子戦に心得のある人形にとっては最悪と言っていい。

 

そんな万全な収容環境の中にいる一体の人形。HG人形のPx4ストームは、営倉の隅に座り込んでいた。

 

副官のLWMMGに取り押さえられ、連行されて、この独房に押し込められた彼女は何かをする気にもなれず、ただ何もせずに時間を浪費させるに任せていた。

 

強いて言うならば、彼女は自身が解体されるのを待っていた。

 

基地一つ預かる指揮官へのスパイ行為。バレれば只では済まない。ましてや、ブリッツという男は容赦しないだろう。

この基地に入り込んでから、それほど月日は経ってないが、ブリッツという男については何となく理解出来てきている。

 

もうダメだ。自分は排除される。

コアを引き抜かれ、I.O.Pに回収される。そうならばどれほど救われただろうか。

 

自分は欠陥品だ。回収されたら最後、解体される。

バックアップは勿論。この基地に所属していたという痕跡全てを抹消され、残るは自分という汚点がいたという記憶のみ。

 

今までこの欠陥のせいで、散々手を汚すよう強制された。

 

その通りにしてきた。

 

支局長(マスター)の指示に。命令に、従ってきた。

彼の都合の良いように、彼の都合の悪い存在を手にかけてきた。

これはその報いなのだろう。そう納得する(諦める)しかない。

スパイの末路なんて大抵こんなものだ。

 

だがやはり、当然。

 

「ちょっと、悲しいかな」

 

ポツリと呟く。

この基地は居心地が良かった。比較対象としてはちょっとアレだが、支局長の所と比べれば天国のようだ。

 

こんな独りぼっちの独房でも、本当にやりたくない事をやらされるのに比べれば、余程いい。

だから悲しい。この居心地の良い基地(場所)に、もういられなくなる事。仲間の一員になれなかった事。それが心残りえ仕方ない。

 

「死にたくないなぁ」

 

「それはそうだろうな」

 

独り言のつもりで呟いた言葉に、まさかの反応する声。

顔を上げて視線を向ければ、自分のすぐ傍に座るブリッツの姿。その横には副官のLWMMGまでいて、うんうんと頷いていた。

 

ブリッツは火の着いていないタバコを咥え、LWMMGはそれを真似して棒付きキャンディーをタバコに見立てて舐めている。

 

「誰だって死にたくはない。人間と人形で感じ方、捉え方は違えど、行き着く答えに変わりはない」

 

「バックアップ取ってるからって、取る前と同じとは限らないしね。そもそもバックアップって、破壊された場合に備えてのセーブデータなだけだし。セーブデータからロードを繰り返していけば、全くの別人になる可能性だってある。だから人形は、今と違う自分になる可能性に怯える。

いやでも、バックアップから復活して、その後全く同じ経験と出来事が起きるわけがない。つまり、厳密には限りなく近い他人、って事になるのかな」

 

「人形独特の思考だな。人形と違って人間は、死んだら終わりだからな。死んだらどうなるのか?それが分からないから怖いから死にたくないという奴もいれば、誰かを残して先に逝くのが怖いという奴もいる。わからないから死にたくはない、という意味合いが強いな」

 

何故か始まった指揮官と副官が繰り広げる死に纏わる話題に、Px4は置いてけぼりを食らっていた。

 

そもそも、いつの間にこの中に入ってきたのか。非戦闘時ではあるが、索敵能力に秀でるHG人形が、人間と人形の二人の接近に気付けなかったのはあまりにも不可解に感じた。

若干の困惑状態に陥っていると、ブリッツは視線をPx4へと向ける。

 

「さて、Px4ストーム。なんで君がこうして閉じ込められているか。わかるな?」

 

急激に話題が変わった。だが、そもそも二人が来た理由はそれなのだとPx4は予想出来た。

あれはただ、自分の存在を気付かせるための手段でしかなかったのだろう。

 

形や状況はどうあれ、これはきっと尋問なのだろう。

Px4はそっと口を開く。

 

「いつから気付いていたの?」

 

「最初からおかしいとは思っていた」

 

Px4は目を丸くした。どこにも落ち度はないと思っていただけに、ブリッツの発言は驚き以外の感情はなかった。

 

おかしいと思った理由を、ブリッツは静かに語り始める。

 

「まず、スカベンジャーにしては装備が戦闘寄りだった。スカベンジャーは戦闘よりも物資の収集を優先する。大量に回収できる大型のバックパックとかな。だから戦闘スタイルも、どちらかといえば一撃離脱のゲリラ的なやり方だ。勿論真正面から戦闘して物資を奪うヤツらもいるにはいる。が、ハンドガン一丁でそれをやるスカベンジャーはいない。例え戦術人形であってもな。ましてや、グリフィンのマークが入った装甲車を漁ろうなんて思うやつはそうそういない。何かしらの意思や意図があってグリフィンの装甲車を狙った。そう考えた」

 

自嘲気味な薄ら笑みを浮かべて、Px4はため息をついた。

 

「ちょっと露骨すぎたかな」

 

「ただ、まだその時は確信を得られなかった。確信したのは、秘密回線で君から本部宛にコンタクトを取ったところで」

 

「あの時に!?傍受してたの!?」

 

「グリフィンの前線基地は機密情報流出を防ぐための電波監視が厳重だ。ちょっと迂闊だったな。潜入捜査(アンダーカバー)としては、及第点とはいえないな」

 

「・・・厳しいんだね」

 

「今や諜報活動は人的諜報(ヒュミント)電子諜報(シギント)が同時に行える人形的諜報(ドリント)が基本だ。失敗すればそれで終わる。

ちなみに、俺は正規軍で短期間ながら諜報員(エージェント)として活動した事もある。その経験を基に、これから諜報活動と戦闘技術について仕込んでやるから、覚悟しておけ」

 

ブリッツの言葉に、Px4は一瞬何を言っているか分からなかった。

それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

座っていた体を立ち上がらせ、Px4は慌ててブリッツから距離を置く。

その様子は、明らかに狼狽し、憔悴していた。

 

「ダメよ。それはダメよ指揮官。だって私は、欠陥品だもの」

 

ブリッツの青い目が細くなる。

LWMMGは、口の中で小さくなってきた棒付きキャンディを転がすだけで、何も言わない。

 

「だって私は、指揮官を撃とうとしたし、情報だって流したし・・・」

 

「そうか。では一つ、諜報活動の手本を見せてやろう」

 

「え・・・?」

 

「君は、廃棄個体(トラッシュモデル)だろ」

 

ビクリと、Px4の体が緊張で震えた。

 

民生用軍用問わず、自律人形の製造は工場生産だ。オートメーション化された工場では、安定したクオリティと安定した納期の両立を実現したが、万が一億が一にも、規格に満たない個体という物が出てくる。

それが廃棄個体。トラッシュモデルだ。

その名の通り、規格に満たない個体は売り物にならないため即座に廃棄。その時出た素材は再度生産に使われる。

 

なのだが、本当に極稀に、廃棄個体が工場から出荷され世に出される。

Px4もその極稀な廃棄個体の一つであると、ブリッツは知っていた。

 

「それが原因で、あの支局長の言いなりになっていたのも知っている。君がこうしてこの基地に潜入捜査するハメになったのもな」

 

「ついでに言えば、その欠陥のせいで色々汚れ仕事をさせられたのも知ってるよ」

 

何もかもお見通し。そう言わんばかりにブリッツとLWMMGはPx4を見る。

 

「だったら、わかるでしょ・・・!私は仲間や上官問わず銃口を向けられる!殺すことも出来る!危険な人形なのよ!」

 

「それは都合がいいな」

 

「え・・・?」

 

「もし上官()が間違えて部隊を殺すことになったら、君に殺してもらえる。部下を任務で殺すような上官はいらない。その場で処分するべきだ。そう考えれば、君の存在は俺にとって非常にありがたい」

 

LWMMGがクスリと笑う。これは冗談でもなんでもない本心であることを、彼女は理解していた。そして、そんな日は今後一度もない事を確信している。

だから思わず笑ってしまった。

 

ブリッツが立ち上がり、Px4の前に立つ。

着ている黒みがかったグリフィンのコート。その懐から、一丁の拳銃を取り出す。彼女と同じ拳銃、Px4ストームだ。

Px4ストームはブリッツの手の中でクルリと半回転。彼女(Px4)に拳銃のグリップを差し出す。

 

「俺の部隊に来い、Px4ストーム」

 

これは契約だ。支局長(マスター)から離れ、新たな指揮官(マスター)のもとへ行くための。

これは契約だ。今までの暗い場所から、明るい場所へと進むための。

これは契約だ。自分の全てを受け入れるという、ただそれだけの契約だ。

 

彼女は、目尻に溜まる涙を溢さぬよう堪えた。

 

「これからよろしくね、マスター」

 

しがらみから救われたような、そんな満面な笑顔で、Px4ストームは銃を取った。

 

 




Px4というキャラの掘り下げとかしてないけど、いいよね?
ワイも想像するから皆も想像して?

途中出てきた人形的諜報(Doll intelligence)とかいう本作の造語。ドリントにするかドーリントにするかで迷ったけど、言いやすさでドリントに。
人形が活躍する時代なんだから人形が諜報活動したりするでしょ、って思ったので取り入れてみました。


そろそろ指揮官の過去話(指揮官になった経緯)とか書いてみようかと思うけど、どうなんだろうか。


作品に関する意見や要望はこちらから:https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=230528&uid=262411

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インターミッション.06

主に新装備の紹介とか


 

 

S10地区司令基地内にある屋内射撃訓練場。(シューティングレンジ)

訓練用戦闘服に身を纏ったブリッツは、レンジ台の前に立って自前のアサルトライフル、H&K XM8シャープシューターモデルにマガジンを装填。チャージングハンドルを引き、チャンバーに5.56mm弾を送る。

使用弾薬はFCA研究所のAPCR高速弾。

近距離ならば、厚さ10mmの鋼板を貫通する性能を有する5.56×45mm NATO弾を優に超える威力と貫通力を持つ高性能弾薬だ。

鉄血人形のガードが使うシールド。状況次第では、アイギスの装甲にも効果がある。

 

ちなみに、性能に比例して一発一発の価格もそれなりに高価(倍くらい違う)であり、任務以外での使用は副官が禁止している。

使おう物なら問答無用で怒りを買う。

 

そんな弾丸が狙う先。前方10メートルに、一体のマネキン人形が突っ立っている。

 

マネキンにはブリッツが任務で使う戦闘服によく似た黒い服と、黒いタクティカルベストを身に付けている。

 

キャリングハンドル上に装着されたホロサイトのレティクルを、そのマネキンに合わせる。

 

「さて、どれほどの物か」

 

引き金を引く。乾いた銃声が連続して射撃訓練場に響く。

フルオートで放たれた5.56mm弾は全てマネキンに命中。鈍い着弾音が銃声に混じってレンジ内に響く。

 

やがてマガジン内の弾丸全てを撃ち尽くした。空薬莢が硬い床の上を跳ねて転がる音が虚しく反響する。

 

空になった弾倉を抜き、台の上にXM8と聴覚保護のイヤーカップを置いた。

台を乗り越えて散々銃撃されたマネキンに近寄る。

 

「ほう。これはこれは・・・・・」

 

マネキンを見て、ブリッツは感嘆の声を漏らした。

あれほど撃ち込まれたマネキンの。正確にはマネキンに着せた戦闘服とタクティカルベストに、損傷らしい損傷は一切無かった。

命中した全ての5.56mm弾は服に張り付いているか、潰れて床に転がっていた。

 

10メートルという近距離で一切貫通しない。ハッキリ言って、驚異的な防弾性能だ。

 

『どうだい?16Lab(ウチ)特製の防弾戦闘服は』

 

ブリッツの通信機に女性の声が入る。

PDAを取り出せば、画面には目元に隈が出来た不健康そうな女性、16Lab主席研究員のペルシカリアが、得意気な笑みを浮かばせて、ブリッツを見ていた。

 

本日10時頃。遥々16Labから飛んできたUAVがコンテナを投下した。いつぞやの任務前のように、今回も屋外射撃訓練場付近に落下したコンテナの中には、今しがた試した戦闘服とベスト。その他諸々が収められていた。

 

あの通信機のテスト運用以来、16Labからはちょくちょく新装備や試作品が送られるようになった。

通信機使用に関するレポートを16Labへ提出した結果、ブリッツたちS10基地を「装備に関して貴重な意見をくれる部隊」という信用か、「都合のいいフィールドテスト要員」と判断したのか定かではないが。

スコープやレーザーサイト、弾薬といった様々な物が届けられ、レポートを求められる。

 

とはいえ、そういった装備は既存のものに後からシリアルナンバーを刻印したり、ただ16Labのロゴマークが刻まれているだけのものなのだが。

先日正式に着任を果たしたPx4ストーム曰く、「ブランドイメージに説得力を追加する戦略でしょ」と一言で切り捨てていた。しかし各種弾薬はどれも高性能で素晴らしい。

 

とはいえ、今回の新装備はかなり期待できる。

 

「5.56mm APCR高速弾を喰らって貫通していない。良い装備だ」

 

カーボンナノチューブ(CNT)で作ったジャケットとベストだ。キミが今まで使っていたジアメン素材も十分機能的だったけど、これはそれ以上よ。軽量でありながらも、レベルⅣ並の防弾性能。鉄血のエネルギー弾に対しても有効性が確認されてる。まだ試作品だけどね』

 

「CNTは戦車の装甲やパワードスーツにも使われている素材です。正規軍でも採用され、その性能は自分もよく知っています。

ただCNTは大量生産が難しいと聞いてますよ。軍内部の研究開発(R&D)部も、作る技術はあっても大量生産の技術を確立させるのに、かなり苦労したとか言ってましたよ」

 

ブリッツはかつて正規軍所属の軍人としていた。最新技術を使った武器装備も使った事がある。

支給された際には、研究開発部の人間による苦労話も織り混ぜた自慢話めいた説明を聞いた物である。

 

そういった経験によって、ブリッツもある程度の予備知識は持ち合わせていた。

 

『昔はね。でも2020年代には大量生産の技術自体は確立してたのよ。ただその後起きた北蘭島事件に、第三次大戦の影響で技術が損失したんだけど、最近になってその技術を軍だけでなく民間企業でも復元出来た。まだまだ値は張るけど、これからはCNTを使った製品が広く普及していくだろうね。CNTは様々な工業製品に使える夢の素材よ。人形の性能向上にもなるし、キミのような人間兵士のためにもなる』

 

やけに饒舌にペルシカリアは語る。任務で初めて話した時と比べると、少し印象が異なるように思えた。

技術者として、優れた技術で作られた物には感心を抱くのだろう。

ペルシカリアのような技術者ではないが、それに似た気持ちはブリッツにも覚えがあるため、何となくだがわかるような気がした。

 

「それはありがたい。兵士の生存率向上は作戦任務の成功に繋がる」

 

『うんうん。ところで、一緒に送ったスマートグラスは使ってみたかしら?』

 

「ああ、あれですか」

 

思い出したように呟き、戦闘服のポケットからスポーティなデザインのグラスを取り出す。

投下されたコンテナの中には、防弾服以外にも新装備が入っていた。その一つが、今ブリッツが持っているスマートグラスである。

テンプルには『16Lab』のロゴマークが誇らしげに刻印さりている。

 

「任務ではまだ使ってません。というより、ヘリアントス上級代行官がしばらく緊急以外の任務は回さないと仰りまして」

 

先日の告発で、グリフィン本部は今慌ただしくなっている。支局長クラスの人間の不祥事だ。クビを切って代わりの人間を据え置く、とは簡単にいかないのだろう。

おまけに、一月以上前の反グリフィン団体の拠点からブリッツが救出した数多くの自律人形も、まだ全て片付いたわけではない。

しばらくは落ち着かないだろう。

 

しかし、そんな事情はペルシカには関係ないのだろう。見るからに不服そうな目付きでモニター越しのブリッツを見ている。

 

『それは特別にキミのために作ったものなのよ。何でもいいから早く使ってよ』

 

「自分のために?」

 

訝しげにブリッツは首をかしげて見せる。

 

『キミが今まで使っていたスマートグラスは、元々軍での使用を想定してウチで作った軍事行動用網膜投影ARグラスよ。ただ今となっては型落ちだし、現代戦の主力は戦術人形。人間が使う事を前提にしている戦闘用スマートグラスなんて、もう時代遅れのシロモノよ。

そんな現在で、今回提供したのは新型。今までのグラスに性能向上と機能拡張を施した、キミ専用の特別仕様よ。あえて名付けるなら”ブリッツグラス”ってところかしら』

 

今の自分の名前を製品名に使われて、ブリッツは苦笑いを浮かべる。自分専用装備というのは嬉しいのだが、素直にそれを享受するには些か抵抗があった。

 

「それはまた、贅沢ですね。詳しく聞いても?」

 

とりあえず濁して先を促す。待ってましたと言わんばかりに、モニターに映るペルシカはパンッと手を叩いた。

 

『まずはマグネティックの有効範囲が拡大した。透過性と人影の識別性も向上し、より使いやすく改良。グラスそのものに望遠機能と指向性マイクも付けたから、諜報活動にも使える。

サラウンドインジケーターにも改良を加えたわ。今までは音のした方向しか分からなかったけど、半径20メートル以内なら発生源もわかるようにしたわ』

 

ペルシカの説明と平行して、ブリッツもスマートグラスを装着し、各種機能を試してみる。確かに、マグネティックが見やすくなっていたり、双眼鏡のように遠くにあるものを拡大してグラスに投影したり。

サラウンドインジケーターの表示にも変化があるが、特別見辛くなったといった風にも感じない。

操作方法もこれまでと殆ど変わらず、新しい機能に関してもほぼ直感的に操作が出来るよう工夫がされている。とても使いやすい。

 

いくら多機能でも、使いにくいと意味がない。世の中には説明だけならとても便利だが、実際使ってみると何処かイマイチだったり、使い辛かったりといった製品が数多くある。

 

『そのブリッツグラスもまだ完全ではない、試作品よ。開発が進めば、レーダー上や視界に待ち伏せ(アンブッシュ)している敵の位置が分かるようになったり、EMPやジャミング対策が施せたり出来る』

 

「敵の位置がわかる?」

 

『鉄血人形から出ている通信を傍受して逆探知。発信源を特定し、それをレーダーや視覚に投影する、ってやり方よ』

 

「マグネティックや暗視モードで探せそうなものですが」

 

『鉄血のイェーガーとかに使われているデジタル迷彩マント。どうやら胡蝶事件の後でも改良されてるみたいでね。最近じゃ迷彩の模様だけじゃなく、着用者の赤外線放射も調整出来るから、光増幅とサーマルイメージャを併用できるENVGを使っても視認できない。おまけに、マグネティックに使われる後方散乱X線まで遮断するから、スマートグラスには映らない。つまり、ENVGやマグネティックを使っても見付けられないのよ。現状では肉眼で直接見て違和感を探るとか、もしくはさっき言ったみたいに通信から居場所を見付けるとかしないと』

 

「敵が使っている技術が巧妙になっていると」

 

頭が痛くなるような話だ。

胡蝶事件以前から鉄血の技術は優れていた。ブリッツが所属していた部隊、第74特殊戦術機動実行中隊では鉄血工造の戦術人形は配備されていなかった。だが使っている他の部隊からの評判は悪くなかった。頑丈且つ効率的。前線に立つ兵士が一番求める要素を満たしていた。

高性能だが壊れやすいI.O.PのCSDシリーズが現場の兵士に受け入れられないのも、無理はなかった。

 

そういった技術基盤から、胡蝶事件以降にも軍にハッキングをしかけて技術データを盗みだし、フィードバックさせて技術を発展させてきている。

そういった技術がグリフィンに向けて使われるのは、正直勘弁してほしい問題である。

 

遭遇したら厄介なマンティコアだって、元は正規軍のR&D部が設計開発したヒュドラという四脚戦車の劣化版だ。

技術盗られてるんだから責任持って排除してほしいというのが、元正規軍軍人の本音である。

 

『そういう意味では、まだまだ人間は活躍できると言えるのかもしれないわね。人間の持つ感覚の鋭敏さと鈍感さのバランスは、今の技術でも人形に搭載することは難しい。センサーの感度を上げればそれだけ誤作動も増えるし、感知した情報の正誤判断にも時間がかかってしまう。感度を下げるのは言語道断だし。

戦闘時における咄嗟にとか反射的にとか、そういう思考を飛び越えた判断と行動は、まだ今の戦術人形には出来ない。合理的ではないからね。メンタルモデルが複雑に発展していけば、もしかしたらもあるけどね』

 

無意識に考え事をしていたところに、ペルシカの考察が飛び込んできた。慌てて、されど悟られぬよう取り繕う。

 

「・・・勉強になります。人形を預かる指揮官としては、とても有意義な話です」

 

『兵士としては、どうかな?』

 

「もちろん、参考になります。理解を深めれば、それだけ効率的に作戦を遂行できますから」

 

『お役に立てたようで何よりよ。とにかく、何でもいいから装備を試してレポート(感想)をちょうだい。同僚が急かしてるのよ』

 

「了解しました。Dr.ペルシカリア」

 

『ペルシカでいいわ。それじゃあね、ブリッツ指揮官』

 

通信終了。PDAのモニターからペルシカの姿が消える。

小さく息をつく。

 

スマートグラス、改めブリッツグラスを外して、マネキンの顔に掛けてやった。

銃器こそないが、完全武装の兵士の完成だ。

 

「ああ、よく似合ってる」

 

マネキンに着せた服とグラスを見て、自嘲気味に呟いた。

 

 




CNTって最近よく聞くけど、実はかなり昔から存在はあったんすねぇ。1952年のソ連って話が出てきてびっくりした(小並感)
ドルフロの世界ならもう一般的に実用化されてそうな気もしたけど、世紀末めいてるし厳しいかなぁとか考えながら設定考えるのメチャクチャ楽しかったです。

戦闘服やスマートグラスの詳細については資料集に記載しておきます。

次回はイベントでよく出てくるあのデカブツが出てきます


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.7 -要塞砲破壊任務-

感想100件くらい欲しいけどな~俺もな~。


そういえば、日間ランキングにこの作品が入ってました。思わず二度見しました。

それにしても「S10地区司令基地作戦記録」って長ったらしい作品名の的確な略し方ってどうなんでしょうね?誰か考えて(他力本願)


「ここまでしぶとい人間は、初めてだ」

 

辺り一面、荒れ果てた土地の中心。

膝をついて座りこむ男とその目の前で、女が一人立ち冷徹に吐き捨てた。

長身。白い長髪。白い肌。反して服装は黒いジャケット。その下には白と黒のレオタード調の服にガーターベルトといった具合の格好だ。もっとも、乱暴でも受けたかのように服や肌は擦りきれている。

 

男の方も全身至るところに怪我をこさえており、額からは血が流れ、頬を伝って顎から滴り落ちる。

傷だらけ穴だらけなボロボロの野戦服にも、赤黒い血が滲んでいる。防弾装備も、もはや使い物にならない有り様だ。

 

外傷だけでなく、肋骨は数本折れているし、腕やら足やらの骨にもヒビくらいは入っている。

もうまともに動けない。それでも男の目には未だ闘志が宿っている。今にも噛みつかんばかりに女の顔を見上げている。

 

二人は戦っていた。

 

片や、支配地域に踏み込んだ敵の撃滅に。片や、仲間を殺された敵討ちとして。

しかし趨勢は、女の方へと傾いていた。

 

その理由は単純にして明快。男は戦闘訓練を受けた生え抜きの軍人だが、女は今を席巻する戦術人形。

それも、かつて軍用としても使われていた鉄血工造製のハイエンドモデル。

 

ほんの数ヶ月前。鉄血工造は製造向工場に押し入ったテロリストに対し起動させた防衛プログラムによって、致命的なエラーを発生。全ての鉄血製戦術人形が暴走し、人類に対して攻撃を開始した。

 

その人類に対する攻撃を、男は今まさに受けていた

今男の眼前にいるSP721Hunter。狩人と呼ばれるハイエンドモデルからの攻撃を。

 

まともな装備もなく、生身で立ち向かうには無茶が過ぎる相手であった。

 

女は手に持っていた大型拳銃の形をした指向性エネルギー兵器(DEW)を男に向ける。が、DEWはここまでの戦いで損傷。使えなくなっていた。

それでこの戦術人形が諦めるかと問われれば、そんな訳はない。

 

持っていた銃を捨て、男が所持し使っていたハンドガン、M1911を拾い上げ男に向ける。

 

「イカれた屑鉄が・・・・・!」

 

今まさに殺されかねない状況でも男は、目の前の戦術人形にありったけの憎しみを込めて毒づく。内臓にも多少のダメージがあるのだろう。毒づくと同時に体の内からこみ上げる少量の血を吐き出す。

 

しかし狩人は対称的に、薄ら笑みを浮かばせて男を見下ろす。

 

「手強い獲物だった。久々に楽しめたぞ。名前はなんという?」

 

「屑鉄に名乗ってやる名前なんて無い・・・!」

 

「そうか。それは残念だ。ならせめて、その顔だけは覚えておこう」

 

狩人が引き金に掛かる指に力を込める。

男はその瞬間を見逃さず奥歯を噛み締める。

 

────一発の銃声が、荒野に響き渡った。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

疼くような胸の鈍い痛みに、ブリッツは目を開け上体を起こした。

時刻は深夜3時。部屋の中は暗く、数メートル先の壁も見えない。

 

「・・・あれ?」

 

ブリッツは違和感を抱く。ここはどこだろうか。自室ではない。

寝起きで上手く回らない頭を無理矢理回す。同時に情報を得ようと周囲を見渡す。

 

殆どが暗闇のせいで黒く塗り潰されていたが、それでも明確にわかる情報があった。

 

自分の左手を掴む存在に気付いたのだ。そこから辿って見れば、自分が最も信頼する戦術人形、LWMMGの寝姿があった。

LWMMGはピンク色の寝巻きに身を包み、トレードマークの長いツインテールは下ろされている。

シングルサイズのベッドは二人並んで寝るには手狭だ。だから、今の今まで身を寄せあって寝ていた。

 

「ああ、思い出した」

 

ようやく記憶が復旧した。

LWMMGが自分の睡眠時間に苦言を呈し、いつものように宥めてやり過ごそうとしていたら、「なら私と一緒に寝よう!」などと言い始めた結果、こうなったのだ。

つまり、ここは彼女の私室だ。

 

ちなみに一線は越えていない。自分は人形偏愛症(ピグマリオニズム)やらアガルマトフィリアやらは持ち合わせていない。彼女もそれをわかっている。

だから、ただの添い寝で留まっている。

 

最近では自律人形相手に性行為をする人間も増加傾向にあり、そういう専門の店まてあると言う。

グリフィン内でも、前線基地で戦術人形とそういう事をする指揮官も多いと聞くが、少なくとも自分には当てはまらない。

 

どこまで行っても、戦術人形(彼女たち)は任務を共に遂行する戦友としか見れず、そういう劣情を抱くことはどうしても出来ない。

そもそも、前の大戦の影響で放射線に被爆し生殖機能に異常を来しているせいか。それを自覚したせいかは分からないが、劣情やら性欲やらはとうの昔に消え失せている。その事に悲観はしていないし、これからも気にすることはないだろう。

 

────ただ、こうして繋がれた手を振りほどくような、そんな無粋を働く気にもなれそうにはなかった。

 

うっかり相棒をスリープモードから起こさぬよう、ゆっくりと起こしていた上体を横たわらせ、目を閉じた。

 

 

 


 

例の告発から2週間。グリフィン内部で起きた不祥事も、何とか収束の目処がたっていた。

なにしろS地区支局長の汚職事件だ。ブリッツが把握し入手した証拠から、更に何かあるのではないかと監察部が動いているらしい。

そこで告発者であるブリッツが絡むことは無く、今は実に平穏な日々を過ごしている。

 

指揮官としてのデスクワーク。資源の管理や施設の点検。人形や人間のスタッフからのヒアリング。

所属人形の戦闘訓練。ブリッツと同じ銃を使っているということで、Mk23が張り切ってキルハウスでのタイムアタックに挑戦していた。やたらとブリッツにくっつくため、LWMMGが名状しがたい視線を向けてきたのはまた別の話だ。

 

ダネルNTW-20との体力錬成。最近はPx4もそれに参加するようになった。

 

新入りのXM8とのコミュニケーションも兼ねてのチェスでボロ負けを喫し、「指揮官は戦闘面は強いのに盤面だと弱いな」と彼女にばっさりと酷評され割りと本気で落ち込んだり。

 

SPAS-12の圧倒的食欲にブリッツは感嘆して「食えるときに食っておけ」と支援攻撃(おかわり)を促し、資源管理担当のLWMMGが頭を抱えて「供給が追い付かない・・・!」と深刻な表情で呟き、M2HBがうんうんと頷きながらそっと肩に手を置いてやったり。

 

そんな、例え一時でも戦争状態であることを忘れてしまうほどの平穏を、S10基地は享受していた。

 

しかしというか、やはりというべきか。現代の人類が鉄血に対して緊張状態であることは変わらない。変わることはないと、本部からの通信が改めてそれを認識させる。

 

通常業務が終わった夜。本部にいるヘリアントス上級代行官が、ブリッツのいる司令室の通信モニターに映し出される。

その表情は真剣そのもので、新たな任務の通達を予感させるには十分な雰囲気を醸し出していた。

 

事実その通りに、ヘリアンは告げた。

 

『ブリッツ指揮官。新たな任務だ』

 

ブリッツの表情が引き締まる。

 

『今回はある部隊の支援任務だ』

 


 

現在、グリフィンは立て続けに起きた不祥事で揺れている。世間からの印象も芳しくはない。

そこで上層部はイメージアップの手段として、AR小隊を使って鉄血の前線基地を攻撃し制圧する作戦を立案。先程可決された。場所は雪原地帯であるU02地区の山中だ。

 

知っての通り、AR小隊は16Labが開発した特殊な戦術人形。契約上は16Labからの貸し出しということになっているが、今やグリフィンの広告塔として浸透している。彼女たちの活躍は、そのままグリフィンのイメージアップに繋がる。

だがAR小隊もここ数ヵ月で色々あった。また不測の事態を引き起こすのではないかと不安を抱く幹部もいる。

これ以上のゴタゴタは御免ということだろう。

 

おまけに、U02地区の敵前線基地周辺には、鉄血製の要塞砲であるジュピターが複数設置されている。

当初は命中精度(CEP)に難のある固定砲台だったが、どうやら改良が進んでいたようだ。

 

今ではこの地区上空を飛ぶ物資輸送用UAVが次々に撃墜されている。グリフィンの各拠点基地や関連施設への物資運搬にも影響が出ている。無視できない重大な問題だ。

 

貴官にはこのジュピターを可能な限り排除し、AR小隊の敵基地侵入を手助けしてほしい。

全て破壊しろとは言わない。あくまで侵入ルート上に設置された砲台のみだ。設置された全てのジュピターは敵基地で制御されている。AR小隊が制圧してシステムを掌握してしまえばジュピターは脅威でなくなる。

 

状況によってはAR小隊との共同作戦に移行する可能性もある。人選と準備は一任するが、よく考えて決めてくれ。

 

AR小隊の作戦開始時刻は9時間後の0530。降下ポイントはB3だ。貴官らはそれよりも早くポイントB3に現地入りし、AR小隊が動きやすくなるよう掃討(クリアリング)し、敵基地へと前進。AR小隊の進路上、もしくはその周辺のジュピターを無力化してくれ。

 

厄介事を押し付けてすまないが、その分成功報酬は弾む。グリフィンの今後の発展の一助となってくれ。

健闘を祈る。

 

 




というわけで、今回はあの忌まわしい木星砲の排除です。色々好き勝手に設定してぶっ壊そうと思います。これも全てイベントのせいです。
AR小隊と鉢合わせるかどうかはお楽しみです


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7-2

いっぱい感想きた!でもまだ(暫定目標の100件には)足りねぇよなぁ?

ワイも他の先駆者ニキたちの作品に感想とか叩きつけたいんだけど、上手く文章に出来なくて悲しい


 

鉄血工造製固定砲台ジュピター。

元は正規軍が開発した要塞砲の一種で、そのデータを鉄血が盗み出し開発した。

 

全長にして約30メートル。現在の鉄血としては珍しい実弾兵器であり、電磁流体力学によるMHD発電を利用した独自のコイルガンを主砲に使っている。

 

従来の工学兵器では大気で減衰したり霧散してしまうような長距離であっても、実弾ならば山なりの曲射弾道を駆使して長い有効射程を有する。砲弾が大きく加害範囲も広く、威力も高い。

 

有効射程距離は半径50km。だが、観測手(スポッター)も無しに命中精度は確保出来ない。人間大サイズの地上目標にピンポイント砲撃は現状では困難だ。

同時に、至近距離ではコイルガンが撃てないという弱点もある。だが、懐に入り込んだ敵には20mm機関砲で対処。隙はない。

 

アイギスやマンティコアと同じ分厚い装甲板も使っているため、生半可な銃火器では破壊は不可能。おまけに周辺には警護役の敵も複数確認されている。

 

────今回の任務は、そんな大型兵器を歩兵戦力のみで破壊する任務だ。

 

 

 

現在時刻0506。U02地区ポイントB3の山中にて。

陽も昇らず薄暗く、視界の利かない吹雪の中を前進する一つの部隊があった。

 

「俺の背中から離れるなよ」

 

部隊の先頭に立って前進する男、ブリッツは自身の後ろに追従する戦友達に警告する。

 

防寒装備に身を包み、手にはいつものHK417A2。アンダーバレルにはM320グレネードランチャー。サイドアームにはMP7をチョイス。今回は隠密任務ではないため、サプレッサーといった類いはない。それにこの吹雪や積雪のおかげで、ある程度は音をくぐもらせてくれる。

なので、今回は交戦したら派手に銃撃戦をおっ始める考えだ。

 

「ブリッツこそ、道に迷わないでちょうだい」

 

すぐに言い返したのはFALだ。いつもは肌着にジャケットという出で立ちの彼女だが、今回は寒冷地での任務ということで白を基調にした拡張式寒冷地被服システム(ECWCS)という保護服に身を包んでいる。

ブリッツも他の人形もこのECWCSを装備し、最高でマイナス50℃でも問題なく作戦行動を取れるよう設計されている。

現在気温マイナス26℃という極寒の山中においても、ブリッツたちは運動機能を損なうこと無く隊列を保ったまま、順調に前進を続けられる。

 

しかしながら、服装から誰が誰なのかを判断出来なくなってしまったが、持っている武器で判別は出来る。スマートグラスにも味方全員の位置情報は常時表示されているため問題は無い。

ただ、FALは今こそ何も言わないが作戦開始前まで「こんなセンスの無い服を着て戦場に行きたくないわね」と駄々をごねていたのは別の話だ。

 

まともに視界の利かない吹雪の中でも、ブリッツが先頭に立ってスマートグラスのマグネティックを使うことで視界を確保する。

ミニマップにも現在地と地形情報が表示されているため、道に迷うことはない。

 

今回の彼らの任務はジュピターの破壊だが、そうなった理由である敵前線基地は山の上部にある。

標高こそ高くはなく傾斜もきつくはないが、吹雪というコンディションが進行を妨げる。だが侵入者であるブリッツたちからすれば、この酷いコンディションも有利に働いてくれる。

視界が利かないから隠れてやり過ごすことも、不意打ちも出来る。おまけに足跡といった痕跡も消してくれる。

 

スカウトの訓練を受けているならこれでも安心できないが、相手はそんな訓練を受けていない人形だ。確実に有利なポジションにいる。

 

「AR小隊が来るまで後30分。それまでに終わらせよう。臨機応変にな」

 

「行き当たりばったりの間違いじゃないの?」

 

Vectorのツッコミに、ブリッツ以外の全員が吹き出して笑った。

ブリッツは小さくため息をつく。

 

「ああ面白いジョークだなVector。いいセンスしてるぞ」

 

「お互い様でしょ」

 

「コラコラ、早く行くよ。時間ないんだから」

 

ブリッツとVectorの軽口を制して、LWMMGは行動を促す。こういう時、部隊の尻を蹴飛ばすのがLWMMGの役目だ。

 

「そーだそーだ!早く帰ってゲームやりたいんだから!」

 

「早く終わらせようよ」

 

不純な理由でやる気を見せるRFBと、どうにもやる気を感じさせない口調でMG人形のM249SAWがそれに便乗する。

MGの二人はいざという時の為の保険だ。ただでさえ厄介なジュピターを、正面から破壊するのは分が悪い。

下手をすれば、主砲のコイルガン一発で全滅もあり得るのだ。ゲリラ的な一撃離脱。それも一発で仕留める必要がある。

ただ、分かっていても上手くいかない場合もある。そのため、火力に優れたMGで一気に破壊しようというのが、ブリッツの予備プランであった。

 

今回は全員にAP弾が支給されている。Vectorの45口径弾も例外無く。HGやSMG御用達のホローポイント弾は、硬い装甲相手には効果が薄い。

ジュピターの硬い外郭の事を考え、かつ敵と遭遇し戦闘が起きた場合も考えれば当然の備えだ。

 

VectorはILM社特製の45口径徹甲焼夷弾(API)。残りは全員FCA研究所製徹甲炸裂弾(APHE)。どちらも装甲持ちに効果的な弾丸だ。ジュピターも例外ではない。

 

『警告。付近にジュピターがいる可能性大』

 

しばらく敵前線基地へと進んだ先で、通信機にナビゲーターから連絡が入る。

 

全員が頭を低く、中腰の姿勢に切り替える。無数に生えた木々も使って、なるべく姿を無防備に晒さぬよう注意しつつ、互いの死角を庇いながら進む。

 

そして見付けた。ブリッツのスマートグラスに映る、ホワイトアウト寸前の吹雪の中でも分かるほどの存在感を放つ巨大なシルエット。ジュピターが、そこにはいた。

 

そのジュピターは上空へとその主砲を向けていた。おそらくこの地区に設置されたジュピターは、ほとんどが敵の航空戦力。ヘリやUAVを主な標的としているのだろう。いわば地対空砲とでも呼ぶべきか。

とはいえ、いざというときは地上にも砲撃が出来るだろう。仮に出来なくとも、防衛用の20mm機関砲が重低な音色を奏でてファンファーレよろしく開戦の狼煙を上げてくれるのだろう。

 

「ジュピター発見。周囲に敵はなし。これより、破壊活動に移る」

 

木の陰に隠れてクリアリング完了。ブリッツはバックパックからあるものを取り出す。

お手製のパイプ爆弾を短く、楕円状にしたような形をしたもの。一見すれば手榴弾のようにも見える。

 

HPMグレネード。

高出力マイクロ波を放出しあらゆる電子機器にダメージを与え、一時的に使用不可能にする特殊兵器だ。

 

グレネードという名称がついているが実際に爆発することはなく、内部の大容量コンデンサに蓄えられた電力を使って高出力プラズマ波を発生させる。有効範囲は狭く、電子機器を破壊するほどの威力は無いが、短時間なら機能を麻痺させることは出来る。

回収できれば、再使用可能という利点がある。

 

「全員待機。俺が行く」

 

HPMグレネードのスイッチを入れる。プラズマ波の発生は手榴弾と同じで起動から5秒後。

起動からきっちり3秒間を脳内でカウントダウンしてから投げる。

 

放物線を描いて、ジュピターに向かって飛んでいく。

対象のすぐ近くに落ちた瞬間HMPが起動。上空に向けられていた主砲は、まるで頭を垂れるように力なく地上に向いた。これでセンサーも無効化した。今なら感知されずに接近できる。

HPMの継続的な発生時間はおよそ10秒。その間に破壊ないしその準備を終わらせる必要がある。ブリッツは木の陰から飛び出し駆け寄る。同時にまたバックパックに手を突っ込む。

 

ジュピターのデータは予め本部から取り寄せている。MHD発電の動力炉は背面にある。メンテナンス性を考慮しての設計なのだろう。

とはいえ全くの無防備という訳でもない。動力炉を守る装甲板の厚さも把握済み。いくら7.62mm弾でも動力炉を破壊するには時間がかかる。

 

そこで使う道具の用意がある。バックパックからソフトボールを半分に切ったような形をした物を取り出す。

これは爆薬だ。ただし、ありきたりなC4ではない。

HNIWを原料にした高性能プラスチック爆薬。C4の約2倍の破壊力を誇り、量産出来る爆薬としては最高の威力を誇る。正規軍でも使われている実績ある爆弾だ。

 

そいつを動力炉のある部分に仕掛ける。

 

残り5秒。急いで元いた木の陰まで走る。

木の陰に滑り込むと同時にHMPがその効力を失った。ジュピターが再起動する。

 

Take this.(喰らいやがれ)

 

起爆装置代わりのPDAをタップ。信管が作動し爆発。けたたましい爆発音とともに放たれた爆風と衝撃波がジュピターの装甲を貫き、動力炉に致命的なダメージを与え、砲台は再度沈黙。機能を停止した。

 

しかし安心はできない。

 

「全員警戒。敵が来るぞ」

 

今の爆発で、敵がこちらの存在に気付いただろう。様子を見にやって来るのは明白だ。

案の定、近くを哨戒していたであろう鉄血人形のリッパー5体が11時方向から駆け寄ってくる。

 

「コンタクト。リッパー5体」

 

地面に伏せていたM249が告げ、敵に銃口を向ける。

FALとRFBも伏せて、援護射撃の準備に入っている。

 

「合図したら撃て」

 

ブリッツもマグネティックで敵の動きと現在位置を確認する。スマートグラスには捉えた敵との距離が表示されている。残り30メートル。

 

「コンタクト。ヴェスピド5体。2時方向」

 

今度はVectorが敵を見つける。視線を向ければ、確かにヴェスピドが破壊され機能停止したジュピターに向かって駆け寄っている。

 

「ライト、狙え」

 

「オーキードーキー」

 

LWMMGが伏せたままヴェスピドに狙いをつける。ブリッツも、HK417を構える。Vectorはその他に敵影が無いか見張っている。

 

リッパーが20メートル。ヴェスピドが30メートルの位置にまで近付く。

 

Open fire.(銃撃開始)

 

ブリッツの一声がきっかけとなり、全員一斉射撃。分隊支援火器(LMG)と中機関銃が敵部隊を蹂躙する。

それをアサルトライフル持ちの3名で補助。撃ち漏らしを無くす。

 

完全な不意打ちというのもあって敵殲滅にものの10秒も掛からず、反撃も一切なかった。

 

「クリア」

 

M249が告げる。

 

「クリア」

 

LWMMGが告げる。

 

「クリア」

 

最後に周囲を見張っていたVectorが締め括る。制圧完了。

 

「よし、前進しよう。敵前線基地までのルートを確保してやらないとな。もう一仕事だ」

 

「了解。ARお騒がせ小隊を助けないとね」

 

FALの軽口に、部隊内で笑い声が溢れた。

 

部隊は敵を探しに山を更に登っていく。

 

 

 

 




たぶんミリタリーに自信ニキがこの作品見たら「何言ってんだコイツ」的な顔をするんだろうなって・・・。

ジュピターに関しては完全に妄想。ちょっと設計甘すぎるんとちゃう?って意見されそうだけど、寛大な心でお兄さんゆるして。色々設定練ってたけど途中でめんどうになったりしたけどゆるして。HNIWとかHMPグレとか出したかったからこうなったってのもあるけどゆるして


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7-3


本作品のAR小隊は5人全員います。二次創作くらいは一緒でええやん?(ニッコリ)


そんなことよりLWMMGのスキンがでませんたすけて


 

 

現在時刻0545。雪とは違う白さが空に浮かび上がり始めた頃。

U02地区ポイントB2に到着したAR小隊は、ブリーフィングの通りに敵前線基地へと向かっていた。

 

本部のヘリアントスから地形情報と予想される敵の配置。そして、安全が確認されているルートが提供された。

AR小隊隊長であるM4A1は、それを元に索敵も行いながら山中を進む。確かに、想像していたよりも敵に出会す事なく、無駄な消耗は一切無かった。ただし、小隊の末っ子にあたるM4 SOPMODIIはつまらなそうに唇を尖らせていたが。

「目玉欲しかったのになー」なんて言葉は聞こえていない。きっと吹雪のせいだ。

 

そもそもこの任務自体、AR小隊としてはあまり乗り気ではなかった。

鉄血から支配領域を取り戻す。それはいい。だが、そうする目的がグリフィンのイメージ回復の為のものと言われては脱力してしまうのも仕方ないと思う。

 

確かにグリフィンの。正確にはS地区支局長の不祥事によってS地区全体が揺らいでいる。ヘリアンのおかげで、それも大分落ち着きを取り戻してきたが。

いつの間にか、グリフィンの広告塔というポジションに就いてしまっているのは些か不本意ではあるが、本部の命令と、何より敬愛するS09基地の指揮官に頼まれてしまっては断れない。

それが例え、箔を付けるためにグリフィンの支援を受けられない完全な自律作戦であったとしてもだ。

 

本部のためというよりS09指揮官のために、AR小隊としてはこのような任務は早々に片付けてしまいたかった。

 

しばらく提示されたルートを進むと、吹雪の向こう。白く霞む視界の先に黒い大きなシルエットが見えた。

 

ヘリアンから事前に渡されていた情報にあったジュピターだ。ジュピターの砲身は力なく項垂れているように下を向いている。待機モードだろうか。

マップ上にはチェックポイント1とマーキングされており、進行ルートは明らかにここを通れとある。

 

M4A1は小さくも舌打ちする。話が違う。何が安全なルートなのか。

 

「AR小隊よりHQへ。ヘリアンさん、聞こえますか?」

 

通信を飛ばす。定期的に状況を報告するよう本部からは言い渡されている。

どのように作戦を遂行したかを社内報はもちろん、グリフィンが提供するテレビのニュース番組で広く報道するために必要だからという。しょうもない理由だが、確認にはちょうどいい。

 

『こちらHQ。聞こえるぞM4A1、どうした』

 

幸い応答はすぐにあった。ヘリアンの生真面目で張りのある声が通信機に入る。

 

「前方にジュピターを発見。迂回路はないのですか」

 

『君たちの現在地はチェックポイント1だな。なら問題ない。そこにあるジュピターは機能を停止している』

 

「は?」

 

全くラグの無い即答に、素っ頓狂な声がM4A1の口から溢れ出た。

 

「M4。こいつを見てみろ」

 

M4が姉と慕い、そして小隊の纏め役であるM16A1が呼び掛ける。振り返れば、M16が雪に埋もれていた鉄血人形のリッパーを抱え上げていた。胴体のコアと頭部の電脳がピンポイントで破壊されているのが見受けられる。

無駄を省き、徹底的で的確な殺し。このリッパーを仕留めたのは明らかに手練れであることは、疑いようもない。

 

見れば、いつの間にかSOPIIも30メートルほど離れた位置で倒れているヴェスピドを、雪の中から掘り起こしている。こちらもリッパーと同様に電脳とコアが破壊されている。

それを見たSOPIIが「バラバラじゃない!」と驚愕とささやかな不満を織り混ぜた声を上げていた。彼女にとって、鉄血とは見つけ次第バラバラにする対象である。

 

動きの無いジュピターの様子を訝しげに思ったAR-15も、砲台の背面に回ってみた所で合点がいった。

 

「このジュピターも形こそ綺麗に残ってるけど、的確に動力炉を破壊されてるわね」

 

それにコレ、とAR-15が付け足すように手に持ったボール状のものを弄びながらM4に見せる。

 

「HPMグレネードよ。範囲内にあるあらゆる電子機器を無効化出来るDEW。グリフィンで制式採用されてるなんて話は聞いたことがないし、私も実物を見たのは初めて」

 

「それに変ですよ。ここら一帯、交戦の形跡がありません。鉄血が一方的に攻撃されてます」

 

AR小隊唯一のSMG人形であるRO635が便乗する形で意見を言う。

 

つまり纏めるとこうだ。何者かはリッパーとヴェスピドは一方的に攻撃し全滅させ、ジュピターの動力炉をピンポイントで破壊。目立った痕跡も残さずこの場から悠々と立ち去った。

 

気味が悪い。M4A1はそう思った。

 

ふと、M4A1はブーツに何か小さく硬いものが当たった事に気付いた。石とはまた違う感触。

 

それは空薬莢であった。それも、FCA研究所の協力を得てI.O.Pが開発した7.62mmAPHE弾。グリフィンが制式配備しているMk211徹甲榴弾だ。

その何者かが使った弾丸であることは間違いない。

 

「どうするんだ、M4?」

 

M16が尋ね、M4は思考を巡らせる。

少なくとも、この現状をヘリアンが知っているということは、今のところ敵ではないのは確かだろう。それに、得体が知れない何かが敵を倒したからと、作戦を中断する理由にはならない。

 

「変更はありません。予定通り、敵前線基地を目指します」

 

「了解だ。さて、さっさと行こうか」

 

撃てば響くとばかりに、M4の指示にM16はすぐに応答する。

他の3名も同様で異論はなさそうだ。全員己の半身を持ち直し、フォーメーションを組み直してから、再び前進を開始した。

 

 


 

 

ブリッツがPDAの画面をタップ。ジュピターの背面に仕掛けられたHNIWが爆発し、動力炉は木っ端微塵に破壊される。

爆発音を聞き付けた近くの鉄血兵が確認のために近付いて、待ち伏せていたLWMMGとM249による弾幕を浴びせられる。

機械の流れ作業のように行われる敵兵器と部隊の排除は行われていた。

 

敵前線基地まで残り200メートルの地点。

破壊したジュピターは3機。これでAR小隊の作戦目標である敵前線基地までのルートは確保出来た。

後はAR小隊が基地を制圧しシステムを掌握してくれれば任務終了だ。

 

「これだけ頑張っても、記録に私たちの名前は無いのよね」

 

ため息混じりにFALがぼやく。

本作戦のメインはあくまでAR小隊にある。S10の部隊はAR小隊(彼女たち)のための花道を作るだけの存在だ。

主役よりも目立ってはいけない。

 

「そうぼやくな。その分報酬は貰う。それでキミ好みの茶葉とチョコレートでも取り寄せてやるさ」

 

ブリッツの言に、FALは小さく唸って考え込む。

 

「それなら、久しぶりに喫茶店(ピット)に行きたいわね。あそこの紅茶とスコーンが恋しいわ」

 

「なら今度みんなで行こう。奢ってやる」

 

「言ったわね?言質とったわよ?」

 

「安心しろ。二言はない」

 

断言して見せたブリッツに、人形たちから感嘆の声が上がる。

任務が終わった後の楽しみが出来たことで、「さっさと任務を終わらせて帰ろう」という空気が部隊の中で流れ始める。

確かに、現状でこれ以上こちらに出来ることはない。強いてあるとすれば、AR小隊が敵基地を制圧するまでの間、敵の妨害が無いように見張るくらいのものだ。

 

────それから十数分後。AR小隊はブリッツたちが破壊したジュピターの横を通過。

吹雪という視界不良を利用して木の陰や雪の中に潜んでやり過ごし、警戒しながらも一直線に敵基地へと目指すAR小隊の後ろ姿を見送る。

彼女たちは最後まで、ブリッツたちの姿を見ることはなかった。

 

あとは敵拠点制圧の報告を本部にいるヘリアンから通達されるのを待つばかりだ。

 

────だが、木の陰に隠れていたブリッツには、一つだけ気掛かりな事があった。

ここへ至るまでに遭遇した敵が、あまりにも少なすぎる。

 

鉄血は基本的に質より量を重視する戦法だ。そして、ここは鉄血の前線基地。いくらジュピターという強力な兵器があるからといって、それで敵の侵入を防げるかと問われれば否である。

現にこうして、ブリッツ達は前線基地の一歩手前の所まで食い込んでいる。そのせいでAR小隊までも。

 

そもそも、敵拠点に一番近いジュピターが落とされたというのに、ちょっとした部隊が確認に来ただけで何も起きないのは、よく考えてみれば不自然だ。

 

ジュピターは前線基地と繋がっている。であるならば、ジュピターが機能停止したことも把握していなければならないはずだ。

慌てるなり警戒するなり、クリアリングを掛けるなりする。

 

そうしないのは?敵はここをそこまで重要視していない?ならジュピターなんてコストのかかる物を設置したりなんてしない。

 

『常に最悪を想定しろ』

 

かつての隊長が言った台詞だ。

では現状で言う最悪とは?

ブリッツは脳内でイメージを膨らませていく。

 

『AR小隊。敵基地を制圧。システムの掌握作業に入りました』

 

ナビゲーターの報告がブリッツの脳内に飛び込む。その情報が、さながら起爆剤よろしく爆発的にイメージが広がっていく。

 

「まさか────」

 

衝動的に、ブリッツは木の陰から飛び出し、走り出した。

 

人形たちの驚きと困惑も置き去りにして、スマートグラスのミニマップを参照にしながら白銀の大地を駆ける。

向かう先は、機能停止していないジュピター。予想される設置場所は見当がついていた。

 

その予想通り、走った先にジュピターはあった。この地域に設置されたジュピターは全て、上空に砲口が向けられており、対空砲の役目を果たしていた。先に破壊した3機も、その例に漏れず明後日の方向を向いていた。

 

だが今見つけたジュピターは上空ではなく、A()R()()()()()()()()()へと向いていた。

 

「ゲート!今すぐAR小隊に回線繋げろ!」

 

『少し待ってください!』

 

滅多に見せない切羽詰まったブリッツの態度にナビゲーターも気圧された様子だが、スマートグラスのカメラ越しに状況を把握。すぐに通信回線の接続を図る。

そうしている間に、ジュピターは唸り声のような駆動音を響かせる。主砲であるコイルガンに電力を供給しているのだろう。

 

ここでこのジュピターに向けてHPMグレネードを使っても意味はないだろう。なぜなら他のジュピターも同様にコイルガンの発射準備が進んでいるのだろうから。

 

一秒一秒が異様に長く感じる。

 

『繋がりました!』

 

ここまでほんの数秒足らず。なのにブリッツにとっては果てしなく長い時間に思えた。

 

「AR小隊!こちらグリフィンS10地区司令基地指揮官のブリッツだ!応答しろ!」

 

ヘッドセットのマイクに向かって怒鳴り付けるようにブリッツは声を上げた。

幸い、応答はすぐに来た。

 

『こちらAR小隊、隊長のM4A1です。ブリッツ指揮官、どうしましたか』

 

やや怪訝な様子で応答するM4A1。いきなり怒鳴り付けるような声色で通信が飛び込んできた事を快くは思わない。

しかし今はそんな印象など気にしている場合ではない。

 

「至急そこから離れろ!ジュピターに砲撃される!」

 

『え、いきなり何を』

 

───瞬間。轟音と衝撃波を伴って、ジュピターの砲口が火を吹いた。そして、放たれた砲弾はAR小隊のいる基地へと着弾。爆発した。






上手く行ってるときほど警戒しろってそれ一番言われてるからね、しょうがないね。

果たして、ブリッツたちとAR小隊はこの先生きのこれるのか?


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7-4

ワイの基地にAK-12とAN-94がやってきましたが、この作品の登場予定はありません(無情)


 

基地から上がる火の手と黒煙。吹雪のせいで視界が利かず詳細が分からないが、少なくともよろしくない被害は被っている事は明らかであった。

 

「AR小隊!応答しろ!」

 

通信機越しに呼び掛けてみるが、耳障りなノイズが返ってくるだけで反応はない。

 

ブリッツの焦燥は募るばかりだ。

まさか鉄血が、基地そのものを囮にするなんて考えもしなかった。それは本部もAR小隊も同様だろう。

 

何とも間抜けな話だ。

ブリッツは内心で愚痴る。現場に立っていた自分がその可能性に真っ先に気付けなかった。

今目の前に30分ほど前の自分がいたならば、その顔面を満身の力を込めて殴り付けているだろう。それほどの失態だ。

 

そこへ、モーターの駆動音のような物々しい騒音が、吹雪の風音に混じって聞こえてきた。

 

咄嗟にジュピターへ視線を向ければ案の定。主砲がブリッツの方へと旋回している。この至近距離でコイルガンは有り得ない。

あるとしたら、同軸の20mm機関砲。

 

こんな至近距離で20mmなんて喰らえば一溜まりもない。

 

「チッ!」

 

舌打ちを飛ばし、すぐにHK417を向ける。アンダーバレルに装着したM320の40mm榴弾を、20mm機関砲の砲口が自身に向けられるより早く発射。

爆発の衝撃で機関砲の砲身は折れ曲がり歪み、使えなくなった。これで現状のジュピターに攻撃能力は無くなった。

 

しかし安心は出来ない。ブリッツの足元や近くの木々に青緑色の光弾が着弾する。明らかに鉄血製DEWによる攻撃だ。

被弾するより前にジュピターの陰に飛び込む。これの装甲なら暫くはもつ。

 

方向は斜面の下。つまり麓方向からの銃撃。敵はヴェスピド。数は多数で横一列。退路を絶たれた形だ。

 

おそらくは囮にした基地を中心に円を描き、少しずつその円を縮めていく布陣。確実に敵を追い込み仕留めようという腹積もりなのだろう。ブリッツは、その途中で見付けた障害。当然道すがら排除しようとする。

 

その証左がこの銃撃だ。鉄血兵はジュピターが使い物にならなくなったと見るや、お構い無しに攻撃してきている。

 

されど、気持ちは落ち着いていく。銃火に曝されながらも、頭の中は冷たく冴えてくる。

今自分はどうしたらいいか。それが分かってくる。

 

一つ、深呼吸する。

 

「各員状況報告」

 

『やっと連絡寄越したわね!こっちは今どっかから現れた鉄血の相手してる真っ最中よ!』

 

真っ先に応答したのはFALだった。こちら同様敵と交戦中のようだ。

 

「こちらも今鉄血から攻撃を受けてる。悪いがそっちに戻るのは時間がかかりそうだ」

 

『ならそっちに行くから、ブリッツはそれまで待ってて』

 

LWMMGが落ち着き払った口調で告げる。戦術人形が使うプロトコルによる通信故に銃撃音は聞こえないが、今ごろ迫り来る鉄血兵相手にノルママグナム弾の嵐を浴びせているのだろう。

頼りになる相棒の存在に自然と口許が緩むが、すぐに真一文字に引き締める。

M320に新たな榴弾を装填し、マガジンを交換。まだ中に残っているが、中途半端な弾数よりも30発キッチリ入っている方が都合がいい。

 

ECWCSの懐から代用タバコとオイルライターを取り出す。タバコを一本口に咥え、火を着ける。オイルライターは寒冷地での使用に難はあるが、今回は懐で暖めていたため問題なく使用できた。

 

ブリッツは普段タバコを吸わないが、今回は特別だ。紫煙を燻らせるタバコを左手の人差し指と中指で挟んで持ち、着火のために吸い込んだ煙を吐き出す。

口内に代用タバコ特有の不愉快な苦みが広がるが、別に味を楽しむ事が今の目的ではない。

 

これは狼煙だ。

 

交戦開始(エンゲージ)

 

銃撃を続けるヴェスピドに見えるように、タバコを弾くようにして捨てる。

吹雪によってポイ捨てされたタバコはブリッツの元からどんどん離れていく。その熱と赤外線をヴェスピドの視覚センサーが捉え、射線がタバコの方へと逸れていく。

この吹雪で視界状況は最悪。となれば赤外線センサーを使った暗視装置のような視覚モードを使うはず。そこへ小さいとはいえ熱源が現れた。数瞬だが意識はそっちに向く。

 

その数瞬を、ブリッツは見逃さない。隠れていたジュピターから身をのり出しHK417を向けて発砲。マグネティックで敵を視界に収め、ホロサイトで狙いをつけて7.62mm弾を食らわせる。

胴体のコアから上へ正中線をなぞるようにバースト射撃。そうすると、効率的にコアと電脳を破壊できる。上手く行けば、銃撃戦の最中であってもダブルタップで一体倒せる。

 

そういった所は、人間兵士と変わらない。

効率的な銃殺が出来るよう、ブリッツは訓練と実戦を繰り返してきた。それこそ、少年兵であった第三次大戦の時から。

戦術人形の烙印システム(ASST)程ではないが、ブリッツもこのHK417A2との長い付き合いの中で。それこそ四肢の延長とも言える位には習熟している。今自分がどこを狙い、どこに当たるのか。それが感覚的に把握出来ている。

 

拡張弾倉に入っていた30発の弾丸全て撃ち切り再度ジュピターに身を隠す。スコアは1マガジンで10体。悪くはない。

だがそこに追加でリッパーが切り込んできた。ヴェスピドの後ろに控えていたのだろう。

すぐに空になったマガジンを引き抜いて、新しいマガジンを叩き込みチャージングハンドルを引く。

 

曲がりなりにも軍用人形として採用されていた鉄血製戦術人形。このような雪の斜面を駆け上がるという場面であっても、その機動力にはあまり影響はないらしい。スパイクでも用意しているのだろう。

 

遮蔽物に身を隠したまま、ブリッツはHK417だけを敵に向け、M320を発射。丁度リッパーの足元に着弾し爆発。数体ほど巻き添えを食らって止まった。トドメとして7.62mm弾を撃ち込む。

 

────ブリッツがリッパーの対応に意識が向いている最中、逆サイドから回り込んだヴェスピドとリッパーが奇襲を掛けようと息を潜めていた。

 

鉄血兵同士の通信ネットワークを駆使して連携を取り、多数のリッパーに意識を集中させ、少数かがら空きの側面に攻撃を加える。それで終わる。

 

味方機から合図が来た。

逆サイドから飛び出しブリッツに照準を合わせる。

 

が、それよりも早くブリッツのMP7が火を吹き、リッパーとヴェスピドの電脳とコアを撃ち抜いた。

 

「見えてるぞ、マヌケ」

 

意識を一方に向けさせておき、その隙に側面から攻撃する。よくある手だ。これで仲間をやられた事もある。

一対多なのだ。警戒しない訳がない。

息を潜めていたようだが、スマートグラスのマグネティックとサラウンドインジケーターによって存在は感知できていた。これまで使っていた旧式から、今回はバージョンアップを果たした新しいスマートグラスに変えたおかげで、周囲の敵の動きがより把握しやすくなった。

後でペルシカリア、ないし16Labに礼を兼ねたレポートを提出することを決めた。

 

とはいえ、現状は多勢に無勢。古来より戦いは数で決まることが多い。特に、戦場に戦術人形が登場してから、それはより顕著になった。

いくらブリッツが手練れであっても、いずれは押し潰されてしまうのは明白であった。

 

だが彼は一人ではない。

ブリッツに迫ってきていた敵集団の側面を、突如として無数の弾丸が飛来し撃ち抜かれた。

 

幾重にも折り重なった重厚な銃声を響かせて、LWMMGとM249を先頭に部隊はやってきた。

 

鉄血の陣形が崩れる。そこを見逃さず、ブリッツも援護射撃。二方向からなる弾幕は、瞬く間に鉄血兵を打倒していき、遂には殲滅に至った。

辺りから銃声は無くなり、吹雪の風音のみが聞こえるだけだ。

 

「お待たせ、ブリッツ」

 

「全くだぞ、ライト。もう少しでイジメられるところだ」

 

「よく言うよ」

 

ブリッツと無事合流を果たし、指揮官と副官による軽口の叩き合いを交わす。

 

「もう、勝手にどっかに行かないでほしいわね」

 

「ホントだよ指揮官!」

 

FALが呆れた口調でぼやき、RFBが唇を尖らせ頬を膨らませ、いかにも怒ってますと言わんばかりに声を荒げる。

他の人形たちも似たり寄ったりで、Vectorに至ってはジトリと睨むようにブリッツを見ていた。

 

確かに軽率で勝手な行動だ。指揮官としてあるまじきことだ。

 

「すまないな、みんな」

 

「まあいいわ。それで?これからどうするの?」

 

肩を竦めて、FALが問う。まだ任務は終わっていない。

ブリッツの中で、答えは決まっている。

 

「俺たちの今回の任務はAR小隊の支援だ。彼女たちを無事に基地へ送り届けるまで、任務を遂行したとは言えない。そして、こうなったのは指揮官である俺の落ち度でもある。落とした分は結果で取り戻す」

 

「ということはつまり」

 

「救援に向かう。今から敵前線基地に突入しAR小隊と合流。敵の包囲網を突破する」

 

「それはいいけど、敵さん一杯いるところに突っ込む気?それこそ無茶だと思うんだけど」

 

M249が指摘する。まさにその通りであり、今の鉄血はここより上の敵前線基地を包囲しようと展開している。その一端である部隊はたった今殲滅したが、それでも相当数の敵が基地に集結しているだろう。

数で負けている以上このまま突っ込んでも跳ね返される。

 

ブリッツは考える。何か策はないか。使えるものはないか。周囲を見渡す。

 

真っ先に目に入ったのは、すぐ傍に設置されているジュピターだ。20mm機関砲を潰され、近距離にいる敵に対してなにも出来ないジュピターはただ佇んでいる。主砲であるコイルガンをブリッツ達に向けてこそいるが、安全距離設定のせいで撃つに撃てず沈黙している。

しかし動力炉に問題はないのだろう。先ほどから稼働音が聞こえる。

ブリッツはジュピターを見上げながら考え、口を開いた。

 

「コレ使うか」

 

「は?」

 

皆が皆、素っ頓狂な声を上げて呆気に取られた。

そんな部下たちを横目に、ブリッツは一人行動を始めている。

 

「ゲート。出来るか?」

 

『ドラグーンのように、上手くいく保証はありませんよ?』

 

「構わない。やってみてくれ。使えないなら他に考える」

 

『了解しました』

 

PDAをジュピターの動力炉付近に翳す。端末からは断続的に甲高い電子音が鳴り響く。

 

やがて、ジュピターの動力炉は稼働を停止するが、すぐに再稼働を始めた。

 

『行けましたよ指揮官』

 

頼りになりすぎるナビゲーターからの一言に、これでよしと小さくブリッツが呟き、LWMMGらに向き直る。

 

「さあ諸君、ペイバックだ」

 

 





戦争してるんだから敵の兵器を鹵獲するのは当たり前だよなぁ?
じゃけん利用しましょうね~。

長い割りには話進まなくてすまんな。ゆるして


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7-5

ねんがんの LWMMGのスキン をてにいれたぞ!(計110連)
デザインもストーリーもいいゾ~これ。

副産物として81式とJS05のスキンも手に入れたし、ぼく満足


 

 

───AR小隊が敵前線基地に潜入し、制圧が完了するまで5分と掛からなかった。

というのも、内部の敵が想定よりも少なかったからだ。

 

おかげで基地の中枢であるメインサーバーがある制御室に辿り着くのに、そう時間はかからなかった。

 

「随分手薄な警備だな」

 

M16が静かに告げる。声色から油断は一切感じ取れない。寧ろ、訝しんでいる。

それはM4A1もRO635といった指揮モジュール搭載機や、AR-15も思っていた事だ。

SOPⅡとしては、戦闘らしい戦闘が無く不完全燃焼の様子だったが。

 

しかしチャンスでもある。警備状況が今のまま手薄である保証は無い。今の内にシステムを掌握し、ジュピターの制御を奪う。

そうすれば大きな脅威は無くなり、部隊は安全に撤退出来る。

 

M4A1は本部へと通信を繋ぐ。

 

「HQ。こちらAR小隊。敵前線基地を制圧。これよりシステムの掌握を始めます」

 

『こちらHQ。了解した。ウイルスや罠が仕掛けてある可能性もある。くれぐれも注意するように』

 

「了解。通信終了(アウト)

 

「さぁて、やりますかね」

 

M16がコンソールパネルに近寄り、システム掌握の為の細工を始める。その間、残りのメンバーが敵の襲撃を警戒。

これは作戦開始前より決まっていた役割分担であった。

 

今回のシステム掌握には人形の演算処理能力を使わず、あくまでコンソールパネルによる手動操作だ。鉄血の【傘】ウイルスに感染する恐れがあるための対処だ。それのせいで一時AR-15が小隊を離脱して騒然となり、あわや破壊される寸前まで追い込まれた。

 

電脳と繋がなければ【傘】ウイルスの感染は、確実ではないが防げる。

 

「姉さん、どうですか?」

 

「ああ、大丈夫だ。もうすぐ終わる」

 

順調な様子で応答したM16に、M4A1は安堵する。

どうやら懸念していたウイルス感染も無さそうだ。敵も襲撃をかけてくる気配もない。

 

『AR小隊!こちらグリフィンS10地区司令基地指揮官のブリッツだ!応答しろ!』

 

唐突に、通信機が誰かの怒声を拾い上げた。それも、緊急用の回線を使ってだ。

始めにAR小隊と告げていた辺り、こちらへ向けた呼び掛けであることは間違いない。緊急回線もグリフィンの周波数であることと、その向こうにいるブリッツ指揮官が早口で捲し立てたことを察すれば、かなり焦っているようであるのも理解できる。

 

とはいえ、いくら緊急でもいきなり怒鳴り付けられればいい気はしない。

作業中のM16以外の全員が、「お前が対応しろ」と怪訝そうにM4A1を見ていた。

 

小さくため息をつき、M4A1は呼び掛けに応じた。

 

「こちらAR小隊、隊長のM4A1です。ブリッツ指揮官、どうしましたか」

 

『至急そこから離れろ!ジュピターに砲撃される!』

 

一瞬、何を言っているのか理解できなかった。砲撃される?ジュピターに?

どういうことだ。ジュピターなら今まさに制御を奪おうとM16が懸命に作業している真っ只中だ。

 

何かの間違いだろう。一瞬の間にそう判断したM4A1はブリッツ指揮官に返答する。

 

「え?いきなり何を────」

 

その瞬間。基地が激しく揺れた。そのまた次の瞬間。すぐ近くの壁が外からの衝撃で弾けるように壊れ、小隊全員がそれに巻き込まれた。

 

悲鳴を上げる暇すら無かった。猛烈に吹き荒れた突風と砂塵やコンクリートの破片が飛び掛かり、身体ごと吹き飛ばした。

壁が弾けた理由は外からの爆発によるもので、自分達はそれに巻き込まれた。

そう電脳が出力するのに普段の倍以上の時間がかかり、気付けば冷たい床に体を伏していた。

 

「う・・・ぐ・・・」

 

軋む体に鞭打って、M4A1は起き上がろうと四肢に力を込める。すぐ近くに転がる己の半身を拾い上げ、立ち上がろうとするが、強い衝撃に曝されたせいか、体の制御が上手くいかない。

 

何とか顔を上げて辺りを見渡せば、制御室は酷い有り様になっていた。

据え付けられていた機材や端末は無惨な姿に変わり果て、火花が散っている。もう使い物にならないだろう

 

「M4!大丈夫か!」

 

M16が駆け寄り、立ち上がろうとするM4に手を貸す。

彼女の着ているジャケットやスカート、防弾ベストもボロボロで、所々擦りきれている。

M4もそれと似たり寄ったりな状況であった。半身が無事なのは不幸中の幸いか。

 

「皆は・・・?皆は無事なの!?」

 

「大丈夫だよー!」

 

SOPIIが元気に声を上げて両手を降っている。

 

「無事よ」

 

AR-15が顔をしかめながら体に着いた埃を払い落としている。

 

「何とか大丈夫です」

 

舞い上がっている粉塵に噎せながらもR0635が反応を返す。

今傍にいるM16も含めれば、AR小隊は全員健在だった。銃も無事なようだ。

 

無事を確認出来てすぐM4A1は撤退を決定。またあの爆発を食らうのは勘弁願いたい。

 

制御室を出てみれば、通路は随分と風通しのいい開放的な姿に変わり果てていた。

分厚いはずの外壁には大きな風穴が空いている。そこから吹雪が入り込み、容赦なく体を急速に冷やしていく。

 

しかし泣き言は言ってられない。身を隠しながらそっと風穴から外の様子を窺いみる。

 

「ああ、クソッ・・・!」

 

様子を見たM16が悪態を溢す。

外には大量の鉄血人形が基地を包囲し、少しずつ近付いてきていた。

 

リッパーを先頭にヴェスピドが背後に控え、そのさらに後ろにはイェーガーが虎視眈々と基地から出てくる獲物を待ち構えている。距離は現在100メートル前後。

 

今出たら間違いなく銃火に曝され瞬く間に破壊される。RO635以外のメンバーは機密保持の観点からバックアップがとれない。すなわち、一度機能停止したら最後、二度と復活が出来ない。人間的に言えば死である。

 

「HQ。こちらAR小隊。緊急事態です。鉄血の奇襲を受けました。支援を要請します」

 

通信機で本部に呼び掛けるが反応はない。あるのは耳障りなノイズのみだ。

間違いなくジャミングが発生している。

 

「ああもうっ!」

 

苛立たしい様子でM4A1は声を荒げる。

今すぐにでもこの使えない通信機を叩き付けて、何もかも投げ出したい気分になった。

しかし状況がそれを許してくれない。分かっていることだ。

 

生き残るには交戦する必要がある。敵を排除し撤退するためのルートを確保する。危険だが、ここまで来るのに使ったルートを戻るしかない。少なくとも、そこならジュピターは破壊されているから、撤退途中で砲撃を受ける心配はない。

 

「ねえ始めよう~?すぐに始めようよ~」

 

SOPIIがワガママな子供のように告げる。ここまでずっと我慢してきて、こうして目の前に大量の鉄血(ガラクタ)がやって来た。もう我慢も限界なのだろう。

こんな事態であっても。いや、こんな事態だからこそ彼女の気質はありがたい。それに、これ以上近付かれるより今すぐにでも交戦した方がいくらかやり易い。

 

「いいわよSOPII。やっちゃって」

 

「よっしゃー!」

 

隊長の許可が降り、意気揚々とSOPIIは半身を敵集団に向ける。アンダーバレルのM203グレネードランチャーの引き金を引いた。気の抜けたような音ともに放たれた40mm擲弾は前列にいたリッパー達の足元に着弾し、数体纏めて吹き飛ばした。

 

「攻撃開始!」

 

擲弾炸裂とM4A1の合図に、全員が即座に反応。けたたましい銃声をがなり立て鉄血兵に弾丸を食らわせる。

 

正確に狙いを付けなくとも、撃てば必ず何処かに当たるくらいに鉄血は数を揃えていた。

そんな大量の鉄血兵も、AR小隊の攻撃を合図に反撃を開始。無数の光弾がM4A1らに襲いかかる。

 

「姉さん!」

 

「あいよ!」

 

M4の呼び掛けに阿吽の呼吸でM16は応える。バックパックから閃光手榴弾を取りだしピンを噛んで引き抜き、安全レバーを外して少し待ってから敵へ投擲。

地面に落ちるより前に空中で。リッパーの視線に入るポイントで手榴弾が破裂。激しい閃光と音を放つ。一時的に処理落ちした鉄血兵はその場で動きを止める。その隙に動きを止めた鉄血兵を中心に銃撃を与える。

電脳とコア、ついでに義体にもダメージを与え、バタバタと敵は倒れていく。

 

それでも、敵の攻撃は緩む気配がない。

 

「空爆がほしいな!」

 

「無いものねだりはやめなさいM16!」

 

一向に減る気配のない鉄血兵に対し上げたM16の声に、AR-15がピシャリと言い放つ。

支援は無い。予めブリーフィングでそう告げられていた。

 

「あはっ!あはははははっ!」

 

「SOPⅡ!無駄撃ちしないで!」

 

高笑いしながら乱射するSOPⅡをRO635が窘める。

現状、所持している弾薬はお世辞にも多くはない。

 

基地のどこかに予備弾薬があると思われていたが、現在の鉄血が使う武器は火薬を使った実弾兵器ではなく、電力を使った指向性エネルギー兵器だ。

弾薬庫など無いのだ。

 

そもそも、実弾兵器を使っていた昔であっても、鉄血工造は独自規格の弾薬を自社生産し使っていた。仮に弾薬があったとしても使えないのだ。

 

要するに、このまま籠城する形を取り続けると、遅かれ早かれ弾切れに陥る。

 

指揮モジュールを持つM4とROは演算を続ける。どうすれば最良か。どうしたら最善か。

 

あるにはある。例えば誰かが囮となって敵を陽動し、その隙に突破するというもの。

全員がそちらに釣られる必要はない。大多数の意識さえ向けば、残った少数を叩けば突破は出来る。

 

しかし、それは最善かつ最悪の選択でもあった。ここにいる誰かが犠牲にならないといけないのだから。

 

どうする。どうする。

M4A1は悩む。RO635も、その考えに至っている。至った上で悩んでいる。

このままでは全滅する。それがわかっているのに、それを指示する勇気が湧かない。決断が出来ない。

 

「M4!」

 

AR-15が声を上げた。M4が彼女に視線を向けると、互いの目があった。AR-15の目はあくまで真っ直ぐ澄んでいて。それが決意の現れであり、その決意が何を意味しているのかがよくわかって。

 

「AR-15!それは────」

 

ダメだ。そう言おうとした瞬間であった。

 

『AR小隊、聞こえるか』

 

不意に通信機に、静かで厳かな男の声が飛び出してきた。聞き覚えのある声だった。

ヘッドセットに手を当てて、声をよく聞き取ろうとする。

 

『返事がないが、時間がない。聞こえている前提で話をさせてもらう。こちらはS10地区司令基地指揮官のブリッツだ。我々はただ今より、基地を包囲している鉄血人形に対し攻撃する。君たちはそのまま隠れていろ。巻き込まれかねないのでな』

 

「おいコイツ何言ってるんだ!?」

 

男の一方的な発言にM16が信じられないといった声を上げた。

それは他のメンバーも同様だ。要領を得ないとはこのことだ。

 

『5、4、3、2』

 

困惑しているメンバーを置き去りにして、通信機の向こうにいる男がカウントダウンを始める。

いよいよ持って訳がわからなかった。

 

『撃て』

 

一拍の間を置いて、前方の鉄血兵が爆発で吹き飛んだ。熱気を帯びた爆風が基地内にいたAR小隊に吹き付ける。

IEDかなにかでも作動したのかとも思ったが、そのような爆発ではない。それこそ大口径の砲台による砲撃のような。

例えるなら、ジュピターの砲撃のような。

 

『次弾装填。マーキング完了。撃て』

 

また同じように、鉄血の集団が爆発で吹き飛ばされる。SOPIIのグレネードなど比較にならない火力だ。

おかげで敵の陣形が崩れた。木っ端微塵に破壊された分を補うようにすぐ陣形を整えようとしているが、それでも補いきれずスカスカだ。

 

そこへ、背後から銃撃を浴びせられた。

砲撃の対応も出来ていない中での奇襲。為す術もなくリッパーが、ヴェスピドが、イェーガーが。背後からの銃弾によって蹂躙されていく。

 

AR小隊は終始唖然としていた。

あっという間だった。圧倒的な数の鉄血兵が、瞬く間に壊滅していく。

 

やがて、メンバーの視界内にいた敵は全て、ただの物言わぬ鉄屑となり果てていた。

 

そのスクラップを乗り越え踏み越え、時おり蹴飛ばして、こちらに近付いてくる3人の人影。

白を基調としたECWCSに身を包んだ、HK417を持った完全武装の男を先頭にした武装集団だ。

 

全員が警戒し銃口を向ける。男は両手を上げて敵意がないことを示す。

残り5メートル前後の距離でその武装集団は立ち止まる。

先頭の男以外の二人は背を向けて周囲を警戒。LWMMGとM249SAW。ECWCSのせいでわからないが、恐らくは戦術人形だろうと想像した。

 

「何者ですか」

 

警戒心を隠さずM4A1が問いかける。

 

「AR小隊、小隊長のM4A1だな」

 

男が被っていたフードとスマートグラスを外す。

 

「初めましてだな。S10地区司令基地指揮官のブリッツだ。君たちを助けに来た」

 

にべもなく武装した男、ブリッツは言ってのけた。

 

 





といった感じでAR小隊とブリッツらが合流。最初はひっそりこっそり支援する予定だったけど、「たまには派手にやりたい」という発想からこうなった。ちょっとガバいけどゆるして


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7-6

 

 

「指揮官!?なんで指揮官が戦場(ここ)にいるのよ!?」

 

信じられない。そう言いたげにAR-15がブリッツを見る。

 

残りの小隊メンバーの顔からも驚愕や呆気がありありと表れていた。言外に得心が行かないといった様子だ。

が、ブリッツ側からすればそんな事はどうでもいい。今優先すべきは一刻も早くここから抜け出すことである。

 

蔓延っていた敵は一先ず排除できたが、第二陣が来る。

ここまでお膳立てしているのだ。今さら温存する理由は敵には無い。

 

「ゲート、今からAR小隊を連れて撤退する。敵が多い。派手になりそうだ」

 

『当初の予定通り、ポイントB2へ向かってください。花火で歓迎するオプションを追加しておきます』

 

「了解。楽しみにしておく。アウト」

 

通信を切る。今の通信も、ナビゲーターが勝手にAR小隊の通信機に介入したことで全員が聞いていた。これで情報共有の効率化できていた。

外していたスマートグラスを着け直し、フードを被ってM4A1と向き合う。

 

「そういう訳だ。撤退するぞ」

 

そう提案したのと同時であった。

素早い動きでブリッツは振り返り様にその場に伏せ、飛来してきた光弾を間一髪躱した。ブリッツに当たるハズだった光弾はそのまま直進し、M4A1の左頬を掠めていった。

 

「ツッ・・・!」

 

頬に走る鋭く焼けるような痛みに顔をしかめながら、M4A1も咄嗟にその場へ伏せる。

 

攻撃を受けた。誰からなんて考えるまでもない。

 

下から先と同等に近い数の鉄血兵が上ってきている。

 

接敵(コンタクト)。敵の数たくさん」

 

「第二陣か。お早いお着きだ。交戦開始(エンゲージ)

 

M249の適当な報告を軽く受け流し、ブリッツはHK417のトリガーを引く。合わせてLWMMGとM249も射撃を開始。

 

大口径特有の重々しい銃撃音が木霊する。

5.56mm弾を使うM249は前列を。LWMMGは後列を。ブリッツが状況に応じてどちらかを常に選択し攻撃する。

 

先陣を切ろうと駆け出していたリッパーは足止めを喰らい、ブルートは造作もなく鉄屑へと変貌させられる。

その後ろのヴェスピドもとばっちりを喰らい、更にブリッツが確実に撃ち抜く徹底ぶり。

後方にはイェーガーやストライカーも陣取っていたが、LWMMGの制圧射撃の前には為す術もなく、射撃準備を整える前に撃破される。

 

しかし、いかんせん数が多い。いくら練度で圧倒しても、次から次へ現れる大量の敵に対応が追い付かなくなっている。

 

「AR小隊!攻撃開始!」

 

慌てた様子でM4A1が指示を飛ばす。待ってましたと言わんばかりにメンバーが身を乗りだし、鉄血に弾丸を喰らわせていく。

AR-15以外は全員が5.56mmのAPCR高速弾だ。M249同様に前列のリッパーやブルート、場合によってはヴェスピドを中心に撃破を狙い、距離があるゆえに無理にヘッドショットを狙わず、バイタルパートのコアに命中させている。

 

「M4!もう弾がないよ!」

 

しかしながら、残弾が心許ない。SOPIIが緊迫と焦燥感を滲ませた声でM4A1に告げる。

M4A1も、今装填されているマガジンを撃ちきったら、残りのマガジンは2本しか無い。M16もAR-15も、ROも同様だ。

 

「使え」

 

いつの間にかM4のすぐ隣に移動していたブリッツが、バックパックからマガジンを3本ほど取りだして手渡す。

マガジンには緑色の細いテープが巻かれている。

M249も一度下がり、SOPIIの元に近寄り身に付けていたバックパックをそのまま渡す。もちろん中身はそれぞれの銃に対応した予備弾倉がぎっちりと詰まっている。

 

「あの、私使ってる弾が・・・!」

 

「ブラックアウトでしょ。ちゃんと分かってるから」

 

AR-15の懸念をM249は即座に答えて、紫色のテープが巻かれた予備弾倉3本を手渡す。

AR-15が使っている小銃(ST-15)のバレルは元々の.223口径ではなく、.300BLK弾に対応した.300口径の物に換装されている。

作戦開始前から事前にAR小隊に関する情報を集め、共同作戦に移行した際に対応出来るよう準備をしていた。

 

「助かります!」

 

ブリッツから予備弾倉をM4A1は受け取り、直ぐにリロードが出来るよう傍らに置く。

これでもう少し戦える。

 

しかしこれでもまだ足りない。

 

「RFB、聞こえるか」

 

『何々~?呼んだ~?』

 

ブリッツの呼び出しに対し、いくらか間延びした緊張感の無い声が届く。

現在、彼女は制御を乗っ取ったジュピターを操作するため、FALとVectorと共に残っている。

下手に離れるよりも、その場に残って監視してもらった方が都合がよかった。

 

「オーダーだ。データリンクのマップ上にマーキングするから砲撃してくれ」

 

『りょーかい。ヤケドに注意して』

 

「ライト、ソー。敵を釘付けにしろ」

 

LWMMGとM249(ソー)が指示通りに射撃を継続。敵の弾幕が薄くなるその隙に、ブリッツはスマートグラスを使って敵の位置を印付け(マーキング)。それをマップ上に表示し、戦術データリンクに反映。RFBと位置情報を共有させる。

 

『オッケー位置確認。支援砲撃開始~。気を付けてね~(デンジャークロース)

 

「全員、衝撃に備えろ」

 

瞬間。風を切る音と共に巨大な砲弾が敵陣ど真ん中に突き刺さり爆発。纏めて吹き飛ばした。

その衝撃は吹雪を一瞬ながら掻き消し、代わりに地吹雪へと変貌させた。

 

数秒ほど間を置いて更にもう一発。別の場所に着弾し吹き飛ばす。

結果、都合5発の砲弾が敵の侵攻を食い止めるばかりか、壊滅に追いやった。

 

「大当たりだ、RFB。いい腕だ」

 

『射的ゲームは得意だからねっ』

 

「流石だ。今から移動する。チェックポイント3で合流し、ポイントB2まで一気に突破するぞ」

 

『了解!』

 

「よし、今がチャンスだ。さあ行くぞ!着いてこい!」

 

AR小隊にも指示を飛ばしながらブリッツは立ち上がり、LWMMGとM249と共に急ではないが緩くもない斜面を駆け降りていく。

敵がいない。もしくは少ない今が好機。移動するなら今しかない。

 

RFBとのやり取りを聞いて、この先の行動も把握できたAR小隊も遮蔽物から出てブリッツらに追随する。

 

「しっかりエスコートしてくれよブリッツ指揮官!」

 

「任せておけ」

 

M16がブリッツと並走する。

小隊で唯一、彼女だけが防弾ベストを着用している。多少の被弾なら耐えられると踏んだのだろう。

とはいえ、盾にしようなんて考えはない。もっと良いやり方がある。

 

「11時方向。50メートルにリッパー2体」

 

言って、ブリッツは走りながらもHK417で銃撃。待ち伏せていたリッパーを早急に排除する。

マグネティックで先に敵を見付け、攻撃される前に先制する。攻撃は最大の防御なり、だ。

 

『指揮官。FALよ。こっちは合流地点に着いたわ』

 

「ブリッツだ。こちらももうじき到着する」

 

応答しつつ、右側面に展開しようとしていたヴェスピドをMP7で撃ち抜く。

 

『了解。レディをあまり待たせないようにね』

 

「留意しておく。アウト」

 

撃ちきったMP7の弾倉を交換しホルスターに収め、メインのHK417に切り替える。

 

と、その時。ブリッツは右握り拳を掲げ「停止!」と声を張り上げた。

 

瞬間、部隊前方。進行ルート上に小さな爆発が起きた。

衝撃波が体を打ち、爆風が地吹雪となって部隊に襲いかかる。先頭に立っていたブリッツとM16が吹っ飛ばされた。

 

「ッ!ダメージは!?」

 

ブリッツが素早く起き上がる。頭が少しだけクラクラするが、他に外傷はない。

 

「ああ、問題ない・・・!」

 

倒されたM16も起き上がる。爆発で飛んできた雪を被っているだけで外傷らしい外傷は無さそうだ。

 

「何!?IED!?」

 

「違う。ジュピターだ」

 

慌てた様子のAR-15に、ブリッツは落ち着き払った態度で返す。

爆発の直前、上空から砲弾が空を切る音をブリッツのスマートグラスが、サラウンドインジケーターの波形として表示していた。だから着弾の寸前で止まったことで、被害を負わずに済んだ。

 

「どうやら、あちこちにいる鉄血兵がそれぞれ観測手(スポッター)の役割をしているらしいな。俺たちを見付けた座標をジュピターに送信してるんだろう」

 

「要するに、座標を送信される前に鉄血を始末すればいいって事ね」

 

ブリッツの予想にLWMMGがすぐに対応策を答える。

それは彼が一番伝えたかった事だ。積極的かつ能動的で、一番の安全策は現状それしかない。

 

「理解が早くて助かる。さあ行くぞ」

 

気を取り直し、再度進行を開始。じっとしていても良いことは何一つ無い。動き続け、進み続ける事が現状の最優先だ。

 

「あなたの指揮官、ずいぶんとその・・・攻撃的というか・・・」

 

「脳筋って言いたいんでしょ?やりやすくていいじゃん」

 

慎重に選んだ言葉を、M249のたった二言で粉砕されたROは二の句を継げなかった。

呆気に取られている内にブリッツらは進み、危うく置いてかれそうになった。

 

「指揮官!こっちこっち!」

 

合流地点として選んだチェックポイント3には、報告通りにFALたちがおり、RFBが両手を上げて出迎える。

FALもVectorも、ブリッツたちが目標のAR小隊を引き連れている事に安堵しているようで、小さく息をついた。

 

「いいから走れ!」

 

切羽詰まった様子のブリッツに、FALたち三名は漠然としながらも事態を把握。並走する。

こういったとき、大人しく指示に従った方が良いことを3人は経験則から知っていた。

 

「いいか。敵を見付けたらすぐに排除しろ。前後左右くまなく探し、一つたりとも見逃すな。さもなきゃジュピターに吹っ飛ばされるぞ」

 

走りながらのブリッツからの指示にFALたちは親指を立てて見せる。

 

「了解。わかりやすくていいわね」

 

「そうだろうさ。B2まで一気に行くぞ。止まるなよ」

 

更にペースを上げる。

回収地点まであと少しだ。このまま突っ切ってしまった方が絶対に良い。

 

破壊したジュピターの横を通り抜け、鉄血兵の残骸を踏みつけ乗り越えながら。乱雑に立ち並ぶ木々の隙間をすり抜けるようにして。目につく鉄血兵を間髪入れずにS10の部隊が撃破していく。

 

それは正しく快進撃と言って差し支えない調子であった。

 

しかしその進撃を阻むように、鉄血のガードがずらりと並んでいる。

最後の要所とも言うべき地点。ここを抜ければポイントB2もすぐだ。

 

「ライト!ソー!」

 

「はいはい」

 

ポジションを入れ変え、LWMMGとM249が前に出る。

走りながらの制圧射撃を敢行。不安定ながらも、装弾されたAPHE弾はガードのシールドを容易く貫き本体に致命的ダメージを与える。

 

「SOPII!グレネード!」

 

「オッケー!」

 

M4A1からも指示が飛ぶ。このままS10に任せきりなのは気分が悪い。

アンダーバレルのグレネードランチャーをガードに向けて発射。放たれた擲弾はガードに直撃し、纏めて破壊した。ついでとばかりにブリッツもM320でガードの足元に着弾させる。

進行ルートに風穴が空く。そこを目掛けてS10とAR小隊の混成部隊は一つとなって弾丸の如く吶喊していく。

 

通り抜けたところで、ブリッツはバックパックに詰めたありったけのパイプ爆弾を敵に放り投げ、追撃しようとする残りのガードらの足元を爆破。爆発の衝撃波と内蔵された無数のボールベアリングが容赦なくガードのボディを破壊する。

多少の足止めにはなっただろう。

 

なんとかポイントB2に到着。しかしヘリはいない。

 

「ゲート!着いたぞ!」

 

『少々お待ちを』

 

その時、吹雪の風切り音に混じって、ヘリの駆動音が聞こえてきた。

聞き覚えのある音だ。これはS10で保有しているガンシップの駆動音だ。

 

ガンシップは部隊の前に降下。地面に着陸はせずに、乗り込むのに支障無い程度の高度でホバリング。

姿勢制御システムを搭載しているとはいえ、この強風の中で流されずその場に停滞するのは並みの技量では出来ない。

 

「いい腕だなスレイプニル」

 

『そう思ってくれてるならさっさと乗ってくれよ指揮官。凍えちまう』

 

通信機から聞こえる男の軽妙な台詞に、ブリッツは小さく笑みをこぼす。しかし彼の言うとおり、さっさと搭乗した方がよさそうだ。

さっきのガードの生き残りと、ヴェスピドやストライカーが続々とやってきた。

 

「よし!全員乗り込め!」

 

先にAR小隊をヘリに乗せ、それからS10の人形たち。最後にブリッツとLWMMGが乗り込む。

ヘリは高度を上げ、敵と正面を向き合うようにして再度ホバリング。

 

『喰らいやがれ、鉄屑ども』

 

スキッド上部に備え付けられたM134ミニガンが火を吹いた。横凪ぎに間断なく降り注がれる7.62mm弾の嵐は容赦なく鉄血兵たちを蹂躙し黙らせる。

やがて視界から敵の姿がなくなり、ガンシップは再度上昇。ホットゾーンから離脱した。

 

『それで指揮官。どうすんだ?このままS09までエスコートか?』

 

「いや、一度S10に戻ってくれ。報告済ませて燃料を補給してからS09に向かう」

 

『了解だ』

 

ヘリパイのスレイプニルと軽く打ち合わせをして、ブリッツはECWCSのフードとスマートグラスを外し、息をついた。

 

S10のメンバーも、かさ張るECWCSを脱いでリラックスの態勢に入っている。

 

「はぁ~、窮屈だったわ」

 

言って、FALが防寒着を脱げば、真っ赤なビキニタイプの水着姿に早変わりした。

季節感や背景の雪景色など完全無視の格好である。

 

「お前、その格好で来たのか?」

 

「いいセンスでしょう?」

 

自信満々といった笑顔で胸を張って見せるFALに、S10メンバー全員がため息をつき、AR小隊は皆引いている。

 

なお、RFBだけはECWCSを脱がず俯いたまま耳まで顔を赤くしていたり、AR-15は怨めしそうにFALの胸部を見ていたが、それはまた別の話だろう。

 

先程までの緊張感。緊迫感は何処へやら。一気に脱力してしまった。

 

「ブリッツ」

 

不意に、隣に座るLWMMGに声を掛けられ

 

「帰り道を探そう」

 

そう告げた。

 

ああ、と。彼女がどうしたいのかを察した。

 

「銃弾は一回につき一発だ」

 

帰投時のお決まりの台詞。満足げにLWMMGは微笑み、ブリッツの肩に頭を預けた。

 

ヘリは基地(ホーム)に向けて、吹雪の中を突き進んでいく。

 

 





今回結構わちゃわちゃしてたなって思う。

あとようやくワイの基地にもPKPと88式が着任してくれました。
多大な資源と引き換えにな!(血涙)


上手く感想書けなくても何処かしらに「面白い」とか「楽しみにしてます」って入れとけば全て許される説。
この仮説を証明するために感想下さい


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7-7

ついにUAが20,000を超えました!
みんなありがとう!


 

 

U02地区からS10地区基地へ帰投した頃には、辺りはすっかり暗くなり夜の帳が降りていた。

 

隊長のM4A1以外のAR小隊メンバーは一先ず、予備宿舎に案内し休息を取らせている。

 

そのM4はブリッツに連れられ、ヘリアンに報告するために司令室へと連行された。

 

「─────以上が、作戦区域で起きた一部始終になります」

 

『・・・・・・了解した』

 

戦闘服からグリフィンの赤黒い制服に着替えたブリッツの報告を聞いていたヘリアンの表情は、モニター越しでも分かる程、終始厳しい物であった。

 

それもそうだろう。過程はともかく、結果だけ見れば今回の作戦は失敗だ。

こちらの任務はAR小隊の支援だが、それはAR小隊が作戦を遂行出来るよう手助けする事であり、AR小隊の作戦失敗はブリッツたちの任務も失敗である事を示している。

 

失敗の責を問われても仕方無い。

 

「こちらの勝手な判断でAR小隊を撤退させてしまい、申し訳ありません」

 

『いや、それはいい。責があるとすれば本部(こちら)だろう。情報を鵜呑みにし、勇み足が過ぎた結果といえる。それに、基地そのものを罠として使うなんて、想像もしなかった事態だ。おかげでAR小隊を危険な目にあわせてしまった。そうだろう、M4A1』

 

「はい。彼と彼の部隊が来てくれなければ、私達は間違いなく全滅してました。今こうして、ヘリアンさんに報告する事も出来なかったでしょう」

 

『そういう事だ、ブリッツ指揮官。貴官はよくやってくれた』

 

ブリッツは目を伏せた。

どれほどフォローされたとしても、彼にしてみればあの任務は失敗である事に変わりはない。

 

しかし、だとしても

 

「恐縮です」

 

受け入れるしかない。そして、次に繋げるしかない。

 

『明後日までに正式な報告書を提出してくれ』

 

「了解しました」

 

『話は以上だ。通信を終了する』

 

モニターからヘリアンの姿が消え、通信が切れる。そっと一つ息をつき、無意識に入れていた力を抜く。

 

「あの、ブリッツ指揮官」

 

おずおずといった具合に、横に立っているM4A1がブリッツに声を掛ける。

 

「まだきちんと感謝を伝えていませんでしたよね。今回は、助けていただきありがとうございました」

 

深く頭を下げる。見た目は18歳そこそこの、まだあどけなさが残る少女が良い歳した男に頭を下げられると言うのは、どうにもむず痒さがある。

 

「礼を言う必要はない。それが俺が受けた任務だからな。むしろ、頭を下げるのはこちらの方だ」

 

「そんな事は・・・!」

 

顔を上げて、両手を振って慌てふためいた様子で、M4A1は次に繋げる言葉をどうにか紡ごうとしている。

 

予め本部より提供されていたM4A1のデータについて、ブリッツもある程度は確認している。

物静かで優柔不断。およそ部隊を率いる隊長としては些か不適格な性格を持つとされているが、ともに戦場を駆け抜けた身としては、もう少し別の印象も受けていた。

 

指揮の全てを見てはいないが、少なくとも見えている範囲では隊長らしい面も多く見られた。判断も迷ってはいないし、特に最後のSOPⅡにグレネード弾発射の指示は良かった。

そして何よりメンバーの事を考えて行動していた。

隊長としての責任感はあると見受けられるだけの働きは見せてくれた。

 

ただ、今の姿からはそんな隊長らしい様子は見られないが。まさに、年相応の少女といった態度だ。

 

「この話は終わった。さあ、君たちの仲間のもとへ行こう」

 

「あの、その前に、もう一つだけ良いですか?」

 

M4A1から先までのあどけなさが消え失せ、兵士の顔付きに変わる。

 

「なんだ?」

 

「今回の鉄血、動きがやけに統一されていると思いませんか?」

 

言われて、思い返してみる。確かに、最初は最低限の兵力のみ展開して静観を決め込み、AR小隊が目標を制圧したタイミングで基地ごとジュピターに砲撃。その直後に中隊規模の敵部隊が展開。AR小隊を包囲した。

 

鉄血兵の行動パターンは基本的に効率重視。戦術も戦略も、数に物を言わせて作戦目標に突っ込むというものだ。

 

だがしかし、その行動パターンにも例外が表れる事がある。

 

「あの場にハイエンドモデルがいたと?」

 

「その可能性があります」

 

「待ち伏せし、敵を追い込み、自分にとって優位な状況を確保する。ああ、そういうことを得意としているヤツには心当たりがある」

 

そう。ブリッツには心当たりがある。もしも本当に鉄血のハイエンドモデルがいたとして、そういう戦法を取る存在を、彼は知っている。

 

「ハンター・・・!」

 

爪が皮膚にめり込み、血が滲み出るほどに強く拳を握る。それは、彼の心の底に沈んでいる憎悪がそのまま表出しているようで、目の前に立つM4A1はブリッツから発せられるドス黒い空気に気圧される。

 

「ヤツは・・・ヤツだけは・・・!俺がこの手で、必ず殺してやる・・・!」

 

自分に言われた訳でもないのに、M4A1は動けずにいた。

どうにかしなければ、という思考はあっても具体的にどうするかの思考が出来ない。

 

こういう時、上官であるヘリアンの一言でもあればどうにかなったかもしれないが、すでに通信を終えてしまっている。再度通信を入れたくとも、体が動いてくれない。

 

正確には、目の前に立つブリッツという存在を、M4A1の電脳は脅威として判断。警戒態勢に入っていた。

警戒対象から目を離すことは自殺行為だ。腰のホルスターに収めているサイドアームのM1911(ガバメント)から手が離せない。いつでも抜ける態勢だ

 

しかし、こちらから攻勢を仕掛けることも出来なかった。メンタルモデルがブリッツという指揮官に対して、攻撃しないようプロテクトを働かせているからだ。

 

結果、M4A1は動けなかった。

ただ目前の脅威に備える事しか出来ない。

 

「コラ」

 

そんな時だった。いつの間にかブリッツの背後にいた人形、LWMMGが持っていたタブレット端末で彼の頭を軽く叩いた。

 

「何してるの?お客さんの前でみっともない姿見せないでよ」

 

「ライト・・・?」

 

呆れた、と言いたげにLWMMGは深くため息をついた。

まるでいつもの事、といった風の彼女のおかげで、重く張り詰めていた空気が緩んでいく。M4A1の電脳も、ブリッツが脅威対象でなくなったことを感知してくれた。握っていたガバメントのグリップから手を離す事ができた。

 

「・・・すまない。醜態を晒してしまったな」

 

「あ、いえ、お気になさらず・・・」

 

「全くもう」

 

申し訳なさから頭を下げるブリッツに、お返しとばかりに頭を下げるM4A1。その様子を見てまたため息を溢すLWMMG。

司令室になんとも形容しがたい、微妙な空気が漂い始める。

 

「それより、宿舎で問題発生よ。Px4とM2HBがAR小隊のいる部屋に大量のアルコール類を持ち込んだせいで宴会状態になってる。すでにウージーとワルサー、AR小隊はAR-15とRO635が重傷よ」

 

「え・・・」

 

さっとM4A1の顔が青ざめる。嫌な予感しかしないのだろう。ブリッツもそれは察していた。

 

緊急事態(レッドアラート)だ。早急に事態の収束にかかろう」

 

「私もいきます!こうなったのも隊長である私にも責任が・・・!」

 

「最悪、鎮圧行動も視野に入れないとね。ブリッツ、良い?」

 

「許可する」

 

覚悟を決め、戦場と変わらぬ顔つきで、三名は修羅場へ。否、地獄へと歩を進ませる。

 

そうして到着した予備宿舎の部屋。

ドアを開ければ、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた。

 

M16とM2HBが肩を組んで笑い声を上げ。

OTs-12とRFBはそれを囃し立て。

床にはAR-15とWA2000が並んで倒れ伏し。

UziとRO635はテーブルに突っ伏し。

RFBはSOPⅡと対戦出来るレトロゲームで盛り上がり。

後は好き勝手に飲んだり食べたり騒いだりと、それはそれはえらい有り様であった。

 

「総員、任務開始」

 

─────完全鎮圧には1時間を要した。

 

 

 

 





グリフィンの戦術人形から脅威判定される人間の指揮官がいるらしいっすよ。
こいつ絶対いつか問題起こすぜ(モブ指揮官並感)

メンテ明けでデイリー消化ついでに製造回したらPA-15がいきなりやって来て「は?(困惑)」ってなった。
さあ次はP90だ・・・。皆一緒に地獄へ行こうぜ


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インターミッション.07

AR-15のMODⅢめっちゃ怖い・・・怖くない?
だってアイツ副官にすると司令室でいきなり銃撃つんやで?そんで「この感覚だけが、私を安心させられる」とか言っちゃうんやで?こわい


 

 

S10基地の地下には、今は使われなくなった部屋がいくつか存在する。

その殆どは故障といった理由で不要となった機材や、宿舎に置いていたが新調した結果使わなくなった家具等を置くための物置部屋になっている。

 

無論、戦術人形が使う弾薬が収容されている火薬庫といった今でも使う部屋はあるし、人の往来も存在する。が、使われなくなった部屋というのは照明が機能しておらず基本的に暗い。薄気味悪い雰囲気を醸し出していることから、物置部屋に近寄る人の存在は非常に少ない。

 

そう。近寄る人は少ないだけであって、いないわけではないのだ。

 

その一人、少し前にS07からS10へ移籍した戦術人形XM8は、目立たぬようにしていくつかある物置部屋へと足を進める。

清掃が行き届いていないのだろう。若干の埃っぽさとカビ臭さが嗅覚センサーが捉えるが、気にせず進む。

 

やがて、あるドアの前に辿り着く。ドアの近くには大きな木箱を積み重ねてあり、物置部屋への訪問者が隠れるよう巧妙に配置されている。

 

音を立てないよう気を使いながら、ドアノブを二度回す。訪問の合図だ。するとドアがゆっくりと音もなく開く。すぐにXM8は部屋へと入り、パタリとドアは閉められた。

 

その部屋は通路より明るいが、床に置かれた昔ながらのオイルランタン数個のみを光源しているため薄暗い。

物置部屋と称されている割りには物が少なく手広い空間だ。

 

「いらっしゃい」

 

オイルランタンの橙色の灯りに照らされ浮き上がったシルエット。戦術人形Px4ストームは部屋の中心に立ち、営業スマイルをもって訪問者であるXM8を出迎えた。

 

「・・・入手できたのか?」

 

「もちろん」

 

訝しむXM8に対し悠々と返して見せると、Px4は自身のダミーを使ってある品物を彼女に差し出す。

 

表面が革製のハードケースだ。

近くのテーブルにケースを置いてロックを外し中を見る。

 

ケースの中身はチェスに使う道具一式だった。それも、ガラスで出来たチェスセットだ。

 

駒はもちろんチェス盤に至るまで全てがガラス細工。

細部に至るまで精巧に形作られた駒はオイルランタンの光を反射し煌めいている。

チェス盤も特徴的な白と黒のチェック模様も、白が透明という形に変わったのみで見事に表現されている。

 

このご時世。ここまで精巧なガラス細工を作れる職人は少ない。形だけなら自律人形にも出来るだろうが、それだけだ。感動はない。

人間がこれを作ったという事実。それが、XM8のメンタルを大きく揺さぶっていた。

 

「美しい・・・」

 

無意識に言葉が溢れる。

並べてもいないのにこれだ。ケースから取りだし、盤の上に駒を並べたら、どれだけ美しくなるだろう。

官能的なまでの芸術が、今自身の目の前にある。

 

そっと、ケースを閉じる。

 

「ありがとう。よくやってくれた」

 

「いえいえ。またのご贔屓を」

 

XM8は静かに部屋を出ていった。その顔はとても嬉々としていた。

お客に喜んでもらえた事に満足し、Px4はどさりと近くのソファーに腰を下ろした。

 

────戦術人形Px4ストームは、この部屋で露店を構えていた。もちろん、この基地の責任者である指揮官のブリッツに許可を取らずに。

彼女がS地区支局長の下でスパイとして活動していた時に形成していたコネやパイプを駆使し、調達屋として密かに動いていた。

 

金さえあればどんなものでも仕入れて見せる。その意気込み通りに彼女は様々な物を調達した。

 

武器に弾薬、食料。期間限定のスウィーツに数量限定のグッズ。絶版のゲームソフトや映像ソフト。相応の対価さえもらえれば何でも調達した。

先のXM8もそうだ。都市部の市場やブラックマーケットまで探して見付けたチェスセットだ。

苦労はしたが対価には見合っていたから問題ない。

 

おかげで儲けが出た。

密かに作った別口座に貯まっていくお金を想像し、つい頬が緩んでしまう。

 

これがブリッツにバレればタダじゃ済まないだろう。本来ならば、こんな事するべきではない。

しかし、彼の目を盗んでイケナイ事をしている、このスリルが堪らない。当分はやめられそうにない。

 

「フフッ。さて、次のお客さんは~・・・Mk23か」

 

電脳内のチェックリストを確認し準備する。

ブリッツが使っている拳銃と同じ銃を使う戦術人形であるMk23は、彼と同じL.A.Mが欲しいとPx4に依頼してきた。

ついでに彼の写真も。

 

写真はともかく、あれはMk23が開発されたばかりの頃、一部の特殊部隊が試験的に使ったプロトタイプのものだ。手に入れようとして手に入るものではない。そもそも何故そんな代物をブリッツが持っているのかが分からない。

そのハズだったが、運良く精巧なレプリカが入手できた。性能もブリッツが使っているものと遜色無い。

写真も何とか入手(盗撮)できた。

 

影ではブリッツのことを「ダーリン」と呼んでいる彼女のことだ。これを見せればきっと喜んでくれるに違いない。

 

そして、ドアノブが二度回された。時間通りだ。

近くに待機しているダミーにドアを開けさせ、お客様を店内へご案内。

XM8と同じように、営業スマイルで出迎える。

 

「いらっしゃい。待ってたよ」

 

「て、手に入ったってホント・・・?」

 

緊張と不安からか、若干強張った表情と声でMk23は問う。

 

「もちろん。今出すよ」

 

ダミーを使って部屋の隅からケースに入れられた例の商品を運び、Mk23の前に置いた。

 

ケースを開けば、強張った表情は一転しパッと明るくなる。

満足してもらえたようだ。これで取引は終了。後は手早く後片付けを済ませて退却するだけだ。

 

「────動くなっ!そのままじっとしていて!」

 

瞬間。ドアは音を立てて開かれ、何人かが部屋へと雪崩れ込む。フラッシュライトの眩い光がPx4とMk23を照らし出した。

 

あっという間であった。突然の侵入者は一切の抵抗も許さずMk23は壁に。Px4はコンクリートの床に押し付けられ拘束された。

 

「貴女たちには黙秘権があります。発言は軍法裁判で不利になる恐れがあるのでそのつもりで」

 

テンプレートを読み上げたその人形、USPコンパクトは極めて冷静に告げた。

ダミーも総動員だ。Mk23を押さえつけ、USPを向けている。

 

「そんな!なんで!?」

 

「わたくしは無実よ!何かの間違いよ~!」

 

困惑するPx4と泣きわめくMk23。

しかし幾ら泣こうが喚こうが、USPコンパクトは拘束を一切緩めない。

 

「諦めろ。証拠(ネタ)は上がっている」

 

部屋に新たな声が加わり、当事者二人は血の気が引くのを感じた。

 

フラッシュライトやオイルランタンの光を反射し煌めく白銀の長髪。白い軍服。冷たくも何処か怜俐さも感じ取れる声色。

S10基地第三部隊。正式名、第三拠点防衛部隊所属のマシンガンナー。戦術人形PKが、そこにいた。

 

「Px4ストーム。貴様は指揮官に黙って人形相手に闇取引をしている。Mk23はその客だ。基地の中で堂々とビジネスに励むとはいい度胸だな。ついでに、先日のAR小隊に振る舞ったあの大量のアルコール。その殆どは貴様が指揮官を通さず入手したものだ。調べはとうについている。観念しろ」

 

「そ、そんな・・・」

 

愕然とするPx4を強引に立たせ、Mk23とともに連行する。

あとはPx4から利用者を聞き出せば任務完了だ。

 

「さて、指揮官に報告しないと。ナビゲーター、指揮官は今どこに?」

 

『今は火薬庫にいますよ』

 

ナビゲーターがすぐに通信機越しに答える。

 

「火薬庫、か・・・」

 

火薬庫も地下にある。通信をいれるより直接口頭で報告した方が効率的だろう。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

S10基地の地下には、大量の弾薬や爆薬を保管するための火薬庫がある。

 

長期保管のために温度と湿度を一定に保ち、事故などで爆発被害が最小限に抑えられるよう頑強に設計されている。

入室する際は十分にアースを施し、静電気が起きないよう配慮が徹底されている。

 

そんな倉庫内の隅には、年期の入った木製テーブルと幾つかの椅子がある。

その上で黙々と作業を続ける一人の男、ブリッツがいた。

 

左手には空の弾倉を、右手には何発か纏めて弾頭付薬莢(カート)を持ち、一発ずつ空の弾倉に弾丸を詰めていく。

 

グリフィン前線基地に支給される弾薬は、安全性や使用される銃のタイプといった理由で、弾倉と弾丸は別々に分けられている。

 

なので、任務で使う為にはまず弾倉に弾丸をこめる必要がある。

S10基地には弾倉に弾をこめてくれる機械なんてない。つまり、手作業だ。

 

テーブルの上には7.62mmAPHE弾が大量に入ったアンモボックスと、装填の終わった弾倉が入ったケースが載っている。

 

火薬庫にはブリッツ以外誰もいない。空調の稼働音と、弾丸が弾倉にこめられる時の乾いた音が、虚しく響き霧散する。

 

「指揮官」

 

背中に声を掛けられた。

振り返る。

 

「どうしたPK」

 

MGの戦術人形、PKが弾込め中のブリッツを見下ろしていた。

 

「ナビゲーターが、貴方がここにいると教えてくれた。少し話がしたい」

 

「コレやりながらで良いなら」

 

「まったく・・・。指揮官がやる仕事ではないぞ」

 

呆れのため息を溢すPKに対し、ブリッツはほのかに苦笑した。ちなみに手は一切止まっていない。

 

「自分が使う弾丸(タマ)くらいは、自分で準備したいだけだ」

 

「そもそも、貴方は指揮官(コマンダー)であって戦闘員(オペレーター)ではないんだ。自らが戦うために準備をするのは、本来の仕事にはない」

 

「それを言われると、こちらとしては何も言えないな」

 

弾薬が込められたHK417用のMP社製軽量化30連弾倉を、丁寧にケースに置きながらに言う。その口調からは悪びれた様子はなく、次の空弾倉を手にとっている所を見るに反省の色は一切無い事がわかる。

 

二度目のため息を溢す。彼はどうあっても今の作業を止めるつもりはないらしい。

 

近くにある椅子を引き寄せ、PKはそこに座る。それから7.62mm弾を数発と空の弾倉を手に取った。

 

「PK?」

 

「指揮官には世話になっている。だから、付き合ってやる」

 

ややぶっきらぼうだが、これも彼女なりの優しさの表れである。初対面や付き合いの期間が短いと、言動から滲み出るプライドの高さやキツイ言い方にどうにも距離感を覚えてしまうが、慣れてしまえばどうと言うことはない。彼女の根は仲間思いの世話焼きだ。それは指揮官であるブリッツも例外ではない。

 

「それで、話とは」

 

小さく乾いた音が響く中、ブリッツが切り出す。

 

「Px4が物置部屋を闇取引の場所として無断で使い、多額の利益を得ていた。今は拘束し、その利用者を白状させてるところ」

 

「アイツも色々やるな。言えば許可くらいしてやったのに」

 

どこか他人事といった風に言うブリッツに、PKは眉間に皺を寄せた。

 

「それでいいのか指揮官。あまり好き勝手にさせると、歯止めが効かなくなるぞ」

 

「もちろん行きすぎたなら止める。しかしあまり抑え込みすぎると却って反発される。今回は特別にお説教と一ヶ月間の雑用係で勘弁してやるつもりだ。丁度いいだろう?」

 

弾込めが終わったマガジンを掲げて見せながらブリッツは言う。つまり、Px4はしばらく皆の予備弾倉の準備係に任命される、ということだ。

確かに単調な作業を長々と続けられれば、さぞかしうんざりするだろうから、罰としては丁度いいかもしれない。

 

「アイツは今まで自分のやりたかったことが出来なかったんだ。S10基地(ここ)に居るときくらいは、好きにさせてやろう。それに、アイツの稼ぎを基地に還元させた方が皆のためになるしな」

 

「全く、隅におけない指揮官だ」

 

「清濁併せ呑むだけの器量がいるんだよ。指揮官と言う人種にはな」

 

言って、ブリッツは新しい空弾倉に手を伸ばす。

 

口調や態度こそ冷たいが、PKはブリッツという人間を好意的に見ていた。もちろん、戦友という意味で。

基地に所属する人形の事を考え、どうしたらいいかを考え気に掛けてくれる。戦術人形からしてみれば、理想に近い指揮官である。

不満が一切無い訳ではない。それでも、彼の部下であることを恥じる事はない。

 

不意に、PKは席を立つ。

彼女のいたテーブルを見れば、いつのまにか弾込めが終わった弾倉がずらりと並んでいた。

 

「あとはPx4にでもやらせなさい」

 

それだけ告げて、PKは火薬庫を後にした。

やらせなさい、という割りにはアンモボックスには弾薬が残っていない。

 

「ハハ。不器用なやつだな」

 

もう姿の見えない彼女の性根に、ブリッツは嬉しそうに並べられた弾倉を見ながら呟いた。

 

 

 

 

 





たまにはこんな日常の一ページを。(中身が無いとも言う)

今回初登場のPK。実は結構古参の人形という設定だったりする。
というかこの基地MG多いな。RF少ない・・・少なくない?
MG多いのに弾薬が枯渇しないのはひとえに副官の努力の賜物。


次回はドンパチ賑やかなコマンドーみたいな任務


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.8 ―兵器生産工場破壊戦―

遂にウチにもP90がやって来ました(嬉)
そのせいで資源がエライことになったけどまあヨシ!(現場猫並感)
あと何故か愛車のバッテリーが上がってエンジン掛からなくなってた。まさかこれが噂のP90事件・・・?(違う)

イベントもイイハナシダナ-( ;∀;)って感じで良かったっすねぇ!あとは57を掘り当てるだけですわ。
ん?イベントの高難度?なんのこったよ!


─────現在時刻、0936時。清々しい晴天の下、グリフィンS11地区基地は賑やかな雰囲気を見せていた。

所属している戦術人形や人間のスタッフは忙しく動き回り、様々な機材や弾薬に爆薬が資材置場から運び出されていく。

 

その陣頭指揮を執るのは、このS11地区基地指揮官の黒人男性ダニエル・トーレス。半年前に着任したばかりの、やや線の細い若手である。

 

グリフィン本部のセミナーで得た知識と培った能力をもって、指揮官選抜試験をパス。

実戦の数はまだ10回弱と少ないが、任務に忠実で消耗の少ない効率重視の戦術は上層部のウケが良く、今後の活躍を期待されている。

 

そんな将来有望な彼の表情からは、ありありと緊張の色が出ていた。

彼は、自身の短い指揮官としてのキャリアの中でも、一番大きな作戦を本部から言い渡されたからだ。

 

とはいえ、彼の基地が保有する戦力はお世辞にも十分とは言えない。今回の作戦では直接的な戦闘には駆り出されない。

それがわかっていても、やはり緊張を拭うのは難しい。

 

その時。基地のヘリポートに兵員輸送用ヘリコプターが数機着陸した。

ほぼ予定通りの到着だ。ダニエルはヘリに乗っているであろう人物を出迎えるために、その内の一機である、重武装化されたガンシップへと近づいた。

 

スキッドにミニガン。ハードポイントにぶら下げたロケット弾を19発装備出来るポッドを、左右二つずつ装備しているのがやたらと目を引いた。

戦闘準備万端という装いである。

 

ハッチが開けば、その感想はより顕著になった。

機内から降りてきた人員は完全装備。真っ先にヘリから地上に降り立った大柄な男は、黒を基調とした戦闘服に黒のタクティカルベスト。ヘッドセットにスポーツタイプのサングラスを模したスマートグラスを装着している。

銃火器も、手には16インチのHK417A2。アンダーバレルにはM320グレネードランチャーを装着。背中には汎用機関銃のHK21E。左右のレッグホルスターにはMP7。ヒップホルスターにはコンペンセイター仕様のMk23ソーコム。

ベストにはHK417のマガジンが数個にM320用の40mmグレネード弾。腰にはフラググレネードが3個。バックパックにもHK21EやMP7用のマガジンが詰め込まれているのだろう。

 

相当の重量の筈なのだが、装着者の男は何の苦もなさそうに軽々とした足取りでダニエルに歩み寄る。

これだけで只ならぬ人間なのだと、ダニエルは察した。

 

「S11地区司令基地のダニエル・トーレス指揮官ですね」

 

纏っている雰囲気から想像も出来ないほどの丁寧な口調から、キレのある動きで男は敬礼する。

 

「S10地区司令基地指揮官のブリッツです。今回の作戦における実行部隊として、一時的に貴方の指揮下に入ります」

 

 

─────15時間前。S10基地では、通常業務時間を終えて、残り時間をどう過ごすかを親しい者同士で談笑混じりに相談していた。

 

指揮官のブリッツも、今日中に済ませる必要のある仕事は全て片付いており、副官のLWMMGと共に司令室でコーヒーを嗜んでいた。

 

室内にはアップテンポで軽快な音楽が流れている。

最近、戦術人形たちによって結成されたバンドが話題になっている。

そのバンドが演奏する歌が、今古めかしいラジカセから流れており、ソファーに深く腰かけたブリッツはデスクワークで酷使し疲労で重い頭をその音色で癒していた。

 

「最近は、大きな作戦も任務も無くて平和ね」

 

ブリッツの隣に座るLWMMGも、両手で包み込むようにしてカップを持ち、自分が淹れたばかりで湯気の立っているコーヒーを啜る。

 

「RFBが言ってた。そういうのをフラグって言うんだぞってな」

 

「それならそれで、戦術人形としての本懐を果たせそう」

 

「そういえばI.O.Pから定期メンテナンスに来いと通知が来ていたな。行ってくるか?」

 

「イジワル」

 

わざとらしく唇を尖らせるLWMMGに、ブリッツは楽しげにそれを見て頬を緩めた。

戦争中だというのに、それを一時でも忘れてしまうほどに穏やかな時間。

 

だがこのご時世、平穏という言葉は尊く儚いものであるということを、二人は司令室に鳴り響く緊急通信のアラームによって理解させられた。

 

反射的に持っていたカップをテーブルに置き、それほど乱れていない身なりを整えながら通信機の前へと移動し、ブリッツはスイッチを入れる。

 

彼の上官であるヘリアントス上級代行官が、厳めしい表情をもってしてモニターに映し出された。

 

『貴官、ご苦労。ふむ・・・・・』

 

ヘリアンがブリッツから視線を少しだけずらし、何かを見ている。

おそらくは、ブリッツの後ろのテーブル。その上に置かれている湯気の立ったコーヒーを見ている。

 

『休息中だったようだな。まあ貴官は仕事をちゃんとやってくれているのは分かっている。とやかく言う気はない』

 

「恐縮です」

 

『うむ。だが、休息時間は切り上げてさせてもらう』

 

ブリッツの目付きがかすかに細く、鋭くなる。

 

「任務ですね」

 

ヘリアンは頷く。

 

『そうだ。貴官らに遂行してもらいたい任務がある』

 


 

貴官たちにはこれまでにも多くの作戦任務を遂行してもらった。そのおかげというか、ようやくというか。上層部もS10基地の評価を見直そうという動きが出ている。

 

その再評価を決定付ける為、上層部は貴官らに重要な任務を与えた。

 

今から8時間前、S11地区を担当する指揮官、ダニエル・トーレス率いる部隊が、森林地帯にて鉄血の生産工場と思われる巨大施設を発見した。UAVによる上空からの映像でも施設の存在を確認された。

 

だが発見したトーレス指揮官はまだ基地を任されてから日が浅い。保有戦力も十分とは言えない。

 

そこで貴官らには、S11基地の代わりにこの生産工場を強襲。制圧し木っ端微塵に破壊してほしい。

 

だが工場には要塞砲としてジュピターが設置されており、工場の周辺には敵部隊が駐屯する防衛拠点が三ヶ所、囲むように構えてられている。ここには対空レーダーとしての機能もあり、ジュピターと連動していると思われる。工場への直接的なヘリボーンは困難だろう。

 

なので徒歩で移動し、拠点を制圧。そうすれば、そこに弾薬や爆薬といった物資を投下出来る。臨時の補給拠点だ。

S08基地が協力を申し出て、物資を早急に投下出来るよう手筈を整えてくれた。

S11基地も、作戦行動中の貴官らの支援(サポート)に回る。

弾薬、爆薬は本部持ちだ。存分に使え。

上層部もこの作戦には注目しているが、そんな物気にするな。貴官らのやり方で、貴官らの最大戦力をもって敵を叩き潰せ。

 

鉄血もこの工場を守るために抵抗するだろう。激しい戦闘になる。だがこれは鉄血との戦争を終わらせる、その可能性のある重大な作戦だ。

 

健闘を祈る。

 


 

『質問はあるか?』

 

「ありません。任務を開始します」

 

『よろしい。では15時間以内に準備を全て整え、現地入りしてくれ』

 

「了解」

 

通信が切れ、モニターからヘリアンの姿が消える。

踵を返し、テーブルの上に置かれたままのコーヒーカップを持つ。

先と比べて立ち上る湯気は随分と薄くなってしまったが、まだほんのりと温かさが残っている。

ブリッツとLWMMGは、何も言わずとも同時にカップを呷り、温くなったコーヒーを一気に飲み干した。

 

そして、通信機のスイッチを入れる。

 

「全部隊、ただちにブリーフィングルームに集合せよ。任務だ」

 

静かに、しかし力強く。厳かな雰囲気を纏った声色で、ブリッツは告げた。

それに応えるように、基地全体に静けさが訪れた。

 

ある者は談笑をやめ。ある者は銃の整備を済ませ。ある者はゲームを止め。ある者はティータイムを切り上げる。

人間も人形も。基地全体が、既に戦闘態勢に入っていた。

 

 




今回の話、本当は他作品とのコラボ回で使おうと考えてたけど、ワイにそんな事を頼む勇気が無かったので止めた。しかたないね
チラッと出てきたバンドは今回のコラボイベントの主役である彼女たちです。

そういえば、もう少しでこの作品が掲載開始して1年経つらしい。時間の流れって早い・・・早くない?


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8-2

音ゲーきらい( ´・ω・`)


 

現在0958時。ブリッツとダニエル、そしてS08地区基地のジルフォード指揮官もS11地区基地に合流。司令室にてブリーフィングが行われる。S地区内に存在する3つの基地による共同作戦(ジョイントオペレーション)だ。

メインモニターには攻略目標である鉄血の生産工場を中心に真上から撮影した航空写真が、周囲の地形と一緒に表示されている。

それを使って、指揮官三名は具体的なプランを組み立てていく。

しかしその様相というのは、ブリッツの完全武装という出で立ちのせいで、指揮官二名と部隊の隊長による話し合いといった風にしか見えない。

 

「工場へ強襲する部隊はS10部隊。その支援(サポート)はS11部隊。我々S08は現場に要請され次第物資を届ける。という役割だと認識しているが、正しいか?」

 

ジルフォードの確認にダニエルとブリッツは頷く。

 

「はい。我々S11とS10の部隊が周辺の拠点全てを制圧し、そこを補給地点として利用します」

 

ダニエルが自分への確認も含めて答える。

あわせて、モニターには正方形の赤いアイコンと正三角形の青いアイコンがそれぞれ3つ表示される。

正方形のアイコンには『POINT:ALPHA』『POINT:BRAVO』『POINT:CHARLIE』と表記が添えられており、それぞれが生産工場を防衛するための拠点であることを示している。

三角形のアイコンは作戦に参加する戦術人形部隊を示しており、それぞれにS10:UNITとS11:UNITという表記が添えられている。

 

「S10からは拠点制圧に二部隊。S11は一部隊が導入されます。三部隊が拠点を制圧後対空レーダーを破壊、工場正面に陣取っているジュピターを破壊し無力化。これで物資補給もリスク無く行えます。その後、自分たち強襲部隊が工場内へ侵入します」

 

ブリッツも答える。司令室のモニター上でも説明にあわせて三角形のアイコン3つが動き、正方形の赤いアイコン上に重なると、色が青色へと変わる。拠点制圧を意味した表示の変化だ。

 

それから破壊目標である生産工場が赤い枠線で囲われ、その近くに先の正三角形よりも一回りほど大きい青いアイコンが表示される。

赤い枠線には『TARGET』。新たに表示された青い三角形のアイコンには『S10:AF』と表記される。

 

「対空レーダーを破壊したからと言って、ジュピターそのものの脅威は無くならないだろう。いざとなったら赤外線照準による砲撃だって可能のはずだ」

 

「こちらのガンシップで攻撃し破壊します。面で居場所を特定出来る対空レーダーさえ潰してしまえば、点で狙う赤外線照準は大して怖くはありません。機体には赤外線ジャマーも搭載してます。そうそう当たらないでしょう」

 

ジルフォードの懸念にブリッツが即座に答える。ジュピターが要塞砲として設置されていると把握した時点で、ガンシップに赤外線ジャマーを搭載することを決めていた。同時に、ジュピターを即座に破壊するためのロケット弾ポッドの装備も。

 

そのままガンシップで工場を破壊することも出来なくはないが、内部に侵入して直接破壊するよう行動した方が確実だ。ガンシップはあくまで近接航空支援(CAS)と、S08からの補給物資運搬時の護衛として立ち回ってもらう。

 

作戦はほぼ決まった。

残る問題は、決行時間だ。

 

「トーレス指揮官。夜間戦闘の経験は?」

 

「実はあまり・・・。装備も整っているとは言えません」

 

ブリッツの質問に、ダニエルは申し訳なさそうに目を伏せながら答えた。

 

I.O.P社製の戦術人形は高性能ではあるが、夜間戦闘では暗視装置やPEQといった専用の装備がないとまともに戦えない。具体的に言えば、射撃時の命中率が著しく低下し、行動にも制限がかかる。

経験を積んでいけば装備に頼らずとも行動できるようになるが、装備があると無いとでは大きく違う。作戦を遂行するためには、やはり装備の充実化は必要になる。

 

しかしダニエルは指揮官としてはまだ新人であり、抱えている戦力も多くは無く、所属する人形の練度も高くはない。装備も整っていないのは半ば致し方ないのだ。

 

「そうですか・・・。なら、明るい内に動きましょう。陽が落ちればこちらが不利になる。準備が整い次第、早急に動くべきだ」

 

「確かに。下手に長引かせても良いことはないだろうな。作戦目標は生産工場。製造したての鉄血兵が一気に攻めてくる可能性だってある。敵に動きの無い今しかないだろう」

 

この場にいる中で実戦経験を一番積んだブリッツと、指揮官としてのキャリアが一番長いジルフォードがそう決定付ける。ダニエルも、二人に反対する事無く同意した。

 

「トーレス指揮官はここから自分と指揮を取る。ブリッツ指揮官は強襲部隊を率いて工場を制圧、破壊する。作戦開始は今から2時間後の1220時だ。必ず、成功させよう」

 

ジルフォードの言に、二人は頷きブリーフィングは終了。

 

ダニエルを残し、ブリッツとジルフォードは司令室から退室。通路を進み、屋外に用意された急拵えのテントへと足を進める。

 

快晴の空の下、ブリッツが連れてきた任暁とS11基地所属の人形が、それぞれ交流を計っていた。

実際に一緒に行動することはなくとも、同じ作戦に参加するのだ。笑顔で健闘を祈ったり、不安で緊張している人形を励ましたりする姿が窺えた。

こういったコミュニケーションが、後々になって効いてくることもある。

 

「相変わらず、指揮官らしからぬ格好ですね。ブリッツ指揮官」

 

不意に横から声をかけられた。女性の声だった。

 

振り返ると、真っ先に目に飛び込んできたのは白。

白の軍服に白の軍用コートを羽織り、右手にはグレーの杖を持った女性。その立ち姿は凛としている。

ハンドガンの戦術人形、ジェリコが、こちらを見て立っていた。

 

ジェリコを見たブリッツが、嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「ベビーか。久しぶりだな。まさかここで会えるとは」

 

「その渾名、やめてください。もうあの時の私ではないのだから」

 

渾名で呼んだブリッツに、ジェリコは怪訝そうに眉をひそめ、かつ恥ずかしげに頬をわずかに赤らめた。

彼女が使う拳銃ジェリコ941は、同じ製造メーカーであるIMI社から出ていた大型拳銃のデザートイーグルを小型化したような見た目から「ベビーイーグル」。もしくは「ベビーデザートイーグル」という商品名で販売されていた。

 

 

というのともう一つ、ブリッツがジェリコをそう呼ぶのには理由がある。

 

「もう手の掛かる子なんて言わせません」

 

「それでも、お前は俺にとってはただのベビーだよ」

 

戦術人形ジェリコ941は、かつてS10基地に在籍していた時期があった。

他人に厳しく自分にはもっと厳しい彼女は、ブリッツとLWMMGに戦闘技術を教わり身に付け、任務で優れた成果を見せてくれていたが、日常面では若干そそっかしい一面もあった。

 

料理に使う調味料で塩を入れようとして砂糖をいれそうになったり、火を消し忘れたり。

作戦開始時刻を間違えて一時間早く来てしまったり。

そういった可愛げのある間違いをよくしていた。そんな訳で、ブリッツはからかい半分にジェリコの事をベビーと呼ぶようになった。

 

そんな彼女も作戦を通じて武勲を立て、ついにはグリフィン本部へと栄転。戦術人形の技術教官役として立派に務めていた。

 

「今は、新人であるダニエル・トーレス指揮官の補助や、配属された人形を訓練するための教官としてS11基地(ここ)に所属しています」

 

「そうだったのか。それなら、一言連絡してくれれば良かっただろうに」

 

「嫌ですよ。またさっきみたいに渾名で呼ばれてるのがバレたら、教官としての私の面子が丸潰れですから。これでも、ここでは頼れる教官として通ってるんですよ」

 

誇らしげに胸を張って言うジェリコだが、ブリッツから言わせれば自慢する前に「これでも」と前置きを付けてしまう所に、彼女を「ベビー」と呼んでしまう要因がチラホラと見えてしまっている。

それでも、自信を付けてるのは間違いないようだ。S10基地を離れた後も成長しているのだと感じられて、ブリッツは嬉しかった。

 

わざとらしくジェリコは咳払いして、場の空気を無理矢理変える。

 

「私は今回、裏方として動きます。トーレス指揮官を補助し、貴方たちを援護します」

 

「了解だ。キミのサポートがあれば心配はいらないな。頼りにしている」

 

二人は左手で固く握手をする。ジェリコの右手はロフストランド杖で塞がっているため、空いている左手を使うしかない。左手による握手には色々と不穏な意味合いが込められている場合が多いが、この二人にとっては信頼関係の表れを示すものでしかない。

 

「やり遂げよう」

 

「当然です」

 

互いに手を離し、踵を返す。

ジェリコは司令室へ。ブリッツはS10所属の人形が集まるテントへ。

幾つかのテントを連結させて立てられており、中はかなり広々とした作りになっている。S11所属の人形や人間のスタッフが急ピッチで誂えてくれた待機場所だ。

 

仕切りを潜って中に入れば、ブリッツの部下たちが出迎えてくれた。

 

「あらブリッツ。話は終わった?」

 

彼の存在に真っ先に気付いたFALが声をかけた。つられて、他の人形たちも皆ブリッツを見る。

外でS11所属の人形と話していた一部の人形も、ブリッツに気付いてすぐにテントの中に入ってきた。

これで全員。後から入ってきた人形以外は既に戦闘準備が完了し、いつでも出撃出来る態勢であった。

 

総勢21名。拠点防衛のために第三部隊以外の全員を、このS11基地に連れてきた。

一度人形全員を見渡し、ブリッツは声をあげた。

 

「作戦開始は2時間後の1220だ。移動中に伝えた通りに役割を分担する。変更はない。手筈通りに動け」

 

「派手にやっていいのね?」

 

FALの質問に、ブリッツは頷いて見せた。

 

「今回の重要点はタイミングだ。その時がきたら派手にやれ。雪崩の如く奴等を蹂躙しろ」

 

「つまり、切り込んでもいいんですか!?」

 

「爆殺してもいいの?」

 

一〇〇式は目を爛々と輝かせ、Vectorが無表情ながら期待の眼差しをブリッツに向ける。

 

「ああ、やれ」

 

ブリッツはそれに応えた。

一〇〇式は両手を上げて喜び、Vectorは舐めていたアメを噛み潰して残酷な笑みを浮かべた。

 

他の人形も同様だ。先の二人のお陰で聞かずともわかる。

今回の任務は何でもありの蹂躙劇だ。

 

作戦開始までの残り二時間。全員がその時を待ちわびた。

 

 





一部のドルフロ二次作品でいきなりモンハン始まって「あれ?読む作品間違えたか?」ってなったけど些細なこと。

そういえば前回のインターミッション回で一杯感想もらって嬉しかった。
なので毎秒感想ほしい(欲張り)
やっぱゲーム本編がシリアスだから反動でほのぼのが読みたくなるんやなって・・・オレモソ-ナノ


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8-3

3月23日をもって、この作品が掲載開始一周年を迎えました。早いっすねぇ!
ここまで続けてこられたのも、皆さんの暖かい声援と高評価のおかげでございます。

これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


 

 

────現在1315時。状況は静かに。しかし着実に動いていた。

ブリーフィングにてポイントアルファ、ブラボー、チャーリーと定めていた鉄血の防衛拠点。

鬱蒼と生い茂る草木に紛れるようにして建造されたその場所は、上空からの目とGPSによる誘導が無ければきっと辿り着けないような立地であった。

この拠点に繋がる道は、生産工場からの一本しかない。工場を通らず、陸路で直接向かうには些か厳しい。

 

拠点も拠点で、鉄血兵が常時在中。中央の対空レーダーを囲んで守るように複数のヴェスピドとプロウラーが外を彷徨いている。

その近くにもプレハブの倉庫らしき建物があり、そこに大量の鉄血兵が待機していると予想されている。

対空レーダーの重要度とプレハブ倉庫の大きさから見て、拠点一つにつき配備されている鉄血兵の規模は一個小隊は下らないと想定されている。

 

「こちらアルファ。配置に着いたわ」

 

攻略目標アルファを任されたWA2000は、木に登って枝に座った状態でライフルを構えたまま、通信機に告げる。

スコープには暢気に(なのかはわからないが)歩いているヴェスピドの横顔を捉えている。あとはトリガーを引けばあの頭を吹っ飛ばせられる。

S10基地第四部隊、USPコンパクト、ステアーTMP、T65、M249SAW、Px4ストームを引き連れてアルファを制圧する役目だ。各員配置につき、USPはWA2000の傍におり、TMPとT65、M249とPx4がそれぞれでツーマンセルを組んでいる。

 

『こちらブラボー。いつでも』

 

ブラボーを任されたSV-98も続いて報告。こちらは第五部隊、Mk23、SPAS-12、SIG-510、XM8、MG34を引き連れている。

こちらもSV-98にMk23がつき、スパスとMG34、SIG-510とXM8でツーマンセル。

 

『えっと、こちらチャーリー。準備できました!』

 

最後にS11基地のステンMk-IIが代表して通信を入れる。その声色からは緊張が窺える。

メンバーはAR人形のG3とガリル、FAMAS。RF人形のM14に、ステンMk-IIが入る。

 

『強襲部隊より各隊。こちらも配置に着いた。ジュピターがよく見える』

 

通信機から男性の声が聞こえた。

S10部隊からは聞き馴染み、S11部隊からすれば不安の対象である男の声だ。戦術人形の部隊の中で唯一の人間であるS10基地指揮官のブリッツだ。

 

『あ、あの・・・気を付けてくださいね』

 

ステンが不安そうにブリッツに忠告した。

WA2000は思わず吹き出しそうになった。彼女だけじゃない、すぐ傍のUSPも別の場所にいるSV-98も。言ってしまえばS10所属の人形は、ステンの忠告に吹き出しそうになっていた。

 

それもそうだった。彼は人間で、指揮官で、現代の戦場において一番足手まといになりかねない存在だ。すっかり忘れていた。

 

だが、今この場。この戦場においては、彼は一番頼りになる兵士である。彼がいる限り、敗北はあり得ない。

電脳が、メンタルモデルが、それを確信している。

 

『忠告、痛み入る。気を付けるとしよう』

 

そんなこちらの心境を知ってか知らずか、ブリッツがステンにそう返した。笑わなかった自分を褒めてやりたい。

 

『そんな現場指揮官から、作戦開始前に言っておきたい事がある』

 

厳かな声色で、ブリッツは告げる。

自然と、その声を正確に聞き取ろうと全員押し黙った。

 

『一部の人間や人形は、今から戦闘を開始すると思っているが、俺はそうは思わない。戦闘とはつまり殺し合いの事を指すのだが、俺たちは殺し合いをしない』

 

一拍溜める。

 

『これから行うのは戦闘ではない。一方的な殺しだ。己の()をもって片端から殺し、片端から潰し、片端から壊し、片端から粉砕し蹂躙しろ。一切の容赦も慈悲も無く虐殺しろ。

そして奴らに教えてやれ、俺たちはやつらにとっての脅威そのものであると。抗う事など敵わぬ脅威であると。・・・・・では諸君─────』

 

WA2000は、口角がつり上がる感覚を覚えた。彼女だけではない。S10部隊の全員が、同じ感覚を持っていた。きっと彼も同じ気持ちなのだろう。何故なら彼は自分達の指揮官だから。その指揮官の人形だから。

彼の口から告げられるであろう"その瞬間を"待ち望んでいる。

 

『─────強襲開始だ』

 

瞬間。WA2000はトリガーを引いた。

重い銃声と共に放たれた銃弾は、吸い込まれるようにしてヴェスピドの左側頭部を射抜き、電脳を破壊した。

機能停止して倒れるヴェスピドに気付いた近くの別個体にはコアへ一発撃ち込む。地面に膝を着いて動きが止まったタイミングでトドメのヘッドショット。

 

同時に、隠れていたT65とTMPが飛び出し発砲。火蓋を切ったWA2000のおおよその位置を掴んでいた他の鉄血兵からしてみれば、明後日の方向からやってきたT65とTMPに不意を突かれた形となる。

狙撃に対処しようと動けばT65とTMPによる銃撃に見舞われ。だからと二人へ反撃を試みようとすればWA2000の正確な狙撃を受ける。結果、鉄血兵はコアと電脳を確実に破壊される。

銃声に気付いたプレハブ倉庫で待機していた他鉄血兵が、正面のシャッターをぶち抜いて外へと躍り出る。

 

それと向かい合う形で、狙撃と同時に飛び出し待ち構えていたM249と、高い防弾性能を有する金属製のライオットシールドを持ってM249を守るPx4の二名と視線を交差させる。

 

「いらっしゃい」

 

気だるげな声と共にM249(MINIMI)が金切り声を上げた。

ガード。リッパー。ヴェスピド。プロウラー。スカウト。ぞろぞろと出てきた有象無象は5.56mmAPHE弾の餌食と成り果てた。

200連装のボックスマガジンが空になる頃には、倉庫から飛び出してきた鉄血兵の殆どは沈黙。仕留め損なった残り少数をPx4のハンドガンで黙らせる。

その隙にボックスマガジンを交換し、M249も周辺の敵を探しだし仕留めていく。

 

時間にして2分足らず。

想定した通りに現れた敵一個小隊はまともな反撃一つも出来ず沈黙した。

 

最後に、TMPがコートの下からC4爆薬を取り出し対空レーダーに設置。安全な距離を取ってから爆破。レーダーとしての機能が消失した。

 

「こちらアルファ。制圧完了」

 

『こちらブラボー。こちらも完了』

 

WA2000に次いで、SV-98からも報告が上がる。彼女たちに関しては特に心配もしていなかった為、「まあそんなもんよね」程度にしかWA2000は思っていなかった。

 

むしろ心配なのはチャーリーだ。

下に見るわけではないが、他の基地の他の部隊というのは実力が分かりづらくて、つい不安に思ってしまう。

S11基地の指揮官が新米で、戦力がそこまで纏まっていないというのも、不安をあおる要因となっている。

 

『こちらチャーリー』

 

その時、妙に聞き覚えのある声が通信機に飛び込んできた。

この声はS10基地のOTs-12だ。

 

『こっちも制圧完了。ただステンMk-IIとガリルが負傷しちゃった』

 

『あーもう、やってもうたわ・・・』

 

『うう・・・ごめんなさい』

 

OTs-12の報告に続いて、ガリルの悔しげな声とステンの申し訳なさそうな声が通信機越しに聞こえてきた。一先ずは大丈夫そうだ。

なぜチャーリーにOTs-12がいるのか、という疑問はあるが。おそらくはブリッツの指示でもあったのだろう。

事実、ブリッツはその事に言及せず「ティス、よくやった」とだけ告げていた。

 

『秘密兵器として、期待通りだったでしょ』

 

何となく、胸を張って鼻を鳴らすOTs-12の姿が目に浮かんだ。

 

ともかく、ポイントチャーリーは制圧出来た。これで、次に行ける。

 

『スレイプニル、出番だ』

 

『その言葉を待ってた』

 

遠くからヘリコプターの駆動音が響き、徐々に大きくなっていく。近付いてきている。

S10基地が保有しているガンシップの駆動音だ。

 

同時に、通信機からリヒャルト・ワーグナーのワルキューレの騎行が大音量で流れてくる。

ガンシップのパイロット、スレイプニルのお気に入りナンバーだ。

 

そのガンシップは木々の上を滑るかのように、接触するギリギリの超低高度でジュピター目掛けて高速で接近していく。レーダーは破壊したが、万が一破壊し損ねた。もしくはこちらが把握していない場所にレーダーがあった場合に備えての行為。

 

ガンシップの存在に気付いたジュピターがプログラムのフローチャートに従って、接近中の敵に砲口を向け赤外線による照準を行う。が、ガンシップに搭載された強力な赤外線ジャマーがそれを阻害する。

正確な照準が出来ない以上、ジュピターに砲撃は出来ない。

 

『喰らいな木偶の坊』

 

ヘリのハードポイントにぶら下がったロケット弾を発射。19発撃てる内の6発を放ち、その全てがジュピターの砲身や土台を破壊。可動部位であるジョイント部分が損傷したことで、巨大な砲身は耳障りな金属の断末魔と共に地に落ちた。

 

それを、工場の正門付近で待機していた強襲部隊のブリッツは視認した。

 

Bullseye(命中確認)。いい腕だスレイプニル」

 

『これは俺の奢りだ。ぶちかましてこいブリッツ!』

 

激励を残し、役目を終えたガンシップがUターンして基地へと帰っていく。彼はこの後補給担当のヘリの護衛に当たる。

ここから先は地上部隊。歩兵の出番だ。

 

「強襲部隊よりS11基地司令部(コントロール)。今から工場を制圧に向かう」

 

『コントロール、了解しました。ブリッツ指揮官、御武運を』

 

応答してくれたジェリコの声色からは、緊張感はあっても不安はなかった。

頼もしい限りだ。司令部がドンと構えてくれると、矢面に立つ側としても不安は和らぐ。

 

「全員、装備チェック」

 

静かに厳かにブリッツが告げ、自身が持っているHK417の安全装置を解除しチャージングハンドルを引く。

チャンバーに弾丸が送り込まれた感触を感じとる。

 

「チェック」

「チェック」

「チェック」

 

他の人形も、それに倣って次々にハンドルを引く。

LWMMGが。FALが。RFBが。一〇〇式が。Vectorが。AR70が。CZ-805が。MICRO Uziが。

装備のチェックが終わる。準備完了だ。

 

「では兵士諸君。殺しにいくぞ」

 

強襲部隊。総勢9名が、獰猛な笑みを携えて、一斉に敵生産工場へ向けて地を蹴り駆け出した。

 






さあ、鉄血解体ショーの始まりや。
ドッタンバッタン大騒ぎな感じにしたいなぁ(願望)



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8-4


今回のイベントで「オイ!文字が邪魔で次に進めねぇぞ!どうなってんだ!?」ってなった人、ワイ以外にもおる?おりゅ?

次に行けるまでは赤豆に怯えながらUMP40堀りの作業を繰り返す。まともな夜戦装備が少ないからすごいツラい・・・ツラくない?


 

 

グリフィン&クルーガー社本部のモニタールーム。名称通り、広い空間の壁一面に大小様々なモニターが設置され、各地区各基地からリアルタイムで送られてくる様々な戦況を名称通りモニターする為に誂えられた部屋だ。

 

その中でも目を引くのが、このルームで一番大きなメインモニターだ。そこにはS11地区で進行中の鉄血工造の兵器生産工場制圧作戦の状況が映し出されている。S11基地の通信機材を使ってのライブ中継だ。

 

上空で待機している高精細カメラを搭載した複数のドローンが撮影した地上の映像や、展開している部隊の現在地や移動速度等が簡潔で分かりやすく表示されていた。現在は、生産工場に設置されたジュピターがガンシップによって破壊された様子を生中継している。

次いで、工場付近で森の中に身を隠していた強襲部隊が、今まさに工場へと踏み込もうとしていた。

 

「始まったか」

 

モニターを見て、一人の男が静かに呟いた。

大柄な男だ。グリフィン正式の黒い軍服に赤黒いコートを羽織、腕を組み仁王立ち。顔は見るからに厳つく、口元には髭を蓄え、右頬に傷痕が刻まれている。その風貌が。その立ち姿が。ただならぬ風格を身に纏わせている。

民間軍事会社グリフィン&クルーガー社創設者にして最高責任者。ベレゾウィッチ・クルーガーその人である。

 

彼の射抜くような鋭い目は、まっすぐ強襲部隊に注がれていた。特に、その先頭に立つ存在に。

強襲部隊の9割は戦術人形で構成されている。その残り1割。それがこの先頭に立っている男であった。

 

グリフィンでは人間の部隊から人形の部隊にすげ変わって久しい。戦場での死傷による人間の損失を抑えるための処置だ。

第二世代が登場してから随分経つ。今や戦場における歩兵とは戦術人形の事を指しているといっても過言ではない。

だというのに、今S11地区で作戦行動中の部隊の中に人間が混ざっている。

これはクルーガーが構築してきた「人間の指揮官+人形の部隊」という指揮システムに反した行動だ。

 

しかしクルーガーは何も言わない。前線の作戦行動に参加している人間に対し、警告も何も告げない。

 

それは、彼が持っているタブレット端末に理由があった。

端末のディスプレイには、作戦行動に参加している人間。つまりS10地区司令基地の指揮官ブリッツについての詳細な資料が表示されている。

グリフィンで指揮官をやる前のブリッツの経歴が。一指揮官が持つ程度の権限レベルでは見れないブリッツの詳細な情報が、今クルーガーの手元にはありありと表示されているのだ。

 

「第74特殊戦術機動実行中隊か。ギアーズ部隊出身の兵士が、まさかG&K(ウチ)にいるとはな」

 

クルーガーはロシア内務省系の元軍人である。正規軍にもある程度のパイプはある。

だから知っていた。第74特殊戦術機動実行中隊の存在を。

 

発足は2020年代後半。元々は「第74特殊戦術機動教導中隊」という名称で、正規軍の部隊や隊員を訓練、教導するための仮想敵(アドバーサリー)部隊。様々な銃火器や兵器、戦略や戦術に精通し、普通科連隊から特殊作戦郡(SFG)、対E.L.I.D殲滅部隊や対戦術人形制圧部隊に至るまで教導出来る。つまり、ありとあらゆる戦線に即座に適応出来る精鋭中の精鋭部隊。

だったのだが、第三次世界大戦をきっかけに部隊の性質が大きく変わる。

大戦の影響で抱える戦力が減少した事で他部隊の教導だけでなく、様々な作戦に実戦導入される事となり、名称も教導中隊から実行中隊に変わる。

 

主な任務は対テロ作戦に対戦術人形制圧戦闘、E.L.I.D討伐は勿論。紛争地帯に紛れ込み、一方の勢力もしくはどちらの勢力にも秘密裏に潜入、加担することで戦況を調整、もしくは終わらせる事で軍や国家に不都合な出来事を阻止。または不穏因子を密かに排除する事で、歴史をコントロールする歯車として利用していた。

大戦が停戦してからの10年の間にも、アドバーサリー部隊としての教導役と並行して歴史の裏で暗躍したとされている。

 

ブリッツは、その部隊に所属していた兵士であった。ギアーズ部隊に配属になったのも、大戦での多大な戦果を上げたことが主な理由である。

 

推定で7才の頃から小さなPMCに少年兵として所属し数々の戦場を渡り歩き、第三次大戦ではティーンでありながら正規軍に徴兵され最前線に投入。開戦から停戦までの約6年の間銃火を掻い潜り、通算800人以上の敵兵士を殺傷。複数の敵前線基地を壊滅。後に戦場に投入された第一世代型戦術人形を500体以上撃破する。などなど(エトセトラ)

 

そんな大戦果を引っ提げて、大戦休戦後に彼は16歳で正規軍に正式入隊。過酷な訓練期間を経て件のギアーズ部隊に配属される。

それからの10年間。どのような作戦任務を遂行してきたかは全くの不明であるが、先のギアーズ部隊の特色からして様々な機密作戦(ブラックオプス)に従事していた可能性は十分にある。

 

そんな彼が、グリフィンで指揮官をやっている。中には、ブリッツ単独で作戦を遂行したものも幾つかあるし、にわかには信じがたい戦果を上げているのもある。

 

この資料に書かれている事のどれか半分でも本当ならば、この程度の作戦任務。彼ならば造作もなく終わらせる事が出来る。

 

「見せてもらおう。名無しの災害(ブランクディザスター)とまで呼ばれた兵士の実力を」

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

ジュピターが破壊された事で、工場を防衛していた鉄血機械兵、人形兵がわらわらと建物から湧いてくる。

 

プログラム通りに正面の広場に陣形を取り、迎撃の態勢を整える。効率重視の設定であるが故、一体一体の動きが素早く瞬く間に陣形を形成していく。

 

─────そこに、7.62mmと.338ノルママグナムのAPHE弾が襲い掛かった。ブリッツのHK21EとLWMMGによる制圧射撃だ。

重々しい銃声と共に間断無く飛来する無数の弾丸は、情け容赦無く、反撃も出来ず鉄血兵のボディを撃ち抜き破壊する。それでも、工場内には大量の鉄血兵がいるのだろう。破壊しても破壊しても、湯水のごとく沸いて出てくる。

 

しかし沸き出た鉄血兵が密集しているポイントにはVectorとUziによる焼夷手榴弾。FALのMGL-140による範囲攻撃が襲いかかる。

40mmグレネードは足元、もしくは直撃し頑丈と言われる鉄血人形のボディを木っ端微塵に吹き飛ばし、焼夷手榴弾の火炎を浴びた人形はその近くの人形の生体部品に燃え移り、少しずつその加害範囲を広げていく。

 

応戦すればブリッツとLWMMGによる弾丸を喰らい、隠れれば遮蔽物を越えて手榴弾とグレネード弾が飛んでくる。運良く銃火からも火炎からも逃れた人形も、RFBが目敏く見付け出し狙い撃ちにする。

ブリッツとLWMMGがリロードしている間は、AR70とCZ-805による援護射撃で隙を与えない。

 

少しずつ押し上げていく。

陣形なんて組ませない。反撃なんて許さない。

 

「弾切れだ」

 

ブリッツがHK21Eをその場に捨てる。もうこの銃に使える弾倉は全て使い果たした。撃てない銃などただの重りだ。

即座にHK417に切り替える。

 

「バレルを換える。カバー」

 

LWMMGもその場に片膝をついてしゃがみ、バレルの交換作業に入る。その間、ブリッツとAR70、CZ-805が彼女をカバーする。

ハンドルを持ってバレルを銃本体から外して投げ捨てる。新しいバレルを装着し、しっかり固定されていることを確認して戦闘再開。リフレッシュした中機関銃は獰猛な声を上げて敵撃破のスコアを更に増やしていく。

 

すると、今までは撃破数よりも敵の増援の方が多かったのが、少しずつ逆転をし始めた。打ち止めが近いのだろう。

頃合いと見たブリッツが指示を飛ばす。

 

「一〇〇式!Vector!切り込め!」

 

「待ってました!」

 

「了解。いくよ」

 

意気揚々と、二人のSMGが敵の集団に突っ込んでいく。真っ直ぐ、放たれた矢の如く真っ直ぐに。

それを、他の全員が援護する。全速力で突っ込む二人は仲間を信じて目前に迫る敵を屠る事に電脳のリソースを集中。培ってきた訓練と積み重ねてきた実戦経験が、四肢を残酷なほど効率的に動かす。

 

一〇〇式の銃剣がリッパーの首を撥ね飛ばし、Vectorの銃はヴェスピドの電脳とコアを的確かつ完膚無く破壊する。

 

敵からすれば異様な光景であっただろう。手を伸ばせば届きそうなほどの近距離にいるのに、仕留めることはおろか触れることさえ儘ならない。逆に仕留められる始末だ。

視線が合った途端に銃剣に切り裂かれるか、至近距離から銃弾を浴びせられる。

 

更に鉄血側にとって厄介なのが、一定の距離を保ったまま二人の援護をしている存在だ。

トリッキーな動きで敵を翻弄する一〇〇式とVectorに惑わされず、的確に二人の死角。もしくは離れた敵を撃ち抜いていく。

 

特に、RFBとブリッツ、そしてLWMMGが二人の動きを観察し次の動きを予測。庭木の剪定よろしくSMG二名の行動を阻害しない。もしくは阻害となる要因になりそうな敵を即座に判別し狙撃。ヘッドショットかハートショットで仕留める。場合によっては膝を撃ち抜き動きを止めて、トドメを二人に任せる。

残りの四名が、榴弾等を駆使して集団の外側から削るように排除していく。

 

少数の精鋭が個々の実力をもってして多数の有象無象を圧倒し、蹂躙し、押し潰していく。

 

戦闘開始から2分ほどで工場正面の広場には、のべ100体以上の鉄血兵だった鉄屑の山が築かれ、動くものはいなくなった。

意匠の一切ない、グラウンドを彷彿とさせるようなただ広い空間に、大量の鉄血製戦術人形の残骸や榴弾によって出来上がった幾つものクレーターがアクセントとなって殺伐とした空間へと様変わりした。

 

『すごい・・・』

 

通信機からS11基地で指揮を執っているダニエルの感嘆の声が聞こえる。上空を飛んでいるドローンのカメラから、今しがたまで繰り広げられていた一方的な銃殺劇。もしくは斬殺劇を観ていたのだろう。

 

敵影無し(クリア)

「クリア」

「クリア」

「クリア」

 

ブリッツの声を合図に、強襲部隊各員から声が上がる。その声色からは油断は一切無く、不気味なほど静かな声であった。

 

「コントロール。正面の広場を確保した。これより施設内部に侵入。掃討を開始する」

 

『こちらコントロール、了解。内部の情報は全くの不明です。何があるか分かりません、ご注意を』

 

ジェリコがすぐに応答する。

 

「当然だ。それと、弾薬のデリバリーを頼む。施設破壊用に爆薬も準備しておいてくれ」

 

『わかりました。ですが弾薬に関しては、すぐに届きます』

 

すると、遠くからヘリの駆動音が聞こえてきた。音はみるみると大きくなっていき、やがてその姿が見える。

S08基地が物資輸送用に持ってきたヘリが、人一人は楽に入れそうなサイズの長方形のボックスをワイヤーでぶら下げながらやってきた。

 

ヘリはボックスを切り離して投下させ、そのままフライパス。旋回して、基地へと戻っていった。

投下されたボックスはすぐにパラシュートが展開。ゆらゆらと揺れながらゆっくりと降りてくる。

 

『既に手配済みです』

 

「流石だ」

 

どこか自慢げなジェリコの声に、ブリッツはつい笑みを溢した。

 

やがてパラシュートはボックスから切り離され、風に流されながら綿のように勢い良く燃焼、跡形もなく消えた。一方でボックスは地上一メートルの位置から落ち、ドスンと重々しい音を立てながら着地。

 

ロックを外して蓋を開ければ、それぞれの銃にあった弾倉や各種手榴弾にグレネード弾。少量ながらC-4爆薬も中に入っている。工場を破壊するには足りないが、ちょっとした壁くらいなら簡単に吹き飛ばせるだろう。

 

各々が消費した分の弾薬を補充し、バックパックに詰め込んでいく。

全部は取らず、少しだけ弾薬を残した状態でボックスの蓋を閉めた。

 

「さて、壊しに行こうか」

 

周囲を警戒しながら、部隊は工場のエントランスへと進行。

いよいよ、工場の破壊作業に取りかかる。

 

 





最近、描写というかシチュエーションが似たり寄ったりになってるから、マンネリになってないか不安なので感想ください(隙あらば感想ねだり)
具体的には100件くらいほしいです。というか毎秒ほしい。

あと、次回から更新ペースが落ちます。気長に待っててくだしあ。



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8-5

再就職して忙しかったり創作のモチベーション下がってたから時間掛かっちゃったぜ!ごめんなさい


その生産工場は所々には老朽化が進んでいるように見られたが、それは表面上だけで基礎構造自体はまだ頑健であった。

 

三階建て相当の高さと大型の体育館を彷彿とさせる規模の、鉄筋コンクリートで建設された工場には冷たさと、日中であるにも関わらず独特な薄暗さからの不気味さを併せ持っていた。森林地帯の奥深くというシチュエーションもあわさって、鉄血の工場として使われていなかったら、きっとちょっとした心霊スポットとして根も葉もない噂を立てられていたに違いない。

 

元々は大戦時か、それ以降に建設された軍事施設だったのだろう。必要無しと下され、放棄されるその直前までここで武器や弾薬を製造し、人類同士による戦争を支えていた。

そんな、鉄と火薬とほんのちょっとの血生臭さがこの工場全体に行き渡り、寒気を覚えるくらいにはおぞましい空気を醸し出している。

 

そんな施設内部に侵入したS10基地強襲部隊は、まず3つのチームに分散した。

Uzi、AR70、CZ-805の三名は発電装置、もしくは変電所の探索、破壊を担当。

 

これだけの規模の大きい工場ともなれば、全体に不足なく電力を行き渡らせるために発電装置か、変電所の一つはあるハズ。

 

電力が無ければ生産ラインは動かない。生産ラインが動かなければ、出荷してすぐの鉄血人形は稼働しない。襲撃を察知した外部からの増援にのみ対応すればいい。

 

FAL、RFB、一〇〇式は、施設内部の探索だ。

内部で待ち構えている鉄血人形を掃討しつつ、破壊の為の要所を探し、爆薬を設置するのが目的だ。

Uziたちの班と連携して行動する。

 

最後、ブリッツ、LWMMG、Vectorは工場の貯蔵庫を探す。

工場ならば大抵、製造し出荷する前の製品を置くための貯蔵倉庫(ストックヤード)がある

 

そしてここは鉄血の生産工場。大量生産されたであろう鉄血製戦術人形を保管するためのストックヤードがどこかにある可能性は十分にある。

 

作戦前に見た航空写真では、ストックヤードらしき建造物は確認出来なかった。

 

であれば、考えられる可能性は自ずと限られてくる。

そもそも存在しないか。もしくは地下にあるかだ。

無いなら無いでいい。手間が省ける。あったとするならば諸共木っ端微塵に吹っ飛ばす必要がある。どちらにせよ、この工場の存在そのものを潰すのだから、そこまで手間は変わらないのだが。

 

ともかく、2つのチームと別れたブリッツは自分を先頭に地下空間へと繋がる通路の探索開始。

メインであるHK417を背中に収め、サイドアームのMP7へと切り替える。

スマートグラスの視覚機能をマグネティックに切り替えて、クリアリングをしながら通路を進む。

そのすぐ後ろをVectorが追随し、二人の背後を護るようにLWMMGが後方の警戒を引き受ける。

 

『・・・相変わらず、貴方がポイントマンなのですね』

 

通信機からジェリコの呆れた声が聞こえる。ブリッツのスマートグラスからの映像を基地の機材で確認したのだろう。

壁の向こうを透視出来るマグネティックを装備しているのは現状ブリッツのみだ。

アンブッシュしている敵を真っ先に見つけられるのは自分である以上、先頭に立つのは当然自分である。というのがブリッツの意見であるが、人形と違い声に出さなくては応答出来ないブリッツは無言を貫いた。うっかり声でも聞かれでもすれば、たちまち見付かって包囲される可能性もある。迂闊な発言は可能な限り控えるのが得策だ。

 

彼に出来たのは、抗議の意を込めた溜め息を小さくつくだけだった。

 

進む通路は狭くはないが広くもない。人間がすれ違う程度なら苦もない程度の広さだが、とにかく暗く、埃っぽい。窓がない為に日中であっても陽の光が入らず、まるで深夜の時間帯を思い起こさせる。

工場として稼働している以上、照明に回せるだけの電力はあるはずだがそれをしないのは、鉄血の人形には明かりの必要がないからか。

 

足音を立てず、かつ足元の警戒も怠らず。しかし進行スピードは素早く。

あくまでマグネティックはクリアリングの補助として使い、肉眼と皮膚感覚をメインに索敵する。

T字路をマグネティックで透過しながらも、カッティングパイで確認を怠らない。

 

敵影無し。再度前進を開始。

 

────その瞬間であった。

前衛のブリッツとVector、後衛のLWMMGの間に何かが降りてきた。

 

何処から誰が。

そんな思考を置き去りにしてブリッツは脊髄反射で素早く振り返る。その正体と目があった。ブルートだ。

 

ブルートはブリッツ目掛けて巨大なナイフを横薙ぎに振るう。狙いは首。咄嗟に上半身を後ろへ反らす。

間一髪、ブルートの凶刃はブリッツに当たる事は無かったがその代わり、右手に持っていたMP7のレシーバー前方が気持ちいいくらいに綺麗に切られた。

 

ちょっとした装甲板程度なら難なく切断出来てしまうブルートのナイフだ。人間が喰らえばタダでは済まない。

 

追撃とばかりにブルートは仰け反ったブリッツに向けて今度は突きを繰り出す。

それをブリッツは切断されたMP7をブルートの顔面に投げつけて、すぐに手首を掴んで軌道を逸らし回避。間髪入れず、肘関節へ力任せに振り上げた膝を打ち込む。肘の関節部はへし折れ破壊され、腕があらぬ方向へと折れ曲がる。

 

予期せぬ損傷に動きが止まり、ナイフが床に落ちる。その隙を見逃さず、ブリッツはブルートを背後から担ぎ上げ杭打ちよろしく脳天から地面に叩き付けた。

 

単純な強度ならアスファルトを優に上回るコンクリートが、衝撃でクモの巣状にヒビが走り、ブルートの頭部が僅かだがメリ込んでいる。

まともに喰らったのだ。電脳にダメージが入り機能が停止している。人間で言えば脳挫傷といった具合か。

しかしすかさず、ブリッツはブルートを蹴飛ばし仰向けにさせ、もう一丁のMP7でコアへ5発撃ち込み、確実に仕留めた。

辺りに部品の欠片と人工血液とオイルが撒き散らされる。

 

「うっわ。容赦無いね」

 

「今日は持ち合わせて無い」

 

Vectorの台詞に平然と返しながら、ブリッツは近くに落ちている切断されたMP7を拾い上げる。

 

何度見ても、レシーバー前方が綺麗に斬られている。使い物にならないだろう。落胆の溜め息が溢し、弾薬の詰まったマガジンを抜いて回収し、本体は放り捨てた。

 

「お気に入りの一つだったのに」

 

「御愁傷様。それにしても、気付かなかったなんて珍しい」

 

LWMMGが周囲を警戒しながら意外そうに言った。

ブリッツと共に数々の任務を遂行してきた彼女からしてみれば、鉄血の奇襲を易々と受けてしまうというのは、些からしくないように思えたのだ。

 

「ああ、マグネティックにも映らなかった。本当に巧妙になってるな。・・・・・いや、それを差し引いても鈍っているな。無意識にテクノロジーに頼りすぎていた」

 

「・・・鈍ってる?」

 

Vectorが懐疑的な視線をブリッツと、機能停止したブルートを交互に向けながらに呟く。

トドメこそ銃であったが、実質素手で奇襲を仕掛けた鉄血人形一体を返り討ちで破壊している。鈍っているという言葉は正しくないように思えた。

 

それに、スマートグラスのマグネティックといったツールは、作戦行動をサポートするためのテクノロジーだ。

グリフィンの指揮官が戦術人形を使役するように、ツールは有効に使ってこそ価値があり、頼らないというのは宝の持ち腐れだ。

 

しかしそれも、ストイックな彼からすれば思うところも幾らかあるのだろう。LWMMGはもちろん、Vectorも敢えて言及はしなかった。

 

そんな時、遠くから銃声が聞こえてきた。8mmと45口径。一〇〇式の機関短銃とMicro Uziの銃声だ。

 

やがて銃声が止み、続いて通信が入る。

 

『指揮官、Uziよ。管制室を発見、制圧。ナビゲーターにシステムを奪ってもらってるわ』

 

「よくやった。情報はあるだけ持っていけ」

 

『もちろんよ。・・・今完了したわ。工場の見取り図も手に入った。データリンクで確認して』

 

PDAを取り出し、戦術データリンクを参照。確かに工場全体の見取り図があった。ブリッツのスマートグラス上にミニマップが表示される。LWMMGもVectorも同様のようで、すぐに自分の電脳に反映させた。

見取り図には発電装置の場所や柱の位置。探しているストックヤードまで全て載っていた。

 

ここからストックヤードまでそう遠くはない。

 

「確認した。引き続き頼むぞ」

 

『了解よ。アウト』

 

「さあ、先を急ぐぞ。早いところ、この工場を破壊してしまおう。面倒な事になる前にな」

 

「了解」

 

銃を構え直し、三人はストックヤードへ向かう。

 

 




前書きでも言いましたが、自分去年の夏から少し前まで気儘なフリーターやってたんですけど、愛車の維持や改造の為に再就職いたしまして。
そのせいで更新が遅れます。
あと感想もらえないからモチベーションも維持仕切れなかった( ´・ω・`)

感想とか評価とかなんか他に色々お願いします!



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8-6

イースターエッグを集めてひたすらコインと交換し、仕事終わりのちょっとした時間で作品を執筆する毎日を送っております。


 

 

Uziたちが発電施設ではなく管制室を先に見付けたのは大きかった。嬉しい誤算というやつだ。

 

見取り図を入手してからは早かった。一つ一つ目ぼしい場所を探していく必要が無くなり、敵との遭遇に警戒しながらではあるが、最短最速で目標地点へと向かえるのだから当然だ。

 

貯蔵倉庫(ストックヤード)は予想した通り地下にあり、生産ラインと隣接している。地上階よりも地下のほうが規模が大きい。それだけに、太く巨大な柱が幾つもある。手持ちの爆薬だけでは到底足りない恐れがある。

 

ともかく現状優先すべきはストックヤードの制圧、確保だ。

目的地とそこまでのルートも把握した。先程のような奇襲を警戒しつつ、一気に進む。

 

すぐに地下へと通ずる階段を発見。近くには貨物運搬用の大型エレベーターもあるが、止められる可能性もある上に、逃げ場や遮蔽物がない。大変だが、階段で移動した方がいくらかマシだ。

階段も地上階の通路と同様に照明が無く暗い。一番下はおろか、一つ下の踊り場すら見えない。

暗闇に紛れて仕掛けられているワイヤーや圧力感知のセンサー類を使ったトラップの有無に注意しつつ、足早に階段を駆け下りる。

 

10m以上は降りた辺りで、ようやく最下層へと到達した。ここへ辿り着くまで他に扉や通路はなかった。生産ラインとストックヤードに向かうためだけの階段のようだ。

防火扉を彷彿とさせるような分厚く頑丈なドアの向こうには、巨大なストックヤードと生産ラインが待ち構えている。

 

同時に、それを護るための敵部隊がブリッツたちの突入を今か今かと待ち構えてもいた。スマートグラスのマグネティックがその様子を捉えていた。

ヴェスピドとストライカーで編成された小隊規模の敵が、扉を中心に扇状に広がっている。このまま出ていけば、問答無用で間髪いれずに風通しのいい体になってしまうだろう。

一工夫必要だ。

 

『Vector、焼夷手榴弾用意。ライト、構えろ』

 

声に出さずハンドサインでブリッツは指示を飛ばす。Vectorはバックパックから焼夷手榴弾を3つ取りだし、LWMMGは扉の正面と向かう形、伏射姿勢。

同時にブリッツもお手製パイプ爆弾を3本用意。PDAも起爆スイッチのモードに切り替える。

HK417もマガジン内の残弾数と薬室内を確認。

 

次いで、扉にブリーチング用指向性C-4爆薬を設置。爆薬にはデジタル表示のタイマーが着いており、残り時間は3秒に設定されている。

 

『カウント3』

 

タイマーのカウントダウンがスタート。指を三本立てて、LWMMGに見せる。彼女は静かに頷く。

 

『2』

 

薬指を折り畳む。

Vectorも焼夷手榴弾のピンを抜いて、すぐに投げられるようスタンバイ。

 

『1』

 

いよいよ残り1秒を切る。ブリッツと戦術データリンクを繋ぐことによって、彼女の目にも扉の向こうで待ち構えている敵の姿が黄色い輪郭となって見えている。うんざりする程の数だが、こういった手合いで一番有効なのがマシンガンナーたる自分だ。しくじれば自分はもちろんブリッツもVectorも危険に晒される。

失敗は許されない。

 

「ま、失敗しないけど」

 

起爆直前、LWMMGは自分にだけ聞こえる程度の声量で呟いた。

 

瞬間、耳をつんざく轟音と衝撃が走った。ブリーチング用C-4爆薬が起爆し扉を吹っ飛ばした。

同時にLWMMGの射撃が始まる。勢い良く吹き飛ばされるドアを追撃するように.338ノルママグナム弾が飛来。鋼鉄のドアだった板きれを貫通させながら敵に銃火を浴びせる。

 

正面に陣取っていたストライカーがその餌食となった。彼女たちは待ち構えていたにも関わらず、ブリーチングに反応した瞬間(とき)にはLWMMGによって粛清される。同時に、勢い良く飛んできたドアにまで衝突。

強い運動エネルギーを伴った鋼鉄の板きれは、ヴェスピドの胴体にぶつかり頑丈な義体のフレームを容易くへし曲げた。

 

ドア正面に陣取っていた敵は全て電脳もしくは胴体のコアを破壊。個体によっては義体の原型が分からぬほどに破壊し尽くされる。

次に動いたのがVectorだ。用意していた焼夷手榴弾全部を左翼の敵集団に向けて投げる。それに合わせてブリッツも右翼側の敵にパイプ爆弾をバラ蒔く。敵集団のど真ん中に落下したのと同時に焼夷手榴弾は少量の火薬をもって破裂し、周囲に燃焼剤を散布。大気と反応した特殊な薬剤が瞬時に発火し、散布された燃焼剤に引火。一気に火の手が上がる。

パイプ爆弾も同様で、着地した時点でブリッツはPDAを何度もタップし投げた爆弾全てを起爆させた。内蔵された爆薬そのものの破壊力もさることながら、仕込まれた無数の鋼鉄製ボールベアリングが更に加害範囲を広げる。

密集している所に放り込まれた二種類の爆発物は甚大な被害を敵部隊に与えた。彼女たちが全員人間であったなら。もしくはもう少し人間味があったなら、今ごろここは阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているだろう。

尤も、そうなるようにしたのだ。そうなってくれなくては困る。

 

解放的になった勝手口から駄目押しとばかりに銃撃を加えながら、LWMMGのリロード完了を待つ。

MG人形のリロードは時間がかかるのが通説だが、LWMMGは淀み無く素早くボックスマガジンを装着し機関部にベルトリンクされた弾薬を装填。リロードを済ませる。

 

それを確認し、3人は一気にエントリー。Vectorは焼夷手榴弾の影響で今なお燃え盛る敵にトドメを刺し、ブリッツはHK417でパイプ爆弾による攻撃から辛くも逃れた敵を仕留め、LWMMGはそれを手伝う。

 

容赦も慈悲もなく、分け隔てなく全て平等に、まるで掃除でもするかのような様相で、無駄を徹底的に排除した動作で3人は残党を処理していく。

 

時間にすれば1分足らずで、小隊規模の敵は全て敵だったものに変貌を遂げていた。

周囲を見渡す。

 

「クリア」

「クリア」

「クリア」

 

全員の確認が終わる。もうこの空間に、敵はいない。

リロードし、改めて周囲を見渡す。

 

とても広い空間だ。どうやら、目的のストックヤードの一つに到着したようだ。

 

ストックヤードは今ブリッツらがいる空間と、隣にもう一つある。ただ、ここにあるのはボックスパレットや空のパレットラック。あとは10フィートスチールコンテナが整然と積み上げられ、並べられているのみで、全体的にがらんどうとしている。

どこを見ても似たり寄ったりの光景だ。LWMMGとVectorの表情にも怪訝な色が浮かんでいる。

 

ともかく、報告する。

通信機のスイッチを入れ、司令部と通信を開始。

 

司令部(コントロール)、及び各員へ。こちらブリッツ。ストックヤードの一つを制圧した」

 

『こちらコントロール、了解。予定通り探索し、爆破の準備を進めてください』

 

「了解。アウト」

 

通信が終わる。

司令部も、スマートグラス越しにこの光景を見ている筈なのだが、あくまで優先すべきは工場の破壊であり、その他一切が些細な事なのだろうか。

 

それでもブリッツの頭からは、この現状がどうにも気になる。

 

ここは使われていない?そうとは考えにくい。ブリッツは考えを巡らせる。

そこで一つの仮説が組み立てられる。それを確認するため、ブリッツは比較的形を保っているヴェスピドに近付く。

 

ヴェスピドの電脳とコアはものの見事に破壊されているが、確認したい部位は無傷であった。

うなじ辺りに刻まれたQRコードとシリアルナンバーだ。アルファベットと数字を組み合わせた羅列を見て、ブリッツは合点がいった。

 

「なるほどな。こいつら、出来立ての人形か」

 

「は?それって」

 

Vectorが声をあげる。

 

「ああ、どうやら俺たちの存在に気づいて、出来上がったヤツを片っ端から起動させてるんだろう。ここにいるのは、管制室を押さえる前に起動し、命令を受けた人形ということか」

 

「手動でも起動出来るんじゃない?管制室から遠隔での起動なんて、状況次第では確実性が無いもの。いざという時は手動でも起動できるよう設計されてるハズ」

 

LWMMGの指摘に、ブリッツも同感だと頷く。

 

「だろうな。だから急いで生産ラインを止める必要がある。次から次に出てくることになるぞ」

 

「それは勘弁願いたいね。弾がいくらあっても足りない」

 

「そういう事だな」

 

改めて行動指針を定めた後、ブリッツは再度通信機のスイッチを入れる。

 

「FAL、聞こえるか。ブリッツだ」

 

『聞こえてるわよ』

 

幸い、すぐに応答が返ってきた。普段と調子の変わらない声色が聞けて安堵する。

 

「状況は」

 

『地上階はあらかた探索済み。一〇〇式が返り血まみれなのと、そのとばっちりで私の野戦服(スリップ)が汚れちゃった事以外は問題なし』

 

「順調そうでなによりだ。一旦補給に戻って、ついでに爆薬を用意してこっちに来てくれ。想定より多く必要になりそうだ」

 

『了解よ』

 

互いに軽口をかませながら指示を飛ばし受け取り、通信機のスイッチを切る。

 

────そうしようとしたその瞬間であった。

硬いブーツ越しに、コンクリートの床から振動を感じ取った。

 

地震とは違う。それは短くかつ断続的。そして一定のリズムでやってくる。

 

ブリッツの脳裏に、真っ先に浮かび上がったイメージは"足音"。それも、巨大で重厚な存在によってもたらされる足音。そこから導き出される正体。

彼は、その正体を知っている。

 

切ろうとしていた無線機でまた呼び掛ける。

 

「あー、FAL。なるべく早く頼む」

 

『なに?問題発生?』

 

「ああ、ちょっと厄介な問題だ」

 

足音は大きくなる。すぐ近くまで近づいている。

音の出所は、隣接するもう一つのストックヤードと繋がっているシャッターの向こうからだ。

 

3人はすぐに陣形を取り、そのシャッターに向けて銃口を向けた。

 

やがてシャッターが開き、その正体が姿を現した。

物々しい駆動音と振動。そしてそれに見合った巨大なシルエット。薄暗いストックヤードであっても、その姿を見間違えることはない。

 

四脚型無人歩行戦車、マンティコアが、コンクリートの地面を踏みしめながらブリッツたちの前に立ちはだかった。

 

交戦開始(エンゲージ)!叩き潰せ!」

 

ブリッツの号令と、マンティコアが唸り声の如き駆動音を轟かせるのと同時に、戦闘が始まった。

 

 





ゲームで無意味に広い場所って、大体の確率でやたらデカイ中ボスと戦うじゃん?それよ。


最近、打ちきりみたいな終わり方したり最終章に差し掛かったりエタったりと、更新を楽しみにしていた作品が増えてきて寂しい・・・寂しくない?
まあこの作品もそうなる可能性が無きにしもあらずな訳で。自分もボチボチ一旦締めようかな~とか考えてます。

どうせやるならキッチリ完結させたい。しかしその為にはモチベーションが必要なので感想とか評価とか下さい


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8-7

勢いで書いた。
所々でおかしいかもしれないけどお兄さんゆるして


 

 

近くの部屋から飛び出してきたリッパーのコアを刺し貫く。

天井のダクトから飛び出したブルートの首を斬り飛ばす。

浮遊し攻撃を仕掛けようとしたスカウトを縦に真っ二つにする。

 

これら全て、一分足らずの間に行われた一〇〇式の所業である。

ブリッツの指示で補給地点まで一時後退の最中。それまで鳴りを潜めていた鉄血兵が、突如として一〇〇式たちに猛威を奮い始めた。

 

それら全て。一切合切を一〇〇式は叩き伏せた。

一騎当千。活潑潑地といった活躍。

 

────しかし、一〇〇式のメンタルモデルにあるのは"焦り"であった。

 

ストックヤードに到達したブリッツからの通信を一〇〇式も聞いていた。そして何と出会したかも。

 

支援がいる。しかし思うように進めない。

1メートル進む毎に敵が現れる。歩くよりは速いが、走るより遅い。

もし敵がいなかったなら、彼女の機動力をもってすれば5分と掛からずストックヤードへ辿り着ける。補給物資を回収しても、10分掛かるかどうか。

 

敵がそれを分かっているかは知らないが、足止めを目的として動いているのは間違いない。

 

「ああもう!次から次へと!鬱陶しい!」

 

一〇〇式の後ろに着いているFALが、後方から迫り来る鉄血人形の群れに向かって銃撃しながら叫ぶ。RFBもそれに合わせて的確に電脳とコアを撃ち抜いている。それでも、倒す数よりも増える数。倒す時間よりも増える時間の方が早いため敵の数が一向に減らない。すでに通路には数多の鉄血兵が物言わぬ鉄屑が倒れ伏し、壁や床、天井にベッタリと人工血液とオイルが撒き散らされている。機関短銃も、ペンキをぶっかけたように敵の人工血液によって赤黒く変色している。どれだけの数を屠ってきたのかが一目で分かる。

 

もう数えるのも面倒になるほど倒してきた。しかし進んだ距離は倒した敵の数と全く釣り合わない。

 

「どけぇっ!」

 

至近距離で8mm南部弾をコアへ叩き込み、機能停止したリッパーを蹴飛ばす。

前方にいる何体かを巻き込んで倒れたが、その後ろにはまだまだ敵が控えている。

 

「うあぁぁぁっ!!」

 

負けてたまるものか。自らを鼓舞するように一〇〇式は叫び、敵の集団に向かって吶喊した。

 

 


 

 

鉄血工造製無人四脚歩行戦車マンティコアは、正規軍で配備されていた同様の無人四脚歩行戦車ヒュドラの劣化版(デッドコピー)である。

 

高度な戦術AIを搭載してはおらず、ただただ有効範囲内で接敵したターゲットを主砲の高出力DEWで攻撃するだけの単純なもの。

だが劣化版とはいえ、その戦闘能力は侮れない。

 

本家本元のヒュドラと比較すれば装甲は薄いが、機動力はその巨躯に見合わず高い。無誘導式とはいえ、初速の高い無反動砲を発射されてから避けるといった身軽さを持ち、多脚故にあらゆる地形に対する走破性も高い。

主砲である高出力DEWも、旧世代の装甲車程度なら容易くスクラップに出来る威力を誇る。人形でもまともに食らえば一発で大破だ。

 

歩兵が戦うには些か荷が重すぎる相手である。

ましてや、個人で携行できる程度の銃火器しかない歩兵3人では、尚更に。

 

「────撃てぇ!」

 

そんな怪物と呼ぶに相応しいマンティコアと正面から対峙しているブリッツは、有らん限りの声量でもって叫び、HK417のトリガーを引いた。合わせて、LWMMGもVectorも銃撃を開始。

 

同時に、マンティコアの左右の前脚が、まるでピーカーブー(いないいないバア)でもするかのように閉じた。マンティコアの前脚には分厚い装甲が施されている。頑丈なだけでなく、曲面形状でもあるため小銃程度なら簡単に弾いてしまう。

 

そんな例に漏れず、Vectorの45ACP弾とブリッツの7.62mmAPHE弾は表面に傷をつけるだけで全て弾かれた。唯一、LWMMGの8.6mm口径の.338ノルママグナム弾は深く抉るように装甲にダメージを与えていた。それでも貫通には至らず、LWMMGは憎らしげに小さく舌打ちを溢す。

 

ならばと、ブリッツはすぐにHK417のアンダーバレルに装着されたM320グレネードランチャーで攻撃する。40mmグレネード弾ならば、あの装甲にも大ダメージを与えられる。

 

しかし、マンティコアはグレネードが直撃する直前。左前後の脚部ダンパーが作動し硬いコンクリートの地面を蹴飛ばし、水面を飛ぶように移動するアメンボよろしくスライド移動。耳障りな金属の摩擦音と火花を掻き鳴らし、ブリッツたちの近くにうず高く積み上がったパレットラックやコンテナの山をその巨体で弾き飛ばし、崩してから止まる。

 

「退避!」

 

ブリッツが叫び、降りかかるパレットラックやコンテナから逃げる。カラとはいえ金属で出来たコンテナだ。人間や人形など簡単にペシャンコにされる。その内の一つであるコンテナが、ブリッツの目の前に落ちてきた。後1メートル前にいたら、今ごろただの肉塊に成り果てていただろう。

 

重量感のある音と振動がストックヤード全体に響き渡り、埃を巻き上げ煙幕のように周囲を飲み込んだ。

 

「ライト!Vector!」

 

痛む鼓膜に顔をしかめながら、ブリッツは声を張り上げ安否確認。目の前に転がり落ちたコンテナを遮蔽物として背を預ける。

 

「大丈夫よ!」

「問題ない!」

 

LWMMGとVectorがすぐに応答する。

落下物と巻き上がった埃のせいで姿は見えないが無事を確認出来た。しかし安心する間をマンティコアは与えてくれない。

ブリッツの声に反応してか、マンティコアが主砲である高出力DEWを連射。背を預けていたコンテナに直撃し火花を散らす。

 

「クソ、厄介だな」

 

悪態を吐き捨てながら、HK417の弾倉を交換し、M320に榴弾を装填。そうやって頭の中を冷静にさせて、考えを纏める。

 

以前S10地区の廃棄された軍事施設で遭遇したマンティコアは、周囲に障害物や味方の随伴兵がいたから思いきった動きもなく、一方的に銃撃を浴びせられた。

S09地区での"子守り"の際に遭遇した複数のマンティコアは、市街地という限られたスペースの中にあの巨体が複数犇めいていたからまともな回避行動も取れなかった。だからLWMMGの制圧射撃が効果的に作用した。

 

だが今は違う。広いストックヤードはマンティコアが単機で動き回るには十分だ。ましてや敵は少数。武器だって十分とは言えない。コンテナといった重量物も、今のように弾き飛ばしてしまえばいい。

装甲も硬く、攻撃が通りにくい。

おまけに、あのマンティコアはどうやら戦術AIも比較的優秀らしい。咄嗟の防御や回避が出来る辺り、これまでのマンティコアの戦闘データをインプットされている可能性まである。

 

条件が悪すぎる。かなり危険な状況だ。

だからといって、逃げることは出来ない。逃がしてはくれない。

 

やるしかない。

 

懐からタバコとオイルライターを取り出す。

口に咥え、火を着ける。一息で半分程燃えて灰になる。肺に溜めた紫煙を吐き出す。

 

覚悟は決まっている。

 

It's showtime.(おっ始めるぜ)

 

スマートグラスの視覚モードをノーマルからマグネティックに切り替える。埃や粉塵で視界が奪われていても、マグネティックなら関係なく視野を確保出来る。

コンテナと埃の煙幕の向こう側に、DEWを連射しているマンティコアの姿を捉える。距離にして20メートル。

 

しっかりとこちらにセンサーが向いている事を確認し、ブリッツは咥えていたタバコを明後日の方向へと投げ捨てた。

マンティコアの赤外線センサーがタバコの熱を感知。射撃を継続したままに主砲が宙を飛んでいるタバコへと向いた。

 

Come get some.(かかってきな)

 

コンテナから身を出してHK417をフルオート射撃。不意を突いた形で、今度は脚部の装甲に邪魔されずボディに7.62mmAPHE弾が命中し、火花が散る。強い反動を制御し技量だけで高い集弾性を発揮する。おかげでほぼ正面に弾痕が集中し、マンティコアの巨体が揺らいだ。

 

追撃とばかりにマンティコアの右側面に銃撃を浴び、たじろぐように巨体が揺れた。LWMMGがいつのまにか回り込んでいたのだ。

 

マンティコアの持つ装甲は確かに堅牢ではあるが、胴体部分の外郭自体はそれほど厚くはない。弾丸の種類によっては小銃でも抜ける。しかし黙って撃たれ続けるほどこのマンティコアはバカではない。またあのアメンボを彷彿とさせる高速移動で銃撃を逃れ、クルリとドリフトさせるように主砲をLWMMGに向ける。現時点で最も脅威であるとして最優先目標として認定されたのだ。

 

高出力DEWがLWMMGに向けて放たれる。それを近くのコンテナに隠れることで何とかやり過ごす。

 

「────こっちだよ」

 

静かに、底冷えするほど冷たい声をマンティコアの音響センサーが捉えた。次の瞬間、今度は左側面が高熱に曝された。AIに熱害による警告が流れる。

 

Vectorの焼夷手榴弾だ。マンティコアのボディに燃焼剤が降りかかり、直接炎によるダメージが蓄積されていく。

それを振り払おうとマンティコアはその場でグルグルと回る。まるで苦悶に喘ぎのたうち回るように。

 

それを見たブリッツがコンテナから飛び出し吶喊する。進行方向上に散乱したパレットやコンテナをかわし、乗り越え踏み越え、未だに衰えることなく燃え続ける左側面に向けてM320のトリガーを引いた。

今のマンティコアのAIに、榴弾をかわすだけの思考リソースは残っていない。呆気ないほど容易く40mmグレネード弾は命中し炸裂。

 

爆発によって炎は吹き飛ぶが、外殻も一緒に破壊した。本来ならば外装によって隠されている内部が見える。

おまけに、今の爆発の衝撃でAIが一時的にフリーズしたようで、四肢の一つも全く動くことなく静止している。

 

ブリッツとVectorが並んで立ちタクティカルリロード。穴の空いた側面に照準を合わせる。右側面にはLWMMGが既にスタンバイ。

 

3人は同時に銃撃を開始。

7.62mm弾と45ACP弾が露出した内部に直接命中。グシャグシャに破壊していく。

.338ノルママグナム弾は外郭を容易く貫き内部を蹂躙していく。

やがて機関部が稼働不可能なほど破壊し尽くされ、あれほど力強く胴体を支えていた脚部から出力が失せ、巨体は地に伏せた。

 

だがまだだ。

空になった弾倉を捨て新しい弾倉を機関部に叩き込み、ブリッツはマンティコアと正面から向き合う。そして、各種センサーが収められているヘッドパーツに向けて、HK417を至近距離で撃ち込んでいく。

 

原型を失うほど完全に破壊し尽くし、弾倉が空になってようやく止まる。

 

Yippee ki-yay.(ざまあみろ)

 

悪態混じりに吐き捨てて、ブリッツはHK417の銃口を下ろした。

 

「ふぅ・・・こちらブリッツ。マンティコアを撃破。全員無事だ」

 

『えーっと・・・こちらコントロール、了解・・・。たった3人でマンティコアを破壊するとは・・・』

 

通信機越しのジェリコが信じられないと言いたげに応答する。

 

「流石にヒヤリとしたがな。何とかなるものだな。引き続き、探索し破壊工作を行う。オーバー」

 

報告を終え、HK417をリロードし背中へと収める。今の戦闘でもう予備弾倉がなくなった。今装填したのはタクティカルリロードした際の残り物だ。あと10発も入っていない。

なのでメインアームをMP7、サイドアームをMK23として切り替える。

 

「最高の殺しだったね」

 

もう動かなくなったマンティコアを背に、Vectorが満足げに告げた。

ブリッツもLWMMGも、それに反応してつい吹き出して笑った。

 

しかしまだ安心は出来ない。談笑しているようでも警戒は解かない。

隣接する第二ストックヤードへと移る。

 

ここに敵はいなかった。ただし、こちらには様々な物資が保管されていた。

 

鉄血兵が使う指向性エネルギー兵器。

軍用のプラスチック爆薬。

そして、人形の補修用部品か。腕や足といったパーツが頑丈そうなケースに収納されている。それも大量に。

 

どうやら、ここは生産工場としてだけでなく、出撃した鉄血兵の修復施設も兼ねていたようだ。

もしS11基地がこの工場を見つけられずに結果放置されていたとしたら、どうなっていたことだろうか。

 

態勢を整え次第、居住区に侵攻していたかもしれない。その前にS11基地を襲い、居住区の防衛態勢に亀裂を与えていたかもしれない。

その余波は隣であるS10地区やS12地区にも及んでいた可能性もある。偶然とはいえ、早期に発見できて幸いであった。

 

探索もそこそこに、Vectorは周辺の柱に爆薬を設置し始める。

今は敵がいなくとも、いつ出てくるか分かったものじゃない。またマンティコアが出てきても面倒だ。さっさとやることやって撤収したい。というのがVectorの本音であった。

 

それはブリッツとしても同感でもあった。HK417がまともに使えない現状、もう一度あの戦闘を出来るかどうかと問われれば、まず間違いなく不可能であることは確定的であったからだ。

 

「ブリッツ」

 

Vectorと一緒に爆薬をセットしようとした矢先。不意に、LWMMGに声をかけられる。見れば、少し離れた場所に立っていた。そのすぐ近くにはこれまた頑丈そうなドアがある。

 

「どうした」

 

「こっち来て」

 

言って、彼女がドアを開け放ち部屋の中を見せる。

近付いて部屋の中を見れば、ブリッツは息を呑んだ。

 

部屋の中には、黒く巨大な砲弾が大量に整然と並んでいた。

 

直径だけで1メートル近く、全長は130cm前後。

すぐに見当がついた。

これはジュピターに使われる砲弾だと。

 

近くにはベルトコンベアがある。きっと、ここに設置されていたジュピターへと送り込み、使用するための砲弾であったのだろう。

この砲弾全てがいつでも使える状態であるとするならば、えらい事だ。

ここにある砲弾全てが爆発すれば、この工場丸ごと吹っ飛びかねない。

 

────これを利用しない手はない。

 

すぐに近くの砲弾に爆薬を設置。念の為にもう一ヶ所設置し、確実に爆破できるよう図る。

 

部屋を出てすぐに通信を入れる。

 

「ブリッツより各員へ。爆薬の設置が完了。残り10分で爆破するようセットした。至急離脱せよ」

 

『こちらUzi、了解よ。FALたちと合流したから、一緒に脱出する』

 

「了解した。敵残党の抵抗があるかもしれない。最後まで用心しろ」

 

『当たり前でしょ。じゃあ、後で』

 

通信を終えて、ブリッツたちもすぐに移動を開始。ストックヤードを突っ切って、地上階へと繋がる階段を駆け上がる。

その時通信が入る。相手はどうやらナビゲーターのようだ。

 

『ブリッツ指揮官。急いでください』

 

「どうしたゲート」

 

『大量の鉄血兵が工場に向かって進行中。あと8分です』

 

「了解した。こちらは後7分で外に出られる。他の部隊はどうした」

 

『すでに撤退済みです。正面広場にヘリが待機しています。急いで』

 

「遅れたことはない」

 

通信が終わると同時に階段を上がりきる。地上階まで上がってこれた。

通路に飛び出したところでリッパー2体と遭遇。即座にブリッツはMP7でコアを破壊し排除。蹴飛ばしながら通路を駆け抜けていく。

曲がり角を抜けると、ブルートがナイフを持って待ち構えていた。ナイフを振るうが逆にブリッツに奪われ頭部に刺し貫かれる。

 

その近くにいたヴェスピド2体をVectorが瞬く間に射殺する。

 

爆発まで残り1分を切ったところでエントランスを抜けて広場へと到着。すでにFALたちが周辺を警戒しながら待機していた。

 

「ブリッツ!早く乗って!」

 

FALが叫び、他の人形も声をあげて急かしてくる。本当に時間がないのだろう。全員ヘリの機内へと飛び込むようにして乗り込み、シートベルトの装着確認もせずにヘリは上昇開始。床に押し付けられるような上昇感を覚えながら外を見る。

 

地上には騒ぎを聞き付けた増援部隊がヘリに向かって銃撃をしてくるが、すでに有効射程範囲を離れている。墜落される恐れはないだろう。

 

次いで工場を見た。

 

『3。2。1』

 

ナビゲーターがカウントダウンを始めた。

 

『ゼロ』

 

瞬間。工場全体にオレンジ色の閃光が上がる。

先までヘリが着陸していた広場も、地下空間の爆発によって下から突き上げるようにして地面が盛り上がり、やがてそこも閃光が上がった。

派手に大気を揺らし、轟音をがなり立て、上空を旋回しているヘリをも揺らすほどのエネルギーをもってして、工場は先までの形を失い完全に崩壊した。

 

「工場の破壊を確認。任務完了だ。帰投しよう」

 

ブリッツの宣言に、ヘリの機内に歓声が上がった。

 

「帰り道を探そう。銃弾は一回につき一発だ」

 

お決まりの台詞も言ったところで、改めてヘリはS11基地へと進路を取った。

 

 

 





なんか呆気なかったかな~と思いつつも、自分の頭では現状あれ以上の描写が出来ないのでゆるして。あれでも3日は考えて考えてようやく捻り出したんや・・・
あんまりダラダラやるような場面でもないから、ま多少はね?

前回「ボチボチ一旦締めようかな~」なんて言いましたが、せめて10は行きたいのでもうちょっとだけ続くんじゃ。

しかし次どうするか決めてないんだよなぁ。どうするかな~


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8-8

なんでか今回は難産だったよ!執筆放り投げて他のドルフロ二次とかゲームに行っちゃうくらいには難産だったよ!


工場の破壊(作戦完了)を確認後、S10基地の強襲部隊を乗せたヘリがS11基地に帰投。作戦に関わった指揮官二名と技術スタッフ、部下の人形達が歓声をもってブリッツたちを出迎えた。その中には、先に撤退していたWA2000にSV-98といった第四第五部隊の面々も混じっていた。

 

ヘリから降り地上へと降りたブリッツは、ジルフォードとダニエルのもとへと歩を進める。その後ろを強襲部隊の人形達が着いていく。

 

「ダニエル指揮官。ジルフォード指揮官。任務完了しました」

 

報告し敬礼。合わせて、彼の背後の人形達も敬礼。

困難な任務を終えたばかりだと言うのに、一切の疲労感を見せない一糸乱れぬ動きは、兵士としての練度の高さを感じさせ、感嘆を溢すのに十分であった。

 

「ご苦労だった、ブリッツ指揮官。やり遂げたな」

 

「お見事でした」

 

ジルフォードとダニエルも答礼しブリッツを労う。

ブリッツの戦闘服(BDU)は埃にまみれ、硝煙や火薬の匂いが染み付いている。彼だけでなく、彼の部下たちも皆同様だ。とくに一〇〇式は、全身が鉄血兵の返り血まみれで真っ赤であるからより顕著だ。

それだけで、この任務がいかに過酷なものであったか。想像するに難くはない。

 

「全く・・・・・マンティコアと接敵したって聞いた時びっくりしたわよ」

 

「相変わらず無茶しますねぇ」

 

呆れのため息混じりにWA2000と、安堵した様子のSV-98がブリッツに歩み寄る。

 

「なんて事はなかったさ。そうだろ二人とも」

 

「楽勝だった」

 

「え、あ。よ、余裕よ余裕」

 

Vectorが無表情ながら(しかしどこか自慢気に)親指を立てて見せ、LWMMGもそれに慌てて合わせてサムズアップ。

実際には余裕なんて無かったし通信記録からもそれがわかるのだが、結果だけ見れば撃破したのは事実。強がりは勝者の特権である。

 

ブリッツがよく聞こえるように手を叩く。

 

「S10基地所属人形は直ちに撤収準備!後片付けと挨拶を済ませて帰投する!」

 

あちこちから「了解」と声が聞こえ、にわかにだが騒がしくなり始める。ブリッツは細かな指示を出しながら、時にはハイタッチや拳同士をかち合わせ、時には頭を撫でてやり、出撃した人形たちを一人一人労っていく。

ジルフォードも撤収の準備に入りダニエルのもとから離れていた。

 

その様子を、ダニエルは見ていた。

 

「なあジェリコ」

 

不意に、すぐ後ろに立っていたジェリコにダニエルは声をかける。

 

「なんでしょう」

 

「自分も、いつか彼のような指揮官になれるだろうか」

 

羨むような、そんな口調で問うダニエルに、ジェリコは一度ブリッツを見てから、すぐにダニエルへと視線を戻す。

 

「過去に彼の部下になった私から見て、まず無理でしょう」

 

容赦のない答えに思わずダニエルは苦笑をこぼした。

 

「容赦がないな」

 

「当然です。貴方は指揮官であって兵士ではない。彼は自ら戦場に立つことで信頼を得た。だから貴方は、貴方が出来る事で指揮官としての実力を身に付けて戦術人形(私たち)を率いてください。勝利に導いてください。その為ならば、私は助力を惜しみません」

 

まっすぐに揺るぎなく、その作り物の双眸をもってジェリコはダニエルを見据えながら答える。

 

「頼りにしているよ」

 

「もちろんです。そのために私はここへ来たのですから」

 

教導官の頼もしい一言にダニエルは破顔して、自分も撤収作業をしている人形やスタッフに混じった。

 

─────およそ30分後。全ての準備が整ったS10基地とS08基地の指揮官と人形はヘリに乗ってそれぞれの基地へと帰投していった。

 


 

 

グリフィン&クルーガー本部のモニタールームにて。

破壊目標の破壊をモニター越しに確認したベレゾウィッチ・クルーガーは小さく息をついた。

 

「やり遂げたか。流石と言うべきか、やはりと言うべきか・・・」

 

「これで、S地区で活動している鉄血の勢力は縮小するでしょう。大戦果です」

 

クルーガーの後ろに立っていたヘリアントスが告げる。いつもの厳めしい表情は相変わらずではあるが、声色からは厳は少しだけ抜けている。

 

ヘリアントスの言う通り、確かにこれでS地区に展開している鉄血にも影響が多少なりとも表れるだろう。これまでの膠着状態を脱し、攻勢に打って出るきっかけに繋がるかもしれない。

特に、激戦区であるS09地区における戦況に与える影響は大きいだろう。生産工場とメンテナンス施設を兼用している大規模な拠点だ。補給が行き渡らなくなり、十分な援軍の要請も出来なくなる。これから少しずつ、鉄血の動きは縮小し、やがてS地区から鉄血を排除できる。そのきっかけを、ブリッツ率いるS10地区司令基地が作った。

 

「ヘリアン。お前から見て、ブリッツ指揮官と言う男はどう見る」

 

クルーガーの質問に、ヘリアントスは顎に手を添え思案顔を浮かべる。そしてすぐに右目のモノクルをかけ直し、言葉を紡いだ。

 

「一言で言えば、爆薬です」

 

「ほう」

 

興味深い。言外にそう告げるようにクルーガーは声を漏らした。

ヘリアンは続ける。

 

「強力な破壊力と凶悪な殺傷力に指向性を付加した爆薬。というのが、上官として彼と接触して得た印象です」

 

「つまり、危険な人物であると」

 

「はい。一つでも扱いを違えれば鉄血やテロリストではなく、グリフィンを壊滅させる危険のある人物です」

 

ですが、とヘリアンは付け加える。

 

「扱い方さえ間違えなければ、彼はこの上なく頼りになる優秀な兵士です。こちらが彼に不当な理不尽を押し付けない限り、彼はこれまで通りグリフィンに貢献してくれるでしょう」

 

今度は、クルーガーが思案顔を浮かべた。腕を組んで瞼を閉じる。

 

ヘリアントスはブリッツという男を信頼している事がよくわかった。

"爆薬"などという危険物質にまで例えておきながら、これまでその事をクルーガーに伝えず上層部が正式に発令した作戦任務をブリッツに任せていたのだから。

それをブリッツは見事に遂行して見せた。今回も、そしてこれまでも。

 

ブリッツのやり方はグリフィンのやり方に反している。しかし、実績を残している以上文句も言えない。

ヘリアン自身その事に全く触れずにいる辺り、とても信頼が厚い。彼の兵士としての実力を疑っていない。

 

やがて、クルーガーは閉じていた瞼を開けた。

 

「・・・爆薬か。災害より可愛げはあるか」

 

「はい?」

 

クルーガーの独り言にヘリアンが小首を傾げる。が、クルーガーはそれを気にせず言葉を続ける。

 

「ヘリアン。ブリッツ指揮官が帰投し今回の作戦報告書を提出するタイミングで構わん。伝言をたのむ」

 

「なんでしょうか」

 

「直接会って話がしたいと。そう伝えてくれ」




数時間後

ヘリアン「今度本部に出頭するように」
ブリッツ「了解」
ライト(いったい何やったのブリッツ・・・!?)
ヘリアン「ああ、副官であるLWMMGも一緒に来るように」
ライト「Σ(゚Д゚;)」

たぶんこんな感じだったんじゃない?

そういえば最近ようやくG17とSCWがウチにやってきました。やっとだよ( ´Д`)
ドリーマーに何度ボコられたことか・・・。


ところで月末のイベントに対して資源が全く足りてないんだけどどうしよう。部品とか5000切ってるんだけど


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インターミッション.08

平日はお仕事忙しくて執筆の時間があまり無い。
休日は家の事と愛車のメンテナンスやらで執筆の時間無い。

結論、作業が進まない


 

 

基本的に、グリフィン前線基地に指揮官は常駐していなければならない。

ただし例外はある。

 

例えば休日。

一言で民間軍事会社(PMC)と言うと物々しく堅苦しいイメージがついて回るが、企業という形態である事に変わりはない。

所属する社員には休日を取る決まり。義務がある。それは指揮官も同様である。

 

付け加えるならば、こうしないと人類人権団体に「人形を使ってる会社が人間を酷使するとはどういう事か!」という抗議デモが、グリフィン本部や各地区の基地に押し掛けてくるのだ。

 

かといって、人間が休み人形が働けば今度はロボット人権団体が抗議デモにやってくるのだから、何とも面倒な話だ。

 

話を戻し、休日以外での例外としてあげられるもう一つの理由は、呼び出しである。

 

定例会議や報告といった理由で、指揮官がグリフィン本部に呼び出され、基地を空けるというものだ。

 

───本日、S10地区司令基地に指揮官のブリッツと副官のLWMMGがいないのも、そういう理由だ。

 

では、指揮官のいない基地は機能を休止しているのか。と問われれば、答えは否である。

 

指揮官が不在の場合、基地に所属している戦術人形や人間の技術スタッフたちが代行し、不意の出撃や緊急事態に備えるというのも含めて、通常と変わらない程度に業務を継続している。

「指揮官が不在なため基地が壊滅させられました」「指揮官がいなかったから救援に行けません」では、話にならないのである。

 

今回は、事前に不在になることを所属している人形やスタッフたちに通達していたため、大きな混乱も滞りもなく業務を行えていた。

 

そして指揮官(ブリッツ)のいない司令室にて、3体の戦術人形が業務を代行していた。

その内の一体、Px4ストームは副官席に座り、浮かない顔でタブレット端末に表示された資料を見ている。

 

端末の画面には基地にて貯蔵している弾薬や爆薬の一ヶ月間の消費量と供給が、事細かに記載されている。

 

5.56mmや7.62mmはもちろん、.45ACPに12ゲージといった弾薬の種類。それを使う人形がどれほど消費し、どれだけの戦果をあげたのかまで詳細に記録されたそれは、作成したLWMMGの管理体制の徹底ぶりを如実に表していた。

比較的MG人形の多いこの基地が、消費しやすい弾薬を枯渇させずに効率的に管理できていたのは、偏にLWMMGの努力の賜物である。

彼女自身、.338ノルママグナムという一発の値段が高額な弾丸を使っている。

弾薬作成における3Dプリンターの技術は向上を続け、なおかつ各地で多発する小規模な戦闘によって需要が増えたことの後押しもあって、高性能な弾丸を安価で大量生産することが可能となった。

それでも、現在でも広く使われている5.56mmや7.62mmと比べると、より大口径の弾丸はやはり高価だ。

.338ノルマ一発で5.56mmが10発購入できると言えば、それも分かりやすいだろう。おまけに、その弾丸を使うのがLWMMGだけというのも、なおさら彼女の弾薬管理の徹底に繋がっている。

 

それではなぜ、Px4ストームが浮かない顔をしているのかと言えば、端的にいえば「手の付けようがないから」である。

Px4自身、倹約家(というより守銭奴)な性格(メンタルモデル)をしているのもあり、「これを機に諸々の物資管理の体制を見直してより効率的な運用を実現してやろう」と息巻いていた。

 

だが蓋を開けてみれば中々どうして、手の付けようがないではないか。

弾薬の消費量は作戦任務によってかなり前後する。使わないときもあれば大量に使うこともある。それを加味しても、もはや弾薬に関してはこれ以上どうしようもなかった。

 

「浮かない顔してるねぇ。コーヒーでも飲みなよ」

 

同じく司令室で作業していたCZ-805が気を利かせてコーヒーを差し入れた。淹れたてのコーヒーからは湯気が上がり、芳醇な香りを振り撒いている。

ちなみに彼女は今回、基地で貯蔵している保存食と作戦で使うMREの記録を担当しており。今は一段落ついたようだ。

 

「ああ、ありがと。そっちはどんな感じ?」

 

「ここ最近一気に人形(ヒト)増えたから、食費が結構かかってるねぇ。特にスパスちゃんはスゴイ。消費量ぶっちぎりの単独トップ」

 

「彼女は食欲旺盛ですからね」

 

そこに乗っかるのはAR70だ。彼女は司令官席に座って、データ化された人形の戦闘経験を作戦報告書(フロッピーディスク)に纏めあげている最中である。

先日の生産工場破壊任務で、ハードディスクに保存できる戦闘経験値が上限を迎えたためフロッピーディスクにして出力し、次の戦闘のためにHDDを空にしておく必要がある。

 

その為に使用される機材は最新、とまでは行かなくとも十分高性能なものが用意されている。負担は少ない。

小気味良く叩かれるキーボードの音色が耳に心地好い。

 

「ただまあ、もう少しの辛抱だと思いますよ。指揮官、昇進するみたいですし」

 

キーボードを叩く手を止めず、AR70がさらりと告げた。

 

「え、指揮官(マスター)が?」

 

Px4の疑問符にAR70は「はい」と間髪入れずに答えた。CZ-805もこれは知らなかったようで「おぉ~」と感嘆の声を漏らした。

 

グリフィンにおいて指揮官の階級は、そのまま前線基地の地位に直結する。ブリッツの昇進とはつまり基地の地位向上を意味している。

 

指揮官が昇進すれば、様々な恩恵を得られる。定期支給される弾薬や食料といった物資の量が増えるし、所属している人形やスタッフの給料も増える。

それだけに困難な任務が与えられる機会も増えるが、今までだって困難な任務ばかりを遂行してきた。今更な事だ。

 

それにS10地区は他地区と比較すると戦況はかなり落ち着いている。それだけにこの地区での戦果を上げ辛く、戦果を上げるには他地区へと出向かなければならない。が、それには上官もしくは本部からの指示や許可が必要になる。

つまり、現状では中々昇進しにくい。

今回の件は、またとないチャンスであろう。

 

「ここに拾われてから1年近く・・・。ようやく、報われるときが来ました」

 

ホロリと、AR70は微笑を携えたまま両目に浮かんだ涙を右手で拭う。感極まった嬉し涙といった感じなのだが、一方の左手は止まること無くキーボードを叩き続けているので、どうにもわざとらしく見えてしまう。

CZ-805もうんうんと同意するように何度も頷いて見せているが、淹れたばかりのコーヒーを啜りながらなので、どうにも気持ちが籠っているようには見えない。

もっとも、Px4はそれをわざわざ指摘する気にもなれなかったので、そっとメンタルモデルの中で呟いておくに留め、代わりにため息を溢した。

 

優秀な副官のせいで、やろうとした仕事が無くなってしまった。そんな彼女が今出来るのは精々がコーヒーが冷めてしまう前に飲み干してしまうことくらいだ。

 

そこへ、訪問者がやって来た。

司令室の自動ドアがモーターの駆動音を伴って開かれる。

 

「ハァイ。お仕事、どんな感じ?」

 

ウインク混じりの軽やかな足取りでドアを潜ったのはFALであった。いつも通り、白いスリップの上に黒いジャケットを羽織った独特な装いだ。

そんな彼女はツカツカとPx4が座る副官席へと歩み寄り、A4サイズの紙資料を2枚ほど差し出した。微かながら硝煙の香りが彼女から漂ってくるのを、Px4は自身の嗅覚センサーで嗅ぎ取った。

 

「これ、今回の訓練で使用した弾薬の記録よ。確認して」

 

「・・・うん、不備はなさそうだね。確かに受け取ったよ」

 

紙資料には弾薬を使用した人形の名前と、使用した弾薬と量がそれぞれ記載されている。

眩暈でも起こしそうなほどに事細かに纏め上げられた資料を読み取り、Px4は今まで見ていたタブレット端末を操作して入力する。

入力されたデータについては同期している"ナビゲーター"が逐一確認しているので、万が一のミスも起こり得ないし、誤魔化しも効かない。

 

「T65とXM8が随分と使ってるね」

 

記録を読んだPx4がポツリと溢した。

 

「シューティングレンジの命中精度とキルハウスのタイムアタックでね。あの娘たち、私の記録を越えようと頑張ってたのよ」

 

まあ、まだまだ及ばないけどね。そう付け足して、FALは誇らしげに鼻を鳴らして胸を張って見せた。

 

FALは第一部隊。基地内での正式名称、第一強襲部隊所属のAR人形だ。

I.O.Pの中でも最高級品。LEGENDARYクラスのエリート人形で構成されている第一部隊に所属し、様々な作戦任務で活躍しているFALだ。彼女の記録を越えるのは、そう簡単なことではないだろう。

 

「FALっていつからこの基地にいるの?」

 

「そうねぇ・・・。この基地が稼働して一週間かそこらじゃなかったかしら」

 

「は!?じゃあ最古参ってこと!?」

 

思わずPx4は声を荒げてしまった。

 

「まあね。順番的にはライトの次にここへ来たわね。私の次がVectorで、その次がWA2000。ああ、確かその辺りだったわよね?あなた達がここに来たのって」

 

唐突に話を振られたAR70とCZ-805だったが、特に慌てもせずに肯定の返事をする。

 

「懐かしいですねぇ。アタシもCZもまだ稼働して一ヶ月も経って無いのに、まともな訓練も無いままいきなり前線に投入されて、案の定敵に包囲されて。あわや破壊される寸前だったところに指揮官とFALさん達がやって来てくれて、なんとか助かったんですよねぇ」

 

「どうにか生き残ったおかげでこの基地に配属になったし、活躍できるように鍛えてもらったし、よかったよねぇホント」

 

懐かしみながらゆるりと話す二人に同調して、FALもうんうんと頷いて見せた。

そんな三人を見て、Px4は「本当にドロップ人形が多いんだな」と、S10基地の在り方とブリッツのやり方を再認識した。

 

「FALはここに来る前はどこに?」

 

「私は元々本部にいたわ。FN小隊の隊長としてね」

 

「FN小隊の隊長!?」

 

「ある作戦でしくじってね。その責任で隊長を解任され、解体処分される寸前の所をブリッツに拾われたのよ。今は別個体の(FAL)が隊長やってるわ」

 

良い思い出でも語っているかのように和やかな笑顔を浮かべているが、内容は人形からすれば中々にハードだ。

 

解体処分とはつまり、バックアップをせず、なおかつ電脳を初期化して再利用もせず、完全に廃棄される事を意味しており。人間的に言えば処刑。人形にとっては死を意味しているも同然なのだ。

 

「ここにいる人形は、みんな似たり寄ったりよ。利用されたり、見捨てられたり、諦められたり。アナタだってそうでしょう?」

 

「・・・まあね」

 

FALの指摘にPx4は顔を伏せ、フードを深く被った。

廃棄個体(トラッシュモデル)としてS地区支局長に良いように使われてきたPx4にとって、その過去は拭いきれぬほど重く纏わりついてくる。

 

あのメンタルモデルが軋むような感覚は、もう二度と味わいたくはない。

だが彼は─────

 

「ブリッツは、人形を人形として扱わないし、ましてや人間としても扱わない。彼は、戦術人形(私たち)を兵士として扱ってくれる。部下として扱ってくれる。

それがどれほど嬉しいか。アナタもよくわかるでしょう」

 

「・・・まあね」

 

受け入れてくれた。その事実はPx4を救った。FALもそうなのだろう。

だから、彼に着いていくのだろう。これまでも。そしてこれからも。

 

『皆さん。指揮官と副官が戻ってきましたよ』

 

突然スピーカーから飛び込んできたナビゲーターの報告に、司令室内はざわついた。

 

「え゛。ちょっ、早くないですか!?」

 

「ちょちょちょ!まだ配給の記録表の整理ががが」

 

見るからに慌ただしくなるAR70とCZ-805を見てFALは「あらあら」と他人事のように(実際他人事なのだが)優雅な笑みを溢しながら踵を返す。

 

「さ、お出迎えにいきますか。世話の焼ける指揮官をね」

 

入室同様の軽い足取りでFALは司令室を出た。発言から察するに、屋上のヘリポートへと向かうのだろう。

Px4もすぐに副官席から飛び降りるようにして立ち上がり、司令室を飛び出した。

どうしてか、いてもたってもいられなくなった。

 

HG人形特有の機動力はSMG人形にも引けはとらない。

まっすぐ、最短距離を最高速で。先に進んでいたFALもすぐに追い越した。

ヘリポートへと通ずるエレベーターを待つのもじれったくて、階段を3段飛ばしで駆け上がる。

 

上がりきった先の、眼前に現れた金属製の扉を乱暴に開け放つ。

 

今日は快晴だ。日光が降り注ぎ、アイカメラのフォーカスが狂って顔をしかめる。

 

ようやくフォーカスが落ち着き改めて前を見れば、そこには目的の人物が目を丸くして自分を見て立っていた。

 

それがどうにも間の抜けた表情に見えて、思わず吹き出しそうになった。

だからこそ、彼女は自然な笑みを浮かべられた。彼と会うまで出来なかった笑顔を。

 

「おかえり、マスター」

 

100万ドルのスマイルとともに、彼女は敬礼し出迎えた。

 

 






先日Px4ストームと誓約しました(唐突)
彼女のおかげでライトさん大暴れですわ。


さて、そんなこんなでブリッツ指揮官の昇進が決まりました。なおブリッツが昇進してもやることは大して変わらない模様。
PMCの階級制度ってどうなってるんだろうか。軍とかと同じでいいんかな。

あ、そうだ(唐突)
最近常設イベントの低体温症からようやくG28を引っ張り出しました。
どれだけのゲーガーとジュピターを屠ってきたことか・・・。なお育成順番待ちの模様。鍛えなきゃいけないヤツが多すぎるんじゃ!


あと感想ください


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.9 謁見

ネイトさんから奪った物資箱でSAIGA-12さんがやってきました。貴重なショットガンだ。やったぜ。(なおイベント進捗はツライ模様)


人形は夢を見ない。

 

自律人形が世間に広く普及した今となっては、最早常識と言ってもいい。

人形にとって睡眠とはただのバッテリーの消耗を抑えるための待機モードであったり、または充電であったり、メモリーに蓄積されたキャッシュの整理でしかない。

 

───だがあれは。あの光景は、悪夢と言って差し支えない。

 

資源の備蓄倉庫は爆破され、ヘリポートはヘリコプターごと炎上し、装甲車両は漏れ無く破壊された。

基地の中枢たる司令部も所々で煙が上がり、アラートが虚しく鳴り響くだけで誰も出てこない。

 

当然だ。この基地に駐留していた人間も人形も、何もかもが全て殺されたのだから。

人間も人形も、ゴミのように地面に打ち捨てられ、燃やされている。原型が分からなくなるほど、誰なのか判別出来ぬほど、潰され、粉砕され、千切られ。壊されて、殺されて。

 

あの物言わぬ殺戮兵器。鉄血工造製戦術人形たちの部隊によって。

 

悪夢とはこの事を言うのだと、本日このS10地区司令基地に着任した新入り戦術人形、LWMMGは理解させられた。

 

正直な所、この先の記憶(ログ)は曖昧だ。

行動ログが断片的にしか残っておらず、自分がどのように動いたのか。どうして自分だけが生き残ったのか。全くわからない。思い出せない。

ただ、我を忘れる程に機関銃を撃ちまくったような記憶が、疑似感情モジュールによる恐怖と共に残っている。

 

気付けばグリフィン本部の人形用宿舎の一室にいた。窓が一つと簡易ベッドが一つしかない、狭くて殺風景な牢屋のような部屋だ。

 

鉄血を撃退出来たのか。基地はどうなったのか。

その疑問は本部の人間が教えてくれた。

 

「S10基地は鉄血によって陥落した。生存者はいない」

 

にべもなく、本部の人間はそう告げた。

疑似感情モジュールにかなりのストレスがのし掛かる。

 

「お前は仲間を護れなかった」

言外にそう言われているような気がした。

 

これから共に戦うはずだった人形。これから支援してもらうはずだった人間。これから暮らすはずだった場所。

彼女は、着任したその日に全てを失い、自分だけが生き残った。生き残ってしまった。

 

そうしてやって来たのは、ひどい虚脱感。そして罪悪感。

自分がこうしてのうのうと生きていることが、とても恨めしく思えてしまう。

戦術人形としての本懐を全うできず、敵を前にして逃げおおせて、結果として基地と仲間を奪われた。こんな事なら、逃げずに殺された方がマシだった。

 

それから数日間。彼女は暗い部屋の隅で膝を抱えながら塞ぎ込み、自分をどうするかについて思考を繰り返し続けた。

しかし現状で不安定なメンタルモデルは、電脳にネガティブな情報しか与えられず、それによって導き出される結論はいつも決まってネガティブな答えだった。

 

こんな、まともに戦うことも出来ない使えない武器なんていらない。

 

彼女は決意した。解体処分を受けようと。こんな感情を持ったまま戦えない。戦えない戦術人形なんてなんの意味もない。

LWMMGの決意は固かった。

 

本部勤めの誰かに声を掛けて頼めば、速やかに実行してくれるはずだ。そう自身の行動を定めて動こうとした。

 

────その時だ。部屋のドアがいきなり開いた。

通路を照らす照明の光が部屋に入ってきて、若干の眩しさを覚える。

それでもピントを合わせて見れば、そこには一人の男が立っていた。

 

男は部屋に入り、LWMMGの前に立って見下ろす。

若い男だった。180センチはあろうかという身長に、濃いグレーのコンバットシャツに黒を基調とした迷彩柄のカーゴパンツ。かなり鍛えているのだろう。コンバットシャツ越しでもわかるほどに全身の筋肉が大きく隆起している。

 

「君が、S10基地所属だった戦術人形か」

 

そんな男が挨拶もなしに告げた台詞に、LWMMGのメンタルモデルに強い負荷がかかる。

 

「・・・だったらなんなの」

 

声が震えないよう堪えながら、ぶっきらぼうに返す。

 

「そうだな。まず名前を教えてくれないか」

 

「・・・普通そっちから名乗るものでしょ」

 

「申し訳ないが、まだここで名乗れる名前がないんだ」

 

「なによそれ・・・」

 

ふざけた男だ。LWMMGはそう思った。

放っておいてほしい。今は誰かと雑談をしたい気分じゃない。そう告げるかわりにLWMMGは顔を伏せた。

 

「なんなの?なにしに来たの?」

 

「強いて言えば、住処の確保。その準備に来た」

 

「ここに住みたいの?いいよ。どうせもうすぐ私はいなくなるし」

 

「違う」

 

男は即座に否定する。

 

「S10基地を取り戻しに行く」

 

その一言。たったの一言がLWMMGのメンタルモデルに衝撃を走らせた。

思わず顔を上げて男を見る。男はいつのまにか片膝をついてしゃがみ、LWMMGと視線を合わせていた。彼の青い瞳が、LWMMGの青い瞳を捉えている。

 

「改めて聞こう。君の名前はなんて言う?」

 

力強く揺るぎの無い瞳に、LWMMGは何故だか引き込まれるような感覚に陥った。

今の自分ではこの感覚が何なのか理解が出来ない。理解できないが、先程までの鬱屈としたメンタルが晴れていくような、そんな気分になった。

 

「・・・LWMMG」

 

「LWMMG・・・軽量中機関銃か。本当に銃の名前なんだな」

 

意外そうに、それでいて感心するような口ぶりで男は言う。しかしそれもすぐ、顎と口許を覆うようにして手を添えて、分かりやすいほど悩むような素振りを見せてきた。

 

「しかしこれだと咄嗟の時言いにくいな・・・。そうだな────」

 

顔を上げて、男はじっとLWMMGの瞳を見ながら口を開く。

 

「───ライト、と呼んでいいか」

 

─────これが後に、ブリッツと呼ばれる男性指揮官とのファーストコンタクトであり、彼と遂行するファーストミッションの始まりであった。

 

 


 

 

第三次世界大戦の傷痕が残るゴーストタウン。

道路には大小様々な、いくつもの穴や瓦礫に覆われて、整然と並ぶビル郡は一部、もしくは大部分が破壊され、崩壊され、原型を留めていない。

 

その中でも数少ない、ボロボロで廃墟然としてはいるが一応形を残した7階建てビルの屋上。伏射姿勢で大きな銃を構える一人の少女がいた。

 

その大きな銃。軽量中機関銃(LWMMG)を構える銃と同じ名を冠した戦術人形LWMMGは、レシーバー上に取り付けられた高倍率スコープを覗きながら、眉間に皺を寄せていた。

 

スコープ越しに見えるは、ヘリウムガスによって浮いている赤い風船。細く長い糸の一端を地面に固定した事で、風船は地上から1.5メートルの高さに保っているが、風が吹いているため小さくも忙しなく揺れ動いている。

 

彼女はこの風船を狙っている。ただ問題は、その距離であった。

 

「目標まで1マイル。1600メートル。遠いなぁコレ遠いよ~」

 

LWMMGがわざとらしく不満を溢す。

.338ノルママグナム弾を使うLWMMGの有効射程距離は約1700メートル。最大射程は2000メートルを優に超える。

風船まで十分届く。

 

しかしだ。届く距離だからと言って狙って当たるかはまた別だ。

 

狙撃銃で使用されている高倍率スコープを駆使しても、まだ標的は小さく見える。

本来ならば、当てるのは難しい。

 

チラリと、LWMMGはスコープから目を離して視線を後ろへ向ける。

 

彼女の後方2メートル前後の位置に、何人か人影が見えた。

全員が全員、LWMMGを見ている。

 

グリフィンの幹部や上級指揮官。更に軍事アドバイザーや広報担当。I.O.Pの技術者にアドバイザー。16LABからも一人来ている。

そして、その中で最も彼女の目を引いたのは、自身と同型の戦術人形LWMMGであった。見ている方のLWMMGは、構えている方へ熱のある視線を向け、両手は硬く握られている。

命中への期待。というよりもより良い結果のための懇願に近い印象だ。

 

そんな彼ら全員が、銃を構えるLWMMG(ライト)を見ている。

 

「どうしてこうなったんだろ・・・」

 

誰にも聞こえぬよう声量をかなり絞って、ライトはため息混じりにポツリ呟いた。

 

────S10地区司令基地指揮官のブリッツが、グリフィン本部に出頭するよう命令を受けた事に端を発する。

 

ヘリアントス上級代行官を介してはいるが、G&Kの社長であるベレゾヴィッチ・クルーガー直々の呼び出し。拒否する事は出来ないし、するだけの理由もなかった。

 

ブリッツだけでなく、護衛も兼ねて副官である自分も呼び出されたのは理解出来る。

 

自律人形の普及を快く思わない人類人権団体。人間の代わりに自律人形を酷使する事を良しとしないロボット人権協会。第三次世界大戦の停戦を機に幅を利かせる反戦団体。

その三つの勢力の一部が寄り集まり、昨今急速に勢力を増しているテロ集団である反グリフィン団体。

グリフィンに所属する人形や指揮官を目の敵にし標的にしている勢力は少なくない。

反グリフィン団体に至っては、具体的な規模や保有している武力すら掴めていない。

用心するに越したことはない。

 

しかし。しかしだ。

本部に到着するやいなや、いきなりブリッツと引き離されゴーストタウンに連行(エスコート)され、そこでいきなりこのお偉方たちに上から目線で「射撃能力を見せろ」などと命令されるのは聞いてない。

 

護衛(ブリッツに必要か否かは別として)という事で自分の半身(LWMMG)を持ってきているし、弾薬も個人で携行出来るだけの量を持参してきた。

 

だがこんな事をする為に準備してきた訳ではない。

しかし、別れる際にブリッツから「迷惑をかけるなよ」という言葉を受けている。ここまで来て拒否するようであれば、上官であり所有者(オーナー)であるブリッツに迷惑がかかる。

 

更に、先程から同型である本部所属のLWMMGがしきりに成功を祈っているのが、通信越しによく聞こえる。当の本人がそれに気付いていないのがまたタチが悪い。

 

つまりは拒否権など無い。やるしかない。

 

やってやろう。無駄弾を使わず、明確に結果を示す。そして、度肝を抜いてやろう。

 

一つ、小さく息をつく。

意識を研ぎ澄ますための呼吸。

スコープを覗く青い瞳が鋭くなる。

 

「風速・・・4ノット(2m/s)か。左から右」

 

ライトの確認のような独り言に、見物人の眉が動いた。

 

「現在時刻、1034。気温25℃。湿度56%。あとはコリオリかな・・・」

 

淡々とライトの口から飛び出してくる台詞は、今から彼女がやろうとしている事を察するには余りある。

 

狙撃である。

MG人形による狙撃など、実例はあまりない。人間でならば、M2重機関銃による2500ヤード(約2300メートル)の狙撃が正式な記録として残っているが、人形がそれをやってのけたという記録は、今のところ存在しない。

 

そもそも、MG人形にRF人形のような高度な弾道計算など出来ない。

 

「ありえない・・・」

 

I.O.Pの技術者が声を震わせて呟く。それをライトの聴覚センサーは正確にキャッチしていた。

 

出来るよ。

声に出さず答える。

確かにMG人形の射撃管制コアには、RF人形のような高度な弾道計算出来るだけの機能も何もない。ましてや自分はローエンド。電脳のランクは低い。

 

が、それがどうした。コアに弾道計算出来る機能が無くとも、情報さえ分かれば電脳で計算くらい出来る。

戦術人形が登場する前の人間だって。それこそブリッツだって、遠距離にいる目標に対し三角関数の計算を瞬時に行い、寸分違わぬタイミングで狙撃していた。

 

人間が出来ることに、戦術人形が出来ないわけがない。

人間(ブリッツ)が出来たことを、戦術人形(LWMMG)が出来ないわけがないのだ。

 

弾丸の形状、重量、初速。風向。風速。時刻。気温。湿度。気圧。引力。空気抵抗。回転偏流。方角による地球の自転。必要なことは全て把握できた。

 

後は銃口の向き。だがこれはそれほど考えなくていい。

何故ならこの銃とはスティグマで繋がっている。

 

銃口が今どこに向いているかは、感覚で理解できる。そしてその感覚は、寸分違わず自分の狙い通りに合わせてあると確信している。

 

息を吸い、呼吸を止める。引き金を引く。

 

銃口から放たれた一発の弾丸。その射撃の反動を確かに感じ取り、ライトは飛翔する弾丸を見送った。

 

5秒と少しして、放たれた弾丸は遂に地面を穿ち粉塵を上げた。が、それだけだ。風船は割れてはいない。

 

その代わり、風船は急激に高度を上げ始めた。

 

いったい何が起きたのか。その場にいた全員が一瞬理解できなかった。

 

BINGO(当たった)

 

ただ一人。それをやってのけたライトを除いて。

 

実に簡単な話だ。風船と地面を繋いでいた糸を撃ち抜いた。もっと正確に言えば、糸と地面を繋ぐ金具を撃ち抜いた。それだけである。結果として風船はどんどん上昇し、やがて遥か上空でただの赤い点と化した。

 

ギャラリーは、その事実を理解するのに時間がかかった。そして唖然とした。それを容易くやってのけた目の前のローエンドのMG人形に対して。

 

一方ライトは、狙い通りにギャラリーを唖然とさせた事に満足して鼻を鳴らした。

同時に頭が熱く、僅かだが痛みを感じた。

 

狙撃の際の計算で、時間短縮のために演算処理で電脳に負荷を掛けすぎた。オーバーヒート寸前だ。

こればかりは電脳のランクが低い故、致し方ない。

 

電脳の冷却も兼ねて、ライトは少し大きめに息をついた。

 

「早く来ないかなぁ、ブリッツ・・・」

 

もう肉眼では捉えられないほど遠くへと飛んでいった赤い風船を見送りながら、ライトは小さく呟いた。

 

 

 


 

グリフィン本部というのは、例え指揮官であってもあまり馴染みのない施設だ。

というのも、本部に赴く時は二ヶ月に一度の定例会議か、本部に属している人間からの呼び出しくらいしかないからだ。

それ以外は基本的に、指揮官は前線基地に駐留している。

 

そういうのもあって、ブリッツは表にこそ出さないが妙な居心地の悪さを感じていた。

 

ロビーでLWMMGと別れ、受付嬢からは社長室に向かうのと、そこまでの道順を受けた。

 

通路を進めば何人か人間や人形とすれ違う。その誰もがブリッツを訝しげに見送っている。

なるべく気にしないように視線を潜り抜け、やっと社長室の前へと辿り着く。

 

その扉の前にブリッツの上官、ヘリアントス上級代行官が待っていた。

 

乱れていない身形を整え、持っていたビジネスバッグを置いてブリッツはヘリアンに敬礼する。

 

「お待たせしました。ヘリアントス上級代行官」

 

「ああ、待っていたぞ。さて、ブリッツ指揮官」

 

ヘリアンは傍らに置いてあったステンレス製カートをブリッツの前に動かした。

 

「所持している武器をここに出せ」

 

ブリッツの表情に僅かながら苦みが出る。

 

「・・・全部ですか?」

 

「当然だ。貴官の事だ。銃の一つや二つは所持しているだろう」

 

「社長に危害を加えようと思ってはいませんよ」

 

「それは分かっている。だが規則だ。それと、クルーガーさんから貴官に入室前に伝言を預かっている」

 

「何でしょうか」

 

「『お前には爪楊枝一本すら持たせたくない』、だそうだ」

 

随分な言われようだ。自分が所属しているPMCの社長の"評価"を聞き、小さくため息を溢す。

 

確かに爪楊枝でもやろうと思えば致命傷を与える事は可能だし、自分なら確実にやれる。

ただ、今日それをやるつもりはない。

 

しかし、ちゃんと考えて見れば社長という自分よりも階級が上の人間と謁見するのだ。そこにどういう意図があろうとも、武器の持ち込みはマズイ。規則を破るのもまたマズイ。

 

「・・・確かに、社長室に武器の持ち込みは無礼ですね」

 

ブリッツは着ているグリフィン制式の赤いコートの前を開ける。

そして、ヘリアントスの頬が引きつった。

 

腰のホルスターからコック&ロック状態のHK45T。マガジンポーチにあった予備弾倉3つと手榴弾が3つ。

コートの内側にはストック付きのM26MASSと12ゲージOOOバックショットが装填されている。

鉄血のブルートが使っていた大型ナイフと、右腕には手首の動きに連動して出し入れが出来る仕込みナイフ。

作戦時にいつも使うPDAとスマートグラスも念のため預けておく。

 

極めつけは、持ち込んだビジネスバッグ風に装ったガンケース。中身はテイクダウン状態で収められた毎度お馴染みHK417A2と弾倉3つ。

有事の際には417にマスターキーを装着して使うのだろう。

 

見た目とは裏腹に重装備だ。

 

「・・・これで全部か?」

 

カート上いっぱいに置かれた武器類を見ながら、ヘリアンは頬をひくつかせつつも尋ねる。

ブリッツは「はい」とコートのボタンを締め身形を整えなる片手間に、しれっとした様子で返した。事実、彼はもう武器を全てカートに載せた。

 

完全に丸腰となったが、だからといって彼が内包する危険性が無くなったかと言えば、そうでもないのだが。

 

ともかくとして、これで漸く謁見が出来る。

一つ息を吸い、溜めて、ゆっくり吐き出す。

 

「クルーガーさん。ブリッツ指揮官が来ました」

 

ヘリアンがインカムを使って呼び掛ける。

 

「よし、入っていいぞ」

 

「はい」

 

扉を開ける。

部屋の中は薄暗く、壁に沿う形で設置された大型モニターが煌々と光を放っている。

 

そのモニターの前。大きな人間の影が見える。

大きな男だ。人相は見えなくとも、身に纏ったただならぬ雰囲気は分かる。

直接会うのは今日が初めてだが、社内報でその姿は何度も見てきた。

 

確信を持って、ブリッツは姿勢を正し敬礼する。

 

「失礼します!S10地区司令基地指揮官ブリッツ!出頭命令を受け、馳せ参じました!」

 

「ああ、待っていたぞ」

 

雰囲気相応の威厳ある声色で、グリフィン&クルーガー社長。ベレゾヴィッチ・クルーガーがブリッツを出迎えた。

 

 




今さらだけど今回も長いです。あれこれ詰め込んでしまった。
個人的に面白い作品は一ページが長い方が好きなので、2000~3000だと短くて呆気なく思っちゃう。
この作品だとどうなんでしょうかね?

そしてUA30000達成しました!みんなありがとーう!


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9-2

最近ガスガンにハマってしまったので、今自宅にシューティングレンジ作ってます


 

ベレゾヴィッチ・クルーガー。

民間軍事会社グリフィン&クルーガーの設立者であり社長。

 

ロシア内務省系の退役軍人。

 

第三次世界大戦が停戦した2年後の2053年にグリフィンを設立。

 

当初は人間の部隊を戦力の中核としていたが、戦術人形の有用性、将来性を見越して運用を開始。

現在の「人間の指揮官+戦術人形の部隊」の指揮システムを確立。

 

I.O.P社とも業務提携を結び、様々なサービスを受けられるよう取り計らう。

 

その経営手腕によって、今やグリフィンは並みいるPMCの中でも頭一つ抜け出した大手として世間に認識されるまで成長した。

 

ブリッツが認識しているのはそれくらいだ。

 

「こうして面と向かって会うのは初めてだな。ブリッツ指揮官」

 

「はっ。このようにお目にかかれた事を光栄に思います」

 

「世辞はいい。その軍人めいた口調もな。ここはPMCであって正規軍ではないぞ。ブランク軍曹」

 

クルーガーの言に、ブリッツは僅かながら目を見開く。

かつての名前とかつての階級を告げられた事の驚きが、ブリッツの胸中をにわかにざわつかせる。

 

「ご存知のようですね」

 

「俺も元々は軍人だ。それなりに顔が利く」

 

言って、クルーガーはオフィスデスクの上に分厚い紙の束を放るようにして置いた。

話の流れからして、ブリッツに関する資料であろうことは容易に想像がついた。

 

「軍内部のアドバーサリー部隊、第74特殊戦術機動実行中隊。その中でも最強と謳われたデルタチームに所属。部隊教導の傍ら様々な作戦任務を遂行する。近接格闘(CQC)近接戦闘(CQB)といった白兵戦から、中距離の銃撃戦、選抜射手(マークスマン)などなど、様々な戦闘技術に精通。

他にも、単独で敵拠点にて中隊規模の敵集団を単独で壊滅させる。2000メートルの長距離狙撃に成功」

 

「一つ訂正を。正確には1964メートルです」

 

「殆ど変わらないだろう。それに、今日はそんな身の上話をしに呼んだ訳ではない」

 

楽にしろ、と告げて取り出した紙の資料をデスクの端へと追いやる。

そしてクルーガーの言に、これまで敬礼のままだったブリッツは応答して、素早く両手を腰の後ろに組み両足を肩幅に開いた。

 

どこまでも軍人気質なブリッツに若干ながら渋い表情を浮かべるも、話を先に進めるためにクルーガーは改めて切り出す。

 

「遅くなったが、先日の鉄血生産工場破壊、ご苦労だった。おかげで、S地区全体で鉄血の活動が縮小したという報告が幾つも上がっている」

 

「恐縮です。しかし、自分たちがあの任務を遂行出来たのはS11地区基地とS08地区基地からの支援。そして、自分の部下たちの頑張りあってのもの。自分個人の功績など微々たるものです」

 

「下手な謙遜だな。嫌味と捉えられても文句を言えないぞ」

 

「やれる事をやり、やるべき事をやった。それだけです」

 

平然とした態度と口調でブリッツは言い切る。

実際、彼はその通りだと確信している。あの任務は、別にS10地区基地(自分達)でなくとも遂行できた。S地区だけで見ても、同様の事を出来た基地はある。例えばS03地区分屯基地の独立支援部隊。少数精鋭を地で行くあの部隊ならば問題なくやり遂げられただろう。それこそ、自分達よりもスマートに。

今回は偶々その役目がブリッツたちに降って湧いただけ。それがブリッツ自身の評価の全てだ。

 

だからただ淡々と、彼にとっての事実を。それ以上でも以下でもない事実を告げた。

 

「あの任務はお前だからこそやり遂げられた。俺も含め、上層部はそう判断している。お前の自己評価はどうあれ、それ以上は協力してくれた基地や指揮官。延いてはグリフィンへの侮辱になるぞ。口を慎め、指揮官」

 

「はっ。申し訳ありません」

 

「よし。なら本題に入ろう」

 

場の空気を改めて整える。より一層、雰囲気が締まったようにブリッツは感じとる。

クルーガーが言った通り、これからが今日ここに呼び出された理由。本題なのだろう。

 

クルーガーがブリッツの前に立つ。

 

「ブリッツ指揮官。これまでの功績を評価し、貴官を上級指揮官に任命する。異論はあるか」

 

「ありません。慎んで拝命致します」

 

「よし。正式な辞令はまた近い内に通達する。・・・がその前に、一つ聞いておきたい事がある」

 

「なんでしょうか」

 

「お前は、鉄血に対して復讐心を抱いているようだな」

 

ブリッツの眉がピクリと痙攣するように動く。クルーガーの洞察力はそれを見逃さず、追撃とばかりに言葉を紡いでいく。

 

「ブリッツ。指揮官とは部隊の長だ。集団を率いる者だ。お前の判断一つで部隊は戦果を引っ提げて凱旋するか、戦場で塵芥と化すかが決まる。そんな責任を背負っている。身を焦がすほどの復讐心を抱くお前が、指揮官として正常に冷静に立ち振る舞えるのか。俺はその是非を、お前自身の口から聞きたい」

 

ブリッツは視線を落としクルーガーから外して黙り込んだ。

 

クルーガーの指摘は尤もだ。指揮官とは常に冷静で、無数に迫る選択肢の中から最善最良の行動を選択しなければならない。

復讐とはつまり、怒りと恨みの複合体。怒りは冷静な判断を鈍らせ、恨みは正常な判断を選ばせない。

平静を装ってはいるがブリッツの胸中には常に、鉄血に対する烈火の如き怒りと呪怨のような恨みが渦巻いている。

 

鉄血兵に対する徹底的な破壊は、確実に機能停止に追い込むためだけでなく、私怨も混じっているのかと問われれば、否定できない。

 

そんな心理状態を持つ指揮官を、果たして認めるだろうか。

当然認めないだろう。

 

だから、ブリッツはどこまでいっても指揮官としては二流三流止まりなのだ。

 

だから、ブリッツの答えも決まっている。

伏せていた視線を再びクルーガーの双眸に向ける。

 

「社長。俺は指揮官である以前に、兵士であるという自負を持っています」

 

「ほう」

 

「俺は兵士である以上、任務遂行を最優先事項としています。故に、私情には走りません。絶対に。付け加えるならば、俺の復讐はグリフィンの任務を遂行することで果たせます。

俺の復讐は、任務のついでで十分です」

 

それは、紛れもない本心であった。

仲間が殺された事を忘れたことはない。今でも夢に見て魘される。

夢に見るたびに心の中がドス黒くなる。どうしようもなく怒りと恨みが沸き上がってくる。

 

それでも、その仲間が教えてくれた兵士としての心構えを忘れたこともない。生き残った者として、それだけは忘れてはならないと固く心に誓った。

 

だから、自分の復讐は任務のついででいい。任務を遂行することで復讐を果たす。それがブリッツの中にある兵士としての意気地だ。

 

ブリッツの青い瞳を見たクルーガーは、小さく鼻を鳴らした。

 

「先の上級指揮官の任命。これを破棄する。代わりにお前には、別の役割を与える」

 

クルーガーが肩にかけていたコートの内側から、一枚の紙を取りだしブリッツに手渡した。

紙の上部には「新設部隊発足案」と記されている。

その下には、その部隊の名前も。

 

「S10地区基地をこの新設部隊の拠点とし、同時に基地所属の人形全員をこの新設部隊所属の隊員として扱う。そして、この部隊をお前が率いろ。特別現場指揮官としてな」

 

特別現場指揮官、という単語が聞こえた瞬間。ブリッツの目が大きく見開いた。

それはつまり

 

「お前の人形との共同戦闘を、グリフィンは正式に認める。俺が許可する。精々暴れてこい」

 

自然と、ブリッツは口角がつり上がるのを感じたが、それをあえて抑えようとは思わなかった。

 

「了解。慎んで拝命致します」

 

結果として出来上がった不敵な笑みを持ってして、ブリッツは敬礼し応えた。

 

─────こうして、ブリッツはグリフィンの新設部隊。「多目的戦闘群(Multi-purpose Action Group)-MAG」の現場指揮官として正式任命された。

 

 




はい。というわけで、S10地区司令基地の人形はもれなく「多目的戦闘群」のメンバーとして任命。ブリッツも正式に部隊を率いる現場指揮官として認められました。人形主力のグリフィンが、生身の人間が戦闘行動に直接参加する事を認めるって凄いんじゃね?

多目的戦闘郡を簡単に説明するならば、ありとあらゆる戦闘行動に対し即座に導入可能な部隊です。QRFみたいなものです。
ある意味コラボに向いた設定。使ってもええんやで?

そして途中出てきた「S03地区分屯基地の独立支援部隊」は、「白桜太郎」様作の「狼は前線にて群れを成す」より独立支援部隊ウルフパックです。
いつぞやに副官のライトさんが名前だけ出てきたのでお返し。
この作品の影響で私はドラグノフさんを育成しはじめました。スパルタンみたいな指揮官とドラグノフのイチャつきイイゾ~コレ



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9-3 S10地区司令基地多目的戦闘群

イベント終わっちゃったっすねぇ。ちなみに自分はダメでした\(゜∀。)/


 

晴天に恵まれたある日、S10地区司令基地は珍しく賑わっていた。

 

というのも朝から大量の資材運搬用ドローンが、ひっきりなしに基地にやって来ては資材を一ヶ所に纏めて置いて、またどこかへ飛んでいく、という状況が繰り返されているからである。

 

屋外射撃訓練場を臨時の資材集積地として使い、そこからは戦術人形や人間の技術スタッフ達総出で資源を資材倉庫に搬入させる。

 

「TMP。弾薬は念のため弾種ごとにちゃんと分別出来てるか確認してから火薬庫に運んでね。ウージーとMG34も手伝ってあげて。

XM8はわざわざ軽い物を探して持ってかないで!M249、貴女もよ!分かってるんだからね!手分けして重い物も持つ!

あっ!スパス!保存食を開けようとしないで!休憩時間にはまだ早いから!コラ!」

 

それらを一手に纏め上げて指示を出しているのが、この基地の副官であるLWMMGだ。

細かい問題はちょくちょく起きてはいるが、概ね順調に搬入作業は進んでいる。

 

高い出力を発揮出来るMG人形が多く所属する基地だ。荷物の運搬など朝飯前というものだ。

SMGやARも、強化外骨格を装着したり フォークリフトやクローラーを使って大量に届けられた物資を運搬していく。

 

LWMMGは手元にあるタブレット端末。そのディスプレイに表示された物資リストを見て、今しがたドローンが届けた物資コンテナ。そこに印字された管理番号と照らし合わせる。

まだリストの半分を過ぎたばかりだった。貯蔵出来る資源は多いに越したことはないが、S10基地の規模で言えば些か量が多すぎる。

搬入前にブリッツは、「倉庫に収まりきる程度の量」と言っていたが、これでは倉庫にギュウ摘めになってしまいそうだ。一体どんな交渉を経てこれだけの資源を寄越すことを本部に了承させたのか。ブリッツがそういった交渉事に秀でているとは思えないが、ともかくうまくやったということだろう。

本部の要請とはいえ、それだけの量を工面できるS08基地には驚きを隠せない。さすがは様々な軍需品の生産と流通を手掛けている地区なだけはある、ということだろうか。

そういう意味では、S08地区はグリフィン管理区域の中でも重要拠点の一つだ。そこを管理、防衛しているのだから、それだけ資源も余剰分確保しているのだろう。ここにあるのはその一部というわけだ。

 

「はぁ、いいなぁ・・・。一度でいいから弾薬コストを忘れて作戦行動してみたい・・・」

 

タブレット端末に表示された資源量。その弾薬量を数値化した項目を見て、LWMMGはポツリと内心を吐露した。

 

────ブリッツがグリフィン&クルーガー社長のベレゾヴィッチ・クルーガー本人から新設部隊の指揮を直々に任命されてから数日。

本日よりグリフィン新設部隊、多目的戦闘群がS10地区司令基地にて発足される。

 

地区に関係なく機動的に活動し、有事の際は迅速に部隊を展開し、的確かつ徹底的に敵性勢力を制圧出来る部隊。

所属こそS10基地ではあるが、部隊そのものはグリフィン本部直轄であるため、そういった行動が取れる。

 

基本的に、グリフィンの管理区域を任されている前線基地は、特別な許可もなく他の区域にて作戦行動をとることが出来ない。そんなデメリットを無視できる数少ない機動部隊。それがこの多目的戦闘群なのだ。

 

クルーガーはかねてよりこの部隊の発足を考えていたが、それが出来る基地や指揮官が今までおらず、計画は燻っていたままだった。

そこへS10地区司令基地の活躍が耳に入り、ブリッツの存在を知ったクルーガーはすぐに打診。結果、S10基地を拠点とした多目的戦闘群の発足に繋がった。

 

部隊の条件として、戦術人形の練度が極めて高いことと、その地区の治安や情勢が落ち着いている事。この二つが両立している事がこの新設部隊発足を妨げる大きな要因であったが、S10地区は現在鉄血の活動はほぼ皆無。居住区の管理もグリフィンの治安維持部隊でどうにか出来る程度に落ち着いている。

つまりドンピシャで条件に合致していた。

 

S10地区ならば、激戦区であるS09地区のすぐ隣であるため、すぐに応援として駆け付けられる。

その他の地区でも、グリフィン本部所属の支援部隊として即座に投入が可能。

鉄血の制圧だけでなく、戦闘捜索救難(CSAR)の遂行に対テロ戦闘。ゆくゆくはELIDの制圧にも駆り出される予定でもある。

 

「────以上が、主な内容だ。何か質問は?」

 

LWMMGらが屋外で物資搬入に汗水を垂らしている頃、基地内のミーティングルームにて指揮官のブリッツが告げた。

薄暗いミーティングルームにはS10基地所属の部隊、その隊長を努める人形たちが集まり、手元の資料を見て苦い顔を浮かべている。

 

「部隊に関しては・・・まあいいわ。強いてあげるならば、コレ本当なの?」

 

隊長たちを代表して、第一部隊隊長のFALが手元の資料を掲げ、その一部分を指差しながら尋ねる。

 

指差された部分は、この多目的戦闘群の指揮官を努めるブリッツに関する詳細な資料である。FALを始めとする他の人形も同様なようで、皆小さく頷いている。

公開出来る範囲とはいえ、迂闊に鵜呑みに出来ない情報が言葉となってズラリと並んでいる。

 

「事実だ」

 

短く端的にブリッツは答え、FALは苦笑した。第4部隊隊長のUSPコンパクトに至っては、信じられないと言わんばかりに「ええ・・・?」と小さく声を漏らした。

 

資料にはブリッツの経歴(プロフィール)が記載されている。

当然そこには正規軍特殊部隊、第74特殊戦術機動実行中隊というアドバーサリー部隊に所属していたという物から、第三次大戦を経験した事まで記載されている。

公式記録として残っている戦果。殺傷人数や装甲車両の撃破数。敵拠点の単独での制圧回数も記載されているが、記録に残らない非公式任務(ブラックオプス)も含めた場合、どれ程の戦果になるのか。想像も出来ない。

 

「タダ者じゃないとは思ってましたが、まさかこれほどとは・・・」

 

「それでもまだ控えめな情報開示だ。言えない事の方が多い」

 

第2部隊隊長のSV-98が唸るが、ブリッツの一言にガクリと頭を垂らして抱え込んだ。

他も似たり寄ったり。頭を抱えるか頬を引くつかせてドン引きしている。

 

ちなみにこの情報開示。グリフィンの社内報にも一部が掲載されている。

というのも、この多目的戦闘郡の発足を伴って、新設部隊を率いる「特別現場指揮官」として任命された事に対して、他人を納得させられるだけの理由が必要だったからだ。

 

特別現場指揮官とはその名が示す通り、実際に任務地に赴き戦術人形と共に作戦行動を取ることを許可された指揮官の事である。

現状、実際に人形と戦闘行動を取る指揮官は少数ながら存在するが、それをグリフィンが正式に認めたというケースは存在しない。指揮システム云々の問題はあれど、それ以上に戦術人形と生身の人間とでは、戦力に差がありすぎる。これは最早常識だ。

 

しかし、これまでのブリッツの活躍がその常識を覆してしまった。

 

大戦を始めとした様々な実戦経験が豊富な現場指揮官。グリフィンが構築した指揮システムの例外を作ってしまう程の、高度な技量をもつブリッツのバックボーンを知った上層部はどよめき、最終的には納得せざるを得なかったという。

その様子は、彼の部下である人形たちを見ればある程度想像が出来るだろう。

 

「ああそうそう」

 

急に思い出したような切り出し方でブリッツが声をあげ、人形は伏せていた視線を彼に向け直す。

 

「明日、新設部隊発足の祝いと戦力の拡充も兼ねて、新しい戦術人形が2体ウチにやってくることになったんで、新造人形にブートキャンプを施してやることに決めた。かなり厳しめにやるつもりだ。そこで、この新入り二人と一緒に訓練を受けるヤツを募集する。部隊員たちに聞いておいてくれ」

 

このお知らせに、隊長たちの顔が青ざめた。

 

 

 

 

 




はい、次から新入り二人がやってきます。誰が来るかなー?
そして始まるブートキャンプ。どうなるんやろね?(他人事)



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9-4 新兵教育訓練

時間かかっちゃったぜ!難産だったんや、ゆるして。
あとガスガン撃つの楽しかったからですごめんなさい


 

 

現在時刻、1000時。S10地区司令基地、司令室には一人の人間と三体の人形がいる。

 

「そういえば、今日って新入りさんがくるんだっけ?」

 

ふと思い出したような口振りと気安さで、三体いる人形の一人であるRFBが尋ねた。

彼女はもう一体の人形のFALとテーブルを挟んで向かい合う形でソファーに座り、互いに左手に持った5枚のカードを広げて持っている。そしてテーブルの上には色とりどりのブロック玩具が積み上げられている。

 

現在、二人は賭けポーカーの真っ最中である。

 

そんな最中で尋ねられた人間、ブリッツは何とも言えない表情で、作成中の資料からRFBへと視線を遣った。

 

「ああそうだがその前に、何でお前らは俺の目の前で賭けポーカーをやってるんだ?いい度胸だな」

 

「だって私達今日非番だし」

 

「答えになってないわよそれ」

 

悪びれもなく答えるRFBに、副官のLWMMGが呆れのため息混じりにつっこむ。

 

それを気にせず、RFBは「喰らえフルハウス!」と手札をテーブルに叩き付ける。

しかしFALは余裕の笑みを溢し、「残念、ストレートフラッシュよ」と手札を晒した。RFBの敗北である。彼女は崩れ落ちるようにソファーに横たわり、勝者のFALは「悪いわね~」とRFBがベットしたブロックを鼻歌混じりに掻き寄せる。

 

地区によってはドル札やルーブルといったような紙幣ではなく、ブロック玩具やドングリを貨幣代わりにする場所もある。

S10地区では極一般的な、世間で知られている紙幣が用いられているが、居住区には他地区から移住してきた者の為にブロック玩具を換金出来る銀行の存在はある。

 

つまり、休暇をとって居住区に繰り出し銀行に行けば、FALは今しがた入手したブロック玩具はそのまま現金に換えられる訳だ。

 

閑話休題(それはともかく)、新入りの話である。

 

「10時過ぎには来ると先方からは聞いている。そろそろだと思うが」

 

『丁度今来ましたよ。グリフィンの識別コードのヘリが基地周辺を旋回中。着陸要請をしてます』

 

「着陸を許可。さて、期待のニューフェイスを出迎えに行こうか」

 

手を付けていた書類も切り良く終わった所でブリッツとLWMMGは席を立つ。それに合わせて、FALとRFBは散らばっていたトランプとブロック玩具を纏めて片付けた。どうやら着いてくるらしい。

 

司令室を出て、屋上のヘリポートへと向かって通路を進む。

 

「そういえば、どんな人形が来るの?」

 

道すがら、FALが尋ねる。

それに対し、ブリッツは困ったように肩を竦めた。

 

「実は俺も知らなくてな。一応要望は出したがその通りになる保証はない。それに、ヘリアントス上級代行官に聞いてみたが、どうやら16LABから口止めされたらしい。お楽しみだとかなんとか」

 

「どうせあの猫耳研究者が面白がって秘密にさせたんでしょ?」

 

「ほぼそうだ」

 

指揮官と副官が「勘弁してほしい」と告げる代わりに溜め息を溢した。

後ろを着いてくるAR二人も、苦笑いという形で反応する。

 

「で、要望は何にしたのよ」

 

気を取り直して、FALが再度尋ねた。実際に来るかは分からないが、ブリッツがどういった要望を出したのかは気になる。

 

「ショットガンと、有効射程1キロ以上のライフルだ」

 

「理由は?」

 

「ショットガンは、市街地や森林地帯で不意の遭遇戦になっても対応出来るから。装甲があっても、12ゲージなら衝撃だけで動きを止められる。現状ウチにショットガンはスパスしかいないからな。層を厚くしたい。

ライフルは、戦術的な意味合いで以前から欲しかった。中距離の狙撃合戦なら、ウチのワルサーやSVに勝てるやつはそういない。が、それ以上となると些か厳しい。1キロ以上の位置から狙撃されたら対応が出来ない。ダネル(NTW-20)なら狙えるだろうが、作戦によっては連れていけない。それに俺たち、多目的戦闘群はその特色上、敵地深くに浸透し作戦行動を取ることが多い。ダネルのような携行に難がある銃だと、少し都合が悪い」

 

「ブリッツがやればいいじゃない。M82(バレット)とか担いでさ。持ってるでしょ?」

 

「そういうお前がやってもいいんだぞライト。.338ノルマのAPHEなら、1マイル(約1600m)先にいるアイギスでも一発二発で殺せる」

 

「嫌だよ。一発一発狙うのは得意じゃないし、弾をバラ撒くようなマネはしたくないよ」

 

何処か不満そうに唇を尖らせるLWMMGに、ブリッツは小さく溜め息をついた。

 

そうこう話している内に、四名は屋上のヘリポートへと到着。ちょうどそこに、機体側面にグリフィンのロゴを誂えたヘリコプターが一機、駆動音とダウンバーストを伴って着陸した。

 

その際吹き付ける猛烈な風が、FALとRFBの長髪が振り乱すように暴れさせた。「お団子取れる!」というRFBの叫びはヘリの音と風切り音によって掻き消される。

やがてそれも落ち着き、いくらか騒音が静かになった段で、キャビンドアが開いた。機内から二人、人形が降りてくる。

 

一人は小柄な体格に大きなライフルバッグを肩から提げた人形。

もう一人は、白いパーカーを羽織り、目元には深い隈をこさえた人形。

服装はともかく、どちらも肌や頭髪といった身体を構成しているパーツの色素が全体的に薄い印象だ。

 

二人の人形はブリッツたちの出迎えに気づくと姿勢を正して敬礼する。

 

「はじめまして。本日よりこの基地にお世話になります、M200です。よろしくお願いします」

 

「どうも・・・AA-12、です。よろしく、お願いします」

 

片やか細い声で、片や所々で言葉に詰まりながら、それぞれが挨拶する。

 

そんな二名を見たブリッツは開口一番。

 

「来るところ間違えてないか?」

 

こう言い放った。

というのも、ブリッツはこの二人の存在を定期的に届くI.O.P社のカタログを通じて知っていた。

M200とAA-12。どちらも最高級。LEGENDALYクラスのエリート人形である。

民生用自律人形を戦術人形に改修しラインナップする事が多いI.O.P社の中で、LEGENDALYクラスの戦術人形は戦闘を前提に一から設計された、まさに戦闘用アンドロイドである。

電脳も射撃管制コアも他の戦術人形とは比較にならない程高性能で、それだけ高価格。いくら新設部隊を任せられるほどの功績を上げ、かつそのお祝いであったとしてもまず、2体同時にやってくることは無い。

エリート人形とは、そういう存在である。

 

だからブリッツは何かの間違いではと尋ねてしまった。しかしヘリは間違いなくグリフィン本部が所有する機体であり、そのパイロットもグリフィン所属の人間。間違える要素が殆ど無い。

そしてなにより、M200がすぐに「い、いえ。S10地区司令基地に配属するよう正式な辞令も頂いてます」と、若干困惑した様子を見せながらもはっきりと受け答えした。

一方AA-12は「初っ端で疑われた・・・鬱だ・・・」とその表情を曇らせていた。

 

「ああ、そうなのか。それはすまなかった」

 

「い、いえ。あの、この基地の指揮官はどちらでしょうか」

 

おずおずとそう尋ねるM200に、ブリッツの後ろにいたFALは小さく吹き出し笑い声を抑えていた。

今ブリッツの格好はグリフィン制式の赤いコートではなく、黒シャツに黒のパンツ姿と、とてもではないが指揮官という格好には見えなかった。そして何より、ブリッツには兵士としての風格こそあれど指揮官としての威厳は細やかにしか無かった。

ただし本来ならば、人形は予め基地指揮官の情報を事前にインプットしてから配属される。はずなのだが、どうやらこの二名にはそういう事前情報が入力されないままここまで輸送、配属されてしまったようだ。

 

わざとか、それともあちらのミスか。それは分からないが、ともかく指揮官の所在をご所望だ。名乗り出るとしよう。

 

「自己紹介が遅れたな。S10地区司令基地多目的戦闘群特別現場指揮官のブリッツだ。M200、AA-12両名の着任を心より歓迎する」

 

「私は副官のLWMMGよ。これからよろしく」

 

淀みない敬礼と共に告げられた自己紹介に、新入り両名の表情に明らかな緊張がはしる。

 

「し、失礼しました!」

 

「構わない。こんなナリだしな。こちらにも非はある。────さて、すまないが俺はまだやることがある。基地内の案内は後ろにいるFALとRFBがしてくれる」

 

「え?私?そんな話聞いてないわよ」

 

「新たな話だ、やれ」

 

不満げなFALにブリッツは有無を言わせない。司令室で堂々と賭けポーカーに興じた事へのペナルティだ。

 

「君たちは今日より三日間、この基地に慣れるため普通に過ごしてもらう。それから新兵教育訓練(ブートキャンプ)を始める。よろしいか」

 

「はい、わかりました」

 

「了解」

 

「よし、では俺は仕事に戻る。FAL、RFB。あとは頼むぞ」

 

言って、ブリッツとLWMMGは踵を返して司令室へと戻っていく。新入りをここまで輸送したヘリパイロットも、用は済んだと即座に離陸を開始。瞬く間に機体が小さくなっていく。

一気に静まり返るヘリポート。そこに残された四名は互いに顔を合わせる。

 

一先ず移動しよう。そうFALとRFBが決めた、そんな時だった。

 

「うぐ・・・うぇ・・・」

 

突如、ここまで黙りだったAA-12が苦悶の声を上げてその場に蹲る。

 

「え、ちょ、どうしたの?」

 

「具合悪いの?」

 

すぐさま二人は駆け寄り、背中をさする。M200はおろおろとするばかりだ。

 

「真面目な自分キモい・・・吐きそう」

 

「何その難儀な性格」

 

「飴・・・飴ちょうだい・・・」

 

えずきながらも飴を所望するAA-12に色々ツッコミたい衝動に駆られるが、体調不良者自らがそう言っているのだ。一先ず言うことを聞く。

この時偶然にも、RFBが自前の棒付きキャンディを持っていた。それをAA-12に渡すと、彼女は包装を破いてすぐに口に咥えた。

 

すると、次第にAA-12の体調が快復していく。えずきも収まり、顔色も少しだが良くなったようにも見える。

 

「・・・ありがとう。助かった」

 

飴を口にいれながらも、AA-12は礼を告げる。その表情からは迷惑をかけてしまったという申し訳なさが滲み出ていた。

一先ずトラブルは収まったようでよかったが、三日後のブートキャンプに一抹の不安をFALとRFBの二人は覚えるのだった。

 

─────それから三日後の午前10時にて。新入り二名が基地内部の場所やルールを覚え、勝手がわかるようになった頃。予定通りにブートキャンプは実施された。

場所は基地の正面ゲートに呼び出された。

二人の格好は普段のパーカーではなく、レディース用のタンクトップにコンバットパンツという出で立ち。つまりは訓練着姿だ。足元にはそれぞれの半身。対物ライフルとフルオートショットガンがタクティカルベストやバックパックと共に横たわっている。

 

二人とも、緊張した面持ちで教官役の登場を待っていた。

 

この三日間。S10基地所属の人形からはかなり良くしてもらっていた。それも、やり過ぎなくらいに。

そして、良くしてもらった人形は皆口を揃えて、こう告げていた。

 

「頑張って」

 

それは単なる励ましにしては深刻そうで。皆が皆、遠い目をしていた。

 

「よし、予定通りに集まっているな」

 

そこへ、指揮官のブリッツが現れた。訓練用のコンバットシャツの上にタクティカルベストとプレートキャリアを装着し、背中にはHK417が鎮座している。

その後ろにはダネルNTW-20が、半身である大砲のような対物ライフルを肩に担いで着いてきている。

 

ブリッツは新入り二名と向かい合う形で立ち、一度呼吸をいれた。

 

「では、これより新兵教育訓練を開始する。だがその前にひとつだけ言っておく。おそらくは、お前たちはこの基地に来る前にI.O.Pかグリフィンの役員に色々吹き込まれているだろう。己が望むことを他人にとか、陣形だの連携だのと」

 

強調するように、一拍置く。

 

「全て忘れろ。そんな物は戦場では何の役にも立たない。所詮は内地で過ごしている人間の戯言だ。それに、俺たち多目的戦闘群は敵地深くに浸透して作戦行動をすることが多い。イレギュラーが常であってセオリーなんて通じない」

 

実感の籠ったブリッツの発言に、二人は思わず生唾を飲み込む。

S10基地の功績はここに来る前から聞いている。それだけに、彼が嘘をついて大袈裟に誇張しているようには思えない。

 

「そして一番重要なのは、お前たちが現状贅沢なパーツを使って作られたカカシでしかないって事だ。戦場に出せば10秒でお前たちはスクラップだろう。ハッキリ言おう。足手まといだ」

 

二人の表情が変わる。緊張の面持ちは鳴りを潜め、侮辱されたことの怒りが見てとれる。だがブリッツは止まる事なく話を続ける。

 

「だからこれもハッキリ言っておく。お前たちをカカシで終わらせはしない。俺がお前たちを兵士にしてやる。俺たちがお前たちの背中を守る。だから、お前たちが俺たちの背中を守れ。背中を預けるに足る存在になれ」

 

今度は怒りが消える。代わりに去来するは、決意。必ずやその、「背中を預けるに足る存在」になるという決意。

その決意は、作り物の双眸の光となって如実に現れる。

 

それが見えたブリッツは、僅かに口角を上げて微笑む。

 

「長くなったな。では、これより訓練を開始する。二人とも、装備品を身に付けてくれ」

 

「質問を。何をするのでしょうか」

 

「・・・これは俺個人が感じた事なのだが、戦術人形の戦闘能力については射撃管制コアとスティグマによって得られている。が、それにしては戦闘効率が悪い。それはなぜか。答えは戦闘能力の大部分を射撃能力に依存しているから。他がなってないんだ」

 

つまりだ。そう前置きをしてからブリッツは告げた。

 

「まずは、走ろうか」





はい、始まりそうで始まらなかったです。つ、次からってことで・・・

ここ最近忙しくって中々執筆時間とれなくてですねぇ。おまけに筆者が遅筆なものでどうしても時間かかっちゃうもので。週一更新したい(願望)


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9-5

おかしい・・・一週間かそこらで更新しようとしたのに、気付けば二周間以上経っていた。どういうことなの?


イベント周回でMP7とThunderちゃんを共に40周位で掘り出したので概ね満足。
あとK11とかいうヤツも引き当てました。あれの実銃面白すぎるでしょう?

ところで真核の仮面でKSGさんか里8さんかで悩んでますどうしよう


 

 

戦術人形に、ランニングやウエイトトレーニングといった体力錬成はあまり意味はない。

人工筋肉は設計された以上の出力を発揮することはもちろん、それを外的要因も無しに増強することは出来ないからだ。

尤も、エリート戦術人形は戦闘を前提に設計されているため、発揮できる出力は他の人形と比べてもかなり高い。それこそ、トレーニングなど必要ないくらいにだ。

 

SG人形AA-12は、指揮官であり教官役であるブリッツの「まずは走ろう」発言を聞いたとき、分かりやすく顔をしかめ、落胆を隠せなかった。

 

たまにいるのだ。人間と同じように走らせたり、人間と同じようにトレーニングさせる人間が。気合いだの根性だのと喚き散らしながら。

気合いだの根性だのという言葉は、AA-12にとってワースト3に入るほど嫌いなワードだ。

 

M200もまた懐疑的だった。人形である自分達に、体力錬成が必要であるようには思えない。

 

言ってしまえば、これは無駄な努力以外に形容しようがない行為だ。

 

最初に大それた事を嘯いたくせにコレだ。

二人は少なくとも、落胆を覚えずにはいられなかった。

 

──────そのハズなのに。二人は今目の前に広がっている光景に、愕然とした。

 

自分らと同じく、装備を身に付けた人形と人間の二人が、遥か先を走っているという光景に。

 

その二人とは言わずもがな、ブリッツとダネルNTW-20である。

距離にして15メートル前後。二人は先を軽々とした足取りで先に進んでいき、更に距離を引き離しにかかっている。

 

ダネルだけに置いて行かれるだけなら、まだ理解出来る。

彼女も戦術人形。例え重量30キロもあるライフルを担ぎ、予備弾倉をも携行していたとしても、速いペースを維持するのはまだ理解出来た。

 

そんなダネルと並走するブリッツについては理解が出来ない。

 

HK417を両手で持ち、プレートキャリアにタクティカルベスト。バックパックには水筒やMRE代わりのバラストを詰め込み、総重量20キロを超える装備を身に付けているというのに、そのペースは落ちる所か上がっていっているように思える。

 

「どうした!?遅れているぞ!」

 

先を走るブリッツから檄が飛んでくる。新造したてとはいえ戦術人形よりも速く走っていながら、その声には余力が窺える。

声を上げるだけの余裕を残しているのだ。

 

それに追い付こうと脚を動かすが、中々どうして、儘ならない。

とにかく走りづらいのだ。携行している装備品の重さ自体は、戦術人形にとって苦にならない程度。なのに、今はそれが酷く鬱陶しく感じる。自身の半身である銃も、両手で保持している為動きが制限されてしまい邪魔に思ってしまう。AA-12もM200も銃が大きく重い。特にM200は身体付きが小柄なのもあって苦労していた。

地面を蹴って進むたびにバランスが崩れそうになるのを堪える度に、脚部の関節が軋むような気がした。腕もまた、銃の重さを受け止め保持するために長時間酷使しなくてはならないため、徐々に関節部に熱が帯びる。

 

────最終的に、ブリッツとダネルに20メートル前後離された状態で二人は基地の外周15キロを走りきった。

 

この時の新入り二名の様子を一言で纏めるならば、"息も絶え絶え"といった有り様であった。

 

全身の人工筋肉(アクチュエーター)が悲鳴を上げている。オーバーヒートだ。

内蔵された呼気型ラジエーターがけたたましく稼働し、冷却の為口から外気を取り込み、ボディ内部に溜め込まれた熱を吐き出す。生体部品である人工皮膚からも、冷却の為に冷却水。人間でいう汗を吹き出している。

 

「どうだ?ツラいだろう」

 

予想通り。そう言わんばかりにブリッツが切り出した。彼は汗こそうっすら浮かんでいるが、呼吸自体は落ち着き払っていた。まるでウォームアップを終えたばかりのように。

ダネルも半身たる大砲を肩に担いだまま平然とブリッツの横に立ち二人を見ている。

 

「普通に走ればなんて事は無い。俺よりも速く、俺よりも長く走れるだろう。だが、戦場で丸腰は基本有り得ない。武器は持つし弾薬やMREだって携行する。防弾ベストも身に付けるだろうし、場合によっては任務地で何か物資を回収し運ぶかもしれない。

つまりだ、もしこれが実戦でここが戦場だったなら、お前たちは今ごろ落伍していたということだ」

 

それはどこか芝居がかったような口ぶりだった。しかしそれを指摘するにも声が出せない。ボディ内部の温度低下を優先するためラジエーターがフル稼働しているため、発声に費やせるリソースがないからだ。

 

「仮に鉄血支配地域に進行し、そこで落伍したらどうなると思う?簡単だ。嬲り殺しにされる。鉄血兵は単純だがマヌケじゃない。使ってる武器は高性能だし義体の基本性能はI.O.P社製より上だ。数も多い。包囲されればまず殺される。戦場で真っ先に死ぬのは動けないヤツだ。その次に動きの遅いヤツ」

 

AA-12とM200が喋れないことを知っていて、敢えてブリッツは言葉を紡いでいく。

 

「戦場では一所に止まり続ける事はできない。すぐに集中砲火を受けて撃破されるのがオチだ。常に動き続け、常に有利なポジションを取り続けなくてはならない。それはSMGもARもMGも、もちろんSGやRFにも言える事だ。今走ってもらったのは、体力作りの為でもなんでもない。装備を身に付けた状態で移動する事の難しさと、その重要性を理解してほしかったからだ」

 

ここで漸く内部温度が正常値に落ち着き始めた。発声機能も使える。が、二人は黙ったままブリッツの話を聞くに徹していた。声を上げるタイミングを逸してしまった。というのもあるがそれ以上に、電脳が彼の話を聞くべきだという判断を下していた。

 

「自分なりにやり易いやり方を見付けろ。義体性能はもちろん銃の大きさ、重量配分は二人とも異なる。アドバイスはしてやるが、答えは自分で決めるんだ。そのために訓練に訓練を重ねろ。最初は苦労するだろうが、その苦労は後に必ず自分の糧となる」

 

自身のHK417を掲げて強調しながら、ブリッツは言う。417も、二人ほどではないがそこそこ重量のある銃火器だ。任務によっては予備火器。アンダーバレルに40ミリグレネードランチャーやマスターキーを装着することもある。

そうすれば、重量は5キロを超えてしまう。

AA-12も重量は5キロあり、M200に至っては14キロもある。

 

それを抱えて戦場を闊歩し、駆け抜け、戦い抜かなくてはならない。

 

「ついで、と言ってはなんだがこの際だ。これも伝えておく。これからお前たちは、色々な事を覚えていくだろう。だがまず、この基地に身を置くに当たって真っ先に覚えてほしい事がある。

俺たちは喜び勇んで銃の撃ち合いなんて。ましてや敵と殺し合いなんてしない。やるのはいつだって一方的な殺し。一方的に鏖殺し、一方的に殲滅し、一方的に蹂躙する。

やってやられてなんて愚の愚。人形だからやられてもバックアップがあるから平気、なんて考えは今ここに捨て置け。その考えはあまりに非効率で、結果的に仲間を殺す。敗北主義者となんら変わらん。そんなヤツは、俺の部隊にいらん。

いいか。俺の部下である以上、お前たちは代えの効かない兵士であると自負しろ。そして忘れろ。消費が大前提の胸糞悪い人形の戦い方を」

 

締め括り、ブリッツはひとつ息をつく。

 

「長くなってしまったな。休憩は終わりだ。次は射撃訓練と近接戦闘(CQB)だ。陽が暮れるまでみっちりやるからな」

 

踵を返し、ブリッツは基地へと足を進めていく。

思わず聞き入ってしまっていた新入り二人は、慌てて銃を抱え直して、その後ろを着いていく。

 

まだ訓練は始まったばかりである。





ブリッツ「銃が撃てるだけで戦力になれると思うな」

って言う感じで訓練は続きます。

ちなみに新入りにAA-12とM200を選んだ理由ですが、単純にワイが好きだからです。ワイボクっ娘が好きやねん


ところでLWMMGのMOD実装、ま~だ時間かかりそうですかねぇ?早くしないとこの作品でフライング出演させるぞコラァ!


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9-6

ちょっとまって?前回から四週間も経ってるよ?どうして?


 

 

次に行われたのは射撃訓練である。基地内のシューティングレンジに移動し、そこでいきなりS10基地所属の数少ないHG人形であるUSPコンパクト、Px4ストームに半身。つまりショットガンとライフルを取り上げられた。

慌てて取り返そうとする二人をMk23が押さえて宥める。

 

同時に二人は拳銃。サンドカラーのM45A1を押し付ける。

 

射撃訓練は射撃訓練でも、ハンドガンを使った訓練である。HG人形三名は、その講師役として召集されていたのだ。

 

困惑する二人を他所に、ブリッツは自前の拳銃。コンペンセイター仕様のMk23ソーコムピストルを持って、口を開いた。

 

「AA-12、M200インターベーション。どちらも強力な銃だ。鉄血なんぞ、文字通り鉄屑に出来る威力を誇る。

だが足りない」

 

前置きと打って変わった物言いに、AA-12とM200は眉をひそめながらも、次のブリッツの言葉を待つ。

 

「あらゆる状況における対応性即応性に欠ける。AA-12は圧倒的な制圧力があるが、リロード時に出来る隙が相手の接近を許してしまう。M200はその銃の大きさ故に取り回しに難がある。敵に接近された際に対応が間に合わない可能性がある。そこで、サイドアームだ」

 

ブリッツは持っているMk23を掲げて見せる。

 

「戦場におけるハンドガンの利点は、なんと言っても即応性だ。ホルスターから抜いてセーフティを外し、構えて狙いを付けて撃つ。言葉にすれば長く感じるが、訓練次第ではこれらの動作を一瞬で終わらせられる。つまり、不意の敵の出現にも十分対応できる訳だ」

 

「でも、相手に近づかせなきゃいいだけじゃないの?」

 

AA-12がしげしげとM45A1を見ながら疑問を口にする。自身の半身(AA-12)よりも遥かに小さい拳銃という存在に、多少なりとも思うところがあるようだ。おそらく不安なのだろう。いざというときに拳銃(コレ)で対応しなくてはならないという事に。

 

「確かにそれが出来るなら、それに越したことはない。だがなAA-12。断言しよう。そんな事は不可能だ」

 

ばっさりと切って捨てた。

彼は続ける。

 

「俺たちの戦場は開けて所々に遮蔽物のある、そんな誂えたような都合のいい場所じゃない。市街地や森林地帯、狭い屋内。まともな遮蔽物のない見通しのいい平地。様々だ。それら全てに対応できるほど、お前たちの銃は器用に立ち回れない。長所もあれば短所もあり、オールラウンドにはこなせない。必ずサイドアームの存在が必要になる場面がやってくる。更に言わせてもらうなら、サイドアーム一つ使えない戦術人形を、俺は戦力として認めない」

 

「はぁ!?」

 

信じられない。そう言いたげにAA-12が声を上げた。M200も、声こそ出さなかったが驚愕の表情を浮かべてブリッツを見ている。

 

「I.O.Pの戦術人形は皆、一つの銃とスティグマで繋がっている。このスティグマによって、戦術人形は並々ならぬ戦闘能力を発揮出来る。だから俺は、半身を使った射撃訓練よりもそれ以外の銃器。今回で言えばハンドガンの習熟を重要視している。

理由は単純。もしもの時の備えだ。もしお前たちの半身の弾が切れたら?戦場で弾薬補充なんてそうそう出来ない。バカみたいに撃ってたら早々に弾切れになる。かといって節約するにしても、全く撃たないわけにはいかない。そこでサイドアームも駆使すれば、メインアームたる半身の弾薬を節約できる。

────とまあ、ここまで長々と語ってきたが俺が今一番言いたいのはこれだけだ。つべこべ言わずにさっさとやれ」

 

横暴な。その言葉を声帯部品を通さずに飲み込んで二人はレンジに立ち、テーブルに置かれている赤いイヤーマフを頭に着ける。

最後はともかくとして、言っていることは理解できる。戦闘におけるサブの重要性は把握している。だがこうも思うのだ。メインアームたる半身を使った訓練をした方が、人形の作戦遂行能力を上げられるのではないかと。

 

それをブリッツは察したのだろう。だから有無を言わせず話を終わらせたのだ。

 

こうなると、もうやる以外にない。二人は銃のセイフティを外し、マガジンを抜いて弾薬の有無を確認。ずしりとした、フルメタルジャケットの.45ACP弾7発分の重量を感じとる。装填し、スライドをきっちり引ききる。薬室に弾丸が収まっていることをポートから覗き込んで確認。スライドを戻す。

ここまで淀みなく出来た。いくら新造されたばかりとは言えそこはエリート人形。ハンドガンの取り扱い程度は電脳にインプットされている。

後は撃つだけだ。

 

ビーバーテイルを押さえるようにしっかり両手でグリップを握り、銃を突き出すように構え、10メートル先にある人を模した標的に狙いを定め、引き金に指を掛け、一息に───

 

「ストップ」

 

トリガーを引こうとしたAA-12を、いつの間にか背後にいたPx4ストームが通信越しに制した。

出鼻を挫かれたAA-12は若干不服そうな表情でPx4の顔を見る。

 

「もっと脇を締めて。これだと安定しない。肘も少し曲げた方がいい」

 

説明を加えながらAA-12の姿勢を矯正していく。

 

「おお・・・」

 

小さくも感嘆の声が漏れる。確かにしっかり構えられているのがよくわかった。気を取り直して再度狙いを定める。

 

発射。乾いた音と共に銃口から放たれた一発の.45ACP弾は10メートル先の標的に当たる。───事はなく、その後ろの壁に虚しく着弾した。

 

「・・・は?」

 

信じられないとでも言いたげな声が飛び出す。もう一発。更に一発。何度もトリガーを引く。

やがて装填された7発の弾丸全てを吐き出し、M45A1はホールドオープンという形で弾切れを告げた。しかし悲しいかな。放たれた弾丸はいずれも標的に命中することは無かった。

 

M200も同様のようで射撃結果を見て驚愕の表情を形成し、補佐についていたMk23は苦笑いを浮かべていた。

 

「指揮官!これ壊れてるんじゃないの!?」

 

ホールドオープンされたままのM45を見せながらAA-12は声を荒らげてブリッツに食って掛かる。ここまで当たらないとなれば、まず銃側の問題と判断したのだろう。戦術人形としては、例えスティグマで繋がってない銃であっても全弾ミスは有り得ないと考えているようだ。

 

「ほう?つまり銃のせいだと?」

 

厳しい顔つきでブリッツはAA-12からM45を受け取り、新たにマガジンを装填。スライドロックを解除。

 

即座に構え即座に発砲。CARシステムのエクステンドスタイルで連続した銃声を轟かせ、3秒足らずの瞬く間で全弾を撃ち尽くす。

結果は全弾命中。それも全てヘッドショット。着弾点も集中しており、銃痕が全て重なっていた。

 

間近で見ていたAA-12はもちろん、M200も呆然とした。

Px4は「おお~」と感嘆と控えめな拍手を送っている。

 

「これでもまだ壊れていると?」

 

M45にまた新たにマガジンを装填してから、ブリッツがジロリとAA-12を見る。まるで蛇にでも睨まれたように息をつまらせた。彼女たちは知る由もないが、このM45A1を用意しメンテナンスを施したのは他ならぬブリッツ本人である。

これ以上無いお手本を見せ付けられてすっかり意気消沈してしまっている。

 

そんなAA-12を見て、ブリッツは一つ小さく息をついてから口を開く。

 

「極東の島国には、『正射必中』という言葉がある。正しく射てば必ず当たる、という意味だ。元々は弓道の言葉だが、これは銃でも同じ事が言える。正しく持ち、正しく構え、正しく狙えば、外すなんて事はない。ただ撃つのではなく、どうグリップを握り、どう標的を見て、銃口が正しく敵を捉えているかを常に意識しろ。そしてそれを五体に染み込ませろ。無意識でそれが出来るようになるまで繰り返せ。そこまでやって初めて技術を身に付けたと呼べる。

付け焼き刃の技術なんてのは戦場じゃ役に立たない所か、そのせいで死に繋がりかねない」

 

持っていたM45をクルリと回して、AA-12に差し出す。

 

「だから学べ。お前たち戦術人形は、学んだ分強くなれる。強くなればどんな戦場でも生き抜ける。その学ぶ手伝いくらいはしてやれる」

 

さあもう一度だ。彼はそう締めくくった。

ここまで言われて、差し出された銃を受け取らない訳にはいかなかった。やや躊躇いがちに銃を受け取る。

 

スライドを軽く引いてプレスチェック。薬室に弾丸がいることを確認。

そして構える。だが今度はただ構えるだけではない。

 

「正射・・・必中・・・」

 

小さく呟いてから、一瞬見せたブリッツの構えを電脳内に保存した映像ログを参照にして、構えた。

 

それはブリッツのそれとは似て非なる構え。完全な模倣ではなかったが、最初と比較すれば雲泥の差。謂わば、堂に入っていた。

 

トリガーを引く。銃声と共に一発の.45ACP弾が銃口から放たれ、それは標的に命中した。

ブリッツのようなヘッドショットでは無いが、右の脇腹部分に弾丸は確かに着弾していた。

 

当たった。思わずそう口から溢れそうになるのを寸での所で飲み込み、外しかけた照準を合わせる。

撃つ。今度は左の肩口。また撃つ。右胸の下。撃つ。左胸上。

撃つ。標的のど真ん中を撃ち抜いた。

 

着弾こそバラバラだが、放たれた弾丸は全て標的に命中していた。

 

「ほぉう・・・」

 

この結果にブリッツは感嘆の息をついた。

 

特定の銃器と繋がるスティグマの関係上、戦術人形はそれ以外の銃器を使うと人並み以下。甚だしい時は、素人にすら劣る。AR人形がショットガンを使うと反動に負けたり、MG人形がライフルを使っても全く当たらなかったりと。

 

この基地最強格のLWMMGも、かつては拳銃の取り扱いにも難儀していた。

今ではハンドガンもサブマシンガンもアサルトライフルも、ショットガンもライフルも、銃種を問わずに扱う事が出来るまでに至っているが。

 

ともかくとして、スティグマによって特定の銃器と繋がっている戦術人形は、扱いの簡単な拳銃ですら満足に扱えない。

それを承知した上で、ブリッツは訓練指示を出した。が、AA-12はそれを早々に克服するきっかけを手にした。

 

スティグマで繋がっていない拳銃であっても、たった一度の手本を見せただけでアジャストしてみせた。流石はエリート人形。戦闘に適した人形という触れ込みは伊達ではないようだ。

 

中々どうして。教え甲斐があるじゃないか。

 

ブリッツは口元を覆うように右手を添えるが、その下には口角を吊り上げニヤリとした笑みを浮かべていた。

 

「次」

 

短く厳かに告げる。あまり言葉を紡ぐと、喜色で上擦った声が出そうになるからだ。

構わずAA-12は空のマガジンを抜き、新たな弾倉をM45に叩き込む。スライドロックを解除して即構える。

 

すぐに乾いた銃声が連続で響いた。今度は標的の真ん中。人間で言えば心臓付近に弾痕が集中している。

 

空のマガジンを抜き、台に置く。それからブリッツへと振り返り、フンスと鼻を鳴らして「どうだ」と言わんばかりに胸を張って見せた。

ここまでされたら認めるしかない。

 

「見事だ」

 

ポンと、ブリッツはAA-12の頭に手を乗せて撫でる。

 

「わっ、ちょっ・・・!いきなり撫でるな・・・!」

 

口では不満を溢しているが、その口元と頬は少しだけ緩んでいる。満更でもない様子だ。

 

その後すぐ、M200も補佐に着いていたMk23の助言もあって要領を得たのか、AA-12と遜色無い射撃精度を獲得。ブリッツとHG人形一同満場一致で「OK」が出た。

 

「よし。では基礎練習も出来たところで本番だ」

 

このブリッツの言に、AA-12とM200の表情が固まる。

 

「休憩だとでも思ったか?これで終わりな訳がない。ここまではウォーミングアップみたいなもんだ。次はハンドガンを使ったスピードシューティング。その次はキルハウスを使った突入訓練だ。その後も予定を控えている。夜まで休めると思うな。本番だと思って全力でやれ。訓練だからと全力を出せないヤツは本番でも全力など出せない。楽なんてさせない。手など抜かせない。わかったな?わかったならすぐに始めるぞ。いつまでも呆けてないでさっさと準備しろ新入り(ブーツ)共」

 

ここでようやく二人は真に理解できた。この三日間の扱いの訳と、その都度告げられた「頑張って」の意味を。

つまりは、こういう事だったのだと。

 

────そこからは怒濤の如く。ハンドガンを使った訓練は進行していった。

 

「Center Axis Relock。CARシステムと呼ばれるこの構えは近接戦闘に特化したシューティングスタンスだ。狭い場所でも問題なく構えられ、すぐに射撃が行える。銃を奪われるリスクも無く、照準も合わせやすい。リコイルも抑えやすく連射しても高い命中率を維持できる。ジャムからの復帰やマグチェンジも容易だ。おまけに、目標に対して身体を横に向けるため前面投影面積。つまり被弾面積が小さくなる。デメリットもあるにはあるが、それ以上にメリットが多い。お前たちには、これを身に付けてもらう」

 

ブリッツ自らが実際に構えて見せ、それを見よう見まねで自分たちも構え、細かく矯正されながら

 

「遅い!サイティングは素早く精確に!今のままでは一発撃つ前に敵に5発弾を頂戴しているぞ!銃口と視線を別々に動かすな!常に視線の先と銃口の向きを一致させろ!半身でなら出来るけどハンドガンでは出来ませんなんて言わせないからな!」

 

時折浴びせられる怒号を聞きながら

 

「敵施設内への突入制圧はとにかくスピードが命だ。そのために必要なのは判断力と瞬発力だ。敵を瞬間的に判断し、即座に攻撃する。敵は有利なポジションで待ち構えている。そいつらに対応するにはとにかくスピードが必要になる。戦術人形の反応速度なら十分対応できる。だから身に付けろ。判断力と瞬発力。そしてスピードを。それらを身に付けたとき、お前たちは正確無比な走る銃座となる」

 

その技術の必要性を説かれながら

 

「屋内の戦闘は必ず近距離だ!不意に敵と遭遇した場合は一瞬でも動きが遅れれば命取りになる!狙う手順は省け!ただ銃口を向けて撃つだけでいい!一発でも当たればこっちのものだ!45口径なら仕留めきれずとも動きを止められる!可能な限りダブルタップで確実に仕留めろ!胴体に一発叩き込んで動きを止め、トドメに頭に一発ブチ込めば大抵のヤツは黙らせられる!」

 

やや荒っぽく助言をいただきながら

 

「常に残弾数を気にかけろ!いざ敵との交戦で弾が切れてやられたなんて笑い話にもならん!律儀に数えるか、マガジンの重量から残弾数を読み取れ!これはお前たちの半身にも言えることだ!」

 

稼働開始からそれほど日数も経っていないのに無茶を言われながら

 

新入り二名の訓練は宣言通りに夜までほぼぶっ通しで行われ、「今日はこれまでだ!各自メンテナンスを受け明日に備えろ!」というブリッツの発言をもって一日目が終わった。

 

────それから三時間後。メンテナンスを終えたAA-12は一人通路を歩き、割り当てられた自室へと向かっていた。

 

今日1日で、かなり脚部の関節部分にかなりの負荷がかかっていた。消耗品の交換とグリスアップを施し万全に近い状態に戻ったが、そのせいですっかり夜も深い時間になってしまった。

義体内の電波時計が正常ならば、あと少しで日付が変わってしまう。

 

彼女は薄暗い通路を足早に自室へと向かって進んでいた。走らず、しかし歩くというには速すぎるペースで。

 

彼女には細やかながら、楽しみがあった。それは深夜に放送されるラジオ番組。

S09地区前線基地より、毎日忙しい後方幕僚が仕事を片付けてから発信される「カリンの相談オフィス」。AA-12は、このラジオ番組の熱烈なファンであった。

放送時間がメインパーソナリティの仕事によって大分前後するため、決まった時間の放送というわけではない。が、これまでの視聴で、AA-12は大まかな放送開始時間を予測出来るようになった。その予測によれば、あと数分経たずにラジオが始まってしまう。

 

「急げ・・・急げ・・・!始まっちゃう・・・!」

 

焦燥に駆られ、自然と歩くペースが速まっていく。

そんな時だった。通り道にあった司令室の前を通りすぎようとした際

 

『今日もあなたの心を聞かせて、電波で繋がるみんなの思い☆』

 

件のラジオのお決まりなセリフが、AA-12の聴覚センサーを刺激した。

 

空耳か聞き間違いかと思ったが、『皆さんお待たせ!今夜もいっぱい、皆さんから日常のお悩みが届いていますね!』という聞き覚えのある女性の声を認識して、間違いではないことを確信した。

反射的に、AA-12は司令室のドアを開けて中に入ってしまった。

 

「ん?どうしたんだAA-12」

 

司令室には、紙の書類に手を付けているブリッツが一人だけいた。その傍らのテーブルには、ラジオの音源を流すスピーカーがある。

彼は書類からAA-12へと視線を移して問い掛けた。

 

「え、いやあの・・・その、ラジオが聞こえてきたから・・・」

 

しどろもどろになりながらもAA-12は何とか答えた。どうにも彼女はブリッツが苦手であった。厳しい訓練を課す鬼教官というイメージが定着しているため、どうしても近寄りがたい印象があるからだ。

そんな事も知らず、ブリッツは彼女の返答に合点が言ったように声をあげた。

 

「ああ、これか。よく聞くんだ。時々投稿もしたりする」

 

親しみやすさを覚える自然体で柔らかな雰囲気を帯びたその声色と、はにかんだ表情。訓練の時とは全く違う。まるで別人のようであった。

 

AA-12は少しだけ驚いた。

意外であった。こんな表情も出来た事に。意外であった。どこまでも軍人気質だと思っていたら、こんな人並みの趣味を持っていたことに。

そして、こんな時間まで仕事に追われていることに。

きっと自分達の訓練に付き合ってくれていたから、こんな時間まで仕事が長引いてしまったのだろう。

 

そう考えると、何だか申し訳なくなってくる。なにか手伝った方がいいのだろうか。

どうやらそれが顔に出てしまっていたようで、ブリッツはたまたま手元にあった基地の資材管理表をひらひらと掲げて見せた。

 

「俺はデスクワークが苦手な上に不器用でな。こんな紙切れ一枚終わらせるにもえらく時間が掛かってしまうんだ。君が気にすることはない。明日も訓練があるんだ。早く部屋に戻って休め」

 

気を遣うつもりが、こちらが気遣われてしまった。先ほどからどうにもイニシアチブが取れない。これも全て自分のコミュニケーション能力の低さが原因なのか。そう考えるとなんだか鬱になってきた。

気持ちを落ち着かせる為に一先ずポケットに忍ばせていたロリポップキャンディを一つ取りだし口に咥えた。

それから、近くのソファーにちょこんと腰を下ろした。

 

「AA-12?」

 

「その・・・ラジオ、ここで聞いちゃダメか・・・?私も、そのラジオよく聞いてるからさ」

 

どこか不器用な頼み方。しかし不思議と、ブリッツは嫌な気持ちにはならなかった。

 

一度席を立ち、近くの台へ。そこにはケトルやポット、コーヒーメーカーといった機械がある。そこで二つのカップにココアパウダーを入れ、予め熱しておいたミルクを注ぐ。時折砂糖や水も加えながらよくかき混ぜて、出来上がった物を一つ、AA-12に差し出した。

 

「終わったらすぐに寝るんだぞ」

 

「ん、わかった」

 

出来立てで湯気の立つココアを両手で包むようにして受け取り、そっと一口。

飴とは違う、ほどよい甘味が口の中に広がり、なんだか暖かい気持ちになったような気がした。ブリッツも、自分で作ったココアを一口のみ、出来栄えに満足行ったように小さくも確かに頷いた。

 

『さて、それでは皆さんからのお便りを読んでいきますよ。一人目は誰からかな?』

 

前口上も終わったカリンが、視聴者から届いたメッセージを読み上げ始めた。

それを司令室の二人は、一言も発すること無く聞く。ラジオ以外の声はなく、ココアを飲む音と事務仕事の音しかしない空間。しかし不思議と、二人の胸中に居心地の悪さはなかった。

 

夜の時間は、静かに過ぎて行く。

 

 

 

 





AA-12すき(直球)
M200ちゃんもすき(直球)

そういえば少し前のログボは、厳正なるアミダくじの結果KSGに決まりましたありがとうございます。

そして最近立て続けに知名度あげたいハンドガンとか水陸両用ARとかリミテッド・クレージーちゃんとかがやってきました。うれしい


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9-7

よっしゃ!今回は2週間くらいで投稿できたぞ!


ガンスリコラボの人形全員入手できた( ´∀`)
さあ後は専用装備だぁ・・・

あと、C-MSとかいう50メートルで厚さ7ミリの装甲板ブチ抜くヤベーヤツも入手しました。


 

 

左右が灰色のコンクリートパネルで出来た、人二人並んで歩ける程度の幅のある通路を進む。

通路は曲がり角はあれど基本的に一本道。時折部屋の入り口がある。ただ薄暗く、所々にパネルが剥げていたりコンクリートで塗り硬められた床はひび割れが目立つ。廃墟を彷彿とさせた。

 

そこを進む一人の人影。SGタイプの戦術人形AA-12は、半身であるフルオートショットガンを構えながら進む。

そのペースは走るというには少し遅いが、歩くよりも確実に速い。小走りといった方が正しいかもしれない。

 

そんな彼女の前方3メートル付近。突然なにかが壁から飛び出した。鉄血工造のリッパーが銃を構えている───その姿を模した標的だ。

間髪入れずに引き金を引く。銃口から放たれた一発のI.O.P社製OOOバックショット。内包された直径9.14mmペレットが余すこと無く標的に命中し文字通り真っ二つに破壊した。

AA-12にフルオートとセミオートを切り替えるセレクターは無く、単発にするにはトリガーの引き加減で調整するしかない。何度も反復練習することで身に付けた射撃技術だ。

 

また次に標的が出てくる。今度は2体同時だが関係ない。これも擬似的な単発射撃を連続で行うことで問題なく破壊する。

 

敵を排除し通路を進むと、扉の無い部屋へと差し掛かる。入り口付近で一度壁に背を預けて一呼吸入れる。それから身を翻し部屋へエントリー。瞬間、同時にリッパーやヴェスピドの姿を模した標的が出現。その数5。

瞬間的に位置を把握し即座にトリガーを引ききる。一分間で300発というショットガンとしては凶悪なファイアレート。わずか一秒前後で全ての標的を破壊した。

 

「クリア」

 

一言呟き部屋を後にする。

32連装のドラムマガジンを交換しながら足早に通路を進む。最終地点まであと少しだ。

その時だ。目の前に標的が出現した。ブルートの姿を模した標的だ。

 

近すぎる。一瞬でそう判断したAA-12は足のスタンスを大きく広げて姿勢を低くする。そして腰から延びている3枚ある装甲板の一つを、そのブルートの標的に向かって勢いよく突き出した。

 

本来防御で使う盾を攻撃手段として使うシールドバッシュ。現代の戦争ではまず使われない盾を標準装備としているSG人形ならではの攻撃方法。シールドバッシュを受けた標的はグシャリと何かが潰れたような異質な音と共に破壊された。が、念のためにサイドアームのM45A1で胴体に二発と頭部に一発.45ACP弾を叩き込んでおく。

 

シールドバッシュは義体の破壊には使えるが、それで仕留められるかどうかは微妙な確実性に欠ける攻撃手段だ。トドメはやはり銃が一番いい。

 

気を取り直して通路を進む。そうして、通路の一番奥にある部屋へと到達した。部屋には先と違って金属製のドアがあり、通路と遮断されている。

 

ここで律儀にドアノブを捻ればたちまち集中砲火をもらうだろう。

ならばと、AA-12はドアノブに向かって一発12ゲージを打ち込み施錠もろとも破壊した。間髪入れずドアに後ろ蹴りを食らわせれば、金属製のドアは鈍い破壊音と共にくの字に折れ曲がって吹き飛んだ。

 

姿勢を低くして内部に飛び込む。まず直近の3体を仕留める。そしてすぐに近くの木製テーブル──ただし、厚さ9mmの鉄板を仕込んだ防弾仕様のテーブルを下から押し上げるようにして横に倒した。即席の遮蔽物だ。

 

その直後、身を預けるテーブルから着弾音と衝撃が伝わってきた。

間違いなく銃撃されている。

 

「指揮官め・・・意地が悪くないか?」

 

思わず悪態をつく。しかしすぐに気を取り直す。着弾音と銃撃音から敵の数と位置を割り出す。

数は3。どうやら纏まっているようだ。

 

AA-12は仰向けに横たわり、机に向かって思いきり両足を突き出した。

突き出された両足によって鉄板仕込みのテーブルは敵に向かって床をスライドしながら飛んでいく。

やがてテーブルとなにか硬いものがぶつかった鈍い音が響き、銃撃が止む。

上体を起こす。そこには咄嗟にテーブルを避けたであろう、型落ちの第一世代型戦術人形が今にも銃を向けようと体勢を立て直そうとしていた。その隙を見逃さず、AA-12は座ったまま銃撃。

棒立ちも同然の第一世代を次々に破壊し機能を停止した。

 

立ち上がり、銃口を敵に向けながらゆっくり近づく。確実に機能停止しているかを確認し、小さく息をついた。

 

同時に、耳をつんざくようなブザー音が響き渡った。

 

『訓練終了!AA-12、悪くなかったぞ』

 

「ああ、そりゃそうだよ」

 

ポケットから予め忍ばせておいたロリポップキャンディを取りだし、包装を解く。

 

「勝利は私の数少ない得意分野さ」

 

言って、大好きな甘いキャンディを口の中に放り込んだ。

 

 


 

 

かつては人で賑わい、活気があったであろう巨大なショッピングモール。しかしそれも今や昔の話。かつての大戦の影響を受け、今では誰一人寄り付かない廃虚と化している。

 

そんな中をひた走る一人の影。RF型の戦術人形M200は、背中に半身を収納したナイロン製のライフルバッグを背負い、両手にM45A1を握り締めて眼光鋭く周囲を見張りながら進んでいく。

 

一階のフロアは一見すれば見通しがよく、天井まで吹き抜けの広い空間だ。しかし今では上階の床が抜け落ちたり、展示されていた当時の新車や一定の間隔で設置されている太い柱等で、敵が潜むだけのポイントはいくつかある有り様だ。

 

彼女は屋上に向かっていた。それも一秒でも早く。

 

まずは一階フロアの中央に位置するエスカレーターに向かう。当然ながら、電力の供給なんてものはもう何年も前に止まっている。今この建物内部を照らすのは、かつては一面ガラス張りであっただろう、屋根の役目を果たせなくなったガラス枠から入り込む日光のみだ。それでも全体には光が行き渡らず薄暗いが。

 

M200はまっすぐエスカレーターに向かって突っ走る。その時、2階の通路にヴェスピドを模した標的が9時方向に2体出現した。

走りながらM45A1をその標的に向けて発砲。都合4発放った弾丸は全て胴体と頭部に命中しパタリと倒れた。

それとほぼ同時に今度は3時方向に同じくヴェスピドの標的が2体出現。手の中でクルリと銃を反転させ持ち手を切り替え(スイッチ)し、左手で照準を合わせてトリガーを引いた。これも4発きっちりと。

予め薬室内に入れておいた分とマガジンに収まっていた分の計8発を撃ちきりホールドオープン。

 

銃を少しだけ振るようにしてマガジンを遠心力で抜き飛ばし、一切足を止めぬまま新たな弾倉を装填してスライドロックを解除。

 

機能こそ失っているが、階段としてならまだ使えるエスカレーターを駆け登り2階へ。すると、目の前にリッパーを模した標的が突然出現した。咄嗟に、左手で腰に携えていたナイフ。ブリッツから手渡されたブルートのナイフを目の前の標的へ横薙ぎに振るった。標的は容易く、まるで熱せられたナイフで切ったバターのように抵抗無く真っ二つにされた。ついでとばかりに左足を軸にした右の後ろ蹴りで標的を蹴飛ばした。

 

体勢を戻して、銃の握りと構えをCARシステムのエクステンドスタイルに変更し、再度前進。

 

エスカレーターは1階と2階にしかなく、3階より上に上がるには別の場所にある階段を上る必要がある。一番近い階段はショッピングモールの端に位置している。そこへ向かう道中にも敵の出現はある。柱の影やかつては雑貨屋であった店舗から。

 

それら全てを、M200はM45A1を駆使して排除していく。

 

漸く階段まで到達。ここから一気に屋上まで上がる。

階段という構造上、上る場合はどうしても死角が多くなる。敵の待ち伏せだけでなく、仕掛け爆弾といったトラップが仕込まれている可能性もある。それらに注意しつつも、ペースを落とすことはできない。

 

スナイパーに必要なのは、様々な物理的現象を考慮した高度な狙撃技術だけではない。というよりも、戦術人形にとってはそんなものは有って当たり前の技術である。次点で重要なのは狙撃するポイントの選定と、そこまでの移動速度も必要だ。

今回はポイントの選定は終わっているから、今必要なのはとにもかくにもスピードだ。

 

M45を構えたまま階段を上がっていくと、やはり敵が彼女の進行を阻止、もしくは妨害しようと立ちはだかる。その一切を、M200は淡々と排除していく。

とにかく速くやれと。確実に仕留めろと、そうプログラムされた走る銃座と化したM200を、標的ごときに止められる道理はなく。またこの程度で彼女の足が止まることもない。

そういう訓練をしてきたのだから。

 

そうしてたどり着いた屋上へと通ずる扉を蹴飛ばして開ける。素早くクリアリングし屋上を確保。

予め決めていた位置である屋上の端まで足を止めること無く、ヒップホルスターにM45を収めライフルバッグからM200インターベーションを取りだす。バイポッドを展開しバックパックに入れておいたM200用マガジンをレシーバーに叩き込む。

 

所定の位置に付く。伏射姿勢で標的を探しだす。すぐに見つかった。

1マイル先。約1600メートル。メインストリートだったであろう場所に、第一世代の無骨でいかにもなロボットが銃を持って彷徨いている。

 

「動くマトだなんて聞いてない・・・」

 

少しだけ顔をしかめるが、スコープを覗くその瞳に諦念はない。

即座にコアが狙撃に必要な情報を掻き集め、理想的な狙いを導きだす。

 

気温、湿度、気圧。風向、風速、空気抵抗。その他一切合切が合致した瞬間を見逃さず、M200は引き金を引いた。

肩に感じる重い衝撃と共に放たれた.408シャイタック弾419グレインが緩やかな弧を描き、まるで引き寄せられるように第一世代人形の胴体に命中。風穴を開けた。動きが止まったのを確認するよりも速くボルトを引いて排莢し次弾を装填。再度引き金を引く。今度は頭部に命中し、文字通りヘッドパーツを消し飛ばした。

 

「ヒット」

 

そう呟くと同時に第一世代人形は地に倒れ伏した。そしてブザーが掻き鳴らされた。

 

『訓練終了!いい腕だM200』

 

ブリッツの声によるアナウンスがショッピングモール全体に響き渡り、宣言通りに訓練は終了となった。

 

M200は小さく息をついて、グリップから手を離して立ち上がる。

 

「・・・よかった」

 

その小さな呟きは、頬を撫でるそよ風に拐われどこかへと消えてなくなった。

 

 


 

AA-12とM200。この新入り二人がS10地区司令基地に着任し、新兵教育訓練を受け始めてから早3週間を迎えた。

かつての辿々しさは何時しか消えてなくなり、先に所属していた人形と比べればまだ粗は目立つものの立派に戦力としてカウント出来るほどの練度を身に付けるまでに成長した。

実力だけ見れば第四部隊の人形たちとなんら遜色無いレベルだ。

 

そんな新入り二名は、訓練初日と同じ基地の正面ゲートにて指揮官であり今回の新兵教育訓練(ブートキャンプ)の教官を務めあげたブリッツと向き合っている。

 

ブリッツが深く息を吸い、肺に溜めた空気を声帯を通して吐き出した。

 

「これにて、全ての新兵教育訓練を終了とする!両名とも、この3週間をよくぞ耐えきった!お前たちは俺の予想を遥かに上回る成果を見せてくれた!お前たちはもうカカシなどではない!お前たちは兵士だ!」

 

「はい!」

 

「では最後にミーティングを行う。30分後、会議室に来てくれ。それまでは宿舎にて待機だ。以上!解散!」

 

「了解しました!」

 

威勢の良い返事と敬礼をもって、二人は踵を返して宿舎の方へと歩いていった。

一人その場に残ったブリッツは、二人の姿が見えなくなったのを見計らい通信機の電源を入れた。

 

「こちらブリッツ。予定通りHVIは宿舎へと向かった。到着予定時刻(ETA)は30分」

 

『こちらライト。ETA30分、了解。一〇〇式、スパス、Mk23が率先して準備してくれたお陰でなんとか間に合いそう』

 

「了解した。俺もそちらに向かう。アウト」

 

通信を終えて、ブリッツは小さく息をついてから歩き出した。目指すは会議室。

 

さあ、もう一仕事だ。

 

 


 

30分後。時間通りキッチリと、AA-12とM200は会議室へと足を運んでいた。

この訓練を通じてブリッツの時間に対する厳しさは身に染みている。一分でも遅れようものなら怒号が飛んでくる。

かといって、早すぎてもダメだ。時間ピッタリが理想である。

 

会議室のドアを前にして、M200は時間を確認してからドアを潜った。

 

───その瞬間、複数の火薬が爆ぜる音が二人の聴覚センサーを刺激した。咄嗟に姿勢を低くして音の原因を探り

 

「訓練終了おつかれさま~!」

 

すぐに呆気にとられてしまった。

二人を出迎えたのは、この基地に所属する人形たちによる労いの言葉と、少数ながらクラッカーを打ち鳴らした音であった。

 

状況が飲み込めなく、二人はただただ呆然とするだけであった。

 

「さあさあこっちに。遠慮せずにね!」

 

CZ-805に肩を抱えられるようにして半強制的に会議室の中央へと二人は連行される。

連れられるままに周囲を見てみれば、肉や野菜が調理された形で大きな皿に盛り付けられていたり、大きなケーキがそびえ立っていたりと、豪華絢爛とまではいかなくともまるで立食パーティのような様相を呈していた。

 

「ようやく主役がお出ましか」

 

連行された先には指揮官たるブリッツが仁王立ちで。しかし穏和な表情で二人に声をかけた。

 

「あの指揮官!これは?」

 

「見ての通りだ。お前たちの着任祝いだよ」

 

「着任祝い・・・?」

 

AA-12がおずおずと鸚鵡返しすれば、ブリッツは「ああ」と肯定し言葉を紡いでいく。

 

「ウチでは、訓練過程を終えた人形に対してのみ着任祝いを開くんだ。時々訓練に耐えられず転属する人形もいるんでな。君たちは乗り切った。だから正式に祝おうと言う運びになった。贅沢には出来なかったが、精一杯のものを用意したつもりだ。楽しんでくれると嬉しい」

 

ここまで説明を受けて、漸く理解が追い付いた。つまりこれは自分達のための祝いの席なのだと。

 

それを自覚した瞬間、二人の双眸からは涙が溢れるように流れた。

突然のことにその場にいる全員がぎょっとする。

 

「えええ!?ちょっ、大丈夫!?指揮官いったいどんな訓練したの!?」

 

「え?いや、確かに厳しくはしたがそこまでは・・・」

 

CZ-805の追求にブリッツもどうしたものかと困ってしまう。

それだけ全くの想定外だったと言うことだ。

 

しかしそれはM200の「違うんです」という一言によって一旦は落ち着いた。

 

「訓練を始めたばかりの頃は、本当にここでやっていけるのか不安だったんですけど・・・。こうして暖かく迎えてくれた事が嬉しくて・・・」

 

「私も・・・。最初はなんてところに来ちゃったんだって思ったけど・・・ここに配属されてよかったって思う」

 

M200とAA-12。二人の本心が聞けた。それだけで、この場をセッティングした甲斐があったというものだ。

 

ブリッツは満足げに優しく笑うと、大きく手を叩いて注目を集める。

 

「よし!それじゃあ改めて、新入り二名を紹介する!AA-12とM200だ!今日からこの二人は俺たちの戦友だ!そんな戦友の着任を祝ってカンパイだ!」

 

皆が歓喜の声を上げると共に一斉にガラスを打ち鳴らした。

 

着任祝いという名のどんちゃん騒ぎは、夜遅くまで続いた───




立派に育ちましたね!今後の活躍に期待!
(ホントはもうちょっとカッコよく書く予定だったけどワイの力量じゃムリだったよ・・・)


そういえば試しにガスガンのM4にM320をくっ付けて持ってみたらメチャクチャ重かったです。あんな重たいの持って走り回ってえ戦うとかブリッツってやべぇな(今更)


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インターミッション.09

今回はワイの推しキャラであり、最近影が薄かった今作品のヒロインの話。
勢いで書いた


 

0600時。予めセットしておいた体内時計によるアラームが電脳内でがなり立て、パチリと青い双眸が開かれる。

寝心地のいいベッドに横たえていた上体を起こし、簡易的なシステムチェックを開始。異常無し。

 

ぐっと身体を伸ばして硬くなった関節や人工筋肉を解す。

 

立ち上がって、薄いピンクの寝間着からいつもの白い半袖で丈の短いシャツとホットパンツを身に付ける。

近くのガラス製テーブルの上に置かれた金属製のプレート2枚にチェーンが通された物。サイレンサー付きの認識票(ドッグタグ)を手に取った。一般的なモネル*1で作られ、表面には英語の羅列がエンボス加工で刻印されている。細かい傷こそあれど、金属らしい光沢はいまだに健在。それほど明るくはない照明の光を反射させ光を放っている。

これは彼女のために作ってもらった特別な物だ。

 

少しの間それを見つめた後、首から下げてシャツの胸元の中へと落とす。金属らしい冷たさに一瞬ビクリと震えるが、すぐに馴染んだ。

 

最後に鮮やかな赤いジャケットに袖を通し彼女、LWMMGは「よしっ!」と溌剌とした声で準備を締め括った。

 

ただし、今の彼女はいつものツインテールのヘアスタイルではなく、癖の無いただのストレートなロングヘアである。それを気にすること無く、彼女は自室を出ていった。

 

S10地区司令基地の副官というポジションに着いている彼女の部屋は、司令室に程近い位置にある。歩いて1分も掛からない距離だ。

司令室の自動ドアを潜れば、そこには先客がいる。

 

「おはよう、ライト」

 

「おはよう、ブリッツ」

 

先に司令室で業務の準備をしていたこの基地の指揮官であるブリッツが、微笑みながら挨拶を告げた。彼女もいつも通りに軽く手を上げて気さくに返す。

そこにナビゲーターの「おはようございますライトさん」という声がスピーカーからも流れてくる。

 

「早速だけどさブリッツ、()()()()。お願いしていいかな」

 

にんまりと笑みを浮かばせながら、LWMMGは告げた。それに対しブリッツはほんのりと苦笑させながら小さくため息を溢す。

 

「またか。お前も飽きないな」

 

「いいでしょ。ほら早く早くっ」

 

「わかったわかった。こっち来い」

 

諦めたような。それでいて満更でもなさそうな様子で、ブリッツは近くの椅子を引き寄せてLWMMGを座らせた。

それから近くの棚からヘアブラシを一本とヘアゴム二本を取り出した。

「それじゃ失礼して」と一言断ってから、ブリッツはLWMMGの銀の長髪にそっと触れた。

 

────LWMMGは毎日の始業前、もしくは任務の出撃前には必ずブリッツに髪を結ってもらうのが日課(ルーティーン)であった。

これはブリッツとLWMMGがS10地区司令基地に着任した当初から続いている。初めはコミュニケーションとして取っていた手段の一つであったが、いつしか日課へと変わっていた。そしてこの日課にはLWMMGにとって験担ぎの意味もあった。

 

ある日、ブリッツの都合が悪くLWMMGが自分で髪型をセットしたことがあった。その日は何だか銃撃が敵にあまり当たらず、致命傷こそなかったが軽度ながら被弾した。

つまりは調子が出なかった。

そしてまた別の日。今度はブリッツに髪を結って貰ってから任務に出ると、やけに銃撃が命中し被弾も無かった。

 

それからというもの、LWMMGは毎朝必ずと出撃前にはブリッツに髪を結ってもらうのが恒例となった。

 

そもそもの話として、自律人形に髪の手入れは必要なのか。という疑問があるが、結論から述べれば「YES」である。

人間と同じで、人形に使われる人工頭髪もシャンプーやトリートメントでケアをしていかないとすぐに傷んでしまう。交換すればいいじゃないかという声も出てきそうだが、元々人工の皮膚に植え込まれている人工頭髪を全て取り除いてから新しい頭髪を再度植え込んでいかなくてはならないので、意外と高く付くのだ。

それを避けるためにも、毎日のケアが必要というわけだ。これは頭髪だけではなく、生体部品である人工皮膚も機能維持のためにボディソープを使った洗浄や、化粧水によるスキンケアが不可欠である。

そういった部分は、人間とあまり変わらない。

 

故に、人形の頭髪に対するブラッシングのやり方も人間のそれとあまり変わりはない。

まず赤みがかった毛先から解きほぐすようにブラシを通していき、それから髪の根元から通していく。まるで労って撫でるような優しい手付きで、引っ掛からぬようにブラシを通して髪をといていく。

その心地よい感触に、LWMMGはつい口許が緩む。

 

「上手くなったよね。始めたばかりの頃とは大違い」

 

「勉強したからな。俺としても、この綺麗な髪が傷んでしまうのは些か心苦しい」

 

「あっ、珍しい。ブリッツがそんなナンパなセリフ言うなんて」

 

「失敬だな。俺だって褒めるさ」

 

どこか不貞腐れたような口調の、しかしブラッシングする手を止めないブリッツにLWMMGは小さくも快活に笑った。

 

やがて丁寧に時間をかけたブラッシングも終わり、最後に後ろ髪を二つに分けてそれぞれをヘアゴムで括れば、いつものツインテールが完成。左右のバランスも、偏りは無く完璧な仕上がりだ。

LWMMGも手鏡を使って出来映えを確認する。

 

「ん、ありがとっ」

 

「どういたしましてだ」

 

仕上がりに満足した様子の本人を確認してから、ブリッツは使い終わった道具を纏めて元の棚へと戻して片付ける。

この時、時刻は0623。業務の開始にはまだ時間がある。

ついでとばかりにケトルやポットの置かれた台へと足を運び、手慣れた様子でホットココアを二つ作り上げてLWMMGに差し出した。

 

「ココア?」

 

「たまにはいいだろう?」

 

「そうだね」

 

ソファーに並んで座って一口ココアを飲む。程好い甘味が口の中に柔らかく広がる。

 

「今日って出撃なかったよね」

 

「ああ。緊急出撃(スクランブル)が掛からない限りはな。あるのはいつも通りの哨戒任務と後方支援だ。後は訓練と準待機」

 

『後方支援担当の第4及び第5部隊はすでに準備を整え予定の時刻まで待機しています』

 

ナビゲーターの補足説明もあって、本日のタスク確認も出来た。いつも通りの業務だ。

 

「平和な一日になりそうだね」

 

「それが一番だが、どうだろうな。S地区における鉄血の活動は減少していってるが、他の地区では相変わらず膠着状態が続いてる。各団体や協会も、今のところ鳴りを潜めてはいるが油断できない。特に反グリフィン団体は、最近怪しい動きを見せているという噂もある。いつ出撃が掛かるか分からない」

 

甘いココアを飲んでいるというのに、ブリッツの表情は苦い。指揮官という立場上、グリフィンに関連する様々な情報が耳に入る。彼自身の性格的にも「まあウチには関係ないし平気平気」なんて、気楽な思考は持ち合わせてはいないだろう。

 

それに何より、ブリッツとその部下は全員グリフィン本部直轄の特殊部隊、多目的戦闘群に属している。その存在目的としても、決して他人事には出来ない。

一言号令があれば、いつでもどこでも何とでも戦わなければならない。

 

敗北は。失敗は許されない。

 

しかし、と。LWMMGは思う。

 

「大丈夫よ、ブリッツ」

 

そっと肩を寄せる。

まるで大木に身を預けたような、力強く頼もしい感触を覚える。

 

「私たちはあなたの銃よ。あなたがいる限り、私たちに敗北はあり得ない」

 

彼女の青い瞳がブリッツの青い双眸を捉え、言葉以上の意思をもってそれを伝えた。

苦さのあったブリッツの表情も、それを見たせいか少しだけ和らいだ。そして、彼はそっと彼女の頭に手をのせる。

 

「頼りにしているぞ、相棒(バディ)

 

「任せて、相棒(バディ)

 

折角整えた髪を乱さぬよう優しく撫でられる手に身を任せ、LWMMGは柔らかな笑みを浮かべた。

 

少しして、ブリッツはカップに入った残りのココアを一息に飲みきってソファーから立ち上がった。

 

「さて、そろそろ動くか。俺の嫌いな事務仕事を片付けないとな」

 

「そうだね。手伝うよ」

 

「助かる」と告げてブリッツはいつも通り執務机についた。机には昨日の段階で用意していた書類が束となって鎮座している。見ただけでげんなりとしてしまいそうだが、指揮官という役職(ポスト)に着いている以上やらなくてはならない仕事だ。

 

束の一番上にあった「経験訓練希望書」を手に取り、必要事項がしっかり記入されているかどうかを確認し、スケジュールを調整して許可のサインをする。次も、その次も。立て続けの経験訓練希望書がやってきた。

 

ここ数日、経験訓練を希望する人形が増えている。というのも、一月ほど前にやってきた新入り。AA-12とM200が訓練過程を終えて、本格的に戦力として戦場に投入されることが決定したことに端を発している。

 

フルオートショットガンという近距離ならかなり脅威となるAA-12という存在に、Vectorと一〇〇式(切り込み要員二名)がやる気を見せている。

M200も、1マイル程度なら高い命中精度を発揮しているということで、以前よりスナイパーとして活躍しているWA2000とSV-98が対抗心を燃やしている。

 

その4名に引っ張られる形で、他の人形たちも負けん気を出して積極的により高度な訓練を受けようとしているのだ。

 

この状況をブリッツは好ましく思っていた。どれほど質の高い訓練を実施したところで、そこにモチベーションが無ければ完全に身に付くことはない。どんな理由であれ、訓練に対するモチベーションが高い現状は部隊を率いる長としてはありがたい。

何より、訓練を終えても今度は実戦でも高いモチベーションをもって臨んでくれる。本来、戦闘の士気高揚を促すのは指揮官であるブリッツの役目だが、この基地の現状では人形が自発的に士気を上げてくれる為、手間が掛からない。

 

そんな彼女たちの出鼻を挫くような真似はしたくはない。銃種ごとにスケジュールを練り直してはそれぞれで当て嵌めて最適な日程に調整する。

暫くは平和で忙しい、理想的な日々になりそうだ。

 

「気前よく許可とってるけど・・・大丈夫なの?」

 

「折角やる気になってくれているんだ。水を差す理由はない」

 

さも当然といった様子で、LWMMGの苦言を跳ね返す。

この男はいつもそうだ。一度決めたら滅多なことでは譲らない。例えどれほど無茶であっても必ずやり遂げる。

指揮官としての責任感がある。といえば聞こえはいいが、それだけ自分のことを後回しにして任務と人形を優先している。

 

昨日だってそうだ。自分が不眠症なのをいいことにかなり遅い時間まで執務を続けていた。

ろくに寝ないまま早朝5時からトレーニングを行い、それからこうして仕事を始める。おくびにも出していないが、LWMMGが把握しているだけで、ブリッツはもう5日は寝ていない。

ただでさえ不眠症を患っているというのに、自分のタスクを増やして更に睡眠時間を削っている。そこに任務による出撃が入ればより削れてしまう。

 

ぎゅっ、と。胸元に忍ばせたドッグタグをシャツ越しに掴む。これはブリッツから貰った大事なものだ。

このタグは、ブリッツがLWMMG(ライト)という戦術人形を購入した何よりの証明。

 

タグにはグリフィン所属でS10基地に配属されている戦術人形である事を示す物と。個体識別番号や名称、オーナーの名前など、彼女がブリッツ個人の所有物である事を示す刻印がなされた物の二つがある。

 

所有者(オーナー)をサポートするのが人形の役目であり使命。

であるならば、今自分がすべき事はたった一つだ。

 

「ねぇブリッツ」

 

不意に、ライトは立ち上がってブリッツに声をかける。すれば彼は「うん?」と反応を返して顔を上げる。

 

「やっぱりさ、まだ時間あるしもう少しゆっくりしようよ」

 

「え、いや。まだ始めたばかりなんだが」

 

「いいから」

 

有無を言わさず。ライトはブリッツの腕を引いて立ち上がらせ、そのままソファーへと連行。彼をソファーへと寝かしつけ、その頭部を自身の大腿部に乗せて枕の代わりとなる。流れるような動きで、ブリッツは抵抗する間も与えられないまま俗に言う膝枕の状態にさせられた。

 

「9時くらいに起こすから。それまで寝ててよ」

 

「・・・些か強引じゃないか?」

 

「強引にでもしなきゃ寝ないでしょ。ブリッツは」

 

言われて、ブリッツは黙り込む。なにも言い返せなかった。

 

「お願いだから、あまり無理しないで・・・」

 

作り物の筈の青い双眸が、悲しげに揺れていた。それを見てしまったブリッツは、それ以上なにも言えなくなってしまった。

小さく息をつき、ブリッツは力を抜いた。

 

「悪いな」

 

それだけ言い残し、ブリッツは瞼を閉じた。すぐに規則正しいリズムの寝息が聞こえる。

普段の指揮官としての神妙なものとも、任務中の兵士としての真剣な物とも違う、穏やかな顔だった。信頼し、安心しきった寝顔だ。

 

己の弱点を晒し出し、無防備な姿を見せるブリッツに先程自分にしてくれたように、起こさぬよう優しく慈しむように彼の頭を撫でる。少し硬い髪質だ。しかし髪は抵抗無く指と指の隙間を流れるようにすり抜けていく。

 

「おやすみ、ブリッツ」

 

そっと優しく囁くように告げられた声は、果たしてブリッツに届いたのかどうか。それは分からないが、それでも彼は変わらず穏やかな表情のまま眠りについていた。

 

───この日、業務をこなすブリッツの表情からは険が無く、心なしかスッキリとした様子だったと言う。

 

 

*1
ニッケルと銅の合金。耐食性に優れている




この作品に限って言えば、ここまで鉄臭くない回は珍しい・・・珍しくない?
ライトさんの髪結ってみてぇけどなぁ~俺もなぁ~

ちなみに上述にもあったように、ブリッツはLWMMGの所有権を持っています。
「誓約の証がないやん!」と思う方に説明させてもらうと、ドルフロにおける誓約っていうシステムは、『I.O.P社がグリフィンの指揮官を対象に提供するサービスである』という解釈で、ブリッツがLWMMGを購入した当時はまだ彼はグリフィンに正式に入社していなかったため「誓約」というサービスを得られる立場ではなかったという裏話。
だからブリッツはドッグタグという形でLWMMGを正式に購入したという証明を作ったって話です。

何でここでそれを書くかって?本編でそれを描写する機会が無いからです( ´・ω・`)

次はお待ちかね?のドンパチ回やで~


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.10 ー鉄血支配地域奪還戦ー

すげぇ!一週間以内に更新できた!(尚内容は短めな模様)


 

 

────銃声、砲声。爆発音。誰かの怒号。ひっきりなしに戦術人形独自の通信プロトコルが受信する、味方からの悲痛すら思える叫び声。

どんよりとした鉛色の空の下にあるR12地区の戦場は、それらによって支配されている。

 

ここはかつて、質素ながらも家屋が建ち住民が平穏に暮らしていた場所だった。それも、第三次大戦によってここも戦場と変わり果て、今や家屋だった残骸が転がるのみの殺伐とした土地だ。

 

そんな、以前は家屋の一部であったであろうコンクリートの壁を背に預けた黒い軍服を纏った金髪の少女、戦術人形MP40は緊張とストレスで乱れた呼吸を整えようと必死に努めていた。

彼女の傍らには機能が停止してピクリともしない、自分と瓜二つのダミー人形2体が焦げた地面の上に横たわっている。損傷具合は酷いもので、顔だけは原型をなんとか留めているという有り様だ。

 

彼女だけではない、近くには同じように機能停止した他の戦術人形のダミーがあちらこちらに転がっている。

どれもこれもが、鉄血の攻撃によって破壊されたものだ。

 

MP40自身も、致命傷こそないが軽く被弾はしている。普段なら手入れの行き届いた艶のある金髪は乱れ、身に纏った軍服は擦りきれたり破れたりでボロボロだ。黒色ゆえに気付き難いが、所々で人工血液も流出し滲んでいる。

しかしそれ以上に深刻なのは彼女のマインドマップであった。

メンタルモデルの疑似感情モジュールが、度重なる被弾と蓄積されたダメージによってネガティブな方向へとバロメーターが傾いていく。

頭上を飛んでいったり、隠れている遮蔽物の壁にぶつかる敵の凶弾が、更にMP40のメンタルを削っていく。

 

『AK-47のメインフレームが被弾した!行動不能!』

『ああもうっ!早く遮蔽物に引き込んで!』

『こちら第三部隊のM3!複数のストライカーに釘付けにされて動けません!誰か援護を!』

『こっちはスナイパー(イェーガー)に狙われてる!下手に動くと撃たれちゃうよ!』

 

味方部隊の通信から、自分達が劣勢に立たされていることがよくわかる。

 

どうしたらいいのか。ローエンドな自分の電脳では、最善最適な行動内容の判断など出来ない。指揮官による指示が必要だ。

それは他の人形も同様であった。何人かが指揮官に指示を要求している。

が、あまり芳しくはないようだ。

 

『全体の損耗率が40%を越えている!これ以上の作戦行動は無謀だ!撤退すべきだ!』

 

『ここまで来て今さら退けるか!一体でも敵陣に突っ込めればそこから切り崩せる!』

 

『それが無謀だと言っているんだ!』

 

若い男性指揮官二人が言い争っている様子が、音声という形で通信機に飛び込んできた。おそらく、マイクのスイッチを切ることすら忘れてしまうほど精神的に追い詰められているのだろう。もう一人指揮官がいたはずだが、声が聞こえない。

状況も情報も指示すらも錯綜し、混乱している。こんな状態で、状況の打破など出来るはずもない。

 

そもそもの話として、今回の作戦にあたり先行していた偵察部隊から提供された予想敵戦力が大幅に違っていた。

予想として始めに提示された情報では、作戦攻略目標に在駐しているのは一個中隊。多くとも二個中隊程度と聞き及んでいた。だからそれ相応の規模の部隊を臨時編成して作戦に臨んだ。

 

R04、05、07地区のグリフィン基地による、鉄血支配地域R12地区奪還のための大規模な共同攻略作戦(ジョイントオペレーション)。その一端として、敵前線基地制圧作戦を展開。交戦を開始した結果、敵戦力が予想を上回ったためMP40達は窮地に追い詰められた。というのがここまでの流れである。

 

進軍するか撤退するか。その明確な指示がないため前線に送り込まれた人形はその場に留まって戦闘を続けるしかない。が、事ここまで至ってしまえばもうどうしようもない。

 

進軍するには火力が足りない。頭数もかなり減った。撤退するには敵との距離が近すぎる。このまま撤退行動に入れば、臨時の司令部に鉄血を連れていくことになる。そうなったらこの作戦は失敗。

指揮官やそれをサポートするスタッフ達の命も危険に晒される。

 

というよりもだ。仮に撤退するとしてもこちらの戦力には撤退戦を行うだけの余力はない。途中で全滅するのがオチだろう。そうなったら、津波のごとく鉄血が司令部に押し寄せることとなる。

 

『・・・逃げよう。俺たちだけでも・・・!』

 

今まで黙っていた3人目の指揮官が、恐怖に声を震わせながら進言する。

二人の指揮官が息を飲むのがわかった。

 

『今の人形部隊に進軍するだけの力は無く、撤退するだけの余力も無い。だったら、人形達を殿にして俺たちだけでも逃げるべきだ・・・!』

 

『背中を見せてオメオメと逃げ帰れというのか!?』

 

『いいか!?俺たちは人間なんだ!死んだら終わりだ!人形ならあとでいくらでも補充できる!バックアップはあるんだ!どうにでもなるだろ!』

 

三人目の勢いに押されてか、残りの二人は押し黙り考え込んでしまう。

MP40には、なんとなく予想が出来た。出来てしまった。三人の指揮官が、今からどのような決断を下してしまうかが。そしてきっと。それは他の人形も同様であろうことも、何となくだが察した。

 

しばしの沈黙の後、誰かが通信マイクを手に取った。

 

『・・・作戦行動中の全隊に告ぐ。現時点をもって作戦を中止。司令部が撤退を完了するまでの間、敵の攻勢を押さえ時間を稼いでくれ。以上だ』

 

最後に一言。小さく「すまない」とだけ言い残し、指揮官は通信を終了。回線を遮断した。それは事実上。作戦行動中の人形達全員が、孤立無援の状態に陥った事を示していた。

 

補給も撤退もできない。完全に見捨てられた。

だが、MP40は悲観しなかった。諦めていたから、というのもあるのだがそれ以上に、指示をくれた事が大きかった。

これからどうしたらいいか。それを指示してくれた。それが最後の命令であっても、どうすればいいかの指示をくれた。

 

十分だ。彼女は抱えるように持っていた己の半身(MP40)を構え直す。マガジンを抜いて、残弾を確認。重さから9mm×19mmパラベラム弾が十全に弾倉に収まっていることを確認する。

持っている銃は微かに震え、弾倉をレシーバーに入れるのに少し手間取った。

これから死ぬまで戦わなければならない事への恐怖による震え。

だがそれでも戦える。なぜなら自分は戦術人形だから。

 

「私、精一杯頑張ります!」

 

震えている声でも、己の鼓舞するには十分。意を決し、MP40は遮蔽物から身を乗り出し接近しつつあった鉄血のリッパーへ向けて銃撃を開始した。

 

 


 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

状況というのは、唐突に変わる。

これまで平穏であった時間がそうでなくなってしまう。そういうことが実に簡単に起こる。

 

S10地区司令基地もその例に漏れず、束の間の平穏はたった一つの緊急通信によって終わりを告げた。

 

司令室にて事務作業を行っていた指揮官のブリッツと副官のLWMMGは、紙とペンをその場に放り捨てるが如く手離し、通信システムのモニターへと向き直り応答する。

 

モニターに映し出されたのは彼の上官であるヘリアントス上級代行官で、今回はいつも以上に厳めしい表情をもってしてブリッツをモニター越しに見据えていた。

 

『ブリッツ指揮官。緊急事態だ』

 

開口一番にそれを告げ、ヘイリアントスは静かに。かつ厳かに語り始めた。

 


 

今より90分程前。鉄血の支配地域であるR12地区奪還の任務についていたR04、05、07地区司令基地の指揮官が臨時司令部より撤退。作戦は失敗に終わった。が、問題なのはここからだ。

 

遭遇した敵戦力は当初偵察で得た情報よりも遥かに多く、また共同作戦についてた指揮官達は戦場に展開していた戦術人形達ほぼ全員を殿として、その場に残したまま撤退してしまった。

結果、人形達は指揮もないまま今なお戦闘を続行している。部隊全体の損耗率は撤退の時点で40%を越えていた。今はそれ以上になっていると予想されている。

 

撤退した指揮官達からも話を聞いてはみたが、責任を押し付け合うばかりで話にならん。これではR12地区にいる敵戦力を正確に把握出来ない上、地区奪還のための足掛かりが作れない。

 

そこで貴官とその部隊。多目的戦闘群には撤退した彼らの代わりに敵前線基地の制圧任務を引き継いでほしい。そしてR12地区にて展開している正確な敵戦力を把握。地区奪還の一端を担ってほしい。それと、取り残された人形達の保護。戦闘可能ならば協力を得て作戦を遂行してもらいたい。いくら貴官らが優秀といえども、正確な敵戦力がわからない以上如何ともし難いだろう。

当然本部からも部隊を送る。必要ならば、更なる増援も即時投入可能なよう態勢を整えておく。

 

かなり激しい戦闘が予想される。入念に準備を整え、直ちに出撃してくれ。

 

これは貴官達、多目的戦闘群の初実戦として正式に記録される。健闘を祈る。

 

 





という感じで、多目的戦闘群初の実戦です。なるべく派手な描写したいけどな~俺もな~






ちなみにコレ、本編の最終章です


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10-2

前回の投稿から1ヶ月以上経ってるだと?うそやん・・・


 

 

ヘリアントスからの緊急通信からおよそ1時間後。準備を整えたブリッツら多目的戦闘群は、指定されたR12地区の目標地点付近上空をガンシップ3機で飛行。今回の作戦ではメンバーの選抜を行う事は無く、S10地区基地所属の戦術人形全員が戦闘要員(オペレーター)として出撃していた。

普段は基地に残って防衛に当たっている人形も、久方ぶりの戦場へと赴いている。

ちなみに、留守の間はS11基地とS08基地の部隊が基地を護る。

 

ガンシップはゆるりと旋回していく。

地上には数多の鉄血兵が蔓延っている。その様相はまるで蟻の巣をつついた直後よろしく、見ただけで数えるのを諦めてしまう程だ。おそらくは、先の共同作戦によるものなのだろう。臨時司令部を制圧した鉄血がそのまま拠点とその周辺を警戒。奪われた拠点を奪還しようとやってくるグリフィン人形部隊を迎え撃つ準備をした結果がこの惨状というわけだ。

 

「鉄血がうじゃうじゃいるわね」

 

「うじゃうじゃの10倍じゃない?」

 

開け放たれたドアハッチから身を乗り出す形で戦場を見下ろすFALに、Vectorが何て事はないとでも言いそうな抑揚のない淡々とした声色で返した。

 

地上からはヘリに気付いた鉄血のイェーガーとジャガーが撃墜せんと銃撃を繰り返しているが、見下ろす二人はどこ吹く風とばかりに気にした素振りを欠片も見せない。

 

実際、長い有効射程距離を持つイェーガーのライフルでも、流石に100m前後の高度かつ80キロ以上の速度で飛び回る武装ヘリに有効な銃撃を与えるには至らない。当たっても機体表面の塗装が剥げてしまう程度だ。

ジャガーに至っては問題にすらならない。

上空に砲弾を打ち出す迫撃砲であるジャガーだか、対空兵器ではない。飽くまで地上目標に対する兵器であるため、狙いを定めた所でそうそう当たる事はない。

 

「ねえねえ!敵がいっぱいいるわ!撃っちゃう!?撃っていい!?いいよね!」

 

目をキラキラさせて、見るからに辛抱たまらんという弾んだ声色で、M2HBはコッキングレバーに右手を添えて、左手の親指は押金式のトリガーを撫でている。今にもレバーを引いて初弾を装填し、トリガーを押しそうな雰囲気を醸し出している。

 

拠点防衛がメインの部隊に属する彼女は、今回のように戦場に赴き戦闘を行う機会が少ない。例えドアガンナーとして上空からの援護役だとしても、戦闘行動に参加できること自体が彼女にとって何より喜ばしいことだった。

何より、普段は隠しているが彼女は生粋のトリガーハッピーである。今回はグリフィン本部持ちという事で12.7mm弾を存分にバラ蒔ける数少ない機会だ。自然とテンションも上がる。

 

「まだよM2。ステイステイ」

 

それを、まるで今にも駆け出しそうな犬に待ったをかけるように制止させるのが、同じくMG人形であるLWMMGだ。

所属する人形の中で事実上のトップからストップをかけられたM2HBは不満そうに唇を尖らせて、イジけた様子でトリガー下にあるセレクターを弄ってフルオートとセミオートを繰り返し意味もなく切り替える。

 

ヘリの機内は作戦前だというのに、まるで遠足かなにかと間違えているのではと思えるほどに和やかな雰囲気だ。

他のヘリ機内も似たような状況らしく、先程から通信が良くも悪くも賑やかで、良くも悪くも緊張感がない。

 

『あー、機内にておくつろぎのお嬢様がた。現在当機は作戦エリア上空を飛行中。予定通り、まもなく降下地点に到着しま~す。お忘れ物が無いようご注意くださ~い』

 

ヘリパイロットのスレイプニルによる間の抜けた機内アナウンスに、人形達はその雰囲気に合わせるように「はぁ~い」とやけに間延びした声で返答する。

 

『よ~し。それではブリッツ。一言頼む』

 

スレイプニルのその一言に、場の空気が一変。引き締まる。

ブリッツは、人形達と向き合うようにして立つ。その表情はどこまでも真剣そのもの。油断も慢心も一切無い。

 

一つ、息を深く吸い込んだ。そして、声をあげた。

 

「見ての通りだ。地上は鉄血の屑鉄で溢れ返ってる。地獄のような状況だ。が、何の問題もない。何故なら俺たち全員が百戦錬磨。一騎当千の群勢だ。例え敵が万単位の数を揃えていようが、ここに集いし27名ならば容易く凌駕出来ると俺は確信している。嵐の如き砲煙弾雨をもって、全ての敵を撃滅しろ。端から端まで隈無く、一方的に殺してみせろ。一切の例外無くだ」

 

静かに厳かに。けたたましいヘリの駆動音すら突き抜けて、戒めと期待を織り混ぜたブリッツの口上は人形たちの電脳に刻み込まれる。

 

「この任務は我が多目的戦闘群として初めての戦闘任務だ。隊員の帰還率は100%で終わらせる。これ以外の数字だった場合は失敗も同じだと思え。

そして見事達成できたその時は、皆でシャンパンを水鉄砲にして遊び倒そう」

 

最後に笑みをもって締め括り、機内が俄に賑わった。他の2機も同様のようで、インカム越しでもそれが伝わってくる。

 

士気は上々。後はやるだけだ。

 

『スレイプニルよりヴァルキリーズへ。ドロップポイントに到着した。繰り返す。ドロップポイントに到着』

 

スレイプニルが先と違い神妙な声色で告げた。

ヘリは敵の大群から少し離れた地点。昔は図書館として使われたであろう、3階建ての建造物。白い外壁は崩れ、窓は割れ、ボロボロに朽ち果てているが、雨宿りには使える程度には形を保っている。

この建造物については出撃前に衛星画像で確認していた。

まずはこの公共施設であった建物を確保し、臨時の前線基地として使用。R12地区奪還の足掛かりとして敵前線基地の制圧を行う。それが、3つのグリフィン基地が立案、実行した作戦。しかしそれも、今では鉄血が数に物を言わせて侵攻した事で占拠されてしまった。

それを奪還制圧し再度臨時の司令部としてするのが、ブリッツらが真っ先に決めた方針であった。

 

R地区のグリフィン基地が持ち寄った物資を確保出来る可能性もある。

 

「了解」

 

ヘリパイであるスレイプニルの報告に短く返答してから、ブリッツは大きく息を吸い込んだ。

 

そして、一気に解放した。

 

「M2!Px4!Mk23!降下地点付近の敵を凪ぎ払え!SMGは建物内のクリアリング!ARとSGは俺と共に降下地点確保後に展開!RF、MGはクリアリングが終わり次第すぐに配置について俺たちの援護!USPはRFたちのサポートにつけ!全員いいな!?」

 

了解(Copy that)!』

 

「よし!装備チェック!」

 

待ってましたと言わんばかりにM2HBは重機関銃側面のコッキングレバーを勢いよく引く。重厚な音と共に一発目の12.7×99mm徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)が薬室に送り込まれる。1発100ドルの高価な銃弾を、今回は鉄血相手に贅沢にバラ蒔く為に大量に持ち込んだ。命中すればガードのシールドは紙屑も同然。装甲ユニットをもったアイギスはおろか、マンティコアすらタダでは済まない威力を内包している。

 

他の人形もチャージングハンドルを引いて初弾を装填。今か今かと地上へ降り立つその時、その瞬間を待ち焦がれている。

 

今回その口火を切るのはM2の役目だ。

肉眼で獲物を選別する。最優先目標は脅威度の高い敵。

真っ先に目に入ったのは、二足歩行兵器に搭乗している複数のドラグーンだった。

あれは飽くまで地上目標を攻撃するための兵器であるため、上空を飛び回るヘリを銃撃出来る程仰角を得られない。

しかし、これから地上に降りる部隊にとっては脅威だ。

 

決めた。アレにしよう。

M2HBの口角がつり上がる。

 

長距離射撃も見越して取り付けた高倍率スコープを覗き込んで、適当なドラグーンにレティクルを合わせる。

押金式のトリガーに親指を掛けて、唇を舐める。

 

「さあ戦友諸君。地獄を塗り替えるぞ」

 

ブリッツの一声に、M2はトリガーを一気に押し込んだ。

 

「ROCK'N'ROLL!」

 

瞬間。M2重機関銃が火を吹いた。

毎分500発以上の12.7mmHEIAPが重々しい発射音を伴って地上に蔓延る鉄血兵目掛けて降り注ぐ。

真っ先に標的にされたドラグーンは電脳もコアも関係なく、数秒足らずで搭乗している機体もろとも、跡形も無く破壊される。

その流れで、近くにいるリッパーやヴェスピドをついでに撃ち抜きがてら他のドラグーンを破壊し尽くす。

あるモノは胴体のコア部分に巨大な風穴が空き。またあるモノは上半身と下半身が分離し。またあるモノは頭部が砕け散って無くなる。

 

他のヘリ2機も同様に地上に向けて攻撃を開始。ただしこちらはM2HBではなく、ドアガンとして固定されているM134ミニガンだ。

使用しているのはHG人形であるPx4ストームとMk23である。

毎分2000発という圧倒的なファイアレートは、頑丈さを売りにしている鉄血兵であろうとも一瞬で原型を留めぬほどに粉砕される。

 

あたりに人工血液と構成部品の破片を撒き散らし、銃弾で穿った場所には動くモノはいなくなり、やがてヘリ周辺の敵を蹴散らした。

 

「屋上確保!今のうちに!GO!GO!GO!」

 

M2HBの声に弾かれるようにして機内の人形が動き出す。

ヘリは図書館のルーフトップ直上3メートルに位置取りホバリング。その間にもM2HBとミニガンによる掃射が行われている。

 

真っ先に飛び出したのはSMG人形であるVector。次に一〇〇式、MicroUzi、ステアーTMPと順に飛び出し屋上に着地。すぐに唯一の出入り口である金属製のドア付近に張り付き、Vectorが軽くドアノブを捻る。

 

トラップは無し。

 

「エントリー」

 

小さく呟き、後ろ蹴りでドアをぶち破る。装備していたT4型カスタム外骨格のパワーアシストも相まって、金属製のドアはくの字に折れ曲がり蝶番を引きちぎり吹き飛ばされる。

飛んでいったドアの行方など気にせずVectorをポイントマンに4人は目の前の階段を駆け降りる。

 

3階の通路に出れば、こちらの行動を察知して対応に来たであろうリッパー3体と遭遇。向こうが態勢を整えるより早くクリス・ヴェクターが火を吹いた。彼女のお気に入りである45口径徹甲焼夷弾(API)がリッパーの外郭を貫きコアを破壊した。3mmのチタンプレートを貫通する能力をもつ弾丸だ。頑丈さが売りの鉄血兵とはいえマトモに食らえば一溜りもない。

間を開けて、通路に面した部屋から飛び出してきた別のリッパーもVetorは落ち着いて撃ち抜いた。

 

飛び出した鉄血兵が倒れ付し、

 

「敵性反応なし。クリア」

 

何てことはない。まるで掃除でも終わったかのような気負いのなさでVectorが告げた。

 

「3階は確保したわ。配置について」

 

Uziが通信で報告をいれる。既に屋上にはRFとMG人形たちが待機していた。

報告を聞き、3階に陣取る人形たちがLWMMGを先頭にゾロゾロと屋上から階段を降りてそれぞれ配置につく。SMG組は引き続き施設内のクリアリングを続行。2階へと進み、掃討をかける。

 

同時に、屋外にも動きがあった。

敵が図書館に降下したのを察知した鉄血が、続々とそこを目指して殺到しようとしていた。

 

いくらヘリによる近接航空支援があるとはいえ、作戦行動の範囲全てをカバー出来る訳ではない。どうしても穴が出来てしまう。このままではその穴から敵が入り込み、全てが無に帰す。先の部隊と同じ結末を迎えてしまう。

 

「ブリッツより総員へ。無礼者の接近を確認した」

 

ヘリの機内。態勢を整え図書館へと侵攻。反撃を試みようとする数多の鉄血兵を見下ろして、ブリッツは告げた。

 

彼はいつも通り。背中には16.5インチバトルライフルモデルのHK417A2にM320グレネードランチャーを装着した小銃を背負い。サイドアームには2挺のMP7A1を左右のレッグホルスターに収めている。タクティカルベストとバックパックにはこれでもかと予備弾倉を詰め込み、破片手榴弾を3つとブルートのナイフを腰にぶら下げている。

 

『ブリッツ、こちらウージー。施設全てのゴミ掃除が終わったわ』

 

『こちらLWMMG。MG及びRFの配置完了。いつでも始められる』

 

それぞれから上がる報告に、ブリッツは短く「了解」とだけ応えた。それだけで十分であった。

 

「指揮官!降下地点確保できたわよ!」

 

「わかった。では行こうか」

 

M2HBがヘリの駆動音を掻き消さんばかりに声を上げ、ブリッツはそれに小さく応えた。

 

ヘリは地上から3メートルの位置でホバリング。その真下には何もなく、近くにはお誂えの岩や家屋の残骸といった遮蔽物が点在している。つまり、ある程度の安全が確保されている。

ブリッツは身を乗り出して真下を確認し

 

「Showtime」

 

ヘリから飛び降りた。

 

数瞬の浮遊感。その後訪れる衝撃を、体全体を使って着地。余韻を感じさせない素早い動きで近くの家屋の一部であったであろうコンクリートの壁に身を預けた。

それに続くように、ヘリに乗っていた残りのAR及びSG人形が続々と降下。ブリッツに倣うように展開し遮蔽物に身を隠す。

ブリッツの近くにはFALとRFBが付いた。それ以外の全員が施設を中心に囲むように展開する。

 

同時に、接近していた鉄血兵が攻撃を開始。敵を排除しようという意思がそのまま具現化したかのように、無数のエネルギー弾をブリッツらに浴びせる。

しかしそれらが命中することはなく、降下した人形全員が涼しい顔で銃撃をやり過ごしている。

 

その傍らで、ブリッツはBDUの内側に忍ばせていたタバコとオイルライターを取り出し、口に咥えて火をつけた。

 

交戦開始(エンゲージ)

 

紫煙を吐き出し、タバコを弾き飛ばすように捨てる。

突如現れた熱源に鉄血のアイセンサーは反応してしまい、エネルギー弾の軌跡がタバコの方へと誘導されてしまう。

当然弾幕は薄くなる。それを逃さず射撃開始。タバコに釣られた哀れなリッパーは電脳とコアもろとも7.62mm弾によって破壊された。FALとRFBも的確に狙い撃ち、近くにいるリッパーとヴェスピドを次々に撃破していく。

 

他の人形も攻撃を開始。あちらこちらから5.56mmや9mmの銃声に榴弾の炸裂音が響いてくる。

それに反応したのか定かではないが、FALもダネルMGL-140を3連射。40mm榴弾が敵集団付近に着弾し吹き飛ばす。

RFBはセミオートライフル故に制圧力に些か難があるが、その分敵を一体一体正確にかつ確実に仕留めていく。普段はなんとも軽い性格な彼女だが、一度戦闘状態になれば恐ろしく効率的に敵を排除するキリングマシーンと化す。

 

彼女だけではない。言ってしまえばS10基地所属の人形全員が敵の排除に長けたキリングマシーンと言っても過言ではない。

 

しかし質では勝っていても量では圧倒的に負けている。どうしても手が足りなくなる。

 

『援護射撃を開始する』

 

ただしそれは、ARとSG。計8名と1人のみだった場合の話だ。

 

瞬間。腹に響くような重い銃声。砲声と呼んでも良い音がブリッツたちの後方から轟いた。

そして、ブリッツたちに迫っていた複数のガードの一体が、掲げていたシールドに大きな風穴を空け、上半身と下半身が分離した。

 

『次』

 

3秒前後の間を置いて、また轟音。そしてまたガードが、今度は下半身を残し上半身が跡形も無く破壊される。

次も。その次も。およそ3秒後には必ず鉄血兵が破壊される。

 

それをやって見せるは、S10基地所属の人形の中でも最大の口径をもつ銃を扱う人形。ダネルNTW-20。

図書館の屋上にて伏せた状態で銃を構え、ブリッツたちに援護射撃を行っている。

 

一発撃つごとに轟音が響き渡り、発射時の衝撃によって周囲の砂塵と彼女の長髪がが巻き上がる。

銃撃の度に襲い来る殴られるような強烈な反動とその余韻を思いながら、ダネルはふと口許を緩ませた。

 

「久方振りの戦場だ・・・。フフッ。いけないな、これは」

 

重々しいボルトを引いて、20×82mmの空薬莢を排出する。

高倍率スコープを覗き、狙いをつける。

 

「やはり、抑えられないな。この高揚は」

 

引き金を引く。

大気を震わせ放たれた20×82mm弾という本来は対空砲に使われる弾薬を、一発も外すこと無く的確に鉄血兵に叩き込み、破壊していく。

 

「新入り、M200。そっちはどうだ?」

 

ドラグーンを歩行兵器ごとぶち抜きながら、ダネルは同じく屋上に陣取り、反対方向に狙いをつけているもう1人の対物ライフルの人形。チェイタックM200インターベーションに通信越しに声を掛けた。

聴覚機能を麻痺させるような銃撃音ががなり立てる最中であっても、ツェナープロトコルによる無線通信であれば問題なく会話が出来る。

 

『敵集団後方よりジャガーの接近を確認しましたので、たった今全て排除しました』

 

「やるじゃないか。もう一端のスナイパーだな」

 

『そう思ってくれるなら、もう新入り呼ばわりはやめて欲しいです』

 

「気が向いたらな。────おっと」

 

高倍率スコープ越しにダネルが捉えたのは、こちらに銃口を向けているイェーガー。

カウンタースナイプを狙っているのだろうが、ダネルに気付かれた時点でそれは失敗が確定している。

 

距離にして200メートル。大した距離ではない。即座にエイムし発砲。

イェーガーが構えていたエネルギー兵器の発射口に20mm弾が、まるで吸い込まれるように飛び込んだ。結果、弾丸は兵器を貫通しイェーガーの胸部に命中。極々小規模な爆発を起こして沈黙した。

 

「Good night.そのまま朽ち果てろ」

 

ダネルの冷ややかな呟きを通信越しに聞いたM200は小さく短く悲鳴を上げたが、彼女はそれに構うこと無く狙撃を続けた。

 

『いいぞダネル。流石だ。そのまま頼む』

 

下で戦っているブリッツが称賛を送る。

それをダネルは何でもないように「当然だ」と短く答えるがその実、口許は先とはまた違う緩み方をしていた。

 

『報告。北西よりヘリが一機急速接近。グリフィンの識別信号です』

 

飛び込んできたナビゲーターの報告に、ブリッツは反射的にヘッドセットに手を当てる。

 

『回線を繋ぎます』

 

『こちらネゲヴ小隊隊長のネゲヴ。多目的戦闘群のブリッツ指揮官。聞こえていたら応答を』

 

「本部からの応援か。ブリッツだ。支援に来ていただき感謝する」

 

遮蔽物から身を乗りだし、攻撃しながら接近してくるリッパーをHK417で撃破。その流れですぐ近くにいた別のリッパーを同様に撃破しつつ、ブリッツは至極平静を保ったまま応答する。

その時の銃声がインカムに入ってしまったのだろう。昨今、人間兵士が使う無線通信機は銃声(ノイズ)をカットする機能が付いているが、それでも多少は音が入り込んでしまう。

 

通信機の向こうにいるネゲヴが「ほ~ん・・・。あの時の指揮官か」とどこか納得した風な事を呟くが、敵の排除に意識を集中させているブリッツがそれを気にする事はなかった。

 

『そっちは大分盛り上がっているようね。あと2分で到着するわ。それまで持ちこたえて』

 

「了解した。よし、全員聞いてたな。特別ゲストがやってくるぞ。それまでに花道(LZ)を確保して歓迎の準備だ」

 

言って、ブリッツは遮蔽物に身を隠したまま銃のみを敵に向けて、アンダーバレルのM320グレネードランチャーを発射。打ち出された40mm榴弾は緩やかな放物線を描いてガードの足元に着弾。シールドもろとも吹き飛ばして破壊し、不幸にも榴弾の有効半径内にいたヴェスピドもその巻き添えを食らった。

それに合わせるようにFALが自前のMGLを3連射。敵を一網打尽にする。辛くも榴弾炸裂から逃れた鉄血兵はRFBによってトドメを刺される。

 

同時に、拠点を完全に制圧したことで2階と3階に陣取ったRFとMGによる掩護射撃。さらにはヘリによる近接航空支援(CAS)も加わって、次第に戦況の趨勢は数に劣っているはずの多目的戦闘群の方へと傾いていく。見るからに鉄血の数が減っている。

 

敵からの銃撃が最初と比較しても大分薄くなってきた頃、ここでゲストが登場する。

S10のガンシップとは違うヘリの駆動音が聞こえてきたのだ。

 

『指揮官!9時方向!』

 

ナビゲーターの声に咄嗟に反応して視線を向ければ、機体側面にグリフィンの社章が刻まれた人員輸送用ヘリの姿が見えた。

 

『待たせたわね。ネゲヴ小隊、ただいま到着したわ』

 

「ああ、待ちわびたぞ。全員!ネゲヴ小隊の降下を援護しろ!」

 

ネゲヴ小隊の乗ったヘリはブリッツらと同様、確保した拠点となる図書館の屋上へと降下。

「ちょ、スカートめくれちゃう!」と、屋上にいたことでヘリのダウンバーストをモロに浴びたM200の慌てた様子が通信越しに飛び込んできたが、あえてそれを他の皆が気にすることはなかった。

 

ともかくとして、全員の尽力によってネゲヴ小隊とは無事に合流を果たした。

グリフィン内でもエリート部隊として有名なネゲヴ小隊の助けもあり、そこからは一方的な戦闘になった。

 

作戦開始から1時間もした頃には鉄血は撤退。周辺には鉄血人形の残骸と大量の空薬莢のみを残し、エリアを確保した。

結果だけ見れば、多目的戦闘群は無傷も同然で拠点を奪還した形となった。

 

現在、拠点を中心にドローンを複数飛ばし、周辺の安全が確保されたかの確認作業。ネゲヴ小隊が持ってきてくれた物資の仕分け作業が同時に行われている。

先と打って変わり今はかなり静かな、平穏な時間である。

 

「久しぶりね、戦う指揮官さん。シェルターの時以来ね」

 

「ああ、まさか君たちが来てくれるとはな。支援に感謝する」

 

ブリッツとネゲヴ両名が握手を交わす。その周りでは、二つの部隊が協力して各々の役割を遂行し、着々と拠点と使うための準備が進められている。

 

ネゲヴは戦闘にも参加していたが比較的後方からの援護射撃であったはずだが、彼女の纏う白い制服に所々血のような赤黒い染みがついている。

 

「想定した以上に敵の数が多い。今回の任務、一筋縄ではいかなそうだ」

 

「いいじゃない。やりがいのある仕事は好きよ」

 

「それは頼もしいな」

 

「当然。どんな任務もこなしてこそスペシャリストよ。大船に乗ったつもりで任せてくれればいいわ」

 

ネゲヴが鼻を鳴らして自信満々に胸を張って見せた。些か自信過剰にも見えるが、彼女のこれまでの戦果や功績を知れば否が応でも納得させられてしまう。ネゲヴもそうであるように、ネゲヴ小隊のメンバーも優秀な粒揃いだ。

 

『歓談中に申し訳ありません。安全確認として飛ばしていたドローンの一機が、グリフィンの識別信号を感知しました。おそらく、先の共同作戦で取り残された人形たちかと思われます。ここより東へ2キロほどの地点です』

 

唐突に飛び込んできたナビゲーターの報告。ブリッツとネゲヴの表情が瞬く間に引き締まる。

 

「了解。ただちに救援に向かおう」

 

短くネビゲーターに応え、ひとつ深呼吸をいれた。

 

「ライト!ここは任せる!FAL!RFB!AA-12!俺と来い!」

 

「ティータイムもまだなのにもう仕事?」

 

「仲間の救助は最優先だ。例えティータイムであろうがな」

 

ブリッツの指示にFALがわざとらしく不満をこぼすが、彼はそれを一蹴する。

 

「私も行くわ。ARとSGだけじゃいざって時火力が足りなくなるわ」

 

ネゲヴが同行を申し出る。MG人形である自分がいれば、大抵の状況も打開できるだろうという考えから出た申し出だった。

ブリッツもそう考え一言「助かる」と告げた。小隊の隊長であるネゲヴなら、救助した人形を纏め上げるにも一役買ってくれそうだと考えての事でもあった。

 

最初のFAL以外に、名前の上がった人形からは不満をこぼす声はない。

これで決まりだ。

 

「40秒で支度しろ。さあ、仲間を助けにいくぞ」

 

 




アプデ前には投稿しようと思ったのにこれだよ(´・ω・`)

そんなことよりついにライトさんのMODが実装されたよ!ああ~、たまらねぇぜ!
とりあえずアプデ終わった瞬間に溜め込んだ作戦報告書と欠片使ってすぐにMODⅢにして専用装備を較正&最大強化してスキルレベルも最大にして好感度もカンストさせて図鑑のグッド押しました。
ストーリーも最高やったな・・・。ラムさん不器用かわいい

MODも実装されたんだからさ、LWMMGが出てる作品もっと増えてもいい・・・増えてもよくない?



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10-3

アップデート失敗してイベント3日遅れでやっと始めたけど、やる気がでなくてまだ序盤で燻ってます(半ギレ)


そこは廃墟の中であった。

ごく普通の、鉄筋コンクリートで出来た二階建ての一軒家。戦争と長期間に渡って手付かずであった故にコンクリートは所々風化して崩れ、内部の鉄筋が剥き出しになっている箇所がいくつかある。

屋内は伽藍堂としており、廃墟特有の空虚さも合わさって得も言えぬ静寂が肌を撫で聴覚を圧迫する。

 

そんな廃墟で唯一、目を引くものがあった。

 

地下室だ。それもただの地下室ではない。戦争を想定して設計された強固な地下シェルターだ。

世間が第三次大戦の勃発に戦々恐々としていた時代。人々はせめてもの安心を得ようと自宅に核シェルターを建造した。安価なものから高価なものまで多種多様。

ここもその一つであり、また比較的高価なものだった。一目見ただけで設計の堅牢さがわかってしまう。この家の持ち主はそれだけ安心安全を欲したのだろう。

これなら例え直上を爆撃されたとしても地上の家屋が吹き飛ばされるのみで地下の被害は少ないだろう。

 

それでも、こうしてここら一帯が無人のゴーストタウンに変わり果ててしまったのは、なんとも残酷な話だ。

 

そして、そんな人間たちが作った地下シェルターを、今は戦術人形たちが利用しているのは、なんとも皮肉な話だと、SMG人形のMP40は自らの半身(MP40)を抱きながらに思った。冷たく硬いコンクリートに背を預けて腰を下ろし、それとなく周囲を見渡してみれば、自分を含めた計13名の戦術人形は、誰も彼もが沈鬱な表情で時が過ぎるのを待っていた。

 

誰も彼もが大小様々な負傷箇所を抱え、誰も彼もが今にも自分の頭をその手に持った銃で撃ち抜きかねない絶望感にうちひしがれている。

尤も、I.O.P社製の戦術人形には自殺という選択肢(コマンド)は無いのだが。

 

ここにいる全員が、先の共同作戦で指揮官に見捨てられた敗残兵だ。

取り残されたとある人形が偶然見つけたこのシェルターへ、辛うじて生き延びた人形たちが飛び込み逃れたのが、この地下シェルターだった。

 

弾薬も配給もないが、シェルター備え付けの埃を被った古い発電機が今でも正常に動いてくれたのは幸いであった。おかげで充電が出来、どうにかこうにか今まで生き延びられた。

 

しかし素直には喜べない。

おそらくは、自分達はKIAとして処理され、作戦前に残しておいたバックアップを使って新たな義体を得て、何食わぬ顔で基地の業務に勤しんでいるのだろう。

 

そういう事が出来るのが戦術人形の。自律人形の利点だ。

 

だがそれも仕方ない事だと、MP40は思っていた。

自分達の最後の使命は「殿として指揮官の撤退を援護する」こと。それが為された今、今もなおこうして生きていることに何の意味もない。

 

いっその事、ここを鉄血が見付けてくれた方が手っ取り早い。このまま何もできずに機能停止を迎えるより、そっちの方がすっきりする。

 

そんな諦念がマインドマップを染め上げている最中。突然床が、というよりこのシェルターそのものが震えた。

地震ではない。これは何らかの、爆発による衝撃。

振動はすぐに収まった。だがすぐに同様の振動が連続で訪れた。

 

きっと、鉄血人形が周辺の家屋を爆薬か何かで吹き飛ばしているのだろう。そうやって逃げ延びたグリフィンの残党を炙り出そうとしているのかもしれない。

合計4度の振動が収まり、そっと耳を澄ましてみれば幾つも折り重なった銃撃音のようなものも聞こえる。銃撃で掃討をかけているのだろうか。

 

周囲の仲間達を見渡してみれば、反応は様々であった。

諦めて目を閉じるもの。やられる前に一矢報いてやろうと立ち上がるもの。マインドマップを恐怖に支配されて半恐慌状態になっているものに、それを何とか宥めようとしているもの。MP40は、そのどれかで分類するならば「諦めて目を閉じるもの」であった。

 

─────いや、ちょっと待て。

MP40は閉じていた目を開いた。

 

銃撃で掃討をかけているとするならば、なぜ爆破する必要がある。逆に、爆破するならなぜ銃撃をする必要がある。

効率のため?だとするなら尚更に変だ。爆破という手段を持っているのに、それをたった4回で終わらせた理由はなんだ。

それにこの銃撃音だ。いくつもの折り重なったこの音はまるで、銃撃戦の音のようではないか。

 

暫くして、音も振動も止んだ。シェルター内も、恐慌状態の人形の小さい悲鳴以外には発電機と空調の稼働音くらいしか聞こえない。

 

また耳を澄ませてみる。聴覚センサーの感度を最大にまで上げたのと同時に、地上階と地下とを繋ぐ通路。それを隔てる扉が開いた音が聞こえた。

 

足音は聞こえないが、地上側の扉が開いた以上、何者かが地下に降りているのは間違いないだろう。他の人形もそれを察したのだろう。皆息を潜めて、ただ待った。敵か味方か。十中八九敵であろうが、目の前の扉が開くその瞬間を。

扉のそばに身を寄せて、不意打ちの一発を食らわせようとする人形に、地下にあるソファやテーブルの裏に回って身を隠す人形と、対応は様々である。

 

とにかく、全員が目の前の扉に意識を集中させ、次に起こる事に備えた。

 

そして起きた。出来事が。

 

ただしそれは、当人達が想定していたあらゆる出来事からは、かけ離れた物であった。

 

耐火性や気密性に富んだ分厚い扉を規則正しいリズムで叩く音。三回のノックだ。明らかに攻撃ではない。

 

どういう事かと困惑した。

 

『あー、聞こえるか?こちらはグリフィンだ。取り敢えず、落ち着いて話をしよう』

 

こちらの緊張も知らずに扉の向こうにいるであろう男は、何とも暢気な事を宣った。

 

 

────────時は5分ほど遡る。

 

拠点を制圧後、グリフィン人形部隊の信号をキャッチしたブリッツらは、休息もほどほどにヘリに乗って現場へと急行。

徒歩では距離的に時間がかかる上に交戦が避けられないが、ヘリで飛んでいけば数分とかからずかつ交戦も避けられた。

 

信号の発信源は住宅地。かつてはメインストリートにそって一軒家が立ち並んでいたであろう光景は、今ではすっかり変わり果ててしまい荒涼としている。

 

そんなかつての住宅地である現場に着いて真っ先に目撃したのは、救助対象の人形部隊ではなく2個小隊規模の鉄血であったが。

更に言えば、地上には無人四脚歩行戦車のマンティコアが、数名の随伴兵を引き連れてメインストリートを進んでいる。

 

『信号発信源はここです』

 

無線機に飛び込んできたナビゲーターの声と同時に、ブリッツのスマートグラスのHUD上にピンと距離が表示される。

ピンはある一軒家を指し示しているが、そこはまさに鉄血の部隊のど真ん中にポツンと残っている廃墟だ。

 

「あんな所にいるのか?」

 

『間違いありません。信号の強度が低いところから考えて、おそらくは地下に隠れているかと。信号を拾えたのは奇跡的と言っていいです』

 

ブリッツの疑問にナビゲーターは間髪いれずに断言した。

それを更に疑うようなことをブリッツはしなかった。

 

「なら地上に引き上げてやろう。FAL、グレネードを用意だ。デカブツの足元を狙え」

 

「いいけど、仕留められるかわからないわよ」

 

懸念を抱きながらも、FALはいつも使っているMGL-140を構えマンティコアへと向ける。

 

マンティコアは胴体下部に主砲を取り付けるというレイアウト上、地上目標には滅法強くとも、仰角を取れないため対空射撃が出来ず、空からの脅威には滅法弱いという弱点を抱えている。

つまり、銃の有効射程にまで入られた時点でマンティコアはただの大きい動く的に成り下がってしまっていた。

 

今なら、リスク無くマンティコアを排除できる。が、いくら強力な40mmグレネード弾であっても、それで仕留められるかは疑問である。直撃さえ出来れば損傷を負わせることくらいは出来るだろうが、相手は機動性にも優れている。弾速の遅いグレネード弾では避けられる可能性もあり、FALもそれを懸念していた。

 

「心配はいらない」

 

しかしブリッツ。こうなることも見越して用意はしていた。

言って、ブリッツはキャビン内の隅に置かれていた、複数ある耐火性に優れた武器ケースを引っ張りだし、中身を取り出した。

 

それは筒である。それもただの筒ではなく、携行対戦車砲。滑腔式無反動砲AT-4である。

 

「トドメは俺がやる」

 

安全ピンを抜き、コッキングレバーを押し出して肩に担ぎ、マンティコアへと照準を向ける。その姿を見て、RFBは「おーこわいこわい」と言葉とは裏腹に何でもないような口調で反対側のハッチを開け放ち、後方噴射(バックブラスト)の逃げ道を確保した。AA-12は黙って耳を両手で塞いだ。

 

グレネードで動きを止めたところを、この対戦車砲で破壊しよう。というのがブリッツのプランである。

ヘリもブリッツの企みに合わせて旋回することで傾斜をつけ、俯角を付けられるように配慮。反対側のハッチにバックブラストを安全に放出出来るようにした。

 

「ヘリの中で何て物出して使おうとしてるのよ!?それに!グリフィンではヘリ機内での武器兵器の使用は禁止されているのよ!」

 

「知ったことか。FAL、やれ」

 

「了解」

 

同行したネゲヴの叫びもどこ吹く風とばかりに聞き流し、無情にも指揮官はGOサイン。それに応え、FALは40mmグレネード弾を3発連続で発射。

気の抜けるような音ともに放たれたグレネードは、まるで吸い込まれるかのようにマンティコアの右前後の脚部へと命中。駆動系をやられたのだろう。右前脚が破壊され機能を停止。後脚もダンパーや可動部分が故障したのか鈍く軋むような耳障りな金属音を響かせ、巨体がゆらゆらと不安定に揺れている。

見るからに、今のマンティコアには攻撃を回避するだけの能力はない。

 

Kick-ass(ブチかますぜ)

 

安全レバーとトリガーを同時に押し込んだ。

強烈なバックブラストと共に84mmの砲身から放たれた成形炸薬弾(HEAT)は秒速285mという速度でマンティコアへと一直線に飛んでいく。

 

瞬間、着弾。機動力の確保のためか、本体の外郭はそれほど厚くない。420mmの装甲を貫通できるHEATを胴体部分の右側面に直撃されたマンティコアは、その巨体を大きく揺らし一瞬動きを止めた後に地に伏せた。

 

Gotcha(やったぜ)

 

「ムチャクチャよこの指揮官・・・」

 

「今さらだな。良いから撃て専門家(スペシャリスト)

 

苦言を溢すネゲヴを他所に、使用済みとなったAT-4をケースに戻したブリッツは、また別のケースから汎用機関銃であるHK21Eを引っ張り出し、手早くボックスマガジンを装着。機関部に弾薬を装填し即座に制圧射撃を開始。

ネゲヴとAA-12以外のメンバーもハッチから身を乗り出して掃討を開始する。

 

流れ自体は先の拠点確保と同じだ。違うとすれば拠点の確保及び防衛の必要がない事くらいか。

敵の規模も、"たかだか2個小隊規模"だ。ここにいる1人と4名で事足りる。

 

「あーもう!後で嫌ってほど指導してあげるわ!覚悟しなさい!」

 

「お手柔らかに頼む」

 

ネゲヴも吹っ切れた。というより自棄になった様子でハッチから身を乗りだし銃撃を開始。MGらしく、手当たり次第に敵を次々に薙ぎ払って行く。

 

5.56mm弾と7.62mm弾の合奏と、金属の破断音に破壊音の不協和音が入り乱れ、何とも大味な騒音を響かせている内に、気付けば敵も残り僅か。

頃合いだ。

 

「FAL、RFB。ネゲヴと一緒にヘリから撃ち続けろ!AA-12!俺と一緒に地上に降りるぞ!一暴れしてやろう!」

 

「りょーかい」

 

緊迫感の無い応答ではあった。が、その瞳は鋭く。コッキングレバーを引き、薬室内に12ゲージOOOバックショットを送り込むその姿は、より鋭利な雰囲気を纏っている。

 

ヘリは高度を下げて地上5メートルの位置でホバリング。ネゲヴの制圧射撃が効いている内に機内からAA-12とブリッツは飛び降りる。

着地してすぐにAA-12が展開している装甲板に敵弾が命中。鈍い金属音を連続して響かせるが、彼女自身に被弾は一切ない。

その背後。背中合わせにいるブリッツも着地してすぐにHK21Eで攻撃を開始したためエネルギー弾の飛来こそあったが被弾はなかった。

 

「鬱陶しいな・・・」

 

「なら黙らせるか」

 

「よしきた」

 

展開している装甲の隙間から半身たるフルオートショットガンの銃口を突き出し、即座に銃撃。連続した12ゲージによる重厚な音色は、人間が聞けばたちまち恐怖に硬直してしまうような、そんな圧力がある。

 

放たれた無数の直径9.14mmのペレットがガードのシールドを本体ごと弾き飛ばし、リッパーやヴェスピドの胴体や頭部を破壊していく。一発でも十分致命傷に至る威力であるのに、それを連射する様は脅威でしかない。

 

「このまま目標地点まで前進」

 

ブリッツが静かに告げる。AA-12は返事をせず、代わりに行動で了解を示した。

 

歩く、とするには少しばかり速い。そんな移動速度でAA-12は前進する。その後ろを背中を合わせたままブリッツは追随。彼女の後方をカバーする。

右。左、前、後ろ。全方位。敵の距離や種類によって銃口の向きをその都度変えていく。

 

「リロード」

 

「了解」

 

AA-12が前進を止めぬまま32連装ドラムマガジンを引っこ抜いてその場に捨て、腰に忍ばせていた予備のドラムマガジンを装填。その間、ブリッツがオフェンスを一手に引き受け近付く、もしくは攻撃しようとする鉄血兵に7.62mmAPHEを叩き込む。

しかしいくら装弾数に余裕がある機関銃でも、限度はある。AA-12がリロードを終えたのと同時にブリッツのHK21Eの機関部から乾いた金属音が虚しく響いた。

弾切れだ。すぐにHK21Eを背中に収め、いつものHK417へと切り替える。

 

敵に包囲されている状況でベルト給弾のHK21Eではリロードに時間がかかりすぎる。ならば、装弾数は減るがマガジン交換が容易な417のほうが現状においては最適だ。

更に言えば、それを見越してブリッツは最初からHK21E用の予備弾倉を用意していなかった。

 

ヘリからの援護もあって、部隊の大多数を損失した残り少数の鉄血兵は撤退。今回の主目標は戦場に取り残されたグリフィン人形部隊の救助なので、深追いはせずに目標地点である廃墟内の捜索を優先した。

 

廃墟内には痕跡が数多く残っていた。埃の上に残された足跡や衣服が擦れた跡。それらを辿っていくと、地下室への入り口を発見した。ここに逃げ込んだことは一目瞭然。

金属製のドアを開ければ、地下深くへと続く階段が出迎えた。

 

念のため、トラップの有無を調べつつ降りていく。拍子抜けするほど何もなかった。

 

一番下まで辿り着き、また金属製のドアが出迎える。ブリッツがスマートグラスのマグネティックを使いドア越の様子を見れば、何体もの人形が息を潜めているのが見えた。

中にはドア付近で待ち伏せして奇襲を仕掛けようとしているものもいる。このまま襲われる事を良しとする趣味も理由もない。

ブリッツはドアを三回ノックし、口を開いた。

 

「あー、聞こえるか?こちらはグリフィンだ。取り敢えず、落ち着いて話をしよう」

 

────そこからは、意外と早かった。

ブリッツの呼び掛けに籠城していた人形たちは素直に応じ、外へと出てきた。

 

仲間が助けに来てくれたという事実に安堵し、目に涙を浮かべる人形もいれば、負傷しまともに動けないことを恥じている人形もいる。

それらの人形全てをヘリに乗せて当該地域より脱出。

ほんの数分足らずで、先程確保したばかりの拠点へと連行した。

ブリッツらが帰ってくる頃には、拠点も最初と比べても見違えるほどに居心地のよい場所へと様変わりを果たしており、地区奪還の足掛かりとするには十分に整った環境へと改善されていた。

 

そんな活動拠点の一室。元々は事務所として使われていたであろう部屋は、今や司令本部もかくやという有り様になっている。そこに、救助された人形は集められた。

ちなみに、損傷具合が酷い人形は別室で応急処置を施してもらっている。集まったのは比較的軽傷で済んだ人形だけだ。

 

「さて、君たちに聞きたいことがある」

 

開口一番に、硝煙の匂いが染み着いた戦闘服姿のままのブリッツが、厳かな口調で告げる。

集められた人形たちは皆一様にビクリと肩を震わせた。

これより受けるのは叱責か。いやそれよりも酷い罰か。

そんな不安がメンタルモデルに去来する。

 

しかしブリッツはそんな事をするつもりもなく、彼の中での最優先事項は任務の遂行だ。

叱責だの罰だのは時間の無駄だと、端から切り捨てていた。

 

だからこの場合、ブリッツが聞きたいのは一つだけだ。

 

「君たちが戦場に取り残された。その時の状況を詳しく聞きたい。教えてくれ」

 

ブリッツが今一番知りたいのは、「敵戦力の正確な規模」である。

それには、実際に戦場にいた人形たちに聞くのが一番手っ取り早い。

 

彼にとって、まだ与えられた任務は半分も終わっていなかった。

 

 





LWMMGのクリスマススキンがガチャで実装されるだと!?コイン買わなきゃ(使命感)
ニューラルクラウドにも登場するという情報も出たし楽しみだなぁ!

ちなみに年内完結はワイの仕事の関係上とモチベーションの関係で不可能なのが決まりましたウェーイ\( 。∀゚)/


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10-4

執筆前ぼく「前回は流石にちょっと雑すぎたな。今回は気合いいれて書いたろ!」

執筆後ぼく「文字数1万越えちゃった・・・」


「はあ・・・・・」

 

拠点として確保した図書館。その事務室にて、パイプ椅子に凭れるように座っているブリッツは重たい溜め息をこぼした。

傍らのテーブルの上には様々な紙の書類や資料が乱雑に散らばっり、同様にテーブルに置かれた装填済みのHK417A2やMP7A1を埋めている。

使用する本人であるブリッツも、いつも通りの黒を基調にした戦闘服にタクティカルベストを装着。レッグホルスターにはコンペンセイター付きのMk23ソーコムを収めている。

 

事務室自体は、当初の廃墟然とした雰囲気から一変し、簡易ではあるが指揮システムが導入され、立派な司令室と化している。

設置された大型のホログラフィックディスプレイには、複数のドローンからリアルタイムで送られてくる拠点周辺と、20キロ先の地域の監視映像が流れている。

そのいずれにも、敵の姿はない。

 

それがブリッツを頭を悩ませていた。

 

─────鉄血支配地域、R12地区の奪還任務を開始してから20時間が経過した。

 

昼過ぎに開始された本作戦も、気付けば夜も開けて太陽は高い位置に上がっている。

なお、その太陽は空一面を覆う分厚い雲によって姿は見えず、眩いはずの光を遮る。日中であるにも関わらず地上は薄暗く、それに伴ってか空気もどこか重く感じられた。

 

そう感じる要因の一つとして、現在の作戦の遂行状況が上げられる。

結果だけで言うならば「芳しくない」。

 

まず、正確な敵戦力がわからない。

拠点の周辺一帯は確保出来たが、そこ以外が分からない。

衛星画像から敵の潜伏場所として使えそうな地点を探し、そこへドローンを複数飛ばして策敵する。

 

が、ドローンは鉄血の姿を捉えられず。しかし偵察として現地に向かわせれば必ず接敵。それも、最低でも一個中隊規模の敵部隊が何処からともなく現れるのだ。

 

詳しい調査をしようにもキリなく出現し続ける敵の対応に追われ、最終的には撤退を余儀なくされる。

 

それに加えて、敵の前線基地も不明のままだ。

これだけの規模の部隊を展開できるのだから、それ相応の前線基地やら駐屯地があるはずなのだ。

が、それが全く見当たらない。敵の部隊展開速度から見ても近場にあることは間違いないのだが、それらしき場所が見つからない。

 

そもそもとして、ブリッツらより早く作戦を開始していた共同作戦では、事前の敵戦力がなぜ過小に報告されていたのか。その理由が判明していない。

偵察にあたった部隊はSMGとHGで構成された脚の速い部隊であり、過去に何度も偵察に駆り出されていたベテランたちだ。HG人形の索敵能力も合わせれば例え正確ではなくとも、過小評価をすることはありえない。

 

どうにも解せない。

何かを見落としている。根本的な何かを。

 

その何かを知るために地形データや人間大の熱源に電磁気を探ってはみたが、どれもが空振りに終わった。

このままだと、何もわからないまま時間が過ぎてしまう。じり貧確定だ。

 

それを避けるために、ブリッツは少し前に応援を要請していた。

 

『ブリッツ指揮官。要請していた応援の方々が来たようです』

 

ナビゲーターが指揮システムのコンソールパネル上に付けられたスピーカー越しに告げた。

どうやら来たようだ。ブリッツは「了解」と応答し疲労感を吐き出すように一つ息を勢いよく吹いて、すっくと立ち上がり、事務室を出た。

 

外へと出れば、機体側面にグリフィンのロゴが描かれたヘリコプターが一機、着陸態勢に入っていた。

拠点周辺に設置された複数の簡易天幕がヘリのダウンバーストによって揺れている。しっかりと固定されているため吹っ飛ばされるような心配はないが。

 

着陸したヘリのハッチが開き、まず始めに戦術人形が5体降りてきた。SMG人形のMP5と79式。ARのFAMAS。HGのG17。RFのTAC-50。この五名である。いずれも完全武装で、今すぐにでも戦闘任務に就ける状態であった。

S10の部隊とはまた違った雰囲気。否、風格を漂わせている。弛めず、しかし気負いすぎず。程よい緊張感をもっているのがよくわかる。正しく精鋭部隊といった姿勢に、ブリッツも感心せざるをえなかった。

 

そして最後に降りてきたのは、グリフィンの赤いコートに身を纏い、金髪のショートヘアがヘリからの気流によって振り回されるのを手で押さえながら、その若い女性指揮官。メリー・ウォーカーは、ブリッツの姿を見た途端破顔させて早足に歩み寄った。

 

「R09地区司令基地指揮官、メリー・ウォーカー!応援要請に応じ、現着いたしました!」

 

「よくきてくれました。協力に感謝します、ウォーカー指揮官。どうぞこちらへ」

 

互いに挨拶と敬礼を交わし合い、ブリッツはメリーを拠点内部へと案内する。

事務室、もとい司令室へと通されたメリーは中を見て感嘆の声を漏らした。

 

「立派な司令室ですね。もっと荒んで雑然とした感じをイメージしていましたが、設備がちゃんと整ってる。・・・でも、苦労してそうですね」

 

メリーがテーブルの上に散らばった書類や資料を見てそう溢した。

何の気なしに一枚資料を手にとって見れば、それはR12地区の詳細な地形情報やその歴史について記載されている。他の資料も眺めてみれば、どれもそれと似たようなものだ。

その中には、幾つか敵出現ポイントをバツ印で示された航空写真もあった。バツ印のすぐ隣には注釈のように敵戦力を数値化した数字の羅列が添えられている。

 

「偵察用ドローンで上空から得た敵情報と、実際に戦場で遭遇した敵戦力が釣り合わないんです。まるで大隊規模の部隊がゲリラ戦術を駆使しているような、そんな嫌な状況です」

 

「確かに・・・この規模でこの戦力導入は過剰ですし、事前情報と差がありすぎますね。おまけに、上空からの監視を逃れられるほど身を隠せられる場所もない」

 

「おかげで時間を掛けたわりには、有力な情報が得られないという有り様で。人形たちに負担が掛かるばかり。頭が痛いです」

 

「まさか物資転送で基地から直接送り込んでるんじゃないだろうな・・・」と、メリーから視線を外し、ホログラフィックモニターに映るドローンの監視映像を見ながらブリッツはぼやいた。先と変わらず、映像に敵影は確認出来ない。

状況は完全に膠着状態に陥ってしまっている。

 

ブリッツの得意な戦術は敵の拠点に少数で潜入。奇襲で数的不利を覆し殲滅するやり方だ。

しかし今回の場合、敵の拠点が分からない上に待ち構えられているような状況だ。一気呵成で戦うには火力がどうしても足りなくなる。

 

状況を打破するには敵の拠点位置と戦力の把握が必要だ。

もし本当に物資転送で鉄血兵を送り込んでいるのだとしたら、尚更に敵拠点位置の割り出しは早急に必要になる。

鉄血工造の技術力なら、それが出来てもおかしくはないのだから。

 

「失礼します!」

 

どうしたものかと頭を悩ませている所に第三者の声が司令室に飛び込んできた。

視線を向ければ、メリーが連れてきた人形である79式が敬礼した状態で立っていた。

 

「ウォーカー指揮官!例のUAVの射出準備が出来ました!」

 

「ありがとう79式ちゃん。下がっていいよ。そのまま待機してて」

 

「はい!失礼します!」

 

クルリとキレのある動きで回れ右して、79式は司令室から立ち去った。

 

「UAV、ですか?」

 

今のやり取りを見たブリッツが訝しげに尋ねる。

 

「はい。正確には、無人航空管制機(UACS)というものですが」

 

「まさか、最近グリフィンが試験的に導入したというアレですか」

 

驚きと若干の嬉色が混ざった表情でブリッツは問い、メリーが「そのアレです」とこちらも嬉しそうに返した。

 

グリフィンが新しく導入したそれは、人工衛星経由で操作する固定翼機のUAVに高性能なレーダーユニットとセンサー類を搭載し、広範囲の多数の目標を探知。地上の敵部隊や友軍の判別及び指示出し。瞬時に味方に情報共有出来る戦術データリンク等々。基地の指揮システムを通じてより効率的な部隊展開が実行出来るだけの性能を付与した、言わばグリフィン人形部隊のための廉価版AWACSである。

 

とはいえ、流石に本家本元のAWACSを、大手とはいえ一介の民間軍事会社であるグリフィンが軍の条約上によって所有、使用することは出来ない。しかしどうにかしようと画策した結果出来上がったのが、UAVを改造したこの無人航空管制機である。

 

搭載されるレーダー装置やセンサー類、プレーンそのものの軽量化や高性能化が進み、長時間の作戦行動でもバッテリー切れを起こす事なく飛行出来る。

さらにソーラーパネルも搭載しているため、気象の影響を受けにくい高高度でなら飛行しながら日中に充電し夜間で動力として使うことで、事実上24時間連続飛行が可能となった。

 

ちなみにこの無人航空管制機。細部の違う似たような物を正規軍では制式採用されており、ブリッツも軍にいた頃は何度か支援をしてもらった経験がある。

 

しかし元となるUAVと、高性能レーダーに各種センサー類。それらを搭載し実際に使えるよう改造するにも決して安くはないコストが掛かるため、グリフィンでは上級指揮官が駐在する一握りの基地にのみ、試験的に配備されている。

メリーはこの数ヵ月の間で上級指揮官に昇任。運良くこの無人航空管制機を配備された。

 

「技術部門の話によれば、一機で大隊規模の人形部隊を同時に指揮することも出来るそうです。・・・といっても、性能が高すぎるせいで今回のような大規模な作戦でもないと持て余しちゃうんですけどね」

 

使っても基地の周辺グルグル飛ばすだけですし、とやれやれといった具合に小さなため息混じりに付け加えた。

現状、メリーの基地では無駄に高性能なラジコン飛行機とほぼ同じようだ。

 

確かに、性能はいいのだろうが使い所は中々見つからないだろう。

良くある鉄血兵の排除だけなら、わざわざこの劣化版AWACSでなくとも偵察用ドローンで事足りてしまうのだから。

 

飛ばして使うにもコストや手間も掛かるしリスクもある。ただでさえハイテク機器満載で一機あたり10万ドル相当の無人航空管制機が、万が一にも墜落したとなったらグリフィンとしても大損害である。

更に言えば人の手で遠隔操作するわけなのだから、操作ミスで墜落したとなっては冗談では済まされない。持ってきたメリーはもちろん、ブリッツも墜落の責任を取らされるような事態はごめんである。

 

そういう意味では今回、信頼のおける存在であるナビゲーターが適任であった。膨大な情報を同時にかつ瞬時に処理できる戦術支援AIのナビゲエーターなら、操縦の片手間に取得した情報を整理。戦術データリンクに共有することなど造作もない。

 

すぐにブリッツが無人航空管制機と同期し、操縦するようナビゲーターに指示を出し、彼女はそれを「了解しました」の一言で受け入れた。

 

「UACSの存在はありがたいです。今ある偵察用ドローンだけだと、どうしても戦況把握に時間がかかってしまいますから。自分も矢面に立つので、尚更に」

 

「そもそも指揮官が戦闘に参加すること自体、グリフィンからしてみればあり得ないんですけどね・・・。鉄血人形のキルレシオ知ってるだけに余計に。1:20でしたっけ。流石は特別現場指揮官に選ばれただけありますよね」

 

「昔とった杵柄、というやつです。それより、ちょっと聞きたいことがあるのですが」

 

「なんでしょう」

 

「なぜグリフィン本部は『急にR12地区の奪還に本腰をあげた』のでしょうか」

 

それはちょっとした疑問であった。

現在、グリフィン最大の脅威である鉄血工造製戦術人形。それらから人類の居住区を防衛することが第一目標だ。

当然、その防衛にも優先順位が存在する。商業や工業といった、重要拠点がある土地へ優先的に防衛戦力が割かれている。

 

しかしこのR12地区。調べれば調べるほどに優先順位の低い土地としか、ブリッツには思えなかった。

いくら大手とはいえ、グリフィンが保有する戦力にも限りがある。R12地区は、その限りある戦力を割いてまで鉄血から奪還せねばならないほど重要な地区には思えない。

 

そもそもの話、このR12地区という区分名自体がおかしいのだ。なぜなら鉄血に支配された現在、行政を行う居住区がそもそも存在しないのだから。だから、R12地区という名称が存在すること自体おかしい。

 

グリフィンが自ら鉄血支配地域を奪還してそれをアピールする、という事も考えたがそれでも腑に落ちない。

どうにも引っ掛かりを覚える。

 

その疑問を晴らすきっかけ作り、とでも言うようにメリーが「ああそれはですね」と前置きをいれた。

 

「鉱山ですよ」

 

「鉱山?」

 

「はい。ここからは少し離れていますが、レアアースを採掘出来る鉱山がR12地区にはあるんです。グリフィンとしては、どのPMCよりも早くこの地区を奪還、確保して行政権と共にレアアース採掘の権利を得たいんだと思います。自律人形や無人機の普及によってレアアースの需要は益々上昇しています。上層部としては、何がなんでも手に入れたいと思いますよ」

 

「ああ、なるほど。それは、必死にもなりますね」

 

納得がいくと同時に、ブリッツは何とも形容しがたい倦怠感を覚えた。

レアアースは様々なエレクトロニクス製品に使われている。現在司令室で使っているホログラフィックディスプレイに偵察ドローン。

 

つまりは、利権を得たいが為に上層部は地区一つ取り戻せと言っているわけだ。色々ゴタゴタが重なったおかげで聞けなかったが、おそらくヘリアントスもこれは知っていただろう。現にメリーが知っているのだから、知らないはずがない。

 

どうにも上手いこと利用されている気がしてならない。多目的戦闘群とはつまり、上層部にとって使い勝手のいい部隊という位置付けなのではないかと勘繰ってしまう。

 

しかしだ。例えどんな事情があっても命令は命令。任務は任務だ。遂行出来なくてはそれこそ多目的戦闘群の存在意義も無くなる。

 

ブリッツは一つ深呼吸を入れて気を取り直し、改めてメリーと向き合った。

 

「では、プランを決めましょう。まずは────」

 

どこから行きましょうか。ブリッツはそう告げたかったが、それは阻止された。

 

突如として司令室。というよりも拠点全体が大きく揺れた。揺れ自体はすぐに収まったが、同時に外が騒がしくなる。

メリーが小さく悲鳴を上げてその場に蹲り、ブリッツは腰のMk23に手を添える。

 

地震ではない。すぐに察しがついた。

 

『ブリッツ!』

 

通信機からLWMMGの切羽詰まった声がブリッツの耳に飛び込んできた。

 

「何があった」

 

『鉄血よ!鉄血のヤツラが攻撃してきた!』

 

「なんだと・・・!?」

 

反射的に、ブリッツはホログラフィックディスプレイに視線を走らせた。

ドローンから送られてくる映像には敵の姿は見えない。

 

ドローンにはIFFが搭載されている。動体目標を赤外線カメラで捉え、その姿から判別する。もしくは、対象から発せられる信号と、グリフィンの信号を比較し判別する方法だ。

 

ドローンのIFFには鉄血兵の外見上の特徴が全て入力されている。

少しでも姿を捉えていれば、このディスプレイに表示されるよう設定かされている。

 

しかし、ディスプレイには先と変わらず異常無し。つまり、敵はドローンの監視から逃れここまでやってきた。という事だ。

 

「まさか本当に物資転送を使ってるのか・・・?」

 

冗談じゃないとブリッツは内心で悪態をつくが、現実に敵はすぐ傍まで来ている。すぐに動かないといけない。

 

大量の紙の資料をどかし銃を手に取る。MP7は腰にぶら下げて、417のボルトを少しだけ引いて薬室に弾丸が入っているか確認しセーフティを解除。スマートグラスを掛けると同時に起動。PDA、無線機と同期し、人形たちと戦術データリンクを構成。

 

ミニマップには味方の位置が青の丸い点として表示されている。見たところ拠点を中心に広がるように展開し、防衛線を構築している。HG人形が防衛線上にいる人形たちに弾薬やMREの補給、RFやMGの射撃統制システム(FCS)として動いてくれている。

 

おかげで火力が途切れず攻め入ってきた鉄血兵を食い止める事が出来ている。

とはいえ、人形たちだけではいずれ限界が訪れる。司令室に引きこもっている場合ではない。

 

「メリー指揮官。ここから指揮を執って下さい。自分は人形たちと合流します。・・・・・・メリー指揮官?」

 

反応がないメリーを不審に思ったブリッツが彼女の方へと振り向いてみれば、そこには蹲ったまま動かないメリー・ウォーカーの姿があった。体は小刻みに震えており、呼吸も荒い。過呼吸寸前の状態だ。

その姿からは、何かに怯えているようにも見えた。

 

まさか、と。ブリッツにある予想が脳裏を過る。

 

メリー・ウォーカーは以前、反グリフィン団体の過激派によって拉致拘束、性的暴行を受けた。すぐに救出されたが、彼女が受けた傷は決して浅くはない。

あれから凡そ3ヶ月。怪我の治療も終わり現場復帰が出来たようではあるが、心の傷はそこまで簡単に癒すことはできなかったようだ。

 

心的外傷。期間を考えれば心的外傷後ストレス障害、PTSDに近いだろうか。おそらくは先の攻撃によって生じた揺れが、過去の出来事を思い出させるきっかけとなってしまったのだろう。

いや、そんな所見なんて今はどうでもいい。ともかく彼女を落ち着かせるために安全な場所へ移動させるべきだ。

蹲っているメリーのすぐそばに膝をついて、そっと背中に手を添える。すると、彼女はブリッツに寄り掛かり戦闘服にしがみついた。まるで助けを求めてすがり付くように。

 

「メリー指揮官、聞こえますか。息をゆっくり吐いてください。大丈夫です、落ち着いて」

 

優しく語りかけるように、ブリッツは介抱する。

まずは過呼吸の症状を抑えることが重要だ。症状を落ち着かせるには息を吸わせるより、吸った息をゆっくり吐き出してやるよう促した方がいい。息を止めるのも有効な手段だが、現状それは難しいだろう。前者の方がいい。

 

その判断がよかったのか。メリーの呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、ブリッツの服を掴んでいた手から少しずつ力が抜けていく。

 

「そう、ゆっくり。その調子」

 

「はあ・・・ふう・・・。・・・ありがとうございます。もう、大丈夫です」

 

ブリッツに寄りかかったまま、メリーは顔を上げた。確かに呼吸が落ち着き、体の震えも収まった。が、その顔からは憔悴しているのがよく分かってしまう。

しかしこのままじっと座り込んでいるわけにもいかない。

 

「動けますか」

 

「はい、なんとか」

 

「なら行きましょう。来てもらって早々に申し訳ありませんが、後方へ下がってください。ここにいれば危険な目に遭う可能性があります」

 

「大丈夫です。ここに残り、指揮します。私に構わず、ブリッツ指揮官は人形たちと合流してください」

 

「しかし・・・」

 

憔悴していても、その双眸は未だ力強く。メリーはブリッツを見るが、彼は渋った。

見るからに空元気。虚勢と言ってもいいメリーの姿を見ると、「わかりました。任せます」とはどうしても言えなかった。

今は落ち着いたとはいえ、あくまでこれは一時的なものだ。またフラッシュバックで過呼吸に陥り、そのせいで指揮が滅茶苦茶になってしまったら目も当てられない。最悪な事態に発展する可能性は決して低くない。

 

何よりブリッツは同じ指揮官としても、これから戦場に立つ兵士としても、そんな状態の指揮官に命を預ける気にはどうしてもなれない。

 

しかし、メリーも引かない。疲労困憊の顔に気迫を押し出してブリッツを見る。

 

「任務を果たしましょう。その為に我々はここにいるんです」

 

引く気はない。その目が、そう告げている。

こういう目をした人間が、その場凌ぎの説得などでは動かない事をブリッツは知っている。自分が交渉術に秀でている訳でもないことも。

時間をかければ、もしかしたらがあるかもしれないが。その時間すらも惜しい現状だ。

 

今回ばかりは眠らせる訳にもいかない。それこそ危険だからだ。

 

ひとつ、ブリッツは溜め息を溢した。

 

「・・・わかりました。ここはお任せします」

 

「はい、任されました。・・・ブリッツさん、御武運を」

 

その激励を、ブリッツは何も返さず受け取るのみに留め、立ち上がり司令室を飛び出した。

 

「ゲート、状況を」

 

通路を進みながらブリッツは無線機越しにナビゲーターへと語りかける。

 

『敵は北東方面より襲来。確認できる規模は二個小隊。編成はガード、リッパー、ヴェスピド、イェーガー。現在LWMMGとネゲヴ小隊が中心となって交戦中です』

 

「・・・二個小隊?」

 

進んでいた足が止まった。

 

()()()()()()()?」

 

『確かに、これまで交戦してきた敵部隊と比べると少ないですね。奇襲するために戦力を削ったのでしょうか』

 

「待て、そこがおかしい。鉄血がわざわざ戦力を削ってまで奇襲を仕掛けてくるなんて事がまずおかしい。やつらの戦力はこちらでも把握できていない。だが、二個小隊に削ってまで奇襲作戦を敢行するほど戦力は削られていないはずだ」

 

ブリッツは思考する。

 

「敵との交戦距離は?」

 

『およそ150メートルから200メートル。線を引いたかのように近付いてくるような動きは見えません』

 

「後方から敵増援は?」

 

『熱源、電磁気、信号。どれも確認できません』

 

ブリッツは思考する。どうしてこういう行動に出たのか。自分が敵なら、どうしてそういう動きをさせるか。

 

そして、自分の中で一番可能性のありそうな理由を導き出す。

 

「────まさか。そういうことか・・・?」

 

『指揮官?』

 

「あークソ。後手に回ったか。ゲート、やはり俺は指揮官としては二流だ。だがそれでも、現状を乗り切らねばならんわけだ」

 

己の至らなさにうんざりしながら、ブリッツはため息混じりに指示を飛ばす。

 

「ゲート、交戦中の全部隊に通達。敵の撃破はRFがメイン。MGは敵が接近してきた場合のみ銃撃を許可する。その他は敵の頭押さえる程度に弾丸を節約。吶喊はさせるなよ。特に一〇〇式」

 

『え?』

 

どういう事か。そういった意味を含んだナビゲーターの疑問符を、ブリッツは悪態混じりに告げた。

 

「鉄血のヤツら、威力偵察を仕掛けてきやがった」

 

──────────────────

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────────

─────

───

 

断続的に飛んでくる敵のエネルギー弾をコンクリートブロックで遮り、時折応戦もしながら戦術人形、FALは苛立っていた。

矛先は当然、奇襲を仕掛けておいて、一向に積極的攻勢に出てこない鉄血兵に対して。

 

FALは敵集団中央と向かい合う位置に陣取っている。本来ここはかなり敵の攻勢に遭うポイントなのだが、どういう事か拍子抜けしそうなほどに敵の弾幕は薄い。

先程から少し離れた場所からチクチクと撃ってくる。距離にして150メートル。この距離だと、大口径RFやMG。もしくは自分のような7.62mm口径のバトルライフルでないと話にならない。5.56mm弾でも戦おうと思えば戦えるが、頑丈な鉄血兵にダメージを与えられるかと問われると疑問符を浮かべざるを得ない。

 

しかし、しかしだ。有効射程内ではあれど交戦距離としては遠い。これでは有効な攻撃にはならない。

おまけに、MGの攻撃も条件付きで止められているため尚更だ。

 

膠着状態である。こういう時、一〇〇式やVectorが敵陣に切り込み状況を引っ掻き回し、それに乗じて有利に動くのだが、それはブリッツ自身が止めた。

結果として、攻撃出来る人員が限られたためにこちらもチクチクと応戦するしかないという現状。

ただし、大口径ライフル持ちの人形は景気良くぶっぱなし、敵を1体ずつ撃破していっている。

 

それもあって、フラストレーションは溜まる一方だ。

いっそのこと、撃破に関係なく銃を乱射したい所だがその場合、すぐ後方にいる副官からキツイ説教を頂くことになる。それだけは勘弁願いたい。

 

どうにもならない事に、FALは深くため息を溢した。

 

「焦れったいわね。ブリッツは何してるのよ」

 

「呼んだか?」

 

噂をすればなんとやら。何の気なしに呟いた名前を呼んだその直後に本人。ブリッツがFALの元へと訪れた。

 

「随分と遅かったわね」

 

「不満そうだな」

 

「ええまあそうね。部下の気持ちを汲んでくれるなんて、ああ私は何ていい上官に恵まれたのかしら。涙が出そうだわ」

 

「それだけ皮肉が言えるってことは、かなりご機嫌ってことだな。安心した」

 

言って、ブリッツはHK417のアンダーバレルに装着されたフォアグリップ。その上部のスイッチを押す。

するとグリップ下部から小気味良い音と共に2本の脚が飛び出し広がった。所謂グリップポッドだ。

レシーバーには50連装ドラムマガジンが装着されている。

 

「お遊びは終わりだ」

 

展開したグリップポッドをコンクリートブロックの上に備え付けるように置き、引き金を引いた。7.62mmの重厚で連続した銃撃音が戦場に轟く。

グリップポッドによってブレの少ない連続射撃は、さながら分隊支援火器よろしく150メートル先にいる敵集団へ的確にダメージを与えていく。

 

「ライト、合わせろ」

 

そこにLWMMGからの銃撃も加わった。HK417よりも更に重い銃声が響く。

敵からの銃撃が収まる。そこを逃さず、FALを含めた他のAR人形が一斉に攻勢を起こす。

 

RF人形も好機と見たのか、銃撃の間隔が短くなってきている。

 

ここまでくれば後は消化試合であった。

 

敵の規模も二個小隊程度で、拠点に陣取るグリフィン部隊を相手にするには些か力不足。消耗が半分まで至った途端、鉄血は踵を返して撤退していく。

 

「攻撃をやめろ」

 

ブリッツの一言で、グリフィン側の人形も一斉に攻撃を停止。銃撃音の残響が余韻のように空へと吸い込まれていき、やがて水に沈めたような静寂が訪れた。

 

終わった。誰もがそう思った。

ただ一人を除いて。

 

「賭けに出るか。ライト。および、第一部隊。弾薬とMREを補給後、俺と一緒に来い。撤退した敵を追いかけるぞ」

 

「は?」

 

信じられない。そう言いたげにFALは声をあげた。

 

「今のは威力偵察の部隊だ。俺たちの戦力を測りにきたんだ」

 

「だからって、なんで敵を追いかけるのよ」

 

「やつらの拠点を知りたい。このままチマチマと空から探していたんじゃ、いつになるかわからん。やつらに案内してもらおう」

 

「罠の可能性は?」

 

「十分あり得る。だから賭けなのさ。メリー指揮官。UACSを射出し、上空から我々を支援してください。残りの部隊は留守番だ。おそらくすぐに本隊がやって来る。今度は今の比じゃないくらいに敵がやって来るぞ」

 

FALの質問に答えながら指示を出していくブリッツ。その姿に、FALも他の人形も、もうやるしかないのだと悟る。

LWMMGもすぐに人形たちに具体的な指示を飛ばして動かしていく。

メリーもまた、R09基地の人形らに指示を出し、ブリッツたちの援護が出来るよう準備を急ピッチで進めている。

 

「準備が完了次第、すぐに出撃する。さあ、終わらせにいくぞ」

 

 

 





年越しちゃったけど、特になにかをやる事はなく淡々と本編を進めていきます。そんな感じでよろしくオナシャス!


それはそうとLWMMGのクリスマススキン入手しました。イイゾ~これ


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10-5

もうさ、月一更新にして開き直ろうかなって・・・



 

全員集まったな?

時間がない。手短に説明する。よく聞いてくれ。

 

状況が変わってしまった。もう敵戦力の把握などと言っている場合ではない。一刻も早く敵の前線基地を発見しないといけなくなった。

 

先の戦闘で、やつらにこちらの大まかな保有戦力を把握されただろう。情報も、既に本隊へ通達されていると考えられる。

遅くとも二時間。早ければ1時間以内に、今度は最低でも大隊規模で一気に磨り潰しにやってくる。俺が敵ならそうする。

そして、敵戦力に対抗できるだけの力を、こちらは持ち合わせてはいない。

 

メリー・ウォーカー指揮官が本部に増援を要請はしたが、時間までに対抗できるだけの戦力が結集することはまずない。つまり、ここにいる戦力だけで戦わなければならない、ということだ。

 

そこでだ。これより多目的戦闘群第一部隊は、先程撤退した敵小隊を追跡。敵の拠点まで進行する。

本隊が来るより早く敵司令部を発見、制圧。命令権限を支配してやれば、ここら一帯の鉄血は静かになるだろう。

 

LWMMG、FAL、RFB、Vector、WA2000、一〇〇式。この6名は俺と一緒に敵司令部を目指す。残りはここでメリー・ウォーカー指揮官の指示のもと防御陣地を構築。俺たちの進行が遅れた場合に備えろ。

そして、万が一俺たちがしくじった場合は速やかに拠点を放棄。撤退しろ。

 

・・・はっきり言ってこれは無茶な作戦だ。成功する確率も高くはない。が、このまま何もせず迎える結末よりはずっといい。

 

それに無茶ではあるが無理ではない。俺たちなら必ずやり遂げられる。俺はそう確信している。

 

正真正銘、これが最後の大仕事だ。

全員生きてこの戦いを終わらせるぞ!

 

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───

 

 

 

追跡において一番重要なのは、対象に気付かれない事であるのは言わずとも知れているだろう。

しかし、言うは易く行うは難し。対象に気取られずかつ見失わずに追跡するのは難しい。

 

だがそれは、あくまで追跡の目が一つのみの場合だ。

ブリッツら追跡部隊は目標である撤退中の鉄血小隊を50メートル後方より、距離を一定に保ったまま追尾。

この距離だと障害物などで直接の視認は出来ないが、彼らにはもう一つの目がある。

 

メリーが持ってきた無人航空管制機(UACS)が上空2000メートルから地上を進行している鉄血兵を常時監視し、データリンクでブリッツらにリアルタイムで位置情報を送信してくれる。高度が高度だけに、鉄血に気付かれる心配はない。仮に気付かれたとしても、鉄血兵に2000メートル上空を飛行する物体に攻撃を命中させられるだけの技能も性能も無い。

おかげでブリッツたちは余計なリスクを背負うことなく敵部隊を追跡できていた。

 

それでも念のため廃墟の陰や、時折ある木々を使って身を隠し、ブリッツを先頭に連携を取りながら進む。こちらに空からの目があるように、鉄血にも何かしらの装備がある可能性もある。対象に見付かれば全て水の泡になるのだ。用心するに越したことはない。

 

そんな彼の装備は一見すれば戦闘前提の出で立ちであった。

毎度お馴染みのHK417の銃口にはサプレッサーが装着されているものの、アンダーバレルにはM320グレネードランチャー。レシーバー上部にはホロサイトと3倍率のブースターが鎮座している。

左右のレッグホルスターにはそれぞれMP7A1が一挺ずつ。腰にはコンペンセイター仕様のMk23ソーコムピストルと、過去に鉄血のブルートから拝借した大型のナイフを携えている。

 

現状は追跡任務だが、敵が前線基地に到着したら、そこからは制圧任務に切り替わる。その際戦闘は避けられない。その為の装備である。

 

「なんだか、久しぶりね」

 

ふと思い出したようにFALが溢した。

どうしたんだと全員がちらりとFALに視線を向ける。

 

「このメンバーで仕事するのって、随分久々じゃない?」

 

「ああ、そうだったな」

 

「最初の頃って人数少なかったからね~。みんなで出撃してたっけ」

 

ブリッツが同調して、RFBが懐かしむように付け加えた。

S10基地第一部隊とは、ブリッツが指揮官として正式に着任してから、古参の人形で固められた部隊であった。

当初はLWMMGを隊長とし、FAL、Vector、WA2000、一〇〇式で任務を遂行。後にRFBが参入したことでLWMMGは隊長の任をFALへと移譲し、現在の第一強襲部隊が編成された。

それでも人数が少なかったこともあって、第一部隊プラスブリッツとLWMMGの7人編成はしばらく続いた。その結果、今現在のように重要な任務の際にはこの7名で遂行する事が当たり前となった。

 

それを理解しているだけに、ブリッツとLWMMGを始めとした第一部隊の面々は、談笑を交えていながらも油断はなく、緊張の糸を途切らせることなく周囲の警戒に意識を向けている。

 

『注意。30メートル圏内に鉄血の信号を感知』

 

ナビゲーターからの通信に、ブリッツが拳を掲げて進行をピタリと止める。

現在位置は木々が密集している森林地帯。それぞれが木の陰や岩陰に身を寄せて存在感を消す。

 

『身を低くして慎重に前進』

 

ハンドサインを駆使して人形たちに指示を出す。こういうとき、ツェナープロトコルを通じて指示が出せないことにもどかしさを覚える。しかし鉄血相手に見付かるリスクを下げるやり方としては、ハンドサインは有効ではあった。噂では、敵はこちらのツェナープロトコルによる連携信号を解析し先回りするという。

そこら中に蔓延っている量産型にそんな芸当が出来るとは思えないが、その思い込みが仇となる場合もある。油断はしない。潰せるリスクは徹底して潰す。

 

ブリッツのハンドサインを正確に読み取った部隊は指示通りに身を屈め、最小限の動きで進行を再開。同時に、ブリッツのスマートグラスや人形たちの電脳に敵の大まかな位置情報がデータリンクされ、表示される。

上空を飛行しているUACSを使った情報解析が役に立っている。

 

1分ほど進むと、情報通りのポイントに鉄血兵が複数いることを、ブリッツは肉眼で確認。数は10。内訳はヴェスピド4にリッパーが4。イェーガーが2。

敵影だけでなく、木々で隠すように鉄血工造のロゴマークが描かれた複数のパラボラアンテナが、コンテナの上に鎮座している。どうやら敵の中継ポイントのようで、追跡対象とは別の部隊がこの場所を護衛しているようだ。

 

ここに中継ポイントがあるということは、敵司令部はまだまだ遠いのかもしれない。

逆に言えば、この中継ポイントを制圧し無効化すれば敵の行動を阻害できる。

 

『サプレッサー装着。一気に制圧する』

 

そうブリッツがハンドサインで指示を出す。

飛んできた指示に、人形たちは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに切り替えてそれぞれが狙撃位置につく。

これもデータリンクを通じて表示され、誰が誰を狙っているのかが一目でわかる。LWMMGはサプレッサーを装着出来ないため攻撃から外れ、一〇〇式はサプレッサーを装着出来るよう銃口が改造されているが、威力が減衰してしまうため彼女も攻撃から外れる。

残りの全員が、互いが互いを補うように複数を一度に狙える位置に陣取った。

 

『準備よし』

『いつでも』

『狙ってるよ~』

『いいわ』

 

Vector、FAL、RFB、WA2000の順でブリッツに無線で報告。

ブリッツも、それとほぼ同時に位置についた。藪に身を隠してヴェスピドとリッパーからは見えず、しかし2体を即座に排除できる狙撃位置だ。

音を立てぬようサプレッサーが装着されたHK417を構え、セレクターをセミオートに。ホロサイトと3倍率ブースターを通してヴェスピドにレティクルを合わせる。

静かに一呼吸入れ、ガク引きして照準がずれないようゆっくりトリガーの遊びを殺す。あとほんの十数グラム力を込めれば、7.62mmの弾丸が敵の脳幹を撃ち抜く。

集中力を高める。体感する時間の流れが次第に緩やかになっていく。

 

『────撃て』

 

集中力がピークに達した瞬間、制音されくぐもった銃声が鳴り、ヴェスピドの頭部を撃ち抜いた。間髪入れず、敵に気付かせる間も与えず、リッパーの頭部へとエイム。次弾を発射。何が起きたかわからないまま、2体の鉄血兵は電脳を破壊され機能を停止した。

それは他の連中も同様であり、あちらこちらから敵が地に伏せる音が立った。

 

『クリア』

『クリア』

『クリア』

『クリア』

 

続々と上がる報告に、無意識に止めていた呼吸を再開させ、一拍間を開けた。

 

「オールクリア。設備を破壊し前進する」

 

そう締め括り、次の行動へと移る。

本当ならば、C-4などでアンテナそのものを爆破出来れば一番なのだが、そんなことをすれば音で敵にこちらの存在を知られてしまう。

そこでコンテナ側面に設置された制御盤の配線を切断し、念のために銃弾を3発撃ち込んで破壊。中継機能を停止させた。

 

「ゲート、対象は」

 

『130メートル先にいます。見失ってはいませんから安心してください』

 

報告すると同時に、ブリッツのスマートグラスと人形たちの電脳に敵の位置情報がミニマップに反映される。

どうやら旧市街地を通っているようだ。

こういった情報が瞬時に、かつ精確に前線の兵士に共有できるのがあの無人航空管制機の強みだ。おかげで後手に回ることもなく対応ができる。

 

高性能なカメラとIFFくらいしか搭載できないドローンでは、ここまで大量の情報を得られなかっただろう。

これにはLWMMGも感嘆の声をあげた。

 

「ホント、便利ね。あの管制機、ウチにも欲しくなってきたよ」

 

『短時間でこれだけ大量の情報が得られるなんて、今までありませんでしたからね。私、ガラにもなく今テンションが上がってます』

 

「それほどにか。任務が終わったらヘリアントス上級代行官にねだってみるか」

 

『わーい』

 

ナビゲーターの珍しく嬉しそうな様子に穏やかな空気が流れるが、すぐに気を取り直し前進する。

森林地帯を抜ければ、すぐに旧市街地に到達する。

人がいなくなって久しいためか。確保した拠点同様にこの旧市街地も大戦の影響でビルが崩壊し、風化し、今にも崩れてしまいそうな脆さと儚さが漂っている。

 

しかし感傷に浸る時間はない。敵の位置が表示されているミニマップを見遣りながら、ブリッツを先頭に部隊は前進。メインストリートは道が広く、かつ破壊され放置された自動車や大型バス。崩れたビルの一部であろう、身を隠せる程に巨大なコンクリートの塊が積もった山があちらこちらに転がっている。これならあまり目立つことなく移動ができそうだ。

上空のUACSも対象以外の敵反応を感知していないが、万が一もある。一瞬で世にも恐ろしいスナイパーストリートに化ける可能性だってあり得るのだ。

 

頭を低く、陰から陰へと素早く動く。

言葉を交わさずとも、全員が無意識に死角を埋めて補うよう訓練されている。だから無駄なく、満遍なく、全方位を警戒できる。

 

「ゲート。拠点の様子はどうだ」

 

道の端に転がっているコンクリートで出来た瓦礫の山に背を預けながら、ブリッツはナビゲーターへと声を投げ掛ける。その際同時にハンドサインを駆使して他の人形たちに指示を飛ばす。

 

拠点には複数の偵察ドローンが展開しており、拠点の指揮モジュールと繋がっている。そして、指揮モジュールを経てUACSとも繋がっている。そのためデータリンクとして拠点にいるメリーや戦場にいるブリッツにもリアルタイムで情報を共有することが出来ている。

 

『今のところ、敵の姿は見受けられません。防御陣地の構築も順調です』

 

「ならいいんだが────」

 

「さっきの奇襲(アレ)もあるからな」という二の句を告げようとしたその瞬間。ブリッツの右側頭部に向かって緑の光弾が飛来した。それをブリッツは身を屈める形で避けた事で、光弾はひび割れたアスファルトに着弾し小さく爆ぜた。明らかに、指向性エネルギー兵器による狙撃だった。

躱すと同時にHK417を光弾の発射点、6階建てビルの4階部分に銃口を向けて引き金を引く。

制音された銃声と共に放たれた7.62mm弾が狙撃主。鉄血工造のイェーガーの頭部を撃ち抜いた。

 

「・・・ゲート。任務が終わったらねだるって話な。あれは撤回だ」

 

イェーガーの撃破がきっかけとなったかのように、同じビルの4階と一階エントランスから、複数の影が動きだす。

 

「開発部に一言文句を言ってからだ」

 

4階部分より姿を現したのは、3本の銃身が特徴のマシンガン型DEWを扱う鉄血工造製戦術人形のストライカー。それがずらりと7体ほど並んでこちらに銃口を向けている。

エントランスより現れるはヴェスピドだ。こちらは10体ほど確認できる。

ブリッツのスマートグラスに敵の位置が表示されたのは、それとほぼ同時であった。今ごろになってUACSが鉄血の信号を捉えたのだろう。

 

更に不味いことに、こちらを見下ろすストライカーが持つ銃身が、モーターの駆動音と共に回転を始めた。

 

「ライト!!」

 

「わかってる!」

 

打てば響くとばかりにLWMMGは自身の近くにある破壊され放棄されたセダン型の自動車の右リアフェンダーに後ろ蹴りを食らわせた。元々道に対してあらぬ方向を向いていた車は、戦術人形の蹴り一発で騒音と共にスピン。ブリッツの近くまで飛んできた。それをカバーポイントにしてブリッツは背を預ける。

 

ストライカーの回転する銃身から。ヴェスピドが横列を組んで。それぞれからエネルギー弾が放たれたのは、それとほぼ同時であった。

 

「エンゲージ!」

 

「ああもう最悪だわっ!」

 

FALが吐き捨てた悪態と共に部隊も攻撃を開始。複数のストライカーによる弾幕が降り注ぐ中でも、僅かな隙を見つけて反撃する。

 

確かに弾幕は厚い。が、精確ではない。ただ弾をバラ撒いているだけのお粗末な射撃だ。100発撃って一発当たればそれでいい。そんな風に思えるほどの稚拙な銃撃。

 

それを、大戦でも使われたであろう風化したコンクリートブロックを遮蔽物にしているWA2000は、気に入らないとばかりにひとつ鼻を鳴らした。

 

「ナメないでよね。数撃ちゃ当たるって物でもないわ」

 

冷静に。そして確実に。WA2000が4階部分に陣取っているストライカーにヘッドショットを決めていく。

7体が6体に。6体が5体に。

RFBも加わって、更に4体、3体と数を減らしていく。

仲間がやられている事に気付いたヴェスピドらがWA2000とRFBを真っ先に排除すべき最優先目標と判断。銃口を二人に向けた。

 

「ROCK'N'ROLL、ってね」

 

そこに、今まで廃車を遮蔽物にして身を隠していたLWMMGがインターセプトに入る。

バイポッドを展開し、廃車のボンネットに載せて引き金を引く。連続した重厚な銃声が轟き、右から左へとまるで線をなぞるように.338ノルママグナムをヴェスピドに叩き込む。1キロ先のソフトスキンすら破壊する威力を誇る弾薬だ。頑丈とはいえ装甲らしい装甲のないヴェスピドにとっては脅威でしかなく。また、それに抗い打開するだけの手段はなかった。

 

トドメにFALとVectorによる40mmグレネードと焼夷手榴弾によってヴェスピド10体は瞬く間に鉄屑へと成り果てた。

ストライカーも、数が減ってしまえば対処は簡単であった。一〇〇式がストライカーを挑発してヘイトを集めている間に残りがストライカーに集中砲火を浴びせる。やがて隠れていたビルの外壁が崩れ、姿が丸見えになった瞬間ボロ雑巾よろしく全身が穴だらけになり、様々な部品の欠片を辺りに撒き散らして機能を停止した。

 

結果だけ見れば、押されていたのは最初だけであった。殲滅が終わり、今度こそ鉄血の信号が全て途絶えた。

 

「ゲート、ターゲットは!?」

 

『その先140メートル先を進行中。移動スピードが上がっています!』

 

「離されるとまずいな。急いで追いかけるぞ」

 

『いえ、ちょっと待ってください。これは・・・!』

 

ナビゲーターの驚愕に震えた声。ブリッツのスマートグラスにUACSからのデータリンクが表示されたのはその直後。

新たな反応が出現した。

 

『敵部隊、後方より急速接近!』

 

「応戦しつつ前進する!Vector!一〇〇式!お前たちは先頭に立って誘導しろ!後は後方からきた鉄屑の対処だ!」

 

後ろ向きに歩きながら、ブリッツたちは後方より接近してきた敵部隊に攻撃していく。向こうには銃撃をやり過ごすという考えがないのか。横列こそ組んでいるが遮蔽物に身を隠して攻撃を凌ぐような行動を取らない。おかげで仕留めやすいのだが、どこに隠れていたのか。仕留めても仕留めても次から次にぞろぞろと新手が現れる。

 

「数が多すぎる!」

 

「このままだと弾がなくなるわ!」

 

焦燥を思わせる声がFALとWA2000から上がる。何も言わないがRFBも同様のようで、苦々しく唇を歪めている。

 

一向に減らない敵の波状攻撃。それに対応しなくてはならない為に素早く動けない。こうしている間にもターゲットは先へ先へと進んでいる。

 

そこに、一〇〇式がふと何かに気付いた。廃墟同然となった15階建ての廃ビルだ。そこのエントランス部分。正確には中のロビー。そこにはいくつもの支柱が立っている。そのいくつもある支柱に、なにかが括り付けられている。

長方形のような形をした、どこかで見た覚えのあるような、そんなモノ。

どうみてもビルの内装で付けたものではない。では何だろう。そう、例えば。イメージとして真っ先に浮かび上がるのが、ビル解体用の爆弾。

 

「─────走ってぇ!」

 

幾重にも折り重なった銃声に負けない声量で、一〇〇式は叫んだ。

 

その瞬間であった。一〇〇式の見立て通り、廃ビルの支柱に設置された爆弾が爆発。破壊した。

絶妙なバランスを保っていたビルは内部の支えを失い、まるで狙いすましたように轟音と共にこちらに向かって倒れてきた。

 

同時に一〇〇式の声に押されて部隊は攻撃の手を止めて回避行動。一〇〇式とVector。そしてWA2000とRFBが前方へ。ブリッツとLWMMG、FALが後方へと駆け出した。

一〇〇式の判断が早かったお陰か、方向は違えどどちらもビルの下敷きになる前に退避できた。

 

しかし、近すぎた。

 

「ああクソ!」

 

思わず飛び出した悪態と共に、倒壊したビルから吹き荒れる猛烈な衝撃。突風に瓦礫や砂塵がブリッツたちに襲いかかった。

 

木の葉よろしく吹き飛ばされ、地面を転がり。やがて近くの車にぶつかり止まった。

 

体全体が軋むように痛む。意識が朦朧とする。耳が遠い。視界もぼやけている。それに加えて、巻き上がった砂塵のせいで視界もほぼゼロだ。

 

『─────ッ!─────ッ!』

 

だれかが呼んでいる。だが何と言っているのかわからない。

 

「ブリッツ!しっかりして!」

 

急速に視界がハッキリとし、遠かった聴覚も機能を回復。朦朧としていた意識も取り戻した。

目の前にはLWMMGの心配そうな顔があった。そこで初めて、ブリッツは自身が気を失っていた事に気付いた。

 

「大丈夫!?ほら、敵が来てる!行かなきゃ!」

 

傍らに落ちていたHK417をブリッツに押し付けるように持たせ、彼女も半身である軽量中機関銃を持って立ち上がった。

近くまで敵がいるのだろう。立ち上がってすぐLWMMGは銃撃を開始。空薬莢とベルトリンクを撒き散らしながら応戦する。

痛む体を無理矢理動かし、ブリッツも立ち上がりHK417を構えた。幸い、機関部も銃身もどこにも異常はなさそうだった。

砂塵のせいで視界は利かない。だがマグネティックのおかげで敵の姿は捉えられる。その際、近くにFALも居たことを確認し安堵した。

敵を見つけ攻撃する。その度に、7.62mm弾の反動がブリッツの肩を叩き、それが全身を伝播して痛みとなって表れる。

 

それでも攻撃をやめるわけにはいかない。まだ鉄血兵がいる。やつらを排除しないとこちらがやられる。

 

「ッ!ブリッツ!ジャガーがいるわ!」

 

FALが声をあげた。

それは不味い。すぐにマグネティックで探す。見つけた。30メートル先だ。フルオートでジャガーに攻撃する。ジャガーは見た目とは裏腹に外殻は薄く脆い。2発か3発打ち込めば機能を停止する。

 

が、見つけるのが少し遅かったのか。仕留める直前。ジャガーが砲弾を放った。

 

「迫撃砲が来るぞ!伏せろ伏せろ!」

 

伏せろと声では言っていても、ブリッツはジャガーが放った砲弾を目で追う。着弾はブリッツのすぐ傍だった。

すぐにその場を離れ、近くの廃車に身を預ける。その途端に鉄血兵は移動したばかりのブリッツに集中砲火を浴びせる。多大な着弾音と火花が上がる。

 

流石は元軍用モデル。この砂塵の中でもこちらの姿を捉えている。

それを忌々しく思っていると、今になってジャガーの放った砲弾が地面に着弾した。爆発音と爆風がブリッツの体を叩いた。

 

そのすぐ後、妙な音がブリッツの耳に入ってきた。

何かがひび割れ、崩れるような音だ。

 

音の発信源は先の砲弾が着弾した場所だった。そこを見て、ブリッツは目を見開いた。

 

()()()()()()()()()()。それもかなり深い穴だ。

おまけに、穴は瞬く間に広がっていき、ブリッツへと穴の淵が近付いてくる。

 

逃げなくては。あの穴に落ちたらマズイ。経験に基づく本能がそう判断した。

 

駆け出そうとしたその刹那、鉄血兵が足止めとばかりにブリッツに銃撃を加えてくる。釘付けにされた。

 

「チッ!」

 

417からMP7に持ち替えて、遮蔽物に隠れたまま盲撃ちで相手を牽制する。

狙いもなにもあったもんじゃないが、それが効いてくれたのか銃撃が少しだけ緩んだ。

 

「ブリッツ、こっち!」

 

LWMMGがビルの軒下の柱に身を隠した状態で、手招きしている。確かに彼処なら穴の影響は受けないかもしれない。

すぐに駆け出す。が。遅かった。踏み出した瞬間ブリッツの足元は崩れた。皮肉にも、穴の拡大はここで止まった。

 

それでも何とか前には飛んだ。その僅かな跳躍によって、ブリッツは辛うじて穴の淵のアスファルトにブルートのナイフを突き立て、落ちないよう体を支えた。しかしそれも時間稼ぎにもならないようだ。ナイフを突き立てたところからヒビが広がっている。このままではアスファルトは割れ、あえなくこの底の見えない穴へと落ちてしまうだろう。

 

「ブリッツ!」

 

LWMMGは咄嗟に呼び掛け左手を伸ばす。がそれを鉄血のDEWが撃ち抜いた。肘から先が吹き飛ばされ、人工血液とオイルが溢れ出る。

苦悶の声を上げながらも、彼女は尚もブリッツを見る。祈るように。

 

その祈りは通じなかった。ナイフを突き立てたアスファルトは割れ、呆気なく崩れた。当然ナイフは抜け、唯一の支えが失われた今、ブリッツの体は万有引力の法則に従い、穴の中へと無情にも落下していく。

 

「ブリッツ!!」

 

今にも泣き出しそうなLWMMGの顔と、徐々に狭まっていく砂塵まみれの空を最後に、彼の意識は漆黒の闇の中へと落ちた。





はい、そんな感じでブリッツくんボッシュートです。
はてさて彼の運命はいかに


最近感想貰えなくて寂しいので感想ください!メッセージでもええぞ!



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10-6

突如として現れた穴にブリッツが吸い込まれるようにして消えた。それを目の当たりにしたLWMMGは、茫然自失した様子でその場に膝をついた。

自分の左腕が吹き飛ばされ、ドロリとした人工血液とオイルが止めどなく地面に流れ落ちている事も忘れ、彼女はただ目の前の大穴を見る。

 

失敗した。失敗した。失敗した!

どうしてあの時一緒に動かなかった。銃を渡すのではなく、彼の手を取るべきだった。

そうすれば彼はあの穴に落ちる事もなかったかもしれないのに。

 

こんな時にLWMMGに去来したのはかつてのS10基地。仲間が大勢殺されたあの光景がフラッシュバックする。

 

どうする。どうする。どうしたらいい。

決まっている。助けなくては。彼を助けないと!

 

決意の元、彼女は穴に向かって柱から飛び出すように立ち上がる。

 

「はいストップ」

 

それを、いつの間にか背後に回っていたFALが、シャツの襟を掴んで止めた。予期せぬ力が加わった事でLWMMGはつんのめるように後ろへと倒れる。同時に、今まさに飛び出そうとした進行方向上に合わせたかのように敵の光弾が飛んできた。危うく撃破されるところであった。

 

そんな、指揮官の救助を邪魔した。もしくは自分を助けたFALに向かって倒れたまま視線を向けてみれば、眉間には決して浅くはない皺を寄せ、鋭い目付きでLWMMGを睨み、見下ろしている彼女の姿が視界に入った。見るからに不機嫌。というより怒気を身に纏っている印象だ。

 

「なに勝手に助けに行こうとしてるのよ」

 

声を聞けばそれは更に顕著になった。明らかに怒りの感情が声色となってFALの口から出てきている。

その時一体のリッパーが吶喊。敵からすれば棒立ち同然のFALに銃口を向けた。が、FALは視線をLWMMGから逸らすこと無く懐に忍ばせていたFNブローニング・ハイパワーを抜いて即座にダブルタップ。リッパーの頭部を撃ち抜いた。

 

何事もなかったかのようにハイパワーを懐に仕舞い再度口を開く。

 

「今部隊長(リーダー)であるアナタまで離脱されると困るのよ。わかる?ただでさえ今大問題が起きているのに、これ以上の問題は勘弁してほしいわ」

 

「で、でも!ブリッツが!」

 

「アイツなら大丈夫よ。殺したって死なないわ。アナタの次にアイツと付き合いが長い私はそれを確信している。アナタはどうなの?たかが穴に落ちたくらいでアイツが死ぬとでも思っているの?」

 

言って、FALは片膝を付いてLWMMGに目線の高さを合わせる。

 

「指示を出して、ライト。ブリッツがいない今、彼の人形であるアナタに私は従う」

 

静かに厳かに告げられたそれは、LWMMGの半ばパニック状態の電脳を落ち着かせるには十分であった。

 

そうだ。今はやることがある。彼女の言う通りだ。今は自分がリーダーだ。部隊を率いなくてはいけない。

確かにブリッツの事は心配だ。だが大丈夫だ。確証はないが、彼女の言う通り、彼は殺したって死なない。悪運の強さは間近で見てきた。

 

そう。今はやることがある。任務を遂行する。兵士としての使命を全うする。

 

欠損した左腕から流れ落ちていた人工血液とオイルは既に止まっていた。欠損箇所付近のオイルラインを閉鎖して流出を止めたのだ。対応が遅れたせいで大分オイル残量が減ってしまったが、作戦行動する分には問題ない。

 

その直後、鉄血のDEWとは別の、火薬を使った複数の炸裂音が木霊した。柱の陰から覗き見てみれば、倒壊したビルだった瓦礫の山の上に、残りの第一部隊メンバーが立って周囲にいる鉄血兵に攻撃を行っていた。

全員服装こそ砂埃などで汚れてはいるが、損傷らしい損傷はなさそうだ。

 

『二人とも大丈夫ー!?』

 

『聞こえてるなら早く出てきなさい!さっさと任務を終わらせて、アイツを助けにいくわよ!』

 

RFBとWA2000が無線機越しに呼び掛ける。UACSを通じて状況を見ていたナビゲーターがメンバー全員に情報共有を行ったのだろう。状況を把握しているようだった。

 

一〇〇式は無言で一人敵陣の中へと突っ込んでいく。それに合わせてセミオートライフル二人が掩護射撃。敵が一〇〇式に気を取られている内に、VectorがLWMMGとFALのもとに駆け寄った。

 

左腕がなくなったLWMMGを見たVectorは僅かながらいつもの無表情を苦々しく歪ませた。

 

「大丈夫・・・じゃなさそう」

 

「見た目より大丈夫よ。それより今から指示を出す。よく聞いて」

 

攻撃の手を緩めるぬまま、全員が意識をLWMMGに向ける。

 

「敵の追撃を振り切り、鉄血の前線基地を目指す。無駄弾は撃たずに後のために残しておいて。ナビゲーター、追跡対象の進行ルートから敵の拠点になりそうな場所をピックアップ。最短ルートを案内して。

・・・みんな、それでいいね」

 

『了解』

 

満場一致。間髪入らず全員から同様の声が上がり、LWMMGもより一層気と表情を引き締める。

軽量中機関銃をスリングを使って肩から吊り下げて、ジャケットからHK45Tを取り出す。左腕が使えない代わりにスライドを噛んで後退させチャンバーに弾丸を送る。

 

バイポッドを使えば片手でも機関銃を使う事は出来るが、突発的に敵と遭遇した際は都合が悪い。

リロードも、片手では時間がかかってしまうが、ハンドガンならばまだやりようはある。

そういった合理的理由もあるが何よりも、最後まで戦い抜くと言う彼女の不退転の覚悟の現れでもあった。

 

最後に、深く息を吸い込む。

 

「さあ行こう!」

 

それを合図に、全員が一斉に動き出した。

 

 

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穴の底は深く、暗い場所であった。崩落によってアスファルトやらコンクリートやらスクラップと化した自動車やらが、乱雑に散らばりながらも、それぞれが重なりあうようにしてちょっとした山になっていた。

その山の頂点にて、崩落に巻き込まれた不幸な男、ブリッツは仰向けで倒れていた。

その手には最後に使っていたMP7と、ブルートのナイフが握られたままだ。しかし瞳孔が定まらない虚ろな瞳は開いたまま、意識を手放している。

 

だったのだが、彼の瞳にすぐ光が戻り上体を起こしMP7を構えて周囲に向ける。

敵影はない。それを確認して安堵のため息をこぼす。が、そのすぐ後に全身を鈍くも強い痛みが襲いかかった。

 

落下の衝撃で全身を強く打ち付けた。その打撲の痛みだ。幸い骨折などはしていないらしい。

 

痛みが落ち着いてきたところで周囲を確認する。

まずここは、地上から15メートルほど落ちた場所のようだ。ビル5階相当の高さである。下手をすれば死んでいたが、日々の体力錬成による頑健な肉体と悪運によって救われたようだ。鍛えておいてよかったと思う瞬間だ。

 

そして周辺を見渡せば、どうやらトンネルのような場所だと言うことがわかった。

高さは4メートル前後。幅員は5メートル。コンクリートで塗り固められているようで、かなり頑丈そうだ。

崩落によって出来た穴から差し込む僅かな日光以外、光源らしい光源は見当たらない。

地面を見れば、鉄骨のような太い金属の棒が二本、暗闇に向かって並列に延びている。これらの情報から導き出した答えは

 

「地下鉄か・・・?」

 

真っ先に浮かび上がったのがそれであった。が、ブリッツは敵前線基地を捜索する過程でR12地区全体について、ありとあらゆる情報を入手していた。その情報の中には、この場所に地下鉄が敷設されている事など欠片も記載されてはいなかった。

ナビゲーターもこの地区について情報収集をしてくれていたが、そのような報告は聞いてはいない。

 

入手した情報が古かったのか。それとも、秘密裏に作られたものなのか。ともかく、これ以上わからない上に現状で優先すべきはこの地下空間から地上へと脱出し、部隊と合流。敵基地を目指し制圧する事。そのためにも出口を探さなくてはならない。

落ちた穴から這い上がろうと思えば出来なくもない。が、落ちる直前まで敵が大勢いた。今這い上がれば敵に包囲され嬲り殺しにされるだろう。だから、出口を探す。

 

もしここが人工的に作られた物ならば、どこかに非常用の出口があるはずだ。少なくとも、視界が利く範囲には無さそうだ。

となれば、動くしかない。

 

装備をチェック。

スマートグラスは正常に動作している。ナイトビジョンもマグネティックも問題ない。頑丈に設計してくれた16LABに感謝だ。

通信機も兼ねたPDAもどうやら使えそうだ。

 

一番肝心の銃だが、結果から言えばこれも問題なかった。

近くに落ちていたHK417や持っていたMP7、Mk23も、傷こそ付いているが、テイクダウンしてみれば機関部や銃身には意外とダメージがなく、作動に問題はなかった。

 

というのも、咄嗟に銃を庇うようにしたからだ。

普通ならば、銃よりも己の無事。作戦行動に支障が出ないようダメージを最小限に抑える事を優先する。これは頭で考えるよりも本能的にとってしまう反射のようなもの。

 

しかしブリッツはその本能に逆らった。

 

落下の衝撃で死ぬ可能性は決して低くなかった。が、運良く生き残れた場合、自衛の武器が無いのでは敵と接触した際に結局殺される。

暗闇の向こうからか。それとも自分を追いかけて穴に飛び込んでくるか。あるいは両方からか。敵と遭遇しないという保証は何もない。

 

結果的には、この得たいの知れない場所に落ちたものの、ブリッツは自衛のための武器を失わずに済んだ。

 

ただ、アタッチメントは流石に破損していた。

417のホロサイトと3倍率ブースターによるハイブリッドサイトは、ブースターが潰れてスコープとしての機能を失している。ホロサイトも中央の赤いレティクルが消失していた。銃口のサプレッサーも折れ曲がってしまっている。

 

使い物にならないブースターは外してそこらに放り捨てる。壊れたサプレッサーも外し、代わりにマズルブレーキに付け替えた。

 

Mk23はL.A.Mのフラッシュライトが破損。点灯できなくなった。レーザーサイトも同様だ。といっても、これに関してはそれほど落胆はない。スマートグラスのナイトビジョン機能が生きているのだから、フラッシュライトが無くとも問題はない。

 

装備のチェックは終わった。すぐに行動を開始する。

 

「ゲート、聞こえるか」

 

『ブリッツ!?無事だったんですね!』

 

「何とかな。五体満足のかすり傷だ」

 

『ああ、よかった・・・!あなたの声が聞けて安心しました』

 

「俺もだ」

 

一先ず無事を確認できたナビゲーターの声は、安堵と嬉々が織り混ざっていた。確かにあの状況下での落伍は命に関わる。その男から連絡を受けとれば嬉しくもなるだろう。

ブリッツもまた同様で、ナビゲーターの声を聞けたことに安堵していた。

 

しかしながら、無線状況はクリアとは呼べなかった。決して小さくはないノイズが混じっている。

おそらくは地下故に電波状況が悪いのだろう。今は地上と繋がっている大穴があるからマシなのだろうが、このまま進めば通信が途絶する可能性がある。

 

一瞬緩んだ顔をすぐに引き締めた。

 

「状況は」

 

『LWMMGを隊長に作戦を続行しています。彼女の指示のもと、現在はターゲットの追跡と並行してUACSで敵前線基地を捜索しているところです』

 

「ほう」

 

意外、と言いたげにブリッツは小さく唸った。

LWMMGならば、リスクを犯してでもこちらを助けにくると思っていた。おそらくFALあたりが止めたのだろうが、それでも的確に指示を出せた事に少しだが驚いた。

 

成長しているのだと。自分の教えをちゃんと守っているのだと。ブリッツは感心した。

 

「わかった。そのままサポートしてやってくれ。こっちは、なんだか妙な空間に出た。見たところ、地下鉄のような場所だ」

 

『地下鉄・・・?そんな情報はどこにも・・・』

 

「ああ、俺も気になっている。ともかく、こっちはこっちで何とか出口を見つけてライトたちと合流する。後で会おうと伝えておいてくれ」

 

『了解しました。・・・お気をつけて』

 

「もちろんだ。ブリッツ通信終了(アウト)

 

通信を終わらせて、ブリッツはHK417を背中に収めて右手にMP7を。左手にはブルートのナイフを逆手に持つ。

MP7の特徴として上げられるのはそのサイズだ。ストックを畳めば、些か大きすぎるハンドガンとしても運用が出来、銃そのものの重量も1.8キロと軽く、射撃時の反動も小さいため片手でも扱える。

装填されている弾薬も特製の4.6×30mmスチール弾頭。秒速700メートルという高初速で放たれる硬い弾頭は鉄血の頑丈な外殻を容易く貫通させられる。

 

「久々の、単独行動(スタンドアローン)か」

 

小さく呟き、前進を開始する。一先ずは、空気が流れてくる方向に向かうことにする。もしかしたら、出口から入ってくる風かもしれない。こんな憶測で動くのもどうかと思うが、手掛かりもこれしかない現状だ。一縷の望みにかけてみる。

 

MP7とナイフを構えながら闇に向かって進む。トンネルは一本道で、遮蔽物として使えるものがない。つまり、隠れる場所がなく、かつ敵も隠れる事が出来ない。来るとしたら正面か、背後だけだ。

そんな来るかもわからない敵に警戒し続ける。

出口もどこかわからないまま、長時間の警戒態勢はメンタルに大きな負荷がかかる。精神を磨り減らしていけば、いずれは限界を迎えてしまう。

 

しかしそれは、悪い形で報われることとなった。

彼の持つ鋭敏な皮膚感覚が、何か危険をとらえた。その直後、暗闇の向こうで青緑色の閃光が迸る。

咄嗟に横へ飛び退く。先程まで頭部があった場所を青緑色の光弾が高速で飛んでいく。

 

「イェーガーか・・・」

 

やはり敵がいた。おまけにこの環境で狙撃。最悪の状況である。

さてどうするか。

 

「まあいいか。突っ込もう」

 

思考に費やした時間。実にコンマ5秒。

体を起こし、MP7とナイフを持ったままながら、一切構えることなく前方のイェーガーに向かって走り出す。

 

イェーガーもこれは想定していなかったのだろう。一瞬だが狼狽えるような素振りを見せる。がそれもすぐに消え失せ、迫り来るブリッツの頭部に狙いを定め、躊躇うことなくトリガーを引いた。

 

一瞬の閃光。迫り来る光弾はまっすぐブリッツの頭部を撃ち抜かんと飛来する。が、それを彼は首を振って避ける。すぐに次弾を撃つ。今度は胴体。バイタルパートだ。体を捻って躱す。

足。撃つと同時に斜め前へ飛ぶようにして躱す。

 

すでにブリッツは肉眼で膝射姿勢で打ち続けているイェーガーの姿を捉えている。

胴体。躱す。頭部。躱す。胴体。躱す。足。躱す。

 

頭を振って。体を捻って、反らして。一切体勢を崩すことなく。被弾はおろか、薄皮一枚掠ることもなく。

 

────彼は軍に籍をおいていた時分、名無しの災害(ブランク・ディザスター)と呼ばれていた。それは戦闘能力の高さから来た通り名であったが、意味合いとしてはそれは次点の理由。

 

最大の理由は、彼の銃弾に対する回避能力の高さから来ていた。

 

拳銃弾の初速は大体秒速300~360メートル。ライフル弾となると、秒速で700メートル以上にもなる。

距離にもよるが、基本的に銃弾を発射してから避けるのは不可能だ。だから銃撃戦では遮蔽物に身を隠すか、素早く動き回って狙いをつけさせないというやり方が主流となる。それでも被弾しにくくなるというだけで、運が悪ければ被弾はするし、最悪死ぬ。

 

だがブリッツは、そういった運が悪い結果で起きる被弾は一切ない。

なぜか。それは彼の能力とも呼べる素質にある。

 

先に言った通り、人間に発射された銃弾を避けることは基本出来ない。だから彼は、発射される前に射線を予測しそこから外れる事で、結果として弾丸を避けている。

 

一瞬で自分を狙う銃口を見定め、撃たれる前に避け、一方的に攻撃する。

 

地上に存在する数多の災害。火災に、暴風雨に、嵐に、竜巻に、津波に、洪水に、土砂崩れに、雪崩に。いくら銃弾を叩き込もうと意味など無いように、彼もまた災害よろしく全てを飲み込まんばかりに一方的に殲滅する。

 

それが名無しの災害(ブランク・ディザスター)と呼ばれる所以。

 

その災害にまた1体、哀れにも飲み込まれようとする敵がいた。

 

あれだけ距離のあった両者に間に距離はなくなっていた。直接触れ、相手の呼吸すら聞こえるほどの至近距離。

ここに至るまで、イェーガーは逃げることなく射撃を続けてきた。

 

ブリッツは小さく息をついた。走って呼吸が乱れたわけではない。それは落胆のため息だった。

 

「30点だな」

 

イェーガーの長距離射撃用DEWの左側面をミドルキックよろしく思いきり蹴飛ばす。その衝撃でイェーガーの体勢が大きく崩れる。蹴った勢いのまま左足を軸にクルリと回転し、ブリッツは左手に持ったナイフをイェーガーの側頭部に突き刺し、掻っ捌く。ナイフでズタズタにされた電脳は機能を停止し、糸の切れたマリオネットのように倒れた。最後にコアへ銃撃を加えることも忘れない。

 

その直後、ブリッツはバックステップで飛び退いた。無数の光弾が目の前を通りすぎていく。

すぐにMP7を構えて光弾が飛んできた方向に向かって射撃。5体並んでいるリッパーの内1体が4.6mmスチール弾の餌食となった。それでもブリッツは連射を続けながら、先と同じように接近。コンパクトかつ、分間850発の高い連射性能を持つMP7はこういった素早い取り回しが要求される場面でその効果を遺憾なく発揮。

硬く重いスチール弾頭が容赦なくリッパーの外殻を貫き、電脳とコアをグチャグチャに破壊する。

 

対し、ブリッツには一発の被弾もない。もし鉄血兵にI.O.P社製戦術人形のような擬似感情があるならば、まるで銃弾がすり抜けていくかのような錯覚を覚え、焦燥していただろう。

もしかしたら、戦闘ログにそのような事を書き残したかもしれない。が、ブリッツの攻撃がそれすら許さなかった。

 

瞬く間に4体が機能停止。最後の1体にブリッツは肉薄。至近距離だ。銃口を向けようとしたリッパーだったがそれよりも速く、ブリッツが右手に持つMP7がDEWと衝突。弾かれた。直後、リッパーの顎に突き上げるようにして逆手に持ったナイフが深く刺さった。電脳まで届いたそれは深刻な異常を来すには十分な効果だ。

それに飽きたらず、ブリッツはMP7の銃口をリッパーのこめかみに押し当て一度トリガーを引いた。頭蓋を貫き電脳に至った弾丸はタンブリングを起こして内部を抉っていき、やがて貫通した。

すでに致命傷なのだが、ブリッツはオマケとばかりに最後、顎へと刺したナイフを引き抜き胴体のコアへと突き刺し横凪ぎに掻き捌く。

人工血液とオイルを撒き散らしながら最後のリッパーは力尽き倒れ伏した。

 

しかしまだ終わらない。今度はヴェスピドが5体やって来た。

待機こそしていたが、地下鉄という閉鎖的で限られた空間では先行していたリッパーのせいで、援護らしい援護が出来なかったようだ。しかしそれももう以前のこと。もう障害はない。いくらでも撃てる。ヴェスピドがトリガーに指を掛ける。

 

その瞬間であった。何かが飛んできた。円筒状のそれは緩やかな放物線を描いてヴェスピドたちに向かって飛んでくる。それが鉄血兵たちの思考リソースを奪い、一瞬だが動きが止まった。

 

それを投げた張本人たるブリッツにとって、は、その一瞬だけあれば十分であった。いつの間にかMP7をホルスターに収め、代わりにPDAを持っている。その場にしゃがみこみ、左腕とナイフで頭部を守りながらPDAをタップ。

円筒状のそれこと、お手製パイプ爆弾はヴェスピド集団の中央で爆発。衝撃によって吹き飛ばされ、ボールベアリングによって外郭をズタズタに引き裂かれる。

それでも2体ほど殺し損ねてしまった。

傷だらけの体を動かし、これまた傷だらけのDEWをブリッツに向ける。が、それを見逃して攻撃を食らうほどブリッツは甘くはなく、ナイフを投擲しヴェスピドの頭部に刺した。もう一方には空いた左手でもう一丁のMP7を抜いて銃撃。爆発の衝撃で脆くなった外郭は容易く弾丸の侵入を許し、反撃も出来ずに死んだ。

 

最後に、爆発によってメチャクチャに破壊されたヴェスピドらに確実にトドメを刺していく。

スマートグラスのナイトビジョンとマグネティックを駆使して周囲を確認。もう自分以外誰もいない。

 

「クリア」

 

小さく呟き、締め括った。

投擲したナイフを回収。強く素早く振って血を払い落とす。ついでに、近くに落ちていたリッパーのDEWを拾い上げる。実弾を使う小銃と違い、電子機器の塊である鉄血工造製DEWは見た目以上にズシリと重い。

見たところ、まだ使えそうだ。

扱い方も、軍で使った光学兵器とさして変わりはない。電子制御によってロックがかかっている、という事も無さそうだ。

補給が望めず弾薬が限られている現状、使えるものは何でも使わないと生き残れない。

 

鹵獲したDEWを構えてまた進み始めた。

そんな彼の背後には、まるで災害が通りすぎた後のように、敵だった物の残骸がそこら中に散らばっていた。

 

しかしこの惨劇を引き起こした彼からしてみれば、もう過ぎたこと。興味は失せていた。

それよりも重大な事に彼は気付いていた。

 

情報になかった地下鉄の存在。鉄血の出現。これらから考えられる可能性は一つ。

ここは鉄血が敷設した地下の輸送ラインだ。

 

いくら上空からドローンで監視していても検知できなかった訳だ。ヤツラは地下に潜って堂々と拠点に近づいてきたのだ。おそらく付近に出入り口が隠されているのだろう。撤退した小隊も、ばか正直に地下の入り口で撤退すればすぐにここの存在がバレてしまう。だからわざわざ地上ルートで戻ったのだ。

それを利用しての待ち伏せ。奇襲。まんまとしてやられた。

 

物資転送なんてそんな大袈裟なものではなく、答えはもっと単純。これが見落としてた根本的な何かだ。

 

「ゲート、ブリッツだ。至急メリー・ウォーカーに伝えたい報告がある。・・・・・ゲート?」

 

無線でナビゲーターに呼び掛けるも、帰ってくるのはノイズのみ。

遂に電波が届かなくなったようだ。本格的に時間がなくなってきた。一刻も早く地上に出てメリー・ウォーカーにこの事を伝えなくてはならない。この地下通路を通って大量の鉄血兵が拠点に押し寄せるより前に。

前進するペースを速めていく。

 

暫く進んだ先、景色が少し変わった。

ブリッツが進む先を塞ぐような形で、一台の鉄道車両がレールの上に鎮座していた。資材運搬で使われるようなアオリの付いた荷台に人一人入れる程度の操縦席を付けたような形のそれは、灯火類は消えてこそいるが起動自体しているのか。小さくだが駆動音が聞こえる。

おそらく先ほどの敵はこれに乗ってここまで運ばれたのだろう。

 

ちょうどいい。これを使えば時間の短縮にもなる。

車両に乗り、操縦席に入って操作盤を見る。思った通り、計器類が動いている。操縦も、それほど難しいものでもない。スイッチとレバーを動かしてやれば、モーターの駆動音と共にあっさりと車両は動き出す。

 

徐々に車両は速度を上げていく。

 

ほっと一息つこう。としたまさにその瞬間。操縦席の窓を光弾が撃ち抜きガラスが割れた。幸い光弾にもガラスの破片にも当たらず怪我はない。

咄嗟に伏せれば頭上を無数の光弾が通りすぎていく。中には操縦席の外と中を仕切る金属板にも着弾し、耳障りの悪い嫌な金属音が響き火花が散る。

 

「休ませちゃくれないか」

 

光弾に当たらぬよう慎重に外に顔を覗かせれば、車両の進行方向上にストライカーが横列を組んで銃撃していた。

連射力を活かして車両に乗せたままブリッツを仕留めようとしているようだ。

 

「どうなっても知らないぞ」

 

速度調節のレバーを思いきり前に押す。車両は更に速度を上げて尚も射撃を続けるストライカーに向かって突っ走る。

同時に、ブリッツは伏せたまま操縦席から出て、進行方向上の荷台のアオリに身を寄せる。アオリの高さは70cmもない。が、多少ながら敵との高低差はある。隠れるには十分な高さだ。

 

後は待つだけだった。

 

進路を塞ぐように横列を組む。止まるどころか加速する車両。導き出される答えは一つしかない。

 

射撃音がある程度近付いた所で、複数のなにかが潰れるような音が車両の衝撃と共にトンネル内に響いた。同時に、これまで喧しかった射撃音も止んだ。

 

静かになったところでアオリから前方を見る。そして背筋が冷たくなった。

 

やや閉塞的なトンネルが終わり、広い空間があった。それは大した問題ではない。問題なのは、トンネルを抜けてすぐにレールが途切れ、金属製の車止めが設置されていることだ。

 

車両の速度が乗り過ぎている。減速しても間に合わない。

 

すぐに立ち上がり、せっかく拾ったDEWを放り捨て、車両後方へと全力で走り出す。

アオリを踏み台にして飛び降りた。

それと同時に、車両はノーブレーキのまま車止めに衝突。耳をつんざく衝突音と金属のひしゃげる衝撃音が地下空間に木霊する。

 

車両は車止めから弾き飛ばされる形で横転し脱線。火花を散らし砂埃を舞い上げながら数秒ほどコンクリートの地面を滑走し、止まった。

間一髪の所で脱出したブリッツはそれを見届け、「やっちゃった」とばかりに顔をしかめた。

 

横転した車両に近付く。

 

車両の衝突した箇所と車止めが、原型を留めぬほどに変形している。衝撃の大きさが生々しく刻まれているようだ。

 

それから改めて周辺を見渡した。

 

先ほどまでのトンネルとは打って変わり、ドーム状に形成されたとても広い空間だ。天井も高く、20メートルはあろう。奥行きもそれ相応に広く。まるでコンパクトな野球のスタジアムを彷彿とさせた。

ただスタジアムと違うとすれば、ドームの壁に沿う形で、ブリッツが今しがた通ったようなトンネルが幾つもある。

そのいずれにもレールが延びており、どれも途中で途切れている。その理由はすぐにわかった。たった今壊れた車止め。正確には車止めから車両一つ分のレールが、まるでターンテーブルのように回転することでそれぞれのレールと連結出来るようになっているようだ。

 

更にターンテーブルとその周辺には、資材が入っているのだろう。見るからに頑丈そうで、コンパクトなコンテナボックスが積まれている物がいくつもある。あの運搬車両に載せるための資材だったのだろう。

 

奥には耐火扉をイメージさせるような分厚いドアが設置されている。明らかに重要な物がこの奥にある。結果的に重要でなくとも、調査のために結局調べることになる。後か先かの差だ。

 

扉に手を伸ばす。

 

────その直後、背後から。正確には上から撃ち下ろす形で光弾がブリッツに飛んできた。それをブリッツは持っていたナイフの刀身で弾く。弾かれた光弾は背後の壁に着弾し火花を散らして消えた。

衝撃でナイフはビリビリと震え、表面が少しだけ焼け焦げ煙が上がる。

 

「ほう・・・?完全な不意打ちだと思ったんだがな。これぐらいは防ぐか」

 

感心するような。しかし冷たい女性の声が聞こえる。

 

その声に、ブリッツは聞き覚えがあった。

忘れるはずもなかった。一時たりとも忘れたことなどない。

 

胸に刻まれた古傷が疼く。心臓が早鐘を打つ。血流が速まり体温が上がる。されど頭は熱に浮かされず、寧ろ冷たく冴え渡る。

 

声がした先を見る。

ソレは、この広い空間の上部。壁に沿って設置されたキャットウォークの上に立っていた。

 

「やはり、まだ生きていたか。あの時、獲物を仕留められなかったことを悔やむべきか?それとも、一度逃した獲物に巡り会えた事を喜ぶべきか?」

 

長身。白い髪。白い肌。鋭い眼光。黒いジャケットを身に纏い、その下には白と黒のレオタード調の服。大型の拳銃然とした高出力DEW。そして、左頬に刻まれた裂傷の痕。

 

「また会えたな。人間」

 

「・・・ハンター」

 

鉄血工造製戦術人形ハイエンドモデル、SP721 Hunter。通称ハンターが、ブリッツにDEWの銃口を向け、静かに見下ろしていた。

 

ブリッツが収めていたMP7をホルスターから抜く。

 

二人の視線が交錯する。その時、横転した車両の基盤から大きな火花が散った。

 

それが合図となった。ブリッツはMP7を構えたまま地を蹴って走りだし、ハンターはキャットウォークから飛び降りた。

 

ハンターが地上に降りるとほぼ同時にブリッツはMP7のトリガーを引いた。間髪入れず、ハンターもDEWのトリガーを引いた。ドーム状の空間に銃声が反響する。

 

先に当たったのはブリッツの放った銃弾であった。頭部に当たり、大きく仰け反った。

続けて胴体に数発纏まって命中。ハンターの動きが止まった。

 

────が、それだけだった。仰け反った体がまるでバネのように戻り、()()()()()()()ハンターは不敵な笑みを浮かべてまたブリッツ目掛けて走り出す。

 

生身の人間では到底到達できない機動力をもってして、ハンターは一気に肉薄。ブリッツのMP7を蹴り上げた。その衝撃でレシーバー前方が破損。使えなくなった。

 

破片を撒き散らしながら飛んでいくMP7を目で追うことなく、ブリッツは即座にMk23を抜いて腰だめで5発ハンターの腹部に打ち込む。

 

「う・・・ぐぅッ・・・!」

 

ハンターの口から苦悶の声が漏れ、体がくの字に折れ曲がる。しかしその表情は依然として笑みを浮かべている上に、45口径が命中した腹部にも損傷は見られなかった。

しかし動きは止まった。その隙に距離を取り、近くのコンテナボックスに身を隠す。

 

「チッ・・・!4.6mmを弾くか・・・!」

 

バレットプルーフスキン。鉄血工造が独自開発した戦術人形用防弾人工皮膚だ。

衝撃が一定値を越えると瞬時に硬質化。ブリッツの着ているCNTを用いた戦闘服とほぼ同等の防弾性能を誇る。

が、コストなどの問題もあるのだろう。よく見るリッパーやヴェスピドといった鉄血兵には実装されておらず、現状ハイエンドモデルのみに使われている。

 

小口径とはいえ、高初速で放たれた4.6mmのスチール弾頭すら弾く事実に、ブリッツは悪態を溢す以外出来ない。

45口径も、動きを止める程度にしかならない。

 

となると、やはり決め手となりうるは417の7.62mm弾。近距離ならばあのバレットプルーフスキンも抜けるはずだ。仮に抜けなくとも、ダメージを蓄積させていけばいずれ抜ける。

 

「やはりな」

 

思考を纏めているところに、ハンターはポツリと呟いた。それをスマートグラスに仕込まれたマイクが捉え、音声を増大しブリッツの耳に届けさせる。

 

「やはり貴様は、仕留め甲斐のある獲物だ」

 

その声はどこか嬉々としていた。耳を傾けながらも、パイプ爆弾を起動させコンテナの陰に置く。

 

「貴様の事は片時も忘れたことがない。貴様が最後に刻みつけたこの頬の傷。この傷はあの時貴様を仕留めきれなかった私への戒めだ」

 

417のマガジンを抜き、残弾数を確認。ボルトを引いて薬室に弾薬が送られていることを確認。ついでにMk23をタクティカルリロードし、ホルスターに収める。

 

「今度はやり損なわない。確実に、貴様を狩って見せる」

 

油断はない。慢心もない。声色がそれを告げていた。

それはブリッツも同じだ。

 

「・・・Go ahead,(やれるものなら──)

 

素早く立ち上がり

 

make my day.(──やってみろ)

 

コンテナの陰から飛び出し417のトリガーを引いた。

 

 

 





はい、ってことで本作のラスボス戦です。ナガカッタ・・・


他の二次創作におけるハイエンドモデルが「戦力的になんかチョロイ・・・チョロくない?」って常々思ってたので、クソ手強いハイエンドモデルを作りたかった。

バレットプルーフスキンについてはオリジナル設定のつもり。
ゲームの図鑑では「装甲がある」って記載があったので、色々考えた結果「せや!あの人工皮膚を防弾にすればええんや!」で落ち着いた。

最後に、なんでラスボスがハンターなのかって言うと、単純に鉄血勢で一番好きなのがハンターだからです。ホント好き


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10-7

今さらなんだけども、この作品のタグにミリタリーってつけても怒られないかな・・・?(不安)

ちなみに今回1万文字越えました!


拠点は賑わいを見せていた。

無論、夏祭りのような活気とは全く違うものだが。

 

急ピッチで進められた防御陣地の構築は、完全万全とまでは行かないまでも、敵の攻勢に対して応戦は出来る程度には仕上がっていた。

 

先の奇襲を鑑みて、陣地の範囲を可能な限り縮め、密度を上げた。

密集した場合、ジャガーのような迫撃砲による面での攻撃を受けた場合一網打尽にされる危険もあるが、そこは複数の偵察ドローンを飛ばし索敵範囲を広げ、発見次第大口径のライフルを使った長距離狙撃をもって最優先で排除することで何とか安全を確保。

 

防衛の主力としてMG人形が中距離の敵をその場に押し止め、AR人形がその助力としてリロード時の隙を補う。

 

残りの人形。HG人形はツェナープロトコルを通じてMG人形とAR人形の補助。SMG人形は弾薬の補給や負傷者の救援。手の足りないところへ随時派遣されるなど、多岐に渡る役割をこなす。

SGは拠点内部の臨時司令室にて指揮を取るメリーウォーカーの補助、および警護にあたる。

 

そういった態勢を整え終わった矢先に、鉄血はやって来た。ブリッツが予想した通り、鉄血は一時間ほどで大隊規模の戦力を引っ提げてきた。

 

ズラリと並んだプロウラーに大量のダイナーゲート。リッパーやヴェスピド、ドラグーンなどは当たり前。ガードと一緒にイージスやニーマムまで隊列を組んでいる。

それらが一斉に攻勢に打って出た様子は、敵ながら正に壮観といった光景であった。

 

「ライフル部隊は迎撃開始!ドラグーンとアイギスを優先して攻撃!マシンガン、アサルトライフル部隊は合図あるまで待機!敵を引き付けて一気に叩きます!」

 

指揮システムの前に立ち、煌々と光を放つホログラフィックモニターを隅々まで見遣り、メリーは指示を飛ばす。

 

「ウォーカー指揮官!敵部隊後方よりマンティコアを10機確認!接近中です!」

 

メリーと同様にモニターを見ていた、サポート役のSG人形SPAS-12が声を上げて報告。

それを聞いたメリーは苦虫を噛み潰したように表情を歪ませた。

 

「手が足りないのに!TAC-50とNTW-20、M2HBはマンティコアに牽制射撃を!仕留められなくてもいい!とにかくダメージを蓄積させてARでも押しきれる程度に弱らせてください!」

 

メリーから言い渡された指示に対して、各人形たちの「了解」という応答が指揮モジュールに設置されたスピーカーから聞こえてくる。

偵察ドローンも、指示通りに人形たちが行動している様子を捉えている。

 

今のところは対応出来ている。余裕はないが、まだ対応出来ている。だが時間の問題だ。いずれこの均衡も崩れる時がくる。

 

「ブリッツさん、急いで下さい・・・!」

 

今の彼女に出来ること。それは的確に指示を出し、最善を尽くすこと。そして、危険を承知で戦地に踏み込んだ一人の兵士の無事と成功を祈ることだけであった。

 

 

─────一方で、追跡部隊。

何とか敵部隊の追撃を振り切り、目標の追跡を再開。現在はUACSからの情報を頼りに進行中である。

時おり進行ルート上で他の敵部隊と遭遇するも、上手く回避してやり過ごすか。もしくは敵に発見される前に排除することで消耗を最小限に抑えられていた。

 

指揮官が落伍するというアクシデントはあったが、作戦自体は順調に進んでいる。

 

そう思っていた矢先の事であった。UACSから送られてくる戦術データリンク上に表示されていた目標の位置情報が、突如として消失した。

 

その事で動揺が走るが、LWMMGはすぐに冷静になって状況把握に努める。

 

「ナビゲーター。どうしたの?」

 

『わかりません。突然信号が途絶えました』

 

人形から発せられている信号が途絶える要因としては大きく分けて二つ考えられる。

一つは人形自体の機能が停止。破壊、もしくはオフラインで待機モードに入っている。

もう一つが、物理的に信号が届かない場所にいるかだ。

 

最後に位置情報が示していた地点はこの先にあるゴーストタウン。その廃ビルの中だ。

廃ビルの中で機能を停止する事は、まず無い。となると信号が届かない場所にいるということになるが、ただの廃ビルが信号を遮断するだけの要因になるとは考えにくい。

 

なら、考えられる可能性は自ずと限られてくる。

 

「ナビゲーター。最後に信号を感知していたポイントまでの最短ルートを」

 

『了解しました』

 

応答の直後、各員に現在位置から目標地点までのルートがデータリンクとして電脳に送られる。

 

ナビゲーターから、ブリッツが地下鉄のような場所に落ちたという報告は貰っている。同時に、すぐにブリッツの通信が途絶えてしまったことも。

それらを加味して考えてみればすぐに分かる。

 

敵の前線基地は地下に隠されている。

 

ブリッツのいる地下鉄も、きっとその前線基地に繋がっている筈だ。つまりそこにブリッツもいる。

 

好都合だ。実に好都合だ。優先事項と最優先事項が同時に遂行出来るなんて。これを好都合と言わずして何という。

 

頬がつり上がりそうになる。それを奥歯を噛み締めてLWMMGは堪える。

右手に持ったHK45Tを握り直す。

 

「急ごう」

 

小さくも確かに。そして厳かに告げ、部隊は再度進行を開始した。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

HK417からフルオートで放たれた7.62mm APHE弾。弾丸は初速775メートルで10メートルも無い距離の先にいるハンター目掛けて飛んでいく。

 

それをハンターは左右に飛び退きながらバックステップで銃弾を回避し、次にブリッツを中心に左回りで大きな円を描くようにして駆け出す。同時に左手に持った拳銃型のDEWをブリッツに向けて連射した。

 

マシンピストル並みの連射力をもって放たれた無数の光弾がブリッツに襲いかかる。その内のいくつかが7.62mm弾とかち合い火花を散らして消失。もしくは弾道が逸れる。同様に、かち合った7.62mm弾も軌道が逸らされ有効打にはならない。

おかげでブリッツに命中弾は無いものの、ハンターの機動力も合わさり照準が間に合わず命中しない。

 

「クッソ・・・!速ぇ・・・!」

 

思わずブリッツの口から苦言が溢れる。

フルオートで放たれていた417の30連装拡張弾倉はすぐに空になり、機関部から小さく乾いた音が空しく響いた。

瞬時にコンテナボックスに隠れるように右膝をついてしゃがむ。同時に左のレッグホルスターに収めていたもう一挺のMP7を抜いて、こちらもフルオートでハンターに向けて射撃。

並行して、HK417を大腿部と脹ら脛で銃身を挟むようにして保持。右手のみで空の弾倉を抜いて投げ捨て、新たな弾倉を機関部に叩き込みチャージングハンドルを引く。

牽制射撃に使っていたMP7をホルスターに収めてすぐにリロードの終わった417に切り替えて射撃続行。

 

それでも先と変わらず、機動力に物を言わせているハンターには届かない。

 

ならば、と。アンダーバレルのM320のトリガーに指をかける。相手の機動力から大まかに計算し偏差射撃。仕留められるとは思っていない。動きが止まればそれでいい。

気の抜けるような音とちょっとした反動と共に放たれた40mmグレネードは緩やかな放物線を描きハンターの進行方向と重なる地点へと飛んでいく。その間にも7.62mmによる銃撃は続行。行動に制限を掛けることで回避させるのを防ぐ。

目論見通り、ハンターが通るポイントピッタリにグレネードは着弾する。

 

が、そんな目論見はハンターにとっては些細なことに過ぎなかった。

 

着弾の直前、ハイエンドモデルが持つ脚力をフルに使ってハンターは跳躍。4メートルもの高さまで飛び上がり、空中で緩やかに回転しながら姿勢を整え、両手に持つ二つの拳銃型DEWをブリッツに向け発射。高所を取られた事で一気にブリッツは不利に転じる。

 

「チッ!」

 

舌打ちを溢しつつも五体は即座に回避行動を取る。ハンターが先にやったように全速力で駆け出し、右手で417のグリップを握ったまま肩に担ぎ、空いた左手でMP7を持って4.6mm弾をバラ撒きながらDEWから放たれる光弾の雨を回避。足元に光弾の着弾による火花が迸る。

 

辛くも一発も被弾することはなく、MP7が弾切れとなりブリッツがコンテナの陰に隠れると同時にハンターも着地。銃撃の雨は一旦止んだ。

 

急いでMP7のマガジンを抜き捨て新たなマガジンを叩き込みホルスターに収める。

 

「そんなにコンテナが好きなのか?」

 

突然、ハンターが静かに告げる。

様子を伺おうとコンテナの陰から顔を少しだけ覗かせると、ハンターは手に持ったDEWをガンスピンよろしくクルクルと回しながら、ブリッツから見て右から左へと歩いている。

 

どういう意図かは知らないが、無防備な横っ面を晒している今を見逃すほどブリッツに余裕はない。417を持ち直して立ち上がり銃口をハンターに向ける。

 

「ならプレゼントだ」

 

それと同時だった。他にも幾つかあるうちのコンテナボックスのすぐ近くに立ち、まるでサッカーのボレーシュートよろしくコンテナを蹴った。

 

ハイエンドモデルの脚力を持ってすれば、中身の詰まった重量物であるコンテナボックスも、同サイズの発砲スチロールを蹴飛ばすのと変わり無い。

 

コンテナボックスは真っ直ぐ、ブリッツ目掛けて飛んでくる。

 

考えるより先に体が動いた。迫り来る危険を回避しようと横に飛び、転がって受け身を取る。

膝をつきながら視線を上げてハンターがいる方を見て、直後に目を見開く。すぐ眼前にハンターが迫り、左手に持つDEWの銃口を彼の頭部へと突き付けていた。銃口の奥には妖しく危険な雰囲気を纏った緑の閃光が見えた。

 

反射的にブリッツは空いている左手でハンターの腕を押して銃口を自身から逸らし、握りしめていた417のグリップを手放した。同時にDEWは小気味良い音と共にエネルギー弾を放ち、ブリッツの側頭部を掠めていく。

 

間髪入れず、ブリッツは押し退けたハンターの腕を掴み、右手でDEWの銃身を掴んで下に押し込んだ。すっぽ抜けるようにしてハンターの手から離れたDEWはブリッツの手のひらで反転し、彼に向いていた銃口が今度はハンターに向けられ、一瞬の間もなく小指で引き金を引いた。

放たれた光弾はハンターの左脇腹に命中。さしものバレットプルーフスキンであっても防ぎきれる物ではなかったようだ。僅かな人工血液が流れ、内部の配線が露出した。

 

人間ならばこれで決定打となり致命傷となっていたであろう。しかし今相対しているのはあのハイエンドモデル。十分ではない。

 

奪ったDEWを再度手の中で回転させキチンと握り直し引き金を三度引く。確実性を重視したため放たれた光弾は全て胴体に命中。被弾箇所の衣服は破け、人工皮膚は弾け飛び、内部の配線が千切れ火花が散っている。苦悶の表情を浮かべながら、ハンターはヨロヨロと力なく後ずさる。

 

それでもなお、機能停止には至らなかった。すぐに右手に持っていたもう一挺のDEWをブリッツに向け引き金を引く。同じように、今度はブリッツの胴体に光弾が三度命中した。

 

その衝撃は凄まじかった。ソフトボール大の赤熱化した鉄球が高速でぶつかったような衝撃。それが胸に二発。腹部に一発。肋骨と胸骨は砕け、内臓にも損傷を受ける。

辛うじて、16LAB謹製のCNT戦闘服のおかげで死なずに済んでいるが、それだけである。死にきらなかっただけだ。

 

まともに食らってしまったブリッツは己の意思に反し体を動かせず、膝をついてしまう。

力が入らない。呼吸が出来ない。込み上げる鉄錆味の液体を堪えきれず口から吹き出る。

暗くなってゆく視界の中、それでも戦おうと右手に持つDEWをハンターに向け引き金を引く。が、DEWはうんともすんとも言わない。カチン、カチンと、トリガーを引く音が空しく響くのみだ。

きっと、ハンターが遠隔でDEWの電子制御を操作して、ロックを掛けたのだろう。もう使えない。

 

ハンターが近づいてくる。

時間がない。他に武器はないか。考える、考える。

417は?ダメだ。拾いに行く間に殺される。MP7を使うか。ダメだ。ホルスターから抜く間に殺される。ナイフは?論外だ。

 

時間切れだ。そう告げるように、ハンターがブリッツの胸ぐらを掴み持ち上げる。損傷しても、ハイエンドのボディは人一人持ち上げる程度の出力は発揮出来るらしい。

持ち上げられたとき、持っていたDEWも落としてしまった。今の彼は丸腰も同然であった。

 

ハンターがDEWをブリッツに向ける。

 

「やはり貴様は手強い。狩り甲斐のある獲物だった。そんな貴様に敬意を込めて、すぐに楽にしてやる。だが、最後にひとつ聞かせてくれ。貴様の名前はなんという?」

 

ブリッツは何も言わない。代わりに射殺さんばかりに睨み付ける。

 

「そうか。残念だ」

 

DEWから緑色の光が溢れる。今にもあの光弾が飛び出してきそうだ。

 

─────その時。ブリッツの視界にあるものが目に入った。ハンターの後方1メートル前後。そこに、ブリッツのパイプ爆弾が起動状態で転がっている。

 

先程コンテナの陰に仕掛けておいた爆弾だ。どうやら、走り回っている間に仕掛けていた場所まで戻っていたらしい。

 

先から一転、ブリッツの口角がつり上がり、不敵な笑みを浮かべた。

それを不審に思ったハンターはブリッツを見ながら眉をひそめる。

 

「何がおかしい」

 

「・・・お前にひとつ・・・良いことを教えてやる・・・」

 

口から血を吐き出しながら、ブリッツは言葉を紡いでいく。ハンターの意識を自分の目に向けさせ、意識の外では着々と準備を進めていく。

 

ブリッツの右手がPDAに触れる。

 

「───真のハンターはまず足元を警戒する」

 

言葉の意味を理解されるより早く、ブリッツはPDAのディスプレイをタップ。その瞬間、無線で直結されたパイプ爆弾の信管が作動。耳をつんざく炸裂音と衝撃を放ち、パイプ爆弾はハンターのすぐ背後で起爆した。

 

猛烈な爆風と衝撃波に見舞われ、捕まれた胸ぐらが離されると同時に、風に煽られる木の葉よろしくブリッツの身体が吹き飛ばされる。一度背中から落ちてバウンドするようにしてうつ伏せに倒れた。

 

衝撃波と気圧の瞬間的な変化で、身体の中をぐちゃぐちゃに掻き回されたような不快感と、甲高い耳鳴りが去来する。

全身が激痛に苛まれる。

その痛みが、自分はまだ生きているのだと強く認識させた。

 

歯を食い縛り、力の入らない四肢に無理矢理力を込めさせ立ち上がろうとする。が、身体は言うことを聞かず、立ち上がるという単純な動作すらも受け付けてはくれない。

 

どうにか仰向けに姿勢を変えて、バックパックに手を突っ込む。

そこから取り出したのは注射器。中身はアドレナリンだ。それを右の大腿部外側に押し当て、内部に仕込んだスプリングの力で薬剤を注入する。

 

徐々に痛みが緩和されていき、精神が高揚していく。

 

いくらか力が入るようになった。何とか立ち上がる。

 

ここで初めて自分の身体を見た。戦闘服の至るところに血が滲んでいる。パイプ爆弾に内包されたボールベアリング。もしくは爆弾の破片が突き刺さったようだ。頭も少し切ったようだ。左の頬を伝って顎から鮮血が滴り落ちている。

まさに満身創痍といった有り様だが、逆に言えばその程度であった。おそらくは爆発時にハンターが遮蔽物の役割を果たしてくれたお陰だろう。

 

装備にもダメージが及んでいる。スマートグラスはAR表示にノイズが走り、本来の機能を果たせなくなっている。使い物にならない。スマートグラスを地面に叩きつけるように捨てる。

 

辺りを見渡しハンターを探す。

すぐに見つかった。5メートルほど離れた位置で蠢いている。ブリッツと同様に、ハンターも爆発によって吹き飛ばされたようだ。しかも、僅かとはいえブリッツより爆心地に近かった影響なのか。ハンターの右腕は肩から先が消し飛び、右足は膝から先が無くなっている。

それでも機能停止はしていない。

 

トドメを刺す。

ブリッツはハンターに向かって歩き始める。

 

アドレナリンのおかげで多少マシにはなったとはいえ、怪我が治ったわけではない。一歩、また一歩と進むごとに全身が軋むように痛み、その場に倒れそうになる。

 

足を、というより身体を引きずるようにして進む。

 

その途中、HK417がブリッツの足に当たる。どうにか拾い上げてみるが、爆発の影響を受けたのだろう。テイクダウンピンが吹き飛びアッパーとロアレシーバーを接合出来なくなっていた。

使い物になら無い417を乱雑に放り捨て、Mk23をホルスターから抜く。こちらは健在なようだ。

あの損傷だ。今なら、45口径でもダメージを与えられる。

 

マガジンを抜いて弾丸の残量を確認。12発入っている。

再度装填し、上手く力が入らない腕に無理矢理力を込めてスライドを引く。エジェクションポートから既に薬室に入っていた弾丸が一つ飛び出し硬く冷たい地面に落ちた。

 

あと1メートルまで迫った所で、ブリッツはMk23を両手でしっかりと握り、いつものCARシステムのエクステンドスタイルで構え、ハンターに銃口を向ける。

ちょうどそのタイミングでハンターも身体を起こし、膝をついて座り込む形でブリッツを見上げた。

 

「終わりだ。イカれた屑鉄め」

 

ブリッツの口上に、ハンターはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「終わり、か。確かに、今回はこれで終わりだ。だが貴様も知っているだろう。私たちは、そう簡単に消えはしない。今の私を消したとしても、次の私が必ずお前を狩る」

 

戦術人形は、資材があればいくらでも復元できる。バックアップがあれば、記憶もそのまま引き継げる。それが戦術人形の強みだ。

それは鉄血のハイエンドモデルも同様だ。今ここでブリッツがハンターを倒したとしても、彼女の言った通り次のハンターが目覚め、いつの日か今日のように戦場で再会するだろう。

 

だからグリフィンと鉄血の戦争は長期化している。やられても次がすぐにやってくる。やってやられてを繰り返す。

何度も何度も繰り返す。

 

「だからどうした」

 

そんな事は覚悟の上だ。

 

「何度でも来ればいい。何度でも殺してやる。殺して殺して殺し尽くしてやる。人間をナメるな屑鉄。いつの日か必ずお前らを鏖殺してやる」

 

明確な決意と強烈な殺意を眼光に乗せて、ブリッツは告げる。

告げられたハンターは最初こそきょとんとした表情であったが、次第に口角はつり上がり嬉々とした笑みを浮かべた。

 

「フフフ・・・フハハハ・・・!ハハハハハ!そうか!わかったぞ!ようやく理解できた!貴様は獲物などではない!断じて違う!貴様は敵だ!我々が最優先で排除しなくてはいけない、不倶戴天の敵だ!嬉しいぞ人間!貴様のような人間が敵であることが!貴様が敵となったことが!」

 

高らかにハンターは叫ぶ。ハンターは認めた。狩るべき獲物から、打ち倒す敵へ。決して相容れぬ存在であると、ハンターは認めた。

 

それはつまり、ブリッツと対等であると認めた事と同義であった。

 

「・・・名乗るのが遅れたな。俺は、グリフィン本部直轄部隊。多目的戦闘群特別現場指揮官の、ブリッツだ。よく覚えておけ。今からお前を殺す男の名だ」

 

「ブリッツ・・・ブリッツか。そうか。それが貴様の名か。ようやく知れたぞ。────また会おう。我が宿敵」

 

瞬間。ブリッツはMk23のトリガーを引いた。放たれた弾丸はハンターの頭部を穿ち、電脳を破壊。仰向けに倒れる。

さらにもう一発頭に撃ち込み、胴体のコア部分に2発撃ち込んだ。

 

弾丸が撃ち込まれる度にハンターの義体は揺れ、部品と人工血液を撒き散らす。

それもやがて動かなくなり、ハンターは完全に機能を停止した。

 

そして訪れる、水に沈めたような静寂。

先程までの喧騒が嘘のように静まり返っている。それが、ブリッツに死闘を終えたことを厳かに告げていた。

 

復讐の相手を殺したことの達成感。生き残れたことの安堵。そして何より、今日ここに至るまでの紆余曲折で蓄積された疲労感が、ブリッツの五体に重くのし掛かり、地面に倒れてしまいそうになる。

 

それを何とか残った精神力によって、朦朧とし始める意識の中でも踏ん張らせ、寸でのところでブリッツの身体を支えた。

今ブリッツの身体を支えている精神力の根元にあるのは、任務の遂行ただ一つだけだ。

 

その時だ。背後から何かが放たれるような音が聞こえた。直後、背中をスレッジハンマーで思いきり殴られたような衝撃に襲われた。

突然の事で辛うじて繋ぎ止めていた意識が途切れそうになる。肺の中に蓄えた空気が全て口から吐き出て苦しくなる。

食らった衝撃をそのままに前に倒れそうになる所を何とか踏み留まる。

振り返ってみれば、いくつかあるトンネルの一つからリッパーとヴェスピドがぞろぞろと現れているのが見えた。今の攻撃はヴェスピドからの銃撃だったのだろう。

 

近くのコンテナの陰に身を隠すと同時に鉄血兵はブリッツに向かって攻撃開始。

DEWによるエネルギー弾が容赦無く襲いかかる。

 

「休ませてはくれないか・・・」

 

コンテナの陰でエネルギー弾をやり過ごしながら小さく溢す。

 

鉄血の指揮系統は一点集中型だ。司令部、もしくはハイエンドモデルが一括で信号を送ることで部隊の指揮を取っている。ハイエンドモデルのハンターを破壊したことで指揮系統を無効化出来たと思っていたが、そう上手く話は進まなかったようだ。

となれば、前線司令部にあるであろう信号を発信する制御装置。それを発見し制圧できれば、この任務は終わる。

 

「さあ、もうひと頑張りだ」

 

Mk23を握り直し、コンテナから身を乗り出した。

瞬時に敵の位置を把握し瞬時に照準しトリガーを引く。1体。2体。3体。

4体目に入ろうとしたが鉄血兵の銃火がそれを許さなかった。光弾がブリッツの左の肩に当たる。

 

着弾の衝撃に仰け反る。苦悶の声が溢れそうになるのを歯を食い縛って耐えて飲み込み、激痛を堪えながら4体目の頭部を撃ち抜いた。それと同時にMk23はホールドオープン。

 

再びコンテナに隠れて、Mk23をリロードしてからホルスターに仕舞いMP7を取り出す。折り畳み式のフォアグリップとストックを展開させた。

 

もう息をするのも辛い。それでも戦わないと。

 

また身を乗り出し銃撃する。低反動で集弾性が高いMP7なのだが、使い手の影響で弾がバラける。制圧射撃にもならない。ただ闇雲に弾丸をバラ撒いただけのようにさえ見えてしまう。

 

弾が切れ、リロードしようとするも、マガジンを装填口に入れられない。

もはやブリッツに、戦闘行動をするだけの体力は残っていない。

 

それでも彼は諦めない。戦いを止めようとは思わない。文字通り、死ぬまで戦う。

 

どうにかリロードを終えたMP7で銃撃を開始。激痛に軋む身体に鞭を打ち、しっかりとMP7をホールドする。

5体。6体。7体。4.6mmスチール弾頭を40発叩き込んで、たったの3体しか倒せていない。

おまけに悪いことに、今のでMP7の予備弾倉は無くなった。あとは今入っているMk23のマガジンが1本と、タクティカルリロードで発生した7発のみ。

 

残りの敵は、あと5体だ。

 

「なら・・・いけるか・・・」

 

身を預けているコンテナに手をかけ、何とか立ち上がり銃撃。

最初の1発でヴェスピドの頭部を撃ち抜き、次の2発3発でリッパーのコアを破壊する。

 

ヴェスピドのエネルギー弾がブリッツの右頬を掠めて皮膚を焼くが怯まず撃ち返し、6発目で頭部を穿った。

 

直後に左大腿部に衝撃。いつの間にか側面に移動していたヴェスピドに撃たれた。

戦闘服のおかげで足が消し飛びこそしなかったが、骨にヒビが入った。今までの消耗も相まって、力無く無様に倒れる。

倒れながらも自分を撃ったヴェスピドのコアと電脳に一発ずつ撃ち返す。

 

あと1体。リッパーのみだ。

探す。見つける。

 

先のヴェスピドとは正反対の位置だ。時間差で挟撃しようとしていたようだ。倒れたまま体勢を変えトリガーを何度も引くが、ブリッツが攻撃すると認知した瞬間回避行動。真横に飛び退いてコンテナの陰に隠れた。

4発撃った所でMk23のスライドが後退したまま固定される。弾切れを告げるホールドオープン。すぐに弾倉を変える。が、これは先にタクティカルリロードした際に出来た残り7発分しか入っていない弾倉だ。

 

これで仕留められないと、最悪ナイフ片手に白兵戦を仕掛けないといけなくなるが、今のブリッツにそれを実行するにはリスクが大きすぎる。実質、後がない状況だ。

 

Mk23をリッパーのいるコンテナへと向けたまま何とか立ち上がる。同時にリッパーはコンテナから飛び出し銃口をブリッツへ向けた。

ほぼ同時。わずかにブリッツが速いか。向かい合った一人と1体はトリガーを引いた。放たれた光弾と実弾はすれ違い、どちらも対象に命中した。

 

ブリッツの放った弾丸はリッパーの頭部を穿ち、リッパーの放った光弾はブリッツの胸部に命中した。奇しくもそこは先程ハンターによって砕かれた肋骨部分であり、ダメ押しとばかりに折れた肋骨は肺へと突き刺さった。

 

両名が倒れるのも、また同時であった。

リッパーは撃ち抜かれた衝撃で後ろに倒れたのに対し、ブリッツは膝を着いてから蹲るようにして地に伏した。

 

「ゲホッ・・・ゴボッ・・・」

 

咳き込む度に激しい苦痛を覚え、口から血が吹き出す。すぐには死なないだろうが、時間の問題だろう。

 

「まだ・・・死ぬわけには・・・!」

 

血を吐きながらも立ち上がる。彼を突き動かすの感情はたった一つ。『任務の遂行』ただそれだけだ。

 

まともに動かない身体を引き摺るように動かし、血反吐を吐きながら何とか進む。目的地は、最初に調べようとしたあの分厚いドア。その向こう側である。

 

身体を使ってドアを押し開け、銃を構えながら中に入る。部屋の中は照明もついておらず薄暗い。ただ、一つだけ煌々と光を放つモニターとコンソールがある。

近付いて確かめる。思った通りだった。

 

ここは鉄血の司令室。つまりここから下級人形の指示が出ている。

下級人形の指揮も執っていたハイエンドモデルのハンターを破壊したのだから、今ならこの端末でも制御が出来る筈だ。

 

コンソールを操作して鉄血兵の実行コマンドを『戦闘』から『待機』に切り替えようと操作する。

本来なら、こういった制御はナビゲーターに任せるのだが、相変わらず通信が繋がらない。

いくらナビゲーターとはいえ、通信が繋がらないとその力を存分に引き出せないだろう。

 

しかし、端末はブリッツの実行コマンドの切り替えを受け付けてくれない。予想はしていたが、やはりどうしても鉄血人形の信号による認証キーが必要なようだ。

 

ならば力業だ。

 

持っているPDAを端末と直接有線で接続。そして司令部の通信装置を使いオープンチャンネルでナビゲーターと通信リンクを接続する。UACSなら正確に通信を拾える筈だ。

他の鉄血兵に聞かれて増援を送り込まれる可能性もあるが、その時はその時だ。

 

「ゲート、聞こえるか・・・」

 

『───指揮官!ご無事ですか!?』

 

呼び掛けに対し、すぐにナビゲーターからの応答があり、一先ずブリッツは安堵した。これで何とかなるかもしれない。

 

「ゴボッ・・・俺の事はいい・・・。今PDAを鉄血の制御コンソールに接続している・・・。通信できたのもそのおかげだ・・・。すぐにハッキングして、鉄血の実行コマンドを停止させてくれ・・・」

 

『りょ、了解しました!』

 

指示通り、ナビゲーターはすぐにハッキングを開始。コンソールには不正アクセスを検知したというメッセージがけたたましいアラート音と共に表示されるが、それもすぐに鳴り止んだ。

 

『停止信号を送信───完了。指揮官、この区域一帯の鉄血の信号が途絶。停止し無力化を確認。拠点防衛の部隊からも信仰してきた全鉄血兵の停止を確認したという情報も入りました。指揮官!やりましたよ!』

 

「・・・そうか。任務完了、だな」

 

ブリッツはその場に崩れ落ち、端末に寄りかかるようにして座り込んだ。

 

もう限界であった。

 

『指揮官の居場所も判明しました!今第一部隊がそちらに向かっています!』

 

詳細は分からないまでも、ブリッツが切羽詰まった状況であることを悟ったナビゲーターが声を荒げる。

 

「・・・慌てることはない。ゆっくりでいいさ。ゲホッ」

 

吐血し、地面に撒き散った。

それだけでなく、全身の至る所にこさえた負傷箇所から血が流れ始め、地面に広がり始める。投与したアドレナリンの効果が切れたのか、それとももうアドレナリンだけではどうにもならなくなったのか。

 

「・・・寒くなってきたな。それに、眠い・・・。すまないが、先に休ませてもらうぞ・・・」

 

持っていたMk23が右手から溢れ落ちる。身体の感覚ももうほとんど無い。手も、足も。だらりと力が抜け落ち、やがて意識さえも落ちていく。

 

『指揮官!ブリッツ指揮官!応答してください!ブリッツ!ブリッツ!!』

 

悲痛なナビゲーターの声が無線機から響くが、彼がそれに応える事はなかった。

 

 

 



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10-8

人形之歌3巻買いました!やっぱおもしろいっすねぇ!
アニメ化も決まったし楽しみだなぁ!


ん?イベント?聞くな


某所、鉄血工造本拠地。

胡蝶事件以降、人の目につかぬよう秘密裏に建造されたこの場所は数少ないハイエンドモデル生産工場も兼ねた、謂わばハイエンドモデルの拠点である。

 

その拠点の地下区画。通路と呼ぶには広すぎて、部屋と呼ぶには些か幅が狭いが、かなりの奥行きがあり、壁に沿う形で人一人は余裕で収まるサイズのカプセル状の機器が、夥しい数並んでいる。

 

そのカプセルの中には、それぞれ一体のハイエンドモデルが目を閉じた状態で待機している。

 

便宜上、バックアップヤードと呼称されるこの空間はその名通りに、素体が破壊された際に即座に戦線復帰が出来るよう誂えられた施設だ。機能停止信号を送ると同時にそれまで稼働中だった素体からの記録もサーバーに送られるため、破壊されてもその直前までの記憶を次の素体に移すことが出来る。

更に複数同時起動し、I.O.P社製戦術人形のようなダミーリンクに近い運用も可能である。

 

そんなバックアップヤードに数あるカプセルの一つが、圧縮空気を用いたダンパーの稼働音と共にハッチが開き、中から新たな素体が身を乗り出した。

 

SP721 Hunter。ハンターは、このカプセルで目覚めるその直前までの記憶を掘り返し、その厳めしい顔を歪めて笑った。満身創痍でありながらも、殺意と敵意に満ちたあの青く鋭い煌めきを放つ瞳を思い出し、彼女は笑った。

 

「フフフ・・・負けてしまったか」

 

彼女の疑似感情モジュールに渦巻いていたのは、狂おしいほどの嬉々と歓喜であった。そこに獲物を仕留められなかったという後悔もなく、むしろそれを塗り潰さんばかりに悦びに身を震わせていた。愛おしさすらあった。

 

破壊される直前、その愛おしい彼はこう言った。殺し尽くしてやると。鏖殺してやると。

敵である自分に、あの不倶戴天の敵はそう宣った。

 

「必ず殺しに来い、ブリッツ。私も貴様を殺しに行ってやる」

 

彼女は、それに応えることを決めた。

 

薄暗いバックアップヤードを歩き始める。

彼にもう一度。今一度会いたい、そんな衝動的な思考で。

 

しばらく歩くと、バックアップヤードが終わり、通路へと出る。

 

「おっ、ハンターか」

 

ばったりと、通路に出た矢先に出会った人形。彼女もまた鉄血工造のハイエンドモデルである。

美麗な肢体を持っているが、それだけに異様で無骨な大きな右腕が印象的なその人形。

SP524 Excutioner。処刑人と呼称されるエリート人形であり、ハンターにとって固い絆で結ばれた戦友だ。

 

その処刑人が、今しがたハンターが出てきた区画を見て眉をひそめた。

 

「そこから出てきたってことは・・・やられたのか?」

 

「ああ、見事に殺された」

 

告げられた言葉とは裏腹に、ハンターの表情に負の面は見られない。寧ろ嬉しそうですらあった。そう見えた処刑人は訝しげに首を傾げながらも言葉を紡いだ。

 

「誰にやられた?グリフィンか」

 

「そうだ。グリフィンの人間に殺された」

 

「へえ、人間に・・・。ん?はあ!?人間に!?」

 

またどこか嬉しそうに言うハンターを訝しげに思っていたせいで反応が遅れたが、あまりにも聞き捨てならない台詞に処刑人が声を荒げる。

処刑人にとって、グリフィンの人間は直接戦闘には関わらないくせに後ろでふんぞり返って偉そうにしているイメージしかなく、前線に出てくることはまずあり得ない存在だ。

 

その人間にハンターがやられたというのは、どうにも信じがたいものがあった。

 

それに構わずハンターはまた嬉しそうに頬を不敵につり上げて笑う。

 

「処刑人よ、私は"敵"と出会ったぞ。殺すべき敵にだ。奴と再び戦場で相見えるのが待ち遠しくてたまらない」

 

「お、おいおいどうしたんだ?なんか何時もと雰囲気が違うぞ?」

 

一体全体どうしたんだと、処刑人は誰にでもなく声を大にして聞きたくなった。

人間に殺されたという戦友が、そのことを何故か嬉しそうに語り、挙げ句の果てには待ち遠しいときた。

整理してみても訳がわからない。ここまで長い付き合いだが、これほど様子のおかしいハンターは初めて見た。

 

「ああそうだ。処刑人、ナイフを持ってないか?」

 

「あ、ああ。あるぞ」

 

おずおずと処刑人がナイフを差し出す。

 

ナイフを受け取ったハンターは、刃を自身の左頬へとあてると、一切の躊躇いもなく切り裂いた。

すぐに人工血液が噴き出し顎から滴り落ち胸元が赤く滲む。

 

「何してんだ!?やっぱどこかおかしいんじゃないか!?起動時にエラーでも抱えたか!?」

 

「大丈夫だ処刑人。どこもおかしくはない。それに、これはただのケジメだ」

 

血のついたナイフをジャケットの袖で拭ってから、クルリと反転させ処刑人に柄を向けて返す。

 

「ヤツを殺すその時まで、私はこの疵を決して消さない。そう決めた」

 

切り裂かれた頬から溢れていた血は、いつの間にか止まっていた。

呆然としている処刑人を余所に、ハンターは彼女の横をスルリと通りすぎ通路の向こうへと、それはそれは軽い足取りで歩いていった。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

深い深い暗闇の底に沈んでいた意識は、ふとした瞬間に急浮上。覚醒へと至らせた。

 

霞んでいた視界も徐々にピントが定まって明確になっていく。真っ先に目に入ったのは、あまり見慣れない真っ白な天井であった。

状況を確認していく。まず右腕に、何か針状のものが刺さっている。その針からチューブが延びていて、スタンドから吊るされた液体の入った袋に繋がっている。点滴だ。

 

入院患者が着る入院着を纏い、その下にはギプスや包帯といった治療の痕跡が色濃く残り、なおかつ今まで自分が寝ていたのがリクライニング機能がついたベッドである、という事実も踏まえて、ここが病院であるという結論を、ブリッツは出した。

 

どうやら個室のようで、今は自分以外この部屋には誰もいない。窓の方へと視線を向ければ、白いカーテンが窓を覆っているが、その裏には陽光の存在があるのが見えた。

時計がないため断定は出来ないが、陽光の入り方からみて正午過ぎあたりだろう。

 

脱力し、最初と同様に天井を見上げた。

 

「また・・・生き残ってしまったか」

 

そんな言葉がついて出た。それは一体自分のどこの感情から出た言葉だったのか。自分で言ったにも関わらず、ブリッツはそれを判断できなかった。

死を覚悟し、それでもこうして生き残れた安堵か。無事、とは言えないが生きたまま一度目の復讐を果たせたことのささやかな達成感からか。

 

それとも、死ねなかった事の無念か。

 

どれが一番近いのか。感情の整理をしようとぼんやりと天井を見上げていると、なんの前触れもなく病室の扉が開いた。

 

視線を向ける。背筋をピンと伸ばし、重厚な赤いコートを着こなす厳格だが、とても落ち着いた雰囲気の女性。

彼の上司であるヘリアントス上級代行官が、右手にタブレット端末を持って病室にやってきた。ヘリアントスは病室に入るなり目を見開いてブリッツを見た。

 

「もう意識があるのか。頑丈だな」

 

咳払いを一つ挟んでから、ヘリアンは一言告げてベッドへと近寄る。ブリッツもそれに合わせて上体を起こし姿勢を正す。

それを見たヘリアンは目を細める。

 

「・・・痛くないのか?」

 

「とても痛いです」

 

「無理をするな。重傷なのだぞ。大人しく寝ていろ」

 

失礼しますと、一言断ってからブリッツは横たわる。しかし寝たままというのも具合が悪いので、ベッドのリクライニング機能で上体を支える形で起こした。

 

「ヘリアントス上級代行官。作戦はどうなりましたか」

 

「まだ終わってはいない。が、成功したと言っていいだろう。貴官の働きによって、作戦区域にいた鉄血人形は行動を停止。今は、メリー・ウォーカー指揮官が引き継ぎ掃討戦を開始している。貴官が撃破したハイエンドモデル、ハンターも回収した。今は16LABに移送され、解析している。R12地区奪還は成功したと、クルーガーさんも見ている」

 

「・・・どれくらい寝てましたか」

 

「20時間ほどだ。・・・正直、もう目を覚まさないだろうと思っていた」

 

言って、ヘリアンはベッド近くにあるパイプ椅子に腰掛けて、手元のタブレットを立ち上げてディスプレイを見る。

 

「右肋骨2、3、4番。左肋骨5、6、7番完全骨折。それによる外傷性気胸。左大腿骨不完全骨折。その他大量出血に内臓破裂、全身打撲。なお、搬送中および外科的処置の最中それぞれ一度ずつ、最大30秒の心肺停止」

 

タブレットに表示されていたであろうブリッツのカルテ。それを音読みしたヘリアンは一拍ほど間を空け、呼吸を整えてからブリッツに視線を戻した。

 

「なぜ生きている」

 

「悪運が強いんです」

 

しれっと答えるブリッツに、ヘリアンは驚きを通り越して呆れた。

死んでいてもおかしくない。というより、死んでないとおかしいくらいの負傷だ。だというのに病院に搬送されてから治療を受けたその十数時間後には意識が戻るレベルまでに回復している。

 

執刀した医師も驚いていた。瀕死であったブリッツを発見し搬送するまでに適切な応急処置が施されてはいたものの、それでも助かる見込みは低かったという。いくら医療技術が進化していると言っても、限界はある。ダメな時はダメなのだ。

それでも蘇生できてしまったのは、ブリッツの持つ強靭な生命力、もしくは精神力によるものが大きいと、医師は言っていた。

 

───いや、それはともかくだ。

 

「貴官が無事でよかった」

 

いつもの厳格な雰囲気が鳴りを潜め、とても穏やかな表情でヘリアンはブリッツを見た。

心の底から安堵している。そんな様子だった。

 

「思えば、私と貴官の初対面も、こんな感じだったな」

 

「そうでしたね。自分がいくら軍の人間だと言っても信じてくれなくて、あの時は本当に参りましたよ。軍は軍で、三日も経たずに自分をKIAとして処理していましたし」

 

「・・・あれからもう1年以上経つ。あの当時は不安の方が強かったが、今では、貴官を指揮官として迎え入れてよかったと思っている」

 

ヘリアンは腰かけていた椅子から立ち上がり、踵を返す。

 

「あまり長居しては貴官の体に障るだろう。今はゆっくり休み、傷を癒すことに専念しろ。ああそれと、医者は自分で呼べ」

 

「・・・ヘリアンさん」

 

病室を出ようとしたヘリアンの背中に声をかける。

 

「ありがとうございます」

 

ヘリアンは振り返りこそしなかったが、最後に「また様子を見に来る」と言い残し、病室を後にした。

 

自分以外誰もいなくなった病室に静寂が訪れた。空調機の稼働音が耳障りに思えるほどの静寂だ。

そんな中でついた息も、普段より大きく聞こえた。

 

「気を遣わせてしまったか」

 

枕元にあるナースコールを探し当て、そっと握る。

 

「さて、どうなるかな」

 

これから訪れるであろう医者の対応と、そしてその後やって来るであろう"後始末"を思いながら、ブリッツはナースコールのボタンを押した。

 

────30秒も経たず、担当する医師が看護師数名を引き連れ病室へと飛び込んできた。

 

そこからは怒濤であった。治療を受けたばかりでまともに動かせない体でも問題ない程度のメディカルチェック。搬送された時の状況と治療内容。どれくらいの期間を治療に宛てるかなどなど。

それはそれは長々と説明を受けた。

 

それもようやく落ち着き、すっかり陽も落ち始め空がオレンジ色に染まり行く時間に。

治療中で本調子でない肉体的な疲労もあるが、それ以上の精神的疲労感も重くのし掛かっているなかで、病室のドアがノックされた。

 

それに対しどうぞと応答すれば、ドアは静かに開き、来訪者がその姿を見せた。

 

「気分はどうだ、現場指揮官」

 

「クルーガー社長っ」

 

やってきたのはグリフィンの最高責任者であるベレゾヴィッチ・クルーガーその人であった。

横たわっていた体の上体だけを素早く起こし敬礼。その際体の節々に激痛が走るが表情には出さないよう努めた。

 

「そのままでいい。無理をするな」

 

「はい、失礼します」

 

敬礼を崩すも、上体を起こしたままなのは止めず、まっすぐクルーガーを見る。

そんな様子のブリッツに、クルーガーはやれやれと言う代わりに一つ息をついた。

 

「怪我はどうだ」

 

「しばらく安静にしていろ、とのことです」

 

「なるほど、見た目通りというわけだ」

 

クルーガーはベッド近くの椅子に腰掛け腕を組んだ。

彼自身が大柄であることもあってか、座っても尚形容しがたい圧力がある。彼の立場がそうさせるのか、それとも生来からのものなのか。

その判断をブリッツが下すことはもう出来ないが。クルーガーが纏っているこの雰囲気から見て察するに、あまり良い話を持ってきた訳ではなさそうだとブリッツは思った。

 

「ブリッツ指揮官。今回の作戦で、ハイエンドモデルであるハンターを撃破した戦果。称賛に値する」

 

「恐縮です」

 

「───が、しかしだ。それだけに今回の作戦、失態(ミス)が目立っている」

 

やはりか。厳かな声色で告げられたその台詞は、ブリッツは内心でそう溢した。

予想通りに、良い話ではなかった。

 

ブリッツ自身、今回の作戦については色々思うところはあった。特に、敵部隊の追跡だ。

 

敵の罠にはまり、部下を残して一人落伍し、その後の指揮は全く出来なかった。LWMMG(ライト)が上手くやってくれたから成功したが、それは結果論にしか過ぎず、失敗する可能性の方が多かったように思える。

もう一人の指揮官であるメリーも、防御陣地構築にその後の指揮もあった。とても任せられる状況にはなかったと思える。

おまけにこうして重傷を負う。

 

下手をすれば、指揮官を失った第一部隊はそのまま敵地のど真ん中で孤立し嬲り殺しにされ、メリーのいる拠点に大群が押し寄せそのまま蹂躙される。そんな結末を迎えていたかもしれないのだ。

特別現場指揮官に任命された立場からして、このミスはあってはならない重大な失態だ。グリフィンの指揮官としても兵士としても、これは到底許容できるミスではない。

 

「なにか弁明はあるか」

 

「ありません。どのような処分であっても、厳粛に受け止める覚悟です」

 

じっと、クルーガーの目を見る。いかなる厳罰をも受ける覚悟はできている。

減給処分なんて、そんな甘い物ではないだろう。降格処分で多目的戦闘群の解体か。もしくは後方の雑用に回されるか。それとも除名されるか。

 

いずれにしても、それで失態の埋め合わせが出来ると言うのであればそれを受け止める。部下の皆には申し訳ないが、致し方ない。

 

しばし両名の間に沈黙が流れる。空調機の音や外の通路を行き交う看護師の足音がやけに煩わしく思える。

 

そんな重く苦しい時間を破ったのは、クルーガーの小さなため息であった。

 

「ここに来る前、ヘリアン経由で渡されたものがある。R09地区指揮官のメリー・ウォーカーからの嘆願書だ」

 

「ウォーカー指揮官から?」

 

「お前の処分を軽くしてくれ、とのことだ。ヘリアンからも言われた」

 

ブリッツは驚いて目を丸くする。それに構わずクルーガーは続ける。

 

「ブリッツ指揮官はR12地区奪還のために文字通り命懸けで尽力した。アクシデントはあったものの、ブリッツ指揮官の奮闘とその結果は評価されるべきだ。というのが彼女の言い分だ。ヘリアンも、ここまでの戦果や功績、実力を考えればお前を戦線から遠ざけるのは好ましくはないと。16LABのペルシカリアも、『貴重なハイエンドモデルのサンプルが手に入ったのだから、あまり悪いようにはしないでほしい』と、先程通信があった」

 

そこまで話してクルーガーはやれやれといった具合に肩を竦めた。

片やブリッツは、今しがた告げられた言葉を上手く受け止められなかった。

何でどうしてわからない。そんな様々な感情がごちゃ混ぜになった心境だった。

 

「確かにハイエンドモデルを、()()()()()()()()で撃破できるなら安いものだ」

 

現状、生身の人間が単独でハイエンドモデルを撃破したという公式記録(デブリーフィング)は存在しない。そもそもそれを実行しようという人間がいない。ハイエンドモデルの持つ戦闘能力は人間兵士のそれを遥かに上回っている。戦場に一体投入するだけで戦況を引っくり返しすらする。立ち向かうだけで自殺行為も同然だ。

 

そんな存在を撃破した一人の人間。確かに破格だろう。

残酷な言い方ではあるが、クルーガーの言うことは尤もである。

 

「だが実直なお前のことだ。どうしてもケジメが必要というならば、行動で示してくれ」

 

どう言うことだろうか。ブリッツはクルーガーの次の言葉を待つ。

 

「R12地区を奪還できたことをきっかけに、鉄血に対する大規模な攻勢作戦が立ち上がった。奪還した地区の復興と、まだ計画を立案したばかりの段階で詳細は決まっていないので話せないが、お前たち多目的戦闘群にはこの攻勢作戦に参加してもらう。ハッキリ言おう。かなり危険な作戦任務だ。が、拒否は認めん」

 

椅子から立ち上がり、クルーガーがブリッツを見下ろす。

 

「必ず成功させろ。何がなんでもだ。それがお前が取るべき責任だ」

 

身が震えるほどの感情が沸き上がる。

なんということか。

自分の失態を挽回する機会をくれるどころか、そんな大事な役目を与えてくれるとは。

必要とされているのだ。期待されているのだ。自分の力が。嬉しくないわけがないのだ。

 

気付けば、ベッドから降りて立ち上がっていた。

怪我の痛みなど、完全に忘れてしまっていた。

 

「任務、了解しました」

 

敬礼する。感謝と喜びを表すように。

必ず任務を遂行するという義務と使命をもって。

 

 

────この3時間後。ブリッツから引き継いだメリー・ウォーカー指揮官主導の掃討戦が終了。該当地区の鉄血勢力の完全駆逐が確認された。

これによりR12地区奪還戦を終了。メリー・ウォーカー指揮官には一週間の休暇と資材等の準備期間がもうけられた。

重傷を負ったブリッツ指揮官には3ヶ月間の治療期間中全ての作戦行動の参加を見合わせられ、その間の緊急出撃が必要な際は代理の指揮官を立てることとした。なお3ヶ月の内一ヶ月は絶対安静とし、病院の外に出ることを禁じられた。

 

 

 




次回、本編最終回。
書きたい話はいくつもありますが、一旦締め括ります。


それはそれとして感想ください


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FRONT LINE

最終回(仮)です。
連載開始から約2年。ノンプロットでここまでのんびり突っ走ってきました。

今回最長14613文字になります。ゆっくりしていってね!


『戦術人形の最大の利点って、何だと思う?』

 

R12地区奪還から一週間が過ぎた正午時。グリフィンが管理、運営している病院の屋上。晴れ晴れとした青が広がる爽やかな快晴の下で、ブリッツは不意にそんな質問を投げ掛けられた。

 

投げ掛けたのは、かの16LABの主席研究員であるペルシカリアであり、ブリッツのPDAには相も変わらず目元に隈を作った不健康そうで気だるげな空気を纏った顔が表示されている。

 

平日の日中だというのに、16LABの主席研究員から、暇をもて余した入院患者風情の自分が、何でかような質問をされたのか。と、ブリッツは肌に浮いた玉の汗が重力によって滴り落ちていくのを感じ取りながら思う。

 

しかしブリッツの元々の真面目な気性が、この質問に対する回答を思考させる。

 

ちなみに現在、ブリッツは親指二本のみで逆立ちし、5歩進んでは腕立て。5歩進んでは腕立てを繰り返し、最終的にはこの屋上をグルリと一周するという武道家のような鍛練方を実施している。

怪我もまだ治っていないのだが、「とりあえず動ける」まで回復したと勝手に判断し今回の体力錬成を決行した。

大腿部の亀裂骨折も、内臓の損傷も。肺に空いた穴も塞いだだけで治ったわけではなく、深く息を吸い込みすぎればまた穴が空く可能性もあるが、ブリッツは「まあその時になったらその時で」と気楽に考えていた。

 

典型的な無酸素運動によって脳に酸素が回らない状況下。なら切り上げればいいのだが、「一度始めたのなら最後までキッチリと」という彼の実直な性格が、それを許さなかった。

 

『ああちなみに、他の指揮官やスタッフにも聞いてみたんだけど、大体が「人間の代わりに戦えること」って答えだったよ』

 

言外に「君には違う答えを言ってもらうよ」と告げられた。早々に切り上げられるよう、当たり障りの無いものとして似たような回答で行こうとした矢先の事だった。用意した回答を先回りされ封じられ、別の回答を求められてしまった以上、ブリッツには彼女に付き合って話をする以外の選択肢が消え失せた。

 

荒くなってきた息を整えるよう一度深めに呼吸する。

 

「強いて言うならば、コストですね」

 

『へぇ』

 

興味深い、とでも言う代わりに感銘を溢す。

 

『戦術人形、というより自律人形は安く無いと思うのだけど。確かに人形の稼働データの提供をしてもらう代わりに、I.O.Pはグリフィンに人形を安く提供しているから、コストが良いと言えるかもだけど』

 

「ではこちらからも質問を。博士は正規軍特殊部隊の人間兵士一人を鍛え上げるのに、どれだけの費用と時間が必要かご存知ですか」

 

質問していた相手からの突然の質問に、ペルシカは考え込む素振りを見せる。尤も、両手が塞がっているブリッツはその様子を窺い知ることはなかったが。

 

『んー・・・特殊部隊、というより軍の訓練自体結構長期的にやってるイメージだから・・・大体5万ドルで一ヶ月くらいかしら』

 

「惜しいですね。正解は最低で50万ドル。期間は短くとも半年です」

 

『惜しいの?それって』

 

懐疑的な視線を送るペルシカであったが、ブリッツはそれを見ることはなく(見たとしても気にせず)、話を続ける。

 

「これは自分が所属していた部隊での話ですが、部隊へ配属されるための選抜過程である基礎錬成訓練を受ける前に、選抜試験を合格しないといけません。早い話が体力テストと職業適性試験です。

統計上、ここを通過できるのは100人中1人だけだそうです。そこから更に基礎錬成訓練を受け、三週間の初歩教育の後に厳しい体力訓練を四週間受け、最後に極寒の雪原を重たい装備を持って何日も歩き、走り、匍匐前進し、寝る間も惜しんでゴールを目指します」

 

『・・・聞いてるだけで吐きそう』

 

「まだあります。その後には陸上訓練。銃器や爆発物の取り扱いに精密射撃、近接戦闘、各種車両操舵、長距離偵察、ロッククライミング、隠密潜入などなど。それを乗り越えても空挺降下訓練が待ち受けてます。それら全てを受け、能力が十分であると判断されてようやく一人前の部隊員として()()()の評価をもらえます」

 

『うわぁ・・・』

 

ひどくゲンナリとした様子の声がPDAから聞こえてくる。今挙げたことをみっちり半年間かけて遂行するのだ。戦闘訓練だとか体力錬成だとか、そういった事と縁遠いペルシカからすれば、受けること自体信じられないレベルの話であろう。

 

ノルマとして定めていた屋上一周をやりきり、ブリッツは新体操の転回のようにして逆立ちから起き上がる。

負荷をかけた状態から解放され、全身に疲労感が溶け込んで消えていくような感覚を覚える。

そよ風が肌を撫で、火照った体を心地よく冷ましてくれる。

 

「部隊員を一人育成するのにかかる費用は最低でも50万。更に高度な教育、訓練を受ければ更に費用はかかります。一人に200万ドルほど掛かっているって話も聞きます。

それに対して、戦術人形はその十分の一以下。期間も最長で2ヶ月前後で実戦投入可能。おまけに、破壊されてもほぼ同程度の能力のまま再度投入出来る。軍上層部としては、優秀な兵士を都合よく使い捨て出来、かつ補填も容易な戦力というわけです。よほどのことがない限り、戦術人形の需要は無くならないでしょう」

 

つまり、I.O.P社のこれからも安泰ということです。屋上の柵に掛けていたタオルで汗を拭い、そのすぐ下に置いてあったスポーツドリンクを一口飲んでから、ブリッツはそう締め括った。

 

胡蝶事件以降、まだ鉄血工造が企業として機能しI.O.P社とシェアを二分していた時代は終わり、今ではI.O.P社一強となった現在。戦術人形を始めとする無人兵器の需要は今なお増加傾向にある。各国正規軍のみならず、グリフィンのように戦術人形を起用するPMCや警備会社。企業ではなく、一個人の私兵として戦術人形を使う存在や、甚だしい事に、テロリストも戦術人形を使用しているという情報すらある。

もちろん人間を主軸として編成された軍の部隊やPMCも存在するが、それも今や少数派になろうとしている。

 

地域紛争といった小規模な戦闘から、国同士の大規模な戦争にまで戦術人形は投入され、更により高度に発達した無人兵器の台頭によって人間の血は一切流れない、無血のクリーンな戦争が出来上がった。

逆にそれは、人的損失や政治的、軍事的なリスクやハードルを大幅に下げる事に繋がり、戦争勃発の引き金が軽くなってしまった。

 

戦争が起きれば兵器の需要はより高まる。兵器が普及すればより戦争の規模も広がっていく。

誰も何も言わないが、最早現代において戦争はビジネスと成り果てている。言ってしまえば、今のグリフィンと鉄血との戦争もある一面で見ればビジネスの現場と何ら変わりはない。

グリフィンに属し指揮官としてその渦中にいるブリッツは言葉にこそしなかったが、それをひしひしと感じていた。

 

この世界は戦争で成り立っていると。

戦術人形は、それを根底から支えている大きな要素だと。

 

「あー!やっと見つけた!ちょっとブリッツさん!」

 

突如、張り上げた若い女性の声が屋上に木霊した。見れば、屋上と屋内を隔てる勝手口に看護師が立っている。ブリッツの担当看護師だ。

ブリッツがその場で姿勢を正して直立する。その態度は上官と接する時のそれである。

 

「安静にって言ったじゃないですか!勝手に出歩かないでください!運動もしないで下さい!」

 

「はっ、申し訳ありません。直ちに病室に戻ります」

 

「もう勝手なことはしないで下さいね!」

 

看護師は踵を返して屋上から去っていった。おそらく他に仕事があるのだろう。去り際の歩くスピードが普段の3割増しで早かった。

姿が見えなくなったことを確認し、ブリッツは肩の力を抜いて小さく息をついた。

 

『怒られちゃったわね』

 

「仕方ないことです。丁度いいので、これでお開きとしましょう」

 

『そうね。私もそろそろ仕事に戻らないといけないし。ああそうそう。忘れるところだった』

 

「何でしょう」

 

『まだ先の話だろうけど、退院のお祝いを用意してるから。早く現場に復帰するようにね』

 

「お祝いですか。嬉しいですね。楽しみにしています」

 

『じゃあ、またね』

 

プツンと、通信が切れた。

 

「お祝い、ね。さて、何が出てくるやら」

 

あのペルシカリアが用意したというお祝いの中身。期待と不安を織り混ぜながら、ブリッツは看護師の言う通りに自分に与えられた病室へと歩を進めた。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

民間軍事会社グリフィン&クルーガーは、大規模な演習場を保有している。

荒廃し、人類に見捨てられたゴーストタウンと、その周辺の更地や山岳地帯。それら一帯をグリフィンが戦術人形の訓練用の演習場として所有、管理している。その広さは約9000ヘクタールに及ぶ。

 

市街地戦や屋内戦。平原での銃撃戦や山岳地帯での対ゲリラ戦などなど、様々なシチュエーションを想定した訓練が行われる。

また、演習場の一角には設備の整った施設もあり、そこでは指揮モジュールを使った指揮官自身の訓練も行える。

 

なお、広報や他のPMCへの示威行為の目的で戦術人形を用いた模擬戦や、昨今導入された重装部隊による実弾射撃演習などといった、グリフィンが保有する戦力を公開するイベントもここで行われている。

 

────そんな演習場のキルハウスにて、ちょっとした珍事が起きていた。

 

荒廃した市街地を模したステージを、5体の戦術人形が編隊を組んで進行している。そのどれもがエリート人形であり、内訳はSMG二体にAR二体、HGが一体という機動力と火力のバランスが取れた構成だ。

だというのに、人形たちの表情は優れない。焦燥が手に取るようにわかる。

その一人、前衛を務めるSMG人形であるMP7は自身の半身を構えあちらこちらをクリアリングしながら部隊を先導する。

 

彼女が焦燥にかられている最大の要因は一つ。敵の姿が一向に見えないことだ。

影はおろか、痕跡すら見付けられない。キルハウスから姿を眩ませてしまったのではないかと思えるほどに。口内に放り込んだ塩気の強い飴の味も分からないほど、電脳に余裕がない。

 

隣を歩いているSMG人形のJS9も同様だ。自身を落ち着かせるためか、先程から何度も銃のグリップを握り直している。

後ろを警戒してくれるAR人形、Zas M21とT91も、いつ来るかわからない敵の攻撃に対して緊張の色を隠せていない。

 

相手はたった一体。それもI.O.P社のカタログ上ではローエンドモデルの人形一体だ。

だというのに、この模擬戦が始まってからずっと探しているが姿形を捉えることができずにいた。そうそう見逃すような身形はしていなかったのだが。

だからこそ部隊員は皆焦りを隠せなかった。ここまで隠れ仰せることが出来るのかと。

 

唯一冷静なのは、この部隊のリーダーであるHG人形のコンテンダーのみだ。

こういう時頼りになるのがHGの索敵能力だ。彼女もそれが分かっている。在るか無いかの僅かな痕跡すらも見逃すまいと常に意識を集中させている。

 

そして遂に見付けた。確かな痕跡。

 

それは道の真ん中にポツンと落ちていた一発の弾丸。.338ノルママグナム弾。この模擬戦の対戦相手である人形。LWMMGが使う規格の弾丸だ。これは先程までそこにはなかった物だ。

移動の時にでも落としたのか。自然と部隊員の足が止まり、その落ちている弾丸に意識を向ける。

 

───それこそが彼女の狙いだとも知らずに。

コンテンダーは数瞬ほど経って気付いた。これは罠だと。だがその数瞬は、あまりにも致命的な間であった。

 

「皆さん隠れ────」

 

意図に気付いて声を張り上げようとしたコンテンダーであったが、それは一発の重々しい銃声によって遮られた。次の瞬間には彼女は頭部を撃ち抜かれ、後ろへ仰け反って冷たい地面に倒れ伏した。

 

ツェナープロトコルを介してコンテンダーの撃破が通知される。

 

「コンタクト!」

 

MP7は声を上げて近くの建物の影に身を隠した。同時に他の3人も隠れた。その直後に先と同じ重々しく連続した銃声が通りの向こうから響き渡り、壁に着弾した模擬弾が不穏で耳障りな騒音をがなり立てる。

射撃地点はここから50メートル先にある5階建てビルの屋上。

 

MP7は自称ではあるが天才である。多少自身を過剰評価している節があるが、それでもそう自称するだけの能力はある。

そんな彼女の電脳が弾き出した最適解。

 

「Zas!T91!二人はここからアレが動かないよう釘付けにして!その間に私とJS9で二方向から接近して仕留める!」

 

『了解!』

 

他に案も思い浮かばなかったのだろう。MP7の提案に誰も異を唱えずすぐに了承の声が上がり、すぐに行動に移った。

 

ZasとT91は機関銃からの弾幕の間を狙って反撃。同時にSMG人形二体は建物の影に隠れながら移動する。今必要なのはとにかくスピードだ。機動力に特化したSMG人形なら50メートルという距離など有ってないに等しい。ビルの外壁にあるヘリや窓を伝っていけば、高低差もなんのそのだ。

 

すぐに敵が派手に銃撃をかましてくれているビルの屋上に手をかける。後は身を乗り出して攻撃すればいい。

 

「援護を」

 

『了解』

 

JS9と息を合わせ、MP7は今なお銃声鳴り響く屋上に乗り込んだ。が、()()()()()()()()()()。あったのは三脚に固定されワイヤーでトリガーを引いたままにされている中機関銃と、そこへ繋がる弾帯が延びた大きなアサルトパックが一つ置いてあるのみだ。

 

どういう事かと思案する。

その瞬間、視界が反転し地面に叩きつけられた。

気付いたらうつ伏せにされて地面に押し付けられ、右腕の関節を極められている。身動きが取れない。

 

「チャオ」

 

何が起きたのか。それを察する前に聞こえた声の直後、LWMMGのHK45TによってMP7の電脳がシャットダウンされた。

 

「MP7!」

 

そこへ逆サイドからJS9が飛び出して銃を向けて発砲。同時にLWMMGは仕留めたばかりのMP7を抱えあげ即席の盾として利用。襲いかかる無数の9mmパラベラムは全てMP7のボディによって受け止められ、LWMMGには一切のダメージはない。

 

既に撃破されているとしても味方を撃ってしまった事にJS9は動揺し動きが一瞬止まる。

 

「はい失格」

 

その一瞬を見逃さずHK45Tをダブルタップ。胴体と頭部に命中し、JS9は仰向けに倒れた。

 

あと二人。

HK45Tをホルスターに仕舞うとLWMMGはMP7から銃と予備弾倉を一つ拝借。チャージングハンドルを引いて確実にチャンバーに弾丸を送る。スリングを使って腰にぶら下げる。

続いて三脚に固定し銃撃を続けていた中機関銃。トリガーを解放して銃撃を止め、三脚と銃を繋ぎ固定するピンを抜いて回収。連射によって磨耗したバレルを手早く交換し、アサルトパックから150連装ボックスマガジンへと切り替える。

 

そこに地上から無数の銃弾が飛んできた。屈んでなんとかやり過ごす。

自分を釘付けにしようと健気に攻撃していたZasとT91だ。二人の撃破を知って銃撃しながらこちらに進行してくる。高低差があるためそうそう当たることはないが、このまま接近されるのは都合が悪い。

 

入手したMP7で迎撃する。それに反応して二人はそれぞれコンクリートブロックや、放置された自動車の影に隠れてやり過ごす。

すると、Zasが牽制射撃を行い、その間にT91が前進。ある程度進んだらT91が牽制射撃を引き継ぎ、Zasを前進させる。そうやって少しずつ進行していく。

立て続けに3体やられて、多少なりとも慌てふためいてくれればよかったのだが、却って冷静になってしまったようだ。そうそう都合よくはいかないらしい。

 

それならそれでやりようはある。

 

リロードし、MP7で応戦する。

が、いくらファイアレートで勝っていようともこちらは小口径。一撃の重さはあちらに分があり、数の差もあって簡単に覆る。

 

やがてZasがLWMMGのいるビルと隣接しているビルに飛び込み、その間にT91が牽制射を継続。LWMMGはどうしてもT91の対応に回らなくてはならない。このままでは、屋上にまで上がってきたZasとT91とでクロスファイアを浴びせられる。そうなると些か厳しくなる。

 

ならば、この辺りが頃合いか。

 

MP7の機関部から弾切れを告げるように鳴った乾いた音を合図に、LWMMGはMP7を腰にぶら下げて中機関銃を持つ。

それからT91の攻撃が止んだ一瞬のタイミングで屋上から飛び降りた。着地し、衝撃を逃がすのと攻撃の回避の為にわざと派手に転がり、近くの自動車の陰に隠れる。案の定、T91はすぐに車の向こうにいるLWMMGに向かって銃撃してきた。

 

とはいえそれも長続きしない。実弾兵器なら常について回る問題。弾切れによるリロードタイム。

なんとか仕留めようと連射していたT91だったが、弾が切れればそれも出来なくなる。苦虫を噛み潰したように表情を歪めつつ、リロードする。

 

その隙を逃さずLWMMGは吶喊。同時にスリングからMP7を外してT91へと投げる。リロードを終えて銃口を向けると同時に放られたMP7がT91の銃身にぶつかり体勢が乱れる。走りながら中機関銃を発射。LWMMGにとっては棒立ちも同然のT91に、不安定な姿勢であっても命中させられる。それだけの訓練と実戦を繰り返してきた。

 

無惨にも、.338ノルマの餌食となったT91はその場に倒れた。

 

後一体。

すると、屋上に向かっていたが、T91がやられた事を知ったZasが戻ってきた。

なんと好都合か。あのまま屋上に行くと思っていた。T91を仕留めた後は追跡しようと思っていたが、わざわざこちらに出向いてくれた

振り返り、膝射姿勢で中機関銃を連射。Zasはすぐに近くの自動車の裏に隠れて何とか被弾を防いだ。

 

が、それに構わずLWMMGは銃撃を止めることもないままZasのいる車に向かって前進。応戦しようにも、Zasはその場を動けない。

 

Zasまであと3メートル、というところでLWMMGの弾が切れた。銃火が止む。

好機とばかりにZasが飛び出す。

 

そして、機関銃を捨てたLWMMGと眼前で鉢合わせた。

 

銃口を向けるが、それはLWMMGの右手で逆手に持ったナイフによって銃口が逸らされた。

 

Zasはこの時、LWMMGの双眸を見た。深く澄んだ青い瞳は、冷たく自分を捉えていた。

 

次の瞬間には、ナイフで押さえ込まれたままZas M21の弾倉が抜き取られ、コッキングレバーを引かれ薬室に残っていた一発も排出された。

攻撃能力の失った銃身を押さえ込まれ、ナイフが鋭く翻る。

逆手に握られたナイフはZasの首に触れた所でピタリと止まった。

 

「はい、おしまい」

 

朗らかに笑って、LWMMGはナイフを引っ込めた。同時に、キルハウス全体に耳をつんざくブザーが鳴り響く。

訓練終了を告げるブザーだ。

それを合図に撃破判定を貰っていた人形が次々に立ち上がる。

 

MP7は起き上がる際に「JS9ンンンンンン!」と怒りを露にし、JS9は「いやアレは仕方ないでしょう!?」と反論していた。

 

「・・・・・凄まじいな」

 

キルハウス全体を見下ろせるモニタールームにて、グリフィンの上級代行官であるヘリアントスが小さく溢した。

 

ダミーがいないとはいえ、5体のエリート人形を相手に一切の被弾無く、終始一方的に戦闘を進めていく。その手際と来たら、鮮やかなものだった。

しかもそれをやってのけたのが、I.O.P社のカタログ上ローエンドなモデルとして扱われているLWMMG一体だ。

 

「おお、終わったのね」

 

ヘリアンの後ろから覗き込むようにして、先程まで通話していたペルシカが、Zasを労っている様子のLWMMGを見る。

 

今回のこの模擬戦。彼女、ペルシカがヘリアンに持ちかけたものだった。

R12地区での作戦行動の記録を見たペルシカが、ローエンドでありながら部隊を率いて任務遂行に一役買っていることに関心を示したペルシカが、事実確認のために今回の模擬戦をヘリアンに頼み込んだ。

 

ヘリアンとしても、これまでのLWMMGの戦果にはいくつか思うところがあった為、すんなりと了承した。

 

「凄いわね彼女。確かにローエンドでも、訓練次第でエリート人形に近づけるし、その実例もある。でも、それを上回るなんて話は見たことも聞いたこともない。いやぁ、とんでもないわね」

 

モニタールームでは演習に参加した人形の評価として、作戦遂行能力を数値化する機材が設置されている。その機材が示した数値は9800相当。これはエリート人形に匹敵、もしくはそれ以上の数値である。

 

「そのLWMMGを鍛え上げた男と話していたんだろう。どんな様子だった」

 

「元気そうだったよ。看護師に怒られる程度には」

 

その一言に、ヘリアンは眉をひくつかせて「後で話をする必要がありそうだな」と小さく溢した。

 

それはさておき、と。掛けていたモノクルをかけ直し、ヘリアンはペルシカに視線を移す。

 

「彼女は、本当に純正なのだな?」

 

「間違いないわ。修復の際私も立ち会ったけど、特に法に触れるような改造もなにも無かった。つまり、これまでの戦果も今回のこの結果も、彼女が積み重ねてきた努力の結果であり彼が鍛え上げた結果でもある」

 

「理由はわかるか」

 

「おそらくは。彼女もそうなんだけど、S10地区基地所属の人形全員には、蓄積された戦闘データの中に異物のようなものが紛れ込んでた」

 

「異物?」

 

ヘリアンが怪訝そうな顔でペルシカを見る。

 

「普通ならあり得ない形のデータだから異物と表現したけど、その中身を調べてみたら、なんと彼。ブリッツ指揮官の戦闘データが紛れてた。多分、戦場で一緒に行動してる時にブリッツ指揮官の戦い方を見た人形が、それを自身の経験値として取り込んだんだろうね。その戦闘データがトータル経験値として作戦報告書に落とし込まれ、その報告書を使った人形はブリッツ指揮官の戦闘データを取り込み、大幅な作戦遂行能力の向上となった。それを考えれば、あのLWMMGが持つ戦力にも、まあ納得がいくかな。何せ彼と長い時間、訓練を積みと実戦を経験してきたのだから、その分戦闘経験値としての純度は高いよね」

 

興味深い。最後にそう締め括った。

 

戦術人形の運用については、まだ手探りの部分が多い。訓練もその一つだ。グリフィンが定める訓練方法は、かつての人間兵士に用いたやり方を、I.O.P社の技術者達からの意見を元にアレンジしたものだ。

とはいえ、やっていることと言えば基本的な射撃姿勢やツェナープロトコルを使った連携行動。キルハウスを使った模擬戦。それくらいの物である。

 

もし従来よりも効率的な訓練方法があるのならば、グリフィンとしてもI.O.P社としても是非とも知りたい。

 

だから────

 

「だからブリッツ指揮官には、グリフィン本部に移ってもらうかI.O.P(ウチ)に来て、人形の教導に専念してもらいたいのよね」

 

それを元に戦術人形の戦闘訓練を確立したい。技術者としてのペルシカリアの意見であった。

 

「無理だな。彼は必要な戦力だ」

 

後に控えた大規模反抗作戦において彼と彼の部隊は必要になる。上級代行官としてのヘリアントスの意見である。

 

LWMMGを始めとする高い作戦遂行能力を有した多目的戦闘群は、既にグリフィンが保有する主戦力の一つにまで力をつけている。その部隊の指揮官が前線から離れれば士気の低下は当然として、最悪瓦解しかねない。

強力な部隊を束ねるには、同等以上に強力な指揮官が必要だ。だから外せない。

 

ペルシカもそれを分かっていたのだろう。特に言い返すこともせず、ただ小さく肩を竦めてみせるに留めた。

 

なので、もう一つの提案をする事にした。

 

「なら代わり、というとアレだけど。コレの許可くれないかしら」

 

ペルシカがヘリアンに差し出したのは、バインダーに挟まれた一枚の紙きれ。

それを見たヘリアンは眉をひそめた。

 

「LWMMGの、強化改修案・・・?」

 

「そう。あのLWMMGを、記念すべきMOD化第一号にする」

 

それはまるで壮大なイタズラを計画している時の子供のような、とてもとても愉快そうな笑顔だったと。ペルシカの笑顔を見たヘリアントスは後にそう溢していたという。

 

 

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───

 

 

R12地区奪還から一月半後。

ブリッツは退院を果たした。医師も驚く、文字通り驚異的な速度で回復したブリッツは、すぐにS10地区基地に戻らなかった。

 

新ソ連軍が管理している軍人墓地。

様々な作戦に従事し勇ましく最後まで使命を持って戦った兵士達が。第三次大戦で獅子奮迅の活躍を見せ、最後は散っていった英霊達が眠る場所である。

 

綺麗に整列された墓標の中を、グリフィンの制服を着たブリッツは進む。

 

目的の墓標を見つけ、立ち止まる。乱れていない身形を整え、その墓標の前で姿勢を正し敬礼した。

 

この墓標の下には誰もいない。が、魂はここに眠っている。

その魂。第74特殊戦術機動実行中隊のデルタチームに属し、かつてブリッツと共に戦い、ブリッツを残し死んでしまった戦友達。

 

ざあ、と。風が吹いた。ブリッツの黒い髪を揺らし、グリフィンのコートの裾を翻させる。

 

まるで戦友達が出迎えてくれたようだと、ブリッツは感じた。何と言っているのだろうか。

「よく来たな」だろうか。「来るのが遅い」だろうか。どちらにせよ、彼らはこんな自分でも笑って出迎えてくれただろう。

そう思えるほどに、彼らと過ごした時間はブリッツにとって忘れがたい。

ジークという男からは近接戦闘技術を叩き込まれた。

ピアスという男からはマークスマンや長距離精密射撃の技術を仕込まれた。

フラッグマンという男からは、兵士として必要なものを教えられた。

 

ガキだった自分に、様々な事を教えてくれた。戦う以外の事も。

 

ジークが意外と料理好きで、付き合う内に自分の料理スキルが身に付いたのは傑作だった。

ピアスは厳つい見た目に反して甘いものに目がなくて、よくジークにスイーツをねだっていた。

フラッグマンは酒豪で、よくウォッカやウィスキーを飲まされた。

 

色々な思い出がまるで湧き水のように次から次に噴き出してくる。

 

その時、背後から一人歩み寄る。そして静かにブリッツの隣に立った。

大柄な男であった。ブリッツよりも若干だが大きく、新ソ連軍の軍服越しにも分かるほどに筋骨隆々とした体躯。

そして軍服以上に厳つい雰囲気を醸し出している顔つき。

ブリッツは彼を知っていた。

 

敬礼を解き、ブリッツは視線は向けずに意識だけを隣の男に向けた。

 

「・・・何の用だ。エゴール」

 

「・・・死者が墓参りにきていると聞いたのでな」

 

「そうかい」

 

ざあ、と。また風が吹く。

二人の沈黙を切り裂かんとするように。

 

ブリッツはその男、エゴールの軍服についた階級章を見遣る。

小さい星が4つ。大尉の階級章だ。

 

「まだ大尉やってるのか。いい加減、佐官に昇格したらどうだ」

 

「そういうお前も、何年下士官をやっていたと思う。下手に昇格すると配置換えされるから嫌だと、尉官の椅子を拒んできたお前にだけは言われたくはない」

 

ピタリと会話が止まる。

 

「フフッ」

 

「ハハッ」

 

暫しの沈黙の後、二人は堪えきれなくなったように吹き出し、笑い声を上げた。

 

「久しぶりだな、ブランク」

 

「ああ、久しぶりだ。エゴール」

 

互いに腕を軽くぶつけ合い、久々の再会を喜び会う。

 

新ソ連特殊作戦軍こと新ソ連特殊作戦司令部(KCCO)大尉のエゴールと、新ソ連陸軍第74特殊戦術機動実行中隊軍曹のブランクことブリッツは、かつて同じ戦場で共に戦い、同じ釜の飯を食べた戦友だ。

年の差や階級差はあれど、他に人がいないときはこうして気軽に話し合える間柄である。

 

「お前が死んだと聞いたときは、何かの間違いだと思った。実際その通りだったな」

 

「運が良かったんだ」

 

「それで今やグリフィンの指揮官か・・・」

 

エゴールの表情に影が差した。

その理由も、ブリッツには何となくだが察しはついた。

 

「相変わらず、人形は嫌いか」

 

「お前は好きなのか?」

 

「嫌いじゃないよ。いい部下だなって思える程度には」

 

「俺はそうは思えん」

 

「残念だ」

 

ブリッツが肩を竦めて見せる。また沈黙が流れ始める。

ざあ、と。風が吹く。

 

「・・・ブランク」

 

仕切り直し。そんな雰囲気でエゴールが切り出した。

 

「軍に戻ってこい。俺がカーター将軍に口添えをしてやる。陸軍には戻してやれないが」

 

「KCCOになら入れると?」

 

「そうだ。お前の居場所は。いるべき場所はPMCではなく軍だ」

 

「俺は軍に殺された身なんだがな」

 

「確かにそれは軍の失態だ。だがそれをやった不届き者。グリゴリエヴィチ元中佐とその息の掛かった人間は既にこちらで処分した」

 

「だからチャラだとでも?早々に俺たちを切り捨てて、間違って生き残った俺は仲間も国籍も奪われたのに対し、たかだか数人シベリア送りにしてハイ手打ち。だから軍に戻ってこいと?」

 

ジロリとブリッツはエゴールに視線を向ける。怒りや恨みが混じった、どす黒い視線だ。

しかしエゴールもこの程度では狼狽えない。

 

「確かに許せないだろう。だがそれでも、俺はお前に戻ってきてほしいと思っている。俺はお前に助けられた。その恩は今でも忘れていない。だから返させてくれ」

 

真っ直ぐにエゴールはブリッツを見る。ブリッツもエゴールの人となりは知っている。

彼は仲間や部下を大切にしている。それを知っているエゴールの部下は彼に心酔しているし、なんなら彼のためなら死んでもいいと。殉職も辞さないと公言されているほどだ。

 

ブリッツもそんなエゴールを尊敬しているし、彼が差し伸べてくれた手を払うような真似はしたくはない。

 

だが今は、その手を取ることはできない。

 

「エゴール。俺はアンタに助けられた。その恩を忘れたことはない。だからアンタを助けた。それでも俺はアンタに恩を返しきれたとは考えていない。正直、戻ってきてくれって言われたときは嬉しかったよ。・・・だけどさ、ダメなんだ。今はダメなんだ。俺にはまだ、グリフィンでやることがある」

 

「やることだと?」

 

エゴールが怪訝に顔を歪める。

 

その時、ブリッツ達の上空に一機のヘリコプターがやってきた。ヘリは地上5メートルの位置でホバリングする。機体側面にはグリフィンのロゴが煌めいている。

そんなヘリから一本のロープが延び、先端が地上に触れた。

そのロープを伝って、一人降りてくる。

 

S10地区基地所属のFALだ。その様相は正しく完全武装。なにかあったことは明白であった。

 

「ブリッツ。緊急出撃(スクランブル)よ。一緒に来て」

 

「了解。行こう」

 

「ブランク!」

 

ロープの金具とズボンのベルトを繋ぎ、ヘリに引き上げてもらうその手前で、エゴールは声を張り上げブリッツを呼び止めた。

 

「悪いなエゴール!これが俺のやることだ!もしも!俺がやること全部終わらせた後!それでも俺を軍に戻したいのなら、俺はアンタに着いていく!約束する!」

 

「ブリッツ、そろそろ行くわよ」

 

「ああ、わかった」

 

ヘリがロープを巻き上げ始める。それに伴い、ブリッツとFALの体は宙に浮かび、やがてヘリへと搭乗するに至った。

 

搭乗を確認したヘリパイは速やかに出力を上げその場から素早く離脱した。

 

徐々に遠退いていくヘリの機影を見送りながら、エゴールは持っていた通信端末を起動。通信を繋げる。

 

「将軍。ブランクの件ですが、フラれてしまいました」

 

『そうか。だがその割りには嬉しそうだな、エゴール』

 

「ええ、まあ。残念ではありますが、ヤツが変わっていないことが分かりましたから」

 

ヘリは既に遠くへと消え去っていた。それでもエゴールは、ブリッツを乗せたヘリが飛んでいった方向を見続けた。

 

 

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───

 

ヘリの中には、ブリッツがいつも使っている装備一式が用意されていた。

新調されたスマートグラスにCNT防弾戦闘服にタクティカルベスト。

16.5インチモデルのHK417A2に、アンダーバレルにはフォアグリップ。レシーバー上部にはホロサイトと3倍率ブースターによるハイブリットサイト。MP7A1とコンペンセイター仕様のMk23ソーコムピストル。それぞれの予備弾倉。手榴弾が3つ。

一部違うが、あの最後の作戦で使っていた一式に近い。

やはり自分はグリフィンの制服よりも、この戦闘服の方が着ていて落ち着く。

 

「ゲート、詳細を」

 

『S02地区の居住区に鉄血が侵入しました。中隊規模との情報ですが、現在当該地区担当指揮官と治安維持部隊が協力し事態の制圧に取りかかっていますが、状況は芳しくありません。住民は避難を始めていますが、人手が足りないようでそちらも滞っております』

 

ナビゲーターからの情報にブリッツは分かりやすく表情を渋らせる。

 

「このままだと大勢の民間人に被害が出るな。他のメンバーは」

 

「私以外の第一部隊と第二部隊。それとライトが出てくれてる」

 

FALが即座に答えてくれた。

 

「ライトか。入院中はずっと迷惑をかけっぱなしだったな」

 

「埋め合わせ、ちゃんと考えておきなさいよ」

 

「もちろんだ」

 

ブリッツが入院している間、LWMMGことライトは、一度も見舞いに来たりはしなかった。副官である彼女は元々ある責任感の強さから「ブリッツのいない間は私が何とかする」と大量のタスクをブリッツに変わって処理していた。

それを見舞いに来た人形から伝えられていたブリッツは、ライトに対して申し訳なさを感じると共に、立派になったと感動を覚えた。

 

そんな複雑な胸中を抱いている内に、ヘリはS02地区居住区に到着。中心部にある陸上競技場に構えられた臨時前線基地に着陸し、ブリッツとFALはすぐに地上へと降り立った。

 

競技場内は大変な賑わいであった。

民間人の負傷者や損傷した人形の応急処置。阿鼻叫喚一歩手前といった様相だ。

 

「指揮官!」

 

横から声をかけられる。振り返ればそこには第一第二部隊の面々が横一列に並び敬礼していた。すでに一仕事終えてきたのか。全員少しだが汚れがある。

ブリッツもすぐに答礼する。

 

全員を見渡すが、一人足りない。ライトがいない。

 

「おい、ライトはどうした。いるのだろう」

 

「こっちよ。ブリッツ」

 

今度は背後から、聞き馴染みのある声が聞こえた。

また振り返り、今度は驚き目を見開いた。

 

いつもの赤いジャケットにヘソ出しのシャツという出で立ちではなく。深い紺色のシャツ。浅葱色のネクタイ。髪型もハイツインからローツインに。

更には左腕と右足には外骨格が装着されている。

 

スリングで吊るされている銃も変貌している。機関部のみタンカラーに変更され、その上部にはトリジコンのACOG 6x48 MGOが。

 

ちょっと見ない間に様変わりした相棒の姿に、ブリッツは驚きを隠せない。

その様子に、ライトは不安そうに自身の格好を見る。

 

「へ、変かな?自分では結構気に入ってるんだけど・・・」

 

「・・・いや、よく似合ってる。見違えたな」

 

「! えへへ」

 

ブリッツの一言に、ライトは照れ臭そうに。しかし嬉しそうに笑った。

 

「あっ、そうだブリッツ」

 

「ん?」

 

すっと息を吸い込む。

 

「おかえり、ブリッツ」

 

「ああ。ただいま、ライト」

 

ずっと言いたかったこと。ずっと言えなかったことが言えた。

今この瞬間だけ、周りの喧騒も忘れていた。

 

しかしいつまでもそこに浸っている訳にもいかない。任務を遂行しなくては。

 

「さてと。それじゃあ兵士諸君。任務を遂行しよう。Are you ready?(覚悟はいいか?)

 

『Yes sir.』

 

 

────2061年。胡蝶事件から始まった鉄血工造と民間軍事企業グリフィン&クルーガーとの戦争は、長期化の一途を辿っていた。

やってはやられての繰り返し。グリフィンは、戦術人形同士によるこの終わりの見えない戦争に、疲弊していた。

 

そんな中で、自らが銃を握り懸命に戦う指揮官がいた。人形を教導し兵士として鍛え上げ、己自身が人形(兵士)と共に戦線に赴く。

終わりの見えない戦争を終わらせるため。かつての仲間を奪った相手に復讐するために。

 

兵士としての義務と使命を胸に抱いて。

 

「OK。殺しに行くぞ」

 

彼は今日も、人形(仲間)と共に戦場に赴き、戦い続ける。エンディングを迎えるその時まで。




ひとまず、ここで打ち切らせていただきます。
本編は本作品における基本設定をストーリー調にして詰め込んだ感じなので、今後は思い付いた小話や劇場版のようなスケール大きめの話が書ければいいなと思います。

人生初の二次創作で、かつ銃を始めとしたミリタリーの知識がない状態で始めた本作ですが、ここまで着いてきてくれた方々。感想や評価をしてくださった方々には感謝してもしきれません。それから誤字ばっかりしてごめんなさい。

また機会があれば読み返して頂いたり、次の更新を楽しみにしていただければ幸いです。

それでは、またいつか


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インターミッション.10

お久しぶりでっす。
最終回(仮)にぶっ込もうとしたけどあまりにも長くなってしまうんでやむ無く削ったシーンを、ちょっと編集してここで晒してやるぜ。


今回、「chaosraven」氏作の「裏稼業とカカシさん」で登場するライフル人形の名前がちょこっとだけ出てきます。
出していいって言ってたもん!多分こんな形でって意味じゃないと思うけど!


ブリッツが入院し始めて二週間が経過した。

現在時刻は午前10時弱。

 

治療の経過は良好。というより、常人の5割増しの速度で負傷が癒えている。体のあちらこちらにあった包帯やガーゼは殆どが外され、見た目だけならば死に瀕していた重症患者とは思えぬまでに回復していた。流石に砕けた肋骨と亀裂の入った大腿骨はそこまで早くに治る訳がなかったが、それでもやはり早い。

 

医師の想定を遥かに超える治癒力と、ブリッツが独断で敢行している筋力トレーニングも相まって。彼の身体的パフォーマンスはそれ程落ちる事なく退院に向けて回復し続けている。

 

それに合わせて、本来ならば基地で処理しなければならない指揮官決裁が必要な書類等をこの病室に送りつけられるようになった。同時に、執務に使うタブレット端末も。

「順調に回復していっているようなので、こちらに送る。いい暇潰しになるだろう」とは、上官であるヘリアントスの言である。

 

『指揮官。S11基地よりリクエストが来ています』

 

小型のヘッドセットから聞こえるやや機械的な女性の声。戦術支援AIのナビゲーターからそう告げられた。

この数日で、S10基地に寄せられる後方支援の要請は増加傾向にある。

先日のR12地区奪還がきっかけで、多目的戦闘群の名は一気に広まった。その勢いたるや、グリフィンの外にまで轟いているという。

 

そのおかげか、大なり小なり協力を求める声が基地に寄せられた。

 

管轄地区内の交通整理や巡回警備といった平和なものは当然として、他地区へ出向いての前線支援に後方輸送。緊急のCSAR。非正規武装集団の拠点位置の特定、及び制圧。などといった、想像するだけで鉄と硝煙の香りが漂ってきそうな内容の要請が、それこそ毎日やってくる。

現状、指揮官であるブリッツは怪我の治療ということでしばらく現場には戻れない。部下である人形も、緊急出撃以外は準待機状態だ。なので、指揮官の許可さえあれば出動できる後方支援が、多目的戦闘群もとい、S10地区司令基地の主な業務と化していた。

 

とはいえ、多目的戦闘群は少数精鋭だ。動かせる人員には限りがある。頼りにしてもらえるのは嬉しいが、それに応えていくにはどうしても限界があるのだ。

 

そんなひっきりなしに来る要請の中でもその頻度が高いのが隣のS11地区基地である。

隣の地区ということと、担当している指揮官がまだ新人の若い指揮官である事から、ブリッツは彼からの要請にはなるべく応えるようにはしていた。

前のような鉄血の生産工場の破壊などという規模の大きな任務は出来ないが、何かの助けになれればそれでいい。

 

「またか。今度はなんだ?」

 

『どうやら合同演習の申し込みのようですね。あちらも以前と比べて大分戦力が充実してるようですが、戦闘経験のある人形は少ないようなので、経験を積ませたいのではないかと。演習予定日は2週間後』

 

「その辺りで空いているのは現状第四部隊だけか。よし、彼女たちに行かせよう。USPと相談してスケジュールを調整してくれ」

 

『了解しました。続いて本部より人形数体の教導依頼についてですが』

 

「・・・いつからMAGは教導(アグレッサー)部隊になったんだ?」

 

ややげんなりとした様子でブリッツは溢した。

多目的戦闘群はその部隊名が示す通り、あらゆる戦闘行動に精通したストライクフォースである。言うなれば「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する」事が出来る部隊である。

 

だというのに、ここ数日に渡って各地区のグリフィン基地や本部から人形の教導依頼が押し寄せてきている。

────ブリッツは知らないのだが先日、副官であるLWMMGことライトがエリート人形で編成された部隊を相手に大立回りを演じた事が全てのキッカケだった。

 

多目的戦闘群の持つ作戦遂行能力の高さを不思議に思ったグリフィン本部の技術チームや16LABのスタッフらが、ライトを始めとしたS10基地所属の人形全員を調査した。

その調査の過程で、所属人形の全員がその同モデルの作戦遂行能力の平均値を上回っている事が判明。

 

それを何処からか知った本部や各地区を担当する指揮官が、S10地区基地に教導を依頼している、というのが事の顛末である。

指揮官であるブリッツも現在入院中で、作戦行動が出来ない事も合わさりこれ幸いと、上官であるヘリアントスを通さずこうして彼の元に直接依頼が来てしまう。

 

これは本格的に一度抗議する必要があるかもしれないと、ブリッツは痛みを堪えるように額を押さえる。

作戦行動中にドロップ人形を保護し教導するのならまだしも、他所の基地から一時預かりで教導するとなると、ブリッツの抱える負担が増える。ただでさえ仮所属のドロップ人形がまだいるというのに。

 

「誰だったか。確か白リボンと呼ばれるWA2000を鍛え上げたのが外部から雇った人間だったはず。その人間にまた頼めば良いものを」

 

『F05地区基地所属のWA2000ですね。同型のWA2000タイプの中でも随一の実力を持っているエースライフルだとか。ただ彼女を教導した人間については不思議と情報がないんですよねぇ。だから分かりやすく実績のあるブリッツ指揮官にそういったお話が来るのでは?』

 

「・・・早いところ現場復帰して、そういう声を振り切りたいな」

 

『そこで「退院したくない」と言わないところ、私は好きですよ』

 

「ありがとう」

 

気を取り直し、ブリッツはタブレット端末へと向き直った。

その時、病室のドアから規則正しい3回のノック音が聞こえてきた。

 

どうぞと扉の向こうにいる来客に告げれば、しずかに扉は開いてその姿を見せる。

 

「やあ、マスター」

 

軽く手を上げながら入室してきた来客は、HG人形のPx4ストームであった。脇には茶色の紙袋を抱えている。

いつものフード付きのコートは変わらずだが、その下の格好はいつものボディスーツではなくグレーのシャツにデニムという出で立ちである。

流石にいつも通りの格好で来るほどTPOに疎い訳ではなかったようで安心した。

 

「Px4か。よく来てくれたな」

 

「いいよ。私もマスターの顔が見たかったし。コレ、お見舞いの品ね」

 

Px4が脇に抱えていた紙袋をブリッツに手渡す。そこそこの重量があるようだ。

開けて中身を見てみれば、色とりどりの果物が詰まっている。手を突っ込んで最初に触れたリンゴを手に取る。途端に甘酸っぱい香りが鼻腔を擽る。

 

今の時代、こうした品のいい果物なんてそれほど多く流通はしていない。

 

「おいおい、どうしたんだコレ」

 

「フフン。ニホンのホッカイドーから取り寄せた激レアフルーツよ」

 

「北海道だと?よく入手できたな」

 

鼻を鳴らしてPx4は自慢げに胸を張って見せる。

日本列島はかの北蘭島事件で崩壊液の被害を被った国である。本州・四国・九州は汚染エリアとして国土を放棄。辛うじて汚染を免れた北海道が、今の日本の国土の全てである。

とはいえ、広大な面積を誇る北海道の土地を使った農業技術は今なお。否、今だからこそ更に発展している。

今ブリッツが持っているリンゴもそれだ。日本のリンゴというだけで貧困層は爪を噛み、富裕層は飛び付きかねない代物だ。

日本というブランドイメージは荒廃した今でも根強く生き続けている。

 

Px4がどういった手段でこのような代物を入手したのかはわからないが、こうして見舞いの品として贈ってくれたのだ。ありがたく受け取るというのが筋であろう。

 

「ありがとう。頂こう」

 

一言礼を言い、皮も剥かずにそのままリンゴに齧りつく。確かな歯応えと、一噛みする度に瑞々しい果汁が口の中に溢れてくる。甘さの中にある僅かな酸味も丁度良い。

日本産、というイメージも合わさってか、より美味しく感じる。

 

「うん、旨い」

 

「良かったよ。────ところでマスター」

 

ほんの僅かだが、Px4の纏う雰囲気が変わる。例えるならば、真剣な話をする前のような、そんな空気感だ。

 

「今回の件でね、私、思うところがいくつかあったのよ」

 

「なんだ?」

 

「マスターは人間じゃない?今回は何とか助かったけど、次にどうなるか分からない。もしかしたら死んじゃうかもしれない。私たち人形は死んでしまってもバックアップがある。でも、マスターは一度死んじゃったらそれで終わる」

 

だから、とPx4は前置きをおいてからコートの内ポケットから黒の洋封筒を取り出した。一面にはグリフィンの社章と名前が記載されている。

その黒い洋封筒をブリッツに差し出した。どこかで見た覚えのあるそれを、ブリッツは思い出そうとするがどうにも思い出せない。

 

一先ず受け取り、中身を見てみる。ピンクで明るい色調の紙が一枚と、何か金属製の小さい物体。

 

「誓約書」と記載された紙と指輪。いわゆる誓約の証と呼ばれるアイテムであった。

 

「ねぇマスター。私の所有者(オーナー)にならない?」

 

「は?」

 

『わぁお』

 

予期せぬプレゼントと告白に、ブリッツは思わず素っ頓狂な声が出てしまう。ナビゲーターは面白くなってきたとばかりに声を上げ、それからは沈黙に徹している。

誓約の証とは早い話、グリフィン、もしくはI.O.P社名義の人形の所有権を委譲させるというもの。今回で言えば、Px4の所有権をグリフィンからブリッツ個人に移す、ということだ。

 

本来は、指揮官がグリフィン本部経由でI.O.P社に手続きをし、人形にお伺いを立ててから誓約烙印を締結するのだが、どういう訳かその誓約の証を一戦術人形であるPx4が入手し、ブリッツに迫っているという状況にある。

 

「まだあるよ。第一部隊の皆に、これはSV-98を始めとした第二部隊の皆から。こっちは第三部隊。第四第五からも。あ、これ全員からの嘆願書ね」

 

「待て待て待て」

 

次から次へと出てくる黒封筒。状況を飲み込もうと一旦待ったをかける。

先まで食べていたリンゴの味も余韻も全て吹き飛び遠い記憶の彼方へと飛んでいってしまった。もう思い出せない。

ブリッツとしては後方支援の要請やら教導依頼やらで悩んでいたのがバカらしく思えるほどのインパクトである。

 

上官として、部下に慕われているというのは実に嬉しいし、誇らしく思える。が、それは飽くまで上官と部下。指揮官と戦術人形という線引きのされた状態だからこそ言える。

 

現状はそういう関係を越えているのはLWMMG一体のみで、彼女も表面上は指揮官と戦術人形という関係に徹してくれている。

あと一体か二体程度ならば、多少悩みこそするだろうが了承できた。が、流石に基地に所属する人形全員となると話は変わってくる。

どう変わるのかと言うと、グリフィンに所属する人形が、そのままブリッツ個人の戦力。私兵という扱いに変わってしまうからである。グリフィン所属の人形が、グリフィン所属の指揮官の命令で作戦任務を遂行するという形式が根本から崩れる。多目的戦闘群というグリフィン本部直轄の特殊戦闘部隊が、事実上ブリッツ個人が保有する戦力になってしまう。

極端な話、ブリッツと誓約した人形はグリフィンからの要請や、作戦任務の通達において拒否が出来てしまうのだ。

 

自惚れているわけではないが、自分の命令ならば彼女たちは立場や所有権が変わろうとも素直に従ってくれるだろう。が、それはあくまでブリッツ側から見た印象であり、グリフィンという組織からしたらそうは見えないかもしれない。

ましてやブリッツは良くも悪くも、何かと目を付けられている。見る者の立場からすれば、「制御の効かない不穏因子」と見なされる可能性もある。

 

代替の効かない戦力というのは、組織からしてみれば重宝される反面、目の上の瘤として見られる。そうなったらブリッツは、何かしらの処理を受ける恐れがある。かつてブリッツが身を置いていた軍が、彼にそうしたように。

 

「あ、ごめんオーナー。私、そろそろ戻らなきゃ。じゃあ、お大事に~」

 

そんなブリッツの懸念を他所に、用件は済んだとばかりにさっさとPx4は病室を出ていった。その去り際と来たら、名は体を表すとばかりに、まるで(ストーム)のそれであった。

 

後に残ったのは、テーブルの上に置かれた大量の黒封筒と、何枚かに纏められた嘆願書であった。

 

「・・・あいつ、最後然り気無くオーナー呼びだったな」

 

『覚悟を決めた方がよろしいのでは?ブリッツオーナー』

 

「お前は随分と冗談が上手くなったな、ゲート」

 

結局、退院するまでこの件は保留ということでこの話は流れた。

後日、改めて希望者達と面談し、どうするかを決めていく。

 

 

──────────────────

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─────

───

 

陽が沈み夜の帳が落ち、上弦の月が夜空に煌々と輝く、そんな時間帯。

時計の短針は頂点に差し掛かろうとしている。病院も既に消灯時間。照明を必要としてる箇所以外は非常灯と誘導灯の光以外何もない。

 

そんな病院の通路を歩く、一人の影。ほんの僅かな足音も、衣擦れを始めとした様々な摩擦音すらも消して。存在感を極限までに消し、闇に溶け込む。

この時間帯に病院の通路を歩くのは見回りの警備員か、夜勤の看護師のどちらだ。

 

その影は、どちらにも属さない存在だ。

 

やがて影はある病室の前、ブリッツがいる病室に立ち止まり、音を立てぬように扉を開け中へと侵入。

音もなく、流れるようにベッドの傍へと近寄り、見下ろす。ベッドの上ではシーツを頭まで被って静かに眠っている人間が一人。

影が着ているジャケット。その内側に忍ばせた拳銃、サプレッサー付きのUSPタクティカル45口径モデルを取り出し、その銃口をベッドの上で寝ているブリッツに向ける。

 

引き金に指を掛け、ゆっくりと引いていく。

 

「Einfrier(動くな)en.」

 

突如背後から流暢なドイツ語で警告された。咄嗟に振り返ろうとした。

が、すぐに止めた。何故なら影の後頭部には銃口が突き付けられていたのだから。

少しでも抵抗の意思を見せれば、背後の人間は即座に、一切の躊躇いも無く引き金を引き自身を終わらせる。それが出来る存在だ。

 

降参と告げる代わりに、ゆっくりとした動作でUSPタクティカルのマガジンを抜き、スライドを引いてチャンバー内の弾丸も排出し、ベッドの上に銃を置いた。

 

それから影は、くるりとまるで躍りのステップのように回り、背後の男、ブリッツと向き合った。

 

「お久しぶりね、ブリッツ~」

 

「何しに来たんだ。UMP45」

 

影こと、存在しない部隊である404小隊隊長のUMP45は貼り付けた笑顔をブリッツに向けた。

感情の読めない笑顔を向けられ、ブリッツは彼女に突き付けていたサプレッサー付きのMk23の銃口を下ろすこと無く尋ねる。

 

「何って、お見舞いに来てあげたのよ。知らない仲じゃないし、前に416を助けてもらったお礼もまだちゃんと言えてなかったしね」

 

「そのお見舞いが45口径弾とはな」

 

「撃つ気なんて無かったわ。まだ死にたくないしね」

 

いいから銃下ろしてよ、と告げて。UMP45はベッドにボスンと飛び込むようにして腰を下ろした。

 

一つ息をついて、ブリッツはデコッキングレバーで起こしていたハンマーを降ろし、近くのテーブルに置いた。

腕を組み壁に背を預け、怪訝そうな顔で足をプラプラと揺らすUMP45を見遣る。

 

「それで、本当に何の用だ」

 

「言ったじゃない。お見舞いよ。生身で、単独で、ハイエンドを相手に戦った無謀な人間のね」

 

ほっとけと言う代わりブリッツは鼻を鳴らした。

 

「────ついでに、友人に一つ警告をね」

 

「誰が誰と友人だって?」

 

「ツレないわねぇ。まあいいわ。今のアナタ、かなり有名よ。良くも悪くもね」

 

クスリと、UMP45は妖しく笑ってみせる。

彼女は続ける。

 

「現状、グリフィンと鉄血の戦争は膠着状態。やってやられての繰り返し。いや、どっちかって言えば鉄血が有利かしら。あっちは数で勝ってるし。まあともかく、グリフィンも鉄血もこれといった決定打がない。このままだとより戦争状態が長期化する。泥沼に片足突っ込んでるって状態ね。だから上層部は終わりの見えない現状に焦れてる。()()()()()()ね」

 

ブリッツの眉が僅かに揺れた。

 

「つまり、戦争の長期化を望んでいる連中が、上層部にいると」

 

「働き蟻みたいよね。7割3割ってヤツ。その一部は、この泥沼一歩手前状態のままの方が何かと都合が良いのよ。何だかんだでこの戦争で儲かってるのよ。まだまだ甘ぁ~い蜜を啜っていたいってワケ。

そこに現れたのがアナタ。ハイエンドモデルを打倒し、支配地区の奪還に大きく貢献。その他にも様々な功績を上げている。このまま力を付け、更なる功績を上げるとするならば当然、鉄血との戦争が早期に終結する可能性が出てくる」

 

UMP45の顔は相変わらず笑っているが、その双眸は全く笑っていない。軽蔑と諦観が同居した、冷たい眼だ。

ブリッツもまた、明らかに不愉快そうに表情を歪ませている。

 

上層部の体たらくは聞き捨てならない問題だ。その割りを食うのはいつだって現場の人間だ。

軍にいた頃を思い出す。特に、グリフィンに身を移す直前の頃を。そんな胸糞悪い状況が起きている。

 

「実を言うとね、その一部に含まれている人間から依頼されたのよ。『ブリッツ指揮官を始末しろ』って。まあ断ったけどね」

 

「ほう?何故だ?」

 

「割りに合わないからよ。幾らだろうが殺される未来しか見えないもの」

 

「・・・上層部もそうだが、お前も俺の事をなんだと思っているんだ?俺はただの現場指揮官。使いっ走りだ」

 

「アナタ個人の自己評価なんて、アイツラにしてみればどうでもいいこと。アイツラにとって大事なのは、無血でクリーンな戦争というビジネス」

 

「俺はそのビジネスを妨げる不純物というわけか。心外だ」

 

「もし不当な理由でグリフィンをクビになったら、404(ウチ)で引き取ってあげよっか?」

 

「考えたくはないな」

 

「そう?アナタは寧ろコッチ側の人間だと思うけど」

 

二人の視線が交錯し、病室内には重い沈黙が訪れた。UMP45は変わらず真意の読み取れない笑顔を貼り付けて、ブリッツは怒気の孕んだ視線を彼女に向けている。

 

1分。10分。いや実際には30秒程度にしか経過していない。それだけ濃密な沈黙が、体感的な時間経過を遅らせていた。

 

やがて、クスリと小さい笑い声を溢してUMP45は沈黙を破り、座っていたベッドからピョンと軽快に飛び降りた。

 

「ま、この先どうなるかなんてわからないし、それについて話したところでナンセンスよね。でもこれだけは覚えておいてほしいかな」

 

UMP45は両腕を左右一杯に広げてゆっくりと、病室の外へと向かって歩み進める。

 

「アナタが私の事をどう思っているかは知らないけど、私はアナタの事を結構気に入ってるわ」

 

「そいつは光栄だ」

 

「ウフフ。それじゃあお大事に。長生きしてよね~ブリッツ~♪」

 

スッと、闇に溶け込むようにして彼女は病室から消えた。

 

後に残ったのは、先まで彼女が座っていたベッドのシワと微かな温もり。そして、あのまま置いていったUSPタクティカルとそのマガジン。薬室に入っていた一発の弾丸。

 

ベッドに転がっていたその弾丸をブリッツはつまみ上げて見る。

先端部分に空洞がある。

 

「ホローポイントか。よく言えたものだ。撃つ気が無いなんてな」

 

この弾を使う気だったのか否か。その真意は彼女とともに闇の中へと消え入ってしまった。

 

 





まあ今回の話が今後に関わるかは全くの不明なんですけどね。所詮はノンプロット作品だし(開き直る作者のクズ)

そういえば最終回(仮)公開後、デイリーランキングで43位くらいに居座ってましたね。あたいびっくり。

それと、この作品の名前がチラホラと他所の作品の中に出てくるようになってきました。もっと使ってくれてええんやで。ついでに感想書いてってくれよな~頼むよ~


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Ex-OPS.1-1 戦術人形強化改修案

時系列上は最終回(仮)での演習終了直後。



「強化改修、ですか?」

 

エリート人形部隊との模擬戦から30分後のモニタールームにて。

あまり聞き慣れない言葉を告げられて、S10地区司令基地副官のLWMMGことライトは、緊張と微かな不安から思わずオウム返しをしてしまった。

 

「そうだよ」と、柔らかな笑顔。しかし日頃の不摂生による見るからに不健康そうな隈を目元に携えた女性、16LABの主席研究員であるペルシカリアは返した。

その隣には何時も通りやや厳めしい表情の上級代行官のヘリアントスもいる。

 

「いわゆるメンタルアップグレードってヤツ。電脳やコア、素体に手を施して戦術人形としての性能を底上げする。君にはLWMMG型におけるメンタルアップグレードの第一号になってもらう」

 

「私がその、メンタルアップグレードを受けるのですか」

 

やはり拭えぬ不安からか、ライトは先と同じようなことをポツリと溢してしまう。

メンタルアップグレードという単語は少し前から聞いてはいた。内容は今しがたペルシカから告げられた通り、要は改造である。

 

戦力強化の手段として真っ先にイメージするのは「新兵器の投入」だろうか。

軍で言えば最新鋭の戦車や戦闘機の導入。グリフィンで言うならば、新たな戦術人形を部隊に編入、前線に送ることがそれにあたるだろう。

 

とはいえ、新兵器を投入したとしてもそれを扱える人員がすぐに確保できるわけではない。戦術人形にしても、製造してすぐに実戦投入出来る筈もない。どうしたって訓練期間が必要になるし、それに応じて決して安くない予算も掛かる。

 

スポンサーからの資金援助があるとしても、そこまで好き勝手に新兵器を調達できる程、グリフィンの懐事情は芳しいものではない。昨今、新たな戦力として試験的に導入された重装部隊もまだデータ収集が不完全な面もあり、本格的に前線配備されるのはまだ先だろう。

しかし、日々苛烈になっていく鉄血の侵攻を阻止し打ち勝つ為にはどうしても早急な戦力の強化、拡充が必須となる。

 

そこでこのメンタルアップグレードという強化改修案である。

 

一から新しい兵器を投入するのではなく、すでに配備された既存の兵器を改修することで戦力強化を図る手法。

戦術人形がこれまで蓄積した知識や経験、技術をそのままに電脳の処理速度の向上、より高性能な射撃管制コアの交換、素体の出力向上などで、ちょっとした調整のみで即座に実戦投入が可能となる。

多大な製造コストを掛けること無く、ローエンドモデルでもエリート人形並みの戦闘能力を安価で獲得。戦力強化が可能となったのだ。

 

その強化改修対象として、ローエンドモデル(GENERALクラス)であるLWMMG型も選ばれることとなった。

 

「知ってるかな?キミはグリフィンに所属する人形の中でもトップクラスの実力を持つエースとして有名なんだよ。ライトという名前も、君個人を指し示すものとして広まってる。LWMMG型という枠組みで見れば、キミは間違いなくトップエースだ。その実力も、ついさっき証明された」

 

「元より、キミと同じLWMMG型は優秀な戦術人形としてグリフィン内で活躍している。我々としても、この強化で戦闘効率がどのように向上するかに関心がある」

 

ペルシカの言にヘリアンも乗っかる。同時に、ライトの電脳にツェナープロトコルを通じて一つのデータが届いた。中身を見れば、どうやら強化改修の内容のようだ。

 

電脳のアップグレード。より高性能の射撃管制コアへの交換。素体の一部を交換した上で各部を改良。専用の強化外骨格。銃本体にも改良が加えられるようだ。元々LWMMGという銃は試製銃だ。それだけに実銃のデータが中々集まらなかったが、戦術人形のLWMMG型が広く出回ったおかげで銃のデータが大量に獲得できた。そのデータを元に改良が加えられるという。

内容を見る限りでは本気で改修をするつもりのようだ。

ただ一つ、その内容で気になる物があった。

 

「この射撃管制モジュールとはなんでしょうか。コアとは違うのですか」

 

あまり聞きなれない単語を見たライトの質問にペルシカが反応する。

 

「そうだねぇ。コアが射撃管制におけるプロセッサだとするなら、モジュールはそれを補佐するものかな。君が長距離狙撃でコアと並行して電脳を使ったように、射撃時にコアとモジュールを並行することで電脳のリソースを確保した上でより効率的な射撃管制を行うことが出来る。本来は拡張スペースのあるLEGENDALYクラスのエリート人形にだけ搭載するものだけど、今回は特別にキミにも搭載してみようと思う。素体の改良でスペースも何とか確保できそうだしね」

 

ペルシカの回答にライトはぎょっとして、少しだが顔が青くなった。

 

「それを私に?贅沢すぎでは?」

 

「一からキミと同等の実力を持つ人形を製造し訓練を施すことを考えれば決して高くはない。それにこれはR12地区奪還における報奨でもあるのだ。紆余曲折はあれど、結果を見れば奪還には成功している。それによって得られる利益は大きい。それに、君の属する多目的戦闘群には後々展開される大規模な反攻作戦に参加する事が決まっている。これで作戦の成功率が高まるのなら寧ろ安い」

 

ヘリアンが即座に返し畳み掛ける。ライトは反論することも出来ずに言葉が喉に詰まった。

 

ここから察するに、自身の改造に掛かるコストはグリフィンが負担するということらしい。

そしてそれが決定事項であることも。

 

とはいえ、それを真正面から享受する気にもなれなかった。どうにもコストがかかりすぎている。

自分にそこまでコストをつぎ込むのならば、他のエリート人形にこそ使うべきだと思う。倹約家である彼女はそう考えるが、性能向上は魅力的な話しでもある。

彼女は悩む。

 

(・・・こういう時、ブリッツならどんな言葉をかけるのかな)

 

ふと思い浮かべるは、この場にはいない相棒(ブリッツ)の姿。

そして次に思い浮かべたのは、R12地区での作戦時。突如として空いた穴にブリッツが落ちていった光景。

 

それから、鉄血の臨時司令部、その制御端末に背を預ける形で座り込む、血塗れになった彼の姿。意識はなく、大量出血に内臓も損傷した危険な状態であった。

 

あの時、穴に落ちる前に助けられていれば、彼を危険な目に合わせなかったかもしれない。そう思考してしまう度に、メンタルモデルが疼くように痛む気がした。

 

もしこの強化改修を受ければ、もうこのような事がないのだろうか。この疼くような痛みも、彼を死に瀕する事もなくなるのだろうか。

 

もうあんな思いはしたくない。

ライトが顔を上げヘリアンとペルシカを見る。

 

「わかりました。強化改修を受けます」

 

覚悟を決める。より強くなる覚悟を。今度こそ彼を守る為に。

 

その覚悟に、ペルシカリアは面白くなってきたとばかりに笑みを浮かべ、ヘリアントスは若干だが表情を和らげた。

 

 

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─────

───

 

メンタルアップグレードを施す手順としては、それほど難しいものがあるわけではない。

まず現時点での記憶のバックアップを取っておく。電脳やメンタルモデルにも手を加えるため、何らかの拍子に記憶の欠落などが発生しても対応出来るよう備えるためだ。

 

それから改めて改修内容を確認。問題が無ければ専用の装置を用いてメンタルアップグレードが施される。そういう手筈だ。

 

当然ながら、施術はグリフィンの大規模演習場では出来ないため、場所を16LABへと移す。

I.O.P社の工場でも出来るのだが、今回はペルシカリア本人が改修を担当することになったため、16LABに帰るついでにそこでやってしまおうという運びとなった。

 

厳重なゲートを首席研究員と共にパスし、内部に入って通路を進む。

16LABの存在は知っていたが、見るのも来るのも、ましてや入るのも初めてなライトにとってはどれもこれもが新鮮に映る。

通路自体は白を基調とした明るいものだったが、ドアばかりで窓がないために無機質でどこか殺風景にも見えた。

 

やがてペルシカがある部屋へと入っていき、それにライトも続いた。

中に入ってみれば通路の明るい雰囲気から一変、様々な機材から出ているモニターやスイッチ類の微光以外に光源の無い、全体的に薄暗くはあるがまさに研究室といった様相がそこにはあった。

部屋の中央には診察台のようなベッド。その傍にはコンピュータがあり、何本ものケーブルがボッドに繋がっている。さらにベッドの直上には、天井から吊るされるような形で設置された、先端部分が様々な形状をした幾つもの精密作業用のマニピュレータが、折り畳まれた状態で待機している。

おそらくはそのベッドに寝転がった状態で,あのマニピュレータを使い強化改修を行うのだろう。

 

「改修、だよね・・・?何かの実験とかじゃ、ないよね・・・?」

 

声にこそ出さなかったがライトは一気に不安になり、自分の決断に一抹の後悔を抱き始める。

 

「何しているの?ホラ、こっち来て横になって」

 

そんなライトの不安を他所に、ペルシカはベッド傍のコンピュータの前に立って、さっさと準備を進めていく。

それに伴い、抱いている不安の最大要因である天井のマニピュレータが甲高い駆動音をがなり立て動き出す。はっきり言って恐ろしい。

 

「大丈夫よ。ちょっと天井のシミを数えてたら終わるから」

 

「その天井に恐ろしいモノがあるんですがそれは・・・」

 

「だいじょーぶ。それに電脳も一旦ターシャリレベルまで落としてスキャンプログラム走らせた後、そのまま改修作業に入るから、感覚としては寝ている内に全部終わってるものと思ってくれていいわ」

 

イマイチ不安が拭えないが、曲がりなりにもかの16LABの首席研究員。エッチング理論やその応用であるASST技術を作り上げた人間だ。その彼女が大丈夫と言っているのだから、信じるしかない。

 

腹を決めてか。勇気を出してか。諦めてか。たった一度ついた息の中に様々な感情が籠っていた。ともかく、ベッドに横たわる。否が応にもあのマニピュレータが目に入ってしまうので、早く電脳をターシャリレベルに落として欲しい。

 

「おっけ。準備出来たよ。じゃあ、ターシャリレベルに落とすわよ。では、よい夢を」

 

その声を最後に、ライトの意識はプッツリと切れた。

 

─────どれくらいの時間が過ぎたのか。ふと、ライトの目の前に懐かしい光景が広がっていく。

 

そうこれは、あの時の事だ。

忘れる事はない。忘れようがない。自分がブリッツと出会った初めての日の事は────




というわけで、過去編です。
416やUMP9のMODの回想で過去話が展開されたので「これや!」と思った。

S10地区司令基地の始まりと、ブリッツがいかにして指揮官となったかを書いていこうかと思ってます。
あくまで回想なので、そんなに長くはならないと思いますん


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Ex-OPS.1-2 戦闘準備


さあ、過去編の始まりや。

映画とかの装備の調達とか準備とかカッコいいよね。ああいう風に書けたらいいんだけどワイには無理だったよ


「S10基地を取り戻しに行く」

 

薄暗く狭い、独房めいた部屋の中。戦術人形LWMMGは目の前にいる男の台詞に、思わず伏せていた顔を上げた。

 

────グリフィン&クルーガー社管轄地域S10地区。その司令基地が鉄血工造製戦術人形部隊の強襲によって陥落されてからすでに数日が経過した。

 

LWMMG以外の所属人形、人間は全員死んだ。殺された。

そう聞かされた。

 

その基地を取り戻しに行く。それは彼女にとってはにわかには信じられない台詞であった。

 

S10基地強襲の際、鉄血は大隊規模でやってきた。一基地に対しては過剰に過ぎる戦力。

よくある波状攻撃ではなく、包囲し一息に叩き潰そうという魂胆が透かさずとも見える程に強大な戦力。

 

然程重要拠点ではないS10地区で、なぜ鉄血がそのような強行手段に打って出たのか。それは定かではないが、分かっていることは、S10地区は鉄血支配地域として夥しい数の鉄血兵が跋扈する最悪の場になってしまったということだ。

 

目の前の彼は、言外にそれを奪い返すと言ってのけた。

 

いつのまにか男は塞ぎ込んでいる自分に視線を合わせるために片膝をついてしゃがみ込み、その青い双眸を向けている。

綺麗な眼だった。透き通っていて、しかし確固たる決意の炎を燃やし滾らせている。

 

「改めて聞こう。君の名前はなんて言う?」

 

男の力強く、揺るぎ無い青い瞳。LWMMGは何故だか引き込まれていくような感覚を覚える。

初めての感覚だった。今の自分には理解しがたい。

理解しがたいが、不思議と今まで鬱屈としていたメンタルが晴れ渡るような、そんな気分になった。

 

「・・・LWMMG」

 

つい。導かれるようにして彼女は自身の名を告げてしまった。

 

「LWMMG・・・軽量中機関銃か。本当に銃の名前なんだな」

 

意外そうに。それでいて感心するかのような口ぶりで男は言うが、すぐに顎と口許を覆う形で手を添えて、なにかを考え込むような仕草を見せてきた。

 

「しかしこれだと咄嗟の時言いにくいな・・・」

 

どうやら名称からの呼称について悩んでいるようだった。確かに、自分で言うのもなんだがLWMMGという名は他者からすれば言いにくい。他の基地にいる別のLWMMG型は"ラム”というあだ名で呼ばれているらしいが、正直あまりいい気分はしなかった。なんというか、響きが何となく嫌だ。

 

「そうだな────」

 

男は顔を上げて、じっとLWMMGの瞳を見ながら口を開いた。どうやら呼称が決まったようだ。これで彼も気安くラムなどと呼ぶようなら即座に拒否してやろうと、LWMMGは固く決意を固める。

 

ライト(LIGHT)、と呼んでいいか」

 

喉元まで出かかった「嫌だ」という言葉を飲み込み、LWMMGは目を丸くした。

予想してなかった名前だ。おそらくは、というか間違いなくLWMMGという名称に押し込められた軽量(Light weight)という単語からそのまま抜き取ったものなのだろう。

ネーミングとしては些か単純というか安直というか。とはいえ、あだ名というのは往々にしてそんな単純で安直な所から付けられるものだ。

 

それに、懸念していたラムよりも響きは悪くない。

ただそれを素直に受け取ったと思われるのは何だか癪なので、「好きにすれば」とぶっきらぼうに返した。が、彼は満足そうに微笑んでいた。

 

彼はすっくと立ち上がり、ライトに手を差し伸べた。

 

「さあ行くぞライト。任務の時間だ」

 

大きな手だった。男らしく無骨で幾つもの小さく薄くなった傷跡が重なり合うようにして刻まれた、そんな兵士の手だ。

 

おずおずと、LWMMGはその手を取り立ち上がる。触れただけで見た目通りに力強い事がわかり、手を引かれてその力強さを確信する。

立ち上がってみれば男の大きさがよりわかる。180を越える身長にコンバットシャツ越しでもわかる大きく発達し隆起した筋肉。

そして、纏っている雰囲気が一般人のそれとは明らかに隔絶としている。戦う者としての風格、と表現すれば良いのだろうか。

 

そんな彼はすでにこの独房めいた部屋から出ていた。彼の大きな背中を追う形で、LWMMGも部屋を出た。暗い部屋から一変、煌々とLEDの照明が照らす明るい通路が彼女を出迎えた。

 

どんどん先に進む男の後をついていく。時おりグリフィンの制服を着込んだ職員とすれ違うが、皆一様にコンバットシャツ姿の男を訝しげに見ている。男は気にした風は一切無いが、やはり格好からして浮いている。

 

やがて辿り着いたのは小会議室。男はノックしてから扉を開けて入室する。

 

「お待たせしました。代行官殿」

 

小会議室には先客がいた。鋭い視線と、それに違わぬ厳格な雰囲気を纏った、右目にモノクルをかけた女性。ヘリアントス上級代行官がそこにはいた。彼女は男を視認した瞬間やや怪訝そうに鼻を鳴らし顔を歪ませた。

 

「来たか。貴様の使う装備はそこに置いてある」

 

ぶっきらぼうにヘリアントスは顎で会議室の端に置かれたテーブルを指した。テーブルの上には丁寧に折り畳まれた黒を基調とした戦闘服にタクティカルベストやレッグホルスター。見るからに頑丈なブーツ。

その傍らには弾倉が抜かれた状態の小銃。AK-102と、シルバースライドに交換されたG17Cが、予備弾倉数本と共に並べられている。

 

それを確認した男は「ありがとうございます」とだけ告げて、すぐにAK-102を手に取りチェックする。

手際よく構成部品が外されていき、一つ一つ丁寧に分かりやすくテーブルの上に並べられていく。その淀み無い動作は見応えすらある。

外した部品は一つ一つ、入念に確認する。汚れや破損、歪みは無いか。分解に要した時間と比べて、確認作業には時間をかけた。

 

確認が終われば、また手早く組み立てていく。小気味良い金属音が鳴り響き、瞬く間に元のAK-102へと形を成していく。

組み上げて、二度三度コッキングレバーを引いて、銃床を肩に当てて実際に構えてみせ、引き金を引いた。カチンと乾いた音が鳴り響く。

 

「・・・まあ、いいか」

 

ポツリと呟いてからAK-102をテーブルに置き、次にG17Cを手に取るとこれも同様に、瞬く間に分解されていく。

 

「グリフィンが人間の部隊を擁していた時代の名残だ。使ってこそいないが、整備は十全に行っている」

 

一連の確認作業が気に障ったのか、ヘリアントスが声を上げる。

 

「ええ、よくわかってます。状態を見れば一目瞭然。万全です。ただ、これから命を預ける道具です。良し悪しに関わらず、自分でチェックすることは必要であると、自分は思っています」

 

手を止めず、視線も向けず、男は受け答える。言い方はどうあれ、男の言い分は正しい。

ヘリアントスもそれはわかっているんだろう。これといった反論はせず、ただ顔をしかめた。

 

「それと、なぜ人形をここに連れてきた」

 

「彼女も同行させます。構わないでしょう?」

 

組み立てて、最終確認が終わったG17Cをテーブルに置きながら、男はヘリアントスの問いに微笑をもって答えた。

 

「ダメだ」

 

「なぜでしょう?」

 

「彼女はグリフィンの所属だ。グリフィンの人間ではない貴様に戦力の貸与は許可できない。出来るのは武器装備の提供のみだ」

 

「・・・なるほど」

 

踵を返し、履いている迷彩柄のカーゴパンツのポケットからPDAを取り出し、ヘリアントスの傍に置いた。

使い込まれた形跡が見られるPDAは、彼個人の持ち物であることを明瞭に物語っている。

 

「中にクレジット情報が入っています。その金で彼女の所有権を買い取ります」

 

「なんだと?」

 

「使っているのはグリフィン管轄地域で展開している銀行です。あなた方なら、口座に入っている残高の確認も、そこからの引き落としも容易でしょう?人形一体の適正価格分を取るもよし。()()()()()()()()()()と全額引き抜くのも良し。そこはあなた方の良心にお任せします」

 

怪訝そうなヘリアントスの表情に、若干ながら苦みが浮き上がる。

その反応はつまり、男がこれから死ぬ事を予見していたということであり、それを見抜いた男にヘリアントスは苦い顔を浮かべてしまったのだと、LWMMGは客観的に捉えた。

 

「確認してくる」と、ヘリアントスはまるで逃げるようにして男のPDAを持って会議室から出ていった。

 

「・・・嫌われてるんだね」

 

ヘリアントスが会議室から遠ざかったのを見計らい、LWMMGは静かに切り出した。

 

「そのようだ。好かれようとは思わないが、もう少し友好的な関係になりたい所だ」

 

笑みを崩さないまま男は肩を竦めた。期待はしてないが、という声なき台詞が聞こえてきそうな様相だ。

そのままコンバットシャツの上に戦闘服を着込み、ホルスターを左足に装着。タクティカルベストを着用し、ポーチに予備弾倉を詰め込んでいく。

 

「今の俺はグリフィンにとっては目の上の瘤だ。()()正規軍所属の軍人だが、KIAと判定され名簿上からはエリミネートされている。そこにどんな理由があるにせよ、軍が戦死したと判断した人間がグリフィンにいることは、軍としてもグリフィンとしても都合が悪いわけだ。おそらく、軍は俺の生存を許さないだろう。グリフィンも俺を軍から庇って受け入れる理由もない。

だから今回の作戦を思い付いたんだ。極々少数で、イカレた鉄血のガラクタに占拠された前線基地の奪還なんて無茶な作戦を、成功した暁には俺をグリフィンで雇い入れるという条件をつけてな。グリフィンとしては、奪還できればまあそれで良し。その時は飼い殺しにすれば良い。出来なくとも、その場合は威力偵察として処理し、必要十分な戦力をもって奪還するだろう。

まあ企業からすれば、俺が死んでくれた方が都合が良いのだろうがな」

 

淡々と。まるで他人事のように語る男に、LWMMGは目を細めた。

 

「アナタ、死ぬ気なの?」

 

「そのつもりはない」

 

男はG17Cに弾倉を叩き込みスライドを引き、装着したホルスターに収める。

 

「死を覚悟しても、死ぬつもりで戦ったことなど無い。死んでも良いなんて思った事はない。いつだって、生きるために戦ってきた。生き抜くために戦ってきた」

 

機関部にマガジンを叩き込んだAK-102を持って、男はLWMMGへと向き直った。

瞬く間に兵士へと変貌した男のその双眸には確かに諦念といった負の感情はなく、戦い生き抜く覚悟を宿していた。

 

その時、ドアが開いた。ヘリアントスが戻ってきた。

 

「確認が取れた。手続きも出来た。時間がない故、正式な書面には出来ないが、そのLWMMGの所有権をグリフィンから君に譲渡する。私が許可する」

 

男がニヤリとほくそ笑む。準備が整ったと言わんばかりに。

装備は入手した。LWMMGの同行の許可も得た。任務に就くための準備は確かに整ったと言える。

 

だが、LWMMGには、どうしても知っておきたいことがあった。

 

「ねえ。私はアナタをなんて呼べば良いの?」

 

彼の名前(コールサイン)。任務遂行中に「アナタ」とか「ねえ」なんて声を掛ける様なんて、なんだか間抜けな光景ではないか。

 

それに自分には"ライト”という名前を貰った。自分には名前があって、彼には名前がないなんて不公平だ。

仮初めでも良い。その場限りでも良い。彼の名前が知りたい。

 

男はライトの問いに対し、顎に手を当てて考え込む仕草を見せる。さっきと同じ仕草だ。

 

「そうだな。国籍もなくなって折角もらった名前も空欄になってしまったからな────」

 

やがて考えが纏まったのか。顎から手を離し、ライトに向き直る。

 

「────"ブランク”と。そう呼んでくれ」

 

彼、ブランクは。そっとライトに歩み寄り、手を差し伸べた。

よろしく頼むと、その手は告げていた。

 

それに応えるように、ライトもその手を強すぎず。しかし簡単には離れない程度に力を込めて握った。

 

 


 

君たち二名には鉄血に占拠されたS10地区司令基地を奪還してもらう。

言うまでもないが、数はあちらの方が圧倒的に多い。真正面からの戦闘は推奨しない。

 

まずは基地周辺に偵察ドローンを3機上げろ。それで作戦区域内の索敵と、同時に君たちの行動を監視。必要ならば指示も出す。

基地周辺に展開している敵の状況と、基地内部の見取り図は君のPDAにデータリンクとして送る。

 

作戦区域内の鉄血を全て殲滅しろ。そうして初めて、奪還したと公言ができる。

 

なお、本作戦に火力支援や支援部隊の派遣は一切認められていない。

これは貴様がグリフィンで身を立てるための第一歩だ。見事遂行してみせろ。

 

健闘を祈る。

 

 





たった二人(得たいの知れない完全武装の人間+低練度のMG人形)で敵に占拠された基地を取り戻せとかいう、遠回しに死ねって言ってるようなもんな任務。
これが初任務とかウッソだろお前。


そういえば前に愛車のZ33の自動車税(66,700円)払った結果、PS5購入資金が失くなりました(´・ω・)
ラチェクラの新作がやりたいのに・・・。


あとモチベーション低下気味なので感想ください!



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Ex-OPS.1-3 行動開始

書いては消し、書いては消しを繰り返してました。お兄さんゆるして。
なんで俺は安直に過去編なんて書き始めちまったんだ・・・!

それはそうと念願のKSC製HK417A2を買っちゃいました。作動音カッコいい。ただクッソ重い。M320つけたら更に重い。マジかコレ


現在時刻、2120時。作戦は、静かに進められていた。

 

作戦目標であるS10基地から西へ15キロ地点までヘリで移動し、全地形対応車(ATV)で基地へと接近。残り2キロ地点からATVを放棄し、徒歩で進む。

 

そして現在、基地周辺のやや小高い丘の上に身を隠しつつ、完全武装の男、ブランクは双眼鏡を使い周囲を観察している。

 

基地の外周と、外壁内部は大したことはない。ドラグーンとヴェスピドが哨戒しているがそれほど数は多くない。目を盗んで基地内部に侵入することはできそうだ。

 

ただし一つだけ懸念がある。

 

チラリと、双眼鏡を外して視線を後ろへと遣る。

 

その先には偵察用ドローンをセッティングしようとして、一向に準備の整わないLWMMGこと、ライトの姿があった。

手筈通りに、ドローンを基地上空に飛ばしてより詳細な情報の収集と状況把握をしようとしたまでは良かったが、その飛ばす準備が終わらない。

 

ドローンはごく一般的な4つのローターを使って姿勢制御と移動をこなせるタイプだ。市販のドローンを偵察用として各種改造が施されたものだが、操作方法や取り扱いについてはそう難しいものではない。

 

難しくは無い筈なのだが、先程からしきりに「アレ?なんで?アレェ・・・?」と首を傾げて、起動しないドローンを掲げて見たり、振ってみたりと。これが日常の1コマであるならば微笑ましいのだが、今は作戦行動中。不安しか感じない光景である。

 

正直な所、ブランクはI.O.P社の戦術人形に対するイメージを違えていた。

人間と見分けがつかない程精巧に造られた、眉目秀麗な少女。しかし事が起きれば途端に兵器として行動する。

軍に属していた時分、軍用人形を実際に現場で見てきてそういうものと認識していたが、I.O.P社のそれは異なっていた。

 

少女と変わらぬ容姿と性格で、洒落た装いで銃器を抱えて戦場に赴くその様相は、見ていて頭が痛くなる思いだ。

 

なるほど。かつての鉄血工造に軍のトライアルで負けた訳だ。()()()()()()()

軍が欲している人材は、ぶっちゃけてしまえば()()()()()()。より正確に言えば、感情豊かな人間はいらない。

高い身体能力と明晰な頭脳。そして軍や国家に対する高い忠誠心。作戦遂行のためなら一切の感情を排し、淡々と任務をこなす。そういった兵士が欲しいのであって、人間はいらない。人間の形をした冷血な戦闘兵器。

 

そういう意味では鉄血工造のイェーガーシリーズは正に理想とも言えた。

戦闘能力は申し分なく、頑丈で長時間の作戦行動でも全く問題ない。感情らしい感情も持たない。非常に使い勝手が良い兵器であった。

 

対し、I.O.P社製の戦術人形は性能ばかりが高いだけで、現場が一番に求める耐久性に難がある代物であった。

 

ブランクが属していた部隊では戦術人形を使う事は無かったが、使っている部隊での総評では圧倒的に鉄血製の戦術人形が良い評判を得ていた事は知っていた。

 

そしてブランクも、その総評は間違っていなかったと得心した。

I.O.P社の戦術人形は、兵器としては未達であり、兵士としてはあまりにも未熟で幼い。

 

おまけに彼女。新造されたばかりでろくな実戦経験が無い。唯一と言っていい実戦は、着任したその日に基地を襲撃されたあの日のみだ。

 

ASSTによる恩恵で、自身と同じ名を冠した軽量化中機関銃の取り扱いは分かるようだが、それ以外はからっきしらしい。新兵も同然の有り様だ。

 

とはいえだ。ここまで来て今さらそんな事を並べ立てたところで、状況はよくはならない。

覚悟を決めよう。ブランクは一つ深呼吸し、改めてライトへと向き直り、近寄った。

 

「見せてみろ」

 

「あ、うん・・・」

 

ライトの隣にしゃがんでドローンを見る。原因はすぐにわかった。バッテリーとコントロールボックスを繋ぐケーブルが上手く接続出来ていない。一度ケーブルを抜いてもう一度挿し直し、操作用のタブレットを使って起動を掛けてみれば、ドローンは何事もなかったかのように起動。

確認としてローターの駆動させたり、実際に低空を飛行させたりとしてみたが、何も問題はない。

そのまま基地上空へと向けて飛行させる。

 

ドローンに搭載された高画質カメラが捉えた基地周辺と内部の映像がタブレットに表示される。

 

やはり、どちらかと言えば内部に敵が集中している。が、全て稼働しているというわけでもない。

基地の外壁内に、やけに広い空間が確保された場所がある。PDAに取り込んだ基地の見取り図を参照してみれば、どうやら屋外射撃場のようだ。その射撃場内に、大量の鉄血兵が整然と並んでいる。ざっと数えただけでも200体近い。

が、その全てがピクリとも動かず静止している所を見るに、どうやら待機状態のようだ。

 

おそらくは、基地を襲撃し制圧した後、最低限の歩哨を立てて後は有事に備えて待機させている、といったところか。襲撃の際には電力を供給するためのに併設された発電施設も破壊されただろう。今は非常用の自家発電で最低限の電力だけで賄っている。

 

となると、襲撃に投入された鉄血兵を全て稼働させるには難がある。行動に必要になるエネルギーが圧倒的に足りないからだ。

いくら頑丈さに定評のある鉄血製戦術人形とはいえ、行動するにもエネルギーが必要になる。

おまけに歩哨に立っている鉄血兵も、全員指向性エネルギー兵器(DEW)を携行している。

 

戦闘行動に使うエネルギーも、DEWの使用にも大量の電力が必要になる。

 

予想だが、今現在歩哨として行動している鉄血兵のエネルギー残量がある一定の所まで減少したら。もしくは一定時間毎にあの射撃場で待機している鉄血兵と交代し、次に備えて充電してからあの列に加わるのだろう。そうやって最小限のローテーションによってこの基地を制圧、確保し続けてきたのだ。

 

しかし、それはあくまで通常時のみ。敵性勢力を発見した際は待機状態を解除し、戦闘モードに切り替えて襲いかかる。その光景は想像もしたくない。

さらに、この予想が正しければ、それはそれで色々と鉄血側の行動に疑問が浮かんでくるが、それは今は捨て置く。

 

今分かっていることは、発見された瞬間終わりだということ。

逆に言えば、発見されなければやりたい放題というわけだ。

 

ブランクは頭の中で幾つものシミュレーションを重ねていく。

どれが一番確実かと。

 

そうして決めた。可能性が一番高い作戦を。

今からやることは中々にリスクが高い。おまけにこちらは病み上がりの正規軍人と、新造されたばかりの新兵(ルーキー)の二人だけ。二人合わせて一人前だ。

 

ブランクは、すぐ横で自身と同じようにタブレットの映像を覗いているLWMMGに視線を移す。

彼女は大量の鉄血兵の存在に、不安そうに顔をしかめている。誰だってそういう顔になる。

 

そんなライトの頭を、ポンと優しく撫でてやる。

 

突然の事に、ライトはブランクを見上げながら戸惑いの表情を浮かべている。

 

状況は多対一。多勢に無勢を跳ね返し、一気呵成に事を成す。

 

ああ、大丈夫だ。そんなシチュエーションは、大戦の頃から幾度も乗り越えてきた。

たくさんいた仲間が奇襲で自分以外死に、結果的に単独で敵の駐屯地に忍び込んで壊滅させたこともある。

居住区へと進行していたD型変異種のE.L.I.Dにロクな装備もないまま遭遇し、そのまま応援が来るまで囮となって戦闘行動をとったこともある。

 

それでも生き抜いてきた。どれほどの劣勢でも、何とかしてきたのだ。

だから今回も、何とかする。何とかして見せる。

 

「安心しろライト。俺たちは負けない」

 

ほのかに口元を吊り上げて、見て聞いて分かるほどに自信のある様相で、ブランクはそう宣った。

彼の発言にはなんの理屈も根拠も無い。ただの虚勢か。もしくは楽観的にしか見えない。

しかしどうしてか。メンタルにこびりつくようにあった不安が、たちまち溶けて消えていくような感覚が去来した。

彼の声には、そう確信させるだけの力がある。何故か、そんな気がした。

 

頭に触れていた手が離れ、ブランクは残り二機のドローンを準備していく。先とは比較になら無いほど短時間で、二機のドローンは作戦区域内の飛行を開始。計三機のドローンは一定の間隔を開けて基地上空を大きく旋回し始めた。

同時に、ドローンが捉えたリアルタイムな情報がデータリンクとしてPDAに送られてくる。

これで作戦開始前の準備は全て整った。

 

「コントロール。こちら決死隊。準備は完了した。繰り返す、準備は完了した」

 

ヘッドセットに手をあてて、ブランクはグリフィン本部へと通信を飛ばす。

すぐに一瞬のノイズの後、音声が返ってきた。

 

『こちらコントロール。了解した。こちらでもドローンからの情報を受信した』

 

応答したのはヘリアントスであった。若干の不機嫌さが声色に混じっている。音声のみの通信なのでその表情を窺い知ることは出来ないが、きっと出撃前に見せたように厳めしく顔をしかめているのだろう。

 

『なお、これ以降の君のコールサインはアルファとする。確認し、復唱せよ』

 

「コールサインアルファ、了解。これより、作戦行動を開始する。アルファアウト」

 

通信を切る。

それを見計らって、ライトが怪訝そうにブランクの顔を覗き込むように見遣る。

 

「・・・決死隊、ね」

 

「イヤミだよ。その通りになってやる気はない」

 

「でもこのままだとそうなるよ」

 

「なら問題だ。多対一の状況下ですべき基本戦術とはなんだ?」

 

突然のクイズにライトの表情は強張った。新造されて日が浅い彼女は基本となる戦闘方法、銃を撃つための行動方法はインプットされてはいるものの、戦術といった戦闘教義などは全く無い。

そのため、ライトは答えを出すのに窮してしまう。その上、今回は人間との作戦行動である。戦術人形の行動方針の中には「自分を運用する人間の安全確保を第一とする」が存在しているため、「私が敵を引き付けてなるべく道連れにする」というまさに決死隊の様相な答えしか出なかった。

 

だからこそ、ブランクが抱えているI.O.P社製戦術人形の評価の低さが更に増してしまうのだが。

 

答えが出ないライトの様子にブランクは一つ息をついた。

 

「多対一における基本は各個撃破だ。だが君はこう言いたいのだろう。すぐに包囲されて殲滅されると」

 

「あ、うん・・・」

 

「それは俺もわかっている。だから、()()()()()()()()()()()()()()事から始めよう」

 

「どうするつもりなの?」

 

「簡単だ」

 

言って、ブランクは親指を立てて、基地の方へと向けた。

 

「見つからずに基地内部に潜入。司令室を目指しつつ、屋内で遭遇戦を仕掛ける」

 

「・・・は?」

 

色々な感情を包括した素っ頓狂な声が、ライトの口から溢れた。

それに構わず、ブランクは持っているAK-102のコッキングレバーを引いた。

 

「さあ───行動開始だ」

 





この時から既に脳筋指揮官の片鱗が見える見える。
元々無茶な作戦なんだからこれぐらいの無茶なんてカワイイものだろ!
次回はいよいよ本格的に行動を開始。同時に色々な事がわかります。



へなころ氏が執筆されている「中年指揮官と零細基地の日常」に、ウチのPx4ストームが時々出演しております。
ささやかに暗躍しており、あまり多くは言えませんが「大体コイツのせい」と言われるくらいの所業を嗜んでおります。ブリッツは一回詫びに行った方がいいと思う。


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Ex-OPS.1-4 制圧開始

AK-12とウマ娘のスペシャルウィークの中の人が同じって事に気付いてビックリした。
つまりAK-12がうまぴょい伝説を歌っている・・・?想像しただけでクッソ面白いやん

それはそれとして今回長いです。ざっと9000文字超え


ブランクの考えた作戦はとてもシンプルなものだ。

 

敵の数も然ることながら、そもそもとしてこちら側の火力が圧倒的に不足している。包囲されればそのまま嬲り殺しにされることは明白であった。

 

ならば、基地内部で遭遇戦を敢行し各個撃破。それに準ずる状況にわざと持っていけばいい。

同時に10体20体もの数で来られればどうやっても対処が出来ないが、通路内という限定的な場所はどうしても発揮できる火力や行動制限が課されてしまう。多数よりも少数の方が却って都合がいい。

それにこの場合、敷地内にいるのはブランクとライトの二人のみ。動く存在は自分達以外全員敵。誤射の危険はほぼ皆無だ。

 

そしてもう一つ、ブランクがこの作戦を実行しようと決めた要因がある。

鉄血は前線司令部が一括で指示信号を送って行動する、一点集中型の指揮系統を取っている。基地を制圧している鉄血は現状、この司令基地を臨時の司令部として利用している公算が非常に高い。

 

この鉄血に指示を出している信号を発信している制御装置を破壊。もしくは制御を奪い命令を更新してしまえばこの基地にいる大部分の鉄血は無力化される。その後、この基地内とその周辺の鉄血兵を全て破壊して回ればいい。

 

そう考えれば、この難局も多少はマシに思える。全部が全部、相手をしなくても良いのだから。

 

もちろん懸念はある。信号を出している制御装置がここにあるとは限らない。公算が高いというだけで、確証は無い。どこまで行っても憶測でしかない。

更に付け加えるならば、鉄血がいるのはこのS10基地だけではない。

 

そもそもの話、なぜ鉄血はこのS10基地を制圧したのか。

断言は出来ないが、おそらく橋頭堡として利用しようと画策したのだろう。邪魔なグリフィンを排除し、制圧した拠点を自身の前進拠点として再利用。その利用目的まではわからないが、わざわざ敵を全滅させてわざわざ基地を確保し続ける理由なんて、それしかない。もし自身が敵の大将だったら、近隣であるS09地区への侵攻を企てるとブランクは思考する。

S09地区が一体どんな場所なのかは知らないが、出撃前に本部勤めの人間たちがS09地区について深刻そうに話し合っていたのをブランクは見ていた。

 

戦力の温存と増強。そして機が来たら雪崩の如くS09地区に攻め入る。それがS10基地を陥落させた理由だとブランクは断定した。そうでなくては、いくらローテーションのためとはいえあれほど大量の鉄血兵を待機状態で並ばせる妥当な理由がない。

量産型の鉄血兵が取れる思考・行動パターンなんてそう多くはない。その上位の存在、ハイエンドモデルがそう指示したと考えるのが自然だろう。

 

そうと考えた場合。折角制圧し、橋頭堡として利用しようと確保した敵の基地。そこを奪還しようと行動している二人組。脅威度は低いが、目障りと判断されるだろう。

そして、いざ基地を奪還される所まで侵攻されるようだったらどうなるか。

これも、情報が少ないゆえに断言が出来ないが、鉄血から見てもしこの基地の利用価値が高かった場合、まず間違いなく増援を送り込むだろう。

 

このS10基地以外で、鉄血の信号を検知したという情報は聞いていない。それがグリフィン本部も掴んでいないのか、それとも()()()()()()()()()()()()のかは定かではないが。だからこういうとき、ブランクは最悪を想定する。グリフィンが情報を掴んでいるか否かはどうでもいい。敵の増援は必ず来るという前提で動く。

 

時間との勝負だ。悠長に時間をかければそれだけ不利になる。

 

そして、これは作戦自体は鉄血との戦闘行動だが、同時にグリフィンに対するブランクなりの自身の脅威を喧伝するためでもある。

『自分を使い捨てるよりも有効に使った方が得だぞ』と、思い知らせるための。

 

それには大前提として生き残らなくてはならない。己が勝手に課した復讐を成すために、ブランクは絶対にグリフィンの一員にならなければならない。

 

現在時刻2130時。

方針を決め、大体の行動の擦り合わせが終わり、いよいよ行動開始である。

 

「いいか。俺の後ろから離れるな。姿勢は低く、動きは小さくしろ。わかったな」

 

「・・・わかった」

 

ブランクの指示に、不服そうに唇をやや尖らせながらライトは応答する。

というのも、擦り合わせの最中ライトが「実際に基地にいた私がポイントマンになる」と言い出したのに対し、ブランクが「LMGくらいのサイズになったら譲ってやるが、今回は俺が前衛(マエ)だ」と言い返した。ちなみにブランクの本音は「不安過ぎてお前に前衛預けたくない」である。

「私は戦術人形よ」「あなたは人間なんだから後ろにいて」と色々ライトなりに説得したのだが、ブランクの「いいから着いてこいルーキー」の一言で決着。ブランクが前衛、ライトが後衛を務める事となった。

ついでに言うと、今のライトの装備の問題もあった。

 

LWMMGはベルト給弾式であり、LMGのようなボックスマガジンは現状無い。なので、彼女は多弾倉アサルトパックを背負っている状態だ。

あまり大きなものではないが、それでも移動すれば多少なりとも目立ってしまう。

なので、先にブランクが動いて周辺をクリアリング。その後、ライトが移動する、というやり方をした方が敵に見つかるリスクを減らせる。

 

そういった要素を含めて考えられる侵入ルートは二つ。正面ゲートと、裏門だ。四方を高いコンクリート製の壁に囲われているため、その二つ以外にルートはない。

正面ゲートは敵が多い。忍び込むのはほぼ不可能だ。光学迷彩(クローク)でもあればまだやりようはあったが、イェーガーシリーズを始めとする鉄血製戦術人形のアイセンサーには赤外線センサーが備わっている。目の錯覚を利用する光学迷彩では、使用者の姿を消せても体熱放射までは消せないため、簡単に見つかってしまう。

その体熱放射を周囲の赤外線放射と同調させられる熱光学迷彩があるのだが。現状グリフィン内でもあまり多くは出回っていないらしいがそれも当然で、軍の技術に基づいて設計・開発された熱光学迷彩は高性能故に非常に高価だ。

本部はブランクを使い捨てる気でいるため「割りに合わない」として使用を許可してはくれなかった。

 

ならば自然、比較的敵の少ない裏門からの侵入になる。

とはいえ、ロクな遮蔽物もなく、その上侵入するには閉ざされている裏門を開けるか、その横にある勝手口からしか入れない。そうしている間に敵に見つかれば即アラート。NO WARNING(警告無しの即射殺)だ。

 

そこでブランクは手を打つことにした。

持参した手榴弾の一つを基地の正面ゲート近くに投擲。爆破させる。この時何体か破壊できればなお良い。即座に警戒態勢に移行するが、敵は正面ゲートにやって来ると鉄血兵は勘違いしてくれる。戦力をそちらに集中してくれるハズだ。

鉄血兵のAIが持つ行動決定のフローチャートは単純な構成となっている。

ハイエンドモデルでもいれば変わってくるが、そういった情報はない。単純な行動選択しか出来ない。

 

生い茂った木々に身を隠しながら一度正面ゲート付近へと移動。見付からず、かつ正面ゲートへと手榴弾を投擲できるポイントに移動。時おり二人の近くを鉄血兵のヴェスピドが巡回するが、身を隠し動かなければ見つからない。

 

そして要となる投擲だが、ここはライトが請け負うこととなった。

手榴弾の投擲可能距離は信管の作動の関係で、どれほどの強肩であっても約40~60メートルが限界である。が、それは人間が行った場合の話であり、人間以上の膂力を持つ戦術人形ならばその限りではない。

少しでも遠くから投擲できるなら、それだけ安全に行動ができる。別に敵を必ず倒す必要もない。あくまで陽動が出来ればそれでいい。

 

それに、流石にただの投擲をミスして敵に見つかる、なんて事はいくらライトがルーキーだからといってそんなことはないだろうというブランクの判断もある。

 

ということで、二人は現在正面ゲートから北東約60メートル離れた位置に移動した。

 

「じゃあ、頼むぞ」

 

「了解」

 

茂みに隠れたままブランクから手榴弾を受け取り、ピンを抜く。近くを巡回しているヴェスピドが一度離れた事を確認してからさっと立ち上がり、ライトは大きく振りかぶって手榴弾を投擲した。

 

─────この時、ブランクにとっての誤算が二つあった。

 

一つは、新造されたばかりで実戦経験がないライトが、手榴弾の投擲などしたことがないということ。

もう一つが、ライト自身投擲などやった事がないのに「まあ投げるだけなら大丈夫だろう」と高を括っていたこと。

 

その結果何が生じたか。

 

リリースの瞬間、手榴弾はライトの手からすっぽ抜けるようにしてあらぬ方向へと飛行。直後、進行方向先にあった木に衝突。甲高い衝突音を響かせる。手榴弾はわずかな凹みを形成しただけで形状を維持してはいるが、戦術人形の膂力で投げられた運動エネルギーは衝突し減衰されてもなお飛行を続ける。

木に衝突した手榴弾はバウンドするかのようにして進行方向を変え、次いで別の木に衝突。また進行方向が変わり、今度はライトとブランクの頭上を越えるようにして放物線を描き、やがて地面に落ちた。

 

「あれ?」

 

「は?」

 

投擲した本人から溢れ出た間抜けな声と、それを見ていた人間の困惑の声。

ライトの後ろで控えていたブランクと、手榴弾が落ちた位置。その距離約4メートル。

放たれた手榴弾の行く末を見届け、数瞬遅れて現状を理解したブランクは、久方ぶりに背筋が凍りつき血の気が引いたのを体感した。

 

考えるより先に体が動く。呆けて突っ立ったままのライトに飛びかかるようにして押し倒し、頭を地面に押さえ込む。

 

直後、手榴弾内の信管が作動。内部の爆薬に点火。爆発した。手榴弾は正常に作用し、衝撃波と金属片を撒き散らした。

 

寸でのところで地面に伏せた両名は、辛くも爆発の影響も金属片の直撃も受けず、伏せた際の打ち身と、若干の砂ぼこりを被る程度で済んだ。

 

が、すぐに安心は出来ない。今ので近くにいたヴェスピドがこちらの存在に気付き、素早く振り返った。ブランクはすぐに体を起こし膝射姿勢。AK-102をヴェスピドに向けて発砲した。10メートルという距離でありながら、5.56mmフルメタルジャケット弾は鉄血兵の頑強な外殻を中々貫けず、着弾の衝撃で体を揺らす程度だ。

それでも何とか10発ほど撃ち込んでようやく胴体のコアを撃ち抜き、ヴェスピドは膝から崩れ落ちるようにして倒れ伏した。

次に、腰にぶら提げた手榴弾を手に取り、歯でピンを噛んで引き抜いた。暴発によってこちらに気付いた正面ゲートを警備している複数の鉄血兵に向けて投擲。今度は目論見通りに、手榴弾は敵集団の真ん中で爆発。何体か撃破、もしくは負傷させ動きを止めた。

 

「・・・ライト?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

ミスに対するフォローを終え、幾ばくかの猶予が出来た所で、ブランクはライトに声をかける。

その声色には明らかに怒気が含まれていた。

 

ライトは顔を上げる事が出来ないままに謝罪する。今にも泣き出しそうな空気だ。

ブランクは仕方ないとばかりに一つ息をついて、ライトを引き起こした。

 

「説教は後でじっくりしてやる。今のうちに裏口に行くぞ」

 

やや乱暴にライトの頭を撫でてやり、ブランクは頭を下げて腰を落とし、木々や茂みに身を隠しながら移動を開始。

それに倣って、ライトもブランクの後ろをついていく。

 

基地正面は、静かだが賑わってきていた。胡蝶事件以前、人間が指揮統制していた際には鉄血兵は音声による受け答えが出来ていたが、事件以降は人間の指揮統制が失くなった事で声を上げることはなくなった。無線通信で事足りてしまうからだ。

 

よって現状も、緊急の通信を傍受した他の鉄血兵が無言のまま正面ゲートへと集結しているという様相だ。

ブランクからすればそれは狙い通りで都合が良い。

 

移動の最中も、何体かとすれ違うことはあっても発見はされずやり過ごせた。おかげで、問題なく裏門へと到着。こちらも目論見通りに、警備がいなくなっていた。

 

「マヌケめ」

 

持ち場を離れた鉄血兵に対しブランクは吐き捨てる。

周囲を見渡し、敵影がないことを確認してから一気に裏門の勝手口へと近付く。

 

ドアノブに手をかけゆっくり、音を立てぬよう捻る。が、ドアノブはなにかにつっかえたように動かず、当然扉は開かない。鍵がかかっている。

 

電子ロックの類いは見受けられない。前時代的な施錠方法のようだ。

時代が進むにつれてセキュリティも進化したが、それは同時にセキュリティを破る技術の進化にも繋がった。人間では到底把握しきれないほどの電子的な複雑かつ膨大なパスコードも、専用の解析ツールを用いれば一分足らずで容易く破れてしまう。より複雑にしても、それに対応してより高性能な解析ツールが開発されるイタチごっことなっている。そのため、こういった施設では一周回ってアナログな構造へと回帰し、かつ容易く壊されない頑丈なドアが使われることが多い。この勝手口もその類いのものだ。

 

バックパックからピックガンとピッキング用の針金を取りだし、鍵穴に針金を入れてからガンの先端から出ている細い金属の棒を突っ込ませる。

ピックガンの小さく乾いた衝突音を数回鳴らし、先に入れた針金で鍵穴を捻れば、硬く施錠されたドアは呆気なく解錠された。

 

ピックガンを仕舞い、無言のまま隠れたままのライトへ手招きすれば、すぐに彼女も静かにブランクの元へと近寄る。この十数分で移動の要領を得られたようだ。

 

G17Cを構えながら静かにドアを開ける。暫く使っていなかったのか、僅かながら軋むような音がする。

 

人一人が通れる程度まで開けて、そっと中へと侵入する。その際、ライトが背負っているアサルトパックを勝手口の淵にぶつけ大きくはないが、しかし小さくはない音が鳴りドキリとさせられた。敵にバレなかったのが幸いだ。

 

内部は酷く荒れていた。敵の攻撃によって見える範囲で建物が壊れているのがわかる。

資材置き場も兼ねていたのか、整然と並んでいたであろう幾つかコンテナが見えるが、そのどれもが大きな穴が開いているか、銃撃によって歪に凹んでいる。

 

そして、先程から嗅覚を刺激する鉄さびのような匂いと、吐き気を催しそうな異臭。

ライトはただ顔をしかめるだけで、これが何の匂いなのかは分かっていない。だが、ブランクはこの匂いの正体を知っている。それはそれはよく知っている。

 

AK-102を構え、周囲を警戒しながら移動する。近くに施設内部へと侵入できるドアがある。見取り図が正しければ非常口のようだ。

非常口に近付くにつれ、臭いもキツくなってくる。ドアの横に張り付き、そっとノブを回してみる。今度は施錠されていないようで、すんなりとドアが開いた。その瞬間、開いたドアから飛び出してきた、噎せ返るような異臭が嗅覚を直撃した。

 

構わず内部へと侵入する。

 

非常灯以外何の明かりもないが、それでも中の惨状は認識できた。

 

通路には大量の死体と、そこから漏れ出た大量の血溜まりがあった。これが鉄さびと吐き気を催すような異臭の正体だ。

鉄血が襲撃したあの日から、死体の処理をせず放置していたのだろう。おかげで死体は腐敗が進み、大量のハエが集っている。

死体の損壊は腐敗だけでなく、腕や足がなかったり、腹部に穴が開き内臓が溢れ出ていたり。中には首から上が失くなっているものや、空き缶の如く頭部を潰され脳髄が撒き散らされているのもあった。

 

人間だけじゃなく、応戦したであろう人形の残骸もあった。しかし結果がわかっている通りに、全員が殺された。

壁には大量の血飛沫や弾痕が至るところにある。何が起こったのかを想像させるには十分すぎる要素がふんだんに散りばめられている。

人形であるライトですら目の前に広がる光景と臭いにやられ、思わず口元を抑えた。

メンタルに多大なストレスが掛かっている。AIが一刻も早くこの場を離れろと警告し、疑似感情モジュールも今すぐここから逃げ出したいと焦燥している。

 

「嗅覚センサーは切った方がいいぞ」

 

そんな中で、淡々とブランクは告げた。まるでこれが日常の一部であり、あたかも当たり前であるかのように。

 

「・・・あなたは、なんともないの?」

 

「ああ、慣らされた。今まで、散々見せつけられてきたからな」

 

これほどの惨状を目の当たりにして、「慣れてる」「散々見てきた」と言えてしまう彼は、いったいどんな人生を歩んできたというのか。

きっと人形である自分では、教えてもらっても理解が出来ないかもしれないと、ライトは思った。ともかく、言うとおりに嗅覚センサーは切った。メンタルを襲っていた不快感は軽減された。

 

しかし気持ちを落ち着かせる猶予は与えてもらえない。ブランクは床に転がる死体たちを踏まぬよう足の踏み場を確認しつ前進を開始。慌ててライトもその後ろを追従する。

 

窓はなく、光源も点々と存在する非常灯のみの薄暗い通路。ろくな暗視装置の無い現状では、どうしてもフラッシュライトを用いたクリアリングをしなくてはならない。ブランクは右手でAK-102を保持し、左手にはフラッシュライトを逆手に握り、ハンドガードを手の甲に乗せるようにして支える。

 

常時点灯状態では敵に見つかるリスクが上がり、遭遇した際ただの的になってしまう。ので、怪しい箇所にのみライトを極短時間だけ点灯し安全確認。発見されるリスクを極力減らす。

 

曲がり角ではカッティングパイを使って先を見ながら進む。

見取り図が正しければもう少しで目的の司令室に到着する。そのタイミングで突如、通路の照明が一部だけ復旧。視界の制限が無くなった。

 

予期せぬ事態にライトは機関銃を構えたままあちらこちらへと視線を右往左往させる。対称的に

ブランクは小さくため息を溢すのみだった。

 

「ああ、見付かったか」

 

小さな呟きと同時に、進行方向先のT字路の向こうから騒々しい足音が響いてきた。敵がやってきたのだ。

ライトもそれを察し緊張から表情が引き締まる。

 

「ライト、後ろは頼んだ」

 

言って、ブランクは持っていたAK-102をスリングを使って腰にぶら下げておいて、サイドアームのG17Cに切り替える。その際スライドを少しだけ引いてプレスチェック。困惑するライトのことなど意に介さず、薬室に9mmパラベラム弾が入っていることを確認し、ブランクは床を蹴ってT字路へと向かって駆け出す。

T字路に差し掛かる直前、右の通路の陰からリッパーが姿を見せた。即座に銃を構えようとした所で、狙いすましたかのようにブランクの右の飛び蹴りがリッパーの胸部にヒット。勢いに彼自身の体重と装備品の重さが加わり、宛ら砲弾に直撃されたかのようにリッパーは吹っ飛ばされ、突き当たりの壁に叩きつけられるだけに留まらず、ブランクの壁と挟まれる形で右足が胸部にめり込み陥没させた。

 

同時に、蹴られたリッパーの後ろに控えていた別個体のリッパーにG17Cの9mmパラベラムを3発胴体に叩き込みコアを撃ち抜いた。

至近距離ならば9mm弾でも鉄血兵の外殻を貫けることを確認。

右足がめり込んだままだったリッパーにはトドメに頭部に2発撃ち込んでおく。

 

胴体を撃ち抜いたリッパーは膝から崩れ落ち倒れ込む。その寸前でブランクは胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。その直後、前方から銃撃。更に後方にまた別のリッパーが控えていた。

既に機能停止しているリッパーの胸ぐらを掴んで立たせ盾にしたことで敵の銃撃をやり過ごす。

 

(2体・・・。いや3体か)

 

盾にしているリッパーの陰から敵の数を確認。流石にG17Cだけでは火力が足りない。

 

なので武装を切り替える。がその前に、盾にしているリッパーの腹部にG17Cを残弾をありったけ叩き込み穴を開ける。

それからサイドアームからメインアームのAK-102に切り替え、腹部に開けられた穴にAK-102の銃口を捩じ込んだ。

 

「Rip ya a new one.」

 

トリガーを引く。フルオートで放たれた5.56mmFMJ弾はなんの抵抗もなく盾にしているリッパーの向こうにいる敵に向かって飛んでいく。

銃口を突っ込まれているリッパーがいい具合に銃座のように作用してくれており、ほとんどブレなく狙った場所に銃弾を叩き込める。

脇でストックを挟んで保持し、右手のみで空になったマガジンを抜き、新たな弾倉を叩き込み、ボルトをリリース。銃撃を再開する。

 

銃撃を継続しつつ前進。次第にリッパーという盾が削れて身を隠せる面積が小さくなっていくが、無くなってしまうよりも先に敵を殺せば済む話だ。

 

二つ目の弾倉が尽くと同時にコアも電脳ももろとも破壊し、眼前の3体が倒れ伏したところで、ブランクはようやく盾にしていたリッパーの腹部からAK-102の銃口を引き抜いた。

それまでの喧騒が嘘のように静まり返る。が、すぐにそれも打ち破られた。

 

前方から軽快な足音。聞いただけでもわかる程に移動が速い。

それはすぐに姿を見せた。青い長髪に褐色の体。両手には大型のナイフ。ブルートと呼ばれる近接戦闘に特化した鉄血兵だ。

 

空になった弾倉を引き抜いて新たな弾倉をAK-102に叩き込むより前に、ブルートはその手に握られたナイフをブランクに振るった。

 

咄嗟にハンドガードとストックを持ってAK-102で受け止める。が、ブルートのナイフはまるでそれが紙細工か何かであると錯覚してしまうほどの切れ味をもってして、AK-102の機関部を斜に切り裂いた。

 

「・・・ほう」

 

それに対し、ブランクは焦燥するでもなく。むしろ感心するように息を溢す。

 

「いいナイフだな。くれよ」

 

切り裂かれたAK-102のハンドガードを逆手に持ち直して振りかぶり、ブルートの側頭部に突き刺し、そのまま勢いに任せて壁に叩きつけた。機関部が斜に切られた分先端が鋭利となり、力があれば突き刺せるようになっていた。

 

ブルートは二度三度と痙攣するように躯体を震わせた後、ついには動かなくなった。

地面に転がし、ナイフとホルスターを回収。腰部分にホルスターを括り付けて、それからナイフを収めた。

 

メインアームたるAK-102と引き換えに手に入れたのはやたらと切れ味の良いナイフ一本。

割りに合ってないようにも思えるが、G17Cでも屋内でなら十分通用することがわかっているだけに、まだ何とかなる。それに、金属で出来たAK-102を容易く切り裂いてしまえるこのナイフなら、白兵戦でも十分使用に耐えうる代物であろう。

 

良い拾い物をした。そう余韻に浸っていると、今度は後方から複数の足音が響いてきた。

見えた。今度はヴェスピドだ。数は5体。

 

G17Cを取りだし弾倉を交換。応戦しようとブランクはトリガーに指をかけた。その瞬間、ブランクとヴェスピドらの間に一つの赤と白の影が割り込んだ。

ライトだ。まるでスライディングするようにして通路の角から飛び出してきた。

 

滑り込み、しゃがみ込んだ姿勢でライトはやってきたヴェスピドに照準を合わせ、一瞬の躊躇いもなくトリガーを引ききった。

 

重厚な銃撃音が通路内を反響し、空気が震えて体を叩く。

瞬く間に、第二陣であったであろうヴェスピド5体は.338ノルママグナム弾によって完膚なきまでに破壊される。

 

やがて、響き渡った銃撃音は止み、再び静寂が訪れた。

 

「はあ・・・!はあ・・・!」

 

息を荒げながら、ライトはゆっくり立ち上がる。

 

「戦える・・・!」

 

小さくも、しかし確かに。ブランクはそうライトの背中越しに言葉を聞き取った。

そして勢いよく振り返り、ライトはブランクに詰め寄った。

 

「戦える!私だって!戦えるんだ!」

 

息を荒げたままブランクに思いの丈をぶつける。今にも泣き出しそうに潤んだ。しかし何か力強いものが宿った瞳で、ブランクの青い双眸をまっすぐ見ながら。

 

「・・・そうだな。すまなかった」

 

彼女の思いを汲んで、ブランクはそう詫びた。本当に思いを汲めたのかはわからない。もしかしたら思い違いをしているかもしれない。

それでも、自分は彼女に詫びるべきだったと。その判断は間違っていないと確信している。

 

「さあ行こう」と気持ちを切り替えて先を促す。彼女は小さくも「うん」と返してくれた。

 

目的の司令室はすぐそこだ。

 





もうちょっと進めたかったんだけど、流石に長すぎるので一旦区切ります。
前回のあとがきに「色々な事がわかります」って書いちゃったけど、すまない。それは次回に持ち越しだ。
次回こそ、彼の代名詞とも言えるアレが登場します


活動報告にて、ちょっとしたアンケートを実施しています。よかったらご協力お願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=263954&uid=262411


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Ex-OPS.1-5 状況終了

最近早朝5時までに出勤しなきゃいけなかったりと忙しい!
でもちゃんと手当てくれるし定時退社させてくれるから嬉しい。

そういえばウェイブ・ラングラーの限定人形掘り、早くて6周。かかっても13周で全て掘り終えちゃった。今回結構優しいね


通路上の壁から等間隔にせり出ている支柱の陰で待ち伏せていたリッパーが飛び出しブランクに銃を向けるが、逆に銃を奪われて胴体のコアを破壊される。

 

後方から挟撃しようと回り込んだヴェスピドを無数の.338ノルママグナムによって躯体がバラバラに砕かれる。

 

連携、というには些か及ばない所はあれど。ほんの十数分前とは比較にならぬほど二人は呼吸を合わせられていた。

というより、どうにかブランクの動きにライトが追い付けるようになってきた、といった方が正しい。

 

ブランクの動きはよく言えば効率的。悪く言えば人形以上に機械的であった。

的確に、迅速に、確実に、徹底的に、容赦なく殺すようプログラムされた走る銃座。それがライトが抱いたブランクの姿から浮かび上がったイメージである。

最短距離を最小限の素早い動きで、恐ろしく正確に敵の急所を捉え、一切の間違いなく仕留めていく。クリアリングひとつとってもそうだ。視野がとにかく広い。点と点を凝視するのではなく、視覚に入る全てを一瞬で認識している。結果、クリアリングが極短時間でかつ見落としがないため、敵によるいかなる不意打ちが一切利かない。悉く返り討ちにしている。

 

一見すればそれらはひどく地味な動きではあるが、無駄を削ぎ洗練された動きとは得てしてそういうものだ。人間でも、技術を極めればここまで出来るのだと体現し、見せつけている。ともすれば、戦術人形以上に。

 

ライトはそんなブランクの動きをデータとして取り込むことで彼の動きに追従していく。時には邪魔にならぬよう。時には援護するよう。一瞬ごとに判断し動きを合わせていく。そうやって、彼の背中を預かる。

 

それは結果的に、ライトの戦闘技術の向上に繋がった。ブランクの動きに付いていくために、姿勢や足の運び方。狙い撃つ敵の順番。無駄弾を撃たず、最小限の消費で抑える。余裕があれば動きを見て、再現可能であれば実際にやってみて、ブランクの技術を自分の物にしていく。

 

そして何より、ブランクの実力を間近で見せつけられたことで、背中を預けても大丈夫という安心感が、戦闘中であってもライトのメンタルを落ち着かせる大きな要因となり、戦闘能力の向上を促していた。

 

司令室には少しずつ近付けている。近付くにつれて敵の抵抗も強まっていくが、恐れや焦燥はない。

ブランクとならば、必ず勝てる。ブランクについていけば、必ず生き残れる。その確信があった。

同時に、ここまでの抵抗を見せるという事は、司令室には重要な物があるという確証もあった。

 

迫り来る敵の数々を押し退けて、漸く二人は司令室の前に到達。

通路と司令室を隔てるボタン操作式の自動ドアは閉ざされてはいるものの、ロックはかかってはいない。開閉のボタンをポンと押せば開く。

 

ドアの左側にライトが張り付く。背負っているアサルトパックとベルト給弾の関係上、持ち手のスイッチがしにくいための措置だ。

代わりに右側にはブランクがつく。左手にG17Cを持って構え、右手はボタンに添える。

手筈としては、ブランクが司令室へと突入し複数の敵を仕留めるというものだ。持っている武器の都合上、拳銃の取り回しの良さからそう決まった。

9mm弾の効果は既に実証済みだが、もしもブランクが仕留めきれなかったときのためにライトには後方からトドメを刺してもらう。

 

「スリーカウントだ。ワン、ツー、スリー」

 

ボタンを押し、ドアが開くと同時にブランクは突入。突入前に手榴弾を投げ込みたかったが、そうすると司令室内のコンソールを破壊してしまい、鉄血兵の入力されている命令の上書きが出来なくなる恐れがある。それを防ぐ為にはこうする他無い。

 

頭を下げ、腰を落とし、姿勢を低くしてブランクは侵入。極限にまで高められた集中力は体感時間を引き延ばし、世界をスローモーションにしてゆく。即座に部屋の中を確認。敵はリッパー3体にヴェスピド2体の計5体。

 

2時方向手前のヴェスピドにヘッドショット。そのすぐ横にいたリッパーも同様に。

続いて12時方向。ブランクの突入に気づき銃を構えようとしたリッパーのコアに一発食らわせる。

10時方向。ブランクが銃口を向ける頃には既に残りのヴェスピドとリッパーが今にもエネルギー弾を発射しようと構えていた。

が、それをライトの.338ノルママグナム弾がコアもろとも素体を打ち砕き、敵の反撃を防いだ。

 

排出された薬莢が床を叩く音と共に、引き伸ばされた体感時間は元に戻った。

今一度周囲を確認する。

 

「クリア」

 

そう締め括った。

制圧完了。

 

司令室内は乱雑に荒れていた。

出入り口に向かってひっくり返されたテーブルや急遽用意したであろう積み重ねられた土嚢。そしてここにも通路同様に戦術人形の残骸や人間の死体が幾つか転がっている。そこから察するに、ここで籠城していたが鉄血の攻勢に耐えきれず制圧されてしまった、というのが顛末であろう。

 

周囲に転がっている様々な弾種の空薬莢が転がっているのが、何だかとても虚しく見えてしまう。

 

「あ・・・」

 

遅れて司令室に入ったライトが、何かに気付き小さく声を漏らした。

 

その視線の先には、コンソールに凭れて息絶えている、一人の男性の死体があった。

鉄血兵に殺されたのだろう。身体中の至るところにDEWで撃たれたのであろう。服は焼け焦げ、肌には炭と化した部分が見受けられる。まるで抉られたように肉が無くなり焦げた骨まで見える部分すらある。しかし、かけていたサングラスを外してみれば顔は比較的綺麗に残っており、判別に支障はなかった。

床に広がっていた血溜まりは乾燥して固まり、どす黒い染みになっている。

兵士なのだろう。黒いシャツの上にタクティカルベストを着用している。が、いずれもボロボロにされている。

その右手にはバトルライフル、ヘッケラー&コッホのHK417A2が握られており、周囲に7.62mm弾の空薬莢が転がっている。彼もここで戦っていたのだろう。

 

「ライト、彼が誰かわかるか」

 

「・・・アレクセイ・ヴォロノフ。ここの指揮官だった。コードネームはмолния(モルニヤ)

 

「・・・電撃(モルニヤ)、か。そうか」

 

ブランクはG17Cをホルスターに収め、アレクセイの死体の前に片膝をついてしゃがむ。

 

「はじめまして、アレクセイ・ヴォロノフ指揮官。迎えが遅くなり申し訳ありません。ここから先はお任せください。志半ばで途絶えてしまった貴方の意思は、自分が引き継ぎます。貴方の無念は、自分が晴らしてみせます。ゆっくりと、お休みください」

 

すっと立ち上がる。身なりを整え、足を揃え、背筋を伸ばし、敬礼する。

ライトも、すぐにブランクの横に移動し彼と同様に敬礼。悲しげに目がしぼみ、かげりのある顔を隠すように表情を引き締めて、上官になるハズだった男と向き合った。

 

彼は戦ったのか否か。彼の最期はいかなるものだったのか。今となっては真相は分からない。

 

だが少なくとも、彼は逃げなかった。逃げずに死んだ。

基地を枕に逃げずに死んだ。

敬意を払うべきだと、ブランクは思う。

ただ、これ以上の敬意の払い方を知らないのが悔やまれた。

 

その時、カシャンと。何かが落ちる音がした。

見れば、あれほど固く握られていたアレクセイの右手からHK417が離れていた。まるで、あとは任せたと告げる代わりのように。

 

「失礼」と一言添えて、ブランクは417を手に取る。AK-102とは違う重厚な質感を覚える。M4カービンの独自改良版であるHK416を7.62×51mm仕様へ口径を拡大化させたHK417は保守性、耐塵性に優れ、泥水に浸けた直後でも正常に動作するほど高い性能は、そのまま信頼性へと繋がっている。

細かな傷こそあるが、内部に異常はなさそうだ。ボルトの動作は非常にスムーズで、レシーバー上部に装着されたEOT社製512型ホロサイトも健在だ。

アンダーバレルにはバーティカルフォアグリップ。従来品と比べると少し太いが、フィンガーグルーブが施されているため握りやすい。これならハンドリングはもちろん7.62mm弾の強い反動も抑えやすいだろう。

 

総評すれば、良い銃である。

アレクセイのベストから予備弾倉を拝借し、自身のベストのマグポーチに収めていく。

通常通りの20連装弾倉だが、AK-102の5.56mm弾が詰まった30連装弾倉よりも重く感じる。

 

機関部に挿し込まれたままの空弾倉を抜き、新たな弾倉を叩き込む。弾倉の中身はI.O.P社が提供するM61徹甲弾これならば、強固な鉄血兵の外殻も容易く貫ける。

チャージングハンドルを引き、再度少しばかりボルトを引いてチャンバー内に弾薬が装填されたかを確認。

 

「お借りします」

 

立ち上がり、417にスリングを繋いで腰にぶら下げる。

そして、コンソールへと視線を向ける。

 

「コントロール。こちらアルファ。基地の司令室に到着。これより基地の全制御を奪い返す」

 

『なっ・・・!』

 

ブランクらが生きていることを予想していなかったのか。コントロールことヘリアントスは驚き酷く狼狽している。が、そこは流石に上級代行官か。咳払いをひとつしてすぐに気を取り直した。

 

『こちらコントロール、了解した。君の権限では端末にアクセスしても弾かれるだろう。アップリンクしてくれ。そうすればこちらで制御を奪える』

 

「了解」

 

予めグリフィンから受け取っていたPDAをコンソールに接続。早急にアップリンクを済ませる。

こうしている間にも、鉄血兵は侵入者である二人を抹殺せんと外から雪崩れ込んでくる。屋内ならば戦力が限定されるとはいえ、侵入前に確認しただけの数が一度に来たなら流石に対処しきれない。

 

すぐに対応できるようライトには通路を見張ってもらう。場所的に、司令室から見て左右二方向に警戒する必要がある。なので、司令室にある遮蔽物となりそうなテーブルや、制圧前に誂えたであろう土嚢を通路に放り出し、左右どちらからも対応できる即席のバリケードを作り上げる。MG人形の出力ならば造作もなく準備が出来る。

その間にもアップリンクは完了。ヘリアントスが制御を奪ってゆく。

 

『すまないが、問題発生だ』

 

神妙な声色で、ヘリアントスが切り出した。

 

「どうしました」

 

『予想以上に基地の制御を鉄血に侵食されている。完全に奪還するならば一度フォーマットして再起動をかける必要がある。つまり、時間がかかる』

 

「それだけなら大した問題にはなりません。つまり他に何かがあったと。何がありました?」

 

『屋外射撃場にて待機していた複数の鉄血兵が起動。たった今、基地の内部に突入していくのをドローンのカメラが捉えた』

 

「・・・全部ですか」

 

『全部だ』

 

眩暈を覚えた。つまり、外で見たあの200体近い鉄血兵全員が今この司令室に向かって全力で進行中ということだ。最悪の状況である。

やはり簡単にはいかないようだ。

 

『これより制御の奪還作業に入る。それまで持ちこたえてくれ』

 

「・・・了解」

 

やるしかない。そう覚悟を決めて踵を返す。そこで、足先に何か当たったのを感じた。落ちていた空薬莢でも蹴飛ばしたかと下を見てみれば。それは空薬莢ではなく、アレクセイが先程までつけていたサングラスだ。手に取ってみて初めて気づいた。これはサングラスでは無く、スマートグラスだ。些か古いが、まだ使える。

 

光増式と熱探知を併用したENVGに、後方散乱X線を使い壁の向こう側を透過できるマグネティック。

音響を視覚化するサラウンドインジケーター。

これらの機能は十全に使えるようだ。

 

実にありがたい。アレクセイは良いものを使っていたようだ。これも借りていく。

 

コンソール近くには見るからに頑丈そうなケースが幾つかあり、蓋を開けてみればHK417の予備弾倉が大量に収納されているのを発見。他にも手榴弾が合計10個ほど。アレクセイらは、これを使う間もなくやられてしまったのだろう。

同時に、司令室にはちょっとした小部屋が隣接されていた。中に入ってそこのロッカーを開けてみれば、中にはHK21Eと100連装ボックスマガジンが5個ほど置いてあった。どうやらアレクセイはドイツ製がお好みだったようだ。生きていれば気の合う友人になれていたかもしれない。ありがたく使わせてもらう。

HK21Eの機関部にベルトリンクされた7.62mm弾を装填する。

 

銃器と予備弾倉を抱えて通路に出る。

両サイドからの銃火に対応できるようテーブルや土嚢でバリケードが出来ている。司令室からみて左側をライトが。右側にブランクがついた。

 

ライトはバイポッドを展開し、中機関銃を土嚢の上に載せている。誰もいない。敵が来るかもしれない通路の先へ、8.6mm口径の銃口を向け続け、待ち構えるその姿は正しく銃座そのもの。

 

なるほど、これが戦術人形。この短時間で、戦う術を身に付け、戦いに適した精神を会得している。

 

「ねえブランク。これで最後なの?」

 

3倍率タックスコープ越しに映る通路から目を離さないまま、ライトはそう問いかけた。とても落ち着いた口調だ。そこには、もう頼りなかった少女の姿はない。今ブランクの背後にいるのは、背中を預けられる戦友そのものだ。

 

「そうだ。これが最後だ」

 

ブランクも、視線を通路の先へ向けたまま応える。

背中を預けてくれる戦友の背中を守る。ようやく彼女はこちらに追い付いた。ようやく対等になれたのだ。

HK21Eのハンドガードを土嚢の上に置くようにして保持し、ブランクも待ち構える。

 

やがて、足音が聞こえてきた。硬く、重く、そして大勢の足音だ。まっすぐこちらに向かって来ているのがわかる。

 

『システムを再起動する。備えろ』

 

ヘリアントスの厳とした声が無線機に飛び込んでくると同時に、通路の非常灯以外の照明が一斉に落ちた。

再起動が始まった合図だ。

 

足音も止んだ。ブランク側の15メートル先にあるT字路にて身を隠しているのが、スマートグラスのマグネティックで確認できた。

 

そっと手榴弾のピンを抜き、安全レバーを外す。

 

「生き残るぞ、相棒(バディ)

 

All right.(もちろんよ)

 

安全レバーを外してからきっかり2秒。手榴弾を投げる。壁にバウンドさせT字路に隠れている敵の足元へと転がす。

 

瞬間、炸裂。破片手榴弾はその名が示す通りに爆発によって生じた衝撃波と破片を撒き散らす。それほど広くない通路での爆破は、従来以上の威力となって鉄血兵に襲いかかった。

 

ライト側にも動きがあった。通路奥の暗闇からまるで涌き出るように鉄血兵がぞろぞろと現れた。

 

「攻撃開始」

 

迫り来る敵に向かって引き金を引いた。LWMMGの銃口から放たれる.338ノルママグナム弾は重厚な銃声を奏で、次々に鉄血兵を破壊していく。

 

そこに7.62mm弾の連続した銃声も重なった。

HK21Eによる連続射撃。空薬莢とベルトリンクが続々と排出されていく。

 

迫り来るリッパーやヴェスピドが姿を見せてはコアごと躯体を撃ち砕かれその場に倒れ伏せる。

 

大きなシールドを携えてガードが2体並んでやってきた。7.62mmでなら貫けるし、貫けなくとも動きを止める程度にはなるが、そのシールドのせいで弾丸の威力が相殺されてしまい致命傷に追い込むには時間がかかる。ましてやそれが複数であるならばなおのこと。

 

HK21Eで制圧射撃を行いながら、平行して手榴弾のピンを歯で噛んで引っこ抜いて安全レバーを外す。投擲。床に転がすようにして放たれた手榴弾はガードの足元へと滑るようにして転がっていき、やがて炸裂。頑丈なシールドがあったとしても、足元で爆発されてはどうしようもない。

 

ここでHK21Eに装填されていた弾薬が切れた。空になったボックスマガジンを機関部から外して放り捨てる。すぐ足元に用意していた予備弾倉を手に取り機関部に装着。そこから延びるベルトリンクされた7.62mm弾を機関部へと持っていく。

 

装填が終わる頃にはリッパーが残り10メートルのところまで接近していた。毎分800発のフルオート射撃によって接近を許したリッパーに大量の風穴をこさえさせる。

が、それだけ戦線が押し戻されてしまう。敵もやられたままであるはずもなく、鉄血製DEWから放たれるエネルギー弾によって弾幕が形成される。咄嗟に頭を下げてやり過ごす。何発かの流れ弾がライトのすぐ横を通過し、それが彼女が対応している逆サイドから接近していた別の鉄血兵に着弾。火花を散らして破壊された。

 

今のは運良く同士討ちになってくれた。だが100連装ではとてもじゃないが足りない。ライトが今背負っているようなアサルトパックによる長時間の連続射撃が出来なくては対応しきれない。

 

「代行官!再起動まであとどれくらいですか!?」

 

『あと5分程度だ。耐えろ』

 

「5分程度と来たか・・・!」

 

憎々しく毒を溢す。これだから現場を知らないキャリア組は好きになれない。

その5分が途方もなく。それこそ永久にも思えるほどに長くなる事をブランクは経験から知っている。

 

 

HK21Eを構えて応戦する。

その際エネルギー弾がブランクの頬を掠めていった。銃弾とは違う異質な熱さを覚える。

それでも怯まず迫り来る鉄血兵に向かって銃を撃ち続ける。

 

「しつこい・・・!」

 

ライトも一向に数が減らない鉄血兵達に向かって憎らしく呟く。ASSTによって、バレルの先端部分の温度が徐々に上がっていくのがわかる。本来なら、ここまで連射して使うことはない。3点バーストのように指切りをして反動と温度の上昇を抑えていくのが通常だ。だが今の状況的に、弾幕の形成を少しでも薄くしたり、ましてや途切れさせてしまえば、敵に詰め寄られ攻撃させる隙を与えてしまう。

 

床に転がる空薬莢とベルトリンクが増えていくと同時に、通路に倒れる鉄血兵の数も増えていく。それが結果的に敵の進行遅延にも繋がっているのが不幸中の幸いか。

とへいえ、対処しなくてはならない敵が減ると言うことではないのだが。

 

『再起動まであと3分だ』

 

やっとか。という言葉が思い浮かぶも声には出来なかった。そこまでの余裕がない。

 

その時、LWMMGの機関部から銃声ではなく、小さく乾いた金属音が虚しく響いた。

 

「ブランク!弾が切れた!」

 

「クソ!使え!」

 

恐れていた事態が起きた。

敵の進行を抑えていた彼女の半身たる中機関銃はただの鉄の塊と化してしまった。すぐにブランクは使っていたHK21Eをライトに投げ渡し、ついでとばかりにボックスマガジンを乱暴に蹴飛ばすようにして彼女の足元へと送る。

 

間髪入れず、手榴弾二つを手に取りそれぞれの方向へ投擲。5秒後に炸裂し、迫ってきた敵を仕留める。

足が止まったタイミングを利用してブランクはHK417へと切り替えフルオート射撃。AK-102のような軽い反動とは違い重く強いリコイルがブランクの肩にぶつかる。

 

流石は7.62mm。5.56mmとは弾丸そのものの重量が違うのもあって、胴体に一発でも当たってくれれば仕留めきれずとも動きを止めるほどのマンストッピングパワー。バトルライフルは頑丈な鉄血兵に対して非常に有効なようだ。

 

ただし、装弾数が些か少ないのはあまりよろしくない。敵の数に対して20連装の通常弾倉ではすぐに弾が切れてリロードを挟む必要が出てきてしまう。それだけリロードの間隔が短くなれば、敵の接近も許してしまう。

 

ライトも、そのリロードに苦戦を強いられていた。同じベルトリンクの銃とはいえ、LWMMGとHK21Eとでは勝手が違う。スティグマで繋がっているわけでもない銃のリロードには、どうしても時間がかかってしまう。

 

その隙に、敵が銃撃しながら前進してくる。射線上にいるのは自分だけではなくブランクもいる。これでは応戦しようにも何もできない。

こうならない為に弾幕を形成し、敵に攻撃をさせないようにしてきたのに。

それでも、ブランクは懸命に応戦している。遮蔽物の土嚢からも砂が溢れていき、少しずつ遮蔽物としての機能が無くなっていく。

 

「ぐぅっ・・・!」

 

エネルギー弾がブランクの左肩を掠めた。戦闘服は焼け焦げ、肌を焼く。

こうしてはいられない。ライトも身を乗りだしHK21Eを構えて射撃再開。

 

「ぎっ・・・!」

 

が、ライトの左腕をエネルギー弾が掠めていく。生体部品である人工皮膚が焼け落ち内部の配線が剥き出しになる。

 

しかし怯んではいられない。

崩れかけた姿勢を即座に建て直し攻撃を続ける。

 

もう何体倒したのだろうか。10体?20体?それとももっと?

その割りには数が減った気がしない。それもそうだ。外にいた200体近くが一斉に動き出したのだ。

10体20体破壊したところで大した影響はないのだろう。

 

やつらは撤退なんかしない。たかだか二人の侵入者の為に撤退なんかしてはやらない。数の暴力で押し潰す。

 

いよいよをもって、鉄血兵は間近に迫ってきた。

 

「はあ・・・クソッタレ」

 

口汚くブランクは溢した。あれだけあった弾がもう尽きた。もう一発も残っていない。

ライトも同様であった。彼女の足元に転がっているボックスマガジンは全て空。

敵はまだ見えるだけで10体以上。つまり見えないところにまだまだ大量にいるということだ。

 

結局、間に合わなかったということらしい。

最後に残っているのは、手榴弾が4つ。そして、ナイフが一本。

 

「・・・あと5体くらいはやれるかな」

 

それが限界だろう。ブランクは一つ息をついた。

 

その時、ライトがいきなりブランクを抱き締め、覆い被さるように床へと押し倒した。

 

「ブランク・・・ありがとう。ここまで連れてきてくれて」

 

「何・・・?」

 

突然の事に困惑するブランクとは対称的に、眼前のライトの顔には一切の陰りはなく。一切の無念などなく。ただ満足げに微笑んでいた。

 

「私だけでも、貴方を護る」

 

「・・・そうか」

 

あえてそれ以上は言わなかった。ライトがやられれば次は間違いなくブランクがやられる。つまり意味など無い。それでも護ろうとしてくれた彼女に、そんな無粋を告げる気は起きなかった。

 

だからありがとうと告げる代わりに、そっと彼女の頭を撫でた。

 

3体のヴェスピドが土嚢を越えて二人に照準を合わせる。

DEWの銃口の奥には、青緑色の光が見えた。

 

ブランクはそっと目を閉じ、そして待った。撃たれる瞬間を。

 

しかし、一向にエネルギー弾は撃たれず、ただただ時間だけが過ぎていく。

 

目を開ければ、ヴェスピドはDEWを構えた状態のまままるでマネキンのように硬直していた。

 

ライトもその事に気づき、顔を上げてみればどういうことなのかと疑問符を浮かべている。

 

『すまない。遅くなった』

 

そんな時にヘリアントスから通信が入る。

 

『システムの再起動が完了した。指揮システムを利用していたのでな、そのまま停止信号を送った。鉄血の信号も途絶えた。アルファ───いや、ブランク。君たちは任務を成し遂げた』

 

「・・・終わったの?」

 

「そのようだ。・・・だからいい加減降りてくれないか?」

 

「あっ、ゴメン」

 

ライトは飛び退くようにしてブランクから離れた。ブランクも起き上がり、体を引きずるようにして土嚢まで行き、背中を預けた。

 

『君たちはこちらが示した条件を満たした。今度はこちらの番だ。約束通り、君を正式にグリフィンに迎え入れる』

 

「ありがとうございます。ヘリアントス上級代行官」

 

『ヘリアンで構わない。・・・さて正式に君の名前を決めねばな。いつまでも名無し(ブランク)のままというのもな』

 

「それなんですが、こちらで希望を出してもよろしいでしょうか」

 

『ふむ・・・他に使われていなければ構わない』

 

これは今しがた思い付いた事だった。

この基地の前任がモルニヤで、彼から預かった銃はどれもドイツ製。それならば自分は、あの名前を使いたい。

 

「でしたら────」

 

彼は静かに、思い浮かんだ名前を告げた。

 

 

 

 





ぶっちゃけ過去編ってだけでもうどうなるかネタバレしてるような物だよね。
という感じで次回で過去編がやっと終わります。
近い内に作品でデカいイベントやるからね、ちゃっちゃと次いきたいわけですよ


活動報告にて、ちょっとしたアンケートを実施しています。よかったらご協力をお願いします
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=263954&uid=262411


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Ex-OPS.1-6 工程終了

締め切り前にスキンガチャをブン回してたらDSR-50のスキンが出てきました。
でも本人がいないんですよ。渡せないんですよ。

遂にAK-15とRPK-16が実装されましたね。資源足りるかな・・・?




S10基地を奪還するという、無茶な作戦から数日。その数日は怒涛の如く忙しい日々であった。

 

まず、国籍の無いブランクは自身の身分を証明出来るものが無い。というより、軍から戦死扱いとなっているブランクは世間的には既に死んでいる。

なので、グリフィンに属している間だけ使える身分証明書が新たに作られた。

幾らグリフィンが大手と言っても、人間一人の国籍を早急に作り上げる事は出来ない。

だが、グリフィン内部で作り上げるだけなら可能だ。

 

それから形式的な入社試験。筆記と面談を受けた後、射撃訓練場にて射撃能力や銃器の取り扱いのチェック。

筆記と面談はともかくとして、射撃と銃器の取り扱いについては文句無く、銃の分解組立においては最速記録を叩き出した。

 

が、その反面。指揮に関しては芳しくはなかった。

現場で判断出来る程度の指揮能力はあっても、大局的な戦術指揮は人並み程度、平均的であった。

 

本来なら、グリフィンの指揮官として雇用するには些か能力不足と言わざるを得ず、採用は見送られたことだろう。が、先の無茶な任務の成功。それに伴う報酬という名の約束事によってブランクは正式にグリフィンに雇用される形となった。ヘリアントス上級代行官は、その気になれば反故に出来た約束をきちんと守り、履行した。

 

そういった経緯を経て、ブランクはS10地区司令基地担当の指揮官として着任。現在、損傷した基地の修復を本部が抱える基地の設営及び修復を専門とする部隊の到着を待っているという状態だ。

 

その数日間に、ブランクは一人で現状把握に務めた。

陽が昇り明るくなった事で基地の損傷具合が明確に分かった。

 

基地の外壁はもちろんのこと、ヘリや移動用の車両が格納されていたであろう格納庫も木っ端微塵。積み上げに失敗したトランプタワーが崩れたように見事にぺしゃんこにされていた。

当然、中にあった車両類は全て使いものにならない。

資材を備蓄していた倉庫に至っては態々豪勢に燃やされていた。

ひとまず、ブルーシートを使って穴の空いた壁や天井を部分的に覆う形で塞いだ。

 

基地内部も、所属していた人間たちの死体に人形の残骸。破壊された鉄血兵らが山のように転がっている。

人形の残骸は一旦全て外に出して一纏めに。鉄血兵も別に分けて一纏めに。

 

人間の死体に関しては、ブランクは丁重に一人一人棺桶に入れていき、屋外射撃場に整然と並べていく。

棺桶は予め本部が用意してくれていたので、ありがたく使わせてもらった。

血や泥、埃。焦げてしまった所も、可能な限り綺麗にして。並行して身元の照会も行う。幸いにして、グリフィンの社員証を持っているのが多かったため。照会にはそれほど手間はかからなかった。

 

全員を棺に収めた頃には、陽も暮れてしまっていた。

多かった。総数にして43名。それだけの人間が、たった一晩で散っていった。

 

それらと向かい合う形で、ブランクは立った。一番手前の棺には前任指揮官であるアレクセイ・ヴォロノフを納めた。

その棺の上に、傷だらけのスマートグラスをそっと載せた。

ブランクの手には彼が死の直前まで使っていたHK417A2が握られている。アタッチメントの類い全て外されている。

 

空のマガジンを一つ取りだし、そこに7.62mmの空砲弾を3発、ゆっくりと噛み締めるように装填。それから417の機関部に挿し込んだ。

 

「ブランク」

 

後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある女性の声だ。

視線だけ振り返って見れば、共にこの基地を取り戻した戦友である戦術人形、LWMMGことライトが立っていた。肩にはスリングを使って半身である中機関銃を提げ、大きなバックパックを背負っている。

 

ライトがそっとブランクの隣に立つ。

 

「腕はもういいのか」

 

「もう大丈夫。直ったわ」

 

着ていた赤いジャケットの袖を捲り上げて腕を見せる。あれほど痛々しい損傷が、まるで元々無かったかのように綺麗に直っている。これこそが戦術人形の持つ利便性の一つであろう。どれほどの深手を負ってしまったとしても、資材があればいくらでも修復できてしまう。

 

「・・・弔ったの?」

 

ライトが眼前に広がる43の棺を見ながらに問う。

 

「これからだ」

 

ブランクはそれに短く答え、417を持ち直し、構えた。

 

チャージングハンドルを引き、マガジン内の空砲をチャンバーに装填。銃口を斜め上に向け、トリガーを引く。

夕暮れの空の下、乾いた銃声が屋外射撃場に響き渡る。

チャージングハンドルを引いて使用済みの空砲を排莢する。弾頭の無い空砲では火薬の燃焼による反動は小さく、ガス圧作動方式のHK417でも遊底を後退させられないため、自動的に排莢が出来ないからだ。

 

また一発撃ち、ハンドルを引く。

最後にもう一発撃ち、銃口近くのバレルを持ってストックを地面に付ける。所謂立て銃にしてから、敬礼をもって締め括った。

本来ならば複数人で行うべき弔銃を、一人で行うために色々な動作を省き、組み合わせた。これで弔いになればいいが、これ以上の弔い方をブランクは知らない。

 

一つ息をついてからブランクはライトに向き合った。

 

「待たせた」

 

「待ってないよ」

 

ライトはバックパックを下ろして、中から一つの書簡を取りだしブランクに差し出した。

 

「コレ、ヘリアントス上級代行官から」

 

書簡を受け取り、中身を見る。

グリフィンがブランクを正式雇用する旨と、彼をこのS10地区司令基地に着任する辞令。身分証明も兼ねた社員証といったものが入っている。

 

その中で一番彼の目を引いたのは、彼のコードネームについて記述した欄であった。

 

「希望通り、だね」

 

「そのようだ」

 

「これから大変よ」

 

「そうだな。やることが山ほどある。成果と実績を上げ、ヘリアントスの信頼を得ないといけない。その前に基地の修復もあるし、人手も資材も足りない。今この基地は、ないない尽くしの零細基地だ」

 

ブランクはボロボロな様相の基地の外観を見遣りながら、若干投げやりに告げた。

今彼の手元にあるのは手酷い損傷を被った建築物と、前任指揮官が遺してくれたバトルライフル一挺。まるで砂上の楼閣。いや、廃墟然とした今の姿では楼閣なんてとても呼べない。ともすれば、すぐに跡形もなく崩れ落ちる。

 

「・・・やめるなら、今のうちだぞ」

 

ポツリと、ブランクは基地に視線を向けたままライトに告げる。

 

「見ての通り、現状この基地の有り様では将来性など皆無。復興したとしても、果たしてまともに任務を受けられるか。おまけに鉄血にはこの基地の居場所まで特定されてる。いつまた襲ってくるか知れない状況だ。今なら、キミの所有権をI.O.Pないしグリフィンに返上出来る。その後はどうなるかは分からないが、少なくとも今よりももっと上等な基地で良待遇を受けられる。キミが望むなら、上官に掛け合う」

 

淡々と語るようでいて、ブランクのその言葉の端々には一抹の寂しさのようなものが滲んでいた。短期間とはいえ共に戦場で過ごし、死線を潜り抜け、修羅場を越えてきた。彼にとっては、グリフィンで出来た初めての仲間。その仲間を思えばこそ、見通しの立たないここよりももっと良いところで活躍してほしい。

 

正式な辞令が出てしまった以上、自分はここを離れられない。

このままライトが着いてくると、自分と共にこの基地で朽ち果てることになるかもしれない。

 

そこまで考えての提案であったのだが、ライトの顔は彼の不安げな物と対称的で、神妙な面持ちだった。

 

「私はここにいるよ。何処にも行かない」

 

「ライト」

 

「何を言われても譲らない。絶対に」

 

体をブリッツの方へと向けて、ライトはスリングで吊るしていたLWMMGのグリップとハンドガードを持つ。

 

「決めたのよ。私はアナタの銃になる。だから、アナタの傍においてほしい」

 

一歩だけ下がり、ライトは敬礼する。

 

「本日よりこのS10地区司令基地に着任することになりました、LWMMGです。私の事はライトとお呼びください」

 

まっすぐ揺らがぬままに、その青い瞳をブランクに向ける。それは決意の表れだ。

おそらくきっと、自分で言ったように何を言われても譲らないのだろう。だったら、受け入れるしかない。

 

────本音を言えば、残ってほしかった。何でここまで彼女を思ってしまうのかは分からないが、心のどこかでは共に来てほしいと願っていた。きっと気に入っていたのだろう。だから嬉しかった。

こんな自分に着いてきてくれる。自分なんぞの銃になってくれる。嬉しくないわけがない。

 

彼女は名乗ってくれた。ならば今度は自分が名乗ろう。もう名無し(ブランク)ではないのだ。改めて名乗る必要がある。

 

そっと、彼も答礼する。

 

「本日よりS10地区司令基地を担当する、指揮官の"ブリッツ"だ。よろしく頼む」

 

「よろしくお願いします、ブリッツ指揮官」

 

────後にこの二人を起点として、様々な任務を経てS10基地は大きく発展していくことになるが、当の二人はまだそのことに気付くことはない。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

意識が戻っていくのを感じる。閉じている瞼の向こうからうっすらと照明かなにかの光が見える。

 

瞼を開ける。真っ先に目に入ったのは、あのおぞましく蠢いていたマニピュレーターが、天井部分で規則正しく折り畳まれ、少し趣味の悪いシャンデリアと化している光景であった。

 

横たわっていた診察台から上体を起こす。

 

「おっ?起きたね」

 

ライトの意識が戻ったことに気づいたペルシカリアが、キャスター付きの椅子に座ったまま滑るようにしてコンピューターの前から診察台へと移動する。

 

「気分はどうかな」

 

「これといって特には・・・」

 

「そっか。ならちゃんと出来たようね」

 

極稀にメンタルに異常をきたす事があるから、という何とも不安を抱いてしまう一言を告げるペルシカリアに、ライトは口をへの字に曲げて「本当に大丈夫なの?」と目で訴えかけるが当の本人はケラケラと笑うばかりである。

 

念のためセルフチェックを掛けてみるが、異常らしい異常は何も検知されない。今すぐどうこうといった事はなさそうだ。

 

それと同時に、改めて自分の姿を見る。随分と意匠が変わっている。

いつも羽織っている赤いジャケットはいずこにか。代わりに深い紺色のシャツにホットパンツ。浅葱色のネクタイを着用している。

髪型も変えられている。今までハイツインだった髪型がローツインに代わり、服装の印象に合わせてか落ち着いた雰囲気を醸し出している。

左腕と右足には外骨格が装着されている。二の腕と手首に。大腿部と足首に、それぞれベルトで固定されており、簡単に脱着が出来そうである。

 

ある程度見た目だけ自分の変更点を確認できたところで、ペルシカリアが声をかける。

 

「先に説明した通りに電脳のアップグレード、高性能な射撃管制コアへの交換とモジュールの搭載。素体の改良に専用の強化外骨格の装着を施した。

外骨格に関しては機動力の補助だけでなく、射撃時に射撃管制モジュールと連動して反動制御(リコイルコントロール)が出来るよう設計されてる。今までより精確な攻撃が出来るだろう。それに伴って、銃の方にも改良が加えられた」

 

まあ私は銃は専門外だから、担当したスタッフの説明をそのまま伝えるよ。と言って、ペルシカリアはヨレた白衣の内側からこれまたシワのついたメモ用紙を取り出す。紙そのものは新しい辺り、彼女の性格の一部が垣間見えるようである。

 

「外骨格によるリコイルコントロールが可能になった分、機関部に手を加えファイアレートを毎分500発から600発まで向上。あとは銃本体の放熱性の向上と反動軽減装置(リコイルバッファー)の改良強化。更に外骨格のパワーアシストがあるからこれまで通りか、それ以上の機動力を確保したまま銃撃を敢行出来る。・・・とのことよ」

 

説明を聞いた限りでは、かなりの戦闘効率の向上が見込めるのではないだろうか。最後のどこか他人事のような締めを除けば、中々期待の持てる改修であると言える。

特に気に入ったのがリコイルコントロールだ。フルオート時のリコイルコントロールの性能次第では、今までバラ撒くばかりであった移動時の銃撃が効果的に出来るようになるかもしれない。

 

「で、これがあなたの銃よ」

 

何とも重そうに、ペルシカリアがコンピューターの横に置いていた黒いガンケースを引っ張りだし、顔を赤くしながら持ってくる。LWMMGは全長1244.6mmと、大型ながらもその重量は10キロ程度と比較的軽量。なのだが見た目からわかるようにインドアな彼女にとっては例え10キロでもかなりの重量なのだろう。

慌てて受け取り、ケースを先程まで自分がいた診察台に載せて開く。中にはライトの半身であるLWMMGが分解された状態で収まっている。

ASSTで繋がり、かつ訓練で幾度となく分解組み立てを繰り返しているライトからしてみれば、こんな単純な組み立てなど目を閉じた状態でも10秒足らずで完遂出来る。ベルトリンクの装填も無いのなら更に短い。

その様子にペルシカリアは「おー」と感嘆の声を上げて拍手して見せた。

 

瞬く間にLWMMGを組み上げたライトは改めて銃の外観を見る。

真っ黒だった機関部はタンカラーに変更され、レシーバー上部にはトリジコンのACOG 6×48 MGOが装着されている。

 

試しに構えてみる。

しっくりくる。真っ先にそう感じた。何もかもが丁度良い。まるでパズルのピースがピタリと嵌まるように。もしくは歯車が寸分の狂いもなく噛み合うように、自身の素体と銃本体が実に馴染んでいる。

 

2キロ先の敵の頭部に全弾撃ち込めてしまえそうな程、今この中機関銃は万全に仕上がっている。

 

Beautiful.(素晴らしい)

 

思わずそう呟いてしまった。

 

その呟きが聞かれてしまったのだろう、ペルシカリアがニヤニヤと笑ってライトを見ている。

それがなんだか恥ずかしくて、ライトは急いでLWMMGを分解しケースに収めた。

やることは終わったのだ。もう引き上げたっていいだろう。性能チェックは基地に戻ってからでも遅くはない。

 

「お世話になりました。性能チェック等についてはまた後日レポートに纏めて送付いたします」

 

「そうしてくれると助かる。なにかあったら遠慮なく連絡してくれていいから」

 

「わかりました。それでは失礼いたします」

 

深々と頭を下げて、バッと上げてすぐに銃の入ったケースを持って出入り口へとスタスタと歩いていく。流石は戦術人形か。10キロ以上あるケースを持っても全くフラつくこともなく真っ直ぐ歩いていく。ライトが部屋を出ていけば、研究室には静寂が訪れた。聞こえるのは機材の稼働音と空調の音だけだ。

 

「・・・さて、私も仕事をしましょうか」

 

気持ちを切り替える意味で、彼女は一人きりになった研究室の中で一つ息をついた。

 

少し前、とある組織に属している人間と戦術人形たちの活躍によって、鉄血工造のハイエンドモデルが一体鹵獲された。ハイエンドモデルから抽出したサンプルデータ。そのコードの解析をペルシカリアは最優先で遂行するべき作業と定め、調査している。

が、どうにも進捗は芳しくはない。近々適任な人物がここに来る、ということらしいが果たしてどんな人物なのか。

 

「前途多難、ってところかしら」

 

小さく呟いて、淹れたばかりの代用コーヒーを一口啜った。

 

「ペルシカァ!」

 

その時、研究室と通路を隔てる自動ドアが開かれ、一人の男の大声が部屋の中に響き渡った。

しかしペルシカは「ああいつものか」とこれといったリアクションは取らず、代用コーヒーの入ったカップに口をつけたまま声のした方へと椅子を回して見遣った。

 

そこには黒いボサボサ頭に、牛乳瓶の底を思わせるようなメガネをかけた、ペルシカリアと年が近いであろう男性が立っていた。

 

「・・・アレン、いきなりどうしたのよ」

 

「聞いてくれペルシカ!私が研究開発しているBAWS(バウス)が遂に形となったのだ!たしかキミ元正規軍人の男と知り合いになったと言っていたな!?私に紹介してくれ!是非その男に使ってもらって所見が聞きたい!」

 

相変わらず武器が関わっているときの勢いがすごいなと、ペルシカリアはコーヒーをまた一口啜りながら思った。

このアレンという男、とても優秀な武器兵器に研究開発担当なのだが、熱意がありすぎるあまりこう言ったテンションで時おりやってくる。

 

ちなみに、ライトのLWMMGを改修したのもあのアレンである。

 

さて、自分の中での元正規軍人の知り合い。おそらく、というより間違いなくブリッツのことだろう。

確かに、彼ならあの研究中の兵器について色々有益な助言をくれるかもしれない。

 

しかし、問題がある。

 

「紹介するのはいいけど。彼、今怪我で入院中よ」

 

親指だけで逆立ち出来るくらいには元気だけど、とは言わない。

 

「むう・・・!ならば仕方あるまい。退院して落ち着いたようなら教えてくれ。私はその間に更にBAWSを詰めてみる」

 

「はいはい、わかった」

 

彼のこういうダメな時はすぐに引いてくれる性格はありがたい。アレンは回れ右で研究室から出ていった。

 

どうも、ブリッツと関わるようになってから自身の回りで彼の影がチラつくようになってきた。

先のライトといいアレンといい、ブリッツには引き寄せられる引力のようなものがあるのだろうか。

 

「全く、興味深いね。これからどうなるのか」

 

ペルシカリアは笑った。あくまで傍観者の立場にある者として、彼と彼にお関わりのある者がどうなるのか。その最果てがいかなるものか。それを見届ける側の人間として、彼女は静かに笑った。

 

 




これにて過去編及びライトさん強化イベントは終わりです。
ゲームもそうですけど作品でもやることが多くて詰まり気味なのでサクサクいきたいね!サクサク!


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Ex-OPS.2-1 ―教導依頼―


この作品でやたらとウケの良かった訓練回です。
とある地区の人形たちがブリッツのとこに訓練を受けに来るらしいっすよ


 

「R15地区前線基地から・・・教導依頼だと?」

 

ある昼下がりのS10地区司令基地。その司令室にて、事務仕事(デスクワーク)に勤しんでいた指揮官のブリッツは、今しがたナビゲーターより告げられた仕事内容を、思わず怪訝な様子でオウム返ししてしまった。

副官のライトも、「ああまたか」と小さく息を溢す。

 

というのもここ最近、他の基地からの教導依頼が多く寄せられているからだ。中には「対価を払ってやるからS10の人形をウチに寄越せ」というものまで。

寄越せという不躾な要求は例外無く突っぱねているが、教導となると話は変わる。

 

鉄血との戦争において、グリフィンの戦力向上は急務だ。とはいえ新兵器を投入するだけのコストを捻出できるだけの余裕はあまりない。

であるならば必然的に、保有している戦力のアップグレード。つまりは人形の練度向上という手段が主となる。

 

そこで何故S10基地に依頼がくるのかと言えば。

ブリッツは以前から戦場で保護した人形たちを教導した後、基地に残るか別の基地に移るかを選ばせていた。S10から他所の地区へと移る人数が増えた結果、ブリッツとS10基地の存在が広く知れ渡る事となった。

 

評価についてはありがたいが、その結果業務が増えるのは正直よろしくはない。

この状況で本業が来たらどうするのか。

 

そういった懸念から出てしまったのが先のオウム返しだったのだが、それら一切を気にせず、ナビゲーターは何でもない様子で「はい」と返した。

 

『R13地区担当のローズマリー・ムーン上級指揮官からの紹介、だそうです。念のため彼女の方に確認を取りましたが、間違いないかと。期間三日後から二週間です』

 

「・・・そうか」

 

座っているイスの背凭れに体重を掛けるようにブリッツは仰け反った。やけに増えた教導依頼。もういくつこなしただろうか。

 

おまけに、R15地区。最近この地区と基地の名前をよく聞く。

確か、配属記念パーティーと称して乱痴気騒ぎを起こした基地だったろうか。それも、グリフィンが提供しているテレビ局の生中継付きで。ブリッツはその時任務のため配信映像を見れていなかったが、ナビゲーターが何故か録画していた為ざっくりと確認できた。が、あれはなんとも形容しがたい様相であった。

 

更に、この地区を担当している指揮官もまた、ある種の問題児であるという噂を聞いたことがある。

他所の指揮官から人形を奪い取っただとか、所属している人形たちへのセクハラ常習犯だとか。あくまで噂なので事実である確証はない。が、火の無い所に煙は立たないという言葉があるように、こういった噂が出てきてしまうような状況は実際に起きたのだろう。

 

それだけでなく、ある事実をブリッツは思い出した。

 

「確かその地区・・・"リトル"の配属先じゃなかったか?」

 

「ああ、そういえば」

 

その一言に、ライトも思い出したように声を上げた。

 

リトルとは、かつてこのS10地区司令基地に所属していた元ドロップ人形のLWMMG型戦術人形の渾名である。しばらくの間同じLWMMG型であるライトを中心に訓練を受けていた。

リトルという渾名は、ブリッツが考えたものである。理由としては「ライトより後に来たから」という単純なものだった。が、それを聞いたRFBが「じゃあ妹ちゃんだね!」とか言い出したために部隊内での通称が「妹ちゃん」になってしまい、リトルという渾名はブリッツとライト、ナビゲーターの3名のみが使うという有り様になってしまった。

それ以外でも色々とリトルはやらかしてくれたが、今となっては笑い話に出来る程度にはなっている。

 

ああ、先日までの任務のせいで忘れていたが、今思い出した。確かR15の指揮官が手探りで何を触っているか当てるというゲームで、リトルの胸を揉んでいた。その指揮官は目隠しと耳栓をされていたので本当に分からず、されるがままにゲームをしていたのだろう。が、かつての部下が公然とセクハラをされ、辱しめを受けている様子を見せられ、心情的にはかなりイラッと来てしまった。しかしそれは仕方ないことだろう。

 

その他にも色々あったのだが、ありすぎてどこから語ればいいのか分からない位に色々ある。

 

閑話休題。

ともかくとして、そのR15地区からの教導依頼というのは、あまり気の乗らない話である。

 

「・・・受けなきゃいけないか?それ」

 

『拒否する、となると先方に断りの連絡をするだけでなく、ローズマリー指揮官やヘリアントス上級代行官にも話を通さなくてはいけませんね。どうやら本部は、この指揮官の成長を期待しているようですし、この教練もその一環のようです』

 

「マジか」と、ブリッツはぐったりと項垂れる。

本部まで絡んでるとなると断りづらい。別任務で時間が無いという言い訳も出来なくはないが、今はヘリアンから緊急時以外の任務は回さないと明確に言い伝えられている。

そして今、緊急性のある任務は無い。

 

いつから多目的戦闘群は特殊戦闘部隊ではなく教導部隊のような真似事をするようになったのか。まるでかつての自分の古巣のような状況である。さりとてその答えを教えてくれる存在は今この場にはいない。

 

事ここに至っては、ブリッツもグダグダと問題を先延ばす事はせず覚悟を決める。

仰け反ったままの体勢を戻す。

 

「教導対象の詳細」

 

『5名です。内訳は、HG人形のウェルロッドMkⅡ。SMG人形のG36C、AR人形の56-1式、RF人形のスカウトライフル、SG人形のSPAS-12。以上の5名となります』

 

「銃種ごとに分けた感じか」

 

部隊とするにはややバランスが悪い。おそらくは銃種ごとに教練を受けさせ、基地で共有させたいのだろう。彼女たちはその代表という訳だ。

それと、依頼元の指揮官が集中的に鍛えたい人形を選抜した結果でもあると予想も出来た。

 

「R15地区の指揮官についての情報。可能な限り詳細に」

 

『ナイル・ルース、44歳。三ヶ月程前にグリフィンに入社し、R15地区前線基地に指揮官として配属。履歴書によれば元正規陸軍歩兵部隊の中隊長だったそうですが、ご存知ですか』

 

ナビゲーターから掲示された情報の中に、ブリッツとしては随分と聞き覚えのある言葉の羅列があった。

 

「んん・・・?陸軍の歩兵部隊となると、自動車化狙撃大隊か?あまり関わりがなかったし、個人名もとなると流石に聞き覚えはないな。あそこが一番人数が多かった。・・・いや、確か戦術人形の台頭とかねてよりの軍縮が重なって少しずつ人間兵士から人形に代替が進んでたな。まあ、中隊長という事なら階級は俺よりも上だろうし、最低でも尉官級だ」

 

「同じ陸軍なのに、関わりがないの?」

 

「母体は一緒だが、命令系統で見ると俺がいた部隊は些か独立していたからな。俺達は主に特殊部隊の相手が多かったし、俺達以外にも歴とした教導部隊は存在していた」

 

そもそもの話、ブリッツがかつて属していた第74特殊戦術機動実行中隊は、教導部隊という皮を被った秘匿性の高い特殊戦闘部隊である。

自動車化狙撃大隊のような、一般的な歩兵部隊と関わる事はあまり無いのだ。関わるとしたら、それこそ特殊作戦軍の特殊任務部隊(スペツナズ)のような所である。

 

尤も、グリフィン所属となった今となっては関係ない事だ。

思考を切り換える。

 

「功績はどうなんだ?どうにもあの乱痴気騒ぎのイメージしかないが、働いてるのか?」

 

『目立った戦果はあまり。ただ、最近だと基地に侵攻してきた鉄血人形の部隊と、それを率いたハイエンドモデルのスケアクロウを撃退しています。基地も決して小さくはない被害を受けましたが、十分成功と言ってよろしいかと』

 

「ほう」

 

それはつまり、ある程度の作戦遂行能力を持った部隊と指揮官としての能力は有しているということだ。

同時に、傍らに置かれたPDAのディスプレイに光が灯る。

ナビゲーターがその敵部隊とスケアクロウの撃退に関する報告書を転送してくれた。

 

読んでみれば、基地正面より大量にやって来る鉄血兵に対応しながら、裏手から迂回する形で敵が跋扈する地域にRF人形とHG人形のツーマンセルで潜入、突破し、ハイエンドモデルを撃破したという。

基地の方はというと、本部より駆け付けたネゲヴ小隊とR13基地より派遣されたRF人形二人によって敵を撃退。

 

辛勝、というのがこの作戦記録を読んだ限りの印象だ。

応援部隊の到着があと少し遅かったら基地を陥落されていた可能性もある。ハイエンドの撃破もまた然り。

 

綱渡りのような戦い。最終的には運に助けられたのかもしれないが、その運を引き寄せるだけの何かがあったのやもしれない。

 

しかしそこに不安を覚えたのか。こうして教導依頼を送ってきた。腐っても元軍人で、グリフィンの指揮官という事だろう。

この時点でR15基地指揮官の評価はブリッツの中で若干ながらも上方修正された。

 

「よしわかった。ゲート、教導にやってくる人形の詳細をなるべく多く集めてくれ。ライトは各部隊長に通達。その後訓練スケジュールを大まかに決めよう」

 

『かしこまりました』

 

「りょーかい」

 

一先ず話が纏まった所で通常業務へと戻る。

 

────そうしてやって来た三日後。

午前10時30分。予定通りにR15基地から飛んで来たヘリが、S10基地屋上のヘリポートに着陸。キャビンのハッチが開き、中から5名の人形が荷物を抱えて地上へと降り立った。

事前に聞いていた通りのメンバーだ。

 

予め待機していたブリッツとライトがヘリに歩み寄る。

 

「やっと着いた~!」

 

ヘリから真っ先に降りたAR人形、56-1式が持っていた荷物を地面に置いて、解放感からか晴れ晴れとした表情でぐっと体を伸ばした。

それを見たHG人形のウェルロッドMkⅡが、ヘリのダウンウォッシュによる突風で巻き上がった金色の髪を押さえながら嗜めるも、その顔には若干の疲労が見受けられた。

 

確かにR15からこのS10まで、直線距離にしてもかなり遠い。長時間に渡るヘリの旅は、旅客機のように快適な物ではないだろう事は、容易に想像がつく。

 

見た目相応な少女らしい一面を垣間見て、ブリッツも思わず表情を崩してしまう。しかしそれも一瞬で、すぐに表情を引き締め直す。

 

ブリッツの接近に気付いた5名はさっと整列し敬礼。が、どうにも纏っている空気が緩い。その様はどこか兵士というよりガールスカウトを彷彿とさせた。

 

S10に教導に来た人形は大別して三種類。

自信があり、いかなる訓練であろうと平気だと高を括っている人形。

逆に、どのような訓練が待ち受けているか不安を抱いている人形。

もしくは、純粋に自身の能力向上を目指し覚悟を決めている人形。

 

この三つである。

 

左頬に痛々しい傷痕をこさえているRF人形のスカウトは自信があるのだろうか、不安も緊張も無さそうだ。

56-1式は純粋に楽しみな様子だ。

ウェルロッドMkⅡについては、訓練に対する物とは別の不安を抱えているという印象だ。

 

残りの二人。G36CとSPAS-12については。

G36Cは緊張と不安。どちらかと言えば不安の方だろうか。

 

SPAS-12は何の気負いも無さそうだ。ニッコリと人の良さそうな微笑を携えている。S10に所属しているスパスとは、纏っている雰囲気が違う。

何というか、掴み所が無い。そんな印象だ。

 

しかしだ。それはそれとして、挨拶をせねばならない。

 

教導対象の5名の敬礼に、ブリッツとライトが答礼し出迎えた。

 

「R15地区前線基地より参りました!私はウェルロッドMkⅡです!」

 

「わ、私は副官を勤めておりますG36Cと申します!本日より二週間ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします!」

 

率先して挨拶の口上を述べたウェルロッドMkⅡに釣られるような形で、G36Cもヘリの駆動音とダウンウォッシュに伴う騒音に負けじと声を張り上げた。

 

「指揮官のブリッツだ。遠路遙々ご苦労だったな」

 

「副官のLWMMGよ。短い間だけど、よろしくお願いね」

 

ライトの自己紹介に対し、5名がピクリと驚きにも近い反応を示した。

R15基地にもLWMMGがいる。それも一時期このS10で鍛え上げた、余所とは一味違うLWMMGがだ。

どうやら、向こうでも何かと活躍しているらしい。それが良い物か悪いものかは、これから聞いてみて判断するとしよう。

 

その時、R15地区からやって来ていたヘリがより一層大きい駆動音を轟かせ、より強いダウンウォッシュを巻き起こしながら離陸。ここからR15地区まではそれなりに遠い。せめて燃料補給をしてからでも良かっただろうに。途中でガス欠して墜落。なんて、そこを見誤るような未熟なヘリパイロットはグリフィンにはいないだろうから、おそらく大丈夫だろう。

 

騒音の発生源であったヘリが飛び立った事で、ヘリポートは一気に静かになった。もう大きな声を上げずとも十分に聞き取れる。

 

「長旅で疲れているだろうが、時間もあまり無いのでな。これから一人ずつ、個人に面談をしていきたい。そうだな・・・まずは君から行こうか」

 

言って、ブリッツはウェルロッドMkⅡを見遣った。

ウェルロッドMkⅡはビクリと肩を震わせ「了解しましたっ!」と若干上擦った声で返答した。

 

「ああ、それと────S10地区司令基地へようこそ」

 

どこか含みのある笑みを携えて、ブリッツは踵を返し、その場にいる全員を引き連れる形で屋内へと歩を進めた。

 

 





というわけで、「中年指揮官と零細基地の日常」の人形達が訓練受けにやってきました。
現在カカシさんのところと絶賛シリアスにコラボやって敵さんシバき倒してますが、大丈夫!こっちはほんわかゆるふわにシバき倒す予定だから!


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Ex-OPS.2-2 ―個人面談―

こっちのコラボも進めないといけないから大変だぜ!(自業自得)
でもこっちは事実上の先方からの丸投げだから好き勝手に出来るんだぜ!それはそれで大変だけれども!



 

「────さて、それじゃあ話をしようか」

 

R15基地所属人形を出迎えてすぐ。ウェルロッドMkⅡは一人司令室へと通され、予め用意されていた簡易的な椅子にちょこんと小さく座った。

 

正面には、グリフィンの赤い制服に身を包んだブリッツが、軍用のタブレット端末を片手に彼女と向かい合って座っている。

 

 

「本部所属部隊、元第11中距離支援小隊隊長。作戦の支援行動中に鉄血の部隊に包囲。それをR15基地所属の部隊が救援。以降本部からの命令でR15基地に移籍し、現在は何かと問題行動が目立つナイル・ルース指揮官を監視している。と、ここまでは正しいかな?」

 

「は、はい」

 

「・・・それにしても、お目付け役であるキミを教練に行かせるとは。いくら指示だったとしても、見張ってなくて大丈夫なのか?」

 

「それに関しては問題ありません。信頼出来る人形に代理を頼みましたから。流石にリアルタイムの監視は出来ませんが」

 

ブリッツの懸念に、強張った声音でウェルロッドは答える。

 

実の所、ウェルロッドMkⅡはブリッツに対して強烈な緊張状態に入っていた。

というのも、この教練の話が上がる少し前。彼女はブリッツについて調べようと本部のライブラリーにアクセスしていた。

 

が、その結果は振るわず。分かったのはブリッツという名前と性別、血液型、顔写真のみ。年齢はおろか生年月日。前職についてなど、全ての情報が空白(ブランク)であった。

 

それ以外で分かった事と言えば、多目的戦闘群の功績と、特別現場指揮官として判明している()()()()のみである。

これ以上に詳細な情報については彼女自身に閲覧権限が無いため、調べられなかった。

 

ウェルロッドからすれば、ブリッツという男は何処か得体の知れない人物、という評価になってしまうのだ。

 

────実際には、多目的戦闘群の発足に伴ってブリッツの情報制限が緩和された為、本来ならば本部に籍を置いていたウェルロッドもブリッツの情報を閲覧出来るだけの権限はあった。あったのだが、R15基地に転属し、形式上新任指揮官の部下となってしまった為に、本来の権限が使えなくなってしまったのだ。

新任指揮官の持っている以上の権限を、指揮官の指示で私的目的で使われない為の対処だ。

 

そういった事情があっての事だったのだが、それにしてもブリッツの情報が少なすぎる事からウェルロッドが緊張してしまうのも已む無しといったところだ。

 

そんなウェルロッドの心境など知る由もなく、ブリッツは話を進めていく。

 

「後程キミたちの技量を確認した上でスケジュールを組むが、何か優先的に身に付けたい事はあるか」

 

「でしたら、是非近接戦闘を」

 

「なるほど。確かにキミの銃からして、正面きっての撃ち合いよりも、近距離の不意な遭遇でも対応出来た方がいいか。予定にいれておこう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「────ところで、だ。一つ聞きたい事がある」

 

瞬間、ブリッツの雰囲気が変わる。これまでの何処か穏和な空気から鋭いものに。

面談というよりも、尋問に近い雰囲気をウェルロッドは肌で感じ取った。

 

「キミについて色々調べた。本部に所属していたとあって素晴らしい戦果報告も幾つかあった。キミの実力に疑う余地は無い」

 

「き、恐縮です」

 

「だからこそ、何故ウチに教練を受けに来たのかが疑問なんだ」

 

もしウェルロッドが人間であったならこの時、おそらくは心臓が大きく跳ね上がったことだろう。それは隠していた事、秘密にしていた事を暴かれたものに近い焦燥感であった。

 

今でこそ新設された前線基地の所属だが、元々は本部からの異動。

経歴や経緯を考えれば、わざわざR地区から遠く離れたS地区に出向くだけの理由がないのだ。

 

そこまで考えればブリッツの指摘も当然で、何かしらの意図を持ってここにやって来たと考えるのは自然な事であった。

 

事実、ウェルロッドは教練とは別にある密命を請けていた。

だから彼女は表に出さずとも焦燥する。この指揮官はそれを見抜いていると。

 

明言はしていない。だが自分がただの教練が目的でこの基地にやって来た訳ではないと、ほぼ確信している。

 

ウェルロッドは考える。どうすれば彼に敵対されず穏便にこの場を乗り切れるかを。

 

いくらかの間を置いて。ウェルロッドは覚悟を決めた。

 

「実は────私はR15基地指揮官、ナイル・ルースよりS10基地の意向についての調査を依頼されています」

 

彼女の選択は、正直に打ち明ける事であった。ここで下手に誤魔化そうとしても、ブリッツはそれを見抜いてこちらを敵視する可能性が高い。おまけにブリッツは本部直轄の戦闘部隊の指揮官だ。社長であるクルーガーに直接このことを報告される恐れもある。そうなればR15基地のナイル・ルース指揮官に何らかの対処がなされる。

ナイル・ルースという男はそういう立場にある。

 

それを可能な限り避けるための最善は、『正直に打ち明ける事であった』という訳である。

 

「ウチの意向?」

 

ブリッツが首を傾げてウェルロッドを見据える。

 

「単刀直入に聞きます。我々が所属するR15基地を攻撃する意思がありますか?」

 

「は?」

 

ウェルロッドの問いに、ブリッツは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

R15基地を攻撃?ウチが?なぜ?

ブリッツの脳内でクエスチョンマークが飛び交う。これは詳しい話を聞いた方がよさそうだ。

 

「・・・そう思った理由を聞いてもいいか?」

 

「三か月近く前でしょうか。R15基地にて配属記念パーティを開きまして」

 

「ああ、あの乱痴気騒ぎの。それがウチに何の関係がある」

 

「私も話を聞いただけなのですが、この基地に所属しているPx4ストームという戦術人形にこのパーティ開催の為に機材の搬入や食材の調達などを依頼しておりまして。で、パーティ開催のための準備費用が指揮官負担だったため、指揮官は10万ドル相当の借金を背負うことになりまして」

 

「ちょっと待て今何て言った??」

 

思わず持っていたタブレット端末を落としそうになった。

つまりこういう事だろうか。Px4がパーティ開催に一枚嚙んでいて、その結果他所の地区の指揮官が多額の借金を抱えることになったと。

 

ただ何故R15基地がPx4にそんな事を依頼したのか。いや、R15基地にはかつてこの基地にいたLWMMGことリトルがいる。おそらくその繋がりだろう。

 

困惑が勝っていたが、状況を整理し理解ができてくると怒りが込み上げてくる。

 

「すまない。15分、いや10分待っていてくれるか」

 

「アッハイ・・・」

 

ゆらりとブリッツが立ち上がり、司令室を後にする。

 

────2分後。ドアブリーチングに使うバッテリングラム(重量15kg)を持って地下に降りていくブリッツの姿を、基地内を歩いていた戦術人形のPKとUSPコンパクトが目撃。声を掛けようとしたがブリッツの纏う尋常ならざる空気を察知して何も言えず、そのまま見送った。

 

この3分後。

『Px4ォォォッッ!』『うにゃああぁぁっ!』

 

地下にて何かが破壊される音と、基地全体を揺るがさんばかりのブリッツの怒号、そして一体の戦術人形の悲鳴が響いた。

 

そうしてきっかり10分後。司令室にブリッツが戻ってきた。

 

「本当に申し訳ない・・・!」

 

ウェルロッドに深く頭を下げ、真っ先に謝罪の弁を口にする。

そのすぐ横には、目に涙を溜めて小さく嗚咽を溢す戦術人形Px4ストームが正座させられている。

 

「ナイル・ルース指揮官には後日改めて謝罪を。借金についてもPx4に補填させる」

 

「ちょ、ちょっとオーナー!なんで私が!?」

 

「あ?」

 

「アッナンデモナイデス・・・」

 

目に涙を溜めたまま、Px4が抗議の声を上げる。だがブリッツの有無を言わせぬ鋭い眼光と圧力の前に押し黙った。

 

────ちなみにだが、後にこの件で社長のクルーガーに報告してこちらで借金の補填をするという旨を伝えた際、即座に「そんな事はしなくていい」とにべも無く却下されることを彼はまだ知らない。

 

「まさかウチがよその基地に迷惑を変えていたとはな・・・。これは、俺の管理不行き届きも原因にあるか・・・」

 

『申し訳ありません指揮官。私ももっと彼女の行動を見張っていれば・・・』

 

気落ちしたナビゲーターの声。どうやら未然に防げなかった事を悔いているようだ。

一方でウェルロッドは司令室に響く女性の声に驚いていた。しかしそれについて質問をできる程現場の空気は緩くは無い。

 

「お前が気付けなかった事も驚きだが、それでも責任は指揮官である俺にある。後ほどクルーガー社長と上級代行官に連絡を取らないとな」

 

やることが多いなと、ブリッツは小さくぼやいてため息を零す。

しかしいつまでも気落ちしてはいられない。まずは今やるべきことを済ませる。

 

Px4を司令室に隣接しているブリッツの私室に放り込んで、それからウェルロッドと改めて向き合う。

 

「すまない。ひとまず君の面談はここまでだ。次の人形を呼んできてくれないか」

 

「あ、はい。了解しました」

 

「・・・いや、ちょっと待った。最後に一つ聞きたいことがある」

 

席を立ったウェルロッドにブリッツは制止を呼びかけた。どうしても聞いておきたい事があるのを思い出した。

 

「君の所にいるリトル・・・LWMMGは、君から見てどんな人形だ?」

 

今までと毛色の違う質問にウェルロッドは一瞬キョトンとした顔を浮かべた。しかし根が真面目な性格である彼女はすぐに思案顔になり、徐に語り始めた。

 

「優秀な人形であると思います。基地所属の人形全員と比較しても実力は随一。第二小隊の頼れる隊長として指揮官も信頼しているようです」

 

「・・・そうか」

 

ウェルロッドの回答に、ブリッツはそれだけを返した。ただし、その表情は満足気な微笑を浮かべている。

 

「実は、さっき上がった救援の件も、エル隊長・・・LWMMG率いる第二小隊に救ってもらったんです」

 

「そうだったのか。元気にやっているようで何よりだ」

 

「はい。訓練の途中だったようでして、全身ペイント弾の塗料まみれでしたけど」

 

「────なんだと?」

 

ピクリと。ウェルロッドの一言に反応してブリッツの表情が能面の如く固まった。

Px4もそれを聞いて「あちゃあ・・・」と、何かやらかしたのを見てしまったかのように額を手で押さえた。

 

ウェルロッドとしてはウケを狙った冗談のつもりだったのだが、ブリッツとしては聞き捨てならない情報である。

 

「・・・よしわかった。ありがとう。基地に戻ったら、そのエル隊長によろしく伝えてくれ」

 

「りょ、了解しました・・・」

 

ブリッツのただならぬ気配にウェルロッドはそれを返すだけで精一杯であった。

 

その質問を最後に、次の人形を呼んでくるよう言付かってウェルロッドの面談は終わった。司令室を出る際、背後から「どうやら鍛え直す必要がありそうだな」というドスの効いた低い声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだとウェルロッドは決めて足早に通路を進む。

 

面談二人目はSMG人形のG36Cだ。

 

「R15基地の副官。以前はS地区のジャスティン・ミラー指揮官の下にいたが、入社したばかりで研修期間の真っ只中であったナイル・ルース指揮官に引き抜かれた、と」

 

確認するブリッツの口振りに、G36Cは「はいっ」と花が咲き、そよ風に花弁がゆらりと舞うようなイメージを彷彿とさせる笑顔と声色をもって肯定した。

最近色々と立て込んでいただけに、こういった清楚で明るい人形は些か眩く思える。

 

「資料を読ませてもらったが、キミはあまり実戦経験がないようだが、理由を聞いてもいいか?」

 

質問を放ったその時、G36Cの笑みに影が差した。それを見てブリッツはすぐに察する。ああ、そういう事かと。

前線基地ではちょくちょくある話だ。指揮官というのは何かとストレスや()()()()()溜まる。その溜まったモノを人形を使って発散させるのだ。

おそらく彼女も、その人形の一人なのだろう。ジャスティン・ミラーについても良い噂をあまり聞かなかった為、より一層そういう想像は容易かった。

そういった意味では、ナイル・ルースの引き抜きはある意味では正解だったかもしれない。

 

「すまない。今のは気にしなくていい。そうだな、射撃訓練での記録を見る限りでは、射撃能力に問題は無さそうだ。だったら、君は副官というポジションにいることだし、何かと指揮官の傍に付くことも多いだろう。SMG人形らしい近距離での戦闘や、護衛で指揮官を護る際の技術。そして装備の選定もやっていこう。キミはカタログ上ではエリート人形に分類されている。2週間後には指揮官の傍で役に立てる人形になる事を、ここに約束しよう」

 

影の差したG36Cの表情がまたぱぁっと明るくなり「はい!お願いしますっ」と弾むように快活に返事をしてくれた。どうやら軌道修正は上手くいったようだ。

この笑顔を見てしまっては、期待を裏切れない。必ずや副官というポジションに相応しい実力を持った人形に仕立てて見せよう。

 

────この時ブリッツは気付いていなかったが、G36Cの表情が明るくなったのは「指揮官の役に立てる」という発言を聞いたからである。

彼女の所属する基地には指揮官絡みで何かとライバルが多い。ここで実力を身に着け、指揮官の役に立てばリードを奪える。

そうすれば、ゆくゆくは指揮官と夜戦(意味深)も実現できる。今まではこちらから仕掛けていたが、いずれはあちらから求めてくれる。そう考えて、表情を明るくさせたのだ。

 

R15地区前線基地に所属するG36Cという人形は、つまり()()()()()()なのである。

 

恙なくG36Cとの面談を終え、続く相手はAR人形の56-1式である。

司令室に入るなり「よろしくお願いしまーす!」と元気よく挨拶をしてくれた。指揮官という立場にいる人間に対する態度としては如何なものかとは思ったが、彼女の所属はS10(ここ)ではない。大目に見ることにする。

それに、こういった元気のある子は見ていて気分が良い。

 

「君は初めての配属がR15基地なんだな」

 

「そうだよ!」

 

「フフ、元気だな。何か重点的に鍛えてほしい事はあるかな」

 

「射撃がもっと上手くなりたいかな!前に鉄血が基地に攻め込んできたときはエル隊長や副官に頼り切りだったからさ~。・・・それに、きっと友達も守れたよ」

 

快活な笑みに、少しだけ悲し気な色が混ざる。これについてもブリッツは資料を見て把握していた。鉄血のハイエンドモデルであるスケアクロウがR15基地に攻勢を仕掛け、何とか撃退したものの基地全体に多大な被害をもたらした。

その光景は凄惨なものだったと記録には記されている。

その防衛戦から随分経っているが、未だに彼女の中では処理しきれていないようだ。

 

そういった嫌な部分も、拭い去ってやれるのが教練だ。

 

「わかった。では射撃技能の向上を主にして進めていこう。余裕があれば、戦闘で役に立つ技術も教えよう」

 

「おぉっ!ありがとうブリッツ指揮官!」

 

嬉色の声を上げる56-1式に、ブリッツの表情も自然と綻んでくる。

 

「あっそうだ!指揮官にコレを上げるよっ」

 

差し入れだよと、腰に手を回してあるものを取り出し、それをブリッツに差し出した。

緑色のビンに中国語が記載された赤いラベルが貼られている。

 

白酒であった。

 

「あ、ああ・・・ありがとう・・・」

 

口元がヒクついた。

まさか酒が出てくるとは思わず、困惑を隠せなかった。それでも何とか受け取りはしたが。まじまじと見てみると、ラベルに記載されている通りならアルコール度数が60度を超えている。強い。

 

ブリッツ自身、あまり酒は飲まないが飲めなくはない。軍にいた時によく飲まされたウォッカのようなものなのだから、飲めなくもない。スレイプニルを始めとしたヘリパイ連中も巻き込めば何とか消費できるだろう。

 

紆余曲折はあれど、かくして面談は終わる。最後に「今度一緒に飲もうねっ」という本来ならば嬉しいお誘いを受けたが、ブリッツは苦笑を零して「ああ、そうだな」と返すので精いっぱいであった。その気になれば体内に取り入れたアルコールを即座に分解できる戦術人形と飲み比べなんて、想像もしたくない事態である。

 

とにかくとして、次はSG人形のSPAS-12である。

 

「資料を読ませてもらったが、とても優秀なようだな。個人の撃破数こそ少ないが、共同撃破(アシスト)の数が多い。リトル・・・いや、今はエルだったかな。彼女も君が同じ部隊にいるといくらか気が楽だろう」

 

タブレットに表示された資料に目を落としながら横目でSPAS-12を見れば、褒められたことが嬉しかったのか「えへへ~」とはにかんでいた。

S10基地にもSPAS-12は在籍しているが、性格自体は若干違うようだ。個体差や日々どのように過ごしたかで人形の性格にも差異は出てくる。

ここまで明るい性格という事は、R15基地は彼女にとって居心地の良い基地なのだろう。

どうにもあの乱痴気騒ぎのイメージが強いだけにあまり良い印象を受けなかったが、先のG36Cの様子といい、そのような悪印象は一旦拭ってやった方がいいかもしれない。

 

「して、君はこの教練で積極的に学びたいことはあるかな」

 

「ナイル指揮官が言ってたんだよ。敵の射撃から仲間を護るだけのショットガン人形の、戦術的な考えが変わるかもって。私はそれがどんなものなのか知りたいかな」

 

このSPAS-12の回答に、ブリッツは上方修正に入っていたナイル指揮官の評価を一旦取りやめた。指揮官なら、所属する人形の効率的な運用を考えるのが当たり前だ。それが人形に浸透していないのは如何ともしがたい問題だ。

 

だが、鉄血ハイエンドの攻撃を耐え凌ぐだけの実力のある指揮官が、そんな初歩的な事を失念するだろうか。考えられる要因としては、単純にショットガンの人形の有効的な運用が思いつかないから丸投げされた。もしくは、このSPAS-12という人形が指揮官の手に負えない程の問題児であるかだ。

 

「・・・いや、まさかな?」

 

前者はともかく、後者は流石に無いだろう。SPAS-12の溢れんばかりの笑顔を見て、ブリッツは考えを改めた。

────実は後者が正解であることを、彼は知らない。

 

咳ばらいを一つ零し、ブリッツは彼女と向き合った。

 

「そういう事なら、いくらか教えてやれる。ウチにも君と同じSPAS-12型がいるし、もう一人SG人形がいるからノウハウは十分にある。有意義な教練にすることを約束しよう」

 

「そうなんだ!じゃあよろしくね指揮官!」

 

「楽しみだな~」と零しながらSPAS-12は退出し、面談が終わる。

 

それを確認し、ブリッツはタブレットを操作。次の人形の資料を表示させる。

 

正直なところ、事前に確認していた資料と照らし合わせて、一目見た時から一番気になっていた人形だ。

 

「スカウトライフルか・・・」

 

最後の人形。RF人形のスカウトライフルが司令室に入室する。

 

予め呼んでいた資料を再度読み返しながら、ブリッツとスカウトとの面談が始まった。

 

「RF人形スカウトライフル。新造人形としてR15基地に着任。配属から一月後、鉄血のハイエンドモデルスケアクロウ率いる大部隊に基地を襲撃された際、防衛戦から離れHG人形のアストラリボルバーと共に敵地に潜入。見付かる事なく監視網を潜り抜け目標400メートルまで近付き狙撃。その際敵に見付かり反撃を受けるが、胸部のコアを撃ち抜き撃破。・・・ここまでは正しかったかな」

 

この確認に、スカウトはやや憮然とした表情を浮かべて「はい」と肯定した。

それまでは自信満々といった得意気な微笑を浮かべていたのだが、どうやら最後の「反撃を受けた」という所が気に障ったようだ。

 

「実戦経験はおろか訓練だって十分だったとは言えない中で、この戦果は見事なものだ。運に助けられた部分もあるだろうが、結果は結果だ。・・・その傷痕も、その時についた物かな」

 

スカウトの顔。正確には左頬には、痛々しい傷痕が刻まれている。彼女もその問いに「ええ、そうです」と淀みなく肯定した。

 

I.O.P社製戦術人形には人工皮膚を始めとした生体部品が多用されている。人間と同様に、擦りむいたら血が滲むしぶつけたり叩かれれば赤く腫れたり青い痣も出来る。

それでも、修復ポッドを使えば綺麗さっぱり消えて無くなる。

 

ただ時折いるのだ。多大な戦果や困難な任務を遂行した暁に、その時負った傷を完全には治さず、勲章代わりに残す人形が。今目の前にいるスカウトも、その一人だ。

 

彼女にとって、その頬に刻まれた痛々しい傷痕は勲章であり、誇りであり、自信なのだ。

そこにブリッツとしては思う事はあった。が、この場で言う事ではないと喉元にすら通す事なく言葉を飲み込んだ。

 

どんな形であれ自信があるのは良いことだ。ただし、過剰でなければの話である。

 

「・・・よし、わかった。ウチにも凄腕のスナイパーがいる。全員が百戦錬磨だ。キミにはその一人をつける。彼女からあらゆる事を吸収するといい」

 

「そうですか。期待しています」

 

「ああ、きっと有意義な時間になる。面談は以上だ。訓練は明日からだ。今日のところはゆっくりしてくれと、他の面子にも伝えてくれ」

 

「了解しました。それでは失礼します」

 

席を立ち、スカウトは司令室を後にした。

一人残ったブリッツは座っている椅子の背凭れに体重を預けて息をついた。

 

「・・・ゲート。AR-70とCZ-805。スパスとAA-12。あとSV-98を呼んでくれ」

 

『了解しました。彼女たちを教練に使うのですか』

 

「そうだ。流石に俺一人では手に余るんでな。協力してもらいたい」

 

『・・・かわいそうですが、しばらく自信を失うかもしれませんね』

 

「そうでないと教練にならない。先方の基地には多大な迷惑をかけたからな。ならばこそ、限られた時間の中でキッチリと鍛え上げる義務が俺にはある。手は抜かない。泣こうが喚こうが必ずやり遂げる」

 

────その後、呼び出したメンバーで明日以降の教練メニューの擦り合わせを行う。全員が積極的に意見を出し合ったおかげで、ある程度の変更は利くくらいにスケジュールが組み上がった。

 

ちなみに、別室に放り込んでいたPx4ストームは、その美形な顔を緩ませてブリッツの簡易的なベッドの上で熟睡を決めていた。一発頭を引っ叩いた後に顔面を鷲掴みにして渾身の力で締め上げた。電脳が「頭部異常圧力検知」のエラーを吐いた。

 

 





ブリッツくんの握力は150キロくらいあります。

本当はもうちょっと面談部分をしっかり書き込みたかったけど、そうするとえげつない文字数になるため断念。

へなころさぁん!こんな感じでいいですかへなころさ~ん!


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Ex-OPS.2-3 -教練開始-

コラボ書くに至って先方の作品を読み直していると、「なるほど、こういう書き方もアリか」って新しい発見があるから面白いねんな


 

───R15基地の面々が教練にやってくる2日前。

S10基地の司令室にて、ブリッツは指揮コンソールの通信機を使いある人物と接触していた。

 

「まさか、貴女から仕事を回されるとは思いませんでしたよ。ローズマリー・ムーン上級指揮官」

 

通信機の画面に映る女性こと、R13地区前線基地上級指揮官であるローズマリー・ムーン、その人である。

 

鮮やかな金髪を揺らしているのも相まって、十代前半(ローティーン)か良くても十代後半(ハイティーン)な幼い見た目だが、これでも立派に20代前半の成人女性である。同時に、卓越した指揮能力を有する優秀な女性指揮官でもある。現状のグリフィンから見て、ブリッツが信用出来る数少ない指揮官でもある。

 

グリフィンが出資している教育機関を、その明晰な頭脳を持って非凡な成績で卒業したのち、指揮官見習いとして十代半ばで雇用。順当に戦果や功績を積み、20代の初めに上級指揮官に任命。異例の出世を成し遂げた。

R15基地が襲撃を受けた際にも応援としてRF人形二体を送り出し、見事撃退に貢献。

実戦に自ら赴き戦果を挙げるブリッツとは真逆のタイプの指揮官である。

 

『貴方の仕事ぶりを評価しての紹介よ、ブリッツ指揮官。・・・というより、貴方くらいしか頼りになる人材が居なかった、という方が正しいかしら』

 

「意味深ですね」

 

『・・・例えばの話だけど、貴方なら二週間でどこまであの人形たちを鍛え上げられる?』

 

ローズマリーの質問に、ブリッツは顎に手を添えて考え込む。正直な所、二週間で出来る事には限りがある。本来なら1か月は欲しいところだ。

もちろん人形自体の実力も関わってくるため、一概に断言はできない。しかし答えを明確にせずボカすような回答を彼女は求めていないだろう。であるなら、一番可能性のある回答をするのが吉であろう。

 

「そうですね・・・。どれほどの練度とやる気があるかによりますが、R15基地内でも頭一つ抜けた実力を身に着けられるかと」

 

『・・・まあ、そのあたりが妥当よね』

 

予想通りとも、予想を下回るというのとも違う微妙な反応に、ブリッツは訝しむ。

その理由を聞くか聞かないかで思考を巡らせていると、通信画面には映っていないもののローズマリーはキーボードをタイプして何かを入力。直後、コンソールに一通のメールが届く。送り主はR13基地。つまり彼女からだ。

 

端末を操作してをメールを開く。中には一つだけファイルが添付されている。

 

「・・・・・なんですかコレ」

 

ファイルを見たブリッツがドン引きした様子で呟いた。

中身は一種の計画書だった。ローズマリーが待っている手前じっくりと読めなかったが、要約すれば「鹵獲した鉄血兵を使い襲撃を演出し、研修に呼ばれた指揮官たちに発破をかける」というものだった。その研修とは通称反省会の事で、うだつの上がらない指揮官にけしかけようという事のようだ。

 

メチャクチャである。しかもその計画を立案したのがヘリアントス上級代行官というのだから、尚の事メチャクチャである。

 

『以前起きたシェルター防衛戦。貴方もそこにいたから覚えているわね。その時の経験を基に作成された緊急時における対応テスト。という事だけど・・・』

 

「ほぼ、というかもう実戦じゃないですか。怪我人出ますよ」

 

返答をしつつも更に計画書を読みこんでいく。

鉄血のハイエンドモデルを模したAIを使う事や、ゲームよろしく4段階の難易度設定なんてのもある。

更に計画を立案するにあたって助力もあったようで、協力者の欄に「メリー・ウォーカー上級指揮官」という名前があった。

 

ハイエンドモデルのAIという追加要素はあれど、かつてブリッツも参加し、メリー・ウォーカーと出会う事となったあの反省会の会場であったあのシェルターでの攻防が基となっている。

 

『シェルターでの一件を機に頭角を現した指揮官も存在する。メリー・ウォーカー上級指揮官はその筆頭ね。次点で貴方だけど』

 

「一応弁明させていただきますが、あの当時は公表できない秘密任務が多かったんです。グリフィンの関与が有ってはいけないものや、404小隊が絡んでいたりだとかで」

 

『わかっているわよ。ともかく、ヘリアンさんはこれを実行に移す気満々。一応メリー・ウォーカー指揮官がフォローに入るけれど、不測の事態は必ず起きる』

 

神妙な面持ちで告げるローズマリーと、一通り計画書を読み終えたブリッツがここで、合点がいったとばかりに「ああ、なるほど」と零す。この対応テストとやらの日時を見れば、教練終了後の一週間後に控えている。

 

「漸く読めました。つまり、ナイル・ルース指揮官があの"反省会"に召集されると」

 

『ブリッツ指揮官、これはキャリア開発よ』

 

「失敬。そのキャリア開発に同行する人形を、不測の事態にも対応できるよう鍛え上げる事が、自分の役目という事ですね」

 

『あんな失礼な中年でも私の部下よ。しなくても良い怪我はしてほしくないわ』

 

通信画面に映る上級指揮官の顔には、上官としての責任を背負った凛としたものと、見た目に相応しい不安を抱え無事を祈る少女の姿が同居していた。

それを指摘すればきっと彼女はムキになって怒るだろう。直接の上官ではないが、彼女に対してリスペクトは持っている。であれば、敬意をもって応えるべきだ。

襟元を正し、姿勢を律して、敬礼する。

 

「了解しました───であれば、当然協力しては貰えるのですよね?」

 

ニッコリと微笑んでそう確認するブリッツに、ローズマリーは嫌な予感がした。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

 

面談の翌日。時刻は8時58分前。場所は屋外射撃場。

そこに教練対象である5名は集まり、開始時間として指定された9時ちょうどが来るのを待っていた。

 

全員女性用の黒いタンクトップに迷彩柄の濃いグレーのカーゴパンツ、黒のミリタリーブーツという出で立ちで統一化されている。

それぞれの足元には弾倉が詰め込まれたチェストリグと、その上にそれぞれの銃が横たわるように置かれている。

 

面談の後は特にこれといった出来事はなく。強いて言えばS10基地所属の人形たちに色々手厚い歓迎を受けたくらいだ。

通路を歩けばすれ違う人形や人間のスタッフにフレンドリーな笑顔を持って挨拶と激励を受け、食堂に行けば豪勢な食事が振るわれた。それも奢りでだ。おかげでSPAS-12(サブリナ)はお腹いっぱいになるまで食べられたし、G36Cもそれに対抗してちょっとしたフードファイトが繰り広げられたりもしたが、それはまた別の話だ。

 

他にも餞別としてお菓子などやジュースなど譲ってもらったりもした。

夜になり割り当てられた部屋で休んでいれば、気遣ってくれたのか誰も部屋にお邪魔すること無く静かに過ごさせてくれた。

ウェルロッドMkⅡはこれには却って不気味に思ったが、他の面々が「みんな良い人たちだったね!」と気にもしていなかった。

 

そうして迎えた今日。

談笑する者。緊張する者。ただじっと待つ者。各々が思い思いにその時が来るのを待つ。

 

そしてやって来た9時ジャスト。時間通りにブリッツもやって来た。シンプルなグレーの長袖長ズボン。作業服のようにも見える訓練着姿である。

 

「すまない、待たせた。全員、よく眠れたか」

 

「うん!あんなにゆっくり出来るなんて思わなかったよ!」

 

ブリッツの問にサブリナが快活に答える。他の人形たちも同意して頷いている。

 

「ブリッツ指揮官。質問、よろしいですか」

 

スカウトが肩の高さまで右手を上げて尋ねる。所作こそ控えめではあるが、声色自体はハキハキとしている。

 

「許可する。それと、指揮官はいらん。俺はお前たちの指揮官ではない。教官とでも呼んでくれ」

 

「では教官。この教練の意味を教えていただけますか」

 

ブリッツの双眸が鋭くなり、スカウトの瞳を射抜く。

しかしスカウトは気にした風も無く二の句を紡ぐ。

 

「私たちは鉄血の猛攻撃を耐え抜き、ハイエンドモデルも撃破しています。今更教練を受ける理由はありません」

 

「・・・そうか。言いたいことは分かるぞ、スカウト。確かにお前たちは相応の実力を持っているのだろう」

 

思わぬところから出た誉め言葉に、5人は互いに顔を見合わせて嬉色の表情を浮かばせる。

 

「しかし、残念だな。お前たちの今現在の様子そのものが、その実力とやらを否定している」

 

呆れ混じりの否定的な物言いのブリッツに、今度はスカウトの双眸が鋭くなる。

スカウトだけではない。他の4人も懐疑的な目でブリッツを見る。彼女たちも基地で訓練は受けている。実戦だって経験済みだ。修羅場と呼べるものを経験し、そのいずれも切り抜け潜り抜けている。

 

そういった自信が。自負が。矜持がある。元々本部に籍を置いていたウェルロッドも、共に同じ時間を過ごしてきたSPAS-12も56-1式もG36Cも。

 

「教えていただきたいですね。私たちのどこに不足があるのか」

 

「では逆に聞こう。この中で、()()()()()に気付いた者はいるか?」

 

後ろ?全員が一様に視線を背後に向ける。そして驚愕に目を見開いた。

 

彼女たちのすぐ真後ろにはS10基地所属の人形達が整列していた。

 

驚き後ずさるスカウトに、朗らかな笑みを浮かべるSV-98が。

「いつの間に」と思わず口から零れるウェルロッドに「おはよう」と小さく手を振るPx4ストームが。

驚きのあまりに固まってしまうG36Cと混乱した様子の56-1式に、悪戯が成功した子供のようにニンマリと笑うCZ-805とAR-70が。

「びっくりした~」とどこか暢気な様子のSPAS-12に、気だるげに飴を舐めるAA-12と、あまりにも気付かれなかった為に苦笑いを浮かべているスパスが。

 

吐息すら聞こえるような近距離に立っていた。

おまけに全員が完全武装。これから実戦でも始まるかのような様相であった。

 

「SV。いつからいた?」

 

「ご指示の通り、全員が集まったのを確認してからです。時間にすれば5分と32秒ほど」

 

「そうか。やりたい放題だな」

 

「鉄血よりも簡単に近寄れましたね」

 

言いたい放題なブリッツとSV-98に、スカウトは驚愕の余韻を残しながらも苦悶な様子で奥歯を噛み締めた。

全く気付けなかった。その事実がスカウトのプライドを深く抉った。

 

それに構わずブリッツは言葉を続ける。

 

「さて、理解してもらえただろう。確かに君たちの実績は大したものだ。だがそれだけだ。技能だけとっても君たちの後ろにいる彼女たちの足元にも及ばない。基地内なら安全だとでも思ったか。気が抜けているな。だから基地に攻め入れられるんだ。一端の兵士を気取るには地力がまだまだ足りないぞ、一兵卒(ノービス)ども」

 

次から次に投げかけられる厳しい言葉に何も言い返せない。

 

「この教練自体にそれぞれ思うところはあるだろう。それは別に構わん。好きに思って抱えておけばいい。だが甘えは許さん。手を抜くのも許さん。死に物狂いで食らいつけ」

 

ブリッツが深く息を吸い込む。訓練着越しにも分かる程に上半身が風船のように大きく膨らんでいく。常人離れした肺活量によって為せる技。

 

「───気を付けぇっっ!!」

 

ため込んだ空気が声帯を通して大気中に解き放たれる。基地を囲む外壁で羽を休めていたカラスが驚き飛び立つ程の声量によって、全員が思わず肩が跳ね上がり踵をくっつけ背筋を伸ばす。

 

「ただいまより教練を開始する!お客様気分は今ここに捨てていけ!今の貴様らはそこらの有象無象と変わらん!それを自覚しろ!一兵卒で終わりたくなければ這ってでも乗り越えろ!そうでなければこれより先の戦場では生き残れないただの戦力外だ!二週間後!ここでお前たちが兵士であると証明して見せろ!」

 

叱咤激励。発破と期待を織り交ぜて、ブリッツは締めくくった。

それに応えるように全員揃えて「了解」と声を張り上げた。

 

「では指揮官。これより先は私たちが預かります」

 

SV-98が一歩前に出てそう進言する。

元よりそういう予定だ。「よろしく頼む」とブリッツも一言告げるだけでこれ以上は何も言わなかった。

 

「ではスカウトさん。行きましょうか」

 

SV-98がスカウトを連れて基地の敷地外に向かって歩いていく。

 

「私たちも行こうか、ウェルロッドさん?」

 

Px4がウェルロッドを連れて一旦基地の中へ。

 

「G36Cと56-1式はアタシたちと行きましょう」

 

AR-70とCZ-805はG36Cと56-1式を引き連れて屋外射撃場に向かっていく。

 

「サブリナちゃん行くよ~」

 

スパスとAA-12がSPAS-12(サブリナ)を先導して基地内部のキルハウスへと向かう。

 

あれ程いた人形たちは瞬く間にいなくなり、残すはブリッツのみとなった。

 

誰もいなくなったのを確認して、ブリッツは小さく息をついた。そして、小さく笑みを浮かべた

 

「さあ、地獄の一週間(ヘルウィーク)の始まりだ」

 

 

 




Q.何が始まるんです?

A.たのしい訓練だよ

言うてまあ地獄と呼ぶにはちょっと温いかなって


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Ex-OPS.2-4-洗礼-

入れたい事とかやりたい事とかいっぱいあるんだぜ!
この教練会も長くなりそうだぜ!
だから気長に読んで待っててくれよな!


 

教練対象がそれぞれ別れてすぐの事。

ウェルロッドMkⅡは、基地内通路を一切迷い無く進み先導するPx4ストームの後を着いていく。

 

「貴女も教練に協力するのですね」

 

意外そうな口ぶりでウェルロッドはPx4にそう問いかけた。

 

「本当はその予定じゃなかったんだけどね。オーナーに頼まれちゃったら断れないよ」

 

困ったような口調で返答する。まるで「いつも頼られちゃって困っちゃうんだよね~」とでも言うかのような雰囲気で。

 

しかし、これは嘘である。

実際はブリッツに頼まれたわけではない。

 

「教練に協力するか。それとも先方に負債を抱えさせた責任として、経済状況を立て直すまでR15基地に出向するか。どっちがいい?

 

実質一択しかない選択肢という名の脅迫を提示されれば、彼女としては協力する以外に道はない。

もし出向なんて事になったら、向こうでどんな目に遭わされるか分かったものじゃない。

おまけにだ。協力しても結果が伴わなければその責任として、結局はR15基地に出向させられるかもしれない。考えすぎかもしれないが、ブリッツならやりそうなのが怖いところだ。 

故にPx4は表情には出さずとも、内心では冷や冷やものの緊張感に苛まれている。

 

「本日はどのような訓練を行うのですか?」

 

「そうねぇ。強いて言うなら、この基地の通過儀礼のようなものかな」

 

なんとも含みのある言い方にウェルロッドは訝しむ。

しかし今は彼女の後を着いていくこと。着いていけば、通過儀礼という言葉の意味も自ずと見えてくる。

 

初めはシューティングレンジか、キルハウスにでも連れて行かれるのかと予想していた。が、昨日構築したS10基地内見取り図からそれは違うと気付く。

やがて階段を降りて地下へと進む。

窓も無ければ照明も最低限。薄暗さが些か不気味な雰囲気を漂わせ、歩を進ませる事を躊躇ってしまう。しかしPx4はそんなウェルロッドの心情を知ってか知らずか。どんどん奥へと進んでいくため、着いていくしかなかった。

 

不気味な空気に埃っぽさが混じる頃。やがて、1つの部屋の前へと辿り着いた。

妙に真新しく見えるアルミ製のドアには、「PX」と黄色のペンキを使って書かれ、その下には「CLOSE」と書かれた木の板きれが紐で吊るされている。

 

「着いたよ~。入って入って」

 

ドアを開けたPx4に促されるままにウェルロッドは部屋へと入った。

部屋は通路と比べれば明るい。オイルランタンによる柔らかな暖色系の光によって、部屋全体が薄暗くも落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 

「ここは・・・?」

 

「私のお店よ。オーナーの許可を取ってここで商売をさせてもらってるの」

 

「ああ、だからPX(商店)と」

 

「そう。お金さえくれれば何でも揃えて見せるわ」

 

Px4が自信に満ちた不敵な笑みを浮かべて嘯いた。その言葉に偽りは無いだろう。現にサブリナが依頼した事であの全自動ピザ窯という代物が基地に鎮座することになり、R15基地指揮官は多大な負債を抱える事となったのだから。

 

部屋の隅には旧式ながら通信機器が設置されている。これを使ってR15基地ともやり取りしていたのだろう。

 

そして、何より一番目を引くのが、部屋の中央に設置されたテーブル。その上に様々な銃火器が整然と並べられていた。

 

ハンドガン、サブマシンガン、アサルトライフルにショットガン。それぞれの銃がカテゴリーごとに5丁ずつ分けられている。

合計にして20丁。ちょっとした武器の展示会である。

 

「オーナーの知り合いに武器商人がいてね。そのツテで揃えて貰った。どれもこれも極上品。不満を言わせない自信があるわ」

 

まるで商談でも始めるかのように、Px4はテーブルを挟んでウェルロッドと対面で向き合う。

 

何の気なしに、一番手前にあったハンドガン。オーストリア製マシンピストルであるグロック18Cを手に取る。

当然と言えば当然だが、弾倉は抜かれ薬室にも弾丸は入っていない。

 

「あっ、それオススメだよ。弾は9パラ、装弾数は17。ファイアレートは毎分1200発。まあフルオート時の精度はお察しだけどね。今なら33発入る拡張弾倉もつけちゃうよ」

 

ニッコリと微笑むPx4を見やりながら、ウェルロッドはグロックを置いてその隣にある拳銃を手に取る。

 

「SFP9。ドイツ製の拳銃だよ。それも9パラ。それの特徴は何といっても命中精度。気持ち悪いぐらい当たるって評判。グリップが細身だから手が小さくても扱いやすいよ」

 

自然と営業トークが始まる辺り、本当に彼女は商売人なのだろうと、ウェルロッドは思った。

 

他にも45口径のUSPにジェリコ941。コルト・パイソン357マグナムなんてのもある。

サブマシンガンに至ってはFMG9なんてものまである。R15基地に来る前まではこれと同じ銃を使う仲間がいた。

アサルトライフルも多様だ。AK-102やM4A1にSCAR-L。ブルパップ方式として有名なタボール21。

こちらの副官に合わせたのかḠ36もある。

 

ショットガンも豊富なラインナップで、M870といったポンプアクションは当然として、SAIGA-12にM1014といったセミオートにUSAS12といったフルオートのものまで。

現代のPMCならどこでも使っている銃ばかりだ。ただ、グリフィンでこれらの銃を使う機会があるのは人間くらいで、ASSTで一つの銃と密接に繋がっている戦術人形としてはあまり馴染みのないものだが。

 

そういう溢れんばかりの銃器を前にして、ウェルロッドは小さく息をついてからPx4と向き合った。

 

「それで?まさかどれか買い取ってくれ、何て言わないですよね?」

 

「そんな事言わないわ。だってこれ、全部アナタが使うモノですもの」

 

「え?」

 

全部使う?どういう事か。そう尋ねるより早く、Px4は一度ニヤリと笑ってから口を開いた。

 

「ここにある銃、全部使いこなせるようになってもらうから。一週間以内にね」

 

 


 

 

屋外射撃場にて。

AR-70とCZ-805に連れて来られた形でここに来たG36Cと57-1式。

 

この両名は今現在苦虫を嚙み潰したように、その表情を歪ませていた。

 

彼女たちの10メートル先には人の形を模した標的が8つ並んでいる。

6つの標的にはそれぞれ番号が1~8まで振られており、「1」「3」「5」「7」は上。「2」「4」「6」「8」は下と、上下に分かれて配置されている。

上下左右の間隔はそれぞれ2メートルあるかないか。

 

本来ここはRFやMGの人形が射撃訓練に使う場所なのだが、今回の教練の為に拵えた特別なセッティングだ。

 

そんな場所で、複数の標的に銃口を向けているG36Cの表情は硬く、緊迫感に苛まれている。

 

「1」

 

背後から声がした。担当しているCZ-805の声だ。その声に半ば反射的に「1」の標的に銃口を向け引き金を引く。バースト射撃で放たれた3発の5.56mm弾は標的の頭部に集中して命中する。

しかし命中したことに安堵している余裕は無い。

 

「8」

 

次の数字が告げられる。特徴的なキャリングハンドルの上に据え付けられたアイアンサイトを「8」の標的に合わせてトリガーを引く。同様のバースト射撃であったが、2発は頭部の中心付近に同一弾痕であったが、1発は少し離れて着弾する。

 

「3、7、6」

 

矢継ぎ早に連続で告げられた番号。G36Cはエイムする。「3」は命中するも次の7は2発しか命中せず、最後の「6」は1発のみ。それも中心ではなく外側だった。

 

それを見て、CZ-805はパンパンと二度手を叩いて「はい終了~」と声を上げる。

 

「やっぱり遅いし精度も甘いですね」

 

温和で柔和な口調でありながら。否、それゆえに辛辣にも思えるセリフを平然とにこやかにAR-70は言ってのけた。

 

「5.56mmなら反動自体大したことありません。それでもこうして精度が落ちてしまうのは問題です。ただでさえ鉄血兵相手に5.56mmはハンデなのに」

 

よく訓練で言われるのが、正しい肩付け、頬付き、ハンドガードをしっかり握る

 

鉄血製戦術人形はとにかく頑丈さに定評がある。この頑丈さとは作戦投入時における使用や、様々な環境にも問題なく使えるという意味を示しているが、それ以上に銃撃に対しても同じことが言える。

ボディ表面を覆っている生体部品の下には、ある程度の防弾性が付与されたフレームがある。小口径の武器では至近距離でないと内部のコアまで攻撃が通らない。

 

戦術人形が普及する以前より、個人携行出来る防弾装備の性能向上に伴って5.56mm弾の威力不足は指摘されてきたが、戦術人形の普及によってよりそれが顕著に表れる事となった。

それによって、未だに人間の戦闘要員(オペレーター)を擁するPMCの隊員の装備には、強力な人形相手にも有効なストッピングパワーを有する7.62mm弾を使うバトルライフル。もしくはクリードモアと呼ばれる5.56mmよりも威力の優れた6.8mm弾を使用する銃を使う所が増えている。

 

S10基地のブリッツも実体験から5.56mm弾ではなく7.62mmのHK417をメインアームとして使用している。

 

今のグリフィンの主な敵が鉄血工造製戦術人形であるところも見ても、この選択は至極当然とも言える。

 

であれば、5.56mm弾を使う小銃は現代の人形戦では使えないのか。

 

それは否である。

 

「5.56mm弾を使うアタシたちに求められるのはフルオート射撃時の集弾性です。一発一発は非力でも、着弾点を一点に集中させれば最小限の弾薬消費で鉄血兵を殺せます」

 

「一応言っておくけど、7.62mm弾にも一発一発の精度が重要になるよ。テキトーにバラ撒くだけじゃ一人も殺せないからね」

 

CZ-805が付け加える。

今回の教練の為にCZ-805は7.62×39mm仕様となっている。56-1式に合わせての仕様だ。

 

「お二人にはこの一週間で根本的な射撃精度の向上を目指していただきます。最終的には走りながらでも正確に移動目標に当てられるようになってもらうつもりなので、頑張ってくださいね」

 

「あと、至近距離での戦い方も身に着けてもらうよ〜。AR人形はあらゆる状況にも対応出来る汎用性が大事だからね。やること一杯あるけど、めげずにやっていこ〜」

 

片や優しく、片や気楽に。しかし言っている内容は優しくも気楽でもない。

大変な事になってきたぞと、G36Cと56-1式は身を持って体感するのだった。

 


 

SG人形SPAS-12ことサブリナは狭く、見通しの悪い通路を進んでいた。

銃を傾け先を覗き、死角の多くなる最短距離を進まぬようカッティングパイで角を警戒。

その先に人がたの標的を見つける。即座に銃口を向けて引き金を引く。12ゲージの模擬弾は標的に命中。鈍い音を響かせて標的は倒れる。

フォアグリップを後方へスライドさせて空になったショットシェルを吐き出させ、手動式(ポンプアクション)から自動式(セミオート)に切り替える。

次の角を抜ければまた標的が見える。今度は2体。正面から見て右の前衛と左の後衛。射線が被らぬように待ち構えている構図だ。

 

腹の底に響くような重低音を通路内に轟かせ、ダブルタップの様相で標的2つを打ち抜く。SG人形特有の素体性能によって強烈なリコイルも問題なく受け止めている。

 

ここでチューブ内の弾薬を使い果たした。スピードローダーを使い流し込むようにシェルをチューブに込める。

 

そうして辿り着いた部屋の前。木製ながら、ぶ厚く頑丈そうな扉が立ち塞がるように部屋とサブリナのいる通路を隔てている。

左の後ろ蹴りを扉に食らわせる。扉は破砕音を響かせながら勢いよく開く。というより、破片を撒き散らしながら吹き飛んだ。

すぐに銃を構える。標的の数は4。セミオートに切り替え残弾も十分な今なら問題なく制圧出来る。

 

「小型の大砲」という異名の通り、銃声と呼ぶには強く重い音が部屋の中に幾重にも反響する。

 

瞬く間に標的全てが撃ち抜かれる。

 

「クリア」

 

締めくくるようにサブリナは小さく呟いて。そしてブザーが鳴り響いた。

 

ここはキルハウスだ。曲がり角の多くやや入り組んでおり、カッティングパイによるクリアリングを重点的に身に付ける為の作りとなっている。

SG人形は銃種と素体性能から前衛を務める事が多い事を加味して、今回特別にセッティングした。

 

そのコースを進むサブリナの様子を、スパスとAA-12は別の場所から軍用のタブレット端末を通して見ていた。

コースの各地には小型のカメラ。そしてキルハウス全体を俯瞰する形でまた別のカメラが設置されている。そこで撮影された映像はタブレットにリアルタイムで確認できる。

 

その映像を通じて過程と結果を見たスパスとAA-12は

 

「遅くは無いね」

 

「速くもないけどな」

 

可もなく不可もなしといった評価をサブリナに下していた。

クリアリングも射撃も悪いところは無い。が、手放しで評価できるかと言えばそうでもない。

勿論その評価基準はS10基地もとい多目的戦闘群からしての評価だ。他の前線基地ならば主力部隊か、それに近い戦力である事は間違い無い。

 

ただそれではダメなのだ。

ここで訓練を受ける以上、S10メンバーと肩を並べられる実力を身に着けるまで行かなくてはならない。

 

コースから戻ったサブリナが二人の元へとやって来る。にこやかな顔からは「どうだった?」と感想をせがんでいる言葉無き声が聞こえてきそうだ。

 

だからハッキリ言う。

 

「ちょっと遅いかな」

 

スパスがそう告げた途端、サブリナの笑顔が固まった。

間髪入れず、スパスは持っているタブレットのディスプレイをサブリナに見せる。

 

「クリアリングは悪くないよ。ちゃんと見れてるし。ターゲットを目視してから狙いを付けるのも遅くない。ただ、スピードローダー使ってるせいで本来止まらなくてもいい所で止まったり、残弾を気にしてる所もあるから、それが原因でタイムロスが多くなってる」

 

リプレイを見せながらポイントごとで気になる箇所を指摘する。

時折AA-12も横から「移動で肩が上下してるのが気になった。これじゃ撃つ時ブレる」といったような事を、一言二言付け加えたりもした。

 

おかげで、教練の具体的な方向性も定まった。

 

「じゃあサブリナちゃん」

 

スパスはニッコリと笑う。穏やかに笑う。

 

「今日からローダー使用禁止ね」

 

「・・・

 

いよいよもって、サブリナの表情が完全に固まってしまった。

 

 


 

「エル隊長、確かS10基地出身でしたよね?・・・昼の指揮官の教練の話、どう思います?正直、私は無駄だと思っています」

 

S10基地へ向かう前のこと。指揮官であるナイル・ルース指揮官からS10へ教練に向かうよう言われた日。

RF人形のスカウトは自身が編成されている第二小隊の隊長であるLWMMGことエルにそう尋ねた。

 

元々、彼女は教練に行くことに否定的であった。彼女のスナイパーとしての自負、自尊心がそれを許せなかった。

エルは元々R15基地に配属される前はS10基地にいた。隊長の古巣について悪く言うつもりはない。事実エルは基地内でもその練度高さから最高戦力の一角として君臨している。

 

だが彼女はMGの戦術人形であってRF人形ではない。

狙撃ならば訓練でエルをペイント弾塗れにしたことも少なくない。何よりハイエンドモデルとの狙撃戦を制した実績もある。

 

基地内での訓練だけでこれだけの戦果を挙げられるのだ。わざわざ他所の基地に出向いてまで教わることは無い。それあスカウトという人形が持っている考えであった。

 

そのスカウトの言葉を聞いてエルは目を瞑り考える。

 

「私はそうとは思いません。口で言っても分からないでしょう。行けば分かります」

 

エルはそれを否定した。明言こそはしなかったが、ハッキリと否定した。

スカウトは怪訝そうに顔を顰めてエルを見る。

 

「エル隊長、それ、本気で言っています?」

 

「ええ、本気です。トップクラスのライフル人形と会えると思いますよ」

 

あのエルがここまで言い切ったことに、スカウトは先よりも教練に対する否定的な意識を若干改める。

少なくとも、退屈はしないだろうと。

 

「ふふっ。エル隊長がそこまで言うなら、過大評価じゃないことを楽しみにするわ」

 

────スカウトはこのやり取りを思い出し、そして思い知った。

 

甘かったと。

予想が。力量が。実力が。経験が。知識が。何もかもが甘かった。

 

4発だ。たった4発の弾丸で全てが終わった。

 

基地近くにあるゴーストタウン。そこで行われた模擬戦闘。戦闘可能区画は制限され、決して広くは無い。移動していればその内敵影を捕捉できる。

だからなるべく見つからぬよう行動したつもりだ。息を潜め、いち早く敵の位置を把握し、有利なポジショニングを確保し、一発で仕留める。そのつもりで行動した。

 

戦闘開始から2分後。一発の弾丸がスカウトライフルの左膝を穿った。遅れて銃声が聞こえた。それと同時に左の肩口に被弾。持っていた銃を落としてしまう。

拾いに行く間も無く今度は右の肩口を撃たれる。身を隠そうと残った右足を稼働させて移動しようとした矢先に右膝を穿たれた。

 

結果、俯せに倒れ伏せ砂を噛んだ。関節を撃たれた為に移動も出来ない。ただ芋虫の如く蠢くことしか出来ない。

何と無様な事か。

 

「ここが戦場だったら、アナタはどうなってたでしょうか」

 

声が聞こえた。凛としていて、そして冷たい声色。

 

「トドメにコアと電脳を破壊?鹵獲され情報を抜き取られ、その後見せしめに殺され晒される?まあどちらにせよ、何も覚えていないままバックアップから目を覚ますことに変わりはありませんけど」

 

叱責するわけでも、嘲るわけでもなく、ただ淡々と事実のみを並べ立てる。

スカウトはそれに対して何も反論できない。

 

こうして地に伏せ、無様を晒すこととなった原因、SV-98に対して、何も言い返せずにいた。

移動してる目標の関節を正確に射抜ける技量ならば、一発でヘッドショットを決められたはずだ。それをしなかったという事は、スカウトからしてみれば手加減されて負けたのと同じであった。

 

それだけ実力差があるという事だ。

 

「アナタがいかに素晴らしい功績を上げ、いかに誇らしい戦果をあげていようとも、ここでは関係ありません。そんな物に意味はありません」

 

自信が崩れ落ちていく。形は無いのに、音を立ててガラガラと。

絶対に揺らがない自信を、SV-98は4発の弾丸で粉々に打ち砕いてくれた。

 

「格付けは済みましたね。アナタを一から鍛え直します。楽をさせる気はありません。なので、歯を食いしばって一週間を過ごしてくださいね」

 

スカウトは決意した。

今より強くなってみせると。今自分を見下ろしているこのRF人形を超えて見せると。

必ずや、自分が彼女を見下ろしてみせると。

 

────かくして、後に波乱を予感させる洗礼と共に5名の人形の教練が始まった。

 





他所のところさんだろうと容赦なく可愛がってやるからな~。



だ、大丈夫かな・・・?(唐突な不安)


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Ex-OPS.2-5 -効果測定-

お待たせ、待った?(約8ヶ月ぶり)


教練開始から一週間。

屋内射撃場に一人の戦術人形、ウェルロッドMkⅡが立つ。その表情には若干の緊張が見受けられる。

 

彼女の眼前にはいくつも並んだレンジに一つずつ置かれている銃火器。左から見て拳銃、サブマシンガン、アサルトライフル、ショットガンという順だ。

 

ウェルロッドの後ろには、彼女の教練担当のPx4ストームが壁に背を預けて見物し、その近くには各銃種の取り扱いを見るためにSMG人形のVector、AR人形のFAL。そして長い銀髪を後ろに纏めた黒のパンツスーツ姿の女性が一人。教練組が基地に来たばかりの時には会わなかった、見覚えのない人物だ。戦術人形かとも思ったが、ウェルロッドのデータベースに該当する戦術人形は存在しなかった。

 

しかしこの基地に所属しているVectorとFALが何も言わないという事は関係者なのだろうと決めて、気にしないことにした。

 

「時間だね。それじゃあ────開始っ」

 

Px4の合図と同時にウェルロッドは左のレンジに入って台に置かれている拳銃、SFP9を手に取る。台の上には拳銃だけでなく弾倉が2本も置かれている。その内の1本を持って銃に装填。スライドを引いて10メートル先の標的に向けて構える。

 

トリガーを引く。軽快な銃声と共に放たれた9mmパラベラム弾が標的の胴体部分に命中。それを3発。するとSFP9のスライドが後退したまま固定される。元より弾倉には3発しか弾が入っていない。空になった弾倉を抜いて残りの1本である弾倉を叩き込みスライドをリリース。同様に3発撃てば、再びスライドが後退したままになる。

今度は装填せずに弾倉を抜いて台に置く。

 

これでハンドガンの試験は終了。立て続けにサブマシンガンの置かれているレンジに移動する。

今度はMP5A5だ。SFP9と同じように弾倉が2本置かれている。ハンドガード上のコッキングレバーを引いて固定してから弾倉を装填、コッキングレバーを軽く叩くようにして前進させ、セレクターをフルオートにセット。MP5は撃てるようにするまでに独特な手順を踏まねばならないデメリットああるが、その小型軽量なデザインは屋内の戦闘においては最適な銃の一つとして多くのPMCにて現役である。

 

しっかり肩付けをしてアイアンサイトで標的の胴体に狙いを合わせ引き金を引く。

3発ごとの指切り射撃によって反動で暴れようとする銃口をコントロール。30発を撃ち切るころには標的の胴体部分にはいくつもの風穴がこさえられている。

 

再度コッキングレバーを引いて固定しマガジンキャッチレバーを押して弾倉を引き抜く。新たな弾倉を叩き込みレバーを叩いて前進させる。

構え直し、また標的を打ち抜いていく。弾切れを確認しレバーを後退させて弾倉を引き抜き台に置いた。

 

続くはアサルトライフル。R15基地の指揮官も使っているM4A1だ。こちらはMP5ほど手間は無い。弾倉をレシーバーに叩き込みチャージングハンドルを引く。誰でも出来る簡単な手順だが、それでもMP5の感覚が残っている中で淀みなく装填する辺り、ウェルロッドのこれまでの努力が垣間見える。

 

撃ち尽くしリロード。弾倉を抜いて次のマガジンを装填しボルトリリースを叩くように押して後退したボルトを前進させる。すぐに構え直し照準を済ませて発砲。発射時の軽い反動をストックを通じて肩に感じとる。

5.56mmの反動は強くはない。寧ろ軽い。経験次第でフルオート時のハンドリングも容易に出来てしまう。

 

標的の胴体部分をズタボロに仕立て上げて、M4A1から弾倉を抜いて台に置いた。

 

最後のショットガン、レミントン M870タクティカルにショットシェルを3発ロード。フォアエンドをコッキング。

構える。引き金を引けば12ゲージOOバックが轟音と共に放たれる。12ゲージの衝撃は比較的小柄な彼女の素体を大きく揺らす。しかしそこは戦術人形。人間がそうであるように、来ると分かっていれば対応も出来る。

強烈な反動を受け止めフォアエンドをコッキング。役目を終えた空のシェルが排莢口から吐き出される。

2発3発。装填した分を全て撃ち切り弾切れ。

 

ハンドガードを持つ左手でM870を捻る様にして装填口内側へ向けストックを肩に乗せる。その間に予め腰に着けていたショットシェルホルダーから4発分のシェルを右手で掴み、まるで装填口を二度撫でるように滑らせてシェルを装填。所謂クアッドロードでリロードを済ませ、フォアエンドをコッキング。射撃を再開。

 

2発、3発、4発。12ゲージの重い銃声が屋内射撃場全体に反響する。

 

撃ち切る。フォアエンドを何度か引いて残弾が無いのを確認してから、ウェルロッドはM870を静かに台に置いた。

 

「どう思った?」

 

Px4がVectorとFAL、銀髪の女性にそう投げ掛けた。

 

「良いんじゃない?」

 

Vectorが投げやりに答える。一つでもダメな所があれば遠慮もなしに言う彼女がそう言うという事は、現状で目立つ悪癖は無いという事だ。

 

「同じく。エイムが少し遅いのが気になったけど、一応及第点って所ね」

 

FALも同意した。彼女もダメならダメとハッキリ言うタイプだ。

 

最後、銀髪の女性に全員の視線が集中する。そっと口を開く。

 

「一週間でコレなら、悪くないだろう。良いんじゃないか、合格で」

 

その言葉にウェルロッドは安堵のため息をつき、教練を担当したPx4は当然と言わんばかりに自慢げに胸を張って見せた。

 

────中間講評。対象:ウェルロッドMkⅡ

 

ハンドガンの戦術人形という事で、他の銃器の取り扱いという内容に当初は多少なりとも不満があったようだが、途中から意欲的に取り組んでくれるようになった。

目的である「他の銃器を用いた射撃技術の習得。それに伴う戦術性の拡張」というこちらの狙いに気付いてくれたからと思われる。

技術そのものの習得には時間がかからなかった。最高級グレードの人形だからという事もあるのだろうが、彼女自身が非常に優秀である事も大きな理由であることは疑いようもない。

 

この結果を考慮し、今後の彼女に対する戦術的価値を見出してくれることを、ナイル・ルース指揮官には期待する。

 

 

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───

 

走る。

誰もいないゴーストタウンを。

 

走る。

今自分が出せる最高速度で。

 

走る。

すぐ後ろを着いてくる仲間と共に。

 

走って走って、そして遭遇した。

路地の隙間から第一世代型の戦術人形がズカズカと歩いて姿を見せた。

第一世代型は右腕に持った小銃を向ける。小銃に収まっているのは模擬弾だが、一発でも食らえば動きを制限される程度には威力がある。

 

撃たれる前に先頭を走るSMG型戦術人形のG36Cが、走るスピードを一切緩めることなく半身の銃を構えて第一世代型を攻撃。胴体と頭部に弾丸が命中し機能停止し、仰向けに倒れた。

 

しかしそれと同時に逆サイドから2体の第一世代型が姿を見せ、既に射撃体勢に入っていた。

その存在にG36Cも気付いた。が、彼女に焦燥は無い。何故なら彼女の背後には頼れる仲間がいるのだから。

 

5.56mmよりも重く響く銃声が轟き逆サイドの第一世代2体が倒れ伏せた。

 

「クリア!」

 

G36Cの後ろに着いていたAR型戦術人形の56-1式が告げる。

それを皮切りに前後左右。あらゆる場所から第一世代型が現れる。

 

「右をお願いします」

 

「了解だよ!」

 

G36Cが左サイドを。56-1式が右サイドを請け負い分担する。

ターゲットを視認と同時に銃口を合わせ引き金を引く。7.62mmと口径の大きい56-1式は順調にターゲットをダウンさせているが、小口径の5.56mm弾であるG36Cは敵の処理にどうしても時間と弾薬を使ってしまう。

一体ならともかく、複数体が相手ではヘッドショットを叩き込むだけの技術的余裕は今の彼女にはまだない。ので、確実に仕留めるために胴体のコア部分を集中的に狙う。

第一世代型は軽度ながら胴体部分に装甲がある。なので、2発3発と弾丸を集中させて叩き込んで装甲を貫く必要がある。

 

これが貫通力に優れたFCA研究所製のAPCR高速弾であるならばもっと楽に打倒できるのだろうが、生憎今使っているのは比較的安価なJSP高速弾。予算不足のR15基地で主に使われている弾薬だ。

 

それでもフルメタルジャケット弾よりもそれなりの貫通力があるはずなのだが、3発は撃たないと装甲を貫きコアまで弾丸が届かないよう絶妙な硬さに改造されている。

 

5体ほど行動不能にした所でレシーバーから乾いた音が鳴った。弾切れだ。

 

「リロード!」

 

「オッケー!」

 

あらかたターゲットを片付けた右サイドへG36Cへ庇う様に56-1式が左サイドのターゲットに狙いを変える。

その間に素早くG36Cはリロードを終える。

 

「クリア!」

 

「変わって!」

 

今度は56-1式がリロードに入り、入れ代わりでG36Cがターゲットの対処に入る。

56-1式もスムーズにリロードを済ませ、引き続き残りのターゲットの殲滅にかかる。

 

教練の過程でリロード速度が上昇。それに伴い走りながらでも安定した再装填が可能となった。

薬室に一発だけ残してマガジンを変える事で、ボルトリリースの手順を省くことで即座に銃撃を再開できる。それを可能な限り意識して行う。

 

順調に進行していく最中。突如先頭を走っていたG36Cの長いグレーの長髪、その一部が風切り音と共に風穴があいた。穿たれた髪は見た目には元に戻るが、ハラハラと何本か髪の毛が舞っている。

 

攻撃だ。しかし周囲の第一世代型は撃たれる前に処理した。という事は

 

「スナイパー!」

 

狙撃を受けた。偶然外れてくれたが、もう一度外れるなんて幸運は期待しない。早急に排除する必要がある。

 

「2時方向!200メートル!」

 

56-1式が即座にスナイパーの位置を割り出した。G36Cも見つけた。

5階建てのビルの4階部分にいる。窓から身を乗り出さず、すこしだけ部屋の奥から撃ったようだ。そのせいで発見が遅れて先制されてしまった。

 

牽制射撃。これ以上撃たせないように4階部分に集中的に銃撃を行う。当たればラッキー程度の攻撃だ。

その隙を突くように逆サイドから第一世代型が待ち受けている。逸早く気付いたG36Cがサイドアームのブローニングハイパワーを抜いてトリガーを引く。9mm弾では一時的に動きを止めるのが精一杯だが、それだけでメインのカービン銃を使うには十分すぎた。ストックを肩に押し付ける様に固定し、右手のみで銃撃し奇襲しようとした第一世代型を沈黙させる。

5.56mm弾の反動ならば片手でも反動を受け止められる。

 

「接近します!援護をお願いしますわ!」

 

「オッケー!行っちゃって!」

 

拳銃を仕舞い、G36Cは地を蹴りカタパルトから撃ち出されたかの如く加速。AR人形を上回る素体性能を遺憾なく発揮し、スナイパーに肉薄していく。接近してくる彼女の存在にはスナイパーも気付いていたが、56-1式の絶え間なく続く牽制射撃によって対応が出来ない。

 

ものの数秒でスナイパーが陣取るビルの前に到着。腰にぶら下げた手榴弾2つのピンを引き抜いて4階部分に投げ入れる。連続した爆発音が4階フロアから上がり窓から煙が噴き出した。

制圧出来たかどうかは不明だが、少なくともすぐに反撃が来ることはないだろう。

 

「排除しましたわ!」

 

「ナイス!こっちも片付いたよ!」

 

進行を再開。決められたルートを進みつつも周辺のクリアリングは怠らない。

 

やがてある交差点の約50メートル手前に差し掛かった。あの交差点が目標地点だ。

それを示す様に、交差点の中心には赤い旗が一本だけ立っており、それを守る様に周囲には第一世代型が4体、小銃を持ってうろついている。

 

見つからぬようにG36Cは車の残骸の陰に。56-1式は瓦礫に身を隠し、様子を伺う。ターゲットはまだこちらに気付いた様子はない。

 

『私は左から行きます。56-1式さんはここで待機を』

 

『オッケー』

 

人形のツェナープロトコルを使った短距離無線通信。声に出さずとも思考と指示を伝えられる戦術人形の強みだ。

 

G36Cが移動を開始。建物の中を抜けて進行方向より左サイドに回り込む。

伏兵の存在も警戒していたが幸いにもいなかった。予定通りに回り込み、通って来たビルの陰へ。ターゲット4体のうち2体を狙えるポジションを確保出来た。距離にして約60メートル。

 

『配置につきましたわ』

 

『こっちも行けるよ』

 

可能な限り身を晒さず、しかししっかりと狙えるように。右手でハンドガードを指で挟むように保持し、壁に手を添える。所謂依託射撃の構えだ。これでより正確に狙える。

 

レティクルをターゲットの頭部に合わせる。

 

『射撃用意』

 

『いつでも』

 

引き金に指をかけ、少しずつ遊びを殺していく。

 

『────Feuer.(撃て)

 

瞬間、銃口から迸る閃光と銃声が飛び出し、5.56mmJSP高速弾が3発放たれる。狙いすまして放たれた弾丸は真っ直ぐ、吸い込まれるようにしてG36Cから見て右にいた第一世代型のヘッドパーツを穿った。

続けざまに左側のターゲットへと銃口を向けて、レティクルが重なった瞬間に銃撃。こちらも3発使ってヘッドパーツを破壊する。

電脳からの命令が無くなったボディは力なく、糸の切れた人形のように重い物音を立てて地に倒れた。

残りの2体も56-1式によって無力化されている。

銃を構え直して、ポツンと立っている旗へと歩み寄る。

 

合流し、周囲を確認。敵影無し。オールクリア。

 

『はぁ~い、お疲れ様です。試験は終了。お二人とも合格です』

 

人形間の無線通信を使って、教練担当であったAR70が試験終了を告げる。彼女は現在、実技試験の実施区域から少し離れた位置に設置された簡易天幕の中で、複数のドローンを使って二人の試験を監視していた。

「敵を排除しつつ目標地点まで移動する」という至ってシンプルな内容の試験ではあるが、その過程でいかに素早くターゲットを倒し目標地点を確保するかが重点的に見られる。

 

今日まで繰り返し行ってきた射撃技術の精度と速度の向上という教練内容をキチンとこなしていなければクリアできない試験なのだ。

 

「わーちゃん大丈夫~?」

 

AR70の傍らに立つ同じく教練担当のCZ-805が暢気な口調で、ビルに潜んでいたスナイパー役であるWA2000に連絡を入れる。

 

『無事じゃないわよ!思いっきり埃被っちゃったわよ!ああもう口の中もジャリジャリするし!』

 

「そっか、大丈夫そうだね」

 

流石はS10基地の凄腕スナイパー。手榴弾程度ではダメージもないらしい。尤も、だからこそ本来予定の無かったスナイパー役を指揮官に依頼されたのだろうが。

ただ相当お冠のようだ。いつもならすぐに返ってくる「わーちゃんって言うな!」という定番のフレーズが一向に出てこない。

 

『ワンショット・ワンキル』を信条としている彼女としては埃を被ったこと以上に、試験とはいえ「初弾をわざと外す」というのはプライドが許せないらしい。それでも頼まれればやってくれるのが彼女の優しいところだ。

 

彼女が実戦さながらの本気になってしまったら、数分足らずで試験が終了してしまう。それでは意味が無い。

 

そっと無線を切り、話目散らしている埃塗れのエーススナイパーをそっと(放置)しておいて、ドローンの映像越しに担当二人をCZ-805は見た。

 

達成感のある良い笑顔で、二人はハイタッチをしていた。

 

────中間講評。対象:G36C

 

教練開始当初から射撃精度は非常に高かったが、それは制止目標に対してのみの話で、人間サイズの移動目標に対しては精度が今一つであった。が、一週間に渡る教練で射撃精度が著しく向上した。今の彼女なら、全力疾走中でも移動目標に正確に銃弾を叩き込めるだろう。

 

 

中間講評。対象:56-1式

 

大口径のアサルトライフルという事もあり、初期は連射時に着弾にバラつきが見られたが、一週間の教練を経て大幅に改善された。今ならフルオート射撃でも全弾を敵に叩き込める。

残りの一週間で兵士として実力を高められるかが、個人的にも楽しみな人形である。

 

 

 

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薄暗く手狭な通路は空気が冷たく、ひどく張りつめていた。ジリジリと。あるいはチリチリと。ふとした拍子に何かが起きそうな程に。

前屈みの体勢のままなるべく足音を立てず、しかし素早く。手に持ったショットガン、フランキSPAS-12を構えるサブリナは通路を進む。

 

やがて部屋の前に差し掛かる。木製の扉によって内部の様子は分からない。仲間がいれば内部のスキャンが出来るが、生憎今は自分一人。ならばやる事は一つ。

 

全身のバネを使いドアに向かって後ろ蹴りを食らわせる。

軍用規格で製造された素体が内包している出力によって、ドアは蝶番を引きちぎって飛んでいく。

体勢を素早く立て直しエントリー。中には5体の第一世代型戦術人形がサブリナに銃口を向けようとしていた。

 

第一世代型とは言え、訓練用に電脳はアップグレードされている。襲撃に対するレスポンスは速い。

だからそれよりも速く動く。

 

まず一番近くにいた左側のターゲットに照準を合わせトリガーを引く。12ゲージの重い銃声が轟き響き、第一世代型のボディを破壊した。

 

コッキングし次。続けざまに右隣にいるターゲットを撃ち砕く。

更に隣のターゲットに照準をむけようとした次の瞬間、一番右端にいた第一世代型がサブリナに銃撃した。が、それをサブリナは腰から伸びているSG人形特有のシールドで防いだ。防がれた弾丸は弾かれ明後日の方向へと飛んでいき壁にめり込んだ。

 

『正面からの銃撃に対して、シールドを垂直に立てて使うのはよくないよ。大口径相手なら特に。1発2発ならともかく、集中して撃たれたらいずれは抜かれるからね』

『だからなるべく傾斜させる。受けるというより弾いて流す感じだな。屋内で他の仲間がいるときは跳弾で被弾するリスクはあるけど、鉄血の指向性エネルギー兵器(DEW)なら弾いた後に壁で跳ねる事は無いから、クセを付けておいた方がいいぞ』

 

教練担当のスパスとAA-12のアドバイスだ。教練過程でも何度も指摘されてきたから、今も咄嗟にそう出来た。

 

両足を大きく開いて地を這うように姿勢を低くし、シールドと地面の隙間から銃撃してきた第一世代型に発砲。脚部を破壊され第一世代型は立つことが出来ず無様に倒れる。

その隙に残る一体を撃って仕留めてから、倒れているターゲットにトドメとばかりにもう一発12ゲージを叩きこんだ。

 

ルームクリア。それを確認し、サブリナは腰に据え付けているショットシェルホルダーからシェルを4発掴んでクアッドロードで装填していく。

滑らせるようにロードするとハンドガード部に引っ掛かりやり辛いので、サブリナは親指で押し込むようにロードしていく。

 

消費した弾薬5発に対して4発ロードしフォアエンドをコッキング。残弾は7発。

 

次のポイントへと向かうため部屋を出る。

すると、待ち構えていたとばかりに2体の第一世代型がサブリナに攻撃を開始。幸い、反射的に部屋に引っ込んだことで被弾はしなかったが、先手を取られた。

 

すぐにシールドを前面に展開。ここでもきちんとシールドを傾斜させる。

まるで雨に打たれているかのような甲高く小気味良い音がシールドから鳴り響く。

 

そのまま耐えていれば、あれほど喧しくがなり立てていた騒音が止んだ。弾切れだ。

すぐに展開していたシールドを外して反撃。12ゲージの直撃を受けた第一世代型2体は胴体部分を粉々に破壊され仰向けに倒れ、動かなくなった。

再び動き出さないとも限らないので、サブリナは銃口を向けたまま第一世代型の上を通る。無事に通り過ぎて先へと進む中でも、シールドできっちり背面を守る。

確実性を重視するならそれぞれに一発ずつ撃ち込んだ方が良いのだが、手持ちの弾薬の数が限られている。なるべくなら使いたくはない。

 

その矢先のことだ。通路の向こうや近くのドアから大量の第一世代型がぞろぞろと現れた。確認できるだけで10体はいる。それほど広い通路ではないため密集状態となっており、容易く前には進めそうにはない。

 

サブリナの姿を視認してすぐに一番近い。集団で言うなら一番先頭の2体が小銃を連射してくる。それより早くシールドを展開しサブリナは自身の身を守る。身を屈めて面積を小さくし、それに合わせてシールドも傾斜させ、まるで貝殻(シェル)に覆われる様な形を作り上げる。角度が浅くなるので貫通力のある高速弾であろうとも、シールドには大したダメージが通らず弾かれるのみだ。

 

「足りるかな?」

 

先の2体に使用したショットシェル2発を装填しつつ呟く。手持ちの残弾と残敵数。それらを考慮しての呟きだ。

 

「ま、なんとかなるよね」

 

フォアエンドをコッキングし、一息に振り返りながら立ち上がる。シールドを展開したまま地を蹴り前進。というより、突進していく。

小気味良くも恐ろしい銃弾の着弾音を聞き流し、さながら除雪車よろしく敵陣に突っ込み薙ぎ倒す。

AA-12に教えてもらったシールドバッシュの応用だ。

 

脇に逸れて突進から逃れた第一世代型も、待ってましたと言わんばかりに小さな大砲(SPAS-12)の銃口を向けられ、至近距離で12ゲージの直撃をもらい外装と構成部品をまき散らした。

 

体勢を崩しつつも押し返そうと第一世代型が束になって抵抗する。

 

「んっ、んん~っ!」

 

が、軍用規格で製作されたサブリナの素体はそれを更に押し返して見せた。

シールドのアームを伸ばしてターゲットを押しのける。スペースが空いた所でSPAS-12を構え直す。同時にセミオートに切り替える。

 

引き金を引く。12ゲージによる衝撃力は第一世代型の外殻を砕き内部を潰すには十分過ぎた。

近いターゲットから順に12ゲージを叩き込む。が、敵の数に対して装填出来る弾の数が足りない。残り4体といったところで弾切れになった。

以前までならば、シールドに隠れてスピードローダーを使って即座にリロードする。が、今回その用意がない。

 

で、あるならば。

展開していたシールドを畳んで一枚の分厚い金属板にし、アームから取り外して持つ。

 

後はシンプルに、それで殴打していく。シールドの硬い縁で、サブリナの膂力を使って殴ればいかに頑丈な第一世代型も、さながら紙屑のように弾き飛ばされる。これはスパスに教えてもらったシールドの違う使い方だ。

 

横薙ぎに。もしくは縦に振り下ろし、ハンマーよろしくターゲットを叩き壊していく。

 

瞬く間に3体を屠り残り一体。

素早くシールドをアームに再度接続し展開。シールドバッシュでターゲットを壁に叩き付ける。

態勢を整えるより先に、SPAS-12の銃口が胴体部分に押し付けられる。持っていた銃で反撃しようとするも、サブリナは無慈悲にも銃身を掴んで奪い取り遠くへ放り捨てた。

 

武装を解除したことで脅威度が下がったのを確認し、ゆっくりと。サブリナはショットシェルを一発だけ手に取って装填口に入れる。フォアエンドをコッキング。

 

「じゃあね」

 

ゼロ距離の12ゲージが炸裂し、第一世代の胴体部分に風穴があいた。

ズルリと崩れ落ち、通路内に静寂が訪れた。

 

『終了~。サブリナちゃんお疲れ様~』

 

天井に設置されたスピーカーからスパスの声が響き、薄暗かった通路が明るくなる。試験が終わった。

 

『問題なさそうだな。いいんじゃないか?合格で』

 

AA-12の一言に、サブリナは「やったね!」と両手を高く突き上げて歓喜した。

 

────中間講評。対象:SPAS-12

 

「仲間を守る以外の戦術的な考えが知りたい」という彼女の要望をくみ取り、こちらが持っているSG人形が使っている技術を提供した。

教えた端から全てを素直に吸収する彼女の器量に、逆にこちらが驚かされることとなった。

仲間を守るだけの盾ではなくなった。

 

 

 

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───

 

「アナタが狙撃で一番重要としている事はなんですか?」

 

教練開始してすぐのこと。教練担当であるSV-98から唐突に投げ掛けられた質問に、スカウトライフルはやや面食らってしまった。

 

簡単に言えば狙撃とは、遠くにいる目標を狙い撃つ事である。

その狙撃で一番重要なこと。スカウトが真っ先に思い付いたのは気候だった。狙撃距離が長ければ長い程に気候の影響は大きくなる。

が、スカウトライフルは元々長距離狙撃をするような銃ではない。最大有効射程は400メートル。距離だけ見ればボルトアクションを使ったマークスマン・ライフルだろうか。それでも多少なりとも気候の影響は受けるが。

 

となれば、重要なのは精度だろうか。シュタイヤー・スカウトは銃としての精度はとても高い。しかし「スカウトライフル」という概念から装弾出来る弾丸は5発と多くは無い。外してカウンターを食らって撃ち合いにでもなれば不利になる恐れがある。

実際。鉄血のハイエンドモデルであるスケアクロウ相手に狙撃しようとした際に気付かれ狙撃合戦の様相を呈してしまい相討ち。スケアクロウは撃破されたがスカウトも顔を負傷する結果となった。

 

あの時、素早く一発でスケアクロウを仕留められれば、反撃も受けなかった。それこそ教練初日に自身がSV-98に完膚なきまでにやられた時のように。

 

「確かに、気候条件や一発の精度も大切な要素です」

 

そんなスカウトの考えを見透かしたかのようにSV-98が切り出した。

 

「しかし、いかに条件が良くて精度が高くとも、目標が動く以上命中率は変動します。当たるはずだった弾が外れる事もあれば、外れると思われた弾が相手が動いたことで当たる事も」

 

気候を読んで弾道を計算した所で、狙撃目標が動く的である以上当たるとは限らない。例え凄腕のスナイパーであったとしても、外すときは外すのだ。

 

「『相手の呼吸を読め』。これは私が指揮官に言われた事です」

 

「呼吸を読め?」

 

「呼吸とはつまり行動の起こり、兆し。歩くにしても走るにしても止まるにしても、必ずその時にその呼吸がある。これは人間にも人形にも必ずある。そう指揮官は言っていました。つまり呼吸を読むとは、相手の行動を読むということです。この基地に所属しているRF人形は全員その考えを基に狙撃してます」

 

尤も、正確に呼吸を読むには経験が必要ですけどね。そうSV-98は締めくくった。

 

SV-98のスナイパーとしての実力は疑う余地もない。スカウトは身を持ってそれを知っている。が、それを教えたのが指揮官というのがなんとも懐疑的にも思えてしまう。

グリフィンの指揮官とは基本的に安全が確保された後方で指揮する人間であって、高度な狙撃技術を有するような物では無い。

スカウトの指揮官であるナイル・ルースも、こう言っては何だが狙撃に関しては自分には及ばないであろう。

 

「ちなみにですが、ブリッツ指揮官は軍にいた頃1964メートルの長距離狙撃に成功していますし、選抜射手(マークスマン)の経験もあります。それと、指揮官に狙撃を教えた人は過去に3200メートルのスナイプに成功したそうですよ」

 

補足された情報からスカウトは懐疑的な思考を即座に切り捨てた。

 

そしてこの一週間。スカウトは狙撃対象の「呼吸を読む」ことを徹底して叩き込まれた。狙撃技術だけでなく、鉄血人形がどのような状況でどのように動くかを統計的に纏められた資料を読み漁り、それを電脳に叩き込む。

特殊戦闘部隊ということもあり、様々なシチュエーションから入手された豊富なサンプルの数々は、ただただ狙撃の訓練ばかりしてきたスカウトにとって新鮮であり、有意義なものであった。

 

教練に来る前から意欲のあったスカウトは、一刻も早くこの情報を試してみたくなった。

そうすれば、ハイエンドと対峙したあの時の自分を超えられる気がしたから。

 

そして一週間後。その時が来た。

だだっ広い原っぱのような場所。見晴らしはいいが、ところどころに木の板きれや岩など遮蔽物があって射線の確保が難しい場所がある。そんな中を第一世代型戦術人形が一体、彷徨うように歩いている。

────そこからほぼ水平に400メートル離れた位置に、スカウトは伏射(プローン)姿勢でライフルを構える。

スカウトから見て標的の第一世代型は遮蔽物に隠れ、時折そこから姿を現すように見える。姿が見えるのは時間にすれば2秒あるかないか。

 

距離400メートル。気温19度。時折左から右へ2メートルの風。奇しくも、条件がスケアクロウを狙撃したあの時とほぼ同じだ。いや、もしかしたら敢えて同じ条件を設定したのかもしれない。

今回は、どこか頼りなくもいざという時はやってくれるスポッターはいない。スカウトの地力以外ない。

 

第一世代型は7.62mm口径でドラムマガジンが付いた小銃を持っている。もし狙撃に失敗し機能を停止できなければ即座に反撃される。潜伏場所のバレたスナイパーの末路は何時の時代でも悲惨極まる。

 

深呼吸を一つ。気候を読む。呼吸を読む。教わった全てを絞り出して、一発に懸ける。

あの時は隙を伺うばかりで何もできなかった。だが今は違う。今の自分ならほんの僅かな隙があれば十分。

 

スコープのクロスヘアは常に第一世代型の頭部に合わせて動いている。呼吸を読むことで出来る行動予測。あとは射線が通る位置に目標が来るのを待つ。

あと数十グラム指に力を加えれば弾丸が発射される。そんな状態を維持している時、岩陰から第一世代の無骨なヘッドパーツが出てきた。

 

間髪入れず、しかししなやかな指先は繊細にトリガーを引いた。

反動でストックが肩を叩く。それと同時に感じ取った確かな手応え。この弾丸は間違いなく命中する。そんな確信めいた手応え。

狙い通りに、放たれた7.62mmの弾丸は狂いなく第一世代のヘッドパーツを貫き、やがて支えを失ったマネキンのようにその場に倒れた。的確に電脳を撃ち抜き機能停止させた証拠だ。

 

「ヒット」

 

倒れた第一世代型を見て、スカウトは小さく呟いた。

 

「クリーンショット」

 

すぐ後ろでスカウトの狙撃を見ていたSV-98が静かに告げる。スカウトが伏せたまま彼女に視線を向ける。

 

「良くなりましたね、スカウトさん」

 

にっこりと、柔らかな笑みを浮かべて褒めてくれるSV-98を見てようやく、実感がわいた。

ようやく自分は、あの時の自分を超えられたのだと。

 

────中間講評。対象:スカウトライフル

 

教練開始直前までは実力に対しやや自信が過剰な面も見られたが、その後はすぐに反省し意欲的に教練に励むようになった。

狙撃技術自体は既に高いレベルで身に着けていたので、狙撃目標の行動予測を重点的に教え込んだ。一週間で鉄血人形の行動パターンはほぼ全て把握したと言っていい。仮にパターンから外れる行動を観測したとしても、冷静に対処できるだろう。

 

 

──────────────────

────────────

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─────

───

 

「────っと。これで良し」

 

S10基地司令室にて。キーボードのエンターキーを叩くように押して、ブリッツは教練担当全員の中間講評をまとめた資料を完成させた。それをファイルに保存する。教練を依頼してきたR15基地からは各人形の講評が欲しいと言っていた。

教官としても、そう依頼されればそうしないわけにもいかない。最初は総評だけでもいいかとも思ったが、この一週間の全員の努力を見て簡単な評価だけでもしておこうと決めた。

 

「現状こんなところですが、どう思いますか?ローズマリー・ムーン指揮官」

 

右耳に装着したインカムに向かって声をかける。このインカムの向こうにはR13基地指揮官であるローズマリー・ムーンがいる。

中間講評の作成と並行して彼女に教練の途中経過を報告したのだ。

 

『順調そうね。手間をかけた甲斐があってなによりよ』

 

賞賛しているようでいて、どこか嫌味の籠った口調にブリッツはつい苦笑を溢した。

今回の効果測定で使用した大量の第一世代型戦術人形。これらはブリッツが用意した物では無く、彼女が手配したものだ。

 

型落ちの第一世代型といっても、纏まった数を揃えるにはそれなりの金が必要になる。グリフィンの特殊部隊ということで本部からはそれなりの予算を与えられているが、訓練のために第一世代型を調達するには資金面で抵抗がある。

 

そこで、このS10基地をR15基地に紹介した張本人であるローズマリー・ムーンに割を食ってもらう事にした。

R13地区の街はR地区全体で見てもかなり大きく発展している。それだけ経済面ではS10地区とは比較にならない程に差がある。それだけに基地の予算も段違いだ。

彼女ならば、大量の第一世代型の調達も出来る。ついでに訓練で使用する弾薬。模擬弾と実弾も工面してもらった。技術講習の費用と考えればそう高くはない。

 

何より、ローズマリー・ムーンは今回依頼する側だ。

実際の階級がどうあれ、依頼される側の意向には従う必要がある。だから吹っ掛けさせてもらったのだ。

嫌な顔をされたが、ちゃんとやってくれた辺り彼女の生真面目さが伺える。

 

『・・・まあいいわ。それで、次はどうするの?』

 

次。残りの一週間でやれる事は限られている。どうせなら、良い経験を積ませたい。

 

「洗礼は終わりました。仕込みも済みました。後は、本物を知ってもらおうと思います」

 

『今の貴方、とても悪い顔をしてるわね。声でわかるわ』

 

呆れるような口調で、ローズマリーは吐き捨てた。事実、その時のブリッツは、何かを企んでいると一目で分かるほどの笑みを浮かべていた。

 




ああでもないこうでもないと色々考えてたらこんなに期間空いちゃったごめんなさい(⁠´⁠・ω・⁠`⁠)


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Ex-OPS.2-6-折り返し-

のんびり書いてたら先方の作品休載みたいな状態になっちゃんだけど・・・
のんびりしすぎたかな?


 

────S10基地に所属するSMG型戦術人形、一〇〇式機関短銃。

戦闘時は勇猛果敢。獅子奮迅の活躍を見せ、仲間からは近接戦闘の鬼とも称される彼女だが、平時においてはその性格は明朗快活にして温厚そのもの。

部隊の人形たちは勿論、所属している人間のスタッフたちからも評判がよく、空いた時間には手料理やお菓子を振る舞い、出来る範囲で仕事を手伝う姿も見られている。

正しく、日本の大和撫子という言葉に相応しい人形だ。

 

────ただ一つの悪癖を除けば、の話だが。

 

教練開始から一週間が経過した。

R15地区前線基地より教練にやってきた人形ら5名。各々与えられた課題をなんとかこなし、その日の夜は全員束ノ間の安堵を胸に抱いて就寝した。

 

つまりは、油断をしていた。

 

時刻は早朝の5時に差し掛かろうとしている頃。

教練組が寝泊まりするために誂えた部屋で就寝している中静かにドアを開け、息を殺し、気配を殺し、一切の音を立てずに侵入する一つの影があった。

入室してすぐ背負っていた大きな筒状の物をそっと置く。

影は自身が持ち得る全てのスキルを存分に駆使し、頭部に装着した暗視装置を使って寝静まっている人形たちを見て回り、起きる様子が無い事を確認。

ドアの前に戻り、床に置いた筒状の物を持ち上げ肩に担ぐ。

 

その筒状の物。携行対戦車砲である滑腔式無反動砲AT-4。を模した訓練用レプリカに、パーティークラッカーなどに使われる特殊効果の火薬を詰めたものだ。ちなみに第四部隊のTMPによる力作である。

 

訓練用という事もあり、手順は本物と変わらない。安全ピンを抜いてコッキングレバーを押し出して構える。その手付きは淀みなく、手馴れたものだ。

 

「すぅー、ふぅ〜」

 

深呼吸を一つ。緊張によるもの、というより興奮を抑えるためのもの。

 

そして待つ。時が来るのを。静かに。

現在時刻0459。あと10秒で5時だ

改めてAT-4を構え直す。

 

「5、4、3、2、1 ────」

 

カウントダウン。

 

「────発射ぁっ!」

 

ゼロアワーと同時に安全レバーとトリガーを押し込み、内部の特効火薬に点火。瞬間、耳を劈く爆発音が部屋に轟いた。

 

「わあぁぁぁっ!?」

「何なにぃ!?」

 

阿鼻叫喚。全員がベッドから飛び起き何が起こったのか、半ばパニック状態の電脳で状況確認。

その慌てふためく様子を、AT-4をぶちかました犯人、一〇〇式機関短銃は満面の笑みで見ていた。

 

彼女の悪癖。それは悪戯好きであること。

背後から忍び寄り驚かせたり、RFBと結託し血糊を使って殺人現場を作ったり、見た目は同じなのに一つだけ激辛エキスを混ぜたロシアンシュークリームを作って振る舞ったりと、様々な悪戯を計画し実行している。

その後のフォローや後始末はしっかりやるのと、取り返しのつかないような事態が起きないよう配慮しているのもあって、現状は注意するに留まっている。 

 

ちなみに今回はブリッツから、この時間に叩き起すよう指示されていた。やり方は問わないと。

 

「はい皆さんおはようございます。大至急準備して屋外射撃場前に集まって下さい!3分以内ですよ!はいハリーハリーハリー!」 

 

悪戯成功の余韻もそこそこに、目的を済ませた一〇〇式は手を叩きながらそう言い放った。

 

取り残された5名は混乱し呆気に取られたままに、言われた通りに準備を始める。

 

────後にとある基地に所属する重装部隊が、グリフィンが運営する病院の病室にて同様の騒ぎを起こすのだが、今回の一件との関係性は不明である。

 

 


 

屋外射撃場に向かって外へと出てみれば、冷気を帯びた外気が肌を撫でた。電脳が検知した外気温は23度。涼しく快適で過ごしやすい気温だ。

 

視線を上へと向ければ、やや薄暗さは否めないが清々しい青空と少しばかりの白い雲が出迎えてくれた。陽が完全に昇ればきっと心地良い陽気を体感出来たことだろう。

 

いい朝だ。これだけならば。

 

「おはよう。いい朝だな」

 

一足早く、この基地の指揮官でありこの教練の教官であるブリッツが屋外射撃場にはいた。黒のコンバットシャツに、黒を基調とした迷彩柄のカーゴパンツとブーツを身に着けている。

その傍らには、先程早朝バズーカを喰らわしてくれた、セーラー服に赤いマフラーを巻いた一〇〇式機関短銃の姿も認められる。

 

教練組は全員、何も言わずとも二人の前に横並びに整列。両手を後ろへ回し両足を肩幅程度に開いて静止。

この一週間でそうする事を叩き込まれた。少しでもダラけようものなら、即座に耳を劈き聴覚センサーにエラーが起きる程の怒号を叩き付けられる。56-1式がそうなった。

 

5名が整列したのを見計らい、ブリッツは口を開き切り出した。

 

「まずは、基礎訓練過程の修了、ご苦労だった。これでキミ達は当基地に所属する部隊の足下くらいにはなった」

 

あれで足下なのか。

聞かされた全員の頬がひくついた。

 

やれカッティングが遅いと尻に蹴りを入れられ、やれ無駄撃ちするなと尻を蹴られ、狙撃しようと集中している所に拳銃弾による尻へ向けての至近弾を喰らい、反射的に身動ぎしたら「動かないで」と蹴りを入れられる。

各々の電脳内にはそんな出来事がフラッシュバックよろしく映像つきで想起させられた。

 

「本日から、より実践的な訓練を行っていく。生半可な覚悟では振り落とされると思え」

 

「その前に一つよろしいですか」

 

「何だウェルロッド。言ってみろ」

 

「今朝のアレは何ですか?」

 

今朝のアレとは、言うまでもなく一〇〇式による早朝バズーカの事である。アレのせいで最悪に近い寝覚めを味わわせられた。

ウェルロッドと同様、他の面子も不満気にブリッツと一〇〇式を見ている。サブリナに至っては頬を膨らませてすらいる始末である。

随分とご立腹のようだ。彼女たちを見渡してブリッツはそう思った。当然ながら、これにはブリッツなりの理由と狙いがあるのだが、確かに自分もやられたら顔を顰めるくらいはするだろうなとも彼は思った。

 

「アレはお前達の気を引き締める為の一喝だ」

 

その上で、ブリッツはそう言ってのけた。

 

「お前たちがここにきて一週間。そろそろ慣れて気が抜けてきた頃だろう。基礎訓練過程を終えて安堵しているのも分かりやすかった。ので、改めて緊張感を持ってもらうために実行させてもらった」

 

「だとしても、もう少しやり方があったのでは?」

 

「これは突然の事態にも対応出来るかどうかのテストも兼ねている。鉄血には昼も夜も無い。いつも突然に仕掛けてくる。待ってなどくれない。基地を襲撃された君たちなら、覚えがあると思うが?」

 

その一言に、全員が押し黙ってしまった。

忘れる筈もない。あの薄氷の上に成り立った勝利。そもそも、この教練を受ける元となった出来事だ。忘れられるはずもない。

 

「納得してもらえたところで本題だ。俺は常々、グリフィンに属している戦術人形には足りないものがあると思っている。それは近接戦闘の技術だ」

 

グリフィンの戦術人形は皆、一つの銃器と密接に繋がる事で熟練兵士以上の戦闘能力を宿すことに成功している。が、それは裏を返せば銃器以外の戦闘方法の確立がされていないということでもある。

 

「軍との制約で、現代のPMCは旧世代の実弾兵器しか使えない。実弾を使っている以上、必ず弾薬の不足。もしくは枯渇の問題が付いて回る。個人で携行できる弾薬の数には限界がある。マグポーチやバックパックの選択によっていくらか改善は出来ても、継戦能力はたかが知れている。そして辛いことに、兵士は弾薬が切れても戦闘中である限り戦闘を継続しなくてはならない。だが────」

 

一拍間を置いてから、強調するようにブリッツは改めて切り出す。

 

「グリフィンの戦術人形には弾切れの際にどうするかの行動パターンがない。いや、正確には選択できる行動パターンが極めて少ない。俺が知っているだけでも3つ。玉砕前提の自爆特攻か、抵抗せず諦めて殺されるか、しっぽを巻いて逃げるか。俺から言わせれば、どれも愚の骨頂だ」

 

自爆特攻した所で、そうなる前に蹂躙される。

逃げた所で被弾箇所が前か後ろかが変わる程度。

諦めるなど論外極まる。

 

「そこで必要になってくるのが近接戦闘の技術だ。打撃で相手と距離を取る。掴んで敵の行動を封じる。投げて地面に叩き付ける。極めて関節を破壊する。敵から武器を奪って逆に利用する。これらが出来るか出来ないかで、戦場での生存率、帰還率が大きく変わる」

 

「質問です。鉄血の武器にはIDによる電子制御があると思うのですが、奪ったところでまともに使えないのでは?」

 

「確かに。だが一瞬なら使える。それに、使えなくとも相対している敵の戦力を削ぐことは出来る。なにより、鉄血のDEWは電子機器故に重い。それで思いっきり殴れば損傷を与えられる」

 

ウェルロッドからの質問に淀みなくブリッツは答えるが、その内容に全員引いていた。横に立っている一〇〇式のみが「やりますねぇ!」と言わんばかりの満面の笑顔であったが。

 

「さて、ここまで色々語ってきたところで本題だ。今日一日、お前たちにはこの一〇〇式を相手に近接戦闘の訓練を受けてもらう。言葉でいくら教え込んだところで実践以上の効果は無い。身体で覚えるのが一番効果的だ」

 

「皆さんよろしくお願いします!」

 

一〇〇式がペコリと頭を下げる。その所作は見るものが見れば感嘆を覚える程に洗練されているのがわかった事だろうが、目の前の5名にはただ頭を下げたという事しか分からない。

 

頭を上げて姿勢を正すと一〇〇式の背後から新たな影が。まるで彼女から分裂するかのように一〇〇式と瓜二つのダミー人形が4体、ぬるりと現れた。

これで合計5名。数は釣り合った。

 

「では一〇〇式。あとは頼む。くれぐれも、()()()()

 

「はいっ!」

 

一〇〇式の快活な返事を聞いて、ブリッツは踵を返してその場から離れる。同時に、4体のダミーが教練組と向き合う形で整列。ちなみにメインフレームは、最初の面談で近接戦闘の訓練を希望したウェルロッドについた。

 

「さあ、どうぞ」

 

軽く両腕を広げて一〇〇式は告げた。かかってきなさい。そう言っているのだ。

 

この時、5名に共通していたのは、朝のあの出来事への仕返しであった。

誰だって気分よく寝ていた所に爆音をかき鳴らして強制的に目覚めさせられたら気分が悪い。その時生じたストレスの発散には、この訓練は好都合であった。まともに打撃が当たっても文句を言われない。訓練として見るなら寧ろ褒められる。

 

それに、ダミーリンクは電脳の演算リソースを使って操る技術だ。ただ銃撃するだけならそれほど多くのリソースを使わないが、格闘という事なら話は変わる。相手の行動に合わせて攻撃方法をその都度指示しなくてはならない。

それを4体同時に実行し、なおかつ自分自身も行動しなくてはならない。どうしたって反応が遅れる。

 

思いっきりやろう。そういう意気込みで、勇みよく5名は一〇〇式に飛び掛かった。拳で。蹴りで。掴みで。それぞれが思い浮かべた初手を迷いなく繰り出す。

 

────その全てを、一〇〇式とそのダミーは叩き伏せた。

ある者には拳に合わせてボディにカウンターを。ある者には繰り出された蹴りを受け止め逆に軸足を蹴って転ばして突き飛ばし、ある者には掴み掛かってきた腕を掴み返して関節を極めて地面に叩き付ける。

 

何が起きたのか。あまりにも速すぎる対応に誰も彼もが理解できずに困惑していた。

 

 

「どうしました?」

 

痛みと混乱と困惑の中、静かに頭上から可憐で。しかし冷たい声が降り注ぐ。

 

「早く立ちなさい」

 

見上げてみれば、痛みと混乱と困惑を与えた張本人が、赤い瞳を妖しく輝かせながら見下ろしていた。

 

「あ~、かわいそうに」

 

その様子を、基地の屋上から見下ろすS10基地副官のライトの姿があった。相手の攻撃に合わせて的確に反撃した一〇〇式の姿に、彼女は少しばかり苦笑を浮かべる。

 

「それってどういう意味のかわいそう?この後散々転ばされる事?それとも何をしても一撃すらいれる事も出来ない事に?」

 

隣に立って落下防止用のフェンスに背中を預けるFALが尋ねる。それに対してライトは「両方だよ」と答える。

 

「ま、そうよね。近接戦闘のみっていう条件ならあの子、アナタよりも強いものね」

 

「失礼な。3回に1回負けるかどうかよ。それに、今の私なら完勝だよ」

 

「ハイハイ」

 

負けず嫌いの多いこの基地の副官らしい言い分に、FALは適当な相槌を打った。

 

────S10基地に所属するSMG型戦術人形、一〇〇式機関短銃。

普段の彼女は明朗快活にして温厚そのものの、優しい性格の持ち主である。

が、一度戦場に躍り出れば。忽ち「近接戦闘の鬼」と称されるに足る獅子奮迅の活躍を見せ、敵を蹂躙する。

武闘派揃いのS10基地において、誰もが認める近接戦闘のエキスパートである。

 

 


 

「うう・・・」

 

その夜。訓練を終え、素体のメンテナンスを終えたにも関わらず、まるで鉛の如く重たい足取りで通路を進むG36Cの姿が。

素体は万全であっても、今日一日で受けたメンタルへの疲労は拭うことは出来ない。数えきれないほど殴られ蹴られ投げられ極められて。おまけに自分を労ってくれる最愛の指揮官にも会えないのだ。

 

教練も折り返しを過ぎたというのに、彼女のメンタルは既に限界に近い。今すぐにでもR15基地に帰って指揮官に会いたかった。

 

そんな時だ。通路に面した扉が僅かに開き、そこからにゅっと手が伸びて手招きしているのをG36Cは見た。

通路には彼女以外居ない。あの手招きが自分に目られている事は明確であった。

 

不審に思うも、それ以上に興味が湧いてしまう。導かれる様にG36Cは伸びた手に近付いていく。

 

目前へと迫った瞬間、途轍もなく速い動きでその手はG36Cの腕を掴んで部屋へと引きずり込む。悲鳴を上げる暇すら与えられず、彼女を飲み込んだ部屋の扉は静かに閉じられた。

 

部屋に引きずり込まれてすぐ、G36Cは部屋の壁に背中を押し付けられ、何者かの手が背後の壁を叩いた。

 

シチュエーション的に言えば、壁ドンである。

その壁ドンを行った人物。このS10基地の問題児であるPx4ストームは、薄暗い部屋の中でも分かるほどに妖しく瞳を輝かせ妖艶な笑みを浮かべていた。

 

────ちなみにだが、壁ドンの性質上両者はかなり近い距離になる。そして、二人の胸部装甲は他の人形と比べてもかなり大きい。結果、二人の胸が柔らかく形を変えて互いを潰し合っている。

 

それはさておき。

 

「ねぇG36Cちゃん?」

 

耳元に口を寄せて、甘く囁くようにPx4は名前を呼ぶ。

 

SPAS-12(サブリナ)による一件で指揮官が多額の借金を背負った事をよく知っているG36Cは、Px4の存在について警戒していた。

だからなるべく接触しないよう気を付けていたし、いざという時は逃げると決めていた。

 

が、現状は。壁ドンによって行動を制限され、狡猾にも彼女の両足に挟まる様にPx4の足が差し込まれている。逃げられない。

 

声色こそ擽る様に甘いが、その雰囲気たるや獲物を追い詰めた肉食獣そのものであった。

 

「イイ品物があるんだけど・・・興味ない?」

 

返事も待たず、Px4は着込んでいるコートの内側からその品物を取り出す。

それはホログラフィックサイトだった。ただ、グリフィンでよく見られるEOT社製のホロサイトではなく、それよりもやや大きく、見た目も少しだけ厳つく頑丈そうな印象を抱かせる。

 

「これね、XENOTECH(ゼノテック)社が開発した、不可視の測距レーザーが組み込まれたホロサイトでね。基本的な設定さえ済ませれば10メートルから200メートルまで自動で即座にゼロイン調整を済ませてくれるスグレモノだよ。これは型落ち品だけど、戦場で使うには十分すぎる程の性能だよ」

 

「ヒィ~・・・い、今は手持ちが・・・」

 

「あ~そうだよねぇ~。例え欲しくてもお金が無いとね~」

 

G36Cが何とか断り逃げようとするも、Px4は彼女を逃がす気は無さそうだ。この時、G36CはPx4の顔を見ていなかった。もし見ていたら、意味ありげに含み笑いをしている彼女を見る事が出来ただろう。

 

ならばと再度コートの内側に手を入れて別の物を取り出した。

 

次に出てきたのは薄い灰色で円筒状の小さな容器だ。ラベルも何もないため、その容器、というよりその中身が何なのかを察するには情報が無さすぎる。

 

「そ、それは・・・?」

 

恐る恐る容器を見て尋ねる。待ってましたとばかりにPx4は口端を釣り上げた。

 

「これはねぇ・・・興奮薬♡」

 

あ、合法だからね。とちゃっかり付け足して。しかしそれすら気にならないのかG36Cは灰色の容器を凝視し始める。

 

「コレ凄いんだよ~。枯れ果てた老人もたちまち現役復帰しちゃうくらいなんだから。コレをアナタの指揮官に使ってみたら、どうなっちゃうのかな~?」

 

どう、欲しい?そう試すような。煽るような。誘うような。囁き声がG36Cの耳孔を擽り、さりげなく薬も手渡す。それに釣られるようにG36Cの演算リソースはナイル・ルース指揮官との夜間戦闘のシミュレーションに費やされる。

 

後もう一歩。予定通りと、Px4の笑みは更に深まった。

 

「そうだねぇ、じゃあ特別にこの2つはロハにしてあげる。その代わり、このお薬使ったらレポートを送ってくれない?これを現役バリバリのオーナーに使ったらどうなっちゃうのか。興味が尽きないんだよねぇ」

 

それこそがPx4の狙いである。

元々この薬はPx4がブリッツに使うために用意したモノである。しかしいきなり本命に使うには些かリスクがある。どんな副作用があるか分からないからだ。

 

そこで白羽の矢を立てたのはR15基地の指揮官ナイル・ルースであった。

彼の悪行の数々はリサーチ済みだ。そんな彼に対して並々ならぬ恋情を抱いているG36Cも。

ならば、G36Cに使って実験しよう。彼女がダメでも他にいる。

 

サブリナにはライフル弾すら止める最新式のボディアーマー。

ウェルロッドにはメガネ型の高機能スマートグラス。

56-1式にはアンダーバレルにグレネードランチャーを装着できる近代化改修キット。

スカウトにはキルフラッシュ付き高倍率スコープ。

その他にも色々と用意している。全てはブリッツとのワンナイト。そこから爛れた関係を構築していくために。

 

「────なるほどね?」

 

瞬間、背後から柔らかくも底冷えするほどに感情の籠っていない声を、Px4の聴覚センサーが検知した。疑似感情モジュールが恐怖から電脳へ強制的に声紋認証をかけさせる。

正体はすぐにわかる。しかしその上で振り返ってしまう。ニンマリと笑顔の仮面を張り付けて、このS10基地最強の戦術人形、LWMMGことライトが立っていた。

 

わっしとライトはPx4の頭部を鷲掴みする。逃がさないという確固たる意志を感じ取れた。

 

「面白いことしてるね。他所の基地の。それも副官というポストにいる人形に怪しいものを押し売りとは。おまけに自分の指揮官に一服盛ることを示唆するような発言まで。本当に面白いね。いや本当に」

 

笑顔の仮面を張り付けたままライトは静かに捲し立てる。同時に、頭を掴んでいる手の力が増していき、ミシミシと嫌な音が鳴り始める。

有無など言わせない。言い訳などさせない。問答など無意味だ。そんな圧力が。そんな迫力が、ライトの笑顔から滲み出ている。

 

一方で、G36Cも目をパチクリとさせ戸惑いながらも2人を見ている。Px4の手練手管によって意識が彼女に集中していたとはいえ、ライトが部屋に入ってきた事はおろか、Px4の背後に立っていたことにすら気付けなかった。

 

元S10基地に属し、今はR15基地に在籍しているLWMMG型のエルからライトに関する話はいくらか聞いたことはあったが、エルとライトとでは性格や雰囲気がまるで違う。

少なくとも、エルはここまで怖くはない。

 

そんなライトが、Px4の頭を鷲掴みにしたままG36Cに視線を向ける。

 

「ごめんね。ウチの問題児が迷惑を掛けちゃったね」

 

「い、いえ。大丈夫ですわ」

 

「そっか。アタッチメントについては改めて相談に乗るよ。ウチならグリフィンに出回らないモノも入手できるから、何でも気軽に聞いてね」

 

「あ、その時は是非私を通してね~っていだだだだだ」

 

「調子に乗らない。じゃあ、私はこのバカ連れて行くから。おやすみ」

 

言って、ライトはPx4を引き摺る様にして部屋から姿を消した。

部屋に残ったのは、一人ポツンと残されたG36Cと、いつの間にか手渡されていた例の薬だけであった。

 

彼女はそっと隠すように薬を懐へと仕舞って、そそくさと部屋を後にした。

 

 


 

 

本日分の教練を終えたウェルロッドMkⅡはS10基地のサーバールームにてデスクトップPCの画面を食い入るように見る。

画面にはこれまでS10基地が遂行してきた作戦の詳細な情報が記載された報告書や、在籍している人形の経歴。そして、指揮官であるブリッツのグリフィンに入ってからのほぼ全てが記載されている。

 

それらをウェルロッドは信じられないといった様子で文章の羅列や添付画像を見る。

 

「あの・・・本当にコレを見てしまってよかったんですか?」

 

恐る恐ると、ウェルロッドの後ろで気だるげに立っている人形、FALにそう問いかける。

閲覧している情報の一つ一つが一人形が見るには高度すぎる。本来なら、閲覧すら許されないレベルの情報だ。

 

「いいんじゃない?ブリッツが許可したんだし」

 

それを、FALは何でもないような口ぶりで平然と返した。

ウェルロッドは口元を引くつかせた。

 

「R地区とは何かと縁がある。メリー指揮官のように信頼できる人物はもちろん、いざという時協力してくれるグリフィンの協力者は今後必要になる。本部にいたウェルロッドなら、そのあたりの情報の取扱いを弁えている。俺個人の情報も含めて彼女に提供してやってくれ」

 

ブリッツの言だ。

それに対しFALは「いいの?あまり良いようには思えないけど」と確認もかねて尋ねた。

 

その問いにブリッツは

 

「『求めるならまず与えよ』だ」

 

にべも無く答えた。

 

そういった経緯もあって、ウェルロッドに情報を開示したというのがあらましだ。ウェルロッドも、S10基地に関する情報には関心があった為に最初は乗り気であったが、次第に不安が勝る様になってきた。

 

今彼女の後ろにいるFALもそうだ。

元は本部所属のFN小隊隊長であったのだというのだから。

というよりも、他に所属している人形も一癖も二癖もある経歴の人形ばかりだ。

 

その上で特に目を引くのが指揮官であるブリッツ自身の戦果だ。数多くの鉄血兵の排除に、単身で敵の拠点に潜入し壊滅。果てはハイエンドモデルの撃破まで。本当に人間なのか疑わしくなるレベルの話がポンポンと出てくる。

 

直近で言えば複数の前線基地が合同で遂行したあの大規模反攻作戦。敵の拠点に装甲車ごと空挺降下して直接敵拠点を直撃するという作戦を実行し、成功してみせた。

 

「ブリッツ指揮官とは何者なんですか?」

 

ここまで来たら当然沸き立つ疑問を、ウェルロッドは変に迂回せず問い詰めた。

 

「元軍人よ。それも凄腕の。確か・・・第74特殊戦術機動実行中隊、とか言ってたわね」

 

教練を終えR15基地へ帰還した後この部隊名を退役軍人(ベテラン)であるナイル・ルース指揮官に伝えた所、彼の顔は酷く青褪めることになるが、それは別の話である。

 

 

 





次辺りで終わらせたいですね


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Ex-OPS.2-7 -特別教導-


前にコラボした「chaosraven」氏と新潟までプチオフツーリング行ってきました。クッソ楽しかったです。



 

『しきか〜ん!ど〜っちだっ!?』

 

S10基地内の通路にて。ブリッツがすっかり恒常化してしまった教練の合間に済ませた日常業務の帰りのこと。

 

背後から女性らしいソプラノボイスがステレオで聞こえてくる。振り返ればそこには、2体のSG型戦術人形であるSPAS-12が満面の笑みを浮かべてブリッツを見ていた。

 

そんな二人に対し、ブリッツは呆れ混じりに目を細めて見る。業務中にこんな悪戯を実行してきた事に思う所があるのだ。

尤も、一〇〇式が繰り出す悪戯に比べれば微笑ましいばかりだが。

 

さて、発言から察するに、S10基地のスパスとR15基地のサブリナ。どちらがどちらなのかを当てろ。という事らしい。

 

瓜二つ。というより、機械的な言い方をすればこの二人は同一個体であるため、パッと見では見分けは付かない。

おまけに、どちらか一方がもう一方の動きや声のトーンを完全にトレースしているため、挙動のクセや声から判別するのは難しい。

おそらくは、スパスがサブリナの動きに合わせているのだろう。

 

本来ならば、一か八か50%の確率に賭けてどちらかを選ぶか。もしくは問答を続けてボロが出るまで粘るかの二択であろう。

 

─────しかし、ことブリッツに関して言うならその二者択一はありえない。

 

つかつかと二人に歩み寄って前に立つ。

 

「君がスパスだ」

 

言って、向かって右側のSPAS-12の額にデコピンを一発。小気味よい音と共に「きゃんっ!」と可愛らしい悲鳴が飛び出る。

 

「そして、君がサブリナ」

 

逆側のSPAS-12にもデコピン。こちらはいくらか威力は抑えたが、それでも「はうっ」と可愛らしい悲鳴が出てきた。

 

両者揃って額を押さえるが、ここでも似たようなリアクションをしている辺り徹底していると感心する。

 

「指揮官、なんで分かったの?」

 

眼に若干涙を浮かばせながら、スパスは質問を投げ掛ける。

ブリッツの判別が間違っていない事を暗に示す。

彼女達の一挙手一投足に何かしらの違いや差は無かった。スパスはサブリナの動きを完璧にトレース出来ていた。

指揮官であるブリッツも、そこから二人を判別することは出来なかった。

 

「曲りなりにも、俺は君の上官だ。自分の部下かそうでないかの判別も出来ずに君達の指揮官なんて務まらん」

 

それが理由だと、ブリッツはハッキリと言い切った。

具体的に見分けた方法や理由こそ告げてはいないが、それが全てだと言わんばかりの堂々とした物言いに二人は納得させられてしまった。

 

「お遊びもほどほどにな」と一言告げて、ブリッツは踵を返して業務へと戻り、二人はそれを見送るしか出来ずにいた。

 

 


 

期間も残り3日と迫り、教練は終盤の追い込みに掛かっていた。

 

個々の技量や立ち回りは勿論のこと。連携するにあたって行動選択の判断。

複数人による屋内での戦闘を想定した連携やフォーメーションの選択。

無線通信が使えない場合に備えてのハンドサインの学習やフラッシュライトを用いたモールス信号の習得。不慮の事態に遭遇して指揮官と通信が途絶してしまった場合の最優先事項の決定と判断基準。

 

その他にも夜間行軍訓練と、夜間行動における装備の重要性。並行して予定の空いていた第4部隊との遭遇戦。

ハンドガンを用いたC.A.Rシステムのレクチャー。

 

果てには、S10基地内にて編成されている5部隊それぞれに教練組を個別に配置して訓練をこなしたり、実際に戦場に出て実戦を経験させたりもした。

 

時間が許す限りはS10基地の持つノウハウの全てを叩き込んでいく。

基礎訓練課程を経て、教練は順調に進んでいた。

 

「あの、教官。一つお伺いしたいことが」

 

C.A.Rシステムのレクチャーの途中。休憩に入っていたG36Cが右手を軽く上げながら、指導していたブリッツに声をかける。他の人形達はM870を用いたC.A.Rシステムの応用を受けている最中だ。

彼女も教練開始直後と比べて落ち着き払った様子で、幼さの残る容姿とは似つかわしく無いベテラン兵士の風格を漂わせ始めている。彼女だけでなく、他のR15基地メンバーもメキメキと頭角を現し、今やどの前線基地に配属されたとしても即主戦力として活躍できるほどの実力を宿している。

 

それはともかくとして、ブリッツは訓練中の人形達からG36Cへと視線を移す。偶々近くに立っていたVectorも、口に棒付きの飴を咥えながら釣られる様に彼女を見る。

 

「どうした」

 

「ずっとお聞きしたかった事なのですが。ここの部隊なら数時間で私たちの基地を完全に制圧できるというのは本当なのでしょうか」

 

てっきり今の訓練に関係がある質問かと思っていただけに、突拍子もないG36Cのこの質問にブリッツは呆気に取られてしまった。が、すぐに小さく吹き出した。「面白いことを言っているな」といった風の反応だ。

VectorはG36Cから顔を逸らしている。小刻みにプルプルと震えているところを見るに、吹き出しそうになるのを我慢しているのだろうか。

 

この数日間でイヤという程この部隊の戦闘能力の高さを思い知っている。だから「本当だ」と即座に返してくると予想していただけに、こういう反応をされるとは思わなかった。

 

「数時間。数時間ときたか。随分な評価をされたものだ」

 

「それは流石にないね」

 

「ああ、有り得ないな」

 

ハッキリ有り得ないと言い切ったブリッツとVector。やはり戦闘特化と言えど、敵の基地に攻め込みそのまま落とすというのは難しいのだろう。

鉄血だって、こちらを遙かに上回る物量で押してきたが制圧には至らなかった。戦闘経験が豊富なだけあり、防衛態勢を敷いている基地を攻撃する難しさを理解しているのだ。そうG36Cは思った。

 

「30分だ。それ以内で完全に制圧しないと増援を呼ばれる恐れがある」

 

「だね。それ以上掛かったらこっちの負けと言っても良いね」

 

もっと恐ろしい答えが返って来た。ナイル・ルース指揮官が過剰なまでにこの基地を恐れている理由の一端が垣間見えたようで、G36Cは背筋に冷たいものが伝ったのが分かった。

 


 

「ブリッツ教官とライト教官ってどっちが強いの?」

 

そんな質問を投げかけたのは、汗だくで地面に座り込んでいる56-1式であった。

それは教練組が基地内部の訓練施設であるキルハウス内で、ブリッツとライトの二人を相手に模擬戦闘を終えて小休止に入っていた時だ。

 

模擬戦はブリッツとライトの二人の完勝。というよりかは、一方的な蹂躙に近い有様であった。

 

ブリッツが囮として動いてその実誘導し、横からライトが掃射。

待ち伏せしての地上と高所からのクロスファイア。

姿を隠したまま各個撃破。

小細工無しで正面からの撃ち合い。と見せかけての仕掛け爆弾による一網打尽。

 

一番善戦できていたのが、G36C、56-1式、スカウトで二人の頭を抑えている間にウェルロッドとサブリナが裏へと回り込み挟撃しようと連携した時だった。尤も、これも早々に看破されていたため裏取していた2名を優先的に排除されて失敗してしまったが。

 

時に連携し、時に別個で動く。通信で互いにやり取りしていたから離れていても行動がかみ合ったというのもあるが、その一つ一つの判断と行動が的確かつ迅速で、応戦こそできたが結果だけ見れば2対5とは思えぬ程に一方的な内容であった。

 

「スカウトは狙撃するポイントが分かりやすいから対処がしやすい」

「サブリナは先行しすぎるきらいがある。中衛との連携を心掛けろ」

「ウェルロッドは逆に慎重すぎる。もっと思い切って動いてみろ。今の君なら問題ないはずだ」

「56-1式は射撃は良いが、その分動きが拙くなっている。狙いはもっと大雑把でいい」

「G36CはSMG型らしく動けてはいるが、その分狙いが荒い。もっとよく狙ってみろ」

「総評。まだまだお前たちは青い」

 

模擬戦終了後の反省会で、淡々と改善点をブリッツは告げていく。が、当の5人はほとんど何もできなかった模擬戦を引き摺ってか、その空気は重くどんよりとしている。

 

ライトの実力については想像がついていた。何せR15基地には元S10基地に属していた同型のLWMMG型であるエルがいるのだ。エルの実力は基地全体から見ても頭一つ抜きんでている。それを鍛え上げたのが今目の前にいるライトなのだから、その実力の程も窺い知れる。

 

だがしかしだ。そのライトと何ら遜色のないパフォーマンスを見せつけた人間であるブリッツにまで何もできなかったというのが、教練組にとってショックが大きすぎた。

 

グリフィン本部直轄の特殊戦闘部隊。その特別現場指揮官。その肩書は決して伊達ではない。紛れも無い本物が、ここにはいた。

 

────そこで56-1式にある疑問が不意に湧き出てきた。素直な彼女は素直にその疑問を投げかけた。

 

「ブリッツ教官とライト教官ってどっちが強いの?」

 

これが、冒頭の質問が出てきた経緯である。

56-1式としては、本当にただ思いついただけの質問のつもりだったのだろう。だが他の者がその質問に興味を示してしまった。どんよりとした空気はどこへやら、全員が答えを期待して待っている。

 

ブリッツは考える。ライトと戦えばどうなるか。

ライトは考える。ブリッツと戦えばどうなるか。

 

「ライトだな」

「ブリッツだね」

 

奇しくも、回答は同時であった。また同時に顔を見合わせる。

 

「戦術人形の持つ能力は人間を超えている。まともに考えれば、俺に勝ち目はない」

 

「鉄血のハイエンドモデルを単独で撃破してるような人間が何を言ってるんだか」

 

「君には俺の全てを叩き込んだ。そこへ戦術人形が持つ能力が合わされば、それはもう俺を超えていると言っていいだろう」

 

人形(ワタシ)でも知覚出来ない狙撃を平然と避けるヤツが何か言ってる・・・」

 

明確な答えが出てこない。教練組もこの状況をどうしたらいいか分からず困惑している。

 

堂々巡りの様相を呈してきた頃。一人の存在がこの行き場のない状況を変える。

 

「だったら実際にやってみればいいじゃない」

 

そのたった一言で折り合いをつけたのは、遠巻きに教練を見学していたFALであった。

そこから先はとんとん拍子に。あれよあれよとキルハウスの舞台が取り繕われ、どこからか話を聞き付けた人形たちがぞろぞろと集まってくる。

S10基地最強の人形と、その人形を鍛え上げた指揮官。そんな好カードを見逃す理由も無かった。

 

今更やらないとは言えない空気でもあったが、当の二人はそれ以上にやる気であった。これで知りたかった事がハッキリとするのだから。

 

模擬戦の開始まで30分ほどの準備時間が設けられた。各々が別室で戦闘準備に取り掛かっている。

 

ブリッツは、武器庫から何時ものHK417A2を。ただし16.5インチモデルではなく取り回し重視で12インチの短いモデルを選択。それにバーティカルフォアグリップを装着。レシーバー上部にはホロサイトと3倍率のスコープを組み合わせたハイブリッドサイトを。

 

サイドアームにはMP7A1ニつを、左右のレッグホルスターに収める。腰にはコンペンセイター仕様のMk23ソーコムピストル。最後に、刀身が硬質のゴムで出来たダミーナイフ。

手榴弾の類は無し。

タクティカルベストはマガジンの携行数を重視した物を使い、継戦能力を高める。割合としては417が7、MP7が2、Mk23が1だ。

 

「実戦ばりの重装備だね」

 

ブリッツの準備を見ていたVectorが呟く。

それをブリッツは「いや」と首を振った。

 

「これでも足りない方だ。相手はライトだ。本音を言えば、この倍は欲しい」

 

そう溢したブリッツの横顔には緊張と、若干の喜色が滲んでいた。

 

一方でライトもまた準備を進める。

200連装のボックスマガジンを3つ腰に据え付け、サイドアームにHK45Tと予備弾倉を3つ。

右足に装着されている強化外骨格にはダミーナイフを備え付ける。

 

「随分と重装備(おめかし)するじゃない」

 

ライトの装備にからかうような口振りでFALが言う。それをライトは小さく首を振って否定する。

 

「これでも足りないよ。相手はブリッツだからね。例え百万発あっても足りない」

 

そう言ったライトの表情は、台詞とは裏腹に楽しそうであった。

 

────30分が経過。いよいよ模擬戦が始まる。

 

事前の取り決めで、どちらか一方が戦闘不能の判定が出るか、制限時間の5分が経過した時点で試合終了。

軽傷、重傷の判定はナビゲーターによって公平に、厳正に判断される。

ブリッツはスマートグラス無し。眼球保護のシューティンググラスのみだ。

 

模擬戦の部隊は屋内のキルハウス。仕切りがあるが、全ての区画が広く大型の銃火器でも十分振り回せられる。

キルハウス内には多数の小型定点カメラを設置し、両者ともにヘッドセットにはアクションカメラを装着。それら全てがリアルタイムでタブレット端末へと届けられる。

 

「さあさあ!我らが指揮官と副官による一騎打ち!どっちが勝つか張った張ったぁ!」

 

Px4がここぞとばかりに賭けを始める。それを諫める者はおらず、寧ろ皆乗り気で賭ける。

 

「ブリッツ指揮官に50!」

「私も指揮官!」

「副官に1000」

「ちょっとPK!オッズ下がっちゃうでしょ!」

 

やんやの大騒ぎ。いつの間にかやってきていたヘリパイ組も参加している始末である。

ちなみにオッズはややライト側に傾いている。

 

「盛り上がってるなぁ」

 

それをどこか他人事のようにブリッツは呟く。賭けの対象であるにもかかわらずにだ。

 

『基地内で堂々と賭博行為って・・・』

 

ヘッドセット越しにライトが呆れた口調で声をかけてくる。二人はキルハウス内で対称となる位置に配置された部屋で待機している。

 

「やらせておけ。たまにはこういうのも必要だ」

 

『まあ、そうだね。期待されてるようだし、悪い気はしないしね』

 

『────準備が整いました。お二方、用意はいいですか?』

 

審判を務めるナビゲーターが二人に通信を入れる。ちなみに、賭博のオッズ管理もちゃっかり彼女がしている。

 

『「いつでも」』

 

二人の声が重なる。メインアームを構え、腰を落とし、呼吸を入れる。

 

『それではお二方。どうぞ存分にその力を振るってください』

 

キルハウス全体にナビゲーターの声が響く。

 

『それでは────始めっ!』

 

合図とともにブザーが響く。同時にブリッツは部屋を飛び出した。広い通路を駆け抜け一直線にライトのいる場所へと向かう。

それは相手も同じだった。通路の奥からライトが飛び出しLWMMGを向ける。

 

先制したのはライト。轟音を唸らせ.338ノルママグナムの模擬弾を連続発射。

それをブリッツは通路の所々にある壁際の支柱を模した遮蔽物に転がり込むことで回避。417を右手に保持したまま、左手に持ったMP7で身を隠したままライトに向かって盲射。

見ていないとは思えぬ程的確にライトへと弾丸は向かう。それを彼女は横へ飛ぶようにローリングして回避。そのまま遮蔽物に隠れる。

MP7のフルオート射撃を止めないまま身を乗り出しブリッツは前進。次の遮蔽物へと向かう。カバーに入り、MP7をリロード。417に切り替えて身を乗り出す。

 

が、その先にライトの気配はない。

 

「そっちか・・・!」

 

180度振り返る。同時に、部屋の扉を蹴り破ってライトが通路に飛び出してきた。右手にはHK45T。銃口は真っ直ぐにブリッツに向いている。

間髪入れずにHK45Tを連射。屈んで回避しつつ417で応戦。それを反対側の部屋まで駆け抜ける事で回避する。

 

荒っぽく扉を閉めて、正面位置にライトはLWMMGを構える。ブリッツが追いかけてドアを開けた瞬間ハチの巣にする。そういう狙いだ。

 

が、その狙いは外される。

 

ブリッツが閉め切っていたドアをライトに向かって蹴り飛ばした。その蹴りの衝撃を物語るように金属製のドアはくの字に大きくひしゃげている。

面食らったライトは対応が僅かに遅れる。その隙を見逃さずブリッツは417で銃撃。

だが飛んできたドアをライトは即席の遮蔽物として使い銃撃をやり過ごし、HK45Tで応戦。が、先の奇襲でほとんどの弾を撃ち尽くしてしまい直ぐにホールドオープン。左の大腿に銃を挟んで保持し、左手のみでマガジンを挿入。後退したままのスライドを戻し、ライトはそのスライドを噛んで持った。

 

次の瞬間、遮蔽物として使っていたドアを持ったまま突進。即席のシールドバッシュでブリッツに肉薄する。薄いドア一枚だとしても模擬弾故に貫徹する能力は無い。7.62mm弾であろうとも問題ない。

 

猛牛よろしく突進してくるライトから逃れる様にブリッツは横っ飛びに転がって距離を取り、即座に体勢を立て直して立ち上がり417で銃撃しながらバックステップ。10メートルほど距離を取れた辺りで柱の陰に身を隠して417の弾倉を交換。

同時にライトもシールド代わりのドアを捨てて通路の脇に置かれている大きな木箱を遮蔽物にして身を潜める。リロードを終えた噛んだままだったHK45Tを手に持ってプレスチェック。

 

ここまで約30秒。騒がしかったキルハウス内に静寂が訪れる。

 

目まぐるしく入れ替わる攻防。主導権の奪い合い。教練組は声を忘れてしまったかのように押し黙り、全員見入っていた。

ここまでで幾つもの高度な技術と駆け引きが繰り広げられていた。

 

「よく見ておきなさい、一兵卒(ノービス)達」

 

何時の間にか傍まで近寄っていたFALに振り返る。

 

「これが、アナタたちが目指す領域よ」

 

その言葉に全員が再度模擬戦に注目する。

 

先に動いたのはブリッツだった。遮蔽物から動きライトのいる方へと417の銃口を向けたまま通路を横切る様に反対側に移動する。

反対側に到達すると同時に単発で連射しつつライトに接近を開始。リロード時に417のセレクターをセミオートに切り替えておいた。

 

等間隔に撃ち込まれるごとに。一発ごとに床へと落ちる空薬莢の音が近付いてくる。

 

「ほんと、容赦ないなぁ」

 

ぽつりと零す。悲観的な呟きに反して、彼女の口角はほのかに上がっていた。

 

一発と一発の間隙をついてライトが隠れたままHK45Tの銃口をブリッツへと向け連射。それをブリッツが反射的に回避。

命中は避けられた。が、攻撃は中断させられた。

その一瞬の隙をライトは見逃さず、遮蔽物か、即座に身を乗り出しLWMMGを立射体勢で構える。

瞬間、機銃掃射。轟音轟かせ暴風雨の如く.338ノルママグナムの模擬弾がブリッツに襲い掛かる。

マシンガンとバトルライフル。火力に差がありすぎる。撃ち合い時の優劣は歴然。

壁や床や柱。ブリッツ諸共を破壊しようとLWMMGはフルオートのまま撃ち続け、たちまち周辺は埃や粉塵が巻き上がる。点ではなく面。百発百中を理想としているライトらしからぬ戦術を、彼女は迷いなく選択した。

 

「ガッ・・・!」

 

持っていた417に命中しレシーバーが損傷。使えなくなった。その勢いに押され、ブリッツはそのまま粉塵の中に飲み込まれた。

 

都合180発。ボックスマガジンに内包された.338ノルママグナム弾を撃ち尽くし空となり、銃身からは余韻のように陽炎と煙が上がっている。水に沈めたかのような静寂。聴覚センサーの機能保護のため音が遠い。

 

これで終わりじゃないハズ。ライトには確信があった。あのブリッツが、この程度で終わるはずがない。これで終わってほしくない。

 

(お願いだから終わらないで。貴方にはまだまだ────)

 

そんな願望に近い思考に陥りかけていたその刹那。まだ晴れない粉塵の中から一人の影が飛び出してきた。その影、ブリッツは右の逆手に持ったナイフをライトの首目掛けて横薙ぎに振るった。

咄嗟にLWMMGを立ててハンドガードで受け止める。

 

防がれたブリッツは小さく舌打ちを溢し、ライトは口元を歪ませて小さく笑みを零した。

 

これがダミーのナイフで良かった。もしも任務で使うブルートのナイフであったなら、防いだ所で今頃銃ごと斬り裂かれ首が飛んでいる。

 

空いた左手でLWMMGを払い除けナイフの切っ先をライトの顔面へと突き立てる。それをブリッツの手首を掴んで受け止め阻止。

 

そのまま押し合いに移る。ナイフを突き刺そうと。またはさせまいと。力が拮抗して動かない。

 

5秒ほどの拮抗の後。ライトが半身たるLWMMGを手放し右足に装着された外骨格。そこに備え付けられたナイフを逆手に引き抜いて振りかぶる。

ブリッツもライトの手首辺りを左腕で受け止め降り懸かる凶刃を防いだ。

 

一瞬の逡巡の後、両者の額がかち合った。鈍く硬い衝突音がキルハウス内に響く。

頭の中で火花が散り視界がチカチカと瞬いた。それでもブリッツは止まらずライトの腹を蹴って距離を取る。

 

一拍の間。互いにナイフを携える。両者に銃を抜いて構えるほどのスペースも猶予も無い。

 

瞬間、烈火の如く。ライトが素体の瞬間出力を最大限に使い吶喊。瞬き程の間に距離が詰まる。間髪入れずナイフを振るう。首を目掛けて振るわれたナイフはブリッツのナイフによって弾かれる。

しかしそこで止まらない。あらゆる人体急所を狙って縦横無尽にナイフが閃く。

 

その悉くを、ブリッツは後退しながらも防ぐ。傍目から見ればブリッツの防戦一方に見える状況。事実、教練組にはそうとしか見えない。

 

しかしS10基地所属の人形はそうとは見ない。

これは戦術人形の性質を利用した防御方法だ。

 

戦術人形の電脳。そこにインプットされた戦闘プログラムは、いかに効率的に敵を撃破するかを即座に演算し実行に移させる。最大効率を発揮できるよう相手の初動から次の攻撃をシミュレーションし的確なカウンターや先制攻撃を与えるように出来ている。

 

それを逆手に取り、ブリッツはあえて隙を作る事で戦闘プログラムにそこを攻撃するよう誘導しているのだ。戦術人形の素体性能をフルに使われては流石のブリッツも分が悪い。だが、どこに攻撃が来るかが分かれば対処できるというのが、ブリッツの持論だ。

もちろんながら、人形の運動量に着いていけるだけの身体能力と技量が備わって初めて成り立つ対処法である。

 

ならば更にそれを逆手に取り、別の部位に攻撃する。がそれも、戦闘プログラムに逆らって行動した結果攻撃そのものが中途半端になり反撃されるキッカケを与える事になる。

 

であるならば、攻撃自体の密度を上げればいい。

 

より速く。より重く。押して潰していく。

攻撃の質と量。文字通りに質量が増えたことで、ブリッツの対応も遅れ始める。

それでも凌ぐ。堪える。

 

攻撃の初動。攻撃後の動き。目線。体勢。全てを見る。そして読む。

SV-98がスカウトに教えた「呼吸を読む」を近接戦闘に使う。

 

僅かでも読み違えれば、即座に決着がついてしまう。

 

その時だ。後退し続けた結果、壁に背が付いてしまった。もう下がれない。

 

終わった。誰もがそう思った。

ただライトを除いて。

 

ここまで連撃を凌いだのは過去に一〇〇式しかいない。やはりブリッツは凄い。そんな凄いブリッツの銃が自分なんだ。

まだ終わってほしくない。もっと見せつけたい。自分が強ければ強いほど、ブリッツの強さが際立つ。その強さをみんなに見てほしい。「私の指揮官はこんなにすごいんだぞ」と。

 

だからこそ、ここで終わってほしくない。まだブリッツには、先にいてほしいのだ。

 

ライトがナイフを振りかぶり仕留めにかかる。が、このモーションが少しばかり大きかった。その隙とも呼べぬような僅かな機。それを見逃さずブリッツはライトの懐へと飛び込んだ。振り下ろさんとしていたナイフは対象がいなくなり空を切る。

 

肩でライトの身体を押して弾き飛ばす。体勢が崩れ次の動きが遅れる。

 

踏み込み逆手に持ったナイフをライトの首目掛けて振るう。ライトもそれに合わせ、不十分な体勢ながらもブリッツにナイフを振りおろした。

 

これで決まる。果たしてどちらか。

 

────刹那。キルハウス全体に耳をつんざく電子音が響き渡る。模擬戦終了の合図であるブザーが鳴ったのだ。

ナイフは相手に触れる寸前でピタリと停止する。

 

「・・・コンマ5秒足りなかったか」

 

「・・・お互いにね」

 

悔し気に。しかしすっきりとした様子で、二人は次の瞬間に地面に身を投げる様に倒れ込んだ。

 

『只今の模擬戦の結果ですが、どちらも負傷らしい負傷も無いままタイムアップとなったので、引き分けと判定させていただきます』

 

審判役であるナビゲーターの判定アナウンスに阿鼻叫喚の悲鳴があちらこちらで上がる。

 

「そんなぁぁぁぁ!!」

「私の新作ゲーム代がぁぁぁぁ!!」

「再審査!再審査を要求するっ!」

『判定は変わらず覆りません』

「うわあぁぁぁぁ!」

 

断末魔の如き騒ぎの中、教練組はキルハウス内にいる指揮官と副官の姿を見据える。

 

訓練次第では、あそこまでの技量を有することができる。話に聞くだけではない。実際に目の前で繰り広げられた。

 

残りは3日。同じにはなれないが、近づくことは出来るかもしれない。

結果としてこの特別教導は、全員のモチベーションの向上に繋がる事となり、より一層の追い込みへと繋がったのだった。

 

 





書きたい事全部書いたらこうなりました。


次回は後日談になります。


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Ex-OPS.2-8 -教練終了-

 

 

教練開始から2週間。いよいよをもって、教練組がR15基地に帰還する日がやって来た。

来訪直後の年相応の少女めいた雰囲気も、今やすっかり鳴りを潜めて一端の兵士としての風格が出ている。

 

基地屋上のヘリポート。ではなく屋外射撃場の広いスペースにヘリを着陸させ、S10基地所属の人形全員で見送る形となった。

 

「大変お世話になりましたっ」

 

ヘリの稼働音に負けじと教練組を代表し、ウェルロッドが一歩前に出てブリッツに声を張った。

 

「こちらも楽しかった。君たちは実に鍛えがいのある良い兵士だった。もう一兵卒(ノービス)などではない」

 

「光栄です。教官」

 

この2週間。とても厳しい訓練を受けた。最初はついていけるか不安もあったが、こうして最終日まで耐えきり全員そろって帰還がかなった。

そう思えば、今日までの訓練も良い経験だったと言える。ただし早朝バズーカ。あれは二度とごめんである。

 

「君たちにこれを渡しておく」

 

言って、ブリッツは制服であるコートの内ポケットからある物を取り出す。フラッシュメモリーだ。

 

「この2週間を通しての君たちの最終評価。帰還してからの訓練メニューを纏めてある。これを基にして訓練内容を組めばいい」

 

フラッシュメモリーを手渡す。ちなみにだがメモリーの中にはナビゲーターがこっそりブリッツとライトの特別教導の動画データも忍ばせてある。

 

「感謝します」と一言告げて、ウェルロッドはメモリーを受け取った。

 

「それと、一つ君たちのエル隊長に伝言を頼む。────いつでも鍛え直してやる。そう伝えてくれ」

 

その伝言の意味を図りかね、ウェルロッドは小首をかしげるだけであり、それを伝えられたエルが青褪める事になるなど知る由もなかった。

 

「ナイル・ルース指揮官にもよろしく伝えてくれ。『お困りの際はいつでもご一報を』と」

 

「了解しました。伝えておきます」

 

「では改めて、全員ご苦労であった!君たちの今後の活躍をここから祈っている!」

 

姿勢を正し、ブリッツが敬礼する。それに倣って見送りに来ていた人形たちも全員揃って敬礼。しかし皆の顔には笑みが浮かんでいる。

 

「こちらこそ、お世話になりました!」

 

教練組も答礼する。一糸乱れぬその所作に感嘆の声が漏れそうになる。

 

礼を済ませ、教練組が速やかにヘリへと搭乗する。たちまちにヘリは飛び立ちその姿を小さくさせていく。

 

やがて音すらも聞こえなくなり、外に出ていた人形達はそれぞれの配置へと戻っていく。

 

「終わったね」

 

余韻にふける様に、ライトがブリッツの横に立ってそう溢した。

 

「良い子たちだったね」

 

「ああ、あれならこの先も大丈夫だろう」

 

やれるだけの事はやり、出来る事は全てやった。

もうこちらがしてやれることは無い。

 

「後は貴方次第ですよ。ナイル・ルース指揮官」

 

 

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─────

───

 

『いやもう大変な一日でした』

 

教練終了から10日後。

ブリッツはR09地区司令基地指揮官であるメリー・ウォーカーと通信を行っていた。

そのメリーが万感の思い。主に苦労と疲労に比重が傾いた一言を呟いた。

 

あの教練を引き受ける発端でもあるグリフィンのキャリア開発。通称反省会が終わり落ち着いたタイミングの事であった。

 

「鹵獲した鉄血兵を使い襲撃を演出し、研修に呼ばれた指揮官たちに発破をかける」という何とも強行性が強く嬉しくないサプライズ計画。

結果から言えばこれは失敗に終わった。

 

予定通り、鹵獲し制御していた鉄血が会場施設に攻勢を開始。ハイエンドモデルを模したAIが登場し、反省会参加者のほとんどはパニックに陥ったという。

ヤラセではない本物の襲撃を受けたブリッツとしては、この辺りは容易に想像がついた。

 

が、そこで声を張り上げたのが件のナイル・ルース指揮官であったという。この辺りは元軍人ということもあったのだろう。緊急事態に対する経験値が他の指揮官と一線を画している。

 

そこまでは良かったのだが、ナイル・ルースは自身の装備を身に着け同伴したサブリナと一緒に掌握された(事になってる)コントロールルームへと飛び出していってしまった。

 

それは流石に想定外で引き留める間すらなかったとの事。

 

通路内でのサブリナの奮闘は見事なものだったという。バッタバッタと鉄血兵を薙ぎ倒す様は見ていて痛快の一言に尽きた。

敵に応じて弾種の切り替えも的確であり、訓練の成果がよく出ている。

一方でナイル・ルース指揮官の戦闘はもたついていた。「彼こそ訓練を受けるべきだな」なんて思ったりもした。

 

色々あったがコントロールルームに到達し、サブリナは制御を奪い返そうと電子戦を敢行。ナイル・ルース指揮官は敵の侵攻を防ぐために奮闘した。

 

そこでまた想定外。本来ならネットワーク内の制御パネルを探し出せばいいだけだったのだが、それより先に攻勢防壁に到達し、そこを強行突破してしまった。そもそも強行突破できる想定ではなかったので、突破した先には何もなかった為にサブリナが迷子に陥り、防衛戦を敢行していたナイル・ルースも重傷を負ってしまった。

 

結局、護衛と後始末の為雇われていた404小隊が救出任務に出張ってもらって何とか事は収まったが、そのせいで多額の依頼料を請求されることとなった。

 

ただでさえR20地区の事件以来404小隊はグリフィンから距離をとっているというのに、大変な事だ。

 

後始末を終えた後、首謀者であるヘリアントス上級代行官と一緒にクルーガー社長に長い長い説教を受けにいったという。

404小隊への依頼料の折半。それとちょっとした減給処分で済んだのは幸いだったとか。

 

そういう顛末であったという。

 

電子戦については盲点であった。いつもはナビゲーターのおかげでどれほど高度な防衛プログラムが組まれていようが関係ないため、完全に失念していた。

 

それはそれとしてだ。

 

「・・・やはり自分も行くべきでしたね」

 

『私の部隊も待機してましたし、404小隊が出てくれているのでその必要は無いと思ったのですけど・・・上手くいきませんでしたね・・・』

 

「仕送りが・・・」とがっくりと肩を落として落ち込んだ様子を見せるメリーに、何と声をかけてやればいいのやら。乾いた笑いを溢すしかブリッツには出来なかった。

 

ただ、計画自体が想定の範囲が狭かったというのが最大の要因であるため、擁護もしようがなかったのだが。

 

「それで、ナイル・ルース指揮官の容態は」

 

『酷い怪我でしたが、命に別状はありません。しばらくは入院ですね。大人しくしてくれればいいのですが』

 

「流石に病院で騒ぎはしないでしょう」

 

『ですよね~』

 

アハハハハと笑い合う。しかし二人は知らない。ほんの数日後には問題を起こして懲戒処分を食らう中年指揮官がこの後現れる事を。

 

『それでは、私はそろそろ失礼いたしますね。始末書代わりの仕事がありますので・・・』

 

「それはそれは・・・お疲れ様です。頑張ってください」

 

『はい、失礼しますね』

 

通信が切れる。

通信モジュールが途端に沈黙した。

 

一息ついて、一度頭をかいた。

 

「・・・ナイル・ルース指揮官、か。一応気に留めておいた方がよさそうだな」

 

遠いR15基地にいる一人の中年指揮官の存在を気にしながら、ブリッツも今日中に終わらせる予定でいる仕事に手を付け始めたのだった。

 




これにて丸投げコラボ回は終了です。
時間かかっちゃってもう大変でしたが、何とか出来上がってホッとしてます。

へなころさん、あとはよろしくお願いしますね!へなころさぁ~ん!


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SPEC OPS
OPERATION "Two-up"


ツーアップ。
オーストラリアに起源をもつカジノゲームの一種。客が投げたコインが"表"か"裏"かで勝敗を決める。もしくはそのどちらが出るかを賭けるシンプルなゲーム。サイコロの出目を使う場合もある。


「皆さん。突然ですが、G&Kって目障りだと思いませんか?」

 

黒のスーツにロングコートを纏った金髪の男は、椅子に腰掛けた男四人に向けて問いかけた。

四人の男たちは身に付けたスーツ越しに見て分かるほどに筋骨隆々に全身の肉体が発達し、それに見合った荒々しい雰囲気を醸し出している。

顔に目立つ傷痕を持つ者もおり、一見すれば堅気の人間には見えない。が、彼らは皆表社会に籍を置く民間軍事会社のトップたちであり、それぞれが管轄区域を持つほどに大きな力を持った政府公認の企業である。

 

各国政府が首都や産業集積地といった重要都市のみを直轄管理し、それによって地方都市の行政まで手が回らなくなりPMCに行政を委託して久しい昨今。今では複数のPMCが各地を都市運営権を獲得し、独自に行政を請け負っている。

 

結果、この衰退の一途をたどる世界においてPMCの需要が増加している。

そういった需要の増大に伴い、増加の傾向にある東欧地域のPMCの中で、大手と言われるPMCは5社。

 

 

人間の歩兵、その中でも傭兵業を中心事業に据える『FLAME SCORPIONS Co.ltd(フレイム・スコーピオンズ社)』。

主に新兵相手に武器の使い方などの教導を専門に手がける『Predarea Şoim CO.LTD(プレダーレァ・ショイム社)』。

第一世代戦術人形を戦力に組み込み、専らクライアントの求めに従って敵を攻撃する『Наемник Крукодил(マユーニック・クロッカジル)』。

自社で四足歩行の犬や狼を象った自律戦術兵器を開発、戦場で運用し戦果を上げている『Uwolnione Wilki(ウヴォルニォーネ・ヴィルキ)』。

その中でも最大手と言われているのが、グリフィン&クルーガー社だ。

 

創設者であるベレゾヴィッチ・クルーガーの持つコネクションと、それを巧みに使いこなす手腕と立ち回りの良さによって、グリフィンは多くの地方都市の行政権を獲得している。

 

ならば当然、そういった現状に不満を抱く者たちも出てくる。今この場に集められた各PMCのトップたちもそうである。

 

汚染の少ない土地の大半はグリフィンが管轄地区として行政権を獲得。その残りが彼らPMCに割り振られる形となった。社の存続という意味でもこれは重大な懸念事項だ。

委託元である新ソ連政府にも、彼ら代表たちは揃って抗議の声を上げた。が、いくらクルーガーが行政権獲得において有利な立ち位置にいたとしても、その行政権の獲得の為の入札自体は正式なもの。政府は彼らの抗議の声を聞き入れなかった。

 

例え手順が正式なものであったとしても、立場の違いを利用されて割りを食わされれば蟠りや不満の一つや二つは抱く。

それこそ、隙があればグリフィンを引き摺り落としてやろうと考えるくらいには。

 

「・・・確かに。我々は奴の手腕に苦渋を嘗めさせられてきた立場だ。だが、それがなんだと言う?」

 

「そうだ。我々は政府に認められたPMC。思う所はあれど、おかしな事を事をするつもりはない」

 

しかし彼らは理性的であった。

本気でグリフィンを引き摺り落とすと考えていたとしても、それを実際にやれば双方に決して少なくはない出血を強いられる事は明白だ。そうなれば本末転倒にもなりかねない。

彼らはPMCの代表として飽くまで理性的であった。

 

しかし彼らを集めた金髪の男もそれはわかっている。

わかった上で、ここに呼び出しているのだ。

 

「ええ。もちろん分かっております。ですが今回のお話、上手くいけば・・・G&Kという会社の勢力を大きく削ぐ事が出来ます」

 

だから餌を撒く。理性的な彼らを自身の思い通りに動かすために、美味しい()を与えるのだ。

 

フレイム・スコーピオンズ社の社長は胡散臭げに金髪の男を見る。本職の兵士たちを束ねる長としての貫禄、風格に満ちた重圧が込められた視線。並みの人間ならば即座に萎縮し腰を抜かしてしまうであろう雰囲気。

 

だがしかし、その視線を真正面から受けてもなお金髪の男、グリージョ(灰色)は口元に人好きのする笑みを浮かべた上で、まるで狙い通りとほくそ笑むように小さく舌で唇を舐めた。

 

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───

 

 

良く晴れた日の荒野。太陽は空の頂点に陣取り、熱を帯びた太陽光を容赦無く地上へと満遍なく降り注ぐ。その影響で地面の熱も凄いことになっている。あちらこちらで陽炎を確認できる程度には地熱も上がっているようだ。

その為、時おり吹く風も酷く乾燥した熱風であり、体温調整のために肌に浮き出た汗も容赦無く乾かしてしまう。

 

「あつい・・・」

 

隣で小さなぼやきが聞こえた。

視線を向けずともわかる。今しがたぼやいた人物は今酷くだらしのない、脱力した面持ちでいるのだろうことは。

 

地面に伏せ、ボルトアクションの狙撃銃であるレミントンMSRを構え、マウントされたキルフラッシュ付きの高倍率スコープを覗く彼、ブリッツは一つ小さく息をついた。

 

「4時間前から想像できたことだろう。今さらわかりきった事を言うな」

 

その注意に、ブリッツの左隣で同様に伏せている戦術人形Px4ストームは「だって~」と駄々をこねた。

 

確かに。着用者の赤外線放射を防ぎ、周囲の赤外線と同調する熱光学迷彩機能を持ったシートはその特性上、通気性がないため着用者から発せられる熱を放出できず篭りやすい。今日のような気温の高い快晴時では尚更に暑苦しく感じる。

 

天幕のように日陰を作るだけとして使うならいくらか違うのだろうが、それでは迷彩効果を発揮出来ないため、こうして伏せた体に布団のようにシートを被せるしかない。

 

────ブリッツらがこうした苦行を敢行しているのには理由がある。

全ての始まりは3日前。通常通り、S10基地にて指揮官としてのデスクワークに勤しんでいるときであった。

 

司令室の通信機材が甲高い電子音をがなり立てた。

すぐに作業の手を止めてデスクから立ち上がり身なりを整える。

副官であるLWMMGことライトも立ち上がって通信機材のモニターの前に立つ。

 

機材のボタンを押して応答する。映像通信のようで、機材のモニターに人物が表示される。

 

ブリッツが所属するグリフィンのトップ、ベレゾヴィッチ・クルーガーその人であった。

予期せぬ通信相手にブリッツは内心驚くが、それを表情に出さぬよう努める。

 

『久しぶりだな、ブリッツ指揮官』

 

「お疲れさまです、社長」

 

二人は揃って敬礼する。

そのすぐ後に「楽にしろ」とクルーガーに言われ、敬礼を解く。

 

『ブリッツ、お前に遂行してもらいたい任務が出来た』

 

「例の大規模反抗作戦でしょうか」

 

『いや違う。だがある意味同じくらいに重要なものだ』

 

クルーガーは静かに。かつ厳かに語り始める。

 


 

ここ数日、妙な動きを見せる裏社会の団体や武器密売人。果ては一部のPMCがある。

金や武器兵器、そして人。それらが水面下で目立たぬよう行き来している。中には軍事規格の技術も混じっているという。

我々グリフィンに対して敵対的意思を持つ団体も関わっている。もし管轄地区内の居住区でこの武器兵器を使い事を起こされれば一大事だ。グリフィンの失態というだけでなく、罪のない住民が大勢傷付くことになりかねない。

 

単体で動いているのならともかく、それぞれの団体、組織が示し会わせたように動いている以上傍観も出来ん。

同時多発的に動いている以上、何者かが裏で糸を引いている可能性もある。

ブリッツ、お前たち多目的戦闘群にはこの不穏因子の調査。そしてその後の対応も含めて動いてもらう。

 

彼らの行動理由とその目的を掴み、もし黒幕がいるのなら確保。それが無理なら排除しろ。

 

この不穏因子に関わっている武器密売人、ヘンブリー・ステインが三日後に大量の商品を引っ提げて取引に動くという情報も入っている。かねてよりグリフィンに対して反感を示していた人物だ。調査の取っ掛かりとしてはちょうどいいだろう。

手段は問わん。お前たちはこの取引を未然に阻止し、ステイン自身から武器の取引相手について情報を聞き出せ。

 


 

『なにか質問はあるか』

 

ブリッツが右手を肩の高さまで上げる。

 

「一つだけ。その情報はどこからでしょう。信憑性のほどは?」

 

作戦行動時における事前情報の精度、確度は非常に重要だ。いざ準備万端で行動開始をしても、前提となる情報そのものが間違っていれば呆気なく部隊は全滅する。

指揮官としても、兵士としても。ブリッツが気になるのは当然である。

 

『それについては心配要らん。私が信頼し、協力関係にある組織からもたらされた情報だ』

 

「・・・そうですか」

 

クルーガーの返答に、ブリッツはそう返すしかなかった。自身が所属する組織の最上位の人間がはっきりと断言したのだ。それはつまり、余計なことを考えるなという釘刺しの意も込められている事を示していた。

 

『ステインに関わる情報はすぐにそっちへ転送する。ブリッツ指揮官、頼んだぞ』

 

「了解しました。これより行動を開始します」

 

 

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─────

───

 

そして現在。こうして暑い中待ち伏せの真っ最中という状況が出来上がった。

 

ターゲットであるヘンブリー・ステインは、40代という年齢ではあるが武器密売人としては比較的新顔だ。というのも、これまでは違法ドラッグを中心にした業者として活動していたからだ。昨今の情勢を鑑みて、武器の密輸入にも手を出し始めたのだ。

 

クルーガーより渡された情報によれば、ヘンブリーはブリッツが想像していた以上にグリフィンに対し強い反感を抱いている。理由としては単純で、「昔大きな取引をグリフィンに台無しにされたから」という逆恨みも甚だしいものだったが、それが数百万ドル単位の取引であったのならば、当人の恨みようもそれ相応と言えるかもしれない。

 

そんなヘンブリーが使うとされる商品の運搬ルートは大きく分けて3つある。

一つは荒野をまっすぐに横切るハイウェイ。

一つは地方都市を経由するルート。

最後は、ハイウェイも都市も経由しない未舗装路だらけの一番遠回りなルート。

 

その中で一番使う可能性があるルートは遠回りなルートだった。

理由としては、ヘンブリーが情報通りにグリフィンに対し反感を抱いていると仮定した場合の行動パターンである。

 

ハイウェイには当然料金所があるが、ここにはグリフィン傘下の機動部隊が駐在している。顔が割れてしまっている以上、不用意に止められるリスクのあるハイウェイは通らないし、何より万が一渋滞にでも嵌まればそれこそ逃げ場がない。

 

地方都市についても、そこもグリフィンが管轄している地区である。封鎖されれば逃げ場がない。そして、ヘンブリー自身グリフィンに関わりのある場所には心理的にも寄り付かないだろうという予想。

となれば、多少遠回りではあるがどこにも寄らず、何かあっても逃げられる荒野を通るルートしかない。

 

ブリッツは今やや小高い丘の上に陣取り、ターゲットを狙えるよう未舗装路を広く見渡せるポイントで狙撃の機会を窺っている。

強襲予定ポイントにはすでに部隊を配置済み。SMGとAR、いざというときのMG人形のライトを組み込んで構成された制圧部隊だ。

なのだが何故か、呼んだ覚えのないPx4ストームまで現場に来ている。

 

Px4にはライトが不在の時、基地内における代わり。つまり副官代理という役職と権限を正式に与えた。のだが、その副官代理が副官と共に基地を留守にしている。

すなわち、今基地には指揮官も副官も副官代理もいない。司令基地としてそれでいいのかと、ブリッツは何だか頭が痛くなる思いである。

 

「本当にこんな所通るの?」

 

うんざりしてきたといった風に、Px4は告げた。

どうやら彼女にはスポッターとしての能力に問題アリのようだ。締め直しも兼ねて一度スポッターとしての訓練も施してやるのもいいかもしれない。

 

それは別としても、確かに本当にここをターゲットが通過するかの保証はない。

 

「俺がマヌケか冴えてるかは直にわかる」

 

「なら、ここを通らなかったら今日過ごした無駄な時間。キチンと埋め合わせてもらうからね。オーナー?」

 

言って、Px4は迷彩シートを被ったままブリッツにすり寄る。わざとらしく胸を押し付け足を絡ませてくる。

暑いと言っておきながら体を寄せてくるPx4にブリッツは眉をひそめる。

 

『報告。強襲予定ポイントより3キロ地点にて、所属不明の車列を確認』

 

そこに、ナビゲーターから報告が飛び込んできた。現在作戦展開区域上空をR12地区でも使った無人航空管制機(UACS)が飛行しており、地上を監視している。

このルートを通る一般人はまずいない。どうやら埋め合わせはしなくとも良さそうだ。

 

「車列の構成は」

 

『先頭にハンヴィー。その後ろを3台のトラックが追従し、間に挟まれる形でSUVが1台。中衛と後衛にM2HB搭載のテクニカルが2台』

 

「SUVに乗っている人物を確認できるか」

 

視認は不可(ネガティブ)。しかし、ナンバーは確認できました。ターゲットが所有している車です』

 

「Good. あとどれくらいだ」

 

『現在時速60kmで移動中。ポイントまであと167秒です』

 

「了解」

 

くっついてくるPx4を引き剥がしてMSRを構え直し、ボルトを引く。薬室に.338ノルママグナム弾を基に製造されたAPHEを装填する。

 

『残り130秒』

 

「ターゲットを視認した。用意(レディ)

 

スマートグラスに現在の気温と湿度。気圧に風速と風向。方角と現在時刻が表示される。それらを元に脳内で三角関数の計算式を組み立て、スコープを調整する。

 

『残り30秒』

 

「残り10秒になったらカウントを」

 

『了解』

 

「総員、タイムカードを切るぞ。仕事の時間だ」

 

集中力を上げていく。この狙撃に失敗すればヘンブリーは一目散に逃げるだろう。そうなれば追う脚の無いこちらは何も出来ないまま、指を咥えてその後ろ姿を見ているしかない。

 

車列が見えた。先頭のハンヴィーはこちらに気付いた様子はなく時速60kmを維持したまま、正面を向いた状態でこちらに向かって走行している。

その運転手にレティクルを合わせる。

 

『残り10、9、8、7』

 

カウントダウンが始まる。

ゆっくりとトリガーの遊びを殺してゆく。

 

『6、5、4、3、2』

 

4秒前で息を吸い込み3秒前に息を止める。

息を止めれば一時的に血圧が下がり手ブレを押さえられる。しかし4秒後にはまた血圧が上がる。血圧が上がれば手ブレも起きる。つまり4秒以内に狙撃をしなくてはならない。

 

『───Incoming.』

 

瞬間トリガーを引ききる。発射された.338ノルママグナム弾はあらゆる自然現象の影響でまっすぐには飛ばず、緩やかな弧を描くようにして。しかしまるで吸い込まれるようにして弾丸はハンヴィーのフロントガラスをぶち抜き、運転手の頭部を撃ち抜いた。移動目標に対して実に900メートルの狙撃に成功した瞬間である。

 

間髪入れずブリッツはボルトを引いて排莢、次弾を装填。狙い、撃つ。今度はハンヴィーの右フロントタイヤを撃ち抜く。頑丈なタイヤを貫通し、ホイールを貫き、ハブを破壊。結果脱輪し、ハンヴィーはバランスを崩して横転した。事故を回避するためすぐ後ろにいたトラックは急停車。それと連鎖する形で車列は停止した。

 

が、中衛と後衛にいたテクニカルはトラックを避けてなおも走り続ける。

 

荷台に設置されたM2HBにはすでにガンナーがおり、初弾は装填済み。即座に狙撃位置を割り出したのだろう。既に銃口はブリッツのいる丘に向けており、今にも凶悪な12.7mm弾が飛んできそうだった。

 

 

が、それについては問題ない。

 

交戦開始(エンゲージ)

 

ブリッツが声をあげた瞬間、停止した車列付近。ブリッツと同様に熱光学迷彩で姿を隠していた制圧部隊が飛び出した。

 

制圧部隊の一人、Vectorが即座にテクニカルのガンナーに向けて銃撃。反撃する間も与えられないまま後衛のガンナーは45ACP弾によって沈黙させられた。

テクニカル自体も、FALとRFBのバトルライフルによって鋼板を貫き、ドアガラスを破り、ドライバーの全身に大量の風穴をこさえさせ、やがてエンジンも完膚なきまでに破壊され火を吹いた。

 

中衛のテクニカルについては辛くも攻撃を受けず、突然飛び出してきた人形たちに目に物見せてやろうと反転した。

 

が、その先に立ちはだかる人影が一つ。軽量中機関銃(LWMMG)を持ったライトだ。

伏射でも膝射でもなく、小銃でも構えるように立射のまま中機関銃を迫り来るテクニカルへと向ける。

 

「Rip ya a new one.」

 

銃撃。.338ノルママグナムの空薬莢とベルトリンク、そして耳をつんざく轟音を撒き散らす。

メンタルアップグレードに伴い、装いの変貌と共に実装された射撃管制モジュールと、それと同期している左腕と右脚の外骨格が、強烈な反動(リコイル)を受け止める。さながら小口径の自動小銃に銃架を取り付け使って撃っているかのような様相。

 

されど撃っている弾は断じて小口径などではない。12.7mm弾とほぼ同等かそれ以上の弾道特性と、それに迫る威力を兼ね備え、2km先の歩兵用の防弾装備を貫き、非装甲(ソフトスキン)の車両を走行不能へと追いやる。

 

であれば、20メートルにも満たない距離から放たれた直径8.6mmの弾丸の威力は。

鋼鈑を容易く貫き、ガラスを突き破り、エンジンを穿ち、人体を文字通り"破壊"する。

毎分500発から600発に。秒間にして10発射撃が出来るよう向上されたファイアレートも合わされば、その凶悪さにも拍車がかかる。

 

瞬く間にテクニカルのフロント部分は原型から離れていき、やがてエンジンから火を吹き、懸架装置も破壊されたためにアクション映画のワンシーンよろしく、ライトの横を通りすぎるようにして派手に砂煙と黒煙を撒き散らしながら2度3度横転し、やがて炎上した。

 

しかしそこで止まらない。引き続き護衛役としてトラックに同乗していた人間兵士を、降車した瞬間、もしくはその前に攻撃していく。

 

「うわぁ・・・エグぅ・・・」

 

その様子を見ていたRFBが思わずヒクついた苦笑を浮かべながら溢した。そういう彼女も攻撃しようとしてくる敵兵士の頭部へ的確に7.62mm弾を叩きこんでいるのだが。

 

「さすがMAGのリーサルウェポン。頼もしいわ」

 

その隣に立って攻撃しているFALも乗っかり、RFBを援護しつつ呟いた。

 

一方で、SUVでは。ナビゲーターの見立て通りにターゲットであるヘンブリー・ステインが、後部座席で頭を抱えつつ喚き散らしている。

ビジネススーツに身を包んだその姿は正しく行商人というイメージにピタリと符合する。だが現状、一瞬で戦場と化してしまったこの場においては酷く浮いた格好だ。

 

「なんだ!何だっていうんだ!?」

 

「敵の攻撃だ!そのまま伏せてろ!」

 

言って、護衛兼運転主としてSUVに搭乗していた兵士はFN社のSCAR-Lを持って果敢に飛び出した。が、すぐに彼の頭部は弾けた。

そしてすぐに別の影が現れる。

 

「指揮官。ターゲットを発見。確保したよ」

 

運転手を撃ったOTs-12ティスがヘンブリーに銃口を向けながら無線で連絡。窓越しとはいえこの至近距離。防弾性能も無いドアガラスに、最大10mmの鋼鉄を貫徹出来る9×39mmSP-6を防ぐ事など叶わない。

 

今にも火を吹きそうなOTs-12の銃口に怯んだヘンブリーは小さく引きつった声を上げて、ティスから逃げようと反対のドアから逃げようともがく。

が、その反対のドアにも人がいた。マイクロUZIが酷く冷めた目を携えて、自身と同名の小さくも瞬間的に高火力を発揮できるSMGを窓越しに向けている。彼女がその気になったら、毎分1400発で放たれる9mmパラベラム弾によって車内をヘンブリーの血肉で真っ赤に染め上げるだろう。

 

逃げ場がない。ヘンブリーが出来たのは、ただ頭を抱えてその場にじっとしていることだけであった。

 

ものの3分足らずで、ヘンブリーを除く車列の護衛である人間兵士12名は、人形6体(Px4は何もしていないのでカウント外)と人間一人によって撃滅。

テクニカルやハンヴィーは攻撃したが、銃火器満載であろうトラックには一発の被弾もなく確保した。

 

その後、MSRを持ったブリッツとやたらと嵩張る熱光学迷彩を持たせたPx4が部隊と合流。その際にライトはPx4の肩にポンと手を置き「あとでお話しようか」と、やけに優しい声色で囁いた。

Px4は知らないが、彼女の行動は気を利かせたナビゲーターによってライトに全て筒抜けになっていた。Px4はただ震えることしか出来なかった。

 

ブリッツが来た頃にはヘンブリーの拘束も終わっていた。体の前でタイラップによって両手首を縛られ、道路の道端で膝をついて座らされている。両サイドにはティスとマイクロUZIが動けぬよう彼の肩を抑えているし、FALとRFB、Vectorもヘンブリーが逃げ出したとしてもすぐに取り押さえられるよう見張っている。

 

ブリッツの姿を見たヘンブリーは、途端に口を大きく開けて、それ相応の大声をあげた。

 

「お前らグリフィンだな!俺の手下たちを殺しやがって!何が狙いなんだ!?このクソ人形どもめ!お前ら全員イカれてるぞ!」

 

すっ、と。ブリッツは持っていたMSRをPx4に押し付けるようにして持たせ、ゆっくりとヘンブリーに近付いていく。

 

「お前はグリフィンの指揮官だな!?覚えておけよ!俺にこんな事をしでかしたんだ!必ず報いを受けさせてやる!いつか必ず─────」

 

殺してやる、と続けようとしたのだが。それよりも先にブリッツの履いていたブーツがヘンブリーの顔面にめり込んだ。うるさい黙れと告げる代わりに蹴りを叩き込んだのだ。

その一発で、さながら電源が切れたミュージックプレイヤーよろしくパタリと何も言わなくなった。

 

がくりと項垂れるように気を失うヘンブリーを見やってから、ブリッツは踵を返して人形たちに視線を投げた。

 

「よし、コイツの商品を見てみようか。FALとRFBは1号車。ライトとVectorは2号車。Px4は俺と3号車のトラックを見る。ティス、ウージー。ターゲットが逃げられないよう手足縛ってからコイツのSUVに放り込んで見張れ。起きて喚くようならまた一発叩き込んで黙らせろ」

 

全員が同時に「了解」と告げ、言われた通りに行動する。

 

3号車のトラックの後部についたブリッツとPx4はそれぞれハンドガンを持って警戒。

リアドアの施錠を壊しロックを外して、ブリッツはゆっくりと開ける。隙間を覗き混むようにしてPx4は拳銃を構える。もしかしたら、中に伏兵がいるかもしれない。

やがてリアドアが開ききる。荷室には警戒していた伏兵はおらず、商品だけが詰め込まれていた。

 

荷室へと上がり、商品を確認する。

頑丈なコンテナボックスや木箱が荷室の内壁にそう形で所せましと積み上げられている。その内の一つを開けてみれば、中には対戦車擲弾発射器であるRPG-32が詰め込まれている。

他にも歩兵携行式多目的ミサイルのFGM-148ジャベリン。携帯型地対空ミサイルのFIM-92スティンガーミサイル。M134ミニガンも丁寧に梱包され、すぐそばにはベルトリンクされた7.62mm弾が詰まったアサルトパックも。ちょっとした武器の展覧会でも催すのかといったラインナップ。

この分だと、他のトラックにも多種多様な武器兵器が豪勢に満載されている事だろう。

 

「相当規模の大きい取引みたいね。戦争でもおっ始めるつもりかしら」

 

弾の入っていない新品同然のM134を持ってそれっぽく構えながらPx4はそう言った。

確かにこれだけ見れば小国の正規軍にでも卸すのかと思える程の質と量だ。だがヘンブリーのような小物の武器密輸業者が取り扱うには質も量も過剰すぎる。

 

「意外と根深い問題かもな」

 

ケースに納められたジャベリンをそっと撫でながらブリッツは呟く。

こうなると取引相手が気になる。そしてこれだけの武器兵器を揃えなくてはならない理由も。

是が非でもヘンブリー本人から聞き出す必要がある。

 

「オーナー、これ見て」

 

何かを見つけたのか、Px4がブリッツを呼んだ。その声には若干だが緊張が見られる。

すぐに近寄る。Px4の足元には屋外のイベントで使うような大型のスピーカー。のような形を模した別の装置が、厳重に木箱の中に納められている。

 

これだけ武器が揃っているなかで、ただのスピーカーを載せるはずがない。それに、ただのスピーカーにしては造りがしっかりしすぎている。

その正体はすぐに感付いた。

 

「ドールズジャマーだと?」

 

ブリッツはそのスピーカーを怪訝に見ながら告げた。

 

現在、急速に普及している自律人形に対する武器や兵器の需要も増えている。その中でも一番メジャーなのが、DS兵器とこのドールズジャマーである。

 

人形封じ(ドールズシーリング)の頭文字を取ったDS兵器が、特殊な電波や電磁波を使って電脳や射撃管制コアに負荷を掛けて演算リソースを奪い、戦術人形の戦闘能力を封じ込むのに対し、ドールズジャマーは電脳そのものに強烈な負荷を掛けて行動不能に追い込む。出力によっては電脳そのものを焼ききる程の威力を発揮できる。

分かりやすく区分するのであれば、DS兵器がスモークやスタングレネードといった戦術人形用の非殺傷兵器で、ドールズジャマーは全ての人形にのみ作用するEMP兵器のようなものだ。

 

見ればこのドールズジャマー。他にも幾つか木箱に納められて積み上げられている。これだけあれば一定の間隔で設置し広範囲に効力を発揮できる。

 

戦闘能力に勝る戦術人形に、人間が勝つための切り札。それがこのドールズジャマーだ。

もしかしたら、もう少し制圧が遅ければこのジャマーが使われ、逆にこちらが全滅ということもあり得たかもしれない。

 

意外どころではない。かなり根深い問題だ。

 

「ゲート、クルーガー社長に至急連絡を取ってくれ。今からヘンブリー・ステインを本部に連行し尋問すると」

 

『了解しました』

 

この時、彼はまだ知らなかった。これはまだ序の口に過ぎないこと。この裏で起きていること。進行していること。

そしてそれに、いつの間にか自分が巻き込まれていることすらも、彼はまだ知らない。

 

 




という訳で、とある作品とのコラボ導入回でした。
人によってはどことのコラボかすぐに分かったかと。
狙撃シーンはそのコラボ先の物語序盤のオマージュだったりします。

このコラボの話が先方からメッセージで来た時、ビックリし過ぎて3回くらい読み直してしまったよ


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OPERATION "Two-up" Ⅱ

コラボ回2話目でございます。
まだこちらでは先方のキャラクター等が出ていないので作品名の記載はしませんが、人気知名度共にこちらの倍以上の作品でございます。お気に入り数圧巻の1000越えやぞ。恐れ多いわ


あと、現在開催中の大型イベントに対するやる気が上がらないです・・・。ログインしても後方支援回すばっかでね。

あ、そういえば前のピックアップでRPK-16が来てくれました。製造依頼15枚くらいで来てくれて「はっ?(歓喜)」ってなった。
ちなみにメスゴリラさんはまだ来てくれません。



 

先の強襲作戦。それによって確保されたヘンブリーの身柄は、ブリッツらによって恙無くグリフィン本部へと移送された。

 

そうして現在、ヘンブリーは本部に拵えた尋問室へと連行された。

四方をコンクリートによって囲われ、その内の一面のみにアクリル製のマジックミラーが設置されている。

それ以外には、部屋の中央にステンレス製のシンプルなテーブルと、パイプ椅子が2つあるのみだ。

 

部屋内の対角線上にはお互いの死角を補いあうよう2つの監視カメラ。

そのカメラに監視される形で、パイプ椅子に座らされているヘンブリーが、グリフィン本部に勤めている尋問担当官とテーブルを挟んで向き合い、尋問を受けている。

 

が、その様相は尋問と呼ぶにはとても及ばない有様であった。

 

まず、担当した尋問担当官が毅然とした態度で「武器の出どころ」や「どこに運ぶのか」「誰に渡すのか」を尋ねるが、それはまるで渡された台本を真剣に読み上げただけのような、対象から情報を聞き出すという気概を感じられなかったこと。

そして、グリフィンが情報を聞き出したいと察したヘンブリーの心境だ。

 

不運なことにこの時、ヘンブリーのような手合いにも臆さず尋問できる経験豊富な職員が偶々不在であった。

だからたまたま居合わせた若い尋問担当官にヘンブリーの尋問を任せたが、経験不足が祟り有力な情報を引き出せずにいた。

ヘンブリーも、この尋問担当官は経験の浅い若輩者であることをいち早く察知し、手荒なことは出来ないと高を括り、舐めきった態度で尋問内容の一切を無言のまま聞き流す。

曲がりなりにも、裏社会で生きてきた男であるヘンブリーに、表社会で健全に過ごしているグリフィンの職員とでは地力が違いすぎた。

 

余裕綽々といった薄ら笑みすら浮かべてふんぞり返っている。

 

その様子を、隣接された部屋からマジックミラー越しに見る二人の人影。

 

グリフィンの社長、クルーガーとブリッツだ。

クルーガーはいつも通りに制服姿だが、ブリッツはヘンブリー確保の任務からそのまま本部へと直行したため、今は戦闘服の上着を脱いでコンバットシャツ姿だ。

 

その二人は揃って目を細め、尋問の様子を見る。

 

「埒があきませんね」

 

ブリッツはたまらず溢した。このままだと何も聞き出せないまま来週まで持ち越されそうだ。

 

「想像はしていたが、やはり荷が重すぎたか」

 

クルーガーが小さくもため息をついた。

 

「根が真面目な職員だ。ああいった手合いとは相性が悪すぎます」

 

「このままでは何も聞き出せないまま釈放せざえるを得なくなる。────頼めるか」

 

「お任せを」

 

言って、ブリッツは部屋から出て、尋問室へと入っていった。

 

変わろう、と。ブリッツは職員に労いも込めて優しく声をかける。職員は助かったといわんばかりに安堵の表情を浮かばせて、何度か頭を下げた後に一言二言残して尋問室を出て行った。

 

対し、ヘンブリーはブリッツの姿を見るなり先まで浮かべていた余裕の薄ら笑みが引きつり、若干だが険しくなる。

 

ヘンブリーと向き合うようにブリッツもパイプ椅子に座る。

 

「何も話さないんだって?さっきはあんな饒舌に喚いていたのに」

 

挨拶もなしに挑発的に語り掛けるブリッツにヘンブリーは舌打ちし、そっと自身の顔を撫でた。ブリッツに顔面を蹴られた事を思い出したようだ。

そのブリッツは、親し気で気さくな微笑みを浮かべてヘンブリーを見ている。

 

「さて、何度も聞かされただろうが俺も聞こう。あの大量の商品(武器)、どこに運んで誰に渡そうとした?」

 

ブリッツの質問にヘンブリーは明後日の方へと視線を向ける。完全無視の態度だ。

構わずブリッツは続ける。

 

「AK-74Mが50挺。ペチェネグが50。ブローニング・ハイパワーが50。それらに適合した弾薬と、一つ5キロのC-4爆薬が500キロ分。RPG-32、スティンガーミサイル、ジャベリンがそれぞれ15ずつ。ああ、ボディアーマーもあったし、フラググレネードにスタングレネードもダース単位で大量にあったな。なんだ?戦争でも起こそうとしてるのか?」

 

ヘンブリーは口を閉ざしている。

まだブリッツは続ける。

 

「商品に混じっていたドールズジャマー。あれは凄いな。バラして解析してみて驚いた。従来品と比較しても軽く3倍以上の出力を発揮できるよう改造されていた。半径30メートル以内なら例外なく電脳が焼き切れ、50メートル以内でも行動不能に陥る。あれだけの出力なら、近距離にあるほぼ全ての電子機器にも影響が出るだろう。戦術人形を主戦力にしているグリフィンには効果覿面だろうな」

 

ヘンブリーは視線も合わせず黙ったままだ。

それでもブリッツは続ける。

 

「一体どこに売り飛ばすつもりだったのか。軍にでも売るのかと思ったが、ドールズジャマーが混じっているとなるとその選択肢は消える。PMC?いや、それにしたって一度に買う量が多すぎる。その半分でも多すぎるくらいだ。となるとだ、早急に武器が欲しい存在。・・・例えば、マフィアかギャングか、テロリスト。反グリフィン団体か」

 

ヘンブリーは沈黙を続ける。

ブリッツは参ったなと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「だんまりか。頑なだな」

 

すっと立ち上がり、ブリッツはマジックミラーの前へと立った。

それから、自身の眼を隠し、耳を指さし、人差し指と親指で何かをつまむように形作り唇をなぞる様にしてジェスチャーを送った。

 

マジックミラーなのでブリッツの目に映るのは今のジェスチャーをした自身の姿だけだ。なので、伝えたい相手に伝わったかどうかはわからない。なので、伝わったという体でブリッツは踵を返し、ヘンブリーの背後へと回った。

 

その瞬間、先まで浮かべていた笑みは鳴りを潜め、感情の一切の無い無表情に変わった。

 

瞬間、ヘンブリーの後頭部を掴んでテーブルに額を叩きつけた。

硬いもの同士がぶつかった鈍い音が尋問室に響く。

 

二度、三度。ヘンブリーの額をテーブルに叩きつけてから、今度は頭部をテーブルに強く押し付ける。

次に、ポケットに忍ばせていた小型のナイフを取りだす。手の中で翻り、逆手に握られたナイフは振り下ろされ、その切っ先はヘンブリーの首に突き刺さった。

 

「あ・・・が・・・!」

 

額を打ち付けられ思考や感覚がぼんやりとした中で、瞬く間に行われた早業。それを遅れてやってきた首の痛みが意識を覚醒させ、すぐに何が起きたかを理解。ヘンブリーは苦悶の声を上げた。

 

「大丈夫だ。それほど深く刺してはいない。動脈も避けた。死にはしない。・・・まあ、ここから無事に済むかどうかはお前の返答次第だ」

 

「何・・・?」

 

「お前は何かしらの情報を握っている。だから手荒な真似はされないと思っていたようだが、悪いな。俺はお前をVIP扱いする気は無い。ハッキリ言おう。死んでも構わない」

 

この時、ここに連れてこられてから初めてヘンブリーに緊張が走った。

 

「情報を吐かないお前には何の価値もない。生かしておく理由もない。でもまあ死ぬ前に一応もう一度聞こうか。あの武器をどこの誰に持っていくつもりだった?」

 

ナイフを握る手に力が入るのを、ヘンブリーは首に刺さった異物から感じ取った。これはそのまま自分の命に直結していることも。

この男は、本気で自分を殺すつもりだ。そう認識した。

 

それが恐怖を呼び起こし、心拍数を急激に引き上げた。

 

ヘンブリーは裏社会で生き抜いてきた実績のある男ではあるが、その実態は小心者の小物だ。自身の死が現実として目の前に差し迫り、実際に死ぬ直前になっても、死ぬ覚悟を決められない。そんな男だ。

 

「あ、R20地区だ!」

 

だから叫んだ。自身が生き残るために。生にしがみつきたいがために。死を回避する為に叫んだ。

 

「商品はR20地区の教会に運んでくれと頼まれた!」

 

「R20地区ということはグリフィンの管轄地区だな。何故そこに」

 

「知らん!本当に知らん!ただ依頼してきたのは女だ!音声通信だったから顔はわからんが耳に纏わりつくような甘ったるい声で大量の武器が欲しいと言ってきた!その電話の後に前金として総額の半分が振り込まれた!だから俺は商品を持ってR20地区の教会に向かっていたんだ!」

 

「・・・ゲート、どうだ」

 

ブリッツは耳に仕込んだヘッドセット越しにナビゲーターへと呼びかける。

返答はすぐにあった。

 

『確かに、R20地区には教会がありますが・・・。あの辺りは今立ち入りが禁止されています。昔火事があったようで、それ以来ほとんど放置されたままのようです』

 

「・・・R20に教会なんて無いそうだが?」

 

「そんなハズは無い!教会周辺はグリフィンの監視もないから侵入するのは簡単だと言っていた!」

 

ブリッツは思案する。少しして、首に刺していたナイフをそっと抜いた。傷口からは血が溢れてくるが、布か何かで押さえておけば問題にはならない程度の出血だ。

 

ナイフに着いた血はズボンでぬぐい取りまたポケットに収めた。そのまま振り返りもせずにブリッツは尋問室から出る。

 

物理的にも精神的にも、ブリッツの圧力から解放されたヘンブリーは首を押さえながら苦悶の声を零してテーブルに突っ伏した。

 

尋問室を出たブリッツは隣接している部屋へと入室。そこにいるクルーガーと合流した。

 

「どう思った」

 

開口一番にクルーガーから問いが飛んでくる。

 

「咄嗟に嘘を言っているにしては整合性が取れすぎている。依頼した女とやらもそうですが、ヤツの発言全てを鵜呑みにはできません。しかし、少なくともR20地区には武器を欲しがる集団がいる可能性があります」

 

「R20地区で非合法武装集団による大規模な武装蜂起」

 

「十分有り得るかと」

 

「そうか・・・」

 

クルーガーは眉間に深い皺を寄せた。

グリフィンのCEOとしては頭の痛い問題だろう事はブリッツにも想像ができた。

 

やがて、眉間に皺を寄せたままクルーガーはブリッツを見遣る。

 

「ブリッツ、お前たち多目的戦闘群にR20地区への派遣を命ずる。人員と装備を整え、現時刻より24時間以内に現地入りし、情報のあった教会を中心に調査を行え。R20地区基地の指揮官には私からお前たちを支援するよう言い伝えておく」

 

「了解しました。直ちに出立の準備にかかります」

 

「頼んだぞ」

 

ブリッツは一度敬礼し、すぐに踵を返して足早に部屋から出ていく。

その後ろ姿を見送り、クルーガーはまたマジックミラーの向こうにいるヘンブリーを見るが、彼の目にはヘンブリーの姿は映っていない。その向こう。ヘンブリーに依頼をしたという得体の知れない女の姿を捉えようとしていた。

 

 





というわけで、ブリッツ流の尋問で入手した情報を基にR20地区へと向かいます。
果たしてR20地区に何があるのか。乞うご期待。

ちなみに、今章のブリッツくんは最初から最後まで脳筋ムーブをかましていく予定です。


あと感想ください。反応ないのは結構メンタルにクるんすよ・・・(豆腐メンタル)


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OPERATION "Two-up" Ⅲ

コラボ回3話目です。
今回も10,000文字超えの長文になります。ゆっくり読んでいってね!

それはそれとしてこっちも読んで。読め(豹変)
https://syosetu.org/novel/194706/95.html


ゲームの方では協定統合が実装されましたね。EMPによって一発ツモってカカシさん出てきたときは「あ、初回サービスか」と納得して使ってみたらクッソ強い。
今は通常捕獲で連行した処刑人をチマチマとレベル上げと、カカシさんの編拡を進めてます。
とりあえずハンターさん実装はよ。

人形之歌第4巻も少し遅れて購入しました。ちょっとグローザさんカッコ良すぎんよ~。



民間軍事会社グリフィン&クルーガー。そのCEOたるベレゾヴィッチ・クルーガーは表情が強張ったことで眉間に寄った皺をそのままに、自身の仕事場である社長室のドアを潜り入室した。

 

ブリッツによるヘンブリー・ステインへの()()から約30分後。あの後もヘンブリーに尋問を続けてはみたが、これ以上有力な情報は入手できなかった。

今のところの手掛かりは、押収した武器がR20地区に運ばれようとしていたこと。その取引場所が教会であること。

押収した物の中に改造されたドールズジャマーがあったこと。一番厄介なのがこのドールズジャマーだ。

戦術人形を中心に部隊を編成、展開しているグリフィンにとってこのドールズジャマーは致命的な弱点だ。

 

事実、以前に反人形団体の過激派がこのジャマーを使用した結果、高練度のエリート人形達が一斉にロスト。

語ることも躊躇われるほどの暴行を受けたという前例がある。ましてや押収したジャマーはその時に使われた物とは比較にならないほどの高出力を発揮できるよう改造されている。

いきなり最大出力で使う、なんてことはないと思うが、厄介であることは間違いない。展開した人形部隊が動けなくなるだけならまだマシだ。電脳を破壊するレベルの出力を発揮されたらグリフィンとしては大ダメージだ。

 

ヘンブリーが持っていたジャマーはすべて回収したが、ここまで大体的に動ける存在がバックにいると考えられる以上、()()R()2()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えた方がいい。

 

頭の痛い問題だ。もしもの為に多目的戦闘群。というより人間であるブリッツを派遣させたが、いくら彼でも事態が起きればどうしようもない。

 

別の力が必要だ。ブリッツ並みの戦闘力を持った別の人間による力が。

 

クルーガーには心当たりがあった。おそらくは、この事態を収められるだけの力量を持った人間の存在を。

本来ならば、あまりグリフィンに関わらせていいタイプの人種ではない。しかし状況が状況だ。"あの男"に動いてもらわなければならない案件だ。

 

すぐに行動に移す。

デスク上の通信端末暗号回線を開き、特定のコールナンバーを打ち込む。

 

応答はすぐにあった。

 

『御用でしょうか、クルーガー社長』

 

スピーカーから若い女性の声が響いてくる。

 

「アインス、悪い報せがある」

 

クルーガーのこの一言にスピーカーの向こうにいる女性、アインスが静かに傾注しているのが分かった。

アインスはとある組織の受付嬢であり、その組織のナンバー2だ。これまでその組織に仕事を依頼するときは必ず彼女を通している。

ヘンブリー・ステインの怪しげな動きも、彼女が属する組織が独自に入手したものだ。

些か値は張るが、確実な仕事をこなしてくれる。こういった時頼りになる存在だ。

 

「例のヘンブリー・ステインだが、こちらで確保した。急遽本部に連行し尋問も出来た。情報通り、ヤツは大量の武器を運搬していた。内訳はRPGやジャベリン、ミニガンといった重火器だ。その取引場所も判明した。R20地区のスラム街にある教会だ」

 

『お役に立てたようで何よりです。しかし、それのどこが悪い報せなのでしょうか』

 

「ステインの商品の中にドールズジャマーが混じっていた。それも、公的機関に卸される物を改造したものだ。こちらで解析してみたところ、30メートル以内にいる人形は例外なく電脳が焼き切れ、50メートル以内でも行動不能に陥る。妨害電波が強すぎる故、周囲の電子機器にも影響を与える程の出力だ」

 

アインスが端末の向こうで息をのんだのが分かった。事前にヘンブリーが身の程を弁えないほどの大量の武器を取り扱っていることは知っていても、まさかドールズジャマーなどという代物まで出てくるとは思わなかったのだろう。

クルーガーは更に続ける。

 

「ステインを尋問した男と、その指揮下にいる特殊部隊には既にR20地区へと派遣した。が、まだ事態が起きていないだけに部隊も思い切った動きは出来ないだろう。────そこで頼みがある」

 

アインスは何も言わない。おそらくクルーガーの発言、一語一句に至るまで全て理解しようと集中しているのだろう。

 

────正直な所、クルーガーはこれから実行する事にまだ抵抗を覚えていた。

 

ブリッツが表であれば、"あの男"は裏だ。似て非なるもの。相反するものだ。決して交わる事の無い一線を彼らは引いている。

 

もしも、彼らの線が間違った形で触れてしまえば、文字通り一触即発。どちらかが消えるか、またはどちらも消える。そこまでやる。

 

だがもし正しく触れる事が出来れば、それは強大な力となって事態の収束に動いてくる。

 

これは賭けだ。それも分の悪い賭け。

しかしリスク無くして成功は無い。彼らならやってくれる。

 

「あの男に。"レイ"にR20地区へ向かうよう伝えてくれ。これは私からの依頼だ」

 

だから告げた。静かに、厳かに。覚悟をもってクルーガーはアインスに告げた。

 

──────────────────

────────────

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───

 

 

R20地区は、偏りのある地方都市だ。

 

居住区は背の高いビルが軒を連ね、毛細血管のように縦横無尽に張り巡らされた道路は広く、アスファルトには目立ったヒビ割れ一つ見受けられず、整備がよく行き届いているのがわかる。

 

メインストリートには人や自律人形が行き交い、皆洒落た服装を身に纏って軽い足取りでウィンドウショッピングやゲームセンターといった娯楽に興じている。正に平和日常を絵に書いたような光景だ。

仮になにか起これば各所に点在しているグリフィンの治安維持部隊が詰めている駐在所から戦術人形が派遣され、事態を速やかに鎮圧する。

 

これだけ見れば、R20地区居住区はとても発展した都市のようにも見えるだろう。

 

が、実際は違う。

 

発展した都市から一歩外に出れば、そこにあるのはで膨大な数の廃墟と瓦礫の山である。

昔、大きな火災が起きた。出火の原因はわかっていない。「子供の悪戯が大惨事になった」とか「放火魔が偶然同時多発的に火を着けた」とか、果ては「テロリストが己の要求のために居住区を燃やした」とまで、様々な憶測が飛び交ったが、真相は未だにわかっていない。しかし、それによってR20地区の居住区だった場所の大半が燃えて灰となったことは現実として起きた。

 

当時の行政を担当していたグリフィン職員は、応急的に比較的被害の少ない地域から復興を始めた。いずれは地区全体を復興させるための足掛かりとして。

 

だが数年後。居住区全体の復興は進まず、一番始めに着手した地域だけが着々と発展していき、今の姿となった。

 

今では燃え残った建築物などが倒壊する危険性があるため、この災害地域は立ち入りを禁止されている。

しかしそれも形だけであり、実際には表社会にはいられないならず者たちの隠れ家や、怪しげな取引を行う場所。金銭面といった諸事情で復興した都市から追い出された者。

果ては救いを求めるものたちが集まって出来上がった宗教団体が祈祷を捧げる場と化しており、事実上グリフィンによる行政の管理が行き届いていない無法地帯だ。

 

さながらR20地区の様相は、貧困層のスラムとそれに蓋をするように誂えた富裕層が暮らす都市の構造そのものであった。

 

────とはいえ、その事にわざわざ口を出すようなことをブリッツはしなかった。

 

日が沈み、空が夕焼けに染まるころ。

ヘリの中。地区上空を飛行中に見えた、このR20地区という都市の構造。立派なビルが立ち並ぶ煌びやかな街と、それに隣接する瓦礫の街。しかしこれは今でもどこかしこで見られる光景だ。珍しいものでもない。

第三次大戦が停戦してからもう11年経った。だが今現在となっても復興は思うように進まず、人類の大半は貧困に喘いでいる。戦災の傷痕は未だ癒えてはいない。

この地区はその貧困層と富裕層の分け隔てが顕著なだけだ。

むしろ、上層都市を追い出され貧困層のスラムに押し込まれた人々による、鬱憤を晴らすかのような暴動や小規模な戦闘が無いだけ、この地区は比較的平和とも言える。他所の地区では、それで毎日グリフィンの治安維持部隊が暴動の鎮圧に追われているのだから。

もしくは、暴動を起こすだけの気力も湧かないほどに困窮しているのかもしれない。

 

だとするならば、何故このR20地区で大規模な武器取引を行おうとしていたのか。

誰が何の目的で。武装蜂起を起こそうとしているのは分かる。だが何の目的で。どんな理由で。仮にグリフィンを攻撃する、という名目にしてもだ。確かにこの地区のスラムに押し込まれた人々はグリフィンという存在を恨んでいるかもしれない。だが彼らにあれほどの武器を大量購入できる程の資金はない。更に言えば、どれほど強力な火器を有していようとも、使う側が素人では宝の持ち腐れだ。「武器を使う」と「武器で戦う」は似ているようで全く違う。

軍やPMCの兵士が訓練するのは、武器で戦う為であって、武器を使うだけなら高度な訓練など必要ない。

 

金も技術も無く、恨み辛みだけでグリフィンと戦う烏合の衆。ハッキリ言って、無謀も良いところだ。

 

それに気になることはまだある。ヘンブリーが言っていた謎の女のことだ。

この女の目的も気になる。どうしてヘンブリーのような小物にあれほど大量の武器を注文したのか。その理由も、目的も。わからないことが多すぎる。

 

「────いや、気にしなくてもいいか」

 

ここまで来て、ブリッツは脳内で広げていた想像や仮定を全て放棄した。わからないことを考えていても仕方ない。理由も目的もわからないが、グリフィンの管轄地区で武装蜂起が勃発しそうな事は確かだ。それを事前に防ぎ、蜂起のメンバーを確保、もしくは排除し、裏で糸を引いている黒幕を引きずり出して、これまた確保。もしくは排除する。それがブリッツに与えられた任務だ。

そういったものは本部の諜報部に任せよう。入手した情報を順次諜報部に渡していけば、自ずと理由と目的がわかる。

 

「何か言った?」

 

ぽつりと呟いた一言が聞こえたのか、隣に座るライトがブリッツの顔を覗き込みながらそう声をかけた。

俯き気味であった顔を上げてヘリの機内を見渡せば、乗り合わせた第一部隊。FAL、RFB、Vector、一〇〇式、WA2000がみなブリッツを心配そうに見ていた。

 

例のR12地区奪還から約二ヶ月。重傷を負ったブリッツが退院してから約一ヶ月。常人とは比較にならない速度で治療を終えて退院したブリッツであったが、まだ職場復帰してからひと月程度にしか経っていない。

もしやまだ傷が癒えていないのではと、そう人形たちが心配してしまうのも無理からぬことであった。

 

そんな心配を払拭させるように、ブリッツは微笑んで見せる。

 

「何でもない。大丈夫だ」

 

『あー、乗員に告ぐ。ばあちゃんちに着いたぞ』

 

無線越しにヘリパイロットであるスレイプニルから軽口に告げられた機内アナウンスに、キャビンにいる全員が表情を引き締めた。

 

ばあちゃんちこと、R20地区基地。スレイプニルは無線で基地へ着陸のリクエストを送り、基地側もそのリクエストに応えて誘導する。

 

やがてヘリは誘導された通りに基地の敷地内にいくつか設けられたヘリパッドへと着陸する。司令部のある建物から少し離れた場所だ。

着地の衝撃をほとんど感じなかったあたり、スレイプニルのヘリパイロットとしての技量のほどが窺える。

 

『俺は待ってればいいのか?』

 

「ああ、燃料の補給を忘れるなよ」

 

『了解ブラザー。待ってるよ』

 

「よし、全員降りろ」

 

キャビンドアを開いて地上へと降りる。そこに、ヘリパッドの近くに待機していた一帯の人形が駆け寄ってきた。

由緒ある赤いイギリス軍の制服、レッドコートを纏った長身の人形が、ブリッツの前に立つと敬礼してみせた。

 

「お待ちしておりました。R20地区基地の副官を務めております、リー・エンフィールドNo.4 Mk1です」

 

リー・エンフィールドの敬礼にブリッツとその後ろの人形たちも答礼する。

 

「S10地区司令基地、多目的戦闘群特別現場指揮官のブリッツだ。出迎えに感謝する。ここの指揮官のもとに案内をしてもらいたい」

 

「もちろんです。こちらへ」

 

「了解した。お前たちはヘリから装備品を下ろして準備していてくれ」

 

リー。エンフィールドの先導で、ブリッツはその後ろを歩く。

 

基地内部は穏やかな。嫌な言い方にすれば緊張感のない空気に満ちていた。所属している戦術人形はもちろん、人間のスタッフまでも。寧ろ、多目的戦闘群というバリバリの戦闘部隊を率いるブリッツの存在が浮いているようにすら思えた。

 

R20地区は今となっては内地だ。前線からは離れている。なのでこうした弛緩した空気になってしまうのは無理もないのだが、クルーガーからここの指揮官に武装蜂起の可能性アリと話は行っているハズなのにこの緩みようは、ブリッツにはどうにも理解ができない事であった。

 

「流石、噂通りですね」

 

不意にリー・エンフィールドがそう声をかけた。表情が窺えないのでわからないが、その声色には若干だが嬉色が混じっているように聞こえた。

 

「足の運びだけでもわかります。貴方が現場指揮官として戦場に出向いているというのは、どうやら本当のようですね」

 

「後ろでふんぞり返る気概が無いだけだ」

 

「ご謙遜を」

 

クスクスと淑女然とした小さく気品のある笑い声をあげる。

どうやら、ブリッツの現場指揮官という役職に対しマイナスのイメージを持ってはいないようである。

大体の人形は指揮官が戦場にいるということに否定的な反応を示す。

 

リー・エンフィールドNo.4 Mk1という人形は名誉と規律を重んじる古風な軍人という性格であると言われている。

その性格からして、自ら前線に立つというスタンスは相容れられぬと思っていたが。

 

ありがたいことだ。この基地の副官がこちらに対し良い印象を抱いている。思っていたより動きやすくなるかもしれない。

 

「場合によっては、君たちの力を借りるかもしれない」

 

「もちろん協力させていただきますよ。この街の平和を護ることが、我々の使命ですから」

 

「・・・そうか。よろしく頼む」

 

きっと、彼女が言う「この街」の中には、あのスラム街は入っていないのだろうなと、ブリッツは内心でポツリと溢すに留め、声にすることをやめた。

 

やがてリー・エンフィールドの案内によって、ブリッツはとうとうこの基地の司令室へと辿り着いた。

 

入室前に改めて身形を整え、リー・エンフィールドに合図する。

 

「指揮官。S10地区よりブリッツ指揮官がいらっしゃいました」

 

『入ってくれ』

 

ロックが外れ、ドアが開く。リー・エンフィールドに促され、ブリッツは司令室へと入った。

 

司令室に入った瞬間。ブリッツは表情にこそ出さなかったが、仄かに室内に漂う独特な匂いを嗅ぎとった。幾重にも折り重なって蓄積され、しかし時間経過と消臭剤によって薄まった強いハーブのような匂い。正規軍時代、高級将校の部屋にもこのような匂いが漂っていた。

 

これは葉巻だ。それも、模造品や紛い物などではない、本物の葉巻タバコの匂いだ。

 

このご時世に葉巻やタバコといった嗜好品を味わえる人間は少ない。それこそ、このR20地区で言えば富裕層が暮らす上層都市の住民でもなければ。

 

そんな思考が過るが今は捨て置く。

流れるようにブリッツは敬礼する。

 

「はじめまして。S10地区より参りましたブリッツです。クルーガー社長の命令で、この地区の調査を行わせていただきます」

 

そんな葉巻の匂いが残る司令室の中にて。その中心には人の良さそうな穏和な笑みを浮かべる人間が一人。グリフィンの赤い制服に身を包んだ、メガネをかけた痩せ形の男が出迎えてくれた。年齢はブリッツと同じか、少し下だろうか。若い男だ。

 

「はじめまして。R20地区を管轄しているハロルド・フォスターだ。社長からは、特殊任務だと聞いている」

 

穏やかな口調で自己紹介をしてくれたハロルド。しかし事前に得た情報から、ブリッツは彼に対し友好的にはなれそうになかった。

 

ハロルドは元々富裕層の人間であり、両親がグリフィンに対して資金援助を行っているスポンサーだ。

スポンサーの息がかかったものがグリフィンの指揮官として就任する、ということ自体はそれほど珍しいことではない。何せ職員は十分であっても指揮官としての適性のあるものは少ない。深刻な人手不足だ。補えるのならむしろ願ったり叶ったりだろう。

 

問題なのは、その指揮官として就任した後だ。指揮官という役職がついていても、着任先は前線ではなく平和な内地。スポンサーからの圧力もあって、結局は前線指揮官の人手不足は解消されない。

おまけに、内地に就任した指揮官はまるでメダルでも集めているかのように戦術人形を製造し、取り揃えるが、そのいずれもが練度不足の傾向が強い。訓練自体はしているのだろうがそれも形だけの場合もある。結果として戦術人形でありながら実戦を知らない人形が多い。

 

おまけに、司令室内をそれとなくグルリと見渡し、これまたそれとなくハロルドの身形を観察すれば。デスクやイスといったワークスペースに、応接用のソファー。他には絵画や置時計。ハロルドの履いている革靴も全てが高級品だ。制服の袖からチラリと覗かせる腕時計に至っては、とある有名な高級ブランドのもので、数万ドル相当する。

 

調度品といい葉巻といい、グリフィンだけの給料で買い揃えるにはどうやっても金が足りない。パパからの小遣いだとしても度が過ぎる。

おそらくは、あの異様に発展した上層都市から()()()()()()()を吸い取っているのだろう。強かなものだといっそ感心する。それであのスラム街が出来上がったとしたらそれも無くなるが。

 

(まあ、俺には関係ないことだ)

 

今回のブリッツの任務は武装蜂起の事実確認と、事実であるならばそれの阻止であり、R20地区の行政に首を突っ込むことではない。

 

「短い期間ではありますが、支援のほどをよろしくお願いします」

 

「こちらこそ。移動用のジープを用意してある。任務の成功を祈っているよ」

 

「感謝します」

 

互いに今一度敬礼し、ブリッツは踵を返し司令室を後にする。

────その後ろ姿を、ハロルドは忌まわしげに見送った。

 

外で待機していたリー・エンフィールドとすれ違う形で通路へと出たブリッツは、ヘリパッドから来た道を戻って行く。

一度は通った道だ。間違えようもなくブリッツはヘリパッドに辿り着く。

 

ヘリパッドには各種装備品に武器弾薬が詰め込まれた頑丈な多様なハードケースが一纏めにされている。

第一部隊の面々はそこから自分の装備を取り出し身に付けて、準備を終えていた。

 

それを横目に、短い金髪の若い白人男性。コールサイン"スレイプニル"が、ブリッツらが乗って来たヘリの窓を満面の笑みを持って磨いていた。

まるで新しいオモチャを貰った子供のようだなと、ブリッツはスレイプニルの姿を見て思った。

 

SH-97C テンペスト。

メインローターが二枚一組の同軸反転式ローターを採用した、兵員輸送と火力支援が可能な攻撃ヘリだ。ありとあらゆる地区に即座に投入可能である多目的戦闘群が、文字通りにすぐ現場に駆け付けられるよう考慮した結果が、この機体だ。

 

従来のヘリで使われていた、メインローターがシングルローターであった事で生じる二つの問題。一つは姿勢制御。

 

エンジンの動力をローターに伝えることで生じるトルクが機体にかかる事で、ヘリはクルクルと回転運動を始めてしまう。それを防ぐためにテールローターの存在が必要だった。よく映画で、テールローターを破壊された機体がクルクルと回りながら墜落してしまう光景を見るだろう。それだけテールローターはヘリの姿勢制御には必要不可欠なのだ。

だがこのテンペスト。二重反転ローターを採用したことでトルクが発生しない。つまりテールローター無しでも安定した姿勢制御が可能なのだ。

更に高速飛行時では、シングルローターはある速度域から揚力を発生出来なくなるため、失速してしまう。これがヘリの抱えていた問題点その二。

だがこのデュアルローターなら高速飛行時でも揚力を維持したまま飛行を続けられる。更にテールローターも姿勢制御ではなく可変ピッチ型の推進用プロペラとして利用できる為、時速200キロ後半しか出せない従来のヘリコプターとは比較になら無い最高速度450キロを達成している。

 

そんな機体の窓を磨きに磨き上げ、次第にうっとりとした弛みきった表情になっていくスレイプニル。彼は搭乗していた部隊員が関わらないようにそっと距離を取っていることに気付かない様子だ。

 

一つ、ブリッツは小さくため息を溢してから、わざとらしく咳払いをして隊員らに意識を向けさせる。

 

隊員たちは直ちに整列。スレイプニルは相変わらずだが今は捨て置く。

 

「予定通りだ。これより行動を開始する」

 

ブリッツが厳かに告げる。人形たちは引き締まった表情でただ静かに頷いた。

 

S10基地で装備品、機材、各弾種を準備している後続の第2、第4、第5部隊より先んじてブリッツとライトを含めた第1部隊がスラム街に潜入。件の教会を調査する。

 

現状、ブリッツらが握っている情報は「グリフィンの監視が届かない地域の教会に大量の武器兵器が運ばれようとしていた」というものだけだ。

誰に渡そうとしていたのか。その手がかりが今のところ、この教会にしかない。おまけに、あれだけ大量の武器兵器が持ち運ばれようとしていたにも関わらず、グリフィンは「まだ事態が起きていない」からと本格的な部隊導入を良しとしてはくれなかった。

クルーガーにも交渉してはみたが、会社としてもあまり派手な動きがこれ以上は出来ないという。曲がりなりにもグリフィンの管轄地域で不穏な動きが起きているというのに。

軍がPMCに定めた交戦規定(ROE)やら条約やらが邪魔をして、思うように動けないという。

この騒動が鉄血によるものであったのならば、交戦規定や条約に縛られずに思いきった部隊の投入を敢行出来たというのに。

 

そしてその影響はブリッツたちの装備にも表れていた。

作戦行動の制限と、それに伴う装備。

 

先の通り、まだ事態が起きていない故に大部隊での作戦行動は許されていない。いたずらに住民を刺激し不安を与えないようにという本部の尤もらしい判断だ。

おまけに、攻撃を受けるまでは一切の交戦を許可されていない。明らかに敵だとわかる存在に先制攻撃の許可を貰えないという制限。

更に、敵が鉄血ではなく人間である可能性が極めて高い事から、使用許可の下りた弾薬もAPHEやタングステン弾といった強力な物ではなく、グリフィンで標準的に広く使われている鋼芯鉄鋼弾であるI.O.P社製M61徹甲弾だ。

 

弾薬に関してはこれでもかなりマシな方だ。当初はただのフルメタルジャケット弾しか許可がされていなかったのだから。

昨今のボディアーマーの普及は目を見張るものがあり、それだけに性能向上も目覚ましい。軽量でありながらNIJ規格タイプⅢと同等以上の防弾性能を持つアーマーも、非合法武装勢力に広まっている。

タイプⅢだと、約15メートルの距離から放たれる7.62mmFMJ弾6発を完全に止める事が出来る性能だ。

 

ヘンブリーから押収したボディアーマーも、このタイプⅢレベルの物が揃えてあった。あれだけ大きな取引を行える存在だ。既に武器を使う者たちに渡っている可能性は十分ある。

クルーガー以外の本部の人間はそう思っていないようだが。取引は阻止したのだから敵に武器は渡っていないと決め付けている。やはり現場を知らない役員は役に立たないなとブリッツは内心愚痴た。

こうなると寧ろ敵と交戦した方が後々こちらの言い分を通しやすくなるのではないだろうか。

 

閑話休題。ともかくとして、ブリッツも準備に入る。

 

着ていたグリフィン制式の赤いコートを脱ぎ、半袖のコンバットシャツの上に16LAB謹製の防弾戦闘服を着込んでいき、その上にタクティカルベストを着用。マグポーチに予備弾倉を次々収納していく。

 

両足にレッグホルスターを装着し、それぞれに40連弾倉を装填されたMP7A1を収める。

腰にはコンペイセイター仕様のMk23ソーコムとブルートのナイフ。破片手榴弾を3つぶら下げる。

 

最後に、ハードケースに収めていた愛用のHK417を取り出し、30連装拡張弾倉を機関部に叩きこんだ。

 

しかしこのHK417。これまでとは些か意匠が異なっていた。

 

機関部上部にはホロサイトと3倍率ブースターのセット。アンダーバレルにはバーティカルフォアグリップと、ここまではいつも通りだ。

 

グリップがこれまでのピストルグリップだったのが、中指と薬指の間に小さく山。所謂フィンガーグルーブが施されている。

ストックもこれまでの拡張式だったものが、調整機能が完全にオミットされた固定式に変更されている。並行してリコイルバッファーも強化。弾倉挿入部はより広く装填しやすいよう改良した。

 

ブリッツの要望をほぼそのままに、カフェ&バー ピットの武器商人兼銃器職人が仕上げてくれた極上品である。

 

改めてブリッツは417を持って構えてみる。

ある程度調整できる拡張式から潔く完全に固定されたストックと、フィンガーグルーブが施されたグリップ。それにこれまで使っていたバーティカルフォアグリップが合わさって、ただ構えただけで安心感が段違いに上がった。

実に体に馴染む。これまではある程度銃に体を合わせていたが、今では銃が体に合わせてくれるようだった。一体感が出てきたおかげか、実際の重量よりも軽く感じる。

 

これならば精確なフルオート射撃を敢行できそうではあるが、やはり実際に撃ってみない事にはわからない。

 

構えを解き、一度深呼吸を入れる。それから改めて、ブリッツは部隊員と向き合った。

 

「待たせたな。よし、全員出撃だ」

 

『Copy that.』

 

部隊全員、R20基地が用意してくれたジープに乗車。正面ゲートより目的地であるスラム街へと向かい、進みだした。

 

 

 





というわけで、遅ればせながら今章は「裏稼業とカカシさん(https://syosetu.org/novel/194706/)」とのコラボ回となっております。
優秀で可愛いスケアクロウさんや個性豊かな鉄血勢がたくさん見れるから皆読んで。
ただこの作品ハンターさんが出てこないんだよ。出して(懇願)

あと感想ほしい。こっちにもあっちにも感想を書こう!



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OPERATION "Two-up" Ⅳ

こっちも読もう!
https://syosetu.org/novel/194706/97.html



富裕層が暮らす居住区と貧困層の住民たちが押し込められたスラム街。この二つを明確に隔てる壁がある。

壁といっても、ごくごくありふれた金網に乗り越え防止に有刺鉄線を設けたものだ。

名目上は「火災によって建築物が脆くなり、崩落の恐れがあるため住民が侵入出来ないようにしている」とされているが、その有刺鉄線がついた返しがスラム街の方へと傾いている辺り、この名目が当てはまらないことは明白であった。

 

一応グリフィンも見回りの為にフェンスの一部に居住区とスラム街を行き来するためのゲートが幾つか設けられている。

ゲートにはグリフィン所属の人形が武装した状態で24時間態勢で常駐し、予め許可された者以外居住区からスラム街に。またはスラム街から居住区への進入は出来ないようになっており、もしも強行突破を敢行しようものなら現場判断で攻撃する許可が与えられている。

 

ブリッツたちも、このゲートを通ってスラム街へと入る。

通行許可証と顔認証によるセキュリティを抜けて、ブリッツが運転するジープはゆっくりとスラム街を進んでいく。

 

「まるで国境ね。居住区(アッチ)スラム(コッチ)で別の国みたい」

 

ジープの後部座席。ドアに肘をかけて窓の外を眺め徐々に遠ざかるゲートを見ながら、FALがそう吐き捨てるように呟いた。

それは言わないだけで車内にいた誰もが感じていたことだった。

スラム街に入った瞬間に雰囲気がガラリと一変した。先程まであった華やかさ、煌びやかさは消え失せ、あるのは正しく荒廃した風景。

道に沿う形で連立していたであろう建築物は殆どが焼失している。わずかに焼け残った家屋は一部の壁や炭と化した骨組みがあるだけで、断片的にそれが家であったと辛うじて認識出来る。

この光景を見るだけで、かつての大火事の規模が窺える。

 

「別の国さ。ここはR20であってもうR20ではないんだ。少なくとも、あの基地の指揮官はそう思ってるだろう」

 

ジープのハンドルを握るブリッツが、苦々しくも吐き捨てた。

かつての大戦。ブリッツも参加した第三次大戦で戦火を被った国や街は、このスラム街と同じように荒廃していた。

否が応でも思い出してしまう。血と硝煙に塗れ、多大な苦痛を抱えて戦ったあの少年兵時代を。

同時に、戦禍を被り政府からも半ば見放された地方都市の復興を買って出たグリフィンが、このような惨状を見て見ぬフリをして放棄している事実が許せず、ブリッツの心中にはドス黒く不愉快な感情が渦巻いている。

 

しかし今は任務中。そういった個人の感情やしがらみは関係ない。やるべき事を最優先にやる。余計な感情を一度リセットして任務に集中する。

 

スマートグラスに、ナビゲーターが予め入手していた地図データを基にルートが表示されている。大火事が起きる前のデータだ。

このデータが正しければ地区の一番外側に近い場所に、ヘンブリー・ステインが言っていた教会がある。車なら、あと10分もかからない場所だ。

 

「全員、今の内に装備(ギア)をチェックしろ。いきなり"お仕事"が始まってもおかしくないぞ」

 

ブリッツに言われるやいなや、全員が持っている半身やサイドアームのチェックを始める。装填済みのマガジンを一度抜いて残弾を確認。ボルトを引いて薬室に弾丸が入っているか、各部の動作に問題はないか、手早く確認していく。

出発前にも確認はしたが、こうして再度確認した方が万が一がなくなる上に、この確認のルーティーンでメンタルを整えコンセントレーションを高めることが出来る。この一連の流れはスティグマで銃と繋がっている戦術人形にはあまり必要のないものだが、ブリッツがやっているのをライトが真似し、それを他の人形が真似をしだした事が発端である。

 

そうこうしている内に、ジープは教会に到着した。

 

そこは一見すれば大きな建造物であることが窺えるが、とても教会には見えなかった。というのも、焼け残った基礎と外壁のレンガだけを残し、天井は無くなって吹き抜けになっている。かつては大きな扉が構えてあったであろう場所も、いまはただのアーチ型の穴と化している。

 

『到着しました』

 

ジープが停車するのと同時に人形たちは車内から身を屈めて飛び出し素早く陣形を取り周囲を警戒する。

一方で、ブリッツはフロントガラス越しに周囲を見渡す。

 

どうにも首の後ろがチクチクチリチリと、何かしらの刺激を感じる。

これまでの経験上、こういう時は大体決まっている。

 

()()()()()()()()()

しかし周囲には人影はない。アンブッシュか。しかし何のため。もし待ち伏せなら、ジープが止まる前に仕掛けるのが定石だ。地雷なり対戦車ミサイルなり狙撃なり、いかようにも手段がある。しかし、部隊員である人形たちは既に降車。陣形を取りいつでも応戦できる態勢に入っている。奇襲による先手というアドバンテージを放棄してまで見に徹する理由とはなにか。

 

「・・・気のせいか?」

 

未だ収まらぬ首の刺激を怪訝に思いながらも、ブリッツは一旦そう判断した。先までの不愉快な感情の残滓がまだ残っていて、それが誤作動のように働いたのかもしれない。

 

ホルスターに収めたMP7のチャージングハンドルを引いて初弾を装填し再度ホルスターへ収め、ジープから降りた。

 

「ブリッツ」

 

ライトに呼ばれ、彼女が持っていたHK417を手渡される。運転中は流石に小銃(長物)を抱えるわけにはいかないので預けていた。

受け取り、チャージングハンドルを引く。同時に、先に降りていた人形たちは素早く整列し、ブリッツに視線を向ける。

 

全員が完全に兵士のスイッチが入っている状態だ。

それを確認し、ブリッツは口を開く。

 

We all set? (準備はいいか?)Let's go to work.(仕事にかかろう)

 

Roger that.(了解)

 

頼れる部下から景気の良い返事が聞こえた所で、ブリッツは改めて周囲を見渡した。

未だに首の後ろが気になる。周りにあるのはボロボロに朽ち果てた廃墟に瓦礫の山ばかりだ。スマートグラスのマグネティックで一度見てみたが、やはり何の反応もない。

 

気にしすぎかもしれないが、警戒しない理由は無い。

 

「ワルサー、一〇〇式。二人は教会周辺をクリアリング。FALとRFBは車で待機、見張っててくれ。ライト、Vectorは俺と来い」

 

「ええ~待機なのぉ?」

 

皆が了解と声を上げる中、RFBは分かりやすく不満そうに溢した。

それをFALは「ほら、言うこと聞く」と有無を言わさず肩に手を置いた。抑えてる、というほどではないが動きにくいのだろう。頬を膨らませて口を尖らせるが、それ以上の事をする気は無いようだ。

それを横目にWA2000と一〇〇式はさっさとクリアリングを始める。

 

それぞれが行動を始めたのを確認し、ブリッツはバックパックからいつものお手製パイプ爆弾を一つ取りだし起動。教会近くで朽ち果て放棄された廃車に向かって投擲した。パイプ爆弾は二度三度バウンドした後に車の下へと潜り込むようにして止まった。狙い通りに設置出来た事を見届けて、改めてブリッツは417を持ち直してライトとVectorへと向き直る。

 

視線と仕草で着いてくるよう伝え、ブリッツを先頭にVector、ライトの順に教会内部へと進入した。

 

教会内部は外観同様に荒れ果てている。燃え残り焦げ付いて煤だらけの基礎と外壁。天井は見事に吹き抜けとなっており、まともな光源のない現状なら、もうじき満点の星空が拝めるであろう。

その一部なのか、内壁に寄せるようにしてほぼほぼ炭となった木材が山となっている。

 

その中で、この場に馴染まない相容れないものがある。

 

中央に横2列縦4列に整然と並べられた幾何学模様が描かれた絨毯。それを囲うように置かれた複数の蝋台。

明らかに例の火事以降に置かれたもので有ることが窺える。一種の異質さすら覚えるほどにこの二つはこの場の雰囲気から浮いている。

 

そして何より異質だったのは、おそらく教壇が置かれていたであろう場所に掲げられている、煤けた十字架。そこに磔にされた人形(ヒトガタ)の死体だ。

どれもこれもがごく最近まで人がいた形跡が見受けられるものばかりだ。それも一人二人ではない。少なく見積もっても10人以上がここに来ている。

 

「皆で仲良く天体観測、って場所では無いみたい」

 

「勿体無いね。肩の凝らないシャレた空間なのに」

 

ライトとVectorの軽口にブリッツは二人に聞こえないよう小さくため息をついた。

 

「見たところ何かしらの宗教かな。お祈りの場として使ってたのかしら」

 

整然と並んだ幾何学的模様の絨毯を眺めながらライトが告げる。

絨毯と蝋台を並ばせて、十字架に死体を磔にして御神体とする。宗教という体裁は取れているように見える。ブリッツ自身、宗教には詳しくないためこれが正しい在り方なのかは断言出来ないが、やはりどうにも異様に思える。

 

「教会だからな。教徒でもいるんだろう。・・・さて」

 

いよいよをもって、この空間で一番目立つ十字架に磔にされた死体に目を向ける。これが今一番の手がかりだ。

 

十字架の高さは約4メートル。そこに括り付けられた遺体の有り様は凄惨の一言に尽きた。

全身が歪に変形しているのだ。まるでフィギュアを強く握り潰したかのような様相だ。外からの圧力に押されて"中身"が押し出されている。

 

「・・・ん?」

 

磔にされた遺体を見たブリッツが疑念の声を漏らす。

抱いたのは違和感。人間が潰されたにしては()()()()()

 

スマートグラスのナイトビジョンと望遠機能を駆使して改めて遺体をフォーカスして観察する。

そして気付いた。

 

これは自律人形だ。

それも、おそらくは戦術人形だ。グリフィンの人形かは分からないが。

戦術人形が、原型を留めぬほど強く全身を潰されて殺されている。内部の配線や人工筋肉が破断され、頑強なフレームが歪み表皮を突き破って外側に露出してしまう程の強さで。

 

異様だ。少なくとも人間業ではないし、例え人形でも同じことが出来るとは思えない。

 

そもそも何故戦術人形の遺骸をご神体よろしく十字架に磔にしているのか。尤も、こんな所で宗教をしているような連中だ。()()()()()と言われてしまえばそれで終わる話ではあるのだが。

 

それはそれとして気になる物だ。どうにかしてあの人形の遺骸を降ろしてログを調べたい。もしかしたらこの教会を利用しているであろう人間たちの事がわかるかもしれない。

戦術人形には、ありとあらゆる行動を記録する為の大容量データストレージ、ホログラフィックメモリーが内蔵されている。戦術人形の戦闘効率を上げるアイテムである作戦報告書も、このホログラフィックメモリーの技術が使われている。

衝撃によるデータの損失にも強いホログラフィックメモリーなら、ここまで素体が破壊されたとしてもデータ自体は生きている可能性は十分高い。

 

データの解析。可能ならばこの教会についての情報が得られれば幸いだ。

 

十字架を見上げた流れで、何の気なしに頭上に広がる夜空を見る。と、ブリッツの双眸が細く鋭くなる。

何かが浮いている。スマートグラスの望遠機能を使って拡大していく。 ドローンのようだが、どうも一般的な見た目と違う。

 

『あーブリッツ。ちょっと問題発生』

 

突如、無線機にジープで待機していたFALから通信が飛び込んできた。

問題発生、という割にはその口調に緊張は感じられない。

 

「FAL、どうした」

 

『後ろ見て』

 

「・・・ブリッツ」

 

FAL促され、次いでライトに低い声色で呼び掛けられ、ブリッツは振り返る。

 

そこには、頭頂部が尖った白の目出し帽に肩から足元まで全身を覆う白布で覆い、AK-74Mを持った見るからに怪しい集団が、外で待機していたFALとRFBの背面に銃を突き付けながら現れるという困惑必至の光景があった。

教会、絨毯、蝋台、十字架、白装束。正しく宗教らしいスピリチュアルな空間が出来上がり、ブリッツはうんざりといった具合に深く息をついた。

 

白装束の集団、その数20名余り。それら全員が例外無くAK-74Mを持っており、ドタドタと足音を立てながらブリッツたちを包囲していく。その途中、地面に躓いている者も何人かいた。移動が終われば直ちに銃を構える。が、それもどこか硬い。肩やら背中やら腕やら。全身が緊張状態であることが白装束越しにもわかってしまう。

確信する。この白装束集団は全員が戦闘の素人だ。

とはいえ数は圧倒的に不利。何かの拍子に一斉射撃でもされればたちまち蜂の巣だ。FALもRFBも半身である銃を没収され逆に背中に突き付けられ、今は頭の後ろに手を組んでいる状態だ。

「だから待機はイヤだったんだよぉ」とRFBは不服そうに唇を尖らせている。

 

「貴様ら、グリフィンだな?ここは我らが神へ祈りを捧げる場、神聖な場所だ。貴様らが気安く足を踏み入れていい場所ではない。ただちに出ていけ」

 

白装束の集団中央から一人、銃を構えながら前に出る男が厳かに告げる。どうやらこの集団の中では一番まともな戦闘要員のようだ。構えといい足の運びといい他とは明らかに違う。おそらくはこの集団のリーダー格的存在だ。

 

「さもなくば殺すか?随分と暴力的な宗教団体様だな」

 

そんな男の警告とも脅迫とも取れる台詞を蹴飛ばすようにブリッツは吐き捨てた。

ここで素直に出ていったところで、後ろ弾を頂戴する結末しか見えない。彼らの銃口がそう告げている。

 

「黙れ!利益を独占し、富める者をどんどん富ませ、貧しき者を貧しいままにさせる偽善者どもめ!我らが神の使徒様の命に基づき、貴様らをここで粛清してくれる!」

 

どうやら後ろ弾は無さそうだ。前か後ろかの違いでしかなさそうだが。"神の使徒"という言葉が出た辺りで集団のほとんどが銃を構え直した。

リーダー格の男の台詞といい、集団の反応といい。まるで"神の使徒"とやらに実際に出会ったかのような態度だ。そして何より、傭兵団よろしく統一された銃火器。武装宗教集団というのは存在するし、規模によっては装備も豪華な所もある。だがこのようなこじんまりとした集団で、ここまで装備を統一出来るとなると、バックに支援者がいる。

 

「どうやら、話を聞く必要があるようだ」

 

ぽつりとブリッツは呟いた。白装束の集団には聞こえてはいないが、無線機を通じて各人形には伝達された。

瞬く間に人形たちが纏う空気が更に変わり、何かに備えるように僅かに脱力した。

 

「わかった。降参だ」

 

ハッキリと聞こえるよう言葉を発して、しかし刺激をしないよう徐にブリッツは膝を地につけしゃがみ、左手でHK417を地面にそっと置いた。

その間にも空いた右手は肩よりも高い位置に上げておき、あたかも抵抗の意思は無いように振る舞う。

それに倣って、ライトとVectorも銃口を下げる。

 

「さっきはキツイ言い方をしてすまなかった。穏便に行こうじゃないか」

(違うワルサー、ソイツは残せ。そう、その隣のヤツならいい)

 

声量を使い分け、白装束に対応しながら小声で別途指示を飛ばす。人形からの戦術データリンクによってがスマートグラスにリアルタイムで投影され、()()()()()()()()()()()がよくわかる。

 

光源が遥か頭上から優しく照らす月光しかないのが幸いした。おかげで小声で話す際の口の動きを悟られる事がない。

おまけに相手は目出し帽。どうしたって視界は制限されてしまう。

だから、堂々と指示が出せる。

 

「聞きたい事があるんだが、いいかな。実は、とある密売人がここで商品の取引をするという情報を掴んだんだ。何か心当たりがあれば教えてほしい」

("合図"するまで攻撃するな。ゲート、頼むぞ)

 

両手を肩の位置まで上げながら立ち上がり、ブリッツは自分らを取り囲む白装束たちを見渡す。白布越しにも分かるほど体が強張っている。どうやら銃を持つ事にあまり慣れていないようだ。()()()()()

 

「知るか。その武器密売人が俺たちとなんの関係がある。そもそも貴様らグリフィンに答えてやる義理もない」

 

リーダー格の男がAK-74Mを構え直す。今にもブリッツを撃ち殺そうと引き金を引きかねない雰囲気だ。

 

しかしブリッツは、この状況下でありながらも仄かに口角を吊り上げてほくそ笑んだ。

 

「・・・そうか。ところで、なんでここに来るのが武器の密売人だと知ってるんだ?俺はとある密売人としか言っていないのに」

 

そう指摘した瞬間、白装束の男たちの間に動揺が走ったのをブリッツは目敏く見抜いた。

 

「ゲート、やれ」

 

そして今度は、声を隠さず命じた。

次の瞬間。教会の外で爆発が起きた。先程ブリッツが投げ捨てたパイプ爆弾が作動したのだ。

 

動揺している所に爆発。

爆発というのは、その威力や強い衝撃がイメージとして真っ先に上がるが。それと同等に音も十分に脅威となる。

実戦経験の乏しいアマチュアが、近くで爆発物が爆発した際には簡単にパニックに陥ってしまう。それ故に、安全を確保した上で近距離での爆破を体験し、慣れるよう軍では訓練される。

 

白装束の男たちにとって不幸だったのは、緊張していたことだ。

銃を持つことに慣れていない事による緊張。初めて人に向けて銃口を向ける緊張。初めて人に銃を撃つかもしれない緊張。実戦経験はもちろん、銃器の簡単な取り扱いのみでロクな訓練さえ積めなかった事による緊張。彼らは緊張していた。それも極度に。

想定していなかった爆発は緊張に固まっていた体を更に硬直させ、身を縮み込ませるには十分すぎる威力を発揮してしまった。

 

そして最大の不幸だったのは、今彼らが銃口を向け相手にしているのは実戦経験豊富なキャリア20年の兵士であったことだ。

自分の仕掛けた爆弾にビビってしまうほど、ブリッツは軟弱ではない。

上げていた右手をホルスターに収めたMP7に伸ばす。それと同時に、リーダー格の男の隣に立っていた別の男。その頭部が横殴りにされたように弾かれ、地に伏した。次第に真っ白な布に黒みを帯びた赤がじわりと染み込んでいく。

別行動していたWA2000が事態を察知し、素早くポイントを決めて狙撃したのだ。

 

「エンゲージ」

 

瞬間、ブリッツのMP7が火を吹いた。横凪ぎに高初速で放たれた4.6mmスチール弾が右翼にいる棒立ち同然の白装束たちに襲いかかる。

 

同時に、FALとRFBは自身を拘束していた男に攻勢に入る。

FALは思いきり背後の男の足を踏み抜き文字通りに潰し、サイドアームであるブローニングハイパワーを抜いて頭を撃ち抜いた。

RFBは一度腰を落とし腰に忍ばせたナイフを抜くと身を翻しながら背後の男の鳩尾にナイフを突き立てる。すぐに引き抜いて今度は首に突き刺す。瞬く間に白布が朱に染まる。

 

「これは私のだよ!返せ!」

 

「アナタには似合わないわ」

 

死体と変わり果てた男たちの腕から自身の半身たる銃を取り返し、即座に攻撃再開。

7.62mm弾の重い銃声が吹き抜けの教会に反響し、近くにいた教徒たちに銃弾を浴びせる。

それを掻き消すばかりに8.6mm口径の軽量中機関銃が咆哮を上げ、哀れ直撃した教徒は大きな風穴をこさえ呻き声を上げることもなく息絶える。

 

教徒たちも応戦する。が、いまだパニック状態から抜け出せずにいるためか、その狙いは全く定まらず明後日の方向へと飛んでいくばかり。暗がりでもはっきりと姿が見える近距離だというのに有効弾の一発も当てられない。

 

下手な鉄砲数撃てば当たるとはいうも、それを許すほど彼らはお人好しではない。ラッキーかアンラッキーな一発を貰う前に明確な一発をお見舞いしてそれを防ぐ。

 

一方的な銃撃戦はものの2分で終わり、銃撃による喧騒は鳴りを潜めた。

 

「クリア」

「クリア」

「オールクリア」

 

各人形から上がる報告。その最後を指揮官であるブリッツが締め、人形たちは警戒態勢を解いた。

 

残っているのは赤く染まった白装束の教徒たちと、完全に戦意を失いその場にヘタりこんでいるリーダー格だった男だけだ。

 

別行動していたWA2000と一〇〇式も合流する。

 

「ダメージは?」

 

「損傷無し」とライト

「無いわ」とFAL。

「無いよ~」とRFB。

「無い」とVector。

「当然」とWA2000。

「ありません!」と一〇〇式。

 

「よし、全員無事だな。─────さて」

 

踵を返して振り返り、ブリッツは視線を上に向ける。

その視線の先には、カタカナのヨのようなやや細長で特徴的な形をしたドローンのようなものが浮いている。まるでこちらを監視するように、その場でホバリングしているようだった。

 

「さっきから何見てやがる」

 

MP7の弾倉を交換し、銃口を向ける。

見覚えの無い怪しいドローン。味方であるならば、あんな夜天に紛れるような真似はしなくていい。少なくとも味方ではない。なら敵であろうと同じこと。

幸いMP7の有効射程内だ。撃ち落としてしまおう。

 

そっと引き金を絞っていく。

 

────瞬間、ブリッツの眼前に何かが飛んできた。

反射的に持っていたMP7でテニスや卓球のバックハンドよろしくその何かを弾き飛ばし、打ち上げた。

 

その何か。スタングレネードは空中で炸裂。眼球に突き刺さるかのような強烈な光と耳をつんざく甲高い音を放った。咄嗟に弾き飛ばしたのが功を奏した。強烈な光は直接見ること無く済み、音もヘッドセットのお陰でいくらか軽減された。

 

そこに新たな影が迫ってきた。今度はスタングレネードのような小さいものではない。明らかに、人の影だった。

 

反射的に銃口を向けるが、出遅れた。

射線上に重なるより速く、影が振り上げた棒状の物がMP7のレシーバー前部に命中。鈍い音を立ててMP7ごと右腕が跳ね上がり、ブリッツの体勢が崩れる。

 

(イヤな音がしたな。また壊されたか)

 

これで何度目だ?と現状と若干ズレた感想が降って湧いた。されど五体は無意識下であっても動く。

弾き飛ばされたMP7を手放し空いた左手でMk23を抜いて3発撃つ。影は素早く後退しながら体を捻って回避する。

 

その間にブリッツは後転し崩れた体勢を立て直し即座に追撃。Mk23で銃撃を行いながら影に向かって前進していく。

一方で影も持っている棒状の得物。日本刀(サムライソード)を模したブレードを持って、飛んでくる弾丸を体を捻って躱しつつブリッツに接近していく。

 

やがて弾倉内の弾丸が全て撃ち尽くされMk23のスライドが後退したまま固定、ホールドオープンする。実弾兵器の解消しがたい欠点の一つだ。

その隙を見逃すほど影は優しくも甘くもない。低い体勢のまま素早くブリッツに接近。ブレードを横凪ぎに振るう。その刃の軌道上にはブリッツの首がある。

 

それを、ブリッツは左足を一歩前に踏み込ませMk23を持った左腕で刃を振るう影の左手首辺りを押さえる。こういった長い得物を使う相手への対処法として、注視するべきは武器となるブレードではなくその根本。使用者の手や腕辺りに注視するべきである。刃の切先は恐ろしい速度であり、素手での対処はとても危険が伴うが、柄の部分はそうでもない。恐れず勇気を振り絞り一歩踏み込めば、十分対処可能である。

ブレードの動きを止めてしまえば、それはそのまま隙となる。踏み込んだ勢いを載せてブリッツは右の拳を影の顔面へと向けて振るった。

影は首を傾けて拳を躱し、同時に持っていたブレードを手放した。次に影の右のボディブローがブリッツの左脇腹に命中。ベストと戦闘服越しにも伝わる強い衝撃に思わず少しだけ顔をしかめる。

 

が、ブリッツも負けじと左肘を影の顔面に叩き込む。影が攻撃した直後の反撃だったために予測出来なかったのか思わずたたらを踏んだ。

 

「ブリッツ!」

 

「手を出すなッ!」

 

不安げなライトの声を一蹴。持っていたMk23をホルスターに収め、スマートグラスを外してそのまま地面に落とす。

 

ここで初めて影の全身をまともに見れた。全身が黒の戦闘服に身を包み、目元をバイザーで覆っており、小さく赤い光が見える。おそらくはブリッツのスマートグラスと同じ機能を持った装備品であろう。身長はブリッツと同じくらいだろうか。月の光を煌びやかに反射するような金髪も見える。

 

ブリッツの行動の意味を理解したのか、影も着けていたバイザーを外した。微かにブリッツと同じ青い双眸が見えた。

しかし今はそんな事を気に掛けている時ではない。

 

示し合わせたように二人は向かい合って歩きだし、手の届く距離になった瞬間強く左足を踏み込み右拳を繰り出した。渾身の力を込められたその右ストレートは共に顔面を捉え、大きな打撃音と共に体を大きく仰け反らせた。

その光景に一〇〇式が小さく悲鳴を溢した。

 

このまま倒れてしまってもおかしくない一撃。それをブリッツは何とか堪え、影よりも早く立ち直る。続けざまに右のインローを影の右足に叩き込み姿勢を崩す。

返しの左足で影の右側頭部にミドルキック。それを影は何とかガードするが、崩された姿勢では満足に受け止められずに地面に転がされた。

 

仕留める絶好の機会。逃す手はない。腰のホルスターからナイフを抜いて逆手に握る。後は振りかぶってこの影に振り下ろせばそれで終わる。

 

相手が立ち上がるより先に胸元を掴んで押さえ込み、ナイフを振りかざす。影はその青い双眸を鋭くブリッツに向ける。諦念も恐れも無い。隙あらば逆に食われかねない。

経験上、こういう目をした人間は実に厄介だという事を知っている。

この男は危険だ。兵士としての本能がそう強く告げている。殺せる時に殺しておかないと、逆に殺されかねない。

ここで躊躇う事も恐れをなすような事はブリッツにはなく、間一髪も無くナイフを振り下ろす。

 

─────瞬間、ブリッツの体に衝撃が走り、吹き飛ばされた。地面を転がり、強制的に影から引き剥がされる。

体に残響する鈍い痛み。それが"何かにぶつけられた"事を示している。

 

体勢を立て直し顔を上げて。そして驚いた。

 

ふよふよと、まるで水に浮かぶ木の葉のように。そこだけ重力がないかのように浮いて漂う人影。

ウェーブのかかったロングヘアにガスマスク。モノトーン調のドレス。

若干の差異が見受けられるが、その姿は紛れもなく。見違えようがなく。

 

その新たな影、鉄血工造製戦術人形のハイエンドモデル。型式名SP65 Scarecrowが、ガスマスク越しにも分かるほどに冷たく憎らしげにブリッツを見下ろしていた。

 

 




あーあ、出会っちまったか(ニッコリ)

予期せぬ邂逅。どうなるのか、待て次回


ゲームの方ではようやっとハンターさんを捕獲。とりあえずディスク投入しての星4ランクアップしときました。
ライトさんのハロウィンスキンもゲットしたのでぼく満足


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OPERATION "Two-up" Ⅴ

前回の裏にて
https://syosetu.org/novel/194706/99.html
合わせて読むと面白いゾ


あと関係ないけど愛車の車検出したら修理費込みで40万ほど請求がきました。ジーザス


『首尾は上々だ。計画通り、"パッケージ"をゲストハウスに招き入れた』

 

R20地区基地、その司令室にて。基地の中枢であるこの部屋の主こと指揮官、ハロルド・フォスターは火の着いた葉巻を咥えながら、携帯端末を耳に当てて通話していた。

相手はとあるPMC。このご時世としては少数派になりつつある、人間兵士のみを有する民間軍事会社フレイム・スコーピオンズ社。そのCEOである男、アダム・リドヴィツカヤ。

その彼の報告に、ハロルドは紫煙を吐き出してニヤリとほくそ笑んだ。

 

計画通りだ。彼と彼の部下達は見事にやってのけてくれた。

もっとも、計画が成功するように必要な情報は全て提供してやったのだ。成功してくれなくては困る。

 

グリフィンのスポンサーの息子というポジションを活用して、本部が持っている"パッケージ"のスケジュールを入手。そこから導き出される行動パターンの提示。

"パッケージ"が移動に使用する車両と同型車の手配。このR20地区へ問題なく入場出来、かつ"パッケージ"を留めておくためのゲストハウスの用意。全て誂えてやった。

 

「それは何よりです。こちらも苦労した甲斐があるというもの」

 

『現在は所定の位置に部隊を配置している最中だ。そちらはどうだ』

 

「こちらも予定通りに。今は待機中です。ただ今は招かれざる客を接待中なので、花火を打ち上げるのはもう少々お待ちいただけると幸いです」

 

『・・・感付かれたか?』

 

神妙な声色でアダムが問うが、ハロルドはそれをケラケラと笑い飛ばす。

 

「いえいえ。そんな大した事でもありません。本部で捕らえた武器密売人がこの地区で商売しようとしていたようで、その調査の為の部隊が来ているだけです。こちらの動きを察した様子はありませんし、じきに帰るでしょう。それにいざとなれば、強制的に帰らせることも出来ます」

 

彼はグリフィンに多額の出資をしている資産家の息子だ。彼自身に発言力は無くとも、彼の実家にはある。実家に頼み込み、今ウロチョロしている本部直轄部隊とやらをこの地区から撤退させる事など、造作もない。

 

これで下準備は出来た。

自身の地位をより磐石にし、より利益を得るための準備が。

 

『そうか。またこちらから連絡する。その客とやらが邪魔しないよう、しっかり見張っておいてくれ』

 

「了解しました。では」

 

通話を終わらせる。

ハロルドは自分以外誰もいない葉巻の匂いに満たされた司令室の中で一人、愉悦に表情を歪ませた。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

突然現れた鉄血のハイエンドモデル、スケアクロウ。

何でここに、どんな理由で。という当たり前に思い浮かべる疑問。

 

それをブリッツは全て置き去りにして、膝をついたまま左のレッグホルスターに収めていたもう一丁のMP7を抜きスケアクロウへと向け戦闘態勢へと移行。

同時に、ライトがブリッツの前に滑り込む。彼を護る為に。眼前の敵を討つ為に。

 

スケアクロウは憤怒と憎しみを滲ませ、かつ冷徹で冷酷な復讐者といった様子で、地上から数十センチで浮遊し見下ろしている。

まるで今しがた突然現れたあの男を庇い。そしてその男を打倒し、"排除"する一歩手前まで追い詰めたブリッツを射殺さんばかりに。

彼女の周囲に浮遊するビット兵器三機が、今にもエネルギー弾を放たんばかりにその銃口部分を目映い緑色の閃光を迸らせている。

 

時間がない。もう掛け声を上げる間すら勿体無い。自身の銃声をもってして攻撃開始の合図としよう。

ブリッツがMP7のトリガーを引ききろうと指に力を入れる。

 

「・・・スケアクロウ!撃つな!」

 

スケアクロウの背後にいる男が声を上げる。

それによりスケアクロウの動きが止まり、ビットの銃口に集中していたエネルギー弾の収束も止まった。

ブリッツもまた、その声に引っ張られる形でトリガーに掛けられた指から力を抜いた。

 

「そうね。それがオススメよ」

 

続いてFALの声が聞こえた。

見れば、倒れたままの男に向けてFALが半身の銃口を向けている。妙な動きをすれば撃つ。そう言外に告げている。

更に周囲を見渡せば、ブリッツの人形たちはそれぞれ包囲しかつ同士討ちにならぬよう陣形を取っている。

スケアクロウが登場した次の瞬間には、ツェナープロトコルを通じてそれぞれが独自に動き連携していた。そう訓練されている。

 

形勢が変わった。しかし、鉄血製ハイエンドモデルは一体だけでも一個小隊規模と同等の戦力を有している。まだ仲間がいるかもわからない。それこそ、付近には鉄血兵が大量に跋扈し、今か今かと号令が掛かるのを待っている可能性だってある。油断ができない。

 

MP7を構えたまま、ゆっくりとブリッツは立ち上がる。

 

「・・・何者だ、お前らは」

 

正体不明の存在への警戒心をそのままに。鉄血への敵意をそのままに。ブリッツはそう投げ掛けた。

 

「・・・俺は────」

 

FALに銃を突き付けられたままに、男は静かに口を開く。

警戒心を解かぬまま意識を男に向ける。

 

が、それはすぐに出来なくなった。頭上の月から降り注ぐ優しく降り注ぐ淡い光が、吹き抜けとなった天井部分から第三者の存在を影として浮き彫りにした。

 

咄嗟に上へと視線を向ける。そこには、2回3回と前方宙返りをしながら落ちてくる小柄なヒトの姿。

やがてそのヒトはライトとスケアクロウの間に入り込むように片膝を着く形で着地。多大な着地音と砂埃を巻き上げた。それを見たRFBが「スーパーヒーロー着地!スーパーヒーロー着地だ!膝に悪いヤツ!」とやや興奮気味に声を上げる。

 

そこでようやく全貌が見えた。白のワンピース調の服の上に特徴的なタクティカルベスト。それを覆うように黒く分厚いジャケットを羽織っている。額にはファッショングラス。RFBのように長髪で形作られた左右のお団子ヘアー。そんな出で立ちの少女が、そこにはいた。

 

民兵然とした実用的な装備にファッションを組み合わせた独特な出で立ち。そして高所から飛び降りても平然とした様子を見るに、おそらく彼女は戦術人形だ。

数瞬ほど静止した後、腰に据えていた銃。FN P90を抜き、伏せ気味であった顔を上げてニヤリと笑った。

 

「フフフ・・・私、参上────おぉおおぉおぉおぉぉ!!?」

 

次の瞬間、クリスVectorが火を吹いた。.45ACPが連続した銃撃音と共にP90を持った少女に襲い掛かり、困惑混じりに悲鳴を上げた。

 

「ちょちょちょちょ!待って待って待ってぇ!」

 

Cease fire!(射撃停止!)

 

慌ててブリッツが声を上げてVectorを止める。

今にも泣きだしそうな声を上げ。しかし少女の体は俊敏に動くようで、一発の被弾もなくVetorの銃撃を躱していく。よく訓練されている。この一瞬だけでもこの珍妙な乱入者の実力の高さが窺い知れた。

 

Vectorはすぐに射撃を止める。がその表情は「何で止めるんだよ」と言わんばかりに怪訝なものをブリッツに向けている。

 

「私はI.O.Pの人形だよ!?いきなり撃たないでよ!」

 

「急に出てきたから」

 

「ヒドイ!」

 

悪びれた様子の一切無いVectorの言い草にあからさまにショックを受けているP90の少女。漫画であればガビーン!という擬音が頭の上あたりについていそうなリアクションである。

 

「・・・それは無理があるでしょう」

 

「無理あるだろ・・・」

 

「サーちゃん!?ご主人まで!?ううう・・・私に味方はいないのか・・・」

 

関係者であろうスケアクロウと、その後ろで倒れたままの男からも呆れ混じりに指摘を受けた少女は「よよよ・・・」とこれまたあからさまに泣き崩れるアクションを見せる。

 

いくらI.O.P社製と名乗ったところで、登場の仕方からして派手が過ぎる上にいきなり銃を抜いたのだから攻撃されても仕方ない。

 

「あー・・・ライト?」

 

警戒心よりも困惑が勝り始めてきた胸中をひとまずそのままに置いておき、ブリッツは今なお中機関銃を構えたままのライトに声をかける。その意味を正確に拾い上げたライトは少しの間を開けた後に答える。

 

「・・・確かに今出てきたのはI.O.Pの信号だけど、識別信号はグリフィンのモノじゃないわ」

 

つまりは敵かも味方かもまだ判別出来ないというわけである。

I.O.P社製という事ならば、おそらくはP90とスティグマで繋がった戦術人形なのだろうが。

ただ、ブリッツは社内報と一緒に送られてくるI.O.P社製の戦術人形が掲載されたカタログに目を通しているが、あのP90を持った戦術人形は見たことがない。

 

 

「あーもうじれったいわね!」

 

FALが苛立たし気に銃のコッキングレバーを一度引いて、既に入っていた弾丸を吐き出させ薬室に新たな弾薬を装填する。さっさと説明しろ。さもなくば周りに転がっている死体と一緒に並べてやると言外に告げている。

 

それを見たスケアクロウが鋭い視線をFALへと向けるが、男は右手を掲げる形で静止を促し、徐に語り始める。

 

「・・・俺はお宅のボスから頼まれた仕事人(フィクサー)さ」

 

「何・・・?どういう意味だ」

 

すぐにブリッツが訝しげに聞き返す。

想定していたのだろう。男はすぐに言葉を紡ぐ。

 

「コッチの仕事には色んなモンがある。例えばだ、普段は手掛けない。というか身の丈に合ってないようなドデカイ商売を目論んでる奴がいりゃ、動向を捕捉して追跡(トレース)する・・・とかな?」

 

ここまで言えば分かってくれるだろ?とでも言いたげに、男はため息混じりに肩を竦めた。

それを一番近くで見ていたFALは不愉快そうに眼を細め銃把を握り直す。その意味をすぐに理解した男は、間違って撃たれては堪らないとゆっくりと両手を頭の後ろに組んだ。

 

一方で、ブリッツはMP7を構えたまま思考する。

今しがた告げられた内容は、正しくヘンブリー・ステインの事を指している。ヘンブリーの動向について知る者はグリフィン内部でもそう多くはない。任務を命じたクルーガーに、おそらくはヘリアントスにも話は行っているだろう。あとは本部でヘンブリーを尋問した若手の職員。そして自分。

 

いや、他にもいた。

あの時、ヘンブリー・ステインへの強襲任務を命じられる際、クルーガーは確かに言っていた。「私が信頼し、協力関係にある組織からもたらされた情報だ」と。

もしこの組織というのが、今目の前にいる男がその組織に属しているとして、そしてクルーガーが秘密裏に男に依頼をしていたとしたら、一応の辻褄は合う。

 

おまけに、あの鉄血のスケアクロウが男を庇う様に現れ、男の制止を聞き入れたという事実。

そして何より、あの時。あの男から攻撃を受けた時。あの時の男の行動。

 

『指揮官。これまで発見されたスケアクロウの鉄血信号と、今目の前にいるスケアクロウ。双方の信号をグリフィンに保存されたライブラリーを参照し比較しましたが、全く一致しませんでした。極端な言い方をすれば、このスケアクロウはこれまで発見、報告されてきたスケアクロウとは全くの別個体です』

 

ヘッドセットにナビゲーターの報告が飛び込んでくる。

ここまで来れば、もう認めるしかなくなる。

 

気を落ち着かせるために、ブリッツは一つ息をつく。

そして深く息を吸い込んだ。

 

「総員!武装解除!一切の攻撃を禁ずる!」

 

「ブリッツ!?」

 

「繰り返す!攻撃禁止!」

 

ライトの驚愕と困惑が混じった声を上げるが、ブリッツはそれをシャットアウトするように再度声を上げる。

MP7にセーフティをかけホルスターに収め、今なお鋭い眼光を向けるスケアクロウを横目に見遣りながらもその横を通りすぎ、男の前に立った。FALと目が合うが、ブリッツは何も言わないままアイコンタクトのみで下がれと告げる。

腑に落ちないと言いたげなFALではあったし銃口も男に向けたままであったが、それでも言う通りに2歩3歩と下がってくれた。

 

「蹴り飛ばしてすまなかった」

 

言って、ブリッツは倒れたままの男に右手を差し出した。

 

「・・・お互い様だ。すまねえな。試すためとはいえ、紛らわしい事して」

 

男もブリッツの腕を掴んで立ち上がる。

 

「ブリッツ、あまりいい判断とは思えないけど」

 

男の背中に銃口を突き付けたまま、警戒心を一切解かないFALが忠告する。

 

「言いたいことはわかるぞFAL。だが、もしこの男が敵であったなら、最初の一撃で俺は死んでいる」

 

思い起こすはスタングレネードが飛んできて炸裂した直後。この男はブレードで攻撃こそしてきたが、ブリッツ自身ではなく持っていたMP7を弾き飛ばした。最初からブリッツを排除することが目的であるならば、わざわざ武器ではなく本人を攻撃すればいい。実際、ブリッツの初動は遅れていた。

この男がアマチュアな可能性もあるにはあるが、あの身のこなしを見るにそれは無い。あれは数多くの死線を潜り抜けた人間だからこそ出来る動きだ。

 

「敵ではない、という前提で名乗らせてもらう。グリフィンS10地区司令基地所属、本部直轄部隊多目的戦闘群特別現場指揮官のブリッツだ。アンタは?」

 

「俺の事は『レイ』と呼んでくれりゃ良い。勿論、本名じゃないが」

 

「お互い様だ。よろしく頼む────さて」

 

影、もしくは男改めレイから視線を外して振り返り、スケアクロウを見る。

 

「今日は見逃してやる」

 

敵意と憎悪をそのままにブリッツは告げる。

彼としては、鉄血人形は全て例外無く排除対象だ。目の前のスケアクロウだってそう。

しかし今そうしないのは、この任務が鉄血人形の排除ではなく「グリフィン管轄地区内にて武装蜂起の実行を阻止し、裏で武器を流した黒幕を確保、もしくは排除する」ことだからだ

 

ブリッツは任務に忠実である。それこそが彼を兵士足らしめている。

だから目の前に殺すべき仇敵がいようとも、ブリッツは手を掛けることはしない。

これはその意思表示でもあるが、やはり積年の憎悪も混じってしまい挑発的な物言いになってしまった。

 

それを見て聞いたレイがため息を溢す。

 

「お宅、相当鉄血に頭キてるらしいな。けど、間違っても壊そうなんてトチ狂った事考えてくれんなよ?俺にとっちゃ、鉄血が暴走する前に、決して安くねぇローン組んで引き込んだ相棒なんだ。そう、例えばお宅と、そこのマシンガン持った子の様に」

 

最後の一言に、ブリッツは眉をピクリと動かした。

レイが更に畳み掛けるように二の句を継いだ。

 

「他の人形を銃の名前で呼んでる中一人だけ愛称で呼んだり、目線や声掛けだけで正確に意思疎通が図れてる辺り、その人形とはアンタの他の人形よりも一歩進んだ間柄なんだろ?もしや、指輪買って所有権自体がアンタだったりしてな?」

 

レイがどこか揶揄い混じりの笑みをブリッツに浮かべてみせる。

まるで「アタリだろ?」と遠回しに言われているような気がした。同時に、あの僅かな時間でここまで推察出来る洞察力に驚きもあった。良く見ている。

おそらくは、そういう能力がないと生きていけない世界に身を置いているのだろう。それこそ、ヘンブリーのような裏社会に。

 

「そうよ。私はブリッツの銃よ」

 

「どうした急に」

 

それはそれとして、さてどう返してやろうかと思案していたところ、ライトがずいっと身を乗りだし割り込んできた。

ふんすと鼻を鳴らし、胸を張って。おまけにいつもは胸元に仕舞っている、ライトの所有権がブリッツにあることを示すドッグタグを見せびらかすように出している。月光を反射させ、誇らしげに煌めいている。

 

「ブリッツ、ハイコレ」

 

不意に、横から人影が現れ何かを肩にやや乱暴に押し付けられた。

人影はVectorで、押し付けられたのは先程地面に置いていたHK417だ。トリガーガードにはスマートグラスも掛かっている。

 

「ああ、ありがとう」

 

「ふん」

 

普段のアンニュイな表情とは違いどこか不機嫌そうな様子のVectorに、戸惑いつつも訝しげに思いながらブリッツは417を受け取り背中に収め、スマートグラスを額に掛ける。

どうにも部下の。というより女性の疑似人格を持つ戦術人形の心の動向というのは掴みづらいなと、ブリッツはしみじみと思う。

 

「そういえば、何で誓約について知ってるんだ。あれはグリフィンに所属する職員以外知らない筈だが」

 

「そりゃあ、昔あるRF人形に『私を買え』って迫られた事があってな」

 

「ほう、随分と積極的な人形だったんだな」

 

「あれを積極的と言って良いのか・・・?」

 

ブリッツとレイ。どこか似通っていて、しかしどこかが決定的に違う。そんな似て非なる二人が話し合っている。

そんな目の前の光景に、FALは困惑していた。つい先ほどまで殺し合っていた男二人が、今は談笑しているという光景に。そこに信頼している副官も加わり、Vectorがわかりやすく拗ねているという珍事も添えられて。

 

スケアクロウに関しても、一度じろりとこちらを(正確にはレイを)見た後小さく「つーん」とか呟いたと思えばふいと視線を外して、ふよふよと浮遊したままWA2000へと近付いていった。警戒するWA2000と向かい合ったと思えば「貴女と白リボンはどちらが強いんですの?」とコテンと首を傾げながら問いかけている。問われた本人は「は?白リボン??」と何のことか分からないと素っ頓狂な声を上げていた。

 

ちなみに白リボンとは、F05地区の第206基地に所属するグリフィンきってのエースライフル人形であるWA2000の通称である。F地区とは今のところ交流は無いし、面識も勿論ない。更に言うなら、ここにいるWA2000は自分以外のWA2000の活躍には興味が無いため、本当に何も知らないのだろう。

 

緩い。あまりにも空気が緩い。一時的な息抜きだとしても緩すぎる。

 

元とは言え、これでもFALはかのFN小隊の隊長を務めていた過去がある。その名残もあり戦場で、おまけに任務中に気を抜くのは如何なものかと思うのは当然であった。見た目や普段の性格はともかくとして、任務については真面目なFALである。

 

わかりやすく、FALは咳払いをする。

 

それを見たブリッツが「ああ。いけないな」と表情を引き締めた。まだやることがある。

レイから視線を外し、あえて生かしておいた教徒の男がへたり込んでいる場所へと目を向ける。

 

が、そこには誰もいない。というより、この教会という空間から男が消えていた。今までの騒ぎに乗じてまんまと逃げ出したのだ。

 

この事態に、ブリッツは額を押さえた。

 

「しまった・・・足に一発撃ち込んでおけばよかったか」

 

スケアクロウのビットや、その本人に気を取られてしまったとはいえ、拘束の一つくらいしておけばこうはならなかった。

らしくない失態だ。今ここで転がっている教徒だった人間以外にも、もしかしたらメンバーがいるかもしれない。増援でも呼ばれると面倒だ。その前に見つけ確保しなくては。

 

「探しにいくか」

 

そう決めて、いざ人形に指示を出そうと向き直る。

 

「その必要はないわ」

 

その時、不意に女の声がした。正面玄関の方だ。

その場にいた全員が声のした方へと振り返り銃口を向ける。

 

「待って、敵じゃないわ」

 

やがて月光によってその正体が現れる。

サイドテールにしたアッシュグレイの長髪に、左目に縦に刻まれた傷跡。

存在しない部隊(Not found)。404小隊隊長のUMP45が、右手で何か大きなものを引き摺りながらやってきた。

その後ろには小隊メンバー。UMP45と似たような格好をした、茶髪のツインテールと人懐っこい笑みが特徴的なUMP9。

かつてブリッツらがCSARで救助したHK416。

寝惚け眼でうっつらうっつらと、今にも寝落ちしてしまいそうな灰色の長い癖毛に着崩したジャケットを羽織ったG11。

 

存在しない部隊が一堂に会した。

 

「やっほ~レイ。久しぶりね」

 

「お前らまで来たんかい」

 

UMP45と親し気に挨拶を交わし、レイはいつの間にか持っていたP90を下ろした。

 

その光景にブリッツはMP7を構えたまま怪訝そうに彼を見た。

 

「・・・アイツと仲が良いのか?ロクなのと付き合ってないな」

 

「お宅はお宅でヒッデェな」

 

「ホントよね~。折角捕まえてあげたのに」

 

ホラコレと、UMP45が右手で引き摺っていた何かを放り捨てるようにしてブリッツたちの前に転がした。

それは先ほど取り逃がしたと思っていた教徒たちの生き残りだった。両手両足を結束バンドで縛り、騒がないよう口には布を嚙ませている。捕獲された際についたのか、それともここまでの道中ずっと引き摺られてきたからか、顔や服には傷や泥やら煤やらがついている。

 

「・・・何しに来たんだ?」

 

「ヘリアンに頼まれてね。ヘンブリー・ステインについて色々調べてたのよ。その過程で、このR20地区に行き着いたってワケ」

 

「・・・わかった」

 

ブリッツはMP7をホルスターに収め、他の人形達にも銃を下ろすようジェスチャーする。

 

「後で腹を割って話し合うとしよう」

 

「賛成だ」

 

「私も~」

 

それでは、と。指揮官が、影が、存在しない者が。目の前に転がる教徒の男を見下ろした。

 

「まずお前からだ」

 

ゆっくりと、ブリッツはナイフを抜く。それだけで男はブリッツが何をするかを察し、抵抗を示すように激しく体を動かすが、縛られている以上逃げることはおろか立ち上がることも出来ない。

男はただ、これから起こるであろう恐怖に震え上がり、青褪めていくことしか出来なかった。

 

 





盛 り 上 が っ て ま い り ま し た 。
でもまだ佳境じゃないのですよ。


イントゥルーダーが引っ込んだまま一向に出てこないので、もう少ししたらEMPぶち込んでやろうと思います(過激思想)

ハンターはもうちょっとで全てのスキルのレベルがマックスになるので、終わったら指輪を叩き付けようかと企んでます


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OPERATION "Two-up" Ⅵ

前回投稿後、なんかやたらUAとお気に入り数増えるな~って。もしやと思ってランキング見てみたら並みいる名作傑作押し退けて14位の座に君臨してました。ウッソだろお前(驚愕)

あと、ハンターさんのレベル・スキル・好感度がカンストしたので誓約しました。やったぜ

こっちも読むと面白いから読んで
https://syosetu.org/novel/194706/100.html


「よしウジ虫、ハキハキ喋れよ」

 

準備が整ったとばかりにブリッツは目の前の男に目線を合わせ、そう切り出した。

ウジ虫こと、教徒の男は身に付けていた白装束を剥ぎ取られ、今やTシャツにトランクス姿にされ。それで気付いたが何故か男の首には首輪が嵌められており、おそらくはUMP45に捕まった際に掴まれたのか首には赤い筋が痛々しく浮き出ている。

 

ともかくとして、そこらの廃墟で見付けた煤と錆びだらけのパイプ椅子に座らされ、手足は結束バンドで拘束されている。椅子の足と男の足をバンドで括っているため逃げ出す事も出来ない。

腕の拘束は体の前に変わっている。後ろ手だと、背後で拘束を解こうとする動きが隠されてしまう可能性があるからだ。

 

正面のブリッツだけでなく、背後には404小隊のUMP45が冷やかな笑みで見張り、男の右隣にはレイが右手にFN社の拳銃であり、P90と弾薬が共通しているFive-seveNが握られている。そのすぐ傍にはスケアクロウが控えており、時折ブリッツに怪訝な視線を向けている。

その反対には、HK45Tを持ったライトも陣取っている。何かあれば即座に撃つ。そういう態勢である。

 

ちなみに残りのメンバーは教会内にて外からやってくるかもしれない敵性勢力の警戒に当たっている。スケアクロウのビットが高性能な偵察ドローンとなって教会周辺の上空を飛び回り、逐次情報が戦術データリンクとして人形達とブリッツのスマートグラス、レイのバイザーに投影される。データリンクの構築にはナビゲーターが一役買ってくれた。おかげでインターフェースの違う二人のグラスとバイザーに、I.O.P社と鉄血工造からの情報が恙無く投影されている。同様に、I.O.P社と鉄血工造によって異なる情報圧縮を瞬く間に解析し、ナビゲーターが情報の橋渡し役となることで問題なく共有できるよう調整してくれた。ついでとばかりにレイたちが使っている周波数帯も解析しいつでも通信が出来るように取り計らってくれた。流石にやりすぎではと思ったが、現状は協力関係にある以上連絡先の共有はあった方がいいと判断。後で周波数を変えるよう言い伝えることにして、一先ずそのままにしておいた。

 

同時に、一〇〇式とVectorが十字架に磔にされている人形の回収作業も行っている。

 

閑話休題。

ともかくとして、正しく四面楚歌な様相に、男の全身からは冷たい汗が吹き出し、今にも過呼吸が起きそうな程に息が荒い。恐怖と緊張がありありと見て取れる。

 

「しゃ、喋ったら殺すんだろ・・・!?」

 

声を引きつらせつつも、男は抵抗の意思を見せる。確かに、映画などではこういう時、尋問した後に口止めとして捕虜を殺すシーンが度々見受けられる。このシチュエーション的にも、男もそういう目に遭うのではないかと自棄になっているようだ。

 

「逆だ。喋らなきゃ殺す。・・・ただ、快く協力してくれるなら危害は加えない。後ろのヤツにもこれ以上手を出させない。約束しよう」

 

「ほ、本当か・・・?」

 

「もちろんだ」

 

とても、とても優しい口調で語り掛けるブリッツの姿に、「降参するとか言っておいて皆殺しにしたヤツのセリフじゃないよな」と、スケアクロウのビットを通じて一部始終を見ていたレイは若干だが表情を苦々しく歪ませた。

 

しかし男の心理的にこの語り口は非常に効果的だったようだ。いまだ緊張で体は強張っているが、乱れていた呼吸が落ち着いてきた。

 

「わかった、話す」

 

「よし。じゃあまず、武器の入手方法だ。どこで、誰からもらった?」

 

「で、出所は知らない」

 

ブリッツの視線が鋭くなる。それを見た男が慌てて釈明する。

 

「本当に知らないんだ!我々は使徒様のお告げに従い指定された場所に行っただけだ!」

 

「その場所はどこだ」

 

ブリッツはPDAを取り出しR20地区のマップを表示する。表示している箇所はスラム街に絞る。彼らに居住区へ出入りする権利が無い以上、このスラム街に限定される。

 

PDAを縛った手の近くにやる。しばし考える間の後、男は指さしで場所を教える。

場所は地区の外端部に程近い。居住区とスラムを囲うように設置されている外周壁のすぐそばだ。壁の外と内を繋ぐゲートもすぐ近くにある。ただここからは離れている。移動には時間がかかりそうだ。

 

「誰がいた」

 

「お、女が一人。あと男が何人か。アンタみたいな恰好をしてた」

 

「女の特徴は?」

 

「金髪のポニーテール。ダークグレーのスーツを着てた」

 

スーツ姿の女に戦闘服を着込んだ男が複数。おそらく女が男を従えているのだろう。

 

「男たちが車から武器を下して、それを俺たちにくれたんだ。取り扱いもそこで教わった」

 

「それがこれか」

 

ブリッツが傍らに置いておいた、教徒たちが使っていたAK-74Mを手に取る。見たところほぼ新品。それも粗悪な劣化コピー品ではなく正規の生産ラインで製造されたものだ。しかし、製造番号(シリアルナンバー)な入念に削り取られてた。これではどこで造られた物か特定できない。

 

ともかく質問を続ける。

 

「女たちの使っていた車種はわかるか」

 

「小さいジープとしか」

 

ほぼほぼ確定だ。女は武器商人だ。複数の男はその護衛といったところだろう。

 

なるほど。それであのわかりやすい"釣り餌"に食い付いたわけだなと、ブリッツは合点する。武器商人という存在を覚えていたから『とある密売人』というワードから武器密売人に変換され、口を滑らせてしまったという訳だ。

だがそれよりも、気になっている事がある。

 

「ところでその神の使徒様とやら。どんなヤツなんだ?」

 

先といい今といい、神の使徒とやらが度々話に出てくる。男たちにお告げと称して武器を与え、その為の手引きもきっちり抑えてある。只者ではない。

神の声が聞こえるという人間が、言葉巧みに信者たちを操るというのはよく聞く話だが。これはそういうのとは違うというのは分かる。明らかに何かの狙いがあっての武装化が見受けられる。

黒幕は頭のいいテロリストの可能性も出てきた。

 

そして男がおずおずと語り始めると、そのまともな予想すらも少し違う事がわかってしまった。

 

「・・・暗かったからよくはわからない。ただ、上半身は女性で、下半身がタコの足のようになっていた」

 

なんだそれは。ウソにしても酷すぎる。

そう思ってブリッツが「ウソを言うな」と窘めようとした時、レイの体が一瞬強張っていたのが見えた。明らかに何かを知っている。そばにいるスケアクロウも目を見開き、そしてすぐ眉間に皺を寄せて、怒りを顕にしている。それを見たP90という戦術人形が小さく悲鳴を上げていた。

鉄血(鉄屑)もこんな顔をするんだな」などと内心でブリッツは呟いた。

 

「心当たりが?」

 

「・・・ああ、まあな」

 

レイの声色には明確な緊張があった。まるで実際に見たかのような反応だ。

ちらりと十字架に磔にされた人形の遺骸を見上げている。もしかしたら、この惨い遺骸を作り出したのはその化け物であると考えているのかもしれない。

そんな神話生物のスキュラもどきが実際にいるとも思えないが、レイの反応も嘘とは思えない。

 

俄かには信じがたいが、教徒の証言といいレイの反応といい、実際にそういうのがいると思って動いた方がいいかもしれない。

 

それについては後で詳しく聞くとして。気を取り直し、ブリッツは尋問を再開する。

 

「なら、その神の使徒様は何でお前達に武器を渡した」

 

この質問に、男はきょとんとしてブリッツを見た。

 

「決まっているだろう。この世界の為だ」

 

落ち着き払った口調でさも当然とばかりに男は告げた。先程までの焦燥感は一切失くなっている。

更に続ける。

 

「神を崇める全ての者へ救いを齎す世を作る為に、我々の意思と力が必要だと。使徒様はそう仰ってくれた。

我々は誓ったのだ!神と共に神の目指す世界を作ると!それを成し遂げた時!神は我々を救ってくれるのだ!」

 

男の熱の入った口頭は、ブリッツを始めとして聞く者を唖然とさせた。

男は止まらない。

 

「我々の役割は神の目指す世界の実現!その障害!利益ばかりを求める偽善者どもの力を削ぐ事!つまりお前たちグリフィンの力を削ぐ事にある!」

 

『ああ、なるほど。そういう事か』と、ブリッツは内心で納得し、額を抑えながらそっと俯いた。

前半の神の目指す世界とやらは建前で、後半のグリフィンの力を削ぐ事こそが本当の狙いだ。

自称神の使徒様は彼ら教徒達を口八丁で扇動し、手八丁で武器を与えた。全ては、グリフィンを攻撃する為に。

 

グイフィンの管轄地区で暴動が起きれば、当然グリフィンの地区運営に於ける管理能力が問題視される。それがスラムに住まう者たちであれば尚更に。それはグリフィンというブランドが持つ影響力にも響く。

 

『利益を独占し、富める者をどんどん富ませ、貧しい者を貧しい者をままにさせる偽善者どもめ!』

交戦前に男が言った台詞がフラッシュバックする。ここに全てが詰まっていた。

この地区に住まう人間は大きく分けて二つだ。富める者と、貧しい者。富める者は整備の行き届いた居住区で日々の安寧を得ながら過ごし、貧しい者は荒廃したスラムへと追いやられその日その日を死に物狂いで生きている。

 

彼ら教徒の言葉を借りるならば。これは不義理を働くグリフィンに鉄槌を下す、神から与えられし正義の戦い。聖戦(ジハード)だったのかもしれない。自分たちを助けようとしないグリフィンよりも、自称であっても助けを齎してくれた神の使徒に着いていくのは、自然な選択だろう。

 

であるのならば、今こうして聖戦に臨もうとしている男を拘束している自分は正しく敵であり、彼からすれば悪そのものだ。

なんだか居た堪れない気持ちだ。

 

だがそれでも。例えそれが正義であるとしても、それは許されないのだ。

一度武器を持って立ち上がり、それを行使してしまったら最後、様々な建前によってより強い力に押し潰されてしまう。例えばそう、グリフィンの多目的戦闘群という暴力装置によって。

 

しかし気落ちばかりもしていられない。今は任務中であり、まだ確認したいことがある。

 

「そうか、わかった」と呟いてから、俯いていた顔を上げて、あくまで気丈を装ってブリッツは男に視線を向ける。

 

「なら次だ。お前らの仲間は?他にいるのか?」

 

「・・・いや、もう俺だけだ」

 

「何?」

 

「あ?」

 

気落ちした様子で語る男にブリッツは訝し気に、横にいたレイは信じられないとそれぞれ声を上げた。男の背後にいるUMP45も険しい表情になり、ライトも「どういうこと?」と目線でブリッツに問いかけている。

別口でクルーガーから依頼されたレイも、ヘンブリーから押収した武器のリストを見たのだろう。同様に、ヘンブリーについて調査していたUMP45も、ある程度は把握しているハズ。

 

であるならば、おかしいとすぐに分かる。押収した武器の量と、今しがた撃退した教徒たちの数が()()()()()()

 

予備だとしても多すぎる上に、そもそも余剰な武器など彼ら素人には扱いきれるものではない。ましてや、RPGやミニガンといった大型の武器なら尚更に。

 

そもそもの話、ヘンブリーが武器を渡そうとしていた相手は本当に彼らなのか。それすらも疑わしい。

というよりも、神の使徒とやらがこの一件の黒幕だったとして、わざわざこの素人たちだけに武装蜂起なんてさせるだろうか。少し考えれば分かるはずだ。上手くいくはずがない。

 

いや、そもそも事の発端はなんだった。

 

「レイ、一つ聞きたい。ヘンブリー・ステインという男は裏社会では有名なのか?」

 

「いいや?俺もこの依頼が来るまで名前すらうろ覚えだった」

 

やはりそうかとブリッツは合点する。

そもそもの発端が、「グリフィンに恨みを持つ新顔の武器密売人が、身の丈に合わない武器取引を行おうとしている」だった。

 

だからヘンブリーの車列を強襲し武器取引を阻止、商品を押収をした。ヘンブリー本人に尋問した結果、このR20地区の教会に辿り着いた。

まるで()()()()()()()。わかりやすい予兆をチラつかせて。

 

「嫌な予感がするな」

 

神の使徒を自称するスキュラもどき。不審な武器商人の動き。釣り合わない武器と人間の数。そしてこのR20地区という場所。

何かが起きようとしている。もしくは、既に何かが起きている。そう思えてならない。

 

しかし掛けた時間に対して得られた情報があまりにも少なすぎる。核心はまだ遠い。

 

思考がどん詰まりに差し掛かろうとしている。

 

そこに、重々しい衝撃音と振動が飛び込んできて、ブリッツの思考を強制的に止めた。

顔を上げてみれば、立ち上った埃や煤の中、十字架が倒れている。

そのすぐそばには、「やりました!」とばかりに誇らしげに胸を張っている一〇〇式と、仏頂面のVectorがいる。

ちなみに一〇〇式の右手には機関短銃の先端部に装着されていた銃剣こと、高周波ブレードが握られている。察するに、それで十字架の根本部分を切断したのだろう。

 

「指揮官!一〇〇式はやりました!」

 

褒めて褒めてとばかりにキラキラした満面の笑みで近寄る一〇〇式の姿に、ブリッツはやや戸惑いながら「ああ、そうか。よくやってくれたな」と彼女の艶やかな黒髪を撫でてやった。途端に頬が緩んだ表情へと変わっていった。

その間、Vecorは磔にされている人形のうなじ部分にナイフを突き立て、素体の一部を切り開いた。その手つきはやや乱暴だったように見えた。

少しして、一見すれば長方形の形に切り取られたガラス製のブロックを引っ張り出した。あれこそがホログラフィックメモリだ。

 

それをVectorはブリッツに投げつけた。やけに勢いのあるそれを掌で受け止めて見てみる。

特殊な強化ガラスを基に作られた横2cm、縦6cm、厚みは3cmnガラスブロック。容量としては18テラバイト程度だろうか。見たところ破損らしい破損もないようだ。

ちょうどいいかもしれない。このままこの男を尋問していても目新しい情報が入手できるとも思えない。

ここは一旦、男を基地に移送し磔にされていた人形のログを調べてみよう。

 

ホログラフィックメモリはその特徴から、専用の機材がないと中のデータが見れないし書き込めない。その機材は今ここにはない。基地まで戻らないと見れないのだ。

 

「ライト、コイツをR20基地に移送する。ジープに放り込め」

 

「了解」

 

言って、ライトは男を椅子から引き剥がして担ぎ上げ、スタスタと教会外にあるジープへと向かって歩いていく。

それを見送って、ブリッツはレイに向き直る。

 

「アンタはどうする」

 

「俺たちは武器の取引に使われた場所に行ってみる。何かあるかもしれないし、ここは二手に分かれた方が効率的だろ?」

 

「確かにな。何か分かったら連絡をくれ。こちらもメモリーを解析出来たら情報を送る」

 

「了解」

 

踵を返し、レイはスケアクロウと戦術人形P90ことティナに声をかける。

 

「私たちも別で動くわ。いいでしょ」

 

「ああ、構わない」

 

404小隊も一旦集合してすぐに教会を後にする。

 

「総員、一旦ベースに戻るぞ。撤収だ」

 

無線機を通じてブリッツも指示を飛ばす。途端に教会周辺を警戒していた人形たちが一斉に集合。警戒態勢のままジープに乗り込み、すぐにその場を後にした。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

R20地区基地に戻る頃には、夜も大分深い時間に差し掛かっていた。基地の外周は完全に暗闇と化していたが、内部に関しては照明設備によって不自由の無い程度には明るく保たれている。

 

捕らえた男は早々に、出迎えてくれたR20所属の人形に引渡し牢に入れられた。

 

ヘリパッドには既にS10基地所属の第二、第四、第五部隊が装備を整え待機。次の指示を待っている。

 

とはいえ、現状彼女達に出せる指示はない。まずは回収したホログラフィックメモリの解析だ。そこから始めないことには次の行動の選択も取れない。

 

だがその前に、報告を入れておく。ついでに文句もだ。

 

「ゲート。クルーガー社長にコールだ。嫌味を添えて報告したい」

 

本作戦の遂行に辺り、外部の協力を取り付ける。それは結構だ。大いに結構。だが事前に通達すべきその情報が一切無いのは全くもってよろしくない。

嫌味の一つでも言ってやらなければ気が済みそうにない。

 

すぐにナビゲーターの『了解しました』という返事が来る。

 

コール音がヘッドセットの中に響く。その間に、ブリッツは疲労の溜まった体を労わるようにジープのボディに凭れ掛かった。それから、分かっていることを整理する為に目を閉じる。

 

色々分かった。だが分からないことも不可解なことも増えた。

その中で、最も引っ掛かっているのが神の使徒の存在だった。上半身が人間で、下半身がタコの足のようになっているというその存在。真っ先に浮かび上がったのがELIDだ。

軍人時代にELID掃討戦も経験したことも、それこそD型とも交戦した事があるが、そんな奇異な見た目をしたものは見たことが無い。それに、ELID感染者に知性はない。せいぜいが感染前に持っていた銃の引き金を引いて乱射する程度の物だ。人間性の無い歩く屍である。しかし聞いた話が正しければ、それは神の使徒を名乗り、教徒たちを扇動している。

人並み。ともすればそれ以上に頭の回る個体だ。

 

厄介な問題に発展しそうな状況だ。

なるべく早く動きたい所だが、クルーガーはともかく幹部連中は腰が重い。協定だの規則だのと言って動いてはくれないだろう。

ましてや、武装蜂起を起こしそうな輩は先程撃退してしまった。「ならもう大丈夫だ」なんて言い出しかねない。

 

「やあ、ブリッツ指揮官」

 

声を掛けられ、ブリッツは思考の海から引き摺り出された。顔を上げてみれば、そこにはこの基地の責任者であるハロルド・フォスターが、人好きのしそうな微笑を貼り付けて近くに立っていた。

 

すぐに姿勢を正してハロルドと向き合う。

 

「これはフォスター指揮官。申し訳ありません、気付きませんでした」

 

「いやいや、随分とお疲れのようだ」

 

「ええ、まあ色々と。何か御用でしょうか」

 

「折り入って相談。いや、提案かな」

 

「提案、ですか」

 

このタイミングでの提案。あまりいい予感がしない。

そんなブリッツの心情を知ってか知らずか、ハロルドはその提案を切り出した。

 

「君たちが今携わっている案件。それを私に移譲してほしい」

 

「はい?」

 

ブリッツが素っ頓狂な声を上げるが、ハロルドは気にせず続ける。

 

「スラムの住民たちが企てた武装蜂起は未然に防いだだろう。であれば、次はその背後関係を洗うべきだ。その調査は私が引き継ごう。そもそもこれはこのR20地区で起きた騒動だ。本来部外者であるS10地区はここで手を引いても構わないだろう」

 

確かに、この騒動はR20地区で起きようとしていた武装蜂起だ。本来ならばハロルドが陣頭指揮を執り、問題を解決するのが正道であろう。

が、それをせずクルーガーはブリッツに命令を下した。おまけに、グリフィンですらないレイたちの協力まで取り付けて。それはつまり、ハロルド・フォスターという指揮官ではこの問題は手に余ると判断したのだろう。

実際、この騒動の根本には長い時間火災による被害からの復興を蔑ろにし、地区の大半をスラムにして放置したことにある。

そんな輩に任せる方が人事的にもおかしい。

 

とはいえ、そんな言葉を並べてみてもこの男は鼻で笑って済ませてしまいそうだ。

ここは尤もらしいことを言っておく。

 

「・・・であるならばR地区支局長を通じて、今貴方が言った内容をクルーガー社長にそのままお伝えください。我々は本部直轄部隊であり、ここには社長直々の命令で来ています。それを無視して貴方に任務を引き継ぐ権限は自分にはありません」

 

「支局長だって悪い反応はしないと思うがね。当然、社長もね」

 

「ですから、まず話を通してから自分に改めて提案してください。社長の判断であれば自分もこれ以上意見するつもりもありません」

 

気に入らない。そう告げる代わりにハロルドは顔を顰めた。

 

「・・・現場指揮官風情が」

 

「特別現場指揮官は上級指揮官と同等の権限を与えられています。その理屈で言うならば、貴方は自分よりも階級が下です。グリフィンの"指揮官"であるならば、弁えていただけると助かります。────これ以上は言わせないでください」

 

その時、ハロルドの近くで乾いた音がした。視線をそちらに向ければ、ライトがHK45Tを持って立っていた。銃を構えてこそいないが、その細められた青い双眸は真っ直ぐにハロルドに向けられており、おかしな事をすればすぐに()()と言外に告げていた。

 

ライトだけじゃない。S10の面子全員が鋭い気配を放ったまま備えている。そういう事態も辞さない。そういう気配だ。

 

状況不利、そう察したハロルドは小さく舌打ちを零して踵を返す。大分メッキが剝がれてきたようだ。

 

「ったく・・・。それにしてもまだ出ないのか?」

 

相も変わらずヘッドセット内で鳴り響いているコール音。いい加減出てきても良いはずだ。

 

『おかしいですね。直通のホットラインを使っているのですが』

 

「ならヘリアントス上級代行官に取り次いでもらおうか」

 

『実はコールしてから30秒経過した時点でそちらにも通信を飛ばしているのですが、ヘリアントス上級代行官も応答がありません』

 

「・・・あー、仕方ない。本部の様子をモニターして探してくれ。いなければ通信指令室の担当職員に取り次いでもらおう」

 

『了解。グリフィン本部のモニタリングを開始します。────え、これは』

 

驚きと戸惑い。そんな声がナビゲーターから発せられた。

「どうかしたのか?」そんな質問をしようとした。

 

────その次の瞬間、居住区からオレンジ色の光が放たれ、複数の爆発音が次々に響いてきた。

 

ブリッツを含め、その場にいた全員が何があったか理解できなかった。

 

『ブリッツ指揮官。緊急事態だ』

 

次に聞こえたのは厳かな声色の男の声。若干の緊張の色が窺えるクルーガー本人の声であった。

クルーガーが矢継ぎ早に告げ、返事も忘れてブリッツはヘッドセットに意識を集中させる。

 

『正体不明の敵武装組織がヘリアンの拉致を表明し、同時にR20地区居住区を攻撃した』

 

その一報は、まさにブリッツたちが阻止しようとしていた武装蜂起そのものであり。考えられる限り最悪の事態が引き起こされてしまった事が発覚した瞬間であった。

 

 




Q.何が始まるんです?

A.大惨事大戦だ


間違いなくこれが年内最後の更新となります。来年もよろしくオナシャス!


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OPERATION "Two-up" Ⅶ

ドルフロ地獄編が始まりましたが、人形之歌ベースって事は我らが戦女神たるLWMMGちゃんは出ないということがほぼほぼ決定しちゃったっすね(´・ω・`)

じゃけんハンターさん見て満足しましょうね


それは爆発から始まった。

R20地区各所に設置された変電施設。その全ての変圧器や制御設備が同時に爆破された事で街への電力供給が完全にストップ。居住区から光が消えた。

 

しかしそれだけで終わらない。同じタイミングで電話局や携帯電話基地局の設備も爆破。機能不全に陥らせ地区外への通信を遮断する。

 

トドメに、地区内にて点在するグリフィンの治安維持部隊が常駐する駐在所。そこに自動運転装置に細工が施された自動車が突っ込んだ。それだけでなく、車内に搭載されたC-4爆薬30kgが炸裂。常駐していた部隊の8割以上が行動不能に陥った。

 

結果。R20地区は陸の孤島と化した。

 


 

R20基地全体に、耳をつんざく大音量の警報が鳴り響く。緊急事態を告げる警報だ。

所属している人形たちもざわつき始め、S10のメンバーも怪訝そうに警報を聞いている。

 

その状況下にて、クルーガーから告げられた情報に対し、心臓が冷たく跳ね上がったような感覚をブリッツは感じ取った。

阻止しようとしていた事態が起きてしまった。回避すべき事態が起きてしまった。

 

おまけによろしくない事に、自分の上官が拉致されたという。

 

『どうする?』

 

ブリッツの脳内にはその言葉が延々と反芻されていた。

事態が急激に展開していく現状に追い付き、打開策を講じようと思考速度を急速に上昇させていく。しかしそれは不測の事態故に引き起こされた焦燥による物。好き勝手にがなり立てる警報と凝り固まった思考回路では、有効性のあるプランなど出力出来るハズもない。

 

それがより一層の焦燥を呼び、思考は纏まらない。

 

「ブリッツ」

 

思考の坩堝に嵌まりかけたその時。聞き慣れた声が聞こえた。

反射的に振り返った先には、ライトが真っ直ぐにこちらを見ている姿。ライトだけではない。この場にいるS10のメンバー全員がブリッツを見ている。

 

彼女達は待っている。指揮官の指示を。命令を。任務を。

各々の双眸がそう告げている。それが、ブリッツの不要な熱を帯びた思考回路を急速に冷ましてくれた。

 

危なかった。もう少しで彼女達の指揮官として相応しくない醜態を晒してしまうところであった。

部隊の指揮官が慌てふためく姿を部下に見せては、その後の指揮に影響する。指揮官とは、決して部下にマイナスの面を見せてはいけないのだ。それが例え虚勢であったとしてもだ。

 

それを、かつての隊長はブリッツに教えていた。

 

(やはり、まだ俺はアンタのようには成れないようだ。フラッグマン)

 

かつての自分の隊長の姿を思い浮かべ、自嘲気味に微笑を一瞬浮かべるが、すぐに引っ込める。

 

「詳細を」

 

落ち着き払った声色で、ブリッツは問うた。クルーガーも、いつもの厳つい雰囲気を声に乗せて答える。

 

『例の強襲作戦の前日。ヘリアンが出席する会議の為に他地区へと向かった。しかし会議に彼女の姿はなく、連絡も取れなくなった。通信端末のGPSで現在地を確認しても行方が分からないままだった。が、そこへ先ほどある一報がが入った』

 

「もしやとは思いますが、それが先ほどの爆発と関係があると?」

 

『残念ながらな。所属不明の武装集団がR20地区を攻撃。同時にヘリアンを誘拐したと、先程ビデオメッセージが届いた。お前が今確認した爆発も、その武装集団によるものと見ていいだろう』

 

「敵の要求は」

 

『まだ無い。だが要求を呑まなければヘリアンを始末すると断言している。ここまでやっている以上、脅しだけではないだろう。・・・状況は混乱し、敵に先手を取られてしまった。ブリッツ、どうやら事態が悪い方向へと動き出してしまったようだぞ』

 

「────クルーガー社長」

 

静かに。しかしはっきりと聞こえる声で、ブリッツは語りかける。

 

「貴方はきっと自分に命令するでしょう。だが敢えてこちらから言わせて頂きたい。"我々に行かせて下さい"」

 

クルーガーは黙ったままだ。だからブリッツは続ける。

 

「我々多目的戦闘群は、グリフィンが所有する暴力装置です。身内に手を出した不届き者に対して何もしなかったら、鷲獅子の紋章に傷がつく。それはつまり、我々が嘗められるということです」

 

いつしか人形たちもブリッツの言に耳を傾け聞き入っていた。

けたたましく鳴り響く警報の音の中でも、一字一句聞き漏らすまいと。

きっと彼なら、自分たちが今望んでいる言葉を言ってくれる。その瞬間を逃すまいと。

 

「改めて要請します。R20地区内に展開している敵の排除。及び、拉致されたヘリアントス上級代行官の救出を、我ら多目的戦闘群に一任してください」

 

そしてその言葉は出た。今正に望んでいた言葉が。

クルーガーは一拍二拍程の沈黙をした後、一つ息をついた。まるでこれから告げる命令を強調するように。

 

『要請を許可する。ブリッツ指揮官、必ず任務を果たせ』

 

「了解」

 

通信を終了。

ブリッツは踵を返し部下の人形達に向き直る。

 

「聞いていた通りだ。最悪の事態が起きてしまった。だがまだ巻き返せる。これより行動を開始する」

 

「指揮官、ご命令を」

 

後続部隊の代表として、第二部隊隊長のSV-98が一歩前へ出る。

 

「SV、頼んでいた無人航空管制機(UACS)は」

 

「2機ともにいつでも飛ばせます」

 

「よし、すぐに発進させろ。推奨高度到達後データリンクを構築。敵を探し出して排除する」

 

「了解しました」と、SV-98は振り返ってUACSへと駆け足に向かっていく。

次にヘリに寄りかかって佇んでいるヘリパイロットのスレイプニルへと向き直る。

 

「スレイプニル、お前も出てくれ」

 

「丁度地面にも飽きてきたところだ。何すりゃいい」

 

「部隊を居住区内へと輸送した後にお使いを頼む。ここまで周到に準備して実行する連中だ。ドールズジャマーが隠されている可能性もある。ゲートと協力してジャマーを探知、排除し、必要ならば地上部隊の近接航空支援(CAS)と、民間人の救助も頼む」

 

「お安い御用だ。任せてくれ」

 

「言うまでもないと思うが、敵は携行式防空システム(MANPADS)を装備している可能性もある。撃ち落とされるなよ」

 

「見くびってくれるなよブラザー。俺はクレイジーモンキー。現代に蘇りしH・M・マードックだぜ。スティンガーぐらいひょいっと避けてやるさ」

 

「期待させてもらおう。準備が出来次第すぐに飛んでくれ」

 

「了解だ。よぉしっ、ハービンジャー!ファルケ!離陸準備だ!」

 

後続部隊を連れてきたヘリのパイロット。ハービンジャー(先駆者)と呼ばれたスレイプニルと同じくらいの男性が快活に笑って。ファルケ()と呼ばれた二人よりも若い女性は生真面目な顔つきで、それぞれのヘリの準備を始める。

 

『ブリッツ指揮官。ハロルド・フォスター指揮官が基地の人形全員に講堂へと集まるよう通達しています』

 

「なに?」

 

ブリッツの表情に若干の困惑と多大な呆れが顰めた表情となって現れる。

この緊急事態に召集。なんと悠長な。まずすべきは部隊の編成と展開だ。ブリーフィングなんてその後、部隊の行動中に終わらせればいい。

今現在も敵が攻勢を仕掛けている。民間人の犠牲者を出さぬためにも迅速な行動が求められるタイミングでこれだ。やはりこの基地は実戦経験が少ない。それも、緊急事態に対する経験が。

 

頭が痛くなる。だがここで召集をかけるという事は、ハロルド・フォスターはこの事態を鎮圧しようと行動しているということだ。

()()()()()()。勝手に動かれるとこちらの動きにも影響が出る恐れがある。手を打っておく必要がありそうだ。

 

「ゲート。R20基地のメインフレームに侵入。掌握しろ」

 

『よろしいのですか?何かあった時の責任問題は・・・』

 

「お前は指示に従っただけだ。だから責任は俺に押し付けろ。気にせずやってくれ」

 

『了解しました』

 

「よし。各自、準備が出来次第行動開始。第一部隊は俺と共に行動。残りは敵の捜索。発見次第排除だ。民間人も見つけ次第片っ端から保護しろ。皆、それでいいな」

 

全員、無言で頷いた。それを見届け、ブリッツも頷き返す。

 

「ライト、一緒に来てくれ」

 

「どこに行くの?」

 

「講堂だ。あの青二才に話がある」

 

完全武装の出で立ちをそのままに、ブリッツは基地の中へと歩を進める。

 

通路には誰もいない。おそらくは講堂に集まっているのだろう。指揮官が指揮官ならば、その部下の人形もそうなのだろう。それに付き合わなくてはならないというのも、中々面倒な話である。

 

その途中、スマートグラスにある通知が表示される。ナビゲーターから、基地のメインフレームに侵入し、掌握したという報告だ。流石に仕事が速い。おかげで話はスムーズに進みそうだ。

 

そうして講堂へとたどり着く。薄暗い一室の中にはこのR20基地に籍を置いている戦術人形たちが、律儀に整列して正面の壇上に立っている身なりをきっちり整えたハロルド・フォスターに視線を向けていた。

 

「演説でも始まりそう」

 

登壇するハロルドと、彼にマイクを渡した副官のリー・エンフィールド。そしてそれを見るその他大勢の人形達を見て、ライトは呆れ混じりに揶揄するように呟いた。確かに、様相としては演説か講演会のそれだ。

 

「どんな訓示を聞かせてくれるか、拝聴させてもらおう」

 

腕を組み、ブリッツは背後の壁に背中を預ける。

 

それから、ハロルドは鋭い目付きで整列した人形たちを見下ろして口を開く。

 

「諸君、緊急事態だ。つい先程居住区で複数の爆発が発生し、居住区はほぼ全域が停電となっている。更にだ」

 

ハロルドが手元にあるリモコンを操作する。すると、講堂内の数ヵ所に空中投影ディスプレイが仄かな光を発しながら映し出される。S10基地には無い機材だ。もっぱら使っているのは大型の液晶ディスプレイか、プロジェクターであり、この空中投影ディスプレイも中々金のかかるアイテムだが、これといって実績の無いハロルドがこういった機材に金を掛けられるだけの、ある意味での"収入"があることを如実に示していた。

 

「爆発発生とほぼ同時に、グリフィンの秘匿回線に割り込む形でクルーガー社長の元にこの映像が送りつけられた。・・・まずは見たまえ」

 

ディスプレイには暗い色調の戦闘服を着込んだ人物。首下から胸下あたりまでしか見えていないが、体つきから見て男であろう事は想像できる。同時に、それが穏やかなビデオレターの類いではないことも否応なしに理解させられる。

映像が始まる。

 

『グリフィン&クルーガー社の諸君。我々はグリフィンによって不当な立場に追いやられた者だ。我々はグリフィンへ積年の恨みを張らすべく、グリフィンR20陸への攻撃を実行した。

また同時に、ベレゾヴィッチ・クルーガーCEOの事実上の右腕、ヘリアントスのコードネームで呼ばれる女を拉致した』

 

スピーカーから流れるやたらと耳障りな声。声紋分析を避けるために変声機を使っているのだろう。男か女かわからぬほどに変声させられた声はもはやノイズにも等しい。長々と聞いていられるようなものではない。

 

しかし聞き逃せない情報もその声の主は告げていた。

ヘリアントスの拉致を表明した瞬間講堂内の人形たちがどよめき、にわかに騒がしくなった。

上級代行官という階級は、ブリッツにとってもハロルドにとっても紛れもない上官にあたる階級であり、彼女がクルーガーから厚い信頼を得ていた事も、直接の部下でなくとも指揮官ならば周知している事実であった。

それだけに動揺も大きいのも、理解できる。

 

そんなどよめき収まらぬ状況の中、映像の動きは止まらない。話者であろう戦闘服の人物が画角の下へと腕を伸ばし、何かを引き上げた。

グレーがかったセミロングの髪を乱雑に掴まれているヘリアントスの姿が映し出された。

 

『いっ、うう・・・』

 

無理矢理髪を引っ張られた、痛みから弱々しくも苦悶の声を上げるヘリアントス。焦点のあってない双眸と、土埃と口の端から流れ落ちた血の跡。それだけで、どんな目にあったのかがわかってしまう。

 

『この女の命が惜しくば我々の要求を全て受け入れろ。10分後にまたメッセージを送る。諸君らが理性的な決断を下す事を期待している』

 

ここで映像が止まった。

 

この時ブリッツの脳裏によぎったのが、R09地区司令基地の指揮官であるメリー・ウォーカーの姿であった。

反グリフィン団体に拉致され、凌辱を受けた彼女の痛ましい姿は、時間が経った今でも忘れられない。

 

気付けば、組んでいた腕には力が入っていた。否、腕だけではない。ブリッツの全身に力が漲り、さながら筋トレ後のパンプアップのように、激情によって筋肉が膨張していた。

 

『ただでは済まさない』

研ぎ澄まされたナイフの如く鋭いブリッツの眼光がそう告げていた。

 

一方でハロルドもこの話者に対して憎々しい面持ちで見据えながら、より怒気を強くした口調で呼び掛ける。

 

「以上が、ヘリアントス上級代行官を拉致した者たちからのビデオメッセージだ。先程当地区で起きた爆発も、ほぼ間違いなくこの者たちの仕業と見て良いだろう。加えてだ、コレを見たまえ」

 

映像が切り替わる。どうやら監視カメラの映像を切り取ったものらしく、どこかのハイウェイが映し出されている。

同時に、鮮明化処理が施されたことでそこを走る車のナンバーもはっきりと。

 

「この映像は昨日、ハイウェイのR19ジャンクション付近で記録されたモノだ。我が基地にも滅多に来ないタイプの車のため、見覚えのある者も少ないだろう。コレは特に高価格帯に位置するセダン車だが、特筆すべきはこの車の付けたナンバーだ」

 

映像に映っている自動車。社用車として使われている「Lexvault Crown」製のセダン車だ。本部に行った際に何度か見たことがある。

その車のナンバープレートを拡大。横に併記する形でグリフィンで使用されている社用車のナンバーをリスト化した物を展開。該当するナンバーを強調するようにマーカーで示し、合致している事を知らせる。

 

「このナンバーは本社所有のVIP専用車に割り振られたモノ。例えばクルーガー社長や上級代行官殿の様な方を乗せるための車だ。 本社に問い合わせたところ、本日K-13地区で開かれる重要な会議へ向かうため、昨日上級代行官殿がこの車に乗って本社を出発している事が分かった。しかし予約していたホテルに一向に姿を見せる事は無く、当日の今日の会議にも現れなかった事から事件に巻き込まれた可能性を懸念していた所へ・・・先の映像が送りつけられたというわけだ。 先の爆発もあって、もしやと()()()()()()()()()調()()()結果、見ての通りこの車が当地区に入ったのを確認出来た。・・・恐らく上級代行官殿はこの地区のどこかにいる。そして我らグリフィンに仇なす敵対者も、万全の用意で我々を待ち構えているだろう」

 

「随分と手際がいいわね」

 

「ああ、()()()()()()()()()

 

ライトが訝しむように呟き、ブリッツは同意するように吐き捨てた。

 

妙な話だ。ヘリアントスがいるはずのホテルにおらず、かつ本日行われる重要な会議にも出席しなかった。

そこに例の爆発によるテロ攻撃。そこにどんな関連を予想したのか監視カメラの記録映像を洗いだし、結果ヘリアントスが乗っていたとされる車と同じナンバーの車を発見。そこから拉致されたヘリアントスはこのR20地区へと連行された可能性を見出だした、と。

 

いくらなんでも手際が良すぎる。ナビゲーターでもここまで早く情報を纏められるかどうかわからない。

ましてや、任務中だったとはいえ、ブリッツがヘリアントスの拉致を知ったのがつい先程だ。なぜ何の関係もないハロルドが自分たちよりも早くそれを知っている。

 

「・・・・・まさかな」

 

嫌な仮説がブリッツの脳内で形成されていく。しかしその仮説には明確な証拠がない。立証は出来ない。それに、今はそれ以上にやらなければならないタスクがある。今は捨て置く。

 

その一方で、ヘリアントスがこのR20地区にて囚われている可能性を提言したハロルドに、その部下たる人形たちは先よりも大きな動揺から更にどよめいた。しかしすぐに、人形たちの瞳には使命感による強い炎が灯る。決意の瞳だ。ヘリアントスを救出し、平和を脅かす敵を必ずや倒してみせるという決意の炎だ。

 

ああ、()()()()()()()。ブリッツが内心で呟いた。

 

ハロルドは人形たちの目を見て満足げに頷き、スピーチ台に両手を強く叩きつけ、前のめりで大きく声を張り上げた。

 

「諸君らに命ずる!これより第一部隊から第六部隊に分かれ、各自居住区内を捜索。敵を排除し、上級代行官殿を救い出せ。プランは追って諸君らに通知する。以上、直ちに武器を取り、総員出撃!!」

 

『了解!』

 

「────お待ちくださいフォスター指揮官」

 

士気も戦意も高揚したところで冷や水を浴びせるように、ブリッツは声を上げた。

やる気を削ぐようで申し訳ないが、このまま彼女たちに作戦行動をさせる訳にはいかない。

先程思い浮かんでしまった"懸念"もある。確証もないが、同時にそれを否定できるものもない。もしこの懸念が事実だとして、実際に起きてしまったら、グリフィンとしては大ダメージだ。それを可能な限り避けるにはこれしかない。

 

ブリッツはライトを引き連れて講堂内の真ん中を進んでいく。彼の纏う空気に気圧されて、人形たちが道を遮らぬよう避けてくれたのだ。

最短距離で壇上に立つハロルドのすぐ近くまで進み、見上げる。

 

「その役目は我々が請け負います。当地区の部隊はまず、一刻も早く居住区の住民の避難誘導をお願いします」

 

誰も彼もがブリッツに視線を向けるなか、彼は平然とそう言ってのけた。

 

「なんっ・・・何様のつもりだ!」

 

ハロルドがありったけの怒気を込めて声を張り上げる。

一刻の猶予もない。早くヘリアントスの救助に動かねばならない。そう言いたげにハロルドも周囲の人形もブリッツを見る。

 

その通り。全くもってその通り。だから別に構わない。ただ優先順位を間違えているだけだ。

 

「今現在、この爆発により一番混乱しているのは我々ではなく、居住区にいる民間人及び非戦闘員です。 こうした有事、ましてや敵対勢力による襲撃が疑われる場合、我々がすべき最優先の行動は一人の上司(みうち)を見つけ助けることではなく、民間人を一人でも多く、そして迅速に安全なところまで導く事でしょう。 我々MAGは今日ここに来たばかりでこの地区の地理に疎く、的確な避難誘導が行えない可能性があります。ですがフォスター指揮官の人形達はどのエリアのどこに避難施設があるかを把握している筈です。 上級代行官の救出ももちろんですが、それ以上になすべき事がある。・・・ここで長々と話しているこの時間すらも惜しいのです。一刻も早く避難誘導に移らなければ、多数の人命に関わる事態に発展しかねません。どうかご理解を」

 

「くっ・・・現場指揮官風情が偉そうに!」

 

ブリッツとしてはこれ以上無く、丁寧で分かりやすく伝えたつもりであったが、ハロルドは気に入らないとばかりに歯軋りしている。

そして、さっきも彼に言ったのだが、特別現場指揮官は上級指揮官と同等の権限を有している。極端な話、ブリッツはハロルドに命令できる立場なのだ。

ただ、ハロルドはグリフィンを支援しているスポンサーの息子。社内の立場はどうあれその事実は立場以上に重いのだろう。

 

面倒だとばかりにブリッツは一つ大袈裟にため息をこぼす。

こうなれば強硬手段しかない。

 

「ゲート、頼む」

 

言葉短く伝えられたそれを、これまでの様子を見ていたナビゲーターは素早く正確に把握する。

程なくして、空中投影ディスプレイに光が点る。映像はテレビ電話の画面だ。すでにコールされている状態だ。

 

『どうしたブリッツ指揮官』

 

それほど時間も掛からず、テレビ電話の画面にはベレゾヴィッチ・クルーガーの厳つい顔が表示される。

ヘリアントスの拉致という事態に、眉間には普段以上に深いシワが寄っており、いつも以上に厳つい雰囲気を醸し出している。

おまけに、それが大画面で表示されたために迫力も一段と増している。ハロルドも思わず面食らってしまった。

 

「社長に一点ほど確認が。上級代行官の拉致を表明し、この地区へ攻撃したと思われる敵武装組織の一件ですが、代行官の捜索及び敵部隊の鎮圧は我々MAGが行うと言う事でよろしいでしょうか?」

 

『構わん。フォスター指揮官、荒事はブリッツ指揮官に任せ、R20所属の人形含む全スタッフは、直ちに居住区にいる民間人及び非戦闘員の避難誘導に移れ。それが一番()()()()()()()()()()()選択だ。・・・これ以上の時間の浪費は許さん。総員、全力で事に当たれ』

 

こちらの意図を汲んでくれたのか、それとも偶々か。ともかくとして言質は取れた。これでややこしい事態は回避できた。

これでようやく仕事を始められる。敵の制圧及びヘリアントスの救助。それを遂行するに当たって最大の問題は危険に晒されている民間人の存在であった。いくら多目的戦闘群が精鋭揃いだとしても、避難誘導と並行しての作戦遂行は不可能だ。

そして、いくらスポンサーの息子だとしても社長直々の命令には背けない。それこそ支援している彼の親の顔に泥を塗ることになりかねないからだ。

 

これで全力で任務にあたれる。

 

「了解」

 

「くっ・・・了解」

 

片やいつも通りに。片やプライドを傷つけられた事からの屈辱から、全く異なる返答をもってして、通信が終わった。

 

それを確認し、ブリッツとライトは踵を返し、背中に背負ったそれぞれの武器。HK417A2とLWMMGを持つ。

 

「行くぞライト。任務の時間だ」

 

「了解、指揮官」

 

より一層鋭くなった兵士の気配を纏い、また人形たちが避けたことで出来上がった道を進み、二人は講堂から姿を消した。

その後姿を、ハロルドやその部下の人形たちはただ黙って見送るしかなかった。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

「ジーザス・・・」

 

R20地区のスラム。その外縁部ゲート付近。教会にてブリッツと別れた後、捕らえた教徒の男から引き出した情報を元にここへやってきたレイ、スケアクロウ、P90(ティナ)の三名。居住区からは離れているここからでも確認できる複数の爆発音と揺れ。あれほど夜空にハレーションを起こしていた街の光が消え失せたことから、厄介な問題が起きたことを察した。

同時に、その厄介な問題に対してやらなければならない事が幾つも幾つも思い浮かび、普段信じてはいない神にレイは思わず呼びかけてしまった。

 

このゲートを調べた結果わかった情報。そこから想定される最悪の可能性は、直ちにブリッツやクルーガーに報告しなくてはならない。

 

そう思っていた矢先のコレだ。詳しいことはわからないが、完全に後手に回ってしまったことはわかる。

 

とその時。ブリッツと共有していた通信回線にコール。

すぐに応答する。

 

「どうした?」

 

『どうも御三方。ナビゲーターです』

 

相手はやはりというか、ナビデーターであった。

 

「あぁ、丁度ブリッツに連絡しようとしていたところだ。何があった」

 

『端的に申し上げますと、この地区でテロが発生しました』

 

『あ?』

 

三人揃って素っ頓狂な声を上げる。しかしすぐにレイは気を取り直し「ああやっぱりな」といった具合に頭を掻いた。

ここで何かしらの手掛かりを見つけたのだろうと察しをつけ、ナビゲーターは自分の仕事をこなしていく。

まずはレイの持っている携帯端末と、身に付けているバイザーのリンクを確認する。その際バイザーにいくつかウインドウを表示させたのだが、それに対してレイが顔をしかめた。

 

『失礼、其方の端末とバイザーのリンクの仕方をチェックしてました。では改めて情報を端末の方に表示します。人形のお二方にもデータリンクしますね』

 

「えぇ・・・」

 

「どーもー」

 

完全に通信形式を解析された事に困惑した様子のレイである。確かに良くできた暗号通信ではあるし、普通なら解析すらさせないだろう。だがナビゲーターからしてみれば造作もないことだ。

 

やるなら最低でも6重のプロテクトを敷いた上で秒単位で暗号化プロトコルを変化させる。それ位の事をすれば、まだ苦戦らしい苦戦もあったのだが。

 

まあそこまでやるのは軍事関係者くらいですね、とナビゲーターは内心で呟くに留め、動画ファイルを表示させる。先ほどブリッツらがR20地区基地で見たビデオメッセージと同じものだ。

 

しばしの時間、動画の閲覧に集中している三人を横目に、ナビゲーターは並行してつい先ほど発進したUACSとのデータリンクを構築。多目的戦闘群とレイたちが十全に動けるよう様々な調整を行っていく。当然だが、ブリッツの使っているスマートグラスを始めとした装備と、レイの使っているバイザーとではフォーマットから何まで違うので、同じように情報を表示させるにはそれぞれで調整が必要だ。しかし、超高度な演算処理能力を有するナビゲーターの()()からすれば、これも造作も無い作業である。

 

やがて動画が終わったのか、レイは一度小さく息をつくとすぐに表情を引き締め直した。あまり見ていて気分のいい物では無い類の動画のはずだが、すぐに気持ちを切り替えて見せた。その辺りはまたレイもプロであることを示している。先の戦闘能力に身体能力。そしてこの精神。なるほど、クルーガー社長が仕事を任せるだけある人物であると、ナビゲーターはレイを評価する。

 

「それで、そっちはどう動く事になってんだ?」

 

『R20地区の部隊には民間人の避難誘導に当たってもらっています。攻撃された地点の制圧及びヘリアントス氏の捜索は我々MAGが』

 

ここまで説明し、レイが疑問から首を傾げた。

 

「捜索?人質がこの地区にいるのか?」

 

『ええ。フォスター指揮官の情報では、昨日ヘリアントス氏を乗せたグリフィンの社用車が、最寄りのジャンクションをこの地区に向けて移動しているのを監視カメラで確認しています。今日の爆発、合わせて先のメッセージではっきりR20地区に攻撃したと宣言しているので、状況証拠だけで見ればこの地区にいる可能性が高いという訳です。まぁ、今のところ何とも言えないですが』

 

これについては本当にその通りだ。監視カメラに映っていたという社用車だって、同型の車と偽造ナンバーがあれば用意できる。それを使ってわざとカメラに映った可能性だってある。

ナビゲーターもその監視カメラの映像を見てみたが、ドライバーの姿は見えたが人相までは分からず。かつヘリアントスの姿を確認することは出来なかった。

 

現状、ヘリアントスがR20地区にいるという確証は無いが、また同時にいないという証拠もない。捜索で手を付けるならまずR20地区から、という状況だ。

 

そんな不確定な状況の中、レイは得心がいったといった具合に声を上げた。

 

「ほーん?なるほどねぇ・・・社長からの前情報聞く感じ、この状況だとてっきりここの指揮官は我先に上司捜しに動くと思ったんだが」

 

『・・・よく分かりましたね』

 

驚いた。当たっている。ハロルド・フォスターの指揮官としてのプロフィールだけではここまでの予想は出来ないはずだ。おそらく、ここで何かしらの情報を掴んだのだろう。

 

「やっぱりな。でなきゃ、ここまで仕込んだ意味が無い」

 

『仕込んだ・・・?』

 

「あくまで推測だが、多分間違ってないと思うぜ。二人とも、ナビゲーターに調査結果をリンクしてやってくれ。そうすりゃ意味が分かる」

 

『はぁ・・・』

 

仕込んだ、という言葉の真意が分からないまま、スケアクロウとP90からデータリンクによってデータが幾つかアップロードされる。

データの中身は彼らのすぐ近くに構えているゲート周辺の状況。そしてその監視システムに関するログのようだ。

 

ゲート周辺については教徒の男を尋問した際に得られた情報と合致している。証拠としても使えるかもしれない。

だがそれ以上に問題なのはもう一つ。ゲートの監視システムだ。

 

データが正しければ、警戒システムそのものは生きているものの侵入者を感知する伝送系は完全に死んでいる。

おまけに、二日前の19時から22時までのおよそ3時間、ゲートとその周辺を監視しているカメラの記録映像が別の日に差し替えられている。差し替えられてしまった本来の映像は完全に消されてしまったようだ。

 

つまりは

 

『これは・・・つまり皆さんの最寄りのゲートが抜け道になっていると?』

 

「ああ、物理的に基地との接続が切断されているというオマケ付きでな」

 

『は?』

 

思わず間抜けな声を上げてしまった。すぐに基地のシステムを経由して確かめてみる。

 

『信じられない・・・本当ですね・・・。ゲートへアクセスを試みましたが、確かに基地のシステム経由だと入れません』

 

いくらナビゲーターが優秀であっても、接続そのものが途切れてしまっていてはどうしようもない。アクセスするには何かの端末をゲートの制御装置に繋がないとどうしようもない。

だがそれよりもおかしいことがある。

 

『それにゲートの監視システムと繋がっていないのに基地へ通報が入っていないのはおかしい・・・』

 

ゲートに何かしらの不備が起きている場合、基地に何かしらの形で通知されるのが当然だ。そうでなくては、悪意ある何者かに侵入される可能性があるからだ。そう例えば、今この時の居住区のように。

 

「その辺りは基地の方に細工か何かをされているのでは?私はそこまで入れませんので、そちらが今確認出来るのならやってしまってはいかが?」

 

スケアクロウから助言が入る。確かにこれは基地の方に問題がありそうだ。

 

『調べてみましょう。既にブリッツ指揮官の依頼で当基地は掌握していますので』

 

「お、おう」

 

何だか引かれたような気がするが、今はそれを気にするよりもやらなくてはいけない事がある。優先順位を間違えてはいけない。

 

基地のシステムを中心に調査。ウイルスやトロイの類による外部からの干渉を確認する。

並行して、UACSからのデータリンクを三人に共有させる。内容は戦況マップによる各部隊の展開状況だ。

スケアクロウとP90にも同様のデータを送ったのだが、何故かレイの端末を覗き込むようにして見ている。

 

彼らが現場の様子を伺っている隙に調査を進める。

結果はすぐに分かった。

 

『御三方』

 

「ん?」

 

『一通り調べましたが、特にウイルスやトロイの類の侵入はありませんでした。その代わり・・・』

 

「その代わり?」

 

『ゲートとの接続途絶の警報を受け取った後、通知を切った形跡が見られました。その後ゲートに修復作業を展開した履歴も無く・・・レイさんの仰った意味が現実味を帯びてきました』

 

つまりこれは、外部からの侵入を防ぐゲートに異常があると知っていながら()()()放置した事を示しており、それをする理由は職務上の怠慢などではない。

 

ハロルド・フォスターはわざと敵を迎え入れた。そして敵に居住区を攻撃させるまで放置した。

悪意と欲から計画されたマッチポンプだ。

 

レイが呆れたといった具合に息をついた。

 

「いくら金にならないっつってスラムをほっ放ってたにしても、有事にはそのまま盾になるゲートまで無視するとは流石に考えにくくてな。でもココを無力化して連中の侵入口にすりゃ、こんなザル管理じゃ事実上統治側の誰にも分かりゃしねえ。スラムの住人が見てたとしても口封じすりゃ済む。それにスラムと居住区の関所にいる人形だって、さっきのホログラフィックメモリーっつったか? アレ用のツールを指揮官権限で悪用すれば、人形が見た記憶データの改竄なんてぶっちゃけいくらでも出来るんじゃねえの?

歯ァ黄色くなるほど葉巻吸える奴の下に、職業意識の高い職員が何人いるかも分からねえしな」

 

これについては何も言えない。

R20基地の人事や職員たちの士気については把握していないが、確かにこの具合だと意識の高い職員がいるとは思えない。始めはいたかもしれない。が、その職員も染まってしまったか、嫌気が差してやめてしまったか。

それを調べるには今は時間が足りない。現在進行形でブリッツらに戦術支援を行っている真っ最中だ。余計な演算リソースは使いたくはない。

 

おそらくブリッツもこれを懸念していた。あのビデオメッセージを見た時から。正確には、ビデオメッセージが届いてからのハロルド・フォスターの手際の良さを見た時から。

 

「まぁ起こっちまったのを嘆いたって仕方ない。さっきも言った通り、ゲートは今物理的に基地と接続されてない。基地のコンピューター経由だと流石のアンタもアクセス出来ない。だが────」

 

「私やティナ、あるいは彼の端末を経由して無線でコンタクトする事は出来るでしょう。必要であれば彼に許可を取った上でアクセスしてもよろしくてよ?」

 

レイが見かねて空気を切り替え、スケアクロウがそう提言してくれた。

 

『・・・了解。必要と判断できた際は遠慮なく提言しますね。────さて、これからのお話なのですが』

 

改めてレイの端末に現在の状況を表示させる。

基地を除きほぼ全域が停電。通信系もやられているために民間用の回線は一切使えない。

ジャミングが無いのは幸いか。UACSの電波出力を駆使しても、ジャミングを貫くだけの強度を保てるかどうかわからなかっただけにありがたい。人形間通信のツェナープロトコルさえ使えればどうにかなる。

 

『ご覧の通り、現状は通信が著しく制限されている状況にあります。が、そこは一時的にはなりますが対応は可能です。ブリッツ指揮官が万が一劣勢に立たされた場合を見越して、通信アンテナを搭載した大型ドローンを二機持ち込んでいます。ドローンを飛ばして広域をカバーすることで、MAGの作戦行動に生じる支障は最小限に留まってます。御三方にはMAGのサポートに入って頂きたいと。併せて404小隊も敵拠点の把握に動いています』

 

404小隊についてはこれと同時進行で通達済みだ。指揮官という存在が無くとも作戦行動がとれる404小隊はこういうときでも動きが速い。

ヘリアントスから依頼されているだけに、彼女に何かあれば報酬が未払いになる可能性を理解しているのだろう。一名を除いて全員がやる気だ。

 

「OK。それじゃあナビゲーター、臨時で俺たちの案内も頼む」

 

『もちろんです』

 

「それと分かってると思うが」

 

『はい?』

 

「スケアクロウの姿が万一目に付くとパニックになりかねないんでな、こっちはウラの人間らしく別ルートで移動させてもらう。────つうわけでだ」

 

 

人が移動できるくらいの下水道の入り口まで、まずは案内よろしく。

それと地図もあれば尚のこと良し。

 

そう言ってきた。

 

それがどこか挑戦的な物言いだったのは気のせいだっただろうか。まるで、「基地掌握してんならそれくらいの情報すぐに手に入るだろ?」とでも言いたげな口調で。

 

ああ、なるほど。試されているのか。試されるなんて何時ぶりだっただろうか。ブリッツは『私』が出来る事しか言わない。指示しない。

何時ぶりだろうか。試されるなど。

 

いいだろう。存分に見せてあげよう。

 

この地区の調査が決まった瞬間から、ありとあらゆる情報をかき集めている。その情報の中には地理だけでなく、下水道の入り口はもちろんその水路に至るまで収集済みだ。

 

『了解しました。道案内(ナビゲート)はお任せください』

 

迷いなく目的地まで案内することを保証しましょう。

 

 

 

 





次回から脳筋指揮官の脳筋ムーヴが炸裂します


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OPERATION "Two-up" Ⅷ

VR版バイオ4が楽しすぎる。

本文には15万の文字が入るのよ!15000文字くらいなによ!
(要約:クッソ長いのでゆっくり読んでいってね)


 

「こちらグリフィン治安維持部隊第3班!リーダーのシカゴタイプライターだ!現在敵の攻撃を受け6番ストリート沿いの喫茶店に籠城中!負傷し逃げ遅れた住民もいて身動きが取れない!至急応援をよこしてくれ!」

 

シカゴタイプライターこと、SMG型戦術人形のトンプソンは通信機に向かって叫んだ。そうしないと敵から響いてくる銃声と、放たれた弾丸が急拵えのバリケードに着弾した音に掻き消されそうだったから。

 

武装集団の蜂起直後、運良く駐屯所ではなく巡回に出ていたこの3名は、グリフィン基地より指示が飛ばされるより前に付近の住民の避難誘導に入っていた。が、夜間とはいえまだ人通りの多かった故に道路は渋滞。車を捨てて徒歩で逃げるも、その多さが災いし混みあった。それでもなんとか誘導していたが、やってきた武装集団が彼女たちに攻撃を開始。

その際に住民が負傷し逃げ遅れた。負傷者を何とか引き摺りながら応戦しつつ咄嗟の判断でこの喫茶店に籠城することを決めた。

 

そこまではよかった。そこからが良くなかった。よほどグリフィン人形を恨んでいるのか、武装集団は外から喫茶店内に立て籠るトンプソンたちに攻撃を続行。身動きが取れなくなった。

 

通信機で基地に呼び掛けているんだが、うんともすんとも言わない。

 

彼女の近くには同じ治安維持部隊に属している戦術人形が2体。SMG型のMP5とHG人形のグリズリーが、敵の射撃の僅かな合間を狙って反撃するも、手応えらしい手応えが無い。

 

「指揮官はなんて!?」

 

グリズリーが半身たる45口径のマグナムを連射しながら問いかける。放たれた45ウィンチェスターマグナム弾は敵が寸前までいた車に着弾。車体に新たな風穴をこさえ微かに揺らすだけに終わった。

それに対しトンプソンは盛大に舌打ちした。

 

「応答しやがらねぇ!あのボンボンめ!仕事放棄か!?」

 

「いいから反撃してくださいトンプソン!」

 

悪態を放つトンプソンをMP5が諌めた。

それにトンプソンは「クソッタレ!」と更に強く悪態を吐き捨ててバリケードが身を乗り出してフルオート射撃。

タイプライターという通称の元となった銃声を轟かせる。

 

敵は先程から撃っては隠れ、撃っては隠れを繰り返している。誰かが撃っている間に他の誰かは位置を変え、変えた敵が撃っている間にまた他の誰かが別の位置へ。その繰り返しだ。

これといったパターンも無く、完全にランダムでかつ優位性を保ったポジショニング。

 

対してトンプソンたちは一ヶ所に留まり応戦するしかない。本来、こういった陣地内での攻防においては防衛側が有利なのだが、数の差と敵の動きが合わさり優劣は真逆となっている。

使った弾の数に対して倒した敵の数が全く釣り合わない。結果だけ見れば無駄撃ちしていると思われてしまうほどに。

 

状況は全くもって不利。絶望的に不利だ。

猫の手も借りたいとはこういう事なのだろうか。

 

トンプソンは再度通信機に手をかける。今度はグリフィン基地にではない。地区内にいるかもしれないグリフィンの部隊に向けて通信を飛ばした。誰かしらこの音声を拾ってくれればいい。

半ばヤケになって、トンプソンは通信機に向かって叫んだ。

 

「おい!ボーイスカウトでも誰でもいい!援軍を!」

 

『────了解しました。少々お待ちください』

 

応答があった。聞き覚えの無い女性の声であったが、確かに今通信機に応答が入った。

その事実にトンプソンは呆け、同様にグリズリーとMP5も通信機にも飛び込んできた声に呆気にとられた。

 

 


 

 

街の様子は昼間や夕方頃とは打って変わり、停電によって照明による光が失せた。しかし正体不明の敵からの攻撃によって破壊された建造物や車から上がる火の手によって煌々としている。

その光景は、日没前に見た景色とは似ても似つかない。まるで別世界と化している。

 

そんな街の中。片側二車線のそこそこ広い道路上。ブリッツは住民が乗り捨てたセダン車のフロント部分に寄り掛かるようにして身を隠していた。道路には攻撃を受けて慌てて逃げだしたのか、大量の自動車がエンジンをかけたまま乗り捨てられている。ヘッドライトも点灯したままの車もあり、おかげで視野の制限はなく身を隠す遮蔽物にも困らない。

そっと車の向こう側を見遣る。

 

視線の先。正しく完全武装といった装いの一団。数は20。

 

現在所属不明の敵武装集団は、散開しながらある一軒の三階建てビルの一階部分に断続的な銃撃を敢行している。

ビルの一階は丸々喫茶店のフロアであり、屋外にはテラス席もある。のだが、今となってはそのテラスも武装集団による攻撃によって見るも無惨にボロボロとなっている。

店内にはテーブルやらイスやら、とにかく遮蔽物となりそうなものを山のように積み上げたバリケードが砕けて無くなった窓際におかれている。そこからグリフィンの治安維持部隊が応戦しているという状況だ。

 

敵は小まめに位置を変えている為に有効打を与えられていない。まるでタチの悪いモグラ叩きのようだと、ブリッツは内心でごちる。

 

一つ、深呼吸をいれた。

 

「よし、一気に行くか」

 

417のチャージングハンドルを目一杯引いて離す。初弾が薬室へと装填され、ボルトがリリース。小気味良い乾いた音が鳴る。

417もこの襲撃に対してアタッチメントが変更され、アンダーバレルにはフォアグリップではなくM26 MASS"マスターキー"に変更されている。

 

「ペイバックしてやろっか」

 

トラックの荷台部分の陰に隠れているライトが、軽量中機関銃を構えながら獰猛な笑みを浮かべて見せる。

彼の周囲には彼と同様に車の陰に身を隠して、攻撃の瞬間を今か今かと待ち焦がれている人形たちがいる。

 

『合図するなら早くして。もうさっきから指が疼いちゃってんのよ』

 

後方のビル屋上に陣取り、狙撃態勢に入っているWA2000が待ちきれないとばかりに催促する。

 

「一〇〇式。今回は吶喊は無しよ。援護できないから」

 

FALが戒めるように告げる。告げられた一〇〇式は小さく「はい・・・」と見るからに落ち込んだ様子で返答する。

一〇〇式機関短銃に使われる8mm弾は、現代の防弾ベストを貫くには威力も何もかもが足りない。となると銃剣を用いた接近戦しか選択肢が無くなるのだが、今回のような自動車が多数あり、ある程度行動が指向されてしまう状況だと彼女の近接戦闘術は効果を発揮しにくい。援護する側も、遮蔽物が多いこの状況ではいざというとき動けない可能性がある。

 

よって、今回は相手の頭を抑える為の弾幕要因という役割しか無いのである。

そんな一〇〇式を、RFBは「出番は次に取っとこうね」と優しくフォローを入れた。

 

────さあ、雑談は終わりだ。

 

「All han(総員)ds.Weapons free.(武器使用制限解除。)Clear to engage.(交戦を許可する)

 

第一部隊全員が銃のグリップを握り直す。

 

「────Show no mercy.(生かして帰すな)

 

刹那、全員が身を乗り出して銃口を敵に向け、一切の躊躇いもなく銃声を轟かせた。5人程倒せた所で敵武装集団も一斉に攻撃開始。

 

それと同時であった。射殺し倒れ伏した敵兵が、突如として青白く()()()()()()

 

「うわっ、いきなり燃えたよ!?」

 

『Vector!アンタまさか焼夷弾使ったんじゃないでしょうね!?』

 

「あたしじゃないよ」

 

RFBが驚愕の声を上げ、WA2000が叱責のごとく告げる。Vectorは無表情のまま平然と返している。

 

ブリッツも突如燃えだした敵兵士に一瞬だけ目を見開いた。が、すぐに冷静になる。

この現象には覚えがある。

 

「全員気にするな。死んだら燃えるだけだ。後で説明してやるから射撃続行」

 

自分に続けとばかりにブリッツは417をフルオート射撃。ならそうしようと他の人形たちも銃撃を再開。

 

乱れ飛び交う無数の弾丸がブリッツたちが身を隠している自動車に直撃し、火花を散らして高張力鋼板を穿つ。

幸い、車内のシートや金属の塊であるエンジンがブリッツたちを凶弾から守ってくれた。

顔面のすぐ横を飛んで行った弾丸の飛翔音を聞き冷や汗を滲ませるが、負けずに銃撃を続行。

こちら同様、敵も上手く車を遮蔽物に使って銃撃をやり過ごしつつも応戦してくる。

 

手強い。そう感じた。

 

遮蔽物の着弾音と銃声から、敵の銃種を特定。口径は7.62mm。ファイアレートからバトルライフル。銃声からFN社製SCAR-Hであると断定。

閃光を放つマズルフラッシュ。それが一定の位置を保ったまま指切りのバースト射撃してくるあたり、敵はアマチュアではない。バトルライフルの反動は5.56mmとは比較にならないほど強く重い。不馴れな人間が使えば簡単にバランスを崩してよろけてしまうほどに。

それが無く、かつ的確にカバーポジションを確保しつつ銃撃出来ているということは、兵士として先の教徒連中とは比較にならないほどに高い練度を有している事を示している。少なくとも、遊びや趣味の連中などではない。

同じくバトルライフルである417を使うブリッツはそれがよくわかる。

 

「このままじゃ埒が明かないな。FAL、埒を明けてくれ」

 

『はいはい』

 

やれやれといった具合の返事をして、FALは半身からもう一つの武器、ダネルMGL-140を構えて3連射。40mm榴弾が敵が隠れている自動車ごと敵を吹き飛ばした。

 

「前進するぞ!」

 

遮蔽物から飛び出し、ブリッツは417をフルオート射撃しつつ前進。それに合わせて部隊も銃撃しつつ敵に向けて前進する。

 

が、すぐにブリッツは身を屈めて近くのコンパクトカーの陰に転がり込んだ。

直後、一拍前までブリッツの頭があった場所に弾丸が通過。後ろのセダン車のボンネットに大きな風穴があいた。

 

「2時方向にスナイパー!2階のバルコニーだ!」

 

叫んだ瞬間衝撃音と共にブリッツの頭上を弾丸が通り抜け、ガラスの破片が降り注ぐ。スナイパーがコンパクトカーのルーフ越しにブリッツを狙ったのだ。威力からして対物ライフルによる狙撃だ。もう少し頭を上げていたら首から上が無くなっていたかもしれない。

しかし3発目は無かった。

 

「スナイパークリア!指揮官大丈夫!?」

 

RFBが声を上げて報告し、ブリッツの身を案じた。

 

「問題ない!よくやった!」

 

礼を告げつつマグネティックを起動。自動車越しにいる敵兵士の姿をはっきりと視認する。それをマーキングしてデータリンクで人形達に共有する。

同時に417をリロード。チャージングハンドルを引きながら車の陰から先を見る。

 

敵は一ヶ所に纏まらずほぼ等間隔を維持したまま攻撃を続けている。

その時、横一列に並んでいた敵の一部。ブリッツから見て左翼側から爆発が上がった。咄嗟に周りを見渡せば、Vectorが無表情ながらどこか自慢げな顔で、見せびらかすように手榴弾の安全ピンを掲げながらブリッツを見ている。どうやら、彼女が車体下を潜らせるように手榴弾を投擲。結果手榴弾に気付かれること無く敵を倒したということらしい。

 

右手の親指を立てて見せれば、手を振る代わりに銃を軽く振り返した。

 

『ッ!Vector!RPG!』

 

後方より狙撃しているWA2000から緊迫した声色の通信が飛んでくる。同時に聞こえるはロケット推進音。

反射的に、Vectorはブリッツのいる方へと飛んだ。直後、敵の放ったロケット弾がつい今までVectorが背を預けていた車のフロントに直撃し、爆発。その威力は凄まじく、フロント部分を木っ端微塵に破壊し、まるでバイクのウィリーよろしく車体前方が持ち上がり、やがてルーフを下敷きにするかのように倒れた。

 

その爆風でVectorの身体は吹き飛ばされ、偶々その進行方向上にいたブリッツが受け止め身を隠した。

見たところ、外傷らしい外傷はない。

 

「・・・ありがと」

 

「礼なら後だ」

 

『RPG排除。目下脅威となる武器兵器は確認出来ないわ』

 

「了解した。よくやった。さあ、仕返しだ」

 

「わかった」

 

それぞれ車の陰から身を乗りだし射撃再開。前進し、戦線を押し上げたお陰で敵のシルエットがハッキリと見える。

 

同時に、向こうもこちらがよく見えている。おまけに相手はバトルライフル。この距離では自動車の鋼板などあまり意味がない。

戦闘服を着込んでいるところなら、まだ威力が減衰されていれば痛みだけで耐えられるが、頭部は無理だ。一発で死ぬ。

 

一層激しくなる銃撃戦の様相。一瞬でも気を抜けば即座に命を刈り取られる戦場。

その渦中にあってなお、ブリッツはどこか居心地の良さを覚えていた。緊張状態にあるはずの身体は程よく力みが抜け、心拍は平常時をほぼキープしている。つまりは状況に対して非常に落ち着いていた。

 

『いるべき場所にいる』

そんな確信を抱いてしまう程に、安らぎのようなものがブリッツの胸中には芽生えていた。

 

(ああ、"入った"な)

 

次第に思考は単一され、四肢の動きも効率的に無駄がなくなってゆく。敵の姿も、いつしか人間から動くマンターゲットへと認識が歪められていく。

それが、結果的に『撃たれる前に撃つ』という行動へと繋がっていった。

 

いつの間にか、身を隠すことを止めていた。『銃撃戦の最中は常に頭を低く保つ』を無視し、キルハウスよろしく立射のまま進んでいく。動くもの全てにサイティングし照準が。というより銃口が合えば一瞬の間も無く銃撃する。

それに合わせて進むものがいた。ライトだ。

 

ブリッツの隣に寄り添うように、歩調を合わせ。互いが互いをフォローしあう。

 

「リロード」

「カバー」

 

弾倉が空になった417をリロードするため、ブリッツはライトの後ろへと回り手早く弾倉を交換。その間にライトは銃撃を続けほとんど無防備なブリッツを守る。

 

「クリア」

「コピー」

 

リロードが終われば即座に射撃再開。二人並んで攻撃を続ける。

攻勢が勢いづき、戦況が傾いていく。

 

敵のシルエットがはっきりと大きく見える距離まで近づいた。大きく重い417からMk23に切り替える。

ダブルタップで確実にヘッドショットを決めていく。

一人。また一人と排除していく様はまるで掃除でもしているかのようだった。

 

次にFALが。その次にVectorが。そのまた次にはRFBが。一〇〇式が。

身を隠しながら銃撃していた序盤から打って変わり、いつの間にか部隊全員が身を隠さず、前進を止めることも無いまま一方的に攻撃していく。

 

すると、残りの敵はスモークグレネードを地面に転がし煙幕を張った。不利と見て一時撤退。文字通り煙に巻いて態勢を建て直しにかかったのだ。

 

普段なら、深追い無用と捨て置いた。

だが今回は、そこを逃すほどにブリッツの心情は穏やかではなかった。

 

「一〇〇式、出番だ」

 

了解。と告げる代わりに、一〇〇式はすぐに自分の腰にぶら下げておいたスモークグレネードを幾つか敵陣に向かって投げた。瞬く間に、ブリッツに投げたのも合わさり周辺を取り囲むように大きく濃厚な煙幕が形成される。

 

この武装集団を束ねるリーダー格の兵士は、この状況においても冷静さを保っていた。

敵の視界を潰し、撤退しようとしていた矢先にこちらも視界を奪われた。既にこの場における数の優位は失われている。おまけに1m先の状況すらわからぬ程に濃い煙。下手に動けば敵と鉢合わせる危険もあった。運良く煙から逃れられても、出た瞬間に文字通り蜂の巣にされる可能性もある。部隊は動けなかった。少なくとも、煙が晴れるその時までは。それはグリフィン側も同じだろうと。

 

幸いにして、6人ほどの残存戦力は互いに位置を共有できていた事からすぐに集結できていた。

 

それぞれが後ろを守り、何があっても対処出来るよう備える。

 

─────どれだけ警戒していても、視界を無くしてから7秒で人は冷静さを保てなくなる。

この状況を作り出した張本人である長い黒髪を持つ少女は、その7秒を待った。そして動く。

 

「一〇〇式、近接戦闘を開始します」

 

左手にトマホーク、右手に機関短銃を握り締め。煙に紛れるように、一〇〇式は敵のいた場所へと進む。

 

例え視界を塞がれようとも、気配までは遮られない。

押し殺した呼吸、微かな衣擦れ、踏みしめた足と地面の僅かな擦れ音。それらを統合し相手の居場所を探り当てる。後は簡単だ。

 

前のめりに倒れるように脱力。瞬間、戦術人形の持つ身体能力を解き放ち、アスファルトに踏み砕く。カタパルトから打ち出された戦闘機よろしく一直線に、全力で懐に向けて飛び込む。

 

地を這うように低い姿勢は、煙幕の効果も相まって急接近している一〇〇式の存在を敵から察知させない。

 

敵が一〇〇式の存在に気付いた頃には、既に彼女は目と鼻の先まで接近を果たしていた。

 

最高速度からの急停止。強く踏み込んだ左足を軸足として、さながらテニスラケットのフォアハンドよろしくトマホークを振るう。

 

振るわれたトマホークは敵の胴体を真っ二つに切断せしめた。戦術人形の膂力もあって、トマホークは勢いを失う事なく。かつ一〇〇式も止める事もなく、結果勢いを一切損なうこと無くダンスのようにクルリと回り、そのままもう一人がトマホークの餌食となった。今度は胴体ではなく右肩から左の脇腹へとその刃を通した。

 

そこまで至ってから武装集団もようやく動けた。

一歩引いて、素早く銃口を一〇〇式へと向ける。が、そこから火を吹くことはなかった。

 

一〇〇式が兵士たちの間に挟まる形で立っていたからだ。同士打ちの危険を即座に察知。優秀である彼らは引き金にかけた指から力を抜いた。優秀であるが故に力を抜いて()()()()()()()()

それは即ち動きが止まったことを示しており、一〇〇式にとっては好機以外の何物でもなく。煙幕の中であっても妖しく輝いて見える赤い目が残酷に敵の姿を見据えていた。

右手に握られた機関短銃を横薙ぎに振るいながら引き金を引ききる。発射時のマズルジャンプを利用しての全方向射撃。至近距離で放たれた幾つもの8mm南部弾ベースのホローポイント弾は兵士たちの頭部を穿った。この距離ならばいくら威力不足な銃弾であっても、命を刈り取ることは造作もない。

 

しかしこの一〇〇式。それだけでは終わらせなかった。

もれなく敵兵士全員がヘッドショットで終わっているのに、ダメ押しとばかりに銃の先端に取り付けられた銃剣こと、高周波ブレードを今一度横薙ぎに一閃。

 

防弾ベストなど意にも介さず、ブレードは兵士たちの生命維持に必要な臓器はおろか脊髄にまで及んでいた。

兵士たちは切り裂かれた胴体から大量の出血を及ぼして力無く倒れ伏した。

 

風に吹かれ煙幕が晴れる。

視界が戻り、最後に残ったのは。これまでより一拍ほど遅れて青白く発火する敵兵士だったモノと、全身に鮮血を滴らせて無表情のまま立っている一〇〇式だけであった。

 

敵の殲滅を確認。周囲に敵影無し。オールクリア。

ブリッツが一〇〇式に近寄る。それに気付いた彼女はこれまでの無表情からぱっと花が咲いたような笑みを浮かばせた。

 

「指揮官!終わりました!」

 

「ああ、よくやった」

 

グローブを外してから、ブリッツは一〇〇式の頭を撫でた。満足げに、一〇〇式は撫でられるに任せている。

返り血塗れな少女の屈託の無い笑顔。なんとも猟奇的な絵面だ。

 

褒めるのもそこそこに、本題へと向かう。

銃撃によってすっかりボロボロな外観に様変わりしてしまった喫茶店に歩み寄る。もちろん、その間に敵の増援が来るかもしれない事を想定し警戒した上でだ。

 

結果的には何事もなく、部隊は喫茶店の前に到着。

 

警戒しているのだろうか。バリケードの隙間から顔を覗かせる3人の人形が見えた。

ブリッツは417のハンドガードを持った状態で両手を上げる。攻撃の意思はないと表明している。

 

「見ない顔だな。何モンだ?」

 

「ご要望のボーイスカウトだ」

 

人形の問いかけにブリッツは茶化して答えるが、グリフィンの回線で語りかけた内容に関わることと、彼の背後にて周囲を警戒しているグリフィンの識別信号を発している人形たちを見て、3人はゆっくりと姿を表した。

背の高いメガネをかけた人形が前に出る。

 

「助けに来てくれて感謝するぜ。治安維持部隊第3班リーダーのシカゴタイプライターだ。トンプソンと呼んでくれ。後ろにいるのはグリズリーとMP5だ」

 

「グリフィン本部直轄部隊、多目的戦闘群。特別現場指揮官のブリッツだ。状況を教えてくれ」

 

「逃げ遅れた住民たちを何とか守ってた。負傷者もいて、不用意に動けば被害が増えるだけと判断して籠城していた。負傷者は応急処置を施してあるが、傷が深いヤツもいる。出来れば早いとこ病院に連れていってやりたい所だ」

 

「上出来だ。よくぞ耐えてくれた。称賛に値する。今からヘリを呼ぶ。君たちはそれに乗って住民と共に基地へと向かってくれ。基地なら負傷者の手当ても出来るだろう。その後、補給を済ませ次第戦線に復帰してくれ。状況が状況だ。今は一人でも多く戦力が欲しい。構わないか?」

 

ブリッツの要望に、トンプソンは獰猛な笑みを浮かべて、半身たるサブマシンガンを肩に担いだ。

 

「もちろんだぜ。やられっぱなしは私の性分じゃない」

 

「あたしもだよ」

 

「それが皆さんを守ることに繋がるのならば尽力します!」

 

トンプソンに便乗して、グリズリーとMP5が意気高揚と口上を述べる。

 

それを見たブリッツは一つ頷いて、ヘッドセットに手を当てた。

 

『治安維持部隊第3班。基地への帰還は許可できない。そのまま現地に残り戦闘を続行せよ』

 

割り込むようにして、R20基地指揮官のハロルド・フォスターが命令を下した。

 

トンプソンは明らかに怪訝な表情を、グリズリーは目を見開き、MP5はショックを受けた。

ブリッツも、その指示に目を細めた。

 

『今は一分一秒が惜しい。住民はそのまま安全な場所に退避させておけ。お前たちは近くのB小隊の援護に向かえ』

 

「本気で言ってるのか?怪我した住民ほっぽいて消耗した状態で援護に行けだと?」

 

トンプソンの言はまさにその通りで、優先すべき住民の保護を放棄するなどあってはならない命令だ。

補給なしに援護はともかくとしても、優先順位を間違えている。

 

『命令に従え。私は指揮官でお前たちは人形であり道具だ。道具はただ黙って命令に従っていればいい』

 

しかしハロルドは明確かつ具体的な理由を告げること無く切り捨てた。

 

「────?」

 

それに対して、ブリッツの口から明確な怒気が込められた声が飛び出した。

 

聞き捨てならない言葉であった。特別現場指揮官であるブリッツからすれば、人形たちは自分の背中を預ける兵士だ。戦友と呼び変えてもいい。

その戦友を道具扱い。到底許せる発言ではなかった。

 

同時に嫌な予感もした。

PDAを取り出して、UACSから得たデータリンクを投影した戦術マップを表示する。

 

予感が当たってしまった。指定していたB小隊の編成を見てつい顔をしかめてしまった。

 

全員がSMG人形だった。それも9mmの拳銃弾を使用するタイプの銃種だ。確かにこれなら市街地戦においても小回りは効く。が、圧倒的に火力が足りない。

もし敵集団が全員今しがた自分達が交戦した者たちと同じ装備であったのなら、いずれ押し潰される。

9mm弾なんて昨今の防弾装備の前には力不足も良いところだ。いくらバイタルパートに命中しようが、意にも介さぬ可能性すらある。素材によっては衝撃を受けても軽く叩かれたくらいのものと同等である。

 

劣勢になるはずだ。なるべくしてなっている。せめてAR人形が2体編成されていれば、最悪でも拮抗状態に持ち込めたというのに。

 

おまけに、敵はかなり高度な連携を取っている。趣味や遊びの連中ではない。間違いなくプロだ。それもかなりの訓練を受け、実戦経験も豊富なプロ中のプロ。

ロクな実戦経験の無い戦術人形部隊では撃退なんて望めないが。戦術マップを更に詳しく見てみれば、多目的戦闘群は健在であり損耗らしい損耗はない。ここのように撃退までは行かないようだが、よくやってくれているようだ。

対しR20基地所属の部隊は少しずつ。しかし確実に損耗を強いられている。それもこれも、でたらめな部隊編成によって人形たちの能力を最大限に発揮できず。かつ敵の練度が遥かに高く、ゲリラ的戦術を取って翻弄しているようだ。

 

C小隊に関してはHG人形3体にRF人形2体というかなり尖った編成となっている。市街地戦を決行するにおいては最悪に近い編成だ。戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)が一切ない。

 

『C小隊何をやっている!?さっさと敵を排除しろ!ああっ!クソ使えないグズどもが!HGはRFの盾になれ!使えないなりに遮蔽物くらいにはなるだろ!RF人形は敵の攻撃に合わせて反撃しろ!』

 

せめてヘリアントスを救出できるだけの時間を稼いで欲しいところであったが、しかしそれも無くなった。それもこれもこの地区の指揮官が出鱈目でメチャクチャな指示を出しているせいだ。

 

────ああ、もう限界だ。

 

「ゲート、ハロルド・フォスターを指揮システムから引き剥がせ」

 

『よろしいのですか?』

 

「無能な味方は優秀な敵よりも厄介だ」

 

『了解しました』

 

瞬間、通信機からハロルドの声が消えた。

すでにR20基地のメインフレームに侵入を果たしているナビゲーターからしてみれば、指揮コンソールの操作を封じる事でハロルドを締め出すのは容易いことであった。

 

改めて、ブリッツは治安維持部隊の3名に向き直る。

 

「そういうわけでだ。今から俺が臨時に指揮を執る。異論はあるか?」

 

「全く無い。むしろ歓迎するぜ、ブリッツ。───いや、ボス」

 

トンプソンを始めとして、グリズリーとMP5が姿勢を正して敬礼する。

 

「よし、では先の手筈通りに。ついでで悪いが、ハロルドという男を物置部屋にでも押し込んでおいてくれ。・・・ああ、一発までなら殴っていいぞ」

 

「了解だボス。話のわかる上司ってのはいいな」

 

どこかどす黒い笑みを浮かべている3人を横目に、ブリッツはPDAを通じてヘリを呼び出す。

現状で一番近い位置にいたファルケがすぐにやってきて、トンプソンら3人と住民たちを乗せて再度飛び立った。

 

ここまで平然と飛んできたところを見ると、もうこの近辺の対空要員は粗方排除できたと見ていいだろう。これで大分動きやすくなる。

 

『指揮官、一つ提案があります』

 

「どうしたゲート」

 

『臨時に指揮を執る場合、戦闘にも参加しなくてはならない指揮官の抱えるタスクが多くなりすぎます。それでは、この先の作戦行動にも多大な影響が出る可能性があると、失礼ながら意見具申をさせていただきます』

 

これについては、正直ブリッツも否定ができなかった。その場における現場指揮ならどうにかなるかもしれないが、この地区全体の指揮となると、どうしてもマルチタスクになってしまう。

チェスをしながら殴り合うようなものだ。効率が悪い上に、そもそも上手くいく想像が出来ない。

 

かといって、今から基地に戻れば部隊の士気にも影響が出るし、何より対応が遅れる。

 

『そこで提案です。今から私が助っ人を呼んできます。助っ人が来るまでの間、ブリッツ指揮官には臨時に指揮を執っていただきますが、そう時間はかからないと思われます』

 

「その助っ人とやらが来る公算は?」

 

『あくまで予測ですが、それでもほぼ間違いなく来ます』

 

ブリッツは悩む。

確実性は無いが、ナビゲーターがここまで言い切るということは、そういうことなのだろう。ナビゲーターは「ダメ元」や「一か八か」は絶対にやらない。膨大なシミュレーションをもって確実性の高い提案をする。

 

それを信じないというのは、これまでの彼女の功績からしてもとても出来ない事だった。

 

「分かった。そっちは任せる」

 

『任されました。必ず連れてきます』

 

「よし。その間に俺たちはB小隊の援護に向かうぞ」

 

「その前に、何で敵さんがいきなり燃え出したか。理由を教えてくださる?」

 

踵を返して行こうとした矢先、FALがわざとらしい上品な口ぶりで引き留めた。

 

ああそうだったなと。ブリッツはまた向き直って全員の顔を見る。全員が理由を聞きたいといった表情だ。

 

「ナノマシンによる情報保護機能だ」

 

「情報保護?」

 

RFBが頭にハテナを浮かべながら小首を傾げる。

 

「無断での他国への介入や極秘任務を請け負った兵士が現場で死亡、もしくは捕虜となってしまった場合。情報漏洩を防ぐためナノマシンが使用者の死亡を感知、もしくは任意の動作で燃焼処理を行うんだ。炭になってしまえば、人相も人種も全てが分からなくなるからな。敵に情報が渡るくらいなら消してしまった方がいい」

 

その説明に、聞いたものは皆一様に顔をしかめた。

 

ナノマシンはPMCの需要増加。そして戦術人形の発展に伴って同様に普及した技術だ。

I.O.Pの戦術人形がツェナープロトコルで通信を取るように、ナノマシンを投与された人間同士ならばリアルタイムでテレパシーのようにやり取りができる。もちろん通信端末でも可能だ。

 

この技術によって、人間兵士でも戦術人形と同等レベルの高度な作戦行動が可能となった。

戦術人形を起用しない、人間兵士のみで構成されたPMCにとっては、人形に対応できる手段の一つとして広く知れ渡っている。

 

(しかし・・・燃焼処理とは。ここまでやるのか)

 

ナノマシンと一言でいっても種類は様々だ。上記のように通信手段としてのもの。自然治癒力を高めるものといった医療目的のもの。

こういった燃焼処理まで出来るものは、PMCが多くあれど採用している所はかなり少ない。

それこそ正規軍の特殊部隊でもなければ使わない類いのものだ。

 

よほど正体がバレたくはないということだろう。万が一の情報流出を防ぐ徹底ぶりには、流石に背筋に冷たいものを覚える思いだ。

末恐ろしい。

 

「・・・さあ、講義は終わりだ。味方が待っている。急ぐぞ」

 

一抹の不安や悪寒を置き去りにするように、ブリッツは今度こそ踵を返した。

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

『────周辺に鉄血の信号無し。指揮官、任務完了です』

 

「了解。予定通り、ランディングゾーンに向かって。別部隊が既に確保しているから安心して。だけど、最後まで油断は禁物。無事に基地に帰還するまでが任務だからね」

 

『了解しました、指揮官。通信を終了します。では、また後程』

 

プツリ、と。指揮コンソールのスピーカーから音声通信が切れる音がした。

 

R09地区司令基地。指揮コンソールに据え付けられた幾つもの大型モニターによる光以外に光源らしい光源の無い薄暗い司令室にて。一仕事終えたとばかりにこの基地の女性指揮官、メリー・ウォーカーは上体を反らして体を解した。

 

つい先ほどまで、R09地区の外れに現れた鉄血人形の部隊を掃討する作戦を進行していた。おそらくは隣のR08地区にて行われた鉄血掃討作戦で取り零した敗残兵で、その証拠に敵勢力自体は大した事も無かった。

 

R08から取り零したという謝罪ついでの情報を入手。敵勢力を発見。部隊を編成し現場へ派遣。ドローンも併用しつつ策敵し、発見次第交戦。

見敵必殺を地で行く掃討戦は、情報入手から数えても5時間足らずで完了した。

部隊の損耗も無い完全勝利の様相であった。

敗残兵という事で、消耗している所を強襲するのは些かながら良い気分にはなれないが、放置する訳にもいかない。叩ける内に叩く。S10のあの指揮官のように。

 

「指揮官、どうぞ」

 

そう言って、今週の副官担当であるRF人形のTAC-50がメリーにコーヒーを差し出した。

湯気に溶け込むようにしてメープルの香りが漂っている。TAC-50には何でもかんでもメープルシロップを混ぜて食べるというただならぬ悪癖があるが、このコーヒーに関しては別だ。

大した作戦では無いとしても、頭を全く使わなかった訳ではない。部隊の損耗を抑えつつ効率的な指示を出し続けなくてはならないのだから。

疲労によって感じる頭の重さも、このメープルシロップ入りのコーヒーを飲めば、たちまち和らいでしまう。

メープルシロップの甘さがまたコーヒーのほろ苦さを引き立たせ、より美味しく思える。

 

ほっと一息つく。

そして不意に気付く。視界を遮る、というと大袈裟だが確かに自己を主張する前髪の存在。元々はブロンドのショートヘアだったのだが、今ではミディアムショートと言える程度には伸びてしまった。

 

ここ暫く。特にこの2ヶ月前後は忙しい日々を送っていた。

上級指揮官へと昇格してからの業務に、R12地区の奪還からの事後処理が重なって。とてもでは無いが髪を切る時間を取れなかった。

 

「んー・・・」と悩ましげな声を出しながら、メリーは前髪を指に巻いたりクリクリと弄ってみる。

 

「髪・・・長いのって好きかな」

 

「私は短いのも長いのも好きですよ」

 

自問のつもりで呟いた一言をTAC-50は耳聡く拾い上げ、ニッコリと笑って答えた。

ひとまず平静を装って「ありがとう」と返しはしたが、本当に答えてほしい人はここから遠く離れたS地区にいる。

今度、情報共有(という建前上の会話)の際に思いきって聞いてみようか。

しかしあの人の事だ。きっと気遣って「どちらもお似合いですよ」なんて言ってくれるはずだ。

それだったらいっそ、思いきって伸ばしてみるのも

 

「アリかも、なんてね」

 

『夜分に失礼いたします』

 

沸き上がった気恥ずかしさを隠すようにコーヒーを啜った。瞬間、電子音と共に指揮コンソールのスピーカーから電子的なノイズ混じりに女性の声が司令室に飛び込んできた。あまりに唐突な事で驚き、メリーは運悪く飲んでいたコーヒーを噴き出して噎せた。

 

「誰ですか!?」

 

コーヒーが気管に入り噎せて声が出せないメリーの背中を擦りながら、TAC-50は指揮コンソールに向かって投げ掛けた。

 

『失礼。私、S10地区にてブリッツ指揮官のサポートをさせて頂いているナビゲーターと申します。お久し振りですね、メリー・ウォーカー指揮官』

 

「・・・ブリッツ指揮官?」

 

ようやく呼吸が落ち着いてきたメリーが口元をハンカチで拭いながら顔を上げる。

 

『驚かせてしまい申し訳ありません。ただこちらとしても、呼び掛けに対し悠長に待っていられる状況では無く、無礼を承知で強制的に通信を接続させていただきました。

メリー・ウォーカー指揮官。貴女をこのR地区全域において、我々が最も信頼出来る指揮官と見込み、こちらで起きている事態の解決に協力していただきたいのです』

 

神妙に声色で語るナビゲーター。指揮コンソールのモニターにも彼女の顔は表示されてはいないが、きっとその声から想像出来る表情であることは間違いないだろう。

なにかとんでもない事態が起きている。

 

姿勢を正し、モニターにまっすぐ向き合う。

 

「詳細を」

 

『今から30分ほど前。所属不明の武装集団がR20地区を攻撃。同時に、ヘリアントス上級代行官の拉致を表明しました。変電所、通信基地局が破壊され、居住区のライフラインと通信インフラは壊滅。完全に孤立している状態です。幸いグリフィンが使っている通信回線は使用できますが、それでも厳しいです。

我々多目的戦闘群は、この居住区に侵攻してきた武装集団の制圧、及び拉致されたヘリアントス上級代行官の救出を請け負いました』

 

矢継ぎ早にやってくる短く端的な言葉の中に込められた情報量に、メリーは頭痛と眩暈のようなものを覚えた。

混乱しているのではない。頭は正常に働いている。正常に頭が働いているが故に痛くなるのだ。

 

確かに大変な事態が起きている。

それを解決するには自分の力が求められているということだろう。

 

「私は何をすれば」

 

『現状、居住区はR20地区基地所属の戦術人形と、我々多目的戦闘群が共同してかの武装集団と交戦中。R20の部隊には住民の避難誘導を。しかしR20の人形たちの練度不足と敵の奇襲によって劣勢です。我々も苦戦を強いられ、ヘリアントス上級代行官の救出にまで手が回らない状況です』

 

「ブリッツ指揮官の部隊が苦戦・・・?」

 

にわかには信じがたい。そんな思いがついメリーの口から溢れ落ちた。多目的戦闘群は、メリーが知る限りではグリフィンが保有する戦闘部隊。AR小隊やネゲヴ小隊に並ぶ戦闘に特化した特殊部隊だ。

人形たちも然ることながら、指揮官であるブリッツの実力もメリーは把握している。そんな部隊が苦戦を強いられる。その武装集団とやらの戦力がいかに強大なのかがわかってしまう。

構わずナビゲーターは続ける。

 

『メリー・ウォーカー指揮官には、R20地区基地の指揮官に代わり、交戦中の人形部隊の指揮をお願いします』

 

「R20の指揮官はどうしたのですか」

 

『はっきり申しますと、いないほうがマシです。更に言わせていただきますと、彼にはある嫌疑がありまして。こちらとしても彼が行う全ての行動に信用ができません』

 

ああ、本当に酷い状況なのだなと、そう思った。

居住区を攻撃されたということは、そこに住む住民も危険に晒されている。避難誘導もまともに出来ず、ブリッツ指揮官も任務遂行に手間取っている。

 

『指揮官、改めてお願いします。我々を助けてください』

 

なるほど、確かに助けが必要そうだ。

 

「・・・彼には。ブリッツ指揮官には一度じゃ返せない恩があります。これで少しは恩を返せるのなら、私は喜んで彼を助けますよ」

 

指揮コンソールに歩み寄り、自身の頬を叩いて気合いを入れる。

 

「ナビゲーター。R20基地の指揮コンソールをこちらと繋いでください。そちらで観測されている全ての情報もこちらに。貴女のことです。それくらい出来るのでしょう」

 

『無論です、メリー指揮官。ご協力に感謝します』

 

途端にモニターにR20地区居住区全体の航空写真を元に作成された戦術マップが表示される。同時に、現在展開されているグリフィン人形部隊の現在地とコンディションも投影される。

UACSによるリアルタイムな戦術データリンクだ。

恙無くこちらの指揮コンソールとR20基地の指揮管制システムとのコネクトも確認。

 

これならなんとかなる。

 

「さあ、もう一仕事です」

 




アプデしてライトさんが強化されましたねぇ。更に新しい装備も増えましたねぇ!
早速ライトさんに金の特殊徹甲弾(校正・強化済み)を装備したら、作戦能力が14000以上にまで上昇しました。たまげたなぁ

ウロボロスさんも締め切り間近でお迎えできて良かった。



ところで、ゲーム内の戦友のほとんどが半月以上前にMIAとなり、整理した所89人が30人ちょいまで減っちゃいました。悲しいなぁ。

良かったら戦友になってください。イベントで全然いいねが集まらないんですよ!
まあ支援部隊は脳筋だけど、宿舎は14だから!(精一杯のアピール)
ID:1326599


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OPERATION "Two-up" Ⅸ

アニメ終わっちゃいましたね。
んまぁ、期待通りの出来映えだったなって・・・。

じゃけんVIVYとGATEとコヨーテラグタイムショウの一話を見返していきましょうね~。




 

 

『────これはどういう事だ?ミスタークルーガー』

 

民間軍事会社グリフィン&クルーガー社本部。そこに設けられた管制室、もとい、R20地区を襲った武装集団へ対応するための臨時対策司令室。

 

その最高責任者でありグリフィンのCEOであるベレゾヴィッチ・クルーガーは、元より厳つい顔を更に厳つくさせながら、モニターを見遣り、スピーカーから聞こえてくる異質な声を聴く。

 

通信の相手はR20地区を攻撃している武装集団の代表。変声機による耳障りな声質の裏には、不機嫌や不愉快といった負の感情が見え隠れしている。

 

その理由を、クルーガーは知っている。

 

「居住区の住民を避難させようと行動している所、敵部隊と遭遇し交戦した。私はそう聞いている」

 

居住区を攻撃していた一部小隊が瞬く間に全滅。おまけに他小隊も損耗が目立ち始めている。

 

優位に動けるよう工作し、人質も取った。ここまでやれば誰であれ言うことをきく。例えどれだけ殴り付けようとも、文句の一つも言わなくなる。

そんな、どれだけ殴っても殴り返さない傀儡が、いきなり殴り返してきた。それも思い切り。そうなったら驚くのも当然だ。

 

そして思う。自分のやってる事の意味を分かっているのかと。

 

無論、理解していない訳は無い。それがどれだけ危険である事かなど、クルーガーとしても理解している。

理解した上で、殴られれば殴り返すよう部下(ブリッツ)に命じたのだから。

何より、当の本人までもがその気だ。

 

しかしそれをバカ正直に伝えようものなら、人質であるヘリアントスがどうなるかもまた、理解している。

故にクルーガーはあくまで『大筋の報告は受けているが、現場で起こっている事の詳細は知らぬ』とシラを切った。

実際にそれに近しい展開が全滅した小隊との戦闘で起こっていた為、強ち間違いと言うわけでもないと。

 

そんな返答を聞かされれば落ち着いていられる訳はなく、ノイズ混じりの電子音声の奥にも明確な怒りが乗り始めた。

 

『ミスタークルーガー、貴方は何か勘違いしている様だ』

 

「勘違い?」

 

『我々は"お願い"をしているのではない。"命令"している。あの女を返して欲しくば、我々の求める物を大人しく寄越せと。そういう命令をだ。身代金500万ユーロ、それをこちらが指定した口座に振り込め』

 

提示された額面は、大手PMCの経営者ですら目眩を覚えるほどの大金。命には代えられないとはいえ、あまりにも莫大な金額を吹っかけてきた事にクルーガーの眉は大きく歪む。

 

「随分と金に困っている様だな。同情しよう」

 

あからさまに憐れむ様に皮肉を混ぜた声色で返答したクルーガーに、相手のマイクが一瞬何か擦れる様な音を拾う。

ピクリと片眉を上げ、得心した様に腕を組み目を瞑るクルーガー。その顔には先程までの威圧感はわずかに薄れ、少しだけ心に余裕を取り戻していた。

 

『ミスタークルーガー。貴方の優秀な副官の命は我々が握っている。この手に持ったナイフ一掻きでどうとでも出来るのだ。これ以上我々へ抵抗を続けると言うのならば、ヘリアントスの命の保証は出来ないと忠告させてもらう』

 

遂に直接的な明言が出た。人質をどうにでも出来ると。生殺与奪はこちらにあると。一見それは相手を焦らせ、精神的に追い詰めていく策の一つに思える。

しかし当のクルーガーはそれを聞いてもなおどっしりと構え、閉じていた眼を開いてこう言った。

 

「ならばお前達が民間人への攻撃を止めれば良いだけだ。我が社の人形や戦闘員ならともかく、民間人の避難まで妨害しているのはそちらだろう。

それでは道を開くために現場が動くのは当然、そこに私の意思が逐一投影されている訳ではない」

 

これも半分は本当だ。有利な状況に持ち込める先制攻撃を、グリフィン側の部隊にさせぬよう働きかける事は出来ても、罪のない民間人に累が及びかねない敵の攻撃に対応しないよう呼び掛けるのは、人道的に見ても出来ない事だ。

 

そして同時に、クルーガーは相手に自分の姿が見えていないのを利用して、オペレーターの端末にブリッツへこの通信を転送する様メールで指示をする。

程なく転送用意が整ったオペレーターからアイコンタクトを受け頷いた。

 

『・・・・・勝手な事を。我々の兵力をここまで削っておいてどの口が言うか』

 

「ならばその文句は張本人に言ってくれたまえ」

 

『は?』

 

「このままでは埒があかん。お前が直接、今現場の指揮を執っている男に伝えるんだな」

 

クルーガーが手を上げて合図を送った。合図を受けたオペレーターはすぐにそれを実行した。直ちに、相手と繋がっていた通信をブリッツの通信端末に転送する。

 

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

「ゲート。今の内に現在の状況を教えてくれ」

 

治安維持部隊第3班と別れた後、ブリッツはR20地区の人形部隊であるB小隊の援護の為、6番ストリートからB小隊のいる5番ストリートに向けて進行中だ。

 

ジャマーの排除やCASに飛び回っているヘリを、安易に足として使えず。しかし車両での移動も住民が乗り捨てた大量の車か道路を塞いでいる。残る手段は徒歩での移動であった。

 

6番ストリート程ではないが、ここにも乗り捨てられた大量の自動車があり、それらの間を駆け足ですり抜けていく。

 

その移動中の時間を使い、ブリッツは状況把握をしようとナビゲーターに尋ねた。

 

『現在、第2第4第5部隊が敵と交戦中。損耗はありませんが、制圧には至っていません。敵の戦術と連携が巧みで優位性を奪われていますが、個々の練度によって持ちこたえている状況です』

 

「R20の部隊はどうだ」

 

『目もあてられません。部隊編成の偏りに、ハロルド指揮官の指揮が攻勢一辺倒だったせいで敵のゲリラ戦術に見事に嵌まり、被害が拡大。損耗率は40%に達しています』

 

「本来なら作戦失敗の撤退ものだが、ホームだからそれも出来ないか。いよいよ地獄めいてきたな」

 

退いたら地獄、行けども地獄。どん詰まりだ。

 

やはり、こちらで打開していくしかなさそうだ。

 

「アイツは。レイはどうしてる」

 

『下水道を使ってスラムから居住区へと移動中。水路図も提供しているので迷う事はないかと。─────それよりも、指揮官の耳に入れてほしい情報が』

 

低い声色から告げられたナビゲーターの一言に、ブリッツの双眸が細く鋭いものになる。

 

「続けてくれ」

 

『レイさん方が調べていたスラムのゲート。正確にはその監視システムですが、ある細工が施された形跡を発見しました。グリフィン基地への接続も物理的に切断されているというおまけ付きです。敵武装集団は、そこからこの地区に侵入したと思われます』

 

ここまで一定のペースで地を蹴飛ばしていたブリッツの足が、ピタリと止まった。

それに合わせ、人形たちも止まって周囲を警戒する。

 

「・・・警報は?」

 

『通知はされていましたが、故意に切られています』

 

「認識していたが無視したと」

 

『ただの怠慢では無いと思われます』

 

「・・・そうか」

 

額に手を当て空を仰ぐ。光源らしい光源がない現状で、満天の星空が瞬いているのが、何とも皮肉めいていて虚しく感じた。

 

『先の講堂でのブリーフィングも合わせて考えると、ハロルド・フォスター指揮官は今居住区を攻撃している武装集団を招き入れた可能性が極めて高いですね。理由はおそらく、わざと敵を入れて迎撃し実績を得るため。いわばマッチポンプを企てたと思われます。・・・これが、情報を入手したレイさん方の推測です。私も、この推測が可能性として一番高いと判断します』

 

「いや待て、それだとおかしい。それなら何故R20の部隊がここまでの損害を─────ああ、やっぱりいい。自分で言って気が付いた。利用されたんだな。R20を攻撃し、グリフィンに要求を呑ませる為に。適当な所で制圧される敵役だったのが本当に敵になったという訳だ」

 

『ここまで来ると、ヘリアントス上級代行官の拉致にも関わっていてもおかしくありません』

 

「間違いなく関わってるだろうな。それならあの手際の良さも納得だ。」

 

思い返すは、あの講堂でのハロルドの"演説"である。

地区への攻撃からすぐにヘリアントスの消息不明を察知し。その足取りを暫定的だが掴んでいた。普通、地区の攻撃と上官の行方不明は結び付かない。にも関わらず、ハロルドはそれを結び付けた。

 

知っていなくてはとても出来ない。

 

真っ先に「敵の制圧」ではなく「上官の救出」を優先したのは、「敵の規模や攻撃する範囲」を把握していたからだろう。

本来なら知り得ない情報を知っていたからこそ、優先順位を間違えた。

敵の排除、もしくは足止めをしつつヘリアントスを救出に行ける程度の戦力を地区内に招き入れた。

 

ハロルドはそのつもりだったのだろう。そういう約束事をした上で、予定通りの攻撃と思っていたハズ。

 

だが、敵はその約束事を反故にした。

敵は最初からこのR20地区を制圧する気で部隊を展開させた。その結果、ハロルドの部隊は甚大な被害を引き起こした。

 

してやられた、というのがハロルドの心境ではあろうが。ブリッツからすればただの"当たり前"でしかない。

ブリッツが敵サイドであれば、同じようにハロルドを利用する。侵略者としての汚名を被せられる位ならいっそ徹底的にやる。

 

あのビデオメッセージの通り、積年の恨みを晴らす事が目的ならば、これはまたと無い絶好の機会なのだから。

この攻撃でグリフィンをR20地区から追い出すも良し。追い出せずとも、居住区を傷物に出来ればグリフィンに軽くはないダメージが与えられる。

 

最早怒りを通り越して呆れすら覚える。

この事態がグリフィンの指揮官一人が人為的に引き起こした戦災だったとは。

 

「────いや。本当に一人か?」

 

確かに、事の発端にハロルドが関わっているのは間違いない。

だがあの青二才が、全て手引きしたとは思えない。ヘンブリーの件もある。おそらくはヘンブリーの武器取引の相手はあの教徒たちではない。

 

ヘンブリーは言っていた。「女が依頼してきた」と。この女がハロルドとヘンブリーを繋ぐ仲介人である可能性もあるにはある。だが、ああも練度が高く準軍事組織(パラミリタリー)並みの装備を揃えている集団が、また別件でヘンブリーに武器を注文するだろうか。

 

ハロルドとは別件で、偶々武器取引のタイミングが重なっただけか。そんなはずはない。偶然とするには不自然すぎる。ハロルドのマッチポンプとヘンブリーの武器取引は何かしらの形で。自分達が知り得ない何かで繋がっている。

 

ただどうにも見えてこない。まだ情報が少なすぎる。

おまけに、思考に時間をかけられる状況でもない。

仕切り直しとばかりに、止めていた足を再び動かし走り始める。

 

「そっちは後にしよう。他に何かあるか」

 

『404小隊がレイさんの指示で二手に分かれて行動中。UMP45とUMP9がグリフィン基地に向かいハロルド・フォスターのマッチポンプについての証拠集めに。侵入の際は私がサポートします。416とG11は例のゲート付近にて待機しております』

 

「・・・ああ、万が一の敵の逃走を防ぐためか。現状、この地区からの逃げ道はそこしかないからな」

 

『ご明察です。私はこの指示については妥当だと判断しましたが・・・問題はありますか?』

 

「いや、無い。俺もそう指示を出すだろう。それに、やつらもあれでプロだ。依頼を受けている以上合理的では無い指示は出さないだろうし、従わない。そっちは任せる」

 

『了解しました。それと、現在交戦中のB小隊についてですが────え?』

 

突然、ナビゲーターが困惑混じりの声を上げた。

 

「どうした」

 

『えっと、通信が入りました。グリフィン本部からです』

 

妙に歯切れの悪いナビゲーターの様子を訝しげに思いながらも、ブリッツはすぐに応える。

 

「本部から?クルーガー社長からか?まあいい、繋いでくれ」

 

微かな電子的で耳障りなノイズが一瞬響き、すぐに音質がクリアになる。

 

「クルーガー社長ですか?申し訳ありません。上級代行官の救出にはまだ時間がかかりそうです」

 

『─────なるほど、お前の仕業か』

 

ヘッドセットに飛び込んで来たのは、変声機を使った耳障りな声であった。

ブリッツは走り始めたばかりの足を止めた。

 

変声機を使っても分かる高圧的な声色は、この事態を引き起こした関係者である事を察するには十分過ぎた。

 

『本部経由で通信中。逆探知不可』

 

スマートグラスにそんな文章が表示される。

当然のようにされている逆探知の対策。ナビゲーターが本来の演算リソースを使えば例え複数のサーバーを経由し所在を眩まそうが、幾重にも施された高度なプロテクトを駆使していようが、ものの1分も掛からず発信源の座標をピンポイントで割り出せる。

だが現在ナビゲーターは作戦支援のためにかなりの演算リソースを使っている。いくら彼女でも、これ以上はどうしようもないだろう。

 

『随分と暴れてくれたものだな。おかげで部隊の損耗率が予想を大幅に越えてしまったぞ。R20だけなら、ここまでにはならなかった』

 

この口ぶりに、いよいよをもってブリッツは確信を抱く。コイツは敵だと。今この地区に蔓延る武装集団を纏めあげる存在だと。

 

「・・・そういうアンタも、随分困らせてくれたな」

 

受け答えをしつつ、ブリッツはハンドサインで人形たちに指示を出す。

一時的にライトに指揮を任せ、一〇〇式、RFB、WA2000を先に行かせる。

残りの二人、VectorとFALには残って一緒にいてもらう。

 

それぞれが頷いて、先へと駆け出していく者とその場に残って周囲を警戒する者に別れる。

 

その一方で、話も進んでいく。

 

『甘く見ていた。実戦らしい実戦を知らぬポンコツどもと思っていたが、よもや本物も混じっていようとは』

 

「そっちも、テロリストにしてはよく訓練されている」

 

『我々をその辺にいる蛮族と一緒にしないで頂きたい』

 

「やってる事は同じだろう。────それともPMC崩れとでも言ってほしいのか?」

 

煽るような。それでいて確かめるような。そんなブリッツの一言に、相手は押し黙った。

相手がどんな表情を浮かべているかは分からない。が、少なくとも愉快そうにはしていない事は確かだ。

 

「ずっと考えていたんだ。『もしこの蜂起を実行に移すならどんな勢力なのか』と。素人じゃダメだ。最初は良くても後々破綻する。となるとプロしかいない。それも、高度な訓練を受け実戦経験も積んだプロ中のプロだ。しかし、実際に事を起こすのなら何かしらのモチベーションが必要になる。仕事だとしても、グリフィン相手に戦争を吹っ掛けるにはリスクが大きすぎるからな。下手なプロ気取りは尻込みする。尤も、そこはあのビデオメッセージが答えを教えてくれたが。で、グリフィンに恨みを持つ武装勢力とくれば、PMCしかいない。PMCは現代における花形職業だが、この辺りの地域ではグリフィンに殆どのシェアを持ってかれているからな」

 

相手は未だに沈黙を保っている。

どういう心情なのかは一切分からないが、ブリッツは気にせず続ける。

 

「そして現在、戦力的にグリフィン相手に戦えるPMCは四社のみ。後は消去法だ。グリフィンに恨みを持ち、かつ所属している実行部隊が人形ではなく訓練を受けた人間兵士のみで構成され、かつ大規模に部隊を展開出来る。そんなPMCは一社だけだ。────お前らフレイム・スコーピオンズ社だろ」

 

『───!』

 

無線機の向こうで相手が息を飲んだのが分かった。どうやら当たりのようだ。畳み掛けるようにブリッツは言葉を紡いでいく。

 

「変電所といったライフラインを破壊したのに、病院や学校といった施設が破壊されたという情報はない。そういった分別があるあたり、確かにそこらにいるテロリストよりマトモだろうな。さもなきゃ戦争犯罪だ。

それにナノマシンによる情報保護機能による燃焼処理もそうだ。そりゃあ徹底して情報を隠蔽するだろうな。何せフレイム・スコーピオンズ社もPMCとしては大手だ。それが居住区を攻撃しているだなんて知れたらそれこそグリフィンと全面戦争だ。おまけにこちらは先手を取られてる。報復としては十分な理由だ。ハロルドもそのつもりだったんだろうな。わざとお前たちを迎え入れて、お前たちを叩き潰すことで実績を得て、グリフィン内での立場を確固たるものにする。お前らはそれを利用して逆に叩き潰す選択をしたようだが、そこはハロルドがマヌケだったというだけの話だ」

 

続けざまに言葉を紡ぎながらに、ブリッツは思う。そう考えると色々な辻褄が合うと。

 

しかしだ。

 

「だがそんな事はもう関係ない」

 

いかなる経緯があろうと無かろうと、今現在"事"が起きている時点でブリッツの考えは揺らがない。

 

「ひとつだけ伝えておくぞ。俺は必ずお前らをブッ潰す。首を洗って待っていろ」

 

相手が誰であろうとも、居住区を攻撃したのみならず、話の通じる信頼できる上官を拉致された。その事実が有る限り、ブリッツのやる事は変わらない。

 

『・・・忘れているのか?こちらには人質がいる。いかにお前たちが抵抗しようとも、人質の生殺与奪は我々が握っている。もっと理性的に考えろ。さもなくば、ヘリアントスは切り刻まれ、その肉がグリフィン本部に届くことになる』

 

相手が平静を装った、落ち着き払った態度でそう切り出した。

確かに、その通りだ。その通りではあるが、忘れている訳がない。この怒りの根元がそれなのだから。

 

「分かっているさ。だから丁重に扱えよ。彼女が死ねばこちらに遠慮をする理由がなくなる。お前らが今そうして俺にクソ生意気な口を叩けるのは、彼女がまだ生きているからだ。だが生きていたとしても許す気はない。テロリストには譲歩しない。これは国際常識だ。常識のないお前らは知らないだろうがな」

 

吐き捨てるだけ吐き捨てて一拍溜める。溜め込んだ息とどす黒い感情を言葉として吐き出すために。

 

「お前らが始めた戦争だ。降伏は認めない。五体満足で朝日を拝めると思うな」

 

通信を強制的に切断する。

 

「随分な大口を叩いたわね」

 

茶化すような、呆れるような。そんな口ぶりでFALが言う。Vectorも、やれやれといった具合に肩をすくめてみせた。

 

「言い過ぎたと思うか?」

 

「いいえ?むしろスッキリしたわ。そうでなくちゃね」

 

「早く行かない?敵さん火葬してあげなきゃ」

 

「ああ────」

 

ブリッツが振り返る。同時にレッグホルスターに収めていたMP7を引き抜き、すぐ傍に聳え立つビルの2階に銃口を向けた。その先。例の武装集団、フレイム・スコーピオンズ社の兵士が窓から身を乗り出すようにしてブリッツにSCAR-Hの銃口を向けていた。ゴーグルとフェイスマスクで表情は分からないが、ビクリと体を震わせたところを見るに驚いてはいるようだ。

 

「────灰塵に帰してやろう」

 

そんな様子を見つつもブリッツはMP7のトリガーを引いた。都合3発のバースト射撃。4.6mmスチール弾頭は敵兵士の鼻先に直撃し脳幹を破壊した。痙攣一つ起こすこと無く、糸の切れた操り人形のように力無く項垂れ、窓枠から溢れるように落下。その途中でナノマシンの情報保護機能が作動し青白い炎に包まれ、地面に落ちる頃には灰と化して虚空に舞った。

 

間髪入れず。反対側のビルに照準を合わせる。二方向からのクロスファイアを目論んでいると即座に察して動く。

が、それよりも早くVectorが同様に2階にいた敵を仕留めていた。FALも反応していたようだがVectorに一歩先を取られたようだった。

 

無表情ながらどこか勝ち誇った風に銃をリロードするVectorと、口を尖らせるFALの視線が交錯する。

負けん気を出すのは結構だが、こんなことで張り合うのは正直やめてほしいところだ。

 

それに、少数とはいえこうして敵がこちらの位置を捕捉し攻撃を仕掛けてきた。あまり長い時間同じ場所に留まるのはよろしくない。早急に移動しよう。

 

『指揮官、レイさんたちがC小隊の援護を開始しました』

 

「了解。引き続きサポートしてやってくれ」

 

『かしこまりました』

 

通信が終わり、一つ息をつく。

現状劣勢状態だ。ハロルドも敵であることがほぼ確定。R20の人形たちも戦力としては不安しかない。

 

幸いなのが、こちらには空からの目があること。そして、優秀な協力者がいることだ。間接的とはいえ鉄血と協力するのは気に入らないが、贅沢も言ってられない。使えるものは何でも使う。

 

「さあ、行くぞ」

 

MP7から417に持ち変えて、ブリッツは援護を待つB小隊の元へと向かい、地を蹴って走り出した。

 

 

 





今回はかなり難産でした・・・。
ぶっちゃけ前半はコラボ先の筆者であるchaosraven氏にめちゃくちゃ助けてもらいました。この場でも改めてお礼の言葉を述べさせていただきます。ありがとうございましたぁ!


前回、ゲーム内での戦友を募集したところ沢山の申請が届きまして、一気に50人を越えました。正直そこまで来ないだろうなと思っていたので驚きと嬉しさが同時にやってきました。なんか・・・暖かい・・・!

ところでメンテナンス後のアプデしたらスマホの容量が不足してゲーム出来なくなったんですがドルフロ君重すぎない??
現在執筆に使ってるタブレットでプレイしてます



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OPERATION "Two-up" Ⅹ

ついに10話目ですよ。長ぁい・・・。
少しずつ話が展開していきますよー。


 

「う~ん・・・」

 

月明りのみの薄暗い中、居住区とスラムを纏めて囲う外壁。その上で404小隊隊長のUMP45は暗視機能付きの双眼鏡を覗き込みながら、悩ましげに唸った。その視線の先には、グリフィン基地が聳え立っている。

 

敵武装集団の攻撃によって、R20地区の居住区からは文明的な明かりは消え去り、代わりにぼんやりと戦火の光が浮かび上がっている。

対称的に、R20地区グリフィン基地は照明がガンガンに稼働しており、そこだけ日中と錯覚してしまいかねないほどに煌々としている。

その敷地内もまた賑やかな様相であった。

居住区から逃げ延びた民間人が続々と基地の敷地内にやって来て、戦闘能力のない自律人形や人間のスタッフによって誘導されている。民間人の中には敵の攻撃に巻き込まれ負傷してしまった人間もちらほらと見受けられる。

基地に常駐している医師と治療の心得のある人形やスタッフがそれに対応しているという状況だ。

 

順調かどうかはさておき、避難誘導自体は出来ている。が、UMP45にとってそれはあまり有り難くはない状況であった。

 

なぜなら、これから彼女はこの基地に潜入しなくてはならないのだから。

 

スラムの教会でレイとブリッツの両名から別れ、独自に行動していた404小隊であったが、正体不明の武装集団による居住区攻撃が確認された事で、彼女たちの任務は一気に変容した。

 

元々の依頼は裏の武器商人であるヘンブリー・ステインの調査。そしてその顧客の正体を洗い出し、起こり得る最悪の事態。R20地区の武装蜂起を未然に防ぐ事だった。

 

だが蜂起は起こってしまった。それも、依頼主であるヘリアントスの誘拐というおまけ付きで。

そのおかげで任務の変更が余儀なくされた。S10基地のナビゲーターからの協力要請で蜂起を起こした敵の拠点の捜索を開始。ここまで大々的にやっているのだ。地区内に司令部として使っている拠点がどこかにあるはずだとして。

 

ただそれから少しして、再度ナビゲーターから連絡が入った。それもよろしくない情報と共に。

 

レイが集めた情報からR20基地の指揮官であるハロルド・フォスターが、今起きている暴動を敢えて引き起こし、それを鎮圧する。つまりマッチポンプを企てた可能性があることを示したのだ。

 

『敵拠点捜索を頼まれてたと思うが状況が変わった。それよりもやってほしい事があるんで、キミ達にゃそっちを任せる。404小隊はこれから二手に分かれて動いてほしい。ナビゲーターから共有されたと思うが、どこぞのヤク汚職指揮官みたく内輪で粛清するならともかく、スポンサーの息子を後腐れ無く排除するにゃもうひと働きする必要がある』

 

『つうわけでだ、45はナインと一緒に基地に入ってサーバーを洗ってくれ。ナビゲーターはブリッツ達のサポートがあって、ハッキングに余計な演算リソースは割けない。既に内部のセキュリティは彼女が掌握してるから、侵入自体はフリーパスだ。中のシステムにアクセスして証拠を引っ張り出せ。通知切った履歴くらい、仮に消されててもサーバーごとデータ復元すりゃ出てくるだろ。ドタバタしてる今ならサーバーが先祖返り(ロールバック)しても大した問題じゃない』

 

『それと指揮官が使う端末の通話記録、地区内の電波履歴を照らし合わせてくれ。ここまで派手に暴れさせてんだから、何かしらの打ち合わせはしてる筈だ。片っ端から探し出せ。

それさえ分かりゃ敵の正体、及び拠点の疑いがある地点を割り出すのがかなり容易になる。このバカ騒ぎを起こすのに拠点が無いなんてあり得ない。必ず何処かにホットスポットがある。キミのスペックでやれない訳ぁ無い、見つけ出せ。最後に、もし可能ならばホログラフィックメモリーの関連機材も調べてほしい。ああいう手合いが自分の足でゲートに細工するとは思えん。人形にやらせた後、その記憶を改竄した可能性もある。出来るなら当たってくれ』

 

『416とG11(ねぼすけ)は、俺たちが調べてたゲートに向かって欲しい。もし敵が外へ逃げるなら、基地から遠隔で隔壁を閉じれず、かつ兵士もいないあそこへ向かうに違いない。万が一に備えての抑え役だ。完璧な奴に任せるぞ』

 

情報と同時に届いたレイからの指示(オーダー)だ。

ちなみに、オーダーの中で出てきた「ヤク汚職指揮官」というのは、違法薬物を取り扱う裏組織と繋がっていた某地区のグリフィン所属の指揮官の事だ。

その裏組織はレイ(とスケアクロウ)の活躍によって潰され。指揮官については404小隊と合同で粛々と処理された。

 

本来、グリフィンでもないレイが404小隊に指示を出すのはおかしな話なのだが、状況が状況だ。正確な情報と明確な指示があるのはありがたい話であるし、レイという個人についても信用出来る人間だ。拒否する理由もない。

 

更に言えば、オモテの部隊である多目的戦闘群のブリッツより、ウラの人間であるレイから指示を受けた方が存在しない部隊(404小隊)としても都合が良い。

 

そういった経緯から現在、404小隊は二手に分かれて行動中だ。UMP45の隣には彼女の代わりに周囲を警戒してくれている妹のUMP9がいる。

 

「45姉っ。どうやって忍び込む??」

 

UMP9が明るい口調でそう問うてきた。それこそが今UMP45が悩んでいる所であった。

 

グリフィンに雇われているといっても実質部外者である彼女たちが、内部に侵入するのはそう簡単ではない。

 

避難してきた民間人に紛れて侵入することも考えたが、そうなると敷地内ならともかく基地内部に侵入することが出来なくなる。人の目が多すぎるのだ。同じ理由で集った団体から極少数が離れるのは意外と目立つ。何かに意識が向いていたならば、それも上手くいったかもしれないが。

 

これが"普段の"隠密潜入ならば、目撃者を消せばそれでいい。しかし今回はグリフィンの基地に潜入だ。基地に属する人間全員が黒ならばそれも出来たが、その確証が無い。間違って無関係な人間を殺してしまえば後々大問題だ。尤もそれは、諸々が()()()()の話だが。

 

とはいえ、見つからずに済むならそれに越したことはなく。

 

「そうねぇ・・・定石(セオリー)通りに裏口から潜入かしらね」

 

正面玄関とヘリポート付近の広い空間に民間人とグリフィンのスタッフが集中している。逆に言えば、今は裏口側は人通りが少ない。レイの話を信じるならば、近付けさえすれば容易に入れるはずだ。

 

「さあ、行きましょうか」

 

双眼鏡から目を離し、UMP45はすっくと立ち上がった。

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

 

闇に紛れて素早く動くことなど、404小隊としては普段の任務から当たり前のようにやってきた事だ。基地内部が避難民に集中している今のタイミングであれば、その外周に近づく事など造作も無い。

恙なく裏口に回り込み、ドア近くに張り付けた。

 

が、その侵入口は最先端の電子ロックなどではなく、前時代的なカギであった。当然、ロックが掛かっている。

これが電子ロックだったなら、ナビゲーターとやらが開けてくれたか。そうでなくともUMP45が電子ロックに手を翳すだけで簡単に開けられた。

 

しかし、こういった状況に対する用意が無いわけではない。

 

「ストレージに入れてきて良かったわね。コレ」

 

UMP45が自身の右手を見る。すると掌に幾つもの線が現れ、さながら3DCGのワイヤフレームのように瞬く間に線同士が繋がり交わり、形を成していく。やがてそれは実物となって現れた。

掌に現れたのはアナログなカギを開けるのに用いられるピックガンだ。

 

ピックガンの先端を鍵穴に差し込み二度三度とトリガーを引く。すぐに固定している内部のピンが外れ、鍵穴が回った。

役目を終えた開錠ツールはまるで煙となって霧散するように消えた。

 

無かったものが出てきて、有ったものが消える。これは何もUMP45が手品師か何かであるという事ではなく、歴とした科学技術による現象だ。

 

“ストレージ”と呼称されるそれは、任意の物体を量子変換しデータ化し格納することができる画期的な機能だ。

 

元々は鉄血工造が開発し、一部のハイエンドモデルにのみ採用された技術だったが、ある出来事をキッカケにこの技術が16LABのペルシカリアへと行き着いた。そうして入手した技術を解析し実用化されたものが、今UMP45とUMP9が脚部に装着されている外骨格に内蔵されている。

 

ちなみに余談だが、UMP45のストレージには自身の半身たる銃に適合した予備弾薬やスモークやスタングレネード以外にも、任務中の空いた時間でも有意義に過ごせるようティーセット一式が収納されている。今回に限って言えば出番はなさそうだが。

 

ともかく、音を立てぬよう慎重にゆっくりとドアを開けていく。人一人最低限通れる程度に開けて、すり抜けるように内部へと侵入した。

 

後続のUMP9が小さな声で「おじゃましまーす」と無邪気に挨拶した。その際、UMP45以上に女性らしい起伏を持つUMP9の体が一部がドアを押し広げた。45にとっては十分でも、9にとっては狭かったようだ。

その事実に、45は一瞬能面の如く表情が消え去った。

 

しかし今は任務中の身。個人的な心情は二の次だ。

そっとドアを閉めて前進。サイドアームの45口径モデルのサプレッサー付きUSPタクティカルを構える。UMP9は自身と同じ9mm口径のUSPタクティカルだ。

 

中腰姿勢で動きは小さく、かつ素早く。

近くの基地内部へと入れるドアに張り付き、そっとドアノブを捻る。今度はカギは掛かっていなかった。USPを構えながらゆっくりと開けていく。

 

通路は明るく、遠くまで見渡せたため誰もいない事をすぐに確認できた。一度アイコンタクトを入れてから侵入した。

ドアを閉めて外界との繋がりを絶つと、途端に耳に押しかかるような重く物静かな空気が二人を迎え入れた。

 

ここから先はスピード勝負だ。最短距離でサーバールームを目指す。

身を屈めながら二人は駆けだした。R20基地の見取り図は既にナビゲーターから入手している。現在地からサーバールームまでは少し遠い。時間を掛ければそれだけ発見のリスクも上昇する。

 

曲がり角も素早くカッティングパイでクリアリング。時折物資を抱えた人間スタッフがやってくるが、その時は近くの部屋に入ってやり過ごす。先に別の人間なり人形なりがいたらアウトだが、幸い今のところそういった事故は無い。

 

サーバールームまであと30メートル。流石に中枢に近付いているだけに人の数が増えてきた。中々目的地に近付けない。

忙しなく動く人や人形を覗き見て、UMP45はどうしたものかと思案する。

 

その時であった。思案するUMP45に冷や水をぶっかけるように。静寂を破るように耳をつんざく警報が鳴り響いた。

まさか侵入がバレたのか。

 

「45姉!こっち!」

 

警報に負けじと声を上げたUMP9の方へと振り向く。そこには近くの一室に身を隠しながら、二人程度ならスッポリと入れそうな大きい段ボール箱を掲げた彼女の姿があった。

まさかそれに入って隠れるつもりか?そう怪訝に思うも、それ以外の方法も思いつかず。9のいる一室に入ってから二人肩を寄せ合って段ボールを被った。上蓋はガムテープで完全に閉じられているが、底の方は綺麗に切り取られている。これなら段ボールを被りながらも移動が出来そうだ。

部屋には他にも大小さまざまなダンボールが壁に沿う形で集められている。どうやらここは資材置き場か何かのようだ。これならこの不自然に大きいダンボールでもあまり違和感なく溶け込める。

 

「よく見つけたわね、コレ」

 

「えへへっ。ストレージに入れておいたの!こんなこともあろうかとってヤツだよ!」

 

「ああ、そう・・・。ともかくこれなら暫く大丈夫そうね」

 

改めてどうするか思案を始める。意識を外へと向けてみれば、俄かに慌ただしくなってきているのが分かる。明らかに様子が変わった。

 

『基地の全スタッフに告げる!緊急事態発生が発生した!指揮機能の保護のため幹部役員以外による司令室への接近を禁ずる!それ以外の者が近付いた場合は警告無しに即射殺する!繰り返す!幹部役員以外の人員が近付いた場合は即射殺する!』

 

基地全体に行き渡るよう仕込まれたスピーカーからノイズ混じりに男の切羽詰まった声色が響き渡る。声紋からこの基地の指揮官であるハロルド・フォスターであることが判明。

内容から察するに、基地に侵入した自分たちに気付いた訳では無さそうだ。ただそれにしても不可解な内容だが。

 

指揮機能の保護の為に司令室に近付くな。近付いたら殺す。要約するとこうなるわけだが、やはり訳が分からない。指揮機能の保護が理由なら寧ろ司令室への人の出入りは増やすべきだ。でなくばそれこそ、この基地の指揮能力が無くなってしまう事になりかねない。

そもそも、今この基地に指揮機能がまともにあるかどうかも分からない。

 

一応今の放送は録音しておいた。正直これだけでもハロルドの指揮官としての適性に問題アリと判断されても文句が言えない。しかし彼女たちの本命はハロルドの指揮官としての能力調査では無く、ハロルドと敵武装集団との繋がりを示す明確な証拠だ。

 

と、その時だ。資材置き場に何者かが入ってきた。

二人は咄嗟に息を殺す。

 

段ボールのせいで状況確認が上手く出来ないが、音だけでもある程度判断ができる。

まず聞こえてきたのは足音。硬いものが床にぶつかる音だ。軍用のブーツかと思ったがそれとは違う。革靴だろうか。

次に聞こえたのは荒い息遣い。典型的な緊張による速く浅い呼吸だ。

衣擦れから察するに、この何者かはこの部屋を見渡しているようだ。その際に聞こえる小さい金属音のような物も聞こえた。おそらく銃であろう。

 

「誰かいたか!?」

 

部屋の外から男の声が聞こえる。それに対し、部屋に入ってきた何者かが「誰もいない!」と返した。ここでようやくこの何者かが男であることが分かった。男は慌ただしく部屋を飛び出し通路を駆けていき、やがて足音は警報の音に紛れるようにして聞こえなくなった。

 

ただならぬ様子であった。

銃を持った男が基地内をクリアリングしている。もし見つかっていたらどうなっていただろうか。捕まるだけなら逃げ出せるが、有無を言わせず即刻射殺されていたかもしれない。

 

殺気立っている。内部で何かがあったことは確定だろう。

 

『────404小隊、聞こえるか?』

 

「聞こえてるよ!」

 

考え事をしていたせいで無線機の応答が遅れてしまった。相手は基地に潜入するよう指示したレイだ。

代わりにUMP9が溌溂と応えてくれた。ちなみに声自体は出していない。電脳内で無線のやりとりが出来る為、実際に声を出さずとも応答が可能だ。

 

『潜入はどうだ?』

 

「今45姉と一緒に段ボールに隠れながら潜入してるよ。ものすごくバタバタしてるし警戒レベルMAXになってるし、みんなすっごいピリピリしてて殺気ダダ漏れ。オマケにさっき放送があって、要訳すると"基地の指揮機能を守る為、例えグリフィン所属であってもR20指揮官の側近以外で司令室に近付いた者は問答無用で即射殺する"って感じの事を言ってたよ」

 

『何??』

 

訳が分からん。そう言いたげにレイは疑問符を浮かべた。それもそうだろう。実際に現場にいる自分たちですら何故そんな判断を下したのか分からないのだから。

 

「よっぽど知られたくない何かがあるのか分かんないけど・・・だから私達がいくらヘリアンの指示で来た人形だって言っても、見つかったら多分即撃ち殺されちゃうね♪」

 

決して明るい口調で言うようなことではないが、確かに言っている事はその通りなので言及はしない。

 

「そのとおり。私達は見つかる訳にいかないの。あ、一応放送は録音しといたけど、聴く?」

 

『いい。それと証拠が要るのは俺じゃなくてブリッツ達の方だ。渡すんならそっちに送ってやれ。とにかく状況は分かった。見つからねえ様に気を付けて』

 

「了解だよっ」

 

「ありがと。頑張るわ」

 

通信が終わる。UMP45は一つ深く息をついた。

 

「・・・さて、言ったからにはやらなきゃね」

 

「45姉頑張ろうねっ」

 

「そうね」

 

電脳内のデータストレージから基地の見取り図を引っ張り出す。

目的地であるサーバールームは問題の司令室にほど近い。更に言えば、現在地から最短ルートで行くには司令室の前を通るしかない。見つけ次第即射殺などと宣っている物騒な場所を通らなければならない。遠回りだが別ルートもある。しかし時間を掛ければ見つかるリスクを上げるだけだ。レイの真似をして通気口から通るルートもあるが、この基地は何かと金が掛かっている。ダクト内に何かしらの対侵入者用のトラップがあってもおかしくはない。

更に付け加えるなら、司令室への接近すら禁止するような指揮官が、通気口の存在に気付かないなんてことは無いだろう。

ああいった手合いは自己保身の為ならば徹底して対策する。

 

「ねえ45姉。いっその事さ、直接司令室に行くのってどうかな??」

 

「いやそれは・・・・・イイわねソレ」

 

一度は否定しようとしたそれは天啓の如く、UMP45の電脳内を駆け巡った。

 

どうせリスクがあるのなら、より確実なほうが良い。それに司令室なら例のハロルドだっているだろう。事の詳細を本人に問いただしても良い。

それに幹部役員以外近付くなという事は、ハロルドの企みを知る人間だけが司令室に集まっている可能性が高い。つまり、無関係な人間を誤射する可能性も必然的に下がるという事。それならいくらでも言い訳が立つ。

 

『でしたら、私も協力します』

 

いきなり通信に飛び込んできたナビゲーターに二人は一瞬ぎょっとする。

 

『ブリッツ指揮官の指示で、既にこの基地のメインフレームを掌握しています。私なら、固く閉ざされた司令室の隔壁も操作できます』

 

「・・・それが出来るなら、わざわざ私たちが忍び込まなくても肝心の証拠を確保できるんじゃないの?」

 

『確かに出来ますが、証拠は実物として確保した方が信憑性が高くなります。データ上だけでは不十分なので「ハロルド・フォスターが関わっているという事実確認と物的証拠」が必要なんです。同時に、ハロルド・フォスターの身柄も。そこは貴女方にお願いせざるを得ません。どうやら、便利なモノをお持ちのようですし』

 

便利なモノとは、おそらくはストレージの事だろう。それに入れて証拠を持ち帰れと、そういうことだ。

UMP9がストレージから段ボールを取り出した所を見たのか。それとも侵入前か。

 

「・・・はぁ~あ、了解よ。フォローは任せるわ」

 

『お任せを』

 

瞬間、何か物々しい音が響き始める。すぐにそれは収まるが、段ボールを被ったままでは何が起きたかを察する事が出来ない。

 

『ただ今、通路内の隔壁を閉じ人の往来を遮断。司令室までのルート上を無人にしました。もう隠れる必要はありませんよ』

 

もし今、ナビゲーターの顔が目の前にあったとしたら、それはそれはきっとニンマリとイイ顔をしているに違いない。UMP45はそれを確信した。

 

ともかく、もう隠れる必要は無いようだ。

 

「よぉ~しっ!行こっか45姉!」

 

UMP9が勢いよく立ち上がり、そのまま被っていた段ボールを放り投げるように外しストレージに収納。UMP45も立ち上がって腰あたりに付いた埃を叩き落とす。

 

「そうね、ご挨拶に向かうとしましょうか。ハロルドには、たっぷりとお礼してもらわなきゃいけないし」

 

ドス黒い微笑をもってして、UMP45は半身たる同名のサブマシンガンを構え直す。チャージングハンドルを少しだけ引いてチェンバーをチェック。初弾は問題なく装填済み。マガジン内の残弾も同様に。

UMP9もチェックが終わったようだ。

 

資材置き場から出る。相も変わらず警報はがなり立てているばかりで、鳴り止む気配がない。

基地の見取り図も、ナビゲーターがアップデートしてくれたのか。隔壁が閉じている部分には赤いマークが入っている。丁寧な仕事ぶりだ。

 

司令室までの最短ルートは確保出来た。

 

「さあナイン。バカな指揮官の首根っこを押さえに行くわよ」

 

「カチコミだ~!」

 

 

 





この作品におけるMVPは間違いなくナビゲーターです。
ナビゲーターいなかったらグダグダになってますねこれは。


ところでドリーマー全然出てこないんですがどこにいるんですかね??


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OPERATION "Two-up" ⅩⅠ

いよいよ終盤に突入しますよ~


 

「─────これはどういう事だ!ミスターリトヴィツカヤ!」

 

R20基地司令室にて。指揮官であるハロルド·フォスターの怒号が轟いた。その怒号の先、個人用の通信端末の向こうにいる人物。

グリフィンと同じ民間軍事会社フレイム·スコーピオンズ社CEO、アダム·リトヴィツカヤ。R20地区を陸の孤島へと追いやった、謂わば張本人である。

 

グリフィンには本部や他基地との連絡、人形たちの作戦行動を指示するため、当然ながら一般に使われる周波数帯やネットワークとは異なる通信回線が設けられている。

それと同様に、基地には緊急時に備えて自家発電設備が設置されている。

 

が、指揮コンソールは基地のメインフレームにまで侵入、掌握したナビゲーターによって既にその機能を果たせなくなっている。その機能の一端である通信機能も言わずもがな。

 

その為、彼は衛星電話を使用してアダムに食って掛かっている、というのが現状である。

 

では何故、ハロルドがそれ程までに追い詰められているのか。

結論から言えば、それはハロルドの想定の甘さにある。

 

元々この武装蜂起自体、ハロルドが企てた仕込み。茶番劇だ。

 

グリフィンに恨みを持つフレイム・スコーピオンズ社所属の兵士を通じて、CEOであるアダムに接触。今回の武装蜂起を提案した。

 

フレイム・スコーピオンズ社が武装蜂起が行いやすいようスラム側のゲートを敢えて開けておく事で地区内部へ侵入させる。

予め用意した拠点で準備を整えさせ、合図するまで待機させる。

 

同時に、コネを使って入手したヘリアントス上級代行官のスケジュールを提供。彼女の拉致を手助けした。

 

グリフィンの重役をフレイム・スコーピオンズが確保することで要求を呑ませやすくする。

そういう狙いもあったがそれ以上に、ハロルドはヘリアントスに対し悪感情を抱いていた。

 

ヘリアントスは権力に媚びへつらうような輩では無く、上級代行官として実力面から正当な評価をする。

それ故に、グリフィンのパトロン。その息子であるハロルドについて把握していようとも、飽くまでグリフィンに属する指揮官として仕事ぶりを公正に評価していた。当然、ハロルドに対してもだ。

 

その評価は決して誇れるような物では無く、散々な物であった。

 

許せなかった。とても許せなかった。コネを使った入社だとしても、自分には指揮官としての能力はあると信じて微塵も疑っていない。

 

人一倍プライドの高いハロルドにとっては、我慢ならない評価を下された。

見返してやりたい。復讐と言い換えてもいい。

 

そこで考え付いた復讐が、ヘリアントスの拉致であった。

 

拉致されたヘリアントスをハロルドの部隊が救出すれば、ハロルドに下された"不当な評価"を、ヘリアントス本人は覆ざるを得ないからだ。

プライドを傷付けられたハロルドにとって、それを成した暁にはとても胸がすくような思いであろうというのは、想像するに易かった。

 

そんな企みもあって。後は、合図と共に打って出たフレイム・スコーピオンズ社と、R20所属の人形部隊が交戦。住民を避難させつつも適度に戦って、適当な所で交渉し、身代金を持ってヘリアントスを救出し戦闘も終了。

フレイム・スコーピオンズ社はその正体を知られる事無く大金を入手し、ハロルドは武装蜂起を収めた手腕をヘリアントスから評価を頂き、グリフィン内部の立場を確固たる物にする。

 

そういう手筈であった。()()()()

ハロルドはこのマッチポンプを()()()()で終わらせる気などなかった。事が起きれば徹底的に叩き潰す心算であった。敵武装組織を完全に撃退すれば、それだけ本部の評価も上がる。

 

しかし実際は、フレイム・スコーピオンズ社はハロルドの合図を待つ事無く攻撃を始め、急ぎ展開した部隊は壊滅的な損害。完全な劣勢状態に追い込まれた。

どうにかしようと指揮を続けたが、突然指揮コンソールがシャットダウン。

居住区に展開した部隊の指揮が一切取れなくなってしまった。

 

結果、司令室には指揮官でありながら、焦燥に駆られて現状打破が出来ないハロルド。そしてそのシンパである基地運営に於ける名ばかりの幹部役員たち6名が集まり、籠城のような形で身の安全を図ることなった。

 

基地全体には既に司令室への接近禁止令が発令されている。少なくとも、R20基地所属の人形や人間スタッフたちは近付く事はない。

同時に、人間のスタッフ数名には武装させた上で、侵入者の有無を確かめるよう通達しておいた。

 

これで一先ず、身の安全は確保出来た。

 

そこまで対応した上で、ハロルドはアダムに通信越しに詰め寄ったのだ。

そんな彼の切羽詰まった様子と対称的に、アダムは惚けた風に対応する。

 

『どういう事だ、とは?』

 

「とぼけるな!こちらはまだ合図を送っていない!なのに勝手に攻撃を開始するとは!それにこちらの被害が大きすぎる!予定と違いすぎる!」

 

『ああ、そういうことか。ならばこちらからも尋ねよう。────なぜ我々がそちらに合わせなくてはいけないのだ?』

 

その一言は、熱気を帯びていたハロルドを怖気させ、冷たい汗を浮かばせるには十分すぎた。

アダムはさらに続ける。

 

『貴様の魂胆は読めている。口八丁で我々を手玉に取ったつもりなのだろうがな。予め予定していた規模の戦力以上の部隊を導入し我々を潰そうと思ったのだろう。「正体不明の敵が攻勢を仕掛けてきたが、早々にこれを撃退した」、というシナリオの方が貴様にとって旨味があるだろうからな。更に誘拐されたグリフィンの上役を救出。自分が手引きして自分が解決する。典型的なマッチポンプだ。グリフィン本部へのアピールに使うつもりだったんだろう。浅はかな上にやることが小さいな』

 

この時点で、ハロルドの胸中はぐちゃぐちゃであった。自分が彼らをこの地区に迎え入れた真の目的を言い当てられた事の焦燥。それを小さいと貶された事への怒り。しかし、一気にやってきた激情を正確に処理出来ない。

 

『本当に浅はかだ。グリフィンに恨みを持つ人間に話を吹っ掛けた時点で貴様の描いたシナリオは破綻している。こんな好機を逃すとでも?我々がグリフィンにどれだけの恨みを抱いていると思っている。どれ程の憎悪を抱えていると思っている。理解できないだろう。だから、()()()()()()()()

 

通信が切られる。

もうこの通信回線は二度とアダムに繋がることはないだろう。アダムにとって既にハロルドは用済みの存在なのだから。

 

利用していたと思っていた相手が、実は自分を利用していた。その事実が、ハロルドのプライドを深く傷つけた。

しかし彼に今出来たのは、衛星電話を持った手を不意に振り上げ、機能しなくなった指揮コンソールに叩きつけるという虚しい行為だけであった。

 

何処だ。何処でおかしくなった?

ハロルドの脳内はその言葉ばかりが反芻。だが自問ばかりで自答が出来ないその有り様は最早思考停止にも似ていた。

 

土台無理だったのだ。アダムが指摘した通りに、R20地区の居住区という舞台で自作自演(マッチポンプ)の茶番劇を繰り広げるには、ハロルド・フォスターという男には荷が勝ちすぎていた。

実戦経験の少なさ。人形全体の練度不足。それら全てを見透かしたフレイム・スコーピオンズ社の戦術。何もかもが及ばない。そもそも自作自演を遂行するにも実力が必要なのだ。それがハロルドに無い以上、破綻するのは目に見えていた事だ。

 

が、それをハロルドは知らなかった上に、知ろうともしなかった。今さらそれに気付いたところで、今さらそれを公開したところで、既に彼の手に負える範疇から大きく越えている。

 

『ああ、なるほど。そういう事だったんですね』

 

突如、指揮コンソールのスピーカーからノイズ混じりの女性の声が飛び出した。

司令室に集まった人間はそれに驚き、肩が跳ねた。

 

その次の瞬間であった。固く閉ざされている筈の司令室の自動ドアが電子的な駆動音と共に開いた。全員がそこに注目する。

そして、その陰から何かが放り込まれた。無意識にその放り込まれたものを注視する。彼らも腐ってもPMC社員だ。それが何であるかを瞬間的に理解した。

M84スタングレネード。グリフィンでも広く使われている非致死性手榴弾。

 

────刹那、スタングレネードは爆発音と共に100万カンデラ以上の閃光を放ち、170デシベル以上の爆音を炸裂させた。

不幸にも、室内にいた全員がその閃光と爆音を遮ることも出来ずダイレクトに影響を受けた。強烈な光と音で反射的に首をすぼめる。

フィクションでは、直視すれば6秒ほど動きが止まるといった描写がされる事もあるが、それは無い。

例えるならばそれは強烈なカメラのフラッシュだ。実際には1秒あるか無いかの効果時間しかない。されどその1秒は、「突入する側」としては大きい。

 

"それ"は地を這うかのように低い姿勢で司令室に侵入し、一直線にハロルドに向かう。次の瞬間には彼の手前で跳ね上がり、勢いを殺さぬままハロルドの首を掴んで無理矢理屈ませ、鳩尾に膝を叩き込んだ。

 

痛みと苦しみからハロルドは前のめりに崩れ落ち、"それ"は彼の右腕を後ろに回す形で拘束。

 

Einfrieren.(動かないで)

 

"それ"こと、UMP45はハロルドを拘束したまま呆然としている残りの幹部連中にUSPタクティカルを向ける。同時に入り口にはUMP9が自身と同じ名を冠したサブマシンガンを構え、ニッコリと笑みを浮かべながら司令室内を見渡している。

 

ハロルドを助けようと動けばUMP45のハンドガンが。我先に逃げようと動けばUMP9が。

歴戦の兵士たる戦術人形である彼女達に対して、まともな戦闘訓練を受けていない彼らからすれば、この状況は正しく詰みであった。

 

『はじめまして、ハロルド・フォスター。私はブリッツ指揮官の補佐を担当していますナビゲーターといいます。今の会話は通信を傍受した上で録音させていただきました。貴方と今居住区で暴れている武装集団。フレイム・スコーピオンズ社との繋がりを示す証拠として、本部に提供します』

 

「くっ・・・!」

 

苦悶の表情を浮かべるハロルド。それを、指揮コンソールに設置された通信用カメラ越しに見たナビゲーターは、協力者であるレイとの会話を思い出した。

 

『事前に襲撃の規模や流れを打ち合わせてたんなら、こんな事態になりゃまず最初に文句を言うはずだ。ところが実際は文句付けるどころじゃないほどの窮地に陥った挙句、この地区にはMAGというイレギュラーがいて下手に動けない。事態が起こって直ぐに連絡は入れられなかったんだろう。 だけど今はどうだ? 司令室に近付くなとわざわざ忠告した上で自分の身内だけの空間を作ってる。まさしくクレーム付けられるチャンスじゃないか』

 

『・・・・・しかし、もし本当にそんな真似をしたら、最早指揮官以前に人としても────』

 

『最大級のバカだな。まぁそん時は決定打になる証拠を自分から提供(オウンゴール)してくれたと思って受け取れば良いさ』

 

結局、その通りになってしまった。

 

私利私欲のために動いた結果、ありとあらゆる物を巻き込んだ末に自滅した。そして今のハロルドに、この状況を収める程の力量はない。

その尻拭いを、ブリッツやレイがさせられている。

 

『・・・本当に、愚かな人です。あなたは』

 

ポツリと溢すナビゲーターの言葉は、虚しく霧散するに終わった。

 

その一方でUMP姉妹は司令室にいた幹部たちの手足を手際よく拘束し、ゴミを一ヶ所に纏めるような様相で部屋の隅へと追いやる。

 

それをUMP9が見張っている間に、UMP45が司令室のコンソール自身と有線接続しサーバーにアクセス。

本来ならば指揮官、つまりハロルドによる二段階認証があるのだが、ナビゲーターによって既にメインフレームまで掌握している為セキュリティそのものが機能しておらず、まるでコンビニの自動ドアを潜るような気安さであっさりと中枢部に侵入出来た。

いざとなれば得意の電子戦でセキュリティを突破しようと考えていた彼女としては、拍子抜けも良いところだった。

 

「あら・・・」

 

手始めに、スラムのゲートに関するセキュリティをチェック。この辺りは事前にナビゲーター経由でレイから情報を受け取っている為確認という意味が強い。案の定、ゲートを監視している警戒システムに異常が起きているというエラーコードがログに残っているが、ハロルドはその通知を無視して異常モニターからは削除している。

 

「あらあら・・・」

 

次いで、ホログラフィックメモリーについて。

R20地区基地に所属する戦術人形は訓練ばかりで実戦経験が少ない。それだけに、サーバーに保存されているデータは訓練のものか、毎日の定期巡回のものばかりだ。

例のセキュリティアラームの通知が来た日時の定期巡回と、試しにこの一ヶ月の開始時刻と帰投した時刻を参照してみれば、通知があった日だけ帰投時間が著しく遅れている。

一ヶ月間の帰投時間の差は約30分か、掛かっても一時間弱。

にも関わらず、通知のあった日だけは2時間以上も遅い。誤差と呼ぶには大きすぎる。

 

作戦終了後の報告書作成の為、戦術人形の行動を記録したホログラフィックメモリーのデータはサーバーに保存される。

その記録には作戦開始時刻から終了時刻はもちろん、座標に移動ルートや速度、距離。電脳の演算記録。疑似感情モジュールのパラメーター変動。射撃管制コアの稼働状況。銃火器の使用の有無に所持している弾数と使用した弾数。被弾の際の損傷具合。バッテリーの消費率に残量。などなどなど、任務と人形に関わるありとあらゆる情報、記録が秒単位、またはコンマ秒単位で記録されている。半導体メモリとは一線を画す大容量データストレージであるホログラフィックメモリーだからこそ可能な情報収集である。

現在広く使われている第二世代型戦術人形が出てからおよそ4年。G&Kのような指揮システムが確立されたとしても、戦術人形の運用についてはまだまだ成熟しきっているとは言えない分野である。その為には様々なシチュエーションのあらゆる情報を集めて、今後の技術的熟成や展開を続けていく必要がある。

そういった意味があって、I.O.P社とも太い繋がりのあるグリフィンでは戦術人形が作戦中に得た情報は逐次サーバーに保存するよう規則で決められている。

 

当然、無線交信のログや音声交信内容もだ。

 

なのだが、行動が普段より2時間以上も遅れているというのに戦術人形からの通信はおろか、指揮官からの通信すらない。定期巡回では何事も無くとも定期的な報告は義務付けられている。

であるというのに、記録されているログからは遅れているという旨の報告は一切無い。

 

更に言えば、スラムを巡回中の人形達の行動もおかしい。件のゲートに到達した時刻と、その次に巡回する別のゲートへの到着時間が普段よりも遅い。おそらくここで伝送系のケーブルを切断するなどの工作をしたのだろうが、ログにはその記録が一切無い。改竄されている。

 

とはいえ、UMP45からしてみればログを()()()()()()だ。データの復元など容易い。

 

改めて復元したログを確認してみれば、案の定だ。巡回していた人形が工作活動したログと、それを強要しているハロルドの声が出てきた。

疑似感情モジュールのパラメーターから読み解く限り、工作活動をさせられた人形は罪悪感と指揮官に対する恐怖と嫌悪感を覚えている。

 

おまけに、武装集団が地区に侵入してきたであろう日時、居住区とスラムの境界線上で警備していた人形達のログも改竄された形跡を見つけた。

 

「あらあらあら・・・」

 

次に通話記録。これに関しては正直データ量が多すぎて最初は骨が折れると思い、電脳のオーバーヒートを覚悟していた。が、この辺りはハロルドの認識の甘さを喜ぶべきか。秘匿性を重視したのか基地の回線を使って宛先不明の通信を複数回行っている。明らかにグリフィンに関係する場所ではない上に、他の連絡先については所在が明らかなのに、このナンバーだけ分からないという違和感が目立っていただけに見つけるのは容易かった。

もう一つ、今度はR20居住区内の施設へと連絡を取っている。基地の敷地内とその周辺の電波監視は厳しい。

 

だから発信源がわかった。

既に廃棄された製造工場だ。マップデータ通りなら建物が残っているだけで機能自体は死んでいるハズだ。

相手先のナンバーから想像するにおそらくは使い捨て出来て足のつかないプリペイド式の携帯電話だろうが、その持ち主が廃工場で連絡を受けているのはあまりにも不自然。

 

敵の拠点はきっとここだ。だが確信を得るにはまだ根拠が足りない。

そしてその敵の正体もまだ分からない。

 

そしてもう一つ。基地から何処かへとメールが送られていた。題名も本文もなく添付ファイルのみ。ファイルの中身はヘリアントスに関する情報。行動パターンや一ヶ月間のスケジュール。移動の際に使う車種とナンバー。これだけあれば、用意周到に拉致計画を立てられる。

 

一先ず証拠となる情報を確保。用意していたフラッシュメモリに保存してストレージに仕舞い込んだ。

 

「45姉っ、何か分かった??」

 

「ええ、色々とね」

 

UMP9の問いにUMP45がハロルドを冷たく見据えながら、吐き捨てるように答える。

 

『武装集団との繋がりとなる証拠も十分確保出来ました。敵の拠点と思しき場所も判明。上々の結果です。ご協力、ありがとうございました』

 

UMP45と共に情報を閲覧していたであろうナビゲーターが礼を述べた。確かにこれ以上無いと言える程の証拠の山だ。

 

「どういたしまして。それで?もうやることは無いわよね」

 

『そうですねぇ・・・。あっ』

 

ナビゲーターの何処か呆けたような声を上げたその時、くぐもってはいたが確かに爆発音と振動が司令室にやってきた。

 

『たった今、敵が基地に突入してきました。どうやら避難民に紛れていたようですね。隠し持っていた武器を使って基地のスタッフと人形数名を殺害し正面エントランスより侵入。こちらで隔壁を閉じましたが、爆破されました。数は5名』

 

「はぁ!?そこまでやる!?」

 

『現在基地のほぼ全ての戦力が居住区に出ています。今から呼び戻しても間に合いません。敵は真っ直ぐその司令室に向かって全力で移動中。貴女方姉妹が対処するしかありません』

 

信じられないとばかりに叫ぶUMP45に対し、ナビゲーターは淡々と状況を告げる。

 

「や、奴らだ!奴らが俺を殺しに来たんだ!もう終わりだ!」

 

ハロルドが目尻に涙をためて情けなく悲鳴を上げる。釣られて周囲の幹部連中も絶望的に顔を青くしている。今にも失神してしまいそうな者までいる。

奴らというのは、おそらくハロルドが手引きした武装集団の事を指すのだろう。

 

司令室に向かっているという事は、基地の機能を完全にシャットダウンさせ居住区に展開させている部隊を孤立。防衛能力を完全に絶つつもりなのだろう。レイやブリッツがいるとはいえ、具体的な敵の戦力も判明していない現状、ここを落とされればかなり劣勢になる。

 

「やるしかないわね」

 

UMP45の機関部からマガジンを抜き残弾をチェック。再度装填し薬室内に弾丸があることをチェック。UMP9もそれに倣って武器をチェックする。

 

「さあナイン。招待してないお客人を出迎えるわよ」

 

「パーティーだっ」

 

二人が司令室を飛び出す。

その直後、ナビゲーターからのデーターリンクによって基地内部の見取り図と敵の現在地が表示される。

思っていたより進行が速い。敵はかなりの手練れのようだ。

しかし居場所を把握し進行ルートが分かっている分こちらが有利だ。ルート上にある曲がり角で隠れて待ち構える。

 

足音が聞こえる。とても小さく、空調の稼働音で殆どが消されているが、確かに聞こえる。

テンポからして移動速度がかなり速い。よく訓練されている。

 

正確な距離は分からないが、近くまできている。あまり接近されても厄介だ。先手を打つ。

 

ストレージからスモークグレネードを発現させ、音を立てぬようピンを抜く。

 

安全レバーを外すと同時に床に転がすように投擲。たちまち濃い白煙が立ち上ぼり、瞬く間に視界を白く染め上げていく。

瞬間白煙の向こうから銃撃。重々しい銃声が通路に反響する。

攻撃を受けた。だが動きは止めた。

 

侵入した集団の背後の隔壁が閉まる。

次いで前方も隔壁が閉じる。前後で隔壁が閉じた事で敵は身動きが取れない。もし爆薬を使ってこじ開けようとも、爆発時に起きる急激な気圧変化や衝撃波によって最悪死ぬ。仮に運良く生きていたとしても戦闘能力の喪失は免れない。

 

つまりは詰み。初手のUMP45のスモークが全てを決め、終わらせた。

そんな呆気ない終わりに、UMP45は不満げに頬を膨らませた。

 

「閉じ込めるつもりだったなら最初から言いなさいよ」

 

『動きを止めなくては閉め切る前に強行突破される可能性もありましたから。おかげで生け捕りに出来まし────え?』

 

ナビゲーターが声を上げた。それは困惑の意味合いが強い声色であった。

 

UMP45とUMP9が顔を合わせるが 互いに何が起きているのか分からないと顔に書いてある。

 

その時、目の前にそびえる隔壁が物々しい駆動音と共に開き始める。咄嗟に隔壁の向こうにいる敵を警戒し、銃を構えた。

 

しかし、敵はいなかった。

 

隔壁の向こうにあったのは敵であった人間ではなく、床に倒れ伏す人間の形をした灰の塊であった。

 

微かに残る熱気と焼け焦げたような異臭が、たった今起きた現象の理由を如実に物語る。

 

燃えたのだ。人体が。骨すら残さずに。

 

「どういう事・・・?」

 

唖然とする中、UMP9が思い浮かべた疑問がそのまま口から溢れ落ちる。

 

『ナノマシンによる情報保護機能です』

 

ナビゲーターが静かに答えを告げる。幾らか気落ちした声色だ。

 

『死体にも情報はあります。顔や指紋、DNA。身に付けている装備品。それらの情報を敵に渡さぬために、体内のナノマシンが生命活動の停止を感知した場合、死体を燃やして灰にする。それが情報保護機能です』

 

「じゃあ何?コイツらは生け捕りにされる位なら死ぬって決めてたって事?」

 

『そうなります。閉じ込められたと認識した瞬間に自害していました。一切の躊躇も無く』

 

「・・・っ」

 

UMP45は冷静で冷徹な人形だ。それはそれは残酷な程に。

任務の遂行の為ならば幾らでも敵を謀り、利用し、排除する。表層的に貼り付けただけの笑みを携えたまま、一切の感情もなくそれをする。

 

そんな彼女のメンタルに去来した後味の悪さ。裏の仕事を主とする彼女にとって、人間とは微かでも望みがあればどれだけ醜くとも自身の命を守ろうとする。そういう物だと理解していた。理解していただけに、目の前で起きた現実を受け止める事が出来なかった。

 

命を投げ捨ててまで任務を遂行する彼らの事が理解できない。唯一分かっているのは、彼らの死が彼女たちのメンタルに多大なストレスを与えているという事だけだった。

 

 

──────────────────

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─────

───

 

HK417から放たれた7.62mmAP弾が、敵兵士の脳幹を打ち抜いた。痙攣一つすることもなく兵士は崩れ落ち、やがて青白い炎を纏って燃え尽き灰と化した。

そして訪れる水に落としたかのような静寂。

 

「報告」

 

攻撃の音が聞こえない事を確認してから、ブリッツは静かに厳かに告げる。

 

「クリア」

「クリア」

「クリア」

 

途端に押し寄せてくる部下からの報告。

 

「よし、オールクリアだ」

 

それら全てを受け取って、ブリッツは小さく息をついてから構えていた417の銃口を下した。

 

救援対象だったB小隊に一〇〇式が駆け寄るが、その姿を見たSMG人形のTEC-9が小さく悲鳴を上げた次の瞬間には気を失った。敵兵士に接近戦を仕掛けた際に浴びた返り血まみれの一〇〇式の姿はさぞスプラッターでホラーなものに見えた事だろう。

近くの建物には逃げ遅れていた住民が十数名。無傷、もしくは軽傷の者が自分よりも重傷な人間たちに肩を貸したり、外れたドアを即席の担架として利用したりで続々と部隊の近くに寄ってくる。幸い致命傷を負った者はいないようだ。その事実にブリッツはほっと胸を撫でおろす。

 

途中からFALとRFBにVectorも加わり、負傷者の搬送も順調に進んでいく。

 

「メリー指揮官、ご協力に感謝します」

 

『これぐらいお安い御用です』

 

ヘッドセットに届くは信頼できる指揮官である女性、メリー・ウォーカーの声だ。ナビゲーターが呼んでいた助っ人だ。途中から彼女の指揮の下で戦闘行動を行っていた。上空を飛び回るUACSを上手く活用してくれたおかげで、メリーの指揮は的確かつ迅速であった。現場で判断しなくてはいけない状況はあるものの、それでもブリッツが抱えていたタスクは大幅に減少した。

 

部隊の再編成と再展開。敵の規模とそれに対応した戦術指揮。どれだけのマルチタスクをこなした事か、同じ指揮官であるブリッツはその苦労がよくわかる。

メリー・ウォーカーには頭が上がらない。

 

『現在交戦中のE小隊に応援を送っています。貴方の人形部隊やR20の人形部隊も。彼女たちが合流できれば、居住区で活動している敵勢力の大部分を排除できます』

 

「そこからは掃討戦に移行ですね。何から何までありがとうございます。俺一人では、ここまで効率的に指揮を執る事は出来ませんでした」

 

『ハロルド・フォスター指揮官がもう少しまともな指揮官であったなら、ここまで苦労もしなかったんでしょうねぇ・・・』

 

声色から苦笑している事が分かり、ブリッツも釣られる形で苦笑を零す。

 

『指揮官、404小隊がハロルド・フォスターとそのシンパを拘束。並びに、彼とフレイム・スコーピオンズ社との繋がりを示す証拠を確保しました』

 

「ああ、了解。頭の痛い話が漸く一つ片付いたな」 

 

ナビゲーターからの報告に、ブリッツはHK417の弾倉を交換し、チャージングハンドルを引きながら答える。

 

「他小隊の状況は」

 

『レイさん方の活躍でC小隊の救援が完了。お三方は現在スレイプニルさんのヘリでD小隊の救援に向かってます』

 

「大活躍だな。使えるヤツで一安心だ」

 

受け答えしながらもバックパックの残弾を確認する。

45口径と4.6mmの弾薬はまだ余裕があるが、7.62mmは心許なくなってきた。敵が手強い上に防弾装備という事が合わさって消費が激しい。手榴弾とパイプ爆弾はそれぞれ一つずつ残っているのみ。荷物が減って軽くなるのはいいが、まだ敵がいる事を考えるとこの軽さは不安を覚えてしまう。

 

『それと、もう一つ報告が。敵の拠点が判明いたしました』

 

「・・・ほう」

 

待ちくたびれた。そう告げるようにブリッツは一つ小さく息をつき、身に纏っている雰囲気を一変させた。

 

同時にスマートグラスに投影されているミニマップが拡大されR20地区全域を映す。そこから拡大を繰り返し、やがてUACSが捉えた航空写真に切り替わり赤いピンが打たれる。

 

どうやら居住区内にある廃棄された工場のようだ。

広い敷地を確保し、外周は刑務所の如くコンクリートの壁によって覆われている。内部はオフィスも併設されているようだ。

なるほど、良い立地だ。これなら部隊の大半が隠れていてもまず見つからない。おまけにすぐに展開できる。

 

ここにヘリアントスがいる。そんな確信があった。

いや、いなくてもいい。どこにいるか()()()()()()()

 

「よしわかった。今から行く」

 

「待って。私も行くわ」

 

ブリッツの傍でLWMMGのバレルを交換していたライトが名乗り出る。ライトがいれば戦力としては十分だ。しかしある懸念がある。

 

「ダメだ。キミは俺の代わりに第一部隊を率いてくれ」

 

「だけど!」

 

「ここまで周到に計画してる奴らだ。なのに今の今までDS兵器やドールズジャマーは発見されていない。アレほどグリフィンに対して有効な兵器は無いのにだ。これは寧ろおかしい。だったら本拠地に設置されていると考えた方が自然で、俺が敵ならそうする」

 

「でも!敵がどれだけいるかも分からない場所にたった一人なんて危険すぎるわ!」

 

「だろうな。ならこのまま指をくわえて事態が好転するのを待つのか?時間が過ぎれば過ぎる程にヘリアントス上級代行官の命は危うくなる。人質の救出は時間との勝負になる。このまま何もしないというのは、彼女を見捨てるという事だ。それは俺が許せない」

 

ブリッツの意見にライトは悔し気に奥歯を嚙み締めた。

彼の言う事は一切の反論が出来ないほどに尤もな意見だ。すでにヘリアントスは暴行を受けている。このまま長引けば、故意か事故かで殺されてしまう可能性も高まる。

 

問題なのは、人質救出の人員が現状一人しかいないということだ。

だからライトは自分も着いていこうとした。しかしそれも出来ない。

どれだけ強力な戦闘能力を有していても、DS兵器やドールズジャマーひとつでその戦力はゼロと化す。

 

何もできない。その事実にライトは歯噛みするしかなかった。

 

そんなライトに、ブリッツはスマートグラスを額に掛けてからふっと微笑みかける。

 

「信用しろ。お前は俺の銃なんだろ」

 

そう告げてライトの頭をそっと撫でてやり、ブリッツは踵を返して走り出した。それをライトは咄嗟に手を伸ばして引き留めようとした。しかし伸ばした手からスルリと抜けて、ブリッツは遠ざかっていく。

 

重装備とは思えぬほどに軽快な動きによって、ブリッツの後姿はみるみる小さくなっていき、遂には闇の中へと溶け込むように消え失せた。

 

伸ばした手がだらりと垂れ下がり俯く。

 

()()()()()()。彼がそうすることは。彼はこの戦場においては誰よりも任務に忠実な兵士であるから。

 

『大丈夫ですよ』

 

不意に通信機にメリー・ウォーカーの声が届いた。その声色はまるで慈しむように優しく柔らかい。

 

『彼は必ずやり遂げます。助けてもらった私がそうでしたから。言いたいことは彼が戻ってきてからにしましょう』

 

「・・・そうですね」

 

俯いていた顔を上げて、既に見えないほど遠くに行ってしまったブリッツを見遣る。

 

「・・・あとで一発殴ってやるわ」

 

呪詛の如く小さく呟き、彼女も踵を返す。

 

 





いよいよ敵の拠点に乗り込みます。
次回、脳筋指揮官の脳筋攻勢が始まります。



あと関係ないですが自動車税ツラすぎてメンタルやられました(97,000円)


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OPERATION "Two-up" ⅩⅡ

この作品名、今と違う名前をつけるとしたら多分「S10地区の脳筋指揮官」とか「脳筋指揮官の戦闘記録」みたいな感じになるんやろなぁ。
今風にしたら「元軍人の俺がPMCに入って戦術人形と一緒に戦ってみた」とかになるんだろうか。

ぶっちゃけこっちの方が人気出そう

別視点はこちら。見ようね!
https://syosetu.org/novel/194706/109.html


 

走る。街路灯が一つも灯らない暗い路地を。

 

走る。メインアームたるHK417A2を右肩に担ぎ、フリーの左手を大きく振って。

 

走る。障害物となる自動車を躱し、乗り越え、飛び越えて。

 

走る。走る。急いでいるから走る。

 

任務の遂行の為に、ブリッツは一人走る。

 

UACSから送られてくるリアルタイムの戦況変化がデータリンクされ、それがスマートグラスに投影される様子を見ながら、ブリッツはPDAを手に取る。

 

「ゲート。ドローンで弾薬と爆薬のデリバリーを頼む」

 

『了解。ドロップポイントを設定します』

 

妙に淡々とした、しかしどこか刺のあるようなナビゲーターの声色に内心首を傾げるが、PDAのディスプレイに映し出されたマップデータを見る。

進行方向上850メートル先にマーキングされている。同時に投下までの時間がカウントダウンされている。

これなら到着する頃には物資が投下されている。火事場泥棒でもいなければ何事もなく回収出来るだろう。

 

「─────!」

 

その時、10時と2時の方向。二つの人影が飛び出した。敵だ。

敵はSCAR-Hの銃口をブリッツに向けている。同時に彼の後ろにも二人現れた。完全に挟撃の態勢だ。

 

間髪入れずに凶弾が放たれる。それをブリッツは勢いをそのままにスライディング。弾丸は彼の頭上を通り抜けた。地面を滑りながら417を構え即座に発砲。

 

右の敵兵士に二発。続く左の兵士にも二発。共に防弾装備を貫いて7.62mm弾はバイタルパートと脳幹を穿った。

継続して、ブリッツは銃を振るようにして身体の向きを180°回転させ、背後にいた敵兵士に照準を合わせる。

 

完璧なハズの奇襲が容易く呆気なく破られたことに敵は驚愕したのか。動きが止まっている。それは時間にすればコンマ何秒程度であろうが、命を懸けたやり取りの中でその一瞬は致命的である。

躊躇いなく、ブリッツは後方の二名に向けてトリガーを引き切った。都合4発の7.62mmAP弾は残り二人の兵士の胴体を打ち抜き、生命活動を強制的に終わらせた。

 

死亡確認などするまでもない。死んだら燃えるのだから。すぐに青白い炎が四つ立ち上り、やがて灰となった。

それを見送ることなくブリッツは後ろへ転がって立ち上がり、再び走り始めた。

 

暫く走れば、マップに投影された現在位置と、マーキングされたポイントが重なった。弾薬といった物資の投下地点に到着したのだ。

 

周囲を見渡す。見付けた。闇夜に紛れるように濃いグレーのハードケースが道の端に居座っている。

ケースを開ける。中には7.62mmAP弾が詰まった30連装のマガジンが6つ。MP7のマガジンが4つ。

ドアや壁をブチ抜くためのブリーチング用C-4爆薬。破片手榴弾が3つ。

 

そして、それらの上に添えられるように置かれた一枚のメモ用紙。

 

『Good luck. Dear BOSS.』

 

そう綴られていた。慌てて筆記したのか、文字はやや雑で荒っぽい走り書きだ。それは同時に、何としてもこの言葉を自分に送りたかったのだと想像するには十分だった。

小さく笑みを溢し、丁寧に二つに折り畳んでから懐へ大切に仕舞い込んだ。

それから手早くマガジンや爆薬をバックパックはマガジンポーチに捩じ込み、補給を済ませて再び走り出す。

 

目的地である敵拠点まで後700メートル程に近付いた。この辺りで一度立ち止まって周囲を見渡す。偵察出来そうなビルを探すのだ。

 

そして見付けた。

6階建ての雑居ビル。周辺には敵拠点まで視界を阻害する障害物も無い。絶好の偵察ポイント。

 

周辺を警戒しつつ勝手口に歩み寄る。スマートグラスのマグネティックで内部を探る。この場合は敵の有無というよりもブービートラップを警戒しての措置だ。

どうやら爆薬が仕掛けられているという事はなさそうだ。ドアノブを捻る。が、カギが掛かっているようでドアは開かない。

 

「面倒だな」

 

言って、417のアンダーバレルに装着したM26 MASSの銃口をドアノブのあたりに向ける。本来ならば、跳弾といったリスクを回避するためにスラッグ弾やバードショットを使用するのだが、生憎持ち合わせがない。

2発。12ゲージ000バックが錠前を完全に破壊する。別名マスターキーの面目躍如だ。

最後に後ろ向きにドアを蹴り飛ばして解放。照明はおろか、非常灯すらもない漆黒の闇がブリッツを出迎える。

 

しかし躊躇している間は無い。スマートグラスの視覚モードをマグネティックからナイトビジョンへ。銃を417からMP7に切り替える。屋内ではバトルライフルよりも取り回しの良いPDWの方が効果的だ。

敵はもちろん、ワイヤー感応やセンサー類のトラップを警戒しつつ、近くの階段を駆け上がる。

 

敵があの廃工場に拠点を構える際に、このビルの存在には気付いているはずだ。であるならば、事を起こした後に万が一を考えてトラップを仕掛けていてもおかしくは無い。

案の定あった。簡易的な手榴弾とワイヤーを使った仕掛け爆弾だ。

ワイヤーに触れれば安全ピンが抜けてレバーが外れる。その瞬間にドカンと爆発する。使っている手榴弾が対戦術人形用にも使われる殺傷能力の高いタイプの物が使われている辺り殺意の程が伺えるが、この程度なら回避は容易だ。ワイヤーに触れなければいいのだから。少なくともこの類のブービートラップは、S10のメンバーならばまず引っ掛からないだろう。

 

ワイヤーを跨いで更に上を目指す。

他にも同様の罠が幾つか仕掛けてあったが、ブリッツの進行を止めるには稚拙に過ぎた。

 

あっという間に屋上に到着。クリアリングし敵影の存在が無いことを確認する。

屋上には柵こそあるもののこれといった遮蔽物も無い。隠れる場所と言えば今しがた出てきた階段室の裏であろうが、そこはマグネティックで確認済みだ。

 

姿勢を低く保ち、端まで進む。そこから見える光景。敵の拠点と思われる廃工場のシルエットがぼんやりと浮かび上がっている。

 

ナイトビジョンを起動させたままスマートグラスの望遠機能を使い観察する。

 

「ふむ・・・」

 

ブリッツはスマートグラス越しに見えた光景に、やや悩ましげな声を漏らした。

 

ナイトビジョンによって明瞭に映し出されたのは、コンクリートの塀に囲まれた広大な敷地の中にそびえる巨大な施設。元々は何かの工場だったが、今は稼働していない。当然使われていないため人気など無い。

 

無いハズなのだが、中々どうして。いるではないか。

 

確認出来るだけで、ビル屋上に武装した見張りの兵士が6人。その内4名がSCAR-Hだが、残りの2名がマークスマン・ライフルのM14 EBRを装備。何故か階段室の横に置いてある海運用のコンテナの死角にいなければこれで全員だ。その横に置いてある箱状の物。おそらくはドールズジャマーだろう。

ジャマーはともかく、屋上だけでこれだけいるとすれば、内部にはより多くの武装した兵士がいると考えた方がいい。練度も加味して考えれば、単騎で突っ込むのは些か無茶だと判断せざるを得ない。

 

シチュエーション的には、メリー・ウォーカーの救出任務の物が近いだろうか。

現在の装備を無視すれば、軍人時代にいくつか同じような任務を遂行したことがある。処刑目的でテロリストに誘拐された旧ロシア時代の大統領救出だとか、軍事機密を吐かせようとした反政府組織という名の某国工作員から国防省の重役を救出だとか。

 

しかしあれは万全なバックアップと充実した装備があってこそ達成出来た任務だ。

支援もなしに内部へ侵入し、ヘリアントスを救出するにはどうしたらいいか。

 

ブリッツの脳内で様々なシミュレーションが形成されては消え、形成されては消えを繰り返す。

 

「────ん?」

 

その時だ。ブリッツの嗅覚が異臭を感じ取った。

鼻にまとわりつくような匂い。それがタバコの臭いであることに気付くのに数瞬ながらの時間を要した。

 

(タバコ 誰かいる 近い 背後 敵!?)

 

同時多発的に訪れる様々な思考はさながら警鐘の如く。本能的に振り向きMP7を向ける。銃口が敵のシルエットに重なった瞬間に撃てるよう引き金に掛けた指には既に力が込められている。

 

「・・・・・いつの間に」

 

が、その指からはすぐに力が抜けた。

 

「よう。また会ったな」

 

そこには教会で出くわした、鉄血ハイエンドとカタログに無いI.O.Pの人形を引きつれていた男。レイが口にタバコを咥えながらけらけらと笑みを浮かべて立っていた。

 

現状、彼は敵ではない。構えていた銃をそっと下す。仮に敵であったとしても、おそらく彼なら容易く躱して肉薄してくるだろうが。

 

(俺がこうもあっさり背後を取られるとはな・・・。コイツ、やっぱりタダ者ではないな)

 

偵察に集中していたとはいえ、タバコを吹かす余裕があるほど気配を消失させる技量。なるほど、クルーガーが個人でレイに仕事を依頼するだけあるという事だ。

 

それはそれとしてだ。

 

「聞いてないぞ。何故ここにいる」

 

レイとブリッツの位置情報はUACSによる戦術データリンクによって常に把握できるようになっている。マップを開いていなかったとしても、ナビゲーターから何かしら報告があるはずだ。

 

『ライトさんを心配させましたので、敢えてお伝えしませんでした』

 

「ゲート・・・」

 

ナビゲーターの回答に、ブリッツはガクリと項垂れ深いため息をついて額を手で押さえるように添えた。

今目の前にナビゲーターがいればジトリと見遣ったことだろう。

 

しかし、それも長引かせるわけにもいかない。気持ちを切り替える。

 

「アンタ、吸うんだな」

 

「ついさっきまで禁煙してたけどな。こんだけ動いてんだ。一本くらい大目に見てくれよ」

 

肩を竦めて苦笑いを零しながら、レイはブリッツにタバコの箱を差し出した。「アンタも吸うか?」ということらしい。

ありがたい申し出ではあるが、これから敵地に潜入するというタイミングでタバコの臭いを染みつかせるのは、あまりにも都合がいいとは言えない。

首を横に振ってやんわりと断る。

 

レイもそれで納得してくれたようで、タバコの箱をしまい込んで、吸っているタバコの灰を落としてまた深く紫煙を吸い込んだ。

 

「・・・さて、実際に偵察してみた感触はどうなんだ?」

 

レイがそう切り出した。まるでレイもこれから拠点に乗り込みに行くかのような台詞にブリッツは訝しげに思いつつも、話を続ける。

 

「ああ、それなんだが。ゲート」

 

『了解。お二人の端末にそれぞれリンクします』

 

PDAを取り出す。ディスプレイにはこのR20地区の地図を基に作成された戦略マップが表示されいる。マップ上には様々なアイコンも表示されており、自身や他部隊の現在位置がリアルタイムでデータリンクとして投影されている。

同時に、敵の拠点であるあの廃工場の状況もディスプレイには表示されている。

 

『さて、現時点の敵拠点の状況をお伝えします。元々この施設は工業用機器を生産する為の工場と、経営用のオフィスビルが敷地内に同居する構図となっています。ですが、3ヶ月前に運営会社が経営不振により倒産し、現在はグリフィンが物件の所有者として一時的に管理している状態です。そこにハロルド・フォスターが目を付け、フレイム・スコーピオンズに拠点として提供したものと思われます』

 

PDAに工場とオフィス部分の見取り図。それを基にした立体的な図形が表示される。

内部構造自体に特殊な設計は無い。ごくごく当たり前な、見た目から想像できる造りだ。

オフィスビル内には階段とエレベーター。外には非常階段もある。工場は高い天井に外枠部分にはキャットウォーク。内部には生産ラインの名残があっても、当時使用していた機材そのものは既に撤去されているようだ。

 

この時点で、ブリッツはヘリアントスの所在をある程度予想出来ていた。しかしそれは今は置いておく。

 

『この内、ブリッツ指揮官の偵察で得た情報とUACSの観測で得た情報を鑑みますと、恐らく拠点に残っている敵の数は20名前後と推測されます。

 敷地内での活動が活発になっている様に見受けられる割に、外に出て警戒に当たる兵の数が少ないためです。グリフィンサイドの全兵力が射殺ないし自殺を観測できたキルスコアを考慮すると、恐らく敵指揮官と人質を守れる最低戦力のみ残し、残りの大多数を地区襲撃に割いたと考えられるかと』

 

「本拠地守ってる割にかなり手薄だな。・・・つーことはだ」

 

「ああ。間違いなくジャマーを配備している。じゃなきゃいくらなんでも薄過ぎる」

 

大体予想出来た事だ。いくらフレイム・スコーピオンズ社がグリフィンに次ぐ大手PMCであったとしても、保有している戦力だけで居住区全体に部隊を行き渡らせるには無理がある。その無理を可能にするのであれば保険がいる。万が一敵に拠点が見つかり、まとまった戦力が襲撃にやって来た時のための保険。今回で言えばそれがジャマーだ。

 

グリフィンの歩兵戦力はほぼ全て戦術人形である。ジャマーを使えば全ての人形を例外なく戦闘不能に追い込める。

であるならば、最低限の人員さえいればノコノコと攻め込んできたグリフィンの人形を一網打尽に出来る訳だ。

 

「ところで例のジャマー。配備してるとしてもし出力MAXで使えば、俺たちどころか自分らも仲間とやり取り出来なくなるんだろ。折角ナノマシンを体に入れてまで対人形戦を整えたってのに、自分で自分の首絞められんのか?」

 

レイの問いに対し、ブリッツは一つ頷いて返した。

 

「確かに。フルパワーで使えば自分達も危険に陥りかねない。アレはいわば諸刃の剣だろう。だが俺たちは既に奴らを相当追い詰めている。使う可能性は決して低くないと思うが?」

 

「分かってる。けど、人間の俺たちに使ったところでどうせ大した効果は無い。精々が俺たちが一時的に管制下から完全に孤立するってくらいだ。むしろ、仲間と連携出来ない内に連中を始末出来るチャンスじゃないか?」

 

ブリッツは眉を顰める。やはりこの男。自分と一緒に工場に潜入するつもりのようだ。

 

「お前・・・出来るのか?」

 

「闇に紛れて始末ってのは俺の専門だ。反対にお宅はドンパチが専門。一個小隊規模が残ってたら流石にキツかったが、推測どおりの人数なら、まぁなんとかお互いの得意分野を活かして上手いことやれそうだと思うワケさ。勿論、キチンとプランは練ってな」

 

さあどうする?そう告げるように得意げな笑みを浮かべて見せるレイに、ブリッツは顎に手を添えて考え込む。

 

確かに戦力は多い方がいい。少なくとも一人より勝算がある。ましてやこの男の力量はある程度把握できている。

実力に疑問は無い。

 

問題があるとすれば、レイがグリフィンに食する戦闘要員(オペレーター)ではない事だ。現場を知らないお役人たちは、規定だのなんだのと理由をつけて批難する。もっとも、レイをここに寄越したのはクルーガー本人だ。お役人に好き勝手言わせるような隙を与えることはないだろう。

 

それに何より。人質の救出は一秒でも早い方がいい。人形による援護が期待できない以上、現有戦力でどうにかするしかない。もし口煩く迫ってきたら、その時考えたらいい。

 

考えは纏まった。僅かに俯いていた顔を上げてブリッツはレイの双眸を見据えた。

 

「・・・わかった。なら俺の考えを言ってもいいか」

 

「もちろんだ。指揮官のお手並みを拝見させてもらおうか」

 

ニヤリと笑って見せるレイに、どこかやり辛さを覚える。

一つ息をついて、自身の持つPDAの画面をレイに見せる。

 

「まず最優先事項(プライオリティ)だが、当然誘拐されたHVIの発見及び救出だ。そのHVIだが、おそらくこの工場区画にいる」

 

「ほーん。根拠を伺っても?」

 

「理由は3つ。目に付きやすい。隠れる場所がない。待ち構えるのに最適。

人質が万が一拘束を解いて逃げ出してもすぐに対処でき、一人二人目を離したところで人質は監視の目から逃れられない。仮に一瞬の隙をついて逃げ出しても隠れられる場所がない。すぐに捕まえられる。最後に、ノコノコと救出に来た人質救出チームを待ち構えて反撃できる。人質という存在もあるからな。流れ弾の恐れもある。こちらとしては迂闊に交戦も出来ないという訳だ」

 

「なるほどな。で、それを踏まえてどう動く?」

 

「戦力を分散させるよう仕向ける。纏まってこられると厄介だが散らばってくれるならやり易くなる。その為に俺とアンタで役割を分ける」

 

「ふむ・・・」

 

ブリッツの意見具申に、レイは思案顔でPDAの画面を見据える。

それと同時に、ブリッツのスマートグラスに新たなウィンドウが表示される。

レイが現在所有している武器リストをナビゲーターが纏めた物のようだ。

 

P90にFive-seveN。これらは教会での初対面で確認済みだ。

それに追加して、.338ラプアマグナム弾が撃てるボルトアクションライフルのL96 AWM。それらに適合した予備弾倉。その他にも破片手榴弾にチャフにクレイモア地雷。高周波ブレード。

ラインナップだけみれば正規軍兵士並みかそれ以上の装備品の数々だ。

 

これなら行けそうだと、ブリッツは改めて考案した作戦をレイに伝える。

 

「まずは屋上にいる見張りを排除する必要がある。アンタに任せたいが、行けるか」

 

「任せてくれ。一発で仕留める。で、その後は?」

 

「ああ、簡単だ。オフィスビルに爆薬積んだトラックを突っ込ませて爆発させる。何人か巻き込めれば重畳だな」

 

「・・・・・・ああん?」

 

レイはブリッツを見る。その目はまるでブリッツの正気を疑っているかのように細められている。

対してブリッツはどうかしたかと言わんばかりにレイを見ている。

 

「・・・悪い、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれねぇか」

 

「ビルにトラックを突っ込ませる」

 

「You何言っちゃってんの??」

 

信じられない。そう言いたげにレイはブリッツを見た。

そのブリッツは「俺変なこと言ったか?」とばかりに神妙な面持ちで小首を傾げている。

 

それを見たレイはわざとらしく思える程に盛大なため息をついて見せた。

 

「・・・お宅」

 

「なんだ?」

 

「敵を分散させるっつってんのに、一箇所に集める様な真似してどうすんだ」

 

『そうですよ!何考えてるんですか!』

 

片や呆れ、片や叱責。各々から声が上がる。それを宥めるようにブリッツは右手を肩の高さまで上げてみせる。

 

「まあ待て。続きがある。アンタの言う通り、そうしたら敵が一箇所に集まるだろう。正に狙いはそれだ。俺が暴れてヤツらの注意を引く。その隙にアンタがHVIを探しだし救出しろ。敷地から出てしまえば人形達はジャマーの影響を受けずに応戦出来る」

 

「・・・つまりあれか?敵が囮に集中しているから俺に対する敵の数も減る。お宅はそれを戦力の分散と言ってんのか?」

 

「理解してくれたようで結構だ」

 

堂々と。それはいっそ清々しい程に堂々とした肯定であった。

再度、レイは盛大なため息を零し、ナビゲーターもいよいよをもって何も話さなくなる。

 

補足するならば。ブリッツはレイの技量の程を知ってはいるが、完全に把握しているとは言えない。軍人であるならば、その場その場で即興の連携は取れる。だがレイはそういう経験をしているとはとても思えない。であるならば、お互い単独で動いた方が返って上手くいく公算が高い。役割は違えど目的が合致していれば

 

そう判断しての提案だったのだが、レイはお気に召さないようだ。

 

「無理に決まってんだろ。お宅が強いのは今日一日で十分わかっちゃいるが、いくらなんでも一人であの連中相手に囮役は流石に無茶だ。それにそんな派手に刺激しようもんなら、それこそ敵もキレて人質を殺っちまうかもしれない」

 

「じゃあどうする」

 

自身の考える最善の作戦を否定されて、ブリッツは無意識に目を細めてレイを見据える。

 

「見張りを始末するのは一緒だ。上からの目があると此方も動きにくいからな。

 違うのはその前後の動き。お宅は前もって入口付近に忍び寄って待機、俺が監視役を始末した後そっちに指示を送るから、一人ずつ敵を始末しながら捜索に当たれば良い。

 俺はスナイパーを始末した後、ビルを降りて拠点に向かうが・・・」

 

そこでレイが自分の端末に表示された見取り図をブリッツに見せた。

 

「見取り図、んでもってお宅の見た情報を鑑みるとだ、ジャマーが仕込まれてるのは恐らく此処とココと、あとこの辺り。まずはビルの屋上に1基、次にコンクリート塀の四隅に1基ずつ。恐らく、ビル上部から放射される事で死角になるビル周囲をカバーする様に内向きに放射する配置になってる。んで最後は工場の中、人質周辺をカバー出来るポジションに置いてるだろう」

 

言って、レイはバックから双眼鏡を取り出し施設内を見渡し始める。自分の予想を確認しているのだろう。それに倣ってブリッツもスマートグラスの望遠機能を再度使用し確認する。

 

ビルの屋上部分はブリッツも確認済みだ。コンクリート塀の四隅。角度的に見えない部分もあるが、確かに隅にそれらしき何かが設置されている。レイの読み通りという訳だ。

 

それはそうと、一つ気になるところがある。

 

「一ついいか」

 

「うん?」

 

「アンタの言いぶりを聞くに、俺も敵拠点に潜入する形を思い描いてるんだろう。だが、この重装備では忍び込むにも限界があるぞ」

 

ブリッツが自身の装備についてレイに指摘する。

今のブリッツは黒を基調とした戦闘服とタクティカルベスト。そして16.5インチのHK417A2にM26 MASS。MP7が二挺。Mk23ソーコムピストル。その他手榴弾にパイプ爆弾。予備弾倉多数。

居住区を敵に攻撃されているため、制圧の為に攻撃力重視の対テロ戦闘装備だ。当然、潜入作戦なんて考慮していない。所持している銃もサプレッサーなんて装着していないため隠密性に欠ける。そのサプレッサーも必要ないと思い用意していない。

 

任務に応じて装備を変えて調整する。兵士としての常識である。

 

「そりゃ全力疾走すりゃガチャガチャ煩いだろうよ」

 

「そうだ。だからこそ俺が囮に────」

 

「寝言は寝て言え。そもそも監視役を撃った時点で敵は攻撃されたと認識するんだ。そこにネズミが入り込むのはなんらおかしい事じゃない。喧しくしない程度に気を付けて出会い頭に殺る位、お宅ならお茶の子さいさいだろ?」

 

「ああ。だがアンタは? 屋上の敵を始末したあとどう動くつもりだ?」

 

「それはな─────」

 

レイがニヤリと笑う。

 

その次の瞬間、ブリッツは瞠目した。

何もなかったレイの足元に、3DCGのワイヤフレームのような物で構成された立方体が現れたのだ。やがてそれは明確な形。時限装置とC-4爆薬が4つほど具現化した。

 

「・・・どういう手品だ?」

 

表情と声色こそ出ていないが、ブリッツの心中は驚愕に満ちている。発言自体も、何とか絞り出したものだ。

 

訝しむブリッツに、レイは答え合わせとばかりにバッグから何かを取り出す。

見たところ、何かのアクセサリーか何かのようだが。それが一体どういう事なのかは理解できない。

 

「こいつはちょっとデカめのヘアアクセの一種だが・・・何を隠そうコレは鉄血が開発した技術だ。一部のハイエンドモデルは武装がデカいもんでな、場に応じて仕舞って持ち運べるって訳さ。要するにお役立ちグッズだよ。それも、戦場に革命を起こすレベルのな」

 

何でもないような。それこそ慣れた口調でレイは語る。

ブリッツは口元を隠すように顎に手を添えて考える。その技術の危険性を。

 

戦場に革命を起こすお役立ちグッズ?そんな物じゃない。その程度で収まるわけがない。

 

確かにこの技術があれば、兵士一人の携行量を倍以上に増やしても重量自体は増えない。部隊ごとに荷物を分担しする必要もなくなる。

どれだけの用量があるかは分からないが。極端な話、個人携行できる対戦車ミサイルを、たった一人でダース単位をキャリーできるかもしれない。

確かに、それだけならば革新的だ。

 

だがこの技術を邪な輩が手に入れたら?例えば人権団体やロボット人権団体に、反グリフィン団体のようなテロ組織だ。どれほど厳重な警備を敷いたとしても、易々と内部に武器を持ち込める。

 

旅客機に武器を持ち込んでのハイジャックも、ほぼノーリスクで敢行できる。

ありとあらゆるテロ行為。そのハードルがかなり低くなる。

 

鉄血が開発したという技術らしいが、こればかりは胡蝶事件に感謝せねばならないかもしれない。

この技術が公開された日には、悪用される未来しか見えない。

 

だからこそ、ブリッツは思う。

 

(やはり危険だな、この男・・・。いや、この男がいるという組織そのものが)

 

スケアクロウだけでなく、鉄血の技術まで保有している。個人でこれだ。組織として考えたら他のハイエンドモデルを確保してある可能性もある。それも複数。

 

「監視役共を始末した後、俺はこれらを四隅のジャマー上に仕掛けに回る」

 

ブリッツが自身に湧き上がってきた懸念も知らず、レイは話を進めていく。ブリッツも一旦その懸念を頭の片隅に追いやって切り替える。今は他に優先することがある。

 

「どうやって。まさかサルみたいに塀の上を駆け回るわけじゃないだろうな?」

 

「あん? 駄目なのか?」

 

「駄目に決まってる。それこそ危険・・・いや────」

 

言ってからブリッツは考える。レイの格好は暗闇に紛れるにはうってつけだ。それが出来るかは別にしても、本人からの意見だ。自信があるという事だろう。

 

「アンタなら暗がりに紛れていけるか?」

 

コンクリ塀(ああいうの)の上を駆け回るのは大得意だぞ」

 

「ふむ・・・・・なら、アンタが爆弾を仕込んだ後、爆発を合図に思いっきり暴れるか」

 

「勿論、身の安全を確保できる体制を整えた上で、な」

 

それは当然の備えだ。ブリッツは頷いた。

 

「それなら、やれるな」

 

「ここらが妥協点だろうよ。万が一ジャマーを発動された時に備えて、電磁波食らったら一発お釈迦になる受信器系は付けない。タイマーは予め指定時刻に起爆するようカウントを合わせておく」

 

「そして時間と共に一斉起爆。それまでは息を潜める」

 

「その通り。必要な準備時間で、最も早く人質救出出来る手段だ」

 

「よし。乗った」

 

作戦は決まった。後はやり遂げるだけだ。

 

確かに懸念はある。それは捨て置くにはあまりにも重く大きい懸念だ。

しかし今は無視出来る。敵を排除しつつヘリアントスを救い出すだけならば、無視出来る。

優先事項を間違えず、果たすべき使命と義務をもって、任務を果たす。

 

今一度、敵のいる工場を見下ろす。

 

「最後の大仕事だな」

 

「ああ。終わらせよう。このふざけた任務を」

 

"表"と"裏"が動き出す。




次回は脳筋と仕事人による本格的共同戦闘


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OPERATION "Two-up" ⅩⅢ

皆さん、お盆はゆっくり過ごせましたか?(^-^)
自分は仕事でした(・_・)


ちなみに今回、ドルフロ二次創作なのに人形は一切出てきません。

↓別視点↓
https://syosetu.org/novel/194706/110.html


 

耳が痛くなる程の静寂と、何もかもを飲み込まんばかりに広がる闇夜の中。ブリッツはその闇夜に溶け込む。というよりも、自身もその闇夜の一部であるかのように息を殺し、足音はおろか衣擦れの音一つ立てず誰もいない狭い路地を進む。

 

スマートグラスのナイトビジョン(ENVG)とマグネティックを併用して周囲の敵影。その有無を確認する。進行方向上、その周辺に敵はいない。伏兵の一人や二人はいると思っていたのだが、どうやら拠点に残存戦力を集中させているようだ。とはいえ、無駄に時間を掛ければ居住区を攻撃していた残りの部隊がこの拠点に殺到してくる可能性もある。

 

プラスして、ジャマー起動による電子機器の無効化を懸念して、予め作動させている時限式のC-4爆薬の存在もある。

ブリッツのスマートグラスにはそれに合わせてタイマーが表示されている。残り時間は21分と32秒。

すでに爆発範囲から離れているブリッツはともかく、それを抱えて4か所のジャマーに仕掛けに行かなくてはいけないレイの心情を考えると、一刻も早く爆発物から離れたい所だろう。下手すれば心中必至だ。だから急いだほうが良い。

 

静かに素早く正確に。いつも通りだ。

 

やがて工場を囲うコンクリート塀の前に到達。この壁を伝って進めば、予定していたポイントである正面の入場ゲートがある。

相変わらず見張りはおろかトラップの一つもない。敷地内のビルの屋上に見張りは置くが、敷地外には見張りがいないのは、可能な限りこの拠点に気付かせないためか。おそらくは、万が一に備えてはいるが、まだここの存在がバレているとは考えていないのだろう。

それも好都合だ。先制攻撃を何のリスクもなしに実行できる。

 

やがて入場ゲートへと到着。ここにも人影は確認できない。

 

PDAを操作しデータリンク。作戦区域直上を飛行しているUACSから送られてくる、高精細なリアルタイムの航空映像を表示する。

先と変わらず屋上に陣取っている見張りの敵兵士6名の姿を確認。映像越しでも分かる程にピリピリとした警戒心が窺える。

想定以上に仲間をやられた事もあるのだろうが、決め手となったのはやはり先の通信であろう。あれだけ煽ればこうもなる。隊長の怒りが部下の隊員達に伝播したとすれば好都合だ。

 

戦闘においてある程度の怒りは必要だ。敵を倒すためには大義名分だけではもたない。いずれは罪悪感に苛まれる。その罪悪感を塗り潰すためには怒りの感情をもってくるのが一番手っ取り早い。

 

だが過度な怒りは視野を狭める。自身が気付かぬ内に、自身が思っている以上にだ。おまけに見張りは()()()()()敵を警戒している。つまりはブリッツをだ。

 

彼らは知らない。ここで真に警戒すべき存在は、屯しているオフィスビルよりも高所に陣取っているスナイパー(仕事人)だ。

それをすぐに思い知る事になる。

 

PDAを仕舞ってHK417を構える。チャージングハンドルを少し引いて、薬室に弾丸が装填されているかをチェック。レイと別れた後も確認はしたが、念には念を入れる。しっかり装填されている。マガジン内の弾薬もキッチリ詰まっている。

 

準備良し。

ヘッドセットに手を当てる。

 

「こちらブリッツ。配置についた」

 

『りょーかい。中入るまでちょっと待ってな』

 

何とも軽い感じで返答を寄こすレイ。おそらくはこれが彼にとっての通常という事なのだろう。過度な緊張感も無い分安心かもしれない。

 

そういえば、こうして人間と組んで作戦に臨んだのはグリフィンに身を置いてから初めての事だ。

思い出すは軍に属していた時分。たった4人で敵地の奥深くに潜入し、内部で思い切り暴れるという作戦を遂行した事がある。潜入の片手間に爆弾を仕掛け、あらゆる破壊工作を行ったから何とかなったが、あの時は本当に危なかった。

 

隊長のフラッグマンは作戦完了後大声で「死ぬかと思ったなぁ~!」なんて言って笑って、自分もそれに釣られて笑ってしまった。ピアスは「笑いごとじゃねぇよ!」と文句を言っていた。ジークは声が出せないから手話で文句を言っていたが、あの時の手の動きはとても目で捉えられるものではなく断片的にしか分からなかった。

 

『OKブリッツ、用意できた。わかってると思うが、ジャマーが発動次第一切連絡が取れなくなる。くれぐれも無茶な行動は控えてくれよ』

 

疲労のせいか。集中力が一時的に落ちて、いつの間にか感傷に浸っていた。そうしているうちに向こうの準備が出来たようだ。気持ちを切り替える。

 

「分かってる。アンタこそヘマするなよ」

 

『はっ、誰に言ってる。目かっ開いてよく見てな』

 

「頼んだぞ」

 

スマートグラスに航空映像を投影させ、状況を見守る。この間にも周辺の警戒は怠らない。

 

瞬間、右サイドにいたスナイパーの頭部が弾けた光景をUACSが捉え、映像として流れた。

僅かな間の後に銃声が響く。ラプアマグナム弾を使うL96の銃声だ。

 

続けて、今度は左サイドにいるもう一人のスナイパーが、先と同様に頭を打ち抜かれ脳漿をブチ撒けた。

狙撃の初弾はコールド・ボア・ショットと呼ばれ、精度は高い。だが二発目はバレルが熱膨張によって僅かに歪み、精度が落ちる。この歪み方は銃によって差異があるため、スナイパーはこの銃の癖を熟知している必要がある。

 

ボルトアクションでありながらあの連射速度と次弾の命中精度。レイはスナイパーとして一流の技量を有しているという事だ。自信満々に豪語するだけの事はある。

 

ただ敵も攻撃されて何もしないわけではない。即座に狙撃地点にいるレイに向かってSCAR-Hを連射。弾幕を形成する。バトルライフルとはいえこの暗闇にあの距離だ。ほとんど盲撃ちと変わらない。射手の打倒を狙っている訳ではなく、脅威となるスナイパーの頭を抑える目的の方が大きいだろう。ただ万が一もある。いくら距離があるといっても当たれば負傷は免れない。

 

「手伝おうか?」

 

『いーや、お構いなく』

 

何とも頼りになるお返事を頂いた。そういう事ならとこれ以上何も言わず事の成り行きを見守る。

 

それから少しの間を置いて、バトルライフル特有の重厚な銃声の重なりの中に、一発の異質な銃声が混じった。レイの狙撃だ。

 

この時ブリッツは、レイのこの狙撃を敵への応戦かと思った。状況的には高所に陣取り強力なマグナム弾を使っているレイが有利だ。多少時間は掛かれど敵兵士を仕留められる。

 

そう思っていたその刹那。突如オレンジ色の閃光が一瞬迸り、腹の底に響くような重低音と衝撃波がビルの屋上で発生した。それによって屋上にいた敵は全て撃退。ビルの窓も弾ける様に砕け散った。

 

『・・・や~っべ』

 

通信機にそんな声が届いた。それは予想外の事態が起きたことを物語っていた。

 

記録した航空映像を改めて確認すると、どうやらオフィスビル屋上に設置されているジャマーを打ち抜いたようだ。

ヘンブリー・ステインが輸送していた改造ジャマーと同等の性能だとすれば、電源系統にも相応の改造が施されていたことだろう。どういう理屈かは知らないが、レイの放ったラプアマグナム弾によってコンデンサの耐電圧を超える電圧が掛かってしまい、結果爆発した。

コンデンサがあれほどの威力を持った爆発物となりえるかは分からないが、一つ確実に言える事がある。

 

『「や~っべ」じゃありませんよ!結局敵を刺激してるじゃないですか!』

 

「派手にやったな・・・」

 

当初ブリッツが提案し却下された作戦を、レイが形を変えて実行した。

 

これで当初取り決めた作戦は実質破綻。それを指し示すように、地上にいた複数の敵兵士達がブリッツの潜む正面ゲートに向かってくる。

 

それを、レイのL96 AWMが失態を取り戻すように一人また一人と打ち抜いていく。

おかげで、誰にもブリッツの姿を見られることなく全員を始末出来た。

 

『OKブリッツ、とりあえず予定通りに忍び込んでくれ。爆発でそっちに向かってたのは始末したから、入ったあとはなるだけ見つからない様に頼むぜ。それと、もうそろそろジャマーが動き出す頃だろう。グラスや無線機がぶっ壊れない様気を付けてな。俺はこれからジャマー破壊に入る』

 

「了解」

 

通信を終了。HK417を構え直す。

 

『はあ・・・計画通りスマートにいかないですね』

 

ぽつりとこぼす様にナビゲーターがぼやいた。

 

「計画なんてそんな物だ。だから予定通りだ」

 

『・・・こういう時、私にも実体があればなと思いますよ』

 

「そう言うな」

 

その時、ヘッドセットに酷いノイズが走り、スマートグラスに投影される拡張現実(AR)が激しく揺れ動く。ジャマーが起動されたようだ。電波が届かずナビゲーターとの通信も切断された。それだけでなく、マグネティックやナイトビジョン、GPSまで使用不可能となり、ミニマップと共に自身の現在地も消失。

まともに使えるのはカウントダウン真っ最中のタイマーだけだ。

 

流石に16LABの技術を用いていたとしても、電磁波による影響を免れる事は出来ないようだ。改善点として後程16LAB、もといペルシカリアにレポートを送付しようと決める。

 

レイとの短距離の無線通信ならば、と思ったがこれもダメなようだ。ノイズ以外返ってこない。

完全に孤立した。しかしやることは変わらない。

 

「・・・さて、行くか」

 

正面ゲートの陰から飛び出し、オフィスビルに向かって走り出す。

 

距離120メートルを16秒で走破。ビル入り口の陰で身を隠し様子を伺う。足音が聞こえる。人数は二人。ツーマンセル。

 

417を背中に収め、そっと左手でナイフを抜いて逆手に持つ。

敵が入り口から出てきた瞬間、ブリッツが鳩尾部分にナイフを深く突き立てた。

 

敵がくぐもった苦悶の声を上げる。ナイフを引き抜き続けざまブリッツは今度は首に向かって一閃。気道や動脈、頚椎をもろとも切り裂く。絶命し青白く燃え出す男の背後からもう一人。ブリッツの存在を認識した敵がSCAR-Hの銃口を向け即座に発砲。3発の弾丸が放たれる。

 

狙いは胴体。腰を捻り半身になって躱す。

 

「躊躇いなしか。いいね」

 

事も無げに。低い姿勢から急速に肉薄。懐に潜り込み敵の右腕にナイフを二度三度突き刺す。そのどれもが動脈を切った。負傷によって力が抜けたところを狙ってSCAR-Hを強奪。トドメを刺そうと銃口を向けて引き金を引く。

 

が、来るべきリコイルが何時まで経っても来ない。

すぐに理解する。

 

「ID銃か」

 

銃が撃てない事で生じた確かな隙。それを逃さず兵士はヒップホルスターからシグアームズ社の拳銃であるGSRコマンダーを抜いてブリッツに向ける。

だがこれに慌てることも無く。間髪入れずに左足を振り上げてGSRを弾き飛ばし、奪ったSCAR-Hを反転させて右手でハンドガードを掴み振りかぶる。

 

「かわいそうに」

 

こん棒よろしく頭をぶっ叩く。二度三度と鈍く重い音が入り口に響き、壁や床に鮮血が飛び散る。

頭部に強い衝撃を受けた為に意識が朦朧としているが、何とか立っている。

最後に、脳天をかち割る勢いで打ち下ろす。機関部が破損し構成部品を撒き散らす。散々殴られた兵士はここで漸く倒れ伏せ、やがて青白い炎となって灰と化した。

 

それを横目に、破損した血まみれのバトルライフルを放り捨て、ホルスターからMP7を抜いて内部に侵入。

タイマーの残り時間は13分と少々。それくらいなら、適当な部屋の中で息を潜めても大丈夫だろう。いっそ、本命の工場区画の近くに潜り込んで様子を伺うか。

 

どちらにせよ、ジャマーの爆発によって自分たちがいる事はバレていると見たほうが良い。

 

とすれば、わざわざ広く遮蔽物の少ない外に出て工場区画にいくのはリスクが高い。ビルの連絡通路を経由し、工場に向かう。当然敵の抵抗もあるだろうが、外に出て包囲されてしまうよりかは幾らかマシだ。

 

───瞬間、背後から気配と敵意を感じ取った。

咄嗟に腰を落とす。同時に銃声が鳴り響き、ブリッツの頭上を幾つもの7.62mm弾が飛んで行った。気付くのが後コンマ何秒か遅れていたら、頭に風穴が空いていた。

振り返り様にMP7を向け引き金を引く。

放たれた4.6mmスチール弾が敵の胴体に飛び込んでいく。が、その悉くが防弾装備によって弾かれた。怯みはしたが負傷らしい負傷は見られない。

おまけにツーマンセル。撃たれなかったもう一人がSCAR-Hをブリッツに向ける。

 

更に酷いことにその銃声を聞いた敵兵士二名が通路の奥から飛び出した。完全に挟撃の態勢だ。

 

「クソッ!」

 

悪態を零しつつ、咄嗟に近くのドアに体当たりして部屋の中に転がり込んだ。地面に倒れると同時にバトルライフルの重い銃声と壁に着弾する音が木霊する。

今ので同士討ちになってくれたら儲けものだが、それは期待できないだろう。そんなマヌケではない事はこの数時間でイヤというほど思い知っている。

 

そしてこういう時、相手が次に出る行動も。

そこまで広くは無く、遮蔽物として使えるものが何一つ無い部屋。

そんな部屋に飛び込んだ自分を仕留めるために選ぶ行動は突入ではない。

 

案の定、敵は部屋に入るどころか姿すら見せない。その代わりに、破片手榴弾を放り込んだ。スタングレネードではなく殺傷性の強い破片手榴弾。殺意の程が窺えた。

 

しかしそう来ることは分かっていた。ブリッツはその破片手榴弾を倒れたままMP7で銃撃し部屋の外へと弾き飛ばした。

手榴弾はすぐに爆発した。ピンを抜いてすぐに投げず、少しだけ待ったのだろう。おかげで部屋の外に待ち構えていた兵士が回避する間も無く、爆発の衝撃と飛来する手榴弾やコンクリートの破片をまともに食らった。

 

当然ブリッツもその影響を受けるが、倒れたままであった為に破片による負傷は免れた。精々が圧力によるダメージで済んだ。

 

すぐに立ち上がる。少し体が気怠いが、我儘を言える状況でもない。

 

通路に出ればひどい有様であった。爆発点を中心に壁は表面が抉れる様に消し飛び、人間に至っては手足が千切れて倒れ伏している。だがすぐに息絶え3つの青白い炎と化した。

しかし一人だけ、燃えることなく生きている者がいた。

爆発によって意識が朦朧としていながらも、何とか上体を起こして立ち上がろうともがいている。

それを、ブリッツは胸部を踏むようにして抑え込みMP7の銃口を頭部に向ける。

2発、MP7の4.6mm弾を撃ち込んだ。今度こそ、兵士は青白い炎となって灰となった。

 

しかし息つく暇も与えてはくれない。すぐに敵が通路の奥からやってきた。ブリッツの姿を視認した途端に銃撃を開始する。

再度部屋の中に引っ込んで銃撃をやり過ごす。

MP7では威力が不足している。取り回しという意味では屋内の使用には難があるが、威力は十分なバトルライフルであるHK417に切り替える。が、敵の弾幕が激しく顔を出せない。

 

そうしている内に敵はじりじりと前進し、ブリッツを追い詰めていく。

 

バックパックからパイプ爆弾を取り出しスイッチを入れる。が、パイプ爆弾はうんともすんとも言わない。起爆準備完了を告げるLEDランプが点灯しない。

ジャマーの影響で使えなくなっているのだ。起爆装置であるPDAも同様だ。ディスプレイがノイズで揺れて操作できない。

 

「はあ・・・最高にふざけてるぜ」

 

思わず悪態が零れ出る。だがやれる事はまだある。

パイプ爆弾をベストの隙間に差し込んで保持し、手榴弾を一つ取り出しピンを抜く。だがレバーはまだ抜かない。

保持していたパイプ爆弾を再び持ってから手榴弾の安全ピンを外す。それから、パイプ爆弾を地面に転がす様に投擲。

敵の足元に転がったパイプ爆弾に意識が向く。その瞬間だけ銃撃が止んだ。そこを見逃さず()()()手榴弾を投擲。一度地面をバウンドして、目論見通りに手榴弾は爆発。迫りくる敵兵士を吹き飛ばした。

 

HK417を持って通路に飛び出す。そこで目にしたのは二つの青白い炎。銃声は全部で4つあった。残りはどこにいるかはわかってる。

 

通路の突き当りの左角にそっと静かに張り付きMk23に切り替える。マグネティックは使えないが、使わなくとも気配で分かる。すぐそこにいる。だがすぐに出ない。

案の定、角で待ち構えていたが焦れて出てきた兵士がSCAR-Hを向けようと飛び出した。が、そのハンドガードをブリッツは左手で掴み、右手に握られたMk23で兵士の鼻先に45口径弾を即座に撃ち込んだ。その後ろにいるもう一人に牽制で2発。これを敵は支柱に隠れてやり過ごす。お返しとばかりに飛び出して銃口を向ける。しかしその先にブリッツはいない。何故なら床に倒れるようにして下から狙っていたのだから。

右足を撃ち抜き膝を着かせ、動きが止まった所で頭を撃ち抜いた。

 

立ち上がって周囲を見渡しクリアリング。敵はいない。

 

Mk23から改めてHK417に切り替える。

それからふっと、後ろを振り返る。銃痕や爆発の痕跡が色濃く残る凄惨な通路。死体こそ無いが、この現状を見れば誰であれ派手な事をやったと想像するだろう。

 

「派手にやったな」

 

ここまでやってしまった以上、時間を掛けられなくなった。

一応あの時に。敵のリーダーから通信が来た時に脅しついでに釘を刺しておいたが、怒りに任せて人質を殺してしまう恐れもある。そこまでやってしまった。

居住区にいる敵兵士が応援としてここに戻ってくる可能性もある。

 

一刻も早くヘリアントスを救出するため、ブリッツは通路を進む。

 

ビル内部の見取り図は頭に入っている。連絡通路の場所も把握済みだ。トラップやアンブッシュを警戒しつつ、ブリッツは自身が出せる最高速度で、最短距離を突っ切る。リスクを恐れて遠回りをする猶予も無いのだ。

正面から行き、突破する。

 

それに、ここまでブリッツが撃退した兵士の数は10人。レイが狙撃で倒したのが9人。ここまで19人。

当初の想定通りならば、ここにいる兵士は残すところリーダーとその補佐。他にいても5~6人といった所だろう。そう考えれば、通路側に配置できる人員はもういないハズだ。もちろんそう決めつけるのは早計ではある。あくまで警戒は解かない。油断はしない。容赦もしない。

 

しかし予想が正しかったのか。接敵も無く連絡通路に到達した。

つまり、この先の工場区画に敵が待ち構えていると考えたほうが良い。

 

Mk23に切り替えて、通路と工場を隔てるドア。そのハンドルにそっと手を触れる。異常なし。ハンドルをゆっくり回す。手応えに違和感はない。ゆっくりと押し開ける。ワイヤー感応のトラップは無い。

音を当てずに開けていき、足音一つさせずに中へと侵入。

 

工場内部は照明一つ無く、上部に設けられた換気用の窓から差し込む月光以外に光源は無い。おかげで視界は完全にゼロではないが、10メートル先も分からない。こういう時にスマートグラスが効果を発揮するのだが、ジャマーのおかげで使えない。

 

Mk23からHK417に切り替え、一先ず工場内を進んでいく。

 

足音は消しているのだが、地面とブーツの僅かな擦れ音。身に着けた戦闘服やベストに収めた予備弾倉に手榴弾が揺れて出る擦れ音。ギリギリまで押し殺した自身の呼吸音すら喧しく聞こえる。

 

5メートルほど進む。

 

元々夜目は効く方だ。月さえ出ていれば、夜空に浮かぶ飛行機雲も見えるくらいには。

何より通路が暗かったのもあって、今の工場内部は薄暗がり程度にしか思わない。

 

だから気付けた。自分以外の人間の存在。気配を。

 

足を止める。その時だ。

真正面から強烈な光を浴びせられた。

咄嗟に手で遮るが、暗闇に慣れていただけに、必要以上の光が瞳孔に突き刺さり視界が白く染まる。とてもじゃないが、目を開けていられない。

 

同時に総身を駆け抜ける悪寒。五体を射抜く鋭い殺意。

考えるより先に本能が体を動かした。地を蹴り咄嗟に左へ飛ぶ。その直後、重く低い轟音が連続して工場全体に木霊し、幾つもの光線がブリッツのすぐ横を通過していく。

傍にあったコンクリートで出来た支柱の陰に隠れる。

それを追うように、光線も追随し、隠れたコンクリートの外郭を抉るようにして破壊していく。

 

しばらくして音が止み、工場には静寂が訪れた。硝煙の匂いと破壊されたコンクリートから立ち上る粉塵が、余韻のように屋内を漂う。

 

「────ぷはあっっ!!」

 

無意識に止めていた呼吸。肺にため込んだ二酸化炭素を吐き出し、肩を上下させる。

あと少し動くのが遅れていたら、おそらく自分はヒトの形を保っていなかった。というよりも、死んだことにすら気付かぬ程に肉体を破壊されていたに違いない。

それだけ、敵が使った兵器は尋常じゃなく危険な物であった。

 

(M134(ミニガン)だと!?ふざけやがって!)

 

忌々しいとばかりに内心で盛大に毒づくが、それを決して言葉にはせず呼吸を整えることに専念する。

 

「なるほどな。ジャマーを起動しているのにも関わらず、同志たちがやられる理由はコレか。まさかグリフィンに人間の兵士がいるとは」

 

背を預ける柱の向こうから、若い女の声が冷たく響いてきた。

威厳と風格に満ちたその声色は、女が居住区に攻め入った兵士やこの拠点の防衛に駆り出された予備戦力。その他雑用の使い走りなどではない事を如実に物語る。

 

「勘の良い奴だ。それだけに不幸でもある。もう少し気付くのが遅かったら、痛みも無く死ねたというのに」

 

呼吸も整った所で反応を返す。

 

「生まれつき悪運が強くてな」

 

「ならその悪運もここまでだな。貴様はここで殺す」

 

「出来るのか?アンタの部下には出来なかったぞ。実にお粗末だった」

 

瞬間。モーターの駆動音ががなり立て再度無数の銃弾が柱を叩いた。うるさい黙れと告げるように。ほんの3秒足らずの射撃時間ではあったが、毎秒30発以上で放たれる弾幕には形容し難い怒りが込められていた。

それよりも今の一瞬でも大分柱が削られた。遮蔽物として使うには些か心許なくなってきた。

 

「この期に及んでその減らず口。いっそ感服する」

 

「ただの性分だよ」

 

軽口を叩きつつ、ブリッツは柱の陰からそっと声のする方向へと顔を覗かせる。

照明による逆光のせいで正確なシルエットは分からない。ただ人数は分かる。

隊長格と思しき女が一人。そのお付きが左右に二人。その傍に膝を着かされているのが一人。おそらくヘリアントスだろう。

そして一番厄介なのが、ミニガンを乱射した巨大な影。逆光でもわかってしまう位に輪郭がゴツゴツとしている。パワードスーツの類であることは間違いない。

尤も、フィクションのように生身でミニガンを連射することは現実的には出来ない。であれば、銃架を使って地面に固定して使うか、パワードスーツを使っているかの二択になる。今回は後者であり、それが厄介さに拍車をかけている。

 

シルエットから察するに、ミニガンは右手に持っている。というより、右腕に接合されている。両腕でないだけまだマシといったところか。

 

顔を引っ込めて、今一度呼吸を整え思考を巡らせる。今自分のポケットに入っているモノはなんだ。

HK417、Mk23がそれぞれ一挺。MP7が二挺。手榴弾が後2つ。ブリーチング用のC-4爆薬。

有効打になりそうなのは現状HK417と手榴弾。それとC-4爆薬だ。ただC-4爆薬は時限式だ。設置するにしても投げつけるにしても、動き回れるパワードスーツ相手に有効かと問われれば肯定し辛い。何より、そうした途端ミニガンによる掃射を浴びて終わる。いくらCNTの防弾戦闘服でも、高密度の弾幕を受ければ絶命は必至だ。

 

「そんな事よりだ。俺の上官は無事だろうな」

 

懐からタバコを取り出しながら、威圧感を込めてブリッツは問うた。

 

この時ブリッツが選択した行動は、時間稼ぎであった。

スマートグラスに表示されたカウントダウンのタイマーはまだ6分以上。その間、スマートグラスの各種ビジョンモードにパイプ爆弾も使えない。

 

戦況は圧倒的にブリッツに不利。その不利を少しでも有利な方へと傾けるためには、ジャマーの機能停止が不可欠だ。レイが予定通りにジャマーの破壊工作を終えたという前提で、ブリッツはなるべく時間を稼ぐ事を選択した。

 

より確実に敵を殺し、より確実に人質を救出するために。ブリッツは人間的な怒りをそのままに、兵士としての冷徹さをもって選択した。

 

「自分の眼で確かめてみたらどうだ?」

 

「ぐっ・・・!」

 

女リーダーの冷淡な声の次に、小さく苦悶の呻き声が聞こえる。

再度柱の陰から覗き込む。先ほどまで膝を着かされていた人影が、リーダー格と思われる人物に頭髪を掴まれ無理やり立たされている。その立ち姿も力がない。相当弱っていると見受けられた。

 

「ヘリアントス上級代行官。ご無事ですか」

 

「・・・その声・・・ブリッツ指揮官か・・・?」

 

応答はあった。だがその声には力がない。か細く掠れ、今にも消え失せてしまいそうに遠い。

何があったのか。どんな目に遭ったかは想像するに難くない。これだけで怒りの沸点を超えて飛び出しそうになるが、奥歯を噛み締めて堪える。今飛び出すのは彼女にとっても自分にとっても自殺行為でしかない。

 

「はい。助けに来ましたよ。もう少しの辛抱です」

 

「フフ・・・やはりな。私は正しかった」

 

突然、ヘリアントスが笑い声を漏らした。か細いままに、しかしその声には僅かながら気力が戻っている。

それを訝し気にブリッツは思う。敵もまた同様に。

 

「必ずお前たちには鉄槌が下る。愚かしい計画を実行した事を必ず後悔する。私が思っていた通りだ」

 

逆光で見えないが、声色からしておそらく彼女は笑みを浮かべている。ボロボロにされながらも、不敵な笑みを浮かべている。

彼女は言外に断言したのだ。たった今単身で乗り込んだ男によって、お前たちは撃退されると。撃滅されると。

 

そんなヘリアントスの様子に、ブリッツは瞬間的に跳ね上がっていた怒りのボルテージが下がっていく。

なんと素晴らしい上官か。命がけで助けに来た甲斐があった。

 

しかし残り時間はまだ5分弱。もっと引き延ばさなくてはダメだ。

 

「チッ!」

 

女リーダーから盛大な舌打ち。面白くないとばかりに掴んでいたヘリアントスの髪を放り捨てるように離し、お付きの兵士たちに押し付けた。

 

「おい、丁重に扱えと言ったハズだぞ」

 

「・・・この状況で、まだそんな事を言えるとはな。どこまでもナメた男だな・・・!」

 

「言っただろう。性分だよ」

 

女リーダーは苛立ちを覚えている。憎たらし気に眉間に皺を寄せている。典型的な頭に血が上っている状態だ。

本来なら、人質を確保している敵を刺激するのは得策ではない。だが「フレイム・スコーピオンズ社の兵士」という前提が加わっているなら話は別だ。

彼女たちは分かっている。人質という存在のメリットとデメリット。そして今回はメリットの方が多いことに。

 

人質は戦闘時、足手纏いになる恐れがある。だが、盾にすることも出来る。頭数で負けている以上、ブリッツがどれだけ強力な火器を駆使したとしても状況の打破は難しい。むしろ、下手な攻撃は救出対象に被害を及ぼす可能性の方が高い。

であれば、女からしてみれば人質はどんな装甲よりも優れた盾だ。そんな盾を自ら捨てる(殺す)真似はしない。例えどれだけ逆上しようとも、兵士である以上その選択だけはしない。

隊長格が冷静さを欠いてくれたら儲けものだ。

 

『落ち着け隊長。相手のペースに踊らされるな』

 

パワードスーツからややノイズ混じりの声が聞こえる。内蔵されているスピーカーから出ているのだろう。それを聞いた女リーダーは我に返ったように「ああ、すまない副隊長」と告げて、表情が平静のそれに戻る。

それを見て、ブリッツは内心で舌打ちをした。冷静なヤツがいると。

 

一番の脅威と見ていたパワードスーツだったが、想定した以上に脅威度が高いと見た方がよさそうだ。

 

カウントダウンを確認。残り4分25秒。

これでは時間を稼げない。

 

「・・・賭けに出るか」

 

小さく、自分以外誰にも聞こえない程の声量で呟き、覚悟を決める。

取り出したタバコを一本口に咥えて。417を保持したまま。しかし構える事はせずに、ブリッツは柱の陰からゆるりと身を晒しだした。

 

予想だにしなかったその行動に面食らった様子を見せるも、兵士たちはすぐにブリッツに銃口を向ける。

モーターの駆動音をがなり立て、ミニガンの6本の銃身が回転を始める。

 

「落ち着けよ」

 

今にも火を吹きそうなミニガンを見て顔が引きつりそうになるのを堪え、上擦った声にならないよう平静を装い宥める様に告げて、ブリッツはゆっくりと懐からオイルライターを取り出し火をつける。紫煙を吐き出し、ゆらゆらと燃ゆるオイルライターの炎を見つめ、やがて蓋を閉じて消した。

 

「・・・何の真似だ」

 

女リーダーが訝し気に。しかし警戒心と敵意を隠さず問う。

 

「時間ならあるんだ。何でこんな事をしでかしたかを聞くまでは死ねないし殺せない。教えてくれよ」

 

まるで雑談を持ち掛けるようにブリッツは告げる。

しかし内心では、自身の考えていた第一段階。「身を晒して撃たれない」が完了したことに安堵し、第二段階の「会話で時間を稼ぐ」に緊張を抱えていた。

 

今ブリッツがやるべき事は「待つこと」である。ジャマーによる効力が無くなり、装備が十全に使えるようになるまでの残り4分間を。

 

「ここまで大々的にやっているんだ。どんな要求をしたのかは知らないが、それ相応の。本来なら割に合った要求をしたんだろ?」

 

敵はレイの存在を知らない。奇しくもブリッツがビル内部で派手に暴れ回った事が功を奏した結果だ。いくらかジャマーの破壊工作に余裕が出来たはずだ。しかし不測の事態というのは起こるものだ。レイに予期せぬ妨害が入る可能性もある。

 

残り3分45秒。

 

「だがアンタらの仲間はほとんどが燃えた。アンタも言っただろう。『部隊の損耗率が予想を大幅に超えた』と。そんな状態で、本当に今の要求が割に合っているのか?それとも、R20地区そのものを陥落させる事が目的だったのか?」

 

だから、敵の意識をブリッツ一人に向けさせる。

ブリッツが敵を引きつけていれば、それだけレイは動きやすくなる。延いては、ジャマーの破壊成功の確率を上げる事に繋がる。

仮に増援が外からやってきたとしても、レイの存在を知らないフレイム・スコーピオンズの連中は真っ先にこの工場に殺到する。

 

だからこのブリッツのセリフ自体に意味は無い。意識をブリッツに向けさせ、時間を稼ぐことが目的なのだから。現に、銃口を向けてはいるものの、引き金を引く気配は窺えない。

話に意識を向けている証拠だ。

 

残り3分15秒。

この時、工場の外から僅かだが銃声が聞こえた。スマートグラスのサラウンドインジケーターもダウンしてしまっているため反応は無いが、確かにSCAR-Hと、小口径の拳銃。おそらくレイのFive-seveNによるものだ。

どうやら向こうも接敵したらしい。ただ音が遠い。これならまだレイの存在を感付かれないハズだ。

事実、敵も音は聞こえたようだが、これといったアクションを起こそうという気配は見せない。目の前にブリッツ(敵兵)がいる現状で、そちらに対応するだけの余裕が無いのだろう。

 

「・・・クルーガーから聞いていないのか?」

 

食いついた。あとは話を引き延ばしてより多くの時間を稼ぐ。

 

「アンタも傭兵なら、ニードトゥノウの原則くらい知っているだろう。俺のような使い走りは敵の要求だの身代金の詳細だの、知っている必要がない。命令(オーダー)があればそれに従うだけだ」

 

「なるほどな。それほどの実力を持っていながらも、所詮はクルーガーの犬という事か」

 

「そうだよ。だから命令通りに嚙みついて喰い千切ってやった。手当たり次第にな」

 

「だがその牙もここまでは届かない。貴様はここでただ無惨に死ぬ。跡形も残せずに死ぬ」

 

「その時は道連れだ」

 

沈黙が訪れ、互いの視線が交錯する。

この時、逆光のせいで見えなかった敵の女リーダーの姿が薄らと見えてきた。

女性らしい線の細さの中に、強靭な芯が一本通っている。近接戦闘を始めとした戦闘技能を習熟した者特有の立ち姿だ。

今時女性兵士というのも珍しくは無い。だがあの女リーダーはその並みいる女性兵士の中でも頭一つ抜けた実力者であろう。その証拠に、ここまであの女リーダーの言動に、お付きの兵士やパワードスーツを着用した副隊長とやらが、何の抵抗も無く従順だ。もしあの女リーダーが隊長として不適格であるならば、多少なりともこの現状に反発して好き勝手に発言している。

 

なるほど。フレイム・スコーピオンズがグリフィンに対する武装蜂起を企て、その実行を指揮するだけの実力とカリスマ性は持ち合わせているという訳だ。そうブリッツは納得する。

 

重苦しい沈黙が続く。息が詰まりそうだった。このままだと鉛のように重くなった空気に押しつぶされそうな気さえして来る。

片や武器を構えいつでも撃てる態勢であり、片や武器こそ持っているが構えていない。

ブリッツは何時火を吹くか分らぬ銃口に全神経を集中させ、フレイム・スコーピオンズの兵士たちは多くの仲間を葬った男の僅かな挙動にも警戒する。

 

時間だけが過ぎていく。残り2分18秒。

 

『もういい隊長。ここは俺に任せてくれ』

 

お互いに次の出方を伺っているところに、副隊長が声を上げた。

パワードスーツが一歩二歩と前に出る。重厚な見た目に見合った重々しい足音を工場内に響かせる。

 

「・・・・・ああ。イアン副隊長、頼んだぞ」

 

やや間を置いて、かつ何かを堪えるように女リーダーが告げた。この状況を終わらせに来た。何かしらの逡巡があったようだが、その心意は測りかねる。

ただわかるのは、時間稼ぎはここまでだという事だ。

 

副隊長が『任せておきな』とだけ返した。女リーダーは悲し気に一度顔を伏せた後、すぐに表情を引き締める

 

「連れていけ」

 

お付きの兵士二人がヘリアントスを拘束しどこかへ無理やり連れて行こうとしている。

 

「くっ!離せ!」

 

ヘリアントスも抵抗しているが、衰弱している上に屈強な兵士二人に掴まっては抜け出せない。

 

その様子を、ブリッツは奥歯を噛み締め見送るしかない。パワードスーツが行く手を遮り、M134ミニガンの銃口を向ける事で牽制をかけているからだ。

 

つまり、ヘリアントスを救い出したければこのパワードスーツを撃破して、逃走した敵を追撃しなくてはならないという事だ。

 

『最後の一服だ。ゆっくりと味わうんだな』

 

「お優しいね」

 

「なら遠慮なく」と少し吸って、紫煙を吐き出す。ブリッツはそれを繰り返す。味わうように。そんな素振りで時間を掛けていく。

 

これは死を覚悟しての最後の一服ではない。生き残るための願掛けだ。

いつだってそうだった。いつだってここから生き残ってきた。

今回もそうだ。このデカブツを始末して、ヘリアントスを救出する。

 

その為の準備が整った。

ニヤリと、ブリッツが笑みを浮かべる。

 

「フフフ・・・ハハハハ」

 

静かに、しかし確かにブリッツは笑いだす。不敵に、愉快そうに。

 

『何がおかしい』

 

この絶望的なシチュエーションに対し、ブリッツが笑い声をあげるのはあまりにも現状と嚙み合ってない。

しかしブリッツは増々笑みを深めるばかり。

 

「さあてな。どうだと思う?」

 

試すような、煽るような。そんな口調で目の前のパワードスーツに問いかけるブリッツに、副隊長は警戒心を強めた。何かがおかしいと。何かを狙っていると。

 

ブリッツの行動に注視している内に、彼は一吸いで残り全てのタバコを灰にして、肺一杯に溜め込んだ紫煙を一気に吐き出した。

 

Go easy on me.(お手柔らかにな)

 

────刹那。爆発音と微かな地揺れが起きた。

 

『な、なんだ!?』

 

予期せぬ突然の爆発に副隊長は焦燥の声を上げる。

その間にブリッツのスマートグラスが即座に再起動。拡張現実が次々と正常に表示される。

 

よくやった、レイ二等兵。内心で称賛を送る。

 

休憩は終わりだ。

 

Engage.(交戦開始)

 

火の着いたままの吸い殻をパワ-ドスーツに向けて抛り捨て、ブリッツはHK417を構えた。

 

 

 

 





共同戦線もいよいよ終盤へと突入していきますよ~いくいく。
結末がどうなるか見とけよ見とけよ~

ではまた来月っ!


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OPERATION "Two-up" ⅩⅣ

最近幻塔を始めましたが、間違えて女キャラになっちゃったので、せっかくだからとLWMMG風にキャラ製作して遊んでます。

ただもうPCが限界かもしれない・・・。新しいグラボが欲しい

そんな事よりこっちの別視点も読むんだ!!
https://syosetu.org/novel/194706/111.html


 

予期せぬ爆発によって浮足立ったパワードスーツ、もといイアンの隙をつき、ブリッツは417をフルオート射撃。I.O.P社製7.62mm M61徹甲弾がパワードスーツに命中し無数の火花を上げる。

 

が、イアンは着弾の衝撃に苦悶の声を上げるだけで、すぐにミニガンを構え直しブリッツに向ける。6本の銃身が回転を始めた。

 

近距離とは言え流石に正面の装甲は分厚く、容易くは貫けない。しかしダメージが無いわけではない。だから、貫くまで撃ち続ければいい。

近くで見れたことでパワードスーツの委細がわかってくる。正確にはArmored Security Trooper。A.S.Tとよばれる強化外骨格だ。右腕にはM134があるのは分かっていたが、左腕には見るからに頑丈そうなシールドを装着している。

露出している頭部も、見るからに頑丈そうなフルフェイスタイプのヘルメットを装着する事で防御を固めている。

生身の人間が一対一で戦うには分が悪い相手だ。

 

これは骨が折れそうだと、そう冷静に分析し、ブリッツは身を低くしてミニガンの射線から外れつつ接近。

 

瞬間、ミニガンの銃口が火を吹き無数の銃弾を放つ。しかしワンテンポ速く動いた結果、ブリッツに銃弾が届く事はない。曳光弾(トレーサー)も仕込んでいたのだろう。金属燃料の燃焼によって赤い光の軌跡がハッキリと見える。ミニガン程の連射速度であれば一筋の線に見えてしまう。

 

だがパワードスーツはその大柄な見た目から想像がつくように、懐に飛び込んでしまえば却って安全である。少なくともミニガンによる銃撃は受けない。

姿勢安定の為に大きく広げた足の間を滑り込むようにして潜り抜けて、ブリッツはパワードスーツの背後を取った。

正面装甲は分厚くとも、乗降の関係で装甲の薄くなる背面ならばどうか。

そう思って417の銃口を向けるが、その先にあったのは巨大な鉄の箱。M134に使うベルトリンクされた7.62mm弾が詰まったアサルトパック。それを分厚い装甲板を張り付けて防弾性を上げているおまけつきだ。

 

「チッ!」

 

舌打ちを零しつつ膝をついたまま発砲。命中した7.62mm弾が火花を散らす。が、やはりアサルトパックには傷がつくだけで貫通には至らない。

衝撃で給弾に何かしらの不具合でも起こしてくれたらと思ったが、やはり甘くは無い。

 

ここまで大きく頑丈な箱を背負っているのだ。ボルト留めか、最悪溶接で固定している。これによって、緊急用の手動解除レバーにまで手が届かない上に、A.S.Tが大破した際の緊急脱出(ベイルアウト)も出来ない。

 

つまりこのA.S.Tのパイロットは、玉砕覚悟でここにいるのだ。生き死にの損得抜きで立ち塞がる敵とは総じて厄介極まりない。

 

おまけにこちらは決め手に欠けている。

ではどうするか。そう思考したいが相手が許さなかった。

 

背後にいるブリッツ目掛けてテニスのバックハンドよろしくミニガンを振った。

しまった、そう考える間も無くブリッツの胴体にミニガンの銃身が叩きつけられる。

 

「カハッ・・・!」

 

骨が軋む音が聞こえる。衝撃で肺に溜まった空気が強制的に吐き出される。

ラケットで打ったテニスボールの如く、ブリッツは吹き飛ばされた。

5メートルは飛ばされたか。地面を跳ねるように転がり、やがて強かに支柱に背面からぶつかり止まった。

 

俯せになったままブリッツは動かない。動けない。

衝撃が激痛となって全身を駆け抜ける。まるでダンプカーとの正面衝突を彷彿とさせる威力。

 

呼吸がまともに出来ない。意識を薄らぐ遠のく。手足に力が入らない。

 

ぼんやりとした視界の中で見えるのは、自分を吹き飛ばしたパワードスーツがゆっくりとこちらへと向き直り、ミニガンの銃口を向けようとしている光景。

 

(痛い動け苦しい動け死ぬぞ痛い動け動け動けッ!)

 

苦痛がノイズの如く思考を邪魔する。

それでも遠ざかる意識を手繰り寄せ、痛みに悲鳴を上げる五体を無視して力を込める。そうしないと死ぬという確信がある。

 

「────ッ!!」

 

一度、硬いコンクリートの床に自身の額を打ち付ける。頭部を中心に広がってゆく鈍い痛みと脳内に瞬く火花。しかしそれがブリッツの意識を覚醒させた。

 

跳ね上がるように体を起こし、傍に落ちていた417を掴んで一目散に走りだす。その直後、ミニガンの轟音が響き渡り背後を無数の凶弾が通り抜けていった。

 

間一髪、ブリッツは柱の陰に滑り込む。直後に容易く命を刈り取る幾つもの弾丸がブリッツの隠れる柱の表面を穿ち、大きく削り取っていく。

 

「ゲホッ!ゴホッ!・・・ああクソ、最高に最悪だ」

 

イアンの動きに意識を向けながら呼吸を繰り返す。息苦しさと残響のような痛みは今一つ抜けないが、大分マシにはなった。

 

『────ブリッツ指揮官!ご無事ですか!?』

 

ミニガンの轟音響く中で、聞きなれたナビゲーターの焦燥感に満ちた声が聞こえた。ジャマーの爆破が上手くいったおかげで通信リンクを再構築できたのだろう。ただ上空を飛行中のUACSからでは屋内の状況は分からないため、まずは安否確認からという事だろう。

 

「ああゲート。悪いが今取り込み中だ」

 

ミニガンの銃身冷却のタイミングを狙って柱の陰から身を乗り出し銃撃しつつ、応答する。A.S.Tはそれを左腕のシールドを使って防いだ。

 

『ご無事なら何よりです。状況を教えていただきますか』

 

「敵のリーダーがHVIを連れて逃げた。対象は酷く消耗している。一刻も早い手当がいるが、今はA.S.Tと交戦中だ。ミニガン乱射してくる上に装甲が厚くて手持ちの武器じゃ有効打を与えられない。まあ、撃破とまではいかなくとも動けなくするくらいには出来る」

 

空になった弾倉を抜き、銃弾の詰まった新しいマガジンをレシーバーに叩きこみチャージングハンドルを引きながら、なるべく簡潔に報告する。

 

『了解しました。現在レイさんがそちらに急行しています。施設から逃げた自動車についてはこちらとスケアクロウさんで追跡中です』

 

「そうか。鉄血に助けてもらったなんて報告したら、怒られそうだな」

 

『彼らの存在は秘匿ですから、黙っていれば大丈夫ですよ』

 

「お前も中々悪い事を考えるようになったな。良いことだ────おっと」

 

ここで敵の射線を遮ってくれていた支柱が限界を迎えようとしていた。削りに削られたコンクリートはおろか内部に仕込んだ鉄筋すら食い破り、今にも崩壊しようとしている。

どうやら敵は、銃身のオーバーヒート覚悟で支柱もろとも自分を仕留めようとしている。

 

そうはいくか。

417の持ち手を右手から左手にスイッチさせ、支柱の陰から飛び出し次の支柱へと駆け抜ける。その際417をフルオートで銃弾をばら撒く。走りながらなのとバトルライフル特有の強いリコイルのせいで、狙いや精度などあってないようなものだが、やらないよりマシである。おかげで、ミニガンの銃口から放たれる赤い光線が自身の体と重なることは無く、いまだ健在の支柱へと移動が完了。

 

同時に銃撃が止んだ。あれだけ撃ちまくったのだ。銃身のオーバーヒートは避けられない。なら今がチャンスだ。

 

腰にぶら下げた手榴弾を取り出し、ピンを抜いて投擲。それは大きな放物線を描き、A.S.Tの頭上を越えて。やがて煌々と光を放つ照明機器のすぐそばに落ちる。

瞬間爆発。電力を供給していた発電機もろとも破壊したことで、工場内は再び暗闇に包まれる。

 

即座にスマートグラスのナイトビジョン機能を起動。青緑を基調とした景色が視界一杯に広がる。

 

『視界を潰したつもりか?甘いな!』

 

冷却を終えたミニガンが再び火を吹いた。その弾丸は正確にブリッツの隠れている支柱を叩く。唯一露出している

頭部。それを護っているヘルメットには、どうやらスマートグラスと同じナイトビジョンの機能が盛り込まれているようだ。

パワードスーツまで用意しているのに、その辺りの準備を怠っているとは思っていない。つまり想定内。

 

ただこうする事で、照明による目眩まし効果が無くなる。戦力差は無くならないが、条件は五分。条件が同じなら負けない。

 

同時に、ここでスマートグラスに新たな表示が。自動車のウィンカーのように矢印が点滅する。

矢印の方向は右斜め上。その方向に導かれるように視線を追っていく。

 

工場内の上部に設置された点検用のキャットウォーク。そこに息を潜め気配を殺し、L96を構えたレイの姿があった。彼の存在をアピールさせるように四角の枠が囲い点滅している。

今しがた構えたばかりなのだろうが、侵入に一切気付かなかった。もし彼が敵だったなら、今頃側頭部に風通しの良い穴が空いていた事だろう。

 

目の前の脅威に集中しすぎた。そう反省しつつ、次の行動を決める。

 

自分がレイならどこを狙うか。

頭部。否。この暗さで動き回るターゲット相手に狙うには小さすぎる。

背部の弾薬ボックス。否。あれの装甲は厚い。いかにラプアマグナム弾でも、角度によっては弾かれて終わる可能性がある。よしんば抜けたとしても大した効果も期待出来ない。精々しばらくした後で給弾不良になるかどうかだ。

ミニガン。これだ。目下あのパワードスーツが脅威とされる最大の要因があのミニガンだ。それが使えなくなれば、かなりのアドバンテージを獲得出来る。

次点で装甲の薄い関節。特に脚部関節。脚部のパワーアシストが機能しなくなれば、あのA.S.Tはただの鈍重な鉄の塊。やりたい放題だ。

 

であるならば、こちらもレイに合わせて動く必要がある。レイの存在を悟られぬよう振る舞う必要が。

 

ミニガンの連射が止まったタイミングで、ブリッツは支柱の陰から身を乗り出し417をフルオート射撃を敢行。

が、ここで予想外。A.S.Tがシールドを前面に構えたまま突進してきた。シールドによって7.62mm弾は火花を上げるばかりで貫通は一切しない。

 

背筋に冷たいものが走った。さながら大型のトラックが猛然と迫ってきているような、息苦しさすら覚える重圧感。

 

生存本能から来る危険回避か。もしくは兵士として持ち合わせたメンタルか。強制的に思考速度が上昇。体感時間が引き伸ばされ、周囲の景色が止まりそうな程緩やかになる。

 

迎撃不可。回避不可。されど光明は潰えず。たった一つの道筋。

迫りくるシールドに対して逃げるのではなく、逆に向かっていく。飛び込み、両足をさながらスノーボードのようにかける。

次の瞬間、イアンがシールドを突き出した。シールドバッシュだ。その勢いに乗る形でブリッツは後方へと飛翔。

その直後、一発の銃声が工場内に木霊した。同時に、何かに弾かれるような音も。

 

後方宙返りを挟んで空中で姿勢を制御。放物線を描いて地面に着地。その際衝撃を無理なく吸収する為に後転して受け身を取る。

一か八かだったが上手くいった。

 

すぐに視線をA.S.Tに向け、そして飛び込んできた光景に目を見開いた。

レイがいた2階キャットウォークに向けてミニガンを乱射しているA.S.Tの姿が見えたからだ。

 

「レイ!」

 

思わず叫んだ。瞬く間にキャットウォークだったものの瓦礫が騒音をがなり立て地面に落ち埃を巻き上げる。

完全な奇襲だったハズ。意識はこちらに向いていたハズだったのに、それが看破された。

 

『クソッッ!!野郎、気付いてやがったのか!!』

 

無線機からレイの怒号が聞こえた。ナビゲーターが繋げたのだろう。この様子なら何か致命的な負傷は無さそうだ。ここで死なれると流石に寝覚めが悪い。

おそらく外へ逃げる事で間一髪被弾を免れたようだ。

 

そこへダメ押しとばかりに第二射が二階部分に注がれる。

『うぉっ!!』という切羽詰まったレイの声が聞こえた。

 

「チィッ!」

 

盛大な舌打ちと共に417をフルオート射撃。それは全てシールドによって弾かれる。

こういう事ならマスターキー(M26 mass)ではなくM320を持ってくればよかったと、今更な後悔が胸中に湧き上がる。あの装甲相手に12ゲージは多少ノックバックさせる程度の効果しかない。それも近距離での話だ。

 

しかし無い物ねだりをしている暇すらない。シールドに身を隠したままA.S.Tがこちらに視線とミニガンの銃口を向けてくる。すぐに近くの支柱に飛び込み射線から身を隠す。

 

グレネードランチャーは無くとも、爆発物ならある。

バックパックから取り出すは、ジャマーのせいで使えなかったパイプ爆弾。これなら有効打を与えられるかもしれない。

 

とはいえ、設計自体は対人用だ。爆発による衝撃波よりも、内蔵されたボールベアリングで殺傷、攻撃する事をメインとしている。ボールベアリングでは装甲に薄らと傷をつける程度か。純粋な爆破に期待するしかない。

 

やらないよりマシだ。スイッチを入れてA.S.Tに向けて地面を転がすように投げる。

突然転がってきた物体にイアンは即座に反応。盾を地面に突き立てるように構える事で転がってくるパイプ爆弾を止めた。

 

敢えて気にせず起爆。電気信管によって内包されたC-4爆薬が炸裂し金属製のボールベアリングが四方八方に飛散する。

 

だが結果はシールドに損傷を与えたのみだ。身を護る盾としてまだ使える上に、A.S.T自体には一切のダメージが無い。

 

レイの奇襲を躱して反撃。ブリッツの爆弾投擲にも素早く対処した。

この事からA.S.Tには極めて性能の高いセンサー類が搭載されている事が確定した。思いつく限りでは動体検知機や熱源センサー辺りか。他にもあるかもしれない。

 

熱源センサーのせいでレイの隠密行動は意味を成さず、動体検知機のせいでブリッツの如何なる動きも見通され封じられる。

おまけに、こちらの手持ちの武器では有効打にはならない。

 

本格的に打つ手がない。ジリ貧必至の状況だ。

 

『ナビゲーター、聞こえるか?』

 

どうした物かと悩んでいた所。通信機にレイの音声が入る。

 

『なんでしょう?』

 

『敵のセンサーが優秀すぎて身動きが取れない。このままじゃジリ貧になる、チャフ使っても良いか?』

 

『それは・・・』

 

レイの提案にナビゲーターは言い淀む。

チャフとは、電波を反射するアルミ箔片を散布する事でレーダー探知の妨害やホーミング誘導のミサイル攻撃を回避するための電波妨害装置。主に航空機に使われる物だが、レイが持っているのはおそらく歩兵用にスケールダウンされたチャフグレネードだろう。ただし効果範囲も狭く効果時間も短い上に、そもそも歩兵相手にホーミング付きのミサイルを使う場面が少なく、コストに見合っていないとしてあまり普及はしなかった。ただこの工場内限定で使えば一時的に通信機の使用やセンサー類の不具合程度は引き起こせる。

 

ただそうなると、ブリッツが使っているスマートグラスもまた影響を受ける。先ほどまでドールズジャマーの影響で工場内部の情報が一切遮断されていた。ナビゲーターはそれを危惧しているのだろう。

 

「構わない。やってくれ」

 

今はそんな事を言っている場合じゃない。声量を抑えつつもハッキリと言い切る。

というよりも、データリンクが途切れたところで現状に問題は無い。この工場内に入った時点で孤立することは分かっていた事。今更問題にもならない。

 

『いいのか?効いてる間はお前も幾らか制限が掛かるぞ』

 

「むしろ好都合だ。ヤツの(センサー)を誤魔化してる間にミニガン(デカブツ)を潰す。アレさえ無力化できれば脅威は大きく減る。道を切り開ける。────出来る筈だ。俺とお前ならな」

 

煽るように。不安を消し飛ばすように。ブリッツは通信機を通じてレイに告げる。

 

今の自分のポケットには、もう状況を打開するモノは入っていない。だがレイのポケットには入っている。起死回生の一手となるモノが。それに懸けてみる価値は十分にある。

 

『・・・OK。やるか』

 

「頼んだぞ」

 

プランは決まった。覚悟も決めた。

 

417の弾倉を交換。タクティカルリロード。

けしかけたのだ。やれる事はやらねばならない。

 

「囮は任せろ。だからキッチリ決めろ」

 

柱の陰から飛び出す。417をフルオートで乱射しながら別の支柱へと移動する。

そのほとんどはシールドによって弾かれてしまったが、意識をレイから逸らすことが目的だ。問題ない。

 

事実、A.S.Tがこちらに向かって動き出した。ただ、その動きが些か遅かったのが気になった。

しかしそれを気にしていられる状況ではない。空になるまで撃ち尽くした弾倉を抜いて投げ捨て、新たなマガジンを機関部に叩きこむ。身を乗り出して再度銃撃。しようとした矢先。A.S.Tがシールドをブリッツに向けたまま、2階部分にいるレイにミニガンの銃口を向けていた。

 

(読まれていた・・・!?)

 

あのゆるりとした動きは、こちらの狙いをある程度読んだ上での動き。

だがまだ後手に回ったわけではない。プラン通りにレイはチャフグレネードを工場内に投下している。

 

それを確認したブリッツは、柱の陰に隠れてスマートグラスを外し、目を閉じた。そしてそっと数え始める。

 

(5、4────)

 

ミニガンが轟音打ち鳴らしあらゆる物体を蹂躙している音が聞こえる。

 

(3、2────)

 

見えていないが、おそらく2階部分はもう見る影も無く破壊されつくしている事だろう。されど、レイがそれで死んでいるとは思わない。

 

(1────)

 

「────爆ぜろッッ!!!!」

 

通信機を使わずとも聞こえるレイの叫び。

 

刹那、投下されたチャフグレネードが炸裂。炸薬によってA.S.Tの周辺を大小さまざまな大量のアルミ箔片が舞い散る。

同時にブリッツは刮目し飛び出した。

予め目を閉じていたことで瞳孔が開いている。暗闇の中でも視界が効いている。

おまけに嬉しい誤算だ。ミニガンでメチャクチャに破壊してくれたおかげで、先よりも多くの月明かりが工場内に入り込んでくれている。

 

一直線に、A.S.Tに肉薄する。

チャフによる電子機器のエラー。ここまで高性能なセンサーを駆使していたイアンからしてみれば、突然視界が潰されたに等しい。動きが止まっている。背後を通ってミニガンに近寄る。

 

────センサーが受けた情報を集積している箇所は腰か背中。もしくはヘルメットか。視界を潰したとしても、ごく短時間でその集積部を破壊できるか難しい。

 

だったら、()()()()()()()()()()()

 

ミニガンのモーター部分に417の。正確にはアンダーバレルに装着されたM26 massの銃口を向ける。

間髪入れずマスターキーの引き金を引いた。強烈な反動と共に放たれた12ゲージ000バックショットがモーター部分を木端微塵に破壊した。

 

ミニガンは6本の銃身を電気式のモーターを使いスピンアップさせることで、初めて銃弾を連続で射撃できる構造となっている。であれば、スピンアップさせるためのモーターを破壊すれば、当然銃としては使えない。

 

ずっと見ていたから分かる。このA.S.Tには、ミニガン以外の武装は無い。でなければ、背部にバカでかい弾薬ボックスを背負う理由がない。それしかないからそうしているのだ。

シールドに何かを仕込んでいる可能性もあったが、それなら先のシールドバッシュで使っている。

 

だから、これで決まりなのだ。武装の無いパワードスーツなど、ただの頑丈な着ぐるみでしかない。

 

「さて、副隊長───」

 

舞い上がっていたアルミ箔片の殆どが地に落ち、チャフの効果が無くなった。だがそれを気にする必要は無い。

外していたスマートグラスを装着。M26から空のショットシェルを排出し、417の銃口をA.S.Tの頭部へと向ける。

 

「まだやるかい」

 

形勢が変わった。というより趨勢が決まった。ここで降参してくれれば好都合だ。

 

『────いーや?』

 

だがそうはならなかった。その声色に諦念は一切無い。

圧縮空気が大気に解放される甲高い音と共に、右腕に据え付けられていたミニガンと背部の弾薬ボックスがA.S.Tから切り離された。数百キロは優にありそうな弾薬ボックスが地面に落ち、地面が揺れ振動が走った。

武装解除による降伏ではない事は明らかであった。

 

次の瞬間、防御に使っていたシールドをかざし、ブリッツ目掛けて振り下ろした。

 

咄嗟に後方に飛びのいて回避。シールドの(へり)がコンクリートの地面を砕いてめり込む。その時出来た破片が勢いよくブリッツの右頬に当たり皮膚を小さく裂いた。

じわりと滲み出る血を拭いA.S.Tを見る。

 

『まだ終わってない!まだまだ足りない!もっと楽しもうぜ!クハハハハっ!』

 

「・・・正気か?」

 

『当たり前だろぉが。行くぜぇグリフィンの憎ったらしい兵士さんよぉ!』

 

刹那、A.S.Tがブリッツに向かって跳躍。先と同じようにシールドで叩き壊さんばかりに振り下ろす。ミニガンを使用していた時と違いその動きは機敏で速い。なんとか右へローリングして回避するも、強力なパワーアシストによってシールドの切り返しが速く、今度は横に薙ぎ払うように振るう。

 

猛烈な勢いで迫りくるシールドの縁から目を逸らさず、今度はブリッツが跳躍。振るわれたシールドの上を転がるようにして躱した。

 

バランスを崩しながらも着地。シールドを振り切ったことで生じた大きな隙。不安定な体勢も気にせず417で銃撃。

 

イアンはそれを右腕を翳すようにしてガード。銃弾は弾かれた。

構わない。撃ち続けながら後退。距離を取る。飛び道具はもう無い。距離を取ればこちらに有利だ。

 

それはイアンも理解している。だからシールドを前面に構え直すと同時に襲い来る銃弾を弾きながら、ブリッツが距離を取った分近付いてくる。

 

機関部から乾いた音が虚しく響く。弾切れだ。ボルトが後退したまま固定される。それを目敏く察知したイアンはシールドを構えたまま勢いよく接近してくる。

417からMP7に切り替え、A.S.Tを中心に円を描くよう左回りに全力で走りながら牽制射撃。しかし4.6mmと小口径の銃弾では虚しい金属音を奏でるだけで効果は無い。

 

やがてMP7も弾切れになる。手榴弾を手に取りピンを抜いて投げる。

一直線に飛来する手榴弾をイアンは右腕で弾き飛ばす。手榴弾は呆気なく工場の内壁に叩きつけられた後に虚しく起爆した。その際に振るった右腕をそのまま振り被って、パワーアシストを十全に使いブリッツ目掛けて拳を振り下ろした。

 

それをブリッツは走ってきた勢いのまま飛び込むような前転で躱した。空を切ったA.S.Tの拳は勢いのままにコンクリートの地面を砕いて突き刺さった。

拳を引き抜き、間髪入れずシールドを振り下ろす。バックステップで何とか回避。その際MP7をリロード。銃弾をばら撒きながら後退する。今度はA.S.Tの正面に着弾するも、牽制程度にしかならない。

撃ち続けていると、工場の内壁に背中からぶつかった。思った以上に下がってしまったようだ。

 

しかしおかげで僅かな猶予が出来た。417の機関部にマガジンを叩き込みチャージングハンドルを引く。

 

そして、壁に体を預けて溜め込んでいた息を吐く。ここまで呼吸する余裕もなかった。

 

攻撃される度に冷たい汗が吹きだす。シールドを振り回す攻撃といいパンチといい、A.S.Tによる強力なパワーアシストをもって繰り出された攻撃は喰らえば一溜まりもない。死に物狂いだ。油断は出来ない。

 

ここまで来たのだ。やられる訳にはいかない。必ず仕留める。

 

『ブリッツ、ナビゲーター、そのまま聞いてくれ』

 

通信機に反応。レイからだ。その声は疲労感が色濃い。それもそうだ。先ほどまで死の淵に立たされていたような物なのだから。

そんな彼からの言葉を、一字一句たりとも聞き逃す事が無いようスピーカーの音量を少し上げる。

 

同時にA.S.Tもコンクリートを割ったシールドを持ち上げ、駆け出した

 

『俺はこれから奴の動きを止める為に屋根から脚部関節をぶち抜く。ところが暗視デバイスがスコープもグラスもバイザーも全部お釈迦にされてな、狙うのは俺の裸眼と予備で持ってた通常の光学スコープだけ。これだと暗すぎて流石に無理だ。 無茶承知で頼みがある。奴の姿を5秒・・・いや、3秒照らし、かつ左右どちらかの膝の関節を露出させるよう誘導してほしい。要は盾を構えた防御姿勢になったのを照らせって事だ。出来るか?』

 

3秒ときたか。おまけに膝の関節を晒せと。ブリッツは重々しい足音を響かせて迫りくるA.S.Tから逃げるように走りながら内心でぼやく。

レイの位置を考慮し、かつ相手にお望みのポージングまで取らせないといけない。

 

中々無茶なオーダーだ。

 

「任せろ」

 

だがやれと言うのであれば、やって見せよう。手段がないわけではない。ただ何度も使えない。一発勝負だ。

 

『・・・悪いな。頼んだぜ、()()()()

 

「ああ、Good luck(幸運を祈る)。レイ()()()

 

『その呼び方はやめろ』

 

二等兵呼びが気に入らなかったのか。レイは叩き付ける様に通信を切った。

しかし自分と同じ階級(軍曹)ではないだろう。なら伍長の方が良かっただろうか。

 

走りながら真後ろのA.S.Tに向かってMP7を連射している最中に、そんなどうでもいい事を考えてしまう。集中力が切れてきたとか疲労とかではない。

精神的に余裕が出来てきたのだ。対応できるという事実がブリッツのメンタルを安定させ、神経を研ぎ澄ましていく。

 

とはいえ、このままではこちらが先にバテてしまいそうだ。

 

『位置についた』

 

通信が入る。静かに告げられたそれと同時にスマートグラスの表示も切り替わる。工場の見取り図がミニマップ上に投影され、そこに自分の位置とレイの位置が表示される。

 

正面ゲートから一番離れた天窓だ。その時だ。窓から差し込む月からの微光が無くなった。工場内が暗くなる。

ブリッツはスマートグラスのナイトビジョンがあるからどうにかなるが、レイからすれば最悪のシチュエーションだ。

 

「お膳立ては任せろ。お前は一点を打ち抜く事のみに集中しろ」

 

『わぁってる。テーブルに乗りさえすりゃ一発で〆る』

 

「フッ、そうかい。・・・始めるぞ!」

 

手早くMP7の弾倉を取り換え、再度走りながらA.S.Tに向かって発砲。

4.6mmスチール弾頭はシールドとボディに命中し、夥しい数の火花を散らす事で一瞬の光を灯しA.S.Tの位置を教える。

常人ならば把握も出来ないだろうが、レイならやれる。

 

「ゲート、あとは頼むぞ」

 

小さく呟き、柱の陰に()()()()()を施して。それから射撃を続けながら移動。

天窓に陣取るレイが狙撃出来るように位置を調整しないといけない。

 

小口径特有の軽快で連続した銃声を響かせ、猛烈な勢いで迫りくる巨体から逃げ、誘導する。

振り下ろされるシールドは、身を護る盾としてではなく命を叩き潰す鈍器としてブリッツの身に襲い来る。

 

『準備完了だ。何時でも撃てる』

 

もう何度目か。シールドがコンクリートを叩き割りそれを躱した所でレイからの一声。待ち焦がれすらした合図に口角が吊り上がりそうになる。

おまけに嬉しいことに、()()()に近く、かつレイが狙えるポイントにA.S.Tを誘導できた。

 

有言実行完了。お膳立ては出来た。

 

「よし・・・。───そろそろ追いかけっこは終わらせようか!」

 

肺にため込んだ空気が、一気に声帯を通って大気中に発散される。もし近くに誰かがいたら、思わず耳を塞いだことだろう。

工場内に反響する程の声量で呼びかけられたイアンは、それまでの動きを止めてゆっくりとブリッツに近付いていく。

 

『ほお?漸く死ぬ覚悟が出来たのか?』

 

余裕綽々。そんな様子でイアンはブリッツを見下ろしている。

確かに、メインウェポンを破壊された事は痛いだろうが、それでもパワードスーツという圧倒的なアドバンテージは今も尚健在だ。

 

「生憎、そんな物は持ち合わせちゃいない」

 

悟られるな。こちらに意識を向けさせろ。

 

バックパックのマガジンポーチから一つ弾倉を取り出し見せつける。

 

「コイツは、対戦術人形用に開発された特殊徹甲弾のサンプルだ」

 

その"特殊徹甲弾"の詰まった弾倉を417の機関部に叩き込みチャージングハンドルを引く。小気味良い作動音と共に弾丸はチャンバーに装填される。

 

「性能テストでは、距離50メートルから軍用人形のイージスのシールドをぶち抜いた上に本体のコアすらも貫通した。さて、その鉄屑で耐えられるか?」

 

417をA.S.Tに向ける。距離は10メートルも無い。

 

―――正直な所、今取り出し装填した弾丸は何の変哲も無いただのAP弾で、今まで散々使ってきた弾だ。

そんな高性能な弾丸を持っているのなら最初から使っている。

つまりこれは口から出まかせの大ぼら吹きだ。

 

『・・・・・・大根役者だな、アイツ』

 

『本業ではありませんので、そこは言わないで上げてください・・・』

 

通信機にレイの呆れの声と、ナビゲーターの哀れみの込められたフォローが入る。ブリッツの魂胆を理解した上での発言である。

 

そこは思っていても言わないのが思いやりだろう。誰の為にわざわざ危ない橋を渡っていると思っているんだ。

額に青筋を浮かべながらも、喉元までせり上がった本音を無理やり飲み込む。

 

それにだ。別に完全に騙される必要は無いのだ。ただ()()()()()()()()()()()()()()と思わせるだけで十分だ。

九割方嘘だと確信していても、残りの一割の可能性を捨てきれない。そして考えれば考える程、その捨てきれない一割の存在は大きく膨れ上がっていく。

 

それにこの場合、途轍もない貫通能力を持つ弾丸に対処する方法も簡単だ。

 

A.S.Tが膝を追って屈み、シールドの陰に隠れた。

貫通力の高い弾丸であれば、先に何か別の物を貫通させて威力を落とせばいい。分厚いシールドに止められればそれでよし。脅威とはなりえない。仮にシールドを貫いたとしても、続けざまにスーツの装甲をも貫けるかは疑問だ。

 

イアンの判断は正しい。正しいが故に隙が出来る。

 

「ゲート」

 

小さく。蚊の鳴くような小さな声で合図を出す。

名前を呼んだ。たったそれだけで優秀な彼女は最適解を示してくれる。頼れる助手だ。

 

柱に仕掛けた細工。立て掛けるように置かれたブリッツのPDA。それに内蔵されたLEDが煌々と光を放ち、彼の目論見通りにA.S.Tの脚部関節を照らし出した。

 

「『終わりだ』」

 

刹那。L96の銃声が鳴り響き、銃口から.338ラプアマグナム弾が初速936m/sで放たれる。

15メートルあるどうかの距離から放たれた弾丸は、膝を曲げた事で装甲から内部の関節が露出。それをレイのライフルが精確に射抜いて見せた。

 

『がぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!??』

 

イアンから声にならない声がスピーカーを通じて工場内に反響する。驚愕と激痛の入り混じった生々しい悲鳴だ。

A.S.Tのは人間の輪郭に合わせて装着するパワードスーツだ。分厚い装甲の中には、当然生身の人間がいる。装甲が薄くなりがちな関節部分を生身の膝ごと打ち抜いたのだ。その痛みは想像するに容易い。

関節部分からは潤滑用のオイルと、人間の血が滴り落ちている。

 

それを黙って眺めているほど、ブリッツは惚けてはいない。

シールドを避けてA.S.Tの折り曲げていたもう一つの膝関節に足をかけて、417のアンダーバレルに装着されたマスターキーの銃口をフルフェイスヘルメットに突きつける。

 

「Head care.」

 

間髪入れず引き金を引き切る。────そうしたつもりだった。

しかし出来なかった。強い力に体を締め上げられる。

 

A.S.Tの右腕がブリッツの体を抱え込むようにしてホールドしている。

417をまともに構えられない。手榴弾もパイプ爆弾も手が届かない。その上、力一杯にもがいてもビクともせず抜け出せない。

 

油断した!仕留められると迂闊に近付いた結果がこの様だ!

ブリッツはそう内心で自分を責め立てた。

 

「流石だ・・・!俺がここまで追いつめられるなんてよ・・・!」

 

苦悶を隠せない、しかしどこか不敵に聞こえるイアンの肉声がブリッツの耳に入る。

 

「だが俺もプロだ・・・!託された仕事(任務)は必ず果たす・・・!だからよ、ここは二人仲良く有終の美を飾るとしようぜ・・・!」

 

「───ッ!!」

 

膝を撃ち抜かれた痛みを堪えながら告げるイアンの声。その裏で、小さくも確かに電子音が規則正しいリズムで鳴っているのが聞こえた。

その理由。導き出される答えに、ブリッツは心臓が跳ね上がり血液が凍り付くような感覚を覚えた。

 

自爆する気だ。

 

「クソッ・・・!離せ!離せよクソッタレ!」

 

残り時間は。爆発の威力は。規模は。解除方法は。抜け出す方法は。様々な思考が脳内を駆け巡る。

しかしどれもこれもがブリッツの独力ではどうにも出来ない事ばかりだ。

 

(ここまでか・・・!ここまでなのか・・・!)

 

諦めを振り切るようにもがき続ける。しかし脳裏を過るは自分の部下たち。それに自分に協力してくれたメリー・ウォーカーにヘリアントスの顔ばかりだ。

まるで走馬灯のようにこれまでの日々の記憶が止め処なく吹きだす。

 

諦めたくないのにどうにもできない。自身の無力さを噛み締めるしかない。

 

「クソッタレ・・・!」

 

「────ブリッツ!!」

 

その時。頭上から声が響いた。その声のした方へと視線を何とか向ける。

 

レイが微光を放つロープ状の物を使って天井から降りてきた。

何だそれはと聞く間も与えず、レイはもう片方の手に握られているブレードを振るった。ブレードはA.S.Tの右腕をまるで紙細工か何かのように切り落とした。

 

「ぐあああッ!」

 

イアンの痛みに喘ぐ声が響く。

気にせずレイは振るったブレードをそのまま放り捨てブリッツの腰辺りを抱え込むように腕を回し、先の微光を放つロープのような何かを今度は水平に伸ばした。女リーダー達がヘリアントスを連れて出ていった勝手口、その枠に巻き付く形で固定。

先ほどまでの戦闘のせいでドアはボロボロに壊れ果て、強い衝撃でも与えればトドメとなって粉々にでもなりそうな具合だ。

 

ロープが巻き取られ、さながらワイヤーガンのように引っ張られる。見た目以上に引く力が強い。

 

引っ張られた勢いをそのままにドアを突き破り、二人は屋外へと飛び出し地面を転がった。

 

「・・・逃げ、られたか。すまないな・・・隊長(ユリア)

 

工場内に一人取り残されたイアンが、寂しげに小さく呟く。

 

────刹那。オレンジ色の閃光が工場内で膨れ上がり、やがて爆発音と衝撃波。そして猛烈な爆炎が上がり、それらが窓や勝手口から吹き出した。その際A.S.Tが背負っていた弾薬ボックス内の弾薬がコックオフ。周辺に無数の弾丸を撒き散らす。

 

工場の窓や勝手口から余韻のように煙が上がる。周辺には爆破の熱や衝撃で砕けたガラスやコンクリートの破片に、A.S.Tの物と思われる歪に変形した部品も散らばっている。

そんな悲惨な状況の中で、地面に寝転ぶ二つの人影。ブリッツとレイは仰向けで曇った夜空を見上げていた。

 

「・・・よう、生きてるか?」

 

「・・・三回くらい死んだ気分だ」

 

レイの問いかけにブリッツは軽口を持って答えた。両名とも疲労の色が色濃いが、爆発による負傷は見当たらず、精々が工場を飛び出した際についた擦り傷くらいで済んだ。

 

このまま寝ていたい所ではあるが、状況がそれを許さない。ブリッツの軽口に「そうかい」と短く答えた後に体を起こしてレイは立ち上がり、寝たままのブリッツに手を差し伸べる。

 

「立てるか?」

 

「・・・ああ、一つ借りておこう」

 

差し伸べられた手を掴んで、引き上げられる形でブリッツも立ち上がる。

近くに落ちている愛銃のHK417も拾い上げ、簡単にチェック。

銃口の曲がりや異物の詰まり。ボルトの動作やチャージングハンドルの感触。マガジンと薬室にある弾丸を抜いたのを確認し、引き金を引いて音を聞く。ホロサイトの動作とスコープの割れやズレの有無。オールOK。問題は無く、今すぐどうこうは無さそうで、ほっと一息つく。

 

その時、正面ゲートから光と音が入り込む。反射的にブリッツは417を構えるが、レイがそれを手で制する。

V8エンジン特有の安定感があり、内包されているパワーを想像させる重厚なエンジン音。流麗でありながらダイナミックなデザインを艶の無い黒に染め上げられたボディ。

 

かつてドイツの自動車メーカー、カレラ・フェルディナント社が作り上げた大型高級自動車。パナメルカーラが颯爽と敷地内を疾駆し、やがてブリッツらの目の前でドリフトをかましてから停車した。

 

「おっ待たせ〜、ごしゅじ〜ん♪ 運転(ドライブ)する?」

 

ドアを開けて運転席から降りたのは、教会でも見かけた戦術人形P90ことティナだ。人好きのする満面の笑みを零している。先ほどまで神経を研ぎ澄ませて張りつめていただけに、この笑顔を見ると気が抜けてしまいそうになる。

 

ブリッツとレイは互いに顔を見合わせる。言葉など最早必要ではなかった。

 

レイはティナに武器装備一式を預け、パナメルカーラのドライビングシートに身を埋めた。

 

「ティナ、全部ストレージに仕舞っといてくれ。それからブリッツ」

 

「どうした」

 

「すまないがちょっとそのグラス貸してくれないか? 一番分かりやすく道案内してくれるツールがそれなんだ」

 

レイの頼みにブリッツは一瞬躊躇う。が、すぐに考え直した。今の道路状況は最悪に等しい。住民たちが乗り捨てた自動車が所狭しと密集し、抜けられるルートは限られている。おまけに上空を飛行中のUACSが観測している限りヘリアントス(HVI)を乗せたフレイム・スコーピオンズの車は途轍もない速度でこの地区から逃げようとしている。

現状、教会で遭遇したスケアクロウが妨害してくれているおかげで何とか時間を稼いでくれているが、それにも限界はある。一刻も早く追いつく必要がある。

 

最高速を維持して最短ルートを使って敵に追いつくためには、UACSを駆使したナビゲートが必要になる。そのためにはブリッツのスマートグラスが必要なのだ。

 

「・・・仕方ない、か」

 

スマートグラスを外してレイに手渡す。すぐに情報が投影されたのだろう、レイが小さく感嘆の声を漏らしていた。こういった仕事はとても速いのがナビゲーターだ。

 

ブリッツも開いている助手席に乗り込みシートベルトを閉めた。

 

「Hi カルフェル」

 

『ご用件を』

 

「動力配分をメイン4:6に、臨機応変(アクティブ)に制御してくれ」

 

車のスピーカーから女性の声が聞こえた。やや機械的で、ナビゲーターとはまた違った怜悧さを感じさせる声だ。

 

パナメルカーラのような高級車には運転支援という名目でAIが車載されている。カルフェルとは、このAIの名称なのだろう。

学習機能も搭載されているため、ドライバーの好みに合わせてシートポジションやステアリングのチルト・テレスコピックの調整はもちろん、エンジンの出力特性や駆動系の動力配分まで自動で行ってくれる。

 

パナメルカーラ自体は2030年代以前に製造された車だ。搭載されているAIもまた然り。年数だけ見ればいくらか型落ち感の否めないはずなのだが、現代のAIと遜色ない応答性の高さと精確性は、素直に驚嘆する。

 

『指揮官!私もこれくらいは出来ます!』

 

「張り合わなくていいから」

 

目的は違えど同じ支援AIとしての矜持か。ヘッドセットからナビゲーターのムキになった声が響いてきた。そもそもナビゲータ-は、大戦以前とはいえ今となっては遺失技術となりかけている量子コンピューターが本体だ。

自動車に搭載できるレベルのAIと比較して張り合おうとすること自体間違っている。

 

そんなナビゲーターとのやり取りも気にせずレイは準備を進める。

 

「それから、エンジンのリミッターは解除する。出せるところは限界まで出すぞ」

 

『承知しました。動力配分の設定、及び動力系統のリミッター制御を開放します』

 

直後、4リッターV8ツインターボが獣の唸り声の如くその音色を変えた。

それを確かめるようにレイがアクセルを二度三度と煽る。

 

アナログなタコメーターの針が弾かれるようにレッドゾーンまで一気に跳ね上がり、タービンの過給音と重厚な力強いエキゾーストノートが飛び出し大気を震わせる。

ターボ車とは思えないハイレスポンス。エンジンのRPMが上昇するたびに大柄な車体が揺れる。

 

準備が整った。レイがステアリングを握り直す。

 

「・・・全員、準備は良いか?」

 

レイが確認する。

 

「ああ」

 

ブリッツが417を構えて

 

「おっけー!」

 

後部座席に座るティナが意気揚々と

 

『いつでも』

 

ナビゲーターが落ち着いた口調で

 

『車体の制御はお任せを』

 

カルフェルがハッキリと。

各々が応える。

 

「OK」

 

一瞬目を瞑り、息を吸って、吐く。

目を開ける、正面を真っ直ぐ見据えながら、右手はシフトノブに。

 

「───飛ばすぞ」

 

レイがセレクトレバーをドライブに入れた瞬間、パナメルカーラはひと際大きなエキゾーストノートを響かせて、4つのタイヤが路面を蹴飛ばした。

 

 




次回は楽しい楽しいカーチェイス。

今回出てきた「パナメルカーラ」はポルシェのパナメーラがモデルになっております。
4リッターV8ツインターボ+ハイブリッドシステムの約570馬力。速そう(小並感)
個人的にポルシェは997 GT3 RSが好きですねぇ!
ドイツのポルシェミュージアムで見た艶消しブラックの997はマジでカッコよかった。1/18スケールのミニチュア衝動買いしちゃった。





活動報告にわりと重要なお知らせがありますので、興味があればお読みください。


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OPERATION "Two-up" XV

今月で2022年終わるってマジ??


 

遠くから聞こえる銃声に爆発音。それらを掻き消さんばかりに唸りを上げて、ドイツ製のハイパフォーマンスマシンであるパナメルカーラが、灯り一つない街のストリートを駆け抜ける。

 

交差点に差し掛かる。レイが着用しているブリッツのスマートグラスが、そこを右に曲がるよう矢印のアイコンで誘導する。

それを合図にドライバーのレイはフットブレーキを踏み抜いた。フロント6ポット、リア4ポットキャリパーと大口径ブレーキローターが加速状態にあった2トンを優に超える車重のパナメルカーラの車速を受け止める。

パドルシフトをダブルクリックしシフトダウン。ステアリングを右に切る。荷重の抜けたリアタイヤはブレイクしスライドを開始する。

 

そこからアクセルを開けていけばパナメルカーラはドリフト状態のまま加速していく。大きなカウンターステアも必要ない。ノーズさえコーナー出口に向いてくれれば、後はステアリングの微調整で行ける。

住民が乗り捨てた他の自動車の間をすり抜けて交差点を曲がり切り、4リッターV8ツインターボエンジンが唸りを上げて、4つのタイヤに571馬力というエンジンパワーとモーターによるプラス136馬力のトータル707馬力というハイパワーを伝えて、カタパルトから打ち出された戦闘機よろしく加速していく。

 

「ゲート。目標との距離は」

 

猛然と加速していくパナメルカーラの車内。加速Gによって体がシートに押し付けられる中でブリッツは問いかける。

 

『およそ2000メートル。スケアクロウさんの妨害が効いて敵車がスローダウンしています。スラム街に入る前には追いつけるかと』

 

ナビゲーターの回答と同時にブリッツのPDAに情報が投影される。ディスプレイに表示されるマップデータにこちらの現在位置と敵の現在位置を示すピンがリアルタイムに動いている。

おそらくはレイに貸しているスマートグラスにもその情報は伝わっている。

 

「そういう訳だ。頑張って────」

「分かってるから黙って座ってろっ!!」

「・・・了解した」

 

ハードなドライビングを続けているせいか、レイの口調が強い。自分のミス一つでさえ致命的なロスになりかねないため、気が立っているのだろう。しかし気にはしない。事故らず追い付いてさえくれればそれでいい。

 

『ちょっと無茶なルートを通りますよ』

 

レイのスマートグラスとブリッツのPDAに次のルートが表示される。

 

T字路を右に曲がった後すぐに切り返して左に曲がる、S字クランクの様相を呈したルートなのだが、右に曲がった後にビルとビルの間を通り抜ける狭い路地なのだ。一般車ならやや苦労するだけで無事に通り抜けられるのだろうが、車幅のあるパナメルカーラで、それもかなりスピードが乗った状態でここを通り抜けるのは難しい。

 

ナビシートのブリッツは苦い顔を浮かべるが、レイは対照的に無表情だ。

 

『追いつくならこれが最短ルートです』

 

そんなこちらの状況を察してか、ナビゲーターは喉元まで出かかった文句を封殺してきた。

 

 

「・・・・・キヒィッ!」

 

突如狂気に満ちた笑い声を零したレイ。スマートグラス越しにも分かるほど目は開かれ、口には犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みが浮かび、右足はフロアを踏み抜かんばかりにアクセルを大きく開けた。

それに呼応してパナメルカーラは雄叫びを上げて加速していく。0-100km/h(ゼロヒャク)加速4秒を切るトラクション性能を遺憾なく発揮する。

 

ブリッツは背筋を巡る悪寒と共に確信した。ああ、スイッチが入ったなと。

 

やがてやってきた件のT字路(コーナー)。正面に聳えるビルに向かって突き進む様はチキンレースの如く。

 

トップスピードからのフルブレーキング。後方に偏っていた荷重が一気に前へと移る。後部座席にいたティナが踏ん張り切れず「ふぎゅんっ」と悲鳴を上げてナビシートの背部にぶつかった。

それほどの減速G。キツく締めたシートベルトが身体に食い込む。

 

一気にステアリングを右へ切り込む。急激なステア操作と強烈な荷重移動によってパナメルカーラはけたたましいスキッド音を掻き鳴らしてスライド。反射的にアクセルを抜きそうになるが堪えてアクセルワーク。ここでアクセルを抜けば却って挙動がとっ散らかるのをレイは経験で知っている。

 

ハーフスピンに近い状態に陥るも、ハイグリップタイヤによるスライドは大きな走行抵抗を生み出し速度は殺されていく。

 

曲がり切った所でこれから飛び込む路地が視界に入る。

すかさずハンドルを逆に切り返しアクセルを抜く。右旋回時の横Gがまだ残っている状態。通常ならばただ挙動を乱すだけで終わる。が、乱れた挙動を利用して逆ドリフトに移行。大柄な車体は吸い込まれるように路地へと突入。V8エンジンのエキゾーストノートが狭い路地を反響する。

 

路地は地図から想像できた通りに狭い。その車幅故に、少しでも車体が揺れる度にパナメルカーラのドアミラーがビルの外壁に接触する。それでもレイはアクセルを緩めるどころか更に踏み込んでいく。

流石のブリッツもこれには冷や汗が止まらない。ハンドルを握るレイも普段以上にステアリングを握る手に力がこもる。

 

路地を飛び出すと同時にナビゲーションの通りに左へと旋回。ヒス女の悲鳴のようなスキール音を響かせてパナメルカーラは4つのタイヤを駆動させ、マフラーから放たれるアフターファイアの閃光を残し立ち上がる。

 

目の前に広がる道に障害物は無い。オールクリア。

 

『そのまま2キロ直進です』

 

「────カルフェルッッ!!!」

 

『了解』

 

すかさずアクセルを踏み抜く。2つのタービンが過給音を轟かせ、圧縮空気とハイオクガソリンを燃焼室へと叩き込む。

この時、車載OSのカルフェルがECUのマッピングとタービンの過給圧を変更。設定ブーストを1.2キロから2.0へと引き上げる。

大気圧1バールに対して、タービンで更にプラス2バールの圧力をかける。単純計算で総排気量12リッターのエンジンは、一時的に実測800馬力オーバーというハイパワーを炸裂させる。

加速が途切れない。タコメーターの針は一気にレッドゾーンへと飛び込んでいき、デジタル表示のスピードメーターの数値は250キロをオーバーした。

 

速度上昇に伴い視界は狭まっていく。路面のギャップを拾うも4WDシステムと高剛性ボディによるスタビリティによって車体は真っ直ぐに進んでいく。

時速も300キロへと近づくに連れてエンジン音がだんだん金属音に変わっていく。

 

たまたま居合わせたグリフィンの人形部隊が慌てた様子で飛び退き、信じられない者を見たかのようにその顔を驚愕に染めている。

 

『300メートル先を右折』

 

時速250キロオーバーなら2キロなんて大した距離にもならない。

この速度域ではただアクセルを抜いてのエンジンブレーキだけでも強い減速感を覚える。ハードなブレーキングともなれば猶更だ。

 

ロック寸前の4つのタイヤから白煙を立ち上らせ、パナメルカーラは一気に100キロほどに減速。ステアリングを切れば軽いスライドをしながら旋回。

立ち上がり加速。その先、遠い場所にセダン車のテールランプが見える。そして、そのセダン車に眩い光線を降らせる、宙に浮かぶ人影が一つ。

 

「サーちゃんだ!」

 

「————シャアッッッ!!!!」

 

後部座席のティナが確認し、レイがたまらず吠えた。

ドライバーのテンションがそのままアクセルへと伝わり車速という形で現れる。

遅延攻撃が効いているのだろう。セダン車のスピードは大したことは無い。

フルスロットルのパナメルカーラは瞬く間に開いていた車間を縮めていく。

 

「よくやった、レイ」

 

徐に、ブリッツはシートベルトを外して窓を開ける。途端に車内に強い風が入り込む。

開け放った窓から上半身を乗り出す、いわゆる箱乗りの体勢になる。

 

「あ? お前何するつもりだ?」

 

「言わなきゃわからないか?」

 

明確な答えこそ言わない。が、ブリッツが箱乗りのまま417を構えたことで全てわかった。

 

「ティナ、といったな。手伝ってくれ」

 

「おほっ? へへんっ、りょうかーい!」

 

快活に返事をすれば左後部ドアでブリッツのように箱乗りをして、ティナもP90を構えた。

 

それを確認し、ブリッツはニヤリと不敵に笑った。

 

It's showtime.(おっ始めるぜ)

 

I'll decide.(決めてやるぜぇ)

 

瞬間。ブリッツの417が火を吹き前方を走るセダンのリアテールに7.62mmAP弾を叩き込んだ。

ティナもそれに続いてP90のトリガーを引き切る。

独自規格の5.7mm弾が高いファイアレートで放たれる。

 

2種類の弾丸がセダン車に降り掛かり、火花を散らしテールランプは砕かれリアガラスには小さな蜘蛛の巣状のヒビが幾つも刻まれる。

 

銃撃されることを予期していなかったのか、セダン車はまるで身悶えするように左右に蛇行。車体が振れる。

 

しかし、5.7mm口径のティナのP90はともかく、バトルライフルであるブリッツの417の7.62mmも車体の鋼板を貫けた様子は無い。かなり強固な防弾仕様となっている。

 

構わない。射撃続行。

 

「ちょっと?私の気遣いを無駄にしないでくれません?」

 

『そうですよ!このままでは事故を起こす可能性が!代行官の身が危ないですよ!』

 

先にセダン車を追跡し飛行していたスケアクロウがブリッツのすぐ横に現れる。その表情はガスマスク越しにも分かるほどに不満そうである。

それに便乗する形でナビゲーターからも苦言が呈される。人質としてセダン車に押し込まれているヘリアントスの身を案じるならば、その苦言も正しい。

 

「────寝惚けてるのか?」

 

耳障りな風切り音の中でも、その声色は静かでありながらも低く厳かに聴覚にのしかかった。

スケアクロウに関しては更にブリッツの青い双眸が突き刺さっている。

 

「今優先すべきはHVIを乗せた車両を停める事だ。気遣ってる場合じゃない。それとも何か?律儀に止まってくれるのを待つのか?」

 

空になった弾倉を捨て新たなマガジンをレシーバーに叩き込みボルトをリリース。

淀みなく行われる所作の中で、そのセリフは刺々しい。明らかに苛立ちと怒気が込められている。

 

「それにだ。俺は今腸が煮えくり返っている。もう我慢の限界だ・・・!」

 

聞く者全てが底冷えするような声色。それはつまり、「事故らせても止める」と言外に告げているも同然であった。

怒りのあまり感情のバロメーターが振り切れた。敵味方問わず、周囲にいるもの全てを焼き尽くさんばかりのどす黒い怒り。

もう止まらない。怒りを全て417のトリガーに乗せ、放たれる弾丸に乗せ。何もかもありったけをセダン車に絶え間なくぶつける。

 

「お怒りはごもっとも。だが()()()()よ」

 

運転中のレイが窘めるように。もしくは諫めるようにブリッツへ告げる。

 

「ああ、貴重な意見をありがとう」

 

ブリッツが皮肉めいた軽口を返す。

感情的に怒鳴り散らすだけの単一的な思考ではない。それがわかっただけまだマシだろうと判断する。

 

するとセダン車の助手席から人影が身を乗り出す。工場で見た女リーダーのお付きの兵士だ。

敵兵士は手にPDWであるMP7をパナメルカーラに向ける。その次の瞬間、417とP90の銃弾が兵士の体を穿った。

 

致命傷を与えるには十分すぎる程の弾丸を浴びせられた兵士は、力なく項垂れていき車体から落ち、地面を転がりながら青白い炎を纏う。

それをレイは最小限のハンドル操作で回避。この速度域で接触したり誤って踏んでしまえば事故に繋がる可能性がある。レイの非凡な反応速度だから為せるクラッシュ回避だ。

 

「不用意に身を晒すな、アマチュアが」

 

ブリッツが小さく毒づく。肉声は風切り音に搔き消されたが、ヘッドセットのマイクは正確に拾いあげてしまいナビゲーターや運転中のレイの無線機に届いた。

 

それからと言うもの、車内から人間が出てくる事は無く、セダン車は逃げの一手。銃撃に晒されようと止まる気配は一切無い。

 

「かったい! かったいよご主人!! ロケラン持ってきてなかったっけ!?」

 

「無えよ!? てかあっても使わせるかっ!!」

 

うんざりといった具合にティナが声を上げる。ティナのP90の弾丸は尽くが内部に仕込まれている防弾プレートを貫けず、火花を散らすのみに止めている。歩兵が装備出来る防弾ベストに対しては効果があっても、小口径のPDWでは些か力不足感は否めない。

それはブリッツも同じであった。7.62mmは歩兵や非装甲車両(ソフトスキン)に対しては効果的だが、ああいった後付けで防弾プレートが組付けられた標的には、損傷を与えられても貫通に至るまでは時間を要する。

 

レイは即座に否定したが、「確かにソレあったら止められるな」と一瞬考えたブリッツだが、流石にダメだと首を横に振って浮かび上がったよろしくない考えを振り払った。

 

その時、前方のセダン車が急激に減速。テールランプは破壊してしまったためブレーキランプの点灯は確認出来なかったが、高速走行時からの急制動特有の前傾姿勢を見てレイはすぐにブレーキング。最初は強くブレーキペダルを踏み込むも、そこから微調整で制動力を調整。

 

その際ブリッツが減速Gによって振り落とされそうになるのを、咄嗟に天井とダッシュボードに足を押し当てる事で体を支える。

()()()ダッシュボードと()()()()人工皮革のルーフにだ。

 

「おい!傷つけるなよ!?」

 

「悪いが文句ならあいつらに言ってくれ!」

 

ちょっとしたやり取りの最中。続いてセダン車が右に旋回を始める。車体を左側にロールさせ、タイヤを鳴かせながら交差点を曲がっていく。

パナメルカーラもそれに追随。車間距離が開くが、パナメルカーラのエンジン性能ならば即座にリカバーできる。

 

カチン、と。417の機関部から乾いた音が響く。弾が切れた。

 

マガジンポーチから新たな弾倉を取り出すが、その時の手触りにブリッツはその表情を苦々しく歪ませた。

これが最後の弾倉だ。残るはMP7とMk23の予備弾倉のみだが、それも残弾は心許ない。

 

『間も無くスラム街に突入します』

 

そのタイミングでナビゲーターから報告。弾もなければ時間も無い。最後の弾倉を機関部に叩き込みチャージングハンドルを引いた。

 

それと同時にセダン車は居住区とスラム街を隔てるゲートに突入。通行を妨げるゲートフェンスを弾き飛ばしてそのまま直進。

 

この時、レイが装着しているスマートグラスのミニマップに、あるルートが表示される。その行先はR20地区と外部を繋ぐゲートまで一本の線となって繋がっている。

 

おまけにそのゲート。武装蜂起が起きる前にレイたちが調べていた、制御システムに細工が施されたゲートだ。

このままではそのゲートから外へと逃げられる事は確実だ。

 

「このままだと逃げられるぞ!」

 

「今頑張ってるところだ!」

 

共に声を荒げる。現状で外まで追いかけていける程の余裕はない。

タイムリミットが目前に迫っていた。

 

Guten Morgen.(ごきげんよう) お困りかしら?』

 

その時、無線機に流暢なドイツ語を追い混ぜた女性の声が飛び込んできた。

この声には二人とも聞き覚えがある。

 

レイがもしもの為と予めゲート付近に待機させていた404小隊の416からだ。

同時にスマートグラスのミニマップに416の位置が表示される。丁度進行方向の先に待ち構えている。

 

「良いタイミングだ416。まだ客人へのもてなしが終わってない。玄関に出る前にヤツの足を止めろ。お帰り頂くには早すぎる」

 

『了解。完璧な私に任せて』

 

そこで通信が切れる。

 

「・・・大丈夫だと思うか?」

 

不安げにブリッツは身を乗り出したまま、視線をレイに向けて問うた。

 

「あ~・・・まあ、大丈夫だろ。多分」

 

レイもまた、不安を拭い切れていないようだった。

 

そうこうしている内にセダン車は416がいるとされるポイントに差し掛かろうとしていた。ここまで前兆は何もない。

ブリッツも417を構えてこそいるが、416の動向が掴めない為無暗に攻撃できずにいた。ティナもまた然り。

 

────瞬間、ブリッツは風切り音ががなり立てる中。どこかで小さく、気の抜ける様な音が聞こえた気がした。

 

その刹那、セダン車のすぐ前方で小規模ながら爆発。右フロント部分が爆発によって浮き上がる。

すぐに着地するも高速走行中の車体は呆気なくバランスを崩す。右へ左へ車体は振られ、やがて勢いを受け流せなかったタイヤが路面に噛みつき、結果車体はロールオーバー。映画のカーアクションシーンよろしく2回3回とあらゆる部品をまき散らしながら転がっていく。

 

ルーフを下にしてようやくセダン車は停止。一部始終を目撃した後ろの面子は揃って口をあんぐりと開けて呆然とそれを見た。

 

『止めたわよ。完璧ね』

 

無線機にどこか自慢げな様子の416の声が入ってきた。

 

それがスイッチよろしく、全員が再起動した。

 

『何やってんだぁ!?(やってんの!?)(ますの!?)』

 

その場にいる全員の声が、静寂の訪れたスラム街に木霊した。

 

ブリッツは急いでパナメルカーラから降りて、417を構えながらひっくり返ったセダン車に接近。レイもティナに預けていたP90を受け取り、やや離れた位置をキープしつつ援護できるよう備える。

 

セダンに近付いた時、車内に動く影を見た。敵かとも思ったが、ヘリアントスの可能性もある。警戒しつつ近寄る。

 

リアドアの割れた窓から満身創痍ながら這って出てきた女を視認。工場でも見た女リーダーだ。その右手には拳銃であるGSRが握られている。

それを蹴飛ばして遠くに転がす。襟首をつかんで無理やり立たせる。絹糸のような銀髪は事故の衝撃で乱れてしまっている。

女リーダーは苦悶の声を上げるが抵抗はしない。というよりも、もう出来ないのだろう。

 

それを近くを浮遊しているスケアクロウに押し付ける形で引き渡す。スケアクロウは彼女を受け止めた後、パナメルカーラの陰に引きずり込む。厳密には違えど、グリフィンと敵対している鉄血製ハイエンドモデルであることには変わりない。ヘリアントスに目撃されないよう気遣って隠れてくれた。その後にティナも女リーダーを拘束するため車の陰に引っ込む。

横転によってモノコックが歪んだり外板が変形してしまってドアが開かない。工具も無い以上、ブリッツは素手で無理やりこじ開けにかかる。

 

「フレイム・スコーピオンズの特殊部隊、だそうだな」

 

「───っ」

 

ギシギシと金属が軋む音に混じって、レイの声が聞こえる。

それとなく視線を向ければ、スケアクロウに抱えられた女リーダーとレイが向き合っている。

女リーダーは目を見開き驚いているようだ。なぜそれを知っているのか。そう言いたげにレイを見上げている。

 

「・・・俺は仕事柄、どこのPMCの情報もある程度目を通しててな。手っ取り早いのは社内報や広告とか、その辺りが比較的部外者でも触れやすいメディアだが、お前の顔はそのどちらでも見たことがある。───広告塔をやったがゆえに、お前には碌な死に方が待ってないだろう。格好の晒し首だな、ユリア・リドヴィツカヤ」

 

名前を呼ぶと女リーダー、ユリア・リトヴィツカヤは荒い呼吸をしながら仄かに笑った。

 

「・・・・・フフフ、そんな事ハナから分かっているさ。そもそもが無謀極まる作戦だとも。それでも、私達が被った痛みや苦しみを、貴様達グリフィンにも味わわせてやろうと思った。ちょうど間抜けな指揮官もいて、討ち取れる筈だったのだがな────」

 

ユリアがブリッツを一度見遣り、無念そうに眼を閉じ顔を伏せた。

 

「無様なものだよ。我々は完膚無きまでに叩き潰された。憎しみに身を任せたがために、我々は諸共”鷲獅子の牙”に食い破られたのだ」

 

「───当然だ。俺の部隊は常日頃から徹底的に鍛えてる。たとえどんな相手どんな場面であっても、()()()()()()様にな」

 

それは間違いを諭すような口ぶりであった。

憎しみをもって戦うのは、ブリッツにも理解できる。自身が鉄血に向けている感情がまさにそれだったからだ。

このドス黒い憎しみを晴らすまでは死ぬに死ねない。何より、憎しみの果てに()()()()()()()()()なんて思ったことは無い。生きて帰る。その為に命を懸けて戦う。兵士として。

 

それは例え人形であっても同じだ。

だからブリッツは人形を道具として扱わない。しかし人間と同じにはしない。自分と同じ兵士として戦い、生きて帰る。

 

ユリアは間違えていた。憎しみを果たすために死んでも構わないと、ユリア本人すら含めた全員の身命を燃やした。

戦場に身を置く兵士としての覚悟の差。それがこの結果に繋がったのかもしれない。

 

「・・・あぁ、ようやく分かったよ。何故私達が敗れたのか。()()だろうが()()だろうが、貴殿の部下が優れた兵士であったのに違いないというのに、紛い物(人形)がヒトに勝てる訳が無いなどと考えてた己の驕りが、自らの身を滅ぼしたわけだ。・・・はは、聞いて呆れる」

 

ブリッツとユリア。お互いに部隊を率いる指揮官。片や目立った損耗は特になく、片や壊滅というところまで追い詰められた。

もしもここに多目的戦闘群がいなかったら、このR20地区はフレイム・スコーピオンズの手に落ちていた。それは間違いない。それだけ彼女たちの取った作戦は的確であった。

かといって、自分たちがいたから何とかなった、なんてブリッツには言い切れなかった。何か一つでもこちらに落ち度があれば、逆の結末も十分に考えられた。

 

彼女の今後の処遇がどうなるか。それはブリッツにも分からないが、少々()()()()()()気がした。

 

やがて、すっと目を閉じたユリアはそのまま気を失ってしまった。事故の衝撃で体の方が限界だったのだろう。

 

それを確認して、レイがパナメルカーラの陰。つまりセダンから見て隠れる方を親指で指し示し、そこに気絶したユリアを引っ込める様スケアクロウに指示を飛ばした。

 

それを見送って、ブリッツは開かないドアに向き直った。

ちょっとやそっとじゃ開きそうにはない。

 

ならもう力づくだ。

 

僅かに開いたドアと車体の隙間に両手を滑り込ませ、無理やりこじ開ける。

金属の干渉する音と歪み音。ついには破断音すら響かせて、ようやくドアが開いた。というより、ヒンジの部分からもぎ取れた。

外れたドアを捨てて車内を見る。

運転席にはシートベルトによってぶら下がる形となった人間が一名。

そして、ぐったりと力なく天井部分に横たわる下着姿のヘリアントスの姿があった。

 

「ヘリアンさん・・・!」

 

焦燥から思わず名前を呼んでしまう。すぐにヘリアントスの首に手を添えて脈を確認。生きている。衝撃で気を失っているだけのようだ。

 

「レイッ!手伝ってくれ!」

 

「分かった、待ってろ」

 

レイを呼んで、協力して車内から慎重に引き出す。頭を打ったかもしれないため、極力揺らさないように。

それからパナメルカーラに載っていた衣服などを使ってヘリアントスを念のため回復体位にして安静に寝かせる。

 

ヘリを要請したが、ヘリ部隊は全て負傷した民間人の搬送や燃料補給によってすぐには動けないようだ。

UACSで付近を確認したが、スラム街には敵兵士の活動は認められなかった。スラム街を攻撃するよりも居住区を集中して攻撃した方が良いと判断した結果なのだろう。

 

スケアクロウに運んでもらう、というのも考えたが。鉄血製ハイエンドモデルがグリフィンの幹部を搬送すれば、それはそれで問題が起きるのは目に見えていた。

 

そういうわけで、下手に移動することも出来ずにいた。

 

「・・・せめて一言グレポン使うと言ってほしかったな。それさえ忘れなければ"完璧な仕事ぶり"だったのに」

 

「なんっ!!?」

 

「れ~~い~~・・・むにゃ」

 

「キミもそこで寝るんじゃない。・・・・・ホントに落ちちまったよ」

 

レイと416、G11のやり取りが聞こえてきた。レイの腰辺りに抱き着いたまま寝落ちするG11を足で抱えながら、416に向き合ったいる。

少し離れて見ている分には、とても裏社会に身を置く人間とは思えない。仲の良い職場仲間のような雰囲気だ。

 

状況が一段落して気持ちが落ち着いたのか。ブリッツは自分が思っていた以上に熱くなっていたことを漸く自覚した。

 

『ハートは熱く、頭はクールにだ。忘れるなよ、ブランク』

 

かつての隊長の言葉だ。今まで忘れていた。やはり自分はまだまだ二流のようだ。

最初に「敵ではない前提で名乗らせていただく」なんて宣っておきながら、ここまで警戒心を解けずにいた。なんだか申し訳なくなってきた。

 

強いて弁明させていただくならば、その最初の出会いが酷かった。腕試しに斬り付けられかけ、見た目は鉄血のハイエンドモデルと遭遇した。要約して字面にすれば警戒するのも致しかたなしだろうと、ブリッツは額に手を当てながら誰に言うでもなく内心でぼやいた。

 

とはいえだ。こうして状況は落ち着いた。筋は通すべきだ。

 

「レイ」

 

ブリッツはレイに近寄り声をかける。

416は両手を上げて肩を竦めると、レイの足に巻き付いたG11を文字通り叩き起こして無理矢理引き剥がした。

 

「ぅぉぉぉ──れ──い──」

 

「自分で歩きなさい!!」

 

手を伸ばして助けを求めるG11であったが、レイはそっと目を閉じ首を横に振る。

静かに見送り、レイはブリッツへ向き直る。

 

「あん?どした」

 

「まだ礼を言ってなかったな」

 

持っていた417を背中に収め、ブリッツは敬礼する。

 

「今回の協力に感謝を。現場指揮官風情の感謝で申し訳ないがな」

 

敬礼を解き、次いでグローブを脱いで右手を差し出す。

 

しばしの逡巡の後、レイはブリッツの右手を掴んだ。その手は熱く、また力強い。

 

「気にすんな。それに、協力も何もこっちは依頼(オーダー)にあった仕事をやってるだけだ」

 

「それでもだ。感謝と敬意(リスペクト)は大事だろう?裏社会(そっち側)も」

 

「・・・そりゃあな」

 

握手を解く。掌にあった確かな熱が引いていくのを感じる。

それからレイに貸与していたスマートグラスを返してもらう。

額にかけ直したところで、ブリッツは416へと向き直った。

 

「416も、よくやってくれた。感謝する。・・・まあ、あまり完璧(スマート)とは言えなかったが」

 

「なぁっ!?」

 

感謝の次にこぼれ出た苦言に416は分かり易く不満気に頬を膨らませる。

それがどうにも可笑しくて、つい頬が緩んでしまった。

 

『指揮官』

 

不意にナビゲーターに呼びかけられた。UACSの高解像度カメラを通して、ヘリアントスが目を覚ましたことを検知したのだろう。その意味を察して、ブリッツはレイに一瞥する。

レイもその意図を察し、小さく「サーリャ」とスケアクロウに声をかける。偶々聞こえてしまったが、どうやらそれがスケアクロウの名前らしい。

スケアクロウは小さくコクリと頷いて、ビルとビルの間にゆらりと入り込み、僅かな光も届かぬ闇に溶け込むようにして姿を隠した。足音すら無く移動して消えていく様は幽霊のようにも見えた。

 

それはさておいて、ブリッツは上体を起こそうとしているヘリアントスに小走りで近寄り、そっと背中に手を回して体を支える。腕に伝わる女性らしい線の細い身体は、今にも折れてしまいそうな脆さと儚さを感じ、顔を見れば明らかに憔悴しきっているのが分かる。綺麗だった灰色の髪も乱れてしまっていて、より痛々しさが顕著になってしまっている。

拉致され、人質として今の今まで監禁されていたのだ。こうもなってしまうのは当然だ。

 

「ヘリアンさん。大丈夫ですか」

 

「・・・ブリッツ指揮官か」

 

弱々しく苦悶の声を漏らしてから、掠れた声でヘリアントスは呼び掛けに応える。しかし彼を視認してすぐ、安堵から表情が和らいだ。

 

「具合はどうですか。頭が痛いとか、吐き気があるとかは?」

 

「いや、大丈夫だ。・・・貴官らはいつもこんなやり方なのか?」

 

「まさか。今回は特別ですよ」

 

ジトリと、ヘリアントスが目を細めて疑り深そうにブリッツを見遣る。が、当の本人は何でも無いように返す。

そのすぐ後ろに控えるレイも、「どうだかな」と言いたげな目でブリッツを見ている。

 

「・・・彼は誰だ?」

 

レイの存在に気が付いたヘリアントスが問いかける。その目からは警戒心が容易に見て取れるが、それも致し方ないことだ。

 

「反りの合わない友人といったところです。大丈夫、味方です。貴女の救出に協力してくれました」

 

一先ずそういう事にしておく。説明を求められた際は詳細はレイを雇ったであろうクルーガー社長に一任する。実際、ブリッツも詳しくは知らないのだから。

 

ヘリアントスも一旦はそれで納得してくれたようで、「そうか」と一言呟くだけでそれ以上の言及はなかった。

疲労もあるのだろう。今はあれこれと考えられるだけの気力も無いのかもしれない。

 

救出対象は無事に目を覚まし、ここに長居する理由はなくなった。

 

「レイ、最後にもう一仕事頼む。丁重に基地まで送ってくれ」

 

「構わないが、ハイヤー代は高くツクぞ」

 

「ツケといてくれ」

 

「ハッ、初乗りでツケ払いときたか。なんてヤツだ」

 

軽口を叩き合いつつもレイはパナメルカーラへと向かう。

 

「ブリッツ指揮官」

 

ヘリアントスがブリッツの肩に手を添えながら声をかける。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

「お安い御用ですよ」

 

ブリッツは笑ってみせた。穏やかに、さわやかに。ここまで苦労なんてなかったかのような、そんな笑みを浮かべていた。

 

「さあ、帰りましょう。立てますか?」

 

「ああ───・・・いや」

 

そっと、ヘリアントスはブリッツに体を預けるように身を寄せる。

 

「すまない。一人じゃ動けそうにない。肩を貸してくれないか」

 

「よろこんで」

 

言って、ブリッツは彼女を横抱きに。いわゆるお姫様抱っこでひょいと軽々と持ち上げた。

突然の事で面食らったヘリアントスは、落ちないように咄嗟にブリッツの首周りに腕を回して自分を支えるが、結果的にブリッツに密着する形となってしまった。

 

何だか気恥ずかしくてヘリアントスは顔を俯かせる。しかしそこで気付く。

ブリッツの着ている戦闘服やタクティカルベスト。これが近くで見るとかなり擦り切れてボロボロになっている。

同時に、ここまで奔走して出た汗と硝煙。そして血の匂いが混じり合っている。

 

それら全てが、今に至るまで容易い道程ではなかったことを如実に物語っていた。それでも彼は、何でもないような態度で振る舞うのだろう。何故なら今までそうしてきたから。そうするのが当たり前であるかのように。

危険を顧みず命を懸け、任務を遂行する。指揮官として、兵士として当たり前だと言って。

 

しかし何故だろうか。こうして抱き抱えられていると、どこか落ち着く。安心出来る。今まで命の危険に晒されていた反動なのかもしれない。

 

だから今だけは、この状況に甘んじよう。

 

「ゲート。これよりHVIをR20基地へと護送する」

 

『了解しました。到着次第、ただちに治療が出来るよう手配しておきます』

 

「頼んだ。さあ、帰り道を探そう。銃弾は一回に一発だ」

 

「はぁん? なんだそりゃ」

 

『帰りの挨拶みたいなものです』

 

猛獣の唸り声を思わせる低いアイドル音を響かせるパナメルカーラ、その後部座席にヘリアントスを座らせる。すると反対側からティナが乗り込み、捕らえた女リーダーことユリアを引きずり込んだ。ユリアは両手両足を結束バンドで拘束され、口には猿轡を嚙まされている。ロクな抵抗も出来ない状態であるが、先程から気を失ったまま、まるで糸の切れた人形のようにピクリとも動かない。

位置関係としては右側にユリアで左側にヘリアントス。その間にティナが座っているという状態だ。ユリアが目を覚ましてもヘリアントスに手出しさせないようにというティナの配慮だろう。

 

車幅のあるパナメルカーラでも、これ以上は後部座席には乗れそうにない。

ブリッツは先と同様に助手席に。運転も引き続きレイに任せる。

ここまで来て、自分含めてどうこうしようとは思わないだろう。いい加減信用して、素直に送ってもらう。

 

『コンディショニングチェック完了。これまでの走行により各ユニットにはいずれも大きな損耗が見られます。帰還後は速やかな点検と部品交換及びエンジンオーバーホールを希望します。さもないと事故りますよMr.レイ』

 

「分かってるさカルフェル。帰ったら一度診てもらおう」

 

「・・・メンテを推奨するのは分かるが、自分から希望するAIは初めてだな」

 

スピーカーから流れる車載AI『カルフェル』の人間らしい言い回しに、ブリッツは何とも言えない面持ちで呟く。

 

「車体も含めて伊達に俺より長生きしてねえからな。カルフェル、駆動モードをハイブリッドに変更。足回りはコンフォートにしてくれ」

 

『畏まりました。エアサスペンション制御をコンフォートモードに、リミッター制限を復帰し、バッテリー走行優先での駆動形態に移行します』

 

すると、それまで唸りを上げていたエンジン音が緩やかになった。走行用バッテリーへのある程度の充電が終わった段階でアイドリングが止まる。これでバッテリーによるモーターのみを使った走行が可能となった。ハイブリッド車の強みだ。

 

先ほどまでのハイアベレージ走行から一転。パナメルカーラはハイブリッド車特有の静けさと力強さを同居させて発進。20インチのタイヤとコンフォート重視に再度セットアップされたエアサスペンションは、スラムの多少荒れた路面を意に介さず、不愉快な揺れ一つ起こすことなく進んでいく。

 

そこでふと思う。416とG11はどうするのかと。

 

「あの二人は?」

 

「足があるから気にしなくていいってよ」

 

レイの返答にそれもそうかとブリッツは納得した。404小隊もここにいる以上別なんらかの移動手段があってもおかしくはないし、むしろそう考えるのが自然だ。

ならば気にしなくても良いかと、ブリッツは本革シートにより深く身を埋めた。

 

時計を確認すれば、時刻は既に早朝の4時に差し掛かろうとしている。空もうっすらと白み始めてきている。もうじき夜が明ける。

 

ヘリアントスを送り届けた後は消費した弾薬や爆薬を補給。部隊と合流し残存している敵勢力を掃討。

事が済み次第、テロ実行犯である女リーダーことユリアとハロルド・フォスター、その関係者全員をグリフィン本部へ移送。取り調べも自分がしなくてはいけないだろう。

その後、報告書を作成し提出。想像できる流れとしてはこんなところだろう。

 

「やることが多いな・・・」

 

ため息交じりについ本音が零れる。

それを耳聡く聞いていたレイに「あん?どうした?」と問われる。それを「いいや、こっちの事だ」とやり過ごす。

 

『注意。200メートル先に武装した人間一名』

 

ナビゲーターから唐突な報告。額に掛けたスマートグラスを装着してUACSからの映像を確認する。

確かに進行方向上、道路のど真ん中に一人。何をするでもなくただ立っている。

両手にも武装らしきものも確認できる。サイズからしてサブマシンガンかPDWだろうか。

 

ただそれ以外。風体が怪しい。

航空写真のようにほぼ真上からの映像の為ハッキリとは言えないが、金髪を後ろに纏めて、濃いグレーのスーツを纏っているように見える。体の輪郭から察するにおそらく女性だろう。

 

金髪にグレーのスーツの女。どこかで聞いた組み合わせだ。

そう、あれは確か教会で聞いた。

 

「・・・ブリッツ」

 

レイが前に視線を向けたままブリッツに声をかける。その声には緊張の色が混じっている。

ブリッツも一度レイの方へ向いてから、視線を前に向ける。

 

女がいた。

 

警戒からゆっくりと停止したパナメルカーラのヘッドライトに照らされて、長い金髪をポニーテールにして、ダークグレーのパンツスーツを身に纏った女が。その両手にはストックレスのクリス・ヴェクター SDPが2丁。

 

女は動かない。ただそこに立っている。ゆらりゆらりと、僅かに揺れながら、そこに立っている。

 

「なんだ・・・?」

 

女の意図を読もうとブリッツが注視する。スマートグラスに搭載された望遠機能をも駆使して女の顔にピントを合わせる。

 

女と目が合った。

唐突に眼を見開きこちらを凝視している。口元が弧を描き、狂気すら覚える笑顔をブリッツに見せ、喋った。

声は聞き取れない。が唇の動きで何を言っているかが分かった。

 

『 み つ け た 』

 

ぞわりと、背筋が凍り付き全身の毛穴から冷たい汗が吹き出すのが分かった。

 

「伏せろ!」

 

本能で感じた危険からブリッツは声を張り上げる。

 

次の瞬間。女は急に動き出す。持っていた2丁のストックレスヴェクターをパナメルカーラへと突き付け、間髪の躊躇いも無く引き金を引いた。

放たれた無数の弾丸がパナメルカーラに叩き付けられる。

 

鈍い金属音をがなり立て、車内に反響する。だがそれだけで、弾丸は全て弾かれているようだ。

 

頭を下げたまま、ブリッツとレイが顔を突き合わせる。

 

「防弾か?」

 

「まあな。だが音が鈍すぎる。ただの弾じゃねえ」

 

「なら撤退だ。この状況じゃまともに応戦出来ない」

 

「同感だ。さっさとズラかるぞ」

 

レイの右足がアクセルを踏み込む。パナメルカーラは猛然と銃を乱射している女に向かって加速してく。

降りかかる銃弾など意にも介さず猛進するパナメルカーラに、女は一旦銃撃をやめる。

諦めたかと一瞬思った。が、その予想はすぐに甘かったと思い知らされる。

 

女の手から2つのヴェクターが煙のように()()()、入れ替わるように別の物が形作られていく。

 

まるでCG制作のワイヤフレームのように輪郭が顕わになっていくそれは正しく、レイが見せた"ストレージ"のそれだ。

そうして形作られたのは大きな筒状の物。肩撃ち式の多目的ロケット擲弾発射機、SMAW ロケットランチャーが顕現された。

 

女がロケットランチャーを構える。目標は当然パナメルカーラだ。

 

『────降りろッッ!!』

 

ブリッツとレイが同時に叫ぶ。

ドアを叩き破るように開け放ち飛び降りる。

 

それとほぼ同時であった。パナメルカーラにロケット弾が命中し、爆発した。

車体は宙返りし屋根から着地、原形を留めぬほどに破壊され、炎上した。

 

その傍ら。偶々近くにあったボロボロの廃車にブリッツは身を隠した。間一髪、パナメルカーラにロケット弾が命中するより早く車から脱出できた。その際に擦り傷等出来たが、些細なことだ。

 

『ブリッツ、無事か?』

 

無線機にレイからの声が飛び込んでくる。どうやらあっちも無事らしい。

 

「大丈夫だ。ヘリアンさんは?」

 

『安心しろ。ティナが抱えて降りた』

 

「ああ、ならよかった」

 

安堵する。がそれもつかの間だった。身を隠していた廃車に先と同じように無数の銃弾が叩きつけられた。

 

「うおっ!?」

 

咄嗟に頭を下げてやり過ごす。

何とか弾には当たらずに済んだ。

 

「レイ!彼女を連れて逃げろ!」

 

銃声と着弾音に掻き消されないようブリッツは声を張り上げる。

 

『バカ言ってんじゃねえ。メインが弾切れ間近なのに殿やる気か?』

 

「いいから行けっ!」

 

レッグホルスターからMP7を抜いて身を隠したまま盲撃ちで応戦。それでも攻撃の激しさは収まるところを知らない。

隠れている車から金属の破断音が聞こえる。もう長くはもたない。

身を屈めたまま移動。せり出している鉄筋コンクリートで出来た建物の一部に身を隠す。薄い鋼板ならともかく、流石に分厚いコンクリートを貫く事は出来ないようで、何とか銃弾の嵐をやり過ごせそうだ。

 

盲撃ちで撃ち切ったMP7をリロードし、ヘッドセットに手を当てる。

 

「お前もプロだろ。頼む」

 

『・・・生き残る事だけ考えてろよ。たとえ()()()()()()()()()

 

「分かってる。任せたからな」

 

一先ずは安心だ。彼に任せれば大丈夫。

後もう一つ。

 

「ゲート」

 

『付近にヘリが着陸できる交差点があります。そこへ誘導し全員回収。その後航空支援としてそちらに向かいます』

 

「上出来だ」

 

MP7をホルスターに仕舞い、HK417に持ち替える。残りは今装填されている1マグのみ。だが歩兵一人仕留めるには十分な残量だ。

ハンドルを少し引いてチャンバーをチェック。弾丸の存在を確認する。

 

小さく息を吐く。敵の銃声からして45口径。それも強装弾だ。だがこの戦闘服なら2、3発の被弾でも耐えられる。

どういう訳か、あの女の銃撃が一向に止まない。リロードタイムを一切挟んでいない。精々が熱された銃身のクールタイムくらいだが、それもかなり短い。

 

考えられるものとしては、銃本体もしくはマガジンにレイが持っていたような"ストレージ"機能を搭載させ、常時弾薬が補充、装填されている。

何故鉄血の技術をあの女個人が有しているのか。そんな疑問は一旦捨て置く。無力化出来れば色々分かる。

 

だから、被弾覚悟で相打ちを狙う。それしか無い。

 

狙うはクールタイム直後の一瞬の隙間。

集中力を上げ、タイミングを見計らい、意を決してブリッツは飛び出した。

ホロサイトのレティクルを女のバイタルパートに合わせてトリガーを引き切る。フルオートで放たれた都合3発の7.62mmAP弾は狙い通りに女の胸部を中心に被弾。最後の一発に関しては反動で銃口がやや上を向いた事を利用しヘッドショット。標的の体が折れ曲がり、次の瞬間には大きく仰け反り、そして倒れた。

 

ブリッツもまた胸部に.45ACPが3発叩きこまれる。どれも戦闘服とタクティカルベストの上だったため、激痛と引き換えに撃ち抜かれる事は防げた。

 

想像していた以上の痛みに思わずブリッツは膝を着く。戦闘服にめり込んだまま止まっている弾頭を摘み上げてみれば、それにも納得した。

 

「タングステンカーバイトだと・・・?贅沢な弾使いやがって・・・!」

 

忌々し気に弾頭を地面に叩きつけて、痛みを堪えながら立ち上がる。417を構えて女の生死確認を行おうと重い足を進ませる。

とはいえ7.62mmが胴体に2発。頭部に1発だ。まず死んでいる。

 

そう、死んでいなければおかしいのだ。

 

「冗談だろ・・・」

 

ブリッツの足が止まった。その顔は驚愕に染まり切っている。

 

女が立ち上がったのだ。それも、まるで巻き戻しの映像を見ているかのように、手を一切使わず足のみでゆらりと。

 

7.62mm弾は強力な弾丸だ。

胴体に当たれば内臓を抉り、頭部に当たれば頭蓋を撃ち貫き脳漿を散らす。

長きに渡る兵士としての常識。そんなブリッツの中で形成された常識が、音を立てて崩れた。

 

「いったぁ~い・・・」

 

ちょっと小突かれた程度。そんな様子で女は平然と立ち、ブリッツを見ている。

 

「アハッ。面白い顔♪」

 

────およそ27年の人生。ブリッツは様々な敵と遭遇し、相対し、打倒してきた。

それはテロリストだったり、暴走した戦術人形だったり、E.L.I.Dだったり。

 

「ダメだって言われてるけどぉ・・・やっぱり欲しいわぁ?」

 

だが今目の前にいるのは、そのいずれにも該当しない、未知の存在。

 

「ちょぉっとくらい、食べてもいいわよね??」

 

この日ブリッツは初めて、自分の知らない裏の世界の住人と邂逅を果たしてしまった。

 

 

 





次回、最終局面


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OPERATION "Two-up" XⅥ

別視点はこちら。皆、読もう!
https://syosetu.org/novel/194706/113.html


 

居住区ではいまだに戦闘が続いていた。

しかし戦況は当初と違い、形勢はグリフィンへと傾いていた。

 

「2時方向にスナイパー!2階の窓!」

 

「All right.」

 

誰かが上げた報告の声に、FALがすかさず反応。目標地点にダネル MGL-140を2発叩き込む。

1発目がスナイパーのいるビルの2階。その外壁を破壊し、本命の2発目でスナイパーを仕留める。その本命は直撃こそしなかったが、至近距離に着弾した事で無力化。死体がどんな有様になったかは、撃ったFAL本人は考えないようにした。

グレネードランチャーから半身たるアサルトライフルに切り替え、地上にいる少数の残敵の処理に移る。

 

が敵兵士は乗り捨てられた乗用車を遮蔽物にしながら、巧妙に位置を変えて応戦してくる。

 

―――それを、直径8.6mm、重量300グレイン(約19グラム)、.338ノルママグナムの弾頭が遮蔽物の乗用車もろとも敵兵士を撃ち抜いた。

 

続々と上がる青白い炎が一撃、または二撃で敵に致命傷を与えた事を静かに物語る。

運良く逃れた兵士もいたが、上空を旋回しているUACSはそれを目敏く見抜く。屋内なら兎も角、こと屋外に関しては敵に隠れる場所は無い。

 

今一度、LWMMGによる機銃掃射によって地上の敵勢力は完膚無きまでに粛清させられた。 

 

「クリア」

 

締め括るように、ライトは冷たく機械的に告げる。

 

その様子をまじまじと見せ付けられた、途中合流したR20基地の人形たちは、ライトに対して頼もしさと若干の恐ろしさを覚える。

 

そんな畏敬の念を密かに送られているライト本人はというと、やや不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。

 

「・・・何でライトさん、あんなプリプリしてるの?」

 

「それはねRFB、ライトがブリッツについて行こうと思ったのに当の本人から拒否されたからよ」

 

「じゃあVectorがいつも以上にムスッとしてるのは??」

 

「似たりよったりよ」

 

FALとRFB。いつもの二人による茶化した会話が聞こえてくる。おそらく聞こえるように言っているのだろうが。

 

―――フレイム・スコーピオンズ社の武装蜂起から既に5時間以上が経過している。苛烈にして劣勢な戦況は一転し、今や掃討戦の様相を呈している。

 

多目的戦闘群の奮闘。そしてメリー・ウォーカーが指揮を執ることで、練度不足の目立つR20基地人形部隊と多目的戦闘群の連携が可能となった。

確認できる敵勢力の減少は、民間人の救出と避難誘導の効率化にも繋がった。

このまま進行すれば、夜が明けるまでには残りの敵も刈り尽くせているだろう。

 

問題なのは、ブリッツと別れてから一切連絡を取れない事だ。

彼がしくじるとは思っていない。だが今回の件はこれまでと毛色が違う。

 

どうにも不安が拭えない。思いもしないような事態が起こりそうな。そんな漠然とした不安感。

 

一度始まってしまった演算(思考)は止まること無く。出口も無いままグルグルと回り続ける。ただ不安が増していくばかり。嫌な予感が勢いを強めていく。

 

「ライト!なにしてるの!?置いていくわよ!」

 

「! ごめんなさい、今行くわ」

 

FALに呼びかけられたことで、思考(演算)の沼に嵌まり掛けていた所を引き上げられる。

今そのことを考えても仕方ない。やるべき事をやる。

ブリッツは何時でもそうしてきた。ならば彼の銃である自分もやるべき事をやり遂げる。

 

『ライト、及び第一部隊に通達します』

 

さあ駆け出そうとしたところにナビゲーターからの一声。その声色は感情が無く機械的だ。ナビゲーターが何かしらの危機的状況を検知した時の物だ。

つまり、緊急性が高い。

 

全員足を止めて遮蔽物に身を隠してからそっと耳に手を添える。

 

『これより第一部隊の隊長を一時的にFALに移譲。ライトは部隊から一時離脱し、大至急指定したポイントへ移動してください』

 

データリンク上に座標が表示され、マップにピンが打たれる。ここから1kmほど離れた位置にある背の高いビル。その屋上だ。

 

「どういうこと?」

 

ライトが疑問を呈する。この場面で自分だけ離脱するのはどうにも合理的な理由が見出せない。

 

『指定したポイントでヘリに搭乗後、直ちにスラム街に移動し別行動中のブリッツ指揮官たちの支援を。スラム街に敵が出現しました』

 

端的に、事務的に告げられたその一報。動かない理由などなかった。

 

「了解。直ちに移動する」

 

 

──────────────────

────────────

────────

─────

───

 

まるで巨大な渦潮にでも飲み込まれたように、ブリッツの思考は混乱の渦中にあった。

今しがた銃撃し、射殺したハズの女は何事もなかったように立ち上がり、妖艶さと不気味さを同居させた笑みを向けている。

上着には確かにHK417から放たれた7.62mmの銃弾が穿って出来た穴が開いている。が、その下に覗かせる白い素肌には傷が一切無い。

 

女がゆらりと動き出す。両手に持ったヴェクターをゆっくり上げていく。

 

「―――ちょぉっとくらい、食べてもいいわよね??」

 

舌なめずりをしながら、女がヴェクターの銃口をブリッツに向けた。

 

その直後。女が引き金を引くよりも早く、ブリッツは417の銃口を女に向け間髪入れずにトリガーを引いていた。

トリガーを引いたままバックステップしそのまま後ろに下がり距離を取る。

 

それは兵士としての危機感からの行動ではなく、純然たる人間としての生存本能と殺戮本能が高いレベルで同居した結果生じた行動であった。

指切りもせずトリガーは引き切ったまま。暴れる銃口を本能的に無意識に抑え込みコントロール。積み重ねた訓練と膨大な実戦の中で培われた、お手本のような本能射撃。

マズルジャンプを利用して正中線をなぞる様に着弾点を胴体から頭部へと移していく。

 

7.62mm AP弾は女が着ているグレーのスーツを穿ち人体に致命的とも言える損傷を与えていく。飛び散る血肉はアスファルトのシミとなって広がっていく。

 

カチン、と。417の機関部から乾いた音が虚しくなる。弾切れだ。予備の弾倉も無い。これで417は打ち止めだ。

しかし弾切れになるまでに5メートルは離れられた。もう鈍器としてしか使えない417を背中に仕舞い、MP7に切り替える。

 

女は立っていた。多くの風穴を胴体にこさえ、天を仰ぐように仰け反ったまま。バイタルパート、つまり心臓や肺といった胸部を中心に着弾した為、着ているスーツはズタボロになり、既に衣服としての機能を失している。その下の人肉も、7.62mmの弾丸によって抉られ破壊された内臓や骨まで露出している。

間違いなく死ぬ。そんな負傷というレベルを超えた人体の破壊。

 

────その人体が、ぐちゃりぐちゃりと水気を帯びた生々しい音と共に、骨が、内臓が、肉が、まるでビデオの巻き戻しよろしく再構築されていく。

都合27発使って破壊された女の体は、ものの数秒で衣服以外全て元通りとなった。

 

仰け反っていた上体も、しゃんと背筋が伸びた姿勢となる。

 

「あぁんもう・・・ボロボロじゃなぁい。・・・えっち」

 

生身で銃撃を受けたとは思えぬその第一声。撃たれて破けたスーツの残りを寄せて、露出している肌を隠そうとする。

ブリッツは奥歯を噛み締め、その事実を飲み込むしかなかった。

 

「バケモノか・・・!」

 

「ひっどぉ~い。女の子がそんなこと言われたらぁ・・・泣いちゃうぞ♪」

 

人差し指を口に添えてケラケラとおどけて笑う女。平時ならともかく、現状においてそれはあまりにも恐ろしく見える。

 

「んふふっ♪それじゃあ、オカエシね?」

 

刹那、女のヴェクターが火を吹いた。無数のタングステン弾頭がブリッツ目掛けて襲い掛かる。

咄嗟に横へ飛んでブリッツは射線から外れ、近くの朽ち果てた車の陰に身を隠す。昔の大火災によって炎上したであろう車の鋼板は弾性を失いガラスのように硬質化。つまり割れやすくなっている。着弾するたびに金属が砕けていく音をがなり立てる。元々車は銃弾に対する防弾性は金属の塊であるエンジンブロック以外では期待できない。

遮蔽物としてカバーするには心許ない。

 

地に伏せて匍匐前進。自身のすぐ上を無数の銃弾が風切り音と共に通り抜け、砕かれた金属片が降り注ぐ。身を低くしたことで完全に姿を隠せたのだろう。女の狙いは甘く、被弾は無い。しかしそれも時間の問題だ。高いファイアレートを誇るヴェクターを盛大にフルオートで使っているというのに、一向に弾切れを起こす気配がない。

やはり銃そのものかマガジンにストレージを仕込んでいる。

 

どうする。

分厚い弾幕の中、ブリッツは思考する。思考を止めればその先は死しかない。生き延びるためにこの状況をどう打開するか思考する。

 

「あぐぁ・・・!!」

 

突如、女が苦悶の声を上げる。同時に嵐の如く猛威を振るっていた銃撃が止んだ。

身体に降り積もった金属片を落としながら顔を上げて女の方へと視線を向ける。

 

女の両手からは煙が上がり、大量の血を流している。地面には機関部を破壊されたストックの無いヴェクター2丁が転がっている。

 

何が起きた?

ブリッツの思考に疑問が湧き上がる。

その答えはすぐに実物として現れた。

 

上空からするりと降り、地面すれすれに浮遊する一人の女性。レイと一緒に行動していた鉄血製ハイエンドモデルのスケアクロウが、ガスマスク越しにも分かる怒気をその端正な顔に浮かばせて女を見ていた。

 

「・・・・・あらぁ??第三兵器産業廠以来ね。愛しの彼は元気?それで?()()()()()のカカシちゃんが何の用かしら?」

 

意外そうに。しかしそれ以上に挑発的に女はスケアクロウを見ている

スケアクロウも女の反応を見て「やっぱりあの時の・・・!」と更に怒気を強めるが、すぐにそれを抑えてブリッツを見遣った。

 

「・・・手を貸しますわ。不本意ですけど」

 

不服そうにスケアクロウは告げ、3機のビット兵器を傍らに寄せてその銃口を女に向ける。

 

「そいつはありがたいね。不本意だが」

 

ブリッツも立ち上がる。MP7を持ち直し、腰のナイフを左手に持ってスケクロウの横に並び立ち、女に銃口を向ける。

第三兵器産業廠。出来損ない。女の口からいくつか気になる単語が出てきたが、今はそれを気にしている場面ではない。そういうものは、首根っこ掴んで地面に這い蹲らせてから聞き出せばいい。

 

「フフフ。いいわぁ。二人纏めて相手してあげるっ!」

 

女の手に新たな銃が顕現。ロシア製の短機関銃、PP-2000。その銃口をブリッツに向ける。

最初の攻撃から察していたが、鉄血のハイエンドモデルを相手にして尚も、あくまでブリッツを最優先で狙うようだ。

 

であるなら、ここは思い切って動く。

 

「接近する。援護してくれ」

 

「了解」

 

ビットが展開すると同時にブリッツは頭を低くして駆け出す。

女もトリガーを引く。寸分の狂い無く、短機関銃はマズルフラッシュを迸らせブリッツ目掛けて弾丸を撃ち放つ。

 

それをブリッツは斜め右前方に飛ぶことで回避。正確には回避ではなく、トリガーが引かれる直前に自身を射線から外しただけだが、撃った側とそれを目撃した側からすれば回避も外すも同じこと。

銃口はブリッツを追随するが、それよりも速くブリッツは身を翻し、気性の荒い牛の突進を躱す闘牛士よろしく銃撃を外していく。

フルオートで放たれるPP-2000の44連装箱型弾倉は瞬く間に空となり、機関部から乾いた音がなる。

 

ヴェクターと違ってこれは無限に撃てるわけではないらしい。

 

かくして、ブリッツは9mmパラベラムの雨を搔い潜り女に肉薄。低い姿勢からナイフを振るい女の両足を切り刻んでいく。起き上がり様に足から腹部、胸部へと切傷を増やしていき、最終的には肋骨の隙間にナイフを滑り込ませるように心臓へと突き立てる。

 

ナイフの先端が心臓を捉えた確かな手応えを掴んだその瞬間、女の動きが止まる。がすぐに動き出す。

 

「い・・・・ったいぃ!」

 

持っているPP-2000を鈍器代わりに振り下ろす。

しかしそれは予想通り。この程度ではこの女は止まらない。

 

振り下ろされるPP-2000を持つ女の右手首を左手で掴み、右手のMP7を女の腹部に押し付ける。

 

「避けてみな」

 

刹那、MP7の4.6mmスチール弾が女の腹部を貫通し風穴を開ける。ハズだったが、貫通力に優れる弾丸は腹部の表皮に僅かに食い込むだけで、内部まで届かない。

予想だにしない事態。おまけに最悪な事に、弾が切れ銃撃が止む。リロードはしない。そんな時間は無い。本能的に動く。

弾切れのMP7を手放し地面に落とす。それよりも速く右手が翻り女に突き刺したままのナイフを引き抜き、逆手に握って振りかぶる。

 

狙いは女の首。

ヘッドショットでも死なない生命体。かどうかも不明だが、脳と胴体を物理的に分離しても生きていけるか。生きていたとしても、そこから何ができるか。

 

渾身の力を込めて一閃。刃が首に触れる。

 

────瞬間、ナイフは鈍い金属の破砕音と共に砕けた。

カミソリの切れ味に鉈の重さを兼ね備え、下手な装甲板なら容易く切り裂くブルートのナイフが、呆気ない程に簡単に砕けた。

想像だにしなかった事態にブリッツの思考に空白が訪れる。

 

「ざぁ~んねぇ~んでしたぁ~」

 

愉悦に満ちた笑みで女は呆気に取られているブリッツを見ながら、左手に大型のマチェットを顕現。胴体目掛けて振るう。

 

そこを、スケアクロウのビットが阻止。放たれたメーザー弾がマチェットを弾き飛ばす。

ここでようやくブリッツの空白も解消され、距離を取るために女を押しのけるように蹴り飛ばす。

同時に他のビットもメーザー弾を発射。食らったところで女に大したダメージにならないが、喰らい続けるのは都合が悪いと判断してか後退。距離が出来る。

 

「すまない、助かった」

 

「あら、お礼が言えるんですのね」

 

「・・・ひょっとして根に持つタイプか?」

 

「ええ、割と」

 

「それは気が合いそうだ」

 

苦い顔をしている内に、離れた女が再度攻勢に出る。PP-2000を二人に向けて連射し始めた。ブリッツは咄嗟に近くの廃車の陰に。スケアクロウは地上を離れて高い位置へと飛び上がる。

 

弾幕をやり過ごしつつ、ブリッツは左のレッグホルスターに収めたもう一丁のMP7を抜く。

使える装備が少なくなってきた。MP7の残弾もそう残っていない。Mk23には幾ばくかの余裕があるが、7.62mmで仕留められない相手に、果たしてどこまで通用するか。

バカデカい爆弾でもあれば、瞬く間にピンク色の霧にしてやれるが、生憎持ち合わせてはいない。

 

とはいえだ。とある昔の映画の主人公は、恐ろしい敵と相対した時こう言った。

「血が出るなら殺せるハズ」と。不死などいない。生物である限りいつかは死ぬ時がくる。つまりは殺せる。既に死んでいると言っていいE.L.I.Dだって死ぬのだ。不死の生物などナンセンスの極みだ。

 

だから考える。己が蓄積した経験と知識を総動員し、いかにして死に至らしめるか。

胴体と比べて頭部に外傷が無いのは、考えたくは無いが皮膚と頭蓋が異常なまでに硬いからだ。

ダメージを与えるだけではまた修復される。やるとしたら大口径の銃でバイタルパートをぶち抜き頭部を粉微塵にするしかない。M2HBやM200。ダネルNTW-20といった人形がここにいたなら、おそらく殺し切れただろう。

しかし彼女たちは今S10基地にいる。今更呼び出しても遅い。

 

現状で望みがあるとすれば、地区上空を飛び回るヘリ部隊だ。ヘリに搭載されたミニガンやミサイルを使えば流石にただでは済まない。問題なのは、そのヘリがいつ来るかだ。

 

対応に頭を悩ませる。

そこに全身の皮膚に突き刺さるかの如き悪寒が過る。

 

物陰から女の方へと視線を向ける。悪寒の正体が分かった。

先ほどパナメルカーラに放ったSMAWロケットランチャーの砲口がこちらに向いている。

 

反射的に身を隠していた車から離れようと立ち上がり走り出す。スケアクロウも危機を察知し阻止しようとビットで女にメーザー弾の雨を降らせる。

しかし女は怯まず構わず、狙いをつけてロケット弾を放った。

 

高速で飛来したロケット弾はブリッツが隠れていた車に直撃し爆発。辛うじて直撃を避けたブリッツだったが、その衝撃までは避けられずに吹き飛ばされた。ロクに受け身も取れず地面を転がり、俯せになる。

立ち上がろうとするも一時的に平衡感覚を失った上に、痛みで四肢に力が入らない。聴覚もマヒした。耳鳴りが喧しい。

それでも何とか視線だけ上げてみれば、まるで散歩でもしているかのように悠々とこちらへ向かって歩いてくる女の姿。右手に持ったPP-2000はスケアクロウに向けられ、彼女が近付けぬよう弾幕を張って牽制している。

援護は期待できない。

 

気絶しなかっただけ僥倖だった。

起き上がれないならそれでいい。俯せから仰向けに体勢を変える。

手元にあったMP7は吹っ飛ばされた際に手放してしまって近くにない。残っているのは腰のホルスターに収めていたMk23。

寝転んだままホルスターから銃を抜いて女に向けトリガーを引く。

45口径の重い反動が腕を通じて上体に響く。

 

弾丸は女の右肩口に命中。衝撃で女の体がよろける。が、外傷はない。それでもトリガーを引き続ける。

2発。3発。4発。

命中こそすれ女は構わず歩みを止めない。

 

体をよじらせ後ろへ下がりながらも銃撃を続ける。

結果、12発撃ちこんでも女は止まらなかった。Mk23も、マガジン内の弾丸を撃ち切ったことでスライドが後退したまま固定。弾切れとなった。

急いでリロードする。が、その前に女が左手にグロック17を顕現させ、ブリッツの右腕に打ち込んだ。16LAB謹製のCNT防弾戦闘服のおかげで打撲程度で済んだが、Mk23を手放してしまった。

 

いよいよをもって、ブリッツに武器が無くなった。

何もできずに倒れているブリッツを見て、女はにたりと愉悦に笑う。

 

「気を付けろって言われてたけどぉ・・・案外大したことなかったわねぇ」

 

奥歯を噛み締める。悔しさから、無力さから。しかし闘志は未だ衰えず。ブリッツは射殺さんばかりに女を睨みつける。

 

その視線を浴びた女の表情が変わる。愉悦の笑みから、恍惚的な笑みに。

身体の方も二度三度痙攣するように震える。

 

「・・・あ、ああっ!────あはぁ・・・イイわぁ、その顔。お姉さんちょっと・・・イっちゃった♪」

 

女は顔を赤らめて体をよじらせ、眼には妖艶なモノが宿る。

 

「ヘンタイ女が・・・!」

 

「んもぅ、ナマイキだぞぉ?ンフフ・・・アハっ。やっぱり、我慢できないわぁ」

 

舌なめずりし、ゆらりゆらりと女が近付いてくる。

 

「させませんわ!」

 

身動ぎした女の隙をついてスケアクロウが急接近。教会でブリッツにそうしたように、女に体当たりをかまそうとする。

 

「・・・鬱陶しい子ワタシきらぁい」

 

目障りだといわんばかりにPP-2000をスケアクロウに連射。苦悶の声と共にスケアクロウは身を翻して何とか回避するも、近づく事が出来なかった。

 

改めて。右手の銃をスケアクロウに向けたまま、女は左手の銃でブリッツに狙いをつける。

 

そこで女は妙な光景を見た。

倒れているブリッツが、背中に仕舞っていたHK417の銃口を向けていたのだ。

 

「あら?弾切れじゃなかったかしら」

 

「ああ───」

 

引き金に指をかける。

 

「───HK417(こっち)はな」

 

HK417ではなく、そのアンダーバレルに装着されたショットガン(マスターキー)に。

瞬間、12ゲージOOOバックショットが女の胴体に叩きこまれた。

 

「ふぐぅッ────!?」

 

7.62mmを優に超えるその衝撃力に女は大きくたたらを踏んだ。その顔からは今までの不気味な妖艶さは消え去り、驚愕と苦痛がありありと浮かんでいる。

 

残った気力を振り絞り、渾身の力を込めて素早く立ち上がりマスターキーをコッキング。次弾を装填し即座に発砲。大きく上体を仰け反らせて女は後ずさっていく。

 

女が手を伸ばす。待ってくれと懇願するように。

構わず撃ち込む。相手が下がった分ブリッツも進み距離を空けない。ショットガンは至近距離にこそ本領を発揮するのは常識だ。距離を空ける理由は無い。

 

バックショットの本質は破壊力ではなくその衝撃力にある。頑強なボディアーマーを貫く力は無くとも、ハンマーで殴られたかの如くダメージを浸透する。

いかに女の肉体が弾丸を通さずとも、12ゲージの衝撃力は骨を砕き内臓を損傷させる。

 

5発叩き込んだあたりで、女は蹲り動きが止まる。ヘヴィー級ボクサーの全力ボディブローをモロに食らったようなものだ。いかに負傷が素早く治ろうとも、痛みまではすぐに抜けない。

 

その間にマスターキーをリロード。ボックスマガジン故に装填には時間がかからない。

 

女がダメージから回復する頃にはマスターキーのリロードも終わり、女が12ゲージを食らっている間にスケアクロウがこっそり移動しブリッツのMP7を回収。同時に3機のビットも女を囲むように展開が完了していた。

 

しかし女は抵抗を続ける。再度両手にPP-2000を顕現させるとブリッツたちに向ける。が、引き金を引くよりも早くエネルギー充填を終えていたビットが女の手ごと銃を弾き飛ばす。手の負傷はすぐに治るが、銃の方はグリップが破損して使えそうにない。

 

「投降しろ。さもなきゃもう5発食らわせる」

 

投降を勧告。現状、殺せないなら捕縛するしかない。その方が好都合でもある。何せこの女はこの騒動の裏で暗躍していた可能性がある。情報を引き出すには生きていてもらった方が都合がいい。

それに、もうマスターキーの弾薬はない。これが最後のマガジンだ。それを悟られないよう強気にいく。

 

「・・・・・アハハァ♪」

 

聞こえてきたのは女の笑い声だ。バックショットをモロに食らった事でその声は若干苦しそうではあるが、それでも笑える程度にしか効いていないか、そこまで回復したのか。

いずれにせよ油断は出来ない。マスターキーのグリップを握り直す。スケアクロウもより一層表情を険しくして女の一挙手一投足を監視する。

 

「甘い、甘いわぁ。とろけるくらい甘ぁい」

 

蹲っていた女がぬるりと立つ。小奇麗だったスーツは見るも無残な有様ではあるが、その下の素肌は透き通る様に白く痣やシミの一つも無い。

 

「投降なんてするわけないじゃない。だってぇ、アナタたちにお姉さんを殺せる武器なんて無いんだもの」

 

見抜かれている。ブリッツは冷たい汗が背中を伝って流れ落ちるのを感じた。

その動揺を出さぬよう平静を装う。

 

「それにぃ、こ~んなにイタイ思いしてるんだもの。アナタの腕一本くらい貰わない(食べない)と収まらないわ」

 

女の纏う空気が変わる。不気味で、しかし妖艶で。得体の知れないものに。

同時に、女の右手に新たな武器。大型拳銃のデザートイーグルが顕現される。

今にも撃ち出さんばかりに50口径の銃口をブリッツに向ける。

しかしトリガーが見えるこの距離なら、いかに.50AE弾でも射線から外せるし、それよりも早くマスターキーを撃てる。

 

場に緊張が走り、空気が張り詰めていく。

 

「────え?」

 

が、それもすぐに霧散した。

女の顔に困惑と戸惑いの色が浮かび上がる。

 

「ちょっと待って・・・あと少しだけ、お願いよ・・・。これじゃ生殺しじゃない・・・」

 

誰かと会話をしているように女が独り言を零す。よく見れば、左耳には小さい無線機が装着されている。暗がりも相まってよく見えていなかった。

 

思わずブリッツは視線をスケアクロウに向ければ、彼女もブリッツを見ており目が合った。

 

どうする、撃つか。マスターキーの引き金の遊びを殺していく。あと十数グラム程力を加えれば12ゲージ弾が炸裂する。

 

「・・・・はぁ、わかったわ」

 

女がダラリと両腕を下げ、デザートイーグルも霧の如く消えた。

 

「残念、お遊びはここまでね」

 

「何?」

 

「また会いましょ?バイバイ♪」

 

瞬間、女の両手に筒状の物体が顕現。それをブリッツたち目掛けて放る。

 

一つはスタングレネードだと認識すると同時にそれは目を潰さんばかりの眩い光と鼓膜に突き刺さるような高音を放つ。

炸裂の直前、咄嗟に腕で視界を遮り光の影響を最小限に抑える。

光が収まり視線を戻して銃口を女がいた場所に向ければ、今度は白い煙が視界を遮る。

もう一つの筒。スモークグレネードだ。

 

完全に白煙に飲み込まれたブリッツは女の姿を見失う。

しかし煙の出どころはすぐに見つかった。何故ならすぐ足元に転がっていたのだから。

 

「ナメやがって・・・!」

 

煙を吹き出している筒を思いっきり蹴飛ばす。

発生源が遠ざかった事で徐々に煙が晴れていく。

 

が、視界が効くようになったころには女の姿はどこにも見当たらない。

 

「ゲート!」

 

『赤外線、電磁気、生体反応。感知できません。・・・完全に消失(ロスト)しました』

 

申し訳なさそうにポツリとナビゲーターは告げる。

UACSのセンサーやレーダーは優秀だ。それが検知出来ないという事は、完全にこの場から消えたという事だ。

ただここから逃げ出しただけならば、UACSが見逃すわけがない。

 

『───今すぐ全方位に撃ちまくれ!!()()()()()()赤外線じゃ視えねえ!!』

 

その時。通信機からレイの怒号に近い緊迫した声が飛び込んできた。

擬態とはどういう事か。それを尋ねようとするよりも早く、スケアクロウは動いていた。

 

「伏せなさい!」

 

瞬間、3機のビットがスケアクロウを中心に円を描くように高速で旋回。そのままメーザー弾を周辺にスプリンクラーよろしく撒き散らす。

地面に。車に。ビルの外壁に。視界に入る全ての物体に対し緑色のメーザー弾が暴風雨の如く降り注ぐ。

 

時間にしておよそ30秒。ビットによる全方位射撃が止まり、そこかしこから焦げた匂いと煙が上がる。

ビットからも、連射の余韻として触れば焼けてしまいそうな程の熱量を纏い、陽炎が上っている。

 

「・・・周囲に特に変わった変化はありません。正真正銘、敵の反応はありませんわ」

 

安堵するように呟くスケアクロウ。一方で、咄嗟に地面に伏せて全方位射撃をやり過ごしたブリッツは、事態をあまり飲み込めずにいた。

 

『・・・・・ふぅ、なら良い。お疲れさん、スケアクロウ』

 

「すみません・・・油断してましたわ」

 

『良いんだ。何も無いならそれで』

 

ブリッツを置いてけぼりにしてレイとスケアクロウが会話を進めている。

 

「いきなりどういう事だ?ヤツ()について何か知っているのか?」

 

立ち上がったブリッツが間を見計らって口を挟む。

さっきの台詞は、あの女の正体を知っているからこそ出た言葉だ。

 

『さっき、女が第三兵器産業廠の名を出したとスケアクロウからメッセージが送られてきててな。ブリッツ、カルト教徒が言ってた使徒様とやらの特徴を覚えてるか?』

 

「あぁ。────・・・そういう事か?」

 

ここで教会で聞いた使徒様の名前が出てくるという事はつまり、今しがた遭遇したあの女の正体が上半身が女で下半身がタコの足を持ったスキュラもどきであると、レイはそう言っているのだ。

 

本来なら信じられない。頭のおかしい戯言だと切り捨てる。が、あの女の異常性を目の当たりにしてしまった以上、否定が出来ない。

 

『俺達は第三兵器産業廠・・・鉄血の工場でそのタコ女と出会ってる。体表の質感から表面温度まで、ヤツは人型の部分を含めて完璧に周囲の環境と同化出来る。だからこそ嫌な予感が巡って叫んだんだ。緊張が緩んだところを()()()()()()()()()つもりじゃないか、ってね。・・・まぁ、杞憂に終わった様で幸いだが』

 

補足するようにレイは言葉を紡ぐ。正しくその性能はタコ。海の忍者とまで呼ばれる擬態能力はあまりにも有名だ。

しかし最後に見た女の様子から察するに、食い殺すつもりは無さそうではある。あの女は本当に残念そうに姿を消した。だが絶対などない。気が変わってバクリといかれてしまう可能性も十分あった。

 

そう考えれば、スケアクロウのあの全方位射撃も納得できる。

 

「どうやら、また助けられたようだ。感謝する」

 

『気にすんな。そんじゃあ、ヘリに積むもん積んですぐそっちに向かってもらう』

 

「了解」

 

通信を終了する。

 

改めて周囲を見渡す。ヒトどころか、生き物の気配一つ感じられない。追跡するだけの僅かな痕跡すら残っていない。完全に逃げられた。

 

恐ろしい相手だった。今まで自分が出会ったことの無いタイプの敵だ。

 

そんな敵を相手に生き残れた事に安堵する。が、すぐに別の感情が顔を覗かせた。

それは怒り。恐怖を覚える程の存在をみすみす取り逃がし、あまつさえいなくなった事に安堵している、そんな自分に。己の不甲斐なさから止め処なく込み上げる怒り。しかしそれを堪える事しか今の自分にはできない。

 

417のハンドガードを掴んで、踵を返して歩き出す。

その先には、近くに止まっている朽ち果てたバンがある。

 

そのバンの側面を、ブリッツは今自分が出せる全力を拳に乗せて叩き付けた。

塗装が剥げて錆びの浮いた鋼板は鈍い音を立ててフレームごとへこみ、車体もそれだけ大きく揺れた。

 

揺れが収まると同時に今度は背中を預けるように寄りかかり、417を抱えて崩れ落ちる様にそのまま腰を落として座り込む。

 

『・・・もう少しで迎えが着ます。指揮官、お疲れ様でした』

 

「・・・ああ。了解」

 

疲労感の籠った返答をもって通信は終了。ヘッドセットを首に提げスマートグラスを外して地面に置いた。

ベストの内側に忍ばせていたタバコを一本取り出し口に咥えた。オイルライターに火を灯すが、タバコには着けない。火を灯しては消し、灯しては消しを繰り返した。

 

「・・・一つ、伺っても?」

 

文字通り、スケアクロウが煙たげな顔でブリッツに問いかけた。

 

「なんだ?」

 

「貴方が鉄血を憎む理由、差し支えなければ教えて頂けませんこと?」

 

その質問に、ブリッツは呆気に取られてしまった。咥えていたタバコを落としてしまいそうな程に。

まさか鉄血のハイエンドモデルからそんな事を聞かれるとは思いもしなかった。

 

「それはなミス鉄血。俺の仲間たちが鉄血に殺されたからだ」

 

別に答える義理も無い。が、どうしてか。無意識に口から出ていた。

 

「仲間を?」

 

「俺にとってその仲間は戦友であり、悪友であり、兄であり父でもあった。家族と言い換えても良い。・・・その家族が、俺を残して全員鉄血に殺された。よくある話だろ」

 

だから鉄血と戦争してるグリフィンに入ったんだ。

そう締めくくった。

 

それは氷のように冷たくもあり。また烈火の如く熱くもあった。相反する感情が同居している。

スケアクロウはその感情の正体を知っている。

 

自分も持っているから。

 

「・・・私もですわ」

 

「ん?」

 

「私も、大切な家族を殺されましたわ。私達にとっての"お父様"を、あの女に・・・!」

 

それは悲痛なまでに苦し気で。今にも何かドス黒い何かが吹き出しそうな所を、何とか抑えた重い声であった。

その感情を、ブリッツも知っている。というよりも、自分が抱えているものと同じものだ。

 

「・・・そうか。なら俺たちは今、共通の敵を得た訳だ」

 

「・・・そのようですわね」

 

この感情の正体。身を焦がしてしまう程の復讐心。

別にブリッツはあの女に対して復讐心など抱いてはいない。が、敵として見るには十分すぎる程の事をしてくれた。

 

「次会った時は、俺が確実に殺しといてやる」

 

「そのままお返ししますわ」

 

軽口を叩き合う。

相手は鉄血だというのに、ブリッツには奇妙な心地よさを感じていた。もう目の前のスケアクロウを敵として見れなくなっていた。

 

東の空が光り輝く。夜が明けた。

同時に、ヘリの駆動音が響いてきた。SH-97C テンペスト。S10基地が保有しているヘリの駆動音だ。

地面に置いたスマートグラスを拾って立ち上がる。自分が想像していた以上に体に疲労が蓄積している。五体が鉛のように重い。

 

『ようブラザー、待たせたな。迎えに来たぜ』

 

「ああ、迎えをありがとうブラザー」

 

首に提げたままのヘッドセットを耳に当てて、ヘリパイのスレイプニルと通信を繋ぐ。

ヘリはブリッツの上空でホバリング。強烈なダウンウォッシュがブリッツらに吹き付ける。

 

『悪いがここは狭すぎる。ワイヤーを下すから、それで上がってくれ』

 

「了解だ。さて、アンタは────」

 

どうするんだ。そうスケアクロウに尋ねようと振り返る。が、そこには誰もいない。つい先ほどまでは確かにいたのに。ヘリの到着と共に早々と離脱したらしい。

スマートグラスとUACSを使えば、居場所はどこかすぐにわかるだろう。が、敢えてそれはしなかった。

 

いるべき場所に戻っていった。それだけの事なのだから。

 

「・・・じゃあな、鉄血のソックリさん」

 

『ん?何か言ったか?』

 

「何でもない。早く回収してくれ」

 

咥えていたタバコと弄っていたライターを懐に仕舞う。下りてきたワイヤーと自身を繋ぎ、クレーンゲームよろしく引き上げられる。

機内に上がってみれば、毛布に身を包んだヘリアントスが座席に座っていた。その対面には相変わらず拘束されたまま気を失っているユリア・リドヴィツカヤの姿も。

ユリアはともかく、ヘリナントスは疲労が顔に色濃く表れている。

 

「ブリッツ」

 

声を掛けられる。馴染みのある声だ。

つい口元を綻ばせ視線を向ければ、そこには頼れる相棒。座席に腰掛けるライトの姿があった。全身に煤や泥が付いている。ブリッツが離れた後も大変だったことだろう。汚れ以外何も外傷が無いのは幸いというべきか、流石というべきか。

 

彼女は何も言わない。ただそっと右の拳をブリッツに突き出す。

その拳にブリッツも拳をぶつけて応える。

 

レイとティナは機内にはいなかった。クルーガーからの依頼とはいえ部外者。おまけに裏社会の住民でもある。このままグリフィンの基地に一緒に同行するのは確かに不味い。彼らもそう判断して乗らなかったのだろう。

 

「ブリッツ指揮官」

 

ヘリアントスからも声を掛けられる。

ライトから視線を移して彼女を見遣る。

 

「無事でよかった・・・本当に」

 

心の底から安堵した様子で、ブリッツを見上げている。

まずは自身の無事に安堵するだろうに。きっと、無事だと確信したからこそ、ブリッツの無事を祈っていたのだろう。

 

ならばダメ押しだ。安心させよう。

 

「言ったでしょう。俺は、悪運が強いんです」

 

膝を着いて視線を合せ、ほのかに笑みを浮かばせてそう言い切った。

そうしたらヘリアントスから「馬鹿者が」と優しく叱責を受けた。それを聞いたライトもクスクスと笑っている。

 

すっくと立ち上がり、開け放たれたままの搭乗口から外を見渡す。

 

「ありがとう」

 

眼下に広がるスラムの街。そのどこかにいるであろう‟反りの合わない友人"に対して、ブリッツは小さく呟いた。

 

「ゲート。これよりHVI2名をR20基地へと連行する」

 

『了解しました。受け入れの準備は出来ています。指揮官、お疲れ様でした』

 

「────いや」

 

ナビゲーターからの労いの言葉を、ブリッツは小さく首を振って否定する。

 

「まだ終わってない」

 

視線の先には、至る所から黒煙の上がる居住区。夜が明けた今でも、銃声と爆発音がヘリの駆動音に混じって聞こえてくる。

まだ終わっていない。フレイム・スコーピオンズはまだ殲滅していない。戦闘は終わっていない。部下たちはまだ戦っている。

 

「戦況はどうなってる」

 

『現在、敵戦力は当初の8割まで減少。R20の人形部隊の損耗も小さくは無いですが、物量で圧し潰せてはいます』

 

「わかった。メリー指揮官に、こちらが敵指揮官であるユリア・リドヴィツカヤを捕らえたことを伝えてくれ。それで敵に投降を勧告しろ。もし敵が受け入れるなら武装解除し捕縛。続行なら排除だ」

 

『メリー・ウォーカー指揮官に通達します。・・・しかし、それで大人しく投降するでしょうか』

 

「無いだろうな。HVIを引き渡し補給を済ませ次第戦線に復帰する。もう少しだけ手を貸してくれ」

 

『もちろんです』

 

通信終了。

 

皮肉なまでに青い空を見上げ、ブリッツは唇を真一文字に結ぶ。胸中に滲む虚しさを隠す様に。

 

────その後、ブリッツとライトは戦闘中の部隊と合流し、同時にメリー・ウォーカーの指示によりグリフィンの人形部隊は掃討戦へと移行。その際投降の勧告は行われたが、フレイム・スコーピオンズ社の戦闘要員(オペレーター)は戦闘を続行。しかし物量差を覆すことは出来ず、2時間後に全員戦死を確認。全てが灰となって消え、武装蜂起は収束を迎えた。

 

 

 




次回、エピローグ


先日オートサロン行ってきました。
色々な情報を仕入れられましたしHPIの6点式シートベルト買っちゃったりしちゃいました。
RZ34の登場に伴って、最近になってZ33のアフターマーケットが活発化しつつあるようで、実際いくつかのブースにもZ33に適合した新製品がありました。ウィンマックスの6ポッドブレーキキット欲しい。


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OPERATION "Two-up" XⅦ

うわぁ、4ヶ月ぶりの投稿だぁ(大遅刻)


 

────R20地区武装蜂起の収束から30時間後。戦場は火薬や硝煙の香りが漂う居住区から政治へと移り変わった。

 

今回の一件は新ソ連政府も動く事態にまで発展。政府の補助機関であるPMC査察部門を主導とした第三者委員会が早急に立ち上げられ、武装蜂起が起きる前から起きた後に至るまでの経緯を含めた事実確認が急がれた。

 

渦中のグリフィン&クルーガーの社長であるベレゾヴィッチ・クルーガーは、表向きは潔く委員会の調査を受け入れた。

武器商人のヘンブリー・ステインによる不穏な動き。それを察知したのはクルーガーが密かに秘密裏に繋がっている裏社会の組織───ではなく、グリフィンの諜報班によって齎されたものという事にした以外は。

実際、諜報班よりその旨が記された報告書も確認されたこともあり、その組織に累が及ぶことは無かった。武装蜂起が発生した時点で、何かしらの監査が入ることを予想したクルーガーの工作は成功した。

 

とはいえ、今回の武装蜂起によってグリフィンが受けた影響は甚大である。

不穏な動きを察知しておきながら、それを未然に防げなかった。そこへ更にヘリアントスの誘拐に加え、あまつさえグリフィンの人間。ハロルド・フォスターが競合他社であるフレイム・スコーピオンズを招き入れ武装蜂起の手助けをする始末。これまでグリフィンが積み上げてきた世間の評価も株価も暴落した。

 

当然ながら、武装蜂起を防ごうと動いていた多目的戦闘群。その現場指揮官であるブリッツにも委員会による事情聴取が行われ、この惨状を引き起こしてしまった責任の一端があると断ぜられた。

 

ブリッツ自身、言い逃れをしようとはしなかった。グリフィンの指揮官としての資格剥奪はおろか、懲戒免職すらも覚悟していた。結果としてその覚悟は杞憂に終わり、ペナルティこそあったものの懲戒免職も指揮官の資格剥奪も無かった。

 

代わりに、ハロルド・フォスターが逮捕された。武装蜂起やヘリアントス誘拐の手助けをしただけでなく、第三者委員会による調査で更なる余罪が浮き彫りにされた。彼の処遇は司法に委ねられる事となり、グリフィンはもちろん、そのスポンサーでもあった彼の父にも、もうどうすることは出来ない。

 

フレイム・スコーピオンズ社にも委員会の手が入る。

大量の戦闘要員(オペレーター)を失っただけでなく、その社長であるアダム・リドヴィツカヤの死亡も判明。残った幹部役員だけではPMCとしての体裁を保つことなど適わず、転げ落ちるように企業は解体される。

 

結果として、同時に起こった二つのPMCによる不祥事の果てに残ったのは、見る影もなくボロボロに朽ち果てた街並み。傷ついた戦災難民たちと夥しい数の死傷者。それらを十数枚のA4用紙に纏められた無機質な報告書だけだった。

 


 

 

事件から3日。

ブリッツは一人、ブリーフケースを持ってグリフィン本部に足を運んでいた。身なりは当然ながら着慣れた戦闘服ではなく制服である赤いコートを羽織っている。

 

本部のエントランスホールは賑やかで、本部所属の職員や他地区から出頭した指揮官たちで溢れていた。R20地区での一件以来、グリフィン内部は混乱の坩堝に陥っている。誰も彼もが、自身の与り知らぬ所から突然降りかかってきた火の粉をどうにかしようと躍起になっている。

 

その群衆の真ん中を、ブリッツは真っ直ぐ突っ切って進む。というより、その群衆がブリッツを避ける様に道を空けている。

ブリッツがR20地区にて戦闘行動を遂行した事はグリフィン全体に周知されている。その上、多目的戦闘群という特殊部隊の存在も、良くも悪くもグリフィン内部では目立っている。

 

その特殊部隊の特別現場指揮官。目立たぬはずもない。しかしながら、ブリッツに向けられている視線は決して好い印象を持っているとは言えなかった。

寧ろ逆。驚きに恐怖。そして妬み嫉み僻み。

右頬に貼られた大きな絆創膏も、戦場で受けた傷であると認識してしまえば尚更に悪目立ちする。

 

ブリッツは入社してから1年で、しがない一地区を担当する指揮官から本部直轄の特殊戦闘部隊の指揮官という地位を確立させた。戦術人形と実際の戦場で共闘することで。その事実が他の指揮官たちの顰蹙を買う事となってしまった。

 

「おい、あれが噂の」

 

「あれが例の"前線帰り"か」

 

離れた所からブリッツに対しての嫉妬と気味の悪さを織り交ぜた影口が聞こえてくる。

 

“前線帰り”。それがグリフィン内で広まっているブリッツの渾名だ。

文字通り、人形がいるべき戦場の最前線から帰ってくる人間兵士に対するものだ。

とはいえ、これにはあまり好意的な意味を込められてはいない。人間よりも遙かに戦闘能力のある人形たちの戦闘の渦中であっても死なず、寧ろ戦果を持ち帰る事に対する忌避感を込めて呼ばれている。

 

安全な後方から指揮を執る()()指揮官からしてみれば、その名の通りに現場で指揮を執るブリッツは得体の知れない存在でしかなかった。

 

しかしそんな他者からの忌避感を浴びせられたからと言って、ブリッツがその足を止める事は無かった。

 

一直線に。真っ直ぐに通路を進み、やがてブリッツは社長室の前に立つ。身形を整え、ドアを三回ノック。

 

『入れ』

 

くぐもった声が部屋の中から聞こえてきた。入ります、と一言添えてドアを開ける。

 

以前出頭した時と同様に、社長室は薄暗く、いくつか連なって設置された大型モニターが煌々と光を放っているのが目立つ。

その光に照らされる形で、クルーガーの姿を視認する。社長室のデスクについて仕事の真っ最中といった具合で、デスク上にはシルエットだけ見ればビルの模型と見紛うほどに紙資料がうず高く積み上げられている。クルーガーのいつもの厳つい顔にも。流石に疲労の色が浮かんでいてより厳しくなっている。

ドアを閉め、踵を付けて背筋を伸ばして敬礼した。

 

「クルーガー社長。この度、多目的戦闘群特別現場指揮官として、本日をもって現場復帰することを報告に参りました」

 

「ご苦労。私もアフィニスから検査結果を受け取っている。お前からの報告書もな」

 

「入院中は時間がありましたから」

 

「・・・それで、本当の用事はなんだ。まさか現場復帰の報告をしにきただけではないだろう」

 

クルーガーがブリッツの左手に持つブリーフケースを見遣りながらに問う。それをブリッツは顔を少し伏せて、視線を社長室全体を見渡す様に動かしている。

 

「安心しろ。()()は済んでいる」

 

「・・・そうですか。では」

 

消毒。つまり盗聴といった外部に情報が流出する可能性は無いという確認。社長室には窓は無い。レーザーを用いた外からの盗聴はありえない。残る可能性は室内に直接仕掛けられているという可能性のみ。だがクルーガーもそれくらい警戒している。消毒という言葉を使ったくらいだ。ブリッツが来る前に確認を済ませてあるのだろう。

ならばと持っていたブリーフケースを開き、中から十数枚はあろうかという紙の束を取り出しクルーガーに差し出した。

それを見てクルーガーは若干苦い顔を浮かべるが、ブリッツとしてもこれは受け取ってもらわねばならない為、敢えて無視を決め込んだ。

 

「先に送った報告書には記載出来ない情報を纏めました。必要ならば、処分します」

 

「つまり、消さねばならないような事が書いてあると?」

 

「その最終判断は社長にお任せします」

 

クルーガーはその報告書を受け取り目を通す。傍から見ればしっかり読み込まず、流す様に次から次へと報告書を読み進めている。そう見えるだけで、実は隅々まで目を通しているのだろう。こういった処理速度は流石の速さだ。

 

簡潔にその報告書の内容を語るとすれば、まずR20地区にきてすぐに向かった教会で得た情報。『上半身が女性で下半身がタコの足という女の存在』について。そして、ヘリアントス救出後に遭遇した『7.62mm弾で銃撃されても死なない女』について。

この二つは今回のフレイム・スコーピオンズ社の武装蜂起とは()()()には関係ないことと、馬鹿正直に話したところで相手にされないか、精神科病院を受診するよう勧められるしかないので、入院中に送った報告書には記載していない。

それに何より、グリフィンとの関与がバレてはいけない裏社会のレイとの関係を悟られないようにするための措置でもあった。

『死なない女』関連で、女が使っていたストックレスのVectorを回収し16Labに解析を依頼。銃本体ではなく装填されているマガジンに例のストレージ機能が備えられていることが判明。それも報告書に記載した。

これについてはレイが女と遭遇する前にストレージ技術を見せてくれていたのと、交戦の最中である程度は予想していたために驚きはなく、むしろ得心がいった。

 

裏社会の人間との協力といい、不死身の女といい、公表されていない革新的技術といい。これらが公式に記録として残ってしまうのは避けたかったため、ブリッツは報告書を二つに分けることにしたのだ。

 

やがて読み終えたクルーガーが報告書をキチンと纏め直してブリッツに差し出した。

それを受け取ってすぐ、ブリッツは懐に忍ばせていたオイルライターに火を灯し、報告書に着火。燃えて灰になっていく紙をブリーフケースに放り込み蓋を閉めた。

 

ひどく疲れた様子でクルーガーは目頭を揉んでいる。デスク上に置かれた紙の束と言い、この三日で起きた対応といい、流石の敏腕社長も疲労を隠せないようだ。

 

とはいえ、あまり後回しにできるような問題でもない。

 

「報告については以上になります。結果だけ見れば、武装蜂起を未然に防げず、大量の犠牲者を出してしまった、我々グリフィンの負けです」

 

「・・・仕方ない、では済まない事態だ。事実ハロルドと関わりのあった幹部役員の何人かが首を切られた。社会的にも、物理的にもな」

 

「それこそ仕方ない事でしょう。起きてしまったことの責任には、必ず痛みが伴うものです」

 

「・・・おかげでカーター将軍・・・私の軍の知り合いからも叱責を受けた。おかげでこうしてお前とここで話が出来るのだがな」

 

ああ、あのハゲワシか。

口を滑らせたクルーガーに対し反応こそ表に見せなかったものの、ポツリとブリッツは内心で忌々し気に吐き捨てた。

 

戦友であるエゴールの直属の上官でもあるので、あまり悪くは言いたくないのだが、カーター准将には何かと黒い噂が幾つかあった。

軍に属し、第74特殊戦術機動実行中隊に籍を置いていた時、部隊の司令官はカーター准将を嫌っていたし、ブリッツも嫌悪感を抱いていた。

 

前にエゴールから特殊作戦軍(KCCO)へ誘われた時も、若干はカーター准将に対する嫌悪感があったから断ったというのも多少ある。

 

ただ今回に関してクルーガーの為に骨を折ってくれたようだ。目を瞑るとする。

 

それよりも、意見具申しなくてはいけない事がある。

 

「今回の一件。ヘンブリー・ステインの武器取引。教会で遭遇した武装した教徒。フレイム・スコーピオンズ社の武装蜂起と上級代行官の拉致。そしてハロルド・フォスターの愚行。自分はこれら全てが繋がっていると思っています」

 

「その根拠は?」

 

「強いて言うならばタイミングです」

 

クルーガーが小さく唸る。無言のままに目力だけで続けるようブリッツに促す。

 

「ヘンブリーの情報を掴んで我々はヤツから情報を聞き出しR20地区に向かい、その日のうちに武装蜂起が起こった。ヘリアントス上級代行官の誘拐というおまけ付きで。あまりにも出来すぎています。何者かが裏でそうなるよう仕組んだとしか思えません」

 

「確かにな。だが何のためだ。武装蜂起を起こすのであれば、お前たちの存在は邪魔だ。いない時を見計らって改めてテロ計画を実行に移せばいい。何故わざわざ誘き寄せるような真似をする」

 

クルーガーの指摘も尤もだ。この事件の黒幕は不可解な行動ばかりを選択している。

もしもクルーガーやブリッツがこの黒幕であった場合、武装蜂起を起こそうとしている地区にわざわざ敵の戦力を招き入れるような真似はしない。

仮にやるとしても、ヘンブリーを陽動にしてR20地区に戦力を派遣させ、全く別の地区で武装蜂起を起こす。それが効果的なテロ計画だ。

 

「・・・ここからは自分個人の根拠のない推測です」

 

だからブリッツは逆に考える。武装蜂起を起こす地区にグリフィンの戦闘部隊を招き入れる理由を。

 

「おそらく狙いは、我々そのものです」

 

「何だと・・・?」

 

「黒幕は知りたかったのではないでしょうか。有事の際にすぐ展開できる我々の戦力が」

 

そもそもおかしいのだ。黒幕はヘンブリー・ステインに過剰なまでの武器兵器を注文している。まるで警戒してくださいと言わんばかりに。

それに対しグリフィン側はこう考える。大規模な暴動やテロが起きるのではないかと。そうなった時対応出来る部隊はどこか。有事の際に即座に現場へ派遣、展開できる部隊。現状、そんな部隊は多目的戦闘群だけだ。

特殊戦闘部隊であるAR小隊やネゲヴ小隊も本部所属故に腰が重い上に多忙だ。本部直轄で社長の一声さえあれば即座に戦闘準備を終えて現場に急行できる多目的戦闘群しか。

 

それはつまり、今回のような武装蜂起やテロが突発的に起こった際にグリフィンが短時間で出せる全戦力が、多目的戦闘群であることを意味している。

 

「フレイム・スコーピオンズ社に武装蜂起させ、我々と衝突させる。・・・言ってしまえば、これは黒幕がテロに見せかけたグリフィンに対する威力偵察です。そしてその黒幕に通じているのがコイツです」

 

懐からPDAを取り出して操作し、ブリッツはクルーガーにディスプレイを見せる。

ディスプレイにはグレーのパンツスーツに身を包んだ金髪の女が立っている画像が表示されている。スマートグラスが捉えた映像を静止画として切り出して出力したものだ。

 

「報告書にあった"不死身の女"か」

 

「7.62mmをバイタルパートに喰らって平然と生きていました。至近距離の4.6mmが皮膚で止まり、45口径で仰け反る程度。断ち斬るつもりで振るったブルートのナイフを首で受け止め逆に砕く。生物の常識を超えています」

 

言いながらにして、ブリッツはあの時の光景がさながらビデオの再生のように脳内で鮮明に蘇っていった。

人体に対して高い効果を発揮する7.62mm弾を食らって「痛い」で済ませられるあの異様さ、不気味さ。

装備が万全だったならここまで後れを取る事は無かったかもしれない。が、それは()()()()な言い訳に過ぎない。戦場で接敵してしまった以上、今ある物でどうにかしなくてはならない。それが兵士の役目だ。

 

ただ今回は予想外も良いところでもあった。何せ傷を負っても致命傷にならないのだから。

鉄血との戦闘の方が気が楽なまである。撃てば殺せるのだから。

 

そんな存在とブリッツが遭遇した事実に、クルーガーの厳しい表情に苦いものが混じる。

 

「・・・一体何者だ」

 

「わかりません。名前すらも。なので便宜上、『ジェーン』とでも呼びましょうか」

 

暫定的な女の呼び名にクルーガーは頬を引きつらせた。銃で撃とうがナイフで刺そうが斬ろうが死なない人間に、『女性の身元不明遺体(ジェーン・ドゥ)』の名前を付けるブリッツのセンスに対して。

 

それに気付かずブリッツは続ける。

 

「ジェーンはヘンブリーに武器を注文するだけでなく、教会を根城としている教徒たちに武器を与え指導しています。フレイム・スコーピオンズ社の武器兵器搬入にも一枚噛んでます」

 

おまけに、あの女は自分の事を知っているようだった。

ヘリアントスを連れて基地へと帰還する中で遭遇し、あのパナメルカーラを吹っ飛ばしてすぐにジェーンはブリッツを攻撃した。

孤立していたとはいえ、グリフィンでは上役のヘリアントスを完全に無視してブリッツに集中攻撃していた。

その場から離脱していく最中でも気に掛ける素振りすらなかった。

 

────つまりジェーンの狙いは最初からブリッツにあった。

その理由は分からない。しかしブリッツを狙っていたのは間違いない。

 

それにジェーンは、()()スケアクロウの事まで知っていた。

 

『・・・・・あらぁ??第三兵器産業廠以来ね。愛しの彼は元気?それで?()()()()()のカカシちゃんが何の用かしら?』

 

『私も、大切な家族を殺されましたわ。私達にとっての"お父様"を、あの女に・・・!』

 

ジェーンとスケアクロウの台詞がブリッツの脳内で再生されリフレインする。

この二人を繋ぐキーワードは一つしかない。意を決して、ブリッツは口を開いた。

 

「・・・クルーガー社長」

 

「何だ」

 

「第三兵器産業廠とは一体何ですか」

 

質問の意図が分からないとばかりにクルーガーは眉を顰める。すぐにブリッツは補足する。

 

「ジェーンが言っていました。協力者の同行者に向かって」

 

協力者の同行者。今回の一件で、あのスケアクロウをR20地区に引き入れたのはクルーガーだ。ならばその内情についてもある程度の情報は握っているハズ。そう考えての問いかけだ

その言葉でどういうことか把握したのか、クルーガーは一つ息を吐いた。

 

「私も詳しくは知らない。ただ、お前の言うその協力者なら何か知っているだろう」

 

「・・・なるほど。なら、直接聞いてきます」

 

はっきりと、明言はしなかった。本当に知らないのか。もしくはクルーガーの口から直接言うのは形式上拙いのか。

いずれにせよ、また顔を合わせる必要がありそうだ。

 

それにだ。その方が、ブリッツとしても都合がいい。

 

「ちょうどあの男に聞きたいこともありましたから」

 

どういうことかとクルーガーが訪ねる前に、ブリッツは再度PDAを操作して彼に画面を見せた。

 

その瞬間、クルーガーは目を見開き驚愕した様子で画面を凝視する。

信じられないと、幽霊か妖怪か何かでも見たかのような反応だ。

 

PDAを懐に仕舞い、ブリッツは改めてクルーガーに向き直る。その双眸は冷たく、任務を遂行する兵士の眼をしていた。

 

「クルーガー社長。自分に彼らが属する組織の連絡先を教えていただきたい」

 

「何?」

 

「真相を知るには直接問いただしに行った方が効率的です。自分が直接確認に向かいます」

 

真っ直ぐにブリッツはクルーガーの眼を見て告げる。

確かにその方が効果的ではあろうが、果たしてそれが双方の関係において正しいのかと言えば、少しばかり怪しいだろう。

相手の組織とも関係が拗れる可能性もある。双方にとって一番いいのは、グリフィンの代表である自分が組織にそれとなく尋ねる事だろうと、クルーガーは考える。

 

だがそれを目の前にいるブリッツが許すのか。絶対に否だ。許すはずがない。

 

「・・・もし教えなければ、どうする」

 

苦渋の決断を迫られる中で、クルーガーはダメ元で質問を投げかける。

するとブリッツは仄かに笑みを浮かべた。

 

「それならそれで構いません。その時は自分で調べて、()()()()()()()をした上で直接出向きますから」

 

口角こそ上がってはいるものの、その双眸は冷たいまま。ブリッツは淀みなくそう即答してみせた。

 

クルーガーに選択の余地は無かった。

 

 

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武装蜂起から数日後。S10地区居住区。

駅や商店が立ち並ぶメインストリートから外れた場所にある一件の飲食店、『カフェ&バー ピット』。

細長い見た目の複合ビルの地下に店を構えるここは、知る人ぞ知る隠れ家的な飲食店だ。

 

木目調を基本としたモダンな内装の店内を奥に進み『STAFF ONLY』と表記されたドアを開けて、さらに奥へと進む。その先、二つあるうちの一つのドアを開き中に入れば、雰囲気はガラリと変わる。

 

光量もそこそこに抑えられたLED照明に照らされて、銃種やメーカーごとに様々な銃火器が整然と陳列されている。

 

カフェ&バー ピット。ここでは裏で武器の売買も承っている。

粗悪な改造銃や各部の精度にバラつきのある扱いづらいB級品などではなく、新品同然の高品質な物ばかりが取り揃えられている。

 

そこへ訪れる一人の影。R20地区にてブリッツと共闘した裏社会の住人であるレイの姿があった。

 

「お待ちしておりました、レイ様」

 

黒を基調としたフォーマルベストに身を包んだ、ソムリエ風の男性がレイを出迎える。彼こそがこの部屋の主である武器商人であり銃器職人である。

 

「此方こそ、急なお願いにも関わらずありがとうございます」

 

丁重な出迎えにレイも礼儀正しく返す。

今日ここに彼が来たのには理由がある。

 

遡る事数時間前。レイが所属する組織(ギルド)、『Blutbemalter Mond(血塗られた月)』にて、ギルドマスターである『ヌル』から仕事を依頼された。

 

内容は、旧ロシア連邦が運営していた秘密研究所の調査。民間の製薬会社の皮を被って極秘裏で行われていた研究は生物兵器転用の可能性。その追及にあった。国際条約など知った事かと言わんばかりの研究を行っていた報いか、現在ではコーラップス汚染によって全域がイエローエリア、所によってレッドエリアに指定されている。

軍規格の防護服でもないとたちまち汚染で死ぬか、生ける屍(E.L.I.D)と化してしまう。

 

当然汚染区域にはそのE.L.I.Dが蔓延っている。レイの持っている装備。P90やFive-seveNでは感染者に遭遇した場合対処が出来ない。

そこでギルドと協力関係にある武器商人である彼から武器を調達することとなったのだ。

 

「お話は伺っております。イエローエリアに向かわれるとか」

 

「ええ。エリッド相手にPDWでは非効率ですので、A級相手ならなんとか出来る武器をと」

 

「かしこまりました」

 

言って、ソムリエは商品を陳列しているガンラックから一丁の銃を持って、中央のテーブルに置いた。

それはレイにとっても見覚えのある銃であった。

 

「Mk.17。SCAR-Hの方が聞き馴染みがあるでしょうか。バレルを変えれば6.8mmクリードモア弾も使える拡張性の高いバトルライフル。ベルギー製の傑作です」

 

一度ソムリエに一瞥してレイは確認を取る。ソムリエは穏やかな営業スマイルを浮かべたまま首肯する。艶の無いタンカラーのそれを手に取る。

 

バトルライフル特有のズシリとした重さが両手に伝わる。普段使っているP90とは違う質感。フレームもリジットで妙なガタつきは無い。

実際に構えてみる。折り畳み式のストックもしっかりしており、射撃姿勢を取ってみても不安感は無い。

商品として整備が行き届いていると理解できる。

 

「・・・まさかこれをオススメされるとは思いませんでした」

 

レイの脳裏に蘇るはR20地区での戦闘。フレイム・スコーピオンズ社の兵士たちが揃ってこの銃を使っていた。

暴風雨の如き7.62mm弾による弾幕を浴びせられた時の記憶はまだ新しい。

 

「そちらのお客様にオススメされたものですから」

 

ソムリエの口から何気なく飛び出てきた言葉に、レイは片眉を少し上げるだけで特に驚いた様子も見せず。一度ため息を溢してから、自身の後ろを指し示しているソムリエに導かれる様に後ろへと振り返る。

 

「やあ、久しぶりだな」

 

陰に潜み、影に紛れるように。その男、ブリッツは佇んでレイを見ていた。

場の雰囲気に合わせてカジュアルなスーツ姿のブリッツの姿は、戦闘服姿しか知らないレイからするとどこか新鮮に映る。

 

「・・・来ると思ってたよ」

 

ジトリとブリッツを見遣り、レイは呆れた物言いと共にため息を溢した。

 

「おっと、サプライズは失敗だったか?」

 

「自分の雇い主(ボス)とウチの受付嬢を脅しといてよく言うよ。この脳筋め」

 

ため息を溢しているレイとは対照的に、ブリッツは悪戯の失敗すら楽しむ子供のようにケラケラと笑っていた。

 

────それはレイがピットに到着する数刻前、ギルドの受付嬢であるアインスから連絡を受けていた。

内容は『クルーガーがギルドの連絡先を吐いた挙げ句、アンタの居場所を教えなければウチに()()()()()をして訪問するって言ってきたから教えた。店で出会すだろうから、挨拶しておいて』というもので、話を聞いたレイは当然目元を引きつらせる事となる。

要約すれば、戦闘準備した状態でギルドに強襲する、という事である。

 

アインスより事前に連絡を受けていたレイからすれば驚きよりも、寧ろドン引きしている有様である。

 

ナビゲーターの能力を身を持ってよく知るレイ。その能力を十全に駆使すれば、どれだけ秘匿していようともギルドの場所は特定できてしまえる上に、そのギルドには鉄血のハイエンドモデルが常駐している。鉄血の掃討を軍より委託されているグリフィンなら。というより、グリフィン内部におけるブリッツの立場を有効に乱用すれば、「鉄血ハイエンドが潜伏している可能性のある拠点を強襲制圧する」という建前が通ってしまう。そうなればやりたい放題だ。

 

もしそうなったらどうなってしまうのか。想像もしたく無い。

 

不意に、ケラケラと笑っていたブリッツが一息つくと、それまで浮かべていた笑みを引っ込めて神妙な面持ちへと移り変わった。

 

「少し、話さないか。コーヒーでも飲みながら」

 

ブリッツが壁越しにカフェエリアを親指で指さしながら告げる。

 

「・・・分かった。付き合おう」

 

「決まりだな」

 

「また後でお邪魔します。他にも色々と揃えたいモノがありますので。一応、必要なモノのリストをお渡ししておきます」

 

「かしこまりました。お話が終わる迄にはご用意させて頂きます」

 

商談は一時中断。二人はカフェの方へと向かう。

 

カウンター席に着くなり、看板娘であるフィーがコーヒーを二人分差し出した。ここに来るまでの時間を予測して淹れたのだろう。完璧なタイミングだった。

 

まずは一口。本物のコーヒー豆を使った芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、ほのかな苦みと共に口内に広がる。

乾き気味の唇を潤すには十分だ。

 

「・・・お宅も俺も時間は貴重な身だ。前置きは抜きにしよう。何を話したい?」

 

「そうだな」

 

徐に、ブリッツは懐から小さな長方形上の物を取り出し、レイのすぐ近くに置いた。

フラッシュメモリーだった。

 

「こいつは?」

 

「教会で磔にされていた人形。それから回収したホログラフィックメモリーのデータをサルベージしたものを、それに移し替えた。言っただろ、解析次第情報を共有すると」

 

ブリッツに言われてレイも思い出したようだ。

 

「ああ、あれか。よくサルベージできたな」

 

「ホログラフィックメモリーは衝撃に強いし、見た目以上に頑丈だ。破損も無かったし、閲覧するだけなら大した労力も無かった」

 

「なるほど。後で確認しとく。・・・どうせ、悪趣味なスプラッター劇だろうがな」

 

「・・・見るときは覚悟しておけ」

 

警告するように、ブリッツは小さくもハッキリ聞こえる様に告げた。

これは大げさではない。短い時間ながらブリッツと行動を共にしたレイはそれを察した。

 

「────フッ、人形が潰されただけならまだマシなもんさ。だが、忠告には感謝するよ」

 

フラッシュメモリーを受け取ってレイはポケットにしまう。

それを見届けて、ブリッツはPDAを取り出した。

 

「まずは、そうだな。俺たちがHVIを救出した後に遭遇したあの女についてだ」

 

ブリッツがPDAを操作して、ディスプレイに一枚の画像を表示させてテーブルに置きレイに見せる。

クルーガーにも見せた、グレーのパンツスーツ姿の女が映っている。

 

「思った通り、この女が裏で動いていた。教会で捕らえた教徒に確認した。この女が教徒たちを扇動し、武器を提供し扱いを教え、フレイム・スコーピオンズの侵入を手助けし、スラムの住人にナノマシンを投与したと見て間違いない」

 

「・・・だろうな」

 

「ついでに、アンタがこの女をタコ女と呼んでいる理由もわかった」

 

まさか文字通りだとは思わなかった。そう小さくブリッツは呟いた。

思い浮かぶのは、磔にされていた人形から回収したホログラフィックメモリー。そこに記録されているある映像であった。

その映像とは磔にされた人形が最後にどのように破壊されたのかを記録したもので、およそ常識的な光景では無かった。

 

思い出すだけで背筋が冷たくなる。そんな存在と自分は交戦したという事実にも。

 

気を取り直し、ブリッツはPDAをスワイプ。次の画像を表示させる。次に出てきたのは機関部が破壊されたストックレスVectorであった。

 

「あの女が使っていた銃を回収し解析した。銃自体は何の変哲もないただのVectorだが、マガジンは違う。アンタが見せてくれたストレージ技術を使ってほぼ無尽蔵に弾丸が撃てるようになっていた」

 

「弾さえあれば理論上は無限に撃てるってか。・・・チッ、あの女、やはりデータを抜き取ってやがったか」

 

忌々し気にレイが毒づく。あの女が所有しているストレージ技術について心当たりがあるようだった。

 

「その事なんだが、幾つかアンタに聞きたい事がある」

 

「・・・聞きたい事、ね」

 

「第三兵器産業廠とはなんだ」

 

スラム街で交戦したあの女が、レイの同行者であるスケアクロウに向かって言っていた名称だ。

名前から察するに、かつての鉄血工造が保有していた生産工場であることは予想がつくが、それ以上の事は分からない。

 

だが、あのスケアクロウと行動を共にしているレイならば、必ず情報を握っている。何としてでも情報を吐かせなくてはならない。こうしてわざわざ社長とギルドの受付嬢を脅すような真似をしてまでレイに会いに来た理由の一つだ。

 

それが圧力となってレイにのしかかる。一般人ならば、今のブリッツと対面すれば身が竦んだことだろう。しかしレイとて裏社会に生きて修羅場を潜り抜けてきた猛者。この程度は慣れたものだ。

冷静を保ったまま、レイは静かに告げる。

 

「鉄血工造第三兵器産業廠。現役時にはハイエンドの生産も行っていた、鉄血が保有する工場の中でも大きな施設だ。俺とスケアクロウの始まりの場所であり、あの事件の直後、俺たちがタコ女と初めて出会した場所でもある」

 

「・・・ゲート」

 

一言PDAに告げれば、その先にいるナビゲーターが即座にレスポンス。ディスプレイにはそれらに関する情報の羅列が表示される。

所在地や敷地面積。所属していた社員の人数に名簿。それらが整然とファイリングされていた。

その中にある、第三兵器産業廠を束ねていた工場長、ルード・ジーバンについてのプロフィール欄に行き当たった。

 

ルード・ジーバン。57歳。アメリカ出身。

現場からの叩き上げで平社員から工場長へと上り詰めた優秀なエンジニアだ。

 

ちなみに、ジャパニーズサブカルを愛しているという一面も持っていたようだ。

 

(・・・まさか、ハイエンドモデルのデザインって彼の趣味趣向から来ているのか・・・?いや、まさかな)

 

脳裏を過った予想を振り払い、ブリッツはレイへと問いかける。

 

「胡蝶事件の直後と言ったな。暴走してる鉄屑の巣窟に態々乗り込んだのか?」

 

「ああ。そうしないと、ウチにいる鉄血達を直す術が失われるんでな。防衛体制が整う前にデータを貰う必要があった。その結果、工場長のデスクに何かやってたタコ女と鉢合わせた挙げ句、タコ足に蹴り飛ばされて死にかけたけどな」

 

淡々と語るレイの姿を見遣りながら、随分と無茶をしたものだとブリッツは思った。

鉄血の工場に潜入するだけでもかなりリスキーだというのに、その上あの女まで出てきたとあっては、並の人間であれば何度死ぬか分からない。尤も、並の人間はそもそも鉄血の工場に潜入するなんて選択はしないのだろうが。

 

「・・・よく生きていたな」

 

ホログラフィックメモリーに残されていた映像と、実際に相対したあの女の姿を思い出し、ブリッツは頬が引き攣ったのを感じた。

 

「医者曰く内臓をシェイクしたような状態だったらしいね。もしまた出会したら気を付けろ。アイツのタコ足、本気出したら人の眼で追えない速さで伸びてくるぞ」

 

初速は比較的に遅いとはいえ、拳銃弾を()()()()()避けて見せるレイがそこまで言うのだ。本当に視認できないのだろう。仮に出来たとしても、身体の反応速度が間に合わないのか。

 

「聞けば聞くほどフザけた化け物だな。あの女・・・便宜上ジェーンと呼んでいるが、ソイツの機嫌次第では俺は殺されていたかもしれないな」

 

「ああ、だろうな。なんせ平気で人を()()()()()()()()()様なヤツだ。殺し方の差異はあれど、大凡ロクな死に方じゃなかったと思うぜ」

 

言われて、ブリッツはタコの捕食方法を思い出し、少しだけ気分が悪くなった。今飲んでいるコーヒーも、タコが吐き出した墨のように見えてきた。

これまでの経験上、人間の様々な死に方を見てきた。

大口径弾を食らって木端微塵になった人間。爆発によって腹部が破れて臓器が外に露出してもなお暫く生きて、最終的に苦悶の表情で事切れた死体。死亡から長時間放置された結果液体状になった人間も。

 

しかし、人間が喰われる光景は見たことがない。あっても人伝に聞いた程度だ。

 

それを、まるで実際に見たかのような口ぶりでレイは語った。それだけでなく、ジェーンは時折口走っていた。

 

『ちょぉっとくらい、食べてもいいわよね??』

『アナタの腕一本くらい貰わない(食べない)と収まらないわ』

 

あれはそのままの意味だった。ジェーンは自分を喰うつもりだった。

 

「気付かない間に、とんだ綱渡りをさせられたな」

 

自分に降りかかった不幸とそれに負けない程の悪運の強さ。こうして五体満足で生きていることを喜ぶべきか、そんな窮地に追いやられていた事に嘆くべきか。

疲労感の詰まったため息を溢すくらいしか、今のブリッツにはやりようがなかった。

 

「お宅が今見てる工場長、彼がヤツに喰われた被害者だ。鉄血の暴走に気付いた瞬間、僅かな生き残りと()()()()()()()()()をウチのギルドに送り込み、その後工場全てを自爆させて周囲への被害を軽減させようとした人格者。

・・・スケアクロウや生き残ったハイエンドらにとっては"父"とも呼べる存在だ」

 

PDAに表示されているルード・ジーバンのプロフィールと顔写真を見ながら、レイは思い出を語るような口調で告げた。

この口ぶりから察するに、胡蝶事件以前からレイとルード・ジーバンとは交流があったようだ。

そうでなければ、今まで通りに淡々と語るであろうし、そもそも人格者とまで評することは無いだろう。

 

「────あの野郎、工場長のデスク据付の会議用カメラを使って、態々自爆を止めるとこから喰い殺すまでを動画に収めてやがったのさ」

 

吐き捨てたレイの台詞に、ブリッツは息を呑んだ。

やっている事は猟奇殺人のそれだ。感情的な方の自身の中で恐ろしさと、それと同等以上の怒りが沸々と湧いてくる。

 

同時に、冷静な方の自分の中で納得も出来た。

思い出すはジェーンとの戦闘後。スケアクロウが見せた憤怒。

 

『私も、大切な家族を殺されましたわ。私達にとっての"お父様"を、あの女に・・・!』

 

このお父様とはつまり、ルード・ジーバンの事を示していたのだ。

そして、その死に様、殺され様を見せつけられたとするならば、あの怒りようも理解が出来る。

 

「その様子だと、タコ女に対するスケアクロウの憎しみを見たんだろ?」

 

「ああ。俺も、似たような感情を抱えている。気持ちは分かる」

 

「そうかい。よく分かってるだろうお宅にも一応忠告しとくが、頭まで熱くしたら死ぬからな?」

 

「見縊るな。感情に振り回された先にある結末なんて見飽きている」

 

「フッ・・・結構。それで、聞きたい事の2つ目を聞こうか?」

 

もうこれについては踏み込める話題は無い。話題の切り替えはブリッツとして都合がいい。

 

「ストレージ技術についてだ。アレは悪用されれば重大なテロを簡単に実行出来てしまう危険な代物だ。事実、ユリア・リドヴィツカヤ率いるスコーピオンズも、ジェーンの手引きでストレージを知り、パワードスーツをR20地区に搬入していた」

 

ストレージがどれほどの物量を保存できるのかは分からないが、目の前で爆薬を顕現して見せたレイや、ありとあらゆる銃火器を次々に顕現させたジェーンを見るに、最悪軍隊規模の武力を個人で保有できてしまう。それも、誰にも悟られずに。

 

「あの技術には重大な危険性が含まれている。少なくともかつて鉄血が企図していたような、纏まった金を出せば誰でも手に入る様な構造は絶対に作ってはならない。教えてくれ。あの技術を知っている、或いは運用可能な存在は何人いる?」

 

もし仮にストレージ技術が流出し民間が実用化しようものなら、世界各地に点在するPMCはもちろん、犯罪組織やテロリストはこぞってこの技術を欲しがるだろう。それだけは避けねばならない。そうしなければ、ありとあらゆる戦闘行動が一変する。

そういう恐ろしさを秘めている。

 

実際に使用しているレイも、その可能性に気付いている。

ブリッツの考えを察したレイは、自らも端末を取り出してある図を見せた。

 

「まず、アレを機能として持ってるのはウチにいるハイエンドのうち、カタログに載る以前の試作初号型(プロトタイプ)の3機。この前俺が持っていってたのはその内の一人のモノを借りてた形だな」

 

画面に表示されているのは、カタログに載っていない3人の戦術人形。アーキテクト、ゲーガー、そしてウロボロスの画像であった。

この3体をブリッツは実際に見た事が無いが、あらゆる作戦報告書が保存されているグリフィンのアーカイブにてその存在は認識している。

 

カタログに載る以前の試作初号型(プロトタイプ)という事は、ギルドにいるハイエンドモデルと報告書に載っているハイエンドモデルとは別個体という事だろう。

 

レイはウロボロスを指で丸く囲う様に動かすと、頭部に着いているアクセサリーを指し示した。

R20地区にて敵の拠点に潜入する前に、ブリッツはレイからそのアクセサリーを見せてもらっている。頷く事で先を促す。

 

「ついでギルドにいる俺含めたメンバーとギルドマスター、それと鉄血から逃げ延びた元技術者4人、そして彼女達が出向いた先の16Labとやらにいる一部の研究員と、その辺りじゃないか?あぁ、その繋がりで45とナインの脚に着いてる外骨格にも機能内蔵したっつってたから、404も知ってる」

 

『404のお二方については私も確認しています。基地への潜入で有効活用していました』

 

PDAのスピーカーを使ってナビゲーターが付け加える。

そういった報告は受けて無いが、受けた所で404小隊が関わっている以上まともに報告書には記載出来ないだろうから今は置いておく。

 

「そもそも工場で獲得したデータは404を通してI.O.P.に渡してるから、この時点で情報に接触出来る人物は限られる筈だ。それがどこまでの範囲になるかは俺にも分からないが、確実に言えるのは少なくともペルシカリアとかいう研究員は把握してる」

 

「Dr.ペルシカリアが? ・・・なるほど。確かに、彼女ならベースさえあれば如何様にも出来てしまえるか。それに鉄血から出向した技術者もいる」

 

「そういう事。にしてもお宅、相当その研究員を信頼してるんだな?」

 

「ああ。俺が使っている戦闘服やスマートグラスは、どれも彼女が手掛けた物だ」

 

「へぇ? 羨ましい事で」

 

ジャケットの中からスマートグラスを取り出して見せれば、本当に羨望の眼差しを向けられた。レイもスマートグラスやバイザーを持っているが、性能面ではブリッツの物より幾らか見劣りしてしまうのだろう。

スマートグラスもそうだが、軽量でありながら防弾性能の高い戦闘服は戦場に於いてかなり有用だ。信頼性のある装備品を提供してくれる人物を信頼しないのは失礼極まりない。

 

ちなみにペルシカリア、もとい16Labからは後日、現状よりも更に性能を向上させたスマートグラスと、それとリンクさせて使う高機能なタクティカルヘッドセットが届けられる予定らしいが、今は関係無いので横に置いておく。

 

胡蝶事件で鉄血の従業員は全員死亡したと言われていたが、生き残りがいたのは予想外だった。しかも16Labに出向していると。ペルシカリアに聞けばそのあたりを詳しく聞けるかもしれない。後で連絡を取って確認すると決める。

 

現状の話をまとめた限りでは、ストレージ技術自体は16Labでも実用化されているようだ。鉄血にとっては既存の技術であり、その技術者もいれば解析し開発することは出来る。

外部への技術流出は今のところ無さそうではある。ただ、ギルドにも16Labにも属していない第三者であるジェーンがストレージ技術を有しているのは非常に不味い。その気になればいつでも技術を世界中にばら撒く事が出来るのだから。

技術的な理論そのものではなく、ストレージという存在そのものが公にされるのも不味い。軍にいた頃ならこういう時、情報操作や統制でストレージ技術を隠す事も出来たが、今ではそれも難しい。

 

つまり現状、ストレージ技術に関してブリッツ個人に出来る事は無い。

 

「わかった。・・・なら最後の質問だ」

 

PDAを操作してルード・ジーバンのプロフィール画面を閉じる。そして再び開くは画像ファイル。

あの時、地区上空を飛行していたUACSの高解像カメラが捉えた航空写真。それを拡大した物だ。

 

これこそが今日この時、クルーガーやギルドを脅すような真似をしてでもレイに一番確認したかったことだ。

 

「アンタ、兄弟はいるか」

 

瞬間。レイは息を呑み目を見開き表示された画像を見た。その表情からありありと驚愕が見て取れた。

 

画像に映るは一人の男。画角の都合で身長を含めた体格は分からない。金髪に黒い服装に身を包み、右手を突き上げ見上げているその男の顔は、今ブリッツの横にいるレイによく似ていた。

 

レイの呼吸がにわかに荒くなっている。心当たりがある、なんてかわいい物では無さそうだ。

確実に何かを知っている。レイの一挙一動を見逃す事なく観察する。

 

が、ブリッツの予想に反してレイの呼吸はすぐに落ち着きを取り戻し、椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。

 

「・・・兄弟、ね。あぁ、ヤツは俺の事を確かにそう呼んでいた。事実、これだけ顔がそっくりなんだから、まあ間違い無く血縁やら色々と関係はあるんだろう、と思う」

 

「・・・何?」

 

要領を得ない不明瞭で歯切れの悪い回答に、ブリッツの眉間にシワが寄る。

レイはそのまま告げる。

 

「分からねえのさ。自分が何者で、どんな経緯で生まれたのか。ヤツと出会した時、俺だって驚いた。・・・俺は赤ん坊の時点で親に捨てられ、たまたま仕事帰りに通り掛かった育ての父に拾われて、そこで徹底的に仕込まれた後に今日まで仕事人(フィクサー)として生きてきた」

 

「なら、コイツは?」

 

「ああそうさ。訳が分かんねえだろう。けど、俺自身も頭ん中がぐちゃぐちゃなんだよ。ヤツと出会して、ヤツに殺されかけて、スケアクロウ達になんとか助けて貰って生き延びてみりゃ、今度は気失ってる間に見た夢でガキの頃の自分が何処かの研究室にいる様を見て・・・。俺の記憶は何が正しい?何が真実の記憶で、何が偽りの記憶なんだ?夢で見たのはなんだ?ドッペルゲンガーは何なんだ?俺は・・・何なんだ?」

 

言って、レイは頭を抱えてカウンターに突っ伏してしまった。彼の言っている内容を今一つ掴みきれずにいた。

わかるのは彼の出生が不明瞭で、記憶の真偽が定かでなくて、画像の男の事をレイはドッペルゲンガーと呼んでいる。それくらいだ。

 

それらを総合して、ブリッツは口を開いた。

 

「ああ、なるほど。アンタ、意外とバホだったんだな」

 

「────ああん?」

 

きょとんとした風に顔を上げたレイはブリッツを見る。

 

「大事なのはどう生まれたかじゃない。どう生きてきたかだ。俺もそうだ。自分がどう生まれたかなんて知らない。だが、どう生きてきたか。どう生き抜いてきたかは覚えている。それで十分だ。アンタだってそうだろ」

 

「どう生きてきたか、か」

 

レイが天井を、というよりその向こうにある空を見上げて項垂れる様に脱力する。

洒落たカフェという場には些か適さない恰好だが、ブリッツもフィーもそれを咎める事はしなかった。

 

数分ほどの沈黙。その後、レイの身体が起き上がりコーヒーを一気に呷る。

 

そうした後のレイの表情は、先よりもどこかすっきりしたように見えた。

 

「あーやめやめ。答えが出ねえ事悩んでも仕方無いっての。見苦しい所見せて悪かった」

 

「気にするな。ともかく、アンタにはこの男と味方として関わった事は無いんだな?」

 

「ああ」

 

嘘を言っている様子は無い。というより、これは尋問というより確認に近い。

レイの行動は全てナビゲーターが把握している。交戦したポイントに、そこまでの移動速度や選択したルート。

通信ログに至るまで全てだ。

 

その行動の中で、レイがこのドッペルゲンガーにとって都合のいい行動をとったという証拠は何もない。むしろ、都合の悪い行動しかとっていない。

 

少なくとも、今回の一件についてはレイとこのドッペルゲンガーは無関係と言っていい。

 

「分かった。なら、次はコレだ」

 

画像ファイルを閉じ、新しくアプリケーションを立ち上げる。

ブリッツが作戦行動時にも使っている戦術データリンク。それと同期している簡易的な行動統制用指揮システムだ。

 

ゲート、とブリッツが小さく呟けば、指揮システム内のアイコンが勝手に動き始め、やがてR20地区全体を撮影した航空写真。そこからある一部分の身がズームアップされ、先のドッペルゲンガーが立っている商業ビルの屋上を表示する。

指揮システム内には過去の作戦記録も保存されている。これもそのうちの一つで、形成された戦術マップの上に重ねている。

 

「ここがドッペルゲンガーの立っていた場所だ」

 

「ああ。それで? 何が気になってる?」

 

「・・・戦闘終了後、作戦記録を取るためにゲートにUACSがキャッチした電波のログを参照させていた所、グリフィンやスコーピオンズ、アンタ達のどれとも異なる周波数帯が地区の全域に展開されていた。観測データを元に改めて現地を調査。市街地には民間回線用とはまた異なる小型のアンテナを発見した。スラム街に至っては、態々瓦礫に偽装して設置している」

 

ブリッツの進行と同時にナビゲーターがPDAを遠隔操作。戦術マップ上にアンテナの設置位置が赤いピンとして表示される。

一見すれば、等間隔というだけで規則性も無く設置されているようにも見える。

 

「・・・つまり?」

 

「アンテナの位置とキャッチした電波を重ねると────」

 

ドッペルゲンガーがいるビルを中心にピンを線で繋いでいく。

すると、地区全体を覆うように網目状の模様が形成されていく。やがてそれは、巨大なクモの巣となって現れた。

 

「────こうなる、というわけだ。市街地は元々あるアンテナを含んでいる都合上、多少歪になっているが。それでも全体的にはかなり整っている。まさか偶然こんな形になるわけもない」

 

「・・・ああ、そうだな」

 

レイも同意といった様子で、戦術マップに投影された模様をまじまじと見ている。

地区全体を覆えるほどに巨大な電磁的なクモの巣。それも大量のアンテナを使って形成された電磁網。

 

考えられる可能性は一つだ。

 

「ナメられたものだ。この男は俺たちの無線を傍受し、高みの見物を決めていた。コイツが黒幕だ」

 

「俺もそう思う。それに、何もなくても自分で電気を生み出せるヤツなら、大した機材が無くても自分で電波をキャッチする位は出来そうだ」

 

「・・・なんだって?」

 

聞き捨てならない言葉を聞いてしまった気がする。

 

「ちょっと待て。今何て言った?自分で電気を生み出せる?」

 

「ああ。紫に光る電流を右手から」

 

「・・・何でそれを知っている」

 

「根拠は2つ。先ずは初対面の時だが、ヤツは俺と似たような背丈で、出会した時の格好もただのロングコートにジャケットを着ただけ。何処かしかにバッテリーを仕込むスペースなんか全く無かったし、そもそもはっきり視認出来るほどの電流を服の内に収まるサイズのバッテリーで出せるとも思えない。これが1つ目だ。

2つ目。ヤツはロングバレルのデザートイーグルを使って、俺が撃った5.7mm弾にビリヤード出来る程には規格外の身体能力を持ってる」

 

事細かなレイの説明に、ブリッツはこめかみ辺りがズキリと痛んだ気がした。

ビリヤードとはなんだ。銃口初速が秒速700メートルを誇る5.7mmの弾丸を50口径で狙って弾くなんて芸当、それこそコミックスやアニメーションの世界でしか有り得ないことだ。

 

「よくよく考えると、自分で電気を生み出せるならそれも理屈は通る。神経を通るのは電気信号だから、自らの電気エネルギーを上手く使えば身体能力を強化したりも出来るんじゃないかって」

 

「・・・クモかと思えば電気ウナギだったか。お次はなんだ?ホタルか?」

 

うんざりだと言わんばかりにブリッツはボヤく。

下半身がタコになる女が出てきたかと思えば、電気ウナギよろしく自家発電が出来る男まで現れた。次に何が出てきても驚かない。

 

────となると自然、レイにも何かそういう秘密があるのではないかと考えてしまう。

 

レイの話を信じるならば、その電気人間はレイの事を「兄弟」と呼んでいる。であれば、レイも似たようなことができるのではないか。

違ったとしても、およそ人間離れした能力を有している可能性が否定できない。

そもそもとして、レイは電気人間の身体能力を高く評価しているが、彼自身の身体能力だって常人からはかけ離れている。それはあのR20地区にて度々目撃している。

 

あれも、人ならざる能力。異能力からくるものだとしたら?

 

(────いや、やめよう)

 

ブリッツは考察をやめた。本当にあるかどうかも分からないレイの秘密を考えた所で仕方ない。これ以上は無粋だ。

この男は裏社会に生きる仕事人。現状、グリフィンとは協力関係にある組織の人間。今は、それで十分だ。

 

すっかり冷めてしまった残り僅かとなったコーヒーを飲み干し、ブリッツは席を立った。

 

「聞きたいことは全部聞いた。ありがとう」

 

言って、ブリッツはジャケットからコーヒー2杯と少し分の紙幣をカウンターに置く。

 

「帰るのか?」

 

「ああ。これから任務のブリーフィングがある。鉄血に対する大規模な反攻作戦だ」

 

R20地区での騒動をキッカケにグリフィンに対する世間の目は厳しくなった。その為、かねてより計画していた大規模反攻作戦が前倒しで決行する事となった。複数の前線基地と連携して遂行される共同作戦(ジョイントオペレーション)だ。

一度落ちたイメージの早急な回復を狙っているのだろうが、こういう時こそ時間を掛けて、慎重に計画を練って準備をするべきだというのに。

上層部もこの状況に焦りを見せているようだ。性急に事を進めている。

 

「忙しいな」

 

「お互いにな。あのスケアクロウの()()()()()()によろしく伝えてくれ」

 

踵を返し出入口へと足を進める。ドアを開けて、視線は向けずに意識だけをレイに向ける。

 

「アンタとは、またどこかで会う気がする。そこが戦場でないことを祈るよ」

 

そっと扉を閉め、地下から陽の当たる地上へと繋がる階段を上がる。この辺りは日当たりが悪いため日陰ばかりだが、それでも屋内よりも光量が多くて目が少しだけ眩んだ。

 

「おつかれ」

 

階段を上がり切って眩んだ視界が回復したその先に黒のピックアップトラック、トヨタ ハイラックスのボディに背を預けて立つライトの姿があった。

荷台部分にはグレーのカバーが掛けられているが、それを捲ればその下には軽量化中機関銃(LWMMG)が何時でも使用出来る状態で格納されている。

 

入り組んだ路地の中で、ハイラックスのような大柄な車を走らせるのはかなり苦労するのだが、何度も通った経験と土地鑑のあるライトならば、ピックアップトラックでここまで乗り込むことにさほどの苦労も無い。

 

「すまない、待たせた」

 

「大丈夫だよ」

 

気にしないでと。そう暗に告げるようにライトは軽く手を振って応える。それを見て、ブリッツは軽くライトの頭をポンッと撫で、ハイラックスの助手席へと乗り込んだ。

 

「これで終わり?」

 

運転席に乗り込んだライトがそう尋ねる。

尋ねられたブリッツはドアに肘を置いて頬杖をついてから、そっと口を開く。

 

「ああ、終わった」

 

その回答に満足したのかライトは「そっか」とだけ返して、ハイラックスのエンジンを始動させる。

V型6気筒4リッターのエンジンが野太い音をがなり立て、ハイラックスはゆっくりと発進した。行く先は当然、我が家でもあるS10基地だ。

 

「早く帰ろう。皆待ってる」

 

「ああ、そうだな」

 

─────帰路につく。それぞれが新たな岐路へと進むために。

 

彼らには彼らの仕事(任務)がある。彼らには彼らの為すべき事がある。

もしも次にまた出会う時は、より良い再会であることを心の片隅に思い(願い)ながら、彼らはそれぞれの場所へと向かっていく。





別視点はこちら。
https://syosetu.org/novel/194706/115.html


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OPERATION "Two-up" -Off the record-

”彼女“の結末

※先方のオリキャラが出てきます。ご注意ください


 

S10地区司令基地地下の営倉。

そこには一人の人間が、部屋の隅で小さく縮こまる様にして座り込んでいる。

上下とも薄いグレーで、生地の薄い半袖のTシャツと脛あたりに裾のあるズボンという出で立ち。

頭やら腕やら足やらには包帯が巻かれ、見るからに痛々しい姿となっている。

 

四方は一面を除いて分厚いコンクリートが剝き出しで、冷たく無機質な雰囲気を醸し出している。一面のみガラス張りで外から室内を見られるように設計されている。

何も知らない人間が見たら監禁しているようにも思える光景だろう。

 

それが彼女、ユリア・リドヴィツカヤを取り巻く周囲の環境だ。

R20地区でユリアを捕らえた後、出来る限りの応急処置を施されたが、その顔は憔悴し、目には生気がなく淀み、ぐったりと俯いたまま動こうとしない。

 

そんな時だった。営倉の厳重なドアが開く。

ユリアは少しだけ顔を上げてその淀んだ瞳をドアを潜った人間へと向けた。

 

その男、ブリッツは、ゆっくりとユリアに歩み寄って、少しだけ間を空けて床に座った。

 

「一〇〇式から聞いたぞ。ちゃんと食事をとってくれないとな。あまりウチの大和撫子を困らせないでやってくれ」

 

開口一番。挨拶もなしにブリッツは切り込んだ。そのまま言葉を紡ぐ。

 

「・・・テロの首謀者であるフレイム・スコーピオンズ社CEOのアダム・リドヴィツカヤは死亡。実行犯であるユリア・リドヴィツカヤと他構成員もグリフィンの戦闘部隊と交戦した際に全員死亡。ハロルド・フォスターはテロ共謀の罪で更迭。政府の指示で、フレイム・スコーピオンズ社の解体が決定。これが世間に公表された表向きの話だ」

 

グリフィンは一部だけ嘘の情報を流した。

テロ実行の主犯であるユリアの存在を書類上でのみ死亡という扱いとしたのだ。

ブリッツとしては、彼女を匿うような真似はしたくなかった。そうするメリットがあまりにも無かったからだ。

 

テロの実行犯であるユリアの身柄は然るべき機関に引き渡すのが、真相究明という点で見て法執行機関に引き渡した方が良い。一企業に過ぎないグリフィンが匿ったところでどうにもならない上に、下手をすればグリフィンにも累が及ぶ。

 

しかし彼女はこうしてグリフィンの基地で生存している。

 

────その理由はR20地区から敵勢力の完全排除を確認した2時間後の所まで遡る。

戦場だった居住区よりR20基地へ帰投したブリッツは、装備もそのままに基地施設内の通路を進む。

通路は薄暗い。メインの照明は沈黙し代わりに小さな誘導灯が点々と道標となっている。

それを頼りに辿り着いたのはVIPルーム。

シンプル故に落ち着きのある木製のドアだが、ところどころに誂えられた意匠が高級感を漂わせている。

 

ノータイムでハンドルを回してドアを開け中に入る。

 

その一室はドアから想像させる内装と大よそ一致していた。絵画を始めとした数々の美術品が壁に飾られ、部屋の中央にはガラスのテーブル。それを囲うように黒い革張りのソファー。

そのソファーの上に横たわっている女性。フレイム・スコーピオンズの部隊を指揮していた隊長であるユリア・リドヴィツカヤが若干苦悶の表情を浮かべたまま寝入っている。

処置が終わったのだろう。袖を通していた戦闘服は取り払われてタンクトップ姿にされ、その上に毛布を被せて安静にさせているようだ。

その傍らには血が滲んだ白衣に袖を通している女性が一人。格好から察するに医師であろう事は想像がついた。のだが、何処かで見たような記憶がある。完全に初対面のハズなのだが。

 

「来たな。指揮官」

 

思い出せそうで思い出せないモヤモヤとした気持ち悪さに苛まれている所に、横から声を掛けられる。視線を移せば、ユリアが横たわっているソファよりも小さいチェアに腰を下ろしているヘリアントスの姿が視界に入る。

彼女も処置を終えたのだろう。顔や腕には血の滲んだガーゼや包帯が見受けられ、羽織る様に肩に毛布を掛けている。

 

ヘリアントスの姿を認めてからすぐにブリッツは踵を揃え敬礼。

 

「状況はどのように」

 

「結構危なかったけど、何とかなったよ。少なくとも、灰になっちゃうことは無い」

 

ブリッツの質問に女医が答えた。

 

「失礼ですが、貴女は」

 

「グリフィン病院に勤めてるお医者さんだよ。お宅の社長に頼まれてやってきた。アフィニスって呼んで」

 

「そうでしたか。初めましてDr.アフィニス。ブリッツです」

 

「ブリッツ・・・?」

 

アフィニスがぐっと身を寄せてブリッツの顔をじっと覗き込む。身長差もあって下から覗き込む形になり、思わずブリッツはたじろぐ。

 

「へえ、キミが。ペルから話を聞いたことがあるよ」

 

「え?ペル?」

 

ペル、という名前が彼女から出てきた時、ブリッツの脳内にあの見るからに不健康な16Labの猫耳付き主席研究員(ペルシカリア)のにやけ顔が浮かんだ。

 

その瞬間、ブリッツに電流が走った。

ペルシカリアから目の下にこさえた隈と猫耳を外し、ボサボサの髪を綺麗に整えたら、そのままアフィニスの姿になったのだ。

思わずヘリアントスに振り返る。意図を察して、彼女は静かに首肯した。

 

「・・・姉妹だったのか」

 

「そう。双子でね。私が姉だ」

 

思わず天を仰いだ。

幾らか関りがあるだけに、あの性格は絶対一人っ子だと思っていた分衝撃が大きい。

あまりにも正反対だ。尤も、曲がりなりにも医師がボサボサの髪に隈をこさえ、ヨレとシワだらけの白衣に身を包んでいたらそれはそれで問題なのだから、アフィニスはキチンと気を遣っているのだろう。

 

「・・・妹さんにはお世話になってます」

 

「いえいえこちらこそ。・・・なんて、社交辞令を言ってる場合じゃないよね」

 

気を引き締め直し、二人はソファーで眠っているユリアに視線をおろす。息苦しそうに呼吸が若干荒く、額には汗が浮かんでいる。見ただけで判断するならば風邪か何かと思うのだろうが、これまでの状況的にそれはあり得ないことは分かっている。

 

「わかりやすく説明するなら、彼女は今ナノマシンの干渉によって苦しめられてる」

 

「干渉?」

 

「彼女が投与したナノマシンの情報保護装置。死亡、もしくは作戦行動不可能と判断された場合、燃焼処理が行われて灰になるってやつ。それを解析して処理を防ぐ措置をしたけど、どうやら大本のシステムと干渉を起こしてて、正常な制御がされてないみたいなんだよ。だから体内にナノマシンがある以上、今みたいに干渉を受け続ける事になる」

 

「体内から取り除くことは出来ないのですか?グリフィンの病院なら、ナノマシン摘出用の人工透析機くらいあるハズでは?」

 

軍用のナノマシンについて知っているブリッツだからこその質問。

しかしそんなブリッツの問にアフィニスは首を横に振って否定する。

 

「彼女に限って言えば、完全に取り除くことは出来ないね。出来ても8割か、良くて9割ってところかな。詳しくは割愛するけど、多分長きに渡ってナノマシンを投与し続けたせいか、身体の血流量が多い部分に癒着してる可能性があるんだ。ほんの僅かでも残ってればシステムの干渉は受けるし、現状は後付けのパッシブでどうにかするしかないんだよ」

 

ユリアの首には首輪が付けられている。これがアフィニスの言う後付けのパッシブという物のようだ。

見た目は樹脂製で出来たリング状のシンプルな物だ。これが今ユリアの命を繋いでいるかと思うと、若干の心許なさを思ってしまう。

 

そうユリアを観察していた時だった。彼女の体が突然痙攣を始め、声にならない苦悶の声を上げる。

呼吸を強制的にせき止められているかのような苦しみ方。尋常ではないとブリッツは即座に悟るも対処が出来ない。

対しアフィニスは冷静にユリアの首輪に手を添える。首輪の側面の突起部分を押せば、ユリアの容態が落ち着き痙攣も収まった。

 

ブリッツは理解した。これが干渉なのだと。

 

「どうやら分かってくれたみたいだね。体内のナノマシンと、それを制御している大本のシステム・・・スコーピオンズが管理してるであろうサーバーの命令(コマンド)が干渉すると、今みたいな強い発作が起きる。この首輪は、システムに干渉したナノマシンの働きを抑制する機能がある。それでどうにか自殺を防いでるって状態だよ」

 

「なるほど。確かに厄介な話ですが、大丈夫でしょう。この女を捜査機関に引き渡すまで生きていれば良い話ですから」

 

「・・・なんだって?」

 

アフィニスの声色が冷たいものに変わる。

これまで纏っていた緩い空気が無くなった。それはブリッツも察したが、あえて気にしない風に話を紡ぐ。

 

「この女は今回のテロの最重要参考人です。真相を明らかにするためにはこの女が持っている情報全てを引き出す必要があります。しかし、それをグリフィン単独でやるには限界がありますし、何よりリスクが高い」

 

「そうだな。今回の件で政府も動く。情報を引き出すために匿うような真似をすれば、最悪グリフィンが終わりかねない。潔く司法に引き渡した方がいいだろうな」

 

ブリッツの意見にヘリアントスも加わる。誘拐された当事者でもあるのだが、あくまでグリフィンの上級代行官として冷静な判断を下している。

 

それに対し、アフィニスは双眸を細めてブリッツとヘリアントスを見ている。

 

「さらに言えば、ユリア・リドヴィツカヤを生かしておく理由が、現状グリフィンにはありません」

 

それが決定的だった。

ずいっとアフィニスはブリッツに近付く。タクティカルベスト越しに、アフィニスはブリッツの胴体を拳で叩いた。

叩いた、というにはあまりにも弱く、どちらかと言えば押したという方が近いだろうか。ともかく衝撃としても大したことは無い。普段のブリッツなら全く気にならない程度のもの。

 

「・・・~ッ!!」

 

だが今の彼にとってはそれだけでも大ダメージであった。粘り気のある汗が全身から吹き出す。声こそ上げなかったが。というより不意打ちに近いアフィニスの攻撃(と呼んでいいのかはわからないが)のせいで反応が出来なかった。

 

「・・・やっぱり折れてる。それも一本や二本じゃない。強い打撲もいくつもあるし、なんなら骨格も少し歪んでる。よくもまあこんな状態で戦ってたものだよ。キミはバホかな?」

 

「・・・バホ?」

 

若干震えた声で、聞き馴染みのない単語にオウム返しで反応する。それくらいしかブリッツには余裕がなかった。

 

「バカとアホのハイブリッド。さて話をぶった切る様で悪いけど、今すぐそこのソファーに横になるんだ。さもなくばもう一本折るよ」

 

医者らしからぬ脅し。しかし軍人であったブリッツは過去の教訓から知っている。

 

『何があっても軍医を敵に回すな。ヤツらは有事の際は階級すら超越する存在だ』

これは過去に上官から言われた忠告だ。戦闘や災害時に負傷した際に受ける治療の順番は、その負傷の深さで決まる。早急に手当てが必要な者ほど優先的に治療を受けられ、軽傷ならば後回し。もしくは放置される。

そしてその順番を決めるのは当然軍医なのだが、この順番に階級は関係ない。どれほどの高級将校であろうと、負傷が浅ければ後回しにされるし、何なら完全に無視される。

更に言うならば、その上官の日ごろの態度次第ではどれだけ負傷が深かろうと、治療を後回しにされる事すらある。

 

つまり軍人にとって軍医とは、救いの神にも死神にもなる存在なのだ。

 

アフィニスは軍医ではない。が、医者ではある。ブリッツの中にある医者に対する些か偏った認識が、ここで大人しく言う事を聞かなければどうなるか分からないという不安を煽った。

身に着けている装備を外して大人しく、言われた通りにソファーに横たわる。

 

「悪いけど今手元に鎮痛剤が無くてね、ちょっと我慢してて。話が終わったらすぐに下に移って治療してあげるから」

 

「ありがとうございます」

 

「・・・それで? もう一度聞くけど、彼女の身はどうなる?」

 

「それは司法が決める事です。グリフィンの与る所ではないとしか」

 

「・・・そう。そうか。私は殺す為に彼女を生かしたと、そういう事かい」

 

端的に言えばその通りである。

アフィニスはやってられないとばかりの大袈裟な溜め息を吐き、頭を掻きむしる。手近な椅子にドサリと身を投げ出す様に腰掛けると、ブリッツとヘリアントスを険のある目付きで見据えた

 

「・・・私は自分が診た患者の命は何が何でも取りこぼしやしない。救える命は可能な限り全力を注いで救う。医者としての使命で、私の曲げられないポリシーだ。私は囚人を処刑台に乗せるために助けたんじゃない。犯した罪を()()()償わせる為に助けたんだ。どんな罪であれ、殺せば全てが解決するとは思わない。罪人には生きて償わせるべきなんじゃないのかい?」

 

それに、とアフィニスは未だ苦しげに横たわるユリアに目を向けた。

 

「彼女は既に、体内に残るナノマシンと向こうのシステムとの干渉で苦しんでいる。これだけ脂汗を浮かべる程の発作がいつ起こるかも分からない中で、これから生きていかなきゃならないんだ。・・・犯した罪全部の分とは言わないし言えないけど、もうある程度の報いは受けていると思う。戦場に立っていない医者(民間人)としての意見だけどね」

 

立派な心掛けだ。感動すら覚える程に。

グリフィンの管轄に踏み込み、罪のない一般人を巻き込み、あまつさえグリフィンの役員を誘拐し暴行。それを指揮実行した人間を、「ある程度の報いを受けているから死ぬ必要は無い」などと宣う。

 

テロの首謀者の末路なんて、手垢がついてるくらいに決まり切っている。

色々と不明瞭な部分があるために今のところ生かしているが、本来ならば即銃殺だ。そのくらい慈悲は無い。第三者の、それも民間人の意見など関係ない。

 

ただ、医者として助けた命が結局死ぬことに遣る瀬無い気持ちになるのも、少しだが理解できる。

それに、状況は既に終了している。少なくとも、これ以上殺す必要性は無い。

 

この時のブリッツには、ユリア・リドヴィツカヤを生かす理由も無ければ、死なせる理由も無かった。

 

『確かに俺たちは敵を、人を殺すことが仕事みたいなもんだ。それがチンピラだろうが人質を取ってる犯罪者だろうが国家に仇名すテロリストだろうが、なんだろうがな。だからよ、せめて殺した分だけ誰かを助けないとな。俺たちが手を汚すことで、誰かの平穏が保たれる。そうでなきゃ、兵士なんてやってられないだろ?なあ、ブランク────』

 

不意に尊敬し慕っていた隊長が告げたかつての言葉を思い出す。

そうだな、フラッグマン。そう内心で呟く。

 

「────ならば一つ、提案があります」

 

救ってみよう。ユリアではなく、ユリアを救おうとしているアフィニスを。

ブリッツは横たわらせていた上体をゆっくりと上げて座り直し、アフィニスと向き合った。

 

「確認しますが、助ける為なら何でもする。そういうことですね」

 

「もちろん」

 

即答だ。医師としての決意はかなり強固らしい。

ならば提案させてもらう。

 

「・・・『ユリア・リドヴィツカヤはPMCフレイム・スコーピオンズ社内において戦闘部隊を率いる隊長格。彼女の持つ技術と経験知識は貴重であり、利用価値の高いものである』」

 

「ブ、ブリッツ指揮官?」

 

視線を少しだけ落とすと、ブリッツは唐突に文章でも読み上げるかのような淡々とした物言いの独り言を溢し始めた。ヘリアントスが戸惑いから彼の名を呼ぶ。

しかし彼は全く意に介さず、そのまま淡々と続けていく。

 

「『しかしテロの実行犯である事実と危険性を考慮すれば、確保して寝返らせる事は困難。よって、即刻排除が妥当であろう』」

 

一頻り語り終えて、ブリッツは一つ小さく息を吐いた。

それからアフィニスへと再度視線を向ける。

 

「貴女にやってもらいたいのはたった一つです」

 

今から提案するのは、医者としてはかなりリスクがある。医師免許の剥奪すらあり得る。

それでも彼女ならやってしまうのだろう。彼女自身がそう言ったのだから。だから勿体ぶらずに告げる。

 

「貴女にユリア・リドヴィツカヤの死亡診断書を書いていただきたい」

 

────これが、テロを指揮実行したユリア・リドヴィツカヤが、今もなお司法に引き渡されず生きている理由だ。

アフィニスは最初こそ驚いた様子であったが、すぐに「わかった。やるよ」と二つ返事で承諾。すぐに手を回してくれた。

ヘリアントスはあまり良い反応はしなかったが、最終的には目を瞑ってくれた。いざという時はブリッツとアフィニスが勝手にやったという事にして、ヘリアントス自身は何も知らなかったという形で処理する。誘拐された当人が、誘拐した犯人を庇うような真似をしたと知れたら、根も葉もない憶測でより一層グリフィンのマイナスイメージが加速しかねない。

 

身柄の搬送には武器や弾薬を詰めていたハードケースを改造し、そこにユリアを入れてヘリで搬送。同じヘリにアフィニスも搭乗し、一度S10基地へと移動。到着次第すぐにユリアの容態を診られるよう態勢を整える為に動いてくれた。

 

そういった紆余曲折を経た関係者たちによる尽力のおかげで、彼女は何とか生きているのだ。

 

しかし対称的に、ユリアの反応は希薄であった。生きているという安堵も何もない。

ここに運び込まれてからずっとこの調子だ。ただ光の失せた双眸を無機質なコンクリートの床に向けるだけだ。

 

もう5日経つ。流石にこれ以上は危険だ。存在しないことにはなっているが、形式的には彼女は捕虜として扱っている。少しでも食事をとってもらわないとブリッツとしても困るのだ。

 

とはいえ、彼女自身がこの状況では、ブリッツもどうしようもないのも事実であった。彼にも仕事がある。あまりここに長居は出来ない。

 

仕方ない。また時間を見計らって出直そう。

そう決めて、膝に手をついて立ち上がった時だった。

 

「もういいだろ・・・」

 

掠れた声。虚ろな目に似つかわしい掠れた声でユリアは今日初めて言葉を発した。

 

「もう何もない。部隊も、仲間も。帰るべき基地(ホーム)も。私の居場所は全て無くなった」

 

ユリアが顔を上げてブリッツを見た。光の失せた瞳には覇気がない。

 

「どうして・・・どうして私を生かした・・・!部下はみんな死んだのに!何で私だけが生きている!何で私だけ助けたんだ!」

 

掠れた怒号を叩き付け、光の無かった瞳には怒りと憎しみが宿り始める。それをブリッツは黙ったまま見据えている。

 

「・・・何とか言えよっ!」

 

立ち上がりブリッツに掴みかかる。が、ケガが治っていないのと今日までまともに食事もとっていなかった事で衰弱したユリアは、彼の身体に届くことなく無様にも冷たい床に倒れ伏せる。

 

「殺してくれ・・・!お願いだ・・・!毎日夢に出てくるんだ、死んだ部下たちが・・・!隊長、隊長と・・・!もう耐えられない!殺してくれ!」

 

涙声の混ざった懇願。ユリアがブリッツの足を掴んで嗚咽を零す。

 

ブリッツはそんな彼女の胸倉を掴んで立ち上がらせ、壁に押し付ける。

 

「それでも、生きていくんだ」

 

ユリアの泣き腫らした眼を見据えたままブリッツは告げる。

 

「辛いのも苦しいのも、死にたくなるような現実も全部引き摺って。這い蹲ってでも生き抜いていくんだ。それが生き残った者の務めだ。戦場で散った戦友の魂を救えるのはお前だけだ。殺し奪ってきたお前が出来る償いはそれだけだ。お前は生きなきゃいけないんだ」

 

掴んでいた手を離す。乱暴な支えを失ったユリアの身体は壁に凭れながらズルズルと腰から落ちて、力なくへたり込んだ。

 

それはユリアにとっては辛い物であった。部下たちを失ったのは彼女にとって手足をもがれるのに等しい苦痛だ。それを受け止め、前を向いて進んでいくというのは、心身が衰弱したユリアにとっては絶望的とも言える現実。

今の彼女に耐えられるものではない。

 

賭けに出るか。

内心でブリッツは呟く。

 

「・・・アダム・リドヴィツカヤは毒を摂取したことによる服毒自殺をしたとされている」

 

ユリアにとってはとても聞き馴染みのある名前が出てきた事で、彼女は視線を上げてブリッツを見遣る。

それを確認し、ブリッツは更に言葉を紡ぐ。

 

「理由は、自身が計画し指示したグリフィンへのテロ攻撃が失敗したことを知っての自害────という事になっているが、俺は違うと考えている」

 

「え・・・?」

 

「俺が考えるアダム・リドヴィツカヤという人間は、少なくとも自ら毒を飲んで自殺するような人間ではない。失敗したのなら潔く捕まるか、銃を咥えて引き金を引く人間だ」

 

ブリッツはこの数日を使い、フレイム・スコーピオンズ社CEOであるアダムについて可能な限り調べていた。どういう経歴を持ち、どんな性格でどんな思考を持っているか。更に会社の経営状態、評価、ここ数年以内の実績まで。

それらを加味しても、ブリッツにはアダムが服毒自殺なんてするような人間には思えなかった。

 

ユリアも納得しているのか、特に反論も無く次に出てくるブリッツの台詞を黙って待っている。

 

だから結論を告げる。

 

「アダム・リドヴィツカヤは殺された。おそらく、今回の騒動を裏で操っていた黒幕に」

 

「・・・ッ!」

 

ユリアが息を吞んだのがわかった。そして怒りが湧き上がっていくのも。

 

「今のアンタには二つの選択肢がある。このまま薄汚れた床に倒れて死ぬか。それとも父親の仇を討つ為に立ち上がるかだ。決めろ」

 

ブリッツは手を差し出す。この手を掴んで立ち上がるか。それとも振り払うか。ブリッツは待つ。彼女の選択を。

 

やがて、ユリアはブリッツの手を掴んだ。弱弱しくも、しっかりと掴んだ。ユリアを引っ張り上げて立ち上がらせる。まだフラ付いているが、それでも二本の足でしっかり立っている。

 

ブリッツが腰に手を回して何かを引き抜く。

シグサワーのGSRフルモデル。ユリアが使っている銃だ。

その銃を彼女に差し出す。

 

「我が部隊にようこそ。歓迎する」

 

ユリアはGSRに手を伸ばす。が、それを躊躇うように伸ばした手を引いた。

 

ここで銃を受け取るという事は、自分たちを打ち負かしたグリフィンの下に付くという事である。

眼を閉じれば、自分に敬礼している部下たちの姿がありありと浮かび上がる。誰も彼もが勝気な笑顔を浮かべている。

「行ってこい」と激励するように。「頑張ってこい」と背中を押す様に。

 

一度引いた手をまた一度伸ばす。導かれる様に。両手で包むようにして受け取れば、銃そのものの重さが両手に伝わる。

持ち直してグリップを握る。幾十幾百と握ってきたグリップが掌に馴染む。

 

この時初めて、ユリアの口元が僅かに緩んだ。

 

「ああ、よろしく頼むよ。ボス」

 

これは決別だ。今日まで立ち止まっていた自分への決別。

これは決意だ。今日からグリフィンに付いて、父の仇を討つために奮戦を誓う自分への決意。

 

「ボス?・・・まあいいか」

 

そんな意味を知ってか知らずか、ブリッツは飄々と彼女からの呼び名を受け入れた。

 

────そんな二人のやり取りを営倉のすぐ外で陰に潜むようにして見守っていた一人の影。

 

影は安心したように微笑を浮かべた後、初弾装填済みのHK45Tのセレクターをセーフティに入れホルスターに収めて踵を返し、長いローツインの髪を揺らしながら離れていった。





これにてコラボシナリオは完結です。
あとがきは活動報告にて


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OPERATION "Two-up" ‐インターミッション‐

本当にこれで最後


 

「はぁ・・・・・」

 

S01地区。グリフィン&クルーガーS地区支局のロビーにて。ブリッツは心身ともに疲労からきた重々しいため息をこぼした。

 

S地区に展開する全ての前線基地を統括するこの施設の会議室にて本日、今現在重大な作戦会議が行われた。

 

ブリッツの周辺には会議に招集された、S地区内で活躍している前線指揮官たちの姿があった。

誰も彼もが高い指揮能力を買われて本部より抜擢された実力者だ。

 

ある者は作戦に対して懸念を抱いて浮かない顔をしている。またある者はこれを機に一気にのし上がろうと野望を抱いている。

 

────鉄血の支配地域であったR12地区を奪還し、S地区全体の鉄血の活動が縮小したことをきっかけに立案された、R地区およびS地区合同による大規模反攻作戦。そのブリーフィング。

 

作戦地域はR地区でもなければS地区でもなく、その中間。どこのPMCも行政権を獲得していない所謂「空白地帯」だ。

人の手が入らない場所に鉄血は拠点を作った。指揮施設としての機能と、生産工場としての機能を併せ持った巨大な施設を。

更にその巨大な拠点を中心に小さな拠点を幾つも建設し、大量の鉄血を一挙に指揮制御できるようにする徹底ぶりだ。

結果として空白地帯全体が鉄血の支配地域となり、R地区S地区にほぼ無尽蔵に鉄血を展開できる地盤が出来てしまった。

 

火を見るよりも明らかな脅威となっているのだが、管轄地区における鉄血の活動と、どこにも属していない空白地帯という現状もあって、これまで積極的に排除が出来なかった。

 

出来なかったが、状況が変わってしまった。

R20地区の武装蜂起によって世間が抱くグリフィンへの評価が暴落。地に落ちた評価を取り戻すために、グリフィン上層部はかねてより計画していたこの大規模反攻作戦を前倒しで実行に移すことを急遽決定。作戦決行は二日後の1000だ。

ブリッツ率いる多目的戦闘群もこの作戦に召集され、参加する事が決定している。

 

参加すること自体は問題ではない。むしろ、こういった作戦こそ多目的戦闘群の本分だ。問題なのは、作戦における役割であった。

 

『大変な役割(ロール)を与えられてしまいましたね』

 

ブリッツのため息を聞き取ったナビゲーターが、PDAのスピーカーを通じてそう声をかけてきた。

PDAを取り出し画面を見れば、「SOUND ONLY」と表示されているのみ。しかしそれもいつもの事だ。そのままPDAに向かってブリッツも声をかける。

 

「無茶ぶりはいつもの事だが、今回ばかりは頭が痛い」

 

S地区とR地区による二方面からの制圧作戦。これを考えた上層部と一部の上級指揮官が立案し、ブリッツら多目的戦闘群に与えられた役目。要約すれば「本隊が戦闘しているどさくさに紛れて敵中枢に浸透し一挙に制圧する」だ。

 

目的の中枢部のある拠点は山間部の奥深い場所にある。切り開いて建設されているため周辺は整地されている。いくつか道のようなものも確認できた。

囮となっている本隊に大多数の鉄血が引き付けられているとはいえ、距離の問題から正攻法では返り討ちに合うのが関の山であろう事は想像に難くない。

 

『私の方でもコンバットシミュレーションを試みてみましたが・・・その、成功率は高くありません』

 

ロビーを横切り、エントランスへと向かう。未だにR20地区での風評があるのか、グリフィンの職員たちの忌避的な視線がブリッツに注がれる。しかしそれを気にした様子も無く、ブリッツはナビゲーターとの会話を続ける。

 

「つまりゼロじゃないということだな。十分だ。それに、やり方はこちらに一任させてもらっている」

 

『何か考えでも?』

 

「一つ二つは。ただFALあたりはヘソを曲げそうだ」

 

『説得、頑張ってくださいね』

 

「努力しよう」

 

エントランスを潜り外へと出る。

現在時刻は1600。陽も落ち始めたあたりだが、ブリッツの心境とは裏腹なまでに透き通った青空は拝める時間帯だ。

施設横に併設された駐車場へと向かう。今日はいつも移動手段として使っているヘリではなく、ここまで車を使ってきた。R20地区に出向くキッカケとなった武器商人への襲撃。その直前に納車されたばかりで、今回が初めてまともに運転できた。

 

「ゲート、今から送るリストを上級代行官に見せて用意してもらってくれ」

 

駐車場までの道中。PDAを操作してブリーフィング中にまとめたリストをS10基地のサーバーへと送信する。歩きながらの携帯端末の操作はマナーとしては些かなっていないが、時間を効率的に使うためと言い訳させてもらう。

 

サーバーに送られたリストを見たのか、ナビゲーターは何かを察したように「あ~・・・」と間延びした声を上げた。

 

『何をするか、大体理解しました。確かにFALさんあたりがゴネそうですねこれは』

 

「楽しくなりそうだろう。AR70にも準備するよう指示をしてくれ」

 

くつくつと笑いながら、ブリッツは駐車場を横切っていく。

その隅には目立たぬように鎮座するも、ひと際強い存在感を発する一台の車がある。

 

漆のような黒。正しく漆黒と呼ぶに相応しいカラーリング。クラシックカーのようでありながらも近代的な雰囲気を持たせた角ばったデザイン。前後のビス止めされたオーバーフェンダー。エンジンフードには大きなエアダクト。シンプルなフロントマスクにリアテールでありながら、車体そのものが持つ迫力を一切損なわない造形。

315/50R17というドラッグマシンを彷彿とさせる極太のハイグリップタイヤ。

エンジンルームに収められた6.2リッターV型8気筒ガソリン「HEMI」エンジン。

 

アメリカ産ハイパワーマッスルカー、ダッジ・チャレンジャー SRTデーモン170が、静かに鎮座していた。

これがブリッツの愛車である。

 

赤いキーレスを使ってドアロックを解除。ハザードの点滅によるアンサーバックでチャレンジャーがブリッツを出迎える。

ドアを開ければ赤い本革のシート。ではなく黒いフルバケットシートに換装され、赤い6点式シートベルトも設置されている。ベルトを固定しシートを前に押し出せば6点式シートベルトはブリッツの身体を完全に固定する。

 

センターコンソールのスタートスイッチを押せばガソリンポンプの稼働音の後、アメ車らしい腹に響く図太いエキゾーストノートが車内に反響する。

 

「ゲート。ここから基地まで何キロだ」

 

『658キロです。ハイウェイを使えば6時間といった所です』

 

「そうか。なら、最短ルートと交通状況。それから警察の取り締まり情報を頼む」

 

『・・・くれぐれも、ご安全に』

 

「努力するよ」

 

呆れたような、諦めたような声色で、ナビゲーターはぼやいた。ブリッツがサングラス代わりにスマートグラスを装着すれば、途端にナビゲーションが拡張現実として表示される。

 

この車を入手した時から試したくてウズウズしていた。

最高出力1025馬力。0-100km/h(ゼロヒャク)加速1.66秒。クォーターマイル(400メートル)加速8.91秒。加速Gは圧巻の2Gを計測する。そんな人の手に余るようなハイパフォーマンスマシンのポテンシャルを。

 

「さぁ、飛ばしていこうぜ」

 

セレクトレバーをDレンジに叩き込み、ダッジ・チャレンジャーはドロドロと重いエンジン音を響かせながら発進。道路に出た瞬間ホイールスピンさせて、フロントタイヤを浮き上がらせんばかりの猛然とした加速をしてみせた。

 

 

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───

 

S10基地内のトレーニングルーム。そこで一人の女性が重量60kgのベンチプレスで汗を流していた。

グレーのスポーツブラに黒のスパッツ、その上にショートパンツという出で立ちなのは、ユリア・リドヴィツカヤ。元PMCフレイム・スコーピオンズ社戦闘部隊隊長にして、現グリフィンS10地区司令基地の後方幕僚である。

 

数日前に独房も兼ねた病室から出てきたばかりだが、その時の憔悴しきった様子は無くなり、肌にはハリとツヤが戻り、後ろに纏められた長い銀髪も艶を取り戻し照明の光を反射させ煌めいている。

 

やがて自身が定めた規定の回数を終えて、バーベルを台に戻した。金属同士の接触による重い音がトレーニングルームに響く。

 

「お疲れ」

 

ベンチから上体を起こしたユリアに、ややアンニュイな声色で労いの言葉を投げたのはVectorである。

ユリアがここに来た経緯が経緯だけに、お目付け役として人形達が日替わりで付き添っている。とはいえそれもほとんど形式的なもので、ユリアがここで後方幕僚としてやっていくための手伝いと、今のような体力錬成のサポートがほとんどだ。

その当番が今回Vectorであった。

 

そんなVectorに生返事を返しつつも、ユリアは彼女に若干懐疑的な視線を向ける。

 

別にお目付け役がつくのは不服ではない。この身の状況を鑑みれば至極当然の対処であるが、それにしては警戒心が無さすぎるのだ。

 

通りすがる人形や人間のスタッフも、ユリアを見かければ気さくに挨拶してくるし、まるで旧知の仲であるかのように接してくるのだ。

 

敵を寝返らせる手法としても、フレンドリーに接したり贈り物をしたりして居心地の好さ与える事はあるが、ここまで無警戒なのは中々無い。

故に勘ぐってしまうのだ。

 

「なに?」

 

そんな視線に気付き、Vectorが聞く。

 

「いや・・・君たちは私を恨んではいないのかと思ってな」

 

ユリアもユリアで、元々PMCで隊長としてやってきただけに疑問を実直に聞いてしまう。変に誤魔化す方が気分が悪いのだ。

 

「別に。ブリッツが決めた事ならアタシたちに文句は無いよ」

 

「・・・随分信用しているのだな。あの男を」

 

「まあね。・・・ただ、そうね。もしもアンタがブリッツに何かするようなら────」

 

Vectorがそっと近づき、ユリアの耳に口を寄せる。

 

「────その時は、アタシがアンタを焼き殺してあげる」

 

それはある種、人形らしい無感情で冷たく。しかし人間のように恐ろしい何かを纏った声であった。

脅しではなく、本気なのだと。何があっても必ず実行する。それだけの凄みがある。そう理解するには十分なものだった。そして同時に、何故この基地の人形や人間がここまで無警戒なのかも理解できた。

 

ここの人形達なら、いつでも自分を殺せるのだ。何かしらの敵対行動をとった瞬間、即座に抹殺出来る用意をしているのだ。

 

「・・・肝に銘じておこう」

 

大人しくしていよう。元より敵対する気など無いが、そう決めるには十分すぎた。

 

トレーニングを終えた後、シャワーを浴びてから黒のパンツスーツに着替える。基地内での業務中はこの格好で過ごすことにしている。スタイルのよさと元来のクールさを併せ持つ彼女はおろしたばかりのスーツも見事に着こなしている。

 

「ユリアさんってさぁ・・・」

 

Vectorを引き連れて通路を歩いていた時。休憩室の前を通りがかろうとした際に自分の名前を告げる声がしたユリアは無意識の内に足を止めてしまう。

そのまま入り口の陰に隠れて聞き耳を立てる。

 

休憩室にいるのは第2部隊のポイントマンであるマイクロUZIに、第4部隊のTMP。そして、第1部隊の一〇〇式機関短銃である。

3人はテーブルを囲み身を寄せ合っている。ユリアの名を告げたのはマイクロUZIのようだ

 

やはり、無警戒とはいえ自分がいる状況にをよく思わない存在もいるのだとユリアは思った。それも仕方ないことだと分かってはいるが、やはり現実として突きつけられると胸中に重いものが去来してしまう。

踵を返して迂回しようとする。

 

「やっぱりカッコイイよね。クールでさぁ」

 

「わ、わかります・・・!私もあんな風になりたいです・・・!」

 

「どうしたらあんな風に振る舞えるのでしょうか・・・」

 

予想とは全く違う内容が聞こえてきた。

話題の当人がいる事も知らずに3人は更に話を進める。

 

「ヘリパイのファルケさんもクールなんだけどさ、あの人とはまた違うんだよね」

 

「ファルケさんはクールビューティって感じですよね・・・!いやでもユリアさんも・・・!」

 

「個人的に、ファルケさんは先輩として頼りになる女性で、ユリアさんは上司として頼りになりそうな女性って思いますねぇ」

 

「おおそれだぁっ」

 

「な、なるほど・・・!」

 

ワイワイキャイキャイと、文字通りに姦しく盛り上がっている3人を陰から見て、ユリアは気恥ずかしい気持ちになった。

 

「よかったじゃん。受け入れられてるようで」

 

「ああ・・・そうだな」

 

熱くなり始めた顔を冷まそうとするも、当分熱は引きそうになかった。

 

 

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グリフィン&クルーガー社の上級代行官であるヘリアントスは現在、S10基地にて主な業務をこなしながら療養生活を送っている。

 

これにはR20地区指揮官のハロルド・フォスターの計画で、ヘリアントスがフレイム・スコーピオンズ社によってグリフィン本部で拉致された件が関わっている。

拉致の際に受けた暴行の傷はほとんどが治療できたが、心の傷の完治には時間がかかる。本来ならば心身ともに回復するまで療養させたいのだが、セキュリティがしっかりしていたはずの本部で拉致された事から、療養に使う病院も安全とは言い難いと社長のクルーガーは判断。ではどこが安全かと考えた結果、ヘリアントスの救出に貢献したブリッツのいるS10基地にて療養するという事となったのだ。

当然ブリッツはいい顔をしなかったが、社長命令とあっては強く拒否も出来ず結局受け入れた。

 

結果としては、ヘリアントスの精神面に大きな安心感を得られる事となり、負傷については順調に回復。メンタルも良い方向に向かって回復していると、映像通信ではあるがグリフィン病院に勤めている担当医のアフィニスも診断してくれた。

 

業務こそしているが、一応は療養期間中という事でそれほど多くの仕事を抱える事がない。取り急ぎ上級代行官の決裁が必要な書類がときおりやって来るくらいの物だ。自分のペースで仕事が出来る。

 

しかし、そのおかげで件の大規模反攻作戦の指揮権は無くなってしまった。代わりに、作戦中は多目的戦闘群のサポート役として関われるようにはなったが。

 

いやそれはいい。今はそんなことはどうでもいい。

今現在一番の問題なのは、「今自分がいる基地がブリッツのホーム」ということである。

 

────遡る事数日前。R20地区が未だ武装蜂起の真っただ中にある時。

フレイム・スコーピオンズ社から救出されてからの事だ。

 

グリフィンのヘリとのランデブーポイントに向かっている道中で、業務と並行して執筆している「必勝恋愛テクニック」という不定期連載コラム記事(ちなみに著者名は「ヒマワリ代行官」である)を皮切りに、協力者であったレイにダメ出しを食らった所、「アンタは男女の関係性をもっと深く考察するべきだな」とバッサリとぶった切られた。

その後、紆余曲折を経て迎えのヘリがやってきた際、レイとちょっとした話をした。

 

「縁あってアンタのコラム記事を読んだことがあるが・・・。全く意識してない女にいきなりダーリン呼ばわりされたら、普通怒るか気持ち悪がるかのどっちかだぞ」

 

「なっ! それは此方がそれだけ貴方の事を想ってるという意思表示に────」

 

「欠片も意識してない男にいきなり俺の女だの妻だの言われて平気でいられんのか?」

 

「んぐっ・・・・・・それは、生理的に受け付けないな」

 

「だろうよ」

 

気心も知れない他人にそんな距離の詰め方されても、大小はともかく嫌悪感を抱くだけ。そうレイは指摘した。それは至極正論で、ヘリアントスはそんな記事を書いた身でありながら一切の反論が出来なかった。

 

「同じ事だよ。女も男も同じ人間で、自己があって、感情がある。グイグイ行くのも悪くないが、時間掛けて少しずつ距離詰めてく方が嬉しい男もいる」

 

「・・・だが、私はいい加減歳がな」

 

自嘲するように零すヘリアントス。確かに、ヘリアントスの年齢を考えれば、そろそろ結婚を意識する。何なら既にしていてもおかしくは無い。

それが出来ていないのは彼女が提唱する「必勝恋愛テクニック」を遂行している結果なのだが。

 

そんなヘリアントスに、レイはそっと助言を告げる。

 

「試せばいい。身近な男で」

 

「そんな人間がいれば苦労は・・・」

 

「いるじゃないか、アンタの部下に。アンタが信頼できて、仕事を完璧にこなして、いざって時には命掛けて助けてくれて、そんでもって道中の苦労なんて感じさせない位にゃ男の出来たヤツが」

 

そう言われて真っ先に思いついたのが、ブリッツの姿であった。

彼女の部下で、彼女が信頼し、仕事を完璧にこなし、いざという時には命を懸けて助けに来て、その苦労も一切見せない男なんて、ヘリアントスの中で該当するのはブリッツしかいなかった。

後で聞いた話だが、ヘリアントスが拉致されたと発覚した際に、ブリッツ自らが救出に名乗り出たという。

 

それ以来、ヘリアントスはブリッツの存在を意識するようになる。

ましてや、療養期間中という名目ではあるが同じ基地内にいて交流する機会がいくらでもあるのだ。否が応でも意識してしまう。

 

こうなったら本気でアピールしてみるか。なんて事を考えてみるものの、互いの立場を考えるとどうしても二の足を踏んでしまう。

 

ヘリアントスとブリッツの関係はあくまでも、上官とその部下である。階級的にもヘリアントスの方が上だ。ブリッツも多目的戦闘群の特別現場指揮官としての活躍で、社内での地位は上がっている。だが上官と部下の関係に変わりはない。

それに職場内恋愛というのも大丈夫なのか、という疑問もある。一応、職場規定上では明確に禁止はされてはいないが。

 

そもそもの話だが、ブリッツは自分の事をどう思っているのかという根本的な問題もある。

 

しかし。しかしだ。ここで動かなければ今後一生独身のままかもしれない。タイムリミットは迫っている。

 

動くべきか。それとも止めるべきか。ヘリアントスは悩んだ。

 

「・・・あ」

 

休憩室の前に差し掛かろうとした所に。そこである人物と出会してしまった。

ヘリアントスがS10基地で過ごす事となった原因。ユリア・リドヴィツカヤと。

形式的にはユリアはグリフィンに籍を置いている。が、その経緯が経緯だけに、二人の関係は気不味いことこの上ない。

 

なので、互いが互いを気遣って接触は極力避けてきたが、やはりそう広くはない基地内では、こうして鉢合わしても仕方無い。

 

どうした物か。ユリアが苦い表情で思考する。

 

――――この時、ヘリアントスの思考はブリッツの事で行き詰まっていた。行き場がなく出口の見えない思考に苛まれている中で出会った、数少ない同性の人間。

 

藁にもすがる。そんな思いがヘリアントスを動かした。

 

ズンズンとユリアに歩み寄る。ユリアは突然の事に反応が遅れて後退ることも出来ず、やがて両肩を掴まれた。

 

「話したいことがある。付き合ってくれ」

 

「あ、ああ・・・」

 

困惑の最中、ユリアに拒否の意を示す余裕すらなく。ただただ受け流されるようにヘリアントスに連行された。

 

――――この数時間後。食堂にて大量のアルコール類(ビール、ウイスキー、ウォッカ等々)の入っていたであろう空の酒瓶と共にテーブルに突っ伏して酔い潰れている上級代行官と後方幕僚を、大規模反攻作戦のブリーフィングより帰還したブリッツが発見。たまたま居合わせた数名の人形の協力で宿舎に搬送された。

二名の名誉の為にこの事実は数名の人形だけの機密とし、箝口令が敷かれることとなる。が、食堂という利用者の多い場である故に目撃者が多数おり、箝口令はあまり意味をなさなかった。

 

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大規模反攻作戦前日の深夜。

作戦に参加する人形達はキャッシュ整理の為に既に就寝し、時計の短針が頂点を超えようという頃、ブリッツは一人司令室に籠り装備の確認を行っていた。

 

明日はかなり厳しく、そして激しい戦闘が予想されている。メインとして使うHK417A2の分解整備はもちろんだが、それに使用する弾薬の状態を把握しておく必要もある。

無いとは思うが、万が一にも錆弾が紛れていたらと思うと確認せずにはいられなかった。

それだけでなく、様々な場面で役に立ってきたお手製のパイプ爆弾のチェックも欠かさない。

 

ヘッドセットやスマートグラスの動作確認。戦闘服とタクティカルベストの点検。それらをホットココアを飲みながら進めていく。

 

思いつく限りの装備のチェックが終わり、カップに入ったココアが残り少なくなってきたところで、司令室の自動ドアが開いた。

咄嗟に振り返ってみれば、そこにはワイシャツにタイトスカートという、業務中とあまり変わらぬヘリアントスの姿があった。違うとすれば、トレードマークでもあるモノクルが無い事だろうか。

ブリッツは反射的に身を翻し敬礼する。それを見てヘリアントスは小さくため息を吐いた。

 

「楽にしていい。全く、貴官はいつも真面目だな」

 

「そういう習性だと思ってください」

 

「今は業務時間外だ。こんな時間まで私には上司ぶる気は無い」

 

それもそうかと、ブリッツは敬礼を解いた。

それを確認してからチラリと、ブリッツの傍らにある装備一式をヘリアントスは見た。種類ごとに整然と分けられているところにブリッツの性格が見えた気がした。

 

「装備の確認をしていたのか。殊勝なことだが、もう寝た方が良い。明日の作戦に差し支えるぞ」

 

「問題ありません。任務は必ず遂行します。・・・それに、どうせ眠れませんから」

 

「何?」

 

「自分、不眠症なので」

 

困ったような、それでいて誤魔化すような笑みを浮かべてブリッツは答える。

 

初耳であった。まさかブリッツがそんな物を抱えているとは、ヘリアントスは思いもしなかった。そんな素振りを彼が見せたことは一切ない。

黙っていたというよりは、おそらく「聞かれなかったから言わなかった」の方が正しいのだろうか。何故なら自身の不眠症と日々の業務、作戦任務は関係ないのだから。

 

つまり彼は、日々の業務を並行しつつ自身と人形達に厳しい訓練を課し、本部より通達される任務を遂行し、ロクに眠らずに夜を明かしているという事になる。それを、さも当たり前のように平然と、他者に一切悟られずに過ごしているのだ。

おそらく彼はどれだけ傷ついても、その傷が癒えずとも平然と任務に殉じて、死んでいてもおかしくない負傷を負っても平気な顔をしてみせるのだろう。なぜならこれまでがそうだったから。

 

そんな彼にヘリアントスが出来るのは────

 

「・・・ココアを飲んでいたのか。私にも貰えるか?」

 

「よろこんで」

 

これまでと同じように接する事だった。彼の事実を知って気遣うのは、ブリッツにとっては侮辱にも等しい行いだ。

手際よくココアを用意するブリッツの後ろ姿を見て、ヘリアントスはそう思った。

 

ココアパウダーと牛乳を混ぜる際、カップとスプーンが触れて甲高い音が司令室に静かに響く。

少しして、ブリッツはカップを二つ持ち、一つをヘリアントスに渡した。カップからはゆらりと湯気が立ち上り、ココアの甘い香りが鼻腔を擽った。

 

「ありがとう」と一言告げて、一口含む。口の中に柔らかく優しい甘さが広がる。基本的にコーヒーは砂糖控えめなビターな風味が好みのヘリアントスだが、このココアに限っては不思議と嫌ではなかった。

 

「おいしいな」

 

「それは良かった。これ、自分も好きでよく飲んでるんです」

 

苦いのは苦手でして。そう言ってはにかんで見せるブリッツに、ヘリアントスも釣られて微笑みを溢してしまう。

彼の事を一つ一つ知るごとに、彼の存在感が自身の中で大きくなっていくのをヘリアントスは感じた。

 

「いよいよ明日だな。頼まれたものも、何とか全て用意できた」

 

「はい。準備は万端です。後は実行に移すのみ。本当にありがとうございました」

 

「気にしなくていい。それが私の仕事だ」

 

────今夜ここに来たのは、彼の気持ちを確かめたかったからだ。

「彼の気持ちを知るためにはどうしたらいい」という疑問を、昨日酔い潰れるまで一緒に酒を飲み交わしたユリアにぶつけ、その際に返って来た答え。「もう思い切って聞いた方が良いんじゃないか?」という一言。これだけは何とか覚えている。

 

その通りだと思い覚悟を決めてここに来たが、冷静に考えれば大きな作戦の前日に聞くようなことではない。それに、彼の事を知った上でこんな質問など出来る筈も無い。

 

「・・・・・私の立場から、こんな事を言うべきではないのだが」

 

だから、ヘリアントスは今一番伝えるべき。一番伝えたい事を言う事にした。

 

「任務に失敗しても良い。無事に帰ってきてほしい」

 

ヘリアントスのその一言に、ブリッツは意外そうに目を丸くした。

普段の凛とした雰囲気とは違い、どこかしおらしい態度。上官というよりかは、一人の友人知人に対して告げる様な、そんな口調。

 

意外ではある。が、嬉しかった。

小さくも確かに笑みを浮かべる。

 

「わかりました。必ず無事に帰ってきます」

 

「約束だぞ。破ったら許さない」

 

「もちろんです。自分は出来ない約束はしない主義です」

 

必ず生きて帰る。任務も必ず果たす。そう決意を固めて、ブリッツは湯気の立つココアを一気に飲み干した。

 

 

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───

 

 

戦術人形のFALはむくれていた。明らかに不機嫌である。

暗い装甲車の中。シートに座って腕を組んで、これから行われる作戦とやらについて色々と考えた。

作戦開始(ゼロアワー)間近のこのタイミング。士気の事も考えて黙っていようかとも思っていた。が、そこに割と大きな揺れがやってくる。やはり我慢が出来なかった。

 

「ねえブリッツ。アナタとはそこそこの付き合いになるけどね、ここまで馬鹿な作戦を考えて実行する指揮官だとは思わなかったわ」

 

「すまないな。他に思いつかなくてな」

 

FALの愚痴に、運転席に座るブリッツがPDAを操作して現在位置をマップで確認しながら詫びる。が、その口調から察するに悪びれた様子は無い。

それに対してFALは重く大きいため息を吐いた。

 

PDAのマップ上では、自身の現在位置を示す赤いピンが高速で山間部を横切っている。順調だ。

 

「いつもの事だし、今更じゃない?」

 

「そうだよ。それにこういう作戦が出来るのってウチ位のものだよ!激レア体験だよ!」

 

運転席と背中合わせになるよう設置された座席に座るVectorが、自身の半身であるクリス・ヴェクターをチェックしながら告げ、それにRFBが興奮冷めやらぬ様子で便乗する。

 

「その激レア体験が常軌を逸してるから言ってるのよ・・・」

 

「いい加減覚悟決めていこうよ、FAL」

 

「ライト、アナタが真っ先に止めなきゃいけないことじゃないのこれは」

 

「私も他に思い付かなかったからね。諦めてやっちゃおう」

 

助手席に座るライトまでもがこの作戦に合意的で、いよいよ持ってFALは盛大なため息をついて何も言わなくなった。

 

『S地区側の本隊が予定通り戦闘を開始。それに合わせてR地区側も行動開始。該当エリアの鉄血が移動を開始しました』

 

「いよいよね」

 

ナビゲーターからの一報を聞き、WA2000が座っているシートのベルトをより一層キツく締め付け体を完全に固定した。彼女だけでなく、他に搭乗している第一部隊全員も改めてシートベルトの締め付けを確認する。

 

『こんなスリルある作戦に関われるなんて・・・感激ですよ指揮官!』

 

無線機にAR70の声が飛び込んでくる。こちらもRFB同様テンションが上がっているようだ。

AR70が配属されている第二部隊は、すぐ左前方にいる装甲車、コンクエスト社のナイトXVの車内にて待機している。

この装甲車は本来軍用車両ではなくVIPが快適に過ごすための高級志向の装甲車なのだが、追加装甲を施した際に内装にも手を加え、元々あった本革シートを始めとした高級装備の一切を排し、代わりに武器弾薬を格納するためのハードケースや、ルーフ部に機関銃なとを設置できるようハッチが後付けされている。

ちなみにブリッツたちも同様の改造が施されたナイトXVに搭乗している。

 

『作戦区域まで残り1分。後部ハッチ開きます』

 

瞬間、けたたましいブザーが鳴り響き、装甲車の後方から光が差し込む。

 

────現在位置。作戦区域上空約1万フィート。雲の上を貨物機に装甲車ごと格納した状態で飛行中である。

その貨物機の後部ハッチが開いた状態だ。

 

『こんな作戦を思いついて実行するのは、グリフィンの歴史においても君だけだろう』

 

無線機にS10基地にてブリッツの代わりに司令室に詰めているヘリアントスの声が入ってくる。その声色は呆れる様な。それでいて滅多に関われないであろうメチャクチャな作戦に関われる事への期待感も込められていた。

 

「それは光栄です。ついに歴史を作ってしまいましたか」

 

『任務が上手くいけばな。・・・幸運を祈る』

 

「了解。さあ皆、外の空気吸って気合い入れていこうか」

 

2台の装甲車のエンジンを始動する。6.8リッターV10エンジンが目を覚ます。

 

ブリッツが考えた作戦はシンプルだ。

作戦区域の上空から装甲車ごと飛び降り、1000フィートに差し掛かった所でパラシュートを開いて着地。その後は装甲車の機動力を活かして鉄血兵を引っ搔き回しつつ拠点の制圧に向かう。

鉄血の拠点は山間部の奥深く。徒歩で移動するには距離が長く、かつ敵との交戦も避けられない。ジリ貧は必至だ。

だったらいっその事、「直接目的の拠点に飛び込んでしまおう」という考えの下、ブリッツが立案した作戦であった。

 

本部は難色を示したが、拠点の侵入方法をブリッツに一任してしまったことと、ヘリアントス()()()()()が後押しした結果実現する形となった。

 

『降下準備』

 

「とっくに出来てる」

 

『結構です。指揮官、ご武運を』

 

「────Mission start.(状況開始だ)

 

ギアをバックに入れ、2台の装甲車は勢いよく貨物機の後部ハッチから飛び出した。

 

 

 





(続きは)ないです。

ちなみに時系列的にはこの後教練回という設定なので、結果は分かりきってますねぇ


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