ハーフドワーフの弟だけど、姉が女子力無さすぎて心配になる (伊都洋治)
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一年目

※読者様から椿の年齢が三十代であるとの情報を頂きました。あの世界の亜人てヒューマンよりも年を取るのが遅いんですかね、とにかく初期の設定を訂正致しました。




 

 

四月×日

 

母上から日記帳を貰った。これからは武道だけでなく学問も修める時代ということで、その足掛かりとして日記を書けと言うことらしい。

 

と言ってもそんなに書くことはない。いつものように朝から晩まで刀を振るっていただけだ。姉上もそうだが、俺たち姉弟はどうも一つのことに熱中し過ぎるきらいがある。俺は剣術を、姉上は鍛冶を、それこそ物心のついた頃から飽きることなく続けているのだ。

 

だから一日の出来事を書けと言われても、たったの一行で終わってしまう。刀を振りまくった、それだけだ。まあ毎日同じ鍛練をしている訳でもないので細かいことを言うならば、あと四行くらいは書けるかもしれないが。それでも二十行以上ある空白を埋めるには足りないし、中途半端に書き綴ると余白が目立って仕方がない。そんな訳でこうして意味のない言葉をつらつらと書き連ねている訳であるが……なんだもう(ページ)の半分以上埋まっているじゃないか。やはり口で話すように書くのは正解だったのか――流石は母上だな!

 

まあこうして日記の書き方も分かったことだし、明日からは更に具体的な内容も書ければいいなと思っている。とりあえず三食の献立でも書いてみようかな。日記に記録しておけば母上に料理のリクエストをしやすくなるし、文字として読み返すことでその日食べたものの味を鮮明に思い出すこともできる。うむ、良い案だ。早速明日から取り入れよう。

 

ちなみに今日の夕餉は桜鯛の兜煮と(ぜんまい)の胡麻味噌和えであった。鯛の甘味と薇のほろ苦さが絶妙にマッチしてて美味しかった、また母上に作ってもらおう。

 

 

五月▲日

 

今日は姉上の誕生日であった。……のだが、肝心の姉上がそのことをすっかりと忘れていた。

 

姉上は鍛冶以外のことに無頓着過ぎる。それこそ年頃の娘なのだから着物を買ったり歌劇を観に行ったりと相応な趣味を持ってもいいと思う。まあ剣しか取り柄のない俺が言えることではないのだが、それでも姉上には女子(おなご)としての自分にもちょっとは向き合って貰いたいのが弟としての本音である。

 

この間なんか、三日三晩風呂にも入らず父上たちの仕事を手伝っていた。仕事を終えた姉上の姿はそれはもう酷い有り様で、全身煤と垢まみれなのはもちろんのこと、体の各所に笑えないレベルの火傷の痕が目立っていた。……これには流石の母上も激怒したようで、いつもは頑固一徹の父上が生娘のごとく泣き謝っていた。いくら極東一の鍛冶師と謳われても、人としての心を無くしてはいけないのだと思い知らされた、貴重な体験であった。

 

ちなみに姉上の誕生日祝いはきちんと行われた。本人は完全に忘れていたが、ずっと家の鍛冶場に籠っていたので捕まえることは簡単だった。

 

とりあえず姉上を風呂桶にぶちこんで、その間に会場の準備を終わらせた。そして風呂から上がった姉上に母上が化粧と着付を施して、ようやく誕生日会が幕を上げた。

 

会場、といってもそんな豪勢なものではない。よくある友達や親戚を巻き込んだささやかな誕生日パーティーである。姉上は鍛冶以外に興味を示すことはないが、人付き合いが悪い訳でもない。むしろ生来の気さくさが老若男女問わずに惹き付けるようで、当然友達と呼べる者も数多く存在している。

 

その日会場に集った人の数はざっと三十人。小さな村でこの人数はかなり多い方である。そしてその内訳は大半が女子であった。……姉上が同性に好かれているのは知っていたが、まさかこれ程とは思わなかった。姉上が登場した瞬間に上がった耳をつんざくような黄色い悲鳴を、俺は一生忘れることがないと思う。

 

総まとめとして、今日はとにかく疲れた。本当に世話のかかる姉である。あの人も今年で十二歳になるのだから、少しは周りにも目を配って貰いたいものである。たぶん五年は無理であろうが、それでも僅かでも女子らしい姿を見せて欲しいと俺は切に願っている。

 

 

7月●日

 

夏である。夏と言えば祭り、花火、昆虫採集、そして何よりも川遊び。今日は姉上も珍しく参加するという事で、近所の子どもたちと一緒に地元を流れる川へと向かった。

 

……のだが、ここでも我らが姉上様は盛大な()()()()を見せてくれた。川遊びとなれば当然川を泳ぐものであり、そうなれば誰もが水着を纏うのが常である。仮に水着がなくともサラシやフンドシを巻いて泳ぐのが普通であり、そんなことは二歳の稚児ですら知っている一般的な常識である。

 

ここまで言えば分かると思うが、姉上は裸で川遊びに参加したのだ。十二歳にもなった成長期真っ只中の女子が、である。当然連れ立った友人の中には男子の姿もチラホラいたし、そもそも俺自身が思春期真っ只中の男子なのだ。明らかに目の毒である。ただでさえ姉上は母上そっくりな容姿をしているのだ、顔立ちは整っているし、出るものは出ているし、おまけに体型が子どもとは思えないくらいにスラッとしている。結果として、その日の川遊びは中止となった。

 

浮世離れした人だとは思っていたが、まさかここまで常識がないとは思わなかった。今後は母上を交えて一般常識を叩き込むことに専念しよう。

 

それはともかくとして、今日は血を多く失った。母上に明日の朝餉は肉類を多目にしてもらおう。

 

 

九月▲日

 

今日も今日とて刀を振るう。

正直俺にはこれしかない。これしか誇れるものがないし、これしか生きる道がない。

 

俺が剣を振るうようになったのは今から六年くらい昔、五歳の頃からと記憶している。それまでは姉上と同じく鍛冶に興味を懐いており、よく父上の仕事風景を飽きるまで見続けた覚えがある。

 

そんな俺がなぜ剣の道に進んだのかと言えば、ひとえに姉上の左目を失ったことに原因がある。

 

あれは俺がまだ武道のブの字も知らなかった頃、俺と姉上はほんの興味本位から村の外れにある禁足地へと侵入した。この禁足地というのは要するにモンスターの縄張りみたいなもので、足を踏み入れたが最期四方八方からモンスターに蹂躙されるという危険極まりない場所だった。

 

そんなところに何ゆえ好き好んで行ったかと言うと、当時禁足地の領内には財宝が眠っているという噂があったからである。どんな宝でどれだけの価値があるのかは誰も知らないが、噂によればその宝を手に入れた者にはこの世すべての富にも勝る『力』を授けてくれると云われていた。

 

幼い時分より冒険者になることを夢見ていた俺たちは、その噂を信じて禁足地へと向かった。もちろん親には内緒である。幸い刀鍛冶の家系であったため、武器に困ることはなかった。俺は父上の打った刀を携え、姉上はじじ様の打った槍を片手に、計画もアイテムも何ひとつ持たず禁足地へと赴いた。

 

禁足地は、穏やかな場所だった。とてもモンスターがいるような殺伐とした空気は感じられない。緑豊かで、とても静かな森だった。

俺たちはモンスターが出てこないのを良いことに、どんどんと森の奥へと進んでいった。そしてしばらく探索していると、突然開けた場所に到達したのだ。そこには小さな祠があり、きっと件のお宝がこの中に眠っているのだと俺は考えた。そんな()()()()な祠を見つけて大はしゃぎしていた俺たちは、すでに周りを取り囲んでいる小さな影に気がつかなかった。

 

姉上が祠を開けようとした瞬間、それは現れた。犬の頭に人のような体、そして両手に伸びる鋭い爪。ダンジョンに出てくるものよりも一回り小さいそれらは、名をコボルト。地上を跋扈するモンスターの中でも最弱と呼ばれる種族のひとつである。

 

最弱とは言え、それは恩恵を受けた者にとっての話。五歳と六歳の子どもが勝てるような相手ではない。だが俺たちは幸運にも彼らに対抗できる力があった。それがコルブランドの延べ板、ドワーフである父上がその生涯を捧げて完成させた極東随一の刀剣である。

 

その切れ味は軽く薙いだだけで岩を切断するとされ、現に非力な俺の腕でもコボルトを簡単に斬り伏せることができた。姉上もまた同じで、俺たちは図らずも最強の装備を手にした状態でモンスターを相手取ることができたらしい。そしてその状況を自らの実力であると勘違いした俺は、ついに取り返しのつかない失態を犯したのである。

 

俺は意気揚々とコボルトを斬り続け、そして有頂天になっていた。だからこそ、背後から迫る一体に気づくことが出来なかった。目視した時にはすでに腕を振りかぶった状況であり、俺はあまりに咄嗟の出来事ゆえ回避することも儘ならなかった。

 

そこへ、姉上が盾となって現れた。

 

間もなくして瞳に写ったのは、目元を抑え、獣のような悲鳴を上げる姉上の姿であった。その手元からは止めどなく血が溢れており、下手人たるコボルトの爪には姉上の左目が突き刺さっていた。

 

俺はその時、ようやく理解した。俺は間違っていたのだと、そして二度と治らない傷を最愛の姉に与えてしまったのだと。それからの記憶は覚えていない。とにかくパニックになって、がむしゃらに刀を振り回していたのだと思う。結果だけ言えば、俺は残りのコボルトを全て斬り伏せていた。ダンジョンとは異なり、地上を生きるモンスターは殺しても灰には還らない。ただ血を流し無残な死体を晒し続けるだけである。そんな死屍累々たる森を後にするため、俺は失血で気を失った姉上をおぶって家への路を急いだ。

 

姉上は九死に一生を得た。あと少し助けるのが遅れていたら命はなかったそうだ。だが、コボルトに抉られた左目だけは取り戻すことができなかった。エリクサーは体がズタズタになろうとも()()()()()()()()()元に戻すことのできる薬である。逆に言えば、モンスターに食べられたなどして完全に失なってしまった体は復元することができない。つまり姉上は、これから一生左目を欠いた生活をしなければならなくなったのである。

 

事態の全容を知って父上に殴られ、じじ様にも殴られ、母上には大泣きされて……俺は一年間の外出禁止を命じられた。だが、そんな罰など姉上の左目を奪ったことに比べれば軽いものだ。俺の犯した罪は、一生かかっても償うことはできない。俺は――そう俺はその時、初めて目標を見つけたのだ。姉上を完全に護れるくらいの侍になること、それが俺の刀を降り始めた最初のきっかけであった。

 

あれから六年。俺は、強くなったのだろうか。毎日欠かさず素振りを行い、かつて冒険者であった父上に習って剣術の腕を磨いてきた。だが、実戦を経験したのは後にも先にもあの時だけだ。あの全身がひりつくような体験を、俺は今求めている。そうすればきっと近付くはずなのだ、姉上を護り抜く世界最強の侍という頂点に。

 

 

十二月★日

 

冬である。冬と言えば炬燵に蜜柑に餅に蕎麦……ではなく、俺が生まれた季節である。

 

何を隠そう、今日は俺の誕生日だ。今年で十一歳になる、もうほとんど大人の仲間入りと言う訳だ。そろそろ酒も呑めるようにならないとな。

 

そして今日は姉上の時と同様、俺の誕生日会も開かれた。と言っても俺の誕生日に集う友人などたかが知れている。何せ俺は姉上と違って人付き合いが悪いのだ。生来の引っ込み思案なところもそうだが、何よりも人を遠ざけている要因は俺の『目付き』であるらしい。

 

俺の顔は父上似だ。父上はかつて【鷹の目】と呼ばれていた著名な剣術家で、その二つ名の由来となった双眸は猛禽類のごとくとても鋭い。俺自身はそんな気は更々ないのであるが、どうやら周りの人間からは俺が常に怒っているか、若しくは良からぬことを企んでいるように見えているらしい。そのため俺に寄り付く人間は殆どおらず、こうしてパーティーを開いても俺が主役と分かるや否や参加を拒否する者が出てくるのである。

 

別に悲しいわけではない。むしろ人との交流が少なかったお陰で剣を振る時間が多くとれたし、何よりも俺には姉上がいればそれで十分なのである。俺の人生は姉上のためにあり、俺の刀は姉上を護るためにある。だから何も寂しいことはない。最愛の人に祝って貰えればそれで十分だ。

 

とは言ったものの、その姉上が父上と共に鍛冶場に籠り始めたのが五日前。誕生日当日の朝になっても顔を出すことはなかった。

 

何やら新しい武器を製作中らしい。何を造っているのか気になるが、今の俺に知る術がないのだ。父上はとにかく寡黙な人で、必要最低限の事しか話さない。姉上も寡黙ではないが、こと鍛冶に集中するとこっちの話に耳を傾けることはない。そもそもの話、製作中の鍛冶場は中から閂で完全に施錠されており、例え家族であろうとも中に入ることはでにないようになっている。

 

そのため、俺の誕生日会は姉上すら欠いた状態で執り行われることになった。姉上の時と同じ大広間を使っているのだが、ここってこんなに広かっただろうか。声がよく響く部屋だということをしみじみと理解していたその時、広間の後方の襖が勢いよく開け放たれた。

 

誰であろう、姉上であった。

 

相変わらずの煤と垢で汚れた姿。以前のように火傷こそ負っていないものの、その格好はおおよそ女子と言うには憚られる強烈なものである。それでも、俺にとっては姉上の一番カッコいい姿であった。刀を打つとき出た汗や埃や灰の数々は、そのひとつひとつが姉上の努力の結晶なのだ。それらが汚れていると思えるくらいこびりついているということは、それだけ彼女が努力を重ねてきたという証。だから俺はこの姿の姉上が好きだった。

 

「遅くなってすまない。これ、お前のだ!」

 

姉上はそう言って、握っていた刀を俺に差し出した。まさか俺へのプレゼントを造っていたとは思いもよらなかったため、俺は一瞬感極まって放心していた。そして気を持ち直した後に、姉上から刀を受け取りその刀身を鞘からゆっくりと引き抜いた。

 

それは、例えるならば「月」だった。光を受けると青白く輝くその刃は、これまで目にしたどんな刀よりも美しく、そして元から俺の一部であったかのような錯覚に陥るほどの一体感を与えてくれた。

 

間違いない、これは俺のためだけの……いや、()()()()()()()()()()()()()()()だ。手にもった感触でわかる、刀身の長さ、柄の長さ、鍔の大きさ、反りの角度……総てが俺のために計算されて造られているのだ。この刀さえあればこれまでの倍近いパフォーマンスを発揮できる。そう豪語できるくらいに、この刀は最高の一振りであった。

 

「作ることにかまけすぎて名前はまだ決めていない。――それは、お前の分身だ。お前が心に思い浮かぶ名前を付けてやると良い」

 

姉上はそう言うと、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。慌てて俺たちが駆け寄るも、どうやら不眠と疲労で久方ぶりの眠りについただけらしい。ひとまず安心した俺は、姉上を両腕で抱き抱えるとそのまま彼女の寝室へと運んだ。汚れた身体を清めて上げられないのは残念だが、それは母上かばば様に任せることにしよう。いま俺がやるべきことは、姉上が造り上げた俺の分け身に相応しい名前をつけることである。

 

――だが、それもすでに決めてあった。

 

実のところ、刀を鞘から抜いたその瞬間に俺の脳裏にパッと浮かんだ言葉があるのだ。それは、俺の生まれた極東の昔話に登場する姫君の名前。誰よりも美しく、誰よりも気高く、誰よりも我が儘で……そして、誰よりも罪の重さを知った麗しき咎人の真名。

 

 

迦具夜(かぐや)

 

 

その名を告げるや、迦具夜の刃文が細波のように揺らめく錯覚を覚えた。喜んでいるのだろうか、それとも罪を背負う俺に同調しただけなのか。いずれにせよ、俺はこの刀を一生涯使い続けると心に誓った。



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二年目(上半期)

少し長くなってしまったので、今回は六月までを掲載します。

下半期は近い内に投稿致します。


 

 

1月▼日

 

年が空けた。

新しい一年が始まったと皆は言うが、俺にとっては特に変わり映えのない今日である。人が変わる訳でもなければ世界そのものが変わる訳でもない。ただ新しい年を迎えたと言う事実だけが一人歩きしている状況である。

 

俺は今年も刀を振るう。振って降って振りまくって、柄が指の形に陥没するまで何度でも振り続ける。学問に終点が無いように、武道にもまた終着点は存在しない。人生これ修行である。という訳で目出度い日にも関わらず泥臭く素振りしている俺の元に、姉上がキラッキラの着物姿で現れたのは完全に不意討ちであった。

 

「どうだ、手前も中々に似合うだろう!」

 

そう言って自信満々に晴れ着を見せびらかす姉上は、それはもう可愛らしいの一言であった。まるで年相応の少女のようであった。普段が普段なだけに、こう言った華やかな着物を身に付けた姉上の破壊力はワイヴァーン三十頭分に相当する。まあ要するに何が言いたいのかと言うと、俺は不覚にも姉上の晴れ姿に見惚れてしまったということだ。

 

冒頭の文句を訂正しよう。やはり元旦は特別な一日だ。女子力皆無の姉上が女子力の化身にさえ成れる素晴らしい一日だ。刀なんか振るっている場合じゃない。今日は姉上と一緒に心行くまで遊び尽くそう。

 

 

二月◆日

 

友人曰く、今日は「バレンタインデー」なる特別な日らしい。バレンタインデーとは女子が親しい男にチョコ菓子を渡すイベントらしく、そのチョコを渡すという行為そのものが親愛や情愛の意思表示であるのだという。

 

……イマイチよく分からないが、俺には全く関係のない日であることだけは理解した。そもそも俺と親しい女などばば様か母上か姉上しかいない。完全に身内である。友人によれば家族からのチョコはノーカウントらしいので、いよいよもって俺に無関係のイベントであることが判明した。

 

逆にこういう催しに最も関わりが深いのは姉上である。あの人はとにかくモテるのだ、女子に。この日記でも何度か取り上げてはいるが、姉上のイケメンレベルは異常である。道を歩けば男子よりも女子の方が振り返り、ちょっとした気さくな行動が彼女たちの乙女心を悉く鷲掴みにして離さない。告白された回数など三桁に及び、イケメン好きで知られる女神様に誘拐されかかったこともある。

 

正直俺の目から見ても姉上は男らしくてカッコいい。肝が異様に据わっているところとか、一人称が「手前」であるところとか、半裸のサラシ姿が物凄く様になっているところとか、とにかくワイルドで爽やかな性格が女子にウケているポイントの一つなのだろう。こうしてまとめてみると、なるほどこりゃあモテる。そして女らしさから遠ざかっているのがよく分かる。

 

姉上、将来異性の相手を見つけることができるのだろうか。まあ流石に同性愛のケは無いだろうし…………ないよね?俺にもう一人姉が出来るなんてことはないよね、ホントにないよね、割りと現実味を帯びてて怖いんだけど。姉上けっこう懐の深い人だから、そう言った愛も簡単に受け入れてしまいそうなのが何とも言えない。チョコだってどうせ渡されたやつ全部貰って帰って来るだろうし。両手に紙袋なんか沢山引っ提げて、

 

 

「…た、ただいまー…」

 

 

などと疲れた声で帰宅するのだ。分かりきった話である、伊達に十一年間あの人の弟はやっていない。

 

「…いや、参った。道行く女子に次から次へと菓子を渡されてな。気づけば両手にすら収まりきらない有り様だ。流石の手前もこの量の甘味をひとりで処理しきれん」

 

という訳で、と姉上が俺に貰ったチョコの半分を渡してきた。どさり、と卓の上に置かれたその数は少なく見積もっても四十個以上存在する。そして中にはあからさまに怪しいヤツも混ざっている。

 

…これの一体何割が惚れ薬で、何割が媚薬で、何割が性転換の秘薬であろうか。いやむしろ真っ当なチョコなんてあるのだろうか。更に言えばこれだけのチョコレートを女性たちはどうやって入手したのだろうか。いくら極東が交易の盛んな国だからって、つい最近出回り始めた洋菓子をここまで大量に輸入するするのは不可能である。まさか全国から取り寄せたのか、そこまでするのか恋する乙女よ。その情熱をもっと他のところで有意義に使って貰いたかった。

 

「あ、そうだ。これ手前からのチョコだ、やる」

 

更にもう一個追加ときた。こちらは唐草の包装紙にくるまれたかなり渋めのチョコレート。先ほど渡されたチョコの山に比べれば何とも色気のない一品である。まるで姉上が自作したかのような代物だ。

 

ん?

 

「結構苦労したんだぞ。惣菜や吸い物を作るのは得意だが、菓子を作ったのは生まれて初めてだったからな。上手く出来ているかは分からんが、まあ気が向いたら食べてやってくれ」

 

それだけ言うと、姉上は残りのチョコ山を抱えて自室へと入っていった。残された俺の手元には、いかにも姉上が作りましたと言わんばかりのいぶし銀なチョコレート。俺はそれを、しばらくの間神棚に飾ることに決めた。

 

 

四月〓日

 

桜が見頃を迎えた。俺の地元は桜の名所がかなり多く、至るところで花見を楽しむ人々の姿を見ることができる。

 

俺も今日は鍛練を休み、家族全員で花見に参加した。呉座を敷き、その上に腰を下ろして母上の手作り弁当をつつき合う。味で楽しみ目で楽しみ雰囲気を楽しむ、なるほど花見をというのは素晴らしいものだ。極東のワビサビの真髄がここにある。

 

「よーし、んじゃ呑むかぁ!!」

 

そんな雰囲気をぶち壊したのは他でもない、姉上であった。分かりきっていたことであるが、姉上は完全に花より団子なお方である。風情を楽しむなんて女子力の高いことをする筈がなかった。

 

そしてそんな姉上の号令に賛同したのが父上とじじ様である。流石は生粋のドワーフ、酒が絡むと行動が素早い。あっという間に一升瓶が開封され、三つの盃に並々と注がれていく。そして今にも溢れそうな盃を互いに手に持ち掲げると、姉上が待ってましたと口を開いた。

 

 

「我ら三人、性は違えども兄弟の契りを結びしからは!!」

「心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん!!」

「上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う!!!」

 

 

…その、打ち合わせでもしていたかのような桃園の誓いを披露すると『イェーイ!』と三人はハイタッチを交わした。いや何だこれ、そんなの毎回やってたっけ。というか父上キャラ変わってないですか、そんなノリノリでおふざけに乗るような人じゃないだろ貴方。

 

そして生粋のドワーフ+αは酒を水の如く呑み進める。…アレって確か「ドワーフの火酒」並に度数高いんじゃなかったっけ。普通にガブガブ飲んでるんだけど。というか姉上のペース早!あんなに呑んで大丈夫なのか、いや大丈夫じゃないだろ。今すぐ止めさせないと危ない!

 

 

「ぐてい~、おねぇちゃんだぞ~」ガオー

 

 

遅かった。

姉上は意外と酔うのが早い。それこそ火酒二杯くらいでフラフラになるレベルだ。本人は酒が強いと思っているようだが、それは酔っている間の記憶が丸ごと消えているからである。酔った記憶がないから強いと豪語し、酔い潰れては周りに迷惑をかけまくる。一番タチの悪い酒飲みである。

 

「ふふふ~、ぐてぇのあたまはもしゃいなぁ~」

 

何をしてくるかと思えば、いの一番に俺の頭を撫でてきた。ああ、なんだこれ、すごい鬱陶しい。姉上は酔うと甘え上戸になり、周りにいる人間にところ構わずボディタッチしてくるようになる。それがまた鬱陶しいことこの上無く、酷いときは酔いが醒めるまでの間ずっとオモチャにされることもある。

 

そしてこの甘え上戸は、青少年にはあまりにも刺激が強すぎる。ただでさえ美人な姉上が頬を赤らめてトロンとした目でこちらを見詰めてくるのだ。俺にとっては即死魔法に近い。そのため現在俺は自主的に目を瞑っている。目を開けたらこの花見は瞬く間に血の狂宴となるだろう。…というか大人たち止めさいよ、なに目の前のデンジャラスビースト放置してるの。息子が実姉のハレンチな姿にToloveる-ダークネス-しちゃうでしょうが!

 

「も~、ぐてぇはかわいいなぁ。はぐ~」ギュッ

 

そしてとうとう、姉上が俺の身体に抱き付いた。

ふんわりとやさしい香りが広がる、いやそんなこと言っている場合ではない。俺の頭は現在姉上の胸部に埋もれている。最近とくに成長著しいここは、サラシを巻いていてもなお自己主張の激しさが目立っている。いやもう正直に言うとめっちゃ柔らかい。温かくて良い匂いでめっちゃ柔らかい!何度も言うけどめっちゃ柔らかい!!

 

「……スヤァ…」

 

そして姉上は、寝た。

散々人をヤキモキさせた上で、俺を抱き締めたまま深い眠りに落ちたのだ。俺はハッと我に返り、寝落ちした姉上を引き剥がすと呉座の上に横たえさせる。すると母上が何処からともなく毛布を取り出して姉上の身体にかけてくれた。母の優しさを垣間見た。そして父上とじじ様は俺たちそっちのけで呑み比べに興じていた、あんたらほんといい加減にしろよ。

 

――姉上が起きたのは花見があった日の夜中であった。皆が寝静まっている中で「酒は!?花見は!?」と大声を上げた姉上は起きた母上にど突かれていた。俺は面倒ごとに巻き込まれたくないので狸寝入りをきめこんでいた。

 

 

六月¶日

 

梅雨に入った。

雨が降りやすいこの時期、俺は相変わらず刀を振り続けている。

 

今日は父上に必殺技なるものを伝授して頂いた。必殺技、必ず殺す技、要するに戦いの肝を担う武技である。父上はかつて【鷹の目】と呼ばれた凄腕の剣豪であり、母上と結婚するまではあの迷宮都市で冒険者をしていたそうな。今はもう主神が天国に還ってしまったため神の恩恵は存在しないが、それでも三十年以上に渡り常勝無敗を貫いてきた父上は今なお現役の剣豪である。

 

父上曰く、剣技に必要なものは速さである。一撃必殺を旨とする極東の剣術において、相手の先手を取ることは生死を分かつことに等しく、より速く鋭い剣こそが求められる。そのため侍は全身を利用して刀を抜く。足の力、腰の力、肩の力、そして腕の力。特に腰の力は重要で、これが不足していると他の力が分散してしまう。故に、刀は腰で斬る。父上はそう言うと、庭に生えた一本の大樹の前に立ち、腰に提げた刀の柄を緩く握る。そして父上が少し前のめりになったかと思ったその瞬間、大樹が根元から寸断された。

 

刀を抜く動作など見えなかった。ただ気がつくと、父上が既に刀を抜き放っており、ドラゴンの首ほど太い大樹が一刀の元に切り伏せられていたのである。まさに刹那の剣技、視認すらできないその剣閃に、俺はただ放心することしかできなかった。

 

父上曰く、この技に名前はない。そもそもこれは基本の延長上にあるものであり、あえて名を付けるとしたら「一閃」である。父上は言った、最も強い技とは最も素朴なものであると。ただの振り抜き、それを究極まで高めたものが父上の言う必殺技であるらしい。

 

かくして、俺の修練が始まった。使う刀はもちろん迦具夜、青白い輝きを一旦鞘に収めると、それを一気に抜き放つ。だがその刃は木に食い込むも両断には程遠い結果となった。

 

それからは反復練習である。抜いて斬るの動作を何度も繰り返す。父上の指導の元、腰の使い方も僅かながらに覚えていった。これまでの六年で培った基礎は無駄ではなかったのだと実感させられる。切っ先まで身体に発生させた力を伝え、一ミリのブレもなく、まるでバターを切るかのように、硬い繊維の塊を両断する……

 

気がつくと、既に外は暗くなっていた。俺の体は休みなく動かしていたため今にも倒れてしまいそうなくらいの疲労が蓄積している。もはや立つのがやっとの状態、それでもなお俺は迦具夜を振り続けた。足に力が入らない、腰に力が入らない、それが一体どうしたと言うのだ。

 

姉上は一本の刀を作るために三日三晩鍛冶場に籠る。最低限の休息のみをとり、ほとんど休むことなく鉄を打ち続ける。それに比べたら、たった一日地獄を見るくらい何てことはないだろう。俺は強くなると決めたのだ。姉上を護れる侍になる、その理想を叶えることに安易な道など存在しない。不可能など捩じ伏せればいい、困難など乗り越えればいい、必要なのは意思の力だ。自分を曲げない、意思の力だ。

 

そして、俺は迦具夜を振り抜いた。すでに足腰立たぬ状況、それでもなお、俺は刃を走らせる。何もかもが、スローに感じる。そして切っ先は、大樹の幹を柔らかく捉えた。

 

 

スルッ…

 

 

奇妙な感覚に陥った。大樹を斬ったはずなのに、まるで手応えが感じられない。一瞬空振りしたのかと考えたが、どうやら真相は違ったようであった。

 

俺の目の前にあった大樹がゆっくりと分かたれる。それは俺が両断を成功させた何よりの証拠であった。倒れた大樹の切断面を見れば、まるでヤスリで磨いたがごとくツルツルスベスベとした独特の光沢を放っている。

 

横を見れば、滅多に顔色を変えない父上が驚愕の様相を浮かべていた。本人もまさか一日で習得するなどとは思わなかったのだろう。俺も思わなかった。というかこれは果たして習得した内に入るのだろうか。明らかに偶然できた感じだし、極度の疲労状態からくる脱力が生んだ奇跡だったのではないかとも考えられる。

 

それでも大樹を斬ったのは紛れもない事実。偶然であれ何であれ「できる」ことが証明されたのは本日の最大の収穫だ。これは後の自信に繋がる、真の意味で「一閃」を体得できる日は意外にも近いのかもしれない。



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