「人生いいこともあれば悪いこともある。」
よく使われる励ましの言葉だ。たいていその後に「だから気を落とすな」だったり「いいことあるよ」といった言葉が来る。
まあ、正直僕は全然そう思わなんだけど…
だって僕、
子供の頃から母さんは僕のことがどうでもよかったみたいだし、大好きな父さんは小学校の時に事故で亡くなってしまった。
それからは母さんも家にいると思ったら「お前がいるからあの人に振られた!!」と大抵泣きながら八つ当たりである。
どこからこんな個人情報が漏れたのかは知らないけど学校でもいじめられた。「お前いないほうが母ちゃん幸せなんじゃね?」とか「こいつ触ったらうちの家族も不幸になるぞー」とか。口で言われるのはまだいいけど次第に殴られたり、楽しみだったピアノのレッスンの邪魔をされ続けるなど、いじめも次第に陰湿になっていった。
そして、高校まで進学したある日の下校中。歩道橋を降りていたら
「邪魔なんだよ───」
微かにそんな感じの声がした気がする。でも、誰が言ったとか考えるより先に背中に衝撃が走って世界がぐるぐる回っていた。
気が付くと青空が見えた。誰かに歩道橋から突き落とされたのかな?だけど体が全然痛くない。
不思議だなぁと考えながら起き上がる。とりあえずどれだけ時間が経ったか確認しようとポケットに手を突っ込むが何の感触もない。
「あれ。スマホ落とし……ってうわぁ!」
慌てて足元を見ると、そこには頭から血を流してピクリともしない自分がいた。
幽体離脱していると気づけたのは、駆けつけた救急隊員の人が全然自分に反応しないところでだった。
搬送先のお医者さんが言うには怪我は軽症で命に別状は無いということだった。なので戻れないかなーと体に触ってみたり、自分の体に入り込んで寝てみたりしたけれど全然上手くいかない。
そうこうしているうちに戻っても別に良いことが無いって気づいて、体に戻るのはやめてしまった。
そのあとは幽霊らしくいじめっ子相手に仕返ししてみたり、道行く人を脅かしてみたこともあったが、元々そういう事が好きではなかったのもあって全然気持ちが晴れなかった。
現在はれい姉こと従姉妹の
れい姉は子供の頃から霊感があり、僕みたいな体から出てしまった幽霊との関わりも結構多いのだ。
そして、そんな彼女曰く、体の方が死ぬと「この世に残りたい」という強い意志がない限り幽霊も消えてしまうそうだ。
……長くなっちゃったからまとめると
僕は家でも外でもいじめられた挙句に魂が抜けてほとんど周りと接することなくただただ消えるのを待つことしかできない。
ということになる。
まあ、最後の最後でいじめられず静かな時間を過ごせる点は悪くはないのかもしれない。体が力尽きてこのまま消えても残念がる人なんて誰もいない訳だし…いやれい姉と叔父さん叔母さんが悲しむか。とは言っても、何やったって戻れなかったんだしどうしようもない。
そういう風に考えてずっと諦めていた……いや、諦めていたつもりだった。
あの娘が僕を見つけるまでは──────
この作品を手に取ってくださってありがとうございます。GTPです。
初めて小説を書くので至らない点があるとは思いますが精一杯頑張っていきますのでよろしくお願いします。
メインヒロインのこころちゃんは次回出てきます。
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第一章
嵐の前から静かじゃない
雄也視点
「はぁ…」
公園のベンチに座り今日で何度目かわからないため息を吐く。
幽体離脱生活が始まって半年近く。地獄みたいな夏もしつこい残暑も終わり、大部過ごしやすくなった…のかな?こうなってから暑いとか寒いとかわからないんだよね。
うーん…一人ぼっちもここまで続くと退屈だ。この状態になっても幽霊とかを見たことがないのは一体何でなんだろう?
……やっぱり霊感なのかな?子供の頃からそういうの全く見たことないし。まあ仮に見えたとしてもその相手とうまくやっていけるかどうかはまた別の話か……
…駄目だ、もう考えることがない。まあいいや。いつもみたいに街灯の上に乗っかってぼんやり人を眺めよう。街路樹の紅葉はまだ見られないけど暇つぶしにはなるよね。
そう考えて立ち上がり、ふと公園の入り口を見ると───
「じぃ~~~~~~~~~~~~~~っ。」
女の子がこっちを見ていた。背の高さは僕と同じくらいで、腰まで伸ばした金髪と大きく開かれた同じ色の瞳が日の光できらきらしている。
着ているのはこの辺ではよく見る高校の制服だ。確か花咲川だっけ?
「じじぃ~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜〜っ。」
えっと……やっぱりこの娘、僕を見てるんだよね?後ろを見てみたけど普通のベンチしかないし、れい姉と同じで霊感があるのかな?でもこんなまじまじと見られるのは初めてだよ……
というかなんでそんな嬉しそうなんだろう?僕一応幽霊なんだけど……
「ねえ、あなたはそこで何をしているの?」
色々考えていたら彼女は唐突に質問してきた。
「ぼ、僕に言ってるの?」
「そうよ!ため息を吐いていたように見えたけど一体なにをしていたのかしら?」
「と、特に何もしてないけど…」
「それなら!あたしと一緒に楽しいことをしましょう!」
「た、楽しいこと?一体なにするのさ……?」
「それはこれから考えるのよ!さあ、一緒に探しましょう!」
一体なんなんだこの娘……怪しいお誘いとか、いやらしさとかそういうのはないけどまくし立てながらぐいぐい寄ってくるので思わず後ずさる。
「きゅ、急にそんなこと言われたって…」
どうしよう、何考えていいのかわからないよ……
「こころー。こころー!!」
こっちの返答がない事に相手が首を傾げたところで、遠くから誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あら、美咲が呼んでるわ!」
と彼女は一旦僕から離れる。助かった……
「そろそろ練習の時間だったわね。また会いましょ!」
そういって彼女は嵐のように走り去っていった。
美咲視点
「こころー、こころー!!」
まったく今度はどこに行ったの……もうすぐ練習だっていうのに……
「美咲ーっ!」
公園から走ってくる人影が見える。あーよかった。今回はすぐに見つかったよ。
「そろそろ練習時間だよ。今度はいったい何してたの?」
「男の子と話していたの!」
一度目の前で止まってそう言うと、そのままCIRCLEの方に走って行ってしまった。
「男の子……いないじゃん。」
公園はもぬけの殻だった。なんか引っかかるけどきっと帰ったのだろう。というか今はこころを追いかけないと───
プロローグだけだとバンドリメンバーが出てこないので同日に一話も投稿しましたがそれでも少な目ですね……
次回はこれから書いていくので少々お待ちください。
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そして来るのは大嵐
この作品を読んでくださった方、お気に入り登録をしてくださった方。
ありがとうございます!!もう本当にうれしいです!!
それでは本編をどうぞ!
雄也視点
公園でいきなり「一緒に楽しいことをしましょ!」声をかけてきた娘に出会ってから数日……僕は毎日のように彼女に付きまとわれていた。
のんびり街灯に座って人を眺めていると「そんなところで何を見ているのかしら?」と下から声を掛けられ、散歩をしていると「あら、これからどこに行くの?」と勝手についてくる。
困ったことに彼女は周りの人とかお構いなしで僕に話しかけてくるのだ。姿は見えてないのにこっちが恥ずかしくなってくるよ……
逃げてはみたのだが、足が速くて全然振り切れない。しかも僕がすり抜けていったベンチとかガードレールとかを当たり前のように飛び越えて追いかけて来るのだから最初は目を疑った。おまけにさんざん逃げ回っても疲れを見せるどころか「追いかけっこがしたいのね!」と喜んでいた。どこまで体力あるのさ……
しょうがないので幽霊らしく宙に浮いて彼女を振り切ってみた。すごく疲れるからあまりやりたくはなかったけど流石にこれなら追いつけないでしょ。
───そう高を括っていたら翌日から町中に黒いスーツを着てサングラスをかけたSPみたいな人が何人も出てきて、僕を見つけると「いたぞー!」とあの娘と一緒になって追っかけまわしてくるようになってしまった。
もうこれTVや映画で観る光景じゃん!!ホントなんなのあの娘!?なにか対策立てるとそれを10倍くらいにして返してくるんだけど!!というか何で黒服さん達も僕が見えてるの!?
もう駄目、こっちが持たない………ということで、ほとぼりが冷めるまで家に籠ることにした。物には触れなくてもTVのリモコンとか周りのちょっとしたものは動かせるので暇にはならない。それっぽく言うならポルターガイストかな?一回その力で調子に乗ったせいでれい姉に雷を落とされたことがあったんだけどね………
よく考えたらあの娘は高校生だし放課後と通学時間だけ家に籠っていればよかったんじゃないかとも思ったが、それでも黒服の人たちが町にいるから意味ないか。
今度こそ大丈夫かな?家に入るところは見られないように注意したし、そもそも人の家に勝手に上がり込んだりはしてこないはずだ。
しかし、それでも彼女は10倍返しをしてきた。
「た、ただいまー……」
引き籠りを始めてから数日たったある日、れい姉が大学から家に帰ってきた。でも様子が変だ。何かあったのかな?
「おかえりー。どうかしたの?」
「雄也……帰宅中になんかこんなの道で配ってたんだけど………」
「?」
引き攣った顔で紙切れを渡してきた。そこには……
[この人を探しています。見つけたらこちらまでお電話ください。]
という文章とおそらく配っていた人の連絡先。そしてものすごく精巧な僕の似顔絵が描かれていた。
え、なにこれ……うそでしょ……眩暈と頭痛で倒れそうになったのを何とか持ちこたえてれい姉に質問する。
「これ………どんな人たちが配ってた?」
「スーツにサングラスの人たちがたくさんいて配ってた。あ、あと高校生の女の子もいたけど。」
ホントになんなのあの人たち………
「ごめん、ちょっと出かけて来る。」
そう言って僕は家を出た。これ以上やられたらたまったもんじゃない。直接いやだと言うことにした。
黒服さんに雄也が見えていた理由ですが。この世界の幽霊は怪奇現象にあったり、霊感のある人に教えてもらう等の理由で「そこに何かがいる。」と意識すると霊感のない人でも見えるようになる。という設定にしています。
黒服さん達はこころの言うことを信じているため、全員彼を見えるようになりました。
そしてようやくれい姉を出せました。影が薄くなっているかもしれませんが次回は彼女視点も考えているのでそこで巻き返せればな。と思っています。
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たとえ拒絶されても
今回は主人公がこころに怒鳴る場面があります。ご注意下さい。
雄也視点
「どこにいるんだろ……」
あの娘に文句を言おうと勢いよく家を出たのはいいが、場所を聞き忘れてしまった。
れい姉に場所を聞いてくればよかった……とりあえず大学の方に行けばビラを配っているところがあるかな?と考えていたら。
「ようやく見つけたわ!!」
と後ろからいきなり声をかけられてびくっとした。声に覚えがあるので振り返るとやっぱり探していたあの娘だった。
「ねえ、今回は何をするのかしら?」
悪びれているようには全く見えなかった。こっちの気持ちも知らないで………
「………いてよ。」
「?」
「僕のことなんか放っておいてよ!!めちゃくちゃな事ばかりしてすごい迷惑!!僕は誰かと関わりたくなんかないんだよ!!」
思わず声を荒げてしまった。
「そんなことないわ!だって………」
「だってじゃない!!君に僕の気持ちなんか解るわけないよ!!」
相手の話を最後まで聞かずに話しだす。マズイとは思ったけど一回ついてしまった勢いを止めることはできなかった。
「だいたい僕周りから見えてないんだよ!?君傍から見たら何もないところに話しかけてるようにしか見えないんだよ!?おまけに黒服さん達と一緒に追いかけて来るせいで疲れるし、周りの迷惑にもなるし、なによりこっちがすごい恥ずかしいんだよ!!」
相手の返事も聞かず、もう話しかけないで!!と言い捨て僕はその場から走って逃げた。彼女は追ってはこなかった。
これで静かに過ごせるんじゃないかと思ってみたが、どういうわけか嬉しく思えなかった。それどころか言い過ぎてしまったという罪悪感と、こんなことが言いたかったのかなという疑問で頭の中はぐちゃぐちゃになっていくばかりで、がむしゃらに走って誤魔化すしかなかった。
美麗視点
「そういうことだったのね。」
ようやく事態が飲み込めた。目の前にいるのは雄也ではなく黒い服の人たちとビラを配っていた女の子。
あのとき雄也は何も言わずに家を出てしまったので慌てて追いかけると───
「なによりこっちがすごく恥ずかしいんだよ!」
家の近くで誰かに怒鳴り散らして走り去る彼を見つけた。
「あ、そこの花咲の人、ちょっとストップ。」
そこで、雄也を追いかけようとした彼女に声をかけ、近くの喫茶店で今まで何があったか教えてもらい今に至る。話が伝わりにくいところがあったりスケールが凄まじくて苦労したけど。
「とりあえず、大人数で雄也を追いかけまわすのはよくないと思うわ………」
そんなことされたらいくら大人しいあいつだって困るしキレるよ。
「そうかしら?あたしは楽しいと思うのだけど。」
「あいつは絶対楽しくなかったと思うよ……」
純粋に解ってないのか……話を聞けば聞くほど彼女は色々な意味で次元が違ったけれど。悪意があるようには全く見えなかった。むしろ周りの目を全く気にせずどんどん話しかけていくのは純粋にすごいとさえ思える。
なので、私は一つ質問をしてみた。
「ねえ、あなたはなんで雄也に声をかけたの?」
彼女が初対面の相手、しかも幽霊に声をかける理由が知りたかった。
「あたし、雄也を笑顔にしたいの!!」
「笑顔?」
「ええ!!あたし、誰かの笑顔を見るのが大好きなの!!雄也の笑顔もきっと素敵だと思うわ!!」
さらに続ける。
「さっきは怒られてしまったけど、あたし、雄也は一人で寂しくしてるように見えたの。だからまたあの子の楽しいことを一緒に探したいわ!!」
「へぇ……」
ここまで明るく前向きで、まっすぐな人は初めてだ。きっと彼女にとって相手が人か幽霊かとか、周りの目がどうかなんて大した問題ではないのだろう。
私は子供の頃から今までいろいろな霊を見てきた。体の怪我や症状の軽い人、命に関わる程の重症を負ってしまった人。もう還る体がなく、執念でこの世に留まっている幽霊も沢山いた。
話を聞いてみると家族や恋人の心配をする人もいれば、自分の人生を嘆く人も周囲に当たり散らす人もいた。中には自分に何が起こったかわからず泣きじゃくっている小さい子供もいた。
最終的に体に戻ることができ、後に本人と再会したこともないわけではない。けれど、ある日を境に行方が分からなくなってしまうことなんかしばしばだった。
私自身そういうものを見すぎたせいもあったのと、雄也の事情を詳しく知れたのは最近ということもあり、彼にどういう言葉をかけてあげたらいいのかわからなかった。あいつはもう体に戻れないんじゃないか。もう助けられないのではないかと思うと悔しくてたまらなかった。
でも……
「こころちゃん、だっけ?」
もしかしたら……
「私にも、雄也を笑顔にするお手伝い、させてくれないかしら。」
この娘となら雄也を変えられるのではないかと思えた。大学生の今を逃したら忙しくなってしまうだろう。そうなれば……
「ええ!!よろしくお願いするわ!!美麗!!」
こころちゃんは満面の笑みで答えてくれた。まるで太陽みたいだ。
そのあと、改めての自己紹介と連絡先を交換してこころちゃんとは別れた。
苗字に聞き覚えがあると思ったらあの弦巻財閥のお嬢様だったのね。羽女の後輩から彼女のうわさは聞いたことがあるけど全然いい子じゃない。
(よし!!)
帰る途中に心の中でガッツポーズをして気合を入れる。きっとこれが最後のチャンスだ。ここまできたらたとえ雄也に嫌われたとしても絶対にやり遂げてやる!
UAとお気に入り登録だけでなく評価までしてくださって本当にありがとうございます!!しばらくニヤニヤが止まりませんでした(笑)
れい姉は女性にしては長身です(薫さんより少し小さいくらい)。それに対して雄也はあまりいい育ち方ができてないかなと思ったので身長はこころ位にしてみました。
次回かその次でハロハピメンバーが全員集合します。お楽しみに!!
追記
ルーキー日刊で98位にランクインしてて目を疑いました。本当にうれしいです!!
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れい姉に叩き出されて
なんか書いたものがしっくりこなかったり、話の流れを見直したりしていたら遅くなってしまいました!!
それではどうぞ。
雄也視点
はぁ、昨日は散々だった……
あの娘のやったことで頭痛くなって、言いたい事をいっても八つ当たりみたいになって逆に憂鬱になって、おまけに走り続けたせいでヘトヘトだ。
だかられい姉とも話さず帰ってそのまま寝たのだが、まさか夢に母さんが出てきて「あんたが居なければ~」みたいに詰られて……
お陰で全然休めた気がしない……いい天気だけどやっぱり今日も家で過ごそう。外に出る気がしないや……
と、考えていると玄関のチャイムが鳴って───
「雄也。来たわよ!」
と、いきなり私服のあの娘が上がり込んできた。え?どうして僕の名前知ってるの?あとなんで住所分かるの?
「あ、いらっしゃいこころちゃん。まってたよ。」
れい姉が出てきた。ますます訳がわからない。
「ちょ、ちょっと待ってて……れい姉、これどういうこと?」
出てきたれい姉を奥に連れていき問い詰める。
「あのあとこころちゃんと話して連絡先を交換したの。そしたら、あんたの楽しい事を探したいってチャットで言われてね。」
「なにそれ、勝手なことしないでよ!」
「いいから行ってきなよ。いざというときは私も止めるから。それにあんたがこころちゃんに言ったことは本当に気にしてないみたいだし。」
「でも……」
「どうせあんた暇でしょ?あんまりごねてんじゃないよ?」
「……」
納得できなくて言い淀んでいると、れい姉の表情が圧力たっぷりの笑顔に変わっていた。その手元には
「これ以上駄々こねるんならぶん殴るよ?いいの?」
というオーラがひしひしと感じられる。あの数珠を持ってると幽霊に触れるようになるのだ。
「行ってきます……」
れい姉に逆らえず、とぼとぼと玄関に戻るとあの娘がまっていた。少しげんなりとした僕とは対照的で早く出かけたそうにうずうずしている。
「行くことにしたよ……あ、えーっと……」
あなたの名前……なんだっけ?
「弦巻こころよ。いきましょ!雄也。」
「弦巻さんね……それで……どこに行くの?」
「うーん……そうだわ!あそこにいきましょ!」
いや何処。
心のなかでツッコミを入れると、いきなり目の前でリムジンが停まり
「こころ様、駒沢様。お乗りください。」
黒服さんが出てきた。
え、なにこれ。今更だけど弦巻さんちってお金持ち?あとなんであそこだけで黒服さんも行き先わかるの?
などなど聞きたいことは尽きなかったけど。
「は、はあ、お邪魔します。」
言い出すとキリがない気がするのでとりあえずリムジンに乗ることにした。
そして目的地へ向かう道中で我に帰って
「昨日はその、あんなこといってごめんなさい。」
と流石に言いすぎたことを弦巻さんに謝ったんだけど。
「?なんのことかしら?」
と彼女は全く気にしていなかった。
そのまま車で揺られること十分程。
「さあ!雄也の楽しいことを探しましょ!」
弦巻さんに連られてきたのは花咲川スマイル遊園地だった。子供の頃お父さんと一緒に行ったりはしてたけど、高校生になって来るとは……
というか……近くの遊園地にこんな高級車で乗り込んでくる人初めて見たよ。リムジンがバス用の駐車スペースで凄まじい存在感を放ってるんだけど……
「そもそも、こんな体でアトラクションなんか楽しめるのかなぁ……」
「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない。」
ぼやいていたら弦巻さんがいきなり手を掴んできた。手元には数珠が握られている。
「そ、それどうしたの!?」
「昨日美麗から借りたのよ。」
とても綺麗だわ。と手につけた数珠を広げて見せてくる弦巻さん。スペアあるとか聞いてないよれい姉ぇ……
「さあ、行きましょう雄也!」
再び僕の手を引っぱる。こうなったら観念して付き合うしかないか……
手を握られてはいたが彼女の体温は感じられなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
冒頭で書いた通り、書いたものがしっくりこなくてプロットから色々見直していました。大まかな流れはできているからと慢心してた結果がこれだよ!!
でも、色々な方がこのお話を読んでくださっていると考えると励みにもなりますし、できる限り雑なものは作りたくないという気持ちにもさせてもらえました。
そして次回でハロハピメンバーが全員集合する予定です。薫さんの言い回しが難しいけど違和感なく仕上げられるようにやってみます。
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作戦会議は突然に
長くなってしまったうえに花音ちゃんだけセリフが一言になってしまいたが……
それではどうぞ。
雄也視点
遊園地で女の子と二人っきり……ほかの人から見たら完全にデートだ。みんな僕見えないけど。
あ、はい。正直に言うと意識はしました……弦巻さんってその、可愛いので……僕じゃ釣り合わないくらいには……
でも、デート?の内容は―――――
「それー!」
止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
僕は弦巻さんの回すコーヒーカップの勢いに耐えられず、背もたれをすり抜けて投げ出され。
「とっても楽しいわ!!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
幽霊なので安全バーが意味をなさず、ジェットコースターから放り出され。
「ヒャッホー!!」
いやぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
揺れる海賊船から思いっきり投げ飛ばされて宙を舞う……そんな有様だった。
ぜ、全然楽しくないよ弦巻さん……これ僕じゃなきゃ死んでるよ……なかなかできない体験だとは思うけどさ……
現在僕は浮遊しすぎて疲れてしまったので屋内のフードコートで休憩中。弦巻さんは園長さんと何か話していた。もうかなりヘトヘトなのにまだ昼前なんだよね……持つかなぁ……
「けど…すっごい楽しんでたよね……」
羨ましいような、意外だったような。そんな気持ちが口を動かした。
最近ペンキを塗りなおしたせいなのか園内は寂れた雰囲気こそなかったけど、アトラクションは懐かしめのものが多かった。
弦巻さんの家はお金持ちみたいだし、もっと広くて立派なテーマパークに行ってそうなものだけど。彼女は全然つまらなそうに見えなかった。
それどころか、普段と変わらず純粋な笑顔でアトラクションを満喫している姿は、陰気な自分には少し眩しかった。
ふと、顔を上げるとフードコートの隅っこに黒いシートにかぶさった大きい何かが置いてあった。ちょっと気になるので見に行ってみる。
「ピアノだ……何かのイベントで演奏したのかな?」
ポルターガイストで弾くことも出来るのだが周りにお客さんがいるので見るだけしかできなかった。
実は幽体離脱したばかりのある時、出来心で楽器店に入り込んでピアノを弾いていたらお客さんがびっくりしてみんな帰っちゃったんだよね……
もちろん後でれい姉にばれて、迷惑をかけるなと散々怒られた。下手に誤魔化そうとしたから数珠パンチも飛んできたよ……
それ以来ピアノには触っていない。制裁が効いたというよりは、好きな演奏で相手に怖がられるのは嫌だったのだ。
幽体離脱する前から、ピアノに向かっている間は嫌な事を忘れられた訳だし、どこかで誰にも迷惑かけないで演奏出来たらなぁ……とシートの上からピアノを撫でていると。
「いいこと思い付いたわ!」
といつの間にか戻ってきていた弦巻さんに声をかけられた。びっくりした……
そして彼女はいきなり
「作戦会議をするわよ!」
といって僕の手を掴んできた。
いや何の作戦立てるの!?というかまさかこれからやるの!?という間もなく僕は遊園地を出る弦巻さんに引きずり回されるのであった。
美咲視点
最近のこころはおかしい。
いやまあもともと普通ではないよ?でも最近は何もないところに話しかけたり、黒服さんと人探しのビラをばら撒いたりとなんかますますアレになったというか……
そしてさっきCIRCLE主催のハロウィンライブの作戦会議をするとメンバーに召集がかかった。やる曲とかが決まってこれから練習ってタイミングで作戦会議って……なんかすごく嫌な予感がする。まあ時間は空いてるしあの3バカを放置したらもっとマズいから行くけどさ……
そして―――――
「さあ、ハロウィンライブの作戦会議をするわよ!」
始まっちゃったかぁ……
「おー!!」
「さあ、儚い作戦会議を始めようか……」
薫さんとはぐみはいつも通りだ。
「ねえこころん、今回ははぐみたちと何を決めるの?」
「あたし、今度のライブにキーボードを入れたいの!今回はその作戦を立てようとおもうわ!」
これまたずいぶん唐突な……
「確かにハロハピにはキーボードがいなかったからね……どんな儚いライブになるか今から楽しみだよ。」
マズい、勝手に盛り上がり始めた。一回止めないと。
「いやちょっと待って。キーボードなんて誰がやるの?」
あたし、改めミッシェルにとか言わないよね?あの手じゃ鍵盤弾けないよ?
「雄也にやってもらうわ!」
「いや誰。」
「雄也は雄也よ。そこにいるじゃない。」
まって何もない席を指して何言ってるの!?どうしようついにこころが幻覚見るようになっちゃったよ……
「どうしましょう花音さん……」
思わず花音さんにこぼす……すると
「ふぇっ!?」
「うわぁ!?びっくりした!」
花音さん?はぐみ?なににびっくりしてるの!?
「!?……は、はか…ない……」
か、薫さん!?なんか顔色悪いけど大丈夫!!?
え、待って。本当になんかいるの!?あたしがおかしいの!?再びこころの指していた場所を見ると。
「うそ、なにこれ……」
自分の目を疑った。さっきまで何もなかったところに学ランを着た男の子がすーっと浮かび上がってきたのだ。
「どうしよう……」
どうしようってこっちのセリフなんだけど……その言葉が喉から先にいくことはなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
次回の話に苦戦中ですが何とか形にできるように頑張ります。
最後に補足ですが、雄也は幽体離脱しても高校の制服をきています。着替えられないのでそのままです。
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ジバク霊
出来上がるまで結構色々考え、悩みながら書いたものですが
もしよければ読んでいってください。
雄也視点
弦巻さんに連れ出されたあと僕はリムジンの中で黒服さんから大まかな事情は教えてもらった。
彼女がガールズバンドでボーカルをしていること、この後急遽自宅で次のライブの作戦会議を行うこと。
そこまで聞いて彼女のやりたいことは大方予想できた。それと同時に嫌な予感も……
そして、その嫌な予感は的中してしまった。
作戦会議が始まって早々、最初はとても賑やかだったメンバーの皆さんが急に僕が見えるようになって静まり返ってしまった。というか一人に至っては気絶しちゃったよ……
気まずい……どうしよう……今すごく帰りたいんだけど……
とすでに居たたまれなくなっていると───
「え、えーっと……君が、こころちゃんの言ってた人?」
水色の髪の人が聞いてきた。
「あ……はい……駒沢雄也です……」
「い、いつからいたの……?」
「さ、最初から……です。」
「も、もしかして……幽霊……なの……?」
「……はい……」
「「「!!?」」」
皆の表情が一変した。もうやだ立って回れ右してダッシュで帰りたい!!
けどこの空気を何とかしないと僕のせいで作戦会議が───
「あ、いや、でも僕死んだわけではないですし祟ったり呪ったりもできませんしその……あの……」
「…」
取り繕えてない怖がらせてる!!なに余計なこと言っちゃってるの僕!?
「そ、そうなんだ……」
やっぱり引かれちゃったよ!せっかく怖いのこらえて話しかけてきてくれたのに!!
再び場が静まり返ってしまった。
どうしよう待ってどうしようどうしよう……駄目だパニックで考えが形にならない!!
「すごいわ!雄也は幽霊だったのね!あたし初めて見たわ!」
え───
ある意味、この弦巻さんの唐突な天然ボケがとどめだった。ここでパニックに追い打ちをかけるように遊園地の疲れがぶり返し、僕は色々と限界を超えて完全にフリーズしてしまった。
それからしばらく頭を抱えて動けなくなっていると──
「だ、大丈夫……?」
水色髪の人が心配そうに声を掛けてきた。
おそるおそる顔を上げると既に怖がっている人はいなくて……というか弦巻さん以外はみんな困惑と心配が混じったような目でこっちを見ていた。気絶していた人も含めて。
僕が一人でテンパって自爆したのが結果的にプラスに働いたみたいだ。
そして結局、作戦会議は翌日に持ち越しとなった。
「おかえり。なんか大変だったみたいだけど……大丈夫?」
ふらふらになりながら帰宅すると、れい姉が心配そうに出迎えてきた。事情は弦巻さんから聞いたのかな?自分が叩き出した手前、責任を感じているのだろう。
「だいじょーぶ……」
なんとか返事をするけど、想像以上に死にそうな声になってしまった。
「いや全然そう見えないから……嫌なら、こころちゃんに私も言うけど……」
「いい……いわないで……」
もう何も考えたくなかった。
読んでいただきありがとうございます。
本来ははぐみとこころで場を和ませる予定だったのですが。こころ以外がハピハピ島のイベントで普通にお化けを怖がっていたのでボツにしました。
そこからどう軌道修正して話をつなげるものかと色々考えた結果、雄也に自爆してもらうことになりました。
今回は結構悩まされましたがこの話のおかげで別のボツにしていた案が復活できそうです。お楽しみに。
最後に昨日のルーキー日刊で58位になれました!!皆さんにここまで読んでもらえるとは……本当にありがとうございます!!
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意外なとこから仲直り
前回に引き続き、今回も苦戦しました。
説明不足なせいで、少々唐突な展開になってしまいましたがよければご覧ください。
美咲視点
「はぁ…」
作戦会議の帰宅中にため息をつく。
まさかこころが幽霊連れてくるとは思わなかったよ……
でも、めちゃくちゃテンパってて最終的に頭抱えて固まっちゃったのを見てたらぜんぜん怖くなくなってしまった。
というかむしろ、びっくりして何も言えなかったせいで彼を沈没させちゃったことが申し訳ないというか……
それは他のメンバーも同じだったようで、普段は賑やかなのに今回はみんな黙りこんだまま一緒に帰宅中だ。こんな状況はなかなかない。
「明日……作戦会議の前にみんなで雄也くんに謝らない……?」
気まずい気持ちを晴らそうとするように花音さんが提案してきた。確かにこのままだと明日彼はとても来づらいだろうし、私も出来ることならそうしたいんだけど……
「でも花音さん、あたしたち駒沢君が普段どこにいるかわからないですよ?」
「あ……」
こころや黒服さんなら知ってるとは思う。けど正直、このことはびっくりしてしまった四人で済ませたいというか………
「ちょっと待ってほしい美咲、駒沢君というのは彼のことかい?」
突然薫さんが聞いてきた。そういえば気絶してたから知らないのか。
「そうですけど……どうかしたんですか?」
「い、いや、少し……思い当たる人がいてね……」
どこか歯切れが悪いのは何故だろう……
美麗視点
「はぁ……しくじったかなぁ…」
雄也が帰ってくる前に黒服さんから事情を伝えられて私は目頭を押さえた。
正直、バンドのメンバーとライブするという案は悪くはないとは思う。楽器店でのやらかしを繰り返さないようにするのが大前提だけど、雄也は演奏が好きだからプラスに働きそうな気がする。
でもさ、勢いで突っ走りすぎだよ……これだとあいつ明日の作戦会議に行き辛いじゃん……
ちなみにその雄也だが帰って来るや否や廊下にぶっ倒れてそのまま寝てしまった。まだ日が暮れたばかりでこれだから相当疲れたのだろう。
幸い、まだ雄也はこころちゃんを拒絶していなかったので手詰まりではないはず。今から黒服さんに頼んでメンバーの人達に説明しても遅くないか?と考えていると、急にチャットの通知が来た。
「ん?また随分と久しぶりな……」
羽女時代の後輩からだった。同じ部活だったのだが、私が卒業してからは色々忙しいらしくてほとんど連絡はしていない。
そもそも彼女は私のこと苦手だと思っていたのにいきなりどうしたんだろう?何故か[拝啓───]から始まり、延々続いているチャットを流し読んでいると。
「ん!?」
思わず目を疑った。
[――――ところで、駒沢雄也という儚い幽霊をご存知ないかな?]
と書いてあったのだ。
え、どういうこと?一体どうなってるの……?
雄也視点
「ん……」
気がついたら床の上だった。
帰ってきてそのまま廊下で寝てたようだ。といってもれい姉が住んでいるのは学生アパートだから寝る時は大抵こんな感じだけどね……見た目は酷いけど寒さは感じないし壁とかをすり抜けるので全然不便じゃないし。それに母さんはいつも家を空けてて、ついでに元々嫌いなのでこっちの方が居心地がずっと良い。
まあ、れい姉の部屋周辺、風呂場、トイレにはお
キッチンの時計を見てみるとまだ6時にもなっていなかった。TVはれい姉の部屋にしかないので外に出て景色を眺めていると
「おはよう。大丈夫?」
しばらくして、れい姉が起きて出てきた。寝間着じゃなくてちゃんと着替えているのでもう部屋に入っても大丈夫だろう。
「大丈夫、それよりもさ…昨日の事はどこまで知ってるの?」
部屋に上がり込んで早速質問する。起きたばかりで申し訳ないけど今日のことで相談に乗ってほしかった。
「だいたい黒服さんに聞いたよ。で、そのことなんだけどさ……」
ん、どうしたの?
「あんたが脅かした人達が謝りたいんだって。どうする?」
「え?なんで?」
「その人達の中に、私の後輩もいたのよ。」
「いやそこも気にはなったけど……なんで謝まりに来るの?」
「詳しくは知らない。[昨日の失礼をお詫びしたい]としか聞いてなかったから。」
いや失礼なことしたのはこっちなんじゃ……とは思ったが、とりあえず話を聞いてみることにした。
そして、しばらくして―――――
「その……ごめん。」
「ごめんなさい!」
「ごめんね……」
「申し訳ない!」
昨日の4人が本当に謝りに来てしまった。
「いやそのえっと……謝らないといけないのってこっちじゃ……」
結局理由がわからず戸惑っていると。
「びっくりしてたとはいえ、黙ってるあたし達に色々と気を使わせちゃったのがちょっと……」
「はぐみがびっくりしちゃったこと、気にしてるんじゃないかなって……」
「私がしっかり話をできていればそもそも……」
「私に至っては気絶してしまった。どう償えばよいか……!」
そこまで気にしてたの!?
「い、いや……!」
どうしよう、せっかく来てくれたのに気の効いた言葉が出てこないよ……
すると
「はいはいそこまで!」
手を叩く音がした。れい姉だ。
「そんなに謝らなくても最初から雄也は怒ってないし、あなた達ももうこいつが怖くないんでしょ?」
皆が頷く。
「なら、このまま続けるとごめんなさいの悪循環で余計に気まずくなるよ?」
れい姉がいてくれて良かった……
「だからさ、この事はお互い水に流そう?それに―――――」
それに?
「せっかく皆来たんだしさ、こころちゃんも呼んでここで作戦会議しない?」
ということでれい姉の部屋で作戦会議が行われることになった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
キャラのセリフを考えるのって難しいですね。「なんか違う気がする……」って何回もなりました。
薫さんとれい姉に何があったかは作戦会議後に番外編で書ければな、と考えています。
最後になりますが、評価、お気に入り登録をしてくださってありがとうございます。評価バーに色がついててびっくりしました。皆さんの期待にどこまで応えられるかはわかりませんが、しっかり完結できるように頑張ります!!
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7人目のハロー!ハッピーワールド(上)
今回はスマホからの投稿なので読みづらかったらすみません。
では、どうぞ!
雄也視点
「お邪魔するわ!」
程なく弦巻さんがアパートに来てくれたので、部屋のローテーブルを囲んで作戦会議が再開した。
最初はバンドの人たちとの自己紹介だ。ちなみに、れい姉は部屋が狭くなってしまったので買い物に行ってる。
「え、えっと……
なんか湿っぽい感じになっちゃったよ……こういうの苦手なんだよね……って引きずっちゃダメだ!せっかく立て直してくれたんだから!
と、とりあえず、バンドのことを聞いてみよう。
「その、弦巻さん達のバンドってどんな名前なの?」
「ハロー!ハッピーワールドよ!」
「ど、弦巻さんらしいね……」
思わずどストレートって言いかけてしまった。
「あたしたちは世界を笑顔にするために活動しているの!!」
「世界って……壮大すぎない……?」
「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない。」
目標が途方もなさすぎる……
「そういえば、駒沢君はこころとどこで知り合ったの?」
僕が困っているのを察してか、黒髪の人が声を掛けてきた。
「公園で一人ですごしてたら見つかって……次の日からは散々追っかけ回されてました……」
「あー…こころが変なのはそういうことだったんだ…あ、あたしは奥沢美咲。同じ一年生だから敬語じゃなくて大丈夫だよ?」
一瞬遠い目をしてたようにみえたけど……どうしたんだろう?
「えっと、奥沢さんはバンドで何をやってるの?」
「ライブの手続きや準備のお手伝いかな。あとこころの鼻歌を基に作曲したりとか色々……」
それって凄い大変なんじゃ……なんか弦巻さんって急に歌い出したりするし。
「美咲の作る曲はとーっても素敵なの!」
「それにミッシェルを連れてきてくれるのはいつもみーくんだよね!」
「……」
弦巻さんとオレンジ髪の人に誉められ、照れくささからか顔を反らす奥沢さん。ミッシェルが誰かも気になるけどオレンジ髪の君は……
「北沢はぐみだよ!ハロハピではベースやってんだ!よろしくね、ゆーくん!」
「よ、よろしく……」
昨日あったばかりでゆーくんって……この人、弦巻さん並に元気そう……
「それでね!ふわふわしている先輩がかのちゃん先輩で儚い先輩が薫君だよ!」
あ、勢い余ってフライングしちゃった……というか儚い先輩ってなにさ……
「ふわふわって……あ、ドラムの松原花音です。二年生だけどかしこまらないで大丈夫だよ。よろしくね。」
松原先輩……なんか自分と近いものを感じるような……
「儚い先輩ことギター担当の瀬田薫だよ。よろしく。雄也。」
「よ、よろしくお願いします。なんか……役者さんみたいですね。」
最後は儚い先輩こと瀬田先輩。手を前に据えて軽く礼をする姿はとても凛々しかった。わざわざローテーブルから立ち上がってやることでは無いと思うけど……
「みたい、ではないよ。私は演劇部に所属しているんだ。」
本当に役者さんだったとは…… ん、演劇部に?ということは……
「もしかして……れい姉の言ってた後輩って……」
「あ、ああ、そうだよ。美麗さんには色々お世話になってね……儚い先輩だったよ……」
さっきまでの余裕のあった表情が一変、少し青ざめて冷や汗をかいている。この人、僕をみて気絶しちゃってたしきっと心霊絡みで何かあったんだよね……
あと、れい姉に儚げな所は多分無いと思います……あの人悪霊とかは力業でねじ伏せちゃうみたいなので……
ちなみに羽女演劇部は近々練習公演をするらしい。その主演は瀬田先輩だそうだ。
「これで……全員?」
「いいえ、まだミッシェルが自己紹介してないわ。」
弦巻さんがわくわくしている。さっきも話が出てたけど一体ミッシェルさんって誰なんだろう?まさかこのバンド、外国人もいるとか?
「え、待ってこころ。ミッシェル呼ぶの!?多分廊下につっかえると思うんだけど……」
ん!?ミッシェルさん廊下通れるか怪しい位太ってるの!?それだと下の人の迷惑になるんじゃ……
「きっとミッシェルなら大丈夫よ。」
「そーだよみーくん!ミッシェルだけ仲間外れは可哀想じゃん!」
「ミッシェルはハロハピの守護神だからね、きっと雄也も笑顔にしてくれるさ。」
「はーもうわかった……呼んでくるからちょっと待ってて……」
結局、弦巻さんと北沢さん、更に瀬田先輩に押し負けた奥沢さんはどこか諦めた様子でミッシェルを呼びに出ていった。松原先輩だけ苦笑いをしているように見えるのがますます謎だ。
ミッシェルさん……一体どんな人なんだろう……
「ぐえっ。」
そんなことを考えながらしばらく待っていると、玄関が開く音がして誰かのうめき声がした。来たのかな?と思い向かってみると───
「くっ、熊!?」
ピンクのでっかい熊さんが玄関のドアにつっかえていた。
「「ミッシェルー!!」」
ビックリしている僕をすり抜けて弦巻さんと北沢さんが熊さんに突っ込む。突進&ハグの勢いでドア枠から外れて尻餅をつく熊さんだったが。
「うぐっ……こころちゃん、はぐみちゃん……助かったけどちょーっと痛かったよー……」
く、熊が喋った……!!
「ハロー!ハッピーワールドのDJ兼マスコットのミッシェルだよー。よろしくー」
二人にどいてもらい立ち上がった熊さんが挨拶してくる。幻聴……じゃないね。
「こ、駒沢雄也です……よろしく……」
あれ?そういえば奥沢さんがいない。
「あ、あの……奥沢さんとすれ違いませんでした?あなたを呼んでくるって言ってたんですが……」
「あ~……美咲ちゃんとはちょっとはぐれちゃってねー……」
何故か奥沢さんのため息が聞こえた気がした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
雄也は今のところミッシェル=美咲というのが解ってません。晴れて3バカが4バカになりました。
あと、雄也の高校はいじめが横行してるようにもとられかねないため絶対にありそうにない高校名にしました。流石にこんな高校ないですよね?
次回はほぼ出来ているので明日投稿しようと思います。
P.S.前々回にあたるジバク霊のUAが前話を超えてて笑ってしまいました。たくさんのUAありがとうございます。
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7人目のハロー!ハッピーワールド(下)
ようやく雄也がハロハピメンバーになります。
では、どうぞ!
雄也視点
結局、ミッシェルは部屋に入れなくて「後で美咲ちゃんから内容を教えてもらうよー」といって帰っていった。
程なく奥沢さんが帰ってきて作戦会議が再開したのだが、一体どこいってたんだろう……?
「とりあえず、こころは駒沢くんをライブに参加させたいんだよね?」
早速その奥沢さんが切り出した。
「そうよ!あたしたちと一緒に演奏すれば雄也もきっと笑顔になると思うの!」
「いやでもさー……」
そういいながらこっちを見る。
「駒沢君って普通は見えないんだよね……」
「うん……」
早速壁にぶつかってしまった。
僕が演奏してもお客さんには勝手にキーボードが鳴ってるようにしか見えない。それで怖がって帰られるのは辛いし、何より皆や他のバンド、スタジオにも迷惑がかかってしまう。
ライブに興味がないというと嘘だけど、そもそも僕は一人で怖がられずに演奏できれば良いわけだし……
「そんなに困ってどうしたのかしら?ライブはとても楽しいと思うのだけど?」
「いやいやお客さん怖がっちゃうから……」
やっぱり無理だよ……と、早々に諦めようとしていたら───
「自動で鳴るキーボードで通せないかな……?」
提案してきたのは松原先輩だった。
「自動で鳴るキーボード?」
「うん。昔弟と博物館に行った時に見たことがあって……ハロウィンライブだから雰囲気は悪くないかなと思ったんだけど……」
「うーん……やるならそれ位しかないですかね……いや、でもウチならいけるか……?」
え、それで通せるの奥沢さん?みんないつもどんなライブしてるの?
「ねえねえ、ゆーくんはキーボードできるの?」
今度は北沢さんが聞いてきた。
「ピアノはやってたよ。幽霊だから鍵盤には触れないけどこうすれば……」
ポルターガイストでレースカーテンを波打たせる。弦巻さんと北沢さんからおー。と歓声が上がった。長時間はまだしんどいんだけどね。
「すごいわ雄也!あなたは魔法が使えるのね!」
「いや、魔法というより……」
「ねぇねぇ!今のカーテンふわっとしたやつ!もっかいやって!!」
「ま、待って、今会議中……」
「───とりあえず、演奏もできると……それじゃあキーボードパートの書き足しは……」
目を輝かせる北沢さんと弦巻さんにしどろもどろの僕をよそに奥沢さんがすすめていく。
「それは私がやるよ。美咲はまりなさんへの連絡をお願いできるかな?」
「あ、了解です。」
楽譜の書き足しは瀬田先輩が、まりなさんが誰なのかは分からないけどその人への連絡は奥沢さんがやるみたいだ。
「決まりね!!」
弦巻さんが喜んでいる。奥沢さん、手際良すぎでしょ……
こうして僕はハロー!ハッピーワールドとライブに出ることになってしまった。
練習場所と楽器に関しては弦巻さんの家にいけば良いそうなので迷惑にはならない。
まさかこんなに早く演奏ができるようになるとは思わなかったよ……でも
本当に自動キーボードで通っちゃったら本番失敗できないじゃん!!あと楽譜あったら変だし
と、僕は始まる前からプレッシャーに押し潰されそうだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回からは番外編を一つ挟んでハロハピメンバーとの交流を書いて行く予定です。
投稿頻度はあまり早くできませんが、他のバンドからのゲストも考えているのでお楽しみに!
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番外編 演劇部監督:駒沢美麗
今回は番外編、羽女時代のれい姉と薫さんに何があったのか。です。
季節はちょうど5月くらいのイメージです。
久しぶりに思いっきり書けたのはよかったんですが、説明だらけになってしまいました・・・それでもよければ読んでいって下さい
美麗視点
「今日の練習はここまで。みんなしっかり休んでね。お疲れさまでした!」
「「「お疲れさまでした!!」」」
定期公演に向けての体育館練習が終わり、部員達の挨拶が響いた。
本番まであと少し、今年の新入部員には麻弥ちゃんに薫と凄いのが二人も入ってきている。一年生は今回が初の定期公演だけど今から活躍が楽しみだ!
そう心を躍らせながら帰宅準備をしていると
「少しいいかな?監督。」
その凄い後輩の一人、瀬田薫に呼び止められた。
彼女は役者側だが、入部当時から演技力に関してはずば抜けていて、監督の私に指摘されることが本当に少なかった。彼女曰く、演じることは至高の喜び。だそうだ。
それに、中性的なルックスと、私以上の高身長。そして詩的な言動のお陰でとにかく同性からモテる。実際、今日の練習にもファンが押し掛けて来ていた。まあ、お陰でこっちは下駄箱にラブレター入れられる事が減って助かってはいるけどね……私そっちの趣味ないからさ……
ただ、その言動は誰であっても変わらない上、廊下でいきなり劇の練習を始める等、何かと奇行の噂が絶えない人でもあった。先輩や先生を口説くのはやめてほしいと何度言えば……
「どしたの?いきなり呼び止めて。」
「いや、貴方の秘密を知りたくてね。」
ほらいきなりこれだよ……
「ちゃんと解るように言ってくれない?」
「失礼、監督の的確な指摘はどこから来るのかご教授願いたい。といったところかな?」
うーん、そういうことか……弱ったな……
確かに私の演技指導は、登場人物の性格だけではなく、状況や世界観なんかを深く考え、噛み砕いた上で、演技とのズレを指摘してくるので解りやすいとよく言われる。
そういうことができる理由は私が昔から色々な幽霊と関わってきたからだ。
幽体離脱にしても、既に亡くなってしまったにしても理由や経緯はある。霊感がある私は昔からそういう重く、生々しい話や悩みを聞いて来ていたし、逆に人生経験が豊富な幽霊に相談に乗ってもらったことも沢山あった。
まあたまに質の悪いのに目をつけられてしまって、除霊しに行ったこともしばしばなんだけどね……
とにかく、そういう経験が、演じる役の立場や背景、心境を踏まえた的確な指摘に繋がっているんだと思う。
だけど、霊感があることは皆に内緒にしてるんだよね……とはいえ、演技に対して真面目な薫に適当なこといって誤魔化すのもなぁ……
「教えるのはいいんだけどさ、あまりおすすめはできないよ?」
仕方ない、ここは薫の熱意に応えよう。
「ああ、構わないよ。子猫ちゃんの事を知れるなら危険など覚悟の上さ。」
そんな大げさな。悪霊とかには会わせないし、もし鉢合わせしたらこっちが先に
「それと、このことは内緒にするって先に約束してくれる?」
「つまり、二人だけの秘密ということだね。なんて儚い……」
「はぁ……いい加減なことばっかり言ってると教えないよ?」
なんか既に後悔しそうだけど、言ってしまったことは撤回できない。
とりあえず、最近悩みを聞いてる幽体離脱者の所に連れていくことにした。
雄也視点
「───そして、幽霊を見た薫は立ったまま白目剥いて気絶しちゃってね。」
「……」
そういうことだったんだ……まさか甥の僕まで瀬田先輩を気絶させてしまってたなんて……
「それで……練習に支障は出なかったの?」
「全然?薫は練習になると真剣そのものだから。本番も大成功だったよ。練習終わるとちょっと怖がってたけど。」
先輩よっぽど怖かったんだろうなぁ……れい姉って恐怖心に関しては完全にマヒしてそうだし……
「でも流石に夏合宿はやりすぎたかなぁ。怪談でまた気絶させちゃって。」
「いや何してるのさ……」
この人の
「まあとにかく、薫の演技力は凄いよ。私が保証する。練習公演だから多分衣装はないけど気にならないと思う。」
せっかくだし私もいこうかなーとノリノリだ。一体、瀬田先輩の演技はどこまで凄いんだろう?
おまけ
雄也「そういえば、れい姉モテたんだ……」
れい姉「モテたのは同性からだし、薫程じゃないけどね。後輩や同級生の悩みもよく聞いていたし、放課後に幽霊と話していることを隠してたからなんかミステリアスな感じに見えたんじゃない?」
雄也(やっぱりれい姉ってお人好しで優しいよね。)
れい姉「そっちの気とか全くないから報われないのに……振るのだって心が痛むしさ、ちゃんと異性と恋愛してほしいんだけど……」
雄也「女子高でそんなこと言ったって……」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
なんか書けば書くほどれい姉にスポットライトが当たる感じになってしまいました。
ちなみに彼女、子供の頃から修羅場をくぐって来てるので結構強いです。
そして次回は雄也とハロハピメンバーの交流です。誰にスポットを当てるかはお楽しみに!
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瀬田先輩に誘われて
またしても遅くなってしまってごめんなさい。時間はとれないわ思ったように作れないわで大変でした。
今回薫さんにスポットを当てる予定だったんですが。あれもこれもと色々話を膨らませていたら長くなってしまい、彼女のセリフがなくなってしまいました。
その代わりハロハピ以外からゲストが出ますので、よければ読んでいってください。
雄也視点
どうしよう……
街灯に座りながらぼんやりと考える。
以前の作戦会議で僕は弦巻家という演奏ができる環境ができた。彼女は大豪邸に住んでいるので音が外に漏れることはない。おまけに楽器も一通り用意してある。まさかここまで理想的な場所があるなんて……
「雄也ー!降りてきてー!」
その代わりと言うべきか、弦巻さんたちとライブに出ることになってしまった。
それはいいんだけどさ、僕のことを自動キーボードとしてスタジオを通そうって……暗譜でなおかつ本番ノーミスとか無理に決まってるよ……演奏はしたいけどやっぱり今から断って……
「ああもう……降りて来いっての!!」
「いっ!!?」
突然体に電流が走り、僕は街灯から落っこちた。
何とか浮遊をブレーキにして着地するとれい姉が腰に手を当ててこっちを睨んでいた。片足だけ靴下なのはお
「街灯で座ったまま何ボーッとしてんの、返事くらいしなさいって。」
「ごめん、ちょっと考えごと。それで……どうしたの?」
「いやどうしたも何も。薫の練習講演見に行くんでしょ?」
あ、そうだった……
練習講演の場所は羽女の体育館。時間に結構余裕をもって到着したんだけどすでに何人もお客さんが来ていた。れい姉曰くみんな瀬田先輩のファンだそうだ。
よく見ると弦巻さんと同じ制服やどういうわけか私服の人までいる。もともとは部室でのちょっとした練習だったのが、瀬田先輩が人気になりすぎて最終的に体育館を使っての一般公開を時々行うようになったらしい。そんな事になるくらい有名人だったなんて……なんか気絶させた罪悪感が……
ってそうだ、まだ時間あるんだし……
「れい姉、この時間で後輩に会ってきたら?」
開演まで待とうとするれい姉に提案してみた。せっかく母校にまできて僕に付きっきりってうのも難だし、ステージに出入りする人もあまりいないから準備も終わっているかもしれない。
[いいの?]
スマホで文字を打ち込んで返してきた。僕との会話は端からみたら独り言にしか見えないので外ではいつもこんな感じだ。
「うん、開演までのんびりまってるよ。」
[了解。あ、あと薫から伝言。劇の感想聞きたいから終わったら屋上に来て欲しいって。]
そう書き残してれい姉はステージに向かっていった。
美麗視点
雄也に促されてステージに向かうと、舞台袖入り口で懐かしい顔を見つけた。
「あ!麻弥ちゃん久しぶり!」
「駒沢先輩!来てくださったんですか!?忙しいのにありがとうございます!」
TVではなく本人に会うのは久しぶりだ。舞台監督の彼女がここで待機をしているということはもう準備はあらかた済んだのだろう。
「いやいや私よりも麻弥ちゃんのほうが毎日忙しいでしょ。ちゃんと休んでる?」
「まあ、それなりに……」
あなたがアイドルになるなんてね。何も聞かされてなかったから初めてTVで観たとき本当にびっくりしたよ。
「あ、そうそう。こないだの無人島ロケみたよ。大活躍だったじゃん。」
「観てくれたんですか!?いや~恐縮です!」
フヘヘ……と照れ臭そうに笑う麻弥ちゃんと話しながら舞台袖にお邪魔すると、待機していた後輩たちが話に参加して一気に賑やかになった。その中には「おね……先輩……」となんか顔を赤らめてもじもじしている子もいるけど……うん。見なかったことにしよう。
そんな中ふと大道具をみてみると、お城の外壁みたいなのが結構目立った。あれ?これって……
「そういえば、今回の練習公演ってなにやるの?」
気になって質問してみる。おおよそ見当はついてはいるけど。
「いやー……あの王子の話をやる予定だったんですが……」
あ、やっぱり……ってあの話バッドエンドじゃん。雄也を招待するにはどうにもチョイスがずれてるような……
そして――――
「もしかして、なんかあったの?」
一番引っかかったのが麻弥ちゃんたち後輩がどこか浮かない顔をしていることだった。
「実は薫さんが……かくかくしかじかで……」
「うん……うん―――――え、はぁ!!!?」
麻弥ちゃんから顛末を聞いた私は思わず叫んでしまった。
それくらい薫はとんでもないことをやろうとしていたのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ということで、今回のゲストは大和麻弥ちゃんでした!名前の漢字を間違えまくったり言い回しで苦労したりしましたが、それっぽく書けていれば嬉しいです。
今回は思ったように話を作れず時間がかかってしまいました。でも今はGWなのでこれから思いっきり時間を割こうと思います。
次回は薫さんが大活躍する予定なのでお楽しみに。
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まさかまさかのサプライズ
今回が正真正銘の薫さん回です。
では、どうぞ。
雄也視点
劇が始まる少し前にれい姉は戻ってきた。
「おかえり……ってなんかあった?」
なんか表情が明らかに硬いけど。
「ううん、別に。」
全くそう見えないんですけど……一体後輩さん達と何を話していたのだろう?
程なく劇が始まったので追及は出来なかった。
演劇の舞台は中世のヨーロッパ。瀬田先輩が演じるのは主役の王子だった。
最初は他国の姫との婚約が決まり、次期国王としての即位が約束されるなど幸せの絶頂期を迎えた王子だったけど、それを妬む王子の妹や姫側の家臣の暗躍で次第に暗雲が立ち込めていく。
その結果、王子は召使いとの蜜月や自分の家臣を殺害した等の様々な濡れ衣を着せられてしまい婚約は破棄に、それどころか城内で孤立し、自分が暗殺されるうわさまで流れ始めた。
終盤、生き延びようと城から逃げ出した王子だったが。追手との交戦で負傷。走ることができなくなって膝を付いてしまった。
「もう……私は名誉も、地位も、愛する人も……何もかも無い……じきにここにも追手が来るだろう……もはや……」
自決しようと剣に手をかけようとしたが、手が震えて取りこぼす。剣を拾い上げることをあきらめそのまま倒れこむ王子。
貶められて全てを無くし、信じていた人達から無惨に殺される。そんな境遇とそれを見てきたかのように演じる瀬田先輩に引っ張られ、自分の気分まで暗くなりかけていたその時───
「どうしたの?そんなところで寝ていたら風邪をひくわよ。」
突然一人の少女が現れ、動かない王子に話しかけた……ってあれ弦巻さんじゃん!!そんなところで何してるの!?
思わぬ事態に唖然とする僕をよそに劇は進んでいく。
「ああ……私が見ているのは幻か!目の前に儚い少女がみえる!」
「幻なんかじゃないわ。あたしはここにいるもの。」
「あ、いやすまない、あまりに君が可憐だったもので……お詫びをしたいところだが、ここにいるのは危険だ。早くここから逃げてくれ。」
「そんなの嫌よ!目の前で寝ている人を放っておけるわけないじゃない!」
「私は居場所のない追われる身だ、助けたりなんかしたら君も同じになってしまう……だから……!」
「それなら、あたしと一緒にその居場所を探しましょう!大丈夫!世界は広いもの。きっと二人の居場所もあるわ!」
結局、謎の少女に励まされ、奮い立った王子は追手相手に無双。そのまま少女と二人で新天地を求めて旅を始めたところで劇の幕は下りた。
「お、お疲れ様です…」
劇が終わったので屋上に向かうと、先に瀬田先輩が来ていた。ちなみにれい姉は今後輩たちと話している。
「やあ、来てくれたんだね。雄也。」
「約束してましたし……あれ、弦巻さんは?」
「こころは用事が出来てしまってね。自分の感想も聞かせてほしい。と伝言を預かっているよ。」
急に出てきたのにそんなこと言われても……
「それで、私たちの演劇はどうだったかな?」
「いや、もうすごかったです……」
演技力にれい姉が太鼓判を押すのも納得だった。まともな感想が出てこなかったのは演技に見入ってしまっていたのもあるけど……
「すいませんこんな感想で……いきなり知り合いが出てきたからびっくりしちゃって……」
単純にあのシーンで全部持っていかれたからだった。
「それは仕方ないさ、本来こうなる予定ではなかったからね。」
へ?どういうこと?
「あの話、本当は悲劇なんだ。」
「え!?じゃああの終わり方は…?」
「私からこころにお願いしたのさ、幽霊になってしまった君にあの結末はふさわしくないと思ったからね。」
「え、じゃあ台本とかはどうしたんですか!?」
「こころと何回か打ち合わせはしたけど、台本はないよ。」
アドリブであそこまでやったの!?なんという荒業……
これは後で解ったことなのだが、実はあのアドリブ、演出が控えめだった上に、巻き込まれた役者さんは倒された追手の兵隊だけなので、ほかの部員への負担はほとんどなかったそうだ。
「その……わざわざすみません。」
正直、ありがたさより申し訳なさのほうが上というか……
「大したことはないよ。私もハロハピのメンバーだからね。」
ハロハピだからで済ませちゃうんだ……
「それに、かのシェイクスピアも言っていた。
『楽しんでやる苦労は苦痛を癒すものだ』
……とね。」
「それって……どういうことです?」
「君の取り方次第だよ。雄也。」
「えー……」
そこでぼかすんですか……?
「あ、いたいた。薫せんぱーい!」
突然屋上の扉が開き、二人の女の子が出てきた。一人は弦巻さんと同じ、花咲川の制服を着ている。
「ひまりちゃんにりみちゃん。君たちも舞台を観にきていたんだね。」
「はい、もちろんですよ!!」
「薫さん……今日もめっちゃかっこよかったです……!」
「子猫ちゃん達の期待に応えられて、私も嬉しいよ。」
「こっ…子猫ちゃんって……」
花咲の子が真っ赤になる。
「薫さんは何をしていたんですか?」
「私は……そうだね、風と語らっている。といったところかな?」
「「か、かっこいい……!」」
きゃーっとテンションが跳ね上がる二人。ほ、ホントにカッコイイ……僕がやったら絶対滑るもんこんなの……
いくら僕が二人から見えないとはいえ、居座るのは気まずいので瀬田先輩に静かに一礼して屋上を後にした。
楽しんでやる苦労は苦痛を癒す
……いったいどうすればいいのだろう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ということで、今回のゲストはりみとひまりでした!
次回は練習回です。大体出来ているので投稿はやく出来ると思います。お楽しみに!
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言葉でなくても伝わるもの
今回は宣言通り練習回です。
現時点で一番長い話になっていますが読んでいただけると嬉しいです。
雄也視点
瀬田先輩の練習講演が終わってから、事態が動くのはとても早かった。
まず、まりなさんというスタッフの人からは二つ返事でOKが出た。
どうやら奥沢さんと話す前に黒服さんが僕の事を含めた事情説明をしてくれていたようだ。
奥沢さん曰くまりなさんは
「まあ確かに色々とびっくりしたけど。動物を連れて来たいとか、演劇風のライブをしたいとかよりはね~……」
といってたそうだ。色々ツッコミたかったけど楽譜は上手く隠してくれるそうなので暗譜をしないで済むのはホントに助かる。ちなみに、黒服さんから話を聞いたお陰かまりなさんも僕がみえるようになった。
その奥沢さんが瀬田先輩のサポートに回ってくれた事でキーボードパートの追加も急ピッチで進んでいった。
その結果、今僕はCIRCLEでハロハピの放課後練習に参加している。作戦会議から1週間弱、練習講演が終わってわずか数日でこの進みようだ。こうなってしまった以上はもう腹をくくって自動キーボードとしての役割を全うしないと……
そう思っていたのだけれど……
「雄也、大丈夫かい?」
「ゆーくん大丈夫?」
(できなくなっていってる……なんで……?)
「雄也……君?」
(瀬田先輩のあの発言からどんどん遠ざかってる。まだ長時間の演奏は厳しいから悪化だけは避けたいのに……おまけにこの体じゃお手伝いもろくにできないからみんなに迷惑かけっぱなしだ……やっぱり自分じゃ無理だって今からでも言った方が……)
周りの声が聞こえないままうなだれていたら───
「ゆうやー?」
「うわあ!!?」
目の前が弦巻さんの顔面アップになり、びっくりして尻もちをついてしまった。
「ど、どうしたの弦巻さん……?」
心臓止まるかと思った……
「さっきから返事しないで下を向いてたけれど、もしかしてお腹が痛いのかしら?」
「あ……ごめん、ちょっと反省してて……お腹は大丈夫」
「反省なんかしなくても、ちゃんと弾けてると思うわ」
確かにブランクの割にはできていると思うけど……
「でも、ミスばっかりじゃん……自動キーボードなのに」
「本番までまだ時間はあるんだし、練習だって始めたばっかりじゃない。きっと大丈夫よ」
そうかなぁ……
「それに、じどうキーボード?だって失敗すること位あると思うわ!」
「いやそれはないと思うよ……」
そういうのってプログラム通り機械が弾くんじゃないの?
「こころ、とりあえず一回休憩しない?駒沢君も疲れてるみたいだし」
ミッシェルが提案してきた。確かに練習開始からもう二時間。これ以上はしんどい……
すると弦巻さんは少し何か考えるようなそぶりをして……
「そうだわ!休憩中にみんなであれを見ましょ!」
と言うといきなり部屋を飛び出していった。そして数分後、彼女はプロジェクターとノートパソコンを、続いて黒服さんが2人がかりでスクリーンを運んできた。黒服さん、あんな短時間でどうやって合流したんだろう?
「弦巻さん、これから何を観るの?」
「それは観てからのお楽しみよ」
「もしかして、こないだの試合かな?はぐみが大活躍したやつ!」
「いいや、私の舞台かもしれないよ」
「そ、そうなのかな……?」
ミッシェルが「ちょっと着替えてきます……」という謎の一言を残して退室しまったので、松原先輩が控えめに突っ込もうとしていた。
そして、ミッシェルと入れ替わるかのように奥沢さんが戻ってきたところで上映が始まった。
「これって……ハロハピのライブ?」
映ったのはステージの上で演奏する弦巻さん達だった。
「そうよ!これは初めてライブをしたときの映像ね」
確かに、松原先輩と北沢さんの表情が固い気がする。だけど……
「まさかこころが客席にダイブした上にあたしを押し倒してくるとはね……」
そういうパフォーマンスがあるのは知ってるけどホントにやる人がいるとは……あれ?押し倒されてるのは奥沢さんじゃなくてミッシェルだよね?どういうことだろ……
「はぐみもダイブやりたかったなぁ……」
北沢さん、ダイブはやっちゃダメだって映像のお客さんが言ってるよ。
そこからシーンが切り替わり、今度は路上ライブの様子が写し出された。でも何故かミッシェルと松原先輩がいない。
「これはみんなで水族館に行った時の路上ライブね」
水族館に行くのにライブ?どういうことだろう?
「実は水族館に向かう途中で迷子になってたペンギンの赤ちゃんに出会ってね」
「あの子は道行く人々の心を悉く射止めてしまう私みたいなペンギンだったのさ。だから、家に送り届ける為に私達の演奏でみんなの注意を引いたんだよ」
先輩二人が説明してくれた。だから3人とも私服なんだ。しかし弦巻さん、アスファルトの上でためらいなくバク宙してるんだけど……一歩間違えたら大けがだよそれ。
「最後はこれね!」
「え!?ここって……」
間違いない。この間行った遊園地だ。何かイベント中みたいだけど。
「これ、まさか皆でやったの?」
「そうよ!」
言葉が出なかった。高校生のバンドが遊園地を借りてここまで大きい催し物をやるなんて……
「驚くのはまだ早いよ。本番はこれからだからね」
本番?まだ何かあるんですか?
するとシーンが切り替わって夜になり、イルミネーションで彩られた大きな乗り物の上で演奏するハロハピメンバーが映しだされる。もう完全にテーマパークのパレードだ。
「色々あったけど……うまくいってよかったよね」
「そーだ!今度ゆーくんも一緒にパレードやろうよ!」
「名案ねはぐみ!それなら早速……」
「……え、ま、待って!!?」
なんか僕があっけにとられてるうちにとんでもない話になってない!?
「いやそんなすぐにやれる規模じゃないから!……まあ、機会があればまたやりたいけどさ」
奥沢さんが止めてくれて助かったよ……
他にも色々見せられたけど、どれもこれもとんでもないパフォーマンスばっかりで開いた口が塞がらなかった。まりなさんや奥沢さんが頭を抱える訳だよ……
でも、どのライブのお客さんも、弦巻さん達もとても楽しそうだった。ハロハピの皆は世界を笑顔にするという途方もない目標に向かって全力で、自分たちも楽しみながら進んでいきたいという気持ちがスクリーン越しからこれでもかと伝わってくる。
そんな皆の姿に見入っていくうちに自分が悩んでることがなんだか小さいことのように思えてきた。あの時の瀬田先輩と今回の弦巻さんがそれぞれ僕に何を伝えたかったのかがなんとなくだけどわかったかもしれない。
「なんか…ありがとね……」
「お礼なんていいわ!だって…」
だって?
「雄也がちょっと笑顔になってくれたもの!あたしのほうがお礼を言いたい位だわ!!」
え?今僕笑ってた?本当ならずいぶん久しぶりかも……
「ええ、こうやって笑えるのだもの。絶対あなたも誰かを笑顔にできるわ!だから───」
「あたしたちと一緒にライブを盛り上げましょう!!」
おそらく、僕以上の満面の笑みでそういう彼女は、とても眩しかった。
「うん……改めて、よろしくね」
どこか肩の力が抜けた気がする。ミスをしないことや役割を全うすることはもちろん重要だけど、それ以上に大切なものを教えてもらえた気がした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ということで、今回のゲストはまりなさん……でいいのかなこれ?回想で少し出ただけですけど……
次回はほかのメンバーにスポットを当てるかもしれません。まだ形ができていないので時間がかかると思いますが待っていただけると幸いです。
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女子高に行こう!
それではどうぞ。
追記 5/25 美咲のセリフに違和感があったので一部を修正しました。
雄也視点
結局あのあと弦巻さん達はライブの映像だけじゃなくて。今までの活動記録なんかも流し始めてしまい、演奏できずに練習が終わってしまった。
CIRCLEから外に出るともうすでに日は落ち、歩道を街灯が照らしている。
「こんな遅くまで練習やってたんだ……」
「まあもう十月だしね。日が暮れるのも早くなるよ……」
「練習の後に素敵な星空を見れるなんて最高ね!」
疲れ気味の奥沢さんに対し弦巻さんは元気一杯だ。奥沢さんは練習中いなかったんだけど、まりなさんと打ち合わせかな?いつもお疲れさまです。
「暗いから道に迷わないようにしないと……」
「はぐみと一緒に帰ればだいじょーぶだよ!かのちゃん先輩!」
不安げな松原先輩を北沢さんが励ます。確かに暗くなると道の雰囲気って変わりますけど、家に帰るだけでそこまで……
「雄也……申し訳ないけどその、私の後ろを歩くのはちょっと……」
「あ、すいません。」
先を歩く瀬田先輩の声が強張ってる。確かにこれだと文字通りの背後霊だ。
でも、周りが暗い状態で急に先輩の目の前に躍り出てしまったので
「………………」
びっくりした先輩が固まってしまった。幸い気絶まではいってない。
「あ……すみません……」
動く前に一言掛ければよかった。
「い、いや……気にしないでくれ。かのシェイクスピアも言っていた。
『暗闇はなく、ただ無知が有るのみ』
……とね。」
先輩、言いづらいですが多分使い方間違えてます……
と、そんなこんなで賑やかな帰宅時間を過ごしていると。
「……そうだわ!みんな、金曜日の夜って時間空いてるかしら?」
また突然何かを思い付いた弦巻さんが、みんなの予定を確認してきた。
「金曜日は……あ、ごめん用事入ってる。」
「私もバイトのシフト入ってる……」
「とーちゃんのお手伝いするって約束しちゃった……」
「こころの頼みに応えたいのだけど、私も外せない予定が入っているんだ。」
なんとまさかの全員空振り。
「なんか珍しいかも。こころがあたしたちを誘う時って大体誰かは予定が空いてるから。」
「あ、ゆーくんは空いてる?」
「僕は空いてるけど……一体なにするの?」
空いてるというか、練習以外特にする事がないというか……
「久しぶりに天文部の活動をしようと思ったの。あたしの学校で一緒に星を見ましょ!」
弦巻さんは天文部だったんだ。一人の時によく星空を見ていたから天体観測は嫌いではないんだけど……
「そんなことしていいのかな……」
「ええ、とっても素敵じゃない!」
「いやそういう意味じゃなくて……」
以前の練習公演の時に一回女子高に入ったことはある。その時はれい姉がいたし、一般公開みたいな感じだったからそこまで抵抗はなかった。
でも今回は違う。何もイベントのない女子高に単身で入らないといけない。入校許可みたいなのが下りればいいんだけど幽霊が取れるわけないし、完全に不法侵入だよねこれ……
「ゆーくん。はぐみたちの分までよろしくね!」
「満点の星空の下で男女二人が語り合う……ああ、とても儚い光景が目に浮かぶよ……!」
行く体で話が進んでいってる……って瀬田先輩!?さりげなく何言ってるんですか!?
「い、いいのかな……雄也君って男の子だけど……」
「いや許可もらわないと…ってキミ周りから見えないのか……」
奥沢さんと松原先輩が止めようとはしてくれたけど。周りの「行こう!!」と盛り上がってしまった空気を止めることができず。
「ごめん駒沢君。これ、観念して付き合うしかないかも……」
「そんな……」
「正直あたし達も気は進まないけど…こうなったこころって基本止められないんだよね……」
頼みの綱は呆気なく切れてしまった。
「まあ君なら大丈夫だとは思うけど……見えないからって変なことしたら美麗さんに言うからね。」
「そんなことやる訳ないじゃん……」
そしてあっという間に時間はすぎて───
「来ちゃったよ……花咲川女子学院。」
校門の前でため息を吐く。日も暮れかけていることもあり、帰宅する生徒もまばらだった。
「本当にいいのかなぁ……」
ここを越えたら不法侵入。越えずに帰っても事情を知ってるれい姉の
「いいんじゃないかな?」
「わっ!?」
声をかけてきたのは花咲の生徒さんだった。
弦巻さんと同じでこの人も僕のことが最初から見えるらしい。長く伸ばした黒髪と背負っているギターケースがとても印象的だ。
「い、いいって……?」
「あ、今のセリフ特に意味はないよ?君が「いいのかなー」ってぼやいていたから「いいんじゃないかな?」ってとりあえず言ってみただけ。」
「は、はぁ……」
こういう時なんて言えばいいんだろう……
「それで、君はここに何しに来たの?」
「え、それはその。えっと……」
言い訳しないと……何かよさげなやつ……
「あ、わかった。転校生でしょ?」
「はい!?」
斜め上をかっ飛んでいくような解答に思わず声をあげてしまった。
「はい…ってことは正解だね。花咲川女子
いやちょっと得意そうにしてるけど全然違うよ!?学ラン着てる人が女子高に転校するわけないじゃん!!というか通ってる学校の名前微妙に間違えてなかった?
「大丈夫。うちはいいとこだよ。香澄やこころみたいにちょっと変った人もいるけど。」
もうこれどうすれば……と目頭に指を当てた僕を見て、転校先が不安だと更に勘違いしたらしい。心配してくれるのはありがたいけど違うから!転校しないから!!
あとその……あなたは弦巻さんのことを変わってるって言っちゃダメな気がするんだけど……というか、この人に変わり者呼ばわりされた香澄さんって一体何者なのさ。
と、ツッコミたいことは沢山あったのだが───
「おーいおたえー!!いくぞー!!」
「あ、有咲が呼んでる。じゃね。」
友人に呼ばれたらしく急に立ち去ってしまった。
「何だろう、前にもこんなことあった気が……」
とりあえず、他の霊感がある人に見つかる前にさっさと部室に行ってしまおう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
若干スランプになってしまい投稿が遅れてしまいました。いまは大部よくなっているとは思いますが。
今回のゲストはおたえと有咲でした。
せっかくなのでおたえも最初から雄也がみえることにしてみました。
そして、作者が一番好きなバンドリキャラは有咲なので一言だけでもセリフを書けて嬉しいです。
次回はようやくメインヒロインのこころ回です。お楽しみに
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星も、月も、そして……
メインヒロインのこころ回です。
では、どうぞ
雄也視点
「おぉ……」
雲一つない満点の星空に思わず声が漏れる。月も満月で、絶好の天体観測日和だ。
「ね!とっても素敵な場所でしょ!!」
「うん……想像以上だった。」
学校の屋上って街灯とそんなに変わらないかな?とは思ったけど……周りに遮るものがないし、街灯より高い場所にあるから見え方が全然違った。
「さあ、天文部の活動を始めましょ!」
何故か星座早見表がなかったので、目立つ星を繋ぎ、見覚えのある形を探していくことにした。
すると────
「あれ?オリオンがない。」
目立つ星座だから見落としたりすることはないし……まだ季節的に早かったかな?
「オニオン?それは何かしら?」
隣にいた弦巻さんが訊いてきた。聞き間違えて玉ねぎになっちゃってるけど……
「オリオン座だよ……ギリシャ神話の英雄で、冬に見れるなんかこう…砂時計みたいな形の……」
指で空に形を書いて弦巻さんに教えると、どうやら伝わったらしくて。
「あの星座はオリオンっていうのね!あたし、ずっとちょうちょだと思っていたわ!」
ちょうちょ……ギリシャの英雄がちょうちょ……
部室に星座早見表どころかそういう本もなかったから嫌な予感はしていたけど……いくらなんでも自由すぎでしょ。
「雄也って星座に詳しいのね!」
「いや、それほどでも……」
実際、教科書レベルというか……そこまで詳しい訳じゃないんだよね。
「ねえねえ雄也、あの星は何かしら?」
目立つ星を指差す弦巻さん。その星の周りを線で繋いでみると十字型が出来上がった。ということは……
「あれは……デネブだ。白鳥座だね。」
夏の代表的な星座だけど、まだ見れるんだ。
「白鳥?」
「うん、それであれが鷲座のアルタイル、そしてあのこと座のベガを結んだのが夏の大三角だよ。」
「もう季節は秋なのに、星さん達はのんびり屋なのね。」
「あはは……」
そういう訳じゃないんだけど……あ、そうだこの星座といえば。
「ちなみに、鷲座は七夕伝説の彦星、こと座は織姫だったりもするんだけど……」
「そうなの!?初めて知ったわ!」
目を丸くする弦巻さん。ここまで反応が良いと教える方も楽しいかも。
そして、その後も────
「弦巻さんは今まで星をみて何を考えていたの?」
「あたし、人が住めそうな星を探しているの!もうそろそろ見つかりそうな気がするのだけど……」
「えぇ……」
と、弦巻さんのトンデモな目標が発覚したり
「雄也、あのふらふら動いている光は何かしら?」
「いやあんなの今まで見たことないんだけど……もしかしてUFO!?」
「すごいわ!!あの中に宇宙人が乗っているのね!」
「普通喜ぶ!?」
「宇宙人さーん!おーい!!」
「そこで手を振る!?」
未知との遭遇をしてしまったりして、彼女との会話が途切れることがなかった。ちなみにUFO?はすぐに消えてしまった。
そうしているうちにあっという間に時間は過ぎていき、帰る時間が近づいてきた。
(ちょっと惜しいな。もっとここに居れればいいんだけど……)
とは思ったが。そもそも僕不法侵入しているんだった……
「弦巻さん、もう少しで帰る時間だよ。」
気を取り直して、弦巻さんに時間がないことを伝えると。
「あら、もうなの?もっとここに居たいのだけど……楽しい時間はあっという間ね。」
「え…………」
思わず顔を見たまま固まってしまった。
「あら?どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない……」
首を傾げる彼女からあわてて顔を反らす。まさか同じことを考えていたとは……
でもこのまま黙ってるのはいけない気がするし何か話さないと……
「その、星だけじゃなくて、月も綺麗だね……」
慌てた結果、僕は見事にやらかした。
(いや……いやちょっと待って何やってんの何言ってるの!?話反らそうとしてうっかり……うっかり告白するなんて……ホント何やってんの!!?)
心臓の音が自分でも聞こえる
周りの温度を感じないはずの顔が熱い
恥ずかしさと、後悔みたいなのと、もうよくわからない感情が溢れて止まらず思考をかき回す
そして、それを聞いた弦巻さんは────
「ええ、とても綺麗なお月様ね!お餅をついているうさぎさんがはっきりと見えるわ!」
いつも通りだった。
(あ、あれ?通じてない?はぁ~よかった~……)
と思わず胸を撫で下ろすと……
「あら?どうしたの雄也?」
ため息が聞こえてしまったようで、弦巻さんがキョトンとした顔でこっちをみている。安心するのはまだ早かったみたいだ。
「な、何でもないよ……大丈夫……」
あなたの不思議そうな顔を見たらドキッとして……とは口が裂けても言えない。言える訳ない。
「でも、さっきからそっぽを向いて「なんでもない……」ばっかりじゃない。」
顔は見ていないけど少しむくれている口調だ。
「そ、それは……」
「もしかして……あたしになにか隠してるわね!」
責められるのかと思いきや、何故か声色が嬉しそうなものに変わった。
「それならあたし、雄也が何を隠しているか当ててみせるわ!」
そう言って、弦巻さんは僕の顔を見ようとぐいぐい近づいてきた。
「ちょ……やめ……」
彼女を押し退けられないから顔を背けて逃げることしかできない。
それでも近づこうとする相手を嫌でも意識して心臓が暴れ回る。
(勘弁して……もうお願いだから勘弁してぇ……)
頭の中まで真っ白になり、絶体絶命のピンチに陥っていると───
「そこに誰かいるんですか?」
突然凛とした声が屋上に響いた。
「あら、紗夜じゃない。こんばんは。」
屋上入り口をみると水色の髪を長く伸ばした女の人が立っていた。
「こんばんは弦巻さん。遅くまでの活動お疲れさまです。ですが、もう利用時間は過ぎていますよ。」
「そうなの?やっぱり楽しい時間はあっという間なのね。」
弦巻さんの知り合いみたいだ。さっきの人とは違って、僕のことは見えてないみたいだけど。
「それなら、三人で一緒に帰りましょ!」
「あ、ちょっと!!」
ホッとしたのも束の間。弦巻さんの思わぬ発言にさっきまでとは違う意味でドキッとした。あの人僕見えてないし、そもそも無断で学校に入っている人が一緒に帰ったりしたら事態がどう転んでもマズいよ!
「三人?誰かと待ち合わせをしているのですか?」
さっきの人とは違って明らかに疑問を浮かべている。こ、これは本当にヤバいかも……
「……せっかく誘ってもらったのに申し訳ありませんが、私はまだ見回わりが終わっていないんです。それに……これから日菜との約束もあるので……」
あ、大丈夫……かな?
「明日はお休みですが、ライブの練習もあると思いますし、早めに帰宅してくださいね。」
そう言い残し彼女は立ち去っていった。もう駄目かと思ったよ……
「それなら仕方ないわね。一緒に帰りましょ。雄也。」
「あ、うん……」
遊園地の時程ではないけど、色々なことが起きた、というか起こりすぎた一日だった……けど、その色々を差し引いてもやっぱりよかったかも。
(もっと星座の事を調べておこうかな……)
弦巻さんと別れた後の帰り道でそう考えていると、あの笑顔を思い出してまた顔が熱くなった。
ということで、メインヒロインのこころ回でした。いかがでしたか?
今回のゲストは紗夜さんに出てもらいました。これで全バンドからゲストが登場しましたね。
次回は他のハロハピメンバーとのやり取りになります。はぐみか、美咲か、花音か、はたまたこころ回のお替りか……
一応誰にするかは決まっているのでお楽しみに。
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はぐみの恩返し計画
今回は短めですがはぐみ回の準備になっています
では、どうぞ
1/11:はぐみの動機を付け足し、タイトルもそれにあわせたものに修正しました。
美咲視点
「結構買っちゃったかな……」
羊毛でパンパンにふくれたビニール袋を満足感と罪悪感が混ざった気持ちで覗きこむ。
今日は土曜日、練習は午後からなのでその前に羊毛フェルトの材料を買いに来ていた。
「ニードルもちゃんとあるし……あ、母さんにお肉買ってきてって頼まれたんだった。」
お肉を買うならはぐみのお店かな。まだ時間はあるし早く家に帰れば羊毛フェルトの新作を作れるかもしれない。
ということで北沢精肉店を訪ねると……
「それいいね!こころん!」
「ええ、素敵でしょ?」
エプロンを付けて店番をしているはぐみがこころと何か話している。
「あ、みーくんだ!いらっしゃい!」
はぐみが気づいた。またなんか嫌な予感がする……
「おはよ。お母さんに頼まれてお肉買いにきたんだけど、こころと何を話してたの?」
「あのね、こころんとコロッケパーティーの打ち合わせしてたんだ!」
「コロッケパーティーって……なんでまた急にそんなことを?」
「はぐみね、こないだの練習前にゆーくんと一緒に数字の宿題おわらせたんだよ。」
「なるほど宿題を一緒に……」
ってあれ?駒沢君って学校に行けてなかったんじゃ……
「ゆーくんね「その、僕も正解は解らないんだけど……北沢さんが大変そうだから……」っていってはぐみが解らない所の答えを一緒に考えてくれたんだ。」
はぐみ曰く、二人であーでもないこーでもないと悩みながらなんとか練習前に宿題をおわらせられたらしい。もしかして彼、成績は悪くないのかな?
「それでお礼をしたくなった……と。」
「うん!」
満面の笑みを見せるはぐみ。だけど……
「でも、駒沢君ってコロッケとか食べるのかな?」
幽霊だとすり抜けるから食べれないんじゃないの?
「好き嫌いなら大丈夫だよ!うちのコロッケはおいしいから!」
「ええ!もし雄也がコロッケ嫌いでもきっと大好きになるわ!!」
違う、そういう話じゃない。
「いや好き嫌いじゃなくて、駒沢君って幽霊だよ?物を食べる事ができないかもしれないじゃん。」
「……あ!」
そうだった!という顔をするはぐみ。これ、なんだかんだで長くなりそうだな。フェルトはまた今度にしよう……
「────駄目みたい。」
スマホの通話を切って二人に伝える。
美麗さん曰く、物を食べるとか以前に嗅覚もないらしい。
「そんな……」
しゅんとなるはぐみ。
これだとあたし達がコロッケ食べてるのを駒沢君が見てるだけになってしまう。せっかくはぐみが考えてる訳だし、何もしないというのもなぁ……
「それなら、あたしにいい考えがあるわ!」
こころが何かを思いついたようだ、こういう時って大体とんでもないこと言うんだよね……
「あたし達でソフトボールのチームを作ってはぐみ達と試合をする。なんてどうかしら?」
こころが出す案にしては割と現実的だった。ただ問題が一つ
「でもこころん、ソフトボールって9人居ないとできないよ?」
そう、メンバーが足りないんだよね。
「それなら、一緒に試合に出てくれる人を探せばいいじゃない。」
いや最低でも5人は必要なんですけど……そもそもあたし達の知り合いで急にこんなお願してもOKしてくれる人なんているのかなぁ……?
と考えていると────
「はぐー!こころーん!美咲ちゃーん!みんなでなに話してるのー?」
元気一杯な声が響く。そうだよ、
ここまで読んでくださってありがとうございます。
本当は美咲回にする予定だったんですがすごい難航してしまって先にはぐみ回を持ってくることにしました。
補足ですが、雄也の成績は中の上~から上の下位です。
そして、今回のゲストは香澄でした。作者はポピパ推しなので割合多めになっています。
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メイ勝負を観るうちに
今回ははぐみ回なんですが、彼女以外のキャラもかなり目立っています。
相も変わらず苦戦して作ったものですがよければご覧下さい。
1/11:前話ではぐみの動機を変更したため、それに合わせて話を修正しました。
雄也視点
「───ということで明日、こころんが作ったチームとソフトボールの試合をすることになったんだ!」
「雄也にも是非観に来て欲しいわ!」
「え、え?」
昨日の天文観測の熱が冷めきらないまま練習に向かった僕を待っていたのは、それを吹き飛ばすほどの急展開だった。
「いやいや、メンバーはどうするの!?」
なんとか我に帰り、質問をする。北沢さんが抜けたハロハピは僕を入れても6人だけど、ミッシェルは練習の時しか見たことないし、僕もこの体じゃとてもスポーツなんかできない。だから実質4人なんだけど。
「だいじょーぶ!ポピパの皆が協力してくれたんだ!」
「ぽ、ポピパ?」
「
奥沢さんが説明してくれた。確かに5人なら僕とミッシェルが参加出来なくても大丈夫だけど……
「それって、協力じゃなくて巻き込んだだけじゃ……」
「まあ、正しく言うならそうなるかな……でも、そのバンドにも戸山さんっていうこころみたいな人がいるから……」
どうやらその人がノリノリだったせいで奥沢さんでも止められなかったらしい。
「みてみて!黒服の人がユニフォームも作ってくれたの!!」
弦巻さんがユニフォームを広げて見せてくる。白い生地に、赤、黄色、水色、紫、ピンクの小さいマーブル模様があしらわれており、正面には『Poppin‘Party×Hello!happy world』と二つのバンドの名前が入っていた。黒服さん達の本気具合がうかがえる。
やっぱり、こうなった弦巻さんは基本止められないみたいだ。スポーツは詳しくないけど、試合が行われるのは町内の運動場なので迷ったりすることはないし、ここまでやられて断れる訳ないので行くことにした。
幸い、翌日は快晴だったので試合中止にはならなかった。
「ねえねえ、みんなで円陣組もー!!」
試合開始の挨拶が終わると、茶髪の女の子に引っ張られてバンドチームが輪を作っていく。もしかして彼女が戸山さん?あの元気ぶりは確かに弦巻さんに似てるかも……
「いっくよー!!
ハピパ!ラポパ!スマイルピポイェーイ!!」
「掛け声位決めておこうよ……」
互いのバンドの個性がぶつかり、のっけからカオスな状態で試合が始まった。
「ストライク!!バッターアウト!!」
北沢さんの矢のような投球がバットをすり抜けてキャッチャーミットを鳴らす。
「ぃやったぁー!!」
「はぐみ、今日は気合い入ってるねー。」
三振を取られたポニーテールの人だったけど、悔しさよりも楽しさの方が勝ってる感じだ。
先発投手で四番を任されている北沢さんは早々に失点こそしたが絶好調で、投げれば三振、打てば結構な確率で外野までボールを持っていく大活躍ぶりだった。
投げるときに腕を一回転させ勢いをつけるので想像以上に球が速い。そのため松原先輩やポピパのメンバーの何人かはきりきり舞いになっていた。
あと、ポニテの人の言うようになんか今日の北沢さんはより一層元気に気合いが入っている気がするけど。一体何があったんだろう?
でも、バンドチームも負けてはいない───
「それっ!」
先発投手の奥沢さんの投球を相手選手が捉え、三遊間を貫こうとするが……
「させないよ。」
サードを守る瀬田先輩がジャンプして捉え、綺麗に着地する。これでスリーアウトだ。
「「「「キャー!!薫さーん!!」」」」
沸き立つ応援席に手を振って応える先輩。ファンサービスもバッチリだ。
「たくさんの子猫ちゃん達の声援、実に儚い…」
「薫さん。助かりました。」
「大したことではないよ。私は美咲の頑張りに応えたかっただけさ。」
「いえいえ、あたし失点しちゃってますから。」
謙遜する奥沢さん。確かに投球を何回か外野まで運ばれているけど、要所をちゃんと締めてるから失点少ないんだよね。
それに瀬田先輩は守備が上手くて綺麗なので打球が飛ぶ度に三塁側は大盛り上がりだ。結構ファインプレーを見せているのにユニフォームが殆ど汚れていないのもすごい。
更にポピパからも───
「やったぁ!見てた有咲!?おたえの言うとおり「えいっ」ってやったら当たったよー!!」
「いーからさっさと走れぇ!」
レフトを守る戸山さんと、花咲で僕に話しかけてきた黒髪の人が所々でミラクルプレーを見せていた。
最初、黒髪の人と目があった時はひやっとしたけど、あまり僕のことを気にしている感じがない。もしかして、僕が幽霊だって解ってないのかな?
そして、バンドチームで1番凄かったのはやっぱりセンターの弦巻さんで……
「それーっ!」
と、試合開始早々北沢さんの投球をスタンドに叩き込んで皆を唖然とさせたり。
「こころ!バックホーム!」
「有咲に投げればいいのね!わかったわ!」
「え、ちょ、まじかよ!?」
ノーバウンドのバックホームでセカンドからホームインしようとしたランナーを刺してしまう等。北沢さん並みに大活躍していた。
───とまあ、ずっとこんな感じなら手に汗握る白熱の勝負なんだけど、あの弦巻さん達が試合をしている訳なので……
「ストライク!バッターアウト!」
「まだまだいくわよ!!」
「こらこら、次は私の番だよー。」
次の打席で三振になってしまった弦巻さんがまだバッターボックスに居ようとしたり
「ふぇぇ……」
「わー!!かのちゃん先輩のところに飛ばしちゃった!!みんなストップストップ!!」
「「え────っ!!?」」
ライトの松原先輩の所に打球が飛ぶと攻撃側が走塁づらくなってしまったり
「いっくよーこころん!それっ!」
「それならあたしも!えーいっ!」
「おい香澄!!弦巻さんとキャッチボールしてねぇでさっさと紗綾に投げろぉ!!」
みたいな感じでキャッチャーの人の怒号が飛んだりと、なんか脱力するというか……違う意味で目が離せないというか……そんな場面も多々あった。温度差が凄まじい。
結局、試合の方は3対2で北沢さんチームの勝ちになったのだがその原因も……
「かのーん、いくわよー!」
「え、ふぇぇぇぇぇ!?」
と、弦巻さんが急に松原先輩とキャッチボールしようとして思いっきり後逸させてしまい、北沢さんチームのランナーが気付かないままホームを踏んでしまったのだ。
若干ぎこちないながらも、サヨナラ勝ちに盛り上がる北沢さんチームに対し。
「結構頑張ったんだけどなぁ……まあ、楽しそうだしいっか。」
と、マウンドの上で苦笑いをする奥沢さんから、哀愁のようなものが漂っている気がした。
そして───
「僕も体に戻れれば、こういうこともできるのかな?」
いつの間にか、わいわいやってるみんなを観ているだけで輪に加われない自分がもどかしく感じていた。
「ゆーくんおまたせー!」
試合が終わり、何とも言えない気持ちを引きずりながら皆が着替え終わるのを待ってると、北沢さんの声がした。
「お疲れさま。あれ?みんなは?」
「こころんたちはまだ着替えてるよ。はぐみが一番乗りだね!」
弦巻さんより早く着替えてくるとは……
「ねえねえ、はぐみたちの試合。どうだった?」
「そりゃ……楽しかったよ?」
急に質問を振られて詰まってしまったが。なんだかんだで見入っていたのは本当だ。
「でも、なんで急に試合をみて欲しいなんて言ったの……?」
「それはね、お礼だよ!」
「お、お礼!?なんの!?」
思わずオウム返しをしてしまう。そんなすごいことした覚えなんかないんだけど……
「ゆーくんのお陰ではぐみ、宿題おくれないですんだんだよ!
それにね!ゆーくんと一緒にやったとこ、全部正解だったんだ!こんなの初めてだよ!!」
「あ、あの時の!?」
力になれて嬉しいけど……それにしたって釣り合いがとれてないような……
だけど、その疑問はすぐに晴れた。
「実はね、最初はゆーくんにうちのコロッケ食べてほしーなって店番しながら考えてたんだ。そしたらこころんが来てね。それならみんなでパーティーしようって。」
「うちのコロッケ?店番?北沢さんのご両親は何の仕事をしてるの?」
「お肉屋さんだよ!
お肉屋さんのコロッケ……なんかよく美味しいとは聞くけど。
「でも、みーくんが美麗さんに確認したらコロッケ食べれないって教えてもらってね、それではぐみ困ってたんだ。そしたらこころんがソフトボールやればいいんじゃないかって。」
気合いが入ってたのはそういうことだったんだ……
瀬田先輩の時と言い、弦巻さんって本当にやることが大きいよね……
(別に僕なんかにそこまでしなくても……)
頭の中でそんな言葉が出てきたが、それと同時に───
(このままいつもみたいに小さくなってしまっていいのだろうか?)
という思いが急に主張をしだした。少なくとも、僕がこんな状態だと楽しませようとした北沢さんや弦巻さんに申し訳ない気がする。
だから───
「もし……なんだけどさ。」
「?」
「僕が体に戻れたら、北沢さんちのコロッケ買いに行ってもいいかな?」
自分なんて……と縮こまったりせず、ちょっとだけ前を向いてみる。
「もちろん、いつでも待ってるよ!!」
顔を上げた先にいたのは弦巻さんに負けないくらい眩しい笑顔の北沢さんだった。
おまけ:バンドチームの打順
1 こころ(中)
2 紗綾 (二)
3 香澄 (左)
4 薫 (三)
5 たえ (遊)
6 美咲 (投)
7 りみ (一)
8 有咲 (捕)
9 花音 (右)
ここまで読んでくださってありがとうございます。
後半で変わりつつある雄也のシーンにはかなり悩まされました。複雑な気持ちを文章として形にするのはやっぱり難しいです。
今回、セリフがあったゲストは紗綾、香澄、有咲でした。次回からしばらくの間、ゲストはお休みです。
次回は美咲(ミッシェル)回の予定です。お楽しみに。
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前を向く途中
今回は少しシリアスな美咲回です。
彼女にしては積極的なキャラになってしまいましたがよければご覧ください。
美咲視点
キグルミの人の練習は早い時がある。その理由は──────
「また動きやすくなってる……」
練習スタジオで黒服さんがメンテナンスしてくれたミッシェルを他のメンバーが来る前に試着しなくちゃいけない時があるからだ。
こころ達が解らないのは今更だけど、そこまで変わった所が無い駒沢君まであたしがミッシェルって理解できないとは……まぁ彼幽霊だけども。
「まあ、仕方ないか。」
そう呟いてミッシェルの頭を外すと──
「ひっ!!」
「だ、誰っ!?」
謎の悲鳴に体に緊張が走り、そのまま反射的に入り口を見ると。
「ミッ、ミッシェルの首が……首が……!」
振り向いた先には目を見開いて青くなっている駒沢君がいた。ドアをすり抜けて来たせいで全然気づけなかったのだ。
「でっ、で……出たぁぁぁぁぁ!!お化けぇぇぇぇぇ!!」
「いやお化けなのは君でしょ!」
本物にそう言われるとは……
「え……え、あれ?奥沢さん!?どういうこと!?」
あたしの顔と声を理解した彼は更に混乱してしまった。
「はぁ……とりあえず今から着替えるからちょっと部屋出ててくれない?」
「え?あ、うん……」
それから数分後、あたしが着替えている間に駒沢君は落ち着きを取り戻したらしく……
「まさか……ミッシェルが奥沢さんだったなんて……」
なんとあたしがミッシェルだって理解できていた。何気にこのパターンは初めてだ。
「というか、なんで今まで気づけなかったんだろう。二人が一緒にいたことなかったし、声だって同じなのに……」
そうだよね、普通はそうやって解るはずだよね……
「ま、まあ、気付けただけ凄いんじゃない?こころ達は未だに解らないんだし……」
「そうなんだ……なんか、お疲れさまです……」
「あはは、どうも……」
そのまま会話が途切れてしまった。練習まではまだまだ時間がある。
(どうしよう。話すことがなくて気まずい……)
そういえば、彼は色々と謎な所が多い。一応一緒に演奏する仲だし、ちょっと聞いてみようかな?
「駒沢君って、練習の合間何してるの?」
「へ?」
急にどうしたの?といいたげに目をぱちくりさせる駒沢君。
「えっと……れい姉のところでのんびりしたり、外に出てぼんやり人を眺めたりとか……」
「へ、へぇー……」
なんかおじいちゃんみたい……
「あ、でも最近は弦巻さんの家で自主練したり、問題集を使って勉強したりもするようになったかな?」
「あ、自習始めたんだ。」
きっかけははぐみの宿題かな?学校にも行けてないって聞いてたし、悪い兆候ではないはず。
「うん。ノートの代わりにれい姉のタブレットを借りてだけどね。」
なるほど。確かにポルターガイストでペンを動かしてノートに……は手間がかかるよね。
「そういえば、美麗さんのいるところって学生アパートだよね?ずっとそこにいるの?」
「あっ、その……一応。」
さっきまでの柔らかい表情が一変。ばつが悪そうな顔をする駒沢君。
「え!?本当に一緒に暮らしてるの?じゃあ寝るときとかは?」
一度美麗さんの家にお邪魔したことはあるけど、二人で住むには少し手狭な気がした。
「廊下で雑魚寝……してます。」
あ、そっちか……同じ部屋で寝ているとかだったら普通に引いてた……
「それで体を痛めたり、寒かったりしないの?」
一日や二日ならまだしも、半年近くもこの状態で過ごしてきたんだよね?
「実はこの状態、周りの温度とか感じないんだよね……それにすり抜けるから寝がえり打っても大丈夫だったりするし……」
「へ、へぇー……」
幽霊って意外と便利……とも思ったがそれ以上に疑問が尽きない。
「じゃあ、元々住んでる家は?」
「あー……」
言いづらそうな表情がさらに曇っていく。踏み込みすぎだと頭の中で警告が鳴るが、もう遅い。
「あるけどその、基本家に誰も居ないし、母さんと顔合わせたくないから今の場所が居心地良いといいますか……」
どこか申し訳なさそうに言葉を絞り出す駒沢君。
背筋がすーっと冷えていくのが自分でもわかった。
結局、彼は全部話してしまった。
(お父さんを早くに亡くして、学校でいじめられて、お母さんも半ば放棄状態。それで誰かに歩道橋から突き落とされて幽体離脱……ね。)
想像以上の過去だったけど、苦しいのを押し殺す雰囲気がますます辛く見えてくる。
「なんか、暗い話しちゃったね……」
「ううん、あたしの方こそ辛いこと思い出させてごめん……」
さっき以上に重くなってしまった雰囲気がずっしりとのしかかってしまった。
「でも、最近……僕、変わった気がするんだよね……」
しばらくして、沈黙を破ったのは彼だった。
「変わった?」
「上手くは言えないんだけど、皆のおかげでその、前向きになれているんじゃないかなって……」
「そうなの?」
「うん……僕、今まで友達とかあまりいなかったから、みんなと一緒に何かやる事が新鮮で……
この間のソフトボールの試合観てた時もさ、もし体に戻れたらこんな風に皆の輪に入れるのかなって。そういう事、今まで考えたこともなかったから……」
たどたどしいけど、駒沢君の声に少しずつ生気が戻ってきた。
「……ありがとう、少し元気出たよ。」
「よ、よかった……」
言葉に詰まりながら励まそうとしている駒沢君にお礼を言うと。ほっとした表情を見せてくれた。
彼の過去は明るいものではなかったけど、こころ達の影響で確実に前向きになっている。
こんな風に誰かを変えられるのだから、やっぱりあの子はすごいよ。
「それで、いつ体に戻るかは考えてるの?」
「うーん……流石にハロウィンライブが終わってからかな?今戻ったらリハビリでライブどころじゃなくなっちゃいそうだし。せっかく弦巻さんが誘ってくれたから、演奏はしたいなって。」
こんなのズルだけどね…と、照れ臭そうに答える彼との間に、もう重い雰囲気は流れていなかった。
おまけ
美咲「そういえば、天体観測の時こころに告白したって聞いたんだけど……」
雄也「!!!?……そ、その……それは……」
美咲「あ、こころに意味は教えてないから大丈夫だよ?ただ確認したかっただけというか……」
雄也「っ……っ……」
美咲(あー完全にショートしちゃった……ちょっとストレートに行き過ぎたかなぁ……?
けど、ここまでテンパられると逆に偶然っぽく……)
雄也「つっ、弦巻さんを僕に下さい!お母さんっ!!」
美咲「誰がこころのお母さんだ!」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ハロハピで一番好きなのは美咲(こころとの絡みが特に)なんですが、書いてて難しいと感じるのが一番多いのも彼女なんですよね……どこかキャラが掴みきれないといいますか……
次は花音回の予定です。お楽しみに。
そして、最後になりますが本作のお気に入り登録者数が現時点で100人を達成しました!
本当に・・・本っ当にありがとうございます!!
投稿後に訂正してばっかりの作品ですが、これからもよろしくお願いします。
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迷子ースト
最近忙しかった上、またスランプになってしまって全然進みませんでした。
今回はれい姉とのやりとりと花音さん回前編です。
では、どうぞ
美麗視点
「はー、いい湯だったー。」
お風呂でリラックスし過ぎてついついだらしない声が出てしまう。
やっぱり入浴するのは自分の住んでる場所が一番だ。逆に銭湯とかは苦手でね……理由は察して欲しい。
「雄也ー。自習は進んでる?」
冷蔵庫からペットボトルのサイダーを取りだし部屋のドアを開けると
「うむむ……」
ローテーブルに置かれた数学の教科書とタブレットを前に雄也が唸っていた。ポルターガイストでペンを動かすと疲れてしまうのでタブレットがノート代わりだ。
「あれ?全然進んでないじゃん。」
苦戦しているようなのでアドバイスしようとタブレットを覗き混むと、お風呂に入る前からほとんど変わっていなかった。
「うん……ちょっと……」
冴えない顔をしている雄也だけど、基礎問題でうんうん唸る程成績が悪い訳ではない。
「もしかして、また何かあった?」
あまり自分のことを話したがらないけど、ポーカーフェイスとは無縁の甥だ。こういう時は必ず何かで悩んでいる。
「れい姉、体に戻るにはどうしたらいいんだろう……」
「……今、なんて?」
また演奏絡みかな?と思っていたら予想外の内容が飛んできた。
「僕さ、ライブが終わったら体に戻りたいんだけど、上手くいくのかな……最初やったとき全然駄目で諦めちゃったし……って、どうしたのれい姉?」
呆然としていたら雄也に心配されてしまった。いけないいけない。
「話は解ったから大丈夫。ちょっと待って。」
サイダーの蓋を空け、じわじわ込み上げてくる喜びと沢山の聞きたい事を一旦お腹に流し込んだ。口の中から喉に走る刺激が心地よい。
もちろん、この間まで死んだ目をしていた従弟がここまで変わって嬉しいし、こころちゃん達と何があったのかとても気になる。でも、今は雄也の悩みをちゃんと解決しないと。
「多分それね、気持ちの問題だと思う。」
ぷはっ、と一息ついてから雄也に向き直る。こういった悩み自体は珍しくないので、解決法はこれでいいはず。
「き、気持ち?根性で体に戻れってこと?」
「うーん……ちょっと違うかなぁ……」
雄也に伝わりやすくするには……あ、そうだ。
「例えばさ、今の状態の雄也ってはぐみちゃん家のコロッケを食べれないよね。」
実は今日帰りがけに買ってみたのだけど、ほくほくで本当に美味しかった。人気が出るのも納得だ。
「うん、体に戻れたら食べたいなとは思うけど……」
「その気持ち。」
「へ?」
「何か美味しいものが食べたいとか、可愛い動物を撫でてみたいとか……そういう事で体に戻りたいって思うことが大切なの。」
「そ、そんな簡単なものなの?」
「そんな簡単なものだって集まれば大きな力になるんだよ?」
もちろん、大きくて強い動機がないよりはあったほうがいい。でも、雄也は今まで体に戻る理由を見失っていた訳なので、簡単な目的をいくつか作っていく方が強い動機に繋がりやすいはず。
「あと、そういう気持ちでいると何か良いことあるかもね。」
「いいことって、どんな?」
「そこまでは流石に解らないかな?状況次第だし。」
何それ……と釈然としない表情の雄也。
意外だけど、幽霊や魂はその思いにつられて体質、というか霊の質が変わることが結構ある。今の雄也なら体に戻りたい気持ちを後押しする変化が起こるかもしれない。
でも、思いによる変化はネガティブなものでも起こる。憎しみや怒り、妬みといった強い負の感情に取り憑かれた霊は、人に危害を与える悪霊になってしまうのだから────
雄也視点
れい姉のアドバイスをうけた僕は翌日、練習が休みなのを利用して夕方の商店街をじっくり散歩してみることにした。
最初は何をすればいいのかわからななかったけど、外からお店を眺めて商品の味を想像するだけでも意外と楽しいし、自然と興味が沸いてくる。
更に───
「もしかして、この商店街のテーマソングを歌ってるのPoppin'Partyの人達?」
一方的ではあるが、知ってる人が増えたからこその発見もあった。戸山さん、すっごく楽しそうに歌ってるなぁ……
れい姉が言ってた「いいこと」のような出来事はまだないけど、街灯でぼんやりしてるのとは大違いだ。
でも、一人じゃなくても良かったかな?もし弦巻さんが一緒だったらきっと何倍も楽しくなって……
「……って、あれ?ここどこ?」
気づくと僕は全く見覚えのない場所にいた。しまった、考え事してたから何処から来たか解らないぞ……
浮遊して家の方角を探してはみたけれど。
「ダメだ。全然上がらない……」
午前中は自習したり、弦巻さんの家で自主練していたので高い所まで昇る余力が残っていなかった。
スマホとかがあればこんな苦労をしないですむのだけどこの状態だと持ち歩けない。こういう時幽霊は不便だよね……
と、人通りが少なく狭い道で途方にくれていると──────
「ふぇぇ……」
と、かすかに聞き覚えのある声がした。もしかしてと思い声の聞こえる方向に向かってみると。
「あ、松原先輩!」
「ふぇ!?ゆ、雄也君?」
「あっ……すいません。」
僕のいた場所より更に薄暗い路地裏で佇む松原先輩をびっくりさせてしまった。
でも、こんな状況で知り合いに会えたのは本当ににラッキーだ。
「「よ、よかった~……」」
そのせいで思わず安堵の声が……ってあれ?何か今声がダブらなかった?
「……えーっと、松原先輩はどうしてここに?」
「下校中に喫茶店を探してたら道に迷っちゃって……スマホは見てるんだけど……」
「そ、そうだったんですか……」
「ゆ、雄也君は?」
「僕はその……散歩してたら帰れなくなりました……」
全然よかないじゃん……
「……あ、先輩の行きたい喫茶店って何処にあるんですか?」
なんとも言えない空気になりそうだったけど、気を取り直して僕から質問してみる。ここで固まったままでも仕方ない。
「あ、うん。ちょっと待っててね……」
そう言って先輩はスマホを操作する。
「ここ、なんだけど……」
マップに目的地が表示された。お、割とここから近い。
「その……僕で良ければ一緒にお店、探しましょうか?」
「い、いいの?」
「はい!」
この際だし先輩と一緒に喫茶店を探してみよう。
それから十分ほど───
「この辺だと思うんですが……」
「あ、あそこじゃない?」
先にあるシックな雰囲気の建物を指さす先輩。看板に書かれた店名は……『エヴァース』だね。よかった。マップでみたのと同じだ。
「あれ?雄也君はお店に入らないの?」
ついて行こうとしない僕に先輩が首を傾げる。
「あー、僕はこの体ですしその辺で待……」
あ、ダメだ。先輩しゅーんとしてる。
「……ってようと思ったんですが……一緒に入っても大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ。」
なんとか言い直すと沈んでいた先輩の表情がすぐに晴れる。念のため店内ではスマホに文章を打ち込んで会話してほしいことをお願いしておいた。
「あら、いらっしゃいませ!」
「……いらっしゃい。」
先輩がドアを開けると、カランカランとベルが心地よく鳴り、明るそうなおばさんと、静かな雰囲気のおじさんが出迎えてくれた。カフェエプロンをしているおじさんがマスターでいいのかな?
「えっと、一名です。」
僕を気にしながらおずおずと人数を伝える先輩。なんかすみません。気が進まないですよね……
「あら、そこの学生さんはいいのかい?」
「へっ?僕?」
一応後ろを確認したけど誰もいない。
「そうだ。他に誰がいる。」
マスターも僕が見えるようだ。
「そ、それなら僕も……お邪魔します。」
もしかして、自分が思ってる以上に霊感がある人って多いのかな?
勝手に花咲に入ったの実は結構な人にバレてるんじゃ……と急に不安になってきた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
今回は最初3つ位案があり、どれを投稿するかで散々悩みました。ただ、投稿したのは最後に思いついた案なので、悩んだ時間は無駄にはならなかったのは良かったのかな?とは思います。
次回はもちろん花音さん回後編です。 お楽しみに
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恋と紅茶
書きたいことを全部盛ったらまた最長記録を更新してしまいました。
あと、今回書きたかったゲストが居たのでおまけで登場しています。
誰が来るかはお楽しみに。
雄也視点
喫茶店「エヴァース」は夫婦で営業していて、霊感のある奥さんが幽霊の話し相手になることも多いそうだ。
ちなみにマスターの旦那さんは実は霊感がなく、僕みたいなお客さんが来たときは奥さんがサインを出して見えるようにしてもらっているらしい。
「危なかったよぉ。もしストーカーとかだったら、ティーカップの下に塩を仕込んで追い払ってたからねぇ。」
カウンターの席にかけた僕達に奥さんがいたずらっぽく笑う。ほかにお客さんはいないので気にしなくても大丈夫だ。
ちなみに僕はお清めの塩を盛られた経験はないけど、やっぱり痛いのかな……
「それで、二人はどんな間柄なんだい?嬢ちゃんは花咲で君は……アヤ校でしょ?」
アヤ校と花咲は結局離れているので、生徒同士の交流は珍しいのだ。
「えっと……バンド仲間、でいいのかな?」
「多分……」
間違ってはいない……と思います。
「バンド!?じゃあ兄ちゃんも演奏するのかい!?」
目を丸くして僕を見る奥さん、よく考えたらバンドやってる幽霊なんてそうはいないよね。
「えっと、僕はキーボードやってます…自動で演奏しているという体ですが。」
「演奏はポルターガイストでするのかい?器用だねぇ。」
あ、ありがとうございます……
「それで、嬢ちゃんはなにやってるの?」
「私は……ドラムをやってます。」
「ということは嬢ちゃんがいつも演奏を支えているのかい?すごいじゃないか!」
「そ、そんなことないですよ……」
早くもたじたじの松原先輩。この人も初対面なのにぐいぐい来るなぁ……という僕、弦巻さんといい、おたえさん?といい霊感がある人に怖がられた事がないような……
「まったく……話すのは良いが先に注文を取らせてくれ……」
マスターが話を注文を聞いてきた。やれやれという感じではあるけど、やっぱりここではよくある事みたいだ。
「えっと……シフォンケーキと、アールグレイをお願いします。」
「あ、僕はその……大丈夫です……」
程なく先輩が注文したシフォンケーキと紅茶が来て、奥さんを交えた話の内容はペンギンの雛を助けた話や、夏休みに南の島に行った話。そして最近僕がメンバーとして入った前後のエピソードなど、ハロハピ結成から今までの出来事にになっていった。
「ずいぶんとパワフルな娘だねぇ。ライブに幽霊まで巻き込んじゃうなんて聞いたことないよ。」
一通り話をきいた奥さんが感心のため息をつく「いいこと思い付いたからやってみるわよ!」な弦巻さんの凄さは説明だけでも充分過ぎるくらい伝わったようだ。
「でも、そんなこころちゃんがいたから。今の自分がいると思うんです。」
引っ込み思案だった松原先輩は弦巻さんに何度も勇気をもらったそうだ。確か、朱に交われば赤くなる。だっけ?
「それにしても意外でした。ハロハピ二人目のメンバーって松原先輩だったんですね。」
ただそのきっかけがいきなり声を掛けられて、手放すつもりのスネアで演奏する羽目になったからというのがあの人らしいというか……
「よく考えると…そんな状況で演奏しきっちゃう先輩も凄くないですか?」
「そ、そんなことないよ……あの時は簡単なテンポでしか叩けなかったし……」
「いや、そんな状況で凝った演奏ができる人なんて早々いないと思います……」
「そうそう、もっと自信をもちなって。おばちゃん演奏のことはよく解らないけど、こんなガッツのあるドラマーさんが支えてくれるならバンドのみんなもきっと心強く思っているんじゃない?」
「あ、ありがとうございます……」
奥さんに褒め倒され、先輩はどうしていいかわからなくなっていた。
ガッツか……確かに自分が先輩と同じ立場だったら置物になっちゃいそうだし……そういう意味では先輩は僕よりずっと度胸があるのかな?
それに、奥さんの言う通り先輩のドラムは安定していて本当に心強い。ハロハピの曲はテンポが途中で変わることが多いのだけど、そんな時はいつも先輩が皆をずれないように纏めあげ、引っ張ってくれるのだ。
(そういえば、僕が初めて見えたとき最初に声を掛けてきたのも先輩だったよね……)
と、色々思い出していると──────
「それにしても、ガールズバンドの中に男子が一人。なんて兄ちゃんもよりよりみどりだねぇ。」
「へっ!?」
いたずらっぽくニヤニヤしている奥さん。なんでそういう方向に話を持って行くんですか!?
「まだまだ若いんだし、気になる娘とかいるんでしょ?」
「あ、いや、そんなこと……」
「ふーん……嬢ちゃん。本当のところ、どうなの?」
松原先輩に聞いてみるようだ。こういう時男側の話は大抵信じてもらえないよね……
「この間、そのこころちゃんに……告白したみたいで……」
「ぶっ!!!」
ま、まさか松原先輩も天文観測のことを知ってるんですか!?
「ちょっ、ちょっと待ってください!!それは……いたっ!!」
遮ろうとした指先に電流が走る。よく見るとカウンターには皿に盛られた清めの塩が。い、いつの間に用意したの!?
「やっぱり好きな娘いるんじゃないか。それで彼はどんな告白したんだい?結果は?」
「夜の花咲の屋上で天体観測をしていた時に……つ、「月がきれいですね。」と……」
がっつかないで下さい!そして押し負けないでください先輩!!凄く恥ずかしいです!!
「おーずいぶん大胆な。それで?結果は?」
「それが……通じてませんでした。」
「あちゃー……でも振られた訳じゃないんだし、まだチャンスはあったりするかね?」
「ほ……ホントに待ってください!!あれは事故なんです!!」
それとお願いなのでお塩下げてもらえませんか?なんか近くにあるだけでピリピリしてきました……
「え、違うのかい?」
お塩を下げながらとぼける奥さん。なんか見透かされてる気がするけどとりあえず一旦止めないと!!なんかもうよくわからないけどマズい!!
「そうなんです!!あれはその……たまたま弦巻さんと僕が同じことを考えていただけで……それで、僕が話を切り替えようと……」
これ……間違いなく墓穴掘ってる……
「同じ事?何を考えていたのかな?」
「それは……「もっとここにいれればいいな……」と……」
嘘を吐くような余裕なんてあるはずもなかった。水を打ったように一瞬店内が静まり返ったが──────
「ぷっ……あっはっは!!」
すぐに奥さんの笑い声が響き
「ゆ、雄也君……」
驚きながらも「それだと逆効果なんじゃ……」と言いたげな松原先輩の視線が深々と突き刺さった。
「い、いやぁ……息ピッタリじゃないか!!いいねぇ、青春だねぇ!!」
もうやだ!おうちかえる!!
涙目になって笑う奥さんに対し、沸点を完全に突破した僕はカウンターに突っ伏した。
もちろん弦巻さんのことは嫌いではないよ?幽霊の僕にれい姉以外で初めて声を掛けてくれた人だし、僕が笑った時もまるで自分のことのように喜んでくれて照れ臭かったし……だけどそういうのじゃ……
でも、さっき道に迷う前も弦巻さんのこと考えてたような……天体観測の後も星座のこと詳しくなれば喜んでくれるかな?とか考えていたこともあったよね。他にも最近気がつくと彼女の顔が頭に浮かぶ事が増えた気がする……
も、もしかして、今まで自覚がなかっただけで本当に……
「こら、あまりいじめるな。」
「あいた。」
我に帰り顔をあげると、マスターが伝票を奥さんの頭の上に乗っけていた。
「はぁ……うちの家内がすまなかった。」
「あ、いえ……」
マスターは右手に伝票を左手にはトレイを持っている。上には真っ白なティーカップが。
「えっと、そのカップは……?」
「レモンティー、君のだ。」
そう言ってティーカップを目の前においてくれた。淡い色のお茶とほんのりと昇る湯気が揺れる。
「あ、ありがとうございます……でも……」
「幽霊だから飲めないって?大丈夫。香りだけでも覚えて欲しいっていう旦那のおせっかいだから。」
「あ、はい……」
実は匂いも解らないんですけど……という言葉を抑え、とりあえず出されたカップに少し顔を近づけてみると───
「あれ?」
紅茶の香りにレモンのさわやかさが混ざりあい、今まで何も感じなかったはずの鼻を抜けていく。
「に、匂いが……解る……?」
あっけにとられる僕をみてマスターが少し笑った気がした。
「あ!その、申し訳ないんですがお代は……」
「代金はいい。その代わり、もしこれが飲めるようになったらまた来てくれ。」
れい姉の言ってたいいことってこういうことだったんだ……ささやかな変化かもしれないけど、また商店街を散歩するのが楽しみになった。
そして帰り道
「今日はありがとうね。また迷子になっちゃったけど雄也君のお陰で助かったよ。」
「い、いえ……僕の方こそありがとうございます。」
ケーキも紅茶もおいしかったようで先輩の表情は明るかった。
けど、お礼を言いたいのは僕もだ。まさか匂いがわかるようになるなんて……それに弦巻さんのことも……ああもう思い出したらまた熱くなってきた!先輩が迷子にならないように案内に集中しないと……!
「あれ?」
突然スマホの画面真っ暗になった。そして出てきたのは電池のマーク……これって……
「スマホの電池……切れちゃった……」
「……」
もう空は夕焼けに夜の色が混ざって紫色になっている。このまま行ったら遭難確定だ。
結局、喫茶店に戻って相談した結果、奥さんが車を出してくれて僕たちを近くまで送ってくれた。
また一つ、体に戻れたらやりたいこと……というか、やらなくてはいけないことが増えてしまった。
おまけ
雄也「香りが解るようになったから商店街のパン屋さんに寄ってみたんだけど……ダメだ、良い匂いすぎて動けなくなりそう……」
??「いや~。ゆーれーさんもやまぶきベーカリーの良さがわかっちゃいますか~」
雄也「うん、ホントに美味しそうな香りで……って誰!?」
??「おーナイスリアクション。そんな君に3モカちゃんポイントプレゼント~」
雄也「へ?あ、どうも……」
この後普通に仲良くなった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ということで、こんかいのゲストはモカちゃんでした~。いやーあの喋り方を一回書いてみたかったんですよね~。
補足……というより蛇足設定ですがひとくちに霊感があるといっても強弱はあります。こころ、たえ、モカはれい姉や今回出てきた奥さんより霊感は弱くて、見える幽霊と見えない幽霊がいたりします。
ハロハピメンバー回は今回で一区切りなので、次回からは雄也とこころをどんどん絡ませていこうと思います。お楽しみに。
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はっきり見えた気持ち
この回は美咲回その2です。
メンバー会は一区切りとは言いましたが、事情があって一話だけ復活です。
本当にギリギリですが美咲の誕生日に間に合わせられました。
では、どうぞ
雄也視点
ハロー!ハッピーワールドとライブをすると決まってから僕の1日のスケジュールはかなり変わった。以前までは起きる時間とかもバラバラだったけど、今は朝決まった時間に起きて自習をしたり、その合間にライブに向けて弦巻さんの家で自主練をしたりと、ぼんやり過ごしていたのが嘘みたいだ。
当たり前の事だけど、自主練習で弦巻さんの家にお邪魔する時はちゃんと弦巻さんや黒服さんに挨拶をするようにしているし、キーボードのある練習部屋以外には入らないないようにしている。弦巻さんの部屋が気にならないのって?えっと、それはその……
と、とにかく!僕は人として!いや今幽霊か……それでもっ!自分の当たり前の範囲ではあるけどマナーを守るように心がけている。
はずだったんだけど……
「つ、弦巻さん……一体どこ……?」
その日、僕は弦巻さんを探して屋敷中の部屋を見て回る破目になっていた。
なんでこうなったのかというとメンバーみんなで弦巻さんの家で練習していた時に───
「あたし、みんなとやりたいことがあるの!」
ということで何故か皆でかくれんぼをやることになったのだ。練習の方はすごく順調なので気分転換に皆と遊びたかったのかもしれない。ただ……
「グーを出しとけばよかった……」
じゃんけんでストレート負けを喫し、僕が5分後に皆を探すことになってしまった。
なんで負けちゃうかなぁ……隠れる側なら練習部屋のバスドラムに入り込むつもりだったんだけど……女の子の家を探って回るのは気が引けるよ……
でも、隠れている人をほったらかしにして帰るとかもっと気が進まないし……実際やられたことあるからね……
こうなった以上は仕方ないと気持ちを決め、時計が大体5分進んだところで練習部屋を出たら───
「あれ?奥沢さん?」
廊下に奥沢さんが立っていた。全然隠れているようには見えないけど、どうしたんだろう?
「お、奥沢さんみーっけ?」
「あ、こんな状況でもちゃんと言うんだ……」
「隠れんぼだから一応……でも、どうしてわざと見つかったの?」
「こころの家ってとても広いじゃん?だからあたしも手伝おうと思って。」
「あ、ありがとう……」
大変なのは覚悟していたので奥沢さんの気遣いがとても嬉しかった。
それから最初に見つけたのは北沢さんで、別の部屋の戸棚に隠れていたのだが……
「───ッ!!!」
「あっ、ごめん!」
うっかり扉を開けず首を突っ込むという無用心なことをしてしまったせいで、見つけた北沢さんは腰を抜かし涙目でぷるぷる震えていた。
「あのさ、ポルターガイスト使うとか首突っ込むまえに一言かけるとかしよ?こんなことしたら誰だって腰抜かすから……」
「すみませんでした……」
もちろんその後奥沢さんに怒られてしまった。
それから数分後
「あ、あの……」
「薫さん……そこで何しているんですか?」
廊下に置いてある大型観葉植物の隣で謎のポーズをとっている瀬田先輩を発見した。これで隠れていると言うのはちょっと無理があるような……
「せ、瀬田先輩みーっけ……」
「なんと、もう見つかってしまうとは……」
残念そうにポーズを解く。もしかして、先輩なりに自信があったのかな?
「完全にむき出しじゃないですか……一体、なにがしたかったんです?」
「私は以前、木の役を演じたことがあるからね、その時培ったものを今こそ活かそうと思ったのだが……」
そう言われてみれば木に見えなくも……すみません。やっぱりよく解らないです……
「確かに先輩の演技は凄いと思いますけど……流石にそうは見えないと言いますか……」
「それなら茶色の全身タイツを着て両手に枝を持てば……」
「「普通に隠れてください!」」
そんなことしたらポピパのりみさん?みたいなファンの方々がガッカリしますよ!!?
そして、松原先輩は
「ふぇぇ……」
「あ、かのちゃん先輩みーつけた!」
「はぐみちゃん?あ、みつかっちゃった……」
廊下で迷子になり隠れるどころじゃなくなっているのを北沢さんが発見した。なんか、自分以外にかくれんぼで見つかってホッとしている人を初めて見たかも……意味合いは違うけど……
ということで、最後に残ったのは弦巻さんなのだが……
「ど、どこいったの……?」
開始から一時間。奥沢さんと僕のペア、瀬田先輩の二手に別れて弦巻さんを探しているのだが一向に見つかる気配がない。松原先輩は北沢さんと練習部屋でお留守番だ。
ちなみに今探しているのはたくさんある黒服さんの部屋の一つ。
普段はサングラスにスーツでピシッと決めている黒服さん達だけど、ぬいぐるみが沢山置いてあったり、アジアン風な家具を集めている人がいたりと部屋は個性豊かだった。あまりまじまじみたら怒られそうだから気をつけてるけどね……
「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。」
ベッド周りを探し終えた奥沢さんがこちらに声を掛けてきた。
「駒沢君って、こころのことをどう思ってるの?」
「どうって……」
探す手を止め、腕を組んで考える。
「ちょっとざっくりしてるけど……ありがたい。かな?この状態になった後にれい姉以外で初めて話した人だから。」
「その辺気になってたんだけどさ、美麗さんの他に霊感のある知り合いとか、逆に幽霊の知り合いとかいなかったの?」
「うん……外に出るとはっきりこっちを見る人もいるにはいたんだけど、みんな怖がって逃げちゃうか素通りで……
あと僕、実は霊感なくてそういうのをみたことないんだよね……」
「幽霊同士なら見えるとかないんだ…」
あの喫茶店の奥さんやれい姉みたいに幽霊と積極的に関わろうとする人は結構珍しいのだ。
「うん。だから、初めて弦巻さんに声を掛けられたときはこっちがびっくりしちゃったよ……でも、そのおかげで今があるわけだし、やっぱり嬉しいというか……ありがたかったというか……」
もちろん最初は振り回されて大変だったし怒ってしまったこともあったけど、あの子に会えたから今の自分が居る。なんて言っても決して大げさではない。
「それに、弦巻さんっていつも楽しそうだから一緒にいると元気もらえるんだよね。」
「あー。それは解る。」
「今は幽霊だからやれることは少ないけど……もしあの子がよければ、体に戻れた後にまた遊園地に行ったり商店街を回って美味しいもの食べたりとかしたいなって……」
ここまで言ってにやけている奥沢さんに気付いた。し、しまった……これじゃ……
「やっぱり、こころのこと気になってるんだ。」
「……は、はい……そう、だと思います……」
今まではっきりとした形にはできていなかったけれど、やっぱり僕は弦巻さんの笑顔にいつの間にか惹かれていたようだ。
「えっと、このことって……」
「大丈夫、こころには内緒にしておくから。」
「あ、ありがとう。でも反対とかしないの?」
「反対より大変だろうなー。みたいな感じかな?
でもなんというか、キミの気持ちも解らなくはないからね。」
え、解らなくはないって……まさか奥沢さんってレズ?とかそっち系の……
「いや別にそういう意味じゃないから。変な受け取り方しないでくれない?」
「は、はい……」
怒るよ?とジト目で睨まれてしまった。僕、考えてる事がすぐ顔に出るんだよね……
「こころって放っておけないけどさ、こころもあたし達の事を放っておかないじゃん?だから、異性としては気になっちゃうんじゃないかなって。
それに、あの子といるときのキミってやっぱり楽しそうだし。」
「ううっ……」
自分でも形にできてなかった気持ちを言い当てられ、思わず顔をそらした。
「でもちょっと心配だなぁ。こころってネガティブなのが通じないから。」
「え?通じない?」
苦手とかなら解るけど、通じないって?
「そういうことを言っても、「よく解らないのだけど。」って話を進めていくんだよね。だから、ずっとジメジメしてると嫌われちゃうかもよ?」
「うそ……」
思わずうなだれる。もしかして僕、弦巻さんと相性悪いのかな……
「通じないのは本当。でもまあ大丈夫じゃない?こころはそれで誰かを避けるような事はしないから。それに、駒沢君って根は明るい性格だと思うしさ。」
顔をあげると、おかえしと言わんばかりのいたずらっぽい表情をしている奥沢さんが。
「本当にそう思ってる……?」
「ごめんって……一応相談とかは乗るよ?あたしじゃ力不足かもだけど……」
「そんなことないけど……忙しいんじゃ……」
すごく頼もしい反面、いつも大変なのに僕までお世話になるのは申し訳ないような……と思っていると……
「みしゃき~……」
「!!お、奥沢さん。今の……!」
「う、うん……!」
微かだけど弦巻さんの声がした。慌てて二人で彼女を探したら───
「すぅ……すぅ……」
彼女はクローゼットの中ですやすやと寝息を立てていた。
「まさか同じ部屋にいたとは……」
本当に肝が冷えたよ……もし聞かれてたら……
「でもどうしよう。全然起きないけど……」
奥沢さんが声を掛けてもゆすっても一向に起きる気配がない。
「このまま寝かせてはおけないし……おぶるしかないか……」
クローゼットに入り込み、よっこらしょ。と弦巻さんを背負う奥沢さん。
そのまま弦巻さんの部屋に向かう途中。「みっしぇる……」と寝言を言う彼女に「はいはい、ミッシェルですよー。」と答える奥沢さんはやっぱりお母さんみたいだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この話は雄也にはっきりこころを意識する場面がほしいなと思って急遽作ることになりました。
最初は花音さんと薫さんも入れて三人にしようか?とかハロハッピーに予告状出させようか?とか色々考えたのですが雄也の過去を知ってる美咲とのマンツーマンに落ち着きました。
ちなみにこころがかくれんぼをしようと言ったのは、自分の家には楽しいものがたくさんあるのに雄也が遠慮しているからだったり。
次回は雄也の掘り下げとこころ回です。お楽しみに。
最後になりましたが誤字報告ありがとうございました。
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ココロに触れて(上)
今回は雄也の掘り下げとこころ回です
では、どうぞ
雄也視点
弦巻さんに見つかってから気づけばもう1ヶ月。以前までは1日が苦痛になるくらい長かったけど、今はそんな日々とは比べ物にならない位盛りだくさんであっという間のものだった。
それで、今日は来週に控えたハロウィンライブに向けてCircleで通しの練習が行われるのだが……
「う~……どうしよう。完全に目が冴えちゃった……」
それに備えて早寝したのが裏目に出てしまい、ものすごく早起きしてしまった。
「自習はれい姉の部屋に入らないと出来ないしなぁ……」
薄暗い中にぼんやり浮かぶ時計の針を見るとまだ5時半。廊下に座り込み、この有り余った時間をどう使えばいいのか考える。
(それなら、久しぶりに
目的地の病院までここから歩いて大体一時間位。それくらいならちょうどいい気分転換になるかも。
そして、病院に着いた頃には完全に辺りが明るくなっていた。
「し、失礼しまーす……あ、いたいた。」
「……。」
こっそりドアをすり抜けた先に自分と完全に同じ顔の人が寝ている。もちろん双子ではない。魂の抜けた僕の体だ。
「当たり前だけど全然起きそうにないや。いまの僕とは正反対でちょっと羨ましいかも。」
最後に見たのは幽体離脱したばかりだったのでかなり久しぶりだ。頭に巻かれた包帯もなくなり、それを巻くために剃られた髪の毛も元通りになっていた。
(よかった……傷痕もそんなに目立ってない。これなら隠せそう。)
ポルターガイストで髪の毛をめくりあげて傷のあった場所を見てみる。もし打ち所が悪ければ首を骨折しててもおかしくない。このくらいの傷で済んだのは本当にラッキーだった。
(それにしても……やっぱり僕って顔つきが幼い……背も全然伸びないし下手したら小学校の高学年って言っても割と通じちゃうんじゃ……いや!まだ成長期ではある訳だし体に戻った後からだって頑張れば多分、きっと……なんとか……
そういえば、弦巻さんってどういう人がタイプなんだろう?全然想像できないしやっぱりそれとなく聞いてみるべきなのかな……?)
鏡なしで自分の姿を客観的に見れるのは珍しいので、じっくり眺めながら色々考えているとあることに気がついた。
「……あれ?ちょっと顔が赤いような。もしかして風邪ひいちゃった?」
額に手を当てようとするのを慌てて引っ込める。もし触ったせいで体に戻ったりしたらライブに出れなくなってしまう。それに、周りの温度を感じないから触っても意味は無いんだった。
「えっと、もう少ししたら帰るから……お大事にね。」
聞こえる訳ではないけど自分の体に声をかけ、病院を後にした。
と、自分の体の様子を見てそのまま帰るつもりだったのだが、まだちょっと気持ちが落ち着かないのでCircleに寄り道してみることにした。
「あれ?そこにいるのって……」
まだ空いてもいないCircleカフェのベンチに見覚えのある人が座ってる。
「雄也!」
振り返ったのはやっぱり弦巻さんだった。寝ぼけた様子は一切なく元気一杯だ。
「お、おはよう弦巻さん……ずいぶん早いね……」
ど、どうしよう……なんか意識しちゃって視線が落ち着かない……変に思われてないかな……
「今日の練習が待ちきれなかったの!」
「そ、そうなんだ……」
幸い変には思われていないみたいだけど、まだ7時だよ?通し練習はお昼前なのに気が早すぎるって……
「雄也も待ちきれなかったの?」
「うーん、どっちかというと落ち着かないかな?今日は通しでやるわけだし……でも、すごいよね弦巻さん。全然緊張してないんだから。」
やっぱり彼女は大物だ。自分は肝っ玉が小さいので正直うらやましい。
「だって、ライブは皆もあたし達も笑顔になれる素敵なものじゃない。緊張なんかしてたらもったいないわ!」
「ま、眩しい……」
どうしたらこんなに前向きになれるんだろう?
「眩しい?太陽はあっち側よ?」
「あ、ううん。なんでもない!」
そのまましばらく何を話そう……ともじもじしていたら「ここに座って良いわよ。」と言われてしまった。
「そっ、その……弦巻さんってハロハピで演奏する前はどんなことをしていたの?」
ようやく聞きたいことができた……隣に座ったせでますます緊張しちゃってるけど……
「色々な楽しいことを探してたわ!幼稚園であたしが好きな絵本の読み聞かせをしたり。」
「う、うんうん。」
弦巻さんは絵本が好きなんだ。想像したらちょっとほっこりする。
「黒服さん達と一緒に庭にお菓子の家を作ったり……」
「へ、へぇ……」
うわぁ、一気にスケールが大きく……材料を用意したであろう黒服さんもすごいなぁ……
「お父様があたしの誕生日に船を用意してくれてそこでパーティーをしたこともあったわ!」
「ふ、船って……どんなの?」
「あら?雄也もスクリーンで観たことあるじゃない。」
スクリーンで……?え、もしかして。
「まさか……この間の映像で観たあの大きい奴?」
「そうよ!」
え、う、うそ……
話の規模が凄まじすぎて一瞬のみ込めなかった。
その後も「お母様と満開のひまわり畑にいってたくさん記念写真を撮った」とか、「お父様が所有している山の中で動物達(クマ含む)と仲良しになった」とか、ほほえましい話とぶっとんだ話が緩急つけて出るわ出るわ……
「本当に色々なことをやってたんだね……じゃあさ、弦巻さんはいままでやってきたことの中何が一番楽しかった?」
「そうね……今かしら。」
「え?今?」
てっきり一番がないとかそんな返答が来ると思っていたのでちょっと意外だった。
「そうよ。だってあたしには皆がいるもの。」
「みんな……?」
話の意味がいまいち理解できず首を傾げる。
「ええ!ハロハピの皆とライブでどういうパフォーマンスをしたら来てくれた人が喜んでくれるか、笑顔になってくれるか。そういうことを考えているとわくわくが止まらなくなって、本番が待ち遠しくて仕方ないの!」
ライブで笑顔に出来たのはお客さんだけではない。ライブハウスのスタッフさん。一緒にライブを盛り上げてくれた他のバンドの人たち。そして、自分達も───
そんな風に笑顔が広がっていくのが楽しくて嬉しくて仕方ない。だからもっと楽しんでもらえる方法をみんなで一緒に考える。そうやって笑顔の輪はどんどんひろがっていくのだ。
「だからあたし、バンドでなら世界を笑顔にできると思ってるわ!!」
そう言って両手を思いっきり広げる弦巻さん。もう彼女の周りにまでキラキラしたものが見えそうだ。
(でも、こんな素敵な人と一緒に演奏ができるなんて……)
最初は呆気にとられていたけれど、充実感がじわじわ胸を満たしていく。こうやって色々話を聞いているうちにいつしか肩の力も抜けて自然と相づちを打てるように……
「そうだわ!あたし、今日の練習が終わったら雄也と行きたいところがあるの。」
「な……!」
一転、ガッチガチに強ばってしまった。
「だ、大丈夫大丈夫!時間なら空いてるし終わったら行こ!」
急なお誘いに完全にテンパった僕は場所も聞かずにオッケーを出してしまった。
そういえば僕、結構弦巻さんと色んなところにいってるような……
ここまで読んで下さってありがとうございます。
最近なかなか筆をとれず、気がついたらかなり時間がたってしまいました。
ゆっくりにはなると思いますが、失踪はせずに話を書いていけたらなと思います。
もちろん次回はこころ回です。お楽しみに。
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ココロに触れて (下)
今回もこころ回なのですが
・若干フェチな要素?
・ゲスト暴走
という内容になってしまいました。
そんな感じですがよければ読んでいって下さい。
雄也視点
「雄也!次はこっちにいってみましょう!」
「ま、まって……他のお客さんがびっくりしちゃうから……」
他のライブハウスではどうなのかわからないけれど、Circleではライブが終わった後出演バンドとスタッフさんで打ち上げをすることが多い。
それで今回はハロウィンライブということもあり、みんなで仮装をしてお菓子を交換することになったらしい。と言っても僕は参加できないんだけどね……幽霊だし。
つまり、通し練習の後弦巻さんが僕と一緒にやりたかったことは……
「このお姫様の衣装は似合うかしら?」
「う、うん……すごく似合うと思うけど……」
打ち上げで着る仮装をショッピングモールで探して欲しい。とのことだった。
ちなみにだけど、ハロハピメンバーが二人で僕と話すときはスマホを耳にあてている。周りの目を気にする奥沢さんの発案で皆やってるんだけど、いつも元気がありあまっている彼女に限っては微妙だったかも……
「ライブの衣装とどっちが似合ってるかしら?」
「うーん……」
弦巻さんのライブの衣装はオレンジをベースにしたハロウィン感たっぷりの魔法使いなのだが、正直に言うとすごく似合っている。逆にそのせいで、他の仮装に曖昧な表情になっているのを見抜かれてなかなか買う物が決まらないという状況になっちゃったんだけどね……
「やっぱり雄也の表情がいまいちね。
────それなら、思いきった仮装をしてみるわ!」
何か思い付いたらしく、弦巻さんは飛び出していった。
思いきった仮装?何だろう、すごく嫌な予感が……
「これはどうかしら?」
数分後、戻って来た弦巻さんが持っていたのは小さい円柱状のケースに入った……
「包帯?」
「そうよ。これを体に巻いてミイラになるの!どうかしら?」
「な……」
仮装の内容自体は特に珍しくないと思うんだけど……何だろうこの感じ。脳内の想像を映すモニターにヒビが入ったような……
「ミイラ……包帯をあの体に巻いて……巻いて……」
「雄也?ゆーうーやー?」
「───はっ!え、えっと、悪くはないんだけどさ、他のをみてから決めてもいいんじゃないかなって……あはは……」
「?」
「だっ、だからっ!!いったん包帯は戻してこよ?ね?」
「わかったわ!」
包帯を戻しに行った弦巻さんを見届けた後、気持ちを持て余してうずくまりそうだった。
言えない……!はっきりボディラインがでるせいでその……エッチかもとか、服を脱いで下着無しで包帯を巻いてる姿を考えちゃったとか絶対に言えない!!
「弦巻さんって……結局スタイルいいよね……」
どうしよう、妄想が頭から離れないよ……
「───ねえねえ、男の子ってそういう格好でも「るんっ♪」て来るの?」
「る、るんっ?それはよくわからないけど……体のラインが出て目のやり場に困るというか……包帯の下がどうなってるか気になっちゃうというか……」
薄布一枚……というより一本で体をピッチリ巻くという危うさから言葉では言い表せない何かを感じてしまった……
「ふーん。そんなに気になるなら、びよーんってしちゃえばいいじゃん。」
「び、びよーん!?いきなりなんてこと言うのさ!!?そんなの……」
ん、待って?僕は誰と話してるんだ!?
慌てて声のした方に向き直ると────
「あ、あれ?」
そこにいたのは花咲の屋上で見た人と瓜二つの女の子だった。
「えっと……ちょっと待って貴方は?なんでお化けの僕が見えてるの?」
確か以前見たときは僕が見えてなかったし、見えるようなきっかけもなかったような……いや、髪型とか背丈とか違うし別の人かな?
「へー!なんかスケスケしてるなーって思ったら君お化けだったんだ!触っていい?」
返事を待たずに僕を触ろうとしてるけれど、もちろん数珠がないのですり抜けてしまう。
そんな姿を見ているうち僕は今更自分の言った事を思い出して───
「……というか、初対面の女の人に何話してんだ僕は!!?」
「何話してんだーって、そんなのあたしが聞いたからに決まってるじゃーん!!」
急に叫んじゃっておっかしー!とお腹を抱えてケラケラ笑う女の子。以前会った人とはやっぱり雰囲気が違う。
「あたし
ようやく落ち着いたのか、涙を拭いて自己紹介してくる氷川さん。
「あ、僕は駒沢雄也っていいます。弦巻さんとは知り合いで……」
Pastel*paletteってどこかで聞いたような……あ、思い出した。れい姉の後輩さんがいるバンドだ!
「じゃあゆーくんだね!よろしく!」
や、やっぱりそのあだ名になるのね……ゆーくん呼びをされるのは北沢さんと青葉さんに次いで三人目だ。
それにしても、おたえさんといい青葉さんといい最初から僕が見えているギタリスト多くない?弦巻さんはボーカルだけど。
「あら?日菜じゃない!もしかして貴方も雄也が見えるの?」
「あっ、戻ってきた!あのねーこころちゃん!!ゆーくんが着て欲しいのって───」
「ギャ────!!待って!お願いだから言わないでぇぇぇぇぇ!!」
慌てて氷川さんを止めようとはしたんだけど、すり抜ける手と重いものを動かせないポルターガイストではどうしようもなかった。
それからしばらくして────
「とっても素敵な衣装ね!今からパーティーが楽しみだわ!」
「う、うん。よかったねー……」
店内のベンチに座り、袋を抱きしめご満悦の弦巻さん。
結局、衣装はライブ衣装とはちょっと雰囲気を変えて黒い魔法使いのローブになったのだが、その袋の中には抵抗空しく買ってしまった包帯も入ってるんだよね……
唯一幸いだったのは
「よく解らないけど、雄也が着て欲しいのなら買ってくるわね!」
といった感じで弦巻さんがハテナマークを頭に浮かべていた事かな?でも、このことが奥沢さん達にバレたりしたら引かれるよね……
ちなみに元凶の氷川先輩はお姉さんに呼ばれたらしく今ここにはいない。まさか双子さんだったとは思わなかったよ。
「そういえば、雄也はいつも同じ服を着てるわね。」
「へっ?あ、うん。服を着ようにもすり抜けていっちゃうから……」
幽霊の状態で着れる服がないので半年近くずーっと学ランだ。
……一応断っておくけど僕は全然臭くないからね?ホントだよ?*1
「それなら、この数珠をたくさんつければ服を着れるんじゃないかしら?」
ポケットから数珠を取りだし、両手で広げる弦巻さん。
「あ、なるほど。裏地に沢山仕込めば数珠は見えなくなるから……って。膨らむし重くならない?」
「ダメかしら?」
「うーん。ダウンジャケットとかなら違和感ないかもしれないけど……」
まだ早いしそもそも防寒する必要ないからなぁ……そもそも服だけ浮いてるって周りに怖がられかねない訳で。
「やっぱり、服を買うのは体に戻ってからかな。」
「体に戻る?」
「あ、知らなかったっけ?
僕、死んじゃったから幽霊になった訳ではなくて……元気な体からお化けが出てきちゃったというか……」
幽体離脱しました。だと伝わり辛い気がするのでちょっと砕いて説明してみた。
「それでね、れい姉が体に戻りたいならこれが食べたいなとか、今みたいに服を着てみたいな、とか体に戻ったらやってみたいことを探すのが良いって言ってたんだ。」
「そうして体に戻れたら、たーっくさんやれることが増えているのね!とっても素敵じゃない!!」
どこにいこうかしら?と僕以上に目を輝かせている弦巻さん。まだ体にも戻ってないんだけど……
「その、程々でね……?ウチあまりお金ないから……」
目的達成したらバイト先見つけないと……いや、その前に追試対策と転校の手続きを……都内で転校ってできるかな?……ってヤバい!!母さんどうしよう!?完全に忘れてた!!
「ゆーうーやっ!」
「うわあっ!ご、ごめん。またボーッとしちゃってて……」
いきなり顔を覗きこんでくる弦巻さんに心臓がびくっとした。
「またなにか考え事をしていたの?」
「う、うん。追試とか、バイトとか体に戻った後のことを色々と……せっかく誘ってくれたのにこんなんじゃダメだね……」
最後の方に考えてたことはぼかす。あんな人の話、弦巻さんには絶対したくなかった。
「ダメなんかじゃないわ!確かに雄也はよく物事を後ろ向きにとらえてしまうけど、それってあなたなりに笑顔になる方法を真剣に考えているから。じゃないかしら?」
「そうなのかな……?」
「そうよ!「どうしよう……」って見方を変えれば「どうにかしたい」ってことじゃない。そうやって物事に向き合えるのなら追試だって、バイトだってきっと大丈夫よ!」
こ、こういう考え方もあるんだ…
「それに、今の雄也にはあたし達だっているもの!どんな不安だって絶対笑顔に変えて見せるわ!」
そんな彼女の笑顔が眩しくて、でも少し申し訳なくて、誤魔化すように一つ質問をしてみた。
「その……僕の笑顔ってそんなにいいの?」
「ええ!とっても可愛らしいわ!」
「っ……!」
体温がぐんと上がるのが自分でも解る。子供っぽいのはコンプレックスなはずなのに不思議と全然悪い気分にならなかった。
その頃、雄也の体が入院している病院では───
「先輩、駒沢君はなかなか目を冷ましませんね……」
「たまにいるのよね。何の異常もないのに意識不明のまま覚醒しない患者さんって。本当どうなってんだか……」
「風邪をひいているのも心配です……あの状態って免疫もかなり落ちてますし。早く目を覚まして欲しいですけど……」
「……そうは言ってもねぇ、あの子は起きた後も大変だと思うんだよなぁ。」
「?何かあったんです?」
「駒沢君のお母さんなんだけど、半年以上行方が解ってないの。既に警察の捜査も打ち切られたみたいだし。もしかしたら───」
「臭わないのは看護師さんが体拭いてくれてるお蔭じゃない?幽体離脱って体の状態に魂が引っ張られるから。」
とのこと。魂って不思議だね。
遅くなってしまいましたが明けましておめでとうございます。
今年もこの作品をよろしくお願いいたします。
こころのミイラコス…いかがでしょう?バンドリでは既に蘭ちゃんがやっていますが、水着とはまた違う良さがあると思います。
ちなみに包帯のことは美咲にバレ、「へー。駒沢君ってそういう趣味なんだー。」と冷めた目でみられましたとさ。
次回は遂にライブ回。どう書こうものか・・・と既に悩まされていますがなんとかまとめられるように頑張ります。
そして、今回のゲストは日菜でした。おねーちゃんとは違ってバッチリ雄也が見えてましたね。
ちなみに雄也が最初から見えるバンドリメンバーは残り1人です。ハロハピのこころに始まって
ポピパからおたえ
アフグロからモカ
パスパレかな日菜と来れば・・・誰になるかなんとなく予想できた方もいるのではないでしょうか?
次回のおまけで登場する予定なのでお楽しみに。
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ステージの魔法使い
沢山悩んで、うんうん唸って、友人に散々相談をして・・・ようやくライブ回を完成させることができました。
かかってしまった時間に見合うものになったかどうかは解りませんが読んでくださると嬉しいです。
では、どうぞ───
雄也視点
「みんなー!!今日は盛り上がっていっくよー!!」
Poppin'Partyの皆さんの元気一杯のライブで一気に会場に熱が入った。
「みなさーん!今日は来てくれてありがとう!」
Pastel*palette皆さんが振り付けを交えたアイドルらしいライブを魅せてくれた。
「ハロウィンのライブ。悪くないね。」
そこからバトンをつないだAfterglowの皆さんが痺れるような演奏で空気をガラッと変えた。
「……行くわよ。」
更にRoseliaの皆さんの圧倒的な演奏技術が会場のボルテージを最高潮にまで持っていった。
そして───
「みんなー!ハッピー!」
ラッキ──────!!
「ハロウィーン?」
イェ───────イ!!
会場を揺らさんばかりの声援と一緒に黄色のサイリウムが揺れる。
「すごいや……」
そんな光景に思わず感嘆の声が漏れた。
「今日も沢山のお客さんが来てくれているわね!とっても嬉しいわ!!」
魔法使いの仮装をした弦巻さんが観客席に手を振ると答えるようにお客さん達のサイリウムが激しく振れる。
「みんな最高ね!それなら早速新曲を────」
「おっと、その前にこころ、今回はどんな儚い催しを行うつもりなのかな?」
突っ走りそうな弦巻さんを瀬田先輩が引き留めた。
あれ?新曲って『キミがいなくちゃっ!』だよね?最後にやる予定じゃ……
「そうだったわね。このライブのために特別なお客さんを2人招待したの!来てちょうだい!」
弦巻さんが舞台袖に声を掛けると、ウサギさんのキグルミがとてとて走って出てきた。
「あ、マリーだ~。久しぶりだね~。」
喜ぶミッシェルに両手を振って応えるマリー……改め北沢さん。ミッシェルとは違って彼女はしゃべっちゃダメらしい。
「でもこころちゃん。もう一人がまだ来てないよ~?」
まあ僕、最初からここに立ってるんだけどね……自動キーボードだってお客さんに説明をしないといけないとはいえ、今更見えないふりをされるとなんとも言えない気持ちになる……
「いいえ、もう一人のゲストはこの魔法のキーボードさんよ。誰も居なくても演奏してくれるの!」
(か、格好が浮いてるから恥ずかしい……)
軽くファンファーレを演奏して自動キーボードであることをとアピールしたのはいいけれど、お客さんの視線が集まるのを感じて思わず目を逸らしてしまった。
僕の事が見えていない人が多いのだろうけど、どう頑張ったって学ランは浮く。これなら僕も仮装したかったなぁ……
「素敵な二人と一緒に早速新曲を演奏するわ!!『キミがいなくちゃっ!』続けて『ふわふわ☆ゆめいろサンドイッチ』!」
え、ホントに最後の曲からやっちゃうの!?しかも出だしが僕のソロだから責任重大じゃん!!
恥ずかしがるのも束の間、ポルターガイストでスコアのページをめくった後に一旦深呼吸。
僕の準備が出来たのを見てから松原先輩のカウント音がステージに響いた。
そんな感じで始まったライブだけど弦巻さんはいつも通り元気いっぱいだ。
最初こそ曲調に合わせてかパフォーマンスは控えめだったけど、二曲目からはステップを踏んだりマリーとハイタッチしたりするのは序の口。サビでバク宙をしたり側転をしたりと「これでもか!!」というくらいにはじけ続けている。
そうやってお客さんだけでなく自分達までどんどん盛り立てていく姿はまるで「さあ、行くわよっ!」と手を引いてるみたいだ。
(なんか、いつもこんな感じだなぁ……)
演奏しながら心の中でちょっとだけ苦笑いが出てしまった。
何もかも諦めぼーっとしていた僕に声を掛け、落ち込んだ時は励ましてくれて、いろんな場所に一緒に行ってくれて……
弦巻さんはいつも僕の手を引いてくれる。もちろん気にかけてくれるのは嬉しいのだけれど、いつも何もできないままリードされているのはやっぱり情けなくも感じていた。
でも今回は───
(なんだろう。こっちも熱くなってきた。)
気合い全開とかメラメラ燃えるとはまた少し違う。弦巻さんに合わせたい。そんな気持ちが何の突っかかりもなくまっすぐにキーボードに伝わっていくような不思議な感覚。彼女の格好も合まって本当に魔法をかけられたみたいだ。
そんな魔法をかけられたのはきっと僕だけじゃない。瀬田先輩も、松原先輩も、北沢さんも、ミッシェルも、声は全然聞こえないけど練習やリハーサルの時とはまた違う音色が、表情が楽しそうにしてるのを物語っている。
暗がりに目が慣れて次第に見えてきたお客さんの笑顔がさらに自分達の演奏を後押し、どんどん大きくなっていく不思議な熱を体感していたらあっという間に最初の二曲が終わってしまった。
「お疲れ様。頑張ってたね駒沢君。」
「ありがとミッシェル……」
現在MC中。一息ついた僕にマイクを切ったミッシェルがこっそり声を掛けてくれた。もちろん彼女もハロウィン仕様だ。
「まさか最初からラストの曲をやるなんて……」
「まあセトリ通りに行かないのがこころだしね……」
それはそれでどうなの……スタッフさん大変じゃん。
「でもやっぱりあの子はすごいよね。こうやってみんな巻き込んでいくのになんだかんだでうまくやっちゃうんだから……」
男子の、しかも幽霊といっしょにライブやるガールズバンドなんてあたし達位だよ……と苦笑いするミッシェル。
ふと、先週のリハーサルの日の朝、弦巻さんと話した事を思い出した。
「ん?何か良いことでもあったの?」
「この間弦巻さんが言ってたんだ。『自分はバンドでなら世界を笑顔にできると思っている』って。
そのときの弦巻さん、凄く眩しかったんだけどいまいち実感が持てなかったんだよね……
でも、今こうやってみんなの笑顔を見てたら本当に叶っちゃいそうだなって……」
その弦巻さんを見ると、「あたしたちハロハピからのプレゼントよ!」とお客さん達に向けてお菓子を振り撒いていた。
ピアノのコンクールも好きだったけど、それとはまた全然違う。自分だけじゃなくて、メンバーの皆やお客さんとも一緒に音楽を作り上げていく感覚。こんな景色が見れるなんて思わなかった。ましてや関われるなんて……僕がその力になれるなんて考えたこともなかった。
「ライブに誘ってくれてありがとう。本当に楽しいよ。」
「……」
あれ?返事がない。
「も、もしかして迷惑だった?」
「いやいや、あたしも何だかんだ楽しいよ?
でもそういうのはさ、あたしよりも先にこころに伝えた方がよかったんじゃない?言い出しっぺなんだし、キミはこころのことが好きなんでしょ?」
「そっ、それは……!」
感謝と呆れが入り交じった不意討ちで真っ赤になった次の瞬間、突然ステージが暗転した。
「怪盗ハロハッピーただいま参上。お菓子の代わりに子猫ちゃんたちの心を頂きに来たよ。」
瀬田先輩の声に観客が一気に沸き立つ。
「さてと……そろそろ次の曲だね。準備はいい?」
「う、うん!いつでもいけるよ!」
ミッシェルに答えて鍵盤に意識を向ける。次の曲はセトリ通りに『ゴーカ!ごーかい!?ファントムシーフ!』怪盗ハロハッピーに扮した瀬田先輩のパフォーマンスが楽しみだ。
……よし、最後まで楽しみつくそう。あの笑顔に応えられるように、引っ張ってもらわなくてもついていけるように、肩を並べて演奏できるように、もっと、もっと────!
おまけ 他バンドメンバーのライブ反応
たえ「あの子、マホウノ・キーボードって言うんだ。キラキラネームかな?」
有咲(おたえは何言ってんだ……?)
モカ「らーん、だいじょーぶー?」
蘭「別に?あのキーボード、機械が演奏してるだけだし……って、なんでモカにやけてんの?」
モカ「ん~?べっつに~?」
モカ(ゆーくんつぐってハピってますな~。だけど、お化けが苦手なみんなには何も言わないであげるモカちゃんなのであった~)
彩「あのキーボードすごいな。誰もいないのにどうやって演奏してるんだろう?」
日菜「実はね……お化けが演奏してんだよ!」
彩「えっ!ホント!?」
麻弥「いやいや、お化けなんているわけないじゃないですか。実際何も見えませんし。」
彩「だ、だよねー……」
日菜(ホントにゆーくんが演奏してんだけどなー。でもこれはこれで「るんっ♪」てくるかも!)
あこ「今宵、還る場所無き亡霊は舞台に降り立ち、鍵盤を……えっと……バーンと!!」
友希那(亡霊……?一体あこには何が見えているのかしら?確かにあのキーボード、良くも悪くも機械が演奏しているように見えないのだけれど。)
ここまで読んでくださってありがとうございます。ライブ回はいかがでしたか?
今回初登場のゲストは蘭ちゃん、彩ちゃん、友希菜さん、あこちゃんでした。
色んなキャラのセリフを考えるのはとても楽しかったのですが、彩ちゃんのセリフだけ最後まで悩まされました。違和感があったらごめんなさい。
パスパレで一番好きなの彩ちゃんなのに・・・ぐぬぬ・・・
次回から話が動き出します。途中からシリアスな展開になるのでご注意ください。
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一難去ってまた一難
ライブ回が終わって一安心かと思いきや、今回更に大きい問題にぶち当たって大苦戦してしまいました。
色々と思うことはありますが、他の案よりよかったと感じた以上腹をくくって投稿します。
5/10 雄也の言い方をマイルドにしました
あと、前回のあとがきでも触れましたが今回から3話程シリアスな展開が続きます。ご注意下さい。
雄也視点
「終わっちゃったなぁ……」
僕のいるCIRCLEのカフェも既に日が落ち、飾り付けられたカボチャのランタンぼんやり浮かんでいる。ちなみに今はベンチに座って弦巻さんと待ち合わせ中。僕に仮装を見せたいみたいだ。
「本当にここで演奏したんだよね……」
もちろんハロウィンライブは大成功。あっという間に過ぎてしまった時間だが、余韻は全然消えない。
でも、楽しいのはきっとこれから。体に戻れば一気にやれることが増えて……増えて……
「いやちょっと待って。体に戻ったら自動キーボード出来なくない?」
ハロハピは元々ガールズバンド。それでも僕が皆とライブすることに抵抗を感じなかったのは基本周りから見えないからで……
ど、どうしよう……いままで幽霊生活が当たり前だったせいで完全に頭から抜け落ちてた……
さっきまで浸っていた余韻はどこへやら。大きい悩みにぶち当たってうんうん唸っていると───
「ライブお疲れさま……って、なんでまた浮かない顔してんのあんた。」
「あ、れい姉……」
れい姉が心配半分呆れ半分といった感じでこっちをみていた。
「さっきまですごく楽しそうに演奏してたじゃん、なのに今度は何で悩んでんの?」
「それが……」
「───なるほど、そういうことだったのね。」
「う、うん……」
晴れきらない気持ちに驚きが混ざる。れい姉は全然整理できてない僕の気持ちをあっという間にまとめてしまったのだ。今まで沢山の相談をうけていた経験は伊達じゃない。
「えっと、それで僕はどうすれば良いんだろう……」
「どうするも何も……雄也の中でもう答えはでているんじゃない?」
「答えが?……ってそれだと!」
整理してもらった気持ちを拾っていくと確かに自分のやりたいこと、言いたいことが見えてきた。けれどそれは……
「こころちゃん達に言いづらい?」
「うん……かなり……」
できることなら言わないですませたい。けれど───
「確かに言わなければみんなは解らないかもしれないけど、このことは早いうちに話した方が良いと私は思うな。
あんたは隠し事が苦手な質なんだし。抱えっぱなしにしててたらどんどん辛くなると思うから。」
「でも、こんな事言ってもいいのかな?それに、うまく言えるかな……」
「雄也がうやむやにしないで真剣に考えたから出た結論でしょ?それなら大切にしてあげなよ。
それに私だっているんだからさ、万が一雄也がうまく説明できなくても、すれ違いやぶつかり合いなんかには絶対させないって。」
そう言って胸を張るれい姉。元々僕より高い背がますます大きくみえた。
自分の気持ちを大切に……それなら、やっぱり僕は……
「お待たせ!雄也!」
自分の気持ちを見直してしたら弦巻さんの声がした。丁度よかったような……もう少し悩みたかったような……
「じゃあ私は先に帰ってるから……ほら自信持って。今の雄也ならきっと大丈夫。」
「うん……ありがとね。れい姉。」
れい姉は席を立ち弦巻さんと軽く話して家に帰っていった。
「弦巻さん。着替え終わったんだ。」
「ええ!この格好似合ってるかしら?」
「えっと、似合ってる……と思うよ。」
ライブの時と同じ魔法使いの仮装だけど。黒のローブだと雰囲気ががらっと変わって見える。ライブのMCではお客さんにお菓子をあげていたけど、この格好だとお菓子をあげないと魔法でくすぐられそうだ。
「その、今日はありがとうね……ライブに誘ってくれて本当に楽しかったから……」
弦巻さんに見つかってから一月と半分。最初は追いかけ回されて怒鳴ってしまったり、遊園地で散々な目に遭ったりした。
でも、落ち込んだ時は励ましてくれたて、周りから見えない僕をお出かけに誘ってくれて、独特な発想にはいつも驚かされて……
弦巻さんは空虚で何もない僕の時間を変えてくれた恩人だ。
「どういたしまして!雄也の笑顔がたくさん見れて、あたしも嬉しいわ!!」
やっぱりあなたの笑顔、とーっても素敵ね!と、真っ直ぐ言われて体温が上がる。その言い方はずるいよ……
「でも、今の雄也はまた考え事をしてるみたいね。美麗と何か話してたみたいだし。」
「う……」
見られてたんだ……逃げるつもりはないけど、やっぱり言いづらいなぁ……
「実はそうなんだ……実は僕、弦巻さんに言わないといけないことがあって。」
深呼吸してから弦巻さんを見据え、自分の思いを話し始める。
「これから僕、体に戻るために色々やってみるんだけどさ。」
「そうなったら……皆と演奏出来なくなるんじゃないかって思ったんだ。」
「あら?それはどうして?」
いつもとは変わらない口調が逆に罪悪感を駆り立てる。けれど、もう引き返すことはできない。
「ハロハピはガールズバンドで、僕は男だから……体に戻ったら自動キーボードをできなくなるし……」
皆と楽しく練習して、出来ないところがあったら励まし合って、達成できれば自分の事のように喜んでくれる。そして本番でお客さんも巻き込んで全力でステージを盛り上げる……そんな毎日が充実してない訳はない。出来るなら、何度だって一緒にライブがしたい。
「ハロハピがガールズバンドの形を変えれば問題ないとは思うんだけど……これからそうなるのはなんか違うというか、どうしてもよくない気がして……」
そういう部分で甘えてしまったら体に戻れ無くなりそう……みたいな気持ちもあるけど。やっぱりハロハピはガールズバンドとして、色々な人や他のバンドと関わって欲しかった。
こんなのは自分勝手かもしれない。だけど、それが僕の本当の思いだった。
「わがまま言ってごめん……でも僕、ライブができなくても弦巻さんやハロハピの皆とこの体じゃ出来ないことを沢山やりたいなって!
そんな風に思えたのは一緒にライブを出来たからで……それに!皆にお礼や恩返しをしないとだし、僕だって役に立ちたいから!まだ何ができるか解らないけど……」
あーもう言葉がまとまらない!!ちゃんと伝えなきゃいけないのになんで僕はいっつもこうなの!?
ぐちゃぐちゃのまま頭を抱えて下を向いていると───
「顔を上げてちょうだい!雄也の気持ちはちゃーんと伝わったわ!」
弦巻さんの声が僕を現実へと引き戻した。
「つ、伝わったって……いいの!?だって───」
「確かに最初はびっくりしたわ。だけど、その気持ちが生まれたのは雄也があたし達の事を思ってくれているからでしょ?あたしはそれを大切にしたいわ。」
肩に入った力がすーっと抜けていく。すれ違いにならなかった安堵に、どうしても消しきれなかった残念な思いが混ざり合って複雑な気持ちだ。
「だけど……やっぱりこのままはもったいないわね。雄也の気持ちを大切にしたまま一緒に演奏できる方法、何かないかしら?」
「気になってたんだけど……僕のキーボードってそんなにいいかな?そこまで上手くはないと思うんだけど……」
今日演奏したバンドの中で一番凄かったのはやっぱりRoseliaの……りんこさんだっけ?あの人と比べたら僕なんて表現力も技術も全然で……
「そんなことないわよ。ハロウィンライブに向けて雄也は誰よりも練習してたじゃない。」
まあ、自習と自主練意外やれることはあまりなかったからね……
「雄也の演奏って、ちょっと控えめだけどがんばり屋さんなところとか、周りをちゃんと見ているところとか、そういうあなたらしさがたーっさんつまってて、聴く度にどんどん素敵な演奏になっていくの!
あたし、それが楽しみでいつも練習時間が待ち遠しかったわ!」
「あ、ありがと……すごく嬉しい……です。」
元に戻りかけた体温が再び「ぐん!」と上がる。自分の演奏をほめられるのは何年ぶりだろう……
「ええ!だからまた一緒に演奏したいのだけど─────そうだわ!」
「い、今!?今度は何を思い付いたの!?」
いくらなんでも早すぎない!?
「それは……内緒よ。雄也が体に戻ったら教えてあげるわ!」
口元に人差し指をあててウインクする弦巻さん。
楽しみにしててちょうだい!とも言われたけど、初めて見るそんな仕草にドキッとして返事ができなかった。
「そういえば、あたしも雄也に伝えたい事があるの!」
「弦巻さんから?僕に?」
「あたしね、この衣装の下にミイラの仮装もしているの!今から……」
「そっ、それは大丈夫!!いま夜だし多分寒いでしょ!?だから無理して着替えなくていいから!!!」
その気持ちだけでも充分嬉しいです!満足です!!だから……
だからここで脱ごうとしないでぇ!!!
「あら?雄也は見たいと思っていたのだけど。」
「いやそうだけどそうじゃなくて……ああいやえっと……!」
エッチで目のやり場に困るから……なんて言えるわけないじゃんっ!!
ホント弦巻さんってこういう部分は純粋というか危なかっかしいというか……こっちは色んな角度からのドキドキ責めでもう倒れそうなのに……
「どうしたの雄也?顔が赤いわよ?」
それはあなたのせい……いや元は僕と氷川先輩のせいか!?ああもうそんなことよりどう説明すればいいのさこれぇ!?
「あ、いた。こころー!」
よ、よかった!奥沢さんが来てくれた!
「あら、美咲!どうしたのかしら?」
「どうしたも何も……もう打ち上げの時間だよ?ミイラは今度にして早く行こ。」
話を聞いていたのかどこか呆れた様子の奥沢さん。いつもの服にピンと立った犬耳としっぽを着けてるけど狼男……いや、狼女かな?
「やっぱり雄也といると時間があっという間ね。雄也の気持ちをハロハピの皆に伝えるのは明日かしら?」
「そう……だね。明日は日曜日だし……」
今度はちゃんと言いたいことをまとめておかないと……うぅ、緊張するなぁ……
「それじゃあ雄也、また明日!」
「う、うん!また明日。奥沢さんもその、ありがと……」
「どういたしまして。あと……お疲れさま。」
CIRCLEに戻っていく二人、奥沢さんは僕の気持ちという部分で首を傾げていたけど、どうやらなんとなく察したように見えた。
「ふー……」
弦巻さんを見送った後。ちょっと疲れたのでカフェの座席に腰掛けて一息。
全力で楽しんで、自分の気持ちと向き合って、それを伝えて、最後に大慌ててして……今日はもう本当に感情面が忙しい……
「もうすぐ、この生活ともお別れか……」
これから体に戻れるか色々試してみるわけだけど、不思議と上手くいきそうというか、あまり失敗する図が想像できない。
「でも、ちょっと惜しいかな……?もう壁をすり抜けたり宙に浮いたりでき……なく……」
異変に気付いたのはそんな事を考えながら自分の手を眺めていた時だった。
「今、僕の体薄くなってたよね……」
今まで向こう側が見えなかった筈の手のひらから、カボチャのランタンの光が透けていく。
今までの思考が全て止まり、訳もわからず透けた光に釘付けになっていると───
「雄也っ!!いる!?」
「れ、れい姉!これ……!!」
息を弾ませ戻ってきたれい姉にはっとして、慌てて手を見せる。透けている僕にれい姉は一瞬目を見開いたけど、すぐに落ち着きを取り戻してみえた。
「雄也、落ち着いて聞いて。今病院から連絡あったんだけど、今雄也の体、風邪こじらせて危険な状態なんだって。」
「は……?」
近くにいるはずのれい姉の声がどこか遠くに離れていく。
『体が力尽きたら強い執念がない限り魂も消えてしまう。』
以前れい姉が教えてくれた事が頭の中でぐるぐる回り、不安と恐怖と後悔が寒気になってぶわっと胸の中で広がっていく。
「だけどまだ大丈夫なはず!早いうちに体に戻れば……って雄也待って!どこ行くの!?」
なんで……なんで今なの!?僕が何したの!?何がいけなかったの!?恩返しがしたいのに……やりたいことを探したいのに……
なのに……なのに!!僕はこうやってみんなを悲しませることしかできないの!?
苦しさが次第に昔の嫌な思い出へと形を変え、どんどん頭の中を塗りつぶしていく。
「───やっぱり、母さんや学校の皆が言うように僕はいちゃいけなかったのかな?疫病神……なのかな?」
れい姉の話を聞かずに飛び出した僕は、気づけばそんなことを呟いていた。
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足りないものは───
雄也視点
真っ黒闇の中で誰かの声が響く。
『不思議。お前みてても全然愛情なんか湧かないんだよね。まあ結婚したのも仕事無くなった時にそなえてだし。お前産んだのもおろせないから当たり前か。
もう浮気にはならないけどまた
この声は母さん……?確かこの時父さんが亡くなってようやく帰って来たと思ったら言われたような……
『ホントにつまんねーよなお前。母ちゃんクソで、学校どころか家でもぼっちでピアノ弾くだけって、俺だったらこーなる前に死んでるわ。
あ、これ先生にチクんなよ。チクったら殺すから。』
これは中学の時の……この後「だから結局こーなんだよなー」って集団でボッコボコに蹴られたんだよね……なんとか指は庇えたからよかったけど。
『やっぱり父さんのとこ逝った方がいいんじゃない?このままずーっと苦しいより何も感じない方が幸せだと思うんだけど。私もせいせいするし。』
現にほら、もうすぐ逝けるんでしょ?なら早く逝っちゃえよ
消えない罵声は次第にざーっというノイズ音に変わり、どんどん強くなって───
「う、うーん……」
雑音で目を覚ますと、僕は知らない路地で電柱にもたれかかっていた。周りを見ると薄暗い中、ぴちゃん、ぴちゃんと小さい飛沫がアスファルトから上がっている。
「雨の音……か。」
起きた原因を理解して、眠っていた頭が働きだす。
なんでこうなったんだっけ……そうだ。ライブの後、気づいたら
動き出した頭が出来事を思い出していく。けれど、そこに良いものなんて何一つなかった。
手を見ても、相変わらず向こうが透けていてる。
「ほんと、最っ低だよね……」
夢で見た母親と、今の状況や自分のやったこと。その他色々なものが込み上げて零した言葉が、自分の首を締めていくようだ。
しばらく忘れてたのに、記憶の下の方に埋まってたのに。完全に嫌なものを掘り起こしてしまった。
結局、楽しいことは一瞬なんだ。弦巻さんや皆のお陰で忘れていたけど、どんな事にだって終わりは来る。僕はそれがとても早かった。それだけだよ。
「みんな僕のことを忘れてくれればいいんだけど……無理だよね……結構関わっちゃってたし……
こうなるんなら、幽体離脱してすぐにどっか遠い所にいっとけば……」
気持ちが大切と言うなら今は体に戻るのは無理だし、一人で終らすこともできない。そんなどっちつかずな自分にすら愛想が尽きそうで……
「もういいや、二度寝しよ……すごく疲れた。」
何もかもが億劫になり目を閉じる。どうせ見るのは悪夢だろうけど、このまま寝ている間に何もかも終わってしまえば。そんなことを考え意識を手放そうとすると───
「あ!いた!みんなー!ゆーくんみつけたよ!」
声……?気のせいかな?と思ったのだが、しばらくすると───
「うわ、確かに薄くなってる……」
「雄也君、大丈夫かな……?」
「きっと眠ってるのよ。あたし、数珠を持ってるから揺すってみるわ!」
なんか夢にしては随分はっきりしているような……
「あれ?みんな……?」
「あ、ゆーくん起きた!」
「ようやくお姫様……いや、王子様のお目覚めだね。」
なんとか瞼を持ち上げると、僕のもたれた電柱から扇状にみんなが集まっていた。日曜日ということもあって全員私服だ。
「なんでここがわかったの……?」
「雄也君が居なくなったって聞いて、私がエヴァースの奥さんに連絡したの。そしたら『そういう情報ならおばちゃんにまかせなさい。』って。」
松原先輩が教えてくれた。エヴァースのって……あ、あの喫茶店の人か。
「それで、皆は何しに来たの?」
「いや何しにって……キミを探してに決まってんじゃん。」
「探すって……僕もう消えちゃうんだよ?見ててもいいことなんか……」
皆に見せた手が心なしかさらに薄れて見える。これ、もしかしてあまり長くないのかな……
「確かに透けているわね。けれど、体に戻れば大丈夫よ!喫茶店のおば様も、美麗もそう言ってたわ!」
「戻るったって……こんな気持ちじゃどのみち上手く行かないって……」
励ましがますます苦しい。真っ黒で重い気持ちが堰を切ってどんどん流れていく。
「だから間違いだったんだよ……最後にこうやって消える位なら、初めから皆に会わなければよかったんだよ……できるなら今からでも忘れて欲しい。そうすれば最初から自分なんか居なくたって────」
話す度に胸の辺りがどんどん冷えて、それが全身に廻っていく。僕は最低だ……こうやって迷惑かけて、それなのにこんな酷いこと言って、でも止められなくて───
「忘れて欲しいなんて……そんなの、そんなの絶対に嫌だよ……!」
「……!」
僕の言葉を遮ったのは松原先輩だった。
「案内してくれたお礼もまだ出来てないのに……せっかくこうやって皆と仲良くなれたのに……そんな悲しい事、言って欲しくないよ……!」
目に涙を浮かべながら、まっすぐこちらを見据える先輩。震える語気に怒りがうっすら滲んでみえた。
「そーだよ!!ゆーくん体に戻ったらとーちゃんの作ったコロッケ食べるって言ってたじゃん!!はぐみ!ずーっと楽しみにしてんだよ!?」
あのとき言ったこと、覚えていたんだ……
「かのシェイクスピアは言っていた。『行動は雄弁なり』とね。
厳しい言い方になるかもしれないけれど……君はまだ、その行動をしていないのではないかな?」
シェイクスピアの言葉をなぞる瀬田先輩。だけど、それはいつもの決め台詞とは違い、深く考えなくても意味がはっきり伝わって来るものだった。
「あたしがキミにこんな事言っていいのかわからないけどさ……なんていうか、もう少しだけ頑張って欲しい、かな?
せっかくこれからだって時にお別れとかってなっちゃうと……やっぱしんどいじゃん。」
メンバーの中で唯一、僕の過去を知ってる奥沢さん。いつもと変わらない口調のように感じたけど、途中から顔が帽子のつばに隠れて見えなかった。
「……なんで……なんで励ましてくれるの?迷惑じゃないの?酷いことばかり言ってるのに怒らないの……?」
突き放そうとしているのに、忘れて欲しいって言ってるのに……頭の中が「なんで」と「どうして」でぐちゃぐちゃになっていく。
「そんなことしないわ。だって昨日までの雄也は、体に戻りたいって言ってたじゃない。」
「それはこうなる前だからじゃん……こんな事になったら気持ちだって変わるよ……」
「思っていること全部が変わってしまう事なんてあるかしら?
怖い気持ちに隠れてしまっているだけで、心のどこかでは体に戻りたい。あたしたちともっと楽しい事をしたいって思っているかもしれないわ。」
「……」
するりと中に踏み込まれてしまった気がして、思わず目を反らすと───
「やっぱり思っているのね!それなら、雄也が体に戻るのに大切な気持ちを見つけられるまで、あたしはずーっと応援するわ!」
「何も言ってないんだけど……」
「言わなくたって癖でわかるもの!雄也は言いたくないことや隠し事があると、いつもそっぽを向くじゃない。」
「うぐ……」
どうしてそういう所は鋭いのさ……みみっちい自分がさっきまでと違う意味で嫌になった。なんか皆もちょっと表情ゆるんでるし……
「それに、応援してるのはあたし達だけじゃないわ!皆雄也に伝言を残してくれたの!」
ほら!と、自分のスマホを見せてくる弦巻さん。そこには───
『大変なことになってるみたいだけど……諦めちゃダメだよ!私もCIRCLEの皆も君が元気になってウチのライブに来てくれるのを待ってるから!』
『ゆーくんとそんなに話せてないけど、このままお別れなんてあたしはいやだよ?
ゆーくんのこれからにはハロハピの皆と過ごす日常とか、今まで食べれなかったおいしーものとか、たくさんの「エモい」ものが待ってて、それが「いつも通り」になっていくんだからさ~。』
『あたしもゆーくんに消えて欲しくないな。だって演奏してた時すっごく「るんっ♪」とくる顔してたもん。
それにそれに!本当の姉弟じゃないけどキミにもおねーちゃんがいるんでしょ?だったら、今度一緒におねーちゃん自慢しよ!』
『レモンティーの約束、反故にされたらウチの旦那悲しむよぉ?ああ見えてすっごーくナイーブだからねぇ。』
『消えかかっていても時間はまだあるし、今の雄也より酷い状態から持ち直した人だってちゃんといる。
だからお願い。前を向いて。透けてない顔を私に見せて。
もう怒ったりしないから。』
「みんな……」
れい姉や喫茶店の奥さんだけじゃない。まりなさんに、青葉さん。そして日菜先輩も……
「幽霊を笑顔に!!」というタイトルのグループチャットには幽体離脱してから今まで僕が関わって来ていた人達からの激励が書き込まれていた。
「確かに雄也はちょっぴり怖がり屋さんかもしれないけれど、酷い人でもひとりぼっちでもないわ。
優しくて、頑張り屋さんで、とーっても素敵な人だってみんなが知ってるもの!」
勇気なら、あたしたちがあげるわ!!
ほら、行きましょう!と、真っ直ぐ差し出された手に触れると、さっきとは真逆の温かいものが胸からどんどん広がっていく。
顔を上げると、いつの間にか雨も止んでいて雲の隙間から差し込む光で彼女がいつもより輝いて……ずっと見ていたくて……
自分では埋められない。足りない。そう思っていたものは、あっけないくらい簡単にみたされてしまった。
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暗闇を越えて
今回、アンケートを設けました。答えてくださると嬉しいです。
3話続いたシリアスもここで一区切りです。では、どうぞ。
雄也視点
「この間よりずっと酷くなってる……」
真っ赤な顔に、苦しそうな呼吸。以前見たときよりも悪化している自分の体を前にして思わず息を飲む。
本音を言うと恐いし不安だ……でも、やるって決めたんだ。苦しくたって、辛くたって……もう僕は一人じゃないんだから───
覚悟を決めて、胸の上に手をかざす。
「これでも大丈夫って言われたけど……ってあれ……うわぁ!!」
触れた瞬間、手を動かせなくなり、そのまま強い力で一気に引きずり込まれた。
そして────
「……こ、ここは……?」
気がつくと僕はまた暗闇の中にいた。
辺りを見回してみても何もない。だけど、さっきの夢とは違って意識がはっきりしているし、自分の体だけはくっきりとみえていた。
「ここって……もしかしてあの世!?そんな!どうしよう!まだみんなに謝れてないのに!!」
訳が解らない状況に混乱が止まらなかったけど、いくら時間が経ってもなにも起きなかった。
「と、とりあえず出口を探してみよう。死んでるかどうかまだ決まった訳じゃないし……早く皆の所に戻らないと……」
ようやく焦りも落ち着き、しばらく手探りで周りを探索していると───
「ずいぶんおそかったわね。」
「!!」
この背筋をなぜるような気だるげな声……まさか!
「か、母さん……」
振り返った先にいたのは今僕が一番会いたくない人だった。外で遊んでいたのだろうか、着飾った服を身に付け、派手な化粧をしている。でも、僕はそれが気持ち悪いとしか思えなかった。
「ずっとどこほっつき歩いてたの。」
「い、言わなきゃ駄目?馬鹿馬鹿しくて聞いてられないと思うんだけど……」
相手の表情に若干驚きが見えた。反抗されるとは思ってなかったらしい。
もちろん色々思い出して足がすくみそうなのだが、幽体離脱する数ヶ月前からはずっと家にいなかったので嫌悪感の方が勝っていたのだ。
「言えよ。突き落としたのに半年もこっちに来なかった理由はなんなの。」
「……は?」
今、この人何て?突き落とした……もしかして!
「解らない?私があんたを歩道橋から突き落としたの。その後私も別のところで自殺したんだけど。全然来ないからずーっと待ちぼうけよ。いいご身分になったんだねお前は。」
ほら。と顎を軽く持ち上げると、首にはっきりと縄の痕が残っていた。
「じ、じゃあ、僕が幽体離脱したのって母さんのせいってこと!?一体なんで!?」
「疲れたのよ。仕事クビになるし、
っていうか幽体離脱ってふざけてんの?しぶといことしてないでさっさと死ねよ……」
なんで私ばかりこうなるんだろなぁ……と、何事もないようにしれっと言ってのける。
「う、嘘でしょ……」
本当になんなんだこの人……どこまで自分勝手で……ん?でもこれ、母さんからしたら結構皮肉な結果になってない?幽体離脱したから僕は弦巻さんや皆と知り合えた訳なんだし。いや感謝なんか絶対するわけないけどさ。
「何よその顔。言いたいことあんの?」
「そんなのどうでもいいじゃん……
それよりさ、ここからどうやったら帰れるか知らない?皆待たせてるから……」
「皆……?じゃあ何、お前母さんの気持ちも知らないで色々ほっつき歩いて友達ごっこしてたの?いいご身分じゃない堕せないだけで産まれてきた死に損ないが……」
さっきまでのいい加減な物言いが、怒りと怨みでじわじわと重くなっていく。
「頭来た。絶対あの世に連れていってやる。」
「い、嫌だ……!!」
つかみかかろうとする母さんをなんとか避けるが、すんなり諦めてくれるわけなかった。
「逃げんじゃないよ。面倒くさい……」
「冗談じゃないよ!絶対帰るってみんなと約束してるんだから!!」
「お前に約束なんてする資格なんてないんだよ。どうせつるんでいるような連中もろくなもんじゃないんでしょ?
みんなうまく生きて行けなくって表では傷の嘗めあい、けど裏ではその人への不満を愚痴る。そんな形だけの奴らなんでしょ?よかったねぇそんな素敵な友達できて。
そうだ、あんたをあの世に連れてったらその人達の顔も拝みにいってやろうかしら。意外とせいせいしたーみたいな顔してたりして。」
怨みと怒りで重い口調に嘲りが加わって、また形が変わった気がする。
「───」
でも、気持ちが変わったのはこっちもだった。焦りと恐怖がぴたりと凪いだ僕は、何も言わずつかつかと母さんに近づき───
バチンッ!!
虚を突かれたあいつの頬を思いっきり張り飛ばした。
「もうなんなんだよ……いい加減にしてくれよ!!どこまで自分勝手なんだあんたは!!
自分の息子も父さんもほっぽって、仕事の後は毎晩毎晩男漁り……いい歳して恥ずかしくないの!?父さんなんかいつも
「ごめんな雄也……お父さんがちゃんとしてないせいで……悲しい思いさせて本当にごめんな……もう少しだから……」
って僕に隠れて泣いてたんだよ!?ろくでもないのはそっちだよ!!
それにまだ僕はいいよ!気弱だし、なよなよしてるし。だけど、見てもいない僕の大切な人達まで解ったように貶してんじゃないよ!!
あんたみたいなあばずれより弦巻さん達の方が百万倍良いよ!!この……くそばばあっ!!!」
貯まりに貯まっていた怨みに火が点き、感情が一気に燃えあがる。一気にしゃべったせいで息は切れるし、母さんの顔が怒りを受け入れられずにひくついている。それでも言いたいことは全然尽きない。
「それに……皮肉だよ!僕がそんな人達に出会えたのは幽体離脱してからなんだから!優しくて、元気いっぱいで、全力で誰かを笑顔にしようとするような……そんな皆と過ごせた一月半はすっごく充実してて……もう可哀想だよ!そんな悲しい見方しかできない母さんは……」
そこから先は言えなかった。
「殺してやる……」
さっきまでとは違い、言葉からも、表情からも感情が掴めない。セットしていたはずの髪が不気味にうねり始め、どろどろと化粧の流れ落ちた肌は生気が感じられない位に白く、濁った目からは血の涙が流れ、口が裂けるようにぱっくりと広がって───
マズい!逃げないと!!
恐怖ですくみそうな気持ちを突き動かし、なんとか駆け出した。
「待て!待て!!待てぇぇぇぇぇぇ!!殺してやる!!絶対連れていってやる!!捕まえて永遠にいたぶってやる!!半年待ったんだ!!それなのに母親馬鹿にして、私より先に女作って、ただで済むと思うなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶え間なく響く割れ鐘のような声が後ろから離れない。
後ろを向くと目を剥いて、ありとあらゆる悪感情を混ぜたかのような形相で僕に追いすがってくる母さんの姿が。もう同じ人間としてすら見えない───!
こんな状況、一刻も早くどうにかしたかった。けれど、いくら走っても振り切れないし、隠れる場所も見当たらない。
「はぁ……はぁ……一体……どこに行けばいいの……?」
いったいどれだけ逃げ続けたのだろう?元々自信がない体力が切れ、膝に両手を当て荒くなった息を整える。
(体が重い……嘘でしょ?終わっちゃうの?やっぱり僕は……ダメ、だったの……?)
そんな僕に激を飛ばしたのは、聞こえる筈がない、大事な人の声だった。
『雄也……雄也!!』
「その声……父さん!?なんで?」
『今はいいから走れ!出口はもうすぐだ!!』
顔を上げ、声のする方を見ると微に光が見える。
「あれが……出口?」
『早く!!もう来てるぞ!!』
「逃がすかぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え、うわぁ!!」
母さんの声がかなり近づいていたが、ギリギリで逃げることができた。
父さんの声と見え始めた出口に引っ張られてなんとか再び走れたけれど、胸と喉が苦しい通り越して痛い。足がもつれて何度も転びそうになる。それでも、そんな体に鞭を打って進むにつれて見える光もどんどん大きくなって……
『皆と仲良くな。雄也が頑張ってるの、ずっとこっちで見てるから───』
光に包まれ、眩しすぎて目を閉じると、父さんがちょっと笑った気がした。
「───はっ」
気がつくと、目に入ったのは真っ白な天井だった。
「ここは……病院?僕、帰って来れた……?」
「雄也!」
「つ、弦巻さん……?来てたんだ……」
なんとかベッドから体を持ちあげ、向き直る。半年眠りっぱなしということもあって、その動作すら結構辛い。
「ようやく目を覚ましたわね!あの後3日間、雄也はずーっと眠っていたのよ。」
「み、3日も……?」
あ、花咲の制服……あの日は確か日曜日だから今は……平日か。
「そうよ!ハロハピの皆は放課後用事があるって言ったけれど、連絡すれば必ず……雄也?」
「……あ、あれ?おかしいな……僕なんで泣いてるんだろ……」
目の前にいる弦巻さんがどんどん滲んでいく。どうして?嬉しいはずなのに、喜ぶべきなのに、何故か涙が止まらない。
「……我慢はよくないわ。何があったかはわからないけれど、目を覚ます前の雄也はとっても苦しそうにしてたもの。」
「……」
声が詰まって返事ができない。首を横に振って拒否を伝えるのがやっと。
「大丈夫。あたしはどこにも行かないわ。あなたが笑顔になるまでずーっと一緒にいてあげる。だから──」
いつもとは違う柔らかい声。それに聞き入るまもなく布団の上に置いであるはずの手がふわりと暖かくなる。
「うっ… ひっく………うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
弦巻さんが僕の手を包んでくれている。そう気づいた瞬間に心の中の何かが外れ、すすりあげながら崩れ落ちていった。
あんな母親の元に生まれた事が辛かった。皆を侮辱されて心の底から腹が立った。醜い姿になってどこまでもすがり付いてくる姿は他に比べる物が無いくらい恐ろしかった。
でもそれ以上に弦巻さんにまた出会えた事が嬉しくて、ほっとして、握ってくれた手が温かくて、心の底から安心できたから────
ここまで読んでくださってありがとうございます。
一点補足ですが、雄也の母親はああ見えて外面だけは結構いい設定です。雄也の父も働いていたので彼女の本性に気づくのが遅れてしまいました。
さて、冒頭にて触れたアンケートの内容ですが
「雄也の母親の末路を投稿を希望するか。希望する場合どちらに投稿するか。」
をこのお話を読んだ方に聞こうと思います。
あそこまでやった雄也の母親をお咎めなしにするのもどうかな?と思う反面
末路回はバンドリキャラを出さない+暴力的な描写に加え、今作のある登場人物が大暴れするという内容になるので人を選ぶかもしれない
という懸念がありましたのでこのような形をとりました。
もし本編と活動報告への投票数が並んだ場合は活動報告に投稿します。もちろん、見たくないが一番多い場合は投稿はしません。
最後になりますが次回かその次は短編集か、オリキャラ二名を追加した新しいストーリーになります。
雄也とこころがどうなっていくか。これからも応援していただけると嬉しいです。
5/7 アンケートを締め切りました。断罪回は2話後に投稿しました
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初めの一歩
今回はこころ、日菜、モカの短編集かアンケートで投稿を希望された回を投稿する予定でしたが、短編集が長くなりすぎたのでこころ回だけ切り離して投稿することにしました。
お楽しみいただけたら幸いです。どうぞ。
雄也視点
「───もう大丈夫?」
「うん……ごめんね……」
泣き続けて気持ちが振り切れ、辛かったことを全部ぶちまけて、ようやく涙が落ち着いてきた。一旦近くのティッシュで涙を拭き、鼻をかんでから弦巻さんに謝る。
気づけば目を覚ました時窓の外にあった太陽は沈み、景色は真っ黒になっていた。
「あら、どうして雄也は謝るの?」
「だって、辛い話ばっかりしたから……苦手じゃないの?こういうの。」
弦巻さんにネガティブなことは通じない。だけど僕はどうしようもないくらい暗い性格で、弱気なことを沢山言ってきてしまった。
だからせめて、体に戻ったら明るく振る舞いたいと思っていたのに結局最初からこんな……
「そうね。確かにあたしは辛いとか、苦しいとか。そういう後ろ向きなことはよく分からないわ。」
やっぱり……奥沢さんの言ってた通りだ。
「けれどね、ハロハピのみんなと居て気づいたの!悩みやもやもやした気持ちをわかれなくても誰かを笑顔にできる方法があるって!」
「それって、どんな……?」
「全然難しいことじゃないわ。1人じゃなくて誰かといればいいの。一緒にお話していると胸の中のもやもやしたものがなくなって楽しい気持ちがあふれてくるの!」
理解できなくても彼女の表情は一片たりとも陰らない。眩しくて暖かい、太陽のような笑顔をいつものように見せてくれた。
「だから、今はあたしとたーっくさんお話しましょう!退院したらやりたいことに、ここでもできそうな遊びを一緒に考えるのもいいわね!それから───」
その姿にいつの間にか沈んでいた気持ちも忘れて、相槌も打たずに見入ってしまっていると……
「雄也?」
「あ、え、えーっと……」
「その、ありがとね……あ、あと改めて……これからもよろしく。」
下がって上がってまとまらない気持ちを隅に寄せたら、お礼と挨拶がしたくなった。
今までお世話になった分、これからはハロハピの力になりたい。まっさらになった気持ちに朧気だがそんな目標が生まれた。
今の僕にだって何か出来ることはあるはず。自動キーボードとして演奏はできないけれど、物に触れるし、おいしいものを食べれるし、皆が気づいてくれるから。
「ええ!こちらこそよろしく!
やっぱり雄也の笑顔は素敵ね!とーっても可愛いわ!」
「っ!そ、そういうとこだよもぉ……」
「あら?何か言ったかしら?」
「なっ、なんでもないっ!」
くすぐられたような気持ちになって思わず目をそらす。子供っぽいからって背丈や顔立ちを気にしてるのにやっぱり全然嫌じゃない……
弦巻さんはズルいよ……可愛いだけじゃなくて、こうやってぐいっと詰め寄ってきてもわだかまりとか残さないんだから……
嬉しいような、恥ずかしいような、でもちょっとだけ拗ねてるような……そんな形にならない気持ちで自分がどんどん埋まっていく。そのままでも胸の中が苦しいのだけど、気持ちを言葉にするのも苦しい。出口がない迷路に入ったみたいでわけわかんないよ……
「そうだわ!あたし、雄也とこうして話せるようになったらお願いしたかったことがあるの!」
「お、お願い?一体何さ?」
なんか、緊張する……こういうことは良くあったんだけど……
「それはね……これからはあたしたちの事を下の名前で呼んで欲しいの!」
「下の……えっ!?」
それじゃ弦巻さんじゃなくて……こ、こころちゃんって呼べってこと!?
「雄也はあたしたちの事をいつも名字で呼ぶでしょう?それもいいのだけれど、やっぱり下の名前でよんでくれた方がもっと距離が近くなると思うわ。」
「そ、それはわかるけど……ちょっと……」
弦巻さん呼びに慣れすぎて。今から変えるのはなんかこう……落ち着かないというか……
「難しいのなら一緒に練習しましょう!あたしが最初に雄也の名前を呼ぶからその後に雄也があたしの名前を呼んでちょうだい!」
「え、待って────」
「早速始めるわ!雄也ー!」
「こ、こころ、ちゃん……」
「目を反らしたらダメよ?ゆうやっ♪」
「こころ……ちゃん……」
「ゆ・う・やっ!」
「こ、こ……」
恥ずかしい……これイチャイチャしてるみたいですっごく恥ずかしいっ!!!つ……こころちゃんもニコッとしたり、首を傾げたり、ころころ表情を変えるせいで直視が辛いよ!!!
しかも、これで終わらないのが彼女のある意味恐ろしい所で……
「どうしたのかしら?雄也の顔がみるみる真っ赤になっていくわ。」
「そ、それは……」
あなたのせいです!!……なんて言えるわけなかった。
「熱があったら大変ね。そのままじっとしてて。」
「え、ちょ、ちょっ……!」
そういうとつ……こころちゃんは僕に顔を近づけて来て───
「うーん……」
前髪を右手でよけて、おでことおでこをぺたりと合わせてきた。
(あわわわわ……)
ち、近いっ!整った目鼻立ちも、さらさらした金髪も、それと同じ色の瞳も全部!
心音が外にきこえそうなくらいばくばく鳴って、頭がくらくらしてくる。ひんやりしてるのは額だけだ。
「あら、ますます熱くなってきてるわ。看護師さんを呼んで来た方がいいかしら?」
目を反らしても息づかいが微かにきこえて、ふわりと良い香りがして、もう全部がいけない気がして息詰まって視界まで朱く───
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「なっ、何!?」
ガタガタッと急に物音がして、開いた扉から何かが雪崩れ込んでできた。こころちゃんから額をはずして扉の方を見ると……
「お、おはよー……目が覚めたんだねー駒ざ……じゃなくて雄也君……」
ハロハピの皆がうつ伏せに倒れていた。
「……」
お……美咲さんに返事もできず、そのまま思考が処理落ちを起こした。甘くなってしまった空気が一気に凍りつき、気まずいものへと変わっていく。
「あら、皆来ていたのね!そこで何をしてるのかしら?」
あ、1人だけそうでもなさそう。
「な、なにしてたんだろねーあたしたち……あはは……」
「……あ、あの、きい、て、ました?」
軋む音が聞こえそうな口をなんとか動かして尋ねる。お願い!聴いてたなんて言わないで!!皆今来たばかりで扉の向こうで事故かなんかがあってこうなっちゃったんでしょ?そうなんでしょ!?
「な、なんのことかなー?わかんないやー……あはは……」
「花音さん……色々苦しすぎます……」
絵に描いたような棒読みの花音先輩と半ば白状ともとれる美咲さんのツッコミ。
「ぁ……ぅぅ……」
聴かれてた……絶対聴かれてたよこれぇ!!
「練習の邪魔してごめんねゆーくん……
でもね、頑張ってはぐみたちのことも下の名前で呼んでくれると嬉しいなって!大変かもしれないけどはぐみ、応援してるよ!」
「あっ……あ、あぁ……」
「まあつまり……そういうことだね。雄也。」
「~~~~~~~~っ!」
声にならない思いが募り、高まり、抱えきれなくなって───
「もうやだぁ!!おうちかえるぅ!!!」
最終的に皆の事を下の名前で呼べるようにはなったけど、花火のように爆ぜ散った僕は看護師さんに怒られたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
今回はテーマを決めてからお話を書いてみました。それは……
無自覚なこころにガンガン詰め寄られたい!
……失礼しました。正しくは
無自覚なこころに詰め寄られて雄也が爆発する
というものです。
恋愛小説なのに今までこういうお話が少ないというか、どうにも薄味な気がしていたので、こちらを読んだ後に少しでも口の中に甘い物を感じられたのなら嬉しいです。
念のためですが、このお話に私の願望や他意は一切ございません。……ございませんからね?
そして、冒頭でも触れましたが次回はアンケートでの希望を多く頂いたお話とモカ、日菜の短編集を二話連続で投稿します。お楽しみに。
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番外編2 怨霊の末路
こちらは前々回『暗闇を越えて』でアンケートを取ったとあるオリキャラの断罪回となっていますので、そちらのお話をご覧の上で読むことをおすすめします。
また、このお話は上で取りあげた人物が激しく痛め付けられる内容となっており、今までとは少々異なっております。
それでもよければ、れい姉の本気をご覧下さい。
美麗視点
「はぁ……」
講義が既にだれも居ない教室に1人で考え事をしていると、色々な悪感情がため息になってこぼれ落ちた。
原因は講義とかレポートとかそういうことではない。さっきあった弦巻家の黒服さんからの連絡だ。
最初は雄也が目を覚ましたことを教えられた。お医者さん曰く、健康面の問題はないので、検査とリハビリが終わればそのまま退院できるらしい。
だけど、吉報に胸を撫で下ろしたのもつかの間、続く報告で私の体に緊張が走った。
「気づいたら真っ暗な場所にいて、叔母さんに会って幽体離脱した原因だって言われて、恨み節をたくさんぶつけられて、逆にこっちが怒鳴り付けたら化け物みたいに姿が変わって追いかけてきた……か。」
目を覚ましてすぐに、雄也はこころちゃんに泣きながらそんなことを言ってたらしい。相当怖かったのだろう。
「悪霊じゃなくて……怨霊かな?今回の場合だと。」
いずれにせよ雄也のことを相当恨んでいるのは明白だ。必ずあいつを追いかけてこっちに戻って来るだろう。いや、もう既に戻って来てるかも。
基本、この手の相手は深追いしないのだが、このままにしておくとあいつが危ない。
「というか、聞いてるこっちまで頭おかしくなりそうなんだけど……」
叔父さんが苦しんでいても、雄也が1人になっても関係ないと遊び呆けてばかり。それで仕事がなくなれば、何でお前は生きてるんだと自分の息子を道連れに……
そんな理解できない。したくもない話の数々がぐるぐる回り続け、悪霊、怨霊絡みで冷えていた頭が次第に温まっていく。
色々な霊や人を見てきたけれどここまで色々と酷い、というより下らないのは久しぶりだ。しかも身内に……気づけなかったのがとても悔しいし腹立たしい。
「……ってダメだこんなんじゃ。今回は荒事になりそうなんだし、尚更慎重にいかないと。」
ふつふつ沸き上がる怒りをなんとか脇に置き、準備ができてるかを一旦確認する。
お灸を据えたくて仕方ないけど、もし相手が私の手に負えない規模なら住職さんを頼らないといけないし、下手をして逃げられでもしたら目も当てられない。熱くなって突っ走るのはとても危険だ。
「明日の天気はオッケー。御札とお清めの塩は……うん、こっちも大丈夫。
今すぐ行っても問題なさそうかな?」
そこからはあっという間だった。
叔母さんの怨霊が寄り付きそうな場所ということで最初に雄也の家に行ってみたのだけど、外からうっすら嫌な気配がしたのだ。
とりあえず周囲に御札やらお清めの塩やらをたっぷりと仕込み、嫌な気配の動きを封じておく。向こう1週間は雨が降らないみたいなので御札も塩も大丈夫だ。
その後も雄也が突き落とされた歩道橋やアヤ校周辺も探ってみたけれど、とくに怪しい感じはなかった。
そして翌日の早朝、病院から預かっていた雄也の鍵を使い、家に乗り込むと……
「出られない……出られない……だれだ、だれがこんなこと……」
あいつの部屋の前から恨みまがしく歪んだ、でもどこかで聞いたような声がする。どうやら一発で上手くいったようだ。
(いざというときの準備もオッケー……)
最後の確認をして、意を決してドアノブに手をかけると───
「だれだ……」
「おはよう。久しぶりだね……叔母さん。」
病的な程白い肌に、濁りきった目。一瞬誰だか判断出来ないくらいに叔母さんの姿は変わり果てていた。顔くらいしか長所ないのにね。
「お前か……私をここから出せなくしたのは……」
「え、まぁそうだけど……」
開口一番に恨み節をぶつけられちょっとだけ面食らった。
「あのさ、私のこと覚えてない?親戚なんだけど?」
「出せ……私をいますぐここから出せ……」
(忘れられてる……まあ最後にあったの十年は前だしそんなもんか。)
奇跡的に会話がいい方向に向かうかもしれないと、念のためで残しておいた情を溝に捨てる。こっちの話を聞いてもらえるように無理矢理でも仕向けないとどうしようもなさそうだ。
「出したらどうせ雄也とこころちゃんを呪いにいくんでしょ?」
「当たり前だ……あのクズ、散々待ってる間に、女作って、バカにして、みつけたらただじゃおかない……」
「良い歳して僻んでるだけとか……馬鹿みたい。」
というか、その言葉だけには反応するのね。
「あんたみたいなガキに私の何がわかるんだ……」
目を剥いて睨まれるけど全然怖くない。うすうすそんな気はしてたけど怨霊としては全然ね。それでも油断はしないが。
「確かにわからないわね…可哀想なくそばばあってことくらいしか。」
「お前……!お前も!!お前もあいつと同じことをぉぉぉぉぉ!!!」
私の煽りにぶちギレ、獣みたいに汚い叫び声をあげながら突っ込んでくるが
「それっ!」
「ぐうっ……」
その顔に御札がたっぷり入ったハンドバッグが叩き付けられた。
「お前……お前ぇぇぇぇぇぇ……」
「どう、少しは応えた?」
顔を抑えたまま後ずさりして、野良犬みたいな唸り声をあげる叔母さん。
「私がいる限り、雄也にもハロハピの皆にも指一本だって触れさせやしない。
だからさっさと諦めて成仏してくれない?こっちも疲れるし。」
これで聞き入れてくれるならいいのだけれど。
「殺してやる……殺してやる……!!お前も、弦巻とか言うガキも!そいつの仲間も!あの死に損ないと一緒に向こうでいたぶってやるぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「……あんま驚かないか。」
反撃されたせいで逃げ腰になる輩は結構多いのだが、今回は怯む感じが全くない。ちょっと怒らせすぎたかな?
(まあいいや。また突っ込んで来るし、今度は完全に動きを止めてしまおう。)
ハンドバッグをそのまま手放す。相手を見据え、掴みかかろうとしてくる手をかわして……
「フッ!」
「ヴッ……」
握りしめた数珠をカウンターでお腹に叩き込んだ。
「グッ!ガフッ……」
そのまま肩を抱えて同じ場所を膝で2、3発。痛みで下がってきた背中に拳を降り下ろす。
そして、膝を付かせた叔母さんの頭を両手で掴み───
「ングッ!?」
軽く振り上げて自分の右膝に顎を叩きつけた。
「ッ!……ン゛ッ!」
詰まったような悲鳴と微かに聴こえる鈍い音に構わず顎を蹴り続けると、脳震盪で力が抜けたのか頭がずっしり重くなった。
「膝にも御札仕込んでて良かった。さてと……」
抱えた顔を覗くと、虚ろな目から血の涙を流し、叔母さんが微かに呻く。
「わかったでしょ?私もすんなりやられるつもりは無いって。
だからこれ以上痛い思いする前に雄也とハロハピの皆のことを諦めて欲しいんだけど……」
完全にこちらがマウントをとった状態での最終勧告。『ゆるしてくれ』とか『私が悪かった』とか。そういう類いの言葉が聞けるならこれ以上蹴りを入れる理由もないのだけれど……
「みんな、のろ、ってやる……いま、すぐ……」
私の言葉は最後まで届くことはなかった。現実を受け入れられない叔母さんは虚ろなエゴに大人げなくすがり付き、形のない恨み節を垂れ流している。
「そう。」
本当に、本当にどうしようもない大人だ。けれど──
「ありがと。
そう言ってくれると思ってたよ。叔母さん。
「───!」
焦点の合ってなかった相手の目に光が戻り、初めて恐怖で見開かれる。
それを合図代わりに、抵抗するより先に思いっきり頭を振り上げて───
「ア゛ッ!!……ギャッ!!」
だらだら流れる鼻血を厭わず、鼻がひしゃげるまで蹴り付け
「アガ……ガ……」
両方の眼窩が真っ赤に膨れあがるまで膝を打ち込み
「フー……ヒュー……」
「そろそろ限界かな?」
前歯をへし折りながら次狙う所を考えていると、御札の力と衝撃に耐えきれず、みるみる体が薄れてきた。
病的に白かった肌は既に血に染まり、最初から生前の面影のなかった顔は更にボコボコに腫れ上がって、最早人ではなく赤い岩肌といった方が近い見てくれになっていた。
「おやすみなさい。もう二度と戻って来ないでねっ!」
頭を手離し、力無く項垂れた顔をサッカーボールみたいに蹴り飛ばす。
軽く宙を舞った後どさりと床に叩きつけられた叔母さんは、ぴくりともせず虚空へと消えていった。
「……終わったかな?」
一応他の霊が居ないか確認して、(ルールなので)祓った相手に手を合わせると、熱くなっていた気持ちが落ち着いてくる。ここまでやったのは久しぶりだ。
ブーッ、ブーッ───
そのままお暇しようとしたら、ポケットに入れていたスマホが振動した。
「も、もしもし…」
「もしもし雄也?起きたんだ。」
かかってきたのは公衆電話からだけどすぐに気づけた。
「うん……連絡遅れてごめん。実は目を覚ましたのは昨日だったんだけど……ってあれ?そんな驚いてない?」
「まあ、昨日黒服さんから電話があったからね。あんたが目を覚ましたって。」
「そうだったんだ……じゃあ名前の事も聞かれて……ってそうじゃない!黒服さんと電話した時に僕の母さんのことは聞かなかった?
僕がその、こころちゃんの前で泣いちゃって……勢いで色々話して……」
電話の向こうの声はしどろもどろだけど、抑えきれない不安が滲んでいた。
「それも話はきいたけど、心配しなくて大丈夫。ああいう場所から戻って来た霊はみたことないし。」
「本当に戻ってこないの?すっごい執念だったけど……」
「うん。お盆になると成仏した霊がもどってきたりするけど、聞いた感じの悪霊とか怨霊は見たことないんだよね。」
「そ、そうなんだ……意外……」
まだ半信半疑な感じだけど、一応納得してくれたみたいだ。
私は今回やったことを誰にも言うつもりはない。自分で退治した悪霊や怨霊の事は全部お墓まで持っていくって決めているのだ。
「それよりもほら、雄也はこれから沢山やることがあるんだから。一緒に頑張ろ?」
「そ、そうだった、追試対策と転校の手続きとかしないと……!
れい姉、勉強でわからないとこあったら教えてくれない?」
「もちろん。でもそれだけでいいの?もっと大事なことがあるんじゃない?」
「え、もっと大事なこと……?なんだろ……」
「こころちゃんとのデートとか。」
「デートって……れい姉ぇ!!!」
「っ!うるさいなぁ……大声ださないでよ……」
「じゃあからかわないでよ!」
喧嘩して、仲直りして、笑い合って……肩の荷が降りたせいもあって、他愛のない会話が時間を忘れたくなるくらいに懐かしかった。
「───ってダメだ。そろそろ準備して大学行かないと……」
「え、もう?講義にはまだ早くない?」
「ちょっとした用事があるの忘れてた。ごめんね。」
「それは大丈夫だけど……あ、待ってれい姉。最後に一つだけいい?」
「ん?どしたの?」
「えっと……色々ありがとうね。れい姉や皆がいなかったら僕、こうやって戻れなかったから……」
「どういたしまして。今日の講義終わったら私もお見舞い行くから。それまで待っててね。」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
以下は裏話と私のこういう部分で苦労したーという内容が長々書かれています。読み飛ばしても大丈夫です。
今回、バイオレンスな描写はすぐに出来上がった代わりにれい姉の心理描写にかなり悩まされました。
パッとあげるだけでも
・相手が死ぬまで暴力を振るうれい姉の気持ちはどうなのか。
・止めを指すまでの経緯はどうするか。
・全てが終わった後に彼女がそのことを引きずるかどうか。
・外部の人にみられてもいいのか。
等々
雄也の母を問答無用で潰すのは簡単ですが、それだと私の中の彼女のイメージと違う気がする・・・
そう悩んだ結果、一から話を見直すことになってボツシーンがたくさんでました。
それに平行する形でれい姉の性格なんかも自分なりに色々と見直し
『怨霊や悪霊相手でも暴行は自衛やクールダウン狙いの最低限で留め、それでも反省の様子が無いようなら力業で止めを刺しにいく。』
『まれに自分から霊感のことを言うことはあるが、今回のようなケースは人殺し同然と考えており住職さん以外への口外は厳禁としている。』
最終的にそんな感じのスタンスが生まれました。最後は私怨を込めましたが…
ちなみに本編の補足ですが、殴り込みの際にれい姉は万が一に備えてスマホのロックを外し、すぐ自分の居場所を住職さんのチャットに送れるようにしていました。そのため家から出られなくなった地点で雄也の母親はほとんど詰みの状態だったりします。
大変ではありましたが、ゆくゆくはれい姉を主役にした外伝を作る予定なのでこういった形で自分のキャラクターと向き合うことができたのは大きな収穫だと思います。
その時はこういった過激な部分ではなく、バンドリメンバーと幽霊の仲介役みたいな感じでれい姉を書いていきたいなと思っています。
投稿するのは本編終了後となりますのでもうしばらくお待ちください。
そして、アンケートに回答してくださった皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。色々考える機会をくださって本当にありがとうございました。
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幕間 病院ではお静かに
モカちゃん初冬のパン祭り
今回はモカと日菜の短編集2本立て
・・・といきたかったんですが。読みやすさを考慮して分断して投稿することにしました。
2つ足して7000字近く行くほどに文字数が増えてしまうとは思わなんだよ・・・
最後になりますが5/24の日間UAランキングで33位に入ることが出来ました!
投稿を初めて一年経ちましたがここにきて最高順位の更新できるとは・・・重ね重ね、本当にありがとうございます!
では、本編をどうぞ!
12/26 中盤、終盤の展開を大幅に修正しました。
雄也視点
「つ、疲れた……」
体に戻り、目を覚ましてから一週間。日課のリハビリが終わり、僕は息絶え絶えに病室のベッドに突っ伏した。
久しぶりの体は相変わらず言うことを聞いてくれないけれど、起きるのも辛かった時に比べたら大分進歩したと思う。この調子で行けば、遅くても来月には退院できるそうだ。
(退院かぁ……そうなったらまた新しい生活が始まるんだよね……)
追試対策や、転校のあれこれとか全然決まっていないんだよね……皆がいる東京から出たくはないのだけれど……
これからがどうしても不安で、気持ちに雲がかかりそうになっていると不意に病室のドアが開いて───
「ゆーくん。いる~?」
「あ、青葉さん。久しぶり……」
Afterglowのリードギター。青葉モカさんがお見舞いに来てくれた。時間も時間だし、羽女の制服を着てるから学校帰りかな?なんか鞄とは別に大きい紙袋を抱えてるけど……
「おー。ちょっと見ない間にずいぶん濃くなりましたな~」
「う、うん……体に戻れたからね……」
濃くなったって日焼けじゃないんだから……今さらだけど、幽霊の僕が見えてた人ってみんな自分の世界を持ってるというか……不思議な感じだよね……れい姉除いて。
「あ、そうだ。消えかけた時励ましてくれてありがとね。青葉さんのメッセージ、すごく格好よかったから……」
「どーいたしまして〜。
ゆーくんにそう言って貰えてモカちゃん冥利に尽きるってものよ〜。」
『これから待ってる沢山のエモい事が、いつも通りになっていく。』
ちょっと間延びしていたけど、青葉さんもあのAfterglowのメンバーなんだって、そう思えるような言葉選びだった。今の返答からそういうのはその、あまり感じられなかったけど…
「おやおや〜?これはあれですかな?ようやくゆーくんもモカちゃんの魅力に気付いちゃったとか~?」
「あ、いや、えっと……」
青葉さんの独特な返答に戸惑ってると、彼女の表情が「ふふーん」と言いたげなしたり顔へと変わっていた。
正直、最初の笑顔もそのいたずらっぽい表情もとても可愛いかったです……けど僕はもう別な人が気になっている訳で……こういう時って何て言えば……
「こころんか、それともモカちゃんか……二人の
「こ、こころちゃんです……って何でしってんの!?」
「モカちゃんはなんでもお見通しなのだよ~。」
は、はぐらかされた……と、少しだけ冷静になった次の瞬間
「病室では静かにしなさい!!」
看護師さんの怒りの声が僕の耳をつんざいた。
「え、えーと……ところで青葉さん、その大きな紙袋は?」
怒られてまくって沈んだ気持ちをなんとか立ち上げ直し、気になってることを聞いてみる。
「ふっふっふー。ここ、どーこだ?」
青葉さんが持ってきた袋に書かれていたのは……
「やまぶきベーカリー……?それってもしかして、あのお店のパン?」
「そーだよー。お化けじゃなくなったゆーくんにモカちゃんが一押しを買ってきました~。」
じゃじゃーんと、青葉さんが取り出したのはミニクロワッサンだった。焼き上げてからそんなに時間が経っていないのだろう。つやつやで見た目だけでも美味しそうなのが伝わってくる。
「……ってあれ?それだけ?」
「うん。おしまーい。」
「ほ、他のパンはないの!?」
これだと僕が図々しく見えるかもしれないけど、彼女が抱えられる位大きい紙袋の中に小さなパンが一つだけというのはどう考えてもおかしい訳で……
「いやー、パンがみんなモカちゃんを呼んでたからね~。あたしを食べて~って。」
「呼んでたって……じゃあまさか、青葉さんはその袋に入ったパンをほとんど食べちゃったって事!?やまぶきベーカリーからここに来るまでの間に!?」
「だいせいかーい。ゆーくんさえてるね~。」
う、嘘でしょ……いやでもそうだ。僕が初めて青葉さんに会った時も……
『やっぱり焼きたてはたまりませんな~』
って言いながら食パン1斤もりもり食べてたんだ。あの紙袋位の量なら行けてしまうかも……
「いや、あの、そんなに沢山食べて大丈夫なの?」
「だいじょ~ぶ~。カロリーをひーちゃんに送ってるからね~。」
「カロリーを?送る?………ってそんなレベルを毎回送りつけたら可哀想じゃん……
それにひーちゃんって?」
「上原ひまりでひーちゃん。ベース担当であたしたちAfterglowのリーダーなんだ~。」
ベースの人ってピンクの髪の人?なんかライブの最後に掛け声やろうとして盛大に滑ってたけど……
「ん?うーん………」
「どーかした〜?」
「いや、ライブ以外で上原さんを見たことがある気がして……」
……あ、そうだ思い出した!!練習公演の後屋上に来た薫先輩のファンの人だ!!
「ん?あれ?待って、そもそもAfterglowのリーダーってあの……メッシュ入れてる人じゃなかったの!?」
「蘭じゃないんだよね〜。よく言われるけど〜」
「そ、そうなんだ……」
メッシュの人はランさんって言うんだ。あの心を底から揺さぶるような歌声は今でも鮮明に浮かんでくる。
「あ、そうだ。このパンありがとね。せっかくだからここで……」
頂いたものなんだし、美味しいうちに……と思い、クロワッサンを口に入れようとすると───
ぐぅ~~~~~
僕ではない誰かのお腹の音がしたような……いやいやまさか……
「じゅるり……」
「……」
そのまさかだった。音のした方に目を向けると、口元に人差し指を当て物欲しそうにこっちを見ている青葉さんの姿が……
嘘でしょ……あれだけ食べてまだ足りないの!?いくらなんでも底なしすぎないこの人!?
「……ってちょっとよだれ!よだれ!!僕大丈夫だから!これ食べていいから!!」
唖然ともしてられない。ある意味危険な状態の彼女に慌ててミニクロワッサンを差し出すと、待ちきれんとばかりにふらふら近いてきて……
「あむっ。」
ぱくりと一口で頬張ってしまった。手ごと食べられるかと思った……
「♪~」
そのまま目を瞑り、至福の表情でクロワッサンをもむもむしている。一個しか無い分、味だけじゃなくて香りや食感まで全部味わい尽くすつもりなのだろう。
結局僕のお腹は膨れなかったけど、こんなに幸せそうならなんかもう……全然気にならないや。
「満足満足~。やっぱりさーやのお店のパンが一番だよ~。」
「ま、満足できたなら良かったけど、そんな食べて本当に大丈夫なの?あげた後に聞くのもあれだけど……」
「もーまんたいもーまんた~い。モカちゃんのカロリーはひーちゃんに行くけど。ひーちゃんのカロリーはきょーぶに行くからね~。
だから実質ゼロカロリ~。」
「胸部って……胸?でも上原さんって確かに大……────!!」
何声出してるのバカなの!?僕はバカなの!?普通にセクハラだよこれ!!
「うわぁ〜変態だ~むっつりだ~。いっちゃお~こころちゃんにいっちゃお~」
「!!」
マズイ、こんなことこころちゃんにバレたりしたら……
『雄也……最低ね。』
ダメだ!想像するだけでも辛い!!絶対止めないと……!
「ま、待って!今の無し!!代わりに僕、青葉さんにやまぶきベーカリーのパン奢るから!好きなだけ食べていいから!」
「!それ、ほんとー……?」
「うん!今お金全然ないけど……絶対忘れないしちゃんとバイトも探すから!だから……」
「りょーかーい。それじゃあその話はおいおいってことで〜」
言った手前、ちゃんとバイト探さないと……あと、これからは自分の言動にもっと気をつけよう。もう僕は皆から見えるんだから……
一方その頃、羽女の屋上では───
ひまり「───ふぇっくしょん!!」
蘭「ひまり、もしかして風邪ひいた?さっからずっとくしゃみしてるけど……」
ひまり「風邪じゃないと思うんだけど……なんか急に寒気が……」
巴「ここにいないつぐかモカが噂してんじゃないか?」
ひまり「もーっ!モカはまたあたしをまたからかってー!!」
蘭「つぐみが噂してない前提なんだ……」
ここまでお付き合い頂いてありがとうございました。
モカちゃんの口調はやっぱり書いてて楽しいです。ただ内容の方も完全に彼女のペースに持ち込まれた感じで作者としては微妙に悔しいです(笑)恐るべしモカちゃんパワー・・・
ちなみに雄也の好きな人の下りは、モカが自力で気づきました。初対面の時、ハロハピにお世話になってることを雄也が言っており、その表情やらなんやらかんやらで察した感じです。
それとラストでの下りでの補足ですが、多分モカは雄也がパンを奢ろうとしても
「あれ〜なんのことだっけ〜」
みたいな感じにとぼけて躱すんじゃないかなと思います。いくら彼女でも懐事情がキツくなるであろう雄也にパンをねだったりしないはず……
最後にひまりちゃんすまぬ……なんかあなたをセクハラせんといけない気がしたんだ。反省はしたけど後悔は全然してない。むしろ清々しい。
……はい。失礼しました。
次回は日菜回です。こんなバカで変態な作者ですが、また拙作をお手にとってくださると嬉しいです。
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自慢のおねーちゃん
今回は幕間の最終話、氷川日菜と雄也のおねーちゃん(?)自慢大会です。
さよひなは私の推してるカップリングの一つということもあってなかなか納得できず、またしても大手術になってしまいました。
では、どうぞ。
雄也視点
「さあゆーくん!おねーちゃんの自慢大会しよ!」
「ひ、日菜先輩……!ここ病院なのでもう少し声を……」
元気一杯の日菜先輩を慌てて止める。もう2回も怒られてるんだし、これ以上は避けないと……
「えっとそれで……何でしたっけ?お姉ちゃん自慢?」
確か、チャットで励まされた時もそんな事を言われたような……
「そうそう!みれーさんの「るんっ♪」ってするとこ、あたしにおしえて!」
「る、るんっとくる所……」
僕とれい姉は姉弟ではないんだけど……とりあえず、あの人の良いことを言えばいいのかな?
「それなら……優しいこと、ですかね?れい姉は悩みとかちゃんと親身になって聞いてくれるので……」
「うんうん。」
「あとは大人なところとか……」
「うーん。なんかちがうなー。もっと「ピピッ!」ってくるはない?」
るんっ♪の次はピピッ……?困ったな……ニュアンスの違いがよくわからない……
「うーん……「ビリッ!」ならあるんですけど……」
「あるの!?聞かせて聞かせて!!」
な、なんか思わずこぼした言葉に想像以上に食いついてきた……
「い、いいですけど……「るんっ♪」って来るかはわかりませんよ?」
「そんなの聞かなきゃわかんないじゃん!ねえねえ早く早く!なにが「ビリッ!」ってきたの?」
「わ、わかりました……えっと……
僕、幽体離脱して最初の時は電柱まで浮遊していってぼんやり過ごす事が多かったんです。」
「うんうん。それで?」
「それで……ある日れい姉と出かける約束があるのを忘れて電柱で考え事してたら……そこから叩き落とされて……」
「でもゆーくんってその時お化けでしょ?みれーさんはどうやったの?」
「御札とか数珠とか……霊を追い払ったり触れるようになる道具を使ったんです。
色々な霊と関わってると悪霊に鉢合わせたりするみたいで。れい姉は普段からそういうのを隠し持ってるんです。
それで……電柱から落とされた時は、御札を仕込んだ靴をそのまま投げつけられて……それがこう「ビリッ!」と……」
「あははっ!「ビリッ!」ってそーゆーことだったんだー!」
ケラケラ笑う日菜先輩。これは多分心にビリってくるとか、そういう予想をしてたのかな?
「でもみれーさんって強いんだね!!武器を隠し持ってるってなんか忍者みたい!!」
「忍者ですか……確かに似ているかもしれません。れい姉は周りを巻き込みたくないからって自分のことをあまり言おうとしないんですよね。」
実際僕も幽体離脱するまでは霊感がある。までしか本人から言われていなかった。それに、今れい姉は親元を離れているのでここまでアクティブに活動していることを
「じゃあ忍者でブシドーだ!カッコいーっ!!」
「ブシドー……はよくわかりませんが。僕もカッコいいなって、正直憧れていたり……」
自分の事じゃないのになんか嬉しくなってきて、恥ずかしくて本人に言えないことまで勢いに乗って話してしまった。
僕みたいに幽体離脱をして戻れなくなった人の悩みを聞いたり、死霊が成仏するお手伝いをしたり、時には絡んできた怨霊や悪霊を自力で追い払う───
最初は漫画か何か!?ってびっくりしたけれど、優しくて物怖じしないれい姉の姿はいつしか自分の目標みたいになっていた。
「えっと……こんな感じでよかったですか……?」
「うんうん!あたしもゆーくんのおねーちゃんに「るるるんっ♪」てきたよ!!」
気に入ってくれた……のかな?もしかしたら、日菜先輩はれい姉の長所を聞きたいというより、具体的なエピソードが聞きたかったのかも。
「じゃあ次はあたしの番ね!おねーちゃんだってみれーさんに負けない位すごいんだから!!」
ということで今度は日菜先輩がお姉さんの自慢をしたのだけど……水を得た魚というかなんというか……とてつもないくらいに生き生きとしていた。
Roseliaのギタリストとして、ストイックに練習を重ね、技術を磨きあげていく姿。
それでも学業を疎かにしない真面目な所。
弓に矢をつがえ、狙いを定める時の凛とした佇まい。
フライドポテトが好きな事を必死で隠しているつもりだけど割と皆にバレていること。
犬の出る動物番組は欠かさずチェックしていたり、出かけるときは道で散歩している犬を密かに数えていること。
そして、ふとした時に自分に向けてくれる静かだけど優しい笑顔。
紗夜先輩の「るんっ♪」ってくるところは留まるところを知らない。お姉さんのことは花咲の屋上とハロウィンライブで顔を見ただけだったので、色々な話を聞けるのはとても新鮮だった。
「先輩……本当にお姉さんのことが好きなんですね……」
ノンストップで話しまくる日菜先輩の目はとってもきらきらしていて、楽しいことを見つけたこころちゃんみたいだった。
「そりゃそーだよ!最近のおねーちゃんますます「るんっ♪」ってしてるからね!こないだはつぐちゃんのお菓子教室に行ってたし、その前はあこちゃんやりんりんと一緒にオンラインゲームを───」
「はいはい。そこまで。」
再び始まった姉自慢は聞きなれた声に断ち切られた。
「れ、れい姉!いつから来てたの!?」
「日菜ちゃんの自慢話の途中からかな?他の患者さんもいるんだし、あまりうるさくなると迷惑だよ?」
「ご、ごめんなさい……」
また注意されちゃったよ……
「みれーさん、あたしの事しってるの?」
「もちろん。私も去年まで羽女にいたし、麻弥ちゃんと同じ部活だったからね。」
そーなの!?と目を丸くする日菜先輩。
これは後でれい姉から聞いたのだが、天才肌で独特な表現をする日菜先輩はパスパレに入る前から何かと目立っており、部活にスカウトしようとする人がいっぱいいたらしい。本人は天文部に入ったらしいけど……
それと、れい姉の言ってた麻弥先輩はパスパレのドラム担当だったはず。難しいパートでも全く危なげなく、とても楽しそうに叩いていて……面識はないけれど、演奏とか楽器が大好きなイメージだ。
「それでね日菜ちゃん。あなたに用がある人がいるんだけど……大丈夫?入れそう?」
れい姉が廊下にいる人と話してる。一体誰だろう?
「大丈夫です。取り乱してしまってすみません……」
「あ、おねーちゃんだ!でもなんでここに?」
れい姉と一緒にいたのは日菜先輩の双子のお姉さん。氷川紗夜先輩だった。
「私から声をかけたの。紗夜ちゃんが『その、ゆーくん?に会うと私の妹が……』みたいな感じで受付で困ってて。」
「あっ、待ち合わせ……話に夢中になってて忘れてた……」
「まったく、そんなことだろうと思ったわ……」
幸い、紗夜先輩はそこまで怒ってはいなくて……というより、恥ずかしくてそれどころじゃなかったっぽいね……
「駒沢さん。妹がご迷惑をおかけしました。」
「あ、いえそんな……!日菜先輩とお話できて僕も楽しかったので……」
さ、紗夜先輩と何を話せばいいんだろう……向こうは僕のこと全然知らない訳だし……
「あ、その!この状態では初めましてですよね!」
「この状態……?あの、すみません。駒沢さんは私とどこかでお会いしたことが?」
「は、はい!実は花咲の屋上で一度……あっ。」
「あ、こら。」
ヤバい、口滑った……よりによって風紀委員の前で……
さーっと、血の気が引いてく音が聞こえた気がした。
「花咲の屋上……男子のあなたがなぜ私達の学校に入れたのですか?説明してください。」
「あ……はい……」
「はぁ……このバカ……」
羞恥と親愛がぴしりと固まり、みるみる怪訝な表情へと変わっていく。方向性こそ違うけどあの時の母さんと同じくらい怖かった。
そんな状況でまともな弁解も説明もできなかったのだけど、日菜先輩の説明で幽体離脱のことを理解はしてくれた。紗夜先輩は霊感こそないけど妹の影響で何度か霊を見たことがあったらしい。
僕のことも最終的には許してもらえたし、理由が理由なので通報もされなかった。
結果的に僕の事情も結構話すことにはなった時も───
「そんなことが……深入りしてしまって申し訳ありませんでした。」
と、最後に謝らせてしまい逆にこちらがあたふたした。
性格は少し違うけれど、紗夜先輩もれい姉と同じ「怒ると怖いけど、本当はやさしいお姉ちゃん」なんだなって、そう思えた。
けれど……
「事情は概ね理解できました。
……ですが、私達の学校に無断で入り込まなくても、他の観測できる場所を探す等といった他のやりようはあったのではないですか?
あなたに後ろ暗い気持ちがあったのなら尚更はっきりと意思表示をすべきだと思います。
それに美麗さんも保護者として───」
無断侵入したのにお咎め無しなんて都合の良い話があるわけない。結果的に拗れず終わったけれど、その前に僕とれい姉は紗夜先輩からこってり絞られたのだった。
おまけ
日菜「第二回、おねーちゃんの自慢大会!」
雄也「ま、またやるんですか……!?」
日菜「とーぜん!おねーちゃんの「るんっ♪」ってくるとこ、まだまだたーっくさんあるもん!」
雄也(こないだあれだけ話したのに……)
日菜「それでね、今回はもう一人連れて来たんだ!
あこちゃん。入ってきていーよ!」
あこ「ふっふっふっ……妾は漆黒の……堕天……し……」
日菜「?どーしたのあこちゃん。いつものバーン!ってやつ、やらないの?」
雄也(漆黒…?堕天使…?バーン…?)
あこ「ハロウィンライブの亡霊さん!?生きてる!!なんで!?」
雄也「あっ、あなたも僕が見えてたの!?」
まさか公式がおねーちゃんでカードバトルしだすとは・・・
あ、ここまで読んでくださってありがとうございます。
もともと「初めの一歩」と「モカちゃん初冬のパン祭り」とこのお話で短編集を作る予定だったのですが、あれよあれよと増えてしまい。読みやすさのために分割になりました
ちなみに日菜のおねーちゃん自慢をドア越しに聞いていた紗夜さんは恥ずかしさのあまり顔を押さえてしまい、れい姉はすっごく気まずくなってました。
次回からは新たな話をお送りします。
まだ設定等が固まりきっていないので時間がかかると思いますが、必ず投稿しますのでいましばらくお待ちください。
では、また次のお話で
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第二章
突撃!我が家の大掃除!?
この度は半年近くも投稿できず、本当にすみませんでした。
ようやくストーリーの方向性が決まり、少しずつ話も書けるようになってきたので投稿を再開していこうと思います。
またお付き合いいただければ嬉しいです。
では、どうぞ。
雄也視点
自分の母親に歩道橋から突き落とされ、幽体離脱した状態で生活する……
そんな奇妙な体験も終わり、体力を取り戻す為のリハビリが済んだ僕は、以前まで住んでいた家に戻れる事になった。
……まぁ「なった」って簡単に言ったけど。叔父さんも叔母さんも僕のことをすごい心配してたけどね……
話し合ってる時に何度も無理はするな。あんな人の所でひとりぼっちにしてしまって申し訳ない。だから今度は一緒にいさせてくれとか色々心配されて、皆と離れたくないというこっちの気持ちが揺らぎそうだった。
それでもれい姉が
「父さん母さん安心して。雄也の面倒は私が見るから。」
と、二人を根気強く説得してくれて、なんとか僕は東京に残ることができたのだ。ちなみにれい姉も学生アパートを引き払って僕の家で暮らす事になった。
そして、そこからのリハビリ生活は、肩の荷が降りたこともあってかますます楽しいものになっていった。
「お腹が痛い人も、怪我をしてしまった人も、あたしたちがみーんな笑顔にしてみせるわ!!」
ある時はハロハピの慰問ライブをお客さんとして楽しんだり
「あれ〜?ゆーくんに買って来たパンがない〜。おかしーなー。」
(もう僕にパン渡す気ないでしょ……)
別の日には誘惑に勝てなかった青葉さんがまた空の紙袋をもってきたり
「それでね、彩ちゃんが……」
「ひ、日菜先輩!お見舞いもいいですが生徒会のお仕事してくださいっ!」
急に日菜先輩が来たと思ったらAfterglowのキーボードの人に連行されてったり
「わっ、我は冥府から蘇りし亡霊の……
ねぇこれやっぱり恥ずかしいんだけど……」
「えーっ!?カッコいいじゃん!!」
実は幽霊の僕が見えていたあこちゃんとカッコいい?名乗りの練習をしたりと。入院しているとは思えない位盛りだくさんだった。だったんだけど……
「あれ?マホウノ・キーボード君だ。」
「え、あの、はい?」
「ねぇキーボード君。雄也君ってどこにいるかしらない?」
「いやその、僕が雄也なんですけど……」
花園さんは何でここまで来れたんだろう……ちなみにギターで1曲プレゼントしてくれた。すごくカッコよかった。
とまあ、瞬く間に時間は過ぎてついに迎えた退院初日。8ヶ月ぶりに帰宅した僕の家は────
「はぁ……ここもひどい……」
埃まみれだった。
しかも家中の窓を開けていくせいでみるみる寒くなってくし……幽体離脱で周りの温度を感じなかったのがこんな風に響いてくるなんて……
ピンポーン───
「お、お客さん?」
幽体離脱する前は暖房つけないようにしてたんだけどなぁ……と、寒さと埃で早くも滅入りそうになっていた僕を家のチャイムが現実に引き戻してきた。
れい姉は午前中だけ講義の筈だし……一体誰だろう?
「あの、どちら様ですか?」
「あたしよ!」
「こっ、こころちゃん!?」
ドアの向こうから聞こえる弾むような声に寒さとか色んな気持ちが吹っ飛ぶ。
「いっ、いらっしゃい!急にどうしたの!?」
玄関を開けるとそこには毛糸のニット帽にベージュのダッフルコートというもこもこな格好のこころちゃんがいた。暖かそうだなぁ……
「雄也が今日退院するっていうからお家に遊びに来たの!お邪魔してもいいかしら?」
「う、ウチに!?あ、でもそれは……」
「それは?」
「いやその、これから掃除とか片付けとか色々しなくちゃいけなくて……」
首を傾げられてしまって慌てて答える。色々と事態が急すぎて頭が回らないけど、今の家は誰かが上がれる状態ではない。
「せっかく来てもらったのにごめんね。連絡とかあればもっと早く片付けてたんだけど……」
「あたし、雄也の連絡先を教えてもらってないわ。」
「あっ……」
そうだった…幽体離脱してる間の通話料を払ってないからこないだまでスマホ止められてたんだった……
「雄也の連絡先、あとであたしに教えてほしいのだけど。いいかしら?」
「あ、うん……」
嬉しいわ!これからはスマホでもたーっくさんお話しできるわね!と、いつも遠りのこころちゃんに対してこっちは心ここにあらず。
本当になんてこと無く、それでいてまっすぐ言えちゃうんだもんなぁ……僕には絶対できないよ……
「それに、せっかく来たのだからあたしもそのお方付けや掃除を手伝いたいのだけど、いいかしら?」
「あー……」
やっぱりそうなるよね……ただなぁ……
「それはうれしいけど…気持ちだけうけとっておきたいかも……」
「あら、それはどうして?」
「えっと、申し訳ないといいますか……」
いやなんで敬語になってんのさ……
「そんなことないわ。お家がどんどん綺麗になっていくのってワクワクするもの。」
いやいや2人でだって大変だよ……
「御安心ください。私達も清掃をお手伝い致します。」
「うわ。ビックリした……」
黒服さんまでいつの間に……というかもうハタキとかハンディタイプの掃除機とか持ってきてるんだけど……
そのまま唸ること数十秒………
「うぅ……わ、わかりました…お手伝いをお願いします……」
この現実にはとても勝てそうになかった。このままだと近所の人達にびっくりされちゃうだろうし……
「あ、ストップこころちゃん。掃除する前にお願いがあるんだけど……」
「?」
「家の掃除中はマスクした方がいいかも。さっきも言ったけどここ、埃ひどいから……」
こころちゃんはボーカルだし、喉を大切にしないと。
それから数分後……
「準備できたわ!」
「ず、随分気合い入ってるね……」
一旦着替えるとのことで黒服さんに連れられていったこころちゃん。マスクだけでなくニット帽がバンダナに変わり、赤いセーターの上にミッシェルのワッペンが縫い付けられたエプロンを着て戻ってきた。なんか家庭科の調理実習みたい。
(けど、こういう格好も似合ってるなぁ……)
いつもとはまた違う雰囲気に「いいな…」位しか言えない自分がもどかしい。こころちゃんだったらきっと何着ても似合うのだろうけど……
「雄也、玄関はあけないの?」
「…あっ。」
そうだよ掃除掃除っ!こころちゃんがキョトンとしてるじゃん!!
「そ、そうだよね!ごめん!とりあえずあがって。」
「ええ!お邪魔するわ!」
玄関を開けてこころちゃんと黒服さんを招待する。
「一面真っ白ね。まるで雪が降ったみたいだわ。」
「あはは……言われてみると確かに……」
これがホントに雪だったら地獄だけどね……主に靴下が。
「窓開けてるけど寒くはない?」
「へっちゃらよ。」
気温も全く気にしていない様子。やっぱり強いなぁ……
「それじゃあリビングは黒服さん達が掃除するって言ってくれたし、僕らは2階から掃除していこうか。」
「わかったわ。2階にはどんな部屋があるのかしら?」
「家族の部屋だね。元々使ってた僕の部屋に、これかられい姉になる予定の部屋。あともう1つ。」
ちなみにれい姉の部屋にする予定の場所は元々母さんの部屋で、もう1つは父さんの寝室だ。本当は逆にしたかったんだけど、れい姉が大丈夫と言って聞かなかったのだ。
「それならあたし、雄也のお部屋に行ってみたいわ!」
「………」
落ち着いてこれ掃除だから。そういう意味じゃないから。予想だって出来てたでしょ?
そう自分に言い聞かせて、上がりそうな体温を全力でねじ伏せにかかるのだけど……
「雄也?さっきから様子が変よ? 」
ダメだ全然振り払えない……こころちゃんの一言一言に気をとられて、緊張で喋れなくなって、それが向こうにバレバレなせいで更に固まって……なんなのさこの悪循環は……
「な、なんでもないから大丈夫……それじゃあ僕の部屋、行こ?」
このままでは掃除が始まりそうにもない。不思議そうにしているこころちゃんを見ないようにして、僕は先に階段を駆け上がっていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
投稿していない間も色々内容を練ってはいたのですが、しっくり来ないまま時間が過ぎていって気がつけばもう年の瀬に……本当に遅くなってしまいました。
一言だけですが、今回初登場したゲストはつぐでした。
あの場面、最初は紗夜さんで書くつもりだったのですがどうしてもセリフが出てこなかったので彼女にしてみました。
第2章に関してですが、現時点ではそこまで長引かせずに5、6話位で話を終わらせようと考えています。
それでは次回もお楽しみに
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時を超えた贈り物
今年もこの作品をよろしくお願いします。
また時間かかってしまいました。いつものことながら煮詰まってしまった上に年末からAPEXにどハマりしてしまいまして……
今回は大掃除回その二。話を膨らませるのが大変でしたがお付き合い頂けると嬉しいです。
では、どうぞ。
雄也視点
「わぁ……」
こころちゃんの瞳が好奇心たっぷりに見開かれている。
あの子に初めて見つかった時、遊園地で僕が名残惜しそうにピアノを撫でていた時、花咲の屋上で星座の話をした時……
そんな楽しそうな物を見つけた時の表情。思い出に残るような出来事とだいたいセットなので、自分の中では笑顔と同じくらい印象が強かったりする。
そして、いまその視線が向けられているのは、幽体離脱した男子高校生でも、満天の星空でもなくて───
「ピアノがあるわ!雄也はここで演奏していたのね!」
「う、うん……今は壊れて音鳴らないけど……」
埃まみれで、そんなに特徴もないと思っていた僕の部屋だった。
「それなら黒服さんに直してもらいましょう!きっと元通りにしてくれるわ!」
「い、いやそんな……」
「かしこまりました。そのピアノは一旦こちらでお預かりします。よろしいでしょうか?」
「あ……はい。」
申し訳ないよと言うより先に黒服さんがピアノ持ってっちゃった……びっくりしすぎてうんって言っちゃったよ……
「これで雄也とまた一緒に歌えるわね。楽しみだわ!」
「そ、そう……ならよかったけど……」
黒服さんとこころちゃんにどんどん借りが増えていく……ピアノが直ること自体はいい事なんだけども……罪悪感みたいな気持ちが一気に……
「あー…えっと、とりあえず掃除しよっか?」
なんかキャパをオーバーしそう……というか、既にしていたのかもしれない。逆に冷静になった気がした。
とまあ、先が思いやられる形で始まった大掃除はというと……
「ねぇねぇ雄也?これはアルバムかしら?」
「え、まあそうだけど……あ、待って!読むのは掃除終わってから……」
「この子が赤ちゃんだった頃の雄也ね!とーっても可愛いわ!」
「そのー……こころちゃん。掃除しよう?ね?」
彼女の好奇心があっちこっちに行くせいで作業が中断したり……
「窓を開け終わったわ!次は何をすればいいかしら?」
「えっと、次はハタキで高い所からホコリを落としていこう。
床に落ちた汚れは掃除機で吸い取るから。」
「なんだか楽しそうね!それーっ!」
「あ、ちょっ!そんなバタバタやると……げほっ!ごほっ………!」
彼女のパワフルぶりにこっちが振り回されたり。
「机や本棚のホコリも充分落ちたし、床の掃除も終わったね。
それじゃあ最後に本棚の裏や机の下も動かして……ふんっ……ぬぬぬ……」
「雄也?本棚がちょっとしか動いてないわよ?」
(お、重い……僕こんなに力なかったっけ……?)
ずっと寝たきりだったとはいえ、非力すぎる自分にショックを受けたりしたけど、あまり広くはないのもあって意外とあっさり終わってしまった。
そのまま次の部屋に行くことになったタイミングで黒服さんが戻ってきたのだが──
「駒沢様、申し訳ありません。電子ピアノが…」
直せないとのことだった。外傷だけでなく、内の回路にまで錆が回っていたらしい。
「そうでしたか…見てくださってありがとうございました!」
やっぱりそうだよね……どこかの誰かが散々床に叩きつけて、ひび割れとかスピーカーからお酒注いでたからなぁ……
「……」
「雄也?」
「…大丈夫。
ここの掃除終わったし、次の部屋行こ?」
はぁ……嫌なこと思い出しちゃったよ……
「雄也、ここは誰のお部屋かしら?」
「ここは……父さんがいた部屋だね……」
部屋は父さんが住んでた頃からほとんど変わってないんだよね……ファザコンみたいじゃん僕……
「と、とりあえず、ここも掃除していこうか。」
こころちゃんと話しながら、さっきと同じように窓を開け、天井や高いところのホコリを落として、床に掃除機をかける。2回目なのもあってビックリするくらいにスムーズだ。
───そして、作業もほぼ終わり、落ち込んでいた気持ちも何だかんだで元に戻りつつあった僕を思いもよらない出来事が待っていた。
「雄也雄也!ここにプレゼントがあるわ!」
「へっ?プレゼント?」
状況を飲み込めないままこころちゃんにクローゼットの前まで引っ張られていく。
(これって……父さんから!?)
かなり大きい箱だ。とりあえず包装紙を開いてみるとそこにあったのは……
「「キーボードだわ!(だ……)」」
2人の声が重なった。箱が若干色あせてはいたけど梱包の箱がテープで綺麗に止められている。間違いなく新品だ。
「肩にも掛けられるって書いてあるわ。
つまりこのキーボードがあればどこでも演奏できるのね!」
「ほんとだ……すごい……」
中のキーボードも子供向けのものとかではなく、ライブ活動なんかで使っても問題無いものだった。
「手紙もあるわ。これは雄也宛じゃないかしら?」
こころちゃんから手渡された便箋を開け、中の手紙を取り出してみると───
雄也、11歳のお誕生日おめでとう。
そのキーボード、今の雄也にはちょっと大きいかもしれないけど、ずっと使って欲しくて奮発してみたんだ。重いからってまたうっかり落っことしたりするんじゃないぞ?壊したらもう買えないからな?
雄也にはいつも家のことをまかせている上、この頃はますます一緒にいる時間があまりとれなくてごめんな。
今父さん、仕事以外にもやることが出来て忙しくなったんだ。
雄也は優しいからきっと気にしないでとか、無理しないでね。とか言ってくれると思うけど、本当は寂しいんじゃないかっていつも心配なんだ。
だから、父さん決めたんだ。今やってることが終わったらお前の願い事をなんでも聞いてやるって。
行きたい所に連れてってやるし、食べたいものがあるなら父さん頑張って作ってみるし、欲しいものがあれば……あーまぁ、ある程度なら買ってやる!
沢山思い出作ろうな!
「なんで……なんでなのさ……」
頭の中に沢山の情景が浮かんでは消えていく。
子供の頃。僕の手を引いて遊園地に連れていってくれたこと。
ピアノの発表会でなぜか1人だけボロボロ泣いてて逆に僕が恥ずかしくなったこと。
テストで100点をとった時に髪がぐしゃぐしゃになる位に頭を撫でてくれたこと。
けれど、あの時とは違って、振り返る思い出は暖かいものばかり。僕の父さんは少しおっちょこちょいだし、大袈裟な部分もあったけど、本当に……本当に優しい人だった。
こんな立派なキーボードを買ってたなんて……大切に使わないと……
母さんに見つかってたら絶対壊されるか捨てられていたはず……ずっと見つからなかったなんて奇跡だよ……
でも、なんでいなくなっちゃうの?なんで事故で父さんが死ななきゃいけなかったの?
もう1回話したい……このキーボードで演奏する所を見せたかったよ………
巡り続ける色んな言葉になんでしか言えない口が追いつかなくて、ただただ涙が溢れて苦しくて………
「雄也。ちょっとこっちを向いてくれないかしら?」
「え?なん───」
言い切るより先にふわりと身体が包まれた。
「え、なっ、ちょっ………!えっ?え……」
こころちゃんにハグされている。涙も苦しさも全部ふっ飛び、頭の中が真っ白になった。
「ま、まって……急に……急にどうしたの……!?」
何秒、いや何分?そんな言葉を絞り出すのにさえ一体どれだけ時間がたったのだろう?
「あたしもよくわからないわ。けれど、泣いているあなたを見てたらこうしたくなったの。」
ダメだったかしら?といつもとは違う、どこか柔らかい声が左から聞こえてくる。
「だ、だってこころちゃんの服が……」
「気にしなくても大丈夫よ。また洗濯すればいいだけだもの。
雄也が元気になるまでこうしてあげるわ。」
エプロン越しから伝わる温もりと、微かに感じる鼓動に抗えず、みるみる力が抜けていく。
こんな情けない姿、見せたくないのに……そんな微かな気持ちごと沈んでいくようだった。
───とはいえ、いくら僕でもずっとそのまま。なんてことはなくて……
「あ、あの……」
「元気になれたかしら?」
「う、うん……もう大丈夫、です……」
依然、ぼんやり気味の意識の中で恥ずかしさが安堵感を追い越すように大きくなっていく。
「けれど雄也のほっぺはとっても熱いわ?もっと少しこうしていてもあたしはいいと思うのだけれど。」
「いやその……あ、ありがたいけどもうホントに大丈夫だからぁ……!」
薄れそうな意識の中でなんとか声を出す。ダメだ!このままだと何かがまずい!そんな危機感のようなものすらあった。
「そうなの?わかったわ。」
思いが通じたのか、背中に回されていた手が解かれ、少しひんやりした空気が服の中に入ってきた。 声色がちょっと残念そうに聞こえたのは気のせい……だよね。
「あー……えっと、あ、ありがとう、ね………」
一旦気持ちを落ち着かせてお礼を言おうとしたのだけれど、全然深呼吸しても意味が無い。完全にしどろもどろになってしまった。
「どういたしまして!あなたの力になれて、あたしも嬉しいわ!」
声色もいつも通りの元気一杯な雰囲気にもどったのだが、安堵感とあの声を忘れられない気持ちに覚めてない余韻で……もうぐっちゃぐちゃだよ……
「それでね雄也。あたしやりたいことがあるのだけれど。」
「や、やりたいこと?」
「このキーボードで演奏してくれないかしら?あたし、あなたの伴奏合わせて歌いたいわ。」
「い、いいけど……掃除が完全に終わってからね。」
2階のもう一部屋はれい姉がやるって言ってるので、残っているのは廊下とベランダだけ。演奏までの道のりはそんなに遠くは無さそうだった。
ただ、最後まで背中に手は回せなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
私、後書きで毎回難しい難しい言っている気がしますが、今回もなかなかでした。
今回悩まされたのは泣いてる雄也を前にこころがどう動くのか、結果はこころからのハグになりましたが、いかがでしたか?
にしても、ホンマうちのオリ主はよう泣きおるわ……
補足ですが雄也の父さんが忙しかった理由は母親の内偵調査です。
離婚しても親権を獲得できる所まで見えてきたのですが、その矢先に事故で亡くなってしまいました。
それと今回、雄也の父親の名前は出てきましたが母親の名前は全く考えてません。理由はド〇えもんのジ〇イ子と大体同じです。
そして、次回もこころと雄也のお話です。出せるかはわかりませんが他のバンドからのゲストも考えています。
誰になるかはお楽しみに。
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とれない釣り合い?
ここまで更新を開けてしまったので軽くおさらいですが、前回は雄也の自宅掃除。彼の父親が遺したキーボードを前に泣いてる雄也がこころにハグされるという内容でした。今回はその続きとなっています。
このお話を覚えている方がどれだけいるかはわかりませんが、再びお付き合いいただけると幸いです。
雄也視点
父さんの部屋を掃除した次は2回の廊下への雑巾がけ、最後に黒服さんに任せるのは気が引けた場所。具体的にはお風呂場とトイレの清掃を1人で済ませて───
「雄也、次はどこを掃除すればいいかしら?」
「うーん……もうないかな?」
こころちゃんと黒服さん達のおかげで土曜日を丸々使う予定だった家の掃除がその日のお昼に完了してしまった。
「黒服さん。本当にありがとうございました。」
「お力になれて幸いです。また何かありましたら気軽にお声がけください。」
「は、はい……何かあれば……」
そう返事はしたけど……黒服さん達に頼るのは最後の最後の最後まで取っておきたい……
「あとその……こころちゃんもありがとね。一緒に掃除できてえっと、すごく楽しかったから……」
助けられたのは掃除のお手伝いだけじゃないんだけどね……ってダメだダメだ!思い出すとまたこころちやんに不思議がられる!
「どういたしまして!それじゃあ早速──」
あのキーボードで演奏しましょう!と言おうとしたんだろうけど……
ぐぅぅ〜
言い切るより先にそんな音で遮られた。はい。出処は僕からです……
「雄也はお腹がすいたのね。」
「う、うん……お昼まだだったからね……」
あはは……と苦い笑いが零れる。今日だけでこういうの何回目なのさ……
「冷蔵庫には何も無いし……外に行かないとかな?れい姉もそうするって言ってたし。 」
その足で晩御飯の買い出しも……
「それならあたし、雄也と行きたいところがあるわ!」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って……!」
「?」
「いやその……出かける前に着替えたいってのと、どんなお店に行くのか教えて欲しいなって……」
そして12月の寒空の下、こころちゃんに手を取られダッシュで連れてこられたのは……
「ここがたぬきやよ!」
「はぁ……はぁ……ここ……?」
商店街にあるお好み焼き屋さんだった。
「え、えっと、こころちゃんってお好み焼き好きなの?」
息は絶え絶え、膝に両手を当てながら訊いてみる。お店の名前的に高級レストランとかではないだろうとは思っていたのだけれど……これはこれで意外というか……
「初めて食べるわ。」
「え。それならなんで場所だけ知ってるの?」
「練習帰りに前を通りかかったの。そういえばその時もお好み焼きを食べようとしたのだけれど……どうしてみんなで帰っちゃったのかしら?」
「忘れちゃったんだ……」
考えられる理由としては美咲さんが止めたとかかな?晩御飯作ってるんじゃない?みたいな感じで。
「けれどあたし、このお店を思い出した時からずーっと楽しみにしてたの!ここでは好きなものを焼いて食べれるのでしょう?だから───」
あ、これは……
「あたし、ふ菓子を焼いて食べてみたいわ!」
「ふ菓子!?ここでふ菓子っ!?」
なにか勘違いしてるでしょ…と言おうとするより早いぶっ飛び発言。こころちゃんの口からそんな言葉が出ると思わなかったよ……
「そうよ!こんがり焼いてバターを塗ればトーストみたいで絶対美味いわ!」
「…言われてみれば……じゃなかった。
あのねこころちゃん。そもそもお好み焼きってそういう料理じゃなくて……」
ほら、あそこに書いてあるでしょ?と、外に出されているメニューを指さし、食べたいものを決めてもらうことにした。でもさっきのアイデア悪くないかも……
「豚玉、イカ玉……不思議な名前ね。」
「省略してるからね……それでその、何か食べてみたいのある?」
「それならあたし、豚玉を食べてみたいわ。」
「豚玉ね。早速お店で注文しようか。」
「いらっしゃいませー!
ってこころに雄也じゃないか!」
「とっ、巴さん!?」
お店の引き戸を開けた先にいたのは宇田川巴さん。彼女に会うのはお見舞い中のあこちゃんを迎えに来た時が初めてだ。
「巴!あなたもここにお好み焼きを食べに来たのかしら?」
「いやアルバイトとかでしょ……いらっしゃいませって言ってたじゃん……」
巴さんの格好はさっきまでのこころちゃんと同じエプロンに三角巾スタイルだった。
「まぁ雄也の言う通り、ここのおばちゃんに急用ができてな、それでアタシが呼ばれたんだ。」
腰に両手を当てて少し胸を張る姿はれい姉や薫先輩とはまた違う。男前とか姉御肌とか、そんな言葉がぴったりな雰囲気だ。
「というか雄也はアタシと学年同じなんだろ?さん付けは止してくれよ。」
「う、うん……そうなんだけど……」
なんか同学年って感覚になれないんだよね…れい姉と背丈が変わらないんだもん……
「おーい巴ちゃん!お友達来て嬉しいのはわかっけどちゃんと対応してくれぇ!」
「あ、はーい!!
悪ぃ、すぐ案内するわ。」
口ごもっていたら巴さんがどやされてしまった。
「こ、こっちもごめん……」
「雄也が謝ることじゃないだろ。」
ほら行くぞと席まで案内され、オーダーをしてから程なく───
「お待ちどうさま!豚玉2人前だ!」
卵を2つ割入れた真っ白い生地と、薄く切られた豚肉、そしてトッピング用のおかかと青のりが机に並べられた。
「これを焼いていくの?」
「まぁうん。そんな感じ。」
「不安ならアタシが焼こうか?」
言いながら腕まくりをしている辺り、巴さんはやりたくて仕方がないみたいだけど……
「あ、あの───」
「?」
「ぼ、僕が焼いてもいい…かな?」
家の掃除の時はへこたれてたし、料理も半年以上ブランクあるけど……これでも昔から家のことを1人でやってきてたんだ。大丈夫……なはず。
「お、雄也がやるのか?いいぞ!」
「雄也が作るのね!どんなお好み焼きが出来上がるのかしら?」
(お手並み拝見だな!)と言う視線と(楽しみだわ!)という2人の視点が微妙にプレッシャーだけど、言ったからには頑張らなければ……!
「まずは鉄板を温めて…… あ、ここ触っちゃダメだからね。」
「わかったわ。」
準備が出来たら全体に油を塗り、生地に乗った卵を潰し、空気を含ませるように大きく、ざっくりとかき混ぜてから適量を流し込む。じゅうじゅうと早くも食欲をそそる音が響いた。
「まるでホットケーキみたいね。」
「甘くはないけどね……」
豚肉を乗せて暫く様子を見ていると、端の部分が焼けて固まってくる。
「そろそろかな……」
軽く生地を抑えたあと、テコを生地の両側から差し込んで──
「よいしょっ!」
軽く浮かせて一気にひっくり返す!
焼き加減は……よし、焦げてない。この道具を使うのも初めてだけど崩さず出来て良かった。
「その感じなら大丈夫そうだな。アタシ一旦外していいか?」
「あ、うん!」
他の仕事をしに行くであろう巴さんを見送り、ふとこころちゃんに顔を向けると……
「こ、今度はどうしたのさ……」
またしてもすごくキラキラした瞳がこっちを見ていた。
「雄也のそんな顔、あたし初めて見た気がするの。」
「えっ、そうなの?練習の時とかも含めて?」
「ええ。キーボードを弾いてる雄也は花音を見たり、はぐみを見たり、ミッシェルを見たり、ハロハピのみんなとお話しているみたいだけれど、今のあなたはお好み焼きをずーっと見ていたわ。まるで……」
うーん…と首を傾げるこころちゃん。こういう表情はちょっと珍しいかも……
「そう!美咲よ!あたし達の音楽や羊毛フェルトを作っている時の美咲みたいだったわ!」
「そ、そうなんだ……」
集中している美咲さんと比べられるのは悪いことではないのだろうけど……見たことないからイマイチピンと来ない……
「ってそうだ!焼き加減みないと……!」
我に返ってお好み焼きに視線を落とすと、丁度いいタイミングだった。さっきと同じ領分で生地をひっくり返す。
「もう1回ひっくり返すの?」
「うん。あとはこっちの面もこうなるくらい焼けばOKだね。そしたらソースとマヨネーズとおかかを……あ、青のりは欲しい?」
「ええ!お願いするわ。」
「了解。」
じっくり焼く工程も終わってトッピングも完了──と。最後に切り分けたお好み焼きをこころちゃんの取り皿に出来上がりを盛り付けて──
「はい。召し上がれ。」
「わぁ……」
まだ食べてないのに感激が抑えきれない様子のこころちゃん。反応が楽しみ……という気持ちより美味しく作れたかどうか心配の方が大きいかも……
「雄也は料理もできるのね!とーっても美味しそうだわ!」
「ま、まぁ……昔はちょくちょく作ってたから……」
とはいえウチのお好み焼きは卵も使えないこともざらだけどね……豚肉なんて尚更……
「そ、それよりさ、冷めないうちに食べて欲しいなって……」
「それもそうね。」
いただきます!と元気よく両手を合わせ、切り分けたお好み焼きの半分以上を1口で頬張るこころちゃん。初めての味が新鮮だったのかちょっとだけ目が見開かれて見えた。
もぐもぐもぐもぐ……ごくり──
そのままあっという間に渡した分を飲み込んだ彼女の第一声は──
「とーっても美味しいわ!」
「そ、そう?それならよかった……」
ぱっと今日1番の笑顔の花が咲いたけれど、自分には勿体なく感じて真正面から見れなかった。
「ええ!カリカリしてて、とろとろしてて、ちょぴっとだけ酸っぱくて、それが口の中いーっぱいに広がっていくの!こんな食べ物初めてだわ!!」
「あはは……」
返事がどうしても曖昧になってしまう。料理は上手く作れたみたいだし、ささやかなことではあるけど気になっている人を笑顔に出来た事は嬉しい。
嬉しいけど……今日は黒服さん達を巻き込んでいるから釣り合いが取れてない気がして…というか僕、そもそも彼女に命を助られているのも同然だから……
「今度は雄也のお好み焼きをあたしが作るわね!これでいいかしら?」
「……あ、うん!わかった。こころちゃんが作るのね!それじゃひっくり返すタイミングとかは……
ってあーっ!豚肉焼くのはまだだってばーっ!!」
これどうするのさ……というかもう焼いた分食べちゃったの!?1枚丸ごと!?そんなぁ……
私の小説をまた読んでくださってありがとうございます。
1月の更新から書きたいことがまとまらなくなってしまい、APEX、ウマ娘、モンハンライズ、アキバストリップ、ポケモンユナイト、GTAとひたすらゲームばかりしていました。
実はここから先の展開で不安な部分がまだあるのですが…なんとか形にできればなと思います。
今回の余談ですが、最初のふ菓子の下りはこころのキャラエピソードをヒントにしました。貸し切ったホテルのレストランでメニューをガン無視して変な注文をするハロハピメンバーとそれにツッコミを入れまくる美咲の姿は必見です 笑
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ハグ魔のココロ
今年も本作をよろしくお願い致します。
前回はお好み焼き回でした。巴の下りやふ菓子のシーンは結構書いてて楽しかったです。
また時間がかかってしまいましたが、良ければお付き合いください。
雄也視点
幽体離脱生活が終わり、リハビリが想像以上のスピードで完了。家の大掃除とれい姉の引越し作業も片付いて……それでも、僕の生活は目まぐるしく変わり続ける。
今のライフスタイルは朝にご飯とお弁当作り。午前中にアヤ高、もとい亜矢鞠高校へ保健室通学しながら月末の編入試験に向けた勉強。帰ってきたられい姉にご飯を作って宿題をする。主夫と学生を行ったり来たりだ。
ちなみに今は晩御飯を作っていた。お品書きは納豆ご飯にほうれん草のおひたし。そして玉ねぎとジャガイモのお味噌汁。ちょっと質素だけどブランクも気になるし、食費も節約したいからこんな感じだ。
「……洗い物でやること終わっちゃうね……」
宿題も済ませたしお風呂も準備できているけど、本音を言えばもう少し何かに集中してたかった……だって……
(こころちゃんは何してるのかな……)
最近、空き時間ができると落ち着かないのだ。あのキーボードを弾いてもイマイチ集中しきれなくて…もう勉強するか家事をしてないとダメなんだよね……まぁ保健室で延々勉強してたから編入試験も追試も大丈夫そうだけど……
これってホントに恋なのかな?それならなんでこんな苦しいんだろう。もっとこう、違う物だと思っていたのに……押し込むことばかり考えるのはおかしいんじゃ…でも、やっぱりふとした時に浮かんでくるのはあの太陽みたいな笑顔で……
「あ、スマホ……」
着信相手はちょうど考えていたあの子から。取るのを若干躊躇った。
「も、もしもし……」
「こんばんは雄也!いまは何をしてるのかしら?」
「あ…晩御飯作ってた。こころちゃんはハロハピのみんなと練習してたの?」
「そうよ!今日は……あら?どうしたの美咲?」
電話から聞こえる声が小さくなる。1人じゃなかったんだ。
「そうだったわね。あのね雄也!あたし、貴方に聞きたいこととお願いがあって電話したの。」
「聞きたいことと……お願い?」
「そうよ。お願いは直接あわないといけないのだけれど、雄也はお家のことをしてるのよね?
これからお邪魔してもいいかしら?」
「えっと、い、いいけど……」
学校とかハロハピのことを話したいわけじゃないみたいだけど、今度はなにが……
それからしばらくして───
「お邪魔するわね。」
「い、いらっしゃいこころちゃん。あれ?美咲さんは?」
「美咲は帰ったわ。妹と遊ぶ約束をしていたみたい。」
「そうなんだ……」
なんだろう。あの人にもいて欲しかったようなそうでもないような……
「あ……コートとマフラーはこっちにかけるから、取ってもらっていい?」
「わかったわ。」
ダッフルコートを受け取りハンガーに……うわ、ふわふわで凄く軽いや。シワとかならないようにしないと……
「雄也はとっても几帳面なのね。」
「いやだって雑に扱えないよ……
そうだ、うがい用のコップ取ってくるから先に手洗ってて。
洗面所は……」
「お掃除の時に覚えたわ。こっちよね?」
「あ、うん。そっちで合ってる。」
こうして手洗いうがいを済ませた後、リビングまで案内して……
「それで…お願いと聞きたいこと、どっちから聞けばいい…のかな?」
そこで話を切り出した。
「聞きたいことから話すわね。雄也はハロウィンライブの後、あたしとお話したことを覚えてる?」
「お話したこと……えっと……」
確かあの時……幽霊じゃなくなったらこころちゃん達ともう演奏出来なくなることを伝えて、それで……
「あ、僕と演奏する方法を思いついたんだけっけ?」
「そうよ!あたし、この間とっても素敵なパフォーマンスに出会ったの!」
「パフォーマンス?どういうのさ?」
えっと……ある時ショッピングモールで買い物をしてたら、急にお客さんが歌いだして、周りのお客さんがどこからともなく楽器を手に混ざって。そして、いつの間にか大きな演奏会に───
「つまり……こころちゃんはフラッシュモブみたいなのをやりたいの?」
「フラッシュ……?それはよくわからないけど、なんだか面白そうでしょう?」
「うーん……」
こういうパフォーマンスはハロハピらしいといえばらしいし、また皆と演奏できるのはいいんだけど……いいのかな……
「この事ってハロハピのみんなは知ってるの?」
「ええ。はぐみも薫も名案だって言ってくれたわ!花音と美咲はちょっとだけ難しい顔をしてたけど。」
やっぱり知ってたよね……それ聞いたら断りづらいなぁ………
「わ、わかった。やってみる……日程とかはもう決めたの?」
「これから決めるわ。いつ作戦会議に参加できるかしら?」
「今週末…で、大丈夫かな?補習は順調だし。」
「そうなの!?やっぱり雄也は頑張り屋さんね!」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
勉強してないとあなたの事で落ち着かなくて……とか絶対言えない……
それにしてもフラッシュモブ……どこか引っかかるところはあるけど……どういう形になるかも決まってないし、言ったからには……
「それなら次はお願いのお話ね。あたし、あなたともう一度ハグがしたいわ。」
「……ん、はい?」
待って今なんか凄いこと言われたような……
「あら?聞こえてなかったかしら?あたし、雄也ともう1回ハグがしたいの!」
声のボリュームをあげられてしまった。さっきの事を考える時間が本当にない。
「きゅ、急にハグしてって……一体何があったのさ……」
「あたし達、この間ハグしたでしょう?」
「う、うん……」
こころちゃんの言葉に暖かくて、少しくすぐったくて、重いものが胸に蘇っていく。
「その時あたし、不思議な気持ちになったの。
上手くは言えないのだけど……ふわふわしてて、胸がぽかぽか暖かくなって…とっても素敵だったわ!」
「……」
「けれどそういう気持ちになれたのは雄也にハグした時だけだったのよ。」
「ほ、ホントに…?」
「ええ!色んな人にハグして来たもの。間違いないわ」
「……色んな人、とは?」
「美咲に、はぐみに、花音でしょう?
それから香澄に、有咲に、たえに、りみに、沙綾に……」
Poppin’Partyのメンバー全員じゃん。
「あと、紗夜とイヴと千聖にもしてきたわ!」
さ、紗夜先輩にもしたの!?
これは後から美咲さんや花園さんから聞いたんだけど、こころちゃんにハグされたのは花咲にいるバンド繋がりの生徒全員だったので、戸惑う人はいたけどトラブルとかは大丈夫だったらしい。
それどころか、花園さん本人や戸山さん、あとPastel*Paletteの若宮さんは普通にハグし返してたとか……
「でも、やっぱり違うからもう1回僕とその…ハグしてみたいと。」
「そうよ!けれど……また赤くなってるわね。大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫……だからえっと…はい。」
もう早く終わらせた方がいいと思い、目を瞑って両腕を広げた。既にかなり恥ずかしい……
「あら?雄也から誘うなんて珍しいわね。」
「いっ、いいから早くして……!」
「わかったわ。ぎゅーっ。」
ふわりと体が包まれ、じんわり暖かくなっていく。あの時と同じだ。
平常心…平常心……柔らかい…じゃないよ平常心っ!!
「………?あの時と全然違うわ。どうしてかしら?」
「そ、そうなの……?」
「ええ。なんだか木の幹みたい。」
「……」
なんか……こういうのって伝わっちゃうんだね……
「すんすん……」
「ちょっ……なんで匂い嗅ぐのさ……!」
「あら?ダメかしら?」
「…もう好きにしてください……」
ダメ……いっぱいいっぱいで何も言えない……
「少し体が柔らかくなったけれど…まだ何か違うわね。もっとぎゅーってしたら変わるかしら?」
「え、ちょっ…!」
「ぎゅーっ!」
「まっ……くるし……!」
慌てて背中をタップしたけど、彼女がそういうのを知ってるわけなかった。その上……
「ただいまー。あれ?雄也ー!誰か来てるの?」
「!!?」
えっ嘘れい姉!?帰り遅くなるんじゃなかったの!?
「美麗だわ!お話するのは久しぶりね!」
確かにそうだけど……こころちゃん離して!じゃないと……
「なんだこころちゃん来てたんだ。いらっしゃ……」
れい姉が固まった。
「お邪魔していたわ。久しぶりね、美麗!」
「あーうん。久しぶり……」
向こうに意識がいったお陰なのかハグは緩んだけど…なんでそのまま話してるのさ……あんな歯切れの悪そうなれい姉初めて見たよ……
「えっと、ごゆっくり……」
しばらく時間が経ったのか、あっという間だったのかわからなくなってたけど、れい姉は洗面所へと去っていった。
「美麗はどうしたのかしら?……雄也?」
と同時に、恥ずかしさと気まずさが溢れんばかりにぶり返して───
「もうやだ……かえる……」
「帰る?貴方のお家はここよ? 」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回は少し飛んでフラッシュモブ作戦本番にする予定です。
実はこの話を書くに当たり、今まで考えていた今後の内容から大幅な路線変更をしました。なので、当初の予定より少し話数が増えるかもしれませんが、お付き合いいただけると嬉しいです。
また10ヶ月とか書けなくならなくて本当によかった……
最後にいつもの余談ですが、今回の美咲はハグ魔になったこころを止め、紗夜さんや千聖さんに謝りに行ったりで結構忙しいことになってました。
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