成り行き任せのポケモン世界 (バックパサー)
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登場人物一覧(ネタバレ・独自設定注意)

 登場人物について一覧でまとめて分かりやすくしました。(気力があれば)次話投稿と合わせて更新していく予定でいます。タイトル通りネタバレ・原作キャラの独自設定等が多々ありますので、初見の方や興味ない方はスルーして第1話へどうぞ。

なお、これが一番必要なのは作者の模様。


 

 

~主人公~

 

【マサヒデ】(初登場…第1話)

 気付いたら子供の姿になってトキワの森に放り出されていた、転生なのか転移なのか、イマイチよく分からない元24歳社会人。なお、この件に関して悪の組織は無関係である。サカキに保護され、ロケット団の影に怯えながらも以降はサカキの元で生活を送る。なんやかんやあって懐かれたスピアーがパートナー。サカキの下でトレーニングに励み、その後サカキに教唆されて11歳でカントー地方8つのジムを制覇するべく旅立つ。道中で色々あったものの、8つのジムバッジを手にし、ポケモンリーグ大会に出場。結果はベスト16で敗退したが、天才少年トレーナーとして世に名を知らしめた。

 

元々はポケモンシリーズのヘビーユーザーであり、ポケモン廃人…とまでは行かずとも、個体値厳選や努力値振り等、その世界に片足を突っ込む程度の知識・経験はある。まんま作者である。ポケモンのタイプへの拘りは特になく、培った知識を元にポケモンに合わせて戦術を変える。また、バトルに限らず勝負事には熱くなるタイプであり、ちょいちょい不要な新知識を披露してしまうなどやらかしている。原作知識はUS・UMまである。

 

 

-所持ポケモン-(第77話時点)

スピアー  ♂ Lv66 むしのしらせ さみしがり

サンドパン ♂ Lv58 すながくれ  ようき

バンギラス ♂ Lv58 すなおこし  いじっぱり

マタドガス ♂ Lv50 ふゆう    ずぶとい

キュウコン ♀ Lv56 もらいび   おっとり

ラッタ   ♀ Lv43 こんじょう  むじゃき

ラフレシア ♀ Lv57 ようりょくそ れいせい

ハッサム  ♂ Lv55 テクニシャン せっかち

ヤドン   ♂ Lv40 マイペース  のんき

コイキング ♂ Lv22 すいすい   ようき

レアコイル ? Lv52 ???    おとなしい

ヘラクロス ♂ Lv50 こんじょう  ゆうかん

 

 

~原作キャラ~

 

【サカキ】(初登場…第7話)

 トキワシティジムリーダー兼ロケット団首領。本作においてはもう一つ、トキワコーポレーション(通称TCP)の代表取締役という表の顔も持つが、現在はジムリーダー業務(とロケット団首領としての暗躍)に注力すべく、日常的な業務は重要な渉外案件を除き、基本的に元秘書の副社長にほぼ丸投げしている。が、それでもロケット団絡みの案件もあるためなんやかんやヤマブキシティやタマムシシティにいることも多い。この副社長との間に子供がおり、それがシルバーになる。

 

ジムリーダーとしての定期のトキワの森巡回中に、スピアーを操って野生のピカチュウと戦うマサヒデを発見、保護する。その際に見たマサヒデのバトルと知識に興味を抱き、引き渡すべき親族が見つからなかったこともあって保護。自身の下で生活させ、トレーナーズスクールに通わせる傍らでスーパーマサラ式英才教育を施した。現在はマサヒデをカントー地方ポケモンジム完全制覇の旅に送り出しており、最後の壁として立ちはだかれる時が来ることを楽しみにしている一方、マサヒデが持つポケモンバトルのセンスや、彼のやらかしで得た出所不明の知識を如何に活用するか、自身に都合の良い様に利用しようかと考えを巡らせている。

 

専門とするのはじめんタイプ。ポケモンリーグやマスターズリーグでの活躍経験はないが、実力は非常に高く、現ジムリーダーでは最強との呼び声も高い。本質的に力で圧し潰すパワータイプの戦闘スタイルで、フィールドをその基盤からぶち壊したり滅茶苦茶にしてしまうような力任せの戦法を得意とする。

 

 

【オーキド博士】(初登場…第13話)

 マサラタウンに自身の研究所を構えるポケモン博士。ナナミ・グリーンの祖父。ポケモン研究における第一人者であり、かつては名うてのトレーナーでもあった。

 

マサラタウンを旅立つ新人トレーナーにポケモンを渡すなど、ジムが無いマサラタウンにおいて、ジムリーダーが行っている業務の一部をポケモン協会からの依頼で請け負っている。サカキからお使いとして預かった書類を持って訪ねてきた主人公に、新しく発見された技を実際に使って見せて欲しいと頼み、孫娘のナナミとバトルさせる。その勝負の中で見せた主人公のトレーナーとしての才能を評価し、まだ試作段階のポケモン図鑑と、ナナシマの保護施設から預かったヨーギラスを託す。

 

 

【ナナミ】(初登場…第13話)

 オーキド博士の孫で、原作主人公のライバルであるグリーンの姉。年齢は主人公の1つ上。マサラタウンのトレーナーズスクール中等部に通っている。マサヒデがオーキド博士の下を訪ねた際に居合わせ、話の流れでそのままにバトルを挑んだ。ピッピを使い、スピアーを相手にいきなりサイコキネシスをぶっ放してマサヒデの度肝を抜いたが、レベル差がありすぎたため呆気なく敗れた。

 

トレーナーズスクールでの成績は優秀。マサヒデ程ではないにしろ、年齢の割に確かな知識を持ち、トレーナーとしての才能もある。が、性根が心優しいためかポケモンを戦わせることに対して幾分か抵抗がある。マサヒデからホウエン地方で開催されているポケモンコンテストの話を聞き、興味を持つ。

 

 

【レッド】(初登場…第14話)

 ゲームでの主人公。現時点ではまだトレーナーズスクール初等部に通うただのチビッ子。まだポケモンは持っていないが、グリーンに連れられてオーキド研究所に出入りしているため、触れ合う機会はかなり多い。

 

マサヒデとナナミのバトルを観客として見守るが、マサヒデの圧勝という結果に対して色々と思うところがあった様子。性格は完全にではないものの無口で比較的素直。この邂逅が彼らにどんな影響をもたらすのか、今はまだ分からない。

 

 

【グリーン】(初登場…第14話)

 ゲームでのライバル。現時点ではまだトレーナーズスクール初等部に通うただのチビッ子。まだポケモンは持っていないが、オーキド博士の孫ということでオーキド研究所に出入りしているため、触れ合う機会はかなり多い。

 

マサヒデとナナミのバトルを観客として見守るが、マサヒデの圧勝という結果に対して色々と思うところがあった様子。性格はお調子者で比較的シスコン。この邂逅が彼らにどんな影響をもたらすのか、今はまだ分からない。

 

 

【カツラ】(初登場…第15話)

 グレンタウンジムリーダー。ほのおタイプのポケモンを専門に扱う。言葉の端々から暑苦しさを感じる熱血漢だが、元研究者であり、研究者としての知性とトレーナーとしての情熱を併せ持つ好々爺。フジ老人とは古くからの友人。

 

挑戦者たちのポケモンに対する知識を試すため、試験という形で挑戦者をふるいに掛け、点数に応じてジムトレーナーと戦わせる方式でジム戦を行う。試験を満点突破した上で、自らに一発勝利した主人公の将来に期待している旨の発言を残した。

 

 

【マチス】(初登場…第27話)

 クチバジムリーダー。元軍人で、でんきタイプのエキスパート。見た目通りカントー地方出身ではなく、ポケモン協会からの招聘を受けてクチバシティジムリーダーに就任した。挑戦者には漏れなくゴミ箱漁りを課し、新人だろうがベテランだろうが容赦なくその肉体と精神を徹底的に追い込む鬼少佐。マサヒデもボロボロになるまで追い込まれ、試合翌日に無事ノックアウトをくらった。が、肝心なポケモンたちの方はタイプ相性もあってそうでもなかった様子。

 

第48話にて再登場。でんきタイプのエキスパートとして、無人発電所の発電設備の維持・補修と、環境及び生息ポケモンの調査・調整をポケモン協会から任されている。この際に捕獲したポケモンは、クチバジムで使用する他、新人トレーナーに配ったり、電気工事の関連会社などに譲渡したりしている。クチバジムでの一戦からマサヒデの実力はある程度買っており、マサヒデが「でんきタイプが欲しい」とつい零してしまった際に、電気ポケモンの布教も兼ねて、捕獲したレアコイルを贈る。

 

 

【???】(初登場…閑話)

 閑話に登場。クチバジムの挑戦者の1人として、マサヒデとマチスの試合を観戦していた。ジョウト地方のアサギシティ出身で、妻と子供が1人いる模様。家族を地元に残し、武者修行のためカントーにやって来たらしい。ケンタロス・ガルーラなど、ノーマルタイプのポケモンを連れているようだ。

 

 

【アポロ】(初登場…第28話)

 ロケット団幹部。表向きはTCP社の幹部としても活動している。ポケモンバトルではマサヒデと互角以上に戦える腕前を持ち、ロケット団においては諜報部門の指揮・取り纏めを担っている、全ての面において優秀な期待の若手幹部。冷静沈着で丁寧な言葉遣いをする一方で、自信家であり静かに闘志を燃やす熱くなりやすい面もある。エースポケモンはヘルガー。

 

若干11歳にして自身に迫る実力を備え、サカキにも気に入られているマサヒデには一定の評価をしている一方で、色々と思うところもあるようで、「子供に負けるわけにはいかない」と発奮材料にしている。

 

 

【アテナ】(初登場…第28話)

 ロケット団幹部。アポロ同様、TCP社の幹部としても活動している。優秀な科学者であり、表向きはTCP社の技術・製品開発部長、裏では研究・開発部門のトップとして、ロケット団における技術研究・調査・開発を取り仕切っている。サカキが評価しているのと、意外とちゃんとした試作品やポケモンに関するレポートをしてくれるので、マサヒデの能力はある程度認めてはいる。

 

 

【シルバー】(初登場…第28話)

 第二世代のライバル。サカキの実の息子で、年齢的にまだトレーナーズスクールには入学出来ない未就学児。母親のTCP社副社長の元、タマムシシティで生活している。サカキはジムリーダー兼社長(兼ロケット団首領)としても多忙を極めているため、普段は一緒にいることが中々出来ていないが、シルバーを大切にしている。

 

第52話にて再登場し、サカキから旅行中の遊び相手兼お目付け役としてマサヒデを宛がわれる。自分より一回り年上なだけのマサヒデが大人相手に互角に立ち回っていること対して、子供心に「凄い」と思っている。

 

 

【エリカ】(初登場…第31話)

 タマムシシティジムリーダー。有名な華道の家元の娘で、正真正銘のお嬢様である。とても穏やかなお嬢様然とした性格で、挑戦者を前に居眠りかましてくるようなおっとり系の和服美人。その容姿も相まって、タマムシシティでは比類なき人気を誇る、くさタイプのエキスパート。

 

この世界ではジムリーダー就任直後で、実力自体は確かなものの色々と気負って余裕が無かった。トレーナーズスクールを出たばかりのマサヒデが自分と互角に戦う姿を目の当たりにして、多少思うところがあった様子。マサヒデとの戦いを通じて精神面も改善傾向。ついでに子供たちの英才教育にも興味を持った様子。この設定が活かされるかは…まあ、たぶん活かされないと思う。

 

 

【アンズ】(初登場…第35話)

 セキチクシティジムリーダー・キョウの娘。父同様、どくタイプのポケモンを扱う。エースポケモンはモルフォン。父親の後を継いで、立派な忍者、立派なジムリーダーになることを目標としている。父同様、相手を毒状態にすることを戦法の軸とする。

 

自信と同じくキョウの指導を受けている子供たちを束ねて【セキチク忍軍】なる集団を結成し、日々修練に励んでいる。前向きで明るく負けず嫌いで喧しい、周りを引っ張る同年代のリーダータイプ。勢い余って失敗するのもご愛嬌。自分達の修練場に偶々足を踏み入れたマサヒデを急襲するも、仲間共々返り討ちにされた。以降、なんやかんやでセキチクジムに投宿することになったマサヒデをライバル視し、事あるごとに勝負を挑む。が、戦績は圧倒的に負け越している。

 

父によるマサヒデの指導に触発されて急成長しつつあり、今は状態異常全般を使いこなそうと努力している。現在はマサヒデをライバル視すると同時に、父同様いつか超えるべき壁として認識している。

 

 

【キョウ】(初登場…第35話)

 セキチクシティジムリーダー。忍者の家系の末裔。どくタイプのポケモンを専門に扱う。状態異常やバフ・デバフを使いこなし、相手を翻弄する耐久型の戦法を得意とする。妻と娘がいる。

 

元々はマスターズリーグを主戦場とするトップトレーナーの1人だったが、父親の死を契機に地元へと戻り、ジムリーダーに就任した。就任後はジムリーダーとしての業務に加え、サファリゾーンの環境維持・調査、トレーナー・セキチク忍者双方の後進の育成に精力的に取り組んでいる。

 

マサヒデがバトルの中で"どくづき"見せたことで、その伝授と引き換えに1カ月超に及ぶ指導を行うこととなった。マサヒデのバトルセンスや知識を非常に高く評価している。それに触発されて修練に今まで以上に打ち込むようになったアンズに対しても、言葉にはしないが内心非常に喜んでいる。

 

 

【フジ】(初登場…第47話)

 第18話にて名前のみ登場。シオンタウンにて行き場のないポケモンを引き取って育てるポケモンハウスを運営している。

 

若い頃はグレンポケモン研究所の所長を務めるなど高名な研究者で、ミュウの発見とミュウツー誕生に深く関わっていた。ミュウツーに対する強化実験を繰り返し、その影響で凶暴化したミュウツーの有り余る力を制御出来なくなり、最終的に暴走を招いた。ポケモン屋敷が半壊し、巻き込まれた同僚たちが全員死亡するという大惨事の中で奇跡的に生き残った後は、ミュウを最果ての孤島に逃がした上で職を辞し、グレンタウンも離れてシオンタウンに居を移した。私費でポケモンハウスを設立し、後悔の念に苛まれながらも、せめてもの罪滅ぼしになれば…とポケモン保護の活動を続けている。グレンタウンにあるポケモン屋敷のかつての主。

 

 

【ラムダ】(初登場…第52話)

 ロケット団幹部。TCP社の社員として活動しており、商談のためにあちこち飛び回っている。原作同様に変装の達人だが、同時に語学も堪能な設定。そのスキルを活かして、表向きにTCP社員として活動する裏では、エージェントとして他企業へのスパイ行為を行うなどしている。

 

旅行中にマサヒデのお目付け役をサカキから押し付けられる。

 

 

【ジャキラ】(初登場…第52話)

 オーレ地方に根を張る悪の組織・シャドーの幹部。他4人の幹部を束ねる最高幹部であり、ボスであるワルダックに代わって、表立って組織の指揮を執っている。

 

本作ではロケット団の取引相手として、社員の慰安旅行兼商談のオマケとして連れてこられたマサヒデの前にシャドーを代表して姿を見せる。シャドー戦闘員・ロッソとのバトルを見学し、その能力を評価した。

 

 

【ボルグ】(初登場…第52話)

 オーレ地方に根を張る悪の組織・シャドーの4人の幹部の1人。ダークポケモン研究所の所長であり、ダークポケモンの研究・生産を担当している。

 

本作ではロケット団の取引相手として、社員の慰安旅行兼商談のオマケとして連れてこられたマサヒデの前に姿を見せる。研究所の案内を担当し、研究成果の実戦の延長線として、マサヒデのストライクをハッサムに進化させた。

 

 

【ロッソ】(初登場…第53話)

 オーレ地方に根を張る悪の組織・シャドーの戦闘員。原作においてはDマグマラシを所持しており、選択次第でゲーム序盤で主人公と戦うことになる。

 

シャドーが造った装置で進化したマサヒデのハッサム。その試運転の相手として、ジャキラの指名を受けて戦う。

 

 

【ミラーボ】(初登場…第55話)

 オーレ地方に根を張る悪の組織・シャドーの4人の幹部の1人。破落戸の街・パイラタウンを支配しており、原作では一番最初に主人公の前に立ちはだかる。ド派手な見た目に専用BGMを持ち、クアドラプルンパッパで存在感は抜群。その代わりにか、他の幹部が準伝説を貰えてるのに対して、彼に与えられたのはウソッキー。

 

サカキの命令でパイラコロシアムに参戦したマサヒデの前に、シャドーを代表して決勝戦の相手として立ちはだかった。原作同様、クアドラプルンパッパによる雨パ戦法を披露。サカキの指示でエース格のポケモンたちが使えなかったこと、不慣れなダブルバトルだったことなど、幾つかの事情はあったが、マサヒデを散々に苦しめ勝利した。

 

 

【ナツメ】(初登場…第59話)

 ヤマブキジムリーダー。使用するポケモンはエスパータイプ。第50話にてちょっとだけ出ている。彼女自身もエスパー少女の異名で知られ、未来予知、相手の思考を読み取る、テレパシーでポケモンに指示するなど、割と何でも出来る本物の超能力者。ただし、完全な未来予知は出来ないし、思考読み取りもテレパシーも一定距離内である必要があるなど、万能なワケではない。バトルの実力そのものもハイレベルであり、エースであるフーディンとのコンビネーションは脅威的の一言。そこに自身の超能力も合わさることでとんでもないことになっているが、バトル自体があまり好きではない。が、その気になれば最上位クラスには行けるだけのポテンシャルはある。

 

幼い頃から超能力に才能を発揮しており、元々は自身の持つ超能力を制御するためにエスパー道場に入門した。そこからまたたく間に道場最強の座に登り詰め、当時若干14歳ながらエスパージムの代表として戦い、完全な形ではないもののエスパージムのポケモンリーグ公認を勝ち取った。現在はジムトレーナーたちが引き起こしたトラブルによって、一時的ではあるが、特例で格闘道場と一緒に公認ジムリーダーとして挑戦者たちを迎え撃っている。一見感情の起伏に乏しい様に見えるが、それは常に心を落ち着かせることで、超能力の効果を安定させるため…らしい。無口なのも相手の心を読めるので会話をする必要がなかったため。表情の変化も乏しいものの、感情は自体は豊かな方である。

 

マサヒデが観戦に訪れた際、未来予知能力によっていずれ自分に挑戦することを察していた。超能力で思考が垂れ流し状態になってしまった結果、現状マサヒデの秘密と世界の秘密を知る唯一の人物となる。

 

 

【タケシ】(初登場…第73話)

 岩タイプのエキスパート。原作におけるニビジムリーダーだが、登場時点では翌年からの就任が決まっていただけで、まだジムリーダーではない。『強くて硬い【いし】の男』がキャッチコピーで知られ、真面目で硬派な性格から、周囲からの信頼が厚い。

 

シロガネ山で成り行きで止む無く捕獲したバンギラスの処遇を巡って困っていたマサヒデに、その預託先としてポケモン協会から紹介される。そのバンギラスや、砂嵐を用いた戦い方等、岩タイプのポケモンに絡む話題で意気投合し、友人となる。第76話でマサヒデが入院した際は、見舞いにも訪れている。

 

なお、この時預けられたバンギラスは、その後紆余曲折を経て正式にタケシのポケモンとなった。

 

 

【カスミ】(初登場…第76話)

 ハナダジムリーダー。水タイプのエキスパートで、キャッチコピーは『お転婆人魚』。タケシよりも一足早くジムリーダーに就任した。

 

マサヒデがケンタロスに襲われた際、全てが終わったタイミングで登場。元々ジムリーダーの職務として、このケンタロスを追いかけており、ジムリーダーとして初の大きな仕事であったため張り切っていたが、後手に回っている内に、手柄のほとんどをマサヒデに掻っ攫われてしまった。戦闘には一切関与出来なかったが、負傷したマサヒデを病院に搬送したり、戦闘後の後始末をしたり、話の裏側ではジムリーダーとして色々と動いていた。

 

なお、退院後に酷い目(バンギラス無双)に遭わされたため、マサヒデのことは若干敵視している。

 

 

 

 

 

~オリジナルキャラ~

 

【ルート】(初登場…第8話)

 TCP社員。旧社屋であるトキワ支社の社員寮の管理を任されている管理人。マサヒデがサカキから与えられた部屋はこの社員寮の一室であり、サカキに保護されてからの3年間、日常的にマサヒデが世話になっていた。

 

物腰は柔らかく穏やかな人となりで面倒見も良い。主人公はサカキを警戒して大人しくしていることが多かったため、あまり手の掛からない子だという認識を持っている。が、部屋を散らかしっぱなしにするのを許さず、掃除洗濯は自分でやらせ、忘れたりサボったりするとイイ笑顔ですぐ片付けるように迫るなど、雇用主に似たのか主に生活面で割とスパルタな一面も。トキワシティ時代のマサヒデの小遣い管理も任されており、お小遣いも必要に応じて必要な分しか渡さず、不必要な支出は基本的に一切認めない。このため、マサヒデは常にやりたいことも出来ない状況で3年間を過ごすことに…

 

なお、主人公の奇行・珍言を含む言動の数々は彼を通してサカキに筒抜けとなっている。

 

 

【ユーイチ】(初登場…第10話)

 トキワトレーナーズスクール初等部の学生。主人公の転入先のクラスメートであり、初めての対人戦の対戦相手。パートナーとなったガーディを使い、貧弱な技構成だった主人公のサンドを追い詰めるも、主人公の機転(という名のやらかし)によって逆転負けを喫する。以降もガーディと共に学校生活を送り、そこそこ良い成績を残して中等部へ進学した。

 

 

【セドナ】(初登場…第12話)

 TCP社において、サカキの秘書を務める女性。開発部門の事務・管理を担当している。サカキの秘書は複数人存在し、それぞれが専門とする部門の管理を分割して受け持つ。

 

マサヒデが旅に出た際にサカキからの指示で主人公をテスターとし、テストしてもらう試作の道具を渡すためサカキに付き添って主人公と面会する。試作品の実戦テストに関するサポートや報告を、多忙なサカキに代わって担当。それらが終わって以降も、サカキが多忙な場合にマサヒデとサカキを繋ぐ窓口となっている。

 

 

【アサマ】(初登場…第18話)

 ポケモン研究所の研究員。TCP社と協力関係にあり、支援を受けながらポケモンに関する研究を行っている。トレーナーズスクール高等部を卒業したエリートで、かつてはトップトレーナーを目指していたが、挫折し夢破れ、研究者に転身した過去がある。研究所長だった頃のフジ老人を知っている。

 

 

【アズマ】(初登場…第18話)

 ポケモン研究所の研究員。アサマの部下。『ポケモン屋敷』へ向かうことになったマサヒデに同行、機材を運搬しながらベースキャンプまでの道案内を務める。相棒はガーディ。

 

 

【ハクラ】(初登場…第話)

 TCPクチバ支社の支社長。他地方への商品の配送や他地方から船で陸揚げされた物資の運搬など、輸送面を担当するTCP社の重役。サカキの裏の顔やロケット団の実態についても知っている立場の人物。マサヒデに試作品『きあいのハチガネ』のテストを依頼するが、これには他地方の企業から密かに盗み出した新素材に関するデータが記録された媒体が仕込んであった。当然、承知の上でマサヒデに押し付けている。全てはサカキの掌の上である。

 

 

【アキト】(初登場…第21話)

 クチバTCPカップにおけるマサヒデの1回戦の相手。クチバシティ出身。スピアーの圧倒的レベル差の前に敗れる。

 

 

【ハルキ】(初登場…第21話)

 クチバTCPカップ2回戦の相手。マサヒデが初戦で見せたスピアーを警戒してヒトカゲで挑むが、それを読まれヨーギラスの有り余るパワーに押し潰される。

 

 

【アヤコ】(初登場…第22話)

 クチバTCPカップ準決勝の対戦相手。水タイプを好んで使うクチバシティ出身の少女。高レベルのヤドランを投入するが、自らの実力不足から制御不能に。指示を無視して好き勝手された挙げ句、スピアーに一発反撃を入れただけで敗れた。しかし、この時のダメージが原因でスピアーは決勝戦に使用出来なくなった。なお、試合後に方々からお叱りを受けた。

 

 

【ダイスケ】(初登場…第23話)

 クチバTCPカップ決勝の対戦相手。クチバシティ出身。元からクチバシティ出身トレーナーの有望株で、大会前の予想では優勝候補筆頭格だった。決勝ではカイロスを使用。序盤の防戦から形勢をひっくり返し、サンドを破ってマサヒデに勝利。TCPカップ優勝者となった。

 

 

【ハマダ】(初登場…第23話)

 TCPカップの実況を担当していた地元のテレビアナウンサー。

 

 

【トーマ】(初登場…第23話)

 クチバシティ出身のマスターズリーグで活躍するトップトレーナー。TCPカップではマチスと共に解説を担当する。

 

 

【ハットリ】(初登場…第35話)

 セキチクジムにてキョウに師事する少年。アンズ率いるセキチク忍軍の一員。語尾に「ござる」を付けて喋ることから、マサヒデは「ござる君」と呼んでいる。何気にマサヒデにとっては、スクール以外では同年代の同性で初の友人と言っていい存在であったり。

 

 

【ダンゾウ】(初登場…第39話)

 セキチクジムに所属するトレーナー。キョウがジムリーダーに就任した当初から所属するベテランであり、サファリゾーンでの一件の際は緊急時の指揮を任せられるなど、キョウからの信任も厚い。

 

 

【マナカ】(初登場…第47話)

 シオンタウンにてマサヒデが出会った女性。フジ老人が運営するポケモンハウスのスタッフとして働いている。



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目覚めてカントー~トキワの森で『あい』を叫ぶ~
第1話:始まりはいつも晴れのち雨


※本文加筆修正(R2.7.19)


 

 

 

 

 

『ポケットモンスターの世界へようこそ!』

 

『この世界には、ポケットモンスター…縮めてポケモンと呼ばれる生き物たちが、至る所に棲んでいる』

 

『そのポケモンという生き物を、人はペットにしたり、勝負に使ったり…とにかく、色々なことに役立てている』

 

『君の名は…なるほど、マサヒデと言うのか』

 

『マサヒデ!いよいよこれから君の物語の始まりだ!』

 

『夢と冒険!そしてちょっとの理不尽と!』

 

『ポケットモンスターの世界へ!』

 

『レッツゴー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燦々と降り注ぐ暖かな日差しと肌を撫でて吹き抜ける爽やかな風、涼やかな音を立てながら流れる水…穏やかな春の陽気に誘われて、俺の意識が覚醒していく。今日は休日なのだが、実に心地の良い目覚めだ。

 

それに、不思議な夢も見た。詳しい内容はぼんやりとしか覚えてはいないが…どこか、懐かしさと楽しさを感じる夢だったことだけは覚えている。ここのところ残業続きで疲れが溜まっていたからか、或いは休日という安堵感故か、かなりぐっすりと眠れたらしい。おかげでずいぶんと日が高くなってしまっている。

 

まあ、休日だから何時まで寝てようが何も問題はない。実にサイコーな一日である。何も考えなくていいから心も軽くなるというものだ。

 

今日という一日を噛み締め、今日に至るまでの自分の頑張りを自賛し、半覚醒(寝ぼけているとも言う)状態でボーッとしたまま時間が流れていく。ポカポカとした心地良さにうっすらと目を開けば、そこにはプカプカと小さな雲が幾つも浮かぶ青空と、春風に吹かれて騒めく新緑の木々が…

 

 

「…ちょっと待て」

 

 

少しずつ覚醒しつつあった俺の脳味噌だが、視界を埋める光景に違和感を覚えた時点で完全に覚醒。俺の部屋は、こんなに穏やかな日差しが差し込み、爽やかな風が吹き、涼やかな水の流れる音が聞こえるような環境だったか?

 

起きて時間確認したら学校とか仕事に遅刻確定だった時によく似た感覚…焦燥感とか絶望感とか、そういった諸々のマイナス感情をひっくるめたような心持ちに駆られ、慌てて周囲を確認する。

 

 

「………は?」

 

 

そうして出て来た第一声は、たった一言。それだけで、俺の気持ちはシンプルかストレートに表現出来た。

 

まず、嫌でも認識せざるを得ないのが頭上に広がる青空。所々雲はあるが、ポカポカ陽気で昼寝が捗りそうな、恨めしいぐらいに快晴と言って差し支えない実に良い天気だ。そこから視線を下ろしていくと、四方を取り囲む木・木・木。三つ合わさって森である。漢字と言うのは実によく出来ている。これらの木々も漢字も中々に奥が深そうだ。今日一日を費やしたとしても、その深奥には到底届きそうにない…ような気がしてくる。

 

奥の方には川が流れているのだろうか。ザバザバと水のせせらぎが聞こえる。音の勢いからして、結構な量の水が流れている川のようだ。こんな自然に囲まれた中にある川ならば、さぞかしキレイな渓流であることだろう。自然を満喫しながらキャンプをするなら、これ以上ない好条件が揃っていると言えるだろう。生憎、俺はしたことすらないが。

 

周囲の状況を確認しつつも、そんなどうでもいいことを頭の片隅で考えながら、どうしても言わなくてはならないという鋼の意思、或いは脊髄反射的に突き動かされるまま、俺は重い口を開いたのだった。

 

 

 

 

 

「ここ、何処よ…?」

 

 

 

そして俺の部屋はどこにいった?

 

快晴の空を見上げながら思う。どうせならこの心の疑問もきれいさっぱり晴れてくれればいいのに、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…で、ホントにここ何処?なして俺はこんな所に居んの?」

 

 

 

 少しの間あまりのことに茫然としていたが、無事再起動を果たしたところで、こんがらがる頭を何とか落ち着かせて現状の再確認を一つ一つ行っていく。まずは…基本的な個人情報(ステータス)からいっとこう。

 

 

名前:津田 政秀(つだまさひで)

性別:♂

年齢:24

現住所:〇〇県〇〇市〇〇町〇〇〇-〇

家族構成:両親祖父母。扶養家族無し。

趣味:ゲーム・読書・スポーツ観戦

恋愛:彼女いない歴=年齢

学歴:大卒

職歴:社会人3年目

 

 

…うむ、何もおかしなところはないな。いくつか余計というか余分というか、全然基本じゃない無駄な情報が含まれていた気がするが、まあ別にいい。いいったらいい。彼女なんかいなくても趣味が充実してますしおすしー……空しい。というか、これは不要不急な個人情報の開示ではなかろうか。

 

 

…ええい、止め止め!次だ次!

 

 

現在地:森(場所不明)

 

 

うん、早速この時点で早くもワケが分かんないんですけど。俺昨日確かに間違いなく確実に天地神明に誓って自分の家で寝たはずなんですが、何をどうしたらこんな鬱蒼と茂った森のど真ん中で寝っ転がってることになるんですかねぇ。誰だよ犯人は。これは世間一般で言うところの拉致だぞ、拉致。判明し次第とっ捕まえて、網走監獄に放り込んでやる。もしくはベトナム南北縦断の刑に処す。旅費?そんなもの相手の自腹に決まっている。当然だ、当然。

 

…はぁ、それで気が済むならどんなに楽か。良くないけど進めなくちゃどうにもならん。次行こう、次。

 

 

所持品:なし

 

 

…普通に就寝したはずだから、着てた服とポケットに突っ込んでた物以外何も持ってないのは当然なんだけど、こんな所に放り出すなら「せめてスマホと財布ぐらいサービスしてくれてもいいだろ!」と声高に叫びたい。現在地不明、連絡手段なし、所持品ほぼなしで着の身着のまま、極めつけに無一文…絶望感しか感じない。こんな状態で何をどうしろというのか。というか、何故俺は貴重な休日をこんな絶望的状態で迎えなきゃならないのか。

 

自分の置かれた大まかな状況を把握出来たところで、次は不明な現在地を何とかして割り出したい。出来なければどうやって帰ったらいいのかも分からんし。と言うワケで、とりあえず水の流れる音がする方へと歩いてみることにした。

 

 

 

幸い、このせせらぎの発生源は感じていた通りに目覚めた場所からそう遠くは無く、数分歩けばその全貌を視界に収めることが出来た。現れたのは、鬱蒼と茂る森を真っ二つに裂くように流れる一筋の川。予想通り透明度はかなり高そうだが、その水深は見た目からでは判断が難しい。中程になると大人1人が爪先から頭まで浸かるぐらいあるかもしれない。

 

川幅もそれなりにあり、普通に一級河川程度には広く、加えて流れもそこそこ速そうだ。反対の岸まで辿り着こうと思ったら、中々苦労するかも。

 

次いで川上、川下と視線を泳がせてみるが、川上は少し上流の辺りでちょっとした滝になっており、川下の方は川がクネクネと曲がっていることもあり、森を抜けた先がどうなっているかまでは分からなかった。

 

僅か数十分の間に色々なことが起きていて、沸々と沸き上がって目まぐるしく変わる感情の渦でオーバーヒートしそうになる。仕舞いには頭が怒りでどうにかなってしまいそうだ。

 

 

 

 

…しかし、この川に来たことでもう一点気付けたことがあった。それは、川の水面に映り込んでいたものだ。家で寝てたら見知らぬ場所に拉致られてたとか、無一文のほぼ身一つで大自然に放り出されただとか、そんなことがチャチな事に思えてしまう程度には衝撃的なことだった。

 

あまりの衝撃に、思わず二度見三度見としてしまうが、何度見ようがその事実は変わらない。

 

 

 

 

俺が覗き込んだ川の水面に映し出されていたのは、俺自身の少年時代の写真を見ているかのような、子供の姿だった。

 

何度か繰り返して覗き込んで見たところで、試しに手を動かしてみる。俺が左手を上げれば、水面の少年は右手を上げる。俺が右手を上げれば、水面の少年は左手を上げる。その後も色々と体を動かしてみるが、水面の少年はやはり俺の動きに連動して体を動かしている。

 

つまり、この水面に移る少年は、他ならぬ俺自身と言うこと。

 

 

 

…オーケー、焦るんじゃない津田政秀。追い込まれた時、混乱している時こそ沈着冷静に振る舞うんだ。こういう時は素数を数えるよりもまず深呼吸。深呼吸をして落ち着こう。スゥー…ハァー…スゥー…ハァー………よし、それでは気持ち落ち着いたところで元気に言ってみよう。

 

 

 

 

 

「何じゃこれぇええええええええ‼‼‼‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、一人の男の魂の叫びが森を、空を、世界を揺るがした。

 

いや、まあ実際「目線がやけに低いなぁー」とか、「体が軽いなぁー」とか、目覚めてちょっとした辺りから身体的な違和感は感じていたんだよ。着てた服も何故かジャストフィットサイズに縮んでるし。ただ、実際に現実として突きつけられるのはまた別の問題なワケでして、中々理解し難いと言うか、受け入れ難いと言うか…

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂の叫びから5分。何とか再々起動に成功した俺は、川に沿って道なき道を歩き始めていた。あのまま救助が来るのを待つという考えもあった…というか、こういう場合本来ならそれが正しいのだろうが、歩けばその内誰かに会えるだろう、いや会えるはずだ!という反語的な確信の下、移動することを決定した。川を辿れば下流に降りれる、下流に降りれば人里がある、人里があれば人に会えるってね。

 

少しでも荒んだ心を癒しモチベーションを高く保つために、明るめな歌を口ずさみながら歩いていく。ふと川に視線を向ければ、水面下には見つめ返してくる十数年前の在りし日の自分がいる…ホラーかミステリーか、小説の中の何かかと思えれば良かったのかもしれないが、本日何個目かも分からない、どうしようもない現実がそこにはあるわけで。

 

頭と心はマイナス傾向。こんな具合なもんで、景気付けに好きな歌を口ずさんでみても、現実が前に立ちはだかってこのままでは滅入ってしまう。

 

つまり、俺がどう思って足掻こうがどうにもならないんだ。そんな時に俺が採る最終手段。困った時や負けられない戦いの前、日本人に限らず、世界中の人の恐らく大半がやっていることであろう。

 

 

 

 

 

『…ワケの分からないことだらけな今日ですが、俺は頑張って生きています。だから神様仏様御先祖様、どうか俺に現実に立ち向かう勇気と元気を下さい…何ならおうち帰して』

 

 

 

The・神頼み。信じる者は救われるから、神頼みを馬鹿にしちゃいかんぞ。先祖と神様を蔑ろにする奴には天罰が下る、お天道様は全てを見てるんだぞ。だから他人様に胸を張って誇れる人間になりなさい…ってばっちゃが言ってた。

 

…え?誇れる人間にはなれたのかって?それは聞かないのがお約束だ。

 

 

 

 

 

『ザバァ!』

「ん?………は?」

 

 

懸命にいるかもわからない()神を頼みに、自身の今とこれからの平穏無事な行く末を懸命に願っている最中のこと。川の方で突然何か大きな音がする。反射的に顔を向けると、何やら大きな魚が盛大に水面から飛び跳ねているのが目に入る。普通なら『あの魚何てヤツかな』とか『ここにもあんなデカいヤツ棲んでるんだな』とか思ったりするのだろうか。

 

しかし、一瞬の間だけ俺の目がとらえたその姿に、咄嗟に抱いたのは『何で…』という驚愕の感情。無理もないだろう。一瞬の間でしかなかったが、俺の眼は水面から飛び出した魚の姿をしっかりと捉えていた。赤いボディに白と黒が混ざった、外見は金魚のような魚。しかし、その魚体は金魚と呼ぶには些か大きすぎた。

 

 

「あれは…」

 

 

そして、一際脳裏に焼き付いたのはその魚の頭部。頭部から突き出るように、伝説上の生物・ユニコーンの如き立派な一本角が、その魚には生えていた。

 

 

 

 

…そして幸か不幸か、俺はその生物によく似た存在を知っていた。

 

 

 

 

 

「ア、アズマオウ…!?」

 

 

ポケットモンスター…縮めてポケモン。ゲーム上にしか存在しないはずの空想の生物。それが今、どういうわけか一瞬とは言え俺の目の前に姿を見せた。驚きのあまりアズマオウらしき生物が姿を沈めた水面を凝視するが、水面に僅かに残された放射状に広がる波紋が、その存在を確かなものとしている。

 

一瞬、今の出来事は「目の錯覚なんじゃないか…?」とも考えたが、つい今し方起こったばかりの出来事を、ましてや俺自身の目を疑う気にはなれない。

 

 

「ここは…この世界は……まさか…いや、でも…」

 

 

 

ポケモンが存在するという確かな証拠を前に、そして今いるこの場所が俺の生きていた場所とは全く違う世界であると強く推測出来る事実を前に、俺は唖然として考え込む。

 

そろそろ両手では足りなくなりそうな本日何度目かのどうしようもない現実の押し売りバーゲンセールに、俺は只々驚き、立ち尽くす他なかった。当然、頭が再度フリーズからの強制再起動となったことは言うまでもない。

 

 

 

 



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第2話:ゆっくりしていってね!

 

 

 

 

 突然のポケモン襲来。ほんの一瞬の出来事ではあったが、その現実は早くも疲弊気味だった俺の精神に大きな衝撃を与えた。あまりのことに間抜け面でだらしなく口を開けたまま、しばらくの間水面を凝視し続けた。やがて本日数回目の再起動が無事完了したところから、時間が再び動き出す。

 

 

「…え、いやいや、あれってポケモンのアズマオウ…か?どう見ても…だよな」

 

 

アズマオウ。きんぎょポケモン。トサキントの進化系。みず単タイプ。初代から登場していて、ポケモンの世界では地方を問わず淡水っぽい場所なら結構色んな所に生息していて、高レベルの個体になると"たきのぼり"とか"つのドリル"なんかをぶちかましてくる。印象としてはこんな感じのポケモンだったはず。

 

そこまで思い出したところでふと考えが浮かび、周囲の樹上や茂みに目を凝らす。今まではずっと川面とその先に意識を集中させてたから気付かなかったが、そこには「やはり…」と言うべきか「マジかよ…」と言うべきか、至る所にその存在を確認することが出来た。

 

キャタピー・ビードル・ポッポ・オニスズメ・パラス・トランセル・コクーン……意識して見ていると、出るわ出るわ。うむ、見事なまでにポケモンだ。これはもうあれだな、何かの拍子に天文学的かそれよりもさらに低確率のとっても不思議なことが起こって、ポケモン世界に幼児退行して飛ばされた…とでも考えた方が良さそうだ。うむ、頭イカレてんな俺。

 

自分で言っといてアレだが、人に言っても速攻で頭の心配をされそうな内容だ。

 

俺の頭がおかしいのかどうかはさておき、その考えに基づけば、俺が今いるこの森はポケモン世界のどこかということになる。ポケモン世界で森と言うと、トキワ・ウバメ・トウカ・ハクタイetc…何か所か地名が浮かぶが、今見かけたメンツで判断すると、トキワかウバメの森っぽい感じではある。というか、これだけそこかしこにポケモンいるのになぜ気付かなかったし、俺。

 

休日は潰され手ぶらで現在地不明、幼児退行の上でトドメにポケモンときた。夢なら楽しいお話なんだが、困ったことにこれが現実なんだからワラエナイ。

 

 

 

 

 ポケットモンスター…縮めてポケモン。1996年に初代赤・緑が発売されて大きな人気を獲得して以降、続編の制作にアニメ化・TCG化など、日本中の子供たち、引いては幼少期に遊んだ大人たちにも愛され続けている大人気ゲームシリーズである。発売から四半世紀経った今では日本を飛び出し、世界中でも絶大な人気を獲得するに至っている。

 

そして、俺もまたポケモンシリーズのファンの1人。幼少期の俺が一番最初にまともにプレイしたゲームはポケモンで、そこから四半世紀近くをポケモンシリーズと共に歩み、成長してきた。そう言えるほど、俺にとってポケモンシリーズは自身の人生を形作る一要素。だから、実際に本物のポケモンと出会えることはとても喜ばしいことではある。しかし…ポケモンに遭えるにしても、もっとちゃんとした環境で遭いたかった、と願うのは強欲が過ぎるだろうか?

 

それはともかくとして、ここをポケモン世界と仮定するなら、出来る限り早く誰かに助けを求めなくてはならない。何故かって?こんな状態(手ぶら・無一文・幼児退行)で何か危なっかしいポケモンと鉢合わせてみろ。死にかねんわ!ポケモン持たずに草むらに入るのは大人から止められる危険な行為なんだよ!だからチート使って手持ちポケモンもいない状態でこんなところまで来させるのはリアルでは絶対にダメだぞ。

 

 

 

とにかく、一刻も早い第一現地人との接触を、現状の打破を目指し、確固たる意志と危機感を持って俺は再び歩き始めた。そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰か…助けてくれよぉ……」

 

 

 

 

 

…無事、脱出できませんでした☆

 

いやいやいや、笑い事じゃないよ!☆なんかつけてる場合じゃないんだよ!命の危険を感じる危機的状況だよ!

 

アズマオウショック以降の出来事を簡潔にまとめると…

 

川に沿って歩く

  ↓

結構な高さの滝の近く(上流側)に出る

  ↓

川沿いを離れて下に降りれる場所を探す

  ↓

MA☆I☆GO

 

 

…以上、本日のDIEジェストでした。いや、森舐めてましたわ、ホントに。歩きっ放しで腹減ってる所にタイミングよく実のなっている木を見つけちゃって、「ちょっと逸れるぐらい問題ないよネ」って軽い気持ちで採りに行ったら、ちょうどお食事中だったピジョンとポッポに散々追い回されて、逃げ回るうちに気付けば来た道を見失い、闇雲に歩き続けてこの様である。おのれあの鳥どもめ…初代では序盤のお供兼"そらをとぶ"要員として世話になったとは言え、この仕打ちは許すまじ。

 

 

 

 かくして今、太陽は木々の向こうへと姿を隠し、空は月を主とする星の海となっている。灯りに関しては月明りだけが頼りな状況で、天気が良さそうな事だけは不幸中の幸いか。ただ、右も左も分からない状況には変わりがなく、そんな状況での夜間の行動は出来ない。

 

これまた幸いなことに、脱出には失敗したが風は無理でも雨は凌げそうな場所と、近場に湧き水、追い回された原因の木とは別の実をつけた木も見つけることが出来たので、食事と住居に関しては一応問題はない。春先でまだ寒さが残っている時期だったために厚着で寝ていたことも幸いし、夜の冷え込みに関しても寒いことは寒いが、耐えられないほどではない。

 

が、文明を感じられる気配は一切無く、時々聞こえるのは風が木々を揺らす音と、恐らくポケモンらしき生物の鳴声だけ。夜の森というシチュエーションと相まって、恐怖と緊張を助長する。

 

そんな状態で寝ることが出来る図太い神経など持ち合わせていない俺は、仮の宿と定めた大木を背に座り込み、ポケットに手を突っ込み、満点の星空を見上げながら今日1日の出来事を振り返ることで気を逸らしていた。

 

静寂と闇が支配するこの場所でじっとしていると、溢れ出る不安と心細さが余計に協調されて、心が圧し潰されそうになる。突然の拉致と衝撃の展開・ポケモンとの衝撃の出会い・ポケモンに襲われたショック・ポケモン世界の木の実(たぶんモモンのみでした)の味etc…なんか衝撃しか受けてない気がするが、それだけ今日と言う1日が濃密だった証だろう。リアルでポケモンを見れたという喜びは…一応あるにはあるけども、それを楽しめる状況というワケでもなく。こんな1日ならいらない。オウチカエシテ…

 

その後も、明日には人に会えるのか?俺は無事に帰れるのか?親や友人たちは今頃何をしているのか?向こうで俺はどういう扱いになっているのか?…様々な考えが浮かんでは、俺の割とガラス製の心を容赦なく抉っていく。不安の種は尽きることなく、俺が疲れ果てて意識を手放すまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明ける。日が昇る。身体を起こして周りを見回せば、住み慣れたマンションの自室が…

 

 

「…だと良かったんだけどなぁ…」

 

 

…なんて、当然そんなことがあるはずもなく、顔を見せ始めた太陽が照らし出すのは四方を取り囲む木々の群れ。空を見上げれば甲高い鳴声と共に悠々と空を駆けてゆく鳥…おそらくオニスズメたち。あんな状況でも、疲れれば人間の身体と言うのは睡眠を求めるようで、何時の間にか寝ることが出来ていたらしい。比較的厚着をしているとは言え、時期が時期だけに早朝はまだ肌寒かった。夜の間にヤバいポケモンに襲われなかったことだけはよかったと思うが、とりあえず俺の苦難はまだ終わらないということらしい。

 

本格的に遭難して命を落とすダメな登山者と同じ道を突き進んでいるという指摘はしない方向で行きたいと思う。今自分を信じられなくなくなると、もうどうしていいか分からなくなりかねない。時には空元気も必要なんだ。

 

状況を確認し少し落胆したが、立ち止まったところでどうにもならない。動かねば未来は切り開かれないのだ。そのために必要なのは、まず腹ごしらえ。腹が減っては戦は出来ぬ…だ。そういうわけで、まずは昨日もお世話になった実のなる木へ果実を採取に向かうことに。

 

ところが…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビー!」

 

「………」

 

 

昨日の木の下で俺はソイツに出会った。というか、目的の木でお食事中だった。初めてのまともなポケモンとのエンカウントだ。不用意に近付いたせいで完全に気付かれてる上にスゲー威嚇されてるんですが、どうしたらいいだろうか。

 

ソイツ…茶色っぽい身体に赤い鼻の毛虫っぽいポケモンの名前はビードル。タイプはむし・どくの複合タイプ。アズマオウ同様、初代から登場するポケモン。進化するのが早いけど総合的な能力…ポケモン廃人の基礎知識である3値の一つ、種族値の合計が低い序盤むしタイプポケモンの先駆け的存在。最終進化であるスピアーは、少し前にメガシンカを貰って相手は選ぶけど凶悪な火力を手に入れた。ちなみに俺は別にポケモン廃人ではないことだけは断っておく。知識として知っているだけである。

 

以上、ビードルに関しての俺の印象でした。ちなみにスピアーは現状で出会いたくないポケモン筆頭格である。

 

とりあえず現状を整理すると、俺は木の実が欲しいが、その木では現在ビードルがお食事中。向こうは俺に気付いており、すでに威嚇&迎撃態勢。可愛らしいが、無防備な状態の自分にはあの毒針を向けられるのは怖い。しかし、食事にありつくには恐怖を乗り越えてアイツをどうにかしなくてはならない。さて、どうしたものか…

 

 

 

 

 

~ケース1:お願いしてみる~

 

 

「ビードル、俺が用があるのはその木の実なんだ。お前の飯は葉っぱだろ?邪魔はしないから採らせてくれよ、な?」

 

「ビー!ビー!」

 

 

すごい警戒されてて全然聞き入れてくれそうにない。と言うか、言葉が通じてるか分からん。

 

 

結果:失敗

 

 

 

 

 

~ケース2:下手に出てお願いしてみる~

 

 

「いや、ホントお願いしますよビードル様。この哀れな男に木の実を恵んでは下さいませんか?」

 

「ビー!ビー!」

 

 

下手に出ても効果なし。まあ、人間相手じゃないし当然か。そしてやっぱり言葉が通じてるか分からん。

 

 

結果:失敗

 

 

 

 

 

~ケース3:食べ終わるのを待つ~

 

 

『ムシャムシャ』

『モキュモキュ』

 

「ビー!」

 

「いや、食い終わったんならどっか行ってくれよ」

 

 

野郎、食事が終わっても居座りやがった。しかもなんか馬鹿にされてるような気がする。

 

 

結果:失敗

 

 

うむむ、今日は腹ごしらえしてからまた助けを求めて歩き続けるという重大な任務が待っているんだ。いつまでも悠長に待っている時間はない。こうなってしまったのなら是非もなし。最終手段だ。ビードルぐらい今の俺でも何とかなる!…と信じたい。

 

 

 

 

 

~ケース4:強行突破~

 

 

「ええい、これじゃあ埒が明かねぇ!お前のことなんか知ったことか!こっちにも予定ってもんがあるんだ!木の実食わせろ!」

 

「ビー‼」

 

「あ、野郎何か撃ってきやg『プスッ!』った…って痛ってぇ‼」

 

 

このままでは無為に時間を失うだけだと思い、最短距離で一直線に木の実の奪取を目指してみたが、すぐに左手の甲に衝撃と痛みが走り、よろめきながら後退する。アイツが何か飛ばしたのは見えたが…今のはもしかしなくても"どくばり"か!?

 

そう思い至った次の瞬間には、追撃の一発が飛んできくる。慌てて回避し、刺された左手を庇いながらヤツに向き直る。

 

"どくばり"はポケモンの技で、威力は低いが結構な確率で相手を『どく』の状態にする効果がある。確率は…確か3割。

 

まずいぞ。状況があまりよろしくない。狙いが正確だし、ある程度連射も出来る様子。これ以上近づくのは骨が折れそうだし、そもそも毒針を喰らった以上、すぐに手当てをしなければ最悪俺の命が危ない。何か悔しいが、命は惜しい。ここは素直に古の素晴らしい知恵に則るとしよう。

 

三十六計逃げるに如かず、命を大事に、だ。

 

 

「覚えてろよビードルゥ!!」

 

「ビー♪ビー♪ビ、ビー♪」

 

 

ある日森の中で熊さんに出会った時のお手本のように、後ろ向きのままビードルから目を逸らさずジリジリと後退。"どくばり"の(たぶん)射程圏外まで下がったところで、物語の世界によくいそうなチンピラの如く捨て台詞を吐いて逃走した。咄嗟に出てきた言葉が何故かそれだった。物凄く勝ち誇ったように樹上で跳ねるビードルの姿に、得も言われぬ悔しさが募る。実に屈辱的だ。

 

腫れてジンジンと痛みが出て来た手を気にしつつ、ポケットから貴重な俺の所持品の一つ、ハンカチを取り出し左腕をきつく縛る。『今に見てろ』と雪辱の誓いも一緒に乗せて。その状態で、傷口を洗い流す為に湧き水を目指して駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、あれから割と必死こいて対応したおかげか、幸い命がどうこうとまではならなかった。或いはビードルの毒性自体が人間をどうこう出来るほどのものではなかったのかもしれない。しかし、大丈夫というワケでもなく、左手の腫れと痛みは中々引かず、ようやく治まってきた頃には時刻はすでに夕方。腹は減ったがまた木の実を採りに行く気にはなれず、かと言って助けを求めて歩き出す気力も時間もすでになく、この瞬間二日連続での野宿が決定した。

 

仕方なく水だけで腹を満たすと、昨日と同じ場所で野宿の態勢に入り、相変わらず満天の星空に浮かぶ三日月に『明日こそどんなことがあっても木の実を腹いっぱい食べる』と決意を誓う。さらにこの状況が好転するように、あわよくば家に帰れるように願い、祈りを捧げながら、俺のポケモン世界2日目は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 その日、俺は夢の中で声を聞いた。その声の主が誰で、どういう状況での発言だったのか、翌朝目覚めた時にはぼんやりとしか思い出せなくなっていた。しかし、それはビ-ドル、延いては世界に敗北寸前だった俺への慰めとも、はたまたその醜態に対する嘲笑とも取れたその言葉だけは、はっきりと覚えていた。

 

 

 

 

『ゆっくりしていってね!』

 

 

 

 

喧しいわ‼

 

 

 

 

 

 

ケース4結果:完全敗北

 

 

 

 

 



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第3話:怠け者の思考回路

 

 

 

 

 無事に夜が明けてポケモン世界?3日目の朝。森の中にいるせいで中々感じ取ることは難しいのだが、今日も良い天気だ。これで今いる場所がマンションの自室なら文句無いのだが、残念なことに現実は非常であった。木々の間から覗く太陽の光が恨めしくなる。

 

とりあえず、気掛かりだった左手の腫れと痛みは一晩でほぼ引いた。どうやらビードルの毒はあまり強力なモノではないようだ。或いはどくの状態異常にかからなかったか…ここら辺が実際どうだったかは分からないが、俺はどこぞのポケモン博士ではないので、これ以上自分の身を以て検証はする必要はないだろう。もし仮にやれと言われても即断即決でお断りだ。

 

あの木の実を狙うには…と言うより、今後の行動全てにおいて、どんな状況であれしっかりと対応出来るようにすることが大切だ。昨日のビードルのように、今日も何がしかの野生ポケモンと鉢合わせする可能性は十分に考えられる。そうなった時にどうするか。

 

状況や相手にもよるが、一番確実なのは逃げの一手。が、今の俺には何もせずに逃げるという考えはない。と言うか、現状もう逃げるだけの余裕がない。物資的・体力的・精神的にもかなりキツい。主に空腹で。まだ体は思うように動くが、ここで食料が手に入らなければ、そん時は人生を諦めなければならない。それぐらいの危機感を持っている。今日は不退転の覚悟で食料の確保に動きたいと考える所存。

 

 

 

…で、あるならば、俺が今真っ先にするべき準備は、ポケモンに対抗出来る手段を持つことだ。こういう場合、本来なら自分のポケモンで対処するのがポケモン世界でのスタンダード。ほら、ゲームでも始まりの街で言われるでしょ?「ポケモンも持たずに草むらに入ると危ない」って。

 

ただ、俺の場合すでに草むらどころの話ではないんだけどネ。チュートリアル完了してないのに、始まりの街越えて最初のダンジョンに突っ込んじゃてるじゃないか。

 

当然だが、俺に手持ちポケモンなどいなければ、ゲットするために必要な空のモンスターボールすら手元には無い。ワンチャンスすら与えられていないのなら、昨日のような状況になった場合どうするか。俺が出した答えが…コレだあぁぁーーーーッ!

 

 

 

 

 

 

 

E右手:木の枝(大)

E左手:イシツブテ(notポケモン)

 

 

 

…自分でやっといてなんだけど、どっかその辺に未使用のモンスターボール落ちてないかな?ゲーム的に考えて。

 

それかゲームデータでの手持ちポケモン1匹でいいから下さい。ガブリアスとかサザンドラとか、出来れば汎用性が高そうで強めなヤツを。何が起こるか分からないし、出来ることが多いヤツなら安心だぜ。

 

…欲張り過ぎ?そんぐらいの保険あってもいいでしょ。

 

 

 

…まあ、無いもの強請っても仕方がないので、今日はこれで突撃してみようと思う。それにエンカウントしないって可能性もあるしネ。さあ、津田政秀。美味い木の実を、そして光ある明日を掴みに行こう。栄光を、食料を我が手に!いざ、出陣!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…なーんて、勇ましく始動したまではよかったのだが、目的の木に昨日のビードルの姿はなかった。慎重に様子をうかがったが、木の周りに動く者は確認出来ず、気休めな装備品を使わずに済みそうなことにまず安心した。

 

木へと歩み寄り、幹をよじ登り、その枝に実った甘くジューシーな桃色の果実に手を伸ばそうとして…

 

 

 

「…あ」

「…(じーっ)」

 

 

…ソイツと目が合った。ソイツは黄色一色の身体に三角形とも涙滴型ともとれる真っ黒な瞳が特徴的なヤツで、昨日あの忌々しいビードルが陣取っていた枝の、ほとんど同じ場所の上の枝からぶら下がり、何をするでもなく俺を見つめていた…超至近距離で。そして、やはり俺はソイツに見覚えがあった。

 

ソイツの名前はコクーン。さなぎポケモン。むし・どく複合タイプのビードルの進化系。序盤で進化前のビードル共々野生で出現しては、ただひたすら"かたくなる"を連発してくる、やたらめったら硬い経験値ボックスである。

 

同じさなぎポケモンであるトランセルと対峙しての"かたくなる・わるあがき"合戦も、今では遠い日の懐かしい思い出だ。あの頃の俺は、まだ何も知らなかった…(遠い目)

 

 

 

 さて、問題の俺の目の前にいるこのコクーン。その存在に気付いたのが突然かつ至近距離だったので、声すら出せずにサーッと血の気が引き、全身に鳥肌が立ち、背中を冷や汗が流れる錯覚に陥り、固まってしまう。その様は蛹同士の"かたくなる"合戦さながらだ。

 

幸い、向こうも特に動くことはなく、結果一人と一体が至近距離でまじまじと見つめ合う展開に。

 

昨日ここにいたのはビードル。今日はビードルの代わりにコクーン。俺はこの系統に何か縁でもあるのか。と言うか、このコクーンまさか昨日のアイツなんじゃ…

 

 

 

「お前…もしかして昨日のビードルか…?」

 

「…(プランプラン)」

 

 

 

なんとか絞り出した俺の問い掛けに、コクーンは身体を揺らして何か応える。俺の言葉が分かっているのか否か、そしてこの動きが肯定なのか否定なのかは全く分からないが、何となく昨日のビードルのような気はする。直感がそう告げている…たぶん。だが、仮にもしそうだとするなら、俺を撃退した後24時間ほどの間にコイツは進化したということになる。流石は序盤虫。要進化レベル7は伊達じゃないな。

 

…ということは、昨日の俺は図らずも進化に必要な最後の経験値になった可能性があるわけか。だが、人間って経験値になるんだろうか…気になる。

 

でも、人に向かってポケモンが技を放つ構図は、某ドラゴン使いさんを彷彿とさせてしまう。彼のように人に向かって「"はかいこうせん"だ!」なんてのは、いくら悪の組織の一員だからってやり過ぎだと思う。人のを盗ったら泥棒になり、人を撃ったらワ〇ルさんになってしまうわけだ。良い子のみんなはマネしちゃいかんぞ。せめて"りゅうのはどう"ぐらいで勘弁してあげなさい。

 

…え?ダメ?

 

それはともかく、"かたくなる"の印象が強いコクーンだが、これだけ至近距離にいるのに"どくばり"を撃ってこない辺り、蛹になると幼虫時代と違ってあまり動くことがなくなる様子。一戦交えることも覚悟していた俺としてはかなり拍子抜けした結果になったが、それは食料を難なく手に入れることが出来るということでもある。他にポケモンもいないようだし…

 

 

「ひゃっはー!一日ぶりの食べ物だ、貪り尽くせー!いっただっきまーす!」

 

 

…今日は1日ぶりの木の実パーティーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ~…食った食った。余は満足である」

 

 

一心不乱に食べ続けること30分あまり。俺は昨日からの空腹を満たし、無事人生を明日へと繋ぐことに成功していた。果実は程良く熟しており、甘みと酸味の絶妙なハーモニーが疲弊した心を癒してくれた。空腹時に食べる食事はやはり格別の満足感がある。これで今日一日を戦うことが出来る。

 

「今日は俺の勝ちだな」と、相も変わらずじっと佇むコクーンに顔を向けてやる。鏡が無いので分からないが、おそらくすっごくイイ笑顔をしていることだろう。別に直接戦って勝ったワケではないし、何に勝ったのかもいざ問われるとはっきりとは答えられないのだが、とてもいい気分だ。

 

ふと、悪魔の考えが頭を過る。今ここでコクーンを滅多打ちにすれば、昨日の雪辱を果たせるのではなかろうか?相手は無抵抗だし、一発ぐらいフルスイングを入れてやっても何も問題は…

 

 

 

 

 

…いや、流石にいくらなんでもそれはないわ。別にやられたとは言っても命とられたわけでもないし、動けない相手にそこまでやるのはやり過ぎ。それに、コクーンって結構大きいんだよな。幼児退行のせいもあるが、身長の半分ぐらいの高さがある。これぐらいの大きさの相手に攻撃するとなると、ペットに虐待加えるような感じがして何か嫌だ。あと、反撃されないとも限らないしな。主に進化後。

 

それに、もし潰れて死ぬようなことがあったら…折角の良い気分が台無しだ。

 

余裕が無くて頭が少しおかしくなってしまったかな…それに、調子に乗って少し食べ過ぎてもしまったらしい。腹休めと頭を冷やすことも兼ねて、一旦仮の宿に戻って休憩するとしよう。準備が整い次第、脱出を目指して再始動だ。

 

 

「…まあ、お前が無事に進化出来ることを祈ってるよ。元気でな」

 

「……」

 

 

おそらく数日~数週間後には、コイツも立派なスピアーへと進化していることだろう。コイツが昨日のヤツだとするなら色々思うところはあるが、これもまた一期一会。今日限りの関係だ。一つ良い勉強をさせてもらったと思うことにしよう。向こうはこっちの胸の内などどこ吹く風なんだろうけどな。

 

俺もこの現状をなんとかしないとな。ま、お互いに頑張ろうじゃないか。そうしてひたすらにじっとこちらを見つめ続けるコクーンに別れを告げ、俺は来た道を戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…ふあぁ…ぁ……ん……あり?寝ちまってたか?」

 

 

 朝食後、一昨日から厄介になっている仮拠点にて休憩をとっていた俺だが、どうも睡魔に負けてしまっていたらしい。実質的な二度寝だな。こんな状況で朝っぱらから呑気なことだと我ながら思うが、こればかりはどうにもな…危機意識が薄いダメ人間の見本だと言われても仕様がない。改善する気は…まあ、一応はある。

 

…気持ちはあっても実際にするかどうかは別問題だが。

 

 

「…ちーっとばかし寝過ぎたか」

 

 

太陽の高さから見るに、結構な時間寝てしまっていたらしい。位置から推測するに、恐らくは正午を回るかどうかと言ったところか。正確な時間が分からないのもやり辛いものがあるな。

 

体を起こして欠伸と共に一つ大きな伸びをして体をほぐす。食欲・性欲・睡眠欲は生き物の本能とは言うが、無抵抗に身を任せすぎるのも問題か。

 

もっとも、今考えなければならないのは過ぎた事より今後の事だ。寝過ぎたせいで、当初の予定通り動くべきか否か判断する必要が出てきた。半日という予定の半分の時間で脱出を目指すのか、無理せずこの場所に留まる安全策を採るべきか…

 

 

「…とりあえずは飯だな」

 

 

…やはり本能には勝てなかったよ。と言うか、自分今日食べて寝るしかしてない気が…い、いや、今日はまだ本調子じゃないだけだし。左手が疼いてるし。そう、

 

 

 

明 日 か ら 本 気 出 す 。

 

 

 

 

 

…ホント、自分ってダメ人間だよな。自分で自分のことが嫌になる瞬間だ。

 

心の中では自分の内面に自らダメ出しをするものの、身体は本能に忠実な僕。明日は明日、今日は今日。明日のことは明日考えればいい。そう心も納得させて、俺は心に白旗を高々と掲げて歩き出した。

 

何度でも言うが、こういう辺りホントダメ人間だと思う。だが、楽でいいのもまた事実。だからついつい逃げてしまうのも仕方のないことなのです。

 

 

 

 

ただし、人生時には重要な決断を下さなくてはならない時が必ずある。どちらかを捨て、どちらかを選ぶ、苦渋の選択を迫られることも必ずある。そういう時に、こういう楽な方向に逃げる選択をする者には、後で困難な場面が待ち受けているというのが世の常なワケで、俺もその例に漏れないことを、そしてこのポケモン世界の自然の摂理と脅威を実体験するハメになる。

 

 

 

 



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第4話:私はマサラ人ではない

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 時間にすれば、仮拠点から数分で辿り着ける場所にある恵みの木。すでに見慣れつつある道なき道を行き、視界にその木を捉えたところで異変に気付く。何やら木の周りを慌ただしく飛び回る影が見える。どうやら、今回はあのコクーンの他に先客がいるようだ。

 

 

「ピジョー!」

 

「あれは……ピジョンか!」

 

 

先客の名はピジョン。とりポケモン。タイプはノーマル・ひこう。ポケモンシリーズ恒例の序盤鳥ポケモンの初代・ポッポの進化系。最終進化系のピジョットはスピアーと同時期にメガシンカを獲得した。俺個人としては、ゲームでは序盤のお供として、"そらをとぶ"係として、長らくお世話になった思い出のポケモンだな。

 

すでに何度か見かけてはいるが、こうやってかち合いそうなのは初めてだ。念の為にと木の枝と石礫は装備したままにしておいて正解だった。様子を伺いつつ慎重に近づいていく。ピジョンは木に止まったり離れたりを繰り返しながら、時折枝の中に頭を突っ込んだり足を出したりしているように見える。

 

この様子から見るに…お食事中、もしくは狩猟中かな?

 

元々ゲームでのきのみはポケモンが食べる(使う)ことで体力を回復したり、状態異常を治したり、能力を上げたりするアイテムだったので、他のポケモンが食べに来ても何らおかしくはない。どうする?何かの拍子に攻撃されるかもしれないし出直すか?

 

…だが、ピジョンにはビードルのような毒の危険はない。昨日俺がビードル相手に引き下がったのは、刺された分も含めて毒を警戒したから。純粋な力はビードルよりも上かもしれないが、毒を持っていない相手なら体格以外に何も恐れることはない…ゴメン、流石に猛禽類程度の大きさとなるとちょっと怖いわ。

 

ただ、今日の俺は追い込まれたネズミ。食料確保が失敗に終われば命の危機だということを痛感している。不退転の覚悟を胸に、木の枝をしっかりと握り締め、息を殺し、ゆっくりと近づいていく。ピジョンはこちらに背を向けており、接近に気付く様子はない。

 

そして…

 

 

 

「…そら!」

 

「…ピジョ!?」

 

 

 

追い払うために、ピジョンに石を投げつける。動物虐待の意志などない俺としては、当然当てるつもりはない。いきなりの攻撃に驚いたか、はたまた突然現れた俺に驚いたか、ピジョンはそれまでの動きを止めて木を離れ、空へと舞い上がる。そして、俺の目論見通りそのまま空の彼方へと…

 

 

 

 

 

…なーんてことを予想していたのだが、世の中何でもかんでも上手くいくほど甘くはないワケで…

 

 

「ピジョー‼」

 

「…え?え?…うわ、こっちくんなし!」

 

 

…ピジョンは飛び去るどころか、俺目掛けて進路を変更。一気に急降下して突っ込んできた。"たいあたり"か"つばさでうつ"か。どちらにせよ、完全に敵としてロックオンされてしまったらしい。まあ、食事の邪魔をされりゃ誰だって怒りますわな。俺だって怒る。『食べ物の恨みは怖い』なんて言葉もあるし。昨日のビードルのこともあるし、考慮に入れて然るべきだったか、クソ。加えて遠目だと分かりづらかったが、近づいてくるにつれてピジョンが思いの外デカいことにも気付く。アイツ、図鑑だと何センチって説明されてたっけ…

 

むむ、これは…かなり早まったことをしたかもしれない。

 

しかし、だからと言ってすでに賽は投げられている。ボロボロにされて尻尾巻いて逃げ帰るか、力づくで掴み取る勝利か…気は進まないが、とりあえず痛い目に遭うのだけは勘弁したいので御挨拶とばかりに木の枝を振り回して迎撃する。木の枝とは言っても、即席の杖として使えそうなぐらいの大きさのモノだ。当たればノーダメージとはいかないはず…あ、鳥獣保護法とか動物愛護法みたいな法令に引っ掛かってないよな?これ。生きて帰っても罰金ボーイなんて結末も御免だぞ?

 

ピジョンが進路を変えて後ろに回り込んだので、常に視界に捉えられるように向きを合わせる。以降、ピジョンの攻撃に合わせて迎撃するループがしばらく続く。ピジョンから感じるプレッシャーがすごいし、幼児退行の影響か、それともここ二日間の疲労の蓄積か、体力の消耗が大きい。ただ、森の中であるためか、木々に邪魔されてピジョンも思ったように飛べず、攻めあぐねている感じはする。

 

どうする?どうしたらこの状況を打破出来る?

 

動きを見逃さないようにピジョンに集中しながら考える。状況は膠着しているが、体力的・精神的にはかなり削られている。総合的に見てこちらが圧倒的不利。手持ちの武器は一本の木の枝のみで逆転は難しい。援軍はそもそも当てがない。周囲の状況は木が乱立する森の中。

 

…うん、木に紛れることが出来れば逃げ切れる可能性はありそうだ。それが無理でも、木を背にすることで迎撃範囲を狭めることが出来る。一番近場の木は…目指して動いたから当然だが、例の実のなる木だな。

 

ピジョンの動きを注視しながら、隙を見て一気に実のなる木の下へと駆ける。幹に背中を預け、ピジョンの位置を確認…って、背中向ければやっぱり狙ってくるか!

 

 

「ハァッ!」

 

 

かなり近くまで迫っていたピジョンを慌てて迎撃するが、その一撃は躱される。

 

 

「ピジョォーッ!」

「ぐぅッ!」

 

 

それに止まらず迎撃をすり抜けた一撃で、左の肩口を強かに一発。もんどりうって後ろ向きに倒されて背中を強打。地面が土で草もマシマシなおかげで背中にダメージはあまりないが、肩の痛みは…無視出来そうにない。ポケモンパワー、恐るべし、か。

 

 

「ハァ、ハァ…」

 

 

肩の痛みを何とか凌ぎつつ一息入れる。一発入れたからといって、向こうはまだまだ諦めてくれそうにはない。でも、何とか木の下までは辿り着けたことで、さっきまでの状況と比べれば幾分かやりやすい状況には出来た。あとは機を見て逃げ果せるだけだ。背中を幹に預け、上がった息を整え、痛みに耐えながらタイミングを窺う。

 

ふと上を見ると、そこにはやはりコクーンがいた。昨日のヤツだろう。この大騒ぎでも相変わらずどこ吹く風…と思いきや、よく見ると何やら様子がおかしい。やけにカチンカチンなっているように見える。これは"かたくなる"の効果だろうか?それにどういうわけか、ボロボロに痛めつけられた痕も…

 

…もしかして、あのピジョンがやったのか?

 

可能性としては十分考えられる。思い返せば、確かピジョンとか進化前のポッポなんかはコイキングやタマタマを餌にしていると図鑑説明があったような記憶がある。虫ポケモンが狩猟対象でもなんらおかしくはない。むしろ自然。おそらく、最初のピジョンの動きはコクーンを襲っていたんだ。そこに俺がやってきて邪魔をした…と。

 

…ん?と言うことは、だ。もしもこのまま俺が逃げ出したとしたら、コイツは…食われる?

 

…そうか、そうだよな。戦闘で木の実使うからと言って、全ての野生のポケモンが木の実食って生きてるわけじゃあない。ゲームじゃ何も描かれることはなかったけど、図鑑にはそれらしい記述がいくつもあったし、中には無機物だの電気だのが主食というポケモンだっていたように記憶している。それらは別としても、現実でもポケモン世界でも弱肉強食のサイクルは変わらない。であるのなら、他のポケモンを食べて生きてるポケモンだっていて当然だ。

 

 

「………」

 

 

自分の身に危険が迫っていても、何も言わず、動くことも出来ず、ただただ硬くなって身を守っているコクーン。俺が逃げればきっとそれまでの命。(たぶん)コイツには散々な目に遭わされたけど、ここで見捨てるというのも何かなぁ…一期一会、今日限りの関係…

 

 

「…これも縁ってやつなのかねぇ」

 

 

そうだ、まだ今日は終わってない。ならばここは一つ、腹を括って仇を恩で返してやろうじゃないか!男を見せろ、津田政秀。大和魂を見せてやるんだ!

 

 

「とは言え、どうしたものか…なっ!」

 

 

再び突っ込んできたピジョンを必死に追い払い、なおも考える。撃退に方針転換したはいいが、今の手札では決め手に欠ける。根競べの持久戦しか手が無いこのままじゃジリ貧だ。一気に勝負を仕掛けるのなら、ジョーカー的な切り札が必要だ。そうでなければ予期せぬハプニングに期待するぐらいか。何か、何かないか…

 

そこまで考えて、ふと思いつく。コクーンのことだ。ゲームだと野生で登場したコクーンは『かたくなる』しか技が無かった。しかし、手持ちのビードルから進化したコクーンはビードルが覚えていた技を使うことが出来る。つまり、このコクーンも『どくばり』と『いとをはく』が使えるのではないか。

 

いや、でも現実的には難しいか?普通の蝶やら蜂やらは蛹になればあとは羽化するまで飲まず食わずだ。それに俺の指示に従ってくれるかも分からない。期待外れの結果が待ってるかもしれない。

 

…それでも、この状況では賭けてみるしかない。やってみる価値はある。

 

 

「おい、コクーン!お前"どくばり"は撃てるか!」

 

「…?」

 

 

ボロボロな状態でこちらを見つめるコクーンに、攻撃が出来るか声を掛ける。理解出来ているかは分からないし、そもそも返事も期待してはいない。ピジョンから目が離せない以上、声を張り上げるだけでも精一杯だ。

 

それでも、今の俺には明確な覚悟と希望があった。

 

 

「アイツの攻撃は俺が受け持つ!撃てるんなら、アイツが突っ込んできたところに遠慮なくぶち込んでやれ!」

 

 

そうしているうちに、ピジョンが再度攻撃の兆候を見せる。少し遠くを回って勢いをつけて突っ込んでくるつもりだ。その動きと行方をしっかりと見据える。例えコクーンの援護が無くても、一発叩き込んでやる。それぐらいの意志で、その時を待つ。

 

 

 

 

 

 

「ピジョォ‼‼」

 

「来たな…!」

 

 

飯の恨みだとばかりに、ピジョンが距離を稼いだ分勢いを乗せた突撃の態勢をとる。俺は木の枝を横凪出来るように構えて迎え撃つ。徐々に互いの距離が縮まってくる。そして…

 

 

 

「……!」

『プスンッ!』

 

「ピジョ…ッ!?」

 

「!」

 

 

 

…突如飛来した『細い何か』がピジョンの横っ面に突き刺さる。スピードに乗ったところを横合いからぶん殴られた形になったピジョンがバランスを崩し、左に傾いて失速。よろめきながらも姿勢を立て直そうとしたところに…

 

 

「さっきはっ、よくもっ、やってくれたなコノヤローッ!」

『バシィィィ!』

 

「ピ、ピジョ…ォ…」

 

 

 

…俺の渾身の横凪がガラ空きの右側にクリーンヒット。ヨロヨロと後ろまでは飛ぶものの、木の枝に頭から突っ込んで停止。そこにもう一発細い何かを撃ち込まれて勝負あり。呆気なく地面に落ちた。

 

ピクリとも動かないため恐る恐る近付いて様子を見ると、アニメのようにぐるぐると目を回して気絶していた。戦闘不能だ。

 

 

「…フゥーーッ、何とかなったぁー…」

 

 

肩の荷が下りたと同時に、全身の力が抜けて地面にへたり込んでしまう。一仕事終わって安心した時に近い感じだ。同時に、それどころじゃなくて忘れ去られていた左肩の痛みも戻ってくる。

 

何はともあれ、俺は賭けには勝てたらしい。今はそれだけで十分だ。

 

 

「お前もいい仕事だったぜ。御苦労さん」

 

 

そして、もう一人…いや、もう一体の殊勲者にも声掛けを忘れない。不意の1発とトドメの1発、都合2発撃ち込まれた『細い何か』…もう言うまでもないと思うが"どくばり"だった。

 

ピジョンを共同で撃墜に持っていった相方、コクーン。本当に出来るのか、指示に従ってくれるのか…不安と問題が多い即席の作戦だったが、まあ終わりよければ全て良しだ。

 

心なしかコクーンも誇らしそうに体を揺らしている。何となくそんな気がする。散々痛め付けられた相手を逆にボコボコにしてやったんだから、鼻が高いはずだ。きっと。

 

 

「…ああ、いい天気だ」

 

 

大地に寝転び空を見やれば、木々の間から覗く清々しい青空に心が癒されていく。通り抜ける風もまた爽やかで、1戦を戦い抜いて疲弊した身体に心地よく染み渡っていく。

 

俺の、俺たちの勝利を祝福するかのように注ぐ日射しと吹き抜ける風を、ただ無心に受け止め続ける。いつしか自然と一体となった錯覚すら感じるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてふと気が付いた時には、辺り一帯は見事なまでにオレンジ色に染まりきってしまっていた。津田政秀、不覚不本意な3日連続の野宿突入が決まった瞬間であった。

 

 

 

…こんなに寝ちまって、俺今夜寝られるのカナー?

 

なお、倒したピジョンは起きた時にはすでにいなかった。気絶から回復して逃げたものと思われる。たぶん。報復が無いことを心から願って、ポケモン世界の3日目は暮れていった。

 

 

 



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第5話:流される男の脳内日誌

 

 

 

~ポケモン世界4日目~

 

 

激闘を繰り広げた一日が終わり、夜が明ける。この日の朝も、これまで通りうっすらと残る肌寒さから始まった。天気もいつもの晴れ模様。雨の気配は感じられない。大変結構なことだ。こういう状況だからこそ余計にな。

 

この日がいつも通りでなかった点を挙げるとすれば、それは野宿した場所だろう。そう、ここ三日間ずっと世話になった仮拠点を離れ、昨日俺が堂々と「ここをキャンプ地とする!」と宣言したのは、激闘の痕跡が僅かに残る実のなる木…の近くの木の下だった。

 

何故場所を移したのかと言えば、何と言うか…まあ要するに情が湧いたんだよ、コクーンに。痛い目には遭わされたけど、それでも昨日一緒に戦い勝利を掴んだ戦友であることに変わりはない。それに、激闘を制したとは言えお互いに満身創痍…は言い過ぎかもしれんが、かなりのダメージを受けたのは確かだ。俺も左肩に『たいあたり』を受けてしまってな。

 

そう考えたら、そんな状態のアイツを置いてどこかへ行くのは見捨てるのと同じ。戦友を見捨てるような薄情なヤツにはなりたくない…などと思い始めたワケでして。そういうことで、とりあえずはアイツの傷が癒えるまで。あわよくば進化して新たな一歩を踏み出せるようになるまでは一緒に過ごそうと思い至った次第です、ハイ。

 

 

…え?脱出目指さなくていいのかだって?うん、それは一番気にしてる。でも、俺の良心が魂レベルで「そうしろ」と言ってる気がするから仕方ない、仕方がないことなんだ。決して筋肉痛がひどいとか、一人が寂しいなんてくだらない理由ではないのだ。ないったらない。それにたかだか脱出ぐらい何とかなるでしょ。

 

 

 

なお、三日掛けても脱出の糸口すら掴めないどころか、余計に迷子になる男がいる模様。誰だ、そんな無様な野郎は。

 

 

…ハイ、出来るだけ早く脱出出来るよう頑張りますデス、ハイ。主に俺の命のために。

 

 

 

ともかく、どんな状況でもどんな未来が待っていても、俺が朝一番にやることは決まっている。湧き水で顔を洗い喉を潤し、木の実で腹ごしらえをすることだ。人間、飲んで食わねばやっていけない。自然の摂理、生物の基本である。

 

…実はそろそろあの木の実は食べ飽きてたりするので、そろそろ誰かに助けて欲しかったり。素材そのままの味よりも、人の手が入った料理を食べたい。味覚的にも栄養的にも切実に。

 

 

 

さて、それが終わってから俺がどんな行動をとったかだ。今日こそは脱出を…と最初は考えていたのだが、上述のとおりこの計画は作成から半日ともたず没。新しい計画を考えざるを得なくなった。分かりやすくするために、今俺がするべきこと、目標を列挙してみた。

 

・迷子脱却

・森からの脱出

・コクーンの回復or進化を見届ける

・食料の確保

・帰宅

 

…こんなものだ。とは言ったものの、帰宅は現状望み薄。コクーンについては時間の経過を待つしかない。だから今は今後に備えて周囲の探索や食料確保ぐらいしかやれることがない。

 

仕方がないので痛みで引き攣る身体を無理矢理動かし、周辺の探索に向かった。途中、ポケモンも結構な頻度で見かけはしたが、幸い危なっかしいヤツに遭遇したり、戦闘になるようなこともなかった。昼頃までに二時間、午後から三時間ぐらいテキトーにほっつき歩き、初めて見るけど見たことのあるきのみを何種類か採取出来た。あとは食えるのかどうかわからないキノコがいくつか。採ったはいいけど、我ながらこんなもんどうすんのっていう。

 

 

コクーンの様子に変化はなく、一日中じっとして昨日の傷を癒しているように思えた。というか、何故か探索から帰ってきたときには無傷の状態に戻っていた。何故なのか不思議だったが、近くに抜け殻のようなものが落ちていたことで、コクーンの特性が『だっぴ』だったことを思い出し納得した。

 

ただ、ダメージが残ってないとも限らない。蛹だから食べるのかどうか分からなかったけど、昨日の技のこともあるので、物は試しとダメージ回復効果のあるオレンのみらしき青い木の実をあげてみた。が、全く口にすることはなかった。というか、口が無かった。ゲームではバリバリ食ってたはずなんだが、やはりリアルでは色々と仕様が違うらしい。或いはダメージはすでに回復していて食べる必要がなかったか。昨日の『どくばり』にしても、危険な状態だったから、俺が指示したから撃ってくれたのかもしれない。たぶん、『かたくなる』以外の技は本来よほどのことが無い限りは使わないのだと思う。

 

とりあえず、昨日のダメージが原因で命を落とすようなことはなかったので一安心だ。願わくば、このまま無事に進化まで行って欲しいと思う。

 

 

 

ポケモン世界4日目は、何事もなく平穏無事に暮れていった。ホント、こっちに来てから初めて平和に一日が終わった気がする。平和っていいネ。

 

 

 

~4日目の成果~

 

青い木の実(オレンのみ)

赤い木の実(クラボのみ)

桃色の木の実(モモンのみ)

緑色の木の実(チーゴのみ)

ちいさなキノコ(食用?)

 

※()内はあくまで推測である。似てるってだけで本当に合ってるかは不明。

 

 

 

 

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~ポケモン世界5日目~

 

 

 今日も天気は晴れ。昨日よりかは若干雲が多いようには感じたが、やはり雨の気配はなかった。行動するのに何も問題はない。

 

本日の予定だが、近場の地理・状況は昨日の探索で概ね把握出来たので、今日はもう少し遠くまで足を延ばしてみることにした。脱出に繋がるカギを見つけられたらと思い、朝の支度が終わり次第意気揚々と出掛けて行った結果、初日に俺が目印にしていたと思われる川の滝の下側まで出る道を見つけることが出来た。この上なく大きな成果だ。初日の目論見通り、この川を下っていけばいずれ森を抜けられるはず。脱出ルートの確保に成功し、まずは一歩前進だ。

 

 

探索を終えて戻ると、コクーンがポッポと食うか食われるかの戦いをしていた。すぐにコクーンに加勢してポッポを追い払いにかかる。一昨日進化系のピジョンと一戦やり合ったんだ、今更ポッポぐらい恐れるものか。

 

ポッポは向かってくる俺の姿を視認すると驚いたのか、ピジョンと同じく上空へ飛んで木から離れたが、向かってくることはなく、そのままどこかへ飛び去って行った。コクーンはやはり「かたくなる」の効果でカチンカチンだったが、早期の段階で対応出来たからかダメージはなさそうだった。或いは、進化後のポケモンと進化前ポケモンの力の差なのかもしれない。もしかして、かたくなるだけで守りきることが出来た?

 

 

その後は湧き水で服の洗濯を行い、乾燥するのを待ちながら、再度の襲撃を警戒して木の周辺で過ごして一日が終わった。

 

それと、食事の時に昨日採ってきた木の実たちを食べ比べてみたが…うん、食べるのなら桃色の木の実(モモンのみ)が一番だわ。次点で皮が固いけど青い木の実(オレンのみ)。他のは辛い・苦い・渋い・酸っぱいネで正直食べられたもんじゃなかった。

 

 

 

 

~5日目の成果~

 

☑森からの脱出(ルート確保)

ポッポ撃退

 

 

 

 

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~ポケモン世界6日目~

 

 

 この日は六日目にして初めて天気が荒れた。空からは雨粒が際限無く零れ落ち、葉を、大地を叩いて音を立てる。冷たい風が吹き、空気が冷え込み、霧で視界は塞がれる。一日を通して肌寒さを感じる日となった。

 

流石にこの天気であちらこちらと動く気にはとてもじゃないがなれず、結果一日中コクーンの様子を観察しながら過ごすことに。

 

葉の間を縫うようにして降ってくる雨粒も、吹き付ける冷たい風も、コクーンにとっては意味のないものであるようだ。ただじっとその時が来るのを待っているだけなのだから、当然と言えば当然だが。

 

一方の俺と言えば、すぐ近くの雨に当たらない僅かなスペースに、体を丸めて縮こまっていた。ただでさえ風で体を冷やしてるのに、この現状で雨に打たれて風邪をひきでもしたら、バッドエンドが目に見える。

 

 

降りしきる雨の中、まんじりともせず霧で霞む森の先をじっと見つめ続ける一人と一匹。他の木にも雨を避けて、キャタピーやビードルといったポケモンたちが雨宿りしている姿が時折見られる。

 

こういう天気だと、自然と気分も滅入ってしまう。一日目以来、これまでは考える余裕がなかった不安がどっと溢れだし、心が押し潰されそうになる。

 

そんな時にコクーンを見ると思うんだ。

 

『コイツは自由に動くことすら出来ないのに、こんなにも一人で頑張ってるじゃないか。動けることの何と素晴らしいことか。これぐらいで諦めてどうするんだよ。やれば出来るんだから、もっと、熱くなれよおおぉぉぉ!!!』

 

…と。おかげで幾分か安心することが出来る。ゲームではアッサリと狩られることが多いコクーンだが、今は実に心強い仲間(?)だ。大丈夫、俺は一人じゃないんだ。まだ慌てるような時間じゃない。

 

 

…あと、熱くするなら出来れば気温の方を熱くしてほしい。

 

 

 

 

 

結局、この雨は一日中降り続き、何もすることなく六日目は終わった。

 

 

 

~6日目の成果~

 

なし

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

~ポケモン世界7日目~

 

 

新しい朝が来た。希望の朝…とはとても言えない天気の中、この日もまた一日が始まる。こっちに来て早七日…言い換えれば一週間。それだけの日数が過ぎたというのに、俺の立場は未だに迷子だ。

 

まあ、コクーンの進化を見届けるつもりなのでそれは仕方ない。が…

 

 

「ザー…」

 

 

流石にこの天気は辛い。二日続けての雨模様だ。雨に濡れると服が肌に張り付いて嫌な感じだし、脱いだら寒いし。使える布がハンカチ一枚では、どうにもなぁ。

 

今日も行動不能ということで、コクーンの観察を行う。とは言え、今日もコイツはじっとしているだけ。雨音とともに、変わり映えのない時間がゆったりと流れていく。雨のおかげで外敵もあまり活動していないのか、いたって平和である。

 

それでも、3日目からここまでコイツを見てきたが、当初と比べて体が大きくなっているような印象を受ける。案外進化の日は近いのかもしれない。

 

…その時がくれば、コイツともお別れだな。思えば出会ってから未だ一週間すら経っていないが、コイツとは濃密な時間を共有した付き合いだったと思う。そう考えると感慨深くもあり寂しくもある、何とも言えない感情に心が埋め尽くされる。

 

 

 

そこまで考えたところで、ふと思い至る。俺はこの森を脱出した後、何をしたいのか…と。無論、最上の結果は俺の家に帰れることに変わりはない。でも、それが出来なかったら?ここが完全にポケモン世界であるとするなら、帰れないとするなら、もしここから脱出して助かった後、独りぼっちになった俺は何をすればいい?

 

ゲームのようにチャンピオン、ポケモンマスターを目指す?それともトップコーディネイター?はたまた知識を活かしてブリーダー?或いはポケモン博士?ポケスロンとかマンタインサーフとか、何らかの競技のアスリートもありか?

 

…やばい、夢とワクワクが止まらない。今の俺は幼児退行もあって小学生ぐらいの年齢だし、ここからの選択次第で何にでもなれる可能性がある。ポケモンにハマったことのある人なら、誰しもが描いたことのある子供の頃の夢を叶えるこれ以上ないチャンスを、俺は今この手に握っている。アレ?そう考えると俺ってスッゴいラッキーボーイだったり…?

 

 

…家族や友人たちには申し訳ないけど、もうしばらくこっちにいてもいい…かな?

 

 

 

この世界に大きな希望を見出してしまった俺は、ポケモンマスター(またの名をポケモン廃人)として、トップコーディネイターとして、ブリーダーとしてetc…ビッグドリームを掴み取った姿を、様々なシチュエーションで思い描いてはにやける作業に没頭した。傍から見ると完全に気持ち悪い不審者…でもないか、子供だし。

 

これまでとは一転した光ある未来に思いを馳せ、雨ですらも消火不能な期待と興奮に身を焦がしたまま更けてゆくポケモン世界七日目の夜であった。

 

 

 

 

 

 

…あ、仕事一週間も無断欠勤してるけど大丈夫…じゃ、ないよなぁ…

 

 

 

 

 

~7日目の成果~

 

無限の可能性()

 

 

 

 




 

現実社会<ポケモン世界

さあ、彼は果たして思い描くような未来を手に入れることが出来るのか。全ては今後の展開次第(なお)



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第6話:這い寄る背後の同行者

 

 

 

「……ぃ…だ……」

 

 

…何だよ、うるさいな…

 

 

「ぉぃ…だ……ぃ…」

 

「…き……ぉ…」

 

 

…誰だよ、こっちは今良いところなんだから起こすんじゃねぇよ。もう少し、もう少しで…

 

 

 

 

 

「起きろ!津田!」

 

「うわぁ!?」

 

 

いきなり近くに雷が落ちたような怒鳴り声で、何事か一気に意識が覚醒する。脊髄反射で飛び上がるかのように体を起こす。

 

 

「よぉ、お目覚めか?津田」

 

「……え?あ、永見さん…」

 

 

声の主は、職場の上司。周りを見れば、見慣れた部屋の風景がある。ここは…職場のスタッフルーム?

 

 

「休憩時間はとっくに終わってるのに出てこないから、どうかしたのかと思って来てみれば…」

 

「え…うわ、スイマセン!」

 

 

時計を見れば、針は休憩時間を10分程度過ぎた時間を指している。どうも、俺は休憩時間中に眠りこけてそのまま寝過ごしてしまっていたらしい。そんで気になった上司が様子を見に来たワケか。

 

 

「…全く、ここん所残業が続いてて疲れてるのは分かるが、仕事中に居眠りは勘弁してくれよ」

 

「はい、お手数をおかけしました…」

 

「ほら、仕事に戻るぞ。今日中に片付けないといけない案件がまだあるからな。まあ、この忙しさももう少しの辛抱だ。頑張ってくれよ」

 

 

 

そう言って仕事に戻っていく上司を見て、机に出したままになっていた私物を急いで片付けていく。

 

しかし、すごい夢だったな。子供に戻って、森の中を彷徨って、ポケモン見つけて、一緒に過ごして。子供の頃に描いた楽しい夢そのものだったな。寝起きだからか、今もまだ心なしかフワフワとしているような感覚がする。出来ればもう少しちゃんとした形でバトルとかしてみたかったが。

 

 

…さて、楽しい夢を見たあとは、ちゃんと現実に向き合わないとな。子供の頃に描いた夢も無くして久しいが、それでも時間は進んでる。世界は回ってる。気は進まなくとも歩き続けないと。

 

日本に戻ってこれたのは素直にうれしいが、同時に気が重くなる。こんなことなら、向こうでの生活もの方が、色々と綱渡り状態ではあったけど、充実感とか色々あって良かったかもしれない。

 

 

 

『ツン、ツン』

 

「…ん?」

 

 

 

鞄に荷物を詰め込んでいる途中で、何かに頬のあたりを突っつかれた。休憩時間は終わったはずなのに、まだ誰かいるのか?不思議に思って顔を上げると、そこには…

 

 

 

 

 

…今にも俺を突き殺さんとする、大きな2本の槍のようなものを構えた蜂のような生物の姿。そして、何かを言う暇もなくそのまま槍が俺を…

 

 

「うわぁああぁぁぁ‼‼‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

~ポケモン世界8日目~

 

 

 

「うわぁっ‼」

 

 

…今にも貫こうとした瞬間、俺の視界が切り替わった。慌てて跳ね起きてみれば、そこは先ほどまでいたスタッフルームではなく、木々に覆われた緑と土の大地。昨日までと同じ森の景色だ。昨日まで降っていた雨は夜の内に止み、二日振りに太陽が顔を見せていた。

 

 

「ハァ…ハァ……夢、かぁ…ハァ…」

 

 

息を整える中で、あのシーンが夢であったことに安堵する。現代日本で成人男性の身長の半分以上もある大きさの蜂に刺殺されるとか、恐怖でしかない。SF映画か何かに有りそうなシーンだった。それに、まさか夢で職場が出てくるとは思わなかった。寝る前に仕事の事を思い出してしまったのが原因か?

 

今の俺って、客観的に見れば仕事を一週間も無断欠勤してる状況だし、途中だった仕事もあるし、何て言われてるか気になるし。心配されているのか、それとも非難浴びてるのか…まあ、どの道帰ったらお叱りを受けることだけは確定事項だナ。処罰もあるかもしれない。減給か謹慎か、最悪懲戒解雇なんて結末も…

 

現実に戻れたことが夢であったことを嘆くべきか、気が重くなるような現実が夢だったことを喜ぶべきか…はぁ。

 

 

 

『ツン、ツン』

 

「んぁ?」

 

 

 

感傷に浸っているところで、夢の中でも感じた突っつかれる感覚。今度は背中だ。最初は気のせいかと思ったが…

 

 

『ツン、ツン』

 

『ツン、ツン、ツン』

 

 

…どうも、思い過ごしではなさそうだ。何か、俺の背中を突いている奴がいる。正直こうもツンツンされ続けるとこそばゆいというか、鬱陶しいというか。つーか、今ここにいる人間って俺だけだったはずだよな?じゃあ、今突いてる奴は…ナニ?

 

…何か背筋が寒くなる心持ちだが、と、とにかく、確認しないことにはどうにもならん。意を決して慎重に、ゆっくりと後ろに視線を移していく。

 

俺の目が捉えたのは黄色い体に赤い目、四枚の翅、黒く細い4本の足。だが、その上の2本の足先は鋭い槍のような形状をしており、尻からも突き出た太い針が見える。それは、スラッとしたバランスの良いフォルムをした、今の俺の身長ほどもある大きさの……蜂。

 

 

 

「………」

 

「……スピー?」

 

 

 

 

スピアー。どくばちポケモン。コクーンの進化系。むし・どく複合タイプ。今、俺が一番出会いたくないポケモン筆頭格だった危険なヤツ。

 

 

 

 

…そして、夢の中で俺を串刺しにしようとした元凶である。

 

 

 

「うわああああああああああああぁぁぁ‼‼‼‼‼?」

 

 

 

…だから、思わず絶叫してしまったのも俺は絶対に悪くないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「…いや、いきなり叫んですまんかった。スピアー」

 

「スピッ!スピー!」

 

 

 

 スピアーの寝起きドッキリから30分。なんやかんやで俺とスピアーは一緒にいた。反射的に遥か彼方まで響くような大声を出してしまった結果、思いっきりスピアーに距離を取られてしまい、10分近く謝り倒して何とか許しをもらったりなんてこともあったが、些細な問題だ。

 

 

さて、もうすでにお気付きの方も多いとは思うがこのスピアー、例のコクーンである。どうも俺が寝ていた昨日の夜から今朝にかけての間に進化した模様。コクーンに進化してから実に六日の早業だ。序盤むしポケモンの筆頭格とは言え、進化ってこんなに早いもんなの?

 

そこで思い出す。そういやコイツピジョン倒してたやん…と。たぶん、あのピジョン撃破が経験値を大きくブーストしたんだ。思えば『かぜおこし』とかは使ってこなかったから、そんなに高レベルではなかったと思うが、コクーンしかり、トランセルしかり、進化したポケモンはそれだけでも経験値的に美味しい存在であることには変わりないのだろう。

 

 

 

それはともかくとして、進化の瞬間を見ることが出来なかったのは残念の一言に尽きる。せっかくの機会だったから、是非ポケモンが進化する瞬間は見てみたかった。それに、進化したことに対する感動とか、喜びとか、そういった感情も全部あの寝起きドッキリで吹き飛んでしまった。夢が悪いよー、夢がー。

 

まあ、何はともあれこうして無事に進化してくれただけでも肩の荷が下りたような安心感はある。大変喜ばしいことだ。

 

 

…そして、それは同時にいよいよその時が来てしまったことも意味している。

 

 

 

「でも、これでお前ともお別れだな」

 

「スピ?」

 

 

 

なんだかんだ色々とあったが、コイツは野生のポケモンだ。この後もこの森で生きていかなければならない以上、森からの脱出を目指している俺が一緒にいることは出来ない。モンスターボールがあればそういう選択肢もあったのかもしれないが、無い以上はどうにもならん。捨て犬・捨て猫を『かわいそうだ』と拾ったとしても、面倒が見れなければ良い結末にはならない。それと似たようなものかもしれない。

 

寂しさを押し殺しながら、出立の準備を進めていく。準備っつっても食料として木の実を幾らかポケットに詰め込んで、木の枝を装備しておしまいだけどね。

 

 

「スピアー、お前が無事に進化出来てよかったよ。俺も安心したぜ」

 

「スピスピ」

 

「うんうん…じゃ、俺は行くとするよ。お前ももう一人前なんだし、これからはお前一人…いや、一匹で頑張るんだぞ」

 

「…スピ?」

 

「まあそういうことで、じゃあな、元気でやれよ」

 

 

 

 

それだけ一方的に伝えて、数日前に再発見した川に向かって歩き始める。やはり寂しくはなったが、それでも俺は進まなくてはならない。だって俺の命が掛かってるから。

 

一度だけ、振り向いてスピアーの様子を見てみたが、コクーン時代のように何をするでもなくその場に佇んでこちらを見つめていた。何か状況がよく分かってないっぽいが、まあ、アイツならきっと大丈夫だ。根拠はないけどそう思う。

 

あっさりとした別れでも、寂しいものは寂しい。でも、それを乗り越えて俺は行かなくてはならない。

 

 

 

…さあ、明日を掴みに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

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---

 

--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから歩き続けること一時間ほど。特に野生のポケモンに襲われるなんてこともなく、無事に川辺へとたどり着いた。二日間降り続いた雨の影響か、前来た時と比べても水嵩はかなり増している。足場もぬかるんでいるし、足を取られたり、川に落ちないように注意しないとな。

 

森を抜けるまでにどれくらい時間がかかるか分からないし、抜けたところですぐ人に会えるかも分からない。それでもきっと、この先に俺が生きるための道がある。だから行くしかない。つーか、無いと困る。

 

行き着く先も、目標も、何もかもが分からない迷子の行く道。寂しさも心細さも好奇心も、全てを力に変えて前へ突き進む。その先に見えてくるものが何であれ、きっとここで足踏みしているよりかは良いはずだ。川の流れの行き先を見つめ、気合を入れなおす。

 

こんな環境に着の身着のままで放り込まれて、一週間も生き抜いた。何か一つ歯車が狂っていれば、俺はすでに死んでいたかもしれない。そうさ、俺には幸運の女神がついている。それだけじゃない。神様も仏様も御先祖様も、今は全てが俺のバックについている。何てったって、俺は信心深いからな!

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

「スピ~…」

 

 

 

 

…余計なものも、一匹ついてる。

 

 

 

 

 

「…だからスピアーさんや、ずっと無視してるからってそんな悲しそうな目で俺を見ないでくれませんかねぇ?てか、お前何で着いてきてんだよ」

 

「スピッ!」

 

「いや、そんな意気揚々と返事されても困るんだが。『どこまでも着いて行きますぜ、アニキ!』ってかい?いやいや、お前進化したんだろ?一人前になったんだろ?どこへでも好きなところ行けよ!?」

 

「スピー‼」

 

「痛っ!?え、ちょ、おま…やめろ、やめろって!」

 

「スピ!スピ!スピー!」

 

 

 

突き放すようなことを言うと、すかさず『みだれづき』が飛んでくる。たまったもんじゃない。駄々っ子か、おのれは。

 

 

 

「痛い痛い!わ、わかった、連れてくから!連れて行ってやるから!だからこれ以上刺すんじゃねぇぇぇ‼‼」

 

「スピー♪スピスピ♪」

 

 

 

 

 

最初はそんなつもり毛頭無かったのだが、痛みに耐えかねて白旗降参。こうして一悶着あった末に、独りぼっちの旅は一人と一匹の旅になりましたとさ。めでたしめでたし。

 

…コイツに関しては色々と思うことはあるし、心配事もある。ただ、同時にとても心強くもあった。着いてきてくれることがここまで心強いと感じるのは、やっぱりこういう環境に置かれて精神的にヤラれてるからかもなぁ。行先も目標も分からない旅だが、苦労を共に出来る連れがいるのは気分的にはいいものだ。現実世界だとそう言える人が身近に皆無であった分余計にそう思う。

 

 

 

かくして、俺の旅路は頼もしい(?)仲間を加えて再び歩き出す。道は険しいかもしれないが、その先にある光を信じて、がむしゃらにまっすぐ進んでいこう。さあ、行くぞスピアー!

 

 

 

 

 

 

 

…あ、ただし食料は自力調達な。

 

 

 




 

かくして、成り行きでスピアーを仲間にしてしまった主人公。一人と一匹になった彼らは、無事に森を脱出することが出来るのか。そしてそこは一体どこなのか()。彼の帰宅願望は叶うのか。というか、まだあるのか。


色々な希望と不安を胸に、次回へ続く!



…場所はタグで大体バレてる?それは言わないのが優しさです()。



そして、次回ようやく原作キャラが一人登場する予定。
 


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第7話:前門のネズミ、後門の…

 

 

 

 

「スピアー、ダブルニードル!」

「スピャ!」

『バス、バスッ!』

「ポ、ポ~…」

 

 

 

 

川の畔を川下へと向かって歩き続ける俺とスピアー。道中、襲い来るポッポやオニスズメなんかを蹴散らしながら突き進む。足元は悪いが、基本的に飛んでいるスピアーにはそんなことは関係ない。空中を自由に飛び回りながら、『みだれづき』と準専用技とも言える『ダブルニードル』を状況に応じて相手に叩き込む。

 

別に俺の手持ちポケモンというワケではないんだが、俺もトレーナーの真似事のようなことをノリノリでやっている。スピアーに技を指示する時の気分は完全にポケモントレーナーのソレである。実に良い気分だ。ポッポにしろオニスズメにしろ、スピアーとのタイプ相性は決して良くないが、そこは未進化ポケモンと最終進化済みのポケモンの力の差で押し通す。フハハ、種族値の暴力というものを教えてやろう!

 

 

 

そんな感じで歩き続けて早3時間程度。歩き難かったり回り道したりで思ったよりも進んでいないこともあるが、まだ森の終わりは見えてこない。時間はもうすぐ正午を回るかどうかといったところか。時間的にはあと半日行動出来るはずだが、体力の消耗が思った以上に激しい。いい歳してノリノリでポケモントレーナーごっこに興じていた反動か…?

 

ともかく、先が見通せない以上はここらで一回休憩を挟み、午後に向けて体力の回復を図った方が良いだろう。ついでに昼飯も摂ってしまおう。

 

 

 

「スピアー、一回ここで休憩しよう!」

「スピ!」

 

 

 

俺の後ろに戻ってきたスピアーに声を掛け、近くの大木の根元に座り込む。ポケットに突っ込んでいたモモンのみ(仮)を取り出し、皮を剥いてかぶりつく。

 

 

「うめぇなぁ…」

 

 

甘さの中にほんのりと混じる酸味、滲み出る果汁…毎日食べてきたけど、やっぱりこれが一番ですわ。水も欲しいところだが、流石にあの濁っている川の水を飲むのは流石に…うん、今回は我慢だ。

 

 

「スピ、スピァ」

 

「うん?なんだスピアー、お前も欲しいのか?」

「スピ!」

 

 

俺の食事風景を見ていたスピアーも、木の実が食べたくなったらしい。ポケットに詰め込めるだけしか持ってないから、日没までにどうにかならなかった場合を考えるとキツイが…まあ、仕方がない。モモンのみ(仮)をスピアーに差し出す。

 

 

「…ほら、手持ちが少ないからな。大事に食えよ?」

「……スピ」

 

 

…が、スピアーはモモンのみ(仮)を受け取ろうとはしない。どうしたんだ?欲しかったんじゃないのか?

 

 

「スピ、スピ!」

「んー…?」

 

 

言ってることは分からないが、身振りから見て、どうも欲しかったのはコレじゃなかったらしい。

 

 

「…じゃあ、コレか?」

「スピ!」

 

 

そう言って俺が取り出したのは、オレンのみ(仮)。皮が若干固いが、柑橘系らしい酸味が特徴の果実だ。ゲームでは、使用することで僅かだが体力を回復する効果がある。コクーンの時は全く反応を示さなかったが、今回は反応を見る限り正解だったようだ。まあ、蛹だしそれも当然か。

 

皮を剥いて差し出したオレンのみ(仮)を、早速小さな口でちびちび齧り始めるスピアー。黄色に黒のラインという、警戒心を掻き立てるような体をしたスピアーが、必死になって木の実に齧り付いている姿は見ていて穏やかな気持ちになる。

 

木の実の効果で思い出したが、本来モモンのみには『どく』の状態異常を治す効果がある。さっきスピアーがモモンのみ(仮)を嫌ったのは、案外その辺りに理由がある気がする。例えば、体で作っている毒を中和されるとか。もしくはこれまでの戦闘で体力が減っていたから、体力回復効果のあるオレンのみ(仮)を欲しがったか…まあ、これはあくまで俺の勝手な推測だ。実際どうなのかはわからん。

 

 

 

 

「さあ、そろそろ行くぞスピアー。準備はいいかー?」

「スピー!」

 

 

スピアーが食べ終わり、少しだけゆっくりしてから行動再開。今まで同様、時折襲ってくる鳥ポケモンたちを都度追い払いながら、川に沿って歩いていく。

 

歩みを進めるにつれて、徐々に川幅が広くなり、川の流れも緩やかになっていくのが分かり、かなり下流の方まで来ていることが見て取れるようになった。道も幾分か歩きやすくなったような気がする。

 

そして脱出という目標達成がかなり近づいていることを確信し始めて間もなく、ついに俺の目は捉えた。日暮れを感じさせつつある空の中、明確な森の終わりと、その先遠くに見える人工的な建物の姿…街の灯りを。

 

 

「よっしゃ…よっしゃああぁぁぁぁ‼‼」

 

 

ここまで長かった。実に長かった。何処とも分からぬ森の中に飛ばされて早一週間。望み、求め続けたモノにようやく手が届く範囲まで来れた。ここまで来ればあとは辿り着くだけだ。

 

これまでの疲労も、あの眼前に広がる現実の前には関係ない。感動に打ち震え浮足立つ心を隠すことなく、俺は森と平地の境界目指して走り出し…

 

 

「スピ、スピァ!」

 

 

突然、立ちはだかるように前に出たスピアーによって止められた。何するんだ、と文句を言おうとした次の瞬間。

 

 

 

『バチィ!』

「うわっ!?」

 

 

 

…俺たちの目の前を、黄色い稲妻が横切って行った。スピアーが止めてくれたおかげで当たりはしなかったが、明らかに俺たちに向けて放たれたものだった。稲妻が飛んできた方向に目をやれば、そこにはポケモンファンなら…いや、ゲームをプレイしたことのない人ですら、その多くが名前、姿を知っているであろうあのポケモンがいた。

 

 

「ビッカァ!」

「ピカチュウ…!」

 

 

ピカチュウ。ねずみポケモン。でんき単タイプ。某夢の国のネズミに続き、世界で2番目に有名なネズミとの呼び声が高い、御存知ポケモン界の看板キャラ。アニメでは主人公・サトシの相棒であり、劇中での活躍は最早書き切れないほど。

 

ポケモンを代表するキャラクターとの遭遇に喜びを感じられそうな状況ではなく、先の電撃のとおりすでにあちらさんはヤル気満々な臨戦態勢。こっちの言うことに耳を傾けてくれそうにない。対するこちらもスピアーは早い段階でその存在に気付いていたらしく、すでに準備は出来ている。

 

くっ…ゴールはもう目の前だというのに、幸運の女神がついているなんて豪語した割にはツイてねぇ。でも、ここさえ抜ければあとは街まで俺を一直線だ。そう考えれば、このピカチュウは言うなればダンジョンボスのようなものか。目的地に辿り着くためには、どうしても倒さなくてはいけない相手なんだ。

 

 

日が傾きつつある中で対峙するスピアーとピカチュウ。今までの鳥どもを相手にするのとはまた違う空気に場が包まれる。徐々に高まる緊張感に、俺の心臓の鼓動も早くなる。

 

 

 

 

 

…そして、破局の時は訪れる。

 

 

 

「ピィカ、チュー!!」

 

 

開幕の火蓋を切ったのは、ピカチュウの電撃。さっきの電撃よりも威力がありそうだが…まさか一気に決めようという腹積もりか?

 

しかし、直線的に迫る電撃をスピアーは指示を出す間でもなく難なく回避。電撃は俺とスピアーとの間の地面に着弾し、地表を軽く抉る。中々の威力だ。

 

 

「スピアー、ダブルニードルだ!」

 

 

スピアーに対して反撃の指示を飛ばし、スピアーも即座に反応。お返しに2本の針を撃ち出す。こっちも避けられはしたが、挨拶代わりには十分だ。

 

この場面でまず気を付けないといけないのは、ピカチュウの特性だ。ピカチュウの特性は『せいでんき』。この特性は相手が自分に対して接触する技を使って攻撃した場合、一定の確率でその相手を『まひ』状態にしてしまう。『まひ』状態になったポケモンはすばやさのステータスが半減し、さらに確率で体がしびれて行動出来なくなることがある。運が悪いと何も出来ずに嬲り殺しにされる、勝負所で動けない…なんてことになりかねない。

 

もう一つ『ひらいしん』という特性もあるのだが、これは一般に隠れ特性、或いは夢特性と呼ばれるものであり、加えてその効果は「でんきタイプの攻撃技の対象を強制的に自分にしてダメージを無効化。その上で自分のとくこうのステータスを1段階上昇させる」というもので、現状では考慮に入れる必要がない。

 

更に言うなら、"でんじは"を持っている可能性もある。単純に相手を『まひ』状態にする技だ。こちらも要注意。でんきタイプの攻撃技の追加効果にも気を付けないとな。

 

 

…であるならば、『みだれづき』の使用は出来るだけ控え、空中を使えるこちらのアドバンテージを活かして『ダブルニードル』『どくばり』での遠距離戦に持ち込むのがベスト。鳥どもとは違いメインウェポンの通りも良いし、『どく』状態に出来ればなおgoodだ。

 

 

 

そこからは、概ねこちらの意図した通りに戦いが進んでいく。

 

 

「ピィカァ!」

「スピアー、どくばりで牽制!その後横に回り込んでダブルニードル!避ける方向は任せる!」

「スピャー‼」

 

 

 

電撃…おそらくは"でんきショック"や先制技"でんこうせっか"を使用しての接近&攻撃を試みるピカチュウに対し、こちらは空間を最大限利用して攻撃を躱しながら"ダブルニードル"、場合によっては"どくばり"を撃ち込んでいく。

 

今のところ電撃が掠ったりはあったが、直撃と言えるようなダメージはなく、まひ状態にもなっていない。思った通りの遠距離戦に持ち込めてはいる一方で、こちらの攻撃も明確な直撃は数えられる程しかなく、お互いに有効打を打てていない状況となっている。

 

 

「ピィカァ…」

「スピィ…」

 

 

と言うのもこのピカチュウ、思ってた以上に素早い。元々すばやさの種族値は結構あったような記憶があるが、それにしても速い。それに何とか着いて行ってるスピアーも大したものだが、このままでは埒が明かない。すばやさで先攻後攻を決め、技を撃ち合ってHPを0にしたら終わり…なんてゲームのように簡単に出来ていないのが、現実的なポケモンバトルの面白く楽しいところであり、厄介なところだと感じる。

 

太陽もどんどんとその高度を下げ、徐々に景色がオレンジ色に変わりつつある。街に辿り着いて助けを求める都合上、出来れば公的な機関が開いている内に辿り着きたい。その為にも、これ以上のタイムロスは回避したい。だから決定打が欲しい。一度でいいから決定打を叩きつけることが出来れば、野生のあのピカチュウならきっと無理はしないはず…

 

 

 

そう考えてるうちに、局面が動く。ピカチュウが仕掛けた。

 

 

「ピッカッ…チュー!」

「…!避けろ、スピアー!」

 

 

 

今日何度目かの稲妻が奔る。放たれた"でんきショック"が、スピアーに向けて飛んでくる。躱すように指示を出し、スピアーが横に動いたのを確認し…

 

 

 

「ピッカァ!」

 

「な…!」

 

 

…ピカチュウが、電撃のあとを追いかけるように突っ込んで来ているのを見つける。回避したところに"でんこうせっか"を当て、そのまま接近戦に持ち込む気か!?

 

流石に避けたあとすぐの急な動きはいくらスピアーでも…なら、迎え撃つしかない。だが、"でんこうせっか"は甘んじて受けるにしても、至近距離"でんきショック"をモロにくらうのは避けたい。どうしたらいい?どうすれば……!

 

 

 

「スピアー!………!」

『バチバチバチィ!』

 

 

電撃が地面を音を立てて抉る。砂埃が一瞬視界を奪い、迸る電気の音に俺の声が掻き消される。指示は出した。咄嗟の判断だが、あとはスピアーに届いていてくれることを、そして上手くいってくれていることを願うしかない。祈るように、食い入るようにその場所を見つめる。

 

 

 

砂埃が風に流され、スピアーとピカチュウが衝突した場所には…

 

 

 

「スッピャア‼‼」

「ピッ!?」

 

 

 

…スピアーに頭から突っ込んだピカチュウと、その突撃を胸の前で交差させた2本の針を上手く使いガッチリと受け切ったスピアーの姿が。

 

"でんこうせっか"を受け切られたピカチュウが、弾き返されて宙に投げ出される。

 

 

ここだ、決めるならここしかない!

 

 

「やっちまえスピアー!"みだれづき"だあぁーッ!!」

「スッピャー‼‼」

 

 

これまでの鬱憤を晴らすかの如く、突きの嵐がピカチュウに叩き込まれる。いくら素早いピカチュウと言えども、流石に格ゲーのような空中ジャンプは出来まい。為す術もなくその連撃を一身に受けたピカチュウは、大きく突き飛ばされて地面をバウンドするように転がっていく。

 

 

「ピ…ピカァ…」

 

 

元居た位置ぐらいまで飛ばされたピカチュウは、それでもなおヨロヨロと起き上がった。よく見ると腕や頬など何か所か切り傷が出来ており、僅かだが血も流れているようにも見える。

 

その間にピカチュウは素早く、しかし今までよりかは緩慢な動きで俺たちに背中を向けると、そのまま茂みの中へと消えていった。ダメージが大きく、流石にこれ以上は戦えないと判断したのだろう。

 

…俺たちの勝利だ。

 

 

「よっし!」

 

 

勝利の喜びを思わず出てしまったガッツポーズで表現する。あの時俺がスピアーに何を言ったのかと言うと、ある技を指示していた。それはコクーン時代の代名詞『かたくなる』。防御のステータスを上げて真正面から『でんこうせっか』を受け止めろ、押し負けるな…と。不安だったが、上手くいって良かった。

 

 

 

「スピアー、よくやった!それと、助かったぜ、ありがとう」

「ス、スピィ…」

 

 

 

激闘を制したスピアーを労おうと駆け寄ると、元気ではあるのだが、何となく動き辛そうに思えた。どことなく動きがぎこちない気がする。ダメージが大きかった?いや、そうというよりもこれは…

 

 

「…せいでんきか」

 

 

どうやら、最後の"みだれづき"の時にもらってしまったようだ。ピカチュウの置き土産…だな。ホント、最後の最後まで厄介な相手だった。

 

…でも、俺には焦る必要はない。だって手が無いわけじゃあないからな。俺はポケットを漁り、目的のブツを取り出してスピアーに渡す。

 

 

「スピアー、コイツを食べるんだ。体の痺れに効くはずだ」

「スピ?」

 

 

俺が取り出したのは、念の為と思ってポケットの一番底に押し込んであったクラボのみ(仮)。ゲームでの効果はまひ状態の回復。ゲーム通りの効果があるなら、スピアーは治って俺は(仮)を外すことが出来る。昼に食べさせたオレンのみ(仮)はいまいち効果が分からなかったが、今回は効果が出るようなら確実だ。さくらんぼっぽい見た目のくせにやたら辛くて食べられたもんじゃなかったが、備えあれば患いなし、一石二鳥ってやつだな。

 

 

 

 

そうして、スピアーに木の実を食べさせていた時、第二の乱入者は俺たちの前に姿を見せた。ピカチュウとの戦いを観戦していた者がいたことに、俺は最後まで気付いていなかった。

 

 

「…ふむ、良い戦いだった」

『パチパチパチ』

「!?」

 

 

突如聞こえた拍手の音。久しく聞いていなかった人の出す音だったが、それ以上にこの場には俺たちしかいないと思い込んでいたが故に驚き、顔を上げる。

 

そこにいたのは、黒いスーツに身を包んだガタイの良い20代後半…いや、30代半ばぐらいの男。全く気付かなかった。どこにいたんだ?いつから見られていた?俺の困惑を無視して男は続ける。

 

 

「状況によく対処し、そのスピアーもよくそれに応えていた。良いものを見せてもらった」

「…ど、どうも」

「…だが、君のような子供がポケモンを連れてこの森に入ることは、とてもではないが褒められたことではないな」

「…え?」

 

 

…そう言われて思い出す。確か、ポケモン世界って10歳からでないとポケモンを持つことは認められてなかったような気が…改めて今の俺の姿を思い描く。

 

 

・身長:120㎝ぐらい

・体重:ふ☆め☆い

 

 

…見た目完全にアウトですやん。どうしよう、これは怒られる…

 

 

「何故、この森に入った?ご両親から危ないと聞かされてはいなかったのか?」

「えっと、あの…」

 

 

言い訳など認めないとばかりに、詰問するような口調で男は畳みかけてくる。俺は気圧されながらも、どう答えたものかと思案し…

 

 

 

「…じ、実は分からないんです」

「…む?」

 

 

 

…結局一部秘匿するけど、ほぼありのままを正直に話すことにした。人間正直が一番である。

 

 

「ここがどこなのか、どうやって来たのか、どうしてこんな所にいるのかも分からないんです。僕が気付いた時には、森の中で寝ていました。一週間ほどこの森の中で過ごしました。それで歩き続けて、今日ようやくここまで辿り着いたところなんです。親の名前も分かります。自分の名前も分かります。住んでた所も分かります。でも、分からないんです」

 

 

切実に、必死に訴える俺の答えにあちらさんも面食らったのか、何とも言えない表情で沈黙の時間が流れる。しかし長くは続かず、男は目を瞑って何事か思案したのち、ゆっくりと口を開く。

 

 

「…君、名前は」

「津田政秀です」

「ツダマサヒデ…では、マサヒデと呼ばせてもらおう。マサヒデ、君について幾つか質問をさせてもらう」

 

 

 

そこから先は、俺の個人情報暴露会と化した。

 

出身地に始まり、親の名前、家族構成、趣味、森の中での生活、ここに飛ばされる直前までしていたことetc…全部正直に話した。あ、でも生年月日と年齢だけは「分かりません」でごまかしといた。こんな体で「24歳、社会人です」なんて言って見ろ。絶対コイツ頭おかしいって思われるわ。

 

 

 

「…ふむ、すまないが君の言う地名に私は聞き覚えが無いな」

 

「そ、そうですか…」

 

「それに、年齢・生年月日は分からない…と?」

 

「は、はい…」

 

 

 

俺の住所は聞いたことが無いとの返答を受けて、若干落胆する。まあ、俺が現実で棲んでた所ってポケモン世界では何も言及されてない地域だし、当然と言えば当然か。年齢に関しては凄い疑われてしまっているが、正直に答えるとワケがわからないことになるから仕方がない。それに、ポケモン世界の暦がどうなっているのか、現実日本と一緒だったとしても今がいつなのかが分からないし。

 

 

 

「だが、そこについてはこちらで調べさせてもらう。君が無事に家族の下へ帰れるように努力することを約束しよう」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 

でも、見ず知らずの子供のためにここまでやってくれるのは素直にありがたい。このおっさん、パッと見た目怖いけど良い人や。

 

そこに、思い出したかのようにおっさんから追加で質問が飛んでくる。

 

 

「…ああ、もう一つだけ聞いておきたい。知っていると思うが、10歳未満の子供はポケモンの所持は禁止されている。で、そのスピアーは君のポケモンか?」

 

「あ、いえ、森の中で生活してる間に懐かれたと言いますか、意気投合したと言いますか…とりあえず、一緒に行動していただけで僕のポケモンというわけではないです」

 

「スピ!」

 

「……フ、そうか……それと、これを使うといい」

 

 

そう言って、おっさんは薄黄色の小さなスプレー缶を俺に渡してくる。

 

 

「これは?」

 

「『まひなおし』だ。そのスピアー、麻痺していただろう?」

 

 

おお、ポケモン世界のアイテム第一号は『まひなおし』ですか!政秀さんちょっと感動。これはその名の通り、まひ状態を治療するアイテムだ。モンスターボールが見られればもっと感動出来そう。

 

というか、このおっさんそこまで見てたのか?

 

 

「ありがとうございます。でも…大丈夫だと思いますよ?」

 

「…なに?」

 

「(たぶん)まひ状態を治すきのみをさっき食べさせましたから。スピアー、動けるか?」

 

「スピッ!」

 

 

俺が聞くと、スピアーは先ほどまでのぎこちなさはどこへやら、実に機敏に動き回る。『何ともない』とアピールしているようだ。どうやら、あの木の実は思っていた通りの効果を発揮したらしい。クラボのみ(仮)はクラボのみへと進化した!

 

 

 

「………そうか、ならいい。今日はもう直に日が暮れる。部屋は用意しよう、今夜はそこに泊まっていくといい…そのスピアーも一緒にな」

 

 

しばらく呆然とした様子を見せたおっさんだったが、俺の答えに合わせてスピアーが一緒に返事をして動き回る姿を見て、やがて真顔に戻る。というかおっさん、貴方はこの哀れな迷子を家に泊めて下さるのですか!?ようやくまともな食事にありつけるというのですね!?ああ、ありがたや~。

 

 

 

「あ、ありがとうございます!でも、見ず知らずの人の家にそんなにご厄介になるのは…」

 

「…ああ、そうか。君は私のことを知らないのだったな。まあ、その点は気にしなくてもいい。これも私の職務の内だ」

 

 

 

そう言って、おっさんは俺に向き直る。黒いスーツにパンチパーマな頭と鋭い目つき、ぱっと見がっしりとした、それでいてスラッとしているようにも見える体格。やたらとプレッシャーを感じるその風格。ズボンのポケットに手を突っ込んでいる姿が様になるおっさん…

 

…って言うか、アレ?さっきまでは自分のことで精一杯だったからよく見てなかったけど、このおっさん、何かどこかで見たことがあるような記憶が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名はサカキ。トキワジムのジムリーダーをしている者だ」

 

 

 

 

 




 
 はい、というわけで迷子脱出&ロケット団ボスにしてトキワジムリーダー、悪のカリスマことサカキの登場でした。ついでに現在地もこれで判明しましたね。

さあ、一難去ってまた一難。迷子は脱したがサカキに無事捕獲された主人公。サカキに御招待されてしまい、戦々恐々としたまま過ごす日々が今始まる!

色んな意味で震えながら次回へ続く!



…まあ、それはそれとしてスピアーの紹介。

~手持ち(?)ポケモン~

スピアー(NEW)

・レベル:13
・おや:--
・性別:♂
・特性:むしのしらせ
・ワザ:どくばり
    かたくなる
    みだれづき
    ダブルニードル

さみしがりな性格。
レベル6のとき、トキワの森で出会った。
物音に敏感。

 


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第8話:表裏一体の思惑

 

~ポケモン世界9日目~

 

 

「……」

 

 

 みなさん、おはようございます。津田政秀です。ポケモン世界での生活も9日目の朝になりました。カーテンの隙間から差し込む日差しがまぶしいです。今日はこちらでは初めてとなるベッドの上からお送りしています。

 

いやー、昨日は大変でした。助けてくれた男の方は、まさかまさかのトキワジムのジムリーダー・サカキだったのですから。いきなり階段の上から突き落とされたような気分になりましたよ、ええ……とてもびっくりしました。

 

 

…まあ、それはそうとして、今自分がいるのはおっさん…もとい、サカキ…さんの会社の持ち物だという建物の一室。あのあと、サカキさんに連れられて街に辿り着いた俺は、そのまま直でここに連れて来られた。「部屋は用意しておいたから好きにしてていい」と言われ、戦々恐々としながらも、テレビがあり本があり風呂があり、食事もサカキさんの部下だという方に用意してもらい、結局何だかんだで一晩寛いでしまった。

 

一週間ぶりに食べる食事は、それはもう美味しかった。パンにサラダにシチュー、飲み物にはオレンのみ100%ジュース…ホント、久しぶりに腹一杯になるまで食べた。

 

 

テレビでやってた番組も新鮮で実に面白かった。ポケモンを使ったバラエティに、ポケモンの情報番組。中でも特に興味深かったのは、ポケモンマスターの資格を持つトレーナーたちによるカントーマスターズリーグ公式戦の中継だ。サイドン、ウインディ、ラフレシアにカビゴン…よく鍛えられたポケモンたちにより演出された迫力ある戦闘中継は、実に見応えのあるものだった。

 

…そしてがっかりした部分もあり、何と言うか…動きの指示はすごい正確だったり緻密だったりするんだけど、戦術そのものがすっごい雑だった。簡単に言えば手持ち全員ほぼフルアタ構成という脳筋プレイしてた。フルアタラッキーにはラッキーパンチでクリティカルヒットをくらった気分だ…ダメージは皆無に等しいが。やるにしても、せめてハピナスに進化してからやれよっていう。

 

それにカイリキーとかフーディンとか、確かに全員が種族値的に強いポケモンを多く使ってるんだけど、いくら何でもカイリキーに"はかいこうせん"、フーディンに"れいとう・かみなり・ほのおのパンチ"はないわ。使うなら逆だろ普通…あ、ただしこの世界がGBA版までの世界なら話は別だが。

 

そして、最後にポケモンに持たせる持ち物がないのも大きい。オボンのみやフィラのみなど、体力回復効果のある木の実を持たせることすらしていない。『持ち物?何それ美味しいの?』とでも言わんばかりだ。

 

 

 

 ああ、そうそう。サカキさんに会えたおかげで現在地もようやく判明した。当初の予想通り、俺が今までいた場所は【トキワの森】だったらしい。そして、今いるここは【トキワシティ】。ゲームでは赤緑青ピカチュウ版と金銀クリスタル版、及びそれらのリメイク版で冒険することが出来たカントー地方の都市。特に赤緑系列の作品ではさよならバイバイしてから最初に訪れる都市であると同時に、8個目のジムバッジを求めて最後に挑むことになるトキワジムが存在する都市でもある。始まりの町の中に実はラスボスがいたという感じ。

 

地理的には北を俺が今まで彷徨ってたトキワの森があり、森を越えると【ニビシティ】、南は始まりの町【マサラタウン】と繋がっており、西へ向かうと、年に一度ポケモンマスターの資格を持たないトレーナーたちが集まり最強を決める大会が開かれる【セキエイ高原】と、その道中に立ちはだかる【チャンピオンロード】という名の洞窟があり、さらに西へ行けば金銀クリスタル版でレッドさんが待ち受けていることで有名な、お隣ジョウト地方の霊峰【シロガネ山】へ辿り着く。

 

 

…そう、ゲームでシナリオの最終目標だったポケモンリーグは、この世界ではアマチュアの全国大会…現実で言うところの夏の甲子園のようなものであるらしい。で、優勝者には賞金などと一緒に特典として四天王と呼ばれるポケモンマスターたちに挑戦出来る権利が与えられる。

 

そもそもポケモンマスターとは何かと言うと、俺はテニスやゴルフなど、個人競技のプロスポーツ選手のようなものであるという風に解釈した。雑誌の情報によれば、ポケモンマスターは年に何度か、大体1大会一か月程度の日程で行われる公式戦…すなわちマスターズリーグでの勝利数を競う。その中で年間通しての成績上位のマスターたちで年間王者決定戦が行われる。四天王とは、そんなマスターズリーグにおいて数年の間、常に上位に君臨し続けた怪物級のポケモンマスターたちに与えられる称号であり地位である…とのこと。好成績を残し続けるトレーナーには、企業がスポンサーに着いたり、応援団が出来たりもするようだ。

 

で、そのポケモンリーグに参加するための唯一つの条件が、ゲームの通りカントー各地に8ヶ所存在するポケモンジム。そこにいるポケモン協会が任命した8人のジムリーダーと戦い、8つのジムバッジを集めること。ジムごとに使用するポケモンのタイプは決まっており、ジムリーダーは全員が何らかのタイプのエキスパート。そして、そんな8人のジムリーダーの内の1人が、昨日出会ったサカキさん…と言うワケだ。

 

ちなみに、昨日俺を保護した時に「これも職務の内」とサカキさんは言っていたが、自然環境の保全・維持を図ったり、管轄内の治安維持を行うなど、ポケモン協会からジムリーダーに委ねられている権限は結構多岐に渡るようだ。で、その中には俺のような迷子を救助・保護したりすることも含まれている…と。

 

 

 

 

 

『コンコンコン』

 

「おはよう、起きてるかな?」

 

「あ、はい。起きてます」

 

 

寝起きのままボーっとしていたところ、軽快に響くノックの音。声の主は、昨日サカキさんの指示を受けてアレコレと俺の世話をしてくれた部下の人だ。

 

 

「朝食用意出来たから、部屋の前に置いとくね。冷めないうちにどうぞ」

 

「はい、ありがとうございます!いただきます!」

 

 

ドアを開け、食事のトレーを持って再び中へ。今日の朝食はトーストにベーコンエッグ、牛乳も付いてる。匂いだけでも腹が減ってくる。いや、ホント昨日までと比べて天と地の差を感じるね。ああ、生きててよかった。

 

速攻で食事を平らげ、昨日読むことが出来なかった雑誌を読みふける。有名なトレーナーの特集記事、今流行のアイテム、前回の公式戦の試合結果と解説・評価…見ていてとてもワクワクした気分になれる。

 

 

ただ、同時に俺の中ではここまで集めた情報から、違和感のようなものを感じていた。どこがどうおかしいとは言えないんだが、何と言うか、あちこちでピースが抜けてしまっているパズルを見ているような…もどかしい感覚だ。

 

 

 

 

『コンコンコン』

「…!はい!」

 

 

考え込んでいる内に、再びドアがノックされる。

 

 

「朝食は終わったみたいだね。ボスが呼んでるから、着いて来てくれるかい」

 

「…!…分かりました、今行きます」

 

 

さっきの部下の人から、サカキさんが呼んでると言われ、思わず身構えてしまう。サカキさんは前述の通りトキワジムのジムリーダーだが、同時にもう一つ、悪の犯罪組織・ロケット団のボスという裏の顔を持っている。

 

ロケット団とは世界征服を最終的な目標として、ポケモンの乱獲・密漁・違法売買など、カントー・ジョウト地方で陰日向に暗躍するポケモンマフィア。金儲けのためにポケモンを利用し、時には平然と傷つけ殺したりするなど、各地で悪事を働く危険な集団だ。ゲームでも各地で主人公の前に現れ、悪行を行っている様子が描かれたり、言及されたりしていた。

 

そして、サカキさんはそんな危険な組織において最も恐ろしい存在と言える。ゲームではロケット団のボスとして2回、ジムリーダーとして1回の計3回、主人公の前に強力な相手として立ちはだかる。

 

 

 

…で、俺は昨日そんな恐ろしい存在に幸か不幸か捕まってしまったワケでして。良い人オーラというか、昨日会った時はたぶん、いわゆる表の顔だったのだと思う。でも、俺は彼が持つ裏の顔を知識として知ってしまっている。会った時に色々と顔に出ないか心配です。とは言え今後のこともあるし、今はスピアーのこともお願いしちゃってるから行かないわけにもいかんのだよなぁ。ハァ…

 

…気は進まんが、行きますか。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

「ボス、例の少年を連れて来ました」

 

「入れ」

 

 

 俺が案内された部屋は1階の応接室。部下の人に先導されて中へ入ると、そこには如何にも高級そうな肘掛け椅子に腰かけたサカキさんの姿が。すっげぇ様になってんなぁ…流石は悪のカリスマと呼ばれるだけはある。

 

 

「御苦労だった、下がっていいぞ」

 

「は!」

 

 

部下の人が退出し、部屋には俺とサカキさんの二人が…って、部下の人出てっちゃうの!?空気が重いんですけど、すっごい気まずいんですけど、一人にしないでお願いだから!

 

…なんて願いも空しく、無情にも入口の扉が閉められる。残されたのは精神年齢24歳、見た目は小学生の平凡な一般人と悪のカリスマ。やばい、面と向かい合うとすごい緊張する。就職の時に受けた面接が何倍も甘っちょろく思っちゃうぐらいやばい。ただただやばい。

 

 

 

「…さて、朝早くから呼び出してすまなかったな、マサヒデ。昨日はよく眠れたかな?」

 

「は、はい。久しぶりにぐっすり寝ることが出来ました」

 

「それは結構。何か足りないものはなかったかな?あれば用意させるが」

 

「い、いえ、大丈夫です!御世話になってる身でそんな…」

 

「ふ、子供がそう遠慮する必要はない。親元に帰れる日まで無事に預かる、それもジムリーダーたる私の役目だ」

 

 

サカキさんの問い掛けに、一つ一つどもりながらも答えていく。もはや話の内容云々よりも、如何にして俺が裏の顔を知っているのを悟らせないようにするかに心を砕く。対するサカキさんは俺の心中など知ったことかとばかりに続けていく。

 

 

「…で、君のことについてだが、今部下に調べさせている。数日の内には結果が出るとは思うが…正直に言って、進捗状況はあまり芳しくない」

 

「そうですか…スイマセン、お手数お掛けします…」

 

「…本当に、君は子供らしくないな」

 

 

やはり、俺が住んでいた場所は、日本という国はこのポケモン世界には存在しない可能性が高い…か。覚悟はしていたが、いざ現実として突きつけられると堪えるな。

 

俺の反応を見ていたサカキさんは…苦笑しているように見える。

 

 

「…?どういうことでしょう?」

 

「そういう反応の事を言っているのだがな…今にしても、昨日にしても」

 

 

いやまあ、こんな形でも中身は24歳ですから。社会的立場が上の人間に遜る(へりくだ)のは、脊髄反射レベルで刷り込まれてますんでどうしようもないです。

 

 

 

「まあ、こちらも出来る限りのことはさせてもらう。暗い話は一旦ここまでにしよう。今日の本題はこちらだからな」

 

 

そう言ってサカキさんが取り出し、机の上に置いたのは、上半分が赤、下半分が白の球形の物体。間違いない、これは…

 

 

「モ、モンスターボール!」

 

「ほう?初めて子供らしい顔を見た気がするな」

 

 

いやだって、モンスターボールですよモンスターボール!ポケモンを捕獲するために必須の重要アイテムですよ!まさしくポケモン世界を代表する、ポケモンファンとしては是非手に入れてみたい、使ってみたいアイテムじゃないですか!その現物を前にすれば、つい興奮しちゃうのも仕方ないと思うの。

 

でも、抑えるべきは抑えるべきなので…

 

 

「…う、あの…前いたところでは、触ることすら出来ませんでしたから、つい…」

 

 

…なんて、言い訳をしてみる。まあ、嘘は言ってない。別に間違いじゃないから。ポケモン自体が架空の存在だっただけだから。

 

 

「子供には触らせない…か。御両親は厳格な方だったようだな」

 

「は、はい」

 

 

いえ、比較的放任主義な共働き世帯でしたが。まあ、そんなことは口に出さない。

 

 

「説明はするまでもないと思うが、これにスピアーが入っている。本来はトレーナーカードの提示が必須だが…今回は私の権限で君に渡そう」

 

 

昨日、ここに連れて来られた後に俺はスピアーをサカキさんに預けていた。「トレーナー登録がないポケモンを無暗に建物内に入れることは好ましいことではない」と言われ、心細かったが素直に従っておいた形だ。何かされるんじゃないか心配だったが、無事帰って来てよかった。

 

サカキさんからモンスターボールを震える手で受け取る。感動の瞬間だ。ポケモンでやってみたかったことの一つ、「いけ!○○」と叫びながらモンスターボールからポケモンを出す…あとでやってみよう。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「いやいい。君の腕前は昨日見せてもらったし、スピアーもかなり君に懐いている。持っていても問題はないと判断した。ただ、問題行動だけは慎んでくれ。それと、すまないが情報がまとまるまでしばらくはここで生活してもらう」

 

「分かりました」

 

「では、すまないが私はこれで失礼する。ジムリーダーというのも中々に忙しい仕事でね」

 

「いえ、わざわざありがとうございました!」

 

 

外で待機していた部下の人に「あとは任せる」と告げて、サカキさんは去って行った。

 

 

「フー…」

 

 

プレッシャーから解放され、大きく溜息を一つ。この先どうなるかは分からんけど…まあ、なるようになるか。とりあえずはスピアーだ。

 

 

「すいません、スピアーを出してやりたいんですが…」

 

「それなら、中庭に案内しよう。その後は僕も仕事に戻るから、何かあれば事務室まで来てね」

 

「はい」

 

 

 

 

その後、中庭に誰もいなかったのをいいことに、色んなポーズでモンスターボールを投げてスピアーを出すという遊びを延々と行っていた。だってやってみたかったんだから仕方ないじゃない。

 

なお、しばらくして様子を見に来た部下の人に変なポーズとってたところを見られて苦笑された。冷静になって、すごく恥ずかしくなった。しにたい。

 

だから、昼からは部屋に籠って本を読んでテレビ見て過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~同日夜・トキワジム~

 

 

 

『コンコンコン』

「遅くに失礼します、ボス。言われていた件について、いくつかご報告が」

 

「…入れ」

 

 

 

 トキワジム・ジムリーダーの私室。今日一日のジムリーダーとしての仕事を終え、本業の確認作業を行っていた部屋の主・サカキは、部下からの報告を受けていた。

 

 

「まず、例の少年の件ですが、トキワシティ、及びマサラタウン周辺にて彼に該当する行方不明者の捜索願い等は出されておりません。また、ニビジムにも問い合わせてみましたが『該当するような案件はなかった』との報告がきております。ハナダ・ヤマブキ・タマムシの各ジムからの報告も同様です」

 

「…この調子だと、他のジムにも情報はなさそうだな」

 

「また、戸籍情報なども洗ってみましたが、彼の名前・身体的特徴と合致するものはありませんでした。出身地だという地名も存在していません。得られた情報は皆無と言っていい状況です」

 

「…ふむ、つまり彼は」

 

「はい、考えられる可能性としては、カントー地方以外の出身か、名前などでウソを言っているか、そうでなければ戸籍が無い等の可能性があります。ただ、それでも足取りに関する情報が一切掴めなかったというのは異常です」

 

 

昨日、マサヒデと名乗る身元不明の少年を保護し連れ帰ったサカキ。彼はそれに関連して、幾つかの指示を部下たちに出していた。大雑把に言えば「少年に該当する行方不明者の確認」と「少年の身元の特定」だった。

 

その進捗状況の報告を持ってきた部下の報告をまとめれば、『ツダマサヒデ』という少年の情報は皆無。それどころか、この世に何一つとして存在しない存在とも言えた。

 

 

「悲劇の少年か、嘘つき少年か、影無き少年、か…」

 

 

サカキは少年が嘘をついているとは思っていなかった。何やら隠し事はあるようだが、嘘がつけるような人間ではないと、僅かなコミュニケーションの中でその本質に近い部分を見抜いていた。そして、サカキはそんな少年に対して思いの外興味を惹かれていた。

 

あの時、あそこにいたのは仕事とは言え、本当に偶然だった。ジムリーダーとして、トキワの子供たちに簡単なレクチャーをすることは何度もあったが、それから見ると、あのピカチュウとの戦闘の中で彼が見せた勝負の才能とポケモンの知識。それは、あの年代の子供としては明らかに異常・異質。トップトレーナーの中に混じっても、互角以上に渡り合えるのではないかと思わせるほどのものであった。

 

そして、その興味は彼が部下に出していたもう一つの指示に関する報告により、さらに大きなものとなる。

 

 

 

「それから、現地の実働部隊からの報告です。『まひ状態のポケモンに対しクラボのみを与えたところ、昨日ボスが言われたとおり立ちどころに状態が回復した。採取を行い、より詳しい科学的な調査を行う』とのことです」

 

「…!」

 

 

クラボのみ…各地に自生する木から取れる木の実の一つだが、こんな効果があることは全く知られていなかった。なのに昨日、彼は当然のようにまひ状態を治すと言い切り、実際に与えられたスピアーの麻痺は彼と話している間に治っていた。彼は一体どこでそんな知識を身に着けた?

 

 

 

報告が終わり、部下が退出する。再び静寂に包まれた部屋の中で一人、サカキは心の中で笑う。『これは、面白い拾い物をしたかもしれない』と。

 

情報が一切存在しない謎の少年、年齢不相応に豊富な知識、子供らしくない口調と態度。そして、バトルで見せた勝負の才……あれは磨けば光る。サカキはそう確信した。彼を磨き上げたとき、その輝きはどこまで届くのか…1人のポケモントレーナーとして、指導者として興味は尽きなかった。

 

 

 

「(恐らく、今後も彼に繋がるような情報は出てこないだろう。そうなれば、自分が保護責任者となってトレーナーズスクールに通わせてみてもいいかもしれない。戸籍、トレーナーカードはどうとでも出来る。場合によっては、俺自身が直接手解きをしてやってもいい。

 

 

 

 

…それに、何を隠しているのかは知らないが、物になれば都合のいい手駒になるやもしれん)」

 

 

 

 

 

そこに、ロケット団ボスとしての打算を加えながら、サカキは少年の今後に対する段取りを組んでいく。

 

人知れず自分の未来が決められてしまっていたことを彼が知るのは、ずっとずっと先の話。

 

 

 

 

 




 

 はい、独自設定がニョキニョキ生えてきた第8話でした。ポケモンリーグの設定に関しては、アニメとかを参考に一晩で思い付きました。矛盾があっても生暖かくスルーしてこっそり指摘していただけると助かりますデス。

あと、読んでいて感付かれた方も多いかもしれませんが、主人公の知識とサカキ…と言うか、ポケモンに関する世界の常識には大きな隔たりがあります。その理由はタグでほぼネタバレしてますが、今後の話で話題にすることにはなると思います。


さて、それはそうと生きる為に全力を尽くした結果、サカキ様に無事気に入られてしまった主人公。無戸籍と言うのもサカキ様的には魅力だった模様。主人公の行く末に暗雲が立ち込み始めるが、彼はそれに気付かない。気付けない。ここから彼は光ある未来を掴むことが出来るのか?次回へ続く!
 


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第9話:一寸先は闇の道

 

 

 

 迷子を脱してから一週間ほどが過ぎた。サカキさんも色々と忙しいようで、あの日以来ここには来ていない。と言っても、あの人ジムリーダーであることに加えて表向きは会社の社長もやってるらしい。それに加えて裏ではロケット団ボスだしなぁ…ジムリーダーに会社社長という皮を被って実際は何か別の事やっててもおかしくない。俺の世話をしてくれてる部下の人は『ボスはキミの情報を集めてる』とは言っていたが、それ以降何の音沙汰もない。まあ、音沙汰が無いのは当然だろう。たぶん、俺が伝えた出身地などこの世界に存在するはずがないのだから。逆に該当するような情報があったらそれはそれで怖い。

 

そんな中での俺はと言うと、未だに連れて来られた建物から出ることが許されていなかった。部下の人曰く「勝手に出歩かれてまた迷子になられては困る」とのこと。俺はそんなに迷子になりそうに見えるか?…実際に迷子だった以上、何も言えない。だから欲しい物があれば部下の人に買ってきてもらう日々。事実上の軟禁状態だ。部屋でテレビ見て、持ってきてもらった本や雑誌読んで、時折建物内を散策したり、中庭で飛び回るスピアーを眺めたりして過ごしていた。

 

まあ、実際のところはそれでも別に問題なかった。テレビを見て、読んでいいと言われた蔵書を読み耽ってたら終わってたようなものだから。それに、この一週間は情報を自分の中で整理するという意味でもちょうどよい時間だった。

 

 

 

サカキさんは上記の通り、ジムリーダーに加えて会社社長という肩書を表の顔としている。サカキさんが社長を務める【トキワコーポレーション】なる会社は、ゲームコーナーなどのアミューズメント事業、レストラン・居酒屋・BARなどの外食産業、ツアーを企画・販売する旅行代理店など、手広く事業を展開するカントー地方でも有数の大企業であるらしい。ただ、1年ほど前にトキワジムリーダーに就任してからはリーダーの業務に軸足を置いており、会社のことは副社長である部下に任せているとのこと。

 

…で、その副社長と言うのが実はサカキさんの元秘書兼愛人。結婚はしていないが、子供もいるらしい。これは…あれかな?金銀版の赤い髪のライバルなのかな?気になるところだ。

 

自分が今いるこの建物も名義上はトキワコーポレーションの所有する物件で、創業時の本社だったらしい。事業の拡大と共に手狭になり、別にビルを建てて本社は移設。残されたここは改装されるでも処分されるでもなく、かと言って業務に使われるということもほとんどなく、今ではトキワに出張してきた社員の宿泊施設として機能している。俺の世話をしてくれている部下の人は、ここの管理を任されている社員さんだ。

 

 

 

周囲の状況というか、年代についてもだいぶ分かってきたことがある。ロケット団が存在する以上、原作が始まっていないのは何となく分かっていたのだが…

 

・ニビシティとハナダシティのジムリーダーが違う。恐らくはタケシ・カスミの親・姉妹か。

・四天王のメンツが違う。キクコ婆さんとシバはすでに四天王だが、ワタルとカンナの2人はまだ四天王ではない。ただ、ポケモンマスターとしてマスターズリーグに参戦しているのは確認済み。

・モンスターボールの種類が3つしかないなど、ゲーム内にあったアイテムの多くがまだ作られていない。初代にかなり近い。

・技マシンが使い捨ての仕様。

・タマムシデパート開店直前。

 

…などなど、ゲームと違う点が分かっただけでもこれだけある。上記のサカキさんの子供にしても、聞くところではまだ2、3歳だという。原作主人公たちが10歳を少し超えるぐらいの設定だったことを考えると、原作開始まではまだある程度時間があるのかもしれない。

 

その中でも、特に俺が注目したのが『特性や性格、技など、ポケモン関連の研究全般に俺の知識より遅れが見られる』ということ。俺の持ってるポケモンの知識とこの世界のポケモンに関する常識にはかなりの差があるようだ。

 

特性については研究が途上のようであり、性格のことはどんな雑誌を見ていても全く話題に上ることすらない。ポケモンのステータスがHP・こうげき・ぼうぎょ・とくこう・とくぼう・すばやさの6つで構成されていることについても、ベテランのトレーナーが経験則として語っているインタビュー記事は時折見受けたが、理論としては確立されていない。

 

技については攻撃技の研究は俺の知識と大体同程度まで進んでいるようだが、ゲームにおいて変化技に分類されていた技は知られていない、或いは知っていても効果がいまいち分かっていないという技が多い。前者が"バトンタッチ・ちょうはつ・いちゃもん"などに、"てだすけ"などのダブルバトル用の技で、後者が"あまごい・にほんばれ"といった天候操作系の技や"いたみわけ・じこあんじ"などだ。全体的に状態異常にする技や能力を変化させる技、体力回復技などの目に見える効果が無い技は認識され辛いのかもしれない。使える技一杯あるのに。

 

本来なら、ポケモン世界で生きる上でこれは大きなアドバンテージになるのだろう。が、はっきり言って現状では考え物だ。もしこのことをサカキさんなんかに知られたりすれば、最悪のパターンとして悪用されて原作崩壊、ロケット団が世界征服…なんて未来がありえるかも。周囲にいる人もたぶんロケット団員か、相応に息のかかった人たちだろうし…でも、知識フル稼働させて全力でトレーナー街道を駆け上がってみたくもある。うーん…どうしたものか、悩ましい。

 

 

 

…でも、表向きとは言えカントー有数の大企業の社長でもあるサカキさんに拾われてるってのは大きいよなぁ。それに、ジムリーダーを務めるぐらいにトレーナーとしての腕前は確かなモノがある。マスターズリーグの中継を見るに、戦術の面では物足りないかもしれないが、近くで見てるだけでも局面局面での動きなど、参考に出来る部分は多いと思う。ロケット団ボスというマイナス点を考慮しても、近くにいる利点は現状大きいのでは…という思いもないことはない。

 

…ま、今そこをどうするか考えてもどうしようもないし、そもそも自分の事なのに俺に決定権はなく、完全にサカキさん次第なんだよねぇ。

 

 

 

そんなことを考えながら、中庭のベンチに座っていると…

 

 

 

「やあ、マサヒデ君」

 

「…あ、ルートさん。お疲れ様です」

 

「はは、今日もスピアーと日向ぼっこかい?」

 

「ええ。本読むのも疲れましたし、テレビも面白い番組なかったし、やることもないので」

 

 

お世話になっている部下の人に声を掛けられる。この人は名前をルートさんとおっしゃるそうだ。トキワシティの出身だと聞いている。格好からして掃除の途中かな?

 

 

「…君には不自由させてしまってるね、ゴメンよ。でも、僕の一存でどうにか出来ることでもなくてね」

 

「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ何から何までお世話になってしまって申し訳ないです」

 

 

申し訳なさそうな顔をするルートさんだが、こっちとしては掃除洗濯食事に買い出し、全部やってもらってるのに自分はただグータラしてるだけという辺りに心苦しさを感じている。

 

 

…あーNEET生活最高なんじゃー。

 

 

 

「…ああ、ちょうどいいや。あとで伝えようと思ってたんだけど、明日辺りにボスが君と話をしたいんだって。詳しくは聞かされてないけど、情報が集まったんじゃないかな?」

 

「明日ですか…」

 

 

 

…いよいよこの時が来てしまったか。待ち望んでいたと同時に、恐れていた日が来てしまったようだ。顔には出さないように意識するが、心の中では不安が渦を巻き始める。俺の情報が集まらない、確認出来ないのはほぼ確定している。その上で、あの人は俺と何を話すつもりなのか、何を言われるのか…そして、俺は今後どうなるのか。

 

あと、あの人と面と向かって話すのが怖い。

 

 

 

「…僕は何も聞かされていないから分からないけど、君にとってハッピーな報告が聞けることを願っているよ」

 

「…ありがとうございます」

 

 

 

明日にならないと分からないことではあったが、当面の俺の運命が決定づけられる日になるという覚悟と確信はあった。俺のポケモン世界生活第二の山場は、すぐそこまで迫りつつあった。

 

 

 

 

 

…そして、時間は翌日の夜。審判の時を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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--

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、時間が惜しいから単刀直入に言わせてもらおう。残念ながら君の身元に繋がる情報は集まらなかった。何一つな」

 

「…そうですか」

 

 

 

 

日が沈み、夜の帳が下りる。良い子はお家でお休みをしているような時間帯。俺はサカキさんに呼び出され、1階応接室で呼び出した張本人と向かい合っていた。

 

入室して席についたのっけから、この人は遠慮なく火の玉ストレートを投げ込んでくる。いや、見た目は小学生なんだよ?こんな状況だったら普通精神的に不安になってるもんだよ?だから、もう少し子供に配慮してもいいと思うの。

 

 

…まあ、その火の玉ストレートを平然として見送る自分が言えたことではないですね、はい。

 

 

 

「戸籍もない、言われた住所も存在しない、足取りも掴めない…ここまで情報が得られないというのは普通あり得ないことだ。だから、もう一度だけ確認させてもらう。

 

 

 

…本当に、嘘はついていないな?」

 

 

 

サカキさんの鋭い眼差しが、まっすぐ俺に突き刺さる。周りの空気も心なしか冷たくなったように感じる。本能的に理解した。アレは…捕食者の目だ。

 

 

 

「……ええ、お伝えしたことは全部事実です。何故あの場所にいたのかも、僕の住んでいた場所も、全て本当の事です」

 

「生年月日のこともか?」

 

「…はい」

 

 

 

サカキさんに思い切り睨み付けられて萎縮してしまいそうになり、年齢のことも突かれて内心冷や汗ダラッダラだ。『コレ、何か感付かれてるんじゃね?』と嫌な予感が脳裏を過るが、社会人として鍛えたメンタル(紙)と心臓(ガラス製)で何とか持ち堪える。ここで喰われるわけにはいかない。

 

 

 

「…フ」

 

 

しばしの息が詰まりそうなほどの沈黙ののち、サカキさんが再び口を開いたことで時が動き出す。

 

 

 

「…君の素性について、不可解な点がいくつかあるのは事実だが、だからと言って10歳になるかどうかという子供を身一つで放り出すなどということは、人としてもジムリーダーとしても出来ぬ話だ。引受人もいない以上、君のことは私が責任をもって預かることにした」

 

「…!は、はい!ありがとうございます!」

 

 

 

重い空気を打ち払って出てきたのが、自分への死刑宣告ではなかったことに一先ず安心する。が、まだ気は抜けず体は硬くなったまま。

 

 

 

「ついては、準備が整い次第トレーナーズスクールに生徒として通ってもらうことになる。詳しい話は管理の者に伝えておくが、部屋は今の場所をそのまま使って構わない。戸籍やトレーナーカード、各種手続きについてもこちらで何とかしておくから安心していい」

 

「はい!」

 

 

ポケモントレーナーとしての基礎を学んで来いというわけですね、分かります。でも、状態異常とか相性の有利不利とか、超基本的な事しか教えてなかったような記憶があるんですが、学ぶことってあるんですかね?あと、戸籍を何とかするのって色々と大丈夫なんですか?聞いたら戻れなくなりそうで怖くて聞けないけど。

 

 

 

「…まあ、励むことだ。このサカキの推薦を受けて入校する以上は、な」

 

「は、はい!……はい?」

 

 

 

…え?推薦?何ですかそれ?俺何も聞いてないんですけど?いや、入学の話自体今初めて聞いたし当然なんだけど、何か色々とヤバい重圧が…

 

 

 

「では、私はこれにて失礼する。おやすみ、マサヒデ」

 

「え、あ…は、はい!お休みなさいです!」

 

 

 

 

そうしてサカキさんは以前と同じように去って行った。俺はしばらく魂が抜けたように部屋の中に佇んでいたが、あの人が出て行った扉が閉まる音で我に返る。

 

 

「…え、俺ってサカキさんの預かりになるの?って言うか、推薦ってどゆこと?」

 

 

雰囲気に呑まれて二つ返事しちゃったけど、何か凄いことになってしまってる気がする。要するに、あれだよな?サカキさんが身元引受人、暫定の保護者になるってことだよな?色々と大丈夫なのか?あと、その推薦って、いわゆる『裏口入学』ってやつじゃあないですよね?…ないよね?

 

 

 

「………」

 

 

 

すでに、俺の問いに答えてくれるモノはこの部屋にはいない。何と言うか、ゲリラ豪雨に降られた後のような気分だ。俺としては、どこかの施設に入れられるみたいなのを想像してたんだが、これで当面の間はサカキさんの掌の上ということになったワケか。不安の種は尽きないけど、とりあえず今はこれでも良しとしよう。ロケット団員養成施設みたいなのにぶち込まれるとか、人体実験に使われるなんていう、考えついた限り最悪な結果にだけはならなかったからな。その後のことは…まあ、その時に考えればいいか。未来何てどう転ぶか分からんもんだしネ。

 

 

 

 

 

…でも、一つだけ確かなことがあるとすれば、それは俺のNEET生活はもうすぐ終わるということだ。

 

ほんのちょっとだけ、憂鬱な気分になった。

 

 

 

 




 


~簡単な設定の話~

表向きは社長兼ジムリーダーなサカキ様。アニメでは社名がロケットコンツェルンだったんですが、少し変えてみました。デボンと被ってるけど気にしない。

時間軸については話の通り、原作開始よりも5年程度昔の設定です。ポケモンの研究や、アイテムの開発、発見もまだあまり進んでいません。前話でのクラボのみの件はそういう理由です。

主人公の年齢については、原作主人公よりも3~5歳ぐらい年上をイメージしています。原作知識については、一応USUMまでの知識を持っています。いわゆる知識チートってやつですネ。ただし、色々と時代が追い付いていないので活かせない知識がチラホラ…



…さて、気が付いたらサカキ様に飼われることになってしまった主人公。NEET生活も取り上げられ、何年ぶりかの学生生活を余儀なくされることに。トレーナーズスクールとはどんな場所なのか?上手くやっていけるのか?いつも背後に感じるサカキ様の眼差しと真っ黒(推定)な入学経緯、推薦という重圧を背負って、彼は学校の門を跨ぐ。

春休みの終わりと共に次回へ続く!
 


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第10話:カワイイは正義

※指摘があり、バトル前~後にかけて内容の加筆・修正を行いました。(2019/4/14)
 


 

 

 

『ピピピピ!ピピピピ!ピP…』

「ん…くあぁ…」

 

 

 

 目覚まし時計の鬱陶しくもパーフェクトな仕事振りにより、俺の意識が呼び起こされる。寝起きで回らない頭が徐々に目を覚ます。布団をはぐり身体を起こし、カーテンの隙間から差し込む日差しに眉を顰める。今日もポケモン世界の朝が来た。

 

 

みなさんおはようございます、津田政秀でございます。サカキさんとの話し合い(と言う名の通告)から更に一週間が経ちました。現在の場所は、俺の処遇決定後に仮の住まいから完全に俺の部屋となったトキワコーポレーション旧社屋の一室。まあ、要は今まで通りだ。

 

あの決定から色々と環境に変化があった。まず、入校準備と称して色々な荷物が俺の部屋に運び込まれた。教科書やノート、鉛筆等の文房具は勿論のこと、通学に使うためのリュックや上履き、果ては勉強机や本棚、収納ダンスなどが届けられ、部屋に運び込まれていた。全部サカキさんの名義で。これってあれですか?出世払いってことですか?それとも『あれだけ目を掛けてやったんだ、私の頼み…聞いてくれるな?』的なアレですか?

 

あと、お世話になってる管理人ことルートさんからは「自分のことは自分で出来ないとダメだよ?」の一言と共に箒と塵取りをプレゼントされた。何言われるか怖いので毎日仕方なく使って掃除してます。有難いんだけど有難くない。

 

 

それらの変化の中でも一番大きな変化と呼べるのは、俺のトレーナーカード(仮)が発行されたことだ。これに伴い、何も問題なくスピアーを外に連れ出せるようになった。あくまでトレーナーカード(仮)だから、色々と制限があるようだけども。大人の立ち会い無しでは「バトルしようぜ!」が出来なかったり、手持ちポケモンは一匹だけだったり…言うなれば仮免許の状態か。何はともあれ俺を縛る枷が若干緩んだようなものだ。やっほーい。

 

 

…ああ、それと軟禁状態もすでに解かれてます。実に一週間ぶりの娑婆の空気は上手かったです。お勤め御苦労様でした、俺。

 

 

 

そんなこんなでドタバタした一週間だったけど、必需品や書類の準備なども滞りなく済んだとのことで、いよいよ今日この後、俺はトキワトレーナーズスクールの門を叩くことになっている。時期的に編入と言う形になるそうだ。

 

 

 

布団から出て用意してもらった服に着替え、部屋の外へ出て顔を洗い、鏡を見て寝癖を直す。やはり学校デビューには、しっかりと身嗜みは整えていかないとな。開幕で失敗してボッチルート一直線なんて未来は勘弁して。

 

ルートさんが作ってくれた朝食を食べて、荷物を確認したらいざ出撃だ。

 

 

 

「…さ、行くぞスピアー」

「スピ!」

 

 

 

この日、一人と一匹がポケモン世界の新たなスタートを切った。

 

 

 

 

 

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 トレーナーズスクールは、優れたポケモントレーナーの輩出を目的に設立されたトレーナー養成学校。小中高一貫校となっており、初等部卒業と同時に卒業生にはトレーナーカードが交付される。エスカレーター制ではあるが、初等部から中等部、中等部から高等部へと進むためには、筆記と実技(テスト)である程度の結果を残すことが求められる。

 

トレーナーズスクールはカントー各地に存在し、構造と規則はすべてほぼ同様。日夜各地の学び舎で、ポケモンマスターの卵たちがその技術と知識の研鑽に努めている。世間一般的には、高等部を卒業したトレーナーのことを『エリートトレーナー』と呼び、中でも生徒数が多く設備も整っているヤマブキシティとタマムシシティのトレーナーズスクール高等部卒業生には、マスターズリーグでも上位に食い込むトップトレーナーたちが綺羅星の如く存在する。また、バトル以外の別の分野へ進み成果を残す者も多いと言う。

 

 

 

そんな数あるトレーナーズスクールの一つ、トキワトレーナーズスクールは、俺の部屋がある旧社屋が存在するトキワシティ市街地からは少し離れた場所にあった。学校紹介の資料によれば、在籍する生徒は初中高合わせて凡そ1000名程度。内6割ほどが今回俺が編入する初等部の生徒。残りは3割ほどが中等部、1割ほどが高等部となっている。エスカレーター校として見ると決して多いとは言えないが、初等部で600名というのは決して少ないとも言えない。なお、この世界においては…

 

・初等部(6歳~11歳・5学年)

・中等部(11歳~14歳・3学年)

・高等部(14歳~16歳・2学年)

 

…となっている。6₋3₋3に慣れている俺としては違和感しか覚えない。トレーナー認定制に伴う結果だろうか。歴史はまだまだ浅く、創立されてからまだ20年程度しか経っていない。故に、ある程度名が知られている卒業生も数えるほどしかおらず、まだまだこれからの学校と言えた。

 

 

 

…で、現在。

 

 

 

「はい、今日から皆さんと一緒に勉強することになる新しいお友達、マサヒデ君です。仲良くしてあげてくださいね」

 

「政秀です、よろしくお願いします」

 

 

 

俺は教壇の上で子供たちの好奇の視線を一身に浴びている。登校後すぐに職員室へ出向いて担任の先生に挨拶をした後、一緒に教室へ向かい、あとはテンプレ的な紹介と挨拶をして終了。とりあえず無難に挨拶を終えられたことに安堵しつつ、指定された席に着く。その後に待っているのはクラスメートとなる子供たちによる怒涛の質問攻め。なるべく素性は煙に巻きつつ、これまた自分的には無難に受け答えして終了。

 

俺が転入したクラスは3年1組。一応社会的に俺の年齢は8歳ということになったらしい。一学年約120人、それが3クラスに分かれてて都合40人程度。これだけの視線を集中的に向けられたのはいつ以来の事だったか。サカキさんとの話し合いとはまた違う理由で緊張する。どちらが嫌かと聞かれれば比べるまでもないが。

 

ただ、何事もなく質問タイムが終わったかと言うとそうでもなく、一人の女児の「ポケモン持ってるって聞いたけど本当?」との質問に反射的に「本当」って返してしまったら何か凄いことになった。キャーキャー騒がれ、先生の介入が無かったらどうなっていたやら。

 

後に担任の先生にこのことを話したら、俺ぐらいの年齢だとトレーナーカード(仮)すら持ってないのが普通ということを聞かされた。10歳まではポケモン持てないってのは聞いてたけど…サカキさん、アンタ何してくれちゃってんのぉ!?注目度が天井知らずなんですけど!?そしてあの時スピアー連れ回せることに喜んだ俺のアホー!

 

…でも連れ回せることは嬉しいし…むむむ。

 

 

 

何か、一限目が始まる前からすっごい疲れた。一日はまだまだこれからだというのに、心配していたこととは別の面で先が思いやられる出だしとなった。自分的には早くも躓きながらの学生生活の幕開けだった。

 

 

 

だったのだが…

 

 

 

 

~1限目~

 

 

「ポケモンのタイプは幾つあるか、昨日習ったね?さあ、幾つだったか…」

 

「ハイ!15タイプです!」

 

「うん、正解!」

 

「(…え、18タイプじゃ…ああ、時代的にまだ『はがね・あく・フェアリー』辺りが未分類なのかな?となると、ピッピやプリンの系統は分類上ノーマル単タイプということか?)」

 

 

 

~2限目~

 

 

「1時間目の授業に続いて、ポケモンのタイプと技について勉強します。皆さん、教科書の28ページを開いて。ポケモンはそれぞれ1つか2つのタイプを持っています。タイプにはジャンケンのように得意な相手、苦手な相手があり、バトルで勝つためには相手のポケモンが苦手なタイプの技を繰り出すことが云々…」

 

「(ハイハイ、知ってる知ってる)」

 

 

 

~3限目~

 

 

「今日の授業は、ポケモンがバトルの最中に掛かる状態異常…分かりやすく言えば、ポケモンがなってしまう病気みたいなものですね。これについて勉強していきます。ポケモンはバトルの中で、技の効果により状態異常に…」

 

「(基本中の基本じゃねーか…)」

 

 

 

~4限目~

 

 

「私たち人とポケモンの関係、どういう風に接していくべきか、みんなで一緒に考えましょう。トレーナーとして、ポケモンには愛情を持って接することが大事です。しかし…」

 

「(ポケモンをいじめることは、ひととしてぜったいにやってはいけないとおもいました、まる)」

 

 

 

 

 

~昼休み~

 

 

…だぁああぁぁぁ!何だこの授業は!ポケモン知識の基礎中の基礎ばっかりじゃないか!全部知ってるし、今更おさらいする理由なんてないぞ!?しかも俺の持ってる知識が時代を先取りし過ぎてて、迂闊なことは言えないし、出すにしてもどこまで出していいのかいまいち掴みきれん!でもジムリーダー(サカキさん)推薦の関係もあるし、内申点考えたら真面目に受けないと良い成績取れないし…こんな授業を俺はあと3年も真面目に受けなきゃならんのか?

 

道徳の話にしろ、極平凡な一般日本人だった俺からすれば当たり前の話だし…ハァ…

 

旧社屋ですらサカキさんの目とか気にして生活したりしてるのに、このうえで学校でも色々と注意を払わなくてはならないとか、俺の気の休まる場所が…心の平穏が…

 

5限目は保健体育や家庭科と言ったあたりの実技系の授業をひとまとめにしたような実践的な授業をするということだけど、机上の授業がアレだったからなぁ。実技系の授業はどうなのか…

 

知識はあっても経験が圧倒的に足りてない俺の現状故に、かなり楽しみにはしているんだが…過度な期待はしないでおこう。裏切られた時のダメージが少なくて済む。

 

 

 

その後、時間を持て余していた俺だったが、「遊ぼう」と声を掛けてくれたクラスメートの少年たちの誘いに乗って、掃除の時間が来るまで一緒に校内を走り回った。軟禁中はほとんど身体動かせなかったから、良い運動になった。それに何の変哲もない鬼ごっこだったが、久しぶりに童心に戻った気分になれて楽しかった。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

~5・6限目~

 

 

 

「はい、それでは5時間目の授業を始めます」

 

 

 

 昼休み後の掃除の時間が終わり、5限目の授業が始まる。場所は教室を離れてトレーナーズスクールが有する広大な校庭。その一角にあるコートのような場所に、俺たち3年1組の生徒たちは集められていた。

 

 

「今日の授業では、これまで習ってきたことを活かして、実際に簡単なポケモンバトルをみんなにやってもらいます」

 

「おおぉぉぉ!」

「やったー!」

 

 

先生から授業内容が発表されると、主に男子生徒たちから歓声が上がる。どいつもこいつもずいぶんと楽しみにしていたらしい。

 

 

「楽しみにしてたのは分かりますが静かに。皆さんにとっては、これが初めてのポケモンバトルになる人が多いはずです。授業で色々と勉強してきたとは思いますが、何事も体験することに勝る経験はありません。それを実際に感じ、そして楽しみましょう」

 

「「「はーい‼‼」」」

 

 

…そうか、実際にポケモンをバトルさせるのは全員初めてなのか。俺はすでにバトル自体は経験済みだからそこまででもない…と思いきや、対人戦は初めてだからちょっとだけ興奮してる。

 

そして、次の先生の言葉でただでさえすでに暴走気味だった全員のテンションがとんでもないことに。

 

 

「そして、先生が持ってきたカートの中には皆さんの人数分のモンスターボール…ポケモンが入っています。これから順番に2人ずつ名前を呼ぶので、呼ばれた人はカートの中から1個だけモンスターボールを取ってもらいます。そして、みんなにポケモンが渡った後で選んだポケモンでバトルしてもらいます。ちなみに、以前から伝えていたように今回選んでもらったポケモンは今後卒業するまで君たちの授業でのパートナーになるので、みんな気合入れて選んでくださいね」

 

「「「はーい‼‼」」」

 

 

え、何それ聞いてない。そんな俺の主張は言葉になることなく、他の子たちの大歓声に飲み込まれた。転入してきたばかりだから聞かされてなかった。やたらと全員が浮かれてるような気はしていたが、初バトルに加えて初のパートナーという面もあったわけか。まあ納得はした。

 

 

「覚えている技については、バトルフィールドの向こう中央部にあるモニターに表示するのでそれで確認してね。じゃあまず…」

 

 

そうして先生に呼ばれた生徒2人がフィールドの両端へ。なるほど、この縮小版サッカーコートみたいなのはポケモンバトルのフィールドだったか。

 

 

 

…で、みんなが順番に呼ばれてポケモンを貰っていく中、俺はと言うと流れ流れて最後まで呼ばれることなく残された。

 

 

「じゃあ最後にユーイチ君、マサヒデ君!ポケモンを取りに来て」

「はい!じゃあマサヒデ、おっさきー!」

 

 

呼ばれるや否や、一緒に最後まで残されていた、そして対戦相手となるユーイチ君は残り2つとなったボールがあるカートへ飛び出していき、1つを取って意気揚々とご対面。出遅れた俺は、必然的に残された1つを取ってのんびりご対面。アチラさんが取ったポケモンは…ふむ、ガーディか。中々良いポケモンだ。ウインディカッコいいよね。

 

さて、昔から『残り物には福がある』なんて言うが、どうかな?

 

ここ1週間の間にすっかり慣れた手つきでモンスターボールを拡大、開閉スイッチもオンにして空中に放り投げると、中から出て来たのは黄色い体にずんぐりとしたような丸っこい印象の可愛らしいポケモン。

 

 

「キュイ!」

「サンドかぁ…」

 

 

サンド。ねずみポケモン。タイプは『じめん』単タイプ。進化系のサンドパンはピカチュウ版でライバルの手持ちに入っていた。個人的に『あなをほる』が一番しっくりくるポケモン。かわいい。鳥取県にも生息してるらしい。以上。

 

 

「ま、よろしくな」

「キュイ!」

 

 

俺が声を掛けるとヤル気に満ち満ちた返事を返してくれるサンド。中々頼もしそうじゃあないか。あとはどんな技を覚えているかだな。使える技が分からんのでは話にならない。モニターに映し出されたサンド、そしてユーイチ君のガーディの技を確認する。

 

 

 ガーディ

ワザ:かみつく

   にらみつける

   ひのこ

   

 サンド

ワザ:ひっかく

   まるくなる

   すなかけ

   

 

 

…う~ん、さっきから見ていて『そうだろうな』とは思っていたが、お互いにレベルは高くなさそうだな。子供が扱うのだから当然だろうけど、ホント野生で捕まえてちょっと手を入れただけっていう感じだ。

 

技について考察していくと、ガーディと比べて中距離以上の距離になると手も足も出なくなる点は無視出来ない。向こうには『ひのこ』があるし、すばやさも高い。距離を取られると苦しくなるのは間違いないから、無理にでも距離を詰めて接近戦に持ち込むしかない。が、接近戦となるとひるみの追加効果が怖い『かみつく』が飛んでくる。対するこちらのメインウェポンは『ひっかく』…え、こんなのでどう勝てと。

 

特性に関してはこうげきのステータスを下げる『いかく』だった場合が厄介だが、打つ手はない。『もらいび』だとすごく有難いんだが…

 

 

 

さて、この勝負どうしたものか…というより、どうやったら勝てる?

 

 

 

 

 

 

 

考えてる間にも授業は進み、どんどんバトルも人を変えポケモンを変え進んでいく。初めて見るポケモンが多く、マダツボミやナゾノクサ、ニドラン♂♀、ポニータ、見たことがある中ではオニスズメやポッポなどが、少年少女のぎこちない指示の下懸命に戦っている。見た目が可愛らしいのが多いので、何と言うか…正直じゃれ合ってるようにしか見えなかった。かわいい。

 

…で、肝心の俺はというといつまでも呼ばれず、ただみんながアワアワしながら勝負してるのを横目に必死に勝つための策を考えながら、ひたすらサンドを撫で回していた。かわいい。

 

 

 

 

 

…そして、ようやく回ってきた俺の出番は授業の大取。

 

 

 

「じゃあ最後の対戦ね。ユーイチ君、マサヒデ君!ポケモンを持ってマサヒデ君はフィールドの左、ユーイチ君は右へそれぞれスタンバイして」

 

 

 

考えがまとまらないまま指示に従い、フィールドの左側へスタンバイ。時を同じくして向こうも準備完了したようだ。

 

 

 

「マサヒデ君、ユーイチ君、準備はいいですね?」

 

「はい!」

 

「いつでもどーぞ」

 

「では、勝負開始!」

 

「いけ、ガーディ!」

 

「サンド、頼んだ!」

 

 

先生の合図とともに、ガーディとサンドがモンスターボールからフィールドに飛び出ていく。

 

 

「ガルルルル…」

 

「キュ!?」

 

 

初っ端からと唸り声をあげて威嚇をかますガーディ。かわいいサンドが縮こまってしまったじゃないか。でもそれもかわいい。かわいいけど嬉しくない展開だぞ、これは。

 

 

 

とは言え初の対トレーナー戦。この貧弱な技でどこまでやれるか…やってみよう。

 

 

「いっけぇ!ガーディ、かみつく!」

 

 

先手必勝とばかりにユーイチ君の指示を受け、一直線に纏って突っ込んで来るガーディ。小型犬とは言え犬型だけあってかなりのスピード。モロにくらうと痛そうだ。

 

 

「サンド、よーく引き付けて…すなかけ!」

 

 

対するこちらは『すなかけ』を指示。相手の技の命中率を下げる技だ。火力で負けている以上、正面からのぶつかり合いは不利。搦め手を上手く使っていかないと勝利はない。向こうから突っ込んで来てくれるし、ましてやそのスピードでは避けられまい。

 

 

「がぅッ!?」

「ガーディ!?怯むな、突っ込め!」

 

 

真正面からまともにすなかけを浴びたガーディは一瞬足を止めて怯む。が、すぐにまた元の通りに炎を纏って突っ込んで来る。でも、かなり詰まったこの距離で、一度殺されたスピードを取り戻すことは難しかろう。

 

んじゃ、次の手だ。

 

 

「サンド、まるくなる!」

「キュッ」

 

 

すなかけで得た僅かな隙に、新たにぼうぎょを上げる技『まるくなる』を指示。直撃に備える。

 

 

『ガブ!』

「キュッ!」

 

 

程なく、かみつくがクリーンヒット。まるくなるによってボールのような状態になっていたサンドは、さながらサッカーボールの如く俺の方へと弾き飛ばされる。ダメージは気になるところだが、元々物理耐久は高めのサンドだ。まるくなるも積んでいるし、そう易々とは落ちないはず。

 

 

…でも、サンドには打開する手段がない。

 

 

 

「ガーディ、逃がすな!追撃のかみつく!」

 

「ガウガウ!」

 

 

勢いに乗って追撃を仕掛けてくるガーディ。

 

 

「サンド、ひっかく!」

 

「キュッ!」

 

 

サンドがどの程度やれるか確認のため、ここで一度攻撃を指示。飛び掛かるガーディと迎え撃つサンド。結果は…

 

 

 

「ガッ!…ガウゥゥ!」

「キュッ…キュイ!?」

 

 

…ひっかくはまともに入ったが、ガーディの勢いを弾き返すまでには至らず。手痛い一撃を貰ってしまい、サンドはよろめく。

 

 

「いいぞ、そのまま押せ!ガーディ、かみつくだ!」

「ガガゥ!」

 

 

勝負を決めに掛かったガーディが迫る。下がり過ぎてラインはギリギリ、これ以上後ろには下がれないし決め手にも欠ける…受けるしかない?

 

 

…それではジリ貧だ。それでも、迫る相手には対応しなくてはならない。

 

 

 

 

だから、俺は咄嗟にそう指示を飛ばした。

 

 

 

 

「くっ…サンド、そのまま『ころがって』避けろ!」

 

 

 

 

その指示に応えたサンドの動きは、目を見張るものだった。素早く体を丸めると、車のタイヤを思わせるような回転で機敏にガーディの攻撃を躱して見せた。

 

 

そこで、俺は気付いた。その様がまるで技を指示した時のようであったことに。そして思い出した。サンドがかなり早い段階で技『ころがる』を覚えるということに。

 

 

「(もしかして…サンドはすでに『ころがる』を覚えている…?でも、モニターには覚えているなんて…)」

 

 

 

でも、覚えているならこの状況における切り札になりえる。そう考えれば、理屈などどうでもよかった。

 

 

 

「サンド!転がったままガーディに突っ込め!」

 

 

 

その指示に、サンドは避けた勢いもスピードに変えて、そのまま砂煙を上げながら爆走を開始。サイドラインギリギリで華麗にUターンを決めると、ガーディに向かって猛進した。

 

 

「ガ、ガーディ、ひのこだ!」

 

「ガウッ!」

 

 

サンドの勢いに怖気づいたか、それまでの押せ押せムードが嘘のように慌てたユーイチ君は、ひのこの指示を飛ばし迎撃しようとする。その指示に応え、ガーディが口から吐き出したひのこがサンドを襲う。

 

 

…が、ここですなかけの効果か、ひのこはサンドを捉えることなく、サンドはスピードに乗ってみるみる内に距離を縮めていく。

 

 

「え、えーと…か、かみつく!」

 

 

ここであちらさんは、迷った末に真っ向勝負を選択。選択と言うか、咄嗟にそれしか思い浮かばなかったと言った方が的確かもしれないが、ひのこを指示した段階でならまだしも、ここまで詰められた状況でその選択は間違いだと思う。素直に逃げるべきだった。

 

 

 

「サンド!ぶちかませ!」

「負けるなガーディ!」

 

『ドン‼』

 

「キュイィィィ!」

「ガゥッ!?」

 

「ガ、ガーディ!」

 

 

 

両者がぶつかったと思った次の瞬間には、ガーディがあっさりと押し負けて弾き飛ばされる。当然だ、勢いはスピードに乗り切っている分こちらが上。おまけに効果も抜群ときた。負ける理由がない。そしてサンドは…まだ、止まってない。ならばやることは一つだけ。

 

 

 

「サンド、そのままトドメだ!『ころがる』!」

 

「キュイ!」

 

 

 

押し負け弾き飛ばされたダメージで立ち直りが遅れたガーディに、無慈悲な追撃のサッカーボールが迫る。そして…

 

 

『ドン‼‼』

「ガーディィィ‼」

 

 

豪快な衝突音と共にフィールドの端から端へと吹き飛ばされた。審判の先生がガーディの状態を確認に走る。判定は…

 

 

 

「ガーディ戦闘不能!よってマサヒデ君の勝ちです!」

 

 

「「「おぉぉぉー‼」」」

『パチパチパチ…』

 

 

 

戦闘終了の合図とともに、観戦していた他の生徒たちから大きな歓声が上がる。一つ大きく息を吐いて、勝利したことに安心し、静かに笑う。不利な状況ではあったが、まさかの気付きによって辛くも勝つことが出来た。

 

今回土壇場で使った『ころがる』はいわタイプの技。出し続けることで威力が増加していくという特徴があり、事前に『まるくなる』を使用していると威力が倍増するという効果もある。案外、最初に使用したまるくなるが威力に影響していたのかもしれない。

 

この技に関しては、金銀版をプレイしたことのある人なら、コガネジムリーダー・アカネ、そしてその切り札・ミルタンクが印象深い。散々苦しめられたという悪夢を思い出す人は多いと思う。無論、俺も小学生の頃に散々煮え湯を飲まされた苦い記憶がある。

 

 

それにしても、モニターに表示されなかったのは一体どういうことだ?まさか、バトル中にレベルアップして覚えたなんてことは…それとも、もしやまだ『ころがる』という技の存在が分かっていないのか?

 

 

 

「キュイ!キュイ!」

 

 

見事に勝利を掴んできたサンドが、思考の海に沈む俺の前まで戻って来てピョンピョン飛び跳ねている。「褒めて!」とでも言っているのか…とりあえずかわいい。

 

 

「お疲れだったな、サンド。いい勝負だったぜ」

「キュイッ!」

 

 

労をねぎらい、頭を撫でてやると目を瞑って実に気持ちよさそうにしている。何だこのかわいい生物。人目が無かったらすっごいモフりたい。もうころがるのことなんて後でいいや。サンドがかわいいからすべてよし。

 

 

 

 

 

その後、フィールドの真ん中で相手と握手して、俺の出番は終わった。相手のユーイチ君はかなりあっさりと負けてしまったことに悔しそうに俯いていたが、勝負の相手に敬意を払って挨拶することは忘れないあたり、年齢の割にちゃんとしていると思う。まあ、今回は相手が悪かったと思って切り替えなよ。いや、マジで。

 

そして、俺の出番=ラストバトルであったため、すぐに全員が集められ先生から今日の総括の話があった。最後に今日の自分の勝負についての感想を提出するように指示を受けたところで授業終了の合図の鐘。

 

 

 

こうして、俺のトレーナーズスクール初日は…まあ、何とか無事に終わった。もう全部実技だけになればいいのにと、スピアーを連れての帰り道で心の底から思った。

 

 

明日から、憂鬱だなぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…なお、担任とサポートに回っていた先生方によって、今日のバトルによる俺の実技面の評価が非常に高くなり、その後も安定した成績を残し続けたことでぶっちぎりの学年トップに位置付けられてしまったことを、そしてその事実が俺を更なる苦境に追い込む結果になることを、この時の俺は全く知らなかった。

 

 

 

 




 

はい、というわけでトレーナーズスクール初日でした。連勤だったり熱出したりで時間が無かったのと、内容について学生時代どこまでやるかとか、文章について些細なことで行き詰まったりしてました。とりあえず燃え尽きながらサンドが可愛いとゴリ押しするスタイルで何とか乗り切りました。


さて、問題の主人公。知識面では何とかボロは出さずに済んだようですが、実技面では勝ちにこだわって速攻でやらかした模様。やらかした結果主人公に降りかかる災難とは一体何か?乗り越えることは出来るのか?頑張れ頑張れ主人公、空からサカキ様が見詰めているぞ!






ネタバレ:だいたいサカキ様のせい。次回へ続く!

 


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第11話:ボスはスパルタがお好き

 

 

 

~トキワトレーナーズスクール~

 

 

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

「はい、それまでです。鉛筆を置いて、テスト用紙を後ろから前に送ってください」

 

 

 

トレーナーズスクール3年1組の教室。鳴り響くチャイムの音と共に、静寂と緊張に包まれ張り詰めていた空気が弛緩する。ガヤガヤと一気に騒がしくなる中で、編入時に最後列の席を宛がわれていた俺…津田政秀は、天井に向かって高々と両手を掲げていた。

 

 

 

…なんてことはない。ただ凝り固まっていた身体を伸ばしていただけだ。

 

 

 

ポケモン世界での生活も3ヶ月目に突入し、トレーナーズスクールでの学生生活もすでに夏休みが目前に迫っている。気温の上昇と共にどこか浮ついたような空気も漂い始めつつあった今日、トレーナーズスクールでは期末試験が行われていた。

 

黙々とみんながテスト用紙とにらめっこしている中で、毎回おそらくクラス…いや、この学校の誰よりも早く解答を終わらせていたであろう俺は、クーラーも無い茹だるような暑さの中でやることもなく、かと言って寝ることも出来ず、残りの時間をただただ暑さに耐えて過ごすということをテスト毎に繰り返していた。

 

でもそんな拷問とも言える時間もこれで終わり。5限目のテストはたった今終わった。今日はこれでもう帰るだけ。あとは消化日程とも言える数日間の授業が終われば、晴れて夏休み突入。つまらん机上の授業どもともオサラバだぜ。俺は実践派だからな、デスクワークなど性に合わない。

 

 

 

 

 

そんな浮かれた気分で迎えた放課後。のんびりスピアーと帰ろうかとでも考えていた俺は、ホームルーム時に担任の先生に名指しをくらい職員室へと呼び出されていた。

 

別に何か悪さをしたなどということはない。編入以降成績優秀な優等生だからね、自分で言っといて何だけど。では、俺が何故呼び出しを受けたのかというと…

 

 

 

 

「マサヒデ君、合宿に参加してみる気はない?」

 

「合宿…ですか?」

 

 

 

聞くところによると、このトレーナーズスクールでは毎年夏場にトキワの森でのキャンプ合宿を行っており、それに3年生代表の1人として参加してくれないか…ということだった。

 

 

 

「ホントは4年生以上が参加対象なんだけど、成績が上位だった3年生には任意で毎年参加してもらってるの」

 

「どういうことをやるんですか?」

 

「班のメンバーやポケモンたちと協力してキャンプしたり、森で採った木の実や野草を使って料理を作って食べたり、川で遊んだり、一緒に特訓したり…楽しいと思うわよ?スピアーも連れて行っていいし」

 

 

ふむ、それは…いいかもしれない。夏休みと言っても何か予定があるわけでもなく、夏休み中旧社屋に籠ってるわけにもいかないし。楽しそうだ。それに、一応森暮らしは経験長いからね…死ぬ一歩手前の極限生活だったけど。まあ、上級生にも問題なくついていけると思う。

 

 

 

「それと、トキワジムのトレーナーさんたちの指導もあるわ」

 

「あ、そうなんです?」

 

 

トキワジム所属トレーナー=サカキさんの手下じゃないですかーやだー。でも、実力はあるんだろうから戦い方を学ぶいい機会かもしれない。まだ見たことのないポケモンも見られるかもだし。オラ、ワクワクすっぞ!

 

 

 

 

 

 

…でも、世の中何でもかんでも上手くはいかない。美味しい話には裏があるわけでして。そんな具合に良い感じでモチベーションが盛り上がってきたところに、この担任の先生は特大の爆弾をぶちかましてくれました。

 

 

 

「それに今年は君がいるからかしらね、ジムリーダーも直々に指導に来てくれるそうよ」

 

「…はい?」

 

 

 

…え、何それ。すごい聞きたくなかった。って言うか何で?たった今物凄く参加したくなくなったんですけど。

 

合宿楽しそうだとは思ったが、サカキさんが来るというなら話は別だ。ロケット団ボスとの接触は出来る限り避けたい。何度か話し合い(通告)したから分かるけど、あの人のオーラ半端ないんだよ。正直俺の胃がストレスで光の速さで木っ端微塵になりかねない。任意でっていう話だったし、ここは迷わず戦略的撤退を…

 

 

 

「あの、参加しないというのは…」

 

「ホントはご両親に許可を貰ってから参加してもらうんだけど、マサヒデ君は保護者のジムリーダーにお伺い立てたのよ。そしたら参加させてやってくれって。返事も来てるわよ。「楽しみにしている」…ですって!」

 

「oh…」

 

 

おのれサッカーキ!不参加は許さない腹積もりだな!つーかアンタ来るのかよ!?忙しいんじゃないのか!?そして先生は事前に俺を売ったな‼任意じゃなかったのかよォ!!なんでなんだぁぁぁぁぁぁ‼‼‼

 

 

 

 

 

…かくして、俺の『夏休みトキワの森キャンプ合宿~ドキッ☆ジムリーダーも来るよ!~』への参加が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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~時は流れて夏休み~

 

 

 

「はーい!それではこれより、トキワの森強化合宿に出発しまーす!」

 

「班ごとに並んで、順番に出発するぞー!まずは1班から!」

 

 

 

 

…ああ、ついにこの日が来てしまった。夏休み強化合宿、待ち受けるのはトキワの森の大自然、そしてトキワジムリーダーにしてロケット団のボス、悪のカリスマサカキさん…ああ、気が重い。合宿地点までの道のりが処刑台まで続く階段のように思えて仕方がない。

 

 

「スピー?」

「キュイ?」

 

 

スピアーとサンドが「どうしたの?」とでも言いたげな様子でこちらを見ているが、君らも一緒に死の道を逝くことになるんやぞ?

 

…まあ、こいつらにはそんなこと関係ないか。気楽そうで羨ましいね。でも、どんな形であれ同行者が居てくれるというのは本当に心強い。こっちに飛ばされて来た少し後のスピアーでも思ったけど、改めて感じた。仲間大事。

 

 

 

「キャンプ場では先にトキワジムの方々が準備を行ってくれています。着いたらちゃんと挨拶するように!」

 

 

 

これで待っているのが執行人でなければ言うことないのになぁ…

 

そうしているうちに隊列が次々と進みだし、俺の所属する班も順番が来て歩き出す。下級生と言うことで隊列の真ん中に組み込まれ、因縁の地・トキワの森へと歩みを進めた。

 

 

 

 

…ああ、腹が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~トキワの森・キャンプ場~

 

 

 

「はい、それでは合宿の最初にみんなにやってもらうことは、寝泊まりするテントの設営です!手順は合宿のしおりに記載してあるとおりだから、班のメンバーで協力してね。付き添いの先生やトキワジムの人の指示には従うように!」

 

「「「ハーイ!」」」

 

 

 

キャンプ場に辿り着き、挨拶等が一通り終わってから最初の活動はテント設営。指導役の先生とジムトレーナーの見守りの下、上級生の指示に従ってテントを張っていく。今後ジム巡り等の旅をする際に、野宿するのに必要な技術と言うことで真剣に取り組む。そもそも、日本でもキャンプなんて中々する機会無かったから楽しい。

 

 

それが終われば、次はそのまま昼飯。飯盒で米を炊き、大鍋で班毎にカレーを作っていく。材料は上級生が事前に買い出しをやっていたらしい。大自然の中で食べる食事は、普段とはまた違った美味さがあった。

 

 

 

昼食後、一休みしたら合宿本来の目的のジムトレーナーの皆さんによるバトルの指導。サカキさんが参加するのは明日からと言うことで、今日は死刑執行はないらしい。安心した。決して1日先延ばしになっただけだなどと思ってはいけない。主に俺の心の安寧のために。

 

1つの班が10人で、4班ずつが一纏めで1つの指導単位となる。1グループに先生1人とジムトレーナー1人が着いて、トレーナーのバトル講座を聞いたり、色んな質問を行っていく。講座そのものはバトルにおけるポケモンの基本的な動かし方についてがメインで、多少は為になったという程度だったが、質問の時間の際、俺はどうしても1つ聞いておきたいことがあった。

 

 

「ポケモンの技ってどれくらいあるんですか?まだ分かってない技があったりはするんですか?」

 

 

質問の念頭にあったのは、忘れもしない編入当日のポケモンバトル。サンドは土壇場で「ころがる」を繰り出して辛くも勝つことが出来たが、そもそも技を表示するモニターにころがるの表示は無かった。

 

あの後色々と考えたりスクールの先生にも似たような質問をぶつけてみたりしたが、モニターに表示されなかった理由は恐らく、ポケモンの研究が俺の知識ほど進んではおらず、技にもまだ未解明な部分が多いのでは…という結論に行き着いた。分かってなければ表示されることもない…まあ道理だな。で、歴戦のジムトレーナーの回答は…

 

 

「少なくとも100種類以上確認されているよ。ただポケモンについてはまだまだ研究が続いているから、もしかしたら今後新しく技が見つかるかもしれないね」

 

 

…これでまた一つ、俺が出した結論が間違いではない可能性が高くなった。ポケモンはたぶん俺の持っている知識どおりにレベルアップで技を覚えていく。サンドがころがるを覚えたように、スピアーにしても今後"どくづき"や"がむしゃら"といった技を覚えるのだろう。でも、現状では第1世代相当の技しか解明が進んでおらず、まだ認識されていない技がたくさんある。あの時戦ったガーディにしても"かぎわける"といった辺りの技を本来なら覚えていた…否、今も覚えているはずだ。

 

 

 

…しかし、これは悩ましいぞ。今の俺の知識の中にある戦術は世代を重ねて進歩し、改良され、積み上げられていったもの。当然、その戦術の中で使われる技は幾つもの世代に跨って存在する。それらの戦術の扱いをどうするか…便利な技も多いから、それらが使えるかどうかは戦術に大きく影響する。

 

仮に第1世代の技しか使わないとした場合、俺はどこまで戦える?そもそも、第1世代の技ではどく・むし・ゴースト・ドラゴンといったあたりのタイプは技が貧弱すぎるから、現状ではスピアーの将来的な構成がかなりキツいことになっている。テレビで見たワタルさんもカイリューやハクリューで"はかいこうせん"連発でゴリ押ししてたし。

 

最高威力の技を記憶の限りで列挙すると、どくは"ヘドロこうげき"、むしは"ミサイルばり"、ゴーストは"したでなめる"、ドラゴンはこの世界ではどうか知らないが、固定ダメージの"りゅうのいかり"しかないという状況だったはず。

 

せめて"ヘドロばくだん・どくづき・シザークロス・むしのさざめき・とんぼがえり・げきりん・ドラゴンクロー"あたりは使えるようになって欲しいものだが…

 

他だと、"まもる"といった防御系の技や、"にほんばれ"などの天候操作系の技なんかは全くと言っていいほど解明が進んでいない。分かってる技と言えば、やはり第1世代からある"つるぎのまい"なんかの能力を変化させる技や、"どくどく"等の状態異常技がせいぜいと言ったところ。

 

 

 

たぶん、まだ分かっていない技を使うことは、使うだけなら可能とは思う。ころがるもすでに見せちゃったから今では普通に使ってるし。ただ、後先考えずに知識を披露すると、この世界にどんな影響をもたらすのか、そして俺にどういう形で返ってくるのかが分からない。現実問題、ころがるを使った後少しして研究者を名乗る人物が集団でスクールを訪ねて来て、少し話を聞かれた。もう少し研究して、今度の学会とやらで新しい技として登録するとかなんとか…俺の側としては、偶然だってことで通してお帰りいただいたが。

 

ころがるでさえこんなことになったのに、これ以上に迂闊なことをするとどうなることか…ただでさえ、俺の後ろにはあのロケット団ボス・サカキさんがいるわけでして…はぁ。まあ、現状ではそれらの技が使えないからと自分に大きな影響があるわけではないし、スピアーのレベルが育って、手持ちも増えて、「さあどうしよう」って時が来たら考えればいいか。

 

 

 

 

 

講義が終われば、その後はジムトレーナーの指導を受けながらグループ対抗のポケモンバトルを行っていく。と言っても、メインは4・5年生たちであり、3年生の俺は専ら見学だ。俺たちよりも1年~2年長くポケモン扱ってるだけあって、全体的に動きが同級生よりも洗練されているようには見える。それでも技は"たいあたり・ひっかく"がメインで、ポケモンによっては"みずでっぽう"や"ひのこ"を使っていたという程度。スポーツに例えるなら、技術はあるけど身体能力が年相応と言ったところだろうか。あまり参考にはなりそうにないレベルだった。

 

 

 

結局この日はバトル講義・実践が最後になり、後は夕食までと夕食後の自由時間を班のメンバーやスピアー・サンドと思い思いに過ごして、キャンプ合宿初日は暮れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そして、翌日。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ紹介します。皆さんのために特別に来てくださいましたジムリーダーのサカキさんです。皆さん、大きな声で元気に挨拶しましょう!」

 

「「「おはようございまーす‼‼‼」」」

 

「うむ、おはよう」

 

 

 

満を持しての御登場!我らがトキワジムリーダー、サカキ様だぁあぁあああぁぁぁぁいやぁぁぁぁああああぁぁ!!!!

 

 

 

はい、翌日の午前中から始まった実技講習にいきなり地中から生えてきたかのように現れたのは、ご多忙にもかかわらず未来ある子供たちのために特別指導員を引き受けて下さったトキワジムリーダーにしてロケット団ボス、そして俺の書類上の保護者・サカキさん。子供たちの歓声に包まれながら、まず初めにと始まったのは簡単な挨拶と全体のお話。それが終わって実技講習に移った途端、初っ端から名指しでバトルフィールドに引きずり出された俺。いや、あの、俺3年生なんですよ?今回は半ばゲスト参加のようなものですよ?上級生の皆さんを優先した方が…

 

 

「今日はあくまでバトルでの動き、指示や考え方を実習する場だと聞いている。ならば実際に見てもらうのが一番だ。見学してもらう分には君がむしろ相手の方が都合が良い。と言うか、やれ」

 

「ですよねー」

 

 

くそぉ、無理やりにでも俺を相手にする気だぞこのパンチパーマは。あ、待って、まだ心の準備が出来てないんです。せめて辞世の句を詠むぐらいの時間は…あ、ダメ?さっさとスタンバイしろ?問答無用でいきなり公開処刑ですか、そうですか。

 

 

 

「聞けば、編入初日から中々興味深いことをやったそうじゃないか。話は聞かせてもらっている。期待してもいいのだろう?」

 

 

 

あ、これ「ころがる」の件バレテーラ。まずいなぁ、これ。テケトーにやって負けるのもありだけど、それをやると後が怖いし、ホントどうしよう、どうしましょう、どないしよう。

 

 

 

 

…ええい、ままよ!

 

 

 

「お願いします!」

 

「楽しみにしているぞ。さあ、君の3カ月を見せてもらおう!」

 

 

 

先生上級生ジムトレーナー、今ここにいる全員300名弱の視線を一身に浴びて、俺は処刑台に上がる。正直緊張感やら何やらでガクブルものだが、見てろサカキさん。勝てるとは思わんけど、どうせやられるならやれるとこまでやってやんよぉ‼‼

 

 

 

「頼むぞサンド!」

 

「ニドリーノ、いけ」

 

 

 

お互いのポケモンがボールからフィールドに飛び出していく。学校の行事なので、こちらはいつも通りにサンド。対するサカキさんのポケモンはニドリーノ。ニドラン♂の進化系…って、いきなり子供相手に進化系かよ!?

 

 

 

「先手はくれてやる、こい」

 

「…なら、お言葉に甘えて!サンド、まるくなる!」

 

「キュ」

 

 

これが強者の余裕なのか、平然と先攻を譲られたので、遠慮なく『まるくなる』を積みにかかる。ゲームの設定そのままならば覚えている技から考えてこちらのレベルはおそらく10代。向こうは進化しているから、少なくともレベル16はあることになる。具体的にどの程度のレベルなのかが分からないが、サンドよりは上のはず。用心するに越したことはない。

 

…技マシンで『れいとうビーム』辺りなんかを覚えさせてたらもうお手上げだが、子供の実習で流石にそんな無体なことはしない…と思う。たぶん。

 

 

 

「んでもって、ころがる!」

 

「キュイ!」

 

「ふむ、それが……ニドリーノ、ギリギリまで引き付けろ」

 

「グァウ!」

 

 

授業であれ以来常用している『まるくなる』からの『ころがる』のコンボ、通称『コガネのトラウマ』。徐々にスピードを上げながらサンドがニドリーノに突っ込んでいく。対するサカキさんとニドリーノは受けの態勢。スクールではサンドの必殺コンボだが、どう出てくる?

 

 

「今だ、左に跳べ」

 

 

惜しい。ギリギリまで引き付けられて、もうちょっとのところで横っ飛びで避けられた。ニドリーノがさっきまでいた場所を、サンドが通過していく。失敗したなら一度仕切り直しだ。

 

 

「サンド!止まってもう一度まるくなる!」

 

「それだけの勢いだ、急には止まれまい。ニドリーノ、みずでっぽう」

 

「うげっ!?」

 

 

 

甘えた動きは見逃してくれないサカキさん。こちらの動きが止まる一瞬を狙って攻撃を仕掛けてくる。指示した技はみずでっぽう。その名の通りみずタイプの攻撃技…ってそんな技覚えんのかよ!?

 

 

「サンド!やっぱり止まるな!そのまま距離を取れ!」

 

 

ニドリーノってそんな技覚えたっけ?と焦りながらも距離を取るよう指示を出す。間髪入れずにニドリーノからみずでっぽうが発射される。素早い指示が奏功してか、攻撃はサンドを捉えることなく終わる。

 

思い返せば、確か初代にはみずでっぽうの技マシンがあったような気はするが、それにしても流石はニドラン系統。進化前とは言え「技のデパート」とも言われたほどのポテンシャルは恐ろしい。つーか、サカキさんも子供相手に平然と普通は覚えない抜群技を使うとか、すげぇ大人げないことを…いや、ここは"れいとうビーム"とか"ふぶき"なんかの高火力技じゃないだけ有情だと思おう。

 

とにかく、これでまるくなるの重要性がやや下がった。ころがるの威力を倍加させる効果はあるが、特殊技である『みずでっぽう』相手じゃ隙を与えるだけになりかねん。おまけに中途半端な距離だと容赦なく撃たれる。十分な距離を取って持久戦か、一気に詰めてインファイトに持ち込むか…

 

 

 

「どうした?来ないのならこちらから行かせてもらうぞ?ニドリーノ、距離を詰めながらみずでっぽう」

「グァ!」

 

「サンド、そのままぐるっと一周回って回避だ!」

「キュイ!」

 

 

じわじわと距離を詰めながらみずでっぽうを撃ちまくるニドリーノ。対してこちらはフィールドの外周を大きく回り込んで距離を取りながら逃げに徹する。

 

やがて、お互いの位置がバトル開始時の場所まで戻って来たところで『ころがる』を解除。というか、このままだと『ころがる』の使い過ぎでサンドがもたない。ここで一旦仕切り直しを…

 

 

「眼前で足を止めるのは感心せんな、みずでっぽうだ」

 

「回避!」

 

 

俺の考えを嘲笑うかのようなみずでっぽうがサンドを襲う。サンドは横に転がって素早く回避…

 

 

「キュ!?」

「サンド!?」

 

 

 

…と思ったが、一度止まったタイミングを狙われたことで反応が遅れ直撃、サンドは弾き飛ばされる。持ち堪えはしたのでまだ戦えはすると思うが、サンドにとっては効果抜群の技だ。そう何回も受けられるものではない。

 

 

クッソ、足が止まったと見るやすぐこれだ。子供相手にホント容赦がないなこのおっさん!考える暇もねぇ!

 

 

 

「サンド、やれるか!?」

 

「キュ、キュイ!」

 

「なら、距離を詰めるぞ!ころがる!」

 

 

このまま逃げ回っていてもジリ貧になるだけ。なら、イチかバチかで接近戦を仕掛けるしかない。

 

 

「なるほど、受けて立とう。ニドリーノ、つのでつく」

 

 

サカキさんもニドリーノに近距離戦を指示。『みずでっぽう』で一方的に嬲って終了なんてことは考えてないらしい。まあ、あくまで授業だもんな。

 

互いに一直線に突進し、一気に双方の距離が縮まっていく。ぶつかり合う瞬間が迫る。

 

 

…ここだ!

 

 

「サンド、ここですなかけ!」

「キュっ!」

 

「む!」

 

 

至近距離まで迫ったところで『ころがる』を解除させ『すなかけ』を指示。意表を突いた形になったか、ニドリーノはまともに砂を被り攻撃の勢いが目に見えて失われる。ここで主導権を握らねば、たぶん後はない。畳みかける!

 

 

「サンド、そのままひっかく連打!」

「キュイ!」

 

「グァゥ!?」

 

 

続けて足を止めたニドリーノに『ひっかく』がヒット。それを皮切りに立て続けに叩き込んでいく。このまま削り切ってくれれば…

 

 

「何をやっているニドリーノ。つのでつく、だ」

 

「グァウ!」

 

「キ、キュイ!」

 

 

…なーんて希望的観測は、サカキさんの指示によって呆気なく掻き消された。『すなかけ』のおかげで狙いこそ滅茶苦茶だったが、パワーの差で楽にニドリーノに振り払われる。こっちが態勢を立て直す頃には、あっちも態勢を整えているわけで…

 

 

「ニドリーノ、そのままみずでっぽう」

「グァ!」

 

「キュッ、キュイー!?」

「サ、サンド‼」

 

 

ニドリーノから至近距離で放たれる『みずでっぽう』が、サンドに襲い掛かる。流石にこの距離から2回連続で外すようなことはなく、今度はまともに直撃を受けて吹き飛ばされてしまった。これは判断を誤ったか!?

 

それでもまだヨロヨロとながら立ち上がるサンド。戦闘不能の判定はないが、誰が見ても分かる。「次の一発は耐えられない」と。

 

 

状況からして既に敗北濃厚…どうする、どうすればいい?このまま大人しくギブアップ?それでも何も問題はないだろうさ。ポケモン触り始めてたった3カ月でここまでやってるんだ、褒められこそすれ、怒られることなんてあるはずがない。でも…

 

 

 

…でも、何もしないでただ負けを肯ずるのはお断りだ!頑張ってくれたサンドにも悪いしな!ここまでやったんだ、絶対に一泡吹かせてやる!

 

さあ、このままでは負け確定だぞ。考えろ、津田政秀!サンドの現状、相手の現状、フィールドの状態…何か、何か手は………!

 

 

 

「…ここまでだな。思った以上に君はよくやった。流石にその状態では戦うのも難しかろう」

 

「…いえ!まだ、まだです!」

 

 

 

そうだ!確か、レベル的にあの技をそろそろ覚えるはず!だいぶ博奕要素が強い技だが、上手くすれば撃破も夢じゃねえ!既に技は4つ覚えているが、もしかしたら…やってみる価値は十分にある!失敗に終わったら…そんときゃ笑い飛ばしてやる!

 

 

 

「む?」

 

「サンド、最後の力を振り絞れぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マグニチュードォ‼」

 

「…!キュィィ!」

 

 

 

"マグニチュード"…それはじめんタイプの攻撃技。使う毎に威力がランダムに変化する。その最大威力は…150!

 

 

 

「ぬぉ!?」

「グァゥ!?」

 

「「「うわっ!?」」」

 

 

 

サンドが相撲の四股を踏むような動きをするとともに、いきなり地面が揺れ始める。サカキさんの顔が初めて驚きに変わり、周囲で固唾を飲んで観戦していた先生・学生・ジムトレーナーたちから悲鳴や驚きの声が漏れる。

 

揺れは急激に大きくなり、周囲の人が揺れに耐えられず倒れ始め、俺とサカキさんもバランスを取るのがやっとな程に。これなら、いくらサカキさんのニドリーノと言えど…

 

 

 

 

 

 

『バシュ!』

 

「キュッ…!?」

 

 

 

一瞬、サンドの呻き声が聞こえたかと思うと、次の瞬間俺のすぐそばをみずでっぽうが通過、それに合わせて足元にサンドが吹き飛ばされてくる。揺れも収まり、キャンプ場には呆然としたような空気が流れる。

 

 

 

 

 

「…まったく、流石の私でもひやりとしたぞ」

 

「…サ、サンド戦闘不能!よって、ニドリーノの勝ち!」

 

 

 

 

 

サンド戦闘不能…俺の、負けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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試合が終わり、周囲も俺のやらかしに伴う混乱からも回復。サカキさんの特別講義も無事終了し、その後の合宿スケジュールも予定通りに回り始める。

 

これで俺の公開処刑も一件落着…などというわけにいくはずもなく。

 

 

 

「…さて、御苦労……と言いたいところだが…先程のは何だ?」

 

「あ~…その…え~…」

 

 

 

サンドの回復を行う中で、俺はサカキさん他数名の尋問を受けていた。尋問対象は言うまでもなく、最後に撃った『マグニチュード』について。今更ながら思う、調子乗ってやり過ぎた…と。何やってんだよ俺、あそこで大人しく負けとけばよかったじゃん!別に何も問題ないんだから!思い返してみろよ、あの直後の人を腫物か何かみたいに見る上級生たちの視線を!夏休みが明けて学校始まった時なんて言われてるか分かったもんじゃねぇぞ!?

 

 

…まあ、色々言ったところで今となっては後の祭りなワケでして。自分でやったことに自分で責任を持ちましょう、人として当然のことだね。

 

 

「……」

 

 

だからその容疑者を見るような鋭い目つき止めていただけませんでしょうか?腹が、俺の腹が死ぬ、キリキリと悲鳴上げてるぅぅぅぅ‼

 

 

 

「…サンドがそういう技を覚えることを知っていました、はい」

 

 

 

…だから、ゲロっちゃうのも仕方ないよネ。いや、ホント追い込まれた俺の低能な頭では素直に白状する以外の解決策が思い浮かびませんでした。あれだけ迂闊なことは怖いって自戒してたにもかかわらず、1日と経たずにこの様だよ、チクショウ。俺のお馬鹿さん!

 

 

「…まあ、いい。私もまだ指導が残っているのでな、あとでじっくり聞かせてもらおう」

 

「…ハイ」

 

「だが、動きそのものは決して悪くなかった。君ぐらいの子供に一瞬とは言え追いつめられるなど初めてだ。あとは熱くなり過ぎぬように気を付けることだな」

 

「…ハイ」

 

 

 

それだけ言うと、サカキさんは他の指導に戻って行った。これは…一応褒められた…のか?一つはっきりしているのは、公開処刑が圧迫面接(1対1)になって先延ばしされたということ。とりあえず、それまでに良い感じに辻褄を合わせなければ…

 

その後、先生方から軽いお小言を頂戴してこの場は終わった。

 

 

 

 

 

後に、サカキさんからはこってり絞られましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~2番道路~

 

 

 

「…知っていた、か」

 

 

トキワの森でのトレーナーズスクールの特別講師という仕事を終えたサカキ。ジムリーダーに会社社長を兼務するその身は、リーダー業に軸足を置きながらも多忙の一言であり、次の仕事をこなすべく迎えの車に乗り込み、トキワシティへの道をひた走っていた。

 

その道すがら、彼が考えていたのは仕事の事ではなく、3カ月ほど前に保護し、自身が後ろ盾となった少年・マサヒデの事。その才能の片鱗はすでに感じさせていたが、試しにと入れたトレーナーズスクールでは初日から学会に報告が上がるレベルのことをやってのけ、以降は学年の成績トップを走り続けた。どの程度のものか自身で確認したくなって今日の特別講師を引き受け、実際に確かめてみたが、その現実は驚きの連続だった。

 

関わってから3カ月程度のポケモンで、育成途中のニドリーノで自身も手を抜いていたとはいえ、ヒヤリとするような場面を2回も作って見せた。彼ほどの年齢の子供であれば、普通ならそんなことはおろか、あそこまで動かすことも出来ないのが一般的だ。

 

そして、極めつけがあの最後に見せた技…

 

 

 

「『マグニチュード』…だったか。あのような技があるとはな」

 

 

 

また彼が使って見せた未知の技、それも自身が得意とするじめんタイプで、一瞬でも間違いなく焦りを生じさせたほどの威力の技。技の効果を聞く限りでは、自身が最も得意とするじめんタイプの大技『じしん』に近い技であることは理解出来た。

 

 

「彼自身が釈明した通りなら、かなり運の絡む技であるようだが…1人の10歳にも満たない少年が、僅かな期間の間に2つも新しい技を見つけ出して見せたのだ。きっと…いや、間違いなくこのままなら学会で騒動になるだろう」

 

 

そして、前々からそうではあったのだが、マサヒデは大きな騒ぎになることをかなり警戒している節があり、それをサカキは察していた。で、あるならば、自身がクッションとして間に立ってやるのが良いだろうと考えをめぐらす。サカキが間に立つのなら、マサヒデに付き纏う五月蠅い外野はほぼカット出来るし、上手くやればサカキ自身の名声を上げることにも繋がる。

 

 

 

そして今回の件で、マサヒデの一連の行動はサカキに半ば確信に近いモノを与えていた。

 

「あの少年は、まだまだ何か隠している」

 

…と。そもそも、マサヒデはあの技の存在をいつ、どこで、どのようにして知ったのか。いや、言わずともサカキは察していた。その秘密は間違いなく、彼がひたすらに隠そうとするその前半生にあると。

 

そして、その確信めいた彼の直感は、マサヒデを可能な限りギリギリまで秘匿しておく方が良いと訴えていた。同時に、彼は追い詰めれば追い詰めただけ何かをやってくれる、隠している『何か』を解き放とうとする。そうサカキに理解させてしまっていた。

 

 

 

 

「ならば、やはりここは俺が直々に稽古をつけてやるべきか?」

 

 

 

以前までは朧気にしか考えてみなかった設計図が、急速に彼の中で組み上げられていく。それは、如何にして彼を追い込み、その実力と隠蔽する『何か』を引き出せるか。そして、どのようにその力を自身に役立てるかに集約されていく。

 

 

 

「トレーナーズスクールは初等部卒業限りとし、以降は自身、ないしは手腕と忠誠に信頼のおける者に任せて手解きを行う。ジムトレーナーとして経験を積ませ、予想以上に実力を見せるようならそのままジム巡りの旅に出すのもよし。徐々に取り込んで手駒として組み込むのも大いにありだ。或いは組み込まずとも、紐をつけておくだけでも十分に有用かもしれん。

 

場合によっては、会社の仕事を手伝わせるのも一手だな。彼が隠し持っているであろう知識が有用なモノである可能性は高いだろう。

 

…もしくは、息子の兄弟分として相手をさせるのもまた一興か?

 

 

 

 

 

 

…フ、まあ、まずは週1回の稽古から始めるとしようか。俺も忙しい身なので…な」

 

 

 

徐々に大きくなるトキワシティの外観を視界に捉え、そこでサカキは思考を打ち切る。ここから先は、トキワコーポレーション社長の彼になる時間だった。

 

 

 

 

 




 
はい、またしても主人公の盛大なやらかしが入ります。よりによって一番警戒してた人相手に。彼は残念ながら危険性を平時においては理解しつつも、土壇場に追い込まれると熱くなり我を忘れてしまいやすい、負けず嫌いな性質の持ち主でもあるようです。タガが外れると平気で未発見の知識をぶっぱなします。

…で、その結果は週1サカキ様スパルタ特訓コースに御招待と相成りましたとさ。ついでに学生諸君からの視線が厳しくなり、将来設計も(元からだが)サカキ様の手の上だ!無事俎上の鯉となった主人公の明日はどっちだ!?

たぶんトレーナーズスクール編を『はかいこうせん』しながら次回へ続きます。

 


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第12話:スタートライン前夜のお話

 

 

 

~トキワジム~

 

 

 

『バキィッ!』

 

「スピッ!?」

 

「スピアー!?」

 

 

 

 室内につくられたトレーニング用のバトルフィールド。普段はジム所属のトレーナーたちによる自己研鑽と切磋琢磨が行われているその場所に鋭い打撃音が響き渡り、戦闘を行っていたスピアーが吹き飛ばされてフィールドの壁に叩きつけられる。

 

 

 

「相変わらず動きは良い。が、狙いがまだ甘い。何をしたいのか、何を狙っているのか、相手に絞らせないようにしなければ今のように簡単に迎撃されるぞ」

 

「くっ…はい!」

 

 

 

反対側のフィールドには、指導者であるトキワジムリーダー・サカキさんが悠然と構えてプレッシャーを放ち、更に前にはスピアーを殴り飛ばしたニドキングが仁王立ち。考えるだけでも腹が痛くなるような状況だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…2年前までならな。

 

 

 

そう、俺がポケモン世界に飛ばされて早くも2年と半分が経とうとしていた。今の季節は寒さ吹き荒ぶ冬。トレーナーズスクールでの学年も最上級生となり、これまで長々と世話になってきたトレーナーズスクール初等部での生活も残りわずかとなっていた。

 

今でも忘れることはない。あの2年前の夏合宿で盛大にやらかした俺は、合宿から帰った翌々日、いきなり旧社屋管理人のルートさんに連れ出された。半ば強引に連れていかれた先は他ならぬトキワジム。今いるこのトレーニングフィールドで待ち構えていたのは、凶悪な笑顔を浮かべたサカキさん。どうやら完全にサカキさんに目を付けられてしまったようで、唐突に告げられたのは週1回の特訓の開始。

 

…後は現在まで続く、地獄のようなトレーニングの日々だ。最初こそ戦々恐々としながらも軽い動きの確認とか、ある特定の状況下において使用する技の取捨選択など、半ば知識の確認のようなこともやっていたが、時が経つにつれて実践の割合が多くなり、週1回だった特訓が週2回になり、3回になり、今では1週間の半分をサカキさんの一軍メンバーとプレッシャーを相手にスピアーと立ち向かう日々。

 

いつしか俺の生活はトレーナーズスクールでの学生生活で良い成績を残すことよりも、サカキさんにボロ雑巾のように絞られる特訓を如何にして乗り越えるかが基準となるようになり、今では完全に俺の生活の中心へと変化していた。

 

問題の特訓の内容と言うのが、ニドクインの『かえんほうしゃ』やら『れいとうビーム』やらをひたすら躱す弾幕シューティングゲームとか、『あなをほる』で地中を動き回るディグダ・ダグドリオの攻撃を避けながら、頭を出したところを撃ち抜くなりブッ叩くなりするポケモン版もぐら叩きとか、サイホーン・サイドンの『みだれづき』を『みだれづき』で迎え撃つみだれづき合戦とか。

 

大体痛い目を見るのはスピアーだったが、俺も一緒に辛い思いを耐えてきた。ひたすら迫りくるサイホーンから逃げる持久走とか、イシツブテ抱えてダッシュとか。酷い時はバトル形式の特訓でブッ飛ばされたスピアーに巻き込まれ、一緒に壁と熱いキッスを交わしたこともあった。これが人、それも子供に対してやることかよ…あの人絶対人間じゃねぇ…

 

…で、今日の特訓はニドキング相手により実践的なバトル形式での訓練…という名のいじめだった。今まで教えられてきた知識や培ってきた経験やこれまでの恨み辛みや何やかんやを全部乗っけて『今日こそはそのイカした顔をぶち抜いてやる』と攻め掛かったら、さも当然のように『いわなだれ』を撃たれ、弾幕ゲーさながらに避けまくった末に逃げ場を失くして『メガトンパンチ』でキレイにど真ん中をぶち抜かれましたとさ。ド畜生が。

 

 

 

 そんなわけでほぼほぼ特訓に日々を費やした結果、他の子供たちと遊ぶような時間はあまりなかったが…まあ、特訓そのものは確かにきつかったし、殴り飛ばされ弾き飛ばされ撃ち抜かれの繰り返しでスピアーには辛い思いをさせてしまったけど、同時にスピアーが強くなってる、俺が上達しているという実感もあった。それが楽しかったから遊ぶ時間がなくとも言うほど苦にはならなかった。そもそも、精神年齢は20代越えてるのに何やって遊べと…いや、まあたぶん実際に遊んだら楽しいんだろうけどさ。

 

トレーナーズスクールも成績はあれからずっと学年トップを維持し続けることは出来ている。実技でも、筆記でも。自惚れではないが、特に実技の方は同年代で抜きん出ていると言われて久しい。筆記の方も、もう残されているのは3学期のテストだけだから、ここまで来たなら最後までトップをキープして卒業してみたいね。主席卒業…向こうじゃ全く縁のない話だったから、ちょっと憧れてる部分はある。

 

…あ、あの時勢いでぶっ放してしまった『マグニチュード』は、『ころがる』共々後日無事学会とやらに取り上げられ、新しい技として認定されました。これで大手を振って使えるということにはなった。研究者の皆さんが五月蝿いかと思ったけど、サカキさん経由での報告となったらしく俺に実害らしい実害はないです。これは正直有難かった。怖いけど。

 

他にも攻撃技を中心に第2世代以降の新しい技がちらほらと発見され認められ始めており、少しずつだけど俺にも動きやすい世界に変わりつつある。まだまだではあるが、この傾向そのものは喜ばしいことだ。

 

 

 

…え?『何か他にもやらかしてるんじゃないのか』だって?HAHAHAHA、ソンナコトアルワケナイジャナイデスカーヤダナー(棒)

 

 

 

…ええ、やらかしましたよ、やらかしましたとも。スピアーの技が貧弱すぎたので血涙を流しながら「『どくづき』寄越せやオラァ!」と気持ちを込めて、天にも届けとばかりに祈りつつジムトレーナーさん相手にオラオラしてたら何か打てた。サカキさんには「またお前か…」的な顔で苦笑されつつ尋問されました、はい。サカキさんの呆れ顔とか少し珍しいものを見た気分になりました。

 

 

 

…だって仕方ないじゃない!覚えてる技が『ダブルニードル・どくばり・きあいだめ・みだれづき』って、この後どうしろって言うんだよぉ!技構成だけならタケシすら突破できるか怪しいレベルの低威力技のオンパレードだぞ!?それぐらい腕前でどうにかしろって言われるかもしれないけど、ちょっとぐらい高望みしたっていいじゃないか!それに、サカキさんがこれまた鬼畜なんだよ!あの手この手で俺を崖っぷちに追い込んできやがる。むしろ、追い込んだ状態で何をするのかを楽しんでる節すら感じる始末。だからついカッとなってやった、反省も後悔も…結構している。

 

せめてもの救いはスピアーが自力で覚える技で、本当に必要そうな第2世代以降の技が『どくづき』ぐらいだったことか。次点で『がむしゃら・おいうち・とどめばり』と言ったところだが、使う状況を選ぶ技ばかりなのが幸いしそれ以外にはやらかすことなく2年間をやり過ごせた。

 

 

 

…で、現状この技のことは俺とサカキさんに、その時相手していたトレーナーさんに観戦していたトレーナーさんと、トキワジム内部のメンツしか知らない秘中の技と化しており、まだ世間には出していない。どくタイプのポケモンならたぶん使えると思うとは伝えてあるので、サカキさんのニドキングが習得することが出来ればサカキさん経由で学会に上げるそうな。やったねスピアー、少しずつお前さんの時代の風が吹いてるぜ。

 

 

 

 

 

「…頃合いだな、今日はここまでとする。スピアーは回復に回して、オマエはそのまま筋トレだ。それが終わったらランニングにいけ」

 

「は、はい!」

 

 

 

なお、俺がボロ雑巾にされる最大の要因はバトルトレーニングの後に課される各種基礎体力トレーニングにある模様。分かってはいたけど鬼や、この人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「…今日はここまでだ。しっかりと体を休めるように」

 

「ハァ…ハァ…はい、ありがとうございました」

 

 

 

 

バトルでの実践訓練が一通り終わったら、特訓の最後にジムの周りを何周か走らされて1日のスケジュールは終わる。冬場の外回りは寒さがホント身に染みる。何でも「強いポケモントレーナーに必要なモノは豊富な知識と戦いの才、そして何事にも折れぬ強い意志。強固な意志は強靭な肉体にこそ宿る」ということらしいが…何だろうね、このスーパーマサラ人的な匂いを感じる考え方。ポケモン世界のトレーナーたちってみんなこんな考えしてんの?と言うか、身体能力ってポケモントレーナーに必須なのか?いや、身体鍛えるのは別に良いし、ジムトレーナーの皆さんもサカキさん自身も鍛えているから表立って反対する理由も特にないんだけどさ…

 

 

 

「…ああ、それと先日のトレ選の件だが、残念だったな」

 

「…ご期待に沿えず、すいません」

 

「フッ…心にもないことを」

 

 

 

サカキさんの発言に対し、反射的に謝罪の言葉を返す俺。確かにそのとおりなんだけど、結果を残すことが出来なかったことは事実だからなぁ。

 

 

サカキさんの言うトレ選とは、正式名称を『カントートレーナーズスクール選抜大会』と言い、カントー各地にあるトレーナーズスクール各校の初等部5年生~高等部2年生までの学年別に選ばれた生徒たちによるポケモンバトル大会のこと。大会は年齢別にトーナメント方式で行われ、各校から選りすぐりの未来のポケモンマスターの卵たちが、自身の持つ才能とそれまで学んできた技術を披露する、学生生活の集大成とも言える大会だ。俺はトキワトレーナーズスクール初等部5年の代表の一人として、1週間前にタマムシシティで行われたこの大会に参加していた。

 

 

 

…で、結果は善戦空しく初戦敗退。というのも、正直言って運が悪かったとしか言いようがない。まず、いきなり当たったタマムシ代表の相手の手持ちがフシギダネで、こちらのサンドとは元からタイプ相性が悪かった。結構なハンデではあったが、それでも試合運びは完全に俺のペースだったし、あと一歩のところまで追い詰めてはいた。そのままなら勝利も手に出来ていたはずだったんだ…最後の最後で特性『しんりょく』で火力の跳ね上がった『はっぱカッター』を急所にもらわなければ。

 

運には見放された形になったが、それでもこれまでの特訓の成果は十分に発揮出来たと思うし、実際タイプ相性が不利な相手に優勢に試合を運ぶことは出来てたしで、言うほど悲観的な結果ではなかったと思っている。

 

 

 

…そもそもの話、この大会自体を俺があまり重視してなかったってのもあるけどな。確かに身に着けてきたことを実践する場としてはこれ以上ないぐらいの舞台ではあるんだけど…何と言うか、その時は大きな目標であっても、歳をとって後年見返すと「そんなに全力投球するほどのことでもなかったよね」ってなった記憶はないだろうか?上から目線と言うか、歳上目線と言うか、そんな感じだったもんで、結果については「目に見えて無様でなければそれでいい」というぐらいの意識で臨んでいた。

 

早い話が、他の参加者の皆さんほどやる気が無かった。むしろタマムシシティ観光の方がゲフンゲフン。

 

 

 

「『運が無かった』とでも思っているのだろうが、確かに運が悪かったのは事実でも、同時にこの世界は結果が全てでもある。オマエはもっと貪欲になるべきだな…いつもここで戦っている時のように」

 

「…ハイ、精進します」

 

 

 

…ホント、この人には隠し事が無駄なように思える今日この頃。その鋭い目で睨まれると、俺のありとあらゆることが筒抜けな気がしてならない。いや、サカキさんの影響下にある場所に住んでて世話してもらってれば当然なんだけど、秘中の秘である俺の素性についても、ある程度察しててもおかしくはない気すら持っている。

 

 

それにしても、「結果が全て」か…概ね正しいとは俺も思う。スポーツにおいてどれだけ練習を積み重ねたとしても、競技の途中でリタイアしたら記録にはならない。どんなに頑張ったとしても、最終的な結果が伴わなければ社会的に評価してもらえないことがあるのは確かだ。けど、俺の場合全力を尽くして出した最高の結果は、必ずしも良い方に転がるわけじゃあない。

 

サカキさん…貴方の存在そのものが、今の俺が結果を追い求める上での明確な目標であると同時に、重く大きな足枷となっている。俺が貴方の持つ裏の顔を知っていることを、貴方は気付いて……たら、こんな悠長な事やってる余裕なんぞなかったんだろうなぁ、きっと。

 

 

 

…もしや「貪欲になれ=もっとやらかせ」ってことですか?俺、煽られてる?

 

 

 

「それと、明日少し話がある。時間を空けておくように」

 

「…?はい、わかりました」

 

 

 

それだけ告げると、サカキさんは息を整えている俺を残して去って行った。普段はほぼ一方的に決めて無理やり有無も言わせずやらせる無茶振りのサカキさんが、一体何の話だろうか。

 

気になりながらもそれ以上はどうにも出来ず、結局今日はそのまま終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

~翌日夜・旧社屋応接室~

 

 

「失礼します」

 

「入れ」

 

 

 

 前日に言われたとおりに予定を空けて部屋で待機していると、ルートさんから「ボスがお呼びだよ、応接室ね」と声が掛かり、言われたとおりに応接室に向かう。部屋の中にいたのはサカキさん…ともう一人、サカキさんの秘書を務めている女性がいた。秘書さんは何人かいるようだが、この人はセドナさんと言い、例の副社長兼愛人さんとは別の人だ。

 

 

 

「まあ、座れ」

 

「はい」

 

 

 

入ってすぐに促され、机を挟んでサカキさんの対面に着席する。話とは一体何なのか、考える暇もなくサカキさんの話は始まった。

 

 

 

「今日こうしてオマエを呼んだのは、オマエの今後のことについて話がしたかったからだ」

 

「今後のこと、ですか…?」

 

「ああ、来年にはトレーナーズスクールも卒業だろう?その後どうするか、だ」

 

「どうするって…そのまま中等部にエスカレーターするのでは?」

 

「それも一つの選択肢ではあるな。だが、私が示したいのはこういう道もある…ということだ」

 

「これを」

 

 

 

その言葉に合わせて、秘書さんが机の上に置いたのは…

 

 

 

「…トレーナーカード?」

 

「オマエの…な。どうだ?卒業した後、各地のジムを巡る武者修行の旅に出るというのは」

 

「ジム巡り…」

 

「今のオマエなら、机に向かっているよりもよほど有意義な結果を得られると思うがな」

 

 

 

机の上に置かれた、まだ何も情報が入っていないまっさらなトレーナーカード。卒業と同時に俺の物になるというそれを前にして、サカキさんはジム巡りに出ろと言う。卒業後はそのまま中等部に進んで…っていう自然な流れだと思っていたんだが…さて、これはどうしたものだろうか。

 

制度的には11歳の子供が一人旅をするのは何も問題がない。そもそも原作の主人公たちもそれぐらいで旅に出ているわけだし、そうでなければむしろ困る。手持ちはスピアー1匹だが、サカキさんの特訓を経て『どくづき』が打てる程度には育っている。戦力として十分に当てに出来るはずだ。知識面もまあ問題なし、サカキさん及びジムトレーナーの皆さんに捻られ続ける形だったが戦闘経験もそれなりに積んだ。実力面には問題ないとサカキさんのお墨付きも出た…状況は整っているってワケか。

 

それに、初等部の授業は比較的…いや、かなり退屈だったのも事実。何度か授業を見学したことはあったが、中等部に上がったところで、サカキさんの特訓やジムトレーナーの皆さんを相手にする以上の成果は得られない可能性の方が高いかもしれない。一般常識?真っ当に生きれる程度の良心・良識はとうの昔に身に着けているので問題ない。具体的には10年以上前に。

 

 

 

問題があるとすれば、資金面。ゲームではトレーナーをしばき倒して賞金を巻き上げたり、拾ったアイテムを売り払って稼いでいたわけだが、現実ではそんなことがまず出来ない。各地のポケモンセンターは無料で利用出来ても、野宿になった場合に必要な物、モンスターボールやきずぐすりなどのトレーナー必需品の購入・補充にはどうしても金がかかる。

 

それは詰まるところ、サカキさんの援助を受けなければいけないということで…

 

 

 

「それは…でも、それではお金の事で余計にサカキさんに負担をかけることになるのでは?」

 

「相変わらず子供らしくない心配をする。進学するにしても負担がかかるのは同じことだろうに」

 

「…おっしゃるとおりで」

 

「安心しろ、金のことは気にしなくていい」

 

「ですけど…」

 

「それとも何か?今の実力では不安か?私が今まで付けてやった稽古ではまだ不足だと?」

 

「え…い、いや、そういうわけでは…」

 

 

 

いきなり真正面から威圧されてたじろいでしまう。これだからこの人と面と向かい合うのは嫌なんだ、寿命が縮む思いがする。バトルや特訓の時はまだ大丈夫なんだけど…

 

…と言うか、その提案を受け入れなかったら俺どうなるんですかね?処されたりしませんかね?

 

 

 

「…フッ」

 

 

 

いやいやいや、そんな意味ありげに笑わないで下さいよ!?今以上の内容の特訓とか、死刑に等しい嫌な予感がビンビンするんですけどぉ!?

 

 

 

…あまりサカキさんから借りを作り続けるのは嫌だったんだが、こうも真っ向から脅h…ゲフンゲフン、説得されるとどうにも断れない。それに、折角のポケモン世界だ。旅をして強くなるのがゲームの本筋。俺自身その流れに乗ってみたいという思いは常日頃から持っていたし、これまでの学生生活に飽きが来ているのも事実。ならば、その提案を受け入れることにそこまで迷いはない。

 

 

…あと、サカキさんの影響を出来る限り受けないようにするためにも強さはたぶん必要だと思うから。切実に。

 

 

 

「…わかりました、御厚意に甘えてそうさせてもらいます」

 

「そうか、では手続き等はこちらでやっておく。必要な品も最低限は用意しよう。リストはまた渡すが、それ以外に必要な物があれば管理人に伝えるように」

 

「ありがとうございます」

 

「それと…わが社で作った試作品のテスターを、オマエにやってもらいたい」

 

「試作品…ですか?」

 

 

 

試作品?テスター?一体何だ?

 

 

 

「セドナ、見せてやれ」

 

「はい、こちらになります」

 

 

 

秘書さんが鞄から取り出したのは、黄色の細長い布地にモンスターボールのマークが描かれたハチマキ、それよりも幾分か薄い白い布、鋭そうな爪の3つ。これは…もしや…

 

 

 

「これは…?」

 

「最近の研究によりポケモンにアイテムを持たせると、持たせた物に応じて特殊な効果を発揮することが分かってきました。その特性を利用して、我が社の開発班が作った試作品になります。それぞれ『きあいのハチマキ・シルクのスカーフ・せんせいのつめ』と開発班は呼んでいます」

 

 

 

…これは驚いた。秘書さんに説明を受けずともどこかで見た記憶がある気はしていたが、実際にゲームにあったアイテムじゃないか。

 

『きあいのハチマキ』は持たせるとひんし状態になる攻撃を受けた際、確率で残り体力1で耐えることがあるアイテム。『シルクのスカーフ』は持たせたポケモンが使うノーマルタイプの技の威力が上がるアイテム。『せんせいのつめ』は持たせたポケモンが確率で先制攻撃を行うというアイテム。運が絡む部分はあるが、状況次第では大きなアドバンテージになり得るバトル用アイテムが3つ…中々に有用な贈り物じゃないか。

 

 

 

「それぞれポケモンに持たせることで、追い込まれた状況で相手の攻撃を持ちこたえる効果、技の威力が上がる効果、動きが素早くなる効果があることが確認されています」

 

「それは凄いですね…」

 

「ですが、それらの効果は必ずしも発揮されるわけではなく、発動条件が未だによく分かっていない部分があるの」

 

「そこで、オマエにはジム巡りの旅の中で実際のバトルの際にこれらの道具を使い、効果の検証をしてもらいたい…と言うわけだ」

 

 

 

なるほど、旅のついでに会社が作ったポケモンに持たせる道具のテストをしろ…ってわけか。オーケーオーケー、そういうことなら望むところだ。変な代物というわけでもなさそうだし、時代の進歩のために俺も一肌脱ごうじゃないか。

 

 

 

「わかりました…あ、でも報告はどうすれば?」

 

「安心して、こちらも渡しておきますね」

 

 

 

秘書さんから渡されたのは、今となっては懐かしさすら感じる携帯電話のような機械。これも何か見たことあるシルエットだぞ。

 

 

 

「これは『ポケギア』。最新の通信機器です。我が社の開発部の事務所の連絡先がすでに登録してあるから、何かあればそちらに連絡してもらうことになるわ」

 

「わかりました」

 

「操作方法は…」

 

 

 

秘書さんから電話やボタン、機能等の操作説明を受ける。それにしても、やはりポケギアだったか…この世界では最新機器なようだが、俺からすればだいぶ懐かしい存在だな。通話が出来て、時計機能があって…機能的には俺の記憶にあるポケギアと大差はなさそうな感じだ。

 

 

 

「操作方法はわかった?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「では、私からは以上です」

 

「…話した通り手続き等必要な準備はこちらで前以ってやっておく。詳しいことはまた色々と決まり次第、セドナを通して連絡する。オマエは残りの学生生活を楽しんでおくことだ」

 

「はい」

 

「では、今日の話はこれで終わりだ。私はオフィスに戻る。オマエも明日に備えてゆっくり休め」

 

「はい」

 

 

そうしてサカキさんと秘書さんが部屋を去り、俺も自室に戻った。

 

 

 

部屋に戻り、改めて冷静になって考えると、何かサカキさんのいい様に流されているような気がしないでもないが…まあ、それも今だけの話だ。旅に出て、手持ち増やして、強くなって、サカキさんと真っ向から勝負出来るぐらいの実力をつける。そうすれば、いつかサカキさんの視線に怯えなくても済む日が来る…はず。

 

 

 

何と言ったって、オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな、このはてしなく遠いポケモン坂をよ…そう、俺たちの戦いはこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…まだ終わらないヨ?

 

 

 

 




お願いします!スピアーに、スピアーにメインウェポンを恵んでやってください!普通に活躍させてやりたいんです!…そんな第12話でした。

話の進め方に悩んで2回ほど書き直したら遅くなってしまいました。結局トレーナーズスクールでの話は前話の後書きの通り『はかいこうせん』することに…書いてたら話進まなくなりそうでしたし()

この世界でのトレーナーカードは、各地のジムリーダーと認可を受けた人物(オーキド博士等)や団体が発行している設定です。そして『もちもの』の概念が登場し始めました。彼がやらかさずとも世界は進んでいるようです。

次回、いよいよゲーム通りに各地のジム巡りを開始する主人公。が、サカキ様の思惑に流された結果、旅は開始早々思ってもいなかったまさかの方向に。サカキ様の思惑とは一体何か?そして流された先に待つ者とは?次回もポケモン、ゲットじゃぞ(ネタバレ)
 


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第13話:始まりはやっぱりここから

 

 

 

 月日は廻り春。雪が降りしきるほどの寒さが去り、新緑の息吹が駆け抜け、花が咲き誇る目覚めの季節。街行く人々も心なしか春の穏やかな陽気に浮かれているように見える。

 

そして同時に、春は別れと出会いの季節であり、旅立ちの季節でもある。この日、ここトキワシティにも新たな道を進むことを決意し、その時を迎えた少年がいた。

 

 

 

「…では、お世話になりましたルートさん。行ってきます!」

 

「うん、身体には気を付けるんだよ。何かあったら連絡してね、出来る限りのことはするからさ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

…はい、俺です。1週間前に何事もなくトレーナーズスクールを無事卒業した俺は、準備期間を経て、以前のサカキさんとの話し合いの通り武者修行の旅の第一歩を踏み出そうとしている。モンスターボール等、トレーナーの必需品セットはサカキさんからの援助で揃えられ、正規のトレーナーカードも手に入れた。これで俺も、今日から晴れて立派なポケモントレーナーの端くれというわけだ。戸籍は偽物だけどな。サカキさん曰く、トレーナーカードが身分証明書の代わりになるそうなので、偽の戸籍はほぼ用済みとのこと。トレーナーカード失くすなり何なりしたらどうなるのかと思ったら、思いっきりイイ笑顔で返された。具体的なことは何も聞けなかったが…大事にしよう、俺の未来のためにも。

 

進路に関しては中等部への進学と言う道が安定択ではあったのだろうが、安穏とした学生生活を捨て、武者修行の旅という無人の荒野を征くが如き決断をした。させられたと言った方が正しい気もするが、それでも最後に選んだのは紛うことなく自分自身の意志。決めた以上、あとは我武者羅に突き進むだけだ。頑張れ、推定年齢11歳の俺。

 

 

 

現時点でとりあえずの目標は、カントー各地のジムバッジを7つ手に入れること。見事達成出来た暁には、必ずやここトキワシティへと舞い戻り、あの鬼畜…もとい、トキワジムリーダーサカキさんと全身全霊を賭け、身命を賭して雌雄を決する所存。悪の首魁に正義の鉄槌を下すという大義の名の下に、今ここから俺の長く険しい旅路が始まるのだ。

 

 

 

…なんて、仰々しく語ってはみたけど要はサカキさんにギャフンと言わせたい。ただそれだけの話。その為にも、これから征く道は絶対に避けては通れぬ道。きっと、そこに至るまでの道のりは俺が考えているよりもずっと険しいものになると思う。俺がサカキさんに拾われたこと然り、今こうして旅に出ようとしていること然り、いつだって現実は想像の上をいくものだ。そもそもこの世界に立っていること自体が想像の範疇をはるかに逸脱した現実だしな。

 

どんな困難が待ち受けているのか、未来の事なんて分からないが、何があっても逃げない、投げ出さない覚悟と強くなるという明確な意志を持って俺は征く。歩いた場所が道となり、結果は後からついてくる。

 

 

 

…それに、俺にはその道を共に歩んでくれる心強い仲間がいる。

 

 

 

「じゃあ、行こうか。スピアー、サンド」

 

「スピ!」

「キュイ!」

 

 

俺の声掛けに、元気よく返事を返してくれる相棒たち。いずれも気心の知れた頼れる仲間だ。

 

 

…ん?何でスクールのポケモンだったサンドがここにいるのかだって?答えは簡単、卒業祝いとして卒業証書と一緒に貰った。以上。

 

 

もうちょっとだけ詳しく説明すると、スクールでは以前より卒業する時に『これからの人生で助けになることを願う』という名目で、授業でのパートナーだったポケモンを卒業生に譲っているそうな。ゲームでのポケモン博士の役割をスクールが担っている、と言えばわかりやすいかもしれない。これは別に俺が例外と言うわけではなく、他の中等部へ進学しなかった奴らも相棒を卒業祝いとして譲られている。

 

サンドが手持ちに加わってくれたことで、スピアーが苦手ないわ・ほのお・どくタイプ辺りをカバー出来るのは戦力的に大きい。はがねタイプにも有利だが、カントー地方にはがねタイプってコイル・レアコイルしかいなかったはずだから、オマケみたいなものだ。

 

 

 

財布は持った、野宿用の道具も持った…例のブツもしっかりある。準備は万全だ。少し脱線したけど、気を取り直して出発しよう。

 

 

 

「では、いざ出陣!」

 

 

 

こうして春の日差しと管理人・ルートさんに見送られ、俺はトキワシティを旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…1ばんどうろへ向かって。

 

 

 

はい、何でニビシティ方面へ向かう2ばんどうろじゃないの?って思ったそこのアナタ。これまた答えは至極簡単。サカキさんの命令です。

 

と、言うわけで回想入りまーす。

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

~2日前・旧社屋応接室~

 

 

 

「…え、グレンタウン…ですか?」

 

「そうだ。オマエにはまずグレンタウンへ向かってもらい、グレンジムに挑んでもらう」

 

 

 

旅立ちのXデイを目前に控えていたこの日、俺はサカキさんに例によっていつもの場所へ呼び出しをくらう。卒業を祝う言葉もそこそこに、告げられたのは行き先の指定だった。

 

指定された地はグレンタウン。ここトキワシティから南下し、マサラタウンから海を渡った先にある火山島・グレン島にある都市だ。ゲーム的には島内にはカントー地方のポケモンジムの一つであるグレンジムや、そのグレンジムに挑むために、事前にクリアしなくてはならないダンジョン【ポケモンやしき】、化石の復元を行ってくれるマシンがある【ポケモン研究所】などの施設がある。

 

本来なら終盤に訪れることになる場所で、この町のジムリーダー・カツラが7つ目のジムバッジを賭けて戦う相手になることがほとんどだと思う。そこを、いきなり初挑戦の相手に?

 

 

 

「でも、ここから一番近いジムはニビシティですよ?」

 

「そうだ。だが、こちらとしても使えるものは使いたい懐事情でな。セドナ、アレを」

 

「はい」

 

 

 

そうして机の上に置かれたのは2通の封筒。履歴書なんかの書類を入れるような大きさのものだ。

 

 

 

「これを、ジム挑戦のついでにグレンタウンにある『ポケモン研究所』まで届けてもらう」

 

「ポケモン研究所…」

 

「多くの研究者たちが、ポケモンに関する様々な研究を日夜行っている施設だ。その中には、我が社が出資…支援を行っている研究も多数行われている。コイツはそれに関係する内容の書類だ」

 

「…そんな大事なモノを、僕なんかに託して大丈夫なんですか?ちゃんとした身分の方が行かれた方が…」

 

「生憎、猫の手も借りたいぐらい我が社の業績は好調でな。人手が足りんのだよ。それに、内容自体は別に取るに足らないものだ。そこまで機密性のあるものではない」

 

「……」

 

 

 

すんごい嘘くせぇ。機密性云々はともかく、トキワコーポレーションって結構な大企業だった気がするんですけど、本当にそんなに人手足りないのか?あと、その研究って色々と大丈夫なヤツですか?…怖いから聞けないけど。

 

 

 

「まあ、だからと言って勝手に開けられても困るがな」

 

「そんな非常識なことしませんよ」

 

「フッ…そうだな。それに、オマエにはもう一つ頼まなくてはならん事もある」

 

 

 

その言葉に合わせて、秘書さんがもう一つ封筒を取り出し机に置く。これまたサイズは同じだが、分厚さが段違いに厚い封筒だ。持ってみると、やはり見た目相応にかなりずっしりとした重さを感じる。

 

 

 

「これは?」

 

「こちらはマサラタウンの【オーキドポケモン研究所】宛てのモノだ。これも道中で届けてもらいたい」

 

 

 

おおっと、ここでまさかのオーキド博士!ポケモン世界の権威なんて呼ばれたりもするポケモン研究の第一人者。時々テレビ番組で解説してたりしたから見たことはあるけど、やはりポケモン世界に来たなら一度は会ってみたい人物の一人だ。合法的に会う理由を貰えるのはありがたい。

 

それに、上手くいけばポケモン図鑑とか、御三家のポケモンも貰えるかも…なんてね。

 

 

 

…あ、ダメ元だけど一応聞いてみよう。

 

 

 

 

 

「あの、断るっていう選択肢は…」

 

「オマエの冗談は面白くないな。オーキド研究所宛ての内容は貴様の後始末。尻拭いしてやってるのだ、少しぐらいは手伝ってくれてもいいと思うがな…まあ、断わると言うのなら仕方がない、私も少し考えさせてもらおう」

 

「ア、ハイ、スイマセン。シッカリ確実ニ届ケマスデス」

 

「マサラからグレンまでの船はこちらで確保しておく。乗り遅れたら…渡した分から自分で何とかしろ」

 

「サー、イエッサー!」

 

 

 

 

絶対ロクな事考えてないだろこの人。そんでもって、実際にやりかねないから恐ろしい。流石悪の組織のボスは色々と格が違うぜ。こういう時は素直に頭を下げておくのが安全だ。

 

 

 

 

 

 

…いつもお手数をお掛けしてます。

 

 

 

 

 

~回想終了~

 

 

-----

 

 

 

 

 

…と言うわけで、俺の最初の目的地はマサラタウン経由でのグレンタウンと相成りました。まさかのゲームとは逆回りコースである。ジムリーダー・カツラはゲームでは終盤の相手だったが、いきなりゲーム通りにウインディとか繰り出されたら溜まったもんじゃない。ジム初挑戦だし、手加減してくれるとは思いたいが…まあ、何事も案ずるより産むがやすしなんて言ったりもするし、何とかなるさ。きっと。

 

 

始まる前から一悶着ありはしたが、かくして俺はポケモントレーナーとしての第一歩を踏み出した。まず目指すはマサラタウン、オーキドポケモン研究所。実際に会うオーキド博士はどういう人物なのか、マサラタウンの実際の風景はどんななのか…ワクワクが止まらないね。

 

あ、それにもしかしたら原作主人公にも出会えるかも。レッドなのかサトシなのか、グリーンなのかシゲルなのか、それとも女主人公でブルーなんてパターンがあったりするのか…会えるかどうかはわからないけど、こちらも楽しみだ。

 

マサラタウンへは1ばんどうろをまっすぐに南下すればいいので、迷うようなことはないはず。ただ、ゲームではあっという間だが、やはり徒歩だと1日ほどは掛かる程度の距離があるようだ。渡されたグレンタウン行きの船のチケットに記された期日は4日後。予定では今日は道中で一泊、翌日の午前中の内には到着出来るはず。オーキドポケモン研究所への訪問と船着き場への移動とかを考えるとのんびりというわけにはいかないが、時間的な猶予は十分あるスケジュールだ。しっかり進んでいこう。

 

 

 

 

 

周囲は田園風景が広がる田舎道。どこか懐かしさを匂わせる風に吹かれながら、ひたすら1ばんどうろを南へ進む。車の往来はほとんどなく、行く手には果てしなく広がる青空とどこまでも続く道がある。たったそれだけのことが、旅立ちの期待と希望を大きくしてくれる。

 

周りを見渡せば畑で農作業に精を出す人や、放牧されたケンタロスの群れ。少数だが空き地でポケモンバトルに興じる人もいる。穏やかな時間が流れる長閑な風景だ。天気も良いし、スピアーとサンドも出してやって一緒に道を進む。ゲームのように「目が合ったから」などとほざいていきなり突っかかってくる野良トレーナーもいない。

 

思えばこちらに来てからというもの、常にサカキさんの目を気にしながら生きてきた。3年の月日を過ごすうちに少しはその感覚に慣れはしたが、それでも精神的に窮屈な生活を送っていたのは事実。その鎖から解き放たれた今の俺は、まさしく自由を謳歌する鳥。こんなに心が軽いのはいつ以来だろうか。少なくとも、こちらに来る以前の話であることだけは間違いない。自由とはこんなにも素晴らしいものであるということを、俺は今心の底から感じていた。

 

 

 

…結構な割合で自業自得な部分はあるが、それはそれだ。

 

 

 

 

 

そうして歩き続けること1日。何事もなく日が暮れ始め、その頃には目的のポケモンセンターに辿り着く。この世界でのポケモンセンターはポケモンの回復施設であると同時に、トレーナーや長距離トラックの運転手などのセーフハウスとしての役割も持っており、カントー各地、ゲームでは無かったような場所にもポケモンセンターがある。ここ、1ばんどうろにあるポケモンセンターもそんな数あるポケモンセンターの一つで、トレーナーカードを提示すれば回復・宿泊のサービスは無料で受けることが出来る。有料だが食堂も併設されているから、食事の心配もない。

 

 

 

一晩を過ごすため、中に入ってチェックイン。特にバトルなどは行っていないが、明日に備えて手持ちのポケモンたちを回復に出し、荷物を部屋に置いてから俺は1人で食堂に向かう。マサラ-トキワ間の利用客はあまり多くないらしく、決して大きなポケモンセンターではないが、前出のサービスはしっかり備えている。

 

食堂で頼んだのは日本人の心の料理・カレーライス。旅先で1人食べる食事はいつもとは違ってまた格別の味がする。美味くて値段もお手頃、言うことなしだ。

 

 

 

それが終わればロビーでテレビを見ながら回復が終わるのを待ち、ポケモンを受け取ってから部屋に戻る。一人旅の宿命か、部屋に籠ればやることがない。ここの部屋にはベッド・ライト・机にトイレ…泊まるための最低限の設備しかなく、テレビはもちろん、雑誌等の本も売店で買わなければない。パソコンもロビーに例のポケモン預かりシステム用に何台か設置されている以外ない。ゲームなんて代物も当然あるはずもない。

 

結果、部屋に戻って早々に大人しく寝ることになった。寝るには少し早いかと思ったが、1日歩き通しで思いの外疲れていたのか、夢の世界へと旅立つのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

 

早めの就寝のせいか、日が昇るかどうかといったかなり早い時間に目が覚めた俺。時間が時間で食堂が開いてなかったため、手持ちで簡単な朝食を摂るとそのままポケモンセンターを出発。再びマサラタウンへと進路をとった。

 

春先の早朝はまだ肌寒いが、同時にそのひんやりとした空気がまだどこか覚醒しきってない体には心地良い。元より人通りが多くない道だか、早朝はさらに少ないとあって人通りも30分に1人2人とすれ違う程度。車も数分に1台通り過ぎるぐらいだ。そして、脇目を振れば人通りとは対照的にそこかしこに活動し始めたポケモンたちの姿がある。

 

 

 

 

そんな道をのんびり歩き続けること数時間。

 

 

 

「見えた、マサラタウンだ」

 

 

 

 

お昼前には最初の目的地、マサラタウンを視界に収めた。見える範囲に大きな建物はほとんどなく、畑があちこちに広がり、遠くには海も見える。家と家の間隔もトキワシティより間が空いている。のんびりとした空気が流れる海沿いの田舎町…といった感じだ。街中から少し外れた辺りの広大な平地にポツンと見える大きな建物が一際目を引いているが、あれがオーキドポケモン研究所だろうか。

 

 

 

到着後はここまで歩き通しだったし、昼も近いしでまずは休憩も兼ねて食事を…といくのが普通なんだろうが、飯よりも先に仕事だ。何て言ったってあのオーキド博士が待っているんだ。ゲームでもアニメでも超有名人なあのオーキド博士だ。この童心に帰ったようなワクワク、好奇心は抑えられない。

 

さあ、行こう。オーキド博士が待っている。

 

 

 

 

 

 

…特にアポ取ってるわけじゃないけど、大丈夫…だよな?

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

~オーキドポケモン研究所~

 

 

 

『ピンポーン』

 

「ごめん下さい!」

 

 

 

地図を頼りに…するまでもなく、俺はオーキドポケモン研究所に到着。やはりあの大きな建物が目的の場所で間違いなかったので、非常にすんなり辿り着くことが出来た。インターホンを押して対応を待つ。

 

それにしても、普通これぐらいの研究施設ってどこかしらの組織が運営してるようなものだと漠然と思っていたんだが、これだけの規模と敷地を有しながら完全な個人の研究所だと言うんだから驚きだ。流石は天下のオーキド博士、規模が違うぜ。

 

 

 

そうして待つこと十数秒。中からバタバタと足音が聞こえ、ドアが開く。

 

 

 

「はーい、どちら様ですか?」

 

 

 

中から現れたのは、明らかに同年代ぐらいの少女。いや、博士か助手等の研究員の人が出てくるもんだとばかり思ってたから、正直面食らった。

 

 

 

「あ、こんにちは。私、トキワシティジムリーダー・サカキからの使いで、オーキド博士に届け物をするように言われて来たのですが…」

 

「あ、おじいちゃんですね、少し待っててください」

 

 

 

おじいちゃーん!お客さーん!と少女がドアを閉めて中へ戻っていく。この調子だと案外オーキド博士本人にいきなり会えるかもしれない。

 

 

 

…それはそうと、今の少女。オーキド博士を『おじいちゃん』って呼んでたよな?この研究所内に出入り出来るという点も鑑みれば、あの子はオーキド博士の孫ってことになる。ゲームではオーキド博士には孫が2人いた。1人は原作主人公のライバル。で、もう1人は確か…

 

 

 

 

 

「いやぁ、待たせたの。トキワジムリーダーからの使いじゃな?」

 

「…っ、は、はい!」

 

「待っておったぞ。中へ入りなさい、話はワシの研究室で聞こう」

 

 

 

そんなことを考えてるうちに、ポケモン研究の権威・オーキド博士ご本人の登場だ。少し考え事をしていたせいか、思わず声が上ずってしまった。

 

案内されるがままに中へ通される。中には至る所に研究に使う機械や器具が並んでおり、数人の白衣の研究者たちが何かしらの作業に集中している。元より文系だった俺には何が何やらさっぱりだが、ここがオーキドポケモン研究所であるという一点だけで、何らかのすごい研究をしているというのは分かる。

 

 

 

そんなこんなで通されたのは、オーキド博士の研究室。壁際には大きな本棚が並び、所狭しと様々な本や研究資料らしきファイルが詰め込まれている。流石に足元まで書類が散乱…なんて状態ではなかったが、机の上にもパソコンと飲み物が入ったマグカップが置かれている以外、本や書類が散乱・山積み状態だ。

 

そんな研究室の応接用の席に案内される。

 

 

 

「…では、改めて。遠路はるばるマサラタウンへようこそ。ワシがここオーキドポケモン研究所所長のオーキドじゃ。皆からは『ポケモン博士』と呼ばれたりもしておる」

 

「トキワシティから参りました、マサヒデです。お会いできて光栄です」

 

「はっはっは、そんなかしこまらんでもよいのじゃぞ。しかし、まさかサカキ殿から旅に出たばかりの若者を使いに出したと連絡を受けたときは驚いた。将来有望なトレーナーじゃと聞いておるぞ」

 

「いえ、そんなことは…」

 

 

 

いや、そんなこと言われても無理っす。オーキド博士のような超有名人前にして緊張しないとか、小心者の俺には無理っす。サカキさんとはまた別の理由で超緊張してるっす。あとサカキさん、それは俺を評価しているのか?それともハードル上げて楽しんでるのか?あの人の場合、本当に判断に困ることが多くて嫌になる。嫌になったところでどうしようもないが。

 

 

 

「で、サカキ殿からから届け物を預かっておると聞いたが」

 

「あ、こちらです」

 

 

 

リュックの中から預かった分厚い封筒を取り出す。大きさが違うので間違えようはないんだけども、念の為グレンの研究所宛てのモノと間違えてないか、宛先も確認した上で机の上へ。

 

 

 

「うむ、確かに」

 

 

 

受け取ったオーキド博士は、その場で開封して中身の書類に目を通していく。俺はそんな様子を眺めながら、時折窓の外を見たり本棚を見回したり、挙動不審になりながら終わるのを待つ。内容は俺の尻拭い…要するに、新しく見つけた(ことになっている)技についてというのがわかっている分、余計に落ち着かない。

 

 

 

「やはり新しい技に関するデータじゃな。サカキ殿がくれるデータは良いモノが多くて助かっとるよ」

 

 

 

やがて一通り目を通し終わったオーキド博士が顔を上げる。そりゃ知識先取りしてる俺が関与して(させれらて)いるんだから、質の良いものになるのも当然と言える。大半が俺の自爆であることは秘密だ。

 

 

 

『コンコン』

 

「おじいちゃん、お茶とお菓子持って来たよ」

 

 

 

そこへ、先ほど訪問時に対応してくれた少女がお盆を持って現れる。

 

 

 

「おお、すまんのうナナミ。そうじゃ、紹介しよう。マサヒデ君、こちらはワシの孫娘のナナミ。今はトレーナーズスクールの中等部に通っとる」

 

「ナナミよ、よろしくね」

 

「で、こちらはマサヒデ君。トキワシティジムリーダー・サカキ殿の秘蔵っ子じゃよ」

 

「別にそんなことは…ああ、マサヒデです。どうぞよろしく」

 

 

 

オーキド博士の紹介で、握手する俺とナナミさん。というか、この娘やっぱりナナミさんだったか。ゲームではタウンマップくれたり毛繕いしてくれたりと、色々とお世話になるライバルのお姉さん。まあ、この世界ではどうも同年代っぽいけども。

 

あと、そのサカキさんの秘蔵っ子と言う扱いは止めて欲しい。なんかこう…むず痒い。

 

 

 

「ところでマサヒデ君、昼食はまだかの?」

 

「ええ、まだですが…」

 

「それなら、ここまで歩いてきたのじゃ。疲れてもおるじゃろう。昼食も兼ねて少しゆっくりしていくと良い。何か用意させよう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ナナミの分も用意するから、少し2人で話しでもして待っておるといい」

 

「はーい!」

 

 

 

そうしてオーキド博士が部屋を出ていき、残される俺とナナミさん。何気にこうして女の子と2人きりというシチュエーションはずいぶんと久しぶりな気がする。話でもしてろとは言うものの、初対面の娘相手にいきなり何を話せと…とりあえず、お茶に手をつけて考えてみる。

 

 

 

「ねえねえ、あなたってトキワシティ出身なのよね?」

 

「ん?んー…まあ、一応はそうなる…のかなぁ?」

 

「え、何で疑問形なの?」

 

 

 

なんてことを思っていたら、向こうからズバッと切り込んできた。純粋な子供って相手がどんな立場の人間だろうと平然と話が出来るからすごいと思うわ。サカキさんに群がるトレーナーズスクールの連中とか思い返すと本当に。

 

 

 

「そもそも、僕は実際の出身地はトキワじゃないからね」

 

「そうなんだ…引っ越してきたってこと?」

 

「んー…まあ半分正解ってところかな。僕自身も説明しづらいところがあるから何とも言えないんだけど…」

 

「何それ、気になるわ」

 

「元々はずっと…そう、ずっと西の方の生まれなんだ。それで色々あって1人でトキワに来て、サカキさん…トキワシティジムリーダーのお世話になってたんだ」

 

「そうなんだ…留学みたいな感じかしら?」

 

「あー…言われてみればそれが一番近いかも」

 

 

 

切っ掛けさえ掴めればあとはどうとでもなるもので、どうして旅に出たのか、トレーナーズスクールでの生活、将来の夢etc…オーキド博士が戻ってくるまでの間だったが、話は弾んで色々と聞くことが出来た。ナナミさんは現在トレーナーズスクール中等部の2年生。つまり俺の1つ上。成績の方も優秀で、バトルよりも育成の方に興味があるらしい。まだ迷ってはいるようだが、中等部を卒業したら高等部へは進まず旅に出ることを考えているとのこと。

 

ゲームではポケモンコンテストで優勝したという記述があったと記憶していたので、ホウエン地方やシンオウ地方などにはポケモンコンテストっていうものがあるらしいよーって教えてみたらすっごい食い付かれた。この頃からすでにその下地は出来ていたってことだろうか。

 

 

 

…あれ、でもこれって俺がコンテスト道に引きずり込んじゃったってことになるの?

 

 

 

「待たせたの。昼ご飯にするとしようか、ナナミ、マサヒデ君」

 

 

 

そうこうしているうちにオーキド博士がカートに3人分の食事を乗せて帰還。そのまま3人で昼ご飯を御馳走になった。研究員たちの賄飯ということだったが、普通に美味しかった。

 

 

 

…で、昼ご飯を食べ終わり一息ついたころ、徐にオーキド博士が切り出した。

 

 

 

「マサヒデ君、このあと時間はあるかの?」

 

「え?ああ、はい。大丈夫です」

 

「サカキ殿からの情報じゃとキミのポケモンも新しく見つかった技を使えるそうじゃな。良ければ実際に見せてはくれんか」

 

 

どうも、俺のやらかしの歴史を実際に見たいという。もう過ぎた事だし、直に世間に発表されることでもあるから別に構わないんだけどネ。

 

 

「いいですけど、どこでされますか?」

 

「ここの裏手には簡単なバトルフィールドがある。そこでお願いさせてもらおうかの」

 

「わかりました」

 

 

 

ここで、唐突にナナミさんが口を挟んだ。

 

 

 

「あ、じゃあさ、ついでに私とバトルしましょうよ」

 

「え?」

 

「おお、それは良い案じゃ。そちらの方がより実践的な使い方を見れるしの」

 

「それに、私自身あなたと戦ってみたいわ。トキワトレーナーズスクール首席の実力、見てみたいもの」

 

「…ということじゃが、どうかの?」

 

「…まあ、構いません。受けて立ちましょう」

 

 

 

…と、言うわけで、いきなり原作主人公のライバルの姉・ナナミさんとバトルすることになってしまった。と言うか、これが旅に出てから最初の対人戦になるのか。

 

ナナミさんがどの程度の実力なのかわからないけど、今後を占うには丁度いい一戦だ。幸先良い滑り出しにしたいから、頑張るとしましょうか!

 

 

 

 

 




 
作者の仕事は平日も祝日も関係ないので、GWだろうが改元しようが平常運転です()。と言うわけで、令和最初の投稿は旅立ち~マサラタウン編。サカキ様のお使いも兼ねてカントー逆回りの旅が始まりました。そしてサカキ様に続いてオーキド博士とナナミさんが原作キャラから登場。マサラ編が思ったより長くなったので2回に分けることに。


そういうことで、次回はマサラタウン後編、VSナナミさんです。勝負の行方は?そしてオーキド博士からのプレゼントも。次回へと続く。



最後に今回正式に加入したサンドの紹介。



~手持ちポケモン~

サンド(NEW)

・レベル:19
・おや:マサヒデ
・性別:♂
・特性:すながくれ
・ワザ:マグニチュード
    まるくなる
    ころがる
    すなかけ

ようきな性格。
レベル10のとき、トキワシティで出会った。
打たれ強い。

 


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第14話:博士の夢と実力と暴君

  

 

 

 

~オーキドポケモン研究所・裏庭~

 

 

「では、これよりマサヒデ君とナナミのポケモンバトルを始める。使用するポケモンはお互いに1匹じゃ」

 

 

オーキドポケモン研究所の裏手に造られたバトルフィールド。剥き出しの地面に長方形のラインが白線で引かれているだけの、本当に簡素な野外フィールドだ。所々白線が掠れてたり雑草が生えているのを見るに、手入れもそう頻繁にはなされていないと見える。そこで、俺とナナミさんが相対する。

 

周囲には審判のオーキド博士と、疎らながらも話を聞き付けたらしいギャラリーがチラホラ。そのほとんどは白衣を身に付けた研究所の職員の方なのだが、その中に混じってナナミさんの応援をする小さな存在が2つ。

 

 

「姉ちゃんがんばれ!」

「…がんばって」

 

 

うん、流石に服装違うけど、彼らの容貌には確かに見覚えがある。間違いない、原作主人公&ライバルだ。まだ小学校低学年ぐらいな印象を受ける2人が、始まる前から懸命にナナミさんを応援している。元気に声を張り上げている方がライバル、物静かそうなのが主人公。

 

 

「弟さんたちですか?」

「ええ、弟のグリーンと、そのお友達のレッド君」

 

 

名前も判明。ゲームのデフォルトネームそのまま、主人公はレッド、ライバルはグリーンか。この2人がいずれ、カントー地方はおろかポケモン世界全土に名を轟かす最強のポケモントレーナーになるわけだ。おーす未来のチャンピオン!出会えて感動感激…といきたいところだったが、いざ会ってみると会えたことに対する興奮よりも、微笑ましいという感情の方が強いね。まあ、まだチビッ子だし仕方がない。

 

 

 

 さて、バトルの方に意識を戻そうか。『新しく発見されたという技を実際に見てみたい』とのオーキド博士からの注文により、こちらが使用するポケモンはスピアーで確定している。

 

ナナミさんの手持ちが何なのかわからないが、『オーキド博士から良いポケモン貰ってまーす』みたいなことになると、こっちが大丈夫なのか心配になる。スピアーは最終進化系とは言え、種族値的にはかなり見劣りするのが序盤むしタイプポケモンの宿命のようなもの。と言うか、考えてみたら可能性としては十分高いような気がしてきたぞ。リザードンとか出て来たらマジでキツい。もし万が一レアコイルなんか出された日には1秒でお手上げだ。

 

 

「スピアー、頼んだ」

「スピィィッ!」

 

 

が、ポケモンバトルなんて元々はそんなものだし、それを上手くカバーするのがトレーナーの腕の見せ所。そんな仮定に仮定を重ねて後ろ向きになる必要があるはずもない。モンスターボールを宙に放り投げ、スピアーがフィールドへ飛び出していく。昨日はバトルをする機会がなかったからか、かなり張り切っているように見える。やる気十分だな。

 

 

「ピッピ、お願いね」

「ぴっ!」

 

 

対するナナミさんが繰り出したポケモンはピッピ。元々はノーマル単タイプだったが、フェアリータイプの追加と共に、フェアリー単タイプにタイプ変更された。しかしやはりというべきか、こちらの世界では今はまだノーマルタイプに区分されている模様。攻撃技で直接受けたもの以外のダメージをカットしてしまう特性"マジックガード"が強力で、もう一つの特性"メロメロボディ"も状況次第では厄介だ。また、見た目が愛らしいことから女性への人気が高いポケモンでもある。

 

まずレアコイルとかじゃなかったのは一安心だが、確かコイツ、カントー地方では【オツキミ山】にしか生息してない結構珍しいポケモンだった。トレーナーズスクールのポケモンもニドランとかマンキーとか、比較的入手しやすいポケモンが多かったように思うし、それを持っているということは…オーキド博士のサポートがあったんだろうなー…なんて邪推してみたり。

 

だからと言って、バトルにはそんなこと関係ない。鍛え上げられたポケモン、確かなトレーナーの知識、一瞬の判断力・決断力、そして最後に少しの運…それが、ポケモンバトルにおける勝つために必要な要素。サカキさん、もとい、あの鬼畜ジムリーダーから受けた地獄の特訓で、それを嫌と言うほど叩き込まれてきた。言われてあまり嬉しくはないが、伊達や酔狂で『トキワジムリーダーの秘蔵っ子』などと呼ばれているわけじゃない。

 

 

 

…さあ、トキワトレーナーズスクール初等部最強なんて言われてたりもした奴の実力を見せてやる。

 

 

「バトル開始!」

 

 

オーキド博士の合図で、バトルの幕が上がる。それと同時に俺とスピアーも動き出す。

 

 

「スピアー、ダブルニードル!」

「スピィ!」

 

 

スピアーの両方の針から、ピッピ目掛けて攻撃が撃ち出される。タイプ一致の非接触技、むしタイプの技でありながら持っている毒の追加効果、じめんタイプメインのサカキさん相手になると思いの外使い勝手が良く、長らくメインウェポンとして攻撃に牽制にと多用してきた。今回もピッピのレベルや特性がわからないし、まずは様子見に一発だ。それに、メインディッシュは最後まで取っておかないとな。

 

さて、先手は取ったがどう出てくる?お手並み拝見といこう。

 

 

「速い!?ピッピ躱して!」

「ぴ、ぴッ!?」

「ピッピ!」

 

 

攻撃に対するナナミさんの指示は回避。しかし、これを躱しきれず計4発の内2発が直撃。1発も掠った。衝撃でピッピが大きく仰け反り、そのままぐるんと後方一回転。

 

 

「ピッピ、大丈夫!?」

「ぴ、ピッ!」

 

 

フェアリータイプにむしタイプの技は効果今一つ。大したダメージにはならない…はずなのだが、歪んで見えるピッピの表情から察するに、思った以上にダメージが通っているように見える。どくの状態異常になった時ともまた違う感じだし…

 

 

「反撃するよ!」

「ぴっぴ!」

 

 

おっと、脇見している場合じゃなかった。態勢を立て直したナナミさんとピッピが反撃に出るようだ。俺もすぐに指示を出せるよう、その一挙手一投足に集中する。と言うか、その前に動く!このまま主導権を握らせてもらうぞ。

 

 

「スピアー、距離を詰めろ!思い通りにさせるな!」

「スピ!」

「ふふ、とっておきを見せてあげる!ピッピ、"サイコキネシス"」

「うっそぉ!?」

 

 

ナナミさんが反撃として選択した技はサイコキネシス。エスパータイプのポケモンならまず持っていると思った方が良い、安定して高い威力持つエスパータイプのメジャーな攻撃技だ。おそらくノーマルタイプが苦手とするかくとうタイプ対策に覚えさせたんだろう。で、そのついででどくタイプのスピアーも効果抜群を取られる、と。

 

って言うか、ピッピがレベルで覚える技じゃないし技マシン使ってるな!?中等部なのにもう使うこと認められてんのかよ!?いや、別に技マシン自体に年齢制限なんかないんだけども、高威力技の技マシンはかなり値が張るはずだろ。最初の内はせめて威力60ぐらいまでの技で止めておけよ。それもオーキド博士からのプレゼントか!?ずるい(結論)!

 

俺なんてお小遣い無くていつもニコニコ現物支給だったんだぞ!こっちに来てから技マシンなんぞ手に入れたこともない!技マシンに頼る奴など軟弱者の証だ!

 

 

 

だからもっと活動資金欲しいです、サカキさん。俺、この仕事が無事終わったらサカキさんにお小遣い増額を要求するんだ。

 

…うん、サカキさん見てても思うけど、やっぱり金の力って偉大だわ。Money is power。人生お金が全てじゃないけど、お金で解決出来る事が多いのもまた事実なんだよなぁ。

 

 

「ピィー!」

 

 

なんてことをやってる間に、ピッピのサイコキネシスが放たれる。空間が歪み、周囲のじめんが抉れて持ち上がる。それが一緒になってスピアー目掛けて飛んでくる。流石に弱点を突かれるのは痛い。

 

 

「ちっ、スピアー左に回り込んで回避!」

「スッピィッ…!」

 

 

すぐに回避を指示するが突っ込んでいたため躱し切れず、まともに貰ってしまったスピアーが吹き飛ばされる。サイコパワー?的な攻撃にやられたり、一緒に飛んでくる土塊をぶつけられたりしながら、開始位置ぐらいまで押し返されたところでようやく態勢を立て直す。

 

 

「スピアー!?」

「ス、スピ!」

 

 

慌てて確認も兼ねて声を掛けたが…思ったよりも効いてない?流石に弱点突かれてるんだから、もうちょっとダメージ受けててもよさそうなものだが…

 

 

「ピッピ、もう一回サイコキネシス!」

「二度もくらうか!ダブルニードル!」

 

 

追撃の構えを取るピッピと、それをさせまいとするスピアー。

 

 

「スピィー!」

「ピ、ピッ!?」

 

 

機先を制したのはスピアーで、サイコキネシスを撃とうとしていたピッピにダブルニードルが突き刺さる。すでに攻撃の態勢に入っていたため避けられなかったようで、今度はきれいに全弾がヒットする。

 

 

「ピッピ!」

 

 

弾き飛ばされ宙を舞うピッピと、心配そうに声を上げるナナミさん。まだ立ち上がるが、ずいぶんと消耗している感じがする。やはり、効果今一つであるにも関わらずかなりのダメージを受けているようだ。

 

 

 

そこで、俺は一つの可能性に思い至った。と言うか、確信した。これ、たぶんレベルに相当差があるわ。

 

と言うのも、今回のメインである新技"どくづき"をスピアーが覚えるレベルは確か30代ぐらいだったはずだから、スピアーのレベルは最低でもそれぐらいまでは達しているということになる。

 

では、対するナナミさんのピッピはどうか?俺のサンドが今レベル20ぐらい。これが初等部の中ではトップクラスのレベルだったという点を考慮して、そこから予測すると、トレーナーズスクール中等部に所属する子供がスピアーと同等まで育ったポケモンを持っているとは中々考えづらい。ナナミさんのピッピとは違い、俺とサンドはスクールの授業内でしか関わることのなかったという点を考慮に入れても…だ。

 

つまり、俺のスピアーとナナミさんのピッピにはかなりレベルに差がある…と考えられる。数字にして最低でも10程度。そうじゃなきゃ、ダブルニードルとサイコキネシスのダメージの入り方に説明がつかない。

 

 

 

頃合いを見て『どくづき』をお披露目しようと思っていたけど、こうなってくると悠長に構えていたら見せる前にピッピが戦闘不能になってしまいかねない。予定変更、素早く状況を整えよう。

 

 

「スピアー、撃ちまくれ!"ミサイルばり"だ!」

 

 

まず指示を出したのはミサイルばり。2~5回連続で攻撃を行うむしタイプの攻撃技だ。コイツをピッピを中心にばら撒くように乱射させる。目的はピッピの足止め。そしてサイコキネシスを撃たせないこと。

 

 

「ピッピ避けt…いや、迎え撃って!みずでっぽう!」

 

 

横に広がるように迫るミサイルばりに対して避け切れないと判断したか、こちらの思惑通りに足を止め、直撃コースに乗っているミサイルばりを叩き落としにかかるピッピ。と言うか、みずでっぽうまで持ってんのかよ…技マシンウラヤマシイ…

 

 

…無いもの強請りしている暇があったら戦えと、頭の中のサカキさんが悪い笑顔で言ってる気がする。

 

 

「ええい、スピアー!撃ちながらそのまま前に出るんだ!」

 

 

頭の中で笑う鬼畜と邪念を振り払い、即座にミサイルばりを撃ちながらの前進を指示。スピアーが空を舞いながら攻撃を放ち、立体的な機動で彼我の距離を縮めていく。ピッピはミサイルばりを撃ち落とすことに精一杯で、スピアーへの対応が出来ていない。攻撃に押されてジリジリと後退してはいるものの、スピアーが近づく方が早い。

 

 

「ここだスピアー、一気に懐まで突っ込め!」

 

 

そうして向こうがもたついている間に十分距離を詰めたスピアーに、一気に至近距離まで飛び込ませる。サイコキネシスさえ撃たせなければこっちのもの。さあ、満を持してのお披露目だ!

 

 

「ピッピ、サイコk…」

「遅い!決めろスピアー!」

 

 

ピッピが構えるよりもはるかに早く、スピアーの右の針が澱んだ紫色を纏い、大きく振りかざされる。

 

 

「どくづきッ!」

「スピャァアーッ!!」

 

 

そして、次の瞬間にはその紫色の一撃が無防備なピッピに叩き込まれた。ピッピはそのまま後ろに弾き飛ばされ、2度3度とバウンドして唖然とするナナミさんの手前で停止。そのまま起き上がることはなかった。

 

 

「うむ、そこまで!ピッピ戦闘不能!よって勝者、マサヒデ君!」

 

 

審判であるオーキド博士の宣言と同時に、周囲のギャラリーから歓声が上がる。が、すぐに何人かで話し込んでしまう辺り、どちらかと言えばどくづきを披露したことによる影響が大きかったのかもしれない。対戦相手のナナミさんは心配そうにピッピを抱え上げており、例の2人もナナミさんに駆け寄っている。

 

…ここは、俺も一言声を掛けておいた方が良いのかな?

 

戻って来たスピアーを労いながらそう考え、3人の方へと歩き出した。

 

 

 

こうして、俺のポケモントレーナーとしての最初の戦いはほぼほぼ圧勝と言える形で幕を下ろした。まあ、幸先のいいスタートにはなった…と思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「無理を言ってすまんかったのうマサヒデ君。いや、見事なもんじゃった」

 

 

 バトルが終わり、ひと段落着いたところで、俺は再びオーキド博士の研究室に通されていた。他にはナナミさん、レッド、グリーンの3人。机の上にはクッキーやらチョコレートやらのお菓子たち。早い話が5人でティータイムを楽しんでいた。

 

 

「サカキ殿の秘蔵っ子と呼ばれるだけのことはある。スピアーもよく育てられておったし、旅に出たばかりのトレーナーとは思えんぐらいじゃ」

「…恐縮です」

「ホントね。悔しいけど、私のピッピがほとんど何もさせてもらえなかった…」

 

 

さっきのバトルについて、オーキド博士からは手放しで称賛の言葉をいただき、軽く会釈してそれに応じる。ナナミさんからは若干恨みがましい視線を向けられ、言葉にも若干棘があった気がするが、それもポケモンバトルの倣いである。相手に失礼だと思うから手加減はせず(どくづきを打つため)に全力で戦った。だから、出来ればそういう目を向けないでいただきたいです。

 

…あ、ピッピがやられて涙目のナナミさんが若干可愛かったです。これは旅の思い出として心のアルバムの中にそっと閉まっておこう。

 

なお、そんなナナミさんを見て「姉ちゃんをいじめるな!」と非難の声を上げていた主人公&ライバル改め、レッド君とグリーン君だったが、今ではすっかりお菓子に夢中となっている。未来のチャンピオンとジムリーダーも、今はまだまだお子様ですなぁ。

 

 

 

「ところで、技の方はあんな感じで良かったでしょうか?」

「うむ、やはりデータとして見るのと実際の技を見るのとでは得られるものにも大きな隔たりがある。映像も撮らせたし、良いモノを見せてもらったわい」

 

 

満足気に笑うオーキド博士。と言うか、さっきのバトル録画してたんかい。映像が残るとなると、何か醜態晒してなかったか心配だ。

 

 

「ところでマサヒデ君。君はこの後どうする予定なのじゃ?」

「サカキさんからもう一件頼まれ事をしていまして、明後日のフェリーでグレンタウンに渡る予定です」

「明後日…ふむ…」

 

 

俺の予定を聞いて、何事かを考え込むオーキド博士。予定と言えば、明日が完全にフリーになってしまったなぁ…元の予定通りとは言え、何やって時間を潰そうか。お菓子と一緒に出された紅茶に口をつけ、美味しそうにお菓子を頬張る3人をながら考える。

 

マサラタウンをブラブラと歩き回ってみようか、それともトレーナー探してストリートバトルでも挑んでやろうか…

 

 

「…よし!」

 

 

そうしている内に考えがまとまったオーキド博士が顔を上げた。

 

 

「マサヒデ君、明日時間があるかの?」

「明日ですか?ええ、特に予定はありませんが…」

「なら、明日の今ぐらいの時間にまたここへ来てくれんか?ワシからも1つ頼み事をさせてもらいたいんじゃ」

「頼み事?」

「うむ。この世界に存在する全てのポケモンを集め、研究し、その生態を完全に解き明かす。それが予てからのワシの夢なんじゃよ。しかし研究に追われる内に、気付けばそれも難しい歳になってしまった」

 

 

サカキさんからも頼み事されてるのに…と思ったが、この流れはもしや…?これはやっぱりあれなのか?あれを貰える流れなのか!?

 

 

「そこで、君にある物を託したいと思う。その名も『ポケモン図鑑』。まだ試作の段階じゃが、捕獲したポケモンのデータを自動的に記録していくハイテクなアイテムなのじゃ。他にも手持ちポケモンの状態を確認したり、図鑑を持っている者同士なら図鑑を介してポケモン交換も出来たりするんじゃが、肝心なポケモンのデータがまだまだ不十分での。君には多くのポケモンを捕まえて、この図鑑の完成を手伝ってもらいたい。無論、旅のついでで構わんよ」

 

 

やっぱりポケモン図鑑キター!さらに状態確認や交換まで出来るだと?そんな便利なモノを貰えるというならば受けないワケにはいくまい!

 

 

「…分かりました。僕に出来ることでしたら喜んで力になりましょう」

「おお、そうか、受けてくれるか。ありがとうマサヒデ君。では、少し調整が必要じゃから明日来てくれた時に図鑑を渡そう」

 

 

かくして、俺の明日の予定は半分が埋まった。

 

 

「…おっと、もうこんな時間じゃったか。では、ワシはこれで戻らせてもらうよ。残りのお菓子は全部食べてしまっても構わんからの。マサヒデ君もゆっくりしていきなさい」

 

 

そう言ってオーキド博士が仕事のために退席。子供4人が研究室に残される。研究室占拠しちゃってるけど大丈夫なの?そんなことを思っていると、ナナミさんが話し掛けてきた。

 

 

「それにしても、マサヒデ君のスピアーホント強かった。手も足も出なかった。同級生の子たちにはあそこまで完封されたことなんてなかったのに…」

「ああ、まあ、スピアーはサカキさん…トキワジムリーダーの特訓を集中的に受けた奴だからねぇ。同年代の子のポケモンよりもずっと育ってるって自信はあるよ。それよりもサイコキネシスはずるいと思う」

「勝ったのにずるいなんて言わないでよ。私なりに考えて覚えさせたんだから。それにしても、やっぱりジムリーダーの特訓ってそんなにすごいんだ」

「ああ、凄いよ…スピアー共々何度体力的にも精神的にも叩き潰されたことか…ヤッパアノオッサンキチクダワ…」

「マ、マサヒデ君?お~い…」

「…ハッ」

 

 

おっと、いかんいかん。サカキさんに課せられた鬼畜トレーンングの数々を思い出して、人前にも関わらずついネガティブな思考に沈んでしまっていた。あの人のトレーニング、確かに強くはなるんだけど必要以上にスパルタなんだよなぁ…子供相手なんだから、もうちょっと手心加えてくれても良かったと思うの。

 

しかしナナミさん、さっきまでよりもずいぶんと刺々しさは抜けた様子。やっぱり女の子は笑顔の方が似合うネ。

 

 

「…ねぇ、お兄さん」

「ん?」

 

 

おおっと、ここでまさかのレッド君が会話に参戦だ。シロガネ山のこともあってレッド=無口っていうイメージだったんだけど、まあ現実は普通に喋りますわな。あくまで無口な感じの男の子だ。一方のグリーンの方は、この頃からすでにだいぶおしゃべりというかビッグマウスというか…お調子者と言った感じだ。実に対照的な2人だと思う。

 

 

「…どうやったらさ、強くなれる?お兄さんのスピアーみたいに強いポケモンを育てられる?」

 

 

どうしたら強くなれるか…ねぇ。育成の方向性決めて、性格個体値を厳選して、しっかり努力値振って、あとは対戦数こなすだけ…っていうのは冗談として、難しい質問だ。だって俺もそれを求めて旅を始めたばっかりなわけだし、別に廃人ってワケでもないし。かと言って適当なことを言うのも…う~ん。

 

 

 

「…そうだな、それは俺も知りたいことだなぁ。だからこうやって旅に出ているワケだし。でも、一つ言えることがあるとすれば、それは『ポケモンと苦楽を共にする』ってことかな?」

「…くらく?ともに?」

「楽しいことは一緒に楽しみ、苦しいことは一緒に乗り越える。簡単に言えば、どんな時でもポケモンと一緒にいるってことだ。一緒にいる時間が長ければ、それだけ多くのことを経験したってことになる。長ければいいってものでもないけど、経験はポケモンにもトレーナーにも大きな力になる。これは間違いないよ」

 

 

本当、あの地獄の日々を経験したおかげで、今じゃちょっとやそっとの事では尻込みするようなことはなくなりましたよ、ええ。経験し、乗り越えることはホント成長に繋がる大事なことだよ。だからアリガトウサカキサン、イツカオレイマイリニイキマスネ…ククク…

 

 

 

…おっと、また他人の面前で負の暗黒面に沈むところだった。危ない危ない。

 

 

「確かにお兄さん強かったもんな!でも、オーキドの爺ちゃんからポケモン図鑑貰えるなんてずるいぜ」

 

 

レッド君に続いてグリーン君も会話に入ってきた。安心しなさいグリーン君、君も将来的にはちゃんと貰えるはずだから。で、個人的にはオーキド博士って見込みのある色んな人にポケモン図鑑渡してるって印象があるんだけど、違うのかな?

 

 

「僕だけじゃなくて、他にも渡されてる人いるんじゃないの?」

「少なくとも、私はお爺ちゃんが誰かに渡しているところは見たことないわよ?」

「同じーく!」

 

 

…ワーオ、もしかして俺がポケモン図鑑所持者第一号だったりしちゃうんですか?責任重大だったりしますか?それなら、後に続く人たちのためにも頑張らないといけないな。目指せ、図鑑登録800匹!…はどう考えても無理だから、せめて100匹ぐらいは埋めたいところ。

 

そう言えば、俺ってまだまともにポケモンゲットしたことなかったな。サンドは貰い者だし、スピアーは何か着いて来ただけだし…明日辺り、チャレンジしてみるのもいいかもしれない。

 

 

 

その後、4人でお菓子を食べ尽くして雑談してから解散となり、俺は宿を取るためにポケモンセンターへ向かった。ゲームとは違ってここにもセンターがあるのはホント助かる。バトルでダメージを受けたスピアーを預けて回復させたところで今日は日没、活動終了となった。今日はオーキド博士に会えて、主人公&ライバルに会えて、ナナミさんとの勝負に勝てて、ポケモン図鑑まで貰えることになって…と、良い1日だった。明日も良い日であるようにと願いつつ、夢の世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

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~翌日・オーキドポケモン研究所~

 

 

 日付を跨いで約束の時間、違えることなく俺はオーキドポケモン研究所にいた。午前中は軽く街中を散策した後、ポケモンゲットだぜ!をしてみるべく郊外の野原へと足を運んでみたのだが、見事に空振りで終わった。だって全くポケモン出てこないんだからどうしようもない。同じくポケモンを探しに来ていたらしい同い年ぐらいの少年にバトルを挑まれたので、腹いせにサンドでコテンパンにしてスッキリしたけど。

 

…とりあえず、八つ当たりしてしまってゴメンよ、名も知らぬ少年とコラッタ。

 

 

 

「やあ、待たせてしまったなマサヒデ君」

「いえ、大丈夫です。予定もありませんから」

 

 

博士の研究室に通されソファに腰かけてのんびり待つこと3分程度。白衣姿のオーキド博士が部屋に入って…いや、帰ってきた。その右手には、赤い長方形の物体が携えられている。

 

 

「これが、昨日言っておったポケモン図鑑じゃ」

「おぉ…!」

「図鑑を開くと、下の方に認証装置がある。そこにポケモンが入ったモンスターボールを乗せると、自動的にデータを認証・解析・登録してくれる。その状態でモンスターボールの中のポケモンのレベルや性別、覚えておる技などのステータスも確認も出来る優れものだ。それに、ボールの転送機能もついておるから、持ちきれなくなったポケモンは、それを使って送ってくれればこちらで預かろう」

 

 

ポケモン図鑑をオーキド博士から受け取り、操作・機能の説明を受ける。試しにスピアーの入ったモンスターボールを図鑑の認証装置の上に置いてみる。

 

 

『解析、認証ヲ開始シマス……解析中……認証中……解析・認証ガ終了シマシタ。

図鑑ナンバー015 スピアー どくばちポケモン 集団で現れることもあり 猛スピードで飛び回り 両手とお尻の毒針で相手を刺しまくる』

 

 

おお…なるほど、これがポケモン図鑑。ちゃちな玩具なんかじゃない、本物のポケモン図鑑だ。素晴らしい。こうして実際に手に入れたとなると感動するね。で、俺が頑張ってポケモンゲットだぜ!するだけ中身が充実していくってワケだ。

 

よし、お次はスピアーのステータス確認といこう。オーキド博士の説明に従って操作していく。

 

 

 

《 スピアー Lv37 ♂ 》

《技1:???? 》

《技2:ミサイルばり   》

《技3:ダブルニードル  》

《技4:きあいだめ    》

《持ち物:なし 》

《Lv13の時 トキワシティ》

《で 出会った。     》

 

 

 

なるほどなるほど…スピアーさん、もうそんなに育ってたんかい。普通にゲーム中盤ぐらいのレベルじゃねーか。そりゃピッピのサイコキネシス平然と耐えて返り討ちに出来ますわ。それどころか、あのどくづきが余裕のオーバーキルだった可能性すらあるぞこれ。

 

しかし、出会ったのがレベル13の時?トキワシティ?これはどうなって……ああ、そういうことか。これ、スピアーをモンスターボールに入れた時の状況だ。モンスターボールに入れた時点での情報を記録してるのか。

 

それと、性格だの特性だのはまだ判明してないから記録されない、どくづきもまだデータに無いから謎の技扱いってワケか。更に攻撃とか素早さとかの能力値もわからない…と。

 

 

 

…う~ん。何と言うか、微妙に思っていたよりも不便だな。まだ試作段階って言ってたし、まさしく開発途上と言った感じだ。今後の改良・発展に期待したいところ。

 

まあ、一々専用の設備を使わなきゃ出来なかったことがこれ1台で出来るようになるのだから、全体としては便利なのは間違いない。

 

 

 

「マサヒデ君、君には一匹でも多くのポケモンを捕まえてもらいたい。捕まえた分だけ、このポケモン図鑑も完成に近付いてゆく。これを完成させることは、ポケモンの歴史に残る偉大な仕事じゃ」

「…!はい、力を尽くします」

「うむ、頼んだぞ」

 

 

ああ、うん。いいねこれ。まさしくゲームの主人公になったような気分だ。頑張ろうっていう気になれる。今日この後にでも早速ポケモンゲットだぜ!に再挑戦も悪くねぇ。

 

 

「…そして、マサヒデ君。君のトレーナーとしての腕前を見込んで、コイツも託したい」

 

 

そう言ってオーキド博士が白衣の下から取り出したのは…モンスターボール?

 

 

「博士、それは?」

「野生ポケモンの保護をしておる団体から預けられたポケモンなんじゃが、ちとワケありでな…まあ、出してみた方が話は早いじゃろう」

 

 

疑問を覚えながら、モンスターボールをポイッと放る。出て来たのは、くすんだ緑色の身体とてっぺんに一本の角を持つ可愛らしいポケモン。

 

 

「ヨー…!?」

 

 

そのポケモンの名はヨーギラス。いわはだポケモン。タイプはいわ・じめん。最終進化系は、所謂『600族』と呼ばれる高い合計種族値を持つポケモンの一体であるバンギラス。第二世代が初登場で、ジョウト地方のシロガネ山にしか生息していない。

 

…いや、まさかのヨーギラス。カントー地方だから第一世代のポケモンだけしか見ることはないだろうと高を括っていたんだが、まあお隣の地方のポケモンだし、こっちで見ることがあってもおかしくはない…か?

 

 

「ヨーギィッ!!」

「は?うわっ!?」

 

 

と思ってたら、コイツいきなり突っ込んできた!?咄嗟に躱せたけど、危ないなおい!

 

 

「ギィッ!ギィー…ッ!!」

「ぐ…っ!サンド、ソイツをしばらく抑えといてくれ!」

「キュイッ!」

「ギィッ!?ヨ、ヨー!」

 

 

さらに追撃の構えのヨーギラスに対して、サンドを呼び出して抑え込ませる。こうして見てる分には可愛らしいポケモンがじゃれ合ってるようにしか見えんのだが…しかし、いきなり何だコイツは。

 

 

「あー…やはりこうなってしまうか」

「博士、何なんですコイツは?」

「こやつはヨーギラスというポケモンじゃ。ナナシマ…カントーから海を渡って南の方にある島で、怪我をして倒れていたところを保護されたんじゃが、如何せんこの通りの気性でな。暴れるせいで向こうの施設ではまともに治療することも出来ず、ここに預けられたのじゃよ」

「それでも、出していきなり攻撃されるとは思いませんでしたよ」

「先に説明しておくべきじゃったな。すまなかった」

 

 

ホント、先に説明が欲しかったです。しかしこのヨーギラス、シロガネ山じゃなくてナナシマの個体か。たしか【しっぽう渓谷】だったかな?まあ、確かにこの暴れっぷりじゃ何か処置をするのはおろか、普段の世話すらも難しそうだ。

 

そうしている内に、レベルの差か鍛え方の差か、サンドがヨーギラスを完全に抑え込んだ。よーし、よくやったサンド。ヨーギラスはジタバタ暴れているが、サンドが上に乗っかって「ふんすっ!」って感じでドヤ顔してる。可愛い。よし、今日の夕飯は気持ち豪勢にしよう。

 

 

「…で、治療は何とか出来たんじゃが、相変わらずのご覧の有り様じゃ。ワシも研究があるので付きっ切りというワケにもいかず、持て余しておってな。腕の立つトレーナーならば、この状態も改善するのではないかと思ったのじゃよ」

「だから僕に押し付ける…と?」

「いや、そういうワケではないんじゃが…まあ、無理を言っとるのは承知しておる。が、このヨーギラスというポケモンはナナシマでもかなり個体数が少ない珍しいポケモンのようでの、身元がしっかりしとらんトレーナーにおいそれと預けるわけにもいかんのだ」

 

 

俺、この世の大半の人より身元がはっきりしてない人間なんですが…というボヤキは抜きにして、さてどうしたものか。

 

単純に戦力として見るなら、最終進化系のバンギラスはとても魅力だ。強くてカッコいい、実力も見た目も男のロマンをくすぐるような素晴らしいポケモン。あくタイプ故にスピアーが消し炭にされかねないエスパータイプを踏み潰せ、特性"すなおこし"も強力。サンドとの相性も完璧な点もgoodだ。

 

しかし、そこに至るまでの道のりは長い。まず進化するレベルが55。これはレベルで進化するポケモンとしては、全体で見てもサザンドラ・ウルガモスに次いで3位タイの遅さだ。さらにバンギラスになるまではサンドとのタイプ被りもある。そして極めつけにこの気性…俺にどうにか出来るんだろうか。

 

 

「マサヒデ君、こちらからもサポートはするから頼まれてはくれぬか。無論、手に負えないようならここに送り返してくれればいい」

 

 

…まあ、これも経験と思えばいいか。この先、色んなポケモンとも出会うだろうし、扱い辛いポケモンも一杯いるはずだ。その経験を今積ませてもらえる機会を貰えたと考えれば悪くない。

 

 

「…わかりました。ヨーギラス、頂戴します」

「…そうか、すまんのう。これがこの研究所の番号じゃ、何かあったら遠慮なく伝えてくれ。では、図鑑の件もよろしく頼むぞ」

「はい。サンド、御苦労!」

「キュイ!」

「ギィー…」

 

 

オーキド博士から連絡先の書かれたメモを受け取り、相変わらずドヤ顔のサンドと完全に戦意喪失したヨーギラスをボールに戻す。その後、オーキド博士の見送りを受けて研究所を後にした。帰り際に餞別として、空のモンスターボールやきずぐすり等を貰った。

 

図鑑の受領とヨーギラスのことだけであまり時間がかからなかったので、太陽の位置はまだまだ高い。色々とやれることはあるのだろうが、日が暮れるまで何をして過ごそうか。ナナミさんたちは今日は普通にスクールに通っているという話だったし…やはり、ここはスピアーとサンドも交えてヨーギラスとスキンシップ取ってみるか。

 

大きな課題を抱えながらも軽い足取りで道を行く、2日目のマサラタウンの午後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…スキンシップはどうなったかって?敢え無く失敗したので、サンドに取り押さえてもらってからスピアーと囲んでみんなでお話し()して終わりましたが何か?傍から見れば完全に虐待の構図だったような気がするけど、気にしない。

 

 

 



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第15話:黄昏の島

 

 

 

『長らくの御乗船、お疲れさまでした。本船は間もなく、北グレン港に到着致します。下船される際はお足元に注意し、お取り忘れがございませんよう、今一度お荷物の確認をお願い致します。本日は高速船シーケンタロスをご利用いただきまして、誠にありがとうございました。またの御乗船をお待ちしております』

 

 

 

 

 

 オーキド博士からポケモン図鑑を貰い、ついでにヨーギラスを押し付けられた日の翌日。オーキド博士とナナミさんの見送りを受けて、サカキさんが事前に手配していたチケットを使いマサラ発グレン行の午前中のフェリーに乗船。そのまま波に揺られること半日あまり。来たぜ南国グレンタウン。南の海の孤島故か、はたまた活火山島故か、思っていたよりも幾分か風も空気も暖かい気がする。

 

中身が心許無い財布をさらに軽くして事前に酔い止めを飲んでいたおかげか、幸い船酔いはしなかった。が、船を降りた後も足元が揺れているような不思議な感覚に襲われている。下船病っていうらしい。向こうでも数えられる程しか船には乗ったことがないし、中々慣れない感覚だ。

 

マサラタウンからここまで高速船で約半日。マサラを発ったのが午前中の早い時間で、今が日も若干傾き始めているかという夕方目前の時間帯。やりたいことをするには時間が足りず、かといって何もしないで過ごすには長すぎる、何とも対応に困る微妙な時間帯だ。

 

 

 

とりあえず、現状最優先ですべきことはポケモンセンター・ポケモン研究所・グレンジムの位置の確認か。特にポケモンセンターはグレンタウンに限らず、トレーナーにとってはその街に逗留する間の拠点となる場所だ。時間的にも夜が近いし、すぐにでも部屋を押さえる必要がある。遅くなって「満室です」なんて言われての野宿はあまりしたくはない。旅に置いては『メシより宿』って格言(?)もあるぐらいだし、余裕を持って部屋は確保しておきたい。

 

と言うワケで、波止場に設置された案内看板を見てみたんだが、火山絡みで立ち入りが制限されてる区域が広すぎて、元からそんなに大きな島ではないのに人の生活圏はそれに輪をかけて狭い様子。実際、金銀クリスタル版では火山の噴火でグリーンが黄昏てるだけのただの岩山になっちまってたしなぁ。

 

 

 

…ということは、だ。ゲーム通りに進むのなら、この町は何年か後には消えてなくなってしまうことになる。噴煙で灰色に染まる空、島全域に降り注ぐ噴石、流れ出る溶岩流と熱したバターのように呑まれ消滅する街並み、逃げ惑う人々…想像すると何とも悲惨な光景が脳裏に浮かび、つい眉を顰める。新天地に到着早々少し憂鬱な気分になった。

 

まあ、そんな何年も後のことを今考えても仕方がないし、自然相手じゃ人間1人が騒いだところでどうにかなるもんでもない。また違った未来が待っている可能性だってある。だから俺は今これからの事を考えてりゃいいんだ。

 

 

 

改めて案内看板を確認すると、まず街並みについてはあまりゲームから変化がないのが分かる。島の中心から見て北側のど真ん中と南東側に港があり、北東側にグレンジムがある。それ以外の主要な施設は南側に集中しているようで、南西の端に目的地のポケモン研究所、真南には住宅街が広がりポケモンセンターとフレンドリィショップのマークも見られる。

 

北西側には特に何も書かれてないが、この場所からだとデカい屋敷があるのが確認出来る。あれがおそらくポケモン屋敷だろう。ゲームにはなかったがそれ以外の場所は火山の関係で侵入禁止・制限区域となっているようだ。

 

で、北側ど真ん中にある北グレン港が俺の現在地。ポケセンまでは海岸沿いにグレンジムの前を突っ切ってそれなりに歩く必要がある。となると、あまりグズグズしてはいられないな。急がないと日が暮れてしまいかねん。その後のことは、とりあえずポケセンに着いてからだ。

 

 

 

港を離れて少しの所にあるのがグレンジム。ほのおタイプのジムということでか、外壁に燃える炎の模様が描かれた目につく外観の大きな建物だ。グレンタウンに来た目的の1つではあるが、今はこれを平然とスルーし海岸に沿って早足で南下。海岸にはヤドンとかコダックとかパウワウとか、初めて見る野生のみずタイプのポケモンがそこかしこにいたが、のんびり眺めている暇もなく、遠くに見える街並みへ向かって黙々と歩き続ける。

 

そうして空がオレンジ色に染まる頃には、無事グレンタウンの市街地に到着。迷子になることもなくポケモンセンターも見つかり、特に問題なく部屋を取ることが出来た。

 

宛がわれた部屋で一息ついたところで時計を確認するが、針が指し示す時間は世間一般的には夜に片足を突っ込んでいる時間。流石に届け物までは難しいと判断し、今日はこのまま休むこととして、グレンタウン上陸初日は終えた。

 

 

 

 

 

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「…え、不在?」

 

「ええ、わざわざ来てくれたのに申し訳ないのですが…」

 

 

翌日、ポケモンセンター受付でしっかりと所在地の確認をした上で、サカキさんからの届け物を携えポケモン研究所を訪ねた俺を待っていたのは、担当者…受取人が不在であるという答えだった。

 

サカキさんからは、事前に『アサマ』という研究者に預かった書類一式を渡すよう指示を受けていた。出資している研究の責任者がその研究者らしい。しかし対応してくれた職員さんによると、件の人物は数日前に急な出張が決まり、昨日までの日程でタマムシシティへ。ところが機械のトラブルのせいで乗船予定の船が動かず、かなり遅い時間帯の便だったこともあって代わりの船も無く、結果港のあるクチバシティで足止めを食ってしまったということらしい。

 

 

「と言っても1日ずれただけだから、明日には戻って来ると思いますよ。どうしても…ということでしたらこちらでお預かりしますが…」

 

「そうですか…わかりました。では、日を改めてまた伺います」

 

「うん、それが良いでしょう。アサマには帰り次第伝えておきます」

 

 

いきなり出鼻を挫かれることになったが、いないものは仕方がない。しかし、そうなるとどうしたものか。予定ではコレを片付けてから…と思っていたんだが、初っ端から予定が狂ってしまうとは思わなかった。

 

どうする?このままジム戦に挑むか?と言うか、ゲームではポケモン屋敷でカギを拾ってこないとジムに入れない仕様だったけど、大丈夫なの?いっその事今日はジム戦を諦めて、ゲーム通りにポケモン屋敷まで足を運んでみるか?確かほのお・どくタイプの野生ポケモンの楽園と化してたはずだし、シナリオ後半のダンジョンなだけあって結構レベルも高めだった。良い訓練になるのではないだろうか。

 

 

 

…いや、その前に情報収集だな。先のギミックのこともあるし、ゲームでのジム内部のギミックであるクイズマシーン()のこともある。それに、ゲームとの差異が存在する可能性も考慮しておいた方がいいか。

 

 

「…所で、少しお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、構いませんよ。何でしょう?」

 

「実はこの後、グレンジムに挑もうかと考えているんですが、グレンジムってどんなところでしょうか?」

 

「グレンジムに…ってことは、君はポケモントレーナー?」

 

「ええ、はい。一週間前に旅立ったばかりの新米ですけどね」

 

「一週間前?もしかして、ジム挑戦はグレンジムが初めてですか?」

 

「はい。本当は先に御使いを片付けてしまいたかったんですが、アサマさんがおられないのでは仕方がありません。で、グレンジムはどういうジムなんでしょう?ほのおタイプのジムとは聞いているんですが…」

 

「そうですね、グレンジムはほのおタイプのポケモンを専門に扱っているジムです。ジムリーダーのカツラさんは元々研究者で、以前はここの研究室に所属していたこともあります。そのためか、ジム挑戦者に対しても知識を要求するそうですよ」

 

「知識を要求?テストでもあるんですか?学校みたいな」

 

「そのとおりです。ポケモンに関する筆記試験…テストをやってもらって、その結果で挑戦者を選別していると聞いています。午前中にテスト、午後から選抜した挑戦者とジム戦を行う…というスケジュールみたいです。ですから、ジム戦に挑まれるのでしたら午前中の早い内にエントリーして、まずテストを受ける必要があります」

 

「早い内…」

 

 

そう言われて、ポケギアで時間を確認する。表示されている時刻は9時38分。昨日グレンジムからグレンタウン市街まで掛かった時間を考えると…考えている時間はなさそうだ。

 

 

「今の時間なら、急げば十分受付に間に合うと思いますよ」

 

「わかりました、今日のところはこれで失礼します。情報ありがとうございました!」

 

「頑張ってくださいね。アサマには戻り次第伝えておきますので」

 

 

職員さんに御礼を伝えると即座に研究所を後にする。ここからグレンジムまで歩いて向かうとなると、12時までに間に合うかはかなり怪しい。ギリギリな時間になりそうなことを理解した俺は、来た道を走り出す。幸い、邪魔になりそうな荷物は全部ポケセンに置いてある。

 

さあ、今こそサカキさんに扱かれ続けた特訓の成果を見せる時だ。見せるところ違う気もするが、体力ついたのも成果の一つだし何も間違ってはいない。いないったらいない。

 

 

 

 

街中を駆け抜け、喧騒を振り切り、潮風を切り裂いて海岸線を直走る。春先とは言え南国らしい日差しに汗だくになりながらも、昨日よりはるかに速く景色が流れていく。走り続けたことで若干脇腹の辺りが痛くなってくるが、いつものことだ。気にするほどのものでもない。

 

海岸線を北上するに従い、グレンジムがだんだんと大きくなってくる。ホント、遠目からでもよく目立つ外観だ。ジムがもう目前となったところで走るのを止め、汗を拭う。

 

時計を確認すれば、表示された時刻は10時47分。『時間がない』と急かされて反射的にここまで駆け抜けたけど、問題なくそれなりに余裕を持って到着出来たようだ。火山島故に若干の起伏があり走り辛かったところはあったが、良い運動になったと思っておくことにしよう。

 

ところで、試験って言ってたけどどんな問題出されるんだろうね?ゲームよろしく『技マシン28の中身はしねしねこうせんである』みたいな〇×問題でも出されんのかね?それと、ジムトレーナーとのバトルってあったりするのかな?トキワジムは普通にジムトレーナーと戦ってからリーダー戦の流れだったけど。

 

 

 

そうこうしている間も歩みは止めず、気付けばジムが目の前に聳え立っている。そのことに何か思うこともなく、取り留めもなくジム戦のことを考えながら息を整え、ジムの入口へと手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

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 グレンジムにはカギが掛かっていて入れなかった…なんてゲームみたいなことはなく、普通に入って受付のおっさんに名前・年齢等、色々必要事項を記入するように言われて書き、トレーナーカードを提出した後に部屋に通された。部屋の中には長机が並び、20人ぐらいの人が1つの机に2人ずつ座って時間が来るのを待っている。経験豊富そうなオジサンもいれば、新進気鋭の若者もいる。これ、全員がジム挑戦者か。

 

真ん中の列の前目左側の席に座り、軽く周囲の様子をうかがってみる。全員が全員、ノートやら参考書のような分厚い本やらを広げて睨めっこしている。受験か何かかな?って言うか、これって対策が必須なモノだったりするの?何も準備してないんだけど、どうしたらいいの?あと、若者もいるにはいるけど明らかに俺だけ突出して若い。場違いな感じがすごい。

 

 

 

周囲との温度差に居心地の悪さと焦りを覚えつつ、そのまま待つこと30分。ジムの職員さんが入室し、これから俺が受けることになるテストの説明が始まる。内容はポケモンに関する問題50問。概ね基本的なことしか出題しないとのこと。

 

説明が終わり、問題と解答用紙が配られる。全員に行き渡ったのを確認して、グレンジムの挑戦権を賭けたテストが始まった。

 

その内容に不安を覚えるが、それは事前にもっと情報を集めなかった俺が悪い。最悪な受験失敗の典型例な気しかしないが、こうなってしまっては後は当たって砕けるのみだ。意を決して、俺は裏返しの問題用紙をひっくり返し、その最初の問題を睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

『問1:コイキングは進化する。〇か×か』

 

 

 

 

 

…あ、これ多分余裕だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「そこまでです!」

 

 

試験官役の職員さんの声が部屋に響き、テストが終了した。周囲からは大きく息を吐く音や、椅子が床を擦る音、幾人かの話し声など、部屋に満ちていた緊張感が一気に緩み騒がしくなる中で、俺はと言うとものすごい不安とやるせなさという、二律背反した感情に苛まれていた。

 

いや、別に問題が解けなかったわけじゃない。むしろ全問特に悩むようなこともなく書けた。そう、解けてしまった。そして全ての設問を解き終わって周りを見回すと、他の挑戦者たちはまだ黙々と机に向かっている。制限時間1時間に対して、俺が解答終了まで要した時間は20分。第1問で何となくこうなる予感はしていたとは言え、こんなに簡単でいいのかという不安と焦り、全員がうんうん唸っている中で1人簡単に解けてしまったことに対する申し訳なさ…そんな感じで色んな感情がごちゃ混ぜになっていた。

 

そもそも、問題自体がしょぼいのがいけない。1問目のコイキングが進化するかどうかの〇×問題に始まり、特定のポケモンに攻撃するならタイプ相性的にどの技が一番いいかを選ぶ4択問題とか、特定の技を覚えるor覚えないポケモンを全て選ぶ選択問題とか、特定の状況に置ける行動についてどうしたらいいかを答える記述問題…回答の方法が選択の問題が多かったこともあって余計にだけど、俺が持っている知識で全部答えられちゃうんだもの。むしろ『他の人はこんな問題に躓いてんのかよ』、と。大学入試の時のセンター試験を思い出したわ。

 

で、その内に周囲の状況から『あれ、これもしかして間違ってたりする?』と謎の疑心暗鬼に陥り始め、『いや、絶対に正しい』『いや、でもやっぱり…』と心中で反芻し続け悶々とした時間を過ごすハメになった。あと、グレンジムと言われればまず出てくるであろう名物?問題・技マシン28『しねしねこうせん』…まさかホントに質問にあるとは思わなかった。思わず〇って書きそうになったけど、寸前で堪えて×にしといた。

 

 

 

ともあれ、これでテストは無事に終了した。解答も一定のラインに届かなかったら不合格と言われたけど、十分な点数が取れている…ハズ。職員さんの話の限りだと、この後昼休憩を挟んで、第2の試験としてテストの得点に応じてジムトレーナーとバトルをする…ということになっている。初のジム戦と言うことで、心の中は緊張でバクバク…かと思いきや、実はそこまで緊張感が無かったりする。テストがあんまりにもあんまりだったからか、それともサカキさんに散々甚振られてきたせいか…まあ、毎日散々威圧されながら特訓してたし、アレよりも酷いものなんて早々ないんじゃないかなとは思う。

 

あと、決めとかないといけないのはジム戦で使うポケモンをどうするかだ。昨日はこんな急に挑戦する流れになるとは思わなくて、そこまで考えてなかったから。何匹使うのかが分からないけど、タイプ相性的にはサンド・ヨーギラスだけで普通なら安定するはず。ただ、ヨーギラスは気性がアレで制御出来ないしなぁ…やはり、出さずに済むならそれに越したことはない、か?安定して突破を目指すならやはりレベルの高いスピアーの方を優先すべきだろうか?でも、それは自分の中にあるジム戦とは何か違う気もする。強いトレーナーを目指すのなら、あのヨーギラスを上手く使いこなせないと先へは進めないという考えも…むむむ。

 

…とりあえず、まずは昼飯だ。急いだあまりに昼飯を用意していなかったので、保存食としてリュックに突っ込んであったカップラーメンを啜って腹を満たし、外に出てポケモンたちにも食事を摂らせる。

 

スピアー・サンドは普通にムシャムシャやってるが、問題児ヨーギラスは相変わらずの警戒態勢。こっちをガン見しながら、少し離れたところでポケモンフーズをチビリチビリ。それでもいきなり飛び掛かって来ないだけ一昨日よりも進歩している…と言っていいのか?スピアーとサンドに睨まれているからなだけかもしれないが。

 

1-1ならサンド、3-3だったら本当に仕方ないからヨーギラス先発で行くとしても、2-2の場合選出をどうするかだったんだが…これじゃあバトルに使うのは厳しいかねぇ。それとも、ダメ元でいきなり実戦デビューさせてみるのも…ううむ、やはり悩ましい。

 

 

 

 

 

そうして悩んでいる間に、時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

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「それでは、これより二次試験を始めます」

 

 

 

 結局ヨーギラスの扱いを決められないまま昼休憩は終わり、二次試験に挑むために元の部屋へ。俺が戻るのと前後して、他の挑戦者たちも戻って来始め、さらに少ししてテストの時の職員さんも入室。いよいよ二次試験の始まりだ。

 

 

「二次試験は実技試験です。皆さんには数人ずつ順番にジムトレーナーと戦っていただき、その全てを勝ち抜いた方にのみジムリーダーへの挑戦権が認められます。なお、戦っていただくジムトレーナーの人数は一次試験の点数、及び皆さんのこれまでの実績によって多少変動します」

 

 

なるほど、テストの成績が悪いとより多くの補習を受けさせられる…と。補習…高校…大学…学生時代…うっ、頭が痛い…

 

 

「また、一定の点数に届かなかった方は、この時点で不合格となっています」

 

 

単位認定:不可…うっ、頭が以下略。言われてから見回してみると、心なしか午前よりも人が減ったようだ。多分、3、4人が既に…

 

 

「それでは、名前を呼ばれた方から順番に係の者に着いて行って下さい。まず…アコウさん、カズトさん…」

 

 

一次試験で散っていった人々に思いを馳せる暇もなく、二次試験対象者の名前が読み上げられていく。しかし、一次試験は大学入試だったのに対して、二次試験は何と言うか採用面接を彷彿とさせるな。辛かった日々が思い起こされて…以下略。

 

 

「…マサヒデさん」

 

「…っと、はい」

 

 

おっと、もう少し後かと思っていたけど、まさかの一番最初の組か。

 

 

「マサヒデさんはこちらです。私に着いて来てください」

 

「はい」

 

 

係の職員さんに着いて、部屋を出て廊下を進んでいく。第1フィールドを過ぎ、第2、第3、第4とバトルフィールドへの入口を通過したが、目的地にはまだ着かない。一緒に呼ばれた他の人たちが先に入って行ったから、これらのフィールドでは彼らが二次試験に臨んでいるのだろう。しかし、外から見ただけでもかなり大きい建物だとは思っていたが、5つもフィールドがあるとは驚きだ。トキワジムは本番用と練習用の2つだけだったからな。

 

そしてそのまま通路の突き当りまで進み、階段を下りる。下った先にあったのは、分厚い大きな扉。

 

 

「着きました。こちらになります。どうぞお入りください」

 

 

どうやら、この分厚い扉の先が俺の二次試験会場であるようだ。扉の前に立ち、大きく深呼吸をして一度気持ちを落ち着かせる。

 

 

…よし、気合入れていくぞ。

 

 

俺は、扉に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の先にあったのは、かなり広いバトルフィールド。ほのおタイプのグレンジム故か、周囲には火を噴く装置が並べられており、轟々と炎を噴き上げている。

 

そんなフィールドの奥から、こちらに向かって歩み寄る人影が1つ。炎に照らされて浮かび上がるその人物は研究者が着るような白衣を纏い、燃え盛る炎をあしらったネクタイを締め、特徴的な丸眼鏡を掛け、その頭部は噴き上げる炎と天井の照明の灯りに照らされて光り輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおーす!少年、ようこそグレンジムへ!わしがグレンジムリーダーのカツラだ」

 

 

 

 

 

…フィールドの向こうから現れたのは、まさかのジムリーダーだった。

 

どーゆーことなの…

 

 

 




 

グレンタウンへと突入した15話でした。一気にグレンジム戦終了まで行こうかと思っていたんですが、ここまで書いてきて作者的には8000字ぐらいが管理しやすいと思ったので分割です。次回こそグレンジム戦です。

そして、たくさんの感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。マイペースな作者ではありますが、今後も頑張って無理せず更新していきたいと思います。



さて、二次試験に挑もうと気合を入れた主人公の前にいきなり現れたリーダー・カツラ。何故彼は現れたのか?困惑する主人公。そして始まる熱き戦い。主人公の実力はカツラに届くのか?主人公の選出は?戦略は?その選択が果たして吉と出るか凶と出るか…その答えを知るものは作者のみ。たぶん。というわけで次回へ続く。
 


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第16話:熱く潔い炎の男(1)

 

 

 

「マサヒデさんには、このままジムリーダー・カツラと戦っていただきます」

 

「(え?どゆこと?何でカツラ?ジムトレーナー戦じゃなかったの?あるぇー?)」

 

 

 

 俺の前に立つ初老の男性…いきなり現れたジムリーダー・カツラに対し何も言うことが出来ず、係の職員さんからリーダー戦を行うことを告げられてなお動揺を隠せない俺。いや、だってラスボス前の中ボス戦だって思ってたら、ラスボスが不意打ちして来たんだから無理もないでしょ。これは歴戦のベテラントレーナーと言えども予測不能…だと思う。それとも、俺の気が緩み過ぎ?

 

と言うか、ホントなんでいきなり出て来たし。

 

 

「ずいぶんと驚いているようだが…なに、君の一次試験の結果が飛び抜けて優秀だったこと、そして今回のジム戦が初めての挑戦であることを加味した結果だよ」

 

「そ、そうですか…」

 

 

何故いきなりリーダー戦であるのかは、カツラ…さんが自ら語ってくれた。が、事態をよく呑み込めてない俺にはこう返すのが精一杯だった。

 

 

「しかし、本当にトレーナーズスクールを出たばかりなのだな。君ぐらいの年齢の挑戦者というのも中々見ないが、それがまさか満点で一次試験を突破してくるとは…長いことジムリーダーを務めてはいるが、こんなことは初めてだ」

 

 

あ、やっぱり満点取れてたんだ。ちょっとだけ安心した。ついでに心も落ち着いた。

 

 

「基本的な問題とは言ったが、かなり広い範囲から出題したつもりだったんだが、大したものだよ。応用的な記述式の問題も何問か出した。これで満点を取れる者などほんの一握り、そうそうおらんよ」

 

「あー…まあ、知識には自信ありましたから」

 

「知識に自信か…記述問題の解答を見て、この結果も確かな知識に裏付けされたものだということはわかった。あとは、その知識を実戦に置いて活かすことが出来るかどうか、実力が伴っているかどうか。それを試すのが二次試験であり、ジムリーダーであるわしの役目だ。

 

…さあ少年、早速始めようじゃないか」

 

 

おっと、早くもバトル開始の流れですか?残念、まだこっちは準備が出来てないんだ。いきなりだったからね。それに、確認しておきたいこともあるし。

 

 

「すいません、ちょっと待ってもらっていいですか?」

 

「む、まだ準備が出来ていなかったかな?」

 

「はい。それと、1つ確認したいことが。ポケモンに持ち物を持たせることはありですか?」

 

 

サカキさんから託されていた、試作品だという3つのアイテム。きあいのハチマキ・シルクのスカーフ・せんせいのつめ…許可が下りるなら、このジム戦で実戦投入してみたいんだが…如何でしょうカツラさん。

 

 

 

…別に忘れてたわけじゃないよ?ホントダヨ?

 

 

「む、持ち物か?別に構わんが…わざわざ許可を取るほどのものか?」

 

「実は、トキワコーポレーションの試作品でして…故あって、実戦での試験運用を社員の方から頼まれたのです。変な効果があるものではない…と聞いているのですが、事前に許可は取っておいた方が良いと思いまして」

 

「ふーむ…そう言えば、君はトキワジムリーダー・サカキが保護者だったな……なるほど、それでか…いいだろう、使用を許可しよう。如何に強力な持ち物だとしても、それを上手く使いこなせるかどうかはまた別の話。今後は持ち物を活かしたバトルが主流になるとも言われているし、それもまたトレーナーとして必要な知識となるだろう。それに、わしも研究者の1人、トレーナーの1人としてその試作品とやらには興味がある」

 

「ありがとうございます」

 

 

というわけで、テストするように言われてたのに中々使う機会がなかったアイテムたち。使用許可も出たので、大手を振って使わせてもらうとしよう。

 

てか、俺がサカキさんの保護下にあるのは普通にトレーナーカード見たら分かるんだ。気付かなかったわ。後でまた確認してみよう。

 

 

「では、5分待とう。君の所持しているバッジは0個なので、バトルでの使用ポケモンは互いに2匹だ。準備が整ったら声を掛けてくれ」

 

 

そう言って、カツラさんはフィールドの奥の方へと離れて行った。ついでにバトルが2-2であることもサラッと判明。すっごい悩ましいパターンになってしまった。事前に確定させていたサンドと相性面で不安はあるが、安定性のあるスピアーでいくか、制御不能かつ能力未知数だけど、相手と相性が良くサンドのサポートにもなるヨーギラスでいくか…

 

持ち物に関しては技構成的に現状シルクのスカーフを活かせる奴がいないので、ステータス的にサンドにせんせいのつめ、スピアーにきあいのハチマキのパターンか、サンドにきあいのハチマキ、ヨーギラスにせんせいのつめのパターンか、その逆かの3パターンから選ぶ必要がある。

 

まあ、それを決めるためにも選出する2匹を先に決めないといけないわけで。うーん…個人的にはすごくヨーギラスを使いたい。使ってみたい。けど、やっぱりあのクソ気性は…うぬぬぬ。

 

考えを一度整理するため、ヨーギラスのデータを確認しようとポケモン図鑑を起動する。

 

 

◇◇◇◇◇

 

ヨーギラス

 

・レベル:17

・おや:マサヒデ

・性別:♂

・ワザ:かみつく

    にらみつける

    すなあらし

    いやなおと

 

レベル17のとき、マサラタウンで出会った。

 

◇◇◇◇◇

 

 

…こうして見てみると、目につくのが思っていた以上に技が貧弱な点。以前のサンドよりかは確実にマシだが、ほのおタイプ相手に弱点は突けないし、効果が被っている技もある。

 

素材そのものはかなり良いのは間違いないのだが…まあ、それも制御出来るようにさえなれば、という但し書きが付く。こればかりは一朝一夕でどうにかなるものではないので、気長に付き合っていきたいとは思う。しかし、同時にほとんど手を入れてない今の状態でどこまでやれるかは見ておきたいという思いもある。

 

加えて、俺は今回が初のジム戦。そもそも、ジムリーダーという職業は挑戦者の実力を測るための物差しという側面があり、ジムリーダーが定める一定のラインを突破する…即ち実力を証明出来たのなら、ゲームとは違って必ずしもバトルに勝利する必要はなかったりする。勝利するのが一番単純かつ手っ取り早いのは確かだけども。

 

トキワジム?サカキさん?あれはただのイジメだからノーカウントで。

 

さっきのカツラさんの話しぶりから察するに、今回使用するのはたぶん対新人用のポケモンなんじゃなかろうか?ゲームで最初のジムリーダー・タケシが使っていたポケモンはたしか10レベル代前半~半ばぐらい。新人用のポケモンならそう大差はないはずで、そこから考えれば単騎でもレベル21のサンドなら十分に勝機はあると思う。

 

 

 

 

 

…よし決めた。ヨーギラス使おうそうしよう。どこまでやれるか頑張ってもらって、俺もどこまで言うこと聞かせられるか頑張ってみよう。で、ダメだった時はその時また考えよう。持ち物もサンドにハチマキ、ヨーギラスにつめで決定だ。

 

と言うワケでサンド、今回はお前が切り札にして最後の砦だからな。頑張ってくれよ。

 

 

「キュイ!」

 

 

開戦準備のため外に出したサンドにそう声を掛けると、当然だと言わんばかりの返事が返ってきた。うむ、流石は3年間も付き合いのある相棒だ。実に頼もしい。

 

 

「ヨーギラス、今回はお前にも頑張ってもらうからな」

 

「ヨーギィ…ッ」

 

 

同じようにヨーギラスにも声を掛けたが、思いっきり睨み付けられた。そんなに凄んでも状況は変わらんぞ。ヨーギラスの反応を見つつ、サンドの短い尻尾にきあいのハチマキを巻き、ヨーギラスの手にせんせいのつめを装着する。反抗されるかと思ったが、大人しく装着されてくれたので良かった。

 

…あ、スピアー監視・監督お疲れさん。今回はお預けだけど、次のジム戦では切り札を任せるから我慢してくれ。

 

 

 

 

 

「すいません、お待たせしました!よろしくお願いします!」

 

「うむ、始めるとしようか」

 

 

準備が整ったことをカツラさんに伝え、フィールドの所定の位置へ。カツラさんは既にスタンバイ完了しており、審判役のジム職員さんが俺がフィールドに立ったことを確認したところで、いよいよバトルスタートだ。

 

 

 

「これよりジムリーダー・カツラと、チャレンジャー・トキワシティのマサヒデによるジム戦を行います!使用するポケモンは互いに2体、アイテムの使用は不可、持ち物は可、ポケモンの交代はチャレンジャーにのみ認められます!」

 

 

 

審判によるバトル前のお決まりのルール確認に続き、カツラさんからもバトル前の熱い口上が放たれる。

 

 

 

「では改めて、わしはグレンジムリーダー・カツラ!知識とほのおタイプを愛する燃える男だ!わしのポケモンは全てを焼いて焦がしまくる強者ばかり!やけど状態になればみるみる内に戦う力を奪われる!とにかく熱いほのおポケモンたちが放つ猛攻を打ち破ることが出来るかな?

 

うおおーす!さあ少年、やけどなおしの準備はいいか!?」

 

「それでは、バトル開始!」

 

 

さあ、ついに闘いの火蓋が切られた。戦闘中のアイテムは使用不可ってことは『やけどなおし準備してても意味ないだろ』なんて無粋なツッコミはなしだ。今の俺が、俺のポケモンたちがどこまで通用するか…勝負だ!

 

 

「ゆけ、ロコン!」

「行ってこい、ヨーギラス!」

 

「コォーン!」

「ヨ…ギィッ…!」

 

 

お互いの先発ポケモンがフィールドに姿を現す。カツラさんのポケモンはロコン。ほのお単タイプのきつねポケモンだ。夢特性で『ひでり』を獲得したり、リージョンフォームでこおり・フェアリーになったりと、近年になって目立つことが多くなっている。そしてカワイイ。

 

対する俺の先発は予定通りにヨーギラス。モンスターボールからフィールドに出た途端、眼前のロコンに対して威嚇を始めるという有り様だが、その闘争心は評価しよう。あとは、これを俺が御し切れるかどうか…だ。

 

 

「見たことのないポケモンだが…まずは挨拶といこう。ロコン、ひのこだ!」

 

「コォン!」

 

 

先手を取ったのはロコン。ヨーギラス目掛けて『ひのこ』が飛んでくる。

 

 

「ヨォギィ!」

 

「ヨーギラス、躱s…って、オイ!」

 

 

俺が回避の指示をするよりも先に、ヨーギラスは向かい来る火の粉に真正面から突っ込んでいく。いきなりやってくれたな、あの野郎!

 

そんな俺の怒号もお構いなしに、ヨーギラスは火の粉の中をロコンへ向かって突き進む。タイプ相性もありそこまでダメージはないはずだが、予想出来たとは言え出だしはよろしくない。先が思いやられる。

 

でも、動いてしまったことは仕方がない。今はとにかく、アイツが俺の指示をどこまで聞くか、やれるだけやってみる。それで勝てるなら文句なし、負けてもサンドで2枚抜きだ!

 

 

「なら、かみつくだ!」

 

 

この状況では攻撃させるのがベストのはず。そう判断した俺の指示を聞いたかどうかはわからないが、ヨーギラスはスピードを落とすことなくロコンへ突進、攻撃の態勢に入っている。

 

 

「突破してきたか…ならばロコン、あやしいひかり!」

 

「コォン!」

 

「まず…見るな、ヨーギラス!」

 

 

カツラさんの指示に対して、即座に俺も慌てて指示を飛ばすが、一手遅く攻撃直前だったヨーギラスはまともにこれを見てしまった。その後、勢いのままロコンにヘッドスライディング。突き飛ばした。

 

『あやしいひかり』は相手をこんらん状態にする技。こんらん状態になると確率で自傷行為に走ってしまう。技も当然出せない。これでゴース・ズバット系統に散々苦しめられた人も多いのではなかろうか。俺もそんな数いるであろうトレーナーの中の1人である。

 

 

「YO~、YO~」

 

 

ロコンが態勢を立て直している間にヨーギラスも態勢を立て直しはしたが、足取りが何か覚束ないような感じで見るからに混乱しているのがわかる。この世界だと、こんらん状態は自傷行為に走るというよりも、ねむり・こおり状態のような行動不能になるという印象が強い。

 

んで、このヨーギラス見てると、なんとなく『くろいメガネ』を持たせたらそのままラップでも歌ってそうな気がする。

 

 

「うおーす!ロコン、『ほのおのうず』!」

 

「コォーン!」

 

「くそっ、動けヨーギラス!」

 

 

そんなどうでもいい感想を抱いてる間にも、カツラさんの攻撃の手は緩まない。ゲームでの『ほのおのうず』は数ターンに渡って相手にスリップダメージを与え続け、交代を縛るほのおタイプの技。初代では威力の高い技だったものの、今では見る影もない。

 

とは言え、レベルが低い現状だと十分に脅威。加えてこの状況でこれは…新人相手に結構えげつないコンボを使われますなぁ、このジジイ。あやしいひかりで混乱させ、ほのおのうずで交代を封じる…見事なまでの心折設計だ。

 

とりあえずルーキー諸君、ここは絶対に一番最初に挑むべきジムではないぞ。と忠告しておく。

 

 

 

…で、肝心のヨーギラスはというと。

 

 

「Y、YO~…ギィッ!?」

 

 

俺の指示は勿論効果なし。避けることなくほのおのうずがきっちり直撃。完全に渦の中に閉じ込められた。ダメージ受けた瞬間だけ正気に戻ってたかな?まあ、それは些細なことだ。

 

 

「畳みかけろ。ロコン、ひのこだ!」

 

「コンッ!」

 

 

そこへこのチャンスを逃すまいと放たれる追撃のひのこ。

 

 

「YO~ギッ!?」

 

 

そして当然のように当たる。スリップダメージも加えて、ジわじわとヨーギラスの体力が削られていく。これじゃバトルじゃなくて、ただの射的か何か。お遊びも良いところだ。

 

 

「YO~…ヨ?ヨギ!?ギィッ…!」

 

 

…あ、今度こそこんらんが解けた。思ったよりも早かったな。でも、渦の中に閉じ込められてダメージをくらい続けている。このままじゃあ一方的にすり潰されるだけ。お試しみたいな面もあるけど、何も得ることなく終わるのは勘弁だ。

 

だから…

 

 

 

 

 

「ヨーギラス、下 が れ ぇ ‼‼」

 

「!?」

 

 

とっとと正気に戻って言うこと聞かんかい!このバカたれが!

 

 

 

「ヨ、ヨギ…」

 

 

 

いきなり怒鳴るように指示したのに驚いたか、はたまた現状がマズいと悟ったか、ヨーギラスは素早い反応で渦の中から抜け出す。その直後に渦も霧散した。こちらもタイムアップだったようだ。とにかく、これで一応はまだ勝機がある。

 

 

「…ヨーギラス、闇雲に突っ込んでも勝てる相手じゃないってわかっただろ。とりあえず、今回だけでもいいから、今は俺の言うことを聞いてくれ」

 

「………」

 

 

ヨーギラスは応えない。が、その視線だけは俺を向いており、それだけで如何にも不本意であることを訴えているようだ。しかし、だからといって今の俺に「はいそうですか」と引き下がる気はない。

 

 

「…沈黙は肯定と取らせてもらうぜ。『すなあらし』だ」

 

「…ヨギ」

 

 

不承不承といった感じではあったが、指示通りにヨーギラスは『すなあらし』を発動。俄かにフィールドのある室内に風が吹き始め、やがてそこに砂が混じり、技名どおりに砂嵐と化す。窓も開いてないのにどういう原理なのか一瞬疑問にも思ったが、そういうものだと納得することにして意識の外へ追いやった。

 

 

「これは…天候を操作する技か。厄介だな」

 

「コォン…」

 

 

風に乗って吹き荒れる砂がロコンを襲い、視界を僅かながらも奪う。『すなあらし』は文字通り、天候を砂嵐にしてしまう技。砂嵐状態になると、いわ・じめん・はがねタイプを持たないポケモンは毎ターンスリップダメージを受ける。ゲームでは、強力な持ち物である『きあいのタスキ』潰しによく利用されていた。さらに、一部の特性が効果を発揮するようになり、いわタイプのポケモンはとくぼうのステータスが砂嵐の間のみ上昇する。

 

つまり、ほのおタイプのロコンはダメージを受けるが、いわ・じめんタイプのヨーギラスはダメージを受けず、尚且つ特殊耐久が高くなる…すなわち、ロコンが使った『ひのこ・ほのおのうず』といったほのおタイプのポケモンが序盤で覚えている技のダメージを抑えることが出来る。良いこと尽くめだ。

 

 

「お次は『いやなおと』!」

 

「…ヨー…ギィィィィィ‼」

 

「コォッ!?」

 

 

続けてあいてのぼうぎょのステータスを大きく下げる技、『いやなおと』を指示。これで一撃のダメージを稼ぐ作戦だ。ヨーギラスの上げる奇声が耳障りなのか、ロコンはしかめっ面だ。よく効いている証拠だろう。なお、そのロコンよりも近い距離でこれを聞いている俺は…お察しである。

 

 

「砂に怯むな!ロコン、ひのこだ!」

 

「コンッ」

 

 

砂嵐の中を、ロコンが撃ち出したひのこが飛ぶ。しかし、その攻撃には風に圧されてか勢いはなく、砂に圧されてか力もない。

 

 

「ヨーギラス、ひのこは気にするな。一気に詰めろ!その後は…好きにやれ!」

 

「…!ヨーギッ!」

 

 

攻勢に転じる状況は整った。後はひたすら攻めまくるだけ。満を持してのゴーサインに、ヨーギラスも待ってましたとばかりに突っ込んでいく。攻撃するだけになれば、アイツに任せた方が良いはずだ。

 

 

「むう…ロコン、ひのこを撃ち続けろ!近寄らせるな!」

 

「コンッ!」

 

 

ロコンが飛ばす火の粉を物ともせず、ヨーギラスは砂嵐の中を一直線に突き進む。

 

みるみる内に距離が縮まり、遂にロコンがヨーギラスの射程圏内に捉えられる。攻撃技はかみつくしか持っていないが、元より物理寄りの能力してるんだ。寄せてしまえばこっちのもんさ。

 

 

「いかん!ロコン、あやしいひかり!」

 

 

この判断は流石ジムリーダーと言ったところか。カツラさんは攻撃の効き目が薄いと見るや搦め手にシフトしたようだ。再度こんらん状態になってしまうと、元よりの素早さはロコンの方が上。またほのおのうずを撃たれて万事休すだ。

 

勝つためには、ロコンがあやしいひかりを放つよりも先に攻撃を当てる他ない。

 

 

「走れヨーギラス!ぶちかませ、かみつく!」

 

 

間に合え、と祈りながら勝負の行方を見守る。ヨーギラスも懸命に走っているが、ロコンの態勢が間に合いそうだ。これは、もう無理か…

 

そう思って諦めかけたその時。

 

 

「ヨーギィッ!」

 

「コッ!?」

 

 

ヨーギラスが急加速し、その牙は今にも技を放とうとしていたロコンを一足先に捉えた。ロコンは噛みつかれたダメージでよろめき、ヨーギラスが離れた後も足が震えている。いやなおとを事前に受けているだけあり、ダメージは大きいように見える。

 

しかし、今のは一体…

 

 

「むぅ…あまり素早いポケモンではないと見ていたのだが、まさか防がれてしまうとは…」

 

 

素早さ…そうだ、『せんせいのつめ』か!持たせていたのをすっかり忘れていたぜ。この大事な局面で働いてくれるとは、フロンティアクオリティかな?ともかく、まだまだ幸運の神様は俺を見放してはいないらしい。

 

こうなってしまえば、あとはヨーギラスがロコンを倒すのが先か、ロコンがヨーギラスを削り切るのが先かのどっちかだ。このまま押し込む!

 

 

「後一歩だ、ヨーギラス!もう一度かみつく!」

 

「ギィ!」

 

「それはこちらも一緒だ!うおおーす!ロコン、でんこうせっか!」

 

「コ、コォンッ!」

 

 

残る力を振り絞って、ヨーギラスとロコンが再度激突する。特殊技主体だったロコンだが、ここに来て物理技『でんこうせっか』で真正面からのぶつかり合いを挑んできた。極至近距離での戦いとなれば、溜めが必要な遠距離技よりも物理技の方が良いという判断か。

 

先制技なだけあって、先手を取られてヨーギラスが押し返される。が、それはほんの一瞬。元からタイプ相性で効果今一つな上、地力で勝るヨーギラスがすぐに押し返して攻守逆転。

 

 

「ヨーギラス、いけぇ!!」

 

「ロコン!ひのこだ!」

 

 

ヨーギラスがロコンを押し倒し噛みついた瞬間、ロコンもひのこを撃ち出した。流石にゼロ距離の攻撃は避けられず、砂嵐の中をヨーギラスがまともに受けたことによる爆煙が巻き起こる。

 

煙が風に流れ、砂嵐の向こうに見えたのは…

 

 

 

 

 

「ヨ~…」

 

「コン…」

 

 

 

折り重なるようにして倒れた、ヨーギラスとロコンだった。

 

 

 

「ロコン、ヨーギラス、共に戦闘不能!」

 

 

 

両者ノックアウトを告げる、審判の声が響き渡った。

 

 





グレンジムリーダー戦…下手くそなりに頑張ってバトルの描写をすると簡単に8000字ぐらいになってしまうんですね…というわけで、再度の分割です。

問題児・ヨーギラスの初戦でしたが…やりすぎましたかね? 普通に言うこと聞かずに負けでも良いとは思ったんですが、まあここはフロンティアクオリティ?のおかげということで1つ。

次回こそグレンジム戦決着です。



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第17話:熱く潔い炎の男(2)

 

 

「ロコン、ヨーギラス、共に戦闘不能!」

 

「戻れ、ヨーギラス」

 

 

 

審判の判定を受けて、倒れ伏すヨーギラスをモンスターボールに戻す。カツラさんも同じようにロコンを戻し、熱気の残るフィールドに一時の静寂が訪れた。

 

激戦だった。近いレベルの相手とは言え、使える技が少なかったトレーナーズスクールの同年代とのバトルでは経験したことのないハイレベルな戦いだったと思う。

 

事実、勝負の命運を分けたのは持ち物…せんせいのつめが、あの場面で決定的な働きをしたことが大きい。あれがなければ間違いなく、戦闘不能になっていたのはヨーギラスだけだったはずだ。

 

まあ、それでもまさかここまでやれるとは正直思わなかったけど。良くて制御不能でせいぜい1体にある程度ダメージ与えて終わりぐらいに考えていたから、途中から指示に従い、ロコンと相討ち、挙げ句砂嵐まで残せるとは…2日前に出会ったばかりであの状態だったことを考えれば、ここまでやれたなら十分だろう。

 

 

 

ともかく、これで残りポケモンはお互いに1体だ。

 

さあ、ヨーギラスがここまで御膳立てして見せたんだ。カツラさんの2体目が何か気になるが、何が相手だろうと後はきっちり決めてこい!

 

 

「いけ、サンド!」

 

「キュイ!」

 

 

俺の2体目は予定通りにサンド。幾分か力を込めてモンスターボールからフィールドに送り出す。相変わらず気合はバッチリだ。

 

 

「君のトレーナーとしての実力…思っていた以上だ、少年!あのヨーギラスと言うポケモン、捕まえてから日が浅いな?それをあそこまで使いこなして見せるとは…本来ならば此奴を使うべきなのだが、もう少し君を試してみたくなった!」

 

 

そう言ってカツラさんは一度取り出したボールをしまい、また別のボールを握った。

 

 

「君はコイツを倒せるかな?ゆけ、ブーバー!」

 

「ブー!」

 

 

モンスターボールから繰り出されたカツラさんの2体目はブーバー。初代から登場するほのお単タイプのポケモンで、第二世代で進化前のブビィ、第四世代で進化先のブーバーンが追加で登場している。時期的にブビィはどうか分からないが、ブーバーンは当然まだ未発見のはず。カントー地方ではグレンタウン(のポケモンやしき)にしか生息していない。そういう観点では、実にグレンタウンのジムリーダーらしいポケモンと言える。

 

そして今の言葉から察するに、あのブーバーは本来もう少し実績が上の相手に使うポケモンなのだと思う。実際、ブーバーが纏っているプレッシャー、雰囲気はロコンよりもずっと大きく感じる。サカキさんに散々痛めつけられて身に着けた感覚だ、間違いない。多分、サンドと互角…いや、それより上。ルーキー相手に無体なことをしないでもらいたいんですが…ダメですか?そうですか。

 

それでも、ここまで来たならやるしかない。やるなら、今しかない。

 

 

 

 

 

砂嵐は、勝利への追い風は、まだ吹いている。

 

 

 

「バトル開始!」

 

「ブーバー、かえんほうしゃ!」

「サンド、まるくなる!」

 

「ブゥバァー!」

「キュイ!」

 

 

審判の合図と同時に、お互いが技の指示を飛ばす。こちらはいつも通りの『まるくなる』。この後への布石だ。対するブーバーは『かえんほうしゃ』。ほのおタイプの特殊攻撃技としては、高威力と安定した命中を兼ね備えた使いやすい技。ゲーム的な感覚から言わせてもらえば、少なくともストーリー序盤から新人相手に使っていい技じゃねえ。

 

砂嵐を切り裂いて炎が伸びる。勢いも力強さも砂嵐に負けてない。さっきのロコンのひのことは段違いだ。当たればダメージは無視出来ないだろうと思う。

 

 

 

「サンド、ころがる!」

 

「キュイッ!」

 

 

 

…当たれば、だけどな。

 

 

「何!?」

「ブー!?」

 

 

おーおー、主従揃って驚いてらっしゃる。何でそんなところから現れるのかって顔してらっしゃいますなぁ。こっちからしたら「どこ狙ってんの?」って煽りたいような的外れっぷりでしたが。

 

ブーバーが放ったかえんほうしゃは、サンドのいる場所をかなり外れて突き抜けた。彼らは砂嵐の中に何を見たのか。幻か、それとも…なるほど、これが特性『すながくれ』の効果か。まともに機能したのは初めてだけど、この間に『かげぶんしん』『つるぎのまい』辺りを積むことが出来れば面白そう。持ち物で『ひかりのこな』なんかを持たせてみても良いかもね。

 

そうしてかえんほうしゃを撃っている方向とは少しずれた位置から、猛スピードで砂嵐を切って転がりながら突撃するサンド。面食らうのも無理はないかな。

 

 

「くっ、避けてかえんほうしゃ!」

 

「ブゥッ!」

 

 

しかし、不意を突かれたあとのリカバリーは早い。カツラさんは即座に回避を指示して対応し、ブーバーも素早く反応した。サンドの直進線上から大きく横に動き、サンドの攻撃は空振りに終わる。

 

しかし、そう来るならこっちにも手はある。

 

 

「サンド!そのまますなかけ!」

 

「キュッ!」

 

「ブッ!?」

 

 

ブーバーの眼前を通り過ぎるその瞬間、ころがるを解除してゼロ距離のすなかけによる目潰しへ移行。かえんほうしゃの溜めの段階だったブーバーの出鼻を挫き、かえんほうしゃも不発に終わらせた。ころがるで距離を詰め、動けないならそのまま攻撃、対応してくるなら意表をついてすなかけ。サンドと出会った直後から使い続けているお決まりの戦法だ。

 

そもそも、特性『ほのおのからだ』を持ってる相手に馬鹿正直に接触技は使いたくない。相手が接触技を使った際、一定の確率でやけど状態にするという特性。それがほのおのからだという特性だ。やけど状態になれば毎ターンのスリップダメージと同時に物理攻撃能力が下がるため、物理攻撃がメインのサンドにとっては大きなデメリットになる。

 

そんなわけで、やけどなおしの準備はしてないけどやけど状態はNo thank you。一撃で持っていける技でもあるならともかく、今の段階なら当然の選択だろうよ。まあ、持っててもルール上使えないんだけどネ。

 

今攻撃するなら…断然こっちだ!

 

 

「サンド、マグニチュード!」

 

「キュゥ…イィィィィッ‼」

 

 

俺の苦い記憶を呼び起こす、じめんタイプの攻撃技『マグニチュード』。色々思うところはあるが、現状では貴重なサンドのタイプ一致の攻撃技だ。ほのおタイプ相手ならさらに効果抜群、使わない手はない。

 

ブーバーが目潰しで怯んでいる隙に少し距離を取り、そこで指示を受けたサンドが行う四股を踏むような動きと共に、地面がグラグラと揺れ始める。直に揺れは大きくなり、バランスを崩したブーバーが転倒して地面をゴロゴロ右へ左へ。これは結構いい威力を引いたかな。やはり天は俺の味方だ。

 

で、揺れが治まる頃にはかなり消耗したブーバーさんの姿が。流石に無防備な状態で一致抜群の技をくらってしまえば、レベルが上だろうとダメージは避けれまい。それでもまだ立ち上がれる辺り、よく鍛えられているとは思う。

 

だが、今が好機なことに変わりはない。畳みかける。

 

 

「サンド、もう一回だ!マグニチュード!」

 

「まずい!させるなブーバー、かえんほうしゃ!」

 

 

焦った様子でブーバーにかえんほうしゃを指示しているが、そっちが撃つよりこっちが早い!

 

 

「キュゥ、イィィィ!」

 

 

決めろ、サンドォォ!

 

 

 

『カタカタカタカタ…』

 

「………」

 

「……キュイ?」

 

 

…え?終わり?もしかして、ここでカスダメ引いた?うっそだろおい!?

 

技の威力が使う度に変動する…高威力で相手を吹き飛ばすこともあれば、今のように弱点を突いても碌にダメージを与えられないような低威力を引く場合もある。マグニチュードのロマン性の象徴であり、問題点だ。これだから運ゲーは…早く高威力で安定している『じしん』が欲しいところだが、贅沢は言ってられない。

 

更に間の悪いことに、この間にとうとう砂嵐が止んでしまう。視界、オールクリア。たぶん、向こうからもサンドの姿がハッキリと見えていることだろう。だからサンドさんや、そんなテヘペロみたいな反応してる場合じゃねーのよ。

 

 

「ブゥゥヴァァァ!」

 

「まっず…サンド、ころがるで回避!」

 

 

技を放ったばかりで棒立ち状態のサンドなぞ、向こうからしたらいい的だ。即座に回避を指示。

 

 

「キュィッ…!」

 

 

流石に態勢に無理があったか、完全に躱すまでには至らず、僅かながらもかえんほうしゃが掠ってしまう。それでも、あそこから直撃を回避しただけでも上出来だ。案外、すなかけが良い仕事したのかもしれない。

 

それにしても、移動にも攻撃にも防御にも使えるころがるの万能っぷりよ。ゲームじゃ旅の序盤で使う技ぐらいの認識だったけど、ここまで便利だと中々手放せませんな。

 

 

「ブーバー、手を休めるな!かえんほうしゃを撃ちながら距離を詰めろ!」

 

「ブゥヴァ!」

 

 

しかし、これで完全に攻守が逆転してしまった。確か、ブーバーって結構速いんだよな。ころがるで逃げ続けるサンドに向かって、要所要所でかえんほうしゃを撃ちながら猛然とダッシュで迫るブーバー。サンドはジグザグに軌道を変えながら、すなかけの効果も効いて上手く避けてはいるが、これは避けていると言うより進路を制限させられているような…嫌な感じだ。

 

 

「撃て、撃ちまくれ!かえんほうしゃだ!」

 

「ブゥバァー!」

 

 

幾度となく炎に進路を塞がれ、逃げ道を潰され、サンドとブーバーの距離が徐々に縮まる。次第にフィールドの壁際へと追いやられる。これは…接近戦も已む無しか。

 

 

…なら、タイミングを計って…

 

 

 

 

 

…今だ!

 

 

「突っ込めサンドォ!」

 

 

やけど状態への懸念はあるが、壁際に追い詰められて何の対応も出来ないような至近距離からかえんほうしゃをくらうより、距離の余裕があるうちにブーバーと正面からガチンコインファイトした方がまだ分がある。隙を見てマグニチュードが撃てればまだ勝機は十分だ。そうでなくとも、ころがるは元から効果抜群だし、転がり続けたことで威力もスピードも乗っている。レベル差があろうと、今ならこのまま正面からでもブチ抜ける!

 

そして、今にもブーバーに命中しようとしたその時。

 

 

 

「それを待っていた!ブーバー、『じごくぐるま』だ!」

 

「ブゥ…ヴァァアァッ!」

 

「キュッ!?」

 

 

サンドの攻撃はブーバーにがっちり受け止められ、ころがるの勢いそのままにブーバー諸共大回転。その後、ブン投げられて宙を舞い、後ろのフィールドに叩きつけられた。

 

『じごくぐるま』か…ゲームだとあまり見なくなった技ではあるけど、確か反動ダメージがあるかくとうタイプの攻撃技だったはず。あのブーバー、接近戦もお手の物か!

 

 

「続けてメガトンパンチ!」

 

「ブヴァッ!」

 

「サンドッ!?」

 

 

じごくぐるまから、流れるようにメガトンパンチが繰り出され、立ち直ろうとするサンドにブーバーの拳がクリーンヒット。再びサンドが宙を舞う。

 

まるくなるで物理防御が強化されているとは言え、このままでは…

 

 

「ここだ!ブーバー、かえんほうしゃぁ!」

 

「ヴァァァ!!」

 

 

そして間髪いれず、吹っ飛ばされたサンドにさらに追撃のかえんほうしゃが迫る。避け…いや、これは間に合わない!

 

だったら…こうするのがベターか!?

 

 

「サンド、まるくなる!」

 

 

サンドに指示を出した直後、かえんほうしゃがサンドを直撃。着弾点を中心に激しい爆炎が上がり、辺りが砂煙に包まれる。位置の関係で、俺の方からは砂煙を突き抜けてサンドが吹き飛ばされるのが見えた。

 

特殊技であるかえんほうしゃに対して、物理防御を上げるまるくなるは意味がないように思われるかもしれない。無論、そんなことは百も承知。俺の狙いは、この後…

 

 

「サンド、マグニチュード!」

 

「…!ブーバー、砂煙に撃ち込め!かえんほうしゃ!」

 

 

まだ砂煙も晴れない内から攻撃の指示。向こうから見るといい具合に砂煙が煙幕のような役割を果たしていて、サンドを狙って攻撃するのは難しいはずだ。

 

対するこちらは、点ではなく面での攻撃。それはつまり、ターゲットを補足する必要がないということ。砂煙のおかげでこちらからもブーバーが視認出来ないが、問題ない。無差別の範囲攻撃故に扱いづらい面があったマグニチュードだが、この時ばかりはそれが利点になった。そして、ここでまるくなるが活きてくる。球状になってれば吹っ飛ばされた時に距離を稼げるし、その後の素早い行動にも繋がると踏んだ。

 

結果はその想定通りに吹っ飛ばされ、転がって距離を取ることが出来た。砂煙で視界も奪われている。このチャンスを逃せば、たぶん次はない。

 

あとは、サンドが動けるかどうかにすべてが掛かっている。頼む、サンド!動いてくれ!決めてくれ!

 

 

 

 

 

「キュゥ…イイィィィィッ‼」

 

『…カタカカタガタガタガタガタグラグラグラ‼‼』

 

「ブゥッ!?」

 

「ぬおぉぉ!?」

 

 

ガタガタと音を立てて建物が軋む。フィールドに置かれている椅子等の備品が次々と倒れ、人も、ポケモンも立っていることすらままならないほどの大きな揺れが、フィールドを襲った。カツラさんも、審判も、そして俺も、地面に膝や手をついて揺れが過ぎ去ることを待つしか出来ない。

 

砂煙が晴れてもまだ揺れは治まらず、フィールドではブーバーが最初のマグニチュードを受けた時よりもより大きく、より激しく右へ左へ転がされている様子が辛うじて確認出来た。

 

 

 

 

 

そして揺れが完全に治まる頃、静寂が支配するフィールドにいたのは、床に這いつくばるトレーナー勢と倒れ伏すブーバー。そして、ハチマキが巻かれた尻尾をブンブンと振り回し、煤だらけになりながらも『ふんすっ!』とでも言わんばかりに仁王立ちするサンドだった。

 

慌てて状況を確認した審判の判定が、静寂を破った。

 

 

 

「ブ、ブーバー戦闘不能!よって勝者、チャレンジャー・トキワシティのマサヒデ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

「うおーす!見事だ少年、よくぞワシのブーバーに打ち勝った!君の知識、そして実力、確かに見せてもらった!」

 

 

戦いが終わり、未だに興奮冷めやらぬ空気が包むフィールドの中で、俺はカツラさんと向かい合っていた。フィールド外では、職員さんたちが最後のマグニチュードで被害が出てないかの確認に走り回っていた。お手数お掛けします。

 

ですけどねカツラさん。新人相手にかえんほうしゃ搭載したブーバー使うのは反則だと思うんですよ。ゲーム的に考えて。レベル幾つあるんだよっていうね。少なくとも、20レベル代で覚える技じゃなかっただろ。サカキさんから扱かれてた時ほどの圧力は感じなかったから、たぶんサンドとそんなに差はないとは思うんだけど…

 

 

「君の実力を認め、ポケモンリーグの規定に従ってここにクリムゾンバッジを授与する!」

 

「ありがとうございます…ところで、あのブーバー新人相手に使う実力のポケモンじゃないと感じたんですが…」

 

「如何にも、本来ならばもう少し実績を積んでいるトレーナーを相手にするためのポケモンだ。所持しているバッジにして3個~4個ぐらいだな」

 

 

と言うことは、ゲーム的に考えればレベルは20後半ぐらいか?…これ、砂嵐が無かったら勝てなかったんじゃなかろうか。一歩間違えれば、こっちが一方的にボロ負けして終わってた。ホント、よくやったと思うわ。俺もサンドも。そしてヨーギラスも。

 

 

「まあ、仮に君が負けていたとしてもバッジは渡すつもりではあったよ。1戦目で君のトレーナーとしての実力は、新人のレベルは十分に超えていることは見せてもらったからな。トレーナーになって1週間足らずであそこまで堂々と、それでいて素早く指示出来る新人など見たことがない」

 

 

だとしても、新人であることには間違いないんだからそんなことせずに普通に戦って欲しかったっす。理不尽だ。

 

 

「むしろ君が新人を名乗ることの方が問題のような気もするのだが…まあ、だからちと試させてもらったのだよ。まあ、流石にバッジを1つも持っていない新人相手にはするべきことではないのは確かだな」

 

 

じゃあなんでやったし…なるほど、このハゲ確信犯か。もしやジムリーダーという連中は、揃いも揃って鬼畜な人種なのだろうか?

 

 

「とは言っても、まさかブーバーをこうもあっさりと倒されてしまうとはな。流石はトキワジムリーダーが目を掛けているだけのことはある」

 

「…勘弁して下さいよ。そんな大したもんじゃないです」

 

 

 

 

…まあ、仮にそうだとしても、サカキさんと比べれば数倍、数十倍もマシな現実があるんだろーなー。やはり、俺は3年間も修羅の道を歩かされたことは間違いない。色々と散々な目には遭ったが、おかげで少なくともトレーナーとしては鍛えられたのだから感謝するべきなのだろーか…とりあえず、サカキさんは鬼畜と言っておけば間違いはあるまい。

 

それにしても、ここでも出てくるサカキさんのネームバリューよ。やっぱりあの人トレーナーとしても超一流なんだなと再認識した。実業家で資産家でトレーナーとしても超一流とか、世間の女性の皆様からしてみれば垂涎ものの超優良物件だよな。反社会的非合法組織を統率する悪の首領だけど。

 

そんな怪物を、上を目指す以上俺はいずれ倒さなくてはいけないワケで。今届くなんて全く思ってないが、あの領域に到達するまでの道のりはまだまだ長く険しいな。

 

 

「それと、これも受け取ってくれ。見事な戦いを見せてくれたことに対するワシからの御褒美だ」

 

 

そう言ってカツラさんが差し出してきたのは、ポチ袋とキューブ状の機械。これは…技マシンだ!

 

 

「技マシンの中身は『かえんほうしゃ』。ほのおタイプの強力な攻撃技だ。君なら上手く使いこなせると踏んだ。1回切りの使い捨てだが、是非今後の戦いの中で活かしてやってくれ。それと、こっちは報奨金…と言うことにしておこう。私的な理由で少し無理をさせてしまったからな、せめてもの詫びだ。今後の旅の足しにでもしてくれ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

かえんほうしゃの技マシンかぁ…初めて手に入れた技マシンがかえんほうしゃというのは、とゲーム的に考えればあり得ない展開だな。今の手持ちに覚えられる奴はいないけど、凄い有難い。今後覚えられる奴を捕まえることが出来れば、その時また考えよう。

 

そして、それ以上に有難い金一封。サカキさんからのお小遣い頼りで余裕がない現状では、自分で好きに使えるお金というのは実に貴重。これまた有難くちょうだいする。

 

それにしても、お金を稼ぐと言う感覚も久しぶりだ。学生時代のアルバイトを思い出すね。

 

 

「キュイキュイ!」

 

「ん?ああ、サンドか」

 

 

話をしている後ろでは、サンドがキュイキュイと騒いでいる。見てみればボロボロではあるが、勝ったことが嬉しいのか実にイイ笑顔をしている。やっぱり、負けるよりも勝つ方が楽しいし嬉しいもんな。

 

 

「よくやってくれたな、お疲れさん」

 

「キュイ~」

 

 

労いも兼ねて頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じる。ああ、可愛いなぁ。

 

それと、ポケセンで回復させてからになるけど、ヨーギラスも労ってやらないとな。運も味方したとはいえ、あの状況からよく相打ちに持ち込んだと思う。今回のバトルを通じて、少しでも言うこと聞いてくれるようになればいいなぁ。

 

まあ、サンドもヨーギラスも、ホントよくやってくれた。

 

 

「失礼します!リーダー、次の挑戦者が決まりました!」

 

「む、そうか。わかった、すぐに準備しよう」

 

 

そうこうしている間に俺の次の挑戦者が決まったらしく、職員さんが駆け寄ってきてカツラさんに耳打ちしている。

 

 

「そういうわけで、少年。すまんがワシは次のバトルに向けて準備をしなくてはならん。これで失礼するよ」

 

「いえ、ありがとうございました!」

 

「うむ、帰りは受付まで職員が案内するので着いていってくれ。それと、勝ったとは言え君はまだ一流のトレーナー…ポケモンマスターへの第一歩を踏み出したに過ぎん。一筋縄ではいかない長く険しい道のりではあるが、熱い思いを忘れず、一歩ずつ進んでいってほしい。君の旅が実り多いものであることを願っている。では、さらばだ」

 

 

そう言って、カツラさんはフィールドの向こうへと去っていった。

 

 

「では、受付まで案内しますので着いてきて下さい」

 

 

案内役の職員さんに言われるがまま、俺は受付まで元来た道を歩いていく。階段を上がり、他の挑戦者が戦っている二次試験のフィールド入り口を通過し、長い廊下を歩き、ジムの玄関へ。

 

案内役の職員さんから「おめでとう」と言葉をもらい、お礼の言葉を返して入り口をくぐった。

 

ずいぶんと長い時間戦っていたように感じるが、太陽はまだまだ高い。時間はあるが、まずはサンドとヨーギラスをポケセンで回復させてやろう。それから、今回の賞金でアイテムも補充したいな。フレンドリィショップに行かないと。あと、持ち物のことで報告もしないとな。細やかだけど祝勝会もしよう。

 

 

 

この後やることに思いを馳せながら、達成感に満ち溢れた足取りで俺はグレンジムを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

…そしてその日の夜。仲間たちと細やかな祝勝会を楽しんでいた俺は、ポケモン研究所から件の研究者が帰還したとの連絡を受けたのだった。

 

 




 
グレンジム戦、決着です。サンドさん、レベル10近く上の相手を煤だらけになりながらコロコロする。こうして主人公は無事1個目のジムバッジを手に入れました。

新人相手にレベル30程度のポケモンをぶつける…この世界のジムリーダーは揃って鬼畜なのか?それともサカキ様の名が成せる苦行の道か?どうなる、主人公のジム巡り。

そして、もうちょっとだけ続くグレンタウン編。次回、なんやかんやであの屋敷に突入します。


最後にヨーギラスの紹介を。

ヨーギラス

・レベル:18
・性別:♂
・特性:こんじょう
・ワザ:かみつく
    にらみつける
    すなあらし
    いやなおと

いじっぱりな性格。
LV17の時、マサラタウンで出会った。
暴れることが好き。


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第18話:仕事が終わればまた仕事

 

 

グレンジムリーダー・カツラさんとの激闘から一夜明け、グレンタウン滞在3日目の朝。あの後街まで戻った俺は、サンドとヨーギラスをポケセンに預け、フレンドリィショップでモンスターボール等のアイテムを大人買い。さらにプレミアム感満載のお高いポケモンフーズを3匹分購入し、ポケセンにてポケモンたちと細やかな祝勝会を楽しんだ。

 

スピアーもサンドも喜んでいたし、ヨーギラスも…まあ相変わらず素っ気ない感じではあったが、手は出なかったし、心なしか距離も縮まったように感じた。実に満足のいく素晴らしい時間を過ごせたと思う。

 

…で、肝心な今日の予定なんだが、まずは昨日出来なかったサカキさん案件の遂行だ。預かった荷物の受取人が帰って来たとの連絡は、昨日の時点ですでにもらっている。その後はまだ決めてはいないが、フェリーで次の街に向かうか、それとももう少しグレンタウンに留まって色々と散策でもするか。或いは海岸で水タイプのポケモンを狙ってみるのも良いかもしれない。

 

んー…まあ別に急ぎの用があるわけでもないし、終わった時の気分次第でいいか。ともかく、まずは何よりもお使いの完遂だ。あんまり遅くなると後が怖い。

 

 

 

かくして俺は、グレンタウン最後の任務を遂行すべく、再びポケモン研究所を訪ねた。

 

件の研究者さんは朝一で外せない用があるということで、街中で少し時間を潰してからの訪問となった。昨日対応してくれた職員さんに教えられた研究室へと向かい、ドアをノックする。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

中からの返事を確認して、ドアノブを回し中へと足を踏み入れる。研究室に入ってまず目に入ったのは、壁の本棚に所狭しと詰め込まれた書籍の数々。オーキド博士の時もそうだったけど、やはり研究者とか博士とか教授という職業は、大量の本が必要というか、あって当然なんだな。俺の大学時代の教授の部屋もこんな感じだったし。読んだ本の数=知識の量=研究者としての格、みたいな。

 

 

「お待ちしていました。ポケモン研究所第三研究室長のアサマです」

 

「トキワシティから来ました、マサヒデです」

 

「ようこそポケモン研究所へ。お茶でも用意しますので、どうぞお掛け下さい」

 

 

中で待っていたのは、件の研究者・アサマさん。白衣を来て眼鏡を掛けた、少し痩せぎみな如何にも研究者然とした男性だ。差し出された手を握り返し、促されるままにソファに腰を下ろす。

 

 

「さて、何よりもまず、昨日はすいませんでしたね。遠路遥々来てくれたというのに」

 

 

俺とアサマさんのやり取りは、開口一番の謝罪から始まった。

 

 

「いえ、流石に船のトラブルはどうしようもないですよ。それに、僕にとってはグレンジムに挑む良い機会になりましたから」

 

「ありがとうございます。しかし、グレンジムに挑まれたのですね。結果はどうでしたか?」

 

「一応何とかバッジはもらえましたが、流石はジムリーダーです。苦しい戦いでした」

 

「おお、それはおめでとう!その若さでカツラさんに勝利するとは、流石はあのトキワジムリーダー・サカキさんが見込んだトレーナーだ」

 

「いえ、そんな大したもんじゃないですよ。ホント、今回は運が良かっただけです」

 

「『運も実力の内』なんて言葉もあるし、相応の実力がなければ拾える幸運も拾えないものです。トレーナーとしてはからっきしだった私からすれば、素直に凄いと思いますよ」

 

 

やっぱりここでもサカキさんなのか…まあ、そのことに対して思うところは別にない。俺がサカキさんの薫陶を受けてトレーナーとなっている以上、サカキさんの名は付いて回る定なんだろう。良いことあればサカキさん、凄いことやればサカキさん、困った時にはサカキさん。俺も何言ってるのかわからなくなってきたが、何かあればとりあえずサカキさんのせいにしとけば大体解決するような気がする。

 

それと、この人も最初はトレーナーだったんだな。話を聞く限りではトレーナーとして行き詰まった末にその道を諦め、研究者として一定の成功を手にした…と。俺の想像に過ぎないけど、この世界ってそういう人多いのかね?…多いんだろうなぁ、きっと。ポケモンマスターって才能と努力がモノを言う、プロのスポーツ選手と似たようなものみたいだし。

 

 

「じゃあ、早速で悪いですが、預かっている書類を見せていただけますか?」

 

「…ああ、はい。こちらです」

 

「はい、確かに。では、拝見します」

 

 

鞄の中から預かった封筒を取り出し、アサマさんに渡す。彼はその場で封を切り、内容を確認し始める。しばしの静寂が訪れ、時計の針がチクタクと時を刻む音だけが部屋に響く。

 

時間にして2分かそこらで、アサマさんは全てを読み終わり顔を上げた。

 

 

「…なるほど、わかりました。内容については検討した上で、こちらから後日サカキさんに御連絡しましょう」

 

 

俺は封筒の中身を確認していないので、アサマさんの発言に対しては「はいそうですか」としか答えようがない。

 

 

「こちらからも一報は入れておきますが、もしサカキさんか、トキワコーポレーションの担当の方と連絡を取るようなことがあるのなら、そのようにお伝えしてもらえますか?」

 

「わかりました。僕も一度連絡は取らないといけないので、こちらからも伝えておきます」

 

 

自分からも報告を上げることを伝え、これでOK。後はこのことをサカキさんに連絡すれば、無事にミッションコンプリート。

 

そんな時のことだった。

 

 

「うん、ありがとうございます。では、確かに書類は受け取りm『ブーブーブー!ブーブーブー!』…ちょっと失礼」

 

 

突然、アサマさんの白衣のポケットから何かが震える音がした。席を外した彼が取り出したのはポケギア。どうやら着信が入ったようだ。

 

 

「もしもし……うん、うん…何だって?壊された?予備はどうした?……むぅ…わかった。こちらでも何とかならないか手は打ってみる。追って指示を出すので、それまで拠点で待機してくれ」

 

 

通話の途中から、アサマさんの顔が険しくなるのが見ていてわかった。漏れ聞こえた話からして何かの機材トラブルだとは思うが、何だろう?

 

 

「何かトラブルでも?」

 

「ああ、すいませんね。フィールドワークに出ているチームからの連絡で、野生ポケモンの攻撃で観察用機材のパーツが予備ごとダメにされてしまったらしいんです。このままじゃ観測が出来ないので、急いで替えのパーツを用意して届けないと…」

 

 

ありゃ、野生のポケモンに機材をぶっ壊されたのか。モノにもよるだろうけど、研究用とか専門的な機械って、修理とかにどれだけ金かかるんだろうね?俺、気になります。

 

そんなどうでもいいことは置いといて、大変そうだし、この様子だと俺はお邪魔になりそうだ。そうならない内に失礼するとしようか。

 

 

「お忙しそうですので、僕はこれで失礼します。お茶ありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそわざわざありがとうございました。サカキさんによろしくお伝え下さい」

 

 

ポケセンに帰ったらサカキさんに報告の電話しとかないと。無事にやり遂げたという細やかな達成感を胸に、俺はポケモン研究所を後にした。

 

 

 

さて、これで言われていた仕事も無事完了したので、次の街へ向かうことが出来る。目的地の選定も俺の自由だ。余程の場所でもない限り、どこに行こうがサカキさん横槍が入ることはないと思う。まあ、グレンタウンから出るフェリーの関係で目的地は3か所に絞られるんだけど。その内の1カ所はマサラタウンなので、新しい街を目指すのなら実質的には2カ所だな。

 

サファリパークで有名な『セキチクシティ』か、カントー最大の港町『クチバシティ』か…フェリーが出るのがこの2カ所だ。どっちの街にもジムがあり、セキチクのジムはどくタイプ、クチバのジムはでんきタイプを専門としている。タイプ相性的にはどちらも今の手持ちでやれないことはないが、攻撃を完全に無効化出来るという点ではクチバの方がやりやすいか?ただ、サファリゾーンも捨て難い。

 

…電話の時にサカキさんに相談でも…いやいや、こういうのはやっぱり自分で決めないと。何でもかんでもサカキさんに頼るのは良くない。悪の首領だし。後が怖いし。

 

 

 

そんなことを考えながら、ポケセンで少し早い昼飯を食べていた時の事。

 

 

『ブーブー!ブーブー!』

 

「んぁ?」

 

 

俺のリュックの中から着信音が鳴り響いた。慌てて口の中の物を喉の奥へ押し込み、ポケギアを取り出す。俺のポケギアの番号を知っている人…サカキさん?それともルートさん?

 

 

「もしもし?」

 

『あ、もしもし、マサヒデ君ですか?』

 

「はい、そうですが…」

 

 

聞こえてきたのは少し焦ったような男性の声。サカキさんでもルートさんでもない。

 

 

『先程はどうも。ポケモン研究所のアサマです』

 

 

ポケギアの向こうにいた声の主は、午前中に会ったばかりのアサマさんだった。何で俺の番号を知って…ああ、そういえば不在の件で研究所の受付の人に連絡先を伝えてたわ。

 

でも、俺に電話してくるって何かあったんだろうか?もしや、荷物の件で何か問題でもあったか?

 

 

「アサマさん…ですか?どうされたんです?荷物に何か問題でもありましたか?」

 

 

『いえ、そうではないんですが…マサヒデ君、今はどちらにおられますか?』

 

「…?ポケモンセンターですが」

 

『この後何か予定があったりしますか?』

 

「いえ、特には…」

 

『ああよかった!でしたら急なことで申し訳ないのですが、1つお願いしたいことがあるのです』

 

「お願い?」

 

『ええ、午前の機材トラブルの件についてです』

 

 

 

アサマさんの話によると、替えのパーツは準備出来たものの、届け先の観測拠点までの道中には野生のポケモンが出現する。万が一何かあったら困るので、トレーナーとして戦える俺にパーツ輸送の手伝い…護衛を頼みたい、ということだった。戦うことの出来る職員が揃って不在だったり、別件で離れられなかったりと人手が足りないらしい。

 

 

「自分なんかで大丈夫なんですか?もっとちゃんとした方にお願いした方が…」

 

『私たちが今必要としているのは、すぐにでも動ける戦力です。それに、サカキさんの見込んだトレーナーなら実力の方も問題ないと判断しました』

 

 

いや、問題ないって…その『サカキさんが見込んでるから』っていう無駄な信頼感はいらなかった。出来ないことなんていくらでもあるぞ。というか、出来ないことの方が圧倒的に多いぞ。と言うか、はたしてそれはこんな子供に頼んでいい仕事なんですか?

 

 

『もし受けて下さるなら、僅かですがお礼も用意させてもらいます。そうですね、例えば…次の街へ向かうフェリーのチケット、なんて如何でしょう?』

 

「それは…」

 

 

…正直、魅力的です。サカキさんはグレンタウンに渡る分のチケットは用意してくれたが、グレンタウンから出るためのチケットは用意してくれなかったから。

 

何度でも言うが、俺の懐事情はお小遣い頼り。財布の紐をサカキさんに握られての武者修行の旅だ。そんな中でのフェリーのチケット代の出費は結構バカにならない。その分を消費アイテムなり、他のところに好きなように回せるというのはとても大きい。

 

 

『今日一杯はお時間を頂戴することになりますが、どうでしょう。グレンジムリーダーに勝利した実力を見込んで、お願い出来ないでしょうか?』

 

「…わかりました、その条件でお受けします」

 

『ありがとうございます!すぐに車を手配しますので、詳しい話は移動しながらでも話します』

 

 

少し考えて、依頼を受けることに。昼飯を急いで片付け、いつでも出れるように準備を整えその時を待った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「マサヒデ君、急なお願いを聞いていただきありがとうございます」

 

「いえ、お役に立てるかはわかりませんが、受けた以上出来る限りのことはやらせてもらいます」

 

 

あのまま待つこと30分ほどで、迎えの車はポケモンセンター前までやって来た。無事に合流し車に乗り込むと、車はそのまま目的地へと向かって走り出した。

 

 

「申し訳ないのですが、私はこの後すぐに研究所に戻らなくてはなりません。代わりにコチラの『アズマ』がパーツの運搬を担います。改めて、マサヒデ君にはこのパーツを観測拠点まで運搬する手伝いをお願いします」

 

「アズマです。よろしく」

 

「マサヒデです。よろしくお願いします」

 

 

中にいたのはアサマさんと、ハンドルを握るもう1人の職員・アズマさん。アサマさんは別件ですぐ戻らなくてはならず、パーツの運搬はこのアズマさんと俺の2人で行うようだ。服装も白衣のアサマさんとは対照的に、動きやすそうな格好だ。

 

 

「早速ですがアサマさん、詳しい話を聞かせていただけますか?」

 

「はい。マサヒデ君は、島の北西の山の中腹に大きな屋敷があるのはご存知ですか?」

 

 

北西にある大きな屋敷…ポケモン屋敷のことか?

 

 

「北港から見える屋敷のことですか?島に来た際にチラッと見えましたが…」

 

「ええ、その屋敷です。以前は高名な研究者である『フジ』さん…私たちが籍を置くポケモン研究所創設者の方の住居兼研究室だったのですが、だいぶ昔に島を去られ、今は無人の廃墟となっています」

 

 

ああ、やっぱり。そしてフジ老人か…ゲームではロケット団絡みのイベントで登場する人物だ。『シオンタウン』で捨てられたポケモンを保護する『ポケモンハウス』を運営し、『ポケモンタワー』でロケット団に軟禁されてしまう人物。ロケット団を追い払い解放すると、道を塞いでいるカビゴンを起こすのに必要なアイテム・ポケモンの笛をくれる。

 

元々は研究者で、ミュウの研究にガッツリ関わってたんだっけ?んでもって、ミュウツーをこの世に生み出した元凶。それが原因で研究を止め、グレンタウンを離れた…という感じだったと記憶しているんだが、だとするとこっちではもうポケモンハウスを運営してるのかな?

 

 

「無人となってからかなりの年月が経っていまして、管理も全く行われておらず、人の出入りもほぼありません。人が足を踏み入れることなく長年放置された結果、今では野生ポケモンの巣窟と化してしまい、誰が言ったかわかりませんが、何時の間にか『ポケモン屋敷』という呼び名まで定着してしまったほどです」

 

 

あ~…確かに結構色んなポケモンが出たよな、あそこ。記憶にあるだけでもコラッタ・ガーディ・ロコン・ドガース・ベトベター・メタモン…なるほど、野生ポケモンの楽園、故にポケモン屋敷…か。オマケに火事場泥棒が大量にうろついてたっけなあ。幻のポケモン・ミュウと伝説のポケモン・ミュウツーに関する記録が散乱してたりもするし。

 

 

「住み着いた野生ポケモンが人里まで下りてきて悪さをすることもあり、行政やジムリーダーもその対処に頭を悩ませていまして、対策を練るためにも現状把握が必要ということで、依頼を受けて観測・記録を我々の研究所で行っているのです」

 

「で、その観測・記録に使う機材がポケモンの攻撃で壊れてしまったワケですね?」

 

「はい。以前はちゃんと屋敷までの道も整備されていたのですが、度重なる火山の噴火や地震の影響で今はあちこちで寸断されています。こちらの整備も長年手付かずのため、車では途中までしか進めません。観測拠点は屋敷の近くに設置されていますが、そこまでは野生ポケモンの生息域を突っ切る必要があります。個体にもよるのですが、平然と人間に襲い掛かるポケモンもいるのでそこはご注意を。目的地の場所はアズマが把握していますので、マサヒデ君にはその道中、もしも襲ってくる野生ポケモンがいた場合にその撃退をお願いします」

 

「わかりました。お任せください」

 

「頼もしいことです。何事もなければ良いとは思うのですが、備えあれば憂いなし…です」

 

「アサマ主任、間もなく目的地です」

 

 

話をしているうちに、気付けば車は山道を上り、右手に海を見渡せるような場所まで来ていた。あそこは…北港かな?少し向こうにはグレンジムも見える。

 

それから数分と経たず、車が止まった。

 

 

「車で来れるのはここまでです。この先は崖が崩落していて、獣道を進まなくてはなりません」

 

 

アサマさん、アズマさんに続いて車を降りる。どことなく、火山特有の匂いが鼻を衝く。研究者2人はトランクを開け、アタッシュケースを2つ取り出した。考えるまでもなく、この中にパーツが収められているのだろう。

 

 

「アズマ、マサヒデ君、すいませんが後はよろしく頼みます」

 

「「はい」」

 

 

荷物を下ろした後、帰るために運転席に乗り込んだアサマさんは、俺たちが激励に応えたのを確認すると一度大きく頷き、来た道を戻って行った。アサマさんの車が見えなくなるまで見送り、アズマさんと出発に向けての最終確認を行う。

 

 

「ではアズマさん、よろしくお願いします」

 

「よろしく。観測拠点までは片道1時間とちょっとといったところだから、何も問題が無ければ日が高いうちに到着出来るはずだ。荷物は私が運ぶから、君は周囲の警戒と何かあった際の対応を頼む」

 

「了解です。道中で何か注意する点はありますか?」

 

「整備された道ではないから足元にも要注意だ。あと火山の火口が近いからか、野生ポケモンはほのおタイプやどくタイプのポケモンが多い。状態異常にも注意が必要だと思う」

 

「わかりました」

 

「それと…」

 

 

そこでアズマさんが手を腰のベルトに回す。何だろうと思ったら、その手に握られていたのはモンスターボールで、それを宙に放り投げる。程なく、まばゆい光と共にボールの中からポケモンが現れた。

 

 

「ガウ!」

 

「…先導は私のガーディが担当する。上手く協力してくれ」

 

 

アズマさんのポケモンはガーディか。鼻が利くガーディなら、野生ポケモンの事前察知には大いに役に立ちそうだ。心強い。

 

 

「それはそうと、私は機材のパーツ交換・調整を行うから観測拠点で一泊することになるけど、君はどうするんだ?」

 

「あ~…」

 

 

…しまった、目の前のことに意識が行き過ぎて帰りの足のことを完全に失念していた。片道1時間強ということだから、行ってここまで戻って来る頃には日が傾いてしまう。何かトラブルがあれば、それこそ夜の山道を歩くハメになりかねん。こんなことならアサマさんに聞いとくんだった。

 

 

「…何だったら、主任に連絡して帰りの車を手配してもらうが?」

 

 

アズマさんから救いの一手が差し伸べられる。が…

 

 

「…いえ、大丈夫だったらで構わないのですが、僕も観測拠点にお邪魔させてください。時間が厳しいことになりそうですし、元よりお礼貰わないとフェリーに乗れませんから」

 

「む、そうか、わかった。子供1人分くらいなら食事も寝床も何とかなるだろう。観測拠点の方へ連絡を入れるから、少し待っていてくれ」

 

「お手数ですが、よろしくお願いします」

 

 

アズマさんの厚意を断り、観測拠点での一泊を志願する。流石に今日初めて通る山道を、夜間に単独での下山は今の俺には遭難コースだ。特に急ぎの用はないし、強いて挙げるならサカキさんへの報告がまだ出来ていないことぐらいだ。無理をする理由もない。のんびり構えよう。

 

 

 

 

 

その後、アズマさんが観測拠点と通信を行い、拠点側からは問題ないとの返事があったことを確認し、俺たちはいよいよポケモン屋敷へと向かって獣道に足を踏み入れた。どうか何もありませんように。すぐに対応出来るようにスピアーをボールから出して待機させながら、そう願った。

 

 

 




 
 前回の後書きでの予告が『あの屋敷に突入します(突入するとは言ってない)』になってしまった18話でした。ポケモンも原作キャラもほぼ登場しないという完全に繋ぎの回です。

最近、書き進めるごとに話の持って行き方が強引・ゴリ押し・ご都合主義満載になってしまいつつあるように思えてならない今日この頃…もっと自然に話を繋げられるようになりたいものです。

それはさておき、次回こそグレンタウンのダンジョン『ポケモン屋敷』内部に突入です。部品輸送後、余った時間を利用して屋敷内部に足を踏み入れた主人公。襲い掛かるポケモンたちを撃退しつつ、内部の探索を行う中で彼が手にしたのは、1人の科学者の夢と狂気、そして後悔に満ちた記録であった。次回へ続く。

 


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第19話:夢の跡地(1)

 

 

 

「よし、それはこっちだ!」

「レンチだ、レンチを持ってきてくれ!」

「くそっ、ここの配線もやられてる」

 

 

アズマさんのガーディを先頭に、草木の生い茂る獣道を歩くこと1時間と少し。俺たちはトラブルに見舞われることもなく、無事観測拠点まで荷物を届けることに成功していた。アズマさんは荷物を運び込んですぐに機材の修理に加わったため、俺は山登りで疲れた体を休めつつ、バタバタと慌ただしく動き回る観測班の様子を眺めて過ごしている。

 

まず何よりも、ここまでの道中で野生のポケモンに襲われるようなことも、その他一切のトラブルもなくここまで来れたことにはホッと一安心だ。時折野生ポケモンの鳴声や、草木を揺らして移動する音を聞くことはあったが、それだけだった。

 

拠点では届けたパーツによって、中途半端なところで止まっていたという機材の修理が本格化。結構派手にやられたのか、拠点テント内に組み立てられている機材の修理が観測班総動員の急ピッチで行われている。怒号のような勢いで飛び交う指示・要求の数々は、聞いているだけなら戦場さながらだ。修理の様子を眺めているだけでは何が何やらサッパリの木偶の坊だが、修理に当たっている観測班の皆さんにとっては戦場そのもの。

 

まあ、ガチガチの文系だった俺が仮に関わったとしても、1ミリ足りとも役に立たないのはわかりきっているから大人しくしてましょーか。

 

ともかく、アズマさんたちが機材の修理を終えてくれないことには何も始まらない。修理が終わって一晩キャンプしたら、翌日アズマさんと下山してお仕事完了。アサマさんからフェリーのチケットを貰って、明日の夜、遅くとも明後日の午前中には船の上だ。

 

そう言うワケで、アズマさんたちがひーこら言いながら修理をしている横で、俺はシートの上をのんびりゴロゴロ。あの獣道を子供1人で帰るには心許無く時間も微妙ということで、このまま拠点で一泊させてもらうことにはしているんだが、正直やることが無さ過ぎて暇でしかない。

 

 

 

そんな中でふと目に入ったのは、拠点のある木立ちの向こうに佇む大きな屋敷。野生ポケモンの巣窟と化した観測対象地域、ゲームでもこっちでも人呼んで『ポケモン屋敷』だ。あの中って今どうなってるんだろう?聞いてみたいんだけど、今の観測班の人たちの作業を邪魔するのは…と言うか、鬼気迫るオーラを纏っている人たちに話しかけたくない。あの人たち、たぶん今全部の能力が1段階上がってるな。ポケモンか。

 

 

 

空気を読んで、大人しくスピアー・サンドと戯れて待つことさらに1時間。機材の修理は滞りなく完了した。観測班の人たちは今までの緊迫感はどこへやら、多くの人たちが燃え尽きたかの如くへたっている。元気に動いて観測の準備にかかっている人たちも、どこか気力を振り絞っているような感じで限界が見え隠れ。

 

…ん?ヨーギラスはどうしたって?一緒に戯れようとしたら拒否されました。ぷいって。道のりはまだまだ険しいようだ…ぐぬぬ。

 

それはそうと、今の時刻が3時半を少し回ったところ。微妙な時間だが、このままなにもしないで夜を待つには長すぎる。と言うワケで…

 

 

 

「…屋敷の中に入ってみたい?」

「はい、どういうポケモンがいるのか興味が湧きまして」

 

 

これより、ポケモン屋敷の探索を敢行したいと思う次第であります。ゲームでは部屋の開閉ギミックの装置だけは生きている野生ポケモンの巣窟。グレンジムに挑むためには、ここの地下に置いてある『ひみつのカギ』を入手する必要があり、事前に必ずクリアしなくてはならないダンジョンだった。

 

ストーリー後半のダンジョンなだけあり、内部に出現するポケモンはほのおタイプとどくタイプを中心に30レベル代と中々強かった。サンド・ヨーギラスは勿論、スピアーにとっても良い訓練場所になると思う。

 

そうでなくとも、特にほのおタイプのポケモンは今の俺の手持ち構成だと苦戦が予想出来るくさタイプに強く、ここで出現するほのおタイプポケモンのガーディ・ロコン・ブーバー…出来ることならどれか1匹でも捕まえられれば…なんてことも考えてたり。

 

 

「…建物内は探索済みだが、思いの外広いぞ?地上3階と地下1階の4フロアあり、内部は野生ポケモンが跋扈している。好戦的なポケモンも多く、高レベルの手強いほのおポケモンや、ドガース・ベトベターがばらまく状態異常にやられて、探索途中で何度も撤退に追い込まれたことがある。病院送りにされた奴も片手では足りないな」

 

 

ゲーム通りなら、スピアーであればレベル的には問題ないはず。一応毒対策にはなるし。

 

 

「そして、それ以上に厄介なのがこの屋敷の仕掛けだ。屋敷内はシャッターが降りている場所が至るところにあって、それを開けるには石像と一体になった開閉装置を作動させなければならん。だがこの装置、どこかのシャッターが開く代わりにどこか別の場所のシャッターが閉まる仕組みになっている。何も考えず奥に進むと、最悪閉じ込められるぞ」

 

 

そして、ゲーム内にもあったギミックはこっちでも健在…と。どこを操作したらどこが開くとか、もうずいぶんと昔のことだから覚えてないぞ…忠告どおり、あまり奥まで行くのは止めた方が良いか。

 

 

「それなら、入口周辺の探索だけに留めましょう。大丈夫です、ご迷惑はお掛けしません」

「…わかった、良いだろう。君の実力を信じよう。屋敷内部の見取図があったはずだから、コピーを1枚持ってくる。少し待っていろ」

「ありがとうございます」

「それと、日没までには戻るように」

 

 

俺は子供か…と言いたくなったが、実際子供だった。

 

 

「勿論です。では、行ってきます」

「ああ」

 

 

アズマさんから許可とついでに内部のマップも貰い、ついさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った拠点を離れ、ポケモン屋敷へと歩を進め玄関前で一度立ち止まる。

 

屋敷と呼ばれるだけあって、流石の大きさだ。まさしく豪邸。しかし、主人を失ってどれだけの月日が経つのか、外壁はその大部分を蔦に覆われ、辛うじて建材が見える部分もひびが入ったり欠けたりとかなりボロボロ。崩れて内部に入れそうなぐらいの大穴が空いている個所もある。

 

2階部分を見上げれば、窓ガラスは全て割れ、外壁は1階部分から続く緑一色。テラスは手摺が錆びて根元からポッキリと無くなっていたり、一部崩落するなどしており、かなりの長期間に渡って人の手が入っていないことは一目瞭然。3階部分も以下同文。

 

眼前にある玄関の扉も、取っ手の金属が錆び、扉そのものも腐食・経年劣化が至る所に見られ、崩れ落ちるのではと開けるのを躊躇してしまうほどの有り様だ。意を決して手を掛ければ、『ギギギ…』と耳障りな音を立てながら、かつての英明なる探究者の屋敷は俺を迎え入れた。

 

 

「おおぅ…」

 

 

玄関を潜った俺を最初に待つのは、広大なエントランス。当然灯りはなく、窓から差し込む日差しを頼りに見回せば、積もり積もった一面の埃に、薄っすらと残る靴の跡。一部分は床が崩落している。四足歩行のポケモンのものらしき足跡もあちらこちらにある。足跡の様子を見るに、人よりもポケモンの活動の跡が圧倒的に多い。これは心して掛かった方が良さそうだ。

 

 

「スピアー、頼む」

「スピァ!」

 

 

念の為にスピアーをボールから出し、周囲の警戒に当たらせる。観測拠点までの道中から働き詰めだが、技が豪快なサンド、未だ不安の残るヨーギラスよりも、空を飛べて小回りの利くスピアーがこの屋内では適任だろう。頑張ってくれ。

 

床には主がいた頃からずっと敷いてあったのだろう色褪せた赤の絨毯。それを真っ直ぐ行ったところには、2階へと続く階段がある。造りがしっかりしていたからか、見た感じでは特に危険そうには見えない。が、まずは1階の探索だ。

 

階段の右手には奥へと続く通路がある。若干薄暗い通路を、周囲・足元・頭上に気を配りながら慎重に進んでいくと…

 

 

 

「!」

「…!コォン!」

 

 

 

…通路の途中、大きく崩落している部分を避けたところで早速、右側から飛び出してきたロコンと鉢合わせた。

 

 

「スピアー、どくづき!」

「スピィッ!」

「コンッ!?」

 

 

半ば脊髄反射でスピアーにどくづきを指示、スピアーも即時寸分の狂いなくロコンに攻撃を叩き込んだ。反応出来ずにクリーンヒットしたロコンが突き飛ばされ、壁に当たってからグッタリと床に蹲る。動物虐待をしているみたいで気分が悪いが、これはもうサカキさんに骨の髄まで叩き込まれたことだから、そうしないと生き残れなかったから…許せ、ロコン。そして、今俺がするべきは…

 

 

「いけッ!」

 

 

…ロコン目掛けて、新品のモンスターボールを投げつけること。無事に当たったモンスターボールは跳ね返ってから空中で開き、赤い光となったロコンを吸い込んで床に落ちる。そのまま様子を見守り、ボールが『カタカタ』と左右に揺れること数回、待つこと数秒。

 

 

『カチッ!』

 

 

カギが閉まったような軽い音を立てて、ボールの動きが治まった…ポケモンゲットだ。

 

 

「ロコン、GETだぜ…なーんてな」

「スピァー!」

 

 

ロコンの入ったボールを拾い上げ、お決まりの台詞を呟いてみる。俺の傍らでは、スピアーが誇らしげに雄叫び?を上げる。なんだかんだで自分の力でポケモンを捕まえるのは初めてのこと。上手くゲット出来たことで、少し気分が良くなった。この調子でこの後もガンガン探索していきたいところ。

 

そう思いながら、何の気なしにふと入口の方を振り返ると…

 

 

 

 

 

「………」

「どがぁ~」

 

 

 

…何か紫色の浮かんでいる丸っこい物体と至近距離で目が合った。ニヤケ面が無性にムカつく野郎だ。

 

ソイツの名はドガース。どくガスポケモン。初代から登場するどく単タイプのポケモン。どく状態にしてきたり、いきなり『じばく』『だいばくはつ』をぶちかましてきたりする厄介な奴。物理防御能力が高く、特性『ふゆう』のせいで弱点が実質的にエスパー技だけ、オマケに意外と補助技が充実してて器用だったりする厄介な奴。登場する作品では悪の組織の連中が割と多用する印象がある厄介な奴。厄介な奴。大事な事なので4回言いました。

 

 

 

…ってか、コイツいつの間に背後を!?こんなことしてる場合じゃねぇ!スピアー、どくd

 

「どぉ~がぁ~」

「うわっ!」

 

 

指示を出すよりも早く、ドガースから黒いモヤが噴き出し通路に充満、俺の視界を奪う。これは『えんまく』…いや、『くろいきり』か!?

 

どっちでも構わない…いや、構うけど!どうあってもこの状況はいただけない。通路はドガースに塞がれている。俺のポケモンが覚えている技に視界を確保出来そうな技は…ないか。だったら…

 

 

「スピアー、こっちだ!着いてこい!」

「スピャ!」

 

 

奥に逃げて視界が確保出来る場所で体勢を立て直す。迂闊に動くのは危ないし不本意だが、目の前の脅威を無視するワケにもいかん。

 

 

『バンッ!』

「ぐっ!」

 

 

スピアーに向けて声を張り上げたからか、居場所を察知され、撃ち込まれた粘液の塊らしきものが近くで炸裂。衝撃と粘液の飛沫が俺に降りかかり、強烈な異臭が鼻を衝く。何の攻撃かわからんが、当たるとロクなことにはならないのだけは確かだ。今はとにかく気にする暇があったら走るしかない。

 

ドガースからの攻撃を掻い潜りながら少し走って通路の突き当りを左に曲がると、行き止まりだったがそこそこ広い空間に出た。立ち止まることなく奥の角まで走る。これで追い詰められた形だが、少なくとも背後からの攻撃はなくなった。黒いモヤもここまでは辛うじて届いておらず、スピアーも無事だ。ある程度の視界を確保した上で前方に集中出来る。

 

いつ、どの位置からドガースが襲ってくるか、今か今かと待ち構える。前方に集中出来るとは言っても、モヤは部屋の半分近くを占拠。真っ直ぐ来るのか、それとも少し横の方から?緊迫の時間が流れる。視界の隅では戦闘に驚いたのか、数匹のコラッタが壁に空いた小さな穴から逃げ出していく。

 

 

「スピアー、準備しておけ。『きあいだめ』だ」

「スピ!」

 

 

今のうちに、スピアーには攻撃技が急所に当たりやすくなる『きあいだめ』を指示。こういう緊迫した状況の中での待ち時間は、無性に長く感じる。そして待つこと数分…いや、数十秒程度だったかもしれない。ついに野郎が現れた。

 

 

「どぉ~がぁ~」

 

 

モヤの中からニヤケ面を浮かべ、真正面から堂々ふよふよと向かって来る。さっきはよくもやってくれたな、こっちも真正面からそのムカつく顔を吹っ飛ばしてやるぜ!

 

 

「やれ、スピアー!」

「スピャァァ!」

 

 

俺の指示を待ってましたとばかりに、勢いよくスピアーが飛び出していく。

 

 

「どがぁ~!」

 

 

対するドガースも、毒々しい紫色の粘液の塊を吐き出して迎え撃つ。この臭いといい、さっき俺を襲った攻撃だろう。『ヘドロこうげき』か?

 

しかし、スピアーはそれを真正面から切り払い、なおもドガースへ迫る。どくタイプの攻撃は同じどくタイプには効果今一つ。スピアーにはダメージは半減だし、どく状態になることもない。やっちまえ、スピアー!

 

 

「スピァッ!」

「どがぁ~…」

 

 

スピアーの鋭い一撃を受け、ドガースがやけに間延びする腑抜けたような声を残してモヤの中へと逆戻り。綺麗に入ったように見えるが、どうだろう?

 

 

「…どぉ~がぁ~…」

 

 

ふよふよと、相変わらずのニヤケ面でドガースが戻って来た。ダメージは…あまりなさそうだ。まあ、スピアーが持つ攻撃技は『どくづき』の他はむしタイプの『ミサイルばり』『ダブルニードル』。ドガースの攻撃が効果今一つってことは、スピアーの攻撃も…お察しと言うことだ。

 

 

 

これは長期戦になるか…と覚悟し、俺は気を引き締める。そして、モヤの中から出て来たドガースは、急にプルプルと小刻みに震えだした。次いで、何らかのエネルギー的なモノがドガースへと収束し始める。

 

何だ?と疑念の目で眺めている内に、エネルギーの収束を受け続けるドガースが俄かに光り始める。本能的な俺の中の何かが、『コレはマズい!』と警鐘をガンガン打ち鳴らし出した。

 

…そう、ここでドガースはまさかの行動…いや、『ドガースと言えばコレ!』なお約束の行動に出やがったのである。ズバリ…

 

 

「『じばく』ッ!?」

 

 

…ノーマルタイプの攻撃技『じばく』。自身のHPすらも糧に爆発を引き起こして相手を攻撃する、初代ではビリリダマ系統・イシツブテ系統と並ぶドガース系統の十八番だ。当然、使用したポケモンはひんし状態になるのは言わずもがな。威力もさることながら、当初じばくには相手の防御能力を半減させた上でダメージ計算を行うという特別な仕様があった。近年の作品ではこの仕様は無くなっているが、こっちではどうだろうか。

 

と言うか、そうでなくてもヤバい!俺もスピアーもヤバいが、それ以上にこの屋敷がヤバい!こんな何年も放置されてるようなボロ屋敷だ、下手したら爆発の衝撃で崩壊しかねん!落ちてきた上の階層に圧し潰されるのも、鉄骨にぶち抜かれるのも、生き埋めになるのも嫌だ!この年で死ぬとかゴメン被る!

 

何とか阻止したいが、スピアーの攻撃では相性の関係もあって威力不足。スピアーが無理ならレベル差から他の連中も正直怪しい。そもそも、出してる猶予すら最早ない。ならスピアーでどうにかするしか…でもそれでは火力が…いや、この手があるか!

 

即座に俺が取り出したのは、いつでもすぐに取り出せるように準備していた空のモンスターボール。そう、ゲットしてしまえばいいんだ。ゲットしてしまえば、俺の命の危険は即座に無くなる。ポケモンをゲットすることも、この屋敷に入った理由の一つ。最初からしっかりと準備はしてあるんだ。

 

絶対に外せないこの一投、元野球少年な俺のコントロールを見せる時だ!某メジャーリーガーも真っ青なレーザービームだぜ!…ゴメンサナイ、嘘です。平々凡々です、ハイ。

 

 

「いっけぇぇぇ!」

 

 

それでも腕を振り、手首のスナップを効かせ、身体全体を使って素早く投じた渾身の一投は、爆発の態勢に入って動かないドガースを捉えた。

 

ドガースがモンスターボールに吸い込まれ、床に落ちる。カタカタと揺れる音を聞きながら、もし失敗した場合にすぐ二投目を投げられるように、追加で予備のモンスターボールを握り締めた。次が投げられるかはわからないが、何もしないよりよっぽど良い。が、捕まってくれないと俺が物理的に終わる。

 

…頼む、捕まれ。捕まってくれ…!

 

 

 

そして、俺の望みは叶えられ、悲観的な懸念は杞憂に終わった。ロコンを捕まえた時のように、カチッという音を最後に、屋敷内には静寂が戻った。

 

…ドガース、ゲットだぜ。

 

 

 

「ふぃ~…」

「スピィ~」

 

 

いきなり襲ってきた命の危機が去り、身体を覆っていた緊張が解け、俺は大きなため息とともに床へと座り込んだ。スピアーも俺の近くまで来て、両手の針を力なくだらんと下している。サカキさんの地獄の特訓に匹敵するレベルの危機だった。

 

まだバクバクと音を立てる胸の鼓動を鎮めるように大きく深呼吸。落ち着いたところでドガースの入ったボールの所まで行き、拾い上げる。まったく、突入早々コイツ1匹のせいで散々だ。けど、俺に捕まったのが運の尽きよ。精々こき使ってやるぜ、覚悟しろドガース。ロコンはサンド共々愛でてあげよう。

 

 

 

そんなことを考えながら1人ニヤケていると、俺が逃げたのとは別の隅の方に、石像があるのに気付いた。何かのポケモンを象ったもののように見えるが、周りが薄暗いのと一部が欠けていたりでよくわからない。しかし、これが何かはゲームの知識で覚えている。例のシャッター開閉装置だ。

 

間近で調べてみれば、土台の石柱部分にボタンを見つけた。これを押せば、1階のどこかのシャッターが開き、別のどこかのシャッターが閉まる。んで、適当に押してると屋敷内に閉じ込められる危険あり。

 

…まあ、何かあってからでは遅いので、とりあえず行けるところまで行ってみるの精神で特に弄らず探索を続行しよう。

 

 

 

アズマさんから預かった見取り図によれば、右側…今俺がいる場所とは逆の方が奥へと続いているようだ。ドガースに追い詰められて逃げ込んだ部屋は行き止まりだったので、地図を見ながら逆の方向へ慎重に探索を進めていく。

 

途中でコラッタ・ロコン・ドガース・ベトベターと言ったポケモンたちを見かけたが、いずれも俺の姿を見るとさっさと逃げて行ってしまい、唯一立ち向かってきたコラッタの進化系・ラッタは、スピアーによってあっさりと撃退された。捕まえてやろうかと思ったが、ボールを構えるよりも先に逃げてしまい、スピアーの経験値になっただけで終わり、以降の探索はかなり楽に進められた。

 

とは言え、屋敷内は床が抜け落ちて大穴が空いていたり、上の階が崩落して塞いでいたりで進める場所は思った以上に狭く、早々に探索は終了してしまった。確か、この崩落している部分の向こう側に、ミュウ・ミュウツーの実験が行われていた地下室へ繋がる階段があった。で、そのためには2階か3階の崩落部分から飛び降りる必要があったはず…なんだ、結構覚えてるじゃないか、俺。

 

ポケギアで確認してみれば、時間は屋敷に入ってからまだ30分強しか経っていない。日暮れまではまだまだ時間がある。ドガースには驚かされたが、体力の方も問題ない……当初の予定では行く気の無かった2階、行ってみるか。

 

 

 

ここまで不意を打たれたドガース以外何の問題もなかったが、油断は禁物。俺は元来た道をエントランスまで戻り、階段に足を掛けた。

 

 

 

 




 
はい、例によってもうちょっとだけ続くんじゃ。そんな19話でした。おのれドガース、お前のせいで半分ぐらい使っちまったぞ。

そのドガースと一緒に新しくロコンをゲットした主人公。さらっと捕まえてたけど、今後出番はあるのか?特にスピアーとタイプモロ被りなドガース。

次回はポケモン屋敷探索後編、そしてグレンタウン編のラストです。


 


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第20話:夢の跡地(2)

 

 

 

 当初の予定から外れ、ポケモン屋敷の2階まで探索に手を広げることにした俺。先程のドガースのように野生ポケモンから不意打ちをくらわないよう周囲に気を配りつつ、足元がいきなり抜け落ちたりしないか、一歩一歩確かめながら階段を上る。手摺の部分はしっかりした造りをしているようなので、いきなり『ポキッ』なんていうことはなさそうだ。

 

じっくり時間をかけて階段を上り、上り切る直前で土竜が穴から顔を出すかのように、頭だけを2階の床より高い位置に出して周りの様子を伺う。

 

2階の出口は右手の方が少し広いフロアのようになっており、前の方にはさらに上へと続く階段がある。左側と後ろは壁。フロアにはスイッチと一体になった石像も1つある。見取り図の方にも、確かにそれらしき印がつけてあった。野生のポケモンは…今のところ姿は見えず…っと。

 

背後を気にしなくて済むのは心持ちがかなり楽になる。有名な漫画シリーズの某狙撃手が背後取られるのを嫌うのも、今の俺にならよくわかる。主にドガースのおかげで。とにかく、退路はしっかり確保しつつ探索を行うこと。これ重要。

 

 

 

安全をしっかり確認した後、2階に足を踏み入れた。階段周りは床の崩落などはなく、ボロくなっているところはあるかもしれないが、比較的安全そうではある。埃やら何やらは凄いが。

 

とりあえずスイッチはスルーして、まず近くにあった部屋の探索を行う。この部屋は一部の床が抜けており、残りの面積も割れたガラス片や倒れた本棚と散乱したその中身で足の踏み場にも困る有り様。

 

散乱した本やファイルを無造作に拾い上げ、中身を確認してみる。内容はずいぶんと古い学術書だったり、何かの研究のレポートばかりだ。長期間放置されていたためか、湿気やら虫食いやらにやられてボロボロになっているものが多く、辛うじて読めた内容も専門的かつ科学的なものがほとんど。研究者の皆さんには価値があるのかもしれないが、俺にとってはただの紙屑、もしくは怪文書だな。もっとも、すでに調査済みなのに放置されてるってことは、研究者的にもあまり価値がないものなのかもしれないけど。

 

あと、好奇心に駆られて探索してるけど、過去形とは言え他人様の家だからね。あまり内部の物を持ち出すのは感心できない。常識的に考えてみれば、某RPGゲームなんかの主人公って結構イケナイことやってるよねって言う。あと、こういうところに落ちてる消耗品って色々と危なそう。消費期限とか。

 

 

 

文書以外の目ぼしい発見は特に無かったので、さらに奥へと探索の手を広げる。右手にあるのは長い通路で、奥の方に部屋が2つあるようだ。一方の左手には近いところに部屋が3つ。ただし、そのうちの1つはシャッターで閉じられている。

 

安全面を考慮して、階段から近い方から探索するのが良いだろうということで、左手の開いている部屋へ。その前に…

 

 

「キュイ!」

 

「通路の監視を頼む。何かこっちに来るようなことがあれば教えてくれ」

 

「キュイッ!」

 

 

サンドを呼び出し、右手の通路を見張らせる。さっきのようなことはもう御免だから、出来る限りの手は打っておく。サンドは元気良く小さな右手を上げて応えてくれる。ビシッと直立不動だけど、それは敬礼のつもりか?

 

…まあ、頼もしいことには違いない。

 

どっしりと構えて退路を守るサンドを残し、向かい合う2つの部屋を入口から覗き込む。気配に気付いたか、物音で察知されたか、複数の小さな影が部屋中の隙間・穴へと逃げ去って行く。それらが雲散霧消した後に残るのは、不気味な静寂。

 

2つの部屋を確認し、まず1つ目の部屋に進入。こちらの部屋にも本棚が残されているが、その並びはスカスカ。床に散乱した紙も少なく、その内容も相変わらず俺にはサッパリ。しかも入ってすぐのところで大きな崩落が発生していて、そこから先…部屋の過半は調べるのが難しい状態だった。

 

結局1つ目の部屋の探索は、時間も限られているということで早々に切り上げ2つ目の部屋へ。こちらの部屋でも大きな崩落が発生しているが、そのおかげで部屋と通路を仕切る壁が無くなっており、外からでも中の様子がすぐにわかる。

 

とは言っても、中に見えるのは大きめのテーブルに椅子が2つ、そしてスッカスカの本棚が2つだけ。あとはなーんにも見当たらない。割れた窓から差し込む日差しで他の部屋よりも明るい分、1つ目の部屋よりもさらに簡単に探索は終わってしまった。

 

 

 

何の成果も得られなかった部屋を離れ、サンドが守る階段付近の通路まで戻る。こちらを見つけたサンドが駆け寄って来る。特段変わったことはなかったようだ。

 

さて、野生ポケモンを求めて屋敷の探索に乗り出したは良いものの、ここまで見掛けたのは捕まえたロコンとドガースの他は、多数のコラッタと経験値となったラッタのみ。もうちょっと何か成果が欲しいところ。そう思って、サンドに今度は今さっき探索を終えた部屋に繋がる通路を見張るよう命令。配置に着いたのを確認して、残っていた長い通路を崩落個所に注意しながら進んでいく。

 

進んだ先には、先程のように2つの入口が向かい合うように設けられていた。覗いてみると、片方はどうやら通路のようだが、半ばで床が崩落していて先には進めない。ポケモンが隠れているような様子もなければ、特に目ぼしい物があるワケでもなさそうだ。

 

残るもう一方の部屋は、書斎…と言うには少し広いような気もするが、部屋の中央には机と椅子、壁際に沿って金属製の棚が並んでいる。棚の中身は例によってやはり本やファイルのようだ。

 

 

「キーッ!」

 

 

そして、その本棚の前にはこちらを威嚇する1匹のネズミがいた。

 

ラッタ。ねずみポケモン。ノーマル単タイプ。ポケモンシリーズ恒例の序盤ノーマルの魁、コラッタの進化系。初代ではライバルの手持ちポケモンの1匹だったものの、途中で外されてしまった不遇のポケモン。ポケモンタワーで対戦する際に外されていることから死亡説まで流れ、公式からも半ば認めるようなコメントを出されてしまっている。哀れ、ラッタ。最近ではあくタイプ追加で体形も合わせてドブネズミ化が進行してたネ。個人的には通常のラッタの方が好みかな?

 

しかし、ポケモンっていうのは進化したら好戦的になるものなんかね?能力が上がるって意味では、力を持った存在であることは間違いないんだけど…いや、この場合はただ単にラッタがそういう気性なだけか?それはともかくとして、この部屋を探索するにはあのラッタをどうにかしなくてはならない。威嚇してきてる以上、退いてはくれないだろうなぁ。

 

 

「ラーッ!」

 

 

そんなことを考えていた傍からラッタが突っ込んで来る。

 

 

「スピアー!」

「スピッ!」

 

 

素早くスピアーが対応して、ラッタの攻撃を受け止める。元々こうげき・すばやさのステータスが高めなポケモンだが、やはり狭い室内でこの瞬発力と小回りの良さは脅威だ。幸い耐久は高くないので、素早く一気に押し切るが上策。ついでにさっき失敗したゲットのリベンジと行こう。

 

 

「スピアー、"どくづき"!」

「スピィッ!」

 

「ラッ‼」

 

 

いつでもどこでも安定した火力を発揮する、使い勝手抜群、信頼と実績のメインウェポン。如何に瞬発力に優れるラッタと言えども…と思ったが、寸でのところで飛び退かれ、鋭い突きは空を切る。

 

 

「"ミサイルばり"!」

「スピャ!」

 

 

しかし、スピアーとて能力値的には攻めが信条のポケモン。一発外したならもう一発、一撃で無理ならもう一撃の精神で、追撃の"ミサイルばり"を指示。ミサイルと言うよりは機関銃の連射を思わせる銃弾のような針の雨がラッタを襲う。

 

 

「ラッ…!」

 

 

流石のラッタも、動きが止まった直後の面制圧は避け切れない。ミサイルばりの多段ヒットにラッタが仰け反る。その隙を逃さず、スピアーは机を飛び越えて一気に距離を詰め、必殺の一撃を見舞う。

 

 

「決めろ!"どくづき"ッ!」

「スピィッ!」

 

「ラァッ…!」

 

 

今度はきっちりと突き刺さり、後ろの金属製の棚に叩きつけられる。『ガシャン‼』と大きな音を立てて、ラッタが崩れ落ちる。

 

 

「そらっ!」

 

 

ここで俺の右腕の出番だ。最速160キロの剛腕が火を…あ、はい、例によって嘘です。へなちょこです、スミマセン。

 

とにかく、投げたモンスターボールがラッタを取り込んで床に落ち、カタカタと揺れる様子を注視する。さっきのドガースほどの緊迫感はないから心に余裕を持って見てられるネ。

 

そしてラッタは飛び出すこともなく、ボールの揺れが止まった。

 

 

「うし、ラッタGETだぜ…っと。スピアー、御苦労!」

「スピッ!」

 

 

スピアーを労いつつ、本日3匹目の成果を手中に収める。これでとりあえずは手持ち6匹が全て埋まった形になる。スピアー・サンド・ヨーギラス・ロコン・ドガース・ラッタ…うむ、実にアンバランスな構成だな。特にみず・エスパータイプ辺りの技が気持ちいいぐらいにぶっ刺さってる。スターミー使って来るハナダジムリーダー・カスミとかが凄くキツそうだ。

 

まあ、ここは今後もたくさん捕まえて、目的に合わせてとっかえひっかえしていく感じで頑張ろう。ただ、そうなると育成がキツいかな?

 

 

 

今後の事で悩んでいたところに、ふとラッタをブッ飛ばした際に叩きつけた棚が目についた。叩きつけた際の衝撃で残っていた蔵書が幾つか床に落ち、下の引戸の部分が大きくひしゃげて内側に押し込まれていた。

 

うーむ、他人様の家の家具を壊してしまった。廃墟とは言え、少しの罪悪感と言うか、申し訳ない気持ちが心の内で凝りとなる。

 

何とか元に戻せないか…と無駄な足掻きをしようとしたところで、引戸の中、収納スペースのさらに奥に、隠された空間があることに気付いた。さっきの衝撃でか仕切りの鉄板が外れていた。気になって調べてみると、そこから手帳のような物が出て来た。ここまで見てきたのが専門書や論文、レポートのようなものばかりだったため、新鮮な印象を持った俺はその手帳を取り出し、徐に最初の頁を開いた。

 

 

 

 

 

《6月1…》

……に到着する。半日を越える空の旅は、思っていた以上に…だった。夕方には……のジャングル地帯に設けられたベースキャンプに到着。明…ら本格的…査が始まる。…地域特有の…病には気を付…いところだ。

 

 

 

…どうやら、研究者と見られる人物の日記のようだ。所々汚損で文字の解読が出来ないが、この日記の主は飛行機で半日以上掛かるような場所のジャングルに現地調査をしに行き、その時にこの日記を書いたようだ。

 

それよりも下の部分は破ってあったため、次の頁をめくる。

 

 

 

《7月5日》

ジャングルの奥地で、新種のポケモンを発見する。この……毛を持つポケモンは非常……懐っこく、我々を警戒す……が無い。逃げる様子も見…ないため、しばらく観……続けてみることとする。

 

 

 

…あれ?新種のポケモン?これってもしかしてあれか?ゲームにもあったミュウとミュウツーに関する記述のある日記か?と言うことは、この日記の主は…フジ老人?

 

沸き上がる疑念と興味に駆られ、読み進めていく。

 

 

 

《7月10日》

新発見のポケモンを、私は『ミュウ』と名付けた。……フワフワと宙に浮き、ジャングルの木…隙間を縫うように自……び回る。また、私は……のポケモンにも手を出す様子は見ら…いことから、優しき心……ポケモンなのだろ……

 

《7月……》

新……モン・ミュウ…1ヶ月近く彼女を観察してきた………きな可能性を秘めた存在だ。人の言……解する知能を有し、体の……変化させる…、…筆すべき要素がいく…見られる。彼女の……知ることが出来れ……ンの謎の解明に大きく近づくのではないか。より詳しい研………は、やはりしっか…た設備が必要だが、ここでは出来ない。彼女は私と共に来てく……うか…

 

《8月3日》

調査に来て……大の成果だ。大きな喜びの中で、私は今…記を記してい…。…女…ミュウが私と共に来………承して…た。これでポケ……隠された秘……た1つ…いや、2…も3つでも……かになる。彼女…う存…は、ポケモンの謎……明かす大きな…な一歩となると、私…う確信……る。明…はこ…ースキャンプを引き…、グレ……の帰路…く。帰ったら…、環境を整える…………なくては…

 

 

 

…やはり、ゲームにもあったミュウ・ミュウツー関連の日記だ。記述の一部に見覚えがある。間違いない。

 

あっちでは屋敷の各所にバラバラな日付で置かれていたが、この手帳にはゲームでは書かれていなかった部分まで、日付に沿ってまとまった状態で残されている。その後の頁を読むに、ミュウと一緒に無事にグレンタウンまで帰って来れたようだ。

 

さらに読み進めていくと、屋敷に帰ってからのミュウと日記の主の生活と研究の日々が延々と綴られている。ミュウが何を食べた、こんなことをやった、こういう研究を行いこんな結果が出たetc。実に楽しそうな毎日だったのだろうことが伺える。ミュウとの関係も良好だったようだ。この日記の主…たぶんフジ老人は、元来心優しい人物だったのだろう。

 

しかし、そんな楽しげな日々は、読み進めていくに連れて徐々にその様相を変えていった。その発端となったのは、おそらくこの日だ。

 

 

 

《2月6日》

ミュウが子供を生む。生まれたばかりのジュニアを、私は『ミュウツー』と呼ぶことに……。

 

 

 

ミュウツー誕生。この出来事は、研究者であった日記の主の狂気と言えるほどの探求心に火を着けた。そうでなければ、後に続く内容の説明がつかない。それはたぶん、研究者という人種の本能、性とでも言うべきものなのだろう。俺にはまったく理解出来るものではないが。

 

以降、日記にはミュウやミュウツー…特にミュウツーに対する数々の調査・実験に関する記述がズラズラと書き連ねられていた。中には遺伝子操作や過度な負荷を与える等、仮にもしその手の団体に情報が渡れば、猛批判に晒されること間違いなしな実験もチラホラ。日付が進むごとに心が痛むような、素人目にも判断出来る倫理的にアウトな実験の割合が目に見えて増えている。

 

文体もかなり興奮気味で、その内容も欲望に正直。自己陶酔に浸っているとでも言えばいいのだろうか、実験結果以外何も見えていない狂信的マッドサイエンティスト。少なくとも、ミュウツー誕生以降の記述から読み取れる日記の主の為人は、完全に道を踏み外した悪の研究者だった。

 

それらの実験を繰り返して日記の主が成果を得ると共に、その成果はミュウツーを苦しめ、同時に力を与えていった。倫理的にアウトな点に目を瞑ってさらに読み進めていくと、ミュウツーが得てしまった膨大な力とその気性の制御に苦慮するようになっていった過程と様子がよくわかる。主への攻撃、機材の破壊・破損、エネルギーの暴走…しまいには拘束具まで用意され、それすらも引き千切ってしまった。

 

 

 

 

 

…そして、そんな非倫理的な実験の数々と、暴走を無理矢理抑え付ける日々の繰り返しは、当然のように限界を迎え、破綻した。

 

 

 

《9月1日》

ポケモン『ミュウツー』は強過ぎる。ダメだ……これ以上はもう、私の手には負えない!

 

 

 

日記の主が研究者の本能のままに突き進み、行き着いた果ては、9月1日のこの一言に全て凝縮されていた。幾度となく施された実験によって、先天的なモノか後天的なモノかはわからないが、凶暴な性格と比類なき力を与えられた、与えられてしまったミュウツーは、この頃既に日記の主の制御可能な範囲を大きく逸脱してしまっていた。

 

この記述から数日後、ミュウツーは拘束を自力で引き千切り、屋敷の一部を破壊して何処かへと飛び去ってしまったと記されていた。ゲームのとおりなら、ミュウツーはハナダの洞窟に身を潜めていることになる。

 

しかしこれ、何年前のことなのかはわからないが、これだけのことになっても表沙汰にはならなかったんだろうか?『動物園のライオンが逃げ出した』っていうレベルをはるかに超える非常事態だと思うんだが…まあ、特に騒がれた形跡が無いのなら、問題なかったということなんだろうな。

 

 

 

その後、日記には研究結果に関する記述は一切なくなり、代わりにそれまでとは人が変わったように研究に対する後悔と反省、自身の行いに対する叱責、良心の呵責、残ったミュウに対する申し訳なさ等が数日にわたり綴られていた。

 

研究者の懺悔がびっしりと詰めて書き込まれた頁を捲ると、次の頁はその半ばまでで文章が途切れ、その過半を空白が占めていた。途切れた文章の最後には、次のような内容が綴られていた。

 

 

 

《…月6日》

……に到着…る。私は、彼女をこの島……そうと思う。…海を越えた果…ある…無人の…らば、私…うな穢れ…望に染まっ……人…の手に掛かるよ……とはないは…。しかしもし、ここに立ち入る人…が再び……れるとするならば、心優し………であらんことを。………こにその願いを記し、この……を後にする。

 

 

 

 

 

この記述を最後に、後は空白が続くのみ。残りの頁もパラパラと捲っていくが、何かが書かれた頁は無かった。

 

 

 

…さて、この手帳、どうしたものかな。このままここに置いておけば、いずれ探索者によって見つけ出され、ミュウとミュウツーのことも明るみに出るだろう。その時どうなるか…たぶん、欲しがる業突く張りが出てくるはずだ。そうなれば、彼らは常に追い回されることになり、もしも誰かの手に落ちるようなことがあれば、それこそ世界中を恐怖に陥れるような大惨事を招きかねない。具体的には俺の保護者とか。実際手中に収めてた前科アリ。

 

しかし、他人の物を勝手に持ち去るのも何だかなぁ…そもそも、露見したら一番ヤバそうな人に近い俺が持ってること自体、いつ爆発するかわからない不発弾を持ち歩いてるようなもんだし。かと言って、燃やすとか、何処か…例えば海なんかに捨てるとか、処分してしまうというのも、勿体無いと言うか、日記の主に申し訳ないような気が…

 

 

 

悩んでいる内に、窓から差し込む日差しが赤みを帯びてきていることにふと気付く。窓際から外を覗けば、太陽が眼下に見える海の水平線の向こうへと沈もうとしていた。日没が近い。少しばかり、この手帳に集中し過ぎていたようだ。これ以上、ここに留まることは出来ない。タイムアップだ。

 

 

「…仕方ない」

 

 

時間に押され、心の中で「申し訳ない」と謝りながら、俺はこの手帳を拝借することにした。だいぶ年季が入っているので、破れたりしないように丁寧にリュックに押し込む。

 

リュックを担ぎ直し、スピアーと共に足早に部屋を出る。言いつけ通り通路を守っていたサンドを回収し、足元にだけ気を付けながら屋敷を脱出。観測拠点へと戻った。

 

 

 

 

 

その後、観測拠点で出された夕飯を食べ、野生ポケモンの観察に当たる研究者の皆さんの邪魔にならないよう、静かに星空を眺めながら寝るまで過ごし、この旅に出て初めて寝袋を使って夜を明かした。翌日、アズマさんが迎えの車を手配した上で、観測拠点を離れ下山を開始。幸い事前に想定された野生ポケモンの襲撃などは上り同様特になく、他に変わったこともなく昨日登山を開始した地点まで下りることが出来た。

 

下山後は既に待機していた車に乗り込み、ポケモン研究所へ。アサマさんに依頼を完了した旨をアズマさんから報告し、俺は報酬のフェリーのチケットを…受け取る前に、アサマさんから通話中のポケギアを渡された。

 

受け取った電話の向こう側にいたのは、俺も知っている人物で、その人からの指示で俺の次の目的地は決められてしまったのである。

 

 

 

通話後に渡されたフェリーのチケット。記された行先は、カントー最大の港町・クチバシティ。ここでお使いに続いて、一体何をやらせるつもりなのか…やり遂げた達成感と、小さな心配と懸念、罪悪感。そして指示に対する僅かな疑念を抱きながら、俺のグレンタウンでの冒険は終わりを迎えた。

 

 

 

 




 
気づけば前回の投稿から2週間…お舟のゲームに気合が入って1週間をオーバーしちゃいましたが、ポケモン屋敷探索後編です。フジ博士の日記はゲームどおりだとだいぶ物足りなかったので、独自に内容の想像加筆をしてみました。実験の内容は思いつかなかったので…まあ、皆さんの想像の中にと言うことで。

そして、前話に引き続き今回はラッタをゲット。これで手持ち6匹が(一応)埋まりましたが…物理偏重が酷い。そして感想でも指摘を受けてましたが、ハイペースでロケット団員化していく手持ち…さあどうしよう。

グレンタウンでの話は今回で終わり、次の舞台は本文のとおりクチバシティ。真っ先に思ったんですが、マチスさんの口調どうしよう。あの一時期流行った芸人のような感じにすりゃいいんですかね?自信がない。

んで、最後に感想で皆さんから擁護の声多数だったドガース君の紹介をば。


《ドガース》

・レベル:26
・性別:♂
・特性:ふゆう
・ワザ:ヘドロこうげき
    じばく
    くろいきり
    えんまく

ずぶとい性格。
LV26の時、グレンタウンで出会った。
イタズラが好き。



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第21話:流れるままに海を越え

※大会日程を変更しました(2019/8/16)


 

 

 穏やかな春の太陽と漂う潮の香り、岸壁に打ち寄せる規則的な波の音に、時折響く船の汽笛…フェリーに揺られること丸1日、グレンタウンとはまた違う空気を孕んだ海風に吹かれながら、俺は次なる目的地、クチバシティへと下り立った。

 

周りを見渡せば、ずっと向こうの方まで整備された船着場が続き、フェリータンカーに貨物船と、大きな船が何隻も泊まっている。陸上には巨大なクレーンが聳え、積み込みの順番を待つコンテナが積み上げられていくつもの山を成し、何十人という港湾職員や運搬車両が忙しなく動き回っている様子が見てとれる。

 

船を下りて地図を確認するためにフェリーターミナルへと足を運べば、そこにはフロアを埋め尽くさんばかりの人、人、人。決して狭くはない建物だが、ここまで人が溢れていると息苦しさを覚えずにはいられないほどの人の波だ。行き交う人種も様々で、聞き慣れない言語もあちこちで飛び交っている。耳に入ってくる会話がごちゃ混ぜになり、頭の中で何かの呪文の様な不協和音を奏でる。

 

カントー地方最大の港町であり、他の地域からカントー地方への玄関口。こういう風景を見せられると、その呼び名が伊達じゃないことを改めて認識させられる。それほどまでに大規模な設備を備えた港だった。後に豪華客船が寄港するだけのことはある。

 

 

 

この人混みの中に留まっていると邪魔になりかねないので、人の流れを掻き分けて進み、案内板で地図を確認する。確認するのは現在地とポケモンセンターの位置、そこまでの道のり。それだけ把握すると、足早にその場を離れて外へと向かう。

 

クチバシティのポケモンセンターは街の北側、市街地の外縁部に存在する。そして港の位置が街のかなり東側。ポケセンまでは少し歩かなくてはならないようだ。

 

停泊する船、仕事中の船乗りや港湾職員、広大な敷地と積み上げられたコンテナ…流れる港の風景を横に見て、海風に背を押されながらクチバシティの市街地を目指す。

 

そんな中で、港とは反対側に林立するビルの中に、トキワコーポレーションクチバ支社の看板と建物を目が捉える。5階建ての建物だ。大きな会社だとは元々聞いているが、本当にあちこちに不動産物件持っているなと改めて感心する。流石はトキワジムリーダーにしてロケット団ボスが経営する企業と言ったところか。たぶん裏は真っ黒、もしくは限りなく黒に近いグレーなんだろうけど。まあ、俺個人の勝手な予想だ。

 

そして、あのビルをこの後俺は訪ねることになっている。と言うのも、一昨日俺をクチバシティに向かうよう仕向けたのは、他ならぬサカキさんの秘書・セドナさん。つまりは会社に関連する事柄が、俺をここに向かわせた理由だ。俺は『クチバ支社へ向かうように』としか聞かされていないので詳しいことはわからないが、もしかしたら裏でサカキさんの意向が働いてるのかもしれない。

 

 

 

…まあ、それが当たっているのかどうかはさて置き、配達人の次は一体何をさせるつもりなのやら。疑問と一緒に、一昨日のグレンタウンでのやり取りを思い出す。

 

あれはポケモン研究所に戻って、無事荷物を運び終わった報告をした矢先のことだった。アサマさんから「サカキさんが『連絡するよう伝えて欲しい』と言っていた」との伝言を受け取った俺は、報酬のフェリーのチケットがまだ用意出来ていないとのことで、それを待つ間にポケギアに登録されていたサカキさんへの連絡先…トキワコーポレーションへと電話を掛けたのだった。

 

 

 

 

-----

 

 

 

~2日前~

 

 

「もしもし?」

 

「もしもし、マサヒデさんですね?セドナです。グレンジムリーダーに勝利されたと聞きました。おめでとうございます」

 

「あ、ありがとうございます。ところで、サカキさんが『連絡するように』と言っていたとのことですが…」

 

「社長は今来客の対応をしています。ですので、私が代わりに説明をさせてもらいますね。あなたの今後のことについてです」

 

「今後のこと?」

 

「はい。まず、荷物の配達お疲れ様でした。オーキドポケモン研究所、グレンポケモン研究所の双方から『無事届いた』との連絡を受けています。そして、グレンジムを制した以上、次の街を目指されることと思います。そこで、そのついでにまた別のお使いをお願いしたいのです」

 

「…またですか?」

 

「また、です。社長はあなたがこのお使いを引き受けてくれるととても助かると仰っていました」

 

「………」

 

「もちろん、本来の目的であるジム巡りのついで、余裕があればで構いません」

 

「………」

 

「社長は『受けるなら金一封を出す。無事にこなせばさらに追加で小遣いを出そう』とのことですが…如何でしょう?」

 

「ぅ……あまり、無理の無いものでお願いします…」

 

「ふふ、流石に子供に無理はさせられませんよ。詳しいことは現地の者から説明させますので、クチバシティまでお越しいただけますか?」

 

「クチバシティですね?わかりました。それと、一応確認しておきますが、それって法律的に引っ掛からない仕事ですよね…?」

 

「大丈夫です、問題ありません。それと、『仕事』ではありません。『お使い』です。そこは間違えにないように」

 

「………」

 

「では、クチバシティにてお待ちしていますね」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

…サカキさんによる名の威圧と金の誘惑を跳ね返すことは、この時の俺には出来ませんでしたとさ。金と引き換えにお仕事しろだって。

 

それにしたって、たかが子供を使い過ぎだと思うんだが…法律遵守、してますか?セドナさんは大丈夫って言ってたけど、労働基準法とかに抵触しないのかね?凄い怪しい気がするんだが。やたら『お使い』を強調してたし。こっちにそんな法律あるのかなんて知らないけど。

 

 

 

ともかく、詳しい話は現地でということだったので、こうして次の目的地をクチバシティに固定され、それに抗うことなく流されるがままに俺は再度海を渡った。

 

いくらなんでも子供に無茶はさせないと思うが…サカキさんだしなぁ。割かし平然ととんでもないことを言いそうで気が気でない。ホント、何をやらせるつもりなのか…

 

疑念が徐々に不安へと変わる中、歩くこと30分ほどでポケモンセンターに到着。問題なく数日分の宿を確保して、一息ついてから指定されたクチバ支社を目指して再び歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

トキワコーポレーションクチバ支社は、道中で見たとおり港近くのビル街の一角にそのオフィスを構える。港にあった大量のコンテナからも分かるとおり、クチバシティは人だけでなく物の玄関口でもあり、大企業はほぼ例外なくこの地にオフィスを構えるのだという。

 

そういう事情もあってか、現在著しい発展を遂げる街でもあった。このビル街よりさらに内陸部にはまだまだ開発途上の地域があり、建設途中の工事現場とそこへ頻繁に出入りする工事関係車両を何度も目にした。ゲームでもビルを建てるために地ならししている…というモブがいたのを思い出す。

 

 

 

入り組んだ路地に少しだけ迷いそうになりながらも、何とかオフィスまで辿り着き、受付で指示を受けて訪ねたことを告げる。子供なせいで受付のお姉さんには一瞬怪訝な表情をされたが、セドナさんの名前を出したらすぐに上に通してくれた。

 

案内に現れた別の社員さんに導かれ、エレベーターに乗せられて通されたのは、最上階にある一室だった。

 

 

 

『コンコン』

 

「支社長、話のあったトレーナーの方をお連れしました」

 

「うむ、入ってもらいなさい」

 

「…では、どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

促されて入った部屋にいたのは、真ん前の高級感のある椅子に座るやや腹の出たスーツ姿の中年男性。そして…

 

 

 

「お待ちしていました、マサヒデさん」

 

「…セドナさん、何でいらっしゃるんです?」

 

「あら、お伝えしたはずですが?『クチバシティでお待ちしています』…と」

 

 

 

…俺をここに来させた張本人・セドナさんが、ソファーで優雅にお茶を飲んでいた。ホント、何でいるし。

 

 

 

「社長からあなたの旅をサポートをするように言われておりますが、今回の件は私の本来の職務にも係るモノでして」

 

「本来の職務?」

 

「新商品の研究、及び開発の全体的な取りまとめ…開発部門の管理人、とでも言えばよいでしょうか。それが、社内において私に与えられている職務です」

 

「…つまり、今回の仕g…お使いは、この間と同じように新商品絡みの何かということですか」

 

「端的に言えばそのとおりです。詳しい話は…支社長の方からお願いします」

 

「うむ、初めまして。トキワコーポレーションクチバ支社長、ハクラだ。君のことはボスから聞いているよ」

 

「マサヒデです。よろしくお願いします」

 

「よろしく頼む」

 

 

セドナさんとバトンタッチしたハクラ支社長とまず握手を交わす。

 

 

「早速で悪いが、話を進めさせてもらおう。一週間後、我が社が発注した資材・商品等の荷物を積載した貨物船がクチバ港に入港する予定になっている。荷物はここで確認をした後に各地に発送されていくのだが、その中に隣のジョウト地方の系列会社が開発した試作品が含まれている。君にはコイツを実戦でテストをした上で、ヤマブキシティ支社まで届けてもらいたい」

 

「試作品?テスト?…またポケモンの持ち物ですか」

 

「また、というのが何のことか私には分からんが、そのとおりだ。アイテム名は『きあいのハチガネ』と言う」

 

 

きあいのハチガネ?ゲームじゃそんな物無かったはずだが…ハチマキのパチモンか何かか?

 

 

「あなたにテストをお願いしている『きあいのハチマキ』と同じ開発班が試作したものです。ポケモンの防御力を上げる効果がある…とのことです」

 

 

セドナさんから補足が入る。うん、やっぱりハチマキのパチモン…いや、派生品と言ったところか。効果的にはきあいのハチマキと言うより、『ちからのハチマキ』の防御力版みたいな感じかな。もしくは『とつげきチョッキ』。

 

 

「ヤマブキシティまで届け、その道中で効果のほどを確かめれば良いのですね」

 

「そのとおり。ただ、テストというか、私達が欲しいのは明確なデータではなく、1トレーナーとしての使用感…意見・感想だ。ある程度回数はこなしてもらった上での…な。相手はトレーナーだろうと野生のポケモンだろうと構わんが…そうだな、最低でも100戦。それだけしてくれれば、こちらとしても有意義な意見になるだろう」

 

「100戦…」

 

 

うへぇ…ゲームなら流れ作業でこなせるかもしれないけど、現実にやるとなるとかなりかかる。精神的にも辛いかも。努力値稼ぎとでも思えば何とかなるか…?それにしても、100戦するとなると何日かかるやら。

 

てか、思い返せばトキワシティを旅立ってここまで、野生ポケモンも含めて両手で数えられる程度しか戦ってないな…うん、この際だ。背負込んだもの全部空っぽにして、使いたいポケモンを使って、ただただ純粋にバトルをする。色んなトレーナーやポケモンと戦って戦って戦いまくるのもいい経験だと思うことにしよう。別に休憩なしで連戦するわけでもないし。そう考えると、ちょっと楽しみになってきた。

 

 

 

それまでのところでサカキさんや門下生の皆さんと結構戦ってはいるけど、あれは世間一般的にはただの弱い者虐めだからノーカウントで。スピアー共々どれ程の苦渋を舐めたことか…あんなただ一方的に嬲られるようなものがポケモンバトルの全てであっていいはずがない。もっと気楽で、楽しいもののはずなんだ、ポケモンバトルってのは。

 

ただし、自分が勝てる、ないしは好勝負が出来る場合とネタに走った場合に限る。そしてレート戦、テメェはダメだ。

 

 

 

…あれ?そう考えると結局サカキさん間違ってないような………まあ、いいや。ポケモンバトルは勝てれば嬉しい、負ければ悔しい。勝つためには強くなれ、強くなれればバトルは楽しい。んで、強くなるためには経験を積むのが一番。そういうことで。

 

 

「それと、社長からもう一言言付かっています。『上を目指すのなら、100戦ぐらいこなして見せろ』…以上です」

 

 

…煽ってくれるじゃんか、サカキさん。まあ、それぐらい出来ないでサカキさん倒すなんて、夢のまた夢だよな…オーケー、やってやんよ!

 

 

「…わかりました。100戦、やってやろうじゃないですか」

 

「ありがとう。到着は1週間後になるので、その時にまたここに来てくれ。それまでの間ジムに挑戦するなり、観光するなり、自由に過ごしてくれ」

 

「ふむ…ハクラ支社長、私は彼の実力についてはある程度承知していますが、支社長も一度確認されて見てはどうでしょう?もしよければ、今度のアレに参加してもらうというのは?」

 

「…なるほど、それはいい考えだ」

 

 

話が終わりかけたところへ、セドナさんが支社長に何か言いだした。流れ的に言えば俺に関係することとは思うが…アレ?何かの催し物だと言うのは分かるけど、一体何に参加させるつもりだ?

 

 

「マサヒデ君、我が社が主催するポケモンバトルの大会が今度あるのだが、もしよければ参加してみないか?」

 

 

何が来るかと身構えてたけど、バトル大会か。

 

この世界、実は毎週のように各地で大なり小なりポケモン関係のイベントが開かれている。その中でもポケモンバトルに関係するイベントはやはり高い人気があり、開催数も多い。規模の大きな大会や、有名トレーナーを招いてのエキシビションマッチなんかは話題になることもよくあり、中には週末になるとテレビで中継されてたりもする。個人的には日曜日の午後にやってたゴルフの大会中継みたいなイメージ。

 

トキワシティでも大きな大会が開かれることは何度かあったが、サカキさんの特訓が優先…というか、年齢の問題でこれまで参加自体出来なかった。だから、興味はある。

 

 

「今まで参加することが出来なかったので、興味はあります」

 

「そうか。簡単に説明すると開催日は4日後、ごく一般的なトーナメント戦だ。詳しいルールは…と言っても、大して変わったルールがあるわけじゃない。エントランスホールに参加登録の用紙が置いて…」

 

「こちらになります」

 

「…準備が良いな、セドナ君。流石はボスの秘書と言ったところかな?」

 

「ええ、秘書ですので」

 

 

支社長の話に横槍を入れる形で、セドナさんが1枚の紙を差し出して来る。流石は秘書、準備のよろしいことで。支社長も若干引き気味だ。で、何々…『クチバTCPカップ』?大会形式はトーナメント形式、4位以上入賞で賞金と賞品が出る。2日間かけて開催されて、2日目にジュニア・一般両部門の準決勝・3位決定戦・決勝を行う。出場資格は11歳以上、ジュニア部門は18歳まで、一般部門は上限無し。ゲスト解説に…へぇ、クチバジムリーダーにマスターズリーグのトレーナーが来るのか。

 

 

 

「まあ、いい。参加する気があるならば、それをよく読んだ上で用紙に記入、受付の者に出して…」

 

「参加します」

 

「…即決か」

 

 

この大会のように、どのような規模であれ大会はある程度の賞金や特典が設定されていることが多く、ゲームのような金稼ぎが出来ないこの世界では、大会で入賞することは多くのトレーナーにとっての貴重な収入源。中にはプロ…マスタートレーナーにならず、各地の大会を渡り歩いて生計を立てている在野の猛者も少なくないと言う。

 

つまり、各地の大会で好成績を収めれば賞金ががっぽりなワケで、それは経済的に自立出来ることを意味し、上手くいけばサカキさんからの独立も夢ではないっ…!

 

それに、クチバシティのトレーナーが中心だとは思うが、各地からトレーナーが参戦してくるワケだろ?今の俺の実力は、他の一般トレーナーの実力は、どの程度のものなのかを測る良い機会。大会の結果が、今後の方針を考える上で良い判断材料になるはず。参加しない手はない。

 

 

「分かった。では、マサヒデ君。大会当日か一週間後になるかは分からんが、また会おう。記入が済んだ用紙は1階の受付に出しておいてくれ」

 

「荷物の方は、届き次第連絡しますね。それと、前に渡した試作品の方も、引き続きテストをお願いします」

 

「了解です。では、失礼します」

 

 

話が終わり、大会参加に必要な書類何かを提出した後、クチバ支社を後にする。お使いの説明に大会参加、色々と疑念とか不安とかはあるが、やる以上は全力だ。

 

試作品のテストもしっかりやるし、大会も出る以上は少しでも上を目指す。もちろん目指すは優勝、あわよくば経済的自立への筋道をつけたいところ。

 

 

 

さあ、早速4日後に向けて特訓と行こうか。少しでも強くなっておきたいし、グレンタウンで捕まえた連中の実力も把握しておく必要がある。

 

特訓する場所として考えられるのは、ポケセンからすぐ北側の6番道路か、東へと伸びる11番道路。もしくは11番道路へ向かう途中にあるディグダの穴の3箇所のどれか。

 

うーむ…まあ、今回は無難に6番道路にしておこう。11番道路はポケセンからは遠いし、ディグダの穴は…色々と面倒だ。『ありじごく』とか『すなじごく』とか『ダグトリオ(Lv31)』とか…割とトラウマになるレベルで。特にダグトリオ。ディグダ系統しか出ないから、努力値稼ぎには良い場所なんだけどね…

 

 

 

ともかく、そうと決まれば善は急げだ。クチバ支社を出たその足で、6番道路へと進路を取る。

 

6番道路は1番道路とは違って大都市を結ぶ道路。バトルに興じる人も多い。いくらでもストリートバトルが出来るはずだ。どんなポケモンが待っているか、どんなトレーナーが待っているか、楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

…ん?『出場する部門は?』だって?もちろんジュニア部門ですが、何か?

 

いや、こういうのはね、やっぱり段階を踏むのが大切なんですよ。まずはジュニア部門で力試し。手応えを掴めれば、次の大会から大人たちを相手にしていくという感じで。

 

いくらサカキさんと門下生の皆さん相手にして来たとは言え、その人たちよりも強い大人のトレーナーが出てこないとも限らない。単純にトレーナーとして積み上げた年数は、確実に俺なんかよりも遥かに上だからな。ゲームでの時間含めりゃ負けてないと思うけど。

 

その点、ジュニア部門はトレーナーとしての経歴は俺と大して差がない人がほとんど。一般部門と比べると賞金の額がかなり下がるけど、上位に行ける確率は一般部門よりも高いと思う。

 

要は、貰える賞金はきっちり貰いたいという考えだ。

 

あ、別に決して大人相手に勝てる自信が無いとか、そういうネガティブな理由では決してないことだけは断っておく。

 

何と言ったって、俺は慎重な男だからな。どんなことも安全第一だ。博打はあまり打ちたくないね。

 

 

 

 

 

 

 

…どこかで笑われたような気がしたが、それはきっと気のせいさ。

 

 





話の進め方に悩み、ポケモン新作を見越してSwitchに手を出し、夏バテで体調を崩し、職場の祭りの準備に追われ、気付けば前回の投稿から約一ヶ月…待っておられた皆さん、大変申し訳ございませんでした。今後は以前のように1~2週間に1話投稿出来るように出来る限りガンバリマス。

さて、今回からクチバシティでのお話になります。大会は、ゲームのような金稼ぎが出来ないならトレーナーたちってどうやって生活費稼いでるんだろう?という自分で思った疑問への、ショボい脳ミソこねくり回した末に思い付いた回答でもあります。

その一方で、仕事を主人公に押し付けるセドナとその裏に見え隠れするサカキ様の影。周囲の思惑に流されるままに、旅は新たな街へと舞台を移す。さあ、微妙にヘタレた主人公は、無事に大会で賞金を手にすることが出来るのか。

次回、クチバTCPカップ開幕。














慎重(笑)


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第22話:潮風を背に(1)

※大会日程を変更しました(2019/8/16)


 

 

「第10回クチバTCPカップ、開会を宣言します!!」

 

『ワアアアアアア!!!!』

 

 

 

壇上でハクラ支社長が大会の開会を宣言すると同時に、スタンドから大きな歓声が沸き起こり、会場全体が一気に熱気に包まれる。際限なく高まる会場のボルテージに釣られて、俺の心も否応なしに昂ってしまう。

 

 

 

クチバ支社での話から4日。いよいよクチバTCPカップの開幕の日を迎えた。会場はクチバシティ東部の高台にある運動公園。流石はポケモン世界とでも言うべきか、テニスコートや野球・サッカーのグラウンドなんかに混じってさも当然のようにポケモンバトル専用のスタジアムが整備されている。普通に『マスターリーグの試合も出来るんじゃないか?』というぐらいしっかりとした設備が整った、そのスタジアムがメイン会場だ。

 

会場にはフィールド内に出場者たちが大人子供関係なしに固まっていて、フィールドをぐるりと囲むスタンドに観客が360度見渡す限り…と言うのは流石に誇張が過ぎるけど、それでも客席の大部分は観客で埋まっている。

 

 

 

ハクラ支社長の開会宣言に続いて、壇上に上がった審判長による大会ルールの説明が入る。

 

大会形式はトーナメント戦、ジュニア部門と一般部門に分かれ、今日は両部門の準々決勝まで。準決勝・3位決定戦・決勝は明日。賞金が払われる入賞圏は4位まで。ここまでは4日前に聞いた話。

 

残りのルールは…

 

・使用ポケモンはジュニア・一般部門共に1体。

・持ち物は無し。

・戦闘中のアイテム使用も禁止。

 

…以上。実にシンプルなルールとなっている。使用するポケモンが1体ということであり、純粋にどれほどポケモンが育っているかが大きなポイントになる。あとはポケモン同士の相性のジャンケン一発勝負。運ゲーだな。

 

ただし、ジュニア部門では特に制限はないが、一般部門では勝ち進んだ場合、1つ前の試合で使用したポケモンは次の試合では使用出来ないという縛りがある。エースだけに頼っていては優勝など出来ないということだな。まあ、ジュニア部門参戦の俺には関係無いことだ。

 

そして、今の俺の手持ちポケモンがこちら。

 

 

・スピアー ♂ Lv37

特性:むしのしらせ

ワザ:どくづき ミサイルばり

   ダブルニードル きあいだめ

 

・サンド ♂ Lv23

特性:すながくれ

ワザ:マグニチュード ころがる

   まるくなる すなかけ

 

・ヨーギラス ♂ Lv22

特性:こんじょう

ワザ:いわなだれ かみつく

   いやなおと すなあらし

 

・ロコン ♀ Lv20

特性:もらいび

ワザ:ほのおのうず あやしいひかり

   でんこうせっか ひのこ

 

・ドガース ♂ Lv26

特性:ふゆう

ワザ:ヘドロこうげき えんまく

   じばく くろいきり

 

・ラッタ ♀ Lv22

特性:こんじょう

ワザ:ひっさつまえば かみつく

   きあいだめ こわいかお

 

 

…うん、6体埋まったとは言え、やっぱりタイプの偏りが気になる面子だ。そして、相変わらず1体だけ頭2つ分ぐらい抜けたレベルのスピアー。流石は我が相棒。サカキさんの特訓を共に乗り越えただけのことはある。

 

他のメンバーはグレンでの加入組も含めてドングリーズ、一緒にいた時間が長い分サンドがやや有力と言ったところ。レベル的にはドガースが、ステータス的には進化している分ラッタが次点か。

 

今日までのところでストリートバトルを繰り返し、新規加入組の実力は概ね把握出来た。とりあえず一言言うとすれば、相も変わらずみずタイプ相手が辛い。3体が弱点を突かれ、こちらからは弱点が突けない。そのため、みずタイプが相手になると結構な頻度でジリ貧になりがちだった。こっそりと何戦か負けてたりもする。本戦ではみずタイプの技を使う奴とは極力当たらないことを祈りたい。

 

でも正直な話、ジュニア部門でスピアーのレベルを越えるレベルのポケモン出してくるトレーナーがいるのかどうか、ナナミサンのピッピのことを考えると凄く疑問なんだよな。案外スピアー出しとけば優勝確定なんじゃなかろうか?

 

 

「では、続きましてトーナメントの組み合わせを発表致します!正面スタンドのスクリーンにご注目下さい!」

 

 

おっと、そうこうしている内に組み合わせ発表だ。パッと見た感じ、ジュニア部門に参加すると見られる奴らは…40~50人ぐらいかな?

 

そして、これまで経験したことがあるトレーナーズスクールの学内対抗戦よりも規模は大きい。ワクワクするね。ポケモンリーグになるとこれよりさらに大規模なんだから、少しずつ慣れていければと思う。

 

 

 

そうして一瞬の後、スクリーンにトーナメント表が映し出される。画面両端にズラッと参加者の名前と顔写真が並び、スタジアムが再び小さな歓声に包まれる。まずはジュニア部門からか。

 

さて、俺の名前は………と、あったあった。右側の上から7番目、Bブロックの…上2つがシードブロックになってるから、第2試合か。トーナメント表を見る限り、人数の関係でシードになっている対戦カードがいくつかあるが、俺は普通に1回戦から出場。順調に勝ち進めば6回バトルをすることになるようだ。

 

対戦相手の名前はコウタとか言うトレーナー。どういうトレーナーなのかは全く分からないが、顔写真で見る感じ俺よりも年上なのは確実…と言うか、俺が出場可能な年齢の下限ギリギリだし、ほぼ全ての出場者が年上なのは当然だよな。

 

その後、一般部門の組み合わせも発表された。何やら結構有名なトレーナーが参加しているようで、発表された直後は観客が少し盛り上がったりもしていた。俺は正直興味が無かった。

 

 

 

…ま、どこまでやれるか頑張ってみますかね!

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「Bブロック第2試合に出場されるマサヒデさん、コウタさん!準備をお願いします!」

 

 

 

 

組み合わせ発表が終わって程なく、開会式は恙無く終了。すぐにジュニア部門の試合へと移ったのだが、この運動公園にはメインスタジアムの他に、ストリートバトルで使うような一般的なバトルフィールドも整備されていて、そちらが第2会場となっている。つまり、2つの会場で同時に試合を進行していくという予定なワケだ。

 

で、俺がいるBブロックの試合はバトルフィールドの方であるため、開会式後すぐに移動しなくてはならなかった。

 

そして、移動後程なくBブロック第1試合が始まって、間髪いれずにこの呼び出しだ。おかげで急ピッチで準備をするハメになった。

 

係員の元に向かい、諸々のチェックを済ませ、フィールドのすぐ脇で待機する。今目の前で繰り広げられている第1試合はスリープvsニャース。『さいみんじゅつ』で得意のパターンに持ち込もうとしているスリープを、ニャースが持ち前のスピードで翻弄しているという展開かな。

 

この試合が終わればすぐに俺の出番なわけで、少し緊張しながら試合の行方を見守る。

 

スリープのトレーナーはしつこいくらいにさいみんじゅつを指示し、スリープは懸命に応えようとしている。しかし、『かげぶんしん』も使ってトリッキーな動きを見せるニャースに、ジワリジワリと体力を削られていく。

 

このままではまずいとようやく攻撃に出たものの、判断するタイミングを誤ったな。

 

 

 

『ドザァッ!』

 

「スリープ戦闘不能!よって勝者、ハナダシティのハルキ!」

 

『ワアアアア!!』

 

 

 

スリープが張り倒されたところで戦闘不能の判断が下り、第1試合が決着。ニャースが鈍足なスリープを見事に翻弄して完封した形。スリープはさいみんじゅつが当たってさえいれば、間違いなく大きなアドバンテージではあった。でも、無理に拘り過ぎたな。

 

 

「続きまして、Bブロック第2試合を行います。両トレーナーはフィールドに」

 

 

簡単なフィールドの整備が行われた後、フィールドへと呼び出される。少しだけ踊る心を抑え、観衆のざわめきの中でフィールドに立つ。

 

相手もフィールドに出た所で、審判に促されてフィールドの中央へ。

 

 

 

「TCPカップBブロック、トキワシティのマサヒデとクチバシティのコウタによる1回戦第2試合を行います!両者、握手を」

 

「よろしく!」

 

「よろしくお願いします」

 

 

審判に促されるまま、相手と握手を交わす。こういうところは如何にも少年スポーツ競技と言ったところ。懐かしさが甦る。

 

それが終わればそれぞれフィールドの両端へと移動。この一戦の全てを、延いてはこの大会の口火を切る仲間が入ったボールを手に握り、戦闘態勢完了だ。

 

 

 

「始めッ!」

 

 

 

その一言を合図に、俺も、相手も、モンスターボールを放り投げる。

 

初戦で俺がやる作戦はとっくの昔に決めてあった。その作戦のために最も適した奴にこの戦いは託した。題して『エースで小手調べ作戦』!

 

…いや、うん、まあ、そのまんまなんだ。

 

今回は相手の情報が何もない、負ければそれまでな一発勝負のトーナメント戦。まず考えるべきは、確実に初戦を突破すること。それを考えると、頭に持ってくるべきは最大戦力。それすなわちスピアー。こういう状況において、初戦突破の為には現状これが一番適した作戦だと思うんだ。ジュニア部門には一般部門のような縛りはないから2回戦以降も出せるし。

 

1回戦さえ突破出来れば、2回戦以降の対戦相手の手持ちとその技構成を実際に試合を見て確認する猶予が出来る。自分との対戦時にそのポケモンを使うかは判らなくても、手持ちのおおよそのレベルを判断する基準にはなるはず。

 

さらにさらに、スピアーを見せておくことで、それを驚異と見た相手からこの先、いわ・ひこう・ほのおと言ったスピアーが苦手とするタイプのポケモンを釣り出せる…かもしれない。仮にそうなってくれれば、その時はサンド・ヨーギラスが猛威を振るうだろう。

 

もしいきなりそれらのタイプと鉢合わせたら、その時は意地と気合と根性とレベルで乗り切ろう。

 

 

 

…まあ、要はタイトルどおりにエース(スピアー)小手調べ(ゴリ押し)するってだけの話なんだけどネ。さあ、何はともあれ頼むぜ、スピアー!

 

 

 

「いけっ、ニョロモ!」

「スピアー、任せた」

 

 

 

お互いのポケモンがフィールドに姿を現す。こちらは宣言通りにスピアー、対する相手はニョロモ。みず単タイプのポケモンだ。コイツも結構スピードのあるポケモンだったと記憶している。サンドはまだマシかもしれないが、ヨーギラスやロコンで当たっていたら、かなり苦しい戦いになってたな。

 

さて、ニョロモと戦う上でまず要警戒なのが、先程のスリープと同様に『さいみんじゅつ』を覚えている可能性があるという点。低いレベル帯であれば、ほぼ確実に持っていると見ていい。ねむり状態にされてしまうと、如何にスピアーと言えどニョロモのレベルや技構成次第では負けが見えてしまう。無いとは思いたいけど、眠らせてからのサイコキネシスとかサイコキネシスとかサイコキネシスとかっ…!

 

 

 

…ふぅ、サイコキネシスのことは一旦スッパリ忘れよう。持ち物が禁止されている以上、催眠対策としては撃たせる前に速攻で片を付けるか、常に躱せるぐらいの距離を保って戦うか…

 

 

「よっしニョロモ、みずでっぽう!」

「ニョーローッ!」

 

 

…っ、考えてるうちに出遅れた…!

 

 

「躱してダブルニードル!」

「スピ!」

 

 

先手は取られたが、距離があったこと、そしてみずでっぽうの速度自体がそこまででもなかったことで、難無く回避には成功。今は勝負に集中だ集中。どう戦うかは、勝負の流れの中でベストな方に舵を切ればいい。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に…って、コレはダメなやつだった。えー…っと、激流に身を任せ同化する?うん、そんな感じで行こう。

 

下らないことに思考を割いているうちに、お返しのダブルニードルがニョロモに迫る。

 

 

「ニョロモ、撃ち落とすんだ!みずでっぽう!」

「ニョロ!」

 

 

お相手はその場での迎撃を選択、迫る4発の針を水流で器用に叩き落としにかかる。1発2発と落としたが…

 

 

「ニョッ!?」

「ニョロモ!」

 

 

時間差で飛来した3、4発目に力負けして落とせず被弾。ニョロモの小さな身体が後ろへ弾む。

 

 

「スピアー、きあいだめ」

「スピャーッ!」

 

 

お相手が立て直している間に、こっちはきあいだめを選択。これでこのバトルの間、スピアーの技が急所に刺さる確率UPだ。向こうも無理に距離を詰める気は今のところなさそうだし、一歩ずつ着実にいこう。さあ、急所の恐怖に怯えて過ごしな!

 

なお、引けない模様。

 

 

「スピアー、ダブルニードル!」

 

「ニョロモ、みずでっぽう!」

 

 

その後しばらく、きあいだめをしている間に態勢を整えたニョロモと、さいみんじゅつを警戒して迂闊に突っ込みたくないスピアーによるみずでっぽうとダブルニードルの撃ち合いが続き、ジリジリとした遠距離戦が展開される。

 

コンスタントに直撃弾を与えているコチラに対し、アチラの攻撃は空振りばかり。コチラは空を自由に使える上にスピードも優位で、向こうは躱すのすら苦労している様子。みずタイプのポケモンは、水辺じゃないと力が発揮出来ないのかも。

 

時折、相手が何とか前に出ようとしているのは感じるが、絶え間なく飛んでくるスピアーのダブルニードル・ミサイルばりの弾幕を前に出るに出られないといった感じ。無理に突っ込んで来れば遠慮なくハチの巣にしてやるんだが。

 

うん、これなら無理に距離を詰めるまでもなく殴り勝てる。このまま遠距離戦を続行だ。

 

 

 

 

 

その後1分程度この遠距離での撃ち合いはズルズルと続いた。スピアーに何とか食らい付いていたニョロモだったが、徐々に足が止まり、みずでっぽうに威力が無くなり、形勢は目に見えてこちらの側に傾いた。ダメージの蓄積はモチロンだが、それ以上にやはりレベル差があったのだろうと思う。

 

 

「くっ…ニョロモ!さいみんじゅつだ!」

「ニョ、ニョローッ!」

 

 

起死回生の一手とばかりに繰り出したのは、今まで隠していたさいみんじゅつ。やはり持っていたな。しかし…

 

 

「ミサイルばり!」

「スピィッ!」

 

 

…事ここに至っては、最早苦し紛れでしかない。時すでに遅し…だ。

 

 

 

「ニョッ!?」

「ニョロモーッ!?」

 

 

さいみんじゅつのために足を止めたところに、ミサイルばりの雨がクリーンヒット。

 

 

「ニョロモ戦闘不能!よって勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

 

特に見どころもなく勝負あり。無事に2回戦進出と相成った。

 

 

『ワアアアア‼』

 

 

悔しそうに顔を歪める相手と試合後の握手を交わした後、歓声に送られてフィールドの外へ。そのまま足早に向かうのは、こちら第2会場の運営本部。ここにはこの大会用に回復マシンが持ち込まれ、専門のスタッフが配置されており、試合が終わったトレーナーのポケモンたちはすぐに回復させられるようになっていた。

 

手続きを済ませてスピアーを預けると、俺はそのままフィールドへとんぼ返り。観衆に混じって次の次の対戦相手になる可能性があるトレーナーたち、更には準決勝で激突する可能性のあるトレーナーたちのバトルを見学し、その戦力をチェックしていく。勝つためには必要な事だ。

 

 

 

 

 

 

1試合、また1試合と試合が終わり、入れ替わるように次の試合が始まる。使用ポケモンが1体だけということもあって、非常にサクサクと日程が消化され、気付けばさっき試合が終わったと思ったのにもうそこまで俺の第2試合も迫っていた。

 

 

「ビ、ビリィィ…」

 

「ビリリダマ戦闘不能!よって勝者、クチバシティのマリナ!」

 

 

また1つ、試合が終わった。ビリリダマVSカラカラ…今回は完全に相性の差だったな。レベル的にはやはりそこまで大したことはなかった。全体的に見ても、そこまで変わらない。

 

しかし、そうではないトレーナーもいた。ジュニア部門とは言ったものの、下は11歳から上は18歳まで参加しているワケで、中にはほとんど大人の仲間入りしているようなトレーナーも参加している。見ていると、その年齢の差による戦力の開き具合が無視出来ないぐらい大きいことがよく分かる。

 

未進化のポケモンを使っているトレーナーが多い中で、見るからに高校生ぐらいの外見のトレーナーは1回進化したポケモンを使っていたりする。そして、そういったトレーナーたちは悉くが勝ち上がっている。相対的に見て戦い慣れているということもあるのかもしれない。

 

準決勝・決勝ぐらいまで行くとそういった人たちと当たることになるので、スピアーじゃないと厳しいかもしれんが、まずは2回戦を突破することに集中しよう。

 

2回戦の相手は、第1試合でニャースを使っていたトレーナー。見た限りではあまりレベルがあるようには感じなかったが、油断は禁物。一歩一歩着実に、だ。

 

今後のことも考えて次戦スピアーは温存するつもり。スピアーの相性、相手のニャース見えていることも考慮して、ヨーギラスに2回戦は任せることにする。素早さの差が気になるが、4日間の特訓の中でレベルアップもしたし、タイプの相性を信じる。

 

ただコイツ、性格が相変わらずなんだよなぁ。スキンシップは断固拒否、見えるものに片っ端からケンカを売りに行く、機嫌が悪いと頑として動かないetc…ホント、問題児だわ。それでもストリートバトルしてた時に確認した限り、戦闘時限定だが『言うことを聞かない』という問題点はある程度克服出来つつあるのは良い材料だ。

 

…たまに勝手に突撃かましてしてくれちゃったりはするんだけどね。

 

 

 

まあ、今はヨーギラスを信じて腹を括ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

『ズゥン!』

 

「ヒトカゲ戦闘不能!よって勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

『ワアアアアアアア‼』

 

 

 

……呆気ないぐらい、アッサリと勝ってしまった。いや、まさかそんなことがあればいいなって程度に考えてたことが、ここまでバッチリハマってしまうとは思わなかった。

 

お相手が繰り出してきたのは、ほのおタイプの初代御三家の1体ヒトカゲ。スピアーを警戒したのか、それとも元からそのつもりだったのかは分からないが、いわタイプなヨーギラスとの相性は悪い。一応はがねタイプの攻撃技『メタルクロー』で弱点は突けるが…うん。

 

オマケにコチラにはレベルアップで習得した『いわなだれ』があった。そして元からパワーに関しては俺の指示を聞かないことがある程度には持て余し気味なヨーギラス。レベル差も無いとなれば、後の結果は御覧の有り様。ひのこやえんまくで攻めるヒトカゲに対して、ヨーギラスは全く意に介さずいわなだれを連打。降り注いだ岩で逃げ場を失くし、そのまま圧し潰されてゲームセット。スピアー以上にゴリ押しの完勝だった。戦略もへったくれもない。

 

なお、フィールドに積み上げられた無数の岩は、整備班のゴーリキーさんたちの手によってキレイさっぱり片付けられたのでご安心を。

 

 

 

…勝ち方はともかくとして、これで2回戦も突破。この勢いのまま頂点まで突っ走りたいところ。さあ、次だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

…その後の3回戦。

 

 

「ラッタ、ひっさつまえばぁッ!」

「ラッシャァ!」

 

 

「ニドリーナ戦闘不能!勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

 

俺が選択したのはグレンからの加入組、ラッタ。お相手はどく単タイプ、ニドラン♀の進化系・ニドリーナ。ちょっとだけサカキさんと特訓漬けの日々を思い出すポケモンだ。心なしか腹が痛くなったような気がした。試合前にトイレはちゃんと行ったはずなんだけど…

 

バトルではどく状態に陥りながらも持ち前のスピードを活かし、さらに特性『こんじょう』により跳ね上がった攻撃力にものを言わせた猛攻で、こちらの体力が尽きるより前にニドリーナを沈め切って勝利。トレーナーもポケモンも状態異常を物ともせず、見事攻めに攻めまくった試合だった。

 

 

 

 

 

 

さらに4回戦。

 

 

 

「プクリン戦闘不能!勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

 

この日最後となる4試合目。ここを勝てれば明日に繋がると同時に、参加目的の1つである賞金獲得がかかる一戦を託したのは、本日2戦目となるエース・スピアー。

 

対するお相手はプクリン。プリンの進化系でタイプはノーマル、さらに後になってピッピと同じくフェアリーが追加されている。

 

で、このプクリン。進化したら自力で技を覚えなくなるという問題点を抱えるポケモンでもあるんだが、ノーマルタイプらしく技マシンで覚える技は充実している。試合ではそんな技のデパートっぷりを発揮して、これまでの試合では出るわ出るわれいとうビームに10まんボルト、かえんほうしゃにメガトンパンチ。おのれブルジョワジーめ、これ見よがしにマシン習得技のバーゲンセールしやがって。

 

そんな嫉妬というか怨嗟の感情が伝わったか、試合ではスピアーは虫特有の不規則な高速機動でプクリンズ・バーゲンセールを掻い潜り、致命の一撃・どくづきを叩き込んだ。きあいだめも乗って、急所を打ち抜かれたプクリンは弱点を突かれたとは言えまさかの1発ノックアウト。この瞬間、俺の4位以上入賞と賞金獲得が決まった。

 

かくして本日の10割を見事達成して、大歓声と共にこの日の俺の戦いは終わった。

 

試合後に何か記者さんからインタビューくらったのはビビった。初めての経験だった。

 

 

 

 

 

その後、俺は明日のBブロック4回戦第2試合での対戦相手のチェックをして、午後からは一般部門の試合も観戦した。やはり流石は大人と言うべきか、よく鍛えられているポケモンたちによる見応えのある試合がいくつかあった。

 

…戦術はお粗末なゴリ押しが多かったけどな。

 

 

 




 
大会開幕、そして主人公無双。まあ、経験の浅い若者相手だしこれぐらいはやってくれるでしょうということで。スピアーいるし。

この人数で2部門に別れてるのに2日で時間足りるの?と思い至った結果使用ポケモンは1体になり、1部門1日で終わらせるのはキツくないか?と考え直した結果、1部門1日ずつから試合数を区切っての2日間開催へと投稿後に変更することに…そして時間の都合で2回戦~4回戦は無慈悲なカット。主人公ならこれぐらい(ry

次回は大会後編。なんやかんやで無事2日目を迎えた主人公。金は手に入った。さあ、あとは金額だ。ここまで勝ち上がって来た強敵を相手に今の戦力でどこまでやれるか…見せてもらいましょう。


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第23話:潮風を背に(2)

 

 

 

 

「クチバ放送局本日のこの時間は、TCPクチバ支社協賛、クチバTCPカップジュニア部門・一般部門の準決勝・決勝・3位決定戦の模様を、実況は私アナウンサーのハマダ、解説としてクチバシティ出身でマスターズリーグでご活躍されていますトーマさん、ゲストとしてクチバシティジムリーダー・マチスさんをお迎えして、ここクチバ総合運動公園バトルスタジアムからお送りしています。

 

さて、試合開始が迫っていますが、その前に昨日行われました1回戦から4回戦までを振り返っていきたいと思います。トーマさん、まず一般部門では、やはり前評判の高かったトレーナーたちが順当に勝ち上がってきました」

 

「そうですね。勝ち上がった4人全員がここまで安定した試合運びを見せています。その中でも特にヒロミ選手。彼はサイドンを中心に実力のあるポケモンを揃えています。やはりポケモンリーグ予選上位まで進んだ実績は伊達ではありません。1VS1と言えど、引き出しが多いことは大きなポイントです。彼の多彩な戦術を読み切り、その裏を掻けるかどうか…そういう意味では、やはりここまでの試合を全て別のポケモンで勝ち上がってきた、反対ブロックのサトル選手にも注目ですね」

 

「一方のジュニア部門ですが、今年も将来性豊かな期待の逸材が多数出てきましたね」

 

「ええ、クチバ出身者が中心の本大会ですけども、そのクチバ出身の若者が熾烈な争いをきっちり制して今日まで勝ち上がって来ていることは、クチバ人として大変嬉しいです。特にダイスケ選手は、今大会で見せているポケモンたちが全体的によく鍛えられていると思います。特にユンゲラーの攻撃能力はジュニア部門屈指で脅威です」

 

「確かに、ダイスケ選手はここまでいくつかの大会で優勝・入賞経験もある期待の若者です。ユンゲラーとカイロスの2体で、一般部門顔負けの非常に安定した立ち回りを見せて勝ち上がっています。マチスさんは気になる選手はおられますか?」

 

「オー!ミーとしてはクチバシティのキッズも気になりマースが、それ以上にトキワシティのチャレンジャーにアテンションデース!」

 

「マサヒデ選手ですね。今大会参加者最年少ながら、見事ベスト4まで駒を進めて来たダークホース的存在です。ほんの1ヶ月前にトレーナーズスクールを卒業したばかりで、今回が大会初参加だとのことですが…」

 

「すでにグレンタウンのジムをクリアしていマース。さらにトキワシティのジムリーダーからスペシャルなトレーニングを受けていたようデース」

 

「なるほど…トーマさんはこの選手、どう見ますか?」

 

「ここまでの試合運びは、相手に付け入る隙を与えないというぐらいに超攻撃的です。しかし、要所要所であまり見ない技を使ってたりと、我武者羅に攻めているという感じでもないんですよね。立ち居振る舞いはとてもスクールを卒業したての11歳とは思えないぐらい堂々としたもの。トキワシティジムリーダーの手解きを受けていたというのも納得です。そして、あのスピアーがとてもよく鍛えられている。他の選手のポケモンと比べて頭1つ2つは抜けてると見ました。たぶん、ポケモンリーグでも予選ぐらいならすでに通用するレベルにあると思います。トキワシティジムリーダーはトキワコーポレーションの社長でもありますので、TCPからの刺客とも言えそうです」

 

「それほどですか!?ということは、スピアーにどう対処するかがマサヒデ選手との対戦ではカギになりそうですね」

 

「ええ、どちらの部門も例年以上の好勝負が期待出来そうです」

 

「分かりました、全選手の活躍を期待しましょう。では、時間となりました。クチバTCPカップ、まずはジュニア部門、準決勝第1試合をご覧いただきたいと思います。第1試合はクチバ勢同士の対戦と……」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

繰り広げられる白熱のバトル、観客を熱狂の渦へと誘う熱い実況、スタジアムを包む歓声と熱気…控え室に取り付けられているモニターを前に、俺はこの大一番に向けた調整を行っていた。

 

俺の出番は準決勝第2試合…今、このモニターの向こうで繰り広げられている試合の次の試合だ。すでにスタッフさんから「いつでもいけるように準備を」と言われている。

 

対戦相手はアヤコと言う、ヤドン・シェルダー・パウワウと、一番当たりたくなかったこれでもかと言うぐらいにみずタイプが主力のトレーナー。ここまでの試合も確認しているが、やはりと言うか水技でゴリ押ししまくって勝ち上がっている。

 

こうなってきてしまうと、こちらとしては昨日の4回戦に引き続きスピアーを選択せざるを得ない。一晩明けてるから疲労の問題はないと思うが、どうだろうか。

 

 

 

 

 

…しかし、まさかテレビで放送されるような大会だったとは思わなんだ。しかも生中継ですってよ、奥さん。クチバシティのみの中継とのことではあるが、実況のアナウンサーにプロトレーナーの解説、ゲスト解説にジムリーダー…普通に凄くない?スタンドも結構埋まってるし、1万人ぐらいいるんじゃない?たかが1地方の都市大会でこれなら、ポケモンリーグの大会なんて現地は凄いんだろうな。テレビでは見てたから、オーキド博士とか凄いビッグネームが解説者してたのは知ってる。

 

流石にこんな大勢の衆目に晒されながら何かをするという経験は、日本にいた頃ですらない。緊張はする。ただ、それと同じかそれ以上にワクワクもしている。そもそも、今後ポケモンリーグに出ることになれば、これ以上の環境下で試合を行うことになる。これぐらいでビビってるようじゃ、先には進めない。

 

 

 

…まあ、その前にサカキさんを何とかして突破しないといけないという鬼門が待っているワケなんだが。

 

 

 

 

 

『ストライク戦闘不能!勝者、クチバシティのダイスケ!』

 

 

 

…!第1試合が終わった。勝ったのは例の優勝候補さん。ユンゲラーでタイプ相性の悪いストライク相手に打ち勝ったのか…俺はみずタイプ相手に四苦八苦してるというのに、大したもんだ。よく鍛えられているこれ以上ない証拠だな。例えストライクが覚えるむしタイプの技が、『れんぞくぎり』しかないということを差し引いても。『シザークロス』さんの登場は何時になることやら。

 

まあ、他人がどうこうよりもまずは自分だな。

 

 

 

「ジュニア部門準決勝第2試合、マサヒデさん、フィールドへどうぞ!」

 

 

 

…さあ、出番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「さあ、続きましてジュニア部門準決勝第2試合です。入場ゲートから、トレーナーが入場して…今、姿を現しました!ご紹介しましょう。まずAサイドより、今大会最年少の参加者にしてベスト4進出者!攻めて攻めて攻めまくる!考える暇など与えるものか!超攻撃的ゲーム運びで、ここまでの4試合で掛かった時間は僅か7分足らず!エース・スピアーを擁し、台風の如き勢いそのままに優勝まで駆け上がるのか!?トキワの登り竜、トキワシティのマサヒデ選手!

 

対するはBサイドより、みずタイプのポケモンたちと織り成す美しくも激しいカーニバル!いずれはハナダシティジムリーダーさえ越えて見せると豪語する、確かな実力に裏打ちされた世代有数のみずタイプマイスター!ここまで勝ち進んで来た実力に偽りなし!その華麗なる技捌き、この舞台でも存分に魅せてくれることでしょう!人呼んで海辺の踊り子、クチバシティのアヤコ選手!

 

主審に促され、両者フィールドの中央へ。しっかりと握手を交わして…さあ、それぞれのフィールドサイドへ!両者の手にモンスターボールが握られて、バトルの態勢が整いました!」

 

 

 

『始めッ!!』

 

「さあ、モンスターボールがフィールドに投じられました!試合開始です!注目の両トレーナーの選択は…マサヒデ選手はトーマさんの予想通りスピアー!そしてアヤコ選手は…おおっと、今大会初登場!ヤドランだあーッ!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「本当は決勝まで取っておきたかったんだけど、頼んだわ、ヤドラン!」

「………あぁん?」

 

 

 

…ヤドンがいたのは把握していたが、まさかの進化系ヤドランかよ…それは予想外デース。まあ、初見相手に見えてない手持ちを予想しろってのも無理難題か。

 

みず・エスパーの複合タイプ、鈍足ながらも高い物理耐久と特殊火力を持ち、回復技まで備える厄介な奴。物理一本で紙耐久のスピアーとの相性は、弱点こそ突けるが控え目に見ても悪い。俺の手持ちだと今一番相手にし辛い、したくないタイプのポケモンだ。そしてヤドランに進化しているということは、レベルも最低でもスピアーと同程度はあるということになる。最悪、ワンパンKOなんて可能性も…これ、勝てるかね?

 

…いやいや、何勝負の前から後退気味なこと考えてんだ。ヤドランはもし仮に相手が出すと事前に分かっていたとしても、今の俺の手持ちではスピアーで相手する他ないポケモン。出し負けたんじゃない、ベストな選択をしたんだ。大丈夫大丈夫、何とかなるって。あの有名な某炎の妖精のように、もっとポジティブにいかないと。

 

幸い持ち物禁止なので、『ゴツゴツメット』も無ければ『たべのこし』も無い。そもそもまだ開発されてない。同じ理由でメガシンカもない。『トリックルーム』も『なまける』も第3世代からだったからまだ見つかってないと思う。素早さは完全にこちらが上。少なくとも先手は取れる、主導権は握れる。

 

となれば、あとは実況アナウンサーの言ってた通り、攻めて攻めて攻めまくるしかなさそうだ。サイコキネシスがなんぼのもんじゃい!撃たれる前に撃て、殺られる前に殺れ!ミサイルばりとダブルニードルで、鉛玉の雨ならぬ毒針の雨をプレゼントだ!

 

 

「いくぞスピアー、ダブルニードル!」

「スピッ!」

 

 

幕は上がった。あとはスピアーがヤドランを削り倒すか、ヤドランがスピアーを吹き飛ばすか…勝負といこう!

 

 

「させるものですか!ヤドラン、『ねんりき』!」

 

 

お相手の選択は迎撃。まあ、鈍足なヤドランで機動戦は難しいだろうしな。無難、安定した選択だ。

 

そう思ったんだが…

 

 

「…………」

「…ッ、ヤドランッ!動いてッ!」

 

 

…おい、あのヤドラン何故反応しない!?もうバトル始まってるぞ!?攻撃が迫ってるんだぞ!?

 

 

「ヤドッ!?」

 

『おおっと、ヤドラン動けない!クリーンヒットだぁぁっ!』

 

 

そう思っている間に、ダブルニードルが全弾ヤドランに突き刺さる。実況の声が響き、僅かに歓声が巻き起こる。

 

さっき、確かにあっちのトレーナーは指示出してた…よな?

 

 

「スピアー、そのまま狙いを絞らせるな!ダブルニードル!」

「スピャ!」

 

 

僅かな違和感を覚えつつも、続けてダブルニードルを指示。何が起こっているのかよく分からないけど、真剣勝負の最中だ。手を止めるわけにはいかねぇ。止めたが最後、こっちが返す刀で狩られかねん。

 

 

「つ、次よ!次こそ、ヤドランッ‼ねんr「やぁんッ‼」…って、ヤドラン!?」

 

 

今度はお相手が指示するよりも先に、ヤドランが迎撃に動いた。技は…みずでっぽう!?指示と違うぞ!?

 

みずでっぽうによってダブルニードルが相殺される。たかがみずでっぽうとも思ったが、ヤドランぐらいのレベルになると威力もけっこうなものになるようだ…当然か。

 

しかし、あのヤドラン指示に反応しないわ指示待たずに動くわ勝手に技出すわ、いったいどうなって…トレーナーに従ってない?もしかして、交換したポケモンか?

 

ゲームでは他のトレーナーから貰ったポケモンは、経験値取得量が多い代わりに、一定のレベルを越える度に特定のジムバッジが無いと言うことを聞かなくなるという仕様があったが…うん、それにしても酷い。うちにもヨーギラスっていう大概似たようなのがいるけど、それよりも酷い。アイツは少なくともバトルだけはまじめだから。バトルだけは。

 

 

 

…ともかく、だからと言っても俺がすることは変わらん。全力でヤドランを狩る。そして勝つ。それだけだ。

 

 

「スピアー、ダブルニードル連射ぁ!」

「スピッ!」

 

 

スピアーには続けてダブルニードルを指示。スピアーも指示に応えてすぐに発射態勢に入る。

 

 

「…やぁん!」

 

 

それを見たヤドランが一声鳴いて、スピアーを睨み付ける。

 

 

「…ス、スピィ!?」

 

「…?どうしたスピアー!?」

 

 

するとどうしたことか、スピアーがダブルニードルを撃たない。さっきまで何の問題もなく攻撃出来ていたのに…もしやPP切れか!?んなワケあるか!まだバトルが始まって1分程度、使い切るほど出してもいないんだぞ!?

 

頭に浮かんだ有り得ない可能性に、自分で即座に否定のツッコミを入れる。PP…パワーポイントとは、1つの技を何回使うことが出来るかということを表したモノで、ゲームでは技毎に設定されていた。強力な技ほど少ない仕様になっていた。PPが0になると、ポケモンセンター等で回復するまでその技は使用出来なくなる。要はガス欠だ。

 

で、この世界でもPPはやはり存在する。明確な数値として分かっているわけではないが、技を使いすぎるとやがて技が出せなくなるということは分かっている。

 

ゲームと違って面白いのは、例えば同じほのおタイプで威力が高めの技『オーバーヒート』と『だいもんじ』。両方の技を覚えていて、オーバーヒートを使い切ってしまった場合、だいもんじも威力が下がってしまう。このように同系統の技を複数覚えていて、どれかの技を使い過ぎると残りの技にも影響を与え、出せなくなったり、威力が低下したりすることがあるという。まあ現実的に考えて、『オーバーヒート』を撃ち尽くした後に大技撃てるか?っていう話だよな。同系統の技を覚えさせる時は注意が必要だな。

 

 

 

話が逸れたが、肝心なダブルニードルはと言うとそんなすぐにPPが切れるような技じゃない。だから何か他に原因があるはずなんだ。何か、何か……!

 

 

「『かなしばり』かッ!?」

 

 

『かなしばり』は、相手が直前に出した技をしばらくの間使用出来なくする技。ヤドランは確か覚えたはず。これなら突然ダブルニードルが撃てなくなった説明がつく。

 

 

「そんならスピアー、ミサイルばりだ!」

「スピッ!」

 

 

ミサイルばりに指示を切り替えたところ、何の問題もなく攻撃が放たれる。ヤドランは…

 

 

「ヤドラン!ねn…」

「やぁん!」

 

 

…指示を出そうとしたトレーナーを無視。『お前の言うことなど聞く必要はない』とばかりに、再び勝手にみずでっぽうを繰り出した。

 

ヤドランが吐き出す水流に、ミサイルばりが勢いを削がれ、弾かれ、パラパラと地面に落ちては消えていく。

 

 

「ヤドォッ…!」

 

 

それでも全てを止めきれたワケではなく、みずでっぽうの射線から外れていた針がヤドランを襲う。ミサイルばりもさっきのダブルニードルも効果は抜群。合わせてそれなりのダメージは与えた…はず。

 

 

 

「撃ちまくれスピアー!」

 

「こ、今度こそ…!ヤドラン、ねんりきよ!」

 

 

相性的に主導権を渡せない、渡したくない俺とスピアーに対して、何とかこの状況を打破したい相手。お互いあれこれと考えることは多々あれど、ただ一つ勝利を目指す意思だけは変わらない。しかし…

 

 

「やぁん!」

「ヤドラン違う!お願い!言うこと聞いてよぉ!」

 

 

…相手の勝利への意思は、いくら願えどヤドランには届かない。攻撃態勢に入っているスピアーを迎え撃つヤドランが繰り出したのは、またしてもねんりきではなくみずでっぽう。苛立ちや怒りを通り越して、最早悲痛と表現した方がいいような相手の声が響く中、技と技がぶつかり合う。

 

連射とは言え点の攻撃であるミサイルばりと、切れ目ない線の攻撃であるみずでっぽうの正面衝突。みずでっぽうが射線に呑まれたミサイルばりを弾きながらスピアーに迫り、射線から外れたミサイルばりはそのままヤドランに向かう。

 

 

「躱してミサイルばり!」

「スピッ!」

 

 

持ち前の機動力でみずでっぽうを躱し、追加の攻撃を撃ち込んでいく。

 

 

「やぁん…ッ!」

 

 

対するヤドランはミサイルばりを正面から受けながらも、豆鉄砲でも撃ってんのか?とでも言わんばかりに、平然とスピアーにみずでっぽうを放つ。またスピアーが躱して攻撃し、ヤドランが迎撃する。このサイクルが2度3度と繰り返される。

 

現状向こうの攻撃は躱せているが、こちらの攻撃もみずでっぽうで相殺されて、有効打になっていない。ミサイルばりにしろダブルニードルにしろ、効果抜群とは言っても1発の威力は小さい。一気にダメージを稼ごうとすると、それはもう接近してのどくづきか、ミサイルばりを全弾叩き込むしかない。

 

ここまで判明しているヤドランの技は、みずでっぽうとかなしばり。相手の指示からねんりきも持っているので、これで3つ。いずれも距離を取って戦う技。残り1つが分からないけど、持久戦になれば向こうの土俵。

 

 

 

…勝負、掛けてみますか!

 

 

 

「…スピアー、いくぞ!ミサイルばり!」

「スピィッ!」

 

 

 

スピアーが再びミサイルばりの構えを取る。

 

 

「ヤドr「やぁん!」ン、n…」

 

 

ヤドランはやはり相手の指示を待たずにみずでっぽうで迎撃するつもりのようだ。なら、あとはタイミングを合わせて…今!

 

 

「撃ち方止め!突っ込めスピアーッ!」

「スピィー!」

 

 

ヤドランがみずでっぽうをまさに発射する直前、スピアーにミサイルばりを中断させて突撃させる。みずでっぽうを吐き出そうとしているヤドランが、驚いたような表情…なのか?で、スピアーを見ている。

 

直後にヤドランは意外と素早くスピアーに対応しようとするが、その態勢からじゃ止めることは出来ないだろ?みずでっぽうも、そしてスピアーもな!

 

 

「スピアー、どくづきィッ!」

「スッピィッ!」

 

「ヤッ…ドォ…ッ」

「ヤ、ヤドラン…!」

 

 

どくづきがモロに入ったヤドランが大きく仰け反り、これまではビクともしなかったその態勢が崩れる。

 

よし、これは取った!あとはこのまま攻撃あるのみ!

 

 

「押し切る!どくづき連打ァッ!!」

「スピィッ!」

 

 

続けざまにどくづきが1発入るが、まだヤドランは倒れない。硬い。それでも、次の1発は流石に耐えられまい!

 

 

「スピアーッ!」

 

 

ここまでくれば言葉にする必要もない。さらに追撃を与えるべく、スピアーが動く。

 

そして、ヤドランにトドメの一撃が…

 

 

「ヤドラン『ずつき』!!動いてよッッ!!」

「…ッ!やぁんッ!!」

 

「スピッ!?」

「ッ!?スピアー!」

 

「ヤ、ヤドラン…!」

 

 

この土壇場でヤドランが指示に従った!?そして、近接技を持っていたか…どくづきが入るあと一歩の所で、スピアーがずつきを受けよろめく。

 

1度退くか?いや、このまま押し切るべき…

 

 

「そのままねんりきッ!」

「やぁん!」

 

「え?あ、まず…スピアー!!」

「スピィ…!?」

 

 

悪い夢でも見てるようだ。ここに来て、立て続けにヤドランからのねんりきがクリーンヒット。至近距離で攻撃被弾直後、避けられるはずもなくスピアーが大きく吹き飛ばされ、スタジアムの壁に叩きつけられる。

 

 

「ス…ピ…」

 

 

辛うじて立ち上がるが、見るからに満身創痍。分かってはいたけど、一撃でこれか…

 

 

「や、やった!ヤドラン!そのままねんりきッ!」

 

「立て、立ってくれスピアー‼」

 

 

形勢逆転。相手からの死の宣告が、どよめきと歓声の渦巻く中で響き渡る。スピアーはヨロヨロと体を支えて宙に浮かぶのが精一杯な様子。ヤドランはすでに追撃の態勢に入っている。これは…とてもじゃないが、避けられそうにない。

 

相手が制御出来てなかったからと、甘く見てしまったな…もっと慎重に詰めていくべきだった。しかし、今となっては後悔先に立たず…万事休す、か。くっそぉ…すまない、スピアー。

 

敗北という現実と悔しさと自身の甘さを噛み締めながら、俺は顔を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ざわざわ…』

 

 

 

……?おかしいな、攻撃が来ない?審判のジャッジもまだ聞こえないぞ?何だ?何が起こっている?

 

いつまで経っても攻撃が飛んで来る気配がなく、スタンドのざわめきが大きくなるばかり。意を決して顔を上げると…

 

 

 

 

 

「や…どぉ~…」

 

 

 

…ヤドランが、地に伏していた。

 

 

 

 

 

「ヤドラン戦闘不能!よって勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「初戦から白熱した試合が繰り広げられていますクチバTCPカップ。ジュニア部門準決勝第2試合、見事制したのはトキワシティのマサヒデ選手でした。それでは、先程の試合を解説のトーマさん、マチスさんと共に振り返っていきたいと思います。

 

さて、この試合にマサヒデ選手はスピアー、アヤコ選手は今大会初めての登場となるヤドランを選択しました。先手を取ったのはマサヒデ選手のスピアー。ダブルニードルがヤドランを襲い、ヤドラン動けずクリーンヒット。そこからはマサヒデ選手のペースで試合が進みました」

 

「スピアーはむし・どくタイプ、ヤドランはみず・エスパータイプ。お互いの技がお互いに弱点を突ける状況でした。後手に回ることを嫌ってのことだったのだと思いますが、攻め続けましたね。試合全体を通して、マサヒデ選手とスピアーが主導権を握っていました」

 

「トーマさんが言っていたとおり息も吐かせぬ攻撃の応酬でした。一方のアヤコ選手のヤドランですが、そのスピアーの攻撃をよく防いでいました」

 

「そうですね、スピアーの攻撃を上手く捌いて、ダメージを最小限に止めていたように思います。そして耐えて耐えてあの一撃…流れが変わりましたね」

 

「スタンドもベリーエキサイティングだったネー!」

 

「ですが、その直後にエンジンが切れたように倒れて試合終了。トーマさん、これは何が起こったのでしょう?」

 

「おそらくどくの状態異常によるものですね。ダブルニードルを受けた際にもらってしまったのでしょう。これが決め手です。マサヒデ選手が序盤で稼いだリードを守って、寸でのところで逃げ切る形になりました」

 

「主導権を握られ続けたことが響いた感じですか?」

 

「それもありますが、それ以上にトレーナーの指示を聞いていませんでした。これが致命的です。たぶん、捕まえてから日が浅いか、誰かから貰ったかのどちらかだろうとは思うのですが、これがなければ試合展開はまた違ったものになっていたはずですから、残念です。ここはアヤコ選手の今後の成長に期待したいと思います」

 

「分かりました。クチバTCPカップジュニア部門準決勝第2試合、勝ち上がったのはトキワシティのマサヒデ選手でした。これでジュニア部門決勝戦はダイスケ選手VSマサヒデ選手という組合せになりました。この後はCMを挟んで、一般部門準決勝第1試合となります。ここまではクチバTCPカップジュニア部門準決勝第2試合の模様を、トーマさん、マチスさんと一緒にお伝えしました」

 

 

 

 




前回の後書きで次は後編と言ったな?あれは嘘だ…すまねぇ、例によってまた分割なんだ。今度は中編だってさ、ハッハッハー……バトルの描写になるとやっぱり字数食いますなぁ。試しで試合中継風の実況(と言うか解説)入れてみた分余計に。

そして、今回のバトルはまだ駆け出しに毛が生えたようなレベルのトレーナーが、いきなり高レベルなポケモンを持つとどうなるか…ということに対するこの作品の世界での例の1つです。アニメでもこんなの居たしいいよね!ほら、どっかのほのお・ひこうタイプの()
最後に言うこと聞いたのは、ヤドラン自身も同じ判断を下した結果、たまたまトレーナーの指示と重なった…ということにしておいて下さい。そしてチョロっと出て来たマチス少佐の口調ががが…こんなんでいいんですかねぇ?そして何喋らせていいのか分からん…

~次回予告~
動きが読めないヤドランとの激戦を制した主人公。だが、決勝戦を前に大きな問題が襲う。試練を乗り越え優勝の栄冠を手にするべく、彼が勝利を託した最後の選択は如何に?次回こそ決着、クチバTCPカップ決勝戦。強敵を相手に、見事優勝の栄誉と賞金を手にすることは出来るのか?次回へ続く。


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第24話:潮風を背に(3)

 

 

 

「テレビの前の皆さん、お待たせ致しました!2日間に渡って熱戦が繰り広げられて来たクチバTCPカップでしたが、今はすでにジュニア・一般両部門の決勝戦、僅か2試合を残すのみとなりました!昼休憩とフィールド整備を挟み、スタジアムのボルテージも徐々に高まりつつある中で、まず先んじてジュニア部門の決勝戦、試合開始の時間が迫っております!

 

試合開始に先立ちまして、並み居る期待の星たちを破り、見事決勝まで勝ち上がって来た2人の若武者をご紹介しましょう!まずAブロックのファイナリスト!確かな実力に確かな実績、その身に纏うは次代を担う王者の風格!攻めよし、守りよし、気合いよしの威風堂々たる横綱相撲!ユンゲラーとカイロスの2体の相棒を引き連れて、この決勝も盤石の試合運びで難無く制してしまうのか!勇往邁進、欲するは優勝と言う名の王冠ただ1つ!クチバシティのダイスケ選手!

 

対するBブロックのファイナリスト!今大会最年少、遠路遥々やって来た小さな挑戦者は、今大会最強のダークホースでもありました!猪突猛進、勇猛果敢!近距離遠距離ミドルレンジ、どこからでも仕掛ける変幻自在の攻撃は、まさしく夢幻の速射砲とでも呼ぶのが相応しいでしょう!苛烈な攻めで、エース・スピアーと共に栄光の頂に名を刻むか!トキワシティのマサヒデ選手!

 

 

 

…さあ、大きな拍手に迎えられて今、両者がバトルフィールドに姿を現しました!」

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 スタンド360°から響く大歓声に迎えられて、決勝の舞台に立つ。準決勝も凄かったが、決勝はそれ以上の大音量。思わず足が竦んでしまうが、すぐ気を取り直して、反対側に立つ決勝戦の相手を見る。

 

ここまでの試合を全て確認しているが、使用したポケモンはユンゲラーとカイロスの2体だけ。試合内容もほぼ完勝と言っていい盤石な試合運び。優勝候補と言われたのも納得の強さ。間違いなく今大会最大にして最後の強敵だ。ついでに結構イケメンだ。女性からの声援が大きかったように感じたのは気のせいだろうか。

 

そんな相手を前にして、俺の闘争心もメラメラと燃え上がって…はおらず、どちらかと言えば若干醒めた心持ちでここに立っていた。それもこれも、全ては試合前に起きたある問題に起因する。その出来事は予期せぬトラブルであると同時に、自業自得な俺のミスでもあった。が、何がどうあれ、俺は決勝戦を前にして大きな壁に行く手を遮られることになってしまったのである。

 

 

 

それが起きた…と言うか、告げられたのは、準決勝が終わってからおよそ1時間後のことだった。場所はスタジアムの選手控室。ヤドランとの激戦…激戦?を制し、何とか決勝まで進んだ俺は、スピアーを回復マシンに託し、モニターで試合観戦しながら決戦の時を待っていた。

 

そんな俺の下にやって来たのは、大会に医療スタッフとして参加していたポケモンドクター。彼は俺に声を掛けるなり「君のポケモンの事で少し話がある」と言った。

 

何事かと思って話を聞いたところ、彼から告げられたのはスピアーの決勝戦使用禁止の宣告だった。最後のねんりきで壁に叩き付けられた時の打ち所が悪かったのか、「スピアーが受けたダメージが大きくて、決勝までに完全に回復し切らない。そんな状態で決勝戦を戦わせることは、ポケモンドクターとして認められない」とのこと。

 

スピアー、決勝戦の大一番を前に無念のドクターストップ。ゲームのように機械に預ければ『テンテンテテテン♪』と即回復、というワケにはいかなかったらしい。まあ、5試合中3試合戦って、決勝進出の原動力にはなってくれたんだ。初めての大会にも関わらずよくやってくれたと思う。残念だが、これ以上無理はさせられない。

 

 

 

「ただ今より、クチバシティのダイスケ、トキワシティのマサヒデによる、クチバTCPカップジュニア部門決勝戦を行います!両者、握手を!」

 

「よろしく!」

「よろしくお願いします」

 

 

 

これまでと同じように、フィールドの中央まで進み相手と握手を交わす。決勝戦と言えど、やることに変わりはない。

 

握手が終ればそれぞれのフィールドサイドへと戻り、審判の合図とともに、この戦いの全てを託す相棒が入ったボールを構える。

 

ほんの一瞬の間、スタジアムに訪れる静寂。そして…

 

 

 

「試合開始ッ!」

 

 

…握り締めたボールを、思いっきり放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、話は再度戻って試合前。決勝をスピアーに託すという当初考えていた目論見が見事にパーになってしまったことで、俺はそれに代わる次の手を考えなくてはならなくなった。

 

対戦相手はユンゲラーとカイロスの2体で勝ち上がって来ている。準決勝(さっき)の相手のように隠し球がある可能性はあるが、情報が無い以上この2体を想定する他ない。

 

そこから考えると、まずドガースは無理。タイプ相性的にユンゲラーに消し飛ばされるのが目に見えている。攻撃技もルール上『じばく』が敗退行為になってしまうため、『ヘドロこうげき』しかないのもマイナスポイントだ。通りは良いんだが、如何せんドガース自体の火力がね…

ユンゲラーに対応出来そうなのは、あくタイプの攻撃技『かみつく』があるラッタだが、有利かと言うと…うーん。さらにカイロスが出て来たら、『じごくぐるま』を持っているのは確認済みなので一本取られてお終いだ。

 

ロコンはカイロスの弱点を突けるが、レベルに不安が残る。というか、全員レベル面では不安だ。ヨーギラスはカイロスだけでなくユンゲラーの弱点も突けるが、カイロスにはラッタ同様投げられてしまう。ヤドランを見た後だと、あの気性も不安要素としか思えない。

 

となれば、残るは当然アイツしかいないワケで。

 

 

 

 

 

 

 

「サンド、頼んだ!」

「キュイッ!」

 

 

 

ボールの中から、サンドが飛び出す。スピアーが戦えないのなら、その穴を埋めるのはサンドしかいない。カイロスは一応弱点を突けるが、種族値で劣っている。ユンゲラーにはタイプ相性で有利不利はないが、やはり種族値で劣り、レベル次第ではワンパンされる可能性もある。

 

それでも、サンドでやれるだけやって負けたなら、それは俺のトレーナーとしての今の実力がその程度だということ。悔いはない。

 

 

 

「いけっ、カイロス!」

「ロッシャーッ!」

 

 

 

相手が選択したのは、2体の内の準決勝で使わなかったカイロス。タイプはむし単タイプで、こうげきのステータスを下げられない『かいりきばさみ』か、相手の特性を無視して攻撃する『かたやぶり』の特性を持っている。使用する技で確認出来ているのは『じごくぐるま』『ちきゅうなげ』『あなをほる』の3つ。かくとうタイプかよと言いたくなるぐらいで、技には虫要素が全くない。

 

見ての通り物理攻撃がメインなので、サンドにとってはユンゲラーを相手にするよりかは戦いやすいと思う。技から見ても完全なインファイター。加えて、向こうにはサンドの情報は無い。あとはレベル差がどうかと言ったところ。こっちは上手く距離を管理しつつ、ころがるをブチ当てることが出来れば勝機が見える。

 

まあ、要はサンドがいつもやってることをいつもどおりすればいいワケだ!

 

 

 

「カイロス、突撃だ!」

「ロッシャ!」

 

「サンド、まるくなる!」

「キュイッ!」

 

 

カイロスがドシドシと音を立てて突っ込んでくる。思いの外速い。こっちは安定の初手まるくなる。防御を上げると同時に、ころがるへと繋ぐための布石を打つ。

 

 

「投げ飛ばせ、じごくぐるま!」

「ッシャー!」

 

「サンド、ころがる!で、そのまま回避だ!」

 

 

やはりカイロスは接近戦をお望みのようだ。まあ、あっちはあっち、こっちはこっちだ。相手の土俵にわざわざ付き合ってやる理由はない。想定よりも素早いが、それでも試合開始直後の相対距離だ。見て避けるだけの余裕は十分にある。

 

あとは、突撃のタイミング。好機を逃さずにモノに出来るか否か、そこに掛かっている。頼むぞ、サンド。

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

「さあ、開幕早々仕掛けたカイロス。しかし、サンドは冷静にこれを躱して距離を取っていく。カイロスは…無理には追わないようです。これは一旦仕切り直しとなりそうです。

しかしト-マさん、マチスさん。マサヒデ選手はこの決勝でエースのスピアーではなく、ここまで見せていなかったサンドを投入してきました。これは、サンドがマサヒデ選手の秘密兵器ということなのでしょうか?」

 

「…ノー、それは違うと思いマース。あのサンド、確かにグッドではありマスが、スピアー程ストロングではナッシングデース」

 

「マチスさんの言う通りですね。スピアー程鍛えられているという感じはしません。ユンゲラーとの対面を嫌ったか、元からこういうつもりだったか…或いは、スピアーに何かアクシデントがあったのかもしれません」

 

「どういう思惑なのか気になるところですが、試合の方に戻りましょう。カイロス、一旦仕切り直しとなりましたが、やはり距離を詰めてこそ輝くか。果敢に攻めます。対するサンドは防戦一方。まるくなる、攻撃を避ける、距離を取るの繰り返し。さながらカイロスとサンドの鬼ごっこを見ているようです」

 

「単純な地力ではカイロスの方が上です。サンドが捕まったら、一気に勝負が動きますよ」

 

「だからこそサンドは捕まりたくないわけですね。さあ、カイロスが捉えるか、サンドが翻弄するか、緊迫の主導権の奪い合いが続いて…ああーっと!サンドが捕まっ…いや、逃れた!逃れた!間一髪のところでカイロスの拘束から逃れました!」

 

「マサヒデ選手にとってはヒヤリとした瞬間でしたが、丸くなっていたのが幸いしましたね。カイロスがかなり掴み辛そうです」

 

「運良く難を逃れたサンド、この隙に再びころがるで距離を取り、カイロスの出方を窺います。再度仕切り直s…いや、サンドが仕掛け返したぞ!?」

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

「お返しだ、やれ!サンド!」

「キュッ!」

 

 

 ピンチの後にはチャンスあり。禍福は糾える縄の如し。一瞬捕まったかとヒヤッとしたけど、すっぽ抜けたかで捕まらずに済んだ。カイロスは攻撃を失敗した勢いで少し態勢を崩した。今度はこっちの番だ。

 

軽く助走距離を取って勢いをつけ、サンドがカイロスに転がりながら突進する。

 

 

「む…迎え撃つ!カイロス、『ちきゅうなげ』だ!」

「ロッシャ!」

 

 

カイロスは迎撃態勢。『ちきゅうなげ』は相手に自分のレベルと同じ数値のダメージを与えるかくとうタイプの固定ダメージ技。ゲームではレベル分のダメージだったけど、この世界ではどうだろう?

 

向こうが捕まえて投げるつもりなら、こちらは…いつも通りに目潰しと行こう。

 

 

「サンド、そのまますなかけ!」

「キュッ!」

 

「ロシャッ!?」

 

 

至近距離から砂を浴びせられたカイロスが、目を抑えて後退る。ころがるをぶつかる直前で解除してのすなかけ。この戦法も結構使い潰したような気がするけど、初見相手にはやっぱり有効だな。

 

 

「サンド、次こそぶつけてやれ!ころがる!」

「キュイッ!」

 

「カイロス、『あなをほる』だ!潜って躱せ!」

「ロッシ!」

 

 

カイロスが頭の鋏を器用に使って穴を掘り、地中に逃げてころがるを回避される。『あなをほる』はその名の通り、最初のターンで穴を掘って地中に身を隠し、2ターン目に敵を攻撃するじめんタイプの攻撃技。地中に身を隠している間は、相手が出した技は基本的に失敗する。

 

…でも、何事にも例外と言うものは存在する。

 

 

「無駄!サンド、マグニチュード!」

「キュッイィィ!」

 

 

マグニチュードは、相手があなをほるで地中にいる場合でも命中する。ダメージ2倍のオマケつきだ。むしタイプにじめんタイプの技は効果今一つだけど、この状況なら打たない理由はない。

 

サンドが小さな身体で四股を踏むような動作とともに、グラグラと地面が揺れ始める。徐々に揺れが大きくなり、地面にも幾筋かの亀裂が走る。スタンドからもどよめきが聞こえる。これは、けっこう大きい威力を引いたかな?

 

 

「ロ、ロッシャアッ!?」

 

 

揺れに驚いたか、カイロスが地中から飛び出し…あ、コケた。

 

 

「チャンス!いけ、ころがる!」

「キュイッ!」

 

 

揺れもまだ治まらぬ中、サンドが突進を再開する。

 

 

「チッ…なめるな!カイロスッ!」

「ロ、ロッシャァ!」

 

 

しかし、相手も大したもの。この揺れの中で素早く態勢を立て直し、サンドを迎え撃とうとする。

 

 

「ぶちかませッ!」

「キュ…イィィィッ!」

 

「ロッ…!」

 

 

それでも、ズッコケた状態からでは流石に上手くいかなかったようで、サンドを捉え切れずにころがるがクリーンヒット。十分に助走距離が取れなかったため威力の方はお察しだが、まずは先手を取ることが出来た。技を4つ全て見せてしまったけど、出し惜しみなど傍から頭にない。全力でいく。

 

 

「よし、そのまま追撃だ!」

「キュッ!」

 

 

カイロスを跳ね飛ばした時の勢いをさらに加速させて、再びサンドが迫る。

 

 

「キュイィィッ!」

「ロッシャ!?」

 

 

立て続けにクリーンヒット。すなかけが効いているのか、カイロスはどうにもサンドを捉え切れていない。ここまでは良い感じだ。

 

 

「いいぞサンド!続けてころがるだ!押せ、押せ!」

「キュッ!」

 

「カイロス!ちきゅうなげだ!何としても止めろッ!」

「ロ…ッシャッ!」

 

 

しつこく投げようと身構えるカイロスを、嘲笑うようにまた跳ね飛ばす。

 

ころがるは連続で当てる毎に威力が大きくなっていく。カイロスには効果抜群だし、態勢を立て直す前にこの調子で畳み掛けてしまえば、何もさせることなく完封出来る。

 

大きく弧を描きながら進路をカイロスへと向き直し、再び猛スピードで突進する。みるみる内に距離が縮まる。

 

 

 

「…!今だカイロス、あなをほるッ!!」

「ロッシャ!」

 

 

しかし、ブチ当たる寸前であなをほるで躱されてしまった。助走距離がつき過ぎて、余裕を与えてしまったか?ともかく、潜ったならここはもう一度マグニチュードを打ってまた仕切り直し…

 

 

「逃がすな、カイロスッ!」

「ロッシャアーッ!!」

 

「キュッ!?」

「しまっ…サンド!!」

 

 

マグニチュードのために止まることを見越されたように、カイロスが地中から飛び出してそのままダッシュ。距離を詰められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

『そのままちきゅうなげだ!投げ飛ばせ、カイロス!』

『ロッシャー!』

 

 

「さあ、遂にカイロスがサンドを捕まえたぞ!そのままカイロス大きくジャンプ!そして、サンドを地面に投げ落とすぅッ!ちきゅうなげが決まったぁーッ!」

 

「スピードが乗ると、その分止まるのにも距離が必要です。そこまでキッチリ見切ったダイスケ選手の好判断でした」

 

「トーマさんが事前に仰ったとおり、サンドが捕まって一気に勝負が動くのか!投げ落としたサンドにカイロスが追撃!今度は鋏で捕まえて…?投げ飛ばしたぞ!?これはじごくぐるまだ!投げられたサンド、1回2回と大きくバウンド!これは大ダメージだーッ!」

 

「いえ、やはり地力ではカイロスが上のようですが、サンドはまるくなるでよく守っています。まだ十分にやれるでしょう」

 

「勝負はまだまだこれからと言うことでしょうか!?」

 

「はい。ですが、このままだとジリ貧なのは事実。ここで立て直せないようだと、サンドは苦しいですよ!」

 

「序盤カイロスを翻弄したサンドでしたが、ここで攻守逆転!あっという間に苦しくなりました!投げられたサンド、まだ立ち上がりますが、そこへ再びカイロスが迫る!マサヒデ選手とサンドはここからどう立て直すのか!?それともダイスケ選手とカイロスが、勢いそのままに押し切ってしまうのか!?クチバTCPカップジュニア部門決勝戦、白熱した試合展開となっております!」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「カイロス、じごくぐるまァッ!」

「ッシャー!」

 

「くっ…サンド、すなかけ!」

「キュ…キュイ…!」

 

 

サンドが何とかすなかけを放つが、カイロスは意に介さず。あっさりと捕まったサンドが三度宙を舞う。

 

…冗談じゃないぞ。

 

 

「ギュッ…」

 

 

初手のまるくなるが有効に機能しているのか、これだけ投げられてもまだサンドは立ち上がる。ホント、見上げた根性だ。

 

その頑張りに、トレーナーとして何とか報いてやりたい。報いてやりたいが…

 

 

「カイロス、もう一度じごくぐるまだッ!」

 

「くそ、サンド!マグニチュードで近付けさせるな!」

 

 

報いてやりたいが、打つ手がない。この状況、どうすればいい?マグニチュードでは効果今一つ。余程大きな威力を引かないとたぶんカイロスは止まらない。近距離戦になっているせいでころがるにはスピードも威力も出ない。まるくなるは打つ余裕がなく、ことここに至っては用なし。いっそのこと、すなかけ連打で運ゲーを期待でもするか?

 

マグニチュードで再びフィールドが揺れ始めるが、その揺れをものともせずカイロスが迫る。やはり効果今一つではダメか…

 

 

「もう一度すなかけ!」

「キュ、キュイ…ッ」

 

 

止まらないカイロスを見て、すなかけへと切り替えるも向こうは目が潰されないように顔を守りながら、お構いなしに突っ込んでくる。このまま押し切るつもりなんだろう。

 

 

「ロッシャアァァ!」

 

「キュ…キュィ…ッ!」

「サンド…ッ」

 

 

再びサンドが捕まり、頭の鋏でギリギリと締め上げられ、すぐに投げられる。

 

 

「トドメといこう!取っておきだ!カイロス、『はかいこうせん』!」

 

 

『はかいこうせん』…自爆系の技を除いたノーマルタイプ最大の威力を誇り、某チャンピオンが人に向けてブッ放すことで有名な特殊攻撃技。てか、物理型のカイロスにそんな技持たせてんのかよ。

 

レベルで覚える技じゃなかったはずだから技マシンだな?技マシンなんだな?俺はこんなにも技のレパートリーに悩まされているというのに、豪勢に技マシンなんぞ使いよって…ああ、妬ましい!

 

そうしている間にも、カイロスの口元に何かエネルギー的なパワーが集まり、球体を形作っていく。あれは…マズい…ッ!

 

 

「サンド、ころがる!避けろ、避けてくれ…ッ!」

 

 

何度も投げ飛ばされ、それでも立ち上がるサンド。その頑張りを、打つ手なくただ声を張り上げて見守ることしか出来ない自分。いつもと何も変わりはないことなのだが、今日ばかりはそんな自分がもどかしくて仕方がない。

 

やがて、その時は訪れる。

 

 

 

「ロ…ッシャアァァァッ!!」

 

 

滞留していたエネルギー的なモノが一気に解放され、一筋の太い光の奔流と化してサンドを襲う。

 

様子を確認する間もなく、大爆発と迸る閃光、スタジアムに轟く爆音、吹き荒れる砂煙…スタンドがシンと静まり返る中、巻き上げられた砂煙が爆風と共に頬を掠め、吹き抜ける。そして…

 

 

 

「キュィ~…」

 

 

 

…視界を遮っていた砂煙が晴れた後には、立ち上がる気力も体力も尽き果ててしまったサンドが横たわっていた。

 

 

 

「サンド戦闘不能!よって勝者、クチバシティのダイスケ!」

 

『ワアアァァァァ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「決着、決着です!カイロス怒涛の追い込みで、粘るサンドをノックアウト!第10回クチバTCPカップジュニア部門優勝の栄冠を手にしたのは、地元クチバシティのホープ・ダイスケ選手!今、手を上げてスタンドからの声援に応えています!

序盤の主導権を握っていたのはマサヒデ選手とサンド!しかししかしダイスケ選手とカイロス!見事にその攻撃を打ち破って攻守逆転、それ以降は何もさせない猛攻で優勝を手繰り寄せました!トーマさん、仰られたとおりサンドが捕まってから試合が大きく動きましたが、如何だったでしょうか!」

 

「まず、ダイスケ選手ですが、序盤はサンドに良いようにしてやられる苦しい出だしとなりました。すなかけで視界を潰され、攻守に支障をきたしていました。そのサンドの流れを、あのあなをほるからの一連の流れで見事に断ち切り、後はしぶとく持ち堪えるサンドにチャンスを与えず、逃さずに押し切りましたね。カイロスの有り余る破壊力と勝利への執念もさることながら、あのワンチャンスを生み出し、モノにした咄嗟の判断力、見事でした」

 

「では、惜しくも敗れ準優勝となりましたマサヒデ選手は如何でしょう?」

 

「序盤の動きはとてもスムーズです。流れるように技を繰り出し、カイロスを翻弄していました。サンドが使っていたころがるやマグニチュードと言った技はまだ見つかって日が浅いのですが、非常に上手く使いこなしていたように感じます。サンドとの呼吸もピタリと合っていたように思いますし、まだ11歳のトレーナーになりたてということも考えると、素質を感じずにはいられないですね。それだけに、形勢逆転以降ほぼ無抵抗に等しかったことは残念です。接近されてからの対応が有効に機能しなかった不運もありましたが、そこは彼とサンドの今後の課題…と言った所でしょう」

 

「マサヒデ選手と言えば、エースのスピアーを決勝戦では使いませんでした」

 

「マサヒデ選手がどういう考えだったのかは分かりませんが、個人的に決勝戦でのスピアーは見てみたかったですね」

 

「マチスさんは今の勝負、如何だったでしょう?」

 

「ベリーグッド!ナイスファイトデース!キッズとは思えナーイレベルだったネー!彼らがチャレンジに来るのが楽しみデース!」

 

「ありがとうございました。クチバ総合運動公園バトルスタジアムからお送りしています第10回クチバTCPカップ、ジュニア部門決勝戦はクチバシティのダイスケ選手が、激戦の末にトキワシティのマサヒデ選手を下し優勝という結果になりました。この後は一般部門決勝戦の模様をお送りします。では、ここで一旦ニュースをお伝えします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…はい、お預かりしたポケモンは元気になりましたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 決勝戦から時は過ぎ、一般部門の決勝、そして表彰式が終わって少し経った頃のスタジアム内の一室。地元の新聞の記者さんとかテレビとかからインタビュー受けてちょっとビビったりしながら、サンド、そして回復に時間が掛かって預けっぱなしになっていたスピアーの回復が終わるのを待っていた。やがて回復が終わったとの連絡を受け、ポケモン用の医療機器が持ち込まれポケモンセンターのようになっている救護ルームにてサンドとスピアーを受け取る。

 

御覧の通り、俺の初挑戦は準優勝という結果に終わった。この結果を力不足の結果と見るか、エースを欠いた状況で健闘したと見るか…いや、明らかに力不足だよな。サンドも、俺も。カイロスに捕まった後、サンドにもう1つ近距離戦で使える攻撃技があれば状況は変わっていたかもしれないし、あの状況からでも挽回出来るやり方があったかもしれない。

 

サンドで負ければ仕方がないとは言ったものの、いざ負けると後悔が後から後から湧き出してくる。サンドにもう1つ攻撃技があれば、もう少しレベルを上げられていたら、俺が相手の狙いに気付けていれば…勝負と歴史に『もし』は禁物なのは分かってるんだけど、どうしてもね…こればかりは人間と言う生物の、或いは俺と言う存在の性だな。どうしようもない。

 

でも、今回の大会に参加してみて分かった。俺はまだ強くなれる。仲間たちももっと強くなれる。もっと鍛えて、経験積んで、次大会に参加する時は、良い気分に浸れるようにしたいね。そしていつの日かサカキさんをこの手で仕留めるんだ。

 

そうと決まれば、まずは今日の反省。そんでもって、明日からまた特訓だ。差し当たっては、クチバジムの突破が次の目標だな。よっし、頑張るぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その日の夜、ポケモンセンターの食堂にて夕食食べてる最中にテレビで俺のインタビューが平然と流れてて少し恥ずかしかった。

 

 

 

 




と言うワケで、クチバTCPカップ終了。主人公は残念ながら準優勝という結果でした。まあ、主人公はまだまだ駆け出し、上には上がいるというだけの話です。知識だけはたぶん博士たちが舌を巻くぐらい持ってるんですけど、如何せん戦力がね…

そして試しに試合の途中に実況という名の第三者視点を挟み込んでみた結果…実況のところだけ凄い書きやすかったけど、コロコロ視点が変わるってのは読む側としては如何なモノでしょうか?ご意見いただけると助かりますです、ハイ。

次回はクチバジム戦か、その前に特訓系の話でも挟むか…でも、バッジ1個でのジム戦と考えると、正直サンドとヨーギラスでマチス少佐完封出来そうな気がしないでも…ゲフンゲフン。


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第25話:強者への道は奈落への一歩

 

 

 大会準優勝を果たした日から3日後、俺はクチバシティの北側でヤマブキシティ、地下通路経由でハナダシティに通じる6番道路へと足を運んでいた。ここに来た理由はただ1つ、昨日の反省を活かして特訓(レベル上げ)をするためである。あと、受け取った例の試作品の実戦テストも兼ねる。

 

この世界のポケモンバトルというのは、ゲーム同様にレベルを上げて殴るのが基本。そして、負けるよりも勝つ方がポケモンの成長も早い。これは学術的にも証明されているという。で、基本的にレベルが高い方がより強い。強いので勝てる。勝てるのでよく育ちレベルも上がる。世のトップトレーナーたちはこんな感じの好循環を繰り返すことによって、ピラミッドの最上部に君臨している。

 

要するに、レベルはポケモンバトルにおける問題の大部分を解決してしまう。レベルアップ=大正義、みたいな。だから手っ取り早く強くなるには、戦って戦って戦いまくり、勝って勝って勝ちまくってレベルを上げる、これに尽きる。戦った数と勝利数は強者の証であり強さの勲章。ポケモンマスターへの道は長く険しく、近道などは存在しないのだ…タブンネ。

 

なお、ここに個体値だの努力値だのを絡めれば、そこにはポケモン廃人と呼ばれる人外たちが跳梁跋扈する魔境が待っている。こちらでも、いつか足を踏み入れる日が来てしまうのだろうか?…あまり考えたくはないネ。

 

 

 

「と言うワケで、強くなるためにしばらくミッチリ特訓だ!昨日の今日で悪いが野郎ども、覚悟は良いかッ!」

「スピッ!」

「キュイッ!」

「…ヨー」

「コォン!」

「ど~がぁ~」

「シャー!」

 

 

 

うむ、元気があって大変よろしい。若干1体ほどやる気があるのか無いのか分からん奴がいるが…まあ、ドガースはこれで平常運転なんだろう。そのドガースよりもやる気が無さそうに見えるのがヨーギラス。でも、少しの間だが見てきた俺は知っている。あれはただの振りだ、内心ではやる気満々だ…と。アイツは戦闘狂…と言うか、相手を痛めつけるのが大好きなツンデレさんだからな。♂だけど。

 

あとは皆さん良い返事。サンドもこの間の大会で負けて凹んでないか心配だったんだが、この様子なら杞憂に終わりそうだ。だが…

 

 

 

「あ、悪いけどスピアーはお休みな?」

「スピィッ!?」

 

 

お休みの通告に対して「な、なんだってー!?」とでも言ってそうなリアクションを取るスピアー。だってあんた、お医者さんから言われてるのよ。数日は大人しくさせとけって。どんだけ打ち所悪かったんだって話だが、まだまだ先は長いんだから、こんなところで不要な無理をする必要はない。

 

それに、現状スピアーと他の面子のレベルが二回りぐらい差がある。明確な柱があるのは悪いことではないが、だからと言ってそれにおんぶにだっこなのは問題だ。現に、先日の大会ではそれが裏目に出る結果になってしまった。

 

ということで、今回はスピアー以外のメンバーのレベルアップを図ることに主眼を置きたいと思う。特に、クチバジム制覇を目指す上ではサンドとヨーギラス、どちらかと言えばヨーギラスの成長は絶対に必要。コイル系統を見るなら、ロコンも実戦投入出来るようになればなおgoodだ。

 

 

 

「おーい!お前、確かこの間の大会の準優勝者だよな?俺とバトルしようぜ!」

 

 

 

そしてありがたくないことに、大会で準優勝したせいでクチバ周辺で名前と顔が売れた。売れてしまった。トキワシティからやって来た、トレーナー成り立ての11歳が初出場で準優勝…『話題にはなるだろーなー』なんて軽く考えてはいたが、予想をかなり越えて話題になってしまった。

 

その結果、ポケセンでも街中でも知らない人から声を掛けられることが何度かあり、果ては新聞記者から準優勝の件とは別に取材まで受けた。お陰で賞金で買い物しに行くのとか、クチバ支社に行くのとか、目立たないように縮こまりながら出掛けたりするハメに。色々と出歩き難くなってしまった。

 

 

 

「いいですよ、やりましょう!」

 

「…お、じゃあ俺も入れてくれ!審判やるよ!その代わりと言ってはなんだけど、終わったら俺ともバトルしてくれ!」

 

「じゃあ、私も!」

 

「ええ、構いませんよ。全員まとめて受けて立ちましょう!」

 

 

…まあ、6番道路は11番道路と並んでクチバシティのトレーナーたちがバトルの腕前を磨いたり、戦力強化を行う特訓場のような場所。ご覧の通り、顔が売れた分対戦相手には困らない。さながら蜜に群がる蝶、街灯に集まる蛾のごとく、向こうから獲物がやって来てくれるので、対戦相手や野生のポケモンを探して回るという無駄な労力を省くことが出来る。

 

俺の身体から『あまいかおり』でも出てんのかねぇ?名が売れるのも良し悪しだな。

 

 

 

…まあ、御託は置いといて始めよう。全員まとめて俺の、俺たちの明日への糧となってもらおうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

ーーーー

 

ーーー

 

ーー

 

 

 

 

 

 

 

「ラストだ!ロコン、でんこうせっか!」

「ロッ…コォン!」

 

「ポッ…!」

「ああ、ポッポ!」

 

「ポッポ戦闘不能!ロコンの勝ち!よって勝者マサヒデ!」

 

 

 

勝負を挑んでくるトレーナーたちを、片っ端から相手していく。クチバ支社で受け取った例の試作品…『きあいのはちがね』を持たせ、ただがむしゃらに敵を倒す。

 

ビードルとコクーンを出してきた虫取少年はヨーギラスで圧し潰し、マンキー使いの短パン小僧はラッタでボッコボコに、カラカラのキャンプボーイはサンドの防御にものを言わせて押し切った。マダツボミを使ったピクニックガールはドガースでヘドロまみれにしてやった。他にもニドランとかオニスズメとか、色々と相手にした。

 

そして今、鳥使いの少年のポッポをロコンで焼き鳥にしてやったところだ。使ったのがほのおのうずで火力不足だから、レアか炙り、もしくはスモークチキンかな。

 

…こう文字にしてみると、相手トレーナーに対してすごい鬼畜なことやってるように見えなくもないが、普通にバトルして勝っただけだからな?と言うか、これは書き方が悪い。

 

 

「くっ…強い。流石は準優勝者…」

 

 

ポッポをボールに戻しながら、鳥使いの少年は悔しそうに顔を歪める。準優勝とは言っても、一地方都市のローカル大会での、駆け出しのトレーナーたちの中での話。俺が目指す場所はもっともっと高い所。準優勝したぐらいで止まっているワケにはいかない。俺の心と身体の自由のためにも。

 

…もし歩くの止めたら、サカキさんに何やられるか分かったもんじゃないし。

 

 

「いえ、良い勝負でした。ありがとうございました」

 

「いや、こちらこそ。まだまだ鍛えないといけないな。じゃあ、これで」

 

「ええ」

 

 

一言二言言葉を交わし、鳥使いの少年は去っていった。

 

 

「…ふぅ、やっと一息つけるな。みんな、お疲れさん」

 

 

ここまでボスラッシュと言う程ではないが、ほとんど休みなしにバトルをこなしてきた。相手トレーナーが入れ食い状態だったこともあるが、流石にそろそろ一度休憩した方がいいだろう。何事にも適度な休息は必要だ。

 

それに、時間もちょうど昼食時に差し掛かろうかという頃合いだ。周りを見れば、バトルに興じるトレーナーたちの姿もだいぶ疎らになりつつある。クチバシティから近いし、ほとんどのトレーナーは昼御飯に帰ってしまったのだろう。

 

一方の俺はと言うと…

 

 

 

「よーし、昼御飯にするぞ。全員出てこーい」

 

 

 

クチバシティには戻らず、このまま6番道路で昼御飯だ。午後もレベルアップに費やすつもりなので、わざわざ市街まで戻るのが面倒臭いというのと、ここのところポケセンの食堂で食ってばかりだったから、久々に違うところで食べたくなった。事前に飲み物とおにぎり、サンドイッチは準備してある。もちろん、ポケモン用の食事もキッチリ準備済みだ。

 

モンスターボールから全てのポケモンを呼び出し、ちょうど良さそうな草地の上に腰を下ろす。少し雲はあるが十分快晴と言える青空の下、ポケモンたちと賑やかなランチタイム。ヨーギラスとグレン組を加えてからこんなことやるのは初めてで、もう結構経った気もするけど、新しく加わったポケモンたちとの親睦を深められたんではないかな?

 

 

 

…約1体を除いて。

 

で、その約1体こと問題児ヨーギラスは、俺たちが仲良くしてるのを気にも留めず、食事が終わると離れた茂みの方へ行ってしまった。仲間になってから1カ月も経っていないが、そろそろ他の面々とも馴染んでくれたらいいのにとは思う。

 

…まあ、無理強いすることでもないか。とりあえず誰かを監視に就けて、休憩終るまでは好きにさせておこう。

 

そう思って、ドクターストップが掛かっているとは言え監督ぐらいならと、体力が有り余っているスピアーに頼もうかとしたその時。

 

 

 

「ヨッギーッ!?」

「…っ!?ヨーギラスッ!?」

 

 

ヨーギラスが入って行ったばかりの茂みの中から、そのヨーギラスの悲鳴が響き渡った。

 

突然のことに休憩中だった他のポケモンたちをボールに戻し、何事かと慌てて声のした方へ走り出す。ガサガサと茂みを掻き分けて進むと、すぐにその事件現場は広がっていた。

 

 

 

 

 

「ヨ、ヨ~…」

 

「ナッゾ~」

 

 

 

力なく目を回して地面に倒れ伏すヨーギラスと、その周囲で上機嫌そうに体を揺らしてヨーギラスをおちょくるかのように覗き込んでいる青い球体のような生物。その頭からは、青々とした大きな葉っぱが何枚か生えている。

 

その生物の正体は『ナゾノクサ』。分類はざっそうポケモン。くさ・どくの複合タイプ。最終進化に『進化の石』と総称される特殊なアイテムが必要で、尚且つ最終進化先が2つあるポケモン。『リーフのいし』を使うか『たいようのいし』を使うかで進化先が分岐する。ゲームではタマムシシティのジムリーダー・エリカが最終進化系の『ラフレシア』を切り札としていた。

 

 

 

それはともかくとしてこの状況、俺はどうするべきだろうか?

 

状況証拠での推測になるが、恐らくヨーギラスはここに来た時、すでにナゾノクサが先客としてここにいたのだろう。そこにズカズカと足を踏み入れる問題児。コイツの性格を考えるに、案外自分からちょっかいを掛けたのかもしれない。で、反撃されて敢え無くこの様…と。あくまで推測に過ぎないが、ヨーギラスにくさタイプの技は4倍弱点だし、こんな感じだったんじゃないかな?タブンネ。

 

で、俺はヨーギラスを助けてやらないといけないんだが、そのためにはまずこの状況を作り出した主犯であろうナゾノクサをどうにかしなくてはならない。じゃあこのナゾノクサをどうする?と考えると、幾つかの選択肢が思い浮かぶ。

 

1つ、戦って追っ払う。1つ、驚かせて追っ払う。1つ、餌で釣って追っ払う。1つ、立ち去るのを待つ。

 

幾つか追い払う手段が考えられたが、俺が取った選択肢はと言うと、徐にベルトのポーチから空のモンスターボールを取り出して構え…

 

 

 

「そい!」

 

 

 

…問答無用で迷うことなくモンスターボール投擲。反応する暇もなくナゾノクサがボールに吸い込まれ、地面に落ちてカタカタと揺れる。

 

持ってないポケモンだし、今俺が求めて止まないみずタイプに対応出来るくさタイプだし、ヨーギラス倒せる程度には強いようだし、ポケモンを捕まえるのはトレーナーとして至極当然のこと。トレーナーの性、本能と言ってもいいかもしれない。何もおかしくはないね、仕方がないね。

 

左右に揺れ続けるモンスターボールをじっと見つめる。一般的に体力が多い、元気なままのポケモンというのは捕まえ辛いが、どうだ…?

 

 

 

 

『パァン!』

 

「ナッゾー!」

 

 

 

…ああ、やっぱりダメだったか。ナゾノクサがボールから飛び出す。で、完全に戦闘モードに入っている。まあ、残念だったが俺がやることは変わらない。手間が1つ増えただけだ。

 

 

「スピアー頼m…っと、いかんいかん。スピアーはダメだったな。なら…ドガース、君に決めた!」

 

「どがぁ~」

 

 

相変わらずやる気があるのか無いのか分からないニヤケ顔で、ドガースがボールから現れる。まあ、そんな些細なことは置いといて、ナゾノクサ捕獲作戦を発動する!ついでにヨーギラス救出作戦も。

 

 

「ナッゾー!」

 

 

すでに戦闘態勢に入っていたこともあって、先手を取られた。素早く作り出された緑色のエネルギー的なモノがドガースに迫る。回避は間に合わず命中。その後、当たったことで霧散したかに見えたエネルギーがナゾノクサへとまた集約していく。これは『すいとる』?それとも『メガドレイン』?どちらもくさタイプの特殊攻撃技で、相手に与えたダメージの半分だけ、自信の体力を回復する効果がある。

 

さて、相手のナゾノクサだが、攻撃技は記憶のとおりならタイプそのままのくさ・どく技がほとんどだったはず。それはつまり…

 

 

「ドガース、反撃だ。ナゾノクサに『ヘドロこうげき』!ヨーギラスには当てるなよ?」

「どがぁ~」

 

 

…御覧のとおり、どくタイプのドガースなら大したダメージを受けずに戦うことが出来るワケだ。流石ドガース、何ともないぜ!実はヨーギラスよりもとくぼうが低いのは内緒だ!

 

ナゾノクサはヘドロこうげきを避け切れず、ヒット。ちょっとヨーギラスにヘドロが掛かったような気がするが、まあ、効果今一つだし大丈夫でしょ、たぶん。どく状態?それは知らん。

 

 

「よーし、そのままヘドロこうげきで押せ押せ」

「どっが~」

 

 

景気良くバンバンヘドロの塊を撃ち出していくドガース。あっという間にナゾノクサがヘドロ塗れである。あ…ちょっとナゾノクサに泣きが入りかけている。可哀そう(他人事)

 

そんなことを思っていると、ナゾノクサが身体を震わせ始めた。ガチ泣き入ったか?と思った次の瞬間。

 

 

「ナ、ナゾーッ!」

 

 

ナゾノクサは何か粉のようなものを周囲へと振り撒いた。これは…あ、まずい。

 

 

「どが~…zzz」

 

 

粉をまともに浴びたか吸いこんだか、ドガースが宙に浮いたまま眠りに落ちる。これは『ねむりごな』か。その名のとおり、相手をねむりの状態異常にする技だ。完全に油断したなぁ。それでも、慌てて口を塞ぎ、息も止めたおかげでか、それともここまで粉が届かなかったか、トレーナーである俺が眠りに落ちる事態は回避出来た。

 

さて、眠りに落ちたとは言え、ドガースは最低限の仕事はしてくれた。あとは、トレーナーである俺の仕事だ。

 

眠りこけたドガースを尻目に逃げ出そうとしているナゾノクサ。その背中をよーく狙って…

 

 

「そぉい!」

 

 

すでに背を向けて逃走の態勢に入っていたナゾノクサにボールを避けることは出来ず、再びボールに吸い込まれる。そのままカタカタと揺れるボールと睨めっこすること数秒。

 

 

『カチン!』

 

 

無事、ナゾノクサはボールに収まってくれた。ナゾノクサ、ゲットだぜ。

 

…さて、ヨーギラスは大丈夫ですかいな…っと。

 

 

「ヨ~…」

 

 

…うん、まあそこまで大きなダメージはなさそうだ。とりあえず、今日はこのまま休ませておいて、夜帰った時にポケセンに預ければ良いかな?ナゾノクサも同じく。

 

さ、ちょっとした?ハプニングはあったけど、もうちょっと休憩してから特訓(レベル上げ)を再開しよう。まだまだ1日は長いぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「サンド、ころがる!」

「キュイッ!」

 

「コンッ…」

 

「コンパン戦闘不能!勝者、マサヒデ!」

 

 

 

 その後も午前と変わらない時間が過ぎてゆく。トレーナーを相手にバトルして、終わればまた次のトレーナーとバトル。時折休憩を挟みながらも対戦数を積み上げ、気付けば今日1日の対戦数も40回に届こうかというところまで来た。

 

今終わったバトルは2VS2の試合だったが、先頭のガーディは素早さで翻弄されつつもマグニチュードで打ち破り、2体目のコンパンはころがるで轢き潰してKOした。流石はサンドだ。

 

気付けば陽もだいぶ西へ傾き、空が茜色に染まりつつあった。周囲のトレーナーの姿も、徐々に少なくなってきている。

 

『今日はここいらで切り上げて、ポケセンに戻ってゆっくり休もう』

 

そう考え、サンドをボールに戻そうとした時、俺はサンドの様子がおかしいことに気付いた。

 

 

「キュ…」

 

「…ん?サンド?」

 

 

そして、気付いた次の瞬間には、サンドの身体全体をまばゆい光が包んでしまった。

 

 

「お、おい、お前のサンドどうしたんだ!?」

 

「い、いや、俺にも何が何やら…おい、サンド!大丈夫か!?」

 

 

サンドに声を掛けるが、当然と言うか反応は無し。対戦相手のトレーナー共々、この状況でどうしたらいいか分からず狼狽えていたが、その時間も長くは続かなかった。

 

 

『うおっ、まぶし』

 

 

サンドの身体を包んでいた光が徐々にはっきりとした形を成し始め、一気に弾ける。俺は反射的に目を瞑った。

 

そして、少しして目を開けるとそこには…

 

 

 

 

 

「キュイィィッ!」

 

 

 

元気そうなサンド…ではなく、その面影を残しつつも、背中にハリネズミの如きたくさんの棘を備えたポケモンがいた。

 

そのポケモンの名前は『サンドパン』。じめん単タイプのポケモンで、少し前にアローラ地方の新しい姿を手に入れた。そして、サンドの進化系だ。つまり、コイツは…

 

 

「…え、お前サンドか?」

「キュイ!」

 

 

俺の問い掛けにビシッと敬礼っぽい姿勢で応えてくれるサンドパン。この反応は間違いない、サンドだ。この時になってようやく、俺はサンドが進化したことを理解したのだった。なるほど、ポケモンが進化するときってこんな感じなのか。スピアーが進化した時は俺が寝てる間のことだったから、どんな感じなのか分からなかったんだよな。

 

思えばゲームだと確かサンドが進化するレベルは22。既にそのラインは越えていたし、いつ進化してもおかしくはない状況ではあった。ただ、越えているのに今まで進化しなかったということは、レベル以外に何か進化を誘発するトリガーがあるということ。それが何なのかがよく分からない。

 

まあ、今はそんなことは抜きにして無事進化出来たことを喜ぼう。

 

お相手のトレーナーからも祝福を受けたところで今日の特訓(レベル上げ)を切り上げ、俺は逗留先であるポケモンセンターへの帰路に就いたのだった。

 

 

 

で、実はその後にもちょっとしたトラブルがあったりした。到着後にポケモンたち全員を預けたのだが、今回捕まえたナゾノクサを加えて7体預けたことで、お金を取られるハメになってしまったのだ。ポケモンセンターは1人6体までは回復無料だが、7体目以降は1体につき手間賃が掛かるということになっているのを初めて知った。

 

公式戦で1試合で使用可能なポケモンは最大で6体だから、ほとんどの人が6体までしかポケモンを持たないというのは聞いたことがあるが、まさかポケセンまでそこに従っていたとは…

 

仕方がないので追加の手間賃を払い全員回復してもらったが、オーキド博士のところに送るポケモンを考えないといけないな。

 

 

 

なお、預かった試作品『きあいのハチガネ』の効果のほどについてだが…よく分からなかった。試行回数が足りないだけなのかもしれないが、ホントに効果あんのか、コレ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、翌日、翌々日、さらにその翌日と特訓(レベル上げ)と試作品の効果検証は続いた。一応事前に言われていた戦闘回数100戦を優に超える回数こなしたと思うが、それでもやはり効果のほどは不明。これは効果に疑問ありだな。今後も検証はするけど、このままだったらヤマブキシティに着いたらそう報告することになりそうだ。

 

そして、この数日で態勢が整ったと判断した俺は、満を持して2個目のジムバッジ・オレンジバッジを手に入れるためにクチバジムへと挑むことを決定した。

 

 

 




クチバジム戦前の特訓回&サンドパン進化回&ナゾノクサゲット回でした。待望のみずタイプへの対抗手段が加入したぜひゃっほーい。なお、こおり技とエスパー技()

サンドの進化については当初、大会の決勝戦回で進化させようかとも考えていました。敗北濃厚の中、主人公の思いに応えたサンドがまさかの進化。一気に形成をひっくり返して華々しい逆転勝利!…みたいなドラマチックなことを考えていたんですが、脳内会議の末『普通に身の程を解らせとけ』ということに決まり、今回に持ち越しに…

次回はクチバジム戦…の予定なんですけど、どうしたもんですかね。前回の後書きにも書いたけど、相手はでんきタイプでこっちはサンドパンにヨーギラス、ナゾノクサ…と、正直バッジ2個目でのジム戦でこの面子なら余裕で突破出来そうなんですが…w

~手持ち紹介~
《ロコン》

・レベル:25
・性別:♀
・特性:もらいび
・ワザ:ひのこ
    だましうち
    あやしいひかり
    ほのおのうず

おっとりとした性格。
LV20の時、グレンタウンで出会った。
昼寝をよくする。


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第26話:マチス少佐の新兵教育(1)

 

 

 

「お-す!クチバジムへようこそ、未来のチャンピオン!」

 

 

扉を潜って屋内に入るなり、ゲームでもお決まりのセリフと共に迎えられる。俺が今いるこの施設は、クチバシティの南西部、海に面した立地に立てられたクチバジム。2個目のジムバッジを手に入れるため、避けては通れない場所だ。

 

ジムリーダーは元軍人だという外国人・マチス。ゲームではイナズマアメリカンとか称していたような記憶があるが、この世界ではそんなことはなく、あちらで実在していた国家はどうも存在しないようだ。じゃあどこ出身なんだよっていうね。イッシュ地方じゃないか?なんて話は耳にしたことがあるが…

 

マチスが使用するポケモンはでんきタイプ。レベルの高いライチュウを使っていた印象が強いが、それ以上にクチバジムと言えば思い起こされるのが、ジムへの入り口を塞ぐ『いあいぎり』が必要な木と…そう、あのゴミ箱地獄だ。

 

 

「クチバジムリーダーのマチスは元軍人。非常にパワフルな戦い方をするでんきタイプのエキスパートだ。一方で、戦場に長く身を置いていたからか非常に用心深い性格でな…ほら、見てみろ」

 

 

ジムの案内人の男に促されるままに奥を見やれば、そこにはゲームとおりにバリバリと音を立てて行く手を阻む強烈な電流…ではなく、重厚そうな扉が鎮座していた。そして、その扉の前の大広間に広がるのは…一面にびっしりと設置されたゴミ箱の大群。こちらはゲームどおり…と言うか、ゲームよりも多くないか?がっでむ。

 

 

「あの奥にある鉄の扉が見えるか?マチスはあの扉の奥でチャレンジャーを待ち受けている。マチスの元に辿り着くには、あの扉の電子ロックを解除しなくてはならない。そして、その電子ロックを解除するための鍵は…もう分かるだろ?そう、この一面に幾つもあるゴミ箱の底に隠されているのさ!」

 

 

初代及びそのリメイク版プレイヤーたちからの悪名高いクチバジムのギミック。ゴミ箱の底に隠されたスイッチを押し、第1ロックを解除。その後、隣接するゴミ箱のどれかに第2ロックを解除するスイッチが出現し、正解のゴミ箱を選ぶことで無事マチスまで辿り着く道が開けるのだが…このギミックの厄介なところは、第1ロックを解除しても、第2ロックでハズレのゴミ箱を選んでしまうとまた第1ロックの解除からやり直さなくてはならないという点。そして、スイッチが出現するゴミ箱は探索済みの物も含めてランダムに選ばれるという点にある。

 

つまり、失敗したらまた全てのゴミ箱を、当たりを引くまで片っ端から漁り直さないといけないワケだ。場合によっては心が折れる。

 

 

「マチスは軍人上がりなだけあって、ポケモンの実力や知識はモチロンだが、それ以上にトレーナー自身に対して強靭な体力と精神力を求めているのさ。まあ、詳しい話は時間が来たら係の者が説明してくれる。とりあえず、受付だけして時間が来るまではそこにある広間で待っていてくれ」

 

 

今はまだ原作よりも昔だから、実はまだまともなジムだった…なんてことをほんのり期待していたんだが、世の中そう甘くはないらしい。事前の情報収集にて、あまりの過酷さから『クチバブートキャンプ』なるどこかで聞いたような異名で呼ばれているのは把握しているが…

 

この先に待つ未来に果てしない不安を覚えながら、案内された部屋でその時を待つ。

 

部屋の中には同じようにジムに挑みに来たトレーナーがひぃふぅみぃ…俺も合わせて20人~30人ぐらいか。何人かはこの間の大会に参加したり、観戦したりしていたようで、俺に気付いて声を掛けてくれた。話をしながら待つこと30分あまり、ジムトレーナーと見られる筋骨粒々の屈強な男性が入ってきて、説明が始まる。

 

 

 

「皆さん、お待たせしました。ただ今からクチバジムリーダー・マチスへの挑戦権を賭けた、チャレンジャー選抜を開始します。皆さんにやっていただくことの最終的な目標は単純明快、ジムリーダーであるマチスの下へ辿り着いていただきます。入場の際に目にされたと思いますが、ジムリーダーの部屋は電子ロック式の扉で施錠されており、この電子ロックを解除しなくては辿り着けません。ロックを解除するためのスイッチは、大広間に無数に設置されたゴミ箱の底に設置されています。皆さんにはゴミ箱の中身を掻き出しながら、正解のスイッチを探し出していただきます。全てのゴミ箱の底にスイッチがありますが、ロックの解除に繋がる正解のスイッチはごく一部。そして、どのスイッチが解除する鍵になっているかは完全にランダム。我々にも分からないようになっています」

 

 

話を聞いていくが、やはりマチスに挑むためにはゲームと同じことをする必要があるようだ。覚悟はしていたが、あの数のゴミ箱をせっせと漁りまくらないといけないのか…う~ん、早くも心が折れそう。

 

説明はさらに続く。

 

 

「扉のロックは二重ロックとなっており、1つ目の正解のスイッチを押した後、一定時間内に2つ目の正解のスイッチを押すことで見事解除となります。正解のスイッチを押すことが出来た方は、その後正解だったスイッチの前後左右に隣接するゴミ箱のうち、どれか1つが第2ロックを解除するスイッチへと変化しますので、1分以内に押していただき、正解のスイッチを押すことが出来ればロックが解除され、ジムリーダーに挑戦する権利が与えられます。不正解のスイッチを押してしまうと解除失敗となり、第1ロックの解除が無効化されます。この場合、第1ロックの解除からやり直しとなりますのでご了承下さい」

 

 

ここもゲームと大枠では変化なし。あるのは時間制限が出来たぐらいか。

 

 

「どなたか1人がロック解除に成功するか、開始から30分が経過する毎に正解のスイッチが変更され、全てのスイッチの中からまたランダムにいくつかのスイッチが正解のスイッチへと変化します。このスイッチはそれまでに皆さんが調べられたゴミ箱のスイッチも対象となります。また、第2ロックの解除に失敗された場合も同様に正解のスイッチはランダムに変更となります」

 

 

うへぇ、ここにもある種の時間制限があんのかよ…これは体力勝負になりそうだ。

 

 

「そして、30分が経過する毎に皆さんにはジムトレーナーとバトルをしていただきます。このバトルに負けた場合、その時点で失格となります。なお、バトル中の時間も30分の中に含まれますのでご注意下さい。ジムトレーナーとの勝負での勝利数が10に到達した挑戦者には、救済措置としてその時点でジムリーダーへの挑戦権を認めます。アイテム使用につきましては、挑戦中を通しまして、キズぐすり系統・状態異常回復系統合わせて5つまで使用を認めます。持ち物は使用可で、制限の中には含みません」

 

 

…oh、ジムトレーナーはこういう感じで絡んでくるのか…トレーナーがゴミ箱漁りで体力と精神を消耗したところでバトルを強要し、合わせてポケモンも消耗させるワケだ。それでも負けたら失格だから、全力でいくしかない、と。さらに、バトルの時間も探索時間に含まれるということは、バトルが長引けば長引いた分だけ探索時間を削られる。非常にシビアな条件下での挑戦になりそう。

 

これは体力勝負だ。素早くクリアするためには1つでも多くのゴミ箱を漁って正解を見つけ出す他無く、早く終わらせるために体力を消耗する。ダメだったらバトル。それが終わればまたゴミ箱漁り…うん、これ結構鬼畜な内容だわ。或いは最初から10回勝利狙いで構える…

 

 

「ただし、挑戦姿勢に問題ありと判断された場合、挑戦権を認めないことがございますので御了承下さい。何か質問がありますか?………ありませんね。それでは、早速ですが始めさせていただきます。皆さんは所定の位置まで移動をお願いします」

 

 

…というのは無理そうだな。全部真面目にやれってことか。

 

説明が終わり、説明していたジムトレーナーに着いて部屋を出て、例のゴミだらけの大広間へ。他のトレーナーたちと一緒にスタート地点に立つ。大広間を見渡せば…え、ちょっと待って、何コレ!?ゴミ箱いくらなんでも多すぎやしませんかね!?少なくとも100…いや、200個は余裕でありそうな感じなんですが!?

 

 

「スタート!!」

 

 

開始の合図と共に、トレーナーたちが思い思いの方向へと駆け出していく。手近なゴミ箱から漁り始める奴、奥のゴミ箱へと向かう奴、四隅のゴミ箱を狙う奴。三者三様だ。

 

ゴミ箱の数に驚いて少し出遅れてしまったが、俺も遅れてはならぬとゴミ箱に向かう。本当は四隅から攻めたかったけど、流石に11歳の子供でなおかつ出遅れ…スタートダッシュで勝てなかったので、やむなく真ん中辺りの適当なゴミ箱に手を付ける。中にはそれなりの重さを感じる何かが詰められた小さな土嚢のような袋がびっしりと入っていた。中身を何とかしないとスイッチが押せないようになっているようだ。

 

引っくり返せるかと思ったけど、どうやらゴミ箱自体が床に固定されているらしく、諦めて中身を頑張って掻き出していく。

 

やがて、底の方にスイッチが見えてくる。さあ、一発クリアなるかな?ポチッとな。

 

 

『ブブー!ハズレです!』

 

 

ご丁寧にスイッチの横に備え付けられていたスピーカーから、不正解を告げる音声が流れる。まあ、そんな上手いことはいかないよな。ジムトレーナーが掻き出した中身をせっせとゴミ箱に戻す姿を尻目に次へ向かう。

 

 

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!…』

『………』

 

 

 

 

…がああああああッ!!!!くそっ、ゴミ箱多すぎんだろおおおッ!!!!かれこれ20個ぐらい漁ったけど、かすりもしないんですけどぉ!?

 

と言うか、ゴミ箱どんだけあるんだよ!?20個でもほんの一部でしかないとか、どうなってんだよ…それにこの中身の袋も意外と重いし…

 

 

『ピンポーン!第1ロックが解除されました』

 

 

そんなことをしていると、誰かが正解のスイッチを押すことに成功したのだろう。壁に設置されたスピーカーから放送が流れる。

 

すると、該当のトレーナー以外のトレーナーはゴミ箱漁りを中断させられ、セカンドチャレンジを見守ることになる。

 

正解を掴んだトレーナーが選んだのは、俺から見て左隣のゴミ箱。急いで中身を掻き出し、ポチッとな。さあ、判定は…?

 

 

 

 

『ブブー!不正解です。第1ロックの解除が無効化されました。解除プログラムをリセットします』

 

 

落胆する正解者を尻目に、残りのトレーナーはまた一心不乱にゴミ箱漁りを再開する。そして、これで今までの頑張りも全てリセットされたわけだ。

 

うん、この数の中から当たりを見つけるのって無謀なように思えてきた。

 

 

 

…まあ、うだうだとくだを巻いていても何にもならない。頑張りますかね、はぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

~30分後~

 

『開始30分が経過しました。挑戦者の皆様は行動を中断してください』

「ふぃ~…」

 

 

 無心になってゴミ箱を漁り、不正解の音源を聞き続け、気付けばもう30分。アナウンスに従って手を止める。一息ついて額を拭うと、汗で袖が濡れた。たった30分とは言え、かなり体力を使うな…やっぱりこれは体力勝負になりそうだ。ただ、宝探ししてるみたいで童心に帰れて意外と面白かった。

 

その後、監督役のジムトレーナーから名前を呼ばれたら指定された部屋に入るように指示があり、指示に従って8番の番号が割り振ってある扉を開く。

 

扉の向こうはバトルフィールドとなっていて、すでに相手と審判役となるジムトレーナーがスタンバイしていた。

 

 

「それでは、ジムトレーナー戦を行います。使用するポケモンはジムトレーナー側は1体、挑戦者は2体まで使用可能です。挑戦者は前へ」

「子供と言えど、手加減はしないぜ!」

 

 

なるほど、多少は挑戦者の方に有利なようになっているのか。アイテム使用制限があるし、全体で見ればバランス取れてる…のか?まあ、多少の有利不利があろうとこんなところで負けるつもりはないが。

 

でも2vs1か…そういうことなら、まずはコイツに任せてみるか。

 

所定の位置に着き、ボールを構える。

 

 

「試合開始!」

「でんきポケモンの恐ろしさ、思い知らせてやるぜ!いけ、ビリリダマ!」

「ロコン行くぞ!」

 

 

相手のポケモンは『ビリリダマ』。でんき単タイプでモンスターボールそっくりなのが特徴。登場作品ではどこかしらでアイテムに擬態してプレイヤーに襲いかかり、まひの状態異常をばらまいたり、『じばく・だいばくはつ』で特攻してくる爆弾ボールだ。

 

こちらは『コイル』を警戒してロコンを選択。はがねタイプを併せ持つから、今の手持ちだと対処し辛いと思って選んだんだが、残念ながら外れてしまった。

 

まあ、外れたとはいえほのおタイプとでんきタイプ。相性的に有利不利はない、十分にやれる。ビリリダマのスピードと爆発だけには要注意だな。

 

さ、気合い入れ直して行こう。

 

 

 

 

 

 

その後、バトルの方はレベル差もあったか、『あやしいひかり』で行動を制限している内に押し切って難無く勝利を収め、俺は再び意気揚々と宝探し(ゴミあさり)へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…そして、俺は地獄を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

~1時間後~

 

 

『ブブー!ハズレです!』

 

『30分が経過しました。挑戦者の皆様は行動を中断してください』

「フー…見つからなかったかぁ…」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

~2時間後~

 

 

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!ハズレです!』

『30分が経過しました。挑戦者の皆様は行動を中断してください』

 

「ハァ…ハァ…ハァ…くっそ……もう30分か…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

~3時間後~

 

 

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!ハズレです!』

『ブブー!ハズレです!』

 

『30分が経過しました。挑戦者の皆様は行動を中断してください』

「…………」

 

 

…おい、全然当たりのゴミ箱引かないんだが?どうなってんだよこれ。他の人もポツポツ当たりは引くものの、第2ロックの4択にほとんど成功しねぇ。ここまで第2ロック解除に成功したのはわずか3人。20数人中の3人だ。ゲームでもここまでひどくはなかったぞ。これはもう悪意ある操作がなされていると言われても俺は驚かない。

 

最初20人ちょっといた挑戦者も、バトルに負けたり、体力が尽きてギブアップしたりで、気付けば俺を入れて6人ほどを残すのみ。この範囲、この数のゴミ箱をたった7人で探すのは、最早無謀と言うほかない。

 

バトルの方は『いいキズぐすり』を2個使った程度で、問題なくここまで勝ち抜けている。準優勝賞金様々だ。

 

が、御覧のとおりこの宝探しがキツイ。とにかくキツイ。もう明らかに漁るペースがガタ落ちしている。腕が上がらない。足腰も震えが来ている。大の大人が次々脱落していく中、11歳なのにここまでよく頑張ってると自画自賛したくなるぐらいだ。サカキさんに鍛えられてるおかげで持ってると言ってもいいかもしれない。少し癪だが、今回ばかりはサカキさんに感謝してもいい。

 

事ここに至り、マチスがトレーナーに強靭な体力と精神力を求めるっていうことの意味を俺はようやく理解した。これ、絶対に軍隊方式取り入れてるだろ。ブートキャンプって確か新兵教育施設とかプログラムのことだったよな?新兵ならぬ新トレーナー教育訓練、故にクチバブートキャンプ…某軍曹とか某エクササイズが思い起こされるが、強烈な罵倒と暴力と銃弾が飛んでこないだけマシなんだけど、なんだかなぁ…っていうか、ふと思い出したあのエクササイズは何年前の話だっけ?あの頃は俺も子供だった。

 

 

 

 重い体を引きずるように、本日7戦目となるジムトレーナー戦に挑む。トレーナーは御覧の有り様でも、ポケモンたちは全然問題なく本調子なのは救いか。まあ、トレーナー1人が休みなしで動き続けて疲れ果ててるだけだしな。

 

相手が使うポケモンはでんきタイプなのは分かってるんだから、ここから先は全部サンドパンで…いや、サンドパンはリーダー戦に温存しとかないと。ここはロコンで…いや、やはりラッタに…もういっそのことスピアーに全部任せるか…いや、それじゃあダメだ。

 

 

「疲れてきただろ?でも、容赦はしない!いけ、ピカチュウ!」

 

 

…ああ、くそ、疲労で頭やられたかな。どうでもいいことばかり浮かんでだけ来て考えがまとまらない。今はバトルに集中しないと。

 

 

 

 

 

 

そして、俺は無事7戦目を勝ち抜いた。スピアーに突撃を指示したら、あとはもう『どくづき』連打で滅多打ちだった。あれ、もう俺いらないんじゃないかな?そしてピカチュウカワイソス。

 

とうとう精神も参ってしまったか…そんなことを思いながらも、再び過酷な30分間が始まる。

 

再開前にさらに2人脱落し、残りは6人。もう他人を気にする余裕はなく、ただ黙々と一心不乱に当たりのスイッチを探してゴミ箱の中身を掻き出していく。

 

人数減少で当たりを引ける確率は上がっている…と思うが、それでも当たりは中々出ない。

 

 

『ピンポーン!第1ロックが解除されました』

 

 

そうしているうちに、他の挑戦者が当たりを掴んだようだ。

 

 

『ピンポーン!第2ロックが解除されました』

 

 

…おお、あの人やりやがった。ロックが外れ、徐々に開いてゆくジムリーダーが待つ部屋へと続く扉。歓喜の声を抑えようともせずにその向こうへと消えてゆく幸運野郎の背中に、羨ましいとか妬ましいとか、色々な感情が心を掻き立てる。

 

…この数時間で、心が荒みきってるのが自分でもよく分かる。

 

 

 

 

 結局、他にこの30分でクリアするトレーナーは現れず、ジムトレーナー戦8戦目に臨むことになった。バトルは例によってスピアーの独壇場。真っすぐ行ってブッ飛ばす。ルールが3vs2に変わり、警戒していたコイルも出て来たが、レベル的にスピアーの前には関係無かったようだ。

 

あと1時間、あと2戦、か…残るは5人、ゴミ箱は無限大…ハァ……頑張るか…うん。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで長かったこの地獄も終わりが見え始めた頃。

 

 

 

『ピンポーン!第1ロックが解除されました』

「しゃっ!」

 

 

ようやく俺にも、幸運のお鉢が回ってきた。思わずガッツポーズを決めてしまったが、俺は何も悪くない。ちょっと前に妬み嫉みの負の感情全開だったような気がするが、そんなことはもう忘れた。それはきっと一時の気の迷いさ。

 

もっとも、続けて第2ロックも解除して初めてクリアとなる。対象のゴミ箱は4つ、当たりは1つ、制限時間は1分。さあどうする?右か?左か?それとも前?はたまた後ろ?迷っている間にもタイムリミットは迫る。

 

こういう時は、そう。俺の心はいつだって西向き(超謎理論)だ!ついに頭がイカレたかだって?こんなこと続けてりゃ頭おかしくもなるわッ!(暴論)

 

…というわけで、俺から左のゴミ箱を選択する。全速全壊で中身を取り除き、底にあるスイッチをぽちっとな。さあ、結果は如何に!?って言うか、当たり持ってこい!早く!急いで!『しんそく』でも使って!さあ、ハリーハリーハリー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブブー!不正解です。第1ロックの解除が無効化されました。解除プログラムをリセットします』

「ぬおおおおおおおおおおおおおっ‼‼‼ガァッデェェェェェェム‼‼‼」

 

 

 

魂の奥から溢れ出した慟哭がクチバジムに響き渡り、俺は頭を抱えたまま床へと崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺は抜け殻のようになりながらも何とか残り1時間を戦い抜き、ジムトレーナーとのバトル2試合で勝利を収め、規定によりジムリーダー・マチスへの挑戦権を獲得した。何かこの1時間ほど記憶が無いのだが、挑戦権を得ることが出来たので良しとしたい。

 

対戦の順番は、バッジ数の関係で俺が最初。与えられた休憩時間は…30分。鬼かアンタら。まあ、それでも貴重な休憩時間だからしっかり休ませてもらうけどさ。つか、休まにゃやっとられん。

 

 

 

なお、最終的に10勝到達による挑戦権獲得者は俺も合わせて3人だった。そして、彼らの俺を見る目は優しかった気がした。

 

 

 




クチバジム戦前編、ギミック攻略まででした。なお、攻略できなかった模様。クチバジムのギミックを無い知恵絞って現実に有りそうな感じにしたら、マチスの退役軍人設定も相まって何かすっごい体育会形のノリのジムになった。ハー〇マン軍曹とか、〇リーズブートキャンプとかが頭を過ったけど、そこまでは酷くならなくて良かった()

そんな次回はクチバジム戦後編。ギミック攻略で性根尽き果て、疲労困憊の中で挑むジムリーダー・マチス戦。でんきタイプへの対策は万全だが、そんな体力で大丈夫か?大丈夫じゃない、問題だ。主人公は無事2つ目のバッジを手に入れることが出来るのか?次回へと続く。


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第27話:マチス少佐の新兵教育(2)

 

 

 

 

 

 

「ハッハー!ヘイチャレンジャー!ウェルカムトゥクチバジム!マイネームイズマチス!ここ、クチバジムのジムリーダーネ!」

 

 

息も絶え絶えになりながら、何とかクチバブートキャンプを耐え抜いた俺。30分間の休憩を挟み、案内されたバトルフィールドで待ち構えていたのは、如何にも陽気な外国人というイメージそのままなテンションで話しかけてくる、迷彩服に身を包んだガタイのいい外人。

 

 

「待っていたよマサヒデボーイ!ミーもあのバトルは見させてもらったが、TCPカップファイナリストはフロック(まぐれ)ではないようだネ。多くのチャレンジャーがリタイアするミーのファーストミッションを、まさかファーストプレイでクリアしてくるとは思わなかったヨ」

 

 

彼こそが元軍人にしてでんきタイプのエキスパートである、クチバジムリーダーのマチス。そして、俺にこの地獄を味わわせてくれた張本人。大会でゲスト解説してたこともあり、俺のことは覚えているようだ。

 

開口一番の豪快な笑い声が、疲弊しきった体に響く。身長も高く、目の前に立つと俺がかなり見上げる格好になってしまう。肩幅が広い分余計にそう見えるのかもしれないが、正直首がツラい。

 

流石に5時間超にも及ぶ激闘の後とあっては、たかだか30分程度の休憩で疲れが抜けるはずもなく、心身共に戦う前からすでにズタボロな状態だ。…トレーナーである俺だけ。なんでや。

 

 

「ほとんどのニューフェイスはファーストアタックでギブアップ。ここまで来るのは1度リタイアしたチャレンジャーばかり。ホント、ユーはただのキッズではないようデース」

 

 

…ああ、うん、分かるわ、それ。よほど運が良くないと、まず体力切れで後が続かんわな。俺も最後の1時間どうやってたか記憶にないし。バトルの方はスピアーさんが2戦続けて相手を始末してくれたことだけは覚えてる。というか、余程の幸運に恵まれない限り、絶対に子供は救済条件満たす前にリタイア必須だろ。

 

 

「スピアーもベリーストロング。他のパートナーズもよくトレーニングされてマース。あとはボーイ!ユーのフィジカル&メンタルをチェックさせてもらいマース!この後のセカンドミッション、ユーがどんなバトルを見せてくれるか楽しみデース!レッツ、バトルスタンバイ!」

 

 

そう言って、マチスさんは背中を向けてフィールドの奥へと歩いていく。流石にあのミッションはもう二度と受けたくない。絶対に一発でバッジを仕留める。

 

そんな決意を胸に秘め、俺は審判役のジムトレーナーからジム戦のルール説明を受ける。

 

 

「ではバトルを始める前にルールの説明を行います。今回のジム戦ですが、使用するポケモンはジムリーダー・チャレンジャーともに3体。持ち物はあり、試合中のアイテム使用は禁止、ポケモンの交換はチャレンジャーのみ認められます。では、戦闘準備をお願いします」

 

 

…さて、3vs3とのことだが、俺は選出するポケモンをどうするべきか。タイプ相性を考えればサンドパンは考えるまでもなく確定。ヨーギラスも同様にほぼ確定。残る1体をどうするか…ということになる。

 

残りの今の手持ちがスピアー・ロコン・ラッタ・ナゾノクサの4体。エースのスピアーか、コイル系統を重く見てロコンか、スピードのあるラッタか、でんきへの耐性を持ち状態異常をばらまけるナゾノクサか…まあ、スピアーが安定だな。

 

勝ちたいなら一番強いヤツ出しとけば間違いないでしょ。思考停止でスピアーに決定でいいんじゃないかな。それに、グレンジムで『次のジム戦は使ってやるから』って言っちゃったし。約束は守りましょう。

 

重い身体を引き摺るような足取りで、フィールドに立つ。膝に手を付いて上半身を支えつつ眼前に意識を向ければ、そこには自信満々に構えるマチスさんの姿。

 

 

 

「ヘイ、ボーイ!もう準備はオーケー?」

 

「…ええ、いつでもどーぞ」

 

「オーケー!ジャッジ!」

 

「はっ!では、ただいまよりクチバジムリーダー・マチスと、チャレンジャー・トキワシティのマサヒデによるジムバトルを行います!使用するポケモンはジムリーダー・チャレンジャーともに3体です!」

 

「ミーはエレクトリックポケモンで戦争を生き抜いて来たネ!ポケモンバトル、そんなに甘くナーイ!ハンパなパワーでは、ミーの自慢のエレクトリックポケモンには勝てないヨ!そんな状態でどこまでアタック出来るか、ユーのファイティングスピリッツ、見せてもらいまショー!ユーのポケモンビリビリ痺れさせてあげマース!アーユーレディ!?」

 

 

…ああ、こんな挑戦二度とやるものか。必ずこのバトルを勝って、この地獄から脱け出してやる…行くぞォッ!

 

 

 

「…アイムレディ!」

 

「バトル開始ッ!」

 

 

 

 

 

「…ヨーギラス、いけ…!」

「レッツゴー!ビリリダマ!」

 

 

審判の合図とほぼ同時に、お互いのポケモンがフィールドに降り立った。

 

俺のポケモンはヨーギラス。じめんタイプを持つためでんき技は無効だ。対するマチスさんのポケモンはビリリダマ。いわタイプのヨーギラスには有効な技は確か…ジャイロボールぐらいしか無かったはず。

 

 

「ヨーギラス、いわなだれ!」

「ギィッ!」

 

 

であるならば、ここは押して押して押しまくるのみ!小細工など無用だ!

 

 

「じめんタイプなのは知ってるヨ!ビリリダマ、『スピードスター』ネ!」

「ビリリィッ!」

 

 

ヨーギラスがモーションに入るよりも早く、ビリリダマの周囲に無数の星が浮かび上がり、ヨーギラスへと襲いかかる。

 

そして『スピードスター』は必中の特殊攻撃技。『すなかけ』や『かげぶんしん』といった命中率・回避率を変化させる技の影響を無視することが出来る。

 

だが、そのタイプはノーマル。いわタイプのヨーギラスには、余程のレベル差でも無い限り致命打とはなり得ない。

 

 

「無視していわなだれだ!」

「ヨーギィ!」

 

 

必中技を無理に避けるのは時間と体力の無駄。しかも効果はいまひとつ。ならば被弾する前提で攻めるが上策。

 

スピードスターが次々とヨーギラスに当たり、クラッカーのように弾けて消える。しかし、ヨーギラスは意に介することなくいわなだれを放つ。

 

 

「ビリリダマ!ユーのスピード、見せつけてやるデース!」

「ビリィ!」

 

 

そこそこ広い範囲を襲ういわなだれだが、ビリリダマは素早い動きでその射程範囲から逃れる。

 

しかし、ジムリーダーのポケモンということもあってか速いな。流石はビリリダマ。マルマインへと繋がるその驚異的なスピードは、実際に対峙すると実に厄介。このままじゃ、捉えるだけでも骨が折れそうだ。

 

 

 

…だ か ら !

 

 

「ヨーギラス、『こわいかお』!」

「…!ギィッ…!」

 

「ビッ!?」

「オー、シット!」

 

 

そのスピード、奪わせてもらおうか!ヨーギラスに睨まれたビリリダマのスピードが目に見えてガクッと落ちる。

 

『こわいかお』はすばやさのステータスを大きく下げる技。如何にスピードに定評のあるビリリダマと言えど、これならヨーギラスでも容易に捉えられる。いわなだれを覚えさせた時に『いやなおと』とどちらを残すか迷ったけど、良い方に転んでくれそうで良かった良かった。

 

 

 

…実はヨーギラスが勝手にいやなおとの方を忘れやがっただけなのは、この際水に流すとしよう。なお、こわいかおをしてる時のヨーギラスは、完全にガラの悪い兄ちゃんがガン飛ばしてる時のそれである。

 

 

 

「今度こそ決めてやれ!いわなだれ!」

「ヨーギィ!」

 

「なら、パワーでノックアウトするまでヨ!ビリリダマ、いわなだれに向かって10まんボルト!」

「ビリリィ!」

 

 

素早さを失ったビリリダマで、マチスさんは足を止めての殴り合いを選択したようだ。いわなだれを電撃の奔流が迎え撃ち、雪崩落ちる岩石が次々と砕かれていく。

 

ヨーギラスには効果無しだが、技の迎撃には有効なのか…また1つ、勉強になった。

 

 

「続けて『リフレクター』ネ!」

「ビリ!」

 

 

おー、中々にキレイな光の盾だなぁ…って、リフレクターだと!?

 

 

「チッ…させるな!ヨーギラス、かみつくッ!」

「ギィッ!」

 

 

指示に従い、身体を震わせて盾にも見えるような光の膜を作り出しているビリリダマに向かって、ヨーギラスが突っ込む。

 

『リフレクター』は、一定時間物理攻撃で受けるダメージを半減させる技。そして、今回俺が選出したヨーギラス・サンドパン・スピアーという面子は揃いも揃って物理攻撃がメイン…と言うか、実際問題物理一本なのでこれをやられると非常にマズい。何としても阻止したい。

 

が、その願いも一歩届かず、ヨーギラスがビリリダマを捉えるよりも先に、ビリリダマがリフレクターを完成させる。

 

そして、二歩三歩遅れてヨーギラスがかみつくを叩き込もうとした瞬間、マチスさんは次の手に打って出た。

 

 

「ビリリダマ、ミッションコンプリートネ!じばく!」

「ビリリィ…ッ!」

 

 

…じばく!?ここでか!?

 

 

「くッ…ヨーギラス!下がれッ!」

「ヨッ!?」

 

 

慌ててヨーギラスを後退させようとするも、突っ込み過ぎている。これは…もう下がれない。直接叩きに行った方が早いと思って出した指示が裏目に出たか…くそ。

 

 

「ボンバアァァァァッ‼」

『ドガァァァン‼‼』

 

 

直後、ビリリダマが眩い光と轟音を放って爆発を起こし、身体を持って行かれそうになるほどの爆風と衝撃が、砂埃を巻き上げてフィールドを駆け抜ける。

 

 

「ぐっ…ヨーギラス!」

「ヨ…ギィッ…!」

 

 

ただ、至近距離でくらったとは言ってもじばくもまたノーマルタイプの技。無視出来ないダメージではあるが、ヨーギラスを倒しきるまでには至らない。

 

 

「ビリリダマ戦闘不能!」

 

 

直後、審判からビリリダマ戦闘不能のジャッジが下る。とりあえず先行する形にはなったが、リフレクターを張って自主退場…やられたな。後続が有利に動ける状況を作り、場が整えばさっさと自主退場。あっちでもよくあった戦術・状況だが、前述のとおり俺としては非常によろしくない状況でもある。さて、ビリリダマの後を受けて何が来るか…

 

 

 

「フフフ…ヘイボーイ!ユーにコイツが倒せるかナ?レッツゴー!ライチュウ!」

「ラァイ!」

 

 

マチスさんの2体目は、ポケモンを代表する看板キャラクター・ピカチュウの進化系、ライチュウ。ゲームではマチスさんのエースポケモンだったが…2体目だけど、こっちでもエース…なのか?

 

まあ、エースかどうかはともかく、この状況でライチュウの相手はキツい。ポケモンは進化前と進化後では種族値が違う。故に、ポケモンのステータスはレベルが同じでも基本的に進化後の方が高くなる。でんき技こそ効果無しだが、相手はジムリーダー。じめんタイプへの対策が無いなんてことは考えづらい。何らかの打点はあると考えた方が自然。疲弊したヨーギラスでは、たぶん受け切れないだろう。

 

こちらから弱点も突けない以上、リフレクターが張られたこの状況では、ヨーギラスでの突破は厳しいと言わざるを得ない。なら、どうする?このタイミングで俺も入れ替えるか?

 

 

 

 

…いや、ないな。勝利を目指すならここは続投だ。

 

 

「ライチュウ!ユーのスピード&パワー、見せてやるネ!『でんこうせっか』!」

「ラァイ!」

 

 

ライチュウが一気に加速し、トップスピードでヨーギラスに迫る。

 

 

「ヨーギラス、すなあらし!」

「…ギィッ!」

 

 

迫るライチュウに対して、ヨーギラスはすなあらし。突破は無理でも、後ろが動きやすい状況は作れる。攻撃至上主義のヨーギラスには悪いが、ここは後に繋ぐ動きをしてもらおう。

 

ヨーギラスがライチュウに跳ね飛ばされた直後、室内のフィールドに砂嵐が吹き始める。よし、このままこわいかおも決めて後続に繋ごう。あわよくばリフレクターが切れるまでの時間稼ぎも出来れば…

 

 

「ハッハー!ミーのライチュウはじめんタイプぐらいではノンストップ!追撃の『アイアンテール』ネ!」

「ラァイ!」

 

「うっ…!?ヨーギラス、かm…!」

「ギ!?」

「くっ…」

 

 

…なんて、世の中都合のいいことばかりじゃない。でんこうせっかで得たスピードをそのままにライチュウが繰り出した技は、ヨーギラスには効果抜群なはがねタイプの攻撃技『アイアンテール』。

 

鋼鉄の輝きを放ち出した特徴的な尻尾を大きく振り回し、最上段から叩き付けるようにヨーギラスを強打。避ける間もなくヨーギラスは弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた。

 

 

「ヨーギラス戦闘不能!」

 

 

壁際に崩れ落ちたまま立ち上がれないことを確認して、審判からヨーギラス戦闘不能のジャッジが下る。慌てて攻撃の指示を出そうとはしたが、完全に手遅れ。持たせていた『せんせいのつめ』も不発ではどうしようもなかった。

 

それでも最低限の仕事はしてくれた。兎にも角にもお疲れ、ヨーギラス。

 

それにしても、アイアンテールね。こっちに来たばかりの頃は影も形も無かったはがねタイプの存在も、すでに明らかになってそれなりの時間が経つ。第二世代で出て来た技だし、時間の経過がゲームのとおりなら持っていても不思議ではない。

 

 

 

ゲームでは持ってなかったけどな。

 

…ま、アイアンテールぐらいなら問題ない。2番手は予定通りお前に任せるぞ。

 

 

 

「いけ、サンドパン」

「キュイィィ!」

 

「オゥ!そのサンドパン、ファイナルの時のサンドネ!まさか進化させてくるとは思わなかったヨ!」

 

 

サンド改め、サンドパンがフィールドへと飛び出していく。進化したことで大幅なパワーアップを遂げたサンドパン。物理攻撃・防御能力が高く、ライチュウ相手ならアイアンテールがあろうと優位。さらに、サンドから特性の変化もないから、ヨーギラスが残してくれた砂嵐が活きる。リフレクターが残っていることを考えても、五分以上の状況ではある。

 

ああ、勝ちが見えた気がしてテンション上がってきたぜ。さあライチュウさん、リフレクターの上から打ち抜いてやんよ!行くぜ、サンドパン!

 

 

「マグニチュード!」

「キュイッ!」

 

 

即座にマグニチュードを指示。威力は運次第だが、タイプ一致の弱点技だ。リフレクターの上からでもダメージは無視出来まい。

 

 

「ノー!でんこうせっかでストップさせるネ!」

「ラァイ!」

 

マチスさんとライチュウもすぐに反応。でんこうせっかで一直線に突っ込んで来る。

 

でんこうせっかはゲームでは先制技。こっちの世界でも高い瞬発力ものを言わせた先制攻撃に近い技であることに変わりはない。何もなければ、サンドパンがマグニチュードを撃つよりもでんこうせっかがヒットする方が先だろう。

 

 

「…ラッ!?ラァイ!?」

「ワッツ!?ホワァイ!?」

 

 

が、ライチュウのスピード任せの突進は、見当外れの場所を通り過ぎただけに終わる。攻撃を空振ったライチュウが「何が起きた!?」とでも言いたげに辺りを見回している。早速すながくれが一仕事してくれた。盛大に空振って行ったけど、すながくれの状態って相手からはどう見えてるんだろうな。

 

 

「サンドパン、やれッ!」

「キュゥ…イィィィッ!!」

 

 

ポケモンバトルは1つのミスが命取りとなってしまうことが少なくない。上級者との戦いともなればなおのこと、ワンミスが致命的なアドバンテージとなり得る。

 

俺自身が上級者かと言われると全くもってあり得ないと思うが、上級者だろうが初心者だろうが、ゲームだろうがリアルだろうが、バトルにおけるミスの重さは変わらない。あらぬ方向へとすっ飛んで行ったライチュウと、驚きを隠せていないマチスさんを尻目に、勝利を手繰り寄せる一撃…マグニチュードがフィールドを揺らす。

 

揺れの規模は…うん、まずまずだ。サンドパンに進化して、心なしか揺れ…即ち威力が大きくなることが増えたような気がする。視線の先では、立っていられなくなったライチュウが床に倒され右へ左へゴーロゴロ。

 

少しして揺れが治まるが、リフレクターで守られていてもこのダメージは大きいはず。

 

 

「サンドパンッ!」

「キュイ!」

 

「チッ…ライチュウ、ワンモア!アイアンテールダ!」

「ラァイ!」

 

 

転ばされていたライチュウが立ち上がり、サンドパン目掛けて突き進んで来る。それなりのダメージは入っているはずなんだが、そのスピード、パフォーマンスに陰りは見られない。

 

ジムリーダー故の実力か、はたまたリフレクターの恩恵か。まあ、どちらだろうと今俺がやることはただ一つ。

 

 

「マグニチュード!」

 

「させるカッ!」

 

 

サンドの頃からそんなに変わりのない、四股を踏むような体勢でマグニチュードを放とうとするサンドパン。対して逆風の砂嵐の中をものともせず向かってくるライチュウ。

 

恐らくだが、このマグニチュードが決まるかどうかがこの試合の大きなターニングポイントになる。向こうの3体目が何かにもよるが、勝敗の天秤が大きく傾くのは確実だ。

 

 

 

さて、ここで1つ。ライチュウが使っているアイアンテールという技は、はがねタイプの物理技としては最高クラスの高い威力を持つ。しかしゲームにおいて、こと対人戦においては、この技を使用する人は少なかった。何故か?

 

覚えるポケモンが多くない、条件次第でより高い威力になる技がある、そもそも特殊型etc…その低採用率には色々と要因があるのだが、それらの要因の多くには、根源にアイアンテールという技の最大の問題点が存在する。

 

 

 

まあ、要するに何が言いたいのかと言うと。

 

 

 

 

『ブォン!』

「ラッ!?」

 

 

…このとおり外れるワケだ。このアイアンテールという技は。

 

"命中率の低さ"…それが、ゲームにおけるアイアンテール最大の問題点。確率にして4、5回に1度外すことがあるというのは、『かみなり・ふぶき』等と言った各タイプの大技と同程度。ポケモンの技としてはかなり低い命中率になる。そこに特性『すながくれ』による回避率アップ分がさらに引かれ、無事尻尾を振り回すだけな扇風機の出来上がり。

 

ゲームでは多少威力は下がるが安定重視で『アイアンヘッド』、素早さが低いほど高威力になる『ジャイロボール』といった技が採用される場合が多く、何らかの事情が無い限り日の目を見ることが少ない技でもあった。採用率はともかく、命中難についてはどうやらゲームとそこまで隔たりが無いようだ。まあ、横凪ならまだしも上段からの振り下ろしではなあ…さもありなん。

 

 

「キュイイイィィッ!」

 

 

ライチュウの攻撃が立て続けに不発に終わった直後、サンドパンの追撃態勢が整う。揺れは徐々に大きくなり、すでに足腰も体力も消耗しきっている俺も立っていられない程の、1度目よりもさらに大きな揺れとなってフィールド全体を襲う。

 

顔を上げればライチュウが…うわぁ…弾んでる。まるでトランポリンの上で跳ねているかのように…と言うのは言い過ぎだが、ポーンポーンとフィールドに弄ばれている。痛そう。

 

 

「キュイ!」

「ラ…ラィ…」

 

 

揺れが治まる頃、フィールドにいたのは無傷のサンドパンとすでに虫の息なライチュウ。これだけの威力のマグニチュードを2回もくらって倒れないとは…ううむ、やはりリフレクターの効果は無視出来ない。

 

 

「クッ…ライチュウ、スタンダップ!まだバトルは終わってないネ!」

「ライ…」

 

 

ライチュウはマチスさんの叱咤激励に応え、なおも立ち上がろうとする。しかし。

 

 

「ラィィ…」

『ドサッ…』

 

「ラ、ライチュウ戦闘不能!」

 

 

ダメージの蓄積か、それとも砂嵐によるスリップダメージがトドメを刺したか…どちらにせよ、ライチュウの身体はすでに限界を迎えていたようだ。フィールドに倒れこんだライチュウに、審判から戦闘不能のジャッジが下った。

 

これでマチスさんの残りポケモンは1体。これで勝利に王手が掛かった。2体目がライチュウだったけど、3体目は何が来るのだろうか?ラストをエースと考えるのなら、エレブーでも来るのかね?それともサンダース?どうなるにせよ、ライチュウを無傷で突破出来たのは大きい。サンドパン&ヨーギラス、グッジョブだ。

 

そして、砂嵐もまだ吹いている。これをこのまま勝利への追い風にして、何が来ようとクチバジム制覇してやるんだ。

 

ライチュウを戻したマチスさんが、最後のポケモンが入ったボールを構える。さあ、来い…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

「コイル、戦闘不能!よって勝者、チャレンジャー・マサヒデ!」

 

 

…はい、3体目は普通にコイルでした。まあ、バッジ1個のトレーナー相手ならそんなもんだよな。警戒してちょっと損した気分。

 

バトル自体はマグニチュード連打でライチュウよりもあっさりと決着。有効打が無かったのか、『ちょうおんぱ』での混乱を狙ってきたコイル。が、ちょうおんぱはアイアンテールよりもさらに命中率の低い技。砂嵐は変わらず吹き続けている。あとは分かるな?

 

…うん、すながくれ無双のマグニチュード無双で完封して、結局サンドパンは無傷のままゲームセットと相成りましたとさ。

 

 

 

「…フゥゥッ!グゥレイトッ!コングラチュレーションマサヒデボーイ!ミーの想定を上回る、素晴らしいバトルだったヨ!」

 

 

一息吐いているところに、マチスさんが歩み寄って来る。相も変わらずよく通る声だ。

 

 

「少しイジワルしてしまいマーシタが、それでも負けるとはネ!」

 

「…イジワル?何のことです?」

 

「あのライチュウダ。ホントはラストに持ってくるつもりデシタガ、ファイナリストの実力をチェックしたくてネ。まさかパーフェクトに抑え込まれるとは思ってもみなかったヨ」

 

 

ああ、あのライチュウか。やっぱりエースだったんだな。リフレクター挟んでじばくで死に出しとか、『普通に実戦的だな』とは思ってたんだよな。ヨーギラスにサンドパンと、重点的にでんき対策してたから何とかなりましたよ、ええ。

 

 

「ハッハー!まあ、負けは負けダ!ユーの実力を認めてオレンジバッジ、プレゼントしマース!」

 

 

マチスさんから2個目のバッジとなる、オレンジバッジを受け取る。

 

 

「さらに、コイツもプレゼント!これでユーも立派なエレクトリックポケモンソルジャーネ!」

 

 

続けて技マシンも渡される。これは…アレですね?

 

 

「中身は技マシン24『10まんボルト』!でんきタイプのポケモンに覚えさせて、相手をビリビリにしてやるデース!」

 

 

おおおおお!念願のでんき技キター!10まんボルトキター!これでもうみずタイプも怖くない!

 

 

 

 

 

…なお、覚えられるポケモン()。現状だとドガースしかいないんだよなぁ…まあ、のんびり考えましょうか。

 

 

 

「ユーならきっと、もっとハイレベルな場所までランクアップできマース!グッドラックマサヒデボーイ!」

 

「…ありがとうございました!」

 

 

かくして、マチスさんからの激励の言葉を受け取って、俺のクチバジム挑戦は終わりを告げた。

 

クチバジムの入り口を潜って外に出て、数時間ぶりとなる日差しを浴びる。水平線のすぐ上まで傾いた太陽を見ると、制覇したという確かな実感が沸く。

 

ゴミ箱を漁ったり、ゴミ箱を漁ったり、ゴミ箱を漁ったり、ゴミ箱を漁ったり…色々と大変だったが、その苦労も何とか結実させることが出来た。

 

振り替えれば、西日を浴びて聳え立つクチバジム。その姿を見て、俺は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『二度とこのジムには挑まない』

 

 

…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてポケセンに帰還後、倒れ込むように眠りについた翌日、俺はこのジムでの疲労が祟って見事に熱を出し、3日ほど寝込むハメになったのだった。そして、今回も出番の無かったスピアーさん、ゴメンよ。次のジム戦こそは必ず出番作ってやるから。

 

 

 




お待たせしました。クチバジム後編、vsマチスでした。何か読み返すと、マチスさんが似非中国人みたいな感じになった上、性格も原作よりもかなりマイルドに…それもこれも作者の文才が無いのが悪いんや。

展開にも悩みましたが、ヨーギラス・サンドパンで完封させる形になりました。なお、ジム戦後トレーナーは倒された模様。

そしてようやく次の街へ迎えそうです。次回から舞台は新しい街へ移ります。その前に閑話を1つ挟むかもしれませんが。

最後に、クチバジム戦に関しまして御提案を下さいましたカド=フックベルグさん、ありがとうございました。また、その他感想いただきました皆様もありがとうございます。いつも励みにさせていただいています。今後も楽しんでいただけましたら幸いです。


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閑話:父として、男として、トレーナーとして

短いです。さあ、この人は誰でしょう。


 

 

 

 

時は少し戻り、マサヒデがマチスとオレンジバッジを賭けたジム戦に挑んでいる最中のこと。舞台は熱戦が続くバトルフィールド…ではなく、その外である観客席。

 

そこにはマサヒデとマチス、2人の戦いを見つめる観客たちの姿があった。その多くはこのジムのトレーナーだったが、幾人かそうではない者たちもいた。それは、マサヒデとともにマチスが課したクチバジムの試練を耐え抜いた猛者たち…すなわち挑戦者。皆一様に眼前で繰り広げられる戦いに熱い視線を向けている。

 

その中に1人、他の挑戦者たちとは少し違った理由・視点から、この戦いの行く末を見つめる者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「ラ、ライチュウ戦闘不能!」

 

「…凄いな、彼は」

 

 

 

私は今、目の前で行われているバトルについ意識を奪われていた。妻と子供を遠くジョウトのアサギシティに残し、カントーポケモンリーグへの参加を目指して単身乗り込んだクチバシティ。ジョウトに比べてカントーはレベルが高いと聞き及んでいたが、その初端からまさかこんなバトルを見ることになるとは、予想外もいいところだ。

 

バトルを行っている2人のトレーナー。片方はこのジムの主、ジムリーダー・マチス。でんきタイプのエキスパートであり、私がこの後挑戦する相手でもある。そして、そのマチスを相手に奮戦する少年。このマサヒデという少年が、たった今ジムリーダーのポケモン・ライチュウを撃破した。

 

漏れ聞こえた話から察するに、彼が持つバッジはまだ1つ。その状況でのライチュウは、ジムリーダー・マチスのエースと言って差し支えないだろう。ジムリーダーのエースポケモンをほぼ無傷の状態から圧倒した…この事実は、彼のポケモンの実力と共に、彼の才能の高さを如実に物語っている。

 

 

 

…いや、別に圧倒したからと言って、私の実力が彼に負けているというワケではない。むしろ、今の私と彼が戦ったとしたら、何の苦労もなく私が勝利を手にすることだろう。あのサンドパンとて、私のポケモンたちなら容易く倒せることは想像に難くない。

 

しかし、それでも私は彼の戦い振りに、そして彼という存在そのものに衝撃を受けた。彼の年齢は11歳。11歳ということは、つまりトレーナーズスクールの初等部を卒業したばかりの新人、トレーナーに成り立てだ。この事実には、誰でも私と同じように衝撃を受けるはずだ。

 

普通、トレーナーズスクール初等部を卒業した子供の多くは、中等部へ進むか、商売等家の手伝いをしていくかのどちらかであることがほとんど。彼のように、卒業からすぐにポケモンバトルの道に足を踏み出す子供は、決して多くない。踏み出したとしても、最初のうちはトレーナーとしての経験が足りず、ポケモンの実力が足りず、上手く戦えず、勝つことが出来ない、望んだ結果を得られない。そうして挫折し、絶望と諦めの末に違う道へ…そんな話を何度耳にしたことか。

 

だというのに、彼はどうだろうか。サンドパンはサンドの進化系。ある程度のレベルはあることは間違いないし、見ていても良く鍛えられているのが分かる。ある程度の実力を持つポケモンと言うのは、得てして実力のないトレーナーの指示には従わないことがままある。そのサンドパンを十全に操り、ジムリーダーのエースを完封…それもトレーナーズスクールを出たての僅か11歳の少年が、だ。驚く他ない。

 

 

 

彼の実力の異常性は、おそらくある程度の実力を持つ人間なら一目で分かるだろうし、この情報を得ていれば万人が理解するはず。彼がどのようにして、あの年齢でここまでの実力を身に着けるに至ったかは検討もつかない。しかし、あの試合運びは紛うことなく幾らかの実戦経験を積んだトレーナーのそれだった。

 

もし、これが生まれ持った才能であるのなら、彼のような子供を世間一般では『天才』と呼ぶのだろう。しかし、手負いだったとは言え、先鋒のヨーギラスとか言うポケモンを一撃で沈めたライチュウのアイアンテールを前に、あそこまで平然としていられるものか?

 

あの精神力というか、試合中の落ち着き具合は私の見立てでは才能ではない。何か、彼なりに避けられる…いや、ライチュウが外す確信を持っていたようにも見える。

 

彼の自信がどこから来るものなのかは分からないが、何にせよ彼が子供離れした実力を持っていることは疑いようがない。

 

 

 

「ジュニア部門とは言え、流石はこの間の大会の準優勝者だな。マチスを相手にここまでやるか」

 

「ああ、あの年齢でトキワジムリーダーから目を掛けられるだけのことはある」

 

「トキワジムリーダーと言えば、カントージムリーダーの中でも最強との声もある男…門下のトレーナーたちも実力者が揃っているとの噂だが…」

 

「俺トキワジムに挑んだことあるが、あそこのジムは魔窟だよ。ポケモンリーグでも上位狙えそうな奴がゴロゴロいる。中にはマスターズリーグでも普通に戦えそうな奴もチラホラ…」

 

「むむ…トキワジムリーダーは、人を育てることも超一流か…」

 

「…だな。まったく、末恐ろしい新人(ルーキー)が出てきたもんだぜ」

 

 

 

「(…トキワ、ジムリーダー?この子の師はジムリーダーなのか?)」

 

 

 

ふと、隣で観戦する他の挑戦者たちの会話が漏れ聞こえてくる。トキワジムリーダー・サカキと言えば、ポケモンリーグへの出場経験こそ無いが、カントー地方ジムリーダーの中でも頭1つ抜けていると言われる実力者にして、じめんタイプのエキスパート。また、大企業であるトキワコーポレーション、通称TCPの社長として辣腕を振るう経営者の一面も持つ。

 

私もカントー(こちら)に来る前にある程度のことは調べているので、トキワジムリーダーがかなりの実力者であることは知っている。ジムリーダーに師事しているというのなら、ある程度の実力を持っていることは解るしおかしくもないが、それにしても彼は異常だ。その人物に鍛えられたというだけで、たかが11歳の少年がここまでやれるようになるものか?信じられんな。

 

 

 

それにしても、彼を見ているとアサギシティに残して来た妻子を思い出す。私にも、彼と近い年齢の子供がいる。彼の親は、彼の選択に対して何も言わずに送り出したのだろうか?本当にポケモンバトルで生きていけると思ったのだろうか?トキワジムリーダーにしてもそう。父親の1人として、彼の周囲の大人たちには大いに疑問を覚える。

 

その反面、彼の両親は子供の無限の可能性を信じ、心から応援出来る良い親であり、トキワジムリーダーはその才能を上手く引き出し、伸ばしてやれる良い指導者なのだろうとも思う。

 

仮にもし、自分の子供がスクール卒業と同時にトレーナーになりたいと言ったら、私だったらどうするだろうか?彼の両親のように、子供の可能性を信じて送り出してやれるだろうか?

 

 

 

…無理だな。そんなことを言い出すようなことがあれば、まず中等部への進学を勧める。ごく当たり前のことだ。

 

勘違いしないでもらいたいが、トレーナーを目指すことそのものを否定しているわけじゃない。確かにポケモンバトルは全世界共通の憧れの世界。その最上階、マスターズリーグで活躍するトップトレーナーとなることは、全ての子供たちが1度は憧れ、抱く夢だ。私だってそうだった。

 

私はその夢を現実のものとするために、この勝負師たちの世界に身を投じた。まだまだ若輩だが、それなりの年月を生き抜き、それなりのポジションを実力で勝ち取ってきた。だからこそ、この世界を生き抜くことの難しさ、上を目指すことの苦しさ、辛さをよく理解している。才能と知識、そして相手に打ち勝ち、己に打ち克つ精神力が必要で、並大抵の実力と覚悟ではこの道を行くことは出来ない。大人でさえ難しいのに、子供に出来るかと言われると…

 

それに、ポケモンバトルとは言ってもトレーナーになることだけが生きる道ではない。確かにトレーナーほどの華やかさは無いが、ブリーダー、研究者、警察官、教師…トレーナー以外にも、様々な道と可能性がある。その可能性に触れ、考えるという意味でも、そして自分の能力を高め、基礎を強固なものにするという意味でも、中等部、出来れば高等部まで進んだ上で決断してもらいたい。長い人生、それからでも遅くはないんだ。多くの可能性を、僅か10歳そこらで早々に潰して欲しくない。

 

 

 

…ただ、今も上を目指し続けている1人のトレーナーである父親として見るならば、子供がそういう選択をしてくれるのは背中を見てくれているようで嬉しいし、その背中を押してやれるのならそれ以上に喜ばしいことはない。

 

そう考えると、私の挑戦を何の反対もなく快く送り出してくれた妻には本当に感謝しかない。折角のカントー武者修行だ。遠く海の向こうで私を信じて待ってくれている妻と子供のためにも、強くならねばな。

 

 

 

 

「コイル戦闘不能!よって勝者、チャレンジャー・マサヒデ!」

 

 

 

 

「次の挑戦者の方、準備をお願いします!」

 

「…さあ、行こう。ケンタロス、ガルーラ」

 

 

 

それこそいつかそんな日が来た時に、彼を信じて送り出した両親のように子供を信じてやれるように。そして、子供の壁となるトレーナーに、子供に自慢してもらえる父親に、子供の道標となってやれるだけの男になれるように。

 

そしていつの日にか、成長した子供と全身全霊を賭けて戦う…というのも良いかもしれないな。

 

 

 

 

…機会があれば、彼と一度話をしてみたいものだ。

 

 

 

 

 




はい、主人公のクチバジム戦を観戦していたとある男性トレーナーのお話でした。ちゃんと原作にも登場するキャラでしたが、皆さん誰かは見当…ついてますよね?原作前だし、一時的にカントーにいてもオカシクナイヨネ?
そしてサカキ様が良い親…まあ、バトルという点だけを見れば、サカキ様はこれ以上ない良い保護者であり指導者なんでしょうね。バトルに関してだけなら。一方の主人公は主人公で、強くなってサカキ様の扶養から抜け出すために知識を駆使して戦っています。ある意味覚悟が決まってるとも言えなくもない…のか?なお()

今はまだ分かりませんが、いつの日か、主人公とこの人物が対峙する時が来るかもしれません。




…そこまで書ければいいなぁ。

また、今回の話もカド=フックベルグさんからの提案を元に書かせていただきました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。


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第28話:ボスのきまぐれ

 

 

 

 皆さんこんにちは。クチバシティの軍隊式スパルタジムを気力と根性(とタイプ相性)で見事攻略したものの、体力切れによる場外でのノックアウトをくらったマサヒデです。無事熱を出して3日ほど寝込んでました。

 

あの後体調の快復を待って、俺は以前クチバ支社で支社長と交わした任務(おつかい)を遂行すべく、ヤマブキシティを目指しクチバシティを出発。

 

流石はカントー地方の中心都市、中心地域なだけあって、道も整備されてるし、バスやタクシーといった公共交通機関もあるしでその行程はトキワ~マサラ間と比べると快適そのものだ。無論、節約のために徒歩での旅路ではあったが、それでもクチバから1日と経たない内に辿り着くことが出来た。

 

ゲームでは街と周囲を繋ぐゲートが始めは封鎖されていたが、こっちではまだそんな事はなく、普通にフリーパスで。トレーナーズスクールの大会でタマムシシティに遠征して以来、約半年ぶりとなる大都市の夜景を堪能しつつ、ポケモンセンターで一泊する。

 

ヤマブキシティの中心部は、高層ビルやらタワーマンションやらが群れをなして聳え、道路は小さな路地一本に至るまでキッチリ整備され、その道の両脇にはポケモン関連商品の店、今時な喫茶店、高級ブランドっぽいブティック等がびっしりと埋め尽くし、行き交う人と車と活気と喧騒で満ちていた。

 

昨日まで滞在していたクチバシティも、カントーの海の玄関口なだけあって結構なものだったが、ここはそのさらに上を行っている。

 

『ヤマブキ金色輝きの色、光輝く大都会』

 

そのキャッチフレーズに偽りなし、だ。

 

 

 

さて、ゲームにおけるヤマブキシティと言えば、ゲーム中盤から後半にかけて、ロケット団との全面対決の舞台となる『シルフカンパニー本社ビル』があることで有名だ。こちらの世界でもモンスターボールをはじめ、ポケモン関連の商品開発・販売で押しも押されぬ世界的大企業の筆頭格。ゲームではロケット団に本社丸ごと乗っ取られてたけど、この頃から企業スパイみたいなのを送り込んでるのかね?まぁ、今の俺には関係無い話。出来れば今後も関わりたくない案件ではある。全部レッド君に任せとけばええんや。

 

他には、この街にもポケモンジムがある。専門とするタイプはエスパーで、ジムリーダーはナツメ。スタイルの良い美人さんで、人気のあるキャラだった。後の作品では女優になってたりもしたな。そしてゲームではガチのマジのエスパーだった。でもプレイヤーには勝てない。仕方がないね。

 

そして、そのヤマブキジムの隣に『格闘道場』というジムっぽい施設がある。ゲームでの時間軸以前の話になるが、格闘道場とヤマブキジムがポケモンリーグ公認を巡って直接対決を行った末、ゲームのヤマブキジム側が勝利し、リーグ公認ジムの座を勝ち取った…という内容がゲームでも言及されていた。

 

で、今はそのゲーム開始時の数年前。つまり、どうも現在進行形でリーグ公認を巡って激しく鍔迫り合いしている真っ只中だったらしい。ポケモン協会が裁定に向けて動いているという話をニュースでやってた。ゲーム通りなら、そして相性的にもエスパーのヤマブキジム側が勝つとは思うが…さて、どうなることやら。

 

他にも俺をここまで散々悩ませてくれた"サイコキネシス"の技マシンをくれるエスパー親父の家とか、"ものまね"の技マシンをくれる物真似娘の家とかがある。今はまだ建設途中だが、後にはリニアの駅も出来る。

 

そんな見所いっぱいの大都会の空気に、興奮冷めやらぬ若干寝不足気味な夜を過ごした俺。この街ではどんなことが待っているのだろうかと、期待に胸を踊らせていた。

 

純粋にこの街を楽しもうと思っていた。そう、この時はまだ。

 

 

 

 

 

 

で、今現在の俺がどこで何をしているのかと言うと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブロロロロ…』

「……………」

 

 

 

 

 

…はい、半ば無理矢理車に乗せられ、遠くなるヤマブキシティのビル群を車内から呆然と眺めていた。ああ、さらばヤマブキシティ…短かったけど、楽しかったよ。

 

別に拉致されたとかそういう犯罪に巻き込まれたワケではない…いや、ある意味巻き込まれているのかもしれないが、下手人は俺もよく知っている人なので取り敢えずはご安心を。そしてヤマブキシティへの滞在時間、なんとびっくりの1日未満。どうしてこうなったし。

 

 

 

俺の身に何があったのかを語るには、今から1時間ほど前。クチバ支社で預かった試作品を届け、使用感について報告するために俺がトキワコーポレーションヤマブキ支社を訪れたところまで遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「ようこそ。お待ちしていましたよ、マサヒデさん」

 

「…どこにでもいますね、セドナさん」

 

「ふふ、いるところにしかいませんよ」

 

 

 時間はヤマブキシティに到着した翌日の昼過ぎ。前日の夜に支社側に事前に訪問する旨をポケギアで伝え、昼食を済ませた後に約束の時間通りに俺はヤマブキ支社を訪ねていた。

 

通された部屋で待ち構えていたのは、担当者でもヤマブキの支社長でもなく、クチバ支社で会って以来約2週間ぶりとなるセドナさん。フットワークが軽いというか、ホントどこにでも現れるよな、この人。

 

 

「まずはTCPカップ準優勝とクチバジム攻略、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「社長もお喜びでしたよ。私としましても、勧めてみた甲斐があったというものです」

 

 

にこりと笑顔を浮かべて穏やかに話すセドナさん。先入観なしで見れば、品の良い美人さんなのだろうが、俺としては胡散臭いものを見ているような気分だ。サカキさんのお褒めの言葉含めて、とっても胡散臭い。あの人が地方の子供だけの大会で準優勝したぐらいで褒めたりするもんかよ。

 

 

「それで、本来であればこのまま試作品をお預かりして、使用していただいた感想をお聞きしたいところなのですが…」

 

「…?何ですか?」

 

「ええ、少し事情がありまして」

 

 

『コンコン』

 

「…来たようですね。どうぞ」

 

 

 

セドナさんがそう言った直後、事前に示し合わせたかのように部屋のドアをノックする音が響く。何が来るかと身構えてみれば、入ってきたのは偉そう…でもなんでもない、普通のスーツ姿の男性社員さん。

 

 

 

「失礼します、御車の用意が出来ました」

 

「ありがとう。…さあ、行きましょうか」

 

「…はい?行くって、どこへ?」

 

「マサヒデさんの口から直接確認したいそうでして。予定がありますので、こちらから出向いて欲しいとのことです」

 

「いや、だからどこへ行くんですか!?」

 

 

ここまでで既に嫌な予感がビンビンで、大音量で警報を鳴らしまくっている。しかし、ここはトキワコーポレーション・ヤマブキ支社という名の相手の土俵。深入りし過ぎた俺に逃げ場などあるはずもない。

 

セドナさんには察しが悪いわね的な顔をされたが、何となくその先に待つ内容は理解出来た。出来てしまっていた。出来れば聞きたくないその答えを、彼女はヤレヤレという感じで続けたのだった。

 

 

 

 

「社長がお呼びです。タマムシシティの本社まで、一緒に来てもらいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、着きましたよ」

 

 

…と言うわけで、ざっくりばっさり要約すると『サカキさんの都合』の一言で片が付いてしまう今回の召集のため、売られゆく可哀そうな仔牛の気分に浸りながら車に揺られること1時間。目的地のタマムシシティ・トキワコーポレーション本社ビルにとうちゃ~く。

 

そしてビルを見上げて一言、でけぇ。流石はあのシルフカンパニーと比肩するほどの大企業。周りのビルよりも一回り大きい。横にも縦にも。

 

セドナさんに着いて、このでっかい本社ビルの中へ。忙しなく動き回る社員さんたちの波を掻き分け、エレベーターに乗ってサカキさんが待つという最上階へ。

 

内心冷や汗ダラッダラ。でもラスボスは待ってはくれない。むしろ時間がないと急かしやがる。ゲームじゃいくらでも待ってくれるのにな。エレベーターからは街の様子を一望出来るのだが、正直それどころではなかった。

 

 

 

 

『コンコンコン』

「社長、セドナです。マサヒデさんをお連れしました」

 

『入れ』

 

 

 

最上階の社長室。装飾が施されたドアの向こうから、約1ヶ月振りとなる威厳と威圧感を纏ったラスボスの声。多少は慣れたつもりだったが、今でもやはり少し気圧されてしまう。

 

そしてこの声を聞くと、俺の身体は反射的に戦闘態勢に入る。もう会うたびに精神と寿命をガリガリ削ってるような感じ。この感覚だけは、出会って3年経っても一向に治らない。

 

 

 

「失礼します」

 

「セドナ、ご苦労だった。そしてマサヒデ、1ヶ月ぶりだな」

 

「はい、お久しぶりです」

 

 

そこには椅子にどっかりと座ってふんぞり返っている、1カ月前と変わらないサカキさんの姿。傍らにはセドナさんとは別の秘書さんの姿もある。サカキさんとはずいぶんと長いこと会ってないような気もするが、最後に会ってから1カ月しか経っていないのでは変わりなくて当然の事か。

 

 

「久しぶりと言うほどでもないような気もするが…オマエはこの一月でだいぶ変わったようだな。大会準優勝とグレンジム・クチバジムの制覇、話は聞いている。よくやった…と言っておこうか」

 

「…ありがとうございます」

 

 

この1カ月の頑張りについて、一応お褒めの言葉を貰うことが出来た。褒めてるのか貶してるのか、判断に困るような口調と表情だったけど。言外に「もっとやれるだろ?」と煽られてるような気がしてくるのは自意識過剰か?

 

 

「それと、荷物の配達に試作品のテストもご苦労だった。グレンでは研究所の手伝いもしたそうだな。先方から感謝すると連絡があった」

 

「研究所の?…ああ、ポケモン屋敷の件ですか。僕としても色々収穫がありましたので、手伝って良かったです」

 

「そうか。では、早速だが試作品について、実際に使ってみた感想を聞こうか。私も時間が限られているのでな…おい、開発担当を」

 

「はい、すでに呼び出して待機させております」

 

「そうか、では入らせろ」

 

「かしこまりました…どうぞ」

 

「ハッ、失礼します」

 

 

 

そう言って入ってきたのは、開発担当の研究員の白衣を身にまとった赤い髪の女性。この人、どこかで見覚えが…

 

 

「…あなたがマサヒデくんね?サカキ様から話は聞いているわ。あたくしはアテナ。トキワコーポレーション技術・製品開発部長よ。よろしくね」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 

 

…思い出した。この人あれや、第2・4世代で出てたロケット団の幹部や。何なの?俺、今から堅気じゃない道(そっち)に引きずり込まれるの?突然のことに、思わず頬やら背中やらを冷や汗が伝う。

 

そんな状態の中で、さらに数名の部下らしき研究員然とした面々が入室。まずはその研究員たちが報告を行い、その後引き攣りそうになる顔を何とか抑え込み、預かっていた試作品のアイテムについてこの1カ月使ってみた俺の感想と報告を行う。

 

 

「トキワシティで受け取った持ち物は、全て効果は確かに確認しました。特に"きあいのハチマキ・せんせいのつめ"は発動率が低く不安定でしたが、持たせるポケモン次第で『ここぞ』という局面で盤面をひっくり返せるだけのポテンシャルがあると思います。実際、グレンジムリーダー戦では、勝利に繋がる大きな一手になりました」

 

「なるほど…やはりあたくしたちの見立ては間違いではなかったようですね。ええ、悪くない結果ですわ」

 

「それと"シルクのスカーフ"についてですが、確かに威力の強化は確認出来たのですが、微々たるものですね。僕の手持ちポケモンの覚えているノーマル技だとそれを体感出来る局面が少なかったのもありますが、もう少し使ってみないと何とも言えません。それと、最後に"きあいのハチガネ"についてですけど…これ、効果あるんですか?防御が上がるとのことでしたけど、正直…」

 

「…そう、分かりました。ともあれ、有意義な意見です。部内に持ち帰って参考にさせていただくわ。それと、実物の方を検査させてもらいますので、一度預からせてちょうだいな」

 

「分かりました」

 

 

 

持ち物として持たせていたポケモンたちをボールから出し、それぞれ試作品を預かっていく。スピアー、サンドパン、ヨーギラス…と出したところで、この人が反応した。

 

 

「…ほぉ。それがヨーギラスか」

 

 

じめんタイプのエキスパート、サカキさんである。鋭い目つきで観察するサカキさんに気付いたヨーギラスが、思いっきりメンチを切り返す。おいバカ、やめろ。

 

 

「話には聞いていたが、中々威勢がいいじゃないか」

 

 

ええ、そりゃあもうやんちゃ盛りですよ。仲間にしてからというもの、何度コイツに手古摺らされたことか…

 

 

「…フ、面白い。やんちゃなヤツは嫌いじゃない…マサヒデ」

 

「は、はい?」

 

「部屋を用意させる。しばらく泊っていけ」

 

「え?」

 

 

何が琴線に触れたのか、サカキさんがヨーギラスに凄い興味を示している。まあ、カントーじゃまず見ない珍しいポケモンだからかな?オーキド博士から預かったことは報告してあったけど、実際に見るのは初めてなのかもしれない。それにじめんタイプだし。

 

 

「少しそのヨーギラスに興味が湧いた。予定の空いてるときに私が見てやろう」

 

「え…え!?い、いや、それは…」

 

「なんだ?不満か?」

 

「いえ!了解であります!よろしくお願いします!」

 

「よろしい」

 

 

サカキさんが、ヨーギラスを鍛えてくれるそうです。やったね俺、やんちゃ坊主が大人しくなるよ!

 

…それはいいとして、サカキさん。それはアレですよね?「おーいヨーギラスー、野球しようぜー!お前ボールな!」的なスパルタ式のヤツですよね?んでもって俺も強制参加っていう話ですよね?「おーいマサヒデー、野球しようぜー!お前グラブな!」ですね?存じております。

 

ついこの間クチバジムで死ぬ思いしたばっかりなのに…

 

 

「それと、コイツを受け取れ」

 

「うわっと」

 

 

俺が心の中で絶望感に打ちひしがれているところへ、サカキさんが無造作に投げて寄越したのは1個のモンスターボール。中には…何かポケモンが入っているようだ。

 

 

「サカキさん、これは?」

 

「ジムを2つ制覇した祝いだ。本当はゲームコーナーの景品として仕入れた奴なのだが、景品とするには少々手に余る性格で売り物にならん。代わりにオマエにくれてやる。ものにして見せろ」

 

「は、はい」

 

 

どうも、この1カ月の頑張りに対するご褒美らしい。何やら問題児の匂いがプンプンするが、戦力強化には違いない。有難く貰っておこう。

 

…それと、ポケモンの売買って大丈夫なんすかね?

 

 

「…時間だな。では、セドナ、アテナ、後は任せる」

 

「はい」

「はっ!」

 

 

そう言って、サカキさんはもう1人の秘書さんを連れて社長室を去って行った。アテナさん以下の開発部組の皆さんも退出し、それに続いて俺とセドナさんも退出。その後、本社ビル内を案内してもらってから、宛がわれた部屋へと向かった。

 

流石は大企業の本社ビル。社員食堂や売店は勿論の事、風呂にトレーニングジムに託児所。果てはバーに雀荘まで完備していた。ポケモンを遊ばせる屋内広場に、ポケモンバトル用のフィールドも設備のしっかりしたやつが3つもある。

 

俺が宛がわれた部屋は来賓用の客室…ではなく、本社ビルから少し離れた所にある社員寮の空いていた一室。テレビ・冷蔵庫・洗濯機にパソコンが備え付き。子供部屋と考えれば十分すぎるほどの設備と広さを持っていた。

 

 

 

この後は特にやることもないとのことで、セドナさんからも「自由に過ごされていいですよ」と言われたので、まずは気になっていたサカキさんから押し付けられた(もらった)モンスターボールの中身を確認…する前に、すでに日も大きく傾いていい時間になっていたので、社員食堂の片隅で少し早めの夕食をいただいた。

 

その後、軽い運動も兼ねて屋内のバトルフィールドにてお待ちかねのモンスターボール御開帳。問題児とは言うが、たぶんヨーギラスよりは酷くないだろ?

 

そんな軽い気持ちで見えてる地雷を思いっきり踏み抜きにいった結果、案の定散々な目に遭うハメになるのだが、その話はまた次の機会にしよう。

 

 

 

…まあ、実際ヨーギラスよりはマシだった…のだろうか、アレは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………」

 

「社長、どうかなされましたか?」

 

 

 時間は戻って社長室での話の少し後。自身の城であるトキワジムへと戻る移動中の車内にて、サカキは考え込んでいた。気付いた秘書が、どうかしたのかと問いかける。

 

 

「僕の手持ちポケモンの覚えているノーマル技だとそれを体感出来る局面が少なかった、か…」

 

「…?それは先程の?」

 

「そうだ」

 

 

サカキが考えていたのはつい先ほど、自信の立会いの下タマムシ本社ビルで行われた試作品についての報告での一幕。1カ月ほど前に自身が保護し、トレーナーとして送り出した少年が行った、自社が開発した商品を実際に使用してみた感想に、引っ掛かるものがあった。

 

 

「"シルクのスカーフ"だったか。威力増加の効果が一部の技にしか効かない可能性があるという報告は開発部から受けた記憶があるが…」

 

「ええと…はい、そうですね。そのような報告がつい先日開発部より上がっております」

 

「つい先日…か。ならば、あ奴はどこでそのことを知った?」

 

「…そう言えば、そうですね」

 

「それに、あ奴はノーマルタイプの技にしか効果が無いと断言した。何故だ?」

 

「それは…」

 

 

サカキがマサヒデに預けた試作品・シルクのスカーフ。試作品であるが故に、まだ効果のほどが不明確だったり問題点があるのは当然の事。仕方のない話なのだが、この試作品が抱える問題点に『技によって威力の強化がなされないことがある』というものがあった。

 

この問題点が報告されたこと自体がつい最近の話で、今も原因究明と改善を目標とした試行錯誤が続いている。当然、彼に渡した時にはそんなことなど分かっていなかった。だと言うのに、彼は何の情報もなしにそこまで辿り着いた。しかも、さらに踏み込んで効果があるのは『ノーマルタイプの技』と言い切っていた。これが気にならないはずがない。

 

ノーマルタイプの技にしか効果を発揮しないという答えが正しいかどうかはともかく、僅か1カ月程という極短期間で、どういう経緯でその結論に行き着いくことが出来たのか。

 

 

「これは少し、問い詰めてやる必要があるな」

 

「確認をとらせますか?」

 

「そうさせろ」

 

「はっ」

 

 

素早くポケギアを取り出し、目的の部署に連絡を入れる秘書の姿を横目に、サカキは車窓の外へと視線を移す。流れてゆく風景と木々の向こうに、遠くなるタマムシシティのビル群が見えていた。

 

3年前にあの少年を保護してからと言うもの、面白い方向に世界が回り始めた…そうサカキは感じていた。マサヒデから情報提供を受けて確保させた各種木の実は、試行錯誤を経てその効果の確認と栽培技術の確立の目途が立ちつつある。彼が見つけたいくつかの技も、サカキの実績として学会を通して認知された。

 

そして、マサヒデ自身もサカキが(厳密には違うのだが)目を離していた間にサンドを進化させ、手持ちを増やし、ジムを2つ攻略し、会社が主催していた地方大会で準優勝するなど、メキメキと力をつけつつある。

 

が、約3年間サカキ自身が手を掛けていた少年だ。発展途上とは言え、その才能と実力はよく知っており、まだサカキにとっては予想の範疇だった。

 

もっと強く、もっと高みへ。オマエの限界はこんなものではないだろう?

 

 

 

「フ、なかなか楽しませてくれるじゃないか」

 

「…サカキ様?」

 

「なんでもない、気にするな」

 

 

男子3日会わざれば刮目して見よ。次のステップへの第一歩として、まずはこの1カ月でどれだけ実力を伸ばしたか、見せてもらおうじゃないか。

 

そんな思惑を乗せて車は進む。サカキが思考の海に沈んでいる間に、タマムシのビル群を望む車窓の風景は、いつの間にか木々に阻まれ見えなくなっていた。

 

 

 

 




クチバの次はヤマブキと思ったかい?それともシオン?ニビ?残念、すっ飛ばしてタマムシでした。じめんタイプジムリーダーの血が騒いだか、我らがサカキ様がヨーギラスを矯正ついでに鍛えてくれるようです。なお、主人公はとばっちりで巻き添えをくらう模様。ついでにチョロッとアテナさんも添えてロケット団要素を醸してみるスタイル。

それと同時にこっそりさっくりとやらかしを積み上げていくこの主人公。この後セドナさん経由でやんわりと問い詰められて、やらかしたことを悟ったようである。

それにしても、前回の閑話の男性トレーナーについてのコメント。こちらで誰とは書きませんが、皆さん流石は歴戦のトレーナーでいらっしゃいますな。例のポケモンに関しては『あっちじゃないと捕まえられないだろう』との判断で、本作ではまだ未加入となっております。ご了承下さい。

次回は主人公強化月間です。原作キャラを何人か出せたら良いな~…などと思っている次第。そしてサカキ様からもらった贈り物(ポケモン)も次回のお楽しみということでひとつ。


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第29話:未来を担う者たち

 

 

~TCP本社ビル・屋内バトルフィールド~

 

 

 

「ラストだ!ヨーギラス、かみつく!」

「ギィッ!」

 

「ベトォ…!」

 

「ベトベター、戦闘不能!勝者・マサヒデ!」

 

 

 

 サカキさんに言われるがままタマムシシティに腰を下ろして早1カ月。ちょっと怪しい(と思っている)社員さんたちを相手に、バトル技術とレベルアップを図り、技術・商品開発部から提供された試作品のテストと称するバトルに付き合い、時折顔を見せるサカキさんに成長具合の確認と称してボッコボコにされる日々。

 

1カ月という長いようで短いクールタイムを経て、今の俺はトキワシティにいた頃とそう大差無い生活を送っていた。

 

変わったことと言えば、手持ちが増えたことで特訓内容のバリエーションが増えた。スピアー1匹だった1カ月前までと比べると、やることも多くて大変だ。特にサカキさんの専門でもあるじめんタイプのサンドパン・ヨーギラスへの特訓は、心なしか他と比べて厳しいように感じる。それと比例して俺の休憩時間が減った。辛いです。

 

提供される試作品のバリエーションが増えて、戦略の幅が広がったことも挙げとかないと。おかげでバトルが少し面倒臭くなった。サカキさんに拾われた際に提供した各種木の実。まさか栽培技術を確立しつつあったとはな…いや、まあゲームでは普通に栽培して増やせたから当然の事なのかもしれないが。

 

そして、技術部の方々から向けられる鋭い視線の存在…ええ、またしてもやらかしてしまいましたよ、ド畜生が。二度とやるものかと思っていたんですけどねぇ…特性と技に関しては注意していたんだが、『開発されてない物があるはずない』と持ち物はほとんどノーマークだった。というか、あんなの気付くかよチクショオォォォォ!

 

…いやぁ、思い込みって怖いネ。これじゃあ怖くて持ち物も迂闊に使えないよ。

 

お陰でバトル中はモチロンのこと、日常生活の中でもどこかにある気がする監視の目を気にして精神を磨り減らす思いをしております。自業自得ではあるが、俺の安息の日々は何処へ行ってしまったのか…

 

 

 

「よし、ヨーギラスいいぞ!」

「…ギィ」

 

 

 

ただ、悪いことばかりじゃない。表があれば裏があり、光あるところには影が出来るように、行動には結果が着いてくるもの。腐っても犯罪者でも、鍛練の相手はジムリーダー。スピアーですら防戦一方なレベルでボッコボコにはされまくったが、おかげで手持ちポケモンたちの全体的なレベルの底上げには成功していた。

 

中でも特に重点的に鍛え(ボコ)られたヨーギラスの成長は目覚ましく、無闇矢鱈と突っ込むことがほとんどなくなり、今ではご覧の通り大人しく言うことを聞いてくれるまでに気性が改善した。バトルに関係のない時でも、馴れ合いはしてくれないが距離は縮まった…と思う。

 

 

 

…まあ、そこに至るまで散々痛め付けられた苦い思い出が数え切れないほどあるんだけどな。悔しいけど、バトルの腕も、ポケモンを育てるという点での腕も、俺はまだサカキさんには遠く及ばないらしい。

 

 

 

「目標勝利数に到達しました。次のポケモンを用意して下さい」

 

「はいっ」

 

 

 

今俺がやっているのは、1体のポケモンで連続して10戦し、クリアしたら次のポケモンでまた連続10戦を繰り返す、耐久バトルとでも言えばいいのだろうか?分かりにくければ、昔のバトルフロンィア(廃人施設)とかを思い出してもらえるといいかもしれない。感覚としてはあれに近い感じだ。

 

『ポケモンを鍛え、同時に持続する集中力を鍛える』という名目で、サカキさんからの指示で週に2日はやらされている。ゲームでバトルフロンティアとかをある程度やり込んだ経験はあるが、実際問題キツい。バトル後の回復がないからフロンティア以上にポケモンもキツいし、俺自身も休憩がほとんどないから体力と集中力はいつもギリギリ。

 

 

 

まあ、そんな弱音を吐いていてもどうにもならないので、アナウンスに従い次の戦いの準備にかかる。が、ヨーギラスの次はどのポケモンだったかを一瞬考え、嫌な現実に突き当たる。

 

ヨーギラスの問題点が改善しつつあることは上記のとおりだが、その一方で、ヨーギラスに代わる問題児が新たに加入したりもしていた。そう、あの日サカキさんに押し付けられた(もらった)ポケモンである。次はその問題児で10戦の予定となっていたのだ。

 

この新たな問題児を如何に制御するか…それが、今の俺の最大の課題にして悩みの種だった。

 

しかし、売り物にならない性格と聞いていたが、予想に反してヨーギラスと違ってちゃんと言うことは聞いてくれた。ただ、問題児であることは事実だった。なんというか…端的に言うと、この上なく喧しい。その一言に尽きる。ただそれだけで、俺を散々に手古摺らせてくれていた。

 

 

 

「…出てこい」

 

「ラアァァァァァァイッ!!」

 

「ぐっ…う、うるせぇ…」

 

 

 

ご覧の通り、登場した端からパワー全開。昼間はまだしも、夜にボールの外に出そうものなら、ご近所の皆様から苦情が殺到すること間違いなしな空飛ぶ騒音公害。それが新加入の『ストライク』というポケモンだった。近くで聞いてる俺も耳が痛くてかなわない。

 

 

・ストライク ♂ Lv30

特性:テクニシャン(?)

ワザ:つばさでうつ れんぞくぎり

   こうそくいどう きりさく

 

 

『ストライク』は初代から登場するむし・ひこう複合タイプ。高いスピードと物理攻撃力が売りのカマキリのような姿のポケモンだ。後の作品で進化系である『ハッサム』が登場し、最近ではメガシンカも獲得するなど、今もバトルの第一線で活躍するポテンシャルを持つ。

 

このストライクもその基本に違わず、高いスピードと火力で社員さんたちのポケモンを苦もなく捩じ伏せて見せるなど、戦闘能力そのものはまあ優秀の一言。確認は出来ないが、恐らく特性が『テクニシャン』であることも大きいと見る。『テクニシャン』は、威力が一定値以下の攻撃技の威力が強化される特性。この特性のおかげで、現状のタイプ一致メインウェポンである"つばさでうつ"と"れんぞくぎり"の火力が少しおかしい。

 

バトル中の指示にも概ね従ってくれており、これだけなら問題児どころか、ヨーギラスとは比ぶべくもない優等生だ。

 

…が、この雄叫びというか、奇声を上げまくる悪癖。これが一向に直らない。ボールから出たらラアァァァァァァイッ!!挨拶代わりにラアァァァァァァイッ!!技を出すときラアァァァァァァイッ!!技を受けたらラアァァァァァァイッ!!相手を倒した時にもラアァァァァァァイッ!!…だ。中でも空を飛んでいるときは特に酷く、その様はさながらレーシングカー。高速で飛び回りながら、この奇声を大音量で乱発し、ドップラー効果で撒き散らす。

 

しかも、バトルが終わるとテンションが上がったそのままの勢いで、騒音をばらまきながらどこかへすっ飛んでいこうとしやがるもんで、どこ行くか分からないから夜と屋外のバトルでは後が怖くて使えん。

 

 

「いけ、ワンリキー!」

「リッキ!」

 

 

お相手が出してきたポケモンは『ワンリキー』。初代のかくとうタイプを代表する(と個人的に思っている)ポケモン『カイリキー』の進化前。進化前にも関わらず、よく鍛えられたカラダをしている。筋肉的な意味で。

 

 

「ではよろしく」

「よろしくお願いします」

 

 

1カ月も幾度となく対戦して来たから見知った人ではあるけど、バトルの前の挨拶は基本中の基本。それが済めば戦闘モードだ。タイプ相性的にはストライク有利だが、油断はしない。消耗を抑えるため、スマートに最短距離での撃破を目指す。

 

 

「『つばさでうつ』だ!」

「ラアァァァァァァイッ!!」

 

 

また、長い戦いが始まった。

 

 

 

 

…やっぱりストライクうるせぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ラアァァァァァァイッ!!」

「イワァ…ッ」

「イワーク戦闘不能!勝者マサヒデ!」

「目標勝利数、及び本日の目標勝利数に到達しました。お疲れ様でした」

「…ふぅ」

 

 

ストライクで10戦を勝ち抜き、なんとか今日のノルマ達成。ラストのイワークのように、時折相性の悪い相手とも当たったが、そこはあれ。気合いと根性と才能とレベル差で押しきった。

 

相変わらずどこかへすっ飛んで行こうと、フィールド施設内を飛び回るストライクを何とかボールに戻し、今日も終わった…と張っていた肩肘の力を抜いて大きく一息。

 

 

 

「ご苦労」

「…!?」

 

 

で、それを見計らったように背後から威圧感を孕んだ声が響く。

 

気が抜けたところへの奇襲攻撃に心臓が縮み上がるような感覚に陥りつつ振り返れば、そこにはやはり、あの人がいた。

 

 

「どうだ、ストライクは?」

「サ、サカキさん…」

 

 

我が保護者にしてTCP社長、さらにはストライクを押し付けた張本人、そしてロケット団のボスでもある悪のカリスマ、サカキさんである。後ろに何人か社員の皆さんを引き連れて、一週間ぶりのご登場だ。

 

 

「疲れているだろう、楽にしていいぞ」

 

 

いや、楽にしていいって…サカキさん、あなたここに来るたびに何だかんだ言って「どれ、少し揉んでやろう」とかなんとか言う流れに持っていって容赦なくボコボコにしていくじゃないですかー、やだー。

 

…ああ、なるほど。つまりアレですね?今回もこの後ボコられるんですね?存じております(諦め)

 

 

「見たところ、中々使いこなせるようになっているじゃあないか」

「はい、バトルでは概ね上手く扱えるようになったと手応えはあります…あの奇声を上げる癖だけは、どうにもなりませんが」

「フム、そうか…」

 

 

サカキさんは少し考える素振りを見せる。

 

 

「ならば、一度徹底的に追い詰めてみれば、あるいは多少なりとも大人しくなるかもしれんな」

 

 

はいキター、死刑宣告いただきました。どうもありがとうございます。ですが慎んで遠慮させて…もらえないんだよなぁ。はぁ…

 

 

「今日は時間もある。どれ、少し揉んでやろう…と、いつもなら言いたいところなのだが…」

 

 

…?何だ?

 

 

「毎回私が相手をしていても面白くあるまい。そこで、今日は別の相手を用意した。アポロ」

 

「はっ」

 

 

サカキさんに呼ばれたらしき、遠目にも目立つ水色の髪の社員が進み出てくる。いや、そりゃいつもコテンパンにやられるだけだと嫌にもなりますけどさ…

 

と言うか、ロケット団に水色の髪、そして"アポロ"という名前…この人はもしや。

 

 

「私の代わりに、少しコイツの相手をしてやれ」

 

「はっ」

 

 

…やっぱり、この人アレだ。名前が付いたのはリメイクされてからだったけど、ロケット団幹部で第2世代での実質的なロケット団の指導者だ。服装こそ違うが、その顔立ちには見覚えがあるぞ。くそぅ、中々にイケメンじゃあないか。

 

 

「言っておくが、全力でやれ。中途半端に手など抜くと、あっさり足元を掬われるぞ?」

 

「…はっ、お任せ下さい」

 

「では、私は特等席で観戦させてもらうとしようかな。マサヒデ」

 

「は、はい」

 

「そのストライク、アポロ相手にどこまで扱えるか見せてみろ」

 

「…はい!」

 

 

 

そう言って、フィールドを後にするサカキさん一行。後に残された俺とアポロさん。つまり、今回はサカキさんの代わりにアポロさんにボコボコにされるわけですね?

 

でも、サカキさん相手にするよりかは気が楽…あ、でも観戦するって言ってたね。じゃあダメだわ。

 

 

「…さて、ボスから話は聞いています。今回、君の相手を努めるアポロと言います。よろしく」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「では準備が整い次第、早速始めましょう」

 

 

フィールドの反対側へ向かうアポロさんを尻目に、こちらはストライクを急ぎ回復マシンに預ける。そう時間が掛かることもなく、回復完了を伝える音が鳴る。

 

所定の位置に戻る頃には、すでにバトルの準備は整っていた。

 

 

「来ましたね。では始めましょう」

 

「はい」

 

「TCP幹部である私が、君のようなお子様の相手をさせられるのは不本意な部分もありますが、ボスからの指示です。先達として容赦なく、全力で、叩き潰させてもらいます!」

 

「それでは、これよりアポロさん対マサヒデ君の試合を行います。使用するポケモンは1体です。両者、準備はよろしいですか?」

 

「いつでもどうぞ」

 

「こちらも大丈夫です」

 

「では、バトル開始!」

 

「いけ、ストライク!」

「ラアァァァァァァイッ!!」

 

 

審判の合図を皮切りに、お互いにボールを投げる。こちらはサカキさんからの指示でストライク。

 

 

「いきなさい、ヘルガー!」

「グルルゥ!」

 

 

対するアポロさんが出してきたのはヘルガー。まあ、この人と言えばヘルガーだよな。

 

ヘルガーはデルビルの進化系で、ほのおとあくの複合タイプ。第2世代で登場したポケモン。アポロさんとのバトルで初めて見たという人も多いはず。

 

あと、進化前のデルビルが手に入るのは殿堂入りしたあとのタマムシシティ近郊ということで、凄いガッカリした記憶がある。デルビルといい、ニューラやヤミカラスといい、なんでジョウトで出ないんだろうね。

 

 

 

…マグマッグ?マグマッグさんは孵化要員だからセーフ。当時は特性なんてなかっただろ、いい加減にしろ!というツッコミは無しの方向で。

 

 

「焼き払ってしまいなさい!かえんほうしゃ!」

「ガウゥ!」

 

「おっと、"こうそくいどう"で躱せ!」

「ラアァァァァァァイッ!!」

 

 

先手を取られるが、素早さを大きく上昇させる『こうそくいどう』を使って回避する。弱点を突かれる点は気になるところだが、ストライクの動きは悪くない。連戦で受けたダメージや疲労は心配しなくてもよさそうだ。

 

 

「そのまま回り込んで"つばさでうつ"!」

「ラアァァァァァァイッ!!」

 

 

『つばさでうつ』は何の変哲もないひこうタイプの物理攻撃技。"こうそくいどう"を積むことで、元から高い素早さをさらに強化し、相手を翻弄しつつスピードに任せガンガン切り込んでいく。撃たれる前に撃て、やられる前にやれ。それが、このストライクの基本スタイルだ。

 

まあ、要するにやることそのものはスピアーとなんら変わらない。

 

 

「引き付けてかえんほうしゃです!」

「ガウッ!」

 

 

跳ね上がったスピードでヘルガーに突っ込んでいくストライク。ヘルガーは再度かえんほうしゃで迎撃の態勢をとるが、ストライクの素早さは完全にヘルガーを上回っている。

 

 

「ガゥッ!?」

 

 

かえんほうしゃが放たれるよりも早く、ストライクの翅が鋭い打撃音を残してヘルガーを打つ。かえんほうしゃは不発。上手い具合にストライクの動きに振り回されてくれた。

 

 

「よし!一回距離を取って仕切り直しだ!」

「ラアァァァァァァイッ!!」

 

「逃がしません!かえんほうしゃです!」

「グァウッ!」

 

 

追撃はせずに一撃離脱。持ち直したヘルガーが放ったかえんほうしゃは余裕を持って回避し、フィールドの外壁沿いを旋回しつつ再度突入の機会を窺う。ヘルガーも微妙に動きながら再度攻撃の機会を探っているが、グルグルと旋回を続けるストライクに中々狙いを付けられない様子。

 

しばしの間、お互いに動くに動けない状況が続く。

 

 

「ヘルガー!距離を詰めてかえんほうしゃです!」

「ガウッ!」

 

 

膠着した状況を打破すべく、まずアポロさんとヘルガーが動く。高速で飛び回るストライクの進路を先読みして、一気にストライクとの距離が縮まる。こうそくいどうのヘルガーの素早さも決して遅くはない。近距離からのかえんほうしゃで、一気に片を付けるつもりだ。

 

なら…こっちはそれよりも先に鼻っ柱を叩いてやるのみ!

 

 

「ストライク、突っ込んでつばさでうつ!」

「…!ラアァァァァァァイッ!!」

 

 

突撃の指示にストライクも素早く反応。進路を急激に変更し、あっという間に向かって来るヘルガーの目前に。このまま撃たせる前に…

 

 

「"スモッグ"です!」

「うっ…!?」

 

 

ストライクの前に、炎の代わりにヘルガーが吐き出した紫色の毒々しい煙幕が急速広がる。ストライクは視界を奪われながらも、止まることも出来ずその真っ只中に突っ込む。

 

スモッグはどくタイプの攻撃技。威力は決して高くはなかったが、そこそこの確率でどく状態にする技だったと記憶している。ダメージは気にするほどではないと思うが、状態異常だけは気掛かりだ。

 

そんな心配も何のそのなストライク。全く怯むこともスピードを落とすこともせず、煙幕を切り裂いてその向こうへ飛び出した。

 

そこにはヘルガーが…いない!?

 

 

「"かみつく"です!」

「ガウッガウゥッ!」

 

「ラァッ!?」

「左!?」

 

 

ストライクの側面、未だにスモッグで覆われた位置。視界が無くなった僅か一瞬の間に、ヘルガーはそこへ潜り込んだらしい。俺がいつもサンドパンでやっていたような手を、自分でくらうハメになるとは…

 

不意を打たれほぼノーガード状態のストライクに、横から鋭い牙が突き立てられる。

 

 

「くっ…"きりさく"で振り払えッ!」

 

 

噛み付いて離さないヘルガーを、ストライクは"きりさく"で引き剥がしに掛かる。

 

 

「ラアァイッ!!」

「ギャウッ…!」

 

 

鎌の鋭い一撃がヘルガーのどてっ腹に叩き込まれ、これにはヘルガーも堪らずストライクを離してしまう。

 

 

「逃がしません!"かえんほうしゃ"!」

「グルァァッ!」

 

 

しかし、相手もすぐに態勢を建て直し、追撃のかえんほうしゃ。これを何とか紙一重で避けて、距離を取って一旦仕切り直し…とはならない。

 

 

「休む時間など与えません、ヘルガー!」

「グァウ!」

 

「くっそ…」

 

 

すぐさま再び猛然と突っ込んで来るヘルガー。そして放たれる"かえんほうしゃ"から逃げる。"こうそくいどう"を積んでいるおかげで、回避するためのスピードは十分にある。しかし、遠距離で使える対抗手段がなく息吐く暇もない。

 

このままでは少しずつ削られてジリ貧になるのが目に見えており、どこかで反撃に出る必要があった。しかし、"こうそくいどう"による加速で疑似的な先制技のようなことは出来るが、相手が使うのはタイプ一致の抜群技。一撃まともに貰ってしまえば試合終了だ。

 

射程もある。今は焦らず、回避に専念すべきか…

 

 

「チッ…そのスピード、思いの外厄介ですね…ですが、これならどうです!ヘルガー"ヘドロばくだん"!」

「ガウッ!」

 

 

そんな技も持っているのか…!?ヘドロばくだんはどくタイプの特殊攻撃技。高い火力とそこそこの確率でどく状態にする効果を持つ。威力も申し分ない優秀な技だ。

 

"かえんほうしゃ"に代わって、今度は紫色のヘドロの塊が連続で降り注ぎ、フィールドに落ちては弾けてヘドロと衝撃を撒き散らす。あれに当たったら、ただでは済まないだろうな。

 

だが、これは同時に好機ではないだろうか?タイプ相性の関係上、かえんほうしゃはストライクに致命の一撃になるが、ヘドロばくだんならまだ何とか耐えられる。それに、このままジリ貧になるよりは…

 

 

 

 

…行きますか!

 

 

 

「ストライク!反転して突っ込め!"つばさでうつ"だ!」

「ラアァイッ!!」

 

 

意を決して、ストライクに反転攻勢を指示。逃げ回っていたスピードそのままに、ヘルガーへ一直線に切り込んでいく。

 

 

「来ましたか!ならばかえn…いえ、"かみつく"です!」

「グァウ!」

 

 

ストライクの突進に対応して、向こうも近接技である"かみつく"を選択。"かえんほうしゃ"では間に合わないと踏んだか、インファイトに付き合ってくれるようだ。

 

急速に縮まる両者の距離。近距離戦はストライクの方に分がある。あとは、さっきの"スモッグ"のような手をくらわないように、相手の動きに注意。ヘルガーに付け入る隙を与えない速攻で、一気に戦局をこちらに引き寄せたいところ。

 

 

「ストライク、行けぇッ!」

 

 

自身が一振りの刃となるが如く突き進むストライク。それを迎え撃つヘルガー。喰らうが先か、打ち抜くが先か…!ヘルガーが動いた!?

 

 

「ストライクっ!」

「ッ!」

 

「"だましうち"っ!」

「グァウッ!」

 

 

両者がぶつかる寸前、ヘルガーの身体が沈み込み、ストライクが打ち抜こうとした位置よりもさらに低い位置から突っ込んで来た。

 

寸でのところで気付けたことで、何とかストライクの受け身が間に合う。危うくまたモロにくらうところだった。

 

 

「そのままかえんほうしゃ!」

「ガルゥッ!」

 

 

至近距離からのかえんほうしゃ。距離が近すぎて逃げられない…なら、前に出るしかない!

 

 

「離されるな!食らい付け!れんぞくぎり!」

「ラアァイッ!!」

 

「チッ…ヘルガー!"かみつく"で引き離すのですッ!」

「ガウッ!」

 

 

噛み付きと斬撃の応酬が繰り広げられ、ストライクとヘルガーが交錯する。

 

望んだ展開ではなかったが、何とかインファイトに持ち込めた。俺としてはこのまま仕留めてしまいたい。そのためには、この間合いを維持すること、かえんほうしゃを撃たせないことが重要だ。

 

逃がしたくないストライクと、距離を取りたいヘルガー。それぞれの思い描く道筋に向かって、戦いはさらに激しさを増していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「おお!すっげー!」

 

 

 マサヒデとアポロの激戦が続くフィールドの外、戦いの様子を一望出来る絶好のポジションに設けられた貴賓席。関係者しかおらずガラガラの観客席において、今この場所には2人の戦いを見守る人々の姿があった。

 

その最前部でこの激戦を見ていたのは、まだ小学生にもなるかならないかぐらいの幼い1人の少年。2体のポケモンが激しくぶつかり合う度に歓声を上げ、転落防止用の柵の隙間から身体を捻じ込むように、興奮気味に戦いを見つめている。

 

 

「どうだ、シルバー。生で見るポケモンバトルは」

 

 

その背後から歩み寄って少年…シルバーに声を掛けるのは、その父親。

 

 

「うん、こんなバトル初めて見た!ポケモンバトルってすっげーんだね!」

 

 

ただ素直に、屈託のない笑顔でシルバー少年は笑う。何も、この少年は今まで生で見る機会が無かったわけではない。が、こんな至近距離で、かつ多忙な父親とこうして共にポケモンバトルを観戦することは初めての事。

 

笑顔のシルバー少年を見て、その父親…サカキもまた笑う。会社社長として、ジムリーダーとして…そしてロケット団ボスとして、昼夜を問わず活動が多忙を極める中、このように息子と過ごせる時間は貴重なもの。普段の彼からすると幾分か穏やかな笑顔を浮かべ、共にバトルを観戦する。

 

 

「引き剥がせ、ヘルガー!」

「逃がすかぁっ!ストライクッ!」

 

 

そんなサカキの眼下で激戦を繰り広げる2人のトレーナーもまた、彼が見出だした人材。片やトレーナーとしての実力はモチロンのこと、仕事でも大きな案件を任せられるまでに成長しつつある若手幹部の筆頭格 ・アポロ。片や経験豊富な中堅レベルのトレーナーを手もなく捻るなど、豊かな将来性を見せ付ける天才少年・マサヒデ。

 

彼らの成長もまた、サカキにとって喜ばしいものだったことに違いはない。年齢的に一回り差がある彼らだったが、周囲に競える相手がなくなりつつあるアポロと、成長著しいマサヒデ。何かしら切欠になればと試しに戦わせてみたが、案外正解だったのかもしれない…と、サカキは内心でほくそ笑んでいた。

 

そして、そのバトルに目を輝かせている自身の息子にも、行く行くは彼らのように…そんな未来を思い描きながら、2人の愛弟子による死闘の結末を見守る。

 

 

「今です!"かえんほうしゃ"」

「グルァァッ!!」

 

「ラァッ!?」

「しまっ…ストライクッ!」

 

 

一瞬の隙を突いた至近距離からヘルガーの"かえんほうしゃ"がストライクにヒット。少年やサカキの後ろに控える職員たちから歓声が上がる。致命的な一撃だった。

 

その後、畳み掛けるヘルガーの猛攻に屈したストライクが倒れ、バトル終了。2人の戦いは、アポロに軍配が上がった。

 

 

「おおー!アポロさんが勝った!やっぱりアポロさんスゲー!」

 

「そうだな」

 

「でも、あっちのちっさい人も凄かった!」

 

「…そうか」

 

 

2人の戦いにシルバー少年は大満足のようで、興奮冷めやらぬ様子でサカキに話しかけている。

 

その様子に、仕事の合間を縫って連れてきて正解だったとサカキは思う。2人の現時点での実力も把握出来、アポロにもっと大きな案件を任せられる目処がつき、マサヒデはストライクを使いこなしていることが確認出来た。有意義な時間を過ごせたと、サカキ的にも満足なバトルだった。

 

 

しかし、元々育成の度合いやタイプ相性等、公平な条件のバトルではなかったとは言え、マサヒデの最後の無抵抗ぶりは、師としてはいただけない。

 

マサヒデには追加の試練を与えることを決め、サカキは少年や取り巻きたちと観客席を後にした。ただ、その表情(かお)は、とても穏やかであった。

 

 

 

 

…若干一名にとっては、それもまた恐怖の象徴でしかなかったのだが、それはいつものこと。

 

後日、ボロボロになりながらサカキに絞られる1人の少年の姿があったそうな。

 

 




第29話、新加入のポケモンはストライクでした。ゲームコーナーの景品にもなってましたから、予想してた方もいらしたのではないでしょうか?感想でも正解の方いらっしゃいましたし。

そして前話のアテナさんに続いて初登場のアポロさん。彼は言うまでもなく悪のサイドですが、マサヒデ君は一体何の未来を担ってるんでしょうかねぇ?悪?それとも正義?はたまた…?

そして最後にチョロッと出て来たサカキ様の息子・シルバー。まだ幼い彼の未来や如何に?

あと、いよいよポケモン新作発売ですね。皆さんは予約等されましたか?作者は初めて両方セブンイレブンで買ってみました。とても楽しみです。のめり込むあまりしばらく更新出来ない可能性が…

お許し下さい!お願いします!何でも(ry


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第30話:涙の数だけ強くなれる

 

 

 

 一週間後のタマムシシティTCP本社ビル内にあるバトルフィールド。そこには今日も今日とて、半ば無心となって戦い続ける俺がいた。

 

アポロさんとのバトルで善戦空しく敗北を喫してから一週間。ヘルガーにストライクを燃やされ、サカキさんに贅肉を燃やされ、身も心もボロボロにされてもなお立ち上がり、更なるレベルアップに励んでいる。

 

あの敗戦の要因は大きく分けて2つある。1つは"タイプ相性"。ヘルガーのレベル自体もさることながら、むしタイプで耐久能力があるとはあまり言えないストライクには、"かえんほうしゃ"がゲロ重だった。実際、一撃で瀕死寸前まで持って行かれて後はほぼされるがままだった。

 

ただ、タイプの相性ばかりは覆しようがない。それ以上に問題なのが、もう1つの敗因と考える"近接攻撃ばかりの技構成"だ。試合後半はほぼ全くと言っていいぐらい、射程距離まで斬り込めなかった。

 

このウィークポイントを解消する一番簡単な方法を採るなら、ただ"遠距離でも使える攻撃技を覚えさせる"だけでいい。が、そういう技は基本的には特殊攻撃技に分類されることがほとんど。そしてストライクの"とくこう"の種族値は…まあ、実用的な数値ではないことは確か。

 

そもそも、ストライクがそういう技をあまり覚えないという根本的問題もあるんだけど。"かまいたち・エアスラッシュ"…他にも何かあった気がするが、何だったかな?後は技マシンとか、タマゴ技ばかり。これじゃあどうにもならん。

 

なので、別の解決法を採ることにした。ズバリ『ストライク(おまえ)に足りないもの、それは…情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!そして何よりもォ! は や さ が た り な い ! 』作戦だ!

 

…要は、すばやさ鍛えて撃たれる前に斬れってだけの話な。相手が撃つよりも早くこちらの攻撃圏内に飛び込み、強烈な一撃を以て打ち破る。攻撃は最大の防御なり。スピード&パワーは全てを解決するのだ。大正義高速高火力。

 

 

 

とにかく、ストライクも他の面子も、より速く、より強く。それを心の中のスローガンに、俺はこの日も戦いに明け暮れていた。

 

そこへ現れる来訪者。

 

 

「マサヒデ、調子はどうだ」

 

 

…タマムシシティに逗留して何回目かとなる、TCP社長兼トキワジムリーダー兼ロケット団ボス・サカキさん来襲である。

 

そして、それは今日が不定期で定期的にやってくる試練の日であることを告げる合図でもあった。

 

 

「…お疲れ様です、サカキさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これより社長とマサヒデ君の試合を始めます!」

 

 

 

かくして、例によってまたしても試練が俺の前に降って沸いていた。いつものように現れたサカキさんだったが、あれよあれよという間に話が進み、気付いた時には御覧の状況。ハイ、シッテタシッテタ。

 

…毎度のこととは言え、どうしてこうなるのか。コレガワカラナイ。

 

 

 

「マサヒデ、悪いが私の都合に付き合ってもらおうか。代わりに少しだけ、全力で相手をしてやる。死ぬ気で掛かってこい」

 

 

 

フィールドの向こう側で、悪役ラスボス感たっぷりに腕組みしているサカキさんに、気取られないように心の中でため息を吐く。

 

しかも、ちょっと全力で相手してくれるらしい。やったね俺!軽く死ねるよ!…はぁ、腹が痛い。

 

 

 

何故こうなったのかを少し説明する。事の経緯はこうだ。

 

御存知のとおりトキワジムリーダーであるサカキさんだが、その任命はカントーポケモン協会が行っており、ジムリーダーへの給料もここから支払われている。その財源として、所謂税金が使われているわけだ。そのため、ジムリーダーは一定期間毎にポケモン協会による監査を受けなければならないという規則がある。

 

調べられる内容は、ジムの運営状況や設備の管理態勢、所属トレーナーの待遇、資産等の個人情報等、かなり多岐に渡る…らしい。詳しくは分からん。

 

だが、それらの中でも最も重要視されていることが、ジムリーダー本人のトレーナーとしての実力。

 

ジムリーダーというのはポケモンリーグ挑戦者を選抜する門番としての役割はモチロンのこと、何か警察では手に余る問題が起きた時、真っ先に対応して事態の収拾を図らなくてはいけないという役割も持っている。

 

普通に考えれば一定以上の実力が求められるのは当然のことだ。

 

で、その実力確認の監査が一週間後に迫っており、現在はそれに向けて主力の調整をしている段階。その調整ついでとして、一軍メンバーで相手をしてくれるとのこと。わぁい、マサヒデさん嬉しすぎて小便チビっちゃいそうだよぉ()

 

 

 

…まあ、普通に考えれば手も足も出ずに惨敗するであろうことはほぼ確実なので、多少の手加減はしてくれるようだけど。

 

 

 

「使用ポケモンは1vs3の変則ルールです。持ち物、ポケモンの入れ換えはマサヒデ君にのみ認められます」

 

 

 

その手加減というのが、この1vs3の変則ルール。これなら、手も足も出ず無惨に消し飛ばされることはない…ハズ。きっと、たぶん、めいびー。それでも軽くあしらわれる気しかしないのは俺の気のせいだろーか?

 

だが、これもサカキさんをギャフンと言わせる機会の1つ。今の俺の全力を以て、いつも以上に気合い入れて逝くぞォ!

 

 

 

…というわけで、若干自棄っぱちになりながら俺がこのバトルに選出したポケモンたちは以下の通り。

 

 

 

・ドガース ♂ Lv29

持ち物:シルクのスカーフ

特性:ふゆう

ワザ:ヘドロこうげき じばく

   10まんボルト くろいきり

 

・ストライク ♂ Lv31

持ち物:きあいのハチマキ

特性:テクニシャン(?)

ワザ:つばさでうつ れんぞくぎり

   こうそくいどう きりさく

 

・サンドパン ♂ Lv32

持ち物:せんせいのツメ

特性:すながくれ

ワザ:マグニチュード ころがる

   まるくなる きりさく

 

 

 

まずサカキさんはじめんタイプのジムリーダーだ。ジムリーダーとしての監査である以上、使用するのはじめんタイプのポケモンと思われる。

 

その点から考えて、ドガースは特性"ふゆう"でじめん技を無効化出来る点と、物理攻撃に対する耐久性が良い点がgood。元々の相性や攻撃面に難はあるが、相手のタイプ一致技を片方封じ、"ヘドロこうげき"で相手をどく状態にしてジワジワ削り、後がなくなれば持ち物で強化した"じばく"で少しでもダメージ与えて退場…という流れが出来れば良いなと考えていたり。なお、ニド夫婦が出て来た場合は即出落ち要員となります。

 

次に2体目、ストライク。ドガースと同じくじめん技が効かないひこうタイプ。サカキさんから『使いこなしてみせろ』と言われた奴なので、ここは前回の汚名返上と行きたいところ。相変わらず喧しいのはご愛嬌。きあいのハチマキで耐久面に一応保険を掛けておく。役に立つかは知らん。

 

ラスト3体目に選んだのはサンドパン。じめんタイプが合わせて持っていることが多いいわタイプの技を意識して選出した。せんせいのツメですばやさはカバーする。レベル的にもスピアーに次ぐ俺の主力だし、こんなもんだろ。

 

ちなみに、真のエース・スピアーさんは先に選んだ2体とタイプ丸被りだったので今回は敢えて外した。俺=スピアーばかりではないことを見せてやるのだ。あといわ技が重くなり過ぎるし。

 

 

 

…じめんタイプ相手にするなら、本当はナゾノクサが使えれば一番良いんだけど、捕まえてから日が浅く、流石にサカキさんの相手をさせるのは荷が重いと判断した。他の面子と比べると、如何せんレベルがね。他の手持ちもヨーギラスとロコンはタイプ相性的に厳しいし、ラッタもいわタイプ複合のポケモンが相手になると辛い。せめて"いかりのまえば"を覚えていればドガース抜いて入れてたけど…現状、選択肢が無い。

 

まあ、そこまで考えて動員したところで勝てるかはだいぶ怪しいが。いや、ほぼ望み薄と言った方が適切かな。

 

 

「両者、準備はよろしいですか?」

 

「構わん」

「はい」

 

 

 

それでも、サカキさんの一軍を相手にするのは滅多にない貴重なこと。やれるところまでやってやろーじゃないか。

 

 

「では、バトル開始!」

 

「やるぞ、ドガース!」

「ど~がぁ~」

 

「いけ、サイドン」

「サァイッ!」

 

 

 

先鋒・ドガースが、やる気を削ぐような間延びした鳴き声と共に、フィールドに姿を現す。対するサカキさんのポケモンは、『サイホーン』の進化系『サイドン』。いわ・じめん複合タイプで、いわタイプらしく機敏さはないが、物理方面は攻撃・耐久力ともに優秀。代わりに特殊方面は例によってアレなんで、みずかくさタイプの特殊技で消し飛びかねない。

 

まあ、どちらも持ってない今の俺には関係無い話なんだけどネ。あと、ニド夫婦ほどじゃないにしろ、コイツも結構色んな技を覚える。有効かどうかはともかくとして。

 

それと、ゲームだと確かジム戦での切り札枠だった気がする。つまり、このサイドンはサカキさんのエースポケモン…?

 

…とりあえず、ドガースが登場即出落ちをかまさなくて済むように頑張ろう。

 

 

「ドガース"ヘドロこうげき"!」

「ど~…がぁ~」

 

 

サカキさんの機先を制して、紫色の粘性の物体がサイドンに向かって飛ぶ。ダメージは期待出来ないが、どく状態に出来れば役目は果たしたことに出来る。

 

 

「サイドン、"れいとうビーム"」

「サァイッ!」

 

 

が、そう易々とくらってはくれないのも分かりきったこと。サイドンかられいとうビームが放たれ、ヘドロこうげきが凍らされて地に落ちる。

 

 

「"くろいきり"!」

「どがぁ~」

 

「む」

 

 

やはり重量級相手に正面衝突は難しいと判断し、"くろいきり"を指示。即座にドガースからどす黒い霧と言うか、煙が四方に噴出され、こちら側のフィールド半分を覆っていく。

 

本来はバトル中のステータス変化を打ち消す技だが、これだけ濃い霧なら煙幕としても使えるのは確認済みだ。

 

…こっちからも相手側が見え辛くなってしまうのが難点だ。ドガースからは見えてるっぽいけど。

 

 

「霧に紛れてヘドロこうげき!」

「ど~がぁ~」

 

 

霧の中からヘドロを撒き散らしていく引きこもりスタイルで、チマチマとサイドンにダメージを与えていく。霧のせいで向こうの様子がイマイチ分からないけど、サイドンならレベル差があってもそこまで機敏には動けまい。

 

つーわけで、大人しくどく状態になれやオラァ!

 

 

「小賢しいな…サイドン、中心直線上に"いわなだれ"だ」

「サァイッ!」

 

「ドガース!」

 

 

ドガースに注意を促す意味で声を上げてから間髪入れず、大きな岩石群が霧を割るように降り注ぎ、フィールドを揺らす。

 

俺の方に一列一直線で迫って来る大岩の雨に、思わず後退しそうになる。一発当たれば即死確定の恐怖を前にしては、こうなるか足がすくむかのどっちかだろう。或いは俺がチキンハートなだけか。

 

技が止んだ後には、俺側のフィールドを真っ二つに分断するように岩の道が作られ、その衝撃で霧は吹き飛ばされ、サイドンもドガースもしっかりと視認出来る状況になっていた。

 

 

 

「見つけたぞ。サイドン、"つのドリル"だ」

「サァイッ!」

 

「うげ…」

 

 

そのサカキさんの指示と同時に、サイドンの頭に生えているドリル状の角が『キュイィィィン』と音を立てて激しく回転し始める。

 

"つのドリル"はノーマルタイプの物理技。効果の方は至極シンプルで、当たった相手を問答無用の一撃で戦闘不能に追い込む技だ。

 

問題点としては、シンプルながらも強力な効果故に命中率がとても低く、自分よりもレベルが高い相手には全く効果が無い。が、逆に相手よりもレベルが高いと高い分だけ命中率が良くなるという仕様となっている。

 

ドスドスとフィールドを揺らしながら、ドリルと化した角を前面に押し出してサイドンが突っ込んで来る…って、思ってたよりもだいぶん速いなオイ。

 

何とかアレを止めなくてはならない。ならないのだが、サイドンを止められそうな有効な技はドガースには無い。逃げようにもいわなだれで創られた岩の道が横への移動を阻害する。そして片やジムリーダーの一軍ポケモン、片やルーキーの4、5番手ポケモン…うん、分かりやすい無理ゲー。

 

考えている間にもサイドンはドガースに迫る。猶予はない。ああ、もう…致し方無し!こういう時はもうこの手に限る。

 

 

 

「すまないドガース…"じばく"だ」

「どがぁ~」

 

 

親の顔より見た展開、最終手段にして出落ち手段の"じばく"。ニタァ…とより一層笑顔になりながら、爆発の態勢に入るドガース。徐々に体が光り始め、エネルギー的なモノが高まっていく。

 

 

「サイドン、そのまま打ち抜け」

 

 

サカキさんは躊躇することなく攻撃続行を指示。サイドンもスピードを落とすことなく突っ込んで来る。頼む、間に合ってくれ…!

 

 

 

そして…

 

 

 

「ど~…がぁ~!」

『ドオォォォォォン‼‼』

 

 

 

寸でのところでじばくのチャージが間に合い、サイドンを巻き込んで大きな爆発を引き起こした。轟音が響き渡り、熱風がフィールドを吹き抜ける。

 

爆風が止んだ頃にフィールドに残っていたのは、地に落ちたドガースと、それを見下ろすように立つサイドン。まあ、分かっていたことではあるが、あまりダメージはなさそうだ。何もせずやられるよりかは遥かにマシだが。

 

 

「ドガース戦闘不能!」

 

 

戦闘不能のジャッジが下ったところで、ドガースを戻す。結局ほとんど出落ち同然になってしまった。いつかこういうことをする時が来るとは思っていたが…とにかくスマン、ドガース。

 

…さて、まだ勝負の途中だ。切り替えていこう。2番手は…悩ましいけど、こっちだ。

 

 

「いけ、サンドパン!」

「キュイィ!」

 

 

次鋒に選んだのはサンドパン。サイドンを相手するなら、ストライクよりも物理耐久力があるサンドパンの方が良い。れいとうビームで弱点突かれるのは要警戒だが、それはタイプ一致のいわ技がブッ刺さってるストライクでも同じこと。それに、サンドパンなら"マグニチュード"でサイドンの弱点突けるしな。

 

理想はサンドパンでサイドンを倒せれば最高…だが、流石に難しいだろう。粘れるだけ粘って、削れるだけ削って、ストライクにバトンを繋げればってところか。

 

 

 

「ふむ、そう来るか…サイドン、れいとうビーム」

「サイッ!」

 

 

開始早々、早速飛んで来るれいとうビーム。流石サカキさん、容赦ねぇッス。

 

だからこちらは、サイドンの忘れ物を使わせてもらうとしよう。

 

 

「サンドパン、残ってる岩に隠れるんだ!」

「キュイッ!」

 

 

俺サイドのフィールド上に残るいわなだれによる岩の道。それを形成する岩1つ1つがそれなりの大きさであり、その中の手頃な岩の陰にサンドパンは素早く身を潜める。

 

 

「やれ」

「サァイ!」

 

 

そんなことは関係ないと言わんばかりに、サイドンはれいとうビームを放つ。鋭い冷気を放つ光線が岩をいくつも砕くが、それがサンドパンまで達することはなかった。

 

 

「休まず撃ち込め」

「サァイッ!」

 

 

こちらを逃がすまいとれいとうビームが連続して放たれるが、岩陰から岩陰へと飛び回るサンドパンを、致命打となり得る青白い光が線捉えることは遂になかった。狙い通り、しっかりと盾として機能したようだ。

 

 

「届かぬか。ならばサイドン、フルパワーだ。"じしん"で瓦礫ごと押し潰してしまえ」

「サァイドォンッ!」

 

 

それを見たサカキさん、更なる力技でぶっ壊しに来た。

 

"じしん"は威力・命中ともに高いレベルで安定していて、優秀な攻撃範囲を持ち、ポケモンも幅広い層が覚えるため、ポケモンとしてもトレーナーとしても使い勝手抜群のじめんタイプの大技だ。持っているだろうとは思っていたので、来るべくして来たといったところ。

 

とにかく、すぐにその場を離れないと岩に押し潰され…いや、この場合むしろこうか!?

 

 

「サンドパン!その場で"まるくなる"だ!」

「…キュイ!」

 

 

咄嗟に下手に動くよりかは防御を上げた方がいいと判断して、岩の影に隠れたまま体を丸めて防御姿勢を取らせる。

 

 

『…ガタガタガタガタガタガタ!!』

 

 

直後、フィールドが揺れる…いや、もう衝撃波をまともにくらったとでも言った方がいい。突き飛ばされるような激しい揺れがフィールドを襲った。それこそ、この施設そのものが倒壊するんじゃないかと錯覚するほどの。

 

そんな激震になんとか耐えている中で、サイドンによって創り出された岩の道は、またサイドン自身の手によって脆くも崩れ落ちた。フィールドの俺サイドが一瞬の内に、文字通り瓦礫の山となった岩が散乱する荒れ果てた大地と化す。

 

巻き上げられた砂埃が重く立ち込め、瓦礫に埋もれてしまっただろうサンドパンが無事なのかも分からない。一瞬の判断が勝負の妙案を分けることはよくあるが、あの判断は誤りだったと、すぐさま直感的に感じてしまうぐらい絶望的になる光景だ。

 

 

「サンドパンッ!」

 

 

中々見つけられないサンドパンの姿を必死に探していると、砂埃の向こうからサイドンが近付いて来るのが嫌でも目につく。悠然と、それでいて堂々としたその一歩一歩から、歴戦の王者の風格が滲み出ている。

 

今までも回数は少ないが、サカキさんの1軍メンバー相手にバトルをする機会は何度かあった。が、明確に手加減と言うか、遊ばれていたことが今なら理解出来る。やっぱり強ぇわ、この人。

 

 

 

 

 

…ま、だからこそ勝ちたいんだけどな!

 

 

 

「サンドパン!やれッ!」

 

 

 

負け続けるのは趣味じゃないし、やられっ放しは癪に障る。今はまだ届かないかもしれないが、何もせずに終わるのだけは御免被る。

 

瓦礫が1つサイドンに向けて弾き飛ばされ、サンドパンが再びフィールド上に躍り出る。瓦礫の隙間から様子を窺ってる姿が見えた時は安心したぜ。

 

 

「フッ…サイドン、つのドリルだ。突っ込め」

「サァイッ!」

 

 

サンドパンが飛ばした岩を腕の一振りで難無く退け、サイドンが猛然とダッシュで突っ込んで来る。

 

 

「瓦礫弾き飛ばして邪魔してやれ!」

「キュイッ!」

 

 

サンドパンは手近な瓦礫を片っ端からサイドンに弾き飛ばしていく。使えるものは使っていかないとな。疑似的に"ロックブラスト"を撃ってるような感じだ。まあ、それも全て弾かれてほとんど有効打にはなっていないんだけども。嫌がらせが良いとこだ。

 

そんな疑似ロックブラストを物ともせずに、いよいよ射程圏内に捉えられるかというところまでサイドンが迫った。

 

 

「サンドパン、瓦礫を盾に使って回避!」

「キュイ!」

 

 

流石にここまで来られると、こちらも動かざるを得ない。

 

 

「瓦礫ごと打ち砕け、サイドン」

「ドォンッ!」

 

 

残っている瓦礫を遮蔽物にサイドンから逃げ回るサンドパンと、サカキさんの言葉どおりにつのドリルで瓦礫ごと粉砕していくサイドン。隙を見て瓦礫を飛ばして反撃していくが、ドリルで木っ端微塵にされているところを見ると、当たりたくない、当たれない技だというのが嫌でも分かる。

 

そんな逃走劇を繰り広げるうちに、フィールドに散らばる瓦礫も徐々に掃除されていく。このままきれいさっぱり遮蔽物が無くなればどうなるか…れいとうビームが避け続けられる未来が見えねぇ。サンドパンって素のすばやさが高いわけじゃないしな。

 

と言うか、ここまでまともに反撃出来てないのはよろしくない。せめて一太刀は浴びせてやりたい。

 

つまり、逃げちゃダメだってことだ。逃げ回ってるだけじゃ勝利は掴めないからな!

 

 

「瓦礫飛ばしてから"ころがる"!」

「キュイッ!」

 

 

瓦礫を弾き飛ばして、それに着いていくようサンドパンが突撃を開始する。

 

 

「叩き落とせ。その後いわなだれだ」

「サァイッ!」

 

 

対するサイドンはこれまでと同様に瓦礫を叩き落とし、返す刀でサンドパンを攻撃にかかる。

 

距離があるからか、サカキさんが選択した技はつのドリルではなくいわなだれ。さっきは一直線になるように降り注いだ岩が、今度は横に広がり進路を塞ぐようにサンドパンを襲う。

 

今止まってしまったら、結局ジリ貧に追い込まれて負けるしかない。ここは勝負所だ。

 

 

「止まるな!突っ切れ!」

 

 

俺の声に応えるように、サンドパンがスピードを上げていわなだれのど真ん中に果敢にも突っ込んだ。

 

効果今一つとは言え、当たれば無視出来ないダメージを受けるであろう土砂降りの巨大岩石群の中を、スピードを保ったまま器用に潜り抜けていく。

 

ヒヤリの連続と言っていいぐらいの至近弾ならぬ至近岩の雨。かすったとか、破片が当たったとかはあるはずだ。それでも、まともな直撃は1発も無かった。

 

 

 

そして、そのままサンドパンに有効打を得ること無く、いわなだれは止んだ。砂煙のすぐ向こうには、いわなだれを撃ち終わったばかりでかなり隙の多いサイドンの姿。

 

ここを逃しては、勝てるばずもない!

 

 

「サンドパン、左だ!」

 

 

対応しようとするサイドンの左側を、サンドパンが転がりながら抜けていく。サイドンが驚いたような顔で後ろを振り返る。

 

いわタイプのころがるじゃ、サイドンに大したダメージは出せない。本当の狙いはこっちだ!

 

 

「"マグニチュード"ッ!」

「キュイィッ!!」

 

『…ガタガタガタガタ』

 

 

直後、再びフィールドが揺れ始める。耐えに耐えて、ようやく作り出した攻撃のチャンス。弱点突いたタイプ一致攻撃の全力、叩き込んでやる!

 

いけ、サンドパン!

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガタガタガタ………』

 

 

 

 

「………」←俺

 

「………」←サカキさん

 

「………」←サイドン

 

 

 

 

 

「…キュイ?」←犯人

 

 

 

 

 

 

…引き負けたあぁぁぁぁぁ!?おいおいおいサンドパンさんや、今の完全に形勢逆転・一転攻勢を掛ける場面だっただろ!?アニメだったら処刑用BGM掛かってる所だぞ!?それをなんでよりによってこう、盛り上がる所でカスダメ引くんだよ!?テヘペロしてれば許されるとでも思ってんのかあぁぁぁぁッ!?

 

…ああもう、ホント全部台無しだよ。

 

 

 

「…れいとうビーム、だ」

「…サァイ」

 

「ギュッ!?」

 

「…あ」

 

 

思いもよらないところで今後の展望を砕かれ呆然としてしまった俺を他所に、サカキさんはれいとうビームを指示。遮蔽物があるのは俺サイドだけ。避けることも隠れることも出来ず、サンドパンはまともに直撃を受けて吹き飛ばされた。

 

 

「サンドパン、戦闘不能!」

 

 

戦闘不能のジャッジが無情にも響く。が、マグニチュードの顛末ですでにボッキリと鼻っ柱を圧し折られていた俺には、もう折られる心は残っていない。

 

…ハァ。いや、そもそもマグニチュードって技自体ランダム性の強い技ではあるけど。いくら何でもこの状況でこれは…堪えるなぁ、ハァ…そしてやっぱり運ゲーってクソだわ。

 

 

 

ともかく、お疲れサンドパン。労いつつボールに戻す。つい色々と心の中で叫んでしまったけど、許しとくれ。

 

さって、サンドパンでほとんどダメージ与えられなかった時点で勝負あったようなものだけど、まだバトルは終わっていない。ちゃんとやらないとまたサカキさんに扱かれる。

 

 

「いってこい、ストライク」

「ラアァァァァァイッ!…ラァイ?」

 

 

空元気を振り絞って、最後の1体・ストライクをフィールドへ。いつもなら喧しいと文句の1つでも言いたくなるその奇声が、今日はより一層耳障りに感じる。そして文句を言う気力もない。ストライクも今の俺の状態に違和感を感じたのか、奇声を上げた後にこちらの様子を窺うように振り返る。

 

 

「"こうそくいどう"」

「ラアァァァァァイッ!」

 

 

とりあえずは現状初手安定のこうそくいどう。いわなだれ、れいとうビーム、そしてつのドリル…どれをくらってもワンパンKOだろう。勝ち筋があるとすれば、自身のスピードを活かしての機動戦しかない。

 

この間、サイドンに動きはない。慢心…ないな、強者故の余裕ってやつだ。

 

 

 

ストライクが高速で周囲を飛び回っている内に、徐々に俺の精神も落ち着いてきた。サンドパンではやらかしてしまったが、今度こそその余裕、崩してやる。

 

 

「突っ込め!"れんぞくぎり"だ!」

「ラアァァァァァイッ!」

 

 

その一声と共に、待ってましたと奇声を上げて一直線に斬り込んでいくストライク。こうそくいどうで跳ね上がったスピードを活かし、狙うはヒット&アウェイ。まともにやり合えば力負けする。足を止めたが最後だ。

 

 

「ラアァァァァァイッ!」

 

「サァイッ!」

 

 

ストライクを押さえ込もうとするサイドンの脇を、駆け抜け様にまず一太刀。

 

"れんぞくぎり"は、連続で使い続けることで技の威力が高くなっていく。これを繰り返せば、その内サイドンと言えど無視出来ないダメージになる。

 

狙いを付けられないよう、不規則にジグザグな動きで翻弄しながら距離を取り、また斬り込んでいく。サイドンはそのスピードに着いていけていない。

 

 

「サイドン、自分を起点にいわなだれだ」

「サァイドォンッ!」

 

 

何度かストライクに斬られたところで、流石にスピード勝負は分が悪いと見たか、無理矢理面で押し潰しに来た。そして、それがストライクには死ぬほど辛い。当たれば確定一発なのは分かり切っているため攻撃の手を止めざるを得ず、それすなわちスピードを殺すということでもある。

 

で、そういう隙を見逃してくれるほど、サカキさんは甘くない。

 

 

「お返しだ、マサヒデ。サイドン、岩を撃ち出せ」

「サァイッ!」

 

 

減速・反転したストライク目掛け、いわなだれにより生み出された岩塊の1つが撃ち出される。さっきサンドパンがやったことを、そっくりそのまま返されるハメになった。

 

その後も逃げ回るストライクを矢継ぎ早に岩塊が襲う。先ほどと展開は全く同じで、違うのはれいとうビームが疑似ロックブラストに変わったぐらい。そして、サンドパンの時にあった遮蔽物も、すでにそのほとんどは砕け散っていて役に立ちそうにない。というか、スピードが重要なストライクにはミスマッチだ。そして、そのスピードも飛来する岩塊によって出し切れていない。

 

 

「サイドン、フルパワーだ」

「サァイドォンッ!」

 

「ラァイ!?」

「しまっ…」

 

 

逃げ回るうちにフィールドの端に追い込まれたストライク。壁際に沿って逃げるストライクの行く手に、岩塊が突き刺さる。

 

これで完全に行き足が止まってしまった。

 

 

「れいとうビーム!」

「サァイッ!」

 

「ラァッ…」

「ストライクッ!」

 

 

そこを見透かしたように、れいとうビームが直撃。ストライクは壁に叩きつけられる。砂埃と白い冷気が辺りに散る。

 

そして、砂埃と白い冷気が晴れた後には、氷で壁に磔となったストライクの姿が。

 

 

「ラ…!ラァァイッ!?」

 

 

様子を見るにまだ戦えるようだが、氷のせいで体が動かせない様子。なるほど、これが『こおり』の状態異常か…詰んだわ、これ。流石にこうなってしまったらもう手の打ちようがない。

 

 

「サイドンを相手に、ここまでよくやった…と褒めておこうか。監査前に良い予行演習になった」

 

 

サカキさん的にも勝負あったって感じだなー。振り返ってみると、今回も今までどおりほとんど一方的にやられてただけだ。まともにダメージも与えられてないし。効果今一つなじばく、カスダメ引いたマグニチュード、元々の威力が低いれんぞくぎりが数回…うん、こんなんじゃそりゃ勝てませんわ。

 

何はともあれ、お疲れストライク。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次戦う時は、もっと楽しませてくれることを期待する。サイドン、つのドリルでトドメだ」

「サァイッ‼」

 

「…え?」

 

 

え、いや、ここでつのドリルッスか?身動き取れない相手にいくら何でもそれはオーバーキルが過ぎる…

 

 

「ラアァァァァァァァァァッ!?」

「ス、ストライクゥーーッ‼」

 

 

 

 

 




というわけで、主人公がサカキ様に遊ばれるお話でした。この主人公のライバルはレッドさん?それともグリーン?とんでもない、サカキ様です。明確にライバルっていう存在を決めていなかったけど、もうそれでいい気がする今日この頃。ここのサカキ様はバトルに関しては血も涙もないお方です。

さて、前回の投稿から1カ月、剣盾一通りプレイしましたが、やっぱりポケモンの新作は幾つになってもワクワクします。もう一生治らないんだろうなぁ、これ。色々感想はありますが、詳しくは後で活動報告の方にでも書いときましょうかね。次回はジム戦…まで行けるかなぁ?

それと、多くの感想ありがとうございます。返信の方がだいぶ滞っていますが、全部拝見させていただいております。今後、少しづつ返信の方もやっていきたいと思います。それと、更新はこれが今年最後になるかもしれません。もしかしたらもう1話いけるかもしれませんが、先に言っておきましょう。皆様、どうぞ良いお年を。


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第31話:戦う男の休日

 

 

"働かざる者食うべからず"…食べ物を手に入れることに大きな苦労が伴った大昔において、働こうとしない怠け者に食わせる飯は無いという意味。転じて働かないと食事にはありつけないという遠い先祖達からのありがたい教え。時代が進んでも戒めのために、子供への教育のために、或いは良い歳になっても働かない大人(ニート)への親からの圧迫として、今なおよく使われている、労働することの意義と目的と社会的圧力を今に伝える諺だ。

 

俺も昔、祖父母からよく言われたものだ。『働かざる者食うべからず。子供は勉強することが仕事だから頑張りなさい』…と。一度社会人となった経験を持つ身としては、学生時代の背信的行為の数々と末期の焦燥感を思い出し、身に染みて腹から背中までぶち抜く程に突き刺さる言葉だ。もう一度子供に戻ってみたいと何度思ったことか。

 

…まさか世界を越えて本当に子供時代をやり直すハメになるとは思っても見なかったが。

 

ともかく、そんなこんなで時代は進み、いつしか世の中は豊かになった。様々な面で余裕が生まれ、ゆとりが出来、そこかしこに欲求の捌け口が溢れ、世の中を動かすモノが食べ物から金になった。

 

人々は己の内に滾る欲求・欲望を満たすために、今を生きている…と言っても過言ではないのではないか?その手段として金を得るため、日々汗水垂らして働いているワケだ。それこそ"月月火水木金金"などと称し、休み無しで自己研鑽に努めること、1日24時間の多くを労働に費やすことを良しとするような風潮が生まれるほどに。

 

労働は現在、生きていく上で絶対に必要なことだ。しかし、24時間、ないしはそれに近い時間働くような日々を続ければ、最終的には心を壊し、体を壊し、最悪命を失うこととなる。どんな屈強で優秀な企業戦士と言えど、休息は絶対に必要なのだ。

 

 

 

 

 

 

まあ、詰まる話、何が言いたいのかというと。

 

 

 

 

「リーフの石が1点、炎の石が1点、合計で4,200円になります」

 

「これでお願いします」

 

「…はい、ちょうどお預かりします。ありがとうございました」

 

 

 

 

日夜バトルに明け暮れ、毎度のようにサカキさんにボコられるような日々は、俺の体力的にも精神的にもよろしくないってことさ。流石に来る日も来る日も手もなく捻られてちゃ、サカキさんの無茶振りの数々に耐えてきた俺でも心が荒むってもんだ。

 

いくら何でも、明らかな格下相手に"れいとうビーム"で壁に磔にして身動き封じた所に"つのドリル"ブチ込んで来るとか…ないわー、マジないわー…あの時ばかりは衝動的に鬼!悪魔!サカキ!と叫んでやりたい気分だった。いや、いつもそうか…そしてモチロン出来なかった。すまねぇ、ストライク…俺、もっと強くなるよ。でも、もう少し声量は抑えてくれ。喧しいから。

 

 

 

 かくして心眼零度コンボよりも惨い、正直目を覆いたくなるぐらいのオーバーキルでガッツリストライクごと心も抉られた俺。リアルにorzしそうな勢いで凹んでいた俺に対して、見かねたらしいサカキさんから与えられたのは『少しリフレッシュして来るといい』と言う一言と、貴重な貴重な休日。

 

結構久しぶりに手に入れた気がする完全な休日なワケなんだが、今いるのは虹色の大きな街こと、ヤマブキシティと並んでカントー地方屈指の大都市タマムシシティ。折角の休みを1日中部屋の中でダラダラ過ごすのもどうかとも思い、外出することにした。

 

そこでまず俺が足を運んだ場所が、現在地のタマムシシティの目玉施設の1つ"タマムシデパート"だ。ゲームでもあった大型ショッピング施設で、ゲームにおいては幅広い品揃えで多くのトレーナー諸氏がお世話になったことと思う。

 

モンスターボールやきずぐすり等のトレーナー必須アイテムなら、各地のフレンドリィショップでも買える。しかし、タマムシデパートではそれらに加え各種進化の石や優秀な技の技マシン、ポケモン育成のお供、努力値振りの必需品である"タウリン"等のドーピングアイテムまで、多くの有用なアイテムが取り揃えられている。

 

そして、その品揃えは現実(こちら)でも変わらない。それどころか、モンスターボール3種、各種きずぐすりに状態異常回復アイテムは元より、1~50番までのほとんどの技マシンとドーピングアイテム各種。他にもゲームでは無かった木の実やポケモン関連グッズ、雑誌等の書籍類、フードコート…と、ゲームよりもさらに充実したラインナップとなっていた。

 

あと、何かゲーム◯ーイも売ってた。見て、手に取った瞬間、子供の頃の記憶が甦って懐かしさが爆発した。決められた時間をオーバーしても止めなかったせいで親に取り上げられたのも、今となってはいい思い出だ。

 

 

 

 そんな見所盛り沢山なタマムシデパートに、俺が貴重な休日を使ってやって来た理由は、もちろん気分転換を兼ねてショッピングを楽しむために他ならない。何から何まで手を出すことは、それこそお金を十万、モノによっては百万単位で湯水の如く消費することになるので無謀が過ぎる…と言うか、出来ないが。

 

そんな中にあって、俺がなけなしのお小遣いをはたいて購入したのが、"ほのおのいし"と"リーフのいし"。いずれもポケモンを進化させるアイテムで、俺のポケモンの中だとそれぞれロコンとクサイハナ(ナゾノクサ)を進化させるのに必要となる。

 

今はまだ早いかもしれないが、いつかは必ず必要になるアイテムだ。買える時に買っておいて損はない。

 

他にも気になる商品は色々とあった。主に技マシンとか技マシンとか技マシンとか…値段がアレなので買うことは難しいが、見ているだけでも楽しいので問題はない。

 

…使い捨てのくせにゲームよりもバカ高くて1つウン万もするとか…安いヤツは安いヤツで微妙に使い勝手が悪かったり、覚えるポケモンが限定的だったりするし…ともかく、良い買い物も出来たし、良いリフレッシュになったことは確かだった。

 

見て回ったのは全体の半分ぐらいだが、目ぼしいところは概ね見尽くしたと判断し、俺はタマムシデパートを後にした。

 

 

 

 デパートを出た時点で、時刻は正午を少し回ったところ。良い時間なので昼ごはんにしようとしたいところだったが、今日は世間一般も休日ということもあり、デパートは家族連れの大盛況。タマムシデパート内にも飲食店は多数入っているのだが、この調子だとフードコートも大混雑しているであろうことは容易に想像がつく。

 

俺はどちらかと言えば、食事は1人静かにのんびりと食べたい人間だ。そう、何と言うか、飯の時は誰にも邪魔されず自由で、救われてなきゃあダメなんだ。わざわざ周囲を人の群れの喧騒に囲まれた中で飯にする必要も無い。

 

ふと頭をどこかで見たような輸入雑貨商の中年男性の姿が過るが、労力、時間、お金…払うコストに見合わず、乗り気でもないことをするより、その方がずっと良い。そんなワケで、デパート前の噴水広場の屋台で適当に目に付いたファストフードを幾つか買い、適当なベンチに腰を下ろして腹を満たす。

 

こうして昼飯を手早く済ませ、次の目的地へ…と行きたいところだったんだが、生憎とその目的地が無い。と言うのも、タマムシシティの他の目玉施設を思い出してみて欲しい。

 

まず浮かぶのは、ゲームコーナー。コインと引き換えに珍しいポケモンや有用な技マシンなどを手に入れることが出来る。日本ではまず子供は入れない施設だが、ゲームでは主人公が平然と入っていたが、こっちでもゲームと同様に普通に子供も入れるようだ。まあ、金を無駄に浪費するだけに終わりかねないので却下だが。必要の無いギャンブルはしないし、ギャンブル自体出来ればしたくない主義なんで。チキン野郎?その通りだよ!あと、運営会社がTCPなのもマイナスポイント。

 

次、タマムシマンションの最上階。どこの誰とも知らない子供が、勝手にイーブイを持って行ってもいい場所。生憎と面識の無い他人様の家にズカズカと上がれるような鋼鉄の心と、無断で持って行って罪悪感に苛まれないような厚い面の皮は持ち合わせていない。と言うか、くれるかどうか、イーブイがいるのかすら分からん。よって却下。イーブイ欲しいなー。

 

次、ゲームコーナー地下のロケット団アジト…考えるまでも無く論外。主人公でもないのに、誰が好き好んで悪の秘密結社のアジトに潜入するというのか。そもそも潜入してまでやることがない。というか、仮にやったとしたらサカキさんが恐すぎる。それ以外の人も恐すぎる。やった後も恐すぎる。バレようものなら恐怖を通り越して絶望しかない。人生オワタ待った無し。

 

あとはタマムシ大学だとか、百年以上前から続く名家の屋敷だとか、タマムシスタジアムだとか、ゲームには無かった施設の名前が並ぶ。タマムシ大学は、カントー地方全域から未来を担う頭脳の持ち主たちが集う学校。日本で言うところの東京大学に該当する学校だと思う。まあ、そんなところを観光なんぞ出来るはずもない。名家の屋敷は昔の伝統を今に伝える貴重な文化財だが、俺としてはそれよりも現在のタマムシシティジムリーダー・エリカの生家であると言うことの方が興味を惹かれる。タマムシスタジアムはプロリーグの公式戦が行われることもある、カントー地方でも有数の大規模なスタジアム。まあ、今はタマムシで公式戦はしてないから行く意味大してないけど。

 

…考えてみれば、タマムシジムにしろゲームコーナーにしろ、タマムシシティの南から東の辺りにかけて立地している。デパートは西の端だから、結構距離がある…が、いずれにせよタマムシジムには近いうちに挑むことになる。

 

やることもないし、下見も兼ねて行ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 行き交う人の波を掻き分け、時に呑まれながら歩き続けること1時間あまり。途中視界の隅に捉えたゲームコーナーを意図的に見ないようにしながら、ようやくタマムシジムまでやって来た。タマムシジムのリーダーは、前出の通りエリカという女性。専門としているのはくさタイプ。ジム自体もくさタイプのジムらしく、周囲には色とりどりの草花が植えられ、非常にカラフルで見た者に華やかな印象を与える外観だ。内装もまた緑溢れる…と言うより、最早草花に侵食されているレベルで緑まみれだ。

 

リーダーによっては微妙に方針が異なっていることもあるが、ジムではただ挑戦するだけでなく、とあるジムを除き観客としてバトルを観戦することも出来る。それなりの額の入場料を払う必要はあるが、ジムリーダーやジムトレーナー、様々な挑戦者の戦い方や技構成など、お金を払ってでも見る価値のある部分は多い…と言われている。ジム側にとっても所属トレーナーたちやリーダー自身の実力を世に知らしめることのほか、ジム自体の収入に繋がる面もあり、積極的に観客を受け入れている。

 

俺はと言うとほぼ原作知識(インチキ)頼り。精々がバトル前に他の挑戦者のバトルを見た程度で、ここまで直に見て対策を練ることはしてこなかった。金が勿体ないし、挑戦者に限り観戦無料だし。

 

タマムシジムは都会のジムなだけあり連日盛況。内部では休日の今日も多数の挑戦者がジムリーダーに挑むべく控えていた。今日は挑戦する予定も無ければ準備もしてないが、時間はある。折角だし観戦もしていこうと思う。

 

 

 

…なお、その唯一の例外のとあるジムこそが、我らがサカキさんのトキワジム。基本的に観客は取っていない。そのせいで、他のジムと比較して実態があまり世に知られていない謎のジムと言われることもあったりする…らしい。運営費はポケモン協会は当然として…まあ、会社からも出てるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 当日券で辛うじて空いていた一番安い席のチケットを購入。現在行われているバトルはジムトレーナーと挑戦者による2vs2バトル。既に終盤に差し掛かっており、挑戦者側が早々に1体戦闘不能、2体目も"しびれごな"でまひ状態にされて押し込まれつつあり、ジム側が優勢だった。

 

 

 

「マダツボミ、そこよ!"つるのムチ"ッ!」

「マーダァー!」

 

「チュ…ン…」

「オ、オニスズメーッ!」

 

「オニスズメ、戦闘不能!よって勝者、ジムトレーナー・イロハ!」

 

『パチパチパチパチ…』

 

 

 

結局そのままジムトレーナーが勝利。タイプ相性が不利な相手をほぼ完封する形での終幕となった。粉系の技によるくさタイプ特有の搦め手にまんまとやられてしまったような感じだ。

 

 

「イロハちゃーん!」

「サイン下さいっ!」

「うぉぉぉー!」

 

 

観客席からバトルを終えたジムトレーナーに声援が飛び、ジムトレーナーは観客席を見上げて手を振ってそれに応える。ジムリーダーならともかく、それぞれのジムトレーナーにまでファンがいるとは…初めて見る光景だ。

 

それと、やはりこのジムのトレーナーは女性ばかりのようだ。ジムトレーナー募集のポスターが貼ってあるの見たけど、そこにもしっかり『女性限定』って書いてあった。徹底してらっしゃる様子。そしてくさタイプ好きのカントー男子涙目。

 

総じて外見に関しては魅力的と思える女性が多いし、これもタマムシジムが人気の理由なんだろうな。ジムの前で覗き働いてる爺がいたと思うけど、これならその気持ちも分からんでもない。

 

まあ、擁護は出来ないが。

 

 

 

 

 

 その後もジムトレーナー戦が続く。ジムトレーナーが使用しているポケモンは、ナゾノクサ・マダツボミ系統がほとんどで、時々タマタマ系統やフシギダネ系統を使うトレーナーがいた。

 

観戦した限りでは、多少の差異はあれど、いずれも有利な状況を作り出した上で戦うというスタイル。相手の攻めを誘いつつ粉技や"さいみんじゅつ"で状態異常を撒いたり、"やどりぎのタネ"や"すいとる"などのドレイン系の技で体力回復しつつ、草技でガンガン押していく感じ。フルアタ一辺倒のこの世界で、初めてまともに搦め手を交えた戦法を採るトレーナーを見た気がする。

 

フィールドそのものも厄介だ。草が一面に生い茂る地面のフィールドになっており、挑戦者はくさタイプのポケモンが力を発揮しやすい環境下での戦いを強いられることになる。最初から常時グラスフィールドが張られている状況と言えばいいのかな?

 

 

 

ここまで見ていて、ここのジムトレーナーの戦い方は基本的には"受け"の姿勢であることが見てとれる。嵌るとなす術無く勝負が決まってしまうことがほとんどだった。くさタイプのポケモンの種族値的にも技的にも、そういう戦法が合っているのだろう。

 

その一方で、上手くいかないと一転して主導権を握られて劣勢、あるいは押され気味な勝負を強いられてもいる。つまり、タマムシジムに挑む際は状態異常…特にまひ・ねむり状態への対策、フィールド自体への対策。それらを踏まえてあの受けの姿勢をどうやって打ち破るか…この辺りがタマムシジム制覇のポイントになりそうだ。

 

…"ちょうはつ"が欲しいなぁ。あれば粉技もやどりぎもまとめて封じることが出来るのに。

 

 

 

 

 

 さらに何戦かジムトレーナー戦が行われた後、にわかに周囲の観客たちがざわめき出す。見れば来た時にはポツポツと空いていた席が、今は完全に埋まっている。

 

 

「只今より、ジムリーダー戦を執り行います!チャレンジャー・ヨシノ、ジムリーダー・エリカ!両名はフィールドへ!」

 

『おおおおおぉぉぉぉ!!!!』

 

「エリカさーん!頑張れー!」

「こっち向いてくださーい!」

「キャー!ステキー!」

「エリカお姉様ー!」

 

 

どうやら、今ここにいる観客の多くはジムリーダー戦がお目当てだったらしい。一際大きな歓声がスタジアムに木霊して、ジムリーダー・エリカがフィールドに姿を見せた。

 

この世界でのエリカは、まだジムリーダーに就任してから日が浅い新米ジムリーダー。あっちではそのお嬢様然とした見た目やおっとりとした言動から人気が高かったが、こっちでも美人でくさタイプのポケモンを自在に操る確かな実力を持ち、さらには上記のとおり本物のお嬢様でもあり、趣味も生け花・書道・弓道・茶道etc…と、完全に古き良きお嬢様のそれ。人気は日本以上に高く、写真集の発売やメディアへの出演も多かったりと、そんじょそこらのアイドルよりも持て囃されている。ファンの間では隠し撮りした写真も多数出回っているとか言う話も…流石に警察が動くようなのは無い…と思いたいけど、とりあえず覗き・盗撮は犯罪です。良い子の皆さんはやってはいけません。ダメ、ゼッタイ。

 

そんな高い人気を裏付けるように、スタジアムにはこれまでのジムトレーナーに対するものをはるかに上回る、エリカに対する黄色い声援がひっきりなしに飛び交っている。男性のみならず、女性の声援も結構あった気がする。

 

俺が挑戦する時にも、ほぼ確実にこの歓声の中で戦うことになるのだろうなぁ。大観衆の中でのバトルはクチバで一応経験はあるが、ほぼアウェーというのは日本でのことも含め経験がない。中々にキツそうだ。

 

 

 

歓声鳴り止まぬ中、エリカと挑戦者が二言三言言葉を交わし、フィールドの両端で向かい合う。声援が止み、勝負直前の一瞬の静寂。そして…

 

 

 

 

 

「バトル開始ッ!」

 

 

 

さて、タマムシジムリーダーの実力や如何に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ウツボット、"ソーラービーム"です!」

「シャーボッ!」

 

 

 時は流れバトルも終盤…と言うより、ほぼ終了寸前。残りポケモン数は挑戦者1に対してエリカ2。そして、その挑戦者のラスト1体も既に崖っぷちまで追い込まれており、状況は完全にエリカ有利。ここからの巻き返しは奇跡でも起きない限りは難しい。大勢は決したと見ていい。

 

新米とは言え、ジムリーダーはジムリーダー。やはりその実力は並大抵のものではなかった。保有ジムバッジは5個ということで挑戦者もかなりの実力者ということだったのだが…

 

補助技絡めてくる相手に戦法が単純な力押しではなぁ…特に、今回挑戦者が使用していたポケモンがピジョン・ガーディ・ポニータ・ベロリンガと、比較的近距離戦が中心になりがちなメンツが多かったことも悪い方に転がった原因の1つだろう。要所要所でねむり・まひの状態異常をもらって撃沈されていた。ただ、タイプ相性はきっちり対策してきている辺りは流石と言ったところ。それを平然と破って見せるエリカはもっと凄いんだけどね。ジムリーダーの面目躍如と言ったところ。

 

 

 

「ああッ!ベロリンガ!」

 

「ベロリンガ戦闘不能!よって勝者、ジムリーダー・エリカ!」

 

『おおおおおぉぉぉぉ!!!!』

 

 

そうこうしている間に、しびれごなで動きを止められたベロリンガが光の奔流に飲み込まれノックアウト。ジムリーダー・エリカの勝利だ。流石にくさタイプ最大級の威力を持つソーラービームをまともに受けては一溜まりもあるまい。

 

審判のジャッジの直後歓声が沸き上がり、「エリカ」コールの嵐が吹く。エリカはそれに手を上げて応える。さらに観客が沸く。

 

ゲームでは挑戦しに来た主人公を前に居眠りするなど、余裕がある、おっとり、天然…もっとこう、ふわふわした感じのイメージなんだが、こう見ると自分の中でのエリカのイメージとはだいぶかけ離れている。バトルになるとスイッチが切り替わるというか、真面目モードになるというか、ON・OFFの切り換えがしっかりしている人なのかもしれない。まあ、バトル中に居眠りするようなヤツなんて普通に考えればおらんわな。

 

 

 

さて、とりあえずの目的は達した。明日からはまたレベルアップと同時に、タマムシジムの対策も考えていかないとな。とりあえず、サンドパンとヨーギラスはお留守番決定だ。

 

思えば、なんだかんだで一月半近くタマムシシティに根を張っていた。旅ってなんだっけ?

 

都会なだけあってタマムシシティ(ここ)は色々と便利だけど、流石にちょっと長居し過ぎた。サカキさん越えという当面の俺の目標もまだ道半ば。いい加減、次の旅に向かわないとな。そのためにも、まずはタマムシジム制覇だ。

 

割かし単純な性格してるもんで、目の前に明確な目標があるとやる気が出てくる。そう、俺が目指すはサカキさんの首級ただ1つ!サカキさんを倒して、俺は自由を手に入れる!さあ、気合い入れ直して、もう一度スタートを切るんだ!頑張って行こう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~同時刻~

 

 

「…まったく。何故、私が子供のお守りなど…ハァ…」

 

 

 

 マサヒデがタマムシジムでの観戦を経てやる気を少し取り戻したのと同時刻。彼の座る席の少し後方に、スタジアムの壁に寄りかかりながら溜息を吐く男の姿があった。バレないように普段着ているスーツを脱ぎ、ラフな格好で腕を組んで佇む青髪の男…その名はアポロ。新進気鋭のTCP社期待の若手幹部にして、ロケット団幹部。入団して早い時期からその才能をサカキに認められ、確かな実績と共に出世街道を駆け上がったエリート中のエリートだ。

 

ポケモンリーグに全くとは言わないがさして興味がなく、ましてや新しい和服美人のジムリーダーにも大して興味を抱かない。そんな彼がここにいる理由はただ一つ。敬愛するボス・サカキの指示があったからに他ならない。

 

曰く「マサヒデを見張れ」。サカキが才能を高く評価して旅に送り出していると言っても、所詮はまだ11歳の少年。何かトラブル等に巻き込まれれば、対処は難しいことの方が多いだろう。

 

それに、この街はロケット団が本拠点を構える場所でもある。流石に色々とカモフラージュされたり秘匿されたりはしているが、至る所に関連施設があり、見られるとまずい場所も相当数ある。それ以上に彼が危惧していることが、この街で活動する団員の中には天下の往来で平然と犯罪行為をすることも厭わない…むしろ、嬉々として手を出しかねない気の荒い連中も多いということ。統括する立場にあるアポロとしては頭の痛い話だが、そう言ったコントロールし切れない者たちが、何かの拍子に不測の事態を引き起こす可能性が無いとは言えなかった。

 

なので、見られたくない場所に近づかないように見張り、トラブルになってしまった時には団員との間に入る…端的に言えば護衛任務。それがサカキが彼、アポロに与えたミッションだった。

 

 

 

その指示自体はアポロも分からないではない。子供が犯罪のターゲットとなってしまうことは決して珍しいことではなく、この大都市のどこにそういう者がいてもおかしくはない。人間必ずしも善良な者ばかりでないことは、自分たちの存在そのものが証明している。

 

が、普通に考えれば少なくとも幹部がするようなことではない。ましてや貴重な休暇を潰されてまでしなくてはならないものだとは、彼には到底思えなかった。いくら、サカキがマサヒデを興味深く見ているとは言え…だ。

 

しかし、マサヒデのポケモンバトルの腕前はサカキが目に掛けるだけのモノであるのは間違いのない事実。アポロもその点は認めている。自身のエース・ヘルガーを相手に、手に入れて間もないポケモン…それも、相性の悪いストライクであそこまで食い下がられるのは正直予想外だった。ストライク自体の実力も高かったが、その実力を上手く引き出していた。彼のような子供を世間一般では『天才』と呼ぶのだろう…と、あの時何とはなしに彼は思っていた。

 

或いは、サカキは将来の幹部候補としてこの少年を育てる気なのかもしれない。もしくは、精鋭の戦闘員か。或いは、サカキの派閥のジムリーダーとしてポケモン協会に送り込むという可能性もある。どう転ぶにせよ、この少年が得難い才能を持った存在であることと、サカキがこの少年を貴重な手駒と考えていることは、これまでのことからアポロにも十分理解出来ていた。

 

 

「(…負けてはいられませんね)」

 

 

しかし、理解出来ても納得出来るかは別の問題。常に冷静沈着かつ丁寧な物腰である一方、冷酷無情な男としてもTCP社・ロケット団内部で有名なアポロ。だが、その実は感情を極力表に出さないだけで激情家でもあった。つい先日の激闘を思い出し、優越感、嫉妬、敵意、或いは焦り…様々な感情が胸の内を駆け回る。

 

サカキが大きな期待を掛けていることは知っている。才能があることも分かった。今日1日の様子を見て、マサヒデが如何にバトルに、延いてはジム挑戦に情熱を、才能を、努力を傾けているかも理解した。しかしだからと言って、自身もまたサカキに目に掛けてもらっていた身として、易々と越えてやられるのも癪に障る。

 

視線の先には、ターゲットであるマサヒデの姿。たかが子供に何を熱くなっているのかと、気を抜きそうになる己に喝を入れ、対抗心を燃やしてアポロは再び歩き出す。途中、ゲームコーナー周辺を通ったものの、特に懸念していたようなトラブルもなく無事宿舎に到着。マサヒデが建物の中に入って行ったのを確認して、サカキの秘書に任務終了を報告した。

 

 

 

報告を終え、手の掛からない子供であったことだけは良かったと思い返すアポロ。時計を見れば、時刻は夕方目前。「どこにも行けないな」と、休日が無くなってしまったことに嘆息しつつ、それならばとアポロが足を向けたのは、TCP本社の内部にあるバトルフィールド。先日、マサヒデと激闘を繰り広げたあのフィールドだ。

 

適当に社員を捉まえ、バトルの相手をさせる。勝利すれば、また別の社員に次の相手をさせる。それにも勝てば、また別の社員と。己の心の行くままに戦い続け、区切りをつけた頃にはすでに周囲はネオンの輝く夜の街へと姿を変えていた。

 

 

 

こうして貴重な休日を費やすことになったアポロだが、その中で失いつつあった自身のトレーナーとしての闘争心、向上心と言った燃え滾る感情が、この日を境に勢いを取り戻そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

なお、代休を後日貰えた模様。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数日後…

 

 

 

「これより、ジムトレーナー戦を行います!チャレンジャー・マサヒデ、前へ!」

 

 

満を持して、マサヒデはタマムシジムへと殴り込みをかけた。

 

 

 

 




TCPは素敵な上司に恵まれた、社員に優しいホワイトでアットホームな職場です。なお、裏は真っ黒な模様。上司の言うことは絶対。社長であるならなおのこと。これもまた社会人、企業戦士の悲哀である。頑張れアポロ、負けるなアポロ、その内きっと良いことあるよ。
今回はタマムシデパートでお買い物&敵情視察、そしてアポロさん。人物像をちょっと掘り下げてみました。結果、何か超強化フラグが立ってしまったような気がするが、きっと気のせいだよネ()。ラムダとかランスとも絡ませてみたいところですが、登場はいつになることやら。

そして次回はいよいよタマムシジムへ主人公が挑みます。くさタイプの要塞をどう攻略するのか…なお、スピアーさんが満面の笑みで待機しています。

そして遅くなりましたが、皆さん明けましておめでとうございます。今年もマイペースに無理のない範囲で頑張っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。


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第32話:花散らす突風(1)

 

 

 

 

 虹色の街・タマムシシティ。カントー地方でも1・2を争う人口と発展度合いを誇り、日中は陽光、夜にはネオンの光に照らされ、その賑わいは途絶えることはなく、光も影も抱き込んで決して眠ることのない七色の大都会である。

 

カントーの不夜城との異名で呼ばれることもあるこの大都市の中において、図抜けて活気に満ち溢れる場所がいくつかある。その内の1つが、タマムシジム。連日ジムバッジを求めるトレーナーたちと、迎え撃つ美しく可憐なジムリーダー・ジムトレーナーたち。そして、それを目当てに毎日のように満員御礼になってもなお集まり声援を送る熱心な観衆(ファン)

 

美しく可憐な剣闘士たちによる血沸き肉躍る熱狂の闘技場(コロッセオ)、タマムシジム。今日も華麗なる宴の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 はいどうも、皆さんこんにちは。マサヒデです。唐突な話で申し訳無いのだが、俺は今、タマムシジムのバトルフィールドに立っています。今回は一観客ではなく、挑戦者として。目標はモチロン、タマムシジム制覇と、その証であるレインボーバッジ。

 

このタマムシジムに挑戦するに当たり、挑戦者に求められたことはただ1つ。グレンジムのように知識を試されたり、クチバジムのように(トレーナーの)体力を試されるようなことはない。ただ己の知識と経験、信頼する仲間たち…それを頼りに勝ち続けること。ジムトレーナーと何度かバトルを行い、勝ち抜ければジムリーダーに挑戦出来る。拍子抜けしてしまうぐらい非常にシンプルなレギュレーションだ。

 

…まあ、前回があんなのだったからネ。つい身構えてしまうのも仕方ないネ。

 

 

 

で、現在は早くも対ジムトレーナー第5戦目。試合は終盤、形勢は残りポケモン3対1で圧倒的有利な状況。挑戦前に気にしていた観客の声援(ブーイング)も…まあチラホラとはあるがあまり気にならず戦えている…と思う。

 

やはり、くさタイプに有利なポケモンで手持ちを揃えることが出来たことは大きい。主力に据えてここまで順調に勝ち上がってきた。そして、このバトルも見所無く…と言っては相手に失礼だが、それぐらい安定した試合運びが出来ている。

 

 

「ストライク、つばさでうつ!」

「ラアァァァァァイッ‼‼」

 

 

気迫を乗せて奇声を響かせ、高速で迫るストライクの必殺の一撃が、相手のナゾノクサを容赦なく跳ね飛ばす。

 

 

「ナゾノクサ戦闘不能!勝者、チャレンジャー・マサヒデ!」

 

『ワアァァァァァァ‼』

 

 

ナゾノクサ、戦闘不能。俺の勝利。審判のジャッジの直後、観客席から歓声が沸く。ジムリーダーはおろか、ジムトレーナーにもファンの付くジムなだけあって、ブーイングもチラホラ。他の挑戦者と比べれば子供ということもあってか幾分か控えめだが、正直不愉快。子供相手にブーイングかます大人とかちょっと…ああはなりたくないものだ。中身はすでにいい大人だけどな。

 

ともかく、これでジムトレーナー戦5連勝。ここまでは順調に来ている。あと何戦やらないといけないのかは分からないが、すべて勝てばいいだけの話。

 

 

 

「お疲れ様でございます、マサヒデ様」

 

 

 

挑戦者控室に戻ると、待っていたジム職員に声を掛けられた。

 

 

「これでマサヒデ様はジムトレーナー戦5勝となります。規定に基づきまして、ジムリーダー・エリカへの挑戦が認められました。おめでとうございます」

 

 

おっと、言ってる傍からトレーナー戦突無事破出来たか。バッジ2個ならこんなもの…か?少し多い気もする。もっと持ってたらもう2、3戦はあったかも。

 

 

「ありがとうございます」

 

「ジムリーダー戦についてですが、本日はジムリーダーの予定が埋まっておりまして、明日の午後からとさせていただきます。ご了承下さい」

 

 

ジムリーダーが1日にこなすジム戦の数は、ジムにもよるが、多くても10戦程度。ジムリーダーの都合、使用するポケモンの都合、1試合に掛かる時間などを考慮すると、その辺りが限界だと言われている。

 

そのため、挑戦者の多いジムではギミックの他にジムトレーナー戦が複数回組まれることもよくあり、ジムリーダーへの挑戦者をかなり絞っているそうだ。もちろん、挑戦者の実力を測ることもトレーナー戦が多い大きな理由ではあるだろうけど、対戦数がやたらと多いのはタマムシジムにギミックが無い分余計にそうなっているのかもしれない。

 

純粋なポケモンの力比べ、知恵比べは望むところではあったから何も不満はないけども。

 

 

「明日ですか。了解しました」

 

「では、失礼致します」

 

 

それだけ告げると、職員さんは部屋を出ていった。サカキさん、カツラさん、マチスさんとジムリーダーを見てきたが、リーダーの仕事して、メディアに出て、家業もやって…と、サカキさん並みに忙しそうだ。

 

 

 

一息吐いて時計を確認すると、12時を少し回った辺り。ジムリーダー戦が午後からやるが…いや、もう見るべきは見た。帰って飯食って、明日に向けて軽く調整して、今日は早目に休むとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

~翌日~

 

 

 

はい、と言うワケで三度やって来ましたタマムシジム。俺もポケモンたちも体力全快、準備万端だ。

 

午前の内にジムに入り、事前に準備しておいた昼飯を食べながら、レインボーバッジを目指してジムトレーナー戦に挑む挑戦者たちの戦い振りを眺める。

 

が、やはり状態異常に苦しめられている人が多いように見受けられる。

 

そんな頼れる仲間が為す術無く散っていく様に絶望する挑戦者の皆さんを背景に、一緒にタマムシジム制覇を目指す心強い勇者たちの紹介と行こう。ジムリーダー戦は3vs3の戦いとなることが事前に知らされていたため、色々と考えて今回勝利を託す相棒たちはこの3体に決めた。

 

 

・ロコン ♀ Lv30

持ち物:カゴのみ

特性:もらいび

ワザ:ほのおのうず だましうち

   あやしいひかり ひのこ

 

・ドガース ♂ Lv32

持ち物:カゴのみ

特性:ふゆう

ワザ:ヘドロこうげき じばく

   10まんボルト くろいきり

 

・スピアー ♂ Lv40

持ち物:カゴのみ

特性:むしのしらせ

ワザ:どくづき ダブルニードル

   ミサイルばり こうそくいどう

 

 

…以上。他にもストライクとラッタ、あと一応ナゾノクサを加えた6体が今回ジムに挑むに当たって選抜した戦力になる。

 

ようやくレベル40台に突入したスピアーを軸に、くさタイプを苦にしない面子で固めておいた。粉技を警戒しての遠距離での攻撃手段も完備。さらに、持ち物欄を見てもらえれば分かる通り、仮にくらってしまってもねむり状態を回復させる『カゴのみ』を持たせて状態異常対策はバッチリだ。

 

そもそも、これらの木の実は3年前、俺がポケモン世界(こちら)に放り出された直後にトキワの森の奥地で手に入れた物がその原点にある。それらの木の実はTCP社での採取や効能等の研究・解析を経て、研究結果を世に出せるまでのものが出来上がりつつあった。あと必要なのは、最前線で使ってみた上での結果の蓄積。ということで、丁度よく回してもらえたので状態異常対策として今回から本格的に実戦投入する。今回は背後(サカキさん)を気にすることなく原作を先取りだ。

 

あと、持ち物の重複を禁止するルールはまだなかったりする。状態異常の重ね掛けはゲーム同様出来ない以上、警戒すべきはマヒよりもねむり。余裕のカゴのみガン積みだ。これでもうねむりごなもさいみんじゅつ(なにも)も怖くない!

 

 

 

…1体ぐらいマヒ対策させた方が良かった気もするが、もう後ろは振り返らないぞ。このまま勝利目指して一直線だ。

 

 

 

 

 

弁当も食べ終え、そのまま観戦を続けること1時間弱。

 

 

『お知らせ致します。午後より行いますジムリーダー戦の挑戦者の方は、挑戦者控え室までお越し下さい。繰り返します。午後より…』

 

 

アナウンスで呼び出しがかかり、リュックを背負い直して控え室へと向かう。

 

 

 

「ジムリーダー挑戦者、マサヒデ様ですね?」

 

「はい」

 

「お待ちしておりました。では、規則ですのでトレーナーカードの提示をお願い致します」

 

 

控え室に入ると、待ち構えていた和服姿の職員さんに言われるがままトレーナーカードを提示。どんな時でも本人確認は大事なことだ。

 

 

「…確かに。ではジムリーダー、及びフィールドの準備が整い次第お呼び致しますので、しばしお待ち下さいませ」

 

 

職員さんが退室し、俺が1人部屋に残される。椅子に腰を下ろして備え付けのモニターをみれば、フィールドでは整備員やゴーリキー、常時グラスフィールドなだけあって多くの草ポケモンたちが荒れたフィールドを手早く修復していく様子が映されている。草が剥げて土が剥き出しになっている個所に、あっという間にまた草が生えて元通りの緑の絨毯になっていく。ポケモンの力を見せ付けられる一面だ。

 

手持ち無沙汰になりながらフィールドの様子をモニター越しに眺めて時が過ぎるのを待つ。嵐の前の静けさと言うか、大一番を前にした時特有の静かな、それでいて落ち着かない時間が流れる。

 

 

 

「失礼致します。マサヒデ様、お待たせ致しました。準備が整いましたので、これよりフィールドの方へ御案内致します」

 

「はい」

 

 

やがて短いような長いような張り詰めた時間が終わり、その時は来た。大きく一つ息を吐き、スッと立ち上がる。

 

 

「準備はよろしいですね?…では、こちらへ」

 

 

さあ、行こうか。3つ目のバッジを、勝利をこの手に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『チャレンジャーの入場です!』

 

『オオォォーーー‼‼』

 

 

 挑戦者用の通路を通って、大観衆が周りを埋め尽くす緑のフィールドのど真ん中に立つ。向かっている途中から歓声が徐々に大きくなっていくのは感じていたが、こうやって実際に立ってみるとその圧迫感は凄まじい。しかもコレ、ほとんどはジムリーダー側のサポーターなんだよなぁ…

 

しかも似たような状況だったクチバでの大会は、ほとんどの相手が経歴としては俺と同格程度だったこともあって、思い返してみれば多少心持ちに余裕はあった。が、今回の相手は完全格上のジムリーダー。スタート前からジワジワ体力を削られているような感覚だ。根こそぎ体力持って行くクチバジムよりはマシだが。たぶん。

 

このジムが挑戦初戦の新人とか、ガラスのハート持ちなトレーナーは辛そうだなぁ。斯く言う私も何を隠そうチキンハートでね…あ、それはいい?サーセン。

 

 

 

 

『続きまして、ジムリーダー・エリカの入場です!』

 

『オオオオォォォォォーーー‼‼』

『エーリーカ‼エーリーカ‼エーリーカ‼』

 

 

 

ゲームで見た事ある着物姿の人物がフィールドに姿を現すと、会場はさらにヒートアップ。ジムリーダー・エリカの登場に、割れんばかりのエリカコールが木霊する。

 

俺の前までやって来ると、口元を真一文字にきつく結び、歓声という名の暴力に晒される俺をキッと見据えるような眼差しで見つめてくる。

 

 

「改めまして、ようこそタマムシジムへ。私、ジムリーダーのエリカと申します」

 

「トキワシティのマサヒデです。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願い致します。貴方のここまでの戦い、拝見させていただきました。ずいぶんとくさタイプポケモンのこと、そして私達のことを研究しておられるようですね。まだ子供だと言うのに、私、感心致しました」

 

「いえ、それほどでも…」

 

「ですが、私はこれまでの方とは違います。タマムシジムの看板に、先代の顔に泥を塗るようなことが無いよう、不肖このエリカ、全力でお相手して差し上げます!さあ、始めましょう!」

 

 

それだけ言うと、踵を返してさっさとフィールドの端へとエリカさんは去って行く。んー…やっぱり、俺の中のエリカ像とは結構乖離がある。言動も若干キツイが何と言うか…余裕がない?

 

 

 

「それではこれより、ジムリーダー・エリカと挑戦者・マサヒデによるジムリーダー戦を執り行います。使用するポケモンはお互いに3体。持ち物・ポケモンの入れ替えは挑戦者にのみ認められます」

 

 

…まあ、どうであろうとやることはいつだって1つだ。戦って、勝利する。観客がどうのとか、エリカさんがどうのとか、気にしたって仕様がないからな!俺のチキンハートが真っ赤に燃えるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

「両者、準備はよろしいですね?…では、バトル開始ですッ!」

 

「行きなさい、ウツドン!」

「どぉ~ん!」

 

「頼んだぞ、ロコン!」

「クゥオーン!」

 

 

合図とともに、お互いのポケモンがフィールドに飛び出していく。エリカさんの先発はウツドン。くさ・どく複合タイプで、マダツボミの進化系。この間観戦に来た時に使っていたウツボットの進化前の姿でもある。

 

対する俺の先発はロコン。ジムリーダー戦は初参戦で、技も正直火力不足は否めないが、タイプ相性とカントーのくさポケモンにはない機動性で勝負だ。

 

 

「"ひのこ"だ!」

「クォン!」

 

 

先手必勝、"ひのこ"がウツドンに迫る。

 

 

「躱して"ようかいえき"!」

「どぉん!」

 

 

ウツドンは跳ねるように横っ飛びでこれを躱し、そのままロコンに向けて、黄土色の液体を吐き出した。

 

 

「回避!」

 

 

ロコンも素早く反応し、後ろに跳んで直撃を避ける。

 

 

「"ひのこ"!」

「"ようかいえき"です!」

 

 

"ひのこ"と"ようかいえき"を撃っては避け、避けては撃ちの小競り合い。互いに命中弾はなく、攻撃が着弾した何ヵ所の草が剥げたり焦げたりしているだけ。思いの外ウツドンの跳躍力、反応が良い。

 

もう少し距離を詰めないと直撃は期待出来そうにないが、その場合同時に"ねむりごな"の射程圏に飛び込むことにもなる。カゴのみを盾に、無理矢理前に出るのも1つの選択肢。ゲームでは何度も使っていたが、現実になるとイマイチ使い所が掴めない。3体のポケモンが1回ずつ使えるこのカード、どこで切るか、どのように切るか…トレーナーとしての腕の見せ所かもな。

 

まァ、まだまだ勝負は序の口。そこはもう少し慎重に状況を見極めながら行きたいところだネ。

 

 

 

…なら、ここはこうだ。

 

 

「ロコン、"あやしいひかり"!」

「コォーン!」

 

「ウツドン、まともに見てはいけませんッ!逃げなさいッ!」

「どぉん!」

 

 

フヨフヨと揺れる光の玉が3つ4つと、不規則な軌道を描いてゆっくりとウツドンに向かっていく。ウツドンは全身を使った持ち前の跳躍力で跳ねて跳ねて跳ねまくり、何とかこの光の玉から逃れようとする。

 

しかし、そんな懸命なウツドンの抵抗も空しく、光の玉は逃げ惑うウツドンを囲うようにぐるぐると回りながら、徐々にその範囲を狭めていく。こうなればもう避けれまい。

 

 

「避けきれない…ならば、ウツドン、ロコンに"ようかいえき"です!」

「ど、どぉん!」

 

「クォンッ!?」

「ロコン!大丈夫かッ!」

 

 

無理を悟ったか、ここでエリカさんはウツドンに攻撃を指示。即座にウツドンから"ようかいえき"が吐き出され、ロコンを襲う。

 

ロコンは"あやしいひかり"の操作に意識を取られていたこともあり、直撃をうけてしまう形に。それでも"ようかいえき"自体は大して威力の高い技ではない。一発ぐらいどうってことはない。

 

ロコンが攻撃を受けた間に、光はウツドンを中心に1つの大きな塊となり、そして霧散。後に残されたのは、フラフラと不安定に揺れながら立つウツドンの姿。1被弾と引き換えに、上手く決まってくれた。

 

 

「ロコン、お返ししてやれ!"ほのおのうず"ッ!」

「コォーンッ!」

 

 

こんらんは時間経過で回復するが、回復までどれくらい掛かるかは分からない。この隙を逃さず状況を有利に持っていく。

 

素早く"ほのおのうず"で反撃に出る。

 

 

「下がりなさいウツドン、落ち着くのです!」

「どぉ~~~ん」

 

「…!マジか…」

 

 

指示が届いているのか覚束無い様子ではあったが、ウツドンはこれを指示通り下がって回避。一手前にウツドンがいた場所に、"ほのおのうず"が小さな火柱を立てる。

 

まあ、混乱状態は運ゲー要素満載だし、こういうこともあるわな。それよりも、今は止まっちゃダメだ。

 

 

「止まるな!"ほのおのうず"ッ!」

「コォンッ!」

 

 

追撃の"ほのおのうず"が再度ウツドンに向けて放たれる。

 

 

「しつこいですねっ…ウツドン、"ようかいえき"ですッ!」

 

 

エリカさんは"ようかいえき"を指示。回避の次は撃ち落とすつもりか!?

 

 

『ボォンッ‼』

 

 

そしてウツドンはその通りにしっかりと動き、"ほのおのうず"は"ようかいえき"によって、ウツドンに届く前に軽い爆発と共に相殺された。

 

混乱してるのに連続で動かれるか…ツイてない。でも!

 

 

「ロコン構うな!ガンガン行け!連続で"ほのおのうず"だッ!」

「コンッ!」

 

「ど、どぉんっ!?」

「ウツドンッ!」

 

 

しつこいと言われようが、半ば意地の"ほのおのうず"3連発。ウツドンはもう一度避けようとしたが、三度目の正直と言うべきか、流石に3回目の幸運はなかったようで反応出来ずに敢え無く御用。当たった炎がウツドンの周囲に飛び散り、そのまま渦を巻き、ウツドンをその内部に閉じ込めてしまう。これでこの炎の檻が消えるまでの間、ウツドンは思い通りには動けず、ジワジワとスリップダメージも受け続けることになる。

 

いいぞ、このままさらに畳み掛けていこう!

 

 

「ロコン、"ひのこ"!」

「コォンッ!」

 

 

籠の中の鳥と化し、思うように動けないウツドンを"ひのこ"の乱れ撃ちが襲う。

 

 

「どぉっ…」

 

 

炎の檻の中で、弱点の炎技を受けて苦しそうな様子のウツドン。どうやら様子を見るに、混乱状態は回復したようだ。こっちとしてはラストチャンスをモノに出来た形か。

 

 

「これでは動けませんね…ウツドン、下がってください!」

「ど、どぉん!」

 

 

ただ、"ほのおのうず"にしろ"ひのこ"にしろ、いくら弱点を突いているとは言っても"ようかいえき"同様に威力は決して高い技ではない。ロコン自体にも、現状同格以上の相手をワンパン出来るだけの力は無い。

 

 

「逃がすか!"あやしいひかり"!」

「コォン!」

 

 

ならば、小技も搦めてならば手数で押し切るだけ。混乱から回復したならまた混乱させてやればいい。ロコンにもう一度"あやしいひかり"を指示。著しく動きを制限された相手に命中させるのは難しいことではない。ダメージを受けながらも無理矢理炎の檻からの脱出を図ろうとするウツドンに、再び光の玉が迫る。

 

しかし、エリカさんの指示が早かったこともあって脱出の方が一歩早い。流石にもう躱せる状況ではないと思うが、その前にウツドンに一手打たれてしまう。

 

 

「"メガドレイン"です!」

「どぉん…ッ!」

 

 

新緑のエネルギー的な塊が、ロコンに向けて撃ち出される。

 

 

「クォンッ…!」

 

 

直撃を受けてロコンが仰け反り、砕けるように周囲に散った緑色のエネルギー片が引き戻されるようにウツドンの方へ。"あやしいひかり"がウツドンを包み込むのとほぼ同時に、ウツドンへと吸い込まれていった。

 

 

「ロコン、大丈夫か!?」

「コォンッ!」

 

 

ロコンは元気に返事を返してくれる。効果今一つなので、大したダメージにはなっていない。回復されてしまいはしたが、回復量もそんなにはないはず。"あやしいひかり"も通った。攻撃続行だ。

 

 

「"ほのおのうず"!」

「クウォーンッ!」

 

 

またしても混乱してしまったウツドンに、しつこくしつこく"ほのおのうず"を撃ち込んでいく。

 

 

「このままでは…ウツドン、"ようかいえき"です!」

「どぉ~~ん…どぉっ!?」

 

「ウツドンっ!?」

 

 

流石にこの状況で回避は難しいと見たか、端から撃ち落としに掛かったエリカさん。しかし、ウツドンはバランスを崩して横倒しに。

 

 

「どぉ…んっ…!」

 

 

ほぼ無防備なウツドンに、またしても"ほのおのうず"が命中。再度、炎の監獄に捕らえられる。

 

この"ほのおのうず"に"あやしいひかり"を組み合わせる戦法、今回のように一発の火力が軽く、素早さで上を取っていると強烈なロックが掛かる。実際にやってみるとカツラさんが如何に新人相手にえげつない戦法を採っていたかというのを思い知らされる。

 

でも、勝負の世界では勝者こそが正しく、勝利こそが至上命題。歴史だってそう。勝者が歴史を創るのだ。勝つためには打てる手は出来る限り打つし、勝てる確率の高い方法を選ぶのは当然の事。敵を知り己を知らば百戦危うからず…だ。

 

 

「押せ、押しまくれ!"ひのこ"連打ッ!」

「コォン!」

 

「くっ…ウツドン、撃ち返して!"ようかいえき"です!」

「どぉん…ッ!」

 

 

渦巻く炎の壁によるスリップダメージと行動制限に苦しむウツドンを、ロコンが放つ火の粉の機関銃が容赦なく打ち据えていく。

 

それでも良く鍛えられているのがジムリーダーのポケモン。劣勢の中にあっても、隙を見ては"ようかいえき"で反撃してくる。その反撃をロコンは機敏に躱し、また"ひのこ"を叩き込む。

 

こちらの攻撃とタイミングを合わせられての被弾が何度かあったものの、ここまでの展開は思い描いた通り。

 

そして…

 

 

 

 

 

「どぉ…ん…」

「ウツドン!?」

 

「ウ、ウツドン戦闘不能ッ!」

 

 

 

…火炙りでウツドン撃破。まずは1体突破だ。順調順調、この調子でガンガン行こうか。

 

 

 

 




エリカ戦、スタートです。ジムのギミックは思いつかなかったのでトレーナー戦は無慈悲なカットで。流石に花の迷路とかは何か…こう、違う気がするんですよねぇ。個人的に。
なお、ドガースの10まんボルトは技マシン使用してます。どのタイミングで覚えさせるか迷って前々話で暫定的に設定してたんですが、あれこれ考えて書き進めてる間に修正し忘れました。もう覚えさせたまま行きます。

次回はエリカ戦後半。主人公の前に、因縁のあの技が再び立ちはだかる。…予定。


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第33話:花散らす突風(2)

 

 

 

 

「御苦労でした。戻って、ウツドン」

 

 

エリカさんが戦闘不能になったウツドンをボールに戻す。観客席は歓声…と言うよりも、僅かなどよめきに包まれている。行く先々で感じることだが、たかだか10歳そこいらの子供がジムリーダーのポケモンを倒して見せたことが、世間一般的にはやはり珍しいことなんだな。この周囲の反応見ると、それを肌で感じる。

 

 

 

「…ふぅ。おやりになりますわね、マサヒデさん」

 

「どうも」

 

 

エリカさんからお褒めの言葉を頂きました。やったね。美人さんに褒めてもらえると、やっぱり男なら内心嬉しいよな。

 

 

「子供だからと、少々侮っていたようですね。私のポケモンたちがここまで手玉に取られてしまうとは…私もまだまだです」

 

 

俺と戦った奴はみんなそう言うよ。まあ、知識だけならサカキさん凌駕するぐらい持ってる自信あるし。知識だけなら。

 

 

「ですが、ジムリーダーとして無様な戦いは出来ません。新しいくさタイプの強さ、貴方にも見せて差し上げましょう!行くのです、クサイハナ!」

「ハッナ~!」

 

 

エリカさんの2体目はクサイハナ。くさ・どく複合タイプで俺も持っているナゾノクサの進化系。ゲームではさらに進化させたラフレシアを切り札にしていたな。ウツドン・クサイハナと来て、3体目が何なのかは気になるところ。

 

それにしても、新しいくさタイプの強さ…ね。一体何をしてくるつもりなんだろうか。ただのブラフ?それとも…?

 

 

「まあ、こちらがやることは一緒か…ロコン、"あやしいひかり"!」

「コォンッ!」

 

 

先ほど同様、"あやしいひかり"で状態異常からの主導権奪取を狙う。再び不気味な発光体が複数ロコンの周りに発生し、ゆらゆらと不規則な動きでクサイハナへと向かっていく。

 

 

「させませんわ!クサイハナ、まずは"にほんばれ"!」

「ハッナ~!」

 

 

対するクサイハナの技は"にほんばれ"。その名の通り、天候を晴れ状態にする。俺のヨーギラスが使う"すなあらし"と同様、天候を操作する技の1つだ。

 

クサイハナが強い光を放つ球体を打ち上げると、天井付近でその輝きはさらに強さを増し、フィールド全体を煌々と照らす小さな太陽となる。

 

『天候:晴れ』状態の効果は、ほのおタイプの技の威力アップとみずタイプ技の威力ダウン。ロコン相手を考えるとマイナス要素しかないハズだが……いや、もしかしてこれは…

 

 

 

「ご存知かしら?くさタイプのポケモンは、天気が良いと普段より凶暴になるのですよ?そう、こんな快晴の時は特に!」

 

「…!」

 

 

あ、これはマズい。

 

 

「クサイハナ、"ソーラービーム"です!」

「ハァ~…ナ~~ッ!!」

 

「ロコン避け…ッ!」

「クォ…ッ!?」

 

『ドォォォンッ‼‼』

 

「ロコンーーッ‼」

 

 

エリカさんの動きから、その狙いはすぐに分かった。急いでロコンに回避の指示を出したが、"あやしいひかり"の操作に意識を取られていたか、一歩反応が遅れた。その一歩が、ロコンの明暗を分けた。クサイハナが放った極太の太陽光線はロコンを飲み込み、辺りを丸ごと薙ぎ払っていった。

 

 

「コォ…ン…」

 

 

砂煙が晴れた後に現れたのは、"ソーラービーム"の威力の高さを物語る一条の大きく抉れた跡が残るフィールド。そして、ロコンはその先で力なく倒れていた。

 

 

「ロコン戦闘不能!」

 

『ワアァァーーーー‼‼』

 

 

最初のほぼ一方的な試合から一変、強烈な一撃でロコンが一瞬の内に沈められたことで、観客席が今度は歓声に沸く。その歓声の中、ロコンに労いの言葉を掛けつつボールに戻して考える。

 

何となく感じた嫌な直感があっさり的中してしまった。さっきクサイハナが使ったくさタイプの大技"ソーラービーム"…高い威力を持つ技だが、その代償として本来は1ターンの溜めを必要とする。しかし、『天候:晴れ』状態だとその溜めが必要なくなり、普通の技と同様制約無しに乱射出来るようになる。

 

そして、決して素早いポケモンではないクサイハナが"にほんばれ"→"ソーラービーム"と、ロコンの"あやしいひかり"を受けるよりも先に素早く動けた理由…特性『ようりょくそ』だな。『天候:晴れ』の状態だと、この特性を持つポケモンはすばやさが2倍になる。

 

他にも『こうごうせい』などの一部自己回復技の回復量増大、『サンパワー』『リーフガード』といった特性を持つポケモンへの影響など、『天候:晴れ』状態にはそういった効果もある。正直特性絡みの戦略が来るとは思ってもみなかったが…あの発言を聞くに、エリカさんは特性の事を知っている可能性が…?

 

 

 

…いや、最新の研究結果とか、そういうものには主にサカキさんとその周辺経由でかなり早い段階で触れることが出来る環境にあるが、特性に関係する研究の成果が世に出たような情報はない。進みつつはあるようだけどな。状況としては現状が第2世代相当なのは間違いない。

 

思うに、特性ってのは条件さえ整えば勝手に効果を発揮するもの。そう考えると、それこそあの言葉の額面通り、偶然くさタイプのポケモンは晴れ状態だと活発になることに気付いたとか、漠然としたぐらいなものなのかも。

 

 

 

ここはいったん落ち着く局面だ。落ち着いて、考えを整理しよう。大きく深呼吸して、こういう時こそkoolに…じゃねぇ、coolになるんだ。

 

今の状況は天候が『晴れ』、フィールドは永続グラスフィールド状態。それにともない、クサイハナがメインウェポンとすばやさに恩恵を受け、常時リジェネが掛かっている。スピアーは別にして、ドガースはすばやさでクサイハナに抜かれたと考えるのが自然。

 

予定ではロコン・ドガースで行けるところまで行って、スピアーで残りを全抜きするつもりだったが…さて、どうしたものかな。1回は何とかなるにしても、上から"ねむりごな"を撃たれる可能性は高い。このままドガースでいくべきか、それとも安全策でスピアーから投入するか…

 

 

 

 

 

…いや、スピアーは切り札であり、最後の保険。2体残りからでも十分勝負出来る。ただ勝つだけならスピアーを投げれば問題ないだろう。

 

しかし、それじゃあいつまで経ってもスピアー頼りの状態からは抜け出したとは言えない。俺がよりトレーナーとしてステップアップ…と言うか、単純に強くなるためにも、『困った→じゃあスピアー』ってばかりじゃあ進歩がない。この状況でドガースがどこまでやれるかで、現時点での純粋な実力がある程度分かるってもの。

 

それに、確かに状況は良くないが、ドガースが何も出来ないワケじゃない。ここはドガースを、そしてスピアーを信じることにしよう。

 

 

 

「…よっし!任せた、ドガース!」

「ど~がぁ~」

 

 

ドガースをフィールドへ。いつもと変わらない何とも言えないにやりとした表情だが、どことなくちょっとだけやる気があるようにも見える。

 

 

 

「どくタイプのポケモンですか…ですが、今のクサイハナにはタイプの相性など些細なことです!クサイハナ、"ソーラービーム"!」

「ハッナ~!」

 

 

クサイハナの頭上に、眩い光を放つ太陽のエネルギーが集まっていく。

 

 

「ドガース、"くろいきり"!」

「ど~がぁ~」

 

 

こちらは煙幕代わりの"くろいきり"を指示。ドガースの身体にある多数の噴出口から、四方へ真っ黒な霧が噴射され広がっていく。

 

 

「凪ぎ払ってしまいなさい!クサイハナ!」

「ハァ~…ナ~~ッ!!」

 

 

が、フィールドが黒く染まるよりも早く、クサイハナは「そんな目眩ましなど関係無い」とばかりに"ソーラービーム"をブッ放す。光の奔流は"くろいきり"を切り裂き、霧散させ、その向こうにいたドガースを貫く。

 

 

『ドォォンッ‼』

 

 

強烈な太陽光がフィールドを抉り、直撃を受けたドガースが爆風に乗って俺の近くまで吹き飛ばされてくる。

 

 

「大丈夫か?」

「どがぁ~」

 

 

声を掛ければ、返ってきたのはいつも通りのドガースの返事。いくら"ソーラービーム"と言えど、効果今一つでは1、2発くらいですぐどうこうとはならないか。ロコンがワンパンされたのは、ウツドンに受けたダメージの蓄積もかなり効いてたんだろう。

 

正直レベルの差はそこまで感じない。と言うか、若干こっちが上な感じさえする。

 

 

 

さて、"くろいきり"によるドガース隠蔽工作は失敗。今後再挑戦しても、"ソーラービーム"でドガース諸共吹き飛ばされるのが関の山だろう。ならば攻撃あるのみだ。

 

 

「反撃だ!"ヘドロこうげき"!」

「ど~がぁ~!」

 

「躱して前進!」

「ハナ~!」

 

 

ドガースからヘドロの塊が吐き出されるが、クサイハナはやはり機敏にこれを回避。そのまま一気にドガースに向かって来る。

 

 

「"ねむりごな"ですわ!」

「ハッナ~!」

 

 

そら来た。タマムシジムの十八番、"ねむりごな"からのタコ殴り戦法だ。ねむり状態は怖いが、そこはカゴのみがあるから1回は大丈夫。安心出来る。

 

ただ、出来る限り、可能であればクサイハナ戦の中盤ぐらいまでは温存はしたいところ。だが、"ソーラービーム"で吹き飛ばされたせいで、回避するために下がれるスペースがもうない。

 

 

「ドガース、突っ込め!"ヘドロこうげき"だ!」

「どがぁ~」

 

 

よってこれ以上は他に打つ手なし。"ヘドロこうげき"を撃たせながら突撃させる。まあ、ふよふよとした緩い動きなので傍目にはとても突撃とは見えないが。

 

 

「追い詰められては打って出るしかないでしょう。ですが情け無用です!クサイハナ、やりなさい!」

「ハッナ~!」

 

 

突撃するドガースを見てか、クサイハナは急ブレーキで行き足を止めてからの"ねむりごな"。緑色の粉が辺り一帯に撒き散らされる。

 

 

「ドガース、今だ!」

 

 

ここで、持たせていたカゴのみを使わせる。正直な話、ドガースに木の実を持っておく場所無いだろ?って思ってたんだが、普通に口の中に入れてそのまま隠しておくという方法で、ドガースはカゴのみを持つことに成功していた。思いの外器用だよな。ポケモンって不思議。

 

 

「どがぁ~…どがぁ…」

 

 

"ねむりごな"を浴びるかどうかのタイミングで、ドガースはカゴのみを噛み砕く。今、ドガースは強烈なシブさを感じていることだろう。それこそ、眠気を宇宙の彼方まで吹き飛ばすようなえぐいシブさを。1度実際に食べたことがある身としては、あのシブさは人が食べるものではない…とだけは言っておきたい。余裕の途中棄権(リタイア)だった。

 

それはさておき、本来防御寄りのステータスなドガースでの短期決戦は望ましくないが、状況が許さない。

 

 

「頑張れドガース!"ヘドロこうげき"!」

「どがぁ!」

 

 

ドガースに檄を飛ばす。カゴのみのあまりのシブさに顔を歪めているが、その声に応えて眠りへと誘う粉が舞う中、ヘドロの塊を次々撃ち出していく。

 

 

「ハッナ…!?」

「クサイハナッ!?"ねむりごな"が効いてないの…!?」

 

 

"ねむりごな"をばら撒くことに全力を傾けていたことで、クサイハナは"ヘドロこうげき"の直撃をモロに受け、態勢を崩して仰け反る。

 

追い詰められて止む無く突っ込んで来たドガースが眠らなかった上、逆に攻撃を受けているという現状は、エリカさんには驚きだったらしい。まあ、一応何だかんだジムトレーナーの皆さんとのバトルではカゴのみは使うことなく勝ててたからなぁ…主にストライク無双のおかげで。ホント、何でリーダー戦でストライク外したんだろうね?我が事ながら、実に度し難い。

 

まあ、勝負ごとには選択ミスなんてよくあること。過ぎたことを気にしても仕方ない。大事なのは無い物ねだりではなく、今の手札で何がやれるかだ。

 

…え?『ならスピアーから入れば確実だっただろ』って?知らんなぁ。

 

 

 

ともかく、カゴのみは使ってしまった以上、ここで押し切れなければおそらく次はない。そんな内心の焦りが伝わったか、ドガースは"ヘドロこうげき"を撃ってなお前進を止めない。

 

 

「一気に押し返すぞ、ドガース!行けッ!」

「どがぁ~」

 

「ハナ…ッ」

 

 

"ヘドロこうげき"の連射を浴びて弾かれ、後退を余儀無くされるクサイハナ。

 

これでまず晴れ状態下での驚異的な機敏性を見せた足は止まった。あとはこの機を逃さず押し切るだけ…

 

 

「クサイハナ、そのまま下がって"ソーラービーム"ですッ!」

「ハッナ!」

 

 

…だったのだが、早々上手くいくはずもなく、弾かれた勢いを逆に利用して距離を取られ、再び高速チャージからの"ソーラービーム"がドガースを吹き飛ばす。こちらの攻勢も一瞬で挫かれてしまった。

 

照り付ける即席人工太陽の日差しの下、一旦仕切り直しだ。

 

 

「とにかく撃て、ドガース!"ヘドロこうげき"だ!」

「どがぁ~」

 

「攻撃ごと撃ち抜いて差し上げましょう!クサイハナ、"ソーラービーム"!」

「ハッナ~!」

 

 

一瞬の間を置いて俺とエリカさんの指示が飛び、毒の手榴弾と太陽光線が衝突し爆発。爆風と砂煙がフィールドを吹き抜ける。

 

一時的に視界を奪われた状況…これならいけるか?

 

 

「"くろいきり"!」

「どがぁ~」

 

 

こちらから相手を視認出来ないということは、相手からもこちらは視認出来ていないはず。1度は失敗した"くろいきり"による隠蔽工作を発動する。

 

砂煙の後を追うように、どす黒い霧がフィールドへと流れる。

 

 

「これは…!」

 

 

霧で霞んだら視界の向こう。後れ馳せながらエリカさんも気付いたようだが、すでに十分過ぎるぐらいに霧は広がった。ここまでいけば、例え"ソーラービーム"と言えど、一撃で消し去ることは出来ないだろう。

 

 

「吹き飛ばしてしまいなさい!"ソーラービーム"です!」

 

 

…と思ったが、無理矢理来るのか。極太の太陽光線は、さっきまでドガースがいた辺りを撃ち抜き、霧を真っ二つに大きく引き裂く。が、そこにドガースはいない。

 

 

「"ヘドロこうげき"!」

「どがぁ~」

 

「ハナッ…!」

 

 

切り裂かれても残った霧の中から、毒の塊が攻撃後の無防備なクサイハナを直撃。横から殴られたような形になったクサイハナが態勢を崩す。

 

 

「よっしゃ、その調子だ!撃て!撃て!」

「どがぁ~」

 

 

最高の形に持ち込めた。霧の中から姿を見せず撃ちまくるドガース。対するクサイハナは反撃しようにもドガースが見えないのか、一方的に撃たれるばかりだ。

 

 

「ッ…クサイハナ、何をしているのです!右の霧に"ソーラービーム"です!消し飛ばしなさいッ!」

「ハ、ハナァッ…!」

 

 

攻撃の合間を突いた"ソーラービーム"で、ドガース周りの霧が掻き消される。が、ロクに狙いを付ける余裕も無かったのか、攻撃そのものはドガースにカスりもしない。完全に苦し紛れの一撃だ。

 

さらに、ここで俺にとって幸運なことが起きる。

 

 

「…!日差しが…」

 

「時間切れ!?こんなところでっ…」

 

 

エリカさんにとっては泣きっ面にハチとでも言うべきことだが、フィールドの天井付近で煌々と輝いていた人工太陽の輝きが徐々に小さくなっていき、やがて何もなかったかのように消え去った。"にほんばれ"の効果が無くなったのだ。

 

いや、起こるべくして起こることではあるんだが、この状況でのタイムアップは大きい。

 

 

「ドガースッ!」

「どがぁ~」

 

 

太陽が失われたことで、明らかにこれまでの素早さと言うか、活力が感じられない鈍重な動きになったクサイハナ。撃ち込まれるヘドロの塊を躱し切る機動力はすでに失われた。

 

 

「"ソーラービーム"は…仕方ありませんわ、クサイハナ、"メガドレイン"ですッ!」

「ハ、ハナッ!」

 

 

加えて事実上のメインウェポン喪失。流石にこの状況で悠長に"ソーラービーム"を溜めている余裕などあるまい。となれば、それ以外の技で戦うしかない。そのクサイハナの現状での最大火力が"メガドレイン"。

 

被弾はもうこの際無視。元々の威力自体も大したことはないし、効果今一つでは回復量も微々たるものだろう。回復するよりも大きなダメージを与えればいい。こっちが倒されるよりも先に相手を倒せばいい。それだけのことだ。

 

 

「構うな!撃て、ドガースッ!」

「ど~がぁ~!」

 

「このままでは…クサイハナ!もう一度"ねむりごな"です!」

「ハナッ!」

 

 

…と思ったが、ここで2発目の"ねむりごな"…か。ドガースがクサイハナを削り切るか、逆に眠らされるのか、どっちが先か…

 

いや、この局面で一番ダメなパターンは、眠らされている間に再度"にほんばれ"を使われること。眠った時点でドガースの勝ち目は無くなる。その上、スピアーにも負担を掛けた上でもう1体抜かないといけないことにもなる。

 

こうなってしまえば是非もなし。ドガースでもジムリーダー相手に勝負出来ることは十分分かった。あくまでも勝ちに行くなら…ここはこうだ!

 

 

「ドガース、"じばく"ッ!」

「…どっがぁ~」

 

「っ…いけませんッ!クサイハナ!」

「ハナッ!?」

 

 

言うが早いか、ドガースへとエネルギー的なパワーが収束し始める。

 

エリカさんは慌ててクサイハナを下がらせようとするが、"ねむりごな"を放つ態勢を取りつつあったクサイハナにそれは難しい。

 

 

『ドオオォォォォォン!!!!』

 

 

そして、迸る閃光、フィールドを越え観客席まで吹き抜ける爆風、視界を奪うほどの砂煙を残して、ドガースは爆ぜた。

 

比較的至近距離で浴びる強烈な熱風に、腕で顔を保護して目を瞑る。

 

そのまま肌で感じる風が止むのを待ち目を開けると、そこにはニヤケ顔のままフィールドに墜ちたドガースと、プスプスと煙を上げながら倒れ伏すクサイハナの姿があった。

 

 

「…ク、クサイハナ、ドガース、両者戦闘不能ッ!」

 

 

少し間を置いて、審判からダブルノックアウトの宣告が下る。観客席からの歓声は無い。

 

 

「ドガース、お疲れさん」

 

「…クサイハナ、戻って下さい」

 

 

判定に従い、ドガースをボールへと戻す。直後にエリカさんもクサイハナを戻し、光線と爆弾の激しい撃ち合いが繰り広げられていたフィールドに、再び一時の静寂が訪れた。

 

さて、これで残るポケモンは互いに1体。ドガースで勝ち切れれば最高だったのだが、スピアーを無傷で残せたことを考えれば悪くない状況。まあ無難な試合運びだったと思う。

 

ここまで来れば、泣いても笑っても後はスピアーに全てを託すだけ。

 

 

「んじゃ、後は任せた!いけ、スピアーッ!」

「スピィィィッ!」

 

 

鋭い雄叫びを上げて、スピアーがフィールドに姿を現す。前回・前々回のジムリーダー戦ではろくな出番がなかったこともあってか、端から見ていてもヤル気が満ち満ちている。

 

しかし、こうなってくると気になるのが、エリカさんの3体目のポケモン。ゲームではクサイハナの進化系・ラフレシアを使っていたが、こっちではどうだろうか?

 

ウツドン→クサイハナと来ているから、別に出てきてもおかしくはない。が、ゲームよりもバッジが1つ少ない現状を考えると、違うポケモンが出てくる可能性もある。

 

…"にほんばれ"から繋がるコンボ使ってたし、案外クサイハナのもう1つの進化系・キレイハナとか来たりするのかな?"たいようのいし"って見つかってたっけ?

 

まあ、そうなったらそれはそれで美味しいけど(スピアー的に)。

 

 

 

…まあ、何が来ようとスピアーが貫くだけさ。さあ、お互い残すはラス1のみ。エース同士で1vs1(タイマン)といこうじゃないか、エリカさん!

 

 

 

 

 

 

「…まだ、2体倒されただけ…ええ、そうです、まだ勝負は終わっておりません!これからです!行きなさい、ナッシー!」

「ナァッシー!」

 

 

 

 

…oh、そうか。ソイツが来るのか。

 

 

 




エリカ戦中盤戦。そして前回の後書きで『次はエリカ戦後半』と言ったな?あれは(ry
作者の表現力では8000字使って1体倒すのがやっとなのは分かっていたはずなのに、そこには一向に学ぶ気配のない作者の姿がありましたとさ。本当に申し訳ない。

さて、バトルの方ですが、溜め無しソラビやようりょくそ等、晴れ下のくさタイプの採り得る作戦をぶち込んでみました。くさタイプの専門家ならくさタイプに関することぐらいは先進的な知識とか持ってるんじゃなかろーか?という考えからです。そして、ここに来て作者的にも理解不能になってしまったストライク外し…まあ、それでも僕らのスピアーさんが何とかしてくれるハズ()

次こそエリカ戦決着です。次こそサイコキネシスが主人公を再び襲う…ハズ!


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第34話:花散らす突風(3)

 

 

 

 タマムシジム・ジムリーダー戦終盤。残すポケモンはともに1体。その最後の1体が、フィールドに顔を揃えた。

 

俺のポケモンは名実共に俺のエースポケモンであるスピアー。対するエリカさんが繰り出したのは、ヤシの木を彷彿とさせる…と言うよりは、ヤシの木そのものがモチーフとなっているポケモン・ナッシー。タマタマの進化系で、くさ・エスパー複合タイプのポケモンだ。クサイハナ等と同様に"リーフのいし"を使って進化し、進化後は技を覚えない。と言うか、近年は変わっているが、この頃の進化の石を使って進化するカントー地方のポケモンは、基本的に進化後に技をほとんど、ないしは全く覚えないのが仕様だった。なおイーブイは除く。

 

第7世代の常夏の島ではドラゴンタイプ貰って事前情報の目玉になるぐらいインパクトのある姿になっていたが…今のカントー(こっち)では関係ない話か。

 

 

「またどくタイプ…それも、スピアー…」

 

 

エリカさんは、スピアーを見て露骨に嫌そうな表情を見せる。まあ、こうも苦手とするタイプのポケモンを並べられると、そんな気にもなるわな。あと、むしタイプのポケモン自体が女性に人気が無い…もっと直接的に言えば、毛嫌いされてるっていうのもあるかもしれない。どこの世界でも、虫が嫌われるのは世の摂理なのかもしれん。黒光りしててカサカサと素早く動くアイツとか…

 

しかし、勝負ごとに手を抜くのは相手への侮辱。どんな相手か分かるなら対策するのは、ポケモンバトルでも当然のこと。そして精神攻撃も基本。悪く思わんで欲しいものだ。

 

 

「…いえ、ジムリーダーたる者、どんな時でも冷静沈着に振る舞うべし、ですね…マサヒデさん」

 

「…?何ですか?」

 

「ここまでの戦い、実にお見事。その歳で私とここまで渡り合える…御見逸れ致しましたわ。バッジをすでに2つお持ちの事実に嘘偽りはありませんでした」

 

「そいつはどうも」

 

「トキワシティジムリーダーが推すだけのことはありますわ。ですが、ポケモンバトルは試合終了まで何があるか分からないモノ。お互いに残すポケモンは1体だけ。私はナッシー、貴方はスピアー…私にとっては決して良い状況ではありませんが、簡単にバッジを差し上げる訳にはまいりません」

 

 

そう言ってこれまでよりも一段と鋭い視線をエリカさんが向けてくる。崩れるかとも思ったんだけど、新人とは言えそこは流石ジムリーダー。すぐに気を持ち直して勝負に集中してきたと言ったところかな。

 

 

「これしきの状況跳ね除けられずして、何がジムリーダーでしょうか!お互いに残すは1体。誇りと伝統あるタマムシジムリーダーとして、全力でお相手致します。さあ、私の最後の1体…倒せるものなら倒してみなさい!」

 

 

その一喝と同時に、観客席からは大歓声が沸き上がる。うん、これはやられる側としては精神衛生上よろしくない。が、負けるつもりは元からない。残り1体、全力で勝ちに行くぞ。

 

それにしても、美人さんは弱ってても強気でも、何をやっても絵になるねぇ。ポケモン世界ってモブトレーナーでもカワイイ娘多かったから、エリカさん程とは言わなくても、行く行くは仲良くなったりしてみたいなぁ~…なんて。

 

 

 

 

 

…当分…いや、すんごい先になりそうな夢物語だな。生来のぼっち故に致し方無し。

 

 

 

自分で言ってて悲しくなるような話は捨て置いて、バトルに話を戻そう。ナッシーの戦闘能力の面に視点を移すと、高いとくこうの能力値が光る。それ以外では若干低めなすばやさが目立つが、他の能力値はそれなりのレベルでまとまった鈍足特殊アタッカーと言ったところ。カントーくさタイプの例に漏れず特性は"ようりょくそ"。晴れ状態なら、あっという間に高速アタッカーに早変わりする。耐久面は可もなく不可もなくと言ったところだが、くさタイプ自体元々の弱点がメジャーなタイプに多目なこともあり、数値程の耐久力は無い印象だ。

 

スピアーとの相性は、弱点を突けるけど相手からも弱点を突かれる関係。"ダブルニードル・ミサイルばり"と、遠距離で使う技がブッ刺さっているのは大きい。スピアーのメインウェポンが尽く致命傷になり得る。ナッシーのメインウェポンもスピアーにとって致命の一撃だけど。

 

総合的に考えれば、比較的…いや、かなり俺に有利な状況だとは思う。クサイハナをあそこで相討ちに持ち込めたことも、"ようりょくそ"のことを考えれば結果的に良い判断だった。レベル次第では上からエスパー技撃たれて一撃!なんて可能性も十分あり得たからな。まあ、流石にバッジ2個の相手にスピアーを上から消し飛ばせるようなレベルのポケモンは出さないだろ。たぶん。

 

 

 

 さて、ゲームでのジム戦においては使うことのなかったポケモンなだけに少し面食らってしまったが、大丈夫だ、問題ない。

 

あのナッシーがどんな技構成をしているかは分からないが、今まで見てきたエリカさんやジムトレーナーの戦いぶりから、"さいみんじゅつ"は持っていると考えた方がいいかな。で、持っていると仮定するなら技構成は"さいみんじゅつ・草技・エスパー技"の3つ+何か1つ、たぶん攻撃技と考えるのが自然か。世界的にも攻撃偏重気味だし。

 

ナッシーを相手にする上で警戒すべき技は、"さいみんじゅつ"とエスパータイプの攻撃技。それさえくらわなければタイプ相性上負けはない。レベルを考えれば"ねんりき"辺りだと…

 

 

 

「行きますわよ?ナッシー、"サイコキネシス"ですッ!」

「ナァッシィー!」

 

 

…って、言ってる傍からこれかよ!?流石にそれは貰うワケにはいかない!

 

 

「"こうそくいどう"で回避ッ!」

「スピィッ!」

 

 

"こうそくいどう"ですばやさを上げつつ、根を張る草ごと軽く地面を抉りながら一直線に向かって来る不可視の念波を回避する。この技とは行く先々で縁があると言うか、出会す度に苦しめられてる印象しかない。それもこれも、全部技マシンってやつが悪いんだ。俺にも寄越せ。

 

 

「やり返せ!"ダブルニードル"ッ!」

「スピャァッ!」

 

 

技マシンに対する妬み僻みもそこそこに、"こうそくいどう"で得たスピードに乗って、空中を飛び回りながら反撃の"ダブルニードル"でナッシーを狙わせる。4倍弱点、1発だけでも十分なダメージになるだろう。

 

 

「なら…ナッシー、"タマゴばくだん"ですッ!」

「ナァ…ッシィ!」

 

「タ、"タマゴばくだん"…!?」

 

ナッシーの3つある顔と同じぐらいの大きさの白い楕円形の物体が、緩やかな放物線を描いてこちらへ飛んで来る。

 

使えるポケモンが少なく珍しい技ってのもあるが、思ってもみなかった攻撃だ。確か威力も高めではある。でも、物理技だし命中率も低めだった。そこまでの脅威は…

 

『ドドドォンッ‼』

「…!視界が…」

 

 

…と思っていたが、攻撃は"ダブルニードル"とぶつかって爆発。爆炎と共に多量の草の破片と土煙が巻き上げられる。その土煙でナッシーを含む一帯が完全にこちらからは見えなくなってしまい、スピアーの攻撃の手を一瞬ではあるが止めざるを得なくなった。

 

 

「"にほんばれ"ですッ!」

 

 

そして、エリカさんはその一瞬の隙を逃してはくれない。砂煙の向こうから、少し前にも見た眩い光の珠が天井へと打ち上げられる。

 

 

「っ、"にほんばれ"の真下に"ミサイルばり"ッ!」

「ス、スピィッ!」

 

 

即座にその真下辺りへと攻撃を加えるが、手応えはない。これはしてやられた。

 

 

「スピアー、高度を取れ!どこから来るか分からないぞ!」

「スピッ」

 

 

こういう形で目くらましをやり返されるとは…似た手段をよく使う身としては、遠距離攻撃を主体としているほどこの戦法は効果的なのは身を以て理解している。それに、"タマゴばくだん"にも気を取られた分反応出来なかった。正直搭載してるとは思わなかったってのもある。

 

攻撃が失敗したことでスピアーには警戒するように指示。にほんばれ"によってナッシーのすばやさは格段に上がっているハズ。どこから技が飛んできても不思議じゃない。

 

 

「ここまで好き放題やってくれましたね、マサヒデさん!ですが、私を、ジムリーダーを甘く見てもらっては困ります!さあ、ここからは私の番です!一気に行きますよ、ナッシー、"ソーラービーム"ッ!」

「ナァッシィー!」

 

 

土煙の壁を吹き飛ばし、上空のスピアーに向けて"ソーラービーム"が放たれる。心なしか、さっきのクサイハナのよりもさらに一回り太いような気が…これが、地力(スペック)の差か。

 

 

「避けろッ!」

 

 

しかし、スピアーがいるのは逃げ場に困らない空中。避けるだけなら何の問題ない。

 

 

「"ダブルニードル"ッ!」

「ピィッ!」

 

 

この一撃を無難に躱し、そのまま反撃の"ダブルニードル"を…

 

 

「させません!"サイコキネシス"ッ!」

 

 

…撃つ前に、スピアーが動いた先にはすでに不可視の念波が放たれていた。

 

 

「スピィ…ッ!?」

「スピアーッ!!」

 

 

そのまま直撃を貰ってスピアーが吹っ飛ばされた。"ソーラービーム"は囮…見事に釣られてしまった。それに、クサイハナの時も感じていたが、これただ単に速いだけじゃない。攻撃後の次の動作までとか、全体的に速く…機敏になってる。

 

 

「ス、スピィ!」

 

 

いきなり胆が冷えたが、スピアーへの致命の一撃とはならず。初っ端から手痛いダメージはくらってしまったが、まだまだ十分戦える状態だ。

 

だが、これで早くもナッシーの技構成が判明した。"にほんばれ・タマゴばくだん・ソーラービーム・サイコキネシス"…"さいみんじゅつ"は持っていない。かなり前に出やすくなった。

 

 

「倒れませんか…ならばナッシー、もう一度"タマゴばくだん"です!」

 

 

態勢を立て直している間に、追撃の"タマゴばくだん"が今度はスピアーとナッシーの間に着弾。爆炎と巻き上げられた土煙が再び俺たちの壁となる。

 

 

「2度も同じ手をくらうものかよ!スピアー"こうそくいどう"!」

「スピィ!」

 

 

対してこっちはさらに"こうそくいどう"を積んで増速。素早い対応が出来る態勢を整えつつ、狙いを絞らせないように動く。これでスピアーのすばやさは3倍。3倍だ。某赤い彗星さんもびっくり(個人的感想)のスピードを見せてやるぜ。

 

 

「"サイコキネシス"ッ!」

「ナァッシー」

 

 

"サイコキネシス"が土煙の壁を切り裂いてスピアーに迫る。

 

 

「振り切って"ダブルニードル"!」

「スピィッ」

 

 

こちらはスピードに物を言わせて射線を外して回避。その勢いのまま反撃の"ダブルニードル"。

 

 

「避けるのです、ナッシー!」

 

 

しかし、距離があったためか余裕をもって躱される。

 

 

「もう1回だ!スピアー!」

「ピィッ!」

 

「無駄なことを!"サイコキネシス"で撃ち落とすのです!」

「ナァッシー!」

 

 

続けて押した2度目の"ダブルニードル"は、ナッシーが放った"サイコキネシス"に呑まれ4本の毒針全てが射線を捻じ曲げられてフィールドへと突き刺さった。

 

 

「ちィッ…4本でダメなら、これはどうだ!?スピアー、"ミサイルばり"っ!」

「スピィッ!」

 

 

"ダブルニードル"は効果的ではないと見て『4発でダメならもっと手数を増やすだけ』と"ミサイルばり"にシフト。"ダブルニードル"よりもさらにたくさん、機関銃のように放たれる針の銃撃がナッシーに襲い掛かる。

 

 

「2度も3度も同じ事ですわ!もう一度"サイコキネシス"です!」

「ナァッシー!」

 

 

さっき同様にナッシーはほとんどその場から動くことなく、"サイコキネシス"で攻撃のほとんどが撃ち落とされていく。しかし…

 

 

「ナァ…ッ!?」

「ナッシー!?撃ち漏らしたッ!?」

 

 

撃ち落とし切れなかった何発かがそのままナッシーを襲う。エリカさんは驚きの表情を浮かべ、ナッシーは苦悶の表情でよろめく。

 

確かにナッシーのパワー、火力は侮れないモノがある。が、本当に強いと言うか、地力の差があれば"ミサイルばり"を全部叩き落した上で、そのままスピアーまで圧し潰せるハズ。俺は今まで、サカキさん他トキワジムトレーナーの皆様方、自分よりも実績も経験も上の相手ばかりを相手にスピアーと一緒に戦い続けてきた。何度となく手酷く負けたが、その負けの中でもゲームにはなかった色々な発見や学びがあった。コテンパンのボッコボコにやられ続けたその経験があるからこそ、俺は身をもってそれを知っている。

 

 

「良いぞ!そのまま"ミサイルばり"で押せっ!」

「スピィッ!」

 

 

やはりスピアーとナッシーの間にはレベル差があると見ていい。よって状況はこちらが優勢。スピアーには攻撃を続けるよう指示。"サイコキネシス"に注意しつつ、今の距離を維持して攻撃を続行させる。

 

 

「避けて"サイコキネシス"っ!」

「ナァッシィ!」

 

 

エリカさんは回避からの反撃を選択。ナッシーもその指示に応え、重量感のある体躯を揺らし、"ミサイルばり"の連射を機敏に横っ跳びで躱してすぐに強烈な念波を放つ。スピアーはスピードに物を言わせて回避する。

 

ポケモンバトルに限らず、勝負事ってのは如何に自分のやりたいことが出来る、あるいは長所を相手に押し付けるか。それか相手の弱点・欠点を攻め、相手の戦法を封じ込められるかが勝敗に直結する重要な要素。あと運。運も実力の内って言うしね。ただしフロンティアクオリティ、テメェはダメだ。絶対に許さない。3連爪発動+2連ひるみとかふざけるのも大概にしろ下さい。お願いします何でも(ry

 

 

 

…こほん。まあ、結局やることは単純明快。『やられる前にやれ』。それがスピアーのスタイルにして信条。この手に限る。と言うか、この手しか知らないし出来ない(ステータス的に考えて)。

 

どうであれ最終的にスピアーがやることは変わらない。避けて削って真っ直ぐ行ってブチ貫くのみ。五分の態勢には持ち込めた。あとはもうやるしかない。すでに十分身体は温まっただろう?

 

 

「行くぞスピアー!"ミサイルばり"!」

 

「ナッシー"サイコキネシス"!」

 

 

一瞬の小休止を挟み、お互いが次の攻撃を指示したのはほぼ同時。高速で射出された針と念波が再び激突する。

 

 

「さっきのお返しだ!スピアー、"ダブルニードル"ッ!」

「ピィッ!」

 

 

が、それは本命のための撒き餌。激突の結果を見ることも気にすることもなく、次の行動をスピアーへと指示。スピアーは素早く少しだけ動き、別の位置から再び攻撃を放つ。

 

 

「ナァ…ッ!?」

「ナッシー!?このスピアー、強い…っ!」

 

 

2射目の"ダブルニードル"がナッシーを直撃。"ミサイルばり"の対応に気を取られたナッシーは、別角度からの第二射に反応が遅れたか。むしタイプが4倍弱点なナッシーにとっては無視出来ない一撃となったはず。それを証明するように、ナッシーがバランスを崩して仰け反る。

 

 

「良いぞスピアー!翻弄しろ!続けて"ダブルニードル"だ!」

「スピャッ!」

 

「くぅッ…!ナッシー、躱して!」

「ナァ…ッシィ!」

 

 

2回の"こうそくいどう"で積み上げられたスピードで撃っては動き、動いては撃つ。立て続けに撃ち込まれる毒針の銃撃に、エリカさんとナッシーは完全に防戦一方だ。その動きは蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉がよく似合う。まあ、蜂だから当たり前か。

 

ここまでは良い感じだ。あとはタイミングを見て…

 

 

「"ダブルニードル"!」

 

「くぅ…っ、"サイコキネシス"ッ!」

 

 

…ここだ!

 

 

「スピアー、突撃しろッ!」

「スッピャッ!」

 

 

"ダブルニードル"への対応に掛かり切りになった瞬間を見計らって、スピアーにナッシー目掛けて一直線に突っ込ませる。

 

 

「!?いけません…っ!ナッシーッ‼」

「ナァッ!?」

 

 

エリカさんはすぐに気付いたが、ナッシーはすでに"ダブルニードル"迎撃の態勢を取った直後。加えてスピアーは"こうそくいどう"の2積みですばやさ3倍。晴れの状況下と言えど、急な対応は出来まい!行け、スピアー!

 

 

「ブチ貫け!"どくづき"ィッ‼」

「スッピャァーッ‼」

 

 

高速の寄せからの渾身の一撃にして、スピアーの必殺技"どくづき"。それは、一瞬だけ無防備な隙を晒したナッシーのどてっ腹に、狙い通りに叩き込まれた。

 

 

「ナァ…ッ!」

『ドシィンッ‼』

 

「ナ、ナッシーッ!」

 

 

ナッシーが身体をくの字に折り曲げて突き飛ばされ、地響きを立ててフィールドに転がされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁっ…しぃ……」

 

「…ナ、ナッシー戦闘不能ッ!よって勝者、チャレンジャー・マサヒデ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 ジムリーダー戦が終わっても、小さいながらも歓声やどよめきのような声が絶えず上がっているタマムシジムのメインフィールド。観客席は未だバトルの熱気と興奮冷めやらぬと言った様子。

 

そんな勝負が終わってもなお盛り上がっている観客席を背景に、俺とエリカさんはフィールドの中央で向かい合っていた。

 

 

「…こちらが私に勝利した証、"レインボーバッジ"ですわ。どうぞ、お受け取り下さい」

 

「ありがとうございます」

 

 

エリカさんから3個目のジムバッジ、"レインボーバッジ"を受け取る。

 

試合内容を振り返れば、まあ何だかんだ一体一殺と言った感じの試合だった。ロコン・ドガース・スピアー、全員がしっかり働いてくれた結果だな。その一方で、タイプ相性で有利を取りながらここまでシーソーゲームになってしまったのは、俺の采配・見通しの甘さだな。あと、技も威力の高いのに更新していきたいところだ。

 

何はともあれ、今日の戦いに臨んだ最大の目標を無事手に入れることは出来た。観客席からはバッジを受け取ったのと同時に、再び歓声や拍手が沸き起こる。

 

 

「そして、これもどうぞ」

 

「…技マシンですね」

 

 

さらに、ジムリーダー戦後のご褒美である技マシンも受け取る。

 

 

「この技マシンに記録されている技は"ギガドレイン"と言います。少し前に見つかったばかりで、バトルの中で使った"メガドレイン"を上回る、相手に与えたダメージに応じて自分の体力を回復するくさタイプの攻撃技です。私に勝利出来る実力をお持ちのマサヒデさんなら、問題なく使いこなせると思いますわ」

 

 

おっと、"ギガドレイン"の方だったか。コイツはラッキー。ゲーム(初代)通りに"メガドレイン"の方だとナゾノクサもすでに習得済みだし、使い道がハッキリ言って無かったから。

 

 

「ありがとうございます」

 

「状態異常への対策や、"にほんばれ"を使った戦法に慌てることなく対処して見せた冷静さ…見事な試合運びだったと思いますわ。私、まだジムリーダーになって日の浅い若輩者ですが、あの戦法には自信あったのですよ?」

 

 

いや、ホント驚きましたよ。まさかここで"にほんばれ"+"ようりょくそ"を軸にした戦法を見るとはね。

 

俺も"すなあらし"を使った簡単な砂パを組むことはよくあるけど、他人が天候操作を上手く使っているのは初めて見た。世界は少しずつ進んでいるってことかな。

 

 

「…いえ、たまたま上手く嵌まっただけです。あれには驚かされました」

 

「ふふ、まさかトレーナーズスクールを出て間もない少年にしてやられるとは…実力と言うのは見た目に因らないモノだと、貴方とのバトルを通じて思い知らされてしまいました」

 

「あー…まあ、サカキさんに鍛えられてますんで」

 

 

うん、この一ヶ月ほどみっちりしごかれましたよ。一時的だが、旅に出て一ヶ月ほどで一ヶ月前の生活に戻ることになるとは思わなんだ。やっと解放されたと思ってたのに…まあ、手持ちのレベル底上げにもなったから悪くはなかったけどさ。

 

 

「トキワジムリーダーの…なるほど。トキワジムリーダーと言えば、ジムリーダーの中でも屈指の実力者との呼び声も高い方。道理でお強いワケです」

 

「いえ、僕なんてまだまだですよ」

 

「殊勝な心掛け、心構えですわね」

 

 

殊勝でも何でもなく、ただただ現実なんだよなぁ。俺の実力は未だサカキさんには遠く及ばない。俺が目指すのはサカキさんからの完全な独立。ロケット団関係には関わりたくないからね。だから関わりを出来る限り絶って、この世界で食っていける術を身に付けなきゃならん。その為にはサカキさんと互角、あわよくば越えるぐらいの実力は絶対に必要。

 

そう、ここはまだ通過点でしかないんだ。

 

 

「トキワジムリーダーはトレーナーとしてだけでなく、指導者としても素晴らしい人物のようですね。願わくば、私もそのようにありたいものです」

 

 

サカキさんのように…か。う~ん…

 

 

「…個人的にはお薦めしませんけどね」

 

「あら?」

 

「良い指導者なのは否定しませんけど、サカキさんってスパルタと言いますか、割と徹底した実践主義なんですよね。習うより慣れろ、みたいな」

 

 

サカキさんのようなエリカさんは想像出来ないな。と言うか、それはもうエリカさんではないのでは?

 

それに経営者であるが故かもしれないが、サカキさんは努力の過程よりもある程度の結果を重視する。バッジ3個ぐらいで躓いていたら、あとで何言われるか分かったもんじゃない。そういう人ですよ、あの人は。まあ、そのおかげで俺とスピアーはここまで強くなれたってのもあるけど。毎日毎日コテンパンのフルボッコもいいとこだったが。

 

 

「エリカさんにはエリカさんに合ったスタイル、やり方があるはずです。ジムリーダーは強さはモチロン必要なんでしょうけど、それが全てって訳でもないはずです。のんびりと探って行かれたらいいと思いますよ?自分が言えた立場ではありませんけど」

 

 

急がば回れ。道は遠く険しく、故に焦るべからず。一歩一歩、地に足を着けて進んでいくのが常道にして何よりの近道。これ、俺自身も胆に銘じておくべきことだな。

 

…ああ、なるほど。ジムリーダーに就任したばかりで案外焦ってたのかもな、エリカさん。雰囲気が鋭敏だったのも言動が強気だったのも、そこら辺に理由があるのかもしれん。

 

 

「………そうですね、仰る通りですわ。敗れはしましたが、今日貴方と戦えたことは望外の幸運だったのかもしれませんね」

 

「そんな大袈裟な…」

 

「ふふ、どうでしょうね?ですが、貴方ならこの先に待ち受ける困難も、難無く乗り越えられる…そんな気がします。マサヒデさんの今後のご活躍、期待させていただきますわ」

 

「…はい、ありがとうございました」

 

 

もう一度エリカさんと握手を交わし、歓声に送られて俺はフィールドを、そしてタマムシジムを後にした。

 

これで勝ち取ったジムバッジは3つ。次に挑戦するジムはどこにするか…ヤマブキ?それともセキチク?はたまたハナダ?

 

 

 

 

 

…ま、まずはゆっくり休んで、それから考えるとしますか。とりあえず、みんなお疲れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

~同日夜~

 

 

「………」

 

 

 ネオンに照らされ、日が沈んでもなお輝き続けるタマムシシティ。夜通し途切れることのない喧騒から遠く離れた郊外に、闇の中で静かに佇む建物があった。古風で立派な趣を携え、隅々まで手入れの行き届いた広大な敷地を有するそれは、最早邸宅と呼ぶのが相応しい。

 

その邸宅の中、室内の明かりに照らされ、暗闇にうっすらと浮かび上がる庭がよく見える一室に、無心となってただひたすらに花を生ける人物の姿があった。脇目もふらず一心不乱に情熱的に、それでいて闇夜に溶け込むかのように静かに、心の赴くままに作品を作り上げていく。

 

彼女の名はエリカ。新進気鋭のタマムシシティジムリーダーであり、歴史と伝統ある名家の令嬢であり、そしてこの屋敷の主であった。ジムリーダーとしての1日の仕事を終えた彼女は、思うところあって自宅であるここに帰って休息・夕食もそこそこに、作品制作に向かっていた。

 

 

 

「………ふぅ。ええ、こんなものでしょう」

 

 

やがて一つの作品を完成させたところで、ようやく彼女の集中が解かれ、1つ大きく息を吐く。

 

 

「…あら、もうこんな時間でしたか…」

 

 

時間を確認すれば、すでに時計の針は一周を目前とするところまで回っている。こんな時間まで作品作りに打ち込んでいたことに驚く彼女であったが、同時に今までにないぐらいの充足感も味わっていた。

 

 

「…やはり、彼のおかげなのでしょうね」

 

 

そう呟いて、今日ジムリーダーとして相見えた少年を思い出す。今の立場に彼女が就任したのはほんの1年ほど前のこと。ジムリーダーとして日々多種多様なトレーナーの挑戦を受け、その中にはトレーナーズスクールを出たばかりという新米トレーナーや、それに近い年齢の幼いトレーナーの挑戦を受けることも何度かあった。

 

しかし、今日出会った少年…マサヒデは、サカキがかつて異質な存在として捉えたように、彼女の目にも際立った特異な存在として映った。トレーナーズスクール…それも初等部を出て間もないにも関わらず、2つのジムバッジを保持し、彼女の、延いてはタマムシジムのトレーナー全般が得意とする状態異常から試合を組み立てる戦術をほぼ完封。まだほとんど見せた事のない新たな戦術にも動揺することなくしれっと対応して見せた挙句、最後には真正面から打ち破られた。

 

彼女にとってマサヒデぐらいの年齢のトレーナーと言うのは、タマムシシティやその近郊に住む者が最初のジム戦として挑んでくるケースばかりで、ほとんど育てていない…それこそ捕まえて間もないようなポケモンで相手をして、それでようやく勝ち負けの勝負になる…そんな相手だった。

 

ところが、マサヒデは中等部はおろか高等部の学生すらも上回り、トップレベルに挑めるようなトレーナーとしての高い実力・優れた才能を遺憾なく発揮し、全力のベストメンバーではないとはいえ、彼女が育てたポケモンたちを相手に勝利して見せた。彼女にとって、それは衝撃以外の何物でもなかった。

 

そして、試合後の僅かなやり取りの中で、彼女はマサヒデの強さの理由に自分なりの答えを見つけた。『彼は自分の思うがままに生きている。心に、そして自分自身に余裕を持っている。だから彼は強いのだ』…と。ただトキワジムリーダーの手解きを受けたからだけではなく、そういう子供離れした精神的な強さが彼のトレーナーとしての才能を支える根幹にある。そう感じた。

 

 

 

対して自分はどうだろうかと、彼女は思う。ジムリーダーに就任してからの自分を見つめ返せば、義務に追われ重責に縛られ、余裕を失い、あるべき姿や進むべき道…『エリカ』という自分自身を見失っていたのではないか。彼女がマサヒデに最後に掛けた『望外の幸運』という言葉は、そのことに気付いたからこそ、気付かせてくれたことに対して彼女の本心から溢れたものだった。

 

改めて今宵自身の心の赴くままに生けた花を見やれば、ここ数年でもっとも輝いて見えると自画自賛出来る会心の出来栄えだ。彼女は長年の心の重石が取れたような気がした。

 

 

『ボーン、ボーン、ボーン』

「…そろそろ休まなくては、明日に響きますわね」

 

 

やがて、年代を感じる大きな時計が日付が変わったことを告げる。早く休まないと、明日以降の業務に支障が出てしまいかねない。とても晴れやかな心持ちのまま、彼女は寝支度を整えて眠りに就いた。なりたい自分、こうでありたい輝かしい未来を夢に見て。その中に、彼のような素晴らしい才能と実力を持ったトレーナーを自らの手で見出し、育て上げることがあったのは、彼女だけの秘密であった。

 

 

 

 

 

…後年、熱心に子供たちの指導に励む1人のジムリーダーの尽力により、タマムシシティはその人口も相まって世界的に優秀なトレーナーや科学者等を多数輩出。カントー地方の人材の宝庫と呼ばれるまでになり、更なる発展を遂げるのであるが、それはまだまだ先の話である。

 

 

 




そして、子供たちの教育・指導に熱心に励むエリカさんには、一部の界隈からショタコン疑惑がかけられるのであったとかなんとか。ショタコンエリカさん…あると思います()
と言うワケで、エリカ戦決着です。そして主人公がエリカさんからはこう見えた…と言うお話。実際のところはどうなんでしょうね?開に悩んで1カ月ぶりの投稿となりました。楽しみにしておられた方、おられましたらお待たせして申し訳ありませんでした。2週間に1話のペースは守りたい。そしてもっとサクサク進めたい。でも主人公の歩みも一歩一歩書いていきたい。そんな板挟みになりつつある今日この頃。次回は新しい街へ行くか、閑話挟むか、セーブポイントか…まあ、のんびり書き進めていきますのでよろしくお願いします。


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閑話:汚泥に芽吹いた悪の華

短いです。今回の閑話はロケット団の過去と今です。


 

 

 

 カントー地方の中心部にあり、『虹色の大都会』の呼び名でも知られる大都市・タマムシシティ。隣接する大都会・ヤマブキシティを社会と経済の中心地と呼ぶのなら、タマムシシティは差詰め文化と娯楽の中心地。通りには大小新旧カテゴリーを問わず様々な企業が店舗を構え、選り取り見取りの広告看板が至る所に掲げられ、往来する人々の賑わいは昼夜を問わず絶えることが無い。そのキャッチフレーズの通り、七色の夢と希望、そして人々の笑顔が溢れ、誰もがイキイキと暮らしている。

 

これだけ聞けば一見何の問題も無いように見えるが、表があれば裏があり、光あるところには必ず陰が出来るもの。太陽に照らされた舞台の裏では、企業同士の激しい生存競争、人口の増加に伴う住居・宅地の不足、ゴミの不法投棄や開発に伴う環境破壊・汚染、そしてそれによる生態系への悪影響など、大都市ならではの問題を随所に抱えていた。どこの世界でも、大体問題は似たようなものであるらしい。

 

それらタマムシシティが現在抱える問題の中でも、特に最近住民たちの頭を悩ませているのが、増加の一途を辿る素行不良の若者やマナーの悪いバイク乗りたちの存在だった。彼らは様々な問題を引き起こし、積もり積もって夜のタマムシシティを危険な街へと変貌させていた。

 

 

 

 日常・仕事での不満、自己顕示欲、社会不適合…理由は様々だが、夜の街と言うのは得てしてそんなストレスを溜め込んだ若者たちの不満・鬱憤を吐き出すのにこれ以上ない世界だったりする。夜の中心街では若者たちが、タガを外して酒を飲んでは呑まれ、大勢で集まっては毎日のようにどこかでバカ騒ぎし、酔っ払った若者同士がいきなりストリートバトル、もしくはリアルファイトに発展したりすることなど日常茶飯事。

 

で、こういった都市の中心部などの建物・人が密集する場所というのは、大体どこもポケモンバトルは禁止されていることがほとんど。結果、毎日少なくない人数が警察の世話になる事態が続いており、夜のタマムシシティの治安悪化に一役買っていた。

 

 

 バイク乗りが住人を困らせている最大の要因は、数年前に完成・開通した16番道路、通称『サイクリングロード』にあった。タマムシシティとは海で隔てられ、それまではヤマブキシティからクチバシティかシオンタウンを経由し、そこからさらに13・14・15番道路という長距離を移動しないと辿り着けなかったセキチクシティ。その両都市を海上に道を通すことで直接繋いだのがこの16番道路だった。

 

自動車専用道・二輪車専用道の2つが造られ、両都市が直接結ばれることで経済、産業、様々な面で両都市の発展が見込めると期待を込めて造られたこの道路は、その期待通りの効果を両都市にもたらした。

 

が、環境が変わればその環境故の新しい問題が発生するのもまた当然の事。いつしか二輪車専用道に屯する、マナーの悪いバイク乗りたちが現れ始めた。彼らは集団で『赤信号 皆で渡れば怖くない』とでも言わんばかりに暴走行為を繰り返し、グループ同士での小競り合いはもちろん、時には大規模な抗争に発展するなど、大きな問題となっていた。おまけにそういった連中が暴走行為に走るのは大抵人々が寝静まる夜間のことで、騒音問題も併せて住人たちを困らせていた。いつしか警察がいくら取り締まっても危険・迷惑な走行をする者が後を絶たないスピード狂たちの天国と化し、結果二輪車専用道の利用者の減少を招き、これまた治安悪化の一因となっていた。

 

 

 浮浪者とは所謂ホームレスのことで、現在タマムシシティでは様々な事情から職にあぶれ、住処を追われた者たちが、路地裏や橋の下、公園の一角など、風雨を凌げる、或いは凌げるようにした場所に陣取って、各地に小さなスラム街のような場所を形成していた。生きる為に盗みを働く者も多く、また素性の良からぬ者の出入りもあると噂されていた。警察でも見回り・取り締まりに力を入れているものの、追い出した傍から別の浮浪者が潜り込んでしまう完全なイタチごっこ状態。これもまた局所的な治安悪化の要因となっていた

 

 

 

 これらの要因によって、タマムシシティの治安は緩やかだが右肩下がりに悪化しており、結果タマムシシティのイメージダウンにも結び付いてしまっていた。そして、その中には人として越えてはいけない一線を越えて道を踏み外し、重犯罪に手を染めてしまう者も一定数存在していたのである。

 

このように、表の世界の裏側では夢も希望もないような問題も抱え込んでいるタマムシシティだが、その闇のさらに奥に潜み、暗躍する組織がある。その組織の名はロケット団。頭文字を取ってR団とも表記されることもあるこの組織は、世間一般には『黒尽くめの衣装で、貴重なポケモンの密猟・密売を行うガラの悪い犯罪者集団』としてその存在を知られていた。

 

しかし、その実態はそんな生易しいものではなく、世間の闇と行き交う人の波に紛れ、ポケモンに関する法を無視した研究や産業スパイ等、世界を股に掛けて違法行為を働く犯罪組織。裏社会に広く強固に根を張るまでに巨大化・強靭化している秘密結社である。

 

…そしてタマムシシティに本拠地を持ち、裏でTCP社と深い繋がりを持っているという事実を、そしてそのさらに深淵において1人の男の飽くなき野望が蠢いている事実を知る者は、関係者を除けば誰一人として存在しなかった。

 

なお、マサヒデは除く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

『…以上が今月の収支になります。警察の妨害が低調だったこともあって、活動は表裏ともに総じて順調。大口の取引も4件成立し、先月よりも65%、昨年の同じ月よりも92%の増益となりました』

 

「…大変結構」

 

 

 時間は少し遡り、マサヒデがタマムシジム攻略のためひーこら言いながらトレーニングを積んでいた頃。TCPタマムシ本社ビルの一室にて、サカキはモニター越しにロケット団の活動に関する報告を受けていた。室内にはサカキの他には秘書や幹部等10名余りがサカキを囲んでいる。

 

 

「では、次に開発部門。そうだな…まず試作モンスターボールの進行状況を聞こう。アテナ、報告せよ」

 

『はっ。報告させていただきますわ。現在の状況ですが…』

 

 

モニターの向こうは、TCP社が運営するタマムシゲームコーナーの地下。建設時に極秘裏に造られたロケット団アジトだ。報告を行うのはロケット団の各部門の担当者や幹部。運営状況が順調なことに満足したサカキは、次の報告を促した。

 

 

 

サカキが立ち上げ、商品開発、品質向上、サービスの充実、事業拡大…同業他社との凌ぎを削る激しい戦いに勝利し続けることによって現在の地位にまで上り詰めたTCP社。全ては彼と彼を支える上層部の面々が一代でここまでの規模に育て上げた。彼らが如何に優秀であったかは論ずる間でもないことだが、そんな彼らも人である以上、忘れ難い屈辱的な失敗も幾つか経験しており、その中の1つにロケット団誕生の原点があった。

 

話はTCP社設立初期の頃にまで遡る。サカキ以下、社員たちの懸命な働きの甲斐あって収支が安定し、仕事がようやく軌道に乗ってきたといった頃、彼らと鎬を削っていたある同業他社から妨害工作を受けたのだ。ただ自分たちが成長して上を目指すことばかりを考えていた若き日のサカキや企業幹部たちはその工作に気付くのが遅れ、気付いた頃には時すでに遅し。結果、その妨害工作によって大きな損失を被るハメになってしまった。初動が遅れたことで物的証拠の確保にも失敗し、当時は泣き寝入りする他なかった。

 

そんな苦い経験から、サカキは違法な手段を用いて自分たちを蹴落とそうとする相手へのカウンターパートが必要不可欠だと考え、自社防衛や裏工作を専門に行う部門を密かに立ち上げた。それこそがロケット団の前身となるTCPセキュリティ部門。その歴史を辿れば、ロケット団は経営を進める中で必要に迫られて誕生した、TCP社の暗部とでも言うべき存在だった。

 

 

 

 かくして設立されたセキュリティ部門は、以降自社防衛のため表沙汰に出来ないようなことも含め、数えられないほどの案件を対応・処理し、他企業からの刺客たちと日夜鎬を削り続けた。会社が大きくなればなるほど攻撃も多種多様になり、仕事内容は幅広い分野に跨るようになり、対応するために人員も増員した。

 

そして実績を積めば積み上げるほど裏社会の事情や流儀に精通し、そちら側の人脈も増え、それを駆使して反撃に出ることも頻繁に行われるようになり、気付けばそういった裏社会の人脈を内部に取り込み、セキュリティ部門そのものがいつしか裏社会の住人、裏社会の最大勢力と化してしまっていた。『朱に交われば赤くなる』とはよく言ったものである。或いは『ミイラ取りがミイラになる』か。

 

ただ、このことはTCP社、そしてサカキにとって悪いことではなく、むしろ積極的に邪道に染め上げる方向に動いていた。サカキが『世界征服』という大それた野望を抱き、公式に自分たちを『ロケット団』と称するようになったのもこの頃の話だ。

 

その後、経理上の問題と資金的な問題、機密保持の観点から、サカキはロケット団をTCP社から切り離し、裏のルートで独自に資金を稼ぐ方針を取った。こうしてロケット団はほぼ現在の形になり、表向きは密漁・密売組織。しかし実態はTCP社の完全な首輪・紐付きの実働部隊として、陰に日向に活動していた。

 

そして、アポロやアテナのようにロケット団上層部のメンバーの大半は、TCP社においても何らかの立場・肩書きを与えられていた。

 

 

『…以上の通り、進行状況は芳しくないとしか言えません。特にモンスターボール内部の技術的な部分が現状ほぼ手探りの状況です。やはり関連する技術をシルフカンパニーに粗方抑えられているので、色々と難しい部分が多いですね。外郭に関しては先日入手出来たデータを基に開発を進めておりますわ』

 

「ふぅ…む、そうか…」

 

 

開発部門の主任を務めているアテナからの報告に、サカキは納得はしつつも少し残念そうな表情を見せる。

 

彼が開発部門に研究を進めさせているのは、どんなポケモンでも必ず捕獲し、使役することが出来るボール。ゲームで言うところの『マスターボール』だ。このボールが完成すれば、簡単にポケモンを捕獲し、言うことを聞かせることが可能となる。それが例え、どんなにレベルが高いポケモンや、伝説と呼ばれているようなポケモンであっても。

 

開発部門から理論上は十分可能との回答があったため研究・開発を始めさせはしたものの、特にモンスターボールの内部…要求された通りの性能を持たせるための特殊な構造と、それに合わせたシステム面の構築がネックとなり、開発は難航していた。

 

 

「入手したデータはどうだ?モノになりそうか?」

 

『はい。これがデータ通りの性能を発揮するのなら、外郭部分に関しては遅くとも半年以内には結果を出せるかと』

 

「良いだろう、今後も開発部門の努力を期待する」

 

『はっ、鋭意努力致しますわ。それにしても、まさかその大事なデータを子供に運ばせるとは驚きましたわ』

 

 

そう言って、モニターの向こうのアテナが苦笑したような顔を見せる。彼女の言う子供…言うまでもなく、我が主人公(マサヒデ)のことである。彼がクチバシティにてクチバ支社長から託され、テストした上でタマムシシティまで持って来た試作品…その内部には、別地方の企業から抜き取った新素材に関するデータが記録された媒体が隠されていた。

 

早い話、運び屋として犯罪行為の片棒を担がされてしまった訳だが、そんな事をマサヒデは知る由もないし、今後も知ることはない。露見しなければ犯罪は犯罪ではないのだ。

 

 

「フ、気付かれていたとは思わんが、いくら警察と言えど子供はノーマークだろうと思ってな。色々面白い発見もあった。さて、では次の報告に行くと…」

 

『…その前に失礼します、ボス。その試作モンスターボール絡みで一件、諜報部門から報告がございます』

 

「…む、なんだ」

 

 

次の報告へと移ろうとしたところでそれを遮ったのは、他企業への産業スパイや裏社会絡みの仕事を担当する諜報部門を統括する若き最高幹部の1人、アポロ。

 

 

『シルフカンパニーに潜入させている工作員からの情報です。奴ら、どうも我々の目指すモノと同様のコンセプトを持つボールの開発を始めたようです』

 

「…なんだと?それは確かな情報か?」

 

『はっ、セキュリティが強固な為まだ確認中の段階ではありますが、複数のルートから同様の報告が上がっておりますので、諜報部門では確度は高いと見ています』

 

「…我々の計画が向こうに漏れた可能性は?」

 

『…その可能性はかなり薄いと思いますが、一応調査は行わせております』

 

 

TCP社の目下最大のライバルとも言えるカントー最大の大企業・シルフカンパニー。そこが同じコンセプトのボールを作り始めた…それはサカキに、延いてはTCP社上層部にとっても驚きの報告だった。

 

 

「…うむ。どちらにしろそのまま情報収集は続けろ。もし状況に変化があれば逐一報告せよ」

 

『はっ。お任せください』

 

「結構。あとは潜り込ませる人員も増員しておけ。場合によっては直接動いてもらう必要もあるやもしれん」

 

『了解。直ちに人選を行います』

 

 

どういう考え合っての事かは分からないが、事実であればノーマークという訳にはいかない。元より最大のライバルでもある大企業の動向は、つぶさに調べておいて損はない。諜報部門には人数の増員と調査・注視を続けるよう指示を出す。

 

それに、もし上手く潜り込んだ工作員が情報、あわよくば技術まで掠め取るようなことが出来れば、自分たちの計画も完成が大きく近づくかもしれない。そうなれば、完成したボールで伝説のポケモンを手駒とするのも良いし、どこかの金持ちに高額で売り付けるのもいい。上手く使えば世界に大きな影響を与え、表と裏の双方から自身が牛耳るという世界征服の大望にまた一歩、近づくことが出来るだろう。

 

サカキはこれを脅威と捉えると同時に、好機とも捉えた。

 

 

「話が逸れてしまったな。次の報告を聞こうか」

 

『はっ。では続きまして、人工のポケモンを作り出す技術に関する研究について…』

 

 

TCP社とロケット団。2つの組織と3つの顔を上手く使い分けながら世を翔る悪の風雲児・サカキ。世界の表と裏の双方から世界を操るという彼の飽くなき野望はまだまだ途半ばである。

 

 




この話におけるロケット団の経歴とか、現在の活動状況とか、原作への布石とか、タマムシシティの闇とか、主人公の旅する世界の裏でどうなってるか、背景を描こうと思って思うがまま書き進めていたら何か一週間ででけた。そしてロケット団は元々サカキの会社の一部門という設定に。
そして、知らぬ間に犯罪行為の片棒を担がされていたことをサラッと流されるうちの主人公。さあ、彼の行く末はどうなるか。作者にもまだ分からないぞ()

なお、次はセーブポイントです。ゆっくりここまでの冒険をセーブしていってね。


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第35話:忍者に『汚い』は褒め言葉

改稿(R3/10/13)


 

 

 タマムシジムリーダー・エリカを破り、3つ目のジムバッジとなるレインボーバッジを手に入れた俺。地方紙の片隅に『弱冠11歳の少年、ジムリーダー・エリカを撃破しバッジゲット』という見出しで記事が載り、エリカファンなどのタマムシ市民の間でほんの少し話題になったり、その記事を何気なしに見つけて静かに笑うどこぞのボスがいたりした…らしい。

 

そんな中、記事のせいで恥ずかしい思いをした俺であったが、人の噂も七十五日。少しすればそんなことも人々の営みと喧騒の中に消え、流れているのはいつも通りのタマムシシティの時間と空気。周囲の目を気にしながらも、数日の休養で仲間たちを労い激闘の疲れを癒し、次なる旅路へ向けて英気を養った。

 

タマムシシティに腰を下ろして1ヶ月以上。その最大の目的であったジムバッジの入手は達成した。である以上、この街に居続ける理由はない。と言うか、自身の体力・精神衛生的にも正直かなりよろしくない。そんな半ば脅迫されているかのような考えと理由の下、熟考に熟考を重ね、次の目的地について決断をする。

 

いくつかあった選択肢の中から彼が選んだ次の目的地は、カントー地方本土最南端の都市・セキチクシティ。原作でのこの街の目玉は、何と言っても『サファリゾーン』の存在。あと、もちろんジムもある。ジムリーダーはキョウと言う男で、専門とするのはどくタイプのポケモン。現代にその技術を伝える忍者の一族だと言われ、そしてその見た目や言動はThe・忍者。忍者らしく正攻法よりも搦め手を好み、"どくどく・かげぶんしん・ちいさくなる・じばく・だいばくはつ"等、相手にするといやらしい技を多用する。時折ラス1で自爆かましてプレイヤーに勝利を献上していたりするのはご愛嬌。

 

戦力的にはどくタイプに弱点を突けるサンドパンとヨーギラスの活躍如何に勝利が掛かっている、と言ったところか。

 

 

 

その後準備に丸1日を使い、タマムシジム制覇から数日後、俺は1ヶ月以上に渡って長期逗留することとなったタマムシシティへ別れを告げ、次なる街へと向かって旅立った。

 

その後道中概ね何事もなく順調に旅は進み、気付けば目的地・セキチクシティを目前に控える所にまで到達した。そして…

 

 

 

 

 

 

「ちぃぃっ!スピアー、"ミサイルばり"だっ!」

 

「ファファファ!無駄な足掻きよ、小童!ベトベトン、"とける"で受け流せ!」

 

 

 

 

…何故か、謎の忍び装束の男によって追い詰められていた。どういうことなの…

 

何故俺は追い詰められているのか?ベトベトンを使うこの忍び装束のトレーナーは何者なのか?そもそもここはどこなのか?

 

全てを語るために、時間をしばし巻き戻したい。

 

 

 

 

 

 

忍び装束の男…一体どこの誰なんだ…(棒)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 タマムシジム制覇から数日。俺は次のジムバッジを目指して、そして出来る限り可及的速やかにサカキさんの懐から逃げ出したい一心で、次の目的地をタマムシシティから南に離れた場所に位置するセキチクシティに定めた。

 

タマムシシティとセキチクシティを繋ぐのは16番道路。【サイクリングロード】とも呼ばれるこの道を、自転車に跨って一直線にセキチクシティ目指して南下する。

 

この時に使用した自転車は、この道を通るために新しく購入した新車だ。16番道路には歩行者用の道はないので、こちらの世界でも自動車かゲームと同じように二輪車でしか通ることが出来ない。幸い、タマムシジム制覇で得た賞金と、サカキさんからのご褒美もあって資金的には多少余裕があったので、購入に踏み切った。

 

ちなみに、お値段は現実的な範囲。ゲームじゃ1,000,000円で自転車売ってたんだよな。ぼったくりと言うか、最早「どう見ても詐欺だろ」とツッコミたくなるレベルの法外な値段だ。競技用の自転車という訳でもでもなかろうに。

 

ともかく、これで今後の旅も移動はかなり楽になるはずだ。

 

 

 

舗装されて間もない広くて綺麗な直線の道路を、快晴の空の下一直線に突っ切って行く。周囲は海が広がり、左手の遠くの方にはタマムシシティやクチバシティの街並みが薄っすらと見える。

 

季節は春からそろそろ初夏に移ろうかという時期で、海上なだけあって若干風が強かったものの、それ故に吹き抜ける潮風が心地よかった。

 

 

『ブロロロロロォォォォォン!!』

 

 

…これで、このバイク専用レーンを爆走していく走り屋の方々がいなければなお良かったと思う。テレビのニュース番組で時々取り上げられてはいたので知ってはいたが、16番道路が走り屋天国なのは本当のようだ。思い返せば、ゲームでも暴走族だのスキンヘッズだのが屯してたもんなぁ。

 

ただ、流石に子供相手は問題だと考えていたのか、それとも昼間だからか、道中でブォンブォンとうるさい怖いお兄さんたちに絡まれるようなことはなかった。

 

なお、ゲームでは目と目が合えばバトルの合図。普通に絡まれるので注意しよう。

 

こうして、歩けば何日かは掛かりそうな道程を自転車でぶっ飛ばし、半日足らずでサイクリングロードセキチクシティ側の出口ゲートに到着。出発自体が遅かったこともあり、すでに時刻は夕方に差し掛かろうかという時刻になっていた。

 

そのままセキチクシティへ向かっても良かったのだが、特段旅を急ぐ理由もないし、自転車こぎまくって足も疲れたので、この日は出口ゲートに併設されたポケモンセンターにて一夜を明かす。

 

 

 

 

 

 そして翌朝。朝食を食べた後、出発前に食後の軽い休憩も兼ねて、出口ゲートの最上階に設けられている展望スペースに登る。朝の早い時間帯なこともあり、展望スペースには自分以外には誰もいなかった。

 

 

「…おお、見える見える。いやぁ、天気がいいと景色もいいねぇ。実に素晴らしい」

 

 

南向きに設置された望遠鏡。観光地の高台とか○○タワーとかによくあるアレね。1コイン投入してレンズを覗き込めば、昨日に引き続き快晴の空模様もあり、遠くの方までよく見えた。視界に捉えたのは、20番水道の大海原のど真ん中に隣り合うように2つ突き出た島。たぶん、ふたご島。

 

そしてふたご島と言えば、カントーの伝説のポケモン・フリーザーだな。こおりタイプが猛威を振るっていた初代では、必ず捕まえて終盤の戦力にしていた。ゲームだと、どこかのゲートでフリーザーの姿を見れる場所があったのを思い出す。どこだったかな?

 

あとフリーザーはふたご島にいるとして、残りの伝説のポケモンの居場所も気になるところ。サンダーはハナダシティ郊外にある無人発電所付近が根城だろう。じゃあ、ファイヤーはどこか?チャンピオンロード?ほてり山?それともシロガネ山?作品ごとに居場所が違うからなぁ。この世界ではどこにいるんだろうね?

 

まあ、とりあえず作品が変わるごとにお引越しを強いられているファイヤーさんマジ可哀そう。L51:にらみつける はもっと可哀そう。

 

 

 

そんなことを思い出しながら、少しの間静かに過ごした後、セキチクシティへ向けて自転車で最後のひとっ走り。サイクリングロードを越えればセキチクシティはもうすぐそこ。すぐに着くだろうさ。

 

 

「ピジョット、"つばさでうつ"だ!」

「ピジョーッ!」

 

「負けるな、オニドリル!"ドリルくちばし"ッ!」

「ギュリリィッ!」

 

 

とか思っていたところで、鳥使いの皆さんがバトルを繰り広げている広場を発見。ピジョットにオニドリルと、カントー地方でも強いひこうタイプのポケモンが激突していた。しかも、ヨルノズクにヤミカラスなんていう、カントー地方ではあまり見かけないポケモンの姿もチラッと見えた。

 

なので、せっかくだし少し見物していこうと決めた。予定は未定だから多少の寄り道ぐらい大丈夫だ、問題ない(フラグ)。

 

そういうワケで、どこか広場が見える位置で自転車を止めて一息つける場所がないかと探してみれば、ちょうどよく近くに空き地があった。見物のために自転車を置かせてもらおうと足を踏み入れ、適当な場所に自転車を止める。

 

 

 

 

 

…その直後だった。

 

 

『ボボボボン!』

「うぇっ!?」

 

 

いきなり複数の鈍い爆発音とともに白煙が巻き起こり、俺の周囲をすっぽり覆う。突然のことに情けない声が漏れるが、こんなことあれば誰だってビビると思う。流石に仕方ない。桶狭間の今川義元もきっとこんな気分だったに違いない。もしくは『ジャーン!ジャーン!ジャーン!』からの『げぇっ!関羽!』された時の曹操。

 

それにしても、煙のせいで何が何やら全く分からない。このままでは今川義元と同じ運命を…なんてのは言い過ぎだが、いつまでも狼狽えているワケにもいかない。幸いと言うか、怪我なんかはないのでいつでもポケモンを展開出来るよう、中腰で腰のベルトに手を掛け警戒態勢をとる。

 

そのまま周囲を警戒し続けることしばし。やがて白煙が晴れてくると、周囲を人影が取り囲んでいるのがうっすらと見えてきた。数は…6、7、8…10人!?こりゃまた多いな、オイ。

 

 

「掛かったな、少年!あたいたちの修練場へようこそ!」

 

 

周りを囲むうちの1人から声を掛けられる。白煙が引いて姿を視認できた声の主を見れば、大河ドラマとかに出てきそうな時代錯誤な感じの服装…いわゆる忍び装束を身に付け、何か強敵感が滲み出るような立ち方をしていた。それと、体型からの判断がつきづらいが、声から判断してたぶん女。一人称も『あたい』だったし。

 

ただし、俺と同じぐらいの子供だが。

 

…これはどう反応すればいいのだろう?正直対応に困る。

 

 

「えっと……どちら様で?」

 

「フフフ、よくぞ聞いてくれたでござる!」

「あたいたち、泣く子も黙る…」

『セキチク忍軍っ!!!』

 

 

 

ア、アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?

 

…と、お約束?のような反応はここまでにしておいて、俺の問い掛けに自信たっぷりにそう言い放つ忍び装束の皆さん。テレビならこの時背景でド派手な爆発でも起きてそうなシーンだ。

 

そんなことはさておき、『セキチク忍軍』ねぇ…ジムリーダー・キョウと何か関係あるのかね?あの人本物の忍者だし。

 

 

「はぁ…で、そのセキチク忍軍の皆さんが、俺に何の御用で?」

 

「そんなもの決まっているじゃない!ここはあたいたちの秘密の修練場!上手くどくポケモンを扱えるようになるための修練を、毎日ここでやってるの!そして、そこにのこのこと現れたトレーナー…あたいたちの秘密を見たあんたを、見逃す訳にはいかないわ!」

 

 

いや、別に何も見てないし、どっちかと言うとそっちから絡んできた…あ、これはもう嫌な予感がビンビン…

 

 

「目が合えばそれはバトルの合図!ちょうどいいからあたいたちの修行の成果、あんたで試させてもらうわ!」

 

 

その言葉と同時に、一斉にモンスターボールを構えるセキチク忍軍の皆さん。何となくそんな気はしていたけど、こんな子供を多勢で囲んでボコろうとするとか…汚いなさすが忍者きたない。そして「目が合えばそれはバトルの合図!」なんて、まんまゲームっぽいことを言われるとは思わなかった。嬉しくもなんともないが。

 

 

「いざ、覚悟!」

 

 

ぐるりと囲まれて逃げ場もないし、どの道これはもうやるしかなさそうだ。ええい、ままよ!今囲んでいる皆さんが暴走族だのスキンヘッズだのロケット団員だのでないことだけは喜んでおいてやるから、全員まとめて掛かってこいやぁ!(自棄)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ブッ潰せ!ヨーギラス、"いわなだれ"ッ!」

「ギィッ!」

 

「フォ、フォ~…」

「モルフォン!?」

 

「……モ、モルフォン…戦闘不能…」

 

「…つ、強い…っ!」

 

 

 やーってやったぜオラァ!いわなだれでモルフォンを押し潰してゲームセット、10人抜き達成だぁ!長く苦しい戦い…というワケでもなかったな。だって、皆さん律義に1vs1で戦って下さるものだから、各個撃破していけばよかったからね。

 

もしも10人でいっぺんに来られてたら、いくらなんでも対処しきれませんでしたわ。もっとも、それはバトルではなくただの私刑に分類されるものになるだろうけど。

 

それに、よくよく見れば全員今の俺とそんなに歳が離れてなさそうな面子ばっかり。当然ポケモンのレベルもそれ相応。鍛えているって言うだけあって、年齢から見れば強い方なのかもしれないけど、俺のポケモンたちに適うほどではなかった。おまけに相手はやはりと言うか、どくタイプのポケモンがメイン。タイプ相性の関係でサンドパンとヨーギラスが大暴れだ。負ける要素が無い。

 

最初に話しかけてきた女の子が最後の相手だったけど、この子はそれまでの9人よりかは普通に強かった。進化したポケモン使ってたし、技の選択やポケモンとの息の合わせ方もしっかりしていた。それでも結果は上記の通りだったが。

 

 

 

全員揃って俺に敗れ去ったことでお通夜状態のセキチク忍軍の皆さんを尻目に、緊張が途切れたことで大きく息を吐く。いくら安定して戦えていたとは言え、10連戦は流石に疲れる。あんな入り方のせいで変な緊張感を持ち続けていた分余計にそう感じた。

 

まあ、それでもサカキさんにやらされてた特訓よりかは楽だったが。

 

 

「ヨ、ヨギィ…?」

「…ん?どうしたヨーギラス…って、うおっ!?」

 

 

すると突然、ヨーギラスが変な声を上げたのでそちらを見ると、ヨーギラスが光を纏っていた。光はあっという間に強くなり、ヨーギラスを完全に覆い隠してしまった。これは…サンドパン以来となる進化だ!

 

 

「……ギィ」

 

 

光が砕けるように霧散した後には、それまでの緑色の身体から鋼色の蛹のような姿…『サナギラス』へと進化を遂げたヨーギラスがいた。ちょっと前から進化に必要なレベルは越えてたからいつ来るかと思っていたが…何はともあれ、これは嬉しい。

 

まあ、さらに先、バンギラスへの道のりはまだまだ長い。のんびりまったり行こうじゃないか。

 

 

「改めてよろしく頼むぜ、サナギラス」

「………」

 

 

…そっぽ向かれたでござる。せめて返事ぐらい返してくれてもいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファファファ。やるではないか、小童」

 

「…!?」

 

 

 進化の余韻に浸っていたところに突然響いた男の声。驚いて振り向いてみれば、さっきまで誰もいなかった場所に人影が。その服装はやはりというか、これ見よがしな忍び装束。もう隠すつもりもないぐらいニンジャ的アトモスフィアを撒き散らしている。

 

とりあえず……

 

ア、アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?

(1時間ぶり2回目)

 

…こほん。かなり本気でビビった。そして、俺はこの人物に見覚えがある。忍び装束といい、この特徴的な笑い方といい、忘れるはずもない。

 

 

「これまでの戦い、しかと見させてもらった。我が娘を含めて、わしが面倒を見ておる10人全員をこうも容易く退けてしまうとは…見れば娘と同じくらいの年頃のようだが、大したものよ」

 

 

この人物の名は【キョウ】。現代に生きる忍にして、どくタイプのエキスパート。そして、後々にはセキエイ高原四天王にまで上り詰める、現在のセキチクシティジムリーダーその人だ。

 

何でジムリーダーがここにいるのか…そう言えば、さっき「我が娘」って言ってたな?あれだ、今思い出したけど、ゲームではキョウには【アンズ】と言う娘がいた。彼が四天王となった第2世代では、彼に代わってその娘・アンズがセキチクシティジムリーダーに就任していた。

 

最後に戦った、セキチク忍軍のリーダー格の女の子…思い返せば、どことなく記憶の中にあるアンズと似ている気がする。髪型なんてモロそのまんまだ。キョウはセキチク忍軍の皆さんの親玉と言うか、師匠なんだろうね、きっと。

 

 

「…だが、流石にこうも全員をコケにされて黙っておるのも、師としてはよろしくない」

 

 

さて、子熊を片っ端から叩いていたら、親熊が出て来てしまった件について。ちょっと展開が急すぎて少し呑み込み切れてないけど、何か空気がおかしな方向に流れてるのはこの言い草から何となく分かるよ。

 

 

「手本を見せてやるのも、守ってやるのも、そして時に仇を取ってやるのも師の務めよ。小童、一手お付き合い願おうか」

 

 

はい、そうなりますよね。この微妙な空気から察しておりますよ。ハイハイ、シッテタシッテタ。…いやいやいやいや、いくら何でも10連戦のあとでジムリーダー相手はきついんですが。サンドパンやヨーギラス改め、サナギラスも消耗はしてるんですけど。そもそもキョウさんこんなところで油売ってていいんですかね?

 

 

「頑張れキョウさん!そんな奴キュッて〆ちゃえー!」

「殺っちゃえジムリーダー!」

「頑張れ父上!モルフォンの仇は毒殺だー!」

 

 

周囲は完全にセキチク忍軍の皆さんに包囲されてしまっており、逃げ場はない。と言うか、逃げたら逆に即刻ハイクを詠まされた上で爆発四散させられそう。そしてセキチク忍軍の皆さんもだいぶ応援の内容がサツバツとしてらっしゃる。

 

…ハァ、どんどん追い込まれている気しかしない。まさにジリー・プアー。おお、なんとマッポーめいた世界な事か。ああ、ショッギョ・ムッジョ…

 

 

「…と、言いたいところだが、流石に娘と同じ年頃の者を不必要に甚振るのは、人としても指導者としても褒められたものではないな。娘たちの相手を無理にさせてしまったということもある。時間もいい頃合であるし、昼餉がてらセキチクジムで一休みしていくといい。多少のもてなしはさせてもらおう。勝負はその後よ」

 

 

と思ったら、そこは流石大人。鬼畜の11連戦とはならず、勝負の代わりに昼飯のお誘いを掛けられた。地獄から天国、九死に一生を得るとはこのことか。

 

さて、それにしてもこのお誘いどうしたものか…断ってもいいけど、それを許してくれそうな周囲の空気ではないよなぁ。うーん…初対面の人の家でお世話になるのは気が引けるけど、受けるしかないか。それに、いつもポケセン飯と言うのも味気ない。まあ、最近はポケセンじゃなくてTCP本社のサラ飯ばかりだったけど。

 

まあ、これも折角の機会。一期一会なんて言葉もあるくらいだし、御呼ばれになっていくとしましょうか。タダ飯最高!どうぜ御馳走になるなら少しでもポジティブに考えよう。ポケセンの飯もタダだけど。

 

 

「…ありがとうございます。御馳走になります」

 

「うむ、ゆっくり休んでいくといい。では皆、撤収だ!」

 

「「「は、はいっ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そんなこんなで、俺はそのままセキチクジムでお昼を御呼ばれすることに。どういう訳かそのままセキチクジムでお昼を御呼ばれすることに。

 

キョウさんとファザコン忍者娘以下セキチク忍軍の皆さんと一緒に自転車を押してセキチクシティに入った俺は、そのまま彼らの根城であるセキチクジムへ。畳張りの広間へ案内され、そこにはすでに昼食の用意がなされていた。全員が席に着いたら、ファザコン忍者娘の「いただきます」を合図に一斉に食べ始める。賑やかな和気藹々とした空気が流れ、子供同士話も弾む。

 

途中、転校生が寄って集って質問攻めに合うアレを経験したりしつつ昼食の時間は終了。昼も終わったことで「じゃあこれで」…なんて都合の良いことはなく、セキチクジムに案内され、促されるままに昼食を御馳走になり、軽くポケモンたちも併せて一休みさせてもらった後、俺はセキチクジムの屋外フィールドに連れてこられたのである。まあ、逃げられはせんよな。

 

 

「…さて、小童。改めて、セキチクシティジムリーダーのキョウだ。こ奴はわしの娘のアンズ。午前中は、娘たちが世話になったな」

 

「いえ…」

 

「まだ名を聞いておらなんだな」

 

「マサヒデと言います。トキワシティから来ました」

 

「それでは我が娘らを蹴散らしたお主に、その師として勝負を申し込む」

 

「それは構わないのですが…こちらのポケモン、回復が出来ていないのですが」

 

「だろうな。故、これをポケモンたちに飲ませてやるとよい」

 

「…これは?」

 

「わしが調合した秘伝の薬よ。それを飲めば、どんなに疲弊したポケモンも立ち所に快復しよう」

 

「……頂戴します」

 

 

バトルを前にキョウさんから渡されたのは、飴色の丸薬。『秘伝の薬』って…そりゃタンバシティで売ってるデンリュウ治療薬じゃないか。パルパルゥ。まあ、別物だとは思うけど。

 

毒じゃないだろうな?とか一瞬思ったけど、流石にジムリーダーがそんなことをするはずない…と思いたい。思わせて下さいサカキさん…うん、基本サカキさんがおかしいだけで、どんなジムリーダーでもサカキさんよりはマトモだろう。というワケで、素直にそれを恐る恐るだけどサンドパンとサナギラスに飲ませてみる。

 

 

「…キュ?キュ、キュイ!」

「…ギィ…!」

 

 

…おお、あっという間に元気になった…気がする。データとして分かるワケではないので体感だけど、少なくとも疲れは吹っ飛んだみたいだ。何かピョンピョンしてるし。

 

…麻薬とか、そういう類のもんじゃないよな?こうもよく効く薬だと、逆に心配になって来る。

 

 

「ファファファ…では、始めるとしよう。位置に付けぃ、小童!もしも勝つことが出来たなら、ジムバッジはくれてやろう!」

 

 

秘薬を与えたポケモンたちが元気になったのを確認すると、それだけ言ってキョウさんは戦闘態勢に入ってしまった。

 

まあ、どの道逃げられないことは分かってたさ。結局やるしかないんだよネ。

 

 

「進化したお前の力、見せてもらうぜ!いけ、サナギラス!」

「…ギ」

 

 

こうなりゃもう当たって砕けろの精神だ!粉砕☆玉砕☆大喝采!人生常に背水の陣だ!ジムリーダーがなんぼのもんじゃい!ヤッタルデー!スッゾコラー!

 

『何でセキチクシティに入る前にセキチクジムリーダーが待ち構えてて戦うハメになってるのか?』とか、『お前1人で陣なのか?』とか、そんな些細なことはもうこの際無視だ無視!

 

では、イクゾー!(デッデッデデデデ!カーン!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~そして現在~

 

 

「ス…ピィ…」

「くっそ…防御回避ガン積みとか、汚いな流石忍者きたない…っ!」

 

「ファファファ…忍者に『汚い』は誉め言葉よ!」

 

 

昼食挟んで、存在しなかったはずの3vs3の幻の11戦目。キョウさんとの戦いは開戦前の勢いは早々に圧し折られ、完全に相手のペースで進んでいた。

 

こちらはすでにサンドパン・サナギラスとどくタイプ相手に有利なはずの2体が撃沈。3体目にして最後の砦、スピアーを送り出している状況。対するキョウさんはマタドガス→ベトベトンという流れ。タイプ相性的にはこっちが有利だったはずなのだが、残念ながらそうはなっていない。

 

まず、先発のマタドガスが特性"ふゆう"で地面技が当たらない。これでサンドパンのアドバンテージが潰された。ならレベルの差で単純な力比べ…といきたいところだったが、この点でも向こうが上。流石はジムリーダー。あとはその代名詞の一つである"どくどく"で猛毒状態にされて、そのままジワジワ削られ1アウト。

 

2番手のサナギラスは、進化したことで変化した特性"だっぴ"のおかげで、猛毒状態はさほど気にせず戦えた…が、ここで孔明ならぬ忍者の罠が炸裂する。その元凶は、キョウさんのくれた秘伝のお薬。やっぱり毒だったなんてことはなく、確かに体力は回復してくれた。体力"だけ"は。

 

では何が罠かと言えば、これまでの10連戦でサナギラスが消耗したのは体力だけじゃない。メインウェポンである"いわなだれ"も、全ての敵に対して撃ち続けていた。で、当然その消費した技のPPは未回復だったので、途中でまさかのメインウェポンがガス欠。言うなれば、砲弾切れした戦車。おまけに地面技を持ってないもんだから、側は立派、中身は見掛け倒しの完全な木偶の坊だ。

 

まあ要するに、俺の単純な管理ミスです☆

 

回復してもらうときに俺が気付いていれば…済まねぇ、サナギラス。それでも"かみくだく"で何とかマタドガスを突破してくれたのはお見事。が、次のベトベトンは流石に無茶だった。2アウト。

 

で、追い込まれた3体目。我が相棒にして最後の砦スピアー。タイプ相性は全くよろしくないが、沈んだ2体で駄目だった相手を他の面子がどうにか出来るとも思えない。しかもこのベトベトン、"れいとうパンチ"なんて技搭載してやがるもんだから、現状4番手のストライクも返り討ちにされるのが目に見えている。よって、他に選択肢はなかった。

 

どくタイプvsどくタイプで泥仕合と行こうぜ!と気合い入れ直したは良いものの、蓋を開けてみれば冒頭の通り"とける"で物理防御を、"ちいさくなる"で回避率をすでに積み上げられており、この段階でもう絶望しかない。降参、良いッスか?

 

 

「くぅぅ…遠距離が駄目なら、前に出るしかない…スピアー!」

「スピィ…ッ!」

 

 

正直俺の勝ち目は非常に薄い…と言うか、もうほぼない。すでに詰みの状態と言ってもよく、ゲームみたいに『降参』の選択肢があるならすでにポチってる。俺の手持ちだと現状こういった戦法に対して採れる手段が少なすぎるのがそもそもの問題だが、スピアーなら、スピアーならせめて一矢報いることぐらい出来るはず…たぶん、きっと…だといいなぁ(希望的観測)。

 

完全に追い込まれた奴のやけっぱちだが、実際ソーッナンス!だから仕方がない。ここまで来てしまえば、あとはもう意地だ。

 

 

「行くぞ、スピアー!」

「スピッ!」

 

「むぅっ!来るか!ベトベトン、"ヘドロばくだん"!」

「べぇとぉ~」

 

 

突撃を開始したスピアーを見て、ベトベトンが撃ち出したヘドロの塊が、スピアーとその進路に降り注ぐ。

 

 

「構うな!全速前進!」

 

 

それを無視して突っ込ませる。スピアーは直撃こそないが、至近弾によるダメージを貰いながらもぐんぐんとベトベトンに迫る。

 

 

「抜けてくるか!ならば"れいとうパンチ"で迎え撃てぃ!」

「べとぉ~!」

 

「ぶちかませ!"どくづき"ィッ!」

「スッピィィィ!」

 

「……!」

 

 

刹那、スピアーとベトベトンが交錯した。

 

そこから先は、スピアーは機動性を、ベトベトンはほぼ液状化・縮小化した身体を武器に、お互いノーガードでの殴り合いとなった。スピアーは"どくづき"で相手をガンガン殴り付けていき、ベトベトンへのダメージを稼いでいく。

 

しかし、スピアーに出来たのはそこまで。

 

 

「最後まで諦めぬ姿勢は天晴だが、これで仕舞いよ!ベトベトン、"れいとうパンチ"!」

「べぇ~とぉ~!」

 

 

スピアーの"どくづき"がベトベトンに効果今一つであるのに対して、ベトベトンの"れいとうパンチ"はスピアーに等倍。レベルも恐らく負けていて積みも入っているとなれば、根本的にダメージレースで勝てるはずもなく…

 

 

「ピィッ…!」

「スピアー!…くっ、ここまでか…っ」

 

「スピアー戦闘不能!」

 

 

…インファイトで殴り負けたスピアーがダウン。うちのトップ3を苦もなく蹴散らされ、敢えなく3アウトゲームセットと相成った。

 

 

 

 




主人公、忍者の罠に嵌る。というわけで第35話でした。そして早くもキョウ&アンズの親子が登場。この話書き始める直前までアンズさんの存在をキレイサッパリ忘れていたので、お詫びに出て来てもらいました。…いや?むしろ、忍者的には認識されないのは正しいことなのでは?(アンズファンの皆さんごめんなさい)
なお、ここのアンズさんはまだ子供(主人公より1つ2つ上ぐらいなイメージ)なので、父上一筋なファザコンで熱血スポーツ…スポーツ?少女でちょっとお頭がまだ残念な感じ。意外と動かしやすかったです、ハイ。

そして、この話書いてる途中で気付いたんですが、地味にこの作品投稿し始めてから1年経ちました。ここまでよく書いたと言うべきか、努力が足りんと見るべきか…ともかく、読んで下さる皆さんのおかげで何とかやって来れてます。いつもありがとうございます。今世の中は新型コロナ一色で大変ですが、どうか健康に気を付けて頑張って下さいませ。

追伸(R3/10/13)キョウさんの所業をマイルドに改稿しました。


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第36話:忍者の取引

改稿(R4/2/26)


 

 

 

 

「ははは!父上の実力、思い知ったか!」

 

「…うるせーやい」

 

 

 俺の完敗で幕を閉じたキョウさんとの戦い。物見遊山の気分で自転車止めたら忍者に襲われて、返り討ちにしたら何故かジムリーダーが出て来て、セキチクジムに連行されて、飯を奢ってもらったと思ったらボコボコにされて…何かもう色々と疲れた。時計を見ればまだだと言うのに、何で1日頑張ったぐらいに疲れてんだろうね、俺。

 

この戦いは思いがけない…本当に奇襲同然の戦いだったが、セキチク忍軍の皆さんはともかく、その親玉たるキョウさんの実力は確かに本物。ジムリーダーの肩書は伊達ではないことをまざまざと見せつけられる格好になった。おのれ忍者。

 

そんな状態でセキチク忍軍の皆さんと、それに囲まれているキョウさんをぼんやりと眺めていると、何故かキョウさんの娘、アンズに煽られた。親父さんが強いからって、自分が負けた相手に何でそこまで強気に出れるのか…コレガワカラナイ。

 

 

「あたいの父上は世界最強のどくポケモン使いだからね!あんたが父上に勝とうだなんて、10000光年早いのよ!」

 

「…光年は時間じゃなくて距離だぞ」

 

「…え?それホント?」

 

 

ニッコニコで元気よく煽りを入れてくるアンズ…もうファザコン忍者娘でいいや。原作的にも間違っちゃおらんだろ。そしてその台詞はニビジムのキャンプボーイ君の台詞だぞ。盗ってやるなよ。これで彼の、延いてはニビジムのアイデンティティが半分消滅してしまったじゃないか。

 

 

「と言うか、なんで君が威張ってんだよ。ジムリーダーが強いのなんて、分かり切ってることじゃないか」

 

「そりゃあもちろん、あたいの父上だからさ!あんたなんかに負けるワケないじゃない!」

 

「ああ、そう…」

 

 

でも、お前さん俺に負けたじゃねーか。そこんところはどうなんですかねぇ?

 

 

「ファファファ…だが、確かに強かった。人は見掛けだけで判断するのはそうそう出来るものではない、ということだな。娘らを寄せ付けなかったのも納得した。柄にもなく、小童相手に少々熱くなってしまったわ」

 

「あ、父上!」

 

 

ファザコン忍者娘を適当にあしらっているところにキョウさん登場。どこぞのロケット団首領(サカキさん)よろしく音もなく現れるのやめていただけませんかね?足音が全くしなかったもんで、近付いてくるのが分からなかった。心臓に悪い。

 

 

「対戦ありがとうございました。流石ジムリーダーですね、手も足も出ませんでした」

 

「いや、むしろ無理にバトルを迫るような形になってしまったこと、わしの方から詫びねばならんな。ポケモンの方も、回復薬は渡したとはいえ万全ではなかった様子」

 

「ああ、いえ…まあ、俺が事前に気付けていれば良かったことなんで。それに、こういうことは何度か経験あるんで大丈夫っす」

 

 

具体的にはサカキさんとかサカキさんとかサカキさんとか、も一つオマケにサカキさんとか。それにクチバジムでもそうだったけど、ゲームじゃジムのギミックを突破してリーダーに挑む直前の回復は、薬使うなりポケセンに一度帰るなり、トレーナー側が任意でしなくてはならなかった。そうじゃなくても、モブトレーナーとのバトルも視線に入り込んだ時点で強制なんで、個人的にそこまで問題だったとは思わない。

 

あと、これまではPPが少ない技をここまで多用することがなかったから、PP管理の意識が希薄になってたのと、調子に乗っていわなだれを撃ちすぎたのも事実。あなたのお弟子さん方に岩技の通りが良すぎるのが悪い。(責任転嫁)

 

 

「…ふむ?まあ、ともかくまずはポケモンたちを回復させてやるのが先決よな」

 

 

そう言って、キョウさんは先程同様にスピアーたちに薬を飲ませ、傷には軟膏を塗っていく。薬の効果は抜群で、見る見るうちに元気を取り戻していくスピアー・サンドパン・サナギラス。うーん、さっきも飲ませたから分かるけど、忍者の秘伝のお薬ヤバいネ。副作用とかないのかホントに疑いたくなるわ。ちなみに、全部自作だそう。

 

 

「…うむ、これでよい。それにしても、トキワシティだったか。随分遠くから来たのだな。その様子だと、各地のジムに挑戦しておるようだが?」

 

「ええ、まあ」

 

「やはりな。ちなみに、歳は?」

 

「えっと…一応11になります。2ヶ月ほど前にトレーナーズスクールの初等部を卒業したばかり、です」

 

「…これは驚いた。娘と同年代とは思ったが、まさかトレーナーに成り立てとは…」

 

 

 

嘘は言ってない。中身はいい歳した大人だけど、外面は10歳前後の少年なのでね。

 

 

「え、あたいよりも下!?嘘でしょ!?」

 

「ええ、そうですよ。年下にボロ負けした気分は如何?」

 

 

俺の年齢を聞いてファザコン忍者娘が衝撃を受けているようだったので、さっきまでの意趣返しに煽り返してみる。ヘイヘイ、ピッチャービビってるぅ。

 

 

「うぐぅ…っ、こ、今回はたまたま!偶然よ!まだ勝負が着いたワケじゃないわ!次はお前なんかに負けないんだから!覚悟してなさい!」

 

「あーはいはい、ガンバレガンバレ」

 

「むっきぃぃぃぃっ!ムカつく!」

 

 

いやあんた、言った傍から自分で負けてるの認めてるやんけ。もう勝負ついてるから。

 

 

「ファファファ…アンズよ、忍びたる者何時如何なる時も沈着冷静であるべし…と教えたはずだが?それと、確かに今回はわしが勝ったが、そもそもの話こ奴は戦い通しであった。いくら薬を渡したとは言え、完全に連戦の疲れが抜け切る訳ではない」

 

「うっ…」

 

「加えて、逃げ場を潰して完全包囲して甚振ること自体、あまり感心出来るものではない。その上で全員まとめて容易く蹴散らされる体たらく…ちと付け上がっておるのではあるまいな?」

 

「ううっ…」

 

「ファファファ…これは一つ、厳しく鍛えてやらねばならぬな。小休止の後修練を再開する故、今日の負けを糧に精進せよ、アンズ」

 

「は、はいっ、父上!…あんた、マサヒデって言ったね?」

 

「え?ええ」

 

「次は絶対、絶ぇーっっっ対に負けないからね!覚悟しときなさいよ!」

 

 

…あーはいはい、頑張って下さいな。覚悟もしておきますよ…次があればだけど。今後しばらく俺も鍛えて、キョウさん対策組んでからまたジムの方に挑戦しに行きますわ。その時対戦があるかどうかってところカナー?

 

それはそうと、色々と手厳しいと言うか、理不尽な負けではあったけど、当面の目標となる相手の実力や戦い方を直に体験できたのは大きい。これで大体の目星と言うか、目標ラインが見えた…と思いたい。

 

今回の面子がそのままジム戦に出てくるかは分からないけど、今日の様子だとまずはどく状態と能力変化への対策を本格的にしておかないとな。さっきみたいに嵌められると、ラッキーヒットを期待する以外もうどうにもならん。

 

では、ここらへんで失礼をば。

 

 

「では、お昼ご飯もご馳走様でした。また挑戦しに来ます。ではこれで…」

 

 

オタッシャデー。

 

 

「小童、ちと待てぃ」

 

「…?なんでしょうか?」

 

 

一区切りつきそうだったので挨拶して素早く去ろうとしたら、キョウさんに呼び止められた。一々話し方が古風でこっちを見る視線も鋭いせいか、凄い殺気を感じる

 

 

「流石に斯様な形で勝負して大した持て成しもせぬまま帰すというのは、人として如何なものかと思ってな。聞けば今日セキチクシティに着いたばかりであろう。宿もまだ取っておるまい。それに、お主もポケモンたちも、連戦の疲れが溜まっておろう。今日は我が家に泊って、ゆるりと疲れを癒すが良い」

 

「え…いや、昼飯いただきましたし、そこまでお世話になるのは…」

 

「それに、お主にはちと聞きたいことが出来た。遠慮せず」

 

「え…あ、はい……お、お世話になります…」

 

 

その眼力に押し通され、何故かそのままセキチクジムに一晩お世話になることが決定したのであった。何故こうなったし。そもそも、聞きたいことって…何ぞ?

 

 

 

 

 

 

 

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 セキチク忍軍&ジムリーダー・キョウさんによるきたない連戦で無事敗北を喫した俺は、あの後ひんし状態のポケモンたちを戦闘前と同じようにキョウさんのお薬によって回復させてもらい、宿泊させてもらう部屋に案内された。

 

しばらく落ち着かない心地の中で過ごしていたが、ファザコン忍者娘に「ポケモンバトルは負けたけど、忍術でなら負けないわ!さあ勝負よ!」と抵抗する間もなく、ジムの裏手にあるに修行場らしき場所に連行されるハメに。「忍術なんて使えるワケねーじゃん」と思いながらも、サカキさんに鍛えられた健康的でこの歳ではちょっとだけ自慢の身体能力で抗ってやるぜ、なんて勇んで受けて立ったが…完敗であった。サルみたいにあっという間に木に登ったり、高い塀を軽々飛び越えて見せたり、この娘の身体能力どうなってんの?バカなの?忍者なの?そう、忍者なら仕方がないね。

 

なお、50m走もやったが普通に見どころもなく負けた。ファザコン忍者娘は身体能力オバケと言うことが分かった。そして、勝った後のドヤ顔にイラッとした。

 

 

 

忍者の修行らしきあれやこれやに付き合わされた後は、息も絶え絶えの俺に対して、「さあ、さっきのリベンジよ!」とバトルを仕掛けられた。鬼か、おのれは。

 

こうしてもう対戦することはない、あっても相当先の話だと思っていたリベンジの機会が早々にやってきてしまった。結果はもちろん勝った。身体能力はオバケでも、ポケモンの実力は俺の方が上だったな。(ドヤァ)

 

実際、試合内容を振り返ると、キョウさんの薫陶を受けた忍者の卵らしく嫌らしい戦法ではあったが、根本的なレベル差が大きく、ファザコン忍者娘のモルフォンでもやっと俺のナゾノクサと同じくらいのレベルでしかない。今の俺の手持ちならその戦術を上から力で叩き潰してどうにでも対処出来てしまった。レベルを上げて物理で殴る、これ基本。

 

 

 

 

 

 ファザコン忍者娘に完勝を収めた後は、セキチク忍軍の皆さんが引き続き修練に励む風景を眺めつつ、途中でジムの人からお茶とお菓子をいただいたりしながら過ごしていた。

 

そこに修練の監督をしていたキョウさんが、一旦指導から離れてこちらにやってきた。

 

 

「あ、キョウさん。お茶とお菓子、ごちそうさまでした。美味しかったです」

 

「なに、せめてもの詫びと労いだ。これしきの事、気にするでない。我が娘とのバトル、今見ても子供らしからぬ見事な腕前だった」

 

「あれはポケモンたちが頑張っただけです。自分は大したことはしてませんよ。キョウさん相手にした時なんて、ほとんど有効な手を打てませんでしたし…」

 

「人間誰しも、著しく追い詰められた状況では中々に正常な判断は難しいもの。その点、お主はよくやっていたと思うがな。それに、お主が相手したのはわしの主戦力とも言えるポケモンたちよ。よもやマタドガスを突破されようとは思わなんだ。誇ってもらわねば困る」

 

 

さっき相手させられていたキョウさんのポケモンたちは、実はキョウさんの主力だったらしい。どおりで強いワケだ。

 

 

「はは…恐縮です」

 

「ところで、実はお主に1つ聞きたいことがあってな。しばし時間を貰いたい」

 

「聞きたいこと?それは構いませんが…何でしょう?」

 

「おぬしのスピアーが最後に使った技…アレについて、少し話を聞きたい」

 

「スピアーが最後に使った技?あの時最後に指示した技と言うと…どくづき、ですか?」

 

「うむ、それよ」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「わしの記憶が確かであれば、あの技はつい最近見つかったばかりの技のはずだ。発見したのはトキワジムリーダー。わしのポケモンたちにも覚えさせようと交渉しようかと考えておるところだが、その技を何故おぬしのスピアーは使える?それも、見た限り自家薬籠中の如く十全に使えておる様子。どこで覚えた?」

 

「あー…」

 

 

あー、そこに目を着けられてたか…毒タイプのエキスパートとしては、未知の毒タイプの技は気になる、ってことなんだろうな。

 

さて、どう答えたものか…うん、ここはやっぱりサカキさんに押し付けておくのが安全だろう。

 

 

「トキワジムリーダーのサカキさんから教えてもらって使えるようになりました。学校出るまではサカキさんに指導を受けていましたので」

 

「…むぅ、やはりトキワジムリーダー、か……マサヒデ、と申したな?1つ頼みがある」

 

「…?はい、何でしょう?」

 

 

ジムリーダーからの頼み事…サカキさんのせいか、ついつい身構えてしまう。

 

 

「うむ。お主のスピアーが放つ技を学ばせて欲しい。道なき道を行くよりは、他者が歩んだ跡を行く方が易い。手本となるべきものがあるのならば、それを使うに越したことはないと思うのでな。それに、毒ポケモンの専門家として、門外漢のはずのジムリーダーに後れを取るわけにはいかぬ」

 

 

うっ、そう来ましたか。どくづきの伝授…それ自体は別に構わないとは思うんだけど、ちゃんと出来るかどうかが問題だ。如何せん、人に指導した経験などほぼ皆無だし。

 

 

「それはよいのですが、人に教えた経験がないので、上手く伝えられるかどうか…」

 

「そこは構わん。使っているところを(つぶさ)に見させてもらえればそれでよい。それに、タダでとは言わん。我が一族に伝わる忍びの極意…その一部をお主とお主のポケモンたちにも伝授しよう。無論、無理強いはせぬがな」

 

「…では、しばらくお世話になります」

 

「うむ、それはこちらとしても、だ。その間、我が屋敷に逗留していくと良い」

 

 

と言うことで、スピアーのメインウェポン"どくづき"の伝授と引き換えに、泊まり込みでキョウさんから指導を受けることになりました。どくタイプの技だし、よくよく考えてみればどくタイプの専門家キョウさんとしては気になるのも当然の話。なるべくして目を着けられてしまった…と。

 

この技、本来は第4世代から登場した技なんだが、こちらの世界ではスピアーの火力不足に悩んだ俺が思い付きとその場の勢いで2~3世代時代を先取りした結果、無事サカキさんにバレて世に出ることになったやらかしの産物。そして、この世界における最初の発見者は俺自身な訳なんだが、対外的には発見したのはサカキさんと言うことになっている。その方がお互いにとって利益が大きかったから。サカキさんは新たな発見と言う名誉と実績を、俺は面倒事の回避とちょっとばかりの小遣いを。オマケでサカキさんからの疑いの眼差しも

 

…え?割に合ってない?いいんだよ、面倒なのは嫌だし、何に価値を見いだすかは人それぞれだ。サカキさんにとっても俺にとっても、俺が前面に出るよりも色々と都合が良かっただけの話さ。

 

…あと、サカキさんに変に口答えすると後が怖い()

 

ともかく、キョウさんとしては"どくづき"が気になる様子なのは分かったと思う。そして、俺としてはキョウさんを今後再度相手にするなら、現状では準備不足・能力不足な感が否めない。特に、現状弱点を突けず物理方面に硬いマタドガスが思いの外厄介だった。うちのサンドパン(ナンバー2)サナギラス(ナンバー3)の2匹掛かりでやっとだったし、何かしら作戦や対応策は必要だ。そう言う意味では、近くでその戦術を学べるのは意義があると思う。

 

それに、新しいポケモンが必要かもっていう思いもある。ここにはサファリゾーンもあるし、海や山もあり、カントー地方でも屈指の野生ポケモンの宝庫。現状の手持ちはバランスが良いとは言えない。単純な対策は相手に有利なポケモンを用意することだし、切れる手札は多いに越したことはない。この環境を有効に活用していきたいところ。

 

1歩進んでは1日止まり、また1歩進んでは1日止まる。旅らしくない旅。そんな感じの旅になってしまっているが、急ぐ旅じゃないし問題ないだろ?のんびりじっくり、だ。

 

 

 

 そんな訳で、セキチクシティに俺が到着してからすでに一週間。俺はセキチク忍軍の皆さんやセキチクジム所属トレーナーの皆さんの修練に混ざってキョウさんの指導を受けつつ、キョウさんに伝授する日々をスタートさせていた。

 

教えるとは言っても、実際どんな感じで教えればいいのか分からなかったので、とりあえずセキチク忍軍の皆さんやセキチクジム所属トレーナーの皆さん、時々キョウさん本人のポケモンを相手にどくづきをひたすら打ち込んでいくスタイルになった。キョウさん曰く「これが一番分かりやすい」とのこと。

 

そして彼らの修練は非常に過酷だ。俺もトキワシティでの3年間にサカキさんに色々やらされたが、トキワジムでのサカキさんに課せられたトレーニングのさらに上を行っている。何よりもまずトレーナーが肉体的に搾り上げられるので、サカキさんのトレーニングとはまた違ったベクトルでキツい。

 

比較すると、トキワジムがとにかくまずポケモンを鍛えることに主眼を置き、併せてトレーナーの成長を目指すポケモン中心な育成方針であるのに対し、セキチクジムはトレーナー自身が成長すること…と言うよりは、優れた忍者?になることがまず主目的にあり、そのトレーナーと一体となって動けるようにポケモンを鍛えるのが基本的な育成方針になる。第一に人、第二にポケモンということらしい。流石は忍者。身体能力オバケどもが誕生した理由がよく分かる。

 

その過酷さは、キョウさんに世話になり出してからほぼ毎日一緒に修練を受けているセキチク忍軍の皆さんのへたり具合でよく分かる。傍から見ているだけでも大変よく分かる。

 

 

「………無理、吐きそう」

 

 

そして、今はその過酷さを身を以て現在進行形で味わっている最中なワケでして。「あんたも一緒にやるのよ!」などと宣ったファザコン忍者娘によって、セキチク忍軍の皆さんの修練に強制的に参加。流されるままに付き合った結果、見事に撃沈判定をくらった。これが泊まり込み2日目の話。

 

そんな具合でも毎回ボロボロになりながら付いて行き、1週間で辛うじて修練を完走出来るまでにはなった。が、今回は昼食が俺の奮闘と最悪最低なコラボレーションで絶大な不快感を醸成した結果、胃袋が被害甚大。敢えなく途中棄権(リタイア)である。

 

 

「…10分の小休止後、次の修練を…と行きたいが、その様子では難しかろうな。しばし休んでおれ、小童」

 

「…う、うっす」

 

「へへん!今度はあたいの勝ちね!男の癖に情けないわね!」

 

「………」

 

 

キョウさんに休んでいるように言われ倒れたところに、この間の仕返しとばかりに煽りを入れてくるファザコン忍者娘。色々と言いたいことが浮かんでは頭の中に渦を巻くが、残念ながらそれを口にする気力もない。敗北…敗北?の悔しさとか、ファザコン忍者娘への恨み辛みと一緒に、出てはいけないモノまで胸の奥から込み上げて来る。気持ち悪い。

 

でも、流石は忍者として日常的に修練を受けているだけのことはある。あの鬼のような修練の数々を越えてなおピンピンしてるとは。もう君たちポケモンバトルするより、自分で戦った方が早くない?

 

 

「行くわよ!モルフォン!」

「ふぉーっ!」

 

「頼んだでござる!ズバット!」

「ズバッ!」

 

 

木陰で死んだように横になっている間に、他の面々は次の修練へ。疲れている様子を見せながらも、広大な敷地でポケモンバトルを繰り広げていく。

 

 

「ズバット、"かげぶんしん"でござる!」

「ズバッ!」

 

「まだまだ甘いわね!"サイケこうせん"よ!」

「ふぉーん!」

 

 

始まるまでの間に少し気分がよくなったので、ファザコン忍者娘…もとい、アンズとござる少年のバトルを観戦する。ござる少年のズバットがかげぶんしんを張ってモルフォンを翻弄しに出るが、技を繰り出すまでのスピードなど、全体的に動きが甘いように見える。アンズにもそのように見えたらしく、ズバットはあっさりと本体を見破られ、サイケこうせんで撃ち抜かれた。

 

 

「ズ…バァッ!」

「くぅっ…ならば、"あやしいひかり"でござる!」

 

「"かげぶんしん"!」

「ふぉーん!」

 

 

早々に劣勢に置かれたござる少年はあやしいひかりで挽回を図るが、アンズはかげぶんしんで狙いを絞らせない。ござる少年のズバットと比べると、確かに技の展開が幾分か早い。あっという間に分身をバラ撒き、結果ズバットの反撃を不発に終わらせた。

 

そうして有利な態勢を整えたモルフォンが攻勢を仕掛ける。

 

 

「さあ、一気に決めるわよ!サイケこうせん!」

「ふぉーっ!」

 

「むむ、これはピンチ!ですが…そこでござる!ズバット、あやしいひかり!」

「ズバッ!」

 

 

が、ござる少年は何故か本体を見破り、あやしいひかりを直撃させてモルフォンは混乱状態に。同時に分身も全て消え去ってしまった。今の攻撃の動作に何かヒントでもあったのか?俺には分からなかったけど…まあ、彼もまた忍者の卵っていうことなのかな?

 

 

「形勢逆転でござるぞ、アンズどの!つばさでうつでござる!」

「ズババッ!」

 

「なんのこれしき!モルフォン、ねむりごなよ!」

「ふぉ、ふぉー…?」

 

 

モルフォンが混乱したことでズバットが持ち直し、ござる少年が反撃に転じる。が、アンズは焦ることなくねむりごなを指示。混乱しながらの指示なので完全に2分の1の博打になってしまうが、モルフォンは何とかこの指示に応え、"ねむりごな"が前方にバラ撒かれる。

 

 

「むむ!…ですがここが勝負時!そのまま突っ切るでござる!」

「ズバッ!」

 

 

これに対し、ござる少年は一瞬悩む素振りを見せたが、そのまま攻撃を続行。少しでもねむりごなに当たるまいと、地面スレスレを高速で掻い潜るようにズバットがモルフォンへと突撃する。

 

 

「ズバッ…」

「…ズバット!?これはやってしまったでござるっ!?」

 

 

しかし、ズバットは"ねむりごな"の雨を掻い潜ることは出来ず、その翼をモルフォンに届かせる前に墜落。勢いよくヘッドスライディングをかましてモルフォンのほぼ目の前で停止。完全に据え膳状態となってしまった。

 

結局それが決め手となり、混乱状態が解けたモルフォンがそのままズバットを戦闘不能に追い込んで試合終了。アンズの勝利となった。

 

改めてよく観察してみると、彼らが使うポケモンはファザコン忍者娘のモルフォンを筆頭に、ズバット・ニドラン♂♀・ドガースetc…やはりどくタイプのポケモンばかりだな。セキチクジムだし当然なのかもだが。そして「ござる」なんて語尾に付けるヤツホントにいるんだな…最初聞いた時は割と衝撃でござった。

 

 

 

この後、体調も良くなったところで俺も参加。セキチク忍軍の皆さんをボコったりキョウさんにボコられたりしながら、この日の修練は終わった。とりあえず、当面の目標はキョウさんの撃破。キョウさんに"どくづき"の伝授と言うお仕事もあるのでタダ飯食らいじゃあない。お世話になりながら、腰を据えてじっくりやるとしましょうか。

 

 

 




主人公、やらかしのせいで巡り巡ってキョウに目を付けられるの図。今後何話かはセキチクジムの面々との絡みが中心になりそう。手持ち的にもどくタイプが多いので、キョウに気に入られる要素は結構あると思います。

それと、前話の感想で『汚いな流石忍者きたない(ガチ)』な感想が多すぎたので、主にキョウのキャラ付けに関してちょっとこの後どうしようか迷ってましたが、もうこのまま(表向きは)汚い…汚い?路線で行くことにしました。一つだけ、この作品にはキャラクターを貶すような意図はないことだけは予め断っておきたいと思います。キョウが不意打ち同然の戦いを仕掛けて来たのにも、一応彼なりの理由というか、信念があるのです。と言うか、無理矢理くっつけました()次回でこの作品における彼の設定を書けたらな…と思っています。
まあ、一番の問題は前話の切り方が悪かったことだと思いますが。つまり作者が悪い。よって有罪。打ち首獄門に処す。

追伸(R4/2/26)ちょっとキョウさんの所業をマイルドにしました。


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第37話:まったり釣りでもしましょうか

改稿(R4/2/26)


 

 

 

 カントー地方…日本の関東地方がモデルであることは広く知られているが、セキチクシティは、そのカントー地方の本土最南端の都市。現実では千葉県房総半島に該当する地域だ。ヤマブキシティを始めとするカントー地方の中心地域からはかなり距離があり、移動も長時間長距離となることから、三方を海に囲まれた豊かな自然を持つというその魅力を活かしにくい…有体に言えば、かなり発展が遅れた田舎町だった。以前までは。

 

その状況が変わったのが数年前。16番道路…通称【サイクリングロード】が開通したことにより、タマムシシティとの往来の利便性が格段に向上。タマムシシティは元より、その隣のヤマブキシティやクチバシティなど、大都市の人々がその豊かな自然を求めてやって来るようになる。

 

そして、そのレジャー目的で訪れる人々が増えれば、その勢いを見越してレジャー客をターゲットにした店舗・施設の整備も比例して加速度的に進み、今では一大リゾート地のようにまで様変わりをしていた。

 

そんなリゾート地としての整備が進むのと同時期に整備されたのが、原作におけるセキチクシティ最大の目玉施設【サファリゾーン】だ。元からあった豊かな自然を最大限活用したこの施設では、様々な種類のポケモンの野生そのままの姿を見ることが出来る。カントー地方でもここにしか生息していない珍しいポケモンも多く、開業直後から瞬く間に絶大な人気を獲得。原作同様、街の目玉施設へと変貌を遂げた。

 

…まあ、とは言っても俺がこの世界に飛ばされるよりも前の話なので、簡単に聞きかじっただけの話なんだがね。

 

ゲームではとにかく運絡みの苦行施設だった記憶しかない。ラッキー、ケンタロス、ガルーラ、ストライク、カイロス、ミニリュウ…いずれも勝るとも劣らぬ手強い強敵だった。『見つからない・捕まらない・時間がない』の三重苦を同時に味わえるのは、ポケモン世界広しと言えど、カントーのサファリゾーンが思い出補正も掛けて頂点だと個人的には思うところ。正直二度と味わいたくない。

 

しかし、新戦力の確保という観点で言えば、サファリゾーンほど多様な生態系を持つ場所もほとんどないワケで。トレーナーとしての成長を、そして各地のジムリーダー、延いてはサカキさん相手の勝利を目指す身としては、戦力強化の観点から是非とも足を踏み入れておきたい場所…なのだが。

 

セキチクシティに滞在して約2週間、未だ楽園へ足を踏み入れること叶わず…と言うか、出鼻を完膚なきまでに圧し折られる事態に直面していた。俺の前に立ちはだかった大きな壁…それは、サファリゾーンにおける入場の際の規則であった。

 

 

《サファリゾーン入場規則》

入場料 大人1000円 子供500円

ポケモンの連れ歩き不可(緊急時を除く)

指定区域外への立ち入り禁止

ガイドの指示に従うべし

ポケモンの捕獲禁止

    ・

    ・

    ・

ポケモンの捕獲禁止

 

 

 

セキチクシティにおける目標、半分終了のお知らせ…この世界のサファリゾーンは、現代世界における動物園と同じでただポケモンたちの野生の姿を見るだけの施設だった。サファリゾーンの手前でも色々展示飼育してるじゃん!なんでだよ!って思ったけど、どうにもならず。これ知った時の絶望感と言ったらもう…ないわー…

 

しかし、どんなに落胆しようとも規則と言われては仕方がない。俺は物分かりのいい大人…もとい、物分かりのいい子供なので、涙を飲んでここは大人しく引き下がることに。そして、プランBを発動!

「プランBは何だ?」

「あ?ねぇよそんなもん」

…なんてことはありません。ちゃんとあります。

 

セキチクシティにあるのは何もサファリゾーンだけじゃない。そう、海だ。セキチクシティには海がある。長期に渡る俺の懸案事項だったみずタイプの確保…これがようやく叶う機会がやって来たと考えれば、何の未練も…かなりあるわ。

 

 

 

そういうワケで今日、俺はサファリゾーンへの未練を捨て切れないまま、みずタイプのポケモンを求めてセキチクシティ南の19番水道へと赴いていた。

 

 

「それじゃ、あたいはマサヒデがポケモン捕まえる所見学させてもらうわね!」

 

「いつの間に…」

 

 

…気付いたら隣に立っていたアンズも添えて。いや、あんたいつの間に…

 

 

「あんたがジムを出ていくの見掛けてね。新しいポケモン捕まえに行くって聞こえて、面白そうだから後をつけて来たのよ!自分の勉強にもなるし!」

 

「ああ、さいですか」

 

 

意識がポケモン捕まえる方に向いてたからか、全く後をつけられていることに気付かなかった。まだ卵とは言え、流石は忍者。略してさす忍。

 

思えばキョウさんに世話になりだしてからと言うもの、この娘含めたセキチク忍軍の皆さんとは一緒に修練することはままあるが、その中でも特によく戦ってるような気がする。俺との通算戦績は…記憶が確かなら5勝17敗、勝率にして2割強と、ポロボロに負け越してる。モチロン、アンズが。

 

まーそのことが大層気に食わないらしく、相当な負けず嫌いも手伝って事あるごとに勝負を挑まれる日々だ。良く言えば元気が良く、悪く言えばうっとおしい。親父さん見習って、もうちょっとクールに構えられないものかね?

 

 

 

…まあ、見られても困るもんじゃない…と思うし、別に良いか。

 

 

「…で、捕まえるって言ってもどうやるのよ?海のポケモンでしょ?」

 

「当然、準備はしてあるさ。抜かりはない」

 

 

言われるまでもないと、俺はこの日のために貴重な小遣いをはたいて用意した道具を荷物の中から取り出す。

 

 

「なるほどね、釣りかぁ」

 

 

俺が取り出した道具…それは釣り竿。それもただの釣り竿じゃない。【いい釣り竿】だ。水中のポケモンを釣り、釣り上げたポケモンとバトルをして捕獲することが出来る。みずタイプのポケモンを捕まえるには、非常に有用なアイテムだ。

 

ゲームではセキチクシティにいる釣り人から譲ってもらう形で入手出来、先に手に入る『ボロの釣り竿』よりも多くのポケモンを釣ることが出来る。と言うか、ほぼコイキングしか釣れないボロの釣り竿がちょっと…

 

なお、原作ではセキチクシティをサイクリングロード経由ではなくシオンタウン、もしくはクチバシティから目指した場合、最上位の釣り竿である【すごい釣り竿】を先に入手出来る。そのため、手に入れた傍からほぼいらない子と化してしまう悲しみを背負ったアイテムでもある。

 

こちらでは普通に全種類レジャー用品店で売っていたのだが、すごい釣り竿は値段も装備も完全にガチの、それこそ「休日には早朝から磯釣りに~…」レベルの釣りバカな皆さん向けのレベルで、かと言ってボロの釣り竿はゲーム同様にコイキングしか釣れなさそうなぐらい貧弱装備だし…と言うことで、その中間であるいい釣り竿に落ち着いた。結構な出費にはなったが、これもまたコラテラルダメージというもの。戦力拡充のための致し方ない出費(ぎせい)だ。

 

 

「へぇ、結構様になってるわね。釣りはやったことないから分からないけど」

 

「俺も初めてだよ」

 

 

嘘じゃないぞ?この世界では…と言う但し書きが付くけどな。まあ、元の世界でも最後に釣りに行ったのは何年も前に一度行ったきりな話なので、実質初挑戦なのは変わらないからセーフセーフ。

 

 

「目標は?」

 

「もちろん、みずタイプの強そうなヤツ」

 

 

タッツー・シェルダー・ヒトデマン辺りが釣れれば大成功じゃないかな?あわよくばミニリュウなんて釣れた日には絶頂すら覚えることだろう。ゲームではサファリゾーン以外には生息してなかったけど。何ならカントーのポケモンじゃないけど、チョンチーなんてのもアリだな。

 

興味深そうに様子を見ているアンズの期待の篭ったような視線を感じつつ、初心者向けの指南書を見ながら仕掛けを竿にセットし、桟橋から上段に構えて全力でキャスト。だいぶ沖の方でポチョン!と音を立てて仕掛けが海中へと沈み、目印となる浮きが水面を漂う。

 

周囲にはチラホラと釣り人たちの姿もあるが、釣りと言えば朝まずめに夕まずめ…早朝と夕方が狙い時とは聞くので、その時間から外れているからか、思っていたよりは疎らだった。ポケモンと魚が同じような生態してるのかは分からないけど。それともこのクソ暑い時期に炎天下での釣りは無謀なのだろうか。

 

そのまま桟橋に腰を下ろし…てすぐに灼けた橋の熱さに耐え切れずに立ち上がり、そのまま手元の感触に意識を集中させながらユラユラと波に揺れる海面と浮きを見続けること数分。

 

 

「お…これは来たか?…おお、引いてる引いてる!」

 

 

浮きが大きく沈み込み、同時にポケモンが食い付いた感触が手元に伝わる。それに合わせて思いっ切り釣り竿を引き、その感触に釣れた確信を持ってリールをキリキリ巻く。若干の抵抗はあったが、順調に近くまで引き寄せられたソレを…

 

 

「うおりゃっ!」

 

 

全力で桟橋の上まで…上げる!

 

 

 

 

 

 

 

「こいき~ん」

 

 

俺の渾身の雄叫びと共に海中から揚がったのは、真っ赤な身体に金色の王冠を被ったようなヒレが特徴の丸っこい魚のようなポケモン。ピッチピッチとあらん限りの力で以て跳ねまくっている。

 

この跳ねまくるポケモンはコイキング。初代で登場して以降、ほぼ全てのポケモンシリーズでほとんどの水場に野生で出現するみずタイプのポケモンだ。すばやさ以外のステータスが壊滅的で、図鑑では「世界一弱くて情けない」「はねることしかしない」などとボロクソに扱き下ろされている。覚える技も"はねる・たいあたり・じたばた・とびはねる"で全てという悲しみ。初代とそのリメイク版ではオツキミ山麓のポケモンセンターで500円で売られていることでも有名。第5世代でも500円で売られてたな。しかもすばやさの個体値31固定の優秀なヤツが。

 

因みに、♂は髭が黄色で♀は白と性別を判別しやすい特徴がある。コイツは黄色だから♂だな。

 

 

「あははははっ!コイキングって、完全に外れじゃない!」

 

 

釣れたコイキングを見て、大笑いするアンズ。こっちでもコイキングは最弱王扱いなのは変わらないようだ。ついでに釣りにおいては外道扱いされることもままある模様。

 

 

「やかましい!コイキングさんなめんなよ!」

 

 

それに対して俺も反論する。無論、釣果を馬鹿にされたから…ではなく、コイキングの真の魅力を知っているが故に。

 

何せ、コイキングの進化先であるギャラドスは、長年対戦の最前線で活躍している非常に優秀なポケモンなのだ。こうげきを中心に全体的に高水準でまとまったステータスと、非常に広い範囲に対応出来る攻撃性能を持つ。特殊技も豊富で補助技もある程度揃っており、みず・ひこうというタイプ相性、特性の『いかく』も加味すれば、性格や努力値の振り方次第で特殊・耐久型の戦いも出来なくもない。さらにはタマゴ技がないため、ポケモン厳選の入門編として勧められることも多い。そしてメガシンカまである充実っぷり。

 

性能良し、使い勝手良し、育てやすさ良し。さらに見た目も竜を彷彿とさせるカッコ良さでビジュアルも良し。文句のつけようがない素晴らしいポケモンなのだ。

 

 

 

…まあ、コイキング自体はポケモン全体でも最弱クラスのステータスで、環境が整っていないストーリー序盤なんかだと進化させるまでが割と大変であるが故に最弱王なんだが。レベルが低い内ははねるしか覚えてないし。500円で買って間もないコイキングと、野生のトランセルによるはねる・かたくなる合戦…全ては何も分からずただ純粋にポケモンを楽しんでいた遠いあの日の思い出の彼方…

 

 

 

…ともかく、記念すべき初の釣果。まだ持ってないポケモンだし、みずタイプであることにも変わりはない。よってここは捕獲一択。

 

 

「とりあえず『クサイハナ』、"ねむりごな"だ」

「ハッナ~」

 

 

数日前にナゾノクサから進化したクサイハナに眠らせてもらう。進化はキョウさんの指導を受ける中でのこと。元々、とうの昔に進化するレベルには達していた以上、時間の問題だったのだろう。

 

 

「こいき~n…zzz」

 

 

クサイハナがバラ撒いた"ねむりごな"が、ピチピチと元気に跳ね続けるコイキングに降り注いだかと思ったら、浴びてからあっという間に大人しくなる。まるで死んでしまったかのようだ。まあ、寝てるだけなんだけど。

 

 

「ほい」

 

 

コイキングが夢の世界へと沈んだのを確認して、モンスターボールをポイッと当てる。

 

ボールへとコイキングが吸い込まれ、桟橋に落ちる。そのまま何度か揺れた後、『カチッ』という音を最後にその動きが止まる。

 

 

「まずはコイキングゲットだぜ…っと」

 

「状態異常にしたポケモンは捕まえやすいとは聞くけど、鮮やかなもんね。コイキングだけどw」

 

 

コイキングの収まったボールを拾い上げる俺と、背後からコイキングを嘲笑うアンズ。そんなアンズを無視して、再び仕掛けを沖に放る。

 

将来性抜群の可能性の塊をここまで嘲笑えるとは…これも全てはコイキングの低評価がなせる業か。悲しいなぁ、コイキング…いつか世の中のコイキングを嘲笑う連中を全員見返してやろうぜ。とりあえず、その時の最初のターゲットはアンズ、君に決めた。コイキングさんが進化したら、ギャラドスで"みがわり"→"りゅうのまい"→"たきのぼり"連打で6タテをお見舞いしてやるからな。覚悟しておけよ。アンズをギャラドスでボコすと言う密かな小さい目標が出来た瞬間であった。

 

なお、予定は未定。

 

 

 

 

 

『ギャラドスでアンズフルボッコ計画』の青写真を適当に引きながら、そのまま糸を垂らすこと数分。釣竿に再びアタリが。

 

 

「おっしゃ!」

 

 

さっきと同じようにポケモンが食い付いたのに合わせ、思いっ切り竿を立てる。そのままリールをガンガン巻き上げる。釣糸の先に食らい付いていたのは…

 

 

「こいき~ん」

「あははははははっ!!またコイキング!ホント、よく釣れるわねぇ!コイキングだけど!コイキングだけどwww」

 

 

…またしてもコイキングだった。

 

うん、まあこんなこともあるさ。と言うか、場所によってはコイキングが連続で釣れるなんてざらにあること。気にしない気にしない。このコイキングはリリース、そして後ろで爆笑している失礼な忍者娘は今後徹底的に無視だ無視。

 

釣れる波は来てるんだから、このまま色々釣って見返してやる。朝まずめ?夕まずめ?なんだそれは?って感じ。

 

 

「…!」

 

 

そして再びポケモンがヒット。今度こそ違うポケモンであって欲しい。そんな願いを乗せてリールを巻く。

 

 

「こいき~ん」

 

「………」

「アッハハハハハハh…ゲホッ、ゲホッ!」

 

 

二度あることは三度ある。願いも空しく、コイキング再び…そしてアンズさんよ、咽るほど面白いか?こっちは真剣にやってんだぞ?それをコイキングしか釣れてないのをいいことに、好き勝手笑い転げて、見ていてはしたなく咽せよってからに…こちとら初心者だぞ?むしろ釣れてるだけ凄いと思って欲しい。

 

…そう考えたら、釣り竿貰って速攻で使いこなせてるゲームの主人公ってすげえよな。

 

ええい、こうなれば回数をこなすのみだ。何回も投げれば、コイキング以外のポケモンだって釣れるはず。そうに決まってる。釣って釣って釣りまくってやる!イクゾー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、またなの?」

 

「…おかしい、こんなことは許されない…あっていいはずがない」

 

 

 19番水道の桟橋にて釣糸を垂らすこと、開始から2時間あまり。その釣果の程は、ある意味においては上々。しかし、俺の本来の目的から見れば全く成果が出ていないに等しい状況となっていた。

 

 

「こいき~ん」

「何でコイキングしか釣れねえんだ…」

 

 

ポケモンは順調に釣れはするものの、揚がるのは釣れども釣れどもコイキングばかり。これで本日19体連続19体目となるコイキングである。最初は釣り上げる度に馬鹿にするように笑い転げていたアンズも、今ではご覧の通り辟易とした様子を隠しもしない。

 

どこぞには釣ったコイキングの大きさを競う競技があり、レコードサイズのコイキングを釣ることに執念を燃やす釣師たちもいるようだが、俺はそんなことに興味はない。

 

 

 

…俺が買ったのっていい釣り竿だよな?これ、実はボロの釣り竿だった…なんてことないよな?

 

釣竿と購入したレジャー用品店に対して沸き上がる若干の不信感を勝手に抱きつつ、それでも俺は釣ることを止めない。

 

幸い時間はたっぷりある。釣りは忍耐が重要とも聞く。目ぼしいポケモンが釣れるまで、意地でもやってやる。海とポケモンと俺の根比べだ。

 

 

「…飽きた。お昼も近いし、先に帰るわ。モルフォン、ちょっと散歩して帰ろ!」

「フォーン! 」

 

 

そしてうしろの忍者娘は飽きたとのことでここでリタイア。後ろからのガヤが無くなって、これで釣りに集中出来るってもんよ。びっくりするようなポケモン釣って、後でギャフンと言わせてやるから心して待ってろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

~さらに1時間後~

 

 

「こいきーん」

「こいきーん」

「こいきーん」

「こいきーん」

「こいk(ry」

 

 

 

 何 故 釣 れ ん

 

 

いや、釣れることは釣れているんだ。コイキングだけは。何故コイキングしか釣れないのか…いくらなんでもおかしくないか?

 

これはあれか?全部捕まえてありとあらゆる型のギャラドス育てろってか?と言うか、他のポケモンはどこ行った?周りの釣り人たちはタッツーとかシェルダーとか時々釣れてたのに、どうなってやがる。正直釣りしてる間コイキングばっかり見てたから、もう見飽きたんだよ!

 

 

 

 

 

ふぅ…少し根を詰めすぎたかもしれん。釣りを始めてから3時間あまり。ぶっ通しでやってたから流石に疲れも感じる。昼飯も食べにゃならん。ここは落ち着くためにも一旦休憩して気分をリフレッシュといこう。

 

 

『ふに』

 

「ん?ふに?」

 

 

うんざりした気持ちで本日ちょうど30体目となるコイキングをリリースした後、一旦釣り竿を脇に置こうとしたところで、手元から伝わった弾力のある感触。

 

反射的に手元へと目を向けると、そこにあったのはピンク色の物体。そいつは俺が触ったことで、ゆっくりと顏を上げてこちらを向き、俺をしばしじっと見上げた後…

 

 

「やぁん?」

 

 

…と、一声鳴いたのだった。

 

この全身ピンク色の物体もとい、生物の名は『ヤドン』。図鑑での分類はまぬけポケモン。動きも雰囲気も非常にゆったりとしたポケモンで、以前クチバシティの大会で戦ったヤドランの進化前だ。

 

どこから桟橋に上がって来たんだろうな?と言うか、いつの間に俺の横に…来て欲しくない時に必ず現れるサカキさんと言い、毎回のように煙幕焚いて至近距離に現れるキョウさんと言い、飽きて煽るだけ煽って帰って行った忍者娘と言い、どいつもこいつもステルス性能高すぎやしないか?

 

いきなりの登場に驚いて一瞬身構えたが、ヤドンはただジィッと俺を見ているだけで、特に何かやって来るような様子はないし、逃げるような素振りも見せない。危険は…なさそうだ。日向ぼっこでもしに来たのかな?

 

のんびりまったりマイペースな様子を全身で表しているヤドンを見て、何の気なしについ俺は話し掛けた。

 

 

「よお、お前も一休みかい?」

「………やぁん?」

 

「今日いい天気だもんな。外出なきゃ損ってもんだよな。暑っちぃけど」

「………やぁん?」

 

「俺結構長い時間釣りしてるのにさ、コイキングしか釣れねぇんだよ。どうしたもんかな?」

「………やぁん?」

 

 

俺が適当に話し掛けると、だいぶ間を置いてヤドンからの返事が返ってくる。言葉と鳴声の間を流れる空気に、時折どこを見てるのか分からなくなるようなヤドンの表情を見ていると、さっきまでのイライラはどこへやら。とてもほんわかとした気持ちになる。

 

そんなヤドンの癒し空間に引き込まれてしまった俺は、ヤドンの隣で桟橋に腰かけたまま、ついさっきまで闘志と欲望を燃やして対峙していた海を眺める。

 

陰ることなく青空に輝く太陽、日差しを受けてキラキラと光る海面、頬を撫でる海風、一定のリズムで桟橋に打ち寄せる波の音…心が洗われるようだ。あれだけ身勝手にぶちまけてしまってすまない、コイキング。お前たちだって生きてるんだもんな。最弱なんて呼ばれても頑張ってるんだもんな。俺何様だよって感じだよな。

 

 

 

 今なら悟りを開けそうな気さえするような時間をしばし過ごし、そこでようやく昼飯がまだだったことを思い出す。俺の腹ごしらえも大事だけど、ポケモンたちの飯も用意してやらないと…

 

 

「…そうだ、お前も食うか?」

「………やぁん?」

 

 

ポケモンたちの食事まで頭が回ったところで、ついでに「こいつも食うかな?」という軽い感覚で、俺が海を眺めている間もほとんど微動だにせず隣にいたヤドンに、ポケモンフーズをいくつか差し出す。

 

 

「…………やぁん」

 

 

ヤドンは俺が差し出した掌をしばし見つめた後、警戒する素振りもなく食べ始めた。それを見て嬉しくなるこの感覚は、気分は近所の野良猫に餌付けをしているような感覚だろうか。まあ、それを現実で本当にやると色々問題があるのは承知しているので、実際に出来たら「こんな感じなんだろうなー」ぐらいのものだけど。そもそも本物の野良猫なら、餌やる前に逃げられるのが関の山だろう。

 

俺も飯食って一休みしたら、また水ポケモン求めて釣りを頑張るかぁ。

 

 

「…さって、んじゃ飯に行きますかぁ」

 

 

ヤドンが全部食べ終わったのを見届けて、俺は立ち上がり桟橋を後に…

 

 

「…あ、そうじゃん」

 

 

のんびりし過ぎてド忘れしてたが、そう言えばヤドンもみずタイプじゃないか。それもどくタイプを吹っ飛ばせるエスパー複合。これは…チャンスなのでは?

 

足を止めて振り返れば、見送りのつもりだったのか、こっちを見ていたヤドンと再び見つめ合う格好に。

 

 

「………」

「………やぁん?」

 

 

何となく『スッ…』と空のモンスターボールを取り出してみる。

 

 

「………」

「………やぁん?」

 

 

ヤドンは逃げる素振りは見せない。ボールを手にしたまま近付いてみる。

 

 

「………」

「………やぁん?」

 

 

…やっぱりヤドンは逃げる様子を見せない。普通ならこのまま戦って弱らせるなり状態異常にするなりしてからボールをポイなんだが、何となくそのままボールをヤドンの目の前に差し出してみる。

 

 

「………」

「………」

 

 

ヤドンはやっぱり逃げることなく、そのままジィッと差し出されたボールを見つめている。ピタッと時が止まったかのようにお互いにまんじりともせず、

 

しばし周囲を波と風の音だけが流れる。そして…

 

 

「………やぁん」

『カタカタ…カチッ』

 

 

ヤドンは自らボールに収まってしまったのだった。

 

…え?いやいや、何となくと言うか空気を読んでと言うか、その場のノリでボール出してみたけど、まさか本当に入っちゃうとは…こんなこともあるんだねぇ。

 

ヤドンと言えば動きが鈍くてマイペースっていうイメージはあったが、これはいくら何でもマイペースが過ぎやしないか?そしてこれ一応ゲットしたってことで良いの?良いんだよな?本当にお持ち帰りすんぞ?

 

…ま、いっか。

 

 

「ヤドン、ゲットだぜ!」

 

 

想定していた感じとはかなり…いや、丸っきり違うけど、とりあえず当初の目標だった水ポケモンの確保に成功。『何の成果も‼得られませんでした‼』とアンズに笑われる未来は回避された。

 

が、釣りはまだ終わりじゃない。元々今日一日釣りして終わるつもりで来たんだ。次のポケモン、より強いポケモンを求めてギリギリまで釣りまくるんだ。

 

そのためにも、まずは腹ごしらえだ。全員飯にするから出て来いよ。新しい仲間も紹介するぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

「…よっし、んじゃ再開しますか」

 

 

 仲間たちと新人の顔合わせも兼ねた1時間ちょっとの昼食休憩を取り、再び桟橋に戻って竿を握る俺。気温も上がってきて、ポケモンたちも活発になって来る頃じゃないか?と期待を込めて、午後の第一投を投じる。

 

少し休んだことで体力も回復。このイイ感じのまま、午後はもっといい釣果を期待したいところ…

 

 

「来…たぁッ!?」

 

 

少し気の抜けていたところに『ガツン!』と来た衝撃。ポケモンが掛かったことを理解して、そのままリールを巻こうとする…しかし。

 

 

「お、重い…と言うか、こっちが引っ張られて…まずいまずいッ!?」

 

 

掛かったポケモンの力が強く、リールを巻けない。それどころか逆にこっちが海に引きずり込まれそうな勢いで引っ張られる。これ、相当デカいぞ…!?

 

そのまま何とか陸揚げ出来ないかと、全身に力を入れて、海に引きずり込まれないよう踏ん張り、必死にポケモンの力が弱まる隙を突いてリールを巻く。

 

が、次の瞬間。

 

 

『ザッバァァン‼』

「うわっ…」

 

 

穏やかに揺れていた海面に黒い大きな影が浮かび上がったと思ったら、ガラスを叩き割るような勢いでその影の主は海上へ姿を見せた。

 

優に数メートルはあろうかという細長くも力強い青い体躯、凶暴さをそのまま表したような鋭い目付き、全てを噛み砕いてしまいそうな強靭な顎と鋭い歯…きょうあくポケモン・ギャラドス。散々釣ったコイキングの未来、海の暴君のお出ましである。

 

 

『バキィッ!!』

「ぬあっ!?」

 

 

そして、ギャラドスが跳ねたせいで変な負荷が掛かったのか、耐えきれなかった釣り竿が圧し折られてしまう。その直後、それまで岩にでも引っ掛けているかのようだった重い引きが突然無くなり、尻もちをついて後ろに倒れこむ。

 

呆然として手元を見やれば、未だ強烈な感触と真ん中辺りから真っ二つに折られた釣り竿が残り、さっきまでピンと張り詰めていた釣糸も、今はタランと力なく風を受けてたわんでいた。しばらくその態勢のまま、息を整える。

 

…逃げられた。元々大物を引っ掛けるような仕掛けにはしてなかったのもあるけど、流石はギャラドスと言ったところか。

 

流石に真っ二つに折れた竿はもう使い物にならない。予備の釣り竿など持っているはずもなく、ついでに心も圧し折られてしまった。これ、この間買ったばっかりで今日初めて使ったのに…どうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 結局、道具と心を折られたことで釣りは終了せざるを得なくなり、折れた竿と仕掛けを回収してからセキチクジムへと帰巣の途に就いた。

 

アンズからからかうような視線で「どうだったのよ?」とか聞かれたので、ヤドンを見せてやったら驚かれた。が、経緯を話したら「やっぱり釣れなかったんじゃないw」と笑われた。ついでにギャラドスに竿折られたことも言ったらさらに笑われた。キレそう。

 

 

 

その後、その一部始終を聞いていたござる少年から

「なるほど、隊長はマサヒデ殿とでぇとをしていたわけでござるな!」

などと揶揄われ、アンズがござる少年を追い回す場面があったのは余談である。見ていて微笑ましい限り。そしてアンズさんよ、いい気味だ。

 

…ん?『俺は?』だって?元々そんなつもり微塵もないし。勝手にアンズが着いて来ただけだし。そもそも、あれはデートと言っていいものなのか?俺が釣りしてる後ろでアンズが茶々入れてただけじゃないか。

 

 

 

とりあえず、この忍者娘はギャラドスで6タテをお見舞いしてやる他ない。覚悟しておくように。

 

 

 

 




ヤドンとまったり釣りをするお話。と言うワケで、ヤドン&コイキングゲットだぜ。作者的に、ヤドン系は思い入れの多いポケモンでもあります。小学生の頃、人をポケモンに例えると何?という話題になった時、友人たちから宛がわれたのがヤドン。エメラルドではヤドキングでコンテスト全部門マスターランク制覇目指したりもしたし、再生力ヤドランも愛用してました。剣盾でもエキスパンションパスでヤドラン・ヤドキングが手に入るようですし、楽しみです。

と言うワケで、ヤドン&コイキングのステータス紹介をば。

《ヤドン》
・レベル:28
・性別:♂
・特性:マイペース
・ワザ:ねんりき
    ずつき
    みずでっぽう
    かなしばり
のんきな性格。
LV28の時、19番水道で出会った。
食べるのが大好き。

《コイキング》
・レベル:12
・性別:♂
・特性:すいすい
・ワザ:はねる
ようきな性格。
LV12の時、19番水道で出会った。
食べるのが大好き。


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第38話:楽園の暗躍者(1)

大変お待たせしました。


 

 

 

 

 セキチクジム内部にあるバトルフィールド。和風の道場を模した内装のこの場所は、ある時はジム所属のトレーナーたちの研鑽の場として、またある時は挑戦者を試す試練の場として、日々激しい戦いが繰り広げられている。

 

その一方で、セキチクジムにおけるこの場所の位置づけはサブフィールドであり、セキチクジムの主であるキョウさんがこの場所を使うことは意外と少ないらしい。

 

が、ここ3週間ほどは事情が違っていた。

 

 

「スピアー、"どくづき"だっ!」

「スピィッ!」

 

「受け止めろ、ベトベトン!」

「ベ~トォ~!」

 

 

両端のトレーナーサイドから指示を飛ばすのは、俺とキョウさん。フィールドでは、スピアーとベトベトンが熱い火花を散らしてぶつかり合う。このベトベトンは、セキチクシティを目前にして俺を襲ったあの時のベトベトン、つまりはキョウさんの主力の1体だ。

 

まともに打ち合えば、レベルで劣り総合的な種族値でも劣るスピアーに勝機はまずないのだろう。が、今はとあるテーマに沿ってキョウさんが強い縛りを己に課した上で戦っている状態。そのテーマこそが、俺がもう1カ月近くに渡ってこのセキチクジムに厄介になっている理由の1つでもあったキョウさんへの"どくづき"の伝授。故に、スピアーが倒されることはない。

 

それと引き換えに、その指導を受けるためにセキチクシティに滞在して約3週間。その修練はサカキさんのそれとはまた違った過酷さがあったが、同時に確かな成果ももたらしつつあった。

 

 

「そのまま打ち返せィ!"どくづき"ィッ!」

「ベトォ!」

 

「打ち負けるな!こっちもそのまま"どくづき"ッ!」

「スピッ!」

 

 

互いにノーガードとも思えるような極至近距離での激しい殴り合い。その激しさに反し、打ち合っている技のタイプ相性の関係上、双方共に見た目ほどのダメージはなく、故に相手を打ち倒さんとより一層激しい殴り合いへと発展する。

 

この1ヶ月余りの期間で、キョウさんのポケモンたちは"どくづき"を実戦で使えるレベルまで仕上げつつあり、単純にレベル差の問題もあるのかもしれないが、その出力はすでにスピアーの繰り出すソレに勝るとも劣らないほど。実際、正面から互いに"どくづき"でぶつかると、スピアーが押し負けることが目に見えて多くなったように思う。サカキさんがニドキングに習得させていた時よりも習得、そして習熟していくペースははるかに早い。どくタイプのエキスパートは伊達ではない。

 

 

「…スピアー、"みがわり"!」

「…ピッ!」

 

 

ジムリーダーの主力なだけあって、スピアーと言えど真正面からの殴り合いは分が悪い。しかし、その一方で俺もキョウさんの教えを受けた"忍者らしい"戦い方を、その一端ほどではあるが使いこなせるようになりつつあった。

 

このままでは押し負けるので、それを防ぐため殴り合いの僅かな切れ目を突いて、キョウさんから指導を受けて覚えた技"みがわり"を発動する。ゲームでは最大HPの4分の1を消費して、相手の攻撃を防ぐ文字通りの身代わりを作り出す。本来なら一撃で消し飛ばされる攻撃もダメージを肩代わりしてくれるし、補助技はほぼほぼ無効化してくれる。非常に使い勝手のいい技だ。

 

一瞬のうちにスピアーから分身が作り出され、ベトベトンの攻撃がその分身を吹き飛ばす。ゲームではまんま人形だった身代わりは、こちらでもやはり人形の姿をしている。その他、基本的な部分はゲームと変わりないようだ。

 

 

「見事に躱されてしまったな」

 

「最高の先生に教えていただきましたからね」

 

 

発動から身代わりを展開するまでのスピードはすでにキョウさんからも一定の評価を貰えている。ここまで素早く展開出来るようになるのに時間は掛かったし、ただでさえ種族値的に少なめなスピアーのHPを消費するのは痛い。しかしそれ以上に、打たれ弱いスピアーにとって相手の攻撃を避ける手段は単純な防御よりも大切なこと。これまで大一番でどうしても作り辛かった必殺の間合いにスピアーが飛び込めるチャンスも、これで幾分か作りやすくなることだろう。

 

その代償に、スピアーのアイデンティティとも言える技、ダブルニードルを失ったが、ミサイルばりがあるからまだ気分的に問題はない。

 

 

「ファファファ…だが、その程度で満足されても困る。さあ、修業はまだまだこれからぞ!」

 

「ええ、モチロンです…!」

 

 

それを合図に戦いが再開。両者が再び激突する。実戦形式の修練は、自分とポケモンたちが今どこまで出来るのか、これまでの総合的な進展状況を確認する模擬試験のようなもの。今日の結果は明日の大きな指針となる。お互いそれぞれの目指す場所のため、手を捻じ曲げてはいるが抜くことはない。

 

繰り返し同じ技を放ち、それを躱し、受け止め、疲弊すればポケモンを換え、修練は1時間近く続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

「…フーッ、うむ。此度はここまでにするとしよう」

 

「…ハァ…ハァ……はい、ありがとうございました…っ!」

「スピィ…ッ!」

 

 

ほぼ1時間ぶっ通しのスパーリング。流石にそこまで続けば、ポケモンもトレーナーも疲労が貯まる。大抵は俺のポケモンたちが先に潰れ、或いは俺の集中力が乱れて、そこで修練を終わる形になる。これが、俺とキョウさんの明確な実力の差。継続は力なり、経験は宝なり…そう言うことなんだろう。流石にトレーナーとしての年季の差は、まだまだ如何ともし難いものがある。

 

 

「終わったわね!じゃあマサヒデ、今度はあたいと勝負よ!」

 

「…疲れたから後にしてくれませんかねぇ?」

 

 

修練が終わったのを見計らってすかさずアンズ襲来。と言うか、元からいた。彼女は俺とキョウさんとの修練をほぼ毎日欠かさず見学しているので、修練後には高確率…と言うよりかはほぼ確実に勝負を挑んでくる。

 

 

「夜討ち朝駆けは戦いの常套手段!ピンチとチャンスは待ってくれないのよ!」

 

「うへぇ…」

 

 

そして逃げようとしても、大抵の場合『しかし後ろに回り込まれてしまった!』状態になる。汚いな、流石忍者きたない。

 

んなもんだから、結局は大人しく迎え撃つ方が時間の無駄が少なかったりする。押してダメなら引いてみろ、引いてダメなら諦めろ。何回も失敗してようやく辿り着いた真理である。人生には時として諦めと妥協が必要なのだ。

 

 

「今日こそはそのいけ好かない奴らを打ちのめしてやるんだから!さあ、いざ尋常に勝負!」

 

「ああもう、やればいいんだろやれば!?今日も返り討ちにしてやらぁ!」

 

 

キョウさんとの修練後の疲弊した心身に鞭打って、渋々アンズと一戦交える。ここまでが、セキチクシティにおけるここしばらくの俺の日課であった。まあ疲弊しているとは言っても、サンドパン・サナギラス+何か1体(最近はヤドン)のどくタイプを返り討ちに出来る面々で大体何とかなってしまうんだが。

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

「仕舞いだっ!ヤドン、"ねんりき"!」

「やぁん」

 

「ご、ごるば…」

「ゴルバットッ!?」

 

「そこまで!ゴルバット戦闘不能、勝者マサヒデ!」

 

 

はい、一丁あがり…っと。ヤドンのねんりきを受けたゴルバットが沈んで対戦終了。最近はいつも大体こんな感じである。

 

ただ、サンドパンとサナギラスをぶちのめしたいという強い殺意だけはひしひしと感じている今日この頃。モルフォンにギガドレイン覚えさせたり、ゴルバットで混乱による運ゲーを仕掛けてきたり、結構本気で俺をメタりに来てるので気が抜けなくなりつつある。

 

ついでに、クサイハナのねむりごなで散々嵌めまくってやった結果、何を思ったか最近ナゾノクサを捕まえ、キョウさんルートでどこからかフシギダネも手に入れて育て出した。ずるいぞキョウさん、俺にも下さい。

 

加えてモルフォンにもねむりごなを搭載して、順調に一流忍者への道を歩いている…でも、アンタら確かどくタイプのエキスパートだよな?どくタイプ=どく状態のイメージが強いんだが、それでいいのか?

 

…まあ、眠りも毒っちゃあ毒だし、忍者的には間違ってない…のか?

 

かくしてアンズは新たなポケモンたちも戦力としたことで害悪戦法にも本格的に目覚め始めたか、『あやしいひかり→かげぶんしん→どくどく』とか、『ねむりごな→かげぶんしん→やどりぎのたね』とか、現代でも普通に通用しそうな嫌らしいコンボをやりだしたりしている。つか、キョウさんにしろアンズにしろ、かげぶんしん好き過ぎだろ。汚いな、流石忍者きたない。

 

 

 

 こんな具合で強化は概ね順調。どくづき伝授もほぼ形となっており、正直後はキョウさん1人でもなんとかなると思う。となると、セキチクシティにおける残る目標はキョウさんに勝ってジムバッジを手に入れるだけ。そのための新戦力(ヤドンと一応コイキング)も捕まえてある。特にヤドンはどくタイプに有利なエスパータイプ、特性も"マイペース"なのも確認済み。これであやしいひかりも怖くない。どくはみがわりでどうとでもなる。それでもダメならあとは気合とレベルを上げて何とかする。

 

 

「くっ、今日も負けちゃった…あとちょっとだったのにぃっ!」

 

 

ロクな描写もすることなく今日も敗北を積み上げた事を悔しがるアンズ。まあ、草技覚えたり忍者戦法使ったりしても、その程度でそう易々と勝てるほど俺のポケモンたちは弱くはないつもりだ。そもそもレベルがこっちの水準まで達してない。サナギラスは…まあ、タイプ相性的に致命の一撃になるかもしれんが、サンドパン・ヤドンをワンパンは難しかろう。実際、今日もサンドパンを止められず爆走を許し、手持ちを半壊…いや、ほぼ壊滅させられてからヤドンにトドメ刺される…そんな感じの試合展開だった。

 

 

「て言うか、なんでそのヤドンあやしいひかりが効かないのよ!?」

 

「はっはっは、いやーヤドンさんマジ強ぇ()」

 

 

これが(知識を)持つ者と持たざる者の歴然とした差よ…!ポケモンごとに固有の能力…『特性』があることは、まだ世に出た形跡はない。特性(こっち)は技と違い、口にしなければバレることはほとんどないと思う。状況次第ではまだまだ大きなアドバンテージになることだろう。精々活用させてもらうさ。

 

それにしても、ゲームだったらほぼ夢特性の『さいせいりょく』の方が有用だが、マイペースヤドンってのもまだまだ捨てたもんじゃないね。

 

 

 

「ファファファ…何度敗北を喫しようとも、日々努力を怠らぬこと、考えることを止めぬこと、そして諦めぬことだ。なれば、いずれは彼奴にその刃を届かせられるだろうて。精進せよ、アンズ」

 

「父上…はいっ!」

 

「マサヒデも済まぬが、出来れば今後も相手してやってくれると有難い」

 

「構いませんよ。別に苦ではないですし」

 

 

若干…いや、結構な鬱陶しさを感じることも多いが、俺にとっても学んだことを実践し、洗練させていくのにちょうど良い機会なのも事実。キョウさんには世話になってるし、否やはない。

 

 

「マサヒデ、明日も勝負よ!明日はあたいが勝つんだから!」

 

「あー、はいはい」

 

「むっきぃぃぃ!そのやる気のない返事、すっごいむかつくのよっ!明日こそはギャフンと言わせてやるんだから、首を洗って待ってなさい!」

 

 

ほぼ毎日、聞き飽きるほどに聴いている暑苦しい捨て台詞。うんざりした心持ちでやる気のない返事を返すと、アンズはすぐに逆上する。これもまあいつものことだ。

 

と、ここでその様子を見ていたキョウさんから、ヒートアップしたアンズに冷水を浴びせ、同時に俺を混乱させる発言が飛び出した。

 

 

「その意気やよし…と言いたいところだが、その勝負はまた後日に預けておくのだな。アンズ、マサヒデ、お主たちには明日から2、3日、泊まり掛けとなるが少々付き合ってもらおう。今日中に仕度をしておけぃ」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

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~翌日~

 

 

 

「…うむ、この辺りでよかろう。ここを野営地とする。皆、準備に掛かれぃ!」

 

『応っ!』

 

 

 屋外にもかかわらず静かに、それでいて重く響くキョウさんの声。その指示に、この場にいる全員が野営地設営のため自らに与えられた役割を遂行するべく動き出していく。

 

辺りを見渡せば、そこには青々と繁る木々と枝の僅かな隙間から差し込む木漏れ日、その木々を抜けた向こうに広がる広大な草原と、その中をゆったりと流れる一筋の川。よく目を凝らせば、その風景の中をたくさんのポケモンたちが動き回っている。

 

そう、悠然と広がる自然がいっぱいのこの場所は『サファリゾーン』。元からあった大自然がそのまま残る野生ポケモンたちの楽園にして、その中でありのままに生きるポケモンたちを間近で見ることの出来る観光施設。セキチクシティが誇る新たな街の象徴にして、地域振興の扇の要である。

 

ゲームにおいてはここでしか手に入らない珍しいポケモンを捕まえることが出来る施設だったのだが、こちらの世界では…以前説明した通り、大変残念ながら捕獲禁止である。がっでむ。

 

そして、このサファリゾーンが誇る広大な土地の保守保全をほとんど一手に担っているのが、他でもないセキチクジム、延いてはキョウさんだった。確かゲームでもそんな話あったような気がする。

 

 

 

 さて、俺はキョウさんの手引きでこのサファリゾーンを訪れていた。無論、アンズも同行している。ただし、他のセキチク忍軍の面々は連れて来られなかったので、子供は2人だけ。アンズ共々、拒否権など無いとばかりに早朝から連れ出されてのことなのだが、何故ここに俺とアンズを連れて来たのかと言うと、キョウさん曰く「後学のため」とのこと。

 

これだけではよく分からないと思うので、昨日あの後聞かされた説明をしておこうと思う。

 

このサファリゾーンという施設、セキチクシティ周辺に元からあった自然をそのまま利用していることは前述の通り。しかし、全くの手付かずで自然のままというワケではない。自然の成り行きに任せるままだと、例えば災害などで環境の急激な変化が起きたり、見学者が危険に晒されたり、気候等の関係で一部のポケモンが大繁殖、或いは急激に 減少したり…そんな大小様々な変化がこれまで、そして現在進行形でも起こっている。過去には縄張り争いに敗れてサファリゾーンを離れたポケモンが、人里に下りて大きな被害を出した…なんてこともあったらしい。

 

そういう事態が二度と起きないように、そしてこの地の景観・安全性を著しく損なわないように、生息するポケモンの生態系が著しく崩れることがないように留意しつつ、適宜人の手によって適切な管理・維持がなされている。言ってしまえば熊鹿猪とかと似たような扱いである。

 

そして、それはある程度のデータに基づいて行われており、そのデータを得るためには定期的な継続調査が必要となる。その調査を中心とした諸々の作業…それがキョウさんの言う見回りであり、セキチクシティジムリーダーとして彼が任せられている仕事だった。

 

また、サファリゾーン自体がまだ拡張の余地があり、計画に基づいて日々調査・整備・拡張が続いている。それを進めるためには、作業員たちを野生のポケモンや自然の脅威から守ることが必要不可欠で、それもまたキョウさんの仕事であった。キョウさんはセキチクシティジムリーダーとして、その指揮・管理・対応の全てを任されていた。陰に日向にサファリゾーンの平和を守るヒーローというワケだ。

 

ゲーム通りなら、キョウさんは数年の後には四天王の座へと上り詰めることになる。同時にアンズはキョウさんが四天王になった後、その跡を継いでセキチクシティジムリーダーに就任する。だから、その通りだと考えるなら自身の仕事を引き継げるように後学のため連れて来たのは分かる。が、何故俺まで連れてきたのか。

 

正直な話、後学のためなら「アンズだけでよかないですかね?」とか思ったけど、俺は空気が読める大人()なので、そこは何も言わずに同行することに。何だかんだでサファリゾーンに行ったことなかった…つか、行く気にならなかったし。捕獲禁止の衝撃は大き過ぎたのさ…

 

 

 

 話を今に戻す。キョウさんの号令一下、瞬く間に構築されていく野営地。見回りに参加するのは、セキチクジムのトレーナーを始め、観測のデータを取る大学等の研究員や、その先導と実地確認などを行うレンジャー。危険箇所の補強や見学ルートの整備などを行う作業員などなど多種多様。

 

で、前日にその巡回にキョウさんの鶴の一声で今回特例として参加を許された、もとい無理矢理参加させられた俺とアンズだが、一応は戦力としても計算してもらえている。

 

まあ、主力はキョウさんとジムトレーナーの皆さんであり、俺たちは後学のために連れて来られただけで、いくら実力をある程度買ってもらっているとは言えあくまでオマケだ。

 

 

「よーし!いいぞ、引っ張れ!」

「そのテントはあっちだ!食料品はこっちに持ってきてくれ!」

「機材の組み立て、完了しました!」

「周囲に大型のポケモンの痕跡なし!」

「念の為、ここにもゴールドスプレーを撒いておこう!」

 

 

設営を進める作業員、機材を組み立てる研究者、周囲の安全確認と環境整備を進めるレンジャーの皆さんの声が響く。野生のポケモンたちを刺激しないためか、音量は幾分抑えめである。これだけの人数がまとまって活動しているので、気配だけで野生のポケモンは逃げ出しそうな気もするが。

 

 

「…我々も行くとしよう。皆、支度は出来たか?」

 

 

やがて設営が一段落すると、職種ごとに分かれてそれぞれの仕事に取り掛かる。研究者は調査及び機材の組み立て、作業員は見学ルートの敷設と保守点検。レンジャーと俺たちセキチクジム組は、さらにいくつかの班に分かれて行動を開始する。

 

分けられた班の役割は、それぞれフィールドワークに向かう調査組の護衛班、ルート整備に向かう作業組の護衛班、観測班とは別にポケモンの様子を確認して回る哨戒班、それらの周辺を離れて危険がないか監視する警戒班。俺とアンズが与えられた役割は、他のジムトレーナーと同様にサファリゾーンを巡回し、主に野生ポケモンによる危険を排除すること。組み込まれているのは、キョウさんが自ら率いる哨戒班の1つ。必要に応じて戦闘や他の班の支援・補助を行う差し詰め遊撃部隊と言ったところ。

 

行動を開始してしばらく進むと、見学用の道として整備が進むルートを外れる。

 

 

「常々言っておるが、何かあった時『対応出来ませんでした』は通じぬ。それが自然を相手にするということよ。出来る限り手は差し伸べるが、必ずしも出来るとは言えぬ。故に、この場に立つ以上、他の弟子たち同様、お主らも一端のトレーナーとして扱う。しかと心得て臨むべし」

 

『はいっ!』

 

「…まあ、今のお主たちならば、余程のことでもなければ遅れをとるようなことはあるまい。肩肘張らず、平常心を心掛けることだ」

 

 

キョウさん曰く、自然を相手にしていると不測の事態に遭遇することは珍しくないとのこと。そんな状況下で慌てて冷静さを失うと、迂闊な判断に結び付き、悪い結果をもたらすことになる。それはポケモンバトルでも同じこと。一手のミス、甘い判断が勝敗を分けてしまうなんてことはざらにある。

 

「咄嗟の如何なる事態にも、冷静で果敢かつ果断な対応が出来てこそ一流」

以前からキョウさんがよく口にしていた、キョウさんなりの忍者として、トレーナーとしての美学、信念に基づく言葉だ。

 

以前にチラッと聞かされたが、キョウさんと初めて戦った時の不意討ちも、一流のトレーナーなら不測の事態にも即座に対応出来るのが望ましいという、不測の事態に陥った時の俺の反応を見たいがためのことだったらしい。その点、サカキさんで徹底的に鍛えられた俺に死角はなかった。肝心要のポケモン自体の能力がまだ足りていなかっただけ。

 

…いや、これじゃ俺の仲間たちを悪者にしているようにしか聞こえないな。うん、全部ひっくるめて俺の実力不足だ。

 

 

 キョウさんの指示で、全員がポケモンを出して警戒しながら、ポケモンたちによって踏み均されたらしき獣道を、時には生い茂る草木のど真ん中へと分け入っていく。

 

俺も周りに倣って、スピアーを出して周囲を警戒する。上空には同行するレンジャーの1人が出したピジョンが常に監視の目を光らせており、何か異変があればすぐに知らせてくれるらしいが、いつどこからポケモンが現れるかは分からない。周囲に目を光らせ、耳を研ぎ澄ましながら道なき道を進む。

 

途中、開けた小高い丘や崖の上、平原を見渡せる茂みなど、要所要所で小休止も兼ねてポケモンたちに異常が見られないかを注視する。が、残念ながら俺にはどういった行動などが異常に当たるのかがサッパリであった。

 

まあ、この哨戒中にキョウさんたちが何も言わなかったし、異常はなかったということでいい…んだと思う。

 

 

 

 その後も変わったことはなく、険しい大自然の中を歩いてはポケモンたちの観察を繰り返す。特に何事もなかったが、いつ現れるやも分からない野生のポケモンのために常時気を張っていたせいか、思った以上に疲れた。季節が初夏に差し掛かっていることもあり、汗だくでクタクタになりながらも無事に野営地へと帰還。午前中の仕事が終了する。

 

昼休憩を挟んで、午後からは別の班と役割を交代。ポケモンが野営地に近付かないよう、野営地周辺の警戒に当たる。が、ここでも野生ポケモンによる襲撃などは起きず、ただ時間だけが過ぎていった。

 

こうして、この日は日没とともに俺とアンズの子供組はお役御免。星空の下で大人たちの中に混じって夕食を摂る。ずいぶんと久しぶりになる野外での夕食は、疲れた体にとって最高の御馳走だった。

 

 

「隙ありぃっ!」

 

「…あっ!?」

 

 

…俺は大人だからな。ソーセージの1本盗られたぐらいで怒ったりは…怒ったりは……うん、キレそう()。

 

 

 

しかし足に疲労が来ていた俺は特に対抗策を採ることもなく、夕食を終えた後は仮設のシャワールームでサッと汗を流し、テントの中で寝袋に潜る。

 

僅かにテントの中を吹き抜ける夜風は、日中よりも幾分か涼しく感じる。これなら心地良く明日を迎えることが出来そうだ。1日歩き回った疲労と久しぶりの野宿に僅かな高揚感を覚えながら、俺は眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ズ……ズズゥ…ン…』

『バキィッ…!』

『メリィ…メリメリメリメリ!』

『ズズゥゥゥゥゥンッ‼』

 

「…っ!?」

 

 

 

鈍い爆発音と、何か巨大なモノが裂け倒れる嫌な音、そして地響きが眠りを妨げるまで。

 

 

 

 




改めまして大変お待たせいたしました。前回の投稿から約3カ月、ほったらかしにしてしまい申し訳ありません。色々ありましたが、また頑張って投稿ペースを戻していきたいと思います。生存報告という名の言い訳を活動報告に上げていますので、作者に何があったか気になるという奇特な方がおられましたらそちらを参照してください。

さて、物語の方は主人公のせいで着実に強化が進むキョウ&アンズ親子、そしてキョウの手引きでサファリゾーンに進入しました。平穏に終わることのない主人公補正、眠りを妨げた異音と地響きの正体や如何に?ってところでしょうか。

話は変わりますが、ソードシールドのエキスパンションパス・ヨロイ島が配信開始になりましたね。多くのポケモンが無事再登場を果たすことになりましたが、皆さんのお気に入りのポケモンはどうだったでしょうか?作者的にはヤドラン・サンドの復活で満足であります。特にガラルヤドランは中々面白い特性を持っての登場…最初見たのはクララ戦でしたが、これはこれでイイと思います。

カンムリ雪原の方も今から楽しみです。それまで頑張って更新スルゾー。

 


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第39話:楽園の暗躍者(2)

※若干残酷な描写があります。ご注意ください。




 

 

 

 

『ズズゥゥゥゥゥン‼』

 

「…ッ!?」

 

 

 人もポケモンもそのほとんどが寝静まる夜の静寂を突如轟音が切り裂き、何か大きなモノが倒れたのか、衝撃で大地が鈍い音を響かせて揺れる。

 

これで目が覚めた俺は、揺れの大きさから即座に何かただ事ではない事態が起こったことを感じ取り、寝袋とテントを抜け出して外を確認する。

 

 

「おい、何だ今のは!」

「ポケモンか!?」

「どこから聞こえた!」

「確か…あっち!10時の方角だ!」

「結構近かったぞ!?」

「ジムリーダーに報告しろ!指示を仰ぐ!」

「警戒!警戒!何があるか分からんぞ!」

「当直班はすぐ動けるように!お前は寝てる連中を叩き起こしてこい!」

「は、はいっ!」

 

 

同じ事を他の方々も感じたようで、ほとんどが俺と同じように起き出して、僅かな明かりを頼りに何が起きたのかを確かめようとしている。ここ以外に人のいない静かな夜に、彼らの焦り声はとてもよく響く。

 

 

『ジムリーダー、こちら4班っ!応答願いますっ!』

「何事か」

 

 

聞こえてきた声に振り替えれば、いつの間に来たのか、キョウさんがいつもの服装、いつも通りの様子で、トランシーバーを手に立っていた。

 

 

『10時の方角にて轟音発生!現在当直の4班と8班、臨戦態勢にて警戒しております!』

 

「こちらからも確認した。して、轟音の正体は?」

 

『現状では不明です!しかし、若干ですが遠方に砂煙らしきものが確認出来ております!音の大きさからかなり大型のポケモン、もしくは強力な技によるものの可能性が高いかと!』

 

 

トランシーバーの向こうにいるのは、野営地周辺を警戒していた警戒当番の人たちか。早くも動き出しているのが、トランシーバーから漏れる会話で分かる。

 

 

「砂煙か…危険を伴うが、ここはまず正体を確めるべきだな。場合によっては拠点の一時放棄も考えなくてはならん。1班!2班!」

 

「「「はっ!」」」

 

「お主らにはわしと共に音の発生源へと確認に向かってもらう!ポケモンから攻撃を受ける危険性は高い!心して臨むべし!」

 

「「「ははっ!」」」

 

「当直班のうち、4班はそのまま警戒に努めよ!8班は1、2班に先導役として同行してもらう!急ぎ態勢を整えるように!」

 

『はっ!そのように伝えます!』

 

「5班は8班に代わり4班と合流し、警戒行動に入れ!残りは別命あるまで野営地にて待機!周囲の警戒に努めよ!何かあれば、ダンゾウに報告し指示を仰ぐように!」

 

「「「はっ‼」」」

 

「ダンゾウ!この場の取り纏めを任せる!」

 

「お任せ下され、棟梁!」

 

「うむ!では、各々任務に掛かれっ!」

 

『応っっっ‼』

 

 

それを合図に、素早く装備を整え与えられた持ち場へ向かう者、調査班や作業班へとキョウさんの指示を伝えに走る者、この場にいる全員が弾かれたように慌ただしく動き出す。

 

この間にも、地鳴りや木が倒れるような轟と、時折何かのポケモンの遠吠えが断続的に響いている。

 

 

「アンズ!マサヒデ!」

 

「はいっ!」

「了解」

 

「お主らはダンゾウに付いてここで待機だ。ダンゾウ、済まぬが此奴らのことも頼む」

 

「某にお任せあれ、アンズ様とそのご友人に怪我などさせませぬ」

 

 

自ら危険地帯に飛び込むキョウさんが、自身の代わりに俺たちを託したのはダンゾウという、これまた忍び装束に身を包んだ古風な喋り方をする人物。キョウさんがセキチクシティジムリーダーに就任した当初からその配下のジムトレーナーとして活躍しているというベテラントレーナーだ。

 

 

「頼んだ。だが、此奴らとて一端のトレーナー。自らの身を守れるぐらいの実力はある。そうであろう?」

 

 

そう言って、俺とアンズを見やるキョウさん。

 

 

「はいっ!」

「…ええ、モチロンです」

 

 

そんな聞き方は反則だと思いますぜ、キョウさん。煽るような聞かれ方すると「出来ません」なんて答えられないじゃないか。周囲の空気に流される。日本人の悪い癖と言うか、社会性と言うか…まあ、仕方ないよネ。

 

 

「ファファファ…この通りだ。必要があれば上手く使え」

 

「…ははっ」

 

 

そうこうしている間に、キョウさんが率いる班の仕度が整う。

 

 

「ジムリーダー!1班準備良しです!」

「同じく2班、準備良し!」

 

「うむ!では皆、参るぞ!」

 

「「「はっ‼」」」

 

「父上!御武運を!」

 

 

アンズの声援を背に、キョウさんは準備が出来た人達を率いて闇の向こうへと融けていった。

 

 

「…では、アンズ様、マサヒデ殿、我らはこのまま野営地周辺を警戒。いざという時には、非戦闘班の盾となれるように動きます。覚悟はよろしいか?」

 

「もちろんよ、ダンゾウ!父上…セキチクシティジムリーダー・キョウの娘として、逃げるなんて選択肢はあたいにはないわ!」

 

 

ダンゾウさんからの問に即答する忍者娘。血気盛んで実に彼女らしい。ただ、時には逃げる覚悟も必要だとは思うよ。

 

 

「…僕も出来ることをやりますよ」

 

 

まあ、俺も戦うんだけどね。1人だけ逃げたとあっては、後で何言われるか分かったもんじゃないし、それに逃げた所で道が分からん。昼間ならともかく、初めて来た場所、それも大自然のど真ん中で、夜に単独行動なんて死亡フラグが盛大に自己主張しているようなもの。逃げて遭難なんていう無様な結果に終わること間違いなし。正直、逃げたところでハイリスクローリターンだ。

 

出来ればそんな状況来てほしくないってことには変わりないけど。

 

 

「…頼もしいですな。良いでしょう。ですが、某の指示には従っていただきますぞ」

 

 

そして、ダンゾウさんは周囲に集まる居残り組へと指示を与えていく。

 

 

「では、3班は9時から10時の方角、6班は11時から12時の方角を重点的に警戒!何か異変があれば即座に某に報告せよ!7班は某が直卒し、このまま拠点内部にて非戦闘班の護衛、緊急時の後詰めに回る!各員、速やかに任務に入るべし!以上、掛かれっ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 

集まっていた人たちがダンゾウさんの号令一下、それぞれの持ち場へと散って行く。この場に残ったのは俺、アンズ、ダンゾウさん、その他7名。俺たちはそのまま非戦闘班の護衛に入る。

 

ただ、その護衛対象の皆さんはすでにいつでも動ける準備が整っていたので、警戒が緩んでしまいそうな程度には手持無沙汰だった。聞けば、こういう緊急避難準備はこれまでも時々あったということで、素早く動けるようにある程度のマニュアルが作成済みとのこと。そして、実際に緊急避難までする必要がある事態になることはほとんどなかったとか。

 

まあ、いきなりケンタロス2体が野営地近くで争い出し、流れ弾ならぬ流れはかいこうせんで拠点の一角が機材・物資諸共薙ぎ払われた、なんてこともあったらしいけど。おお、怖い怖い。

 

 

 

それなら今回もキョウさんたちが原因を突き止め、何事もなく事態は終息する…と思い始めた矢先のことだった。警戒に当たっていた班から、緊急事態を伝える連絡が入る。

 

 

『こ、こちら4班!こちら4班っ!サイホーンの群れが警戒ラインを突破し拠点方向に向かっている!警戒されたしっ!』

 

「こちらダンゾウ!4班、数と方向は分かるか!?」

 

『こちら4班!11時の方角より10体前後を確認っ!』

 

 

サイホーンの群れが猛スピードで拠点方面に向かっている…連絡を聞いた全員に緊張が走る。

 

 

「先程の轟音に驚いたのか、それとも何かに縄張りを叩き出されたか…3班、6班、聞こえていたな!?11時の方角より、サイホーンが10体程度こちらに向かっている!全力でお引き取り願え!」

 

『3班了解!』

『6班了解!』

 

「我々も突破に備えて動く!仮に3班6班が抜かれるようなことがあれば、我々が最後の防波堤だ!気を抜くなよ!?」

 

「「「はっ!」」」

 

「出来れば進路を変えてくれれば楽なのだがな…」

 

 

そんな呟きも漏らしながらも、ダンゾウさんはテキパキと各班に指示を出し、対処に向けて動き出す。いつもは騒々しいアンズも、この状況を前にいつになく真剣な様子。

 

俺もサイホーン襲来に備えるべく、一緒になって動く。

 

 

「クサイハナ、出番だぜ」

「ハッナ~」

 

 

サイホーンを相手にするならスピアーよりかは…と、クサイハナをスタンバイさせる。

 

 

「それじゃあ頼んだわ、モルフォン!」

「ふぉーん!」

 

「いでよ、アーボック!」

「シャーッボ!」

 

アンズはそのままモルフォン、ダンゾウさんはアーボックをそれぞれ控えさせている。その他の面々も、次々とポケモンを繰り出し、或いはすでにスタンバイさせていたポケモンたちに指示を出し、戦闘態勢に突入していく。

 

 

『ドドドドド…』

 

 

やがて、身体は大地が微かに揺れ始めたことを感知する。それは徐々に音量を引き上げ、同時に震動もはっきりとしたものになっていく。連絡のあったサイホーンたちは、残念ながらダンゾウさんが望むような進路変更はしてくれなかったらしい。

 

 

「攻撃開始っ!」

 

 

程なくして、対処に向かった班が戦闘に入った。

 

 

「撃てぇっ!」

「拠点に近づけさせるな!追い返せ!」

「無理に当てる必用は無い!進路の前方に攻撃を集中させるんだ!」

 

『ドンッ!』

『ドドォンッ!』

 

 

サイホーンの群れが地面を揺らして暴走する音に混じって、攻撃を指示する怒鳴り声が響く。かなり激しく攻撃を加えているようで、攻撃が地面を抉る炸裂音がひっきりなしに闇夜に木霊する。

 

後ろで万が一に控えている俺たちも、対応に当たっている彼らが上手くやってくれることを願って、誰もが固唾を飲んで結果を待っていた。

 

しかし…

 

 

『こちら3班っ!申し訳ありません!2体ほどそちらに抜けましたっ!』

 

『こちら6班!同じく1体ほど撃ち漏らしました!対応を頼みますっ!』

 

「計3体か…こうなっては我々が最後の砦となる他なし!相手は待ってくれん!すぐにここまで到達しよう!戦闘用意だ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 

 

過半数のサイホーンにお引き取り願うことは出来たが、それだけの攻撃を以てしても、サイホーンたちを完全に撃退することは出来ない。

 

 

「アンズ様、マサヒデ殿、申し訳ないが四の五の言っていられる状況ではなくなり申した。その力、貸していただきますぞ」

 

「!」

 

 

トランシーバーから伝えられた内容とダンゾウさんの指示で、俺も含めて全員の緊張感が最高潮に達する。

 

 

 

 

 

…そして、ついにその時は来た。

 

 

『ドドドドドド!』

 

 

投光器に照らされた茂みの中から、ドシドシと大地を踏み鳴らして一直線に突っ込んで来る3つの黒い影。それらは投光器に照らされ、その光沢のあるネズミ色の図体を惜し気もなく晒し出した。

 

サイホーン、とげとげポケモン。タイプはいわ・じめん。以前サカキさんが進化系のサイドン使ってた時にした説明がそのまま当てはまる。図鑑の説明がやたらと頭が悪いことに言及されていた印象がある。

 

 

「アーボック、"へびにらみ"ぞ!」

「シャーーッボック!」

 

 

その飛び出しに真っ先に反応してのはダンゾウさん。流石は忍者の副長か。

 

アーボックもその指示によく反応する。"へびにらみ"は相手をまひ状態にする技。アーボックの威嚇とへびにらみをまともに受けたサイホーンたちの突進が、直後に目に見えて減速する。

 

 

「今だ!総員攻撃開始ッ!」

 

動きが止まったサイホーンに向けて攻撃の檄が飛び、引き絞りに引き絞っていた緊張の糸は、それぞれの攻撃となって撃ち出される。俺もまた、それに合わせて一番近い位置のサイホーンに対して攻撃に出る。乗り遅れるなんていうことはない。

 

 

「クサイハナ、"ギガドレイン"!」

「ハッナ~!」

 

 

指示した技はギガドレイン。物理に強く特殊に滅法弱いのは進化先同様。特殊技、かつ4倍弱点。加えてアンズのモルフォンとダンゾウさんのアーボックも合わせての集中砲火。結果は…見るまでもなかった。

 

 

「クガゥァッ!?」

 

 

サイホーン、無念の一発轟沈。残る2体のサイホーンも他の班員の皆さんから集中砲火を浴び、程なくして夜の大地に擱座。かくして当面の危機は去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 野営地目前まで迫ったサイホーンたちを何とか抑え込み、拠点防衛に成功した居残り組。戦闘不能状態に追い込んだサイホーンがそれぞれモンスターボールに収められ、これで危険は完全に取り除かれた。

 

無事に障害を排除出来たという報告は、非難に備えていた非戦闘班にもすぐ伝わり、さらに防衛線1段目を担っていた2つの班も無事に戻って来たことで、蜂の巣を突いたようだった野営地内も、一先ずは安心と落ち着きを取り戻していた。

 

なお、この時捕まえたサイホーンたちは怪我の治療を施した後、回復を待って後日野生に帰されるとのことだ。

 

後は正体不明の轟音の確認に向かったキョウさんたちが戻ってくればこの一連の騒動も終結。静かな夜が戻ってくるワケなのだが…残念ながら、そう簡単には問屋が卸してくれないらしい。

 

 

「…密猟者ですと?」

 

『うむ』

 

 

野営地内が落ち着きを取り戻して少し経った頃、キョウさんから入った連絡で、野営地の空気が再び変わる。

 

サファリゾーンは前述のとおり野生ポケモンたちの楽園であり、ここでしか見られないポケモンもかなりの種類いる。現在はサファリゾーンとしての整備が進む中で全面的にポケモンの捕獲が禁止されているが、かつてはそういった珍しい(レア)ポケモンを狙うポケモンハンターと呼ばれる存在がかなりいたのだとか。

 

そして、捕獲禁止となった今でも…いや、禁止されたからこそサファリゾーンの希少なポケモンは価値がさらに高騰。裏社会では高額での取引がされており、一攫千金を狙って法を犯す密猟者も後を絶たない…というような話をダンゾウさんから聞いた。

 

それを防ぎ、密猟者からポケモンを守るのもキョウさんの役目ってことだな。

 

そして、どうやらこの騒動の発端でもある轟音は、密猟者に狙われたポケモンが抵抗した際に生じたものだったらしい。

 

 

『大部分は取り逃がしてしまった上に、こちらも思わぬ痛手を貰ってしまったわ』

 

「大丈夫に御座いますか?」

 

『わしは何ともない。が、ジムトレーナーの何人かが手持ちを戦闘不能に追い込まれ、3人ほど軽傷を負わされておる』

 

「むう…それは中々に面倒な者達に御座いますな」

 

『ああ、その過半は連中が怒らせたサイドンを抑える際のものだ。密猟者どもはそこまででもあるまい。が、兎にも角にも手が足りぬ。もう幾許か手が欲しい』

 

「そうですな…では、即応可能な4班と6班。加えて、比較的消耗が少ない7班を送りましょう」

 

『3班か…そちらに2班しか残らぬが』

 

「こちらは落ち着きました故、2班もあれば拠点を守ることぐらいは容易に叶いましょう」

 

『そうか。では、そのように頼む』

 

「ははっ」

 

 

どうやら3班でも人手が足りない状況のようだ。おまけに反撃をもらって何人かが動けないらしい。

 

2人のやり取りで増援の派遣が決定し、増援の面々が順次キョウさんの下へ向かっていく。ところで、増援として7班も指名されているのだが、それはつまり、俺たちの出番…か?

 

 

「ダンゾウ!あたいも行くわ!」

 

 

なお、隣の忍者娘はもうすでに行く気満々だった。

 

 

「…ああ、アンズ様とマサヒデ殿は留守を頼みますぞ」

 

 

…なーんてことを考えていたが、まあ普通そうなるわな。流石にまだ年端もいかないお子様に、密猟者集団の相手なんか荷が重いし危険過ぎる。させるわけない。うん、そう考えると毎回毎回悪の組織と全面対決して完勝してる原作主人公たちってやっぱりおかしいわ。

 

 

「むうぅーー、何でよダンゾウ!」

 

「危険過ぎます。相手は密猟者の集団。大部分を捕り逃してしまったとのことですから、この暗闇の中、どこに何人潜んでいるかも分かりませぬ。大人しく従っていただきたく」

 

 

拠点待機を命じたダンゾウさんに食って掛かる忍者娘。いやいや、指示には従え言われとるやん。

 

 

「それに、もう夜も遅い。ここは大人に任せて、明日に備えてゆっくりお休みになって下され」

 

「嫌よ!」

 

「アンズ様!」

 

 

ダンゾウさんになおもアンズは食い下がる。

 

 

「あたいはセキチクシティジムリーダー・キョウの娘、いずれは父上の跡を継いでジムリーダーになるつもりよ!その時、あたいもこういうことに対応しなくちゃいけないわ!これもいい機会よ!」

 

「アンズ様…」

 

「それに、あたいは父上の力になりたいの!お願い、ダンゾウ!」

 

「………」

 

 

アンズの懇願に、しばし黙り込むダンゾウさん。

 

 

「…そうですな。棟梁からも一端のトレーナーとして扱うようにとの命を受けております。良いでしょう、アンズ様とマサヒデ殿にも向かっていただきましょう」

 

「やった!ありがとうダンゾウ!」

 

「え…」

 

 

ダンゾウさんが折れたことで、アンズさんゴネ得で出撃枠をゲット。そして俺氏、さも当然の如く巻き添えをくらうの巻。

 

 

「となれば、棟梁の下までは某が直卒するしかありませぬな。準備が整い次第すぐにでも出ますぞ」

 

「はいっ!あたいはいつでも大丈夫!ほら、マサヒデも行くわよ!」

 

「いや、ちょ、何でだよ!?だああ、分かったから、行くから引っ張んな!自分で歩く!」

 

 

自然な流れでアンズと一まとめに増援として最前線投入が決定。抵抗する間もなくアンズに引っ張られて連行されそうになる。

 

何かもう全て決定済みな空気に行かないと言い出せる状況ではなく、せめて自分で歩くとアンズの腕を振り払うのが精一杯だった。

 

かくして、夜なのに意気揚々なアンズと、拠点に残るメンバーに後事を託したダンゾウさんと共に、俺は先行する面々を追い掛けて一路キョウさんの下へと向かって進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「これは…」

「うっ…ひ、ひどい…」

 

「…思っていたよりも、被害は大きそうですな」

 

 

 闇夜の林野を進み、しばらくするとポツポツと揺らめく光が見え始め、さらに進むといきなり視界が開けた場所に出た。ここが、あの轟音の震源地のようだ。

 

そこで俺が目にしたのは、急拵えの篝火が照らし出す、広範囲に渡って根元から圧し折られた木々と抉れた大地。ただ事ではない何かがあったのは火を見るより明らか。

 

そしてよく見ると、その中にポツポツと木以外にも横たわる影がある。遠くからではよく分からなかったが、近付くにつれてそれが何であるか、否が応でも理解せざるを得なかった。

 

全て、酷く傷付いたポケモンたちだった。動くこともままならないのか、人が近づいても目線をこちらに向けるぐらいはするが、逃げる素振りはおろか横たえた身体を起こす素振りも見られない。

 

 

「ダンゾウ」

 

「おお、棟梁。御無事で何よりに御座います」

 

 

あまりの惨状に絶句しているところに、キョウさんがやって来る。特に変わった所は見られないが、それでも何となく疲労困憊の色が見えたのは、きっと気のせいではないはず。

 

 

「…ち、父上」

 

「…アンズ、それにマサヒデも来たか」

 

「キョウさん、この惨状は…」

 

「うむ…原因となったのは、このポケモンであった」

 

 

そう言って、キョウさんは1つのモンスターボールを見せてくれた。

 

 

「この中に入っているポケモンは"ガルーラ"。カントー地方では、ここにしか生息しておらぬ希少なポケモンよ。子供を密猟者に奪われ、怒り狂って暴れておった」

 

 

ガルーラ、ノーマル単タイプ。初代から登場するポケモンで、サファリゾーンに出現する『出ない捕まらない』レアポケモンの一角。第6世代にてメガシンカを獲得し、強力な特性『おやこあい』と総合的に安定して高い種族値、ノーマルタイプらしい広い技範囲と欠点の少なさを武器に、環境の最上位に君臨したほどのポケモンだ。

 

子供を常にお腹の袋の中に入れて育てているのが特徴で、そこから『おやこポケモン』と呼ばれているが…そうか、密猟者に子供を…

 

 

「子を奪われた親の怒りは実に凄まじいものよ。抑え込むことにずいぶんと手こずったわ」

 

「そ、それで父上。ガルーラの子供は…?」

 

「残念だが、密猟者に奪われたままだ」

 

「そんな…」

 

 

アンズの問いに、キョウさんは瞑目し、首を横に振る。ガルーラへの対処に戦力を取られ、逃げた密猟者の追跡・確保やガルーラの子供の奪還までは手が回らなかったようだ。

 

 

「密猟者どもの追跡は他の者たちに任せてある故、案ずるな。それよりも、我らは我らの今やるべきことをやるぞ。一先ずは、ガルーラが暴れ回った余波で傷付いたポケモンたちの保護と手当てだ。アンズ、マサヒデ、行くぞ」

 

 

そう言って背を向けたキョウさんに、この惨状に心ここにあらずという様子だったアンズが、ハッとしたように動き出す。俺も慌てて着いていく。

 

とは言え、今ここに残されているのは、ダメージが大きすぎて身動きが取れないポケモンばかり。ゲームのように『キズぐすりを使えば体力満タン』で済む話でもなく、対応には専門的な知識・経験が必要。特殊な技能などあっちにいた頃を含めても持ち合わせていない俺に、出来ることは多くなかった。

 

キョウさん以下、セキチクジムの面々がその処置に懸命に動き回り、アンズもキョウさんに付いて傷付いたポケモンたちの処置を手伝っている。医療的な知識もあるとか、やっぱ忍者スゲーわ。

 

そんな中で俺に与えられたのは、僅かに取り押さえた密猟者たちの監視。すでに拘束してあるとはいえ、子供にそんな危険な奴らの監視をさせるなんて…とも思ったが、他にやることもなく、ダンゾウさんに付いて捕らえた密猟者たちの下へ向かう。

 

 

 

 

 僅かに捕らえられた密猟者たちは、一纏めにして拘束されていた。俺たちの他にも、数名のジムトレーナーの皆さんが監視に就き、変な行動をしないように見張っている。

 

密猟者たちは皆一様に黒尽くめの服装に身を包んでおり、まともな灯りがほとんどない夜の帳の中では、闇に紛れてしまい見つけるのが難しそうな印象を受ける。その一方で、黒尽くめの服の胸から腹の部分にかけて、大きく赤で塗られた『R』の文字が、いくつも存在感を放っていた。

 

…これはどう考えてもあれですね。

 

 

「この人たちが…」

 

「そう、密猟者ですぞ。この服装、ロケット団の者と見て間違いありますまい」

 

 

…はい、ですよね。初代ポケモンにおける悪の組織、カントー地方に蔓延る世界征服を目論む秘密結社、ロケット団の皆さんのようです。カントーに飛ばされて3年ぐらいになるけど、そのほとんどを首領であるサカキさんの下で過ごしてたけど、実物のロケット団員を見たのはこれが初めてだわ。こんな状況だけど、ちょっとだけ感動したような、しないような。

 

 

「金儲けのためならポケモンたちを道具のように扱い、平然と各地で悪事を働く。外道な手法にも簡単に手を染める、とんでもない連中にござる。考えたくはなかったが、やはりサファリゾーンにまで手を伸ばしていましたな…」

 

 

カントー地方でここにしかいない、そして数が少ないポケモンは他と比べても多い。ロケット団が狙うのも納得は出来る。むしろ目を付けて当然か。

 

 

「とりあえず、某たちはこのままこの者らの監視を行います。何か良からぬことをしでかすとも限りませぬ故、マサヒデ殿は某から離れないようにお願い致しますぞ」

 

「はい」

 

 

その後は緊張感を持って密猟者改め、ロケット団員たちの監視に当たる。彼らはすでに拘束されていることもあってか、逃走を図るようなことはなかった。

 

時間の経過とともに追撃に向かっていた班から新たな捕縛者が送られて来ることもあったが、同時に対応が済んだ他班が監視に加わってくれたりもしたので、特に何事もなく時間だけが過ぎていく。そのまま全てが一段落して、一足先に拠点に戻された俺とアンズがそれぞれの寝床に潜り込んだのが日が昇り始めてからのこと。

 

目が覚めた頃には、すでに捕らえられたロケット団員は全て警察に引き渡され、残る逃走したロケット団員の捜索と確保、被害状況の確認、さらにはポケモンセンターから応援も呼んで、負傷した野生ポケモンたちの本格的な手当てが急ぎ行われていた。

 

そしてこんな状況で俺とアンズの子供組にはこれ以上の出る幕はなく、この日の午後には先にサファリゾーンを離れることになった。

 

後日、全てが終わって帰ってきたキョウさんから聞いた話では、あれ以降もいくらかの潜んでいたロケット団員が検挙されたものの、残念ながら連れ去られたガルーラの子供は行方不明のまま。取り戻すことは出来なかったという。また、ガルーラの暴走によって負傷したポケモンの何体かが命を落としたという。

 

この世界がゲームではなく、現実であると言うことを、また一つ思い知らされた気分だった。

 

 

 

かくして、サファリゾーンで過ごした2日間は、ロケット団の悪行を初めてこの目で見て、初めて肌と心で感じた俺の心に、拭い難い跡を付けて終わった。楽しい遠足とかキャンプとか、割と軽い気持ちで参加していたはずなのに、何故こうなるのか。

 

あと、俺、今後サカキさんをまともに見れないような気がしてきたんだけど、どうしようか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ところで、俺が以前サカキさんから貰ったストライクって、もしかしてサファリゾーンで密猟した個体だったりなんてことは…流石にないよな?完全に否定出来ないのがスッゲー怖いんですけど。

 

…いや、止そう。俺の勝手な想像で周囲を混乱させるのは得策じゃない。あと、この年で警察のお世話になんぞなりたくない。うん、俺は何も知らない。何も知らなかったんだ。そう言うことにしておこう。知らぬが仏、触らぬ神に祟りなし、だ。

 

 

 

 




第39話、サファリゾーン後編、何とか1カ月以内に更新出来ました。と言うワケで、主人公、ロケット団と初めて(まともに)邂逅する。そして被害に遭うガルーラ他、サファリゾーンのポケモンたち。ゲームコーナーで引き換えることが出来る景品的に、絶対こういうことやってると思うんですよね。ガラガラ殺したりもしてますし。今回の経験で、主人公の心境に何か変化があるのかどうかは、今はまだ分かりません。

次回ですが、いよいよセキチクジム戦かな?どんな感じにするかは…うん、これから考えよう。


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第40話:忍の馳走(1)

※本文一部修正(2020/8/30)


 

 

 

 

 

「チェックだ!サンドパン、"きりさく"ッ!」

「キュィィィッ!」

 

 

 セキチクシティジムのメインフィールド。他のジムとは一味違い、道場を模したような和風な内装で固められた、全てのセキチクジム挑戦者たちが行き着く最後の決戦の舞台。この舞台で勝利を手にした者だけが、ポケモントレーナーとしてまた一歩、次の段階へ進むことを許される。

 

その舞台で繰り広げられている手に汗握るジムリーダーとの戦いは、残すポケモンは互いにラスト1体。己の全てを掛けたまさしく死闘と呼べるであろう戦いは、終局を迎えようとしていた。

 

"どくどく"や"えんまく"を使った耐久型の戦法に散々手古摺らされたが、ここでついに決定的な隙を見せたマタドガスをサンドパン渾身の一撃が切り裂き、そのまま豪快に弾き飛ばす。

 

 

「ドガァー…ッ!?」

『ズシャアアァァァーーッ!!』

 

 

マタドガスは地面に叩き付けられた後、勢いよく数メートルに渡って地面を転がり、壁にブチ当たってようやく止まる。

 

勝負の切れ目、一瞬の静寂が場を包む。汗が一筋、頬を伝って地に落ちる。

 

 

「マタドガス、戦闘不能!」

 

 

フィールドに倒れ伏したまま微動だにしないマタドガスを確認した審判が、戦闘続行不能であることを宣告する。そして、それは同時にこの戦いの終わりを告げるものでもあった。今自分が持ちうる全てを出し切った戦いは、最高のフィナーレを迎えた。

 

自然にフッ…と肩の力が抜け、張り詰めていた心の糸が弛む。大きく一息吐き、審判の宣言が出るのとほぼ同時に、俺は天を仰いだ。

 

 

「勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

 

これまで積み上げてきたモノは、決して無駄ではなかったことの証明はなされた。俺の勝利を高らかに宣言した審判の声は、ここまでの努力、苦悩、挫折…この勝負のために費やした総てが結実した証でもある。

 

たかが1勝ではある。そして全力でもない。しかし、明確な格上相手にもぎ取った1勝は、何者にも変えがたい大きな価値があった。

 

固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた観衆たちから上がる歓声は、見事に勝利を手にした挑戦者へのこれ以上ない賛辞。まさしく天にも昇るような夢心地だ。

 

確かな達成感と満足感に包まれ、歓声の雨を浴びる中で、勝利を声高に宣言するように、俺は力強く天へと両手を突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピピピピ!ピピピピ!ピピピピ!…』

「……………」

 

 

喧しく鳴り響く目覚まし時計のアラームが、俺の意識を夢心地の中から現実へと引き戻す。

 

少し混乱気味で霧が掛かった頭の中がクリアになるにつれて、全てが夢だったという事実がジワジワと込み上げて来る。それを完全に理解し切った時のこの虚しさと来たらもう…

 

しかし、どんなに輝かしいものであったとしても夢は所詮夢でしかない。いずれは現実と向き合い、戦わなければならない時が必ず来る。老若男女、富める者貧しき者、幸せの絶頂にある者も絶望の淵に立つ者も、何人たりとも迫りくる『明日』という現実から逃れることは叶わないのだ。

 

セキチクジムリーダーに勝負を挑み、見事勝利を掴み取る夢…それも、今日がセキチクジムバッジであるピンクバッジを掛けてジム戦に臨む日だからだろうか。

 

 

『ピピピピ!ピピp『ガシャッ!』』

 

「………起きますか」

 

 

夢に与えられた僅かばかりの幸福感と、その名残を徐々に打ち消す虚脱感を胸に、今日も新たな、そして運命の1日が始まる。

 

 

 

 

 

 

-----

 

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---

 

--

 

 

 

 

~セキチクジム~

 

 

 

「来たな、マサヒデよ」

 

「…キョウさん」

 

 

 布団を抜け、顔を洗い、朝食を食べ、ポケモンたちのウォームアップと軽い調整、最後の確認を行った後、セキチクジムの門を潜る。その先に広がるのはここ1ヶ月ほぼ毎日見てきた風景だが、この日ばかりは流石に空気が違った。

 

約一月のセキチクジムでの生活を経て、今日いよいよジム戦に挑むことが決まった。セキチクシティに来た初日、思い返してみれば大分理不尽な敗北を喫したあの日の雪辱を果たす日がやって来たのだ。

 

時間がまだ早く、そもそも投宿先がセキチクジムの寮ということもあって、ジム戦の受け付けに乗り込んだのは俺以外にはまだ誰もいなかった。しかし、それを見越してか、屋内へと続く入口の前にはすでにキョウさんが静かに佇み待ち構えていた。

 

 

「ええ。ジムバッジ、貰い受けに来ましたよ」

 

「ファファファ…では、ジム戦の前に実力確認も兼ねて、わしの弟子たちと戦ってもら…おうかとも思ったが、お主に今更バッジ4つ相当の実力確認など必要あるまい。早速だが参ろうか。着いてくるといい」

 

 

そう言ってジムの中へと入っていったキョウさん。本来であればジムリーダーに挑む前には、ジムリーダーに挑める最低限の実力があるかどうかを確認するため、挑戦者は漏れ無くジムトレーナーと戦わされる。しかし、これまたほぼ毎日キョウさん相手に繰り広げた指導と特訓のおかげでか、キョウさんから『実力は問題ない』との判断がなされた。

 

結果、ジムトレーナー戦に関しては免除。俺は一足飛びにジムリーダー戦へ臨むことになった。

 

 

 

キョウさんの後に着いていくと、ジムに幾つかあるバトルフィールドの1つに案内される。夢で見た、そしてこれまでにも何度か足を踏み入れたことのあるセキチクジムのメインフィールドだ。

 

1カ月余りセキチクジムで世話になってきたワケだが、実はこうやってメインフィールドに立つのは初めてだったりする。キョウさんとの指導は専らサブフィールドでやってたし、来るにしても観客として観戦席に通されることがほとんどだったからな。

 

 

「待ってたわよ、マサヒデ!」

「頑張るでござるよ!」

 

 

ガラガラの観客席から声を掛けられる。そこにはアンズ以下、セキチク忍軍の皆さんが観客として勢揃いしていた。全員揃って俺よりも先にさっさと朝飯食ってどこに行くのかと思っていたが、今日は修練はお休みして、観戦しつつ応援してくれるらしい。

 

 

「あんたが父上に勝てるなんて思えないけど、まあ応援ぐらいはしてあげるわ!」

「弟弟子の晴れ舞台、応援するしかないでござるよ!」

 

 

アンズはファザコンなのかツンデレなのか、判断に困るような激励をくれた。俺も苦笑いを隠せない。まあ、十中八九ファザコン由来だろ。嬉しいことは嬉しいが、この忍者娘はほんに…

 

そんなファザコン忍者娘に対してこのござる少年…ええ子や、後でジュースを奢ってあげよう。と言うか、俺って彼らから見ると弟弟子って扱いなのね。そして実はござる少年とは同い年だったりする。指導を受けた期間が基準とは言え、同い年から弟扱いされるのは何かなぁ…

 

他の面々も、思い思いに応援の言葉を掛けてくれる。小学生の頃のスポーツクラブでの一コマを見ているようで、少し懐かしい気分になった。ほんのりやる気も出た。

 

 

 

「…準備のほどはよろしいかな、マサヒデ殿」

 

「あ、ええ…いえ、スイマセン。ちょっと待ってもらっても?」

 

 

セキチク忍軍の皆さんと戯れている間に、キョウさん側の準備も整ったらしい。キョウさんがフィールドの逆サイドに、そして審判を務めるダンゾウさんが中央に立っている。

 

いつもの癖で、釣られて「すぐ行きます」と言いかけたが、寸でのところで思い止まる。心は熱く、頭はcoolに…こういう大一番を前にした時こそ落ち着いていかないとな。

 

 

 

ふぅ…落ち着くついでに、もう一度この戦いに向けての考えを整理しよう。

 

今回のキョウさんとのジム戦、レギュレーションは事前に聞かされている。

 

・使用するポケモンは互いに4体。

・ポケモンの交代は挑戦者のみ可。

・ポケモン、持ち物の重複可。

・戦闘中のアイテムの使用禁止。

 

…以上。特に変なルールはなく、これまで戦ってきた他のジムリーダー戦と同じ。気になるところがあるとすれば、ジム戦では初めて4体使用してのバトルとなることぐらいか。長期戦になるかもしれないから、集中力を切らさないよう、適度に息を入れつついきたい。

 

対戦相手であるキョウさんに焦点を移すと、他のジムリーダーが高い攻撃力・突破性能で、正面から勝ちを奪いに行く正攻法なのに対して、キョウさんは状態異常やステータスのデバフを相手に与え、ジワリジワリと挑戦者を追い詰めていく耐久・持久型の戦い方を好む。他のジムリーダーとは戦闘スタイルが異なる点には注意が必要だ。今日まで散々味わってきたことなので、今更言うまでもないことではあるが。

 

元の世界では『受けループ』とも呼ばれていた、耐久型のポケモンを軸に据えたパーティ構築。キョウさんのポケモンたちは、戦術的にはこれに近い感じだと思う。無対策だとそれだけで簡単に詰んでしまうこともままある。それを踏まえ、今回は挑戦の1週間ほど前に休みも貰った上で、しっかりとした対策をさせてもらった。

 

その対策を施した上で選出した対キョウさん戦に挑むメンバーがこちら。

 

 

・ロコン ♀ Lv39

持ち物:キーのみ

特性:もらいび

ワザ:かえんほうしゃ しんぴのまもり

   あやしいひかり ???

 

・ドガース ♂ Lv40

持ち物:オボンのみ

特性:ふゆう

ワザ:ヘドロばくだん だいばくはつ

   10まんボルト くろいきり

 

・サナギラス ♂ Lv42

持ち物:シルクのスカーフ

特性:だっぴ

ワザ:いわなだれ かみつく

   すなあらし ???

 

・サンドパン ♂ Lv43

持ち物:ラムのみ

特性:すながくれ

ワザ:あなをほる どくづき

   つるぎのまい ???

 

 

…以上。ここに来て、ようやく扱いやすい技が一覧に並ぶようになってきた。良いことだ。実に良いことだ。

 

さて、簡単に選出したポケモンの説明を。ロコンは高火力の一致技"かえんほうしゃ"を習得。火力面での不安がなくなった。さらにレベルで覚えてくれた"しんぴのまもり"でキョウさんお得意の"どくどく・あやしいひかり"の状態異常セットを全カット。"あやしいひかり"で逆に向こうのペースを乱すことも出来る。初手"しんぴのまもり"を確実に決めるため、持ち物はキーのみを選択。

 

ドガースは"10まんボルト"をメインに、"くろいきり"でバフ・デバフのリセット役。技も"じばく"→"だいばくはつ"、"ヘドロこうげき"→"ヘドロばくだん"と変更したことで、最終形態にかなり近い技構成になった。耐久性を上げるために持ち物はオボンのみ。追い詰められたら例によっていつものアレ。

 

サナギラスは特性で状態異常をそこまで気にせず戦え、毒技の威力も4分の1にカット出来る。火力もあるので当然の選出。"すなあらし"でサンドパンへ繋ぐ動きもアリ。持ち物はノーマルタイプの技を強化するシルクのスカーフ。ノーマル技持ってないだろって?色々考えがあるのさ。

 

サンドパンは新たに"つるぎのまい"を覚えたことで、砂嵐下で相手の技を避けつつ火力強化が出来るようになった。実はキョウさんとの指導を続ける中で、ひっそりと"どくづき"も習得していたりする。キョウさんマジパネェっす。毒技半減で弱点も突ける、これまた当然の選出。状態異常全般をケアするため、奮発して現状では貴重なラムのみを用意した。

 

また、ドガース以外の3体が覚えている4つ目の技。これも特筆すべき点なのだが、今発表することは伏せておこうと思う。ピンポイント気味ではあるけど、対キョウさんにおける秘密兵器的な技でもあるからね。楽しみはその時まで取っておこう。

 

…使うことなく終わるなんてことはない…と思いたい。

 

そしてスピアーさん、エースなのに2試合ぶり3度目となるジムリーダー戦ベンチ外。攻撃技が相手に全くと言っていいほど刺さってないので仕方ない。お留守番頼んます。

 

 

 

 

何はともあれこれにて準備は万端。たぶん、これでいけるはずだ。

 

 

「お待たせしました、いつでもいけます」

 

 

一通りの最終確認が終わり、気持ちも整った。あまり待たせるわけにもいかないので、俺も急ぎ所定の位置に就く。

 

 

「これよりセキチクジムリーダー・キョウと、トキワシティのマサヒデによるジム戦を行う!使用するポケモンは互いに4体。持ち物あり、途中での交代は挑戦者にのみ認められる。挑戦者マサヒデ、準備はよろしいか?」

 

「勿論です。キョウさん相手に準備もせずこの場になんて立てませんよ」

 

 

ダンゾウさんからの確認に、目前に迫った開戦に向けて高まるボルテージを抑えながらそう告げる。

 

キョウさんはサカキさんのような破壊力は無いが、詰め将棋のように的確に先手を打ってこちらの手を潰してくる。俺なんかとは比較するまでもない経験豊富な実力者なのは言うまでもない。この1カ月、指導として何度となく戦ったが、その背中はまだ遠い。ジム戦ということで、今回使用するポケモンたちは指導の時当たった面子よりも格が落ちることは間違いないだろうけど、油断はするまい。慢心、ダメ、ゼッタイ。

 

 

「公な戦い故、真の意味で全力で相手をしてやることは叶わぬ。が、セキチクジムリーダーとして今許される限りの全力を以て、その挑戦を受けて立つ。全力で来い」

 

「はい!」

 

 

 

 

「では…いざ、勝負開始っ!」

 

「ロコン、いけ!」

「コォンッ!」

 

「ゆけぃ、ゴルバット!」

「ゴルバァーッ!」

 

 

ダンゾウさんの合図を皮切りに、お互いにボールをフィールドへと投げ入れた。俺はロコン、対するキョウさんはゴルバットを先発として選択。朝一番の激闘の幕開けだ。

 

 

「ヤドンではないか…ファファファ、では挨拶代わりだ。ゴルバット、"あやしいひかり"!」

「バァーット!」

 

 

先手を取ったのはキョウさんのゴルバット。高い素早さを武器に"あやしいひかり"で主導権を握りに来た。キョウさんとしては予定通りと言ったところだろうか。

 

 

「ロコン、"しんぴのまもり"!」

「コォン!」

 

 

それはこっちとしても想定通り。では、こちらも予定通りに始動するだけだ。"あやしいひかり"がロコンを包み込むよりも先に、白っぽいオーラがロコンの周囲を囲う。ゲームでは5ターン持続し、その間は状態異常に掛からなくなる。当然、"あやしいひかり"も"しんぴのまもり"が効力を発揮する限り無効だ。

 

 

「お返ししますよキョウさん!ロコン、"あやしいひかり"!」

「コォン!」

 

「…!ゴルバット、回避せよ!」

「ゴルバァッ!」

 

 

ロコンは回避する素振りも見せずに正面から"あやしいひかり"を受け止め、何事もなかったように"あやしいひかり"を撃ち返す。対してゴルバットはキョウさん指示の下、自慢のスピードで迫り来る複数の光の玉を振り切りにかかる。

 

しかし、ゴルバットの素早さを以てしても、その全てを振り切るのは難しい。徐々に周囲を囲まれ、狭まり、追い詰められていく。

 

 

「…止む無しか。なればゴルバット、"ヘドロばくだん"!」

「ゴルバァーット!」

 

 

ここでキョウさんは指示を逃げから攻撃に転じさせる。ゴルバットから高威力の毒技"ヘドロばくだん"が放たれる。

 

 

「コォン…ッ!」

 

 

"あやしいひかり"の操作に集中しているロコンはこれを避けられない。球状のヘドロの塊がロコンを襲い、炸裂する。受けたダメージは無視出来るほど小さくはない。

 

ダメージこそもらってしまったが、引き換えに"あやしいひかり"はゴルバットをきっちり捕捉。こんらん状態にすることに成功した。あとは、ここから如何に追い込んで有利な盤面を作り出せるか。腕の見せどころさ。

 

ゴルバットが動くかどうかは半々…でも、好機に違いはない。積極的に前に出るが上策。

 

 

「ロコン、距離詰めて"かえんほうしゃ"!」

「コォッ!」

 

 

混乱しているせいか、飛行も若干覚束無い様子のゴルバット。最大火力を避けられない距離からブチ込むべく、ロコンが突進する。

 

 

「ゴルバット、"かげぶんしん"!」

「ごる、ゴルバ~ッ!」

 

 

ロコンの突進に対し、キョウさんは一旦受けに回ることを選択。ゴルバットも混乱状態からもキッチリと指示に応え、"かげぶんしん"を決めてきた。格が落ちてもやはりジムリーダーのポケモンか。あの状態でこの展開速度、展開数、見事と言う他ない。

 

が、それでも!

 

 

「バレバレですよ!撃ち抜け、ロコンッ!」

「コォーンッ!」

 

 

多数分身が展開されたが、混乱しているせいか1体だけ妙な動きを見せる分身があった。迷うことなくその分身に向けて、ロコンは"かえんほうしゃ"を放つ。

 

分身何体かを巻き添えに、燃え盛る炎の光線に呑まれるゴルバット。

 

 

「ごるばぁ~」

 

 

やがて炎が霧散した後から、ゴルバットが再び姿を現す。一見何ともなさそうに見えるが、40近いレベルのロコンの"かえんほうしゃ"をまともに受けてノーダメージなんてことは…まあないだろう。それなりのダメージは与えられたはず。フラフラしながらも飛んでいる様子から見るに、混乱状態もまだ解けていないようだ。

 

混乱している時間は有限。多少運に左右されるところはあるが、あまり長くは期待出来ない。今のところの主導権はこちらにある。畳みかけろ、押すべし!

 

 

「続けて"かえんほうしゃ"!」

 

「"かげぶんしん"!」

 

 

俺は"かえんほうしゃ"連打を選択。対するキョウさんも再び"かげぶんしん"の指示。忍者らしい、キョウさんらしい選択だとは思うが、それはちと悠長過ぎやしませんか?

 

 

「ごるバッ!?」

 

 

ここで"あやしいひかり"が効果を発揮。ゴルバットが空中で突然バランスを崩し、安定性を失いそのまま地面に激突する。

 

 

「コォッ!」

『ゴォォッ!』

 

「ゴ、ゴル…!!」

 

 

その決定的な隙、逃す理由はない。再度"かえんほうしゃ"がゴルバットを襲う。一直線に伸びる灼熱の光線はゴルバットに態勢を立て直す暇を与えることなく、一瞬の内にその全てを呑み込んだ。

 

 

「ご~る~…」

 

 

そして、目も眩む劫火の灯りが消え去った後に残されたのは、その一撃を真正面からまともに食らい、地に堕ちたゴルバットだけだった。

 

 

「ゴルバット、戦闘不能!」

 

 

ダンゾウさんから戦闘不能のジャッジが下り、まずはゴルバット撃破。ミス無しで貰った攻撃も1発だけ。上々の滑り出しを切れた。

 

 

「"しんぴのまもり"…あまり見ない技だが、確か状態異常を無効化する効果を持っている技であったな」

 

「ええ、その通りです。一定の時間、あらゆる状態異常をカットします」

 

「以前、学会の出した論文に載っていたと思うが…実際に使う者は初めて見た。まさかそのような技を隠し持っておったとはな」

 

「対キョウさん用に覚えさせておいた秘密兵器ですから」

 

 

う~ん…この日のため、キョウさんはおろかアンズにさえ見せてこなかった技なんだが、やはり攻撃偏重気味な世界なだけに、補助技になると知名度が乏しかったり、使い手が限られている傾向は変わらんか。そもそも見つかっていないなんてこともまだまだあるのかもしれない。

 

まあ、この技は向こうでも対戦で使用することなんてまずない技ではあったが。そんな技でも、知識自体はしっかり持っている辺りは流石ジムリーダー。

 

 

「状態異常の無効化…わしにとっては相性最悪と言って良い技だな。実に厄介極まりない」

 

 

…でしょうねぇ。この技の自力習得が、俺がこの戦いにロコンを選出した大きな要因の1つでもある。ステータス変化で相手を翻弄し、毒・混乱状態の重ね掛けでジワジワ消耗させるスタイルのキョウさんにとって、この技は選択の自由を縛る重い枷となるはずだ。

 

 

「お主がどこから技の知識を得て来たのか…気になるところではあるが、今為すべきは勝利への道筋を如何に付けるかに尽きる。一手封じられたこの状況を打開する術…ファファファ、ジムリーダーとして、腕の見せ所よな」

 

 

そう言ってキョウさんは考える様子を見せる。次のポケモンをどうするか、そしてこの先どう試合を展開していくかを考えているのだろうか。俺は集中を切らすことなく、次の一手に備える。

 

というか、今のってもしかして俺やらかしちゃった感じだったりする?んなこたぁない…と思いたい。

 

因みに、こっちの世界でポケモン交代の際は、公式戦では長くても30秒、短ければ10秒程で次のポケモンをフィールドに出すようルールが定められていたりする。長考すると考え込んでいる間の状況の変化が著しく、過去に勝敗に直接的な影響を与えたこともままあったため、長考自体を禁止する方向になったらしい。そう言うワケで、長考はあまり誉められたものではないというのがこの世界におけるトレーナー大半の認識となっている。

 

 

「ここは貴様こそ相応しい!行けぃ、ベトベター!」

「べぇたぁ~」

 

 

一瞬の間にキョウさんの思考はまとまり、その回答となる2番手のポケモン・ベトベターがフィールドに繰り出される。

 

ベトベターは分類をヘドロポケモン。どく単タイプ。キョウさんとの指導の中でよく戦ったベトベトンはコイツの進化系になる。以前立ち入ったグレンタウンのポケモン屋敷にも生息していたが、俺は出会わなかったな。能力傾向は鈍足アタッカーと言った感じの種族値だったと記憶している。

 

さて、時間制限はあるが状態異常が無効化されるこの状況で出て来たベトベター。純粋にアタッカーの可能性はあるが…キョウさんだし、どちらかと言えば積んで来そうな感じがする。いや、確実に積んでくる。

 

財布と当面の生活費の犠牲は無駄にはならなくて済みそうだ。

 

 

 

「さあマサヒデ、勝負はまだまだここからぞ。どくポケモンの奥深さ、とくと馳走してしんぜよう。心行くまで味わって行けぃ!」

 

「…ええ、望むところですよ!毒を食らわば皿まで…です!」

 

 

 

 




何とかギリギリ2週間以内に更新出来たましたよひゃっふー。と言うワケでセキチクジムリーダー戦開戦です。まあ、使うポケモンは所持バッジ相当で格落ち&キョウさんの主力とは頻繁に模擬戦やってきたって設定なので、サクサク行く予定です。現状で考え得る出来る限りメタらせもしましたので()

当初はキョウさんじゃなくてアンズさんに相手してもらうことも考えてたのですが、『ジムリーダーとしてそれはどうだろうか?』と思い直しましたので、キョウさんに普通に戦ってもらいます。次で終わらせられればいいな。


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第41話:忍の馳走(2)

 

 

 

 

 

 

「では、バトル再開!」

 

「では、今度はこっちから行かせてもらいます!ロコン、かえんほうしゃ!」

「コォン!」

 

 

 ロコンとベトベター、互いのポケモンがフィールドに出揃ったことで勝負再開。ロコンとベトベターでは比べるまでもなくスピードはロコンが勝るので、先手を打って動き出す。ゴルバットを焼き尽くした劫火の光線が、今度はベトベターを焼き払わんと伸びてゆく。

 

 

「ベトベター、ちいさくなるで避けよ!」

「べたぁ!」

 

 

対するベトベターはキョウさんの指示を受け、うっすらと光りながら見る見るうちにその身体を縮小させていく。離れた場所からだと豆粒かと思うほどに縮んだベトベターがさらに姿勢を低くすることで、"かえんほうしゃ"がその上を抜けていく。

 

第5世代で効果を修正され、強力な積み技と化した"ちいさくなる"…まあ、キョウさんなら当然持たせてるよな。こっちの想定通りでもあるけど。予想のド真ん中ドストライクだ。

 

 

「ロコン、もう一丁かえんほうしゃ!」

「コォン!」

 

「ファファファ…ベトベター、ヘドロばくだん!」

「べ~たぁ~!」

 

「躱して前進!」

「コォン!」

 

 

再びベトベターを狙った"かえんほうしゃ"はやはりベトベターを捉えられず、逆にお返しの"ヘドロばくだん"が放物線を描き迫る。

 

ロコンはこれを躱し、そのまま止まることなく一気に距離を詰めに掛かる。

 

 

「なるほど。当たらぬなら、避けられぬ距離まで近付けばよいと言うことか。受けて立とう!ベトベター、ヘドロばくだん!」

「べ~たぁ~!

 

 

ちいさくなる状態であることを盾に真っ向からロコンを迎え撃つキョウさんとベトベター。対するこちらは突撃一択。向こうが"ちいさくなる"を積んでしまった以上、下手に距離を取って撃ち合うよりも、真っ直ぐ行って上から圧し潰す方が確実。多少の被弾は覚悟の上だ。

 

…このためだけの秘密兵器もあることだしね。

 

 

「躱せ、躱せ!躱して前進!」

「コォッ…!」

 

 

"ヘドロばくだん"が2発3発と釣瓶撃ちに襲うが、それをロコンは前に出ながらもスピードに任せて回避していく。しかし、フィールドに落ちて炸裂したヘドロの破片は僅かではあるが間断なく確実に、ロコンの体力を蝕んでいく。その鳴声には、若干だが苦悶の色が滲んでいた。

 

しかし、ロコンは最後までスピードを落とすことなく、遂にベトベターをその射程圏に収める。

 

 

「"ちいさくなる"っ!」

「べたぁ!」

 

 

迎撃を失敗したと見たか、キョウさんは再び"ちいさくなる"を指示。縮んでいたベトベターが、光を放ちながらさらに小さくなっていく。回避率を高め、ロコンが"かえんほうしゃ"を外した後のカウンターアタック狙いだろう。

 

2回も積まれると、当たるかどうかはほぼ運頼みのような状況。しかし、それはあくまで使う技が普通の技だった場合。流石のキョウさんと言えど、まさかこう来るとは思っているまいよ!この時のために習得させた秘密兵器…受けてみろぉっ!

 

 

「行けっ!ロコン、"のしかかり"ィッ!」

「コォーーンッ!」

 

「…ッ!?」

 

 

ベトベターの眼前までを一気に駆け抜けたスピードそのままに、ロコンは宙へと飛び跳ねた。とても珍しいキョウさんの驚く声も聞こえる。

 

"のしかかり"はノーマルタイプの物理技で、そこそこの威力と確率で相手をまひ状態にする効果を持つ、まずまず使い勝手の良い技だ。そして、隠された?効果として、相手が"ちいさくなる"を使っている場合は必中となり、威力も2倍になる。まさしくキョウさんに勝つため、そしてあのピンクの悪魔(ラッキー・ハピナス)他を倒すためにあると言っても過言ではない。

 

この技を覚えさせるためだけに、わざわざタマムシシティに1度戻ってデパートで技マシンを購入し習得させ、実戦投入しても問題ない程度に使い込み、そうしてこの戦いに臨んでいる。1週間前からもらった休みのうちの3分の2ぐらいは、この技の習得・習熟に費やしたと言っていい。

 

のしかかりの技マシンがあったの覚えてた俺チョーエライ。そんな初代仕様の昔の技マシンがそのまま売ってたのも助かった。まあ、向こうじゃ色々対策手段は増えてたから、"ちいさくなる"を使う相手に態々"のしかかり"を使うこともなくなってたけどな。技マシンも消滅しちゃったし。

 

ともかく、これでベトベター・ベトベトンが覚えているであろう"ちいさくなる"は怖くない。回避率2段階上昇はシャレにならないので、しっかり対策させてもらった。おかげで代わりに財布が"ちいさくなる"を2回ぐらい戦う前から積んでしまっているが、大丈夫だ、問題しかない(大丈夫じゃない)。

 

これで『勝負に勝って試合に負ける』じゃないけど、試合に勝って自己破産…なんてことにならないことを願うばかりである。マジで。

 

まあ…何とかなるか?公式なジム戦だからキョウさんに勝てば賞金出るし、最終手段としてサカキさんと言う名のATMが…いや、あれは質の悪いサラ金とかの類か。何要求され(いわれ)るか分かったもんじゃないからやっぱりダメだわ。

 

…"かげぶんしん"?気合と気合いと気合いで何とかする()

 

 

「避け…いや、ヘドロばくだんッ!」

「ベ、ベタァっ!」

 

 

キョウさんは一瞬回避を考えたようだが、即座に迎撃に方針転換。元々素早さは高くないベトベター。加えてのしかかりの対ちいさくなる補正…キョウさんが知っているのか、或いは直感的なものなのか…それは分からないが、下手に避けるよりかは正しい判断だと思う。

 

 

「構わず圧し潰せっ!」

「コ…ォンッ!」

 

 

まあ、だからと言ってこっちは止まりはしないけど。勝利のためとは言え、貴重な貴重ななけなしの金をはたき、それなりの時間を費やした。どこぞの金融会社の幹部もいっているじゃあないか。金は命より重い…ってね。我が懐の痛みと涙、思い知るがいい。

 

 

「べぇっ…!」

 

 

ヘドロばくだんを一発モロにくらってしまったが、ロコンはきっちりと捕捉。その華奢で可愛らしい身体全体でベトベターを圧し潰す。

 

 

「そのまま撃て!かえんほうしゃっ!」

「コォーーンッ!」

 

 

そして絶好のマウントポジション。そのままロコンが自身の直下に向けて炎を吐き出す。当然、ベトベターにはこれを躱す術はない。その劫火は瞬く間にロコンを中心に円形状の広がりを見せ渦を巻く。ちいさくなるを積んでいても、ゼロ距離攻撃は躱しようがないだろ。

 

 

「べ、べたぁ~…」

 

 

少しして、かえんほうしゃによって作り出された炎の渦が消えた後には、少しふらつきながらも臨戦態勢を取り続けるロコンと、俯せと言うか、ぺしゃんこと言うか、とにかく圧し潰されてピクピクと不随意運動をしているようなベトベター。

 

 

「ベトベター、戦闘不能ッ!」

 

 

ベトベターに戦闘不能のジャッジが下り、これで2体抜き。ここまでは上々、後はどこまで行けるかってところ。ダメージの蓄積は注意しないといけないけど、ロコンには行ける所まで行ってもらいたい。

 

…今更ながら、あのベトベターというヘドロの身体、塊に全力ダイブさせたって想像すると、ロコンに申し訳ない気持ちが湧いてくる。本当に今更な話だけど。バトルが済んだら毛繕いでもして、労ってあげないとだな。

 

 

「…ベトベターをこうも容易く突破されるとはな。ゴルバットと言い、想定を完全に崩されてしまったわ」

 

「そりゃあもう、一週間でバッチリ対策させてもらってますから」

 

確か、この仕様自体はゲームでもかなり早い時期からあったんだよな。第2世代だったかな?その頃は対象の技は"ふみつけ"だけで、後の世代になってから"のしかかり"を始め、色々と追加されていったはずだ。

 

こっちでは"のしかかり"の仕様は既にゲームと同様か、大差無しと言ったところ。変わってたら全てが無駄になるところだったから、主に俺の財布の中にいた偉い人たちの犠牲が報われて一安心だ。ああ、この世界でも通貨単位は普通に円だったよ。紙幣に描かれてる人は全く知らない人だったけど。

 

 

「その技、"ちいさくなる"への対策だな?」

 

「…ご存知でしたか」

 

「一体どこからその知識を仕入れてくるのやら。一週間休みが欲しいと言うから何をするのかと楽しみではあったが、誠に此奴は…」

 

 

そう言って、キョウさんは戦闘中にも関わらず、静かに笑った。"ちいさくなる"を常用しているだけあって、この仕様について知っていたようだ。

 

 

「先の"しんぴのまもり"に今回の"のしかかり"と、完全に一杯食わされておる。状況も劣勢。だが、己の手腕で見事ひっくり返して見せようぞ!ゆけぃ、アーボック!」

「シャーッボ!」

 

 

キョウさんの3体目はアーボックか。コブラをモチーフにしたどく単タイプのポケモン。物理寄りの技構成とは思うが…さて、何をしてくるのやら。

 

ロコンを見やれば、アーボックの鋭い雄叫びに怯んでいる…様子は見えない。『いかく』持ちのポケモンとは何度か当たっているけど、この反応は初めて見た。と言うことはこのアーボック、特性は『いかく』じゃなくて『だっぴ』か?まあ、どっちだろうと交代がない以上大差はないか。

 

それと、バトルの初めに展開した"しんぴのまもり"のオーラがだいぶ薄くなっているように見える。一応まだ持続しているが、もう幾分ももたないだろう。"へびにらみ・どくどく"辺りは持ってる可能性は十分あるので、ロコンもだいぶ消耗しているが、出来れば"しんぴのまもり"を張り直してから退場させたい。

 

故に、まずは様子を見つつ時間稼ぎがベスト。安易に切り捨てるような動きはノーだ。

 

 

「では、バトル再開ッ!」

 

「ロコン、もうちっと頑張ってくれ!"かえんほうしゃ"!」

「…コォン!」

 

「アーボック、"ヘドロばくだん"!」

「シャーッボ!」

 

 

ロコンが"かえんほうしゃ"を放つのとほぼ同時に、アーボックも"ヘドロばくだん"を放って再び開戦のゴングが鳴る。

 

炎の熱線と猛毒の爆弾、2つの技はぶつかり合い、中心地点で強い爆発を引き起こす。それによって引き起こされた爆炎と土煙と轟音が、フィールドを吹き抜け全ての情報を一時的にシャットアウト。それは、ほんの僅かな時間ではあったが、轟音が止み、土煙が晴れた後…

 

 

「…どこにいった!?」

 

 

…フィールドから、本来そこにいるべきはずのアーボックの姿が消えていた。良く見てみれば、さっきまでアーボックがいた辺りには、ポッカリと不自然な穴が開いている。

 

 

「…"あなをほる"か!?」

 

 

サンドパンが現在のメインウェポンとして愛用しているだけに、その技に行き着くまで時間は掛からなかった。ただ、それでも気付いた時には既に手遅れだったが。

 

 

「その通りよ!やれぃ!アーボック!」

「シャーッ!」

 

「コ…ッ!?」

「ロ、ロコンッ‼」

 

その言葉と共にフィールドが揺れたかと思ったら、真下からアーボックが突然現れ、ロコンの無防備なドテッ腹に頭から突っ込んでいた。

 

アーボックに高々と突き飛ばされたロコンは、そのまま自由落下の後にフィールドに叩きつけられる。

 

消耗激しいロコンに効果抜群の一撃…考えるまでもなく、その攻撃は致命的だった。

 

 

「ロコン、戦闘不能!」

 

 

ロコンは立ち上がることも出来ず、そのままノックアウトの判定。ほんの束の間だったが、動きを止めてしまったのが全てか。

 

 

「ファファファ…まずは一矢報いたとよな。さて、どうするマサヒデ?」

 

 

特に感情を露にするでもなく、ただ悠然と構えて俺を見据えるキョウさん。

 

とりあえず、現状アーボックはほぼ無傷。"しんぴのまもり"は持続時間残り僅か。技は"ヘドロばくだん・あなをほる"で2枠が判明。後は"へびにらみ・どくどく"があるのか否か…持っている前提で考えとけば間違いはないな。

 

それを踏まえると、ドガースでは火力不足が否めない。それに、積み技への対応策として温存しておく必要があるし、最悪いつものアレでキョウさんのラス1に対する鉄砲玉の役割もある。

 

ならサンドパンかサナギラス、一応どちらも状態異常への対策はしてあるが…

 

 

 

 

 

「…よし、サンドパン頼んだ!」

「キュィッ!」

 

 

しばしの後、2番手としてサンドパンをフィールドへ。"あなをほる"もあることを加味すると、サンドパンの方が相手として適していると見た。

 

サンドパンがフィールドに立ってすぐ、すっかりと薄くなりながらもこちらを守っていた光のベールが完全に消え去る。"しんぴのまもり"の効果時間が完全に切れたということであり、それはキョウさんへの足枷が外れたことを意味する。

 

 

「ようやく天もわしに味方し始めたかな?忍びの極意、この機にとくと味わうがよい!アーボック、"へびにらみ"!」

「シャーッ!」

 

「そっちか!まともに見るな、サンドパン!"あなをほる"で回避ッ!」

「キュッ!」

 

 

足枷が外れた途端、待ってましたとばかりに早速"へびにらみ"が飛んで来た。対するこちらは"あなをほる"。ついさっきアーボックが開けた穴をそのまま利用し、視線から逃れる。状態異常対策はしてあると言っても、サンドパンの場合は1回こっきり。出来る限り温存しないと。

 

寸でのところで蛇に睨まれた鼠にならず済んだサンドパン。そのまま地中に身を潜め、一度息を整えて機を窺う。

 

 

「アーボック、油断するでないぞ」

「シャー…」

 

 

どくタイプにとって手痛い一撃になり得る以上、キョウさんとしても警戒するのは当然か。アーボックはとぐろを巻いて、此方の攻撃がどこから来ても即座に動けるようにしている。

 

そういや、技に"とぐろをまく"ってのがあるけど、今のアーボックの態勢的に、技として有効だったりするのだろうか?仮に有効だったとしたら、悠長に構えてる隙が無くなるんだが。

 

 

「…真下かッ!アーボックッ!」

「シャボッ!」

 

「キュィィッ!」

 

 

真下に潜り込んでいたサンドパンが飛び出しアーボックを強襲するも、先に察知されてしまい攻撃は空振りに。

 

 

「"へびにらみ"!」

「シャーッ!」

 

「キュ…ッ」

 

 

そして返す刀できっちり睨まれ、サンドパンがその場で硬直。

 

しかし、反射的に持たせていたラムのみを口にすることでまひ状態は立ちどころに回復。素早く硬直から抜け出して次の攻撃に向けて動いた。そして温存策、早くも終了のお知らせ。

 

 

「"のしかかり"っ!」

「キュ…イィーッ!」

 

「むっ!?"へびにらみ"…は間に合わぬか!ならばアーボック、"かみくだく"で迎え撃てぃッ!」

「キ、シャーッ!」

 

 

事実上"へびにらみ"を不発にさせられたアーボック。再度"へびにらみ"を見舞おうとしたようだが、間に合わないと見たキョウさんは"かみくだく"を指示。これによりサンドパンとアーボックが接近戦に突入する。

 

上を取って全身を使って圧し潰しにかかるサンドパンに対して、器用にそのプレスから上半身…上半身?を抜いて、サンドパンの背中の棘を避けつつ腕に思いっ切り牙を突き立てるアーボック。アーボックに絡みつかれたことで、2体が1つの塊となり、泥沼揉みくちゃのインファイトに。

 

 

「アーボック、そのまま締め上げて"ヘドロばくだん"!」

「やらせるか!サンドパン、"どくづき"!」

 

 

互いに全く引くことのない、引くことの出来ない殴り合い。ゼロ距離からヘドロの塊を浴びせられるサンドパンだが、効果今一つ故か全く怯むことなく、逆にアーボックの喉元に"どくづき"を突き刺していく。こちらも効果は今一つだが、他の技が出せるだけの隙を作れる状況ではないので仕方がない。

 

 

「"かみくだく"!」

「殴り負けてないぞ、"どくづき"だ!打て!打て!」

 

 

密着状態での技の応酬は、片や物理技、片や物理技と特殊技を織り交ぜて、蛇と針鼠の食うか食われるかの戦いは激しさを増していく。

 

俺はサンドパンを信じて、このままの状況で"どくづき"連打を選択。"ヘドロばくだん"による状態異常と"かみくだく"による防御力の低下に怯えながらも、激しくもジリジリとした手に汗握る一進一退の攻防が続く。

 

 

「キュ…イィィッ!」

「シャ、ボ…ッ」

 

 

永遠に続くかのような気さえした殴り合い。だが、そんな戦いの中にあって、徐々にサンドパンからの一撃にアーボックがたじろぐようになる。サンドパンがアーボックを押し始めた。

 

 

「むぅ…アーボック、"ヘドロばくだん"!その後、離れて"あなをほる"!」

「シャ、シャー…ボッ!」

 

「キュゥ…ッ」

 

 

ステータス差、種族値の差、技の選択…いくつかの要素が加わってか、レベルという総合的な地力に優るサンドパンに勝負の天秤が傾き始めたことを感じ取ったか、アーボックはサンドパンへの締め付けを解除。キョウさんは一度距離を取って仕切り直す腹積もりのようだ。

 

一撃を浴びせられて怯んだサンドパンは反撃出来ず、アーボックはスルスルと地中深くへとその身を隠した。

 

 

「サンドパン、大丈夫か!?」

「キュ、キュイッ!」

 

 

この間にこちらはサンドパンの状態を確認。返事や動きから見るに、まだ戦闘は十分に続行可能。だが、時折苦しそうな様子も見える。あれだけの"ヘドロばくだん"を浴び続ければ半ば当然ではあるが、やはりどくの状態異常は貰ってしまったか。

 

あまり長引かせることはしたくない。なら、俺が採るべきなのは…

 

 

「サンドパン、"あなをほる"。捉え次第、狩れ!」

「キュッ!」

 

 

キョウさんとアーボックの後を追って、こちらも"あなをほる"を指示。サンドパンも地面の下へと身を沈め、フィールド上からポケモンが完全にいなくなってしまうという珍しい事態になる。

 

さっきまでの殴り合いでアーボックも消耗している。効果抜群の一撃で、確実に残りHPを消し飛ばしに行く。

 

微かに伝わる震動から、両者がフィールドの下を動き回っていることが分かる。しかし、こうなるとこちらの指示はフィールドの地下までは届かない。

 

微かに足の裏から感じる揺れが、サンドパンとアーボックの地中での激闘が行われていることを感じさせる。こうなってしまえば、後はもうサンドパンを信じるのみ…頑張れっ!

 

 

 

 

 

 

 

「シャボ…ッ!」

「アーボックッ!」

 

 

一瞬大きく揺れたかと思うと、アーボックが飛び出してきた。勢いよく地上に姿を見せたアーボックは、そのまま天に昇らんとする、さながら龍の如く飛び上がる。

 

 

「キュイィィィッ‼」

「サンドパンッ!」

 

 

アーボックから一瞬遅れて、サンドパンが後を追うように地中から飛び出し、宙を舞っているアーボックよりも先にフィールドを両足で踏みしめた。

 

 

『ドシャァッ‼』

「キシャ…ッ」

 

 

その後、高々と宙を舞っていたアーボックが、大きな音を立ててフィールドに降り立つ。サンドパンに追い立てられた結果か…いや、降り立つと言うか、これはむしろ…

 

 

「シャ、シャ~…」

 

「アーボック、戦闘不能ッ!」

 

 

土煙を上げてフィールドに落下したアーボックだったが、その後起き上がる様子を見せず、ダンゾウさんによって戦闘不能のジャッジが下った。やはり、アーボックは飛び出たのではなく、サンドパンに地下で捉まってブッ飛ばされた結果だったようだ。餅は餅屋に、空中はひこうタイプに、水中はみずタイプに、そして地中だったらじめんタイプにお任せってね。

 

 

「…逃げ切れぬか。アーボック、戻れぃ」

 

 

アーボックがキョウさんのボールへと収まる。これでキョウさんの残すポケモンは1体、対するこちらは消耗しているがサンドパン込みで3体。2点リードで9回裏までは持って来れたってところかな。追い詰めた。

 

 

4体目、このバトルの最後の1体。そのポケモンが収まるモンスターボールを、キョウさんがその手に握る。

 

 

「ゆけぃ、マタドガス!」

「ド~ガァ~」

 

 

姿を現したキョウさんのラスト1体は、ドガースの進化系・マタドガスだった。物理防御が高く、特性『ふゆう』でじめんタイプの技が効かない。物理技が主力の残る俺の手持ちにとっては難敵だ。

 

まあ、だからと言って無敵って訳じゃない。着実に削って行けば自ずと勝利は近付いてくる。特殊技メインでピンクの悪魔(ラッキー・ハピナス)どもを相手にするより、全然どうと言うこともない。

 

そして、技構成も気になるが、どうだろうか?"ヘドロばくだん・どくどく"…"おにび"は時期的に見てまだないはずだし、後は"10まんボルト・かえんほうしゃ"辺りの特殊技か?タマゴ技だから"いたみわけ"もなさそうかな?

 

…流石に"だいばくはつ"は…ないよな?

 

 

「では、これがわしの最後のポケモンだ。追い詰めた、と気を抜いてもらっても困るが…」

 

「そんなことしませんよ」

 

 

野球は9回2アウト、サッカーはアディショナルタイムからが勝負。最後の1体がひんしになるまで、何が起こるか分からないもんだからね。現実には早々お目に掛かれるものでもないけど。

 

 

「その意気だ。では、お主が今よりも上を目指すのであるならば、この勝負、見事勝ち切って見せよ!」

 

 

言われずとも、ここまで来たなら後はもう勝利あるのみ!

 

 

 

 

 

「バトル再開ッ!」

 

 

さあ、セキチクジム最後の戦い、勝利は目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

…あ、ピンチのアラートBGMはお呼びじゃないんで結構です。

 

 

 

 




第41話、セキチクジム戦中編でございました。やはり2体分が限界…そしてサクサクとは一体()。遅くなった言い訳をしますと、キョウ戦の後の展開をどうするかで少し悩んでおりました。その影響がこの話にも出てしまいました。結果、サクサクとか言っておきながら、4体目を残して一旦切ることになったワケですが。内容も薄い気しかしないし。誰か、オラにカッコいい戦闘を考える頭脳を分けとくれ()

それと、前話を投稿直後に読んでいただいた方には無意味ですが、のしかかりの行をほぼそっくりそのままこっちに移設しております。理由としましては、前話投稿後に「伏せといた方が面白くね?」と思い至っただけの話でございます。多分に時すでに遅しですが。(書きあがったら即投稿しちゃう早漏野郎なので仕方ないネ)

ともかく、これでセキチクジム戦もクライマックス。残すはマタドガス1体。無事主人公はこれを突破し、ピンクバッジを手にすることが出来るのか。忍の馳走(3)へ続く。

…あ、サブタイトルもちょっと変えました。何かしょぼい気がしたので。(書きあがったら即ry)


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第42話:忍の馳走(3)

 

 

 

 

「行くぜサンドパン、全力出し尽くせ!突撃だ!」

「キュィッ!」

 

 

アーボック戦での消耗が大きく、毒も貰ってしまったサンドパンに長期戦は厳しい。であるならば、バトル再開の合図と同時に攻勢に出て、マタドガスを出来る限り削ってもらう。

 

サンドパンは身体を丸め、転がりながら前進する。以前に"ころがる"をまだ覚えていた時に移動に使っていたが、それとあまり変わらない。

 

 

「マタドガス、"えんまく"だ」

「ドッガァ~」

 

 

対するキョウさんとマタドガス。自らの前方に煙を吐き出し、墨のような澱んだ重厚な黒煙が一帯を覆い尽くす。瞬く間に俺とサンドパンの視界は塞がれ、マタドガスの姿が視認出来なくなる。

 

 

「…サンドパン、ストップ!"つるぎのまい"ッ!」

「キュ、キュィッ!」

 

 

それを見て俺は方針を変更。攻撃を止め、"つるぎのまい"を積むことで攻撃能力を強化。一撃での大ダメージを狙う。

 

あわよくば、マタドガスが出て来てくれたら…という誘いの罠としての狙いもあるが…

 

 

「………」

 

 

しかし、キョウさんとマタドガスに動く気配はない。

 

 

「ならもう1回だ、サンドパン!」

「キュッ!」

 

 

それを見てさらに"つるぎのまい"を積んでいく。これで攻撃力は4段階積んだことになり、通常時の3倍となる。当たれば一撃ノックダウンも見えてくるダメージになる。が、それでもやはりキョウさんとマタドガスが動く気配は見えない。

 

案外、向こうから仕掛けてくる気はないのかもしれない。歴戦のジムリーダー、時間は向こうに有利に働くことを分かっているんだろう。その考えを裏付けるように、一向に煙幕が晴れる気配も見えなかった。持続的に煙幕を展開し続けていることの証拠だ。

 

この体力で、控えと交代してサンドパンをあえて残しておく大きなメリットはなさそう。普通に瀕死からのバトンタッチで良いと思うが、何もしないで撃墜スコアを献上する理由もない。ただ、サンドパンにタイムリミットが存在する以上、こっちから動いて状況を打破する必要がある。

 

くっそ、こうなってくると遠距離範囲攻撃出来る技が欲しくなってくる。"のしかかり"の技マシンを1つ"いわなだれ"の技マシンにでも変更しておくべきだったか。

 

 

「サンドパン、煙幕に突っ込め!」

「キュィッ!」

 

 

構成を近接技オンリーにしたことが悔やまれるが、サンドパンの状態として時間を掛けられない以上、煙幕内でマタドガスを見つけ出す。眼前に広がる黒煙に一瞬迷うが、足を止めている余裕はない。

 

あまりやりたくはないが、それでももうやるしかない。

 

 

「待っておったぞ。マタドガス、"かえんほうしゃ"だ!」

「ドッガァ~」

 

「キュゥ…ッ!?」

 

 

一直線に煙幕内に突っ込んでいったサンドパンに、あらぬ方向からの灼熱の光線。横っ面を殴り付ける一撃に、サンドパンがよろめく。

 

 

「右だ!行けッ!」

「キュ…ィッ!」

 

 

それでも流石はうちのナンバー2。まだサンドパンは倒れない。

 

そして、重く垂れ込めていた煙幕が、攻撃の余波で掻き消え途切れた一帯。その隙間のような僅かな空間に、浮かぶマタドガスの姿を一瞬ではあるが捉えた。

 

しかし、間を置かずにその空間は再び煙幕によって閉ざされ、マタドガスも煙の中に消え見えなくなってしまう。が、形振り構ってはいられない。その断片的な記憶を頼りにサンドパンをマタドガスがいた方向へと突っ込ませる。

 

 

「見つけ次第"のしかかり"を…!」

 

 

相手の姿は見えず、宙を漂う相手を攻撃するのに適切な技も持たない。後から思い返せば、それしかない指示であったとは思うものの、同時に半ば自棄っぱちのような指示でもあった。時間が敵になる意味の大きさを痛感した。

 

 

「ファファファ…マタドガス、今一度"かえんほうしゃ"だ」

「ドッガァ~!」

 

「ギュ…ッ」

 

 

が、そんな隙しかないような行動を見逃してくれる相手ではない。"かえんほうしゃ"が再度、今度は正面から煙幕を引き裂いてサンドパンを捉える。

 

一瞬持ちこたえた…かと思ったのも束の間、サンドパンはその圧に耐え切れず吹き飛ばされ、俺の近くまで叩き返されてしまった。

 

 

「キュ~…」

 

「サンドパン、戦闘不能ッ!」

 

 

2度の"かえんほうしゃ"でこんがり焼き鼠にされたサンドパン。そのまま起き上がることは出来ず、戦闘不能の宣告が下された。

 

どくタイプに有利ではあるはずだったのに、相手と技の選択がどうにも噛み合わず、思ったよりも戦えなかった感じだ。トレーナーとしてまだまだ未熟ってことだな。己の不明を恥じるばかりだ。

 

せめて"きりさく"を残していればまだ小回りが効いただろうに。あるいは、"つるぎのまい"を積んだ所で止まらず攻撃技を選択していれば、せめて一撃ぐらいは入れられていたかもしれない。

 

と言うか、キョウさんにはこっちの手持ちの技構成、ほぼほぼバレてるんだよな……あれ?これもしかして、微妙に俺メタられてね?

 

 

 

いや、反省は全てが終わってから。疑惑は所詮疑惑。とりあえず、サンドパンお疲れ様。そして十全に活躍させてやれずすまない。ゆっくり休んでてくれ。

 

…さて、これで俺の手持ちは残すところ2体。どっちから投入するべきか…安全策を採るならほぼ一択だな。

 

 

「行けッ、ドガース!」

「どがぁ~」

 

 

というワケで、うちの鉄砲玉…基、紫色のニクいあんちくしょう、ドガースを3番手としてフィールドへ。最大火力の自爆技"だいばくはつ"を活かすことも考えると、3番手が一番コイツを活かすことが出来ると思う。

 

それと、ラスト1体がドガースよりかはサナギラスである方が強キャラっぽくない?そう、男は誰だっていつだって、ヒーローでありたいものさ。他の人のことは知らないけど、きっとそう。

 

まあ、相変わらず感情のよく読めないニヤケ顔だが、頼んだぜドガース。

 

 

「バトル再開ッ!」

 

「ドガースか。進化後のマタドガスを相手にどこまでやれるかな?マタドガス、"かえんほうしゃ"よ!」

 

「やってやりますよ!撃ち返せ、"10まんボルト"ォッ!」

 

 

先手を取ったキョウさんのマタドガスが燃え盛る熱線を吐き出せば、こっちのドガースは高圧の電撃で対抗する。

 

炎と電気、人がまともに食らえば只では済まない威力を持つ2つの属性の光線がぶつかり、拮抗し、そして暴発。帯電した爆風がフィールドを駆ける。

 

かのスーパーマサラ人は相棒のソレを幾度となくくらってもギャグ時空のようなダメージだけで平然としていたが、もしも貧弱一般人な俺がくらえば、最低でも軽く三途の川を中洲ぐらいまでは渡るハメになるだろう。既に鬼籍に入っていた祖父母が、対岸で俺を手招きしている姿も見えるかも。

 

タイプ一致でもなければ、特別素の火力が高いワケでもないドガース・マタドガスの攻撃であっても、確信を持ってそう言えるぐらいの威力は十分にある。痛いのは勘弁。

 

 

「"えんまく"ッ!」

「"くろいきり"ッ!」

 

 

そんな状況でも意識は勝負に集中。隠しを狙ったキョウさんの動きに、即座に"くろいきり"で対抗。煙幕が広がり始めた所に真っ黒な霧が被さり、下へ、下へと沈んでいく。

 

そして程なく、完全には晴れていないものの、足元に垂れこめているだけで戦闘への影響はほぼ皆無な景色が出来上がった。テレビとか、演劇なんかで見る舞台演出がされたような光景だ。

 

 

「時間稼ぎにもならぬか。であれば、押し通すのみ!マタドガス!"かえんほうしゃ"!」

「ドッガァ~!」

 

「応戦しろ!"10まんボルト"!」

「どっが~」

 

 

そこから先は、煙幕がフィールドすれすれを漂う中で、火炎と電撃、時々ヘドロの塊が飛び交い、交差し、弾け、幾度となく爆発を引き起こす。互いに空中を漂いながら、遠距離から前のめりでの殴り合いとなった。

 

攻撃に次ぐ攻撃の応酬は、(さなが)ら戦場にでもいるかのような、或いはファンタジー世界で魔法大戦でもしているかのよう。実際の戦場なんか知ってるはずもないけど、たぶんこんな感じじゃないのカナー?硝煙と血と鉄の匂いが混ざっていれば、完璧だったかも。

 

ただ、この光景を目で追うことは中々にキツイ。光の奔流で目がチカチカしてきそうだ。

 

 

「ど…がぁ…!」

「ドガァ…ァッ!」

 

 

撃ち合いは爆発と直撃、互いに撃っては撃たれの一進一退。しかし、時間の経過とともに、徐々にドガースが押し込まれ出す。

 

 

「ドガース、"くろいきり"!」

「どっがぁ~」

 

 

押され出した炎と雷の魔法大戦。このままでは押し切られるのはほぼ確実な状況で、わざわざ付き合い続ける理由はない。

 

一旦手を変え、"くろいきり"で状況の仕切り直しを画策する。

 

 

「今の内に前に…!」

 

「甘い、甘いわ!その程度で見えぬとでも思うたか!マタドガス、"シャドーボール"!」

「ドッガァ!」

 

 

霧のカーテンを利用しての仕切り直しと、距離の短縮を考えていたところで、その考えを無意味と切り捨てる、追撃の"シャドーボール"がドガースを襲う。

 

この一発は辛うじて躱したが、多少の視界阻害効果は見込めるものの、"くろいきり"自体が元々煙幕のように命中率を下げるような効果を持っている技ではないし、気休め程度か。

 

 

「ど、がぁ…!」

「…!」

 

 

そんな間に、釣瓶打ちで撃ち込まれていた"シャドーボール"の一発に、紙一重で躱し続けていたドガースが遂に捉えられた。

 

 

「ど~が~」

 

 

まともに直撃をもらって弾き飛ばされたドガース。だが、一応はまだピンピンしているので戦闘継続は十分可能。むしろダメージと引き換えにマタドガスとの距離を稼ぐことが出来た。

 

僅かながらも時間的な余裕が生まれたドガースが、すかさず持たせていたオボンのみを丸呑みに。お前それ大丈夫なのか?と最初見た時は思ったが、これでもちゃんと効果を得られていることは事前に確認済みである。

 

 

「…体力回復の木の実か。少し骨が折れそうだな」

 

「ただでやられるワケにもいきませんので。と言うか、キョウさんこそ何ですかその技…」

 

 

"シャドーボール"は第2世代から登場の、エンジュシティのジムリーダーに勝ったら貰えるゴーストタイプの特殊攻撃技。威力も高めで覚えるポケモンもまずまず多い。

 

技マシンを入手出来れば色々使い道が多そうな技ではあるが、どこで手に入れたんだ?ジョウトの技マシンですよね?あのタマムシデパートでも他の地方の技マシンなんて売ってなかったのに…カントーの技マシンは全部売っていたけど。

 

 

「ファファファ…この"シャドーボール"は、サファリゾーンの園長から『ジョウト地方を旅した時の土産だ』と貰った技マシンで覚えさせた技だ。威力良し、使い勝手良しの中々に良き技よ。ゴーストタイプの技故、生半可なエスパータイプは軽く返り討ちに出来る」

 

 

なるほどなるほど、サファリゾーンの園長か…ゲームでは入れ歯をサファリゾーンの奥地に落としてた人だな。入れ歯のことと言い、ロクなことをしやがらない。第2世代じゃ何時の間にか閉園させてるし。閉園していると知って、子供心にかなりガックリきた覚えがある。

 

しかし、"ヘドロばくだん・かえんほうしゃ・シャドーボール・えんまく"…攻撃的なマタドガスっすね、キョウさん。生半可なはがね・エスパータイプは返り討ちというキョウさんの強い意思を感じる…ような気がする。

 

 

「…さて、どうしたもんかな…?」

 

 

サナギラスが等倍を取られる技を持っていることが分かったのは大きいが、今はこの状況をどうするか。霧はすでに霧散しかけてしまっているが、キョウさんも距離が開いたこと、体力も回復したことを警戒してか、手拍子での追撃は控えた模様。何とか一息吐けたってとこだ。

 

ただ、一息吐けたところで効果的な打開策が浮かばないのも事実。進化系と進化前の戦い、それも同じ戦法でやりあったのでは、多少のレベル差よりも種族値の差の方がデカい。努力値も別にキッチリ振ってるワケでもないし、技構成的にも、1発限りのいつものアレを除いてドガースに現状を上回る火力は望むべくもなし。

 

それにその最大火力にしても、ここまでの試合運びから見てキョウさんがかなり警戒しているように感じる。まあ、これまでも散々あの手この手で爆発してきたヤツだし、仕方ないか。とは言え、苦しいな。

 

 

「…やるしかないか?」

「…どっがぁ~」

 

 

俺の手持ちにおけるドガースの最低限の役割は、少しでも相手を削って後続を動きやすくすること。今回はサナギラスだが、ドガースがバトルのトリを務めるということはほぼない。あくまで後続へのつなぎの役目を俺はドガースに与えている。そういう意味では、最後にいつものアレをブチかますのは半ばお約束でもある。それが一番の勝利への近道でもある場合が多いから。

 

覚悟さえ出来れば、後はただでさえ鈍足気味なドガース。体力があるうちに、成し遂げるべきではある。が、毎回毎回爆発させていて、ドガースに申し訳ないという思いもあることはある。

 

あと、あまり考えたことはないが、瀕死になるとポケモンはなつき度が下がってしまうという仕様のこともある。ゲームじゃ大して気にするようなことはなかったけど、アニポケにはリザードンとかいうエースにして問題児もいた。こっちじゃどうだろうな?

 

…よくよく考えてみたら、うちのサナギラスってアニメのリザードンのポジションにかなり近いと言うか、リザードンポジションそのものだよなぁ…気には留めておくか。

 

 

「ど~がぁ~」

 

 

まあ、ドガース(コイツ)の場合はいっつもニヤケてるから表情からは何考えてるのかよく分からんが。

 

あと、サナギラスが倒すよりも先に、マタドガスに命中率を散々に下げられた上で嵌め倒される、ってのも可能性としてはあり得るか?それを考えると、ドガースはクッションとしてまだ残す価値はある。

 

うん、交代すると言うのも1つの手だよな。押してダメなら引いてみろ、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ、だ。

 

 

 

…敗北フラグじゃないよ?負けてたまるもんかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんドガース、"だいばくはつ"(いつもの)頼むわ」

「どがどっが~」

 

 

まあ、それでも俺の場合は結局爆発してもらうんだけどネ。ドガースの大事なお仕事にしてアイデンティティみたいなもんだし、結局それが勝利への安定択でもあると思うし、考えなくてもいいから。脳筋思考万歳。爆発はパワーだ、弱いはずがない。ボンバァァァァッ!

 

もうちょっと言うなら、交代したところでその分サナギラスに掛かる負担がリスクだ。ダメージはそこまで気にならないとは思うが、特性があるとはいえ、もしも状態異常になったら…それが火傷だったりした日には目も当てられん。そんなリスク背負うぐらいなら、最初からサナギラスを完全な状態で投入出来て、確定1~2発圏内まで無理矢理でも削る方が早いし安全だ。

 

 

「ま、そのためにもまずは前に出ないとな!ドガース、突っ込め!」

「どっが~」

 

 

それを成し遂げるためには攻撃を掻い潜って近付く必要がある。その距離、目測で20m…ぐらい。たぶん。

 

こうして指示を受けたドガースが、キョウさんのマタドガスへと向かって動き出す。

 

 

「それはさせん!マタドガス、接近させるなッ!」

 

 

キョウさんも気付いて、マタドガスは"かえんほうしゃ・シャドーボール"を乱射。接近させまいと弾幕を形成。

 

 

「構うなッ!突貫ッ!」

「どっがぁ~」

 

 

しかし、やると覚悟を決めた俺とドガースには、どんな弾幕であろうと最早関係ない。躱し、すり抜け、多少の被弾は物ともせず進んでいく。

 

そして、彼我の距離を半分程度縮めたところで、ドガースは光を放ち始め、今度こそ本当に爆発に向けての溜めに入る。それをさせまいとさらに激しくなるマタドガスの攻撃。それを物ともせずドガースは見る見るうちにその輝きを増していき、あっという間に爆発も秒読みの段階に。

 

爆発が先か、撃ち抜かれるのが先か…後はドガースを信じ、天に任せるのみ。歯を食いしばり、目を瞑り、その後に来るであろう轟音と爆風に備えた。

 

 

 

 

 

 

「どッがぁ~」

『カッ!』

 

「ぬぅ…!」

 

『ドッゴォォォーーン‼‼』

 

 

そして、至近距離とまでは言えないが、それでもかなり彼我の距離を縮めたところで、溜まったエネルギーは大火力の暴風となって放出された。目を瞑っていても分かる眩い閃光の後、猛烈な爆風を巻き起こしてドガースが爆ぜる。これまでの"じばく"から"だいばくはつ"へと変わったことで高火力になったせいか、撒き散らす爆音もド派手だ。これにはさしものマタドガスと言えど、大ダメージは必至。あわよくば瀕死まで…

 

 

「ど~…が~…」

「ドガァ…!」

 

 

白煙が抜けた後に残ったのは、溜め込んだエネルギー全てを爆発させ、煤だらけになって地に落ちているドガース。対するマタドガスは、苦痛に顔を歪め全身傷だらけになりながら、それでも宙に浮いていた。

 

 

「ドガース、戦闘不能ッ!」

 

「お疲れさん。戻れ、ドガース」

 

 

戦闘不能のジャッジが下ったことを確認し、ドガースを戻す。瀕死までは追い込めなかったが、あの様子から見てかなりのダメージを与えることが出来たはず。

 

何はともあれ良い仕事だったぜ、ドガース。

 

 

 

さあ、これで残すは互いに1体。勝利まであと一歩。ゲームならジム戦でラスト1体の時のBGMが掛かってる展開だな。確か第5世代での演出だったか。あれは初代からプレイしてきた古参プレイヤーとしては、熱く燃え上がると同時に懐かしさと感動を覚える、とても良いものだった。

 

ただしピンチ時のアラート、貴様は許さん。絶対にだ(本日2回目)。

 

 

「仕上げは頼んだ、サナギラスッ!」

「……ギィッ…!」

 

 

満を持して4体目、サナギラスをフィールドに送り出す。ここまで対策が途中から裏目に出てズルズルと苦戦してしまい、押されているように感じてしまうけど、こっちの優位は変わらん。

 

さあ、決着着けるとしましょう、キョウさん!

 

 

 

 

 




キョウ戦のパート3でした。前回の後書きでクライマックスと言ったな?あれは嘘だ()
…いや、そのつもりで書いてたんですけど、何故か余裕で10000字越えちゃって、試合後のことまで書こうとしたらそれでもまだ書き足りなかったので、急遽さらに分割することに…とりあえず、戦闘はもう当分書きたくないです、ハイ…己の文才の無さを思い知らされるばかりです。

そんな作者の愚痴と言い訳はさておき、エキスパンションパスの第2弾・冠の雪原、10月23日配信が決まりましたね。過去作のポケモンの解禁、新しいポケモン、新たなマップ…こればかりは幾つになってもワクワクが止まりません。楽しみです。

配信までにはキョウ戦を片付けてしまいたいので、もうひと頑張りします。配信開始後?………まあ、察して()


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第43話:忍の馳走(4)

 

 

 

 

 

「…スピアーが来るか、とも思っておったが…やはりサナギラスを〆に持って来たか」

 

 

 セキチクジムでの戦いも、いよいよ佳境に突入。満を持して、4体目のサナギラスをフィールドへ。今の俺の手持ちだと、別格のスピアーとサンドパンを除けば最も古参のポケモンになる。3カ月とちょっとしか一緒ではなかったのに、ずいぶんと長い付き合いのような気がしてくる。

 

目に付く者全てを手当り次第威嚇するような凶暴性も、蛹故か進化してからは影を潜め気味。一方で他者の介入を拒むような刺々しさと、敵全てを圧倒し打ち破らんとする荒々しさは、進化前ヨーギラスの頃から相変わらず。ただ、バトルでは以前のように俺の指示を無視するようなことはほとんどなくなったし、その攻撃性がバトルになると良い方向に働くことも多い。

 

…まあ、結構な割合でやり過ぎるのが一番の問題なんだが。戦闘不能な相手に襲い掛かるのはやめろって何度制止すればいいのか。死体蹴りはマナー違反です。ちなみに、最近の被害者筆頭はアンズ&モルフォンさんである。本当に申し訳ない。

 

ただ、今回はキョウさんが相手だし、そのぐらいの姿勢・意気込みで丁度いいかもな。実際にやり過ぎると困るけど、今回は大いに期待させてもらう。セキチクシティに到着したその日…忘れもしない理不尽な仕打ちを受けた日から1カ月ほど。その雪辱、今こそ果たす時だ!

 

 

「相手に不足無し!行くぞ、マタドガス、"えんまく"!」

「ドッガァ~」

 

「させるかッ!サナギラス、"いわなだれ"ッ!」

「ギィッ!」

 

 

マタドガスはやはりというか、初手"えんまく"。サンドパンの時同様、こちらの目を潰して優位に戦いを進める胎だろう。それに対応するべく、サナギラスには"いわなだれ"を指示。サンドパンは技構成の関係で何も出来ず一方的にやられてしまったが、サナギラスは違う。煙幕の範囲全体を無理矢理潰しに掛かる。

 

マタドガスを押し潰し炙り出すべく、大小様々な岩石の激流が煙幕の向こうに降り注ぐ。マタドガスが張った煙幕を脇へ脇へと追いやり、代わりに砂煙が舞い上がる。

 

 

「続けて"すなあらし"ッ!」

「………ギィッ…!」

 

「ぬぅッ…!」

 

 

この状況ではさしものマタドガスもすぐには動けないだろうと、視界が潰れている間に続けて"すなあらし"を指示。程なく何処からか風が吹き始め、砂塵が飛来し、10秒と経たずにでフィールドを覆い尽くす砂嵐と化す。

 

これでサナギラスは特殊耐久が上昇、マタドガスには時間経過でのスリップダメージを贈呈。まさに一石二鳥。

 

そして、これでサンドパンの時とは真逆の状況に持ち込めた。サンドパンの時には俺を縛り苦しめた時間が、今度はキョウさんとマタドガスに牙を剥く。消耗著しくスリップダメージもあるマタドガスでは、勝ちを狙うなら動くしかないはず。

 

仮に動かなかったとすれば、スリップダメージによるタイムアップで終戦、あるいは捕捉された時点で"いわなだれ"に飲み込まれてゲームセットだ。

 

 

「構えろ、サナギラス!」

「ギィッ……」

 

 

砂塵が吹き荒れる中で、マタドガスの襲来を待ち構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし10秒、20秒と経ってもマタドガスの姿は見えない。仕掛けてくる様子もない。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

戦闘音は完全に止み、吹き抜ける砂嵐が奏でる風の音だけがフィールドに響く。これまでの激闘は何だったのか、と言いたくなるぐらいに動きがない。

 

流石にあの状態でこの砂嵐の中を耐え続けるのは難しい。絶対にどこかで仕掛けなければ、時間切れは避けられないはずなんだが…

 

 

「…サナギラス、煙幕に向かって"いわなだれ"だ」

「…ギィッ」

 

 

どちらにせよ、煙幕内のどこか、もしくはその向こうに潜んでいるであろうことは明白。ならば軽く炙って様子を見ようと、煙幕内に向かって適当に"いわなだれ"を撃ち込んでみる。岩石の滝がガラガラと音を立て、煙幕の向こうへと流れ落ちる。

 

その時だ。

 

 

「ドガァーッ!」

 

「ギッ…ィッ!?」

「逆から!?サナギラスッ!」

 

 

視界の端、"いわなだれ"の衝撃で横へと追いやられていた煙幕の中からマタドガスが出現。サナギラスに"シャドーボール"を叩き込んできた。音もなく移動して、機を窺っていたのか。

 

 

「ファファファ…勝負に焦りは禁物。追い込まれた時こそ沈着冷静であるべし…よ。マタドガス、もう一度"シャドーボール"!」

「ドガァ~ッ!」

 

 

意識を向けていた範囲の大外から、加えて攻撃直後で視野が狭くなった状態での強襲。完全にとまではいかないが、不意を突かれて後手に回った格好だ。

 

マタドガスは"シャドーボール"を撃ち込みながら、サナギラスにじわりじわりと迫っている。"いわなだれ"で無理矢理押し返そうかと考えたが、一発撃ったばかりで少々のクールタイムが必要。ならば接近戦か?物理メインのサナギラスにとっては望むところ。"かみくだく・のしかかり"と接近戦でも十分戦えるだけの技もある。

 

 

「マタドガス、下がれぃっ!"えんまく"だっ!」

「ドッガ~」

 

 

なんて、反撃方法を巡る僅かな逡巡の間に、マタドガスは再度"えんまく"を展張。煙の海へその姿を沈めてしまった。

 

惚れ惚れするようなヒット&アウェイ。僅かな判断の遅れ・ミスが勝敗を分けることを頭で理解はしているが、中々上手くはいかないもんだな。それに、どちらを選んでいたにしろ、前者はクールタイムとのラグ、後者は接近するよりも先に逃げられ、マタドガスを捕捉するまではいかなかったと思う。

 

 

「ち…サナギラス、大丈夫か?」

「……ギィ」

 

 

幸いダメージは貰ってしまったが、サナギラスはまだまだ健在。判断ミスではあるが、致命的なものではない。心を強く保ち、マタドガスがいつどこから現れてもいいようにフィールドの半分以上を覆う煙幕を注視、僅かな物音も聞き逃すまいと神経を研ぎ澄まし、その場で次の反撃の機会を窺う。

 

再び戦闘音の一切が一時消えたフィールド。聞こえるのは俺自身とサナギラスの息遣い。あとは吹き荒ぶ砂嵐が、どこか寂しげに鳴いている。

 

 

「さぁ…て、どう来る…」

 

 

こうしている間にも、マタドガスの体力は砂嵐でゴリゴリ削れている。ここまでのダメージの積み重ねを考慮すれば、かなり限界が近いはず。キョウさんはどこかで仕掛けるしか勝ち筋はないことに変化はない。

 

それでもキョウさんが相手だとさっきみたいなことが平然とあるのが怖いところ。サンドパンのことを思い出せば、迂闊に接近戦を挑むのもキョウさんの思う壺。不用意な攻撃は厳禁だ。

 

開戦の主導権はキョウさんに握られているが、体力的にはこっちが優位なんだから、被弾を承知で攻撃…それが現時点での最善のはずだ。それか、消極的だが砂嵐のスリップダメージに残りを任せるのも手ではある。

 

どちらにせよ、詰めを誤りさえしなければ勝てるところまでは来ている。

 

 

「…焦るな、焦るなよ、サナギラス」

「………ギィ」

 

 

サナギラスに逸る気持ちを抑えるように言い聞かせる。それは同時に、勝ちを焦っているのかもしれない自分自身に言い聞かせ、落ち着くためでもあった。

 

気性の荒いサナギラスも、肝心の相手が見えないのでは怒りの矛先を向けようがない。素直に従ってくれている。これなら大丈夫だ。

 

 

「マタドガス!」

 

「…!サナギラスッ‼」

「ギィッ‼」

 

 

一時の静寂が破られるまで、そこまで時間は掛からなかった。

 

 

「"シャドーボール"!」

「ドォガァ~!」

 

 

煙の中からユラリと音もなくマタドガスが現れ、再び"シャドーボール"がサナギラスに向けて放たれる。しかし、今度はさっきよりも広範囲に警戒を向けていたため、マタドガスが姿を覗かせた瞬間を逃すことなく捕捉出来た。

 

 

「サナギラス、攻撃は無視しろッ!"いわなだれ"だッ!」

 

 

待ちに待った反撃のチャンス。この機会を逃す手はない。"シャドーボール"が迫っているのを認識しつつも、被弾覚悟で攻撃に出る。

 

 

「ギッ……ギィッ!」

 

 

先手を取ったマタドガスの攻撃は、きっちりサナギラスを捉える。直撃を受けてサナギラスが仰け反る…が、それ以上のダメージはなかった。

 

 

「マタドガス、下がれぃっ!"えんまく"だっ!」

「ドッガ~」

 

 

それを見たキョウさん、再び煙幕を重ねてマタドガスを後退させに掛かる。直後、マタドガスが煙の中に溶けて消えていく。このバトルで何回目かの光景。

 

しかし、煙幕に隠れたとは言え、マタドガスの素早さではそう離れられるはずはない。あの周囲にまだ留まっている。

 

 

「逃がすなサナギラスッ!全力で圧し潰せッ!」

「ギィッ…!」

 

 

そうと分かっていれば、ここは攻める場面。あと1発、あと1発当りさえすれば、勝利はもう目の前に、手を伸ばせば掴める位置にあるんだ。

 

行け、サナギラス!

 

 

「ギィィィーーーッ!」

 

 

激昂したサナギラスの全力の"いわなだれ"が広範囲に降り注ぎ、マタドガスが隠れるくすんだ灰色の海が岩石群と轟音と砂煙に塗り潰され、そして吹き飛ばされていく。

 

 

「……どうだ…やったか?」

 

「………」

 

 

攻撃が止み、砂嵐が吹き抜ける音と岩石流の余韻が空間を支配する。フィールド上では積み上げられた瓦礫の山と立ち込める砂煙、そして再度脇に追いやられた煙幕が、煙幕と同じかそれ以上ち視界を著しく阻害していた。

 

やったのか、そうではないのか、この状況では確認はおろか、判断も出来ない。

 

仮に倒し切れなかったとしたら、宙を音もなく浮遊するマタドガスが接近してきても、気付くのは難しい。絶好の反撃チャンスだ。どこまで役に立つかは分からずとも、五感を周囲の観察に集中しながら、固唾を飲んで状況の推移を見つめる。

 

チラッと砂煙の切れ目から捉えたキョウさんも、一言も発することなく、泰然とフィールドを睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 

…やがて、少しずつ砂煙と煙幕が引き、フィールドの状況がどうなっているのかが露になる。

 

最初に姿を見せたのは、広範囲に渡って広がる瓦礫の山脈。砂嵐に吹かれ、自重に潰され、ガラガラと音を立てて崩落を起こしている。

 

時間の経過と共に加速度的に崩落は進み、10秒ちょっとで山脈は崩壊。崩れた瓦礫はフィールド上広範囲に散らばり、一帯を大岩がゴロゴロ転がる荒れた高山地帯のように変貌させた。

 

 

 

「ド~…ガァ~……」

 

 

 

その瓦礫の山の中から、崩落と共に姿を現し、瓦礫と一緒になって転がり落ちてきた紫色の物体。呻き声を上げるその物体は、紛れもなくキョウさんのマタドガス。最早宙に浮く体力すらなく、そんな状態で戦闘が続けられるはずもない。

 

 

「…マタドガス、戦闘不能ッ!よって勝者、トキワシティのマサヒデッ!」

 

 

フィールドに響く試合終了のジャッジ、耳に付く自分の乱れた呼吸、張り詰めた肩の力がフッ…と抜ける感覚…身体全ての電源が一斉に落ちてしまったかのような、そんな錯覚の中で、俺は静かに勝利を噛み締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ファファファ…うむ、見事。実に見事な戦いであった、マサヒデ」

 

「…ありがとうございます」

 

 

 キョウさんが歩み寄って来る。序盤こそこちらのペースだったが、アーボック以降の目まぐるしく変わる戦況の判断、優位に試合を運ぶ相手への対応、苦しくても迫られる決断…その濃厚濃密な内容に、バトル中は何ともなかったが、身体と精神の疲弊は相当なもの。まだ朝早めの時間なのに、諸々の疲れが一気に押し寄せ、すでに1日の終わりのような疲労感だ。ズシンと肩と足腰に錘でも付いているのよう。半日ぐらいは戦っていたような気がしてくるが、記録の上では30分弱の時間でしかない。

 

同時に、キョウさんを相手にジム戦で勝てたことは、例え全力の相手でなかったとしても嬉しいこと。指導を受ける中で幾度も戦ったが、サカキさん同様まともに勝利を奪えた試しがなかったので、達成感も一入だ。ロコンも、サンドパンも、ドガースも、サナギラスも、本当によくやってくれた。

 

 

「分かってはおったが、良く育てられておる。やはりバッジ4個相当のポケモンでは、相手取るのも中々に厳しいものがあったわ」

 

「はは…ラスト1体まで追い込んでおいて、それはないと思うんですが…」

 

「我が秘伝の技"どくどく"を完全に封じておいて、どの口が言うか。まあ、覚えておったのはゴルバットとベトベターだけだが」

 

 

散々苦しめられたのに、平然とそんな事を言い放つキョウさんに思わずツッコミを入れると、それに対してキョウさんは苦笑するようにそう答えた。

 

 

「どちらにせよ、苦しい戦いであったことに変わりはない。ゴルバット・ベトベターは何も成せずに潰された。アーボックも…まあ、そこまで差はあるまい。まともにやりあえたのはマタドガスぐらいのものよ。それに、誰が何と言おうと、どんな勝ち方であろうと、勝ちは勝ちであるし、負けは負けである。最後に立っていた者が勝者よ。故に…お主にはこれを手にする権利がある。受け取れぃ」

 

「うわっ…と…」

 

 

そう言って、キョウさんは小さな物体を俺に投げて寄越した。突然のことに驚き、足が縺れて転びそうになるのを何とか堪えてその何かをキャッチする。

 

強く握った手を開いて見てみれば、寄越された物はきっちり俺の掌に収まっていた。それは全体的に桃色でハートのような形をした金属質の物体。それが、セキチクジムリーダーに勝利した者にのみ与えられる、セキチクジムを制覇したことを証明する何よりの証である"『ピンクバッジ』と理解するまでには、1秒と掛からなかった。

 

 

「セキチクジムリーダーとして、お主はそのバッジを持つに十分な実力と経験、そして知見を有すると判断する。よって、我がセキチクジムを制した証、ピンクバッジをマサヒデ…お主に授ける。遠慮せず受け取るといい」

 

「はい!」

 

「…そして、これも渡しておこう」

 

 

続けて、1つの技マシンも手渡しされる。

 

 

「『技マシン06』…中身は"どくどく"。我が家系に代々伝わる秘伝の技よ。このどくタイプの極意とも呼べる技、お主ならば自家薬籠中の物の如く扱えるはずだ」

 

 

渡された技マシンはゲームと同様に"どくどく"だった。この技マシンを使うことでほとんどのポケモンが習得可能とかいう、何気に反則気味な技。この"どくどく"に"まもる・みがわり・じこさいせい"etc…と言った技を組み合わせるのが、昔からの耐久型ポケモン御用達の戦法になる。

 

現状の俺の手持ちで上手く使えそうなのは、ドガース・ヤドン・クサイハナ…あと、一応サンドパンもかな?覚えさせる気にはならないけど。出来ればラッキーとかブラッキーとか、その辺りを仲間に出来ればその時に、が理想かな。

 

 

「タマムシデパート等でも売り出してはいる故、必要であればそちらで買うのも手だろう。流石に売り切れているようなことはあるまい。残念ではあるが、それもまた忍の道よ」

 

 

あー…記憶を辿ってみれば、確かに売っていたような…"のしかかり"のこととキョウさん相手にすることしか考えてなくて当然スルーしたけど、結構山積みだった気はするなぁ。

 

使える技ではあるんだけど、端から見てると地味な戦いになるし、時間掛かるし、人気…ないんだろうなぁ。と言うか、秘伝の技なのに売ってるんスね。商魂逞しいとでも言えばいいのか?

 

 

「父上!父上ーッ!」

 

「む…アンズか」

 

 

そこへ大人しく観戦していたアンズさん登場。後ろにはセキチク忍軍の皆さんもお揃いだ。試合終了後、すぐにフィールドに降りて来たのだろう。

 

 

「ふむ…ここだと整備の妨げになる。場所を変えるとしよう。マサヒデ、行くぞ」

 

「はい」

 

 

つい先ほどまで激戦を繰り広げていたフィールドでは、次の試合に向けた整備がすでに始まり出していた。ジムの職員やジムトレーナーの人達と、多くのポケモン達が荒れたフィールドを均し、瓦礫の山を撤去する動きに掛かっている。その邪魔になってはいけない。

 

騒がしい観客達とも合流し、俺はキョウさんに連れられてフィールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、わしはこれでジムに戻る。今日も一日、よく励むように」

 

『ハイッ‼‼』

 

「うむ…全て終わり次第、今日はマサヒデの祝いをするとしよう。良ければ皆来ると良い。では、また後程会おう」

 

 

 その後、ジムを出てすぐの広場にてセキチク忍軍の皆さんと合流。まだジムリーダーとしての業務があるキョウさんは幾らか言葉を交わした後に早々に仕事へと戻って行った。一方の俺は、セキチク忍軍の皆さんに囲まれ、あれこれと手荒い祝福を受けることになった。

 

 

「やったでござるな、マサヒデどの!」

「まさか本当にジムリーダーに勝つなんて!」

「さすがはアンズさんに勝てるだけのことはありますね!」

「今日はみんなでお祝いですよ!」

 

「痛っ!?おい、やめ、やめろお前らぁ!」

 

 

…こんな具合に。ござる少年以下、多くのメンバーから勝利の祝福と同時に四方八方からバシバシ叩かれまくり、揉みくちゃにされた。見事な体育会系のノリそのものである。

 

 

 

「うー………」

 

 

そして一通り祝福という名の下に軽く痛めつけられたところで、騒ぐでもその輪に加わるでもなく、ただ1人少し離れた場所にいるアンズの存在に気が付いた。あからさまに「あたい、不機嫌です」と言わんばかりに、ムスッとした表情でこっちを睨み付けている。さっきまではキョウさんに引っ付いて騒いでいた気がするんだが…

 

 

「…で、お宅らのボスはなして急に機嫌悪くなったの?」

 

「ジムリーダーが負けて不貞腐れてるだけでござる」

 

「ああ、そう…」

 

 

…うん、何となく察しはついてた。こっちに飛ばされる前も含め、中々見ることのない…いや、俺史上でも屈指のファザコンな彼女の事。バトルの前から公然とキョウさん応援してたし、更に言うならこれまでポケモンバトルで彼女をコテンパンにしたことは、もう両手では数えきれないほど。恨みがましい目を向けられることも日常茶飯事。

 

まあ、こうなるのも仕方ないと言うか、納得は出来る。その敵意を向けられる側としては理不尽以外の何者でもないが。

 

 

「あんなでも本当は一緒に喜びたいと思っているのでござる。本当、アンズどのは素直じゃないでござる」

 

「そこッ!うるさいッ!」

 

「おぉっと、これはウカツ。触らぬ神に祟りなし、でござる」

 

 

ござる少年の暴露を素早く黙らせに掛かるアンズ嬢。その恫喝にビビった?ござる少年が、素早く他の仲間の背後に隠れる。

 

 

「ううぅぅーーッ……まあ、いいわ。それよりマサヒデ」

 

「…何でしょーか、アンズさん」

 

 

ござる少年は引っ込んだ。が、それで彼女の不機嫌が治るはずもなく、その矛先はくるっと回って俺の喉元に向けられた。

 

こちらに近付いてくるアンズからは正直嫌な予感しかしないが、かと言って逃げる気にもなれず。そもそも、純粋な身体能力は向こうが上だしこっちは疲れてるしで逃げられないってのもあるが、その視線と言葉を正面から迎え撃つべく待ち構える。

 

 

「本気じゃないとは言え父上に勝つなんて、流石はあたいの宿敵ね。褒めてあげるわ」

 

「…そりゃどーも。お褒めに与り恐悦至極でございますよ」

 

「…ま、みんなの言う通り、今日はお祝いするんだって。父上からも母上に準備するように伝えておけって言われたし。みんな、行くわよ」

 

「はーい」

「お祝いの御馳走なんだろな~♪」

 

 

…何ロクでもないことを言われるかと身構えていたんだが、さらっと宿敵(ライバル)宣言を貰いはしたものの、それ以上特に何か言われることは無く、アンズは踵を返して歩き出した。他の面々もそれに着いて一斉に歩き出す。

 

いつもならここから突っかかって来るのが彼女なんだが…読みが外れた。待ち惚けをくらった気分だ。

 

 

「何と言うか、アンズどのらしくないでござる。ま、何にせよ楽しみにござるな、マサヒデどの」

 

「…そうだな」

 

 

アンズらしくない。ござる少年のその言葉に、同意とどこか煮え切らない感覚を覚えながら、かと言って激闘を乗り越えたばかりの自分にはそれを指摘する気になれず、俺もまたその後に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、ジムの広間で催された祝勝会は、セキチクの海で採れた海鮮尽くしの鍋パーティーだった。めちゃくちゃ美味かった。

 

 

 

 

 




お待たせしました。グダった気しかしませんが、キョウ戦これにて無事終了です。祝勝会の鍋の具材…何だったんでしょうねぇ?この作品では深くは考えない方向で行きます。
そして、エキスパンションパス第二弾・冠の雪原も配信開始されましたね。皆さん進捗は如何でしょうか。配信開始から半月経ちますし、流石にほぼストーリーはクリアしているでしょうか。私も一応ストーリーは終えたのですが、ダイマックスアドベンチャーを途中で切り上げ、何を思ったか色違い孵化に手を出し始めてしまいました。何故か急にやりたくなったので仕方がない。
本当は配信前に投稿まで漕ぎ着けたかったんですが、配信日の数日前から体調崩してそれどころじゃなかったっていう…いやぁ、風邪とカンムリ雪原は強敵でしたね()

言い訳はさておき、次回はどうするか迷いましたが、一応セキチクシティ編の仕上げを予定しております。秋も通り過ぎてだいぶ冬を感じる時期になってきました。コロナも未だ沈静化する兆しはありませんし、皆さんも体調には十分お気を付けください。


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第44話:タイムリミット

 

 

 

 

 

 

「マサヒデくん!朝ですよー!起きなさーい!」

 

「……ふあ…あー…い」

 

 

 ジムバッジを巡るキョウさんとの激闘から4日。穏やかな眠りに就いていた俺は、いつもどおり女将さん…即ち、キョウさんの奥さん、アンズの母親の呼び掛けで目を覚ました。

 

半ば無理矢理起こされたため、身体は起きることを拒否…しているかと言うとそんなこともなく。祝勝会でたらふく美味い物食ったためか、解散後すぐに眠気に襲われた俺はいつもより早い時間帯に布団へと沈んでいたことで、頭はバッチリと冴え渡っている。起きる時間もいつも通り。実に良い気分だ。

 

 

『ザーーー……』

『ヒュォォーー…』

 

 

ノイズのように延々と聞こえて来るのは、雨粒が絶え間なく大地を叩く音。雨音に混じって、風が木々を揺らす音も聞こえる。季節柄、雨が降る日が多くなってきたようには感じるが、今日は風も強いようだ。

 

布団から這い出して外を見れば、降りしきる雨の中で強風に煽られて木の枝が踊っている。この調子だと、折角の休日なのに今日1日は外には出れそうにないな。娯楽が乏しく、体力を持て余し気味な今の俺としてはあまり嬉しいことではない。ついさっきまでの良い気分はどこへやら、俺のやる気がガクッと下がった。まあ、現状若干11歳にしてすでに学校に行ってない俺にとっては「休日?だから何?」状態ではあるが。

 

ともかく、まずは朝食だ。朝食を食べなきゃ1日を戦う活力は得られない。布団をたたみ、寝間着を着替え、寝癖をササッと整え、女将さんに呼ばれるがまま俺は朝食へと向かう。

 

 

 

…この言葉、あっちにいた頃の自分に言い聞かせてやりたいもんだ。どうせ「朝食なんてのんびり食ってる時間は無い」って返すであろうことは分かり切っているけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも朝食を食べている一室。ジム内に設けられた和室の広間に俺が足を踏み入れた時、ジム内で寝泊まりしている門下生等に混じって、ある人物が膳に向っているのを見つけた。

 

 

「おはよう、マサヒデ。昨日はよく眠れたかな?」

 

「おはようございます、キョウさん。ええ、とても気持ちよく眠れました。それより、この時間に食事は珍しいですね。今日はどうされたんですか?」

 

「何、ちと私用でな。午前中はジムを開けぬこととした故、時間までゆるりとしておるだけのこと」

 

 

その人物は、この建物の主人にしてセキチクシティジムリーダー・キョウさん。いつもだったらこの時間にはすでに食事を終え、ジムリーダーとしての仕事に向かっていることが多いのだが、この日は珍しくのんびりと他の門下生さんたちと一緒になって朝食を摂っていた。

 

俺の姿を視界に捉えると、口の中の物を静かに飲み込んでから声を掛けてきた。

 

キョウさんとの会話をしつつ、俺も空いている席に着いて膳に向う。炊き立てご飯と味噌汁の香りが、食欲をそそる。

 

が、そこで俺はいつもの面々…アンズ以下、セキチク忍軍の皆さんの姿が見えないことに気が付いた。いつもなら数人~全員、少なくともアンズだけはいるはずなんだが。

 

 

「キョウさん、そう言えばアンズは?」

 

「ああ、何かやりたいことがあるとかで、夜明け前に朝餉を済ませて何処かへ行ってしまったぞ」

 

「…え、夜明け前?それもこの雨の中をですか?」

 

「うむ」

 

 

ここの世話になって1カ月ちょっと、同年代ということもあって食事も一緒に摂ることが多かった彼女だが、どうやらこの日は既に食べ終えて何かやっているらしい。そして、今日のように俺に隠れて動いている時は、大抵俺にとって良からぬことを企てている可能性が高いことを、俺は身を以て知っている。

 

セキチク忍軍の協力の下、落とし穴に落とされたり、金ダライ落とされたり、足元ワックスでツルツルにしてこけさせられたり、水鉄砲の集中砲火を浴びたり…古典的な手のオンパレードだったが、とにかくこの1カ月で何度か痛い目に遭ってきた。世が世なら悪質なイジメとして世間に晒されている。

 

まあ、その都度バトルで可能な限りフルボッコにしといたので、個人的にはお相子と言ったところだが。

 

ここ2、3日は意図的に避けられているような気がしたり、他のセキチク忍軍のメンバーも姿が無いとあって不穏な胎動を感じるが、それよりも今は目の前の朝食。手を合わせ、「いただきます」と静かに一言。独り暮らしが長くなっていたからか、それとも元々の気質か、食事中にはあまり喋らないタイプの人間の俺は、後は喋ることなく黙々と朝食を口の中に運んでいく。行儀が悪いとも躾けられてるしな。

 

こらそこ、ボッチとか言わない。事実だけど。

 

 

 

 

 そんなワケでよそ見せずに食べ進めた朝食もあっさりと完食。腹休めにそのまま一息吐いていると、一足先に食事を終えていたキョウさんから声を掛けられる。

 

 

「マサヒデ、この後ちと良いかな?」

 

「…?ええ、構いませんが…」

 

「うむ…では、ちと場所を変えよう」

 

 

話があると言われ、促されるがままにキョウさんに連れて来られたのは、キョウさんの書斎だった。

 

 

「…さて、マサヒデ。改めてだが、セキチクジム制覇おめでとう。お主の実力であればバッジ3個相当のレベルなど容易く越えて来るとは思っておったが、流石よ」

 

「ありがとうございます。まあ、ジムリーダーとしてのキョウさんに勝っただけですが」

 

「それでも、僅かな期間でよくぞわしを倒せるまでなったものだ。もしお主がポケモンリーグに出場出来るような時が来るのなら、その時はわしの全力を以てお主と戦う…それも良いやもしれぬな」

 

「ええ、その時はよろしくお願いします。今度は負けません」

 

「ファファファ…楽しみにしておこう。それと、指導の件でも1カ月お主にはだいぶ世話になった。感謝しておる」

 

「それはお互い様でしょう。僕も色々と教えていただきましたし、良い修業になりました」

 

「そう言ってもらえると指導者冥利に尽きるところだ。で、お主を呼んだ本題なのだが…期日は決まったか?」

 

「はい。準備も含めて、3日後ぐらいを目途に旅を再開しようかと考えています」

 

 

そう言ってキョウさんに尋ねられたのは、俺の今後の予定。俺がセキチクシティに滞在を続けた2つの理由の1つ、ジムバッジ獲得という目的は、4日前に無事達成された。そしてもう1つの理由である『どくづき伝授』という目的も、概ね達成出来ていると言っていい状況。つまり、俺がこの地に留まる理由は無くなっていた。

 

そういう状況だったため、ジム戦直後には朧気ながらも『近日中に街を離れる』という大まかな方向性は決めており、3日前…ジム戦の翌日にはキョウさんにその旨を既に伝えてあった。

 

 

「…そうか。分かっていたこととは言え、寂しくなるな」

 

「流石に1カ月もいると愛着も湧きますけど、止まるわけにはいきませんから」

 

「ファファファ…それでよい。さらなる高みに挑み続けてこそ、一流への道は開かれるもの。その心意気、努々忘れるでないぞ。お主であれば、残るジムの完全制覇…延いてはポケモンリーグ優勝も夢ではあるまいて。精進せよ、マサヒデ」

 

「はいっ」

 

 

俺のそもそもの旅の目的。各地のジムを巡り、バッジを手に入れること。厳密に言えば『多くのバトルを経験し、サカキさんを倒せるぐらい強くなること』が当面の目標なのだが、その指標としてはジムバッジ以上に分かりやすい目印もない。

 

1カ月ちょっとセキチクシティに沈没していたため名残惜しさはあるが、俺の旅はようやく折り返し地点に到達したところ。足を止めるワケにはいかない。この街における最大の目標は達成した以上、次の目標に向けて動き出さなくてはならなかった。

 

 

「何はさておき、今日はこの天気だ。今後のために、ゆるりと英気を養うといい」

 

「はい。では、失礼しました」

 

「…どれ、わしも行くとするか。フフッ、全く世話が焼ける…」

 

 

こうして書斎を出てキョウさんとは別れた。最後ボソッと何か言っていた気がしたが、上手く聞き取れなかった。

 

この後は、ポケモンたちの食事の準備に向かう。まあ、準備と言っても、ジムの職員さんたちが用意してくれた分を貰っていくだけで、大したことは何もする必要なかったり。何事もなくポケモンたちの朝食も終わればいつもなら修練が待っているのだが、今日はこんな天気なのもあって休みをもらったのでゆっくりすることに。

 

ただ、修練もなく、ゲームもなく、テレビもこんな朝早めの時間帯から面白いと思うような番組をやっているはずもない。旅に向けての準備もあるが、大きめの荷物はすでにまとめてあるし、小さいものは前日まで使うしで、することがない。休みという名の退屈と真っ向から向かい合うことになっていた。

 

そして、この天気じゃあ流石に外に出る気にはなれない。いつもならちょっかい掛けて来るアンズ以下、セキチク忍軍の皆さんも何故か不在。

 

ついでに補足しておくと、アンズ以下セキチク忍軍の皆さんは俺とは違って普通にトレーナーズスクールに通っている。やはり俺のような『初等部を出て即トレーナーに』なんてのは絶滅危惧種みたいなもんらしい。

 

ただ、今日は休日なんでトレーナーズスクールも休みだったと思うんだが…こんな悪天候の中、揃ってどこで何企んでいるのやら。

 

 

 

「暇だねぇ、スピアー」

「ビィー…」

 

 

とにもかくにも、今の俺はやることがなく、只々暇を持て余していた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、しばらくぼんやりと外を眺めたり、見る気の起きないテレビを見たり、まったり仲間たちと戯れたりして退屈と格闘していたのだが、結局根負けして、ジムトレーナーの皆さんのトレーニングを見学、あわよくば調整がてら混ぜてもらおうと修練用の屋内フィールドへ足を向けた。

 

屋内フィールドには、いつにも増してこの時期特有のジメジメとした空気の中、その不快感を吹き飛ばす熱気でトレーニングに励むジムトレーナーの皆さん。そんなジムトレーナーたちの修行の輪に、俺は目論見通り自然と溶け込むことに成功する。まあ、人数自体全体で20人程度だから皆さんある程度見知った人ばっかだし、彼ら曰く「君も既にセキチクジム門下生みたいなもの」らしいので、俺が参加すること自体は何の問題も無い様子。

 

 

 

 ウォームアップをポケモンたちに指示しながら、彼らのトレーニングの様子を見学。錘らしきものを付けてバトルをさせている人、ひたすらに技を撃ち込ませている人、それを回避させている人、或いは正面から受け続けさせている人…トレーナー1人1人がストイックであり、目指すところと信念を持っていることがよく分かる。

 

俺はトキワジムの事しか詳しくは分からないが、強さに向き合う姿勢とレベルはサカキさんの教えを受けている人たちと遜色ないし、実際実力も確か。惜しむらくは人気がなく、門下生が少ないこと。キョウさんが専門とするどくタイプは、その見た目などから敬遠されることが多いタイプであり、加えてキョウさんのような戦い方は一般からの受けがあまりよろしくない。ポケモンバトルとして面白くない…そんな風に言われているのだ。

 

まあ、確かにキョウさんの戦い方にはパッと見て分かる華は無い。ポケモンバトルってのはトレーナー同士の才能とか努力とか、信念、或いは誇り…そう言ったものをひっくるめての強さを競う競技であると同時に、エンターテインメント、興行としての一面がクローズアップされやすく、人々には分かりやすい派手な強さが好まれる傾向にある。「必殺技で全員粉砕」だとか「起死回生、執念の一撃で逆転勝利」だとか、そういう感じのやつで、特徴的で派手な戦い方のトレーナーほど、比例して人気も高かったりする。

 

対してキョウさんはと言えば徹底的なリアリストで、基本を崩さず、素早く的確に行動し、相手を自分のフィールド・ペースに引き摺り込み、付け入る隙を与えず、淡々と勝利を攫っていく。特徴的ではあるが、言っちゃ悪いが陰湿だ。

 

確かな知識と豊富な経験則に裏打ちされた、相手の四肢を縛り、真綿で首を絞めるようにジワジワと追い詰める戦い方を最後まで徹底する…それがキョウさんのスタイルであり信条。そして、そういうスタイルは動きが単調かつ地味で、時間も掛かりやすいため興行としても絵にならず、面白くない。

 

それ故に、昨年のとある雑誌で行われたカントージムリーダー人気投票で堂々の最下位を記録するなど、他のジムリーダーと比べて人気は低く、ハナダシティとかタマムシシティのジムリーダーが頻繁にお茶の間に登場するのに比べ、その回数は明確に少ない。出ても「ジムリーダーだけ出ればいい」「ポケモンよりも自分自身の方が派手」などと言われる始末だ。

 

そんな状況故に、実際キョウさんの指導を受けたいという人、そして今受けている人は、これまで見てきた他のジムと比べても明らかに少ない。セキチクシティ出身のトレーナーたちも、他のジムリーダーの指導を求めて他所へ移る者が後を絶たないとか。まあ、現実での受けループ戦術を思い返せばそんな評価もある意味では正しい。

 

ただ、1カ月だけとは言え実際にキョウさんに師事した身として言わせてもらうと、指導者としては非常に頼りになるし、トレーニングの質も高い。真面目に取り組めば2段も3段も高い場所を目指せるだけの基礎を身に付けることが出来ることは保証していい。そういう意味では、セキチクシティ出身のトレーナーたちは、飛躍するためのまたとない機会をフイにしてると言えなくもない。

 

 

「ここにいたでござるか、マサヒデどの」

 

「…ん?」

 

 

そんなさしてどうでもいい、他愛もないことをぼんやり考えていたところに掛けられた声。振り返れば、そこにいたのはセキチク忍軍(アンズのとりまき)の一員ことござる少年。朝っぱらからアンズ共々姿が見えないので気になってはいたが…

 

 

「おお、おはよう。どっか行ってたみたいだけど、朝から何やってたんだ?」

 

「うむ、おはようでござる。ちとアンズどのに駆り出されていた由にて。何もあんな朝早く、それもこんな天気の中でする必要もないでござろうに…」

 

「やっぱり…まあ、何やらされてたかは知らんけどお疲れさん。風邪だけは引かないようにしろよ?」

 

 

そう言って、若干眠そうに目をこするござる少年。やはりアンズに何か手伝いさせられていたようだ。ござる少年をよく見ると、肩や袖の先、裾の辺りが若干濡れていた。アイツ、夜明け前から行動してるって言ってたっけ?そんな時間から御苦労なことで。

 

 

「忝いでござる…それよりもマサヒデどの、お仲間の調整でもしていたでござるか?精が出るでござるな」

 

「ああ。この天気じゃ外にも出れないし、かと言って中に籠っててもやることねえし、だったら軽く運動でも…ってね」

 

「なるほどなるほど…ならば、丁度よかったでござる。そんな時間を持て余しているマサヒデどのに、こんな物が!」

 

「うん?」

 

 

そう言ってござる少年は、忍び装束の懐から時代劇とか大河ドラマとかでよく見る書状のような物を取り出して俺に渡してきた。雨に濡れたのか、仄かにしっとりとした柔らかい感触の書状だ。

 

そして、その書状の表面には、書状の本題が無駄に達筆な字でデカデカと記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

『 果 た し 状 』

 

 

 

 

 

 

…なぁにこれぇ?

 

 

「では、確かに渡したでござる」

 

「え、ああ、うん」

 

 

突然果たし状を突き付けられるとかいう激レアイベントを前に困惑する俺を尻目に、そう告げてござる少年は去って行った。見送りつつ果たし状の中身を確認すると、そこに書かれていたのは「いつもの修練場にて待つ」という短い呼び出しの文言と、差出人・アンズの署名だけ。

 

早い話がアンズからの挑戦状なんだが…今更こんな物出す必要あったか?割と毎日のようにバトってるのに。

 

そんな疑問を抱えながらも、しかし他にやることもなかった俺は、果たし状の呼び出しに従って、いつもセキチク忍軍の皆さんとトレーニングに励んでいた修練場へと赴いた。

 

 

 

…大雨と強風が吹き荒れるクソみたいな天気の中を猛ダッシュで。早々に傘がお亡くなりになっちゃったから仕方ないネ。

 

最悪だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…来たわね、マサヒデ」

 

「…おー、来てやったぜアンズさん」

 

「…って、ずぶ濡れじゃない。傘はどうしたのよ」

 

「この風だ、飛び出して20秒で使い物にならなくなったよ。まあ、その点はそっちも人の事言えた状況じゃないみたいだけど…」

 

 

 水溜りに足を突っ込まないよう注意し、雨の中を風に逆らって突っ切って、ずぶ濡れになりながら果たし状に指定されていたいつもの修練場へ。

 

そうして俺が着いた時、呼び出した張本人のアンズは、降りしきる雨の中を傘も差さず、ただ修練場の中央で立ち尽くしていた。当然全身ずぶ濡れで俯き加減、声のトーンも沈み気味。元気で勝ち気で負けず嫌いな彼女らしくない、鬼気迫るものを感じる。その周囲には、姿の見えなかったセキチク忍軍の残りの皆さんが、遠巻きに取り囲むように布陣している。

 

 

「で?朝早くからコソコソ何かやってみたいだが、こんな天気の中で果たし状(こんなもの)送り付けてご指名とは、何の用だ?」

 

「…ま、とりあえずはさ、ジム制覇おめでと」

 

「お、おう…?」

 

 

アンズとの会話は、キョウさんに対する勝利への祝意から始まった。アンズらしくない始まり方に、これまたアンズらしくないあまりにも静かで不気味で異様な様子。

 

 

「やっぱりあんたって強いよね。この間の父上との戦い見てれば嫌でも分かるわ。あんたのポケモンの実力も、トレーナーとしての実力も、あたいよりもずっと上だって。この1カ月あたいがあんたにほとんど勝てなかったのも、今だったら納得出来るわ…年下相手に、悔しいけど」

 

 

…朝っぱらから驚きの連続だ。元気で勝ち気で負けず嫌い、無鉄砲なきらいはあるが、快活で裏表がなく気が強いあのアンズから、こんなしおらしい発言が出て来るとは。ホント、らしくない。彼女がこんな様子だから、今日はこんなに天候が荒れてるのかとも思えてくる。

 

この調子だと、明日は雪でも降るのかもしれない。夏だからまずありえんが。

 

 

「だけど、あたいだってセキチクジムリーダー・キョウの娘。父上の跡を継ぐ者として、負けっぱなしなんて許されない。だから、あたいはあんたに勝負を申し込むわ!父上の仇、あたいが絶対取ってやるんだから!」

 

「…別にそんな畏まらなくても、何度となく戦ってるじゃないか。普通に言ってくれれば勝負くらいいつでも…」

 

「違うわよ!…それに、父上に聞いたわ。あんた、近い内に出て行くんだって?」

 

「…ああ」

 

 

キョウさんから聞いた、か…まあ、キョウさんには話は通しておくべきだと思ってジム戦後早々に話したし、いずれは他のメンバーにもお別れの挨拶でもと思っていたので、別段隠し立てするようなことでもない。

 

 

「それじゃ、もうあんたと決着つけられないってことじゃない!あたいだって自由な時間は限られてる。だからマサヒデ、あたいと勝負よ!ここで今すぐ!」

 

「…そういうことかい」

 

 

そこまで言って、彼女はバッと顔を上げて俺を真っ直ぐ見据えてくる。態々俺に勝負を挑むために、雨が降り風が吹き荒ぶ朝早くから行動していたようだ。ここ2、3日の不審な様子も、これ絡みのことだったのかも。睨み付けるようなその眼差しと、固く真一文字に結ばれた口元からは、彼女の只ならぬ強い決意を感じさせる。

 

なーるほど、そこで果たし状に繋がるワケだ。確かに、数日後には俺はここにいないだろう。アンズにだって自分の都合がある。だから、勝負出来る回数ももう数えられる程しかない。それは分かる。

 

だが、「ここで今すぐ!」って…何もこんなクソみたいな天気の中でするこたぁ無いだろ!?

 

 

「バトルするのは別にいいが、流石にこの天気じゃマズいだろ。中に移そうぜ」

 

「駄目よ。中は修練に使ってるじゃない!」

 

「いや、そりゃそうだけど…そんな格好じゃ風邪ひくぞ!」

 

「構わないわ。あんたとは今日ここで決着をつけてやるんだから!」

 

 

雨具無しのずぶ濡れで大風の中仁王立ちするアンズに、せめて場所を移そうと提案するも、彼女はこの場所での決戦を主張して譲らない。

 

何故そこまで頑ななのか、理解に苦しむ。屋内のフィールドを使えなかったのは分かるし、それ故に屋外のこの修練場を準備したのも分かる。だが、何もこんな天気の中でやる必要も無いだろう。別に明日すぐに旅立つワケじゃないんだし、明日以降でもいいはずだ。

 

 

「おい、みんな!みんなからも言ってやってくれよ!」

 

 

俺も傘さんが無事お亡くなりになったことでこのままでは埒が明かないと思い、周囲を囲むセキチク忍軍の皆さんにもアンズを説得するように訴える。

 

 

「それが出来ていれば、苦労はしてないよ…」

「拙者たちも『この雨風の中では無茶でござる』と諌めたのでござるが…」

 

 

が、ダメ…!最早誰の聞く耳も持たないらしい。ここで「下着透けて見えるぞ」とか言って、大人の余裕でも見せ付けたら多少はペース握れるのかもしれないが、残念ながら?いつもの忍び装束なので濡れ透け(そんな)展開もない。セクハラ?知ったことか!

 

俺はずぶ濡れになりながらバトルなんて、理由もないのにやりたくないんだが…誰でもいい…誰でもいいから、この忍者娘を止めてくれ…!

 

 

 

 

 

 

 

「ファファファ…全く、世話が焼けるものよ」

 

「!?」

「!?」

 

 

そんな悲鳴にも似た願いを胸に、諦めずアンズと言い争っているところに、いるはずのない、待望にして予想外な人の声が割って入った。

 

 

「ち、父上ッ!?」

「キョウさん!?」

 

 

声のした方を見れば、そこにいたのは朝食後に「用事がある」と言って別れたはずのキョウさん。と言うか、どこから現れたし。

 

キョウさんは驚く俺とアンズを気に留める様子もなく、ちょうど2人の中間地点に陣取った。

 

 

「アンズよ、お主が何日も前から今日の仕合を画策しておるのは察しておった。このような悪天候の中、朝早くから他の者達まで無理矢理に駆り出しおって…お主は少し、年長者として周りの者に配慮することを覚えよ」

 

「うっ…も、申し訳ありません、父上…」

 

 

キョウさんがアンズを一喝してくれた。これで話も何とか落ち着く…

 

 

「フゥー…まあ良い。それでアンズよ、そこまでしててでも、どうしてもマサヒデと決着をつけたいか?」

 

「っ…は、はいっ!」

 

「……マサヒデ」

 

 

…かと思いきや、話の矛先が今度は俺に向く。

 

 

「…何ですか?」

 

「此の奴の無茶に付き合わせて済まなんだ。ただ、娘の希望を叶えてやりたいというのも父親の性でな。この場は一度わしが預かる故、この地での総仕上げとでも思って、明日にでも勝負してやってはくれぬか」

 

「構いません。アンズが望むなら、俺は全力で迎え撃つだけです」

 

「…マサヒデ、感謝する。取り決め等は追って連絡する」

 

 

そう言って、キョウさんが頭を下げた。まあ、アンズと勝負することそのものについては特に断る理由もない。

 

 

「皆もアンズの無茶に付き合わせて済まなんだ。風呂を準備させておる故、しっかり浸かって冷えた身体を温めると良い」

 

「「「はい!」」」

 

「では、解散!」

 

 

かくして、この場はキョウさんの執り成しで収まり、アンズからの果たし状の件は一時棚上げとなった。

 

雨中での決戦を回避した俺は、同じくアンズから解放されたセキチク忍軍の皆さんと一緒に一目散にジムへと走り、大浴場へと直行。みんなでワイワイやりながら、朝風呂を満喫したのであった。

 

 

 

…あ、流石に男女は別々だぞ。

 

 

 

 

 

 

そして、その日の午後の内には、果たし状の件についての正式な伝達があった。明日の午前中に、キョウさん立会いの下で試合を行うとのこと。試合形式は1対1のタイマンで、公式戦に準じた形での試合となる。キョウさんの都合の関係らしいが、「各々今持てる最高の戦力で以て臨むべし」との言葉も添えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 というワケで、主人公にはセキチクシティでの仕上げにアンズさんと一戦してもらうことになりました。折角のライバル候補っぽい感じのキャラなので、しっかり遺恨?を残していきたいところ。

そしてタイマンなのは作者のつgゲフンゲフン…忙しいキョウさんの都合です。


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第45話:勝利の風向き

 

 

 

 

 

 

 アンズの果たし状騒動から明けて翌日。1日の間を置いて、決戦の時が来た。

 

昨日一旦棚上げとなった、アンズからの果たし状。その挑戦に応えるべく、俺は再びバトルフィールドでアンズと対峙していた。

 

 

「それでは、ただいまよりアンズvsマサヒデのポケモンバトルを行う!」

 

 

バトルフィールドに、キョウさんのバトル開始を宣言する、重く、力のある声が響いた。周囲には観客としてジムトレーナーや職員、セキチク忍軍の皆さんが陣取る。大勢の観衆の注目を集めてのバトルは、自然と緊張と集中を呼び起こす。と言っても、精々3、40人程なのでそこまで大勢というワケでもない。

 

 

『ヒュオォォー…』

 

 

現在地は、セキチクジム内部の屋内フィールド…ではなく、昨日と同じ屋外の修練場。天候は曇り。日差しの全くない、完全なる曇天だ。昨日ほぼ丸一日降り続いた雨は、夜中の内に止んだ。しかし、一緒に吹き荒れていた風は今日も健在で、吹き抜ける風の音と枝が大きくしなって揺れる音がBGMとなって修練場を包む。

 

 

「改めて取り決めの確認を行うが、使用ポケモンは互いに1体!持ち物はなし!純粋な実力勝負とする!」

 

 

今回のバトルはキョウさんが直接審判を務める形で行われる、1vs1のタイマンバトル。キョウさんは屋内フィールドの方を準備するつもりだったようだが、アンズの方がここでのバトルを希望したらしい。

 

正直言って、フィールドのコンディションは不良だ。雨は止んだとは言え、地面は泥濘(ぬかる)み、水溜りもそこかしこにある。風も強く、吹き続けている。最悪レベルが悪いレベルにワンランク良くなった程度の話で、普段ならあまり外で活動したくない状況。こんなことならキョウさんの案に賛成しとけば良かった。まあ、そこまで考え無しに安請け合いしちゃった俺が悪いんだけどさ。

 

ただ、肝心要のポケモンの方はバッチリ準備してきた。「最高の戦力で以て臨むべし」というお達しがあった以上、俺が用意するのはアイツを置いて他にはいない。後は、アンズの選出次第。

 

 

「お互い悔い無きよう、全身全霊を以て臨むべし!」

 

「「ハイッ!」」

 

「では…勝負始めィッ‼

 

「行ってこい、スピアーッ!」

「ビィィーッ!」

 

 

キョウさんの宣言と同時に、ボールをフィールドに投げ入れる。俺がこのバトルの全てを託したのは、言うまでもなくエースのスピアー。元々キョウさんとのジム戦で出番がなくて不完全燃焼気味だったんだ。動きは良いし、気合も十分だ。

 

 

「行きなさい、モルフォンッ!」

「フォーンッ!」

 

 

対するアンズが繰り出したのはモルフォン。彼女の相方と言っていいポケモンで、選出してくるのは予想の範疇だ。

 

で、モルフォンの技構成は、俺の記憶の限りでは…

 

➤サイケこうせん かぜおこし

 ちょうおんぱ ねむりごな

 

…こんな感じの構成だったはず。対する俺のスピアーはと言うと…

 

➤どくづき ミサイルばり

 みがわり こうそくいどう

 

…以上。技構成を考えるとタイプ相性的に不利なんだが、レベルに関してはこっちが一回り以上高い。基本的なステータスの差を活かしてモルフォンを叩き落すことを基本方針にせざるを得ない感じ。

 

 

『ヒュオォォー…』

 

 

相変わらず強い風が吹き続ける中、戦いの火蓋は切って落とされる。

 

 

「さあ、行くわよマサヒデ!モルフォン、"サイケこうせん"っ!」

「フォーン!」

 

「躱して"ミサイルばり"ッ!」

「スピィッ!」

 

 

こちらは初手"ミサイルばり"で、向こうは"サイケこうせん"。まずは互いに牽制の一撃と言ったところ。撃ち出された"サイケこうせん"はスピアーが難無く回避。お返しの"ミサイルばり"もモルフォンを捉えるには至らず。

 

"ミサイルばり"では有効打足り得ないので、それは構わない。本命は最大打点である"どくづき"だ。

 

 

「スピアー、突っ込め!"どくづき"だッ!」

「スピィッ!」

 

「モルフォン、"ねむりごな"よっ!」

「フォーッ!」

 

 

そのために、こちらとしては一気に接近戦へと持ち込みたい。が、流石にタイプ相性もあるし、確定一発は取れないはずだ。何回か叩き込めないと勝利は遠い。

 

それはアンズにも分かっていることなので、こういう風にそれを防ぎに来る。

 

 

「退避ッ!」

「ッ…ピィッ!」

 

 

安易に状態異常は貰えないので、素早く後退を指示。これで1度仕切り直し…

 

 

「ここよ、モルフォン!前に出るのよ!」

「フォォーンッ!」

 

 

…って、突っ込んで来るのかよ!?"どくづき"でも大したダメージはないと踏んだか!?だが、接近戦はこっちも望むところ…!

 

 

「ならこっちも突撃だ!スピアー、反転して"どくづき"ッ!"ねむりごな"には警戒ッ!」

「スピ…ッ!」

 

 

モルフォンの突進に対応して、スピアーを転進させ突っ込ませる。両者の距離はあっという間に縮まり、スピアーの射程圏に。

 

 

「今ッ!モルフォン"かげぶんしん"ッ!」

「フォ、フォーーンッ!」

 

「スピ…!」

 

 

が、既のところでモルフォンは"かげぶんしん"を発動。スピアーの一撃を回避し、分身を利用して素早くスピアーを包囲。そのままモルフォンはスピアーの周囲をグルグルと回り始める。

 

 

「展開が速いな…少し前に戦った時より、精度もスピードも上がっているか?」

 

 

モルフォンの群れがスピアーを囲んでいる様子は、まるでかごめかごめでもしているようだ。スピアーは籠の中の鳥ならぬ、虫籠の中の虫と言ったところか。歌詞の通りに真後ろが本体だと楽なんだが…

 

ともかく、これで四方を完全に囲まれてしまったが、ここはどうするかな?一点強行突破?それとも相手の出方を見るか?技構成が微妙に変わっている点も気になる。全くの無策とは思わなかったので、これも予想の範疇ではあるが…残り2枠、何が残ってて何が変わっているのか。

 

 

「マサヒデ!」

 

「なんだ!」

 

 

この状況への対応を思案していると、アンズから声が掛かった。

 

 

「昨日も言ったけど、あたいとあんたの実力差…それはあたいも認めたげる!喜んでいいわよ!」

 

「そりゃど-も!」

 

「でも、あたいは負けっぱなしなんて御免よ!どうしてでもあんたに勝ちたいの!そのためには、ルールが許す限り何だってする!そう決めたの!」

 

 

決意とも覚悟とも取れるアンズの叫び。彼女なりに色々悩み考えることがあったのだろうが、今俺がその叫びで理解したのは、彼女がこれから何か仕掛けてくるつもりであるということだけ。

 

 

「こんな風にねッ!モルフォン、"ねむりごな"ッ!」

「フォーンッ!」

 

 

アンズの指示を合図に、モルフォンの群れが羽を羽ばたかせる。ただし、実際に催眠効果のある粉をバラ撒くのは本物のみ。分身の技はあくまで動きを真似るだけで見掛け倒しだ。

 

ただし、分身の見分けがつかず、どこから撃たれるか分からないので余り関係ないのかもしれん。

 

 

「スピアー"みがわり"ッ!」

 

 

それに対して、こっちは即座に"みがわり"で応戦。この技で創り出された分身は、本体のダメージを一定値を越えるまで肩代わりすることに加え、変化技を無効化するのも特徴だ。代わりに技を使う毎に体力を一定値消費する。しかし、この技がある限り"ねむりごな"はスピアーには通らない…

 

 

「スピィ…ッ!?………Zzz」

「…スピアー!?」

 

 

…はずなんだが、これはどういうことなのか。"みがわり"の発動途中で"ねむりごな"がスピアーを襲い、眠りに落ちてしまう。

 

スピアーが"みがわり"を張るよりも"ねむりごな"が当たる方が早かった、と言うだけの話なんだが…そもそも、元々スピアーとモルフォンの素早さにはレベル分の大きな差があった。それに経験則では、囲まれてはいるが、向こうが動いてからでも十分対応可能な距離も取れていたはず。それなのに、動く間もなく眠らされた…正直驚き以外の感想が出てこない。

 

…"こうそくいどう"なんて、モルフォンは覚えただろうか?それとも…まさか"ちょうのまい"!?アンズが時代を先取りしちゃってたりするのか!?んな馬鹿な!?

 

 

「よっし!モルフォン、そのまま"サイケこうせん"で吹き飛ばしちゃえっ!」

「フォォーンッ!」

 

 

ただ、考えてる時間はそんなにない。"ねむりごな"に続いて、"サイケこうせん"が眠ってしまって動けないスピアーを直撃する。

 

 

「ビィ…ッ…!」

「ちィッ…寝てる場合じゃないぞ!起きろスピアー!」

 

「ス……ピィィーッ!」

 

「よしッ!」

 

 

幸い、最短に近い早さでスピアーは眠りから目覚め、戦線に復帰した。俺の声が届いたか、それとも攻撃で受けたダメージのおかげか?そして、ダメージの方もまだ許容範囲。十分に戦える。

 

 

「もう起きちゃったの…ッ!?」

 

「危ねぇ危ねぇ。こちとらスピアーの上を取られるなんて、思っても見なかったよ…」

 

 

いつもならスピアーが上から殴り続ける展開になっているところを、まさか互角に持ち込まれるとは思わなかった。

 

単純に考えるなら、アンズがモルフォンを鍛えて来たってことになるが…前回戦ってから1週間ほどしか経ってないのに、ここまで劇的に変わるものだろうか?

 

スピアーのダメージから見るに、"ちょうのまい"を使ったという線は薄いとは思うが…

 

 

「とりあえず、スピアー!今度こそ"みがわり"!」

「スピィッ!」

 

 

モルフォンの速さの謎は分からないが、分身のサークルからスピアーが弾き出されたことで、分身による包囲網は一先ず瓦解した。しかし、あの謎が解けるまでは迂闊には踏み込み辛い。まずは確実に"みがわり"を張って行動回数と"ねむりごな"への御守りを確保。ここまでやって、あの"でんこうせっか"並みの"高速ねむりごな"のギミックを解明するための余裕が生まれる。

 

 

「させない!モルフォン、"サイケこうせん"!」

「フォーンッ!」

 

「…遅い!スピアー、"こうそくいどう"で回避しろッ!」

「スピャア!」

 

 

モルフォンはその動きを阻止しに来るが、これはスピアーが持ち前の機動性で回避。"みがわり"も無事発動したようで、スピアーの前方、若干色褪せて透けて見える身代わりのスピアーが、本体と半ばくっつくように存在していた。

 

そして、"サイケこうせん"の攻撃スピードには特に変わったところは無かった。モルフォン自体の素早さにも変化はない。

 

 

「しくじったわね…だったら、モルフォン!もう一度"かげぶんしん"っ!」

「フォーッ!」

 

 

攻撃に失敗したアンズは、"かげぶんしん"を積み増していく方向に動いた。

 

 

「これ以上は看過出来ないな!スピアー、"ミサイルばり"で分身を蹴散らせ!」

「スピィーッ!」

 

 

これ以上積まれるとバトルに明らかな支障が出るので、こっちは潰しに動かざるを得ない。"かげぶんしん"には"みがわり"のような質量はないので、1/4の威力でも問題ない。正確なモルフォンの位置が特定出来ない以上、"ミサイルばり"を乱射して手当たり次第に分身を掻き消していく。

 

そして、"かげぶんしん"の展開速度も以前と比べればやはり幾分か速い気はするが、それでも目を見張るほどかと言われると…

 

 

「ここよ!モルフォン、一気に相手の懐まで飛び込んで!」

「フォォーンッ!」

 

「…はやッ!?スピアー!?」

「ビィ…ッ!」

 

 

様子を窺っていたモルフォンが一気に攻めに転じた…のだが、突っ込んで行くスピードが思った以上に…いや、異常なレベルで速い。

 

 

「スピアー、"こうそくいどう"!モルフォンを振り切れッ!」

「ビィィー!」

 

「遅い!モルフォン、"サイケこうせん"ッ!」

「フォーンッ!」

 

「ビィ…ッ!」

「くっそ…!」

 

 

"こうそくいどう"で無理矢理引き離そうとしものの一手出遅れ、"サイケこうせん"の直撃を許してしまった。この一撃は身代わりがダメージを受け持ってくれたことで、スピアーへのダメージはない。が、肩代わりした身代わりそのものは霧散してしまった。

 

 

「いいわよモルフォン!"ねむりごな"ッ!」

「フォーンッ!」

 

 

身代わりが消えて盾が無くなったところに、"ねむりごな"の追撃。

 

 

「"こうそくいどう"で振り切れッ!」

「スピィッ!」

 

「…よしッ!」

 

 

普通にやって駄目なら…と思って"こうそくいどう"での回避を指示。今回はモルフォンに攻撃後の隙もあって、紙一重ではあったが避けることが出来た。

 

それでも、回避のタイミングが紙一重と言うのは異常だ。どうやってあれだけのスピードを得ているのか。他の技は以前と大差無いのに、何故"ねむりごな"だけあんなスピードでスピアーまで届けられるのか。特性も…確か"りんぷん"に"いろめがね"で、命中率に関係する特性ではなかった。

 

まさかアンズのモルフォンだけ、"ねむりごな"が必中技の特別仕様だったりしないだろうな?

 

 

 

異常と言えば、さっきのモルフォンの突進も異常だった。あっという間に懐まで潜り込まれる、とんでもない速さ。まるで、風に乗って滑空でもするかのような…

 

 

 

 

『ヒュオォォー…』

 

 

「…!そうか、風かッ!」

 

「…気付かれちゃったか。そう、これがあたいの作戦よ!名付けて"忍法・追い風の術"!…ってね!」

 

 

追い風の術…図らずもの一致、か。一瞬「まさか"おいかぜ"の存在に気付いたのか!?」と考えたりしたが、たぶん天が与えた偶然だ。

 

この技が登場したのは世代的にはまだまだ先だが、実際ポケモンには"おいかぜ"と言う技がある。ポケモンの技としての"おいかぜ"は、数ターンの間味方の素早さを大きく上げる効果の変化技。今の天候は強風が吹き続けている状況…方向さえ合わせれば、まさに追い風を使った状態だ。

 

それに、思い返せば最初とさっきのモルフォンの突進の動きも、風上から風下へ向かっての移動だった。これまでの異常なモルフォンの速さもある程度は説明が付くし、"ねむりごな"は粉技なだけに風の影響を強く受けそうなイメージは湧く。本来は相手に向かって振り掛けるところで、風の力を利用した…そう考えれば、"ねむりごな"だけが必中技みたいなものと化していたのも(うなず)ける。

 

とすると、"かげぶんしん"でスピアーを包囲するようなあの動きは、居場所を特定させなくしつつ風上のポジションを奪取し、風を利用して有利に立ち回ると同時に、その狙いを俺に気付かせないための動きか?…してやられてんな、俺。

 

ただ、向こうの忍術とやらのタネは割れた。そうと分かれば、目には目を、歯には歯を、風には風を…この風は、決してアンズ1人の味方じゃないってことを分からせてやるぜ。どちらにせよ、反省は勝負が終ってから。さあ、反撃開始だ!

 

 

「よし、巻き返しと行こうかスピアー!」

「スピィッ!」

「そのまま"こうそくいどう"でモルフォンを引き離せッ!風上を取るんだ!」

「ビィィーー!」

 

「させるもんか!モルフォン、撃ち落としてっ!」

「フォ、フォーンッ!」

 

 

迎撃が飛んで来るも、"こうそくいどう"で得た超スピードで以て、スピアーが一気にモルフォンの斜め左後方上空…風上を難無く占拠する。

 

 

「まずはお掃除だ!スピアー、撃ちまくれ!"ミサイルばり"!」

「スピャアッ!」

 

 

場所取りに成功すれば、次は近場のお掃除。反撃の"サイケこうせん"を躱しながら、攻撃の障害になる分身を片っ端から消し飛ばしに掛かる。

 

2度の"かげぶんしん"で、フィールドの一角を埋めれる程に創り出されていたモルフォンの分身が、次々と針の雨に打たれて消え去っていく。

 

 

「突撃ッ!」

「スッピィィーッ!」

 

 

そして分身が全て消滅し、本体が丸裸になったところで突撃。でも、これは囮だ。

 

 

「モルフォン"ねむりごな"ッ!」

「フォーン!」

 

「掛かった!上に逃げて"みがわり"だ!」

「スピャ…ッ!」

 

 

攻撃すると見せかけて、途中で軌道を変えてモルフォンの上空へと離れた所で"みがわり"を展開。"みがわり"を使うための猶予が欲しかったんだ。

 

体力的には"みがわり"を使えるのはこれが最後だろうが…なに、1度展開出来れば十分だ。

 

 

「そんじゃ、今度こそ!スピアー"どくづき"ッ!」

「スピィッ!」

 

「避け…られない…っ!モルフォン"サイケこうせん"でスピアーを止めてっ!」

「フォーン…ッ!」

 

 

"こうそくいどう"に天然の追い風でスピード増し増しの突撃。モルフォンでさえあれだけの速さだったんだ。それがレベルで上回るスピアーとなれば、そう簡単に避けられるものではない。下手に避けようとして隙を晒すよりかは…という判断なんだろう。

 

ただ、それが正しかったのかどうかは、残念ながら判断出来ない。

 

 

「スッピィャアーッ!」

 

 

必死に繰り出した"サイケこうせん"は、辛うじてスピアーを捉えたものの、それは"みがわり"を掻き消しただけ。その間にスピアー渾身の一撃は、遂にモルフォンへと届いた。

 

 

「フォ…ォ…ッ」

 

 

風に乗ってのすり抜けざま、上段から振り下ろすように突き出された"どくづき"が、モルフォンを地面に叩き落す。

 

手応えあり。だが、まだ足りない。

 

 

「もう一発だ!」

 

 

勢いそのままに駆け抜けたスピアーが、Uターンして再びモルフォンに向かう。

 

 

「モルフォン"ねむりごな"ッ!」

「フォ、フォ…ン…ッ!」

 

 

アンズの指示に応えようと、よろめきながらも空へと舞い上がるモルフォン。しかし、出来たのはそこまで。

 

 

「スピィィーッ!」

 

「フォ……ォ…」

 

 

向かい風も何のその。モルフォンが決死の行動で"ねむりごな"をバラ撒こうとするよりも先に、追撃の"どくづき"が突き刺さった。

 

再び地に墜ちたモルフォン。

 

そして、そのまま浮かび上がることは出来なかった。

 

 

 

 

 

「そこまでッ!モルフォン戦闘不能!よって勝者、マサヒデッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~5日後~

 

 

 

「…それでは、キョウさん。そしてジムの皆さん。長らくお世話になりました」

 

「うむ」

 

 

 アンズとの最終決戦から6日。名残を惜しみつつも準備を整え始め、勝利の余韻も落ち着いた今日、ついにセキチクシティを旅立つ日がやって来た。

 

だいぶ余裕を持って動いたので、休養は十分。俺もポケモンたちも、体調はバッチリだ。前日にはお別れ会兼壮行会までやってもらい、感謝しかない。

 

 

「マサヒデ、繰り返しになるが、才能に胡座をかき、精進を怠るべからず。それと、くれぐれも身体を労るように。ジムを巡るのにはポケモンの実力のみならず、トレーナー自身が壮健でなくては成せることも成し遂げられぬ。無理はせず、時には休むことも責務ぞ」

 

「はい!」

 

 

普段なら既に皆さんそれぞれの業務、或いはトレーニングに励んでいる時間だが、キョウさんからセキチク忍軍の皆さんまで、俺の見送りのために集まってくれている。有難いことだ。

 

台風一過…と言うには少し日が経ちすぎている気もするが、天気は快晴。風もなく、日差しのきつい、夏らしい陽気が戻っていた。暑さ以外は絶好の旅日和だ。

 

 

「あとは…アンズ!」

 

「はい、父上!…マサヒデ、これ」

 

 

そう言って、アンズが差し出して来たのは、手持ちサイズの風呂敷包み。

 

 

「これは?」

 

「お弁当。あたいと皆で作ったんだ…って言っても、おにぎりだけなんだけど。お昼にでも食べなよ」

 

「おー、ありがとう」

 

 

中身はアンズ以下セキチク忍軍皆さんお手製のおにぎりとのこと。有難く頂戴します。

 

 

「それと、もう一つ!」

 

「ん?」

 

「あたいはもっともっと強くなって、父上の跡を継いで立派な忍者に、そしてジムリーダーになる!そして、次こそはあんたに勝つ!」

 

 

おおっと、これはリベンジ宣言かな?いいでしょういいでしょう、こちとら『アンズをギャラドスで6タテ計画』が始動中なんだ。機会があればいつでも受けて立とうジャマイカ。

 

 

「やれるもんなら」

 

「言ったわね!だったら、それまで首を洗って待ってなさい!」

 

「待てと言われて待つ奴はいないんだよなぁ」

 

「だったら無理矢理捕まえるだけよ!あたいがブッ飛ばすまで、変なところで負けないでよ」

 

「ワザと負けるつもりはないし、努力はしよう。確約は出来んけどな」

 

「…そ、ならいいわ。…頑張って」

 

「あいよ」

 

 

そう言って再戦の約束と激励の言葉を投げ渡し、アンズは下がっていった。ここのところのアンズさんは、売り言葉に買い言葉で軽く火花散らしてたと思ったら、急にしおらしくなったりするから困る。微妙にペースが狂うんだよねぇ。

 

 

 

 その後、他のセキチク忍軍の皆さんやお世話になったジムトレーナーの皆さん、キョウさんの奥さんから激励の言葉を貰った。

 

 

「じゃあ、これが正しいのか分からないですけど…まあ、行ってきます」

 

「うむ。もしも行き詰まるようなことがあれば、いつでも戻って来るといい」

「その時はあたいがボコボコにしてあげる!」

「マサヒデどの、ファイトでござるよ!」

 

「皆…ありがとうございました!」

 

 

こうして、俺はセキチクジムの皆さんの見送りと声援を背に、1カ月以上に及んだセキチクシティでの生活に別れを告げた。

 

次の目標となるジムがあるのは、カントー最大の都市・ヤマブキシティ。一度訪れながらもほとんど何もすることなくスルーするハメになった、光り輝く大都会だ。待ち受けるのはエスパータイプのエキスパート、『エスパー少女』ことナツメ。エスパータイプというのは現状だと中々対策し辛い難敵だが…俺はサカキさんに勝つまで止まるつもりはない。

 

セキチクシティでのこれまでを思い出して後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、俺は目標のため、今再び歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 




アンズとの決闘を制して、これにてセキチクシティ編終了!久々に予定通り更新出来たことに感動しています(オイ)
この話書いていて、常時追い風状態のマップとか、登場と同時に追い風を展開する新特性…ありそうと思った。でも、特性だと流石に強すぎるか…

…さて、次の街となると、あのポケモンの設定を一度練らないと…


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第46話:捨てる神あれば拾う神あり

 

 

 

 セキチクジムリーダー・キョウを破り、4個目のジムバッジとなるピンクバッジを手に入れてから約1週間。ついでに果たし状叩き付けてきたアンズも返り討ちにし、長らく世話になったセキチクシティとジムリーダー以下の皆さんに別れを告げた俺は、15番道路を道なりに一路東へと向かっていた。

 

15番道路はセキチクシティから東に延びる道。ここから次の街であるクチバシティ、ないしはシオンタウンまでは、15番道路-14番道路-13番道路-12番道路と続く長い道程が待っている。

 

タマムシ-セキチク間の道路が整備されたことで、以前と比べればだいぶ人の往来は少なくなったとは言うものの、車が行き交う道から少し外れた歩行者用の道には花壇や並木道が整備され、その周辺には一面の芝生と遊具、そしてバトルフィールドが至る所に存在。お日様の下、若いトレーナー同士の白熱した熱戦が、親の見守る中で子供同士による微笑ましさを感じるようなキャットファイトが、年配のトレーナー同士の老練ながらもどこかのんびりとした戦いが繰り広げられている。

 

それだけでなく、バトルフィールド以外にも運動場やスポーツの競技場もある。陸上競技のトラック、サッカーに野球のグラウンド、テニスコート、あそこにあるのは…ゲートボール場か?とにかく、休日と言うこともあってか、老若男女を問わず多くの人々がポケモンバトル、スポーツにポケモンと共に興じ、戯れていた。

 

ポケモンが当たり前に存在するそんな光景を見ていると、ふとした拍子に以前の生活を思い出して「ああ、本当に俺はポケモンの世界で生きているんだな」と改めて実感する。こっちに来てもう3年…色々あったし、これからもこの世界で生きる限り、色々なことが待っているのだろう。

 

 

 

そもそも、ゲーム的にはまだ始まってすらいないっていうね。レッド・グリーン両名の年齢から見ても、原作開始まで長めに見て4、5年ぐらいまだあるだろうか?『光陰矢の如し』なんて言葉もあるけど、それでも5年って長いよな。

 

 

 

 

 

 頃合いを見て途中で一旦足を止め、設置されていたベンチに座り、休憩ついでにお昼ご飯。アンズから「お昼にでも」と渡されたおにぎりを頬張る。かなり塩が効いていて塩っ辛いおにぎりだ。ゲームじゃ将来的に毎日キョウさんに弁当を作って届けていたアンズさんも、今はまだまだ練習中ってことか。

 

まあ、俺は塩気の効いてた方が好きだから問題ない。そして具無しおにぎりは原点にして頂点。美味しかったです。自販機で買ったサイコソーダもキンキンに冷えてやがる。ご飯に炭酸飲料とか、なんて不健康で背徳的な組み合わせなんだ…ありがてぇ…!

 

そんなこんなで体力も回復したら、活気と笑顔に溢れた光景を横目に見つつ、俺もまたのんびりと自転車を押して歩き出す。季節は真夏へと近付きつつあり、歩いているだけでも汗ばむような陽気だ。空を見上げれば、快晴の青空に一筋の飛行機雲。ゆったりとした時間の流れに乗って、フワフワプカプカ、されるがままに流される…そんな気分。

 

ここまでのんびりと旅が出来るのは、ジム巡りに出てから初めてのこと。これまでは自転車強制だったり、用事を押し付けられたり、拉致られたり(だいたいサカキさんのせい)で、急ぎの道中ばかりだったが、今回は特に制約は無い。幸い、ゲームと違ってポケモンセンターは細目に点在しているので、道のりも長いし、ポケモンセンターを梯子しながらのんびりまったり行こうと決めた。

 

そのせいでせっかくの自転車が荷物運搬用のリヤカー同然と化してしまっていたが、まあそんなこともあるさ。

 

 

 

 これまで俺が手にしたジムバッジは4つ。この旅もようやく折り返し地点を過ぎたことになるが、8つのジムの完全制覇、延いてはサカキさんに勝利することを最終目標としている以上、まだまだ止まるわけにはいかない。九分を以て五分と為し…だ。

 

なので当然、次の目的地もポケモンジムが存在する街になる。セキチクシティから最も近い未制覇のポケモンジムがある街はヤマブキシティ。以前に一度足を踏み入れたものの、サカキさんにドナドナされてその日の内にサヨナラバイバイするハメになった、カントー地方でもタマムシシティと双璧を成す大都市だ。

 

セキチクシティからヤマブキシティへと向かうルートは、東回り2つと西回り1つ、合計3つの選択肢がある。西周りのルートはサイクリングロード-タマムシシティを経由するルートで、俺がセキチクシティに来た時のルートを戻る形になる。整備も進んでおり、ヤマブキシティに向かうならこのルートが最速で確実だろう。

 

一方で東回りルートは、最低でも15~12番の道路4つを踏破し、そこから12番道路の途中で西に折れ、11番道路ークチバシティー6番道路と経由してヤマブキシティに至るクチバシティ経由のルートと、12番道路をそのまま北進し、シオンタウンー8番道路と経由してヤマブキシティに至るシオンタウン経由のルートの2通りがある。

 

そして、今回俺が選んだのは東回りのシオンタウンを経由するルート。まだ行ったことがない、通ったことがない街ということもあり、一度は見ておきたいとは思ったからね。長居はしたくないけど。それに、ここしばらくの間ずっとリュックの底で眠っていた"危険物"…ありとあらゆる災厄を詰め込まれたとされるパンドラの箱に匹敵する(と個人的には思っている)これを穏便に処分するために、1度シオンタウンには寄る必要があるとは考えていた。

 

まあ、処分とは言っても本来の持ち主に丸投げするだけの予定だけど。あと、西回りで暴走族に絡まれるのもお断りだ。君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし…ってね。

 

 

 

「じゃあなんでそんな危険物持ち出したんだよ」って突っ込まれると、何も言い返せないんだがネ。我がことながら何で持ち出してしまったのか…コレガワカラナイ。我がことながら全くもって度し難い生物である()

 

あと、セキチクからフェリーでクチバに向かうという手もあったけど、ゲーム的に考えてそれは…ねぇ?

 

 

 

 シオンタウン絡みの事はさておき、ヤマブキシティまではどんなに急いだとしても徒歩と自転車では数日~十数日、下手したら半月は掛かると見ている。2日3日程度なら誤差の範囲だと思えるような長距離の移動、余程の事がない限り、この旅に出てから最も長い旅になることは確定していた。自然いっぱいポケモンいっぱい、ついでにトレーナーもいっぱいな道がずっと続いているのだから。

 

まあ、急ぎの旅ではないのだから、当初の予定通りのんびり行けばいい。何気なしにそう思いながら、俺は東を目指して道なりに歩みを進めていく。

 

とは言え、初夏の日差しの中を延々と歩き続けるのも中々に辛い。となれば、そこでようやく自転車の出番。途中、バトルフィールドなどが整備されたエリアが終わった辺りから自転車に跨がり、後ろに積み上がった荷物を崩さないように注意して漕ぎ始める。すぐ右手には海岸線を望む道は、微かに感じる潮の香りを乗せた風が暑さを和らげてくれる。その風を一身に浴びて、海沿いを軽快に飛ばす。

 

その後も途中何度か休憩を挟みつつ、そのまま風光明媚な海岸線の景色を流すこと数時間。時間にして15時前頃には、本日の目的地…15・14番道路のほぼ境目にあるポケモンセンターに到着。駐輪スペースに自転車を止め、荷物を下ろした。

 

ゲームにおいてはポケモンの回復と入れ替え、他プレイヤー(データ)との交換・対戦を行うための設備を備え、最近の作品ではフレンドリィショップの役割も担っているポケモンセンター。だが、この世界では上記の内容に加え、ポケモントレーナー(トレーナーカード所有者)の宿泊施設、災害・事故等の緊急時における避難所、及び救急隊などの臨時拠点、さらには地域の集会所にリア充(こいびと)どもの待ち合わせ場所、果ては裏組織の支部だの異世界への入口だのetc…一部真偽不明と言うか、完全に都市伝説の類の話もあるが、とにかく非常に多岐に渡る役割がポケモンセンターには与えられている。

 

…あったよなぁ、『なぞのばしょ』。シンオウ地方のありとあらゆる場所…悪夢の住まう島に感謝の華が咲き誇る楽園、果ては創造神の御許にまでも通じていたという、数多の勇敢にして無謀な挑戦者を呼び込み、捕らえ、閉じ込め、絶望の淵へと追いやった、シンオウ地方最大級と言っても過言ではない魔境(バグ)。あれ見つけた人スゲーと思うわ。俺は足踏み入れただけで止めといたけど。

 

 

 

それはともかく、ここまでの道中かなりのんびり来たつもりではあったが、それでもかなり早い時間に今日の宿に到着したことで、時間を持て余すことになった俺。夕飯まで部屋で一眠り…とも考えたが、それをすると夜眠れなくなる。かと言ってここは15番道路。近場に丁度良く時間を潰せる施設など、調べた限り存在しない。ゲーム同様だな。

 

そこで消去法で浮かんだのが、ポケモンセンター併設のバトルフィールド。ゲームでは他のプレイヤーと戦うために必要なのは通信設備…初代の頃で言えば通信ケーブルだったワケだが、ポケモンが現実にいれば必要になるのは戦うための広いスペース、バトルフィールドだ。こっちではポケモンセンターにバトルフィールドはほぼ必ず備わっているもので、場所にもよるが、ここでは屋外に2つのバトルフィールドが整備されている。その周囲には観戦スペースもあり、トレーナーたちがバトルを観戦したり、戦術について激論を交わしたり、和やかに談笑したりと、トレーナー同士の交流の場として賑わっている。

 

現状、ここ以上に持て余した時間を消費するために適した場所は無い。荷物を部屋に置いた俺は、そのままバトルフィールドへと足を運んだ。

 

 

 

そして案の定、他のトレーナーからバトルを挑まれた(からまれた)。最初観戦だけでもと思っていたのだが、途中で学校終わりと見られる子供たちに目をつけられてしまったのだ。まあ、子供と言っても今の俺と同じか少し上の奴らだけど。

 

目が合ったらバトルの合図…子供だろうと大人だろうと、誰しもがそのポケモン世界におけるトレーナーの常識、本能、性には逆らえぬのである。

 

 

 

 

 

正直おかしいだろとは思う。口にはしないけど。

 

 

 

 

 

 

 

「クサイハナ、"ギガドレイン"でラスト!」

「ハッナ~!」

 

「コ、コパァ~!?」

「うわぁ!?コ、コダックーー!?」

 

 

 

 

…で、仕方ないので挑んで来た1人を軽く捻ったら、敵討ちとばかりに残りの子たちにも当然の如くバトルを挑まれ、結果4人と連戦することに。

 

ただ、ここ1ヶ月毎日のように戦い続けたアンズ以下、セキチク忍軍の皆さんと比較すると、タイプ相性の理解が覚束ない、技を繰り出すタイミングが遅い、判断に迷い過ぎetc…言っちゃ悪いが、拍子抜けするレベル。

 

アンズとのバトルがやたら多いのと、暴力的なまでのレベル差のせいで手古摺ったことが少ないから印象が薄いけど、アンズ以外の他の面々も結構やれてはいたし、これがジムリーダーに直接指導を受けている者とそうでない者の違いなのか?それとも単にセキチク忍軍の皆さんが、どこぞの薩摩人よろしく生まれながらにしての戦闘民族だっただけ?

 

 

「コダック、戦闘不能!勝者、マサヒデくん!」

 

 

ま、何はともあれ全員を立て続けにあしらって完勝で終了だ。

 

 

 

ただ、そんなことをすると悪目立ちしちゃうわけで、その後も大人含めて何人かにバトルを挑まれた。が、4連戦すでにしたことを全面に押し出しお断り。他のトレーナーたちのバトルを見物しながら日が暮れるまで過ごした。

 

あれだけ多くのトレーナーたちで賑わっていたポケセンも、夕食も終わるぐらいの時間になれば、人の出入りは少なくなり、落ち着いた時間が流れるようになる。

 

都市部からは離れた立地故の静けさと、空調の効いた快適空間。トレーナーの特権である格安ポケセン飯で夕飯を済ませ、明日の旅の道程を確認してから寝床に潜れば、今朝別れたばかりのセキチクジムの皆さんの顔が浮かんでくる。出会いはちょっとアレだったけど、何だかんだ良い人たちだったよ。最初のアレ以外は。

 

まあ、急ぐ旅じゃないんだ。ゆっくり休んでのんびり行こう。

 

 

 

 

 

…そう言えば、ポケモンリーグの参加受付の締め切りっていつだっけ?ここ3年テレビで見たポケモンリーグセキエイ大会は、11月半ばに開催されてる年末前の大一番って感じだったから、10月中旬…遅くとも11月の頭が期限かな。とすると、チャンピオンロード突破も含めて猶予は3カ月とちょっとぐらいか。

 

…後でちゃんと確認しとこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~12日後~

 

 

 

『シオンは紫尊い色 尊さの滲む街 ようこそシオンタウンへ』

 

 

 12番道路からゲートを抜けてすぐ、そんな文言で訪問者を歓迎する看板があった。長い期間そこにあって潮風を浴び続けたせいか、錆や劣化が目立つものの、それでも彼は自らが任された職責をしっかりと果たしている。そこに描かれた内容は、15・14・13・12と実に4つの道路を踏破したという努力が結実したことを証明するものであり、俺に確かな達成感を与えてくれると同時に、その佇まいと街が放つ不気味な雰囲気…俺の固定観念なのかもしれないが、幾許かの不安を掻き立てる。

 

はい、というワケで14・13・12番道路と特に面白いこともなかったのでカットカットカットォ!して、セキチクシティを旅立っておよそ2週間。12番道路がほぼ桟橋地帯だったせいで、自転車が使えなかったために思いの外時間も体力も気力も掛かってしまったが、それでも俺は、ようやく次なる街・シオンタウンに足を踏み入れたのでした。まあ、原作のゲームからして長いだけでなんてことない道程ではあったが、本当になんてことのない道程だった。

 

多少厄介だったのが桟橋地帯の12番道路。釣り人たちがポケモンを驚かせないように足音を忍ばせて移動することから『サイレンズブリッジ』という別名でも知られ、ゲームでは固定シンボルでカビゴンがいるのと、『すごいつりざお』が貰えるというポイントのある道なのだが、カビゴンはいないし釣り竿は売ってたけどクソ高いし…おまけに実際に歩いてみると、波をよく被るからか所々滑りやすく感じる道で、海特有の磯臭い香りも鼻を突く。橋の欄干もない箇所があり、こんな所で自転車を乗り回そうものならどこかしらでスリップして転倒、最悪某配管工カートゲームよろしく自転車ごと海水浴…なんて事態になりかねない状況。

 

そして、そもそもの話…

 

 

 

『自動二輪車、及び自転車の運転を禁ずる』

 

 

 

…こーんな規則があったんでどーしよーもなかった。急ぐなら別の道行くか、車使ってタマムシから回れってことらしい。

 

仕方がないので自転車を押して、のんびりと桟橋を歩いて北上。『釣りの名所』と呼ばれるだけあって、道中では釣り人の皆さんが竿を手に静かに糸を垂らしている姿や、釣り上げたポケモンとバトルする姿、人影は無くとも釣り具一式が置いてある…そんな場所が至る所にあった。

 

彼ら見てると俺もちょっと釣りをしてみたい気分になったんだが…竿、持ってたんだけどね…ギャラドスに圧し折られて泣く泣く廃棄処分してから、買い直してなかったんだよね…

 

釣り人たちの姿にセキチクシティでの苦い思い出を呼び起こされながらも、俺はひたすら北を目指して歩く。桟橋の上ということもあってロクな日除けも無く、真夏の灼ける様な日差しが心身をジリジリと蝕む。止まることなく流れる汗で、タオルが手放せない。流石にこんな状況で歩き続けたら、いずれ熱中症で倒れてしまうだろう。

 

こんなことなら帽子を用意しとくんだった、とその時今更ながらに後悔し、歴代の主人公たちが一様に帽子を被っていたのには、ちゃんと理由があったんだなぁ…と1人納得したのだった。つか、普通に考えてみたらこれって常識…

 

 

 

 

 

 そんなこんなでその後も暑さに色々とやられ、こまめな休憩を挟みつつもひたすらに歩き続け、日が沈むよりも前に何とかシオンタウンに滑り込めたのが現在。太陽はオレンジ色に空を染めながらも、すでに西の山の向こうへと姿を隠し始めていた。

 

原作でのシオンタウンと言えば、暗い、怖い、もしくは不気味という印象が出て来る人が多いのではないだろうか。実際、季節だからか、それとも吹く風が潮風だからか、はたまたここがシオンタウンだからか、頬を撫でる風がどことなく生温さを感じさせ、夕暮れの状況と相まっておどろおどろしげな空気を醸成している。

 

そんな不気味な街・シオンタウンを象徴する施設と言えば、第一に出てくるのはやはり『ポケモンタワー』だろう。ポケモンタワーは死んだポケモンの魂を祀る場所…つまりは墓地。内部は所狭しと墓石が設置され、3階以降の階層では怪しげな霧が充満し、不気味さに拍車をかけている。内部で出現する野生ポケモンも、基本的にはゴーストタイプのポケモン・ゴースがほとんどで、たまにカラカラが出て来るだけ。待ち構えているトレーナーは祈祷師ばかりで、その全てが何かに憑りつかれてイカれた言動をしている。窮め付けが『ゆうれい』ことガラガラ…当時多くの子供たちにトラウマを植え付けたことは間違いない。シオンタウンにポケモンジムがないことで、余計にポケモンタワーの印象が強くなっている面もあるのかもしれない。

 

第2世代になるとポケモンタワーはラジオ塔に生まれ変わり、BGMや街の雰囲気も温かみを感じさせるものに変化したが、初代の印象が強過ぎてなぁ…喜ばしくも、何となく物足りなさも感じる変化だった。

 

 

 

…で、話は変わるが映画・ドラマ・ゲーム・リアル限らず、俺はホラー系のものが大の苦手だ。テレビでその手の番組が流れていた時は速攻でチャンネルを変え、家族が見ている時は脱兎の如く別の部屋へ避難するのが当たり前な程度には苦手だ。

 

そんな俺にとって、ホラー色の強いこのシオンタウンという街は、あまり長居をしたい街ではない。それどころか、出来ることならすぐにでも立ち去って次の街へ向かってしまいたい。もう空気からして不気味な雰囲気を漂わせ、今にも「出そう」にしか感じない。8番道路で野宿確定になってしまうが、それで全然構わないレベルで長居したくない。

 

しかし、この街には俺がどうしても行かなければならない場所があった。正確には、その場所に行って会わなくてはならない人がいた。その人に会うためだけに、俺はセキチクシティから3週間あまりを掛けてまでこの街にやって来たのだ。

 

なお、個人的にポケモンシリーズで一番怖かったと思うのは、断トツのぶっちぎりで第4世代に登場した『もりのようかん』である。雰囲気と言いイベントと言いBGMと言い、あれ以上のモノはないと思う。正直、俺的に絶対に行きたくない場所ナンバーワンだ。

 

…とくこうの努力値稼ぐのに一番良い場所なんで、ゲームでは散々行ったけども。BGMの音量を0にしてた人は俺だけじゃないはず。あと、決して『もりのヨウカン』ではない。あれは(たぶん)甘くて美味しくて状態異常を回復させるアイテムだ。

 

 

 

…なぞのばしょ?あれはノーカンで。

 

 

 

さて、そういうワケで、早速その目的地…ではなく、時間も時間なのでまずポケモンセンターにチェックイン。ポケモンたちを預けて、今日はそのままポケセンで一夜を明かす。また明日だ。

 

そしてこの日の夜、俺はシオンタウンの洗礼を受けるように、身の毛もよだつような出来事に遭遇…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…は、しなかった。ま、普通はそうだよな。それとも、気休めに買っておいたお守りが効いたかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

 

 対人関係を築くに当たって、第一印象はとても大切だ。良好な関係を築けるかどうかは、第一印象…掴みに掛かっていると言っても過言ではない…と、個人的には思っている。今俺は、その初対面に向けた事柄で大いに悩んでいた。

 

目標であるポケモンジムがあるのは西隣りのヤマブキシティなんだが、経由地としてクチバシティではなくこの街を選んだのは、前述の通り会っておきたい人物がいたから。

 

その人物とは、シオンタウンにあるもう1つの施設、虐待を受けるなどして人に捨てられたポケモンを保護し、その世話を行っている『ポケモンハウス』を運営する老人で、かつては出身地のグレンタウンで研究者としてポケモンの研究に没頭していた人物。その名を『フジ老人』、或いは『フジ博士』。

 

…そして、俺のリュックの底で眠っている日記の主にして、初代最強の伝説ポケモン、凶悪な『いでんしポケモン』こと『ミュウツー』をこの世に生み出し、解き放った元凶だ。解き放ったと言うよりは、逃げられた、が正解か。

 

俺は今日、この日記帳という名のパンドラの箱を、本来の持ち主であるかの御仁に返却する(おしつける)ために、わざわざ怖い思いをしてまでシオンタウンを訪れ、このポケモンハウスの前まで足を運んだのだ。

 

 

 

…が、しかし。ここでその悩みが俺の足を止めさせる。個人的に開口一番で日記の事を話すワケにもいかないだろうと思っているので、出来れば自然な流れの中でスッ…と切り出したいのだが、そこに持って行くまで…フジ老人を訪ねるのに適当な表向きの理由がないのだ。

 

まさか面識もない状態でズカズカと踏み込んでいくなど、常識的に考えてとてもじゃないが出来た話ではないし、ゲームよろしく何かイベントでも起きてくれないかとか思っても、そう都合よく起こるはずもなし。

 

かと言って、ズバッと切り込んだところで適当にあしらわれて終わりそうな気も無きにしも非ず…でも、ゲームでのフジ老人の人柄からして、それはなさそう…か?

 

いや、しかし…

 

 

 

 

 

「にゃー、にゃー」

 

「…ん?」

 

 

しばらくの間あーでもないこーでもないと悩んで、ポケモンハウスの周りをウロウロ不審者ムーブをかましていると、近くで聞こえてきた猫のような鳴声。

 

釣られて声のした方を見れば、1体のポケモンが足下に。

 

 

「ニャースか」

 

 

その正体はニャース。ばけねこポケモンでノーマル単タイプ。テレビや雑誌の中ではよく見るポケモンだが、実際に本物を見るのは初めてだ。

 

 

「お前、どこから来たんだ?」

「にゃ、にゃー」

 

 

俺の足元まで近寄って来るなり、頻りにニャーニャーと鳴くニャース。抱え上げても逃げる様子は見せない。これだけでも、このニャースが人慣れしてるっていうのは分かる。

 

アニメではロケット団の3人組…いや、2人と1匹の組み合わせで、人語を解し、操ることの出来る特殊なポケモンとして有名。かく言う俺もそのイメージが強過ぎて、こうやって普通に猫やってるニャースに違和感があったりする。なんかこう…すまねぇな、ニャース。

 

この世界だとピッピやプリン、ピカチュウ同様、普通に可愛げのあるポケモンなので、ペットとしてゲットするトレーナーも多いのだとかなんとか。このニャースもしゃがんで目線を合わせても逃げようとせず、抱え上げようとしても特に抵抗もなく素直にされるがまま。人慣れしてる様子から見て、誰かしらのポケモンなんだろうなとは思うが…

 

 

「…あ、ニャース!まったく、急に走り出したと思ったら…」

 

「にゃ~♪」

 

 

そう思っていたところに、タイミングよく女性が登場。ニャースは俺の腕をスルリと抜け出し、軽やかな身のこなしで女性の胸元へとサイドチェンジ。

 

ああ、ツヤモフが…おのれ、裏切ったなニャース!

 

 

「ごめんなさいね、この子が迷惑掛けたみたいで」

 

「いえ、お気になさらず。そのニャースって、お姉さんのポケモンですか?」

 

「いいえ、私はそこのポケモン保護施設でお世話のお手伝いしてるだけで、この子は私のポケモンじゃないの。そう言う君は…もしかして、トレーナーなのかな?」

 

「あ、はい。一応」

 

「そう…自分のポケモンは、ちゃんと面倒見てあげてね?この子みたいな可哀想なポケモンを増やさないためにも」

 

「もしかして…このニャースって捨てられた奴…?」

 

「ええ…理由は分からないけど、トレーナーに捨てられたみたいでね。1匹でいるところを保護されて、私たちのところに運び込まれたのよ」

 

 

そう言って、ニャースの頭を撫でるお姉さん。そうか、こいつポケモンハウスで保護されてる奴だったのか。

 

 

「へぇ…捨てられたっていう割に、人懐っこい奴ですね」

 

「この子はイジメられたりはしてなかったみたいだから、私たちに懐いてくれるのも早かったの。けど、警戒心が強くて中々心を開いてくれない子もたくさんいるわ」

 

 

捨てられた動物って、基本的に人を怖がったり嫌ったりする傾向が強いというのは分かる。情報源は元の世界で見た捨て犬捨て猫のテレビ番組。

 

 

「なるほど…僕の手持ちにも、ちょっと距離感を図るのが難しいヤツがいるんですよね…ほんのちょっとでもいいから、このニャースの人懐っこさを分けてもらいたいですよ」

 

 

サナギラスくん、君の事だぞ。

 

 

「んー…そうね、ここで会ったのも何かの縁。もし時間があるなら、ポケモンハウスの代表…フジさんって言うんだけど、お話聞いて行かない?ポケモンとの付き合い方で悩んでいるなら、何かアドバイスが聞けると思うわ」

 

 

…お?これはもしかして、俺の方に風が向いてきた?フジ老人と会う絶好の口実、GETだぜ?乗るしかない、このビッグウェーブに!

 

 

「是非!」

 

 

そうして、俺は無事自然な形でポケモンハウスへと足を踏み入れることに成功したのだった。

 

フジ老人…ゲームでは優しく穏やかで、その一方ではロケット団相手にも臆することなく身一つで立ちはだかるような強固な信念と言うか、強い自責の念を持っている人物という印象なのだが、さて、実物は如何に?

 

 

 

 

 

 

 

 

…後々になって考えてみたらこのシーン、怪しげな勧誘に引っ掛かる若者の構図に見えなくもない…?

 

 

 

 




間に合ったのでクリスマスに投稿だー!というワケで皆さん、メリークルシミマス!()
今回はヤマブキシティへと戻るための道中をカカットして、シオンタウンに到着。この街も色々と思い出のある方は多いのではないでしょーか。作者の思い出はと言うと、初プレイ時にマスターボールがどんなボールなのか全く理解しておらず、ハイパーボールが切れたからとここのゴースにぶん投げたことです。今でも覚えてます(笑)

とりあえず、年内はこれが最後の投稿になるかと思います。ですのでこの場を借りて、この話を楽しんでいただいている皆さんに感謝を。1年間ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。メリークリスマス、そしてよいお年を。


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第47話:贖罪

 

 

 

 ニャースを連れたお姉さんの後に続いてポケモンハウスへ潜入。内装は別段変わったところの無い普通の民家で、中にいたのは数体のポケモンとお姉さん同様にその世話をしているらしい人が2人。そして…

 

 

「フジさん、ただいま戻りました!」

 

「お帰り、マナカさん」

 

 

…いた。もう見るからに人の好さそうなご老人。お目当ての人物、フジ老人で間違いないだろう。第一印象だけじゃ、このご老人があの日記に綴られていたような狂気の実験を主導していた人物などとは、とても思えないだろうな。

 

 

「…む?そちらの少年は?」

 

「さっきそこで出会った子なんです。何でもポケモンとの付き合い方で悩みがあると。名前が…えっと」

 

「初めまして、マサヒデと言います」

 

「ようこそ、マサヒデ君。席を用意しましょう、中へどうぞ」

 

「あ、では私はお茶の用意しますね」

 

「よろしくお願いするよ」

 

「はーい」

 

「…ではお邪魔します」

 

 

フジ老人と挨拶を交わし、案内されるがままに席に着く。

 

これで何とか、ポケモンハウスを訪ね、フジ老人と面会するまでは持って来れた。後はリュックの中にある日記帳を自然な形で引き渡すだけ。上手く話を持って行かないと…

 

 

「改めまして、私はフジ。ここ、ポケモンハウスの代表をしとる者です」

 

「マサヒデです。トキワシティから参りました」

 

「トキワシティから…遠くからよく来られましたね。ずいぶんと若いが、見た所ではトレーナーかな?」

 

「ええ、今年の3月にトレーナーズスクールを出て、各地のジムに挑戦する旅をしている途中でして」

 

「それはそれは…その年で大したものです。で、何かポケモンとの付き合い方で悩みがあると聞きましたが?私でよければ相談に乗りましょう。多少なりとも、何か力になれることもあるやもしれません」

 

「…実は、手持ちに中々言うことを聞いてくれない奴がいまして」

 

「ほう」

 

「どうにも他者と関わることを嫌っている節があって、コミュニケーションが取るのに苦労しているんです。出会った当初よりマシになってはいるんですが…」

 

 

まずは普通にお悩み相談。今の状態のままバンギラスになった日にはどうなるか…アニポケのリザードンルートが見える見える…一応、本気で悩んでいるところではあるからね。サナギラスとの付き合い方で何か助言が貰えないか、期待を込めて話を切り出す。

 

出会った当初から今に至るまで、どういう風に付き合ってきたかを出来るだけ詳しく伝えた。実際にサナギラスも出して見せた。元来の性分からして凶暴・無愛想なヤツではあったが、進化して蛹化したことで多少落ち着いた…いや、落ち着かざるを得なくなったのか?そんな感じではあったが、余計に何考えてるのか分かり辛くなった気もする。

 

その間、フジ老人は静かに俺の話に耳を傾けてくれていた。

 

 

「…なるほど、大体の事情は分かりました。ところで、君はポケモンハウス(ここ)がどういう場所かはご存知かな?」

 

「捨てられたポケモンの保護を行っている施設…とだけ」

 

「そう、人間の都合で捨てられたり飼えなくなったポケモンを保護し、世話をしています。それと同時に、引き受けてくれる新たな主人…トレーナーや企業・団体への橋渡しもしています」

 

 

俺は犬猫は飼ったことないからよく分からんけど、まんま捨て犬・捨て猫保護団体っぽい。

 

 

「そうなんですね。そして人間の都合ですか…」

 

「人間の都合とは言っても、病気や怪我、引っ越し、収入の問題等、どうにもならない理由で一緒にいることが出来なくなり、止むを得ず泣く泣く手放していく人も中にはおられます。ですが、ここにいるポケモンの多くは弱い、気に入らない、言うことを聞かない等々、とても身勝手な理由で人間に捨てられ、ここにやって来るのです。中には日常的に暴力も振るわれ、或いはまともな世話をしてもらえず、ボロボロの状態でここに運び込まれた子も珍しくない」

 

 

…ポケモンが現実の存在となった以上、こうやって話を聞かされると身につまされる思いだな。ポケモンをゲームとして楽しんでいた頃の事を思い出すと特に。この世界じゃ、孵化厳選なんてやろうものならバッシングの嵐を受け、余裕で檻の中がマイホームになってしまうこと間違いなし。それこそ悪魔の所業みたいなもんだろうなぁ…

 

 

「ちゃんと世話されていたポケモンは人に慣れていますので、引き取り先が見つかることも多い。しかし、ボランティアの皆さんの頑張りもあって世話を素直に受け入れてくれていますが、今ここにいるポケモンの多くは連れて来られた当初人間を怖がり、食事を摂らせることもままならず、攻撃されて私どもが怪我をするなんてことも日常茶飯事。そこから改善するまでに、短い子で半年、長い子では1年以上もかかりました。そのような状態では引き取り先も中々見つからないのです」

 

「そんなに…」

 

「ええ。ポケモンは人間とは違う生物です。人間とは違った基準で生きています。しかし、人間と同じようにポケモン1匹1匹にも個性があります。意志があります。感情があります。私自身サナギラスというポケモンについて詳しいことは知りませんが、話を聞く限りではポケモンの種族として、人間とは相容れないような性質を持っているのかもしれません。そのポケモンのあるがままを見詰め、ポケモンに寄り添いながら接することも必要でしょう」

 

「あるがまま、寄り添う…そして人との関わりを避けているのは種族的な問題、か。時間が掛かるのは流石に仕方なさそうですね。まあ、覚悟はしていましたが」

 

「大丈夫、君はまだまだ若い。ポケモンと本格的に付き合い始めて間もないはずだ。それを考えれば出会ってまだ数ヶ月、どうにもならないぐらい関係が悪いワケでもない。焦る必要はありません、ゆっくりと、愛情を持って向き合ってあげて下さい。忍耐と寛容…それが、ポケモンと付き合う上でトレーナーが、人間が持つべき心構えです」

 

「忍耐と寛容、ですか…」

 

「そう、ポケモンのあるがままを耐え忍び、受け入れる広い心を持って向き合うこと。ポケモンとの付き合いはそれに尽きるのでしょう。そして、それを乗り越えた先に、人間とポケモンの信頼関係がある…と私は考えています。今は君の言うことに従ってくれないかもしれませんが、辛抱強く接していれば、きっとポケモンは自ずと心を開いてくれる日が来るはずですよ」

 

 

…言われてみれば確かに、俺とサナギラスって出会って半年も経っていないんだよな。ゲームじゃ簡単に懐いてくれるからちょっと困ってたけど、言ってもらったようにそこまで焦るようなことでもない…のかな?

 

 

「このようなことぐらいしかアドバイス出来なくてすまないね。でも、聞けば君とサナギラスは出会ってからまだ半年も経っていないそうじゃないですか。私から見れば、それだけの期間でよくそこまでの関係を築けたものだと思いますよ。それに、君が愛情を持ってポケモンと接していることは、君のポケモンを見れば分かります。ポケモンとの関係は、信頼無くしては何も成し得ません。ポケモンバトルでもポケモンとの信頼無くして勝利は覚束ない。勿論、愛情を持ってポケモンに接することが絶対条件と言えるでしょう。忍耐・寛容・愛情…人によって形は違えど、それらの上に人間とポケモンの信頼関係は存在するのです」

 

 

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かず』…とある軍人の部下の育て方に関する格言だが、フジ老人の言っていることはこれに通ずるものがあると思った。そこのところはポケモンも人と同じようなものなのかもしれない。

 

 

「人生とは、重き荷を背負いて遠き道を行くが如し…ポケモンとはこれから先、何年、何十年、場合によっては一生涯の付き合いとなることも十分にある。その心を忘れないようにね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

うん、子供にも分かりやすい、とてもいいアドバイスだったと思いました(小並感)。そして『人生とは…』の行は徳川家康の格言だな。色々背負込んでしまったからこそのアドバイスと言うか、戒めと言うか、フジ老人らしいとは感じた。

 

ま、やることとしては結局地道にコツコツとってことだな。これまでどおりさ。

 

 

 

ところで、ポケモンが某有名戦国シミュレーションゲームとコラボしてたのは覚えてるけど、この世界にも徳川家康っていたのだろうか?

 

 

 

…って、いかんいかん、これじゃ話が終わっちまう!どうにか話を切り出さないと!

 

 

「えっと、それでですね…」

 

「ん?まだ何か聞きたいことでもありましたか?」

 

「あの…」

 

 

ぐぬ…あー…えっと……ええい、ままよ!

 

 

「フジさん。貴方に見ていただきたい物があります」

 

「何でしょう?」

 

 

ここで止めてしまっては、わざわざシオンタウンまで来た意味が8割方(当社比で)失われてしまう。意を決して、リュックから問題のブツを取り出し、思い切り過ぎて多少机に叩き付けてしまいつつも机の上に置いた。

 

 

「これは…ッ!」

 

 

ソレを見たフジ老人の表情が、目に見えて変わる。奪い取るように机上の日記帳を手に取ると、目まぐるしい勢いでその中身に目を通していく。読み進めていくにつれて血の気が引いたように青褪める顔色と、小刻みに震え出す肩。ま、かつてのフジ老人の所有物だよな。分かっていたことではあるが。

 

 

「…君!これをどこでッ!どこから持って来たのですッ!」

 

 

日誌を見て突如大声を上げたフジ老人。机から身を乗り出し、俺に掴みかからんばかりの勢いに、思わずたじろいでしまう。

 

 

「グ、グレンタウンの廃屋敷で見つけた物です」

 

「グレンタウン…!そんな、まさか…」

 

「その反応を見るに、やはりコレは貴方の…」

 

「…失礼、取り乱してしまいました。席を移しましょう。奥の部屋へどうぞ」

 

「…分かりました」

 

 

言うが早いか、フジ老人は足早に席を立って奥の部屋へと歩き出した。俺もそれに着いて行く。

 

結局上手いこと話を持って行くという目論見は敢え無く崩壊したが、何とか本題を切り出せた。後は何とか日記帳を穏便に返却すれば、ミッションコンプリートだ。

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

 話し合いの場は奥の部屋へと移った。内部には俺が案内された席とは別に1人用の机があり、雑誌が並んだ本棚やタンス、盆栽のような観葉植物があった。フジ老人の私室、もしくは書斎だろうか?その部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルで、フジ老人と再び向かい合う。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

しかし、俺はフジ老人が何か言って来るのを待ち構えているだけなんだが、フジ老人も何故か黙り込んでしまって一向に話が進まない。お互いに沈黙の中で、気の重過ぎる時間が流れる。

 

一山越えたと思ったら、その次でのっけからまた躓くとは…仕方がない、気は進まないけどもう一度こっちから切り出そう。

 

 

「…お話の前に一つ。僕が今日ここに来た本当の理由は、これを貴方に渡すためだったんです。嘘を吐いたこと、日記帳を屋敷から勝手に持ち出してしまったこと、申し訳ありませんでした」

 

「…いえ、元々はずいぶんと昔に夜逃げ同然で手放した物件です。君を責めるつもりなどありませんし、その資格もない。それに、先程の相談は本当の事でしょう?気にしないで下さい」

 

「…すいません、ありがとうございます」

 

「ところで、君は何故、あの屋敷に?」

 

「グレンジム挑戦のためにグレンタウンを訪れていた間に、僕の保護者の関係で知り合った方から、あの屋敷の調査への協力を依頼されたんです。その過程で屋敷に踏み込んだ際に、この日記帳を見つけました」

 

「なるほど…この日記帳が私の物だと言うのは、何故?」

 

 

それは勿論日記の内容から…と言おうとしたところで、俺は記憶の海の中から重要なことを思い出す。それは、『日記の中にはフジ老人の名前は一度たりとも出て来てない』と言うこと。

 

これはマズい、何とかそれっぽい理由を捻りださなくては…!

 

 

「えっと…屋敷の以前の持ち主がフジと言う名前の研究者だったと、屋敷の調査協力を依頼した方に聞きまして。それで、こっち…シオンタウンに来た時に、ポケモンハウスの代表がフジという方で、以前はグレンタウンに住んでいたみたいだ…と言う話を耳にしたもので、『もしかして…』と思ったんです」

 

 

フジ老人の質問に、ゲームの情報を頼りに適当だと思える返答を捻りだす。咄嗟の事とは言え、何とか誤魔化せそうな素晴らしい言い訳と思う。自画自賛だが。

 

一応、似たようなことをゲーム内で言ってた人いたと思うし、これならいけるっしょ。

 

 

「その日記の中身は…読まれましたか?」

 

「汚損がひどくて断片的にしか読み取れませんでしたが、大まかな内容は理解しているつもりです」

 

「そう、でしたか…それで、どうされますか?」

 

「どうする…とは?」

 

「…この日記を書いた人物は、ポケモンにとても酷い仕打ちを行っていたようですね。これを警察に持って行けば、法の下で罪を罰することが出来ます。或いはどこかの研究機関に持ち込んでもいいでしょう。研究内容としては、引き換えに膨大なお金を手にすることが出来る…それだけの価値があるのではないでしょうか?」

 

 

ああ、そういうことね…別にそんなつもりは毛頭ないんだけどねぇ…大体、そんなことしたら主人公(レッド)が関わるはずのポケモンタワーのイベントが変化する…最悪、フジ老人不在で消滅…なんて可能性もある。原作乖離が酷いことになりかねない。

 

俺はポケモン世界を楽しみはしたい。でも、原作も大切にしたい。ぶち壊す気なんぞない。それに、こういう闇深案件に深く首を突っ込むのは面倒なことになるだけだ。早々に手仕舞いするに限る。

 

 

「別にどうもしませんよ。この日記はお返ししますし、今日の事を誰かに話すつもりもありません」

 

 

だから大人しく受け取って下さいお願いします頼むから。サカキさん(バック)に露見してからじゃ遅いんだよォッ!

 

 

「…誰かに、見せたりは?」

 

「いえ、誰にも見せていません。それに、繰り返しになりますが今後も誰かに話す気はないってことだけは言っておきます。内容的にもおいそれと口に出来ることではなさそうですし。僕は今日、これを貴方に返しに来ただけですから」

 

「………」

 

 

それっきり、フジ老人は再び黙り込んでしまい、再度部屋に静寂が訪れる。こっちも言うべきことは喋ってしまったので、これ以上何と声を掛けていいのやら。

 

そのまま時が過ぎること1分…いや、数十秒?重苦しい空気が漂い、俺の精神がピキピキと悲鳴を上げそうになる中で、ようやくフジ老人は口を開く。

 

 

「…もう、目にすることはないとばかり思っていたのですが…分かりました。君の考え通り、その日記帳は私がかつて、グレンタウンに住んでいた頃に付けていた日記です。確かに受け取りました」

 

 

そう言って、フジ老人は日記を後ろの机の引き出しへとしまう。よし、一時はどうなることかと思ったが、これで適当にちょろっと話しておさらばだ。ミッションコンプリートだぜ。

 

 

「……時にマサヒデ君、君はポケモンを完全にコントロール…思い通りにすることは可能だと思いますか?」

 

「ポケモンを完全にコントロール…ですか?」

 

 

これは…ミュウツー絡みのことっぽいな。

 

 

「…僕は貴方に日記を返しに来ただけとは言いましたが、相談させていただいたことに頭を悩ませているのも事実です。もしそれが可能なのであれば、僕が今日、貴方にアドバイスを求める必要はなかったのではないでしょうか?」

 

 

フジ老人の問いへの俺の答えはノー。それが出来ないから、サナギラスを手持ちに加えてから悩んでいるワケだからね。そもそも、サナギラス関連の問題が目に見えて困っているってだけであって、サナギラスに限らず手持ち全員、大なり小なり悩みはあるし。

 

 

「…ええ、そうでしょうね。ですが…もし、ポケモンを自分の思い通りにコントロールし、しかも強くすることが可能であったなら…君はどうしますか?」

 

 

どうしますか?って言われても…ゲームのようにドーピングアイテム使って、倒す相手を選んで努力値振ることも、ポケモンを思い通りに強くすることと言えそうだが、フジ老人に言われると改造とかの脱法行為としか思えない不思議。改造ダメ、イクナイ。

 

 

「真っ当な手段であれば大歓迎…ですが、貴方の言う方法はそうではないのでしょう?」

 

「……分かりました。マサヒデ君、少し私の話を…昔語りですが、聞いていただけますか?」

 

「…拝聴します」

 

「…ありがとう」

 

 

フジ老人はそう言って俯きがちに語り始めた。これは長くなりそうかな…

 

 

「…今から2、30年程前の話です。当時、私はポケモンの研究者として、ポケモンがどのように誕生し、進化して来たのかについて、仲間と共に研究していました。その頃の私はあることが切っ掛けで、ポケモンも何もかも、自らの意のままに出来ると思い上がっていました」

 

「それは、この日記の最後の方に記されていることですね?」

 

「ええ。ポケモンを完全にコントロール…制御することが出来るなら、それは人間としては理想なのかもしれません。そして今の私達人間は、ポケモンをモンスターボールに収めることで、ポケモンの何もかもを自在に操ることが出来ると思い込んでしまっているように思います。しかし、いくらモンスターボールで捕らえようとも、君のサナギラスのように指示に従わないポケモンの事例は決して少なくありません。それは、ポケモンにも個性と自我、意思があるからに他ならない。モンスターボールは人間がポケモンを操る制御装置ではなく、あくまでも信頼関係を築くための道具の1つ。切っ掛けでしかないのです」

 

 

モンスターボールは信頼を築く切っ掛け…か。理屈としては大いに理解出来るところではある。

 

 

「はっきり言って、人間にポケモンを完全にコントロールすることなど夢物語に過ぎません。今も時折同じようなことを仰っている方を見受けますが、それは人間の思い上がり、傲慢というもの。そういう考え方でポケモンと向き合った結果、私は大惨事を引き起こしてしまった…その道を進んだ先にあるのは、誰も幸せになれない不幸な結末です。その事実を私は、過ちを犯してから…研究者としての欲求を追い求めるがあまり、人として踏み外してはいけない道を走り抜けて、ようやく初めてそのことを理解したのです」

 

 

日記には、最終的にミュウツーが大暴れして屋敷が半壊。その間に脱走して、何処か…原作知識で言えばハナダの洞窟へ…行方を晦ました、というようなことが書かれていた。

 

日記からだと断片的にしか情報は得られなかったが、分かっただけでも非合法かつ過酷な実験の数々…そりゃミュウツーもブチギレますわ。亡くなられた研究者仲間の方々には申し訳ないが、この末路も自業自得としか思えない。

 

 

「事の始まりは数十年も昔のことです。ポケモン誕生の原初の痕跡が残ると言われる、ある地域の現地調査を行った際、私はその日記に記していた新種のポケモンを発見しました。日記にあるとおり、私は彼女…ミュウをグレンタウンまで連れ帰り、その研究を始めました。とても貴重な、貴重過ぎる研究対象です。過度なストレスを与えないよう、環境整備、食事、関わり方…その世話や対応には、これでもかと言うほど力を入れました」

 

 

そこでこれまで俯きがちに語っていたフジ老人が、一度顔を上げた。

 

 

「幸い、彼女の新しい環境への適応能力は高く、心配は杞憂に終わりました。そして大切に接すればするだけ、彼女もまた私に応えてくれました。彼女のことを観察し、研究していく中で、新しい発見が幾つもあり、その都度仲間たちと様々な議論を交わし、それを基に新たな実験や調査を行う…彼女と共に過ごした日々は、毎日が楽しかった。ですが、その楽しい日々も、彼女が子供を生んだことで一変しました。いえ、私たちが変わってしまった、変えてしまった…」

 

 

そう言ったフジ老人の語り口は、どことなく楽しそうにも見えた。その一方で、表情は逆に悲し気にも寂しげにも見えた。

 

そして、フジ老人は再び目を伏せる。ここでフジ老人の人生…いや、全てを狂わせた存在、ミュウツーの登場となる。これだけ書くと、『魔性の女』とか『傾国の美女』なんて言葉が思い浮かんだけど、ミュウツーに似合う言葉じゃねぇよなぁ…イメージ的にはミュウの方が似合いそう。

 

 

「ミュウには『ポケモンが覚える全ての技を使用出来る』という、他のポケモンとは明らかに一線を画した特徴がありました。そして、親の才能は子に受け継がれるもの…私は当然、その特徴は子供にも受け継がれている可能性が高いと考え、彼…ミュウツーと名付けた彼女の子供に対して、様々な調査を始めました。最初の内はただの調査・観察とその延長線上でしかありませんでしたから、何の問題も無かった。しかし、観察していくうちに、彼が私が今まで調査・研究してきたどんなポケモンよりも、はるかに強力な力を有していることが分かりました。そして私は、その力に眼が眩んでしまった。彼がどういう生物なのか、何が出来るのかを調べていく内に、いつしか私の、私たちの研究の主眼は、彼が持つ強力な力、潜在能力をどうすればより引き出せるのかへと変わってしまっていました。私たちは研究者としての本能、狂気に駆られるままに、彼に様々な実験…いえ、改造を施していったのです」

 

「そこから日記後半の諸々の実験に繋がる…」

 

 

そこから先は日記に書かれている通り…と。そうして出来上がったのが初代最強にして最凶のポケモン・ミュウツーってワケだ。

 

 

「…その思い上がりの代償は、途轍もなく大きかった。彼の暴走を制御出来ず、屋敷は半壊。巻き込まれた私たち研究グループも、私を除く全員が命を落としました。初めこそ仲間を失った現実に怒りすら覚えましたが、その私を見つめるミュウの哀れみとも感じる悲しそうな表情を見て、そこで初めて私たちが行ってきたことが如何に愚かなことであったのかを悟ったのです…今になって振り返れば狂気の沙汰としか言えません。生物の内部、本来であれば人の手の及ばぬ深みにまで手を加える…それは、神の領域を侵すことに等しい。ですが、当時の私は科学の力を以ってすれば、あらゆることが可能であると…それこそ、神の領域にすら踏み込めると思い上がっていたのです。私たちの迎えた末路は、神の怒りであったのかもしれません…」

 

 

毎作品「科学の力ってスゲー!」って言ってるモブがいたけど、飯・酒・薬etc…どんなに有用な力でも、行き過ぎれば害になることもある。発展の裏にはこんな闇と犠牲も存在するってことだネ。科学の発展に犠牲はつきものデース!ってね。

 

俺も割と他人事じゃないしなぁ…サカキさんとかサカキさんとか、も一つオマケにサカキさんとか。

 

 

「そして、私は最後の罪を犯しました。仲間たちの名誉のためにも、私自身のためにも、そしてミュウとミュウツーのためにも、この真実は表に出すわけにはいかなかった…屋敷のことは、警察にも仲間の家族にも実験装置の暴走と説明しました。私は全てを隠蔽したのです。そして残されたミュウを人の手の及ばない場所に逃し、私は研究者を辞めてグレンタウンを離れた。その後は…ここシオンタウンに流れ着き、御覧のとおりです」

 

「大体の話は事前に把握していましたが、改めて聞いてもろくでもない話ですね」

 

「…今の私が君の立場であっても、君と同じ感想を抱いたことでしょう。人間というのは、何かに夢中になれる、のめり込める生物です。時に、周りの事も、物事の善悪も分からなくなるほどに。そして、当時の私は目の前のことに夢中になり過ぎるあまり、迫りつつある破局にブレーキをかけることすら出来なかった。いけないことと分かっていながらも、止めなかった。その結果が今なのです。何故あの時自制することが出来なかったのか、仲間たちを引き止められなかったのか、ミュウとミュウツーのことを考えてやれなかったのか…今では後に立たぬ謝罪と後悔の念を幾つも抱えながら、せめてもの罪滅ぼしにとこの施設の運営に携わっています」

 

 

…まあ、フジ老人の経歴は大方原作通りと言ったところだろう。そしてマッドな皆さんの考え何ぞ、善良なる平凡一般人な俺には理解の及ばない世界だってことを再認識させられた。

 

 

「ところで、その後ミュウツーの行方は…」

 

「…彼が屋敷を破壊しどこへ行ったのか、それは私にも分かりません。少し調べたことはあるのですが、結局分からず仕舞いです」

 

「そうですか…」

 

「ですが、謎のポケモンによって何か大きな被害を出した、というような話は全く聞きません。それに、私たちが彼に行った仕打ちを考えれば、人間への恐怖感、不信感も相当なモノのはずです。恐らく、人目の届かない秘境の地で静かに気ままに、何にも縛られることなく暮らしているのではないかと…そうであって欲しいと、願っています」

 

 

原作通りならハナダの洞窟最深部に潜んでいることになるんだが、流石にそこまでは把握していないか。そして自身の行いが招いた結末とは言え、実質的に仲間を殺されていながらミュウツーのことを案じるフジ老人。本当に後悔してるって感じがする。

 

 

「…話が長くなってしまいましたね。難しい話を、それも老人の昔話に付き合わせてしまい、申し訳ありません…そうだ、ちょっとお待ち下さい」

 

 

話が一段落し、そう言って席を外して部屋を出て行ったと思えば、程なくして部屋に戻って来たフジ老人。

 

 

「話を聞いてくれたお礼…と言っては変ですが、これを君に」

 

「これは…鈴?」

 

『ちりん』

 

 

渡されたのは、一見何の変哲もない小さな鈴。

 

 

「それは"やすらぎのすず"と言う道具です。その音色には、ポケモンの心を落ち着かせて安らぎを与える効果があると言われています。雑誌の懸賞で当たった物ですが、君のサナギラスのようなポケモンには最適な道具だと思います。是非活用してあげてみて下さい」

 

「それは…ありがとうございます」

 

 

おお、"やすらぎのすず"じゃないか。ポケモンのなつき度が上がりやすくなる効果のアイテムで、懐いていることが進化条件のポケモンを育てる時にはよくお世話になっていた。

 

【トレーナーに懐く=指示に従ってくれる】と考えるなら、まさしく俺がサナギラスに感じている課題をクリアに導いてくれる神アイテム。これは…ひょっとするとひょっとするのか?

 

 

「…君が届けてくれたこの日記ですが、大切に保管しておくことにします。この日記は、君が思ったとおり絶対に世に出るべきではない代物ですが、彼女たちとの思い出でもあるこれを、私にはどうしても処分が出来そうもありません。仲間たちとの思い出、彼女との思い出、そして…私の罪を忘れぬためにも、二度と誰かに見られることのないよう厳重に…」

 

「…よろしくお願いします。では、これで…」

 

「それと、最後に1つ。今や人とポケモンを切り離すことなど考えられないことです。ですが、それは人間とポケモンの信頼関係があって初めて成り立つこと。ポケモンは決して人間の便利な道具などではありません。私に言う資格などないでしょうし、ポケモンを大切にしている君には余計なお世話かもしれません。それでも、私達人間はポケモンを使役しているのではなく、ポケモンと協力し合って暮らしている…そのことを、いつも頭の片隅にでも忘れずにいて欲しいのです」

 

「…分かりました」

 

 

ポケモンは人間の道具ではない…ね。お前が言うなと思うか、フジ老人だからこそ言えることと思うか…まあ、俺自身もちゃんと出来てるかと言われるとどうだろうか?どっちにしろ、サカキさんとロケット団の皆さんは是非見習って、どうぞ。

 

…ただ、サカキさんにしろアポロさんにしろ、自分の手持ち相手には真っ当にトレーナーしてるんだよなぁ。末端の人はどうか知らんけど。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、ここ3カ月ほどの懸案事項であり、シオンタウンを訪れた最大の目的だったフジ老人の日記帳を穏便に始末(へんきゃく)するというミッションを無事達成。肩の荷が下りたような安堵感とともに、フジ老人の見送りを受けつつポケモンハウスを後にした。

 

張っていた気が抜けたのか、空腹感が一気に押し寄せる。時間を確認すれば、すでに午後1時を回っていた。結構長々とフジ老人の話に付き合ったと思っていたが、昼を回るとは思わなかった。

 

普段はポケセンのタダ飯が基本なのだが、一山越えて成し遂げた気分なので、奮発してちょっと良いものでも食べに行こうか。上手いもの食って、気持ちよくゆっくり休んで、そんでもって明日にはヤマブキシティ目指して再出発だ。

 

 

 

『プルル!プルル!プルル!』

「おっと…はい、もしもし」

 

 

…なんて考えてた所に掛かってきた1本の電話。

 

 

「もしもし、マサヒデくんですね。セドナです」

 

「…ああ、セドナさん」

 

 

ポケギアの向こうにいた電話の主は、サカキさんの秘書・セドナさん。普段俺がサカキさんに連絡を入れる時に取り次いでくれる人なのだが、彼女から俺に連絡が来ることはここまでで数えるほどしかない。

 

が、同時にこれまで彼女が連絡を寄越した場合っていうのが、ほぼ確実にその背後にサカキさんの意向・命令があるので、ついつい身構えてしまう。

 

そして案の定、この電話で告げられたサカキさんからの指示によって、俺の旅路は再び思ってもみなかった方向へと捻じ曲げられてしまうことになってしまった。

 

ああ、またしてもヤマブキシティが遠退いていく…

 

 

 

 




もう1月も終わりますが、2021年最初の投稿になります。そして皆さん、明けましておめでとうございます。今年ものんびりマイペースで更新していきたいと思いますので、まったり楽しんでいただけたら幸いです。
今回は主人公が勢いで持ち出した日記帳の後始末とフジ老人の昔話でした。思想とか信念とか、精神観念的な話になるとどうしても進みが遅くなってしまいますね…そして渡されたやすらぎのすずは、サナギラスの気性改善に役立つのか?第3世代からのアイテムですが、少しずつ要素を解禁していきたいところ。

次回はようやくヤマブキシティ…と思いきや、もうちょっと寄り道してもらうことにしました。ナツメさんのファンの方はもう少しお待ちください。


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第48話:発電所大掃除

 

 

 

 

 日記帳の返却というシオンタウンでの重要任務を終えた直後、狙い済ましたかのようにかかってきた1本の電話。『監視か盗聴でもされてんじゃないか』って気がしてくるようなタイミングでの電話の向こうにいたのは、トキワジムリーダー兼トキワコーポレーション社長兼ロケット団首領にして、俺の書類上の保護者サカキさん…の秘書・セドナさん。電話越しに伝えられた、条件反射で強烈な圧力を感じるサカキさんからの要望という体の事実上の命令は、ものの見事に俺の予定を狂わせた。

 

電話の翌日、俺はシオンタウンを離れ、その郊外にてサカキさんからの迎えと合流。乗り込んだ車はそのままヤマブキシティのある西ではなく、北の10番道路方面へと進路をとった。ヤマブキシティ、2度目のお預けである。俺にとって、ヤマブキシティとは足を踏み入れてはいけない禁忌の地なのかもしれない。ロケット団的には当たらずとも遠からずな感じがまた…ね。

 

シオンタウン北側の道、10番道路は峻険な山岳地帯となっており、それを抜けると9番道路-ハナダシティと繋がっている。そして、この10番道路を南北に分断する形で、『イワヤマトンネル』というダンジョンが存在する。

 

ゲームではハナダシティからシオンタウンを目指して、このイワヤマトンネルを抜けるルートを通ることになるのだが、このイワヤマトンネルが中々の難所なのである。

 

難所とは言っても、出現ポケモン自体は大したことはない。問題なのは、内部が真っ暗で視界がほとんどないため秘伝技"フラッシュ"が必須なこと。これがないと踏破はおろか、最悪脱出すら出来なくなり、データリセットの憂き目を見るハメになったりする恐るべき場所なのだ…(体験談)

 

…え?「そんなアホはお前だけだ」って?…返す言葉もねぇ。いや、RTA勢なら或いは…

 

とまあ、必須とは言ったものの、仕様上"フラッシュ"の秘伝マシンが無くても気合(もしくはマップを丸暗記する記憶力)さえあれば踏破自体は可能なこと、そして"フラッシュ"の秘伝マシンを入手出来るポイントまで行くために『ディグダのあな』を越える必要があるのだが、これが面倒臭くて「多少慣れてるし大丈夫っしょ!」とか高を括って横着した結果が、このバカの哀れな末路である。

 

俺のようなアホな事態を回避するためにも、皆もいざと言う時のため"あなぬけのヒモ"はいくつか常備しておこう。

 

そんなことを考えながら、俺は流れゆく車窓の景色をただ眺めていた。

 

 

 

 

 とまあ俺のアホな昔話はさておき、徒歩では難所のこの山岳地帯も、車を使えば待っているのは専用道。クネクネと左右に振られながらもあっという間に山を越え、車に揺られること2時間ほどで、10番道路北側のポケモンセンターに無事到着。イワヤマトンネル?そんなものはなかった()

 

予定では、ここでサカキさんと合流する手筈になっていた。

 

 

「…来たか、待っていたぞマサヒデ」

 

「ぅ…お、お久し振りです、サカキさん」

 

 

そして、何だかんだで結構久し振りな気のするサカキさん。周囲にはトキワジムトレーナーの皆さんがズラリ。いやあ、相変わらず威圧感パネェっす。

 

 

「ヘイ、マサヒデボーイ!クチバジム以来ネ!」

 

「あ、マチスさんもお久し振りです。その節はお世話になりました」

 

「まさかこんなところで再会することになるとは思わなかったヨ!」

 

 

そのサカキさんと一緒に、クチバジムリーダーのマチスさんの姿もある。御存じの方ならポケスペシリーズを彷彿としそうなこの組み合わせだが、2人が一緒にいるのはジムリーダーとしての仕事のため。そして、何故俺が呼び出されたかと言うと、その仕事のオマケ…身も蓋もない言い方をすれば、サカキさんの『行きがけの駄賃』として付き合わされてる。

 

「は?」とか思った人、ちょっと挙手してみようか。

 

 

 

 さて、それで終わるとバレた時にサカキさんから威圧的なお叱りが『本当に』飛んできそうなので説明しよう。現在地の10番道路は、隣接する9番道路と合わせてハナダシティからシオンタウンを結び、途中に道路を分断して存在するダンジョン『イワヤマトンネル』がこの上なく面倒な存在として立ちはだかる道路。ゲームでは序盤ロケット団のせいでヤマブキシティへ、カビゴンのせいでセキチクシティへと向かうことが不可能になっている関係で、正直通りたくもないのに通らざるを得ない道となっている。

 

そんな難所で有名…と言うか、それ以外にあまり見るべき場所が無いようなこの10番道路だが、もう1つ重要な施設として『無人発電所』というダンジョンが存在する。辿り着くためには秘伝技"なみのり"が必要で、初めて10番道路を通った際には行くことが出来ず、ゲーム後半になってようやく行くことが出来る施設だ。

 

本編のストーリーに直接関わっては来ないものの、その内部はでんきタイプのポケモンの巣窟であり、カントー地方に生息する全てのでんきタイプのポケモンは1体(サンダース)を除いてここで全て揃えることが出来る、でんきタイプ好きにはたまらない楽園。そして何よりも、最深部には伝説のポケモン・サンダーが待ち構えており、手に入れるためには必ず訪れなければならない場所となっている…のだが、行けるようになる時期と場所的に、気付かないor忘れてる人も多いような気がする…そんな施設。自分も最初、タウンマップ見てここの存在に気付いた口だったり。

 

…と、ここまでがゲームでの話。

 

この世界における無人発電所は、【電力とポケモンの共生】をテーマに掲げ、発電装置を遠隔操作可能にすることでほぼ完全に無人化することに成功。内部を電気ポケモンの生息域とすることで、その力を利用して半永久的に電力を生み出し続けている…とのこと。『生物発電』とでも言うべき発電方式だろうか?

 

原理は詳しくは分からんけど、とにかくカントー地方の電力需要の実に過半を単独で賄っている超々重要な施設だったりする。

 

ただ、基本無人で人の気配が無く膨大な電力を生み出し続けるこの施設は、でんきタイプのポケモンにとっては楽園そのものであり、結果として想定を越える電気ポケモンを呼び寄せることになったそうな。

 

元々のテーマの関係上、ある程度はポケモンに摘まみ食いされても問題は無いらしいのだが、それでも流石に数が増え過ぎると『発電量<ポケモンの摘まみ食い』となって急な電力不足を招いたり、逆に異常かつ過剰な発電で設備の急激な劣化・故障・破損を引き起こし、深刻なシステム障害を誘発することも。実際、現在この世界で時たま生じる停電の主な原因は上記のどれかであることがほとんどであり、過去には一時期ポケモンに内部をほぼ占領された結果、中々手を入れられなくなった末に設備の故障とシステムトラブルを山の数ほどまとめて引き起こし、カントーの広範囲に数日間もの大規模な停電を発生させ、ついでに下から上まで結構な数の発電所及び管轄機関の人間の社会的立場をキレイサッパリ消し飛ばしたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 で、話は戻ってこの発電所の抱える問題が、サカキさんに呼び出された理由へと繋がる。度重なる発電所のトラブルを受けて、カントーポケモン協会は発電所側から対応への協力要請を受ける。そこで協会側が提案したのが、ジムリーダーを中心に定期的な巡回を行いポケモンの生息数をコントロールし、同時に設備の定期メンテナンスも合わせて実施することで電力供給を安定させるという計画だった。

 

過去5回行われたそれはここまでで一定の成功を収めており、6回目の実施が今日この日になる。

 

つまり、早い話が今回の発電所巡回当番のジムリーダーがサカキさんで、俺はその戦力として急遽駆り出された…

 

 

 

 

 

 

…ワケではなく、この発電所に巣食うでんきポケモン一掃作戦の監督をしている間の時間に、俺がどれほど成長したか確認したいと言うことで呼び出された。サカキさんは今回の作戦を統括する立場にあるのだが、大抵のことは現場がどうにか出来る上、問題の大部分は一緒に全体の指揮を執るマチスさん以下クチバジム側とメカニックたちが何とかしてくれちゃうそうなので、ぶっちゃけかなり暇らしい。その間の手慰みに、俺はお呼ばれしたのである。つまりは紛う事無き"暇潰し"。

 

再度「は?」とか思った人は、素直に挙手しよう。

 

 

(´・ω・`)ノ

 

 

 

 

…ちなみに、マチスさんはでんきタイプの専門家と言うことで、毎回この巡回を中心となって取り仕切っている。なので「クチバジム+他のジム1つ」がこの巡回の基本体制とのこと。

 

 

「…これで全員揃ったな。ではMr.マチス、本日はよろしく頼む」

 

「OK!ミーの方こそ頼りにさせてもらうネ、Mr.サカキ!」

 

 

2人が握手を交すと、そこから先は今回の状況と、それぞれの役割及び作業の進行方針について説明があった。両ジムのトレーナーが先行して突入し、内部のポケモンの捕獲・追い出しを行い、ある程度安全が確保され次第電気作業員が発電所設備の点検・補修を行う。また、TCP社・シルフカンパニー等の企業や大学等の研究機関からも調査員が派遣されており、捕獲されたポケモンたちの調査や内部の生息状況の確認を同時進行で行う手筈のようだ。

 

また、外から内部へ指示を伝える司令部も設置され、マチスさんとサカキさんはこの司令部で監督&待機。随時指示を出しつつ、何かあれば即応する態勢だ。つっても、クチバジムの方はどうか分からないがトキワジムから参加しているのはサカキさん門下の優秀なトレーナーばかりなので、実際問題出番無さそう。それこそサンダーでも襲来しない限りは。

 

そしてその間サカキさんの玩具になるのが俺の役目、と…帰りてぇ。

 

 

「Let's go boys!」

 

 

そんな俺の心の声など届くはずもなく、状況説明は恙なく終了。全員が車両に乗り込み、集団を乗せた車列が無人発電所を目指して動き出す。ゲームでは"なみのり"で川を越えて行かないといけない場所だったが、こっちの世界では普通に陸路が整備されていた。まあ、インフラを司る重要な施設に通じる道がないってのもおかしな話だもんな。

 

 

 

そうして山間を流れるそこそこ大きな川に沿って造られた道を行くこと約1時間。車列が駐車場に到着し、参加者が次々と降車。それぞれが荷物や機材を持って、続々と再集合場所近くにはそこそこ大きな建物があるが、あれが無人発電所?大きいことは大きいんだけど、発電所と言われると…何かみみっちい。

 

 

「Attention!ここから先は、ポケモンたちのterritoryネ!surprise attack、奇襲を警戒して進軍するヨ!」

「「「Yes sir!」」」

 

 

…違ったらしい。能力は器に比例するもの。能力は凄いのに建物はショボいどこぞの航空事故調査局のように、中身と外面が一致しないなんてことは流石になかったようだ。

 

 

 

 その後、先導するマチスさん以下クチバジム勢の後に着いて、全員が一塊となって徒歩で移動再開。発電所はさらに2~30分ほど歩いた場所にあり、そこまでは電気ポケモンを含めた周囲のポケモンたちの生活圏であり、不用意に車で移動するとターゲットのポケモンたちに気付かれて逃げられる恐れもあるため、そこまでは歩きで行くと伝えられた。

 

移動する中で聞いたところ、車を降りた駐車場は監視施設兼即応要員の詰め所の駐車場だったようだ。"無人"と冠に付くように発電所には基本的に人は常駐しておらず、何らかのトラブルがあった時、必要に応じて専門の作業員が出向いて対応に当たる形を取っている。あの施設では発電所の様子を24時間監視し、トラブル対応要員が即応で出来るように寝泊まりして待機しているとのこと。

 

道中、時折現れるポケモンをやり過ごしたり撃退したりしながら慎重に進む。30分ほど歩いたところで、今度こそ今日の目的地である無人発電所を山裾の向こうに捉えた。遠くからでも分かるぐらいに大きな施設で、四方へと送電線のケーブルが伸び、送電塔が立ち並ぶ様は中々壮観だ。

 

なおも数分歩いて、ようやくその入口を目視出来る地点に到着。少し離れた広いスペースに機材を設置し、即席の司令部の出来上がり。その後、再度全体の指揮を執るマチスさんから最終確認と注意が入り、それが終ればいよいよ作戦開始。次々と発電所内部へと踏み込んでいくジムトレーナーの皆さんをお見送り。

 

 

 

「…さて、マサヒデ。君がタマムシを旅立ってからの1カ月半、どこまで腕を上げたか見せてもらおうか」

 

「ぅ…は、はいっ…!」

 

 

そして見送りが終れば、俺の身を待つのはサカキさんによる実力テストと言う名の死刑宣告(てあわせ)。分かっていても、その声を聴き、その姿を前にするととつい声が上擦ってしまう。これが、圧倒的強者の風格…っ!

 

…いや、俺だってこの1カ月半の大半をキョウさんの下で研鑽を積んで来たんだ。俺もポケモンも、以前よりもレベルアップはしていることは間違いないんだ。今回こそ、今回こそはサカキさんに土を…やってやる、やってやるぞおぉぉぉーーッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ところで話は変わるけど、もしサンダーと鉢合わせる様な事態になったらどうしよう?手持ちのボール(モンスターボールonly)で捕まえられる自信ないんだけど?サナギラス投げとけば追い払うぐらいなら何とかなるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ダグトリオ、“トライアタック”でトドメだ」

「ダァァグゥゥーッ!」

 

「ビ、ィ……ッ」

 

「…スピアー戦闘不能!よって勝者、サカキ!」

 

「うぐぅ…っ」

 

 

ああ、やっぱり今回もダメだったよ(33-4)

 

 

 

ハイライトで振り返る。サカキさんはダグトリオ、俺はスピアーを選択して始まったこの1on1。互いに『やられる前にやれ!』な高速紙耐久の種族値をしているポケモン同士。片や地中、片や空中が主戦場と言う対照的な部分もありながらも、開戦直後から中~近距離での激しい技の応酬に。

 

"あなをほる"を多用して地中を高速で動き回り、神出鬼没な攻めを見せるダグトリオに対して、こちらは"こうそくいどう"でスピード強化し、キョウさんの下で培ったトリッキーな忍者っぽい動きを組み入れつつ、あえて“ミサイルばり”を極力使わず、これまでよりも積極的に前へ前へと出るスタイルで応戦。サカキさんのダグトリオを相手に、一進一退の攻防を展開した。

 

…はずだったんだが、それが出来たのも中盤まで。悲しいかな、徐々にスピードに優るダグトリオに振り回されるようになり、不意の一発を受けて消耗したところに怒涛の猛ラッシュをくらって均衡は崩壊。途中で立て直しこそ出来たものの、そのまま主導権を握り返すことは出来ず、押し負けてThe End。

 

途中までは着いていけてたのに、あの一発が余計だった。あれさえなければ…ぐぬぬ。

 

 

「ふむ…まあ、こんなものか」

 

 

そしてこちらが終了直後にサカキさんが呟いた感想になります。

 

地力(レベル)の差か種族値の差か…セキチクシティでの日々でまた一回り強くなれた自信はあるのに、これでも届かないことに軽くショック。と言うか、ゴローニャとかサイドン、ニド夫妻辺りを使われるよりかはスピアーでもやりようのある相手だっただけに、それで勝てないとあってはダメなのではなかろうか?レベルも50越えてることだし。

 

いや、そもそもスピアーはダグトリオにあまり相性が良くないと考えれば、よくやった方なのではないか?でも、その不利を撥ね退けてこそ強さの証明であるという思いも…

 

何にせよ、俺が越えるべき壁はまだ高く、進む道はまだ険しい…それだけは確実だ。いずれ来るジムリーダーとしての対サカキさん用のポケモン、そろそろ見繕って育て始めることも考えないと。今の手持ちで考えれば、サンドパン・サナギラス・クサイハナ・ヤドン・コイキング…この辺りが有力か?ゲームみたいにパパッと出来れば楽なんだけど、そうも言っていられない。やるべき課題はまだ山ほどある。

 

 

『ざわ…ざわ…』

 

 

涙が出るほど悔しい…ワケではないが、力負けを痛感していたところに、ふと気付けば観衆が何やら騒がしい。俺とサカキさんの試合を見て何か色々言っているのは場の空気で分かるが、ここまでは聞こえないので何を言っているかまでは分からない。何か変なところでもあっただろうか?

 

 

「Nice fightだったヨ、マサヒデボーイ!」

 

「あ、マチスさん…」

 

 

周囲の空気に疑問を感じていると、マチスさん登場。

 

「やるじゃないカ!1on1とは言え、Mr.サカキを相手にここまでやれるTrainerは初めて見たヨ!周りの奴らも驚いてるゼ!」

 

「ありがとうございます」

 

 

そう言って観衆たちを指差すマチスさん。なるほど、あれは驚きの騒めきだったか。ところで、監督役が2人揃ってこんなとこに居ていいんスかね?そして観衆の皆さんは観戦してる余裕なんてあるのか?

 

 

「クク…まだまだ大手を振って送り出せるような奴ではないさ、Mr.マチス。まあ、成長は認めよう。まだ負けてやるほどではないがな」

 

 

負けたけど、とりあえず及第点は貰えた…感じでいいのか、コレ?

 

 

「では、軽く反省会と行こうか?強くなるためにはまず己の現状(いま)を知らねば、進むべき道も分からなくなる」

 

「ぅ…」

 

 

お手柔らかにお願いします。口には出せないので心の中でそう願う他ない。

 

 

 

 結局、サカキさんの指導と言う名のダメ出しは、20分ほど続いた。その間、俺は縮こまってサカキさんのダメ出しを聞き続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『リーダー、発電所内の安全確保が完了しました!これより警戒態勢に移行します!』

 

「戦果はどうダ?」

 

『現在、ボールの運び出しを行っております!』

 

「OK!確認は本部要員にて行う!何かトラブルがあればまた報告しナ!」

 

『Yes sir!』

 

 

 サカキさんの指導終了から程なくして本部に入った連絡。それは、この作戦におけるサカキさんたちの役割の半分が終了し、任務も折り返し地点に来たことを告げるもの。さらに少しして、大量のモンスターボールが大きめのカゴ4つ分、発電所内から運び出された。

 

サカキさんたちの役割は、生息するポケモンの追い出しを主とする発電所内の安全確保、及びメンテナンス中の安全保持。先ほどの連絡は、この内の追い出し・安全確保が完了したという報告だったのだが、一口に追い出しと言っても、その手法は2つある。1つは単純に中から外へと追い払うもので、2つ目は、ポケモンを捕獲して完全に発電所から排除してしまうというもの。

 

追い払われたポケモンはメンテナンスが終って人間が引き上げると、しばらくしてまた発電所内部に戻って来るので、基本方針としては生態系を崩さないよう追い払うのみに止めるのが最善。しかし、ポケモンが増えすぎることで生じる問題を予防する観点から、毎回一定数を捕獲して完全に発電所と切り離す必要があった。捕獲されたポケモンは一部が調査のために企業や研究機関で飼育されたりするが、半数以上はクチバジムが引き取ってジムのポケモンとして育成したり、希望する人に譲渡したりしているという。

 

で、クチバジムの皆さんが捕獲したポケモンの確認をしている様子を見ていて、俺はふと思ってしまったワケです。そして、そのふとした思いをポロッと口からこぼしてしまったワケなんです。

 

 

「でんきタイプ…欲しいなぁ…」

 

 

…と。

 

俺の捕まえているポケモンにはいないタイプであると同時に、若干タイプが偏り気味な主力たちへの一貫性が高いみずタイプへの対策として有効な存在。それがでんきタイプのポケモン。一応くさタイプのクサイハナがいるものの、みずタイプって割と氷技持ってる奴が多く、くさタイプ1体に全部任せるのも無理がある印象。みずタイプを専門とするハナダジム対策にもちょうどいいし以上、2枚目、3枚目の選択肢として持っておきたいと思った次第。

 

 

「…なんだ?オマエはでんきタイプのポケモンが欲しいのか?」

 

 

そして、うっかり口にしたその言葉を、これまたうっかり近くに来ていたサカキさんにバッチリ聞かれてしまった結果…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ…まあ、いいだろう。Mr.マチス、良ければコレに1体、ポケモンを融通しては貰えないか?」

 

「OK!マサヒデボーイならNo problem!ちょっと待ってナ!」

 

 

…何か貰えることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

「待たせたナ、マサヒデボーイ!GETした奴らの中からPotential abilitiesのありそうなのをMeが厳選して来たヨ!好きなヤツを選びナ!」

 

 

その後、少しして俺のところまで戻って来たマチスさんの手にはボールが4つ。中のポケモンはピカチュウ・レアコイル・マルマイン・エレブー。どれでも好きなのをくれるという。ちょっと急な展開で頭追い付いてないところがあるけど、とりあえずマチスさん、そしてサカキさん、ありがとうごぜーます。

 

さて、ここは遠慮がちなそぶりを見せつつ有難く厚意に甘えることにして、問題はどれを貰うか。ポケモン界のアイドルにして世界2番目に有名なネズミ・ピカチュウか、後に進化形が登場する電気のとくこうオバケ・レアコイルか、、初代最速のバクダンボール・マルマインか初代では誰一人として使うNPCがいなかったレアポケモン・エレブーか…

 

まずピカチュウは却下だな。主人公のポケモンというイメージが強すぎて俺には似合わん。レッド君の相棒として頑張ってくれたまへ。

 

そんで、残りの3体から1体…それぞれのセールスポイントを上げるすると、レアコイルは希少なはがねタイプとアタッカーとしては十分なとくこう種族値、マルマインは初代最速のすばやさ種族値と有用な補助技、エレブーは多彩な攻撃技とこの中で唯一実用範囲内のこうげき種族値…こんなところか。

 

将来的なことを見据えるなら進化を残すレアコイルかエレブーだが、種族値的に中速域以下のポケモンばかりな手持ちを考えると、マルマインのスピードは捨て難い…むむむ、実に悩ましいな。

 

 

 

 そんな感じであーでもないこーでもないと優柔不断っぷりを遺憾無く発揮し、悩み抜くこと数分。

 

 

「…マサヒデボーイ、そんなに何を悩んでいるんダ?」

「…早く決めろ、マサヒデ」

 

「うぐっ…す、すぐ選びますっ!」

 

 

マチスさん&サカキさんから時間が掛かり過ぎだとクレームが入る。仕方無いじゃないですか、いきなり目の前にお宝をぶら下げられて「好きな物を1つやろう」とか言われたら、明確な目的がないとこうなりますよ!

 

…ええい、分かりましたよ!そんなに言うんなら決めてやる!男に二言はねえ!

 

 

「コイツを下さい!」

 

 

そう吐き捨てた俺は、選んだポケモンの入ったボールを掴み取り、思いっ切り地面に叩きつける勢いでブン投げた。

 

 

 

 

 




寄り道して無人発電所のお話でした。あなぬけのヒモは第8世代で大切なものと化したので、作者のようなマヌケを晒す少年少女は存在しなくなることでしょう。

そして、お試しも兼ねてですが、アンケートをしてみようかと。電気ポケモン1体は欲しいと思っていたのですが、作者が迷いまくって選べそうにないので、皆さんに丸投げしようという素晴らしい作戦です。マチスから提示された4体の電気ポケモン。ピカチュウは無しとして、残り3体から主人公はどのポケモンを選んだのか…投票が多かったポケモンを新しく主人公の仲間にします。期限は1週間後を目途にしようかな?





…投票無かったら?その時は…ホラ、アレだよ()


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第49話:理想のチームを目指して

 

 

 

 

 サカキさんに付き合わされた無人発電所大掃除作戦は、発電設備に問題は無く、部品等の消耗具合も想定の範囲内だったということで、その日の夜には終了した。勿論、サンダー襲来なんてイベントもなかった。そんなホイホイ伝説のポケモンに襲われてもたまらない。平穏無事が一番である。

 

…まあ、一度くらいなら直に見てみたいという思いはあるが。

 

そして用済みとばかりに幾らかの小遣いを握らされて放り出され…もとい、解放された俺は、サカキさん・マチスさんなどから聞いた話を元に、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応を考えた結果、目的地を当初の予定だったヤマブキシティからハナダシティへと変更。ハナダジムを先に攻略することに決めた。

 

理由はいくつかある。まず1つ目に、無人発電所からヤマブキシティまでの距離が、シオンタウン経由かハナダシティ経由かで距離にそこまで差がないこと。それなら先にハナダジム攻略した方が効率が良いよねって話だ。シオンタウン経由だとイワヤマトンネル越えのルートになる以上、何の準備もなしにイワヤマトンネル突入は勘弁願いたい。

 

2つ目の理由がヤマブキジムの事情。以前、エスパータイプのジム(=原作のヤマブキジム)とかくとうタイプのジム(=原作の格闘道場)がポケモン協会公認ジムの座を巡って争っていることはチラッと伝えたと思う(第28話参照)が、セキチクシティ滞在中にポケモン協会の裁定が下った。その内容が以下の2点。

 

1.シーズン終了後に両ジムリーダーによる直接対決を行い、先に規定数を勝った側に公認を与える。

2.今シーズン中に限り、双方のジムバッジにポケモン協会公認ジムとしての効力を与える。

 

この裁定が決まるまでの間一時的にジムの業務がジム戦も含めて滞っていたせいで、今ジム戦希望者がヤマブキシティに殺到しているらしい。一時的とは言え2つポケモンジムがある状態で、挑戦者もバラけてるんじゃ…と思いきや、その想定を上回る状況のようで、サカキさんとマチスさんからは少し時間を置いた方が良いかもしれないと助言を受けた。

 

そんで、3つ目。個人的にはこれが一番重要なんだが…サカキさんからとっとと離れたい。これに尽きる。この人といると俺の精神がゴリゴリと音を立てて削れていってる気がして仕方がない。それぐらい色々と俺への無言の圧力がハンパない。俺が勝手にそう感じてるだけと言われたら何も言い返せないが。

 

 

 

 

 

 そんなワケで発電所大掃除作戦終了後、ヤマブキシティへと戻るサカキさん・マチスさんたちを見送った俺は現地のポケセンで一泊。翌日ハナダシティを目指して9番道路を一路西へと進んだ。

 

サカキさんのプレッシャーから解放され、気分は上々。途中3回ほど挑まれたポケモンバトルをこなした以外、特に何事もなく起伏のある山道を下って行く。ゲームではあまり見所の無い道ではあったが、山間の道かつ緩やかな下りなだけあって夏場でも歩きやすい良い道だった。

 

まあ見所さんがないことはこっちでも変わらなかった。

 

 

 

そんな見所さんの乏しい道を軽快に進み、その日の夕方にはハナダシティに到着。翌日からポケセンに腰を落ち着け、ハナダシティでジム攻略を目指す日々が始まった。

 

ハナダジムはみずタイプが専門。その関係で、グレンジムからセキチクジムまで戦力の中核となっていたサンドパン・サナギラス・ロコンはお休みに決定。残るは育成が遅れ気味な面子が過半を占める。スピアーこそすでにレベル50の大台に到達しているが、新加入のポケモンもおり、ハナダジム突破のためには底上げ・調整が急務だと言えた。

 

ポケモンセンター併設のフィールドでバトルを繰り返し、週末には小さな大会にも出場。小規模ながらも優勝と僅かばかりの小遣いを手にもし、一見仕上がりは順調にも思えた…が、結果は万事良しとは到底言えなかった。まあ、ぶっちゃけると今の実力に見合う相手が見つからなかったって話。

 

調整はともかく、底上げは目標としたラインには届きそうにもない。流石にポケモンのレベルが30~40代になって来ると、まともに相手出来るトレーナーは早々いないのが実情のようだ。これまでが異常であり、恵まれていただけ…そう考えると、セキチクシティでキョウさんの指導を受けられたのは僥倖だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じで苦戦しないことに苦戦しつつ、ジム戦で使用予定のメンバーのレベル上げと調整にほとんどを費やし、そんなこんなで2週間…

 

 

 

「決めろ!"10まんボルトォッ"!」

「ビビー!ビーッ!」

 

「ギャォォ…ォ…ス…」

 

「ギャラドス戦闘不能ッ!よって勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

『ワアァァァァーーーーッ‼‼』

 

 

 

無事ハナダジムリーダーに勝利。俺は5個目のジムバッジ・"ブルーバッジ"を手に入れた。いやー、思ったよりもレベル上げられなかったから一時は不安だったけど、何も問題なかったわー。よかったよかった。

 

 

 

 

…え?『カスミはどうした』って?カスミはまだジムリーダーじゃなかったよ。

 

…え?『端折り過ぎ』って?カスミじゃなかったので、ジム戦は無慈悲な全カットです。当然俺の努力も全カットです。

 

一応ジムトレーナーの中にカスミっぽいような娘は見かけたけど、戦うことはなかったし声も掛けなかったからよく分かんね。今後頭角を現してくる感じなのかもな。

 

…え?『そこは話し掛けとけよ』だって?コミュ障を自称するこの私をあまり舐めないでいただきたいものだ…必要も無いのにそんなホイホイと初対面の相手に話し掛けられるはずがないだろう(ドヤァ)

 

ついでに言えば、以前に今のジムリーダーは原作ジムリーダーの親族か?みたいなこと言ってた気もするが(第9話参照)、別に親兄弟でも何でもなかった。適当言ってました、サーセン。

 

 

 

…え?『水着美女・美少女見せろや』だって?映像はないのでダイジェストのみです、悪しからず。

 

…いやぁ、眩しかった。良いもの見せてもらいました()

 

 

 

 

…おお、それはそうと見てくれよコイツを。迸る電気エネルギーに三位一体のメタリックボディ…そう、試合を決めたコイツこそが、発電所でマチスさんから譲ってもらったポケモンにして、今回のハナダジム突破の立役者【レアコイル】だ!

 

コイルの進化形で、タイプはでんき・はがねの複合タイプ。見た目はコイル3体の集合体。コイルが3体集まってるんだから、その能力も3倍…とまではいかないが、ポケモン全体でも高めなとくこう種族値が優秀。カントー地方では希少価値の高いはがねタイプなのも高ポイント。よくよく考えてみたら、マチスさんに提示されたあの面子の中では迷う必要なかったわ()

 

しかも、進化前のコイルは映画の人気投票で伝説なんかの主要ポケモンを押しのけて2位になったこともある、とっても人気のあるポケモンなんだぜ。すごいだろ?

 

 

 

コイルショック?…はて、何のことやら(スットボケー)

 

 

 

 

 

そんなこんなで新規加入となったレアコイルだったが、でんきタイプのエキスパート・マチスさんが厳選してくれたポケモンなだけあって、その実力は流石の一言。以下、図鑑からの情報を抜粋。

 

 

-----------

 

   レアコイル 

・Lv:42

・おや:マサヒデ

・技:10まんボルト

   トライアタック 

   いやなおと

   ひかりのかべ

 

-----------

 

 

 

…以上。レベルアップで"10まんボルト"を覚えないことを失念していたがため、発電所に付き合わされた際にサカキさんから貰ったなけなしの小遣いが、またしても技マシン購入で無事消し飛んだりしたワケだが、4倍弱点とは言え相手の切り札だったであろうギャラドスをワンパンで沈める特殊火力は実に素晴らしい。捕まえて2週間でこれなのだから、きっちり育てればその火力にさらに磨きをかけられることだろう。

 

そんで特性は現状不明。"がんじょう"だと色々と便利だと思うが…"じりょく"でもエアムード…じゃなくて、エアームド絶対駆逐するマンになれるから良し。"めざめるパワー"がほのおタイプなら、ほぼ全てのはがねタイプを逃がさず仕留められるはがねキラーに…いや、めざパの沼は泥沼だ、深入りしない方がいい…サブウェポンのラインナップが貧弱なので、今後採用することになりそうな気はするけども。

 

せめて"ラスターカノン"が使えればなぁ…たぶん、使おうと思えば使えるのだろうが。

 

 

 

 

 

「よし!お前たち、今日は良くやってくれた!お疲れさん!」

 

「ビビー!」

「ラッシャッ!」

「らっふ~!」

「どぉ~がぁ~」

「スピャァッ!」

 

 

そんな現状のもどかしさはとりあえず置いといて、ポケセンに戻り体力回復のため預ける前に、今回のジム戦を中核戦力として戦った面々を労う。勝利の後なこともあり、全員が何とも誇らしげだ。俺もトレーナーとして鼻が高いね、うんうん。

 

新戦力にして今回の主戦力・レアコイル、目立たないけどちょくちょく頑張ってるよ・ラッタ、サラッと進化してさらなるパワーアップを実現した今回の主戦力その2・クサイハナ改めラフレシア、這い寄る紫の危険物・ドガース、ご存知我がエース・スピアー。そして…

 

 

「ラアァァァァァァイッ!」

 

「うるせぇ!そして勝手に飛び回ろうとすんなストライクッ!」

 

 

…コイキングが育成不足、サンドパン・サナギラス・ロコン・ヤドンがタイプ相性でお休みのため、自動的に手持ちに組み込んだ空飛ぶ騒音・ストライク。元々能力はある奴だから、バトルでの活躍はしてくれるんだが…

 

 

「ラアァァァァァァイッ!」

 

「あー…もうッ!戻れッ!」

 

 

…この爆音暴走癖も相変わらずで、こうやって外に出す度に大音量の雄叫びを振り撒いている。そして周囲の皆さんからの視線が痛い。勝利という名の美酒に酔いかけていた俺に現実を突き付け、ガラスの心をグサグサの滅多刺し。豆腐精神力がボロボロに突き崩され、気分は一瞬にして急降下していく。

 

遂には耐えられなくなり、俺は全員を回復に預けてそそくさと部屋へと退散するのだった。

 

皆さん、うちの問題児2号が騒がしくしてゴメンナサイ…

 

 

 

 

 

 

…とまあ、ちょっとしたトラブル?はありつつも、飛ばしに飛ばしてハナダジムを制し、このままの勢いでヤマブキシティへ…とも思ったが、この2週間ジム戦に向けての調整をしてばかり。バトル漬けの日々を送るのが本筋とは言え、時には羽を休めるのも大切なこと。それに、脇道要素も充実しているのがポケモン世界。ゲームから飛び出したこの世界は、出来ることはもっともっと多い…ハズ。

 

そんなワケで、今回は休みも兼ねてハナダシティを観光しようと、羞恥心に苛まれる中で俺は思い立った次第である。

 

そしてハナダシティと言えば、ゲームでは西のニビシティから【オツキミ山】を越えて訪れる2個目のジムがある街。ジムの専門は前述したようにみずタイプで、最初ヒトカゲを選んだばかりにジムリーダー・カスミのエース、スターミーで苦戦、ともすれば詰んだ人の何と多いことか…いや、正直バッジ2個目でとくこう種族値100、すばやさ種族値115のポケモン出してくるとか、鬼畜の所業だと思うの。それと、"みずのはどう"が追加効果発動しすぎな気がするのは俺だけか?

 

他には100万円で自転車を売ってるぼったくりもいいところな自転車屋とか、ロケット団に泥棒に入られた挙句家の壁をブチ抜かれて通路扱いになってる民家、初代では青版でしか野生で出てこないレアポケモン・ルージュラを交換してくれる人…印象深いのはこの辺りか。ちょろっと自転車屋は覗いてみたけど、マジで100万で売ってる自転車あったよ…レース仕様かよ。

 

とまあ、観光でもしようかとは言ったものの御覧のとおり施設は乏しく、それなりの規模の街なのにゲームではポケセン・ショップ・ジムの基本セットしかないため正直ショボい。こちらではゲームでは描かれていない施設も山ほどあるが、正直食指が動く施設で行く意義がありそうな場所は、調べた限りハナダスタジアム(野球場)ぐらいしかなかった。これならタマムシジム前のジジイじゃないけど、試合観戦の名目でハナダジムの水着美人の皆さんを眺めてた方がまだ有意義かもしれん。

 

 

 

 しかし、近郊に目を向ければ見所さんはたっぷり。ハナダシティを北に抜けると、まずあるのはハナダシティと24番道路を隔てる川にかかる長い橋。その名も人呼んで【ゴールデンボールブリッジ】。途中待ち構える5人のトレーナーを突破すると貰えるアイテムは"きんのたま"…何とも子供たちが好きそうな、色んな意味で名所な橋である。

 

…こらそこ、【金〇橋】って言わない。でも、金〇橋の方が文字数少なくて書きやすいよな。直球過ぎて色々アウトだけど。

 

そんなゴールデンボールブリッジを渡り切ると、道は東へと方角を変えて続くのだが、逆の南西方向へとしばらく進むとやがて川に突き当って道が途切れる。その川の先には、ゲームでは殿堂入りするまでは入ることが出来ず、出現する野生ポケモンは高レベル、そして最深部にはあのミュウツーが待ち構えている文句なしの初代最難関のラストダンジョン・【ハナダの洞窟】がある。

 

一応ちょろっと調べてみたが、ミュウツー関連の情報は一切無かった。しかし、高レベルの野生ポケモンの巣窟であることは分かっているようで、ポケモン協会の許可を得た人物しか立ち入ることの出来ない危険区域となっている模様。まあそんなもんだよな。

 

 

 

 本来の道に戻って東進すると、24番道路から25番道路へと入っていく。この25番道路がハナダシティ北の行き止まりとなる道で、突き当りは岬になっていてデートスポットとして有名とのこと。実際、ゲームでは第2世代及びリメイク作ではカスミが彼氏とお忍びデートしてるイベントがあった。アニメとか漫画の影響があったからか、彼女に彼氏がいることに対して子供心に結構な衝撃を受けた覚えがある。君の相手はサトシorレッドではないのか…と。それと、HG・SSだとスイクンとの決戦の場でもあったな。

 

その近くには【ポケモン預かりシステム】を作り上げたマサキの家もある。ゲームでは実験に失敗してポケモンと合体してしまい、困った状況に陥っていたところにたまたま訪れた主人公に協力を依頼。無事問題を解決すると、お礼に豪華客船サントアンヌ号の乗船券をくれる。実に太っ腹な御仁だ。

 

システム開発者で他の地方のシステム開発者と交流を持っていたり、豪華客船のパーティーへの招待状を貰えたりする辺り、かなりの人物であることは元から容易に想像出来るが、こっちでも時々テレビで見かける程度には有名な人物である。珍しいポケモンの収集家・ポケモンマニアとしても有名で、珍しいポケモンをいっぱい持っていて、珍しいポケモン目当てに彼の家を訪ねる人も多い様子。イーブイ系を複数体持ってるのは分かったが…第2世代のようにイーブイ貰えないものだろうか?

 

 

 

 ハナダシティの西側は4番道路。その先にはオツキミ山があり、こちらからハナダシティに向かって来るのがゲームでの正規ルートになる。ゲームでは段差を降りるとしばらくニビシティへは戻れなくなるようになっていたが、こっちではどうなっているのか。ゲームの通りなら実に不便そう…にも思ったが、南にはカントー最大の都市・ヤマブキシティがあるし、実際行けなくても問題なさそう?

 

そしてそのヤマブキシティと繋がっている南の5番道路には、ポケモンを預かってレベルアップさせてくれる【育て屋】がある…けど、あんま役に立った覚えはない。それと、ヤマブキシティの真下を通過して6番道路まで繋がる地下通路。

 

 

 

 

 

 さて、ハナダシティ周辺のスポットについて一通り考えてみたけど、この中で行く価値がありそうなのはマサキ邸、ハナダの洞窟…それと育て屋辺りかな。マサキは珍しいポケモン見せてくれるってのと、「預かりボックス使ってるトレーナーは挨拶に行った方が良い」ってライバルが言ってた…気がする。ハナダの洞窟は入れないのは分かってるけど、どんな感じなのか確認だけ…ね。育て屋はゲームじゃ預けてから進んだ歩数換算で経験値が入っていたが、こっちじゃ普通に時間経過によるだろうから、場合によっては利用価値があるかも。

 

 

…ああ、ポケモンの育成で思い出したけど、ジム攻略の旅も過半を過ぎ、ポケモンも増えてきたことだし、ここで一度俺の手持ちの現状を確認しておいた方が良いかもな。それと、サカキさんを倒すという最終的な目標に向けての進捗状況と課題の確認も。己を知らざれば何とやら…とも言うし。

 

で、俺が捕まえている全てのポケモンは捕獲順に以下の通り。

 

 

・スピアー  ♂ Lv51(むし・どく)

・サンドパン ♂ Lv44(じめん)

・サナギラス ♂ Lv43(いわ・じめん)

・ロコン   ♀ Lv39(ほのお)

・ドガース  ♂ Lv40(どく)

・ラッタ   ♀ Lv33(ノーマル)

・ラフレシア ♀ Lv40(くさ・どく)

・ストライク ♂ Lv36(むし・ひこう)

・コイキング ♂ Lv17(みず)

・ヤドン   ♂ Lv32(みず・エスパー)

・レアコイル ? Lv42(でんき・はがね)

 

 

…こう文字にして見ると、タイプバランスはタマムシシティ以降でだいぶ改善されていると言えよう。レベルも概ね30代後半~40代前半でまとまっている。バッジ5個相当としては、概ね順調と見ていいと思う。

 

課題としては、ラッタ・コイキング・ヤドンの育成が遅れ気味なところが目につく。特にこの旅のラスボスとして立ちはだかるであろうサカキさんの事を考えれば、じめんタイプを相手に五分~優位に戦えるコイキングとヤドンの戦力化は必須だ。

 

特に、コイキングは早急に進化させてしまいたい。ギャラドスに出来れば、それだけで採れる選択肢も増えて育成に掛かる手間が大きく減る。あと、ドガースもレベルは足りているので進化まではそう遠くないと思うし、ロコンも近日中にキュウコンに進化させる予定。ストライクも進化させられるならそれに越したことはないが…進化条件がなぁ…

 

それと、ゲーム的な面から考えて全てのポケモンを60レベル前後にはしておきたい。それぐらいあればカントー地方のみならず、どの地方でも、そして仮にプロ…ポケモンマスターとしてマスターズリーグに挑戦するようなことになっても問題なく戦える…はずだ。

 

 

 

 中長期的な目標はそんな感じで良いとして、目の前の目標となる次のヤマブキジム…一応ゲーム通りエスパータイプのジムに挑む方向で考えているが、そうなると相手はエスパータイプのエキスパート・ナツメとなる。初代の環境だとエスパータイプ自体が受け辛いこともあるが、特に高速高火力のエース・フーディンが難敵だ。ナツメ戦はこのフーディンをどう処理するか、フーディンを引きずり出すまでに如何に受けるダメージを抑えられるかがポイントになると予想する。

 

幸い、スピアー・サンドパン・サナギラスの俺の主戦力3体は問題なく総動員出来る。火力面は十分太刀打ち出来る。加えてストライク・レアコイルも底上げ・調整は必要だが、相性的に当確と考えていいだろう。あと1体…まあ、鍛えながら考えるか。

 

さぁ…て、何か面白そうな番組はやってないかなっと…お、野球のナイター中継やってる。そっか、もうそんな時間だったか。

 

 

『さあ、トージョウ交流戦・クチバスターミーズ対コガネエレブーズ第7回戦!試合は8回裏スターミーズの攻撃!粘りのピッチングを見せていたエレブーズ投手陣がこの回スターミーズ打線に捉まり、リードが1点差まで縮まっています!なおも2アウトながらランナーは2塁3塁!ターニングポイントを迎えています!一打逆転のこのピンチ、何とか切り抜けたいエレブーズ!試合をひっくり返せるかスターミーズ!1ストライク2ボールのバッティングカウント、ピッチャー緊張の第4球…投げましたっ!

 

打ったー!鋭い当たり、セカンドジャンプするもこれは届かない!右中間を真っ二つだ!ボールが点々と転がっている!その間に3塁ランナーが悠々とホームイン!そして…2塁ランナーも3塁ベースを回って今、ホームイン!逆転、逆転です!打ったバッターは2塁でストップ!

 

スターミーズ、2点タイムリーツーベースで逆転!この回打者一巡の猛攻で一挙5得点!試合をひっくり返しました、6-5!エレブーズ、序盤のリードを守り切れませんでしたーっ!』

 

 

このポケモン世界ではポケモンバトルがスポーツ…スポーツ?の人気一番手だが、俺の見た感覚としては元の世界のスポーツ人気の先頭にポケモンバトルが差し込まれてるような感じなので、野球やらサッカーやらはプロチームが普通にあるし、試合中継もされるので人気も変わらず高いようだ。

 

…それにしても暗黒期ですなぁ、エレブーズ。見事な風呂試合だ。あ、先発ピッチャーがベンチで頭抱えてる…7回1失点でこの仕打ち、勝敗は兵家の常とは言えどなんとも諸行無常を感じる光景。この後は大魔王こと絶対的守護神が出て来るだろうし、最早これまで…ってところかな。やはり勝つためには安定した救援投手陣が必要不可欠か。

 

ポケモンも同じだよなぁ…エースと4番だけいれば勝てるってのはレベルに差がある間だけ。上のランクになればレベル差が小さくなるから、後ろを固める面子がしっかりしていなけりゃ、エースの輝きも曇ってしまうし、4番の破壊力も活かせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というワケで、お前たちを【指定強化ポケモン】に指名する!」

 

「こいき~ん(ピッチピッチ)」

「…………やぁん?」

 

 

…そんな感想を胸に翌日、ボールから出したコイキングとヤドンを前に、重点的に強化を行うことを高らかに宣言。レベルアップのため、今後は積極的にバトルに使ってガンガン戦闘経験を積んでもらうぞ。まあ、だからと言ってやることは大して変わらないんだけども。

 

それにしても、とぼけた表情のヤドンに大地でピチピチ跳ねるだけのコイキング…何とも締まらねぇ絵面だ。

 

 

 

 

 

 

 その後、3日程かけてのんびりハナダシティ近郊を観光した。残念ながらゴールデンボールは貰えなかったし、ハナダの洞窟には入れなかったし、マサキにも会えなかったし。ワシのイーブイィィィィ…(´・ω・`)ショボーン

 

 

 

 

 




アンケートへのご協力、ありがとうございました。いやあ、レアコイルさん強かったですねぇ。というワケで、新規加入はレアコイルに決定。そしてハナダジムはまだカスミさんがジムリーダーではないという設定の下全カット、ハナダシティも1話でサヨナラバイバイです。カスミファンの方ゴメンナサイ。そして同じ理由でニビジムも全カットを予定しておりまする。タケシファンの方、ゴメンナサイ。お二人については後々活躍というか、戦いの場を設ける予定はあります。いつになるかは分からないケド…

そして申し訳程度の野球要素をぶち込んみるスタイル。エレブーズはアニメから某縦縞の球団、スターミーズは某星の球団が元ネタ。他はどの都市にどんなチームがあるのやら。

それと次回の投稿について、少しリアルの方がゴタゴタして編集出来る環境じゃなくなりそうなので、しばらく間隔が開くかもしれません。御了承下さい。


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閑話:これまで、これから

 

 

 

 

「ベトベトン、"ほのおのパンチ"!」

 

「ハァ…ハァ…モルフォン、"サイコキネシス"で吹き飛ばして…!」

「フォ、フォ…ォォーー…ッ!」

 

 

 マサヒデの現在地・ハナダシティから南に遠く離れ、セキチクシティはセキチクジム。その屋内に設けられた幾つかのバトル用のフィールドの内の1つに、ジムリーダーが調整等の私的な目的に使用するフィールドがある。

 

生温い海風では何の足しにもならないような熱気が籠るこのフィールドでは、セキチクジムの主であるジムリーダー・キョウが個人的な指導を行っていた。

 

以前はマスターズリーグを主戦場に活躍するトップトレーナーで、頂点を目指して激しい争いに身を投じ続け、ポケモントレーナーとしてはかなりの位置に立っていたキョウ。しかし、あと一歩で頂点にも手が届こうかという時にセキチク忍者の棟梁であった父が死去。家族や父に師事していた弟子たちのことを考え、目指した頂点に立つことなく故郷・セキチクシティへと戻り、後を継ぐこととなった。その際に協会からの要請を引き受けてジムリーダーに就任。以降、10年近くに渡ってジムリーダーと忍の棟梁、二足の草鞋を履く月日を過ごしている。

 

しかし、舞台を降りた今でも強さへの希求は変わらない。現状に満足することなく、1人のポケモントレーナーとして高みを目指し続けるべく、強者たる条件の答えを探し続けていた。そして今、彼の目の前で息も絶え絶えとなりながら指導を受ける少女もまた、いずれは自らの手で自らの答えを見つけ出し、自らの道を選び進まなくてはならない宿命を背負っていた。その少女の名はアンズ。キョウの愛娘である。

 

 

 

「ベェ~トォ~!」

 

「フォッ…」

「モルフォン…ッ!」

 

「どうしたアンズ!もう仕舞いかッ!?」

 

 

息吐く暇もないほどの激しいトレーニング直後の実戦指導。トップトレーナーの主力によるレベル差を思い知らせる無慈悲な一撃が、懸命に押し返そうとするモルフォンの足掻きを嘲笑い、アンズの期待を打ち砕く。

 

 

「ワシの跡を継ぐ?立派なジムリーダーになる?笑止!この程度でへばっておるようでは、100年早いわ!」

 

 

傍目には容赦が無いとしか思えない攻撃に晒され、ズタボロの1人と1体に向かってキョウから飛ぶのは、一歩間違えれば心を圧し折りかねないほどの厳しい檄。

 

 

「それどころか、あの小僧にも届かぬぞ!」

 

「…ッ!…ま、まだ……まだ、アタイはやれる…ッ!」

「フォ…ォー…」

 

 

その檄に反応して、アンズは何とか立ち上がる。「まだやれる」とは言うが、肩を大きく上下させ、目は据わり、足腰は疲労困憊で震えている。最早キョウに答えると言うよりも、自らを奮い立たせるために口に出しているようにしか思えない状態だ。モルフォンもそんな主人の意志に応えるべく、ふらつきながらも再び宙に浮かび上がる。

 

 

「そうだ、それでよい。ゆくぞッ!」

 

「く、ぅっ…ッ!」

 

 

そうして、キョウの指導は続いていく。

 

 

 

…結局、この日の指導が終ったのは、この時から1時間ほど後の事。キョウの妻が風呂の用意が出来たことを伝えに来たためであった。

 

 

 

 

 

 

これは、マサヒデが財布を犠牲にハナダジム攻略に力を注いでいた頃の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

 

 

 

 

 

~同日・夜~

 

 

 

 この世には、簡単には答えに辿り着けぬ難題がいくつもある。考え、悩み抜いた先が正解とも分からず、数学のように公式に当てはめて答えを導き出すことなども出来ない難題である。

 

『最強のポケモントレーナーたるに最も必要な条件とは何か?』という問も、その最たるものの1つだろう。全てのトレーナーに等しく課せられる至上命題の1つと言ってもいいかもしれない。考え、迷い、悩み、また考え、生涯を掛けて解を求め続ける難題だ。すでに数多の先人たちがそれぞれの答えを世に残している一方で、未だに長きにわたる喧々諤々の議論が続いている。

 

ある者は「それはポケモンを育てる育成力だ」と言う。バトルに使用するポケモンの実力が高くなければ、頂点までは上り詰めることは出来ない。そのポケモンを育て上げ、最良の状態に仕上げる能力を持つ者こそ、最強のトレーナーと呼べるのではないか、と。なるほど、至言である。

 

またある者は「それはポケモンへの深い知識・理解を持つことだ」と言う。故事に曰く、彼を知り己を知れば百戦(あやう)からず。自分のポケモンは何タイプで、どういう技を覚えていて、どういった戦い方を得意とするのか。そして相手のポケモンはどうか?それが分かれば、どういう風に試合運びを組み立てれば良いかが見えて来る。知識を基に、安定した試合運びが出来る者こそ、最強のトレーナーではないか、と。なるほど、これもまた至言である。

 

またある者は「それは勝負所を逃がさない直感だ」と言う。直感は経験則と言い換えてもいい。勝負とは水物、技が外れることもあれば急所に当たることもある。怯んでしまったり、状態異常の追加効果を貰ったりすることだってある。とかく想定外、確率の低い事態が起こり得るもの。そういった咄嗟の事態に、隙を見せず素早く状況を立て直せる、乃至は出来た隙を突いて勝ちを手繰り寄せられる。そんな勝負師こそが、最強のトレーナーではないか、と。なるほど、これもやはり至言であろう。

 

これら意見を述べた人物たちは皆、マスターズリーグ等、最高位の舞台で活躍した往年の名トレーナー。彼ら自身が上を目指し続けて結果を残し、最高位の舞台に上り詰め、そこでも結果を残し続けたその長き旅路の中で導き出し辿り着いた境地。数々の苦難と成長、挫折と栄光の果てに手に入れた強さ、彼らなりの答え。その答えに賛否はあれど、彼らが重視する点はそのいずれもが、ポケモンバトルにおいて勝敗を決定付ける重要な要素の1つであることだけは疑う余地はない。

 

古くよりこの地に生きてきたセキチク忍者一族の末裔であり、現代に生きる忍、どくタイプのエキスパート等々…わしも幾つかの異名で呼ばれ、ある程度の実力者としての名声を得てはいるが、道を究めたとは到底思っておらぬ。ポケモンバトルの道はまだまだ長く、険しく、そして奥深い。この問は、わしにとっても生涯の至上命題であった。

 

 

 

 トレーナーとしての至上命題は強さの追求…では、父親としての至上命題は?と問われれば、それはもう家族を養うことと子の育て方に尽きる。娘…アンズは今、人生の大きな岐路に立っていた。

 

その元凶は、1カ月前まで約1カ月半、自身の仕事場であり自宅でもあるセキチクジムで寝泊まりさせていた1人の少年に他ならぬ。遥々トキワシティからやって来たと言った少年…マサヒデが、ジム攻略のためにセキチクシティを訪れたことを知ったわしは、紆余曲折の末に彼をポケモンセンターではなくセキチクジムに案内。そのまま自らの膝下で世話をすることになった。

 

通常ならまずやらないことではあったが、そうしたのは偏に彼の実力と、わしとの戦いの中で使って見せた“どくづき”に寄るところが大きい。恐らくトキワシティジムリーダーから伝授されたのであろうが、ワシもどくタイプのエキスパートとして名を馳せる身。世に発表されて間もない新技"どくづき"の情報を得るまたとない機会、逃すつもりはなかった。そして、思っていたよりもすんなりと話がまとまったことで、“どくづき”について情報を得る代わりに彼の指導を請け負う生活が始まる。

 

ジムリーダーという職務の関係上、今までも才能ある若者というのは幾人も見てきたが、彼の才能と実力は大人顔負けのもの。与えた課題はほぼ難無くこなし、知識面も子供とは思えぬほど豊富。自身の手解きを受けた若者たち10人を相手に事も無げに連勝し、采配は時に場数を踏んだベテラントレーナーの如き風格を感じるほどに安定的。今思い返してみても、とてもアンズの1つ下とは思えぬな。

 

 

 

 対して、我が娘よ。まだまだ未熟で直情径行、落ち着きを欠きそそっかしい所は多分にあるが、ジムリーダーの娘として恥ずかしくないよう指導はしていたつもりであったし、実際トレーナーズスクールでの成績でも上位10人には常に入っておるし、実技に関しては文句なしの最上位。世間一般から見ても、十分に『逸材』と呼ばれるだけの才能の片鱗は見せていると思っておった。

 

しかしいざ2人が戦うと、その戦績は連戦連敗。時々アンズが手にしていた勝利も、その実は彼奴がポケモンの調整として手を抜いていたり、試験と称して新しいことに挑戦したり、捕獲したばかりのポケモンの慣らしとしてバトルしていた時ぐらいなもの。ある程度は予想出来ていたとは言え、ここまで完膚無きまでに叩きのめされると、流石に父としても師としても、思うところはあった。

 

負けや失敗が込むと、やる気を失い、集中が削がれ、また負ける…そのような悪循環に陥りやすく、一度嵌ると抜け出すのは容易ではない。同年代の強敵を相手に積み重ねる敗北の中で、娘の心が折れはしないかと密かに気に掛けていたが、同じ屋根の下で過ごすこととなった時点で、負けず嫌いの娘が彼奴と幾度となく鎬を削ることになるのは必然だったのだろう。それでも危惧するようなことがついに起きなかったことは幸いで、むしろ彼奴が見せたその強さは逆に、娘を1段上の領域へと引き上げる追い風となっていた。

 

それでも結局、1カ月の間に繰り広げられた2人の戦いは、いくつかの会心の勝利を除いてマサヒデが勝ち続けた。強風吹き荒ぶ中で乾坤一擲を賭して挑んだであろう最後の一戦も、アンズが利用した状況を使用し返されて敗れた。勝負の後、1人隠れて悔し涙を流している娘の姿も久しぶりに見たように思う。

 

 

 

「…本格的な稽古をつけ始めて、そろそろ1カ月になるか」

 

 

 縁側に腰掛け、夜風に当たりながら今日1日を振り返って独り言ちる。アンズがいつになく畏まった様子で「稽古をつけて下さい」と言ってきたのは、件の少年が旅立った翌日のことだったか。今まで見たことがなかった様子にちと戸惑いはしたが、真剣で真っ直ぐ見据えて来る娘の様子にその本気度合いを見て取り、「いいだろう」と二つ返事をしたことで修練の日々は幕を開けた。

 

努力は決して裏切らない…その言葉を証明するように、ポケモンの実力も、トレーナーとしての実力も、目に見えてしっかりと花開き始めていた。いつも一緒に行動している同年代の子供たちも、その熱に中てられて彼女の修練に毎日のように付き合っており、その成長に引っ張られてか実力が伸び始めている。良い傾向だ。

 

ワシも仕事がある故、流石にいつも傍に付いて指導を行うことは出来なかったが、その熱の入り様は今までの比ではない。娘の成長を一番近くで見守ってきたからこそ、そこは断言出来る。

 

それでも始めた当初は様子見しつつの内容であったが、次々と与えた課題を身に付け、乗り越え、逆に次の課題をまだかまだかと催促されるほどの娘の真剣度合いに、一段、また一段と修練に熱が入っていく。内容が厳しさを増し、それでも止めることなく修練を課していく。

 

そうしてはたと気が付いた頃、アンズへの指導の内容は、ジム所属のトレーナーに課すものと同じかそれ以上のものになっておったわ。ある程度の実力が求められるジムトレーナーと同等以上の修練に食らい付ける10代前半の少女…身内故に多少厳しく見ている面はあるやもしれぬが、それでも優秀と評価してよいだろう。

 

 

「それならば、わしが今してやれるのは、いずれ来る巣立ちの日まで自身の持つ全てを教え支えてやることなのだろうな」

 

 

ポケモントレーナーの世界は厳しい。トップトレーナー…ポケモンマスターを目指す者は星の数いれど、そこまで上り詰めることが出来る者はその内のほんの一握りでしかない。年齢制限こそないとは言え、マスターズリーグへの登竜門と言われるカントーポケモンリーグ・セキエイ大会予選への出場者数が例年だと200人弱、多い年でも300人に届くかどうか。ポケモンジムの攻略に挑戦する者が年間何千、何万人といる中での200人だ。そう考えれば、その難しさは一目瞭然であろう。

 

中にはトキワシティジムリーダーのように、ポケモンリーグに参加経験が無くともトップトレーナーの地位を掴む者もいないことはないが、そんな者はそれこそ希少なケースだ。

 

わしがこれまでに稽古をつけてきた子供たちもまた、漏れなく壁にぶつかり、その壁を越えようと挑み、もがき続け、それでも壁を越えられずに心を折られ、最終的に道を諦めてしまった者が少なくない。少数ながら壁を越えて一皮剥けて巣立って行った者も、また次の壁に当たって伸び悩み、進む方向を変えるなどして、トレーナーとして大成したと言える者など全体の半分にも満たぬ。

 

一般的に、8つのジムバッジを集めてポケモンリーグ予選まで出場出来れば、ポケモントレーナーとしてはある程度成功したと見做される。自身の後を継ぐと言うアンズの意志を嬉しく思い、大成して欲しいと思うのは父として当然の事。しかし、トレーナーとして成功出来るか、ましてやそのさらに上に行こうとするのならなおのこと、道は長く険しいものになる。

 

 

「良い素質を持っておる。良い環境もある。なれば、あとはあ奴のやる気次第よな」

 

 

これまでのアンズであれば、大成するなどとは確信を持っては言えなかった。しかし、今はどうだ。この一月ほどの間、周囲の心配を他所にアンズは挫けず、諦めず、前を向いて走り続けた。様子を見に来た妻から、あまりの惨状に『これ以上はアンズが可哀想だから止めてやって欲しい』と懇願されることもあったほどに手酷く打ちのめそうとも、どれだけ厳しい言葉を投げ掛けようとも、それでも娘は立ち上がることを止めなかった。

 

実の娘をここまで追い込んでいることに父親として心苦しさを覚えるが、その一方で、挫けることなく更なる高みへと昇ることを望み、自身の教えを懸命に、それこそ死に物狂いで吸収しようとしてくれていることには、そして過酷な修練に根を上げることなく立ち向かって来る姿には、確かな成長が見て取れる。

 

実力面でも戦術面でも、そして内面的にも伸長は著しい。身内故の依怙贔屓などしているつもりはないが、希望を抱かせてくれるには十分だ。父親として、トレーナーとして、忍として、ジムリーダーとして、これ以上ない喜びを感じている。

 

 

「夏季休業が明けた時、どこまでのものになっておるか…楽しみよな」

 

 

トレーナーズスクールの夏休みも重なったこともあって、この1カ月ほどの間、勉強と料理をする以外のほとんど全ての時間をこの修練に注ぎ込んでいた娘。そのやる気と力の入り様が今までとは比べ物にならないほどなのは疑うべくもない。

 

これまで娘が稽古に不真面目であったとは全く思わない。しかし、3カ月ほど前のアンズと今のアンズ、比べて見たらどうであろうな?わしが見ても、娘の皮を被った全くの別人と思うやもしれぬ。今振り返ると、トレーナーズスクールでの成績に高を括って天狗になっておったのやも、とは思う。

 

そう考えれば、同年代には相手がいないなどと持て囃されていたところに突如として現れ、天狗の鼻を徹底的に圧し折り、ついぞ決定的な金星を許さぬまま去って行った、年の近い強敵…アンズにとって、さぞ衝撃だったろう。

 

わしの指導に食らいつくアンズの見据える先には、自身のさらに先を進む少年の姿があるだろうことは想像に難くない。その幻影に追いつき、追い越し、そしていつかリベンジを果たす…それこそが、今のアンズを支える大きな原動力になっている。そう確信しておる。自身の目的のために引き留めた少年が、娘の急激な成長の切っ掛けになるとは…世の中、何がどう転ぶか分からないものだ。

 

 

「ファファファ…マサヒデには感謝せねばならぬかな?」

 

 

思い返せば、わしがマスターズリーグで頂点を目指しておった頃もそうであった。数多の強敵たちと頂点を目指して互いに争い、鍛え、高め合ったもの。全ては勝ちたい強敵、負けたくない好敵手の存在あればこそ。強さへの欲求、勝利への渇望と喜び、敗北の悔しさ、不屈の闘争心…その全てが、自らを更なる高みへ押し上げる力となる。

 

わしが競った相手も、強敵・難敵揃いであった。ゴースト使い・キクコの(おうな)、格闘家・シバ…力、技術、知識、経験、いずれもその全てを振り絞り、幾度となく死闘を繰り広げた強敵たちだ。今も最上位に君臨し続けておる者も少なくない。

 

しかし、最近では若い世代からも頭角を現す者が出始めておる。氷使いのカンナやドラゴン使いのワタルなどはその筆頭格。見た限りでは、そう遠くない内にカントー最強のトレーナーの一角に名前が挙がる様になろう。そして、いずれはアンズもマサヒデも、他の子供たちも、激戦の渦中に飛び込み、熾烈な競争社会の大波に揉まれていくことになる。

 

その来る時のため、わしは娘を、子供たちを信じ、明日も心を鬼にして鞭を振るうのよ。

 

 

「わしも負けてはおれぬ」

 

 

だが、ポケモントレーナーに下限も無ければ上限も無い。歳を重ねて老いるのではなく、積み重ねた経験と磨き上げた力で強敵を打ち破り、追い縋る若人たちを蹴散らし、頂点を奪う…マスターズリーグを離れたとはいえ、その野望は今もなお我が胸の内で燻っておる。

 

もし、アンズがものになる日が来たのならば、その時は…今一度、あの舞台に返り咲くのも良いかもしれぬ。ファファファ…この歳になっても楽しみが尽きぬ。ポケモンの道の、なんと奥深きことか。キクコの嫗も常々言っておったな、「いつまでも戦い続けろ」と。願わくば、それこそ死ぬその時までそうありたいものよ。

 

 

 

 

 

 

「…それにしても、マサヒデは如何にしてあの強さと知識を身に付けたのであろうな?」

 

 

 マサヒデはトキワシティ出身で、故あって3年間トキワジムリーダー・サカキの世話になっておったと言う。

 

トキワシティジムリーダー・サカキと言えば、カントー地方の現職ジムリーダー最強、ともすればマスターズリーグに出ても頂点に立てると評されるほどの実力者。わしも何度か戦ったことはあるが、わしが仕掛けた細工を物ともせず、時にはその細工毎まとめて圧し潰してくるパワー、如何なる事態にも動じないあの胆力は脅威的。タイプ相性の関係もあってか、苦戦を強いられている強敵だった。また、そのジムトレーナーたちも一筋縄ではいかない強者揃い、修練も過酷と聞く。

 

そんな環境下において、彼奴は他のジムトレーナーと一緒になって鍛えられたのだとか。生まれ持った天賦の才もあるやもしれぬ…が、彼奴はどちらかと言えば後天的な努力と知識、経験で試合を組み立てておるようなきらいがある。とすれば、ジムでの生活に余程水が合ったか、或いはジムリーダーの指導がこれ以上なく優れていたか…

 

どちらにせよ、彼奴の実力の源流がそこにあるのは間違いないだろう。彼奴にとってわしが課した課題など、自身がこれまで挑み続けた、そして今も挑み続けている壁の前では些細なもの…そう考えれば、自然と納得出来る。

 

同時に、その能力を引き出すトキワシティジムリーダーの指導方針・指導方法にも、1指導者、1トレーナーとして興味が湧く。

 

 

「機会があれば、その秘訣を聞いてみたいものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 かくして、セキチクシティのある夏の1日は暮れて行った。

 

 

 

 

後日、しばらくしてキョウは件の少年の保護者と同席する機会があり、その席で尋ねてみた。どのような指導を行ってあれほどの逸材に育て上げたのか…年甲斐もなく興味津々な様子の忍者の棟梁に対して、その保護者は問に対して考え込む素振りを見せ、しばし答えに窮した後、悩まし気にこう返したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれを参考にされても困る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いやあ、気付いたら前回の投稿から1カ月ですか…早いものですなぁ(ゴメンナサイ)

というワケで、今回は主人公が去った後のキョウ(&アンズ)のお話。キョウさんは元トップトレーナーだったものの、家庭の都合で今の立場になった設定が付与されました。アンズさんに無事強化フラグが建ちました。そんでもって、さしものサカキ様も答えようがないでしょうなぁ…


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第50話:言葉は無くとも

 

 

 

 

 ヤマブキシティ…それは、カントー地方の中心に位置するカントー地方最大の都市。中心部は高層ビルやらタワーマンションやらが群れをなして聳えるビジネスの街であると同時に、道路は小さな路地一本に至るまでキッチリ整備され、その道の両脇にはポケモン関連商品の店、今時な喫茶店、高級ブランドっぽいブティック等がびっしりと埋め尽くし、行き交う人と車と活気と喧騒で満ち溢れている光輝く大都会。

 

…この件以前にもやったような気がするが、腰を据えるのは初めてだしまあノーカンってことで。一度は足を踏み入れながら、なんやかんや縁がスルリと逃げていく街だったが、今回は流石に逃げようがなかろう。俺にも逃げる理由はないしな。ハナダジム攻略から5日。シオンタウンで行き先が捻じ曲がってから1カ月近くになるが、回り道に回り道を重ねて、俺はようやくこの街に再び戻って来た。

 

今回の宿泊先はポケセンではなく、サカキさんが無料で提供してくれたTCP社系列ホテルの一室。ポケセンの宿泊施設とは異なる高級感溢れる内装にフカフカのベッド、ネット環境…は流石にまだないが、テレビは見放題の上、なんと課金すれば大人なビデオも見れるぞ!まあ、見ないが。

 

で、ここに朝食と夕食まで無料で付くという、充実した素晴らしいサービス。平凡一般人な俺には身に余る過剰な部屋だ。うーん…何というセレブリティ。これが無料ってんだから、ありがたいものだ。やはり持つべきは金持ちの親か…

 

…いやいやいや、何を考えている俺。そもそも、あの人金持ちではあるけど悪の組織の親玉だからな。騙されてはいかん、いかんぞ俺。サカキさんはロケット団、サカキさんはロケット団、サッカーキーイズポケモンマッフィーア…

 

とまあ、とっても快適な部屋を堪能すると同時に、背後で悪巧みしてそうなサカキさんの存在に恐々としつつ、ヤマブキ到着初日は暮れていった。

 

 

 

 そして翌朝、ベッドが快適過ぎてついつい二度寝を決め込んだせいで、眠りから目覚めたのはいつもより幾分か遅めの時間。カーテンを開けば、部屋の中が一瞬で明るくなる。

 

窓の外に広がるのは高層から見下ろす大都市の街並みと、それでも見上げる格好になるビルの数々。大都市・ヤマブキシティを象徴するような光景だ。

 

夜景も迫力があったが、ビル群と行き交う人の波という風景も、ここ3カ月ほど長閑な田舎街に滞在してたってこともあってか新鮮な感じだ。何と言うかこう…社ちkゲフンゲフン…会社勤めの皆さんの、命の輝きを感じるネ。リーマンの皆さん、お勤め御苦労様です。

 

…あれ?そう考えると、バトルの賞金でその日を繋いでいるポケモントレーナーって、ギャンブラーとあんまり変わらない気が…うん、深く考えないことにしよう。なに、勝てば食い逸れることはない。勝てばよかろうなのだ。

 

 

 

 時間を確認して、手早く着替えて顔洗って寝癖直して、すぐに朝食に向かう。ここのレストランはビュッフェ方式で、現在時刻は8時過ぎ…もうちょっと寝過ごすと、朝飯で自腹を切ることになるところだった。危ない危ない。まあ、朝からそんなガッツリ食べる人間ではないので、仮に間に合わなくてもそこまでの出費では…ないこともない。稼ぐ手段はあると言っても、俺は身体的にはまだ子供。ゲームみたいにホイホイ稼げるワケでもない以上、数百円と言えど馬鹿に出来ない。『1円を笑う者は1円に泣く』のだ。

 

…あ、これは亡くなった祖母ちゃんの受け売りな。

 

パンとスープにキンキンに冷えたモーモーミルクで軽めの朝食を済ませると、少し腹を休めた後、サカキさんからの横槍が無いことを確認してからヤマブキシティへと繰り出す。何か言って来るんじゃないかと少し身構えていたんだが、今回はそういうことはなかった。今日の天気は曇り。天気予報を見る限り、後々雨が多少パラつくかもしれないが、大きく崩れることは無いとのこと。気温もあまり下がらなさそう。

 

大都会と言うだけあって、バスに地下鉄と公共交通機関は充実しているので移動はラクチンだな。行く行くはここにリニアモーターも加わることになる。元の世界じゃまだテスト中だったから、ポケモン世界の技術が如何に凄いかを感じるね。

 

まあ、このクソ暑い中を徒歩で行く今の俺には関係ない話なんだけども。都市部ほど気温が高くなるってのは、ヒートアイランド現象って言うんだったっけか?これで俺の懐もホクホクならいいんだが、残念ながら現状は氷河期目前。運賃をケチることで締めれるところは締めていかねば。暑さも出費も今は耐え忍ぶ時。緊縮財政だ。

 

…それもこれも全部、自力で“10まんボルト”を覚えないレアコイルが悪いんや。しかも“かみなり”も自力じゃ覚えないんだぞコイツ。でんきタイプとしての自覚はないのか!と問い詰めたくなるレベル…ではあるが、トレーナーにあるまじき暴言は心の奥にしまい込んでドロドロに煮込んだ上で下水にでも流しておこう。言ったところでどうにもならんし。

 

せめて“ほうでん”が使えればやり様は十分あったんだが…いや、やろうと思えばやれるんだよな。やった後の問題が多すぎて怖いってだけで。練習だけはしておくってのもありかな?

 

 

 

 ともかく、俺の金欠具合を嘆くのはここまで。折角の都市観光、初っ端から辛気臭い話は無し…と行きたいところだったのだが、ここは光り輝く大都会・ヤマブキシティ。規模も人口も大都会なら、物の値段も大都会。場所によっちゃ相応の物を相応の値段で売ってる店もあるけど、そういうのって大体どこの街でも売ってるんだよなぁ。しかも微妙に高い。折角見ず知らずの街に来たんだから、その街ならではの物、これまで見たことのない新しいものを見てみたい。そんな気分だった。

 

で、その思いの先に待ち構えていたのは3~4つ、物によっては5つの0が連なる値札の山。気になったアイテムがあれば手に取ってはみるのだが、手に取るもののほとんどは、金額的にただの子供が手を出せるものではなかった。

 

その後もフラッと店に立ち寄るものの、突き付けられる高額の値札という体の門前払いを前に、無言の撤退を余儀なくされることを繰り返す。そう、大都会の商業施設はお子様には敷居が高く、ここに俺の居場所はなかったのさ。まあ、元から何か買うつもりもなかったけど。ないったらない。

 

純粋なる札束の暴力で追い出されるように外へと出れば、曇り空でも関係ない蒸し暑さが全身を吹き抜ける。とにかく暑い。クーラーがガンガンに効いてた施設内にいたせいで余計そう感じるが、不快感がこの暑さじゃ長いこと屋外にいるというワケにもいかないな。さっさと今日の本命に向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

…はい、というワケで、買う物も買える物もない商業施設をブラブラとハシゴして、予定よりも早めにやって来たのは本日の本命ヤマブキジム。市街地からは北側にやや離れた場所にあるが、左隣には格闘道場…こちらも今はまだヤマブキジム、以降格闘道場で統一…がゲーム通りに並び立つ。

 

営業再開してからしばらく経つはずだが、周囲には挑戦者や観戦者と見られる人々が、ジムへと向かう大きな潮流を目に見える形で作り出していた。1カ月程度では捌けないほど多くのトレーナーを待たせていたのか、はたまた大都会であるが故か…

 

そんなことをぼんやりと考えながら、俺もその流れに乗ってジムへと乗り込む。今日は下見と情報収集が目的なので、挑戦する予定はない。ゲーム意識で目標はヤマブキジムだ。

 

 

 

ここで、この世界におけるヤマブキジムと格闘道場の因縁について、分かった範囲で解説を。

 

前提として、元々ヤマブキシティでポケモン協会の公認を受けていたジムは、ヤマブキジムではなくお隣の格闘道場の方だった。指導を受けるトレーナーも多く、設立された時期も格闘道場は100年近くの歴史があるとか何とかで、最早名門って言ってもいいぐらいの由緒正しきジムだ。対するヤマブキジムは設立時期が30年ほど前で、指導を受けるトレーナーも多くて20人に届くかどうかというレベル。格闘道場を有名私立校とすれば、ヤマブキジムは細々とやっている私塾みたいなものだった。

 

そんな感じで天と地、月と鼈ぐらいに差のあった両者だが、ここ10年程でヤマブキジム側がメキメキと力をつけ、トレーナーの数も増やしてその背後に迫りつつあった。そこに、ヤマブキジム・格闘道場双方の代替わりが発生する。

 

格闘道場では先代師範(ジムリーダー)が病と高齢を理由に第一線を退き、新たな師範が就任することとなったのだが、新たな師範の実力・経験は先代と比べて1段格落ちするものであったという。一方のヤマブキジムの新たなリーダーとなったのは、自身も超能力を使えるために【エスパー少女】…後に【エスパーレディ】と呼ばれるナツメ。実力は…まあ、御存じの通りの超一流だ。つか、本当に超能力使えるっぽいのが怖い。

 

ここで完全に両者の実力が横一線に並ぶ事態となり、その状態で行われた前回の公認を巡る両者の戦いでは一進一退のシーソーゲームを展開。仕舞いには最後の1体同士が相打ちとなってしまったことで、文字通りの引き分けという結果に終わった。

 

不利なタイプ相性の中、それもナツメを相手に引き分けまで持ち込んだ格闘道場師範の実力は褒めるべきとは思うが、この結果を受けたポケモン協会側は大いに対応に困った。困った末に、本来勝利した側に与えられるはずだった5年間のポケモン協会公認ジムとしての立場を両者に与え、次の公認選出試合までの5年間、1年置きに交代でその職務を務めさせるというどっちつかずの中途半端な裁定を下した。

 

「再戦させればいいじゃん」とは思ったが、両者ともに主力ポケモンの疲労が激しく、特に格闘道場側は主力ポケモンに負傷による離脱があったため、万全の状態で再戦させようとしたらシーズン開幕までに体制が整わないと言うことで、すったもんだの末にこのような裁定になったらしい。

 

そんなこんなで、両者が持ち回りでの公認ジムを務めて今年で5年目。すでに今年の末に公認ジム選出の大一番が迫っている中で、気が立っていたのか、ひょんなことからヒートアップした両ジム所属のトレーナー複数人が場外乱闘騒ぎを起こし、ごく軽微ながら街に被害を出すというとんでもない事態に発展する。これがほんの3カ月ほど前の話。

 

報告を受けたポケモン協会は両ジムの業務等を一旦停止させ、関係者の処分を進めた。そして、その決定に時間が掛かったことで、挑戦するはずだったトレーナーたちが被った被害…即ち、業務停止に伴う挑戦機会の損失を最小限にするため、本来格闘道場が与えられていた今年の公認ジムの権限を臨時でヤマブキジム側にも与え、どちらか一方を攻略出来ればOKとする救済策も決定された。

 

かくしてしばしの準備期間の後、双方が同時に業務を再開して今に至る…と。

 

 

 

 今日は挑戦者ではないので入場料を子供料金で支払い、俺はヤマブキジムへと乗り込んだ。途中に自販機でサイコソーダを、売店で大盛り焼きそばをそれぞれ購入し、そのまま幾つかあるスタジアムの1つの観客席へと向かう。平日故か、挑戦するトレーナーも少なければ観客も思っていたより入っていなかったので、余裕を持ってその一角に陣取ることが出来た。

 

俺が確保したのは、比較的上段の席。フィールドからは若干遠いため、バトルの細かいところまでは見えないこともあるが、代わりに全体を見渡すことが出来る。ヤマブキジムがどういう感じなのか観察するには最適なポジションだと思う。

 

それと、原作におけるヤマブキジムと言えば、ワープパネルを使ってジムリーダーの部屋を目指すギミックの印象が強い。ポケモン世界のオーバーテクノロジーを楽しみにしていたところ、フィールドの両端にそれらしきものが見えた。どうやら挑戦者を試す施設の方にもそういうギミックがあるらしい。

 

まあ、そこは挑戦する時までの楽しみにしておこう。そう考えて、よく冷えた瓶と炭酸の抜けるポシュッという小気味いい音に誘われるままにキャップを開けたソーダと一緒に、ワープパネルの事は思いっきり喉の奥へと押し流した。

 

 

「かあぁーーっ、たまんねぇなぁ」

 

 

喉を焼くような炭酸の刺激と甘い冷たさが、暑さでやられかけていた体に染み渡る。これだから炭酸は身体に悪くても止められない。子供にとってのビールみたいなもんだネ。

 

 

 

一息吐いてフィールドに視線を移せば、俺のことなどお構いなしにバトルが進行しており、今は挑戦者がジムリーダーへの挑戦権を賭けてジムトレーナーと戦っているところだった。

 

 

「いけ、"ドリルくちばし"だオニドリル!」

「押し返すのです、ユンゲラー!"サイコキネシス"!」

 

 

上空から一気に急降下する挑戦者のオニドリルと、それを撃ち落とそうと迎え撃つジムトレーナーのユンゲラー。降下途中で"サイコキネシス"がオニドリルを襲い、一度その降下が止まる。

 

しかし、その攻撃を耐えたオニドリルは少しして降下を再開。攻撃直後で動きが遅れたユンゲラーに、回転しながら突っ込んで、ユンゲラーを弾き飛ばす。

 

 

「そのまま"おいうち"!」

「ユンゲラー、立て直して"れいとうパンチ"です!」

 

 

オニドリルはそのまま効果抜群の"おいうち"で追撃。対するユンゲラーはやはり効果抜群の"れいとうパンチ"でこれを迎え撃つ。

 

 

「ズズーッ…もぐもぐ……んぐ…ふむ、双方レベルはいい勝負ってところか」

 

 

観客達から上がる歓声の中、焼きそばを頬張りながら試合を観戦。ジムトレーナーたちの偵察を行う。挑戦者とジムトレーナーの実力は互角、やや挑戦者側が上かな。それと、ユンゲラーの"れいとうパンチ"はどこで覚えさせたんだろうね。まあ、ジョウトの技マシンを手に入れて使ったと見るのが自然か。

 

見ていて初代最も上手に三色パンチを扱えるポケモン・フーディンの記憶が甦って懐かしい気持ちになる。昔はタイプごとに物理・特殊判定がされてたから、かくとうタイプを差し置いて物理性能もやしのフーディンが最強パンチャーだったんだよな。バトルフロンティアでは大変お世話になりました。

 

もっとも、この世界では判定は技ごとになってるようなので、効果抜群でもダメージはそこまで見込めない完全な過去の遺物だが。

 

それはさておき、やはりポケモン協会の公認を巡って戦えるジムなだけあって、ジムトレーナーもそれなりの実力があるのは見ていて分かる。が、サカキさんとこ(トキワジム)キョウさんとこ(セキチクジム)ほどの怖さは感じない…かな。公認ジムとしての実績・経験の違いだろうか。

 

それにしても、この焼きそばは濃いソースの味付けが最高だな。出来立てホカホカでとても美味しい。こういう場所で食べるから余計にそう感じる。お代わり欲しい。

 

…ん?緊縮財政?お金は使う時には玉を砕くように思い切りよく使うべきものなのだよ。このマサヒデ、上手い飯と趣味、そしてポケモンたちのためならば散財も辞さない所存である()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も滞りなく試合は進んでいく。1試合、2試合、3試合…どうやらヤマブキジムの挑戦方式はまずギミックをクリアした上で、ジムトレーナーと戦って勝ち抜くスタイルの様子。使用ポケモンはエスパータイプ中心だが、時折ゴース・ゴースト辺りが紛れている。確か、ゲームでもそうだった。

 

難易度自体もやはりそこまででもなさそうで、勝ち抜いてジムリーダーへの挑戦権を入手出来ている挑戦者も、見ていてそれなりの割合でいる。保有バッジ数にもよるかもしれないが、しっかり準備すればジムリーダーまではトントン拍子でいけそうな印象だ。

 

あとはジムリーダー・ナツメがどうなのかってところだが、どうやらもう少ししたらジムリーダー戦があるらしいので、それを見れば大凡の実力は分かる…はず。

 

場所は第1フィールドと言うことで、移動が必要だ。落ち着いて観戦したいので、まだ試合途中だが席を確保しに動こう。

 

さあ、エスパーレディ・ナツメの実力は如何程のものか、然と見極めさせてもらおうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ナァッシィーーーッ!」

「パルシェン戦闘不能!勝者、ジムリーダー・ナツメ!」

『オオォォォーー‼』

 

 

 ジムリーダー戦は、ナツメの勝利で思いの外あっさりと終わった。試合終了の宣言と同時に、観客席から大きな歓声が沸く。試合前に席を確保するために早めに動いて空いた席を確保出来たが、それでも最終的に席はほとんど埋まってしまっていた。表情に乏しくエスパーレディなんて呼ばれて若干畏怖されているような印象を受けるナツメだが、美人なので何だかんだ人気はあるようだ。

 

肝心なポケモンの実力の方も、厄介な相手だと見ていて思うぐらいには強かった。

 

この試合で見れたのは、"リフレクター・ひかりのかべ"を貼り"みらいよち・サイコキネシス"で攻めるバリヤードに、"さいみんじゅつ"+"ゆめくい"で相手を封じつつ回復もしてくるスリーパーとナッシー。壁貼り・状態異常・時間差攻撃と、とにかく相手の好きにさせない戦い方って感じだ。キョウさんの戦法に近いものがあるように思う。エースと予想するフーディンは、その出番が来る前に試合が終わったため見ることが出来なかった。

 

俺もラフレシアがいるのでよく分かるが、ねむり状態はとにかく強い。ゲームで言うところの2ターン以上眠らせることが出来れば、本当に大きなアドバンテージになる。状況次第では、その1ターンが勝敗を決定的にすることも珍しくない。今日の仕合を見てナツメ戦を見据えるのなら、"さいみんじゅつ"への対策は必須になるだろう。

 

それと、"みらいよち"が思っていた以上に厄介かもしれない。ゲームでの性能は2ターン後にタイプ相性を無視してダメージを与えるもので、正直そこまで強い技ではなかった。しかし、この世界では時間経過で発動する攻撃で、問答無用で正確に相手のいる場所を撃ち抜いてくるので、絶妙なタイミングで発動して攻勢を頓挫させたり、立て直しを許さなかったりと、相手はかなり動きを制限されていたように見える。

 

 

 

 しかし、彼女を倒す上で本当に問題なのはそこではない。俺が感じた一番の問題は、ナツメが試合中に一切指示を出す素振りがなかったこと。それなのに、ポケモンたちは非常に戦略的に立ち回っていた。これはつまり…

 

 

「本物のエスパー…か」

 

 

…まあ、そういうことなんだろうね。テレパシーと言うか、言葉にせずともポケモンに指示を出せるという噂は耳にはしていたが、正直この目で見るまでは俺も半信半疑、ほぼ疑って掛かってる部分が強かった。でも、こういうの見せられると流石に信じざるを得ない方向に傾く。

 

そも、ゲームのポケモン世界には歴代エスパー使いのジムリーダー・四天王に、トレーナーとしてのサイキッカーと、割とエスパーな方々がいたので珍しいことではないのかもしれn…いや、んなワケあってたまるか。

 

何にせよ、指示を口にすることなくポケモンを意のままに操るというのは、一見何をやって来るか、何を狙っているのかが分かりづらいので、判断の遅れ・見逃しを招く要因になると感じる。実際、挑戦者も見ているだけで分かるぐらい戦い辛そうだった。

 

 

 

 

 周囲の興奮冷めやらぬ中、俺があれこれと考えている間に挑戦者と何か話をしていたナツメ。だが、話が終わったのか、ふと顔を上げると未だに声援を送る観衆に応えることなくフィールドを後にしようとしていた。

 

 

「………」

 

 

しかし、何故か途中で急に立ち止まると、急に振り返ってこちら、俺の居る辺りをジーッと見つめ、そして…

 

 

「………(ニタァ)」

 

 

…無言で笑顔を見せた後、今度こそフィールドを去って行った。何だったんだろう?ファンサービス?やっぱり美人だから絵になる姿だけど、凄い気味の悪さを感じるような薄ら寒い笑顔だった。『美しい花には棘がある』って言葉がパッと浮かんだ。

 

 

 

 

 

…待てよ?ゲームだと確かプレイヤーに対して「あなたが来るのはずっと前から分かってた」みたいなこと言ってたよな?つまり、彼女は未来予知も出来るってことで…もしかして、さっきの笑顔は本当に俺に向けられたもの?いやいや、流石にそれは自意識過剰…でも、まさかね…

 

と言うか、未来予知が出来るなら、その能力を使って例えば試合展開も予知出来るし、場合によっては相手が何考えてるかも読めるってことだよな?

 

…これは生半可な戦術じゃ簡単に破られたり、最悪逆手に取られてゲームセットなんて可能性もあるのか…エスパーやべぇな。

 

正直、スピアー・ストライク・サナギラスを軸にしてキュウコン辺りで状況整えればいけるって漠然と考えてたけど、思ってたよりずっと難しい戦いになるかもしれない。しばらく戦略の練り直しと特訓だな。ま、いつものことだネ。これらの課題を如何にクリアしてジムバッジを手にするか、トレーナーとしての腕の見せどころよ。

 

 

 

さあ、目指すぜ打倒ナツメ!

 

 

 

 

 




主人公、ついにヤマブキシティへ。そしてチラッとナツメさん。この作品世界ではちゃんとエスパーしてらっしゃいます。

それと、調べてみたらレアコイルって自力で10まんボルトもかみなりも覚えないんですよね…そして第2世代のレアコイルと言えばなロックオン+でんじほうも習得レベル高いっていう。結果、主人公の財布さんには何度目かのお亡くなりになっていただくことになりました。自由に戦力をカスタマイズ出来るようになるのはいつになることやら()

あ、あとこっそりとこの作品投稿し始めてから2年が経過しました。2年も続いたことを凄いと思うか、2年でこれだけしか進んでないことを嘆くべきか…
何はともあれ、読んで下さる皆さん、感想を寄せて下さる皆さん、いつもありがとうございます。この場を借りて御礼申し上げます。


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第51話:灼熱の夏休み

 

 

 

 

 ヤマブキジムでジムリーダー・ナツメの試合を観戦してから一週間。俺は本格的にヤマブキジム攻略に向けて動き出した。

 

あの後もう何試合かナツメの試合を観戦したが、残念ながら挑戦者のバッジ数が少なかったためか、初回程のレベルのポケモンは出て来ず、得るものは少なく終わった。しかし、ナツメ攻略に向けて必要なピースは大体分かっている。"さいみんじゅつ"を撃たせないことと、如何にエスパー技を耐えるかということ。

 

1つ目に関しては、タマムシジム戦での対策と、キョウさんの時同様にキュウコンの"しんぴのまもり"でほぼ対処出来ると踏んでいるので恐らくは大丈夫。問題は2つ目。エスパータイプに耐性のあるポケモン、弱点を突けるポケモンがカントー地方は多くないため、シンプルながら悩ましい問題だ。

 

耐久面は同じエスパータイプで耐性のあるヤドンを戦力に組み込めれば、多少は改善出来るだろうか?あとはレアコイルで壁を貼るのもいいな。攻撃面ではスピアーに寄せる期待大。一度受け身になったら厳しいかもしれんが、エースとしての働きを期待している。

 

それと…もしもだがサナギラスをバンギラスにまで進化させることが出来れば、攻防両面で決定的な一手になり得る。以前から考えとしてはあったが、ナツメ戦においてあくタイプの存在は、試合前からこれ以上ないアドバンテージであることに変わりはなさそうだ。

 

…仮に進化まで持っていけても、制御出来るか分からんのが最大の不安要素な上、そもそも進化レベルの55まで、集中的に鍛えたとしてもどれくらいかかるのかが不透明なんだけども。

 

 

 

 

 

とまあ、いくら愚痴を零しても無い袖は振れない。なので、地道に鍛えてジム戦に備えるのが確実にして一番の近道…なんだけど、こっちもこっちで実は問題があったり。

 

俺は現在、ヤマブキシティ近郊にある大規模な総合運動場を特訓の地と定め、ジム攻略に向けて一週間ほどバトルに明け暮れている。ここは休日になればポケモンバトルを楽しむ多くのトレーナーで賑わう場所で、ヤマブキジム攻略を目指すトレーナーたちも特訓・調整の場所としてよく使っていることも事前に把握しており、レベルアップに丁度いい場所だと思っていた。

 

そして実際、ここに通ったこの一週間の間、確かに対戦相手がいなくて困りはしなかったし、安定して勝ちを手にすることも出来ている。しかし、こなした戦闘数に比べてレベルが思うように上がらないという問題に直面することになった。

 

どういうことかと言えば、俺の手持ちのポケモンたちは、現状その大半が30代後半~40代にレベルが乗ってきている。しかし、それぐらいのレベル域に到達出来るポケモンってのはそう多くないようで、そのレベル域に釣り合う丁度いい相手は中々いなかった。

 

詰まる話、相手トレーナーの実力不足と言うか、俺のポケモンと他のトレーナーとの実力差が明確になり始めてしまっている。そして、原作だとちょっと前…と言っても、2、3世代ぐらい昔になるが、その辺りから自分と相手のポケモンのレベルに応じて入手できる経験値が増減する仕様に変更になっていた。恐らくその原理がこっちでも働いているものと考えられる。

 

とりあえず、レベルが低めでヤマブキジム戦で中核戦力になり得るストライクを中心に戦いを繰り返してはいるが、とりあえずの目標としてぶち上げたレベル45前後に届くまで、1カ月掛かっても届くかどうか…

 

 

 

…まあ、それでも今は最初に言ったとおり地道にコツコツ積み上げる他ない。千里の道も一歩から。焦らずやって行こう。諦めなければいつかは届くさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 サカキさんから呼び出しが掛かったのは、強くなることに行き詰まりつつあったその矢先のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

 

 

 夜になって投宿先のホテルに戻ってすぐ、久方振りにポケギアに連絡が入った。電話に出ると、相手はサカキさんの秘書・セドナさん。用件はサカキさんからの伝言で、『話がある。明日支社ビルまで来るように』とのこと。何を言われるか恐々としつつも、断わる理由もないので大人しく了解し、翌朝俺は支社ビルへと向かった。

 

支社ビルではセドナさんが待ち構えており、着くなり早々とサカキさんの下まで連行されることに。

 

 

『コンコンコン』

「社長、マサヒデ君をお連れしました」

 

『分かった、入れ』

 

「失礼致します」

「…失礼します」

 

 

そうしてサカキさんが待つ応接室に通され、今に至る。話があるということだったけど、一体何だろう?また何か無茶振りを言われるのか?

 

 

「よく来たなマサヒデ。発電所での一件以来、1月近くになるか。ハナダジムを攻略したと聞いた。まずはおめでとう…と、言っておこう」

 

「ありがとうございます」

 

「今はヤマブキジムに挑んでいるのだろう?どうだ、進捗は。順調か?」

 

「えっと…ちょっと行き詰まっています」

 

「…ほう?」

 

 

最近どうだ?から始まったサカキさんとのお話。何言われるか分からない恐怖はあるが、同時にトップトレーナーに現状についてアドバイスを貰えるかもしれない好機でもある。ジム戦に向けてもう少しポケモンのレベルを上げたいが、中々思うように上がらず悩んでいることを包み隠さず話してみる。

 

 

「…なるほどな。レベルが上がり辛くなってきている…と」

 

「はい」

 

 

俺の話を聞いたサカキさんは、少し考え込むような素振りを見せる。

 

 

「…一つ聞こう。マサヒデ、今のポケモンたちのレベルは?」

 

「40に近いか、超えているメンバーがほとんどです」

 

「フッ…ハハハ…!そうか、既にそんなところまでいったのか…!」

 

 

一部例外の奴もいるが、俺が手持ちポケモンの大まかなレベルを答えた所、サカキさんは急に笑い出した。

 

 

「それはレベルも上がり辛くて当然だ。ほとんどが40にもなれば、市井のトレーナーやそこらの野生ポケモンでは相手になるまい。ハハハ」

 

「…ですよねー」

 

 

…まあ、ゲームでの仕様から何となく察しは付いていたが、やっぱりそうだよなぁ。

 

 

「だが、言い換えれば順調に実力をつけていることに他ならん。発電所の時にも感じてはいたが、トキワシティを旅立って半年ほどでそこまで辿り着いているか。オマエを見ていると退屈しないな、良い意味で予想を外されるばかりだ」

「あ、ありがとうございます…」

 

 

いやあ、褒められるっていうのはいくつになっても良いものだ。相手がサカキさんでなければの話だけども。

 

 

「まあ、話は分かった。もしヤマブキジム、そしてニビジムと制覇してトキワシティまで帰って来れたのなら、鍛える場所については何とかしてやる。それまでは自分であれこれと悩み、挑戦してみることだ。人間、何事もやってみるのが上達の近道だ。若い内はなおの事…な」

 

「…分かりました、ガンバリマス」

 

「フッ…さて、それで今日オマエをここに呼んだ本題に入ろうか」

 

「…!」

 

 

…来た。今まで圧倒的な力の暴力で俺を扱き倒すのみならず、やれ調査の手伝いしろだの、やれ使い走りしろだの、やれ暇潰しに付き合えだの、あれこれとやってきた実績を持つサカキさんの今日のお願いという名の命令だ。毎回毎回何言われるか気が気じゃないんだよな…ホント。

 

さあ、何を言って来るんだ、この悪の首魁は。あ、でも強化について何か考えてくれるみたいなのは有難…いや、もしや真っ当な方法じゃない可能性も…?

 

 

「そんなに身構えなくてもいい。単に夏休みの誘いだ」

 

「…夏休み、ですか?」

 

「ああ。会社の福利厚生…会社で働く部下たちへの日頃の労いも兼ねて、旅行を計画した。わたしも参加するが、ちょうどいい時期に近くにいたので、オマエもどうかと思ってな。ポケモンバトルに明け暮れるのもいいが、たまには羽を伸ばすのも悪くは無かろう」

 

 

…身構えていたら、夏休みのお誘いでした。拍子抜けした。

 

そうか、こうやって旅していると気にすることもないけど、世間一般的には夏休みの時期だもんなぁ。セキチクシティでも、滞在の最後の方はアンズ以下のセキチク忍軍の皆さんと毎日何かやってたけど、そうか、アレもアンズたちが夏休みだったからこそ出来たのか。

 

それにしても、旅行ねぇ…俺としては毎日が旅行してるみたいなもんだけど、気分転換には丁度いい…かな?

 

 

「そうですね…誘ってもらえるのは嬉しいのですが、自分が参加してもホントに良いのですか?」

 

「世の子供たちはちょうど夏休みの真っ只中。保護者として、オマエに休みを取らせることも必要だろう。子供の1人や2人、連れて行くことぐらい何の問題もない。それに、旅行中に頼みたいこともある」

 

 

頼みたいこと…あ、拍子抜けさせといてのまさかこっちが本命か!?

 

 

「えっと…その頼みたいことっていうのは一体…?」

 

「難しいことではない。今回の旅行は部下たちの休暇を兼ねるものだが、同時にビジネス絡みのスケジュールも一緒に組み込んでいる。その関係で、旅行中に私が離れる時間がある。その間、息子の相手を頼みたい」

 

「息子さんの相手ですか…」

 

「ああ。名前はシルバーと言う」

 

 

息子の相手…サカキさんの息子………シルバー、ね。これはゲームのデフォルト通りか。まあ、レッドさんとグリーンさんの事も考えれば、自然なことか。とりあえず思ってたよりはまともなお願いだったので、ちょっと胸を撫で下ろす。が、シルバーの相手…どうしたもんかな。

 

 

 

 シルバーと言えば、第2世代におけるライバルであり、ゲームではロケット団解散に絡む父親への失望から、世界最強のトレーナーを目指すようになったという。

 

平然と主人公を突き飛ばす等暴力を振るい、ウツギ研究所やタンバシティなどで他人のポケモンを奪い、ポケモンに対してもかなりキツく当たっている節が窺える等、強くなるためなら手段は選ばない面がある。挙句の果てにはロケット団を嫌うあまり、女主人公であろうと容赦無く服を剥いてしまうという、かなりヤンチャな少年である。イイゾモットヤレ。

 

思えば、ウツギ研究所の件では警察に通報されてたはずなのに、よくもまあ最後まで捕まらなかったもんだわ。

 

 

「年齢も少し年の離れた兄弟ぐらいだ。弟でも出来たと思って、相手してやってくれ」

 

 

日本でもこっちでも一人っ子な俺にいきなりそんなこと言われても、ねぇ?

 

まあ、受けるしかないんだけど。年齢的には多分、小学校1年生ぐらいか?流石に今はまだそこまで拗らせてはいないだろうし、適当に遊びに付き合ってやってれば何とかなるっしょ。

 

 

「…分かりました。ところで、その旅行の出発と日程はどうなっているんです?」

 

「出発は明後日の夕方6時、5泊7日を予定している」

 

「5泊7日…」

 

 

5泊7日ってことは、移動にめっちゃ時間が掛かるってことですよね。それってつまり…

 

 

「行先は海外だ。故に…セドナ、用意はしてあるな?」

 

「はい、社長。…マサヒデ君、これを」

 

 

そう言ってセドナさんが俺の前に置いたのは…パスポートか?日本の頃も含めて海外未経験だから、よく分からん。

 

 

「…そういうワケだ。明後日の夕方4時に頃に迎えを寄越すので、準備しておくように」

 

「いや、あの…準備と言われても、何を準備すれば…」

 

「ほとんど会社の方で準備はしている。オマエは遊び道具と着替え、あとは機内で時間を潰せる物でも用意しておけばいいだろう…ああ、それと向こうに滞在する間、手持ちポケモンの入れ替えは出来ん。連れて行くポケモンは選抜しておけ」

 

「わ、分かりました」

 

 

幸い、そこまで準備は必要なさそうだ。ただ、ポケモンの入れ替えが出来ない、ね…どうしようか?スピアー・サンドパン・サナギラスは確定として、弱点を補うならラフレシア・キュウコン・レアコイルってところかな?或いはキュウコンに変えてストライクってのもあるか?それか、育成も兼ねてヤドン・コイキングを連れて行くのも…でも、それだとドガースとラッタが可哀想な気も…むむむ。

 

 

「…社長、お時間が」

 

「む、少しゆっくりし過ぎたか。ではマサヒデ、私は次の予定があるのでこれで行く。まあ、連れて行くポケモンはのんびり決めるといい。2日後にまた会おう」

 

「え…あ、はい」

 

 

そうして俺が悩んでいる間に、サカキさんは何処かへ行ってしまった。まあ、サカキさんの言う通り時間はあるんだから、ゆっくり決めようそうしよう。

 

こうして、サカキさんの後を追うように俺はTCPヤマブキ支社を後にした。

 

 

 

 

 

…そう言えば、何だかんだで行先を聞きそびれていたな。海外って言ってたから、ジョウト・ホウエン・シンオウではないと思う、日本的に考えて。モチーフが近畿・九州・北海道だし。

 

となると、イッシュかカロスか…夏の旅行って考えれば、最有力はハワイがモチーフのアローラか?常夏のリゾートで至福の一時をってね。アローラなら海、海と言えば海水浴。海パンを用意した方が良いかな?

 

あ、それにもしかしたら現地のポケモンも捕まえられるかもしれない。アローラならベトベターかミミッキュ、イッシュならコマタナ、カロスならヒトツキ辺りを捕まえられればヤマブキジム攻略に繋がる可能性大だ。それに、まだ知られてない技を使っても「別地方のポケモンですから」で押し通せるかも。夢が広がるぜ、うはははは。

 

…今挙げた奴ら、ミミッキュ以外サカキさん相手にする時は全員お荷物になりかねないのは気にしない方向で。いや、ヤマブキジム対策に拘らないで、好きなポケモンを捕まえていけばいいんだ。俄然やる気が出るぞー。

 

 

 

…ところで、シーズン真っ只中にジムリーダーが1週間もジムを空にして問題無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、ホテルに戻った俺は早速連れて行くポケモンについてあれこれと考えた。そうして悩みに悩んだ挙句、「別に全員連れて行きゃいいじゃん」というハーレム理論に行き着いた。バトルに使えるのは6体までで、ポケセンだと7体以上いっぺんに預けると余計な金取られるけど、持ち歩き・連れ歩きはNGじゃないもんね。そも、仲間外れは可哀想だぜ。

 

連れて行くポケモンについて脳内論争に終止符を打った後、来たる旅行に向けた準備に動き出した。トレーナー必需品セット(ボール・傷薬・状態異常回復アイテム)は勿論の事、シルバーの相手をすると言うことで簡単な遊び道具を幾つかと、飛行機内での時間潰し用に本と雑誌を幾つか、アローラを想定して安物の海パンとゴーグルを一丁。

 

何にせよ、サカキさん案件であることを差し引いても旅行は楽しみだ。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿保なら踊らにゃ損損。どうせ逃げられないんだから、楽しめるだけ楽しまなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…しかし、現実は俺が考えるより甘くないということを、旅行当日になって叩き付けられることになろうとは、この時はまだ夢にも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~2日後・ヤマブキシティ国際空港~

 

 

 

 

「お疲れ様です、サカキさん」

 

「ああ、御苦労」

 

 

 言われた通りの時間に迎えに来た社員の人に連れられてやって来たのは、ヤマブキシティ郊外にある国際空港。ゲームでは影も形もなかったが、"国際"の名前を付けられるだけのことはある、とても大きな空港だ。

 

この後いよいよ、旅行先に向けて俺は機上の人となるのだ。

 

 

「どうだ、昨日はよく眠れたか?」

 

「その…楽しみで中々寝れませんでした…」

 

「フッ…まあ、シルバーもそうだったようであるし、子供は皆そういうものなのかもな。オマエにもそういう子供らしいところがちゃんとあって安心している」

 

「あはは…」

 

 

既に多くの社員さんたちと一緒に時間が来るのを待っていたサカキさんに挨拶し、俺もその一群に加わる。

 

実は日本にいる頃も含めて、子供の頃には何度か飛行機を利用した記憶はあるのだが、大人になってからの飛行機はこれが初めて。旅行と合わせてテンション上がりっぱなしだ。やっぱり男の子ってのは乗り物が好きなんだよ。

 

 

「…そう言えば、すっかり聞きそびれていたんですが、旅行先ってどこなんです?」

 

「旅行先?ああ、伝えてなかったか?この後、私たちはイッシュ地方のライモンシティ国際空港へ向かう」

 

「イッシュですか…!」

 

 

おっと、アローラが大本命だったんだが、外してしまったか。ライモンシティと言えば、遊園地やら超巨大なスタジアムなんかがあったな。ジョインアベニューっていうトレーナーの手で育つ大型商業施設もあったが、あれは確か続編になって完成した場所だったはず。今は流石にないだろう。何にせよ、思いっきり遊ぶならうってつけの都市ってことだけは間違いない。

 

 

 

 

…ん?ライモンシティの遊園地?……遊園地と言えば、観覧車……夏…やまおとこ……うっ、頭が…()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後、飛行機を乗り継いでオーレ地方のフェナス空港へ向かう」

 

 

思い出すべきではない何かを思い出しそうになって急な頭痛に襲われた所に、サカキさんはさらっと追加で何か言った。おかしいなぁ…予想もしてなかった地名が聞こえたような気がしたんだが、俺の耳がバグったのかな?

 

 

「……え?あ、あの、ちょっとよく聞き取れなかったのでもう一度お願いします」

 

「ライモンシティ国際空港到着後、乗り継いでオーレ地方のフェナス空港へ向かう、と言った」

 

 

この人は今何と言った?ライモンで乗り換えて…フェナス?……フェナス!?オーレ地方のフェナスシティか!?ちょっと待って、イッシュで夏休みじゃないのかよ!?折角の夏休みだろ!?もっといい場所あったろ!?何で…何で……

 

 

 

 

何でよりによってオーレ(そこ)なんだよおおぉぉぉーーーーッ!?

 

 

 

 

そんな絶望感を凝縮した俺の魂の叫びは、どこまでも青く澄んだ果ての無い大空に吸い込まれるように、ただ空しく溶けていった。いやまあ、心の中での話であって、口にはしてないんだけども。

 

とまあ、まさかまさかの大どんでん返し。イッシュ地方で楽しい夏休みかと思ったら、オーレ地方で地獄の夏休みだったでござるの巻。

 

いや、まあ、確かにオーレ地方ってアメリカのどっかの州がモデルって言われてたのは覚えてるから、海外ではあるんだろうけどさ…オーレと言えば、ポケモン世界でも異質な超絶治安が悪い地域だぞ。もうこの時点で不安しかないんですが。悪の組織もロケット団以上に蔓延ってたはずだし。と言うか、下手したらスナッチ団にポケモン盗られるんじゃ…?やべぇ、一気に行きたくなくなってきた。

 

急な腹痛で断って帰ろうかという考えが一瞬脳裏を過ったが、そんなことを言える勇気は俺にはなかった。

 

 

「あの、何故オーレ地方を…?」

 

「仕事絡みだ。向こうの取引相手に招待を受けてな。砂漠の中にある水の都で、中々美しい街だそうだ。ちょうどいいと思い、社員旅行も一緒に組み込ませてもらった」

 

 

なるほどなるほど…おのれオーレの取引相手とやら。余計なことを…

 

…ところでサカキさん、その取引相手というのはスナッチ団、もしくはシャドーという名称の集団だったりはしませんでしょうか?聞けるワケもないし、聞いたところでどうにもならないけど。

 

 

「フェナスシティで1泊、翌日北に離れたアゲトビレッジという街に移動して3泊。その後フェナスシティに戻って帰国の流れだ。アゲトビレッジはオーレ地方では貴重な自然の多い、避暑には最適な場所だそうだ。まあ、オーレ地方自体が夏休みで行くには少々熱いかもしれんが」

 

 

あ、アゲトビレッジか。なら安心……出来るのか?出来ないよねぇ…パイラタウンって言われるよりはずっといいけど、オーレ地方ってだけでもう…

 

それとサカキさん、少し熱いって言うか、灼熱の間違いでは?あの地方、ほとんど砂漠だったような記憶が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…何はともあれ、既に決まってしまったことをひっくり返す時間は残されていない。かくして俺の【地獄の夏休みINオーレ地方】は幕を開けた。

 

そして一時的ではあるが、またしても俺は目的を達することなくヤマブキシティに別れを告げることになった。ああ、さらば近くて遠い街・ヤマブキシティ…

 

 

 

 




はい、というワケで次回から数話、夏休みと称してオーレ地方灼熱のバカンスに1名様ごあんな~い。なお「オーレってどこだよ?」って方は【ポケモンコロシアム】で検索だ。歴代ポケモンシリーズでもトップクラスの攻略難易度を誇る地方ですぜ()ちなみに作者は無印はプレイしてますが、XDは未プレイですので、無印に出て来る人物、街しか出しません。御了承を。
そしてサラリとBWのトレーナー諸氏のトラウマを添えつつ、またしてもお預けのヤマブキシティェ…作者、そろそろナツメさんにサイコキネシス撃たれそうな気がする()


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第52話:科学の力ってすげー!

 

 

 

 

 オーレ地方…ポケモンシリーズの外伝的な作品である【ポケモンコロシアム】及びその続編【ポケモンXD〜闇の旋風ダークルギア〜】にて物語の舞台となる地方だ。アメリカ合衆国アリゾナ州フェニックスがモデルと言われ、西部劇のような荒涼とした風景が広がり、ダークでアダルティな雰囲気が漂う歴代ポケモンシリーズの中でも異質な作品であり、同時にこの作品特有の仕様なども相まって、発売から20年近く経過した今なおシリーズ最高クラスの難易度を誇ると言われる。

 

オーレ地方はその大半を広大な砂漠が占める不毛の大地であり、その過酷な自然環境のせいか、野生のポケモンがほとんど生息していないという他の地方にはない特徴がある。原作主人公たちは後述する特殊な方法で仲間を増やしていたが、オーレ地方での新戦力調達はほぼ絶望的と言っていい。また、ポケモンジムやポケモンリーグについて作品内で言及がなかった辺り、そういった施設は存在しないものと見える。代わりに各地にコロシアムが存在し、ここを勝ち抜くことで賞金を稼ぐことが出来るようになっている。

 

ポケモンシリーズに登場する地方の中でも治安は最悪レベルで、アローラ地方のポータウンなど比較にもならない怪しげな連中が跳梁跋扈するパイラタウンという街や、その地下に広がるアンダーのように悪の組織が全てを取り仕切っている街も存在する。その悪の組織というのが【シャドー】と呼ばれる秘密結社。【ダークポケモン】と呼ばれる強制的に心を閉ざすことで凶暴な戦闘マシーンへと改造したポケモンを生み出し、その力を利用して世界征服を企む組織だ。正体を隠して公職に就いている者もいたりと、オーレ地方への浸食度合いは高い。個人的な認識としては、行動理念はロケット団、地方浸食率はカロス地方のフレア団に近い印象。

 

コロシアムシリーズ本編では、このシャドーを壊滅させることと、全てのダークポケモンをスナッチ…強奪し、閉ざされた心を取り戻し解放することが大きな目標となる。

 

また、もう1つ別に【スナッチ団】と呼ばれる悪の組織も存在する。スナッチマシンと呼ばれる特殊な装置を用いて、相手のポケモンを強奪してしまうポケモン窃盗団だ。そして、このスナッチ団の、そして物語の根幹を成す重要な装置が、スナッチマシンだ。これ、実はシャドーが開発・提供したものであり、スナッチ団はシャドー傘下の実働部隊という一面も持っている。スナッチ団が奪ったポケモンは、シャドーに流されているものと考えられる。なお、続編のXDではシャドーから手を切られてしまい、逆に主人公サイドに協力する味方になっているらしい。未プレイ故によく分からないけど。こちらはアローラ地方のスカル団のような立ち位置が近いだろうか。やってることは完全に犯罪だが。

 

コロシアムの主人公はこのスナッチ団の団員で、ゲーム開始冒頭で組織を裏切り、腕に装着可能な小型スナッチマシンを奪って逃走するところから物語は始まる。元々は凄腕のスナッチャーだったとのことだが、何故スナッチ団を裏切ったのか、ついでに過去の経歴とか、どこでパートナーのエーフィ・ブラッキーと出会ったかなど、謎の多い人物である。なお、歴代主人公の中で唯一の青年と呼ばれるような年齢であることが分かっている。あとイケメン。そして、スナッチマシンを搔っ攫った後にアジトを爆破しており、やらかした内容はブッチギリのヤベー奴である。

 

 

 

…以上が、オーレ地方の簡単な解説になる。大雑把にまとめると…

 

・治安最悪

・環境過酷

・戦力調達ほぼ不可能

・ヤベー奴らしかいない

 

…俺が行きたくないと思う理由、御理解いただけただろうか?正直行くメリットが全くと言っていいほどないのである。

 

 

 

 そんなオーレ地方最大の都市であるフェナスシティ近郊のフェナス国際空港に、ついに俺たちが乗る飛行機は降り立った。日暮れの迫る夕方にヤマブキシティを発ち、ライモンシティでの乗り継ぎを合わせて、片道半日以上を掛けてのフライト。機内で一眠りしたとはいえ、疲れが抜けきっていない気怠さを覚えながら、案内に従ってシートベルトを外し、席を立って機外へと向かう。

 

外に出ると、待っていたのはカラッカラに乾いた空気と照り付ける太陽、砂塵を巻き上げ吹き付ける熱風の出迎え。遠く離れた異国の地にやって来たことを実感させてくれる。

 

そのままタラップを下りると、他の皆さんと集まり、一緒にターミナルへ。荷物を受け取った後、手配されていたバスに乗り込み、今日の宿泊先へ直行となった。

 

 

 

 宿泊先のフェナスグランドホテルに荷物を預けたら、その後は自由にフェナスシティ観光の時間。色々と出鼻を挫かれるような事実が浮かび上がったりしたが、折角の旅行に変わりはない。フェナスシティと言えば、砂漠の中に広がる水の都として有名なようで、実際とても美しい街並みが広がっている。異国情緒も十分で、暑さは気になるところではあるが、十分に楽しませてもらえそうだ。

 

さあ、見せてもらおうか、オーレ地方の実力とやらを…っと、冗談はほどほどにして、のんびり楽しませてもらうとしよう。

 

しかし、右も左も分からない異国の地を子供が1人でウロチョロするなど自殺行為。ましてやここはオーレ地方。いくらフェナスシティが比較的安全な街とは言っても、そんなことをすれば危険極まりない。

 

 

「というワケで、今回坊主の面倒を見ることになったラムダだ。よろしくな」

 

「アッハイ、よろしくお願いします…」

 

 

…と言うワケで、サカキさんからお目付け役として付けられたのが、まさかのHG・SSでロケット団幹部として登場したラムダのおっさん。ヒョロ長垂れ目で紫色の髪と顎髭がトレードマークの変装の達人だ。ゲームだとドガース系統6体使って来るので印象によく残っている。

 

これでゲーム絡みのロケット団関係者で会ったことないのはランスだけだな。ロケット団ビンゴにリーチだ。やったぜ()…一応例の2人組もゲームにいた事あるけど、どうなんだろうね?

 

とまあ、正直あんまり嬉しくない新たな出会いもありつつ、長旅の疲労を癒しながらのんびりとフェナスシティを回っていく。

 

 

「ほぇー、ラムダさんって普段はあちこち飛び回っていらっしゃるんですか」

 

「おう。おかげで中々家に帰れなくてな、今の坊主みたいに街から街への根無し草だぜ」

 

 

とは言え、何か目的があって回るわけでもないので、ラムダのおっさんと無駄口を叩きながらの観光となった。聞くところによると、各地の取引先への挨拶や交渉、調整何かに駆け回っている敏腕ネゴシエーターなんだとか。自分で言ってる辺り、どこまで信用していいかは微妙なところだけど。幹部にまでなってるんだから相応の実績・能力があるってことだよな…

 

実際、話してみたラムダのおっさんは気さくで陽気で親切そうなおっちゃんって感じだった。喋り口も軽妙でアポロさんとかと比べると非常に取っ付き易い。そういう意味では、優秀なネゴシエーターらしさの片鱗は垣間見える。

 

 

「そりゃ大変っすね。奥さんなんかも心配されてるんじゃ?」

 

「はっはっは…おう坊主、その話題は二度と口にするんじゃねーぞ」

 

「アッ、ハイ…」

 

 

あと、女性の話題はNGっと。女に縁が無いのか、それとも逃げられたか…とりあえず、ラムダのおっさんが同士ということは分かった。ロケット団員なので信用は出来んけど。

 

 

 

 日が暮れた後はホテルに戻り、全員集まって大広間での賑やかな会食が待っていた。そして、この時初めてシルバー少年と顔を合わせることに。

 

 

「マサヒデ、私の息子のシルバーだ」

 

「あ!あの時のちっさい人!」

 

「…はい?」

 

 

どう声を掛けたものかと悩んだのも束の間。どうも、以前タマムシシティに滞在していた時期にシルバー少年は俺を見ていたことがあったらしく、思いの外あっさりと話は弾んだ。

 

 

「にーちゃん、これ美味ぇな!」

 

「ああ、うん、せやね…」

 

 

そして、気付けばいつの間にか隣の席でお子様ランチを食べているシルバー少年。その近くにはサカキさんと副社長も控えて目を光らせているので、色々と気が気でない。早く終わってくれ…

 

とりあえず、現在のシルバー少年は原作の捻くれっぷりは微塵も感じない、天真爛漫な腕白少年。まあ、こんな歳からあんなに捻くれられてても、サカキさんも困るわな。

 

この穢れを知らぬような少年も、いずれはあーんなことになってしまうのか…まあ、ロケット団解散後は父親が目の前で蒸発。原作での描写はないが、恐らく社会的にも苦しい生活だったであろうことは想像がつく。あそこまで性格が歪んでしまうのも無理はないのかもしれん。

 

 

 

 

 

 

 

 

勝手にシルバー少年の行く末を案じつつ、宴会は終了。その後、彼が眠くなるまで遊びに付き合って、旅行初日は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

~オーレ地方2日目~

 

 

 

「それでは参りましょう!本日の第一試合、ガイラー選手vsセクスビー選手!」

『ワアァァァーーーーー‼‼』

 

 

 オーレ地方2日目。この日は朝からフェナスコロシアムでオーレ地方のポケモンバトルを観戦。

 

 

「試合開始ッ!」

 

 

審判の合図とともに、両トレーナーがボールを2つずつフィールドに投げ入れ、4体のポケモンが向かい合う。第3世代で初めて登場した戦闘方式・ダブルバトルだ。

 

 

「「「おお…ッ」」」

 

 

その様子を見た一緒に観戦している皆さんから、驚きの混じった歓声が上がる。

 

カントー地方では全く広まっていないが、ここオーレ地方ではダブルバトルが主流。シングルバトルでは活躍の難しいポケモンが幅を利かせていたり、シングルバトルの戦術が通用しなかったりと、シングルバトルとはまた違う戦略が求められる。

 

そして、コロシアムシリーズに出て来るユニークNPCは、"あまごい+すいすい・あめうけざら"、"ふゆう+じしん"、"まもる+だいばくはつ"、"スキルスワップ+ケッキング"、"いかくサイクル"などなど、何らかのコンセプトに沿ったパーティ構築・技構成が為されている。その多くは3世代当時の第一線、ものによっては現在でも通用するレベルの戦術であり、コロシアムがシリーズ最難関と呼ばれる要因の1つとなっている。

 

 

「おおー、2体同時か!すげー、すげーぜ父ちゃん、母ちゃん!」

 

「ああ、そうだな…ふむ」

 

 

近くに陣取っているサカキさん一家も、シルバー少年は(多分)初めてのダブルバトルに大興奮。サカキさんも副社長も興味深そうに試合を見つめている。俺もダブルバトルを実際に見るのは初めてなので、周りの熱気にも充てられて若干興奮気味だ。

 

実際にダブルバトルをすることになったとしたら、戦術構築は勿論のこと、2体同時かつより広い範囲を見る視野が求められるのだろうか。やっぱ勝負事だから、1体でも神経使うんだよね。それに俺自身元々はシングルバトル一本だったこともあって、中々慣れられない…かも。

 

まあ、こればっかりはやってみないと分からないかな。案ずるより何とやら…って言葉もあるし。

 

 

「行ってこい、グラエナ!」

「グァルルル…バウッ!」

 

 

そして、トレーナーの片方が出してきたポケモンを見て、周りの皆さんが再び小さく歓声を上げる中、俺は1人感激していた。

 

 

「おお、グラエナ…ホウエン地方のポケモンじゃあないですか…!」

 

 

ポケモンコロシアムは第3世代の作品。当然、登場するポケモンにはカントー・ジョウトのポケモンは勿論、まだ見たことのないホウエン地方のポケモンも含まれている。

 

グラエナはR・Sにおいて最序盤から捕獲出来るポチエナの進化形。旅パで使っていたことも多々あり、見た瞬間に感動と懐かしさが込み上げてきた。オーレ地方じゃ捕まえられないのが惜しい。

 

 

 

…ところで、野生ポケモンがほとんどいないのに、オーレ地方の人たちってどうやってポケモン捕まえてるんだろうね?他地方からの輸入か?それとも、貴重なはずの野生ポケモンを捕まえてる?オーレ地方のポケモン事情は少し気になるところ。

 

 

 

 

 

 

 

 コロシアム観戦終了後、昼食を取ってから次の予定に向けて移動が始まる。今日はこの後、取引先の施設を見学し、そのままアゲトビレッジへ向かう予定との説明があった。

 

アゲトビレッジは出発前にもサカキさんが言っていた通り、オーレ地方においては珍しい緑が残る山裾の村。コロシアム主人公の旅のパートナーの祖父で、かつてオーレ地方で伝説のトレーナーとして名を残したローガンを始め、若い頃はトレーナーとして第一線で活躍した人々が、のんびりとした隠居生活を送っている。

 

また、このアゲトビレッジの奥に広がる聖なる森には幻のポケモン・セレビィが住んでおり、聖なる森に繋がる洞窟を抜けた先にある祠では、ダークポケモンをリライブ…通常のポケモンに戻すことが出来るという、とても重要な役割がある。

 

それはさておき、山・川・森とあるので、確かに夏休みを過ごすには最適な場所かもしれない。

 

 

 

しばらく砂の黄色と空の青色しかない風景の中、砂塵を巻き上げて走るバスに揺られていると、もうすぐ目的の取引先の施設に到着するというアナウンスがあった。

 

事前の説明ではポケモンに関する様々な研究を行っている施設ということで、どこの世界、どこの地方でもやっぱりポケモン研究は盛んなんだなぁ…とか、何となしに思っていたんですよ。出発前は。

 

しかし、この何もない延々と続く砂漠の中を走っていて、いきなり「もうすぐ到着です」とか言われると、原作をプレイした経験のある身としましては一抹の不安が過るワケですよ。「そういや、ゲームに砂漠の中にポツンとある研究施設があったなぁ…」って。

 

そして、得てしてこういう時の嫌な予感ってやつは結構当たってたりするもので…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそオーレ地方、そして我がシャドーポケモン研究所へ。職員を代表して歓迎します、Mr.サカキ」

 

「こちらこそお招きいただき感謝する、Mr.ジャキラ」

 

 

…おうおうおう、初っ端からブッ込んで来てくれるじゃないですか、ねえちょっと、サカキさぁぁぁぁーーーん‼やぁっぱり取引先ってシャドーじゃねぇッスかああぁぁぁぁーーーッ!?

 

そんな心の叫びを何とか抑え込んで、サカキさんとにこやかに挨拶を交わす相手の姿を確認する。特徴的な紫色のボディスーツ、白髪長身で赤い目をした偉丈夫…うん、ボディスーツの上からスーツを着込んでこそいるけど、どこからどう見てもジャキラです。本当にありがとうございました。

 

このジャキラという人物、何を隠そう件の悪の組織シャドーの幹部であり、他の4人の幹部を束ね指揮する司令塔、幹部の中の幹部なのである。ゲームではストーリー序盤に一度、ただならぬ雰囲気を匂わせて主人公の前に現れ、その後ストーリー最終盤、シャドー本拠地であるラルガタワーに乗り込んだ主人公の前に、ラスボスのような風格を漂わせて立ちはだかる。なお、ラスボスではない模様。

 

 

「こちらは当研究所の所長、ボルグ」

 

「お会い出来て光栄です、Mr.サカキ。本日は私が皆様の案内をさせていただきます」

 

「うむ、よろしくお願いする。Dr.ボルグ」

 

 

そして、今日の案内役として紹介された白衣っぽい服装にサングラス、オールバックで…サイドテール?な長身の研究者風の男・ボルグ。こちらもシャドー幹部の1人であり、ダークポケモンに改造された準伝説ポケモン、ジョウト三犬が一角・ライコウを使って来る。と言うか、シャドーの幹部は皆さんエンテイ・スイクン・ライコウ・メタグロス・バンギラスと、ダークポケモン化された強力なポケモンを手持ちにしている。

 

 

 

 

 

…ウソッキー?あれはトレーナーの方が準伝説相当だから…

 

…唯一神?嫌な…事件だったね…

 

そしてよくよく見てみればこの研究所、ゲームに出て来たシャドーのダークポケモン研究所とそっくりな気がしますねぇ…気付きたくなかったなぁ…

 

 

 

 

 

…何にせよ、サカキさんの言っていたオーレ地方の取引相手っていうのが、シャドーであることはこれではっきりした。関わりたくねぇ…でも、たかが子供にはどうしようもないのが現実。早く強くなって、何者にも縛られることのない自由を我が手に…!

 

そんな何度したかも分からない決意を胸に、ボルグの案内に従って、俺たち一団は研究所内へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

 シャドーの研究所とは言え、ダークポケモンのことさえ知らなければ、一見普通の研究所との差は大してない。そして、そんな超重要機密であろうダークポケモンのことについて、そんなベラベラと喋るはずもなし。

 

時折ダークポケモン絡みともとれる内容が所々に見え隠れする解説に心中穏やかではなかったが、それ以外は特に取り留めて気にするような解説もなく、研究所内部の施設や実験について、ボルグや研究所員の解説を聞きながら見学は進む。

 

 

「…以上のように、当研究所ではポケモンの生態やDNA…遺伝子情報などから、ポケモンが持ちうるあらゆる可能性について、日夜研究を続けているのです」

 

 

今はガラスで仕切られた実験室と、そこに設置されている何かの実験装置を前に、ボルグの解説を聞いているところ。何か、進化の可能性がどうとか言っていた。

 

 

「では、ここで我々が発見したポケモンの可能性についての成果を1つご覧いただきたいのですが…時にMr.サカキ、ポケモンの中には特殊な条件…特定の道具を使うことで進化するポケモンがいることはご存知でしょうか?」

 

「それは、進化の石のことか?当然知っている」

 

「では、交換マシンを使用した他者との交換を経て進化するポケモンのことは?」

 

「無論だ。カントー地方のポケモンで言えば、ユンゲラーにゴーリキー、ゴーストにゴローン…だったか」

 

「流石です。そして、ここからが本題なのですが…我々は研究の結果、その2つを組み合わせたような、さらに特殊な条件で進化するポケモンがいることを突き止めたのです」

 

「ほう…?」

 

「これは実際にご覧いただいた方が良いかと思います…オイ、用意は出来ているな?」

 

「はっ、いつでもいけます」

 

「よろしい。では皆様、あちらをご覧ください」

 

 

そう言って示された先、ガラスの向こうの実験室を見ると、研究員に連れられて1体のポケモンが実験室へと入ってきていた。

 

 

「ラァイ!」

 

「…ストライク?」

 

 

そのポケモンは、俺もよく知るストライク。研究員の指示に従って、室内で素直に待機している。とても大人しいその姿には違和感が…いや、俺が普段見てるアレが酷いだけか。何故俺のストライクはああなのか…

 

従順なストライクの姿に正体不明の感動のようなものを覚えていると、研究員たちはストライクの身体に慣れた手付きで金属で出来た何かを装着させていく。

 

今までの話から察して、これはもしや…

 

 

「今、このストライクに装備させたのは"メタルコート"という特殊な金属です。そして、後ろにあります装置を起動することで、疑似的にこの実験室内に交換マシン内の環境を再現します」

 

 

おおお…!通信交換進化、それもハッサムか!?

 

 

「では、起動しろ」

「はっ」

 

 

研究員がレバーを引くと、「ブゥゥゥ…ン」と重い音とともに機会が作動。

 

 

「ラァイ…!」

 

「「「おおっ!」」」

 

 

そのまま固唾を飲んで様子を見守っていると、予定通りにストライクが光りを放ち始める。進化時特有の現象だ。周囲からは小さく歓声が上がる。

 

その間にも光に包まれたストライクの輪郭が徐々に変化していくが、その変化も10秒足らずで完了。

 

 

「…ッサム…!」

 

 

光が霧散すると、そこにはストライクよりも幾分かスマートで、くすんだ赤いボディが特徴のハッサムの姿が。ストライクは無事進化を遂げていた。

 

 

「すげー!すげー!すげーよにーちゃん!ポケモンが進化するの、オレ初めて見た!」

 

「ああ、そうだねぇ…」

 

 

実験結果にどよめきや拍手が沸く観衆たち。俺の隣にいたシルバー少年もまたその1人。ポケモンの進化を間近で見ること自体が初めてだったようで、すげーbotと化している。

 

そしてかく言う俺自身、今目の前で起きた現実に感動を覚えている。ハッサムに進化したことよりも、通信交換することなくそれを実現して見せたあのマシンの性能に。何だよあれ、完全にボッチ御用達の一品だろ。神か。

 

 

「…これがストライクの新たな姿、ハッサムというポケモンになります。如何だったでしょう、Mr.サカキ」

 

「人の手を介して進化するポケモンか…素晴らしいものを見せていただいた。感謝する、Mr.ジャキラ」

 

「いえ、これも御社の協力あればこその成果。今後とも良い関係でありたいものです」

 

 

そんな中で、サカキさんとジャキラは何やら大人のお話をしているのが聞こえた。子供だからということと、シルバーの話し相手ってことで、結構近い所にいたが故に否が応でも耳に入って来る。横目でチラリと見れば、そこにはがっしりと握手を交わしている2人の姿。

 

ロケット団とシャドー…俺は今、2つの悪の巨頭が手を結ぶという、とんでもない悪行の歴史的シーンを目撃してしまったのかもしれない。

 

 

「なあなあにーちゃん!」

 

「ん?」

 

 

目の前で行われた歴史的一幕に内心冷や汗ダラダラな俺だが、シルバー少年には知る由もないこと。目の前で人為的に起こされたポケモンの神秘に興奮冷めやらぬ彼の話は止まらない。

 

 

「にーちゃんも確かストライク持ってたよな!」

 

「あ、うん。持ってるけど…?」

 

「だったらさ、にーちゃんのストライクも進化させてみてよ!」

 

「え、えぇ…」

 

 

進化のお代わりとばかりに、俺のストライクも進化させてもらえという無茶振りがシルバー少年から発せられる。そんな無茶な…

 

 

「そう言えばそうだったな」

 

「おや、そちらの少年もストライクを持っておられるので?」

 

「ええ」

 

「…そうですね。もしよろしければ、対応はさせていただきますが?」

 

「ふむ、どうしたものか」

 

 

…とか思ってる間に、シルバー少年の話を聞いていたらしい上の人たちの間で何故かトントン拍子で話が進んでいるという。流石は悪の組織の面々、他人のポケモンを何だと思ってるんだ。まあ、元々はサカキさんのポケモンみたいなところはある奴だけど。

 

 

「…マサヒデ、オマエはどうしたい?」

 

「っ…どうしたいと言われましても…」

 

 

サカキさんから意向を聞かれるが、そりゃあ…正直Goサイン出したいです。ヤマブキジム戦がとっても楽になるじゃないっすか。

 

 

「でも、その…本当に色々と大丈夫なんですか?」

 

 

ほら、安全性とか、お値段的なものとか。悪の組織的に考えて。「科学ノ発展ニ犠牲ハ付キ物デース」って残酷な現実を突き付けられたり、強面のお兄さん方に囲まれて「金払え」って後から言われたりしませんか?

 

と言うか、そもそもの話いくら実績があるって言っても、自分のポケモンを悪の組織の被験体として差し出せって言われると全力で拒否したくなるんですがそれは…

 

 

「我々の技術は完璧だ、安心するといい少年」

 

「…と言うことだそうだ。後はオマエ次第だ」

 

「にーちゃん!」

 

 

しかし、そんな俺の思いはぶちまけられるはずもなく、逆にサカキさん、ボルグ、ついでにシルバー少年の3人から色々な思惑を込めた視線でジッと見据えられているのが現状。しかもその後ろの方にはジャキラも控えていて、その他周囲の皆さんからの視線も一身に受けてるっていう。何なのこの地獄?

 

各地でポケモンバトルを繰り返してる関係上、何百人程度の観衆の中で戦うのはある程度慣れてはいるが、こんな至近距離でそれをやられると、ましてやそれがこの面子となってはもうダメだろ。

 

 

「…じ、じゃあ、お言葉に甘えて…」

 

 

こうして視線という名のプレッシャーに耐えられなくなった俺は、抵抗する気力もなく早々に白旗を上げて膝を屈したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ああ、そうそう。進化させてもらうなら、カントーに帰ってからしばらく預からせてもらいたい。こちらでも技術の研究・検証をしたいが、現物が手元にあるのとないのとでは進み具合が違うのでな」

 

「アッ、ハイ…」

 

 

ついでに、ストライクは帰国後しばらくの戦線離脱が決定した。ヤマブキジム戦までに返してもらえるのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

「ラアァァァァァァァイッ‼」

 

「くそ!何とか抑え込め!」

「うわ、このストライク強いぞッ!?」

「実験機器には近寄らせるなッ!」

 

「ラアァァァァァァァイッ‼」

 

 

 

なお進化前、ボールから出した後に一悶着あった模様。大音響を響かせて、広い研究室内を縦横無尽に飛び回るストライク。周りの目を気にするあまり、コイツの性格完全に頭から抜け落ちてたわ。

 

 

「…相も変わらず喧しいな」

 

「…すんません」

 

 

呆れたような声でそう言うサカキさんの横で、俺は頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

結局、暴走ストライクは10分近い総力戦のような捕獲劇の末、スタミナ切れを起こしたところで御用となり、大人しく実験室内へと連行されていった。

 

…とりあえず皆さん、うちの問題児2号がご迷惑をおかけしまして大変申し訳ございませんでした。そして断ることの出来ない非力な俺を許してくれ、ストライク…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…でも正直な話、ハッサムが手に入るなら美味しい()

 

 

 

 

 

『テーテーテー テテテテッテテー♪』

おめでとう? ストライク は ハッサム に 進化した!

 

 

 

 

 




というワケで、夏休みINオーレ地方編開幕。そして(悪の組織の)科学の力ってすげー!という名のご都合主義炸裂回でした。ほら、通信交換マシンを通した際に発生する特殊な磁場が云々…的な?どうしても主人公が正規のルートでハッサムを入手出来る気がしなかったので()

そして、オーレ地方と言えばやはりシャドーの存在は外せませんねぇ。まずはジャキラとボルグが登場です。ロケット団とは良い取引相手といったところでしょうか。ロケット団はポケモンをシャドーに、シャドーは研究成果や技術をロケット団に提供…これ、その内ロケット団が作者の手にも負えなくなりそうな気ががが…
さらに、ここでロケット団幹部の一角・ラムダも登場。彼は地下倉庫の鍵もくれるしそこへの行き方も教えてくれるから何となく良い人そう。そして、変装が得意=サカキ様の代理として暗躍みたいなイメージが湧いた結果、あちこちを飛び回って陰に日向に活躍する敏腕ネゴシエーターな気のいいおっちゃんになりました。きっと語学も堪能。


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第53話:弾丸カマキリ

※キノガッサの使用する技を修正しました(R4.8.7)


 

 

 

 

 

 

 ハッサム、はさみポケモン。第2世代にて初登場したポケモンで、ストライクの進化形。特定の持ち物を持たせた状態で通信交換を行うことで進化するポケモンの魁となった1体。進化と言いつつ、実は種族値の合計はストライクから変化していないのでどっちかと言うと…変態?虫だけに。

 

ストライクよりも素早さが大きく下がった代わりに、その減った分が振り分けられる形となって攻撃・防御が大きく上昇している。タイプも元のむし・ひこうタイプからむし・はがねタイプへと変化したことで弱点がほのおタイプのみとなっており、防御が上がっていることも合わさって数値以上に耐久能力は高い。やはりはがねタイプは優秀。

 

そんなハッサムの代名詞とも言えるのが"バレットパンチ"。はがねタイプの先制物理技だ。威力は低いがタイプ一致、そして素の威力の低い技の性能を底上げする特性"テクニシャン"。ここに攻撃を大きく上昇させる"つるぎのまい"なんかが組み合わさった場合、破壊的な威力で飛んで来る問答無用の先制技になるため、最強のバレットパンチ使いと呼ばれることもあるぐらいだ。そこまでいけばもう銃弾(バレット)ではなく砲弾(キャノンボール)だろって言いたくなるレベル。

 

ただ、同時に素の火力が控えめな技が多く、テクニシャン、そして"バレットパンチ"などが解禁される第4世代以前ではどうしてもスペックの割に決定力に欠ける傾向が顕著だった。代わりに補助技は最初期から充実しており、それらの特性と技が出揃うまでは"バトンタッチ"で"つるぎのまい・こうそくいどう"を後続のエースに繋ぐサポート型が主流だった。果てには"どくどく+はねやすめ"で耐久型の運用も出来ないこともないという。第6世代ではメガシンカも獲得した。

 

総評すれば、足が比較的遅めだが総合的に高いレベルでまとまっていて、特に物理攻撃能力に優れる。優秀な特性と技でエースとしての運用、補助技を多用してサポート役としての運用など、パーティ状況に合わせてあらゆる役割をこなせる扱いやすいポケモンと言える。

 

 

 

…数奇な運命の巡り合わせか、それとも神々の悪戯か、俺はカントーから遠く離れたこのオーレ地方にて、そんなハッサムを手に入れるチャンスを得た。悪の組織の作った装置を利用しての、言ってしまえば非正規の手段を利用しての進化であり、色々と後が心配だったのだが、幸いハッサムに異常は特に見られなかった。そこだけは良かったと心から思う。

 

非正規としか思えないような入手方法だったとは言え、ゲームみたいにデータ削除なんてワケにもいかないので、なってしまったものは仕方がない。それはそれとして、不正ダメ、絶対。

 

 

 

まあ、何か不具合が起こっていても困るので、進化したハッサムに関して諸々のチェックをしてもらっていたのだが…

 

 

 

「マサヒデ、準備は良いな?」

 

「はい、いつでもいけます」

 

 

…何故か現在、シャドーの研究所内のバトルフィールドにて、試運転と称してバトルをするハメになっていた。ダブルバトルが主流のオーレ地方だが、今回は肩慣らし程度とのことで、シングルバトルで軽く様子を見たいとのこと。

 

もちろん、周囲からはサカキさん・ジャキラ他、ロケット団・シャドー両陣営の皆さんの熱い視線が注がれており、双方監視の下での一戦である。急に腹痛が…

 

 

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

俺が使用するポケモンは当然ストライク改め、つい今し方新たなる力を手に入れたばかりのハッサム。文字通りの鎌から蟹のような鋏へと変化した両手を振り上げ、自身の存在を誇示している。

 

とりあえず…お前、進化しても鳴声それなの?もっとこう、落ち着き払った貫禄のある感じの声期待してたんだけど。折角進化したんだから、最初に見せられたハッサムみたいにもう少し落ち着きなさいよ。まあ、進化していきなり暴走しなかった点は評価して…

 

 

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

…って、おいこら!言ってる傍から飛び回るんじゃない!そして奇声上げるな!くっそ、やっぱコイツ進化してもダメだわ。そんでもって、絶妙に遅くなったなオマエ。

 

シャドースタッフの皆さん、重ね重ねうちのバカ2号が迷惑をおかけして申し訳ない。何かあってもそれは俺のせいではないので悪しからず…と言えないのが飼い主の責任であり辛い所。

 

 

「ロッソ、そちらはどうだ?」

 

「こちらも問題ありません、ジャキラ様」

 

 

対する試運転の相手は…うわぁ、コスチュームはシャドー戦闘員やんけ。確かシャドー戦闘員って全員に名前が付いてたことは覚えてるが、ロッソ…いたかな?

 

何にせよ、サカキさんとシルバー少年の声援を受けて、オーレ地方での初バトルだ。ちょっとだけテンションが上がった…気がしたけどサカキさんとジャキラとボルグがいることを思い出して速攻で落ち着いた。落ち着く通り越して若干萎えた。

 

 

 

「では、行くぞ少年!」

 

「フゥー…よし、お願いします!」

 

「まあ、バトルとは言っても、能力の肩慣らしみたいなもの。軽い運動とでも思って気楽にやるといい」

 

「はい!」

 

「にーちゃん頑張れよー!」

 

 

ま、勝負を前にしてそんなこと言ってる余裕はなし。無理矢理でも気合入れていくぞ。

 

 

「では、バトル開始ッ!」

 

「行きな、キノガッサ!」

「ガッサァッ!」

 

 

相手のポケモンは…キノガッサ!キノガッサじゃないか!この世界に来て初めて見るホウエン地方のポケモンだ!時代はそろそろ第3世代に足を突っ込み始めてるってか?とりあえずとても欲しい。寄越せ!

 

 

 

…失礼、少し興奮してしまった。キノガッサは2足歩行するトカゲのような体型に、頭の大きなキノコの傘が特徴。タイプはくさ・かくとうの複合タイプ。種族値は可愛らしい見た目によらず攻撃がずば抜けて高い。が、それ以外は控えめで、種族値の合計は決して高いポケモンではない。

 

しかし、強力な催眠技である"キノコのほうし"を覚え、眠らせた所に高威力の"きあいパンチ"を叩き込んだり、第4世代で獲得した特性"ポイズンヒール"に"やどりぎのタネ・ドレインパンチ"を活かして持久戦に持ち込んだり、"ビルドアップ"で能力強化したりと、一度パターンに嵌ってしまうとやりたい放題出来る。

 

そこに隠れ特性として得たハッサムと同じテクニシャンと、"タネマシンガン・ローキック・がんせきふうじ"といったテクニシャン適用範囲内の有用技、素早さを補いトドメの一撃や最後っ屁として有用な先制技"マッハパンチ"…これらが組み合わさった結果、非常に相手を嵌め殺す性能の高い厄介なポケモンとして、一時期は対策が必須と言われるまでに対戦環境で猛威を振るっていた。だからとってもとっても欲しい。

 

とりあえず願望は置いといて、タイプ相性的には4倍弱点突けるこっちが有利なんだが、"キノコのほうし"を持っているか否か…キノガッサってこれだけでも相手の行動縛れちゃうんだから、カワイイ顔してえげつないんだよな。

 

 

 

…ま、今回はハッサムの試運転が主目的なんだし、気にしててもしゃーないか。"キノコのほうし"のことはあまり考えず、頭空っぽにしてガンガン行きましょう。

 

 

「俺は子供には優しいんでな、先手は譲ってやるぜ。来な!」

 

「んじゃ、お言葉に甘えて…いくぞハッサム!“つばさでうつ”!」

「シャァラアァァァァイッ!」

 

 

指示を受けて、ハッサムが奇声を上げて突っ込んでいく。まずは進化してどれくらい運動性能が落ちたのか、そしてどれくらい攻撃力が上がったのか、その力を見せてもらおう。

 

 

「先手は譲っても、馬鹿正直に正面から受けてやる理由はない!躱せ!」

「ガッサ!」

 

 

一直線に突き進むハッサムに対して、おさきにどうぞ宣言の相手キノガッサは、その突撃を紙一重で躱す。

 

 

「そんなら当たるまで殴るのみ!ハッサム!」

「シャァラアァァァァイッ!」

 

 

君が泣くまで殴るのを止めない。そんな気概を持って、キノガッサに向かっていく。しかし、悉く躱される。見ていてストライクの頃よりも明らかに遅いため、回避に専念されると厳しいか。それと、ハッサム自体がまだ自分の能力と言うか、身体に慣れてないってのもあるか?

 

 

「身体は温まったか?こちらも行くぜ!キノガッサ、"かわらわり"!」

「ガッサァッ!」

 

 

先手を譲って避けてばかりだったキノガッサが、ここで攻撃に転じた。真っ直ぐ向かって来る。

 

 

「ッシャラアァァイッ!」

「ガッサァーーッ!」

 

 

フィールドのほぼ中央付近で、ようやく両者が激突。すり抜けざまに互いに一発ずつ攻撃がヒットする。機動性はストライクの頃と比較すると明らかに鈍重だが、その分キノガッサと正面からカチ合って打ち負けないのはハッサムの面目躍如。

 

相手の"かわらわり"はかくとうタイプの技。"リフレクター"などの壁技の効果を無効化する効果を持つが、このバトルには関係ないな。

 

 

「もう一度"かわらわり"だ!」

「こっちももう一丁"つばさでうつ"!」

 

 

互いに立ち位置を入れ替え、再びぶつかるハッサムとキノガッサ。ストライクの時のような軽快さは感じないが、バシィン!バシィン!と一発攻撃がヒットする度に、重さを感じさせる鋭い音が響き渡る。良い音だ、馬力が違うぜ。そして一瞬の瞬発力も決して悪くない。キレがある。

 

 

「"マッハパンチ"!」

「ガッサァッ!」

 

「逃がすか!"こうそくいどう"!」

「シャァラアァァァァイッ!」

 

 

しばらく打ち合って、相手が技を切り替えてきた。相手は意表を突こうとしたか、埒が明かないと見たか、目にも留まらぬ速さで繰り出されたパンチがハッサムにヒット。こちらの動きが止まった隙に、向こうはバックステップで後ろに下がって距離を取ろうとした。

 

ハッサムはストライク時代を思い起こさせる奇声を上げて追撃に入る。うん、流石に積み技が入るとストライクの頃と遜色ない速さが出せるな。

 

 

「そのまま"つばさでうつ"!」

「チィ…ッ!キノガッサ、"かわらわり"!」

 

 

そして、速さ2倍のハッサムからキノガッサは逃げ切れない。あっという間にキノガッサに迫るハッサムと、距離を取ることを諦めて迎え撃つキノガッサ。

 

 

「シャァラアァァァァイッ!」

「ガッ…!」

 

 

流石に態勢が悪かったか、"つばさでうつ"がクリーンヒット。一撃とまではいかなかったが、テクニシャン適用の4倍弱点技だ。これは効いただろ。まずは一手先んじた。

 

その後は再びキノガッサと近距離の殴り合いに。打っては離れ、離れては打ち、適度に距離をコントロールされることで、ハッサムが持つ機動力が殺されている。

 

もっとも、接近戦かつ打ち合いならハッサムも負けてはいないどころか、耐久能力の差からこちらの方に分がある。助走が必要な“つばさでうつ”こそ封じられているが、キノガッサのパンチをいなしながら、“れんぞくぎり”でジリジリと削っていく。

 

とまあ、試合は俺たち優勢で進んでいる…はずだった。

 

 

「シ、シャァラァ…イ…ッ」

「ハッサム…!?」

 

 

異変が起きたのはその直後。それまでピンピンしていたはずのハッサムの動きが急に鈍った。

 

 

「"マッハパンチ"!」

「ガッサァッ!」

 

「ラァ…ッ」

 

 

キノガッサの攻撃を防げず、一発もらって弾かれるハッサム。

 

 

「ッシャラアァ…ッァイッ!」

 

 

ダメージ自体は大したことはないのか、すぐに立ち上がるが…やはり、どうにも身体が動かし辛そうに見える。ほぼ間違いなく、キノガッサの特性"ほうし"で麻痺をくらってしまったようだ。

 

 

「ほう…コイツぁラッキーだ!キノガッサ、"ずつき"!」

「ガッサァッ!」

 

 

麻痺してストライクの動きが鈍ったと見て、すかさず追撃に来る相手とキノガッサ。まひるみコンボか…厄介な。機動力が完全に封じられた以上、足を止めての打ち合いがベストか?

 

 

「ハッサム、"れんぞくぎり"!」

「シャァラアァァァァイッ!」

 

 

これなら"つばさでうつ"みたいに助走をつける必要はない。指示に応えて、ハッサムが右の鋏を振り上げた。

 

よし、何とか技は出せる。さあ、ぶった切れ!

 

 

「ガッサァァァッ!」

「ラァ…ッ」

 

 

…が、ハッサムが鋏を振り下ろすよりも先にキノガッサが頭から突っ込み、ハッサムが突き飛ばされる。その衝撃で鋏の光も霧散して、攻撃態勢が解除されてしまった。

 

 

「そのまま"かわらわり"だ!」

 

 

ここからキノガッサの一転攻勢。何とかしようと指示を飛ばすが、麻痺してるせいで思うように対応出来ていない。ガンガン押し込まれていく。

 

 

「ガッサァァァッ!」

「ラァ…ッ」

 

「ハッサム耐えろっ!」

 

 

ハッサムの胴体にキノガッサの攻撃がクリーンヒットし、大きく吹っ飛ばされる。

 

 

「ハッハァー!追撃だッ!」

「ガッサァ!」

 

 

相手は手を緩めることなく追撃態勢。いくら物理耐久はそこそこ優秀とは言っても限度はある。これを逃せば恐らく次はないな。

 

向こうも一発手痛いのを貰ってるんだ。一発、一発だけでいい。何とか反撃の糸口を掴めないものか。

 

 

「動けハッサム…ッ!」

 

 

祈るように絞り出した俺の指示。その願いに、ハッサムは応えた。

 

 

「…ッシャァ…ラアァイッ!」

 

 

向かって来るキノガッサに、ハッサムの方からも突っ込んでいく。痺れとダメージの蓄積で苦しいところを、根性でキノガッサに立ち向かっていっているようにも見える。

 

 

「シャァ…ラアァァァァイッ!」

 

 

よく見れば、右の鋏が金属質の光を放ち始めている。それに身体は限界に近くて麻痺もくらってるはずなのに、その突進速度はさながら矢…いや、銃弾のようだ。さっき見たキノガッサの"マッハパンチ"に劣らない。麻痺した状態でこんなに俊敏に動けるものなのか?

 

 

「なぁッ!?」

 

 

向こうにとっても、ハッサムのスピードは少々想定外だったらしい。僅かに動揺が窺えた。だが、こっちにとっては希望の光。これなら勝ちが狙える。悪くても相打ちには持ち込めるかもしれない。

 

 

「シャァラアァァァァイッ!」

 

 

勝利への意志を乗せて右腕を振り上げキノガッサに迫る。向こうはこちらの行動に一瞬狼狽えたせいで、反応が遅れた。この速度なら…!

 

 

「行っけえぇぇー‼」

 

 

いつの間にやら目覚めてしまっていた勝利への執念。その滾る思いが命ずるまま、ハッサムの後ろ姿に向けて俺は絶叫する。

 

 

「ラアァァ…ァ……?」

「…ハッサム!?」

 

 

…が、キノガッサに一発叩き込もうかという直前になってハッサムは急激に失速。鋏の光も失われてしまった。あと一歩ってところだったのに、ここで麻痺を引いたか…っ。

 

 

「貰った!ぶっ潰しな、キノガッサァ!」

「ガァッサァァァッ!」

 

「ラァ…ッ」

 

 

そして、キノガッサの強烈な一撃が再びクリーンヒット。弾き飛ばされて倒れるハッサムに、再度立ち上がるだけの力は残っていない。

 

 

「そこまで!ハッサム戦闘不能!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マサヒデ君、お疲れ様だな。おかげで良いデータが取れた」

 

「…それなら良かったです。こちらも良い試運転になりました。ロッソさんもありがとうございました」

 

「いや、子供と思って侮ってたけど、中々どうしてやるじゃないか。俺様の方もつい熱くなっちまったよ、良い勝負だった」

 

 

 観戦しながらデータを取っていたボルグから労いの言葉を掛けられた。勝てなかったのは残念…だけども、元々が試運転兼データ取りが主目的。ま、まあ肩慣らしの試運転だったし、負けてもなんてことは…でも、ちょっと悔しい。

 

ハッサムへの進化からして色々と突然なことではあったが、ストライクとハッサムでは違う動き・立ち回りが必要そうなことは改めて確認出来た。勝てはしなかったが、有意義な時間にすることが出来たと思う。

 

 

「ハッサムの回復は任せてくれ。出発までに万全の状態にしておくと約束しよう」

 

「あ、よろしくお願いします」

 

 

戦闘不能になったハッサムを預け、ボルグ・ロッソ両名と軽く握手をした後、俺はサカキさんの下へと引き上げた。

 

 

「御苦労、マサヒデ」

「にーちゃんお疲れ!」

 

 

戻って来ると、早速サカキさん親子に出迎えられた。

 

 

「最後の技が決まっていれば、といったところだな」

 

「はい、タイプ相性はこっちが有利だったとは思うのですが、あと一歩届きませんでした」

 

「まあ、進化したばかりでは分からぬこと、勝手が違うこともまま…待て。マサヒデ、オマエは相手のポケモン…キノガッサと言ったか、アレのタイプを分かっていたのか?」

 

 

…え?そりゃもちろん…

 

…………。

 

………。

 

……。

 

 

 

 

…ああぁあぁぁーーーッ!やっちまったああぁぁぁああぁぁーーーーッ!さも当然のように話しちゃったけど、キノガッサ…って言うか、ホウエン地方に限らず他地方のポケモンってカントーじゃ全く知られてないことがほとんどだから、そりゃ普通に知ってたらおかしいよなぁ!?どこでその情報仕入れたって話になっちゃうよなぁ!?

 

まずいぞ、全力で誤魔化せ!

 

 

「っ…い、いえ、初めて見るポケモンでしたけど、見た目と使ってきた技からしてくさ・かくとうタイプ辺りじゃないかなぁー…って」

 

「…Mr.ジャキラ、実際は?」

 

「正解です。流石はカントーのジムリーダー、勘のいい教え子をお持ちのようだ」

「…相手をよく見れている、と言っておこうか。では、真っ先に最も有効な技を選択出来たのも偶然か?」

 

「い、一番使い勝手の良かった技だったので…」

 

 

嘘ではない(正しいとも言ってない)。

 

 

「…まあいい。試運転とは言え、他所のトレーナー相手に無様に負けるようなら鍛え直してやらねばならんかとも考えていたが、とりあえずは合格ということにしておこう」

 

 

…あ、危ねええぇぇぇーー…初めて見るホウエン地方の要素につい浮かれちまった。気を付けないと…とりあえず、寸でのところで処刑&地獄逝きは回避出来た模様…で、いいのかな?

 

くっそ、夏休みなのに気を抜けないってどういうこっちゃ。つーワケで、夏休みの宿題代わりにここで一句。

 

 

 

気を付けろ 忘れた頃の サカキさん

 

マサヒデ心の標語

 

 

 

…俳句じゃないのかよって?気にすんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ところで、ハッサムが最後に使ってた技って、もしかしなくても…アレ、だよな…?使えるなら正直ガンガン使っていきたいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロケット団とシャドーの繋がり、ハッサム強制進化、シャドー幹部2人の面前での腕前披露、何やかんや衝撃的で濃密な時間となったシャドー研究所の見学も、あれだけ色々あったような気がした割に恙なく終了。研究所の皆さんの見送りを受けた後、現在はこの後2日ほど過ごすことになるアゲトビレッジ目指し、シャドー側が手配したバスに揺られていた。

 

窓の外は一面、延々と広がる砂漠地帯。20分も眺めていれば、一向に代わり映えしない景色には退屈しかなくなった。全く進んでいないのではないかという気さえしてくる。前を進むバスがアスファルト上に積もった砂塵を巻き上げると、その景色にもノイズが走っているようで目障りだ。

 

…そんな感想が湧いて出るのも、俺が疲れているからなのかもしれない。ハァ…見学だけだったはずが、何でこんなに疲れてるんだろうな?半分ぐらい自滅なのは自覚してるにしても、色々理不尽だと思う。

 

こういう時は寝逃げするに限る…のだが、生憎、俺は余程疲れてない限りバス…と言うより、車の中で寝られる人種ではない。座席を倒すのも後ろの人に申し訳ないし、そもそも座席の硬さがどうにも合わないのと、横になれないのが辛い。今は子供だから2つ席が使えれば横にはなれるが…

 

 

「すぅ……zzz」

 

 

…残念ながら、隣の席には一足先に夢の世界へ旅立った先客がいる。あの未来のツンデレ少年・シルバーも、今はまだあどけなく可愛げのあるただの少年である。

 

これは着くまでこのままか…

 

 

 

『ガスンッ!』

 

「うぉ!…っと」

 

 

そんな風にぼんやりと車窓からの景色を眺めていると、異音と共にバスが急ブレーキ。前につんのめって頭をぶつけそうになった。隣のシルバー少年はシートベルトを締めていたおかげで、俺のようにつんのめることはなかった模様。皆も車に乗るときはシートベルトをちゃんとしよう。

 

そして道のど真ん中で急停車したバスだったが、一向に再始動する気配を見せない。エンストか?車内が俄かに騒めき出す。異様な気配を感じ取ったか、すかさずサカキさんが緊急登板。

 

 

「何があった」

 

「申し訳ありません、エンジントラブルです。再始動を試みていますが、この様子だと一度車体を調べないとダメかもしれません…」

 

「路肩に寄せられるか?」

 

「エンジンがうんともすんとも言いません。こうなると、もう押してバスを路肩に寄せるしか…」

 

「…仕方あるまい、我々も手を貸そう。全員、一度バスを下りろ」

 

 

どうやら自力でバスを動かすことが困難なようで、このままでは往来の邪魔に成るため力技で安全な位置まで動かす必要が生じた。少しでもバスを軽くするため、乗客は全員一時下車することに。

 

他の社員の皆さんが分乗している他のバスは先に行かせ、運転手以外の全員が下りたのを確認すると、サカキさんのニドキング・ニドクインを筆頭に、ゴローン・ガルーラ・ゴーリキー…社員の皆さん所有の見るからに力自慢なポケモンたちが、軽々とバスを路肩まで押し込んだ。

 

思っていたよりも遥かに早く緊急避難が完了し、その後は運転手がバスの下から潜り込んで色々調査・修理をしていたが、10分、20分、1時間と経っても、未だ修理完了の報告はない。

 

 

「運転手、進捗はどうだ?」

 

「…ダメですね、パーツの交換が必要です。ですが、ここでは…すでに上に連絡して代わりの車両を手配しておりますので、もうしばらくお待ちいただきたく」

 

「こうなってしまった以上仕方なかろう」

 

 

どうもエンジンがイカれてしまって芳しくない状態のようだ。そしてエンジンがダメなので、当然エアコンもアウト。見る見るうちに上昇していく車内の温度、砂漠のど真ん中で蒸し風呂状態だ。このままじゃ、そう遠くない内に誰かしら熱中症か脱水を引き起こしかねない。

 

折角の旅行で車のトラブルとか、下手したら命に係わる状況だし、最悪だよ。このバスを手配したのがシャドーだっていう点も含めて。

 

 

 

 そうして炎天下の中待つこと30分ほどで代わりのバスが到着。冷房の効いた快適空間を求めて全員が荷物もテキパキと載せ替え、トラブル発生から2時間弱でようやくアゲトビレッジへ向かって再始動となった。

 

それにしても、流石にあの暑さの中で2時間弱は中々堪えるものがあった。車じゃ寝れない体質とは言ったものの、流石にここまで疲れていると眠くなって仕方がない。アゲトビレッジまではまだ当分かかるだろうし、変わり映えしない景色を眺めるのもそろそろ飽きた。

 

やはり身体は睡眠を求めているのか、時が経つにつれて自然と瞼が重くなってくる。

 

因みに、相変わらず隣に座っているシルバー少年も疲労がピークなのか、再出発して早々に夢の世界へと旅立っていた。

 

 

「おやすみなさーい…」

 

 

バスのエンジン音と振動に包まれて、俺の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------

 

 

 

 

 

 

…マサヒデがシルバーに続いて夢の世界へ旅立った後のこと。しばらくして、サカキが走行するバスの車内にてマイクを取った。

 

 

「…皆、トラブルの中大変だった。そのことに絡んで、今後のことで少し話があるので聞いて欲しい」

 

 

サカキがそう切り出し、車内がエンジンと車体の揺れる音以外が消え去る。

 

 

「現在、トラブルの影響で旅程に大幅な遅れが生じているのは諸君らも理解しているものと思う。このままだとアゲトビレッジ到着は深夜遅い時間になり、疲れている諸君らにとって酷な話となるだろう。そこに、先程先方から『一泊分の宿を手配させてもらう』と連絡があった。現状を鑑み、私はこの申し出を受けようと思う。本日はこれより我々のみ行き先を変更して一泊。明日改めてアゲトビレッジに向かい、他の者たちと合流する」

 

 

シャドーが用意した宿泊先はパイラスーパーグランドホテル。パイラタウンはゴロツキなどの質の悪い者が多いことで知られ、ゲーム序盤~中盤にかけて物語の中心舞台となる。現在原作開始数年前ではあるが、すでにシャドーによる浸食は始まり出していた。

 

このサカキの決定を受けて、彼らの旅路はマサヒデが危惧していた悪い方、悪い方へと舵を切ることになる。もっとも、それが彼にとって実際に悪いことなのかどうかは定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

…1時間後、マサヒデが肩を揺すられて目覚めてから見たのは、自然溢れる長閑な山村…ではなく、ネオンが輝き、乾いた風の吹く、アゲトビレッジとは程遠い怪しげな街並みであった。

 

何とかある程度の状況を呑み込んだマサヒデは一言、こう呟いたのだった。

 

 

「…アゲトビレッジどこ行ったし」

 

 

 

 

 

 

 




ハッサムについては進化したら普通にしようかとも思いましたが、協議に協議を重ねました結果、鳴声はそのままとなりました。彼を構成する最も重要なアイデンティティなので(アアァァァァイ!)なお、ロッソは赤い戦闘服のフェナスシティでDマグマラシ使って来る戦闘員です。
そして意地でもシャドーに絡ませていくスタイル。まあ、夏休みの間のちょい役だからこれぐらいはね。次回はパイラタウンで存在感MAXのアイツを出し…たいけど、ルンファ5したいので多分遅くなる可能性がありますのでヨロシク!










…ひっそりと前話の予約投稿をミスりました。(2週間後のところを1週間後に誤設定)


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第54話:夏休みと言えば…

宿題だよね!(ニッコリ)



 

 

 

 

 俺を含むサカキさん以下TCP社一行は、途中乗っていたバスのエンジントラブルにより足止めを食ったものの、予定よりも遅れてシャドー研究所からアゲトビレッジを目指していた…ハズだった。

 

しかし、長時間の移動と道中のトラブルに起因する疲労から眠ってしまった俺。ラムダのおっちゃんに「到着するぞ」と肩を叩かれて目覚めた時、目に映った景色は緑豊かな地と記憶していたアゲトビレッジとは似ても似つかぬ、砂混じりの乾いた風の中をネオンが照らす、荒野の中の赤錆びた街。夜に足を突っ込み始めている時間帯もあってか、薄闇に覆われる街にはどことなく不穏な気配が漂っていた。

 

全員がバスを降りる頃には太陽も岩山の向こうへと顔を隠し、眩いネオンの下を歩く人々や、何人かで集まって騒いでいる集団…派手なネオンと夜空の月明かりが、街のメインストリートの様子だけを浮かび上がらせている。

 

アゲトビレッジどこ行ったし…とは思ったが、寝起きの回らない頭がその疑問をはっきりと認識したのは、他の皆さんと一緒にホテルに向かう最中のこと。とてもではないが言い出す気になれず、流されるままに皆さんと揃ってホテルへとチェックイン。ホテルの名前はパイラグランドホテル。はい、薄々感付いてはいたが、俺たちが今日の宿を取ることになったこの街の名前は【パイラタウン】。土と金の街という異名で呼ばれている…らしいのだが、それ以上にポケモン世界でも最悪レベルに治安が悪いオーレ地方の中でも、特に治安の悪い街として知られる。それこそアローラ地方でスカル団が占拠していたポータウンなんか目じゃないレベルで。

 

来たくはなかったが、サカキさんの決定には逆らえないし、そもそもマシントラブルではどうしようもない。それにあれ以上のバス移動は堪えたことは確実なので、あのままアゲトビレッジを目指していたら、ケツの肉がポロポロと取れる夢に魘されることになっていたことだろう。

 

そうしてパイラタウンの名前にビビりながら部屋に籠っている内に、ホテルに着いてから3時間が経過。窓から見える通りは、遠目にもあまりお近付きになりたくはなさそうな見た目の人だらけ。少し目を脇に振れば、ネオンのけばけばしさに隠れて、風化・劣化してボロボロだったり、そこを無理矢理補修したような、無機質な冷淡さに(まみ)れた金属質の継ぎ接ぎだらけの建物が立ち並ぶ。吹き抜ける風の音と合わさって、どこか物悲しさを感じずにはいられない。

 

しかし、いくら悪名高いパイラタウンと言えど、ホテルに籠っていればなんてこたぁないワケでして。思えばパイラタウンの悪い意味でのネームヴァリューに、俺が勝手に震え上がってただけだったのかもしれん。何てったって、今回俺のバックには(甚だ不本意ながら)ロケット団とシャドーという2大巨頭が付いているからな!たかが破落戸程度、どうとでも…出来たりしないかねぇ?世話にならないで済むのが一番だが。

 

 

 

 

 そんなこんなで子供は寝る時間と言うこともあって、夕食後は与えられた部屋で大人しく寝ていたんだが、バスの中で中途半端に寝てしまったせいかイマイチ寝付けない。サカキさんからは夜間の外出はしないようにと念を押されているし、そもそもしたくもない。そうなると、出来ることなんてホテル内で完結することしかない。

 

 

「んく…んく…ぷはぁっ!あー、冷たくて美味い」

 

 

俺は部屋を抜け出すと1階ロビーのソファに腰掛けて、至福の一時を楽しんでいた。喉を鳴らして流し込むのは、アメリカンサイズのメロンソーダならぬロメソーダ。事前に購入しておいたとっておきの1本だ。冷蔵庫から出したてでキンキンの冷たい甘さと炭酸の刺激が喉を通過することで、心に一時の癒しと潤しをもたらしてくれる。

 

すでに子供は寝るように言われる時間で、大人が何人も並んで座れるほど大きいソファは貸し切り状態。大人たちも部屋に籠っているのか、それとも出かけているのか、時折疎らに人通りはあるが、ホテルのロビーはシン…と静まり返っていた。

 

異国のホテルの広い空間、夜中という時間帯故の静寂を独り占めしているこの感覚、学生時代の修学旅行の夜のような、不思議と心踊る気分になる。

 

 

僅かな高揚に包まれながらボトルを片手にボーッとソファーで佇んでいると…

 

 

『チン!』

 

 

良い気分の終焉を告げる、エレベーターの音が静かな空間に短く響いた。招かれざる客の登場だ。別に家主でも何でもないんだけども。

 

 

「…あ」

「…あん?」

 

 

エレベーターから姿を現したのは、見知った顔だった。ラムダのおっちゃん。向こうもこっちに気付いたようで、若干呆れた顔をしながら進路を変えて俺のいるソファーまでやって来た。

 

 

「おいおい坊主、こんな時間に何してんだ?お子様はおねんねの時間だぜ?」

「中々寝付けなかったもんで。喉も乾いたし、ちょっと涼みに…」

「ワハハ、そんで夜中にジュースか。悪いお子様だな」

「ははは…」

 

 

そう、缶コーヒーを片手に軽口を叩くラムダのおっちゃん。アポロさんとかアテナさんとか、これまで会ったロケット団幹部の中でも格段に取っ付きやすい良いおっちゃんだよ。ロケット団じゃなければな。

 

 

「ところで、そう言うラムダさんはお出かけですか?」

「夜は大人の時間だからな。お子様にゃ出来ねえ、大人の楽しみってやつがあるのさ」

 

 

そう言って、コーヒーを呷るラムダのオッサン。なるほど、風俗だな。でなきゃ酒か飯かギャンブルだ。大人の楽しみなんぞ、大体そんなものと相場は決まってる。

 

…うむ、実に考え方が汚れてんなぁ。

 

 

「危険だって言われてるのに、よく夜中に出歩けますね。でも、一泊だけとは言え外出禁止させられるなんて、パイラタウンってそんな危ない所なんですか?」

「子供がのほほんと出歩けるような場所じゃねえってのは確かだな。ここは元々鉱山ででかくなった街だが、その鉱山が閉まってからは寂れ、荒れる一方さ。そんで、何時の間にか鉱夫崩れの無頼漢、他所から流れて来た破落戸(ゴロツキ)なんかがのさばり出して、気が付きゃオーレ地方でも一二を争う危険地帯さ」

 

 

だろうな。ゲームでのパイラタウンを考えても、一朝一夕であの状態になったはずはない。ギンザルだったっけな?シャドーに反抗的な市長もいたから、長期間掛けてじわりじわりと影響力を浸透させていったんだろう。地下にはアンダーって言う完全なるシャドーの秘密帝国みたいな場所もあったし。

 

まあ、話聞く限りシャドー云々抜きに元から治安が死んでたのが根本的な問題だったんだろうけど。鉱山夫とか水夫って言われると、腕っぷしの強い荒くれ者っていうような先入観がどうしても拭えないな。

 

 

「だから、間違っても抜け出そうなんて思わねえこった。昼間でもお子様が迂闊に出歩いてると、人攫いに捕まって売り飛ばされるかもな!ひひひ!」

「おー、怖い怖い」

「ふざけて言ってるんじゃねえんだが…それはそうと、とっとと部屋に戻って寝ろよ?ボスに見つかって叱られても知らねぇぞ?」

「分かってますよ、もうちょっと涼んでから見つかる前に戻ります」

 

 

 

「そうするといい。尤も、私に見つかる前に部屋に戻ることは手遅れだが」

「ゲッ!ボス!?」

「うぇっ!?サカキさん!?」

 

 

ラムダのおっちゃんと話をしていたところにやって来たのは我らがサカキさん。後ろには秘書さんにお付きのアポロさん他数名を引き連れ、正面玄関から堂々の登場(ふいうち)だ。

 

流石にこの予想は出来なかった俺とラムダのおっちゃんは、揃って情けない悲鳴で以て、その一行を出迎えた。

 

 

「『ゲッ!』に『うぇっ!?』とは、2人揃ってずいぶんな出迎えだな?」

「いやいやいや!そんないきなり声掛けられちゃ誰だって驚きますぜボス!」

 

 

若干威圧するように詰めるサカキさん。上司の詰問に、飄々としているラムダのおっちゃんも防戦一方だ。

 

…いや、あれはサカキさんがおっちゃんを(からか)ってるだけか。

 

 

「ふっ…まあいい。それよりもラムダ、ここで会えたのはちょうど良い。明日パイラコロシアムで行われる先方主催の試合に、誘いもあって急遽我社からも何人か参戦させることになった」

「おっと、そいつぁ急な話ですな」

 

 

どうやら、明日アゲトビレッジに向かう前にパイラコロシアムで何戦かすることになったらしい。

 

 

「こちらでの一般的なレギュレーション…ダブルバトルでの試合になるが、我社の精鋭たちがこちらの腕利き相手にどの程度やれるか試してみたくなってな」

「なるなる…で、その話を俺にするってことは、俺にその試合に出場しろ…ってことですかい?」

「そうだ。急な話で悪いが、頼めるか」

「こちらのバトルは経験があまりないので未知数な所はありますが…まぁ、何とかしようじゃないですか。了解であります」

「そうだな…誰か1人でも優勝することが出来たなら、金一封を用意でもするとしようか」

「そいつぁ気前がいいですな。他に誰を出すんで?」

「貴様とアポロ、それと若手から有望株を何人か出場させる」

「へぇ、アポロを。後は若手どもがどれくらいやれるかってところですな。あ、無論不肖ラムダ、優勝を目指して全身全霊を賭す所存であります!」

「ああ、我社の代表の1人として、恥ずかしくない戦いを期待する」

「はっ!」

 

 

参戦を命じられ、飄々とした雰囲気を残しつつも初めて見る真面目な様子を見せるラムダのおっちゃん。ロケット団幹部なだけあって、やる時はやる男なんだろう。ここまで数日世話になってるし、応援ぐらいはしておいてあげようじゃまいか。

 

 

「頑張って下さい、ラムダさん」

「おう、大人の実力ってやつを見せてやるよ」

「あ、勿論アポロさんも頑張って下さい」

「そんなオマケみたいな応援なら不要です。まったく、これだから子供は嫌いなのです…」

「あはは…」

 

 

ラムダさん応援して、ついでに取って付けたようにアポロさんも応援しておいたら、あからさま過ぎて露骨に嫌がられたてござる。

 

こう言うのって当事者は大変だけど、外側から第三者として見てると楽しいよな。割とあるある。

 

 

 

…な〜んて、他人事と思ってしまったのが運の尽きだったのかもしれない。

 

 

 

 

「そしてマサヒデ。他人事と思っているようだが、おまえも出場しろ」

「…え?」

「本来であれば、世の中の同年代の子供たちは学校に通い、今は夏休みの課題に懸命に取り組んでいる時期。だから、学校の先生に代わって私がおまえに課題を与えるのだよ。合格ラインは…多少甘めにベスト4としておこうか。出来なければ帰ってから追試でも考えるとしよう」

「いや、あの…」

 

 

完全に他人事と思って構えていたら、その心の余裕を木っ端微塵に粉砕する一撃、有無を言わせぬ参戦命令が飛び出した。

 

 

「ああ、それと言い忘れるところだったが、スピアー・サンドパン・サナギラスは使用禁止だ。エース抜きでベスト4…そろそろそれぐらいはやってもらわねばな」

「え゛!?」

「堂々と夜更しするような悪いお子様は、明日に備えてさっさと寝るのだな。アポロ、ラムダ」

「「はっ!」」

「分かっていると思うが、もしコイツと当たる事があっても子供だからと手加減は不要だ。全力で叩き潰せ」

「「はっ!」」

 

夏休みの課題って…いらねえですよサカキさん、ふざけんな。しかも、パイラタウンの強面ども相手にダブルバトルで主力3体抜きで3勝とか、今の俺には公式戦だったら相手次第で初手降参も頭に入れるレベルのきっつい縛りじゃないっすか。理不尽極まりない。しかも同時に出場する2人に『手加減するな』と釘を指しておく情け無用っぷり。流石は悪名高きロケット団のボスである。

 

流石に抗議しようとしたが、呆気に取られていた間にサカキさんはさっさとエレベーターに乗り込んでしまったため、俺の声は届かなかった。そもそも声にならなかった。

 

 

「あー…ま、今回は運が悪かったと思って諦めな、坊主」

「大人しくボスの温情を願うことです…ま、同情ぐらいはしてあげましょう」

「同情するなら勝ちを下さい」

「「それは断る」」

 

 

その様子を見ていたアポロさんとラムダのおっちゃんから貰ったのは慰めの言葉。そして同情をするなら金をくれ理論は通用せず、情け容赦はしてくれないらしい。おのれロケット団。

 

 

 

はあー…ま、文句言ったところでサカキさんが撤回してくれるはずもなし。何とか課題を達成することを考えるかぁ。ただ、パイラコロシアムのレベルがどの程度なもんなのかにもよるけど、どうなんだろうな、実際。ゲームを基準にするならレベル的には十分やれるとは思うが、あまり楽観視は出来ないかも。特にロケット団員2人と当たったらどうなることやら。

 

2人の存在も悩ましいが、それ以上に重要なのがダブルバトルへの対応策。ダブルバトルには、シングルバトルとはまた違った戦略がある。こっち来る前も来た後もシングルバトルが中心だったから、ダブルバトルの経験は少ないし、知識もそこまで詳しくねえんだよな。それに考えたところで一晩しかないんじゃ出来ることは限られてる。最古参2体とそれに次ぐエースアタッカーが使えんのは痛い。とても痛い。

 

が、兎にも角にも何とかしなきゃならねえ。さっさと部屋に戻って明日のことを考えよう。全く手がないってわけでもないしな。

 

 

 

一足先に部屋に戻ったアポロさん、夜遊びに出かけたラムダのおっちゃんと別れ、僅かに残ったロメソーダを一息に流し込むと、このサカキさんから課せられた夏休みの宿題を何とかするべく、俺も部屋へと戻って明日に備えたるのだった。

 

 

 

まさかこの歳になって夏休みの宿題なんてモノをするハメになるとは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『Hello,everyone‼パイラコロシアムへようこそ!今日も最初から最後まで目が離せない1日の始まりだぜ!今日も我が街が誇る腕自慢たちが、勝利の美酒と明日の栄光を目指してエントリーしてくれているぜ!君たちを朝から熱く盛り上げてくれること間違いなしだ!』

 

 

というわけで、時間は進んで翌日。場所は夏休みの課題…もとい、試合会場となるパイラコロシアム。朝から大観衆が詰め掛けており、茹だるような暑さがジワジワと俺を蝕む。所々虫食いの様に穴が開いた天井のせいか、それともロクに効いてない空調のせいか、はたまた会場を包む熱気のせいか…

 

だが幸い、体調は万全だ。何だかんだであの後しっかり寝ることは出来たからな。今日のこと考えてたらいつの間にか寝落ちしてたわ。

 

 

『さらにさらに!今回はなんと、遠く海を越えたカントー地方からも数名が参戦しているぞ!オーレ地方の外からの参戦なんて、このパイラコロシアム始まって以来初めてのことだ!彼らがどんなバトルを見せてくれるのか、期待しようじゃないか!』

 

 

カントー地方からの参加者…つまり、俺たちのことだな。パイラコロシアムにカントー地方勢初参戦、まあ納得だな。こんな場所に態々戦いに来るような物好き早々いないだろうから。

 

 

『今日という新しい、そして記念すべき1日を、みんなその目に焼き付けようぜ!さあ、パイラコロシアムの開幕だ!』

『ウオオォォォォーーーーー‼‼‼』

 

 

こうして、割れんばかりの野太い大歓声を皮切りに、パイラコロシアムでの1日が始まった。

 

電光掲示板にデカデカと映し出されているトーナメント表によると、俺の初戦は後半の方。と言うか1回戦最終試合。そして幸運な事に、アポロさんもラムダのおっちゃんも、オマケでもう1人のロケット団員も、名前があるのは反対ブロック。つまり決勝戦まで当たることはない。ラムダのおっちゃんとモブ団員の実力は分からんけど、アポロさんと準決勝までで当たらないってのは、課題的な意味で非常に美味しい。

 

まあ、代わりにその他の強面の皆さんを片っ端から蹴散らす必要があるわけですが。顔、腕、足と刺青入ってたり、筋骨隆々だったり、顔に刃物でやられたみたいな傷があったりと、出場者の皆さんは一部の例外を除いてもう見るからに反社会的勢力の下っ端みたいな連中ばっかり。しかも男はほぼアメリカンサイズ、女も結構体格良いっていう。居心地最悪である。膝震えそう。

 

 

 

 

 

そんな間にも試合は次々と消化されていき、ラムダのおっちゃんが勝ち、アポロさんが勝ち、モブ団員が負け、少しずつ俺の出番も近づいてくる。

 

俺が今回選出したポケモンは、キュウコン・ラフレシア・ハッサム・ヤドンの4体。ダブルバトルということで、いつもより気持ち連携を意識…しようとしたが選択肢が限られているので、その中から最良であると考えた組み合わせである。

 

計画としてはキュウコンで"にほんばれ"を使用し、ラフレシアの特性を活かしつつ押すのが基本線。あとはラフレシア・キュウコンだと対応が難しいほのおタイプ対策にヤドンを入れて、使用技が特殊技に寄ってるので物理技主体のハッサムを添えて完成だ。

 

というか、昨日ハッサムの試運転した際にちょっと気になったので、トーナメント開幕前にこっそり確かめてみたんだが、コイツ"バレットパンチ"覚えてやがる。まだ見つかってない技だから図鑑とかじゃ確認出来ないけど、多分バレパンで間違いないと思う。

 

それと、ヤドンがいつの間にか"サイコキネシス"と"なみのり"覚えてるんだけど、40レベ前で覚えたっけ?もうちょっと後だったような気がするんだが…と言うか、"なみのり"に至ってはレベルアップで覚える技だったかすら疑問なんだが。使える技が増えるのは良いことに変わりはないけど。

 

 

 

『…1回戦最終試合、ラルゴ選手とマサヒデ選手は準備をお願い致します。繰り返します…』

 

 

…おっと、もう出番か…ふぅー、気合い入れていこう。心を強く持とう。会場に、相手に飲まれるな。負けたらサカキさん、負けたらサカキさん、負けたらサカキさん…よし、絶対勝つ!絶対に決勝までは行く!マサヒデ、行っきまーす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピカチュウ戦闘不能!勝者、マサヒデ選手ーッ!」

『オオオオォォォォーーーッ‼‼』

 

 

 

 どこか悲壮な覚悟に近いような決意の下で戦いに臨んだ俺だったんだが、蓋を開けてみればトントン拍子で勝ち進み、たった今準決勝も突破。思いの他あっさりとサカキさんに課せられた課題をクリア、追試回避が確定した。やったぜ。

 

まあ、今のレベルで十分上をとれるような相手ばかりだったのが幸いした。アポロさんが相手だったら、ここまですんなりとはいかなかっただろうな。てか、勝てるかどうかの勝負になってたはず。

 

 

 

ともかく、これで目標達成して一安心。めでたしめでたし…と行けたら最高だったんだが、残念ながらそうはならない。何故かって?決勝戦の相手がヤバイからだよ。その相手と言うのが、件の強敵・アポロさん…ではない。ラムダのおっちゃんでもない。アポロさんは準決勝で、ラムダのおっちゃんはその前の2回戦で、決勝の相手に負けている。しかも結構な惨敗だった。

 

アポロさんとラムダのおっちゃんを破ったそのやべー奴が決勝の相手で、俺はそいつと戦わないといけないんだが…まあ、ぶっちゃけると原作キャラです。その相手の名はミラーボ。

 

原作におけるシャドーの4人の幹部の1人で、幹部の中で最初に主人公の前に立ちはだかる序盤の難敵。幹部としては下っ端らしく、他の3幹部がダークポケモンと化したエンテイ・スイクン・ライコウをそれぞれ使用するのに対して、彼に与えられたダークポケモンはウソッキー…世知辛れぇなぁ。

 

そんな下っ端の悲哀を感じさせる待遇格差とは打って変わって、インパクト抜群の見た目に専用BGMを持っていることも合わさって、ミラーボ自身の存在感は作中でも屈指のものがある。あの専用BGMは今でも聞くことが出来るなら聞きたい俺的ポケモン神戦闘曲の1つだ。そしてインパクト抜群の見た目は…まあ、実際に面と向かって見てみるのが早いな。それほどにあのキャラは見た目が強烈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後にもう一つだけ、どうしても言わせて欲しいことがある。

 

 

 

な し て あ ん た 出 て く ん の ?

 

 

 

 

 

 

 




 ハッサムをチートで進化させてアゲトビレッジでバカンスさせてお終いのところを、「どうしても彼を出したい」という思いで書き進めたら、「せっかくのオーレ地方なので軽ーくダブルバトルもやらせてみよう」と寄り道することになったでござる。そんなお話。
コロシアムのプレイ経験がある方には強烈な存在感を残しているであろうミラーボ。クアドラプルンパッパのインパクトは、当時としては抜群のもの。一見ふざけているように見えるけど強い、非常に厄介な敵キャラだったと思います。天候パの先駆者的存在でもあるでしょうか。個人的には雨パといえばミラーボよりもボルグのイメージの方が強いですが。
ミラーボは雨パというよりルンパッパ

そんなミラーボの魅力、描き切れるよう頑張る所存です。
前回の投稿から2か月、中々書き進めることが出来ず大変お待たせしました。ルーンファクトリー5にガッツリハマったりパソコンのHDがお亡くなりになられたり、色々ありましたが私は元気です。そして、オーレ地方出張編を投稿し始めたのが4月…気付けば季節に追いつかれつつある現状。私の宿題は、8月までにオーレ地方篇を終わらせることでしょうね。



…間に合うのか?


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第55話:雨男と太陽の子

 

 

 

 

『みんな、待たせたな!手に汗握る熱戦続きだったパイラコロシアムも、いよいよ次で最後の試合だ!試合に先立って、決勝の舞台に立つ2人を紹介しよう!まずAブロックから!Aブロックを勝ち上がったのは、パイラタウンの腕自慢たちも、カントー地方からの挑戦者たちも退けた、このパイラタウンで知らぬ者はいない我らがチャンピオントレーナー!今日もお得意の戦法でParty night!It's show time!嵐を呼ぶダンスマン、ミラーボだぁ!!』

『オオォォォォーーーー!!!!』

『対するBブロック!Bブロックを勝ち上がったのは、カントー地方からの挑戦者の1人!弱冠11歳の子供トレーナーは、我らがミラーボにどう挑むのか!そしてどんな結末が待っているのか、パイラコロシアム始まって以来史上初の事態に俺も楽しみで仕方がないぜ!太陽の申し子、マサヒデ!!』

『オオォォォーーー!!!』

『決勝はこの両名によって戦われる!決勝戦に相応しい熱戦を期待しよう!開始までしばしお待ちあれ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 パイラコロシアム決勝…サカキさんの追試を回避したい一心で慣れないダブルバトルを戦い、ブロックを勝ち上がった俺。その最後の舞台で相対するのは、キンキラキンでさり気なさ?なにそれ美味しいの?と言わんばかりな金一色のステージ衣装に、存在感抜群の紅白染め分け巨大アフロヘアーの細身で長身の男。

 

 

「ふっほほほ~、キミが決勝戦の相手だね~?ボクはミラーボ。このパイラタウン最強のトレーナーサ」

「マサヒデです、よろしくお願いします…」

 

 

ゲームの頃から変わらない第一印象のキンキラノッポデカアフロ野郎。コイツこそが、決勝戦の相手・ミラーボ。シャドー4幹部の一角でもある。ゲームでは事実上のパイラタウンの支配者として登場。市長のポケモンであるプラスルを誘拐して人質…ポケ質?とすることでその動きを封じ、パイラコロシアムを利用し大々的にダークポケモンに関するデータ収集を行っていた。

 

第一印象はとにかく金色、そしてデカすぎるアフロ。ミラーボ自身かなりの長身なので、アフロ含めたら身長2m余裕で超えてんじゃない?細身なのはデカすぎるアフロのせいで相対的に細く見えるってのもあるかも。

 

ラムダのおっちゃんが負けた試合…つまり2回戦になって初めて出場していたのに気付いたのだが、奴さん1回戦はシード枠だったらしい。まさかシャドーの幹部が直接出張ってくるとか完全に予想外だわ。ロケット団相手に実力誇示に来てるのか?そして実物ミラーボにやっぱりちょっと感動した。

 

 

「しっかし、まさかキミみたいな子供が決勝の相手とはネェ…結構腕の立つ奴も何人かいたから、てっきりその中の誰かが相手になるとばっかり思ってたヨ〜」

 

 

そして、予想外だったのは案外向こうも同じなのかもしれない。態度と口調からは読み取れないが、決勝の相手が子供なことに驚いている様子。

 

まあ、このならず者たちの巣窟みたいな街の大会で、俺みたいな子供が決勝まで上がって来るとは普通は思わんよな。全てはサカキさんのせいだ。サカキさんが悪いよーサカキさんがー。

 

 

「まァ、誰が相手だろうと捻り潰すのがボクの流儀。子供だろうと容赦はしないよォ?ホームの面子もあるしィ、上からも全力で相手するよう言われちゃってるからねェ~」

 

 

もう見るからにおちゃらけたような態度にも見えるが、シャドーの幹部を担うだけあってその実力は疑うべくもない。アポロさんなんか普通に俺が勝てるか微妙な程度には強い。ラムダのおっちゃんだって決して弱くはない。

 

それでもあの2人が敗れたのは、単純にミラーボが強かったこともあるけど、一番の理由はダブルバトルへの理解がなかったこと、シングルバトルのやり方でダブルバトルを戦ったからって部分が大きいと思う。2人ともミラーボお得意の戦法で良いようにやられてたよ。

 

と言うか、あれで手加減されてるってんなら俺も手も足も出ない可能性があるんですが…そして参戦はシャドーの指示かい。まあ、こんな場所に態々幹部クラスが出張って来るのも変な話だとは思ったが…

 

 

「それに、キミは彼らよりもボクたちのバトルの流儀を理解しているようだねェ…今日のラストステージ、心行くまで踊り明かそうじゃないか~」

「よ、よろしくおねがいします…」

「ヨロシク~。と、言うワケで早速ゥ…ミュージックスタート!」

 

 

ミラーボのその一言と同時に、スタジアム全体に陽気でノリノリなラテン系のミュージックが大音量で流れ始める。そして、そのミュージックに俺は聞き覚えがある。他でもない、ポケモンコロシアムにおけるミラーボ戦の専用BGMだ。ポケモンにおいてこんな特徴的な曲聞き忘れるはずがねぇ。と言うか、ポケモン世界に実在すんのかよこの曲。

 

 

『オオオオォォォォーーーッ‼‼』

『ミラーボ‼ミラーボ‼ミラーボ‼ミラーボ‼』

 

 

BGMが流れ始めるのと同時に、客席からはミラーボコールの大歓声。普通の子供相手だったらこの時点で完全に雰囲気に飲まれてんだろうな。容赦ない盤外戦術だ。俺は勝ち上がる過程で多少耐性出来てるからとりあえずまだ大丈夫。たぶん。

 

 

 

 いきなり流れ出したBGMに面食らったが、その間に動き出した時と熱量はもう止まらない。BGMを契機にコロシアムのボルテージは一気に最高潮に達し、開戦へのカウントダウンが始まる。

 

よっぽどのことがなきゃ負けたくて舞台に上がる奴なんていない。ここまで来たならやっぱ優勝はしたいじゃん?やれるだけやってやんよ!BGMのおかげで逆に何か気合も入った!いざ尋常に勝負!

 

 

「キュウコン!ラフレシア!頼んだ!」

「クォォーン!」

「らっふ~」

 

 

こちらはキュウコンとラフレシアの両先発。キュウコンで晴らしてラフレシアで上から眠らせたり消し飛ばしたりする、開会前に駆け込みで買った技マシンを使って構築した即興晴れパ構築。即席だがパイラコロシアムを決勝まで勝ち上がってきた必勝陣形だ。ミラーボが相手になるときっつい要素だらけになるけどな。

 

 

「行きな、お前たちィー!It's show time!」

「「ルンパ〜」」

 

 

ミラーボが繰り出したのは、黄色が主体のずんぐりむっくり体型にミトンを嵌めたような手、蓮の葉を連想させる頭部の大きな葉っぱが特徴的なポケモン。BGMのリズムに合わせるように、右に左に体を揺らしている。ついでにミラーボも踊ってる。

 

ルンパッパ…コロシアム経験者にとって、ミラーボと言われてまず連想するポケモン。それが2体。やっぱり来やがったなって感じだ。分かっちゃいたけど、止めてほしかった。

 

 

 

 さて、ここで一旦ミラーボの戦闘スタイルについて解説を。ゲームにおけるミラーボが主人公との最初のバトルにおいて使用するのが、ルンパッパ4体+Dウソッキーというパーティ。初戦のゲーム進行状況だとDウソッキーがやや高めのレベルだが、それ以上にプレイヤーを悩ませるのが4体のルンパッパ。ミラーボはこのルンパッパが持つ特徴を余すところなく活かしたバトルを挑んでくる。

 

まず、ルンパッパはみず・くさタイプ。この複合タイプがなかなか優秀で、ミラーボと戦うまでにゲームで捕獲出来るポケモンの関係上、効果的に弱点を突けるポケモンが限られており、実際戦うと思った以上に硬い。

 

加えて、ミラーボのルンパッパは4体全員が"あまごい"を搭載しており、4体の内2体は特性"すいすい"を活かしたアタッカー型、残る2体は特性"あめうけざら"に"やどりぎのタネ・メガドレイン・ダイビング"で回復しつつ戦う耐久型の技構成となっている。このルンパッパ4体のミラーボと戦うのはゲーム序盤のため、攻撃技こそ強力なものは少ないが、コンビネーションは厄介だ。

 

そして、こっちのミラーボもここまでのバトルを見る限りそれは変わらないらしい。変わってるところと言えば、技構成が宣言通り容赦なくなってるぐらいか。あまごい・やどりぎはそのままに、ドロポン・冷ビ・ギガドレ・まもる…あとはねこだまし・フラフラダンスなんて技を覚えてた個体もいた。このアフロ全力すぎひん?

 

しかも特性のこと、まだ正確に発見されてはいないはずなんだが…まあ、経験則で何となく気付いてる奴はいることはタマムシシティで分かってるけど。と言うか、気付いてる奴思いの外多くない?エリカさんやらこのミラーボやら。そもそもあれだけの技術力のあるシャドーが気付いてないとは考え辛いか?あるいは、オーレ地方ではもうとっくの昔から広く認知されているって可能性も…なんだかんだ地方のモデルはアメリカだし。いや、全く分からんけども。USA!USA!

 

 

 

『どちらも準備はOK?それじゃいくぜ!パイラコロシアム決勝戦、ミラーボvsマサヒデ…バトルスタートッ!!』

『オオオオォォォォーーーッ‼‼』

 

 

陽気な専用BGMが響く中、実況の宣言で決勝の幕が上がった。

 

 

「ルンパッパ"あまごい"!キュウコンには"ハイドロポンプ"、いっちゃいなヨ!」

「ルンパァ!」

 

 

早速ミラーボは動きを見せる。1体のルンパッパによる"あまごい"で屋内フィールドの天井に雨雲が出現し、程なく大粒の雨が降り始めた。雨が降り始めたのを確認して、もう一方のルンパッパはキュウコンを狙って動き出す。濡れたフィールドを滑るような、あの体型からは想像出来ないスピードの速攻。かつ、一撃でキュウコンを消し飛ばす構えだ。のっけから容赦ねぇ。

 

そしてやっぱりと言うか、アンタも踊りながら戦うんかい。

 

 

「回避ッ!」

「クォンッ!」

 

 

そんな見るからに危ない気配を察知して、キュウコンも流石の良い反応を見せる。

 

 

「クゥッ…ッ!?」

「大丈夫かキュウコン!?」

「クォンッ!」

「やっぱり、速い…!」

 

 

が、ルンパッパはそのキュウコンを上回る俊敏さ、機敏さを見せつける。素早く前進して距離を詰めて放たれた太い水の奔流。良い反応は見せたが完全には避け切れず、僅かにキュウコンを抉る。その威力はみずタイプの大技なだけあって、ちょっと掠っただけのキュウコンが苦痛そうに身体を捩った。

 

幸い大ダメージには繋がらなかったが、大火力の大技…雨も加わって、まともに貰えば一撃で押し流されかねないのは明らか。それに相手のレベルもかなりのもの。挙句アタッカーのルンパッパはこの通り雨で特性が発動して素早さが跳ね上がるので、キュウコンと言えど完全に避け切るのは難しそうだ。

 

あとミラーボの踊りは無視だ!集中!

 

 

「反撃だ、キュウコン"にほんばれ"!」

「クォォーン!」

 

 

キュウコンには"にほんばれ"で天候の書き換えを指示。創り出された小さな人造太陽が雨雲を掻き消し、フィールドを照らす。ルンパッパの強みは多くが天候ありきのもの。こうなれば今度はこっちの番だ。

 

 

「そんでもって、ラフレシアは"ヘドロばくだん"!」

「らふらふ~!」

「ルンパァ!?」

 

 

ラフレシアに"ヘドロばくだん"を指示。天候の変化に伴い、ラフレシアの特性が発動。水を得た魚が如く、打って変わって活き活きとし始めるラフレシア。素早い動きから繰り出された一撃は、逆に特性で得ていたスピードを失い、前に出すぎたルンパッパをアッサリと捕捉した。

 

 

「いいぞ、逃がすな!もういっちょ"ヘドロばくだん"!」

「らっふ〜!」

 

 

勢いそのままに、ダメージを受けたルンパッパを狙う。効果は抜群。当たれば大きなアドバンテージ…

 

 

「ふほほ~、それはノーセンキューだネェ。前に出て"まもる"だヨ」

「ルンパァ!」

 

 

…が、そう易々とは受けてくれない辺りは流石ミラーボ。攻撃を受けたルンパッパが下がり、それと入れ替わるようにもう1体のルンパッパが前に出て"まもる"を発動。この一発は上手く防がれた。ダブルバトルにおいては必須レベルと言われる技なだけあって、きっちり覚えさせている辺りはオーレ人らしいと言うべきか。

 

 

「もう一度"あまごい"だヨ」

「ルンパッ!」

「させるか!キュウコン、"あまごい"してる方に"かえんほうしゃ"だ!」

「クォン!」

 

 

今度は後ろに下がったルンパッパが"あまごい"を発動。こっちはさせまいとキュウコンで狙う。

 

 

「ルンパ…パァッ」

「チ、間に合わないか」

 

 

灼熱の光線でダメージは通したが、"あまごい"発動には間に合わず、太陽の輝きを掻き消した重苦しい雨雲から、再び大粒の雨が落ち始める。ルンパッパ1体を追い込んだのと引き換えに、主導権は再びミラーボの手に。

 

 

「お返しだYO。ルンパッパ、キュウコンに"ハイドロポンプ"だ」

「ルンパッパ~!」

 

 

相手の選択は変わらず"ハイドロポンプ"。今度は前衛のルンパッパが仕掛けて来た。まさか2体ともアタッカー型なのか!?…と思ったが、雨が降っているにもかかわらず後ろに下がったルンパッパほどのスピードがない。"あめうけざら"の耐久型が攻撃技を積んでるだけと見た。

 

それでも、水技最高クラスの高火力技。今回のバトルにおいて、天候を書き換えることの出来るキュウコンをそう簡単に失うワケにはいかない。ラフレシアお得意の搦め手(ねむりごな)もルンパッパが相手では撃つだけ無駄。後手の対応になるが、致し方なし。

 

 

「キュウコンはラフレシアの後ろに!ラフレシアはキュウコンの前に!キュウコンを守ってくれ!」

 

 

キュウコンを失うよりかは…と、向こうが動き出すまでの間に前衛:ラフレシア、後衛:キュウコンの陣形を完成させる。ラフレシアを盾にして、キュウコンの体力温存を図る陣形だ。

 

 

「らっふ…ぅ…!」

 

 

キュウコンを狙った"ハイドロポンプ"をラフレシアが代わりに受ける。モニターに映し出されたラフレシアの表情が歪む。流石は水技最高クラスの威力を誇るドロポン。雨も加わって無視は出来ない威力だ。

 

しかし、ラフレシアなら落ちないはず。すまないがここは耐えてくれ、ラフレシア。

 

 

「…よし、ラフレシアの頑張りを無駄にするな!この隙にもう一度"にほんばれ"!」

「クォン!」

「ふほほほ~、やっぱりキミは天候の重要性をよく理解しているようだネェ~…なら、なおさらそこは譲れないヨ!"あまごい"!そしてェ~"ハイドロポンプ"!」

「ルンパァ!」「ルンパァ!」

「ラフレシアは"ギガドレイン"だ!」

「らっふぅ~!」

 

 

ラフレシアは予想通り水の奔流を耐え切った。それだけ確認して、再び天候を捩じり返しにかかる。

 

その目まぐるしく変わり始める天候の中を、もう1体のルンパッパとラフレシアが、ラフレシアは消耗しているルンパッパに、ルンパッパはキュウコンに狙いを定めて動き出す。

 

始動は指示の早かったルンパッパが先で、ワンテンポ遅れてラフレシア。指示の差がつけたその僅かな遅れは、キュウコンがもたらしてくれた快晴によってあっという間に帳消しとなり、逆に一歩分のお釣りとなる。

 

 

「らっふ~ッ!」

「パッ…パァ…ッ」

 

 

少しでも前に出よう、確実にブチ当てようと、互いに相手へと向かっていった結果、ルンパッパよりも一歩近くから一歩早く繰り出された一撃が、残り僅かだったであろうルンパッパのなけなしのHPを削り取った。

 

しかし、一歩分のお釣り程度ではルンパッパの攻撃を完全に遮断することは出来ず、間一髪のところで間に合わされてしまってもいた。"にほんばれ"に集中していたキュウコンにその一撃を避ける余裕はない。

 

 

「クォン…!」

 

 

天候がキュウコンの制御下にあったことがせめてもの救い。直撃は受けたが、照り付ける日差しで技の威力が減衰。辛うじてノックアウトは免れた。

 

しかしキュウコンを救った真っ赤な太陽も、直後に呼び起された暗雲によって瞬く間に覆い隠される。俄かに風が吹き始め、程なくしてザーと強い雨が降り始めた。秋の空と呼ぶにはまだ時期的に早いはずなんだが、晴れたり雨が降ったりと忙しい戦場だ。

 

それにしてもこの光景、見ててエメラルドのストーリー終盤を彷彿とさせる。カイオーガとグラードンが永き眠りから目覚め、異常事態を感じさせる不吉なBGMをバックに強烈な日照りが海を熱し、激しい雷雨が大地を叩き、そんな空模様が短いスパンでコロコロと変わる…まさしく天変地異。

 

その2体の引き起こす天変地異と比べればショボいが、見事な晴れパvs雨パによる天候操作合戦だ。問題は向こうが完成されたパーティなのに対し、こっちのそれは完全な付け焼刃パーティであること。キュウコンが倒された時点で向こうの土俵で相撲を取らざるを得なくなる。ラフレシアまで倒されてしまうと…状況次第ではあるが、苦しいな。

 

まあ、何にせよまず1体でこっちがリード。残りは3体だ。

 

 

『ルンパッパ、戦闘不能ッ!』

 

 

ルンパッパの戦闘不能を宣言するアナウンスに、観客席からどよめき交じりの歓声が上がる。

 

 

『これは…観客のみんなにとっても少々予想外の幕開けか!?まず先手を取ったのは、なんと最年少参加者のマサヒデ選手だ!ここまで勝ち上がってきた実力にまぐれはないということか!?しかしバトルはまだまだ始まったばかり!さあ、ミラーボ選手はどう巻き返す!?』

 

 

キュウコンとラフレシアをいつまでも引っ張れるとは思っていないが、ハッサムとヤドンの出番までに、どこまでルンパッパ軍団を削り、押し込めるかが勝負の分かれ目だろうとは思う。理想を言えば残り1体か、それプラス消耗した1体の状況でバトンを渡すのがベストだが…

 

 

「ふほほ~、やっぱり決勝に上がってくるだけあってかなりやるねぇ~。まァ、バトルはまだまだここからさ~!ルンパッパ、Let's dancing!」

「るんぱっぱ~」

 

 

3体目のルンパッパがフィールドに姿を見せる。降り続く雨ですぐに活き活きとして、もう1体のルンパッパに合わせて軽快なリズムでステップを刻み出す。バトルの最中ではあるんだけど、やっぱり陽気に踊ってるようにしか見えん。

 

後はこのルンパッパ、アタッカー型か耐久型か…アタッカー型と想定した方が安全だな。

 

 

「さァ、逆襲の時間だよォ~!ルンパッパたちィ、"ハイドロポンプ"ゥ~!」

 

 

相手の選択は2体揃っての"ハイドロポンプ"。狙いは…キュウコンか。2体掛かりでキュウコンを確実に仕留めに来たか。

 

 

「「ルンパ~!」」

 

 

ミラーボの指示に応えて動き出す2体のルンパッパ。入れ替わりで出てきたルンパッパの方は、キュウコン目掛けて水の奔流が発射される。回避…は考えたが、ルンパッパの位置的に攻撃が十字砲火気味になっていて、躱し切るのは難しい。

 

惜しいがキュウコンはここまで、か…唯一の天候始動要因が落ちるのはキツイが、それなら最後にせめて、後に繋ぐ一手を…!

 

 

「…"にほんばれ"だ!」

「…クォン!」

 

 

水の奔流が迫る中、キュウコンは俺の指示を全うするために動き出し、程なくしてそのまま激流に呑み込まれる。

 

水が引いた後、キュウコンがいたのはフィールドの壁際。濡れネズミ状態になって倒れていた。

 

 

『キュウコン戦闘不能ッ!』

 

 

戦闘不能の宣告がコロシアムに響く。それと同時に、キュウコンが最後の力を振り絞って創り出した小さな太陽が、雨雲を掻き消して輝き始める。彼女が最後の任務を見事完遂してくれた何よりの証拠だった。よくやってくれたよ、キュウコン。ありがとう。

 

しかし、これで天候を書き換える手段を失ったことは大きな痛手。間違い無く次のホイッスルと同時にルンパッパに書き換えられ、あとは相手の土俵上での戦いを余儀なくされることになる。

 

だから、このバトルをモノに出来るかはキュウコンが創り出してくれたこの僅かな時間。これをどう使うか、そして有意義に使えるか…重要な局面だ。

 

 

「ハッサム、ゴー!」

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

3体目に選んだのはハッサム。進化しても出てきた時の気勢と言うか、奇声は健在。そして出て来るやすぐに宙に浮かび、いつでも暴走を始める気満々の構え。進化したというのに、相変わらずなその姿勢…まるで成長していない…

 

色々と残念ではある。けど、同時にこの緊迫した状況でも変わらないその姿勢は、何と言うか…頼もしくも感じた。おかしいなぁ…進化したからか?

 

 

「行くぞ、ラフレシア"ヘドロばくだん"!」

「らっふぅ~!」

 

 

晴れを活かせる最後のチャンス、まずはラフレシアで攻めかかる。

 

 

「ハッサムはちょォ~っとばかし厄介だねェ…けど、まずオマエは"まもる"、オマエは"あまごい"だヨ!」

「「るんぱ~」」

 

 

ラフレシアの一撃は"まもる"で防がれ、もう1体のルンパッパによって天候も書き換えられた。

 

でも、そこまでは予想の範囲内だ。天候は取られた、ラフレシアの攻撃も防がれた、でも、それらと引き換えにハッサムがフリーハンドを得た。ここだ、ここの選択が大事なんだ。ここの選択が、勝負の帰趨を決定付ける分水嶺になる。

 

ラフレシアは少々手負いでも十分やれるが、ヤドンは出す前からすでに色々と荷が重い。残りポケモンは3-3と同数だが、この時点で実質2-3と言ってもいいかもしれん。総合的に見れば相手がやや優勢。

 

ここで大勢を決しないと、勝利の目はかなり厳しいと言わざるを得ないが…どんな状況でも勝つために力を尽くすのがトレーナーってもの。さて、どうする?

 

 

 

 




vsミラーボ前編。例によって分割です。そしてミラーボの手持ちは当然クアドラプルンパッパ。ルンパッパと言えばタケシよりもミラーボ。彼はもうルンパッパだけ使ってればいいと思うの(暴論)。

ロケット団とシャドーの実力についてですが、あまり差はないと個人的に思っています。エリート戦闘員がいる分シャドーが若干上でしょうか?この作中ではラムダとアポロがミラーボに負けてますが、そこは実力差というよりダブルバトルへの理解と経験の差がモロに出たものと思ってもらえれば。



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第56話:嵐のショータイム

 

 

 

 パイラコロシアム、ミラーボとの決勝戦。戦況はこちらのキュウコンと相手のルンパッパ1体が倒れ、数の上では3-3のイーブン。その直後、キュウコンが残してくれた"にほんばれ"も"あまごい"によって上書きされ、ラフレシアの攻撃も"まもる"で止められた。しかし、引き換えにハッサムがノーマークのフリーハンドで残っている。

 

ここで打てる手は…まあ、打てる手と言っても攻めるか積むかの2つに1つなんだけど。"つばさでうつ"は扱いやすいが、進化したことでタイプ一致技ではなくなり、せっかく使えるようになった"バレットパンチ"(推定)はルンパッパ相手にはタイプ相性のせいで火力不足。先制技故に状況次第では出番はあるかも。よって、狙うなら"れんぞくぎり"になるな。タイプ一致で特性も適用、ハッサムなら威力は十分だ。積み技は"こうそくいどう"しかないが、すいすいルンパッパを意識するなら十分選択肢としてはあり。

 

因みにこいつ、バレパン覚えた代わりに"きりさく"が使えなくなってた。ノーマル技だし特性も乗らないしで別に無くてもいいんだけど。それ以上につばさでうつとれんぞくぎりを忘れてなくて良かった。そんでもって、図鑑で確認した時の技枠は『???』になってた。未発見の技でも、図鑑の方は一応技として認識しているってことなのだろうか?

 

 

 

 さて、相手は手持ちがクアドラプルンパッパ。こちらは残り1体がヤドンなので、実質的ラス2同然。こっちの負けに王手が掛かってると言ってもいい状況だ。流石にヤドンでルンパッパの相手は無理ゲーであると言わざるを得ない。勝つならここで何としてもイニシアティブを握る他ない。

 

"まもる"を使っていて動けないルンパッパを飛び越えてアタッカー型のルンパッパを狙うのもありだが…まあ、後々まで考えればこっちのが安牌だろ。

 

 

「ハッサム、"こうそくいどう"!」

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

無償で積めるなら積むべしってね。すいすいルンパッパを意識するなら、遮二無二攻めるよりその上を取れる可能性を残しておく方が絶対いい…と思う。

 

 

「そのまま前のルンパッパに"れんぞくぎり"!」

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

で、お決まりのぐーんと上がった素早さで以て、そのままルンパッパへ突撃させる。狙いは近い方の、"まもる"を使ったばかりの耐久型ルンパッパ。連続で使うと失敗する可能性のある技だから、余程でもなければ連発はないし、"こうそくいどう"で一呼吸置いているから、効果が持続していることもないと踏んだ。

 

 

「それならこうだねェ!ハッサムに"やどりぎのタネ"、ラフレシアに"れいとうビーム"だヨ!」

「「るんぱっぱ~!」」

 

 

そしたら、"やどりぎのタネ"でお返しされたでござる。やっぱり持ってるのか。んでもって、こっちは"れいとうビーム"持ちか!

 

 

「シャアァラアァァァァイッ!」

「ぱっぱーッ!?」

 

 

真正面から一発キレイに"れんぞくぎり"が決まり、防御が出来なかったルンパッパが大きく仰け反る。流石のハッサム、良いダメージだ。

 

 

「"ヘドロばくだん"ッ!」

「らっふ~!」

 

 

そしてその手応えを噛みしめる前に、もう1体ルンパッパからの一撃が迫る。ラフレシアが落ちたらほぼ負け確定なので即座に対応を指示。攻撃同士が空中でぶつかりあって爆発する。

 

2体同時に指示を出すのって、フィールド全体を把握しておかないといけないような面もあって想像以上に難しい。準決勝まではそこまで気にならなかったけど、このバトルに限ってはその明確なワンテンポの遅れが非常に気になる。ゲームのように簡単にはいかないネ。この辺はダブルバトルがスタンダードで慣れ切っているミラーボが上手くて強いってことなんだろうなぁ。

 

 

「ラフレシア、無事だな!?」

「らふ~!」

 

 

後手での対応になったラフレシアが、至近での爆風に煽られて若干ダメージを受けたようだが、ひとまずは迎撃成功だ。ハッサムの方も一発ぶち込んだ。

 

しかし、そのダメージと引き換えにキッチリ仕事はされた。よく見ると、ハッサムの金属質の身体の数か所から小さな植物が目を出しているのが見える。これで、ハッサムは時間経過で少しずつ体力を奪われていくというタイムリミットが課せられた。

 

一向に使ってくる気配がなかったので、持ってるのかどうか疑っていたが、考えればラフレシアには効果ないし、キュウコンは殴った方が早いしで使う盤面じゃなかった感じか。それにしてもあの耐久ルンパッパの技構成、ドロポン・あまごい・まもる・やどりぎ?ギガドレなしで、回復はやどりぎと特性に頼るのか?1ウェポンは分かるが、何と言うか中途半端な感じはする。

 

 

「ハッサム!そのまま後ろのルンパッパにGO!」

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

そんな些細な疑問より、今はルンパッパだ。今し方一発叩き切った耐久型の方は"まもる"があるから、ラフレシア保護の観点からもアタッカーの方を落とすべき。

 

 

「ン~、ルンパッパ、Let's dancing!」

「るんぱ!」

 

 

ハッサムの突撃は、あと一歩まで迫ったところでキレイに回避された。

 

 

「逃がすかっ!」

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

1回でダメなら2回、それでもダメなら当たるまで。狙った獲物は逃がさない、見敵必殺の精神で立て続けにルンパッパを攻め立てる。

 

一見戦局はハッサムが押しまくっている。しかし、フィールド上はルンパッパの領域。降り続く雨で若干水が浮いたようになっているフィールドを、滑るように華麗なステップと踊るような身のこなしで、ヒラリヒラリと避けていく。

 

 

「ラアァァァァイッ!」

 

 

諦めることなく追撃するが、暖簾に腕押し状態でさっぱり当たらない、嚙み合わない。ハッサムは決して速いポケモンじゃないけど、ルンパッパもそんな速くはなかったはず。"こうそくいどう"で素早さはぐーんと上がってるんだぞ?それでもすいすいルンパッパの方が速いってことか?マジで?

 

だったら…!

 

 

「ラフレシア"ヘドロばくだん"!」

「らふ!?…らっふ~!」

 

 

ラフレシアへ支援射撃の要請だ。一瞬ラフレシアは仲間ごと攻撃することに戸惑いを見せるが、幸いハッサムに毒技は効果なし。フレンドリーファイアの心配は無い。安心してラフレシアにハッサム諸共ルンパッパへの攻撃を指示出来る。

 

 

「楽しく踊ってるのに横槍は感心しないねェ!ルンパッパ、"まもる"だヨォ!」

「るんぱっ!」

 

 

が、これはもう1体のルンパッパに間に入られて防がれた。

 

 

「ふほほ~、ルンパッパ、"ねこだまし"!」

「ん~…るんぱっ!」

「シャァッ!?」

 

 

ルンパッパが両手をたたき合わせてパンッ!と小気味のいい音が響き、"ねこだまし"の効果による強制ひるみが入った。てか、場に出て一発目じゃなくても効果あるのかよ!?

 

ちょっと想定していなかった事態に混乱する俺だが、時間は止まってくれない。目の前で受けたハッサムがビビッて急停止。そして、ミラーボがその隙を見逃すはずもなかった。

 

 

「そろそろフィニッシュといこうじゃァないか!"ハイドロポンプ"!」

「るんぱっぱ~!」

「ラァ…ッ」

 

 

すかさずもう1体のルンパッパの"ハイドロポンプ"。ひるんだハッサムに躱せる余裕はなく、これをモロに受けて押し流される。まだ戦えはするようだが、手痛い一撃を貰ってしまった。

 

 

「くっ…でも、そっちのルンパッパはもらう!ラフレシア"ヘドロばくだん"ッ!」

「らっふ~!」

「パッパ…」

 

 

代わりにマークが外れたラフレシアに攻撃を指示。ヘドロの塊が"ハイドロポンプ"を撃ったばかりで隙だらけのルンパッパの横っ面に炸裂し、効果抜群ノックアウト。耐久型のルンパッパであめうけざらに"やどりぎのタネ"があっても、テクニシャンハッサムとラフレシアの効果抜群ダブルラリアットには耐えられなかったようだ。

 

 

『ルンパッパ戦闘不能ッ!一進一退の攻防だが、試合はマサヒデ選手優位の展開か!?ミラーボ選手、ここからどう巻き返す!?』

 

 

これで残るミラーボのポケモンは2体。あと1体倒せればグッと勝ちが近付くんだが、ハッサムはデカいの一撃貰ってる上にタイムリミット(やどりぎのタネ)がある。一度ヤドンと交代すれば消せるが、"こうそくいどう"を積み直す余裕がなくて、結局ルンパッパに上を取られて押し負けるって言う。

 

ヤドンが雨が止むまで持ち堪えて、かつ雨が止んだドンピシャのタイミングで再交代出来ればワンチャン積み直せるが…まあ、ヤドンの奮闘と適切な交代タイミングが求められることに加え、仮にヤドンが頑張ったとしても、その間でラフレシアが落ちたらどの道The Endのシビアな条件をクリアする必要がある。そうである以上、針の穴を通すような戦況管理をするよりも、このまま行けるところまで行った方がまだ勝ちの目が見える…と思う。

 

 

「ふほほ~、最後の1体になっちゃったねェ。ま、勝つのはボクなんだけど!Let's Goルンパッパ!」

「るんぱ~」

 

 

そして、ミラーボ最後のルンパッパがステージオン。

 

熱狂の歓声に混じってスタジアムに響くミラーボ戦BGMが勝利への渇望を煽り、心を(たかぶ)らせる。そして同時にフィールドを叩く強く冷たい大雨が、一度冷静になれと頭と体、心を冷やす。

 

フー…戦いは最終局面。相手のフィールド上には無傷のルンパッパが2体、こっちには試合開始から出ずっぱりで消耗してるラフレシア&それ以上に消耗しててタイムリミット持ちのハッサム。後ろにはほぼ役割がないヤドン…ハッサムが動ける間に、攻撃を集中させて各個撃破するしかないな。どちらか片方でも落とすのが最低条件。

 

 

「ハッサム!ラフレシア!後ろのルンパッパに攻撃を集中させろ!」

「ラアァァァァイッ!」

「らふ~!」

 

 

狙いは"れいとうビーム"持ちのルンパッパ。さっき同様ハッサムが切り込み、ラフレシアが支援砲撃を行う。どの道倒すならハッサムとラフレシアの双方にとって危険な相手をさっさと始末しておいた方がいい。"ねこだまし"には驚いたが、ゲームでの仕様を考えればたぶん一発限りのはず。2度目はない。

 

 

「ふほほ~!It's show time!"フラフラダンス"!」

「るんぱ~!」

「うげ…」

 

 

その機先を制するように、ミラーボが選択したのはさっき繰り出したばかりのルンパッパの"フラフラダンス"。俺がキュウコンで常用している"あやしいひかり"と同様に、相手を混乱状態にする技だ。

 

 

「ルァァーー…イィィィ~…?」

「ふらふらふ~…」

「る~んぱっぱ~…」

 

 

ただ、ダブルバトルになると"あやしいひかり"が相手単体を対象に取るのに対し、この技は味方も含めた自分以外の全てのポケモンが効果の対象になる。迷惑この上ない。

 

「止めてくれ」と言いたくなるよりも早く、ルンパッパの不思議な踊りに釣られて、ハッサムもラフレシアも踊りだす。覚束ない足取りで身体をゆっくり左に右に、クルクルクルクル回って回って回り、踊り終わると全員揃って文字通りにフラッフラ。

 

 

「ハッサム!ラフレシア!しっかりしろぉーッ!」

「らああぁぁーー…」

「ふらふ~ら~…」

 

 

何とか当初の目標のルンパッパに対して向かって行こうとするも、空中でフラフラの千鳥足?状態なハッサムに、頭の花を前後にカクンカクンさせながらも攻撃態勢に入るラフレシア。しっかりしろと檄を飛ばすも、対して効果は無し。悲劇的ビフォーアフター、このアフロ、何ということをしてくれたのでしょう。

 

 

「ふほほ~、キミも一緒に踊ろうじゃないかァ!Shall we dance?ルンパッパ、"ハイドロポンプ"!」

「る~る~る~んぱァッ!?」

 

 

右に左に揺れしながらも向かって行くハッサムを迎え撃とうとしたルンパッパは、見事にバランスを崩してコケた。チャンスだ、決めるならここしかない!

 

 

「ノーセンキューだッ!ハッサム行けェッ!」

「しゃあぁらあぁぁぁーーーっ!」

 

 

ダンスのお誘いは全力で拒否する俺の号令の下、ハッサムは不安定な状態のまま、イマイチ締まらない若干気の抜けたような雄叫びを上げて、勢い良くルンパッパへ突撃を開始。

 

 

「あぁぁぁーーーァィーーーッ!?」

 

 

そして頭から地面に突っ込む見事なヘッドスライディング…基、ヘッドツライディングを決めた。

 

 

「ラ、ラフレシア頼む…っ!」

「らふら~…らふっ!?」

 

 

ハッサムがダメならラフレシア…だったが、ラフレシアも攻撃態勢に入ったところで後ろに重心が傾きすぎて、頭を支えきれずにそのまま後ろにすってんころりん。このターンはこっちもあっちも、全員攻撃が不発に終わった。辛いです…勝つのが好きだから…

 

 

「ふっほほほほほ~!イイねェ、楽しくなってきたねェ!お前たちィ、ハッサムに"ハイドロポンプ"だよ!」

「るんぱっ!」

「る~んぱ~っぱ~…」

 

 

そして、一周回って態勢を整えた2体のルンパッパによる、水の奔流のクロスファイアがハッサムに迫る。今回は向こうのルンパッパはちゃんと動いたようだ。ド畜生が。

 

 

「躱せハッサム!ラフレシアは"ヘドロばくだん"!頼む…っ!」

 

 

踊ってる場合じゃないぞ、動け、動いてくれ。そう願って藁にも縋る思いで指示を出す。後は運否天賦、全ては天の神様の言う通り…

 

 

「シャァァー……ッ」

 

 

…まあ、いくら信心深かろうが必死に祈ろうが、世の中上手くいかない時は上手くいかないものでして。ハッサムは動けず躱せずで攻撃をまともに喰らってノックアウト。

 

 

「ふ~ら~…らふぅッ!?」

 

 

ラフレシアは体勢を立て直して、立て直した勢いでそのまま今度は前につんのめって地面とごっつんこ。連続の自傷でこっちは1ターン分の時間を丸々浪費した形になり、完全に勝負の趨勢は相手に傾いた。

 

と言うか、何気に新手のルンパッパもハッサムよりも先に動いたよな?…てことは、もう1体も特性"すいすい"かよ…てっきりゲーム同様、すいすいのアタッカー2体とあめうけざらの耐久型2体の組み合わせとばかり…

 

 

『ハッサム戦闘不能ッ!』

『オオォォォォーーーーー‼‼』

 

 

ハッサム戦闘不能の宣言がフィールドに響き、ミラーボの逆転に観客席が盛り上がる。

 

残るはヤドンと手負いのラフレシア。向こうはルンパッパ2体で1体はフルヘルス、おまけに雨降ってて素早さはあっちが上…うん、無理。これもうほとんど打つ手ないだろ。

 

 

「…あ、雨が…」

 

 

このタイミングで雨が上がる。だが、"こうそくいどう"を積んだハッサムよりも速かったルンパッパどもだ。残りがラフレシアとヤドンじゃ、雨が降っていようと止んでいようと最早関係ないだろう。

 

 

「…ヤドン、済まんが頼むぞ」

「………やぁん」

 

 

それでも、この場に立つ以上は最後まで諦めるわけにはいかない。ゲームじゃよく降参は選択してたけど、こうやって面と向かってぶつかり合う状況だと、その選択は頑張ってるポケモンたちにも相手にも失礼だと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

あと、サカキさんに何言われるか分からないからネ。むしろこっちの理由の方が大きゲフンゲフン。手を抜いたとか難癖付けられて、反省文感覚で追加の課題を出されかねん。これ以上の夏休みの宿題はノーセンキューです。

 

 

 

「ふほほ~、それじゃァ最後にもう一踊り、いっちゃおっかなァ~!」

「るんぱ~!」

「るんぱ~!」

 

 

今もゴキゲンなBGMに乗って踊り続けている陽気なアフロとルンパッパどもが、この上なく憎たらしく、かつ絶望的な壁に見える。俺がサカキさん相手にした時によく見てる、敗北者の見る景色だ…

 

 

「まだだ、まだ終わってない…!目にもの見せてやるんだ!」

 

 

なら、少しでも足掻いてやろうじゃないか。万が一に、ポロっと勝ち筋が転がり込んでくるやもしれん。行くぞ、ラフレシア!ヤドン!諦めるものか…!

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~らぁ~ふ~…らぁッ!?」

「………………やぁん?」

 

 

…ゴメン、やっぱダメそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勝負ありッ!勝者ァ…ミラーボォーーーーーッ‼』

『オオオオオォォォォーーーーーッ‼‼‼‼』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれさん坊主、惜しかったじゃねぇか!」

 

「…癪ではありますが、よくやるものです」

 

「ははは、どうも…はぁ」

 

 

 急な参戦だったパイラコロシアム。試合が終わり、フィールドを引き上げた俺は、ラムダのおっちゃんとアポロさんに出迎えられた。おっちゃんにはそこそこ機嫌良さそうに、アポロさんにも不承不承といった感じながら「よくやった」と労われたが、やはり負け試合は悔しいもので、素直に喜ぶ気にはなれない。

 

アレだね、高校野球、少年野球で相手チーム側のスタンド席から試合終了後に拍手を送られてる感覚。相手の健闘を称えるものだけど、個人的にあの瞬間程悔しいものはないとも思う。今は正しくそれに近い気分だわ。

 

ただ、ミラーボにこそ完敗したが、準優勝も立派な成績であるのも事実。サカキさんから課された目標もクリアしたし、色々と足りない中で遣り繰りしてのこの成績なんだから、考えてみれば全然悪いものじゃあない。悔しいものは悔しいが。

 

 

「マサヒデ、ご苦労」

 

「っ…あ、ありがとうございます」

 

 

そして満を持してというかなんというか、今回も言い出しっぺなサカキさんの登場。何と返していいものか分からず、言葉に詰まってしまう。

 

 

「不様な結果ならどうしてやろうかと思っていたが…まあ、合格点をやろう。さて、それはそうと、初めてのオーレ流のバトルはどうだった」

 

 

とりあえず、宿題のお代わりが無かったことに一安心。目標ラインクリアしてんのに不合格とか言われたら心が折れる。サカキさんなら何があっても不思議ではないと思ってる。

 

そして初ダブルバトルの感想か…やっぱシングルとは勝手が違って、だいぶやり辛かったなぁ。

 

 

「そうですね…まず、2体のポケモンを同時に戦わせるので、採れる戦術・選択肢が豊富で多彩です。だから、シングルバトルでは難しいポケモンと技のコンビネーションが容易に成立し得ると感じました。それと、2-2で合計4体のポケモンの状況と戦況把握のため、広範囲への視野と対応が求められるので、思っていた以上に難しかったです」

 

「ほう…難しいと言う割に、私には上手く順応していたように見えたが?」

「急拵えのラフレシア-キュウコンの中軸が、準決勝までは運良く嵌っただけです。決勝ではそれが通じませんでした。相手は明らかに他のトレーナーとは別格、アポロさんやラムダさんでも負けたのも納得の相手です」

 

 

準決勝までは即席晴れパでも十分何とかなったけど、決勝ではどうしても綻びが出てしまって、立て直せなかった。ミラーボみたいに強い相手になると、やはり即席パーティでは難しいな。

 

 

「ポケモンの実力とコンビネーションは勿論ですが、トレーナーにもシングルバトルとはまた違った知識、そしてバトル形式そのものへの理解が必要だと思います。正直、普段の1vs1のバトルとは別物だと考えた方がいいかと」

 

「ふむ…」

 

 

以上、実際に戦ってみたダブルバトルの感想…と言うよりかは、所感で補った知識に基づく所見をサカキさんに伝える。

 

 

「何にせよ、ご苦労だった。準備が出来次第、アゲトビレッジに向けて発つ予定だ。それまで…」

 

「お、見つけましたよォ」

 

「「「「…!?」」」」

 

 

そこにいきなり現れたのは、誰あろう決勝戦の相手・ミラーボ。その存在感は強烈で、一度間近で顔を合わせているとは言え、突然の登場に俺もアポロさんもラムダさんもびっくり。果てはサカキさんまで驚いているという中々珍しい光景が出現した。一度彼が視界に入ったが最後、その存在感はありとあらゆるものを圧倒する。

 

…まあ、高身長・巨大アフロ・金ピカ衣装のトリプルキックじゃ無理もない。

 

 

「貴方がMr.サカキですねぇ?決勝見ていたなら分かっているとは思いますケド、ボクはミラーボ。パイラタウンの…ン~、責任者…ってところかナ?上の者から挨拶してこいと言われちゃってネ、御見送りに来ましたヨ」

 

「む、いや失礼した。TCP社社長のサカキです。本日はお招きいただき感謝しています。そしてお強いですな。我が社の者が手も足も出ないとは…正直想定外でしたが、優勝お見事でした」

 

「イヤイヤ、皆さん良い腕をお持ちですヨ。負けはこっちでのバトルの流儀に不慣れだったからでしょう。経験を積めば、皆さん上を目指せると思いますねェ~」

「うちの腕利きたちがこうもいいように転がされるとは思いませんでしたが、良い経験をさせていただきました。しかし、貴殿は遠目で見ていても大きいと思っていたが、間近で見ると予想以上だ」

 

「ふっほほほ~」

 

 

その後、少しの間サカキさんとミラーボによる立ち話という形での対談が続いた。

 

 

「…お~っと、危ない危ない。忘れるところだったよ~ん」

 

 

そして対談が一区切りついたところで、ミラーボの視線は俺に向いた。

 

 

「少年、準優勝おめでとう~」

 

「え…あ、ありがとうございます…」

 

「そんなキミの健闘を称えて、プレゼントさ。ま、ただの準優勝賞金なんだけどネ~」

 

 

手渡されたのはなんてことはない、コロシアムの賞金だった。やっぱあんた運営サイド…と言うか、シャドーが用意した刺客だったんだな。まあ知ってた。

 

 

「ボクにあそこまで食い下がれるトレーナー、久しぶりに出会った気がするネェ。なかなか楽しい時間だったヨ。機会があれば、一緒に踊ろうじゃないか。それと、賞金の使い道はよくよく考えなヨ~。それじゃ、ボクはこれにて~」

 

 

そしてミラーボは去っていった。「また一緒に踊ろう」とか言われたが、ポケモンの一ファンとしては嬉しくもあり、その一方では会う機会なんてない方がいいという現実的な考えもあり…複雑な心境である。

 

…それと、渡されたのが賞金だけで良かった。ダークポケモン持たされるんじゃないかと身構えちゃったじゃないか。

 

 

 

 

 

 何はともあれ、この後しばらくして俺たちは本来の目的地であるアゲトビレッジを目指して出発。焼き鏝で押し付けられたような、金ピカアフロのダン☆サーで塗り潰された思い出を胸に、パイラタウンに別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…なお、賞金は正直子供にポンっと渡して大丈夫と思えるような額ではなかった。恐るべしポケモン世界、恐るべしオーレ地方…何はともあれ、やったぜ。

 

 

 




ミラーボ戦後半です。初めてダブルバトル書きましたが、場に出てるだけで4体もいると、考えること多くて難しい…なお、正直オーレ編は書く必要なかったとは思ってるけど、ミラーボを出したいがためだけに書いたっていう。まあ、それでも活躍はこの程度なワケなんですが。あと、一応8月中に完成したヨ()。なお、世間の夏休みは終わったのに、この作品の夏休みはまだ終わらない模様。だ、大学は9月末まで休みだから…()

ミラーボのルンパッパは、あまごいのみ固定で他は色々変えてみました。特性もすいすい3のあめうけざら1です。そしてねこだましを若干改変。最初のターンでのみ成功するというゲーム仕様から、最初の一発のみ成功、タイミングは問わず…って感じにしてみました。アニポケ風の戦闘に直すとそっちのが自然かなって。

さて、ダイパリメイクの情報がぽつぽつ出始めてますね。作者のパール産色違いムクホークがポケモンホームで待機してますぜ。それと、ギラティナ・ダークライ・クレセリア・シェイミとか辺りで、追加ストーリーがあったりするのでしょうか?ルビサファのエピソードデルタは色々不評が多かったようですが…そんなことよりバトルフロンティアだ。バトルフロンティアさえあれば全ては許される。なんか公表されたマップ上にそれらしきものは無かったようですが…最後まで希望は捨てない…ッ。



…その前に頑張って続き書かないとナー()


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第57話:時を見つめて

 

 

 

 

「あ~…いい天気だー…」

 

 

 パイラコロシアムでの雨下のダンスパーティーから一夜。色々と闇が深くて疲れる旅程ではあったが昨日パイラタウンに到着したのと同じ頃合いに、本来の最終目的地だったアゲトビレッジに到着。車両トラブルなく先着していた他の皆さんとも合流し、どんちゃん騒ぎの大宴会を経て、予定より1日遅れで迎えるオーレ地方・アゲトビレッジの朝である。

 

朝食を終えて外に出れば、オーレ地方らしからぬ砂を含まない爽やかな風に、聞いてるだけでも心地良い川のせせらぎ、どこからか漏れ聞こえてくるポケモンたちの鳴き声…五感で感じる田舎の夏って感じだ。これで「ラジオ体操第一~!」なんて聞こえてきた日には、紛うことなき夏休みの朝。喜びに胸を開き、大空仰ぐ希望の朝だ。もう一度子供に戻ってみたくなるね。実際戻ってはいるんだが。

 

…まあ、大人の皆さんの中には大宴会の後遺症に苦しんでる、希望の朝とは程遠い夜明けを迎えた人が結構な数いたようだが、それはまあ自業自得と言うか必要経費と言うか何と言うか…とりあえずご愁傷様ですと言っておこう。わざわざオーレにまでやって来て、貴重な休みを二日酔いで潰す…俺も経験がなくはないから言えるけど、空しいよな。

 

 

 

 死屍累々、地獄の朝に苦しむ皆さんの姿を横目に、宴会の後遺症とは無縁な俺はそそくさとホテルを離れ、丸1日の自由時間という名の休暇を謳歌するべく繰り出した。そして冒頭の発言へと繋がる。

 

今はホテルからほど近い小川の川縁に腰掛け、のんびりと川に足を浸けて涼んでいる。浸けた瞬間反射的に足を揚げたくなるような冷たさは、シャドー研究所訪問に始まり、不正規の手段(チート)によるハッサム進化、シャドー戦闘員とのバトル、シャドー主催のトーナメント参加にミラーボとの激闘…ここ数日の闇深案件で溜まりに溜まった穢れを洗い流してくれる…ような気がする。モチロン、気がするだけ。

 

それでも、ロケット団とシャドーの繋がりやら大会参戦やら、精神的に連打をくらっている気がする俺には、今この時が何よりの休息だ。

 

明日から、延いては折り返し地点を過ぎたジム制覇の旅の後半戦に向けて、今日は今までの諸々で疲れた心身をしっかりとリフレッシュ。もちろん、ここまで苦楽を共にしてきたスピアー以下頼れる仲間たちも一緒であり、彼らにも今日は思う存分羽を伸ばしてもらって、人ポケ共に英気を養うつもりだ

 

 

「にーちゃん、年寄りみてーだな!」

「うるさい。こっちに来てからロクに心休まる日が無いのが悪いんだよ」

 

 

…そしてオマケで着いてきたシルバー少年もいる。出掛けようとしたところをサカキさん…ではなく、副社長さんに見つかってお願いされてしまったので、止む無く一緒にいる。なんでも午前中だけだが仕事絡みでサカキさん共々どこかに出掛けるらしい。

 

サカキさんっていつ休んでんだろうね。こんな時ぐらい、仕事のことは忘れて休めばいいのに。と言うか、そもそも俺をこの旅行に誘った時、「羽を伸ばすのも悪くは無かろう」とか言っておきながら、自分は仕事なのな。言動不一致はよろしくありませんなぁ。

 

…まあ、社長なんて立場になるとそうも言ってられないのかもしれないが。

 

そしてシルバー少年。言うに事欠いて年寄り呼ばわり…何と失礼なガキンチョだろうか。未来のクソ生意気でアウトローを気取っている姿が今からでも想像出来るぞ。まあ、中身は年齢的にオッサンなので否定し辛い部分ではあるけども。

 

 

「うひゃぁ、冷てー!」

「…やぁ~ん」

 

 

川の中に入ってはしゃぎ回るシルバー少年。見ていて親戚か、近所の子供を見ているような微笑ましい気持ちになる。透き通るような綺麗な水は、この季節ならさぞ心地良いことだろう。

 

因みに、水難事故防止の観点から念のために彼にはヤドン(と一応コイキング)を付けてます。仮にシルバー少年の身に何かあれば、その責任を真っ先に問われるのは俺だからネ。これでもしものことがあっても安心だ。良い子のみんなは、海や川に遊びに行くときは必ずお父さんお母さんと一緒に行くんだよ?

 

…こんなことを真っ先に考えちゃう辺り、歳ってことなんかなぁ。

 

 

 

 まあ、そんなことはどうだっていいんだ、重要なことじゃない。今の俺は誰が何と言おうとも、一応トキワシティ出身の公称11歳男子だ。決して自分をポケモントレーナーだと思い込んでいる一般人などではない。一般人ではあるけども。とりあえず、現在地・アゲトビレッジについて解説でもしようか。

 

アゲトビレッジはオーレ地方においてほぼ唯一と言っていい、豊かな自然が残る長閑な村である。山の麓に広がる集落は、往年の名トレーナーたちが引退生活を送る場所としても知られる。村の北には聖なる森と呼ばれる森林地帯が広がり、幻のポケモンでもあるときわたりポケモン・セレビィが生息している。森の中にある聖なる祠にはそのセレビィの力が僅かながら宿っており、その力を利用してダークポケモンを通常のポケモンに戻す【リライブ】の最終段階、ダークポケモンの閉ざされた心の最後の扉を開くことが出来る。【リライブセレモニー】だったかな?あんまり自信ない。

 

ストーリー的には、主人公の相棒となる生体ダークポケモン判別マシンことミレイの祖父母が居住しており、彼女を祖父母宅に送り届けた際に、森の祠及びセレビィが目的の障害になると判断したシャドーによる襲撃が発生。祖父・ローガンはアゲトビレッジの村長であり、かつて伝説のトレーナーと呼ばれるぐらい名を馳せた名トレーナーだったらしいが、ストーリー上ではその面影はほとんど感じられないぐらいに衰えていて、敢え無くシャドー戦闘員に敗北。そこへ主人公が颯爽と現れてシャドーを撃退する…と言うのが大まかな物語の流れになる。

 

ローガンさん…いくらピカチュウLV50でも、"でんこうせっか"しか撃たないんじゃそりゃ勝てませんわ。

 

【リライブ】のシステム上、ゲームでは必要に応じて繰り返し訪れることになる重要な街だが、貴重な自然が多く残るということもあって、こちらの世界でも第一線を引退したトレーナーたちが、ポケモンと余生を過ごすための移住地として人気なのと同時に、観光地としての一面も持っている。

 

聖なる森は国立公園として自然保護区のような扱いがなされており、内部に立ち入るには許可が必要となっている。聖なる祠もその立ち入り禁止区域の中にあるようで、残念ながら見ることは出来ない。野生のポケモンも生息しているみたいだが、自然保護区なので捕獲は当然禁止である。

 

ついでと言ってはなんだけど、聖なる祠のBGMが良い。コロシアムでも上位五指に入るぐらいには好きだった。

 

 

 

「あ~…平和だなぁ…平和って良いなぁ…そうは思わねえか、お前たち?」

「スピィ~…」

「キュィ~…」

「クォン…」

 

 

川遊びではしゃぎ回るシルバー少年の姿を確認して、俺はそのまま川岸の草地に背中から倒れ込んで空を仰ぐ。青い空、白い雲、頬撫でる風、川のせせらぎ…そして傍らには3年来の相棒であるスピアーにサンドパン、飼い犬ならぬ飼い狐キュウコン。ああ、平和って素晴らしい。何たって、オーレ地方に来てからの数日間、心が休まった日がないんだから。マシントラブルもあったとは言え、夏休みとはいったい…ウゴゴ。

 

 

「シャアァラアァァァァイッ!」

 

 

…穏やかな夏の空気を切り裂くように、遠くから聞こえてきた聞き覚えのある鳴き声…もとい、雄叫びが、俺を思考と安息の世界から呼び戻す。あんな特徴的な鳴き声、どこをどう聞いても俺のハッサムのもので間違いない。せっかくの休暇であり、昨日の激闘を労う意味も込めてボールから出してやったら、アッという間に大空の彼方へと消えていったバカ野郎である。その後は…まあ、進化してもアイツはアイツだったとしか言いようがない。ちょっとでも親心を出してあのバカを野に放ったのは完全に失敗だった。

 

アゲトビレッジの皆様、うちのバカが大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございません。騒音以外は特に問題行動はしないとは思いますので、何卒ご容赦を…

 

 

 

ハッサムは御覧のあり様だが、俺が連れて来たポケモンたちは全員ボールから出してやっている。スピアー・サンドパン・キュウコンは俺の近くにいて、ヤドンとコイキングのみずコンビはシルバー少年の御守りをしてもらっているワケだが、それ以外のメンツはどうかと言うと…

 

 

「らっふぅ~!」

「ラッタッタ~」

 

 

ラフレシアはこの天気が最高らしく、頭部のでっかい花を揺らしながらトテトテと日向を散歩して、時々ゴキゲンな鳴き声を上げている。昨日もそうだが、彼女には貴重な対みずタイプ要員として頻繁に頑張ってもらっていたので、今日は心行くまで夏の日差しを浴びてリフレッシュしてもらいたい。

 

ラッタは草地を走り回ったり、川に飛び込んで水浴びしたり、穴を掘って遊んだりしてる。今ここにいる面子の中で一番元気かつ真っ当にオーレ地方の夏を満喫してるのは彼女だろう。

 

取り敢えず、掘った穴は埋め戻しておくように。

 

 

「ど、ど、どがぁ~」

「ビー、ビー、ビー」

 

 

ドガースとレアコイルは何をするでもなく、別々に空中をフヨフヨと漂っている。一番の新参となるレアコイルはともかくとして、ドガースは悪戯好きってこと以外、未だに何がしたいのか、何を考えてるのかよく分からん。

 

案外、シルバー少年を気にかけてくれていたりして…そうでなければ悪戯を仕掛けるタイミングを探ってるに違いない。

 

 

「……ギィ」

 

 

で、最後にうちの元祖問題児ことサナギラス。ヨーギラス時代の暴れん坊っぷりは鳴りを潜め、出会った当初のようにあからさまな敵意を向けられることもなくなったが、誰かと馴れあうようなことはなく、その近付き難い雰囲気を察してか、例外はいるが他のメンツも基本的には自分からは近づこうとしない。今も俺からも他の仲間からも、ついでに川からもだいぶ離れた場所で1人ジッとしている。

 

まあ、サナギラスというポケモン自体がその名の通り蛹、バンギラスに進化する前の移行期間みたいなもの。トランセルやコクーンなんかと同じ状態だから、意図的に動きを抑えて力を溜め込んでるってのが正解なんだろう。そして、その気性は種族由来か個体の個性か。

 

 

「らふらっふぅ~!」

「ギィッ!?」

 

 

…なんて思ってたら、ラフレシアが絡みに行った。タイプ相性か、はたまた捕まえた時の経緯もあってか、サナギラスを恐れず絡みにいく例外、それがラフレシア。サナギラスの方もラフレシアには苦手意識があるようで、ラフレシアが近付くのに気が付くと、慌ててピョンピョン跳ねて逃げ出した。

 

サナギラスがラフレシアに追っかけ回されてる絵面は、孤高の一匹狼な普段のイメージとはかけ離れていてどこか滑稽で微笑ましい気持ちになれる。何にしても、ラフレシアはGJだ。そのままその意地っ張りの相手をしてやってくれ。

 

 

「らっふ~♪」

「ギッ…ギィ…ッ」

 

 

追っ掛けてくるラフレシアから逃げ惑うサナギラス。蛹らしくない素早さでピョンピョン跳ね回っているが、所詮は蛹。晴天下のラフレシアに適うはずもないが、ラフレシアはラフレシアで遊んでいるようで、適度に距離を保って着かず離れず。この鬼ごっこのように見せかけた狩りを楽しんでいるらしい。

 

それと、サナギラスも必死に逃げはしていても攻撃しないあたり、一応仲間意識みたいなのはちゃんと持ってくれているのかもな。

 

 

 

 

 

 それにしても、振り返ってみればトキワシティを旅立ちすでに4か月か…手持ちもスピアーと、一応サンドがいた頃から7体も増え、ゲームにあった街や施設を巡り、ジムバッジも5つが俺の手元にある。そして今はカントー地方を飛び出してオーレ地方だ。これ以上ないくらいポケモン世界を満喫してるよ、サカキさんの保護下にあるという点も含めて。

 

いきなりポケモン世界に放り出されたのが約3年前。スピアーと出会い、サカキさんに保護され、そこから抜け出すためにとにかく強くなろうともがき続けてきた。今後起きる、起こすであろうロケット団関係の事件の数々から離れるために。

 

口ではロクに心が休まった日はないと言ったが、サカキさん、ロケット団、そして今回のシャドーと、これらの存在が常に身近にあるというのは、原作を知っている俺からすれば精神的に大きな負担。反社会的要素満載な環境の近くに置かれ、常に良心の呵責、未来への焦燥感に身を焦がし、その横槍を気にしながら過ごす毎日では、中々そういう頭と心の安息日を作る余裕はなかった。

 

まあ、全く心休まる日がなかったかと言われれば嘘になるが。最近だと…セキチクジムに居候してた時期はサカキさんから解放された気がして、色々と気楽だった。やはりサカキさんの下で世話になってると言うか飼われてると言うか、今後のことを考えるとその現状がまず色んな意味でリスクであることは違いない。

 

とすれば、やはり早期の自立は必須。自立を考えるなら、まず飯を食えるだけの安定した収入を得られるようになることが第一。手っ取り早いのはトレーナーとしての実力を備えることであり、出来ればサカキさんと肩を並べられる程度の実力が最低限必要に…って、これじゃただの現状追認だな。

 

で、サカキさんに肩を並べられる程度まで実力がついたら…実力がついたら……

 

 

「…どうしようか?」

 

 

むむむ…サカキさんの下から抜け出すことを目標に今まで突っ走って来たけど、強くなることに夢中でその先どうするか、思い返せばまともに考えたこと無かったな…

 

うーん……安直に考えるなら、他の地方でも目指してみるのが一番か?カントー地方に隣接するジョウト地方を始め、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス、アローラ…シリーズ本筋だけでもこれだけある。あと、今いるオーレのような外伝作品の地方が他にもあるかもしれない。うん、世界は広いな。

 

他地方へ行くなら、カントー同様にジムを回るのもいいが、バトル施設に挑むのもありだろう。年代的にあるかどうか怪しいという問題はあるが、バトルフロンティア、バトルシャトレーヌ、バトルツリー…夢が広がるな。ワクワクが止まらないぜ。

 

あと、バトル施設繋がりで育成に注力するのも一手。個体値厳選に努力値稼ぎ、覚える技、パーティ構築…勝負の世界における実力の基礎だし、腰を据えてやってみるのも面白い。廃人の道に片脚突っ込むことになるけど。

 

或いはいっそのこと、一度バトルを離れてみるというのも一考か?コンテストにポケスロン、秘密基地に地下探索と、バトル以外の要素も充実しているのがポケモンシリーズ。新しい発見があるかもしれない。

 

と言うか、どうせなら色んな原作キャラに会ってみたいね。アカネ・ミカン・ツツジ・アスナ・フヨウ・ナタネ・シロナ・フウロ・カミツレ・ホミカ・コルニ…え?女キャラばっかりだって?俺も健全な男の子だからね、仕方ないネ。

 

男キャラなら大誤算…もとい、ダイゴさんとかヤナギの爺ちゃんとか、クチナシのおっさんとかかな。悪の組織のトップだけど、OR・ASのマツブサ・アオギリも人間味あると言うか、何となく好きなんだよね。ゲーチスは関わりたくないけど、怖いもの見たさで一度面拝んでみたくはある。ゲーチスより話は通じそうだがフラダリも同様。何より、この世界でも彼らはネット民の玩具と化してしまうのかどうか…私、気になります!逆にNとかヒガナ辺りは話が通じるようで微妙に噛み合わなさそう。

 

もっとも、後の世代の主人公&ライバルズみたいに、まだ無名だったり子供だったり、最悪生まれてすらいないキャラも多いんだろうなぁ。

 

 

 

…まあ、あれこれと夢みたいなもんを語ってみたけど、今から焦ったところですぐにどうこう出来るようなことでもないんだよな。人の一生は重き荷を背負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。ポケモンの道、トレーナーの道もまた同じ。目指すべき所、歩むべき道は、たぶん余程のことがない限りは今後も変わらないんだ。急がず、焦らず、一歩ずつステップアップしていこう。

 

当面の目標はカントー地方のジム完全制覇、そしてサナギラスが進化した時にそれを御し切れるトレーナーになること。今はそんなもんでいいでしょう。その先はその時が来たら…だ。

 

 

 

「…よっし、スピアー、サンドパン、キュウコン、一緒にサナギラス捕まえに行くぞ」

「キュイッ!」

「クォンッ!」

 

 

と言うことで、俺も傍にいた3体を引き連れて2体の鬼ごっこに参戦。スピアー、サンドパン、キュウコンをそれぞれ(けしか)ける。ポケモンたちとコミュニケーションを取って絆を深めることは大事だからね。普段は無理にサナギラスを構うようなことはしないんだけど、折角の夏休みだ。サナギラスとの心の距離を縮めるまたとないチャンス。

 

サナギラスでも分かるとおり、この世界だとポケモンと信頼関係がないと言うこと聞いてくれないことがあるし。言ってしまえば、捕まえたポケモンは全員通信交換したポケモンみたいなもんだと思えばいい。

 

 

「キュイッ!」

「ギ…」

 

 

サンドパンはノリノリでラフレシアと連携し、サナギラスの行く手を阻む。

 

 

「クォーン!」

「スピィ~」

「ギ、ギィ…!」

 

 

スピアーとキュウコンもその後を追って展開、サナギラスを閉じ込める包囲網を形成した。

 

 

「いいぞお前ら!」

 

 

「ギィィ…ッ!」

「おま、ちょ…退避、退避ぃ-ッ!」

「キュィー♪」

「クォン!」

 

 

そしたらブチ切れたらしいサナギラスから反撃されたでござる。目に付く追跡者に向かって岩の塊を撃ち出してくる。"いわなだれ"の応用だろうか。だいぶ抑え目にしてくれてはいるようだが、流石に生身で受けたくはないので全速後退。狙われた他の面々も思い思いの方向に逃げ出し、呆気なく包囲網は崩壊した。実に楽しそうな鳴き声である。

 

で、包囲網を崩したサナギラスは、そのまま俺に向かって突っ込んで来やがった。ありゃ多分多少頭に来てるな。そして、色々考えてちょーっとだけ気が大きくなってしまっていた俺は、何を思ったかこれを正面から受け止めようとした。

 

 

「ギィィーーッ!」

「ぐふぉ…ッ」

 

 

無論、それはただのアホの選択でしかなかったのはお察しの通り。弾丸のような勢いでの突撃は、さながら"ロケットずつき"。しかも、ヨーギラスの時点で体重は成人男性並にある。その進化系であるサナギラスは…まあ、アレだよ()

 

スーパーマサラ人でも何でもない俺に、当然そんなものを受け止められるはずもなく、強烈な衝撃と共に俺の身体が宙を舞い、一緒に意識も飛びかける。

 

 

「んげェ…ッ」

「スピィ!」

 

 

で、背中から地面に叩きつけられた衝撃で、身体を抜け出しかけた意識が引き戻された。しばらく痛みを堪えてから目を開けば、快晴の空をバックにスピアーたちが心配そうな様子で俺を覗き込んでいる。

 

 

「にーちゃーん!だいじょーぶか!」

「…おー、大丈夫だ、問題ない」

 

 

俺が吹っ飛ぶ様子はシルバー少年も見ていたようで、急ぎ川から上がってこっちにやって来た。流石に4つ5つも年下の子に心配されるわけにはいかない。結構痛いが、意地を張りたいのが男ってものさー。

 

いてて…しっかし、油断してしまったなぁ。身体の痛みは…腹と背中に鈍痛が残るが、サナギラスの突撃をまともに受けた割には軽症で済んだ…と思う。

 

 

「…お?」

「らっふ~!」

「ギ、ギィィィ~~…」

 

 

そして、サナギラスは俺が打ちのめされている間に、少し離れた位置でラフレシアに捕まっていた。どうやら"しびれごな"で動きを止めて、加減した"ギガドレイン"でジワジワ苦しめる、お仕置きの真っ最中のようだ。

 

ラフレシアは性格が歪んでないので普通に懐いてくれていることもあり、たまーに行き過ぎたバカをこうやって止めてくれている。大変助かっております。ただ、やってることは技の効果も考えると、お仕置きと言うよりは拷問なのは…まあ、突っ込まないでおこう。

 

 

「ラフレシア、そこまでにしといてやってくれ」

「らふ?」

 

 

それはそれとして、ラフレシアを止めてサナギラスを開放させる。今回ばかりは俺もちょっと悪乗りが過ぎた部分はあるし。

 

 

「あー、悪かったなサナギラス。俺もちょっと調子に乗りすぎたわ」

「……ギィ」

 

 

そう言って、優しくサナギラスを撫でてやる。麻痺させられて大人しくなっている今ならお触りし放題だ。

 

 

「でも、人に向かって攻撃すんのは止めろ下さい。マジで状況次第じゃシャレにならんから」

 

 

具体的には俺がサカキさんに怒られる。「ポケモンを制御出来ないようではトレーナー落第」とか言われて。あと状況次第では本当にトレーナーが法的な責任を取らされる場合もあるから。

 

 

「……ギィーギッギギィ!」

「…お前今笑ったろ?」

 

 

だと言うのにコイツは…今のは流石に俺でも分かるわ。

 

 

「……ギィ」

「目ぇ逸らすなおい。またラフレシア嗾けんぞ」

「ギィッ!」

「うわっ…いてぇ!?」

 

 

そして、サナギラスは俺の手を跳ね飛ばして離れてしまった。いつの間にか特性で麻痺も治っていたらしい。結構痛かったぞ。

 

くっそ、折角ちょっとイイ感じにでもまとめられるとか思ったのに…ああもう、身体は腹も背中も痛いし、シルバーには心配されるし、オマケにサナギラスには鼻で笑われるわ、腹も背中も痛いわで、夏休みだってのに散々だ。体当たりぐらいなら…とか、軽い気持ちで甘く見た結果がこの様だから、自業自得とか言われたら反論しようもないけど。

 

ポケモンの技、突進を真正面から受け止めるのはもう二度としないことを、俺は強く心に誓った。そしてサナギラス、俺はお前を自在に操縦出来るようなトレーナーになってやるから、覚悟してろよ!打倒サカキ!征服サナギラス!そんでもって、満喫ポケモンワールド!やってやる、やってやるぞぉ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ところで、コイキングはどこ?」

「え?コイキングならずっと川の中に…」

 

 

 

 

 

「こいき~ん…こいき~ん…」

「コ、コイキングー!?」

 

 

そして、河童の川流れならぬ、コイの川流れという一幕があったことも付け加えておく。なんでみずタイプなのに流されてるんだ…って思ったけど、そういや流れ強いと流されるだけって図鑑の記述があったような記憶が。

ような記憶が。

 

そんなことを思い出しながら、流されかけていたコイキングは素早く救出されたのだった。

 

コイキング、君には君をコケにしたあの忍者っ娘(アンズ)を6タテするという崇高にして偉大な使命がある。強くなろうぜ、コイキング。俺と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、昼までシルバー少年に付き合って遊び回り、午後からはようやく夏休みモードに突入したサカキさん一家に混ぜ込まれて一緒に自然保護区内を観光。オーレ地方に来てから最ものんびりとした時間の中で、オーレ地方5日目は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビィ~♪」

「……ん?」

 

 

今のポケモンの声は……?

 

 

 

 

 




たまにはポケモンたちとの交流シーンも書いとかねば…と言うことで、主人公がこれまでの振り返りと今後についての独白をする、特に意味のないのほほん回となりました。そして、オーレ地方夏休み編実質的最終話になります。次回閑話挟んでカントー地方に戻る予定です。

そして最後、鳴き声だけ出てきた謎のポケモンは…まあ、アゲトビレッジだしオマケ程度に。


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閑話:底なし沼

 

 

 

 マサヒデがアゲトビレッジでシルバーやポケモンたちとのんびりワチャワチャしていた頃、少し離れた場所にあるビルの一室にて、密かに会合が開かれていた。

 

参加者は我らが首領・サカキ以下、TCP社(ロケット団)側の人間が数名。そして、オーレ地方を拠点とする秘密結社シャドーから、ジャキラ他数名。

 

 

「…まず、先日のトラブルに対応していただいた件についてお礼を。急なことでしたが、助かりました」

「大したことではありません。むしろ、こちらが手配した車両で大変な御迷惑をおかけして申し訳ない。貴重な休暇を奪う形になってしまい、心苦しく思っています」

「いえ、お気になさらず。オーレ地方の環境では、致し方ない部分も大きいでしょう」

 

 

会合はサカキが乗っていた車両のトラブル対応への礼から始まり、比較的和やかな雰囲気の中で進んだ。

 

ロケット団とシャドー…別々の地方を拠点とするこの2つの秘密結社が正式に手を結ぶことになったのは、割と最近になってからのことになる。しかし、実質的な付き合いそのものはかなり以前から存在していた。

 

 

 

 

 

 

 オーレ地方を本拠地とするシャドーは、真の支配者が有する潤沢な資金を武器にダークポケモンを研究・生産し、その圧倒的戦闘能力で以て世界を牛耳ろうと画策する秘密結社である。これはマサヒデの記憶の中に存在するシャドーと何ら変わりはない。

 

ところが、この世界における彼らは、長らくダークポケモンの素体となるポケモンの安定的な確保に頭を悩ませていた。

 

野生のポケモンが生きていくことが難しいオーレ地方において、元々古くからポケモンの入手を輸入等に頼って来たオーレ地方の歴史もあり、『ポケモンは捕まえるものではなく、買うものである』…それがオーレ地方に生きる多くの人々にとっての常識であった。

 

研究・生産のため、膨大な数のポケモンを必要としたシャドーだが、過酷な環境そのものが障壁となり、自前でそれだけの数を揃えることは不可能。スナッチ団と言うポケモン強奪専門の実質的な下部組織を用意こそしたが、それでも得られるポケモンの数は必要量には到底届かない。結果、シャドーも早々に必要量を他地域より輸入する方向へと舵を切り、最初から自前で全て揃えるということを考慮の(らち)外とした。

 

しかし、ポケモンの取引に関しては国際的に厳格な取り決めがあり、実際に運び入れる段階でも当局の厳しい監査が入る。彼らのやっていることは当然違法行為以外の何物でもなく、もしそれが明るみに出れば、その時点で全てが水泡と帰してしまう。規制を掻い潜りながらの輸入だけでは、どうしても小規模な取引に留まってしまい、到底需要を満たすだけの数には届かない。

 

そこで、各地の密猟者などに依頼をするなど、裏ルートも駆使してポケモンを搔き集めるなどもしていたが、それでも中々安定した供給には結びつかず、そもそもがかなり秘密裏に活動している組織であることも手伝って、必要量の確保は極めて困難な状況にあった。偽装工作も行ってはいたが、不用心かつ無暗にポケモンを集めれば、いくら治安が悪いオーレ地方と言えど、当局に怪しまれ目を付けられる可能性は高い。

 

秘密裏に計画を進める関係上、彼らは安定的かつ密かにポケモンを仕入れることが出来る…そんな優れた取引先を探し求めていた。

 

そんな中で、彼らはとある業者と出会う。当初は数ある裏ルートの1つに過ぎなかったが、要求した数・種類のポケモンをほぼ期日通りに用意出来る上、偽装・隠蔽も問題なし。徐々に信用のおける取引先となるのに、然程時間はかからなかった。

 

 

 

 一方のロケット団側。こちらはTCP社という表看板の裏で様々な悪事に手を染めていたが、主な稼ぎは違法なポケモンの密貿易によるもの。そしてこの時期、彼らを悩ませていたのは在庫となるポケモンたちの処分方法だった。

 

基本的にロケット団はその数の暴力で以て、違法か合法か、種類等を問わず各地で短期的に乱獲、強奪等の犯罪行為を働き、そうして手に入れたポケモンを裏ルートで捌くという方法を取っていた。強力であったり希少であるなど、付加価値が高いポケモンであれば、市場に卸した時点であっという間に買い手が見つかるのだが、同時に中々買い手の現れないポケモンと言うのも珍しくなく、積み上がった売れ残りのポケモンたちは相当な数に上った。

 

こういうポケモンたちは団員へ戦力として支給されることもあるが、表ルートでは流せない以上捌き切れないことも増え、結果不良在庫化。その維持費が表看板のTCP社の財政にそこそこの負担をかけるまでになってしまっており、状況改善のため販路の拡大や新たな販売ルートの開拓に躍起になっていた。

 

そんな中で、種類を問わず大量のポケモンを極秘裏に仕入れたいというバイヤーが出現。ロケット団にとっては渡りに船であり、幾度かの交渉を経て取引はすぐに成立。このバイヤーはその後も定期的にまとまった数のポケモンを買い求めたため、いつしか取引・付き合いは長期的なものになっていた。

 

 

 

 

 言わずもがな、ロケット団とシャドー、2つの秘密結社が出会った経緯である。多くのポケモンを確保したいシャドー側と、在庫を処理したいロケット団側双方の利害関係の偶然の一致が、海を越えて両者を強く結び付けた。今ではシャドーの計画に必要なポケモンの約7割が、ロケット団の手によってオーレ地方へと密輸されるまでになっている。

 

そして、取引が安定してくると次に考えるのは、取引の拡大・条件の改善・コストカット。潤沢に資金があるとは言え、無駄は省き、締めるところは締めた方が良い。シャドーは大量輸入による出費を抑えるべく、ロケット団側に購入代金の減額を申し入れた。

 

無論、表沙汰に出来ない取引である以上、金は最大の信用の証そのものであり、ただ何もせず「値下げしろ」などと言うはずもない。シャドーは代わりに自分たちの持つ技術や研究成果で購入代金を相殺しようと、一部の技術・研究成果の提供・指導による代金の補填を提案した。

 

この提案に、結果としてロケット団は乗った。自分たちでも研究・開発は行っているが、シャドーが有する能力は高く、手を結ぶメリットが多いと判断した結果だ。今回の夏季休暇旅行の裏には、その提携の最終調整という側面もあったりする。と言うよりもそちらの方が主目的で、マサヒデのストライクがハッサムに進化することになったアレもその一環だった。

 

そして、たまたま『シャドーが実演の対象としてハッサムを選択』し、たまたま『マサヒデがストライクを所持』しており、たまたま『予備のメタルコート』があったことで、偶然に偶然が重なった結果として、実演的な意味合いで生贄にされてしまった…と言うのが不正進化の裏側だったりした。

 

 

「…それでは、この通りの条件でよろしいでしょうか?」

 

「それで構いません」

 

「こちらもです」

 

「それでは、お互いに署名をお願い致します」

 

「…では、今後ともよろしくお願いする」

 

「こちらこそ、長く良き関係でありたいものですな」

 

 

これまでに事前の交渉で条件面の調整はほぼ完了しており、最終確認・署名を経て、ここに両者は正式に手を結ぶこととなった。

 

 

「そういえば、昨日のパイラコロシアムはお疲れ様でした。楽しんでいただけましたかな?」

 

「興味深く観戦させていただきました。うちの者たちは負けてしまいましたが、息子の方も楽しんでおりました。お心遣い、感謝申し上げます」

 

「いえ、折角の旅行を台無しにしてしまったので、埋め合わせになったのであれば幸いです。オーレのバトルは如何でしたかな?」

 

「せっかくお誘いいただいたのでうちから何名か出してみましたが、難しいですな。2対2になっただけでああも勝手が違うとは」

 

 

形式的な契約の締結が終われば、話題は昨日のパイラコロシアムに移った。トラブルのため立ち寄った街ではあるが、パイラタウンはシャドーの重要拠点の1つ。わざわざカントー地方から海を越えてやってきた客を「泊まるだけで帰すのも如何なものか?」ということで、自分たちの実力を示しておく良い機会として活用しようと目論んだ。その結果が、パイラコロシアムへのロケット団参戦だった。

 

 

「ははは、まあシングルバトルとはほぼ別物ですからな。それに、ミラーボも身なりはふざけているように思われるかもしれませんが、屈指の実力者です。恥ずかしくないバトルをお見せ出来たとは思います」

 

「確かに最初見た時は驚きはしましたが、仰る通り強かった。うちの腕自慢たちがあそこまで手もなく捻られるとは、良い戦力をお持ちだ」

 

「自分たちの戦場ですので、そう易々と負けられても困るというものです」

 

 

結果はご存じの通り、ロケット団側が送り込んだトレーナーは、シャドーからの刺客でパイラタウン支配の責任者でもあるミラーボの前に敗れ去っており、その奇抜な立ち居振る舞いは観戦した多くの者の記憶に強烈に焼き付いている。

 

 

「それに、良い戦力という意味ではそちらもかなりのものでしょう。敗れたとは言え、準優勝の少年もMr.サカキが指導するトレーナーだとか。研究所でのハッサムの状態から、年の割にかなり出来るとは見ましたが、まさかミラーボを相手に善戦するほどとは思っておりませんでしたので、聞いた時はいささか驚きました」

 

 

そして、そのミラーボ相手に最も食い下がったマサヒデが話の俎上に上がるのも、当然と言えば当然であった。

 

 

「経営者としてもプレイヤーとしても、そして指導者としても一流。実力者が多いと言われるカントー地方でジムリーダーを務めるだけのことはある…と言ったところでしょうか」

 

「そう言っていただけるとは、恐縮ですな」

 

「部下への指導方法など、コツがあれば是非教えていただきたいものです」

 

「あなた方に私が教えられることなどほとんどないでしょう。むしろ、部下の統率という点においては私の方が教えを請いたいぐらいですな」

 

 

自身の子飼いとも言えるトレーナーたちが、シャドーでも有数の実力者に称賛される。悪い気はしなかったが、社交辞令であることを加味すればあまり素直には喜べない。ミラーボの前に揃って敗北を喫しているという事実もある。それも善戦とは言うものの、実際はほぼ掌の上で転がされ続けたような完敗だらけ。

 

互いに互いをヨイショし合う御世辞の応酬の中、サカキ本人の心中は中々に複雑であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 会談が終わり、アゲトビレッジへと戻る途中の車内。サカキはシャドー側から土産代わりにと提供を受けた、シャドーの研究成果の一端を記した資料に目を通していた。

 

 

『ポケモンは、その種類毎に特殊な体質を有しており、その体質に応じて日常生活、時にはバトルに際し様々な効果を発揮させている。公的研究機関は、これを【特性】と仮称しており、我々もこれに倣うものとする…』

 

 

内容はポケモンの生態に関する研究報告であり、まだ一般に向けては公表されていないとある公的研究機関の研究を引用する形で、シャドー独自の研究の成果が示されていた。

 

 

『これまでの調査結果から、特性を持たないポケモンは存在しないと考えられ、ポケモンの種族毎に1つ、もしくは2つの特性を持つ。2つの特性が存在する種族は、個体毎にそのどちらかを有していることが分かっている。特性の持つ効果は実に様々で、現在判明しているだけでも…1.特定の技の威力を底上げするもの、2.攻撃してきた相手に対し、何らかの効果(主に状態異常)を与えるもの、3.特定の効果や状態異常、特定のタイプの技を無効化するもの、4.特定の天候下において様々な効果を発揮するもの…等がある。個々の特性の詳細は後に譲るが、現在判明している特性の数は、全ての特性の一部でしかない可能性が高く、今後の研究の進展が待たれるところである…』

 

 

「…なるほど、マサヒデがやっていたのはこういうことか」

 

 

その論文を読み進める中で、サカキは決勝戦においてマサヒデとミラーボが何をやっていたのかを遅ればせながら理解した。一般には天候を操ることで、雨・晴れだと特定のタイプの技の威力が増減すること、砂嵐では特定のタイプ以外が少しずつダメージを受けることが分かっている。決勝戦は自らの火力を上げ、相手の火力を下げることを狙っている…漠然とそう考えていた。

 

が、それだと決勝はともかく、それまでのところでマサヒデがキュウコンと同時に繰り出していたラフレシア。これが問題だった。

 

一見、キュウコンの弱点を補う選出のようには見える。しかし、この戦法は下手すれば天候を相手に利用され、成す術なく倒される危険も孕んでいるような選択だ。マサヒデという少年は時に想定の埒外から奇策を打ってくることはあるが、基本的には博打的な一手よりも安定択を選択する傾向にあるとサカキは判断している。果たして頭からそのような戦法を選ぶものだろうかと、疑問であった。

 

しかし、実際のところはキュウコンが天候を変え、驚異的な素早さのラフレシアが素早くキュウコンの脅威を排除、もしくは眠らせ、キュウコンの大火力の炎技で焼き払う…この流れで、決勝までの試合運びは実に安定的であった。まさしく、この論文に書かれている通りであり、それこそサカキ自身が思い描くマサヒデという少年像にピタリと合致した。

 

事実、マサヒデのラフレシアも、ミラーボの使っていたルンパッパというポケモンも、それぞれ晴れ・雨の天候下では異様な素早さを発揮している。天候の上書きは、この特性の活性化を企図したものであった可能性は高い。

 

つまり、ミラーボは別としても、マサヒデは天候操作によってポケモンが発揮する能力があることを、これ以前に独自に知り得ていた…と言うことになる。

 

 

「…まったく、奴には顔を合わせる度に驚かされてばかりだな」

 

 

その可能性に行き着いたサカキは、そう独り言ちた。

 

 

 

 思い返せば、サカキにはかの少年について不可思議な点ばかりが思い浮かぶ。そもそも、その出会いからして異常ではあった。サカキが統括するトキワシティ近郊に広がるトキワの森は、木々が鬱蒼と茂り、道はグネグネ折れ曲がり、方角を見失って迷う者が後を絶たないカントー地方有数の難所の1つ。ポケモンの生息数も多く、ポケモンを持たない者の立ち入りは厳禁…それがトキワシティでの常識だった。

 

そこをマサヒデは、手懐けていたとは言え捕まえてもいないスピアー1体を連れて森の中から現れ、偶然定期の巡回に当たっていたサカキに発見され保護された。

 

何故ポケモンも持たず森に入ったのか、そもそもどこから森に入ったのかは不明。それどころか、出身地や生年月日もイマイチ要領を得ない。分かったことと言えば、ポケモンについて異常なまでの知識を持っているということ。そして、その事実は何よりも大きかった。

 

最初は数種類の木の実を使い分け、スピアーに簡易な治療を施していた事から始まり、通わせたトレーナーズスクールでのテストは満点が当然。ポケモンについての基礎的な知識は完璧。トレーナーとして鍛え始めれば、1つ1つの技に関する知識はもちろん、様々な状況における技の取捨選択も非常にスムーズ。その知識量は子供はおろかそこらの大人よりもはるかに多い。後々になって研究者でさえも知り得ない知識を平然と活用していたことが分かったパターンもあった。

 

何度か直々に手合わせして実力の確認をした時にも、一見好機を逃しているとしか思えない悠長な手や、理解に苦しむような手を打って来ることが稀にだがあった。しかし、それは結果として何らかの意味、意義がある一手である場合がほとんど。

 

どこで知ったか聞けば「以前勉強した」とは答えるが、どこで習ったかは本だのテレビだの大雑把なことしか答えず詳細は不明。そして、習ったことを当然のように使うことは、確かな経験と知識への自信がなければ中々出来るものではない。マサヒデの中では、その知識が正しいという確信…と言うよりも、「それが常識であり当然」という姿勢のようにも見える。サカキがこれまで見て来た子供とは、明らかに異質な存在だった。

 

 

「この資料は大いに検証する価値がある。予定通りに後で研究部門の方に回しておくように」

 

「はっ、かしこまりました」

 

 

それにしても、ポケモンとは何と奥深く、謎に満ちた存在なのだろうか。全世界において研究は進み、毎年のように新たな発見がなされている。だと言うのに、一体どれほどの謎がまだ隠れているのか、その全てが解き明かされる日は来るのか、皆目見当がつかない。そしてあの少年もまた、ポケモンと同じくらい謎に満ちた存在なのかもしれない。

 

親元に送り届けることが出来ない(実際無理)と判断したサカキがマサヒデを保護し、その膝元で英才教育を施し始めて3年ほど。春先に一人旅に送り出してから半年ほどが経つ。その途中途中で顔を見せる度、その力量は11歳の子供としては信じ難い恐るべきスピードでメキメキと上達している。

 

やはり出所不明の知識…それが、あの驚異的な成長力の源泉なのだろう。そうサカキは確信している。

 

 

「さながら、知識の底無し沼だ。下には一体何が眠っているのやら」

 

「…?ボス、どうかなされましたか?」

 

「…いや、何でもない。独り言だ」

 

 

サカキは静かに瞑目した。

 

 

 




 オーレ地方夏休み編の舞台裏兼、現時点でのサカキのマサヒデ評の回。取り敢えず、これにて夏休みINオーレ地方編は終了。次回からカントー地方ジム攻略の旅に戻ることになります。


…あ、でもセキチクシティ辺りの話を書き直したかったり。



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第58話:ヤマブキ名物

 

 

 

 休むと言うよりも疲れた思い出の方が大きかったオーレの夏旅行も終わり、俺は再びカントー地方の大地を踏み締めた。離れていたのは僅か一週間ほどでしかなかったが、飛行機を降りた時には「戻ってきた」という安心感に包まれた。

 

その後は旅の疲れが取れ次第、何日か調整を挟んだ上で、6つ目のジムバッジ獲得を目指してヤマブキジムに挑む…ハズだったのだが、覚えているだろうか?オーレ地方旅行中、シャドーの研究所でサカキさんから言われたことを。

 

 

『…ああ、そうそう。進化させてもらうなら、カントーに帰ってからしばらく預からせてもらいたい。こちらでも技術の研究・検証をしたいが、現物が手元にあるのとないのとでは進み具合が違うのでな』

 

 

ちょっと公にするのは憚られるような何やかんやを経てオーレ地方で進化したハッサムだが、帰国後すぐに、言っていた予定通りに「しばらく預かる」とサカキさんは宣ったのである。

 

今回の相手となるヤマブキジム、及びジムリーダー・ナツメの専門はエスパータイプ。当然、抜群取れて半減まで出来るハッサムは、攻略の切り札になり得る重要戦力。それ抜きでの挑戦は…と言うわけで、帰国早々のハッサム戦線離脱に伴い、挑戦も延期と相成りました。

 

ただ、単純に悪い話ってワケでもない。悪い言い方をすれば、不正規の手段(チート)を利用して進化した改造個体と見做せなくもない俺のハッサム。個人的に身体のどこかに不具合がないのか、或いはゲームよろしく公式戦前の使用ポケモン登録なんかで弾かれないか、ステータスや技がバグってないか等々、些細ながらも色々と不安があった。

 

パーティの中軸からサポートまで、トレーナー次第で幅広い役割を期待出来る存在なので、今後のことも考えて、何かしらの致命的な問題が生じてないかはちゃんと調べておいた方が良い。事情が事情だけにここは素直に従う方が良いと判断し、俺はハッサムをサカキさんに託したのだった。何か良からぬことをされてないことを願うばかりである。

 

これが今から約3週間ほど前のことになる。そこから2週間ほどの調査期間を経て『異常なし』との診断を受けたハッサムが無事手元に戻り、さらに1週間ほどかけて再調整。都合、約1カ月近い不必要なまでの休養・調整期間を経た、世間一般的な夏休みも終わりかけな時期になって、ようやく俺はヤマブキジムの門を潜ったのだった。

 

 

 

 ヤマブキジムは、現状エスパータイプのジムと、隣接する格闘道場との2枚看板体勢。挑むのはモチロン、エスパータイプの方のヤマブキジムだ。ジムリーダーの強さが知れ渡り、2枚看板となった最近は敬遠されがちなようだが、それでも都会なだけあって、挑戦者の数はトキワ・グレン・セキチクジム辺りとは比べ物にならない。

 

当然、それだけ集まった挑戦者全員をジムリーダーが相手するなんてことはない。物理的に不可能だ。なので、俺を含む多くの挑戦者たちは、まずジムリーダーへの挑戦権を賭けた(ふるい)に掛けられる。

 

 

「それでは、これより本日のヤマブキジム挑戦者選定会を始めます!順番は挑戦受付番号順になりますので、まず受付番号1番から10番までの方は私に着いて来て下さい!」

 

 

順番は受付番号順で、俺の受付番号はもうしばらく先…なんてことはなく、今回は早めに来て受付したから辛うじて1桁の番号を貰うことが出来た。おかげで待たされることなく、サッサと挑める。いつもより早起きした甲斐があったってもんだ。

 

 

 

 そうしてジム職員に挑戦者選定の会場として案内されたのは、ヤマブキジムの裏手にある別棟。一見、ポケモンバトルには全く適していないと言うか、ただの一軒家のようにしか見えない。

 

一応、挑戦者選定の段階でヤマブキ名物のギミック…ワープパネルがあるっていうのは色々話聞いて分かってるけど、それにしたってただの一軒家だぞ?ワープパネルの意味あるの?

 

疑問を抱えたまま、俺は言われるがままに他9名の挑戦者と一緒に、別棟の中へと足を踏み入れる。内部はやはりまんま何の変哲もない一軒家の内装そのものであり、小さなポケモンならともかく、ポケモンバトルなんてとても出来そうにない。

 

 

「…さて、皆さん。まずはこちらをご覧下さい」

 

 

ジム職員に連れて来られた先は別棟のリビング。そこで示されたのは、床に設置された白く円形の装置。間違いない、ワープパネルだ。

 

 

「これはエスパータイプのポケモンが使う技、"テレポート"の力を利用した物でして、ワープパネルと言うものです。その名の通り、このパネルの上に乗ることで対応した別のパネルの上へとワープすることが出来ます。そして、こちらのワープパネルが繋がっているのは、この別棟の地下…我々が『ヤマブキ大迷宮』と呼んでいる、巨大迷路です」

 

 

…この一軒家とワープパネルがどう繋がるのか疑問だったが、なるほど、地下か。しかし地下迷宮とか、ちょっと厨二心をくすぐられる響きじゃないか。

 

 

「1人ずつ、順番にこのパネルの上に乗ってください」

 

 

促されるまま、最初の1人がワープパネルの上に立つ。

 

 

『ブゥン…』

「おお…!」

 

 

一瞬その姿がブレたかと思うと、次の瞬間にはすでにパネルの上に人の姿はなかった。これがワープパネル…ゲームじゃなんかクルクル回って跳んでたけど、これは中々に格好いい…科学の力もとい、ポケモンの力ってスゲー。

 

 

「次の方、どうぞ」

 

 

あっという間に俺の順番。心躍らせながらパネルの上に立つと、一瞬の浮遊感。そして、大スクリーンで映画でも見ているように、パッと景色が切り替わる。視界に広がるのは、四方を全く同じような壁で囲まれている、だだっ広い無機質な空間だ。それ以外の唯一の特徴は、壁に『1』の数字が書かれていることぐらい。これがヤマブキ大迷宮ってワケか。それにしても、何とも不思議な感覚だった。

 

 

「皆さん、無事に全員来ることが出来ましたね?」

 

 

ちょっとした感動と緊張感を感じている間に、残りの挑戦者たちもワープ完了。最後に案内役がワープして、再び挑戦に関する説明が始まる。

 

 

「内部は約50部屋の区画があり、その全てがこのように四方を壁で区切られていて、ワープパネルを使用して区画間を移動します。各区画には移動元のパネルを含めて、3~4のワープパネルが設置されており、皆さんにはそのワープパネルを乗り継ぎ、このヤマブキ大迷宮から制限時間内の脱出を目指していただきます」

 

 

課された課題は地下迷宮からの脱出。それも制限時間付き。まあ、制限時間でも設けないとあの人数は捌き切れんわな。

 

 

「途中には当ジム所属のトレーナーが待ち構えている区画があり、勝負をしてこれに負ければ当然失格です。逆に勝利すれば、脱出のためのヒントを得ることが出来ます。制限時間は60分。バトル中の時間もこれに含みます。挑戦中のアイテムの使用は3回まで。それ以上使えばその時点で失格と見做します。持ち物として使用するアイテムは対象外とします。もしも途中で棄権する場合は、各区画の区画番号の下にあるボタンを押した上でワープパネルに乗って下さい」

 

 

バトルに掛かった時間も制限時間の内に計算するのか…そうなると、悠長なことをしている時間的余裕はなさそうだ。そもそも、50区画からして原作よりも遥かに広い。ジムトレーナーもどれだけの人数待ち構えているのやら。ジムトレーナーの実力が以前見た通りなら、催眠祭りにだけは気を付けたい。と言うか、以前通りと信じて対策したんだから、そのままであって欲しい。

 

 

「それでは、皆さんの健闘を祈ります。挑戦開始ですッ!」

 

 

説明が終わると同時に開始の合図がなされ、挑戦者たちは我先にと四隅に設置されているワープパネルに乗って、次の区画へと跳んで行く。

 

 

 

…ああ、そうそう。遅まきながら、ヤマブキジムに挑む現在の手持ちはこんな感じになっている。

 

 

・スピアー  ♂ Lv51

 どくづき ミサイルばり

 みがわり こうそくいどう

 

・サンドパン ♂ Lv45

 あなをほる どくづき

 いわなだれ つるぎのまい

 

・サナギラス ♂ Lv44

 いわなだれ かみくだく

 すなあらし じしん

 

・ハッサム  ♂ Lv42

 れんぞくぎり つばさでうつ

 こうそくいどう ???(バレットパンチ?)

 

・レアコイル ? Lv44

 10まんボルト トライアタック

 ひかりのかべ でんじは

 

・ラッタ   ♀ Lv39

 いかりのまえば かみくだく

 すてみタックル つるぎのまい

 

 

エスパー技が弱点のドガース・ラフレシアに、育成途上のヤドン・コイキングを抜いて、今の手持ちで出来る限り対エスパー仕様に調整してみたのがこれ。パイラコロシアム準優勝の賞金もあって、技構成も余裕をもって弄ることが出来た。世の中金よ、金。

 

もっとも、レベルは元から高かった上3体とレアコイルはそこまで上がらず、実質的に底上げしか出来なかった感じだ。ハッサムは2週間離脱していたとは言え、オーレ地方で散々戦ったのでその分上がってる。なお、最後の恐らく"バレットパンチ"と思われる枠は、図鑑の上では???となっていた。

 

最後の6体目の枠にはラッタをチョイス。いつの間にか"つるぎのまい"を覚えてたので、1回舞えれば"かみくだく"の突破力がイイ感じ~になるはず。舞う余裕があるかはともかくとして、序盤ノーマルタイプの意地を見せて欲しい。

 

ラッタの所はキュウコンと迷ったんだが、"シャドーボール"の技マシンが手に入らなかったことと、カントー地方のエスパータイプには物理方面が脆いポケモンが多いこと、最近活躍の場が少ないことを踏まえての選出となった。とりあえず、タマムシデパートでも手に入らないものがあることを思い知らされた。あと、持ち物は全員カゴのみガン積みで催眠対策も完璧だ。

 

 

「…さーってと」

 

 

程無くしてちょっとしたトレーナーの渋滞は解消され、一足遅れて俺もワープパネルの1つに乗って次の区画へ飛び込んだ。

 

ワープパネルの上に立つとすぐ、先程同様の一瞬の浮遊感が身体を襲う。それがなくなると、部屋の景色はワープ前と何も変化なし。区画の内装も変化がないので本当にワープ出来たのか不安になるが、唯一、四方の壁の1つに書かれている数字が『1』から『23』となっていたので、問題なくワープは出来ているようだ。

 

この独特の浮遊感は慣れないが、この調子でガンガンパネルを乗り継いで、さっさとクリアと行きたいところ。しかし、相手はクチバジムと並んで面倒臭いことで有名な、トレーナー泣かせの悪名高きヤマブキ名物ワープパネル。一筋縄ではいかない難敵だ。

 

最悪、いつまで経ってもゴールに辿り着けず、時間切れまで延々とワープし続けるハメになる事はあり得る。内装も多分、壁の数字以外は全く同じ光景が続く感じだろうから、そんなことが続けば自分が今どこにいるのかすら曖昧になったりして。うーん…考えただけでも発狂しそう。

 

まあ、進まなくちゃ何も始まりゃしない。気張って行こう。

 

 

「うっし!そんじゃ、一丁頑張るとしますか…!」

 

 

一度気合を付けて、次のワープパネルの上に立つ。

 

 

『ブゥン…』

「よっと…」

 

 

次の区画の番号は『31』。ワープパネルは今俺が立っているものを含めて変わらず4つ。人の姿は…ない。

 

さっさと次の区画へ。

 

 

『ブゥン…』

 

 

区画番号『10』、ワープパネルは4つ。そして…

 

 

「おっと、ようこそヤマブキジムへ!」

 

 

…ジムトレーナー2名、床にはモンスターボールを模したラインが入っており、壁には大きなモニター、周囲には観客席と観客たち…なるほど、前に俺が観戦した場所か。こういう風に繋がってるのな。

 

んー、取り敢えずは当たりってことで良さそうかな?

 

 

「随分と可愛らしい挑戦者ですが、見た所私が初戦のようですね。改めて説明しましょう。貴方にはジムリーダー・ナツメへの挑戦権を賭けて、今から私とバトルしていただきます。ルールは単純明快。負ければ即失格、勝てば迷宮攻略のヒントを得られます。簡単でしょう?さあ、バトルです!」

 

 

それだけ言って、相手はさっさと戦闘態勢に入ってしまった。1人はフィールドの端の方に、もう1人は中央の壁際に。対戦相手1人、審判1人の組み合わせってことか。ちょっといきなりのことでびっくりしたが、制限時間もあるので何も言わずに戦闘配置に立つ。

 

 

「両者、準備はよろしいですね?では、バトル開始!」

「行きなさい、スリープ!」

「ラッタ、頼んだ」

 

 

相手のポケモンはスリープ、こっちはラッタ。悪くない対面だ。

 

モニターにはお互いのポケモンの数が、ゲームと同じようにモンスターボールの数と色で表示されている。こちらは6体フルで、相手は2体。挑戦者に勝つと言うよりは、時間を掛けさせる、ポケモンを消耗させることに主眼を置いてるのかもしれない。スリープからして、眠らせる気満々だろ。

 

何にせよ、あまり時間は掛けたくない。上から噛み抜くのみ。

 

 

「"かみくだく"だ!」

「ラァッ!」

 

 

俺の指示を受け、ラッタがスリープ目指して走り出す。

 

 

「エスパータイプの強さを御覧に入れて進ぜましょう!スリープ、"さいみんじゅつ"です!」

「りぃーぷ!」

 

 

相手は案の定"さいみんじゅつ"を選択。迫りくるラッタに向けて、スリープが技の発動態勢に入った。

 

…でもな。

 

 

「遅い!ラッタ!」

「ラァッタァ!」

「りぃ…!?」

 

 

そんな悠長に構えてちゃ、ラッタの牙がスリープに届く方が早い。加速の乗った強烈な一撃が、無防備なスリープを抉る。

 

 

「りぃ…ぷ」

「スリープ!?そんな…」

「ス、スリープ、戦闘不能ッ!」

『オオォォーー…‼』

 

 

スリープ、一撃KO。結構脂肪厚そうに見えて、実はそこまででもないんだよな、確か。厚かったのは特防方面だったっけ。

 

それはさておき、まずは1体。朝早い時間帯もあってか、観客の方は幾分か控えめかな?

 

 

「く…だったら、これはどうです!?行きなさい、ゴースト!」

「ゴーッス!」

 

 

お相手の2体目はゴースト。いやお前さん、ゴーストタイプじゃん。エスパータイプの強さ見せてくれるんじゃなかったのかよ。エスパータイプなら他にも選択肢あっただろ。

 

…と、つい口から出そうになったツッコミを抑え込む。まあ、ゴースト使うのは原作通りみたいなところはあるから良しとしとこう。

 

 

「ゴースト、"のろい"です!」

「ゴォーッス!」

「らぁ…ッ」

 

 

ゴーストの技を受けたラッタが、一瞬苦しそうに身を捩った。

 

"のろい"ね…ゴーストタイプ以外が使えば素早さが1段階下がる代わりに、攻撃防御が1段階ずつ上がる積み技になり、ゴーストタイプが使えば自らのHPを最大値の半分減らして、毎ターン相手にHP最大値の1/4のダメージを与え続けるのろい状態にする。そして、ゴーストはその名の通りゴーストタイプ…厄介な技だ。

 

でも、やることは一緒さ。やられる前に、噛み抜くのみ。

 

 

「ラッタ、"かみくだく"!」

「ラァッタァ!」

 

 

ラッタ、ゴースト目掛けて一直線。"のろい"を使っているから、他の技を出せる余裕なんてないはず。そして、その自傷行為は命取りだ。

 

 

「く…ゴースト、躱すのです!」

「ゴーッス!」

 

 

"のろい"を決めたゴーストが、突っ込んでくるラッタの攻撃を避けようと、フワフワと上昇していく。

 

 

「逃がすな!突っ込め!」

「ラァアーッタァ!」

「ゴ…ォッ」

 

 

しかし、それよりもラッタの方が速い。茶色の弾丸が、上空に浮かぶゴーストへと突き刺さる。実体を持たないように思えるゴーストだが、実際はちゃんと実体があるようだ。まあ、そうじゃなきゃインチキにも程があるポケモンになっちまうからな。改造ポケモンだが、第5世代までのふしぎなまもりミカルゲとか、そんな感じの奴。

 

 

「…ゴ、ゴースト戦闘不能!よって勝者、挑戦者・マサヒデ!」

『オオォォーー…‼』

 

 

かくして思いの外あっさりだったけど、初戦はサクッと勝利することが出来た。

 

 

「…お強いですね。子供だからと甘く見てしまったでしょうか?」

 

 

まあ、ジムトレーナーで苦戦するようじゃ、ジムリーダー相手の勝利はとてもじゃないが覚束ない。未被弾、持ち物消費なしと順当な滑り出しだが、これぐらいは出来ないと…って言うのが正直なところ。

 

 

「自分の力不足を反省する限りですが、負けた以上は攻略のヒントを差し上げましょう。実は、貴方たち挑戦者が行ける区画の数は制限されておりまして、このままではいくらワープを重ねても、ゴールに辿り着くことは出来ません。行ける区画を増やすには、我々ジムトレーナーと戦って勝利する必要があります」

 

 

…あー、ジムトレーナーに勝つと少しずつゴールへのルートが開放されるって寸法か。要するに「ジムトレーナーしばき倒してジムリーダーを目指せ」っていう、いつも通りのことなんだな?

 

 

「そして、先程私に勝利したことで、貴方が行くことの出来る区画が増えました。貴方がこれまでワープに利用したパネルの中に、ワープ先が解放された区画へ切り替わったものもあるかもしれません。頑張って探してみることです。では、健闘を祈ります」

 

 

そう言い残して、ジムトレーナーは一瞬で陰も無く消え失せた。審判役のトレーナーも同様だ。

 

驚き、どういう原理なのか少し考えて、行き着いたのは"テレポート"という答え。エスパータイプ…と言うよりケーシィの専売特許という印象がある。野生ポケモンとして出会う度、一発捕獲か眠らせないと即座に"テレポート"で逃げていくのは序盤でよく見た光景だ。さらに、第2世代にはポケモンリーグから家まで送ってくれるケーシィがいた。仕様のせいで、地方を跨いでの"そらをとぶ"が出来なかったから。ちょっとだけ懐かしい。

 

 

 

それにしても、ワープ先が解放された区画へ切り替わったものがあるかもしれない…ねぇ。たった1戦勝ったぐらいで全開放とは思えないから、それはつまり、ジムトレーナーに勝つ度に1からワープパネル踏みまくり直せってことだよな?1回の勝利でどの程度解放されるかは分からんけど、大雑把に計算して50区画×4だから、ワープポイント200ヵ所。それを1時間の時間制限内に複数回。

 

ヒントから辿り着いた事実に、クチバジムでの終わらないゴミ漁りの記憶が蘇る。ナツメさん、ちょいと鬼畜すぎやしませんかねぇ?ジム側としては、そうやって上手く挑戦者の数を調整しているんだろうけど、やらされる側としてはたまったもんじゃない。事実、あの後精魂尽き果てた俺は、体力的にも体調的にもダウンしてしまったのだから。

 

制限時間があるのであの時のようなことにはならないと思うが、何にせよ立ち止まっている時間はない。当面の目標は『ゴールを目指す』から『ジムトレーナーを倒す』に変化。嫌な予感に苛まれながらも、観客の歓声に送られて次の区画へとワープしていった。

 

しかし、そうポンポンとジムトレーナーに出会えるはずもなく、しばらくひたすらにワープし続ける時間が続く。しかもこの区画、1つ1つが微妙に大きいので、1区画内のパネルからパネルへの移動にも多少の時間がかかってたり。

 

 

「3番、失格です!」

「9番、失格!」

「5番、失格だ!」

 

 

そうしている間に、ポツポツと聞こえ始める挑戦失敗を告げるアナウンス。1桁番号の人は俺と一緒に挑んだ人たちなので、時間切れではない。ジムトレーナーに負けたか、棄権したか…

 

何もなく過ぎていく時間に焦燥に駆られながらも黙々とワープを続ける。そして続けていれば、いつかは当たりを引けるもの。2人目、3人目のジムトレーナーを立て続けに撃破。これで波に乗れたのか、3人目撃破から程なくして4人目のジムトレーナーとも遭遇。クチバジムを想起させるような事態は、終ぞ幻となって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「お見事…です。迷宮攻略4つ目のヒント、貴方に授けましょう」

 

 

そんなこんなで挑戦開始から30分。時間経過と共にポツポツと脱落のアナウンスが聞こえ始める中で、俺はとりあえず順調にジムトレーナーと遭遇し、順調に勝ち星を重ねることが出来ていた。

 

ここまで勝ち取った攻略ヒントを繋ぎ合わせていくと…

1.ゴールを目指すには複数人のジムトレーナーに勝つことが絶対条件で、

2.ゴールは『50番』の区画にあるパネルと直接繋がっていて、

3.『50番』の区画へは『40』番台の区画のどこかから行くことが出来る。

…という感じ。

 

そして、たった今4つ目のヒントがもたらされる。

 

 

「4つ目のヒント、そしてこれが貴方に与えられる最後のヒントです。私に勝利したことで、全ての区画が開放されました。私達のリーダーが待っています。攻略まであと一歩、頑張って下さい。では」

 

 

そして、本日4人目の対戦相手となったジムトレーナーは姿を消す。与えられたヒントは、ゴールまでの道が完全に開かれたという現実。制限時間の残りはおよそ30分前後。後はもうこの時間内にゴールまで突っ走るだけ…ってワケだ。

 

ジムリーダーへの挑戦権はほぼ手中に収めたも同然な状況に、観客席も大盛り上がり。徐々に増え始めた観客数も手伝ってか、初戦の時とは比較にならない大歓声と共に、俺はラストスパートをかける。

 

ワープに次ぐワープで、ヒントに従ってまずは40番台の区画を目指す。40番台の区画に行けたら、そこにあるワープパネル総当たり。ひたすら『50番』の区画を目指す。

 

どこかでジムトレーナーの横槍が入るんじゃないかと警戒していたが、その様子は一向にない。となると、勝負の相手は時間のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブゥン』

「…『50』!」

 

 

そのまま40番台の区画のワープパネルの総当たりを続けることしばらく。200ヵ所ものワープパネルに乗りまくるのは骨が折れたが、遂にゴールへ直接通じる『50番』の区画に辿り着く。ここまで来たら、後はもうゴールしたも同然。

 

そして…

 

 

『ブゥン』

「おめでとうございます!」

「おぉっ!?」

 

 

変化のない無機質な空間が一転。ワープと同時に祝福の歓迎を受け、俺の挑戦は終わりを告げた。残り時間、10分と少々…かなり余裕を持っての攻略成功だった。正直完全な運ゲー状態ではあった。

 

これまでジム挑戦って言ったら、グレンにクチバにセキチクと色々イレギュラーなことが起きてばっかりだったけど、偶にはこんな風にすんなりいくことがあってもいいよネ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…まあ、その結果見所さんは無事お亡くなりになってしまったワケなんだが。迷宮に苦戦したのは最初だけで、進むごとに何故か調子が良くなるギミック攻略に、ほとんど苦戦しなかったジムトレーナー戦。トドメに基本的にただ黙って延々ヒュンヒュンとワープしているだけの絵面…道中何かしらのトラップとか、トラブルすら無いのでは、面白いはずもない。

 

よって、厳正なる審査の結果、挑戦の様子は大幅にカカカカットさせていただくこととなりました。ご承知おきいただきたい。

 

 

 

 

 

 




いよいよヤマブキジム戦に突入です。ジムトレーナーの皆さんは無事催眠厨となってしまいましたが、ギミック上致し方なし。さいみんじゅつは大事だよね、ケーシィ捕まえるためにも!

そしてふしぎなまもりミカルゲ、実際作者の弟が持ってました。友達から貰ったとか言ってた気がしますが、どこで手に入れたのやら。取り合えず、奇跡ポリ2で完封しておきました。改造、ダメ、絶対。



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第59話:超知識(チート)vs超能力(エスパー)(1)

 

 

 

 

 ヤマブキ大迷宮と称するワープパネル地獄を突破し、ジムリーダー・ナツメへの挑戦権を無事獲得出来た。しかし、この世界のジムはゲームのようにそこから即リーダー戦とはならないのが普通だ。

 

攻略だけでも満身創痍でパーティがガタガタになっている、あるいはギミックそのものに苦しめられて心身ともに疲弊するトレーナーは少なくない。そういったトレーナーたちのため、ジムリーダー戦までにはある程度のインターバルが設けられている。この時間を使って、ポケモンや自身の回復等、決戦に向けた準備をすることになる。それはヤマブキジムとて例外ではない。

 

まあ、今回の俺の場合はラッタとスピアーだけで粉砕☆玉砕☆大喝采!して来たもんだから、そこまででもなかったんだが。2体の回復と、あとは持ち物の再調整ぐらいしかやることがない。ただ、順当な措置ではある。

 

そういうワケで、あまりに暇なので何か時間の潰せるものがないかと探していたら、ジム内に迷宮に挑むトレーナーたちの様子を中継している巨大モニターを発見。これ幸いと、他の挑戦者たちが大迷宮に挑む様子を見てたんだが…ジムトレーナーと制限時間の前に散っていく人の何と多いことか。

 

催眠対策が不十分だとあっさり嵌められて負け、レベルがある程度無いとあっさり嵌められて負け、負けずともパーティをガタガタにされて次のトレーナーに負け、もしくはバトルに持ち時間を多く盗られてタイムアップ。失格を告げるアナウンスと同時に、脱落者が続々と「お帰りはあちらです」とばかりに容赦無くテレポートさせられていく。

 

その様は、ポケモントレーナーという職業が弱肉強食の世界であることを改めて思い出させ、何とも諸行無常の響きを感じる。まあ、それもこれもクリア出来たからこその感想なんだがネ。

 

てゆーか、俺以外にクリアする人がいないんですが、ヤマブキジムの攻略難易度どうなってんの?これじゃジムバッジ1つ2つ程度のトレーナーじゃ、永久に攻略不可能だろ。ジムはトレーナーを篩い落とすのが役目みたいな部分はあるにしても、ある程度は調整が必要なのでは?

 

まあ、ここら辺は正式な単独の公認ジムになれれば、追々改善していくのかもしれない。それはそれとして、並行してナツメ戦に向けての編成考えないとな。

 

 

 

ヤマブキジムのバトルは、これまで同様スタンダードなジム戦のルールだ。使用するポケモンは前回のセキチクジム戦と同じく4対4。だから、今の手持ち6体から4体を選出して戦う形になる。

 

そうなると、重要なのは相手の編成がどうなっているか。以前観戦した際にナツメさんが使ってたのは、バリヤード・スリーパー・ナッシーの3体。これにエースのフーディンが控えているはず。他にエスパータイプとなると、ヤドラン・ルージュラもいる。もしかしたらゴースト・ゲンガーのどちらかもいるかもしれない。

 

使っていた技の方は、定番中の定番技"サイコキネシス"に、ジムトレーナーも多用していた"さいみんじゅつ"+"ゆめくい"コンボ。"みらいよち"も要所要所で有効に機能していたので、よく印象に残っている。

 

火力面を考えてスピアー・ハッサムは当確、サポート面を考えるとレアコイルも入れておくと安定すると思う。だから、実質サンドパン・サナギラス・ラッタからラス1を選ぶことになる。

 

諸々考慮すればサンドパンかサナギラスの2択なんだが…うん、ここは初志貫徹だ。活躍させると決めたのだから、今日は最後までラッタで行こう。何かあってもスピアーが何とかしてくれるさ。そして技構成についてはジム挑戦の冒頭(前話)を参照で。

 

 

 

そうして後続勢の奮闘を高見の見物してたんだが、ようやく2人目の合格者が出たところで、ついにその時は来た。

 

 

『お呼び出しします。挑戦者受付番号8番、トキワシティのマサヒデ様。ジムリーダー戦を行いますので、受付までお越し下さい。繰り返します…』

 

 

呼び出しのアナウンスが流れ、俺は大きく一つ息を吐き、モニターの前を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

『お待たせ致しました!これより、ジムリーダー戦を行います!』

 

 

 そのアナウンスと同時に、大歓声がスタジアムに響き渡る。ヤマブキジムリーダー戦の幕開けだ。と言っても、俺自身はまだフィールドに入っていなくて、モニター越しでそれを眺めているだけなんだが。

 

 

『まずは、挑戦者の入場です!チャレンジャー、トキワシティのマサヒデ!』

 

 

その言葉と同時に、俺は控室のワープパネルの上に立つ。ジムリーダーへの挑戦権を賭けたギミックがワープパネルなら、本戦入場もワープパネル。それでこそヤマブキジム。僅かな浮遊感の後、一瞬のうちに俺の身体はフィールドへ。

 

 

『オオオォォーーーーー!!!!』

 

 

視界が切り替わった先に待っていたのは、地鳴りのような大歓声。モニターを見渡せば観覧席を埋め尽くす、人、人、人。見た所、ほぼ満席になっているのではないだろうか。今日は平日なんだが…暇な人間のなんと多いことか。

 

 

『続きまして、ジムリーダー・ナツメの入場です!』

 

 

アナウンスと同時に、フィールド反対側を真っ白な煙が包み込み、鳴り止まぬ歓声がさらにもう一段大きくなる。

 

そして、煙が晴れればそこに彼女はいる。

 

 

『オオオォォォォーーーーーッ!!!!!!』

 

 

観衆の大本命にして、本日の俺の主目標、ジムリーダー・ナツメの登場だ。ゲームとよく似た衣装に身を包んだ彼女は、そのままフィールド中央へ向かって歩き出す。それに合わせて俺も中央へ。

 

 

「…ようこそ、小さな挑戦者さん…私がヤマブキジムのリーダー、ナツメよ」

 

「マサヒデです。よろしくお願いします」

 

 

しっかりとした挨拶は全ての始まりにして基本。よって大事。古事記にもそう書いてある。たぶん。

 

 

「…貴方と戦える日が来ること、楽しみにしていたわ」

 

「…?どういうことでしょう?」

 

 

ナツメさん、貴女とは今日が初対面かつ、名前を知られるようなことは何もしてないと思うんですけど。

 

 

「貴方がここまで来ることは、前から分かっていたのよ…そう、貴方がこのジムを初めて訪れた時からね」

 

 

…ああ、なーる。

 

 

「未来予知ってヤツですか?」

 

「…そう。私は超能力者(エスパー)…それぐらいのこと、簡単に出来るわ。全てを完全に見通せるわけではないのだけども」

 

 

現実世界だったら胡散臭さがもう北欧名物シュールストレミングのレベルでプンプン醸し出されてるところ。しかも決められた運命だなんて…ナツメさんに言われると、ちょっとだけ気分良くなっちゃう。流石はエスパー少女。

 

まあ、ポケモン世界じゃ笑い飛ばすこともスルーも出来ないんですが。と言うか、1カ月前に観戦してたこと把握されてるとか、マサヒデさん怖い。そういや、何か意味あり気な不気味な笑顔見せられたこともありましたねぇ。あの時もちょっとだけ怖かったんですよ。それに、ナツメさんは喋り方と言うか、声も若干陰気臭い感じなんで、そこが余計にミステリアスな怖さを助長している…ような気がする。

 

とりあえず結論、ナツメさんは普通に怖い。なお、シュールストレミングの実物は食ったことは勿論、開けたことすらないので悪しからず。

 

 

 

しかし、大人びて見えると言うか、表情が乏しく、整っているという表現を通り越して、薄ら寒さも感じるような顔付き。氷の女王、とでも表現すればそれっぽいだろうか。前述の話し方も相まって、原作で後に女優になってたのも納得出来るだけの美貌をお持ちではある。

 

ただ、原作よりも前の時代ということもあってか、思っていたよりも若い…と言うより、幼い。至近距離で面と向かい合うのは初めてだが、まだ若干の垢抜けなさがあるようにも感じる。まあ、それ以外は原作初期の印象そのままなんだけどな。物静かで冷静、そしてミステリアスなオーラ。なお、流石にムチは持ってない模様。何だったんだろうね、初代のあのムチ。誰か叩きたかったんだろうか?ドSかな?

 

なお、雑誌に乗ってたプロフィールによれば、現在ナツメさんじゅうきゅうさい。間違っても『ナツメ、さんじゅうきゅうさい』ではない。エスパー“少女”の異名は伊達ではないのだ。“少女”が“レディ”になるのは…少なくとも5年ぐらいは先の話かな。

 

 

「……貴方、ジムリーダー戦を前に随分と余裕ね?」

 

「え、そうでしょうか?」

 

「…そうでしょう?だって、初対面の女性相手に思いきり失礼なことを考えてるぐらいだもの。人は見た目によらないものね…」

 

「…!?」

 

 

馬鹿な、コイツ心の中を…!?

 

 

「超能力者ですもの。この距離なら、貴方の考えてる事なんて手に取るように分かるのよ?と言うより、何なの?私、ムチなんて持ったことないわよ。それに、原作?女優…?何の事かしら?」

 

 

あ、さいですか、超能力者凄いっすね…じゃなくて、まずいマズいマズイ。これはアカン。ガチのマジで考えてること筒抜けになってやがる。本当に心を読めるとか…妖怪覚か何か?

 

 

「……妖怪でも化物でもないわ。今までも色々失礼なこと考えられてたことはあるけれど、貴方みたいなタイプは初めてね…」

 

 

アッハイ、スンマセン…じゃなくて、このままじゃ色々と洒落にならんレベルでヤバいことになっちゃう。具体的には戦術とか技構成とか原作知識とか原作知識とか、もひとつオマケに原作知識とかあれやこれや。何とかしないと…と言うか、この思考も筒抜け…

 

 

「…原作知識とやらはともかく、そんなことまで私に知られてしまってもいいのかしら?」

 

 

…やっぱりダメだこれ。これはもう余計なことは考えちゃいけない、勝負に集中するしかない。でもそうなると戦法が筒抜けに…なら、無心になるしかない?でもそんなこと絶対に無理だよな?

 

 

 

 

…あーもう、どうにでもなーあれ。

 

 

「…まあ、それは試合が終わってからでもゆっくり聞かせてもらうとしましょう。今はバトルが先ね。知ってるでしょうけど、私が使うのはエスパータイプのポケモン。私、貴方の存在に気付いた時から、貴方がどんな戦いを見せてくれるのかとても興味があるの。ジムリーダーとして、エスパータイプのポケモンが持つ強さ…存分に見せてあげる。かかっていらっしゃいな」

 

 

そうしてナツメさんは踵を返した。とりあえず命拾い出来た…で、いいのかこれ?勝負前からして怖いし、勝つにせよ負けるにせよ、終わった後も怖いんですが。39歳云々はとりあえずお約束みたいなものなので、勘弁していただけませんかね?

 

 

 

…はぁ、これはどう誤魔化したものやら。こんなんでこうなるとか、予想外もいいところ。自業自得な面がないとは思わんけど、理不尽が過ぎやしませんか。サカキさんかよ。

 

ああ、腹痛ぇなあ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「これよりジムリーダー・ナツメvs挑戦者・マサヒデのバトルを行います。改めてルールを確認します。この試合は、ポケモンリーグ公認のジムリーダー戦となります。使用ポケモンは互いに4体、アイテムの使用は禁止、持ち物は可です。試合途中のポケモンの交代は挑戦者にのみ認められます」

 

 

審判によるバトルに向けた最後の確認が行われる。まあ、この辺は最初に言った通りでこれまでと変わりはない。

 

今後のことを考えると頭と腹が痛くなる一方だが、本番を目前にして弱気になってるわけにもいかない。勝つ。勝った上で全てを誤魔化す。誤魔化した上で逃げる、逃げ切って見せる。全開だターボエンジン。

 

全ては勝ってから。さあ、勝負だ超能力者。

 

 

「よろしいですね?それでは…バトルスタートッ‼」

 

「いけ、ラッタ!」

「ラーッタァ!」

 

「バリヤード、行きなさい」

「ばりばり~」

 

 

俺の先発はラッタ、向こうはバリヤード。エスパーの他にフェアリータイプも持ってるから、"かみくだく"が等倍になることだけは注意だな。そして、バリヤードと言えばリフレクター・ひかりのかべの両壁張り技だろう。

 

 

「………」

「ばりばり~」

 

 

考えてた傍からバリヤードが若干青っぽい透明な壁を創り始める。初めて見る技だが、ひかりのかべはレアコイルでよく使っているので、こっちはリフレクターだな。声はないが、ナツメさんからテレパシーでの指示が出ているのだろうか。

 

 

「ラッタ、つるぎのまい!」

「ラタァー!」

 

 

まあ、向こうが壁を張るなら、こっちはこうするだけ。1回舞えば、壁の上からでも無理矢理しばき倒せるだけの火力になる。この機会を逃さずしっかり積んでおくべき。

 

 

「………」

「ば~り~!」

 

 

壁を張り終わったバリヤードは、続けて次の動きを見せる。両手を前に突き出すあの動きは、攻撃の構え。直後、空間が歪ませながら衝撃がラッタへ迫る。エスパーお決まりの"サイコキネシス"か?

 

 

「ラッタ、いかりのまえば!」

「シャァーッ!」

 

 

なら、こっちは"いかりのまえば"で応戦だ。バリヤードの攻撃は距離もあって、ラッタは回避に成功。そのまま駆け出し、一気に加速してバリヤードへ一直線。

 

対するバリヤードは壁を盾に迎え撃つ構えだが、"いかりのまえば"は相手のHPを半分にする定数ダメージ技で、壁張られようが関係ない。その体力、無理矢理半分持ってってやるぜ。

 

 

「…ばり?ばり~!」

 

 

ところが、ここで急に方針を変えたか、受ける構えだったバリヤードが横っ飛び。一直線に迫るラッタは、寸でのところで躱された。惜しい。

 

 

「ラッタ、もう一回だ!」

「シャァッ!」

 

 

ラッタには諦めず噛み切りチャレンジを指示。それを見たバリヤードは、ラッタから逃れようと走り出した。絶対に嚙まれたくないバリヤードと、絶対に噛みたいラッタによる、噛まれたが最後、倒れるまでヒマワリの種のようにガジガジされる鬼ごっこの始まりである。つるぎのまいもあるし、物理耐久のないバリヤードならいかりのまえば込みで確定2発に出来るはず…

 

…なのだが、肝心なそのバリヤードが捕まらない。ああ見えて意外と速いからなぁ、バリヤード。そして必死の戦いではあるんだが、バリヤードの走り方がコミカルな動きなせいで、見ていてどこか締まらない。

 

まあ、それならそれで別にいい。リフレクターが消えるまで追い掛け回すだけだ。せいぜい逃げ回ってもらおう。むしろ、そうしてもらった方がありがたい。壁張られたら時間稼ぎも重要だから。

 

 

「ばり~ッ!」

「らぁッ!?」

 

 

なんてことを考えていたら、それがバレたかバリヤードが反転。振り向きざまに、迫っていたラッタにそのまま至近距離攻撃をかましてきた。

 

 

「ラァッタァー!」

「ばり…ぃ!」

 

 

幸い、当たりはしたがクリーンヒットではなかったため、そのままラッタはバリヤードに突っ込んだ。

 

壁の上から、ラッタの強烈な一撃がバリヤードを抉る。定数ダメージだから倒れることはないが、完全に決まった。つるぎのまいも積めているし、これでバリヤードには壁など関係なしにそのまま押し切れる。

 

 

「そのまますてみタックル!」

「シャァーッ!」

 

 

勢いに乗って追撃のすてみタックル。

 

 

「……」

「…ばりぃッ!」

 

 

バリヤードはそれを迎え撃つ構え…は取らず、今度は黄色く光る壁を創り出した。"リフレクター"に続いて"ひかりのかべ"も張るつもりらしい。だが、それは同時にバリヤードをほぼ捨てる選択でもある。

 

 

「ラタァーッ!」

「ばり……」

 

 

その壁が完成するかどうかというタイミングで、ラッタの小さな身体がバリヤードに弾丸となって突き刺さった。バリヤードが吹っ飛び、反動で壁に当たったボールのようにラッタも大きく跳ね返る。

 

 

「バリヤード、戦闘不能ッ!」

 

 

倒れたバリヤードは立ち上がることなく、戦闘不能の判定。まずは一本先取だ。

 

 

「……やっぱりね」

 

 

何が「やっぱり」なんでしょうかねぇ?

 

 

「…私の予知していた通りよ。貴方、やっぱり良い腕してるわ。戻って、バリヤード」

 

「…それはどうも」

 

「でも、私の勝利は揺るぎない、決められた運命(みらい)。だから…ジムリーダーとして、39歳呼ばわりのお礼も兼ねて、全力で捩じ伏せてあげる……行きなさい、フーディン」

 

「ディン…ッ!」

 

 

おいおい、2体目で早くもエースの登場かよ。いくらなんでも早過ぎやしないか?あと、貴女「ナツメさんじゅうきゅうさい」をかなり根に持っていらっしゃる?

 

 

「…別に、エースを2番目に持ってきちゃいけないなんて決まり、どこにもないわ。どのポケモンをどこで使うかもトレーナーの腕でしょう…?それと、オバサン呼ばわりされて、怒らない女はいないわ」

 

「アッハイ。スンマセン。その件につきましては深く反省しておりますです、ハイ」

 

 

それはごもっともで。それと、あれはほんの出来心だったんです、許してください。何でも(ry

 

 

「…ダメ。そんなふざけた気持ちの謝罪なんて、受け入れられるワケないわ…」

 

 

ちょっとだけ茶目っ気出したら、マジレスの無慈悲な死刑宣告をくらってしまったでござる。それもその容貌で言われると、凄味も感じて気後れしちまいそうになる。やっぱり謝る時は誠心誠意、鉄板焼き土下座も辞さない覚悟でやらないとダメだね。

 

 

「……今の私、結構暴れたい気分なの。だから、大人しくやられてちょうだい」

 

 

でも、謝罪はしても「はい、そうですか」と降参する理由はないので、その命令は全力で拒否します。

 

 

 

…それはさておき、どうすっかなこの状況。まさかの2体目でのエース登場は、予想外だったもんで流石に驚かされた。冷静に考え直せば十分ありな選択肢ではあるけど。

 

そのフーディンはバリヤードよりもさらに物理耐久は紙だが、その代わりに初代屈指の高速高火力のアタッカー。その一撃は並大抵のポケモンでは軽く吹き飛ばされる。ラッタもその例外ではなく、受け切ることは難しい。しかも場にはリフレクターとひかりのかべの両壁欲張りハッピーセット。向こうにとっては理想的な展開だ。

 

仮に引くとしたら、引き先はレアコイルかハッサムか…ただ、相手がフーディンとなると出来れば万全の状態でぶつけたい。

 

小回りの利くラッタの機動性なら、フーディンの攻撃を避け切って攻撃を叩き込める可能性はあるが…結局、ラッタを捨て気味にそのまま攻めるしかない…か。

 

 

「……」

「ディインッ!」

「避けていかりのまえば!」

「シャァッ!」

 

 

バトル再開と同時に双方が動き出す。フーディンの攻撃はほぼ間違いなく"サイコキネシス"。しかし、バリヤードのそれよりも明らかに速い。

 

 

「ラ…ッ!?」

 

 

避け切れなかったラッタ。まともに直撃したわけでもないのに、一発でフィールド中央付近から俺の目と鼻の先まで吹き飛ばされた。

 

 

「ラッタ、立てるか…?」

「ラァ…!」

 

 

しかも速いだけでなく、威力もある。立ち上がりはしたが、若干足元が震えているようにも思える。それほどに、フーディンの一撃は重い。

 

 

「狙いを絞らせるな!いかりのまえば!」

「…シャッ!」

 

 

とは言え、それでも出来るのは愚直に立ち向かうだけ。現状、ラッタにそれ以外の選択肢は取らせてやることが出来ない。

 

立ち上がったラッタは、再びフーディンに向かって行く。今度は左右にジグザグに動きながらの突進だ。狙いをつけるのは幾分か難しいはず。

 

そして、それを見たフーディンは…動かない。ラッタが射程圏に入っても、ただラッタをにらみつけているだけで、攻撃の素振りは見せなかった。

 

そのままの状況で、逆にラッタがフーディンを攻撃圏内に捉える。回避不可能な距離にまで飛び込んで、一気に加速。起死回生の一発がフーディンに届く…

 

 

「……」

「ディン」

「…!?」

「ラァッ!?」

 

 

…ことは無かった。突然、フーディンの姿がぶれたかと思った次の瞬間には、直撃コース上にフーディンの姿は無く、ぶつける対象を失った突進のエネルギーそのままに、ラッタは盛大なヘッドスライディングを披露する結果に。

 

 

「ディインッ!」

「ら…ッ」

 

 

そして、消えたフーディンは少し離れた位置に瞬間移動。滑るラッタを狙いすました、真横からの一撃。大きく吹っ飛んだラッタが、フィールドと観客席を隔てる壁に叩き付けられた。

 

そして、そのまま立ち上がることは出来なかった。

 

 

「ラッタ戦闘不能!」

 

 

ラッタに戦闘不能の判定が下り、戦況は互いに3-3のイーブンとなる。

 

それとフーディンの瞬間移動は、サイドチェンジ?…いや、んなワケねえ。あれはもっと先の世代の技だ。だったら…テレポートか。

 

ゲームでは野生ポケモンとの戦闘を終了させるだけで、ケーシィがプレイヤーをイラつかせる追加効果があるぐらいの技だが、入れ替わるポケモンがいないだけの"サイドチェンジ"みたいな使い方だ。

 

単語の瞬間移動(テレポート)の意味としては正しいとも思うが。

 

 

「…さあ、どうするのかしら?小さくて失礼な挑戦者さん…?」

 

 

ふと顔を上げれば、ナツメさんが不敵に不気味に笑っている。その笑顔、超怖いです。

 

しかしそうも言っていられない。相手は無傷のエース・フーディン。さらにリフレクターとひかりのかべの両壁も健在…加えてあのテレポート。最悪、このまま4タテもあり得るこの状況。どうすれば打破出来る?

 

ハッサムで壁の上から殴り倒すことを期待するか?バレパンならあの瞬間移動にも対応出来るかもしれない。それとも、火力面が若干不安だが、耐性を盾にレアコイルで壁張りつつ削りに行くか?でんじはも撒けばハッサムもスピアーも一気に動きやすくなるか。或いは、目には目を、歯には歯を、エースにはエースをってことでスピアーぶち込むか?

 

 

 

ヤマブキジム戦はお互い2体目にして、早くも最大の山場を迎えた。

 

 

 




ナツメ戦開幕。なお、テレポートは第8世代では手持ちポケモンと入れ替わる効果になっていますが、主人公は第7世代までの知識を元に話していますので、お間違いないよう。
…え?それなら「他のポケモンと入れ替りになるだろ」だって?細けぇこたぁ気にしない()

それはさておき、ダイパリメイク発売も秒読みとなってきました。皆さんはどっちを買うか、或いは両方買うか、もうお決まりでしょうか?作者は…やはり思い出補正でシャイニングパールですね。プレイ時間で言えば、一番やったかもしれません。ポケモンホームで眠っているパール産の色違いムクホークが「出番はまだか」と疼いているぜ…


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第60話:超知識(チート)vs超能力(エスパー)(2)

 

 

 

 

 ヤマブキジムリーダー・ナツメさんとのバトルは、互いに1体が倒れて残りポケモン3-3。スコア上ではイーブンな戦況。しかし、ナツメさんは2体目にして早くもエースポケモン・フーディンを投入。無傷な上、バリヤードが残した両壁も残っている。対してこちらは何もないフラットでクリアーな場…単純に不利な環境。気を見るに敏と言うか、中々手厳しい一手だ。

 

タイプ相性は弱点を突けるのがスピアーとハッサム、耐性があるのがハッサムとレアコイル。一見悪くないようには見えるんだが、どうしようか。この段階でスピアー、もしくはハッサムをぶつけるか?それともレアコイルを1回挟む?フーディン以降のことも考えると、スピアーかハッサムのどちらかは無傷で残しておきたいが、それを許してくれるような相手なのか…

 

 

「いってこい、レアコイル!」

「ビ、ビビー!」

 

 

何にせよ、まずはあの両壁による守りとテレポートによる瞬間移動、この2つを何とかしないと、フーディンを突破出来る気がしない。で、あるならば…まあ、こっちから入るのが最適解なのではなかろうか?

 

 

「レアコイル…はがねタイプのポケモンね」

 

「ええ。エスパー相手には、悪くない選択でしょう」

 

「…エスパータイプのポケモンが苦手にしてるのは知っているわ。けれど、手がないとでも?」

 

「いいえ。でも、やることは決まってるんで」

 

 

レアコイルに今して欲しいことは、後ろに控えてるエースたちのための環境を整えること…それが、レアコイルに求める最優先課題。受けるのは最悪ハッサムでも出来るし、逆にレアコイルでもフーディンと撃ち合いもある程度は出来ると思うが、これは現状レアコイルにしか出来ない。

 

バトル再開初手はひかりのかべで安定。壁技はお宅のバリヤードだけの専売特許じゃない。それに相手が必要な技ならともかく、自身単体で完結するような補助技は、いくらフーディンと言えども手の打ちようはないだろ。"ちょうはつ"でも持ってるなら話は別だが。

 

 

「レアコイル、ひかりのか「させない」b…!?」

「ディン…!」

「ビ…!?」

「レアコイル!?」

 

 

レアコイルの真正面にテレポート!?考えが甘かったか!?ひかりのかべを発動するよりも早く、機先を制してフーディンが仕掛けて来た。しかもこれは…

 

 

「ディインッ!」

「ビ…ッ」

「レアコイルッ!?」

 

 

そのまま、フーディンはレアコイルを右手で殴り付け、殴られたレアコイルが仰け反ってわずかに後退。その後すぐ、フーディンはテレポートで再びレアコイルから離れる。そして、フーディンがレアコイルを殴りつけた時、振り抜いた右の拳はメラメラと炎を纏っていた。

 

 

「"ほのおのパンチ"、ですか」

「…正解」

 

 

となれば、もうそれしかない。しかし、まさか伝説の存在、3色パンチャー・フーディンをまた目にする時が来ようとは。とすると、見えていない残りの技は"れいとうパンチ"か"かみなりパンチ"だったり?

 

 

「…それも正解。"かみなりパンチ"の方」

「おおう、マジか…」

「…そう言う割には、あまり驚いてないのね?」

「いや、まあ…」

 

 

そりゃまあ、第3世代までならともかく、今となっては俺からしたら完全に絶滅したと思っていた過去の遺物その物ですし。まあマスターズリーグのトレーナーにも使ってる人いたから、この世界では絶滅はしてない。と言うよりむしろ全盛期だし、ナツメさんが使っても不思議ではないけど。

 

ただ、フーディンの物理技とか、弱点突かれても1発ぐらいなら「別に…」って感じではある。まさか性格補正+努力値Aブッパしてるはずもあるまいし。もしやってたならド変態もいいところだ。

 

…やってないよな?

 

 

「……ほのおタイプの技は特殊技よ?何か勘違いしてない?それに…きあいだま?性格補正?努力値?」

「…あー…」

 

 

今はまだ時代的に、物理・特殊の判定とか、性格による能力補正とか、努力値…ゲーム的には基礎ポイント。この辺りの詳しいメカニズムがまだ解ってはいないのだろう。根本的な知識が間違ってるor足りないってことだな。

 

…つまり、モノによっては超能力で多少心が読まれても問題なかったりする…のか?

 

 

「…レアコイル、どうだ?」

「ビ、ビビービ!」

 

 

何にせよ、まずはレアコイルの状態確認だ。幸いダメージはそこまででもなさそう。当然っちゃ当然か。まさかの奇襲で驚きはしたが、これでやられるようなら著しく育て方が悪いか、著しく耐久方面の個体値が低い、もしくは極端に運が無いかのどれかとしか言えない。

 

ただ、それでも一定のダメージはある。悠長に構えてられなくなった。上下左右どこでも好きな攻撃位置を取れて、尚且つ一瞬で間合い管理も自由に出来るってのはホント厄介だな。

 

 

「なら、今度こそ決めてくれよ。ひかりのかべだ」

「ビー!」

 

 

それでも作戦の大筋は変更なし。心読まれて不発に終わる可能性は大いにあり得るけど、それを考えてたら何も出来ない。ちょっとした小細工は入れさせてもらいつつ、壁を再び張りにかかる。

 

 

「…なんだか、小馬鹿にされてるようで不愉快だわ。何を企んでるかまでは分からないけど…そのやりたいこと、丸ごと捻り潰してあげる…!」

「ディン…ッ!」

 

 

それに対して、相手の選択は正攻法。テレポートからの高火力の特殊技(物理)で以て、レアコイルを殴り飛ばすつもりらしい。殴るのに特殊技とはいったい…

 

ともかく、今はひかりのかべを完成させられれば良し。もっと欲張るなら…

 

 

「…!フーディン戻って!」

「ディンッ!?」

「"でんじは"!」

 

 

…その厄介な足も、奪ってしまえればもっと良い。まあ、次から次へとビュンビュンテレポートされたらまぐれ当たり期待するしか手がなくなるからネ。

 

 

「ビ…ッ!」

 

 

ナツメさんは俺の思考を読み取ったのか、フーディンを下がらせようとし、フーディンはそれに反応して攻撃を中断。テレポートした。

 

 

「ディ、イ…!?」

「…っ」

 

 

しかし、レアコイルはそれよりも早く、真正面で一瞬だが動きを止めたフーディンに、でんじはをまともに浴びせることに成功していた。ナツメさんサイドへとテレポートして現れたフーディンは、見るからに動きがぎこちない。

 

 

「10まんボルトッ!」

「ビビビッ!」

「く…テレポートッ!」

「ディ…!」

 

 

身体が痺れて思うように動かせなくなっているところに、追撃の10まんボルト。しかし、これは寸でのところで"テレポート"によって躱された。それでもそれ以上の余裕はなかったらしく、再度レアコイルから大きく離れた位置にフーディンは現れる。

 

 

「……やられたわ」

「フー…何とか通せたみたいですね。」

 

 

こっちは読まれて失敗するんじゃないかとヒヤヒヤだったんですがネ。まあ、それならそれでもう1回ひかりのかべを張りにかかるだけなんですが。

 

しかし、さっきの発言に今の反応…心の内は完全には読めていないのか?

 

 

「…全てを見通せる万能の力ではない、と言うこと…心を読む力も、未来予知も、ね。悔しいことではあるけど」

「そりゃ良かったです」

 

 

朗報・ナツメさん、まだ人間辞めてなかった。まあ、何でもかんでも分かるってんなら、ポケモン自体の能力さえあれば全戦全勝。もっと上の世界でバリバリやれてるだろうし。

 

そして、そんなナツメさん相手に五分に持ち込んだという格闘道場師範。前師範よりは格落ちと言われ、ゲームではすでに公認ジムの座を(半分)奪われ、挙げ句(たぶん)主人公に敗れて大事なポケモン(エビワラー・サワムラー)を譲渡するだけの存在だったが、実は結構優秀なのでは?俺の中で格闘道場師範の評価がグーンと上がった。

 

 

「また失礼なことを…でも、いいわ。私のフーディンには、他のポケモンにはない特別な能力があるの」

 

「…特別な能力?」

 

「ええ、そう。状態異常になった時、相手も同じ状態に出来るのよ。貴方のレアコイルも、一緒に痺れてもらいましょうか?」

 

 

………

 

……

 

 

あー…そりゃ特性のことか。なら別にいいわ。仮にフーディンの特性が"シンクロ"だったとしても、でんきタイプに麻痺は無効だからレアコイルには関係ない。身構えて損した。

 

それはそれとして、こういう時は相手の意を酌んだ反応を取っておくのが大人ってもの。見た目は子供、頭脳は大人、社会の荒波に揉まれた精神年齢三十路間近の男のコミュニケーションスキルってやつを見せてやる。

 

 

「ナ、ナンダッテー」

「ビ?」

 

 

…自分で言うのもなんだが、某殿下にすら劣る驚きの棒読み表現だったな。自己採点の時点で結果発表を待つことなく赤点落第確定、単位は不可でござる。そしてレアコイルはイマイチ感情が読み取り辛いところはあるが、差し詰め「あんた何言ってんの?」とでも言った、頭上に「?」が浮かんでいるような感じだろうか?

 

なお、そんな全く心の籠ってない反応をされたナツメさんは、若干目を開いて驚いたような不満なような…そんな様子。特殊能力のネタばらしする時ドヤってたような気がするけど、俺にとっちゃ驚く事でもなんでもないので仕方がない。

 

 

「なんでっ…どうして麻痺してないのよ…!」

 

「どうしてって…そりゃあ、でんきタイプが電気でやられてちゃお笑いでしょう?」

 

 

レアコイルが麻痺してないことに、ナツメさんは本日2回目の驚きを見せる。「何で?」と言われても、「それが仕様です」としか答え様がない。

 

考えてみれば第3世代では違ったとは言え、でんきタイプが麻痺しないのはタイプの特性。だから、こっちの世界じゃ当の昔に判ってそうな気もするが…今度、マチスさんに会う機会があれば聞いてみようかな?

 

 

「それはさておきレアコイル、ひかりのかべ」

「ビ!」

 

「っ…ほのおのパンチ」

「ディ、ン…!」

 

 

そして、ナツメさんの諸々を華麗に流して、ひかりのかべ。ナツメさんは阻止しようとするが、麻痺したフーディンの動きは鈍い。しかもその動作の途中でガクリと動きが止まってしまう。結果、レアコイルは攻撃を受けることなく、無事展開に成功した。

 

これでレアコイルの仕事は及第点だ。不発に終わるかとも思ったけど、何とかでんじはを通せた。後はここからどう盤面を詰めていくか…だな。

 

 

「…まだよ。運命の天秤の傾きが元に戻った、それだけの話」

 

「ええ、一息吐くには早いってことぐらい分かってますよ」

 

 

機動力を奪い、壁も創った。でも、勝てなきゃ意味がない。相手フーディンはまだ無傷だし、壁も残っている。それにレアコイルはすでに1発貰っているから、倒れはしないがそれなりにダメージを貰っている。まひを考慮に入れても撃ち合いは若干分が悪いか。

 

 

「だからこうするんです!戻れ、レアコイル!」

 

 

そうして、俺は腰のベルトにセットしてあったモンスターボールを外し、高々と掲げて叫んだ。ポケモン交代である。何気に公式戦で試合中にポケモン交代するのは初めてだったりするな。

 

ボールから伸びる赤い光にレアコイルが包まれ、光と同化してボールへと戻る。

 

 

「頼んだ、スピアー!」

「スピィ!」

 

 

そして、やはり目には目を、歯には歯を、エースにはエースを。ここぞという場面で全てを託せる、それでこそエース。仕事を8割方完遂したレアコイルに代えて、俺はこのバトルの山場をスピアーに託した。

 

 

「…やっぱり、そのスピアーが貴方の切り札なのね」

 

「ええ、自慢の相棒ですよ」

 

「ふぅん…でも、フーディンを相手に悠然とどくタイプのポケモンを出すなんて、甘く見られたものね…不愉快、凄く不愉快だわ…!」

 

「別に、甘く見ちゃいませんよ」

 

 

そう言って、再び不気味に笑うナツメさん。目尻を吊り上げ、眉間に皺を寄せる、これまでのものとは違う怒りの感情を滲ませた攻撃的な笑みだ。こう言うのが所謂、【目が笑ってない状態】っていうんだろうか?美人さんだからこそ、その笑顔は余計に怖さを感じる。

 

でも、言った通り、甘く見てなんていない。フーディンを、そしてこの状況を最大限危険視しているからこそ、間にレアコイルというクッションを挟んだんだ。そしてレアコイルが仕事をしたからこそ、俺は自信をもってスピアーを投げることが出来る。

 

それと、ナツメさんの怒ったような声は初めて聞いた。余程腹に据えかねた?そんなまさか。どくタイプと言っても、むしタイプでもあるんですが。

 

 

「なら、その自信が本物か自惚れか、確かめてあげる……フーディン!」

「…ディ、インッ!」

 

 

その声を合図にバトルは再開。フーディンが攻撃態勢に入った。それを受けてスピアーは…

 

 

 

 

『ジジジジ…』

「スピ、ィ…!」

 

 

…動けない。動かないのではなく、動けないんだ。何故かと言えば、この世界だと公式戦でポケモン交代を行う場合、ペナルティが設定されていて、フィールドに備え付けられた機器によって、一定時間の行動が封じられるようになっている。そのペナルティのせいで、スピアーは現在位置で無理矢理フィールドに縛り付けられているんだ。

 

カードゲームなんかによくある召喚酔いみたいなもんだと思えば分かり易いだろうか。

 

 

 

 試合中にポケモン交代を選択すると、ターンの頭にポケモンが交代し、交代先のポケモンはそのターン相手が選択していた技を無条件で受けることになる…それがゲームでの一般的な流れだった。じゃあこっちの世界ではどうなのかと言うと、『片方が攻撃→もう一方が攻撃』というターン制のバトルの流れなど皆無に等しく、息つく暇もない撃ち合いが続いたり、どちらかが一方的に攻め続けるなんて展開も珍しいものではない。なので、適切な交代のタイミングが得られないこともままあり、基本的に『ポケモン交代は各トレーナーが好きなタイミングで行ってよい』ということになっている。そして、交代を待っている相手はその間、新たに技を指示することは禁止とされている。

 

しかし、任意のタイミングで交代が出来るがための問題点もある。

 

具体例を提示すると、まず相手が"はかいこうせん"を撃ったとする。そのタイミングでこっちがポケモン交代。戦っているポケモンを戻し、代わりのポケモンを出すまでには、若干のタイムラグが出てしまう。結果、その間に"はかいこうせん"は対象を失い空振りに終わる。その後、交代するポケモンを出す。

 

…とまあ、こんな感じに相手の攻撃行動中に交代して、そのまま相手の攻撃をやり過ごしてから後続のポケモンを出す、相手を消耗させた上で有利な対面を作る…なんていうことが出来てしまう。原作プレーヤーとしては噴飯ものな仕様だ。しかも、はかいこうせん等の反動で次ターン行動不能になる技を外してしまった場合、ゲームだとその効果は発揮されない。しかし、この世界では外しても問答無用で一定時間行動出来ない。現実的であると見るべきか、世知辛いと考えるべきか…

 

 

 

 上記は極端な例ではあるが、他にもリフレクターや"あばれる"のような効果持続に時間制限のある技を使っている相手に対して時間稼ぎをしたり、どく・やけど状態の相手に対してスリップダメージを稼ぐ、などと言った、交代にかかる時間を利用し長考する振りをする、グレーゾーンとしか思えない戦術が公式戦でも罷り通っていた時期があった…らしい。

 

しかし、流石にこれはいくらなんでも交代側が有利過ぎて酷い。事実、「フェアではない」「バトルの魅力・面白さを著しく損なっている」と言った指摘が方々から上がっていたらしい。さらに対象を失った攻撃が観客席に飛び込んで負傷者を出す等、危険な事態も度々発生。酷いのになると、交代のタイミングにキレたトレーナーが、その攻撃で相手トレーナーにダイレクトアタック。トレーナー負傷により物理的に試合を終了させた…なんていうトンデモ事件もあったとか。

 

それらの指摘や事案の数々を重く見たポケモン協会が試行錯誤を重ね、幾度かのルール改正・環境の改善を経て出来上がったのが現行のルール。トレーナーの遅延行為の防止、交代に伴う相手側への優遇措置などが定められている。スピアーが行動不能なのも、この相手への優遇措置によるものだ。

 

なお、上記の暴挙(ダイレクトアタック)をかましたというトレーナーは、当然即刻レッドカード叩き付けられて退場。無期限出場停止の処分をくらった上で警察沙汰になり、四方八方から叩かれてそのまま表舞台には戻れなくなったとのこと。相手にも問題あったとは思うけど、流石にこれはアウトだよな。人間、お天道様に顔向けできないようなことはやっちゃダメだネ。

 

 

「ビィ…イィ…ッ!」

 

 

そういうワケで、フーディンの攻撃は動けないスピアーを直撃。不可視の念波がスピアーの身体を蝕み、そのまま弾かれたように吹っ飛んだ。

 

 

「スピアー!」

「…ッ、スピィッ!」

 

 

どくタイプにエスパータイプの攻撃技、加えて相手はフーディンで受けるのはスピアー…普通ならまず耐えられるはずのない、仮に耐えても瀕死寸前であろう組み合わせ。

 

でも、ひかりのかべ込みでなら話は変わる。狙い通り、フーディンの一撃を当然のように耐え切って、スピアーは力強い返事を返してくれた。よく耐えた。なんなら思ってたよりもずっと余裕がありそうな感じだ。

 

 

「ッ…フーディン…!」

「デ、ディン!」

 

 

それを見た向こうは追撃の構え。しかし、麻痺の影響で動きに今までのようなキレ、機敏さはない。逆にスピアーは想定していたよりもダメージを受けていなさそう。

 

ならば、反撃に移る前にレアコイルの頑張りを挟んでなおも残る相手のリフレクター・ひかりのかべ。まずはこれを何とかしたい。すでに行動制限ペナルティは解除され、スピアーを縛る枷はない。

 

 

「みがわりだ!」

「スピッ!」

 

 

痺れて動きの鈍いフーディンよりも早く、スピアーは分身体を創り出す。見立て通り、体力はまだ身代わりを張れるだけの余裕があった。キョウさん仕込みの身代わりの術、とくとご覧あれ…だ。

 

 

「…セキチクジムの…なら、立てなくなるまで、何度でも消し飛ばしてあげる…!」

「ディ、ンッ!」

 

 

スピアーのみがわり展開から幾分か遅れて、フーディンから追撃のサイコキネシスが放たれるが、これは身代わりがその威力の全てを受け止めた。分身体は消し飛ばされたが、スピアー本体には届かない。

 

ただ、経過時間的にはそろそろだとは思うものの、相手のリフレクターはまだ消えていない。

 

 

「スピアー、どうだ!?」

「ビィ…スピィッ!」

 

 

スピアーに声を掛けると、戦意は旺盛ながらも堪えているような様子は窺える。現状サイコキネシス1発に、みがわりで1/4…ゲームみたいに正確な状態確認は出来ないので大凡の感覚で判断するしかないが、残りHPを考えるともう1回みがわりが張れるかは完全に分が悪い博打。ここまでだな。

 

んじゃ、そろそろ行こうか。

 

 

「よく耐えたスピアー!お返しのミサイルばりだ!」

「スピィッ!」

「…!」

 

 

時は来た。スピアーは「待ってました」とばかりに勢いよく飛び立つと、攻撃態勢に入って上空から針の雨を降らせ始めた。これをフーディンはテレポートで回避。しかし動きは鈍く、テレポート直前に数発がフーディンを掠める。

 

 

『パリィィ…ン』

「…!リフレクターが…!」

 

 

攻撃を受けてか、それとも時間切れだったのか、フーディンの前に薄らとあった青色の光の障壁が、攻撃の当たった所から割れて崩落。直後、残った障壁部分が砕け散り、崩落した光の破片と一緒に霧散した。フーディンは完全に丸裸。自慢のテレポートも発動まで時間がかかってるし、髭も生えてるし、老い耄れ爺とでも呼んでやろうかな?

 

ひかりのかべは残っているけど、そちらもそう長くは持たないだろう。それ以前にスピアー、そして後ろに控えるハッサムには関係ない。勝利への道は開けた。

 

 

老い耄れ爺(フーディン)にお返しの時間だ!スピアー、ミサイルばりィッ!」

「スピィーッ!」

 

 

得意ではない守りに回っていた分の鬱憤を晴らすかのような猛烈な攻撃が、フーディンに浴びせられる。着弾した針がフィールドに弾かれることなくそのまま突き刺さり、見る見るうちに一帯を針山地獄へと変貌させていく。こりゃ"むしのしらせ"の補正が乗ってるか?あまり意識してはいなかったが、良いことだ。後は、このままフーディン自体を針山に変えてやれば完璧だ。

 

 

「…!」

「ディ…ッ」

 

 

針の雨を超えて、針の銃撃と言えるような猛攻を前に、フーディンはたまらず回避に動き、さっきと同様直撃寸前で辛うじてテレポートを発動させて回避した。

 

しかし、やはり麻痺が邪魔をしてか、これまでのように鋭敏かつ立て続けのテレポートで跳び回ることが出来ていない。

 

 

「左だスピアー!逃がすなァッ!」

「スピイィッ!」

 

「フーディン!」

「ディイン…ッ」

 

 

即座にテレポート先に向けて追撃のミサイルばり。いくら未来が読めても、フーディンがそれに着いていけない状態ならどうしようもない。

 

テレポートが間に合わないと見たからか、ここでナツメさんとフーディンは方針を変更。フーディンを針山にするはずだったミサイルばりが、あと一歩と言うところでピタリと停止。そのままバラバラとフィールドに落下する。

 

サイコキネシスで(しの)がれたか…いや、まだだ!このまま押し切る、ここで決めるんだ…!

 

 

「撃て、撃て!押し負けるなッ!」

「押し返して…!」

 

 

フーディンが捕捉されたことで、勝負はスピアーとフーディン、ミサイルばりとサイコキネシスによる機動戦から、真正面からの力比べに変わった。

 

絶え間なく撃ち出される針の銃弾が、もう少しでフーディンに届こうかという位置で急激に勢いを失い、甲高い音を立てている。一方のサイコキネシスもミサイルばりを押し止めてはいるが、それが精一杯。

 

 

「ス、ピィ…ッ!」

「ディ、ギィ…ッ」

 

 

壁込みとは言え、サイコキネシス1発にみがわり1回。スピアーにはもうフーディンの攻撃を耐えるだけの余力はない。そして、相手のフーディンも低体力・低物理耐久に加え、タイプ一致特性上乗せの弱点物理技。スピアーの一撃を耐えられる能力はないはず。つまり、先に根負けした方が相手に飲まれる戦いだ。

 

ここまで持ってこれたなら、後はスピアーを信じるだけ…!

 

 

ドオォンッ!!

「ぐっ…」

「ぅっ…!」

 

 

お互いに攻撃を出し続け、ぶつかり続けた技と技が限界を迎えて膠着は破局。衝撃波がフィールドを駆け抜ける。

 

 

「っ…いけ、スピアーッ!」

「スピィ…ッ」

 

 

その爆風の中を、フーディンに向けて突っ込ませる。逆風に煽られて飛び難そうにしていたのも一瞬で、風が吹き抜ければ、後は相手に向かって一直線だ。思うように動かない身体のフーディンに近距離から攻撃をぶち込めれば、テレポートで回避するにせよ、サイコキネシスで迎撃するにせよ、態勢を整える余裕は少ないはず。

 

 

「フーディンッ!!」

「ディ、ン!」

 

 

それを察したナツメさんの選択は…回避か!

 

 

「ディ…ッ!」

「ッ…フーディンッ!?」

 

 

しかし、テレポートしようとしていたフーディンの動きが、その途中でガクンと止まる。レアコイルが、でんじはが決定的な仕事をやってのけた証だった。

 

 

「スッ、ピャアーーッ!!」

「ディ…ギィ…ッ!」

 

 

痺れて行動不能になったフーディンを、ミサイルばりが容赦なく撃ち抜く。その銃撃に真正面から身を晒したフーディンは、微かな断末魔の叫びとともに弾き飛ばされ、勢いのままにフィールドをゴロゴロと転がる。

 

(リフレクター)を失ったフーディンを真正面から撃ち抜いた針の銃撃は、致命傷となるに十分な威力。そのまま、フーディンが立ち上がることはなかった。

 

 

「…フ、フーディン、戦闘不能ッ!」

 

 

 

 




〈ポケモン交代に関する規定〉
1.ポケモン交代は各トレーナーの任意のタイミングで行えるものとする。
2.交代したポケモンには、試合再開後10秒間の行動制限ペナルティを課す。
3.ポケモン交代を行う場合、対象のトレーナーはポケモンを戻してから15秒以内にポケモン交代に関する全ての行動を完了させること。
4.15秒を超過した場合、超過した時間に応じて追加の行動制限ペナルティを課す。
5.相手側のトレーナーはポケモンを所定の位置まで戻し、その他一切の行動を制限する。
6.この時間内にポケモンを所定の位置に戻す以外の行動をとった場合、その度合いに応じて行動制限ペナルティを課すものとする。

「ポケモンの交代をゲームに沿った形でより現実的にするためにはどうしたらいいか?」と足りない脳味噌こねくり回して考えた結果、こんな具合の設定になりました。ジム戦などの公式戦ではゲームで言うところの勝ち抜き方式、ストリートバトルや設備のないスタジアムでは入れ替え方式が採用されているって感じでしょうか。

そして、ナツメさんの描写が難しい。原作よりも強力にした超能力と、それを描き切るだけの作者の能力が…()


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第61話:超知識(チート)vs超能力(エスパー)(3)

 

 

 

 ヤマブキジムリーダー・ナツメとの戦いは、最大の山場と踏んでいた難敵・フーディンを、レアコイル・スピアーの2体掛かりで何とか撃破。エースを討ち取って、お互いの残りポケモンは3−2となった。

 

 

「…戻って、フーディン」

 

 

ナツメさんが倒れたフーディンをボールに戻して、こちらに向き直る。

 

 

「…してやられたわね…完全に」

 

「レアコイル様様ですよ。完全に」

 

 

フーディンが万全だったなら、スピアーの一撃は呆気なく躱され、返しで明後日の方向からサイコキネシスが飛んで来ていたのだろう。スピアーも頑張ってくれたが、それ以上にレアコイルの果たした役目は大きい。でんじはにひかりのかべ、どちらかが欠けていたらスピアーの勝ちは覚束なかったかもしれない。

 

と言うか、分かっちゃいたけど本当にその読心能力、正確にはそれによる先回りが強過ぎる。

 

 

「……さっきも言ったけど、私の能力も万能じゃないのよ?」

 

「それでも十分過ぎますよ…」

 

 

さっきはレアコイルのおかげで何とかなったけど、先手を打たれ続けるのは盤面としても精神的にもキツイ。しかも、その読心能力を十全に活かせるだけの高速高火力を持つフーディンとの相性も抜群だった。

 

対戦する身としてはたまったもんじゃないんだよなぁ。

 

 

「…そう言う貴方も、私が知らない…いえ、たぶん貴方以外の誰もが知らない知識(こと)を武器に戦ってるじゃない」

 

「………」

 

「しかも、その出所も根拠も不明な知識が正しいと確信している」

 

「……ええ、そうですね」

 

 

それ言われたら何も言い返せねぇなぁ…何なら今この世界に存在する大半のポケモン研究者よりも、俺の方がポケモンについて詳しいなんて可能性も…と言うか、たぶんそう。

 

 

「…ずいぶん大口叩くわね。貴方がどこで、どうやって、そう言えるだけの知識を手に入れたのか…とても気になる所ではあるけど、それは後で聞くとしましょう。まだ勝負は終わってないのだから」

 

 

おっと、そうだそうだ。最大の難所は越えたとは言え、バトルそのものはまだようやく折り返し地点。気を抜いていいような状況じゃあない。

 

 

「…行って、ルージュラ」

「じゅらる~」

 

 

そして、ナツメさんがフィールドに送り込んできた3体目のポケモンはルージュラ。人に近いような見た目のこおり・エスパータイプのポケモン。ゲームでは四天王・カンナの手持ちに入っているので、個人的にはエスパーというよりもこおりタイプの印象が強い。

 

こいつは意外というか、想定外だ。挑戦する前に多少調べたが、使ってるなんて情報はなかったぞ。

 

初代からいるのにも関わらずカントー地方には野生で生息しておらず、初代ではゲーム内のNPCと交換で手に入れるしか入手手段がなかったレアポケモン。どこで手に入れたんだろう?

 

 

「…人から貰った子だから、どこで捕まえたのかまでは知らないわ」

 

「あ、さいですか…」

 

 

俺自身が持ってなかったから記憶が定かじゃないけど、青版だと双子島で野生で出たんだったっけ?こっちじゃどうかは分からないけど、まあ、どっちだろうと珍しいポケモンであることには変わりない。

 

ルージュラは専用技"あくまのキッス"で有名だが、基本的にはフーディンと似た高火力の特殊アタッカーという位置付けなので、戦い方はフーディンを相手にしている時と同じ感じになるだろう。

 

ただ、フーディンと比べると能力的には1段劣るし、物理方面が紙耐久なのはフーディンと同様だ。麻痺にリフレクターもあったとは言え、フーディンとの撃ち合いに勝利したスピアーだ。問題なくブチ抜くことが出来る。勢いのまま、一気に勝利を手繰り寄せるんだ。その奇っ怪な面を、華麗に吹っ飛ばしてやるぜ。

 

 

「先手は貰います!スピアー、ミサイルばり!」

「ビィッ!」

 

 

宣言通りにスピアーが先手を奪い、攻撃を仕掛ける。

 

 

「…」

「じゅらっ!」

 

 

ルージュラは僅かに立ち遅れたが、それでも機敏な動きでこの攻撃を回避。返しのサイコキネシスがスピアーに迫る。

 

 

「躱せ!」

「ビィ!」

 

 

指示に合わせてスピアーも攻撃を回避。

 

 

「ビィッ!」

 

 

このままミドルレンジからの技の応酬になるか…と思いきや、ここでスピアーがその闘争心を見せてくれた。サイコキネシスのスレスレを掠めるように一気にルージュラに肉薄する。そこに、ここまでのダメージの蓄積は感じさせない。俺の意図しない動きではあったが、とても助かる。

 

スピアーのような物理技主体のポケモンは、距離を詰めてなんぼみたいなところはある。俺が指示するまでもなく、本能的にそれを理解し、実行しているんだろう。

 

 

「…!」

「じゅらっ!?」

 

 

しかも、この突撃にはルージュラ、そしてナツメさんの反応が遅れ、ルージュラが対応に動き出す時には、すでにスピアーはルージュラを自分の間合いに捉えていた。

 

ここまで飛び込んだなら、どくづき…いや。

 

 

「ミサイルばりだッ!」

「スピャァッ!」

「…っ」

「じゅら…ッ!」

 

 

さっきよりも大きく距離を詰めた、近距離から強烈な一撃をルージュラに見舞う。素通しだったら余裕の決定打だったが、対するルージュラは間一髪のところで対応。フーディンと同じようにサイコキネシスでこれを押し止め、押し返しにかかった。

 

 

「スピ…ィ…ッ」

「じゅら…ぁ…ッ!」

 

 

針の散弾銃と不可視の念波による押し相撲。ルージュラに程近い場所でぶつかり合う。態勢はスピアーが優勢。拮抗する中で推力を失った針はフィールドに落下するが、それでも完全に推力を殺し切れなかった針はそのままルージュラ周辺にバラけるように着弾。

 

直撃弾こそないが、ルージュラを掠める針でチクチクとダメージは入っているようで、ルージュラにも苦悶の表情が見える。特性による火力補正も乗ったミサイルばりだ。一発入れば十分致命傷になり得る。このままなら問答無用で押し切れ…

 

 

「ピ…」

「…あ」

「じゅ、じゅらぁっ!」

 

 

 

…とか思ってたら、スピアーの攻撃がピタリと止まってしまったんだが。拮抗する力の一方が急に消失したことで、ルージュラのサイコキネシスはそのままスピアー目掛けて一直線。

 

 

「ビィーーーッ!?」

「ス、スピアーーッ!?」

 

 

回避の遅れたスピアーは、俺が指示を出す時間すらなく念波の奔流に飲み込まれた。距離を詰めたことが逆に仇となったか、はたまた目には見えずともダメージの蓄積が大きかったか…

 

 

「ビ…ィ~…」

 

 

吹っ飛ばされたスピアーはそのままフィールドに沈んだ。

 

 

「スピアー、戦闘不能!」

 

 

戦闘不能のジャッジ。まあ、()もありなん。フーディンから1発、みがわりで1/4、そしてルージュラの1発…当然、スピアーにそれを耐えられる余裕などあるはずもない。

 

今のスピアーなら余裕で真正面から消し飛ばせると思ったんだが、まさかここで連続技の最低値を引くとは…まあ、これも連続技の仕方ないところ。勝負の運と割り切るしかない。やはり連続技使うならパルシェンとかチラチーノ、メガヘラクロスなんかのスキルリンク持ちが安定でござるな。殻破パルシェンなんか、今の時代に持ち込んだらどうなることか。

 

…速攻でぶっ壊れ認定される姿が余裕で想像出来る。やってみたい気持ちはちょっとあるけど。

 

 

「お疲れさん」

 

 

とりあえず、最大の難敵フーディンは片付けてくれたからヨシッ!ってことで。ご苦労、スピアー。

 

 

 

 さって、そんじゃスピアーの後をどっちに託すかだが…ま、ルージュラが相手ならそろそろ秘密兵器解禁の頃合いってことでいいでしょう。

 

 

「ハッサム、ゴー!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

進化しても変わらない、ちょっとだけ変わった奇声と共に、ハッサムがフィールドに降り立った…と思ったら、そのまま俺の周りをグルグルと飛び回りながら、鎌が変化した両腕の鋼鉄の鋏をガチガチと鳴らし始める。

 

相変わらずだけど、これがハッサムの臨戦態勢だ…と思いたい。

 

 

「初めて見るポケモン…それが貴方の秘密兵器なのね?」

 

 

少し驚いた表情のナツメさん。それ以上に、観客席がざわついている。ジムリーダーが初めて見るポケモンなら、大多数の観客たちにとっても未知のポケモンなのは当然か?

 

 

「ええ、対貴女用の決戦兵器ですよ。これがカントー地方の公式戦初のハッサムの戦闘になるかもしれません」

 

 

そう言うことなら、こっちもマジであり得そうだったり。何なら、カントー地方で今ハッサム持ってるのは俺だけって可能性もある。

 

 

「ふぅん…?ストライクの進化系なのね…初めて知ったわ、そんなポケモンがいるなんて。タイプはむしと…はがねタイプ…?」

 

「御名答。タイプの上ではスピアーよりもエスパーキラーですよ?」

 

「…なるほど、ね…けれど、金属化した分ストライクよりも俊敏さはなさそうね」

 

 

…まあ、素早さ種族値65ですし。

 

 

「……その種族値だの、65という数値がどうのってのはイマイチ理解出来ないけど、私のルージュラ、見た目よりは速いわよ…?」

 

 

分かってますよ、それぐらい。

 

 

「…へぇ、余程自信があるのね…じゃ、私のルージュラとどっちが速いか、勝負といきましょうか」

 

「いいでしょう…!」

 

「…ルージュラ」

「じゅらぁ…!」

 

 

それが合図となって、バトル再開。唇を妖しく輝かせながら、ルージュラが突進してきた。言わずとも分かる、例のアレ…あくまのキッスだ。そして思った以上にルージュラが速い。その上、唇を突き出し気味に両手を構えて突進してくる姿は圧力を感じると言うか、若干ホラー。

 

 

 

…でも残念。ハッサムには素早さがどうのなんて関係ない。さあ、ブチ抜くぞ!

 

 

「ハッサム、"メタルクロー"ッ!!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

「ジュ…ラアァッ!?」

「…ッ!?ルージュラッ!!」

 

 

俺の指示を聞くや否や、ハッサムが一気に加速して突撃。先に動いていたルージュラに捕まるよりも早く、加速を乗っけて光り輝く鋼鉄の鋏をルージュラに思いっきり叩き付けた。

 

ほぼ無防備な胴の辺りに強烈な弾丸パンチを複数発叩き込まれたルージュラ。身体をくの字に折って吹っ飛び、そのまま鈍い音を響かせてスタジアムの壁に打ち付けられた。

 

 

「じゅ~ら~る~…」

「ル、ルージュラ、戦闘不能ッ!」

 

 

これぞ弾丸カマキリ。ハッサムが誇る神速の一撃の前に、敢え無くルージュラはダウン。これでナツメさんをあと1体まで追い込んだ。

 

 

 

 

 

 

…はい、今のハッサムの攻撃、「なんでメタルクローで加速してるんだ?」とか「クローなのにパンチ?」とか思ったそこのあなた。正解です。本来のメタルクローは確率でこうげきが上昇する可能性がある以外、何ら特筆すべき点の無い攻撃技。当然、使用したポケモンを加速させる効果なんて1mmたりともありません。

 

じゃあ、このハッサムの加速力は何なのか?と言えば、真相は至極単純な話。メタルクローと言っているこの技が、実際ははがねタイプの先制技・バレットパンチであるというだけなのである。まあ、オーレでテスト試合やった時に(たぶん)使っていたしな。

 

…ん?じゃあ「なんでバレパンをメタルクローと言っているのか?」だって?それには、深いワケがあるのだよ。

半分ぐらい俺の私情込みだけど。

 

 

 

 話は今から2週間ほど前のこと。初めて実物を入手したポケモンと言うことで、俺のハッサムはサカキさん…もっと言うならTCP社に調査のためカツアゲ預けられた。その調査が進む中で、『進化直後の試合で遣っていた技は一体何だ?』と言う疑問が持ち上がった。

 

そもそも、カントー地方ではがねタイプのポケモンと言えば、コイル・レアコイル・ハッサム・ハガネールで全て。大甘に見てアローラサンド・サンドパンやジバコイル、隣接するジョウト地方のポケモンなんかを加えても両手で足りる程度しかいない。

 

そして、それははがねタイプの技も同じこと。このメタルクローと"アイアンテール"など、片手で数えられる程度しか見つかっていないのが現状だ。

 

詰まる話、はがねタイプがほとんどいない→メタルクローを使っているポケモンもほとんどいない、となり、結果「この技はメタルクローではない」と判断出来るほどの知見が誰にもなかった…ってことだったんではないだろうか?俺の推測だけど。

 

で、そこの所をサカキさんに聞かれた俺が、バレットパンチを知ってることがバレたら…と言う一心で、「メタルクローでは?」と答えた結果、この技は表向きメタルクローということになった。ただそれだけの話。

 

咄嗟に澄ました顔して大嘘かましてみたら、なんかそのまま通っちゃった(テヘペロ)。正直内心ヒヤヒヤだった。何なら今もいつかバレるんじゃないかとヒヤヒヤしてる。やっぱり人間正直が一番やで。

 

なお、サカキさん相手に正直になった場合、高確率で堅気じゃないお仕事のルートへ一直線の模様。

 

 

 

…ただ、この時代にハッサムがバレパン使えたら最強じゃね?って考えたら、まあ…結果オーライっしょ。事実上、大手を振ってバレットパンチ使えるんだから。

 

メタルクローじゃないとバレたら、その時は思いっ切り驚いて誤魔化そう。

 

 

「…また、変なことを考えてるのね。勝負の途中なのに、よくもまぁ…」

 

 

そして、その諸々の悪巧みが筒抜け状態なナツメさんが、しかめっ面でこっちを見ている。今のあれやこれや、オフレコでお願いします。

 

 

「…まあ何言ってるのかよく分からないし、別に良いのだけれど…」

 

「はは、すいません…でも、これで王手ですよ」

 

「はぁ…貴方とのバトルは、色々と予想外なことが多すぎる。あっという間にルージュラが倒されてしまうなんて、また未来を変えられてしまったわ」

 

 

オマケに何考えてるのか、分かるけど分からないし…そう言って、1つ大きく溜息を吐いたナツメさん。

 

 

「決められた未来も良いですけど、自分の未来は自分で切り開くもんでしょう?」

 

 

一体どんな未来を見たのかは多少気になるが、自分にとってよろしくない未来は全力で変えなきゃなるまいよ。少なくとも、この先の俺はそうしなきゃならん。

 

なお、現代日本にいた頃の俺にはとてもじゃないけど胸張って言えないセリフである。何なら今も胸張って言えない。ダメ人間故致し方なし。

 

 

「…ええ、そうね。私だって、嫌な未来を視れば『変えたい』と思うもの。だから、最後まで全力よ…勿論、ジムリーダーとして、ね……行きなさい、ユンゲラー」

「ユゥゥン!」

 

 

ナツメさんの4体目はユンゲラー。フーディンの進化前のポケモンだな。本来だったらフーディンよりも前に出てきてたんだろう。ただ、進化前とは言え特殊攻撃面ではフーディンと遜色ない能力をしていたと記憶している。そして、フーディンの前というだけあって、ハッサムへの有効打となると、あったとしてもほのおのパンチが精々。何も恐れるものはない。

 

 

「何があってもこれがラストだ!勝って終わろうぜ、ハッサム!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

そうして、再開と同時にハッサムは一直線にユンゲラーへ突撃を始めた。

 

 

「ユンゲラー」

「ユゥン!」

 

 

対するユンゲラーはフーディンと同様、正面衝突は避けてテレポートで攻撃を躱しつつ、ハッサムの側面を取ろうという動き。何だかんだ言って素早さの種族値高いんだよな、ユンゲラー。

 

 

バレットパンチ(メタルクロー)ッ!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

「ユゥグァーーッ!!」

 

 

まあ、それでもフーディンよりは幾分か遅いし、そもそも先制技故の強烈過ぎる加速力を発揮するバレパンの前には無意味だが。テレポートするよりも早く、超加速にテクニシャン補正も乗っけたハッサムの鋏がユンゲラーに突き刺さり、身体をくの字に折り曲げてブッ飛んでいく。まるでルージュラとの戦いを巻き戻して見ているような展開だ。

 

思い返せば、フーディンを少ない損害で突破出来た時点で、勝負の大勢は決していたのかもしれない。どんなに素早さが高くても、強制的に先手を奪えるハッサムに対して、ユンゲラーは華奢過ぎた。

 

 

バレットパンチ(メタルクロー)で、ラストッ!!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

「ユゥ…ン…ッ」

 

 

壁に叩き付けられたユンゲラーは、その状態のまま追撃のバレットパンチもまともに受けたところで、呻き声を残して倒れ伏した。

 

 

「…ユンゲラー、戦闘不能!よって勝者、挑戦者マサヒデ!」

 

『オオオォォォォーーーーッ!!!!』

 

 

試合終了を告げる審判の宣言がフィールドに響き渡り、観客席から大歓声が沸き起こる。ずいぶん時間がかかった気がするけど、ヤマブキジム制覇だ。

 

これで残るジムバッジはあと2つ。この後はニビジムを目指して、そこを制覇したら…いよいよ、ラスボスが待ち構えている。

 

最早騒音の域にまで達しているようにしか思えない興奮と歓声の中、俺は張っていた肩の力を抜き、大きく息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、かなり力を入れたはずの催眠対策がほぼ無意味だった件について。カゴのみガン積みしてたのに、催眠技使うのがルージュラだけだったんだが。完全に不発に終わったのは、トレーナーとしてはちょっとなぁ…。

 

…まあ、勝負の世界だ。こういうことも時にはあるか。終わり良ければ総て良し、原作知識(チート)vs超能力(エスパー)原作知識(チート)の勝ち…ってことで。

 

 

 

かくして、俺のヤマブキジム挑戦は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

-----

 

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--

 

 

 

 

 

 

 

 試合後、観客や他の挑戦者から声を掛けられたり、テレビなのか新聞なのかの記者だという人から軽くインタビュー受けたりなんかして、勝利の達成感を心の底から噛み締めつつ、ポケモンセンターに戻った俺。回復のためにスピアーたちを預けた後は他にやることもなく、のんびりと勝利の余韻に浸っていた。

 

 

そんな中、時間が過ぎて夕方頃のこと…

 

 

『コンコンコン』

 

「…?」

 

突然、部屋の扉をノックする音。

 

 

「はい?」

 

「お休みのところ申し訳ございません。ヤマブキジムのスタッフの方がお見えになっていまして、マサヒデさんにお会いしたいと」

 

「ヤマブキジムのスタッフさん…ですか?」

 

「はい。何でも、至急お伝えすることがあるとのことです」

 

 

ヤマブキジムのスタッフと名乗る人物が、俺に会いに来ているとポケセンの職員さんから伝えられた。

 

「至急伝えたいことがある」とのことだが、何だろう?と疑問を抱きつつも、俺は深く考えることなく訪問者が待つポケモンセンターのロビーへと顔を出した。

 

 

 

 

 

…まさか、これが運の尽きだとは夢にも思わなかった。

 

ホイホイ顔を出した先で待っていたのは、件のスタッフさん…と、傍にフーディン。

 

それを認識した次の瞬間。

 

 

「ディインッ」

 

「…っ!?」

 

 

俺は不思議な感覚に囚われた。それはちょっと前…具体的にはそう、ヤマブキジムに挑んでいる最中に感じたような、僅かな浮遊感だ。

 

そして、ほんの数秒間の浮遊感の後に、それまでいた多くの利用者たちでごった返すポケモンセンターのロビーから、周囲の風景が一瞬で切り替わった。

 

明るめの色調で、小綺麗に整理整頓がなされた誰かの私室のような風景。

 

 

「いらっしゃい。お早いお帰りね」

 

「………」

 

 

…そして、その中心で半日前に別れたはずのナツメさんが、真っ直ぐにこちらを見据えていた。

 

Why?

 

 

 

 

 




《超能力少女ナツメさん(19)の能力設定》
・読心:至近距離なら出来る。距離が離れるにつれて、読み取り辛くなる。バトル中の距離だと断片的に可能。
・未来予知:完全ではないが出来る。どちらかと言えば超高精度な予測。
・テレパシー:一定距離内ならポケモン相手には出来る。人相手にはまだ無理。バトル中の距離ではほぼ完璧に使える。

ナツメさんの超能力に関しては色々賛否あると思いますが、この作品内ではこんな感じで行きます。そして、延長戦突入。
話は変わって、アルセウス面白いですね。楽しんでます。だから更新が遅くなる。
まさか「カイリュー、はかいこうせん!」を身を以て体験出来る日が来ようとは…迫力がありました。あとギャラドスさん、アンタ何平然と空飛んでるんすか。最初見つけた時、思わず二度見しちゃったじゃないか。色々と驚きはありましたが、一番の衝撃はこれかもしれん…




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第62話:超知識(チート)vs超能力(エスパー)(延長戦)

 

 

 

 

「…いらっしゃい。お早いお帰りね」

 

「………はい?」

 

 

ヤマブキジムリーダー・ナツメさんを激戦の末破り、6つ目のジムバッジを手中に収めた俺。達成感の余韻に浸り、勝利の美酒に酔いしれ、幸せの中気持ち良く眠りに就く…そんな感じの予定を立てていた。

 

…はずだったのだが、そんな考えはケーキよりも甘いとばかりに、ほんの数秒前に木っ端微塵に粉砕され、現在、俺は何故かナツメさんの前に立っていた。

 

直接的な原因はたぶん、ポケセンで俺を呼び出したあのスタッフが連れていたフーディン。あいつにテレポートさせられたものと思われる。が、分かったことといえばそれぐらいなもので、何故ナツメさんの前にいるのか?誰が仕向けたのか?その他一切の理由は不明のままだ。

 

 

「…さ、それじゃあ約束通り延長戦と行きましょう?」

 

「は、え…?」

 

 

全く以て状況が呑み込めていないが、とりあえずナツメさんも確信犯、敵だということは何となく察した。あと、それは聞いてないですナツメさん。

 

 

「あら、私言ってなかったかしら?『色々聞きたいことはあるけど、試合中だから後にしましょう』って」

 

「……あー…」

 

 

延長戦ってのはそーゆーことッスか…そりゃまあ、試合中の諸々についてナツメさんに大部分筒抜けだったし、「後で聞く」みたいなこと言ってた記憶も確かにある。

 

「…そのために、あんなことを?」

 

「…さて、何のことかしら?」

 

 

しかし、しかしですよ?問答無用でいきなりこの仕打ちはいくら何でも酷いと思いませんか?それにこれは世間一般に言うところの誘拐、もしくは拉致ってヤツですよ。犯罪ですよ。全然良くない。マサヒデさんはそう思います。

 

 

「とりあえず、貴方が勝手に私の部屋に入り込んでいたところを見つけて現行犯逮捕…って筋書きで行きましょうか」

 

「いやいやいや!女性の部屋に無断侵入とか、不法侵入者で変質者以外の何者でもないじゃないですか!」

 

 

そんなシナリオ拒否!断固拒否だ!ふざけんな!俺は犯罪者じゃねえ!

 

…保護者の方は、まあ、うん…

 

 

「…まあ、そんなことはさておき、私は貴方に聞きたいことがたくさんあるの。貴方が試合中に考えてた原作とは何?性格補正とは?努力値とは?私も知らないその出所不明の知識の数々はどこで手に入れたの?教えてくれないかしら?」

 

 

あ、これはアカン。このおねーさん、まともに話聞く気がない件。しかも、拉致の件についてはすっとぼけてやがる。こんなことしでかしといて“そんなこと”扱いは…

 

くっそ、最悪のシナリオがもう目の前だ。このままでは、あることあることガッツリゴッソリ根掘り葉掘り隅から隅までずずずいーっと吐かせられてしまう!その中でもサカキさん絡みの話は特にマズい!バレた時点でどう答えても俺の社会的立ち位置に致命的な致命傷が入る未来しか見えない…っ!

 

 

「…えー…お、お断りします…?」

 

「ダ・メ。貴方に拒否権はあげない」

 

「理不尽!?」

 

 

くっ…ダメ元でお断りしてみたけど、。歳下の子供に向かって何という横暴。アンタもサカキさんと同じか…っ!(最大限の侮辱)

 

…おーけーおーけー、こういう追い込まれた時こそ沈着冷静にいこうじゃないか。ナツメさんの様子から見て、話はするだけ無駄。どうあっても俺に吐かせるつもりらしい。幸い俺の背後はガラ空き。俺を帰す気がないと言うのなら、俺がとるべき手段はただ一つ。

 

クルッと回れ右して…

 

 

 

全速前進DA☆!

 

三十六計逃げるに如かず。駆け出せ未来へ、駆け出せ迷わず。動かにゃ何も変わらない。動けば何かが変わるだろう。

 

さあ、自由で素晴らしい世界へ、いざ…!

 

 

「ディン!」

 

「………」

 

 

…なーんて思ったのもほんの束の間の夢物語。駆け出そうとしたその瞬間を狙いすましたように、突如目の前に音も無くフーディンが出現し、俺を睨んで仁王立ち。

 

かくして、脱走計画は敢え無く頓挫した。もやしみたいにヒョロガリと思っていたけど、至近距離で相対すると普通に背丈あるし威圧感もパネェッス…!

 

 

「フーディン、案内ご苦労様」

 

「ディン!」

 

 

そしてこのフーディン、どうやらナツメさんのフーディンであり、俺をここに拉致した実行犯でもあったようだ。

 

と言うか、お前さん今朝のバトルでスピアーに吹っ飛ばされてたやんけ。何でもう回復してるん?こっちのスピアーたちは未だポケセンで治療中だというのに、おかしない?

 

 

「…で、次はどうするのかしら?」

 

 

ナツメさんが、氷のような眼差しで俺を見つめている。片や俺は打つ手が思い浮かばず、身動きが取れない。つーっと額から冷や汗が滲む。蛇に睨まれた蛙と言う表現がピタリと当て嵌る状況だ。

 

美人であることは間違い無いので、そっちの界隈の方であれば「我々にとっては御褒美です」とでも宣えるのかもしれない。が、生憎俺にそんな趣味はない。

 

くっそ、スピアーだけでも手元にいれば軽く吹っ飛ばして逃げられると言うのに…!前門のナツメさんに後門の狼フーディン…突破口は完全に塞がれた。

 

うむ、これはアレだ。いわゆる詰みってやつだな。

オワタ\(^o^)/オワタ

 

 

 

「…ああ、もう。分かりましたよ、降参です、降参…」

 

 

打つ手もなく進退窮まった俺は、ナツメさんの絶対零度のようにしか思えない視線に対し、大人しく両手を上げるジェスチャーで応じるしかなかった。

 

 

「褒められて悪い気はしないから、逃げようとしたことは許してあげましょう。ここじゃゆっくり話も出来ないし、こっちへいらっしゃい」

 

「ハイ…」

 

 

20歳ぐらいの女性、それも相当な美人の部屋にお呼ばれする…以前の俺では有り得ない、男としては中々に胸躍るシチュエーションだ。が、こんなに嬉しくない場合もあるとは…浮気がバレた時とか、こんな感じなんだろうか?この期に及んで頭に浮かんだのは、そんなしょうもないことだった。

 

ポケセンからの一連の流れ、このマサヒデさんの目を以てしても(ry

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、じゃあどこから話を聞こうかしら…?」

 

「お手柔らかにお願いします…」

 

 

 完全包囲され降伏した捕虜に待っているのは、地獄の尋問のお時間である。全てを諦めた俺は促されるまま椅子に腰を下ろして、机を挟んでナツメさんと向かい合う。席に着いた時にお菓子と一緒に淹れたての紅茶も出してくれたが、それどころではない。

 

何を聞かれるのか、どこまで掘られるのか…でも、逃げ場がないので打つ手もない。

 

 

「どっからでもどーぞ…」

 

「…それじゃ、核心的そうな所からいきましょう。貴方が度々思考の中に挙げていた【原作】とは、何?」

 

「………」

 

 

…どうにでもなれとは言ったが、情け容赦一切無く一番言い辛いところからブッ込んで来たなぁ…

 

 

「…言っておくけど、嘘・誤魔化しは私の超能力の前には無意味よ?」

 

「分かってますって…」

 

 

ナツメさん相手だとこれもあるからなぁ…考えただけでアウトとか、隠蔽のハードル高すぎてどうにもならん。どないせいっちゅうねん、ってレベルの話よ。テレビ番組の企画よろしく、隠蔽出来たら100万円でも貰えないとやってらんねーわ。

 

ただ、こんな与太話としか思えないことをバカ正直に話した所で、普通だったら待っているのは良くて哀れみ、悪けりゃドン引きの視線なんだよなぁ。あたおか認定くらって部屋が凍りつくわ。俺の話がぜったいれいど!ってな。仮に俺が友人からそんな話されたとしたら…まあ、今後の付き合い方について悩むことになるだろう。

 

さて、実際どう説明したものか…

 

 

「…まさか、誤魔化そうなんて思ってないわよね?」

 

「この期に及んで、そんなこと出来るとは思ってませんよ…」

 

 

ハァ…まともに相手してもらえん可能性も多分にあるが、やらぬ後悔よりやって後悔。当たって砕けろだ。悪い方向の予想しか出来ないけど、まあそうなったらそうなった時だ。なるようになるさ。全ては終わってから考えよう。何なら呆れたナツメさんに早々と開放してもらえる可能性も…

 

ただ、流石に関係のない他人に聞かれるような事態だけは避けたい。ナツメさんが話したらそれまでだけど、それ以外で外部に漏れるような可能性は極力排除すべきだ。

 

 

「…その前に、人払いだけはお願いします」

 

「…良いでしょう。フーディン」

 

「ディン!」

 

 

ナツメさんから指示を貰って、フーディンがどこかへとテレポートしていった。部屋の入り口でも見張っててくれるのか?

 

 

「…さ、これで良いかしら?」

 

「ええ、ありがとうございます。では…【原作】のことについて話す前に、ナツメさんは…俺が『異世界から来た』と言ったら…どう思います?」

 

「………」

 

 

意を決して話し出したものの、俺からの逆の問い掛けに、ナツメさんは押し黙ってしまった。

 

まあ、いきなりこんな話されりゃ、誰だってそうなるわな。それに、ナツメさんは超能力で俺が真実と言うか、本気で話していることは分かるはずだから、余計に真意を量りかねているのではないだろうか。気まずい空気が広がる部屋の中、その表情には困惑の色が明らかに見て取れた。

 

しばしの沈黙の後、ようやくナツメさんも口を開いた。

 

 

「冗談はほどほどにして…と鼻で笑い飛ばすのが普通なのでしょう。けど…」

 

「ええ、冗談でもなんでもありません。書類上はトキワシティ出身となっていますが、それはこの世界で生きていくための真っ赤な嘘。本当はよく似た別の世界からやってきた異世界人…ってワケです。自分で言うのも気狂いのような感じがして嫌ですけど」

 

「………」

 

 

俺の与太話のような現実の話に押し黙って考え込むナツメさんを横目に、ナツメさんが入れてくれた紅茶を一口。紅茶は普段飲まないので詳しくはないが、口の中いっぱいに広がる淹れ立てで熱いぐらいの温かさと香りが徐々に全身に染み渡り、未だ残る緊張感を少しずつほぐして和らげてくれる…そんな気がした。

 

 

「いつの間にかこの世界に迷い込んだのが、今から3年ほど前の話。トキワの森を彷徨った末にサカキさんに保護されて、現在に至る…というワケです」

 

「…貴方が異世界人だと、証明出来る証拠は?」

 

「着の身着のままで投げ出されたもんで、物的な証拠は何もありませんよ。もし俺を飛ばした黒幕がいるのなら、『もうちょっとサービスしろよ』って文句言いたくなりますよ、ホント」

 

 

あの時はホント焦った。せめてもうちょっと難易度下げて欲しかったと本気で思ったわ。最初からキャンプ道具一式とか、ゲームから1体でもポケモン連れてこれる特典とかさ。最悪、財布だけでもあればまだ色々と違ったはずだ。と言うか、そもそも元の世界に戻せって話だよ。

 

 

「…仮にその話が事実だとして、それが貴方の言う【原作】と、どう関係があるのかしら?」

 

「俺のいた世界に、ポケモンはいなかったんです」

 

「…!」

 

 

まあ、この世界の人には『ポケモンのいない世界』なんて、衝撃以外の何物でもないんだろうな。俺の答えに、目を僅かに見開いて驚いたような表情を見せるナツメさんを見て、そう考えながら再び紅茶を一口。

 

 

「現実にポケモンは存在しませんでした。しかし、ポケモンと、ポケモンと共に生きる人々の姿、世界を描いた物語は、広く普及し世界的な人気を得ていました。そしてナツメさん、貴女もその物語の中に登場人物の1人として描かれている。私が言う【原作】とはその物語のことであり、その中に登場していた貴女のことなのです」

 

「俄かには信じられないけれど…つまり、貴方にとって私、そしてこの世界は、物語の中の存在…ということかしら?」

 

「ええ。そうだった…んですが、まあ、現状はこの通りです。さっき俺自身を異世界人と言いましたが、より正確には『本の中に入り込んでしまった』とでも言った方が分かりやすいし、適当でしょう」

 

「…その物語の中で、私は鞭を持って女優をしていた…と?」

 

「あー…まあ、そんなところです。もっとも、今よりもだいぶ未来の時間軸の話ですが」

 

 

そこまで言って、さらに紅茶を一口。その様をナツメさんは変わらずジッと見据えている。ここまでゲロっちまったら、後はもう溜まってるもん全部吐き出すしかない。そう考えたら、幾分気持ちは楽になる。深酒して二日酔いが酷い時と一緒だな。

 

 

「じゃあ、性格補正に努力値に個体値…だったかしら?ポケモンに関する専門用語みたいだけど、私は聞いたことさえないわ。どういうものなの?」

 

「それは俗称ですが、俺のいた世界でポケモン育成に絡んで浸透していた用語です」

 

「…ポケモン育成?貴方のいた世界、ポケモンはいなかったんじゃないの?」

 

「ポケモンのいる世界がゲーム…仮想空間…遊びのための箱庭…とでも言えば良いんでしょうか?そんな感じになっていて、そのゲームの中でポケモンを育てたり、対戦させたり…色々やって遊んでいたんです。こちらの世界との違いは、現実か仮想か、本気か遊びか…ってところでしょうか?まあ、中には本気でやってる方々もいましたが」

 

 

廃人とか廃人とか、も一つオマケに廃人とか。ホント、ポケモン廃人の皆さんの世界は魔境過ぎる。

 

 

 

その後、ナツメさんとのお話は性格補正の説明に始まり、種族値・個体値・努力値の通称3値の解説、物理技・特殊技の分類方法、ポケモンが持つ特性etc…ナツメさんによって、この時代の人たちにとっては革新的なポケモンの新情報やらなんやらを、片っ端から俺は吐き出した。

 

 

「…どうでしょう?かなり大雑把に分かり易く噛み砕いた説明をしたつもりではありますが…お判りいただけたでしょうか?」

 

「…トンチキな世迷い事を、延々と聞かされた気分ね」

 

「まあ、この世界の常識からはだいぶ乖離したこと言ってますからね…普通はそうなって、突き放されてお終いですよ」

 

「…でも、貴方のいた世界ではそれが普通なのよね?」

 

「ええ。いずれ研究者の皆さんが解明して、世に発表されていくんじゃないでしょうか?俺の持つ知識に世界が追いつくまで何年かかるかは分かりませんけど」

 

「大した自信だこと」

 

「そりゃあ、積み重ねた年季ってもんがありますから。因みに今でこそ何故かこんな成りですけど、元の世界ではいい年した社会人だったんで、精神年齢は今の貴女よりも上だったりしますよ」

 

「……貴方の言動や考えてることは子供らしくないとは思ったけど、本当に年寄りだったのね」

 

「That,s right。いや、まあ年寄りと言っても30には届かない程度なんですけどね?仕事終えて家で寝てたはずなんですけど、気付いたら子供(こんな身体)になって、トキワの森に身一つで投げ出されてました」

 

「…何故そんなことに?」

 

「さあ?それは俺が知りたい」

 

 

大人のままであれば、自分で働き口の確保とかも出来たかもしれないのに、このおかげで成り行きのままサカキさんの世話にならざるを得なかった。不便なことこの上ない。

 

…いや、戸籍やらトレーナーカードやらのことを考えると、どの道世話になるしかなかったのかな?少なくとも、生活基盤を確立出来るまではもっと時間が掛かっていた可能性はある。

 

 

「…トキワジムリーダー、ね。そう言えば、そこにも何か秘密があるようね?」

 

「……あ」

 

「………」

 

「えっと…ですね……」

 

 

まずい…ついつい話の流れで思考の俎上にサカキさんを挙げてしまった。つい目を背けたくなるが、氷のような絶対零度の眼差しはそれを許さない。

 

 

「…………ノーコメント、ってのは…?」

 

「………」

 

 

その圧力から逃れるように、頭を掻きつつどう答えたものかと知恵を絞るが、失策に気付いて返事に窮する俺に、嘘・誤魔化しの類は認めないという強い意志と言うか凄み込めて、ナツメさんの氷の眼差しが突き刺さる。

 

と言うか、さっき「誤魔化すつもりはない」って答えちゃったよ…どないしましょ?追及の手が伸びてしまった以上は、正直に全てを話す…ワケにもいかねぇよなぁ。

 

ああは言ったものの、これは今までの原作知識云々が些細な事に見えるほどに特大の爆弾案件だ。原作はもちろんのこと、今の社会情勢すら盛大にブッ壊しかねない。何とか波風立たせないように話を済ませたいが…ピンポイントでその話をする辺りナツメさんは俺を逃すつもりはないんだろう。

 

沈黙は意味を成さず、打つ手はない。最早これまで…

 

 

「……まあ、良いわ」

 

「………え?」

 

「そこまで話たくないと言うのなら、聞かないでおいてあげましょう」

 

 

…と思ったら、寸でのところでナツメさんが折れてくれた。助かった…のか?

 

 

「カントー最強の呼び声高いジムリーダーで、大企業の社長でもある人物が、実は悪の秘密結社・ロケット団のボスだった…興味深い話ね」

 

「………」

 

 

Oh…どうやらそれは早とちりだったみたいだ。言うまでもなく全部バレテーラ。

 

詰まる話、俺の足掻きは全て無駄だと、そういうことなんだな?

 

………

 

……

 

 

 

 

…いいでしょう。

 

 

「……ああ、もう!分かった、分かりましたよ!話せば良いんでしょう、話せば!後悔しても知りませんよ!?」

 

 

もうお終いだ、何もかも!後は野となれ山となれ、どうにでもなーぁれ☆

 

 

「トキワジムリーダー・サカキはポケモンマフィア・ロケット団のボスである…それが、俺が知っている事実です」

 

「…それは、貴方の知る物語でそうだったから…かしら?」

 

「………ええ。少なくとも、俺のいた世界で描かれていた物語ではそうでした。恐らく、こちらでもそれは変わりないハズですよ…」

 

 

…ああ、やってしまった…ついに言ってしまった…少なくとも、今の段階では決して誰にも言うつもりのなかった特大級の爆弾を、勢い任せに俺は世に放ってしまった。

 

この瞬間、俺の細やかな守秘努力は儚い露と消えた。さらば、俺の平穏無事なポケモンワールド生活…

 

このことがサカキさんにバレたら、俺の身に降りかかる悪い未来は容易に想像出来る。同時に、俺のみならずサカキさんの魔手はナツメさんにも伸びる可能性が十分にある。下手な動きはしないように釘は刺しておきたい。

 

むしろそうしてくれないと色々と拙いです。お願いします何でも(ry

 

 

「…で、ナツメさんはこれを知ってどうなさるおつもりで?」

 

「……心配してくれるのは嬉しいのだけど、どうもしないわよ」

 

「…え?」

 

 

どうもしない…のか?本当に?

 

 

「何故です?」

 

「…私、そういう事にあまり興味がないの」

 

「…はい?」

 

 

え…これはこれでとんでもない発言な気が…そもそも、貴女さっき「興味深い」って…

 

 

「それは貴方から話を引き出すための方便」

 

「…左様で」

 

「まだ見習いと言うか、仮の立場だもの。そんな大きな話、証拠もなしにどうこう出来るはずないでしょう?そもそも、私戦うこと自体あまり好きじゃないもの」

 

「えぇ…」

 

 

戦うことが好きじゃないって…原作でもそんなこと言ってたような気はするけど、戦うことが主なお仕事のはずだろ。そんなんでいいのかジムリーダー。

 

 

「構わないわ。私、別になりたくてジムリーダーになったワケでもないから。周りの人が推してくれるから、今の立ち位置にいるってだけよ。実力があるなら誰も文句は言わないわ」

 

 

…まあ、ジムリーダーって実力が無いと就けない仕事ではあるから、間違いではないんだろうけど…『好きこそものの上手なれ』って言葉もある。そんな調子で大丈夫か?

 

 

「超能力の修行の一環と思っているから、好きではないけどそこまで苦でもないの。それに正式なジムリーダーになったとしても、私の管轄はヤマブキシティが中心。ヤマブキで揉め事を起こすなら対処するけれど、わざわざ他所の管轄区域の出来事にまで口出しするつもりは無いわ」

 

「…さいですか」

 

「それに、無いのでしょう?その話を証明出来る物」

 

「…確かに、サカキさんとロケット団の関係を裏付けられる物的証拠はありません」

 

「でしょう?訴えたところで、証拠が無ければ貴方のこれまでの話と同じでしかないわ。決定的な証拠が無ければ…ね。いくらジムリーダーと言っても、証拠がなければ周りは動かない…それぐらい、私でも分かるわ」

 

「まぁ…それはそうでしょうが…」

 

 

…そうなんだよな。何も知らない人から見れば、サカキさんとロケット団を結び付けるような物的証拠は現状何もなく、あくまで俺が知識として知っているというだけの話でしかない。下手に訴えたとしても、なしのつぶてが関の山だろうな。

 

それに、ロケット団の手がどこまで伸びているかも分からない。最悪、嗅ぎ回っていることをロケット団側に察知されるだけだ。

 

そう考えると、逆に外部に全く悟られることなく動けているサカキさんの、リスク管理能力の高さの一端が窺い知れる。おそロシア。

 

でも、それも数年後までの話だ。

 

 

「…それは、ロケット団がいずれヤマブキシティで何かトラブルを起こす…そういうこと?」

 

 

…ここまで来た以上、ナツメさんも無関係じゃいられなくなるハズだから、下手に隠すよりも素直に全部白状した方が良いのかもしれない。

 

 

「…俺の知る物語では、ロケット団はシルフカンパニー本社ビルを襲撃していました」

 

「……へぇ」

 

「正確な日時は分かりませんが、たぶん、この世界でも数年後には起こるのではないか…そう考えています」

 

 

シルフカンパニー本社ビル襲撃事件…シルフカンパニーが開発していた究極のモンスターボール、【マスターボール】を狙ってロケット団が起こした大事件。原作ではあと一歩のところで主人公に狙いを阻止され、その後トキワジムに引き籠っていたサカキさんが再び主人公に敗れたことで、ロケット団は解散することになる。

 

原作では描かれていなかったが、規模から考えてヤマブキシティ全体を巻き込んだ一大事件だったハズ。それが失敗に終わって以降、サカキさんとロケット団は色々と追い詰められていったことは想像に難くない。そこにはたぶん、ヤマブキジムリーダーであるナツメさんも大きく関わっていたはずだ。

 

 

「……まあ、心には止めておきましょう」

 

「…出来れば、時が来るまで心の奥にしまっておいてもらえると助かります。それはもう、色々と。いずれ、否が応でもその時は来るハズですから」

 

「…いいでしょう。今は貴方を信じてあげる」

 

「ありがとうございます。是非に、お願いします」

 

 

結局、俺が抱える秘密の類は一切合切ナツメさんにバレてしまったが、それでも何とか穏便な方向に話を持っていくことが出来たので、一応は何とかなった…ってことでいいのだろうか?

 

いや、何とかなったと思おう。うん。臭い物には蓋したくなるし、見たくないものには目を瞑りたくなるものさ。そう思わないと後が怖くてやってられん。

 

 

 

 

 

 その後、色々ゲロったことで心の重石がとれたと言うか、開き直ったと言うか、自然と余裕が持てるようになった。ナツメさんも聞きたいことが聞けたからか、それまでの氷の女王の如き剣呑な雰囲気は消え、かなり遅め…それこそ夕飯直前のティータイムが始まっていた。

 

手持無沙汰に周りを見れば、全体的に明るめの色調で暖かな印象の空間が広がっていた。鏡やら化粧品やらぬいぐるみやら、女性らしいグッズも小綺麗にまとめられている。部屋の空気もオシャレな芳香剤でも使ってるのか、少し甘い香りが漂う。

 

改めて見てみると、なんと言うか…普通の女性の部屋って感じ。

 

 

「…そんなに不思議かしら?」

 

「……ええ、そうですね。少し驚いてます」

 

 

原作での個人的イメージやらあの不気味な笑顔やらもあって、もうちょっと冷たいと言うか暗いと言うか、落ち着いた大人なイメージの部屋か、私物があまりない無機質なイメージの部屋を想像していたが、思っていたよりもずっと女性らしい部屋だった。

 

実際、表情は薄かったりキツい印象だけど、話してみると案外感情豊かなのは分かる。ただ、どうあっても笑顔が怖い印象は拭えない。

 

 

「…私の顔、そんなに怖かった?」

 

「そりゃあもう、一睨みで背筋がゾクリと底冷えするような。ナツメさんもそういうこと、気にしてたりするんですね」

 

「…私だってそういうの、気にしたりはしてるのよ…?」

 

 

まあ、女性ってのはみんなそういうもんなんだろうか?女優として見るなら、それも一つの武器なのかもしれないが。

 

というか、原作での登場シーン的に、むしろそういう感じな役の方が嵌ってる可能性もある。

 

 

「そう言えば、黙っているのなら何でもしてくれるのよね?」

 

「…え?」

 

 

いや、確かについつい心の中で口走っちゃいましたけど、アレは言葉の文と言いますかネタと言いますか、一種のお約束みたいなものでありまして、そこまで深い意味があったワケでは…

 

 

「じゃ、貴方ポケギア持ってるわね?」

 

「は、はい…」

 

「番号、教えなさい」

 

「イ、イエス・マム…」

 

 

どんな無茶を言われるかと思ったが、まあそれぐらいなら…軽い気持ちで、ポケギアの電話番号を伝える。

 

 

「じゃ、お返しにこれを受け取ってもらおうかしら」

 

 

そう言って、ナツメさんが俺に渡してきたのは一切れの紙片。

 

 

「これは…?」

 

「私のポケギアの番号。無理に話聞いちゃったし、何か困ったことがあったら連絡しなさい。出来る範囲でだけど力を貸しましょう」

 

「…ありがとうございます」

 

「フーディン、彼をポケモンセンターまで送ってあげて」

 

「ディン!」

 

「…それじゃ、改めてだけれど、ヤマブキジム突破おめでとう。次のステージでの貴方の活躍を祈っているわ」

 

「…はい」

 

 

 

…そのやり取りの直後、再びの僅かな浮遊感。一瞬の後、景色はナツメさんの私室から黄昏時の街中、ポケモンセンターの前に切り替わっていた。

 

やっと終わったという安堵感、洗い浚い秘密を吐いてしまったことへの罪悪感、この先起こり得る未来への恐怖感…様々な感情と同時にドッと押し寄せた疲労感に、心身ともに圧し潰されそうになる。

 

プラマイゼロ…と気持ちを切り替えることが出来ればよかったのだが、現実はそう気楽に考えられるものでもなく、中々上手くは出来ない。時が過ぎれば朝は来る。しかし、勝利と引き換えに大き過ぎる代償を払った俺の心の夜明けまでは、もう幾分時間が必要だった。

 

或いは、このまま夜が明ける日は来ないのか…そんな暗澹たる思いの中で、ヤマブキシティ、決戦の1日は暮れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日後・4番道路ハナダシティ側ポケモンセンター~

 

 

 

 

『…続いてのニュースです。昨日、ニビシティとハナダシティを結ぶオツキミ山トンネルで発生した崩落事故。事故の原因を調査していた警察並びにニビジムの関係者によりますと、事故現場のすぐ近くでポケモンが掘ったと見られる空洞が見つかりました。このポケモンはイワークと見られ、一部にそのイワークが暴れたと見られる痕跡も残っていたとのことで、警察ではイワークが何らかの理由で暴れた結果崩落が発生したとの見方を強めています。この事故ではトンネル内を走行していたバスなど車両8台が巻き込まれ、バスの乗客など、合わせて27人が重軽傷を負い病院に搬送されています。この事故の影響でハナダシティ-ニビシティ間は全面通行止めになっており、現状で復旧のメドは立っていないとのことです』

 

「…嘘だろ」

 

 

 

…そして、こういう時に得てして悪いことは重なるものである。がっでむ。

 

 

 

 




と言うワケで、ナツメさんに主人公の抱える機密事項ほぼ全てがバレました。興味は無いとか宣ってはいますが、この先どうなることやら。

なおこの作品でのナツメさんは、JK卒業したての19歳で、表情薄くて第一印象怖いけど感情は割と豊かで、トレーナーとしては普通に強い上に反則気味の自前の超能力で相手の戦術を読んでくる鬼畜チートだけど、バトル自体はあまり好きじゃなくてジムリーダーとしての自覚にやや乏しい…そんなキャラになりました。

そして、新作発表来ましたね。また今冬が楽しみになりました。
そしてこの作品はまた1つ時代遅れに…


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第63話:ゴールは目の前

 

 

 

『…次のニュースです。今月ニビシティ-ハナダシティの間に跨るオツキミ山にて発生した大規模な崩落事故。事故の影響で通行止めが続いていたオツキミ山トンネルの復旧工事が一部完了し、安全が確保出来たことから、本日自動車道上下線と歩行者用坑道の全てが通行出来るようになりました。自動車道は当面の間片側交互通行となる予定です。

 

この事故は、崩落現場の近くで野生のイワークと見られるポケモンが暴れた痕跡が見つかっており、これが崩落が発生した原因だと見られています。また、崩落が発生する直前にポケモンマフィア・ロケット団と見られる集団が不審な行動を行っていたとの目撃情報も寄せられているとのことで、警察が関連性の調査を…』

 

 

「ふむ…しかし、災難じゃったのぉマサヒデくん」

 

「ははは…コレ知った時は流石にどうしようかと頭抱えましたよ。しかも、わざわざ遠回りしたのに、まさかニビシティに着くよりも先に復旧しちゃうとは…」

 

 

 ヤマブキジムを制し、セキエイ高原ポケモンリーグ出場、と言うよりもトキワジムリーダー・サカキさんに勝利することを目指してカントー地方ジム制覇の旅を続ける俺。ジム戦後にナツメさんに拉致された挙句、企業秘密を洗い浚いガッツリ吐かせられるという、ハプニングと言うか罰ゲームと言うか…なイベントはあったものの、気を取り直して次の一歩を踏み出してから2週間が経った。

 

季節は秋に足を踏み入れつつある時期で、まだまだ夏の香りが抜けきったわけではないが、それでも幾分か暑さも和らぎ、外にいても過ごしやすくなったように感じる。そんな時期に、次なる目的地だったニビシティ…ではなく、そこからは南に離れた始まりの町、マサラタウンはオーキド研究所。そこに俺の姿はあった。

 

ニビシティではなくマサラタウンにいる理由…全ては大体冒頭のニュース絡みのせいである。この世界ではオツキミ山の東側にもポケモンセンターがあったのだが、そこに辿り着いてすぐにこの崩落事故のことを知った。しかも発生したのは俺がポケセンに到着する少し前で、トドメにトンネル内は全面通行止め。復旧の見通しも立たずと来た。

 

当初は数日での復旧を期待して何日かポケセンに逗留して待機していたものの、あまりの規模の大きさに復旧までかなり時間がかかると判断。来た道を戻ってクチバシティから海路でグレンタウンへ。そこから船を乗り継いでマサラタウン−トキワシティと経由してニビシティに向かうルートに舵を切った。つまり、すでにニビジムを突破したワケではないし、なんならニビシティにはまだ一歩たりとも足を踏み入れてすらいないのである。

 

 

 

…で、現在はニュースの通り、わざわざ大回りしたのに先にオツキミ山トンネルが復旧しちゃったでござるの巻。トキワシティとタマムシシティの間は森林地帯かつポケモン生息域保護の名目で未開発域が多いしで、仕方なく海路を選んだ。

 

そこまではまだ良かったのだが、台風2つ立て続けに接近するという不運もあり、クチバシティとグレンタウンで合わせて1週間足止めをくらったせいもあって、高いフェリー代払って遠回りしただけになってしまった。急がば回れ、されど時には忍耐も大事。そんな感じ。ニビシティもトキワシティも、結構陸の孤島だったんだなって、今更ながら思い知った。

 

と言うか、思い返せばそもそも原作からして陸の孤島みたいなもんだったわ。

 

うーん、それにしても何と言う運の無さ…いや、ここは踏破途中じゃなくてラッキーだった、九死に一生を得た…とポジティブにでも考えるべきなのだろうか?あとサカキさん、余計な事せんといて下さい。ゲームでも化石盗掘してたからいても不思議じゃないけどさぁ…

 

 

「まあ、せっかく帰って来たんじゃ。お茶でも飲んでゆっくりいきなさい」

 

「はは…ありがとうございます、オーキド博士…」

 

 

とまあ、そういうワケで、今日の朝一の便でマサラタウンに到着した後、図鑑やら何やらの報告も兼ねてオーキド研究所を訪問。今は博士のお誘いを受けて、机を挟んで優雅に午後のティータイムと洒落込んでいる。

 

 

「それにしても、半年前にトレーナーズスクールを卒業したばかりのキミが、今や一人前のトレーナーか。トキワジムリーダーの人を見る目は確かだったようじゃのぉ。図鑑をキミに託したワシとしても鼻が高い」

 

「…いえ、まだまだ一人前には遠いです。少なくともサカキさんに勝てるようになるまでは…」

 

「ほっほ、目標が高いのは良いことじゃ。じゃがの、ワシも多くのトレーナーを見てきたが、流石に初等部卒業から半年でジムバッジを6つもゲット出来たような者はキミが初めてじゃよ。運もあったかもしれんが、それは決して才能だけではなく、キミが弛まぬ努力を積み重ねた何よりの証拠。十分誇っても良いと思うぞ」

 

 

それに…と続けたところで。博士は湯呑みに一度口を付け、ホゥ…と一息。

 

 

「…あのじゃじゃ馬(ヨーギラス)を上手いこと手懐けるどころか、進化まで持っていくとは思っとらんかった。ワシとしても予想以上じゃよ」

 

 

そう言って、博士は窓の外に目を向ける。外は窓から見える範囲全てがオーキド博士が所有する土地であり、様々なポケモンたちが放し飼いされている。流石はポケモン研究の権威、金持ってんなぁオーキド博士。

 

 

「手懐けただなんて…まだまだ振り回されることが多くて、とてもじゃないですが手懐けたなんて言えませんよ」

 

「それでも、懐こうとも馴れ合おうともせず、ボールから出す度に暴れておった一匹狼と、ある程度信頼関係を築けている。それだけでも、あ奴をキミに託して正解じゃったと思っておるよ」

 

「…そう言っていただけると、有り難いです」

 

 

半年…サナギラスとの付き合いもそんなになるのか。そして、それは俺が旅に出てから経過した時間に等しい。思い返せば、「ここまであっと言う間だったな」という思いと、「まだ半年しか経ってないのか」という思いが混じり合う。

 

 

「時間があればじっくり観察()させて欲しいもんじゃが…リーグ挑戦の期限は大丈夫かな?」

 

 

…全然大丈夫じゃないです、はい。

 

このカントージム挑戦の旅、色々とあったおかげで結構のんびりな行程になってしまっていた。で、そのスケジュール的余裕が今回のオツキミ山崩落事故&大回りのせいでゴッソリ消滅。ポケモンリーグの参加登録に間に合うかどうかがかなり微妙になるという、結構由々しき事態に直面していた。

 

ポケモンリーグセキエイ大会は毎年11月に始まり、そこから約半月掛けてカントーのアマチュアNo.1を決める、カントー地方が1年において最も盛り上がるイベントの1つ。出場するためにはカントー地方の8つのジムでバッジを獲得し、その上で会場となる【セキエイ高原】で参加登録をしなくてはならない。

 

で、その参加登録の締切日が10月末。しかも、大会に参加する者は例外なく【チャンピオンロード】を踏破した上でセキエイ高原に辿り着くことを求められる。なので、その踏破に要する時間も考えると、最短距離を駆け抜けて滑り込めるかギリギリのラインだったり。宿題が半分、それも特大の難題が残っているのに、夏休みは残り日数は1週間しかない…感覚としてはそんなところだろうか。

 

 

「えっと…実は、結構余裕無かったりしまして…」

 

「そうか…では、セキエイ大会が終わってからでも、じっくり観察させてもらうとしよう」

 

「はは…すいません」

 

 

そう言って沸々と湧いてくる焦燥感を抑えるように、淹れたてのお茶をひと口。火傷しそうな熱さと僅かなお茶の渋みが、無理矢理心を落ち着けてくれる。

 

 

「…それでは、本題に入るとしよう。図鑑がどうなっているのか、見せてもらおうか」

 

「はい」

 

 

ここから話はポケモン図鑑絡みのものに変化。ポケモン図鑑の進捗状況、オーレ地方で見たホウエン地方のポケモンたちのこと、ハッサムと特殊な手段で進化するポケモンのこと、特性…ポケモンが持つ特殊な能力のことetc…

 

話のついでに原作知識をぼかして伝えてみたりすると、それだけでも鋭い考察を披露したり、ちょっとした豆知識を教えてくれたりと、話題は尽きることなく話は弾む。ポケモンに関してはこの世界でも有数の知識を持つ、ポケモン研究の第一人者と呼ばれるだけはある。

 

 

「ホウエン地方と言えば、孫のナナミが『ホウエン地方に行きたい』と言っておったのぉ。何でも【ポケモンコンテスト】とか言うものに挑戦してみたい、と」

 

「へぇ…」

 

「ワシも詳しいことは分からんが、調べてみたところポケモンの身体の仕上がりや技の美しさなどを競う競技らしいの」

 

 

そしてタウンマップお姉さん、或いは毛繕いお姉さんこと、グリーンの姉・ナナミさんがポケモンコンテストに挑戦することを決意した模様。

 

 

「あの子は心根の優しい子じゃから、バトルよりもそういうことの方が性にはあっているじゃろうな。それで、来年から学校を休んでホウエン地方に行くことが決まっておるんじゃよ」

 

 

前回会った時にポロッとコンテストのことを話してしまった時から興味がある様子だったが、もうそういう方向の話になってたのか。原作でもコーディネーターだったと言う記述もあったはずだし、不思議じゃない。

 

ただ、そのコンテストの存在を教えたの俺なんだよなぁ。つまり、俺の話を聞いて彼女はコーディネーターとしての道を歩むことを決めたとも言える。これが原作にどんな変化をもたらすのか、未知数なのはちょっと気になるところ。変な影響が出ないと良いが…

 

それはそれとして、10歳そこそこの子供を1人旅に出させるのって、保護者としてはどんな気持ちなんだろう?

 

 

「んー…僕が言うのも変な話ですが、10歳そこそこの子供を遠く離れた土地に旅させるのって、家族として心配になったりしませんか?」

 

「む、中々に難しいことを聞くのぉ。そうじゃな…子供はどんな形であっても、遅かれ早かれいずれは旅に出るものじゃ。旅をして、その中で様々な物事を見て、聞いて、体験し、成長して大人になっていく。心配は心配じゃが、夢を持って新たな一歩を踏み出そうと言うのなら、その決意を信じ、尊重し、背中を押して見守ってやるのが家族というモノ。わしはそう思っておるよ」

 

「なるほど…」

 

「それに、今まで数え切れぬほど多くの夢と希望に燃える若者が、この研究所でポケモンを貰い、新たな一歩を踏み出して行く姿を見送り続けて来た。1人の大人として応援し、その先に素晴らしい未来が広がっていることを願う気持ちは、誰であろうとも変わらんよ」

 

 

そういう意味では、ヨーギラスを貰ってる俺も、そのオーキドチルドレンとでも言うべき数多の子供たちの1人って言えなくもないのか。それ以上にサカキさんの影響力が強いってだけで。

 

 

「そうですね…そういうものなんでしょうか?」

 

「はっはっは、キミにはまだイマイチ分かり辛いかもしれんが、この先誰かを指導するような立場になれば、自然と分かってくるじゃろう」

 

 

…あれかな?アンズ以下セキチク忍軍の皆さんを見ている感覚が近いだろうか?何となくそんな気がする。

 

あの子ら今頃何やってんだろうな?夏休みも終わってるだろうし、普通にトレーナーズスクールに通ってんのかな?マサヒデさんとしては、全員元気にやってることをお祈り申し上げる…までもなく、元気に野山を駆け回ってるんだろう。

 

 

「…っと、どちらかと言えばまだ未来を目指して駆け出したばかりの側だったのぉ。キミを見ていると、イマイチ子供を相手にしておるような気になれんわい」

 

「ははは…よく言われてます…」

 

 

そりゃあ精神年齢(なかみ)アラサー目前のいい大人ですもの。そう思われるのも致し方無しっす。

 

 

 

その後も博士とポケモン図鑑や孫絡みの話をいくらか交わしながら、オーキド研究所での穏やかなひと時は過ぎ、昼前には博士に別れを告げてニビシティを目指して自転車を漕ぎだした。

 

なお、話に出たナナミさんはモチロンのこと、レッド&グリーンの主人公ライバルコンビもトレーナーズスクールに行っていたため、今回は会えなかった。ちょっと残念。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーキド研究所を出た後は、昼ご飯を軽く済ませて1番道路を自転車で北に向かう。以前逆方向とは言え通った道だけど、だからこそ大きく感じる自転車の有無の差。徒歩だとほぼ丸1日かかっていたトキワ-マサラ間の道のりも、自転車があればかかる時間は半日だけ。そして、ニビシティに向かうなら必然的にトキワシティも通らなければならない。その日の夕暮れ前には、懐かしのトキワシティの遠望を拝むことが出来た。

 

そして、この時間からトキワの森攻略は流石に無謀。よって、こっちに来てから3年お世話になった、そして今後もしばらくはお世話になり続ける…かもしれないトキワ支社社員寮へ、半年ぶりとなる帰省…で、いいのかな?

 

 

「やあ、お帰りマサヒデ君」

 

「ご無沙汰してます、ルートさん」

 

 

管理人であるルートさんとも久しぶりの再会。サカキさんプロデュースの地獄の夏休み旅行㏌オーレ地方にも不参加だったようで、電話で話をすることはあっても、旅に出てから全く会っていないので、半年ぶりに見る顔に懐かしさを覚えずにはいられなかった。

 

 

「昨日連絡を貰った時は驚いたけど、元気そうで何よりだ。それに、ちょっと大きくなったかな?」

 

「そうでしょうか?あんまり背が伸びた気はしないんですけど…」

 

 

ちゃんと測ってるワケじゃないからなぁ。まあ、これぐらいの子供って急激に背が伸びたりするし、案外そんなもんなのかもしれん。

 

 

「それもあるけど、内面的な話さ。人として、トレーナーとして、どこか迫力が出てきたかなってこと。少し、社長に似てきたような気もするよ」

 

「え…そ、そうでしょうか…?」

 

 

ああ、『男子三日会わざれば刮目して見よ』の方でしたか。すでに呉下の阿蒙にあらず…ってね。まあ、呂蒙さんと違って俺に足りないのは圧倒的に武力の方だけど。

 

ただ、そんなに変わったかね?仲間も増えて、ジムリーダーたちとも今のとこ互角にやりあえるようになって、心に多少の余裕が持てるようになったとは思うが…そしてサカキさんに似てきたと思われることについては、喜んでいいのやら。

 

 

「ま、土産話はまたゆっくり聞かせてもらうよ。部屋はそのままにしてあるし、お風呂も沸かしてある。荷物を置いて、夕飯が出来るまでに一風呂浴びてきたらどうだい?」

 

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

 

 

ルートさんに案内されるまま部屋に向かい、荷物を放り投げて「行儀がなってない」と軽く(たしな)められる懐かしいやり取りもあった後、風呂でさっぱり。そこから食堂で夕飯を食べて、ルートさんや顔見知りの社員さんと久しぶりのお喋りを楽しむ。

 

たかが半年、されど半年。旅でどんなことがあったのか、思い返して話していけば、ずいぶんと濃密な経験をしたものだと思う。旅に出て、そのついでに押し付けられたお使いでマサラタウンへ。オーキド博士と、幼少期のレッド&グリーンコンビに会って、ヨーギラス貰って、前世?を含めて十数年ぶりのフェリーにも乗った。

 

次のグレンタウンでは、初めての…厳密に言えば初めてではないんだが…ジムリーダー戦にも挑み、勝つことが出来た。その後はポケモン屋敷で野生ポケモンを初ゲットしたり、例のポケモンに関する日記をうっかり持ち出しちゃったりもしたな。ホント、シオンタウンでフジ老人に渡せるまでは、USUMで使ってたこともあって、サカキさんに見つからないかヒヤヒヤもんだった。

 

クチバではキッズカップだったとは言え、トレーナーズスクール関連のものを除いて初めての大会に出場。結果は準優勝だったな。準決勝でスピアーが負傷してなければ或いは…まあ、こればかりは運が無かったと思うしかない。その後はヤマブキシティに着いたと思ったらサカキさんに拉致られてタマムシシティへ。ロケット団幹部の2人、アポロさん・アテナさんと知り合った。正直あまり御近付きにはなりたくなかったが…サカキさんに拾われてしまったが故の致し方ないものと割り切ろう。コラテラルコラテラル。

 

セキチクシティでの生活は、この旅の中でも一番濃密な日々だった。キョウさん&アンズ親子、セキチク忍軍を自称する皆さんとの奇襲的な出会いに始まり、1カ月半もの間ほぼ毎日を一緒に過ごした。色々と教えてもらったし、サファリゾーンにも行って、そこで初めてロケット団の悪行の現場に居合わせることもあった。セキチクシティでの1カ月半は、間違いなく俺自身のレベルアップに繋がる得難い経験をさせてもらった日々だった。

ここで長居し過ぎたが故に今困っていると言えなくもない

 

その後は、シオンタウンでフジ老人に会って、無人発電所に行って、ハナダジムを攻略した後オーレ地方に拉致されたんだよな。オーレと聞かされて嫌な予感はしていたが、まさか本当にシャドーの面々と会うことになろうとは思いも寄らなかった。ダン☆サー。

 

 

 

積もる話も終わった後は、部屋に戻ってテレビを見て就寝。たった一泊だけではあったけど、丸3年も過ごしていた場所だ。勉強時間が無くなった以外、本当に半年前の生活に戻ったよう。濃密な半年間の旅もあって、「帰って来たなぁ…」という気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌日~

 

 

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 

「はい、行ってきます!」

 

「成長した君と社長の本気のバトルが見れることを楽しみに待ってるよ」

 

「任して下さい!ササッとニビジムも制覇してトンボ返りしてきます!」

 

 

 久しぶりの自室のベッドでぐっすり休んだ俺は、朝食を済ませて程なく、ルートさんの見送りを受けニビシティへと自転車を漕ぎだした。

 

その行く手に広がるのは、トキワシティとニビシティの間に跨がる広大なトキワの森。ニビシティに行くためには越えなければならない難所だ。

 

ポケモンとの遭遇、相棒(スピアー)との邂逅(かいこう)、サカキさんとの出会い、そしてトキワシティのマサヒデとしての再出発…俺にとってこの世界における全ての始まりの地、リスポーン地点と言っていいかもしれない。

 

鬱蒼と茂る森林地帯を前に、こっちの世界にやってきた当初を思い出して尻込みするような思いも少しあったが、今はあの時とは違う。

 

本当は昔…と言っても、ほんの数年前のことだが…でも思い出しながらのんびりと感傷に浸りたいところではあるが、それはするべきことをやってからだ。

 

毎年一定数、遭難して救助される人が出ることから天然の迷路と呼ばれることもあるこの森だが、俺は3年も近くの街で過ごしている。余程の事でも起きない限り迷う理由はない。

 

少しずつ色付き始めている木々の間、快晴の日差しと枝葉が創り出す光と影のコントラストの中を、自転車を漕いで一路ニビシティを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

「OK!ヤドン、なみのりでトドメだ!」

「…やぁん!」

 

「ゴローニャ、戦闘不能!よって勝者、チャレンジャー・マサヒデ!」

 

 

 

…旅の終点まで、あと一歩。

 

 

 

 



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第64話:迷い路を行きて

 

 

 

 ここまでのスケジュール管理の失敗によって、7つ目のジムバッジを賭けたニビジム挑戦は、突破を急ぐあまりかつてない強行軍となった。何せ、ニビシティ到着のその日の内にジムトレーナー戦に挑み、翌日にはジムリーダーに挑むという電光石火っぷり。いつもはやっていた事前情報収集も全くと言っていいほどやっていない。

 

運良くジム挑戦者の登録に余裕があったため成立したものではあるが、その様は夏休み残り2、3日で積まれたままの課題を一気呵成に片付けに掛かる子供そのもの。本来ならもう少し腰を据えてかかりたかったところを、オツキミ山崩落事故とそれに伴う遠回りの結果、僅かながらも残っていた日程的な余裕がほぼほぼ削り切られてしまったが故の突撃強行だった。

本当にサカキさんは余計なことを…

 

前哨戦はシンプルにジムトレーナーとの連戦で、これは特に問題無く突破し翌日の本番へと駒を進めた。その本番、ジムリーダー戦はヤマブキジム同様の4-4のシングルバトル。そして結果は4-0のストレート勝ち。まあ、いわタイプのニビジムに対して、こちらはサンドパン・サナギラス・ラフレシア・ハッサムと主力面子が軒並みいわタイプをカモに出来る上、レベル的な問題も全くない。ちょっとしたスパイスとして添えるヤドンを加えて、即席のいわタイプ絶殺部隊の出来上がり。トドメに初手ラフレシアで油断も隙も全く無い布陣だ。イワーク・ゴローン・サイホーンとワンパンして、ラストのゴローニャは夢の世界へご招待からのヤドンの経験値へと昇華した。

 

こういう状況も考慮していたので、正直な話「ぶっつけ本番でも問題ない」という楽観的で大甘な見通しで強行軍をやったワケなんだが、その大甘な目論見通りに7つ目のジムバッジ・グレーバッジはすんなり俺の手中に納まった。一安心。なお、ハナダジムがそうであったように、やはりジムリーダーはまだ原作キャラであるタケシではなかったことは報告しておく。

 

 

 

原作的には初期に訪れる街と言うこともあって、ニビシティには他に目玉となる施設が少ない。一応ニビ科学博物館という【ひみつのコハク】(プテラ引換券)を手に入れられる施設はあるが、このポケモンリーグ挑戦登録の〆切という期日が迫っている現実の前には路端の石ころ同然。そもそも貰えるはずもないので、展示物には多少興味はあるけどわざわざ行くほどの価値はない。原作に無かった点では、後はオツキミ山に登る登山客向けの施設が目立つ程度だ。

 

そういうワケなので、ジムバッジを手に入れた今、もうニビシティに用はない。ジム戦後ポケセンへ戻った俺は、テキパキと部屋を引き払い、昼ご飯もそこそこにトキワシティへと蜻蛉返りするべく、トキワの森へ2日連続となる踏破に挑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 トキワの森は、カントー地方屈指の広大な森林地帯。その広大さは、西はセキエイ高原の麓まで、東はオツキミ山の麓、トキワシティの東側一帯まで、2つの街を外界から隔絶するように東西に長く横たわっている。その深緑の傘の下には、日中でも日差しが届き辛く薄暗い世界が広がっており、原作程極端ではないにせよ、地形に沿って右に左にグネグネと曲がりくねった道が続く。慣れるか相応の装備がないと方向感覚も覚束ず、毎年一定数の遭難者を出してるというこれ以上ない実績も加味して、天然の迷路と呼ばれる所以となっている。

 

ただ、トキワシティ-ニビシティ間は空路を使わない限り必ずこの森林地帯を踏破する必要があり、その関係上、道そのものはちゃんと整備されてはいる。なので、野生ポケモンに襲われて道を逸れるとか、余程のことがない限り遭難するようなことはほとんどない。

 

まあ、いきなり森の中に放り出された人間もここにいたりするワケなのだが…

 

 

 

このトキワの森を切り開いて作られた道、街灯は無いし、世に言うところの険道、酷道と呼ばれる道に近しいような場所も所々あるものの、それでも無いよりは断然マシというもの。

 

それに仮に迷ったとしても、今の俺には心強い仲間たちがいる。

 

スピアー…俺の相棒にしてエース。出会った当初はビードルだったが、数日間に及ぶ互いに命を懸けた生存競争に始まり、その後は共に艱難辛苦を乗り越え、今では自信を持って声高々に相棒と呼ぶに相応しい成長を遂げた頼れるパートナー。

 

 

「そんじゃスピアー、帰るぞ。着いて来い!」

「スピィ!」

 

 

いわタイプが相手と言うことで今回は出番がなかったスピアーを外に出し、一緒に風を切って森林の中を伸びる道を進んでいく。行きは考えが回らなかったが、スピアーは数か月ぶりの帰郷である。

 

トキワの森が広大な森林地帯であるとはいっても、南北に縦断かつ自転車があるのなら、走破には半日もあれば十分だということは昨日俺自身が実証済み。今日中、それも陽が沈むまでにトキワシティへ帰還することを目標に、昼ご飯もそこそこでニビシティを飛び出したが、この調子なら夕方頃にはトキワシティに帰れそうだ。

 

 

「スピアー、懐かしいか?」

「スピャッ!」

 

 

トキワの森は俺にとってこの世界におけるスポーン地点であり、トラウマのような場所だが、スピアーにとっては生まれ故郷。やはり嬉しいのだろうか、どことなく返事する鳴き声も弾んでいるように思える。

 

周囲にびっしりと林立する木々の葉も色付き始めており、秋の足音と共に、俺がトキワシティを旅立ってからの時間経過を感じさせる。思い返せば陽が暮れるのも幾分早くなった。

 

そして、そんな時期にこの場所にいることは同時に、最後にして最大の目標となる強敵との戦いが眼前に迫っている、その段階まで来れたことの証でもある。トキワシティに戻れば、8つ目のジムバッジを賭けて、そして俺自身の未来を賭けて、この旅の集大成として、ジムリーダーとしてのサカキさんに挑むことになる。

 

 

「…勝てるかな?サカキさんに」

 

 

これまでのジムリーダー相手とは異なり、今回立ち塞がる壁の大きさを、俺は嫌というほどによく理解している。丸々3年間、直接指導を受けてきたんだ。しかもこれまで何度か戦いもしたが、そのいずれもが惨敗、もしくは手を抜かれた上での惜敗。その強さは身に染みている。DNAレベルで叩き込まれていると言っても過言ではない。

 

トキワシティにサヨナラバイバイしてからここまで、原作同様にカントー地方各地を巡ってジムリーダーに挑み、勝利を掴んできた。仲間も増え、強くなった実感はあるし、実際戦力面の充実っぷりは火を見るよりも明らか。それでも、サカキさんに勝てるかと言われると…

 

 

「…キッツいなぁ」

 

 

マイナス思考のサイクルに、ついつい弱気な発言がこぼれてしまう。

 

実際、考えれば考える程に俺にとって悪条件が思い浮かぶ。ポケモンのレベルはほぼ間違いなく向こうが上。純粋な種族値(スペック)も向こうが上。タイプ相性もラフレシア、相手次第ではサンドパン・ハッサムもいけるが、他の主力級はかなり分が悪い。補助火力でサナギラス、サポート役でドガースが精々と言ったところか。

 

こうして見ると、ヤドン・コイキングの育成が間に合ってないのが痛すぎる。それぞれヤドラン・ギャラドスに進化させられていれば、厳しいながらももっと幅広い選択が出来ていたはず。今から育成しようとしても、充てられる時間も決して多くはない。レベルが上のヤドンだけでも戦力化出来ればなんとか…後悔先に立たず、だな。

 

 

「スピ、スピィッ!」

 

「ん?どうしたスピa…おーっとぉッ!」

 

 

並走するスピアーが発した鋭い鳴き声に「何だ?」と思えば、目の前に突然茂みが現れる。考え事をしながら自転車を走らせていたせいか、道路脇の茂みに危うく突っ込みそうになっていた。

 

慌ててハンドルを切って、間一髪で痛い思いをしないで済んだ。危ない危ない。やっぱ運転中は運転に集中しないと駄目だわ。

 

 

「すまん、助かったスピアー。考え事してたわ」

 

「スピッ!」

 

「しっかりしろ、ってか?返す言葉もない」

 

 

ちゃんと前見て運転しろという意味か、はたまたちょっとアンニュイな感じになってしまったのを見破られたか、「しっかりしろ」と喝を入れられた。そんな気がした。

 

 

「スピ、スピィーッ!」

 

「…俺が何とかする、かな?ハハッ、流石は相棒。頼もしいねぇ」

 

 

立て続けに威勢良く何かを捲し立てるスピアー。「絶対勝つ!俺が何とかする!気合い入れろ!」と、スピアーの様子から察するにそんなところだろう。良い相棒を持ったと、素直に思うわ。

 

スピアーは相棒でエース。うちの面子の中で一番鍛えられてるのは間違いなくスピアーだ。それは仲間が増えた今も変わりはない。サカキさんのポケモンとの対戦経験だって、主力が相手だったかどうかはさておき、十分ある。

 

ただ、サカキさんが使って来ると想定しているサイドン、ニド夫婦なんかは、スピアー単体ではどうしようもない。そういうのを技構成や戦術でどうにかするのがトレーナーの腕だと言われるかもしれないが、タイプ相性、レベル差、種族値、経験と、ほぼ何から何まで向こうが上である。せめて"ドリルライナー"、それか"ギガインパクト・とどめばり"辺りでもあればまだ戦い様はあるんだが、現状では如何ともし難い。

 

しかし、エース兼相棒をこの大一番で手持ちから外すのは如何なものか…

 

 

 

…いや、もう一度思い出せ。俺がサカキさんに挑む理由は何だ?何のための半年間だった?ジムバッジをすべて集めるため?ポケモンリーグに出場するため?否、この世界で独力で生きていくための力、術を手に入れるため、そのための半年間、ここまでの旅路だったはずだ。

 

武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候…どんなに悪い評価をされようとも、勝利する事こそが最も大事なことである…戦国時代の武将・朝倉宗滴の言葉だ。今の俺には、サカキさんに勝つことこそが一番重要なことであり、そのための最善を尽くすことが求められている。サカキさんに勝ってこそ、俺は自信を持って一本立ちすることが出来る。そして、未来に待っているであろうロケット団という呪縛を振り払うことが出来る。そのはずなんだ。

 

 

「…そうだよな、そのために今まで頑張って来たんだもんな」

 

 

サカキさんに勝つ。その目標を、気概を、覚悟を、再確認する。

 

 

「スピアー…絶対勝つぞ、サカキさんに。何が何でも」

 

「スッピィ!」

 

 

このままであれば、スピアーには応援しててもらうことになるだろう。心の中で「申し訳ない」と思いながらも、それもまた勝利への覚悟、必要なことと割り切る。

 

とりあえず、トキワシティに戻ったらまずはヤドンの戦力化が急務だ。あと5ぐらい上げられれば、ある程度計算出来るかもしれん。ヤドランにまで出来れば言うことはない。トキワジムの皆さん、協力してくれるだろうか?

 

それと、今は単体での戦闘を考えた技構成…所謂旅パ的な構成にしている部分が多いが、そろそろ本格的にガチパ仕様にすることが必要かもしれない。技構成と…持ち物もそう。TCP社だけでなく、天下のシルフカンパニーなんかからも、様々な効果を持つアイテムがちょっとずつ世に出回り始めている。いずれも原作にあったアイテムだ。

 

幸い、実弾(かね)はまだ幾分か余裕がある。大体はあの地獄の夏季休暇旅行でオーレ地方の悪漢相手に稼いだ賞金だ。こればかりはシャドー様々だな。

 

そういうワケなので、技マシンも持ち物も、今の仲間たち、知識、俺が持つ出来る限りの手を尽くす。最悪、手持ちの残弾全部吐き出すことになろうとも、サカキさんだけは絶対に倒す。

 

そして、勝利することが出来たその暁には…

 

 

 

でも時代の先取りは流石に自重

 

 

 

 

 

 

 

来るこの旅の最終関門にして、事実上の最終決戦へ思いを巡らせながら、鬱蒼とした先の見えないこの道を進んでいく。今は何も見えずとも、1~2時間も走れば、その先にはトキワシティの懐かしい景色、見知った街並みが待っている。

 

何も見えないのは未来も同じ。俺の行く道の先に待っているのは、明るく美しく素晴らしい景色か、それとも陰鬱で出口の見えない暗闇か…不安は募るが、己の運命は己の手で切り開くものでもある。ならば、俺は俺のやってきたことを信じ、仲間を信じ、駆け抜けるだけだ。

 

気付いた頃には心の中の弱気は消え去り、ペダルを漕ぐ足にも自然と力が入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そして数日後。

 

 

 

「これより、ジムリーダー・サカキとチャレンジャー・マサヒデによるジム戦を行います!」

 

 

決戦の時、来たれり。

 

こっちの世界にやって来て3年。幾度となく努力の汗と無力さへの涙、鬼畜な指導者への不平不満と罵詈雑言を垂れ流した懐かしき場所、トキワジム。そのメインフィールドに俺は立っている。

 

見据えた先には、黒スーツに短いオールバックヘアーの男。胸元にRの文字が無いこと以外、原作における姿格好そのままのジムリーダー・サカキさん。あの地獄のオーレ旅行絡み以降は会っておらず、この日が約2カ月ぶりの再会となる。

 

レッドさんだとか、ワタルさんだとか、大誤算…もとい、ダイゴさんだとか、ポケモン世界におけるラスボスは数多く存在するが、俺にとっての紛うことなきラスボスは現状この人しかありえん。

 

 

 

「サカキさん、約束通りジムバッジ7つ、集めて来ましたよ」

 

「クク…期待はしていた。だが、本当に1年と経たずに私と戦うところまで来るか。こればかりは褒めてやるしかないな」

 

 

そう静かに笑うサカキさん。相変わらず王者と言うか、ラスボスの風格が溢れ出ている。それはもうシロガネ山のレッドさん顔負けのラスボスっぷりである。もう前に立ってるだけでちびりそうになる。いや、実際にはちびらんけどな。

 

大体、ここで気迫負けしてちゃ、この先には進めないとも思う。

 

 

「それはモチロン、サカキさんに勝つのが最終目標ですから」

 

「ほう、ポケモンリーグ優勝ではなく…か?」

 

「ええ」

 

「…フッ、私が最終目標か。であるのならば、トキワジムリーダーとして、恥ずかしいバトルは見せられんな。全力で相手をしよう。お前の半年の成果、見せてもらおうか」

 

「はい、よろしくお願いします…っ!」

 

 

それを境にお互いフィールドの端へ移動。バトル開始の合図を待つことになる。

 

 

「試合に先立ち、レギュレーションを確認します!使用するポケモンは互いに5体、持ち物はあり、ポケモンの交代はチャレンジャーにのみ認められます!」

 

 

試合のルールは事前に確認済み。まあ、当然か。

 

旅の総仕上げ、半年の集大成、最終決戦…色んな表現を並べて強い決意を持って臨むこの運命の一戦。トキワシティに戻ってから、どのポケモンたちを連れていくか、どう戦うかを一晩じっくりと熟考し、考えを整理し、数日かけてしっかり調整。その後、調整結果を見て戦略の練り直しを行ってから最終調整。

 

そうして組み上げた対サカキさん用パーティが、これだ…!

 

 

・キュウコン ♀ Lv49

持ち物:きあいのハチマキ

特性:もらいび

ワザ:かえんほうしゃ ソーラービーム

   あやしいひかり にほんばれ

 

・ラフレシア ♀ Lv52

持ち物:きせきのタネ

特性:ようりょくそ

ワザ:ギガドレイン ヘドロばくだん

   ねむりごな にほんばれ

 

・ハッサム ♂ Lv49

持ち物:ピントレンズ

特性:テクニシャン

ワザ:れんぞくぎり メタルクロー(バレパン)

   すなあらし こうそくいどう

 

・サナギラス ♂ Lv50

持ち物:きあいのハチマキ

特性:だっぴ

ワザ:いわなだれ かみくだく

   すなあらし じしん

 

・サンドパン ♂ Lv52

持ち物:ひかりのこな

特性:すながくれ

ワザ:じしん かげぶんしん

   すなあらし つるぎのまい

 

 

 

…以上!見ての通り、キュウコンとラフレシア、サンドパンとサナギラスという晴れと砂嵐の天候2つを軸に、じめんタイプと複合して持ってるポケモンが多いいわタイプを意識してハッサムを添えた形。地面タイプ相手に相性の悪い攻撃技は、基本的に補助技と入れ替えてある。当然、技マシンも大盤振る舞いだ。おかげで素寒貧…とまではいかないが、かなり懐はお寒くなり申した。まあ、これも必要な出費だ…そう信じる。

 

あとは晴れ軸から行くか、砂軸から行くかの選択。これも勝負の行方を左右する重要なポイントだと見る。

 

原作において、ジムリーダーとしてのサカキさんが使うポケモンは、ニド夫婦にサイホーン系統とダグトリオ。ここで例えば、サイホーンvsラフレシアなんて展開になれば、文句なしに選出勝ちだ。しかし、ニド夫婦vsラフレシアなんて対面になったらどうだろう?絶対的に不利な対面ではないが、苦しい戦いを強いられるだろう。サカキさんが相手ならばなおのこと、一手先を取れるかどうかは重い。

 

それと、サカキさんは原作で他にガルーラ、ペルシアン、後々の作品でゴローニャやらサンドパン、ドンカラスなんかも使っていたが、いつもではないがジムリーダーであるサカキさんを見てきた身としては、じめんタイプではないポケモンの使用は除外して良いと考えている。

 

例外的に、どこぞのお騒がせな電気ジムリーダーのようなのもいることはいる。環境に問題があったとは言え、状況次第では「コイツが俺の切り札だ」とか言って、電気ジムなのにオクタン繰り出してきたりするあの絵面は中々にシュールだったな。

 

が、サカキさんの使うポケモンは想定の範囲を外れることはないハズだ。もしもサカキさんにそんなことをされたら…うむ、今回は運が無かったと割り切るとするかー。切り替えて再挑戦だ、再挑戦。

 

 

 

なお、あれだけ戦力化を急いだヤドンだが、結局育成が間に合わず、最終メンバーからは外す形になってしまった。ポケモンリーグに向けてトレーナーたちが最後の追い込みに入っている時期なため、ジムトレーナーの皆さんは多忙を極めており、とてもではないが練習相手をしてもらえるような状況じゃなかった。シカタナイネ。

 

なので、結局はスピアー以外の早い時期から主力を張った面子が揃い踏みする構成になった。スピアーはお守り兼応援団長として、入ったボールを首からぶら下げている。

 

 

 

 

 

「両者、準備はよろしいか?」

 

 

まあ、選出に関しては完全なジャンケンの出たとこ勝負。すでにこっちの先発は決めているから、後はシミュレートした通りに動かせるかどうかさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では…バトル開始ィッ!」

 

「キュウコン、ゴーッ!」

「いけ、サンドパン」

 

 

 

vsトキワジムリーダー・サカキ。この世界の命運…を賭けているかもしれないし、そうじゃないかもしれない、けど少なくとも俺の今後を左右しうる運命の一戦だ。

 

さあ、腹括っていくぞ!

 

 

 




お待たせしました、vsサカキ戦の開幕です。スピアーを組み込むかどうか、結構悩みましたが本気で勝つなら?と考えた結果、泣く泣くベンチウォーマーをやってもらうことにしました。エースなのにこの大一番にベンチ待機…まあ、彼には別の活躍の舞台を用意して埋め合わせしましょう。

技・持ち物構成に関しては、パイラコロシアムの準優勝賞金をほぼ注ぎ込んで、第2世代の状況で可能な限りの地面対策という感じでしょうか。どこに売ってたのか?と言われると…まあ、トキワシティは陸路だとジョウトと一番近いし、(たぶん)ロケット団もいるし、ある程度は流入していたんでしょう。たぶん。


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第65話:終わりの地、始まりの街(1)

 

 

 

「いけ、サンドパン」

「キュウコン、ゴーッ!」

 

「ギュイィッ!」

「クォンッ!」

 

 

 審判の合図と同時に、俺とサカキさん双方の先発のポケモンがフィールドに姿を現した。こちらの先発がキュウコン。対してサカキさんの先発は…まさかのサンドパンという。これは俺への試練、もしくは当てつけのつもりなのか?流石にそれは考えすぎか?俺の主力の一角にサンドパンがいることを分かっている上でのこの選出。普通にじめんタイプだし、何も不思議なことではないが…

 

でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。サカキさんの意図はともかく、ここからどうするか、どう動けば有利に試合を進められるか考えるんだ。

 

先発の対面は決して良い盤面ではないが、キュウコンなら想定したポケモンのどれが来ても、最低限の仕事は出来るはずだ。最悪というほどでもない。最悪は回避出来る可能性の高い選出をしただけとも言う。

 

で、サンドパンが相手となると…エナボも無いし、サカキさんから見れば有利な対面。初手から攻めて来る可能性大。と言うか、サカキさん自体そういう小細工を弄するより、真正面から圧し潰しに来る方がしっくり来る。

 

…なら、キュウコンには予定通りに最低限の仕事をやってもらうとしよう。

 

 

「キュウコン、にほんばれ!」

「クォーン!」

 

 

甲高い鳴き声と共に創り出された疑似太陽が、ジムの天井付近まで撃ち上げられ、フィールドを照らし始める。ジリジリと焼き付くようなその日差しは、季節的に残暑が厳しいと言うか、夏が戻って来たような感じ。

 

 

「"じしん"だ」

「ギュイィーッ!」

 

 

US・UMでも見た指パッチン。その小気味の良い音を合図に、フィールド全体がグラグラと揺れ始める。頑丈なはずのジムの建物が嫌な音を立てて軋み出し、同じフィールドにいる俺には、立っているのもやっとな状況に。それでも戦況から目を離すまいと懸命に踏ん張ってフィールドに視線を向け続けていると、次々と地割れが走り、隆起、陥没。流石はじめんタイプの大技と言うべきか、それともサンドパンがよく鍛えられてると言うべきか…どちらにせよ、凄まじい威力だ。

 

そして、ようやく揺れが治まった頃には、キレイに整備されていたはずのフィールドは、砂煙の舞う無惨な姿に様変わり。そのボコボコになったフィールド、砂煙の中で、キュウコンは倒れていた。

 

 

「キュウコン、戦闘不能!」

 

 

じめんタイプ最強クラスの大火力、弱点も突かれたキュウコンに為す術は無かった。文句のつけようもないワンパンKOだ。

 

ここは流石のジムリーダー、流石のサカキさん。一発耐えてもうワンアクションとか皮算用していたが、甘すぎる考えだった。

 

 

「…キュウコン、ご苦労さん」

 

 

キュウコンを戻して、まずは一本先行された形。それでも、キュウコンに最低限させたかったことは出来ている。これも折り込み済みな事態。場は整った。

 

 

「んじゃ、行ってこいラフレシア!」

「らっふ~!」

 

 

2番手として送り出すのはラフレシア。特性を活かして晴れ下で上から殴り倒す、対サカキさん用パーティの1つ目の要だ。まずはラフレシアでどこまで行けるか、何体抜けるかが勝負。

 

 

「ラフレシア、ギガドレイン!」

「らっふぅ~!」

 

 

弾かれたようにラフレシアが動き出す。荒れに荒れたフィールドを飛び跳ねるように、必中の距離まで接近。そのままサンドパンに仕掛けた。頭に咲き誇る重厚な巨大な花、その重さを感じさせないウサギのような敏捷さだ。

 

 

「迎え撃て。じしんだ」

「ギュイッ!」

 

 

それを見たサカキさん、落ち着いた様子でサンドパンに再度じしんを指示。しかし、些か機敏さが足りない。なんならうちのサンドパンよりも動きが緩慢だ。そんなスピードでは、キュウコンが残した疑似太陽の光を受けたラフレシアは止められん。

 

 

「ら~、ふぅ~ッ!」

「キュ…ィ…ッ!」

 

 

予想通り、サンドパンの攻撃よりも先に、ラフレシアのギガドレインがサンドパンに撃ち込まれる。迎撃態勢のサンドパンは、踏ん張り切れずに吹き飛んだ。

 

効果抜群。しかも、ラフレシアの持ち物は草技の威力を底上げする【きせきのタネ】。サカキさんのポケモンとレベル差がある場合を考えて、少しでも火力を…と考えての持ち物選択だった。サンドパンの特殊耐久は大したことないので、確定一発も十分狙えると思うが…?

 

 

「…サンドパン、戦闘不能!」

 

「よしっ!」

 

 

まずはノーダメージで1体。キュウコンが先に倒されたが、その犠牲に見合うだけの順調な立ち上がりに出来た。

 

それにこのまま晴れが続くのなら、大半のサカキさんのポケモンには先行ギガドレインを叩き込めるはず。ラフレシアで行けるところまで行くぞ。

 

 

「得意の天候操作か。手慣れたものだな」

 

「別に得意というワケでは…」

 

 

手持ち的にそれが一番勝ちに繋がり易いと思ってるからそう組んでるだけの話でして。あとは選択不可な選択肢が多いってのもある。未発見の技とか他地方の技マシンとかタマゴ技とか。手慣れてるのは否定しない。

 

そう考えると、他地方のポケモンも欲しくなっちゃうんだよなぁ。

 

 

「だが、1体無傷で突破したからと、この程度で満足してはいないだろう?」

 

「もちろんですよ。どうすればサカキさんに勝てるか考えて、勝つために来たんですから」

 

「それは私も同じこと。その戦術、どこまで通じるかな?いけ、ニドクイン」

「クィィーン!」

 

 

こちらの手の内はほぼ丸裸、ってか。そんなことは百も承知の上で、俺は勝ちに来たんだ。

 

そんなサカキさんの2体目として出てきたのはニド夫婦の妻の方、ニドクイン。言うだけあって、俺の好き勝手にさせてはくれないらしい。まあ、カントーのじめんタイプで草技等倍で受けられるのはこいつらしかおらん以上、順当な選択か。後はどんな技を持っているかだが…さあ、どう来る?

 

 

「かえんほうしゃだ」

「クルィィーッ!」

 

 

かえんほうしゃ!

 

 

「回避ッ!」

「らふ~!」

 

 

ラフレシアが力強く軽快に飛び跳ね、その場所を一歩遅れて太いぶっとい火線が通過。流石は初代技のデパートの一角。この晴れを逆に利用されてしまうか…

 

あの一撃をまともにくらえば、致命傷になり得る…だったら!

 

 

「ねむりごなだ!」

「らっふ~!」

 

 

取り敢えず撃っておけば何とかなる、困った時の安定択ねむりごな。出来るだけラフレシアの体力は温存したいから、燃やしてくるニドクインの相手はしたくない。

 

高速で接近して、頭部の花から盛大に催眠効果のある花粉をまき散らす。さながら、花粉の大噴火。

 

 

「クィ…」

 

 

ニドクインはその噴火半径から逃れられない。いや、なんなら逃げようとすらせず、降り積もる粉塵の中で眠りに…

 

 

「…ィイイーン…ッ!」

 

「…当たっただろ!?」

 

 

…落ちない。外したワケではない。確かに当たっているはずだ。何故…

 

 

「クィ、クィン!」

 

「ッ…、木の実か…!」

 

 

当たったのにまるで効いていないニドクインをよく見れば、何かを食べているような仕草をしていた。カゴのみか、ラムのみか…どちらにせよ、ニドクインの持ち物が効果を発揮し、ねむりごなが無効にされたことは間違いない。

 

 

「そう来ると思って持たせておいて正解だった」

 

 

サカキさんのその言葉で、してやられたことを理解した。自分が出来ることは他人にも出来る。サカキさんには何度か見せている戦法である以上、十分あり得ることか。

 

これまで他のトレーナーが目に見える形で持ち物を使ってくることがあまり無かったので、すっかり意識から抜け落ちていた。

 

反省。

 

 

「ニドクイン」

「クィン!」

 

「らふっ!?」

 

 

ラフレシアはようやくねむりごなが不発に終わったことに気付いた。そこを狙ってか、眠気を振り払ったニドクインは再び攻撃態勢。口元でオレンジの炎が渦巻き出す。

 

 

「焼き払え」

「クィイーンッ!」

 

 

満を持してとばかりに、放たれたかえんほうしゃがラフレシアに迫る。

 

回避…は間に合わないか…!

 

 

「く…ッ、ラフレシア、もう一度ねむりごな!」

「ら、らふっ!」

 

 

ニドクインへの有効打は等倍で入るギガドレインのみ。このままやっても押し負ける。回避不能なら、もう一度挑戦する他ないだろう。

 

 

「ら、ふ…ぅ…っ!」

 

 

直後、灼熱の光線がラフレシアを襲った。

 

しばらく踏ん張っていたが、弱点である炎とその圧に耐え切れず、大きく吹っ飛ばされた。

 

 

「ラフレシア、立てるか!?」

「ら…ふぅ…!」

 

 

俺の呼び掛けに、ラフレシアは蹌踉めきながらも何とか立ち上がった。戦闘は続行可能だ。良かった。

 

しかし、晴れ下での炎技。大ダメージは疑いようもない。

 

 

「クィ……ン…zzz」

 

 

しかし、その大ダメージと引き換えに、何とかニドクインを眠らせることには成功。ギリギリで技の発動が間に合っていたようだ。

 

それだけ確認して、俺は迷わず動いた。

 

 

「戻れ、ラフレシア!」

 

 

傷付いたラフレシアを一度引っ込める。ラフレシアはこのバトルの最重要戦力。そのために重点的にレベル上げもしたんだ。こんな序盤で無理をして失うワケにはいかない。

 

ラフレシアをボールに戻した後、一瞬の逡巡。そして…

 

 

「頼んだぞ、サナギラス!」

「ギィ…ッ!」

 

 

フィールドに送ったのはサナギラス。

 

 

「ギィ!ギィィーッ!」

 

 

フィールドに出ると同時に相手に向かっていこうとするサナギラスだが、交代ペナルティがかかってその場に拘束される。それを強引に振り払ってでも前に進もうとする姿勢は、旺盛な闘争心の表れだろう…と、好意的に思うことにする。

 

気性難で扱い辛いところのあるコイツだけど、攻撃面に関しては間違いなく優秀なんだ。その激情を勝利への原動力にするんだ。

 

さあ、見せてみろ。お前のパワーを!

 

 

「じしんだ!」

「ギィィッ!」

 

 

ペナルティが解けて最初の一手。選択したのは本来ならレベルアップで自力習得出来るところを、この一戦のために大枚叩いて技マシンを購入して覚えさせた大技・じしん。トキワジムを、本日二度目の大揺れが襲う。

 

ニドクインは…目覚めない。痛い出費だったが、それに見合うだけの価値はあるはずだ。いや、無いと困る。

 

 

「z…クィ……クィ…ッ!」

 

 

眠っていたニドクインは当然、避けることも防御姿勢も取れず、まともに巻き込まれて転がされる。しかし、弱点を突いた一撃だったが思ったほど効いているように見えなかった。しかも、ダメージを受けた衝撃でか、目を覚ましてしまった。

 

 

「ニドクイン、十分寝ただろう?やり返せ」

「クルィィーーンッ!」

 

 

眠りから覚めたニドクインから、お返しのじしん。

 

 

「くっ…こっちもじしんだ!」

「ギィィ…ッ!」

 

 

サナギラスも再度じしんで応戦。俺とサカキさんの双方が、同じ技をほぼ同じタイミングで撃った結果、三度大揺れのトキワジム。2つの地震が同時発生ということで、その強度は最早立っていることが出来ないレベルになった。元の世界だったら、緊急地震速報が連発して大変なことになってそうだな。

 

そんな状況なので、不格好と言うか情けないと言うか、片膝着いて両手も揺れる地面にという、陸上のクラウチングスタートみたいな体勢で揺れが治まるのを待つ。なお、そんな状況でもサカキさんは微動だにしていない。審判役のジムトレーナーも平然と試合の行方を見守っている。このジムの人たち、フィジカルまでヤバすぎな件。

 

 

「ク…ルィ~…」

 

「ギ…ィ……」

 

 

もっとも、その最前線を戦うポケモンたちの方はそうもいかない。ニドクインは前のめりに倒れ伏し、サナギラスは地震で出来た裂け目にスッポリと嵌まって横たわっていた。

 

互いに相手の弱点を突き合う形。起き上がるだけの体力は…流石に無理か。

 

 

「ニドクイン、サナギラス、両者戦闘不能ッ!」

 

 

サナギラスとニドクインは相打ち。持たせていたきあいのハチマキは、残念ながらその役割を果たすことなく終わった。まあ、仕方ない。やっぱハチマキよりもタスキだわ。

 

 

「すまん、サナギラス」

 

 

半ば出落ちのような形になってしまったことを謝りながら、サナギラスを戻す。それとほぼ同時に、ジムの天井で煌々と輝いていた疑似太陽の光が急速に弱まっていく。こっちも時間切れか。

 

さあ、互いにフィールドのポケモンがいなくなり、サカキさんの次のポケモンは?…と、言いたいが、妻がいて夫がおらんなんてことはなかろう。

 

 

「サンドパン、頼んだぞッ!」

「キュイィーッ!」

 

 

こちらはニドキングを読んでのサンドパンを選択。

 

 

「いけ、サイドン」

「グォオォォーッ!」

 

 

そしてサカキさんの選択は、ニド夫婦の夫の方…じゃねーのかい。腹の底に響くような雄叫びを上げて現れたのは、サイホーンが進化した姿のサイドン。読みが外れた。

 

しかし、ゲームではエースだったサイドンが3体目で出て来るか。今まで何度かサカキさんのジム戦を見学した時は、普通にエースだったはずだが…ニドキングはいるとして、後ろに何が控えてるんだ?初代、第2世代辺りでサイドンよりも強い地面ポケモンって何かいたっけか?

 

…あ、ガラガラか!?それも第2世代で猛威を振るった、持ち物【ふといホネ】を持たせたガラガラ。カラカラ・ガラガラのこうげきを2倍にするその効果により、生半可なポケモンはおろか、ある程度耐久のあるポケモンですらも、平然と確定1、2発で持っていく超火力で歴史に名を刻んだ存在だ。それならサイドンを差し置いてのエース扱いも納得出来る。

 

或いはダグトリオも可能性としてはあるか?素早さは初代のじめんタイプとしては突出しているし、攻撃も十分ある。上から殴れる分においては十分フィニッシャーになり得る。

 

 

「きっついなぁ…」

 

 

自分の中で見つけた推測に、つい顔が歪む。仮に、サカキさんのラストをガラガラと想定したら、今の俺の手持ちでは、たぶんその火力を受け止められない。ダグトリオと想定したら、素早さで上を取られて圧し潰される。

 

頭の片隅に浮かぶ嫌な予想に勝ち筋を見出すには、現状ではサンドパンが積んだ状態で運ゲーに持ち込むか、残っている3体掛かりでどうにか抑え込むか、何とかにほんばれを再展開した状況下でラフレシアと対面させるか…それぐらいしか思いつけない。そして、現状サカキさんの残る3体を完封出来るかと言われればそれは高望みであり、ラフレシアは相手の攻撃を1回受けること前提で交代させることが出来ない。

 

よって、ここはそれまでに何とかサンドパンで【すながくれ+かげぶんしん+ひかりのこな】で運ゲーに持ち込み、あわよくばつるぎのまいまで積んで、迎え撃てる状態に持っていくのが最適解と判断した。

 

 

「すなあらし!」

「キュイ!」

 

 

何はさておき、まずは元々の予定通りすなあらしを発動。特性すながくれを発動させる。運任せになるが、運も実力の内なんて言葉もある。それもまた勝負だ。

 

 

「サイドン、すてみタックル」

「グァアッ!」

 

 

砂塵に紛れようとするサンドパンに向かって、唸り声を上げながらその巨体を弾ませて、サイドンが突っ込んでくる。

 

「ギュキュ…ッ」

 

 

これにサンドパンは捉えられた。勢いよく弾き飛ばされて砂嵐の中を俺の近くまで転がってくる。

 

サイドンの能力的には無視出来ないダメージ…と言いたいが、受けるサンドパンの物理方面の耐久力も中々のもの。何発も耐えられるワケじゃないが、戦闘にはまだまだ支障はない。それでも受けられて3、4発が限度かな。

 

しかし、技のデパートと呼ばれたニドキングやニドクインには若干及ばないが、サイドンも技のレパートリーは豊富だったはず。れいとうビームとか"なみのり"などを撃ってこないところ見るに、弱点を突ける技は持ってないと見た。

 

 

「かげぶんしんッ!」

「キュ、キュイッ!」

 

 

まあ、だからと言って安心出来るもんでもないし、立ち止まっている暇はない。即座にかげぶんしんを指示。サンドパンの分身が2体、3体と現れる。

 

 

「すてみタックルだ」

「グォアァッ!」

 

 

サカキさんの選択は再びすてみタックル。しかし、今度は砂塵と分身に惑わされたか、サイドンの突撃はあらぬ方向へと向かい、空振りに終わった。

 

 

「まだまだ、かげぶんしん!」

「キュッ!」

 

 

サイドンがサンドパンの姿がないことに困惑している間に、着々とかげぶんしんを積み上げていく。せめて3回は積みたいところ。

 

 

「…なるほど、な。サイドン、ここはじしんだ!」

「グルゥガァーッ!」

 

 

ここでサカキさんは攻撃技をすてみタックルからじしんにシフト。点の攻撃では効果が薄いと判断したのか、面で制圧しに来た。

 

本日4回目の大揺れ。ジムの建物が軋み、フィールドは隆起したり捲れ上がったり、陥没したりひび割れたり、この世の終わりを想像させる破壊的な力が全てを襲う。

 

 

「キュ、キュ、キュイ~ッ!」

「…よ、よし!いいぞサンドパン!」

 

 

このまっ平らな場所がほぼ残されていない荒れ果てたフィールドを、サンドパンは転々としながらも平然と攻撃をやり過ごしていた。「地震なんてどうやって避けるんだろう?」とか思っていたが、何故か回避出来ているようだ。やるな、サンドパン。

 

 

「もう1回かげぶんしん!」

「キュッ!」

 

 

3回目のかげぶんしん。これで砂嵐の中で生み出されたサンドパンの分身は、サイドンの攻撃で搔き消された分を除いても全部で20体を超えた。ここまで積めば、砂嵐が晴れてもそれなりに安心出来るのではないだろうか。

 

 

「…チッ、これは一筋縄ではいきそうにないな。面倒なことをやってくれる」

 

 

当たらない攻撃、3回目のかげぶんしん。この状況に、サカキさんはそう吐き捨てる。

 

 

「やむを得まい。サイドン、"じわれ"だ」

「グラアァッ!」

 

「ッ!?まず…っ!」

 

 

サイドンがじしんの時よりも、気持ち大きな動作でフィールドを踏み抜くと、そこから大きな地鳴りと共にパックリと地面が真っ二つに裂け始めた。

 

 

「避けろ、サンドパンッ!」

「キュッ!?」

 

 

地割れが一直線にこちらのフィールドまで向かってくるのを見て、俺は思わず大声で叫んだ。だが、幸い地割れはサンドパンからは離れた場所を進み、サンドパンに当たることなく、その大きく長い口を閉じた。

 

確かに思い返してみれば、初代ではトキワジムでサカキさんに勝った後にくれる技マシンはじわれだった。だから、使ってくることは何もおかしくない。おかしくないが、ここでこれはいくら何でも心臓に悪過ぎる。

 

 

「じしんだ!」

「キュッ!」

 

 

一撃必殺技は仕様として、命中率は相手が同レベルなら3割、自分よりもレベルが上の相手には効果がなく、相手のレベルが自分よりも低いほど命中率が高くなる。そして、回避率の増減は命中率に全く関係がない。つまり、サンドパンのここまでの積みが意味を成さない。

 

流石にじわれを見せられて、悠長につるぎのまいまで積んでいる余裕は無かった。

 

 

「グォォ…ッ」

 

 

6回目の地震が、ジム全体を揺らす。受けるサイドンは割れたフィールドに足を取られて転倒し、揺れる地面にお手玉され、苦悶の呻き声を上げている。

 

しかし、物理方面は流石の高種族値なサイドン。サンドパンを以てしても、一撃で倒し切るには火力が足りない。

 

 

「立て、サイドン。じわれだ」

「グゥオアァァーッ!」

 

「こっちもじしんだ!」

「キュィィーッ!」

 

 

激しい揺れに、大きな地響き。砂嵐が吹き荒び、大地は裂ける。

 

 

「うおぉ…っ」

 

 

この世の終わりか終わった後か、そんな気すらしてくる大揺れを何とか堪えながら、戦いの行方を固唾を飲んで見守る。

 

その内に徐々に揺れが小さくなり、それとほぼ時を同じくして砂嵐も止み始めた。

 

そうして揺れが治まり、砂嵐も止んだフィールドに立っていたのは…

 

 

 

 

 

 

「グ…ラアァーッ!」

 

 

…サカキさんのサイドン、だけ。

 

サンドパンはどうした。そう思って見渡すと、フィールドに走った一筋の亀裂に挟まり、ぐったりしているサンドパンの姿があった。

 

 

「サンドパン、戦闘不能!」

 

「…サンドパン、ご苦労さん」

 

 

一撃必殺技、炸裂。サイドンとの撃ち合いにあと一歩及ばなかった。ついさっき運も実力の内とは言ったけど、まさか運ゲー仕掛けようとしたこっちが分からされる側になっちゃうとは…ツイてない。

 

これで残るポケモンは2体。エース格のサンドパンが運ゲーの前に散り、ラフレシアは手負い。まだ後ろにニドキングやガラガラがいると考えると、かなり厳しい状況に追い込まれた。

 

 

「もう一回頼む。いけ、ラフレシア」

「らふぅ~」

 

 

まあ、それでも1つずつ前に進んでいかなきゃ道は開けない。まずはラフレシアを再投入。

 

 

「ギガドレイン!」

「らぁ~ふぅ~!」

 

「れいとうビーム」

「グガ……ガァ…ッ!」

 

 

先手を奪ったのはラフレシア。サイドンもラフレシアを狙う動きは見せたが、サイドンが攻撃を放つよりも先に、ラフレシアの問答無用4倍弱点ギガドレインがヒット。後ろに仰け反って静止。堪えたかと思わせたが、そのまま背中からフィールドに沈んだ。

 

 

「サイドン、戦闘不能!」

 

 

サイドン撃破。ついでに体力も微回復。サンドパンのじしんが2発入ってるから雀の涙程だけど、無いよりはマシ…と思いたい。

 

これで残るサカキさんの控えポケモンがサイホーン+ゴローニャ、なんて組合せだと最高なんだけど、まぁ、そんな美味い話はないだろう。ホント、ここでサンドパンを失ったのは痛い、痛すぎた。

 

何にせよ、互いに半数のポケモンが落ちて、バトルもいよいよ終盤に差し掛かりつつある。残るポケモンは2体…厳しい状況に変わりはないが、それでも、もう少しでサカキさんの喉元に喰らい付くことが出来るんだ。

 

まだここからだ、気合い入れ直せ。そして頼むぞ、ラフレシア、ハッサム…!

 

 

 




 今回はサカキ戦前半戦をお送りしました。サカキ様の控えポケモン、何なんでしょうね?
やはり、バトルの話になるとどういう展開にしようか、どうしたら面白くなるのか、色々考えちゃって進みも遅くなります。それがラスボス相手となればなおのこと…え?バトルに限らずいつものことだろって?いや…まあ、そうなんですけども…()
ただ、ラスボスとは言え原作前の今の段階では通過点に過ぎません。原作時間到達まであと少し。頑張っていきますので今後もよろしくお願いします。


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第66話:終わりの地、始まりの街(2)

 

 

 

 トキワジムリーダー・サカキさんとのジムバッジを賭けた、そして俺の今後を占う決戦は、運ゲーを仕掛けたサンドパンが運ゲーの前に倒れ、ラフレシアが仇を取って残りポケモン数2-2で並んだ局面。とは言っても、今フィールドに出ているラフレシアはすでにニドクインの晴れかえんほうしゃをモロにくらって手負い、瀕死一歩手前の状態だ。

 

 

「戻れ、サイドン」

 

 

サカキさんの残る控えポケモンは2体。この内の1体は原作的にもニドキングと見ていいと思うが、残る1体が何なのか…コレガワカラナイ。

 

一応、原作でのエース・サイドンよりも強いポケモンということで、ふといホネガラガラではないか?と考えているが…

 

 

「ニドキング、いけ」

「ギィガァァーッ!」

 

 

4体目はニドキング。予想通りではあるが、同時に今一番相手にしたくなかったポケモンでもある。残っているラフレシア・ハッサムよりも速くて、こっちからは一撃で倒す術がない。

 

ニドクインよりも攻撃方面に優れた種族値をしているニドキング。どうせニドクインと似たようなフルアタ構成だろうとは思うけど、初代・技のデパートなんて呼ばれたそのレパートリーからは、なにが飛び出てきてもおかしくはない。

 

この場面、まず考えるべきは…ラフレシアを引かせるか否か、かな?サカキさんのラス1がダグトリオでない限り、ラフレシアを最後に残せる意味は大きい。ただ、それをすると必然的に後投げしたハッサムがペナルティで一撃貰うことになる。かと言ってラフレシアで突っ張れば、残り体力から考えて上から殴られて何も出来ずに倒される可能性大。仮にニドキングが炎技を持っていたりしたら、目も当てられん。

 

 

「…いや、違うか」

 

 

どの道、ニドキングが炎技を持っていた場合は、どう転んでもその時点で負けがほぼ確定だ。その可能性は切ろう。そして、ハッサムでニドキングを倒し切れなければ、どんなに頭をひねった所で絵に描いた餅。そう考えると、ハッサムに負担掛けてまでラフレシアを残す意味は薄い…か?

 

…仕方ない、ここはラフレシアを切って、ハッサムに全てを託そう。

 

 

「すまない、ねむりごなだ!」

「らぁふぅ~!」

 

 

苦渋の選択だが、捨て気味にラフレシアを突っ込ませる。選択技はねむりごな。

 

 

「"ふぶき"だ」

「ガアァァッ!」

 

 

サカキさんの選択は、こおりタイプの大技・ふぶき。短くも鋭い指パッチンの音がジムに鳴り、風と雪がジム内を舞い始める。明らかなオーバーキルもいいところだ。

 

 

ビュオォォォ…!

 

「らふぅ…っ!」

 

 

地震・砂嵐と来て、今度はこの風雪。こんな向かい風の中では、ねむりごなをぶっ放したところで風に押し流されるのがオチ。それを分かってか、雪が舞う向かい風の中を、ラフレシアは懸命に進んでいく。

 

万が一これが決まるようなことがあれば…だが、ほとんど倒されるための突撃になってしまっていて、申し訳なさが込み上げて来る。神風特攻隊、或いは状況的に八甲田山遭難事件か。

 

そして、そのまま無謀な突撃を敢行してラフレシア。このまま、風雪の中で倒れてしまう…

 

 

 

ォォォ…

 

「らぁふぅぅッ!」

 

 

…吹雪が…止んだ!?倒れない!?

 

 

「なにっ!?」

 

 

サカキさんも驚きの表情。当然、俺も驚き以外ない。

 

その僅かな間に、ラフレシア決死のねむりごなが、ニドキングに降り注ぐ。

 

 

「ギィ…ガァ…ァ……zzz…」

 

 

うおおおおぉぉぉっ!避けた!いや、撃ち損じた!そして通った!この局面、この状況でニドキング、まさかまさかの攻撃空振りからの寝落ちだ!しかもカゴのみも持ってない!

 

まさに天祐、まさに神風。サカキさんは何故じしんではなくふぶきを選んだのか、その胸の内は分からんけども、やはりふぶきよりもれいとうビーム、かみなりよりも10まんボルト。命中率は大正義だ。フロンティアクオリティ?それは知らん。

 

何はともあれ、一気に盤面をひっくり返す大チャンス!

 

 

「ギガドレイン!」

「らぁ~ふぅ~っ!」

 

 

動きを止めたニドキングに、ギガドレインを撃ち込んでいく。

 

 

「ガ…ァ……zzz…」

 

 

まず1発。

 

 

「撃ちまくれ!」

「らっふぅ~ッ!」

 

 

立て続けに2発目。ニドキングさえ倒せれば、ダグトリオ以外は素のラフレシアでも上を取れるはず。ニドキングを倒すのに必要な技の試行回数を考えれば、にほんばれをやってる暇も必要もない。撃て、撃て、釣瓶撃ちだ!

 

 

「ガ……zzz…」

 

 

2発目のギガドレインもHIT。空気は完全に押せ押せムード。

 

 

「ギガドレイン!」

「らふぅっ!」

 

 

再度のギガドレイン。攻撃態勢に入るラフレシア。ニドキングの耐久力は決して高くない。3発も叩き込めば十分倒せると思うし、ダメでも最低限ハッサムのバレパン圏内までは持っていけるはずだ。

 

 

「ガ…ァ……ッ!ガアァァァーッ!!」

 

 

直後、フィールドにニドキングの怒りの雄叫びが響く。もう目が覚めたのか!?

 

 

「ガァ、ガァァッ!」

 

「フッ…ニドキング、ふぶきだ。今度はしくじるなよ?」

「ギィィガアァァーーッ!」

 

 

猛る雄叫びと共に再び猛吹雪が吹き荒れる。すでに攻撃態勢に入っているラフレシアに、回避という選択肢はない。

 

 

「く…もう一回だけ頑張ってくれ!」

「らふぅ~っ!」

 

 

吹き付ける吹雪の中、ニドキングを狙うラフレシア。今回の吹雪は、さっき外した時の攻撃よりも長く続いており、ニドキングがかなり力を込めていることを感じさせる。2度目はないと、思い知らせるかのよう。

 

だが、2回のギガドレインでラフレシアもある程度体力を回復させることが出来ている。一発くらい、何とか受けきれないものか…!

 

 

「ら…らふ…らふーッ!?」

 

 

しかし、無情にも吹雪はその全てを真っ白に覆い尽くし、火力に物を言わせて押し流してしまう。

 

 

「ら~…ふ~……」

 

「ラフレシア、戦闘不能ッ!」

 

 

ラフレシア、敢え無く撃沈。回復出来た体力も、吹雪を凌ぎ切るには足りなかった。

 

くそ、もう少し寝ててくれたら、ラフレシアで押し切れたのに。運が無い…いや、元々はハッサムを万全の状態で送り出すために、一撃で倒されるのも覚悟の上でラフレシアを居座らせたんだ。ニドキングを大きく削れただけでも望外の幸運には違いない。

 

 

「よくやってくれた、ラフレシア!後は頼むぞ、ハッサム!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

さあ、お前がやらなきゃ誰がやる。俺のラストを飾るポケモンは、騒音弾丸カマキリ・ハッサム。いつも変わらない安心の奇声と共に、リングイン。

 

 

「じしんだ、やれ」

「ギィガァァーッ!」

 

 

開始早々、サカキさんが動く。炎技がなさそうなのはまず一安心だが、一気に詰め切る腹積もりだな。

 

一発では倒れないはずだけど、無駄なダメージを受ける余裕も必要もない。ニドキングはギガドレイン2発でダメージが溜まっている。

 

 

「バ…ッ、メタルクロー(バレットパンチ)ッ!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

ここでの選択肢と言えば…まあ、これ一択だよネ。ということで、選んだのはメタルクローという名のバレットパンチ。

 

声を大にしてバレパンを叫べる日はまだまだ遠いものの、相変わらずついついバレットパンチと言ってしまいそうになる。そして寸でのところでハッと気づいて堪える。それがいつものことになってしまっている今日この頃。

 

 

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

「ギィガァ…ァァッ!?」

 

 

急激な加速、からの突撃。攻撃態勢に入って一瞬だけ無防備になったニドキングのどてっ腹に、急加速した鋼鉄の鋏が突き刺さる。

 

サカキさんもこの技は見たことあるはずだが、分かっていても対処出来ないのが先制技。"ファストガード"も"サイコフィールド"も、"ふいうち"も時期的にまだない以上、守り技か"しんそく"か、素早さで上取って先制技を叩き込むぐらいしか対応策はない。

 

攻撃を叩き込まれたニドキングは、よろめきながら後退。一歩、二歩…そこで一旦堪えたものの、そのまま前のめりに力尽きた。

 

 

「ニドキング、戦闘不能!」

 

「よしッ、OK!」

 

 

ニドキング撃破!普通だったらハッサムまで押し切られててもおかしくない状況だったから、完全に幸運の女神が微笑んだ結果だ。

 

ほぼ運が味方しただけだが、その一度の幸運をものに出来るのも実力あってこそ…と、思いたいところだネ。

 

何にせよ、これでサカキさんもラスト1体。フルヘルスのハッサムと、ガチンコのタイマン勝負だ。

 

 

「…フッ。これもまた勝負の綾…やれやれ、だな」

 

 

倒れたニドキングをボールに戻して、そう呟くサカキさん。決定的な場面で決め損ね、相手の逆襲を許してしまった状況。かなり凹むと言うか、苦しい局面のはずだが、その口振りからはそこまで追い詰められた感はない。むしろ、その表情は笑っているように見える。

 

これが、強者の余裕…或いは、踏んできた場数がそうさせている?それとも…最後の1体に絶対的な信頼がある?

 

 

「マサヒデ」

 

「ッ…は、はい」

 

「お前は出会った時から、ポケモンの扱いに才を見せていたな。そしてこの半年の旅を経て、私の想像を遥かに超える、驚異的な早さで実力を着けた…ここまでの戦いを見れば最早疑いようもない。見事だ」

 

「…ありがとうございます」

 

「残すは私の最後の1体だけ。才は見た、実力も見た。さあ、後はお前の勝利への執念を、意思を、覚悟を見せてもらおう!」

 

 

原作だったらサカキさんのカットインが入っていた場面だな。

 

そして、勝利への執念…言われるまでもない。俺はあなたに勝って、自由の身になるんだ。控えているのがふといホネガラガラだろうと何だろうと、勝つしかないんだ。

 

 

「いけ」

 

 

絶対に勝つ!さあ、来やがれ!

 

そうしてサカキさんは、最後のポケモンをフィールドに繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズズゥゥ……ン

 

「ガァァネェェェーーッ‼」

 

「なぁ…ッ!?」

 

 

地揺れ地響きとともに、雄叫びがフィールドに響く。甲高く鋭いハッサムのそれとは違い、腹の底に響くような低く重い唸り声だ。

 

俺が今まで実物を見た中でも最大級にして最重量級な、全長数mはあろうかという大蛇の如きそのポケモンを前にして俺は呆然となり、脳内を様々な思考が駆け巡った。この時の俺は、さぞマヌケ面を晒していたことだろう。

 

 

「( ゚д゚)」

 

 

こんな感じで。

 

そしてしばしの後、俺は全てを悟った。

 

 

「\(^q^)/オワタ」

 

 

この時はさらにマヌケ面になっていただろう。何故かって?ハハ、分かるだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物理耐久の鬼(ハガネール)にハッサムで挑むしかないとか、絶望以外の何でもないんですけどおぉぉぉぉぉ!!!!?

 

サカキさんのラスト1体の名は、てつへびポケモン・ハガネール。攻撃種族値がポッポと同じということでよくネタにされているイワークが進化した姿。いわ・じめんタイプからはがね・じめんタイプへと変化し、大きな鉱石を数珠のように繋ぎ合わせたかのようなその巨躯は、身体を構成する鉱石1つ1つが金属質の輝きを放っている。

 

ハガネールに進化したことでイワークが持っていた俊敏性を見る影もない程に失ったが、その対価として驚異的な物理耐久能力を手にしている。その防御種族値は圧巻の200。その他の素早さ以外の能力も必要最低限レベルまで伸び、生半可な物理技では弱点突いても平然と耐え切ってしまう。

 

しかし、物理防御が優秀でも、攻撃面は若干力不足という印象だ。じめんもはがねも有力なポケモンが多い激戦区なこともあって、ハッキリ言って俺の知る直近の対戦環境ではあまり見かけなかったポケモンではある。第7世代でメガシンカも獲得しているが、実際ガブやらグロスやらドリュやら、同タイプの有力処と比べると攻撃面で見劣りしていたのは否めない。

 

もっとも、この状況下では絶望以外の何物でもないんだがね。

 

 

「ククッ、驚いているな?コイツはハガネール。お前のハッサムと同様のやり方で、イワークが進化した姿だ」

 

 

はい、存じておりますッ!!そして絶望しておりますッ!!!!と言うかサカキさん、なんでハガネールなんて持ってんですかねぇ!?

 

 

「このハガネールが、お前のポケモンリーグへの切符を賭けて立ち塞がる最後の壁だ。この半年間の全てを賭けて、越えて見せろ」

 

 

はい、無理ですッ!!もっかい言うけど、物理耐久の鬼にハッサムで挑むしかないとか、絶望が過ぎるんだよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!防御種族値200だぞ、200ゥ!!!!?しかもハッサムのメインウェポン両方半減じゃねぇかあぁぁぁぁッ!!!!どうやって突破しろっていうんだよおぉぉぉぉッ!!!?

 

 

 

「じしんだ」

「ガァネェーーッ‼」

 

 

…とまあ、散々に悪態を(心の中で)ついてはみたものの、勝負中である以上は問答無用。如何に絶望的状況だからと言って戦うことを止めるわけにはいかない。サカキさんの前ではなおのこと、そんな無様を晒すわけにはいかない…!

 

 

「ぐ、ハッサム、れんぞくぎりだ!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

俺の指示で、全長も体重も自分の数倍はあろうかという相手に、果敢に切り込んでいくハッサム。進化したことで俊敏さを失ったハッサムだが、ハガネールにもイワークが持っていた俊敏さは無い。ハッサムでも悠々と上が取れる。

 

 

「ラアィッ!?」

 

「ガァァネェーッ!」

 

 

しかし、ハッサムと同様に進化、そしてはがねタイプとなったことで得た耐久能力という壁は、如何にも荷が重い。重過ぎる。そもそも相性からして最悪だ。切り付けられたと言うのにハガネールは何のリアクションも示さず、反撃に転じている。まるで意に介していない辺り、ハッサムの攻撃なんぞ蚊に刺されたようなものなんだろう。

 

ホント「鬼、悪魔、サカキ」と声に出して叫びたい気分だ…!

 

 

「空だ、空に逃げろ!」

「ラアァァァァァイッ!!」

 

 

攻撃動作もやや緩慢なハガネールを見て、タイミングを合わせてハッサムを空中へ退避させる。元がひこうタイプのストライクなハッサム。ひこうタイプを失った今も、飛ぶこと自体は短時間であれば出来る。

 

 

「"アイアンテール"だ」

「ガァァネェーッ!」

 

 

それに応じて、サカキさんは攻撃をじしんからアイアンテールへ。

 

 

「こうそくいどうで回避ッ!」

「ラアァァァァァイッ!!」

 

 

ハッサムが飛ぶ場所よりも高い位置から、鞭のように振り下ろされる鋼鉄の尻尾。これを素早さを上げて回避する。目標を外した一撃は轟音を上げて地面を叩き、辺り一面に砂埃を撒き散らし、土塊が飛ぶ。あれはマチスさんのライチュウだったか。以前に見たアイアンテールとは比べ物にならない凄まじい威力だ。

 

ハッサムにはタイプ相性の上では効果今一つなのだが、データとしては知っていても、攻撃をくらったら苦もなくペシャンコにされてしまいそう。実際、確率で防御は下がるわけだし。「これで攻撃力大したことないとか嘘だろ?」と言うのが率直な感想。もし仮にあんな攻撃を人間が受けたら…想像しただけでも恐ろしい結果にしかならんだろうな。

 

 

「れんぞくぎりッ!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

そんなパワーを見せつけられても、もうとにかく相手の攻撃は避ける、こちらの攻撃は当てる。それ以外に勝ち筋はない。連続して当てることで威力が強化される技、れんぞくぎり。こうそくいどうで得た勢いを乗せて、ダメージを稼いでいく。

 

苦しいが、この世界はゲームとは違うんだ。圧倒的に不利な状況下でも、絶望的な状況でも、やり方次第でまだ逆転出来る可能性は0じゃない。

 

 

「いわなだれだ」

「ガァネェーッ!」

 

 

じしん、アイアンテールと来て、今度はいわなだれ。蝶のように舞い、蜂のように刺す、と言うか切り込んでくる蟷螂に業を煮やしたか、こちらの攻撃に合わせて面で圧し潰すつもりのようだ。

 

攻撃のタイミングに合わせられて避けることは出来ない。なら、無理にでも道を切り開くのみ。

 

 

「怯むな、いけぇッ!」

「ラアァァァァァイッ!!」

 

 

行く手を塞ぐように降る岩塊の大雨の中に、いつもと変わらぬ様子でハッサムが突っ込んでいく。

 

 

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

地面スレスレを飛びながら、降ってくる岩塊をヒラヒラと避け、避けられぬ物は自慢の鋏で粉砕しながらの突撃。このまま切り抜け…

 

 

「ラァッ!?」

 

 

…られるかに思えたが、避け損ねた大岩がハッサムを直撃。失速したところに容赦なく残りの岩石群が降り注ぎ、あっと言う間にハッサムは大岩の山の中に埋もれた。

 

 

「…ァアラアァァァァァイッ!!」

 

「ガネェーッ!」

 

 

しかし、流石はハッサム。ハガネールほどではないが、進化したことで得た耐久力はこちらも伊達ではない。圧し潰していた大岩を難なく跳ね除け、再びハガネールに攻撃。一撃を加えた後、叩き落そうとするハガネールの攻撃を躱して離脱した。

 

 

「いいぞ、ハッサム」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

…いいぞ、とは言ったものの、ダメージがまるで通ってなさそうなのはキツイな。実際効いてないんだろうし。

 

試したことはないから上手く想像出来ないが、ハガネールをハッサムのれんぞくぎりで攻撃していったら、何発で落とせるのか。十数発は必要になるんじゃないだろうか。そう考えると、絶望的状況の度合いがハッキリ分かるな。

 

…余計に辛くなってきた。

 

 

「…なんて、だからって勝負の最中に勝負投げ出しちゃダメだよな。サカキさんに怒られちまう」

 

 

まだこの旅に出る前に言われたっけな。勝負を捨てるな、勝利に貪欲であれ、と。ちょっと違ったっけ?

 

 

「さあ、まだまだ先は長いぞハッサム。気合い入れていこう」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

「…フッ、良い表情(かお)だ。来い」

 

「行きます!ハッサム、れんぞくぎりッ!」

「シャアラアァァァァァイッ!!」

 

 

どうであれ、今俺が意識するべきは最後まで諦めずに勝利を目指すこと。そして何よりも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…サカキさんの前で無様を晒さないこと、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の試合経過は、機動戦を仕掛けて隙を突いて果敢に攻撃を仕掛けるハッサムに対して、その耐久力を盾に迎え撃つ構えのハガネールという構図が続いた。

 

サカキさんが相手なだけあって乗ってくれないことも多々あるが、機動力を駆使して動き回り、後ろや側面を取って速攻を仕掛けたり、フェイントを混ぜてハガネールの攻撃を誘い、攻撃後の隙を突いて切り込んだりと、あの手この手で攻撃のチャンスを窺う。一撃くらうことの重さに天と地ほどの開きがある現状、とにかく攻撃をくらわないよう細心の注意を払いつつ、ヒットアンドアウェイでダメージを刻んでいく。

 

しかし、タイプ相性もあって火力の出ないハッサムと、機動力に着いていけずに振り回され気味なハガネール。互いに決定打に欠け、戦いは案の定の泥沼の千日手の様相を呈し、長期戦へ。時間の上では数分間の出来事だが、体感だともう30分とか1時間戦っているような気分。

 

そして、長期戦は地力の無い方、運動量を要求された方により重くのしかかってくるのが常。

 

 

「シャァ……ラァ…!」

 

 

ここまでハガネール相手に機動戦を続けてきた結果だった。言うまでもない、スタミナ切れだ。

 

 

「じしんだ」

「ガァネェーーッ‼」

 

「ハッサム!」

「ラァ…!」

 

 

そしてサカキさんは、息切れして動きが止まった一瞬を逃さない。そろそろ感覚が麻痺しそうになってくる、本日何回目かの大地震。巻き込まれたハッサムが倒され、グラグラと揺れる地面の上でお手玉される。

 

 

「ラァ…シャラァ……」

 

 

揺れが治まり、ハッサムは何とか立ち上がった。しかし戦闘不能まではいかずとも、これまでに攻める過程で積み重なったダメージも含めると…

 

 

「…ここまで、かな」

 

 

流石にあと一発もらったらアウトの状況から、ハッサムでハガネールを削り切れるビジョンは見えない。

 

 

「シャァ…ラァイ…ッ!」

「…」

 

 

それでも、ハッサムの闘志はまだ消えちゃいないようだ。だったら、俺も最後まで戦う姿勢は見せないとな。可能性なんぞ無いに等しいけど、最後まで何が起こるか分からないのが勝負ってもの。ここからの攻撃が全部急所に当たって倒せちゃう、なんて未来がないことも…いや、やっぱあり得ねえわ。

 

あと、サカキさんに後で何言われるか分かったもんじゃない。

 

 

「れんぞくぎりだ」

「シャラァイッ!」

 

 

その一言で、ハッサムはボロボロになった身体に鞭を打って動き出す。あとはトドメを刺されるだけっていうような状況にあった、それでもなおもハガネールに向かって突っ込んで行く。ラフレシア以上に、まんま旧日本軍の神風特攻隊みたいなものだ。

 

我が子可愛さってワケじゃないけど、この姿勢と言うか、闘争心は素晴らしいものだと思う。そして、その心意気に報いてやれないことに、トレーナーとしての無力さを痛感する。

 

すまないハッサム。そして、先に倒れたキュウコン、サナギラス、サンドパン、ラフレシア。

 

 

「…フッ」

 

 

ハッサムの最後の突撃を前に、サカキさんが笑う。俺の心の中の決意を、鼻で嗤われたかのようだ。

 

…いいんだ。今回の負けは、まだまだトレーナーとして俺が未熟な証左。今回はダメだったけど、新戦力も含めて鍛え直して、次こそは…次こそは何としてでも悲願の勝利を…!

 

 

 

 

 

 

その間に、サカキさんが勝負の〆をハガネールに命じる。そして、それはこの状況では完全に想定すらしていない技。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハガネール、"じばく"しろ」

「ガァァネェェェーーッ‼」

 

「…は?」

 

『チュドォォォォォォォォン!!!!!』

 

 

サカキさんの選択に呆気に取られている内に、ハガネールは内部に貯め込んでいたエネルギーを一気に放出。至近まで迫っていたハッサムを巻き込んで大爆発。爆音と強烈な閃光が迸り、爆風と砂煙が視界を奪う。あまりの衝撃に反射的に腕で顔面を守ると、時折飛んでくる土塊が腕や腹、足を打ち据えていく。結構痛い。

 

 

ズズゥゥ……ン

 

 

それらが徐々に治まっていく中で、重い何かが地に落ちるような音と僅かな地響き。これを最後に、フィールドには静寂が訪れた。

 

ガードを解いてフィールドに目をやれば、まず目に付くのは爆発によって出来た大きなクレーター。その中心では、自爆したハガネールが力なく横たわっている。最後の鈍い地響きは、ハガネールが地に沈んだ音だったんだろう。

 

自爆に巻き込まれたハッサムはかなり離れた位置で、こちらもフィールドに横たわっている。流石にあの距離で爆発されては避けようがなかったはずだ。あの動いてないと死んでしまうような気さえするハッサムがピクリともしないのは、きっちり体力を削り切られた何よりの証拠だ。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハ、ハッサム、ハガネール、両者戦闘不能!この場合、ポケモンリーグ公式戦の規定により自滅技を使用した側の敗北となります!よってこの勝負、勝者は挑戦者・マサヒデ!」

 

 

 

 

 

 

 




爆発オチなんてサイテー!というワケで、これにてサカキ様戦は終了です。勝ったしバッジも手に入れたけど、内容的には誰がどう見ても敗北という結果…最後、自ら敗退行為を行ったサカキ様の思惑や如何に?
勝敗、バッジの扱い、延いてはポケモンリーグ出場の可否をどうするか…少し悩みましたが、サカキ様の威厳と言うか、目標としての立場を残しつつ、主人公を次のステージへ…と言うことで、こういう形になりました。そして、サカキ様のラス1をハガネールに設定。これが読めてた人はいたのだろうか?

なお、ハッサムvsハガネール、れんぞくぎり、両者6V補正無し努力値無振りでダメージ計算すると乱数14発という結果でした。れんぞくぎりの補正が乗ってないような気がするので、実際はもうちょっと良いのかもしれませんが…まあ、誤差の範囲でしょう。分かりやすく絶望ですねぇ。





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第67話:レール

 

 

 

 

「…ハ、ハッサム、ハガネール、両者戦闘不能!この場合、ポケモンリーグ公式戦の規定により自滅技を使用した側の敗北となります!よってこの勝負、勝者は挑戦者・マサヒデ!」

 

「………嘘…だろ…?」

 

 

 俺が全身全霊を賭けて臨んだ運命の一戦が、激闘の末に迎えた思いもしなかった結末。内容は誰がどう見てもほぼ完全な負け試合。そのはずだったのに、何故か俺は勝利を手にしている。何も知らない人が聞けば首を傾げるしかないような状況を前に、唖然とする俺はこの一言を絞り出すのがやっとだった。

 

じばく・だいばくはつ等の、自ら瀕死となる攻撃技。これらを最後のポケモンで使用した場合、仮に相手の最後のポケモンを倒せたとしても、ゲームにおいては攻撃した側が敗北となる。そして、審判の説明を聞く限りではこの世界でも同様の裁定がなされているようだ。サカキさんがそのルールを知らなかった、なんてことは考え辛い。

 

何と言っていいのか分からないけど、ここまで後味の悪い勝ち試合は初めてだ。こんな終わり方、納得出来るか。

 

 

「マサヒデ」

 

「…サカキさん」

 

 

俺を今そんな気持ちにしてくれた元凶であるサカキさん。試合が終わった今、聞きたいことが次から次へと溢れて来る。どうして敗退行為なんてしたのか?勝ちを譲ったのか?何故?俺をセキエイ大会に出場させるため?いや、あのサカキさんだ。そのためだけにこんな露骨なやり方をするはずがない。でも、ミスと言うのは考え辛い。何か裏がある、そのはずだ。でも、それが何なのかは分からない。

 

色々と聞きたいことはある。聞きたいことが頭の中をグルグルと回っている。しかし、サカキさんを前にすると言いたいことも言えなくなる。威圧感が半端ない。そもそも聞いていいことなのかどうか、聞いたが最後…なんてことが無いとは言い切れないのがサカキさんの恐ろしいところ。

 

そんな中で、やっと口から出て来た疑問。

 

 

「…なんでハガネールなんて持ってるんです?」

 

 

それは、このハガネールをどうやって手に入れたのか?ということ。

 

…ハイ、日和りました。まあ、まずは様子見に軽いとこから、ネ?

 

 

「…その様子だと、お前はコイツのことをすでに知っているようだな?」

 

 

う…これはやらかした…か?まあ、ハッサムが世界的には新発見みたいなもんだったから、当然進化方法が同じハガネールも扱いとしてはそうなっててもおかしくはないか。

 

 

「どこで知識を仕入れているのか、前々から気にはなっているところだが…まあいい。コイツは夏旅行の時世話になったオーレ地方の企業から贈られたポケモンだ。じめんタイプということで使ってみている」

 

 

そしてまたお前らか、シャドー。お前らのせいで泣いてるかもしれない人がいるんですよ。具体的には現在進行形で俺が。あとはミカンさんとかミカンさんとか。お前ら今全世界1億人のミカンファンの皆さんを敵に回したぞ。第2世代のはがねタイプという貴重なアイデンティティを奪わないであげて。

 

まあ、それを言ったらハッサム・レアコイルと2体も持ってる俺も大概なんだが。と言うか、そのハガネールまさかダークポケモンだったり…いや、流石にそれはないか。

 

…ないよな?だって、ダークポケモンだったらそれこそ制御不能なくらい凶暴なハズだから。サカキさんと言えども完璧に制御出来るとは思えん。

 

 

「だが、あまり私の好みではないな」

 

「…何故です?じめんタイプなのに」

 

「鉄壁の防御力は素晴らしいものであるし、動きが鈍重なのもまあいい。だが、あの図体の割に火力が無いのは気に入らん」

 

 

…確かに、その点に関してはサカキさんに同意するわ。ハガネール、あの見た目に反して火力無いんだよなぁ。まあ、元が攻撃力ポッポ(イワーク)と考えれば推して知るべしではあるか。

 

 

「それと、ジム公式戦で使用したのはお前が初めてだ。喜んでいいぞ」

 

 

別に嬉しくもなんともないっす。

 

 

「…じゃあ、もう一つ。何故、あの場面でじばくを?」

 

 

そして本題へ。サカキさんがルールを知らないなんてのは考えられないし、他のトレーナーもしくは観客に見られていたら、八百長、ヤラセだと言われていたかもしれない。

 

俺が朝一の挑戦者トップバッターかつ、トキワジムが観客を入れないという方針を採っているから大丈夫だったものの、ジムリーダーとしてのサカキさんのイメージダウンに繋がりかねなかった選択だ。

 

 

「…なに、うっかりしていただけだ」

 

「いいえ、サカキさんが公式戦の規定を知らなかったとは思えません。それに、じばくでなくとも安定した選択肢が他にありました。何故、わざと負ける選択を…」

 

 

人間誰しもミスはする。でも、あの場面でわざわざじばくを選ぶ理由がない。選ぶのは、何も分かってない子供ぐらいなものだ。

 

…ハイ、苦い経験談です。

 

 

「…フ。まあ、そうなるか。すまないが、この後も挑戦者の相手をしなくてはならない。夜にまた話をしよう」

 

「……分かりました」

 

 

予定を盾に取られては邪魔をするわけにはいかないか。仕方がないので、夜にまた話をしてくれるという約束を信じてこの場は一旦引き下がることに。

 

 

 

 

 

 

 その後は奮闘してくれた仲間たちを回復させ、テレビを見たり、今日のことを振り返ったりしながら過ごした。

 

思い返せば、天狗になってる部分もあったのかもしれない。トキワシティにサヨナラバイバイしてから約半年。各地のジムリーダーを負けなしで撃破していって、仲間を増やして次の街へ。旅に出る前よりも目に見えて強くなったし、採れる選択肢も増えた。それでも見せつけられた今の俺とサカキさんとの純粋な実力差。しかも、ジム戦用でベストメンバーではない可能性もある中でのこの結果だ。

 

最後に勝ちを譲られた件を抜きにしても、運に助けられなかったら苦しい場面もいくつかあった。たかが半年程度で超えられるほど、現実は甘くない…そういうことなんだろう。この先さらに上のステージを目指すのなら、もっとレベルを上げて、頭数も揃えないとな。

 

 

 

…さて、サカキさんはどんな話をしてくれるだろうか。色々とやって夜が来るのを待ったが、心のモヤモヤは一向に晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~同日、夜~

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

 そうこうしているうちに夕飯も終わって、世の皆様がのんびりと1日終わりの(くつろ)ぎタイムを過ごしている頃になって、俺はサカキさんからの呼び出しを受けた。

 

場所は現在の我が家と呼んで差し支えない、TCP社旧本社で現社員寮。忙しいであろうに、わざわざ話をするために来てくれたらしい。

 

 

「来たな。まあ、座れ」

 

「はい」

 

「さて…お前が聞きたいのは、何故私がわざと負けたのか、だな?」

 

「…はい。ですが、そう言うということは…」

 

「お前の考えた通りさ。あの時、私は負けると分かっていてわざとあの技を選んだ」

 

「…ッ」

 

 

そして、思いの外アッサリとサカキさんは故意の敗北を認めた。

 

 

「元からおかしいとは思っていました。でも、何故…」

 

「実力があると分かっている者を、無駄に足踏みさせるのはジムリーダーの役目ではない。それだけのことだ」

 

「でも、それなら普通に勝った上でバッジを渡せばいいじゃないですか。規則上ではそれでも問題ないはず。わざわざ負ける理由が…」

 

「…フ。マサヒデ、お前は賢いな。いや、賢すぎる、と言うべきか」

 

 

そう言うと、サカキさんは徐ろに席を立った。コツ、コツ、と靴の音が静かな部屋に響く。そしてサカキさんの手でカーテンが開かれ、漆黒の夜空と浮かぶ月が窓から覗く。綺麗な夜空ではあるが、それを気にしている余裕は今の俺にはない。

 

 

「まあ、それはお前を私の庇護下に置いた時点で分かっていたことか。だから敢えて正直に言おう。全てはビジネスのためだ」

 

「ビジネス…?わざと俺に負けることが、サカキさんにとって利益になると?」

 

「そうだ。ただし、私が負けることではなく、お前が勝つことが、だがな」

 

 

俺が勝つと、サカキさんが儲かる…?どういうことだ?別にロケット団に肩入れするような予定は1mmたりともないぞ。あってもお断り…出来るといいなぁ(希望的観測)。

 

 

「時にマサヒデ、お前は自分が世間からの注目を集めつつあることを知っているか?」

 

「…取材を受けたことは何度かありましたし、多少は」

 

 

確かにクチバシティの大会後に、タマムシジムやヤマブキジム戦の後等、この旅の中で何度かそういうことはあった。『11歳、最年少新人トレーナーの躍進!』みたいなタイトルでニュースや記事になっていたことも承知はしているが…

 

 

「お前の次の舞台となるポケモンリーグセキエイ大会。その長い歴史の中で、10代の若者が本戦まで進むことは珍しい。中には数年前のドラゴン使いのように、頂点に立った者もいるにはいるが、出場資格を得ることが出来る下限の弱冠11歳で本戦出場まで果たしたトレーナーはいない。今のところは、だが」

 

 

ワタルさんですね。存じております。

 

 

「お前はすでにニビジムを制し、今日にはトキワジムをも突破した。後はチャンピオンロードを越え、期日までにセキエイ高原に到達出来れば、立派な本戦出場者だ。これが世間に知れ渡れば…どうなると思う?」

 

「…つまり、今の僕は『ポケモンリーグ本戦出場最年少記録』の更新を世間から期待されていると?」

 

「詰まる所、そういうことだ。『トキワシティのマサヒデ』の世間の認知度、注目度は間違いなく大きく上がる。もし決勝トーナメントまで駒を進めるようなことになれば…一躍、お前も人気者の仲間入りだ」

 

「……まあ、何となくですが、想像はつきます」

 

 

うわぁ…それって早い段階から才能の片鱗を見せるスポーツの将来の有望株とかが、『○○の天才少年!』って持ち上げられるみたいな、よくある感じのアレだろ?過度に注目されるのは嫌なんだけどなぁ…元が根暗なもんで。

 

 

「フ…で、本題はここから。歴代最年少でのポケモンリーグ出場を決めたお前が、世間から注目を浴びるのは決まったも同然。良績を残せば集まる注目はさらに大きくなる。ポケモンリーグが終わった後も、しばらくその熱が冷めることはないだろうな」

 

「………」

 

「そうなると、世の中の目聡い連中がお前を放っておくことはない。あの手この手で、お前を取り込み、囲い込もうとするはずだ。スポンサー契約…お前のトレーナーとしての活動を支援する。その代わりに、自社製品をお前の活動の中で使わせたり、CMに出させて宣伝させたりする。そうやって会社の利益に繋げるワケだ」

 

 

なるほど、プロスポーツ選手とかでよくあるヤツだな。それは確かにビジネスだ。

 

 

「その影響を見越して、お前の保護者として、そしてTCP社社長として、先手を打っておく必要があると考えた」

 

「…と、言うと?」

 

「お前は来年以降、我がTCP社が全面的にサポートする。そのサポートを受けて活動してもらうことにした」

 

「つまり、来年からサカキさんの会社が正式なスポンサーに着くから、大会とかに出た時にその宣伝をしろ…と?」

 

「…まあ、身も蓋もない言い方をすれば、そういうことだな。こういう時のお前は、話が早く済むから良い」

 

 

企業の宣伝と引き換えに、サカキさん側からのまとまった資金・アイテムの提供が安定的にあると考えると、一見悪い話ではない。問題は、俺が原作知識持ってるせいで、提供されるであろう資金に裏がありまくるようにしか思えないってこと。

 

 

「…それは決定事項ですか?」

 

「ん?嫌か?」

 

「い、いえ…」

 

 

うぅ…サカキさんの口振りからして俺に拒否権無さそうなのは分かっていたが…まあ、気にしてもしょうがない。サカキさんだし。サカキさんだしっ!

 

 

「先に俺を囲い込みたいというのは分かりました。でも、ポケモンリーグに俺を出場させるだけなら、わざわざ負ける必要はなかったんじゃないですか?」

 

「勝ちを譲ったのは、お前の箔付けだ。敗北したものの実力を認められてのバッジ獲得したよりも、勝利によって全てのジムを突破した…としておいた方が、世間一般からの受けは良いだろう」

 

「………」

 

 

ああ、所謂イメージ戦略ってやつかぁ…そのために、俺は勝ちを譲られたワケだ。完全にサカキさんの掌の上で踊らされてる気分。

 

ここまでのサカキさんの説明をまとめると、ポケモンリーグに出場すると否が応でも俺は注目されるから、他社に手を付けられる前に囲い込んで、会社の広告塔として利用したい…と言うことね。

 

 

「…何と言うか、人気の子役みたいな感じですね」

 

「みたい、なのではなく、そのものだろうな」

 

「ポケモンリーグが終わった後に、アイドルデビューでもさせられるんですか?」

 

「…フ、似たようなものではあるかもしれんな」

 

 

…え?マジですか?つまり、何?俺、このままいったら最年少天才トレーナーとしてテレビに雑誌に引っ張りだこってか?その内密着取材とかされて、『未来のチャンピオン候補、その私生活に〇〇日間密着取材!』みたいなドキュメント作られたりしちゃうん?

 

…何となく想像してみたけど、プライベート全部見られて丸裸にされるとかクッソ嫌だなぁ。まあ、ただの俺の想像と言うか、妄想でしかないんだけども。

 

と言うか、サカキさんは俺に何をやらせるつもりなんだ…

 

 

「ともかくだ。トキワジムリーダーとして、お前の実力を認め、グリーンバッジを授与する」

 

「…ありがとうございます。素直には喜べませんが」

 

「この半年間、合間合間でお前の成長度合いは確認させてもらっている。今のお前ならポケモンリーグでも無様な戦いはしないだろう。そこはお墨付きをくれてやるから、自信を持って戦ってこい」

 

「…分かりました。でも、次はちゃんと勝ちます」

 

「クク…良い返事だ。では、次に戦う時はもっと成長していることを期待しよう」

 

「はい」

 

 

それを最後に、サカキさんへの尋問は終わった。いや、俺が良い様に言い(くる)められただけか。後に残ったのは、サカキさんから渡されたグリーンバッジと技マシン26、そして実質的な未達成に終わったこの旅の最終目標。勝ちはしたが、お情けと言うか、サカキさんの都合で勝たされただけだ。この結果には釈然としない気持ちは強い。

 

『打倒・サカキさん』をスローガンにここまで突っ走ってきた身としては、正直ポケモンリーグとか二の次なんだが…まあ、いいや。次だ、次。サカキさんには次の機会に勝てばいいんだ。そのためにも、こんな所で止まってちゃいられない。今よりももっと強くならないと。

 

この世界におけるポケモンリーグ大会は、ジムバッジを8個集めないと出場出来ないのは原作通り。原作では四天王とチャンピオン合わせて5人と連戦して勝ち抜けばクリアだったけど、こちらでは参加登録出来た全てのトレーナーをブロックに振り分けての本戦…ブロック内で参加者の総当たり戦を行う。

 

その本戦で上位の成績を修めた32人が決勝トーナメントへ進出し、そこで最後まで勝ち残ったトレーナーが優勝だ。四天王もチャンピオンもいることはいるが、それはこの上、マスターズリーグの話。ポケモンリーグには全く関係がない。

 

ここまで来てしまったなら、後はもうやけっぱちだ。チャンピオン目指して突っ走るしかない。優勝トロフィー掻っ攫って、トキワシティに持ち帰ってやんよ!ポケモンリーグ何するものぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、不満の残る終わり方ではあったが、俺はカントー地方の全てのジムを制覇。次なるステージ、ポケモンリーグセキエイ大会へと駒を進めることとなった。

 

 

 

そのトキワジム戦から2日後…

 

 

 

「…では、行ってきます」

 

「うん、行ってらっしゃい。頑張るんだよ」

 

 

激闘の疲れを癒し、最後の旅に向けた準備を整え、ルートさん他、顔見知りの人々の見送りと声援を背に、俺はポケモンリーグの舞台・セキエイ高原を目指してトキワシティを旅立った。

 

西へと延びる22・23番道路を駆け抜け、その先に待っているのがポケモンリーグへの最後の関門・チャンピオンロードだ。

 

原作では、23番道路と洞窟内のギミックを攻略するのに"フラッシュ"だの"かいりき"だのと言った秘伝技が必須だったが、幸いなことにこっちでは特に必須というワケではないようだ。"なみのり"出来るポケモンがヤドンしかいなかったから、少し足止めくったりはしたけど。

ヤドンいなかったら詰んでた()

時々あったオニドリルや水ポケモンたちの襲撃も、レアコイルが完全にシャットアウトしてくれたので、快適な水上の旅だった。俺を背に乗っけて超ゆっくりと川を渡るヤドンは、今までで一番頼もしかった。

 

 

 

そうして辿り着いたチャンピオンロードは原作通り、これまで旅してきたどの場所よりも、現れる野生ポケモンのレベルは高い。それ故に、チャンピオンロードはポケモンリーグに挑むトレーナーたちの鍛錬・調整の場としても機能している。この険しい巨大洞窟内の山道を、襲い来る野生ポケモンたちや、時折勝負を持ちかけて来るトレーナーを返り討ちにしながら、仲間たちと力を合わせて登っていく。

 

ただ、俺がチャンピオンロードに突入したのは大会開幕が目前に迫っているギリギリの時期。鍛錬・調整しているトレーナーも大会本番に備えて徐々に切り上げ始めている頃合いで、そうでないトレーナーも、期限の迫る本戦への出場登録に滑り込むために道を急いでおり、原作のように次々バトルを挑まれることもほとんどない。なので、順調に行程を消化出来た。寒さだけは身に堪えたが…キュウコンがいてくれて助かったわ。

 

それら色々なちょっとした困難を乗り越え、登録締め切りの3日前にセキエイ高原に到着。出場登録も無事に完了し、数日間の休息と軽い調整で本番に向けて英気を養うことに。

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

「カントーポケモンリーグ・セキエイ大会の開会を宣言します!」

 

 

数万人に及ぶ観戦者たちの大々々歓声と共にポケモンリーグ・セキエイ大会は幕を開けた。サカキさんからのお情けとお墨付きを貰ってこの場に来た以上、無様な姿は見せられない。

 

さあ、やってやろーじゃねーか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 時は流れ、季節は春。麗らかな陽気の中、長閑な風景が広がるカントー地方の小さな田舎町・マサラタウン。その町外れ、1番道路へと繋がる場所に、1人の少年の姿があった。赤を基調としたモンスターボール柄の帽子に、これまた赤を基調とした服装は、新緑の風景の中ではよく目立つ。

 

この少年の名はレッド。このマサラタウンで生まれ育ち、先日トレーナーズスクールを卒業したばかりの少年だ。言葉はないが、どこか決意を秘めた瞳で遠くを見据えるこの少年は、この春からトレーナーとして新たな一歩を踏み出すことが決まっていた。

 

レッドは1番道路の先に広がる景色を眺めしばらく佇んでいたが、やがて一度大きく息を吐くと、意を決したように、眼前に広がる広大な世界へと第一歩を…

 

 

「おぉーい!待て、待つんじゃあレッド!」

 

 

…踏み出そうとしたのかしていないのかは定かではないが、その姿を見た人物が呼ぶ声によって、レッドは行動に待ったをかけられた。

 

 

「…博士?」

 

 

レッドを呼び止めたのは、マサラタウンに研究拠点を構えるポケモン研究の権威・オーキド博士。レッドにとっては幼馴染(グリーン)とその(ナナミ)の祖父であり、研究所にも度々出入りしていたため、幼少の頃からよく知る人物だった。

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

「…博士、どうしたの?」

 

「ハァ…レッド、「どうしたの?」ではない!草むらでは野生ポケモンが飛び出すから危ないと言っておるじゃろう!?」

 

「うん」

 

 

そうキツめの口調で窘めるように話すオーキド博士だが、当の本人は不思議そうな表情を浮かべ、我が事に非ずといった様子。

 

 

「…だから、景色を見てただけ」

 

「………はぁ」

 

 

マイペースなレッドの返事に、オーキド博士は肩透かしを食らったようでガックリと肩を落とす。が、すぐにいつものことと気持ちを切り替える。

 

 

「トレーナーになることが決まって、舞い上がって先走ったかと思ったわい」

 

「………」

 

 

オーキド博士はマサラタウンにおける新人トレーナーのサポートをポケモン協会から委託されており、その業務の中に、最初のパートナーとなるポケモンの譲渡があった。そして実はレッド、この時点ではまだポケモンを持っていなかったりした。

 

つまり、レッドは自身の新たな旅立ちに先立って、その一歩を共に踏み出してくれる最初のパートナーとなるポケモンを、オーキド博士から譲り受ける約束をしていた。それが今日のこと。

 

しかし、約束の時間になってもレッドが現れないため、オーキド博士が探しに来たのだ。

 

 

「…まあ、いいわい。ほれ、グリーンが待ちくたびれておる」

 

 

今日トレーナーとしての一歩を踏み出すのはレッドだけではない。オーキド博士の孫でレッドの幼馴染でもあるグリーンもまた、スクール卒業と同時にトレーナーとなる道を選んでいた。

 

 

「さあ、行くぞ」

 

「……(コクリ)」

 

 

そうして2人は連れ立って、研究所へと歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

マサラは真っ白始まりの色。まだ何物にも染まっていない少年たちは、新しいスタートラインの上に立つ。無口で素直だが、気分屋でイマイチ掴み処のない天才肌なレッド。自信家で努力家、お喋りでお調子者なグリーン。幼い頃から競い合い、切磋琢磨してきた2人が歩む、無地のキャンバスに描かれる物語。そこにはどんな道があり、どんな景色が待っているのだろうか。今はまだ、何も見えない。

 

 

 

 




これにてマサヒデくんのカントージム攻略の旅、終了です!サカキ様からの脱出を目指すマサヒデくんですが、逆に沼に引きずり込まれて行っている気しかしないのは何故でしょうねぇ()
…え?ポケモンリーグ?物語の進行上、さして重要ではないので全カット、次回の閑話でサラッと流して終わりです。

そして、いよいよ原作主人公・レッドさんとグリーンの物語も始まります。と言っても、基本的にはマサヒデ視点なのであまり本筋で語られることはないでしょうが。ともかく、これでいつでも原作の時間軸へとキンクリ出来る格好になりました。ただ、その前にキンクリしてる間の日常編的なのも何話か入れられたらなぁ…とも思っております。


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閑話:月刊トレーナーズ名鑑12月号

 

 

 

 

『月刊カントートレーナーズ名鑑12月号』

~ポケモンリーグセキエイ大会総括特集~

 

 

 今年もこの季節がやって来た。全国のポケモンバトル好き、ポケモントレーナーにとっての夢舞台。カラッとした秋晴れの中、スタジアムの観客席だけで約5万人、会場に入れなかった人も含めると10万人に届いたとも言われる大観衆を迎えて、カントーポケモンリーグ・セキエイ大会が先月開催された。カントー地方の8つのジムを突破し、全てのバッジを手に出来たトレーナーのみが出場出来る、1年に1度の全てのポケモントレーナーたちの祭典、ビッグイベントだ。

 

今回の大会本戦には、カントー地方の8つのジム全てを突破した、総勢264名の腕自慢たちがエントリー。メインスタジムとなったセキエイスタジアムと、その周囲に計7つ建てられているスタジアムに分かれ、3週間もの長期に及ぶトレーナーたちの熱戦が繰り広げられた。今回のトレーナーズ名鑑では、ポケモンリーグ総括特集と題して、今大会の振り返りを行っていく。

 

今年はどんな名バトル、名シーン、そして新たなるヒーローたちが誕生したのか。出場トレーナーたちへの取材も交えながら早速見ていこう。

 

 

 

 

◇圧巻、堂々のチャンピオン◇

 

 

 カントー地方の実力者たちは勿論のこと、お隣のジョウト地方からはるばる参戦して来たトレーナーや、歴代最年少となる11歳の本戦出場者など、今年も開幕前から多くの話題で盛り上がったポケモンリーグ・セキエイ大会。

 

実績のあるトレーナーたちによる激戦が予想されていた中、圧倒的な力を見せて今大会を制したのが、前回大会で惜しくも準優勝、今大会でも優勝の筆頭候補として名前の上がっていたナナシマ出身の実力者、ユウジ選手。通算4回目の挑戦で、悲願の頂点に上り詰めた。これで現在マスターズリーグで活躍しているカンナさんに続く、2人目のナナシマ諸島出身の大会チャンピオンの誕生。出身地のナナシマ諸島・3の島は、快挙に沸いた。

 

本戦でユウジ選手が割り振られたのはCブロック。同ブロックには前回大会で決勝トーナメントへも進んだ実力者・セキソウ選手もいたが、全く問題にせず無傷の7戦全勝で本戦を突破。決勝トーナメントでも盤石の試合運びを見せ、決勝戦では先発でエース・カイリューを繰り出して4体抜きを披露。最終決戦を大いに盛り上げた。

 

カイリュー・ジュゴン・ゲンガー・カイリキー・ウインディ・ライチュウと、タイプのバランスよくまとまったパーティは隙が無く、高いレベルでまとめられたその地力の高さから、今大会を通して抜群の安定感を発揮。本戦での全7試合の損耗率1体未満、決勝トーナメントでも3体以上ポケモンを倒された試合が決勝戦と2回戦だけというのは見事という他ない。中でもエースポケモン・カイリューの存在感は圧倒的だった。決勝戦を除く姿を見せた試合全てでフィニッシャーを担当し、大会中に倒したポケモンのスコアは21。技構成も"げきりん・かみなり・ふぶき・だいもんじ"と、各タイプの大技を状況に応じて使いこなし、対戦相手への圧力は今大会でも随一だったと言える。ユウジ選手本人の選択も適切で無駄がなく、トレーナーとしての実力の高さを見せてくれた。

 

 

 

 ユウジ選手はナナシマ諸島を構成する島の一つ、3の島出身で28歳。ポケモンリーグには4年前の大会で初出場し、今大会で4年連続の出場…

 

 

 

 

 

 

…(中略)…

 

 

 

 

 

…今後についてユウジ選手からハッキリとした返答は得られなかったが、言葉の節々からマスターズリーグへの参戦を検討している様子が窺えた。今大会での勝ちっぷりから見ても、トップクラスでも十分に戦えるだけの戦力・手腕は持っている。どのような選択をするかは彼の胸三寸次第だが、今後が楽しみな存在であることに変りはない。

 

 

 

 

 

◇衝撃の新人、天才少年◇

 

 

 「今後が楽しみ」という意味では、今大会で優勝を果たしたユウジ選手よりも注目度が上なのが、次に見ていくマサヒデ選手であろう。今大会初出場で、最大のダークホースとなったニューフェイスだ。大会の参加登録〆切の直前に滑り込むような格好で参加登録が伝えられた際、大きく報じられて話題となった。その最大の理由は、何と言ってもその年齢。何と、今年トレーナーズスクールを卒業してトレーナーとなったばかりの11歳だ。言うまでもなく歴代最年少の本戦出場者であり、天才少年トレーナーとして大会前から一部では注目を集めていた。

 

開会式の入場の際や、初戦のフィールドに立った直後は大歓声に緊張しているのか、初々しさを感じさせる微笑ましい場面も見られたマサヒデ選手。しかししかし、いざバトルとなるとそんな子供らしさはどこへやら。Eブロック初戦をサナギラスでマサシ選手のゴローンを軽々KOすると、そこからサンドパンへと繋ぎ、すなあらしで翻弄。終わってみれば1体も失うことなくストレート勝ちで、初出場初勝利、歴代最年少での勝利記録を樹立した。

 

その後も11歳の新人とは思えない鮮やかな采配と試合捌きを披露。サナギラスで攻撃しながらすなあらしを起動し、折を見てサンドパンにスイッチ。つるぎのまい・かげぶんしんでステータスを上げてから攻撃するという必勝パターンがズバリ嵌った。その2体を警戒してみずタイプやくさタイプを使う相手には、スピアー・キュウコン・ラフレシアが襲い掛かる。終わってみれば、同ブロックの年長トレーナー全員を相手に勝利を積み上げ、7戦負けなしのパーフェクトな成績で決勝トーナメントへ駒を進めた。本戦を無敗で決勝トーナメントまで上がったのは、優勝したユウジ選手と彼だけであり、その実力に驚愕したファンは多いと思う。

 

決勝トーナメントでは初戦でJブロックを勝ち上がったテルト選手と対戦し、1時間超の熱戦の末にこれを制した。こうなると俄然、歴代最年少チャンピオンの記録更新への期待も高まったが、次戦にて今大会を制したユウジ選手と対戦し、エースポケモン・カイリューの前に奮戦実らず敗戦。最年少新人トレーナーの初挑戦は、ベスト16という大きすぎる結果を残して幕を下ろした。

 

 

 

 今大会に彗星の如く現れた天才少年トレーナー・マサヒデ選手。弱冠11歳ながら、その人生はすでに波瀾万丈と言っていい。

 

彼はトキワシティ出身の11歳…とプロフィールの上ではなっているが、厳密に言うとそれは事実ではない。何故なら彼は今から3年前、トキワシティの北に広がるトキワの森を彷徨っているところを保護された孤児なのだ。本当の出身地や家族構成は今なお不明であり、11歳という年齢も実は定かではない。保護された直後の体調検査の際、9歳相当*1との判断が医師によってなされたため、そうなっているという。

 

そんなマサヒデ選手だが、自らのことは分からなくとも、保護された当初からポケモンバトルへの驚異的な才能を示していたことが取材を進める中で判明。その才を保護したサカキ氏に見出され、以降をトキワジムリーダー・サカキ氏の庇護下で薫陶を受けながら育った。トキワトレーナーズスクールでは通った3年間、1度も成績トップの座を譲ることなく卒業。6年時には同スクールの代表として、初等部全国大会にも出場した。*2

 

今年の春にトレーナーズスクール初等部を卒業後、サカキ氏の勧めもあって進学せず、トレーナーとしてポケモンリーグ挑戦を目指して各地のポケモンジムを巡る旅に。トキワシティを旅立ち、グレンジムを皮切りに各地のジムを攻略。最後は自らの師であるサカキ氏とのバトルを制し、見事歴代最年少でのポケモンリーグ本戦への出場資格を掴み取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…(中略)…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出場者インタビュー ~フィールド裏の素顔~ 

 

 

 

 

 続いてはインタビュー企画。大会終了後、今大会でも上位の成績を残したトレーナーたちに取材を申し込み、独占インタビューを行った。実力者たちの素顔や、大会中の舞台裏に迫る。その際の様子を、対談形式で掲載する。(敬称略)

 

まず紹介するのは、史上最年少の本戦出場者であり、初出場ながらベスト16という成績を残した天才少年トレーナー・マサヒデ選手。取材の中で明らかになったのは、マサヒデ選手の子供らしからぬ素顔の他、他のトレーナーとは一風変わった考え方や、自身の師であるサカキ氏への強い敬意と拘りだった。

 

 

 

 11月末…取材を申し込んだ本誌の記者が向かったのは、トキワシティにあるTCP社の社員寮。元々はTCP社の本社であったが、同社の事業が軌道に乗り拡大していく中で本来の役目を終え、現在はトキワ支社で働く社員たちの社員寮として同社を支えている。サカキ氏に保護されたマサヒデ選手がその後の3年間を過ごした場所であり、旅を終えた彼の帰るべき家でもあった。

 

通されたのは1階の応接室。本社だった頃から調度品等はキチンと手入れがなされており、今でも必要があればすぐに使えるようになっているという。その場に、カントー中の注目を集める少年はいた。

 

 

 

 記者 「まずは大会お疲れ様でした」

 

マサヒデ「ありがとうございます」

 

 記者 「初出場でベスト16という成績でした。一週間経って振り返ってみて、この結果についてはどう思っていますか?」

 

マサヒデ「そうですね…負けたことへの悔しさもありますが、それよりも「ここら辺が今の自分の限界かな」という納得感の方が強いですよ」

 

 記者 「何故でしょう?」

 

マサヒデ「経験の差…と言えば良いのでしょうか。僕のポケモンたちは、サカキさんに保護された時から一緒にいたスピアーと、学校での相方だったサンドパンを除けば、この半年間で仲間にした奴ばかりです。ポケモンリーグ、延いてはその先のマスターズリーグ、ポケモンマスターを目指して頑張って来られた先達の皆さんとは、費やしてきた年季が文字通り桁違いに少ない。そんな状態でベスト16(あそこ)まで行けたのは、運が良かったと言う他ないでしょう」

 

 記者 「そうでしょうか?本戦ではEブロックの出場者全員に勝利しています。私も幾度もポケモンリーグ関係の取材をしていますが、この結果を運が良かったの一言で片付けるのは難しいですよ」

 

マサヒデ「ありがとうございます。でも、自分はまだまだですよ。負けたユウジさんとの試合なんか、試合中に「これは無理だな」ってほぼ諦めてましたから。「よくあそこまで粘れたな」って、我ながら感心してる部分さえありますよ」

 

 記者 「ユウジ選手は決勝トーナメントで3体以上ポケモンを倒されたのが2試合しかありません。しかも、その2試合の片方の対戦相手は残り2体まで追い込んだあなたです。少なくとも、対等に渡り合えていたように思いますが…」

 

マサヒデ「全然対等じゃないですよ。こっちはガス欠覚悟の全力全開なのに、相手は余力残して戦っててコレです。僕のはただの悪足掻きみたいなものなんで、完敗ですよ」

 

 記者 「なるほど…でも、少なくともサカキさんに良い報告が出来たのではないですか?」

 

マサヒデ「…そうですね。サカキさんの顔に泥は塗らずに済んだと思います」

 

 記者 「さっきから話していて、すごい子供らしくないと言うか、普通に大人と話しているような感じですよね。サラッと難しい単語や言い方で話してますよ」

 

マサヒデ「はは…結構色んな人から言われます(笑)」

 

 記者 「ですが、ベスト16というこの成績は、例え11歳でなくとも素晴らしいものです。それに年季が違うと言うのなら、今後トレーナーとしての活動に集中すれば数年後、もしかすると来年にも優勝に手が届くのでは?」

 

マサヒデ「どうでしょうね。ただ、こう言うと怒られるかもしれませんけど、実はあまりポケモンリーグに出場し、優勝することに対して、思い入れと言いますか、拘りはないんです」

 

 記者 「ポケモンリーグに拘りが無い?どういうことでしょう?」

 

マサヒデ「それが僕の最大の目標は、サカキさんに勝利すること。ポケモンリーグは言ってしまえばその延長線上にあるオマケ。サカキさんに勝ったら出場出来るから、ついでに出た…自分の中ではそんな認識なんです」

 

 記者 「…つまり、ポケモンリーグ優勝の栄光や、大会チャンピオンの地位には興味が無い?」

 

マサヒデ「全く興味が無いとは言いませんが、絶対に出たい、絶対に勝ちたいという程のものではありません。来年出るかどうかも決めてませんし…」

 

 記者 「では、その先にあるマスターズリーグ…所謂ポケモンマスターへの道は…?」

 

マサヒデ「今は全く考えていませんね」

 

 記者 「な、なるほど…ですが、8つ目のジムバッジを賭けた最終戦としてサカキさんと戦い、勝ったと伺っていますが?」

 

マサヒデ「確かに勝ちました。勝ちましたけど、あくまでそれはジムリーダーとしてのサカキさんにです。それに、勝ち方にも全然納得いってませんから。だから、自分の中ではまだサカキさんに勝ててはいない。今回のはノーカンです」

 

 記者 「…どういう勝ち方だったかお聞きしても?」

 

マサヒデ「…まあ、トレーナーとしては結構屈辱的な勝ち方だったとだけ。たぶん、僕じゃなくても勝ったなんて納得は出来ないと思いますよ。それぐらいに酷い勝ち方でした」

 

 記者 「気になりますが…この話は一旦置いときましょう。話を聞く限り、サカキさんにかなり執着していると言いますか…強い思いを持っているようですね」

 

マサヒデ「……そうですね。1つの目標として、強く意識しているのは間違いないです。面と向かって指摘されると否定したい気持ちになりますが」

 

 記者 「それはやはり、師匠だから?」

 

マサヒデ「師匠…まあ、そうですね。ですがそれ以上に、サカキさんに勝つことが出来るようになれれば、トレーナーとしてどこに出ても恥ずかしくない、どんな世界でも生きていける。そう思ってます。僕にとって、サカキさんに勝つ事はポケモンリーグで優勝するよりも重要なことなんです」

 

 記者 「そこまで言うんですね…ん?待ってください。今言ったことをよく考えると、サカキさんからの早期の自立を考えているんですか?」

 

マサヒデ「そうです。自分で自分の食い扶持ぐらいは稼げるようにならないと、いつまでもサカキさんのお世話になったままです。そういうワケにはいきません」

 

 記者 「…なるほど、そういうことだったんですね。改めて、とても子供とは思えませんね。凄いしっかりしている。そう思います」

 

マサヒデ「あはは…」

 

 記者 「分かりました。つまり、サカキさんに納得のいく形で勝利すること。それが、現在の最大の目標ということでよろしいですか?」

 

マサヒデ「はい、そうですね」

 

 記者 「では最後に、今後に向けての意気込みを聞かせ下さい」

 

マサヒデ「サカキさんは鬼ですから、生半可な鍛え方じゃ絶対に勝たせてくれません。勝つために出来ることは全て、やれるだけやるつもりです。今よりもっと強くなって、必ず納得いく形でサカキさんに勝ちます」

 

 記者 「今日はありがとうございました」

 

マサヒデ「ありがとうございました」

 

 

 

 

…ベスト16入りを果たした実力者とは言え、見た目はまだまだ年端もいかない少年を相手にまじめな取材というのも滅多にないこと。戸惑いながらの取材は、30分足らずで終了した。

 

インタビューの中で浮き彫りになったのは、マサヒデ選手の他のトレーナーとは一線を画した物事の考え方と、子供らしからぬその姿勢。ポケモンリーグの結果について、とても11歳の少年とは思えない落ち着いた口調と言葉で、マサヒデ選手はそう語った。その様子からは、言葉の通り敗れたことへの悔しさは感じられず、結果には納得し、満足しているようだった。

 

そして、同時に顔を覗かせたサカキ氏に対する勝利への強い執念と敬意。それは彼にとって、ポケモンリーグが積み上げてきた歴史と伝統、その場に立つことや勝利する事の栄光ですらをも霞ませる程のものであった。「ポケモンリーグ優勝より、師に勝利することの方が重要」。これまで数多のトレーナーを取材してきた本誌でも、こんなことを平然と言ってのけるトレーナーを見たのは初めてかもしれない。

 

問題のサカキ氏との勝負がどのようなものであったのか、気にはなったものの終ぞ語ってはくれず、取材を進めても一向にどのようなものであったのかは分からなかった。だが、子供らしからぬ、それこそ苦虫を噛み潰したようなとしか表現しようのなかったマサヒデ選手の表情から、相当に納得のいかないものであったことだけは確かだ。

 

ポケモンリーグへの出場、延いてはプロとしてのマスターズリーグ参戦に慎重な、ともすれば否定的な姿勢にも見えるマサヒデ選手。しかし、この少年は未だ11歳。この先、どのような道を選ぶのかは全くの未知数と言ってよい。ただ一つだけ確かなのは、彼がポケモンリーグの大舞台で年長の実力者たちに混じっても、全くの対等に戦えるだけの実力と才能を兼ね備えているという事実。

 

これは身勝手な思いでしかないが、それでもそのたった一つの事実は、我々ポケモンバトル好きたちに大きな夢を見せてくれる。

 

 

 

今日明日でなくてもいい。いつの日か、彼が自らの意思で大舞台に飛び出して、大輪の花と咲く日が来ることを、今は楽しみに待ちたいと思う。

 

 

 

 

『月刊カントートレーナーズ名鑑12月号』

~ポケモンリーグセキエイ大会総括特集~より抜粋

 

 

 

 

*1
保護当時

*2
結果は初戦敗退




似非月刊誌風にマサヒデくんのポケモンリーグの結果報告です。DIEジェストでも何でもねぇ…。あと、どこぞのサトシくんみたいな成績だよな
なお、負けた相手の名前は、カイリュー使いということでアニポケのオレンジ諸島編の相手から拝借しました。

次話からは原作までのマサヒデくん強化年間を数話挟んで原作突入です。…え?もう原作突入って言ってたじゃんって?やっぱり主人公が強くなってく過程は描かなきゃダメだよなって…

あと、アンケート作りました。お題はレッドさんの相棒について。〆切は…原作に突入するまでかな。ご協力よろしくお願いします。



 


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第68話:修行と言えば…?

 

 

 

 

「グルォォーーーッ!」

 

 

 ある日森の中熊さんに出会った…そんな歌い出しで始まる童謡を、子供の頃に皆さん一度は耳にしたことがあろうかと思う。現実では、東北とか北海道とか、北の方でないとまずありえない状況…いや、そもそも遭遇すること自体遠慮したい状況なのだが、今、俺はまさにその童謡の歌詞そのものな状況下にあった。

 

俺の目の前には、ドシン、ドシンと力強い足音を響かせる、大の大人程もあろうかという大きな熊の姿がある。この熊の名はリングマ。第二世代から登場するノーマル単タイプのポケモンだ。こちらに気付いており、仁王立ちで雄叫びを上げて威嚇している。

 

童謡の通りなら、この後リングマにお嬢ちゃん…男だからお坊ちゃんか。リングマに「お坊ちゃんお逃げなさい」と諭されて、スタコラサッサと逃げ出すというシーンに繋がる。三毛別羆事件だのと言った熊害事件を興味本位で調べてしまったことがある身としては、この後のことを考えると普通は恐怖するしかない状況だが…

 

 

「やるぞスピアー!どくづきィ!」

「スピィッ!」

 

「グルァ…ッ!?」

 

 

生憎、ここはポケモン世界だ。今の俺に逃げ出す理由はないし、何なら逆にこのクマを狩る理由がある。経験値のため、我が身の安全のため、そして…

 

色々と思惑はあれど、やることは1つ。攻撃命令を受けたスピアーが、怯むことなくリングマに飛び掛かる。

 

 

「スッピャァァーッ!」

「グルォォーーーッ!」

 

 

一直線に切り込んだスピアーの一撃は、対応しようとしたリングマを上回る速さ。そのスピードの前に、リングマは為す術もない。貫かれたダメージに苦悶の叫びを上げ、一瞬の後、人間の大人と同程度の巨体は『ズシン…』と音を立てて大地に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、やあ。マサヒデだ。時の流れは早いもので、俺がポケモンリーグに初めて挑戦してから、気付けばもう1年と半年ほどの時間が経とうとしている。この場所で活動を始めてからは1年弱になるだろうか。

 

ポケモンリーグの後、ベスト16という結果を受けて、入賞の賞金とポケモンリーグファイナリストの栄誉と共に俺が手にしたのは、『天才少年トレーナー』という称号(かたがき)。この称号は、俺の生活を一変させる程の影響を及ぼした。ホントに大変だった。

 

トキワシティに凱旋した俺の元には、テレビ局からは番組出演依頼、出版社からは取材申し込み、その他多くの企業からCM出演の打診、トキワシティからもイベントへの参加依頼…と、それはもう方々から多種多様な仕事の依頼が、連日引っ切り無しに舞い込むことになった。正確には俺の保護者であるサカキさんの元に、だが。

 

元がなんの変哲もない一般人な俺は、連日のように舞い込む依頼の数々をどうしたらいいか、当然のようにその対応に困りに困った。「どうする?」とか聞かれても、答えようがないんですよぉサカキさーん!

 

で、困り果てた末に、俺はサカキさんに全てを丸投げした。その結果どうなったかは…まあ、これだけ言わせてもらおうか。

 

鬼!悪魔!サカキ!

 

 

 

 

 

まあ、そんなことはサカキさんに聞かれない限りどうだっていいので一旦置いといて、こんな冒頭から入っちゃったもんだから皆さんお思いのことだろう。

 

「お前今どこにいるんだよ」

 

…と。

 

俺が今いるのはカントー地方のとある山の麓。周囲には人工物と呼べるような物は一つとして存在しない、大自然の真っ只中。樹齢100年ぐらいは余裕でありそうな巨木が林立する森林地帯が四方に広がり、山からの湧水を水源とする渓流が涼やかな音を立てて流れ、俺の背後には天をも衝こうかという荘厳さも感じさせるような大山が(そび)える。山頂は初夏にもかかわらず万年雪が残り、陽の光を反射して白く輝いていた。

 

そして大々々ヒント。この山の中腹には山体を貫くようにポッカリと口を開けた大洞窟がある。まだ内部に足を踏み入れたことはないが、原作通りなら、この大洞窟は山頂まで続いているはずだ。

 

 

 

…ここまで言えば、察しの良い方ならもうお分かりだろう。そう、ここはカントー地方とジョウト地方を隔てるように聳える霊峰【シロガネ山】の山麓。原作的にはジョウト地方の全てのジム+ポケモンリーグ+カントー地方の全てのジムを制覇して、ようやく足を踏み入れることが出来、山頂には真のラスボス、原点にして頂点(レッドさん)がプレイヤーを待ち構える、文字通り最終決戦の地。第2、第4世代におけるラストダンジョンだ。

 

原作での区分はシロガネ山自体はジョウト地方なんだが、そこに至るまでの道はカントー地方に所属している。現時点では諸事情により曖昧と言うか、未区分だが。

 

初めてシロガネ山を間近で見た時は、眼前に広がる雄大な景色に心を洗われるような晴れ晴れとした気分になると同時に、高地であるが故か、はたまた原作を知るが故か、荘厳な空気に包まれているこの霊峰の姿に(いた)く感動したのをよく覚えている。まあ、その後痛い目を見るハメになったんだが。

 

そんな痛い目に遭ってなお、俺はもうかれこれ1年の大半の時間を、このシロガネ山の山麓、人の手が届いていない大自然に囲まれた環境下で過ごしていた。

 

うん、思い返してみると完全にレッドさんを先取りしたみたいだよな。

 

 

 

 

 さて、そうなると次なる疑問は「何故そんな長期間シロガネ山にいるのか?」と言うことになろうかと思う。大元の発端は、カントー地方とジョウト地方間を繋ぐ道路、原作で言うところの26・27番道路が関係している。

 

とりあえず、当時の状況を振り返りながら少しお話ししようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は時間を遡り、今から約1年前。約半年間に渡る旅の終着点、ポケモンリーグ出場。急坂の上から突き飛ばされたと言うか、千尋の谷に突き落とされたと言うか、とにかくサカキさんに送り出されて始まった俺の初挑戦は、決勝トーナメント進出、ベスト16という結果を残して幕を下ろした。

 

初挑戦でなら、これ以上は望むべくもないぐらいの好成績だと言っていいだろう。原作は仕様上勝ち抜かなきゃどうにもならんけど、別にそんな必要はなかったし、そもそも俺は主人公でもなんでもないからネ。

 

ただ、このベスト16という成績、俺が思っていたより遥かにとんでもないものだったようで。大会を終え大手を振ってトキワシティへと凱旋を果たした俺を待っていたのは、称賛と祝福、そして息詰まるストレスフルな日々だった。それは、冒頭部分でもお話したとおり。

 

俺はサカキさんマネージメントの元、サカキさんが付けてくれたマネージャーの監視(サポート)を受けながら活動を始めた。それは傍から見ると完全に芸能人、有名人としての生活であり、テレビにゲスト出演し、取材を受け、CMや宣伝のモデルとして撮影に参加し、大会やイベントにゲストとして呼ばれ、時には著名人やらお偉いさんとも会わされたりする毎日。

 

「今が書き入れ時だ」とばかりに、サカキさんによって次々とブッ込まれる案件と時間に追われ、俺がのんびりする時間はあまりない。休み時間にふとテレビを点けたり雑誌を開いたりすると、そこには俺が映っていたりするワケよ。それら1つ1つが、精神的ダメージとなって四六時中どこからともなく飛んで来る。

 

「外に出れば大丈夫だろ!」と気晴らしに外出しようとしても、身バレすると握手やらサインやらを求める人がほぼ必ず一定数はおり、人によってはバトルを挑まれることも。おかげでプライベートな時間も気が休まることが無い。いやー、人気者過ぎてホントつれーわー。

 

…いや、冗談じゃなくマジで辛かった。こんなことならポケモンリーグなんて出なくてよかった。今ポケモンリーグ関連で取材受けることがあったら、一時の気の迷いで罪犯しちゃった人よろしく、「成り行きで出た。今は後悔している」と、心の底から言える。

 

何にせよ、この世界においてポケモンバトルに強いことが如何に大きなステータスであるのかを、改めて思い知らされた数ヶ月だった。

 

 

 

 

 

…サカキさんに対応任せた時点でダメ?仰るとおりで。でも、他に頼れる人おらんから仕方ないじゃない。それと、サカキさん以上に頼りになる人って誰よ?って話でして…

 

なおサカキさん、自分の会社の案件もしれーっと混ぜ込んでいた。俺を看板にして儲かるのかよ…なんて思っていたが、普通に結構儲かったとかなんとか言ってた。文句の一つぐらい言いたいところだったが、その分金銭的には美味しい思いさせてもらってたし、そもそも俺はサカキさんに口答えなんぞする度胸がないチキンハート。流されるままであった。

 

 

 

 

 

 こんな具合で時間に追われ、精神を擦り減らし、若干人間不信になりそうな気になりつつ、生きることに疲れた社会人のような心持ちで、俺は何とか多忙な日々を乗り越えていった。絶対に10歳そこそこの子供が送るべき生活じゃない。そう考えると、人気子役の子たちってスゲーよな。

 

原作レッドさんももしかしたら、シロガネ山に籠るようになるまでの間に、こんなことがあったのかもしれない。そして世間に嫌気がさし、もしくはトレーニングに集中出来る環境を求めて…こんな感じだったんだろうか?

 

と言うか、俺の身一つで莫大な金が動いてるって、よく考えてみたらスゲーことだよな。正直今も実感湧かん。そして俺の貯金残高は今もホックホクだ。悔しいし恥ずかしい、でもお金…

 

それはともかくとして、それでも「人の噂も七十五日」とは昔の人はよく言ったもので、どんな話題だろうと数カ月も経てば流石にある程度熱は冷める。春が来て、新たなポケモンバトルシーズンが開幕し、日が経つごとに話題の矛先も移ろい、俺を取り巻く環境も落ち着いていった。それはまるで、一発屋の芸人がテレビからフェードアウトしていく過程のようだ。俺としてはそれで全然かまわなかったんだがネ。

 

早々とポケモンリーグ不参加を決め込んだことも大きかったんだと思う。上記の状況でスタートダッシュで盛大に出鼻を挫かれ、全くやる気になれなかった。あと、ポケモンリーグの賞金と、諸々のギャラやらなんやらで、金銭的な余裕があるってのも大きい。金は天下の回り物だけど、貯金残高は心の余裕、ってね。

 

 

 

 そういうこともあって、ようやく状況も落ち着き、多少ではあるが穏やかな時間を過ごせるようになりつつあった頃。俺はサカキさんから呼び出しを受けた。

 

サカキさんが俺を呼び出した理由。それは、カントー地方のポケモン絡みのイベントやらなんやらの元締めにして公的機関、カントーポケモン協会からの依頼だった。より正確には、仕事の横流し?下請け?とでも言うべきな感じだったが、予想していたよりも大きい組織からの仕事に少し驚いたことは、ハッキリ覚えている。

 

仕事の内容は「新道路の敷設に先立つ周辺環境調査への協力」。23番道路の西に、カントー地方とジョウト地方とを結ぶ道路を造る計画が進んでいて、その工事現場周辺で行う環境調査の安全確保のために、戦力を必要としている…というものだった。

 

その話を聞いて、これは位置的にたぶん、原作で言うところの26・27番道路のことだ、とピンときた。世界一カッコいいデブと評判のデブモブによる

「おいっ! きみはいま! カントーちほう への だいいっぽを ふみだした!」

の名言と、神BGMで有名なあの道路だ。何度聞いても心が震えるよな、あのBGMは。

 

そして、その道路の西側にあるのがシロガネ山。

 

サカキさん曰く「あの辺りは手付かずの自然環境がそのまま残っていて、生息している野生ポケモンも高レベルの個体がゴロゴロいると聞く。ポケモン協会が立ち入りを規制・管理している程だ。安全確保も実力のあるトレーナーでなければ務まらないということだろう」とのこと。

 

加えて、サカキさんはこうも言っていた。

 

「あの一帯は強力な野生ポケモンが生息しているが、お前の実力であれば後れは取るようなことはないはず。それに、今のお前のレベルならトレーニングの場としてもシロガネ山は良い環境のはずだ」

 

…と。

 

本来はトキワジムへの依頼だったのを、「人手が足りなくて出せない」と俺に話を持ってきたらしい。本当なのか多少疑わしいが、ジム巡りの旅の後半、仲間たちのレベル上げで苦労したことは当時の記憶に新しく、俺が知る限り、確かにレベル上げの場としてシロガネ山は、カントー地方においてはこれ以上ない場所の一つではあった。

 

それ以上に、ここ数ヶ月の精神を擦り減らすような生活とおさらば出来るかもしれない。その事実に気付けたことが、何よりの決定打だった。「壁に耳あり障子に目あり」という諺を常に意識せざるを得ない、外も迂闊に出歩けない半ば逼塞した生活を送っていた中でのこの閃きは大きかった。

 

今の環境にうんざりしていた俺は、サカキさんの話にキャンプにでも出掛けるような気分でホイホイと跳び付いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 それから1ヶ月後。サカキさんを通してこの仕事に参加した俺は、ポケモン協会からの指示を受けて指定された集合地点に向かった。集まったのは各地のジム所属のトレーナーや、大きな大会で実績のあるトレーナーなど、合わせて100人程。これに調査員などが加わって、総勢数百人の調査隊が出来上がった。

 

トレーナーの皆さんは勿論のことだが、調査員の人たちも連れているポケモンを見ると、かなり戦えそうな印象だった。逆に言えば、シロガネ山は非戦闘要員のはずの調査員でも、ある程度の実力がないとやっていけない場所とも言えた。

 

参加者が全員集まったのを確認後、揃って現場へ向かう。場所はトキワシティとセキエイ高原とを繋ぐ23番道路の西側、カントー地方の西の端。鬱蒼とした森林地帯…というか、最早樹海とでも呼ぶべき未開発地帯が広がり、遥か遠くまで広がる森林を越えた先に、樹海から突き出るように天高く雪の冠を戴く大山が聳える。実に雄大な風景が広がっていた。

 

この時の俺は、まだシロガネ山のことをかなり甘く考えていた。原作の野生ポケモンのレベルは40そこそこ~50ぐらいだったし、気分的にはちょっとしたキャンプのような認識だったんだ。それこそ、セキチクシティのサファリゾーンの時のような。

 

しかし、現実はそんな生温いものではなかった。

 

 

 

 

 ベースキャンプを設営後、幾つかのグループに分かれて調査は始まった。調査に必要な機材やらなんやらを運びながら、それぞれに割り振られた目標地点を目指していく。

 

しかし、シロガネ山周辺は人の手がほぼ入っていない、遥か昔から手付かずの環境がそのまま残っている秘境。原作にあった麓のポケモンセンターはおろか、そこまでの道すら影も形もない。

 

過酷な自然環境に加え、この世界でもシロガネ山周辺は高レベルの個体が多かった。それこそ、原作よりももう1段階、2段階も上のレベル帯の個体も頻繁に現れた。そして、時にそれらのポケモンが調査隊に向かってくることも珍しくない。まさに未開の大自然。ポケモンたちの楽園。最後のフロンティアだ。

 

俺たち招集されたトレーナーたちは、そんな高レベルの野生ポケモンたちを相手にほぼ常時スクランブル状態で、トキワシティにいた時とはまた別の意味で、片時も気を抜けない日々が続いた。その中で、実力不足、体力不足、心身の不調…様々な理由で1人、また1人と、参加者が調査から脱落していった。

 

流石は天下のシロガネ山。甘く見ていい場所ではなかったと、俺は遅まきながらに理解した。出発前はキャンプ気分であんなにウキウキだったのに。

 

このように調査隊の被害は甚大だったが、それでも「何の成果も、得られませんでした!」で逃げ帰るわけにはいかない、と調査は続行。残ったメンバーはこの過酷な環境を戦い抜き、生き残ってきた本物の実力者。加えてこれまでの教訓もあり、以降の調査は脱落者も少なく比較的順調に進んだ。俺がその中の1人としていられたのは、実力か、それとも幸運か…

 

そして、半年に渡る調査で俺たち調査隊は何とか当初の目標として設定されていた必要ノルマを達成。調査は以降も続けられるとのことだが、この調査隊は解散となった。

 

 

 

 その後、俺は一度トキワシティに戻ったが、程なくしてこの地に舞い戻った。理由はサカキさんが言ってたとおり、シロガネ山周辺がレベル上げの場としては良い感じの場所だったから。これに尽きる。

 

ただ、原作同様にポケモン協会の許可が無いと足を踏み入れられないことに変わりはない。正直最初は許可貰えないかとも思ったけど、この世界では10歳そこそこの子供でも、実績さえ残せば一人前扱いしてもらえる。協会の方は思ったよりもすんなりと許可が出た。そしてサカキさんも、しばらくシロガネ山で鍛えたいという俺の希望をアッサリと認めてくれた。

 

そういうワケで、俺はサカキさんの許可とポケモン協会の許可を得て、このシロガネ山の大自然の中に拠点を置いた山籠もり修行生活に突入。調査隊の期間も含め、1年近くトキワシティを離れての日々を過ごしていた。

 

まあ、状況の報告を協会から義務付けられてたりするし、それ以外でもサカキさんにも顔を見せたり近況報告したり、足りなくなった物資を買い込んだりするために、時々トキワシティに帰ってはいるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上、これまでの経過報告でした。いやぁ、正直最初は生活するのも結構過酷だったから、どこまで続けられるか不安だったけど、思ったよりも何とかなって良かったわー。あんな日々からも開放されたことも思うと、それだけでも気分は上々。

 

思い返せば、各地のジムを巡っていた旅の途中でも、何だかんだここまで本格的に危ない場所で野宿をしたことはなかった。サファリゾーンの時も頼れる大人(キョウさん)がいたし。直接的に命の危険を感じるのは、この世界に来てトキワの森を彷徨った最初の数日以来ではないだろうか。

 

修行の方も順調で、冒頭のようにスピアーはすでにリングマを安定してワンパン出来るレベルに到達。他の仲間たちのレベルも、力強さも、技のキレも、それぞれが大きく成長した。まあ、育ち過ぎたことで逆に問題が出て来てしまった奴も若干名いるが…これに関しては理由が理由だけに、トレーナーとして腰を据えて向き合っていくしかないことだと思っている。この話はまた後程させてもらうとしよう。

 

それと、定期報告はしないといけないとは言え、周囲のことを気にする必要がないのも大きい。この数年間、様々な形でサカキさんの目を気にしながら生きて来た身としては、色々と開放された気分になれて実に嬉しい。一時的な独り立ちみたいな感じだ。自由って素晴らしい。

 

サカキさんに監視されていないであろうこの環境は、俺にとっては降って湧いた幸運と言う他ない。そして、そんな環境下だからこそ試してみたいことがある。この環境下だからこそ出来ることがある。それは、サカキさんに今度こそ納得いく形で勝つために、やっておいた方が絶対に良いことだ。

 

 

 

…そう言えば、セキチクシティの忍者親子から「時間が出来たら遊びに来い(要約)」という手紙が来てたけど…少なくとも、今年の冬まではこの環境から離れるつもりはない。いずれ顔は出さないといけないとは思っているけど、もうちょっと待ってもらうよう返事しておくか。

 

全てはこの世界で一人でもやっていける力を手に入れるため、そして本当の自由を手に入れるため…

 

 

「よし、よくやった。次行ってみよう」

 

「スピッ!」

 

 

4年前から揺るぎない、そして今なお高く聳える目標のため、俺は今日もこの過酷な環境の中で戦いに身を投じる。頼れる仲間たちと一緒に。

 

 

 

 

 




カントー地方で修行するならやっぱりシロガネ山だよネ!というワケで、お待たせしました。今回から数話は、これまでの時間軸と原作までの間、主人公が何やってたのか…という空白の期間を埋める話です。またの名を主人公強化月間。

リアルが忙しかったり、インク塗りまくったり(オイ)してたら、いつの間にか10月目前ですよ。いや~、危うく今月投稿無しになるとこでした。まあ、ともかくギリギリセーフってことで。SV発売まであと1ヶ月半、ここから何とかペース上げていきたいです。




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第69話:霊峰を征する者(1)

 

 

 

 

 シロガネ山籠り修行、その1日目。夜明け前にチャンピオンロード前のポケモンセンターを出発した俺は、特段大きなトラブルもなく、設営を予定していたシロガネ山の麓に到着した。

 

 

「さあ、修行の前に腹ごなしだ!」

 

 

育つ秘訣は、よく食べ、よく遊び、よく寝ること。一度は離れたこのシロガネ山の地に修行のため舞い戻った俺が、生活のための簡易拠点を設営し終えて次に行ったのが食事の準備だった。腹が減っては戦は出来ぬと言うし、ポケモンを育てるに当たって食事はとても重要だ。

 

この山籠もりの中で、その最初の一歩として行うことはすでに決めている。この食事を利用する形で、育成に関わるあの要素が原作通りなのかどうかを検証する。使用する物は、とある木の実。ホウエン地方からの輸入品として以前から時々売っていたのは見かけたが、いつの間にかまとまった数を安定的に入手出来るようになっていたとは驚きだ。時代が一歩ずつ着実に進んでいることを実感させられたネ。

 

ただ、あの仕様が俺の知る原作の通りであるのなら、俺は時代を一歩も二歩も先取りし、他のトレーナーたちに大きな差を作ることが出来る。加えてサカキさんの影響下にない状況で行えるのなら、これ以上望ましい環境もない。

 

何しろ、今ここには気にするべき周囲の目が存在しない。いくらサカキさんと言えど、流石にこんな場所にまで監視役を送ってくるようなことはあるまい。と言うことは、いくらでも好きなことが出来るということ。これまではサカキさんの目を気にして色々と自重していたことも、大手を振って実践出来るってワケだ。

 

 

 

 

 シロガネ山が人が生きるには如何に過酷な環境なのかは、これまで調査隊として活動してきたのでよく分かっている。それは同時に、ポケモントレーナーとして上へ行くためにはこれ以上ない環境だということでもある。この地で何の苦も無く戦える、生きていけるようになるということは、トレーナーとしての階段をまた一段昇れたということに他ならない。

 

今度こそサカキさんを追い越すためにも、この仕様がどうなっているのかだけは絶対に確認しておきたいし、出来るならレッドさんに先駆けて俺はこのシロガネ山を制するのだ。その第一歩として、まずは…

 

 

「さあ、食うぞ」

 

「スピッ!」

 

「ザロクのみ、ネコブのみ、タポルのみ、ロメのみ、ウブのみ、マトマのみ、それぞれ26個で合わせて156個だ!頑張っていこう!」

 

「…スピィッ!?」

 

 

目の前に積み上げられ、小さな山を形成している大量のソレを前に、力強く俺は宣言する。対して、傍らに控える我が相棒・スピアーは、最初はやる気満々だったのが、これ全部と聞いて「え、マジ?」とでも言わんばかりの狼狽え様。

 

しかし、これも強くなるためには必要なこと…スピアーには、是が非でもこの156個の木の実を完食してもらう。

 

 

「まずはザロクのみからいってみようか」

 

「ス、スピ……」

 

 

【ザロクのみ】…第三世代より登場した木の実の一種。その名のとおり柘榴(ざくろ)のような見た目をしている。味の方は…まあ、食べられない程ではないが、基本的にはポケモンの食べる物…といったところか。

 

実装当初はただポロックという、コンテスト用のアイテムの材料としての価値しかなかったが、後に2つの効果を得て重要な役割を持つことになった。

 

1つは食べた(使用した)ポケモンがトレーナーに懐く効果。主になつき度が進化条件になっているポケモンを進化させるために使用されることがある。しかし、自惚れかもしれないが、俺とスピアーの間に築き上げた絆は揺るぎないものと自負している。すでにカンスト状態のはずだから、意味を成さない。だから、重要なのは2つ目の効果の方。

 

それは、食べた(使用した)ポケモンのHPの基礎ポイントを10下げる、というもの。残る木の実は、基礎ポイントが下がるステータスが、こうげき・ぼうぎょ・とくこう・とくぼう・すばやさにそれぞれ変わっただけ。あと、味もそれぞれ違ったな。

 

この効果を聞けば、ポケモン対戦の沼に片足突っ込んだことがある人は、俺がやらんとしていることにピンと来たことだろう。

 

そう、俺が今やろうとしているのは努力値振り。ポケモン廃人への第一歩、底無しの大沼へと、今まさに片足を突っ込もうとしている。輸入品ということで多少値は張ったが、それに見合うだけのリターンは期待出来るはずだ。

 

そもそも、基礎ポイントとは何か?まずはそこから簡単に説明しよう。とうに御存知の諸兄にとっては聞き飽きた、見飽きた内容だろうが、お付き合い願いたい。

 

 

 

 ポケモンは相手を倒した時に経験値を得ているが、それとは別にステータスの成長に関わる経験値も得ており、この経験値のことをゲーム内では基礎ポイントと呼んでいるのである。もっとも、世に言うポケモン廃人と呼ばれる連中、もっと言うならポケモン対戦を多少でも齧ったことのある人の大部分は、基礎ポイントとは呼ばずに通称の【努力値】と呼んでいるが。

 

努力値はいわゆる三値の1つであり、そのポケモンに求める役割に合わせて努力値を振ることで、ステータスの調整を行うことが出来る。しかし、得られる努力値は倒したポケモンの種族ごとに決まっているため、何も考えずにただポケモンを倒していくだけだと、努力値は滅茶苦茶に振られてしまう。

 

ここで一度、スピアーの現在のステータスを見ていただこう。

 

・スピアー♂Lv64

 HP:186

 攻撃:174

 防御:70

 特攻:77

 特防:130

 素早:145

 

これが、今のスピアーの能力をポケモン図鑑の機能を利用して数値化した物だ。ここに来る前に、オーキド博士にパワーアップしてもらったおかげで、原作のようにポケモンの能力を数値化して知ることが出来るようになった。科学の力ってスゲー!

 

スピアーの正確な種族値は、こうげき90・すばやさ75以外は覚えてないし、個体値も不明なため正確なことは言えないが、これまでの俺たちの歩みから考えると、多少の偏りはあれど、恐らく全体的に満遍なく努力値が振られているはずだ。一般論として、基本的にポケモンは育てる能力は絞った方が良い、短所を補う育て方をするよりも長所を伸ばす方が良い、と言われる。満遍なく育てるやり方は得策ではないワケだ。

 

そこで役に立つのがこれらの木の実。努力値は1つのステータスに対して最大255までしか振ることが出来ない。つまり、対応する木の実を26個食べれば、そのステータスの努力値を0にしたと断言することが出来る。そして全ての木の実を食べ終えた日には、全ての努力値を完全にリセットされた、まっさらな状態のポケモンが出来上がるって寸法よ。原作通りなら。

 

そして、スピアーはその種族値の関係上、こうげきとすばやさに振り切る以外の選択肢がほぼ無いと言っていい。努力値振りの叩き台としてはこれ以上なく打ってつけの存在だった。

 

 

「ス、スピィ…」

 

「嫌でも絶対食ってもらうから。これも強くなるために必要なことだ」

 

「…スピ」

 

 

一歩も引く様子の無い俺に何か観念したような様子のスピアー。この山を前に些か気後れしているのか、鳴き声にはいつものキレが感じられない。それでも、意を決したように目の前に積み上がった木の実の山から1つを手に取り、ムシャリムシャリと食べ始める。

 

まあ、元がポケモンのお菓子の原材料。味は悪くないようで、スピアーもかなりのハイペースで食べ進めている。

 

しかし、15も食べれば流石に腹が膨れるのか、徐々に食べるペースもダウンしていく。

 

 

「ス、スピ、スピ!」

 

 

そして残り3つというところで、スピアーは「これ以上はもう無理だ!」とアピールするように、俺の方を見てブンブン頭を振る仕草を見せた。

 

努力値はさっき言ったように1つのステータスに255しか振れず、加えて全体合計で510までしか振ることが出来ないというボーダーも設定されているが、どのステータスにどれだけの努力値が振られているのかが分からない。残念ながら、いつ、どんなポケモンを倒したかまでは、俺も把握していない。生きるので精一杯だったし。

 

そうである以上、念を入れて全種類食べ切ってもらうしかないのだが…

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

こう、懇願するように見つめられると、流石に罪悪感が…しかも、何か目もうるんでないかい?おじさん、チワワが見つめてくる某貸金業者のCMを思い出したよ。

 

くっ…よくよく考えてみれば、スピアーの小柄な体躯で156個一気は無謀が過ぎるか。まあ、俺も「同じことをやれ」と言われたら、同じような反応をするだろうし。何ならスピアーよりも食えないかも…そう考えれば、この反応も仕方ない。

 

己の欲せざるところ人に施すことなかれ、ポケモン相手でもそこは同じこと…

 

 

「あー…うん、すまん。流石にキツイよな。一食につき一種類ずつ、頑張って食べ切っていこう」

 

「…スピ」

 

 

そうして、俺は折れた。スピアーとは今一度話し合い?の末に、1食につき1種類の木の実を26個、2日かけて156個を頑張って完食するということで、合意に達した。

 

まあ、別段急ぐものでもないからいいか。スピアーは全てを食べ終えるまで戦わせられないが、他の面子でも何とかなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、山籠もりを開始して2日目。

 

 

「ス、スピィッ…」

 

この日の朝食で、スピアーは何とか全156個の各種木の実を平らげた。スポーツ選手が増量のために泣きながら食わされている、そんな感じで大変心苦しかったが、よくやってくれた。本当にお疲れさまとしか言いようがない。

 

…じっくり考えてみれば、そんな急がせる必要もなかったとは思うんだが、早く挑戦したい逸る気持ちを抑えられなかった。仕方ないネ。

 

兎にも角にも、その後に確認したスピアーのステータスがこちらになる。

 

 

・スピアー♂Lv64

 HP:173

 攻撃:154

 防御:63

 特攻:69

 特防:125

 素早:120

 

 

…うん、全体的に10~20程度能力が下がっているのが分かる。つまり、あの木の実たちは原作通りに効果を発揮してくれたということだ。まずは一安心。

 

次に、本当に努力値が下がり切ったのかを確認するため、翌3日目の朝食で各種もう何個かずつ食べてもらった。が、ステータスに変化はなかったので、無事に無地のキャンパスと化したスピアーが出来上がったと判断した。各種木の実はホウエン地方からの輸入品てことで、大量に買い込むことで少々躊躇するような金額が飛んで行ったけど、それに見合うだけの価値はあった。

 

後は、ここから努力値振り…具体的にはこうげき・すばやさが上がるポケモンを相手に戦っていくだけなんだが…シロガネ山近辺で出てくるポケモンでこの条件に当てはまるのは、リングマ・ギャロップ・アーボック・ドードリオ。夜ならゴルバット・ニューラ辺りもいるか。見事にスピアーで相手するにはタイプ相性的にキツイ連中が多い。

 

まあ、そこはスピアーの地力を信じると共に、他のメンバーでサポートもしながらやっていこう。レベル上げにもなるし。なお、各種ドーピングアイテムは未購入ですので悪しからず。トキワシティじゃまとまった数手に入らなかったんだよ…あと、木の実よりも遥かにお高いので…

 

 

 

 かくして、全ての準備と前提条件が整った。しかし、この日はスピアーの胃袋のことを考慮して休養とし、翌日の朝から早速動き出した。最初調査のために足を踏み入れた時に分かってはいたが、人の手が入っていない自然環境が色濃く残るシロガネ山周辺は、とにかく野生ポケモンとのエンカウント率がヤバい。少し歩けば、そこかしこで何らかの野生ポケモンに出くわすことが出来る。

 

 

「グルォォォーーーッ!」

 

 

…こんな風に。

 

現れたポケモンはリングマ。原作でも、シロガネ山の周辺ではよく出現していたポケモンだ。この世界でもここに生息している数が多いのか、調査隊の時からよく見かけていた。

 

ポニータやヒメグマといったポケモンは、俺の姿を見つけると逃げ出してしまい戦うのも一苦労だが、このリングマはこっちを見つけるとまず威嚇の後、攻めかかってくる。熊に襲われるこの構図、正直怖いが攻撃の努力値を稼ぎたい身としてはありがたくもあり、多少複雑な思いをしている。

 

 

「スピアー、どくづき!」

「スピィーッ!」

 

「グルァ…ッ」

 

 

激しい戦闘の末に、スピアーの毒槍に貫かれたリングマの茶色い巨体が、音を立てて大地に沈む。やはり、余程高レベルの個体に出会わない限り、そして俺自身の油断・慢心が無い限りは、すでに十分戦えるレベル帯に達している。

 

まあ、今日までの所で古株のサンドパンはモチロンのこと、加えてサナギラス・ラフレシアの主力メンバーは普通に戦えていたからな。特段思うところはない。

 

 

「ついでだ、いけ!」

 

 

倒したついでに、モンスターボールも放り投げる。調査隊にいる時は自由にポケモン捕まえることが出来なかったからいい機会だ。

 

倒れた後、再び立ち上がって逃げようと背を向けたリングマにモンスターボールがHIT。閉じ込めたボールが地に落ちてから3度、4度と揺れ、『カチッ』という音を最後に動かなくなる。リングマGETだぜ、っと。

 

 

「…よし。よくやった、スピアー!この調子で次々行こう!」

 

「スピィ!」

 

 

ボールを拾い上げた俺は、スピアーと一緒に次なる獲物を探して歩き出す。

 

 

 

…そう言えば、ポケモンを捕まえた場合の努力値ってどうなるんだ?捕まえても経験値が入るようになったのは最近の作品からだし…まあ、普通に考えれば捕まえるまでも戦ってるワケだし、入ってる方が自然ではあるか。それに、念のため全て振り終わってから+αで倒せば問題ないだろ。

 

 

 

 こうして、努力値振りに本格的に動き出して、陽が落ちるまで野生ポケモンとの戦いに挑んだ1日。最終的な戦果はリングマ×13、ドードリオ×3、アーボック×10、アーボ×5、ギャロップ×5、ヘラクロス×1で計37体。全部で攻撃59、素早さ10の努力値を稼いだ…はず。

 

そして、スピアーの現在の能力がこれ。

 

・スピアー♂Lv64

 HP:173

 攻撃:163

 防御:63

 特攻:69

 特防:125

 素早:122

 

こうげき・すばやさのステータスに変化があったことを確認。問題なく努力値振りは行えているものと判断する。俺のやったことは無駄にならずに済みそうで、確かな手応えを感じると共に胸を撫で下ろした。

 

実際にやってみた感想としては、元々シロガネ山の野生ポケモン相手でも十分やれるのは分かっていたが、時々連戦や群れバトルのような状況となる時があり、それに完全に1人で対処しないといけない分、色々と考えないといけない部分はあった。スピアー込みで常に2~3体は展開させておくと安心安全だろう。

 

あと、普段はあまり意識しないが、PPの減りも無視出来ない。スピアーはまだマシだが、他のメンバーのメインウェポンはかなりギリギリ。ポケセンもないため、短時間で十分な回復が出来ないのが痛い。こういう事態も見越して、ヒメリのみもある程度は用意してあるが、どこまで持つか…。キズぐすりや状態異常を治す系のアイテムも同様で、ここらへんか食料の備蓄の底が見え次第、一時帰宅が必要になると思う。

 

出現するポケモンで一番厄介なのはアーボック。威嚇で攻撃を下げて来るし、"へびにらみ"で麻痺させてくるし、"かみつく"で怯ませてくるしで、スピアーで相手は中々に厳しいものがあった。

 

逆にギャロップやドードリオはサンドパン・サナギラスに任せればいいので楽だ。ただ、こっちを見つけると逃げる個体がそこそこいるので、そっちの方が問題かもしれない。時々見かける進化前のポケモンも同様に、こちらを見ると逃げていくことが多いので、相対的に倒した数も少ない。

 

あと、ヘラクロスは「お前おったんかい」っていう感じだ。アーボックを倒した時に、ぶっ飛ばして叩き付けた木から落ちて来たもんだからびっくりした。そういや"ずつき"のシステムもあったなぁ…って思い出して、ちょっと懐かしくも思った。コイツに関しては何とか確保したので、後々戦力に加える予定を立てている。

 

それと、当然の話ではあるが、これに加えてドンファン、モンジャラ等、ターゲットではないポケモンとの遭遇も何度もあった。モンジャラについては足も遅いし好戦的ではないしで何とかなるんだが、ドンファンについては向かってくるので、こいつも10体ぐらい撃退した。全部対応してくれたラフレシア様々だわ。だが、負担が大きいとは思っている。対策が必要だ。

 

この調子なら、一週間あればこうげきの努力値はほぼ振り切れるんじゃないだろうか?あとはすばやさがどうかってところだな。これでスピアーの努力値を振り終わったら、他のメンバーも順番に努力値を振り直していきたいね。

 

ただ、こうげきとぼうぎょ、すばやさは良いとして、HP・とくこう・とくぼうは、上げられるポケモンシロガネ山周辺にいたっけな…

 

…確か、ヌオーがHPだったか?それと、とくこうはゴルダックがいるな。どっちも水辺のポケモンだから、ラフレシアでいけそうだ。また、ラフレシアの負担がデカくなるな。

 

そして、とくぼうは…ああ、ムウマがいたか。ただ、効率的には…うーん、ってところだな。とくぼう上げるんだったら、海でメノクラゲ・ドククラゲを狙った方がいいだろうね。

 

 

 

 

 何にせよ、今日の成果は今後に向けての大きな一歩。無事完遂出来れば、今のトップトレーナーと比較しても遜色無い…いや、それすらも上回る強力無比なパーティが完成していることだろう。

 

その暁には、今度こそサカキさんから、どこからどう見ても文句の付けようのない勝利を掴み取るのだ。

 

そして、その勝利を手に俺は真の自由を手に入れる。手に入れて…

 

 

……

 

………

 

 

…そうか、そろそろ今後どうするか、本格的に考えないとだよな。このままカントー地方に留まって原作の時間軸を迎えるのか、それとも他の地方へ行くのか…

 

今後ロケット団、曳いてはサカキさんがあれこれ事件を起こすことを考えると、レッドさんの活躍は見れなくなるけど、関わらないために他所へ行くのが一番安全な気はするよなぁ。

 

で、出ていくなら何処が良いだろう?陸続きのお隣・ジョウト…は近過ぎるので除外するとして、ホウエン・シンオウのどっちかだろうか?イッシュやカロスも良いが、確か時間軸的に原作は初代からは結構後の時代っぽいんだよな…いっそ、バカンスついでにアローラまで行ってみるか?

 

…ま、特訓ついでにのんびり考えるとしますかねー。何だかんだ、原作まではまだまだ時間あるし。

 

 

 

 今日1日の進捗に確かな手応えを感じると同時に、今後の行くべき道に思いを馳せながら、シロガネ山籠りの4日目は過ぎていった。

 

ここまでの経過は順調そのもので、全て俺の思うがままという感じ。このまま何事も無く…といけばいいのだが、相手は自然であり生き物。何から何までこちらの思い通りに動いてくれるようなことはない。一時の油断、僅かな慢心が、大きな失敗に繋がる可能性だって十分にあり得る。

 

常在戦場。いつ、どんなことが起こってもいいように、心構えだけはしっかりしておきたい。ここを乗り越えれば俺は、俺たちはもっと強くなれる。頑張っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、山籠もり開始から12日目。とうとう俺は、最初のトラブルに見舞われることになった。

 

…まあ、そのトラブルの根源が何から何まで身内によるものになるとは思わなかったが。

 

 

 

 




 主人公強化月間1話目。ついにこの主人公、廃人への第一歩である努力値振りに手を出し始めた模様です。あとは個体値厳選、性格厳選、或いはハーブと王冠集めを始めたらほぼ完全体ですね。個体値厳選は捕獲が基本なので、ゲームと違って苦行でしょうけど。
なお、このスピアーの個体値は【25-31-24-10-28-31】の2Vとなっております。うーん、この御都合主義的高個体値。でもまあ、エースで相棒だし、仕方ないネ。

次回は山籠もり中のトラブル対処と称して、そろそろ回収しとくべきアイツのフラグを何とかします。


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第70話:霊峰を征する者(2)

あけましておめでとうございます!(大遅刻)



 

 

 

 

 シロガネ山に籠もっての修行を始めて1カ月。主目標として進めて来たスピアーの努力値稼ぎは、まずまず順調だった。石を投げればポケモンに当たる…と言うのは流石に言い過ぎかもしれないが、野生ポケモンの楽園なだけあり、また主目標となるポケモンが生態系の頂点に立っているだけに、戦う相手には困らなかった。

 

ただ、全てが順調だったかと言うと、そうでもない。攻撃の数値に関してのみは確かに順調だった一方、素早さの努力値を持つポケモン…シロガネ山周辺で言えばポニータ・ギャロップがターゲットになるのだが、こいつらは遭遇しても、向かってくる個体より持ち前のスピードを活かして逃げる個体が多く、努力値稼ぎが思ったように進まなかった。

 

そこで、この問題を解消するための手として、昼間に活動するポケモンよりも夜間に出現するすばやさの努力値を持つポケモンに狙いを切り替え、2週間ほど前に活動時間の重点を日中から夜間帯に移した。

 

シロガネ山の夜は人工物が何一つない暗黒世界。月明かりと星々の煌めき、そして俺や時々やって来る調査員と思われる誰かが起こした焚火が灯火の全てだ。その内幽霊の1つ2つでも出そうな雰囲気で、複数人で活動していた調査隊の時と比べて、正直心細くて仕方がない。

 

 

 

…いや、実際幽霊出るんだけどな。ムウマっていう可愛らしいヤツが。暗闇の中、背後から耳元で「ムゥ~マァ~…」って一鳴きしては消えていったり、目の前にいきなり現れては"くろいまなざし"やあやしいひかり撃ってきたり、やることは全然可愛くないけど。特にくろいまなざしを撃たれた時がヤバい。真っ暗闇の中で金縛りくらったみたいになって、身動き出来ない状態でムウマが迫ってくる…文字通り寿命を削られてる気しかしないんだが。ホラーだけはガチであかん。

 

 

 

 ムウマによる妨害行為の他、視界不良などの夜ならではの障害に見舞われ、夜間の活動は手持ちメンバー総動員じゃないと安心出来なくなりながらも敢行した夜の努力値稼ぎ。諸々の不安要素や精神的ダメージを抱えながらの続行だったが、この選択は結果的には吉と出た。

 

ゴルバットやニューラ。これらはいずれもシロガネ山に生息するポケモンであり、素早さの努力値を抱えるポケモンである。そして、これらのポケモンに共通するのは、夜間や洞窟などの暗い時間帯・場所を活動範囲にしている点。シロガネ山の昼の支配者をリングマやドンファンとするなら、夜の支配者は彼らだろう。それは、今の俺にとってはこれ以上ないぐらい都合が良かった。

 

加えてゲームでは野生ポケモン相手は基本1対1だが、現実にはその固定観念に囚われる必要がないのもある。どちらもスピアー単体では相手にしづらいひこうタイプのポケモンだが、スピアーを中心に据え、サンドパンやサナギラス、レアコイルやドガース改めマタドガスなど、飛行タイプ相手に優位に戦えるポケモンで脇を固める陣形で1対多の構図を作ることで、成果は目に見えて上がった。

 

夜に現れるポケモンを狙うというこの思惑は、これ以上ないぐらいに見事にハマったのである。俺の精神がジワジワ削られた以外は。

 

なお、この精神的ダメージには味方からの意図的な誤射(じゃれあい)も含まれている。主犯はマタドガスで、犯行内容は主にムウマの模倣犯。ドガースの頃から変わらないと言えばその通りなんだが、心臓に悪いのでホント止めて欲しい。せめて、やるならもうちょい余裕のある時にしてくれ…

 

 

 

 そんなこんなありながらも、活動時間を夜間に移したことで努力値稼ぎは再び順調なペースになりつつあった。そしてそんな中で、その時は突然訪れた。

 

それは、ゴルバットをスピアーとサナギラスが連携して撃破した、もう数十回も見た光景の直後のこと。明け方の早い時間、夜間帯に活動するポケモンたちはそろそろ住処に戻って眠りに就き始め、昼間に活動するポケモンたちが動き出す頃合いだった。ちょうど、太陽が森林地帯の向こうから顔を覗かせ始めていたのはよく覚えている。

 

半ば夜型の生活を送っていた俺にとって、最近の日の出はお休みなさいの合図も同然。今日はここまで…そう考え、引き上げにかかろうとしていたていた時。

 

 

「……ギ…ィッ!」

 

「…サナギラス?」

 

 

サナギラスが普段聞き慣れない鳴き声を上げた直後、身体が朝日に負けないぐらいに眩く輝き出した。その光のシルエットは、みるみるうちにより高く、より大きく変わっていく。

 

そして…

 

 

「ギィラァァァーーーーッ!!!!」

 

 

サナギラスを覆っていた光が弾けると同時に、朝焼けの空を特大の咆哮が切り裂いた。そう、不安を感じつつも待望だったサナギラス進化の瞬間である。

 

サナギラス改め、よろいポケモン・バンギラス。長い忍耐の時を経たサナギラスが遂に到達した最終進化形態。図鑑の説明では、攻撃性が非常に高く凶暴で、弱い相手には興味を示さないと言われる一方、強敵には積極的に喧嘩を売りに行くなど、本性はかなり好戦的であるとされる。そして、その好戦性をさらに危険なものとするのが、バンギラス自体が持つパワー。その力は山を崩し、地形をも変えてしまうほどと言われ、【歩く災害】とも表現されることもある。

 

ゲームにおいては、通称・600族とも呼ばれる高いステータスを有するポケモンたちの一角としても知られる。素早さが若干低めなものの、攻撃を中心に高水準でまとまったステータスを持っている。その高ステータスと積み技を活かしたエースとしての役割は勿論、特性"すなおこし"で砂パの起動要員、"ステルスロック"やでんじはを撒くサポート要員等々、物理格闘技で消し飛ぶ以外は何をやらせても優秀なポケモンである。

 

 

「ギィ……」

 

「おぉぉぉ…!」

 

 

朝日に照らされ、大自然の中に悠然と佇むバンギラス。ゲームやってた時からずっと思っているが、艶のある緑がかったボディに大きく重厚感のある体躯、背中から突き出した多数の棘。日本人の大半が思い描くであろう怪獣然としたそのシルエットは実にカッコいい。男心にぶっ刺さりだ。

 

ここ1年全く兆候もなく半ば忘れかけていた中でのことだったが、いつ進化するかと楽しみにしていたことは間違いない。ゲームの中であればいざ知らず、現実にいざその時を迎えたとなるとトレーナーとして感動も一入(ひとしお)。ここまでこれたことは、本当に感慨深いものがある。

 

思い返せばヨーギラス時代にオーキド博士のとこで出会ってから2年と半年。色々手こずらされはしたが、打倒・サカキさんの道を共に歩んできた大事な仲間だ。この反応も、バンギラスなりの信頼の表現だと思っていたり…するんだけど、実際の所どうなんスかね…?

 

 

「やったじゃないか。おめでとさん、バンギラス」

 

 

朝日を背に悠然と佇むバンギラスに歩み寄り、心の底からの祝福の言葉を掛ける。

 

 

「…………」

 

 

しかし、バンギラスはこちらをチラッと一瞥しただけで、何とも素っ気ない反応。敵意を感じる…とまではいかないが、まるで俺のことなどどうでもいいとでも言っているかのようだ。

 

…まあ、これもバンギラスらしさってことでよし。早速600族の超パワーを実戦で実見…といきたいところではあったが、流石に日付が変わる前から活動していれば、朝日が昇れば眠くなるのが道理。この時は自重し、再び夜に向けて身体を休めることにした。

 

 

 

 かくして、ついに手にしたバンギラスという強大な存在。間違いなくこのシロガネ山での生活、延いてはトレーナーとして生きていく上で、俺にとって欠かせない大きな力になる。朝は自重した俺だったが、眠りから覚めた後、食事を挟んですぐにバンギラスを実戦投入した。この例えが適切かは微妙なところだが、言うなれば新しい玩具のようなもの。子供みたいと言われるかもしれないが、手に入れれば使ってみてたくなるのが人間の性ってもんでして。

 

ただ、進化時に見せた態度から少し不安な点もあった。以前から気になってはいたんだけど、果たしてバンギラスは俺の言う事を聞いてくれるのか?その答えを知るためには、やはり実戦で使ってみないとわからない。

 

かくして早速実戦投入されたバンギラスは、その期待に十二分に応える圧倒的なパワーを、まざまざと見せつけてくれた。

 

 

「ギィラァァーッ!!!!」

 

「ちょっとぉぉーー!?」

 

 

…お察しの通り良い意味でも悪い意味でも。攻撃種族値134から繰り出される規格外の圧倒的パワーを、俺の指示も静止も聞かず、辺り構わず振り撒いたワケだ。

 

一度戦闘モードに入ると、その特性が即座に発動。俄かに風が吹き始め、かと思っている間に風に砂が混じり出し、その腕の一振りは易々と地を砕き、尻尾の一振りは木々を数本まとめて圧し折り、相手ポケモンに向かって大きい物で直径1mはあろうかという岩石の雨を浴びせ押し流す。見ていて相手となる野生ポケモンの命が危ぶまれるレベルだ。こっちの都合で攻めかかっておいてなんだが。

 

オーキド研究所で初めて会った時から、我が強いと言うか何も信用出来ないという意思を明確に示す、一匹狼な暴れん坊だったバンギラス。タマムシシティでのサカキさんのシゴキに、サナギラスへの進化を経て幾分か落ち着いてくれたと思っていたんだが…最終進化を遂げたことで、身を潜めていた生来の超絶気性難が再び鎌首をもたげてしまったらしい。

 

 

「ストップ!やりすぎだ!止まれバンギラス!」

 

「ギラァッ!」

 

「ぬぉぉッ!?」

 

 

やりすぎだ、と何とかバンギラスを止めに入ろうとはするものの…その返事は、相手を攻撃した際の流れ弾、顔面真横を突き抜ける岩塊火の玉ストレートで返された。命の危機に流石にちょっとちびった。

 

 

「おい…」

 

「…ギィィ」

 

「…!」

 

 

当たっていたら軽く死ねるのは流石に洒落にならないので、バンギラスを睨み付けるが、当のバンギラスはと言えば、僅かに顔を動かして流し見るように視線だけを俺に向けると、ニヤリと鋭い牙を見せる。そして、何事もなかったように前を向く。

 

何だかんだ2年以上付き合ってきたのでよく分かる。これ、明らかに俺を舐め腐っている態度だろ…

 

 

「スピッ!スピィッ!」

 

 

その様子を見ていたスピアーが、すかさずバンギラスに対して咎めるような声を上げる。戦闘直後だというのに、うちのエース・リーダーとして、俺や他の仲間を気に掛けるその姿勢は素晴らしい。流石は相棒、頼もしいぜ。

 

 

「ギ…ギィラァ!」

 

「スピ…ッ!?スピ、スピィッ!」

 

 

なんて思ったものの、スピアーでもこの場は収まらない。始まる2体の激しい鳴き声の応酬。空気が一瞬の内に、重苦しい険悪な雰囲気に変わる。

 

互いに額を合わせてメンチを切り合って一触即発みたいな状態…と言うか、バンギラスとスピアーの体格差が大きすぎる。傍目には小学生がヤクザに喧嘩売っているようにしか思えん。

 

 

「キュイ…」

 

 

サンドパンが寄って来て、心配そうに様子を窺っている。

 

 

「ビビビ」

「ド~ガァ~」

 

 

レアコイルとマタドガスも固唾を飲んで…いるかどうかは2年以上付き合ってなおイマイチ分からないが、プカプカ宙に浮いたまま、2体の口論?の行末を興味深そうに見守っている。

 

 

「…………やぁん?」

 

 

そんでヤドンはいつも通り…っと。"あくび"があればこの状況を鎮める救世主足り得るんだろうが、残念ながら非搭載なのであまり役に立ちそうにない。

 

時期的に、そろそろ第3世代の技も解禁していい頃合ではある。レベル的には当の昔に通り過ぎている筈なので、頑張って思い出させたいところ。仮にもしダメだったら、原作的にはキノコ持ってナナシマ行かなきゃダメなんかね?若しくはハートのうろこ持ってジョウト地方のフスベシティ行くか。

 

…てか、実際にそういうことが出来る人がいるのかどうかも分からん。

 

っと、そんな未来のことより、今は目の前の事態への対処だ。ラフレシアがいれば、ねむりごなで一発解決(さきおくり)出来るんだがなぁ…ゴルバットが主な相手だからってのと、活動時間を夜間に移したこともあって、拠点警備役も兼ねてお留守番頼んでるからいないし…このままヒートアップするようなら、全員でバンギ囲っての実力行使しか手はない。是非もない。

 

頼む、スピアー。何とかバンギを抑え込んでくれ。

 

 

「スピィ!スピィ!スピィーッ!」

 

「………ギィ」

 

「スピィッ!」

 

 

そんな願いが通じたのか、体格差を物ともせず詰めよるスピアーに、渋々なのが目に見えて分かるものの、バンギラスは引き下がってくれた。俺を舐め切っているこの態度はいただけないが、最悪の状況まではいかなかったことに、取り敢えず胸を撫で下ろしたのだった。

 

俺、一応バッジ8個持ってるはずなんだけどなぁ…原作じゃ言うことを聞くレベルの上限が上がる効果があったけど、まあ現実じゃ所詮飾りでしかないってことか。

 

 

 

 そんなこんなありつつも、高レベルの野生ポケモンに襲い襲われる努力値稼ぎの日々は続く。高い種族値から繰り出される圧倒的なパワーを武器に、周辺環境諸共相手を薙ぎ払い、指示を聞かなかったり無視したりするバンギの制御に苦心しつつも、スピアーの再育成は進んでいった。

 

バンギラスだけに関して言えば前途多難ではあるが、育成自体は概ね順調。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そのはずだった。

 

 

 

 




…えー、はい。大変お待たせいたしました。年度末目前になっての今年一発目、サナギラスがバンギラスになり、サトシのリザードンじみて来た、という感じのお話でした。ちょっと短いですが、生存報告も兼ねて投稿です。
スカバイやったり、コロナ等諸々の事情でリアルが多忙だったり、別のトレーナー業に精を出したりしてたらご覧の有様です。モチベが…モチベが上がらん…!
まあ、そんな言い訳は置いときまして、今年も何とかマイペースに書いていきたいと思いますので、程々に楽しんでいただければ幸いです。今年もよろしくお願いします。


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第71話:霊峰を征する者(3)





 

 

 

 

 

 時間はさらに進んで、山籠りを始めてから1ヶ月半ぐらい。それなりの長期間に及んだスピアーの再調整も、眠気と戦いながらの地道な活動により、ようやく終わりが見え始めていた。

 

今日も今日とて太陽が東へ傾き出した頃に「おはよう」と起き出し、月が顔を見せる頃になって動き出し、振り切るまで残り僅かとなった素早さの努力値を求めて、夜のシロガネ山を一晩中駆けずり回る。そして朝日が昇る頃に「おやすみ」と寝袋に潜って一日が終わる。

 

文明の光と人類の息吹から遠く離れたキャンプ続きの数ヶ月、なんてことはない今の俺の日常だ。うーん、実にタイプ:ワイルド。

 

 

「ギラアァーッ!」

「ルバァ…ッ」

 

 

主役であるスピアーで牽制・拘束しつつ、相手となるゴルバット等に抜群を取れるレアコイル、バンギラスで相手を狩る。近くには照明係に連れてきたキュウコンと、バンギ用外付けブレーキとしてサンドパン。目的外のポケモンと鉢合わせた時用にラフレシアと、ちょっと前に新規加入したヘラクロスが控える。そして、お留守番組にハッサムとマタドガス、ラッタ。マスコット枠でヤドン・コイキングである。

 

色々苦労して組み上げた、この場所で素早さ稼ぎをするためだけの布陣だ。

 

で、その布陣の中でメインアタッカーの片翼を担うバンギラス。進化してから何日か経ち、その有り余る力も自在に振るえるようになっていた。が、やはり俺の言う事に完全には従ってくれていない。スペックに任せた力技で相手をオーバーキル、ついでに環境破壊はお約束。俺の静止などどこ吹く風、そう言わんばかりに毎回のようにやり過ぎる。

 

 

「スピ、スピィ!」

「………ギ」

 

 

そしてキュウコンの力を借りて作った灯りに照らされた中で繰り広げられる、蜂と怪獣の口喧嘩。俺の代わりにスピアーがバンギラスに食って掛かるのも、そろそろ見慣れた光景になりつつあった。

 

幸い、今のところは衝突するまではいってない。でも、このままだといつ大喧嘩に発展してもおかしくないと思う。戦力としては申し分ないのは分かり切っているので、スピアーの次の育成対象としてバンギラスを考えているんだが…その前に、性格的な部分をどうにか出来ないものか。

 

今となっては終わりが見え始めた努力値稼ぎよりも、こっちをどうするかの方が悩みの種だ。

 

そう考えてはいるものの、有効な手立ての打てないまま、時間だけは進んでいる。良案が中々思い浮かばない現状に、多少の焦りを感じている。トレーナーとして頭が痛いし、情けない限り。

 

 

「スピ!スピスピィッ!」

「ギ、ギラァッ!」

 

「あー…お前ら?程々にしてくれよ?な?…はぁ」

 

 

そのため、今の俺にはスピアーは(なだ)(すか)し、バンギラスには効き目のない叱責を加えて、お茶を濁すことに終始するしか出来ない。

 

 

「…どうにかならんもんかねぇ。なぁ、サンドパン」

「キュイ?…キュイ~」

 

傍で一緒に2体の喧嘩を見物しているサンドパンに愚痴ってみる。言葉は分からずとも、言っていることは分かってくれている…と信じたい。まあ、当のサンドパンはいつものことになりすぎてて、完全に物見遊山気分っぽいけど。

 

 

「いっそのこと、間に入って止めるしかないか…ヘラクロス、一緒に逝ってみない?」

「ヘラ!?」

「冗談だ。気にすんな~…はぁ」

 

 

お次に話を振ったのは、1ヶ月前に新規加入したヘラクロス。バンギを正面から打ち抜けるポテンシャルを持ってる存在なんだが、流石にうちの3トップの2体の間に入るのはまだ荷が重いだろうな。

 

トレーナーとしての能力不足を突き付けられているようで、情けなさを感じる。止まらない溜息を吐きながら、現実逃避するように視線を逸らす。

 

視線を逃した先は、高く聳えるシロガネ山が目と鼻の先にある。努力値(ゴルバット)を追いかけることに夢中になっているうちに、シロガネ山にずいぶんと近付いてしまっていたようだ。すでに夜明けの時間を迎え、東側の山肌は眩く照らされ始めている。今日もそろそろ店仕舞いだ。

 

 

「くぁ…」

 

 

徐々に明らんでゆく暁の空を見つめ、朝焼けの空に欠伸を一つ。浮かぶ雲はほとんどない。今日も怨めしいぐらいに良い天気に恵まれるだろう。これから眠りに就く俺には然程関係ないことではあるけど。雨よりはマシってくらいか。

 

そんな他愛もないことを考えていた。その時だった。

 

 

 

ゴゴゴゴゴ…

 

「…おぉ?」

 

ガタガタガタガタガタ…!!

 

「うおぉぉぉ…ッ、地震か…ッ!?」

 

 

俄かに地の底から重く鈍い、呻き声のような音が響き始め、「何だ?」と思った次の瞬間、一揺れ来た。

 

 

「スピ!?」

「………ギィ…ッ!」

 

 

突然のことに、喧嘩をしていた2体もピタリと動きを止めて、何事かと警戒して周囲を見回している。

 

 

ガタカタガタ……

 

「…終わった…か?」

 

 

震度に直したら3…いや、4ぐらいだろうか?そこそこ強めの揺れだった。周囲に倒れた木などは見当たらず、何事もなさそうで一安心。

 

 

ガタガタガタ……

 

 

…と思っていたところに、程なくして再び足元が震動を感じた。だが、今度はさっきの地震とはまた違う、ほんの僅かな極短時間の揺れだ。辛うじて感じ取れる程度の揺れ、震度にして2あるかどうかぐらい。

 

 

ガタガタ……ガタガタ……

 

 

それが、一定のリズムで絶え間なく続く。何回も…という程ではないが、日本人としてある程度地震に遭った経験はある。それでも、こんな揺れ方は経験したことが無い。流石にこれはおかしい。そう思い、全神経を集中させて一体何が起きているのか、起ころうとしているのかを懸命に探った。

 

 

ズシィン…ズシィン…ズシィン……

 

 

すると、俺の耳は大山が鳴動する音に混じって、それとは別の異質な音を聞き取った。地の底で何かが蠢いている、何か大きな重量感のあるものが地面に叩きつけられている…そんな音と揺れ方だ。

 

地の底から聞こえる、と形容したが、この音はシロガネ山の方から聞こえているように感じられた。俺の目がイカれてなければだが、実際に音に合わせシロガネ山全体が内部から鳴動しているようにも見えた。

 

 

ズシィン…ズシィン…ズシィン…!…ズシィン…!

 

 

走している間にも、このシロガネ山を揺るがす地鳴りは、徐々に大きく、強くなっていく。危険を感じたのか、バサバサという羽音を響かせて、周囲に広がる木々から無数の鳥ポケモンたちが、慌ただしく一斉に夜明けの空へと飛び立っていく。これはただ事ではない。急いで退散しよう。

 

 

 

 

…そう思った時には、俺の判断は遅きに失していた。

 

 

 

 

「キュイィィーーッ!」

「は…?」

 

 

次の瞬間、突然、横にいたサンドパンに突き飛ばされた。

 

 

ドオオォォォォーーン!!!!

 

「ぐ、ぅ…ッ!?」

 

 

直後、辺りに轟く大轟音。何が起きたのか、頭の処理が追い付いていない俺の目が捉えたのは、払暁の空に天高く伸びる巨大な光の奔流。さっきまでとは比べ物にならない大地震のような地揺れとともに、砂煙が巻き上がり、砕け散った大小様々な大きさの石が、時折頬や腕を叩く。

 

 

「っう……な、何があった…!サンドパン、大丈夫か!?」

「キ、キュイ!」

 

 

俺を突き飛ばしたサンドパンは、そのまま覆い被さるようにして一緒にいた。どうやら、サンドパンはあの大爆発を察して俺を庇ってくれたらしい。ピンピンしていて、取り敢えず大きな怪我、ダメージはなさそうだ。そして俺も多少の痛みがあり、見ると腕にいくつかの裂傷が出来ていたが、他にはなにもない。サンドパンが盾になってくれたからこそだろう。ありがとうサンドパン。

 

 

『…ズシィン!…ズシィン!…ズシィン!…ズシィン!』

 

 

そうしている間にも、ずっと聞こえるあの地響きは一定のリズムを刻み続けている。今までと比べて明らかに大きく、強くなっている。俺達がいる場所にまっすぐ近付いてきているようだった。さらに、その音と大爆発、大轟音に光の奔流の発生源だった山肌には、もうもうと立ち上る砂煙の向こうに、出来立てホヤホヤの大穴が開いていた。

 

 

ヒュオォォォォォ………

 

「……砂…?」

 

 

その大穴からは絶え間なく砂混じりの風が吹き出していて、なおかつ一向に止む気配がない。この光景と感覚に、俺は嫌過ぎるほどに見覚えがあった。この感じ、間違いなく砂嵐によるものだ。

 

つまり、今まで聞こえていた音と揺れの正体はポケモン。しかも、コイツはシロガネ山を内部から吹き飛ばせるだけの莫大なパワーと、一歩ごとにシロガネ山全体を揺るがすほどの重量級な肉体を持ち、晴天下であろうと問答無用で砂混じりの風を吹かせる事が出来る。ここがシロガネ山であることも加味すれば…自ずと、その候補は絞られる。

 

山肌に穿たれた大穴は地獄への扉か、はたまた黄泉平坂の入り口か。程なくして、導き出した通りの答え…シロガネ山の怪物が、俺達の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

「グルォァァァァァーーーーッ!!!!」

 

 

 

 この世の終わりを思わせる大絶叫が、払暁の空を切り裂き、辺り一帯を激しく揺さぶった。

 

足音と地震の正体にして、シロガネ山の主…それは、野生のバンギラス以外にありえねえよなァ。距離があるのに、なんつー音量だよ。鼓膜が破れるかと思った。

 

まだ遠目に見ているだけだが、俺のバンギラスよりも一回り体格が大きいだろうか。バンギラスという時点で高レベルの個体であることは確実だが、もう一目見ただけでも威圧感に満ちていて、明確に分かる強者の風格を漂わせている。バンギラスという種全体としての特徴なのか、はたまたこの個体だからこそなのかは分からないが、下手したらスピアーよりも高レベルかも。

 

ゲームでは出現することはなかったが、元々ヨーギラスが生息しているんだから、その進化系が野生でいるのは何もおかしいことじゃない。ただ、シロガネ山周辺での生活がずいぶんと長くなった俺でも、野生個体の姿を見たのはこれが初めて。恐らく、本来はもっと山奥や標高の高い場所、或いは地底深くが生息域で、こんな山麓に出て来る生態はしていないんだと思う。

 

それが、今回はここまで出て来た。

 

 

「ギィラアァァァァァーーーーッ!!!!」

 

「ッ…!」

 

 

まあ、俺達は深入りし過ぎたんだ。努力値稼ぎに躍起になるあめり、奴のテリトリーに踏み込んで、怒りのツボを突いてしまった。その結果として、俺たちは完全にロックオンされてしまっている。

 

 

「レアコイル、でんじは!キュウコンはあやしいひかりだ!」

「ビビ!」

「クォン!」

 

 

俺たちの方に向かって動き出したバンギラス。悠長に構えている余裕はない。かなり強くなったという自信も自負もあるが、それでも一晩戦い通して消耗している状態で、あのバンギラスの相手はキツイ。そう思えたから、俺は即座に逃げのための一手を打った。

 

麻痺と混乱の重ね掛けで動きを止めさせて、その間に全員を回収して何とか逃げ遂せる。

 

 

「ギィ!?ギィ、ラアァッ!!!」

 

「クォン…ッ!?」

「キュウコン…ッ、戻れ!」

 

 

レアコイルとキュウコンの技はそれぞれ命中。しかしヌシは止まらず、逆に反撃で大岩の直撃を受けてキュウコンが一発ダウンしてしまう。

 

しかし、キュウコンもレアコイルもバッチリ決めて、為すべきことは為してくれた。あとはケツ捲って退散だ。それでも追いかけて来るようなら、最悪シロガネ山周辺で活動を続けている調査員の皆さんに救援要請も考える。少なくとも、通報は必須だろう。

 

 

「ギィラァァァーーーーッ!!」

「バ、バンギラス!?チィ…!」

 

 

だが、向こうのバンギラスが止まったのを逆に好機と見てしまったのか、それとも元からやるつもりだったのか、こっちのバンギラスは逃げるよりも先に向こうのバンギラス…ややこしいので、以降ヌシと記す…へと襲いかかってしまっていた。

 

 

「ギラァァッ!」

「ギィラアァーーッ!!!」

 

 

対するヌシも、麻痺と混乱を貰っているので多少動きにおかしな所があるようには見えるが、それでもバンギラスを真正面から組み止めている。

 

 

「くそ、バンギは後で説教するとして…まずはここを乗り切らなきゃな!スピアー!サンドパン!ヘラクロス!バンギラスを援護してやってくれ!」

「スピ、スピィ!」

「キュイッ!」

「ヘラッ!」

 

 

バンギラスを支援するため、物理3人衆を突っ込ませる。

 

 

「レアコイルも頼むぞ!」

「ビビ!」

 

 

さらに、有効打は10まんボルトぐらいなものだが、上にはレアコイルもいる。スピアー、サンドパン、レアコイル、ヘラクロス。今の俺が出せる最大級の戦力で、俺は目の前に立ちはだかる脅威に立ち向かう。バンギラスに加えてこの4体掛かりなら、如何に高レベルな個体相手でも十分戦えると信じる。

 

そんで、バンギラスは後で説教することを強く心に決める。無視されるかもだが、やるったらやる。

 

 

「ギラアァーッ!!!」

「ギラァッ!!」

 

バキバキバキバキ…

ズシィィィーーンッ!!!

 

「ヒェッ!?」

 

 

2体のぶつかり合いは、両方が「周囲のことなど知ったことか!」とばかりに最初から全力全開。さながら怪獣大戦争といった様相を呈しており、はかいこうせんで生じた爆風と砂煙が視界を奪い、圧し折られた大木が倒れ、重苦しい地鳴りを生じさせる。

 

余波で砕けた岩塊や折れた大振りの枝など、様々な流れ弾や落下物が真横や頭上すぐ近くを掠めていく。大木は優に10m以上あり、それと同等の大きさのものが周囲には数えられないぐらい存在する。倒れた木の先端は俺のすぐ目と鼻の先まで届いていて、もしまた倒木があれば、いつ巻き込まれてもおかしくない。飛んで来る岩は言わずもがな。

 

 

「た、退避、退避ーッ!」

 

 

これ以上迂闊に近付くのは死に直結する。あまりの戦闘の激しさに、そう本能的に感じた俺は、止む無く突入を断念。全員を連れてさらに距離を取る。

 

援護は勿論のこと、近付くことはおろか今いる位置を維持することさえ支障を来しているレベルであり、言外に「俺の邪魔をするな!」と言われているような気さえしてくる。実際、バンギラスならそういう態度をとっても不思議ではない部分はあるが…

 

何にせよ、死んじゃったら元も子もないので。命大事に。

 

 

「ギィラァァッ!!」

「ギィァッ!!」

 

 

そんな俺達のことなどお構い無しに、バンギラスとヌシの戦闘はさらにヒートアップ。激しく何度もぶつかり合う巨体に、その動きに合わせて振り回される尻尾、飛び散る岩塊、そしてはかいこうせん…目の前の敵を打ち倒すべく、2体の怪物が力の限りを尽くして激突を繰り返す。

 

 

「…仕方ない。スピアー、サンドパン、ヘラクロス、つるぎのまいだ!」

「スピィ!」

「キュイ!」

「ヘラ!」

 

 

この状況では安易な行動はとれない。本当はケツ捲ってさっさと逃げ出したいところだが、かと言ってバンギラスを放って逃げてはトレーナー失格の謗りは免れない。止むを得ず、3体には次善の策を指示する。

 

早朝の怪獣決戦の舞台袖で、踊りを踊る蜂と針鼠と甲虫。その様子を見物する人間と電気生物。一見とてもシュールに見えるのだが、現状これ以上の手もない。

 

今は援護出来る時のために態勢を整えるだけ。それが、トレーナーとしての俺がやるべき仕事だ。

 

 

「ギィラァッ!!」

「ギィラアァァッ!!」

 

 

 その間にも2体の攻防は目まぐるしく続く。殴って蹴って投げ飛ばし、噛み付いて頭突きをかまして尻尾で薙ぎ払って、飛び交う岩塊とエネルギーの奔流。周囲に撒き散らされる破壊力の嵐。距離を取っておいて正解だったと言う他ない。命がいくつあっても足らんわ。

 

 

「ギラァッ!!」

「ギィ…ッ!?」

 

 

そんな2体の激闘にも、ターニングポイントが訪れる。身体が痺れたか、ここでヌシの動きが不自然に止まった。ほんの一瞬のことではあったが、息の詰まる戦いを繰り広げるバンギラスにとっては、大きなチャンスだったんだろう。

 

隙を突いたバンギラス。相撲のかち上げのような、低い位置からのショルダータックルがクリーンヒット。ヌシの巨体が仰け反るように起き上がり、ぐらりと揺れる。

 

バンギラスは勢いそのまま、ヌシを押し切ろうとする。

 

 

「…ギッ!ギラァッ!!」

「ギィ!?」

 

「よし、いけ!」

 

 

不利な態勢に持ち込まれたヌシだったが、その姿勢のまま強引に尻尾の鋭い一撃を繰り出す。これがバンギラスの胴体を捉え、一転、逆にバンギラスが薙ぎ払われてしまった。

 

 

「ギィラァ…!」

「ギ…ラァ…ッ!」

 

 

バンギラスはダウンを取られたが、ヌシも無理な姿勢から反撃したためか追撃は出来ない。一旦仕切り直しだ。

 

 

「ギラァッ!」

「ギラァッ!」

 

 

双方ともに素早く態勢を立て直す。しかし、僅かにバンギラスの方が早い。ヌシに再び接近戦を仕掛けるが、ヌシはいわなだれで迎撃。バンギラスの足が止まった。

 

 

「ギィァ…!」

 

 

そして、その選択がバンギラスにとって命取りになってしまった。距離が近すぎて、ヌシの攻撃を防ぎ切れなかった。

 

大きな岩塊の1つがバンギラスを直撃し、よろめく。

 

 

「ギィラァッ!!」

「ギィ…!」

 

 

その隙をヌシは見逃さない。一気の寄りでバンギラスに掴みかかると、力任せに投げ倒してしまった。

 

ヌシはそのまま倒れたバンギラスにのしかかると、パウンドを浴びせる。対するバンギラスは紙一重でそれを避け、或いは防ぎ、決定打を打たせまいと必死の抵抗。

 

 

「ギィィ…ッ」

「ギッ!?」

 

 

防戦一方に追い込まれたバンギラスだったが、ここでその腕を捉えることに成功。腕を取られたヌシの動きが止まった。そして、それを確認したバンギラスは大口を開き、その口元にエネルギーが収束し始める。

 

 

「ギラァァーーッ!!」

ドォォォーーーン!!!

 

「っ……!」

 

 

直後、力強い咆哮とほぼ同時に、眩い閃光が奔ったかと思うと、強烈な爆発と爆風が吹き荒れた。はかいこうせんを選択したようだ。このままでは埒が明かないとでも思ったのだろうか。

 

 

「やったか…?」

 

 

ゼロ距離での一撃だ。これまでのダメージの蓄積もある。効果今一つとは言え、希望的願望を込めて、そう反射的に口にしてしまった。その後ですぐ、「しまった」とも思った。

 

…この発言、やれてないフラグのテンプレやんけ。

 

 

「ギィィ、ラアァーーーーッ!!!」

 

 

結果はまあ、案の定である。

 

 

「ギィラアッ!!」

「ギィ…ァ…ッ!」

 

「バンギラスっ!」

 

 

そして、はかいこうせんで仕留め切れなかった以上、待っているのはヌシのターン。反動で動けないバンギラスを、ヌシが仕留めにかかった。苦悶の呻きが漏れ聞こえる。

 

 

 

「ギラァッ!!」 

「ガアァァァーー…ッ!!」

 

 

さらなる追撃に、バンギラスの痛々しい絶叫。これ以上の放置は、重大な結果を招きかねない。

 

 

「ここまでだ!スピアー、サンドパン、ヘラクロス、レアコイル!頼んだ!」

 

 

バンギラスを助け出すべく、俺は介入することを決意。控えさせていた4体を戦線投入した。

 

 

 

 



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第72話:霊峰を征する者(4)

 

 

 

 

 偶発的なものか、はたまた必然か。暁のシロガネ山で突如始まったバンギラス同士による怪獣大戦争は、我が方のバンギラスの敗色濃厚。このままでは、俺の人生もジ・エンド…だが、まだ頼れる手札はある。

 

 

「スピアー、ミサイルばり!レアコイルは10まんボルト!何としても奴をバンギから引き剥がすんだ!」

「スピィッ!」

「ビ!」

「サンドパン!ヘラクロス!ヌシが怯んだら懐に潜り込め!無理そうなら牽制するだけでいい!」

「キュイ!」

「ヘラッ!」

 

 

号令に応えて一斉にスピアーたちが動き出す。バンギラスを救出するべく、ヌシに向かって殺到していく。VSヌシ戦第二ラウンドの幕が上がった。

 

 

「ギィッ!?ギラアァッ!!!」

 

 

まずは先手を取ったスピアーとレアコイルの攻撃が立て続けにヒット。バンギラスへのトドメを邪魔されて、ヌシは完全にご立腹モード。視線だけで人を殺せそうな鋭い目で睨まれる。生きた心地がしないんで止めて欲しい。無理なのは分かってるけど。

 

とは言え、さしものヌシと言えどこの状況では迫るスピアーたちを無視することは出来ないようで、俺も瀕死のバンギラスも捨て置いて、迎撃に動き出した。

 

 

「ギィラアッ!!!」

 

「キュイ!」

「ヘラァッ!」

 

 

狙われたのは、一直線にヌシへと迫っていたサンドパンとヘラクロス。ヘラクロスはバンギラスを真正面から打ち抜けるポテンシャルは持っているが、レベル、能力面でまだ不安がある。だから、ここは…

 

 

「サンドパン、受け止めろぉ!」

「キュイッ!」

 

 

…サンドパンにタンク役を頼みたい。その指示でサンドパンはスピードを上げ、守るようにヘラクロスの前に出る。

 

 

「ギィィ、ラアァーーーーッ!!!」

「キュイ…ッ!」

 

 

倍以上の体格差があるヌシが繰り出す、重く威力のある上段からの右腕の振り下ろしを、サンドパンは完全に受け止めた。流石はサンドパンだ。

 

ただ、両足が大地にめり込んでいる辺り、ヌシの能力の高さを、否が応でも思い知らされる。

 

そんな強敵相手だからこそ、その頑張りを無駄にはしない。後ろから一気にサンドパンの脇をすり抜け、ヘラクロスがヌシに迫る。サンドパンに止められてがら空きになったバンギラスのどてっ腹に、ヘラクロス渾身の一撃を叩き込んでやれ。

 

 

「ブッ込めヘラクロス!"メガホーン"!!」

「ヘラァァァッ!」

 

「ギラァッ!」

「ベラ…ッ」

 

 

しかし、その思惑はフリーだった左腕の一振りで弾き返され、あっさりと防がれてしまった。ヘラクロスも不安はあるとは言え、決してレベルが低いワケじゃないんだが…ヌシ相手だとまだ荷が重いかの…?

 

 

「ギラァァァッ!!」

「キュ…イィ…ィ…ッ!」

 

 

ヘラクロスが退けられ、単独でヌシの圧力を受け止めることを余儀なくされているサンドパン。よく抵抗しているが、それでもなおジリジリ圧し潰されつつある。麻痺はしているんだが、そんなことは一切感じさせない力強さだ。

 

もしサンドパンがやられるようなことがあれば、他のポケモンではタンク役が出来ない。ヌシを正面切って阻めなくなってしまう。サンドパン、そしてスピアーがやられた時点で詰みだ。サンドパンを切る選択肢はない。

 

 

「だったら…!スピアー、ミサイルばりだ!」

「スピィッ!」

 

 

サンドパンを援護するべく、スピアーに側面上空から仕掛けさせる。効果抜群、それもうちのエースの攻撃だ。意識せざるを得まい。

 

 

「ギィ…!」

 

 

スピアーの攻撃は、見事にヌシから集中力を奪い、サンドパンへの圧力を削いだ。

 

 

「…今だ!サンドパン、押せぇッ!」

「キュ、イィィーーッ!!」

 

「ギラ、ァッ!?」

 

 

ヌシの押し込む力が弱くなった隙を逃さず、激に応えるようにサンドパンが超重量級な巨体を僅かに持ち上げるように押し返し、そのまま突き飛ばした。

 

 

「スピアー、ミサイルばりッ!レアコイル、10まんボルトッ!」

「スピャァッ!」

「ビビーッ!」

 

 

体勢を崩されたヌシへ、すかさず追撃のミサイルばりと10まんボルト。

 

 

「ギ、ギラァッ!!」

「スピッ!?」

 

 

体勢を崩されたこともあって、2体がかりの攻撃をヌシは防げない。しかし、そんな状況でもヌシは無理矢理スピアーへ大岩を飛ばして攻撃してきた。相性やレベルなど、スピアーの方を問題視しての攻撃だったのかもしれない。

 

結果、スピアーの攻撃が一旦途切れる。

 

 

「ギィィァァ……ッ!」

 

 

代わりに、その分レアコイルの攻撃には無防備となり、強力な電流がヌシを襲う。砂嵐もあってダメージ的にどうか?とは思ったが、攻撃を受けたヌシの巨体が一瞬動きが止まったかと思った後、ぐらりと大きく傾いた。

 

 

「サンドパン、じしん!」

「キュイィィッ!」

 

 

そして倒れかけたヌシへの追い打ち、サンドパンのじしんがシロガネ山を揺るがす。しばらくは何とか倒れまいと踏ん張っていたが、ついに堪え切れずその巨体が地に伏せた。揺れに合わせて、陸に釣り上げられたコイキングのように、跳ねたり転がったりを繰り返す。

 

 

「次は決めるぞ!ヘラクロス!メガホーンッ!」

「ヘラァァーーーッ!」

 

 

仕上げはヘラクロス。一振りであっさり跳ね返されたリベンジを果たすべく、受けたダメージに怯まず再度突っ込んだ。今度は強固な大角による一撃が完璧に炸裂…

 

 

「ギ…ラァッ!」

「ヘラッ!?」

 

「これでもダメか…!?」

 

 

…とはいかなかった。苦しい体勢にはなりながらも、ヌシはヘラクロス渾身の一撃を両腕で組み止めてしまった。

 

 

「スピアー!」

「スピィィーーッ!」

 

 

そうなれば、頼るべきはコイツしかいない。ヘラクロスを組み止めるのに精一杯なヌシの背後上空から迫り、必殺のミサイルばりを再度叩き込む。

 

 

「ギィァァ……ッ!」

 

 

 

背中から撃ち抜かれたヌシが、海老反りになる。

 

 

「ヘラァッ!」

「ギィァ…」

 

 

それは、抑えつけられていたヘラクロスがフリーになるということ。拘束を振り払ったヘラクロスは、そのままメガホーンをヌシのどてっ腹に突き刺した。ヌシは短い悲鳴を上げると、地響きと共にその巨体を大地に沈めた。これなら、さしものヌシと言えど…

 

 

「ギィ…ラァ…ァ…!」

 

「まだ動けるのか…!?」

 

 

…しかし、ミサイルばりに10まんボルト、じしんにメガホーン…こんだけ受けてまだなおヌシは立ち上がろうとした。6体がかり、しかも内3体はつるぎのまい積んでてこれとか…バンギラス恐るべし。これが600族のスペックか…

 

でも、如何にヌシが高レベル…仮に70ぐらいだったとしても、レベル50、60ぐらいのポケモンに束になって一斉に掛かったら?十分勝ち負けを計算出来る。端的に言えば、結局のところ「戦いは数だよアニキ」ってことだネ。昔のエライ人も言ってたし。

 

実際、バンギラスとの激闘で消耗したところに、4体がかりの集中砲火をヌシは結局捌き切れなかった。レベル90とか、カンスト近くまでいってるような個体なら話はまた変わるんだろうけど、そんな領域まで辿り着いた個体なんぞ野生でも流石におらんだろ。

 

 

 

…おらんよな?

 

 

「ギィ…ラアァ…ァ……ッ!」

 

 

息も絶え絶えな状態でも、ヌシはまだ戦う姿勢を崩さない。

 

 

「ィ…ラアァ…ッ!」

 

「ッ、ヘラクロス躱せッ!」

「ヘラ…ァッ!?」

 

 

フラフラしながらも立ち上がったヌシは、大岩を一番近い所にいたヘラクロスに投げ付ける。まさか反撃が来るとは思っていなかったのか、ヘラクロスは呆気なく直撃をくらって吹っ飛んだ。

 

 

「っ…、戻れヘラクロス」

 

 

ヘラクロス、戦闘不能。満身創痍でもこの不屈と思える闘争心だ。王者のプライドなのか、それとも600族の身体能力と戦闘力のか…恐るべしだ。

 

やはり、ヌシはきっちり仕留めきらなきゃならん。そうでなきゃ、安全な撤退は難しいか。

 

それに、まだヌシの後ろにいるバンギラスの回収も出来てない。中途半端な対応は慎むべきでだろう。幸い、総力戦にはなったが何とか追い詰めることは出来ている。もうひと頑張りだ…!

 

スピアーたちにもう一度ヌシを攻撃する指示を出そうとしたが…

 

 

「スピアー、もう一度…」

 

「ギィアッ!?」

 

「!?」

 

 

それよりも早く、ヌシの後頭部を巨大な岩がヒット。ヌシはたまらず、前のめりに大地に沈んだ。

 

 

「……ギラ…ァ…ッ!」

 

「バンギラス!」

 

 

犯人は、やられて瀕死状態だったはずのバンギラス。ズタボロで肩で息をしていながらも、なんとか立ち上がりヌシを睨み付けている。俺たちが相手をして気を逸らしている間に、何とか立てるまでに回復したのか…

 

無防備かつ不注意な背後からの奇襲を受ける格好になったヌシは、倒れたままピクリとも動かない。戦闘不能状態だ。

 

ヌシが沈黙し、バンギラスもなんとか立てるまでには回復した。これで安全に逃げることが出来る。

 

 

 

 

 

「……ギラァアァァッ!!」

ギィアァァァ……ァ…ッ!」

 

 

…そう思った直後、バンギラスが思いがけない行動に出た。

 

倒れたヌシに、バンギラスが襲い掛かり、首筋の辺りに噛み付いた。

 

 

「お、おい!もう十分だ!止めろバンギラス!」

 

 

慌てて止めるよう声を張り上げるが、バンギラスは止まらない。2度、3度とヌシの首筋へと鋭い牙を突き立てることを繰り返す。俺の声が届いた様子は見えない。

 

 

「チィ…!戻れ、バンギラスッ!」

 

 

明らかにこのままじゃマズいことを察して、すぐさま腰のベルトからボールを外してバンギラスに向ける。ボールから赤色の光線がバンギラスに伸びる。

 

 

しかし…

 

 

「ラァァ…ッ!」

 

「ハァッ!?」

 

 

自らにに伸びる赤い光に対して、バンギラスが煩わしそうにその巨躯を捩ると、光は霧散。バンギラスがボールに戻ることはなかった。

 

こんなこと初めてで、何が何やら…まさか、バンギラスがボールに戻ること拒否している…のか?オメーさんはサトシのピカチュウかよ!?

 

 

「ええい、だったらこっちで…!」

 

 

原因不明のまさかの事態に困惑しつつも、事態は一刻を争う状況に。何もしなけりゃヌシの命がどんどん危なくなっていく。

 

バンギラスが拒否するなら、ヌシを狙うしかない。急いで鞄の中から新品のモンスターボールを取り出して、力一杯に投げつけた。

 

 

『カァン』

「ギァ…!」

 

 

ボールは真っ直ぐ飛んで行ってヌシに当たった。ヌシが光となってボールに吸い込まれ、寄り掛かる者を失ったバンギラスが、ヌシに噛み付いた姿勢そのままに倒れ込む。

 

 

カタカタカタ…カチン!

 

「………フゥー…!」

 

 

ゲームでは捕まり辛いポケモンでもあるのでどうかと思ったが、あそこまで弱っていれば流石に一発か。何事もなくボールはヌシを収めて動きを止めた。

 

バンギラスに妨害されるか?という疑念も過ぎったが、幸か不幸か、それはなかった。

 

後はさっきは拒否されたが、バンギラスも回収して撤退だ。バンギラスもヌシも満身創痍。一度キチンとした設備のある所…ポケモンセンターで治療を受けさせたい。一度、セキエイ高原かトキワシティまで戻る必要があるだろうな。

 

ついさっきまで命を狙っていた相手の命を心配するのは、文字に起こすと何とも支離滅裂な感じだが、退ける必要はあったとは言え、命まで取りたいワケじゃない。

 

 

 

目先の脅威が去ったと思い込んだことで、俺の意識は完全に未来のことに向いていた。だから、まさか目の前の仲間が、新たな脅威になるなんて考え付きもしなかった。

 

 

「ギィ…ッ!!」

 

「は…?」

 

 

 

 

今度こそボールに戻そうと視線を向けたバンギラスは、一目見て何かがおかしいと感じた。カッと見開かれた眼はどこか焦点が定まらず、ここにはない何かを見ているよう。満身創痍でボロボロな身体を大きく上下させ、早く荒い呼吸を繰り返す。

 

直後、バンギラスは緩慢な動きだが、徐に大口を開いた。その中で光り始めるオレンジ色の光球。一瞬で本能的にまずいとは思ったが、突然のことに俺の頭と足は即座には着いて来てくれない。

 

ようやく身体が頭から発せられた警告に従おうとしてくれた頃には、時すでに遅し。

 

 

「ラァァッ!!」

 

 

短い咆哮と共に、バンギラスの口から棒立ちの俺に目掛けて、破壊の奔流が撃ち出された。万全な状態で放ったものほどのエネルギーはないが、それでも生身の人間など容易く消し飛ばせるだけの威力を有することは明らかで、ましてや相当な至近距離からの一撃。

 

あぁ…死んだわこれ。

 

 

「スピィィィーッ!!」

「スピアー!?」

 

 

しかし、一瞬のうちにスピアーが迫りくる一撃と俺の間に割り込み、俺を守るように攻撃の真正面に立ちはだかった。

 

 

ドオオォォォォーーン!!!!

 

「うぐぅ……っ、ぐっ…がぁっ…」

 

 

すぐ目の前で強烈な爆発が巻き起こり、スピアーだけでは到底受け止め切れないその余波と爆風で、俺は吹き飛ばされた。ほんのわずかに宙を舞った後、2回3回と青草のクッションの上を転がり、止まったのは勢いそのまま背中を強かに木に打ち付けてから。

 

背中を中心に身体の節々が痛む。が、幸い骨折とかの重症まではいってなさそうな感じだ。

 

 

「つっ…ス、スピアー!」

 

 

そんなことよりもスピアーだ。俺の身代わりになってバンギラスの攻撃…恐らくは"はかいこうせん"を受けたスピアー。全ての技の中でも最高クラスの威力を持つ大技を、スピアーは至近距離で真正面から俺を守るために、盾になったんだ。

 

元々高くない耐久能力の上、今日のこれまでの戦闘で多少消耗もしている。スピアーの安否が気がかりだ。

 

 

「ス…ピィ……ッ!」

 

 

しかし、幸いなことに徐々に晴れていく砂煙の向こうに、スピアーは健在だった。

 

 

「スピアーすまん、助かった…」

「…スピ!」

 

 

傷だらけになりながらもしっかりと空に浮かび続けているその姿と、力強い返事にひとまず胸を撫で下ろす。

 

 

「いっつつ…」

「キュイッ!?」

 

 

痛みを無視して立ち上がる。サンドパンも心配して集まってきた。擦り傷切り傷打撲の数はちょっと自慢出来るかも。まあ、全部スピアーの機転と献身のおかげなんだけど。

 

で、俺とスピアーをこんな状態にしてくれやがったバンギラス。技の反動でか、攻撃した場所から動きが無い…

 

 

「ギィ……ァァ……」

 

 

…と思いきや、そのまま前のめりに倒れた。

 

 

「っ!?…も、戻れ」

 

 

再度掲げたボールに、今度は抵抗なく戻った。ヌシとの戦いに敗れて、あれが限界だったのかもしれない。

 

それでもまさか、仲間に攻撃されるとまでは思っていなかった。戦いの邪魔されてキレた?それなら一回完敗してんだから文句言うなと言いたい。それとも…仲間という認識が出来ない程にギリギリの状態だったんだろうか?

 

 

「スピ…」

 

「スピアーもサンキューな。助かったよ」

 

 

スピアーも、流石に正面からはかいこうせんを受け止めたことのダメージは気になるよな。バンギー’s共々、一度キチンと休ませたい。

 

 

『prrrrr…prrrrr…』

 

 

ポケギアに電話だ。

 

 

「…ハイ、マサヒデです」

 

『あ!良かった、繋がった!こちらベースキャンプです!大きな戦闘音を観測しましたが、そちらに何か異常はありませんか!?』

 

 

電話の相手は、シロガネ山調査隊のベースキャンプの職員さんだった。

 

26・27番道路の敷設を安全に進めるために設置された、シロガネ山調査のベースキャンプ。大掛かりな調査はすでに終了しているが、規模を縮小しての活動は続けられており、他にもトレーナーの入山管理等も担っている。また、俺のようなシロガネ山で活動するトレーナーに義務付けられているポケモン協会への状況報告等は、ここを窓口として行われている。

 

どうもベースキャンプまで戦闘音が聞こえていたらしい。状況把握と安否確認のため、入山しているトレーナー全員に連絡を取っているとのことで、俺にもかけたが繋がらず心配されてしまっていたらしい。

 

…スンマセン、電話鳴ってるのに気付かなかった。ただ、どの道あの状況じゃ電話出てる余裕なかったから仕方ない。

 

 

「…野生のバンギラスと遭遇し、戦闘になりました。先程の戦闘音はそれだと思います」

 

『野生のバンギラスだって…!?大丈夫かい!?』

 

「何とか捕獲し、事なきを得ました。ですが、こちらのポケモンも大きなダメージを受けてしまいました。捕獲したバンギラスも含めて、キチンとした設備で治療を受けさせたいのです。セキエイ高原、もしくはトキワシティまでの足を用意してもらえないでしょうか?」

 

『んん…分かりました。確認してみますね。一度かけ直すので、少しお待ちいただけますか?』

 

「お願いします」

 

 

一度通話を切り、折り返しの電話が来るまでの間にスピアー、キュウコン、サンドパン、ヘラクロスに手持ちの傷薬を使っていく。この中では瀕死にされたキュウコン、それとやはりスピアーのダメージが特に大きい。

 

バンギー’sについては必要性は認識しつつも、「どうしようか…」と悩んでいるところで、再びポケギアが鳴った。

 

 

「ハイ」

 

『マサヒデさん、お待たせしました。で、頼まれていた足についてなんですが…班長に話をしたところ「現地の状況確認をしたい」とのことでして…マサヒデさんには、そのまま現地にいてもらって、調査班の案内をお願いしたいのです。代わりに、調査班にポケモン転送装置を持たせます。セキエイ高原のポケモンセンターに受け入れ要請を出していますので、それでどうでしょうか?』

 

 

ポケモンたちだけ転送装置で飛ばして、俺には現地に残れってことね。

 

 

「大丈夫です。それでお願いします。到着まではどれくらいかかりそうですか?」

 

『そちらへの到着までは、準備も込みで恐らく2~3時間程度でしょうか』

 

「2〜3時間…では、こちらは一度キャンプ地まで戻ります。場所は以前報告した場所から変更していません。調査隊の方々にはそちらに向かうようお伝え下さい」

 

『分かりました。そのように伝えます。では、また後程』

 

 

提案の了承と、キャンプに戻ることを伝えて通話を終える。とりあえずはこれでいいだろう。後はバンギー’sを治療するかどうか…と言うよりも、そもそもボールから出して大丈夫かどうか…

 

 

「…いや、流石にそれは、な」

 

 

…いや、トレーナーなら応急処置ぐらいはして然るべきだ。

 

 

「サンドパン、レアコイル。すまんがもう一仕事頼む」

 

「キュイ!」

「ビ!」

 

「…じゃ、1体ずついこう」

 

 

暴れ出すことを覚悟の上で、バンギー’sの応急処置を行った。2体ともに睨まれはしたものの、暴れることはなく、スムーズに対応出来た。幸いなことであり、同時にそれだけ重度な疲弊、消耗をしていることの裏返しでもあるから良くないことでもあるが。

 

とりあえず、終わったならさっさと引き上げて調査隊を待とう。

 

薙ぎ倒された大量の巨木、荒れ果てた大地、山肌にぽっかりと開いた大穴。眩い夏の朝日に照らされる破壊の限りを尽くされた戦闘痕は、このほんの1時間足らずの時間が、如何に濃厚で困難なものだったかを物語っている。

 

最後の最後に大変なことになった…そう思いながら、ピリピリとした僅かな痛みの残る足でキャンプ地への帰路に就いた。

 

 

 

 この後、キャンプ地にてベースから来た調査隊の人たちと無事に合流。彼らが持ってきた携帯式のポケモン転送装置で、バンギー’sとスピアー、キュウコンがポケセンへと送られていった。

 

それを見送った後、調査隊の先導役として激戦の跡地へととんぼ返り。現場の隅で説明&質問を受けながら状況確認の進捗を見守り、キャンプ地に帰ってようやく寝袋に潜り込めたのは、太陽が真上を通り過ぎてからのことだった。

 

そして翌日、ベースキャンプの職員さんから、4体とも命の危険はないが、スピアーとキュウコンは数日安静、バンギー’sは揃って1カ月程度の加療が必要という診断が出たとの連絡があった。ひとまずは胸をなでおろしたが、エース格のスピアーとバンギラスに加え、キュウコンの計3体は当面の戦線離脱が確定した。

 

この結果を受けて、これ以上のシロガネ山での活動は危険だと判断。特訓は中断し、トキワシティに戻ることを決めた。丸1年半もシロガネ山にほぼ籠り切っていたんだ。時期的にはちょうど夏休みだし、一度羽を伸ばすのもありだろうさ。

 

トキワシティに戻ったら…そうだな、とりあえずはグータラしたいな。ただグータラしてるだけだと管理人のルートさんに叱られるから、生活リズムも整えて…

 

…ああ、成り行きで捕まえちゃったヌシの方もどうしたものかね。いや、ホント。てか、バンギー’sのこと考えると気が休まりそうにないんだが。

 

まあ、こればかりはトレーナーの責務だと思って頑張りますかー…

 

 

 

 

 

 

…あ。あと、スピアーの努力値も微調整し直さなきゃ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、俺のシロガネ山籠りは中途半端ではあるが、不本意な形で一度終わることとなった。

 

無論、何れはまた来るつもりだ。結局スピアーしか努力値振り切れなかったワケだし。

 

なお、ヌシが現れた時にはかいこうせんで造った大穴が、後にシロガネ山内部を通って山頂へと続く、所謂原作でのシロガネ山マップの入口になったことを知るのは、もうしばらく後のことである。

 

 

 




モチベが回復したので2週間投稿です。前話は後書き書く気が起きなかったり、試案の話を前書きに置いていたのを消し忘れたり、結構やらかしちゃってました。ご迷惑おかけしました…オウフ。

とりあえず、今後に向けた主人公強化&バンギの性格矯正のための71・72話だったんですが…バンギに言うこと聞かせるようにするならどういう展開が良いんだろう?と悩んだ末に出した答えは、「リザードンにはリザードンを、バンギにはバンギを」でした。懐かしのアニポケ要素。で、肝心な言うこと聞いてくれるようになったかどうかは…まあ、どうなんでしょうねっていう。


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第73話:石の男

 

 

 

 

 

 シロガネ山怪獣大戦争…もとい、バンギラス同士の大激戦から半月。ポケモンたちの治療のため、山籠もりを中断した俺は、数ヶ月ぶりにトキワシティへと戻った。

 

セキエイ高原のポケセンに救急搬送…ならぬ救急転送されたポケモンたちだが、スピアーとキュウコン、ヘラクロスは当初の予定通り数日で治療を終え、すでに手元に戻っている。バンギラスは当初命の危険も…という話だったんだが、幸い数日でその状況は脱してくれている。それでも重症でしばらくの加療を要するとの診断が下ったため、現在も療養中だ。

 

いずれはまたシロガネ山へ戻る予定ではいるんだが、バンギラスの怪我が思った以上に酷く、現時点では再開の時期が見通せないのが現状。何度か見舞いに行ったが、スタッフさんに様子を聞くと、ほとんどの方が口を揃えて言うのが『元気がない』の一言。『自信を失くしてるのかもしれない』とも。過剰とも思えるぐらい自分の力を誇示していただけに、ヌシに負けたことは余程堪えたんだろうとは、想像し易い話ではある。

 

とまあ、そんな状況になった結果、俺を待っていたのはやることも出来ることもない、部屋でゴロゴロとしながら本を読んだりテレビを見たりして過ごす、自堕落で快適な生活だった。子供にとっては時期的にちょうど夏休みに当たる頃なので、俺も気分は夏休みだ。

 

容赦なく照り付ける真夏の太陽を前にしては、クーラーがガンガン効いた部屋からは出たくなくなるのが道理というもので、まともに外に出たのなんて、前述のバンギの見舞いに3回セキエイ高原まで行ったぐらいだ。

 

 

 

 ただ、そんなグータラ生活をしていても、何とかしなくてはならない喫緊の課題もある。バンギのもそれに当たることではあるが、それ以上に問題なのが、成り行きとは言え捕まえてしまったヌシ…2体目のバンギラスの処遇であった。

 

ゲーム的な考えをするなら、バンギとは別の型に仕上げたりして使い分ける…と考えるのが普通なんだろう。だが、1体だけでも手一杯な感じなのに、正直2体も面倒見切れない。ましてやあの魔境・シロガネ山を生きて来た個体だ。今の俺に、そこまでの能力はないと思っている。

 

同時に、サカキさんの手が及ばない内に何とかしたいという考えもあった。幸いこちらの治療はスムーズに進んでおり、メンタル的なダメージもなさそうとのこと。2体ともに退院の目途は立ちつつあった。それは同時に、ヌシのシロガネ山への解放を考える時期になっているということでもある。シロガネ山の管理を担当しているポケモン協会とも相談し、サカキさんにも(仕方なく)助言を貰いつつ、来る日に向けて着々と準備を進めていた。

 

だが…それに「待った」が掛かる事態が起きた。

 

 

 

 

 

「…バンギラスの解放を、取り止めて欲しい?」

 

『はい』

 

「延期ではなく?」

 

『はい』

 

 

そう連絡が届いたのは、トキワシティに戻ってからさらに半月が経ったある日のこと。

 

 

『シロガネ山周辺で野生ポケモンの活動が活発化していまして…調査隊が慎重に調査を続けていますが、現時点で下手に野生に放つのは状況の悪化を招きかねないと…』

 

 

シロガネ山周辺のポケモンの活発化。それが、解放中止を要請された理由。俺がシロガネ山から撤退して少しした辺りから、それまであまり見られなかった強力な個体の目撃情報が出始め、野生ポケモン同士の争いが頻繁に観測されるようになったという。

 

協会職員さんの話によれば、協会側は縄張り争いだと見ているようだ。が、その争いは一向に沈静化する気配を見せず、逆にどんどん激化する一方。調査隊も危険な状況に置かれていると判断し、活動範囲を後退させたり狭めたりせざるを得なくなったという。

 

 

 

…これ、もしかして俺がヌシを捕まえちゃったからだったりする?いや、でもバンギラスを捕まえてしまったのは必要なことだった。仕方がなかったんだ。ただそれだけの話だと信じる他ない。

 

 

「そうですか…」

 

『状況の推移は注視しているのですが…申し訳ありません』

 

「…いえ、仕方ないことです。了承しました」

 

 

…まあ、ポケモン協会がそう判断したなら仕方がない。この件に関しては、余計な迷惑をかけてしまっているっぽい以上、俺はその判断に従うだけだ。

 

ただ、解放中止となることで浮上する問題点が一つ。

 

 

『それでなのですが…バンギラス、どうされます?2体とも引き取られますか?』

 

 

現在、セキエイ高原のポケセンに入院している2体のバンギラス。双方ともに治療のための入院だったが、現在は身体的な部分はほぼ完治しており、片や退院、片や解放に向けて、カウントダウンに入っている状況だった。

 

しかし、放流中止となったせいで、このまま野生に返してさようならと考えていたヌシの世話をどうするか考える必要が出来てしまったワケだ。

 

 

「…1体はこのまま、しばらくポケモンセンターでお世話していただくことは可能でしょうか?」

 

『ポケモンセンターは、基本的に治療が必要なポケモンへの対応が優先されます。治療不要なポケモンの長期お預かりまでは出来ません。事情によっては幾らかの期間延長は可能とは思いますが、基本的にはトレーナーの方で対応していただかなければなりません』

 

 

まあ、普通そうだよなぁ。ポケモン協会の職員さんの言う通り、ポケセンはあくまで怪我をしたポケモンを治療したり、ポケモントレーナーの活動をサポートをするための施設。普通の病院でも、怪我・病気が治れば退院を求められると聞く。今後の状況次第ではあるが、流石に怪我の完治したポケモンを数ヶ月も預かってくれるとは思えない。

 

詰まる話、このままではバンギラス2体をまとめて面倒見ないといけないワケで…頭の痛い展開だ。

 

 

『もしも、どうしても出来ないというのであれば、預かってくれる方、もしくは施設の捜索・仲介等はさせていただきますが…』

 

「…少し考えさせて下さい」

 

 

現状、即答は出来ない。そう考えて、一度通話を切った。

 

元々俺のポケモンだったバンギラスは別にいいんだ。普通に治療が終われば引き取って、鍛え直すなりオーキド博士に預けてしばらく休養させるなりすればいい。

 

しかし、ヌシに関しては別問題だ。元々捕まえるつもりもなかったし、治療が終われば野に放つ予定だった以上、中止になったからと言って世話出来る環境も整えてはいない。

 

加えて、バンギラスとあんだけ派手にやり合ったんだから、その関係性が悪いであろうことも想像に難くない。

 

 

「さて、どうしたもんかなぁ…」

 

 

しかし、それでもなんとかしなくてはならない。

 

前にも言ったが、バンギラスは1体だけでも手一杯な感じで因縁もあるとなると、正直2体同時に面倒は見切れん。俺が死にかねない。物理的にも精神的にも。かと言って勝手に野生に返すのは俺の良心が許さないし、そもそもシロガネ山以外に放つのは明確にルール違反。

 

となれば、俺的に一番良い選択肢は、誰か世話出来る人物に委託(まるなげ)することになるだろうか。ただ、俺の知り合いでヌシの預かりを依頼出来そうな人となると…選択肢は多くない。

 

候補1:サカキさん

 トレーナーとしての実力は言わずもがな。バンギラスと言えども確実に御してくれるだろうという安心感はある。ただし預けたが最後、ヌシがどうなるか、何をされるかは分かったもんじゃない。何か良からぬことに利用される可能性だって排除出来ない。それに、サカキさんの戦力強化にも繋がってしまう。最後の最後、どうにもならなくなった時の保険、秘密兵器みたいな扱いとしておきたい。願わくば、秘密兵器のままで終わって欲しい。

 

候補2:オーキド博士

 マサラタウンに構える研究所と広大な敷地を持ち、ポケモンに関する知識も豊富で、なおかつ一線から退いて年月が経つとはいえ、一流のトレーナーだった経歴も持つ。俺のポケモンも大変お世話になっていて、サカキさんのような裏の顔もないはずなので、預かってもらうのにサカキさん以上に打ってつけな人選だと思う。が、気になるのは俺のバンギラスも退院後は療養のため、しばらく預かってもらう予定である点。因縁のあるヌシも一緒に預かってもらうのは、ポケモン同士の相性を考えると、オーキド博士にいらぬ負担を強いることになるかもしれない。考え所だ。

 

候補3:キョウさん

 この人もトレーナーとしての実力は疑うまでもない。ただ、専門とするタイプではないのがどうかというところ。それに、一応俺の保護者でもあるサカキさんと、研究もあって持ちつ持たれつでビジネスライクな面のあるオーキド博士の2人と比べて、キョウさんはあくまで他人の域を出ておらず、些か頼み辛い。

 

…とまあ、この3人ぐらいなものか。それぞれに頼み辛い要素があり、やはり自分が何とか面倒を見る他ないのか…色々と考えてはみるが、結論は出ずの堂々巡り。考えがまとまることなく、その日は暮れていった。

 

 

 

 

 

…そして翌日。

 

 

『Prrrrr…prrrrr…』

 

「はい、マサヒデですが…」

 

 

俺の元に届いた、一本の電話。それは、サカキさんを頼る他止む無しな方向に考えが煮詰まりつつあった俺に、一筋の光明をもたらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~数日後~

 

 

 

 電話を貰ってから数日後。この日、俺の姿はセキエイ高原のポケセンにあった。

 

セキエイ高原のポケセンには、シロガネ山から帰還してからも預かってもらっていたポケモンたちの様子確認のため、何度か訪れていたこともあって、来るのはもう慣れたものだ。いつもと同じ時間帯に宿舎を出て、いつもと同じバスに乗り、いつものようにドクターから話を聞いて、いつものようにポケモンたちの様子を見て一緒に昼飯食べたり遊んだりして、いつも通り夕方にトキワシティへと帰る。それが、ここに来た時のいつものスケジュールだ。

 

しかし、今回はいつもとは違う。バンギラスとヌシの様子を見ることはいつも通りではあるが、『バンギラスを預かってもいい』と言ってくれたとある人物との顔合わせと、今後を巡る話し合い。こちらが今回来た主目的になる。

 

最初、電話で話を聞かされた時は警戒したが、件の人物の名前を聞いて、驚くと同時に納得はした。キチンとした身分があるというのもあるが、一方的にではあるものの知っている人物だったので。と言うか、原作キャラだった。来年から新任のジムリーダーになるということで、協会的には信用しても良いと判断したらしい。

 

そういうワケで、普段よりも早めの時間にセキエイ高原にやって来た俺は、程なくポケモン協会のスタッフさんの手引きで、紹介を受けた件の人物と顔合わせをすることになった。

 

彼こそが、今回ヌシを委託…と言うよりは、条件付きでの引き取りに手を挙げてくれた救世主。茶髪のツンツン頭で高身長、どこからかソーナンスの鳴き声が聞こえて来る…ような気がする、糸目が特徴的な青年だ。ここまで特徴を上げれば、何となく察した方も多いであろう。

 

 

「マサヒデさん、こちらがタケシさん。来年からニビジムのジムリーダーに就任してもらうことが決まっています」

 

「タケシだ。ポケモンリーグファイナリスト、天才少年トレーナーにお会い出来て光栄だよ」

 

 

『つよくてかたいいしのおとこ』のキャッチフレーズと上半身半裸の立ち姿、初代では一番初めにジムリーダーとしてプレイヤーの前に立ちはだかり、一部のプレイヤーにとってはトラウマ的存在としても有名な原作キャラ、誰あろうニビシティのジムリーダー・タケシその人だ。

 

 

「マサヒデです。こちらこそ、バンギラスの預託に手を上げていただいて感謝します。後、その呼び方は止めていただけるとありがたいです…こう、背中がゾワッとするんで」

 

 

ホント、原作キャラからもそういう風に言われると、何と言うか…ねぇ?むず痒いというか、寒気がするというか、気分が良いような悪いような、モヤモヤとしてなんとも言えない感じがする。

 

 

「おっと、そいつは失礼した。何にせよ、今日はよろしくな」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 

俺タケシと挨拶代わりに握手を交わす。石のように硬くて大きい、鍛えられているのがよく分かる、実に男らしい手だ。

 

 

「早速ですが、バンギラスの様子を見に行かれますか?」

 

「ああ。そうさせてもらいたい」

 

「では…」

 

 

挨拶もそこそこに、主の様子を見に移動し、一緒にヌシの治療状況や体調を確認する。

 

 

「おお、コイツがバンギラスか…!」

 

 

タケシは初めてバンギラスを見るのだろう。キラキラ輝いた目…をしているかは糸目のせいで正直イマイチ分からないが、ワクワクしているような雰囲気が目に見えて感じ取れる様子でバンギラスを観察していた。

 

 

「…どうですか、タケシさん?」

 

「なるほど、本物を見るのは初めてだけど、これは聞きしに勝る威容。実に岩タイプらしい大きさ、力強さだ。素晴らしい」

 

 

感想を聞けば、べた褒めだ。まあ、バンギラス以上の岩タイプのポケモンなんていないも同然だし、さもありなん。

 

第一印象はやや仏頂面と言うか表情が硬く、取っ付きにくそうな人だったけど、いざ色々と話してみればとてもフレンドリーで人の好い、頼りがいのある兄ちゃんだ。

 

 

「岩タイプの専門家として、君のようにコイツを従えられるトレーナーは羨ましいな。コイツとは別に、バンギラスがもう1体いるんだろ?」

 

「ええ。まあ、ソイツに手こずってるのもあって、今回のお願いに繋がってるんですけどね」

 

「…確かにこれほどのポケモンだ。並大抵のトレーナーでは御せないだろうな」

 

「ええ。1体だけでも苦労してるのに、2体目は面倒見切れませんよ。ポケモンに対して責任が持てないなら、トレーナーと一緒にいても不幸になるだけでしょう。それにコイツは、多分シロガネ山のヌシと言うか、生態系の頂点にいるだろう個体だと考えてます。だから、下手にピラミッドから抜き取るよりは、そこに返してやった方がいいのかなと」

 

「…なるほど。最初話を聞いたときは正直勿体無いと思ったが、今回バンギラスの実物を初めて見て納得したよ。賢明な判断だと俺は思う」

 

 

当然とは思っていたが、やはり岩タイプの専門家から見ても、バンギラスというポケモンは傑出した存在なんだな。

 

そも、交換したポケモンについてだけではあったが、原作からして一定レベル以上のポケモンになると所定のジムバッジが無いと言うこと聞かない仕様はあった。ただ強い高レベルの野生個体を捕まえれば即強くなれるかと言うとそうでもないってことなんだなと、うちのバンギとか、かつてクチバシティの大会で戦ったヤドランとかを思い出して、改めて感じた。

 

 

 

 その後も一緒にバンギラスの様子を見て、岩ポケモン談議に付き合わされたり、逆に持ってる知識を(自重しながら)話したり、バンギラスの使用感というか、バトル中の様子を聞かれて愚痴も込みで話したりと、何だかんだ大いに話が弾んだ。

 

ポケモンの戦い方とか育て方とか、同年代のトレーナーと話しをすることが滅多にないし、一緒に乾布摩擦だとか、滝行だとか、岩タイプ特有の育て方と言うか、現実があるからこその育て方というのは中々ユニークなもので、聞いていて楽しかった。効果があるかは知らんが。

 

他にも、すなあらしに関する話には、ずいぶんと食いつかれた。まあ、岩タイプにとってはメリットの大きい技だからな。さもありなん。

 

 

「…タケシさん、話を本題に戻しますけど…俺は、貴方なら安心してコイツを託すことが出来ると、今日実際に会って、話をしてみて、確信することが出来ました。今回の依頼、引き受けてもらえませんか?」

 

 

今回はポケモン協会がヌシを預かってくれるトレーナーを探してくれた結果、条件次第ではと手を挙げてくれたのがタケシだ。来年からの新任とはいえ、岩タイプを専門とする原作キャラのジムリーダーだ。話を聞いていても、岩タイプのポケモンに関する知識や愛情は相当なものであることは、火を見までもなく明らか。引き受けてもらえるなら安心感はある。

 

ここまで話をして、俺はヌシを安心して託すことが出来ると判断した。

 

 

「…バンギラスについては、今日ここに来るまでに聞いた話だと、正直今の俺の手に負えるか不安だった。だが、コイツと上手く付き合うことが出来たのなら、トレーナーとして一歩高みに登れる。今日実際に色々見て、話を聞かせてもらって、そう思った。だから、俺で良ければ、バンギラスを預からせて欲しい」

 

「願ってもないことです。よろしくお願いします」

 

 

そうして、差し出されたタケシの手を握る。交渉成立…

 

 

「お待ち下さい」

 

 

…と思ったが、協会の職員さんに止められてしまった。

 

 

「その前に、色々と説明しておかなくてはいけないことがあるので、それが終わってからでお願いします」

 

「「アッハイ…」」

 

 

話の腰を折られた俺とタケシは、協会職員さんに連れられてポケセン内の一室に連行。そこでヌシの委託に関する様々な事柄や条件、注意事項などの説明を受けることになった。その時間、実に2時間弱。

 

そうして諸々の条件に互いが納得したところで、今度こそ交渉成立となった。長かった…そして眠かった。

 

 

「…ああそうだ、連絡先を交換しないか?バンギラスのことでアドバイスを求めることがあるかもしれないからな」

 

「ええ、いいですよ」

 

「ありがとう」

 

 

その後、タケシの求めに応じて電話番号も交換する。いやー、他人と電話番号交換なんていつ以来だろうか。

 

思い返せば、こっちに飛ばされてきてからというもの、サカキさんの下で修行してたりジム巡ったりしてから、同年代の人と話す機会が思いの外乏しかったもんだから、今日は新鮮な気分でとても楽しかった。

 

とは言え、相手もジムリーダーかつ片手で数えられる程度だけど年上だから、俺も気は使ったけども。

 

まあ、いつもは一回りも二周りも年上の人の相手をすることが多いし、同年代以下だとポケモンリーグベスト16っていう肩書が先に来ちゃって、遠慮されちゃうんだよな。俺のレベルでポケモンの戦術とかに関して話が合う人っていうのもこっちじゃ早々いない以上、仕方ないことではあるのかもしれないが。

 

 

「もしタケシさんが望むのであれば、バンギラスの所有権も譲りますが?」

 

「いや、流石にそこまでは…」

 

 

タケシを信用して、一歩踏み込み「ヌシを譲ってもいい」と持ち掛けてみたが、流石にこれは断られた。まあ、ヌシの処遇について当面の見通しが立ったので、これ以上言うべきことは何もない。

 

 

 

 

 

 

 その後も一緒に昼食したり、色々とポケモン談議に花を咲かせている内に時間も過ぎ、帰りの便の時間になった。

 

 

「…では、僕はこれで」

 

「ああ。今日はとても有意義な時間を過ごさせてもらった。ありがとう」

 

「こちらこそ。タケシさん、バンギラスをよろしくお願いします」

 

「…キミからさん付けされるのはむず痒いから、呼び捨てにしてくれてかまわないよ?」

 

「いや、流石にジムリーダーを呼び捨ては…」

 

「ジムリーダーと言っても来年からの新人だよ。それに、実績で言うなら俺よりもキミの方が上だろ?」

 

「それを言われると…」

 

 

まあ、何も言えない。そう思ってポリポリと頭を掻く。ポケモンリーグベスト16の肩書が相当な物であることは、嫌という程思い知らされているからなぁ。ただ、個人的にはジムリーダーとポケモンリーグベスト16、肩書としてはジムリーダーの方が上な気がしないでもない。

 

 

「俺もジムリーダー就任が決まってからというもの、畏まられることが増えて、正直うんざりしてるんだ。歳もそんなに違わないし、気軽に接してもらえるとありがたい」

 

 

…ああ、うん。その気持ちはよく分かる。俺もポケモンリーグ終わってしばらくは似たようなもんだったし。シロガネ山に籠もった理由の一端に、そういう世間の目から逃れたいってのもあったぐらい。

 

 

「…分かった。じゃあ、よろしくな…タケシ」

 

「よろしく、マサヒデ。もしニビシティに来ることがあれば、是非ジムにも寄って行ってくれ。歓迎するよ」

 

「…ありがとう。では」

 

「ああ。それじゃあな」

 

 

その会話を最後に、俺はタケシと別れて帰路に就いた。最後心臓バクバクでタケシを呼び捨てにしたのは内緒だ。山籠もりやら何やら、同年代と関わることが少なすぎて、接し方が…分からん…ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、結局ヌシの野生復帰はいつまで経っても目途が立たず、最終的に無事タケシに引き取られることになるのだが、それはもうちょっと先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 前回成り行きで捕まえてしまったヌシの処遇&今後の布石回です。原作キャラよりタケシが登場。為人は完全にゲーム寄りとなっております。作者は初プレイはピカチュウ版。小学校低学年の頃だったので、当然のようにタケシで詰みました\(^o^)/あれはピカチュウ版じゃなくてポケットモンスター・ニドランだろと、今でも本気で思っている次第です()
後はヌシにやられてしまったバンギラスの今後を書き終わったら、いよいよ原作の時間軸に突入でしょうかね。原作に置いてかれる一方ですが、のんびり頑張りマスデス。


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第74話:無力な日々

 

 

 

 

 シロガネ山で成り行きで捕まえてしまったヌシのバンギラスをタケシに委託して早1ヵ月。俺のバンギラスもすっかり傷は癒え、オーキド研究所での療養も終えて手元に戻って来ていた。

 

ただ、身体の傷は癒えても心の傷はまた別物。療養中『元気がない』だの『自信を失くしてる』だの、色々言われていたバンギラスだったが、入院中と比べれば幾分かマシになったとは思う。が、それでも進化したてのシロガネ山時代に比べると、やはり勢いがないようには感じられる。やはり、あの敗北は相当に堪えたのだと思う。

 

ヌシとの戦いは執念でやり返したとはいえ、それはほぼ死体蹴りのようなもの。誰が見ても完敗だったとしか言いようがないだろう。

 

ここからどうバンギラスを立ち直らせるか、そして俺を認めさせて信頼関係を築けるか。圧し折れたバンギラスのメンタルを何とかするべく、サカキさんやオーキド博士、さらにはタケシとも時々連絡を取って、色々とやってみてはいるのだが、結果は今のところ芳しくない。

 

トレーナーとして腕を試される場面ではあるが…それでも、俺はバンギラスのことを諦めはしない。今日も今日とて、バンギラス再生のために俺は動く。

 

今回俺が画策していたのは、有利な相手に無双して自信を取り戻させようというもの。名付けてズバリ『一騎当千』作戦。遥か古の時代に名を馳せた英雄のように、1体で相手のポケモン全てを薙ぎ払い、その力を再確認することで立ち直ってほしい。

 

その思いを成就させるべく、この日、俺はヤマブキシティにいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ヤドラン、なみのりよ」

「やぁん!」

 

「ギラ……ァ…ッ」

 

「バンギラスゥゥゥーーー!?」

 

 

 

 

…まあ、そんな思いは虚しく露と消えちまったんだけどな。難しいね…本当、ままならん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…そうねぇ。かなり重症…と言ったところかしら?」

 

「…ですか」

 

 

 今のバンギラスの状態をそう評したのは、冒頭、ヤドランのなみのりでバンギラスを押し流した張本人。ヤマブキシティジムリーダー・ナツメさんである。今日は俺がジム戦に挑戦するという形で、一方的にだが立ち直り計画に協力してもらっていた。

 

 

「以前のジム戦で直接彼とは戦ってはいないから、比べてどうとかは言えないけれど、戦う意欲を失っているようには思えるわ。動きも全体的に遅いと言うか、キレがない。ぼんやりとしかわからないけど、バトルに集中出来てないわね」

 

「別の個体に負けたのが、余っ程堪えたみたいで…」

 

「ふぅん…かなり気落ちしている感じはしていたけど、そういうことね」

 

 

戦う意欲を失っている…これが、まさしくバンギラスが精彩を欠く理由だった。あくタイプで、なおかつ砂嵐の恩恵を受けることが出来るバンギラスにとって、エスパー使いのナツメさんはこれ以上ないカモ。そう考えて、今回俺が画策した一騎当千作戦の相手として選んだのだった。まあ、結果はご覧の通りなんだが。本当はナツメさんの手持ち5体を全て吹っ飛ばす予定が、フェアリータイプ複合とは言え、こちらへの有効打を持たないバリヤード相手にグダグダ手こずった挙句、2体目のヤドランであっさりと返り討ちにされてしまった。

 

本来なら勝てる相手に、動きで負けて倒されてしまう。これを何とかするための今回のジム戦だったんだけど…これじゃ、逆効果だったかもしれん。

 

なお、ナツメさんにお茶に呼ばれたついでで相手してもらうことを思い付いたのは内緒である。

 

 

「言うに事欠いてジムリーダーをカモ呼ばわりとか、心外なのだけど?」

 

「………」

 

「聞こえてるわよ」

 

 

超能力、やっぱズルいわ。そしてその一見感情の籠もってないようなジト目で見るのはやめて下さい。ある程度為人知ってても怖いッス。ゾクゾクしちゃう。

 

 

「…スンマセン」

 

「…まあ、現実そんな状態のバンギラス1体にそこそこやられちゃってるから、そこまで強く否定も出来ないのよね。悔しいところだけれど」

 

 

実際問題、第3世代環境のナツメさんが相手のバンギラスなら、現状ではタイプ相性とスペックである程度なんとか出来てしまう。それは見栄でも誇張でもない、現実だ。本調子ではなくとも、この条件なら安定して戦えはする。ヤドランがいなけりゃ勝ててたかも分からん。

 

 

「ナツメさんには失礼ですけど、バンギラスが万全とまではいかずとも力を出せる状態だったら全抜き出来てたと思ってます。実際、それを狙って今日は来たワケですし…」

 

「全く以て失礼な話、普通なら鼻で笑い飛ばしてるわ。でも、実際エスパー技効かないし、他の攻撃も決定打なり得ない。ヤドランのなみのりも1回は平然と耐えるとか、どういうステータスしてんのよって感じね。これで動きが本調子ではないってことなら…貴方の言うことも、全くの妄言ってワケでもなさそうなのよねぇ」

 

 

鯛は腐っても鯛、バンギラスは不調でもバンギラス。でも、そうであっても全然駄目だから、今こうやってあれこれと手を打ってるワケで。

 

 

「…で、実際どうしたらいいと思います?」

 

「…いきなり無茶苦茶言ってくれるわね」

 

「そこはほら、ジムリーダーってことで何とか」

 

「岩タイプも悪タイプも、専門外なのだけど?と言うか、何なら貴方の方が私よりもポケモンについて詳しいんじゃなくて?」

 

「…まあ、表面上のデータ・知識面ではたぶん…いや、ほぼ間違いなくそうなんですけど、ポケモンとの関わりやトレーナーとしての経歴はナツメさんの方が長いですし、何か良いアイデアとかあればなー…って」

 

「そこで平然とそういう言葉が出てくるのもどうかと思うけど…実際そうだから何も言えないわね」

 

 

文句を垂れながらも、ナツメさんは何だかんだキチンと考える素振りを見せてくれる。以前やる気ないとか言ってた記憶もあるけど、やはり流石ジムリーダー。二十歳を超え、ジムリーダーとしてもキャリアを積み、大人としての頼もしさが出て来た…ような気がする。

 

ただ、しばしの長考の末にナツメさんが口を開く。

 

 

「…申し訳ないけど、分からないわ。メンタルをやられたポケモンの対処法までは経験もほぼ無いし」

 

「そうですか…」

 

「まあ、そうね…今回の、一騎当千計画…?だったかしら。コンセプト自体は悪くないとは思うのよ。今日の様子を見るに両刃の剣かもだけれど、ハナダジムやタマムシジム…つまり、バンギラスが苦手とするタイプのジムを相手に、わざと苦しい戦いをさせてみるって言うのもありかもね」

 

「それは俺の方でもこの後の二の矢として考えてます」

 

「そう。でも、そこまでやって改善が見込めないのなら、時の流れに任せてみるのも手じゃないかしら?案外、時間が解決してくれることもあるかもしれないわ」

 

「なるほど…つまり、時間が一番の薬ってことか」

 

「もしもそれでダメなら…ポケモンバトルからは離してあげるのも考慮に入れるべきかもね」

 

「…!それは…」

 

 

アドバイスの最後にナツメさんから飛び出したのは、バンギラスを戦力外にしろ、というもの。それは手を尽くしてもどうにもならなかった時の、最後の最後の選択肢としての提示ではあったと思う。しかし、徐々に手詰まりを感じつつあった俺には、バンギラスの引退勧告…突如突き付けられた最後通牒、酷く現実的な問題であるようにしか思えなかった。

 

 

「別に今すぐどうこうってワケじゃないけど、色々やってみて、それでも上手くいかなかったら…決断しないといけない時が来るかもね」

 

「………」

 

 

まさか、バンギラスの戦力外、延いては引退まで考えさせられることになるとは思ってもみなかった。まさに青天の霹靂。

 

戦力面だけを考えるなら、バンギラスを引退させるなんてことは絶対にありえない。でも、俺が今いるこの世界はゲームの世界じゃあない。ポケモン1体1体に向き不向きがあり、好き嫌いがある。その日その日でコンディションも違えば、気分も違う。実力を十分に発揮出来る日もそうでない日もある。

 

…寿命だって、ある。

 

ゲームの世界とは違うことは重々承知していながら、表の面、プラスな面しか見ず、裏のマイナスの面は見ない、考えないようにしていたところに、現実を叩き付けられた…そんな気分だった。

 

 

「…ま、どうなるかなんてまだ分からないし、最終的にはトレーナーである貴方自身が決めることよ。せいぜい迷いなさいな。今日のお茶会は…答えが出てからまたしましょう。それと…はい、ゴールドバッジ。あの状況から平然と勝ち切られたのも癪だし、問題も解決はしてなさそうだけれど、ルールは守らないといけないわ」

 

「…はい。今日はありがとうございました」

 

 

こうして、本来の目的であったお茶会(という名の情報交換会)は開かれることなく、来た時よりも幾分か重くなった足取りで、俺はヤマブキジムを後にする。一応後続の活躍もあってバトルそのものには勝ったし、まだまだ日は高かったが、寄り道なんてする気には到底なれなかった。

 

大都会のビル群の合間を行きかう人の波を掻き分けるように、ポケモンセンターへ直帰。バンギラス他、ナツメさんとの一戦をこなした仲間たちを預けると、部屋に籠った。

 

バンギラスのこと、ナツメさんから言われたことが、どうしても頭から離れない。テレビを見たり、雑誌を読んだり、窓から見える暮れゆく大都会の街並みを眺めたり…気を紛らわせようと色々やってみるが、沈んだ…とまではいかないけど、重い気分は晴れない。

 

 

『ヤマブキカビゴンズとクチバスターミーズ第11回戦、9回裏のカビゴンズの攻撃。3点差ながらスターミーズを攻め立て1死満塁。一発出ればサヨナラのチャンス。カウントは2-2、ピッチャー振り被って…投げた!打った!これは大きい!レフトが下がる!下がる!下がって…見送ったああああッ!!サヨナラアァァアァアアアッ!!!この土壇場で、起死回生の逆転サヨナラ満塁ホームランが飛び出し…Pi!』

 

 

手のかかる仲間の今後に頭を悩ませる俺に、追い打ちをかける野球の試合結果。優位に試合を進めながらの最後の最後で試合を引っ繰り返されてのサヨナラ負け。贔屓の負け試合は、何ならポケモンバトルで負けた時よりもよっぽど悔しいし、重かった気分がさらに急降下する。正直見なきゃよかったかもしらん。

 

まったく、どことなく前に推してた球団と似てる感じだったから応援してるんだが、こんな脆いとこまで似てなくてもいいだろうに、とは思う。

 

苛立ちに任せて電源を切り、リモコンを放り捨ててベッドに倒れ込む。こんな所でうだうだあーだこーだ吐き散らしたり、物に当たったりした所でどうにかなるものではないし、それを理解してもいる。でも、そうでもしなきゃやってられなかった。

 

 

 

…ホント、世の中ままならん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~数日後~

 

 

 

 ナツメさんと戦った翌日、気落ちしていた中でも、『とにかく何でもやってみるしかない』とヤマブキシティを出てそのまま北上。当初の予定通りジムに挑むべく、俺はハナダシティに向かった。昨日の夜にハナダシティに着いて、一晩休んで「さあ挑戦」とジムに来てみれば、待っていたのは鍵が掛けられたジムの入り口と、でかでかと『臨時休業』の文字が書かれた張り紙。最早何も言えなかった。

 

人生の中には、時として世の中の全てが良い方向に回っていると思う時もあれば、何をやっても上手くいかなかったり、やることなすこと(ことごと)くが裏目に出てしまうような時もある。今の俺はまさしく、その何をやっても上手くいかない状態、とことんツキが無い状態らしかった。

 

そして、立て続けに物事が思うように進まないとテンションも下がるのが常と言うもの。

 

 

「…ハァ」

 

 

臨時休業の4文字を前に退散を余儀なくされた俺は、ハナダシティの北、24番道路にて金〇橋…もとい、ゴールデンボールブリッジを渡った先の川岸にて、ただただ揺蕩う川面を眺めて黄昏れていた。

 

背水の陣とでも言わんが如く、バンギラス以外をポケセンに預けたままでの単騎駆けのつもりだったが、これはもう神が「何もするな」と言っているような気さえしてくる。ナツメさんが言っていたように、時の流れに身を任せてしまうのが最善の手なのかもな…

 

 

「コンチクショウ…がっ…!」

 

 

突発的に近くに転がっていた石を手に取り、何も出来ないこと自分への怒りも込めて、全力で川面に向かってぶん投げる。石はピョン、ピョンと水面を切るように跳ね、波紋を残して水底へと消えていく。その波紋もあっという間に川の流れに掻き消され、やがて何事もなかったように穏やかな川面が戻って来た。

 

淡々と流れる川、照りつく晩夏の日差し、光を反射して輝く水面、長閑な昼下がりの風景…所詮、俺のようなたかが一個人があれこれやったところで、物事はなるようにしかならないし、大局にはさして影響などなく、大した意味はないのかもしれない。そう考えて、さらに気分が沈んでいく。このままここにいると、深海の底まで沈んでしまいそうだ。

 

…ただ、帰ったところでやることもないんだよな。それなら、このままどん底まで沈んでみるのも悪くないかもしれない。沈んだところで、何か見えるものがある…と良いなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブモオォォォォォォーーーーーーッ!!!!!」

 

 

穏やかな空気を引き裂く場違いの大咆哮が響き渡ったのは、完全に腐れそうになっていたそんな時だった。

 

 

 

 








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第75話:狂牛デスマッチ

 

 

 

 

「ブモオォォォォォォーーーーーーッ!!!!!」

 

「…!?」

 

 

長閑な昼下がりの空気を切り裂く大咆哮。反射的に顔を上げ、音のした背後に目を向ける。そこにヤツはいた。

 

 

 

 時に、遅ればせながら皆さんは【ぬしポケモン】という存在をご存知だろうか?

 

原作的には第7世代のサン・ムーン、及びウルトラサン・ウルトラムーンにて登場した存在で、アローラ地方において【キャプテン】と呼ばれる各地の選ばれたトレーナーたちが世話をしている野生ポケモンの総称である。通常の野生ポケモンと比較すると、一般的な個体よりも一回りから二回りぐらい大柄で、バトル開始時にオーラを纏って自身の能力を上げて来る、という特徴がある。

 

ゲームにおいては、それまでの作品には必ず存在したポケモンジム的な立ち位置である各地の試練において、ジムリーダーに代わるボスとして島巡りをするトレーナーたちの前に立ちはだかった。

 

個人的には、中でもエンニュートが特に強敵だったと記憶している。能力や技構成、増援のヤトウモリは勿論だが、それ以上に腹筋的な意味でサン・ムーン最強のぬしポケモンであった。まあ、その主な原因はエンニュートよりも、試練の途中でなんの脈絡もなしに乱入してくるやまおとこにあるワケなんだが。

 

おいでませ、やまおとこ!…ちょっと思い出して笑いかけてしまった。あれは流石に卑怯だろゲーフリ。

 

で、そんなアローラ地方から遠く離れたここカントー地方にも、ぬしポケモンと呼ばれる存在が現れることがある。とは言っても、こちらのそれはアローラ地方のそれとは違い、完全な野生のポケモンだ。

 

人里近くに出現して人間社会に大きな不安、衝撃、被害を与える、もしくは与える可能性がある個体や、各地でのボスクラスの強さを持つ個体がそう呼ばれることがある。他のゲームで言うところのユニークモンスター、あるいはネームドモンスターと言い換えたほうが適当だろうか。

 

シロガネ山で戦った野生のバンギラス。あれも"ぬし"と呼ぶに十分値する個体だと思う。てか、そう思ったからヌシと呼んだワケなんだけども。

 

 

 

 

「ブモオォッ!!」

 

「ケンタロスか…!」

 

 

今、己の存在を強烈に主張するように急な斜面の上にただ1体佇み、俺のことを見下ろしている大咆哮の主・ケンタロス。コイツもたぶん、そう呼ばれるべき個体なんだろうな…と、一目見て漠然と思った。

 

理由は…雰囲気?何と言うか、どこか変な感じがするんだよな。少なくとも、高レベルの個体であることだけは間違いない。と言うか、こんなところに野生のケンタロスなんて生息していたっけか?

 

 

「ブモオォォォォォォーーーーーーッ!!!!!」

 

 

そんなことを思っているうちに、ケンタロスは動き出した。源義経の鵯越(ひよどりごえ)よろしく、斜面を滑り落ちるように迫って来る。明らかに、俺を撥ね飛ばして轢殺する気満々だ。

 

 

「…って、ヤッバ…ッ!!」

 

 

一直線に突っ込んでくるケンタロスとの距離が半分を切った辺りで、ようやく身体が現実に追い付いた。

 

 

「うおぉっ!?」

 

 

間一髪のところで突進を回避。すぐ真横をケンタロスが突き抜け、遅れて突風が吹き抜けていった。思わず顔を(しか)めるほどの強い突風だ。

 

ケンタロスは勢いそのまま、盛大に水柱を上げて川へ突入…したかと思えば、器用に方向転換。そのまま回り込むように移動し、俺の前に立ちはだかった。

 

 

「ブモオォォッ!!」

 

「あ…まっず…」

 

 

そして、回避のために俺が逃げた方向。咄嗟の判断だったとは言え、これがまた大失敗だった。

 

ゲームの24番道路のマップを思い出せる人は思い出してほしい。ゴールデンボールブリッジを渡った西側に、山肌に沿って南側に突き出た細長い草むら地帯があったと思う。俺が黄昏れていたのはそこで、回避した先はさらに南側。で、ケンタロスが川から上がって立っている位置がその北側になる。

 

詰まる話、退路が塞がれた。

 

 

「ブモオォッ!」

 

「く…っ」

 

 

水も滴るいい男…というには厳つすぎる形相のケンタロス。よく見れば身体全体が生傷だらけで、充血と言うにはあまりにも赤く染まり過ぎた双眼を俺に向けている。と言うか、これもう間違いなく異常個体だろ。絶対に何かある。そして、まだまだやる気は満々だ。やる気を通り越して殺る気だ。

 

鼻息荒くにじり寄ってくるその姿を前に、俺はスピアーのモンスターボールに手をかけ…ようとして、無を掴んだ。

 

 

 

 

……………

 

…………

 

………

 

……

 

 

…そういや、皆ポケセンに預けたまんまだった…

 

その事実を思い出した瞬間、全身からドッと冷や汗が噴き出て、血の気が引いていく感覚に襲われる。動揺を隠せないまま、それでもケンタロスから視線を外すことなく、必死に現状を打破する術を模索する。

 

逃走経路は西は山、東は川と言うことで、北か南の2択しかない。

 

南はすぐにでも行けるし街までの最短ルートだが、川を泳いで渡る必要があり、移動速度はたかが知れている。そもそも、ケンタロスも泳げるかもしれない。それ以前に、ケンタロスが遠距離攻撃手段を持っていたら、直撃すればもちろん危ないし、気絶ないしは泳げなくなるだけでも溺死コースが待っている。

 

北は陸路だが、こちらに逃げるためには躱すなり越えるなり倒すなり、このケンタロス自体を何とかする必要がある。そして仮に越えられても、その追撃を躱せるかはまた別問題…と。

 

 

 

 

 

…うん、無理ィ!

 

本能的にじりじりと後退る。これはマズい、本気でマズい、ガチのマジでマズい、過去一でマズい。絶体絶命の大ピンチだ。初日無一文トキワの森とか、シロガネ山のバンギラスとか、暗黒オーレ旅行とか、色々命の危険を感じる時はあったが、これは今までのとはワケが違う。

 

 

「ブモオォォーーーーッ!!!!!」

「うおおおっ!?」

 

 

必死に考えているところにも、ケンタロスは容赦なく突っ込んでくる。間一髪で躱した後を、ゴォ…!という突風が吹き抜けていく。

 

 

「ブモオォォーッ!!!」

「くぅ…っ!」

 

 

突き抜けていったケンタロスは、そのまま大きく回り込んで再度突っ込んで来る。これも必死の思いで避ける。

 

ケンタロスは突進の勢いそのまま、半ば自爆気味に切り立った山肌へと突っ込んだ。衝撃で山肌が大きく抉れたかと思うと、山肌の広範囲にヒビ割れが走る。自動車のフロントガラスが砕け散る事故の瞬間の映像を見ているようだ。

 

その次の瞬間には、ヒビ割れた箇所がガラガラと音を立てて瓦礫となって雪崩れ落ち、ケンタロスを巻き込んで砂煙で覆い尽くした。

 

 

 

…あれ?これ、手を下すまでもなく何とか…

 

 

 

 

「ブモオォーーッ!!!!!」

 

 

…まあ、なってるワケもないわな。砂煙の中から瓦礫の山を掻き分けて、再び姿を現すケンタロス。怒り狂ったように雄叫びを上げ、周囲に散乱する大きな瓦礫に当たり散らすように突進したり踏み付けたりして、目に付く端から破壊して回っている。

 

"とっしん"か、それとも"すてみタックル"か…どちらにせよ、もし仮に突撃を避けられなかったら、グシャグシャに轢き潰される未来しか想像出来んな。ダンプカーに真正面からぶち当たるようなもんだろ、これ。

 

しかし、高レベルの異常個体と見られるとは言え、いくら何でも威力高すぎないか?まさか、本当のぬしポケモンよろしく、攻撃が2段階上昇とかしてたりする?

 

 

 

 

…っと、事実なら由々しき問題ではあるけど、それよりも今はこの状況を打開する策だ。ケンタロスが瓦礫の破壊に夢中になっている間がチャンス。何か、何か良い方法はないか?逃げ道は塞がれ、助けを呼ぶ暇もなし。おまけに手持ちポケモンもいn…

 

 

 

 

……いや、いるにはいる…か。そう思い至り、唯一持ったままになっているボールに手を伸ばす。その中にいるのは、ハナダジムで単騎駆け全抜きさせるつもりで連れていた、唯一の存在。しかし…

 

…いや、それでもどの道やらせなきゃ、やってくれなきゃ俺に未来はない。

 

 

「っ……いけ、バンギラス!」

 

「……ギ」

 

「ブモオォッ!!」

 

「ギ…ィ……」

 

 

一瞬の躊躇。ほんの数カ月前までは闘争心の塊のようで、スピアーと並んでこれ以上ないほどに頼もしかった存在。でも、今のバンギラスは…以前のような溢れるほどの闘争心が全く感じられない。

 

その背中は、俺の全て…命までをも託すには、あまりにも心細いとしか感じられなかった。

 

「頼む、バンギラス…!」

「………ギ」

 

「ブモォ…ッ!!」

 

 

そんなバンギラスに対して、ケンタロスはヤル気満々。瓦礫を破壊し尽くしたこの狂牛に、尻込みする気配は全くない。それどころか、充血したように真っ赤な目で睨み付けるケンタロスの威嚇で、逆にバンギラスが怯んでいる。以前までのバンギラスのそれを上回るぐらいの闘争心が、オーラとなって見えるような錯覚すらしてくる。

 

 

「ブモオォォォーーーッ!!!」

 

 

ついにケンタロスが動き出した。大きく吠えて、バンギラスへと一直線に突っ込んでくる。バンギラスも迎え撃つ姿勢は見せている。

 

 

「ブモオォッ!!」

「ギ……ギィ…ッ」

 

 

しかし、やはり反応が幾分か遅く、そこからの行動もどこか緩慢であり、消極的。あっさりと懐までケンタロスの侵入を許し、突進をほとんどモロに受ける格好に。重量級のバンギラスの身体が一瞬浮き上がったような形になり、そのまま押し込まれる。

 

どちらかと言えばすてみタックルだとは思うが、ケンタロスの能力の高さを思い知らされる一撃だ。

 

 

「バンギラス、かみくだく!」

 

 

ただ、それでもバンギラスは健在。しかも、折角向こうから飛び込んできてくれたこの状況、活かさない手はない。威嚇を貰っているのは痛いけど、ケンタロス相手ならどうにかなる…と信じたい。

 

 

「ブモォッ!!」

「ギ、ァ…!?」

 

 

…が、バンギラスは逆にケンタロスから頭突きを受けて、仰け反って上体を起こされてしまう。噛み付きに行こうとしたところを、ケンタロスから先手を打たれた。

 

 

「ブモオォォォーーーッ!!!」

「ギアァ…ッ!」

 

 

頭突きで体勢を崩され、そこをさらに押し込まれ、バンギラスはそのまま押し倒されてしまった。

 

 

「ブモォッ!!ブモォッ!!」

「ギ、ギィ……ギ…ッ!」

 

「ダメなのか…ッ!?」

 

 

倒れたバンギラスに馬乗りになったケンタロスは、そのまま後ろ脚で立って両前足を振り上げ、踏み付けるように力任せに振り下ろしていく。いいようにされるがままで、さしものバンギラスからも苦悶の声が漏れている。

 

 

「バンギラス…ッ」

 

 

パッと見て分かりやすい不利な状況。救援は期待出来ず、必殺のモンスターボールもこの状況では弾かれるか、即刻壊して脱出されるのが関の山。何でもいいから、この状況を脱する手が欲しい。

 

でも、身一つの俺に出来ることなんて……体張って、囮になるぐらいか?死にそうな気しかしないし、そもそも本末転倒になっちまうけど。

 

 

 

…でも、バンギラスがやられたら俺もお終いだ。だったら…やられる前に、やれる内にやるしかねぇ…!

 

 

「フゥーー……やったらぁ!」

 

 

大きく息を吐いて腹を括って、俺は走り出す。目標は今もバンギラスに馬乗りになっているケンタロス。正直どう転んでもロクでもない結果になるとは思うけど、手を打たなきゃどの道お終いだ。

 

 

「ぉおおぉーーーーッ!!」

 

 

そのまま身体を投げ出すように、右肩からケンタロスに飛び込んでブチ当たる。バンギラスを甚振ることに夢中なケンタロスの横っ腹に、全身全霊を込めた"たいあたり"だ。

 

 

「ぐ…っ!」

 

「ブモォッ!!」

 

 

そして、筋肉質なケンタロスの肉体に弾かれ、逆に俺が転がされてしまった。

 

 

 

…まあ、無茶なことだとは分かり切っていたことだ。体重100㎏オーバーのケンタロスに、10代前半の子供が1発見舞ったところで、こうなるのは当然の帰結。むしろ、転がされた俺の方がダメージデカいかも。

 

しかし、雀の涙ほどもダメージを与えられずとも、俺の方がダメージが大きくとも、本来の目的を果たすには十分な一撃ではあった。

 

 

「ブモォ……!」

 

 

体当たりを受けたケンタロスが、どこぞの超戦士よろしく「なんなんだぁ今のはぁ…?」とでも言いたげなように俺の方を向く。どうやら、ヘイトを稼ぐことは出来たらしい。

 

まあ、それ以上出来ることは今の俺にはないんだけども。至近距離で見るケンタロスは、それはもう恐ろしい。鼓膜が破れそうな大咆哮に荒い鼻息、充血し切った目に筋肉の塊のような図体、力強く太っい四肢…そんな殺る気マシマシの怪物が迫ってくるのは、恐怖以外の何物でもない。死神から死の宣告受けてる気分。

 

だから後は…もう祈るだけだな。上手くいかなきゃ死あるのみ。闘牛士よろしく、華麗に躱して…

 

 

 

 

 

「ブモォォーーーッ!!」

「がァ…ッ」

 

 

…と思った次の瞬間には、強い衝撃。浮遊感と共に、俺の視界はぐるんと回った。

 

 

「ぁ…が…ぐゥ……ッ!?」

 

 

敢え無く撥ね飛ばされてしまったらしく、宙を舞った俺はそのまま地面に叩きつけられた。衝撃で肺の中が空になり、身体のあちこちが鈍痛という形で悲鳴を上げ始める。額からは生温い何かが垂れる感触がして、手をやればべったり…という程ではないが、それでも結構な血が付いていた。

 

それでも今は戦闘中。泣き言を吐く余裕があるなら動け。過去一痛む身体に鞭打って、行方を追う。

 

 

「ブモォォ……」

 

 

少し離れた位置に轢き逃げ犯(ケンタロス)を確認。狩りの邪魔をされてご立腹なのか、すでに方向転換を済ませ、俺に向かって来ようとしていた。

 

何とか逃げたいが…足が痛い。特に左足。落ちた時に捻ったか…骨折まではいってない…と思いたいが、それ以外にも身体中ズタボロだ。立てない…ケンタロスが地を蹴る音が、死刑執行へのカウントダウンに思えて来る。

 

これは…早まったかね。バンギラスからタゲを逸らすためとは言え、俺がやられてちゃ意味ないよなぁ…

 

 

「ブモォォーーーッ!!」

 

 

終わった…そう思った。

 

 

 

 

 

 

「ギラアァァッ!!!」

「ブモゥ!?」

 

 

そんな俺の覚悟は、寸でのところで杞憂に終わる。

 

 

「ギラァッ!!」

「…ッ、バンギラス…お前…!」

 

 

横から飛び込んできたバンギラスによって、そのケンタロスが吹っ飛ばされたことで、死刑執行(とつげき)は、阻止された。

 

遅かったじゃないか…危うく死ぬところだったぞ。

 

 

「ブモ、ブモォォーッ!!」

 

 

吹っ飛ばされたケンタロスは、その勢いでぐるんと一回転。再び立ち上がり、バンギラスへと狙いを戻して再び突進した。

 

 

「ブモォォーッ!!」

「ギィラァーッ!!」

 

 

それを、今回のバンギラスは正面から完全に組み止めた。さっきまでほとんど受け身一辺倒で、全く覇気が感じられなかったバンギラスだが…闘争心の塊だった頃のバンギラスが戻ってきている。そんな雰囲気が感じられた。

 

やれば出来るじゃないか。

 

 

「ギィィ…」

「ブモ、オォッ!?」

 

「ギラァッ!!」

「ブモオォォッ!?」

 

 

組み止められて完全に勢いを殺されたケンタロスの筋骨隆々な巨体を、バンギラスは軽々と持ち上げて見せる。ケンタロスは前進しようと4本の脚を頻りに動かしているが、その動きは空を切るだけ。

 

そんな抵抗などお構いなしとばかりに、そのままケンタロスを投げ飛ばした。

 

 

「ブモォッ!?ブモオォォーーーッ!!!!」

 

 

瓦礫の山に投げ飛ばされたケンタロス。だが、バンギラスを力尽くで押し込めるほどの実力のある個体だ。これだけでは倒すまでに至らず。

 

投げ飛ばされたことに怒り心頭か、これまでで一番の雄叫びを上げて、再びバンギラスに突っ込んで来た。

 

 

「ギラァッ!!!」

「ブフォッ!!?」

 

 

それに合わせて、バンギラスが尻尾打ちを見舞う。横っ面を鋭く打ち抜かれたケンタロスが、またしても宙を舞う。

 

 

「ギィラァ…!」

「ブ、ブモォ……ッ!!」

 

 

久しぶりに聞く獰猛な唸り声を上げるバンギラスを前にして、初めてケンタロスがたじろぐ姿を見せた。

 

今のバンギラスの瞳には、ハッキリと燃え滾る闘志が感じ取れる。そうだよ、それでこそバンギラスだ。本来のバンギラスはシロガネ山の王。たかが野生のポケモンにここまで好き放題やられて黙ってる玉じゃない。

 

 

「ブ…ブモオォオォォーーッ!!!!!」

 

 

バンギラスを前に狼狽えたケンタロスだったが、それも一瞬のこと。再びバンギラス目掛けて突っ込んで来る。

 

萎びれて頼もしさを失っていたバンギラスの闘争心に、再び火が灯った。何がトリガーになったのかはイマイチ分からないけど…この機を逃す手はない。闘争の火を絶やさぬように上手くエスコートしてやるのがトレーナーの役目。

 

そしてその一番の燃料は、やはり勝利に勝るものはない。

 

 

「いわなだれ、だ…!」

「ギィラァーーッ!!」

 

 

身体中に奔る痛みを堪えて、指示を出す。即座に大岩の濁流が生み出される。

 

その大岩の濁流の中を、ケンタロスは被弾などお構いなしに突き進んでくる。狂ってるようにしか思えんもんが…よく見るとあちこちボロボロ…なのは元からだったのでよく分からんけど、立派な角が片方根元からポッキリ折れてしまっている。ダメージを受けてないなんてことはないはず。

 

…或いは、痛みを感じてない?流石にあり得ないか?

 

 

「ギラァッ!!」

「ブ、ブモオォォ…!!」

 

「よし…ッ!」

 

 

降り注ぐ大岩の濁流を物ともせず突き抜けたケンタロス。しかし、それでも突進の勢いは削がれており、難無くバンギラスが受け止め、再び抱え上げた。

 

 

「ギラァァッ!!」

「ブモ……ォ…ッ」

 

 

そのまま、思いっきり地面に投げ落とした。さしものケンタロスもこれには堪らず呻き声を漏らす。

 

バンギラスはすかさずのしかかって、馬乗りと言うより柔道の抑え込みみたいな格好だが、ケンタロスの上を取る。

 

 

「かみくだく、だ…!」

「ギラァッ!!」「ブモ…ッ!?ブモ…オオォ…ォォ…ッ!」

 

 

押さえ付けたケンタロスの太い首筋へ噛み付き、鋭い牙を突き立てる。ケンタロスは振り解こうと右に左に身体を捩って暴れ回るが、食い付いた獲物をバンギラスは離さない。

 

 

「ギィ…ラァッ!!」

「ブモ……ォ…ォ…ッ」

 

 

逆にケンタロスに対して2発、3発と拳と爪を叩き込み、瞬く間に黙らせてしまった。さっきまでの苦戦は一体何だったんだと言いたくなるぐらいだ。

 

この様子を見て、俺は空のボールを用意する。身体中痛いけど、ここしかねぇ!

 

 

「フ…ッ!」

 

 

バンギラスに噛み付かれ続けて、徐々に抵抗が弱まっているケンタロスにモンスターボールを全力投球。ボールはガッチリホールドされたままのケンタロスの頭に吸い込まれるように命中し、光となってボールに吸い込まれた。

 

カタカタと揺れるボール。緊張と静寂の中、固唾を飲んでボールの動きを見守る。

 

 

 

 

 

 

 

『カチン!』

 

 

そして、甲高いロック音を最後に、ボールは動きを止めた。ケンタロス、GETだぜ…!

 

何とか、何とか乗り切れた、助かった。その事実を実感して、全身から力が抜けたように大の字で草地に沈んだ。

 

緊張が解けたせいか、ちょっと間が空いてようやく身体が認識したのか、身体中の痛みがまあ酷いこと酷いこと。

 

 

「……ギ」

 

 

そんな俺を、傍まで来て覗き込むように見下ろしているバンギラス。

 

 

「何だ、心配してくれてんのかい?」

 

「……ギ」

 

 

いつも通り、素っ気ない返事のバンギラス。でも、バンギラスが頑張ってくれなきゃ、間違いなくやられてた。復活の兆しも見せてくれた。だからこそ、そんな返事でもありがたく、嬉しかった。それに、ちょっとだけ心の距離も縮まった。何となくだけど、そんな気がする。

 

 

「サンキューな、バンギラス。助かったよ。やっぱり、やれば出来るじゃないか」

 

「……ギ」

 

「ハハハ…っつ~…ぐぅ……!」

 

 

ちょっと笑ったら、脇腹の辺りにズキンと刺されたような鋭い痛みが走る。

 

…と言うか、流石に、生身の人間がケンタロスの突進を正面から受けるのは無茶が過ぎたよな。

 

さて、何とか助かったはいいけど、ここから何とか病院まで行かなきゃならんワケだが…痛みが酷くて動けん。流石にバンギラスに街まで運んでもらうのはちょっと…だし、救急車にお世話になるのも何となく気が引ける。

 

 

 

…痛みが引くまでちょっと休んで、何とか戻れないかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、何よこれ…!?ちょっと!あんた大丈夫!?」

 

 

そんな状態で川縁に横たわる俺が、ケンタロスの後を追いかけるような格好で斜面の上から現れた人物に声を掛けられたのは、程なくしてのことだった。

 

 

「よっ…と!」

 

 

ケンタロスの破壊活動によって、ちょっとした崩落事故現場と化した斜面を、危なげなくスルスルと降って俺の所までやって来たのは、1人の女性。いや、同年代ぐらいだからまだ女の子って言った方がいいのか?

 

 

 

 

…うん、見たことある人なんですけども。

 

オレンジの髪をサイドテールで結び、どこか水着っぽいヘソ出しタンクトップにホットパンツという、健全な青少年はちょっと目のやり場に困りそうな露出高めな服装だ。

 

と言うか、下から見上げる感じになってるので本気で色々見えそうでヤバい。痛みもヤバい。

 

 

「凄い音がしたから急いで来たけど…これ、あんたがやったの?」

 

「…違いマス」

 

 

斜面に関しては。周りの大岩?それはまぁ…うん。

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼女の手配で俺はハナダシティの病院に担ぎ込まれた。

 

 

 




バンギラスに復活の兆しを持たせるVS ケンタロス(特異個体)戦でした。あと、タケシに引き続きアニポケでもお馴染みの原作キャラもちょい出し。次回で今回の後始末つけて、閑話挟むか挟まないかして、それでようやく原作に行ける算段となっております。

…ここに来るまでに流れてしまった2世代分の仕様やら知識やら、使いたい部分が色々あるけど…どうしたもんかなぁ…!


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第76話:千客万来

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 真っ白な天井、常夜灯の仄かな灯り、薄暗い部屋、移動式の細長い机、床頭台とその上に置かれた安っぽいテレビ…覚醒一番、寝惚けた頭を古典的お約束な感想が過る。

 

知らない天井だ…と。

 

そこまできて、身体の節々にジワリと染み込むような鈍痛と共に思い出す。荒れ狂うケンタロスと復活?のバンギラス、死闘に水を差して撥ね飛ばされる交通事故。身動きが取れず死にかける自分と、現れたどこかで見覚えのある人物と他数名。その人たちに助けられ、ハナダシティ市内の病院へ担ぎ込まれ…

 

不幸中の幸いか、負傷の度合いは思っていた最悪よりかは軽く、骨折まではいってなかった。が、全身打撲に複数個所の捻挫、頭部裂傷に軽度の脳震盪等々、散々なやられっぷりだったことには変りない。結果、医者から下ったのは2週間の入院・加療が必要という診断。病院の一室にて、前世?込みで人生初の入院生活を送ることと相成った。

 

床頭台に置かれた時計を見れば、時間は生死をかけた激闘翌日の未明。薬のおかげでかなり緩和されているとは言え、昨日の今日のことなので無理に身体を動かそうとするとまだまだ身体中の節々が痛い。

 

無理はしない方がよさそうと判断するに至り、結果することが何もなかったため、夢の世界へと逆戻りすることにした。

 

 

 

 

 

 そうして夜が明けた。お世辞にも美味いとは言えない朝食を何とか平らげ、医者の先生の回診が終わればそこから先は自由時間…なのだが、2~3日は安静ということで、待っていたのは自由だけど自由じゃない退屈な時間。運動にも売店にも行けず、テレビが垂れ流す面白くもない時事ニュースや子供向け番組を雑音同然に聞き流しながら、ボーッと窓の外の景色を眺めるだけ。

 

 

…だったはずなのだが。

 

 

 

「今回は災難だったな、マサヒデ」

 

「…いや、ご心配おかけしました」

 

 

午後になって、サカキさん襲来。まさかの登場に思わず身構えてしまった。

 

入院(こういう)時、近しい親族にも連絡が行くのが常と言うものであるとは思うが、俺が怪我をして入院したという情報は、昨日の内に無事保護者であるサカキさんの元にも届いていたという。で、翌日である今日にはこうして見舞いにやって来た…と。ボス、フットワーク軽すぎやしませんかね?

 

サカキさんも色々と忙しいだろうに、そんな中で時間を取らせてしまったことは、申し訳ないとしか言いようがない。たとえ仕事の内容が、ロケット団ボスとしての活動だったとしてもそれはそれ。申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

 

 

 

 

そして、サカキさん襲来時にタッチの差で偶々居合わせてしまった、運の悪いと言うか、間の悪いと言うか…な見舞客が1人。

 

 

「ハナダジムリーダーにも礼を言わせてもらおう。マサヒデを助けてもらい、感謝する」

 

「い、いえ、あたしもジムリーダーとしての役目を果たしたまでです」

 

 

アニポケでもお馴染みの原作キャラ、ハナダジムリーダー・カスミ。ケンタロスを抑え込んだ直後に現れ、ズタボロで動けない俺をこの病院まで担ぎ込む手筈を整えてくれた。まあ、分かり易く命の恩人である。この世界では、タケシと時期を前後して新ジムリーダーに就任していた。

 

本来はもっと強気と言うか、勝ち気で活発な性格だったと記憶しているのだが、本人が現時点では代替わりしたばかりでジムリーダーとしては新米であり、人生の、そしてジムリーダーとしての先達かつTCP社長という社会的身分も持つサカキさんを前にして、それも頭を深々と下げられている状況に、流石の彼女も完全に及び腰な様子。

 

俺も別件で行った場所にサカキさんがいたら及び腰にはなるだろうから、まあ仕方ないでしょうなぁ。

 

 

「元々あのケンタロスはあたしも追っていたポケモンですし、マサヒデさんに捕まえてもらって感謝して…ます。むしろ、対応が間に合わず怪我をさせてしまって申し訳ないです」

 

 

そう言って、カスミも頭を下げ返した。

 

 

 

 俺とバンギラスを襲ったケンタロス。アイツ、実はかなりのお尋ね者だった。ちょっと前からハナダシティ周辺に出没し始め、異常なまでの凶暴性で人やポケモンを見境なく襲ったり、或いは暴れて周辺施設や田畑に甚大な損害を与えたりと、中々に無視出来ない被害を出していたという。

 

普通の人間では対処が難しい街の問題を何とかするのもジムリーダーのお仕事。カスミにとって、ジムリーダーとして初の大仕事だったらしく、大いに張り切った…はいいものの、肝心のケンタロスを中々捕捉出来ず、捕捉してもその努力を嘲笑うかのように力尽くで突破していく。被害は増える一方で、市民生活にも色々と支障が出始めていたんだとか。あの日、ハナダジムが臨時休業になっていたのも、この件に注力せざるを得なくなっていたからだったそうな。

 

で、そんなところにやって来た俺が、運悪く件のケンタロスにかち合ってしまい、現在に至る…と。

 

 

「それについてはキミが気に病む必要はない。警告は出していたのだろう?」

 

「ええ、はい」

 

「ならば、それをわざと無視したか見落としたかは知らないが、そんな場所にのこのこと丸腰で出向いた奴が迂闊だっただけの話だ。そうだろう、マサヒデ?」

 

「ぅ……ハイ、オッシャルトーリデ」

 

 

…そう、そんな状況だったので、ハナダシティのポケセンではこのケンタロスに関する注意喚起がなされていた。で、俺はサカキさんの指摘通りにこれを気にも留めずにスルーしていた。

 

そして、確認を怠った結果がこれである。ざまぁねぇなぁ。

 

 

「ああ、それでだ…マサヒデ、お前が捕まえたケンタロス、今どうなっている?」

 

「ケンタロス…どうなってるんでしょう?」

 

 

サカキさんに言われて思い出す。命がけで捕まえたケンタロスがどうなったのか、全くのノータッチである。

 

 

「あ、そのことについてはあたしから。あの後、あなたのバンギラスと一緒にポケモンセンターに運んで治療。今もそこで預かってもらっているわ。今のところは落ち着いているみたいね」

 

「ああ…そいつはお手数おかけしました。ありがとうございます」

 

「当然のことをしたまで…です」

 

 

怪我で動けなかった俺の代わりに、カスミがバンギラスごとポケセンに放り込んでおいてくれたらしい。

 

 

「本当なら、あなたが退院出来るようになったら引き渡すんだけど…」

 

「…だけど?」

 

 

言い澱むカスミ。何かマズいことでもあったんかね?

 

 

「そこからは私が引き継ごう。私が今日来たのは見舞いもあるが、そのケンタロスの扱いについて、メッセンジャーとしての役割もあるのでな」

 

「メッセンジャー…ですか?」

 

「ああ。ポケモン協会からの依頼だ。ケンタロスを引き取らせてもらいたい」

 

「ポケモン協会が?ケンタロスを?」

 

 

なんでそこでポケモン協会なんて大きな所が出て来るんだ?

 

 

「お前はハナダの洞窟を知っているか?」

 

「…まあ、聞きかじった程度には」

 

「そうか。ハナダの洞窟はハナダシティ北西…つまり、お前が襲われた4番道路の近場に入口がある。生息しているポケモンは高レベルで、攻撃性も高く危険なため、人の出入りをポケモン協会が厳重に管理をしている場所だ」

 

 

ハナダの洞窟…殿堂入り後に行くことが出来た、カントー地方最難関のラストダンジョン。最深部では伝説のポケモン・ミュウツーが待ち構えていることでも有名。こっちの世界では、高レベルの野生ポケモンの巣窟として知られていて、ポケモン協会が出入りを規制していることまでは知っている。要するに、今サカキさんが喋ったまんまだな。

 

 

「ただ、人の出入りは制限出来ても、野性ポケモンはそうもいかない。洞窟内の個体が外に出て来て暴れるということが、今までも時々起こっている。そういう個体は、概して縄張り争いに負けるなどして、テリトリーを追われた個体だから、常駐している協会所属のトレーナーなどで対処出来る場合が多いが…極稀に、そうではない個体もいる」

 

「つまり、今回のケンタロスがその、極稀なケースだと?」

 

「可能性はある。そもそも、あの辺り一帯はもちろん、ハナダの洞窟にも野生のケンタロスの生息はこれまで確認されていない。暴走の原因は?ケンタロスはどこから来たのか?それらの調査の一環として、ケンタロスを引き取りたい…ということだ。それに、またいつ暴れ出すか分からないというのもある。そういうリスクも考慮するなら、キチンとした所に託すのも手だろう」

 

「それは…まあ、確かに」

 

 

サカキさんの言う通り、ケンタロスがまた暴走して、俺の手に負えない事態になる可能性は否定出来ない。それに、バンギラスのことで散々手こずっているということもある。ケンタロスとの死闘を経て、改善の兆しは見えた…と勝手に思っているが、それが気のせいだったら?ぬしバンギの時もそうだったけど、2体同時はまだ荷が重い。

 

それに、ハナダの洞窟・ミュウツー・ケンタロスの3つの要素を繋いでいって、俺には思い当たる節があった。

 

それは、第2世代だけに存在したアイテム【はかいのいでんし】。ポケモンに持たせると、登場と同時に攻撃が2段階上昇し、引き換えに混乱状態になると言う、シンプルにハイリスク・ハイリターンなアイテムだ。登場と同時に"いばる"をくらった状態になると言えば分かりやすいか。

 

その当時はまだ純粋なエンジョイ勢だった俺には分からなかったが、混乱のデメリットこそあれど、登場と同時にお手軽に攻撃力を2段階も上げられる…如何に強力かは考えるまでもないだろう。

 

そして、中でも一番このアイテムを使いこなしていたとされるのがケンタロス。はかいのいでんしを持たせたケンタロスは俗に狂牛病型とも呼ばれ、対戦で猛威を振るっていたという。

 

ゲームでは一度きりの使い捨てアイテムだったけど、こっちの世界ではどうなんだろうか?それに、アイテム名からしてプンプンと匂うミュウツーとの関連性。そういう不安・不確定な点も考えると…

 

 

「…分かりました。お任せします」

 

 

…サカキさんに託すのはちと怖い面もあるけど、まあ、こう言うしかないよなぁ。

 

 

「フッ…物分かりが良くて助かる。ケンタロスの状態が落ち着き次第、回収させてもらおう。あとは…」

 

 

事務的な話はそこで終わり、以降は怪我の具合は~とか、欲しい物がないか~とか、すっごい当たり障りのないと言うか、不穏な様子の一切ない、何なら温かみすら感じられる会話で時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

「…ム、もうこんな時間か。すまないが、私はこれで失礼させてもらおうか」

 

「ありがとうございました」

 

「しっかりと怪我を治してから戻ってこい。お前には一つ、仕事を任せようかとも考えているからな」

 

「…え?仕事?」

 

「それは、帰って来てからまた話をするとしよう」

 

 

そう言って、何やら不安になるような内容を残してサカキさんは帰って行った。仕事って、何?俺何やらされるの?怖いんですけぉ?

 

 

 

 

 

 

「…あ゙あ゙ぁ゙!疲れたぁ!」

 

 

その直後、カスミから濁声が上がった。正直、女の子が出しちゃいけない声な気がした。

 

 

「初めてまともに話したけど、やっぱりトキワジムリーダーって凄いわね。気圧されちゃって、緊張しっぱなし…」

 

「あ~…まあ、でしょうねぇ」

 

「あんたも凄いわね。小さい時からあの人相手にしてるんでしょ?流石ポケモンリーグ最年少ファイナリストってところかしら?」

 

 

さっきまでの物静かな様子はどこへやら。サカキさんという重過ぎる枷が外れた途端、俺が知識として知っているカスミの姿が現れる。案の定、さっきまでは借りてきた猫だった。

 

 

「それはそうと、おかげさまで大事にならずに済みましたよ。助けてもらってありがとうございました…カスミさん」

 

「有名人に名前を憶えてもらえているのは光栄ね。改めて、ハナダシティジムリーダーのカスミよ。よろしく、天才トレーナーさん」

 

「トキワシティのマサヒデです。その呼び名で呼ばないでもらえると嬉しいんですがね。むず痒くて仕方がない」

 

 

本気で止めて欲しい。天才とかでも何でもないから。ただの原作知識だから。

 

 

「トキワジムリーダーがいたから言えなかったけど、まずはあなたに謝罪を。本来なら私達がなんとかしなきゃいけなかったのに、怪我をする事態にまでなってしまってごめんなさい。そして、同時に感謝も。あなたのおかげで無事解決することが出来たわ。ありがとう」

 

「いや、僕は別に…」

 

「単独であの私が散々手を焼いたケンタロスを倒しておいて、嫌味?駆け付けた時には、もう終わってたじゃない」

 

「そんなつもりはないんですけど…それは、まあ。でも、怪我が大事に至らなかったのは、あの後すぐに対応してもらったおかげもありますし、感謝しないといけないのは僕の方ですよ。それに、注意喚起はされてたのに、それを無視してしまっているので…」

 

 

なるほど、そう聞くと、確かに俺はハナダジムリーダーの手を煩わせていた強力な野生ポケモンを単独で排除したと言える。

 

でも、終わり良ければ総て良しという見方もあるのかもしれんけど、迂闊なことやった馬鹿が勝手に死にかけたってだけの話だからなぁ…正直、感謝される気分にはなれん。

 

 

「…ま、あんたがそれでいいなら、そういうことにしておくわ。じゃ、あたしもこれで失礼するわ」

 

「お忙しい中、わざわざありがとうございました」

 

「これもジムリーダーの仕事の内よ。それじゃ、お大事に。機会があれば勝負しましょ」

 

「そうですね。退院したら、挑戦しに行かせてもらいますね」

 

「…そ。楽しみにしてるわ。じゃ」

 

 

そうしてカスミも病室を去り、静寂と退屈な時間が戻って来る。ただ、サカキさんが去り際に言い残した仕事の内容が気になり、しばらく気が気でない時間を過ごすこととなった。

 

 

 

…ロケット団絡みじゃないよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その後の俺の入院生活は、思っていたよりも遥かに騒がしいものとなった。

 

 

 

「マサヒデ!アンタ大丈夫なの?」

 

「…おー、アンズ久しぶり。御覧の通り、ピンピンしてるよ」

 

「その見た目で言われても…」

 

「ファファファ。ニュースで聞いて見舞いに来たが、思ったよりも元気そうで安心したぞ、マサヒデ」

 

「キョウさんも、わざわざありがとうございます。まさか来て下さるとは…」

 

 

まず見舞いに現れたのが、セキチクジムのキョウさんとアンズの父娘。俺も暇すぎてテレビを垂れ流してたから知ってるけど、ケンタロス捕獲の件はニュースで普通に報道されてた。ついでに俺の名前も普通に流されてた。『あの天才少年トレーナー、ハナダシティでお手柄!』みたいな感じで。

 

俺が陽の目を浴びる事態になるのは実に2~3年ぶりになる。そういうこともあってか、こうやって遠方の知り合いにまで話が届いてしまう程度には、世間の食い付きは結構凄いらしい。

 

 

「はい、これお見舞い!ありがたく受け取りなさい!」

 

「ははーありがたきしあわせー(棒)」

 

「もっと感謝しなさいよ!?」

 

 

その後、キョウさんたちとは近況とか、今後のこととか、色々と話が弾む。見舞いのためにわざわざとは思ったが、アンズは今ポケモンリーグ出場を目指してジムを巡っているとのことで、そのついででもあるらしい。ハナダジムへの挑戦はもちろん、他にも色々と見て回って帰る予定だとか。キョウさんもプチ旅行みたいなつもりとのことで、ジムも数日閉めて来たらしい。

 

とりあえず、アンズは早いうちにナツメさんを倒しておくことをオススメする。

 

 

「…ではな、マサヒデ。怪我が治ったら、いつでもセキチクまで遊びに来ると良い」

 

「その時はあたいと勝負してもらうわ!今度こそ、あたいが完勝で通算30勝目を飾って見せるんだから!」

 

 

俺とアンズの対戦成績は負け数が29で…勝ち数はもう数えてないけど、たぶん100勝以上は間違いなくしてたと思う。もちろん、今度も返り討ちだ。

 

なお、かつて心に誓ったギャラドスで6タテは未だ出来ていない。退院したら、バンギラスと一緒に努力値振ろう。

 

 

「フ…やれるもんなら」

 

「言ったわね…!首を洗って待ってなさい、マサヒデ!」

 

「それは迎え撃つ側が言うことじゃないのでは…」

 

 

アンズの捨て台詞を最後に、セキチク父娘は帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 

「…失礼するわ」

 

「…!」

 

 

セキチク父娘の次にやって来たのは、ヤマブキジムリーダー・ナツメさん。

 

 

「ニュースで見て、見舞いに来たわ。これ、差し入れよ」

 

「わざわざありがとうございます」

 

「折角だし、お茶にしましょう」

 

 

こちらもニュースで見て、ジム戦の合間を縫って見舞いに来てくれたらしい。ナツメさん曰く、「今日は私が出る幕はないでしょう」とのこと。持ってきてくれたお茶菓子で、ささやかなティータイム。

 

 

「一週間ほど前に会ったばかりで、こんなことになってて驚いたわ。良くも悪くも、貴方って持ってるわね」

 

「ははは…」

 

 

半ば呆れ気味にそう言われた。ほんの一週間前に会ったばかりでのこの状況、返す言葉もない。

 

 

「…ああ、そうだ。バンギラスのことなんですが…」

 

「…へぇ。それは少し興味があるわね。いいわ、見させてもらいましょう」

 

 

話をしながらのティータイムの後、ついでに俺よりも一足早く回復して、手元に戻って来ていたバンギラスを視てもらった。ナツメさん曰く「見違えた」とのこと。詳しくは分からないけど、ケンタロスとのバトルを経て、復活の兆しを掴んだと思えたのは勘違いじゃあなかったらしい。

 

最終的な判断は実際に指示を出して動きを確認してからだが、そうなってくれているなら、ここまで身体を張った甲斐があったというもの。

 

 

「…少し長居し過ぎたわね。あまり留守にするワケにもいかないし、私はこれで失礼させてもらうわ」

 

「今日はありがとうございました」

 

「他にも色々話したいことはあるのだけれど…それはまた、貴方がうちに来た時にでもしましょうか」

 

「…?」

 

 

話したい事?もしかして、ロケット団絡み…か?何かあったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 さらに翌日。

 

 

「やあ、マサヒデ」

 

 

今度はニビジムリーダー・タケシが来た。

 

 

「ニュースで見て驚いたよ」

 

「心配させて申し訳ない。幸い、怪我も思ってたよりも酷くはなかったし、ピンピンしてるよ」

 

「…頭に包帯巻いててそれはどうかとも思うが、元気そうではあるみたいだな。安心した」

 

 

簡単に挨拶が終われば、その後はいつも通りの雑談の時間。タケシとの話は、バンギラスのことが中心だ。ぬしギラスがどうしてるとか、育てるに当たってこうしたらどうか?とか、知り合ってからあまり期間は経ってないが、内容は濃い。

 

そう言えば、これで受けることになったジムリーダーの見舞いは3日連続で、カントー地方のジムリーダーの5/8から見舞いを受けたことになる。俺って、意外と大物…?

 

 

「…おっと、そうだった。今日はこういうものを持って来たんだ」

 

 

話題も大体出尽くした頃になって、そう言ってタケシが何かお高そうな感じのする小さな木箱を取り出す。

 

渡されたので開けてみると、中には2つの石。

 

 

「…これは?」

 

「左のは月の石で、右のは隕石。2つともオツキミ山で採れた物さ。お礼…というほどではないが、キミにはバンギラスのことで色々世話になってるからな。回復祈願のお守り代わりとでも思って受け取ってくれ」

 

「それは…わざわざすまない、ありがたくもらうよ」

 

「さて、あまり長居しても申し訳ないし、この辺で失礼するよ。お大事にな」

 

「うん、ありがとう」

 

 

こうしてタケシが帰った後、暇になった俺は貰った2つの石をゆっくりと眺める。

 

月の石は…うん、まあなんてことはない普通の月の石だ。ポケモン世界だと思えば普通だけど、現実世界だったら相当に貴重な代物だよな。惜しむらくは、俺の手持ちには月の石を必要とするポケモンがいないことぐらいか。

 

隕石の方は、大体こぶし大よりも一回り小さい大きさの物だ。鈍い光沢があって、炉端の石ころとは明らかに違う感じ。神秘的で何というか、こう…スピリチュアル?なパワーが手に入りそうなそうでもないような…

 

ポケモン世界で隕石と言えば、第3世代のRSEであり、そのリメイク作品であるORASが思い起こされる。ジラーチにデオキシスはモロに隕石が関係するポケモンだよな。あとはレックウザもか。隕石食べてメガシンカしてたし。

 

レックウザと言えば、想像力が足りなかったお姉さんも良いキャラしてたな。ただ、ストーリーが色々と説明不足な感じだったのは残念。見た目は良かったし、もっとバックボーンを掘り下げて欲しい惜しいキャラではあった。全体としては良いリメイク作だったとは思うけど。

 

あ、でもバトルフロンティア復活させなかったのだけは個人的にBAD。何度でも言うが、これだけは譲れん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…とまあ、なんだかんだで騒がしい思っていたよりは退屈しない入院生活を送っていたが、怪我の予後は思ったよりも良好で、先生から許可が出たのでそのまま退院することに。当初の診断では2週間だった入院期間は、一週間で済んだ。

 

その後、ケンタロスの件で取材を受けたり、鈍った身体を動かしたり、しばらくあまりかまってやれなかった仲間たちを呼び戻してかまってやったり…数日の間、ハナダシティに逗留してのんびりとした時間を過ごした。

 

 

 

 

「ただいまより、チャレンジャー・トキワシティのマサヒデと、ジムリーダー・カスミによるジムバトルを行います!」

 

 

そうして十分に休養を挟んだところで、ケンタロスのせいで出来なかった、バンギラス1体でのハナダジム単騎駆けを決行。

 

バンギラスのバトルへの意欲は?どこまで自信を取り戻したのか?実戦での動きは?これまでのこともあって不安を抱えての挑戦ではあったが、

 

しかし、いざやってみるとそれらは全て杞憂でしかなく、順調そのものだった。それこそ「今までの苦労はなんだったのか?」と言いたくなるほどに。

 

自信と動きが十分ならば、そこから先は600族の面目躍如。ステータス差と砂嵐の恩恵を武器に、岩タイプは水タイプに弱いという事実を嘲笑うかのように、楽々とジムトレーナーを粉砕してカスミまで突き抜けた。

 

 

「ラストだバンギラス!かみくだく!」

「ギラァァーーッ!」

 

「…ス、スターミー、戦闘不能!よって勝者、トキワシティのマサヒデ!」

 

 

カスミ戦でもその勢いは止まらず。終わってみれば、スターミーまで4体を全抜き。ジムトレーナーも含めれば実に11体のポケモンを単騎で薙ぎ倒し、完全勝利を掴み取った。

 

 

「…ふ、ふ…ふざけんじゃないわよおぉぉーーーー!?」

 

 

試合後、カスミが絶叫してたが、水タイプの使い手が岩タイプのポケモン1体に手持ちを全て蹂躙される。ましてやそれが、ジムリーダーともなれば…まあ、さもありなん。

 

とりあえず、この蹂躙劇にキレ散らかしているカスミには「何も言えねぇ…」状態だったので、心の中で一言謝っておきたい。

 

正直、すまんかった。そしてありがとう。

 

 

 




「ぬしポケモンみたいなネームドポケモンとの一戦とか、書いてみたい」と思い至り、考えてて真っ先に出てきたのが『はかいのいでんし』で凶暴化個体とのバトルでした。そして、はかいのいでんしと言えば、やはりケンタロスだろう、と。前話までのところでバンギVSぬしバンギをやりましたが、構想自体はこっちが先でした。
そして、カスミとも面識GET&バンギ復活の祝砲代わりの絶叫をしていただきました。命の恩人に対して、何と言う仕打ち…()

次回、後始末その2&原作時間軸に向けて動き出す面々。


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閑話:破壊の遺伝子

 

 

 

 

 

~タマムシシティ某所~

 

 

「…以上です」

 

 

 ヤマブキシティと並んでカントー地方を代表する都市・タマムシシティ。煌びやかな世界が広がる大都会、その地下深くに密かに巣食い、蠢く者たちがいる。

 

ロケット団。TCP社という表の看板の裏に隠れて、カントーの闇を支配する悪の秘密結社。その本拠地の1つが、タマムシシティロケットゲームコーナーの地下アジト。

 

この日、アジトではロケット団ボス・サカキを筆頭に、各部門の幹部を集めて定例の会議が開かれていた。

 

 

「潜入している工作員からの情報を総合しますと、シルフの新型ボール開発計画…通称・Mプランは幾つかの課題は残しているものの、着実に進展しつつある…と判断しています。進捗率は60%前後と見ております」

 

「アポロ、内部への工作はどうなっている?」

 

「はっ。現状、数人を内部資料を閲覧出来る立場に送り込めており、いくつかの試作品に関する資料データの持ち出しに成功しています。ですが、いずれも断片的であったり、機密性や重要度は然程高くないものがほとんどです。Mプランに関しましては特に厳重に管理されているようで、現状以上となりますとかなりのリスクがあります」

 

 

カントー地方を代表する大企業であるシルフカンパニー。モンスターボールの開発・生産で独占的な地位を占めるこの大企業が、新型のモンスターボールを開発しているとの情報を掴んだのが数年前。そこからあの手この手でその進捗状況を注視していたが、そこは天下の大企業・シルフカンパニー。ロケット団の能力を以てしても、その防備に穴を穿つことは難しかった。

 

 

「今は無理な動きは控え、内部で不満を抱えている者の抱き込みを図っております。並行して使えそうな者の選別も行っておりますので、今は機を待つべきかと」

 

「流石は天下のシルフカンパニー…か。分かった、その方針で進めろ。無理はしなくていい」

 

「はっ」

 

「次は…」

 

「では、私から」

 

「アテナか」

 

 

手を挙げたのは、開発・研究部門の幹部・アテナ。

 

 

「調査を続けておりました個体識別番号・L33−4Hについて、まだ途中ではありますが調査の進捗状況について、ご報告が」

 

「L33−4H…と言うと、ハナダシティ近郊にて捕獲された、例の異常個体のケンタロスか」

 

 

それは、ハナダシティ周辺を暴れ回った末に捕獲されたケンタロスに他ならない。この件について、第一報…マサヒデが病院送りにされた…の連絡を受けた時はさしものサカキも多少驚いたものだが、事のあらましを聞く内に、興味はケンタロスの方へと移っていった。

 

このケンタロスはカントー最高位の大学であるタマムシ大学にて調査・研究がなされることが早々に決まったが、サカキはTCP社においてもその調査を請け負うことが出来ないかポケモン協会に掛け合い、捕獲に際して彼の愛弟子と言ってもいいマサヒデが大きく関わっていた縁もあってか、一枚噛むことに成功していた。

 

 

「調査に参加している研究員からの報告では、このケンタロスはやはり野生の個体ではないようです。首輪や鼻輪等、人間の世話を受けていた形跡が残っていました。半年ほど前に4番道路にある牧場から逃げ出したまま、行方不明になっているケンタロスが何体かいるそうですので、その中の1体ではないか…というのが、大筋の見解とのこと」

 

「ふむ…まあ、そんなところだろうな」

 

 

元々、ハナダシティ周辺に野生のケンタロスはいない。年単位での時間経過による環境変化等で、生息域が変化することはたまにあり得ることではあるが、今回の件に絡んでそんな報告は、サカキも聞いたことが無かった。

 

 

「レベルも59とかなり高い域に達しています。ただ、牧場主からの聞き取りでは『元々のレベルは30半ばぐらいだったはず』とのことで、逃げ出してからの半年ほどで20程度レベルアップしている計算になります」

 

「…ハナダの洞窟だな。ハナダの洞窟に逃げ込み、そこで生きてきたと考えるなら、それだけの急成長はあり得ない話ではない」

 

 

半年という期間での急激な成長。野生化であることを加味すれば、その伸びは異常の一言。そして周囲の環境から見て、カントー地方屈指の魔窟でもあるハナダの洞窟にその理由があることは、自明の理。

 

 

「だが、そもそも30代そこそこのポケモンが生き残れるような場所ではなかったはずだが」

 

「その点についても調査が進んでおりまして、このケンタロスは何らかの理由により、本来持つ力の倍の能力を常時発揮出来る状態だったことが分かりました。つるぎのまいを1回使った状態が、このケンタロスの通常状態だった…と言い換えれば分かりやすいでしょうか」

 

 

牧場から逃げ出し、ハナダの洞窟に逃げ込み今日まで生き延び、逆に人に害を為すまでに至ったケンタロス。常時つるぎのまいを使った状態…ある程度バトルに関する知識がある者なら、それだけでその強さ、恐ろしさは簡単に理解出来る。

 

 

「なるほど。マサヒデも手こずるワケだ。そしてハナダジムリーダーは就任早々の仕事がこれとはな…マサヒデもそうだが、彼女もまた災難だったようだ」

 

「ええ、そうとしか言えませんわ。それに、どうやらこのケンタロス以外にも、同様の状態で暴れるポケモンが何体か確認されておりました」

 

 

そんな特異体質を持つ個体が、ハナダの洞窟の環境下に適応したうえで、ハナダシティ近郊で暴れ回ったのだから、たまったものではない。そんな怪物の相手を、就任早々にすることを余儀なくされたハナダジムリーダーに、僅かながらもサカキは憐憫の情を禁じ得なかった。

 

 

「…それで?そんな特異体質とも言えるものを、ケンタロスが手に入れた理由は分かったか?」

 

「ええ。それにつきましては、こちらを…スクリーンにご注目下さい」

 

 

スクリーンに映し出された2つの映像。

 

 

「これは?」

 

「ケンタロスの細胞を拡大したものになります。左が通常のケンタロス、右が今回の個体です」

 

 

アテナ曰く、両方ともケンタロスの細胞を映したものであるという。しかし、2つの映像には誰の目から見ても明確な違いがあった。

 

指し示したのは、右側の画像にのみ存在し、ウネウネと激しく蠢動して存在感を誇示する、それこそ寄生虫のようなナニか。もっと言うなら、細胞そのものも右と左では別種のもののようにさえ見えるぐらいに変化していた。

 

 

「通常のケンタロスと比較して、L33−4Hから採取したほぼ全てのサンプルがこのように変異を起こしていたことが確認出来ました。また、細胞内で活動しているこの細長い寄生虫のようなモノは、通常のケンタロスには全く見られないものでした。次に、こちらをご覧ください」

 

 

アテナの指示で、映像が切り替わる。

 

 

「これは、タマムシ大学から提供を受けたL33−4Hから採取したサンプルを、試しで移植してみたコラッタの細胞になります。左が移植前、右が移植後です」

 

 

映し出されたのは、コラッタの細胞とされる2つの映像。先程のケンタロスの物と同様、左右で明確な違いが生まれていた。

 

 

「移植して程なく、細胞の変異及び驚異的な勢いでの増殖が始まりました。それと同時に、筋力の増強と代謝機能の異常な活性化等の身体面の変化、行動面でも同族…と言うよりも、目に付いたもの全てへ攻撃しようとする異常な攻撃性が確認されています。そして、サンプルを移植した個体は、1日足らずでその全てが死亡しました。これらの結果を踏まえるに、この寄生虫のようなこれこそがL33−4Hの特異体質の根源、元凶と断定してよいかと考えます」

 

 

その一言で、会議室内がざわつく。

 

 

「この細胞を利用すれば、ポケモンを簡単に凶暴化させて尋常ならざる強力を発揮し、己の身体が傷付くことすら厭わず、本能の命じるままに戦い続ける戦闘マシーンの完成か!」

 

「もし、この技術を確立させることが出来れば、ポケモンに商品としてこれ以上ないほどの付加価値を付けることが出来るぞ!」

 

「カントー地方を、延いては世界中を裏から牛耳るという大望の大きな力となるだろうな。そして実際、原因はほぼ特定したも同然の状況…素晴らしい成果だ」

 

 

会議場に座る面々からは、笑顔と同時に明るい未来への展望が聞かれた。

 

事実、移植、ないしは投与すれば高確率でそれらの効果を発揮させるそれは、ポケモンの大半を単なる道具として扱うロケット団において、間違いなく理想的な商品と言えた。

 

しかし、今聞いた話だけでもクリアしなければならない問題があった。

 

 

「死亡した原因については分かっているのか?」

 

 

努めて冷静にサカキが尋ねる。全ての個体が1日足らずで死亡したという問題点。この謎の細胞を商品とするには、出来る限り生存率を高めるか、生存期間を延ばす対策が必須だった。

 

 

「今の所、死因は2つ。1つは変異細胞によって引き起こされた急激な変化が原因で起きた、体内での多量出血による失血死。比較的小さな個体に多く見られ、移植から程なくして死亡してしまうようです。そしてもう1つが、増殖したこの変異細胞がほぼ一斉に活動を停止し死滅することで引き起こされた多臓器不全。移植による変化を乗り越えた個体も、現状では1日生きるのが限界だと報告が届いております」

 

「ふむ…」

 

「極論すれば、どちらも変異細胞が引き起こした変化にコラッタが耐えられなかったためと考えられ、現在はそのメカニズムについて詳細な調査を行っている段階です。ですが…その供給に関しても、問題が」

 

 

そしてもう1つ、この変異細胞そのものの安定的な入手方法。ケンタロスから採取すればよい…かと思いきや、ここにも何やら問題が生じていた。

 

 

「サンプルの供給元でもあるL33−4Hの変異細胞の活動が、徐々に鈍化しつつあり、合わせてL33−4H自体も衰弱しつつあります。数日の内にL33−4Hは死に、変異細胞もその全てが活動を停止し死滅するでしょう。実験・調査に数をこなさなくてはならないのでもっと変異細胞が必要なのですが、このままですとその入手手段がなくなります」

 

「…培養などでは増やせないのか?」

 

「我々も何度か試みているのですが、すぐに死滅してしまい増やすことが出来ていません。タマムシ大学の方でも似たような状況だと聞き及んでおります。別の方法も模索中ですが、いずれの手法もまだ目処は立っておりません。また、ケンタロス自体の治療も実施しようとしているとの報告も届いていますが、効果は薄く、報告を聞く限りでは、絶望的な状況かと」

 

「………」

 

 

アテナから示された結論を前に、黙り込むサカキ。合わせて会議室は、しばし静まり返る。トン…トン…と一定リズムで指で机を叩く音が、時計代わりに時間を刻む。

 

この謎の変異細胞の商品価値がとんでもないものになることは、サカキから見ても明らかだった。しかし、新しい変異細胞の入手方法がなければ全て無意味な話。捕らぬ狸の皮算用で終わってしまう。

 

いずれにせよ、このままではこれ以上の新たな発見・進展は難しく、研究が暗礁に乗り上げることは確実。何とかこの変異細胞を手に入れる手段はないか。

 

 

「…ハナダの洞窟を一度調査する必要があるな」

 

 

しばし考えた末に、サカキは一筋の可能性に賭けてみることにした。

 

 

「ハナダの洞窟の調査を行うよう、ポケモン協会に働きかけてみるとするか。今回の一件で生じた被害も小さくはない。容認はされるはずだ」

 

 

今回のケンタロスは、元々飼われていた個体が逃げ出し、ハナダの洞窟の環境下で変異・凶暴化したものと考えられる。ならば、求めるモノの答えはそこにあるハズだった。

 

 

「はっ。では、必要な機材と物資の手配を進めておきます。それと、人員はいかがいたしますか?調査員はともかく、緊急時に生半可な腕の者では対応が難しいのでは?」

 

「私が直接指揮を執れるよう掛け合う。アポロ」

 

「はっ」

 

「腕の立つ者を20名程度リストアップしておけ」

 

「了解いたしました。期間としては、どの程度を考えておられますか?」

 

「む…アテナ、どうだ?」

 

「そうですね…可能であるならば2~3ヵ月は欲しい所ですわ」

 

「2~3ヵ月か…分かった。その線で調整しよう」

 

「ありがとうございます。ただ、それほどの長期間サカキ様が不在となりますと、時期的には会社にジムと、色々問題もあるのでは?」

 

 

ハナダの洞窟の調査実施は妙案ではあったが、仮にすぐにポケモン協会に調査実施の容認を求めたとして、許可が下りるまでは多少かかるだろう。さらにそこから調査に向けての準備期間がいる。TCP社だけで調査を行うなら不要な時間かもしれないが、今回の件はタマムシ大学を始めとした学術研究機関や企業も参加するであろうことは目に見えていた。

 

となると、調査が始まるのはどんなに早くても年が明けてから。新年度が始まるぐらいが現実的な開始時期だ。その時期に社長とジムリーダーを兼任するサカキが長期不在になるのは、確かに問題が多いと思われた。

 

 

「会社の方は副社長以下に任せればどうとでもなるだろう。ジムの方に関しても手は打つので問題ない」

 

 

しかし、当のサカキは何も問題が無いという。元々会社の方は数年前にトキワジムリーダーに就任した時点で、業務の多くを副社長に委任する措置を取っていた。そして、トキワジムについても考えがあるようだった。

 

 

「分かりました」

 

「では、この件については以上としよう。とりあえず、研究班は今出来ることに全力を尽くせ」

 

「はっ」

 

「次の報告を」

 

「はっ。では、ナナシマでの活動状況について、ご報告を。5の島に建設した秘密倉庫では…」

 

 

その後も、七色の大都会の地下深くで謀議は続いた。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして年も明けた頃、トキワジムに関して1つのニュースが報じられ、トキワシティを中心にカントー地方全域で俄かに話題を攫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【デイリーカントー】

『セキエイ大会最年少ファイナリスト、トキワジムリーダー代行就任へ』

 

 カントーポケモン協会は昨日、3年前のポケモンリーグセキエイ大会において史上最年少での本戦進出とベスト16入りを果たしたマサヒデさんが、今春よりトキワジムリーダー臨時代行に就任することを発表した。ポケモン協会は先立って、昨年ハナダシティ周辺を中心に大きな損害を出していた暴走ポケモンによる各種事件に関連して、ハナダの洞窟の調査を行うことを発表しており、現トキワジムリーダーのサカキ氏を中心とした調査隊を組織することも併せて公表していた。サカキ氏がハナダの洞窟調査に参加する関係で、業務に支障が出るトキワジムの運営を不在のサカキ氏に代わって今春より担う。

 

臨時代行への就任は現トキワジムリーダーのサカキ氏の推薦を受けてのもので、これまでの活動と実績、及びテストを経たうえで、ポケモン協会の臨時理事会で承認された。就任期間は今年の4月から1年間。

 

マサヒデさんは現在15歳。8歳時よりサカキ氏の指導を受け、トキワトレーナーズスクール初等部を卒業後、すぐにポケモンリーグセキエイ大会への出場を目指し各地のジムに挑戦。史上最年少でのセキエイ大会出場権を掴むと、予選を危なげない試合運びで突破し、史上最年少での本戦出場記録と最高位ベスト16を記録した。その後の公式大会への出場はないが、他にポケモン協会が主導したシロガネ山の長期調査に参加するなどの活動・実績がある。

 

本誌記者の取材に対してマサヒデさんは「まだあまり(代行就任の)実感がありませんが、今年1年、サカキさんが不在の間だけということですので、任された以上はしっかりと努めたい」と答えた。

 

カントー地方では昨年ハナダジムリーダーが交代し、今年はニビジムリーダーも交代となることが先に公表されており、今回臨時代行とは言え、1年間で3人の新人ジムリーダーが誕生することとなった。

 

 

 

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サ「お前来年からジムリーダーな」
マ「………はい?」

こんなやりとりがあったとかなかったとか。

とにもかくにも、破壊の遺伝子は無事(?)ロケット団の手に渡りましたとさ。そして主人公はトキワジムリーダー(仮)就任し、サカキさんはハナダの洞窟へ。どうなるミュウツー。
なお、破壊の遺伝子は色々と考え効果をこねくり回した結果、一時的な超パワーと引き換えにポケモンを死に追いやりかねない、麻薬と同然かそれ以上のやべぇシロモノになってしまいました…どうしてこうなった。まあ、第2世代以降の作品では削除されてるし…ね?
なお、変異細胞による云々は別に作者にそんな知識はないので割と適当です。

あと、遅ればせながら阪神タイガース日本一おめでとうございます。



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流れてカントー~激流に身を任せどうかしている~
第77話:時報


 

 

 

 

 

 

 春…それは光の季節。長く寒い冬を越えた果てに待つ雪解けの季節。若葉が芽吹き、蕾がほころぶ開花の季節。生きとし生けるもの全てが、未来への希望を胸に待ち望む夜明けの季節。

 

皆さんは春と言えば何を思い浮かべるだろうか?人それぞれ、思う春のイメージがあると思うが、こと日本人にとって春と言えば、終わりと始まり、出会いと別れ、旅立ち…どの年代の人にとっても、人生において重要なイベントが詰まった1つの区切り、節目の季節であると言えるだろう。

 

中でも子供にとって春と言えば、卒園・卒業、入園・入学、進級・進学や就職・引っ越しと、一大イベントが盛りだくさん。このポケモン世界においても、それは変わらない。各地のトレーナーズスクールを卒業した若者たちが、それぞれの新たな道へ第一歩を踏み出していく。まあ、カントー地方自体が日本の関東圏モチーフなことを考えれば、当然っちゃ当然なんだろうけど。

 

なお、突然個人的な話をして恐縮だが、オレの中では春と言えば、1に花粉症2に花粉症3に花粉症…である。これのせいで、以前までは四季の中で一番嫌いな季節とすら思っている。ポケモン世界に来てからは影を潜めてくれてて助かっているけど。少なくとも、俺にとって春と言えば、目の痒みと鼻水・鼻詰まりとの戦いの日々だった。

 

…まあ、そんなことは今はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。何が言いたいかというと、オレもそんな数多の例に漏れず、春になって一介のポケモントレーナーという立場から飛躍し、新たなステージへと活躍の場を移すことになったってこと。

 

…正確には拒否権なしで無理矢理担ぎ上げられた上で、放り投げられたと言う方が正しいかもしれないが。

 

 

 

「これより、トキワジムリーダー代行・マサヒデと、チャレンジャー・アンズのバトルを行います!」

 

 

 

『トキワジムリーダー代行』

 

それが、俺が手にした肩書であり、サカキさんから押し付けられた新たな立場であり、不可抗力とはいえある意味では自業自得な、俺を今の状況に追いやった枷であった。

 

 

 

「バトル開始ッ!」

 

「先手は貰った!ダグトリオ、すなあらし!」

 

「させないよ!ゴルバット、あやしいひかり!」

 

 

 

 全ての発端は、俺とバンギが九死に一生を得たハナダシティ郊外での一件。命がけで抑え込み、捕獲した暴走ケンタロスは、あの後タマムシ大学へと送られ、その出自や暴走の原因等に関する調査が行われた。

 

その結果として分かったのが、近隣の牧場で飼われていた個体が逃げ出し、野生化したものだったということ。そして、凶暴化した原因がハナダの洞窟にあると見られることの2点。ただし、そこまでで肝心要のケンタロスが死んでしまったらしく、それ以上の調査・特定は出来なかったとのこと。TCP社系列の研究施設でも協力して調査が行われたらしいので、サカキさん経由である程度の話は聞いている。聞いた時は…まあ、殺されかけた相手とはいえ、ちょっと可哀想に思ってしまった。

 

それはともかく、この調査結果の報告を受けたカントーポケモン協会は事態を重く見て、ハナダの洞窟の調査を実施することを決定。しかし、ハナダの洞窟はシロガネ山と同等かそれ以上の危険地帯。立ち入ることすら厳重に管理されていて、生半可な戦力では調査することもままならないことは誰の目にも明らか。

 

そこで、サカキさんが真っ先に手を上げた。実力は現役ジムリーダーでも屈指と言われる存在が、率先して調査の指揮を執ると言うのだから、協会としても不足はなかったんだろう。調査はサカキさんの主導で行われることがすんなりと決まった。調査の実施自体の言い出しっぺがサカキさんで、協会を唆したとかいう風の噂も聞くが…まあ、実力だけで言うなら何の不安もない。実力だけなら。

 

で、サカキさんが指揮を執るとなった時に問題になるのが、トキワジムリーダーの職務。サカキさんは現地で指揮を執る腹積もりのようで、長期間ジムを空けることになることは確定的。そうなれば、必然的にトキワジムリーダーの本来の職責を十全に全うすることは難しい。代わりに遂行する者が必要だった。

 

で、その代行役として白羽の矢が立ったのが、他ならぬ俺だったってワケ。サカキさんからいきなり話を振られた挙句、決定事項だからと反論する余地もなく押し切られたので、選出過程の詳細は分からん。しかも、時期的にそろそろ原作に突入するんじゃないか?というのもあって、内心『ふざけんなあぁぁぁ!』っていうのはあった。おのれ、サッカーキ。鬼!悪魔!サカキ!

 

まあ、そんな悪態をついたところでサカキさんの決定を覆すことなど出来るはずもなく…その後ポケモン協会本部での面接と試験を経て、不合格にならないかな~…などという他力本願な願いも届かず、何の問題もなくスムーズに就任は認められた。

 

 

 

「押し流してあげる!ドククラゲ、ハイドロポンプよ!」

 

「甘い!返り討ちだ!ゴローニャ、じしん!」

 

「え、うそ!?」

 

 

 

 こうしてジムリーダー代行に就任した俺は、ジムの門をたたく挑戦者たちとのバトルや、トキワシティや周辺の見回りなど、ジムリーダーとしての仕事に事務的に従事する毎日を送るようになった。ジムだけに。

 

 

 

「やってくれるじゃない!だったら…フシギバナ、やっちゃって!」

 

「うん、それは無理」

 

 

 

…んん。すまん、一時の気の迷いだ。忘れろ下さい。

 

ともかく、ジムリーダー代行として新生活を開始した俺だったが、その船出は決して楽なものじゃあなかった。

 

まず、代行就任に当たって使用するポケモンについての注文がついた。根本的な話として、ジムごとにポケモンのタイプを統一していることが望ましいとされる。どのタイプに統一するかはジムリーダーが就任前に、他のジムリーダーと被っていないタイプから選ぶのが通例。しかし、あくまでサカキさんの代理でしかない俺にはその選択権はなかった。そして、手持ちポケモンで地面タイプはサンドパンだけだし、そもそもタイプ統一なんぞされていない。トキワジムリーダー代行の最初の仕事は、トキワジムリーダー代行として最低限の体裁を整えるところから始まった。

 

そのために、俺の代行生活はタケシに頭を下げて地面タイプ複合の岩ポケモンを融通してもらったり、サカキさんに頭下げてポケモンを融通してもらったり、ジムトレーナーの皆さんに頭を下げて融通してもらったポケモンのレベル上げに協力してもらったりと、方々に頭を下げて回った。なんでやねん。

 

なお、そこまで頭を下げてサカキさんに融通してもらったポケモンの中には、いつぞやの因縁の自爆野郎(ハガネール)(66話参照)が含まれていた。嫌がらせ?

 

とにもかくにも、協力してくれた全ての人には感謝しかない。ただし自爆野郎を送り付けてきたサカキさんは除く。

 

 

 

「ニドクイン、れいとうビーム!」

 

「フシギバナ、返す刀でねむりごな!」

 

「ちぃッ…」

 

「からの…やどりぎのたね!」

 

「面倒な…!」

 

 

 

こうして何とかシーズン開幕に間に合わせたが、元々がなる気など微塵もなかったジムリーダーだ。その後も大小幾つもの問題が俺の前に立ちはだかった。中でも深刻だった問題が、トキワジムへの挑戦者が前年比で滅茶苦茶悪化したこと。特に新人~若手ぐらいのトレーナーが目に見えて減ってしまった。

 

これは俺の試合運び…要は手加減が下手過ぎて、新人・若手トレーナーを中心に大虐殺してしまい、結果、経歴の浅いトレーナーたちから露骨に敬遠されたのが原因だった。トキワシティや自体が決して多くの人口を抱える街ではなく、セキエイ高原に最も近い街である立地の関係上、ポケモンリーグ出場を目指すトレーナーの大部分から後回しにされがちという地理的要因はあるとはいえ、一時期にはジムバッジ残り1つや2つという上級トレーナーが1日に3~4人しか挑んでこないという、閑古鳥が鳴く状況に。

 

本来ジム戦はポケモンリーグへの挑戦を目指す者の行く手を阻む門番であり、掛けられる(ふるい)の役割を持つことを考えれば、別にいいのでは?と思うかもしれない。それでも問題になったのだから…要するにまあ、俺はそれを加味してもやり過ぎだった。

 

元々運営資金はポケモン協会とサカキさんの会社から出ているし、そもそもトキワジムは観客入れての収入があるワケでもないし、ついでに俺個人としてはこれはこれで楽なので良かった部分もあるんだが…週刊誌に『トキワジム、新人トレーナーの墓場と化す』なんて見出しで特集されてしまい、そのことを知ったポケモン協会のお偉いさん、さらにはフラリとジムに帰って来たサカキさんにもやんわり苦言を呈されてしまう始末。世間の評判って大事ね。

 

これは俺の性格というか、性分由来の問題なこともあり、改善は一筋縄ではいかず難航した。バトルとなるとついついヒートアップして、反射的に勝ちへの一手を打ってしまうんだよねぇ。それでも、無理矢理とは言え任された以上はキチンと職責を全うしなければならない。

 

慣れないことに四苦八苦しつつも、周囲の色々なサポートもあって、シーズン後半には何とか格好はつくようになっていた。

 

 

 

…適応するのが遅い?おっしゃるとおりで。

 

ともかく、ほぼ毎日のようにやって来る挑戦者を捌き、トキワシティの治安維持に努め、日々巻き起こる雑多なトラブルの解決に当たり…と、慣れない、なる気もなかったジムリーダー代行として1年間奔走した。

 

まあ、トラブルとは言ってもトキワの森の迷子救出だとか、よく酔い潰れて路上で爆睡しているおっさんの対処だとか、そんな程度。世間では各地でロケット団が活発に動いているようだが、トキワシティはカントーの中心から外れた位置にあるからか、はたまたサカキさんの本拠地ということもあってか、ロケット団絡みのトラブルはほとんどなく、平和そのもの。田舎の日常って感じで、気は多少楽ではあった。

 

 

 

「マタドガス、どくどく!…って、効いてない!?」

 

「はがねタイプだからなぁ!ハガネール、アイアンテールッ!」

 

「卑怯な!」

 

「どの口が言うか!?」

 

 

 

 そんなこんなありなからも、春、夏、秋、冬と季節は巡り、ハナダシティ暴走ケンタロス事件から、延いては俺がトキワジムリーダー代行に就任してから1年と少々が経った。

 

無事に代行役を1年間勤め上げた俺も、これで晴れて自由の身…と行きたかったのだが、サカキさんが指揮を執るハナダの洞窟調査の進捗が思わしくないようで、調査が完了するまでにはもうしばらく時間を要する状況らしい。そのため、任期満了間近という所で俺にはおかわりの要請が入った。そして、俺にそれを断る勇気はなかった。

 

原作知識を持つ俺には、ハナダの洞窟に凶暴化という2つのキーワードから、第2世代のみに存在した【はかいのいでんし】という、ミュウツーに繋がるぶっ壊れアイテムの存在を念頭に入れざるを得ない。そして、サカキさんがミュウツーを手中に収める世界線がある。もし、ミュウツーがサカキさんの手に落ちたら…この世界はどうなってしまうんだろうな。

 

なんにせよ、今の俺にはミュウツーがサカキさんの手に落ちないことを祈るしか出来ない。世界と俺の心の平穏のためには、是非ともこのまま失敗に終わってもらいたいところ。

 

ミュウツーのことはさておいて、そういう理由もあって、今年も俺はトキワジムリーダー代行のままであった。

 

 

 

そうして季節は再びの春。サカキさんは少しの間戻って来たものの、早々とハナダの洞窟調査に舞い戻ってしまい、シーズン開幕から俺は代行としてトキワジムに立っている。

 

ポケモンリーグ出場、延いてはポケモンマスターを目指す夢追い人たちが、シーズン開幕直後から各地のジムに挑み始める新たなシーズンが、そして俺のジムリーダー代行2年目のシーズンの幕が上がった。トキワジムも早速、多数のトレーナーからの挑戦を受けて多忙を極め…

 

 

 

「だったら…マタドガス、だいもんじ!」

 

「だよなぁ…ッ!」

 

 

 

…ては、いなかった。地理的要因に加え、去年の俺の数々のやらかしの影響も…まあ、否定出来ない部分は多分にある。

 

そんな事情もあって、この時期に挑戦しに来るトレーナーというのは他所と比べても多くなく、日に30人もいれば多い方。そこからジムトレーナーの皆さんを突破して俺への挑戦権を得るトレーナーは当然、さらに少なくなる。1日当たりに5人いるかどうかくらい。酷い時は1人だけって日もあった。

 

そして、その大半はトキワシティかその周辺地域出身のトレーナーで、中でもトレーナーズスクールを出たばかりの新人トレーナー(ルーキー)の数が半数以上を占めている。人生の行く道は人それぞれだが、ポケモンバトルで身を立てようとする者、或いは明確な目標がなく取り敢えず…という感覚で、トレーナーとなる者は意外と多いらしい。

 

そんな新鋭のトレーナー諸君を分からせ…もとい、ワンランクでも上のステージへ昇る手助けをしてあげるのも、ジムリーダーの大事なお仕事である。バトル自体はレベルが10~20代のポケモンメインなことが大半なので、正直あまり燃えない。

 

なお、カントー地方の8つのジムの中で挑戦者が少ないジムトップ3はトキワ・ヤマブキ・セキチクの3ジムである。うちは前述のとおりで、本来のジムリーダー・サカキさんもカントー指折りの実力者。セキチクジムはキョウさんの実力もさることながら、その戦闘スタイルが敬遠され気味で、ナツメさんは…なんか、超能力でうち以上のトラウマ製造機みたいな扱いされてる。何してるんですかねぇ…?

 

 

 

 

「ハガネール、戦闘不能!よって勝者、チャレンジャー・アンズ!」

 

 

 

…まあ、今日は遥々セキチクシティから忍者娘が遠征して来たから、久々に刺激的なバトルが出来たのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負~け~た~…」

 

「よし!」

 

 

小躍りしながら勝利の味を噛み締めている忍者娘。負けはしたけど、このメンツはあくまでジム戦用のポケモンたちだし、友人にして姉弟子…で、いいのかな?の成長を確かめられるのは嬉しさこそあれ、悔しくは…

 

 

「あたいの勝ちだ!見たかマサヒデ!」

 

「あー…はいはい。おめっとさん。これ、バッジね」

 

「ヘヘ、ありがと」

 

 

…悔しいわやっぱり。勝負事だもの、仕方ないよね。

 

とは言え、仮にもジムリーダー代行。丸1年、上から苦言を呈されながらも毎日のように戦い続け、勝ちも負けも数え切れないほどに経験してきた。悔しさを押し隠すことなど造作もない。

 

バレるのも癪だし、ニコニコなアンズに何事もなかったようにしれっとバッジを渡す。

 

 

「しっかし、あんたもジムリーダーになって2年目かぁ。先越されちゃったけど、板についてきたんじゃない?」

 

「まあ、そりゃねぇ…」

 

 

人間、何事も適応出来る生き物である。1年もやってりゃある程度は慣れる。

 

まあ、見知った顔とは言え、そう言われるのは悪い気はしないね。

 

 

「そういうアンズはどうよ?今年はセキエイ大会、出れそうかい?」

 

「もっちろん!今年こそは憎きヤマブキジムリーダーを倒して、ポケモンリーグ出場、優勝よ!それで、父上に褒めてもらうのさ!」

 

 

俺が問い返すと、拳を突き出し大きな目標を威勢良く口にするアンズ。アンズは去年・一昨年と各地のジムに挑んでいたが、一昨年はサカキさんとナツメさんに、去年は俺には数回のリベンジの末に勝ったものの、ナツメさんには終ぞ勝てず、ポケモンリーグ出場を果たせていなかった。毒タイプ統一でナツメさん相手はなぁ…

 

ゲンガー・ドラピオン・スカタンク・アローラベトベトン辺りでもいれば或いは、とも思うけど…まあ、応援はしているので頑張ってほしい。

 

そして、何年経っても相変わらずなファザコンぶりは、見ていて微笑ましいものである。

 

 

「代行」

 

「ん?」

 

「次の挑戦者です。準備をお願いします」

 

 

アンズと話し込んでいると、スタッフが声をかけてきた。それはつまり、ジムリーダーへの挑戦権を勝ち取った次の挑戦者が現れたことを意味する。

 

珍しい…決して挑戦者数の多くないこの時期のトキワジムにおいて、立て続けに挑戦者が来るというのは、俺の記憶が確かなら今シーズン始めてではなかったか?

 

 

「挑戦者のバッジ数は?」

 

「0個。今春にトレーナーズスクールを出たばかりの子ですね」

 

「新人かぁ…」

 

 

所持バッジ数0で、トレーナーズスクールを出たばかり。つまり、ジム自体今回が初挑戦。この時期のトキワジムのメイン層、卒業直後の新人トレーナーだ。

 

ただ、そういう新人がジムトレーナーたちとのバトルを突破して俺への挑戦権を得ることは決して多くはない。この時期にすんなりとジムトレーナーを破っているってことは、有望株ってことだろう。

 

 

「…ま、お手並み拝見だな」

 

「ん~…せっかくだし、あたいも観戦させてもらおうかな。お手並み拝見ね、トキワジムリーダー代行」

 

「はいはい」

 

 

軽く茶化して観客席に駆けてゆくアンズを横目に、一度準備のため控室に戻る。激戦を戦ったポケモンたちを回復のためにジムトレーナーに預け、一息入れている間に挑戦者の情報をチェック。

 

そして、そのトレーナーカードに記された情報…挑戦者の名前を一目見て、俺に電流が走った

 

 

『トレーナー名:グリーン』

 

 

 

…来るべき時が、もう目前に迫っている。

 

 

 

 

 

 

 




明けましておめでとうございます!(大遅刻)

…ハイ、SVのDLCに思いの外楽しさや懐かしさやらを刺激されて、ハマってしまってました。BWを想起させる音楽、コロシアムを思い出すダブルバトル中心の舞台…懐古厨な私にはガン刺さりのDLCでした。大満足。

遅刻の言い訳はここまでとしまして、いよいよ原作に突っ込んで逝きます。すっかり逃げ遅れてしまったマサヒデは、待ち受けているであろうサカキ様とロケット団が引き起こす大事件にどう向き合うのか、そしてその先に待つ未来は…



予定は未定です!()




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