バハルス帝国の贄姫 (藤猫)
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居なくなった人の行方

ジルクニフさん、めちゃくちゃ頑張って好きなんですが、禿げたりして妙な空回りで、あの人が胃を悼めることない状況を考えて書いてた話です。




「リリー様。」

 

その声に、思わず顔をしかめた。

 

「何だよ?」

 

そこは、はっきり言ってお世辞にも整頓されているとは言えない部屋だった。

部屋の中は、一言で言い表すならば本の廃墟であった。右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、辺り一面に本がある。

本棚もありはするが、そこから溢れ出たらしい本が辺りに散らばっているのだ。おまけに、本の保存状態はお世辞にも良いとは言えない。

本当に、読めればそれでいいという風であった。

それと同時に、何かを書きつけているらしいメモまでが散らばっているのだ。見た瞬間に、雪崩や部屋の底が抜けないか心配になるありさまだった。

その真ん中に、リリーと呼ばれた女がいた。

部屋の中には、家具らしい家具はなかったが、机と椅子だけは別であった。

黒檀を使っているらしい、どっしりとして立派な机と椅子には、細身の女が座っていた。

その女は、お世辞にも美しいとは言えない。ただ、醜いとも言えなかった。

まあ、見れないわけではない。それが、女の容姿への評価と言えるだろう。

切れ長の瞳や薄い唇のためか、どこか陰険というかきつい印象を受ける。その、陽に当たらぬが故の青白い肌がその印象を増しているのかもしれない。

ただ、その腰まである長く、メイドたちによって手入れされている艶々とした黒い髪と兄と同じ紫の瞳だけは悪くないと言えたかもしれない。

けれど、全体的にいささか地味過ぎたのだ。

 

「は、はい!その、陛下がお呼びです。」

「あー・・・・」

 

リリーの気だるそうで、面倒臭そうな声音に、部屋に来た男は震える声で言った。

リリーと呼ばれた女は、長い髪の毛をがしがしと掻いた。

彼女は知ってる。

こういった、突然で脈絡のない呼び出しをされるときは面倒事か、それとも下らないかの両極端なのだ。

 

「・・・・準備をしたらすぐに行くと伝えろ。」

「はい、分かりました。」

 

淡々とそう言って、部屋を去っていく男が部屋を去ると同時に、リリーははあ、と息を吐いた。

その顔には、愛想なんて言葉はひとっ欠片もない。彼女は簡素なシャツに黒いズボン、そうしてこれまた簡素な革のブーツをはいていた。それでも、見るものが見れば目が飛び出る様な魔法が付与されていた。そうして、腰には交差するような形でポケットがついたベルトをしていた。

リリーは、椅子に掛けていたフード付きの長いコートを手に取ると、それを羽織り扉を開けて外に出た。

そうして、きょろりと辺りを伺い、誰もいないことにほっとしながら、足を進めようとした。

 

「師よ!」

 

その声に、リリーはびくりと肩を震わせ、そうして脱兎のごとく走り出した。後ろをぱたぱたと軽い足音が走って来る。

 

「師よ!何故、逃げられる!!是非とも、話したいことが!!!!」

「ああああ!師匠、私は陛下に呼ばれているのです!話はあとで!」

「そのような事よりも、魔の深淵こそが優先すべきことのはず!何よりも、私のことはフールーダと!」

「あんたは私の師匠だろうが!そんなこと出来るかよ!」

 

どたどたと響き渡る足音に、他の魔法詠唱者たちはいつものことだと捨て置いた。

リリーは必死にフールーダから逃げながら、すっかりと慣れてしまったこの日常にため息を吐きたくなった。

 

 

リリーという女を簡潔に言うならば、彼女は俗に言う転生者だった。

生まれ変わる前の名前だけを言うならば、藤堂百合という名前の彼女は、何故かバハルス帝国という、どうもファンタジーらしい世界観の場所に生まれ変わった、ようだった。

おまけに、その国の皇女という立場で。いつの間にか、帝城の端の離れで乳母らしい存在と生活していた。

父親や母親の話を聞くことはとんとなくとも、恵まれた生活だと判断できる環境にあった。

どうも、皇女という立場からすればひどく質素な生活を送っていたらしい。

そこでの生活は最初から皇女として生まれていたのなら、悲惨だと言えたかもしれないが前世での地獄のような生活を思えば天国に等しい。

何でも、その不遇の理由も前世と同じらしい容姿が醜く、母親の不貞を疑われたためだというのだからいっそ、笑えてしまう。

最低限の教育も、清潔な衣服も、たっぷりとした食事も与えられていたのだから、百合からすれば十分なものだった。

ただ、何故、自分がここにいるかという疑問は尽きなかった。

そういったジャンルの小説があるのは知っていたが、さほど好んで見ていたというわけでもない。

ただ、何故、自分のような女がそんな立場になったのかが分からなかった。

百合の住んでいた世界というのは、糞の極みだった。

一部の人間が利を吸い上げ、百合のようなスラムで生きるような存在はただ貪られるだけ。宙は見えず、息を吸い込めば毒におかされる。

きっと、自分以上に己の立場というものを望む存在はたくさんいただろうに。

生まれ、そうして自分がどんなものかを自覚したとき、百合の中にあったのは空虚だった。そうして、怠惰であり、全てのことへの億劫さだった。

百合という女は、ほとほと生きることに疲れ切っていた。前世というもので死んだことにも、たった一つの気がかりを抜かせば、納得していた。

だというのに、また一から赤ん坊をしろと言われて、頑張る気にはならなかった。だから、好き勝手することにした。

なるようになればいい。

それは、一種の自暴自棄であり、唯一の鬱憤晴らしだった。

そんな時だった。

ジルクニフだという、無駄に綺麗で、無駄に賢く、無駄に割り切った、己の兄だという存在に会ったのは。

その少年は、隠しもせずに大人のような言動を取る百合を気に入り、何を思ったのか側に置くようになった。

最初は、面倒さしか感じなかった彼に、百合はいつの間にやらほだされた。

それは、どこかに置いてけぼりにしてきた幼なじみを思い出したのかもしれないし、結局のところやることがなかったせいなのかもしれないし。

ジルクニフだけが、百合を異物ではなく、溶け込むことのできる在り方を、場所を示した存在だったからかもしれない。

本音を言えば、百合はジルクニフのことが苦手である。傍若無人というのか、計算高いというか、無理難題は面倒でしかない。

しかない。

それでも、百合はジルクニフの側だけは異物ではないという安堵を得る。

それは、恩であるのだと百合は考える。

悪意には悪意で返すが、恩には恩で返すべきというのが、百合の考えだ。

そうして、ジルクニフは百合、リリーをフールーダと引き合わせたのだ。これにより、何もかもが回りだしたと言って良い。

フールーダの教授した魔法とは、全て、百合の見知ったものだった。

ユグドラシルというゲームを知っているだろうか。

爆発的人気を誇ったDMMO-RPG。

それは、前世でリリーが過疎が進み一人でプレイするのがつまらなそうだった幼なじみに合わせて始めたゲームだった。

そこでは、幼なじみのギルドに入ることはなかったが、時間を合わせて二人でのんびりと遊んでいたものだ。

そのゲームでの魔法と、リリーの転生した世界の魔法は瓜二つであった。

それは、歯車が狂ったのか、それとも噛みあったと言った方がいいのか、リリーには分からない。

適性があったのか、リリーの魔法はどんどん高まっていった。

そのおかげで、フールーダという信者を得てしまったのだが。

リリーは、フールーダから逃げ出した足で、己を呼びだした今世での兄の下に向かう。

 

(・・・・元気だろうか。)

 

そうして、ふと、いつも思い出すのは、前世に残してきた彼女の未練の事だった。地獄のような世界の中でも、リリーにとっての救いだった、年下の幼なじみ。

残せるものは残してきたつもりだ。

 

(・・・まあ、強盗に入られたあげく殺されたなんて急すぎる死に方だったけど。悟のやつ、元気にしてるかなあ。)

 

自分に何かあった時、一人残された弟分を心配して、こつこつと溜めた貯金と、そうしてそこそこの額の保険金だけは残してきた。

なんとかやっていけているはずだ。

そう信じた。そう思った。

所詮、己は死人でしかなくて。所詮は、すでに終わった人間で。

それでも、どうしても未練に思っていた。

魔法、というものの存在を知った時、思ってしまった。

もしかすれば、会えるかもしれないなんて。

それこそが、彼女にとっての何よりの生きている理由なのかもしれない。

 

 

 

 

リリー、リリー・ソルー・ファーロード・エル=ニクスの存在をジルクニフが知ったのは彼が十歳ほどになるころのことだった。

彼とリリーは母を同じとする兄妹である。けれど、彼は何故か、妹という存在を知らなかった。もちろん、彼には多くのきょうだいはいたが、何故かリリーの事だけを存在を知らなかった。

それは簡単な話で、誰もリリーの話をするものがいなかったのだ。

これはおかしな話で、まだ愛妾の子どもならまだしも、皇后という立場の母から生まれた子であるリリーの話をするものがいないというのはありえないことだ。

ジルクニフが彼女のことを知ったのも、彼女の世話をしているらしいメイドの話を立ち聞きしたためであった。

リリーの存在が秘匿されたのも簡単な話で、皇帝と皇后の間に生まれたというのに、その容姿が酷く醜いためであった。

一時期は、母の不貞が疑われたそうだが、赤ん坊の見事な紫の瞳と魔法によってなんとかその血は保証された。

だが、騒動の中心であった赤ん坊は表舞台に出ることはなく、ひっそりと育てられることとなったらしい。

その赤ん坊は、中々に変わり者であると聞いて、ジルクニフはひどく興味を覚えた。己と血の繋がりがあるらしいそれは、いったいどれほどの変わり者であるのかと。

ジルクニフは、こっそりと会いに行った。彼女が育てられているという離れに。もちろん、護衛などもいたが、それを振り切って会いに行った。

本音を言えば、何か、違うものが見たかったのかもしれない。

魑魅魍魎の跋扈する居場所で、変わり映えのしない、面倒なものばかりで。

だから、見たかったのだ。

違うもの、知らないもの、何か気分が変わる何かを見たかったのだ。

 

 

「誰だよ、あんた。」

 

自分に放られたきつい言葉に、ジルクニフは目を丸くした。

ジルクニフがやってきたとき、その妹だという少女は何故か外に出て、そうしてメイドたちが止めるのも聞かずに一心不乱に、何故か、泥団子を作っていた。

ジルクニフは、自分の考えていた変わり者の斜め上を行く妹に目を丸くした。

周りの御付の者たちはジルクニフの存在に慌てて礼を取るが、妹は変わることなく仁王立ちでジルクニフを醒めた目で見て来た。

それは、ジルクニフからすれば新鮮な対応であり、そうして彼の賢しい頭は目の前の存在がただの少女でないことを察していた。

だからこそ、本当に、気まぐれにそれに教育を施せばどうなるのか。

そんな好奇心で、ジルクニフはリリーに最低限だった教育のレベルを一気に上げた。リリーは、ジルクニフと同じだけの才覚は起こさなかったがそれでも、悪くない成績を出した。

ジルクニフの考えた通り、彼女には逸脱した才があった。フールーダさえ驚愕するような魔法の才があった。

何よりも、リリーという存在には非常に有益なタレントを持っていた。

それを、なんと呼ぶかは今でも曖昧だが。

それを、ジルクニフは知識の泉と名付けた。

リリーは、どこかまで分からないが、多くの知識を夢見するのだ。

それによってなのか、リリーは高い能力の魔法詠唱者として、育成や効率的な教育法を考えている。

政治のことは面倒だと立ち入ろうとしない所も気に入っていた。

少しだけ、壊れている部分はありはしても、お互い様だ。

リリーは、ジルクニフの側にあった。

どんな言葉にも、代価にも大した興味を示すことなく、彼女はジルクニフの忠実な者であった。

血の通った情があったわけでも、忠義的な臣下と王であったわけでも、自分たちは兄妹でさえなくて。

彼らは、己の血族を手にかけた共犯者であった。

共に血に濡れ、共に壊し、共に殺し続けた。

母を殺す前に、ジルクニフはリリーにそれを言った。

殺すのだと。

それは、相談でも、吐露でもなく、ただの決定事項を告げるだけのものだった。

リリーはそれを止めることはなかった、命乞いも無かった、責めることも無かった。

それを、当然としていた。

リリーは、ジルクニフの肯定者であった。

リリーは、ジルクニフの救いではなかった。リリーは、ジルクニフの心を守ることはない。

ただ、リリーという存在が共に在ると後悔も躊躇もなかったが、ジルクニフが捨ててしまったものから目を逸らすことが赦される気がした。

リリーは、ジルクニフの肯定者であり、そうして共犯者だった。

ジルクニフは、リリーを側に置く。

彼女は、皇女として致命的に心理戦と言えるものが下手くそだった。はっきり言って、皇女としては役立たずに等しい。

けれど、それでもジルクニフはリリーを側に置いた。

それは、彼女の魔法詠唱者としての価値以外に、同じように血に濡れた共犯者であることも、少しだけあった。

それだけが、ジルクニフの中にある、唯一の情と言えるものであったのかもしれない。

仮に、リリーという存在が、魔法詠唱者としての能力を持っていなくとも、共犯者であるという事実で側に置いていただろうという予想こそが、彼らの間にある情だった。

 

 

 

 

 

 

その人の記憶は、それこそ物心ついたころからあった。

当たり前のように己の世話をしていたその人、鈴木悟という男はてっきり己の姉だと思い込んでいたのだが。

大人になるにつれ、姉と弟であるというのに苗字が違うことでようやく百合という女との間に血の繋がりがないことを知った。

両親曰く、彼女の親が死んだ折に引き取ったのだという。

それは、今時の、こんな言い方は何だがろくでもない世界でひどく愚かな事と言ってよかった。自分たちのことでさえいっぱいいっぱいだというのに、他人の子どもを引き取るなんて。おまけに、彼女の親が残した保険金さえも、百合の学校へ行くために残していたのだから。

それでも、鈴木悟は、両親のことが好きだった。

何よりも、藤堂百合という姉のような人が好きだった。

お世辞にも、優しいとかそんなことは言えなかったけれど。

無愛想で、口が悪くて、傍若無人で。

それでも、その人は、悟の側にいてくれた。

両親がなくなった時、彼女だけが悟に残った。家族でいてくれた、姉でいてくれた。

その手を、離さないでいてくれた。

悟にとって、ユグドラシルという場所で友達を得るまで、世界とは百合とそれ以外だったから。

幸福だった。

糞みたいな、地獄みたいな、理不尽な世界だったけれど。

鈴木悟は、寂しくなかった、悲しくはなかった。

幼いころから繋がれた、たった一つの手が大好きだったから。

 

 

そうして、ある日、百合が死んだ。

その死体を見つけたのは、悟だった。

血を流した彼女の死体を、抱きしめて、少しの間茫然としていた。そうして、朝が来て、ようやく警察にも連絡した。

返ってきたのは、小さな、小さな、白いカケラで。

軽くなってしまったと思って、それを抱きしめて眠った。

子どものころ以来の添い寝は、記憶よりもずっと冷たかった。

 

悟は、少しして、彼女と交流のあったギルドメンバーに訃報を送った。

それによって、少しの間、消沈しているであろう悟を励ますために、メンバーがゲームに返ってきたのだ。

嬉しくないわけではなかった。

けれど、慰めの言葉を聞くたびに、喚き散らしたくなる。

悲しいね、寂しいね、苦しいね。

そんな言葉で、己の感情を語らないでほしかった。そんな言葉で、この感情を表せるわけがない。

己の何かが、己を構成していた何かが、奪われてしまった様だった。少しだけ、体が軽くなった気さえした。

ギルドメンバーが、離れて行った時とは違う。

寂しかった、悲しかった、苦しかった。

けれど、それは表面的にでも納得がある理由があった。

いつか、帰って来るかもしれないという希望があった。

けれど、百合は違った。

それは、喪失だ。それは、断絶だ。それは、別れだった。

悟には、そこそこの大金が転がり込んできた。

だから、何だというのだろうか。

それがあれば、もしかしたら、もう少しましな生活を送れるかもしれない。

けれど、それが何になるのだろうか。

生きたいと願った人は、ここにいない。

そうして、悟は、モモンガはよけいにゲームにのめり込んだ。

幸いに、幾人かが帰って来ていたこともその助けになっていた。

彼のもう一つの世界であるユグドラシルが終わる時だって、最後までは叶わなかったけれど、入れ替わり立ち代わり、ゲームの終わりを悲しんでくれた。

悪くない終わりだと思う。だから、彼は、もういいかと思った。

残された遺産で、モモンガは、共同墓地の枠を二つ買った。

百合と、そうして己の分だった。

友達と遊んだ世界が終わった後に、未練はなかったから。

全て、終わらせようと思った。

 

 




条件として、
モモンガ、というよりも鈴木悟の本性を知れるイベントがあること
モモンガに交渉材料として有利な条件があること
ナザリックが優先しきれない状況であること
ジルクニフの元を交渉材料が離れないこと
なんかを考えて書いた話です。

要は、ナザリックと同じぐらいモモンガさんが執着してて、ナザリックに属さず、バハルス帝国に味方する人間がいたらまだ、ジルクニフさんの精神的な安定が得られるのかな。


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邂逅への第一歩

色々と原作とは微妙なずれが出てきますが、それでもよければどうぞ。


 

「おお!来たか、我が愛しい妹よ!」

 

人払いのされた部屋にリリーが入ると、そんな大げさの声が聞こえて来た。それに、リリーは、なんのためらいも無く、面倒臭いと掲げた表情で声の主を睨んだ。

声の主は、ひどく、美しい男だった。

キラキラと光る豊かな黄金の髪に、アメジストのような濃い、紫の瞳。そうして、まるで才能豊かな芸術家が配置したかのような完璧の顔立ちをしていた。

男は、まるで恋人に向けるかのような完璧で、甘やかな微笑みを浮かべていた。

 

「ところで、リリーよ。まだ、夢は見ないのか?」

 

それに、リリーと呼ばれた女はちっ、と憎々しげに舌打ちをした。

ジルクニフにそんな態度をとられても気にすることはなかった。

 

「・・・・今の所は。」

「それは、残念だ。」

 

一向に残念そうでないジルクニフの声音に、リリーははあとため息を吐きたくなる。そんな彼女は今、皇帝である兄が使っている皇帝執務室だ。

そこに置かれたソファの上で、だらりと寛いでいる。

世の中広しと言えど、その男の前でそんな態度を取れるのはその女ぐらいだろう。

 

「で?そんなことで私を呼んだんじゃないんだろう?」

「まったく、お前は生意気になったことだ。兄は悲しいよ。」

 

よよよよ、と分かりやすい泣きまねにリリーは馬鹿に大きなため息を吐いた。そうして、こいつ何してんだろう、と言っている様な目でジルクニフを見た。

リリーの向かい側に座ったジルクニフは乗ってこないリリーにつまらない奴、というように鼻で笑った。

 

「ったく。こちとらフールーダのことかいくぐって会いに来たんだからな?」

「・・・・お前も大変だな。」

 

リリーの言葉に、ジルクニフも思わず同情した。

リリーもジルクニフも、フールーダには弱い。

もちろん、公的な場には持ち込まない程度だが。やはり、教師として色々と互いに恩は感じているため、それ以外だとどうしても許容してしまう面があった。

リリーもまた、フールーダの狂気的な部分に引きはしても、拒絶しきれなかった。

ただ、ジルクニフもフールーダの本性を知っているため、そこまでリリーへの信仰心ともいえるそれを理解できなくはない。

当初、リリーはただ魔法の才があるだけの子どもであり、フールーダからの扱いもごくごく普通であった。

けれど、それもリリーが十ニほどになった時に全てが変わった。リリーは順調に魔法詠唱者としての段階を踏んでいたが、それでも平均的な実力を超えることはなかった。

が、ある時、弟子たちに紛れてカッツェ平原へとアンデッドの調査へ赴いた時だ。

リリーが行方不明になったのだ。

表舞台では日陰の者とは言え、腐っても姫なのだ。帝城は大騒ぎになった。

ジルクニフは、それに、死んだのだろうなと予想した。

けれど、さほど残念とは言えなかった。リリーは、確かに特異な雰囲気で在り、平均よりも早く魔法の習得に至っても所詮は凡人の域を出なかった。

仕方がないと、つまらない奴と、ジルクニフはさっさとリリーのことを忘れようとした。

けれど、葬式について話し合いが行われようとした三日ほど経ったとき、ひょっこりと彼女は帰って来たのだ。

もちろん、帰って来た時はひどいものでボロボロの様相だった。

けれど、そんなことも吹き飛ぶような事実が沸き上がったのだ。

帰って来たリリーは、第四位階魔法を会得していたのだ。

フールーダは、いったいどうやって会得したのかと問うた。

それに、リリーはこう答えたのだ。

 

死ぬと思った瞬間、頭の中に知識が流れ込んできた。

 

それからリリーはよく、一人で出かけることが多くなった。それを止めるものは多く居たが、魔法詠唱者としての成長の芽を摘むことをことさらに嫌がったフールーダの推薦である程度の自由を得るようになった。

行く先々で、不可思議なマジックアイテムを拾ってくることもあった。

そうして、等々ある日、彼女はフールーダさえも超え、伝説とも言える第八位階魔法に至った。

あの時のフールーダの狂喜をジルクニフは覚えている。

狂信とは、まさしくあれを呼ぶのだろうと。

 

(・・・妹の靴を舐めようとするじいを見たくはなかった。)

 

その時初めてと言えるリリーの悲鳴を聞いたと言えばその時の怯えぶりも分かるというものだろう。

そうして、その魔法を習得したことによって日陰で生きることを決定づけられた少女が表舞台に舞い戻った瞬間であった。

フールーダのお墨付きをもらった彼女に周りは掌を返して構い始めた。

リリーは、それに無関心であった。

大量の贈り物も、賞賛も、己を捨てた母からの甘い言葉も全て受け流し、彼女はジルクニフへと真っ直ぐと向かい合って言ったのだ。

 

「私は、兄上にとって価値ある者になれたか?」

 

その言葉に、ジルクニフは驚き、ああと頷いた。リリーは、それにぼんやりとした気だるそうな表情をぶら下げて、一度頷いた。

 

「約束は果たした。せいぜい、上手く使ってくれ。」

 

その言葉で、ジルクニフは女がそこまで力を磨いたわけを全て察した。

ジルクニフは、異質であった少女に言ったのだ。

役に立てと、そうすれば居場所を用意してやると。

言葉通り、ジルクニフは少女に生きていくための全てとして教育を与えた。

彼女は、地位も賞賛も知識への探求でもなく、ただ、ジルクニフの手を取った代価に伝説にまで至ったのだ。

ジルクニフは、女を笑ってしまいそうになった。

だって、そうだろう。

たった、それだけだった。本当に実現するかもわからない約束を、その幼子であった女は律儀に覚えていて、そうして果たして見せたのだ。

超越者としてのフールーダを押しのけ、そうして伝説へと至ったのだ。

対価は支払われた。

だから、ジルクニフはその約束を守ると決めた。

忘れたわけではなかったが、果たされるかも曖昧な意味のない約束。

リリーは何にも興味を払わない。

どんな甘言にも、振り向こうとしない。

リリーは、いつだってあの幼い約束への代価をジルクニフに差し出し続ける。

そのために、神といえる領域にまで至って。

律儀な奴だと、愚直な奴だと、そうして愚かな奴だと、ジルクニフは思う。

ジルクニフには、少なくとも仮にリリーが出ていくことを決めれば、引き留める術はない。

リリーは、何かしらに執着することはない。ただ、弱者への憐れみを数度見せたことはあっても。

加えて、貴族間や国同士の付き合いをリリーがことさらに面倒に感じているのも知っている。

何処にだっていけるというのに。もう、自分が異質でない場所を探す手段だってある。

けれど、彼女はジルクニフの側に止まり留まり続ける。

あの日交わされた幼い約束を違えぬために。

彼女は、その短い今までの人生で、誰よりも男の味方であると示して見せた。

味方であり続けると、彼女も持ちうる全てを差し出して証明したのだ。

だからこそ、ジルクニフは己が妹へと信頼を寄せる。

いつか、国のために切り捨てることがあっても、捨て去ることがあっても、ジルクニフはリリーを信頼している。

彼らの間には、それだけしかなかったが、それだけで十分だった。

 

「・・・・まあ、話を進めるか。実はな、法国からお前に向けて縁談が来ているが。」

 

どうする?

 

ジルクニフの言葉に、リリーは心の底から不可思議そうな顔で首を傾げた。

 

「どうして私にそんなことを聞くんだ?私の価値は、兄上が一番に知っているはずだ。私の使い方は、兄上に任せる。」

 

それが揺るぐことのない、リリーの本心だった。

それに、ジルクニフは笑った。

予想通りの言葉に、親に従う幼子のような妹にジルクニフは笑う。

本当に、良くも悪くも都合のいい存在だと。

 

「それだけなら、私はもう行く。結果だけを教えてくれ。」

「いや、これは断る。お前の価値では、これには釣り合わないからな。」

「そうか、分かった。」

 

単的にそうリリーは応えると無言で立ち上がり、部屋を後にした。

 

 

 

(・・・・・法国も飽きないな。)

 

リリーが第八位階以上の魔法が使えることは一応、周囲の国には周知されている。といっても、それも信じている国と信じていない国で分かれてはいる。

彼の国は、リリーがカッツェ平原でせっせとレベリングしている時に接触してきた。

彼らは、リリーをぷれいやーだと疑っていた。

最初は意味の分からなかったが、ぷれいやーとはどうも、ユグドラシルのアバターのままこの世界に来たらしい存在であるようだった。それに思ったのはやっぱりか、だった。

時折聞く伝説の中で、そうではないかと疑う存在は幾人かいたからだ。

法国は、リリーがぷれいやーでないにしろ、あるにしろ、国に来て欲しがったが。もちろん、リリーはそれを断った。

今更、何もかもが遅いのだ。

リリーが全てを差し出すのはジルクニフだけだ。

彼だけが、無価値なリリーに手を伸ばした。

何よりも、使者のノリが完全にフールーダと同じだった。

正直な話、狂信者は一人で十分だという面倒さを感じたのが一番にあったために、法国の話は断ったが。

一応は、ジルクニフに報告しておいたため、後は兄が何とかするだろう。

リリーは、法国のことが好きではなかった。

人は、この世界では弱者だ。そのために、法国が人を何よりも優先するのは分かる。けれど、ジルクニフから聞いた法国がやっているらしいことを聞いて嫌悪感を持つようになった。

理想のために死ぬならば、自分たちが死ねばいいのに。

ただ、日常を生きている人間を神のためにと殺す奴らが、リリーはことさらに嫌いだった。人殺しは人殺しだ。

どんな大義名分があっても、いつかは地獄に落ちるべきだ。

ジルクニフと自分のように。

リリーは、ふらふらと帝城の中を歩きながらそんなことを考えた。

そうして、すぐに思考を切り替えた。

フールーダを振り切る瞬間に、あとで話を聞くという約束をしてしまったのだ。

リリーは、のろのろと重い足取りで、フールーダの下に向かう。

彼女は、どこまでも律儀な性格であった。

 

 

フールーダは、そわそわと己の部屋で待ち人を待っていた。

机の上には、リリーの好んでいる菓子と紅茶の準備がされている。

フールーダは、現在、人生の絶頂と言える時間を過ごしていた。

最初は、ただ、魔法が使える王族でしかなかった。期待もしていなかったし、さほどの興味もなかった。

けれど、あの日、全てが変わった。

まるで、火の龍が生まれたと幻想した、彼女の魔法。

フールーダはあの日、彼女へと跪き、弟子にしてくれと懇願した。彼女が望むなら、何でもしようと思った。

もちろん、自分の弟子であったリリーは特に何かを望むことなく、自分が深淵を覗くための手助けをしたが。

そうして、彼女によって弟子の一人が第五位階の魔法へと手を伸ばすことが叶ったのだ。

 

(・・・・師の考えは興味深い。特に、魔法への親和性を高めるためには魂の質を高めることが重要であり、それに伴ってモンスターを殺すことで可能になるというあの説は特に。ああ、私ももっと高みに登ることが叶うに違いない!)

 

もちろん、このフールーダの浮かれている理由である第五位階の魔法は全て偶然であったりする。

リリーは、長い間気づいていなかったが、魔法詠唱者の見習いになった際にようやく自分が最初から魔法が使えたことに気づいた。

それは、遠い昔の記憶が正しければ、ユグドラシルで自分がアバターを作った時に使えた、本当に初期のものだ。

それは、相手のレベルを見ることが出来る魔法であった。それを試しに使った時のリリーの感想は、レベル低くね?ということである。

もちろん、英雄と呼ばれるフールーダでさえ第六位階の魔法しか使えていなかったため、予想はしていたが、それでもあまりにも全体的なレベルが低い。

それを、リリーはこの世界での死へのリスクの高さに納得していた。ユグドラシルならば、生き返ることは難しくない。

ペナルティーを考えなければ、特攻を決めることだって出来たのだ。

それに比べて、この世界では死なないために出来るだけリスクを避けることになる。

レベルだって上がらないだろう。

そうして、リリーは考えた。

レベルをひたすら上げれば、少なくとも自分は第十位階まで使えるのではないかと。そうして、その計画を決行したのがカッツェ平原でのことだったのだが。

三日間不眠不休でひたすらアンデットを狩り続ければ嫌でもレベルは上がった。

どこぞの弟分が聞けば馬鹿だろうと言われるほどの力技である

もちろん、彼女にも勝算があったからこその強行だったのだ。

その勝算というのが、彼女が魔法が使えることと一緒に気づいたアイテムボックスであった。

その道具を使えば、強行軍を行えると踏んだのだ。

もちろん、丁度過疎化に入った時期にプレイヤーになった彼女の持ち物はレアアイテムだらけというわけではなかった。

けれど、熱心なプレイヤーであった弟分が何くれと彼女にアイテムを与えていた。それは、先輩風やら先達としての贈り物であった。何よりも、彼がリリーに何かをあげるという機会がなかったために、せっかくだからと貢いだという事実もあった。

その中にあった、低レベル時の助けとして、経験値を一時的に上げるアイテムの助けもあってのことだった。

リリーは単純に、フールーダのレベルを上げるために共にモンスターをひたすらに狩りまくったのだ。

フールーダへの説明には、経験値を魂と呼び変えたが。

それも、彼が語った、始原の魔法を聞いた時のことがきっかけであった。

そうして、何を教えていいかもわからなかった彼女は、フールーダに職業取得のために必要であった魔法書っぽいアイテムと魔力の消費を軽くするマジックアイテムを渡したのだ。

レベル上げの折に出かけた先で見つけたのだと。

第五位階の魔法の取得は、ただ、リリーの単純な考えで行ったレベル上げと、アイテムに書かれていた知識をフールーダが読み解いたということが重なって実現したことなのだが。

リリーを盲信しているフールーダには関係のないことであり、彼の頭の中にこれから行われる魔法についてのことでいっぱいであった。

 

 

「・・・・・・なんだこれ。」

 

鈴木悟は、モモンガはその時玉座の間で一人、ゲームの終わりを待っていた。

他のメンバーはすでに帰っているそれも、モモンガに気を使ってのことだと彼はわかっていた。

何よりも、百合の死に伴ってゲームを再開したメンバーは彼女に借りがあったものばかりだ。

その借りというのは、百合が友人に頼まれて開いたという合コンで恋人を作り、果てには結婚したものがいたというものなのだが。

百合が死んだ後も、幸せな自分たちが後ろめたかったのだろうと、モモンガは思っている。一人で、ギルドに残ることを気にはしていなかった。

気にするよりも、ずっと、彼の中には重たく広がる孤独があった。

メンバーの数名は、違うゲームに誘ってくれている。

けれど、それだけでは、彼の孤独を癒すことは出来なかった。

モモンガは、ユグドラシルでみんなとゲームを続けたかったのだ。

それと、これとはまた違う。

何よりも、ゲームが終わっても、もう出迎えてくれる人はいない。今日あったことを、話し合える人はいない。

ぼんやりと、いままでのことを振り返った時、ふと、NPCが目に入った。

彼女が持っているアイテムも気になったが、最後のなのだしと放っておいた。そんな時、ふと、彼女の設定に気が向いた。

 

そうして、目についたのは最後の文章。

ちなみにビッチである。

 

少し、どうなんだろうと思った。だから、最後の最後の気まぐれに、モモンガはそれを消し、そうして、こう打ち込んだ。

 

百合を愛している。

 

打ち込んだ後に、全てが遅いと己を嘲笑った。

大好きだった、愛していた。

もう、それを伝えることも出来ないといのに。

 

「・・・・はははははは、こんな所に書いたって、誰にも伝わらないのに。」

 

いや、こんな所だからこそ、誰にも知らせる気もないからこそ。

モモンガは、消えていく彼女に自分の思いを託してしまった。

たった、一人だけ、彼女にだけ己の思いを吐露したのだ。

目の前のNPCは消えゆく存在だ。だからこそ、あの世というものがあれば、彼女に伝えてもらえるかなんて幻想をいだいてしまった。

モモンガは、こみ上げて来る嘆きと、空しさに設定を閉じた。

俯いた彼と、栄光あるナザリックはそれで、全てが終わるはずだった。

 




最後のモモンガさんが打ち込んだことに関しては、彼の精神状態で原作通りに打ち込むのはないかなあと考えたための結果です。


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再会までの一歩

ナザリック側については詳しく、次の話でしようと思ってます。あと少しで再開予定です。
短いです。


 

 

(・・・・小さくなったなあ。)

 

目の前にあるのは、自分を引き取った養い親たちであったものだ。

肉はなくなり、骨だけになれば、人とは何とも小さいものだ。

資源というものがほとほとなくなった今時では、遺体を火葬するということも無い。というよりも、火葬するための温度に達するためのリソースもないのだ。

それ故に、遺体は薬品などでドロドロに溶かして処分する。富裕層は違うのかもしれないが、貧困層の遺体の処分はほとんどそれだ。

骨の入っているらしい、シンプルな容器を撫でた。

 

(・・・・溶かされるのは、痛かっただろうか。)

 

死人に痛いもくそも無いだろうが、そんなことを思った。それと同時に、どうしようかとも思った。

 

(恩を返さなくちゃいけない人たちが、死んでしまった。)

 

死んだ生みの親の二人のことは、そこそこ忘れてしまっている。死んでしまってもう結構な時間が経っているのだから当たり前だが。

それでも、忘れていないことが幾つかあった。

死んだ両親は、この腐りはてた世界の中ではまともな部類であったらしく、まあ真面であったからこそ早死にしたのかもしれないが。彼らは、よく言っていた。

 

こんな世界じゃ、一に二が帰って来ることは滅多にない。マイナスになって返って来ることだってある。だから、お前は、一にせめて一を返せる人間でありなさい。

 

それに、子どもは幼心に、頷いた。大好きな両親がそう言うのだ。だから、それはきっと真実なのだろうと。

彼女は素直にうなずいた。だから、彼女は真面目に勉強して、努力を続けていた。その言葉が正しいのなら、自分が何よりも先に恩を返すべきなのは、両親であるはずだ。

だから、いつか、早く恩を返したいと願っていた。

けれど、そんな両親は死んでしまった。

まだ、働くには達していない彼女は適当な所にいくはずだった。

けれど、彼女を、拾ってくれる人がいた。

両親の知り合いであったという二人は、彼女を育ててくれた。両親が残した遺産に手を出すことも無く、ただ、慈しんでくれた。

それは、きっと、何をしてでも返さなくてはいけない恩だった。

けれど、二人も、まともな部類だったから、さっさと逝ってしまった。

 

(・・・・ああ、何も、残ってなんて。)

 

手に、何か、熱いとも言える温度が纏わりついた。それに、ようやく、他のことに意識が向いた。少しだけ下がった視界、そこには、鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにした少年が一人。

 

「・・・・百合。」

 

か細い声が、名を呼んだ。

まるで、自分に縋りつく様に高い温度が自分に纏わりついた。

 

「どうしよう、父さんも、母さんも・・・・・」

 

小さく、弱い、それはきっと一人では生きてはいけない。

 

(・・・・ちがう。)

 

顔に、安堵するような笑みが広がった。

何も、なくなったわけじゃない。全て、消えてしまったわけじゃない。

まだ、残っていたものがあった。

百合は、己よりも少しだけ低い背のそれを抱きしめた。

それだけが、残ったのだ。それだけが、唯一、自分の元にあるものだった。

 

(・・・・・ああ、この子に、返していこう。)

 

己が、今まで、貰った多くのものを。

一欠けらでもいいから、返していこう。

 

 

「・・・・さま!」

(・・・あ?)

 

抱きしめた体温が、ふっとなくなったような、最初からなくなったかのように消え失せた。そうして、自分がどこかに横たわっていることが分かった。

 

(・・・ああ、夢。)

「リリー様!!」

 

高い、少女の怒鳴り声に、リリーはようやく目を開けた。視界いっぱいに愛らしい少女の顔が広がっていた。

 

「・・・・・アルシェ。」

「お目覚めですが、大師匠。」

「・・・・その、大師匠ってやめないか?」

 

リリーはそう言って起き上がった。窓の外を見ると、まだ昼にはなっていないようだった。

起き上がれば、寝る前まで読んでいた本が腹の上からずり落ち、ばさりと床に放られた。リリーは、ぐっと伸びをした。

それに、金髪の少女、アルシェが呆れたようにため息を吐く。

彼女の大師匠という呼び名は、彼女の師匠に当たるフールーダの師匠だからという理由で呼ばれている。

 

「よく眠られてましたけど、そんなにいい夢だったんですか?」

「うーん?なんか言ってたかい?」

「いえ、幸せそうだったので。」

 

リリーが今いるのは、彼女の特に奥まった私室だ。魔法の研究の関係で機密的なことの多い部屋は人の立ち入りを制限している。

アルシェは、あまり見た目に頓着のないリリーの世話係を兼任しており、入ることを赦されていた。

アルシェはそれに、慣れた調子でその髪を整え始めた。

リリーはそれを気にした風も無く、今日は何かあったろうかと考える。

 

「あー、そう言えば、兄上から呼び出し喰らってたっけ。起こしに来てくれたのか?」

「はい。メイドたちが起きてこられないと嘆いていましたよ。」

「ああ、そうか。」

 

ぼんやりとした意識の中で、それに頷きながらふと気づいたかのように口を開いた。

 

「そう言えば、アルシェ。妹さんたちにあって来たんだろう。どうだった?」

 

リリーの言葉に、アルシェは一瞬だけ体を止めた。そうして、ゆっくりと目を細めた。振り返った先で、それをみたリリーはため息を吐きたくなった。

その、ひどく重量のある目が、心の底から苦手だった。

 

 

アルシェは、リリーに手を差し出されたときのことを、何よりも覚えている。

彼女の家は、ぎりぎりだった。いや、ぎりぎりを通り越して、すでに崩壊していた。

幼いころは尊敬していた父のことも、好きだった母のことも、どうすればいいのか分からなかった。

とうとう、アルシェが金を稼がねばならなくなっても、両親は昔の生活を忘れられなかった

いや、続けていた。

師匠であるフールーダの師事を止めねばならなくなっても変わらなかった。己の師匠に頼るという手もあったが、フールーダは貴族の世界のことにまったくといって縁はない。なによりも、あの実力主義の皇帝の望む程度の能力を、父は持っていないだろう。

どうすればいいのだろうか。

誰も助けてはくれない。誰もが、鮮血帝を恐れて、助けなどくれない。

 

「・・・・助けてあげようか。」

 

その、無感情な、ぼんやりとした声は今でもはっきりと、そのままに頭の中で再現できた。

当時、アルシェも一方的にではあるがリリーのことは知っていた。

なにせ、彼女は有名になる理由は山ほど抱えていたのだ。

そんな彼女は、そういってアルシェをじっと見ていた。

 

「お前には価値がある。生かして、金をかけるにはあまりにも十分な価値があると私は思う

だからこそ、助けてあげてもいい。もちろん、君の大事な妹たちも含めて後見を付けてあげてもいい。だけど。」

 

君の親御さんたちを貴族に戻すのはさすがに無理だ。

 

選べばいいと、女は薄く笑った。

それは、甘い誘惑を囁く悪魔にも、救いの手を差し伸べる天使にも見えた。

女は、幼子の幻想を、容易く打ち下した。

これからも、家族で幸福に過ごしていけるという幻想を砕き、そうして、彼女に取れる選択肢を明確に示して見せた。

 

それは、絶望であった。それは。狂おしいまでの苦しさだった。

けれど、それは確かに救いだった。

 

女は、アルシェに、彼女の家がどれだけ手遅れなのか、示して見せた。

妹と共に上がるのか、一族もろとも落ちていくか。彼女は、選べと微笑んだ。

そうして、アルシェは選んだのだ。

妹たちだけを連れて家を出ることを。

すでに父も母も死んだが、アルシェはとっくに二人に対して愛想をつかしていた。

 

(・・・・そうだ。わたしはおろか、あの子たちまで売ろうとした。)

 

未だに痛みと悲しみが絡むそれに、アルシェはそっと蓋をした。それよりもだ。

アルシェは目の前で欠伸をするリリーを見た。

 

(・・・・・優しい人。)

 

少なくとも、アルシェはそう思う。

リリーはいつだって、アルシェに逃げ道を用意してくれた。それに、どんな意図があろうとも。

リリーは、いつだって、アルシェにとっての悪役にだって、正しい人にだってなってくれた。

彼女は、アルシェにとって、感情の行き先を用意してくれた。

妹たちに、リリーの領地に住む場所を用意してくれた。

恩を、返したかった。

少なくとも、貰った分の、いく割かでいいから返したかった。

例え、リリーがどれだけそれに無関心でも。

誰にも見捨てられた先で、差し出された手の輝かしさと温かさを知っているだろうか。

それは、あまりにも、無力な少女には甘かった。

リリーは、アルシェに何かを望まない。魔法研究を手伝うように言ったとしても、給金だって支払われている。

リリーは、アルシェの恩返しに無関心だ。だからこそ、焦りは募る。憧れは増す。

星が遠ければ遠いほどに輝かしく、美しく見えるとの同じように。

 

「そう言えば、また貴族から手紙を貰いましたよ。」

「あー・・・・どれ?」

「中身は、告白のものから裏切りの誘いまで多岐にわたりますよ。」

「うーん。釣り針を垂らすだけでここまで引っかかるとは恐れ入った。兄上に知らせないとなあ。」

 

(・・・・・ああ、また皇帝のことばかり。)

 

リリーの世界の中心は、皇帝だ。

それは、アルシェがリリーを見つめ続けるのと同じようなものだ。

恩がある。

誰にも見捨てられて、置いて行かれた世界の中で、たった一度だけでも手を伸ばした人なんて、慕うことしか出来なくて。

 

(・・・・でも、それは私も一緒で。)

 

妙な、寂しさに襲われるのはなぜだろうか。

リリーは、幼い少女にとって神様の様で。けれど、一度だって、神様が少女に願いを言ったことはない。

リリーが、アルシェを拾って得したことは殆どない。魔法の才があるといっても、リリーの前ではそれもかすむ。

アルシェのせいで、彼女は肩身の狭い思いをしたことだってあった。

自分の無力さに、彼女は嫌になる。

 

(・・・・私は、師匠に、少しでも何かを返せているだろうか。)

 

分からない。

そう思うと、途方に暮れそうになる。だからこそ、アルシェはリリーの世話を続けるのだ。

いつか、拾ってよかったと言ってもらえるように。

その時、ようやく、アルシェはリリーへの距離を感じなくなるのだと、彼女は信じていた。

 

「ほら、大師匠。身支度を早くしてください。迎えが来ますよ。」

「迎え?あー・・・・・」

 

そう言うと同時に、彼女の私室の扉が開いた。

 

「リリー様、よろしいですか?」

「よろしいっていう前に扉を開けないでくれないか、レイナース?」

 

入ってきたのは、美しい女騎士だった。

金の髪をした彼女は、リリーに詰め寄ると身支度をするように促した。

彼女は、レイナース。

アルシェは詳しくは知らないが、彼女もまた、リリーに恩があるらしい。

人づての噂で聞いた話では、レイナースは呪いを受けたことで家からも縁が切られ、おまけに婚約も破棄されたらしい。それも、人前でのことで、彼女の名前は悪い方向で一気に広がったそうだ。

そうして、その直前に、リリーがレイナースを拾い上げたそうだ。

噂は多岐にわたっているため詳細はわからないが、アルシェはあまり気にしていない。

それでも、レイナースが己と同じであるのだと理解しているからだ。

拾われた同士、確かに伸ばされた手を彼女たちは覚えていた。

 

 

 

 

 

(・・・・・なにがどうなったら、ああなるんだろうか。)

 

リリーは疲れた様にため息を吐いた。気だるそうに、己の兄からの命を思い出しながら眠そうに目を細めた。

彼女が考えるのは、訳あって拾い上げた二人の少女だった。

アルシェについては、さほど意味はない。ただ、魔法詠唱者としての才を惜しいと思った事と、昔の、幼かった己と昔なじみへの憐憫だった。

レイナースとて、同じようなものだ。

異性よりも同性の方が気楽だと、女騎士を探している時に偶然、捨てられていたのを見たから拾ったまでのことだ。

あの後、ジルクニフはこってりと叱られたものの、今までの褒美の分だと押し切った。

正直、拾わなかった方がよかったと後悔したのだが。

何だかんだで、よく働いてくれている。

 

(でも、なんか、妙に鬼気迫って怖いんだけど。)

 

リリーは、二人のことを考えて重くなる視界を振り払うように頭を振った。

それよりも、今は優先しなくてはいけないことがあるのだ。

 

「・・・・・アインズ・ウール・ゴウン。」

 

それは、皇帝であるジルクニフの元に届けられた魔法詠唱者の名前であった。その存在を調べる様に命じられたのだが。

 

「妙に、聞き覚えがあるのは何故か。」

 

リリーは、心の底から不思議そうにそう言った。

それは、異国の地で、祖国の言葉を聞いた時のような寂しさと懐かしさのない交ぜになったような、そんな感覚だった。

 

 

会えるかもしれない。

 

それはゲームが現実になり、大急ぎで現状についてのことが決まった時のことだ。

モモンガは、自分の手をじっと見た。

この世界には、魔法がある。

あり得ないことが、起こるもの。存在しないものが、そこにあること。奇跡が叶う手段。

死んだものを、生き返らせることだって、可能だ。

 

会えるかもしれない。

真っ黒な髪の、切れ長の瞳の、気だるそうで、でもひどく優しく笑う、そんな女に。

置いて行った人、もう、いない人。

会えるかもしれない。

奇跡を、信じてみたかったのだ。

モモンガは、溢れ出る、歓喜とも思い出した寂しさとも、言いようのない悲しみとも言える、ぐちゃぐちゃな感情をリセットされる。

それに、舌打ちをしたい気分になりながら、いいやと首を振った。

 

これでいいのだ。

そうだ、感情なんて、今は封じておくべきだ。

いつか、いつか、遠い何時かでいいから、再会したときに、目一杯、喜んで、泣くのだ。その日まで、感情を溜めて、封じて置こう。

 

(百合。)

 

その単語を、モモンガは、幾度も呟く。心の中で、幾度も、何でも呟く。

それが、まるで救済に必要な呪文であるように。

その言葉が、己を救うというように。

それが、唯一のよすがであるというように。

 

(・・・・この世界を、知らなくてはいけない。)

 

己が望む魔法についてのアプローチがここにあるかもしれない。

ああ、彼女との再会のためには、いったいどれほどのものが必要になるんだろうか。

ああ、どれだけでもいい。どんなものでもいい。

何を差し出しても、何を、代価としてもいい。

 

(・・・・待っていろ、百合。)

 

生き返ったら、今度は、俺がお前にたくさんものをやるから。

食事も、服も、住まいも全部用意してやるから。

 

(・・・そうだ、そうしたら、ここで、ずっと、一生、永遠に暮らすんだ。)

 

甘い、どろりとした、甘い願望に、モモンガはゆるりと分かりにくい笑みを浮かべた。

きっと、百合だってここが気に入る。きっと、ここにいたいと思う。

 

(・・・・待っていてくれよ。)

 

再会したその時は、どうか二度と離れることのないように。

 





二十年ぐらい前の事ってどれぐらい覚えてられるんでしょうね。


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憐れみなんてない


アルベドの愛と、レイアースの正しさ、
そうして寒気を感じる百合さん。


 

 

 

「・・・・・さて、これからのことだが。アインズ様の命令は、この世界についての情報と、そうして魔法の知識。特に、蘇生に関するものを集める様にということだったね?」

 

モモンガ改め、アインズと名乗った主からの命をデミウルゴスが復唱した。

その場にいた守護者たちはもちろん張り切っていた。

己が創造主からの命令だ、張り切らないわけがない。

生き生きとした打ち合わせをする中で、何故かアルベドだけが浮かない顔をしていた。それに気づいたアウラが不思議そうに問いかけた。

 

「どうしたの、アルベド?」

「え、ええ。」

 

アルベドは返事をしたものの、気もそぞろにぼんやりとした顔でアウラを見返した。

それにデミウルゴスが不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「至高の御方たるアインズ様の命を前にぼんやりするなど。何かありましたか?」

「・・・・いいえ。」

 

そう答えはしても、やはりアルベドの返答はぼんやりとしており、気もそぞろであった。それに、守護者の面々は明らかに目の前の存在に対して不信感のある目を向けた。

 

「・・・・少し、気になることがあるの。それについて考えていたわ。」

「それはそんなにも重要な事なのかね?」

 

デミウルゴスが促す様に頷くが、アルベドは首を振った。

 

「いいえ。これについては少し一人で考えたいの。答えが出ないようなら、相談させて頂戴?」

 

そう言った後に、アルベドは守護者統括としての働きを見せ、今までのぼんやりとした様子などなかったように振る舞った。

それに守護者たちは訝し気な視線を向けるものの、その完璧な立ち振る舞いに口を挟む気にはなれず黙り込んだ。

 

 

「・・・誰なの?」

 

アルベドはナザリックの中を歩きながら、掠れた声で囁いた。

彼女の頭の中には、主の命を遂行するための計画が立てられ、それを施行するための動きが組み立てられてゆく。

それと同時に、彼女の頭の中でまるで風に捲られるページのような次々に一人の人間の女の映像が浮かんでは消えてゆく。

 

(・・・だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?だれ?)

 

頭の中で幾度も反芻する、その疑問。

平凡な女だ。醜いとまではいかない。けれど、けして美しいわけではない、気だるそうな目つきの悪い女。

何も分からない。ただ、その女が自分に微笑んでいる。じっと、まるで愛おしいものを見るような、目で。

分かる、分かりはする。

その女の名は、百合。白い、花の名前を持つ女。

唯の女、何も知りえず、何の価値もない、人の女。

だというのに、だというのにだ。

 

(ああ、どうして、こんなにも。)

 

愛おしい。

 

アルベドの中を支配する衝動。

ただ、その女を、愛したい。

笑っていてほしい、幸せであってほしい、抱きしめてほしい、腹を満たしてやりたい、彼女の周りを美しいものだけで埋めたい、頭を撫でてほしい、赤く染まった顔を見たい、快楽で溶けた顔を見たい、褒めてほしい、他愛も無い話をしたい、ベッドの中に引きずり込みたい、ただ、会いたい。

 

頭の中を浮かんでは消えていく、その欲望とも言える何か。

ただ、その感情を、アルベドはどこか絵空事のように枠の外から見ていた。

その感情はアルベドの、人を下等とするナザリックの守護者統括としての感情とどこまでもかい離していた。

守護者統括としての価値観とその愛はまるで水と油のように解離し、アルベドの中でうねりを上げていた。

それを、守護者統括として冷静な頭で見つつも、彼女はしっかりと理解していた。その感情は、いつか己の中で暴れ、崩壊し、ナザリックに害をもたらすと。

いつか、自分はその女を求めて、どこかに駆けて行ってしまうのかもしれないと。

その不安感を無くすのは簡単だ。

そうなる前に、その百合という女を確保すればいい。

愛でるにしても、排除するにしても、その女の行方を知らなくてはいけない。

けれどだ。

アルベドの中には、その女の容姿と、種族、そうして名前しか知らない。

己の中に唐突に現れたその女の存在に、彼女は精神系の攻撃を受けているのかと疑いはしても、調べたところでそんな証拠もない。

百合とは、誰なのか。

 

(・・・・・精神系の攻撃でないとしたら。それは、そう創られたから?)

 

その予想に、アルベドはそれが答えであると察した。

そうだ、きっと、その女は創造主たる存在の何かなのだろう。

 

(・・・アインズ様なら、知っているかもしれない。)

 

あの女が誰なのか、あの女が今、どこにいるのか。

彼女にしては珍しく、いや愛に狂っているサキュバスとしてはある意味正しく、アインズに<伝言>を送った。

 

(アインズ様!)

(ど、どうしたアルベドよ。何かあったのか?)

(アインズ様!無礼を承知でお伺いします!百合という、人間を御知りではないですか!?)

 

唐突に喰い気味のアルベドからの<伝言>にかたまる。が、百合という単語に目を見開いた。

そうして、自分が書き込んだ設定の件をようやく思い出す。

 

(あああああああああああ!!)

 

アインズ、いやモモンガはそれに出もしない冷や汗を幻想する。今の今まで、ドタバタしていて忘れていたが、自分のしでかしたことをようやく思い出した。

 

(・・・・アルベド、それは。)

(お願いです!どうしても、会いたいのです!ああ、私の愛しい、百合!!)

 

なんと言い訳をしようかと考えているアインズは、そのアルベドの言葉に少しだけ空白を持った。

そうして、ひどく静かに口を開いた。

 

 

 

アルベドは、アインズに呼ばれた自室にて茫然と固まっていた。

流石に、あの<伝言>は不躾すぎたかと恥じ入ったが、部屋で待っていたアインズの様子にそれが違うと察せられた。

そうして、彼は驚くべきことを口にした。

 

「・・・・百合は、私の姉のことだ。」

「アインズ様の、お姉さま。」

 

それだけでも驚きで在り、何よりも先ほどアインズに自分が言った告白がどれだけ不敬な事かと慌てた。謝罪を口にしようとする前に、アインズはそれを止めた。

 

「いや、よいのだ。アルベド。それは、その、私がお前につけてしまったものだ。」

「アインズ様が、ですか?」

「・・・それについては、酷なことをしてしまった。アルベド、彼女はな。」

 

すでに、なくなっているのだ。

 

それにアルベドの瞳がゆっくりと見開かれた。

今、己が主人は何と言った?

死んだと?あの、穏やかに笑う、善人そうな女は死んだと?

ぶわりと、彼女の体から漏れ出たのは、何に向ければいいのかもわからない憎悪だった。

あの、女!愛しい、私の女!

何が奪った?何が殺した?何が、何が、何が!?

 

「落ち着け、アルベド。」

 

その言葉に、激高したようにアルベドが叫んだ。

 

「落ち着いてなどいられません!誰が、奪ったのですか!?何が、どうして!」

 

どうして、守ってくださらなかったのですか?

 

どんな状況だったのかもわからない。どうして、死んだのかもわからない。

それでも、アルベドは、己が主人の絶対的な信頼ゆえに、それを叫んだ。

その言葉と同時に、アインズの口から怒号が放たれた。

 

「守りたかったに決まっている!」

 

冷気のような威圧感が辺りに

 

「守りたかったに決まっている!あの人だけが、俺の側にいてくれた!アルベド、分かるか!?ただの、何の価値もない存在を、守り、慈しみ、育て上げたのだ!恩を返したかった、ずっとそばにいたかった!弱い人間の俺には、何もできなかった。」

 

最後、囁くようにアインズは呟いた。

 

「・・・・・優しい人だった。私とは、血の繋がりも無かったが父母がなき後も私の世話をしてくれた。」

 

優しさをくれた、穏やかさをくれた、当たり前の温かさをくれた。

守りたかった、守れなかった。

 

そう言った後、アインズは精神が安定していく。彼女を殺した存在への憎しみはそれによってすっと引いて行く。それが、今はありがたい。

 

「人、間?」

 

アルベドの囁くような声に、アインズはぎくりと固まった

高ぶった感情に任せて、暴露する気のなかったそれにアインズは、モモンガは固まった。

それにアルベドの顔を窺うが、そこには不思議と嫌悪感はなかった。

確かな驚愕はあったが、忌避感と言えるものは存在しなかった。

といっても、それが真実であるかは分からない。もしかすれば、とっさにその感情を隠している可能性がある。

 

「ア、 アルベド。」

「はい、アインズ様。」

「その、人間であったことについては。」

「そのようなことは今はいいのです!」

「そ、そのようなこと?」

 

それは今のアルベドにとってはどうだっていいことだ。

もちろん、もしも、何も変わることのなかったアルベドに話していれば動揺の一つでもしたことだろう。

けれど、彼女の頭の中は愛しい女が死んでいるという事実でいっぱいだった。

別段、モモンガが人間であることなど些細な事だ。

アンデットなのだから、その可能性は以前からあったこと。何よりも、人である事実を前に己の忠誠が揺らぐ理由など一つだってありはしないのだ。

愛しい女が、奪われている。

それだけが、アルベドを満たしていた。

その話題を振り払うように、彼女は口を開いた。

 

「蘇生は、できなかったのですか?」

「・・・ユグドラシルでは、無理だった。だが、この世界では違うかもしれない。」

 

アインズは、そっとアルベドの手を取った。

 

「・・・・蘇生の魔法を探させているのは、私の私用だ。恥ずべきことだ。」

「そのようなこと!アインズ様は、アインズ様のしたいようになさってください。何よりも、彼女を蘇らせることは、私の願いでもあります。」

「人間が愛おしいことは、不快ではないのか?それを植え付けてしまった私が言えたことではないが。」

「そのようなことはありません!至高の御方に与えられたものが嫌であるはずがありません。」

 

何よりも、アルベドは幸福であったのだ。

アルベドの中にある、百合という存在への情は、彼女が知る中でも何よりも苛烈で、そうして柔らかだった。

アルベドは、サキュバスだ、悪魔だ。

その愛は、燃えるようで、熱っぽく、甘く、そうして色欲に見えている。

けれど、百合という存在への愛は、確かに性愛とて持っている。けれど、それ以上に、ただ、相手への幸福を願うという柔らかで、優しいだけの祈りのような愛だった。

それを知ること自体は不幸ではなかった。だから、そんなことをアインズに言わないでほしかった。

 

「アルベド、すまない。このことはまだ秘密にしておいてほしい。そして、彼女のことでまた相談をしたいのだが構わないだろうか?」

「はい、アインズ様!」

 

アルベドは幸福だ。

優しい、知らなかった愛を知り、そうして愛しいアインズとの秘密を共有している。

彼女は、百合を愛している。そうして、ただ一人、ナザリックに残った慈悲深き唯一を愛していた。

もしも、百合が帰ってきたとき、自分がどちらの一番にもなれぬことからは目を逸らした。

そうして、甘やかに微笑んだ。

ここにはいない、彼女。

あなたと出会えた、その時はどんなふうに愛してあげましょうか?

 

 

 

「・・・寒気?」

 

生まれてこのかた、風邪を引いたことがないことを自慢にしているリリーはその寒気にはてりと首を傾げる。

その横にいたレイナースがさっと持っていたマントを差し出してくる。

 

「いや、いらんから。」

 

手を振って拒絶すれば、レイナースは不機嫌そうな顔をする。

 

「風邪を引かれたのでは・・・」

「いや、別に引いたところで何とかなる。」

 

それに、レイナースは黙り込むがじんわりとした威圧感だけは面倒なことに放っている。

リリーとしては無視してもいいのだが、残念なことに彼女たちがいるのは帝国魔法学院だ。レイナースの放つ、じんわりとした威圧感に明らかに避けられている。

彼女たちがいるのは、学園の外に面した廊下近くに置かれたベンチだ。

今まで、リリーの姿を見て、親しみやら媚やらを含めて元気よく挨拶をしていた生徒たちがまるで怯える小動物のように離れていく。

それにリリーはため息を吐きながら、そのマントを受け取り、羽織った。

 

「これでいいか?」

「・・・・ええ。」

 

その声音はやはり固いが、それでも先ほどよりもだいぶ柔らかい。それにほっとしながら、リリーはぺらりと生徒たちとの話を書き留めた紙を捲った。

 

リリーは、時折学園にて特別講師としてまねかれることがある。

もちろん、始めた当初は相当の反発があったが、といってもたった一人だけ。

 

(・・・・自分だけ反対しといて、聴講生の中に混ざってるのはどうかと思うんだけど。)

 

隣りになってしまった生徒の気まずそうな顔を見るたびに哀れで仕方なくなって来る。

もちろん、リリーに先生として才はない。

 

(というか、私もそこまで魔法に関して理解してるとは言いにくいしな。)

 

この世界の魔法は、どこかプログラミングに近いように思える。

魔法において使われる単語を組み合わせて式を作り、それに魔力を流し込むことで魔法を行使する。

ここで厄介なのは、魔法を使う上では、その正解である式を見つけなければいけないのだ。

もちろん、式が多少間違っていてもなんとかなるが、それでも思った様な結果を引き起こせず、効力が思うように続かなかったりと色々あるのだ。

ただ、といっても式を知っていても魔力が高くなければ魔法は使えない。魔力があっても、使えないらしい。

その魔力が使えないという感覚がリリーにはピンとこないが、そういうものらしい。

これを魔力適正といっているが、そう言った系統の職業をとっていないということなのだろうか?

リリーがそう言った講義で話すのは、ユグドラシルにおいての設定から考えた考察で、それがどうもこの世界では新鮮であるらしく受けている。

フールーダのテンションもバク上がりである。

 

リリーが持っているのは、生徒たちのレポートである。

レポートの添削自体はフールーダと共にする。リリーには、そういった才がないためだ。といっても、フールーダはそう言った場での発言に何か閃きを覚える為、嬉しそうだが。

 

(・・・というか、フールーダ、レベルが低いだけじゃなくて魔法自体使える数決まってたはずだから。その許容量超えてるのか?)

 

そんなことを考えつつ、リリーは現在兄に頼まれている仕事について思い出していた。

 

(・・・・アインズ・ウール・ゴウン。)

 

その名前を考えるたびに、何故か楽しそうにはしゃぐモモンガを思い出すのはなぜなのか。

リリーとしては、姉の前ではしゃいで雑魚に超位魔法を叩きこんで、どや顔を曝す弟についてなごむが今はその時ではないのだ。

そこまですごいマジックキャスターであるというならば、もしかすればプレイヤーであるのかもしれない。

プレイヤーというものがこの世に存在すると知った時、改めてお伽噺を調べてみた。そうすると、百年ほどの単位でそう言った存在の話が語り継がれている。

もしも、その周期が巡った末に、現実世界のプレイヤーが現れたというならば。

 

(・・・その、彼は、または彼女は何を目的にするんだろう。)

 

何はともあれ、面倒な事だとため息を吐いた。

 

 

 

(・・・・不思議な人。)

 

レイナースにとってリリーという存在はその一言に尽きた。

彼女が、初めてその人に会ったのは、何もかもから見捨てられた後の事だった。

己が顔にはしった呪い。

それへの蔑みと、そうして腫れ物に触るような目。

今まで、守っていた民からの拒絶。

それに、レイナースは全てへ絶望した。人という、醜い生き物に対して、徹底的に失望した。

 

守りたかった、慈しみたかった、貴族としての義務を果たしたかった、誇りでありたかった、笑っていてほしかった。

 

愛していた。

 

まだ、無邪気に世界の優しさを信じていた少女の祈りは、顔に現れた醜い呪いによってぐちゃぐちゃに蹂躙された。

信じていたのに、助けたのに!

誰も、彼女を助けなかった。

ああ、無意味だ、無価値だ!

 

その、優しい祈りはどこまでも無価値であった。

 

家を放り出された彼女は、その強さを活かして闘技場で身を立てていた。

少なくとも、強ささえあればなんとかなった。

けれど、その心をぎりぎりと締め付けられる。

そんな時、ふらりと現れた女がいた。

 

それがリリーだった。

もちろん、レイナースとて彼女の顔は知っていた。滅多に見ないものの、貴族であった彼女は顔ぐらいは知っていた。

レイナースの親や婚約者も彼女との繋がりを持ちたがっていた。

いつだって、何もかもに興味のなさそうな顔で、皇帝の側に立っていた。

初めて話すリリーは、ぼんやりとした目でレイナースを見た。

 

「・・・・君が家を追い出されたレイナース?」

「だからなに?」

 

始めから無礼の一言に尽きた彼女は、気だるそうに頷いた。

 

「いや、実はね護衛が欲しいんだ。でもさ、男だと色々周りが煩くてね。それで女の護衛を探してるんだけど。兄貴に、いや、陛下に身分のしっかりした奴にしろって言われてて。それで、捨てられたらしい君のことを知ったんだ。」

 

私の護衛にならないか?

 

「・・・・どれだけ人を侮辱すれば気が済むの?」

 

憎悪を込めたそれに、彼女ははてりと首を傾げた。それにレイナースは叫んだ。

 

「捨てられたから拾ってあげるとでもいうの!?人を犬猫みたいに言わないでくださる?あなたに蔑まれ、憐れまれることなんてないのよ!?」

「うん、そうだよ。君は、誰よりも善人だと私は思うし、だから私は君を護衛にしたいと思った。」

 

淡々と続けられた言葉は、どこか熱はなかった。けれど、妙に穏やかなそれからは蔑みなど一ミリだってなかった。

当たり前のように返されたその言葉に、レイナースは固まった。

彼女は、もっと違う言葉を予想していた。

もっと、傲慢で、醜い言葉を予想していた。

けれど、じっとレイナースを見る目は、ひどく澄んでいた。

憐れみも、侮蔑も、慈愛も、優しさも、親しみも無く、なにもないからこそ澄み切ったその眼は、まるで宝石のように美しかった。

何一つの、醜さもないというような、本当に凪いだ目だった。

 

「・・・・・君は、例え、その身に呪いを受けているとして。家を追い出されたとして、君が憐れまれることなんてない。」

 

リリーは、淡々と語る。

 

「君は、もしかしたら、自分のしたことに意味なんてないと思っているのかもしれない。君の味方はおらず、一人で放り出された虚しさを私は知らない。それでも、君は確かに誰もしようとしなかった、弱さへの祈りを以って救い続けた。例え、その結末が君にとって無意味で、無価値に終わっても。それでも、君はそれを誇りに思っていいんだ。君は、少なくとも何かをなした、誰かを救った。誰も助けられず、なにもなせずに死んでいく、弱い人がたくさんいる。それでも、君はなしたんだ。君の祈りを、君の願いを。」

 

私は、それが何よりも美しいと思った。

 

それでも、そんな言葉を吐いても、その眼は澄んでいた。

穏やかで、淡々として、それでもその言葉が真実であると、何故か分かった。

 

「私は、美しいと思った君が欲しい。君の祈りが、無意味であったといいたくない。君に、価値があるのだと。そう思いたい。遠い何時か、弱者であった私は、誰かを助けた君を美しいと思った。」

 

だから、こんなところで、そんな顔をしないでほしい。私は、この国に住まうものとして、あなたを誇りに思うから。

 

願う様な言葉は、なんだかひどく、キラキラしていた。

伸ばされた手を、思わず手に取ってしまったのは、何故だったか。

 

いいや、きっと、レイナースはずっと願っていた。そうだ、レイナースは欲しかったのはそれだった。

 

例え、醜くなっても、呪いに塗れていても、最後には泥を被ったとしても。

それでも、レイナースの優しさを正しいと言ってほしかった、伸ばされる手が、裏切らない何かがほしかった。

 

レイナースはそっと己の顔に手を滑らせた。

そこには、すべすべとした頬があるだけだ。

彼女はあっさりと自分を蝕んでいた呪いを解呪した。どんな魔法を使ったのかという問いに、リリーは少しだけ苦笑した。

 

「遠い昔の、過保護?」

 

意味が分からなかった。ただ、彼女がそんな風に笑うから、まあいいかと思った。

レイナースはぶつぶつと何かを呟きながら、生徒のレポートに目を通す己の主人を見た。

その人は、変な所に薄情で、気だるげに、仕事中毒で、そうして妙に善性というものを好んでいる。

子どもは健やかに育つべきで、無力な誰かは幸福に生きるべきだという、祈りを孕んでいる。

レイナースは、その女を守るだろう。例え、命に代えても。

遠い、あの日。

レイナースの願った幼く、愚かな正しさを彼女だけが捨て去らなかった、手を伸ばして拾い上げてくれた。

レイナースは、その主人を、神のごとく愛している。

 

 






アルベドの狂った愛をもっと書きたかったんですが難しくて薄味になりました。

魔法についての設定は、こんな感じかなあという予想です。


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すれ違いの再会

お久しぶりです。ちょっとずつ進展できれば。


 

「やっぱ、エ・ランテルはにぎやかだよなあ。」

 

人の行きかう中央広場、そこで開かれている出店といえる場所で買った串焼きにリス、と今の所は名乗っている女は齧り付く。

人のごった返す中、女は器用にそれをぬって歩く。

リスは覆うフード付きのコートを着ている。首元までしっかりと止められたそれのおかげで、彼女がどんな顔立ちをしているのかは分からない。

コートは茶色の地味なものであったが、見る人が見ればそれがどれだけ高価なものなのか察せられただろう。

コートの下も簡素なもので、収納部位が多く付いたベルトを巻いている程度だ。

 

(・・・さて、エ・ランテルについたし。)

 

リスことリリーはルンルンと気分よく足を動かした。

 

 

リリーの放浪癖というか、脱走癖というものは昔から存在していた。

リリーこと百合という存在は言っては何だが庶民である。何が在ろうと、彼女の性根には庶民という感覚が染みついているのだ。

そんな庶民にとって城の暮らしは非常に窮屈だった。

自分の世話をするメイドも、豪華な城も、華美なドレスやパーティーも。

何より、自分を追いかけまわす師匠か弟子かわからない爺も。

まあ、要は息がつまるのだ。

そんな時、ふらふらと自分の身分を隠して、ふらふらと放浪するのは良い息抜きになるのだ。

 

(・・・まあ、数年前まで身分偽って冒険者してた身だしなあ。)

 

仮面をかぶり、遠方からの武者修行の身という設定てんこ盛りな感じであったがそれでもそこそこ馴染んでいた。元より、冒険者という職業自体傭兵のようなノリが在るのだが。

そんな中で、そこそこの人脈は繋いできた。

 

(言ってばれてるかもしれないのはいるが。そこら辺はいいか。)

 

リリーにとってエ・ランテルというのは良くも悪くも馴染み深い。なんといっても、よそ者を当たり前のように受け入れてくれる寛容なところが非常にいい。

 

(・・・・スレイン法国なあ。)

 

リリーは、一度訪れたことのある国を思い出し、ぶるりと震えた。放浪の内に法国の人間には幾人かあったがどれも、なんというかアクの強い人間しかいなかった。

 

(・・あのバトルジャンキーと狂信者には二度と会いたくねえ。)

 

リリーはそこまで考えて頭を振る。そうだ、今日はせっかくの休日。

兄にも許可を取り、魔法狂いのくそジジイを振り切り、口煩い弟子と部下を宥めてようやく勝ち取った休みなのだ。

自室に引きこもって昼寝にしゃれ込むことも考えていたが、せっかくならばと外に行くことにしたのだ。

エ・ランテルを選んだのは偏に近くの森に用があったためだ。

 

「小雪は元気かなあ。」

 

一言そう、呟いた。

小雪とは、ざっくり言うと馬ほどもある様なデカいジャンガリアンハムスターだ。森を徘徊していた折に見つけたそれをリリーはそれはそれは気に入っていた。

何と言ってもリリーも愛らしいものは嫌いと言うわけではない。

大きく、まるっとしたそれは気に入りだった。

といっても、森の均衡を考えると連れて帰られなかったため時折様子を見に行く程度だが。それでも、何だかんだと可愛がっている。

そうして、そのついでに昼飯を食べるためにエ・ランテルにやってきたのだ。

まあ、本音を言えば、少し確かめたいことがあったのも事実だが。

リリーはそのままトブの大森林に向かおうとしていた。エ・ランテルの門の手前の道を彼女は歩いていた。

その時だ。

 

「リスさん!」

 

若い声に、くるりと振り返る。

 

「ありゃ、ニニャ。」

 

そこには茶色の髪に青い瞳をした、中性的な容姿の子どもがいた。彼は、ニニャと呼ばれた彼は顔をまるで子どものようにきらめかせてリリーに駆け寄って来た。

リリーは慌ててニニャを迎える。

 

「お久しぶりです。」

「まあ、ちょっとこっちに立ち寄る用があってね。」

「そうなんですか。」

 

リリーは目の前の、彼として振る舞う少女のことを見る。

 

(・・・・顔色も悪くないし。食べられる程度に稼げているみたいだね。)

 

それにほっと息を吐く。

 

「お久しぶりです。お礼も言えなかったので、会いたかったんです。」

「あー・・・・」

(あの時は、急遽ジルクニフからの呼び出しがあったからなあ。)

 

ぼんやりとそんなことを思っていると、道で立ち止まっていたリスたちを馬車と、その周りを歩く一行が追いつく。

そうして、リスはそれに懐かしいと言えるニニャの仲間と、行きつけの薬屋の孫。

 

(あれ?)

 

全身を黒で染めたフルプレートの誰かを認識した。

 

 

 

 

「知識を安売りするなって言われてるんだよ。」

「はあ。」

 

モモンことアインズはそう言って火に当たりながら隣に座った、性別さえも曖昧なそれを見た。

リス、と名乗ったマジックキャスターは元々、ニニャ達、漆黒の剣やンフィーレア・バレアレたちと知り合いであったらしい。

リスと名乗ったそれは、茶色コートのようなものを着ていた。けれど、フードを被り、おまけに木彫りの面をしているためどんな容姿かは分からない。大きめのコートの為か体つきも分からない。そうして、男にしては高く、女にしては低いその声は、あまりにも性というものを覆い隠していた。

そんな彼女は、何故かやたらとニニャに好かれているようだった。

 

「あなたは、皆さんと親しいようですが。」

「あー。自分、武者修行でここ数年ここら辺をぶらついててね。少し前に、彼らと会ってすこーしだけ過ごしたことがあったんだよ。」

「はい、リスさんにはお世話になりました。」

 

弾んだ声でニニャが答える。それに、漆黒の剣のリーダーであるペテルが苦笑する。

 

「ニニャ、あまりはしゃぐな。」

「あ、ああ。すいません。」

 

アインズはそう言いながら、ヘルメット越しにそれを観察した。

リス、と紹介されたそれは話を聞く上で、時折、エ・ランテルに姿を見せる旅人らしい。そうして、ンフィーレアにとっては知識を交わす友人であり、そうしてニニャにとってはマジックキャスターとして師匠であるらしい。師匠と言っても少しの間、魔法について教えただけで、リスはそれを否定していたが。

リスが今回の薬草採集に同行したのは、ンフィーレアがそれを望んだためだった。リスのための護衛の分として費用を出してもいいとのことだった。リス自身がカルネ村の方向に用があったということもある。

リスと親しいらしい漆黒の剣の面々はそれで構わないと言った。アインズとしても、魔法に詳しいらしい人物と親しくなっておいても構わないかと同行を受け入れた。

 

蓋を開けてみれば、リスというそれはとても無口な人間だった。

それはンフィーレアの馬車に同乗したが、滅多に声をあげることはなかった。それは、アインズが目の前でオーガを一刀両断しても変わらなかった。

それは、声をあげないだけで動揺はしているのかまでは分からないが、それでもコートに包まれた体と仮面に覆われた仮面は、非常に感情と言うものを感じさせなかった。

ニニャに魔法について質問していた折も、アインズは幾度かリスに対して言葉を投げたが、その対応は非常に素っ気ない。

最初に発せられた言葉が冒頭のものであるのだから、その愛想のなさは察せられるだろう。

 

「ニニャには教えられたんですね。」

 

アインズは、魔法を自分に対しては教える気が無いらしいリスにそういった。それは、純粋な疑問だった。

 

「そりゃあ、ひよっことデカくなった鶏への対応は違うだろう。」

 

それに対して、ニニャは苦笑交じりに、リスを庇った。

悪い人ではないんです、愛想がないだけで。

アインズも、初対面であることや知識と言うまぎれも無い宝を早々与えてくれることも無いかと一応は引き下がった。そうして、そんなリスに対して敵意を向けるナーベこと、ナーベラル・ガンマを宥める為に視線を向けた。

 

それでも、アインズはやたらとその人間が気になった。

その無愛想な言葉だとか、けれど子どもの域を出ないニニャへの優しさだとか、その声だとか。

何かが繋がりそうになる。

けれど、リスが非常に気になる理由と、その何かが繋がらない。無意識のうちに、いるはずがないという確信が、その理由を遠ざける。

わいわいとした会話の中でも、リスは変わることなく無言であった。出された食事に対しても顔が見えないかと期待した。けれど、その仮面は特別製であるらしく、器用にかぱりと口の部分が開いた。

一瞬だけ見えた、薄い唇にアインズはやけに目を引かれた。

気になる、何故か、ひどくそれが気になる。

心の奥底で、何かがむくむくと湧き上がって来る。それは、怒りだとか、喜びだとか、そんな感情ではない。けれど、アインズの中で、確実に隣りにいるそれへの何かが沸き上がって来る。

アインズは己の胸の奥で暴れまわるそれに動揺する。

それは何だ?何を、自分はそれに惹かれるのだ?魔法でも使われたのか?けれど、自分にそんなものがきくのか?

疑問が頭をもたげても、夜が更けていくなかで会話は続く。情報収集のため漆黒の剣たちの会話に耳を傾けていても、その仲の良さは気にはならなかった。それ以上にリスのことが気になった。

そこで、アインズは自分の過去の仲間についてふと言葉を漏らした。

仲間のことを語っている間は、リスへの奇妙な感情を一瞬忘れた。

けれど、そんなアインズの様は、置いていかれた誰かのような、妙に寂しく見えた。それ故に、ニニャはとっさに慰めの言葉を言おうと口を開く。

けれど、それよりも先に、リスが口を開いていた。

 

「また、会えるといいな。」

 

突然のリスの言葉に皆が固まる。なんといっても、少しだって動きもせずに座っていたリスのそれだ。何よりも、突然、なぜそんなことを言ったのかと言う空気に辺りは包まれた。

それは、アインズとて同じだった。

その言葉は、何故だろうか。ひどく、優しく聞こえた。だから、だろうか。

その時、アインズは、情報収集だとか、今の現状だとか、そんなことさえ頭から消えて、ぽつんと呟きを漏らした。

 

「会えると思いますか?」

「その仲間とどんなふうに別れたか知らないが。それでも、いつか会えると思うぐらいはいいだろう。私にも、会えないだろうが、どうしても会いたいと願う存在がいる。」

 

事実として会えなくても、それでも、奇跡を信じて歩くことぐらいは個人の自由だ。

 

何故だろうか。ああ、そうだ、何故だろうか。

その言葉は、たまらなく優しくて。まるで、己の心を柔らかく撫でられた気がした。

 

 

「え、リスさん、行かれるんですか?」

「・・・ああ、少し気になることがあってな。」

 

次の日、カルネ村の方向を目的としていたらしいリスはそう言って同行を取りやめることとなった。

 

「少し、急いでそれについて終わらせようと思ってるんだ。」

「そうですか。それは残念ですね。話したいこともいくつかあったのですが。また、エ・ランテルには来られるんですよね?」

「分からん。もしかしたら、少し立て込むかもしれない。」

 

ンフィーレアとの会話にアインズはさすがに入り込むことはなかったが、それでもどこかそわそわとする。

リスとこれから別れるというならば、そうしてエ・ランテルに立ち寄らないというならば接触の機会はぐっと減る。

アインズはその人間への湧き出る様な興味、といえる関心によってどうにか繋がりが作れないかと頭を回す。

が、考えても特別な理由はない。元より、リスは滅多に口を開かなかったならば、それへの交渉内容などは浮かばない。リスもアインズに対してさほどの関心を持っていないようだった。

何よりも、突然に同行を解消する理由と言うもの気になった

 

「・・・・気になることと言うのは?」

「実はな、少し前にもトブの大森林が騒がしい気がしてな。また勢力図が変わっているかもしれない。深入りする気はないが、少し森の中をぐるっと回ってみようかと思ってな。」

 

それにアインズは内心でどきりとする。トブの大森林には僕を送り込んでおり、それについて感づかれたのかとリスを見た。

 

「分かるんですか?」

「・・・・あー。何となく?」

 

濁す様にそう言った後、漆黒の剣たちが別れを惜しむようにリスに話しかける。

幾つか言葉を交わした後、リスは目的のために一行から離れた。

 

「飛行<フライ>」

 

リスが呪文を唱えると、その体は浮いた。といっても、地面から十数センチと言う微かなものだ。

 

「ひ、低くないですか?」

「うん?ああ、わざとだ。前に空を飛んでた時、下から矢で狙われて面倒だったから。」

 

アインズのそれにリスは淡々とそう言った。そうして、自分たちに背を向けるその前にアインズは思わず声をかけた。

 

「また、お会いしたときは食事にでも行きませんか?」

 

そう言った後に、アインズは四方八方から視線が向けられる。アインズとて、言った瞬間、ぶわああああと動揺が己の中で広がった。

 

(どうして食事にいきなり誘った自分、この状態で、なぜそんなことを!?完全に下手ナンパみたいだと!?あああああああ!後ろからの視線が刺さる!)

 

幾度か動揺がアインズを襲ったが、リスはそれに対して手をひらりと振った。

 

「ああ、また会えたら食事でもしよう。魔法について教えるかは別だがな。」

 

そう言い捨てて、リスはそのまま文字通り滑るように地面を駆けて行った。

 

 

 

「あー、厄介だなあ。まじで。」

 

リスは、リリーはそう言って、さやさやと風に揺られる草原に立ってぼんやりと遠くを見た。

彼女の視界には、草原の中にぽつんと現れた小高い丘がある。少し前に訪れた折には存在しなかったそれに、リリーは辟易する。

リリーは、遠い昔に弟に貰った、不可視の魔法がかけられたマントを羽織っていた。

 

(このおかげで見えはしないだろうけど。足音とかもろもろでばれる可能性はあるし。あんまり近寄らない方がいいだろうなあ。)

 

その小高い丘を見て、リリーは非常に認めたくないのだが、一つ確信を持った。

おそらく、百年単位でやって来ていたらしいプレイヤーたちは、すでにこの世界にいるのだろうと。そうして、おそらく、その小高い丘はそんな存在たちの仕業だろうと。

 

(もし、あれがギルドを偽装したものの場合、まじでこっちには勝ち目ない気がする。)

 

それ相応に大きなギルドを所有できる存在ならば力量だって色々と察せられる。おまけに、ギルドであるならば複数のプレイヤーだっているはずだ。そのプレイヤーたちの持つ諸々のアイテムを考えると胃が痛くなってくる気がした。

 

(あと、何だっけ。縁がないからぜんぜん気にしなかったけど。ものすごいレアなアイテムとかもあったらマジでヤバいな。)

 

もちろん、それ自体はただの予想であって、もしかしたらその小高い丘自体はもっと別の理由で出現したのかもしれないが。

だからといって、分からないのだ。そこに、何があるのかなど。

そうして、リリーは次に、黒いフルプレートで覆われていた戦士について思い出す。そうして、それこそはああああとため息を吐いた。

 

(あの人、絶対プレイヤーだよなあ。)

 

リリーはこんなにも早く、当たりを引いてしまったことに息を吐く。

モモンと名乗った戦士はこの世界においては確かに強いが、プレイヤーでのことを考えるとそこまで上位ではないだろう。

リリーは己が兄の部下たちや自分の護衛の騎士の動きを思い出す。何となしに、モモンの動きは彼らの動きに比べてどこか稚拙なように思えた。

 

リリーとしても、どこからか流れてきた強者かとも思ったが、疑問に思い始めたのは、モモンがやたらとニニャや自分に対して魔法への好奇心を見せたことだろう。もちろん、勉強熱心であるならばそれぐらいの知識欲はあるかもしれないが。だからといって、質問自体がいちいち基本的すぎる。

魔法が習いたいというならば、自分の近くにいるマジックキャスターであるナーベに聞けばいいだろうに。

そうして、決定的だったのはゴブリンを倒しておりの発言だ。

 

(クリスタルって、多分データクリスタルのことだよなあ。)

 

あの発言を聞いた時、動揺を押し殺した自分を褒めたいものだ。

 

(子どものころから、兄貴に腹芸が無理ならって感情を隠せるように鍛えられた甲斐があったのなあ。)

 

もしかしたら、偶然なのかもしれない。けれど、何となく強者のはずだというのにモモンの様子はまるで初めての場所に放り込まれた幼子のように好奇心を溢れさせていた。

そうはいっても、モモンの連れたナーベと呼ばれる彼女の様子はどこかおかしい。何を持っても、その動作は同じギルドの仲間というよりは従者という言葉がぴったりくる。

けれど、リリーは仮にその小高い丘がギルドであるならば、モモンはその関係者ではないかと予想をたてていた。

そうでなければ、こんなにも早く、この草原近くのエ・ランテルに分かりやすい強者がやって来るなんて出来過ぎていないだろうか?

それでも、リリーはモモンに対してはそこまで悲観的に考えていなかった。

モモンという人間は、強者ではあったけれどそれでも挙動を見るに際立って下種な事を考えてはいないようだった。

ニニャやンフィーレアに聞いた話では、冒険者用の宿で一暴れしたことから、そこそこに自分の力を知らしめたいという意思を感じた。

 

(たぶん、やってきてそんなに経ってないだろうし、情報が欲しくて出てきたのかもな。それなら、交渉で何となるかも?)

 

リリーはそこまで考えて、また気だるそうにため息を吐いた。

散々考えはしても、結局どうするかを決めるのは兄であるジルクニフだ。今はともかく、話題のマジックキャスターがとんでもない強者である確率を考えなくてはいけない。

それよりも、ゲームのことを抜いてジルクニフに現状を説明する方法を考える方が先だろうが。

 

(モモンか。)

 

リリーは元の世界では見たことの無い、澄み切った青い空を見上げた。

その名前に、思わず、少しだけ動揺してしまった。リリーの可愛い弟、たった一人、置いてきてしまった宝物。

モモンという名前をモモンガという音を空耳してしまった自分に笑ってしまう。それでも、やってきたのは戦士だった。マジックキャスターではない。

 

悟、悟。悟、なあ、悟。

 

心の内で、幾度も、えぐり取られるような古傷を抱えて、リリーは胸を掴んだ。一度、頭の中で反するそれはけして、リリーに忘却を赦さない。

もう、声さえも掠れて、薄れてしまっていた。もう、どんなふうに笑うかさえも、消えていきそうで怖い。

それでも、それでもなお、リリーの中には幼いころから離せなかった、愛しい家族への思いが消えることなくくすぶっている。

何よりも、モモンという存在は、ひどくリリーにある骸骨のことを思い出させた。

会いたいと思いながら、会えない今にぐずぐずと胸がえぐられる気がした。

その騎士について思い出すと、頭の中で何かが繋がりそうになる。けれど、その前にリリーはゆっくりと頭を振った。

胸が痛んで、苦しくなって、それ以上モモンについて考えることが悲しくなったのだ。

 

(仕事だ、仕事をしよう。)

 

リリーは思考に区切りをつけて転移<テレポーテーション>を使い、その場から姿を消した。

 

 

(・・・・なに?)

 

モモンは八肢刀の暗殺蟲から、追っていたリリーの姿が消えた報告に声を上げた。

 




いってしまえば、互いにいるわけないだろうという思い込みと、考えると辛くなるから意識的に思考を背けた感じになったような。

ちなみに、この世界線ではアルベドはアインズ様のベッドには潜り込みません。

感想をいただけたら嬉しいです。


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残り香

お久しぶりです。短いです。


 

「兄上、下手をすれば滅びるのと、黙っていたらもしかしたら滅びるかもしれない選択肢だったらどっちがいい?」

 

疲れ切った声をジルクニフの妹は吐き出した。

 

リリーがジルクニフの執務室の扉を乱雑に開けた折、部屋の中にいたのはジルクニフと帝国三騎士の、バジウッド・ペシュメル、ニンブル・アーク・デイル・アノック、ナザミ・エネック、そうしてフールーダが雁首を揃えていた。

リリーはひょっこりと執務室に顔を覗かせて、中を窺う。

 

「入っていい。というよりも、丁度がいいな。お前に用があったんだが。唐突にどうした?」

 

リリーはそれに己の兄の元に向かった。

 

「今日、ちょっと、カッツェ平原近くのとこに行ってきたんだが。」

「・・・お前、また勝手に出歩いたのか?」

 

ジルクニフが少しだけ苛立ちの混じった声を出した。それにリリーはやべという顔をしたが、すぐにそれを遮るように口を開いた。

 

「そこは少し置いておいてくれ。」

「・・・・そうだな。それよりも、先ほどの言葉の意味は何だ?」

 

ジルクニフは己の妹が立場もわきまえずにふらふらと歩き回っていることに呆れを持った。が。それを殺せる存在などそうそうおらず、何よりもリリーは普段から従順にジルクニフに従っている。

今更それを言っても仕方が無いかと諦めた。

そうして、それと同時に、さきほどのリリーの発言が気になったのだ。

 

「それよりも、先ほどの言葉はどういう意味だ?」

 

他の騎士やフールーダさえもその言葉に頷く。リリーはそれにジルクニフの目の前に立ち、ため息を吐いた。

 

「・・・・アインズ・ウール・ゴウンを調べて欲しいって話だったじゃないか?」

「何かわかったのか?」

「・・・・いや、アインズ・ウール・ゴウン、かもわからないが。カッツェ平原に、でっかい、何か、山かわからないものが新しくて出来ていた。」

「出来て、いた?」

 

ジルクニフが眉をひそめる。

 

「私があの平野でアンデッド狩りをしてたのは知ってるだろう?いくら広くても、ある程度の地形は把握してる。周りについても。その中で、明らかに丘が一つ増えてる。」

「丘?」

「丘、といっても遠目から見ての仮称だ。近づけば、まったく違うもの、かもしれない。」

「それで、それが出現したとして、なぜ滅びると?」

「・・・・英雄譚を覚えているか?」

「ああ、それは。」

「もしかしたら、それと同等の存在が現れたかも知れない。」

 

それにその場が静まりかえる。

失笑が起きなかったのは偏に、目の前の存在が、それこそこの世界の上澄み中の上澄みであるためだ。

 

「根拠はあるのか?」

「今は示せない。ただ、そう言える理由はある。」

「タレントか。」

 

ジルクニフのそれにリリーはこくりと頷いた。それにジルクニフは忌々しそうな顔をした。そうして、額に手を当てる。

 

「敵対の可能性は?」

「相手の性格がわからん。交渉次第、としかなあ。」

 

リリーのそれにジルクニフは考えるような仕草をし、そうして、周りを見回す。

 

「どう思う?」

「師匠!それは、魔術詠唱者ですかな!?」

 

何よりも先に食いついたフールーダにジルクニフは呆れた顔をした。それにリリーの脳裏には、あの鎧の人物が浮かんだ。

 

「・・・・うーん。いや、どうも剣士だったと思うが。」

「そうですか。」

 

明らかにがっがりしたそれを横目にバジウッドが口を開く。

 

「といっても、相手側の実力やら目的やらがわからない限り、なんとも言えないじゃないんですかね?」

「そうですね。交渉をするにしろ、そちらが先決かと。」

「・・・そうだな。それがわからなければ、手の施しようがない。はあ、アインズ・ウール・ゴウン以外の存在まで出てきたか。さて、どうやって探るか。」

「それについてなんだが、兄上。一度、私が使者として向かってもいいか?」

「殿下、それはあまりにも危険では?」

「逆に、私以外がいかなくてどうするんだ?多めに兵でも引き連れて?無駄死にさせる可能性もあるなら一人で逃げられた方がましだ。」

 

リリーははあとため息を吐いた。

この世界の、英雄譚を聞いて、それが自分の行っていたゲームに連なる存在であることは理解した。ゲームで使われた魔法がそのままであることや、残っている名前の諸諸を見るに、おそらく正解だろう。

 

(やっかいなのは、どんな奴か、ってことだ。)

 

己のいた世界は、良く悪くも、まるで世紀末のようで。

人の尊厳というものはあまり大事にされていなかった。さて、ここで問題だ。今まで虐げられていた存在が、力を手に入れたらどうなるか。

 

(相手が穏やかならまだましだ。)

 

世界征服なんて、自分が搾取する側に回ろうと考える奴だった場合。

 

(あー、考えたくねえなあ。あんだけデカいのが拠点の場合。ギルド。それだと、レベルは百越えがゴロゴロ・・・・絶対勝てない、詰んでるぞ。)

「生きて帰る保証は?」

「ないけど、なんとかする。下手すれば、英雄譚に出てくるようなのが複数いる可能性がある・・・」

 

気の抜けたそれに、息をのむ音がした。

 

「わかった。認めよう。」

 

ジルクニフは苦々しく言い放った。

本来ならば、ジルクニフにとってリリーは虎の子だ。

それこそ、とっておきの存在として置いておきたい。が。リリーの言葉を嘘とも思えなかった。

ジルクニフはそれを信頼していたし、どれだけ荒唐無稽であろうと、それの言葉を聞く価値があると理解していた。

 

(・・・・だが、その前に何かしら探りを入れたいが。)

 

ジルクニフは王国側の人間を動かすこと、それとも、ワーカーなどを使うことも考えた。

だが、リリーの頑ななそれに、考えを改める。

リリーの言葉通り、英雄譚の、それこそリリーさえも敵わない存在がいた場合、下手に突くのは得策ではない。

そうであるのなら、最初から対応できるリリーに行かせた方がいいだろう。

 

「腹芸の一つもできないのは不安だが。誰か連れて行く気はないのか?」

「交渉用の捨て駒って話だろう?止めておく。下手したら人質とか、情報を抜かれる可能性もある。というか、相手が人間であるのかもあやしいからな。」

「・・・・人以外?」

「エルフとか、そういった意味じゃなく。下手をすれば竜がいるかもしれない。」

 

リリーの脳裏には、弟分の周りの愉快な友人達だ。人間が多かったが、確実にそうでない存在もいた。

 

(というか、元々が人で、例えば悪魔になってる場合とかの精神性ってどうなってんだ?人を食いたいとか思うのか?)

 

リリーはそんなことを考えながらジルクニフを見つめる。

 

「しばらく様子を見るのはどうなんだ?」

「相手側がどれだけ活動してるのかはわからないが。少なくとも、最近のはずだ。出来れば、早めに接触を図って友好を示したい。というよりも、相手側の方針が知りたいんだ。実力は。下手をすればこの国も滅ぼせるぐらいかも知れない。」

 

ジルクニフはため息を吐いた。彼としてはじっくりと情報を仕入れてから動きたいというのが本音だ。けれど、ここまでリリーが強硬な態度を取るのは珍しすぎる。

 

「・・・あくまで帝国からの人間ではなく、一介の人間として探ることだ。いいな?」

「わかった、帝国の名前は出さない。偶然見つけて立ち寄った冒険者を装う。」

 

了解の姿勢を取ったリリーにフールーダが目を向ける。

 

「師匠、それは・・・」

「連れて行きませんからね。」

「何故ですか!!??」

 

口を挟んできたフールーダにリリーは切り捨てるように言った。それにフールーダはリリーの足にしがみつくように縋る。それにリリーは老人を無碍に扱えないが、それはそれとして面倒そうな顔をした。

 

「それで高位の魔術関係にあったらそっちにいくってわかってるからでしょうが!!ちゃんとそれ関係見つけたら報告はしますから!」

「いやです!何よりも、そこに行く時に、私の知らない魔術を行使するでしょう!知っているのですぞ!あなたに隠し球があることを!!」

「あー!あー!知らん、知らん!!」

 

リリーはじたばたと暴れながら、一瞬だけフールーダから逃げ出し、そうしてばたばたと執務室を逃げ回る。

それにバジウッドたちは呆れた顔をした。

 

「・・・・・緊張感がないっすね。」

「あれらしいがな。」

 

ジルクニフはため息を吐きながら、逃げ回るリリーに声をかけた。

 

「そうだ、妹よ!死地に行く覚悟なら、いっそのこと記念に結婚でもしていくか?」

「はあ!?誰とだ?」

「ニンブルとはどうだ?」

 

ジルクニフの言葉に、四騎士の一人であるニンブルの体が震えた。

 

「陛下!?」

「せん!もっと良い女紹介してやってくれ!」

 

秒で振られたニンブルに隣にいたバジウッドは爆笑し、ナザミはいたたまれないという顔をする。

 

「はっはっは!殿下、ニンブルを振るような女、そうそういませんよ?」

「いや、ただでさえ兄上にこき使われて疲れてるだろうに、家に帰ってもこんな女がいても疲れるだろう?もっと癒やし系のやつと結婚した方がいいと思うぞ?」

 

さすがに疲れたのか、ばたばたとしていたリリーは諦めた顔で足にしがみつくフールーダを引きずって四人の元に返ってくる。

 

「なんだ、それなら、ナザミにするか?それともバジウッドか?」

「ナザミはニンブルと同じ理由で。バジウッドって、女が四人いる家庭に入り込める根性はない。」

「ひでえですね。うちの妻達は仲良いですよ?」

「いや、仲は良いだろうが。夫に複数の妻だと色々あるんだよ。あ、でも、確かに家のことをフルでしてくれて、夫の相手をしてくれる嫁さんがいる方が気楽か。」

「・・・・それは、殆ど妻の役割じゃないっすか?」

「今更妻としての役割をこなせる気がせん。社交なんて殆ど出てないし、内の切り盛りももできないぞ?」

「お前、子どもだけは作ってもらうからな?」

 

家庭に入る気がゼロなリリーのそれにジルクニフは言った。それにリリーははいはいと頷いた。周りが自分の才を受け継いだ人間を望んでいるのは知っている。

そのため、政略結婚はもちろん、子どもは絶対であるだろう。

 

「・・・・無才が生まれても、無碍にしないという約束は覚えて置いてくださいよ?」

「よい。己の程度が理解できるほどの教育がされていればな。」

 

ジルクニフのそれに、リリーはいたたまれないという顔をしたニンブルにすまないというように手を振った。

 

 

 

 

 

「そうだ、殿、それがし、小雪と申します!」

「こゆき?」

 

森の賢王、もとい、でかいジャンガリアンハムスターを連れて行くと決めて、ハムスターがそう名乗った。

モモンこと、アインズは自分以外にそれと接触していた存在がいたのかと驚いた。

 

「お前に仲間はいないのでなかったのか?」

「ええっと、実は殿以外にも屈服したお相手がおりまして。時々、会いに来てくださっていたのでござる!」

 

といっても、それがしに、人間は食べるなと釘を刺しに来られていたのでござるが。

ハムスターのしょんぼりとしたそれにアインズは口を開く。

 

「それは、人間と言うことか?」

「はい、人間でおられましたよ!人の身であれほどの方、姫ほどの方がおられるとは思いませんでした!」

「姫、ということは女か。」

 

アインズはその存在に驚きながら隣にいた、アウラ・ベラ・フィオーラに視線を向ける。

 

「誰か来たか?」

「いいえ、来てません!」

「前に来られたのは数ヶ月ほど前でござるよ?」

「そうか、それはどんな存在か知りたいが。名前は?」

 

アインズは、なんとなく聞いた。その人間の見た目や、素性を探ろうとして。

それに、ハムスターは答えた。

それを答えた人間がいつもの偽名でも、この世界の名前でもなく、それを名乗ったのは偏に、望郷か、それともモンスターを放置していたと広がったときの警戒か。

 

「ああ、ユリと名乗っておられました!」

 

それにアインズの中に動揺が広がった。

 

「は?」

 

みしりと、手の中で握った剣が軋みを立てる。そうして、周りに殺気のようなものが広がる。それにハムスターが怯えたように転がった。

 

「アインズ様!?」

 

アウラの悲鳴に、アインズの中に広がった動揺は強制的にリセットされた。アウラはアインズの異様な雰囲気に何か、怒らせるようなことをしたのかと動揺する。

それにアインズは必死に己の律する。

 

(おなじ、なまえ、なだけ、だ。)

 

そうだ、確かに西洋風の名前が多い中で、異質な音ではある。けれど、あり得ないわけではない。

けれど、けれど、何かざわざわとする。

 

「女の、特徴は?」

「え、ええっと、大きな外套、に。き、木彫りの、面を被って、おられました!」

 

アインズのそれに、ハムスターはがたがたと震える。それにアインズの中で、がたがたと、何かが震える。

そうして、脳裏に浮んだのは、一人の女だ。

 

何か、惹かれる。

何か、興味が出る。

何か、何か、何か、己の中で何かがかき立てられる。

 

アインズは苛立ちを表すように、指先で武器を叩いた。

 

何だ、あれはなんだ?

リスと、いいや、ユリというそれはどちらが偽名だ。

何故、その名前を名乗った?

 

ぶわりと、沸き上がってくるそれは、すぐに沈静される。

 

「・・・・アウラ。」

「は、はい!」「この森に、先ほどの女が訪れたとき、何を優先しても知らせろ。」

 

かつんと、指先で武器を叩いた。

どうしても、その女のことが気になった。

 



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おせっかい

短いです。

リリーは基本的に相手によってだいぶ口調は変えます。


 

「よお、旦那。ご機嫌いかが?」

 

突然、自分の背後に立った存在にセバス・チャンは目の端を震わせた。

細い路地、そこでお世辞にも上品とは言えない男と向かい合っていたセバスは唐突な存在に意識を向けた。

そこにいたのは、人間、のようだった。

フード付きのコートに、そうして、地味な仮面を付けたそれはセバスの肩に気軽に手をかけた。

当然のそれに、目の前の男も目を見開いた。それは二人のことなど気もせずに、セバスの足下にある息をしているだけの死体に目を向けた。

 

「あー、なるほど、なるほど。わかった、わかった。旦那、あんたの考えは分かったからよ!」

 

男にしては高く、女にしては低い、独特の声音だった。それは親しげにセバスに顔を寄せてきた。セバスは一瞬だけ、それを振り払おうとしたが、それよりも先にそのフードの人物はセバスに囁いた。

 

(いいから、合わせろ。悪いようにはしない。)

 

それにセバスはひとまず、成り行きを見守ることにした。

 

「・・・・またわいてきやがったか。」

「あー、そっちの兄さん、いやな。そう、嫌がらねえでくれよ!こっちも渡りに船でありがてえんだ!」

 

陽気そうなそれは大ぶりに手を上げる仕草をして男に話しかける。

 

「いやな、お恥ずかしい話。俺たち、ちょいっと、入り用なんだよ。人手がな?だがな、そうそう良い人材なんていねえもんだろう?」

「・・・・おい、失せろと。」

 

ちゃりんと、コートの人間から金属同士が、いや、コイン同士がこすり合うような音がした。

 

「もちろん、人を雇うんだ。報酬は必要だろう?仲介してくれる人間にだってな?」

「へえ、そりゃあ、そうだな。」

 

あからさまなその仕草に、男はにやりと笑う。それにコートの人間も肩をふるわせた。

 

「それでな、そっちの女、いや、俺たちの探していた人材にぴったりだ!どうも怪我をしてる見てえだし!当分は働けねえんじゃねえのか?」

「・・・そうだな。解雇、しねえとなあとは思ってたんだが。」

「ああ、兄弟!それなら是非とも、俺たちが連れて行ってもいいだろう?解雇する予定だったのなら、上に伝えなくてもいいだろう?止めた人間が次にどこで働こうとどうでもいいしな!」

「・・・仲介料は?」

 

それにコートの人間は古ぼけた革袋を男に渡した。男は中身を見て、にやりと笑った。

 

「・・・・ああ、好きにしろ。」

「おう、交渉成立だな!」

 

コートの人間はそう言って、革袋に包まれた人間を抱き上げ、そうして、セバスの肩を掴んだ。

 

「じゃあな、良い取引だった!」

「おう、処分してくれて礼を言うぜ。」

 

閉まった扉を背にコートのそれはセバスの肩を掴んで、路地を出た。

セバスは今までの取引に眉をひそめつつ、そうして、そのコートの人間がこの後どうするのか気になったのだ。

 

足早に去った後、ある程度距離が開いた。そうして、適当な路地にコートの人間はセバスを引き込み、そうして、勢いよくケツを叩いた。

ぱあんという音にセバスは、あまりにも予想外の行動に目を丸くした。

そうして、叩いた本人はぶるぶると震えて手をひらひらとさせる。

 

「かった!!何、鉄板でもいれてるの!?」

「・・・・いれてはいませんが。いささか、失礼では?」

 

これが他の同胞ではなくて幸運だとセバスは目の前のそれを見つめた。セバスは一瞬、その無礼にやり返すかと考えるが、目の前のそれの思惑が気になったのだ。

 

「あのな、失礼とか言ってるが。お前、どこのお上りさんだ?ここら辺で、あんなことをしてるのが八本指だって知らずにしたなんて言い訳にもならないぞ?」

「・・・・ルールとは、弱者の絶対ですので。」

 

それにコートの人間はじっとセバスのことを見つめる。

 

「はっ、まじもんでどこぞの貴族の配下か?」

 

セバスはそれに眉をひそめた。己の主を、貴族、程度で済ませて良いはずがない。

 

「貴族、王程度で済むお方ではございません。」

 

それにコートの人間はがっくりと肩を落とした。

 

「意味がわからん、ともかく、この子はどうしたものか。」

 

コートの人間は担いでいたそれを丁寧にその場に下ろした。すでに息をしているだけの死体を見下ろした。

 

「・・・・くそ、骨もそうだが性病にも罹患してるな。このままじゃ。」

 

セバスはそれに、じっとズタ袋に包まれたそれを見つめ、次にコートの人間に視線を向けた。それは、衣服に包まれて表情も見えないが、何か、物悲しそうにしていることは理解していた。

 

「・・・・あなた。」

「なんだよ、つーか、あんたもなんであんなことしたんだよ。面倒ごとに巻き込まれれるのはわかってただろうに。いいとこに勤めてるんだろう?服を見ればわかる。」

「それはあなたにも言えるのでは?」

 

その言葉にコートの人間は少しだけ黙り込み、ため息を吐いた。

 

「・・・・いいだろう。とっさに、動いてしまうことがあるんだ。」

 

それにセバスは、その震えるような肩に、ああと思う。セバスはその人間に視線を向けた。その人間は、コートの人間の腕を掴んでいた。

もう、掴むと言うよりも、触れているというのが正しいのだが。

それに、セバスは、助けを請うていると、理解して。

 

「・・・・助けて欲しいですか?」

 

コートの人間は何をと、セバスを見た。何を今更なのだと。

セバスにだってわかっている。

助けられる存在は出来る範囲で助けたいとは思っている。けれど、その横たわる存在を助ければ厄介ごとが舞い込むだろう。

けれど、そこで、一人、ぼろぼろの、死んだも同然のそれのために少なくないだろう金を払って、自分のことまで巻き込んだそれ。

 

「助けて、ほしいですか?」

 

それに、すでに、死にかけたそれは。

 

「――――」

 

かすかな、声さえも聞こえていなかったのかも知れない。けれど、セバスは確かにそれの助かりたいと伸ばした手を理解した。

 

「私がなんとかしましょう。」

「なんとかって、できるのか?」

「ええ、伝手はありますので。」

 

己自身で生きようと足掻くものであるのならば。

セバスは覚悟を決めた。女を抱え上げて、セバスは軽く会釈をした。

 

「今回について礼を言います。」

「礼って、はあ、たく。」

 

コートの人間はため息を吐いて、頭を掻いた。

 

「・・・いいか、八本指はそれこそ国の中核までずっぶずぶだ。下手したら数日中に兵士でも引き連れてやってくる可能性もある。」

「私は怪我人を助けただけ、ですが。」

「一応、この国では奴隷は御法度、ではあるが。法の抜け穴で契約でぎっちぎちにして実質的に奴隷にされているんだ。今回、金を払って女を買ったと難癖を付けられる可能性もある。だから、もしも兵士が来たら。」

女は、一緒にいた男が連れて行った、自分は脅されただけだと言っておけ。

 

セバスはそれにまじまじと、目の前のそれを見た。

 

「それはあなたにとって迷惑になるのでは?」

「いい、どうせ、私の拠点はここじゃないしな。用が終るまで逃げ回れば済む。その間、その子のことは隠しておけよ?ともかく、この都市から逃がすぐらいの。わかったか?」

 

セバスは、その、悪く言えば考え無しの、よく言えばお人好しの存在をまじまじと見つめた。

 

「なぜ、そこまで?」

「いいだろう。少し、思い出すことがあるだけだ。」

「失礼ですが、お名前は?」

 

それに、コートの人間はリスと名乗った。

 

 

 

(・・・・やってしまった。)

 

その日、リリーは宿屋にて数日前に自分のしてしまったことについてうんうんと悩んでいた。

それは、ただの偶然だった。

 

カッツェ平原にいる、おそらく同郷の人間に会いに行くと兄に言った手前、さすがにリリーが処理すべき事が積み上がっている。

それと同時に、王国内で起ったアンデッドの大量発生の報を聞いて頭を抱えた。

ズーラーノーンの活動の可能性もあり、リリーは彼らの動きが活発になっていないかと帝国内を駆けずり回っていたのだ。

おかげで、発端から一ヶ月以上が経ってしまっていた。

 

(・・・行く前に蒼の薔薇の奴らに何か知らないか聞きたかっただけなんだけどなあ。)

 

今回、リリーがわざわざ王国を訪れていたのは、既知の仲である蒼の薔薇と接触を図るためだ。

彼らの中で、イビルアイと呼ばれる存在がいる。彼女が吸血鬼であることは知っており、なかなかに特殊な立場であること知っているため、何か情報がないかを探るためだ。

彼女らがどれぐらいで帰るかはわからないが、それはそれとしてギリギリまで王国には滞在して待つ気ではいたのだ。

そんな中、夜の路地裏で、件の老人に会ったのだ。

 

その老人は、上から下まで、見事な執事然としていた。セバスと名前を聞いて、そこはセバスチャンやないんかいと思いつつ、町中で会えば世間話程度はするようになっていた。

セバスは、何か、リリーに対して恩義を持っているようで執拗に己の主人に会って欲しいと言ってくるが、それについては断っている。

ただ、聞く限り助けた、女、ツアレは元気になったと聞いて驚いた。

 

(あれを治すなんて、それこそ、今の魔法では無理なはず。)

 

リリーはもしやすれば、セバスの後ろにいる存在が自分と同胞で、自分と同じようにゲームでのマジックアイテムなどをそのまま持ち越している可能性についても考えている。

 

(・・・どうするか。あっちから探るか。いや、でも、やっぱ拠点に行ってみて相手の全体像を探った方がいい。)

 

 

が、それはそれとしてやはり、蒼の薔薇に王国で何か妙な勢力が増えていないかという話しは聞きたい。ジルクニフからの情報はもちろんありがたいが、貴族が先に手に入れられる情報と、冒険者が手に入れられる情報はちがうのだ。

リリーはできるだけ宿に籠りっきりになっている。

 

それはそれとして、いつ、八本指が自分のことを探すかはわからない。賄賂を男に渡したが、ばれない可能性がないわけではない。

 

(・・・こういう考え無しのところが兄上に呆れられるんだろうな。)

 

ため息を吐きたくなるような感覚で、リリーは今日こそはと蒼の薔薇たちがよく使っている宿屋に向かった。

 

 

「ようよう、お二人さん、帰ってきてたのか?」

 

嬉しそうな声を上げて自分たちに近づいてくる存在にガガーランは視線を向ける。丁度、ガガーランたち、蒼の薔薇のリーダーは報告のために留守にしており、残ったイビルアイとつかの間の休息を過ごしていた。

そこで、堂々と、自分たちの間に入ってくる存在に視線を向けた。

それは、彼らにとってなじみ深い、リスと名乗っている女だった。

 

「よう、リスじゃねえか!久しぶりだな!」

「ガガーランの姐さんも相変わらずで!ご機嫌はいかがで?」

 

楽しげに会話をする二人に、周りの冒険者たちは何も言わない。ガガーランの客に手を出すほど愚かな存在はその場にはいなかった。

リス、蒼の薔薇と親交がある魔術詠唱者はある程度の冒険者ならば知っている。

情報屋のようで、蒼の薔薇たちに時折話しをしているのはよく目撃されていた。

 

「お前、また、どこに隠れていたんだ?」

「ああ、イビルアイ様もごきげんようで。いいえ、知の探求のためにあっちにふらふら、こっちにふらふらと、まあ、そこそこやっておりますよ。」

 

おどけるようにそう言ったそれにイビルアイは呆れた顔をした。

 

「ふん、お前が私たちに近づいてくるのは用があるときだけだ。今回は、何のようだ?」

 

皮肉交じりのそれに、リリーは仮面の下で苦笑しそうになりながら、口を開く。

 

「ええ、実は。」

 

かたんと、また出入り口から音がした。それに、周りの人間からざわつきが起る。それに、リリーは蒼の薔薇のリーダーが来たのかと思ったが、なぜかガガーランまで驚いた顔をしていたのが気になった。

 

それにリリーもまた扉の方に視線を向ける。そこには、モモンが立っていた。

 



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悪魔の問いかけ

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

たぶん、この軸でもイビルアイはモモンに惚れそう。


 

しんと、静まりかえった宿内にかつんと足音だけが響いた。それにリリーは、おいおいと目を見開いた。

そうして、室内の冒険者達も静まりかえっていた。

黒い、フルプレートに二本の大剣。そうして、後ろに侍る黒髪の美女。

その外見で、彼らは目の前をゆうゆうと歩く二人が誰であるのか理解した。

 

(・・・・なんでモモンがここに?)

 

リリーは頭の中で、彼がエ・ランテルを拠点にしているはずだ。彼がわざわざ王国の首都までやってくるほどの依頼などあっただろうか?

モモンはふと、こちらを見る。そうして、こちらに彼は近づいてきた。

それにリリーは後ろの二人に視線を向ける。

 

(ははあん、もしかしたら、蒼の薔薇が首都にいるのを聞きつけて?確かに、同格の人間と交流を持ちたいのもわかるな。)

 

等のガガーランとイビルアイは自分たちに近づいてくる二人の見た目に、あらかたの予想は付いたのか待ち構えた。リリーは英雄たちのご対面だと彼らの座る席の前から退こうとした。

 

「リスさん、お久しぶりですね。」

 

モモンはリスの目の前で立ち止まり、彼女に言葉をかけた。

それに周りにいた冒険者、そうして、蒼の薔薇の二人まで驚いた。

 

「いつぶりでしょうか?エ・ランテルにも顔を、いいえ、漆黒の剣たちには会っていたようですが。」

 

リリーは目をぱちくりとさせて、目の前の男を見た。

まさか、自分に話しかけてくるなんてこれっぽちも思っていなかったのだ。

 

「・・・・リスさん?何故、無視されてるのでしょうか?」

 

特別な声ではなかったが、どこか、鋭い声にリスは慌てて返事をした。

 

「あ、ああ、いや。すまない、まさかここで会うとは思わなくてな。」

「ええ、私もこんなところで会うとは思いませんでした。エ・ランテルにはなかなか来られていなかったので。」

 

何か、嫌みのように聞こえるのは気のせいだろうか?

リリーは気のせいかと思いつつ、ふと、驚いている蒼の薔薇の二人に気づく。

 

(あー、もしかして、蒼の薔薇を知らないのか。まあ、最近この辺りに来たのならそれも道理か。)

 

おそらく、偶然見つけた知り合いに近づいてきただけなのだろうと考え、リリーは後ろの二人を紹介した。

 

「あ、そうだ、モモン殿、こちら、あなたと同じアダマンタイト級の冒険者、蒼の薔薇の、ガガーラン殿とイビルアイ殿だ。」

 

その言葉にモモンはゆっくりと二人を見た。ようやく自分たちを見たモモンにガガーランはにやりと笑った。

 

「こりゃあ、聞きしに勝る偉丈夫じゃねえか。俺は蒼の薔薇のガガーランだ。あんたが漆黒の英雄か?」

「蒼の薔薇の方々ですか。お噂はかねがね。モモンと申します。」

「へえ、なんだ、冒険者にしちゃあお上品だな。」

 

ガガーランはにやりと笑ってモモンに手を差し出した。それにモモンも手を差し出した。

何か、ぎちぎちと音がしそうな握手である。

 

「リス、お前、どこでアダマンタイト級の人間などと知り合ったんだ?」

 

それを横目に見つめていたイビルアイがリリーに話しかける。それに、リリーは肩をすくめた。

 

「名を上げる前に依頼を一緒になったんだ。」

「・・・・お前、本当にどこにでも現れるな。何か企んでるのか?」

「おたくらと会ったのも偶然ですってば!」

 

リリーは、蒼の薔薇の人間と出会ったのも一応は偶然なのだ。というのも、八本指たちが新しく作った麻薬の製造場所が帝国に近い場所にあり、国内に流れてきていたのだ。

それに激怒した兄の命で村に向かったリリーは、丁度、蒼の薔薇と出会ったわけだ。

 

(・・・旅の人間で押し通したけども。)

「・・・・リスさんは、蒼の薔薇の方々とお知り合いで?」

「ああ、この野良猫のことか?まあな、用があるときだけすり寄ってくる気まぐれだ。まあ、リーダーが気に入って付き合いがあるんだよ。」

「酷くないですかね、ガガーランの姐さん、対価は確かに差し上げてるでしょうに。」

 

困ったように肩をすくめて見れば、ガガーランはけらけらと笑う。

 

「そう言えば、お前、今日は何のようで来たんだよ?」

「ああ、そうでしたね。」

 

リリーは仮面越しにちらりとモモンのことを見た。丁度良いと思った。

この発言で何か、反応があればわかりやすいと思った。

 

「いえ、実は。カッツェ平野について何か噂などは知りませんか?」

「カッツェ平野?何かあるのか?」

「いえね、自分、時々あの場所で腕試しをしてるんですが。何か様子がおかしいんですよ。まあ、気のせいと言えば気のせいなんでしょうが。」

「ふうん?いや、特別にはねえな。」

「右に同じだ。」

「・・・・そうですか。」

 

ちらりとモモンたちを見れば、特別な様子もない。何かを隠しているのか、それとも、何もないのか。

 

「やっぱり、気のせいですかねえ。」

「お前がそこまで言うのなら何かあるのかもしれんが。」

「まあ、気のせいなら気のせいでいいんですがね。私の用はここまでなので、そろそろお暇しますね。」

「そうか、まあ、俺たちも立て込んでるから次に来てもいねえかもしれねえからな?」

「ああ、わかったよ。」

 

リリーはそのまま足を勧めようとしたとき、イビルアイが口を開いた。

 

「リス、そう言えば、お前。まだ、あの世迷い言を言っているのか?」

 

リリーはそれに足を止めて、イビルアイに振り返った。

 

「まあ、そりゃあ。夢を見るのは自由でしょう?」

「・・・届かぬ星に焦がれて落とし穴にでもはまらんようにな。」

 

それにリリーは肩をすくめて、モモンやナーベに頭を下げて宿を後にした。

 

 

 

(さあて、蒼の薔薇の面々も覚えがないなら。結構最近か、あれが出来たのは。)

 

望んでいた情報が出てこずに、リリーはどうしたものかと頭を傾げた。けれど、ないものはないのは仕方が無い。

あと数日、冒険者たちに情報を求めて、何も出てこないならカッツェ平野に向かうことを決めた。

そのまま宿に向かおうとしたとき、かつんと足音がした。リリーは丁度、人通りの少ない道を歩いていたため、誰が来たのかと音の先を伺う。

そこにいた存在に目を見開いた。

 

「モモン殿?」

「・・・すみません、リスさん、追いかけてしまいまして。」

「はあ、何のようですかね?」

 

立ち止まり、黒い騎士を見上げた。

 

「い。いいえ、その。しょ、食事をしようと、言っていたじゃないですか!」

 

ああとリスはそんな約束をしていたなと思い出した。時間帯は食事には微妙な時間だ。

 

「・・・・・食事、ですか。正直、お腹は減っていないんですが。」

 

リリーは正直、面倒になってそう返した。それにモモンは断られると思っていなかったのか、一瞬だけ止まった。

 

「そ、それは、そうですね。時間的にも、微妙ですし。」

「そうですね、時間も時間ですし。」

 

リスはモモンの動揺に少し、哀れになった。

男の立場だとか、能力的にここまですげなくされることがなかったのだろう。困惑が伝わってきて、申し訳ない気持ちになる。

といっても、リリー自身。あまりリスの立場で人付き合いをするのはということもある。

蒼の薔薇の面々は成り行きと情報源として付き合いもあるが、あまり上の立場の冒険者と関わりを持つのはいただけない。

リリーも腐っても皇族だ。能力的に高い冒険者が帝国に仕える可能性はないわけではない。

蒼の薔薇の面々は、リーダーの立場的に帝国側に付くのはそうそうないと理解しているのでいいのだが。

モモンの場合、これからどうなるかわからない。

 

(というか、こいつなんでこんなに私に絡んでくるんだ?)

 

よくよく見れば、ナーベの姿もない。

 

「そういえば、ナーベ殿は?」

「あ、ああ、ナーベにはその、用事を頼んでいるんだ。」

 

こいつ、わざわざ一人で追いかけてきたのかとリリーは呆れる。

 

(そう言えば、この人、やけに魔法に対して聞いてきてたな。)

 

リリーはどうしたものかと黙り込んでいるらしいモモンに視線を向けて、促すように口を開いた。

 

「まあ、歩きながら話しましょう。魔法について聞きたいことがあるのでしょう?」

「え、あ、ああ!そうですね、魔法、魔法の、件で、そう、ですね。」

 

 

 

人気の無い道を歩きながら、リリーは口を開く。

 

「で、何をそんなに魔法について聞きたいことがあるので?ナーベ殿も魔法は使えるでしょう?」

「いえ、その、蘇生魔法について、知りたいことがありまして。」

 

それにリリーは少しだけため息を吐いて、咎めるように言った。

 

「・・・・あまり期待するものじゃないですよ。魔法はあんまり夢はないですからね。」

「覚えがあるのですか?」

 

それにリリーはまあと頷いた。

 

「私もまあ、あり得ざるものを求めてふらついてる部分があるので。」

 

その言葉にモモンは何かを察したのか、かちゃんと鎧が音を立てるだけだった。

 

「・・・・あなたも、ですか?」

 

リリーはそれに、普段ならば、答えもしないだろう問いに、何か、何故か、答えてみたくなってしまって。

無意識のようにぽつりとこぼした。

 

「・・・・会いたい奴がいる。」

「そ、それは!!」

 

リリーの言葉にモモンは何故か、動揺したような声を出した。大声に驚いて、リリーは思わず男を仰ぎ見た。

それにモモンは冷静になったのか、忙しなくヘルムをがちゃがちゃさせながら言った。

 

「た、大切な、その、人、というか?あー、恋人、とかでしょうか?」

 

おいおいめちゃくちゃ立ち入ったこと聞いてきやがったなこいつ。

リリーはそう思いながら、肩をすくめた。

 

「そんなんじゃないですよ。ただ、まあ、ずっと、会いたくて。でも、絶対に会えない、というか居場所もわからなくて。」

 

リリーは、もう、声がおぼろげになってしまった、気弱な弟分のことを思い出す。

優しい、リリーの、可愛いあの子。

 

「探しに行こうとは?」

「・・・・ひどく昔に、離ればなれというか。そんなもので。ただ、この辺りを離れられないんです。」

「何故ですか?そんなにも大事ならば、探しに行けばいいでしょう?」

 

どこか苛立ちの混じった声に、リリーは物思いに耽るように目を細めた。

思い出すのは、少しだけ、壊れてしまった哀れな兄貴分のことだ。

 

「路頭に迷いかけて死ぬかもしれなかった自分を拾ってくれた人がいるんですよ。それへの恩義がある。いいや、恩義じゃないか。いたいから、いるのかね。」

「愛しいとでも?」

 

鋭く、冷たい声にリリーは思わず振り返る。

そうすれば、先ほどと変わらない、モモンがいた。

 

「・・・・どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。」

 

リリーは先ほどの声音が夢だったのかと思い、頭を軽く振った。

そうだ、気のせいだろう。

男が自分にそんな声をかける理由など無い。自分の話に興味があるのは、リリーと親しくなって情報を引き出したいだけだろう。

そう思い、息を吐いて、首元に突きつけられた感覚を振り払う。

 

「やめてくれ、あんな性格のねじくれた奴に思うはずがない。はあ、ともかく、私の話はここまでです。そうして、魔法について言えるのは先ほどのことだけですよ。」

 

ぴしゃりと言い返せば、男はそうですかと頷いた。

 

「やはり、難しいのでしょうか?」

「まあ、あるにはありますが。ただ、死体が必要だったり、生き返らせる人間の力量も必要です。おまけに、生き返らせても制約が多いですし。」

「・・・・死体がないと難しいでしょうか?」

「私が知る限りは。ただ、それは私の知るだけの範囲で、他の人間ならもう少し知っているかも知れないが。」

「例えば?」

 

リリーはそれに、これぐらいならばといいかと口を開く。

というか、後頭部にモモンからの視線が刺さりまくっているのが分かり、その場からさっさと逃げ出したかった。

 

「まあ、先ほどの蒼の薔薇の方々はもう少し知ってるやも知れませんね。あと、エルフの国やドワーフの国なんかは人とはちがう魔法が伝わっているかも知れませんし。竜王国では竜を起源にした魔法があると聞きますし。人以外の魔法も調べて見るのもいいかもしれませんね。あとは・・・」

 

リリーはそこでアングラな方面の名前を言おうとして、口を噤んだ。そこで止められて、さすがにモモンも気になったのか先を促した。

 

「あとは?」

「・・・・まあ。」

 

どうせ、このまま調べて回れば可能性に至るかも知れないなら、先に釘をさしておいたほうがいいだろう。

 

「他は、まあ、アングラ系統というか、あなたも聞いたことないですか?八本指とか。」

「ええ、一応は。」

「ええ、あの寄生虫共については期待しない方がよろしいでしょうね。」

 

リリーは勝手に苦々しくなるのも気にせずに、吐き捨てた。

 

「もしも、そこまで強力な蘇生の力があるのならすでに貴族達に宣伝してますでしょうからね。なら、期待しない方がいいですよ。それに、あなただってあんな奴らの下に着くなんてごめんでしょう。」

 

リリーのその対応も仕方が無い。

八本指の被害は帝国にも出ている。というのも、麻薬自体、帝国にも流れてきており、その対応でリリーが動いているのだ。

 

(・・・兄貴の政治面での体制作りが終れば、この国を取り込むとして。ここまでみっちりと国の根幹に張り付いた寄生虫たちを処理するのは?私でっすね!)

 

リリーはそう考えてふてくされたかのように口を尖らせた。

もちろん、調査などリリーの仕事ではないだろう。ただ、八本指たちはただ、巧みな犯罪をするだけでのし上がったわけではない。

それ相応の戦力も又存在する。それへの対応は、帝国で一番の火力を持つリリーになる可能性が高いのだ。

 

(・・・・そりゃあ、この国の肥沃な大地は欲しいけど。でも、それはそれとして、麻薬の被害もすぐになくなるわけじゃないしなあ。)

 

どれだけ甘い果実でも、腐り果てている部分を除去するのは本当に面倒なのだ。

 

「あなたは、八本指が嫌いですか?」

「・・・・犯罪集団が好きな奴なんていないでしょう。」

「いなくなればいいと思いますか?」

「はあ?」

 

丁度、どこかの建物の日陰に入ったのか、辺りは薄暗い。日の光が遠い中、ひんやりとした空気の中で、少しだけ前を歩いていたリリーは振り返る。

漆黒の騎士は、立ち止まったリリーに近づき、問うた。

 

「そうすれば、あなたは嬉しいですか?」

「・・・・何を言っている?」

 

リリーはそう言って思わず体を引こうとするが、それよりも先に冷たい感触の、鉄のひやりとした感覚が肩に纏わり付いた。

 

「あなたは、彼らがいなくなれば喜んでくださいますか?」

 

肩に置かれたガントレットの指先が、肩を撫でるのがわかる。そうして、それが、一瞬だけ首をかすめ、リリーの肩が震えた。

リリーはそれにヘルムのスリットの向こうから自分をモモンがのぞき込んでいるのがわかった。

それに、リリーはぞわりとした感触がした。

 

なにか、その手触りには覚えがある。

 

(あれだ、私が頭角を現したとき、貴族からの、視線。)

 

ああ、殿下。

ご機嫌麗しゅう。

この頃お美しくなられて。

実は以前から好意が。

今度茶会に。

 

ああ、顔は平凡だが、能力と血筋だけは良い。まあ、体も悪くないだろう。子だけを産ませることが出来れば。

 

何か、自分にとって有能なものを手に入れるときのような、獲物を見つめるときのような、絡みつくような視線。

 

(・・・・・これ以上情報なんて持っていないぞ!)

 

リリーが今まで散々に求められたのは能力と、そうして皇族という血筋だけだ。それから考えるに、モモンは自分が隠している情報を目当てに知るのだろうと今までの経験から察した。

というよりも、それだけだろう。

そうでないのなら、顔も見ていない、一度きりしか会っていない女に何をここまで言いつのるのか理解が出来ないだろう?

 

「・・・・モモン殿。さすがに不躾過ぎませんか?」

 

掠れたような声音でリリーはそう言った。

 

「・・・そうですね。思わず、無礼をしました。」

 

モモンはそう言って肩にかけていた手をするりと、撫でるように離した。

 

「・・・・いくら私を喜ばせても、知っている情報は以上ですし。大体、あの組織を壊滅させるなんて無理な話だ。規模も大きければ、例え、壊滅させても国とずぶずぶすぎて、この国の構造自体がお釈迦になる。土台、無理なことですよ?」

(なんか、チートな力を持った奴が、俺、なんかやっちゃいました?何てノリをしてる小説読んだことがあるが。おい、まじで止めろよ?ここで八本指を無理矢理壊滅させたら、それこそ逆に無法地帯になる!)

 

リリーは顔をしかめてそう言い捨て、距離を取るように歩き出した。

 

「リスさん、さすがに私にはそんなことは出来ませんよ!」

「そうでしょうね!」

 

がちゃんと、後ろで足音がした。

 

「ですが、もしも、何の不利益もなしに壊滅させられたら、どうしますか?」

 

それが軽口のような、冗談染みたものだったから、リリーもやはり気のせいだと安心して肩をすくめた。

 

「そんな奇跡があるのなら、なんでも言うことを叶えて差し上げますよ。」

 

ふっと笑った女の後ろ姿に、モモンは聞こえないような小さな声で呟いた。

 

「・・・・そうですか。ああ、それはよいことを聞いた。」

 

リリーはそれに気づくこともなく、またさっさと歩き出した。

 



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死者の執着

短めです。
前回の、アインズ側的なものです。


かり、かり。

 

ナーベラル・ガンマはちらりと己の主の方を見た。

 

かり、かり、かり、かり。

 

ナーベラルは主人に何があったかと思考する。けれど、特別なことなどはない。

 

かり、かり、かり、かり。

 

部屋の中には主人が机の表面をガントレットでひっかく音が響いている。ナーベラルには、主人のその仕草の理由がわからない。

今のところ、主人の計画は順調なはずだ。

 

エ・ランテルにてアンデットの大群を除け、薬師であるンフィーレア・バレアレを救出し、モモンという名前は確実に広がっている。

今回も難しい依頼を受け、モモンガことアインズは宿の一室で一息吐いていた。

 

かり、かり、かり、と部屋にはやはり机をひっかく音が響いている。

 

 

 

気に入らない。

それが、アインズの思考はそれだけで満たされていた。

けして、リセットされるほどではない苛烈な感覚では無い。下火で炙られるような不快感で思考をなぶられる。

 

指で机を叩き、撫でる。そのために、ひっかくような音がする。

 

(・・・・何故、会えない。)

 

アインズの脳裏には、漆黒の剣の面々が思い浮かんでいた。

 

あの夜、彼らとモモンガは一旦は別れ、そうして事件が起きた。けれど、漆黒の剣は生き残った。

何故なのか、簡単だ。

 

彼らは逃げたのだ。

 

強者に会ったときどうするか?

漆黒の剣と少しの間過ごしていたリスという女はそう問われたとき、答えたのだという。

 

逃げろ、と。

 

強者には二通りある。モンスターと、そうして人間だ。

けれど、どちらにあっても一発逆転は難しい。モンスターは静かに、そうして、何か気を引くようなものを使って逃げることだ。

そうして、人間についてだが。

いいか、強者側の人間が襲ってくる時っていうのは後ろめたいことがあるときだ。そういう奴らは、自分たちのことを知られることをことのほか嫌がる。

だから徹底的に騒いで、四方八方に逃げ回れ。

勝者とは、生き残った者のことをいうからな。

 

 

彼らはその言葉の通り、狭い路地を大声で騒ぎながら逃げ回ったのだ。

おかげで事態が露見することは早まり、被害は少なく終った。

 

それはいいのだ。けれど、今日、依頼から帰ってきて、漆黒の剣の面々に出会った時だ。

リスさん、来られましたよ!

そうニニャに言われたときのアインズの心境はまるで嵐の海のように荒れ狂った。

 

「・・・そうですか、あんなことがあったのだから心配していたんでしょう。」

「ええ、生き残ったお祝いにとご飯までおごってくださって!」

 

何故、食事の約束をした自分を無視しているのだ?

アインズは肉が付いていればひくついていただろう口元を噛みしめた。

おまけに、リスは自分に対してなんの伝言や気にする素振りはなかったのだという。

 

何故だ?

自分が会ったとき、銅級だった冒険者がアダマンタイトにまでのし上がったのだ。

ある程度話題にしてしかるべきだというのに、リスは特別、そういった態度は出さなかったのだという。

 

 

何故だ?

漆黒の剣の面々に会ってからの彼女の足跡は知れず、森の賢王こと小雪に会いに来る様子はない。

 

それに苛立つ、己を歯牙にもかけず、尻尾を掴ませることもない。

アインズはそのじりじりと焦がれるような感覚に苛立ち、机をひっかくような仕草を続ける。

 

ユリ、という女の話を聞いて、アウラには他の者たちにも通達すべきかを問われた。

それに悩まなかったわけではない。

ユリ、いいや、リスという女への執心はアインズの私心なのだ。もちろん、何かしら有益な情報を持っていそうなのは確かであるのだが。

けれど、あまり深追いするのは危険では、という感覚もある。

 

もしも、もしもの話、それが藪の先の蛇であるとして、ナザリックとして殺さなくていけなくなるとして。

 

(・・・それは。)

 

胸の奥にどろどろと渦巻く感覚がした。

 

「・・・・アインズ様?」

 

アインズは、その名前で呼ばれ、我に返る。

 

「何か、ご不快なことがあるのでしょうか?ならば、そく、排除を!」

「・・・いや、すまないな。気にしなくて良い。」

 

アインズはナーベラルに心配をかけたことを恥じ、アルベドからの報告をうけるために連絡を取ることにした。

 

 

『報告は以上になります。』

『・・・そうか、ところで、アルベドよ。』

『申し訳ありません、リスという存在についての報告はうけておりません。』

『そうか。』

『アインズ様、もし、よろしければリスという存在についての捜査を最優先にしてはいかがでしょうか?』

 

アルベドのそれにアインズは一瞬だけ悩んだ。けれど、軽く頭を振って否定する。

 

『私の私情を優先させるわけにはいかん。第一、そこまで優先度を上げるほどのことではないはずだ。』

 

そう言いつつ、アインズは無意識のように指先で机をひっかいていた。

かり、かり、かりと、音がする。

 

(・・・・いっそのこと、あの仮面を何が何でも剥いでおけばよかった。)

 

見えなかったから気になったのだ。その下に、まったく違う顔が隠れていたとわかれば、それできっと終わりだったのだ。

隠され、会えないからこそ、駆り立てられる。

 

アインズのその言葉にアルベドは、至極、不思議そうな声を出した。

 

『アインズ様が求められている、それは最優先事項になってしかるべき事では?』

 

その言葉にアインズの中で、何かが、そわりと揺れた。

 

いいのだろうか?こんな私情を優先して?

 

けれど、アインズはすぐにそれを振り払う。

 

「ナザリックの上に立つ存在が、人間などに執着するなど笑えんだろう?」

 

アインズは、百合という女への執着という点でアルベドに対して、他とは違い、少しだけ気安いというか、独特な関係を保つことになった。

ある意味で人間というそれへの対応に対して本音が言える部分もあるためありがたかった。

アインズのそれにアルベドはまた言葉を続ける。

 

『・・・・アインズ様。確かに、現在、ナザリックは未曾有の危機に面しています。ですが、それ以上に、ナザリックに残られた至高の御方のささやかな願い一つ、満たせずにして何を僕と呼べましょうか。』

 

アインズ様?

女の、柔らかな声がする。それは、無邪気な少女の言葉のようで、それと同時に手練手管に長けた女のもので。

 

『欲しいのでしょう?その女が。ならば、あなたは手に入れてしかるべきなのです。』

あなたは我らの主なのだから。

 

ぐらりと、思考が揺れた。

 

 

 

アインズ、いいや、モモンガというそれはアンデッドである。

死を得ているからこそ、不死という矛盾に満ちているそれは精神系の魔法への耐性を持つが故に、延長線上として感情の起伏が強制的に抑制される。

それはゲームにおける特性が異世界において転換されたものといえる。

 

魔法や種族など、ただのフレーバーテキストでしかなかった状態が現実へ変換されてしまっている。

 

アンデッドは基本的に死に触れるが故に生者を憎悪する。けれど、そんな中にもその憎悪を抑制し、人と交流を持つモノが存在する。

彼らの違いとは何なのか。

 

簡単だ、アンデッドは生前に執着したものに囚われるのだ。

 

死に瀕した者は、まず生を望む。

死にたくない、生きたい、その強烈な感情はアンデッドになってなお染みつき、それが故に、生を求めて生者を襲うのだ。

死に瀕した折、生きることではなく、違う方面に執心したものが、執着の方向性を変え、憎悪を抑制する。

 

さて、ならば、アンデッドであるモモンガはどうなのか?

彼が鈴木悟から、アンデッドであるモモンガになったおり、彼が執心していたのはギルドメンバー。そして、いなくなった姉について、だ。

 

アンデッドは感情の起伏が抑制される。

けれど、それには例外が存在する。

アンデッドになる前に抱えていた執心の前では、冷静さは欠け、欲望に対して忠実になる。

アンデットは、死を体験するが故に不死になる。そうして、その時、彼らの時は止まってしまうのならば。

彼らは永遠にそれに囚われる。

 

 

『・・・・ああ、そうだ。欲しい。』

 

アインズは茫然と呟いた。

そこには理性的なものなどなく、ただ、ただ、突き動かされるような何かのままに呟いた。

けれど、アインズは、己が冷静さや、合理的な思考を欠いているなんて思わない。

だって、そうであるのなら、感情は抑制される。

だから、アインズは思い込む。

己はひどく冷静で、そうして、合理的に、ナザリックのことを考えて行動しているのだと。

 

『ならば、求めればいいのです。そのための我らなのですから。』

 

アルベドの、甘い声がした。

それに、アインズは考える。

そうだ、欲しいのだ。欲しくて、欲しくてたまらない。

どうしても、その女に、たった一人だけの優しい誰かの面影を見るから。

 

がり、とアインズは机をひっかいた。

 

そうだ、いいはずだ。

だって、事実、その女はどうもこの世界において強者の部類で、そうして、何かしらの秘密を抱えているのならば。

きっと、ナザリックにとって有益になるはずだ。その後は?その後は、そうだ、自分の好きにしても良いはずだ。

 

アインズはゆっくりと、アルベドにリスという女について探索を命じた。

 

 

セバス・チャンからの報告にアインズは小躍りをしたくなった。

勝手に八本指に喧嘩を売るように、女を助けたことも許してしまいそうなほどだった。

ツアレという女についても保護を承諾した。

それは、きっと、リスの気を引ける材料になるだろうからと。

 

 

改めて会ったリスというそれは変わらなかった。

何か、アインズに対してだけ愛想がない。交流があるというアダマンタイト級の蒼の薔薇たちとは気安い会話を繰り広げてなお、アインズのことを見ない。

 

アインズは、今までの経験上、アダマンタイト級の冒険者という肩書きがどれだけ誘蛾灯になるのかを理解していた。

だからこそ、二人きりになれば、少しぐらい会話だとか、何か、反応があると思ったのだが。

 

彼女はやはり、アインズに興味を示さない。

 

食事に誘えば、腹は減っていないという。

アインズはそれに苛立つ、指先がピクリと震えた。それと同時に、羞恥で転げ回りたくなる。

女性を食事に誘って、けんもほろろを体験した男にはよくわかるだろう?

それもアンデッドの感情の抑制によってなくなったが。

気まずい時間が流れた。

 

悲しいかな、童貞であったアインズにはスマートな女性との会話など期待できない。だが、ここで引くのはあまりにも情けないし、かっこ悪いし、どうかと思うのだ。

けれど、何を話せばいいのだ?

固まったアインズになにを思ったのが、それとも、察したのか、リスは魔法の話を振ってくれた。

それにアインズはほっとした。そうだ、最初、自分はそれが目当てで彼女に近づいたのだったから。

 

 

魔法についての話では、アインズの望むものは出てこなかった。死体も存在しない、生き返りはやはり難しいのだろう。

ただ、人間以外の魔法、という点では希望がないわけではないようだが。

その話しの中で出てきた、会いたいという人。

 

そうか、同じか。それさえも、あなたと私は同じなのか。

ああ、それが嬉しい。

その寂しさを知っていてくれる人であることが嬉しい。

でも、会いたい人は誰?

好きな人?

愛しい人?

リスというそれを満たす何かが憎らしくて仕方が無い。

自分のことを見ないのに、見ている誰かが邪魔で仕方が無い。

 

なのに、探しに行かないと言うことに苛立つ。

そんなにも会いたいのなら探しに行けばいい。それを阻む存在がいる、リスというそれの生き方に影響を及ぼす者がいる。

 

それに、ちりちりと、また、煽られる。

アンデットは気づかない、ぐるぐると回る、鈴木悟の残滓の執着に囚われていることに気づかない。

だって、冷静でないのなら、抑制されると信じているから。

だから、アインズは自分が冷静であると疑わない。

 

そんな話の延長線で、リスは珍しく、感情をあらわにして八本指を罵倒した。

 

ああ、珍しいと思った。

いつも、静かで、何かへの激情など見せないのに。

それだけの嫌悪は浮き彫りになっていた。

 

そうか、嫌いか。これは八本指という存在が嫌いなのか。

ならば、それを消してしまえば。

 

あなたは俺を見てくれる?

 

 

肩に手を置いたのは、偏に、リスというそれに念を押すためだった。

いなくなればいいと、本当にいなくなったとき、あなたは嬉しいだろうか?

 

ヘルムの内側から、女を見る。

木彫りの仮面越しに、女のことをのぞき込む。

触った肩は思った以上に華奢で、そうして、脆そうだ。

それにアインズはうっとりと微笑んだ。

それはとても弱くて、自分の手の内に収まっている光景に満足した。

だって、ずっと、するりするりと、自分の手の内から逃げ出していた存在が行儀良く収まっている様が溜まらなく満足を誘った。

フード越しに指先をかすめた首の華奢さえもいいと思った。

 

簡単にへし折れるそれは、アインズにとって弱者足るそれだった。

 

このまま、連れ去ってしまおうか?

そんな感覚が頭を擡げる。

きっとばれない。

きっと、ばれずに、ナザリックの奥底に隠してしまえる。

 

いいや、可能性を考えろ。

ばれる可能性もあるだろう?

理性の声と、本能の声が思考を埋める。華奢な女の肩に指先を滑らせて考える。

その時、だ。

 

女の敵意と言える、拒絶の声がした。

 

それにアインズはようやく、名残惜しく、肩から手を外した。

そうだ、今ではない。

嫌われたいわけではない。

あくまで、自分たちの有用性と、正当性を示してから。

嫌われたいわけではない。拒絶されたいわけではない。

だから、今は。

アインズは手を離す。

 

女は宣う。自分がアダマンタイト級の冒険者で、社会的にそんなことをしてもメリットがないと信じているからこそ、アインズに気安く背を向けて、構わないと約束をする。

だから、アインズは嬉しくなって笑ってしまった。

 

ああ、そうか、なんでも言うことを聞いてくれるのかと。

 

「・・・本当に、いいことを聞いた。」

 





裏話

アインズは実は長いこと嫉妬マスクを持っていなかった。
クリスマスぐらいはという姉の言葉に従って家族で過ごしていたため。ただ、ギルドが大きくなり、交流も多くなってようやく嫉妬マスクを入手した。
ちなみに、ギルドメンバーはあくまで家族と過ごすと聞いていたので、親とか兄弟だろうと思っていた。

百合がユグドラシルを初めて、まだかろうじて残っていたペロロンチーノやウルベルトなどと実際にあったとき、百合とモモンガに血のつながりがないことを知り、
「血のつながりのない姉と一つ屋根の下!?モモンガさん、エロゲの主人公じゃん!?」と
ペロロンチーノが叫び、他のメンバーにどつかれたことがある。


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偶然の邂逅

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。


 

 

「ああ、リスさん、奇遇ですね。」

 

目の前の漆黒の鎧を纏った男が自分に弾んだ調子で話しかけてきた瞬間、リリーは本気でこいつ殴っていいだろうかと考えた。

 

 

 

「はあ・・・・」

「どうした、リス?」

 

珍しく、陰気、と言えるような空気を醸し出しているリスにイビルアイは不思議そうな声を出した。

それに、リスはいいえと首を振った。

そうして、脳裏に浮ぶのはいけ好かない黒の全身鎧を纏った男だ。

現在、リリーはイビルアイと共に八本指たちの主立った施設を襲撃している。

 

(なんで、昨日の今日で、こんなことに!!)

 

リスは頭を抱えたくなった。

リリーの脳裏には、別行動とは言え、なぜかずっとつきまとわれ続けている黒い騎士についてだ。

事の発端は、道ばたでセバスに会ったことだった。

 

モモンから逃れるように歩き出した後、ふらふらと道を歩いているとどこか困った顔をしたセバスに会った。

 

「リス様!」

 

リスはそれに、また主人に会えという話しかと思い、なんだと待ち構えた。それに、セバスは駆け寄ってくる。

非常に綺麗なフォームだった。

 

「何か用か?」

「・・・・あちらが家に来ました。」

 

それにリスは仮面の下で苦い顔をした。

 

(やっぱりばれたか。いいや、セバスの爺さん自体はちゃめちゃに目立つから着けられたか。)

 

リリーは、取引した男は死んでいるかなあと考える。まあ、大方急に羽振りが良くなりげろったのが実情だろう。

 

「・・・・誤魔化しは?」

「しましたが、確信は持っているようです。あの子も、雑用でどうしても庭先に出ていたときもありましたので。」

 

リリーは頭を抱えたくなった。

お前―!もっと警戒!!

が、そんなことも言ってられないのも事実だ。

 

(・・・・私が引き取ることも出来るが。あまり王国とリリーという存在の関係を示唆する者を残しておきたくはない。なら、王国の人間に預けるのが得策、だとして。)

 

リリーは己の伝手である蒼の薔薇からラナー王女へ頼めないか考える。

己の中の兄が呆れた顔でほおって置けといっているが、もう、自分は彼女について足をツッコんでしまっているのだ。

ならば、もう、最後まで行き着くしかないだろう。

 

「・・・・わかった、なんとかしてやる。」

「どうされるのですか?」

「・・・・・保護してくれそうな人の宛てがある。そこに行く。」

「私も行ってもよろしいですか?」

 

セバスのそれにリリーは悩むが、話しの中心である男がいた方がましかと思い、つれていくことを決めた。

そのままリリーたちは、帰ってきたばかりの蒼の薔薇の元に向かう。

そうだ、その途中で子どもを助けたりだとか色々ありはしても、そこまでは順調だったのだ。

セバスに興味を持ったクライムだとか、ブレイン・アングラウスだとかに会ったときも。

それ以上に、リリーは嫌な予感で胃がキリキリしていた。

もしかして、このじいさん、はちゃめちゃに強いのでは?

 

(待て待て、まさか、この爺さんもプレイヤー関係!?どこのだ?でも、あの子を助けようとしたところから見て善性ではあるのか?)

 

リリーはまた調べる必要がある所を見て、頭を抱えたくなった。が、そんなことはブレインの登場で一旦は置いておくことにした。

 

(うわああああ、ブレイン、こっちにいるの!?くっそ、あの野郎、こっちに気があるような話しといて、こっちに着く気か!?)

 

リリーは以前、勧誘をかけたブレインがどうも王国に居着きそうな気配を察して歯がみする。

 

(なんとか、後で勧誘かけたいな。でも、帝国側であることも話せないし。何とかしよう。)

 

リリーはどうも、以前と男の様子がまったく違うことに気づいた。そうして、話しの文脈として自信を失っていることにも。

 

「・・・・リス殿も、なぜ、あの殺気の中で立っていられたんだ?」

 

話を振られたリスは何と答えようかと考える。適当に答えても良いが、それはそれとしてブレインの好感度は手放したくないために真面目に答えようかと考える。

何故?

簡単だ。

 

リリーは一度は、百合として死んだ身だ。そのせいか、どこか、死に対して鈍いのだ。死への恐怖が麻痺してしまっている。

そのおかげで、彼女は少なくとも、戦いから遠いはずだった百合としての在り方を持ってなお、戦いに順応できたのだ。

 

(なんて、話せるはずもない。)

「・・・・人なんて、いつ死んでもおかしくないだろう?」

なら、死を恐れてもしょうが無い。

 

あっけらかんと、そう答えるしかなかった。

その台詞に、ブレインはもちろん、少しは交流のあったクライムも驚いた顔をした。

 

「人は生きているけれど、結局行き着くのは死だ。死ぬしかない、死に至るしかない。それが、長いか短いか、それだけだ。なら、恐れたって仕方が無い。負けてしまうとわかるような殺気の中でも、やることをやるしかないだろう?」

「・・・そこまでの境地、俺には至れそうにない。」

「ブレインという名前は聞いたことがある。あんた、圧倒的な何かに負けたのか?」

「・・・・ああ、化け物に会った。それで、心も折れた。」

(まじか、まだそんな化け物いるの?いや、ブレイン自体のレベルは、この世界では高いけど、私も殺せるしなあ。)

 

その化け物のレベルがわからずに。何に会ったのだろうかと考えて、リリーはブレインに聞いてみた。

 

「なら、歩みを止めるのか?」

「え?」

 

リリーはちらりと、ブレインの腰にある得物を見た。

 

「心が折れたというが、お前は未だに得物を持ち、そうして、強者の存在に惹かれてここまで来た。それは、まだ、諦めていないと言うことだ。お前はまだ、歩みを止めていないのなら。」

お前はまだ、強くなれるんじゃないのか?

 

リリーのそれに、ブレインは目を見開いた。

 

「いた、れないほどの高みがあっても、か?」

「上を見上げれば切りが無い。その怪物も、神の前ではどうしようもないだろう。個々人が出来るのは、己の至れる場所を目指せるかどうかだ。お前の最高は、ここなのか?」

 

ブレインの指先が震えた。それにリリーは祈る。

 

(頼む、折れないでくれ!戦い続けてくれ!そうして、うちに来てくれ!!)

 

心の内は、下心で満たされていたが。

 

「諦めて、剣士以外を目指すのもいいが。少なくとも歩き続ければ、どこかに至れるだろう。いつか、死ぬしかないのなら。届かない果てを目指しても良いだろう。人の人生は短いのだから。」

 

ブレインの目が見開かれて。

 

「・・・・・申し訳ありません。どうも、客人が来たようです。」

 

その言葉に四人の目の前に、人影が三つ現れる。それに、リリーは、八本指の人間であることを理解した。

 

(・・・・うわああああ、こんな狭いところで魔法とか、誰か巻き込むじゃねえか!)

 

それでもと覚悟を決めてリリーは構えを取る。そうして、ちらりとセバスを見た。

 

(私はクライムの補助に回って、セバスの爺さんの実力を量るか。)

 

なんてことを考えていた時だ。

 

「・・・・どなたか、来られますね。」

 

セバスのそれに、皆がなんだと視線を向ける。

言葉の通り、路地の向こうから人影が現れた。

それは、先ほど恐怖で逃げ出したはずの男で。

 

「ああ、リスさん。奇遇ですね。」

 

リスはそれに一瞬、逃げ出すことを考えた。

 

 

「・・・なるほど。」

 

リスは、モモンが納得顔で頷いているのを尻目に、男によってぼこぼこにされた暗殺者を見つめた。

 

「つまり、あなたとリスさんが保護した女性が狙われている、と?」

「ええ、そうです。」

 

リスは、何故か、偶然と言うにはあまりにも都合の良い登場に不信感増し増しでモモンを見つめる。というか、彼女はモモンに対して舌打ちしたかった。それが乱入したせいでセバスの実力を見ることが出来なかったのだ。

というか、クライムが頑張っているときに割り込んでくると言う空気の読めなさに辟易していた。

そうして、ともかくモモンから離れたいとクライムに話しかけた。

 

「それで、だ!クライム!お前さんの上に保護を頼めないか?」

「え、ええ、それはもちろん!」

「だ、そうだ!彼女、ツアレについてはこれで安心だ!さあ、セバス!彼女を連れてくるぞ!クライムも、すぐに許可を取りに行ってくれ!」

 

何はともあれ、モモンからさっさと離れたかった。あまりにも、その男は気味が悪すぎた。

いや、男についても探らなくてはいけないのだが。

何か、恐ろしすぎて触れたくない。

リリーはセバスの肩を掴んで、そのまま引きずって行こうとした。

 

「待ってください。」

 

それにリリーの動きは止まった。それはモモンの声に引き留められたと言うよりもまるで岩のような不動さのセバスを引きずれなかっただけなのだが。

 

「・・・・例え、その女性がどうにかなったとして。セバスさんに暗殺者が送られてくるのは止まらないのでは?」

「なら、どうするんだ?」

 

 

リリーが思わずそう言えば、モモンは当たり前のように言った。

 

「カチコミましょう。」

「「はあ?」」

 

ブレインとリリーは同時に言った。

 

「そうですね、それが得策かと。」

「「はあ!?」」

 

セバスの同意に、また叫んだ。リリーはそれに叫んだ。

 

「ま、まてまてまてまて!!」

「リスさん、どうかされましたか?」

「あのな、カチコムって、このメンバーでか!?斥候もいないような、ごりごりの前衛しかいない状況で!?」

「ええ、そうですが?」

 

モモンのそれにリリーは頭を抱えたくなった。そりゃあ、リリーだって一人でカチ込みして、そのまま蹂躙できる。モモンの実力を見るに、彼もまたそれが可能かも知れないが。

だが、問題なのは八本指が国の中核に纏わり付いている組織だと言うことだ。

 

「そうですかって、モモン殿!?」

「考えてみてください、リスさん。彼らはおそらく、彼女のことを探し続けますし。そうして、セバスさんにも暗殺者を送り続けます。なら、ここで叩いて、相手を混乱させ、矛先をこちらに向けさせるのです。」

「いや、それは、わかる。その思考はな?だがな、あなたは冒険者だろう?」

 

リリーはなんとか男にこれ以上関わりたくないと、モモンの提案を断ろうと必死に頭を回す。もう、ツアレに関しては帝国で引き取るから!

だから、もう、止めて欲しいと切々に願った。

 

「ぼ、冒険者は基本的に国のもめ事には関われないんだ?あなたに迷惑がかかるだろう?」

 

アダマンタイト級の冒険者であるモモンが協力を!?とそわそわしていたクライムは、その言葉に少しだけしゅんとしていた。

その事実を思い出したのだろう。

 

「下手をしたらあなたに不利なことになるかもしれない。」

 

リリーはそれにこれでモモンがこの件から引いてくれると思っていた。蒼の薔薇は経歴も長く、ラナー王女と密接な関係のリーダーのおかげという部分が重なり、冒険者組合も放置している。

だが、モモンは冒険者になったばかりの身だ。ならば、下手なことをして冒険者組合と妙な関係になりたくないはずだ。

そう思っていたはずなのだ。

 

「・・・・あなたこそ、どうしてそんなにも一度会っただけの誰かのために駆け回っているんですか?」

「は?」

 

リリーは何を聞くのだと思いつつ、口を開いた。

 

「私は今のところ、根無し草で、特別な勢力に着いているわけではない。だから、自由にしているし。それに、彼女がセバス殿の所に行くきっかけも作った身だ。なら、最後まで付き合うのが筋だろう。」

「なら、私が関わる理由も出来ますね。」

「は?」

 

リリーはいぶかしげにモモンを見つめた。モモンは不躾にガントレットをリリーに伸ばす。リリーはそれを避けようとするが、後ろにセバスがいるためにそれは適わない。

 

男の、不躾なそれが、戦いによって脱げたフードから晒された顔に触れる。

仮面越しに顔に触れ、そうして、冷たいガントレットが首を撫でる。びくりと、リリーの肩が震えた。

ぐいっと、モモンは屈み込んで。きっと、ヘルムの向こうで笑っていた。

 

「あなたがそう望むなら、私がそれを叶えない理由などないでしょう?」

 

それにブレインが唇を吹くのが聞こえたし、クライムはその様に少しだけ自分と、無礼だと理解しながらラナーと重ねた。

そうだ、その様は、なんというか、完璧なまでに愛しい女を口説こうとしている男の様だった。

 

アダマンタイト級の英雄が、愛しい女のために無茶をする。それは、ある意味で冒険譚の始まりのように周りからは見えていた。

けれど、リリーは違う。

 

ぶわあああああと体中にサブイボが走った。リリーは飛び退いてモモンから離れようとした。

けれど、それよりも先にモモンの手がするりと抜けた。その間も、リリーの髪を弄ぶように指先に絡めていた。

それは、アダマンタイト級というフィルターのおかげか、ひどく、モモンの仕草が決まって見えた。

 

(ああ、なれたら・・・・)

 

クライムはどきどきとする胸の内に、憧れのヒーローを見るようにモモンを見た、

 

「それに、もうすぐ色々と始まることがあるので。ならば、それの事前試合としてちょうど良いのですよ。」

 

その言葉にクライムは思うことがあるらしく、顔を引き締めた。

 

「さて、先ほどの暗殺者たちから話を聞いて向かいましょうか。」

 

モモンはそう言ってばさりとマントを捌いて動きだした。それにクライムとブレインがついて行く。

 

「リス様?」

「え、あ、うん!?」

 

リスは胸に手を当て、茫然としていた。それは、突然の接触にときめく乙女のようだった。それにセバスはあくまで穏やかにリスに微笑んだ。

 

「・・・リス様は果報者ですね。」

「な、何がだ?」

「あのような方に思われておられて。」

 

セバスは、そう、心底、思っているような声を出した。

 

「強く、慈悲深く、賢く、偉大なる方です。私にはわかります。」

 

まるでモモンのことを全て知っているかのような口調だなあと思えるような口調だった。

 

「は、ははははは。いや、モモン殿は、どの方にも優しい方だからな。」

 

そんなことをいってリリーはばくばくと鳴る心臓を押さえた。

リリーは体全身に冷や汗をかいて、震えそうになる足に渇を入れる。リリーは仮面を被っていてよかったと心底思う。

 

リリーの顔は恐怖に引きつり、そうして、意味がわからなすぎてその場で叫び倒したかった。

 

何なの!?

ねえ、何なの!?何考えてるの!?

絶対に思惑があるとわかっているからこそ、あそこまで分かりやすいアプローチが怖すぎる。そこでリリーは一つのことに思い至る。

 

(まさか、私が帝国側だって、気づかれてるのか!?)

 

リリーの脳裏には、下手こいたなとにこやかな顔で怒る兄の顔が浮んだ。

 

(あああああああああああ!!??なんで、次から次へとこんなに起こるんだよ!)

 

けれど、いくらリリーがモモンについて恐れても、どうしようもないことを理解している。だって、今のところ、モモンは品の良い英雄と言っていい立場だ。

 

(腹を決めて、探らないといけないのか。)

 

そこまで考えて、リリーはまた、やだなあとため息を吐いた。

 






リリー、ブレインとはリリーとして面識がある。内に来ない?という申し出をしたが考えさせて欲しいと言われてそのまま放置されて今に至る。


リリーさん、ウルベルトさんの服のデザインが好きすぎて外装データをまねしたものを持ってた。モモンガが羨ましいとのことで、モモンガ風のローブでおそろいにしてた時期も合った。


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激高

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

次回はナザリック側の話になると思います。
この話の本当のバッドはナザリックの誰かがリリーを殺してそれがアインズにバレた時だろうか。


 

「・・・あの。」

「モモン殿のことについては何も言わないからな?」

 

不機嫌さ全力という声音にクライムは思わず黙り込んだ。

リスという女については、幾度か話したことがある。ラナー王女の関係で蒼の薔薇の面子に関わる折、時々だけその中に混ざっていた。

 

「どなたですか?」

「まあ、野良猫みてえなもんだ。」

 

そんな反応が入ってくる。

冒険者というわけでもなく、どちらかというとワーカーに近いのだろうか。そんな存在が蒼の薔薇たちに混ざっていることは異端であった。

 

「独自の伝手があるようでね。情報提供者としては重宝しているの。」

 

そんな返答を貰った。モンスターについてや、また、八本指の動向などの情報も提供してくるのだという。それに加えて、魔法の腕も確かで、第五位階魔法まで到達しているのだという。

それははっきり言って英雄の枠組みに入っているはずだ。けれど、リス自身は目立つことを嫌っている。

 

「蒼の薔薇に入らないのですか?」

 

クライムはあまりにも立ち入りすぎていたと恥じているが、そんなことを聞いた。

それにリスはふっと少しだけ笑った。

 

「望みがある。そのために、根無し草がちょうどいい。」

 

リスの返答はそんなものだった。

 

「・・・・しかし、あんた、モモン殿についていかなくてよかったのか?」

 

そこでブレインが口を挟んできた。

 

「・・・明らかに過剰戦力だろう。」

 

苦々しい口調でリスは言った。

 

現在、リリーとクライム、そうしてブレインはツアレが放られた娼館に侵入していた。モモンとセバスとは二手に分かれていた。

モモンはリリーと共に行きたがったが、彼女の必死な抵抗にブレインとクライムペアにいれられた。

 

モモン殿とセバス殿の二人ならなんとかなる!だが、こっちは未熟なクライムがいる!なら、魔法詠唱者の私がいる方がいいな!そうだな!いいよな!!

 

ものすごいごり押しで押し通した。モモンもさすがに無理矢理連れて行くということは出来ずに、セバスを連れて行った。

 

「・・・すぐに片付けますので。」

 

それに思わずクライムへと怯えるようによりそい、リリーはその後ろ姿を見送った。

なんなのだろうか、あの覇気と言えるものは?

 

「・・・・そこ、扉がある。あと、罠は、解除。」

 

リリーはぐったりしながら、先頭を歩いていた。それをブレインはまじまじと見つめる。

 

「・・・あんた、盗賊だったのか?」

「いいや。ただ、ちょっといい目を持ってるだけ。」

 

リリーはそう言って、仮面の眼の部分を叩いた。

 

「・・・タレントか?」

「そう思っておいて。」

 

本当は違う。リリーの被っている仮面は簡易、それこそ、魔法以外の罠については認識できる魔法道具というだけだ。

あと、罠の解除も物理的な、それこそ魔法に関係していないもののため、リリーの持つマジックアイテムでなんとかしているだけだ。

 

(ユグドラシルだと、罠とかほぼほぼ魔法関係だったし。幻術系も高位になるからすぐにゴミアイテムになるけど。こっちだと重宝するよなあ。)

 

なんてことを考えつつ、三人はそのまま進んでいく。隠し扉を前にして、ブレインが言った。

 

「誰が行く?」

「クライムを一人で残しておけないぞ。こいつ、狭いところの戦闘なんて不得意だろ?私も、誰かと一緒が前提なら広いところの方がありがたい。」

「ええ、ですので広いところなら。」

「なら、三人でいくか。」

 

そうして、広間と言える場所にまでたどり着いた。そこまでやってきて、ブレインが改めてリリーを見た。

 

「それで、あんた、どれぐらい強い?」

「お前さんぐらいなら殺せるよ。」

 

さらりと言い切ったそれにブレインは目を見開き、そうして、クライムを見た。クライムは少しだけ困った顔をした。

 

「・・・強いことは確かです。蒼の薔薇の方々も認めておられる方なので。」

「そんなに強いのに根無し草か?」

「お前さん、人のこと言えるのか?」

 

呆れた調子でリリーはため息を吐き、そうして、吐き捨てるように言った。

 

「捜し物をしてるんだ。見つかるとは思っていないが。」

 

ブレインは目の前のそれを見た。

強いかどうかはわからない。魔法詠唱者という触れ込みであるが、それが魔法を使ったところを見ていないために実力はわからない。ただ、蒼の薔薇によって担保されたというのならば信用しても良いだろう。

何よりも、それの持つアイテムの一つ一つが有用で、それだけでも十分に戦力と言えた。

 

「・・・なら、ここからは俺一人で行く。」

「私はここでクライムと一緒にいよう。」

「わかった。」

「それならば、これを。」

 

クライムは万が一のことがあると、ガガーランから貰ったマジックアイテムを渡した。それをもってブレインは娼館の奥に向かっていく。

 

「・・・・はあ。」

 

リリーはそれに疲れたように頭を振った。

 

「大丈夫ですか?」

「なんでもない、気にしないでくれ。」

「・・・・モモン殿のことで?」

「その名前を言わないでくれ!!」

 

絶叫染みたそれにクライムはびくりと体を震わせた。それにリリーは申し訳なさそうに手を振った。

 

「すまない、色々あるんだ。色々と・・・・」

 

それにクライムはなんだかリリーが気の毒になる。クライムもラナーから寵愛を得ている身だ。そうして、アダマンタイト級の冒険者、英雄にも好かれるリリーももしかしたら似たような事があるのかも知れない。

噂によれば、モモンは美女を相棒に得ているそうで、その人とも色々とあるのやもとクライムは考えた。

 

(・・・モモンさんからのあれだけの思いがあっても得られないと言うことは。相当の事情があるのかも知れない。)

 

クライムが知る限り、リスという女は悪い人間ではない。飄々としてある程度の部分に立ち入らせない部分があっても、それはそれとして、クライムを蔑むことはない。

 

思うだけならタダだからな。その結末やら、先がどうしようもないとして。表に出せないとしても。願うだけなら自由だろう。

 

そんな言葉をかけてくれる程度には、人のことを慮ってくれる人だ。

 

クライムはその人の恋が実ることを切に願っていた。自分の思いが報われることがないと理解してるが故に。

 

 

(はああああああ、本当に、どうしたものか、あの男!)

 

リリーの心情などお構いなしではあるが。

 

リリーは正直、もうさっさととんずらをこきたかった。娼館自体燃やして完!と叫んで逃げ出したかった。

さすがにそんなことをするほど理性を放り出してはいなかったが。

脳裏に浮ぶのは、先ほどの男だ。

 

(・・・・高位のモンスターを倒して、なんでも、それを追ってきたそうだから訳ありなのはわかるが。いや、それにしても私を望む理由がない。)

仮に、帝国の皇女であると知っているのなら、援助を望んでいるのだろうか?

 

(冒険者組合で、どっかの王族の血筋なんじゃって話もあったしなあ。もしかしたら、それ関係で援助が欲しい?国が滅びてるなら、いっそのこと、再建のための足がかり・・・)

 

そこまで考えて、がたりと部屋の中で音がした。その音の方に視線を向けると、どうもクライムが部屋の中を調べているようだった。

彼は置いてある木箱を開けていた。

 

「何か入ってたか?」

「いえ。何故か、女物の衣装ばかりで。何か隠してるのか?」

 

それにリリーも近づき、木箱をのぞき込む。

 

(・・・女物の衣装、ここは娼館。)

 

そこまで考えて、リリーはその衣服の意味を理解した。

 

(・・・イメクラ?つーのか。いや、どこの世界でも、こういうのは変わんねえのか。)

 

リリーはちらりとクライムを見るが、少年はその衣装の意味がわかっていないらしいことを察した。

 

「・・・お前、本当にわかんないの?」

「え、リスさん、わかるんですか?」

 

その澄んだ瞳に、リリーは己が穢れていることを理解して切なくなった。

ごめんな、おばちゃん、すっかり汚れちゃってるんだ。

 

(つーか、この子、どこまで純粋培養。まあ、城でも孤立してるらしいし。男友達なんていないならそこら辺は無頓着なんだろうなあ。)

 

リリーはそんなことを考えつつ、クライムの肩を叩いた。

 

「・・・・お前はそのままであってくれ。」

「はい?」

 

そんなとき、がたんと、部屋の中に物音がした。それにクライムは辺りを警戒するように見回した。そこで、壁際に置かれた鉄の箱の側面が開かれていることに気づいた。

 

「あんたがサキュロント?」

 

姿を現した二人に、リリーは問うた。

平然と自分に問いかけてくるそれにサキュロントはため息を吐いた。

 

「コッコドールさん、彼らは?」

 

それに甲高い声でもう一人の男が答える。

 

「仮面の方は知らないけど、少年の方は、私がこの世で最もむかつくメスの部下ね。」

「なるほど、お姫様の部下ですか。」

 

リリーはコッコドールと呼ばれたそれがクライムに対してじっとりとした視線を向けていることに気づいた。

リリーはそれにモモンから向けられる視線のことを思い出して身震いする。

 

「おっさん、男の方が好きなの?この子、すでに予約済みだから上げられないけど。」

「誰がおっさんですって?」

「リスさん、援護をお願いします!」

「おっさんは、おっさん。いや、いいか。クライム、この人達は私がなんとかする。お前さんになんかあったら多方面にめんどうなんだから。殺し、たくはないけど。殺したらごめんね?」

 

リリーがそう言えば、サキュロントは皮肉げに笑いながら一歩踏み出す。それにクライムは圧倒的な何かを感じて抜き身の剣を構えた。

その時だ。

リリーの周りに、五つの光弾が現れる。

 

「い、いつつ?」

「だから、死なないでよ?」

 

打ち出された光弾は。まっすぐにサキュロントとコッコドールに向かっていく。

 

「ちぃ!!」

 

サキュロントの方は光弾を持った得物で打ち払う。それにリリーはまあ、そうかと納得した。

殺さないという大前提のために出力は落としているし、アダマンタイト級といわれるほどなら当然だろう。

 

(本命は・・・)

「ぎゃああああああああああ!?」

 

これまた甲高い悲鳴が響く、それにサキュロントは状況を理解して苦虫を噛みつぶした顔をした。

サキュロントが取りこぼしたマジック・アローはコッコドールの足を打ち抜き、彼はその場に倒れ伏していた。

 

(やっぱ、あっちには戦闘力ないか。まあ、どこかの部門のお偉いさんなら当然だ。さて、こうなったらサキュロントは。)

 

サキュロントは短期戦に切り替えたらしく、まっすぐにリリーたちに向かっていく。

 

(こっちに!)

 

クライムは茫然とリリーのことを見た。

以前、蒼の薔薇の、イビルアイから聞いたことがある。マジック・アローのような魔法は、出せる数によって魔法詠唱者の能力を量ることが出来るのだと。

 

それが、五つ。クライムはリスというそれの実力を理解して、驚いていた。けれど、サキュロントが近づいてくるのを見て正気に戻る。

構えを取ったクライムを、リリーは横から蹴り飛ばした。それにクライムは驚いた顔をした。

 

リリーは正直、戦うのが下手くそであったりする。

それは仕方が無い話で、ユグドラシルで彼女の目的は、友人の少なくなったモモンガとゲームをするのが目的で、それ以外ではグラフィックの見事だったユグドラシルの物見遊山をよくしていた。

それでさえも、モモンガにキャリーをして貰ってのことで、魔法の組み合わせもある意味で火力が高いものをという雑さだ。

帝国に生まれた後も、魔法の階位の高さで強者との戦いを経験したことがない。

 

(もっと、色々しとかないとダメだよなあ。)

 

そんなことを思いつつ、驚いたクライムのことを見て、マジック・アローを使用する。

 

サキュロントは迷っている。

無防備なクライムに向かい、後ろからマジック・アローを受けるか。

それとも、リリーに真っ正面から向かうか。

 

(まあ、だよな。)

 

サキュロントはリリーに向かってきた。リリーはそれに淡く笑い、マジック・アローを近接で叩き込む。

腕が、飛ぶのが見えた。

 

(最初から、腕に幻術かけてるのはわかってたから難しい相手でもなかったな。)

 

そんなことを考えている時、リリーは少しだけ油断をしていた。

そうだ、その、サキュロントというそれは腐っても戦士で、少しぐらいの矜恃というものがあったようで。

咄嗟とは言え、取り出した短刀を無事な方の手に振りかざしていた。

 

ぱさりと、軽いものが落ちる音がした。

 

「あ、くそが・・・」

「リスさん!?」

 

蹴り飛ばされた先で、クライムが立ち上がり、リリーに近寄る。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「うん?ああ、髪が切られただけだな。」

 

クライムの視線の先には、彼女の片側の後ろ髪が不自然な長さで揺れていた。

サキュロントはなんとか立ち上がろうとしたが。さすがに片腕を吹っ飛ばされた痛みで悶絶している。

このままだと死ぬなと理解して、リリーが止血をと思ったとき、部屋の扉が開いた。

 

「リスさん、大丈夫・・・・」

 

そこにはモモンがいた。リリーはそれに、はええなこいつと感心して、言葉をかけようとした。

けれど、それは喉の奥に引っ張られる。

 

何故って、モモンから爆発的な、殺気と言えるものが立ち上ったからだ。

 

「・・・・あああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

絶叫のような声が、部屋に響く。殺気と、憎悪と、憤怒が入り交じった声でモモンが叫び、そうしてがちゃんと兜を揺らす。

 

「誰がやった!?おい、誰がやったんだ!?」

 

悶絶するように、モモンは兜を両手で抱えるようにして体を揺する。

がんがんと揺すぶられるようなその声に、クライムは思わず、サキュロントを見た。それに全てを察したのか、モモンが殺気を振りまきながら近づいてくる。

 

「どうしてくれる!?完璧だったんだ!真っ直ぐな、背中まである黒い髪!完璧だった、そのままだった!なのに、貴様が損なわせたのか!?どうしてくれる!?完璧なまま、俺の物になるはずだったのに!そのものだったのに!ああ、欠けた、俺の、俺の、ものを!ああ!貴様か!!」

 

爆発的な殺気にクライムが隣でへたり込むのが見えた。そんな中、リリーだけが殺気と言えるものに鈍いおかげで平然と立っていた。

そうして、場違いのように考える。

 

(こいつ、どさくさに紛れて人のこと、自分のものとか言いやがってる・・・・)

 

リリーはどつき回して良いだろうかと考えつつ、あまりの殺気にサキュロントの危機を感じてモモンの前に躍り出た。

 

「どけ!そいつを殺せない!」

「殺すな!こいつは拘束対象だ!」

「何故だ!?ああ、せっかくの、くそ、完璧な!初めて見て、完璧だったんだ!完璧な、そのもので、くそが!!」

 

わななくような英雄のそれに、リリーは思わず、彼の連れていたナーベを思い出す。

 

(そんな極端な黒髪、ロングフェチなのか。知らんがな。それで声をかけて?いや、ニッチすぎる。んなもんもっとおるわ。)

 

リリーがまた口を開く前に、モモンはリリーの後ろ髪を確認するようにガントレットでリリーの首辺りを覆う。

 

「ああ、欠けてしまった。くそ、ああ、くそ。完璧で、そのままで。」

 

広がる殺気にリリーはサキュロントがショック死でもされれば困るとモモンに向かって言った。

 

「短髪の女は好みではないので?」

 

その言葉にモモンは子どものような声を出した。

 

「・・・・髪は、女の命でしょう?」

 

これまた懐かしいことを聞いたものだとリリーは思いつつ、モモンのガントレットの上から手を重ねた。

ともかく、何をしても落ち着かせねばと、色仕掛けでもしてやると意識して高い声を出した。

 

「ならば、あなたのためにもう一度伸ばしましょう。いかがですか?」

 

あなたのため、というそれにモモンはそわりとしてそうして、子どものような仕草でリリーのことを抱きしめた。

 

「・・・今度は、今度こそは、完璧で、損なわせないように、あなたを守りますから。」

 

鎧の上から締め上げるように抱きしめられ、リリーはそれに思い出したかのように危機感を感じる。そうして、モモンの方を軽く叩いた。

 

「ともかく、サキュロントの捕縛を優先で!」

 

それにモモンの後ろからセバスがやってきて、サキュロントを何らかの方法で治療しているのが見えた。

リリーはともかくモモンが落ち着くのを待つためにそのままにされていた。

そうして、男の言っていた言葉を思い出す。

 

(そのもの、でなあ。)

 

リリーは男が蘇生魔法に興味を持っていたことを思い出し、考える。

 

(死んだ誰かに似てたのかもな、もしかしたら。)

 

それにリリーは少しだけモモンに同情し、そうして、それはそれとして気持ち悪いなあとため息を吐いた。

 

(コレが終ったら、ほんとに逃げよう。)

 

そんなことを固く誓って。

 



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企み

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次回、ナザリック番フラッシュモブ!


 

リス、またはユリと名乗る女がいれば優先的に関わり、情報を引き出すこと。

 

そんな命がナザリックに回った折、大抵の僕は不思議に思った。

至高なる四十一人の一人でモモンガこと、アインズの命は何があっても優先すべきだ。

けれど、わざわざ人間の女を捜す、それも傷つけることは厳禁で、あくまで友好的であることを求められれば疑問にも思うだろう。

そんな中、偶然出会ったリスというそれが該当の人物かと報告を行った。

それにアインズはそれはそれは喜んだ。

 

(おお、そうか!よくやったセバス!)

 

己の主の役に立てたという事実にセバスは喜びに震えた。けれど、それと同時に疑問にも思う。

モモンガは非情に慈悲深い存在だ。けれど、それはそれとしてそこまで喜ぶのも疑問だった。

 

(・・・好ましい方でしたが。)

 

セバスの脳裏に浮ぶのは、つっけんどんな態度ではあるものの、非常に人がよさそうな女だった。

アインズはセバスにリスという女とできるだけ関係を良好に保つことだった。

ツアレのこともリスの気を引くために保護を許可された。

 

セバスは命令も有り、隙を狙ってはリスに近づいた。

リス自体、王都をうろついており、接触自体は難しくはない。

が、リスというそれはけんもほろろとセバスの申し出を断り続けた。

 

「・・・気遣いは無用だ。私は私の好きなようにやっているだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。礼もいらんし、そんなことをするなら、できるだけあの子を気遣ってやってくれ。」

 

そう言って、礼も、屋敷への招待も望まなかった。

が、それはそれとして拾った女、ツアレのことは気になるようでその話には食いついた。

 

セバスは、なんとなく、その女のことが不思議だった。

 

というのも、女は、なんというか善人というわけではない。クライムのような純粋さや、ブレインのような潔さのようなもの。

弱者への哀れみと言うには、何か、苦々しい声音をしたそれは、悪人というわけでもなく、善人ではなく。

ただ、仮面の下でずっとしかめっ面をしているのがわかった。

 

リスがなかなかこちらに乗ってこないことを知ったアインズは自ら王都までやってきた。

幾つかの依頼を片付け、早急な行動をしたアインズにセバスは驚いた。

 

何をそんなにそれに執着するのだろうか?

もちろん、アインズがそうであるというならそうでしかないのだが。

思い出すそれは、美しいのかもわからず、さりとて有能かもわからない。

セバスは思い出すが、やはり、アインズがそこまで執心する理由もわからない。

セバスはそれに問いかけてみようかと思うが、それこそ余計なことかと黙り込んだ。

 

そうして、アインズがやってきたその日、ツアレを目的に屋敷に八本指たちがやってきた。

セバスはやってしまったと後悔をし、けれど、報告をしなくてはとアインズに〈伝言〉を送ったのだ。

 

(・・・・何?)

(おそらく、八本指という組織の人間かと。)

 

セバスはその時、後悔をしていた。もちろん、リスとの関係を持てたことについては僥倖ではあった。

けれど、厄介ごとを招き入れてしまったことに関しては後悔する。何よりも、このままではツアレの身も危うい。

けれど、予想に反してはアインズは嬉しげな声を出した。

 

(ほう、そうか、そうか。ああ、ちょうどよかった。)

(丁度、ですか?)

(ああ、セバス。そのままリスに接触してくれ。)

 

そのままセバスはリスを巻き込む形で娼館へのカチ込みを行った。

が、どうもアインズの願いに反してリスとの行動は離れてしまった。

 

「・・・・セバスさん。」

「はい、なんでしょうか?」

「最速で、片付けさせていただきます。」

「了解しました。」

 

二人の強者に蹂躙された娼館側の人間達の末路はお察しの通りである。

 

セバスはずっと不思議であったのだ。アインズがそれを求める理由がわからなかった。

 

(そこまで有用な方なのか?)

 

あのアインズが求めるのだ。おそらく、ナザリックにとって有益な人なのだと考えていた。

けれど、その時、自分たち側の組織の人間を片付け、リスたちを助けに向かったときだ。

 

女の髪が、少しだけ短くなっているのが視界に映った。

その時の、圧倒的な己が主の怒り。

それを近くで、おまけに直に喰らったセバスは恐怖で震えた。絶望のオーラが噴出しなかったのは、アインズの最後の理性だった。

そんなことをして、その女が少しでも欠けるのが嫌がったために。

 

「・・・・髪が短くなってしまいましたね。」

「ああ、まあ、そうですね。」

「私が整えましょうか?」

「「は?」」

 

がたがたと震えるクライムをブレインと共に解放していたセバスはそれを聞いて、リスと一緒に叫んでいた。

アインズは、クライムが怖いだろうという建前をしながらリリーの側にいた。

 

「い、いいや!そんなことをさせられないだろう!?」

「遠慮せずに。私がもっと早く片付けていれば、こんなことには。」

「結構だ!本当に、大丈夫だ!アダマンタイト級の英雄にそんなことを!」

「ご安心を、これでも昔は己のことぐらいはしていたので。」

 

セバスは口をぽかんと開けてしまいそうだった。

 

至高の御方が?

そのリーダーであったモモンガ様が?

髪を?

使用人のように?

 

頭の中にはてなが浮び、そうして、怒りが浮んだ。

己の主がそのようなことを!

と思いはすれど、まだ、善性よりのセバスはアインズがそれを望んでおり、そうして、不敬だしね!?と断る女になんとかバランスを取る。

 

 

「・・・・セバスよ。」

「はい、何でしょうか、アインズ様?」

 

事が終り、一足先に屋敷に帰ってきていたセバスがアインズを出迎えると、少しだけ気落ちしたような声で己が主が問いかける。

 

「先ほどの私について、どう思う?」

「どう、というと。」

「リスから見て、私の態度だ。なんというか、変というか、踏み込みすぎではなかっただろうか?」

 

その場にアインズと親しい、それこそ彼についてすっぱり言える人間がいれば。

 

ダメに決まってるだろう、あほかお前は!!

と、叱責の一つでも出来ていただろう。

それこそ、彼の姉がいれば、そこまで親しくない女へのぐいぐい行きすぎ、怖い、キモい、全部ダメ!!

それぐらいは言って、正気に戻してくれただろう。けれど、その場にいるのは、アインズのイエスマンだけである。

 

セバスは思い起こす。

勇猛果敢に敵を倒し、誰かが傷つけられたことに怒り、髪を切られた女性を紳士的に気遣い、自ら世話をするという身の程以上の扱いまで行っていた。

 

「見事な立ち回りであったかと!」

 

アインズもツアレの様子を見て、女の扱いに若干の信頼を持ったセバスのそれに、よかったあと胸をなで下ろす。

世界のどこか、ばかあああああ!と叫ぶ姉がいたかも知れないが、それを知るものはいない。

 

そんな話をしていたときだ。

アインズに呼び出されたデミウルゴスとアルベドがやってきたのだ。

 

 

アインズはやってきたデミウルゴスを見て、少しだけどきどきした。

そうして、ちらりとアルベドを見た。

すでに先にアルベドには相談を行っていた。おそらく、計画としてはなんとかなるだろう。

目の前には、セバス、アルベド、ソリュシャンの四人がいる。

 

「・・・遅くに済まないな。一つ、早急に進めたい計画があり呼んだわけだが。すまないな、任せている仕事があるというのに立て込んでしまって。」

「いいえ!アインズ様からの呼び出しならば何よりも優先すべき事!」

「そうか、とはいえお前に任せている仕事も多い。負担が大きくなければ良いのだが。」

 

そう言えば、デミウルゴスは無垢とさえ言えるような笑みを浮かべた。そうしてそのねぎらいの言葉に礼を言い、やりがいがあると首を振った。

アインズはそれに対して心配になりつつも、デミウルゴスも無理を押し通すようなことはしないだろうと置いておくことにした。

 

そうして、アインズは、机をとんとんと叩く。

 

「それで、だな。今回の計画について、その、ナザリックへの利益はもちろんあるのだが。」

 

とんとんと、アインズは忙しなく机を叩く。

 

「だが、そのな。」

 

アインズは言いにくそうに指で机を叩く。

いつかは言わなければいけないのだ。アインズが、現在、主軸というか、目的にしていること。

現在、モモンとして活動していながら、依頼を断ってここまで来てしまっている自分に呆れる。

けれど、頭の隅で、揺れる黒い髪を思い出した。

 

(・・・・いい、最高だ。いいや、そのものだった。)

 

ずっとフードを被り、おまけに仮面をつけた女がそれを脱いだ瞬間、アインズは浮き足立ってしまった。

まっすぐな、さらさらとした、背中まである黒い髪。

日の光の中で、天使の輪が作られた、それ。

 

百合という女はあまり物欲がない女だった。

化粧っ気もなく、着飾ることもあまり好きではなかった。まあ、着飾ったところでという過酷な環境というのもあるのだが。

アインズのようにゲームもあまりしない人だった。強いて言うのならば、牧場経営するという牧歌的で延々と作業的なものを好んでしているぐらいだった。

 

そんな彼女は、唯一、髪の手入れにだけは一定の熱量を注いでいた。

元々ストレートの髪は、さらさらとしていて、良い匂いがしていた。

 

「お前さんは知らないだろうが。私の、実母といえばわかるかな?とても綺麗な髪をしていたんだ。」

 

そう言って見せて貰った画面の先では、百合と同じ真っ黒な、綺麗な髪を下ろした女性が笑っていた。

自分を背に、女が歩いている。

さらさらとした黒い髪がなびいている。

 

触ってみたいと思った。そうしたら、いつかに戯れのように梳った髪、そのもののような感触が得られると思った。

ガントレット越しではない、そのままに、触ってみたいと思った。

 

歩く後ろ姿は、まさしく、姉そのもので。

欲しいな、ああ、欲しいな。欲しくて、欲しくてたまらない。

 

そこでアインズの中で、爆発的な怒りがわき上がる。

 

(あの男!)

 

ああ、なのに、欠けてしまった!

姉そのものだったのに!あれが、そのまま欲しかったのに!あの男が、自分のものを傷つけた!

 

そこでアインズはようやく正気に戻る。

 

「ああ、すまない、皆。お前達に怒ったわけではないのだ。」

 

爆発的な怒りに震える守護者達にアインズは慌てて弁解する。それに、ぐっと歯を食いしばったデミウルゴスが口を開いた。

 

「・・・アインズ様、ならば、なぜ、そのようにお怒りを?」

「そうだな。いいや、その理由を話す前に、言わなくていけないことがあってな。」

 

アインズは悩んでいた。自分の私益のために一つの計画を進めること。そうして、下手をすれば損害がでるかもしれないのだ。

なによりも、彼らにとっては自分の望みは深いかもしれないのだ。そこで、アルベドが口を開く。

 

「・・・・アインズ様。」

「ああ、なんだ?」

「お望みがあれば、口にお出しください。アインズ様の命に応えることが我らの幸福。」

 

それが言外に意味することを察して、アインズは息を吐いた。そうだ、遅かれ早かれ言わなくてはいけない。

アインズは、少なくとも、アルベドという味方が得ていることを理解して、心が軽くなる。

 

「そのだな、デミウルゴス、セバス、ソリュシャン。」

欲しい、ものがあるのだ。

 

 

恐る恐る口にしたそれに、デミウルゴスはああと息を吐いた。

 

「アインズ様、そのように言われずとも、命じてくだされば早急にご用意いたします。もちろん、お時間が必要な場合もありますが。」

「いや、そのな。あー、人間が、欲しいのだ。」

「に、んげんですか?」

 

あまりにも漠然としたそれにデミウルゴスは改めて考えを巡らせようとした。アインズはその時、嫌な予感を覚えて口を開いた。

 

「そのだな、個人的にな。個人的に、どうしても、欲しい人間がいるのだ。私の、その、身勝手な考えでな。」

「欲しい、というと。その、何か利用価値が?」

 

それにアインズはどう説明したものかと考える。確かに、リスというそれに惹かれるが、手に入れてどうしたいのかといわれると少し悩む。

それにアインズは感性のままに口を開く。

 

「いや、有益になるかわからないが。なんというか。うーん、しまいたい?」

 

アインズが悩んだ末にそう言えば、皆の頭の上にはてなが浮ぶ。

アインズの想像は、その人間が己の手の内で行儀良く収まっている光景だ。

それに心が躍った。

そこにいて、そこで、自分のことを待って、にこにこと笑っていて、帰ってくれば嬉しそうに出迎えてくれたら。

姉のように、そうあってくれたら。

 

「綺麗に整えた部屋にいれて、そこでずっと過ごさせて。それで、いつもにこにこしていれば、いい、のか?」

「それは、飼育したい、ということですか?」

 

デミウルゴスのそれにアインズはそうだろうかと考える。

ただ、ナザリックの部屋の一室でそれが待っていると思うと、なんだかいいなと思う。

 

(・・・・家に帰ったらペットがいると癒やされるな。)

 

頭の隅で、殿!と騒ぐジャンガリアンハムスターがいたがアインズはそれをそっと無視した。

 

「・・・そうか?そうなのか、まあ、そんなものだな。それで、だな。現在、モモンに依頼が来ている。表向きは貴族側からの護衛だが、実際は対八本指の捕縛計画だ。」

「ほう、八本指ですか。確かに情報の中に。」

「ああ、それでだ。これを 機にモモンとして近づければ、と思ってな。」

 

アインズはひどく幼い仕草で両手をいじくった。それにデミウルゴスの思考は止まりそうになる。

 

何故、わざわざ人間を?

おまけに、それならば無理矢理にでも攫ってくれば良い。至高の御方からの寵愛を得られるのならばどんな人間でさえも頭を垂れてしかるべきなのだから。

わざわざモモンとして近づかなくてもよいのではないか?

 

それはもちろん、モモンの姿とは言え、リスにモモン様、みたいな扱いを受けたいアインズの密かな野望というか、アホと言われても仕方が無いような理由があるのだが。

そこまではさすがに言えなかった。

正直、アインズも、リスというそれをナザリックに連れて行くことに関しては反対だった。

ナザリックがアインズに対して忠誠を誓っているとは言え、リスというそれが傷つけられない可能性がないわけではないのだ。

 

「・・・・今回の八本指の捕縛でモモンの更なる名声と、あとは、八本指の資産を横取りも考えていてな。それで、モモンの活躍が必要になるのだ。」

 

もちろん、今回、クライムに引きずられて八本指の捕縛にかり出されているリスのことを考えた。

 

(強引に行きすぎた、いや、だが。彼女だって俺のために髪を伸ばしてくれるって言ってたし。何より、こっちは、顔やら資産よりも、強さが一番だって言うし!)

 

脈はあるとアインズは信じる。そんなものはなさ過ぎて死体レベルであるのだが。

 

「・・・それで、そのためにもっとよりよい提案がないか。デミウルゴスにも意見を聞きたいということでよろしいでしょうか?」

 

深い思考に嵌まっていたデミウルゴスは、アルベドのそれに意識を取り戻す。ちらりと伺ったアルベドは変わること無く淡く微笑んでいる。

それにデミウルゴスは多く疑問が残りはすれど。

 

「・・・アインズ様がお望みならば。」

 

そう、忠実な僕であるために頭を垂れた。

 





百合さん、ゲームでの種族は竜人だった。が、MMORPGなんて触ったこともなく、運用が当人的に難しすぎて能力的に使いやすい平均的な人間に作り直した。


アルベドの部屋は、モモンガ人形と百合人形の半々で埋まってる。


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悪魔との対決

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。




 

 

「リス、何か思うことがあるかもしれないが。仕事に集中しろ。」

「わかってますよ・・」

「なんだ、漆黒の英雄のことか?」

 

それにリリーは思いっきり顔をしかめた。

 

驚くほどに怒り狂ったモモンはひとまずリリーがなだめたことで落ち着いた。ただ、モモンからの直接的な殺気にクライムがしばらくの間使い物にならなかったのが厄介だったが。

ともかくは、冒険者であるモモンは関係が無いという建前を持って、離脱し、リリーとブレイン、そうして立ち直ったクライムによってサキュロントたちは捕縛された。

その後、リリーは王都で大々的に八本指の捕縛計画があることを知った。

 

「ここまで来たんなら乗りかかった船だ、付き合え。」

 

ガガーランの言葉でリリーはそのまま捕縛計画の一部として加えられたのだ。

それについては不満はないわけではないが、それはそれとして割り切った。

 

(絶対に捕縛は無理だろうなあ。大方、伝手を使って出てくるだろうし。頭を捥いでも、手足が暴れたら意味が無い。まあ、今回は敵方の戦力の情報を知れれば、後々便利だろうし。)

 

もし、何かあればとんずらすれば良い。そう思っていた矢先、それぞれの班に分けられたときだ。

 

「ああ、リスさん、お久しぶりですね!」

 

いけしゃあしゃあと顔を出した男にリリーは殺意混じりににらみ付けた。

 

久しぶりもくそもねえよ、殺すぞ、くそが!

なんてぶち切れ状態であるが、それはそれとして、そんなことを表に出せるはずがない。殺す気だ、殺意を持つんだ。

でないと、正直怖くて逃げたいという一心になってしまう。

 

「・・・・お久しぶりです。」

 

リリーは恐怖を殺意で必死に覆い隠して返事をした。そうして、両手を上品に組みながら、不安を隠すためにこすり合わせる。

 

「ええ、またお会いできて嬉しいです。リスさんも、この件に?」

「まあ、その、蒼の薔薇の方々に言われまして。お力になれればと。」

「・・・・そうですか。リスさんの実力も理解していますが。危険では?」

「いえ、そう言ってくださってありがたいのですが。私にも自負はありますので。それに、私はあくまで補助というか。」

「待機、というのは難しいのでしょうか?」

「頭数に入っておりますし。皆さん、お強いので、私は前に出ませんが!」

 

リリーは背中にぶわあああああああと変な汗をかきながらそう割り込んだ。

 

(ああああ、やめて、これ以上話さないでくれ!)

 

リリーはモモンの後ろにいる、美姫ナーベからのずもおおおおと擬音が付きそうな視線にダッシュで逃げ出したくなった。

 

(あー!あー!お客様!お客様!そのような視線を向けないでください!知りません、いりません!というか、さっさとそっちで引き取れや!)

 

そう叫べればよかったのだろう。けれど、そんなことを言えるはずがない。周りの人間はまじまじと好奇心に満ちた目でモモンとリリーのやりとりを見つめていた。

 

「あー、モモン殿?」

「はい、なんでしょうか?」

「これから、班分けについての話もしないといけないので。そこまでにしていただけますか?」

「ああ。それは、すみません。」

 

モモンはそれに名残惜しそうにリリーから離れれば、近くにいたガガーランが楽しそうな声を出した。

 

「なんだ、お前、隅に置けねえな?」

「・・・・勘弁して欲しいんですがね。」

 

リリーとしてはそんな関係ではないと言いたかったが、ガガーランとしてはからかうなという意味として取ったのだろう。

けらけらと高らかに笑った。リリーはそこでクライムの方に視線を向ける。

丁度、その場にいたクライムは少しだけ怯えているように見えて、リリーはそっと彼に近寄った。

 

「・・・・大丈夫か?」

「あ、リスさん。いいえ。平気ですよ?」

 

その言葉は嘘ではないようで、淡く微笑んだ。娼館の襲撃時には腰が抜けて立てないほどであったが、どうやらなかなかに根性があったようだ。

 

(まあ、あの執事のじいさんの殺気にも耐えてたもんな。)

 

そんなことを考えつつ、今回の襲撃についての説明を聞き、そうして班分けが発表された。そうして、リリーは見事、モモンとは別行動となった。

リリーはそれにやったああああああ!と内心でガッツポーズを行った。やった、やったとうきうきしながら同じ班のイビルアイの元に向かおうとした。

 

「・・・・リスさんと同じ班というのは?」

 

おう、黙れや。

リリーは咄嗟にその余計な口を閉じさせるためにモモンに跳び蹴りを加えるかを考えた。けれど、もちろん、そんなことはできないのだからその場で固まるしかない。

 

「・・・モモン殿、それは、さすがに。」

「無理でしょうか?」

「そうですね、彼女は蒼の薔薇のメンバーと行動するのに慣れていますので。」

 

ラキュースのそれにリリーはがんばれとうちわを振る。それに、周りも同調する。

 

「あー、モモン殿、心配するのはわかるが。」

「そうだ、彼女も実力者。心配ない。」

「惚れた女が戦場に出るのは心配だろうが。」

「ああ、それを送り出してやるのも心意気だ。」

 

追加されるそれらに、そう言う存在へもド突き回してやろうかと考えた。それにモモンは残念そうに肩を落とした。

 

「・・・そうですね。リスさん。」

 

モモンはリリーの肩に流した横髪を一房摘まみ、そうしてそれに顔を寄せた。

 

「こちらのことをすぐに終わらせますので。」

安心してください。

 

自分に向かっていく生ぬるい視線、蒼の薔薇の好奇心に満ちた目、そうしてナーベの殺意混じりのそれ。

リリーは愛想笑いをしながら、いっそのこと殺せと切に思った。

 

 

 

「にしても、いつの間にアダマンタイト級の男なんぞ引っかけたんだ?」

 

イビルアイのからかい混じりのそれに、リリーは死んだ目をした。

丁度、一足先に移動したガガーランたちを追っていた。イビルアイは、珍しくそんな雑談を振った。

 

「知りませんよ、何か、気に入られているんでしょうね?」

 

気に入るというそれに苦々しさを混じらせ言えば、イビルアイは楽しそうな声を上げた。

 

「まあ、根無し草でおらずに、アダマンタイト級の人間なら囲われるのもいいんじゃないのか?帰れもしない故郷を探さずにな。」

 

それにリリーは何と答えれば良いのかわからなかった。

そこそこ長い付き合いをしている蒼の薔薇であるが、イビルアイとは少しだけシンパシーを感じていた。

というよりも、リリーはイビルアイが吸血鬼であることを理解していた。

そのために、思わず、この世界で吸血鬼と人間が行動していることに驚き、思わず声をかけた。

もちろん、一悶着ありはしたが、なんとか落ち着いた。

 

リリーは基本的に、拠点は帝国に置いていると説明しているが、聞かれたことがある。冒険者にもならず、所属もせずに何をしているのだと。

その時、リリーは思わず答えてしまったのだ。

 

帰れもしない故郷に行く方法を探していると。

それは、武者修行という、この世界では荒唐無稽というか、命知らずな要素を強固にするためのフレーバーで、そうして、リリーの本音だ。

 

ジルクニフという恩義を持たなければ、きっと、それのためにふらふらと世界を歩いて、そうして最後には野垂れ死んでいただろうとリリーは思っている。

 

蒼の薔薇の人間は、それにリリーの故郷が滅びたと勘違いし、イビルアイはそれに苦々しい声を出した。

奇跡を信じるな、と。

 

「自分には気が重いので遠慮したいんですよ。大体、隣にいたナーベさんの顔、見ました?あの人と共にやっていくのはキツいですよ?」

「はっ!確かに、すごかった。まあ、アダマンタイト級の男の隣に立てるほどの実力と、そうして、あの容姿だ。それ相応の自負もあるだろう。何よりも、ぽっと出の女にあれほど入れ込まれてはな。」

「ええ、ですんで今回のことが終わったら、カッツェ平野を調べてそのまま帝国に帰りますよ。もう、勘弁して欲しいので。」

 

あの男めちゃくちゃやばいですよ!と言い触らしたいが、それを言っても信じて貰えないだろう。

モモンは基本的に人格者というか、潔癖で通っている。何せ、エ・ランテルで上等と言っても差し支えのない娼婦たちに言い寄られても色々と大丈夫だった男だ。

面構えというか、不能なのだろうかとリリーはとても失礼なことを考える。

 

「・・・・・まあ、好きにしろ。ただ、星を見上げ続けながら歩けば、いつか落とし穴に落ちるのが関の山だぞ。」

「わかってますよ。」

 

イビルアイのそれにリリーは苦々しく言った。

 

(それでも。夢を見るぐらいは、自由だ。)

姉さん。

 

柔らかな弟の、もう、忘れかけた声を夢想した。

 

 

 

(あ、ははははははははは!本当に、まじで、上手くいかねえな!!)

 

リリーは死んだ目で目の前のそれを見る。

そこにいたのは、みんな大好き社畜の象徴、はさすがに偏見に満ちているが、見慣れたスーツを纏った異形が一人。

 

「ふむ、これはこれは、なるほど。」

(うわあ、良い声。)

 

リリーはバカみたいにそんなことを考えた。

 

 

ガガーランたちに追いついたリリーたちが見たのは、何故か和風のメイド服を着た女と戦闘であった。イビルアイはそれに魔法を叩き込み、そうして、ガガーランたちの前に躍り出た。

 

「誰ぇ?」

「誰、というか、ガガーランの姐さん、敵!?」

「さっきまで八本指の奴らの腕を食ってやがったぞ!」

「あらあ、服のセンスはめちゃくちゃいいのに残念!!」

「馬鹿者!人食いの化け物に何を言っている!?」

 

リリーは思わずそう言った。けれど、現実逃避のようであるが、それは素直な感想だ。

クラシカルなロングスタイルのメイドも良いが、それはそれとして和風のモダンな雰囲気のメイド服もいいと思っている。

というか、あまりにもイレギュラーなことが多すぎて自分でも何を言っているのかわかっていない。

目の前の、その異形はリリーのそれににやりと笑った。

 

「へえ、服のセンスはいいんだ。それに、あれ、そっか。」

 

何故か、それはまじまじとリリーを見た。それに、リリーはぶわあああと嫌な予感に包まれる。

 

「ちょっと小手調べにやっていい!?」

「かまわん!」

 

イビルアイのそれにリリーは〈魔法の矢〉を放つ。けれど、それ自体、どうも使役しているらしい蟲で防がれる。

 

(・・・うーん、レベル差的にそこまでではない?でも、ガガーランの姐さんたちは苦戦してたなら実力発揮してやると厄介だし。)

 

リリーはそのメイドを引き離して、一人になることを考える。弟に貰ったスクロールを使えばなんとかなるかも知れないと思ったのだ。そこまで考えているとイビルアイが叫ぶ。

 

「リス!援護しろ!ガガーラン、お前は回復に専念!」

「了解・・・・」

 

リリーは今はともかくイビルアイのそれに従おうとしたときだ。

 

「おや、皆さん、おそろいのようで。」

 

とても、良い声がした。

時が止まる。何故って、これから殺し合いをしようという時で、もっと切羽詰まっているときに、あまりにも優しげな声がしたものだから。

リリーは声のする方を見た。

 

リリーから数歩離れた先に、男が、いた。

 

ひどく仕立てが良い、けれど、なかなかに尖った色合いのスーツを着ていた。リリーは懐かしいとバカみたいに考えて、男の背後で揺れる金属製の尻尾に気づいてああと思う。

 

「離れろ!!」

 

イビルアイのそれに、リリーは全力で男、いいや、異形から離れた。道化師を思わせる仮面を付けたそれは特別気にすることもなくそれを見送る。

 

「君は下がっていい。ここは私が何とかしよう。」

 

ねぎらいに満ちたそれは、どこまでも優しげだ。それにメイド服のそれは、ひらひらとその場にいた人間に手を振った。

 

「じゃあ、お暇しますー。」

 

そう言って、蟲を使ってメイドは空に飛び上がる。

 

「・・・・イビルアイの親戚か?」

「個性豊かなご家族で。」

「ふざけてる場合か!?お前達は逃げろ!」

 

イビルアイが殿を務めるとそう言っているのをリリーは聞きながら、無理くない?と考えていた。

 

リリーは死を知っている。

流れ落ちる血の暖かさ、にじり寄る絶望、欠けていく己。だから、わかる、理解する。

それは、多分、強いのだと。

 

だから、リリーは理解する。

多分、どうしようもないし、さっさと転移魔法でも使った方がいいと。

けれど、その前に、リリーの足は止まった。

何故って、簡単だ。

 

(あれは、帝国の、兄上の、敵だ。)

 

それだけが、それだけで、リリーの中の天秤はあっさりと戦うことを決意する。

 

死の恐怖も、なぶられるかも知れないという危機感も、全てが凌駕される。

女の、生きる意味だった愛といえる弟のいない世界で、それでも歩みを止めない理由。

 

たった一度の、男の誠実さに報いるために、リリーは死ぬことを決意する。

命の恩義は、命によって報いるしかないと知っているために。

それこそが、己が己である理由だと理解しているために。

 

「さて、待ってばかりもいられないので。はじめさせていただいても?」

 

異形のそれにイビルアイが逃げろと叫ぶ。けれど、リリーだけはその場に立っていた。

 

「リス、お前も!」

「残るよ。」

私は、あんたよりも強いから。

 

揺るがないそれにイビルアイは正気を失ったかと疑うが、それに対処している時間はない。

 

「ふふふ、おや、行ってしまわれるのですか?ふむ、確かにあちらに興味は無いですが。別れとは辛いもの。転移は阻止させていただきます。〈次元封鎖〉。」

 

(おいおい、それって上位の悪魔とかしか使えないやつ!ウルベルトさんに聞いた~。)

 

ちらりと見たイビルアイは逃げられないことを覚ったのか、それでもと変わること無く揺るがずに戦闘態勢に入っている。それにリリーも覚悟を決める。

実力が知れたときは、リスという女の存在を消す、それだけだと。

 

「さて、先は譲ります。あなたの実力を見せていただきたい。」

 

悪魔のそれに、イビルアイは不敵に笑う。

 

「では好意に甘えて先手を取らせてもらう!食らえ!〈魔法最強化・結晶散弾〉!」

 

それが悪魔に通らないのを見て、魔法の無効化を持っているのかとリリーは思いつつ、悪魔に効く魔法について考える。

 

(私が使える魔法で、悪魔、たぶん、属性的に悪ならば。)

 

悪魔はイビルアイのそれにつまらなさそうに肩をすくめて、リリーを見た。それにリリーは魔法を放つ。

 

「〈善なる極撃〉」

 

光が、落ちてきた。

イビルアイはそう思った。

光の柱が、まっすぐに、天罰のように悪魔に落ちてくる。その様は、まるで鉄槌のようで。

悪魔の身を包むように辺りに光が眩んだ。

イビルアイは咄嗟に目をつぶる。

 

死んだと、イビルアイは思った。それでも、肌に感じる力、それによって悪魔がその身を散り散りにさせているのだと、そう思った。

 

「ふ、ははははははははははははははは!!」

 

高笑いが聞こえた。

イビルアイはそれに、目を開けて、絶望する。

確かに、悪魔は傷を負っていた。負ってはいたが、それでも、なお、健在である。

悪魔は己のスーツについた埃を払うような仕草をし、そうして、目の前に立つリリーに喜々として話しかけた。

 

「ああ、やはり!なるほど!そうですか、そうですか!」

「あ、ははははははははは。まじか、あれが効かないか、そうかあ。」

 

リリーがぼやく中で、悪魔の心情などわからないだろうが、それは歓喜していた。

彼は、この世界に来てから初めてダメージというものを負った。それは、目の前のそれが確かに上位で有り、この世界の上澄み部分であることを指す。

 

(ああ、さすがは至高の御方!ただ気に入った?いいや、それだけではない。勘、それだけで、正しく、重要な存在を選んでおられる!)

 

嗅ぎ取ったのは、色々と違う方向の執着によるものだが、悪魔にとってはそんなことしったこっちゃないのだ。

悪魔の主人自体、共犯者の女について設定をいじったが故の信頼があるが、悪魔という種族などのせいでどうしてもその男には裏事情を言えていなかったりする。

 

「・・・・リス!」

「事情の詮索とかやめていただけませんかね?」

「先ほどの魔法は!?」

「・・・・・周りには秘密で頼みますが、第7位階です。」

 

それにイビルアイはリスというそれが、それほどの魔法を行使したこと、そうして、それが目の前の悪魔に通じないことを理解して、歯を食いしばった。

驚きや、聞きたいことは山ほどある。けれど、そんな場合でないことは理解していた。

 

「万事休す、か。」

「だからといって根性はらないわけにもいかないですよ。」

 

揺るがないリスのそれに、イビルアイははっとする。

そうだ、自分は伝説に歌われた女だ。何よりも、隣のそれは、驚くほどに頼もしいと思う。

 

「・・・私と一緒に死んでくれ。」

「覚悟は等に決まっている。」

「はあ、おしゃべりはそれでいいですか?ご安心を。そちらのあなたは殺しません。興味が、わきました。」

 

悪魔がそう言った瞬間だ。

 

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

 

悪魔の腕が盛大に膨れ上がり、そうして、それはイビルアイに向かった。

 

「お嬢!」

 

イビルアイは軽々と吹っ飛ばされていくのが見えた。それと同時に、その腕はリリーに向かい、そうして彼女は拘束される。

 

(あああああ!ここで戦闘経験のなさが響く!)

 

リリーに悪魔は話しかける。

 

「ふむ、ふむ、興味深い。あなたは連れて帰ることにしましょう。なに、ご安心を。いい子にしていれば何もしませんから。」

(・・・使うか。)

 

リリーは自由になる腕を首元に伸ばそうとした。

そこには、彼女の隠し球が存在する。

彼女の弟が、どうしてもと欲しがり、ボーナスの殆どをつぎ込んだそれ。

もちろん、それを知ってリリーは愚弟をバキバキに叱り飛ばした。

 

(支払いが滞りそうだったから、代わりに払ったからなあの時。)

 

金を貯めてて良かったと、あの時しみじみと思ったものだ。そうして、胸にあるそれは、その騒動の後、そんなに出ないのかと、リリーがゲームを始めた際に出た復刻版のガチャで当てたとある指輪だ。

 

(願い、叶えてくれよ!)

 

切に思ったその時だ、ぶんと、風を切る音がした。それに、拘束が外れ、悪魔の巨大な腕は何かを防ぐ。

それは、大剣だった。

 

リリーはそれに、助けが来たと理解した。

 

「・・・・その人に、何をしている。」

 

それは、漆黒の鎧を纏った英雄だった。

 





ちなみに、リリーは十連ガチャで弟の欲しがった指輪を二枚抜きした。無欲の勝利に弟は泣いた。


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見当違いの被害

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたらうれしいです。


 

 

突然現れたそれに、漆黒の鎧を纏ったそれに、リリーは仮面の下で淡く笑った。

 

(まじで、英雄じゃないか。)

 

本当に英雄であるのだが、今までの行いが行いであるためにそんなことを考える。

 

「これは、これは・・・」

 

悪魔はモモンに向けている腕を振り払うように動かした。それにかあんと硬質な音がし、悪魔が後方に下がった。

 

「そうですね、まず、名前を・・・・」

「何をしている?」

 

悪魔が、ひどくうやうやしく礼をしようとしていた。けれど、それを遮るようにモモンが、低く、憎悪に塗れた声を出した。

その場に蹲り、締め付けられた腹の質感にふらついているとモモンから立ち上る殺気に気づく。

 

「なにを、とは、私はただ・・・・」

「私のものに無断で触れたんだぞ!?」

 

吹き荒れるような怒りにリリーはまたかと一歩下がる。

びりびりとした怒気が肌を刺す。がちゃがちゃと耳障りな金属同士が響く。

 

「今度こそ、足先から髪一房まで、全て、全て、完璧に保つはずだったんだ!なのに、なのに!くそ!俺だってまだ髪しか触れたことがないんだぞ!?それよりも先に触れやがった!」

 

腹の底に響くような憎悪と言えるそれにリリーはさすがに震えた。

怖い、その殺意も憎悪も怖いが、何の関係もない自分についてそこまでキレてるお前が怖い。

というか、先に触れたってなんだよ。つーか、人の髪でも勝手に触れんじゃねえよ。

少しだけ上がった好感度が静かに下がる。

この場がどこなのかなんて忘れて、しらっとした目をしてしまう。

 

モモンはその場に座り込んだリリーに視線を向けた。リリーは目の前の男の殺気に震えながら、庇うように腹を押さえていた。

それに更にびりびりとした怒りを感じる。

 

「仕置きが必要のようだな・・・・」

(帰って良いだろうか?)

 

痛みも忘れて逃避のようにそう思った。それに何故か悪魔は動揺するように体を震わせていた。

 

「・・・・傷つける気などはありませんでした。ええ、なにせ、彼女は良くも悪くも興味深く。」

「俺のものに、俺よりも先に触れた。」

理由はそれで十分だ。

 

んな理不尽な。

リリーは思わず状況も忘れて悪魔に同情してしまった。

その時だ、がたりと音がした。それに視線を向けると、〈飛行〉でこちらに向かってくるイビルアイがいた。

イビルアイはリリーの安否を確かめるように

 

「リス!そうして、モモン殿か!同じアダマンタイト級として、協力を要請したい!」

「言われずとも。」

 

ぶんと振った大剣から風圧を感じた。イビルアイが、リリーを担ぎ上げる。

 

「・・・わ、私たちも戦いを。」

「・・・私たちでは邪魔になるだけだ。」

「というか、お嬢!怪我は?」

「肉体の傷を、魔力ダメージに変換した。肉体的なダメージはない。」

 

戦いの邪魔にならぬようにとイビルアイはリリーを抱えて距離を取る。

その時だ。

風が駆け抜けたような気がした。

 

意識をモモンに移すと、そこには、あれほど自分たちが苦戦した悪魔とゆうゆうと戦う男がいた。

苛烈に、大剣が悪魔の腕と打ち合っている。本当に、ぶんと、棍棒を振るが如くだ。悪魔は押され気味、というか、まじで殺す気だなとリリーは思う。

首などを確実に狙っている。

 

(でも、うちの騎士達に比べて、なーんか、動きがぎこちないような・・・)

 

ぼんやりと考える。

 

「ああ、そこまでお怒りにならず!われらとて、目的をあってのことなのですが!」

 

声に焦りが見えているが、押されているのだろうか?

確かにその鬼気迫るような打ち合いには、命の危機を感じても仕方が無いだろう。

 

「目的?」

 

静かな声で、モモンは動きを止めた。悪魔はそれにほっとしたような仕草をする。

 

「・・・私の名はヤルダバオトと、申します。そちらは?」

「・・・・モモンだ。」

「名乗り、ありがとうございます。今回、我らがこのようにこの都市を訪れたのは、偏に八本指という組織の人間に召喚をされてしまって。」

「あいつら、あんな強力な悪魔を召喚していただと!?」

「ええ、といっても、我らを従わせるような実力などはありませんでしたが。そうはいっても偶然が重なり、奇跡のような状況でのこと。我らはただ、この契約を打ち切るための楔となったアイテムを探しているのですよ。」

「それを返せば、帰ると?」

「歪な契約を交わしているので、あまり危害は加えられないのですが。まあ、状況が状況ですので、穏便には難しいでしょうね。」

「そうか。」

 

イビルアイが怒りに満ちた声を発する中で、リリーはヤルダバオトという名前に覚えがあった。

 

(ウルベルトさんから聞いたような。どっかの神話の神様だった気が。というか、何故、この世界でうちの世界の神話が出てくるんだ?というよりも、そういうように無意識に翻訳してる?それとも、前に来たプレイヤーからの伝来?)

 

英雄と悪魔の激しい戦いがまた再開される。

リリーがそんなことを考えていると、ぼそりと隣で呟く声がする。

 

「・・・・がんばれ、ももんさま。」

 

がばっとイビルアイの方をリリーは見た。そこには、乙女がごとく胸の前で両手を組むイビルアイの姿が。

 

(おいおいおいおい!!)

 

てめえ、んなガラじゃねえだろうと咄嗟に喉の奥から飛び出しそうなそれを押さえて、リリーは目をかっぴらく。

 

(待ってくれ、頼む、嘘だと言ってくれ!これ以上事態を複雑にしないでくれ!ちがうよな、なあ!?)

 

なんてことを考えても、イビルアイは仮面にフードを付けるおそろいの不審者スタイルであるが、うっとりと、なんだか花が散っている気がする。

 

(ああああああああああああああああ!!)

 

リリーはその場に蹲って頭を抱えたくなった。だって、そうだろう?

現在、客観的に見て、自分はモモンに迫られていて。そうして、イビルアイはなんだか、ちょっと、やばい雰囲気をしていて。

というか、長い付き合いでイビルアイに愛着があるリリーは叫びたかった。

 

やめとけ、そんな男!

 

ゴガンという音が辺りに響く。それに、音の方を見るとヤルダバオトがごろごろととんでもない勢いで転がっていた。そうして、スーツについた埃を払いながら立ち上がる。

肉が叩きつけられたと思えないような勢いに、リリーは改めてモモンの力量が桁違いであることを理解する。

 

「・・・・だいぶ、お怒りのようですね。モモンさ――ん。」

「それで?言いたいことはそれだけか?」

(刺々しいな。当たり前だが。)

 

リリーは立ち上がり、そうして、根性をいれるように足を踏みしめた。

 

(勝てないからって、何もしないわけにはいかない、よな。)

「あなたには勝てません、あまりにも強すぎる。ですが。」

 

ヤルダバオトはそう言って、モモンに向き直る。

 

「悪魔の諸相:触腕の翼」

 

それと同時にヤルダバオトの背中から平べったく、そうして触手のような翼が生えた。

 

(モモン殿に気を張ってる内に。)

 

リリーは〈飛行〉によって飛び上がった。

 

(上から奇襲を!)

「あなたは強い、ええ、本当に強い。ですので、こういうのはいかがでしょうか?あなたの後ろの宝まで守り切れますかね?」

 

リリーが上に飛び上がった瞬間、射出されるような勢いで翼がリリーとイビルアイのいた方向に伸ばされた。

 

「お嬢!」

 

リリーはイビルアイが先ほどのダメージを魔力ダメージに移したことを思い出す。

 

(防御に回せる魔力、余ってるのか!?)

 

それにイビルアイは伏せるように丸くなる。リリーはイビルアイの体が細切れになるのを想像した。

咄嗟に下降しようとしたときだ。

英雄が、イビルアイの目の前に降り立った。

 

 

「・・・・大丈夫ですか?」

 

どこか、固い印象の声にイビルアイは目を見開いた。

まるで強固な盾のように、男はイビルアイを庇って見せた。

そこで気づく。モモンの肩に羽根が一本突き刺さっていることに。

 

「か、肩に!大丈夫ですか?」

「・・・いえ、こちらは大丈夫ですので。」

 

どこか無愛想な声音であるが、それも仕方が無い。今は、何よりも危機の時だ。けれど、そんな傷さえも平気そうな、断固たる姿勢にどきんと、イビルアイの胸が脈打った。

顔が、熱い。

自分を男が守ろうとしてくれた事実に、もじもじと落ち着かない気分になる。

 

「お見事、です、ね。宝は、まあ、無事でした。心より賞賛します。」

 

ヤルダバオトは何故か視線を上に向かわせつつ、そんなことを言った。

 

「・・・世辞はいらん。それで、どうする?」

 

モモンはちらちらと上で待機するリリーを見ていた。イビルアイはそれにリスのことを気遣ってのことだと理解した。

それに、胸がチクリとした。

当然だ、これほどの英雄なのだ。ならば、彼女を心配するのも仕方が無いのだ。

そう、自分に言い聞かせる。

 

「さあ?」

「そうか。それで、何故、距離を取るのだ?」

 

そういったモモンはちらちらと上と、そうしてイビルアイに視線を向けるような仕草をする。それに、イビルアイは自分とリリーの存在が気になるのだと理解した。

イビルアイはそれに己が足手まといである事実を恥じた。

そうして、モモンの指先がぴくぴくと震えると同時に、何か、諦めたような恐る恐るとした仕草でイビルアイに手が伸ばされた。

それにイビルアイはこの世の吟遊詩人達に謝罪をする。

 

騎士は本当にか弱き乙女を抱き上げて戦うのだと。まあ、荷物を抱えるような仕草であったが。

 

「モモン殿!微力ながら助太刀をする!」

 

上空でリスの声が響く。その時だ、ヤルダバオトがそれに足を動かす。

 

「いえ、この辺りで私は引かせていただきます。私どもの目的は、私たちを、契約の楔となったアイテムを探すことですので。これより、王都の一部を煉獄の炎で包みます。もし、侵入してくるようならばあなた方をあの世に送ることを約束しましょう。」

 

そのままヤルダバオトは早々と王都の闇の中に消えていった。

イビルアイは焦る。

ヤルダバオトを早々と打たねばと思うが、モモンはそれを否定した。自分自身を先ほど守ったことで、人質としての価値を示してしまったのだ。

 

「・・・ナーベ、これからどうするべきだろうな?」

 

その声と同時に、空から一人の女が下りてくる。

それにイビルアイは目を見開いた。美しい女ならば見たことがある。それでなお、美姫などと謳われる女がどんなものかと内心で嘲っていたが。

あまりにも、美しい女なのだ。

 

「合流をすべきかと思います。」

「それもそうだな。」

 

モモンはそう言ってイビルアイをその場に下ろした。その、絶対的な安心感のある腕が離れていくことにイビルアイは不安感で一杯になる。

それに、イビルアイは仮面の下でかああと赤面をした。

 

(あああああああああ、だって仕方が無いだろう!だって、かっこよかったんだ!私のことを守れるような男なんてそうそういないだろう!?)

「・・・先ほどはすみません、女性を軽々しく抱き上げるなど。二度と、しませんので。」

「え、そんな!あなたのような素敵な方なら、いくらでも、うえ!?」

 

イビルアイは己の発言にうろたえた声を上げる。

自分自身で何を言っているんだと心の内で絶叫した。

 

「クソ!見失った!!」

 

そこで空からまた、誰かが下りてくる。

 

「リス、お前、何してたんだ!?」

 

イビルアイはそれに今まで上空にいたリスが戻ってきたと気を取り直した。それにリスはぼやくように言った。

 

「さっきの悪魔がどこに行ったのか探ってたんだよ!見失ったけどな。」

「お前、なんて危険な・・・・!」

「リスさん!!」

 

そこでイビルアイの言葉を遮るようにモモンがリスの前に躍り出た。それは、言っては何だが、まるで、そうだ、主人を待つイヌのようで。

リスはモモンの勢いに固まり、そうして、目の前に来た男を伺う。

モモンはまるで姫君を前にした騎士のように片膝を突き、リスの顔を両手で覆った。

 

「先ほどの悪魔に何かされましたか?怪我等はないですか?ああ、怖かったでしょう?」

「え、あ、いや。体を掴まれたが、特には。怪我も、モモン殿のおかげでなかったので!」

「・・・本当にですか?かすり傷も?ああ、怪我がないか調べましょうか?」

「大丈夫だ!本当に、何もないんだ!」

 

イビルアイはモモンの様子にぽかーんと口を開けてしまった。

その、恭しい仕草、そうして甲斐甲斐しい気遣い。

 

そうだ、イビルアイは今更、思い出すというか、そうだと気づく。

漆黒の英雄、モモンはリスに好意を抱いている事実に。

 

(い、いや、いや。こんな美姫だっているんだぞ!?)

 

イビルアイは圧倒的な立ち位置にいるだろう女を見た。そこには、じっとりとした怒りを含んだ視線でリスを睨む女がいた。

それに気づく。

モモンというそれが、どれほどまでにリスというそれに思いを傾け、そうして手間をかけているのか。

 

「はあ、あなたに何かあったらと思うと、気が気ではなかったんですよ?ああ、でも、きいてください。八本指の施設は確実に潰してきたんです。嬉しいですか?」

「え、えっと、それは、はい。」

 

覆い被さるように、モモンはリスの顔の部分、仮面をのぞき込みながら睦言を囁くように甘い声で語りかける。

それにリスは緊張気味に答えた。それは、英雄を前にして恥じらう乙女のごとくだ。

 

「ああ、そうですか。ええ、あなたの望みならいくらでも。なんだって、叶えて見せますからね?」

 

モモンの、砂糖漬けのように甘い声にイビルアイの脳裏に一つの単語が浮び、頭を直撃する。

 

失恋、という単語が。

 





本当は部下に簡単に指示して、イビルアイにしたことをリリーにしたかったけど、全部すれ違ったモモン様。


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嫉妬と失恋

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。


 

 

呪われた身であるイビルアイは、今まで異性を意識することなどなかった。

それは彼女の身体が幼子のまま成長しなかったこと、そうして、彼女が吸血鬼になってしまったこと、また、彼女が惚れるような存在が現れなかったことが上げられる。

 

けれど、いつだって運命は残酷で、唐突なのだ。

 

漆黒の英雄。

初めて会ったのは、宿場でのこと。その時は、名を上げたとしてもどこまでが本当なのかと思っていた。

そうだ、見下してさえ、いた。

女に現を抜かす、どこにでもいる男、だと。

 

(あの時、もっと良い感じで挨拶をしていればああああああああ!!)

 

思い出すのはいつも通りぞんざいに振る舞った己と、そうして、変わらずリスに侍る惚れた男である。

 

「・・・・・お嬢、怒んないでくれませんかね?」

「怒ってなどいない!!」

 

ため息を吐いたリスのその様子にさえ、妬ましさが浮んでくる。

 

「なあ、どうしたんだ、うちのちびさんは?」

「嫉妬。」

「醜い嫉妬。」

 

ガガーランの言葉に、双子の忍者、ティアとティナが応えた。

 

 

リリーははあとため息を吐いた。現在、蒼の薔薇の面々とリリーがいるのは、王城の一室だった。丁度、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは作戦会議のために席を外していた。

そうして、蒼の薔薇だけが別室にいたのは、偏に。

 

「どうやった!?どうやって親しくなったんだ!!??」

「ああああああああ!めんどくせえなあああああ!!??」

 

イビルアイの狂いっぷりのせいだった。

 

 

 

「あの、離していただけませんかね!?」

 

ヤルダバオトとの戦闘後、ともかく、他の捕縛メンバー、先に逃げたガガーランたちとの合流をすることにした。

ヤルダバオトの情報など、色々と共有しなくてはいけないものが多かったのだ。

イビルアイもまたそのことを思い出し、ひとまず、モモンとリスとの関係については頭の隅に追いやることにした。

 

「・・・・すみません、その前に少しだけナーベと話しておきたいことがありますので。」

「ああ、そうだな。では、私たちはここで。」

「ええ、リスさん。」

 

イビルアイは、その声に横に置いておくと決めた事実が頭を擡げる。

 

「あー、はい・・・」

「すぐに、すぐに戻ってきますので。何かあれば呼んでいただければすぐにはせ参じますので。」

「はいはい、わかりましたので!でも、お嬢が、イビルアイがいるので大丈夫です!どうぞ、行ってください!!」

「・・・・ええ、すぐに、戻ってきますので。」

 

その声。

モモンが女に呼びかける、その声。

喉の奥に張り付くような、甘い声。

愛しいと、焦がれていると、それと同時に、渇望するような強い何かを感じる。

リリーはまるでそれを避けるようにイビルアイの肩を掴み、そうして後ろに下がる。

モモンはそれに幾度も名残惜しそうにリリーの方を振り向きながらその場を後にした。

 

「はあ、ようやく・・・・」

 

リリーは安堵の声を上げた。それに、イビルアイは落ち着けと己に言い聞かせた。

確かに、今のところリスは圧倒的な寵愛を得ているようだ。それは、宿場での件でわかりきっていることだ。

 

(だが、彼の近くにはナーベ嬢もいる!!)

 

モモンほどの男であるのならば、女を複数侍らせるのも当たり前だ。大前提として、複数の中の誰かになるのは決定事項なのだ。イビルアイも少女のまま成長が止まってしまっている。ならば、子などは望めない。

イビルアイの目的は、モモンの一番になることだ。これからモモンを落として、その寵愛を勝ち取れば良い。

 

(ならば、同じ妻になる女と仲良くしておくのも、それはそれで一つの道・・・)

「あー、お嬢?」

「なんだ?」

 

イビルアイは燃えさかる嫉妬の炎を押さえてリリーに返事をした。リスは気まずそうに揉み手をしながら、イビルアイに話しかける。

 

「・・・・一つ、聞きたいんですが。もしかして、モモン殿のことが?」

(やはりか。)

 

女も仕草からして、おそらくモモンに対して好意を持っているのだろう。ただ、その話の端々から複雑な生い立ちであることは理解できる。そこに、あれほどの男が口説いてくる。

葛藤があるはずだ。イビルアイは改めて友人が未だにモモンの腕に収まるという選択肢をしないことに驚きを覚える。

 

(・・・・くそおおおおお!あの時、囲われることを勧めた私のバカ!!)

 

過去の自分の発言を後悔しつつ、それに向き直る。

 

「はあ、わかってしまうか。」

 

イビルアイは、愁いを帯びた恋する乙女のような可憐な表情で、もちろん仮面のせいで見えないが、を浮かべた。

 

「ああ、そうだ、まるで・・・・」

 

イビルアイは物憂げにため息を吐いて言葉を発しようとしたとき、リリーがその肩を掴んだ。

 

「あんな男、絶対に止めときなさい!!」

「牽制するにも仕方があるだろうが!貴様!!」

 

リリーのそれにイビルアイは声量を強めて叫んだ。それにリリーは違うんだと首を振る。

 

「貴様!あそこまでの寵愛を得ておいて、そのような!牽制をするなどみっともないと思わないのか!?」

「はあ!?そんなことを考えてないですよ!ですがね、あの男、あんたが思っている以上にやべえんですから!もっと、こう、いい男ならいるでしょう!?」

「はあ!?私よりも強く、私も知り得ないほどの知識を持つ男だぞ!どこにいるんだ、そんな奴!?」

 

そりゃあ、いませんわとリリーも思わず頷きそうになった。けれど、彼女からすればそこそこ長い付き合いの友人がとんでもない男に引っかかる寸前なのだ。

 

「それを置いておいてもやべえ奴なんですよ!」

「はあ、わかった、リス。」

 

リリーはそれにイビルアイが自分の話を聞いてくれたと思った。けれど、そんな思惑など届くはずがなかった

 

「あれほどの男だ、独占したいのはわかるが、そんなことは無理なのはわかっているだろう。」

「ちげえよおおおおお!!」

 

ガッテムと叫びだしそうなほどの勢いだった。

 

「誰が、いったい、いつ、んなこと言いました!?」

「あのな、牽制をしたいのはわかるが、独占できると思うなよ!?あそこまで寵愛を受けておいて、まだ望むのか!?」

「望んでないわ!」

 

ぎゃーすかと騒いでいた二人の間に声が飛び込んでくる。

 

「リスさん、どうされました!?」

 

慌てた様子でモモンと、そうしてそれを追う形でナーベがやってくる。

 

「モ、モモン殿、い、いいえ!少し、これからの方針のことで!お気になさらず!」

 

慌てて取り繕う女のそれにイビルアイはやっぱりだと思う。好きな男の前で見苦しいことなどできないだろうと。

 

「・・・そう、ですか。ですが、やはり、お体になにかあったのでは?」

 

モモンはそう言って、その長身をぐっと屈めてリリーに顔を近づけた。そうして、愛玩するように、リリーの首や髪を包むように手を添える。

 

「あなたに何かあったらと思うと、気が気ではないのですよ。」

「あ、ははははは、それは、はい。どうも・・・・」

 

モモンの甘い、どろどろとしたそれにイビルアイはその場でやだあああああ!と声を上げたくなった。

羨ましすぎる。自分もそういうことして欲しい!

というか、自分たちがいるのに、二人だけの世界に入るな!

そう叫びたいが、そんなことを言えるはずもなく、黙り込むしかない。

 

「・・・ともかく、まだ、先ほどの残党がうろついているかも知れません。一旦は、ここを離れましょう。」

「そうですね。」

 

イビルアイがそう同調したときだ。リリーはさっさと離してくれと仮面の下で半泣きだった。けれど、そんなことが許されるはずなど無い。

 

「では、移動しますね。」

 

ひょういっとモモンはリリーを姫抱きにした。

 

「「「!?」」」

 

三者三様に驚きの顔をする。

 

「あ、あの!?」

「ああ。お気になさらず。高位の魔法を連発してお疲れでしょう。ご安心を。あなたを傷つけるようなこと、けしてありませんので。」

 

リリーは全力で抵抗しようと思った。けれど、モモンの有無を言わさない声音に固まり、抵抗を諦める。

そうして、下から感じる。怒りと嫉妬の念を帯びた視線にリリーは泣いた。

 

 

 

「だから、誤解なんですって!!」

「どこがだ!?あんなふうに受入れてたじゃないか!?」

 

ガガーランと、ティアとティナは目の前で起こる喧嘩を見つめた。

その後、逃げ出したガガーランたちが見たのは、何故か姫抱きにされるリリーと、そうして、これ以上無いほどにじめっとした視線をそれらに向けるイビルアイだ。

リリーをモモンが抱えているのはなにも思わなかった。

 

モモンがひどくリスというそれに執心しているのは理解していた。けれど、イビルアイの様子はわからない。

モモンはそのままリスを放したがらなかったが、人の目があるという本人からの抵抗に渋々離した。

名残惜しそうに髪の一房を掴んでいたのが印象的だった。

 

そんな中、リスは蒼の薔薇と話したいことがあるからと、ラキュースがヤルダバオトについての戦略を練る間、一時、部屋を貸して貰うことになった。

ガガーランたちもイビルアイの様子の理由を知りたくて、その提案を受入れた。

そこで行われているのが、目の前のキャットファイトである。

 

 

「つまりは、なんだ?イビルアイの奴、モモン殿に惚れてリスの奴に嫉妬してるってことだな。」

「そういうこと。」

「見ればわかる。」

「だから、私はモモン殿についてはまっじで、これぽっちも、なんにも思ってないんですよ!!」

「嘘をつけ!横抱きされても受入れてたくせにか!?」

「あの場面でどうやって断れってですかね!?」

 

ガガーランは終わりのない言い合いに、さすがに呆れて合間に入る。もちろん、自分たちもヤルダバオトについて話をしたいというのに、そんな話を続けられるはずがない。

 

「おい、いい加減にしろ!」

「いいや、いい加減もくそもない!」

「あのね、私は何も思ってないんですよ!なんで信じてくれないんですかね?」

 

それにイビルアイはびしっとリリーを指さした。

 

「いいか、私だってお前に醜い嫉妬でこんなに怒っているはずがないだろう!?」

 

違わねえだろうとその場にいた人間は思うが、これ以上話を長くしたくないと諦めた。

 

「じゃあ、どうしたんだ?」

「リスの奴が、モモン殿のことを好きじゃないとか言うくせに、やめとけなんて忠告染みたことを言って牽制してるからだ!」

「だから、まじであの男はやべえんですって!」

 

ガガーランはそれに不思議な気持ちになる。思い出すのは、あくまで紳士的な立ち振る舞いの男だ。アダマンタイト級なんて地位に上り詰めておいて、男はあくまで紳士的にリスに近づいているように見える。

伝え聞く限り、男は非常にまともに、人に対して振る舞っている。

目の前のそれが、何をそんなに言うのか気になったのだ。

 

「そこまで言うんだ。何かあるのか?」

「根拠は示すべき。」

「嫉妬に駆られてないのなら。」

 

皆に詰められたリスはそれに諦めたような顔をした。

 

「・・・・元々、私はエ・ランテルでモモン殿に会ったんです。それで、何かあったわけじゃないんですよ?本当に、少し話をして、おまけに依頼をこなした、ぐらいだったんですよ。」

 

リリーは男と会ったときのことを思いだし、苦々しい気持ちになる。

 

「モモン殿はどうも、魔法に興味があったようで。特に、蘇生魔法について。その知識について教えて欲しいと言われましてね。ただ、自分の手札を早々晒すこともできんでしょう?」

 

それに対して、蒼の薔薇の面々もそれはまあと頷いた。

 

「で、私も最初はそれで近づいてくるんだと思ったんですよ。あんたら、私の顔がどんなものか知ってるでしょう?」

「あー・・・それは、まあ。」

 

蒼の薔薇の面々が知っているのは、もちろん、幻覚で作り出したものだが、顔がやけどでただれた、醜い顔だ。

確かに、女としての武器は殆ど潰されているだろう。

 

「で、私もさすがにアダマンタイト級の人の近くは身の程ってものがあるので遠慮したくてですね。蘇生魔法について知識も全部お教えして。これでおさらばかと思ったのに。」

 

リリーはその場に蹲った。

 

「なんであの勢いなんですかねええええええええええ!?」

 

その鬼気迫る勢いに、思わずなのかティナが背を撫でる。それにガガーランもうーんと思う。

 

「確かに、お前さんの顔で、おまけに目当てのもんがないのに近づいてくるのか・・・・」

 

不審になる気持ちもわかるかも知れない。女の価値と言われれば、それは容姿が一番に来る。特に、あんなに強い男であるのならば。

 

「ですから、何かあるんですよ!それに、なにかこう、色々と雰囲気が怖い、というか。だから、イビルアイも止めときなさいって!!」

 

鬼気迫るそれには説得力が無いわけでは無い。けれど、蒼の薔薇は理解している。リリーが恐怖でシャットダウンしてしまっているが、男の声がどれだけ甘ったるいものであるのかを。

リリーにとっては意味がわからなさすぎて怖いのだが。傍目から見て、男の心はまさしく本当にしか感じられなかった。

 

(・・・・特別な理由などない。ならば、そのエ・ランテルでのことで惚れる要因があった?)

 

イビルアイは仮面の下でかっと目を見開き、女に飛びついた。

 

「・・・・好かれる要因が思い浮かばないんだな?」

「そうですよ。言ったでしょうが!」

「つまりは、そのエ・ランテルでの一件で好かれる理由があったということだ。」

「は?」

 

イビルアイはリリーの襟首を掴み、ぐわんぐわんと揺らす。

 

「どうやった!?どうやって親しくなったんだ!!??」

「ああああああああ!めんどくせえなあああああ!!??」

 

それが冒頭に繋がるわけだが。

ガガーランたちはどうしたものかと考える。恋はいつでもタイフーンと言ったのは、英雄譚に語られる者たちだが、このままでは作戦会議が終わるまで止まらないことは予想された。

 

リリーは全てを放棄したくなる心地で、イビルアイも詰問に頭を悩ませる。そんなこと、リリーが一番に知りたいのだが。

 

そこで、ふと。思い出す。

 

「・・・・そう言えば。」

「なんだ!?あるのか!?」

 

イビルアイの喜々としたそれに、人の気も知らねえでと殺意さえも覚えた。

 

「・・・・私が、髪を切られたときに、言ってたんですよ。そのものだったのにって。」

「そのもの?」

「つまりは、そのものである何かが前提としてあった、と。」

 

そのもの、つまりはリスという女を好くための前提があるということ。そこから連想ゲームのように繋がっていく。

 

面影を求める存在、蘇生、怪物と言える存在を追ってきた。

 

そこからたどり着くのは、ただ一つ。

 

「・・・・・つまりは、リスを好きになったのではなく、リスが好きな誰かに似ていたから、執着している、だけ?」

 

ガガーランのそれにイビルアイはぱああああと顔を輝かせる。

 

「ふっふっふ、つまりは、お前は本命ではないと言うことだな!?」

 

リスに顔を近づけてるんるんに言ってくるイビルアイに呆れていると、そこでティナが割り込んでくる。

 

「・・・・髪だけが似ている女でも良いからと思うほどに惚れた女がいると言うことでもある。」

「やっぱりだめじゃないかあああああああ!」

「ちょ、あんた、まじで止めろ!!??」

 

八つ当たりのようにリリーはがくんがくんと揺らされて叫んだ。それにリスがまけじと叫んだ。

 

「恋人じゃないかも知れないだろう!?妹とか、母親とか、そういう方向の可能性だってあるはずだ!」

「それは、そうか?」

 

イビルアイはそれにリスを揺する手を止めた。

 

「でも、妹とか母親の代替えにあんな声出さない。」

「ほらあああああああああ!?」

 

がくんがくんとイビルアイの動作が再開される。

 

「知らんがな!!なら、髪を伸ばしてみればいいのでは!?そうすれば近づけますよ!?」

「そうか、少しでも近づければ・・・・」

 

またイビルアイの手が止める。それにリスがほっとしていると。

 

「リスは黒髪、イビルアイは金髪。まったく違う。」

「ダメじゃないかああああああああ!?」

「知らんがなああああああああ!?」

 

ぐわんぐわんと自分を揺する手にリスは叫んだ。もう、どうにでもしろ、絶対モモンのやつぶっ飛ばしてやる。

心に固く誓ったリスは、ひとまず、イビルアイにモモンに売り込んでおくからと言い含めてその場は一旦収まることとなった。

リリーの中で、また、モモンの好感度は下がることになった。

 





Q アインズ様はリリーに僕とかを付けたりしてますか?
A 付けてはいるけど、会話とかが聞こえない距離にしてる。
 「・・・その、妙齢の女性の会話を盗み聞くなんて失礼だし。」
そのため、アインズ様は一生、リリーからの自分の評価に気づかない。


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