一匹狼のぼっちが箱庭に来るそうですよ?《リメイク版》 (闇の竜)
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プロローグ
そのぼっち箱庭へ……


千葉市立総武中の屋上に1人の少年が空を見上げていた。

少年の名は比企谷八幡、彼はこの総武中では悪い意味で有名な少年だ。

その原因は一週間前の修学旅行の出来事に遡る。

 

〜修学旅行 自由行動時間 回想〜

八幡は奉仕部という部活に入っていてその日は告白の成功と告白の阻止という二つの矛盾した依頼を受けていた。

八幡はその矛盾した二つの依頼を解消するため嘘の告白という方法をした。

 

その結果、

 

「あなたのやり方嫌いだわ。」

 

「もっと人の気持ち考えてよ。」

 

否定された。

 

〜回想終了〜

 

(雪ノ下、お前は俺のやり方を知った上で任せたんだろ

由比ヶ浜、なにが人の気持ち考えろだ

お前が一番海老名さんのことを考えずごり押しで

こんな依頼受けたんだろ)

 

その後は、家に帰ってみると小町が話を由比ヶ浜から聞いたらしく謝ってこいと言われそれを拒否して以来口を聞いていない。

まぁその後に幼馴染みに慰められると言う恥ずかしい思いをしたんだが。

 

「はぁ〜、俺どこで選択間違えたんだろう…」

 

「最初から間違っていたんじゃないのか?」

 

「アリスか……、どうしたこんな所に?」

 

「帰るから八を呼びに来たんだ」

 

アリスと呼ばれた少女はそう八幡に言った。

 

「そうか…、なぁアリス」

 

「何だ?」

 

「さっき言ってた最初から間違えているってどういうことだ?」

 

「そのまんまの意味だ。あんな有象無象どもと私達はでは

まず根本的に違う所があるし八のやり方は必ずしも八本人が報われるようなやり方ではない、それに八の事を理解していないと八の解決方法は認められにくいからな」

 

「まぁ……確かにそれはそうだが、はぁ小町に口を聞かれなくなったのは痛いな」

 

「シスコンが」

 

「うっせぇ」

 

「…なぁ八」

 

「何だ?アリス」

 

「……この世界先生が忠告したように私達にとってやはり生きにくいな…」

 

「……そうだな」

 

(あぁそうだ、確かにアリスが言ったように俺たちには生きにくい。あの時しっかり先生の忠告を受けておくべきだったな)

とそんな会話をしていると空からゆらゆらと何が落ちてくるのが見えた。

 

「ん?なんだ、あれ」

 

「ん?」

 

八幡とアリスは、空から降って来るものを取る。

 

「これは…俺の名前が書いてって言うことは俺宛の手紙?」

 

「私のもとに来たのは私宛だったぞ」

 

手紙には達筆な字で『比企谷八幡殿』とアリスも同様に書かれていた。

 

「俺らに気づかずに手紙を空から二通も出すなんて……」

 

「まぁ、まず無理だな」

 

「だよな、ってことは」

 

「あぁ、多分箱庭への招待状だろうな」

 

「そういやぁアリスは箱庭ってとこ出身だったな」

 

「まぁな、あんまりいい思い出ではないがな」

 

「そうか…」

 

「まぁ、この世界にも飽き飽きしてたんだ暇つぶしと里帰りを目的として行くのもいいだろう」

 

「…分かった。じゃあ少し待っててくれ」

 

「ん?何かあるのか?」

 

「いや、特にないんだが戸塚達に手紙を残しておこうかと思ってな」

 

「あぁ、そう言うことか分かった待ってる」

 

「サンキュー」

 

そう言って八幡は手紙を書き一通は戸塚の机にもう一通は確実とは言えないが自分の家に届くように戸塚に頼むかたちで手紙を置いた。

 

「よし準備は終わった。

後はこの手紙を開いて箱庭へ行くだけだ。

…なぁ、アリス最後に一つ聞いていいか」

 

「ん?何だ?」

 

「箱庭って世界は俺を必要としてくれ、認めてくれるかな?」

 

「……私としては確信もないしあまりいい思い出もなかったから何度も言えないが、先生は八には言っていなかったが私に言っていたぞ八を必要とし認めてくれる、と」

 

「ッ!そうか、先生が言っていたのか…」

 

「……八」

 

「ん?」

 

「さっきの質問とはあまり関係ないが、これは私が言いたいだけだ後悔だけはしないでくれ」

 

「……分かってる」

 

「ならいい」

 

(まぁ仮に帰ろうと思えばどうにかして帰れるとも思うから大丈夫か)

そんな事を思いながら手紙を開いた。

手紙の内容は、

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

その才能を試すことを望むのならば、

己の家族と、

友人と、

財産を、

世界の全てを捨て、

我らの”箱庭”に来られたし』

 

その瞬間世界が一転した。

 

 



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YES!ウサギが呼びました!
問題視たちと箱庭の世界


八幡が手紙を開き、その次にきたの謎の浮遊感だった。

 

「わっ!」

 

「きゃぁ!」

 

「ヤハハハハハ‼︎」

 

『にゃぁぁぁぁ!』

 

「はぁ?っ⁈ちょっ!これは洒落にならねぇ‼︎」

 

「全くもって同意見だ‼︎」

 

八幡とアリスの他には短髪と長髪の少女、金髪の年上と思われる少年と猫がいた。

そして、八幡が下を見るとかなり下に湖があった。

 

(落下地点が湖で地面じゃないからどちらかというと安全だが、落ち方によっては死んじまう‼︎)

 

「アリス‼︎俺の背中に乗れ!」

 

「分かった‼︎」

 

そう言ってアリスは八幡の背に乗った。

その時、八幡の背中に出来た影が大きな翼の形を形成しながらゆっくりと空を羽ばたき始めた。

(よし、後は…)

八幡は両手の間に同じ様に影を作りそこから竜を作り出し一緒に落ちてきた三人と一匹を飲み込む。

そして軌道を地面の方にずらしつつ空気抵抗を利用しゆっくりと落ちる様にしながら、

 

「衝撃に備えとけ、アリス‼︎」

 

「あぁ‼︎」

 

「3 ・ 2 ・ 1 !」

 

ドスッ、と言う少し重い音を上げながら八幡とアリス、竜に飲み込まれた三人と一匹は地面に着地した。

 

「はぁ〜、最近ついてねぇ」

 

「全くだ」

 

そんな会話をしていると、

 

「し、信じられないわ!まさか問答無用で引き摺りこんだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

 

(石の中に呼び出されてもそれはそれで面倒だぞ)

 

「……。いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

 

長髪の少女も八幡と少し違うがほぼ同じことを思っていたようだ。

 

「俺は問題ない」

 

「そう。身勝手ね」

 

二人の男女はフン、と互いに鼻を鳴らしてそっぽを向く。

するともう一人の少女が、

 

「此処……どこだろう?」

 

「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?」

 

(巨大な蛇は見えなかったがな)

短髪の少女の呟きに少年が応える。

その少年の応えに八幡はそう心の中で思っていたらアリスが、

 

「八、腹減った」

 

「なぁ、少し待ってくれないか?」

 

「嫌だ」

 

「はぁ…分かったよ」

 

そう言って八幡は影からパンを5つくらい取り出しアリスに渡す。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずは”オマエ”って呼び方を訂正して。

––––私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴女は?」

 

「……春日部耀。以下同文」

 

「そう。よろしく春日部さん。次に、私達を助けてくれた目の腐ってる貴方は?」

 

「……」

 

「…おい、八呼ばれてるぞ」

 

「え?あ、あぁ悪い。俺は比企谷八幡だ。よろしく」

 

「よろしく比企谷君。それでさっきからずっと食べ物を食べている貴女は?」

 

「アリスだ。よろしく」

 

「よろしくアリスさん。最後に野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な

逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と容量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

心からケラケラと笑う逆廻十六夜。

傲慢そうに顔を背ける久遠飛鳥。

我関せず無関心を装う春日部耀。

無心にパンを食べているアリス。

三人を観察しながら怠そうに欠伸をする比企谷八幡。

 

そんな彼らを物陰から見ている人物は思う。

 

(うわぁ……なんか問題児ばっかりみたいですねぇ……若干一名様見覚えがあるような感じがしますが?)

 

召喚しておいてなんだが……彼らが協力する姿は、客観的に想像出来そうにない。その人物は陰鬱そうに重たくため息を吐くのだった。

 

***

 

十六夜は苛立ちながら、

 

「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。

この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」

 

「……。この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 

「いや、お前も人のこと言えないだろ」

 

(全くです)

 

物陰から見る人物はこっそりツッコミを入れた。

 

ふと十六夜がため息混じりに呟く。

 

「–––––仕方がねえな。こうなったら、そこに隠れているやつにでも話を聞くか?」

 

四人の視線が物陰から見る人物に集まる。

 

「なんだ、貴方も気づいていたの?」

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?お前らも気づいてたんだろう?」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

「……まぁ、気配隠しきれてないしな」

 

「同じく」

 

と八幡は耀の方を向いて言った。

 

「……へぇ?面白いなお前」

 

そう軽薄そうに言う十六夜の目は笑っていない。

三人は理不尽な招集を受けた腹いせに殺気の籠もった冷ややかな視線を物陰から見ていた人物に向ける。

かく言う八幡とアリスも三人程ではないがかなりイライラした視線を向ける。

視線を向けられ物陰から見ていた人物はやや怯んだ。

 

「や、やだなぁ御五人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んでしまいますよ?ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

「……」

 

「ぇ、黒…ウサギ?」

 

三人は断り八幡は黙った。

しかしアリスは黒ウサギを見て驚いていた。

 

「え、うそ……アリス?」

 

黒うさぎも目を大きく開き驚愕していた。

理由としてはアリスは昔、これから説明が入るが黒ウサギが入っているコミュニティにいたからだ。

 

(うそ…です、だってアリスと〇〇はあの時先生と一緒に外界に追い出されたはず……)

 

アリスがいたことに考えを巡らせながら半ば放心している––––と、その時に八幡と何か思いながら、耀は不思議そうに黒ウサギの隣に立ち、黒いウサ耳を根っこから鷲掴み、

 

「そら」

 

「えい」

 

「フギャ!」

 

力いっぱい引っ張た。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どう言う了見ですか‼︎」

 

「好奇心の為せる業」

 

「自由にも程があります!」

 

「……なぁ黒ウサギとやら、アリスを見て理由は知らんが干渉に浸るより今は説明をしてくれ」

 

「あ、すみません……」

 

と八幡が黒うさぎに対して話していたら、

 

「へえ?このウザ耳って本物なのか?」

 

今度は十六夜が右から掴んで引っ張る。

 

「……。じゃあ私も」

 

「ちょ、ちょっと待––––!」

 

飛鳥が左から。

左右に力いっぱい引っ張られた黒ウサギは、言葉にならない悲鳴を上げ、その絶叫は近隣に木霊した。

ちなみにアリスは黒ウサギの様に放心状態になっていたので八幡が立ち直らせていた。

 

***

 

「–––––あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

 

「いいからさっさと進めろ」

 

黒ウサギが半ば本気の涙を瞳に浮かばせながらも、話を聞いてもらえる状況を作ること成功した。八幡を含めた四人は話を聞くだけ聞こうと言う程度には耳を傾けている。

黒ウサギは気を取り戻りて咳払いをし、両手を広げて、

 

「それではいいですか、御五人様。定例文で言いますよ?言いますよ?さあ、言います!ようこそ、”箱庭の世界”へ!

我々は御四人様にギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと召喚しました!」

 

「ギフトゲーム?」

 

「そうです!既に気がついていらっしゃんでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその”恩恵”を用いて競いあう為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に作られたステージなのでございますよ!」

 

両手を広げて箱庭をアピールする黒ウサギ。飛鳥が質問のために挙手をする。

 

「まず初歩的な質問からしていい?貴女の言う”我々”とは貴女を含めた誰かなの?」

 

「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活をするにあたって、数多とある”コミュニティ”に必ず属していただきます♪」

 

「嫌だね」

 

「属していただきます!そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの”主催者”が提示した商品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

 

「……“主催者”って誰?」

 

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試す為の試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として、前者は自由参加が多いですが”主催者”が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、

見返りは大きいです。”主催者”次第ですが、新たな”恩恵”を手にすることも夢ではありません。後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗北すればそれらはすべて”主催者”のコミュニティに寄贈されるシステムです」

 

「後者は結構俗物ね……チップには何を?」

 

「それも様々ですね。金品・土地・利権・名誉・人間……

そしてギフトを賭けあうことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑む事も可能でしょう。

ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然–––––ご自身の才能も失われるのであしからず」

 

愛嬌たっぷりの笑顔に黒い影を見せる黒ウサギ。

 

「?」

 

それに対して八幡は不信感を感じた。

そして、挑発的な声音で飛鳥が問う。

 

「そう。なら最後にもう一つだけ質問させてもらってもいいかしら?」

 

「どうぞどうぞ♪」

 

「ゲームそのものはどうやったら始められるの?」

 

「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」

 

飛鳥は黒ウサギの発言に片眉をピクリとあげる。

 

「……つまり『ギフトゲーム』とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」

 

お?と驚く黒ウサギ。

八幡はその話の間に入り、

 

「いや、多分だがこの世界でも元いた世界のように禁止されていることがあると思う。例えば強盗や窃盗、誘拐なんかな、

それに、商店があるなら金品での商売自体もあるはずだ。

そして、『ギフトゲーム』は商品なんかの景品を手に入れられるが多分それは勝者が一方的になるものだと考えたんだがどうだ黒ウサギ?」

 

と言い黒ウサギに問う。

 

「ほぼほぼそのとうりです‼︎飛鳥さんの言ったことは八割中二割が間違いでした。比企谷さんが言ったように我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。

ギフトを用いた犯罪などもってのほか!そんな不逞な輩は悉く処罰します–––––が、しかし!『ギフトゲーム』の本質は全く逆!ここも比企谷さんが言っていたような感じで、一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればタダで手にすることも可能だということですね」

 

「そう、中々野蛮ね」

 

「ごもっとも。しかし”主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌な腰ぬけは初めからゲームに参加したければいいだけの話でございます」

 

黒ウサギは一通りの説明を終えたのか、一枚の封書を取り出した。

 

「さて。皆さんの召喚を依頼して黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間かかるでしょう。新たな同士候補である皆さんを何時までも野外に出しておくのは忍びない。ここから先は我らのコミュニティでお話をさせていただきたいのですが……よろしいです?」

 

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

 

「俺も個人的な事だが質問をしてない」

 

静聴していた十六夜が威圧的な声を上げて立つ。

 

「……どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」

 

「そんなものはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。ここでオマエに向かってルールを問いただしたところで何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。

俺が聞きたいのはたった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 

 

十六夜は視線を黒ウサギから外し、他の三人を見まわし、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。

彼は何もかもを見下すような視線で一言、

 

「この世界は……面白いか?」

 

「じゃあ俺もいいか?この世界は俺という存在を必要とし認めてくれるか?」

 

(八……)

 

「–––––」

 

アリスは悲しそうな目をしながら八幡を見つめ、他の二人は無言で返事を待つ。

彼らを読んだ手紙にはこう書かれていた。

 

『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。

それに見合うだけの催し物があるのかどうかこそ、四人いや、

三人にとって重要なことだった。

 

「–––––YES。比企谷さんの質問の意味はあまりわかりませんが、コミュニティで共に戦う大切な仲間というかであれば存在意義のない人はいません。そして何より『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」



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世界の果てと逆廻十六夜という問題児

投稿遅れてすみません。


黒うさぎの説明が終わり、箱庭の中へ行く途中で十六夜が八幡に声をかけてきた。

 

「なぁ、比企谷すこし世界の果てまで行って見ねえか?」

 

「いや、めんどくさくなりそうだから遠慮しとくわ」

 

「そうか。じゃあちょっくら行ってくるぜ」

 

「おう」

 

そう言い十六夜は世界の果てがあるところまで行くのだった。

そして八幡は、

 

「……さて、アリス」

 

「ん?何だ八」

 

「食いもん食ってる最中で悪いな、多分後で聞くことになると思うんだが暫くは黒うさぎが話すことはないと思ってな、お前がこの箱庭にいた時のコミュニティの話を聞かせて欲しくてな、」

 

と八幡が言うとアリスは苦虫を噛み潰したよう顔をしながら決心した様な顔をして、

 

「…わかった、私が話せる範囲までは今話しておこう」

 

と、アリスは食べるのを中断して語り出した。

 

***

 

アリスの話を聞いてから間もなくして、

 

「ジン坊っちゃーン!新しい方を連れてきましたよー!」

 

ジンと呼ばれる少年がはっと顔を上げる。

外門前の街道から黒ウサギと飛鳥と耀、八幡が歩いてきた。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性三人と男性…が…、」

 

と、ジンと呼ばれた少年はアリスの姿を見て驚いた。

黒うさぎはそれに対して後で話すと言う様なら動きを見せ、ジンを落ち着かせた。

 

「はいな、こちらのアリスを含めた御五人様が–––––」

 

クルリ、と振り返る黒ウサギ。

カチン、と固まる黒ウサギ。

 

「……え、あれ?もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から”俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が」

 

「ああ、十六夜君のこと?彼なら”ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出していったわ。あっちの方に」

 

あっちの方に。と指をさすのは上空4000mから見えた断崖絶壁。

街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて三人に問いただす。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「”止めてくれるなよ”と言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったんですか⁉︎」

 

「”黒ウサギには言うなよ”と言われたから」

 

「え、あ、本当だ居なくなってるぞ」

 

「嘘です、絶対嘘です!アリスの反応からして本当に知らなかった様ですが、御二人は実は面倒くさかっただけでしょう!」

 

「「うん」」

 

「あ、ちなみに俺も知らなかったって言う雰囲気を出しているけど

比企谷君は十六夜君に誘われていたわよ」

 

「え、八幡さん!どうして黒ウサギに言ってくれなかったんですか‼︎」

 

「二人と同じで面倒くさかったって言うのじゃダメか?」

 

「ダメです!」

 

「じゃあ巻き込まれたくなかった、は?」

 

「それもダメです‼︎」

 

ガクリ、と前のめりに倒れる。新たな人材に胸を躍らせていた数時間前の自分が妬ましい。

まさかこんな問題児ばかり掴まされるなんて嫌がらせにも程がある。

そんな黒ウサギとは対照的に、ジンは蒼白になって叫んだ。

 

「た、大変です!”世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に”世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

 

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新?」

 

「いや、逆廻ならどうせ戻ってくるだろう」

 

「あぁ、あの金髪なら帰ってくると思うぞ」

 

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

ジンは必死に事の重大さを訴えるが、三人は叱られても肩を竦めるだけである。

黒ウサギは溜息を吐きつつ立ち上がった。

 

「はあ……ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御三人様とアリスのご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「わかった。黒ウサギはどうする?」

 

「問題児を捕まえに参ります。事のついでに–––––“

箱庭の貴族”と謳われるこの黒ウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 

黒ウサギは立ち上がって怒りのオーラを全身から噴出させ、

艶のある黒い髪を淡い緋色に染めていく。外門めがけて空中高く飛び上がった黒ウサギは外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に水平に張り付くと、

 

「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくり箱庭ライフをご堪能ございませ!」

 

黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄かせ踏みしめた門柱に亀裂を入れる。全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び上がり、あっという間に四人の視界から消え去っていった。

巻き上がる風から髪の毛を庇う様に押さえていた飛鳥が呟く。

 

「……。箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが…… 」

 

「…一応俺も行っておこうか」

 

と言う八幡の言葉にジンは、

 

「な、何を行っているんですか⁈先ほど言いましたがウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種ですよ!今から行っても追いつけませんよ!」

 

と無理ですとでも言う様に手を振った。

 

「大丈夫だぞジン。八なら多分余裕で追いつける」

 

「あ、アリス姉何を…」

 

「ま、いいかか。じゃあ行ってくるぞ」

 

と言うと八幡の脚に黒い靄が現れその瞬間八幡は黒ウサギよりも速い速度で世界の果てまで駆けて行った。

それに対してジンは、

 

「か、一体彼は何者ですか…」

 

「ん?まぁ…先生にその実力を認められた、ただ異常な私の幼馴染みだ」

 

* * *

 

八幡が黒ウサギを追い始めて数分がたった。

 

「さて、この辺だと思うんだがな……お、いたいた」

 

焦りと呆れなど様々な気持ちがこもった顔の黒ウサギを見つけた。黒ウサギの周囲からは怪しい呻き声が聞こえていた。

 

「お〜い、黒ウサギ」

 

「え、は、八幡さんどうしてここに!」

 

「いや、どうしたってお前を追って来ただけだぞ」

 

(黒ウサギのスピードについて来た?)

 

「どうだ逆廻はいたか?」

 

「い、いえまだ…」

 

「そうか」

 

「あのー森の賢者様方。つかぬことをお聞きしますが、もしかしてこの道を通った方を御存じでしょうか?よかったらこの黒うさぎに道を示していただけますか?」

 

と話していると……

 

『よかったら私が案内しましょうか、黒兎のお嬢さん」

 

茂みから魑魅魍魎とは違う、静かな蹄の音が響く。現れたのは艶のある青白い胴体と額に角を持つ馬–––––ユニコーンと呼ばれる幻獣だった。

 

「こ、これはまた、ユニコーンとは珍しいお方が!"一本角"のコミュニティは南側のはずですけれども?」

 

『それはこちらの台詞です。箱庭の東側で兎を見ることなど、コミュニティの公式ゲームのときぐらいだと思っていましたよ–––––と、お互いの詮索はさておき。貴女の探す少年が私の想像通りならば、私の目指す方角と同じです。森の住人曰く、彼は水神の眷属のゲームを挑んだそうですから』

 

「うわぉ」

 

黒うさぎがクラリと立ち眩み、そのままがっくりと膝を折った。

"世界の果て"と呼ばれる断崖絶壁には箱庭の世界を八つに分かつ大河の終着点、トリトニスの大滝がある。

現在その近辺に住む水神の眷属といえば龍か蛇神のいずれかしかいない。

 

「本当に……本当に……なんでこんな問題児をぅ……!」

 

『泣いている暇はないぞ。少年が君の知人なら急いだ方がいい。ここの水神のゲームは人を選ぶ。今ならばまだ間に合うかもしれない。背に乗りたまえ』

 

「は、はい–––––わわ!」

 

「おっと、」

 

黒うさぎが跨ろうとした、その時だった。

突如、大地を揺らす地響きが森全体に広がったのだ。すかさず大河の方角を見ると、彼方には肉眼で確認できるほど巨大な水柱が幾つもも立ち上がっている。

 

「ったく、盛大にやりやがって。黒ウサギ先行くぞ」

 

八幡はギフトを使いトリトニス大河の方へ駆け出した。

 

「な!?」

 

(あれが八幡さんのギフト…)

 

『彼のギフト、とてつもなく恐ろしいものをですね』

 

「え?どう言うことでございましょうか?」

 

『貴女も薄々勘付いてはあるでしょう。彼のギフトは闇が深いものだと』

 

「……」

 

『まぁ、今はそんなことはいいでしょう。行くのでしょう?少年の所に』

 

「はい。でも、すみません。やっぱり黒ウサギ一人で向かった方が良さそうです」

 

『むぅ……乙女を一人で危地にやるのは気が進まないが……私では不足かい?」

 

「はい。もしも貴方を守れないかもしれない。それに失礼ですけど、駆け足で黒ウサギの方が速いですから」

 

ユニコーンは苦笑いしながら数歩下がる。

 

『気を付けて。君の問題児君にもよろしく』

 

黒ウサギは頷き、緊張した表情のままトリトニス大河を目指して走り出す。そのわずか数秒で森を抜けて大河の岸辺に出た。

 

「この辺りのはず……」

 

「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」

 

「あぁ、やっと来たか…」

 

背後から八幡と十六夜の声が聞こえた。どうやら十六夜は無事だったらしい。

黒ウサギの胸中に湧き上がる安堵、は全くなく散々振り回されてもう限界だった。

怒髪天を衝くような怒りを込めて勢いよく振り返る。

 

「もう、一体何処まで来ているんですか!?」

 

「"世界の果て"まだ来ているんですよ、っと。まぁそんなに怒るなよ」

 

十六夜は無傷だがびしょ濡れの姿で、憎たらしい笑顔も健在だった。

 

「しかしいい脚だな。遊んでいたとはいえこんな短時間で俺に追いつけるとは思わなかった」

 

「よくねぇよ」

 

「むっ、当然です。黒ウサギは"箱庭の貴族"と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが」

 

アレ?と黒ウサギは首を傾げる。

 

(黒ウサギが……半刻以上もの時間、追いつけなかった……八幡さんの場合は逆に追いつかれた…?)

 

何度も説明してきた話だが、ウサギは箱庭の世界、創始者の眷属である。

その駆ける姿は疾風より速く、その力は生半可な修羅神仏では手が出せない程だ。

その黒ウサギに気づかれることなく姿を消したことも、追いつけなかったことも、思い返せば人間とは思えない身体能力だった。

 

「ま、まぁ、それはともかく!十六夜さんが無事でよかったデス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」

 

「水神?––––––あぁ、アレのことか?」

 

え?と黒ウサギは硬直し、八幡ははぁ、とため息をついた。

十六夜が川面を指しそれを、黒ウサギが理解する前にその巨体が鎌首を起こし、

 

『まだ……まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ‼︎」

 

十六夜が指したそれは–––––身の丈三十尺強はある巨軀の大蛇だった。

それが何者かを問う必要はないだろう。

間違いなくこの一帯を仕切る水神の眷属だ。

 

「蛇神……!って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」

 

ケラケラと笑う十六夜は事の顛末を話す。

 

「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか、上から目線で素敵なことを言ってくれたからよ。俺を試せるのかどうか試させてもらったのさ。結果はまぁ、残念なやつだったが」

 

『貴様……付け上がるな人間!我がこの程度の事で倒れるか‼︎』

 

「ふぁ、うるせぇ…」

 

蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。

八幡は呑気に欠伸をしているが周囲を見れば、戦いの傷痕を見てとれる捻じ切れた木々が散乱していた。

あの水流に巻き込まれたが最後、人間の胴体は容赦なく千切れ飛ぶのは間違いない。

 

「十六夜さん、下がって!八幡も一応‼︎」

 

黒ウサギは十六夜を庇おうと八幡には逃げるようにするが、十六夜の鋭い視線がそれを阻んだ。

 

「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。手を出せばお前から潰すぞ」

 

「了解」

 

本気の殺気が籠もった声音だった。

黒ウサギも始まってしまったゲームには手出しができないと気付いて歯噛みする。

十六夜の言葉に蛇神は息を荒くして応える。

 

『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様の勝利を認めてやる』

 

「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」

 

求めるまでも無く、勝者は既に決まっている。

その傲慢極まりない台詞に黒うさぎも蛇神も呆れて閉口した。

八幡は面白いものを見たように少し口角を上げていた。

 

『フン–––––その戯言が貴様の最後だ!』

 

蛇神の雄叫びに応えて嵐のように川が巻き上がる。

竜巻のように渦を巻いた水柱は蛇神の丈よりも遥かに高く舞い上がり、何百トンもの水を吸い上げる。

竜巻く水柱は計四本。

それぞれ生き物のように唸り、蛇のように襲いかかる。

この力こそ時に嵐を呼び、時に生態系さえ崩す、"神格"のギフトを持つ者の力だった。

 

「ちょ、なんで一本俺の方来てるの⁈」

 

何故か水柱の一本は八幡の方へ逸れていった。

 

「十六夜さん、八幡さん!」

 

黒ウサギが叫ぶ。

しかしもう遅い。

竜巻く水柱は川辺を抉り、木々を捻じ切り、八幡と十六夜の体を激流に呑み込む––––––!

 

「––––––ハッ––––––しゃらくせぇ‼︎」

 

「…はぁ、影よ切り裂け」

 

突如発生した、嵐を超える暴力の渦と八幡から伸びる影。

十六夜ら竜巻く激流の中、ただ腕の一振りでなぎ払い、八幡は影操り水柱を細切れに切り裂いた。

 

「嘘!?」

 

『馬鹿な!?』

 

驚愕する二つの声。

それはもはや人智を遥かに超越した力である。

蛇神は全霊の一撃を弾かれ切り裂かれ放心するが、十六夜はそれを見逃さなかった。

獰猛な笑いと共に着地した十六夜は、

 

「ま、中々だったぜオマエ」

 

大地を踏み砕く爆音。

胸元に飛び込んだ十六夜の蹴りは蛇神の胴体を打ち、蛇神の巨軀は空中高く打ち上げられて川に落下した。

その衝撃で川が氾濫し、水で森が浸水する。

また全身を濡らした十六夜はバツが悪ように川辺に戻った。

 

「くそ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだよな黒ウサギ」

 

「それに関しては同意見だ。ったく黒ウサギについてきてなんで俺まで濡れるんだよ」

 

そんな事を二人は言っているが黒ウサギには届かない。

彼女の頭の中はパニックでもうそれどころではなかったのだ。

 

(人間が……神格を倒した!?しかも、もう一人も神格の攻撃をいとも簡単に防いだ!?そんなデタラメが–––––!)

 

ハッと黒ウサギは思い出す。彼らを召喚するギフトを与えた"主催者"の言葉を。

 

「彼らは間違いなく–––––人類最高クラスのギフト保持者よ、黒ウサギ」

 

黒ウサギはその言葉を、リップサービスか何かだと思っていた。信用できる相手だったが、ジンにそう伝えた黒ウサギ自身も"主催者"の言葉を眉唾に思っていた。

 

(信じられない……だけど、本当に最高クラスのギフトを保持しているのなら……!私達のコミュニティ再建も、本当に夢じゃないかもしれない!)

 

黒ウサギは内心の興奮を抑えきれず、鼓動が速くなるのを感じ取っていた。

 

「おい、どうした?ボーっとしてると胸とか脚とか揉むぞ?」

 

「え、きゃあ!」

 

「セクハラ発言やめろよ」

 

黒ウサギの背後に回った十六夜は脇下から豊満な胸に、ミニスカートとガーダーの間から脚の内股に絡むように手を伸ばしていた。

八幡は呆れ、感動を忘れ叫び黒ウサギは押しのけて跳び退く。

 

「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!?二百年守ってきた黒ウサギの体操に傷をつけるつもりですか!?」

 

「二百年守った貞操?うわ、超傷つけたい」

 

「お馬鹿!?いいえ、お馬鹿!!!」

 

「はぁ……」

 

疑問形から確定形に言いなおて罵る。

ウサギという種は総じて容姿端麗・天真爛漫・強靭不屈で献身的という何処かの誰かの愛玩趣味を詰め込んだような種族である。

故に彼女を狙って襲ってきた賊の数は星の数ほどいた。

しかし、身がすり合う程の距離まで反応できなかった相手はいなかったし、ましてや脇の下から胸に触れる寸前まで許してしますようなお馬鹿、もとい変態はいなかった。

 

「ま、今はいいや。今後の楽しみにとっておこう」

 

「さ、左様デスか」

 

ヤハハと笑う期待の新星は黒ウサギの天敵かもしれない。

ウサギは一瞬だけ遠い目をした。

 

「と、ところで十六夜さん。その蛇神様はどうされます?というか生きてます?」

 

「命まで取ってねぇよ。戦うのは楽しかったけど、殺すのは別段面白くもないしな。"世界の果て"にある滝を拝んだら箱庭に戻るさ」

 

「ならギフトだけでも戴いておきましょう。ゲームの内容はどうであれ、十六夜さんは勝者です。蛇神様も文句はないでしょうから」

 

「あん?」

 

十六夜が怪訝な顔で黒ウサギを見つめ返す。

黒ウサギは思い出したように補足した。

 

「神仏とギフトゲームを競い合う時は基本三つの中から選ぶんですよ。最もポピュラーなのが"力"と"知恵"と"勇気"ですね。力比べのゲームをする際は相応の相手が用意されるものなんですけど……十六夜さんはご本人を倒されましたから。きっと凄いものを戴けますよー。これで黒ウサギ達のコミュニティも今より力をつける事が出来ます♪」

 

そう言って黒ウサギは小躍りをしそうな足取りで大蛇に近寄る。

しかし十六夜は不機嫌な顔で黒ウサギの前に立った。

 

「–––––––」

 

「な、なんですか十六夜さん。怖い顔をされていますが、何か気に障りましたか?」

 

「……別にィ。お前の言うことは正しいぜ。勝者から得るのはギフトゲームとしては間違いなく真っ当なんだろうよ。だからそこに不服はねぇ–––––けどな、黒ウサギ」

 

十六夜の軽薄な声と表情が完全に消える。

応じて黒ウサギの表情も硬くなる。

 

「オマエ、なにか決定的な事をずっと隠しているよな?」

 

「……なんのことですか?箱庭の話ならお答えすると約束しましたし、ゲームの事も」

 

「違うな。俺が聞いてるのはオマエ達の事–––––いや、核心的な聞き方をするぜ。黒ウサギ達はどうして俺達を呼び出す必要があったんだ?」

 

十六夜の質問に表情には出さなかったが黒ウサギは動揺していた。

それは黒ウサギが隠していたものだからだ。

 

「それは……言ったとおりです。十六夜さん達にオモシロオカシク過ごしてもらおうかと」

 

「ああ、そうだな。俺も初めは純粋な好意か、もしくは与り知らない誰かの遊び心で呼び出されたんだと思っていた。俺は大絶賛"暇"の大安売りしていたわけだし、他の四人も異論が上がらなかったってことは、箱庭に来るだけの理由があったんだろうよ。だからオマエの事情なんて特に気にかからなかったが–––––なんだかな。俺には、黒ウサギが必死に見える」

 

その時、初めて黒ウサギは動揺を表情に出した。

瞳は揺らぎ、虚を衝かれたように見つめ返す。

 

「これは俺の勘だが。黒ウサギのコミュニティは弱小のチームか、もしくは訳あって衰退しているチームか何かじゃねぇのか?だから俺達は組織を強化するために呼び出された。そう考えれば今の行動や、俺がコミュニティに入るのを拒否した時に本気で怒ったことも合点がいく––––––どうよ?百点満点だろ?」

 

「っ……!」

 

黒ウサギはそのことを知られてしまうのは余りにも痛手で内心で痛烈に舌打ちした。

苦労の末に呼び出した超戦力、手放すことは絶対に避けたかった。

 

「んで、この事実を隠していたってことはだ。俺達にはまだ他のコミュニティを選ぶ権利があると判断できるんだが、その辺どうよ?」

 

「………」

 

「はぁ、黒ウサギオマエの負けだ。話してやれさもないと逆廻は別のコミュニティに行っちまうぞ」

 

「や、だ、駄目です!いえ、待ってください!」

 

「だから待ってるだろう。ホラ、いいから包み隠さず話せ。ってか、何で比企谷は知ってるんだ?」

 

「オマエがこっちに行った後アリスに聞いた。黒ウサギとは知り合いだったらしいからな」

 

「ほーん」

 

十六夜は川辺にあった手頃な石に腰を下ろし聞く体勢をとり、八幡は石の上に寝そべった。

黒ウサギはコミュニティの現状を話すのはリスクが大きかった。

 

(せめて気づかれたのがコミュニティの加入承諾をとってからなら良かったのに……!)

 

承諾をとってしまえばなし崩しにコミュニティの再建を手伝ってもらうつもりだったのだが、相手は世界屈指の問題児集団なのだ。

 

「ま、話さないなら話さないでいいぜ?俺はさっさと他のコミュニティに行くだけだ」

 

「……話せば、協力していただけますか?」

 

「ああ。面白ければな」

 

笑ってはいるが、目が笑っていない十六夜を見て黒ウサギは己の目が曇っていたことにようやく気付いた。

八幡もそうだが他の二人の少女と違い、この軽薄そうな少年の瞳は"箱庭の世界"を見定めることに真剣だった。

 

「まぁ、安心しろ黒ウサギ。多分逆廻の好きなタイプの話だから安心して話せ」

 

「……分かりました。それでは黒ウサギもお腹を括って、精々オモシロオカシク、我々のコミュニティの惨状を語らせていただこうじゃないですか」

 

「じゃあ、終わったら起こしてくれ」

 

そう言って八幡は影に手を突っ込みヘッドホンとスマホを取り出しそのまま音楽を聴き始めた。

黒ウサギはそれを見て目を丸くしたが、コホン、と咳払いをし内心ではほとんど自棄っぱちだった。

 

「まず私達のコミュニティには……(略)」

 

* * *

 

黒ウサギが話し始めて数分が経過し、

 

「…さん…八…さん、八幡さん」

 

「ん?…終わったのか?」

 

「あ、はい。十六夜さんはコミュニティ再建に協力し

てくれると言ってくれました‼︎」

 

「そうか、良かったな」

 

「はい!…それで、八幡さんも私達のコミュニティ再建を手伝っていただけますか?」

 

「ああ、いいぜ」

 

「ありがとうございます‼︎」

 

「で、逆廻は?」

 

「トリトニスの大滝にいますよ」

 

「そうか、じゃあ俺らも行くか」

 

「はい」

 

そう言って八幡と黒ウサギはトリトニスの大滝に行った。

 

「ん?比企谷は起きたのか」

 

「ああ、さっきな。……それにしてもいい景色だな。今度アリスを誘って来てみるか」

 

トリトニスの滝は夕焼けの光を浴びて朱色に染まり、跳ね返る激しい水飛沫が数多の虹を創りだしている。

楕円形のようにも見える滝の河口は遥か彼方にまで続いており、流水は"世界の果て"を通って無限の空に投げ出されていた。

絶壁から飛ぶ激しい水飛沫と風に煽られながら黒ウサギは説明する。

 

「どうです?横幅の全長は約2800mもあるトリトニスの大滝でございます。こんな滝は十六夜さん達の故郷にもないのでは?」

 

「……ああ。素直にすげぇな。ナイアガラのざっと二倍以上の横幅ってわけか。この"世界の果て"の下はどんな感じになってるんだ?やっぱり大亀が世界を支えているのか?」

 

一部の天動説の地下では、世界は球体ではなく水平に広がり、大亀の背中に追われているというものがある。十六夜はそれが気になっているのだろう。

十六夜は下に大亀がいると思って楽しそうに断崖絶壁に顔を覗き出した。下は奈落のように暗い場所を想像していたのだが、絶壁の下の先も夕焼けで染まった空が広がっている。

 

「残念ながらNOですね。この世界を支えているのは"世界軸"と呼ばれる柱でございます。何本あるの定かではありませんが、一本は箱庭を貫通しているあの巨大な主軸です。この箱庭の世界がこのように不完全な形で存在しているのは、何処かの誰かが"世界軸"を一本引き抜いて持ち帰った、という伝説もあるのですが……」

 

「はは、それはすげぇな。ならその大馬鹿野郎に感謝しねぇと」

 

太陽が沈むにつれてより色濃く朱に染まるトリトニスの大滝を眺めつつ、ふと思いついたように黒ウサギに問う。

 

「トリトニスの大滝、だったな。ココを上流を遡ればアトランティスでもあるのか?」

 

「さて、どうでしょう。箱庭の世界は恒星と同じ表面積と会う広大さに加え、黒ウサギは箱庭の外の事をあまり存じ上げません。しかし……箱庭の上層にコミュニティの本拠を移せば、閲覧できる資料の中にそういうものがあるかもですよ?」

 

「ハッ。知りたければそこまで協力しろってことか?」

 

「いえいえ。ロマンを追求するのであるれば、という黒ウサギの勧めでございますヨ?」

 

「それはどうもご親切様」

 

絶景を楽しむためのポイントを探し始めた十六夜は、思い出したように語る。

 

「ま、こんなデタラメで面白い世界に呼び出してくれたんだ。その分の働きはしてやる。けど他の三人の説得には協力しないからな。騙すも誑かすのも構わないが、後腐れないように頼むぜ。同じチームでやっていくなら尚更な」

 

「あ、三人じゃないぞ、アリスは元から協力するつもりだ。俺もアリスがいたコミュニティだ、協力はするつもりだったからな」

 

「……はい」

 

黒ウサギは心の中で深く反省する。

問題児だからといってこれから同じコミュニティで戦っていく仲間なのだ利用するような事をすれば得られる信用も得られなくなる。

コミュニティが大事だったあまり、その意識が黒ウサギの中で低くなっていたのだ。

新たな同士である彼らには失礼極まりない話である。

 

(初めからちゃんと説明すれば良かったな……ジン坊ちゃん、大丈夫でしょうか)

 

「あ、言い忘れてた。アリス達どうやら面倒ごとに絡まれたみたいだぞ」

 

「へぇ?」

 



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サウザンドアイズとギフトゲームと再会 【前編】

投稿遅れてすみません


八幡達が箱庭に戻り噴水広場で合流し、話を聞いた黒ウサギは案の定ウサ耳を逆立てて怒っていた。

突然の展開に嵐のような説教と質問が飛び交う。

 

「な、なんであの短時間に"フォレス・ガロ"のリーダーと接触してしかもケンカを売る状況になったのですか!?」

「しかもゲームの日取りは明日!?」

「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」

「準備している時間もお金もありません!」

「一体どういう心算《つもり》があってのことです!」

「聞いているのですか四人とも‼︎」

 

「「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています」」」」

 

「黙らっしゃい!!!」

 

誰が言い出したのか、まるで口裏を合わせていたかのような言い訳に激怒する黒ウサギ。

それをニヤニヤと笑って見せていた十六夜が止めに入る。

 

「別にいいじゃねぇか。見境なく選んで喧嘩を売ったわけじゃないんだから許してやれよ」

 

「そうだな、善人ならまだしも相手はガキや女を人質にとり、ましてや殺した外道だ」

 

「い、十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれせんけど、このゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ?この"契約書類"を見てください」

 

黒ウサギの見せた"契約書類"は"主催者権限"を持たない者達が"主催者"となってゲームを開催するために必要なギフトである。

そこにはゲーム内容・ルール・チップ・賞品が書かれており"主催者"のコミュニティのリーダーが署名することで成立する。

黒ウサギが指す賞品の内容はこうだ。

 

「"参加者が勝利した場合、主催者は参加者は言及する全ての罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する"––––––まぁ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるのを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

 

ちなみに飛鳥達のチップは"罪を黙認する"というものだ。

それは今回に限ったことではなく、これ以降もずっと口を閉ざし続けるという意味である。

 

「でも時間さえかかければ、彼らの罪は必ず暴かれます。だって肝心の子供達は……その、」

 

「黒ウサギ、今回もし俺達がガルドとかいう奴の事を見逃したら高確率でそいつは箱庭の外に逃げる。もしもの話、ノーネームのガキ共が拐われた挙句殺されてみろお前は冷静で入れるか?それにな、人質は既にいねぇし責め立てれば証拠は出る。多分だが、ここにいる全員それを望んでない」

 

「ッ!そ、それは……」

 

黒ウサギは八幡に言われたことに言葉を詰まらせる。

箱庭の法は箱庭内でしか有効ではない、つまり箱庭外に出られたら裁けないのだ。

しかし"契約書類"による強制執行ならばどれだけ逃げようとも、強力な"契約"でガルドを追いつめられる。

 

「そうね、あの外道を裁くのにそんなに時間をかけたくないの」

 

「それにね、黒ウサギ。私は道徳云々よりも、あの外道が私の生活範囲内で野放しにされることも許さないの。ここで逃せば、いつかまた狙ってくるに決まってるもの」

 

「ま、まぁ……逃せば厄介かもしれませんけど」

 

「僕もガルドを逃がしたくないと思っている。彼のような悪人は野放しにしちゃいけない」

 

ジンも同調する姿勢を見せ、黒ウサギは諦めたように頷いた。

 

「はぁ〜……仕方がない人達です。まあいいデス。腹立たしいのは黒ウサギも同じですし。"フォレス・ガロ"程度なら十六夜さんか八幡さんがいれば楽勝でしょう」

 

しかし十六夜と八幡、飛鳥は怪訝な顔をして、

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねぇよ?」

 

「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」

 

「そうだな。話を聞く限りガルドってやつ程度アリス一人で十分だろ?」

 

「当たり前だ、あんな雑魚私一人で正直言って十分だろ」

 

黒ウサギは慌ててそう言う四人に食ってかかる。

 

「だ、駄目ですよ!御三人とアリスはコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」

 

「そういうことじゃねぇよ黒ウサギ」

 

十六夜が真剣な顔をして黒ウサギを右手で制する。

 

「いいか?この喧嘩は、コイツらが売った。そしてヤツらが買った。なのに俺らが手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

 

「そうだな、それになコイツらが始めたことに手を出すのはコイツらの実力を信用していないのと同じだ。まぁ、俺や逆廻を見た後だとそうなっても仕方ないかもしれんがな。それでも、コイツらはオマエらが呼んだんだ信じてみろよ」

 

「あら、分かってるじゃない」

 

「………。ああもう、好きにしてください」

 

丸一日振り回され続けて疲弊した黒ウサギはもう言い返す気力も残っていない。

どうせ失うものは無いゲーム、もうどうにでもなればいいと呟いて方を落とすのだった。

 

* * *

 

その後黒ウサギの謝罪、食事お風呂といった話があった。

そして、ギフト鑑定のために"サウザンドアイズ"というコミュニティに向かうことになった。

道中、八幡・アリス・十六夜・飛鳥・耀の四人は興味深そうに街並みを眺めていた。

商店へ向かうペリベッド通りは石造で整備されており、脇を埋める街路樹は桃色の花を散らして新芽と青葉が生え始めている。

日が暮れて月と街灯ランプに照らされている並木道を、飛鳥は不思議そうに眺めて呟く。

 

「桜の木……ではないわよね?花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

 

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ?気合の入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

 

「……?今は秋だったと思うけど」

 

「冬に入る一歩手前くらいだろ」

 

「ああ」

 

ん?だと噛み合わない五人は顔を見合わせて首を傾げる。

黒ウサギが笑って説明した。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系などの所々違う箇所があるはずですよ」

 

「へぇ?パラレルワールドってやつか?」

 

「いや、今回の場合は立体交差並行世界論ってやつじゃないか?」

 

「八幡さんよくご存知で、まぁコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」

 

「八、よく知ってたな」

 

「ま、まぁな」

 

(黒歴史時代の時の知識とは言いたくねぇ)

 

曖昧に濁らして黒ウサギは振り返る。

どうやら店に着いたらしい。

商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。

あれが"サウザンドアイズ"の旗なのだろう。

日が暮れて看板を下げる割烹着の女性店員に、黒ウサギは滑り込みスタップを、

 

「まっ」

 

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

……ストップをかける事も出来なかった。

黒ウサギは悔しそうに店員を睨みつける。

流石は超大手の商業コミュニティ。

押し入る客の拒み方にも隙がない。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

 

「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」

 

「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

 

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」

 

喚く黒ウサギに対して店員は冷めたような眼と侮蔑を込めた声で対応する。

 

「なるほど、"箱庭の貴族"であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

 

「……ぅ」

 

一転して言葉に詰まる黒ウサギ。

しかし十六夜は何の躊躇いもなく名乗る。

 

「俺達は"ノーネーム"ってコミュニティなんだざ」

 

「ほほう。ではどこの"ノーネーム"様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

ぐ、っと黙りこむ。黒ウサギが言っていた"名"と"旗印"がないコミュニティのリスクとはまさにこういう状況の事だった。

 

(ま、まずいです。"サウザンドアイズ"の商店は"ノーネーム"御断りでした。このままだと本当に出禁にされるかも)

 

(胸糞悪いぜ)

 

力のある商店だからこそ彼らは客を選ぶ。

信用できない客を扱うリスクを彼らは冒さない。

それに八幡は胸糞悪さを感じるいた。

視線が黒ウサギに集中し、心の底から悔しそうな顔をして、小声で呟いた。

 

「その……あの………私達に、側はありま」

 

「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ!久しぶりだ黒ウサギィィィィ!」

 

黒ウサギは店内から爆走してくる着物風の服を着た真っ白い髪の少女に抱きしめ(もしくはフライングボディーアタック)つかれ、少女と共にクルクルクルクと空中四回転半ひねりして街道の向こうにある浅い水路まで吹き飛んだ。

 

「きゃぁーーーー……!」

 

ボチャン。そして遠くなる悲鳴。十六夜達は眼を丸くし、店員は痛そうに頭を抱えていた。

 

「……おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか?なら俺も別バージョンで是非」

 

「ありません」

 

「なんなら有料でも」

 

「やりません」

 

「お前らなにやってんの?」

 

真剣な表情の十六夜に、真剣な表情でキッパリ言い切る女性店員。

二人は割とマジだった。

八幡は呆れた。

フライングボディーアタックで黒ウサギを強襲した白い髪の幼い少女は、黒ウサギの胸に顔を埋めてなすり付けていた。

 

「し、白夜叉様!?どうして貴女がこんな下層に!?」

 

「そろそろ黒ウサギが来ると予感しておったからに決まってるだろに!フフ、フホホフホホ!やっぱりウサギは触り心地が違うのう!ほれ、ここが良いかここが良いか!」

 

スリスリスリスリ。

 

「し、白夜叉様!ちょ、ちょっと離れてください!」

 

白夜叉と呼ばれた少女を無理やり引き剥がし、頭を掴んで店に向かって投げつける。

くるくると縦回転をした少女を、十六夜は足で八幡の方へ蹴り飛ばした。

 

「ほい、パス」

 

「コバァ!」

 

「はぁ!」

 

「す、すまんの。お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で蹴り上げるとは何様だ!」

 

「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」

 

ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。

一連の流れの中で呆気にとられていた飛鳥は、思い出したように白夜叉に話しかける。

 

「貴女はこの店の人?」

 

「おお、そうだとも。この"サウザンドアイズ"の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢の割に発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

 

「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」

 

何処までも冷静な声で女性店員が釘を刺す。

濡れた服やミニスカートを絞りながら水路から上がってきた黒ウサギは複雑そうに呟く。

 

「うう……まさか濡れる事になるなんて」

 

「因果応報……かな」

 

『お嬢の言う通りや』

 

悲しげに服を絞る黒ウサギ。

反対に濡れても全く気にしない白夜叉は、店先で十六夜達を見回してにニヤリと笑った。

 

「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たという事は……遂に黒ウサギが私のペットに」

 

「なりません!どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

ウサ耳を逆立てる黒ウサギ。何処まで本気かわからない白夜叉は笑って店に招く。

 

「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

 

「よろしいのですか?彼らは旗も持たない"ノーネーム"のはず。規定では」

 

「"ノーネーム"だと分かっていながら名を尋ねる、性悪店員に対する詫びだ。身元は私が保証するし、ボスに睨まれても私が責任を取る。いいから入れてやれ」

 

ルールを守った店員は気を悪くしてま、っとした顔をした。

女性店員に睨まれながら暖簾をくぐった五人と一匹は、店の外界からは考えられない、不自然な広さの中庭に出た。

正面玄関を見れば、ショーウィンドウに展開された様々な珍品名品が並んでいる。

 

「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

五人と一匹は和風の中庭を進み、縁側で足を止める。

するとその前には八幡がいた。

 

「あれ?八幡さんどうして私達の前に?」

 

「ん?お前らが話し合ってる時に普通に店の中に入って迷子になってた」

 

「何をしてるんだか、八は…」

 

「悪い悪い」

 

「ん"ん''まぁ部屋に入らんか話をしたいのでな」

 

白夜叉がそう言い個室というにはやや広い和室の上座に腰を下ろし大きく背伸びをしてから八幡達に向き直る。

気づけば白夜叉の着物は乾ききっていた。

 

「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている"サウザンドアイズ"幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があったな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

投げやりな言葉で受け流す黒ウサギ。

その隣で耀が小首を傾げて問う。

 

「その外門、って何?」

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つもの達が住んでいるのです」

 

此処、箱庭の都市は上層から下層まで七つの支配層に分かれており、それに伴ってそれぞれを区切る門には数字が与えられている。

外壁から数えて七桁の外門、六桁の外門、と内側に行くほど若くなり、同時に強大な力を持つ。箱庭で四桁の外門ともなれば、名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境だ。

黒ウサギが描く上空から見た箱庭の図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。

その図を見た五人は口を揃えて、

 

「……超巨大タマネギ?」

 

「いえ、超巨大バームクーヘンでないかしら?」

 

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

 

「ああ、バームクーヘンだな」

 

「バームクーヘン……八」

 

「あいよ」

 

うん、と頷き合う四人。身も蓋もない感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。アリスにいたっては八幡が影から取り出したバームクーヘンを食べている。

対照的に、白夜叉は呵々と哄笑を上げて二度三度と頷いた。

 

「ふふ、うまい例え。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は"世界の果て"と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったもの達が棲んでおるぞ–––––その水樹の持ち主などな」

 

白夜叉は薄く笑って黒ウサギが持つ水樹の苗に視線を向ける。白夜叉が指すのはトリトニスの滝を棲みかにしていた蛇神の事だろう。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ?知恵比べか?勇気を試したのか?」

 

「いえいえ。この水樹ら十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ。八幡さんの場合は攻撃を無力化しました」

 

自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉は声を上げて驚いた。

 

「なんと!?クリアではなく直接的に倒したとな!?それにそこの童は防いだ!?ではその童達は神格持ちの神童か?」

 

「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」

 

「む、それもそうか。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではどんぐりの背比べだぞ」

 

神格とは生来の神様そのものではなく、種の最高のランクに体を変化させるギフトを指す。

蛇に神格を与えれば巨軀の蛇神に。

人に神格を与えれば現人神や神童に。

鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化す。

更に神格を持つことで他のギフトも強化される。箱庭にあるコミュニティの多くは各々の目的のため神格を手に入れることを第一目標とし、彼らは上層を目指して力をつけているのだ。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

小さな胸を張り、呵々と豪快に笑う白夜叉。

だがそれを聞いた十六夜は物騒に瞳を光らせて問いただす。

その表情を見た八幡は嫌な予感を感じていた。

 

「へぇ?じゃあオマエはあのヘビより強いのか?」

 

「ふふん、当然だ。私は東側の"階層支配者"だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶものがいない、最強の主催者なのだからの」

 

"最強の主催者"–––––その言葉に、十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に瞳を輝かせた。

 

「そう……ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」

 

「無論、そうなる」

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

三人は剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。白夜叉はそれに気づいたように高らかと笑い声をあげた。

 

「抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギルドゲームを挑むと?」

 

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?」

 

「はぁ、やっぱりやらかしたか……」

 

「実力の差も測れないとは……」

 

慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。

八幡とアリスは三人の行動に呆れていた。

 

「良い黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

 

「ノリがいいわね?そういうの好きよ」

 

「ふふ、そうか。–––––しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」

 

「なんだ?」

 

白夜叉は着物の裾から"サウザンドアイズ"の旗印–––––向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言、

 

「おんしらが望むのは"挑戦"か–––––もしくは、"決闘"か?」

 

刹那、五人の視界に爆発的な変化が起きた。

五人の視界は意味を無くし、様々な情景が脳裏で回転し始める。

脳裏を掠めたのは、黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。

記憶にない場所が流転を繰り返し、足元から五人を呑みこんでいく。

五人が投げられたのは、白い草原と凍る湖畔–––––そして、水平に太陽が廻る世界だった。

 

「……なっ……!?」

 

余りの異常さに、八幡達は同時に息を呑んだ。

箱庭に招待された時とはまるで違うその感覚は、もはや言葉で表現出来る御技ではない。

遠く薄明の空にある星は只一つ。緩やかに世界を水平に廻る。白い太陽のみ。

まるで星を一つ、世界を一つ創り出したかのような奇跡の顕現。

唖然と立ち竦む五人に、今一度、白夜叉は問いかける。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は"白き夜の魔王"–––––太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への" 挑戦"か?それとも対等な"決闘"か?」

 

魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄味に、再度息を呑む五人。

"星霊"とは、惑星級以上の星に存在する主精霊を指す。妖精や鬼・悪魔などの概念の最上級種であり、同時にギフトを"与える側"の存在でもある。

十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じ取りながら、白夜叉を睨んで笑う。

 

「水平に廻る太陽と……そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの大地は、オマエを表現してるってことか」

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方の雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

"白夜"の星霊。十六夜の指す白夜とは、フィンランドやノルウェーといった特定の経緯の位置する北欧諸国などで見られる、太陽の沈まない現象である。

そして"夜叉"とは、水と大地の神霊を指し示すと同時に、悪神としての側面を持つ鬼神。

数多の修羅神仏が集うこの箱庭で、最強種と名高い"星霊"にして"神霊"。

彼女はまさに、箱庭の代表ともいえるほど–––––強大な"魔王"だった。

 

「これだけの莫大な土地が、ただのゲーム盤……!?」

 

「如何にも。して、おんしらの返答は?"挑戦"であるならば、手慰み程度に遊んでやる。–––––だがしかし"決闘"を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

 

「………っ」

 

「アンタとやる訳ねぇだろ……挑戦だ」

 

「同じく挑戦」

 

「ほう、おんしら二人は挑戦か……して、残りの三人はどうする」

 

八幡とアリスは即答したが飛鳥と耀、そして自信家の十六夜でさえ即答できずに返事を躊躇った。

白夜叉がいかなるギフトを持つかは定かではない。だが勝ち目がないことだけは一目瞭然だ。

しかし自分達が売った喧嘩を、このよう形で取り下げんにはプライドが邪魔した。

しばしの静寂の後–––––諦めたように笑う十六夜が、ゆっくりと挙手し、

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」

 

「ああ。これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。アンタには資格がある。–––––いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

苦笑と共に吐き捨てるような物言いをした十六夜を、白夜叉は堪えきれず高らかと笑い飛ばした。プライドの高い十六夜にしては最大限の譲歩なのだろうが、『試されやる』とは随分可愛らしい意地の張り方があったものだと、白夜叉は腹を抱えて哄笑をあげた。

一頻りに笑った白夜叉は笑いを噛み殺して他の二人にも問う。

 

「く、くく……して、他の童達も同じか」

 

「……ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

 

「右に同じ」

 

苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人。満足そうに声を上げる白夜叉。

一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギは、ホッと胸をなでおろす。

 

「も、もう!互いにもう少し相手を選んでください!"階層支配者"に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う"階層支配者"なんて、冗談にしても寒すぎます!それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか‼︎」

 

「何?じゃあ元・魔王様ってことか?」

 

「はてさて、どうだったからな?」

 

「おいおい、俺とアリスはしっかり選んだぞ」

 

「そうだぞ、黒ウサギ」

 

白夜叉はケラケラと悪戯っぽく笑い、八幡とアリスは喧嘩を売ったことに含まれたことを否定していた。ガクリと肩を落とす黒ウサギ。

その時、彼方にある山脈から甲高い叫び声が聞こえた。獣とも、野鳥とも思えるその叫び声に逸早く反応したのは、八幡と耀だった。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

 

「野鳥でもましてや、獣でもないどちらかというと二つが混ざった鳴き声だったな」

 

「ふむ……あやつか。おんしら三人を試すには打って付けかもしれんの」

 

「ん?三人?五人じゃなくてか?」

 

「ああ、おんしら二人は別の挑戦を受けてもらう」

 

八幡とアリスに言い湖畔を挟んだ向こう岸にある山脈に、チョイチョイと手招きをする白夜叉。すると体長5mはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く五人の元に現れた。

わしの翼と獅子の下半身を持つ獣を見て、耀は驚愕と歓喜の籠った声を上げた。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

 

「フフ、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。"力" "知恵" "勇気"の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

白夜叉が手招きする。グリフォンは彼女のもとに降り立ち、深く頭を下げて礼を示した。

 

「さて、肝心の試練だがの。おんしら三人とこのグリフォンで"力" "知恵" "勇気"の何れかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞う事が出来ればクリア、という事にしようか」

 

白夜叉が双女神の紋が入ったカードを取り出す。すると虚空から"主催者権限"にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。白夜叉は白い指を奔られて羊皮紙に記述する。

 

『ギフトゲーム名 "鷲獅子の手綱"

 

・プレイヤー一覧

逆廻 十六夜

久遠 飛鳥

春日部 耀

 

・クリア条件 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

・クリア方法 "力" "知恵" "勇気"の何れかでグリフォンに認められる。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 "サウザンドアイズ"印』

 

「私がやる」

 

読み終えるや否やピシ!と耀が挙手した。比較的に大人しい彼女にしては珍しく熱く羨望の視線でグリフォンを見つめていた。

 

『お、お嬢……大丈夫か?なんや獅子の旦那より遥かに怖そうやしデカイけど』

 

「大丈夫、問題ない」

 

「ふむ。自信があるようだが、これは結構な難物だぞ?失敗すれば大怪我では済まんが」

 

「大丈夫、問題ない」

 

耀の瞳は真っ直ぐにグリフォンに向いている。その瞳は探し続けていた宝物を見つけた子供のように輝いていた。隣で呆れたように苦笑いを漏らす十六夜と飛鳥。

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

 

「気をつけてね、春日部さん」

 

「頑張れ、春日部」

 

「うん、頑張れ」

 

「おい、春日部」

 

「ん?」

 

「お前のその服装じゃ跨って湖畔を移動するんだ、かなり寒くなるだろ?だからよ……ほら、気休め程度になるかわからんが俺のブレザー貸しておく。まぁ、その……なんだ、無茶だけはするなよ」

 

「うん、ありがとう比企谷。頑張る」

 

頷き、グリフォンに駆け寄る。だがグリフォンは大きく翼を広げてその場を離れた。

戦いの際、白夜叉を巻き込まないようにする為だろう。

耀を威嚇するように翼を広げ、巨大な瞳をギラつかせるグリフォンを、追いかけるように耀は走り寄った。

数mほど離れた距離で足を止め、まじまじとグリフォンを観察する。

 

(……凄い。本当に上半身が鷲で、下半身が獅子なんだ)

 

鷲と獅子。猛禽類の王と、肉食獣の王。数多の動物と心を通わせてきた耀だが、それはあくまで地球上に生息している相手に限る。

"世界の果て"で黒ウサギ達が出会ったユニコーンや大蛇などの生態系を遥かに逸脱した、幻獣と呼び称されるものと相対するのは、コレが初めての経験。まず慎重に話しかけた。

 

「え、えーと。初めまして、春日部耀です」

 

『!?』

 

ビクンッ‼︎とグリフォンの肢体が跳ねた。その瞳から警戒心が薄れ、僅かに戸惑いの色が浮かぶ。耀のギフトが幻獣にも有効である証しだった。

 

「ほう……あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

白夜叉は感心したように扇を広げた。二種の王であるグリフォンの背に跨る方法は二つある。

一つは、力比べや知恵比べで勝利する事。屈服させることで背に跨る方法だ。

二つ目は、その心を認められる事。王であり誇り高い彼らに認められて跨る方法である。

言葉を交わす事ができるならどんな手段にせよ、自分に有効な交渉を進められる事ができるかもしれない。耀は大きく息を吸って、一息に述べる。

 

「私をあなたの背に乗せ……誇りを賭けて勝負をしませんか?」

 

『……何……!?』

 

グリフォンの声と瞳に闘志が宿る。気高い彼らにとって『誇りを賭けろ』とは、最も効果的な挑発だ。耀は返事を待たず、交渉を続ける。

 

「あなたが飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私をふるい落とせば勝ち。私が背に跨っていられたら。……どうかな?」

 

耀は小首を傾げる。その条件ならば力と勇気の双方を試す事が出来る。どがグリフォンは如何わしげに大きく鼻を鳴らして尊大に問い返す。

 

『娘よ。お前は私に"誇りを賭けろ"と持ちかけた。お前の述べる通り、娘一人振い落とせないならば、私の名誉は失墜するだろう。–––––だがな娘。誇りの対価に、お前は何を賭す?』

 

「命を賭けます」

 

即答だった。あまりに突飛な返答に黒ウサギと飛鳥から驚きの声が上がった。

 

「だ、駄目です!」

 

「か、春日部さん!?本気なの!?」

 

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩ご飯になります。……それじゃ駄目かな?」

 

『……ふむ……』

 

耀の提案にますます慌てる飛鳥と黒ウサギ。それを白夜叉と十六夜、八幡とアリスが厳しい声で制す。

 

「双方、下がらんか。コレはあの娘から切り出した試練ぞ」

 

「ああ。無粋な事はやめとけ」

 

「このゲームは、私達が手を出す事じゃない」

 

「あぁ、春日部が決めたんだやらせてやれ」

 

「そんな問題ではございません‼︎同士にこんな分の悪いゲームをさせるわけには–––––」

 

「大丈夫だよ」

 

耀が振り向きながら飛鳥と黒ウサギに頷く。その瞳には何の気負いもない。むしろ勝算ありと思わせるような表情だ。

グリフォンはしばし考える仕草を見せた後、頭を下げて背に乗るように促した。

 

『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか、その身で試してみよ』

 

耀は頷き、手綱を握って背に乗りこむ。鞍が無いためやや不安だが、耀は手綱をしっかり握りしめて獅子の胴体に跨る。

耀は鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を擦りつつ、満足そうに囁く。

 

「始める前に一言だけ。……私、貴方の背中に跨るのが夢の一つだったんだ」

 

『–––––そうか』

 

グリフォンは決闘前に何を言っているのやらと苦笑しながら翼を羽ばたかせる。大地から離れてすでに数十m翼を固定したまま空を駆け山脈まで飛んで行った。

 

「なぁ、八」

 

「ん?なんだアリス」

 

「いや、あの速度を見ると改めて春日部は大丈夫なのかと心配になってな」

 

「大丈夫だろ。あの程度で音を上げる様なら箱庭に招待されないだろう」

 

「そうか」

 

そんなことを話していると耀がグリフォンに跨ったまま戻ってきた。

だが、耀の勝利が決定したその瞬間–––––耀の手から手綱が外れた。

 

『何!?』

 

「春日部さん!?」

 

安堵を漏らす暇も、称賛をかける暇もなく耀の小さな体は突風に吹き飛ばされたように舞い、慣性のまま打ち上がる。助けようとした黒ウサギの手を、十六夜が掴んだ。

 

「は、離し–––––」

 

「待て!まだ終わっていない!」

 

焦る黒ウサギを止める十六夜。だが耀の脳裏には周囲の存在が消えて先ほどまでの空を疾走していた感動だけが残っている。

 

(四肢で……風邪を絡め、大気を踏みしめるように–––––!)

 

ふわっと、耀の体が翻る。慣性を殺すかのような緩慢な動きはやがて彼女の落下速度を衰えさせ、遂には湖畔に触れることなく飛翔したのだ。

 

「……なっ」

 

誰もが絶句し耀は、ふわふわと不慣れな飛翔をし浮いている。そんな耀に呆れたように笑う十六夜が近寄ってきた。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類のものだったんだな」

 

そんな十六夜の笑みに、むっとしたような声音で耀が返す。

 

「……違う。これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

 

「ただの推測。お前、黒ウサギと出会った時に、"風上に立たれたら分かる"とか言ってたろ。そんな芸当はただの人間には出来ない。だから春日部のギフトは他種のコミュニケーションをとるわけじゃなく、多種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか……と推察したんだが、それだけじゃなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?ちなみに言うと比企谷も概ね俺と同じような推測してたぞ」

 

そんなことを言いながら耀のギフトに興味津々な十六夜の視線をフイっと避ける。その傍に三毛猫が駆け寄り耀の肩に乗りオロオロしながら耀に問う。

 

『お嬢!怪我はないか!?』

 

「うん、大丈夫。指がジンジンするのと服がパキパキになったぐらいで比企谷に貸してもらったブレザーのおかげでそこまで寒くなかったし」

 

「お疲れ様」

 

「あ、比企谷ブレザー貸してくれてありがとう」

 

「別にいいってまだ少し寒いだろ?まだ着てろ、それと……ほれ」

 

「?なにこれ?」

 

「俺がいつも飲んでるコーヒー」

 

「ありがとう」

 

三毛猫を優しく撫でながら八幡と話をしていた。その向こうでパチパチと拍手を送る白夜叉と、感嘆の眼差しで見つめるグリフォン。

 

『見事。お前が得たギフトは、私に勝利した証として使って欲しい』

 

「うん。大事にする」

 

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの。……ところで、おんしの持つギフトだが。それは先天性か?」

 

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげで話せるようになった」

 

「木彫り?」

 

『お嬢の親父さんは彫刻家やっとります。親父さんの作品でワシらとお嬢は話せるんや』

 

「ほほう………彫刻家の父か。よかったらその木彫りというのを見せてくれんか?」

 

頷いた耀は、ペンダントにしていた木彫りの細工を取り出す。

白夜叉は渡された手の平大の木彫りを見つめて、急に顔を顰める。八幡、アリス、十六夜、飛鳥もその隣から木彫り細工を覗き込んだ。

 

「複雑な模様ね。何か意味があるの?」

 

「意味はあるけど知らない。昔教えてくれたけど」

 

「……。これは」

 

白夜叉だけでなく、八幡、十六夜、黒ウサギも鑑定に参加する。表と裏を何度も見直し、幾何学線を指でなぞる。

 

「材質は楠の神木……?神格は残っていないようですが……この中心を目指す幾何学線……そして中心に円状の空白……もしかしてお父様の知り合いには生物学者がおられるのでは?」

 

「うん。私の母さんがそうだった」

 

「生物学者ってことは、ソレは系統樹を表しているのか白夜叉?」

 

「おそらくの……ならこの図形はこうで……この円形が収束するのは……いや、これは……これは、凄い‼︎本当に凄いぞ娘‼︎本当に人造ならばおんしの父は神代の大天才だ!まさか人の手で独自の系統樹を完成させ、しかもギフトとして確立させてしまうとは!コレは正真正銘"生命の目録"と称して過言ない名品だ!」

 

興奮したように声を上げる白夜叉。耀は不思議そうに小首を傾げて問う。

 

「系統樹って、生物の発祥と進化の系譜とかを示すアレ?でも母さんが作った系統樹の図は、もっと樹の形をしていたと思うけど」

 

「うむ、それはおんしの父が表現したいモノのセンスが成す業よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。再生と滅び、輪廻を繰り返す生命の系譜が進化を遂げて進む円の中心、即ち世界の中心を目指して進む様を表現している。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、生命の完成が未だに視えぬからか、それともこの作品そのものが未完成の作品だからか。–––––うぬぬ、凄い。凄いぞ。久しく想像力が刺激されとるぞ! 実にアーティスティックだ!おんしさえよければ私が買い取りたいぐらいだの!」

 

「ダメ」

 

耀はあっさり断って木彫り細工を取り上げる。白夜叉はお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりした。

 

「で、これはどんな力を持ったギフトなんだ?」

 

「それは分からん。今分かっとるのは異種族との会話がきるのと、友になった種からの特有のギフトを貰えるということぐらいだ。これ以上詳しく知りたいのなら店の鑑定士に頼むしかない。それも上層に住む者でなければ鑑定は不可能だろう」

 

「え?白夜叉様でも鑑定できないのですか?今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 

ゲッ、と気まずそうな顔になる白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外もいいところなのだがの」

 

白夜叉が困った顔をして考えているときに八幡とアリスが、

 

「おい、白夜叉」

 

「ん?なんだ?」

 

「何だじゃないだろ、私達の試練がまだ終わってないぞ」

 

「あ、そうだった」

 

思い出したように羊皮紙を取り出し記述する。

 

『ギフトゲーム名 "師の与えし試練"

 

・プレイヤー一覧

比企谷 八幡

アリス・ストレンジ

 

・クリア条件 白夜叉に一撃を与える

・クリア方法 ホストに一撃を与える

敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。"サウザンドアイズ"印』

 

「おい、白夜叉。これは何だ、何故俺らがお前と戦うことになってる」

 

「なっ!どういうことですか白夜叉様!?」

 

「それにこの師の与えし試練っていうゲーム名は何だ」

 

「なに、そのままの意味だ。おんしらの師が私に託した試練だ」

 

「……先生が、だと」

 

「うむ」

 

「……そうか」

 

「八」

 

「あぁ、やるぞなアリス」

 

「八幡さん!アリス!?」

 

「なら始めるとするか」

 



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サウザンドアイズとギフトゲームと再会 【後編】

戦闘描写って難しいですね


八幡とアリス、白夜叉は十六夜達から少し離れた場所に移動する。

 

「では」

 

「あぁ」

 

「「「始めるか」」」

 

そう言い三人は構える。

 

「どうする?二人同時でくるか?」

 

「いや、ウォーミングアップで一人ずつ行くわ」

 

「そうか」

 

「じゃあ先に私から行かせてもらう」

 

「うむ、いつでもいいぞ」

 

白夜叉がそういうとアリスは片手を刀に変化させ突っ込んでいく。

 

「ハァァァァ!」

 

「ほぉ、太刀筋はいいが、まだ甘い」

 

白夜叉はアリスの攻撃を軽々とかわしながら双女神の紋が入ったカードから小太刀を取り出しアリスの溝を逆刃で打ち付ける。

 

「ぅ……」

 

「ほれどうしたそんなものか?」

 

「……おいアリス、交代だ」

 

「チッ、分かった」

 

納得がいかないのか小さく舌打ちをしながら八幡と交代する。

 

「次はおんしか」

 

「あぁ、俺の場合は容赦なく斬りかかってくれてもいいぜ。じゃ行くぜ」

 

八幡よ体から黒い霧の様な靄が出て体を包む。

 

「影よ、束縛しろ」

 

そう言うと影が独りでに動き白夜叉の手足を束縛する。

 

「これはッ!」

 

「ゼアッ!」

 

束縛が成功した瞬間、瞬時に白夜叉との距離を縮め蹴りを放つ。

だが、白夜叉はいとも容易く束縛から抜け出し、八幡に掌底を放つ。

 

「ぐッ!ソラァ‼︎」

 

「おお!ならこれはどうだ?」

 

その掌底を片手で抑えるがその瞬間白夜叉は小太刀で八幡の脇腹を斬り付ける。

 

「ガァァ!」

 

痛みに声を上げながら白夜叉から距離を取る。

 

「はぁはぁ、影よ血よ斬りつけろ‼︎」

 

「ほぉ、複数の操作系ギフト持ちか」

 

その攻撃を観察しながら白夜叉は小太刀で防ぐ。

 

「おんしらこのままではクリアできぬぞ」

 

「はっ!ウォーミングアップは終わりだ、アリス‼︎」

 

「ああ‼︎」

 

そう言うとアリスは体を光らせて姿を人間ではまず扱えない大きさの回転式拳銃に変え八幡は、全身の靄を濃くし体が徐々に黒く変色し始め瞳紅く染まった。周囲には影と血を漂わせる。

 

「これからが本番だ、俺達が"今"出せる全力で行くぞ」

 

「面白い!来い‼︎」

 

八幡は一瞬のうちに銃を三発打ち同時に白夜叉の背後に回り込み蹴りをかます。

 

「オラァ!」

 

「なッ!」

 

あまりの速さに驚きながらも弾と蹴りを避ける。

 

「アリス‼︎モード大鎌!」

 

《了解‼︎》

 

拳銃から黒くどこか機会じみた大鎌に姿を変え瞬時に八幡はそのリーチを生かし斬り付けるが、白夜叉は小太刀を使い往なしかわす。

 

「影よ血よ‼︎背後から突き刺せ‼︎」

 

「なんと!?」

 

「ゼアッ!」

 

避けることを想定し前後ろから攻撃をかけ八幡は白夜叉に発勁を打ち込もうとしたが白夜叉からの蹴りを先にくらってしまう。

 

「ガハァ‼︎」

 

「はぁはぁチッ、決まらねぇ」

 

《仕方ない。八、"アレ"やるか?》

 

「あぁ……そうだな」

 

八幡は靄を更に濃くし影も大きく蠢き始めた。

アリスは再度拳銃に変わる。

 

「なにをする気だ?」

 

「さぁな、見てからのお楽しみだ」

 

八幡は拳銃を六発全て打ち込んで拳銃本体のアリスを白夜叉に向かって投げる。

 

「ヨッホ、とこんなものかの?」

 

白夜叉が八幡に対してそう声をかけるがそこにはすでに八幡はいなく気配もなかった。

 

「……一体どこに」

 

その瞬間何かが白夜叉を叩きつけた。

 

「ガハッ!?」

 

「……これで」

 

「私達の勝ちだ」

 

白夜叉を叩きつけたのはいつの間にかそこにいた黒く、甲に宝石が付き紅い紋章の装飾が施してある籠手を付けた八幡とアリス(現在付けているモード籠手)だった。

 

* * *

 

「あ"ぁ"〜面倒だった」

 

「そうだな」

 

愚痴を言いながら八幡とアリスが帰ってきた。

 

「八幡さん、アリス‼︎大丈夫ですか‼︎」

 

「あぁ、問題ないぜ」

 

「どこがだよ、ボロボロの癖に」

 

「あ、八幡さん斬られた傷の方は!?」

 

「もう治った」

 

「はい?」

 

そう言って脇腹の傷があったところを見せる。

そこは既に傷痕すら残っていなかった。

 

「一体なにが?」

 

「さぁな、ここ数年で治癒力が尋常じゃない程高くなってな」

 

「おい、小僧」

 

「ん?なんだ白夜叉」

 

「先程のあれはどのような仕掛けがあるのだ?」

 

「あー、あれか。あれは俺のギフトを最大限に利用した俺が編み出した技だ」

 

「俺がじゃなくて私達がだがな」

 

「うっさいわ」

 

「してどのように」

 

「俺が体に纏っていたあの靄には身体能力を高めたりする力があってな、それに影のギフトが持つ特性を掛け合わせ存在感っていうか相手に俺が認識できなくないようにしたんだ」

 

「ほぉ、成る程」

 

「つうか、比企谷お前強いな」

 

「まぁ、鍛えてたからな」

 

そんな話をして八幡はある事を思い出した。

 

「そうだ白夜叉、専門外と言っていたが、俺達は今日ギフト鑑定をしに来たんだが?」

 

「おお、そうだったな。どれどれ……ふむふむ……うむ、五人ともに素養が高いのは分かる。しかしこれではなんとも言えんな。おんしらは自分のギフトの力をどの程度に把握している?」

 

「企業秘密」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「そこまで把握していない」

 

「同じく」

 

「うぉぉぉぉい?いやまあ、仮にも対相手だったものにギフトを教えるのが怖いのは分かるが、それじゃ話が進まんだろうに」

 

「別に鑑定なんていらねぇよ。人に値札貼られるのは趣味じゃない」

 

はっきりと拒絶するような声音の十六夜と、同意する二人。自身のギフトを使う程度にしか理解してない二人。

困ったように頭を搔く白夜叉は、突然妙案が浮かんだとばかりにニヤリと笑った。

 

「ふむ。何にせよ"主催者"として、星霊のはしくれとして、試練をクリアしたおんしらには"恩恵"を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

白夜叉がパンパンと柏手を打つ。すると五人の眼前に輝く五枚のカードが現れる。

カードにはそれぞれの名前と、体に宿るギフトを表すネームが記されていた。

 

コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム "正体不明"

 

ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム "威光"

 

パールエメラルドのカードに春日部耀・ギフトネーム "生命の目録" "ノーフォーマー"

 

ブラックとグレー、ホワイト、レッドのカードに比企谷八幡・ギフトネーム "絶望の闇" "◼️望◼️◼️" "影の道化" "鮮血" "黒の王" "自己犠牲" "限定転移"

 

クリムゾンレッドのカードにアリス・ストレンジ・ギフトネーム "武装" "契約"

 

それぞれの名とギフトが記されたカードを受け取る。

黒ウサギは驚いたようにな、興奮したような顔で五人のカードを覗き込んだ。

 

「ギフトカード!」

 

「お中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

「クレジットカード?」

 

「商品券?」

 

「ち、違います!というかなんで皆さんそんなに息が合ってるのです!このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ!耀さんの"生命の目録"だって収納可能で、それも好きな時に顕現できるのですよ!」

 

「つまり素敵アイテムってことでオッケーか?」

 

「なんか……俺の影みたいだな」

 

「だからなんで適当に聞き流すんですか!あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!」

 

黒ウサギに叱られながら五人はそれぞれのカードを物珍しそうにみつめる。

 

「我らの双女神の紋のように、本来はコミュニティの名と旗印も記されるのだが、おんしらは"ノーネーム"だからの。少々味気ない絵になっているが、文句は黒ウサギに行ってくれ」

 

「ふぅん……もしかして水樹って奴も収納できるのか?」

 

何気なく水樹にカードを向ける。すると水樹は光の粒子になってカードの中に呑み込まれた。

見ると十六夜のカードには溢れるほどの水を生み出す樹の絵が差し込まれ、ギフト欄の"正体不明"の下に"水樹"の名前が並んでいる。

 

「おお?これ面白いな。もしかしてこのまま水を出せるのか?」

 

「出せるとも。試すか?」

 

「だ、駄目です!水の無駄遣い反対!その水はコミュニティの為に使ってください!」

 

チッ、とつまらなそうに舌打ちをする。黒ウサギは十六夜に対してまだ安心できず監視していた。

白夜叉はその様子を高らかに笑いながら見つめた。

 

「そのギフトカードは、正式名称を"ラプラスの紙片"、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらの魂と繋がった"恩恵"の名称。鑑定はできずともそれを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

 

「へぇ?じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

 

ん?と白夜叉が十六夜のギフトカードを覗き込む。

"正体不明"と刻まれている文字を見て笑う十六夜とは対照的に、白夜叉の表情は劇的だった。

 

「……いや、そんな馬鹿な」

 

尋常じゃない雰囲気を出し十六夜のギフトカードを取り上げ、真剣な眼差しでギフトカードを見る白夜叉は、不可解とばかりに呟く。

 

「"正体不明"だと……?いやありえん、全知である。"ラプラスの紙片"がエラーを起こすはずなど」

 

「何にせよ、鑑定できなかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

 

白夜叉からギフトカードを取り上げ、白夜叉は納得できないように怪訝な瞳で十六夜を睨む。

 

(そういえばこの童……蛇神を倒したといっていたな)

 

生来の神々や星霊ほどではないものの、神格保持者は種の最高位。嵐を呼び寄せるほどの力を持つ蛇神が人間に打倒されるというのは、まずあり得ないことだ。

 

(強大な力を持っている事は間違えないわけか。……しかし"ラプラスの紙片"ほどのギフトが正常に機能しないとはどういう……)

 

ギフトが正常に機能しない。そこで白夜叉の脳裏に一つの可能性が浮上した。

 

(ギフトを無効化した……?いや、まさかな)

 

浮上した可能性を、苦笑と共に切り捨てる。

箱庭の世界において無効化のギフトは珍しくないがそれは単一の能力に特化した武装に限られた話。

十六夜のような強大な奇跡を身に宿す者が、奇跡を打ち消す御技を宿しては大きく矛盾する。その矛盾の大きさに比べれば"ラプラスの紙片"に問題があるという結論の方がまだ納得できた。

 

「まぁ、俺からしたら比企谷のギフトが気になるけどな」

 

「ん?俺のか、まぁいいが一つだけ文字化けしてるがいいか?」

 

「なに?」

 

八幡の言葉に白夜叉は再起動し今度は八幡のギフトカードを見る。

 

「へぇ、かなりギフトが多いな」

 

(エラーに続いて文字化け、しかも転移ギフトもだと!?)

 

「なぁ、比企谷」

 

「ん、なんだ逆廻?」

 

「この"限定転移"ってギフトなんだが、何処に転移するのかお前知ってるのか?」

 

「いや、分からないが俺の知り合いからは俺が元いた世界に転移できるとか言ってたな」

 

「が、外界にですか!」

 

「ああ」

 

「……知り合いが、ねぇ」

 

「まぁ、知り合いっていうか俺にギフトのことを少し教えてくれた人だがな」

 

「私はその人ともう一人と一緒に外界に飛ばされたんだ。その後は一緒に行動せずに八の居る千葉で暮らしてたんだがな」

 

「あぁ、そういやぁストレンジは元は箱庭の住人だったな」

 

「そうだ。それとストレンジじゃなくアリスでいい、ストレンジは向こうで暮らす為に仕方なく付けた苗字だ」

 

「小僧」

 

「ん?なんだ白夜叉」

 

「おんしのそのギフトと危険なものだ悪用するなよ」

 

「分かってる」

 

「なら良い」

 

その後、ゲーム盤から元の和室に戻り暖簾の下げられた店前に移動し、耀達は一礼した。

 

「今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

 

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦するときは対等の条件で挑むのだもの」

 

「ああ。吐いた唾を飲み込むなんて、格好つかねぇからな。次は渾身の大舞台で挑むぜ」

 

「ふふ、よかろう。楽しみにしておけ。……ところで」

 

白夜叉は真剣な顔をして黒ウサギ達を見る。

 

「今さらだが、一つだけ聞かせてくれ。おんしらは自分達のコミュニティがどういう状況にあるか、よく理解しているか?」

 

「ああ、名前とか旗の話か?それなら聞いたぜ」

 

「ならそれを取り戻すために、"魔王"と戦わねばならんことも?」

 

「聞いてるわよ」

 

「……。では、おんしらは全てを承知の上で黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

 

黒ウサギはドキリとした顔で視線をそらす。そして同時に思う。もしコミュニティの現状を話さない不義理な真似をしていれば、自分はかけがえのない友人を失っていたかもしれない。

 

「そうよ。打倒魔王なんてカッコいいじゃない」

 

「"カッコいい"で済む話ではないのだがの……全く、若さゆえのものなのか。無謀というか、勇敢というか。まあ、魔王がどういうものなのかはコミュニティに帰ればわかるだろ。それでも魔王と戦う事を望むというなら止めんが……そこの娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ」

 

予言したように耀と飛鳥に言う。二人は言い返そうとしたが魔王と同等の力を持つ白夜叉の威圧感は物を言わさぬものがあり言葉が見つからなかった。

 

「魔王の前に様々なギフトゲームに挑んで力を付けろ。小僧二人とそこの半人半武の小娘はともかく、おんしら二人の力では魔王のゲームは生き残れん。嵐に巻き込まれた虫が無様に弄ばれて死ぬ様は、いつ見ても悲しいものだ」

 

「なんだ、私のことを知ってたのか」

 

「当然だ」

 

「……ご忠告ありがと。肝に命じておくわ。次は貴女の本気のゲームに挑みに行くから、覚悟しておきなさい」

 

「ふふ、望むところだ。私は三三四五外門に本拠を構えておる。いつでも遊びに来い。……ただし、黒ウサギをチップに賭けてもらうがの」

 

「嫌です!」

 

黒ウサギは即答で返す。白夜叉は拗ねたように唇を尖らせた。

 

「つれない事を言うなよぅ。私のコミュニティに所属すれば生涯を遊んで暮らせると保証するぞ?三食首輪付きの個室も用意するし」

 

「三食首輪付きってソレもう明らかにペット扱いですから!」

 

怒る黒ウサギ。笑う白夜叉。

そして、店を出て"ノーネーム"の本拠に向かおうとしたとき、

 

「あぁ、ちょっと待ておんしら」

 

「どうしたのですか?白夜叉様」

 

「おんしらが帰る前に"ノーネーム"に所属させて欲しい者がおってな、引き取って欲しいのだ」

 

「しょ、所属させて欲しい人ですか!」

 

「うむ、ちょっと待っておれ連れてくるでの」

 

そう言い店内に再び入っていった。

 

「……"ノーネーム"に所属させて欲しい、ねぇ」

 

「一体誰なのかしら?」

 

「……」

 

暫くして白夜叉が戻ってきた。

 

「待たせたの、少々準備に戸惑ってしまってな」

 

「い、いえ大丈夫ですけど……それで肝心の所属させて欲しい人物は……」

 

「うむ、もう出て来てくれてよいぞ」

 

白夜叉がそう言うと暖簾から肩にかかるくらい白髪で、両目が薄い赤と朱色のオッドアイの小柄な少女が出てきた。

 

「「「なっ!?」」」

 

その少女を見た八幡とアリス、黒ウサギは驚き声を上げた。

何故なら三人はその少女を知っているから、

 

「「「レン‼︎」」」

 

「久しぶり……八幡、アリス、黒ウサギ」

 

レンと呼ばれた少女はそう言い三人に微笑んだ。

 

「おい、驚いてる所悪いがソイツ誰だ?」

 

「うむ、こやつはレンと言ってな、元は"ノーネーム"所属の者だ」

 

「へぇ、じゃあ所属させて欲しいってより再所属ってとこか」

 

「そうだの」

 

「白夜叉様、どうしてレンが"サウザンドアイズ"に居るのですか⁈レンはアリス同様先生と一緒に外界に追い出されたはずなのに!?」

 

「うむ、それはの……「先生が最後の力でギフトを使ってレンを、この"サウザンドアイズ"の店舗の前まで飛ばした、とか?」その通りだ」

 

「ならどうしてアリスは一緒ではなく今回来たのです「私の場合は、八のメンタルケアのために外界に残ったんだ」……か」

 

「メンタルケア?比企谷の?」

 

アリスが言った八幡のメンタルケアという言葉に十六夜は疑問を持った。

 

「あ〜、その話は今度でいいか?」

 

「……仕方ねぇ」

 

「……話を戻すが、レンを再び"ノーネーム"のコミュニティに所属させてやって欲しい」

 

「そ、それはいいですけど……ではどうして今になってなのですか?」

 

「黒ウサギ、お主も知っていると思うがレンの出生と持つギフトはかなり特殊でな、レンが箱庭に戻ってきたときに彼奴からの手紙でこの二人が来てその実力が私の感覚で問題ないと思うまでどうにか匿ってくれと書いてあったのでな。そして、今日その時が来たと言う事だ」

 

「そう言う事だったのですね」

 

黒ウサギは白夜叉から話された話を聞いて漸く合点がいった。

 

「分かりました。改めてレンの再所属の件、私からも引き受けさせてもらいます」

 

「うむ」

 

白夜叉と黒ウサギが話が終わったところで八幡とアリス、レンは顔を見合わせ軽い話をした。

 

「久しぶりだな、レン」

 

「私たちの感覚で言えばよ四年振りか」

 

「うん、久しぶり二人共」

 

「俺がやったヘッドホンまだ持っててくれたんだな」

 

「うん、宝物だから」

 

「大袈裟な」

 

「そうでもないだろ。レンからしたら」

 

「……そうか?なら良かった」

 

思い出話に花を咲かせている三人に対して黒ウサギが、

 

「あの……積もる話もあると思いますがだいぶ時間も経ちましたし、本拠の方に向かいたいのですが?」

 

「あぁ、悪い。じゃあ案内してくれ"ノーネーム"の本拠に」

 

「はい」

 

そして新たにレンを含めた七人と一匹は"サウザンドアイズ"二一○五三八○外門を後にした。

 




ちなみにアリスとレンのモデルは、アリスはpandora heartsのアリスから。
レンは容姿はカンピオーネのアテナを少し成長させた感じの緋弾のアリアのレンと黒の契約者の銀を足して2で割った感じです。


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コミュニティの現状・ギフトゲーム前夜

"サウザンドアイズ"の支店を後にして噴水広場を超えて七人は半刻ほど歩いた後、"ノーネーム"の居住区画の門前に着いた。門を見上げると、旗が掲げてあった名残のようなものが見える。

 

「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口からさらに歩かねばならないのでご容赦ください。この近辺はまだ戦いの名残がありますので……」

 

「戦いの名残?噂の魔王って素敵なネーミングの奴との戦いか?」

 

「は、はい」

 

「ちょうどいいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら」

 

プライドの高い飛鳥からしたら"サウザンドアイズ"で白夜叉に言われた事が気に障り不機嫌だった。

黒ウサギが躊躇いつつ門を開ける。すると門の向こうから乾ききった風が吹き抜けた。

砂塵から顔を庇うようにする六人。視界には一面の廃墟が広がっていた。

 

「っ、これは……!?」

 

街並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑み、八幡と十六夜はスッと目を細める。アリスとレンは悲しそうな辛そうな顔をした。

八幡と十六夜は木造の廃墟に歩み寄って囲いの残骸を手にとる。

少し握ると、木材は乾いた音を立てて崩れていった。

 

「……おい、黒ウサギ。魔王とのギフトゲームがあったのは–––––今から何百年前の話だ?」

 

「僅か三年前でございます」

 

「この風化しきった街並みが三年前だと、あり得ないぞこの壊れ方は。どんなに頑張ったとしても数百年は優に超える」

 

「あぁ、そうだなどんな力がぶつかったとしても、この壊れ方はあり得ないな」

 

とてもではないが今の現状を見ると三年前まで人が住み賑わっていたとは思えない有様に、四人は息を呑んだ。

飛鳥と耀も廃屋を見て複雑そうな感想を述べた。

 

「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃあまるで、生活していた人間がふと消えたみたいじゃない」

 

「……生き物の気配も全く感じない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなんて」

 

二人の感想は八幡と十六夜の声より遥かに重い。

黒ウサギとアリス、レンは廃墟から目を逸らし、朽ちた街路を進む。

 

「……魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないように屈服させます。僅かに残った仲間もみんな心を折られ……コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 

大掛かりなゲームをする時に、白夜叉みたいにゲーム盤を用意する理由はこれだ。力あるコミュニティと魔王が戦えば、その傷跡は醜く残る。魔王はあえて楽しんだのだ。黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進む。アリスも、レンも、飛鳥も、耀も、複雑ような表情で続く。

しかし十六夜は瞳を爛々と輝かせ、不敵に笑い呟く。

 

「魔王–––––か。いいぜいいぜいいなオィ。想像以上に面白そうじゃねぇか………!」

 

八幡は無言、無表情だが、瞳を紅く染めていた。

その頬に気づいてはいなかったが紅く燃えるような痣が薄く浮かび上がっていた。

 

* * *

 

七人と一匹は廃墟を抜け、徐々に外観が整った空き家が立ち並ぶ場所に出る。四人はそのまま居住区を素通りし、水樹と呼ばれる苗を貯水池に設置するのを見にいく。貯水池には先客がいたらしく、ジンとコミュニティの子供達が清掃道具を持って水路を掃除していた。

 

「あ、みなさん!水路と貯水池の準備は整っています!」

 

「ご苦労様ですジン坊ちゃん♪皆も掃除を手伝っていましたか?」

 

ワイワイと騒ぐ子供達と黒ウサギの元に群がる。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

 

「寝たいけどお掃除手伝ったよー」

 

「ねぇねぇ、新しい人達って誰!?」

 

「強いの!?カッコいい!?」

 

「YES!とても強くて可愛い人達ですよ!皆に紹介するから一列に並んでくださいね」

 

パチン、と黒ウサギが指を鳴らすと、子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。数は二○人前後だろう。中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。

 

(マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)

 

(じ、実際に目の当たりにすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)

 

(……。私、子供嫌いなのに大丈夫かなぁ)

 

(明るいな、穢れも絶望もしていない。俺が半ば失った希望そのものだ……)

 

((……皆、元気だ。良かった))

 

六人は心の中でそう呟いた。子供が苦手にせよ、これから彼らと生活していくのなら不和を生まない程度に付き会っていかねばならない。

コホン、と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは六人を紹介する。

 

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、比企谷八幡さん、そしてアリス、レンです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力あるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」

 

「あら、別にそんな必要ないわよ?もっとフランクにしてくれても」

 

「駄目です。それでは組織が成り立ちません」

 

今日一日の中で真剣な表情と声音で飛鳥の申し出を、黒ウサギが断じる。

 

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、させる事が出来ない掟。子供のうちから甘やかせばこの子達の将来の為になりません」

 

「……そう」

 

そう言う黒ウサギの気迫が飛鳥を黙らせる。三年間、たった一人でコミュニティを支えたものが知る厳しさだろうと、飛鳥は同時に思った。

自分が課された責任は、自分の想像より遥かに重いもかも知れない、と。

 

「ここにいるのは子供達の年長組です。ゲームに出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言い付ける時はこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

キーン、と耳鳴りがするほどの大声で二○人前後の子供達が叫ぶ。

六人はまるで音波平気のような感覚を受けた。

 

「ハハ、元気がいいじゃねぇか」

 

「そ、そうね」

 

(……。本当にやっていけるかな、私)

 

(元気だな、本当……子供の頃の俺とは、全く違うな)

 

「相変わらず元気だな」

 

「うん……そう、だね」

 

ヤハハと笑うのは十六夜だけで、飛鳥と耀はなんとも言えない複雑な顔をし、八幡は今よりも幼かった頃を思い出し若干顔を歪めたつつ微笑。

アリスとレンは、懐かしみながら元気で良かったと、微笑していた。

 

「さて、自己紹介も終わりましたし!それでは水樹を植えましょう!黒ウサギが台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」

 

「あいよ」

 

水路は水が通っていないだけで残っている。所々ひび割れして砂も要所に溜まっていた。流石に全て取り除くのは難しかったのだろう。

石垣に立ちながら耀が物珍しそうなや辺りを見回す。

 

「大きな貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」

 

『そやな。門をも通ってからあっちこっちに水路があったけど、もしあれに全部水が通ったら壮観やろなあ。けど使ってたのは随分前の事なんちゃうか?どうなんやウサ耳の姉ちゃん』

 

黒ウサギは苗を抱えたまま振り向く。

 

「はいな、最後に使ったのは三年前ですよ三毛猫さん。元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置してあったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」

 

十六夜は瞳をキラリと輝かせた。

 

「龍の瞳?何それカッコいい超欲しい。どこに行けば手に入る?」

 

「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」

 

十六夜に教えれば最後、確実に挑みに行くだろう。龍に挑めば流石に助けようもないので黒ウサギは適当にはぐらかし、ジンが話を戻す。

 

「水路も時々は整備をしていたのですけど、あくまで最低限です。それにこの水樹じゃまだこの貯水池と水路を全て埋めるのは不可能でしょう。ですから居住区の水路は遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけを開きます。此方は皆で川の水を汲んできたときに時々使っていたので問題ありません」

 

「あら、数kmも向こうの川から水を運ぶ方法があるの?」

 

苗を植えるのに忙しい黒ウサギに変わってジンと子供達が答えた。

 

「はい。みんなと一緒にバケツを両手に持って運びました」

 

「半分くらいはコケて無くなっちゃうんだけどねー」

 

「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んでいいなら、貯水池をいっぱいにしてくれるのになぁ」

 

「……。そう。大変なのね」

 

 

「……みんな、ごめんね。アリスはともかく私は、知ってたのに来れなかった……」

 

「レン姉さん……大丈夫だよ。レン姉さんの場合は理由があったんだから」

 

「ジン、みんな……本当にごめんね」

 

飛鳥はちょっぴりガッカリしたような顔をして、レンは辛そうな顔をしてジン達に謝罪した。

画期的なものがあれば黒ウサギも水不足で頭を抱えることもなく、水樹であそこまで大歓喜する必要がなかっただろう。

黒ウサギは貯水池の中心にある柱の台座までピョン、と跳躍すると、

 

「それでは苗の紐を解いて根を張ります!十六夜さんは屋敷の水門を開けてください!」

 

「あいよ」

 

十六夜が水門を開け、黒ウサギが寝の紐を解くと、根を包んでいた布から大波のような水が溢れ返り、激流となって貯水池を埋めていった。

水門の鍵を開けていた十六夜は驚いて叫ぶ。

 

「ちょ、少しは待てやゴラァ‼︎流石にこれ以上濡れたくねえぞオイ!」

 

今日一でずぶ濡れになっていた十六夜は慌てて石垣まで跳躍する。

水樹の根は瞬く間に台座に絡め、水を更に放出し続ける。

 

「うわぉ!この子は想像以上に元気です♪」

 

水は水門を潜り屋敷の水路を通って満たして貯水池を埋めた。

昔のように並々と満ちていく水源を見てジンは感動的に呟く。

 

「凄い!これなら生活以外にも水を使えるかも……!」

 

「なんだ、農作業でもやるのか?」

 

「近いです。例えば水仙卵華などの水面に自生する花のギフトを繁殖させれば、ギフトゲームに参加せずともコミュニティの収入になります。これならみんなにも出来るし……」

 

「ふぅん?で、水仙卵華ってなんだ御チビ」

 

と十六夜はジンを尊敬語の嘲笑を交えた、なんとも言えない愛称で呼び説明を持ちかけていた。

 

「……あれ?そう言えば八幡は?」

 

「え?……そう言えばいませんね?何処いったんでしょう?」

 

「そうね、さっきまでいたはずなのに」

 

「うん」

 

一方、十六夜がジンに説明を持ちかけているときにレンが八幡がいないことに気づいた。

 

「多分、気を落ち着かせにいったんだな」

 

「気を落ち着かせに?どういうことアリス」

 

「コミュニティの現状と子供達の諦めていない姿を見て昔のことを思い出したんだろう」

 

そう言うアリスの発言に十六夜とジンとレンを除いたメンバーは疑問を感じた。

 

「あぁ……そう言うこと」

 

レンは納得して暗い顔をした。

 

「レン?」

 

「アリス……」

 

「悪いがそれは私が話していい話じゃないからな。八から直接聞いてくれ………まぁ、それは置いといて本拠に行こうか」

 

「え!八幡さんを待たなくていいのですか!?」

 

「大丈夫だ。私のギフト"契約"で居場所の把握が可能だから、一人で来れる」

 

「そ、そうですか」

 

そう言って六人は本拠の方に歩き出した。

 

* * *

 

アリス達の前から勝手にいなくなった八幡は少し離れた廃墟の中に居た。

 

「はぁ、なに一瞬でもあんな事考えてんだか……」

 

八幡はアリスが言っていたコミュニティの現状と子供達の諦めていない姿を見て心にの中で思っていたことに対して険悪していた。

 

(勝手に、コミュニティの子供達が少しでも辛そうにしてるとか思っちまうとか……)

 

「はぁ……」

 

ため息をつく。

 

「駄目だ、落ち着かない……寝るか……」

 

影の中からスマホとヘッドホンを取り出し、

 

「曲は……コレでいいか」

 

曲は【エウテルペ】を選び聴きながら、寝始めた。

 

〜八幡が寝てから約一時間後〜

 

「ん、どのくらい経った?」

 

スマホの画面をつけ時間を見る。

 

「……一時間か、」

 

「……戻るか…え〜と場所は……そこか」

 

"契約"のギフトを使いアリスの居場所を特定し、本拠に向かう。

 

* * *

 

「ここか……」

 

八幡が本拠である屋敷に着く。そこには人の気配があった。

 

「?誰かいるのか?」

 

そう思い茂みの王に近付きかけ、ギフト"絶望の闇"の能力の一つ負の感情を感知した。

 

(コレは……後悔と罪悪感?)

 

「おい、そこにいる奴らなにをする気か知らんが……出て来い」

 

八幡が茂みにいる何者かに言うように独り言を言ったその時、

 

「比企谷か」

 

「逆廻か、どうしたんだなんか用か?」

 

「そう言うお前は……成る程俺と同じか」

 

「同じってことは、此奴らの事か?」

 

「ああ、おーい……そろそろ決めてくれねぇと、俺が風呂入れねぇだろうが」

 

ザァ、と風が木々を揺らす。十六夜は面倒くさそうな顔をしながら誰かに話しかけるように八幡同様独り言を続ける。

 

「ここを襲うのか?襲わねぇのか?やるならいい加減に覚悟を決めてかかってこいよ」

 

ザザァ、ともう一度だけ風が木々を揺らす。十六夜は呆れたように石を幾つか拾い、木陰に向かって軽く投石した。

 

「よっ!」

 

ズドガァン!と軽いフォームからは考えられないデタラメな爆発音があたり一帯を木々を吹き飛ばし、同時に現れた人影を空中高く蹴散らせ、別館のガラスに振動が奔る。

別館から何事かと慌てて出てきたジンが十六夜に問う。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「侵入者っぽいぞ。例の"フォレス・ガロ"の連中じゃねぇか?」

 

空中からドサドサと落ちてくる黒い人影と瓦礫。

意識のある者はかろうじて立ち上がり、十六夜達を見つめる。

 

「な、なんというデタラメな力……!蛇神を倒したというのは本当の話だったのか」

 

「あぁ……これならガルドの奴とのゲームに勝てるかもしれない……」

 

侵入者の視線に敵意らしいものは感じられなかった。それに気づいたのか、十六夜は侵入者に歩み寄って声をかける。

 

「おお?なんだお前ら、人間じゃねぇのか?」

 

侵入者の姿はそれぞれ一部が人間ではなかった。

犬の耳を持つ者、長い体毛と爪を持つ者、爬虫類のような瞳を持つ者。

十六夜は物色するように彼らを興味深く見つめる。

 

「我々は人をベースにさまざまな"獣"のギフトを持つ者。しかしギフトの格が低いため、このような半端な変幻しかできないのだ」

 

「へぇ……で、何か話をしたくて襲わなかったんだろ?ほれ、さっさと話せ」

 

十六夜はにこやかに話しかけるが侵入者達は全員、沈鬱そうに黙り込む。

互いに目配せした後、意を決するように頭を下げ、

 

「恥を忍んで頼む! 我々の……いえ、魔王の傘下にあるコミュニティ"フォレス・ガロ"を、完膚なきまでに叩きつぶしてはいただけないでしょうか‼︎」

 

「嫌だね」

 

意を決した言葉をあっさり一蹴りする。侵入者は絶句して固まり、隣で聞いていたジンは呆気にとられたように半口を開けている。

十六夜はつまらなそうな顔になり八幡は目を瞑った。

 

「どうせお前らもガルドって奴に人質を取られている連中だろ?命令されて拉致しにきたってところか?」

 

「は、はい。まさかそまで御見通しとは露知らず失礼な真似を……我々も人質を取られている身分、ガルドには逆らうこともできず」

 

「人質された奴らはもうこの世にいねぇよ。知らなかったか?」

 

「–––––……なっ」

 

「八幡さん‼︎」

 

ジンが慌てて割って入る。しかし八幡はジンに冷たい声音で接する。

 

「隠す必要あるか?お前らが勝てば明日には知れる話だ」

 

「そ、それにしたった言い方とかそういうものがあるでしょう‼︎」

 

「此奴らに気を使えと?バカ言ってんじゃねぇぞ餓鬼が、此奴らは人質を取られ救う為とはいえ、同じように攫って間接的には此奴らも殺しをやっているの過言じゃねぇか?」

 

怒気を含んだ八幡の声に若干怯えながらハッと気づく。

 

「悪党狩りってのは悪くねぇが、此奴らに頼まれてなら断る」

 

「そうだな」

 

八幡の言葉に十六夜も同意した。

 

「そ、それでは、本当に人質は」

 

「……はい。ガルドは人質を攫ったその日に殺していたそうです」

 

「そんな……!」

 

侵入者達はその場に項垂れる。人質の為にヨゴレ仕事をしてきたというのにその人質がこの世にいないと知った衝撃は計り知れないだろう。

その中で十六夜はふっとあることを閃いたように考える。

 

(魔王の傘下のゲスい悪党……もしかしてこれは使えるか?)

 

そして十六夜は振り返り、まるで新しい悪戯を思いついた子供のような笑顔で侵入者の肩を叩き、

 

「お前達、"フォレス・ガロ"とガルドが憎いか?叩きつぶされて欲しいか?」

 

「あ、当たり前だ!俺達がアイツのせいでどんな目にあってきたか……!」

 

「そうかそうか。でもお前達にはそれをするだけの力がないと?」

 

ぐっと唇を嚙みしめる男達。

 

「ア、アイツはあれでま魔王の配下。ギフトの格が遥かに上だ。俺達がゲームを挑んでも勝てるはずがない!いや、万が一勝てても魔王に目をつけられたら」

 

「その"魔王"を倒す為のコミュニティがあるとしたら?」

 

え?と全員が顔を上げ、八幡はあぁ、と十六夜が考えたことがわかった。十六夜はジンの肩を抱き寄せると、

 

「このジン坊ちゃんが、魔王を倒す為のコミュニティを作ると言っているんだ」

 

「な!?」

 

今この場にいる八幡と提案した十六夜以外は驚愕した。それはジンもどうようである。ジンは仲間を救うのと、旗印を奪った魔王をだけを倒すつもりでいた。

しかし十六夜は全ての魔王を対象にする活動をするコミュニティと言わんばかりの説明をした。

おそらく前例のないコミュニティに侵入者は困惑して聞き返す。

 

「魔王を倒す為のコミュニティ……?そ、それはいったい」

 

「言葉通りの意味さ。俺達は魔王のコミュニティ、その傘下も含め全てのコミュニティを魔王の脅威から守る。そして守られるコミュニティは口を揃え言ってくれ。"押し売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの下まで問い合わせください"」

 

「じょ、」

 

冗談でしょう!?と言いたかったジンだかが八幡に口を塞がれる。十六夜はどこまでも本気である。

十六夜は勢いよく立ち上がり、まるで強風を受け止めるように腕を上げ、

 

「人質のことは残念だった。だけど安心していい。明日ジン=ラッセル率いるメンバーがお前達の仇を取ってくれる!その後の心配もしなくていいぞ!なぜなら俺達のジン=ラッセルが"魔王"を倒す為に立ち上がったのだから!」

 

「おぉ……!」

 

十六夜の発言に侵入者達は希望を見る。

ジンは必死に腕の中でもがくが、八幡の異様に強い力に押さえつけられ声も出ない。

 

「さぁ、コミュニティに帰るんだ!そして仲間のコミュニティに言いふらせ!俺達のジン=ラッセルが"魔王"を倒してくれると!」

 

「わ、わかった!明日は頑張ってくれジン坊ちゃん!」

 

「ま……待っ……!」

 

ジンの叫びも届かず、あっという間に走り去る侵入者一同。

腕を解かれたジンは茫然自失になって膝を折るのだった。

 

* * *

 

本拠の最上階・大広間に十六夜を引きずって連れてきたジンは、堪りさねて大声で叫んだ。

 

「どういうつもりですか!?」

 

「"打倒魔王"が"打倒全ての魔王とその関係者"になっただけだろ。"魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡ください"–––––キャッチフレーズはこんなところか?」

 

「全然笑えませんし笑い事じゃありません!魔王の力はこのコミュニティの入り口を見て理解できたでしょう」

 

「勿論。あんな面白そうな力を持った奴とゲームで戦えるなんて最高じゃねぇか」

 

その言葉にジンは絶句し、十六夜の行動を問いただす。

 

「お……面白そう?では十六夜さんは自分の趣味の為にコミュニティを滅亡に追いやるつもりですか?」

 

「おい、逆廻もうちっと言葉を選べ、こいつまだわかってないんだからよ」

 

「そうだったな」

 

「わ、分かってない?どういうことですか八幡さん」

 

「あのなぁ、第一に聞くぞ。ジン、お前は俺たちを箱庭に呼んでどうやって魔王と戦うつもりだった?あの規模の力を出せる奴は相当な力を持つ奴だましてや、白夜叉見たいのだったらどうするつもりだった」

 

ぐっとジンは黙り込む。望みはあっても彼はリーダーとして明確な方針があったわけではない。

ジンは幼い知恵を駆使して答える。

 

「まず……水源を確保するつもりでした。新しい人材と作戦を的確に組めば、水神クラスは無理でも水を確保する方法はありましたから。けどそれに関しては十六夜さんが想像以上の成果を上げてくれたので素直に感謝しています」

 

「おう、感謝しつくせ」

 

ケラケラと笑う十六夜を無視してジンは続ける。

 

「ギフトゲームを現実にクリアしていけばコミュニティは必ず強くなります。たとえ力のない同士が呼び出されたとしても、力を合わせればコミュニティは大きくなります。ましてやこれだけ才有る方々が揃えば……どんなギフトゲームにも対抗できたはず」

 

「期待一杯、胸一杯だったわけか」

 

「……考えが甘い、足りないな」

 

「え?」

 

「一つ目、ギフトゲームで力を付けたとしてもそれだけで"魔王"に勝てるのか?無理だ、なぜならもう一つ必要なものがあるそれは人材だ。二つ目、名も旗印もない、コミュニティを象徴できるものが何もない。口コミだけじゃ広まりようがない。俺達を呼んだ理由はそれだろ?それにな、俺達"ノーネーム"は様々な面で信用しては危険な立場にある。そのハンデを背負ったまま、お前は先代を超えなければならないんだ」

 

「先代を……超える!?」

 

ジンはその事実に、金槌で頭を叩かれたような気がした。

箱庭でも一目置かれるほど強力だった、コミュニティ。

成り行きでリーダーになったジンは"打倒魔王"と口でもそれは目を逸らし続けていた現実なのだ。

言い返すことも出来ないジンに、呆れたように追い討ちをかける。

 

「やっぱ、何も考えてなかったんだなお前。逆廻の発言は理解できればしっかりと考えていたっていうのに」

 

「……っ」

 

ジンは悔しさと、言葉にした責任の大きさとそこまでまだ理解が追いついていないがそこまで十六夜が考えていたとは思わなかったことに顔が上げられなかった。

そして八幡はそんなジンを半目で見つめ。

 

「名も旗もないとなると他はどんな手段がある?」

 

「えっと……」

 

「正解はリーダーの名前を売り込むだ」

 

ハッとジンは顔を上げやっと十六夜の考えた、八幡が言っている意図に気づく。

十六夜は侵入者に対してジンの名前と彼がリーダーであることを強調していた。それはつまり、

 

「僕を担ぎ上げて……コミュニティの存在をアピールするということですか?」

 

「ああ。悪くない手だろ?」

 

自慢げに笑う十六夜の顔を、先ほどとは違う視線で見つめ直す。

彼の言葉を脳内で何度も反芻したジンは、その作戦について真剣に考え始める。

 

「た、確かに……それは有効な手段です。リーダーがコミュニティの顔役になってコミュニティの存在をアピールすれば……名と旗に匹敵する信用を得られるかも」

 

例えば白夜叉。彼女は"サウザンドアイズ"の一幹部に過ぎないのに、その名前は東西南北に知れ渡るほど強大だ。名の売れたリーダーは、時に旗印に匹敵する。

 

「けどそれだけじゃ足りねぇ。噂を大きく広めるにはインパクトが足りない。だからジン=ラッセルという少年が"打倒魔王"を掲げ、一味に一度でも勝利したという事実があれば–––––それは必ず波紋になって広がるはず。そしてそれに反応するのは魔王だけじゃない」

 

「そ、それは誰に?」

 

「同じく"打倒魔王"を掲げてる奴らに、だろ?」

 

「正解だ」

 

魔王は力あるコミュニティに戯れで闘いを挑む。その娯楽の為に箱庭に存在していると言っても過言ではない。その結果としてコミュニティを崩壊させられた者は星の数ほどいるだろう。惜しくも魔王に敗れ去った実力者が、打倒魔王を胸に秘めている可能性は高い。

ジンは想像もしていなかった具体的な作戦に、胸を高鳴らせていた。

彼の口にする事は大いにあり得るから。

 

「僕の名前でコミュニティの存在を広める……」

 

「そう。今回の一件はチャンスだ。相手は魔王の傘下、しかも勝てるゲーム。被害者は数多のコミュニティ。ここでしっかり御チビの名前を売れば」

 

ニ一○五三八○外門付近のコミュニティには、小さいまでも波紋が広がるかもしれない。

魔王の傘下に苦しむコミュニティに恩を売れば、水面下で徐々に噂は広がっていくだろう。

 

「ま、御チビ様が懸念するように他の魔王を引き寄せる可能性は大きいだろうよ。けど魔王を倒した前例もあるはずだ。そうだろ?」

 

黒ウサギはこう説明していた。"魔王を倒せば魔王を隷属させられる"と。これは魔王を倒した者の存在を証明しており、同時に強力な駒を組織に引き入れるチャンスでもあるのだ。

 

「今のコミュニティに足りないのはまず人材だ。俺並みとは言わないが、俺の足元並みは欲しい。けど伸びるか反るかは御チビ次第。他にカッコいい作戦があるなら、協力は惜しまんぜ?」

 

ニヤニヤと笑う十六夜の顔をジンは見つめ返す。そこに先ほどまでの怒りは無い。

彼の作戦の筋は通っていた。だから賛成するのは簡単だっが、大きな不安要素があるのも忘れてはいけない。それを踏まえた上で、ジンは条件を出す。

 

「ひとつだけ条件があります。今回開かれる"サウザンドアイズ"のギフトゲームに、十六夜さん一人で参加してもらっていいですか?」

 

「なんだ?俺の力を見せろってことか?」

 

「それもあります。ですが理由はもう一つあります。このゲームには僕らが取り戻さなければならない、もう一つの大事な物が出品される」

 

名と旗印。それに匹敵するほどの大事な、コミュニティの宝物。

 

「まさか……昔の仲間か?」

 

「はい。それもただの仲間ではありません。元・魔王だった仲間です」

 

十六夜と八幡の瞳が光る。

 

「へぇ?元・魔王様が昔の仲間か。これの意味することは多いぜ」

 

ジンも頷いて返す。

 

「はい。お察しの通り、先代のコミュニティは魔王と戦って勝利した経験があります」

 

「そして魔王を隷属させたコミュニティでさえ滅ぼせる–––––仮称・超魔王とも呼べる超素敵なネーミングな奴も存在している、と」

 

「そ、そんなネーミングで呼ばれてはいません。魔王にも力関係はありますし、十人十色です。白夜叉様も"主催者権限"を持っていますが、今はもう魔王とは呼ばれてはいません。魔王とはあくまで"主催者権限"を悪用する者達の事ですから」

 

"主催者権限"そのものは箱庭を盛り上げる装置の一つでしかなかった。

それを悪用されるようになって"魔王"という言葉が出来たのだとジンは語る。

 

「ゲームの主催者はその"サウザンドアイズ"の幹部の一人です。僕らを倒した魔王と何らかの取引をして仲間の所有権を手に入れたのでしょう。相手は商業コミュニティですし、金品で手を打てればよかったのだすが……」

 

「貧乏は辛いってことか。とにかく俺はその元・魔王様の仲間を取り戻せばいいんだな?」

 

ジンは頷いて返す。それが出来るならば是非にでもお願いしたかった。

 

「はい。それが出来れば対魔王の準備も可能になりますし、僕も十六夜さんの作戦を支持します。ですから黒ウサギにはまだ内密に……」

 

「あいよ」

 

「なぁ、俺は何をすればいんだ?とりあえず待機か?」

 

「そうなります。すみませんが……」

 

「いや、働きたく無いから良かった。……あ、それとその元・魔王の仲間を所有している幹部ってどんな奴だ?」

 

「え?……よくは知らないので噂でいいのなら」

 

「構わねぇよ」

 

「えっと、こんなことを言ったら何ですが親の七光りだとか……」

 

「ほぉ〜、成る程サンキュ」

 

そう言って八幡が席を立つと十六夜も一緒に席を立った。大広間の扉をかけて自室に戻る時、ふと閃いたようにジンに声をかけた。

 

「明日のゲーム、負けるなよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「負けたら俺、コミュニティ抜けるから」

 

「はい。……え?」

 

「……安心しとけ、アリスもいるんだ負けるわけねぇよ」

 

そう言って二人は大広間を出て行った。

 

(親の七光り、ね……なら、プライドが高く、自己中なお坊ちゃま気質の人物かもな……もしもの為の手は一つ作っておくか)

 

そして、翌日"フォレス・ガロ"とのギフトゲームが始まる。



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