最古の闇は幻想へ (リヴィ(Live))
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プロローグ

 ──神秘とは。

 

 この世界を維持するのに必要不可欠な要素であり、太古から世界を維持してきた自然、畏れ、穢れ、信仰…人々の幻想である。

 かつて人は人智を超えた厄災や天災を『神の祟り』として畏れ、信仰してきた。その厄災を神の怒りと恐怖した人々はその怒りを鎮めるためにあらゆる手段を尽くしてきた。

 伝統的な行事を行い平穏に導いた。

 怒りを神の啓示と受け取り日々を改めた。

 怒りを鎮めるために犠牲を用いた。

 しかし、人々の盲信は事実でもある。

 その地域ゆえの害病や自然の厄災がほとんどであったが、本当に神の戯れで天災を起こし戸惑い恐怖する人々を見て愉悦する神もいた。

 厳正な裁きを下し人々を正す神はほんの一握り。この世の創造神と呼ばれ崇められる龍神とその極小数だろう。

 たがその神の戯れと自然災害は合わせて5割程度。人々が本当に恐れたのは穢れ──即ち、妖怪の存在である。

 人と妖怪は相容れない存在。同じ人の形をしながらも何もかもが全く違う。人の穢れこそが妖。人の畏れこそが妖怪なのだ。

 そして人間の恐怖を具現化したような存在となった妖怪は、おとぎ話などで言い伝えられるとおり悪逆非道を貫いた。逆に、妖怪達はそうしなければ存在を維持できなかった。

 穢れが妖怪ならば、人々から零れる畏れや恐怖心こそが生きる糧となる。血肉など二の次に過ぎない。太古から続くこの関係は最早宿命とでも言えよう。

 だが、そうして困難を乗り越えてきた人々は妖怪は愚か神でさえも凌駕しかねない力を手に入れたのだ。

 それこそが科学──つまり神秘の証明である。

 神秘とは隠されてこそ意味がある。おとぎ話のような幻想こそが神秘であり、それが証明されればそれは神秘を抹殺するに等しい行為だ。

 しかし人々はその力を私利私欲、文明の発展に活用し、知らず知らずのうちに次々と神秘を証明していってしまった。

 だが、人智が及ばぬ領域──『自然』や『神』はまだ消えることは無かった。古くからこの世界を保ってきた偉大なる神秘は、人間ごときの足掻きでは到底抹消されることは出来ないのである。

 だが、それらの証明こそ──この世界の終焉を意味する。

 

 それらを防ぐために、妖怪の賢者は最古の妖怪としての知恵と能力を駆使し、現代からは完全に隔離された土地をつくりあげた。

 賢者は幼き日に、幼き闇と出会った。賢者は幼き闇に導かれて世界を知った。故に、本当の理想を作り上げようとしたのだ。2000年にも及ぶその計画に、幼き闇は惜しまず力を貸した。長きに渡る計画は、ようやく身を結ぶ。

 賢者の計画とは、『神秘の秘匿』──即ち、世界の保護。

 このままでは消えゆく運命となる者達を本当の幻想の彼方へと導くことでその存在を永遠とする。非常識を常識とした古き良き世界の本来の姿。

 本来の世界の姿を取り戻した世界の一角で、二人は月を見上げる。

 

「もう、この世界ができて何年になる?」

「…そうね……400年は経ったんじゃない?」

「時の流れは早いわ」

「えぇ、特に貴女には」

 

 彼女らは、古き世界の姿を知っている。

 人々の何十倍の寿命を持つ彼女らだからこそ、成し遂げられた計画。妖怪の賢者──最強の妖怪、八雲紫は彼女に感謝していた。

 彼女無くしてこの世界は完成していなかっただろう。いや、それどころかこの世すら完成(・・・・・・・)していない。彼女は世界を担う人柱であり、その格は神と同格であろう。

 何せ、彼女はどこにでもいてどこにでもいないような存在なのだから。

 妖怪の身にして神の神格まで上り詰め、世界の一端を担う人柱となった彼女は、紫からすれば最も敬うべき存在であり、憧れでもあった。

 

「姿が変わらないのだから、尚更ね」

「一億年前からずっとこの姿。いい加減変化が欲しい」

「フフ。でもこの世界ができたからには、退屈はしないでしょうね」

「…そーなのかー…」

 

 そう口癖をこぼす彼女の姿からは、最強という言葉は不相応でもあった。素人から見れば、何故彼女が八雲紫ほどの強大な妖怪とこう語り合えているのか、不思議に思うだろう。

 何せ彼女の姿は──幼子そのものだ。

 金髪赤いリボン。童顔で吸血鬼が持つような血のように赤い真紅の瞳。そして黒い衣に身を包む、外見僅か8歳程度の幼女だ。身に宿す妖怪としての穢れも極小数で、魔力や霊力も一般以下。

 傍から見れば、彼女など八雲紫の手にかかれば数秒で塵芥と化すだろう。勝てる場面が浮かばない。きっと誰だってそう思うことだろう。

 だが、紫は断固として首を降る。彼女程の存在を敵に回すのは破滅に等しいと。

 彼女は現象。古来から世界を維持してきた神秘そのものであり、世界を維持する理を担う神となった妖怪。

 故に、彼女を消すことは誰にもできない。彼女を殺すことは出来ない。彼女の死は、世界の破滅を意味する。

 そして、彼女は決して死なない。この世界に『闇』がある限り─永久に存在し続ける。

 彼女こそが闇。闇とは彼女そのもの。最も身近で嫌悪される厄災の化身。

 

「改めて…よろしく頼むわ。ルーミア」

「…よろしく、紫」

 

 彼女の名はルーミア。

 世界の闇となった永久不滅、漆黒の妖怪。闇の化身である。



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一話 ルーミアという(転生者)

始めて9000字書いた()
今回は転生者ちゃんルーミア視点の大雑把な回想、ゆかりん視点から見たルーミアとの温度差を意識しました。
こんな感じの温度差が続きます。
時系列は読めばわかりますが、吸血鬼異変開始直前です。

追記
ルーミアちゃん視点でゆかりんと初遭遇時に泣いてるはずなのに、ゆかりん視点だと思いっきり威嚇しているというとんでもない矛盾があったので、威嚇してる方向で修正しました。あたいったらおっちょこちょいね。


 ◆❖◇◇❖◆

 

【ルーミア】

 

 私の名前は無い。というか覚えていない。

 明確には、本来の名前は覚えていない。私が何者で、誰なのか。それさえも分からなかった。

 でも、記憶は意外とはっきりしていた。普通に学校通って寝てご飯食べて寝た。それだけである。あとは、どこにでも居るちょっと度の過ぎたオタクだったくらい。

 そして、目が覚めたらこの姿。名前も何故か思い出せない。

 でも、新たなこの身体の名前が刻まれていたのを覚えている。

 ──ルーミア。

 それが、私に与えられた第二の名前。

 そして、そこで私はあることに気がついた。

 

 ──これ、『東方の世界じゃね?』

 

 っと、そこに君。東方とはなんぞや?という顔をしているな?

 説明しようっ!東方とは、前世でオタク達がよく知るジャンルのことで、正式名は『東方Project』。

 製作者は、博麗神主ことZUN氏。龍神と呼ばれることもしばしば。

 彼はこの東方という大きなジャンルを生み出した偉大な人物であり、『上海アリス幻樂団』というサークルを中心に活動し、東方の弾幕ゲームを1からつくりあげてきた人物だ。

 東方の魅力はなんと言ってもキャラクターの個性と彼女達の持つテーマ曲。そして、作品ごとに異なるキャラクターの個性が現れた美しい弾幕。

 これが大ヒットし、テレビでも取り上げられたこともある。かく言う私も前世は東方の大ファンだった。もちろん今でも東方は大好き!

 だからこそ気がつけた。このルーミアという少女は──この東方のキャラクターである。

 見れば見るほどその見た目は原作のルーミアそのまんまで、私がルーミアとして生まれ変わった?ということが分かる。

 で、そこで呑気に暮らしていたんだけど、何かと原作の時間が来ないことに気がついた。

 そう、私が生まれたばかりの世界は、東方の舞台となる『幻想郷』が存在しなかった。だから、当初は『私ルーミアの姿になって東方とは違った世界にきたんじゃね?』って思ってたよ。

 でもところがどっこい。私はそこである人物に出会ってしまったのだよ。

 

 そう、幼少期の八意永琳だ!あの、月の頭脳で元最強の八意永琳!

 いやぁ、東方の世界だって安心した瞬間涙出ちゃってね…永琳に不気味がられながら慰められたの覚えてるよ。

 ここで私は、原作から数億年離れた時間軸なんだなってわかったよ。あと幼少期の綿月姉妹にも会った。今はいざこざがあって名前も出したくないけど。

 で、そこから何やかんや(・・・・・)あって…。

 

 この世界における私の立ち位置がようやく分かったのは永琳達が月に行って数百年くらいかな。

 私はこの世界の闇を担う存在ってことにようやく気がついた。

 え?何言ってるか分からない?私も当初は何言ってるか分からないよポルナレ〇状態だったよ。

 でも、生きる中で戦ったり知恵を身につけてるうちに理解してきた。どうやら私は闇そのものみたいだから死なないみたい。というか死ねないみたい。これも月連中(・・・)との(・・)いざこざ(・・・・)が原因だと思うけどね。

 多分仮説だけど…私が消えても、多分概念的な人の心の闇とかの定義が、私の存在を逆説的に証明しちゃうとか…?どこぞのメソポタミアの人類悪みたいですね(白目)

 これの仮説を立てて思ったのは、やっぱり二次創作設定だった。

 東方は二次創作の規則とかがかなり緩くて、当時は二次創作物が豊富だった。オリジナル主人公とかの小説も多々あったけど、中でもルーミアのはとても厨二心をくすぐるものだった。

 そう、原作ルーミアの能力である『闇を操る程度の能力』…1面ボスとは思えない禍々しくていかにも強そうな能力から、ルーミアは相当強い妖怪だったんじゃないか?みたいな説があった。

 そのルーミアの姿はまさにルーミアを大人にしたような姿をしており、カリスマは紅魔館当主を上回るやらなんやらで、『EXルーミア』と呼ばれるようになった。

 多分私ルーミアはEXルーミアの設定とか色濃く継いでいたりとかしているのだろうか。それにしては姿が原作に近いが。

 

 で、そんなチート的存在となった私に敵無しなわけで。聖徳太子とかと遊びながらしばらく俺TUEEEEならぬ私TUEEEEしてたら、幼少期八雲紫と出会った。

 どうやら彼女は私を普通の人間の子供と勘違いしたらしく、目の前に堂々と現れて『貴女を食べに来た』とかドヤってきた。ちょっとイラついたんで木に叩きつけちゃった。あの後にゆかりんってことに気がついた。

 そこで紫は、私に『人と妖怪が手を取り合って生きる理想郷』を作りたいと言ってきた。これがのちの幻想郷に繋がるんだなって思ったよ。

 でも、普通に考えたらそんなことは無理。長年生きてきた勘もあったけど、妖怪と人は絶対に相容れない存在。共存なんてできるはずがない。

 でもゆかりんの目が本当に夢見る少女のそれで…手伝いたくなっちゃったの。乙女の力ってすごい()

 当初弱かったゆかりんを鍛えつつ旅をして、その道中でかぐや姫救った時に暴走(・・)したり四季のフラワーマスターこと風見幽香に会ったりしてびっくり仰天のをした。天狗の住む妖怪の山に修行ついでに喧嘩売りに行ったのはいい思い出。

 そして、幻想郷が出来上がって今に至るって感じかな。

 後、ゆかりんは私の力が強大すぎるから封印させてもらうって感じで力を預けてる。このリボンがその証拠ね。

 私としても自身の力で幻想郷を壊したくないし、仕方ないと言った感じだったけど。まぁ死なないし無限コンテニュー出来るから問題ないね()

 まだ原作は始まってはいないけど、いずれ弾幕ごっこの戦いになるだろうから死ぬ心配もない。それに死なないとしても痛みは感じるから嫌だし。

 

「どうしたのかしら?そんなに空を見上げて」

 

 っと、そんな感じに過去に浸っていたら我が心の友こと八雲ゆかりんが。

 やっぱり神出鬼没という設定はそのままみたい。どこからともなく現れてなにか見透かしてる感じがして…。胡散臭いとかよく言われるけど、これがゆかりんの魅力だと思う。

 どうしてだろーね?胡散臭くした覚えはないんだけどなぁ(目逸らし)

 

「回想してた。以上」

「あらそう。あなたも過去に浸ることもあるのね」

「私も普通の人間と変わらないし」

「いやどこがよ…」

 

 失敬な!確かに一億年近く生きてるけど心は永遠のピッチピチの十代よ!

 だからそんなにお前のどこが人なんだとか見るのやめてくださいその目結構メンタルに響くんでやめてゆかりん私死んじゃう(涙)

 ふと、思うのだけれど、人と妖怪は相容れない存在とは言ったけども。似通った部分はあると思う。

 それに人の形をしている以上、精神構造は人と同じ。生き方が過酷なだけで精神自体は普通の人間と変わらないハズ。あくまで経験則だけどね。

 

「それで、なにか目的があってきたんじゃないの?」

「!流石ね」

 

 あ、すいませんこれ勘と経験則ですのでそんな『流石ルーミア…』みたいな目で見ないでそんな深読みしてないから(())

 というか、ゆかりんは少なからず相手と話す時は何らかの目的がある。それを遠回しに聞いたりするからよく暇なヤツと言われるが、そんなことは無い。ゆかりんの頭脳はまさに超人的。その計算と計画がズレるような無意味な行動を取ることはない。

 

「近々、新たなお客さんが来るわ。熱くお・も・て・な・しをしようと思うのだけれど」

「あ、終わったな来客」

 

 そう言えば……そろそろ、吸血鬼異変が起こる時期か。

 吸血鬼異変とは、Wed版東方の原作の時間の前に起きた異変。資料によればその戦力は幻想郷側がやや押されていたと言う。

 この世界における悪魔や吸血鬼の類は強力だ。吸血鬼ならば月下における不死性と再生能力は桁外れ。さらには鬼としての怪力を誇る。そこに魔法が加わるわけだからまぁめんどくさいったらありゃしない。

 多分、ゆかりんのいう来客は吸血鬼異変の首謀者だろう。ゆかりんに喧嘩売るとあとが怖いぞ~?

 そういえば吸血鬼異変の首謀者って、やっぱり紅魔郷のレミリアとフランの肉親なのかな?そこら辺はよくわからないんだけど…。

 

「私はどうする?」

「…貴方は出なくていいわ。私達のみでやる」

 

 え、私いらない子なの?泣くよ?ほんとに泣くよ?(())

 それに私が出れば幻想郷への被害も少なく住むだろうし、パパパッと殺って終わりなわけだけども。それとも、私が出る幕がないほどの戦力があるのか。

 どちらにせよ、そのゆかりんの瞳は自信に溢れたものであった。うれしいよ、あんなに小さかったゆかりんがこんなに立派になって…うぅ。

 

「そう。でも、もしもの時は力になるよ」

「…ありがとう、ルーミア」

 

 でも、全てが全てゆかりんの思い通りになるとは限らないだろう。

 いくらゆかりんが超人的な頭脳を持つとはいえ、その計画が狂いなく進むなんてことはありえない。ゆかりんにも教えたけど、計画を立てる時はもしものことも考えなくてはならない。

 計画外が起きた時に私が動かなければ幻想郷が危ない。この土地を守るためには力を尽くす。これは私とて同じだ。もしもの時は全開放も惜しまない。

 でも、ゆかりんがそう言うならば、出来るだけ手を出さないようにしよう。せっかくの計画を私という存在が邪魔をしては意味が無い。

 あくまでもしも。予定上はゆかりんの圧勝で終わりだろう。それが無理ならゆかりん保護して相手を完膚無きまでにボコるのみ。

 

 大丈夫よゆかりん、貴女ならきっと勝てる。私は信じてるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【八雲紫】

 

 ──今から2000年以上も前、私は彼女と出会った。

 私がまだ幼くて力も無く、下級妖怪すら倒せなかった雑魚中の雑魚だった頃。ある日、いつものように人間に奇襲を仕掛けて食事を取ろうとした時に、彼女に出会った。

 当初は、人間の子供がこんな所で何をしているんだと思っていた。こんな森の奥で子供が火をたいて魚を焼いている光景など、誰が思い浮かぶか。それをいい事に、私は真正面から彼女に話しかけた。

 

「こんにちは」

「こんにちは、こんな所で何をしているの?」

貴女(・・)()食べに来た(・・・・・)の」

 

 思い出す度に笑いたくなる。それと同時に当初の自分を殴りたくなる。いくら相手が子供だとはいえ、真正面から『こんにちは死ね』『貴女食べます』など舐めた行動を取ったものだ。

 でもあの頃は、本当にそれで食事をすませることが出来ると思っていた。あの頃は本当に弱かったし、相手を見る目もなかった故に仕方ないこととは思いたいが。

 

「そう」

「それじゃ、頂きま──」

 

 そして、何事も無かったかのように頷いた子供に、口を開けて襲いかかった。あの日は相当腹が空いていたのだろうか。油断し過ぎだと我ながら思う。

 でも、私の口が子供の体に触れることは無かった。それどころか、一瞬にして体が激しい痛みに襲われた。

 

「相手はちゃんと見た方がいいと思うよ?」

「かっ…は…」

 

 ゾ ゾ ゾ ゾ ───

 

 例えるならば、そんな音だった。私は口を開けた瞬間、彼女の足元からなにかドロドロした黒い沼のようなものから赤黒いものが飛び出て、木々に叩きつけられた。その赤黒い何かは人間より数倍も大きく禍々しい手をしており、叩きつけられたと同時にその握力で締め付けられる痛みに襲われた。

 そこで、私は2つのことに気がついた。

 一つは、彼女が妖怪であるということ。よく良く考えれば、こんな夜中で森の奥に人間の子供がいるという事態はありえない。その時点でその子供が妖怪であると気づくべきだった。さらに言えば、妖怪は長寿故に身体の成長も伴って遅い。見た目だけが全てではないし、妖怪のみが持つ妖力を持っていればそれは妖怪だ。彼女も妖力を持っていることに叩きつけられてから気がついた。

 一つは、格上の相手であること。貴方を食べると言ってあんなにも冷静な声で返事をし、一瞬で木々に叩きつけられた。この時点で私と彼女の実力差は歴然と言ったところだった。それに彼女の匂いは血にも近い生々しいものだった。相当の数の妖怪や人間を殺戮し修羅場を潜り抜けてきた歴戦の妖怪であったことに気が付かなかった。

 

「ぐぅ…ぅ…!」

「…あ、貴女ひょっとして噂のスキマ妖怪さん?」

 

 と、私の異名のような何かを言った瞬間、その黒い手の締め付ける力が緩まった。そこでようやく思考が再開し、私がこくんと必死に頷くと、黒い手に込められた力は完全に解かれて私は重力に従い地面に倒れた。

 当時は都や人混みなどに混ざることは全くなかった為、人々の間ではやっている遊びや流行、噂などにはあまり詳しくなかったが、自分の異名…『スキマ妖怪』というのは知っていた。正式名称は『神出鬼没のスキマ妖怪』らしい。異名で知られるくらいには有名だったんだなとあの時は嬉しかった。

 

「ごめんなさい、私こそ相手をよく見ていなかったわ」

「はぁ…はぁ…」

 

 本当にごめんなさい、と頭を下げる彼女に、私は理解が追いつかなかった。

 何故、彼女ほどの強力な妖怪が雑魚同然の私を探しているのか、訳が分からなかった。そう思っていると彼女は──

 

「単にどんな人か気になっただけだよ。まぁ、実際興味深い人ではあったけどね」

「私が…興味深い…?」

「そう、妖怪のくせしてそんな優しい目(・・・・・)。最初は人間かと思ったよ」

 

 最初は、妖怪としての私を侮辱しているのかと思った。妖怪は無慈悲に人間を糧としか考えない。それがたとえ幼い妖怪であってもそう教えこまれる。

 だから、あの時は妖怪として生きるのに向いていないと言われたような気がした。でもよく良く考えれば、あの時彼女は私という人格を見抜いていたのだろう。今でも考えればゾッとする。まるで考えを見透かされているみたいで。

 

「優しい心の持ち主、というのは分かった。だからこうして私は殺してないし、殺す気もない。善人を殺す勇気は今はない(・・・・)から」

「私が優しい…」

「そんなにも優しいのなら、なにか目的があるんじゃない?現に、貴女は強力な能力を持ちながら未熟な人間…子供しか襲っていない」

 

 まさにこの時がそうだった。何もかもが見透かされているような感覚に、私は本能的な恐怖を覚えた。どこまで見透かしているのだ彼女はと。

 たしかに私の能力─『境界を操る程度の能力』はたかが子供の妖怪が持つには強すぎる能力。あらゆる物には境界が存在し、それを敷いたり断ち切ったりすることで、論理的な破壊と創造を可能とするこの能力は、当時の私には扱いきれない強力すぎる能力だった。

 だとしても、この力を使えば中級妖怪レベルならば屠れる。成人した人間は愚か、だ。なら何故、脆弱な子供の人間を襲っていたのか。そこで、彼女が言い当てた私の『目的』に繋がる。

 だから、彼女には嘘は通じないと確信した。それに気分を害するような嘘をいえば、確実に私は殺されるだろう。彼女はそれほどまでの覇気と風格を宿している。

 だから、私はその目的を話した。共感や協力を頼むという事ではなく、ただ、聞いて欲しかった。

 

「…『妖怪と人々が手を取り合って生きる世界』を…作りたいです」

「へぇ~…面白い夢だねぇそれ」

 

 彼女は私の目的を聞くと、ニヤリと三日月のような笑みを浮かべた。その笑顔は狂ったような戦闘狂にも近いものだった。

 

「夢見てるねぇ、無理に決まってるじゃんそんなの。相容れない存在を共存?夢を見るのも大概になさい」

「っ…」

「現に、数億年前に人は妖怪を徹底的に追い詰めて月へと逃げ去った。私はその生き残りよ。現存する最古の人食い妖怪。貴女はその数億年前の惨劇を二度と起こさせないと誓える?」

 

 ──人食い妖怪。

 今存在する妖怪の大半の先祖であり、人食い妖怪の『人を糧とする』性質は今も尚妖怪に色濃く受け継がれている。かくいう私もその一人。先祖と同じ種族である彼女は、きっと目の前で肉親や同族が皆殺しにされていく様を見たのだろう。

 だからこそ、彼女は私に問うたのだ。かつての惨劇を起こさずにその理想を達成出来るか、と。

 私は即座に頷くことが出来なかった。当時どれほどの惨劇が起きたかは見てはいないのでわからなかったが、彼女の目はその目だけで人を殺せそうなほど憎悪がこもっていた。それが怖くて、とても頷くことが出来なかった。それと同時に、彼女にそれほどまでの憎悪を刻んだ惨劇の酷さと規模は並大抵のものでは無いのだとわかった。

 

「…わかりません。でも…」

「でも?」

 

 確信はない。妖怪と人が共存できる世界をつくる力は無い。そもそもその世界へ繋がる礎を築ける自信が無い。世界を作るということはそこに住まう民の命を背負うこと同意義。並大抵の努力では決して成しえないことだ。ましてや『相容れない存在との共存』を目標とする世界など、私一人では到底出来はしないだろう。

 けれど──

 

「きっといつか、その共存の道は拓けると思います」

「…それが、これまでにない茨の道だとしても?」

「はい」

 

 諦めなければきっと、その道は拓けると信じている。

 この夢を抱いた時から、これまでになく過酷で険しい茨の道を進むことになるのは承知の上だった。だからこそ、その覚悟を試すときが今だと思った。

 彼女に協力などは思っていない。ただ、私の決意表明を聞いて欲しかった。

 

「…そう。それほどの覚悟があるなら大丈夫そうね」

「え?」

「気が変わった。貴女がどこまで行けるか見たくなったわ」

 

 彼女は私の言葉を聞いた瞬間、目を見開いて驚いたような顔をしていた。思ったより彼女から見た私の評価はそれなりだったのだろうか。

 だが、この決意表明で一瞬でも目を逸らせば見捨てられるか、殺されるかの二択だっただろう。

 だからこそ…予想外の選択肢に、私は驚かざるを得なかった。

 

「それはどういう…」

「つまりその夢、手伝ってあげるってことよ」

「…ぇぇええええ!?」

 

 そう、彼女が私の夢を手伝うと申し出たのだ。

 正直、一番ありえないことだと私は思っていた。私の夢についてはあんなふうにものすごく否定的だったし、協力は無理だろうなと思っていた。

 まさか向こうから協力をしてくれると言ってきてくれるとは思いもよらなかった。更には、彼女は全面的な協力を惜しまないと言ってくれた。

 

 こうして彼女──ルーミアは、私の夢の達成のために力を貸してくれることになった。

 私の力を強くするために修行に付き合ってもらって、何度その実力差に絶望したか。一緒に住民集めをして、住民相手と喧嘩をしたりもした。

 私が死にかけたこともあった。そんな時は彼女はさっそうと現れて私をかばいながら私に致命傷を与えた敵を皆殺しにしてくれた。

 沢山傷ついて沢山泣いて、沢山嬉しいこともあった。

 だから、私は彼女に感謝している。彼女がいなければこの幻想郷も無い。彼女はこの幻想郷創造の要となる人物であると住民に伝えている。

 

「どうしたのかしら?そんなに空を見上げて」

 

 幻想郷が出来てはや400年が経つ。相変わらず彼女はボーッと空を見上げて何かを思い出しているような顔をしていた。

 本当に自由な人だ。あれほど強力な力を持ちながら自由気ままに幻想郷を回る彼女は本当に自由人である。どこからともなく現れる彼女は、まさに神出鬼没の存在だろう。その点、私は彼女に似たのかもしれない。

 

「回想してた。以上」

「あらそう。あなたも過去に浸ることもあるのね」

「私も普通の人間と変わらないし」

「いやどこがよ…」

 

 本当にそれはないと思う。冗談にも程がある。

 彼女程の存在が普通の人間ならば私のような妖怪の立場は無くなる。力の均衡が一気に逆転して人が妖怪を蹂躙する日が来るだろう。

 よく思うのだが、彼女は自身の力の強力さに気づいていない節がある。恐らく理解していると言っても力のみで、周囲に及ぼす影響は全く理解していないのだろう。

 私はこの幻想郷創造時に、初代博麗の巫女と共に彼女の力に封印を施した。彼女の頭に結ばれたリボンがその証拠。私と最強の人間であった初代が組み立てた封印術であっても、彼女の力全てを封印しきることは出来なかったが。

 そうでもしなければ、この世界は闇に覆われてしまう。彼女は世界の全ての闇を受け止め同化した闇そのもの。それほど強大な存在を幻想郷という小さな枠組みに入れ込めば、幻想郷はたちまち常闇に包まれ、人は闇に飲まれ、朝日が永遠に昇らなくなるだろう。

 私とて不本意だった。彼女に『幻想郷のために封印されてくれ』と言うのは心が痛かった。命の恩人、幻想郷の立役者とでも言える彼女に恩を仇で返すような真似をしてしまうのと同意義だから。

 でも彼女は仕方が無いと、喜んで封印を受けたのだ。だからこそ、あの封印術が上手く機能したのだと思う。彼女が本気で抵抗するものなら、あの程度の封印など一瞬で破れてしまうだろう。

 本当に、彼女には感謝してもしきれない。感謝という言葉では言い表せないほどその恩は大きいものになっていた。

 

「それで、なにか目的があってきたんじゃないの?」

「!流石ね」

 

 そんなことを思っていると、彼女が私が会いに来た理由を見破った。やはり彼女には敵わないなと心底思い知らされる。

 だが、今回の件はこれまでと少々事情が異なる。大したものでは無いが、その性質上、面倒くさいことこの上ないものだった。

 

「近々、新たなお客さんが来るわ。熱くお・も・て・な・しをしようと思うのだけれど」

「あ、終わったな来客」

 

 そう、新たな来客の到来である。その来客はとても喜ばしい人物ではないのだが。

 言ってしまえば、その来客の目的は『幻想郷の侵略』。幻想郷を我がものとし、そこで栄華を極めんとする不敬な輩。

 この地である日本とは別の大陸で猛威を振るっていた吸血鬼のトップ、貴族であるスカーレット家である。スカーレット家はかの吸血鬼ヴラド・ツェペシュの末裔を名乗る一族であり、末裔なだけあり、その実力は吸血鬼の頂点に君臨している。恐らくは消滅を悟った彼らがこの地を耳にし、我がものとしようとしたのだろう。

 全く、時代遅れもいいところだ。貴族や身分などこの世界には必要ないものだ。そんなものがあるから差別が生まれて憎しみが生まれる。そして大きな戦争が始まり、得たものは心に残る傷のみ。そしてそれを繰り返す。

 馬鹿馬鹿しい。そんな輩には御退場願いたいものである。故、今回は手厚くこちらはおもてなしをしよう、というわけだ。別に向こうがどうしても生きたくて、態度を改めると言うのならば話は別だが。

 

「私はどうする?」

「…貴方は出なくていいわ。私達のみでやる」

 

 今回の件は幻想郷が出来て始めての出来事だ。創造者たる私が処理せねばならない問題。いつまでもルーミア一人に任せてはいられないのだ。

 それに、侵略程度の問題を片付けられない創造者などどこにいようか。威厳にも関わるが、ルーミア一人に全て任せるのは私としてのプライドが許さなかった。

 それに、見ていて欲しかった。もう貴女に任せっきりの私ではないと証明したかった。ルーミアには見ていて欲しい。私がどれだけ強くなったかということを。

 

「そう。でも、もしもの時は力になるよ」

「…ありがとう、ルーミア」

 

 それでも、心配してくれるルーミアに感謝をしつつ、私はその場を去り準備を進めた。

 この幻想郷を脅かす脅威は確実に排除せねばならない。さらにいえば相手は不死性の高さで有名な吸血鬼、それもその頂点だ。手を抜けばやられる可能性もある。

 

 ──この戦い。決して負けるわけにはいかない。

 

 幻想郷の平穏のために。そして、何より愛する師──親友の為に。

 私は幻想郷の創造者、妖怪の賢者としての一面を表に出し、兵を集め始めた。



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二話 始まる異変

お待たせ致しました


 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 ──私が彼女と出会ったのは今から10年ほど前。

 私は人里とは少し隔離された別集落の子供だった。当時の私はとても非力だったが、その代わりとしてとても幸せな日を過ごしていた。両親ともにとても良い人物で、当時6つ程だった私を溺愛してくれた。私もそれに恩を返そうとできる限りのことをした。寺子屋の勉強、百姓としての知恵──両親の力となれるように。

 

 でも、その平穏は突如として崩れた。

 

 ある日のことだった。いつもの様に寺子屋の勉強を終わらせ家に帰る途中のことだった。

 いつもとは違い、何もかもが静かだった。ただあったのは、嗅いだことの無い匂いに交じる焦げ臭い匂い。何が起きているか私は理解できなかった。でも、身体は自然と家の方角へと動いていた。年頃の好奇心故か、それとも予感か……どちらにせよ、良い知らせではないのは確かだった。

 

「あ……ぁぁ…!」

 

 その目に映ったのは、見たくもない想像を絶するものだった。

 燃やされる集落。悲鳴をあげる人々。そしてそれを行う大柄な男。その光景が何を指しているのか、子供の私でさえわからざるを得なかった。

 ──襲撃。

 近くの妖怪が食料を求めこの集落を襲撃したのだ。現に妖怪と見て取れる男の手には食料が詰め込まれた血塗れの袋が握られ、その中に次々と殺して行った人間を詰め込んでいく。

 

「ん? まだ生き残りがいたか」

 

 その光景を唖然として見ていた私を見つけた男がニヤリと笑う。私はその笑みに本能的な恐怖と寒気を覚えてすぐさま駆けた。

 殺される。捕まれば殺される。

 ただ殺されるという恐怖が私を駆り立てた。足が何度傷つこうが構わなかった。その時は自然と痛みは感じず、ずっと無我夢中で逃げることに集中していた。

 でも、そう長くは続かなかった。私は逃げることに集中するあまり、足元の木の根っこに気が付かずに転んでしまった。勢いよく足を引っ掛けてしまったか、足はズキンと痛みとても走れる状態ではなかった。

 

「もう逃げられねぇぞ糞ガキ…逃げ回りやがってぇ…」

「ひっ…」

「さっさと死──」

 

 追いついた男は怒りに震え、その怒りのままに金棒が地面につき、ドシンと振動が伝わる。その金棒が私に振り下ろされようと男は大きく腕を振りかぶった。

 ──あぁ、死ぬんだ、私。

 何も出来ずに死ぬんだ。お父さんとお母さんに何も出来ずに死ぬんだと。そう覚悟して目をつぶった。

 

「…えっ」

 

 でも、痛みは来なかった。いつまでたっても来ない痛みに恐る恐る目を開くと、そこには黒い何かに胸を貫かれてガチガチと口をふるわせる男がいた。やがて金棒を握っていた手から力が抜け、金棒が重力に従い地面に落ちた。

 状況が理解できない私はただただ唖然とその光景を見ることしか出来なかった。

 

「死ぬのはお前よ」

 

 そして、響く冷たく殺意の込められた幼く低い声。

 その低い声に、この男から感じた殺気を上回る殺気が私に浴びせられた気がした。嫌な汗が身体全体から溢れ、死ぬという恐怖が先程よりも数十倍の重さとなって私に降りかかった気がした。

 死ぬかもしれないではない。死ぬ。

 頭の中で何度も私が殺される光景が再生される。その想像の中に生き残る選択肢は残されておらず、死ぬ未来しか見えないその状況が本当に怖くて仕方がなかった。

 黒い何かは男の胸を貫いたまま乱暴に男を投げ捨て、何度も何度もその男の体を貫いては投げ飛ばし叩きつけ、刺突した。血も涙もない行動をおこうその幼女の姿を私は見ることしか出来ない。

 ──まさに『闇』。

 先程の男を『鬼』と例えるならば、この幼女は闇だ。赤黒い触手のようなものを自由自在に操り、存在そのものが『死』を表しているかのような錯覚を起こさせる幼女は、まるでこの世全ての闇を具現化したかのような雰囲気を醸し出している。正体不明の闇が、すぐそこにいる。

 

「ひっ…!」

「…生き残り、か」

 

 男の死を確認したその鋭い眼光が私に向けられると、不意に声が出てしまった。あまりにも冷たいその眼光は血によってさらに殺意が増しているように思え、吐き気が込み上げてくる。

 意識が遠のいていく。あぁ、私はこのままこの幼女に殺されるのだろうか、と心の奥底で思っていた。

 これが最後の光景になるのだと思って、私はそのまま意識が闇に沈んだ。

 

「うん? 起きたかな?」

 

 次に目覚めた時は天に登り両親に会えるのだと、そう思った時。

 瞳を開ければ、そこには見慣れぬ天井があった。暖かいものに包まれている感覚がゆっくりと染み渡り、次に食欲をそそる米と味噌汁、そして魚の香りが鼻をかすった。

 そしてその声の持ち主は──以外にも、あの闇の幼女だった。

 

「あ…え…??」

「とりあえず食べれば? 大丈夫、とって食ったりはしないよ」

 

 人間の子供の肉なんて美味しくないからね、と幼女は言う。

 とても信用に至る言葉ではない。あんな殺気と無残な殺し方をする幼女が目が覚めれば打って変わってご飯を作ってこちらの心配をしているという絵面は、とてもこちらを獲物としか見ていないような気がした。

 私が食べている時に、そっと食べるつもりだろうか。それとも、腹が脹れたところでガブリと食うつもりだろうか。

 嫌な予感と想像が頭を過り、自然と冷や汗と筋肉が震えだした。それに気がついたのか幼女は震える私を見て溜息を着いた。

 

「はぁ…ゆかりん、よろしく」

「はぁ~い。それとその呼び方はやめて下さる?」

「いいじゃん、私とゆかりんの仲なんだし」

 

 すると、ゆかりんと言う単語が出た瞬間、空間が避けた不気味な異空間から金髪の美しい女性が顔を出してきた。

 彼女らが纏うその忌々しい気配(穢れ)は、まさに妖怪。やはり私を食うつもりだったのだろうかと最悪の想像が頭をよぎった。そんな私に気がついたのか金髪の女性は私をチラリと見やると、その雰囲気を収め、普通の女性と大差ない人間に近い雰囲気を醸し始めた。

 それを確認したのか、幼女はそのまま男を貫いたあの赤黒い空間へと入って消えてしまった。

 

「さぁ、ルーミアがせっかく作ってくれたご飯が冷めてしまうわよ?」

「…これって…あの人が?」

「そうよ、ルーミアが貴方のために作った物よ」

 

 食欲をそそるこの温かいご飯があの幼女──ルーミアのものであるということに、私は驚きを隠せなかった。

 あの身長で家事ができるという驚きもあったが、彼女が本当に私を食べる気は無いということに驚いていた。この金髪の女性の雰囲気もどこか優しいものだし、彼女達が私をどうこうするというわけででは無いことは確かだった。

 そして、私は目の前のご飯に耐えきれず、ぐぅ~とお腹を鳴らしてしまった。それを聞いた女性はニッコリと笑い『お食べなさい』と一声かけてくれた。その言葉が突き刺さったのか、私は小さくいただきますと呟いた後、すぐさま箸を持ってご飯を口に運んだ。

 

「美味しい…」

「ふふ、良かったわ」

 

 温かくて、ふわふわしてて……美味しい。

 目の前のご飯を口にした瞬間、私の身体は温かさに包まれた。まるで、私を誰かが包んでいるかのような感覚。

 愛しい──もう会うことの出来ない、母の温もりだった。

 それを自覚した瞬間、私の瞳には熱い何かが溜まり、頬を伝い落ちていく。

 

「…う……うぅ…っ」

「…えぇ。泣いていいのよ。ここには、貴女を追い詰めるものは何一つない」

 

 金髪の女性は私にゆっくりと寄り添い、私の肩を抱いて引き寄せた。その感覚が、仕草が母と重なり、私の涙を更に溢れさせる。

 もう会えない。もう触れられない。もう、声も聞けない。

 突然の別れと二度と会えないという悲しみ。死という怖さ。今までに体験したことの無い感情が溢れて、私を溺れさせていく。

 私は、亡き母と父の記憶に浸り、女性に身を任せて、涙を流した。

 

 これが、私───『博麗 霊愛』の妖怪の賢者、八雲 紫と、最古の人食い妖怪、ルーミアとの出会いだった。

 

 ◆

 

「…あれからもう、数十年ですね」

「どしたの? いきなり」

 

 時は過ぎ、今へと至る。

 いつもの様に境内を掃除している私に、ルーミアは寄り添っている。もはやこれはいつものであり、私の隣には常に紫様かルーミアがいるのだ。私も子供ではないというのに……。

 掃除している間に過去に浸っていた私に、ルーミアが不思議そうな顔で私を見た。

 

「いえ、あれから時は過ぎるのは早いな、と」

「なにじぃじばぁばみたいな事言ってるの…そういうのは私が言うべきでしょうに」

「貴女が一番似合いません」

「ありゃ…言うようになったね…」

 

 身内を亡くした私には、もはや何も帰る場所などなかった。両親と生まれの村を焼かれた私。そんな時、紫様は私にある提案をしてきた。

 

『博麗の巫女』として幻想郷の為に働かないか、と。

 

 博麗の巫女は、幻想郷創造時に紫様とルーミアが作った、人と妖怪のバランスを整える存在。二つの種族の均衡を保ち、幻想郷を保持するのが目的だ。

 条件として当てはまるのは、素質。幻想郷と外の世界を隔てる結界を操る素質と、妖怪を退治する素質。この二つが求められる。偶然にも私はその二つの素質があり、それを見抜いた紫様が博麗の巫女の跡継ぎにならないかと言ってきたのだ。

 

 私は直ぐに、はい、と即答した。早く強くなりたかったのだ。私のような犠牲者を少しでも減らしたかった。あの温もりを守りたかった。

 そして何より──親代わりであったルーミアと紫様への恩返しをしたかった。

 死に物狂いで修行を重ね、私の中に眠る巫女としての才能を最大限引き出すために寝る間を押しんで血と汗を流した。体術、霊術、結界術……ルーミアと紫様から教わった知識も最大限活用できるよう、勉強も欠かさなかった。

 

「それにしても、霊愛も大きくなったねぇ~…私よりもおっきくなっちゃって…これじゃ私が妹か娘みたいだよ」

「私にとっては貴女は姉か母にしか見えませんよ。年齢的にも」

「年齢的に言ったら曾祖母よりずぅ~~~っと歳上だけどね」

 

 だからだろうか。今ではルーミアが娘か妹に見えてしまうほどの高身長にもなった。と言うより、これは体術の関係で筋肉ががっしりしているからなのだろうが。

 と言っても、あんまり筋肉は表に出てはいない。私も博麗の巫女とはいえ乙女、男と勘違いされては困るのだ。

 

「そう言えば、今回の異変の詳細、聞いていないのですが…」

「…ゆかりんってばまた報告サボったね……後でお仕置きしとこ」

 

 そして、ふと近頃起こるとされる異変について思い出した。

 何やらこの幻想郷を乗っ取りに来る輩が来るとか。私からすれば領地を奪い取ったところで管理が大変だろうにと思うところだが、それはよその話の場合。

 幻想郷を狙ってくるというのならば話は別。博麗の巫女として、敵一人残さず粉砕する意気込みだ。

 

「外の世界の大陸の吸血鬼が幻想郷を乗っ取りに来るみたい。迷惑だねぇ~」

「妖怪って、みんなそんな感じですよね。領地とか奪い取っても意味ないと思うのですが」

「ホントだよ。だから傲慢だって言われるんだ。力を過信して身を滅ぼす。数億年前から奴らはまったく学習しない」

「……」

 

 ルーミアその妖怪を、全妖怪(・・・)を嘲笑うかのように毒を吐いた。

 私は、ルーミアの過去を知らない。ただ知っているのは、私の親代わりで、幻想郷創造者の一人で──私よりも、紫様よりもずぅっと生きていることしか知らない。

 きっと、見てきたのだろう。数多くの妖怪や同胞が、己の力を過信して身を滅ぼす様子を。そして憎しみが生まれ、連鎖が始まる瞬間を。

 紫様曰く、彼女は『最古の人食い妖怪』らしい。人食い妖怪は数億年前に全滅したとされているが、彼女はその唯一の生き残りなのだろう。

 だからこそ、彼女は知っているのだろう。残された者達の苦痛を。戦いは、支配は、憎しみしか産まないことを。誰も救われることは無いのだと。

 

「…醜いよ。人も。妖怪も。全部全部」

「……」

「…ごめん、今のは忘れて」

「いえ…」

 

 嫌な記憶を思い出したのか、ルーミアは一瞬だけ目をぎゅっと閉じた後、今の言葉は忘れるように私に言った。

 彼女がどれほど辛い思いをしてきたのかは、誰も知らない。故に、同情は許されない。だから私も、深くは追求しなかった。

 私はその資格を持っていない。私程度では、彼女の闇は受け止めることは出来ないだろう。それどころか、きっとその闇に飲まれてしまう。

 誰かが彼女を救わなければ、きっと壊れてしまう。私は心の奥でそう思っていた。

 

 そう思っていた時、身体の感覚が一瞬だけブレた(・・・)気がした。

 

「!」

「…来たね。しかも、満月を見計らって」

 

 最悪、という言葉しか思い浮かばなかった。

 満月は、妖怪が最も力を引き出せる刻だ。本来ならば最も警戒しなくてはならない時間帯なのだが、こんな時に限って、これを見計らっての異変。恐らく幻想郷の妖怪は今酔いしれていることだろう。

 しかも───今日は、赤い月。妖怪が獣の如く本能を解放する、最悪の一日。

 

 

 

「……これだから、月は大嫌い(・・・・・)なんだよ」

 

 

 ルーミアが、これまでに聞いたことの無いほどの憎しみを込めた声で、そう小さく呟いた気がした。



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三話 吸血鬼異変

注意
今回ルーミア視点が非常に

 あ ほ く さ 

になっております。
ご注意ください。


 ◆

 

【ルーミア】

 

「ほぉ~……あれが……」

 

 今回の異変の首謀者たる吸血鬼達が結界を通過してまだ数分。ゆかりんに待機──というよりかは参戦不可──を言い渡されていた私は、様子見がてらに吸血鬼達が拠点としたのであろう霧の湖と呼ばれる場所の周りを見渡していた。

 すると、そこには以前見られなかった紅い影が一つ。館のような形が霧越しに見える。

 

「…あれが、紅魔館」

 

 あれこそが…《紅い悪魔(スカーレット・デビル)》こと、レミリア・スカーレットとその妹、《悪魔の妹》フランドール・スカーレットが住まう吸血鬼の館。

 

「ん~推しキャラ二人に会えるのは最高♪」

 

 正直、これまで無いほどテンションが上がっている。

 いや、前世で推しキャラだった二人だよ? それが目の前で、しかもこの手で実際に触れるというこの至高以外の何物でもない最高すぎるじゃないですか。

 とはいえ、向こうは何も知らないわけだから、いきなり

 

『レミたんフランたん会いに来たよ抱きしめさせてください(はぁと)』

 

 みたいな事言ったら警戒心MAXで殺しにかかってきますねこれは間違いない。

 そもそも、今──この原作開始以前の時代である今で、原作のようにレミリアが紅魔館当主とは限らない。この吸血鬼異変は何か、レミリア達の親族か、はたまた館を乗っ取った無礼者の吸血鬼共か…それは定かじゃないし、前提としてまず、この吸血鬼異変でレミリア達が幻想郷に来ているかどうかさえ怪しい。

 

「原作開始以前だからこそ、不確定なんだけどね……今までもそうだったけど」

 

 なら、今までとやることは変わらない。

 今まで、そうしてきた。

 大和の大戦も。

 竹取物語も。

 死に誘う妖怪桜との戦いも。

 そして──幻想郷創造も。

 

「…私は、私に出来ることをやるだけ」

 

 今の私にできることは、サポートくらいである。ゆかりんに参戦不可を言い渡された以上、派手な行動は出来ないし、それこそ戦力に圧倒的な差が見られる時のみだ。

 ──と言っても、かなり押されてはいるが。

 見たところ、何匹か向こうに寝返った不届き者もいるらしい。そりゃそうだろう。この赤い満月という条件下で不死者の名のごとく再生する吸血鬼に敵う者などそういまい。生存本能的に、向こうに着いた方が得だと考えたんだろう。

 あとは、単なる経験の差だろうか。我々幻想郷の妖怪達は長年最低限の戦いしかしてこなかった。幻想郷ができる前はそこらじゅうで殺し合いだったが、枠組みができてからは人の保護のために殺し合いが規制され、派手な戦闘はしてこなかった。つまり、平和への慣れである。

 対して向こうは、征服のために年がら年中戦争してきた化け物達。平和になり戦いという戦いが無くなって力が弱まった幻想郷の妖怪達とでは圧倒的なまでの差がある。

 とはいえど、こちらにも歴戦の妖怪は多数存在する。かつて私と戦いを繰り広げた者も多数。当然、当時の私をマジにさせるまで追い込んだ妖怪もいる。

 それでも、押されている。赤い満月を背後に置く吸血鬼達は絶対的な力を誇る。

 

 まぁぶっちゃけ、赤い満月、吸血鬼ってなだけでもう絶望ものでここまで耐えてるのが不思議なぐらいなんですけどね。ハハッ。

 

「こりゃ、私も一肌脱ぐべきかな」

 

 まぁ、そのための右手コホン、そのための私なんですけどね。

 私一人でも過剰戦力なんだろうけど、状況が状況だし、仕方ないね。

 ごめんねゆかりん、大目に見てネ! 

 てことで私は辺りを見渡していた高い崖から心ぴょんぴょんさせつつジャンプして敵軍のところへ着弾しまーす! 

 

「な、なんだ!?」

「こんにちは。死んで、どうぞ♪」

 

 砲撃みたいな着地音に気がついたのか、吸血鬼達は一瞬に私に向き直る。

 だが遅い。私は足元にいつもの様に足元の影から赤黒い触手──闇御手(ヤミノミテ)──を作り出し、鞭のように敵を薙ぎ払う。そうすると敵は真っ二つに上下に切り裂かれた。ついでに木も切れた。森林破壊? 知らんな。それよりその程度では虫も殺せないぞお前ら! 

 

「ヒィ! なんだこいつ!!」

「化け物だ!! 化け物がいるぞ!!」

 

 うっせーやい。あんたらも大概だろっ。

 私は更に足元の影から数十本の闇御手を作り出し、群がっている吸血鬼達を串刺しにしたり、真っ二つにしたり、顔面剥ぎ取ったりした。

 あぁ^~、たまらねぇわ。

 あっ、そうだ(唐突)

 

「ちょっとそこの君」

「ひぃ、た、たすけ、けけ」

 

 こいつら捕まえてこいつらの親玉吐かせればレミリアのことも分かるんじゃね? 

 という唐突な案が浮かんだので、生き残りの手足を闇御手で縛り付け、残りの闇御手がその吸血鬼の頭、首、心臓……その他諸々の急所を捉えて待機。

 

「君たちの親玉はだぁれ?」

「あ、あぁ…ひ」

「答えてよ、あくしろよ」

「あ、が…ひ……い…」

「…仕方ないか」

 

 ここの生き残りはこいつが最後だからころすわけにもいかないし、言葉じゃ答えてもらえそうもないので強行手段を取る事にした。

 私がその吸血鬼の眼と合わせた瞬間、吸血鬼はビクンと体を跳ねさせた後、脱力しガクンと身体が崩れた。

 今、私はこの吸血鬼と目を合わせた事で吸血鬼の中の魔力を乱させて幻を見せている。俗に言う幻術と言うやつである。これは目で幻術にはめたから幻術眼と呼ばれる幻術の一種。

 今かけた幻術は、幻の私が親玉を吐き出すまで淡々と腹を刺し続けるというシンプルかつ結構えぐいものである。幻の世界から戻ってきたとしても、精神的ダメージは計り知れず、並の妖怪ならば一瞬で精神崩壊を起こすだろう。

 

「…主……は……紅魔……館…」

「…で?」

「…名は……ウラ………ド……公……」

「へぇ、かの有名な串刺し公ね」

 

 ウラド公、という名前を知らぬものは居ないだろう。吸血鬼という存在の王であり、吸血鬼=ウラドとも言えるほど知名度は高い。かのドラキュラの元となったワラキア公国の王であり、ウラドが行ったとされる串刺しの刑はあまりにも有名だろう。

 時代的に死んでいると思っていたが、そもそもドラキュラと恐れられた吸血鬼の王だ。皆が知っている処刑程度では死なぬだろう。ここは幻想郷、常識は通用しない。

 

 

 

「…お嬢…様………妹様……」

「! …」

「レミリ……ア……お嬢…様…と…フラン……お嬢……様…」

「ビンゴ…っ!」

 

 

 

 しめた、と私は思わず大声を上げた。

 やった! レミリアとフランは既に幻想郷入りしている! しかもウラド公の娘という形で!! 

 嬉しすぎて涙が出そうである。というか泣いている。やっぱり世界は捨てたもんじゃないのね! 

 

「やった! やったぁ!! 二人に会える!!」

「もう…し…わけ…」

「あ、もう君死んでいいよ」

「がっ……………」

 

 もう用済みとなった吸血鬼を急所を残らず貫いて殺した。いとも容易く行われるえげつない行為とはこのことである。是非もないネ! 

 

 それはさておき──これで、私の目的は決まった。

 とりあえずは、紅魔館に行くこと。戦況的にも宜しくない状況だし、とっとと親玉潰した方が手っ取り早く終わりそうだ。

 次に、今この時代でレミリアとフランがどのような状況に置かれているか、である。

 よく二人は二次創作なんかでは過去を悲劇的に語られている。もしかしたらウラド公に何かしらの圧政を受けているのかもしれないし、普通の一般家庭かもしれない。まぁ、後者であることを祈るが。

 それに、原作では妹のフランは地下室に幽閉されている身のはずだ。長年の勘であるが…ほぼ確信できる。恐らく、二人は良い状況下には置かれていないであろう。

 

「…」

 

 私も彼女達からすれば赤の他人とはいえ、幼子が虐げられている様を見て喜べるほど狂ってはいない。いや、ある意味(・・・・)狂っててはいるが、それはまた別の話だ。

 レミリアもフランも、私からすればまだまだ将来有望な子供である。そんな幼子が虐げられて見ていられるほど、私は薄情者では無いつもりだ。

 私のような(・・・・・)人になって欲しくない。犠牲者になって欲しくはない。

 

「…行きますか」

 

 私はそんな思いを胸に、紅魔館へと足を進めた。

 

 

 

 ぶっちゃけると二人を愛でたかった思いが八割超えてたなんて口が裂けても言えない。

 

 

 ◆

 

「多いですね」

「えぇ、しかも一体一体が大妖怪並み…まさに悪夢ね」

 

 異変が始まり、本格的な戦闘が始まって数時間。我々幻想郷側は圧倒的に不利だった。

 今宵は、最も禍々しく、妖を狂わせる赤い月の満月。月の影響を強く受ける吸血鬼達は、この赤い満月の中では無敵に等しいほど強力な妖怪と化す。夜にしか行動できないとはいえ、月さえあればその力は数倍に跳ね上がり、赤い月はその数十倍にも及ぶ。

 その条件下の中では、紫率いる幻想郷は雀の涙に等しい。歴戦の妖怪でさえタダでは済まない。

 紫は、完全に吸血鬼という生物を見誤っていた。ここまで赤い月の有無で強くなれるものなのかと。

 もはや一種の麻薬にも近い。赤い月の魔力は吸血鬼を酔わせるように、いつになく魔力を放っている。それが吸血鬼達を酔わせているのだ。

 

「殺した途端再生されちゃキリがないです──よッ!!」

「そうね…なら」

 

 紫は空高く飛び上がり、幻想郷の上空に立った。

 パチン──と扇子を畳む音と同時に、掌に、常人には理解することすら出来ない複雑な術式が組み上げられていく。

 

「その魔力を遮ればいいのよ」

 

 そして、その術式を天高く放り投げた。

 

 パキン──

 

 甲高い音が幻想郷に響いたと同時に、放り投げられた術式が発動し、膨大な魔力を放ちながら幻想郷の結界と同化していく。幻想郷を覆うようにそれは展開され、術式は完全に結界と融合を果たした。

 

「なるほど、流石です」

 

 霊愛はその術式を見て、感嘆の声を出した。一件、幻想郷の変化はないように覚えるが──彼ら(・・)にとっては、大きな変化だった。

 

「ああぁぁぁ!! 身体が! 身体がァァァ!!!」

「熱い…焼けるぅ! 死ぬぅゥ!!」

 

 ──吸血鬼達は、もがき始めた。

 ()にも関わらず、天敵である日光にでも焼かれているかのように身体中から煙が溢れ、指先から、だんだんと灰になっていく。

 何故、彼らが夜にも関わらず日光に照らされているかのようにもがき苦しんでいるのか。

 それは、実に簡単な出来事であった。

 

「太陽と月の境界を……中身だけ入れ替えたのですね」

「えぇ。太陽と月の境界を弄る力をあの結界に仕込んだわ。あの月は、『虚像の月の皮を被った太陽』よ」

 

 紫の能力──それは、『境界を操る程度の能力』。

 万物には全て境界が存在し、境界線を無くせば、それはひとつの大きなものとなる。その逆…境界線を敷けば、それは二つのものとなる。

 境界を操るということは、即ち論理的な破壊と創造を可能とする事。この規格外すぎる能力を持つ紫が、最強の妖怪とされる所以。

 更に、紫は長年の知恵から、超人的頭脳を持っている。あの程度の術式ならば数分足らずで作ることも出来る。

 しかもこの高度な術式を見抜けるのは、弟子である霊愛と紫の師匠たるルーミアだけである。

 その他の吸血鬼は術式を見抜けず、痛みにもがき焼かれて灰になることだろう。

 これほどの規格外な能力を自在に操る実力と、超人的頭脳───妖怪の賢者の名は、伊達ではないのだ。

 

「……さて、あとは首謀者だけですね」

「えぇ…もう、彼女は動いているようだし」

「ルーミアが?」

「手は出さなくていいって言ったのだけれど…まぁ、この奥の手は教えてなかったし、仕方ないわね」

 

 この戦いの中で、ルーミアの魔力が感じられたのだ。霧の湖…つまり、敵の本拠地側から。

 つまり、見るに見かねてルーミアは動いたのだろう。確かにあれほど不利であれば、黙って見ていろというのも、彼女の過去(・・・・・)からすればかなり酷かもしれない。

 酷いことをしてしまった、と紫は少し悔やんだが、今はそれどころではないと気を取り直した。

 

「さぁ、行くわよ」

「はい」

 

 吸血鬼異変───終幕は、既に近い。



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四話 不死者たち

 

ザッ、ザッ、ザッ────

 

暗闇に響く土を踏む音。先程まで幻想郷を覆い尽くしていた夜の支配者たちの音は無くなり、ただ一人の闇が歩く。

背後に広がるは無残な死に方をした支配者達。首から上がないものもあれば、首から下がないものもあり、また心臓を穿たれ、中には原型をとどめず肉塊と化した者まであった。

 

グチャリ…ズズズ……ベチャッ…────

 

生々しい音を発するのは、屍にへばりつくドロドロと実体化した赤黒い闇。ソレは屍から血、魔力──含まれた栄養全てを吸い取り、灰になった身体さえも吸い取ろうと生々しい音を立てる。そしてその闇は屍から栄養を吸い取り着ると、ニチャリと音を立てながら、歩く主へとへばりつき、吸い取ったそれを与えていく。

 

「あー不味い不味い。吸血鬼ってこんなに不味かったっけ」

 

月の明かりを背に、面影に真紅の瞳が映る。その姿はその幼い容姿からは想像出来ないほど妖々しく、最も妖怪らしい畏れを醸し出している。

原初の妖怪である人食い妖怪唯一の(・・・)生き残り(・・・・)である彼女は、最初で最古の妖怪の風格を纏っていた。その風格は並の妖怪どころか大妖怪でさえ震え、畏れ、死に絶える。彼女の前では大妖怪など並の人間程度の存在(食糧)に過ぎない。

深淵に在り、常闇を喰らい、魔を統べ、邪悪を呼び起こす闇の主。それこそがかつて最強と謳われた一族──人食い妖怪の本性。

その身体は子供のそのものであったが、間違いなく彼女、ルーミアは人食い妖怪として存在していた。

 

「ゆかりんもそこらの吸血鬼は全滅させたみたいだし…手際がはやいなぁ」

 

少なくとも、私よりはいい───。

ルーミアにとって八雲 紫という存在は、心の友であり、愛弟子であり、娘のようなものだった。紫の目指す世界は、ルーミアにとって理想のものであり、己がかつて友達と夢見た理想郷だったのだ。

ルーミアもルーミアなりに、紫の力になろうとそばに居続けた。そしてそうしている内に──幻想郷は完成し、心の友となった。今の紫を語る上でルーミアの存在が欠かせないだろう。

だからこそ、紫を信じているのだ。

誰よりも紫の成長を見守っていたルーミアが、紫の力量を見違える筈がない。この程度の敵ならば、瞬殺出来るだろうと、確信できていた。

この異変でルーミアが手助けをしてしまったのは、単なる親心だろう。もっとも紫を理解していたルーミアは、そういう面で紫は脆いということも知っている。だからこそ、それが原因で最悪の事態にならないように身を乗り出したのだ。

もとより、紫は才能も頭脳も己以上であるということは知っている。経験不足さえあれど、その超人的頭脳から導き出す最良の答えと神に等しい能力の二つはまさに妖怪の賢者の名に恥じない実力者。ルーミアと総合的に比べてしまうとかなり見劣りしてしまうが、それはルーミアが規格外すぎる存在であるが故。本来ならば紛れもなく最強の妖怪だ。

 

「……ほんとに真っ赤っかなんだ。紅魔館って」

 

前世の己の知識からこの建物がこの異変の首謀者であるという確信はあった。ただ本当に存在するかどうかについては半信半疑ではあったが。

血のような赤い塗装が塗られた貴族式の館。4mは優に超える巨大な門に、中に広がるのは丁寧な手入れが施された美しい芸術のような庭。その様子から見て、館の主(異変の首謀者)は繊細な者に見える。

少し壊すのは勿体ないなと思いつつ前に進むと、霧の先に人影が目に映った。

吸血鬼とは違う穢れ。吸血鬼の放つ気持ちの悪い瘴気とは別の、純粋な戦いの意思とも取れる穢れだ。

 

カッ、カッ、カッ───

 

幻想郷には存在しない煉瓦模様の地面に靴底が触れ、靴音が響く。静寂が幻想郷を包み、誰も戦を拒む者などいないこの世界に、戦いの鐘にも近い警笛は幻想郷に戦いを知らせた。

そして霧が視界の範囲から消えた時──敵は、現れた。

 

「なんの御用です?生憎ですが今は貴女をもてなす余裕などないのですが」

「もてなす用意なんて必要ないわ。無理矢理にでも通るから」

「物騒なお客様ですね…困りました」

 

幻想郷にはない服装──中華を連想させる龍を描かれた服に身を包む赤髪の女は、静かにその闘志をルーミアへと向ける。

 

「敵を前に言葉はいらないですよね───では」

「来なさい。その両手足───綺麗にへし折って上げる」

 

場を占めるのは戦いの意思。華麗な戦いなどではない。御託もいらない。今ここに始まるのは妖怪同士の最も単純で最も残酷な生存戦争。勝者が生き、敗者は無様に血肉をぶちまけるだけ。

女はゆっくりとその拳を引き、その意思を戦いへと切り替えた。それに応えてルーミアは己の影からグツグツと形作られる闇の物体を己を守るように纏わせる。

 

そして、地面を蹴る粉砕音が響いた。

 

「───ハッ!!」

 

先に動いたのは女。足に気を纏わせた己が出せる最大限の速度でルーミアへと接近する。

 

「(速い)」

 

その最大の速度はルーミアにでさえ速いと言わせる程であった。その速度から放たれる拳を喰らえば確実に体は砕け散るだろうと安易に想像出来るほどの洗練された武の動きに、ルーミアは目を見開いた。

 

だが、ルーミアが躱せないという訳では無い。

ルーミアはそれを女の懐に潜るようにして拳を回避し、身に纏わせている闇を針のように鋭く、迅速に女の顔へと放った。

 

「!」

 

女はそれをいち早く感知すると顔に闇御手が穿たんとされる刹那に、初撃に加速した時と同じように身体を屈ませ、その加速の威力を殺さぬよう流れるように右手をルーミアの顔へと放った。

 

「(躱せないか)」

 

初撃と同じ速度で、なおかつそれを零距離で放たれたそれに、流石のルーミアと躱すことは不可能と判断し、闇御手を防御するように展開し、その打撃を守った───

 

「ッ!?」

「───ハッ!!」

 

が、その刹那。

ルーミアの代わりに闇御手と接触したその右手から、膨大な量の魔力とは違うなにかが放たれ、ルーミアはあまりの衝撃に耐えきれず闇御手ごと大きく空に打ち上げられた。

ルーミア本人にダメージは無かったものの、身を守っていた闇御手はバラバラに砕け散り、再生も遅くなっている。

 

「(発勁……その完成系があれか)」

 

打ち上げられたこと自体、予想外で驚いていたが、ルーミアはその力については冷静に解析出来ていた。

中国には発勁と呼ばれる中国拳法が存在し、それは己の体に眠る闘志──気を拳や足に纏わせ、相手の外傷ではなく内傷を負わせるというもの。

その発勁の完成系があれだというのならば──あれを生身で喰らえば内傷所ではない。肉体は弾け飛び、血肉と化すだろう。何せ闇御手が粉々に破壊され、再生が遅くなるほどのダメージを追っているのだから、生身で受けた時の傷など想像も容易い。

 

「(直撃は避けた方がいい──なら)」

 

ルーミアは空中で体制を整え、背中から闇御手を何十本も出現させ女に放った。

闇御手は形を持たない闇が実体化したもの。ルーミアの意思で自由自在に変形、創造することが出来る。針のような触手にも、翼にも、剣にもなる。

そして研ぎ澄まされた闇が攻撃へ転じた時──それはあらゆるものを破壊する最強の矛となるのだ。

変形した闇御手は恐るべき速度で女の身体を穿たんと群れになって襲い掛かる。

 

「くっ……!!」

 

女は襲い掛かる闇御手を人間の形をとどめる者とは思えないほど柔軟で三次元にも近い動きでそれを避けていくが、雨のように襲い掛かる闇御手に顔を歪ませ、ところどころ避け切れず肌が掠る。

そしてそれら全てを躱しきると地面に突き刺さった闇御手に飛び乗り、ルーミアへ向けて最短距離かつ最大速度で駆け抜けてくる。

その姿を見たルーミアは地面に突き刺り己に繋がる闇御手を切り離し、近寄られないようにさらに高く空を飛ぶ。

 

「はあぁ───ッ!!」

 

そして女がルーミアに近づかんと柱となった闇御手を蹴り、ルーミアに接近する。

 

ルーミアはそれを見ると静かに───

 

 

「───囲め」

 

 

振りかざした手をグッと握り、静かに嘆いた。

 

ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ゾ ───

 

「な──」

 

 

女は自分の背後に迫る邪悪な気配を感じとり、すぐさま振り向いた。

 

 

──【獄牢】。

 

そこには、先程放った針のように放ち地面に突き刺さっていた無数の闇御手が生々しく音を立て、闇の津波となって女に襲いかかろうとしていた。

女は躱そうにも空中で身動きが取れない。それどころか闇御手が放つその禍々しい邪悪な力は、女の戦意を削ぐには充分すぎるものであった。

そして1秒もかかることなく、女はその闇に呑まれ、闇は女を逃がさぬよう徹底的に呑み込み、奥へ奥へと押し込んでいく。そして津波となって襲いかかってきた闇は、やがて綺麗な球体の形へと変わっていた。

 

「終わりね」

 

するとルーミアはもう片方の手の平を開いた。

ルーミアの操る闇は自由自在だ。やろうと思えばあの球体の中の女を焼き殺すことも、圧死させることも、精神崩壊を起こさせることも出来る。闇はルーミアの思い描いたモノを形作り、再現する。

 

 

 

 

「さて、どんなふうに殺そう───」

 

 

 

 

ルーミアが女の処分に悩んでいると、その球体から亀裂音が鳴いた。

 

ピシッ、ピシッ───

 

異変を感じたルーミアが球体を凝視すると、内部から激しい気の流れが感じられた。その龍にも似た激しい気の流れは球体を内部から確実に破壊し、亀裂を与えていく。

 

パリンッ───!!

 

そしてその激しい気の流れは球体に余すことなく亀裂を与え、爆発のような気の流れが球体を破壊した。

そしてその球体から現れた女は、息切れで血まみれになりながらもルーミアをじっと睨む。

 

「よく出てこれたね。まぁ、出てきたところで身体に毒が回ってるでしょうし勝ち目はないだろうけど」

「はぁ…はぁ…」

 

ルーミアの操る闇は、ルーミアのみしか操ることは出来ない。本人が認めた相手にしか闇は許さず、溶かし、一度身体に入り込めば肉体を破壊し尽くし更には魔力や栄誉、亡骸さえ吸い取る猛毒となる。

女の切り傷を見る限り、放った闇御手と獄牢の中で激しい傷を負ったのだろう。切り傷から闇が入り込み、確実に女の身体を蝕んでいるのは目に見えて明らかである。

 

「助けて欲しいなら助けるけど?」

「…殺さ、ないのです、か」

「単に気まぐれ。それと気になっただけ」

 

ルーミアは女にそう問いかけた。

すると女は、更にキッとルーミアを睨みつけながら言った。

 

「そりゃ…生きたいです…すぐにでも逃げだしたいし…助けてもらいたい…」

「……」

「ですが…!それは私の誇りを捨てる行為です……!この館の門番であるということは……私は、誰一人通してはならない……!」

「……それは、使命感から来るもの?」

 

ルーミアは理解できないといった顔で、女に問いかけた。

すると女は───

 

 

「それもあるでしょう……ですがそれ以前に……私は、守る(・・)と誓った身です!…例え手足が千切れようとも、私には、守らなくてはならない人達がいるんです!」

「…守る……」

「だから…私は、諦めない……!!例え貴女という存在がどれ程化物であろうと、私は絶対に………ッ」

 

守りたいものがある。守らなければならないものがある。

女はただ、それだけの意思で戦っていた。ルーミアというどう足掻いても勝てるはずのない闇そのものを相手に、皆を絶対に守りきるという鋼の意思が、女に力を与えるのだ。

だから、諦めない。どんなに格上であろうとも、決して。

 

「──」

 

ルーミアは女の決意を聞き、しばらく考えたあと、女に歩み始めた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

そして女との距離が零となった時──

 

「…貴女は、強いね」

「え……?」

 

ルーミアは、女の頬に触れ、そう言った。

何故そう言ったのか理解できない女は、気の抜けたような顔をしてしまう。ルーミアはそれでも、続けた。

 

「大切な人達を守る。簡単な事のようで、最も難しい。それを今までこなしたきた貴女は強い。だって、守るべき人達が貴女に力をくれるから」

「!」

「貴女のような心優しい妖怪を殺すほど、私も無慈悲じゃない」

 

それを聞いた女は、ふと自分の身体から激しい痛みがなくなっていることに気がついた。だがそれと同時に、その頬に触れた時に、自分の身体を蝕んでいた闇を取り除いてくれたのだ、と理解した。

ルーミアは女の顔色が元に戻ったことを確認すると、さらに問う。

 

「貴女、名は?」

「…紅 美鈴……です」

「素敵な名前ね。あなたにピッタリよ」

「ありがとう…ござ……いま…す………」

 

美鈴という女は、自分の名前を素敵だと言ってくれたルーミアに感謝しつつ、痛みから解放された疲れからか、意識を失い倒れてしまった。

 

 

【ルーミア】

 

なんかこいつめちゃんこ強いなと思ったらあの紅 美鈴だった件について。

 

そこらの吸血鬼を蹴散らしつつエネルギー補給と言うなの捕食を行って進んでたら、森をぬけて紅魔館に出たんだけど、なんか面構えとかが原作とは比べ物にならないくらいすごくて強者のそれでビビった。なんか何処ぞの中華アサシンみたいでした。気配遮断とか気を使って来そうでほんとに凄かったよ。まぁ実際使ってきたけど()

なんか私の闇御手を発勁使って粉々にしたりなんかこいつ人間やめてね?ってなったね。まぁ実際妖怪だったけどさ。だって気を纏った拳で私の闇御手砕くとかなんなの?山育ちなの?マジカル☆八極拳の使い手なの?

 

だからつい殺す気で闇御手使っちゃった☆‎٩(๑>؂<๑)てへぺろ☆

獄牢とか使っちゃったし、本気で殺す気でやってしまったけど生きてたのでOKです。えぇ、殺してないのでセーフです。はい(なお満身創痍)。

けどこれで仕留めたかなーと思ったら、獄牢破壊してきて生きてるんだもん。なにあれ。化け物なの?私の闇くらってピンピンしてられるのって地獄の女神様とか月の連中くらいよ?

でも私の闇は濃すぎるので、私以外には毒として作用する能力がある。それは身体に馴染むことなく細胞を破壊し尽くす死の毒のそれで、美鈴の身体もそれに蝕まれてた。でもあれだって普通の人がくらったら数秒であの世逝きだからね?ねぇ、なんで生きてるの?(再確認)

でも結構苦しそうだったから気まぐれとして助けてあげようかなぁーって思ってたら、美鈴が『守りたいものがあるから退けない!』って少年漫画の主人公みたいなこと本気で言い出したもんだから、なんかグッときちゃってさ。

あと、美鈴の言葉聞いてたら、少年漫画の馬鹿力理論って本当にあるんだなーと思いました。それで私と張り合えてた美鈴はすごいなと思いました(小並感)

 

とりあえず名を聞いてそうだったじゃんと今まで気が付かなかった自分を殴りたい。ばか。あほ。まぬけ。むんむん。

とりあえず応急処置はしておいて、門の壁に寝かせておいた。こう見ると美人だなぁ美鈴って。美しい鈴と書くだけあるな。

美鈴が無事なことを確認した私は、その重苦しい門を開けた。するとギィィ─……って音が静寂に響いた。てかうっせえ。絶対錆びてんだろコレ。油くらい差せよ。

 

 

「───ようこそ、我が庭へ。闇妖怪」

 

 

────えっ何このイケメン(驚愕)

 

私を待っていたかのように、白髪の美しい吸血鬼は現れた。




何だこのイケメン!?(驚愕)
次回、憑依ルーミアは腐る!バトルスタンバイ!


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