炎竜王と禁忌教典 (迷子の厨二病)
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魔術学院編
転生してから


何も考えずに書いたバカな話なので、頭を空っぽにして見てください。


  とてつもなくどうでもいいことだが、担当講師が失踪したらしい。連絡が取れないだとかで、今代わりの講師を用意している最中らしい。学院側にとっても滅多にない事で、対応が間に合っていないようだ。今日の残り時間を自習にして、明日は全日休講となるらしい。ってのが昨日の出来事。

 

 今日はその全日休講の日、俺は自宅でゴロゴロして暇を持て余していた。ちょっと前に遊んでた魔術式が完成して、その燃え尽き症候群的なものでやる気が出ない。自習とかしようと思わなかったわけじゃないけど、この体のスペックが高すぎるおかげで学院でやる分は既に覚えたし、習ったことが無くても見たりやってみたりすればすぐ出来るようになる。楽が出来るのはすごく助かるし、周りと比べて優越感にも浸れるけど、いかんせん暇になる。

 

 なにせ、この世界にはゲームとか漫画がない。いや、漫画は多分あるんだろうけど、どう考えても俺の考えてるやつじゃないとは思う。まぁ、漫画は前世でもあんまり読まなかったからいいけど、ゲームが無いのは痛い。何もやることが無いときはいつもゲームを無気力にプレイして時間を潰していたのに。

 

 それもこれも、この世界に魔術なんてものが発展しているのと、そもそも世界観自体が中世っぽいてこと。世界観が中世っぽいっていうのは、この世界にあるものが精々蒸気機関くらいしかないからだ。もう少し時代が進めば、電気とかが本格的に出てくるとは思うんだけど、そのころに俺はいないから関係ないな。少し話がそれたが、つまり電子機器とかはないわけで、ゲームなんかなかった。悲しい。

 

 で、魔術だ魔術。これがとっても素晴らしい。素晴らしいが、そのせいで技術の発展を妨げてる。恐らく。というのも、この世界には魔術っていうものがあるのが当たり前だ。で、詳しいことは省くけど魔術は色んな事が出来る。それこそ、転送法陣っていう瞬間移動装置とかミサイル並みの爆撃とか、設備が必要だったり個人差はあるものの実現できてしまう。で、この世界が中世っていうのを合わせて考えると。うん、まぁ精々拳銃とか、あって爆弾とか、そんなのに比べれば便利な魔術使うよねって話。技術は戦争で発展するっとかって話もあるけど、その戦争も魔術で行われるから科学が進まない。ってな感じで科学が発展してないんじゃないかなーって。

 

 ゲームが無い、まぁインターネットもない。ネットが無いってことは俺が好きだったサブカルチャーとかも、全然これっぽっちも発展してないっていうか生まれてすらいない。まぁ、これがさっきの漫画の話に砂がるんだけど、要はラノベがないのよ。本もそこそこ貴重だろうし中々高い。これは前世基準なんだけど。で、天才スペックの俺は勉強もしなくていいから、唯一の趣味らしきものを失くして暇つぶしも出来ずに暇してるってわけ。

 

 あ、さっきから前世とかサブカルチャーとか言ってんのは、俺が転生者だからなんだが。そう、気づいたらだよ。テンプレ神とは会ってなかったりする。最近は気が付いたら~、っていうのも増えてるから一概にどっちがテンプレとは言えないけど。いや、どっちもテンプレなのかな? まぁ、とにもかくにも転生したわけだよ。前世の記憶は、あれだエピソード記憶っていうの? がごっそり消えてる感じ。自分のこととか自分に関係があった人、とかは覚えてない。自分が何の価値もない普通の人間だった、ていうのはなんかわかるけど。

 

 そんな俺の今の名前はアルバ=ドラグニル。うん、自己紹介してると恥ずかしくなってくる名前だ。百歩譲って”アルバ”はいいとしても、”ドラグニルが”痛い、痛い。俺の中で”ドラグニル”っていうと、パッと出てくるのが妖精さんのサラマンダーだから、余計に痛い。そんな柄じゃないって。とか思ってたけど、実際無関係じゃなかったり。見た目もナツ=ドラグニルそっくりだし。

 

 というのも、ドラグニル家の初代っていうのが、どうもドラゴンスレイヤーっぽい。一時期、この世界のことが気になって調べてたんだけど、その時に見つけた記録とか文献に書いてあった。似てるだけの別物かもしれないし、ただの言い伝えだから捏造とかかもしれないけど。なんか、竜と友達になって一緒に戦うために、竜に魔術を習っていたとかなんとか。あ、ドラグニル家っていうのは当たり前だけど俺の生まれた家のことだ。俺の住んでる国、アルザーノ帝国の魔術師の名門らしい。ちょこちょこ優秀な魔術師を輩出してて、その人達が活躍して呼ばれるようになったみたい。うん、Fairy Tailの世界では無さそう。ドラゴンとかも幻想とか遥か古代の生物とかって話だし。あと、何より魔法じゃなくて魔術だし。

 

 で、この話で重要なのが優秀な魔術師を輩出したってところ。どうもこの人たち、初代の遺伝をしてたらしい。記録では魔術を使う気配もなく、魔力を炎に変換して戦ったとか、ブレスを使う人がいたとか。ブレスっていうのは、アニメでドラゴンがよく使うアレだ。その上、炎を食べて魔力に変えたりしてたらしい。この記録見つけたときは、どう考えてもドラゴンスレイヤーです、ありがとうございますって感じだった。そんでもってこの体質? が初代の伝承と一致してるから、初代の血を色濃く引くと初代の体質に近付くってことで、この人たちは先祖返りって呼ばれてるらしい。

 

このことから、初代がドレゴンスレイヤー、あるいはそれに近しいものだったっていうことが判明したわけだ。初代ドラグニル……まさか遥か古代がFairy Tailだったとか、初代が転移してきたナツ=ドラグニルだったとか、他の転生者だったってことは……ないよな? 色んな可能性が考えられるし、竜の血を取り込んで竜の力を使えるようになった家もあるみたいだから、ホント確定とは言い切れないんだけど。

 

 これが俺にどう関係してくるか、もう察してるかもしれないけど俺も先祖返りだったんだ。それも、かなり色濃く初代の血を引いているらしく、魔力量もとんでもないことになっている。赤子の俺が、顔を見るために父さんが持ってきたロウソクの火を、吸い込んでパクっと食べてしまったことで判明したらしい。

 

 つまり、俺もドラゴンスレイヤーだったということ。実際に魔法を使ってみて確信した。ただの感覚でしかないが、自分の体を竜へ変化させているのはよくわかった。そのため、魔法を使っている間は身体能力や五感などの感覚も性能が向上する――竜に近付いている――みたいだ。その以外の詳しいことはあまり分からなかった。元々、記憶にあるFairy Tailの魔法は曖昧なことが多い。この魔法に関しては、完全にイメージと感覚次第のようだ。一通り自分の体に起こった変化を確認して、実際に動いてみた。炎を纏って、身体能力を強化して走り回った。五歳児の体だったが、とんでもなく素早く動けた。ジャンプで数メートルある天井に届くし、多分前世よりは速く知れたんじゃないかな。段々楽しくなってきて、戦闘の真似事なんかをして遊んでみたりもした。

 

 で、その後どうなったかというと、はしゃぎすぎて魔力使い切って気絶した。いや、だって仕方ないだろ。五歳になって、初めて魔法の使用許可出たんだから。初めて魔法使って、楽しすぎて何も気にしてなかった。後で聞いた限りじゃ、魔力を使い切るのは結構危険な事らしく厳重な注意がされた。とはいえ、魔力の総量なんて分からなかったから、気を付けますとしか言えなかったけど。

 

 ホント、懐かしいなぁ……。あれから十数年たった今となっては、滅竜魔法も魔術もあって当然のものになったんだよな。ポケットを探ったらスマホが出てくる、それくらいには身近なものになったと思う。色々新しい魔術も使えるようになったし。術式改変しまくって壁に穴を開けたのは良い思い出だ。……うん、良い思い出だ。かなり怒られたけど良い思い出だ。……仕方ないじゃん、軍用魔術じゃないのにそんなに威力出るとは思わなかったんだし。俺の場合、理論的に組み上げるんじゃなくて、感覚的に組み上げてるから、何となくでしか効力がわからないんだよ。

 

 反対に、滅竜魔法は完璧に使いこなせるようになった。まだ伸びしろはあるかもしれないけど、それこそ完全竜化してブレスで街一つ消し飛ばすくらいは簡単にできる。しないけど。多分、戦闘になったらどうやって倒すかじゃなくて、どうやって手加減をするかっていうことを考える羽目になりそう。カッコいい言い方をすれば、「お前と戦ってるんじゃない、自分と戦ってるんだ」みたいな。戦闘なんて起きないのが一番だけど、この世界というか国は敵が多いみたいだし。そもそも世界からして前世より物騒だし、いつかはそんな日が来るとは思っている。

 

 俺がどれくらい滅竜魔法を使えるか、知っている人はこの世にはいない。父さんとかにも、軽く使っているところくらいしか見せてない。危険なもんだし、使わずにいられるならそれでいいかなって。俺の本当の力を知っていたのは、夢で滅竜魔法を教えてくれた幽霊だけだ。夢を見ると、たまにその人に会えることがあって、その時に色々と教えてもらった。名前は無いらしいし、全身をすっぽり覆う黒いマントの中は何も見えなかったから、どんな人かも知らない。ただ滅竜魔法を使えて、俺にそれを教えてくれたってこと以外何も分からない人だった。その人も、数年前に『もう、教えることは何もない』って言っていなくなった。それ以来、一度も夢にも出てこないから成仏したんだと思う。

 

 ところで、知っている人は知っていると思うが滅竜魔法にはデメリット、副作用がある。そう、竜化だ。滅竜魔法を極めれば極めるだけ竜へと近づいていく。うん、俺はアクノロギア状態な。感情に呑まれたりってことはないけど、人間の姿してるだけのドラゴンだ。人間形態でも、体とか感覚とか魔力は竜に準拠したものになってる。ただ、竜形態はあんまり好きじゃない。Fairy Tailの世界でそうだったように、この世界でも見つかっただけでもヤバいし、そもそもデカすぎて小回りとかきかないし、なにより慣れ親しんだ人間の状態が一番落ち着くっていうのが大きな理由だ。

 

 他の先祖返りの人達がどうしてたのかは知らない。俺と同じになって、隠していたのか、あるいは竜化を嫌って滅竜魔法を使わないようにしていたのか。文献や記録だけ見ると、ここまで来たのは初代と俺だけだったということ。俺は竜とか人とか気にしないし、そもそもバレなきゃいいだけだしってことで気にしてない。竜が嫌いなわけでもないし、人間の姿取れるなら人間とほとんど変わらないしな。

 

 とはいえ、たまには空を飛びたくなったりする。そりゃ、折角翼があってこの身一つで空を飛べるんだから、たまには飛びたくなるだろう。だから、こうして暇を持て余した日には時々空を飛びに行く。本当に時々だよ? バレたら大問題だしな。

 

 ということで、夢で習った魔術でバレないように細工して、街の端っこから翼を広げて飛び出す。人間形態で服を着たままなのに、なぜか破れないのが不思議だ。人間サイズに小さくなった翼には、実体が無かったりするのか? いや、でも飛べるしなぁ……。まぁ、考えても分からないしいったん置いとくか。この時、一番重要なのは変な風を起こしたりしないように細心の注意を払うこと。見えなくてもバレるからね。そして、変に斜めに飛ぶよりも一気に上空まで飛び上がる。上の方まで来ちゃえば雲で見えなかったり、鳥に見えるからバレにくいからだ。そのまま、翼で風をつかんで炎で色々微調整しながら、眼下に広がる景色を見る。綺麗な街並みとか、前世では見る機会のなかった一面の草原とか、ゆっくり冷たい風を受けながら見て回るのがたまらない。これこそが、俺が飛べるようになってから新たに出来た趣味の一つだ。膨大な魔力で魔術を維持している限り、そんじょそこらの奴らにはバレたりしない。

 

 そう、魔術を過信し趣味に夢中になっていた俺は忘れていた。この街には、俺の魔術など歯牙にもかけない大陸最高峰の魔術師がいることを。

 

 

 

 

「アイツは……」

 

 大きな屋敷の屋根の上に腰掛け、空を眺める人影があった。足まで届きそうな艶やかな金髪が目に付くその女性を、同性が羨むようなしなやかな肢体をその身に纏う黒いドレスが引き立たせる。整った顔の紅い瞳には魔法陣が浮かんでいる。その目に映っているのは遥か上空、桜色のツンツン頭と背中から赤く燃える翼を生やしている、一人の少年の姿だった。




説明長すぎて、私なら飛ばしてますね。ええ、飛ばしますとも。次の話とか見て、気になったら読みに戻ってきてください。


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依頼と概要

多少のご都合主義が含まれます。嫌いな方はお気を付けください。


 代わりの講師は来た。そう、講師は来た。黒髪黒眼の男だった。そんなに歳が変わらない感じの、それなりにイケメンの青年だ。グレン=レーダスと名乗ったその青年は、自己紹介の暇すら与えられずに、遅刻に腹を立てるフィーベルに急かされ授業を開始した。授業が再開されたわけではないが。矛盾してる? いや、だって黒板に自習って書いてあるんだから仕方がないだろ。

 

 第一印象で決めつけるのはよくないことだが、とにかくとんでもない奴だった。だって、寝てるし。初日から大遅刻してきたくせに、自習とか言って眠りこけてるし。ダメだろあれ、普通ならクビだろ。授業なんか初めから必要としてない俺はともかく、周りがヤバイ。激おこだ。皆グチグチ言ってるし、言われてる本人ガン無視だし。空気最悪だよ。こんな雰囲気じゃ、寝るにも寝れないし……。せめて隣が静かで良かったなぁ、と隣を見てみれば目が合った。

 

「何か用かい?」

 

「いや、隣だけでも静かで良かったなって思って。ギイブルこそどうしたよ? 何か分からんところでもあったか?」

 

「君がソワソワしてるのが鬱陶しかっただけだ。このくらい僕にだって出来る」

 

「素直じゃないなぁ」

 

 うるさい、と言って教科書に視線を戻したこのギイブルは、その見た目通りの真面目な奴でクラス三位の成績上位者でもある。このクラスでは、一番よく話す奴でもあると思う。偶々席が隣になった時、寝ている俺にギイブルが突っかかってきたのが始まりだ。勿論、ボロクソに言い負かしてやったが。それ以来、実力を認められたのか、時折分からないところを俺に聞きに来るようになったりした。聞かれて、答えて、それ以外ではあまり喋らないものの、一番会話が多い相手がギイブルだ。普段は寝てるからな。当たり前だよな。べ、別に友達がいない言い訳とかじゃないからな? そんなんじゃないからな? 勘違いすんなよ?

 

 なんて一人漫才をしてる間に、前の方で言い争いは終わったようだ。絵にかいたような優等生のフィーベルが、ちゃんと授業をしないグレン先生に文句を言っていたようだが、当の本人は授業終了の瞬間にダッシュで教室を出て行った。あまりの驚愕と怒りの矛先を失った衝撃で、フィーベルがプルプル震えていたのは……見なかったことにしよう。俺も寝てばっかりで、何か目つけられてるみたいだし。巻き添えは勘弁してくれ。

 

 

 

 

 そんな感じで一週間ほど過ぎた頃、全ての講義を自習で終えたグレン先生は、怒りが頂点に達したフィーベルに”真面目に授業をする”という条件で決闘を挑まれていた。俺も本当は見に行きたかった、っていうかその現場にいるはずだった。なのにどういうことだろう。なぜ俺の目の前に大陸最高峰の魔術師、セリカ=アルフォネアがいるんだろうか。いや、この学院の教授をしてることくらいは知ってるけどさ。

 

 やっぱり、先週の飛行が原因かな? 見られてるのに気づいてからは【セルフ・イリュージョン】で姿を変えてたんだが、やっぱりバレてたか……。迂闊だったなぁ、と後悔しても後の祭り。危険だ、とか言って敵対されると面倒なんだよな。普通に勝てるけど、国の重要人物を敵に回したらこの国にいられないしなぁ……。――口を封じるか。なんて俺が一人で考えていると、何だか逡巡しているアルフォネア教授が口を開いた。

 

「わざわざ呼び出してすまないな」

 

「いえ、まぁ何となく理由は察してますし。で、どうするつもりなんですか?」

 

「私がお前に何かしようとは思っていない。というよりも、出来るとは思っていない。これでも自分の実力は弁えているつもりだからな」

 

 竜となってから、俺は相手が嘘をついているのかどうかが分かるようになった。ラノベでは竜の眼は真実を見ることが出来る、というのはよくある設定だしその影響かも知れない。その感覚によれば、取り合えず嘘は言っていない。アルフォネア教授はかなりの年月を生きているし、恐らく先代達の先祖返りのことも知っているだろうから、昨日の件を含め今この場である程度、俺の実力を見抜くことが出来るのかもしれない。俺を格上だと確信しているのは、先祖返りに負けたことでもあるのか、直感的なものなのか。まぁ、それはいい。そういう魔術もあったりするだろうし。ただ、どうにも言葉を選んでいる感じが煮え切らない。何か極秘の任務でも押し付けられたりするんだろうか。アルフォネア教授は続ける。

 

「お前をドラグニルの先祖返りだと見込んで頼みがあるんだ。……私的なことだが……私の弟子、お前達の担当講師のグレン=レーダスに何かあった時……守ってやってほしい」

 

「またいきなりですね。実力云々は今は置いておきますけど。初対面の、それも生徒に頼むことじゃないと思うんですけど」

 

 俺が先祖返りだということは知っているらしい、まあ既に分かっていたことだが。そして新たな新事実として、グレン先生がアルフォネア教授の弟子だと言うこと。これなら、グレン先生がアルフォネア教授の推薦で講師になったことは納得が出来る。わざわざ本人が教室に説明しに来たのも、それだけ入れ込んでいるということだろう。

 

 問題は、何故俺なのか。第七階梯の魔術師ともなれば、自分で守ればいいはずだ。それに、教授とは正真正銘初対面だし、教授からすれば俺の力は脅威のはずだ。得体の知れない力を持った初対面の相手に、一体どういうつもりなのか。俺が訝し気に教授を見つめると、教授はポケットから紅い宝石が埋め込まれた腕輪を取り出した。

 

「確かに、私とお前は初対面だ。だが、私とお前の父親はちょっとした知り合いなんだ。そのつながりで、お前のことを聞かせてもらった。とはいえ、私が言っても説得力がないだろうからな」

 

 そう言う教授が腕輪の宝石部分を軽く撫でる。すると、キィンッっという音と共に宝石が光り始める。

 

「これは、私が作った通信用の魔道具だ。今回は、お前に信じてもらうために――」

 

『私に繋がっているというわけだ』

 

 教授の話を遮るように宝石から声が響く。凄く聞き覚えのある声だ。具体的に言えば、俺がこの街で一人暮らしを始めるまで、毎日聞いていた声だ。というか、父さんだ。

 

『賢いお前のことだから、もう察しているだろうが。そう――お前の父さんだ』

 

 やたらとカッコつけた声で決まった! とでも言いたげな調子だ。きっと家ではこっそりガッツポーズをしているのだろう。ほんと勘弁してほしい。どうして他人の、しかも美人の女性の前で家の恥をさらさなければならないのか。

 

「はぁ……。まあ、なんとなく分かってたよ。そんで、父さん? どういうことか説明してくれるんだよな?」

 

 分かっていたのは本当だ。俺は普段、あまり人と関わらない。学院にも知り合いはギイブルくらいしかいないし、実家にいた頃も家族以外とは話さなかった。父は親バカだが、俺が危険にさらされるような、例えば滅竜魔法のこと、を吹聴したりする人間ではない。だらしなくて、親バカだが、それでもドラグニル家の当主で俺の父だ。その辺はしっかりしている。つまり、俺の事を知っているのは家族だけということだ。そして、家族でアルフォネア教授と関わりがあるのは、この学院の卒業生である父だけという消去法だ。母さんの仕事はよく知らないので、何とも言えないところではあるが。

 

 何故アルフォネア教授が俺を信用したのか。そんなに父さんを信用していたのか、あるいは何か迷うそぶりを見せていた時に信用できる要素を、魔術か感かとにかく何かで見つけたのか。まぁ、信用されることは良いことだ。うん、別に美人にほだされたわけじゃないからな。

 

『もちろんだとも。愛する息子のために、この私がーー』

 

「その喋り方、今すぐやめないと暫く口聞かないから」

 

『ま、待て、待ってくれッ! これは私の威厳を――』

 

「と・う・さ・ん・?」

 

 尚も宝玉から響く威厳のある声に、俺は思わず口をはさんだ。最初は流していたが、これは恥ずかしくてたまらない。授業参観で、後ろから声援が聞こえているかのようだ。宝石から懇願するような声が響くが無視だ。ありもしない威厳などのために、これ以上恥をかいてなるものか。特に、アルフォネア教授の見守るような視線が痛い。一刻も早く、普通に喋らせる必要がある。とはいえ、一度やめてと言っても聞きはしない。少々、バカだからだ。案の定抵抗するので、口調を強めて最終勧告を行う。これで聞かなければ、俺は本当に口を利かなくなるだろう。

 

『わ、分かったッ! 分かったから口を利かないなんて言わないでくれぇ! 父さん死んじゃうッ!』

 

 宝石から焦ったような、必死な声が響く。どうやら分かってもらえたようだ。抜けてるくせに、引き際は弁えてるから嫌いになれないんだよなぁ、と思う。とはいえ、ここまで必死なのはそれはそれで恥ずかしいが。まぁ、仕方ない。自分が蒔いた種だし、話が進まないので我慢する。

 

「それで、説明は?」

 

 一度仕切り直しだ。どうも目的を忘れている父さんに問いかければ、『ゴホンッ』と咳払いの音が聞こえる。

 

『アルフォネア教授がグレン君を可愛がっているのは察しているよな?』

 

 先程とはくらべものにならないくらい、フランクな口調で父が言う。

 

「わざわざ自分で紹介しに来るぐらいだしなぁ」

 

『そのグレン君が担当するお前のクラスに、不安要素が二つある』

 

 不安要素。守ってくれというくらいだから、その意味は推し量れる。生徒自体が危険、あるいは外から狙われるような生徒がいる。

 

「一つは俺だろ。俺自身危険だし、ドラグニルの血が狙われないとも限らない」

 

『その通り。だけどお前は自分でどうにか出来るだろ? だから問題はもう一つの方だ』

 

 まったくもって分からない。あそこにいるのはただの魔術の名門やらの子息だ。わざわざエリート講師がわんさかいる学院や、帝国を敵に回してまで狙われる何かがあるのだろうか。俺が考えを巡らしているのを察したのだろう。父さんは注目を集めるように一呼吸おいて、その不安要素を語った。

 

『――お前のクラスには、異能者として追放された元王女が在籍している』

 

「――は?」

 

 俺の口から間抜けな声が漏れた。まったくの予想外。青天の霹靂とはこのことをいうのだろう。確かに、現女王には子供がいたという噂はあった。とはいえ、それが異能者のため追放されていて、俺のクラスメイトにいるなど誰が予想できるのか。しかし、いつまでも呆けているわけにはいかない。

 

「誰が、なにに狙われているのかは教えてもらえるのか?」

 

『当たり前だ。それを隠されれば、いくら恩師とはいえ俺が協力するはずがないだろ。ちゃんと誠意を見せてもらって、お前ならどうにでもできるから引き受けたんだ。――さて、誰がなにに、という話だったな。追放された元エルミアナ王女は、現在の名をルミア=ティンジェルへと変えている。彼女は感応増幅者であり、それ故に天の智慧研究会に狙われている。そして、グレン君はそういう目の前で傷つく人を放っておけない人間のようでね。自分の生徒ともなれば、きっと命がけで守ろうとするだろう』

 

「……ルミア=ティンジェル。それに、天の智慧研究会……ね。噂に聞く、極悪非道の魔術結社……テロリスト共か」

 

 ルミア=ティンジェルはクラスのアイドル的存在だ。関わったことは無いが、よく知っている。綺麗な金髪と素晴らしいスタイルの美少女だ。遠目にしか見たことが無いが、フィーベルと一緒にいるところをよく見かける。心優しい性格と、その容姿から天使とクラスの連中に呼ばれている。

 

 そして、天の智慧研究会。帝国に昔から存在する魔術結社だ。どんな極悪非道なことでもやる奴らで、黒い噂が絶えない組織。こいつらは、帝国に弓引くもの――テロリスト――として有名だ。

 

 確認のためにアルフォネア教授に視線をやれば、真剣な表情で頷かれる。今の行動にも嘘はない。父さんが騙されているわけでもなく、これが真実。俺に協力を求める理由。不幸な少女を助けようとする正義の味方を助けてやってくれ、と。こんな爆弾が同じクラスにあったなんて知らんかったわ。確かに、エルミアナの名前捨ててるんだから、ルミア=ティンジェルって名前に嘘はないのか。

 

「んで、常に傍にいてやれるわけじゃない教授に変わって、大抵行動を共にする生徒の俺にお株が回ってきた、と?」

 

『その通り。お前の本気を見せてもらったことは無いが、お前が誰にも負けないくらい強いってことは分かってる。アルフォネア教授から先代達の話を聞いて、余計に確信を持った。だから、教授と父さんの頼みを聞いてくれないか? 一人の不幸な女の子とそのついでに、正義の味方を助けてやってくれないか?』

 

 俺は父さんに力を見せていない。だから、父さんの頼みは倒錯した親バカの発言だと思ってしまってもいいのだろう。しかし、父さんはずっと俺のことを見てくれていた。恐らく、確信を持っているし、そうであると信じている。その気持ちに応えたいという想いもある。それに、父さんは決断を迫っていない。俺の意思を尊重するつもりだし、それに文句を言わせるつもりもないのだろう。それくらいの覚悟は伝わってくる。

 

 グレン先生もなにやら訳ありのようだし、父さんに”正義の味方”と言わしめるほどなら、それを見習いたくもある。なにより、目の前でなにやら不幸な美少女がいると聞けば、助けてやってしまいたくなるのが不純な男だ。父さんも可哀そうだと思ったからこの話を受けたんだろうし。日本には吊り橋効果、とかいう素晴らしい言葉もあることだしな。フッフッフ。

 

 とはいえ、それはそれとして。

 

「で、なにに釣られたんだ? 父さん」

 

『い、いやッ、釣られてなんかッ! そ、そう! 釣られなんかないぞ! お前の学院での様子を教えてくれるなんて言う話には釣られてないぞッ!』

 

 聞けば聞くだけポロポロ出てくる出てくる。黙っていればいいのに、こうやって喋ってしまうところが父さんの抜けていて憎めないところだ。

 

『あのな、俺はな? ……アルバ? 怒らせたか? ご、ごめ――』

 

「心配してくれたんだろ? ありがとな」

 

 少しだけ悩んでしまったが、謝罪なんてされたくはない。だから言葉を遮って言う。心配してくれたのは分かっている。俺のことを信じてくれているのも分かっている。それに、さっきから視界の端に悲痛な顔をしている教授の顔がチラつくんだ。だから、俺の返事は決まってる。

 

「いいよ。その頼み、このアルバ=ドラグニルが引き受けた」

 

 教授が驚いている顔が見える。頼んできておいて、即決したのがそんなに意外なのだろうか。宝石から響く『流石俺の息子だ!』という声は無視する。ハイテンションの父さんは色々と面倒臭い。

 

「い、良いのか? これは危険なことだ。お前の力を見込んで頼んではいるが、それでも本当に考えなくていいのか?」

 

「いいですよ。俺が危険になるとか、それこそ世界が滅ぶくらいありえないことなんで。それに――教授みたいな美女に頼み事されたのは初めてなので、ついね」

 

 教授が唖然としているのがよくわかる。俺の言葉が冗談のように聞こえたのか、ただ呆気にとられたのか。美女はどんな顔をしても可愛いんだからずるいよな。ま、実際俺に危険はないわけだし、吊り橋狙えるし? 教授の喜ぶ顔が見れるかもしれないし? 一石二鳥だろ。めちゃくちゃおいしい話だわ。

 

「てことで、取り合えず三人で話詰めません?」

 

 受けると決まったからには、全力でやるとしよう。なるべくカッコいいところを見せないとな。さぁ、作戦会議を始めよう――。




大陸最強の魔術師が負けを認める経験って、先代達は一体なにやらかんしたんでしょうかねぇ。


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襲撃の兆し

細かいことは変わりますが、話の大筋は変わりません。


 作戦会議の翌日、俺は右腕に嵌めた紅い宝石のついた腕輪を眺めながら、昨日のことを思い出していた。あの後、色々なことを話し合った。

 

 初めに教授から、勝手な話ではあるがグレン先生のことを教えてもらった。滅ぼされた村の生き残りであること、帝国宮廷魔術師団特務分室にいたこと。恐らくは、俺に護らせようと思わせるために、教授は自分の思いやグレン先生との思い出を洗いざらい語った。思惑とは外れているだろうが、俺は教授の楽しそうな顔を見て、その笑顔を守りたいと思った。うん、あんなロクでなしの為に戦ったりはしない。気がめいりそうだ。ないったらない。

 

 そして、その過程でジャティス=ロウファンという敵が判明した。こいつはヤバイ。何がヤバいかって相性がヤバイ。未来予知を可能にする何らかの固有魔術とか今回の頼み事と相性最悪じゃん。俺には何も出来なくても、俺とグレン先生を引き離したり、俺との遭遇を徹底的に避けられたらどうしようもない。後、教授が学院の地下にあるダンジョンに長期間潜る話も聞いた。何時も傍にいられるわけじゃない、っていうのはその時のことを言っていたのか、と理解できた。その期間は、アルフォネア教授に頼ることが出来ないということだ。実力はともかく、魔術は俺より圧倒的に上だからその知恵を借りられないのは結構痛い。

 

 それと、俺も自分のことを父さんと教授に話した。父さんは、『当然だ!』と言って我が事の様に喜んでくれた。何を言われるのか、少し怖かったのは内緒だ。見透かされたように『お前は俺の息子だ』と言われたのには、うるさいと言っておいた。どうせ、何を言っても負け惜しみにしかならない。決して、決して恥ずかしかったとかじゃない。そう、違うんだ。なんて、俺達がバカなやり取りをしている間、教授はずっと口をパクパクして驚いていた。うん、可愛い。きっとそういう反応が普通なのに、父さんの反応に安心してしまう俺はもう毒されているんだろう。

 

 お互いのことは大体話し終えたので、教授が復活するのを待ってから具体的な話を進めていく。何を守るか。これに関して、出来ればグレン先生の周りの人間も守ってあげてほしいらしい。まぁ、愛弟子の悲しむ姿は見たくないだろうし、俺も見たいわけじゃない。それに、話を聞いていて確信した。グレン先生は主人公体質だ。大抵、主人公の周りには美少女が集まる。そこで俺が、助けてみたり、カッコいい姿を見せたりすれば、吊り橋効果でコロッっとやれそうだ。勿論、即答しておいたとも。うん、下心なんかないったらない。

 

 連絡手段については、今父さんと話すために使っているやつを教授の耳飾りと繋ぎなおす事で決まった。帰る前に、パパっとやってくれるらしい。宝石を撫でれば教授と繋がり、もう一度撫でれば切れるらしい。着信はキィンッという甲高い音だ。それなりの音量なので、寝ていても気づけるはずだ。肝心の防衛に関して、テロリスト共相手に容赦する必要はない、というのが俺達の総意だ。情報を聞き出すために、出来れば生け捕りがいいらしいが。まぁ、防衛最優先で行くことになるだろう。最悪は殺しも視野に入れておこう。多分、躊躇しないと思うけど。竜になった影響かな? なんとなく確信がある。

 

 そんな感じで、色々と話し合っていたら既に日がどっぷりと暮れていた。最後に、父さんからの激励と教授のお礼を受け取って家へ帰った。一度だけ腕輪の効果を確認して、それから寝たのがもう明け方と言っても過言ではない。

 

 つまり、何が言いたいかというと、寝坊しても仕方がないじゃないかと。こうして現実逃避をしているわけだが、いい加減学院に向わねば昼休憩も過ぎてしまう。

 

「昼飯くらいは食べたいよなぁー」

 

 なんて、適当に歩いていられるのは講師がグレン先生だからだ。毎日必修授業全てが自習なのだから気楽なものだ。他の講師なら死に物狂いで走らねば、嫌味を言われてストレスが溜まってしまう。まぁ、この平穏はすぐに崩れ去るわけだが。

 

 

 

 

 俺が見れなかった決闘の日から少しして、とうとうフィーベルが大爆発した。んで、フィーベルがグレン先生の地雷を踏んで、グレン先生も大爆発した。大喧嘩の末、どちらも教室を飛び出して行ってその日の最終講義は終了した。

 

 で、その翌日である。グレン先生の過去を知る者として、あれ大丈夫かなぁなんて考えながら登校したら天地がひっくり返った。……いや、正しくは天地がひっくり返るような衝撃を受けた。グレン先生がフィーベルに頭を下げたのだ。明日は槍が降るんじゃなかろうか。勿論、グレン先生が根は良い人だというのは知っているんだが、放課後に一緒にいた元王女ー―ルミア=ティンジェル――が嬉しそうに笑っている当たり、あいつが何かしたんだろうか。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 その一言から始まった講義は、これまでとは全く違っていた。いや、単純に自習じゃなかったっていうことだけじゃなくて、それ以前の講師達がやったことが無い内容だった。【ショック・ボルト】の詠唱を改変したり、とにかく一番簡単な呪文を教材にして呪文構築の基礎を解説し始めた。これまで、どいつもこいつも覚えろ覚えろだったのに、大きな違いだ。残念ながら俺は既に知っている事だったが、仮に知らなければ目を見開いてこの講義に集中していただろう。それくらいの価値がある講義だ。その証拠に、グレン先生の講義の噂が広まって、教室が他のクラスのやつらで埋まっている。良い事なんだろうが、お前等詰まりすぎな! ふっつーに邪魔だかんな!?

 

 

 

 

 グレンが教鞭を振るっている頃、フェジテにて闇が動き出していた。

 

『グレンという男は警戒に値しない。高々第三階梯の魔術師に、一体何が出来るというのだ』

 

「ええ、よくわかりました。しかし、問題はそちらではないのでしょう?」

 

 男は闇の中で、鈍く輝く宝石に耳を当てていた。

 

『アルバ=ドラグニル、奴は危険だ』

 

 男は疑問を覚える。アルバ=ドラグニルというのはただの生徒だ。ターゲットと同じクラスに所属しているため、現場にはその姿もあるだろうが、一体何をそんなに警戒しているのか。男の疑問を感じ取ったのだろう。宝石から声が響く。

 

『奴はドラグニルの血を引いているかもしれない。もしそうなれば、一筋縄ではいかないだろう。竜の血は僅かでもとてつもない力を秘めている。満を持して計画を遂行するため、遭遇し次第俺を呼べ。二号まで開放して、速やかに排除する』

 

 それまで笑みを崩さなかった男が初めて驚愕を露わにした。

 

「それほど、ですか。……他ならぬ貴方がそういうのであれば、そうなのでしょう。魔術師の卵と三流魔術師、警戒には値しないと思っていましたが、どうやら我々にも油断は許されないようですね」

 

『奴さえ排除してしまえば、この計画は成功したも同然だ。全力を尽くせ』

 

「分かっています。我々はただ指示通りに動く『駒』なのですから。では、計画の成功を祈りましょう。天なる智慧に栄光あれ――」

 

 

 

 

『どうだ? 私の弟子はやれば出来るだろう?』

 

 腕輪の宝石から得意げな声が聞こえる。相手は当然、アルフォネア教授だ。この話も既に数回繰り返している。学院で見かけるたびに心配そうにしていたので、家に帰ってから今日のことを教えたのだが失敗かもしれん。嬉しそうなのは一向に構わんのだが、無限ループだ。と思ったものの、今回は違うらしい。

 

『わざわざ教えてくれてありがとうな。心配してくれたんだろ?』

 

「いやいや。美人の声を聞いて癒されたかっただけですよ」

 

『ふふっ、そういうことにしておこう。――ここからは真剣な話だ、よく聞いてくれ』

 

「聞いてますよ」

 

 宝石越しに、教授の雰囲気が変わったのを感じ取り意識を切り替える。

 

『数日後、学院の講師を担当する魔術師達のほとんどが呼ばれている魔術学会が開催される。たが、お前のクラスは前講師が失踪したことにより、その日も授業が行われる事になっている』

 

「なるほど、誰もいない学院で俺達とグレン先生だけ……ね。狙ってくださいと言ってるようなもんですね。俺なら絶対にこの日に仕掛けますよ」

 

 普段は第六階梯などの優秀な魔術師や、何より大陸最強のセリカ=アルフォネアがいるのだ。その上厳重な結界が敷かれている学院を、一体誰が狙うと言うのか。だが、困ったことに数日後に講師達が出払うとあっては、敵を阻むものが結界しかなくなってしまう。いくらグレン先生とはいえ、生徒を守りながら一年のブランクを抱えて戦うのは難しいだろう。

 

『ああ、私もそうする。何もなければいいが、一応備えだけはしておいてくれ』

 

「分かってますよ。頼みを引き受けたのは俺ですから。……まぁ、頼りないかもしんないですけど、まかしてください」

 

 宝石の向こうから、何やら怒気のようなものを感じた。やっぱり不安なのかね。まぁ、しゃあない。結果はこれから出すしかないからなぁ。

 

『……はぁ。全く、頼んだぞ』

 

 どうやら怒らせてしまったようだ。通信は切れてしまったので、謝るのは今度にしておこう。切れた直後に掛け直すのも何だが嫌だしな。

 

 この時の俺は、大事に日に限って寝坊することになるとは思いもしなかったんだ。




少し短め? 普通? な感じになりました。

会話、特に三人以上になってくると私の腕では描写が追い付かないので、酷い有様になっていると思います。ので、四話は会話のクオリティーが下がってます。地の文で誤魔化したり頑張っては見たので、許してください。


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炎竜王の蹂躙 前編

長くなり過ぎたので、前編後編に分割しました。
分割してなお、後編は前編の二倍の長さです。
すみません。


 キィンキィンと甲高い音が響く。寝ぼけた頭でうるせーなぁ、なんて考えたところで俺はベッドから飛び起きた。やべ、今何時だ!? っていうか、腕輪!

 

「はい! 今起きました! なにかーー」

 

『学院が襲撃を受けてるッ! 生徒が二人別々に連れだされ、一人を救出したグレンが敵の追撃をかわしてるところだ。奴ら、相当抜け目ないぞ。グレンの切り札を知ってからは、遠距離と魔道具による攻撃に徹底してる。グレンも頑張ってはいるが、学院の結界も掌握されていて逃げ場もない! 追い詰められるのも時間の問題だッ!』

 

 焦ったような教授の声を聞きつつ、素早く服を着替える。朝食なんて食べてる暇はない。鞄も必要ない。腕輪の上から手袋を嵌めながら、ドアを蹴破る勢いで開け後ろ脚で強引に閉じて走る。大騒ぎになる竜化は出来ないし、人型だと走った方が早い。いつもの道で行くと間に合わない。地面を割らないように足に力を込めて、一気に飛び上がる。前方の建物の上に着地して、そのまま屋根伝いで学院へ飛んでいく。今日に限って寝坊なんて、俺は一体何してんのや! 昨日変に眠れなかったのが災いしやがった、コンチクショウッ!

 

 恐らく、連絡自体にラグはほとんどない。グレン先生は敵の隙をついて状況を報告し、それを教授が俺へ伝えてきたはずだ。なら、まだ大丈夫なはずだ。グレン先生はあれでも死線を幾度も超えてきた、特務分室の元執行官。俺がたどり着くまでの数分くらいは稼げるはずだ。俺のことは教授が伝えてるはずだし、俺が気にするのは速度だけ。

 

「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」

 

【グラビティ・コントロール】で重力を弄って、跳躍力を無理やり伸ばす。街道の手前の屋根を強く蹴り飛ばす。割れないように加減することは忘れない。足に入れた力は最初の飛び上がりと同じだが、重力魔法よって軽量化された俺の体はその五倍ほど高く飛び上がる。建物を超え、学院の外壁を超え、竜の眼が学院の広場に追い詰められたグレン先生とフィーベルを捉える。敵はそれなりの距離をおいてグレン先生を追従している。恐らくは、【愚者の世界】の効果範囲に入らないようにしているのだろう。

 

「間が空いてるなら丁度いい」

 

 グレン先生達と敵二人の中間に着地位置を定める。近すぎると二人を巻き込んでしまうからだ。翼を生やして、魔力を回す。炎の爆風と一瞬だけ出した小さい翼で体を強引に押し出し、頭から突っ込む勢いで突撃する。学院を防護する結界が瞬く間に接近する。右手を振りかぶる。魔力を回す。

 

「【火竜の鉄拳】」

 

 炎を纏った拳を叩きつける。纏った炎を推進力にして威力を上げ、突き出した拳が炎を生む。術式を燃やし、粉砕し、炎が全てを灰燼へ帰す。敵の足が止まった。こちらを気にしている。グレン先生達は、その瞬間に大きく後退し距離を開ける。敵はまだ状況を把握していない。いかに凄腕とて、知っていると知らないとでは対処に差が出る。足が止まっているのは竜の眼で見えている。炎で遮られたりはしない。俺は結界を破壊した勢いそのままに、距離を詰め損ねた奴らの前に飛び込んだ。

 

 

 

 

 グレンは自身の迂闊さを呪った。連れ去られたシスティーナを救出したまでは良かったが、敵の援軍によって一気に劣勢に立たされていた。遠隔操作の【コール・ファミリア】によって、多数の竜牙兵を召喚され捉えた敵を開放された。竜牙兵達を一息に倒す術を持たないグレン達は、校舎を走って撤退しその退路をもう一人の敵に塞がれた。いや、背後から迫る竜牙兵と開放された敵に誘導されたのだ。

 

(あいつは囮だったのかッ!)

 

 背後に五本の剣を浮かべているその魔術師は、恐らく【コール・ファミリア】の術者。魔術師としては三流なグレンとて、見ればわかる。後ろでわめいているチンピラもどきなどくらべものにならない程、目の前の魔術師の実力は高かった。後ろのチンピラが負けることを加味して、作戦を立てたのだ。開放して後ろを追わせるなど、使える手段をすべて使って全力で殺しに来ている。未だに攻撃されていないのは、目の前の術者が警戒しているのと、後ろのチンピラが【愚者の世界】の効果範囲内にいるからだ。とはいえ、それもあと一歩後退してしまえば効果範囲外だ。相手の油断を誘うため、魔術が使えない種明かしはしてしまった。一度範囲を知られてしまえば、もう一度捉えるのは至難の業だ。だからといって、背中を見せるわけにもいかない。逃げる間もなく後ろから浮かぶ剣に切り裂かれるだろう。絶体絶命の状況にグレンが冷や汗を流す中、目の前の男が口を開いた。

 

「グレン=レーダスだな? アルバ=ドラグニルの居場所を教えれば、この場は見逃してやる」

 

「はぁ? 自分の代わりに生徒差し出す教師がいると思うか?」

 

 グレンはおどけた口調で油断を誘いつつ、考えを巡らせる。奴らはこの場でグレンを殺すことよりも、アルバ=ドラグニルを探し、恐らく殺すことを優先している。危険視しているのは、ドラグニルの血か。思い出すのは、先日のセリカの「何かあれば、アルバ=ドラグニルを頼れ」という言葉。あのセリカ=アルフォネアが信頼を寄せる相手、まず間違いなくただ者ではない。グレンの授業も、もとより理解している様子だった。恐らく、魔術師としての実力も相当なもの。セリカを、そしてアルバを信じるならば、この場で最適解は生き残ってやって来るだろうアルバと合流すること。相手は都合よくアルバを警戒している。ならば、存分に揺さぶれるはずだ。

 

「さて、どこにいるんだろうな。お前の真上かも知れないし、真下かも知れない。もしかしたら、真横にいるかも知れないぞ?」

 

 いるわけがない。グレンはシスティーナから、アルバが遅刻したことを聞いていた。丁度、気絶しているチンピラを縛っていた時だ。今の言葉はただのこけおどし。ところが、目の前の男は露骨に周囲を警戒し始める。だから、それを利用する。

 

「あいつには隠れてもらってるよ。お前等が攻撃をする、その一瞬の隙をついてもらうためにな」

 

 険しい顔をしていた男が一瞬、魔術を行使した。実際、アルバ――竜の血――にはそれだけの力がある。その男は誰よりも、そのことを知っていた。それが裏目に出た。アルバのことを警戒しすぎたのだ。それに加え【愚者の世界】の確認もあったのだろう。それでもグレン達の排除よりも、アルバの排除を優先したことに違いはない。意識が一瞬、グレン達から逸れた。その一瞬の隙をグレンは見逃さなかった。【フラッシュ・ライト】で、警戒していたが故に目を焼かれる二人の敵。既に【愚者の世界】は効力を失っている。グレンは隣で恐怖に震えるシスティーナを抱え、真横の窓を蹴破って飛び出す。破片が幾つか体に刺さるが気にはしていられない。システィーナに破片が刺さらないよう最低限に庇いつつ、グレンは呪文を唱える。

 

「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》ッ!」

 

 極限まで早く唱えられた【グラビティ・コントロール】によって、着地の衝撃を殺しそのまま前方の校舎の窓に体当たりで侵入する。

 

「走れッ、白猫!」

 

 飛び起きたグレンは短く声をかけて、システィーナの手を引いて駆けだす。呆然としてはいるが、何とかついてきていることを確認したグレンは、全力で時間稼ぎに徹することにした。入り組む校舎を上へ下へと移動し、音を使って敵を誘導する。それでも、徐々に竜牙兵によって校舎が占拠されていくと、逃げ場が無くなっていく。グレンは追い詰められる振りをしながら、最も見晴らしの良い広場へと逃げていた。広場へ出れば、アルバが見つけてくれるという賭けのようなもの。【愚者の世界】で相手を牽制して、誘導する。攻撃の頻度が低いのは、恐らくアルバに隙をつかれることを警戒している。故に敢えて策に乗り、追い詰めてから止めを刺すつもりなのだろう。

 

 そうして、どうにか広場へたどり着いた二人の前には視界を塞ぐ土煙と、燃え上がる炎があった。グレンは賭けに勝ったのだ。

 




素人が考えた内容なので……。


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炎竜王の蹂躙 後編

続きです。会話を地の文で誤魔化してるので、今まで以上に拙さが目立ちます。


 土煙の中から、チラリとグレン先生達を確認する。グレン先生は所々に出血は見られるが、軽傷だ。相当うまくやったのだろう。フィーベルも、唖然とはしているものの怪我らしきものは見られない。

 

 敵から視線を逸らしたのは一瞬、大地を蹴る足音は聞こえていた。顔を戻しながら、直感に従い拳を振るう。加減は必要ない。校舎に多少の損壊は出るが、必要経費だ。多分、こいつはこのくらいやらないと倒せない。感覚に従い適当に魔力を込め、炎を纏い全力で殴り飛ばす。体重も乗っていないただの腕力と魔力もって、竜の拳を叩きつける。

 

「【炎竜王の崩拳】」

 

 何かに激突、グシャッと骨を砕く感覚がした。意に返さず、そのまま腕を振りぬいてぶっ飛ばす。結界を砕いた時とは比較にならない爆炎が、立ち込める土埃ごと前方を蹂躙し、ドカァンッ! という衝突音と共に校舎が崩れ落ちる音がした。爆炎の中で、叩きつけられた壁から力なく落下した男を確認して、もう一人を探す。

 

「あれ、あいつ焼けてね?」

 

 見つけたのは黒焦げ、地面に倒れ伏した人影だ。さっきのやつの隣にいたからか爆炎に巻き込まれ、焼かれてぶっ飛んで気絶したみたいだ。防御しなかったか? まぁ、見た目も強さもさっきのが本命みたいだったし、こっちはおまけなのかね。滅竜魔法、それも【炎竜王の崩拳】クラスからは魔術の防壁なんて紙切れみたいに吹っ飛ぶし、仕方ないのか。パッと見れば、両方ともまだ息がある……一応。骨砕いたし、こっちも焼けてるし、動けないと思うけど一応縛るために、俺は唖然としている先生達に声をかけた。

 

「グレン先生ー、俺縄持ってないし縛り方知らないで頼んでいいですかね?」

 

「あ、あぁ……そんくらいは任せろ。……セリカが言うくらいだからただ者じゃないとは思ってたが、想像の十倍くらい凄かったな」

 

 未だに信じられない、といった顔をしているものの流石は元執行官。敵を縛る手は淀みなく動いている。後半に関しては、独り言なんだろうか。俺に言ってる風じゃなかったしな。というか、縛り方に悪意を感じるのは俺だけかね?

 

「えーっと、フィーベル? だいじょぶかー?」

 

 グレン先生が敵を縛っている間、手が空いた俺がフィーベルに声をかけることにした。さっきから尻餅ついて微動だにしないんだが、魂ぬけてないよな?

 

「え、えぇ。助けてくれて、ありがとう。えーと、アルバでいいのかしら?」

 

 目をパチパチとしながら、それでも返事は返ってきた。

 

「呼び方なんて何でも良いって。ほい、立てるか?」

 

 フィーベルが尻餅をついたまま一向に起き上がらないので、手を差し出す。決して合法的に手が握れる、とかそんなんじゃない。遠慮がちに伸ばされた手を勢い良く引いて、一気に立たせる。

 

「貴方、こんなに強かったのね。寝てばかりいる不良生徒なんて言ってごめんなさいね」

 

「あぁ、何だ覚えてたのか。忘れたことにしとこうと思ったのに。いいよ、気にしてないから」

 

 俺が居眠りしていた時のこと、ギイブルと同じような感じでフィーベルに説教を受けたことがある。ギイブルは男だからボロクソに言い負かしたが、フィーベルは美少女だしなぁなんて悩んでたら言われ放題になったことがあってな。俺は気にしてないし、結構前のことなのに律儀なものだ。

 

「それは、私の説教なんて意味ありませんよって意味かしら?」

 

「なぜそうなる……」

 

「冗談よ。ところで、さっきの魔術は一体何を使ったの? あんな魔術、見たこともないけど」

 

 楽しそうに、質の悪い冗談をいうのは止めてくれ。気を紛らわす為とはいえ、やられた側はたまったものじゃない。そして、それをさらっと流すな。俺は一体どうすればいいんだよ。ゴホンッ、いやまぁ切り替えていこう。相手が流したならこちらも流すまで。

 

 さて、何を使ったか。まぁ聞かれるわな。フィーベルは特に好奇心旺盛だし、魔術に関しては並々ならぬ情熱を注いでいる。未知の魔術なんてものに食いつかないはずがない。とはいえ、これの返答はもう決まり切っている。そもそも、俺が調べた程度の文献なんかで先祖返りのことは出てくるのだ。俺も先祖返りだ、と言ってしまえばそれ以上の追及もない。

 

「先祖返りだよ。だから、魔術ってよりは体質とかに近い力でな。他人には真似できんのよ」

 

「なるほどなぁー。ドラグニルの先祖返りの話はセリカから聞いてたが、ここまで凄まじいとは」

 

 背後からグレン先生の声がした。パッと顔を向ければ、倒した敵は縄で悪意のありそうな縛り方をされ、法陣で厳重に拘束がなされていた。流石に元執行官、その辺りは抜け目ない。あの法陣があれば、ボロボロの体で脱出は出来ないはずだ。んで教授から聞いてたって、どうりであんまり驚かなかったわけだ。一体どんな風に先代達が語られたのか、気になるところではあるが先にやることがある。

 

「お疲れ様です。ところで、縛り方に悪意ありません?」

 

「何のことかなぁ~ボクチンわかりませぇーん」

 

 俺が煽られてるわけじゃないのにイラッっとするような、完全に舐め切った口調と声でグレン先生が言う。意識のない人間を知らないところで煽り倒す所業、悪魔の所業だ。こいつらのしたこと考えれば、ただの悪戯みたいなものだが。

 

「取り合えず、うちのクラスメイト達は無事みたいですね。中にいる敵も見えないんで、残りはティンジェルを拘束しているだろう奴だけです」

 

「お、さっすがー。セリカが頼りにするだけあるなぁ」

 

「え!? いつの間に……」

 

 グレン先生はやっぱり驚いていない。ホントに何吹き込まれたんだこの人。フィーベルの一般的な反応だけだ救いだわ。

 

「適当に眼で見ただけだ。ま、これも先祖返りの影響ってやつさ」

 

「先祖返りって、凄いのね」

 

 心底感心したように言うフィーベルには悪いが、これは完全竜化しないと使えない。なんで、先祖返りだけでどうこうって話でもないんだが、まぁ嘘は言ってないし良いか。この竜化してから、見ようと思えばある程度は見通せるようになったのだ。意識して、眼に魔力を込めれば、ただの建物くらいなら少し先まで見えたりする。後は、鼻で知らない匂いが無いか調べて侵入者の足音が無いことを確認すれば、大抵の奴は発見できる。

 

「ふむ、ティンジェルはあのバカ高い塔の一番上ですね」

 

 ついでに、あちこち眼を向ければ見える見える。学院の端、バカみたいに高い塔の頂上に二人、ティンジェルとあと誰だ? ……あの優男は確か前任講師のヒューイとか言ったはず。……あの術式は【サクリファイス】か? 色々見えたものを塔のてっぺんを指さしながら説明する。

 

「見えるのか?」

 

「一応、見えてますよ。なんか前任のヒューイも見えますけど」

 

「そんな……どうしてヒューイ先生が……」

 

 フィーベルは熱心に教えてくれるヒューイを随分と気に入っていた。新しい講師はあんな先生がいいといっていたほどだから、まぁそうとうフィーベルにとっては良い講師だったんだろう。随分とショックを受けている。

 

「どうりでな。結界を書き換えるなんてこと、あらかじめ内部にいないと不可能だからな」

 

 グレン先生は逆に色々と納得したようだ。スパイがいるなら、カリキュラムや講師のことが漏れていたことも、学院の結界が突然書き換えられたことも辻褄が合う。

 

「取り合えず、行きますよ」

 

「おう、俺は役に立たないから戦闘は任せる!」

 

「自信満々に言い切るのやめてくれません?」

 

 口ではなんだかんだ言いつつ、鋭い目で辺りを警戒するグレン先生と、俯いたままのフィーベルを連れて塔に向かう。俺が先頭を歩いて一応、罠とかを確認しながら進み無事塔の前までは来たものの……。

 

「随分と多いな。あんなの一体ずつ相手にしてたらキリがねーぞ」

 

「そんな……」

 

 塔の手前にある広場を土塊のゴーレムが覆いつくしていた。グレン先生の言う通り、随分と多い。躱していこうにも、塔の入口にも密集していて物理的に道を塞いでいる。

 

「ちょっと下がっててくださいね」

 

 だから、ぶっ壊す。一体一体なんて面倒な事、とてもじゃないがやってられない。密集しているなら丁度いい、纏めて吹っ飛ばしてやる。塔の入口が多少焦げるだろうが、その辺は後で教授に丸投げだ。もうすでに、校舎も派手にぶっ壊してるしな。

 

「あいよ。ほれ、白猫お前も下がれ」

 

「ちょっ、押さないでください! 自分で下がれますから!」

 

 下がってくれるのは良いんだけど、いちいちイチャつくのはやめてもらいたい。何、煽り? 彼女なんていたことないど、何か問題でも? 

 

「はぁ……」

 

 虚しい気持ちをため息と共に吐き出す。気にしてたらやってられんわ。この怒り、土塊共にくれてやる。腰を捻って右手を大きく振りかぶる。塔が焦げるくらいの火力を感覚で調整、イメージは見えない壁を殴りつける感じ。左足を軽く上げて、振り下ろす勢いに全体重を乗せ、そこに腰の捻りを加えた右腕を眼前にぶち込む。腕が伸び切る直前に、魔力を回す。虚空に叩きつけた拳から爆炎が燃え盛る。

 

「【炎竜王の崩拳】」

 

 赤い爆炎が全てを飲み込んでいく。大地もゴーレムも、残らず爆炎が蹂躙する。爆炎が通り過ぎた後、残っているのは融解した大地だけだった。

 

 何故使ったのが【炎竜王の崩拳】なのか。Fairy Tailの作中でも、ナツが成長してから使い始めたように、威力が桁違いに高い。纏っているのも、炎というより爆炎だ。普通に加減無しで撃てば、相手は塵も残らない。反対に、【火竜の鉄拳】は火力が低いというより範囲が狭い。加減をした場合にこっちの方が制御しやすいからだ。街中だとかはこっちを使わないと、被害がね……。

 

 というわけで、基本的には対人が【火竜の鉄拳】クラス。殲滅やらさっきの本命の敵みたいな強そうな奴は、【炎竜王の崩拳】クラスで一気に片を付けるっていう戦法を取ってる。ブレス? あれはどっちも広範囲過ぎて中々使えるもんじゃないよ。

 

「お前が敵じゃなくて、よかったわ。心底ホッとしてる」

 

「……私の常識が崩れ去っていく……」

 

 塔の入口が予定通り若干焦げているが、致し方のない犠牲だ。塔くん、すまないな。君の犠牲は無駄にはしないとも。実際問題、塔に張り付いていた土塊を破壊するためにはこれが最小限だ。これ以上は、一体一体倒さないと被害を抑えることは出来なかった。

 

「さ、上りますか」

 

「上に付いたらどうする気だ?」

 

「グレン先生がヒューイを抑えてください。俺は【サクリファイス】を燃やすんで」

 

「魔術燃やすって……お前、ホント無茶苦茶だな」

 

「それがドラグニルですよ」

 

 上に付き次第、グレン先生が【愚者の世界】でヒューイの魔術を封じて、その間に俺が【サクリファイス】を燃やす。滅竜魔法は魔術じゃないから、【愚者の世界】の影響を受けないっていう反則技だ。こっちは技出せないのに、相手はチート使ってくるとか何その絶望。俺だったら萎え落ちするわ。犯罪者ざまぁ。

 

「わ、私は何をすればいいの?」

 

「ん? お前には一番大事な役目があるだろ。友達が捕まって怖い思いしてんだから、慰めてやれる奴がいねーとな。俺には出来んし」

 

 落ち込んでる女の子とか、一体どうやって慰めればいいのか。俺が下手な事するくらいなら、友達が傍に来てくれた方が安心するだろう。なんだかんだグレン先生も面倒見がいいし、きっとどうにでもなる。それはそれとして――。

 

「そのニヤケ面を消し飛ばしてやりたい」

 

「いや、まぁ……青春してんな?」

 

 分かるぞ、みたいに肩に置かれたグレン先生の手を払いのける。うん、うざい。ニヤニヤしながら、何度も頷いている。一体何を考えているのやら。そんなくだらない話をしながらフィーベルの緊張を解いてやり、俺達は最上階の一歩手前まで来ていた。

 

「さて、ここまで来たら後は一斉に突撃で」

 

「了解」

 

「了解よ」

 

 返事を確認し、指を三つ立てて合図する。二、一、GO。まずはグレン先生が飛び込んでいく。

 

「ッ先生!」

 

 続いて、俺とフィーベルが一気に侵入する。先に入ったグレン先生の手には愚者のアルカナがある。既に【愚者の世界】は起動済みだ。ヒューイを部屋の隅に追い詰めている。そして、部屋の中心には五重くらいの法陣に閉じ込められた天使、ルミア=ティンジェルがいる。

 

「ルミアッ!」

 

 フィーベルが駆けだした。俺も周囲を見ながらそのあとを追う。

 

「システィーまで……大丈夫なの?」

 

「ええ、後はアルバと先生に任せておけば終わるわ。少しだけ待っててね、ルミア」

 

 フィーベルがこっちに視線をやったので、一つ頷くと後退していく。今回は、目の前で小規模の法陣を燃やすだけだから離れる必要はないんだが、今後俺の魔法は危険だって覚えてれば、咄嗟に行動できるかもしれないし訂正はしないでおく。

 

 法陣の前に立つ。使わない手はポケットに突っ込んだままだ。魔力を回す。足に炎を纏わせて、法陣を上から踏み潰すように振り下ろす。ゴオォォッ! という音と共に、法陣が炎に焼かれる。炎が一瞬で法陣全体に伝染し、連携していたヒューイの【サクリファイス】ごと瞬く間に全てを燃やし尽くす。残ったのは、唖然とした顔をしているティンジェルだけだ。

 

「さて、俺の役目は終わったし、これでさいなら」

 

 役目は終わった。もう敵はヒューイしかいないし、ヒューイでは【愚者の世界】を発動したグレン先生には勝てない。フィーベルも何やら思うところがあるらしいし、その辺も解決してきてくれるだろう。俺はそういうの苦手だ。面倒にならない内に、即座に踵を返す。

 

「アルバ君!」

 

 何か聞こえた気がしたなぁー。最近耳が遠くていかんね。さぁ帰ろ帰ろ。実は、中途半端に起こされたせいで眠いんだ。事後処理もしたくないし、先生と教授に丸投げして俺は寝るぞー!

 

 

 

 

 あの後、家に帰って眠りこけてた俺が事態の全容を知ったのは、翌日になってからだった。なんでも、アルフォネア教授が後で伝えるってことで、上手く処理してくれたらしい。伝えられたのは、ティンジェルが元王女だってことに関する緘口令が敷かれたってことと、捕まえた奴らは謎の死を遂げたってこと。まぁ、どちらも不思議はなかった。ティンジェルのことに関しては、前も今も何も変わってないし。

 

 ただ、あれ以来学校で会うと挨拶したりするようになった。嫉妬が怖い。男子醜いぞ! 食堂でも、見つかると隣の席に来るようになってますます嫉妬の目線が痛い。俺が相槌を打つと、なぜか笑顔になって喜ぶせいで、今にも男子に殺されそうだ。ただ、全く関わりがなかったから、話してみたいって言われただけなのに。お前等、視線で人殺せんじゃね? フィーベルはフィーベルで先生とよくいるし、お前ストッパーだろ! これ吊り橋作戦は効果あったかも知れないけど、デメリットの方がデカくないか!?




グレン先生以外、空気になってしまった……。
レイクの兄貴とヒューイ先生にはすまなかったと思ってる。
これも、竜になって魔法とか魔術燃やせる滅竜魔法が悪いんや。


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魔術競技祭編
魔術競技祭迫る


書きながら考えているので、後々変更になったりするかもしれません。
原作そのままはいけないし、かと言って端折ったり変えすぎると分からなくなるし、こういう説明のところのバランスが難しい……。


 学院が襲撃されてから少し時間が過ぎ、俺達はいつも通りの日常を送っていた。学院が襲撃されたから、といって何かが大幅に変わるわけでもない。ただ、次回の学会などでは何人かが学院に残るなどで対応はするのだろう。ていうか、何も対応しないとか言われると困るからしてもらいたいところだけど。

 

 いつも通り、とは言ったけど少し変わったことはある。ほんの少しだけどな。前の事件で関わった三人、ルミア、システイーナ、グレン先生と関わるようになった。前は全く話したりもしなかったんだが、目があえば挨拶したり結構気軽に話したり、友達みたいな感じかな。男子の嫉妬は相変わらず、人を呪い殺せそうな勢いだが。出る杭は打たれるとはこのことか。あ、名前はそう呼んでくれって言われたから呼んでるだけな。思い返してみれば、クラスメート達は普通に名前で呼んでたし変に思ってきたのもある。

 

 グレン先生? あの人とは、どうなんだろう……。友達というか何というか、気安い関係にはなったかな。友達っていうか悪友っていうか……生徒と教師って感じじゃないのは確かかな。今だってほらーー。

 

「いやー悪いな、奢ってもらっちゃって」

 

「悪いと思ってるんだったら、金の使い方くらい考えたらどうです?」

 

「ハハハ、そりゃ無理だ」

 

 こうして、金が無いからって学食奢るくらいには仲良くなった? のかな。何でも、給料もらったその日に全額使い果たしたとか。流石に、私生活がそこまでダメ人間だとは思わなかった。土下座する勢いで頼み込んできたから、別に金には困ってないし良いかなって奢ることにしたんだ。金の出どころについては、依頼の協力者って立場の父さんから支援金とかご褒美とか、適当な理由で貰ってる好きに出来る金から出してる。

 

「生徒に学食奢ってもらう教師って、どうなんです? 色々と」

 

「お前と話してると、生徒って感じしないからいいんだよ」

 

 カチャカチャと食器を鳴らしながら、せっせと食べ進めるグレン先生。一体、何がどういいんだろうか。中身の年齢で言ったらそりゃ俺の方が上だし、前世は今のグレン先生と同じくらいだったからノリも近いだろうけど。傍から見れば、生徒に昼飯奢ってもらうダメ講師でしかないんだが。

 

「御馳走さん。俺はもう行くけど、午後の授業遅れんなよー」

 

「分かってますよー」

 

 いつの間にか空になった食器を片付けに行ったグレン先生に、俺は投げやりに返事をした。ちょっと前までは、完全にお前が言うなって感じだったのに、最近は滅多に遅刻もしてこないからなー。相変わらず、ダメ人間なのは変わらないのであんたに言われたくない、っていう気持ちはあるが。

 

「っと、俺もさっさと片付けるか」

 

 

 

 

 教室の沈黙が痛い。それもこれも、全部魔術競技祭とかいう、最悪の行事の人選をしているせいだ。これは、いわば体育祭の魔術版だ。学院で学んだことを生かして、勝利を勝ち取りましょうっていうお祭りなんだが……。まぁ、こういう競技は総じて不人気だったりする。観客が大勢いる前に出るのは面倒だし、自信がない人なんかは恥をかきたくないから出場もしたくない。なのに、ルミアのこの発言である。

 

「せっかくグレン先生が好きにしろって言ってくれたんだし、皆で頑張ってみない?」

 

 誰が、という話である。この魔術競技祭、実態は体育祭よりひどいものだ。成績上位者を使いまわすことが黙認されており、大体特定の数名が何回も出てくる。そこに、皆でとか言って負けるのが分かっていて出る人間がいるのだろうか。更に言えば、規模が違う。一地域のとかそんな次元じゃない。仮にも有名な魔術学院の魔術競技祭。来賓や観客も大勢やってくる。面倒な上に、皆そんなところで恥をかきたくない。

 

 もっと更に言えば、今回は女王陛下が来賓としてやって来るらしい。護衛やらも大勢引き連れて来るんだろう。俺が”皆”の枠組みに入ってたら絶対に出たくないね。入ってなくても出たくはないんだが、去年使いまわされたことを鑑みると、出場はしなきゃならなくなるだろう。

 

 で、そういう出たくない人間達と、みんなで楽しみたいシスティーナ達――自分が出来るせいで出来ない人間の気持ちが分からない――が対立している。だからこそ、こうして選手決めが難航しているわけだが――。

 

「ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生様になッ!」

 

 廊下をドタドタと派手な足音を当ててやってきたダメ講師が、大声でそう言い放った。

 

(――キモイ)

 

 そう思ったのは、何も俺だけじゃないはずだ。クラスの大半が、なんか来たみたいな顔をしている。あのダメ人間がやる気になるとは、大方報奨金にでも食いついたんだろう。飯を食う金すらないようだし、一応このクラスは優勝候補だからな。フィーベル家の御令嬢と、どうも俺のことが随分と出回ってるみたいだ。手を抜くのが面倒臭くて、適当にポンポンやってたせいで結構な評価を頂いているらしい。去年もいいところまで行ったことだしな。

 

「えーと……ふむふむ」

 

 なんて、言いながら競技のリストを真剣な表情で睨んでいるグレン先生。どうも、本気で勝ちに行くらしい。どれだけ金が欲しいんだか……。

 

「よし、大体わかった」

 

 そうして、グレン先生が顔を上げて選手を発表していく。『決闘戦』、『暗号早解き』、『飛行競争』、次々と競技と参加者の名前を矢継ぎ早に告げていく。それを、ルミアが黒板に書き込んでいくわけだが……。これは一体どういうことだろうか。あのグレン先生が、本気で勝ちに行くと言っていながら生徒全員を指名していく。

 

 さてはあの先生、成績上位者の使いまわしのこと知らないな? その証拠に、一応学年トップの成績の俺が一度も呼ばれていない。っていうか、全員使うなら使うで俺が出る競技『決闘戦』以外にあったかは疑問なんだが……。

 

「――んで、最後に『魔術防御』。これは――アルバ、お前に任せる」

 

 完璧だ、なんて満足気な顔してるグレン先生はさておき。はて、『魔術防御』とはいったい……。毎年競技内容が変わるのは知ってるが、これは突拍子が無さすぎでは……。計測の仕方も不明だし、そもそも危険じゃないのか? なんて考えていたのが顔に出ていたのだろう。グレン先生が「やれやれ……」なんて腹の立つ顔をしながら説明を始めた。

 

「これは、単純に自分が使える最強の魔術防壁の強度を測定する競技だ。試験官が、展開された魔術に向って低い威力の魔術から順番に、術者に当たらないように放っていく。どの段階まで耐えられたかで点数を競う。勿論、ビビッて逃げたりしたら防げなかったと同じ判定になる。――分かりやすいだろ?」

 

 なるほど、それなら術者にもあまり危険はない。恐らく、今回の襲撃を加味してより実践的な訓練を、といったところだろうか。攻撃魔術に慣れさせる気だな? 

 

 同じ魔術の威力は、基本的には魔力の量と質によって決まる。魔術を十全に制御出来ていない、とかの例外は除くが。まぁ、先祖返りの俺なら万に一つも負けはないという判断だろう。あのダメ講師は、既に勝ったつもりで点数を計算しているようだし。……ふむ、折角だからアレを使うのも面白そうだなーー。




この章は、アルバを活躍させるタイミングが見つからなかったので、無理やり新競技をねじ込むことにしました。
設定とかはあまり詳しくないので、矛盾したり、ご都合主義で押し切ったりすると思います。


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厄介事の気配

ほとんど原作と変わりがない部分なので、どうやって話を進めるかかなり迷いました。悩んだ末、結構雑に飛ばすことにしたので、そういうものだと思って見てください。


 突然だが、魔術特性というものを知っているだろうか。何でも、人が生まれながらにもつ魂の在り方らしく、魔術に多大な影響を及ぼすのだ。グレン先生の場合、【変化の停滞・停止】というモノらしく、それが魔術と相性が良くないせいでうまく使えないそうだ。

 

 そして、これを利用して組み上げる魔術を”固有魔術”という。個々の魔術師によるオンリーワンな魔術、とはこれが理由だ。その人間のみが持つ、唯一の魂の在り方を魔術を通して現界させる、表現する、といったものだと俺は考えている。グレン先生が持つ【愚者の世界】も、この魔術特性を使って作られている。恐らく、愚者のアルカナを通し魔術が世界に及ぼす変化を停滞・停止させることで、魔術起動を完全封殺する【愚者の世界】が出来上がったんじゃないか、と俺は思っているが詳しいことは本人にしか分からないだろう。

 

 何が言いたいかというと、俺にも固有魔術があってそれを『魔術防御』で使おうという話だ。シンプルに、【エア・スクリーン】だとか【フォース・シールド】とかを使っても良いんだが、それだと面白みがない。やはり、地味な防壁で地味な魔術を防いでも地味極まるというもの。それで場が白けるのは、派手に目立つ以上に恥ずかしいことだと思うのだ。

 

 というわけで、どうせ”ドラグニル”の名前で妙に期待されることだろうし、思い切って派手な固有魔術を使って、【イクスティンクション・レイ】くらい防いでやろうじゃないかという魂胆だ。去年の『精神防御』では、【マインド・ブレイク】を使う直前まで行ったことだし、最悪【ブレイズ・バースト】くらいは打たせてやりたい。

 

 肝心の固有魔術だが、その構想の元となっているのは【妖精の球(フェアリースフィア)】という、Fairy Tailに出てくる妖精三大魔法の一つだ。これは伝説の魔法とも言われていて、ありとあらゆるものから仲間を守る絶対防御魔法と知られている。作中では、絆や想いを魔力に変換し、その魔力を持って中と外を隔絶する球体の結界として登場している。俺はこの魔法を、絆や想いの部分を俺の意思と魔術特性で代替し、魔力を完全に自前で補うことで再現してみた。

 

 俺の魔術特性は【運命の破壊・改変】となっている。これを組み込むということは、結界に触れたものの運命を破壊し、俺の意思次第で改変することが出来るということ。魔力は俺の自前、つまり竜としての圧倒的な魔力を使っている。よって、俺より魔力が劣る者の運命に介入し、魔術ならば破壊ーー無かったこと――にしたり、反射したり、物理攻撃であればそれを無効化したり、俺の都合のいいように改変することができるわけだ。当然魔力で強制改変しているので、俺より魔力が上ならば力尽くで破れてしまう。もっとも、この世界に俺より魔力が上の者は知る限りいないので、実質無敵の絶対防御というわけだ。

 

 どうせ出場するなら、派手に目立って優勝してやる。高名な魔術師達の度肝を抜く魔術を使えば、ちやほやされること間違いなし。さぞかし気分がいいに違いない。きっと女子にもモテ……はしばらくいいや。いい加減、嫉妬で呪い殺されそうだし。うちのクラスメート達も、珍しくグレン先生も乗り気だし、これで負けるなんて最高にダサいのは御免だね。

 

 ただ、唯一の懸念があるとすればーー。

 

「父さん、家でじっとしててくれないかなぁー」

 

 

 

 

 『なんとぉお!? 飛行競争は二組が三位! あの二組が三位だぁッ!!』

 

 来賓や観客で埋め尽くされた競技場に、煩いくらいに実況の声が響き渡る。一位は前評判の通りにハーレイ先生率いる一組だが、会場の注目はそれらをそっちのけで二組に集中していた。クラスの生徒全員を協議に出場させるなど、ここ最近の競技祭においては勝負を捨てる行為をしたグレン先生。その影響もあって、今年は負けだと予想されていた二組が、まさかの快進撃だ。実況もすっかり二組の活躍に夢中になっている。……それでいいのか、実況担当。

 

 おかげで、俺達が待機する競技祭参加クラス用の観客席は大騒ぎだ。皆がこぞって作戦を考えたグレン先生を褒めたたえ、グレン先生が脂汗をたらしながら作戦を解説していた。大方、半ばやけっぱちで授けた作戦で、上手くいくとは思っていなかったのだろう。段々と顔色が悪くなってきている。見事な快進撃に勢いづくクラスメイト達と、予想外の結果に冷や汗を流すグレン先生。見事なまでに噛み合っていなかった。

 

「ま、上手くいってるのはいいんだけどなぁー」

 

 何もなければ、俺ももう少しお気楽にいられたんだがなぁ。なんで女王陛下の首に呪殺具が取り付けてあるんだろうか……。ちょっと前に学院襲撃があったばっかりだってのに、どうしてこう厄介ごとが続くんだろうか。一体、どうなっとるんだこの国は。

 

 解決しようにも、全く関係が無い俺にはどうしようもない事態だ。俺の魔法だと女王陛下に傷が残る上に、無関係の俺ではそもそも近づくことすらできはしない。無傷でどうにかするためには、グレン先生の【愚者の世界】の範囲内に入れるか、解呪条件を満たすしかないが――。

 

「はぁ……だりぃ。もうなるようになれー」

 

 高まっていく会場の熱気とは裏腹に、俺のテンションは落ちるところまで落ちていた。その後の『精神防御』も、ルミアが優勝するところを俺は他人事だと思って眺めていた。

 

 元々、やけくそみたいな感じでテンションを上げてたんだ。それに冷や水ぶっかけられたように厄介ごとがやってくれば、そりゃあやる気も無くなってくるというもの。おまけに、俺の出番が来ると観客席から親バカの声援が飛んでくるのだ。考えただけで憂鬱になる。

 

「……飯もあんまり美味くねーなぁ」

 

 軽めに作ってきた弁当をさっさと食べ終わって、観客席に戻って適当に時間を潰す。頭の中で意味のない妄想を巡らせて、思いついた魔術を作ろうとしてあーだこーだと改変していく。そうこうしているうちに午後の競技が始まったのだが――。

 

「先生とルミア、帰ってこねーな」

 

 休憩時に姿を消していた二人が未だに帰ってこない。クラスメート達も、グレン先生がいないと調子が出ないようだ。午前中はあれだけ善戦していたのに、徐々に負け始めている。さっきまではあれだけ感じていた勢いも、今となっては見る影もない。

 

「やっぱりグレン先生がいないとー―」

 

「待たせてすまなかった」

 

 とうとうクラスメート達は頭を抱え始めたその時、知らない男の声が聞こえた。視線を向けてみれば、そこにいるのは見たこともない男だ。藍色の長髪に金色の瞳、なぜかスーツを纏ったその男は紛れもない、【セルフ・イリュージョン】で姿を変えたグレン先生だった。その隣にいるのは小柄な少女。後ろで尻尾の様に一本に束ねた青い長髪に水色の瞳、同じくなぜかスーツを纏ったその少女は【セルフ・イリュージョン】で姿を変えたルミアで間違いない。

 

「お前達が二組の連中だな。俺はグレン=レーダスの古い友人で、アルベルト。こっちはリィエルだ」

 

 クラスメート達が正体不明の二人に困惑する中、姿を変えたグレン先生は表情を変えることなく自己紹介を始めた。多分、アルベルトって人の喋り方まで真似てるんだろうけど、正体が視えてしまっている俺からすれば、とてつもなく似合っていない。グレン先生とは似ても似つかない、真面目で堂々とした雰囲気がにじみ出ている。ルミアも普段の明るさが鳴りを潜め、とても静かな雰囲気だ。恐らく、こっちも真似だろう。

 

 どうにも、何かあったらしい。わざわざ姿を変え、伝言と言って自分の言葉を伝える辺り、ここにグレン先生達はいてはいけないらしい。追われているのかなんなのか、あの呪殺具と何か関係あるんだろうか……。

 

 結局、クラスメート達はシスティーナの説得もあって信じたらしい。ついでに、優勝してくれという伝言も。まぁ、優勝すれば合法的に女王陛下に近づけるからそれが狙いか。つまり、目的は【愚者の世界】による呪殺具の解呪ってことか? ……分からんな。姿を隠している事との説明がつかない。分からない、とはいってもーー。

 

「勝てばいいんですよね?」

 

 俺が確認の意味を込めて言えば、力強く頷かれる。隣でルミアも頷いている。

 

「お前が頼りだ、頼んだぞ」

 

 俺が気づいている事には気づいている。その上でここまで念押しされるとなると、勝つしかないらしい。分からないことは多いが、仕方がない。これも依頼の範疇かねぇ……。

 

「ま、気乗りはしないけど。――優勝は俺達が頂くとしよう」




固有魔術は無茶苦茶やりすぎたかなぁ……と思ったり、思わなかったり。


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【俺の望む世界】

結構無理やりなところがあります。ノリと勢いで突っ走りました。後悔も反省もしていない。


『さぁ! 魔術防御もいよいよ次で最後となりましたッ!』

 

 姿を変えたグレン先生達が戻って来てから、二組は午前中の勢いを取り戻していた。ありえない幸運を味方につけ、最高の結果を残してきた。各競技で高得点を獲得して、順調に優勝に近付いていた。

 

 しかし、やはりハーレイ先生率いる一組は強い。優秀な生徒の連戦で息切れこそしてきているものの、未だに一位を独走している。徐々に順位を上げていた二組は一度失速したものの、必死の追い上げの末、今現在の順位は二位にまでなっている。

 

 とはいえ、最初から一位を独走してきた一組との点差は歴然としている。これから二組が一位で優勝を飾るには、最後の競技である『魔術防御』で、誰もたどり着くことすら出来なかった【イクスティンクション・レイ】を完全に防ぎきり、事実上不可能と言われた満点を取るしかない。初回だからとといって、設定が極端すぎやしないか……?

 

『去年、他の追随を許さない圧倒的な力で! 出場した競技全てでトップを掻っ攫っていったこの男ッ! 惜しくも優勝には届かなかったものの、その圧倒的な実力は未だに記憶に新しいことでしょう! 待ち望んでいた方も多いはず! 魔術競技祭の大取りを飾るのは! ――アルバ・ドラグニルだァッッ!』

 

 会場のボルテージが一気に上がる。二組が活躍していた時も凄かったがそれ以上、今日一番の盛り上がりだ。『魔術防御』がその仕組み上、地味なモノであったのも関係しているのだろう。

 

『今年は一体、どんな結果を叩き出すのか! 彼なら! この魔術防御においても! 我々の度肝を抜く結果を残してくれるような気がしてなりませんッ!!』

 

 実況に合わせて、会場の期待も高まっていく。俺はそんな会場の期待を受けて、指定された場所に進み出た。既に、他の参加者たちは最後まで耐えきることなく、この場を去っていった。その場所から十メートルほど距離を置いて、試験官であるアルフォネア教授が立っている。その目は何かを伝えようとしているようで、俺は準備完了の合図と合わせて頷いた。

 

 この際、難しいことは何も考えなくていい。後のことはグレン先生がどうにかするだろう。俺がやるのは、向けられている絶大な期待をいい意味で裏切って、グレン先生達を女王陛下の前に連れて行くだけだ。決して、歓声に混じる親バカのことを忘れたいとか、そういうのじゃない。

 

『それでは、アルバ君は防御の準備をしてください! 展開され次第、アルフォネア教授から遠慮なく魔術が放たれます!』

 

 最初から強い障壁を用意する必要はない。徐々に強くなっていく攻撃に対し、こちらも徐々に障壁を強いものへと変え、魔力を温存してもいい。俺は魔力を気にする必要はないが、最初から同じ障壁だと盛り上がりにかける。というわけで、俺も他の参加者に倣って弱い障壁から展開していく。

 

「《光の壁よ》」

 

 しばらくは、黒魔【フォース・シールド】を使用していく。流石に、これより弱い防御は逆に面倒になってくる。故に、一言で唱えられてそこそこ強力なこの魔術を使っていくのだが――。

 

『なんとぉおお!? いきなり【フォース・シールド】! それも一節詠唱だぁああ――!』

 

 今までの選手が、終盤に使っていた魔術を序盤で使えばより目立つ。俺にとっては大したことが無くても、比較対象があれば話は変わってくる。観客に、やけを起こしたのかと思わせることも狙いだ。失望し始めた時に、更に強力な魔術へと変えていけば、その失望の分だけ驚愕も大きくなるというもの。

 

「悪趣味な奴め……。《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 俺の考えをある程度察したのだろう。教授はボソッと呟いてから、第一ラウンドの【ショック・ボルト】を放つ。きちんと三節詠唱しているのは、公平な測定のために決められたルールに則ってのことだ。

 

 勿論、【ショック・ボルト】程度で【フォース・シールド】が破れるはずもない。撃ち出された電撃は、俺の眼前に展開された障壁にて散らされる。

 

『第一ラウンド、完全に防ぎきりました! では、次の魔術を!』

 

 唱えて、防いで、唱えて、防いで。第二ラウンド、第三ラウンドと次々と競技は進んでいく。観客の顔に失望が広がり始めたところで、魔術を【インパクト・ブロック】に変えてやれば、再び実況と共に会場が湧きあがる。そうして、第十ラウンド、第十一ラウンド……第十九ラウンド、と【インパクト・ブロック】を続けざまに展開していく。会場の熱気は最高潮。最終ラウンドの魔術は【イクスティンクション・レイ】。

 

『――一体、誰が予想したでしょうか。生徒の枠などとっくに飛び越え、既に熟練の魔術師に匹敵する魔術障壁を展開し続けるアルバ君。全ての魔術を防ぎきり、残すは【イクスティンクション・レイ】唯一つ。二組が一位か、一組が一位か。この最後の攻防で決着がつきます!』

 

 観客達は固唾を飲んで見守っている。普通に考えれば学生に防げるものではないが、ここまでの結果を見て「もしかしたら……」と期待している。恐らく観客たちは、ありえないことだが【インパクト・ブロック】を何重かに展開して防ぐのではないか、と思っていることだろう。汎用魔術において、【インパクト・ブロック】が考えうる限り最強の魔術障壁だからだ。だからこそ、ここで固有魔術を使って防ぎ切れば、会場は大盛り上がりするはず。ついでに、俺の株も大いに上がることだろう。

 

 長ったらしい詠唱はいらない。守ることが苦手な俺が、必要になった時の為に開発した魔術だ。ただ一言、俺の意思を乗せて言葉を放てば完成する。

 

「《世界を隔てろ》」

 

 俺の言葉をトリガーに、結界が構築される。大きさは魔力次第で変幻自在、視覚で捉えられるほどに濃密な金色の魔力が立ち上り、金色の球体を形成していく。俺を中心に半径数メートルほどで形成された結界は、前面に大きく天に昇る赤い竜の文様が描かれている。

 

 俺はハッピーエンドが好きだ。全てが、とは言わない。でも、俺の手が届く範囲くらいは、幸せが満ち足りていて欲しい。込めた意思は単純明快。思い通りにならないモノはぶっ壊す。嫌いなものは変えてやる。人も、国も、世界すらも関係ない。これこそが俺の固有魔術、【俺の望む世界】。

 

――この結界の内側は、俺の世界だ。

 

 恐らく、これが固有魔術だということに気づいたのだろう。ニヤリと笑う教授が完全詠唱の【イクスティンクション・レイ】を放つ。目を焼くほどの眩い極光が駆ける。瞬く間に迫る極光が金色の結界と激突した瞬間、極光が霧散する。眩かった光が、風に流されるように消えていく。金色の結界は健在だ。

 

 会場が静まり返っている。観客達は、未だに理解が追い付いていない。数舜の間をおいて、少しずつ大きくなっていく騒めき。呆けていた実況がハッっとした様子で目を凝らす。

 

『信じられない……。【イクスティンクション・レイ】は放たれたのに……結界は健在です……。……夢でも見ているんでしょうか。……見たこともない魔術によって、【イクスティンクション・レイ】は防がれました……』

 

 会場の騒めきはどんどん大きくなっていく。一度自分の頬を叩いた実況が大きく息を吸い込み、今度こそ結果を発表する。

 

『ーー文句なしの満点だぁあああーーーッ! アルバ君、固有魔術でもって【イクスティンクション・レイ】を完全に防ぎ切ったッッ! そして! それによって順位が逆転ッ! 優勝は二組だぁあああーーーッ!』

 

 瞬間、会場は爆発したかのような大歓声で溢れかえった。

 

 

 

 

 あの後、色々あった。グレン先生が女王陛下の呪殺具を解除し、その影響で閉会式は少々ごたついた。終わった後は、普段は関わってこないくせに、ここぞとばかりに畳みかけてくるクラスメート達に詰め寄られたり、そのままの勢いで予約しておいたのだろう店になだれ込むことに。酒入りの菓子を食ってクラスメート達が酔っ払ったり、後から来たグレン先生が支払い金額を見て顔を青くしたり。

 

 それからは、クラスメート達との距離も縮まったのだろう。あれこれと話しかけられたりして困っているところを、グレン先生に思いっきり笑われたりもした。ルミアとシスティーナは俺と視線を合わさないようにして逃げるし、助けろよ!

 

「なぁ! アルバ!」

 

「――わぁーったから! いっぺんに話しかけるんじゃねーよッ!」

 

 人気者っていうのも、考え物だなーー。




今回の章は、原作とあまり乖離させられなかったので短くなりました。

今回、一番悩んだのは固有魔術です。詠唱はどうしよう、込める意思ってなんだ、と少しの間頭を悩ませた結果、頭空っぽにして書くことにしました。シリアス入れても失敗するので、我が儘な転生者の感じを表現したつもりです。


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