ハイスクールD×D'Catastrophe Longinus (虚無の魔術師)
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序章 月光校庭のエクスカリバー
邂逅と動き出す存在


出来れば、自分が作ってるカグラの小説も読んでいただけると嬉しいですね!←欲張り野郎


物語には主人公が存在する。

 

 

『部長!俺、ハーレム王を目指します!』

 

 

かつて一般人だった、龍を宿す悪魔の青年。これが『原点』の主人公。だが、この物語には主人公が複数存在する。

 

 

『──これが使命ならば、オレは受け入れます』

 

 

真なる聖剣に選ばれた心優しい騎士の青年。

 

 

『俺は、■■を許さないッ!世界が許したとしても!絶対にだ!!』

 

 

大切な者を失い、とある決意を抱いた悲しき青年。

 

 

 

彼が織り成す物語は、『熱血』の赤、『救済』の銀、『絶望』の黒 。

 

 

 

これは三人の主人公たちが中心となる物語。

 

 

 

 

──

 

 

「うーん、久しぶりね!日本!」

 

 

「……はしゃぐな、今回は観光で来たのではない」

 

 

「うへー、ここが日本か。思ってたよりも凄いなー」

 

 

空港から出てすぐの所で元気そうな栗毛の女性と対して落ち着いた様子の青髪の女性、そしてイケメンと言えるくらいに顔が整った金髪の男性が話をしている。

 

 

彼等は胸に十字架を下げている為、教会に関係する者逹だとは分かる。

 

 

神父服を上着のように肩に掛けた男性が丸まった紙を取り出す。厳重かつ、高貴な紋様が填められた封を弄り、

 

 

「まずはここを管理してる魔王の妹二人と会うことだな、それがやるべきことだし」

 

 

今後の予定を淡々と話す男性だったが、栗毛の女性がピクリと反応する。

 

 

「………あのー、寄りたい所があるんだけど……ダメ?」

 

 

栗毛の女性の物言いに青髪の女性と金髪の男性が呆れたような顔をする。

 

 

「………『イリナ』、私たちは任務で来ているんだぞ。それなのに………」

 

 

「んじゃあさ、『ゼノヴィア』は『イリナ』と一緒に行動しててくれ、一時間後にグレモリーのいる駒王学園に集合な。その間オレ一人でシトリーの方と話つけるから」

 

 

男性が『ゼノヴィア』と呼ばれた女性と『イリナ』と呼ばれた女性に明るく声をかける。その言葉を聞いた途端、『イリナ』と呼ばれた女性は笑顔になり、

 

 

「ありがとー!じゃあ、行ってくるね!」

 

 

「…………すまん」

 

 

元気そうに走っていく『イリナ』と呼ばれた女性と『ゼノヴィア』と呼ばれた女性が申し訳なさそうな顔をして走っていくのを男性は見送り、こめかみを押さえた。

 

 

 

 

(あの二人が悪魔との対談とか、ろくなことにならないからなぁ………絶対に)

 

 

彼女たちの性格と考え方からしてその場にはいない方が吉だ、と心の中で呟いた青年は今後の事を考えて、憂鬱そうに盛大なため息を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その出来事から一時間が発った後、駒王学園の旧校舎。

 

 

「イッセー、天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)って知ってるかしら?」

 

 

教会との談話を控えていたオカルト研究部では部長であり、この街の領主である悪魔 リアス・グレモリーがイッセーと呼ばれた茶髪の青年にそう聞いていた。

 

 

「神滅具が神を殺すことができるのなら、カタストロフは世界を滅ぼすことができるの」

 

 

リアス・グレモリーの説明に隣にいた黒髪の美人な女性 姫島朱乃が付け足すように口を開く。

 

 

「現在確認されているだけでも三つ、『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』、『神王の十二宝具(ゴッデス・アルティマ・ヘイルズ)』、『人理原初の大罪(セイント・グロウリアス・シン)』…………これだけでも強大ですよ?」

 

 

その説明を受けた一誠は、一つだけ不思議に思うことがあった。些細なことだったが、その場の全員に問いかける。

 

 

「じゃあ、神様はなんでそんなものを作ったんですか?」

 

 

その問いは意外だったのか、全員が何も答えられずにいた。

 

 

 

扉を叩く音がした。どなたかしら?とリアス・グレモリーは扉の前にいると思われる人物に声をかけた。そしたら、教会の者です、と返ってくる。

 

 

部員の全員が顔を引き締める。一誠は戸惑ったようにしていたが、もう一人──木場が殺気を放っているのに気付き、さらに困惑していた。

 

 

「………失礼します」

 

 

扉を開けて入ってきたのは三人の男女だった。一誠はその内の二人が自分の家に来ていた女性たちだと知っていたが、もう一人の男性は初めて会う人だと理解する。

 

 

 

 

「やぁ、師匠から話に聞いてたぜ。赤龍帝」

 

 

「あ、あぁ、どうも」

 

 

その筈なのに、金髪の男性は一誠に声をかけてきた。敵対しているのに、親しげに、フレンドリーな対応に少し焦る一誠だったが、そんな一誠に男性は右手を差し出して、

 

 

「オレは聖剣使いラインハルト、よろしくな」

 

 

そう名乗った『ラインハルト』が握手を求めるように笑いかけてきた。その様子に一誠は躊躇うもそれに応じ、差し出された手を握った。

 

 

 

赤い龍と聖剣。

 

 

悪魔の主人公と教会、天界の主人公。

 

 

三人の内二人が出会い、物語は序章に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の青年が、暗闇の中から街に出てきた。フードつきの灰色のパーカーに紺のジーンズという服装に見た目からして、学生と呼べる年代だが、服に取り付けられた鎖と黒色のグーロブ、そして右手で握るショットガンが学生とは言いがたい雰囲気を持っている。

 

 

そして、極めつけにはその服の上から分かるように胸元に宝玉の如く光が浮かび上がる。

 

 

 

 

真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』、天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)と呼称される最高峰の神器の一つだった。

 

 

 

そんな青年は深夜の街中を進むように一歩踏み出すと、クシャリと一枚のチラシを踏んだ。

 

 

青年は脚をどけ、踏んでしまっていたチラシに目を向ける。真ん中に大きな絵が描かれていたが、彼の視線はそのすぐ下に注目していた。

 

 

『どんな願いも叶えます───オカルト研究』

 

 

ドゴン!! という破裂する爆音と共に足元に落ちていたチラシは地面ごと消し飛ばされた。

 

 

「─────チッ」

 

 

黒髪の青年は、煙を噴くショットガンを肩で担ぐ。吹き飛ばした場所に興味を抱かず、暗闇に染まった夜の街に入り込むように歩き始めた。

 

 

 

──三人の主人公が対面する日は、もうすぐ───、




補足の時間だお!


ラインハルト


教会・天界側の主人公。金髪のロングヘアーの方で意外とまともそうな人ですが……………まあ、欠点がですねぇ。


一応この方も聖剣使いですが、この方の聖剣は次回にハッキリと分かります!


後半に出てきた人ですが…………期待してくれれば、何よりです!


次回『談話・決闘』


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談話・決闘

皆さん、今年から令和になりました!これからもどうぞよろしくお願いします!!




旧校舎、オカルト研究部。

 

 

七十二の貴族悪魔の一つであり、この街の領主であるリアス・グレモリーとその眷属たち。

 

 

そして、教会からの使者である三人の聖剣使い。ゼノヴィアとイリナ、そしてラインハルト。

 

 

談話の筈のそれは互いに静かになって、何も起こらなかった。

 

 

「…………探り合いはなしで、簡潔に言います」

 

 

ようやく口を開いたラインハルトはそう告げた。懐から丸まった紙を取り出し、リアス・グレモリーに見せるように開いた。

 

 

「我々教会はエクスカリバーを三本奪われました」

 

 

「何ですって!?」

 

 

驚愕の声をあげるリアス・グレモリーだったが、その紙の内容を目にしたことにより、ようやく理解したらしく、ラインハルトの次の言葉を待っていた。

 

 

「主犯格はコカビエル。『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部である奴は、日本のこの街にエクスカリバーを所持しながら侵入しています」

 

 

知らないものはいないと思いますがね、と付け足すラインハルトだったが、一誠が分からなさそうな顔をしているのに、リアス・グレモリーは顔を厳しくしているのにも気付く。

 

 

「そして、これが残るエクスカリバーの一つ『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』だ」

 

 

 

「え?いいの、見せちゃって?」

 

 

「………いいわけないじゃんか」

 

 

自分の聖剣を見せつけるゼノヴィア、そして気になるのか質問してくるイリナにラインハルトは純粋に頭を抱えた。

 

 

「じゃあ、こっちが『擬態の聖剣エクスカリバー・ミミック』よ。能力はこうやって形を自由に変える事ができるの」

 

 

 

「……オレが持ってるのは、『結晶の聖剣(エクスカリバー・クリスタル)』。教会が作り出した八本目の聖剣、オレが愛用してる武器でもある」

 

 

三人が自分の聖剣を見せ終えた(一人は渋々だったが)直後、リアス・グレモリーが口を開いた。

 

 

「それが堕天使の組織に奪われるなんて、とんでもない失態ね。しかも、聖書にも乗っている堕天使の幹部がでてくるなんてね」

 

 

「…………生憎、我々も賊の襲撃を受けていて……その隙を狙われましてね」

 

 

顔から表情を消し、真顔になるラインハルト。そして、彼は一枚の写真を提示した。

 

 

「実を言うとその賊の中にいたそうなんですよ………こういう奴が」

 

 

写っていたのは、教会戦士と殺しあっている蝙蝠のような羽を持った男たち………悪魔だった。

 

 

目の前の男が何を言いたいのかを察したリアス・グレモリーは険しい表情を見せた。

 

 

「………私たちが堕天使と協力してると言いたいのかしら?」

 

 

「可能性の話だ、可能性の」

 

 

「聖剣は堕天使だけではなく、悪魔も苦手としているので上層部も危惧しているんですよ。まぁ、オレもそうですが」

 

 

ライハンルト、及び教会の上層部の考えも分からなくもない。聖剣は対悪魔用の兵装の一つ、それが奪われたとされると敵対している悪魔を疑うのも無理はない。

 

 

だが、そうなると一つの問題がある。

 

 

「……という事は、貴方たちは三人だけで堕天使の幹部からエクスカリバーを奪い返すつもりなの?下手したら死ぬことになるわよ?」

 

 

「大丈夫よ」

 

 

「私もイリナと同意見だが、できれば死にたくはないな」

 

 

「……おう、ゼノヴィアがまともな事言ってるよ、あの脳筋(ゼノヴィア)が」

 

 

「どういうことだ、オイ」

 

 

ボソリと呟いた言葉に反応したゼノヴィアがライハンルトに掴みかかる。イリナが止めようとする中、リアス・グレモリーが理解できないというように言った。

 

 

「……っ!死ぬ覚悟でこの日本に来たというの?相変わらず、あなた逹の信仰は常軌を逸しているのね」

 

 

「我々の信仰をバカにしないでちょうだい、リアス・グレモリー。ねぇ、ゼノヴィア、ライン」

 

 

「まあな」

 

 

ラインハルトも声を出さずに頷いた。そもそも彼は信仰などをどうかとは思ってはいないのだから、どう答えてもいいのだが、

 

 

「教会からは堕天使に利用されるぐらいなら、エクスカリバーが全て消滅しても構わないと言われた。オレたちの役目は最低でもエクスカリバーを堕天使の手からなくす事だ。エクスカリバーに対する知識はオレたちのほうが上だしな」

 

 

それだけ言うとラインハルトは二人に目配りをする。

 

 

「それではオレたちはここで暇させてもらいます」

 

 

「あら、お茶を用意するのだけれど」

 

 

いえ、ご好意に感謝しますが……と断りをいれてここから出ようと出口の扉に手を掛けた直後、それが起きた。

 

 

 

 

 

「──もしやと思ったが、君は【魔女】のアーシア・アルジェントか?」

 

 

(………………馬鹿野郎ッ)

 

 

一誠の後ろに隠れていて見えなかったが、そこには金髪の少女がいた。その少女 アーシアの事はラインハルトは良く知っていた…………だからこそ、何も言わなかったのだ。

 

 

「貴方が噂になっていた『魔女』になった元『聖女』さん?まさか悪魔になっているなんて思ってなかったわ」

 

 

「………止めろ。ゼノヴィア、イリナ」

 

 

悪くなり始めた空気にラインハルトが二人を止めるが、関係ないと言わんばかりに彼女たちは続けた。

 

 

「…捨てきれないだけです。ずっと信じてきたので」

 

 

「そうか、ならば斬られるとい」

 

 

「──おい」

 

 

聖剣の柄へと手をやったゼノヴィアに低い声が当てられた。扉を開けようとした状態で放たれた威圧は凄まじいもので全員が動きを取れなかった。仲間であるゼノヴィアとイリナも硬直していた。

 

 

そんな二人に言い聞かせるようにラインハルトは言葉を紡いだ。

 

 

 

「別にお前らが何をしようが勝手だけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

いいのか?『あの人』がこの事を知ったら、ただじゃすまないぞ」

 

 

それだけだった。

 

 

『あの人』という言葉を聞いた直後、二人の顔が変わったのだ。余裕から焦り──そして、『あの人』に対する畏怖へと。

 

 

「………………」

 

 

ゼノヴィアは冷や汗をかきながら、無言で聖剣から手を離す。イリナも同じように何も言えずにいたが、ラインハルトがアーシアの前へと駆け寄り、頭を下げた。

 

 

 

「……申し訳ありません、アーシアさん。ゼノヴィアたちは貴方の事を良く知らなかったので」

 

 

「……いえ、大丈夫です。その通りですから」

 

 

混乱しながらも彼女は謝罪を受け入れた。その様子に心配していたラインハルトは別の方向に目を向ける。

 

 

 

 

先程から三人に………正確には彼らが持つ聖剣に殺気を向けている金髪の青年 木場に。

 

 

「で、貴方は何者なんだ?さっきからオレの聖剣を睨んでるけど」

 

 

「君たちの先輩だよ。失敗作だったそうだけどね」

 

 

木場の周りに生み出されたのは複数の効果を持つ魔剣。その剣と木場の言葉から察したラインハルトは木場の正体を告げる。

 

 

「………ふぅん、つまり『あの計画』の生き残りですか、師匠から聞いていたけど」

 

 

 

「僕の力は無念の中で死んでいった皆の思いの結晶、この力で聖剣所有者を倒して、聖剣を破壊する!」

 

 

ピタリとライハンルトの動きが止まる。聞いてはいけない言葉を聞いたように硬直した彼はボソリと口にした。

 

 

………………コイツ、今なんて言った?

 

 

 

 

「聖剣を、破壊する、だと?」

 

 

突如、木場の周りに生み出された魔剣が砕け散った。音もなく、一瞬で。

 

 

それをしたと思われるラインハルトは『結晶の聖剣』を握り、二つの碧眼で木場を睨んだ。

 

 

「舐めるなよ、悪魔が」

 

 

冷たく冷ややかだが先程の二人を注意した声とは違う、明らかに一つの感情が籠った声だった。聖剣の先を首元に突きつけるように向け、金色の髪を振り払った。

 

 

 

「いいだろう、そこまで言うなら勝負してやる………そして、教えてやるよ。

 

 

 

 

 

 

自分がどこまで図に乗ったのかをな」

 

 

 

 

 

 

 

 

校庭に出た後、リアス・グレモリーの眷属、女王(クイーン)である姫島朱乃が結界を張っていた。

 

 

その結界の中で睨み合っていた、木場とラインハルトは互いの得物を構えていた。

 

 

 

「遊ぶつもりはない、格の差を見せてやる」

 

 

聖剣を地面へと突き刺したラインハルトはそう告げる。突如、銀色の世界が作り出される、いや『結晶の聖剣』によって作り出された結晶が周りを包み込もうとしていたのだ。

 

 

「………嘘だろ!?」

 

 

校舎の近くで見ていた一誠はその光景に戦慄する。その結晶の波が結界の壁へと迫っていたのだから。

 

 

「真のエクスカリバーでなくともこれほどの威力。七本全部を消滅させるのは修羅の道か……」

 

 

結晶となり、刀身が砕け散った剣を捨てて、新たに魔剣を生み出した。炎と氷、二つの魔剣を手に持ち、木場はラインハルトの聖剣へと斬りかかる。

 

 

 

「この程度か……………舐められたものだな」

 

 

ぶつかり合った炎氷の魔剣が接触すると同時に、聖剣と同じ材質の結晶へと変化し粉々に砕ける。

 

 

悔しそうに木場は柄だけを投げると新たな魔剣を作り出す。

 

 

───身の丈以上の巨大な剣。

 

 

「君の聖剣の破壊力と僕の魔剣の破壊力。どっちが上か勝負だ!」

 

 

「その必要はない」

 

 

二メートルを超える巨大な魔剣を降り下ろそうとする木場に聞こえるか分からない声で呟いたラインハルトは聖剣から手を離し、真上へと投げ飛ばした。何のつもりだ、と全員が思う中───木場の方に走り出した。

 

 

 

 

そのまま素手で魔剣を降り下ろす木場の手首と襟を掴み、地面へと叩きつけた。身体への衝撃と共に木場の手から魔剣が離れる。

 

 

「がっ、ふ!」

 

 

埋め木場はすぐさま起き上がろうとするが、首に手刀が食い込んだ。意識を失い、崩れ落ちる木場にラインハルトは落ち着いた様子で見下ろす。

 

 

「………聖剣だけが強みだと思うなよ、悪魔の剣士」

 

 

空中に舞い、落下してきた聖剣を掴む。何度か振り回し、背中へと仕舞い込んだ。

 

 

「やることは終えた。帰るぞ、二人とも」

 

 

「あぁ、分かった」

 

 

「………えぇ」

 

 

一誠たちと同じように遠くにいた二人がラインハルトの近くに駆け寄っていった。そのまま何も言わずに去ろうとしたが、

 

 

「あ、そうだ。赤龍帝、言い忘れてた」

 

 

振り返ったラインハルトに一誠は理解できないように首を傾けた。そもそも初対面なので、何を言いたいのかは一誠はわからなかったのだが。

 

 

そんな一誠を気にする様子はなく、ラインハルトはとある事実を言い放った。

 

 

「『白い龍(ヴァニシング・ドラゴン)』と『漆黒の龍(クロムス・ドラゴン)』は目覚めてる」




今回の話で原作とは違うところ、


・新しく増えた聖剣『結晶の聖剣(エクスカリバー・クリスタル)

・木場と一騎討ちして気絶させたラインハルト、曰くライハルさん。

・そして、ライハルさんが一誠に伝えた『漆黒の龍(クロムス・ドラゴン)』の存在。


この三つです!


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再開・秘密

前書きって何書こうかな?分かんないですな。



ていうか、この話を読む前に原作を読んだ方がいいですよね、コレ。


「これの何処が有名な御方の絵だ!?私は知らないぞ!!」

 

 

「何よ!あの商人のおじさんが嘘ついてたって訳!?」

 

 

 

「………………ハァ」

 

 

がむしゃらに頭をかきむしりたくなるラインハルト。美形、イケメンと称される顔には凄い疲労が見えている。

 

 

 

 

何故、こんな事になっているのか……まとめてみよう。

 

 

・全財産をイリナに預けて別々に行動していた。

 

 

・目を離した隙に変な絵(曰く有名な人が描かれたものらしい)を買ってた。

 

 

・全財産ゼロ/(^o^)\おわた ←今ここ

 

 

最早もの乞いをしそうな勢いにラインハルトは決断する。無駄のない動きで携帯を取り出し、パカリと開く。

 

 

 

「……ライン、何をしてるんだ?」

 

 

言い合いをしていたゼノヴィアがラインハルトの様子に気付く。振り返らずに携帯を操作しながら、ラインハルトは口を開く。

 

 

「あぁ、『あの人』に連絡する。それの方が───」

 

 

 

「「待って待って待って!!」」

 

 

喧嘩をしていた二人が携帯を耳に当てたラインハルトの腰にしがみつく。

 

 

 

「考え直すんだ!ライン!!師匠にこの事が知られたら不味いだろう!?」

 

 

 

「うるせぇ!オレだって嫌だよ!でもどうするつもりだ、こんな事黙ってたってバレたら間違いなく『死ね』って言われて斬られるぞ!?」

 

 

………そこまで言うのかと思うが、生憎それを知るのは彼らだけだ。最も、彼女たちの反応からして、そうである可能性が高い。

 

 

「お願い、ライン!何でもするから、それだけは!!」

 

 

「うん、だったらまず止めて!今のオレたちの状態ヤバイから!ヤバイことになってるから!」

 

 

そう、彼の言う通りだ。三人称で見てみると二人の美女に泣きつかれてるイケメンに見えなくもない、そしてイリナの何でもするという発言にラインハルトに対する視線が冷やかなものになっている。

 

 

 

 

 

 

「……………なにやってんだよ」

 

 

そんな状況の中、ラインハルト(及び彼女たち)は救いを得た。訝しげな視線でこの現状を見られてたが、彼は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまい!日本の食事はうまいぞ!」

 

 

「うんうん!これが故郷の味よ!」

 

 

「………ここファミレスだから故郷の味と言われましても」

 

 

ラインハルトがそう指摘するが、彼女たちは何も返さずに食事に夢中なっている。まぁ、そのラインハルトもステーキを頬張っていますが。

 

 

そんな中、一誠が意を決した様子でハッキリと言った。

 

 

「エクスカリバーの破壊に協力させてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?いいけど」

 

 

「まぁ、一本ぐらいはいいだろう」

 

 

 

「ちょっとライン、ゼノヴィア!?いいの、相手は悪魔よ?」

 

 

………意外な二人が許可を出した。その事に全員が唖然としていたが、我に戻ったイリナが驚きながら、引き留めようとする。

 

 

 

「私たち三人だけでは正直つらい…………私は無駄死にしたくないのでね」

 

 

 

「あの人も言ってたろ、死ぬことは許さないって………帰ってもすぐに斬られそうだけど(ボソッ)」

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、悪魔ではなくてドラゴンの力を借りたことにすればいい。これなら文句は言われない」

 

 

今度こそイリナは少し不満げだったが、渋々納得する。協力が結べたことに一誠たちは素直に喜んでいた。

 

 

それから一誠は協力者を呼ぶといい連絡をしてから少し経ち、

 

 

「あのさ、お前の言ってたのって『漆黒の龍ヴェルグ』って奴だよな?」

 

 

そんな様子の一誠が怯えたように話しかけてくる。

 

 

「覚えときなよ、そいつは『二天龍』を圧倒した最強の龍なんだから…………きっと、お前の事を探してるかもしれないから」

 

 

マジか!!?と冷や汗をかく一誠。だが、彼らは知らない。

 

 

既に一誠はその『漆黒の龍』を宿す人間に監視されてることを。

 

 

 

 

 

 

「話は分かったよ」

 

 

聖剣を破壊するという話に駆けつけた木場はそう言いながら椅子に座る。そして、ラインハルトたちを睨み付けて皮肉げに言った。

 

 

「正直言うと、エクスカリバー使いに破壊を承認されるのは遺憾だけどね」

 

 

「………………ふぅん、そう言えるほど自分が強いと思ってるのか?」

 

 

木場の態度に威圧を向けるラインハルト。その言葉に動じるつもりのない木場に彼は十字架を見せつける。

 

 

そして、木場祐斗の真実に触れる事を告げる。

 

 

「お前のやってることは八つ当たりだ。ただ自分と仲間を殺そうとした聖剣が憎いだけの私怨だろう。ならそう言えばいい。死んでしまった仲間の無念を晴らす為とか、

 

 

 

 

 

死んだ人間の気持ちを代行する代行者のつもりか?イザイヤ」

 

 

「!!?」

 

 

完全に心臓が止まったと錯覚したのだろう。硬直した木場の喉からひゅうっと掠れた音が漏れる。

 

 

「どうして、その名前を」

 

 

「聖剣計画の生き残りはお前だけじゃないんだよ………まぁ、オレでもないけど」

 

 

ラインハルトはそれだけを言うとドリンクをグビグビと飲み干す。ラインハルトの言葉の真意に頭を捻らせていたが、話を進めるととある事実が分かった。

 

 

バルパー・ガリレイ。

 

皆殺しの司教の異名を持つその男が聖剣計画の黒幕であり、木場の復讐の相手だった。

 

 

一誠と子猫は木場の復讐に手助けをすると宣言する。彼らは仲間を失いたくないという事実を告げる。

 

 

そして木場の過去を聞いた匙とかいうのも感動したといい号泣していた。

 

 

皆で話し合い、互いに聖剣を破壊するチームを結成した。

 

 

 

 

 

 

 

これだけならいい展開だったのに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の目標はソーナ会長とできちゃった結婚することだ!」

 

 

「俺の目標は部長の乳を揉み、吸うことだ!」

 

 

 

「君たち…………説教受けるか、聖剣で斬られるか選べよ」

 

 

この後、調子のった一誠と匙がいかがわしい談話をして、溜まりにたまったストレス故にぶちギレたラインハルトに説教されてるのを木場は子猫と一緒に苦笑いしながら見守っていた。

 

 

 

 

 

ファミレスで一誠たちとラインハルトたちが話し合ってる途中、近くの建物の屋上から彼らを見ている、いや話を聞いてる者がいた。

 

 

彼らの話し声が流れる手に収まるタブレット端末の電源を切る。そして、耳に付けたイヤフォンを起動させた。

 

 

「連絡だ、赤龍帝と聖剣使いが接触した。どうやら、互いに協力して教会の聖剣をへし折るつもりらしい」

 

 

『そうか…………だが、コカビエルはどうするつもりだ?アイツは仮にも大戦を生き延びた堕天使だ、無策で行くとは思えんが』

 

 

聞こえるのは男性の声。ダンディな男性と思わしき人物に青年は他の機械を片手で弄くる。

 

 

「聖剣使いに切り札があるらしい。万が一の場合、俺が行くつもりだ。……………だが、そんなことはどうでもいい」

 

 

青年は立ち上がり、睨み付ける。ラインハルトたちが所有するもの─────聖剣を。

 

 

そして、とんでもない事実を口にした。

 

 

 

「アンタの予想通り、教会の聖剣は偽物(フェイク)だ」

 

 

『…………やっぱりか』

 

 

耳に付けた機器から発せられた声は自然と納得していた。それから少し静かになっていたが、納得した理由を続ける。

 

 

『まぁ、分かってたんだがな。湖の精霊が簡単に王の聖剣を渡す訳がない、渡すくらいなら全力で抵抗する筈だ』

 

 

「あっさりと渡したことに違和感を持たない教会は相当の能天気かただの馬鹿のどちらかだろ」

 

 

結局は後者だろうがな、と青年は付け足す。面白かったのか機器から男性の笑い声が響く。

 

 

『だが、問題は本物はどうしたか、だ。一生懸命天界と教会が探してたエクスカリバーを精霊たちはあいつらの目から逃れて、何処に隠したのやら』

 

 

「まぁ、天界はともかく、教会が手にいれたとしても、ろくなことはしないだろうな。借り物とか言ってへし折って弄くってそのままパクる連中だ」

 

 

彼の言うことは分かる。かつて天界及び教会は大戦でエクスカリバーを折ってしまい、その折れた欠片を使い、八本の聖剣を作ったのだから。

 

 

自分から見ても信用できない、それが彼の意見だった。

 

 

『その町にヴァーリが向かってる。二人でコカビエルを連れ戻してくれ』

 

 

「あぁ、分かった。アザゼル」

 

 

 

そう言って青年は通信が切れたのを察する。そして視線を戻し、聖剣を振るうラインハルトに説教されてる二人を見て呆れたように、心底呆れたように呟く。

 

 

「あんなのが赤龍帝とか…………世も末だな」




聖剣が偽物という話ですが…………そもそも聖剣が簡単に折れるとかおかしくないですかねぇ?


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堕天使・聖剣

数週間ぶりの投稿。待っていた方々、迷惑をかけてしまいました。


あと注意ですが、グロい描写が少しあります。


ラインハルトたちから聖剣を破壊する許可を得た一誠たち。彼らは木場が出会ったという、フリード・セルゼンを誘い出す為に神父服を着込んで数日間、街中を歩き回っていた。

 

 

 

「………今日も成果なしかよ」

 

 

 

同行していた転生悪魔の匙がそう呟く。自分達の主にバレないように行動している彼らは夕方までしか活動できていないのだ。

 

 

全員が諦めて、解散しようとしたすぐ直後───真上から声が響いた。

 

 

 

 

 

「神父の一団にご加護あれってね!」

 

 

 

狂ったように笑った白髪神父が両手に握った長剣を振りかぶる。一般人なら避けられずに斬られてしまうが、生憎彼らは悪魔だ。避けられない速さではない為、全員が回避に成功する。

 

 

 

 

 

「あちゃー、避けられちった!僕ちんしくじっちゃったかも?」

 

 

「フリード!!」

 

 

おどけた様子の白髪神父 フリードは口を裂きながら、地面に突き刺さった長剣を嬉しそうに撫でる。

 

 

顔色を変えた木場がすぐさま二本の魔剣を創り出す。両手に持ちながら、持ち前の速さでフリードへと斬りかかっていく。

 

 

 

「チッ、めんどくせえっす!でも俺さまのエクスカリバーちゃんはイケメン君の魔剣じゃ…」

 

 

ガキィィィン!

 

 

 

「相手になりませんぜ!」

 

 

だが、フリードが所有する長剣 聖剣(エクスカリバー)を振るえば、魔剣は簡単に砕かれる。新しく創り出そうとする木場に追い討ちを仕掛けるように、フリードが突っ込んで聖剣を薙ぐように払った。

 

 

「……木場!」

 

 

焦ったように一誠が叫び走るが、僅かに遅い。悪魔を滅する武器であるエクスカリバーが木場の懐へと吸い込まれるように、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、木場を斬ろうとした聖剣は防がれていた。半透明な色のした結晶で構成された剣に。

 

 

 

 

「………少し遅くなったが、大丈夫か?」

 

 

 

その剣、もとい聖剣の所有者であるラインハルトが一誠たちの前に立ち、声をかけた。

 

 

「フリード!主の名において私たちが断罪してくれる!」

 

 

 

「ヤッホー、イッセーくん!」

 

 

 

「イリナ!」

 

 

そのラインハルトの横に二人が現れる。破壊の聖剣の持ち手であるゼノヴィアはフリードに聖剣の剣先を向け、イリナは後ろの一誠へと手を振っていた。

 

 

 

明らかに不利な状況にフリードが取った行動は単純なものだった。

 

 

 

「めっちゃ増えたじゃねーか!俺ちゃん、マジピンチなんでトンズラさせてもらいやーす!」

 

 

懐から取り出した閃光弾を取り出したフリードはそう言うと、地面に叩きつけた。瞬時に視界を奪われ、回復した時にはフリードはその場にいなくなっていた。

 

 

「クッ、逃がすか!」

 

 

 

「追うぞ、ライン、イリナ!」

 

 

 

「うん」

 

 

 

「僕も追わせてもらう!」

 

 

後を追いかけるラインハルト、ゼノヴィア、イリナに木場も続いていく。何処に逃げているかは、気配で分かる故に迷うことはなかった。

 

 

 

 

 

追いかけてくる四人を視認したフリードは舌打ちをするが、すぐさま顔色を変える。そして、意味ありげに囁いた。

 

 

 

「……………それにしても、あれが『赤龍帝』かぁ。アンタの言う通り、大したこと無さそうですぜ。『ボス』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フリードはこっちだ、絶対に逃がす訳にはいかないぞ」

 

 

彼らが着いたのは廃屋だった。人が住むには大きすぎると思うその廃屋の中に全員が意を決して入る。フリードを探そうとする三人を他所にラインハルトが何かを感じた。

 

 

 

通常ではない殺気を。

 

 

 

 

「ここは……………………ッ、全員止まれぇ!!」

 

 

 

怒号に近い絶叫に前を走っていた三人が歩みを止める。だが、他の二人よりも前に出ていたイリナが振り返った直後に、

 

 

 

 

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

「イリナ!?」

 

 

すぐ足元が何かが飛来し、地面ごとイリナを吹き飛ばした。ラインハルトが止めたことにより直撃は免れたが、重症であるのには変わらなかった。

 

 

 

「ほう、当たったと思ったが………よくやるな」

 

 

 

「…………コカビエル」

 

 

上空で自分たちを嘲笑う存在の名前をラインハルトが漏らした。そもそも自分はコカビエルを倒す為の『切り札』を隠しているが、時間制限がある以上、イリナたちを守っていられない。

 

 

全員を逃がす手段が、無いわけではない。

 

 

 

「───オレが隙を作る。木場、ゼノヴィア、イリナを連れて逃げろ」

 

 

二人はそう囁いたラインハルトを驚いたように見やる。そんな彼らを庇うように、聖剣を握りながら立つラインハルトにコカビエルはつまらなそうに呟く。

 

 

 

「どうした、もう終わりなのか?教会の聖剣使いたちよ」

 

 

「…………………ハッ、いいさ。見せてやる」

 

 

薄い笑みを浮かべた直後、結晶の聖剣を地面に突き刺す。ラインハルトの行為に全員が絶句する中、言葉が紡がれた。

 

 

 

「『結晶の聖剣(エクスカリバー・クリスタル)』、その真価を見せろ───────『聖結晶の銀世界(エリクサー・シルバー・ワールド)』」

 

 

 

ザザザザザザザザザザザ、ザンッ!!と至るところから結晶が生えてくる。先が尖った結晶がコカビエルに襲いかかるが、手を払っただけで多くが粉砕される。

 

 

「──────むんっ!」

 

 

そして、一本の光の槍を投擲する。無限に生え続ける結晶の間を掻い潜り、直後音が消えた。

 

 

「逃げられたっぽいすねぇ、旦那」

 

 

 

「……………だが、無事ではあるまい」

 

 

ビキビキと割れていく結晶を前に後ろから現れたフリードの言葉にコカビエルはそう付け足す。訝しんだ視線を向けるフリードがコカビエルの視線の先へと目を配った。

 

 

 

 

 

 

─────赤い液体が点々と出口に続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………皆は、逃げられたか」

 

 

壁に寄りかかったラインハルトが安心したように呟く。銀色に輝く聖剣を片手にコカビエルたちから逃げてきた彼はすぐさま膝をついた。

 

 

────疲れ、からではない。

 

 

 

「くッ、ごふ」

 

 

喉から溢れ出すドロドロとした液体の感触を感じる。ラインハルトは聖剣から手を離し、自身の腹を貫いたものを確かめる。

 

 

 

光の槍。結晶の世界を作り上げた直後、コカビエルの投げたそれはラインハルトの脇腹を穿っていたのだ。肉に食い込んだ部分に触れたラインハルトは苦痛に顔を歪める。

 

 

 

(この角度に感覚、抜くと出血死するかもしれない)

 

 

ラインハルトの推測通り、光の槍は体の奥深くに食い込み、貫通していた。戦闘に特化した彼には治癒の力は何一つ無い。そうである以上、回復できない彼が光の槍を抜けば、どうなるかは明白である。

 

 

 

 

 

 

そう、彼には(・・・)

 

 

直後、ラインハルトは光の槍を両手で掴む。そして、勢いよく力をいれ、

 

 

「ぐっ、ぐぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

 

激痛に絶叫しながらも、光の槍を引き抜いた。脇腹から凄まじいほどの出血が発生するが、ラインハルトは傷口を押さえながら、静かに呟いた。

 

 

 

「……………任せたぜ、『(みんな)』」

 

 

すると、沢山の小さな光がラインハルトの周囲に漂い始めた。それを確認すると限界と言わんばかりにラインハルトは地面に倒れ込んだ。




無理矢理っぽいですが、話を進めるためなのでご了承ください!


補足ですが、最後の主人公はあと二、三話で登場します。


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事実・禁手

正直言うと主人公たち以外にオリジナルキャラが沢山出るんですねぇ。


どちらかと言うと、数十人以上は確実ですぜ。


ラインハルトたちがフリードを追って後、聖剣の破壊に協力していた一誠と子猫は自分の主であるリアス・グレモリーに、着いてきた匙は生徒会長のソーナ・シトリーに説教とお仕置きをされていた。

 

 

 

そして数時間後、駒王学園の校庭にコカビエルがいることに気付いた彼らはすぐさま学園へと向かった。

 

 

 

すぐさま学園に着いた彼らは目を見開いて驚いた。

 

 

 

「…………なんだよこれ!?」

 

 

 

「四本のいや、三本と一つの核のエクスカリバーを一つにするのだよ」

 

 

 

校庭全体にエクスカリバーを中心にした魔法陣が描かれていた。それに絶句した一誠に答えたのは司教のような服を着た男。

 

 

 

「バルパー、あとどれくらい時間がかかる?」

 

 

 

「五分もかからんよ」

 

 

 

バルパーと呼ばれた男が即答する。上を見上げれば、黒い翼を何枚も広げたコカビエルがニヤニヤと笑っていた。

 

 

「そうか…………さて、どの魔王がくるのかな?」

 

 

 

「お兄さまたちの代わりに私たちが相手よ!」

 

 

高らかと宣言するリアス・グレモリーにコカビエルは指を鳴らす。

 

 

直後、近くにあった体育館が光の槍によって破壊された。ほぼ完全に、跡形もなく。

 

 

 

「つまらないな。だが余興にはなるか?まずは俺のペットと遊んでもらおうか」

 

 

そう言ったコカビエルの下から沢山の猛獣が出現する。三つ首の猛犬、ケルベロスと呼ばれる怪物が一斉に牙を剥いた。

 

 

一誠は神器の力で皆の力を倍加させ、リアスは消滅の魔力で消し飛ばし、姫島は雷の魔力で焼き焦がし、子猫が容赦なく殴り飛ばしていった。後ろにいたアーシアは一誠たちの傷を癒していく、その状況に変化が起こった。

 

 

 

「加勢に来たぞ」

 

 

「ごめん、皆。遅れたね」

 

 

合流したゼノヴィアと木場がケルベロスの掃討に協力し始める。アーシアの前に立って戦おうとする一誠にゼノヴィアが声をかけた。

 

 

 

「兵藤一誠、ラインはどうした!」

 

 

 

「来てない!一緒じゃないのか!?」

 

 

 

「……………ッ、なんだと?」

 

 

直後、浮遊していた三本の聖剣が輝く。神々しい光が放たれると同時に、三本の聖剣が重なり、一本の強力な聖剣へと変わっていた。

 

 

 

「完成だ、エクスカリバーが一つになる」

 

 

 

「ほう、それがか。それと下の術式も完成だ。あと半刻ほどで町が崩壊するだろう」

 

 

一誠たちがその事実に驚愕する。コカビエルは下にいたフリードに、エクスカリバーを指差しながら言った。

 

 

「フリード。完成したエクスカリバーを使って戦ってみろ、余興だ」

 

 

 

「はいな!まったく旦那は人づかいが荒いッスねぇ」

 

 

やれやれという仕草をすると術式の中心にあるエクスカリバーを掴んだフリードは高笑いをしながら、一誠たちの前に立ち塞がる。

 

 

 

「バルパー・ガリレイ。僕は聖剣計画の生き残りだ」

 

 

 

「ほう、数奇なものだな。こんな極東の地で会うとはな。だがな、私は感謝しているのだよ。お前たちのおかげで私の研究は完成したよ」

 

 

 

「完成?僕たちは処分されたはずだ」

 

 

魔剣の先を向けた木場はバルパーの言葉に眉をひそめる。確かに処分したというから、失敗とされるのが普通だろう。

 

 

だが、この男 バルパー・ガリレイは普通ではなかった。

 

 

「聖剣を使うには因子が必要だ、被験者たちはそれぞれが微量な因子を持っていた。私は因子だけを集めることはできないかと思ってね」

 

 

 

「…ッ!同志たちを殺して因子を抜いたのか!」

 

 

 

「あぁ………………だが中々に高い因子を持っていた被験者が数人生き延びていたらしい。一人は教会に保護されたらしい。そして後の二人は…………まぁ、別に関係はないだろう」

 

 

殺気を隠さずにいる木場を前にしてもバルパーは楽しそうにしていた。そして、ポケットから取り出した手の平サイズの結晶を木場に見せつける。

 

 

 

「そうだ、これがそのときのものだ。もう必要ないから貴様にくれてやろう」

 

 

 

「…皆…」

 

 

木場はかがみこんでそれを拾う。そして愛おしそうに、哀しそうに、懐かしむように結晶を撫でた。

 

 

その時、結晶が輝きだして木場のまわりに青白く輝く少年少女たちが現れた。

 

 

実験の果てに処分された者たち、そんなことはすぐ分かるだろう。

 

 

 

「ずっと……ずっと、思ってたんだ。僕だけが生きていていいのかって……。僕よりも夢を持っていた子、僕よりも生きたかった子がいた。それなのに、僕だけが平和な暮らしをしていいのかって……」

 

 

 

『……………違うよ』

 

 

少女の魂が俯いていた木場の近くに近寄っていた。思わず顔を上げた木場に少女は優しい笑顔を見せ、その少女の隣に寄り添うように青年の魂が現れた。

 

 

 

『俺は、皆は、死んでしまった。でもキミは生き延びた。だからこそ生きて欲しいんだ。俺たちの為にじゃなくて、キミ自身の為に』

 

 

 

「─────シア、ルディク」

 

 

瞳から涙を流す木場は二人の青年と少女の名前を漏らした。二人は微かに笑うと回りにいた少年少女たちに目配りをする。そして頷いた全員が口を開いた。

 

 

 

聞こえたのは、木場が知っている歌だった。聖剣計画で苦しんでいた時、全員で歌ったその歌────聖歌を。

 

 

 

 

 

「…………やめろ」

 

 

 

 

「……フリード?」

 

 

ピタリとその光景を見ていた全員が振り向いた。声を上げたのはフリードだった。聖剣を持ってヘラヘラとしていたフリードはその歌を聞いた直後、顔を押えていたのだ。

 

 

 

血が滲むほどの力で顔に食い込んだ指の間から赤い瞳が木場を捉えた。

 

 

 

「やめろ、それ以上歌うんじゃねぇ、マジで止めやがれよ。俺の前でその歌を、アイツらを死なせたクソッタレの教会の、神の歌を止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

戦いなど関係のない、子供の癇癪の如く我武者羅に聖剣を振り回し、勢いよく斬りかかった。

 

 

 

聖剣は白い光の壁に弾かれ、頭を押さえたフリードは悪態をつきながら、光を睨んだ。

 

 

 

聖歌を口ずさんでいた魂たちが輝き始める。そして、一つの光となり、木場を包み込んだ。

 

 

 

『僕らは一人ではだめだった』

 

 

 

『私たちでは聖剣の因子が足りなかった』

 

 

 

『聖剣を受け入れるんだ』

 

 

 

『怖くなんてない』

 

 

 

『神がいなくても』

 

 

 

『僕たちの心はいつだって』

 

 

 

 

「………………一つだ」

 

 

彼らに続くように木場は紡いだ。そして、エクスカリバーとは違う、優しく神々しい光が周囲に漂っていた。

 

 

 

『…………相棒』

 

 

その光景を目にして泣いていた一誠はその声に反応する。一誠の神器 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』から響いた声は更に続けた。

 

 

『あの騎士は至った───禁手(バランスブレイカー)だ』

 

 

 

 

 

 

 

その出来事を見ていたのは校庭で戦っていた一誠たちだけではなかった。校舎の屋上で見ている者もいたのだ。

 

 

 

「あの光……………まさか」

 

 

 

身に纏った黒い龍の鎧にフードを被った青年。彼はこの光景を知っていた。木場を包み込んだ光が何なのかを知っていたのだ。

 

 

 

 

───かつて自分が、アイツが体験した力。

 

 

『………盟友よ』

 

 

突如、威厳のある声が響く。それと同時に青年が纏っていた軽装の鎧にある宝玉が光り始める。

 

 

『お前が見たかったのはこれか?』

 

 

「………………いや、違う。だが悪くはない、余興にしては充分だろ、ヴェルク」

 

 

片手に握っていたペンダントに力が入る。壊れる直前で力を抜き、静かに傍観することにした青年は笑う。

 

 

 

 

「さぁ、メインデッシュはこれからだ。楽しませてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

光が晴れた木場の手には禍々しいオーラと神々しいオーラに包まれた一つの剣が現れる。その剣を勢いよく振るい、木場は腰を深く落とした。

 

 

「禁手、『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』。聖と魔を有する力、その身で受け止めるがいい」

 

 

騎士としての速さを使い、聖魔剣でフリードに斬りかかる。間一髪、斬撃を避けたフリードは自らの聖剣で次の攻撃を防ぐ。

 

 

 

「嘘だろ!?こんな話『ボス』から聞いてねぇぞ!?オイ!」

 

 

 

木場のパワーアップに焦りを見せるフリード。だが、今の状況でもなお、エクスカリバーを持ったフリードが押される訳ではなかった。

 

 

 

均衡、それがこの状況を表せる言葉だった。

 

 

 

 

「そのまま、抑えておけ!」

 

 

木場の後ろにいるゼノヴィアはそう言うと言霊を唱え始める。彼女の右手付近に亜空間が出現する。

 

 

「ペトロ、パシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。私の声に耳を傾けてくれ。この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する──────デュランダル!」

 

 

 

言霊を唱え終わると同時に、聖魔剣を遥かに凌ぐ聖のオーラを放つ剣がゼノヴィアの右手に収まった。

 

 

 

「デュランダルですって!?」

 

 

 

「貴様、エクスカリバーの使い手ではなかったのか!」

 

 

 

驚愕するグレモリー眷属たちとコカビエル。聖魔剣とデュランダルを前にしたフリードは身体を震わせていた。怒りとも笑いとも言えないような顔つきでフリードは口を開く。

 

 

 

「…………いいぜ、そこまでやるなら俺ちゃん容赦しねぇぜ?

 

 

 

 

 

 

マジでぶっ殺してやるよ、クソ野郎どもがぁぁっ!!」

 

 

 

エクスカリバーの力を使い、木場の後ろに回り込んだフリードはエクスカリバーで斬りつける。だが、木場は両手に握る剣で防ぎ、横っ腹に一撃を浴びせる。

 

 

 

「それが真のエクスカリバーならば、勝てなかっただろうね。でも、そのエクスカリバーでは、僕と同志の想いは断ち切れない!」

 

 

 

「チィ!」

 

 

舌打ちをして飛び退いたフリードにデュランダルが襲い掛かる。何とかエクスカリバーで防いだフリードはゼノヴィアを押しのこうとするが、

 

 

 

「──────終わりだよ」

 

 

聖魔剣とぶつかり合ったエクスカリバーが砕かれる。二つにへし折れた聖剣を前に木場はそう告げた。

 

 

 

 

 

「終わるのは……………テメェだぁぁぁっ!!!」

 

 

身体を限界まで捻り、木場の脛を蹴り飛ばしたフリードは壊れた聖剣を投げ捨てると懐から光の剣を取り出した。バランスを崩した木場に止めを差そうと、フリードは光剣を叩きつけた。

 

 

 

 

だが、聖魔剣の前では普通の光剣など意味をなさず、刃は簡単に消失した。

 

 

 

絶句するフリードの首もとに、木場は峰打ちを打ち込む。意識を失い、倒れるフリード。その事を確認した木場は壊れた聖剣に目を向ける。

 

 

 

「見ていてくれたかい? 僕らの力はエクスカリバーを超えたよ」

 

 

ビシィッ!とヒビが入ったエクスカリバーは粉々に砕けた。破片は周囲に散らばり、吹き飛んだ聖剣の核もゼノヴィアの足元に落ちた。

 

 

 

空を見上げる木場の顔は、憑き物が落ちたように綺麗だった。



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選ばれた者

今回は彼の切り札が判明します。


「ば、馬鹿な……。聖魔剣だと? あ、あり得ない……。相反する力が混じり合うことなどないはずがないのだ……」

 

 

「覚悟を決めてもらおう、バルパー・ガリレイ」

 

 

ブツブツと呟くバルパーに木場は聖魔剣を構える。何時でも斬れる様子だが、今のバルパーには関係なかった。何かに気付いたように顔を上げ、早口で捲し立てる。

 

 

 

 

「……そうか! わかったぞ! 聖と魔、それらを司る存在のバランスが大きく崩れているとするならば説明はつく! つまり、魔王だけでなく、神も─────ガッ!?」

 

 

真実にたどり着いたバルパーが言葉を続ける事はなかった。

 

 

 

何故なら、バルパーの胸にはコカビエルが放った光の槍が突き刺さっていたからだ。胸から流れた大量の血液が地面を汚し、血を失ったバルパーは動かなくなった。

 

 

 

「お前は優秀だったよ、バルパー。そこに思考が至ったのも優れているからだろうな。しかし、お前がいなくても俺は別に自分だけでやれる」

 

 

そのバルパーを見下ろしたコカビエルはそれだけを言う。そして一誠たちに目を向けた直後、

 

 

 

「────ふっ!」

 

 

巨大な結晶の塊が飛来してきた。コカビエルはそれを腕を薙ぐことにより粉砕するが、無数の飛礫(つぶて)がコカビエルの身体を叩いた。

 

 

飛礫の雨を受けてもなお、平然としたコカビエルは周囲を見渡した。すると、一誠とゼノヴィアの横に青年が降り立った。

 

 

 

「ライン!」

 

 

赤く染まったシャツの上に神父服を着込んだラインハルトの名前をゼノヴィアは切羽詰まった様子で呼ぶ。普段優しい筈のラインハルトはそれに答えず、コカビエルだけを静かに睨んでいる。

 

 

 

「ほう?無傷では済まないと思ったが、貴様は動けるようだな」

 

 

「……………抜かせよ、コカビエル」

 

 

面白そうに笑うコカビエルに冷たく答える。結晶の聖剣を片手に構え、静かに隙を狙おうとしている。その様子に、心底おかしいと言わんばかりにコカビエルは笑った。

 

 

「──しかし、仕えるべき主を亡くしてまでもお前達のような神の信者と悪魔はよく戦う」

 

 

「…なに?どういうことだ!?」

 

 

「………………」

 

 

「ハハハハハハッ!そうか知らなかったなぁ、そういえば!先の大戦で魔王だけでなく神も死んだのさ!まぁ、俺だけではなくそこの小僧も知ってるだろうがな!」

 

 

 

コカビエルが指したのはずっと沈黙を貫いているラインハルトだった。デュランダルをいつの間にか手から落としていたゼノヴィアはラインハルトに問いかけた。

 

 

 

「……本当なのか?」

 

 

 

「………………………」

 

 

 

「……本当に、使えるべき主は、いないのか?」

 

 

 

「………さっきも見ただろ。木場の『禁手』みたいな事も前に何回かあったらしい。それは本来いるべき神がいないから、システムに異常が発生してるからだ、って師匠が教えてくれた」

 

 

「………そんな、嘘だ」

 

 

事実を知ってしまったゼノヴィア、そして一誠の近くにいたアーシアは放心状態になっていた。そうだ、聖書の神を主として祈りを捧げてきた者たちだからこそ、そのショックはリアス・グレモリーよりも強いだろう。

 

 

 

「───一誠、木場、ゼノヴィアを頼む」

 

 

だが、ラインハルトは違った。

 

 

 

 

 

 

「コカビエル。貴方が聖剣を盗み、この町を消そうとしたのは、全て戦争を起こすためか」

 

 

 

「あぁ、そうだ!俺は戦争を始める!そして堕天使こそが最強だとサーぜクスにもミカエルにも示すのだよ!」

 

 

戦争をしたいだけ、その言葉に一誠とリアス・グレモリーが憤りを見せる。だがラインハルトは、肩を震わせる。そして抑えきらないかのように、笑い声を上げた。

 

 

 

「何がおかしい?」

 

 

 

「ずっと迷っていたんだ。貴方を倒す為に、オレは『あの剣』を抜いていいのか、『彼女』と精霊たちから授かった『あの剣』を取っていいのか、とな」

 

 

 

そう言った彼の前に、それが浮遊していた。鞘に納刀された一振りの西洋剣。一体何時からあったのか、と全員が思っていた。僅かに光の粒子を漂わせているそれを、ラインハルトは左手で掴んだ。

 

 

 

「だが、よく分かった。貴方という存在を野放しにしてはいけない、そうすれば沢山の人々が悲しむことになる。それだけは許す訳にはいかない」

 

 

『おい、まさか……………その剣はッ!?』

 

 

剣の柄を右手で握ったラインハルトが剣を鞘から抜こうとする。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』から響いた声が驚愕の色で叫ぶ。

 

 

 

 

「未熟なのは分かっている、だがオレに応えてくれ!!───エクスカリバーーーッッッ!!!」

 

 

 

 

直後、世界を光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!この光………なんだ?貴様のその剣は!!」

 

 

 

「───────エクスカリバー、かつて騎士王が所有していた星の聖剣。人々の願いと希望を具現化した神造兵器。貴方が利用した教会の偽物ではなく、正真正銘本物の聖剣だ」

 

 

聖魔剣、デュランダルを越える程、神々の如くの光を纏ったエクスカリバー、それを手にしたラインハルトは静かに告げる。

 

 

輝かしい光の粒子が反射した金髪を揺らしたラインハルトの様子にコカビエルは押されたように後ずさる。それが唯一の隙となった。

 

 

 

「残念ながら、遅い」

 

 

フォン!という切れ味の良い音が一瞬だけ響く。数秒だけ遅れて、コカビエルの身体の一閃された傷から鮮血が吹き出す。

 

 

 

「……………ぐっ、はぁっ!?………いつの、間にぃ」

 

 

 

出血の激しい傷口を片手で押さえて、黒い翼を広げ空中に退避する。だが、すぐさま背中を強い衝撃が叩きつけた。

 

 

コカビエルにすら見えない速さで移動したラインハルトが踵落としを浴びせたことに一誠たちが気付いたのは、コカビエルが地面に落ちてすぐだった。

 

 

 

 

「…………すげぇ」

 

 

先程まで凄まじいくらいの力で圧倒していたコカビエルを押しているラインハルトに一誠は絶句していた。

 

 

 

「……………ライン」

 

 

失意のドン底にいたゼノヴィアは今もなお戦おうとする剣士の姿に見惚れていた。彼女が憧れ、同じように仲間と共に弟子入りした、師匠と慕う存在を思い出していた。

 

 

 

『あの剣、本当に…………アイツが』

 

 

一誠の神器に宿る赤い龍も、まるで懐かしいものを見守るような声を漏らす。

 

 

 

 

「……加減はしない、すぐに終わらせる」

 

 

地に堕ちたコカビエルの眼前でラインハルトはエクスカリバーを掲げる。

 

 

 

「───束ねるは星の息吹」

 

 

 

 

「───輝ける命の奔流」

 

 

 

 

「───受けるが良い!『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ッ!!!」

 

 

 

「ぬ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!?」

 

 

 

自分を呑み込もうとする光の奔流にコカビエルは押し返そうとする。だが徐々に押されていき、

 

 

 

 

 

 

 

 

街を包んでいた輝いていた光が一瞬にて消え去った。

 

 

「がふっ、ごぼぉっ!!」

 

 

「ッ、ライン!」

 

 

エクスカリバーが消えると同時に口から大量の血を吹き出す。そのまま膝をつくラインハルトにゼノヴィアが駆け寄った。

 

 

 

「…………………まさか、ここまでの実力者だとな」

 

 

声がした。息が止まったように錯覚してしまう。未だにたくさんの煙が充満している為、よく見えないが声からしてコカビエルだと分かった。

 

 

 

 

 

「人間風情がこの俺を追い込むとは思っていなかった。それは失態だったと認めよう」

 

 

「…………うそ、そんな、」

 

 

煙が晴れると同時にリアスの顔が一気に青ざめた。コカビエルは無傷ではない。右から胴体の半分が焦げたように煙を出し、右肩から腕が喪失している重症だった。

 

 

だが、コカビエルは立っていた。それほどの傷を受けながら、エクスカリバーの攻撃を受けた筈なのに………、

 

 

 

「だが、どうやら貴様の身体が耐えられなかったようだな。そのお陰で俺も何とか生き残れた」

 

 

実際の通り、ラインハルトは最早動くことすら出来ないほどに疲弊していた。真のエクスカリバーを扱うには、彼はまだ未熟すぎたのだ。

 

 

 

「そして、この戦いに勝ったのは俺だ。貴様と周りの雑魚どもを皆殺しにして戦争を引き起こすとしよう!」

 

 

 

 

「………………クッ」

 

 

「……………チクショウ!」

 

 

動けないラインハルトが悔しそうに顔を歪め、一誠が地面を殴りつけた。だが、そんなことをしても結果は変わらない。コカビエルは高笑いをしながら、巨大な光の槍を生み出し、その手に握る。

 

 

そして、この場の全員に止めを差すために槍を───、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ、コカビエル」

 

 

ズドォン!!と破裂音が鼓膜を叩いた。その一瞬で光の槍はコカビエルの手ごと吹き飛んでいた。突然の激痛に腕を押さえ、絶叫するコカビエルは天空を睨んだ。

 

 

 

「それ以上の勝手を許したつもりはない。残念ながら終わりの時だ」

 

 

いつの間にか現れた青年は冷たい瞳にコカビエルを写す。煙を吹くショットガンを片手に背負い、隠すこと舌打ちをした。

 

 

 

 

────そして、今この場に三人の主人公が揃った。

 




途中、雑になったかもしれませんが、辛かったのでどうか勘弁ください。


ラインハルトの切り札の正体は、本物のエクスカリバーです。どういう経緯で手に入れたのかは、後の話で説明します。


そして、名前が出てない最後の主人公の登場。次の話、次の話で出るから!


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物語の始まり

今回で序章は終わりです!まとめに入ります。


今、この場を支配している者は彼だった。コカビエルに並ぶ、いやそれ以上のオーラをわざと放ち、全員に威嚇していたのだ。

 

 

「黒い龍・・・・・アザゼルめ、俺を連れ戻す気か!」

 

 

「そうだ、分かるだろ?自分がどうなるかも」

 

 

スタスタと歩み寄った青年はショットガンを片手で持ち上げる。そしてそのまま銃口をコカビエルの胸元に押し当てて、引き金を引いた。

 

 

 

放たれたのは銃弾ではなく、空気だった。だが、強力な威力の空気はコカビエルを吹き飛ばすには造作もないことだった。

 

 

「・・・・・ごっ、」

 

 

苦しそうに呻き声をあげ、すぐに崩れ落ちるコカビエル。意識を失った事を確認した青年はガシャンッ!とショットガンを鳴らした。そして、首を動かさずに声をかけた。

 

 

 

「フリード、何をしてる。寝たフリはやめろ」

 

 

 

 

 

「・・いやー、お見通しでございますかー。『ボス』」

 

 

そう言って立ち上がったのはフリードだった。木場との戦いが嘘のように爽快とした様子で一誠たちの横を通りすぎていった。

 

 

気絶したコカビエルを片手で掴み上げ、肩に背負った青年。彼は気さくな様子でフリードに声をかける。

 

 

「帰るぞ、フリード。ここにいる必要はもうない」

 

 

「へいーす、了解でござんす!ボス」

 

 

 

 

「ッ、待ちなさい!」

 

 

呆気に取られていたリアス・グレモリーがそう怒鳴る。自分たちの敵であったコカビエルを横取りするかのような横暴が許せなかったのか、彼女の意図はよく分からない。だが、それに対する青年は振り返り、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・あ゛?」

 

 

たったそれだけ。

 

たったそれだけの行為に底冷えさせる感覚があった。彼が発した声にあったのは明確な拒絶、嫌悪、そして─────、

 

 

 

 

 

 

 

それら全ての負の感情を塗り潰す程、大きな怒りと憎悪。数日前、木場が聖剣に抱いていたモノと同じ、それ以上のモノが全員に向けられた。

 

 

 

この青年はその気になれば、一誠たちを皆殺しにできるだろう。だが、いつまで経ってもしようとしない。それに不安を抱いた彼らに、

 

 

 

「勘違いするな、そこの聖剣使いを貴様らに預けるつもりだからな。役に立つのを無闇に殺すつもりはない・・・・それも出来ないゴミなら生かしてやる価値はないが」

 

 

 

 

その心を読んだのか、不愉快そうにそう吐き捨てた。物騒な事を呟く青年に一誠は殴りかかりそうになる。だが、そうすれば何もかもが終わってしまう。だからこそ歯がみすることしかできなかった。

 

 

 

 

フリードを横に従え、コカビエルを背負った青年は再び一誠たちを見て、言葉を紡いだ。

 

 

 

「さてと、帰る前に自己紹介をしてやる。聖剣使い、今代の赤龍帝、そして悪魔とその眷属ども」

 

 

傲岸不遜。そうとも取れる態度に全員が口を出せる状態ではなかった。反論しない一誠たちに、そして気を失う直前のラインハルトに聞こえるような声で彼は名乗った。

 

 

 

「俺は黒月 練。二天龍を殺した真なる天龍、ヴェルクを宿している、貴様ら悪魔が見下してきた『人間』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

覚醒した意識と共に目に入ったのは知らない天井だった。俗にいうテンプレと言われるものを知らないラインハルトは髪をかきながら自分が寝ていたと思うソファから起き上がった。

 

 

「・・・・ここは?」

 

 

「起きたか、ライン」

 

 

声をかけたゼノヴィアに掴みかかろうとしたラインハルトは首を傾げた。別に彼女が居た事に疑問がある訳ではない。問題は彼女の服装だった。

 

 

 

「ゼノヴィア、その服装って・・・学生服じゃ、え?」

 

 

そう、彼女が着ていたのは高校の学生服だった。そしてそれが駒王学園のものなのだから、余計にラインハルトは混乱する。

 

 

いや、それ以外にも多くの謎があった。あの青年、黒月

練という人物はどうしたのか、壊れた聖剣はどうしたのか、そもそもイリナはどうしているのか、早口で捲し立てるラインハルトに制止をかける者たちが居た。

 

 

 

「えぇと、落ち着いてくれないかしら。ラインハルト」

 

 

「・・・リアス・グレモリーさん。どういう事か説明してくれませんか?」

 

 

「そのつもりよ。まずは座った方がいいわ」

 

 

リアス・グレモリーに促され、ラインハルトは近くのソファーに腰かけた。眷属の一誠たちも立ったりしている中、ラインハルトは凄いくっついてくるゼノヴィアに少し違和感を感じていた。

 

 

 

 

「───まず、黒月 練は堕天使の組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』の構成員の一人ね。だけど彼の普通じゃないの」

 

 

「・・・部長、それって」

 

 

「『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』、神器の中で最高峰の天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)の一つを彼は宿しているの」

 

 

 

息を呑む音が聞こえる。無理もない、その神器に宿った存在は、三勢力でも手に負えない二天龍を殺したのだから。

 

 

「・・それと貴方たちの探してた壊れた聖剣だけど」

 

 

 

「あれなら私とイリナが教会に届けた。お前が寝てる間にな」

 

 

「は?オイ待て、イリナ無事だったのか?良かった・・てか寝てる間って、俺はそんなに寝てたのか!?」

 

 

「・・・・・・ざっと一日だな」

 

 

うげぇ!?マジか!!と真っ青になったラインハルト。律儀な性格の彼はゼノヴィアとイリナだけに行かせたことに後悔していたが、理由はそれだけではない。

 

 

 

 

教会の超究極全自動破壊秘密兵器たる師匠が死ぬほど恐ろしいから、だからこそ彼は真面目にしているのだ。

 

 

 

「そしてな、ライン・・・二つぐらい伝えたいことがある」

 

 

「ん?」

 

 

そう思考していたラインハルトにゼノヴィアは気さくに告げた。今の彼にとってはキツすぎる発言を。

 

 

 

 

 

 

 

「教会やめてきた、更に悪魔になった」

 

 

 

・・・、

 

 

・・・・・・、

 

 

・・・・・・・・・、

 

 

 

・・・・・・・・・・・・は?

 

 

 

 

「え?は?ちょえ?え?え?・・・・・・・・え?」

 

 

何を言ったのかよく分かってないラインハルトは一人で混乱(凄いくらいに)している。彼が口にする言葉が全く意味をなしてない程に錯乱していた。

 

 

 

「待って、え?抜けたの?教会、え?いや、ちょっと、待て、悪魔になったって・・・・・ハァ!!?」

 

 

ようやくある程度(理解したくない事実を)理解したらしいラインハルトに詳しいことが話された。何というか、聖書の神の死を口にしたら、許可したらしい。教会ェ・・・・・・・・・。

 

 

「安心しろ、抜けたの私だけじゃなくてお前もだから」

 

 

「安心できない!?何で人の許可をもらわずに───」

 

 

真剣に怒鳴ったが、少しずつ小さくなっていき、途切れる。顔を赤くして憤慨していたラインハルトだったが、今の彼の顔は真っ青を通り越して顔色が気になってくるレベルだ。

 

 

だが、一瞬で顔色の戻した(ただし、異様にひきつった)満面の笑みでゼノヴィアの肩に手を置いた。そして、核心を付く質問をする。

 

 

「なぁ、ゼノヴィア。オレはお前を戦友として、希望を込めて聞くぞ?」

 

 

「ん?何だ、いきなり」

 

 

「──()()()()()()()()()()()?」

 

 

「・・・・・・・・あ」

 

 

そう、彼女 ゼノヴィアは一つの失態を犯していた。単純なものあり、致命的な失態を。

 

 

自分たちの師匠と呼ばれる人物に何も話さずに教会をやめたのだ。彼女自身は忘れてただけのようだが、それがどれ程ヤバイ事なのか、ラインハルトと忘れてたゼノヴィアは知っている。

 

 

 

「「終わったーーーーーーー!!!!」」

 

 

頭を抱えた二人の男女の悲鳴が、オカルト研究部だけではなく、駒王学園に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

この物語の序盤で告げたかもしれないが、改めて告げよう。

 

 

『俺たちは■■■!貴様らから■■を救う為に結成した組織だ!』

 

 

これまでの話は序章、始まりにすぎないのだ。

 

 

『■がいないから、世界をここまで歪んだのだよ!つまりぃ、■を生き返らせればいいのだ』

 

 

三人の主人公が揃った時こそが、物語の真の意味で始動するのだ。

 

 

『■■■■■こそが世界の頂点に立つ者だ。彼女の邪魔は許さん、彼女の願いは我らの願いなのだから』

 

 

つまり、これからだ。

 

 

 

『■■■を見捨てたこの世界を壊してやるゥ!そうだろ、そうするべきだろ!?我が親友、■■ッ!!!』

 

 

 

世界の運命を握る、物語が動き出すのは。

 




最後の主人公 黒月 練。


もしかすると、読者の皆様は気付いてるかも知れませんが、彼は悪魔嫌いです。

堕天使や天使、吸血鬼にですら素直に対応するのに、悪魔に対しては敵意むき出しです。



まあ彼の過去が原因なんですが、


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停止教室のヴァンパイア
騎士王(ナイトロード)


次の章に入っていきます。



「海外から転校してきました、ラインハルトです。まだ来たばかりで日本語はあまり得意ではありませんが、皆様よろしくお願いします」

 

 

先生がいる教卓の真横で金髪長髪の青年 ラインハルトはそう自己紹介をした。違和感が少しあるが、丁寧にまとめられた日本語に教室の生徒たちを沈黙を表す。

 

 

あれ?何か失敗した?と彼が思った矢先、

 

 

 

 

 

「「「「「キャーーーーーーーーー!!!」」」」」

 

 

女子全員の絶叫が響いた。あまりの大きさに耐えきれず 両耳を押さえるラインハルトはそっと慎重に耳を傾ける。

 

 

 

「木場くんと似てるイケメン!」

 

 

「アーシアさんやゼノヴィアさんと同じ、外国から来た人かな!?」

 

 

「格好良い・・・・・・あっ、鼻血が」

 

 

・・・色々な反応をする女子たちに苦笑いをするしかなかった。他の男子たちは舌打ちとかしてるのも、その一部の眼鏡をかけた男子とボウズ頭の男子が血走った目で見てくるのは、ラインハルトは気にしないことにした。

 

 

 

そもそも、何故こうなったのか。ラインハルトは数日前の事を思い出していた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

変えられない(師匠に半殺しという)未来に絶望していたラインハルト。頭を抱え地面に踞った彼に、リアス・グレモリーが声をかけた。

 

 

「貴方、これからどうするつもり?」

 

 

「────え、どうするつもりって・・・・・・」

 

 

横で自分と同じようになってるゼノヴィアを横目に見る。一応、コイツのおかげで教会に戻れなくなった訳だが、確かにどうするかと悩むこと数十秒。

 

 

 

「───あぁ、言っときますけどオレは転生悪魔になれませんよ」

 

 

「え?何でだよ?」

 

 

あっさりとした発言に疑問を持った一誠が問いかけてきた。なりたくないではなく、なれないという言い方が気になったと思ったラインハルトは自身の胸元を叩く。

 

 

「オレって、何というかエクスカリバーと繋がってるらしくて・・・・・・悪魔の力を無効化するんです」

 

 

そう説明したラインハルトに全員が、あぁ~と納得する。納得してくれたのは嬉しいのだが、何かしっくり来ないと思ったラインハルトだったが、含んだ笑いを浮かべたリアス・グレモリーが手を叩いた。

 

 

 

「なら、協力しないかしら?貴方をこの街に住めるように配慮してあげるから、手助けをする───という風にね」

 

 

勿体ないくらいの条件だとラインハルトは頷いた。そもそも住める場所があるんなら問題はないと彼は理解していたから。リアスが提示した交渉は飲んでもいいものだった。

 

 

 

 

「そうだ、ライン」

 

 

「何だよ、色々やってくれたゼノヴィア」

 

 

「私はこの学園に通うことにしたんだが、仲間がいなくて少し寂しい」

 

 

「・・・その割には元気そうですが、」

 

 

ソファーに腰をかけて子猫から貰ったお菓子を口に含むゼノヴィアは首を傾げる。呆れた溜め息を漏らしたラインハルトの肩に手が置かれる。その手で肩を掴んだゼノヴィアはハッキリとこう言った。

 

 

「お前も学園で学んだらどうだ?」

 

 

「うん?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

自己紹介が終わり、何時間もの授業を終えたラインハルトは沢山の女子生徒から屋上に退避していた。

 

 

「なに黄昏てんだ、イケメン」

 

 

「そう言うなよ・・・一誠」

 

 

女子からの人気を妬むような一誠に呆れたラインハルト。妬む割には意外と気遣いをする彼に悪くはないと考えていたが、

 

 

 

「・・・・なぁ、ラインハルト。少し聞きたいんだけどいいか?」

 

 

突然、一誠が声をかけてきた。視線の先を見るとアーシアとゼノヴィアが他の女子と談笑していたのだ。そして、ゼノヴィアを指差して質問してきた。

 

 

 

「お前やゼノヴィアが言ってた『師匠』ってどんな人なんだ?」

 

 

直後、ラインハルトは考え込んだ。どう答えればいいのか分からないのかもしれない。だが、決心した顔つきの彼の口から、

 

 

 

「──────『聖堂騎士団(ホーリーナイツ)』」

 

 

一つの単語がボソリと囁かれる。不安そうに 何だって?と聞き返す一誠。その単語が何なのか、という意味だと思ったのかラインハルトは続けた。

 

 

「天界直属の戦闘部隊。今までに多くの悪魔や堕天使を殲滅してきた騎士たちだけど、彼らにはリーダーがいる・・・・・人類最強と謳われる騎士」

 

 

 

「『騎士王(ナイトロード)』セルク・レイカー。それがオレたちの師匠の名前だよ」

 

 

「人類、最強?」

 

 

あまりのスケールにポカンとする一誠。まさか冗談だろ?と言いたげな顔にラインハルトは静かに告げた。自分たちの師匠の偉業(所業)を。

 

 

「──数十のはぐれ悪魔を秒殺したり、神滅具使いを素手でボコボコにしたり、数千の騎士たちをぶちのめしたり、他にも」

 

 

「もういい!大丈夫、もういいから!」

 

 

聞きたくなくなってるような話に一誠は真剣に断った。流石にげんなりとしていたが、そんな一誠にラインハルトは飲み物を投げ渡した。

 

 

「もういいならオレからも少し聞かせてくれよ」

 

 

「お、おう。何だよ?」

 

 

「アーシア・アルジェントさんと同居してるんだってな」

 

 

カシュッと缶ジュースが開かれる。一気に飲み干すラインハルトの言葉に不思議そうな一誠だったが、彼はドスの効いた低い声で聞く。

 

 

 

「────手を出してないだろうな?」

 

 

「あ、いや、うーん・・・・・・うん」

 

 

歯切れの悪い口調だが、してないと信じたいラインハルトは身振り手振りで説明した。難しい事を話終えた後、あのなと付け足す。

 

 

 

「どちらかと言うと師匠はアーシアさんの事を凄い可愛がってるんだよなぁ。年下の妹のようにね」

 

 

可愛がってる、それを聞いた時は一誠は笑うしかなかった。嫌な予感しかなかったから。

 

 

 

「・・・もし手を出したら、どうなるんだ?」

 

 

「殺されるだろ、チリも残らず」

 

 

最早即答だった。明らかに合わせたとしか思えないタイミングに今度こそひきつった笑いを浮かべる。手を出してるというか、彼女の裸を見ている以上どうなるかは明白だ。

 

 

 

(・・・・・できれば、会いたくないなぁ)

 

 

 

◇◆◇

 

 

教会本部。イギリスなどに置かれている正教派の主要である者たちが集合している基地。その基地内部で二人の人物が向かい合っていた。

 

 

一人は老人。司教服を着た白髪白髭の老人。年老いたその姿にはただ者ではない気迫を持っている老人は椅子に腰掛けてもう一人の人物と対面していた。

 

 

一人は騎士。光が反射して光る白銀の鎧を纏った黄金の髪をした男。深紅のマントをたなびかせた彼は無表情に徹底して、老人の前に立つ。

 

 

 

「──────報告は以上です。教皇よ」

 

 

「ご苦労だった、『騎士王(ナイトロード)』。すぐに休みたまえ」

 

 

感謝の意を見せる教皇だったが、『騎士王(ナイトロード)』は動こうとしなかった。彼の仕草に顔をしかめた教皇はすぐに彼の考えを呟いた。

 

 

「やはり、彼らは口を割らないか」

 

 

「えぇ、それどころかおかしな話をしています」

 

 

「・・・・・・何?」

 

 

怪訝な顔でこちらを見る教皇に彼は顔色を変えずにいる。そして一句も違えることもなく、彼らと称された者たちの言葉を口にした。

 

 

 

「───我々は何も覚えていない、何一つ分からない、と」

 

 

そうか、と教皇は静かに呟く。片手で拾い上げた資料に目を通すと、溜め息を吐きながら机に置いた。淹れたての紅茶の入ったカップを片手に持った教皇は立ったままの『騎士王(ナイトロード)』に差し出す。

 

 

「飲まないか、好みかはよく分からないが」

 

 

「・・・・・ありがたいですが、ご好意だけ受け取らせていただきます」

 

 

対して『騎士王(ナイトロード)』は白銀の籠手でそれを制した。失礼します、と出ていこうとする『騎士王(ナイトロード)』の背中に教皇は声をかけた。

 

 

 

 

「・・・・・教会を抜けた弟子の子たちが気になるのか?」

 

 

「───お戯れを、主の威光から離れた者。執着などあるはずがありません」

 

 

そう言って出ていった『騎士王(ナイトロード)』はそのまま自身の部屋に戻る。多くのシスターや神父が頭を下げてきたが、彼は適当に対応して部屋に入っていった。

 

 

そして鎧を脱ぎ捨て、私服姿になるとベッドに寝そべる。ふーっと呼吸をした彼が最初に口にしたのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・何であの二人は教会を抜けたのかな?もしかして、あれかな?あの二人付き合ってたのか。なら、納得だよなぁ、教会だとお付き合いとか無理だし・・・・ん?それじゃあ、あの二人─────まさか!?」

 

 

悶々とした妄想を払うようにブラックコーヒーを何杯も飲み干す『騎士王(ナイトロード)』 セルク・レイカーは二人の事を心から心配していた。




補足 『騎士王(ナイトロード)

天界所属の戦闘部隊『聖堂騎士団』のリーダー。やることが凄まじすぎて、天界最高峰の存在と認識されている。


でも中身は気さくかつ小心。


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漆黒の龍

だいぶ時期が空いた投稿!申し訳ありませんでした!少しずつでも頑張っていくのでどうかよろしくお願いします!


ラインハルトとゼノヴィアは同じマンションに住むことになっていた。理由は単純、同じ教会戦士であるからこそ二人で一緒にいた方が良いと判断されたのだ。

 

(因みにその際興奮して詰め寄ってきた一誠がリアス部長達に怒られていたのだが、ラインハルトは止めなかった)

 

 

彼自身、その判断を悪いとは思っていなかった。むしろ、ゼノヴィアが一人で生活出来る…………のか分からなかったからこそ、懸命だと納得していたのだ。

 

 

 

 

 

「……………ん」

「でもこれは流石におかしいと思う」

 

布団の中で抱きつきながら熟睡するゼノヴィアを横目にラインハルトは静かに嘆いた。

 

 

元々二人は違う布団で寝ていたのだが、ゼノヴィアは何故かラインハルトに近づいてきた。起きてるのかと思っていたが、間違いなく寝てる。嘘ではない、確かめてきた。

 

 

それに─────。

 

 

 

「んー………ライン………一緒だぞぉ……」

「うん、分かったから。取り敢えず離れようか…………っ!?」

 

これは流石に不味い。いや、言葉で説明するのは難しいが、不味いものは不味いのだ。

 

 

何処とは言わないが、感触がヤバイ。教会戦士として清楚というか純粋に生きてきた彼にはこれは毒と言うか劇薬に等しい。普通の人間であれば至福、主にあの赤龍帝なら喜んだだろうが、ラインハルトは違う。そもそも性に関する知識はあるが、耐性は無い彼にとってこの現状は過酷としか言いようがない。

 

 

 

(────主よ、これが試練ですか?ここまで精神的に苦しいのは初めてです。一生に一度のお願いですので勘弁してください!!)

 

既に死んでる神に対してラインは必死に祈りを捧げた。普通なら無情に見放されるのが普通だが、今回はどうやら運が良かったらしい。

 

 

 

ピンポーン! とチャイムが鳴る。どうやら誰かが来ているらしい。一誠達かな?と思い、布団の中から抜け出す。途中ゼノヴィアに抵抗されたが、何とか抜け出した。

 

 

 

「はい、どなたです……………か」

 

 

ラインが扉を開けた先にいたのは、一人の青年だった。

 

 

 

フードつきの灰色のパーカーに紺のジーンズ。そして服に取り付けられた鎖と黒色のグーロブが特徴的な人物。

 

数日前に名を聞いたことのあるラインハルトは、すぐに思い当たった。絶句していた彼は途切れた言葉でその名を漏らす。

 

 

「黒月、練?」

 

「覚えてくれてたか、聖剣使い」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「そっか、まだ寝てたんだな。悪いと言いたくないんだが、もうちょっと早く起きた方が良いんじゃないか?生活感覚がおかしくなるぞ」

「いやー、今日は学校休みらしいし。ついつい遅くに起きちゃうんだよ」

「分かる、凄い分かる。休みの日とか普通に遅くなるよな。俺もそういうのがあるんだよ、ていうか熟睡中に叩き起こされると殺意が湧く。ヴァーリとかアザゼルでも許されん所業だと思う」

 

リビングに腰掛けた練はお茶を飲んでフーッと息をつく。お茶は自分自身で淹れたものらしいが、持ち歩いてるものらしい。

 

見た目や性格からも分かるようにキチンとしてるんだなぁ、と感心する。

 

一方ゼノヴィアは寝起きにも関わらず、トーストに食らいついていた。起きてすぐなのによく食べられるなぁ、と感心しながら練に聞こうとする。

 

 

 

「で、結局何でここに来たんだ?」

「アザゼルからの伝言、ついでにお前たちにも挨拶をしておこうと思ってな」

「む?伝言?」

 

ゼノヴィアが反応しているが、重要なのはそこではないと思う。

 

 

アザゼル、堕天使勢力のトップ。堕天使勢力の一人である練はアザゼルと電通してるのだろうか。それはそうと伝言とはどういう意味か。

 

 

「それじゃあラインハルト、『聖剣を扱いきれてないとしたら、それは未熟だからじゃない。他にも要因があるんだろ?』だとさ」

「?それはどういう事なんだ?」

「………………………」

 

 

彼の言葉にゼノヴィアは首を傾げたが、ラインハルトは沈黙を貫いた。答えたくない事もあるのか、と思った練は話を反らすことにする。

 

 

「………なぁお前ら、悪魔の奴等とはどうだ?」

 

「どうって?」

 

「その、何だ………悪魔ってのは姑息な生き物っていうか、全体的にクソだろ?お前らも騙されたり嫌に感じてたら、俺んとこ来て良いんだぜ。アザゼルも喜ぶだろうしな」

 

「優しいんだな、お前は」

 

 

その彼等(主にリアス・グレモリー)が聞くと顔を真っ赤にして憤慨しそうな発言に、ラインハルトはそう答えていた。その言葉の節々から心配と気遣いがあるのをよく分かったのだ。

 

 

「でも、何でゼノヴィアに軽いんだ?」

「ん、どういうことだ?俺はこれが普通だと思うが」

「いやぁ、だって…………悪魔とか嫌いなんだろ?」

「────悪魔になったのか。理由を聞いても良いか?」

 

不思議と敵意は感じられなかった。純粋な疑問に近い問いかけに、ゼノヴィアも苦笑いを浮かべながら答える。

 

 

 

「やぶれかぶれだな。神の不在を知ったことで教会から追放された頃だったし、もうどうでも良いと思っていたから」

「………そっか、悪いな。嫌な事を思い出させた」

 

申し訳無さそうに練はゼノヴィアに頭を下げた。ラインも正直驚いていた。転生悪魔とは言え、悪魔にあそこまでの敵意を向けていた青年の態度とは思えなかったのだ。

 

 

 

「勘違いしてもらっちゃあ困る。俺が嫌いなのは、純粋な悪魔と考えの浅い馬鹿だ。元人間の転生悪魔を嫌うつもりはない……………正直、何故悪魔になったのかという疑問しかないが」

 

 

腹立たしそうに吐き捨てる練にラインハルトとゼノヴィアの二人は互いに顔を見合わせる。

 

一誠やアーシアたち、オカルト研究部の悪魔たちと接してみたが、彼等は教会で伝えられたような悪魔には見えなかった。同じ人間のように感じは、教会で語られてきた悪魔の像とは全くといって違う。

 

しかし、練だけは何かが違う。教会の者のような嫌悪ではなく、憎悪に似た感情が彼から感じられたのだ。

 

 

「言っとくが、俺は奴等が嫌いなんじゃない、大嫌いなんだ。すぐ人間を見下しやがるし、そのくせ人間を利用しようとする奴等、下がアレなら上も同じだろうよ。俺たち人間を守ろうとしてるとか言ってるが所詮は建前だけ、じゃなかったら転生悪魔なんてふざけたシステムは作らねぇよ。

 

 

────何より、悪魔は()()()()()()だ。絶対に許すつもりはない」

 

そこまで言い、練は深く息を吐いた。自分の心境を語りすぎて申し訳ないと思っていたのか、すぐさま話を逸らす。

 

 

「あぁ、それと会談やるって話も聞いてたか?」

 

会談?と聞くと練は詳しく話してくれた。コカビエルの騒動が原因で、三勢力が平和的に話し合うらしい。

 

 

 

既に教会の人間じゃないしどうでも良いかとラインハルトは考えていた。だからこそ、あっさりとした様子で嘆息する。

 

 

「それは初耳だ。けど、皆も大変だよなぁ。皆で集まって会談とか」

「………お前ら、知らないのか?」

 

そこでようやく齟齬に気付けた。不審そうに見てくる練に、二人とも気にはなったのだ。

 

まるで自分達も無関係ではないと言うように。

 

 

 

「その会談、俺は勿論だが、お前ら二人も参加するんだぞ」

「「え」」

「…………ゼノヴィアはともかく、ラインハルト。お前は当然だぞ?コカビエルを追い込んでたんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「──それでぇ、コカビエルとかいう戦闘狂。やりすぎはやりすぎだったが、これでアイツらも理由を作れたって訳だ。悲しいよな、戦争したかった奴のお陰で平和の為の話し合いになったんだ。アイツ、コキュートス逝きは間違いないらしい、ホント可哀想だぜ。まぁ米粒ほど思ってねぇがな」

 

 

カツン、カツン、と。

装飾の出来た廊下を二人の人物が歩いていた。一人は、青年。色素の抜け落ちた白髪を逆立たせた青年、ポケットに手を突っ込みながら歩く彼は、コカビエルの名を出しその存在の末路をあっさりと推測する。

 

そしてもう一人、褐色の女性が考えを口にする。顔も見えない誰かたちを嘲るように。

 

 

「………そうでしょう、忌々しい偽りの魔王たちもそれが狙いと見えます。悪魔でありながら、天界や堕天使と組み為そうとするとは…………ここまで堕ちましたか」

 

「ハンッ、ちっせぇな。その魔王どもに数と実力で押し出されたのが、お前らなんだろうが。アホクサ、んなことも忘れてんのか?」

 

「…………それは私が誰だか知ってての言葉ですか?」

 

 

女性から殺気が膨れ上がる。空気が音を立て始め、近くの青年の身体を締め付けようとする。このままだと彼は死ぬかもしれない。

 

 

その状況で青年は、

 

 

「一々言わせんなよ、ホンモノの魔王サマの一人 カテレア・レヴィアタン様。人間程度の言葉に耳貸してたら、格が見え透くぞ?」

 

軽く手を振り、そう嘯く。それだけで充満した重圧が廊下から消失した。

 

 

「…………」

 

「やれやれ、アンタだって分かってんだろ?『俺たち』がここにいる理由。今の魔王は大分腑抜けてはいるが、人間たちにとっちゃあ昔も今も有害だ。だからアンタらの仲間になってんだ。どうだ、アンタは少し馬鹿にされた程度で有能な駒を潰す間抜けなのかよ?」

 

「…………いいでしょう、確かに貴方の言う通りです。これくらいは許します、価値のある者を殺してしまうのは愚行ですからね」

 

「はいはい、ありがとーございまぁーす─────このクソカスが」

 

ボソッと吐かれた悪態はカテレアには聞こえてはいない。自分の余裕に浸ってる彼女はその事すら気付かないだろう。それを見て、誰が格上かは、今の現状を見れば分かるだろう。

 

直に、くだらない話を聞き逃していた青年は彼女が叫んだのを近くで耳にした。

 

 

「今の魔王だろうと、堕天使だろうと、天使だろうと、私たちは負ける訳がない。『彼女』から取り出した『アレ』があるのだから!」

 

 

興奮したように哄笑しながら歩いていくカテレア。置いていくように奥へと進んだ彼女の背中を見ていた青年は嘆息し、壁を殴り飛ばした。

 

ガラガラ! と音を立てて崩れる壁を見ても、青年の顔は変わらない。装飾の壁を砕いた腕を引き戻し、暗闇の奥を睨む。

 

 

 

 

「……………ちいせぇヤツだな、やっぱ」

 

静寂の中で、そう吐き捨てる青年。彼は逆立った髪を掻きあげて、苛立たしそうに廊下の奥へと歩いていった。

 

 

「精々黒幕気取ってろ、クソ悪魔。俺達が利用してやるからな」

 

 

暗躍する者たちが、本格的に動き出す。




オリキャラの登場ですね、無論敵側です。


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会談

会談回ですね。出来に関しては期待しない方がいいです(結論)


三勢力の会談直前。

ラインハルトとゼノヴィアは練によって連れてこられた。その場には、天界最高の存在であるミカエルとその護衛として知っている二人がいた。

 

 

騎士王 セルク・レイカーと紫藤イリナだった。二人はラインとゼノヴィアの存在に気付くが、何も言おうとはしなかった。

 

 

 

 

二人の登場にリアス達、オカルト研究部の面々が驚いていたが、リアスがすぐに練を睨みつける。敵意満々の視線にラインハルトは疑問を持つ。

 

 

練はすぐに答えてくれた。あっさりと、どちらかと言うと第三者をバカにするような声音で。

 

 

「悪魔どもに連絡しといた。二人は此方が連れてくるからさっさと行けって」

「貴方!二人ともに手を出してないでしょうね!?」

「出すかよ、テメェらじゃあるまいし」

 

勝手に連れて来た事に憤慨するリアスだったが、練はそんな彼女の姿を見て鼻で笑う。火に油を注ぎかねない行為に、

 

 

(本気で悪魔が嫌いなんだなぁ………)

 

二人は苦笑いしか出来なかった。その後練は二人から離れてリアス達と言い争いをしていた。どちらかと言うと、主にリアスが怒り、練が挑発するの繰り返しだったのだが。

 

 

止めに行くべきかと悩んでる中、

 

 

 

 

「君がラインハルトか、会いたかったよ」

 

声をかけてきたのは、自分と同じくらいの青年だった。しかし普通の人物には見えない程の銀髪美形で爽やかといあかクールと例えられる容姿。

 

 

「貴方は?」

「俺はヴァーリ。今代の白龍皇と言えば分かるだろう?アザゼルの護衛という訳だ…………まぁ、今はそんな事どうでもいい」

 

 

適当に話を区切ったヴァーリはあっさりと告げた。

 

 

「聖剣使いラインハルト。俺と戦ってくれないか?」

「……………オレと?何故」

「簡単だ。あの時の戦いを見ていた。直撃すればコカビエルを消し飛ばせるあの聖剣。アルビオンは本物のエクスカリバーだと言っていたが、あれを使って戦ってほしい」

 

その申し出にラインハルトは思わず顔をしかめる。エクスカリバーは完全に制御できてない。彼には王の因子があるとは言え、それでも未熟なものは未熟なのだ。

 

 

だからこそ、嘘偽り無く話すことにする。

 

 

「それは無理だ。オレはあの聖剣を扱える身じゃない。制御できずに終わるだけだ」

「なるほど、なら仕方ない。隣にいる彼女を殺してみよう。そうすれば覚醒して使えたりするんじゃないか?」

「─────」

 

言葉を飲み込んだラインハルトはゼノヴィアの前に立ち塞がるように、ヴァーリを睨む。この男は、ゼノヴィアを簡単に殺すと言った。それが本気だろうと冗談であろうと関係ない。

 

 

 

 

────ゼノヴィアに手を出すなら殺す。凄まじい殺気と共にラインハルトは虚空に手を伸ばす。それはエクスカリバーを呼び出す行いであった。向けられた殺気か、初めて見る星の聖剣(エクスカリバー)に期待しているのかヴァーリも興奮したように身構えるが、

 

 

 

 

「おい馬鹿止めろ。そんな真似させると思うかお前に」

 

その間に入って来た練が止める。諌められた事でラインはハッとして引き下がるが、ヴァーリだけは違った。清らかな笑みを浮かべながら練に言ってくる。

 

 

「あぁ。出来れば彼と戦いたいんだが、勿論良いだろ?」

「駄目に決まってんだろヴァーリ。人様に迷惑をかけるなってアザゼルからも言われてただろ。それに二人は会談に来たんだ、相手なら俺が後でしてやるから」

「………そうだな、そうしよう」

 

少しばかり考えていたヴァーリだが、すぐに認めた。そのままアザゼルの所に戻る彼の姿を見ていた練は首を傾げていた。何か気になることがあるらしい。

 

 

「アイツ、やけにアッサリとしてるな。普通ならもっとしぶといのに」

「そうなのか?そうは見えないが」

「戦闘狂なんだよ、アイツは。強くなりたいというより戦いたいという方が勝ってる。心震わせる戦いがしたいんだとさ、何なら神にでも挑みそうだよ。その分俺がどれだけ酷い目に遭ったことか………。

 

 

 

 

あと自由奔放のアザゼルといい親馬鹿なバラギエルさんその他諸々─────あぁ、黒狗チームに入りたかった。まともな幾瀬さん達と一緒なら、一番良かったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

「…………苦労してるなぁ」

 

黒月 練という青年の側面の一つが見えた気がした。アザゼルという自由人とヴァーリという戦闘狂と他の者達に挟まれた結果、今のような苦労人の性格になったのだろう。

 

 

ハッキリ言って、同情する。そうとしか言えない。

 

 

「なぁ、ライン」

「ん?どうしたのゼノヴィア」

「さっき私がラインを庇ってくれただろ?………その、なんだ。………嬉しかった」

「そっかぁ、それは良かったよ」

「出来れば子作りをしてくれれば嬉しいんだが………」

「────────うん?」

 

 

思わずゼノヴィアに掴みかかり、問い詰めた。いや、その行為も当然だろう。彼女は前まで任務に忠実でありちゃんとした教会戦士であった筈……………では何故急にそんな事を「兵藤一誠や他の皆からの話を聞いてた決めたんだ」──────なるほど、そういうことか。

 

 

 

横で話を聞いていた練は若干と言うか割と本気で呆れていた。それと同時にひきつった顔で胃痛を訴えた彼の姿は忘れられない。

 

 

 

「─────」

「…………イリナ、どうした?気分でも───ッ!?」

 

騎士王と同行していた少女、イリナがジッとその光景を見ていた。気になったと声をかけた彼は言葉を失う。視線がその先に向いていた事から、その理由を察したのだろう。

 

 

ガタガタガタ!?と鎧を揺らしながら、イリナを見る。彼女から不意と漆黒のオーラが噴き出してるように見えてしまったのは錯覚かもしれない。

 

 

「………お師匠様、いえ騎士王閣下」

「か、閣下?イリナ、君は今までそういう風に呼んではなかったろう?」

「この会談が終わったら、私に修行をつけてください。とにかく強くなりたいんです」

「────や、止めてイリナちゃん!?そんな風に怖い顔しないでぇ!?怖い!怖いよぉ!!?」

 

………因みに最後の泣きつくような悲鳴は騎士王のものだった。多くの有名人が集まる中での行為なので、大半の人達には見られてる。

 

 

一誠は『え!?あの人がライン達の師匠なの!?』と、前から聞いていた人物像とかけ離れた姿に驚愕し、リアス達悪魔の多くは呆然とその光景を見ていた。

 

 

例外なのは彼に可愛がられていたと言われていたアーシア。すぐに駆け寄りたいとソワソワしていたが、悪魔だからと遠慮してしまい、キョドキョドと困惑している。

 

 

余程楽しいのか大爆笑するアザゼルに強者である騎士王に笑みを深めるヴァーリ。そしてラインとゼノヴィアの近くにいる練はカオスとも言える状況に崩れ落ちそうになっていた。

 

 

 

 

……………数分後。

 

 

 

 

「────私は『聖堂騎士団(ホーリーナイツ)騎士王(ナイトロード)、セルク・レイカー。今回はミカエル様の護衛として付き添っている」

 

 

……………えぇ、それが全員の心境であった。先程まであんな風な無様醜態を晒していたと言うのに、何故そこまで取り繕えるのかと。

 

 

会談の始まる前に自ら紹介していたのはセルク・レイカー。知らない者がいないようにと。補完するように自己紹介をしたのだ。

 

 

 

それから会談は始まりを迎える中、一つの出来事が起こった。

 

 

『神がいなくても世界は回る』、そう言った発言の後に一誠が噛み付いたのだ。相手は天界側のミカエル、どうやら聞きたいことがあったらしい。

 

 

 

何故アーシアや、ラインとゼノヴィアを追放したのかと。

 

 

気付きはしなかったが、それを聞いてた者達は様々な反応を見せていた。練は一誠に対して気に入らないと顔を歪めるが、どうやらその言い分にも何か思うところがあるらしく口を閉ざす。

 

セルク・レイカーは無表情である事に変わりは無いが、悲しそうに瞳を細めていた。

 

 

ミカエルは静かにその理由を話し、頭を深く下げて謝罪をした。ラインハルトは一瞬だけ目を伏せ、すぐに口を開いた。

 

 

 

「ミカエル様、オレ達は自分達が守るべきものを見つけました。それはゼノヴィアも同じです。貴方達の考えも理解出来ています、だからどうか謝らないでください」

 

彼は優しく笑みを浮かべて静かに告げた。敵意などはなく、本心からの言葉。ゼノヴィアもその通りだと言うように何度も頷いていた。

 

 

そして、ミカエルが隣に立つセルクに優しく声をかけた。自分の気にかけていたアーシア・アルジェントに対して、何か言うことはありますか?と。

 

 

────誰にも気付かれないように、セルク・レイカーはアーシアを見た。その眼は、感情がグチャグチャに混ざりきり、酷く歪んでいた。喉元を震わせながらも、彼は言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「────いえ。私からアーシア・アルジェントに語る事は何一つありません」

 

出てきたのは、冷徹な声であった。すらすらと言葉の羅列を事務的な動作で語っていく。感情と言うものがあまり感じられないそれは、アーシアへの拒絶を意味していた。

 

 

そして、それを見過ごせない男が一人いた。

 

 

「…………おい、どういう意味だよ」

「イッセー!駄目よ!」

(────イッセー!?)

(────馬鹿が)

 

怒りを押さえられない兵藤一誠にリアスは止めようと叫び、ラインと練が心の中で焦った。…………相手を誰だか分かっているのか!?

 

 

「言葉の通りだ赤龍帝。私は既に彼女への言葉を有していない」

「ッ!アーシアに何も言う事は無いのかよ!!ずっとアンタの事を気にしてたんだぞ!!死にそうな時も、アンタの事を言ってた!!」

「感情的だな。君はそれでアーシア・アルジェントを一度失ったのでは無いか?それにアーシア・アルジェントと私はもう関係ない。

 

 

 

 

悪魔となった以上、私は何も語ることは無い。それは彼女もよく分かっている筈だ」

 

 

「テメェッ!!!」

 

セルク・レイカーは天界・教会でも最強の聖騎士。それま多くの偉業を残している、現在(いま)を生きる伝説。神滅具持ちとは言え、勝てるとかそういう次元の相手ではないのだ。

 

 

 

「なるほど、それが君の意思か。しかし理解しているのか?私は騎士王、神への祈りを捧ぐ教会最強の騎士。私の前に敵として立ち、生き延びれる者はいない。それは赤龍帝でも変わりはしない事実だ」

「………上等だ!テメェをぶん殴って、アーシアに謝らせてやる!神だとか何だとかより、アーシアへの言葉を考えやがれ!」

「────それは我らが主、亡き聖書の神への罵倒と受け取っていいのか?………命を賭けた言葉と判断するぞ」

 

何処かが完全に切り替わった。眼に見えぬ程の圧力が室内に響き、ミシミシミシィッ!!と天井や壁が悲鳴をあげる。部屋ごと破壊しかねない力を放ちながら、セルク・レイカーは片手剣を取り出した。

 

 

たった一振で何体もの強大な敵を殺してきた剣。自らの力で伝説の聖剣へと昇華させた名も無き武器を。

 

 

「ならば神器を構えよ。神への侮辱はこの()への挑戦そのもの。来るがいい赤龍帝、

 

 

 

 

その四肢を砕き、内に眠る天龍共に()()の魂を消滅させてくれる」

 

覇気に思わず、一誠は神器を構えていた。それを承諾と判断したのか、セルク・レイカーは聖剣をゆっくりと上へと構え───────

 

 

 

 

 

 

振り下ろすことは、なかった。決闘ではなく蹂躙を止める邪魔が入ったからだ。

 

 

 

 

「調子に乗るな、赤龍帝」

 

「貴方もだ、セルク・レイカー。今回の会談の意味を忘れてもらっては困る…………俺個人としては嬉しいが」

 

 

練とヴァーリが二人の前に立ち塞がる。彼の言葉を受けたセルク・レイカーはすぐさま剣を下げ、ゆっくりと引き下がる。

 

 

だが、ショットガンを向けられている一誠だけは違った。止めてきた練に対して喉の奥から怒りを吼える。

 

 

「クソッ!止めるなテメェ!絶対にアーシアに言ったことを────!」

「同じことしか言えねぇかお前は。そして気付け馬鹿。お前を止めようとしてる女の事を」

 

何だと?と言葉に詰まる一誠はすぐに気付いた。自分の隣、腰に抱き着く少女────アーシアの存在に。

 

そして彼女が涙を流していること。セルク・レイカーに挑もうとする一誠を止めようとしていると。

 

 

彼女は泣きじゃくりながら、声を漏らす。

 

 

「もう………良いんです………、私が悪くて………良いですから…………だから、止めてください………っ!」

 

そんな二人の事など関係ないと言わんばかりに練は言葉を続ける。自分自身の感情を吐き出すように。

 

 

「別に俺は、お前の事なんか気にしてる訳じゃない。寧ろ悪魔のテメェは嫌いだ。ここでぶっ殺してやりたいくらいにな」

「…………」

「だが、テメェの命を無駄にするな。テメェが死ねば、アーシア・アルジェントは悲しむぞ。自分の信頼する人間の手で殺されたとな」

 

言われた一誠は何も言えずに沈黙した。言うだけ言ったのに何故か不満気味の練は舌打ちをしてアザゼルの所へと戻っていった。そんな彼を見てヴァーリもやれやれと肩を竦めながら戻っていく。

 

 

 

 

「───セルク・レイカーさん」

「申し訳ありません、不出来ながら感情を抑えられませんでした。ご命令なら、自決して責任を取ります」

「…………分かりました、今回は不当にします。ですが、これは和平の為の会談ですので。過激な事は控えてください」

「ハッ、分かりました。この会談での私語は慎みます」

 

ミカエルの言葉にセルク・レイカーは静かに立つ。もうアーシアにも眼を向けること無く、ただの護衛に撤していた。

 

 

 

その後も色々と面倒事があったが、割愛させてもらう。簡潔に説明すると、アザゼルに食いかかる一誠に、静かに激怒する練が一触即発になりかけていたとかも。

 

 

 

 

「…………やれやれ、回りくどいのは無しだ。さっさと和平を結んじまおうぜ」

 

 

 

話は進み、三勢力の和平は決まりつつあった。途中では一誠や練、ヴァーリにラインハルトの意思が聞かれ、自らの決意を語っていく。

 

 

ヴァーリは戦いを、練はアザゼルの意向に従うと。ラインハルトはゼノヴィアや皆を守ると言い、一誠も似たような事を言っていたが────何か脱線して変なことを言っていた。

 

 

そんな事もあり、会談は終わろうとしていた。しかし、そう上手くはいかなかった。

 

 

 

 

─────さぁ、始めようかァ。

 

 

 

直後、『世界』がピタリと止まった。文字通り、比喩抜きの意味で。

 




ラインハルトとゼノヴィアの関係性。


ラインハルトからの見方
───戦友でもあり、今は悪魔でも大切な仲間の一人。でも手伝いくらいはして欲しいと切実に祈ってるらしい。あと子作りとかそんな言葉何処で覚えたのとか。


ゼノヴィアからの見方
───同じく戦友として見ている。色々とお世話してくれるからというだけでもなく、一緒にいたいらしい。


因みに子作り知識を教えたのは三馬鹿(ハゲと眼鏡)とその他諸々であり、イッセーはガチで無実(けど怒られた)


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乱入、テロリスト

《注意》今回の回からオリジナルの敵が出てきます。


「これは─────?」

「…………チッ、時間停止の神器か。見事に色々と止められてやがる」

 

違和感に身体を硬直させるラインハルトに、練は舌打ちを隠さず何処かを睨んだ。見ると周囲にいる者達がピクリとも動かない。

 

 

時間停止の神器。そんなものがあるのか?と首を傾げていたが、その直後リアスが反応した。

 

 

「まさか、ギャスパーを!?」

 

話を聞くとどうやらラインハルトも知らないリアスの眷属─────吸血鬼の転生悪魔が時間停止の神器を持ってるらしい。

 

しかし、練はどうでも良いと言うように窓際に移動するや否や顔をしかめる。

 

 

「どうやら仕組まれてたみたいだな、アザゼル」

 

窓際の外では空に浮かぶ無数の人影が光弾を飛ばしてきていた。サーゼクスやアザゼル、ミカエルの三人が空に手を掲げると、巨大なバリアのようなものが張られる。

 

しかし、時間停止で動けない者もいる以上、何とかしないといけないのは重要課題だった。

 

 

 

「その眷属は旧校舎にいるのか?ならまとめて消し飛ばした方が良いんじゃないか?」

「───確かに、その方が早く終わるな。やるか?」

「ッ!ふざけんじゃねぇよ!!」

 

あっさりと殺そうと言うヴァーリと練に一誠が怒鳴る。操られてるとはいえ、自分の仲間だ。そんな簡単に生かすか殺すかを決められていい訳がない。

 

 

 

だが、退こうとしないのは練も同じであった。ショットガンを装填し、その銃口を一誠に突きつけた。

 

 

「自惚れんな。テメェらの足手まといのせいでアザゼル達が死んだらどうする?まさか責任を取らねぇとは言わないよな?」

「────ッ!」

「五分待つ、その間にケリをつけてこい。出来ねぇなら俺が消し飛ばしてやる。テメェんとこの眷属もな」

 

あんまりな言い分だが、もう一つの意図があった。『自分達の失態ぐらい、自分達でやれ。その間は手を出さない』と。

 

 

まぁ、一誠とリアスは上等だと叫び眷属のいる場所へと向かっていった。その反応に練もいつもと変わらない反応を示す。いつもより軽めの舌打ちを。

 

 

そうしてるうちに、アザゼルから怒鳴られていた。

 

 

「ヴァーリ!練!外の連中を相手してこい!お前らじゃ魔法使い相手に苦戦はしないだろう!」

「───だそうだ、行くぞ」

 

分かったよ、ったく……と不愉快そうに悪態をつきながら練はヴァーリに連れられるように続いて外へと出る。飛び降りた二人は鎧を纏い、魔術師達を容赦なく殲滅していく。

 

 

 

 

「アザゼル、君は何故神器使いを集めていたんだ。和平というよりも戦争をしようとしてるみたいじゃないか」

 

問いかけるサーゼクスにアザゼルは様子を改める。そして似合わない程の静かな声で告げた。

 

「………備えてたんだよ」

「随分と物騒ですね、しかし只事ではないんでしょう?」

「あぁ、勿論お前らとじゃねぇよ。自衛の為ってはあるさ。俺達は少数だし、被害が多くなるだろうしな。他ならぬ『奴等』にだ」

 

そう言うアザゼルは口を開いた。自らが警戒していた敵の名前を告げるために。

 

 

 

 

「───『禍の団(カオス・ブリゲード)』」

 

 

そしてその名前はあっさりと明かされた。

 

 

しかし、アザゼルからではない。もう一人、他の誰かが発言したのだ。

 

 

一斉に全員が振り返ると部屋の入口に一人の青年が背中を預けていた。腕を組み、彼はふんと鼻を鳴らす。

 

 

「テメェらからしたらテロリスト扱いになる組織だ。ま、否定はしねぇよ。結局自分達から見た考えが一番だろうしな」

 

 

逆立った白い髪に、ギラギラと光る鋭い眼。両手にガントレットらしき白の装甲を付けている。

 

 

無防備。両手を広げ、やる気の無い様子の青年だったが、その目だけは例外だった。

 

 

「だが気に入らねぇなァ、俺は本気で気に入らねェ。テメェらが正義側に立ってるのには死ぬほど腹が立つぜェ。

 

 

 

 

だからさァ、悪魔のお前らも殺して良いよな?」

 

ゾッとする程冷えきった殺意の塊。無機質に見える眼に睨み付けられた悪魔達は戦慄した。ひっ!と悲鳴を上げるアーシアにも変わらず、寧ろ獣のような歯を自慢するような凶悪な笑みを見せつける。

 

 

 

しかし、その動きが止められた。ゼノヴィアはデュランダルを、木場は聖魔剣を。彼の喉元ギリギリに近づけていた。明らかな危険人物に二人は警戒して声を発する。

 

 

 

「────何者だ」

「下手な真似はさせない、大人しくして貰うよ」

「…………へぇ?何者かって?この俺が?」

 

突きつけられた武器に対して、青年は物怖じしない。それどころか舌を巻くように楽観としている。が、彼から徐々にそれが消えかけてもいた。

 

 

 

そこでようやく、違和感に気付いた。

ゼノヴィアと木場は自らの剣を彼の首もとに向けているが、少しずつ間隔が広がっているのだ。力を込めて押し込もうとするが通じない。

 

 

まるで()()()()()()に遮られてるように。そんな青年はギロリと二人を睨み付けながら、吐き捨てる。

 

 

 

「俺の名前は風刃亮斗、人間だ。テメェらとは違ってな」

 

直後、二人が弾かれた。まるで圧倒的な力の暴力を真に受けたように容赦なく吹き飛ぶ。そうして青年、風刃亮斗はゆっくりと歩みを始める。目線の先には、サーゼクス達がいた。

 

 

 

 

────不味い、この男は不味い!狙いは三勢力のトップを、魔王を殺すことだ!!

 

 

すぐにそう判断した。魔王がただの人間に負けるとは思えないが、彼には嫌な予感が浮かんでいたのだ。確実に、魔王ではなくても、他の皆を巻き込もうとすると。

 

 

その予感に従うように、ラインハルトの動きは迅速だった。

 

 

「木場!剣を───!」

「っ!」

 

返答はなかった。

代わりと言うように魔剣創造により生み出された魔剣を受け取り、風刃亮斗に斬りかかる。真上からの一閃は射程距離に入っている、避けられる筈もない。

 

 

しかし、やはり防がれた。()()()()()()()が亮斗という青年を覆うようにあると判断する。防護膜を想像させる力をよそに、亮斗は興味が湧いたようにラインをみる。そのまま装甲のついた右腕を構えた。アッパーを行うのかと一瞬思ったが、

 

 

 

視線がある場所に向いた。彼の肘の部位、装甲の端からキュィィィーーーーン! と吸引音が響く。よく見るとそこにはロケットのブースターらしきものとバイブがあった。

 

 

何かを収束させてる。嫌な予感がラインハルトの背筋を襲った。先程の二人を攻撃した半透明の力。

 

 

それは拳から放たれた捻れ狂う空気の塊。砲弾を見舞うような一撃で分かった。半透明な、荒れ狂う力の正体を。

 

 

 

(─────()ッ!!)

「自らの周囲に風を生み出し、凄まじいスピードで吸収と放出を繰り返してる───ッ!?」

「正解だァ、俺の『暴風の王(ストーム・ライド)』の仕組みに簡単に気付くとはなァ」

 

『暴風の王』、それが彼の神器名であった。

風を生み出し吸収を繰り返す事で爆発的な風を瞬間的に生み出す神器。先程の透明の壁も、風により護りなのだろう。

 

途端、風が砲弾となって牙を剥く。ラインはギリギリ首を動かすことで回避したが、元の場所を通り過ぎた風は、近くの壁をゴッソリと抉っていた。

 

 

 

「────ラインハルト!!」

 

声をかけたのはサーゼクス。その意図に気付いたラインは魔剣を思い切り風刃亮斗に叩きつける。風の防護壁によって防がれるが、それは問題ではない。

 

 

 

───重要なのは、動きを止めること。

 

 

 

「…………あ? テメ────」

 

 

ドォッ!! と真横から深紅の魔力が放たれる。目を見開いた風刃亮斗だったが、彼は避けることなくその魔力を直撃した。

 

 

爆発と轟音が響き渡り、砂塵が周囲に舞う。床ごと削り取ったからこその現象なのだろう。魔王の一撃に誰もが気を許した。

 

 

 

故に、信じられなかった。

 

 

「……………フフフ」

 

「─────おいおい」

 

笑い声が聞こえる。そちらの方を見るアザゼルの顔には汗が浮かんでいていた。それは他の者達も例外ではなく、魔王セラフォールと魔力で攻撃したサーゼクスも、驚愕を隠せずにいる。

 

 

 

それは無理もない。目の前の光景は予想を遥かに越えていたから。

 

 

「サーゼクスの『消滅』の魔力だぞ?直撃しといて無傷は無いだろ?」

 

そう、サーゼクスの力は『消滅』。その実力もあり、彼は現代にて最強の魔王と謳われている。その『消滅』の力も、そう簡単に防げるものではない。

 

 

なのに、亮斗と名乗る青年は傷一つ付いていない。何処かが削られたという訳でもなく、平然とその場に君臨していた。

 

 

よほど嬉しかったのか、亮斗は高らかと笑いを響かせる。この空間にいる全ての人間を気にしていない素振りだった。

 

 

「ハハッ、ハハハハハハハハハッ!! やっぱり『あの人』の言う通りだ!! 俺の、俺の力なら魔王なんぞ恐れる事は無い!! 現に! 俺は魔王サーゼクス・ルシファーの魔力を────完全に()()()()()!!」

 

おかしな言い回しに耳を疑った。

防いだのなら目に見えて分かる。だが制御できたとはどういう意味か。

 

 

それはまるで、魔王の魔力を操ったというような言い方ではないか。風を操るという神器を持つ、ただの人間が。

 

 

 

 

「────風刃亮斗、話には聞いていましたが、本当に魔王の魔力を無効化するとは……………やはりその実力は本物ですね」

 

声は静かに響き渡る。それを耳にしたサーゼクスとセラフォールは驚愕するが、その目の前で空中から魔方陣が浮かび上がる。

 

 

その中から、褐色の女性が姿を現した。彼女は風刃亮斗を落ち着きながらも賞賛し、サーゼクスに挨拶をした。

 

 

「ごきげんよう、現魔王のサーゼクス殿」

「────先代レヴィアタンの血を継ぐ者、カテレア・レヴィアタン。これはどういうことだ?」

「簡単です。我々旧魔王派は【禍の団】に協力することを決めました」

 

 

 

 

 

「無限の龍神 オーフィス、そして貴方達すら知らないもう一人の存在も…………いえ、これ以上は語るに及びませんね」

(…………もう一人の、存在?)

 

ラインハルトは怪訝そうに考え込む。その言葉を語る彼女の顔には余裕と自信があり、自分達が負けるとは思ってもいない。

 

 

そこまで思わせるような存在、無限の龍神(オーフィス)ならば分かるが、他にもいただろうか?

 

 

カテレアが語るのは世界の変革。今の三勢力を排して、自分達とオーフィス、そしてもう一つの存在が支配する世界を作ると。

 

しかし、話を聞いていたアザゼルが笑い出す。つまらないと言わんばかりに口を開いた。

 

 

「お前ら、こぞって世界の変革かよ」

「そうです。この世界は────」

「腐敗している?おいおい、今時そんなの流行らないぜ?」

「!我々を愚弄しているのですかアザゼル!!」

 

カテレアは憤慨し、全身から魔力を放出させる。端から見ていた亮斗はニヤニヤとした笑みで彼女を見ていたが、睨まれると同時にそっぽを向いた。

 

そして、再度アザゼルを睨みながら落ち着いた声音で話す。杖を片手に握りながら宣告した。

 

 

「良いでしょう、まずは貴方から倒します。風刃亮斗、貴方はサーゼクス達を押さえておきなさい。止めを差すのは私です、忘れないように」

 

 

「ハイハイ………こき使ってくれやがって。流石に無茶言うんじゃねぇよ」

 

 

呆れながら風刃亮斗は愚痴る。カテレアはアザゼルとの戦闘を始め、此方に視線は向けてない。やる気が無い仕草で片腕を動かし、

 

 

「ま、出来ねぇ訳じゃねぇがな」

 

掌から旋風が放たれる。ヒュンッ!! と何かが周囲の物全てを切断と同時に切り裂いていく。圧倒的な風の破壊。粉砕する火力の仮想砲弾とは違い、殺傷に特化した旋風の嵐。

 

 

ライン一人でも難しいのに、他の全員は守りきれない。時間停止で動けない者達も巻き込まれる可能性もあった。

 

───エクスカリバーを解放しても、この青年に勝てる自信がなかった。どんな風に考えても脳裏に勝利の方程式が浮かび上がらない。

 

 

「魔王は殺すなって言われてるが、これは雑魚どもは別に殺しても構わねぇって訳だ。気遣いがあって助かるぜ」

「─────させると思うのかい」

「本気を出すってか?やったらどうだ?そこの悪魔や旧校舎の連中を巻き込めるんなら「───皆、無事!?」─────────あ?」

 

 

凶悪な笑顔と共に言おうとした亮斗の言葉は突然この場に戻ってきたリアスによって遮られた。しかし亮斗はそんな事を無視して、目を見開き絶句する。

 

遮られた事で、あることに気づけたのだ。

 

 

「ばッ、時間が戻ってやがるだと!? ……………ま、さか!!」

 

 

驚愕して旧校舎を睨む亮斗。その一方でラインは慌てて一誠に声をかけた。

 

 

「一誠!大丈夫だったのか!?」

「あぁ!問題なくギャスパーと子猫ちゃんを助け出してきたぜ!」

「………………ギャスパー?もしかしてそっちの子の事??」

 

 

ん? と互いに見合う中、一誠はすぐに理解した。ラインは自分が悪魔ではないからという理由で部活には来ないのでその時紹介されていたギャスパーの事を知らないのだ。

 

 

 

「───あー、マジ?魔術師の奴等、何してやがんだ?人質を捕ったって息巻いてこの結果(ザマ)かよォ。…………足引っ張りやがって、あのボケどもがぁッ!!」

 

苛立たしそうに怒鳴り、壁を破壊する亮斗。荒れ狂う風により破片も残らず消し飛ばしても尚、怒りが収まりそうにはなかった。そう吐き捨てる亮斗は顔を動かす、その視線の先。

 

 

 

黄金の龍を見立てた鎧を纏うアザゼル。そして彼の一閃により圧倒されたカテレア・レヴィアタン。彼女の少し離れた場所に落ちた空き瓶を見て、

 

 

 

 

──────そろそろ、潮時か、と。

 

顔色も変えずに青年は風の力を操る。爆発的な風圧での跳躍を引き起こし、二人の元へと向かった。




オリキャラ 風刃亮斗の詳細の一部は次回出てきます。


高評価や感想、お気に入り、よろしくお願いします!!


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裏切り

「クッ!?これが、堕天使総督の実力ですか!?」

「悪いが、もう終わりだ、カテレア・レヴィアタン」

 

金色の鎧を纏うアザゼルの光槍に切り裂かれたカテレア。龍王の力を神器へと変え、それを操る力に驚愕する彼女を他所に、アザゼルは止めを差そうと動く。

 

 

 

しかし、その直前。

顔色を変えたカテレアが自らの腕を触手のように変じさせる。アザゼルの腕に巻きつくと同時に彼女の身体に紋様が浮かび上がる。

 

 

それが自爆用の術式というのは見て判断したらしい。そんなアザゼルに賞賛しながらも、カテレアはアザゼルを注視する。

 

 

「アザゼル!せめてあなたを道連れにさせてもらいますよ!これは私の命を使った特別製!あなたでも斬ることはできません!」

「─────そうかよ」

 

自分を巻き込むという言葉を受けても、アザゼルは余裕そうな顔だった。肩や縛られた腕を見ていたが、

 

 

 

 

躊躇なく自らの腕を切り落とす。分断された腕は虚空で灰となって消え、カテレアの腕であった触手は掴んでいたものを失い、バランスを崩した。

 

 

「なッ!?自分の腕を─────!」

「片腕くらい、くれてやるさ」

 

驚くカテレアに向けて光の槍を放つ。無防備ともいえる彼女には槍を防ぐことは出来ない。

 

 

 

 

 

しかし、光の一撃がカテレアを抉ることはなかった。たった一人の乱入者の行為によって。

 

 

横から入ってきた亮斗が何も告げず掌を向ける。光の槍は亮斗の指先に掠った瞬間、音もなく砕け散った。周囲に漂う風の防壁の強さ。その片鱗は凄まじいものであった。

 

 

「………おいおい、一対一の決闘に手を出すなよ。こっちは腕を斬ったってのに」

「安心しろ、テメェを相手するつもりはねェ。………()()()()()な」

 

 

意味ありげな言葉と共に亮斗はアザゼルに背を向ける。自爆術式を発動していたカテレアに片手で触れた途端、術式が完全に消失する。

 

 

 

「………助かりました、風刃亮斗。少し苦戦してしまいました」

「蛇はどうした?あれでも勝てなかったのか?」

「えぇ、一つだけですので。しかしもう一つあればアザゼルに均衡出来るのは分かりました。風刃亮斗、保険に持っているであろう蛇を渡しなさい」

「………………ふーん」

 

目を細め、呻くカテレアを見下ろす亮斗。その目つきは最早値踏みをするようなものだとは、カテレアは気づいていない。だからこそ蛇なるナニかを要求する彼女に、亮斗は深い息を吐いた。

 

 

 

表現するなら、失意に満ちた溜め息を。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、カテレア様」

「?」

「─────もういいだろ?いい加減面倒になってきた」

 

 

瞬間、柔らかい肉を穿つ、生々しい音が耳に滑り込んでくる。

 

 

血を吐き出したカテレアは思わず目を下に向ける。自らの胸元に腕が食い込んでいたのだ。そうしたのは風刃亮斗、彼は顔色も変えずに体内を弄くっていく。ズブズブ、ズブブブと身体の中から取り除こうとするように。

 

 

そして、すぐに引き抜いた。辺りに血が飛び散るが、亮斗は風のバリアにより防がれており、血を浴びる事はない。どうでもいいと無視しながら自らの掌にあるものを確認する。

 

 

 

オーフィスの蛇、彼女の力の一部分。亮斗はポケットから取り出した小瓶に蛇を納め、元のポケットに仕舞い込む。

 

 

その行為を見届けたカテレアは両目を大きく見開く。目の前の青年が自分にした行為に気付き、ようやく考えが浮かんできたのだろう。

 

 

「………風刃、亮斗!裏切ったのですか!?」

「バーカ。裏切るなんて言い方をすんじゃねぇよ。テメェらと俺達は利害の上で手を組みあってる関係だ。足手まといは切り捨てるってテメェから言い出したんだってを忘れたか?」

 

 

文字通り吐血しながら感情のままに叫ぶカテレアを、亮斗は平然とした顔で罵倒する。指の骨が鳴り、彼の掌に荒れ狂う空気の刃が収束しようとしていた。

 

 

 

「蛇はオーフィスの物だ。それを使って粋がるテメェらに『王』は失望している。排除しろとのご命令を出したのも『王』だ」

「ッ!馬鹿なっ、あの男が動───!?」

「じゃあな、カテレア・レヴィアタン。────死ね」

 

 

腕を払っただけで、彼女の命は決着した。

 

 

ズザァァァァ、という、空気と空気が唸り合う嵐の雄叫び。振るわれた事で発生した風はその力を強め、絶大な必殺の破壊へと変える。

 

 

暴風の旋風に包まれたカテレアの肉体は一瞬にして生命を削り取られ、すぐに肉体も跡形もなく消し飛ぶ。

 

 

僅か数秒。それだけで旧魔王派の一人があっさりと消失した。

 

 

 

彼女等が下に見ていた人間、彼が宿す『神器』の力で。確実に消した事を示すように亮斗は風を勢いよく周囲へと放ち、舞わせていたチリごと吹き飛ばす。

 

 

「テメェ……っ!!さっきの女の人はテメェ仲間じゃねぇのかよ!?」

「馬鹿かテメェは。さっきの話を聞いてたのかよ、オレが悪魔なんぞを仲間と認める訳ねぇだろ」

 

 

思わず怒鳴る一誠に、亮斗は相変わらずの口の悪さで否定する。それだけ言い終え、一誠への意識を完全に向けなくなる。

 

 

 

代わりと言うように、

 

 

「───おォいッ!!テメェさっきから何してやがる!!俺達につくならさっさと暴れろやァ!!!」

 

 

空間を揺らす程の大声を誰か向けて放った。思わず、全員が視線を周囲に向ける。けれど返答は言葉として返ってくる事なく、沈黙が続こうとしていた。

 

 

 

数秒後────。

返答に変わる轟音が響き渡った。近くの校舎の壁が一瞬で吹き飛んだのだ。何が起こったのかはすぐ分かった。

 

 

誰かが吹き飛ばされてきたのだ。こちらの方に目掛けて。ラインハルトが駆け寄った直後、崩れていた瓦礫の山が爆散する。ゴキリと首を捻り、その人物がゆっくりと出てくる。

 

 

 

「───練!?」

「あぁ、ちくしょう。後ろからの攻撃ってあるかよ!」

 

文句を呟く練の額には僅かにも血が垂れていた。その事実に気付き、練はすぐに片手で拭い取る。

 

 

そして、上空を舞う青のオーラを放つ白い影に向かい、溜め息を吐いた。間違いなく自分を攻撃した相手に。

 

 

 

 

「…………お前も、そっちに行ったのか」

「あぁ、そういうことだ。悪く思うなよ」

 

視線の先にいたのは、練と同じくアザゼルの護衛であった白龍皇 ヴァーリ。白い鎧を纏う彼はニヤリと笑みを浮かべた。それはヴァーリが何をしたのかを明らかにしている。

 

 

 

裏切り。

【禍の団】の参入、多分この会談の情報を彼等に伝えたのもヴァーリが理由だろう。

 

練は納得したように両目を伏せた。昔の頃から一緒にいたからよく分かる、ヴァーリはただ戦いだけで【禍の団】へ入ろうとしたのだ。

 

 

 

そして、練の横で困惑していたラインハルト達の耳に衝撃的な言葉が聞こえてくる。

 

 

「俺の本名はヴァーリ・ルシファー」

「ルシファー………?それって!?」

「死んだ先代の魔王ルシファーの血を引く者なんだ。けど俺は旧魔王の孫である父と人間の母との混血児。神器(セイクリッド・ギア)をもって生まれたのもそのためだ。偶然だけどな」

 

そう言うヴァーリの背中から悪魔特有の黒い翼が何枚も飛び出した。言葉でも信じられなかったが、目の前にこうも提示されたら信じるしかなかった。

 

 

色々と話していたが、アザゼルは呆れたように言葉を漏らす。その言葉はこの場にいない、誰かに向けられている。

 

 

「…………ったく、オーフィスは何を考えてるんだ?自分を組織の頭にしてる奴等の考えを理解してんのか?」

「─────ハッ、何を言ってやがる?何時からオーフィスだけが、組織を束ねるリーダーだと思ってんだァ」

 

粘つくような声を漏らし、風刃亮斗は軽く笑う。そんな彼は自分のジャケットから開いた胸元を見せつけた。

 

 

 

そこにはマークが記されている。純白の刻印を撫でる青年は、歌うように口を開いた。

 

 

「もう一人の組織のリーダーは『神王』。オーフィスは力としての象徴、あの方は基本的に組織内の分裂を抑える役割をしている。テメェらを潰す為に【禍の団】と共にすることにしたんだよォ」

 

 

『神王』。

その言葉を聞いたこの場の全員が絶句した。ラインハルトと練は瞠目し、サーゼクスやアザゼルは驚愕を隠しきれずに硬直する。

 

 

その存在が何なのか、三勢力に内通する者ならよく分かっている。いや、知らない者の方が比較的に少ない。

 

 

 

天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)の一種にして全ての神滅具(ロンギヌス)を越える神器。数百年に一度しか顕現しない、最強の存在。

 

 

 

神王の十二宝具(ゴッデス・アルティマ・ヘイルズ)』。神の如く力を持つ十二の権能を宿す人間を彼等は畏怖と警戒を込めて『神王』と呼ぶのだ。

 

 

「────『神王』だとッ!?何百年も出てこなかった神器が既に現界してやがったていうのか!?」

「そうだぜ、あの人によって俺達は集められた。神器や能力を持つ人間達の集まり────その中でも戦闘に特化した組織、それが俺達《神王》』だ」

 

 

それだけ語ると風刃亮斗は強く吼える。まるで自らの感情を吐き出すように。

 

 

「そして俺は!《神王派》のトップ《トライデントフォース》の一人、『兵士(ボーン)』の風刃亮斗!!偉大なる『神王』の尖兵としてテメェらを滅ぼす破壊の嵐だ!!殲滅してやるぜ王の威光によって。俺達の怒りの力でなァ!!」

 

この場の全員の殺害を言外に告げる亮斗に、全員が気を引き締める。むしろ身構えるなというのが無理な話だ。

 

 

 

そんな中、高揚に浸っていたであろう亮斗にヴァーリが声をかけた。

 

 

「風刃亮斗、俺は強い奴と戦いたい。そしてこの場で一番強いのは君だろう。《神王派》トップの一人である君の強さは本物だろう」

「……………あ?まさか今俺を倒そうとか言うんじゃねぇよなァ?そんな真似したら潰すぞテメェ」

「いや、俺が一番戦いたいのは────練、君さ」

 

 

空から語ってくるヴァーリに練は……だろうな、と頷いた。はぁ、と溜め息をつきながらもスタスタと歩き始める。

 

 

ヴァーリも鎧を解除して地面に降り立つ。互いの視線が、互いを捉えていた。

 

 

「なぁ、練」

「どうした、ヴァーリ」

「俺達はどのくらい戦ったか覚えてるか?」

「────二万千五百八十一」

「ハハッ、なんだ。覚えてくれてるじゃないか」

「そりゃあ全部お前に挑まれた数だからな。忘れたくても忘れらんないんだよ」

 

気さくに声をかけていた。方や裏切りの身であるのに、方や敵であるというのに。その言葉に警戒や敵意などは存在しない。

 

 

今から戦い始めるような雰囲気には思えなかった。

 

 

「白龍皇と真天龍。かつては殺された存在ではあるが、最強に至るには練を越える必要がある」

『…………気を付けろヴァーリ。彼は()()()使()()()()とはいえ、真天龍の力を御しきれている。気を抜けば敗北するぞ』

「安心してくれアルビオン。俺も熟知してるさ」

 

神器から響く『白い龍』アルビオンが注意を促すが、心配ないとヴァーリも応える。そうしていたがすぐに向き直った。

 

 

 

数十秒、長い沈黙からすぐに二人は口元を緩ませて笑う。静かな笑みを浮かべながら、一言だけ発した。

 

 

 

 

 

「────行くぞ」

「─────来い」

 

 

交わした応酬はそれだけ。

僅か数秒も満たない時間の言葉の掛け合い。

二人は構える事も無く、互いの横を歩いて通り過ぎた。

 

 

 

それも一瞬。

 

 

 

振り返ると同時に、彼等は動く。練は瞬間的に装填したショットガンを、ヴァーリも同様に全身に鎧を纏わせ、拳を振り上げる。

 

 

 

 

その激突は、正真正銘本気の戦い。それぞれ思う所はあれど、抱く決意は一つ。

 

 

 

────目の前の宿敵(ライバル)を倒す。ただそれだけ。彼等が相手を妥当しようとするのはそれに尽きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が戦闘を始めた直後。

壊れた校舎の近くで一誠はリアス・グレモリー達の前に出ていた。神器を片腕に展開し、相手に警戒を見せつける。

 

 

しかし相手はそんな威嚇をものともしない。

 

 

 

「よォ、今代の赤龍帝。ジックリと対面してみたら大した事なさそうだな」

 

ニカニカと、鋭く尖りきった獣歯を見せる青年 風刃亮斗。無防備に見えるが、話の通りライン達を圧倒したのなら───相当の実力者であることに違いはない。一誠は目の前の相手を強く睨みつけた。

 

 

敵とはいえ、仲間であった筈の女性を騙し討ちのようなやり方で殺した。普通の人間でも許せるかどうかは難しい。

 

 

最も、彼が本気で許せないのはもっと重要な事なのだが。

 

そんな一誠の視線に気付き、興味が湧いたように笑みを深める。その口から出てきたのは彼に対する称賛の言葉、

 

 

「おォ、一般人だったって聞いてたから雑魚だと割り切ってたが、意外と面白れェじゃねぇの?……………だが気に入らねぇなァ、その目つき。

 

 

 

 

オマエ、普通なら死んでるぞ?俺が形残さずにブチ殺してるからなァ」

 

と同時に警告であった。悪魔である一誠の態度に嫌悪でも感じたのか不愉快と言わんばかりに顔を歪め、何気無くそう告げる。

 

 

何度も味わってきた感覚を越える威圧に、一誠は思わず気圧される。だがそれを押さえ込むように一歩前に出てきた。

 

風刃亮斗は大して気にせずに告げる。

 

 

「だが、それをしねぇのは何故か分かるか?『赤龍帝』兵藤一誠、お前は鍵でもあるんだ。俺達『神王派』の計画の為にもなァ」

「計画………何だよ、その計画ってのは!」

「知りてェなら俺達の元に来い。そうすれば全て教えてやるぜ、お前の知りたいこと全部をな」

 

 

風刃亮斗の言いたい事は、勧誘であった。

言う通りにすれば殺さないし、知りたい事実を全て教える。

 

その説明する風刃亮斗に大して一誠は────、

 

 

 

「────ふざけんじゃねぇ、誰がお前らの言うことに従うかよ」

 

 

真っ向から拒絶した。目の前の強者に、彼がそうしたのはたった一つの感情。

 

────怒り、と人が呼ぶものだった。

 

 

「子猫ちゃんやギャスパーを人質にして!木場やゼノヴィア、ライン達まで殺そうとしたお前の言うことなんか!従うわけねぇだろうが!!」

「………へぇ、それが答えって訳か」

 

仲間を利用し、傷つけた。そんな理由で自分の誘いを断った一誠に、青年は静かに受け入れた。

 

 

 

凶暴と断定できる性格の持ち主である青年にしては、あり得ない程静かだった。まるで何か思うことがあるのか。

 

 

「こう見えても俺なりの譲歩だったんだがなァ、ここまで頑固だと俺も困りもんだぜ。しょーがね、諦めッか」

 

言って、全身から力を抜いた。どうでもいいと言うように彼は両目を閉ざし──────、

 

 

 

 

 

 

 

「────テメェを無傷で連れてくのは止めだ、テメェの意思を尊重してなァ」

 

 

ドガンッ!!!

 

凄まじい爆発は、青年が地面を殴りつけた事で発生した。神器抜きの力の暴力、辺りに飛び散った砂塵が彼を中心に舞う嵐に飲み込まれていく。

 

 

自らが生み出した暴風の破壊の中で、平気そうに笑う風刃亮斗。ニィ、と見る者が見れば恐怖を覚えるような不気味さで、楽しそうに笑う。

 

 

 

次に告げられた言葉も同じように明るく、内容は残酷すぎた。

 

 

「手足を砕いて『王』の元に運ぶ。そこでテメェから神器を引き抜いて一撃で殺してやる─────ありがたく思えよ、悪魔に成り下がったゴミクズ」

 

 

『構えろ!相棒!!』

「ッ!分かってるぜ!あの野郎をぶっ飛ばしてやる!」

 

 

ドライグの声を聞き入れた直後。

天へと腕を伸ばした一誠から一際強大なオーラを発する。全身から出現した赤の鎧を纏い、人型の龍のような姿へと変じた。

 

 

 

赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』、一誠の宿す神器の禁手(バランスブレイク)

 

 

これは一誠が自ら実現させたものではない、もしそうだとしても代価が必要となる。アザゼルは戦いを前に、それを無視した形で禁手を使える腕輪を渡していた。

 

 

 

 

赤い鎧と同じオーラを纏う一誠と、周囲に膨大な風の竜巻を帯びる亮斗。

 

 

 

突撃した二人が衝突するのは一瞬。轟音と衝撃が世界に広がった。

 



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暴風の男

今回は戦闘回です。一誠と風刃亮斗のものになります。


注意ですが、今回の話は原作とは普通に違う所があります。明らかにすると一誠がスケベから成長します。俺はおっぱいで怒る主人公が見たいんだと言う方は引き返す事をオススメします。

別に良いよという方はどうぞ↓


ガン!ガン!!ガン!!

 

 

空気を叩きながら何回も響く轟音は戦いの余波であった。一時的な禁手(バランスブレイク)を使った一誠と風を操る神器を使う風刃亮斗。

 

 

禁手を使っても互角。その事実に一誠は歯噛みするしかないが、風刃亮斗は馬鹿にするように笑ってきた。

 

 

「ハッハァッ!!テメェ如きが俺にやれるとか思ってる事自体がおかしいんだよこの雑魚が!!とっととくたばれよォ!!」

「ゴチャゴチャうるせぇ!!」

 

拳と拳が激突し合う。力と力の押し合いは亮斗の方が上だが、容赦なく叩きつけた彼はすぐに気付く。

 

一誠の力は倍加していっている。それも十秒おきに。

 

 

 

「────チッ、普通の雑魚よりは上か。面倒だな……よし、やるか」

 

観察するように向けていた両目を細め、亮斗は自らの身体を折り曲げる。リレーで走り出す前の選手のような構えをしていた。そして問答無用で一誠へと突っ込んでいく。

 

咄嗟に、攻撃を受け止めようと手を前に出す。このままの速度からして遅れるとは思えなかったのだが、

 

 

 

 

バギィ!! と予想に反して数秒早く一誠の顔を拳が殴り飛ばす。装甲越しの強力な一撃、しかし一誠が意識したのはそこではなかった。

 

 

「っ!?何だ!?今の攻撃、さっきより早ぇ!!」

 

先程の動きを見ていたが、それよりも格段と速いスピードでの攻撃だった。倍加しているとはいえ一誠にも耐えられたが、そこでドライグが何かに気付いたのか声を上げる。

 

 

『肘だ相棒!奴は手甲のブースターから風を噴出して一撃一撃を速めてるぞ!』

「遅ェ!気付いた所でテメェは手遅れなんだよォ!!」

 

言われた途端、亮斗のブローが腹部に命中した。メギィ! と鎧にも響いてくる一撃は一誠を軽く吹き飛ばす。しかし、それだけでは終わらない。

 

 

また凄まじいスピードで移動した一誠は地面に転がる一誠に目掛けて重い一発を撃ち込む。更に地面にめり込む一誠が見たのは、

 

 

 

踏み込むと同時に両腕を構える青年の姿。そんな彼のガントレットと背中の装甲から空気が吸い込まれていく。

 

 

 

直後、一瞬で音の全てが消えた時だった。

 

 

「───オラァ!!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 

マシンガンのようなラッシュが襲い掛かる。有り得ない速度と同時に鋭く重い連発。ガントレットのブースターが拳を振るうと同時に風をロケットのように噴射する事で、パワーとスピードを上昇させている。

 

 

「がっ、ガァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアっ!!?」

 

 

防ごうとするがそう簡単にはいかなかった。顔前に構える腕に何百を越える連撃が数秒も置かずに放たれてくる。

 

 

「あァ!?どうしたァ!!?守ってばっかじゃ俺を倒せねぇぞォ!!先に鎧が砕けるのが早ェかなァ!!」

 

勿論、そんな事は普通の神器使いには難しい。出来たとしても使えるのに何年もかかる筈。それをこうも扱えるのは風刃亮斗という青年の強さを意味している。

 

 

 

だが、一誠もそれでは終わらない。無数の連打の中で何とか亮斗の風に触れた。そして、自らの神器にいる龍に目掛けて声を出す。

 

 

「───ドライグ!あの野郎の神器に譲渡だ!!」

『了解だ相棒!』

 

思わず、全員が耳を疑った。自分ではなく亮斗の神器を倍加させると言ったのだ。それは自殺行為にも等しい行い。

 

 

 

不思議に思ったのは風刃亮斗も同じらしい。突然の事をしてきた一誠の首を掴み、近くに向けて放り出す。すぐさま笑みを溢し、嘲笑を深める。

 

 

「何考えてんだァ、テメェ。俺の神器に強化してどうするつもりだァ───!!」

 

両腕と背中のブースターの風を爆発的に放ち、一誠へと突っ込んでいく。それは今までの一撃を越える威力、ボロボロの一誠に避けられなかった。

 

 

 

 

だが、一誠が避ける間もなく近くの地面に激突した。突然のおかしな動きに全員が目を疑う。

 

 

それは風刃亮斗も同じ。彼はゆっくりと起き上がると自らに起こった事を理解した。

 

 

「ゴッ!?クソ、軌道が!!?…………いや、そうか。そういうことかよ」

 

「…………なるほど、考えたじゃないか」

 

離れた場所で見ていたアザゼルも感心したと顎を擦りながら笑う。そんな彼の様子にリアス達は首を傾げていたが、彼は分かりやすいように説明を行った。

 

 

「風刃亮斗の目に止まらないスピードはブースターから噴かしてる風が原因だ。あそこまでの高速移動の攻撃は微力で調整しないといけないんだが、赤龍帝 兵藤一誠が奴の神器に倍加を付与した事で」

「────風刃亮斗は倍加した風の力で上手く動けなくなる」

 

それが一誠の狙いであったのだ。倍加させた風の力で風刃亮斗の力を思うように操れなくする。

 

 

狙い通り、風刃亮斗は高速移動を制御できてない。これ以上の神器の使用は自らを傷つける事に変わりなかった。

 

身体についた傷を見た亮斗はようやく神器を収める。それでいて、冷静に自分の状態を見下ろしていた。

 

 

「…………なるほどなァ、バカも貫き通せば不可能を可能にする、ねぇ。勉強になったぜ。俺の風をごり押しするとは。だがなァ────」

 

瞬間───

風刃亮斗の姿がかき消えた。瞬間移動や神器の効果などではない、もっと普通でありながら常識外の間にあるもの。

 

 

 

目の前のいた風刃亮斗の足が振り上げられる。そして赤龍帝の鎧ごと一誠の腹部を穿ち蹴った。

 

 

 

「………ぐッ、は?」

「─────調子に乗るんじゃねェ」

 

気付くべきであった。風を操るなどといった技術は、身体が追いつかなければ意味を為さない。つまり、それは彼の素の実力を意味している。

 

 

神器など使わなくとも、彼は兵藤一誠を越えられる程の実力を有していた。一誠はそれに気付かされ、思考が白熱した。

 

 

 

「手加減してやがったのかよ……!最初からやる気じゃなかったのか!」

「当たり前だ。テメェ、獣を殺すのに自分の本気を出すか?神器に余計な真似をするなら、俺自身の力で充分だ」

 

頭部を踏む亮斗は力を込めていく。メキメキ、と骨が軋む音に苦痛に呻く一誠を、笑みを浮かべて見下ろしていた。あまりの力に頭部の装甲が破壊されても尚、踏みつけるのを止めようとはしない。

 

 

 

「────飽きたな、テメェみたいなのをただで潰すのもつまらねぇ。あァ、そうだ。俺と同じ目に合わせてやろォ、それがいい」

 

突然、容易には動けない一誠を踏みつけていた足をパッと離した。思わず立ち上がろうとするが、頭を掴まれて持ち上げられる。

 

 

 

何をしやがる、と叫ぼうとする一誠に亮斗は指を差してきた。その先にいるのは、傍観することしか出来ないリアス達。

 

 

一誠の視線が、彼女達に向いたのを確認して、風刃亮斗は楽しそうに笑う。憎悪と狂気が入り交じった、恐ろしく思う笑みを。

 

 

 

「なァ、お前の大切な奴ってあそこにいるか?心から守りたいって思う人よォ」

「…………は?」

「誰でも良いから答えてみてくれよ。なァ、知っておかなきゃつまらねぇだろ?」

 

 

嫌な予感が、背筋を襲う。

何故今になってそんな事を聞くのか、疑問に思う一誠は呆然と固まる。だが気付いていた、相手が何をしようとしているのかを。

 

 

そして風刃亮斗は冷酷に告げる。自らの笑みよりも恐怖を抱かせる程、残忍な言葉の刃を。

 

 

「分からねぇか──────テメェの前で殺してやるってんだよ。大切な奴を」

 

 

 

 

 

耳に入ってきた言葉を、一誠は理解出来なかった。いや脳がそれを拒絶していたのかもしれない。本気で訳が分からないのかもしれないが、一誠は目の前の青年を見て硬直する。

 

 

 

────この男は、何を言ってるんだ?

 

 

「ほら、いるんだろォ大事な奴。好きな奴、愛してる奴でも教えてくれよ。何なら嫌いなのを教えても良いんだぜェ?

 

 

 

それ以外なら家族を殺してやろうかァ。お前の名字兵藤だろ?駒王って街中で探してれば見つかるよなァ、だいぶ早く済むと思うし」

 

それだけ言うと亮斗は足を離し、再度踏みつけた。ドガッ!! と地面に叩きつけられた一誠の頭部が地面にめり込み、小さなクレーターを作る。

 

 

一度だけでは済まなかった。亮斗はいっそ冷たい表情のまま、一誠を容赦なく踏み潰す。目的の為と苦しめる為、二つの意味で殺さないように。何回か続けていき、赤い液体を顔に浴びた途端、すぐに足を止めた。

 

 

動かない。亮斗は再度頭を蹴るが、反応がなかった。はぁー、と深呼吸のように息を吐き、別の場所に目を配った。

 

 

「じゃ、殺すか。紅髪と金髪、どっちがいいかなァ?ま、二人ぐらい問題ねぇか」

 

文字通り、殺しに行く。亮斗は口に挙げた二人のどちらを殺そうか考えていた。誰を殺せばこの男は苦しめられるか、そういう狂気染みた言葉に駆られるように。

 

 

そんな風に、考えていた亮斗は既に動かない悪魔から足をどけて殺しに行こうと行動を起こす。

 

 

直前、

 

 

 

 

「────────ぞ」

「……………あァ?」

 

違和感に首を傾げた。亮斗が踏み抜いていた一誠の頭、しかし何か力が増してきた。グググ、と押し返されそうなのがすぐに分かる。

 

 

 

足の力を強め、地面に叩きつけようとする。ようやくその異変に気付いてきた。

 

 

力が、上がってきてると。

 

「─────ふざけんじゃねぇぞ!!お前ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)─────!!!』

 

力任せに起き上がった一誠から莫大なオーラが吹き荒れる。思わず後ろに下がった亮斗は言葉を失い、目の前の光景に目をひん剥く。

 

 

 

再び全身に赤龍帝の鎧を纏う一誠の力が未だに倍増していた。何回も、何十回も、倍加は続いていく。同じように大きくなっていくオーラはこの空間を軋ませるかもしれない程に、強大であった。

 

 

 

 

「てッ、メェ!!何してやがんだァッ!!」

 

我に返った亮斗の掌から風を炸裂する。砲弾のように直撃した風の一撃が一誠に直撃した。

 

 

しかし、一誠は構わずに拳を振るう。それを前にして亮斗は気を緩め、心の底から嘲笑う。一誠の力がどれだけ倍加してようと風を突破できるとは思えない。そう思ってた矢先、

 

 

「皆に!リアス・グレモリーに手を出してみろ!!」

「ッ!?こいつ、風のバリアを────」

「二度と転生できねぇくらい!!徹底的に破壊してやらァァアアアアッ!!!」

 

全身を包む防護壁に拳が押されていた。そして風のバリアを突破した一誠の一撃が亮斗に炸裂する。呻きながら、距離を置いた亮斗は思わず殴られた頬を触る。

 

 

 

 

顔を殴り飛ばされた。その事実が、それだけの事実が亮斗の顔から感情が消える。直後、彼を完全な怒りが支配した。

 

 

「赤龍帝ィいいいッ!!」

 

 

轟ッ!! と風が吹き荒れた。

片腕を飲み込む程の空気の集め、容赦なく解き放つ。今までの威力とは比較にならない破壊は一誠を飲み込もうとするが、彼は気にせずに突貫した。

 

 

考えを読むように、その先から亮斗は突っ込んできた。勢い良く互いの頭を打ち付け、両拳をぶつけ合う。衝撃が周囲に響き渡るが、二人は何とか拮抗していた。

 

 

しかし感情の方は亮斗の方が格段と怒りに満ちていた。悪魔を嫌悪、憎んでいる彼の性格からして自分を圧倒した悪魔を、許せるわけがなかったからだ。

 

 

「倍加が何だ!?雑魚がいくら強くなろうが変わらねェんだよ!!テメェ如きをぶち殺す事も、造作にもねェェンだよォォォ!!!」

「何、勘違いしてんだテメェは」

 

ただひたすら気絶させようとする亮斗の攻撃を防いだり、その身に受けながら、一誠は前進する。

 

 

身体を叩く痛みが頭に響くが、それは無視した。ただ

ひたすら近付いていく。

 

 

自分の仲間を、大切な人達を。軽々しく殺すと宣告した、目の前の男を殴り飛ばす為に。

 

 

「俺の拳は、一人のモンじゃねぇ!たった一人じゃあテメェには届かなかったからなぁ!!」

 

勢いよく一誠は亮斗が交差させた腕に拳を打ち上げる。真上に舞った腕は生々しい音と共に骨が折れる。その感覚を味わう青年の顔が苦痛に歪む。

 

 

そして、一誠は更に亮斗に近づく。最も近い、彼の眼前にまで辿り着く。この距離なら、確実に拳は届く。

 

 

 

亮斗の顔にようやく恐怖が滲んだ。

両腕を折られたのにも関わらず、戦意を喪失する事なくガントレットのブースターから風を吹かし続ける。全身を風のバリアが覆おうとするが、

 

 

一誠は躊躇せず、

 

 

自らの拳を限界まで握り締めて。

 

 

 

「見やがれ!これが、俺達の!皆の分の一撃だぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!」

 

全ての力を出しきるように亮斗に振るった。倍加だけではない力を有した一誠の一撃は荒れ狂う風を吹き飛ばし、亮斗の顔面に突き刺さる。

 

 

 

「ぎ、ぐごばぁッ────!!?」

 

全身に極限にまで倍加された攻撃を浴びた亮斗が、地面に激突した。流星のように墜落した場所には大きな砂煙が発生し、視界の全てを隠し尽くす。

 

 

 

その余波は離れた場所にまで及んでいた。

 

 

 

「今、のは…………?」

『どうやら届いたようだな、彼の拳が』

 

近くの地面に着地した練はその方角を見つめ、言葉を失う。神器の中から響くのは彼が宿す真なる天龍 ヴェルクが感心するように呟く。

 

 

「は、ハハッ!!見たか練、アルビオン!俺は兵藤一誠を歴代最弱と確信していた!けれどどうだ!?この場で誰よりも強い筈である風刃亮斗をあそこまで追い込んだ!!面白い、面白すぎるよ!!」

『…………確かに、そうだな』

 

そして、何が起きたのかを理解したヴァーリは自らの考えを正しながら、一誠へと評価を示す。唖然としたアルビオンの言葉を聞いても尚、ヴァーリの顔は嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

力を出し切った事で、鎧が解除された一誠が地面に倒れる。それを見たリアス達が彼を身を案じて急いで向かう。

 

 

そして、誰よりも早く走りながら、ラインハルトは暗い顔をする。それは一誠の言っていた事が起因している。

 

 

「皆の…………力」

 

 

倒れた一誠は駆け寄ってきたリアスに抱き締められる。最早動けないであろう彼にリアスは優しく言葉をかけていた。木場達も安心しながらも同じように近づいていく。

 

 

 

 

全てが終わった、そう安堵する面々の中で。

 

 

 

 

 

()()に気付けたのは、ごく僅かな者だけだった。人間であるラインハルトも同様に。

 

 

 

 

 

 

「────皆!下がって!」

 

一誠とリアスの前に、ラインハルトが飛び出す。彼は虚空からエクスカリバーを取り出し、両手で構えた。未熟である、扱い切れない、その事実を無視してとにかく握った。

 

 

 

彼等の耳に入ってきたのは、雄叫びだった。獣のような、どす黒い感情のままに叫んだ人の憎悪の声。

 

 

ドガァ!! と。

瓦礫の山が消失する。内側から放たれた無数の斬撃により、塵すら残さず刻まれていく。

 

そして、ゆっくりと。瓦礫の山から起き上がる人影があった。

 

 

 

 

「────風刃、亮斗」

 

 

返事はない。

 

一誠の全力の攻撃に瀕死だと思われていた青年は静かに立ち上がる。俯いたままで顔は見えないが、砕かれた筈の両腕を大きく広げる。

 

 

 

いつの間にか、この空間の至る所から風が吹き始めていた。しかもそれらの風は全て、風刃亮斗の方へと集まっていく。次第に黒く染まる風が巨大な嵐となり、風刃亮斗はその中で顔をゆっくりと上げた。

 

 

 

────この世界全てを憎むような、漆黒に染まった復讐者の瞳を、一誠達に向けて。

 



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それぞれの道へ

後書きに重要な話を載せさせていただきます。どうかご確認をよろしくお願いします。


────あァ、クソ。あの野郎、ここまでボコボコにしやがってよォ…………

 

 

瓦礫の中で彼はそう考えていた。口に出そうとしても喉の奥から溢れそうになった血の塊によってそれが無理だったからだ。

 

 

そうして、彼────風刃亮斗は地に伏していた。心の中にあったのは怒りといった感情ではなく、何故か落ち着いていた。

 

 

 

────身体が動かねぇじゃねぇかよ、どうしてくれやがる

 

 

 

惨めだと思った。しかしどうしようもなかった。腕も足も折られて痛い、もう簡単には動けない。

 

 

ハッ、と自分を嘲笑う。滑稽だ、挑発などして唆したから負けた。お陰で奴は覚醒したが、()()()()()()とないえ自分がここまで痛めつけられたのは、相当にキツい。

 

 

 

もう寝ようか、そう考えてもしまうほど、無気力だった。当然だ手足が動かないのに、何をするというのだ。

 

 

 

『…………おい、何諦めてんだ』

 

──────しかし、そんな真似を許さなかった。他ならぬ自分自身が。いや自分自身(風刃亮斗)の皮を被ったような誰かが。

 

 

 

 

 

 

 

 

『思い出せ、お前の根底を。お前を動かし続けた動力源を

 

 

 

 

何なら、この(ワレ)が引きずり出してやる』

 

 

 

頭の中が、弾ける。

 

 

『■■■■■、本当にこの子を───?』

『えぇ、不安なのは分かります。けど、この子まで巻きこまめない。これは私達が原因だから』

 

 

 

────これ、は…………?

 

 

 

『────ごめんなさい、亮斗。貴方を一人にして』

『僕達の代わりに生きるんだ。どうか、幸せに───』

 

 

 

────止め、ろ

 

 

自然と声が出る。脳裏に浮かび上がる途切れ途切れの光景。姿がよく見えない男性と女性が優しく撫でてくる景色。

 

これは知ってる、彼の過去だ。 弱者であったからこそ、奪われ続けた憎たらしい記憶。

 

 

それを見たくないと、亮斗は拒絶した。何故ならこれは彼が経験してきた記憶。

 

 

 

ならば、あの時の悲劇を─────絶望をもう一度味わうことになる。

 

 

 

そんな青年を嘲笑うように景色は切り替わる。そう、心から見たいと望んでいた…………だが、これは違う。これだけは見たくないのだ。

 

 

 

『ねぇ!貴方は一人?皆といないの?』

 

 

普通とは違う街で、一人で弱者に浸っていた彼に、声をかけてくれた人がいた。

 

 

誰よりも優しく笑い、誰よりも強く生きていた少女。自分とは正反対なくらいの彼女は────手を伸ばしてくれた。

 

 

 

────止めて、くれ

 

 

 

『聞いて亮斗。私、『神王』さまの力になりたい。私達を助けてくれたあの人を、支えたいと思ってる』

 

 

 

────嫌だ、嫌だ。止めてくれ、もう見せないでくれ

 

 

 

『約束だよ、亮斗。私と一緒に頑張ろ?』

 

 

 

────止めろ、止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ!!

 

 

必死に祈るが、何も届かない。これ以上は見たくない、何でもするから止めてくれ。頼む、お願いだ。

 

 

 

 

そう言っても、そう祈っても、現実は非常に切り替わる。

 

──────脳裏に映るのは次の映像。

 

 

 

 

炎に燃え盛る街中。暗黒の空には複数の影があり、襲撃された事を意図している。

 

 

そして、風刃亮斗という青年の目の前で。赤々しい鮮血が宙を舞う。残酷な程に綺麗な血が。まるで火花ように散る。

 

 

最後に、地面に倒れ込む誰か。池のような血溜まりの中で沈む、優しく強かった少女の姿が─────

 

 

 

 

「───────止めろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

喉の奥から出てきたのは絶叫ではなく、咆哮だった。血の味がするが構わず叫び続ける。脳内のビジョンの全てを覆い尽くすが、それでも足りない。一瞬して動かない筈の身体はバギバキッ!! と音を立て完全に再生する。

 

 

ようやく動いた腕を地面へと叩きつけ、拳を握り締める。痛覚が、感じられなかった。だがどうでも良かった。両手を再度開き、周囲の力を圧縮して─────解放する。

 

 

 

 

どす黒い闇が、噴出した。漆黒の空気の刃は何十層も重なり、亮斗を中心として大きく広がっていく。全てが風、捻れ狂う本物の破壊。

 

 

おぞましい災厄を思わせる嵐中で、亮斗は顔を上げる。血走った眼は今にもはち切れんばかりに膨れ上がり、一誠達に向けられる。

 

 

だがその眼には何も見えていない。理性すら、感情の全てが黒にかき消される。濁りに濁りきってはいるものの、明確に浮き上がる感情があった。

 

 

 

「クソども、が………忌々しい、もん………見せやがって、よォォォ……………」

 

 

幽鬼の如く揺れる青年の力が段々膨れ上がってきている…………違う、解き放っているのだ。自ら課している制約を。

 

 

 

目の前の憎悪を破壊し尽くす、ただそれだけの為に。

 

 

「もォ、何もかも関係ねぇ!!テメェら全部、何もかも!消し飛ばしてやらァ!!!死ね、死ねェェッ!!!」

 

 

 

ラインハルトは思わずエクスカリバーを低く構える。一誠達の事も少なからず気にはしているが、これ程の破壊はゼノヴィア達をも巻き込む。そんなこと、絶対に許容出来る話ではない。

 

 

 

けれど、自覚もしている。今の状態では暴走する風刃亮斗を止めることも出来ない事は。

 

 

 

 

 

「────止めなさい、亮斗」

 

 

直後、世界が光に包まれた。

光と言っても太陽とは違う、閃光。数多の光が空に何千も瞬き、夜に浮かぶ星空を作り上げる。

 

 

────いや、いや、違う。

両目を細めてラインハルトは「それら』が何なのか理解した。

 

 

全てが魔法を発動する魔方陣。0秒のラグがあったとかではなく、正真正銘同時に展開されていたのだ。そして、光の中に浮遊する一人の美しい女性、銀白のドレスを纏う彼女は手をゆっくりと翳す。

 

 

 

それらの魔法が放たれ──────風刃亮斗を囲んだ。そのまま光の結界が彼を覆い込み、優しく包んでいく。

 

 

精神を安定させる効果でもあるのか、我を失い暴走していた亮斗が正気に戻った。震えた眼で女性を見つめる。

 

 

「 ア ぁ セレナ、さん?」

「気持ちは分かる。けれど目的を忘れないで、そうしたら全て終わりよ。無理を言うけど、セリカの為にも我慢して」

「……………ァ、分かった。すまねェ。おれは、俺は、俺はァ────」

「後は、私に任せて」

 

光の中で崩れ落ちる亮斗を宥めるその姿は母親のようと言っても過言ではない。大人しさや礼儀正しさもあり、印象を深めていた。

 

 

しかし、誰も侮ろうとはしなかった。

 

(あれだけの魔法を数秒で展開した────ただ者じゃない。それに、風刃亮斗の接し方からして………まさか)

 

あれほどの魔法を同時に発動する女性。神器の力ではない、自らの実力によるもの。見た目に反した強さを証明していた。

 

 

そして、彼女───セレナと呼ばれた女性は美しさを損なわないような麗しい動きで礼を示す。

 

 

 

「初めまして、三勢力の皆様。私はセレナ・リンフォース、『神王派』《トライデントフォース》の一人であり『女王(クイーン)』を任されております」

 

三勢力の者達全員が、今度こそ息を呑む。目の前の相手は《トライデントフォース》の一人、つまり風刃亮斗と同等か以上か以下かの違い。

 

 

しかしサーゼクスは少し歩み寄った。彼は魔王として、悪魔達の長として、無益な争いをしないような選択を取る。

 

 

「セレナ・リンォース殿。私達は貴方達、『神王派』と戦いたい訳ではない。どうか話し合いの場を設けさせてくれないだろうか」

 

「話し合う?貴方達と?」

 

変わらず淑やかな笑みでセレナは聞き返す。その声は震えており、今にも暴発しそうだ。勿論、悲しみなどではない。

 

 

彼女が耐えている理由は────今落ち着いている青年の為。彼を宥めた以上、感情的にならないようにと。

 

 

 

「貴方は家族や親友、仲間を殺した相手と話し合ったりするのですか?ありませんよね、敵は滅ぼすのが当然ですよね」

「……………殺した?君たちの家族を?」

「────何も知らないのですか?それとも惚けているのですか?私達の前でよくもそんな事を───いえ、必要ありませんね」

 

その声に怒りが乗り始めてからすぐに、セレナは言葉を切った。もう語る必要は無い、口にした通りに。

 

 

彼女は突然、片手に分厚い本を掴む。虚空から落とされたような光景に目を疑いかけるが、何をするか分からない以上全員が警戒していた。

 

 

目の前で大きな魔方陣が彼女の足元から出てくる。やはり先程のと同じ色の光。セレナは冷静に宣告する。

 

 

「既に私達は用は無くなりました。亮斗を連れて帰らせていただきます」

 

彼女の隣に風刃亮斗が歩み寄った。一誠との戦いで重症だった青年は無傷と言える状態であった。

 

 

彼の視線が体力の消耗しすぎで動けない一誠へと向けられる。

 

 

「赤龍帝、お前は強かったなァ。ただし、お前が勝ったのは『兵士(ボーン)』に過ぎねェ」

「………」

「もしお前が『覇』を越えた時、計画が叶えば────必ず殺す、覚えとけ」

 

 

警告にして決意表明。

一誠に対するものでもあり、自らに対するものでもある。戦っていた時とは違うくらい大人しい青年はそれだけ言い残して、セレナと共に光に包まれる。

 

 

 

 

転移したのだろう、完全に彼等の姿は消えていた。戦いの終わり、それを理解するのに幾らか時間を有する。

 

 

その間に離れた場所での戦いを終えた者も合流していた。校舎から傍観していたアザゼルはその結末を聞く。

 

 

「練、どうだった」

「────引き分けだ。ヴァーリはもう行ったよ」

「…………そうか」

 

ボロボロになって帰ってきた青年に、アザゼルはそれだけ呟いた。哀愁ある目を向け、呆れたような顔で彼の頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。

 

気負うなと言うように。対照的に練は困りながらアザゼルに不満を漏らしていた。

 

 

 

 

一方、

 

「セルク・レイカー。【禍の団】を倒して来ましたか?」

「────はい、問題なく」

 

少し傷を負ったゼノヴィアと近寄ってきたイリナに話しかけるラインハルト達を見ていたミカエルはテロリストの排除を任された騎士王 セルク・レイカーの帰還を聞いた。

 

そして二人で彼等を見る。聖剣使いとして選ばれていたが、それぞれ別の場所に立つ少年少女達の楽しそうな語らいを。

 

 

「─────ミカエル様。このセルク・レイカー、不遜にも貴方様に頼みがあります」

「それは…………何でしょう」

 

微笑みながら振り返ったミカエルはすぐさま顔を引き締めた。護衛としている最強の聖騎士が何時もとは違うくらいの顔つき。

 

 

彼を幼い頃から知る者なら、その顔に気付けたかもしれない。セルク・レイカーという人間が教会により作られた、人工の騎士であった時のモノ。

 

 

 

「ラインハルト・ヴィヴィアンとゼノヴィア・クァルタ。二人が承諾すれば天界の聖騎士へとなれようにお力添えしていただきたい」

 

────自分から死地へ行こうとする自殺志願者の顔。それと似通っている事には、誰も気付けない。

 

 

 

 

 

 

 

数日後の話になる。

会談は終わった後、三勢力の共同作業で戦闘の場となった学園を修復し、彼等の話し合いで『駒王協定』が締結された。

 

 

そして数日前に遡るが、サーゼクスはアザゼルに頼み込んでいた。自身の妹やその眷属達に神器の使い方を教えて欲しいと。

 

 

 

 

 

『────悪いなサーゼクス。俺はあいつらに直接手を貸すのは無理だ。それ以外の事ならサポートは出来ると思うが』

 

しかし、アザゼルはそう断った。彼の話を全て聞いた上で、難しそうな顔して直球に答えたのだ。

 

 

『理由は…………いや、君の考えだから受け入れるよ。無茶を言ってしまった』

『すまないな、借りは返すって言ったのにこんな風に断っちまって』

『それは良いが、理由はやはり────黒月練、彼の事かい?』

 

 

『あぁ、あいつはきっと協定に不満を抱いてるからな。俺があいつらと一緒になるなら練も着いていく筈だ…………多分、いや間違いなくヴァーリのように離反するかもしれない。俺は甘いからな、あいつが復讐に呑まれて欲しくないと思ってんだよ』

 

アザゼルにとって練もヴァーリも、自身の子のように想っていた。ヴァーリは止めることは出来なかったが、練はまだ何とか出来る。

 

 

協定の話を練は受け入れてくれた。アザゼルや皆の為なら、と。静かな笑みと共に、悪魔達との和平を納得したのだ。

 

 

 

『そこまで彼は────私達悪魔が嫌いなのか』

『違うな、嫌いなんじゃない。心の底から憎んでるんだ。あの時現れた、風刃亮斗と同じくな』

 

 

だからこそ練は悪魔達と一緒にいれば耐えられなくなるだろう。彼が抱く────悪魔達への怒り、憎しみを。

 

 

それだけ言ったアザゼルは口を閉ざし、サーゼクスから背を向けた。協力的とは言えど、全面的にとは言えない様子らしい。

 

 

 

───真なる天龍を宿した一人の青年。彼の心境を心配したアザゼル達による配慮と心配によるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数日後に戻る。

アザゼルとサーゼクス、二人の話に出てきた青年 黒月練は何をしてるかというと。

 

 

「────つまり俺達は今んとこはこのままなんすかねーボス?」

「あぁ、そうだ。大して何も変わらないな」

 

何時もいるグレゴリの本拠地ではなく、人間界にあるホテル。二人用の部屋の中で練は、ベッドの上で暇そうに漫画を読む神父────フリード・セルゼンへの説明を終える。

 

 

練の話を聞き終えたフリードは少しばかり顔を歪ませて笑みを浮かべる。不気味な笑顔に彼は顔色も変えずに質問した。

 

 

「どうした?何がおかしい」

「いやーボスも悪魔達と一緒に行くのかなーって。ほら、あの聖剣使いみたいに」

「…………ラインハルトの事か」

 

 

練は少し考え込むようにしていたが、あっさりと彼について話し始める。

 

 

「残念な話だが、ラインハルト達は天界に所属するらしいな」

「…………えー、何で?でも教会から追放されたんでしょ?」

()()()()はな」

 

その言い回しにフリードは理解する。ラインハルト達は神の不在を知った事で教会によって追放された。しかし教会からであり、天界は彼等を追放する気はなかった。

 

 

だからこそ、聖騎士として保護しようと言う考えなのだろう。やり方にしては悪いように見えるが、意外にもそれが通っているのだから仕方ない。

 

 

 

「それにだ、俺は悪魔どもと仲良くする気は無い。あいつらと俺の価値観は違う、どうせ何処かで衝突するオチさ」

「はいはい、ボスの指示に従いまっせ。あの時アンタにボロ負けした訳ですからね!舎弟らしく忠誠を誓ってやりますぜ!」

 

突然、携帯電話の着信音が鳴り響く。フリードは気にせず漫画を読み続け、ゲラゲラと大笑いするのを横目で睨み、練は電話の相手からの話を聞いた。

 

 

数十秒で終わったらしくポケットに仕舞い込む。そして未だに漫画に明け暮れる舎弟に練がある情報を告げた。

 

 

「いつもの引きこもりからの情報だ。ここから少し離れた場所には転生悪魔がいるらしい。しかも群れ──どうやら奴隷扱いされてた奴等が貴族悪魔から逃げてるらしいな」

 

 

耳にしていたフリードが瞬時に跳ね起きる。無理もない、彼にとって悪魔狩りは趣味の一環。ボスと讃える(嘘っぽいが認めてはいる)練によって自粛させられていたので不満だった結果、それが解禁されたのだ。喜ばない筈がない。

 

 

 

悪魔を狩る事と同時に他にもやることがある。

 

 

「仕事だフリード。ゴミ悪魔の殲滅と被害者の保護だ、楽しさのあまりに逃亡してる奴まで殺すなよ」

「エヘヘヘ!久しぶりの楽しい悪魔狩りですかねぇ!全然ヤれなかったから俺ちゃんも欲求不満でウキウキしてきますよん!!」

「……………お前さぁ、言葉遣いさぁ」

 

 

黒月練は悪魔を嫌う。しかし種族全体を憎んでいる訳ではない。転生悪魔やはぐれ悪魔、ハーフ───何なら純血だろうとその事情と複雑な理由がある者は認める。もし全てを憎むのなら彼は復讐者ではなく、ただの悪へと堕ちる。

 

だからこそ定義している。特定の条件に合う者だけは極力嫌い、激しく憎悪するのだ。

 

 

 

───自分以外を見下し利用し、格上気取って他者を傷つける者。そのような存在に対して練がする事は単純明快。

 

 

 

害悪なゴミを片付ける。そうしていけば、必ず出会うと信じている。自分から全てを奪った、あの忌々しいクソッタレの悪魔を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、会談を狙っての襲撃を行った【禍の団(カオス・ブリゲード)】。彼等にも大きな変化が生じていた。

 

 

それは、この世界の何処にも存在しない空間にある巨大な城。一番上に位置する玉座の間と呼べるであろう部屋の前で起こっていた。

 

 

 

「────何のつもりだ!《神王派》の『(キング)』!!」

「言葉の通りだが?」

 

片方、激昂して怒鳴り付ける男は悪魔────シャルバ・ベルゼブブ。旧魔王派の一人でかつての魔王ベルゼブブの血統である男。

 

そんな彼は怒りを隠しきれず、もう一人の男性に食いかかるが、男性はシャルバに向けて目を細める。失意に満ちた眼で見つめる視線には最早哀れみしかない。

 

 

「カテレア・レヴィアタン、貴様の同胞は彼女の『蛇』を以てしても堕天使総督に敵わなかった。貴様の我が儘故にテロ行為の先導は任せたが…………全く役に立たなかったではないか」

 

 

もう一人の男、濃い色合いをした黒髪。そして特徴的でもあるのは左の顔にある一本の傷痕。まるで刃で深く切り裂かれたように深く残っていた。

 

 

男の名は 武帝皇我(ぶていこうが)。亮斗やセレナと同じく『神王派』の《トライデントフォース》の最後の一員、そんな彼を示す言葉は『(キング)』。

 

 

その単語が表す意味は聞くまでもなく分かる。彼が『神王派』を直接的に束ねる『王』であると。

 

 

「貴様の言う通りにして我が同胞達を手間取らせるのならば貴様らに従うつもりは無いぞ、小者。これからは我々が指揮をする、貴様らは従っておくがいい。下手な醜態を晒す前にな」

 

まるで本物の王の振る舞いで武帝皇我は、目の前に立つシャルバから目を外す。何事も無いような顔にはシャルバに対する興味は微塵にも存在しない。

 

 

比喩抜きで、道端に転がる石ころみたいな扱い。例え今声かけたとしても返ってくるのは無視、もしくは先程以上の嘲笑だろう。

 

そんなものは、シャルバにとってどうでも良かった。彼にとって優先するべきは一つの事実。

 

 

 

 

 

────下等な人間風情に見下された。

 

初めて味わった激しい怒りがシャルバ・ベルゼブブの意識を簡単に支配する。内側からの憤懣に駆られるまま、シャルバは片手から魔力を捻り出し、容赦なく放った。

 

 

 

たった数メートル。何秒も掛からずに、無防備な姿を狙い打ちしようとした。確実に、仕留めたとシャルバは確信する。

 

 

 

 

 

「人間に見下された事への怒りか────それも良し」

 

 

が、彼の魔力は届かなかった。

禍々しい程の暗黒の球は武帝皇我の直前で潰れる。上から、下から、の力に挟まれるように────一瞬で消え去った。

 

 

眼前の現実に硬直するだけしか出来ないシャルバ。彼に向けて『(キング)』は傲慢な態度を崩さずに言葉を告げていく。

 

 

自らの格を見せつけるように、シャルバ・ベルゼブブへの選定をしていく。

 

 

「しかし分かっているのか?自らの選択を。我々は《神王派》だ、この俺に挑むという事は『神王』の力を真に受けるという事を意味しているのだぞ」

「ッ────!!」

「勿論、我が力ならば貴様を殺す事も易い。何なら今すぐその愚かさを灰にして消してやりたいが」

 

 

その眼を見たシャルバは身動ぎしようとも不可能であった。蛇に睨まれた蛙のように、反応することも出来ない自分がここにいる。

 

 

 

そんな彼に『王』が向けたのは─────無機質な選別。

 

 

「貴様は殺すよりも生かす方が屈辱と見た。俺に見逃された事を安堵しながら次こそ失敗せぬように心掛けろ───俗物」

 

旧魔王の血族 シャルバは見逃された。当たり前の現実に彼は煮え滾る憤怒に囚われる。同時に───生かされた事を、心から安堵する自分がいるのに気付かない。

 

 

出来るのは、今度こそ立ち去る『王』の姿を怨嗟の瞳で睨み続けるだけだった。

 

 

 

 

 

玉座の間、最奥にある王の座席。武帝皇我はその椅子に堂々と腰掛けていた。肘掛け、頬杖をついていた彼は、静かに口を開く。

 

 

「旧魔王派はもう駄目だな。奴が頭である以上、好き勝手にやらせる訳にはいかん。レヴィアタンは亮斗に排除させたが、ベルゼブブとアスモデウスはどうするべきか」

 

この部屋には誰もいない。それは勿論、ここは王のいるべき場所、『(キング)』以外は滅多に居座る事はしない。

 

それなのに流暢な言葉で彼はそのように聞いていた。この部屋に向けて。勿論、返答が返ってくるのは事はなかった。

 

 

 

 

────代わりに。

いつの間にか、誰かが部屋にいた。突然現れたのか最初からいたのか分からない。しかし分かる事は数少ない。

 

 

 

『何者か』は玉座の上にある天窓に座っていた。カーテンらしき布によりその姿は隠されているので、容姿を確認することは無理だ。

 

 

人影は────『何者か』は答えようとしない。それどころか言葉も発する事なく数秒の時が流れた。

 

 

 

 

「───フ、彼等にか?お前にしては意外と投げ槍な言い方じゃないか。俺としては不安だがな」

 

しかし、有り得ない事に話は続いていたらしい。『何者か』が何らかの力で声が部屋に響かないようにしているのか、極力小さな声を『王』が耳に拾っているのか。

 

 

 

何もかも分からない中で、彼等は話を進めていく。

 

 

「神滅具の覚醒か………彼等には『覇』を越えてもらう必要がある。白龍皇はまだ出来てないが良い調子、問題は赤龍帝と真天龍だな」

 

───────?

 

「あぁ、赤龍帝は未熟だから気にする事はないが、真天龍の方だな。話に聞いていたが、禁手を使えんのは精神の傷痕(トラウマ)が起因してるか。あれをどうにかしなけらばならん」

 

 

 

───、───────

 

 

 

 

「────二度も言うな、案ずる事は無い。それを口にするのはお前でも許されんぞ」

 

 

ジロリ、と真上に位置する『何者か』を睨む『王』。シャルバにすら無監視であった彼にして珍しい、怒りの感情であった。

 

 

「我等の誓いは不変。例え全てを敵に回してでも、我等は戦うことを選ぶ。────ただ一つの祈り、願いの為に。

 

 

 

 

 

 

 

お前もそうだろう?我が友よ─────」

 

 

武帝皇我はそう言って険しい顔を崩し、笑みを溢す。王としての振る舞いとは違う、人間としての親しい者に向ける信頼と意思のあるものを。真上に居座る『何者か』に向けて。

 

 

 

そして、『何者か』も応えるように笑う。誰もが気付かない間に、決意が深まった瞬間であった。




読者の方からのご指摘により、今回からそれぞれの主人公を元の陣営側に戻しました。強引かもしれませんが、ストーリーにちゃんと関係するのでどうかご安心ください。



悪魔側主人公 兵藤一誠

ストーリーは原作とほぼ同じ。違う所は話として出します。


堕天使側主人公 黒月練

ストーリーとしてはオリジナル方式で進めていきます。


天界側主人公 ラインハルト

黒月練と同じ方針です。



基本的にこれからの話は合流する以外はそれぞれの陣営でのストーリーを書いていきます。一誠達は少なくなり、練とラインハルト達の陣営でのストーリーが中心です。

皆様からの指摘により、新しい展開を作ることが出来ました。本当に感謝の極みです、この小説をこれからもよろしくお願いします。


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聖剣休暇のラウンドナイト
聖剣使いの休息


原作との改変点(天界ver)
・七本のエクスカリバーは乙女達が渡した偽物、本物はラインハルトが所持している。
・ゼノヴィアの悪魔から人間へ戻った。元悪魔という扱い(重要になる)


今回からラインハルト(天界)編のストーリーとなります。基本的に悪魔側とは違いオリジナルなのでご配慮のもとよろしくお願いします。


人生には、悲劇が付き物である。

 

 

幸せな時を過ごせば、悲劇はそれ相応のものになる。そう、自分が体験した幸福の代償という形で。普通の人は悲劇を知らない者も多いが、理不尽な悲劇というのも少なくない。

 

 

 

かつて『彼』も、そうだった。彼の人生は何処かから悲劇に転落し、いつの間にか崩れ落ちていたのだ。何かをした訳でも無い、理不尽に巻き込まれた。

 

 

 

相手を恨んでいた訳ではない、救わない世界が許せなかった訳ではない。分かってはいた、自分達にとって他人であると、気にする理由なんて無いと。多くの人が知らん振りするのは絶対的な悪ではないと。

 

 

 

それでも、そうだとしても。

 

 

繰り返すしかなかった。あの泉の前で、瀕死となった母親を担ぎながら。誰もが応えてくれず、誰もが聞き入れなかった言葉を。

 

 

『─────たす、けて』

 

 

 

 

 

 

 

 

そして────『彼女』と出会った。

 

 

 

 

『貴方は────?』

 

 

果ての見えない草原に佇む一人の少女、台座に突き立てられた剣の前で、『彼女』は此方に振り返った。

 

 

絶望と後悔、様々な負に満ちた地獄の世界を見続けてきた『彼』にとって、どうしようもない光に見える少女。そんな『彼女』に『彼』は心を奪われ、ただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

たった一人の少女に恋をした瞬間、それが『彼』の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天界日本支部。

教会とは違う、天界側の人間の為の建物。駒王町とは別の日本国内の町にある一般人も使う教会の関係者専用の施設。

 

 

別の国の仲間達と情報を共有し合うこともあるが、目的の為に自分達より下の立場である教会に指示を与える為にもある。

 

 

 

「─────ゼノヴィア、ラインハルト。そう気張らなくてもいい」

 

その一角でラインハルトとゼノヴィア、そして言葉に挙げられてないがイリナは緊張していた。礼儀正しく立つ姿勢を変えない彼等の顔は強張っており、重圧に耐えようとしているようにも見える。

 

 

 

そんな彼等の緊張の理由は、目の前の机に肘を掛ける男性にある。

 

 

「私が聞きたいのは悪魔に転生した理由でも、彼等と協力していた事ではない。もっと重要と判断した事だ」

 

 

最強の聖騎士、天界の最終兵器、他にもあるが名高い異名を有する男性 セルク・レイカーがそこにいたのだ。会談や通常時に着ている鎧は無く、今は神父服のようなものを軽く着ている。

 

 

それでも、通常とは変わらない程の圧力がある。並々ならぬ威圧感は抑えられていたとしても、彼等が耐えきろうとするのも無理はない。

 

 

 

そんなラインハルト達に、セルク・レイカーは冷徹な顔を整える。犯罪者を裁く執行官のような顔立ちで、彼はラインハルトとゼノヴィアに疑問を提示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達は─────デキてるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、そんな事実は無いです」

「そうか」

 

キッパリと否定するラインハルトの言葉に、騎士王は受け入れた。やけにあっさりとしていたが、信頼というものがあったのだろう。

 

 

しかし、それを聞いて黙っていない人物がいた。真横に立っていた青髪に緑メッシュの入った脳筋少女(悲しいが冗談ではない)ゼノヴィアがその一人である。

 

 

 

「何だとライン!私達は何日も夜を共にした仲じゃないか!?私との思い出はそんな簡単に割り切れるものだったか!?」

「三色ご馳走して貰っただけなのに何その言い方!?後夜を共にしたと言ってもお前が人の布団の中に入ってきただけだからね!?」

「嘘!?ライン、ゼノヴィアと一緒の布団で寝たの!?それってもう関係が進んでるじゃない!?私がいない間にそんな風に事を済ませて────」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁああああッ!!!話が余計な方に捻れてくる!!だから二人とも、取り敢えずオブラートに言うけど─────黙って!!本気で!!」

(…………元気だなぁ、あの子達は)

 

 

直立不動でいた筈の三人は次第に掴み合いの言い合いに変わり、激しい口論を繰り広げている。何時もの仏頂面を表面に整えるセルクの心内では、最近の若者のコミュニケーションはこういうものかと若干ずれた解釈をしていた。

 

 

 

「………それよりゼノヴィア、もう大丈夫なの?」

「あぁ、心配ないさイリナ。この通り、悪魔としての弊害は解けてる。今なら太陽に当たっても平気だぞ」

 

 

数日前、彼女は悪魔から人間へと戻っている。堕天使側の組織、『神の子を見張る者(グリゴリ)』と四大魔王の一人の助力によって、彼女の中の悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の摘出を行ったのだ。

 

 

練曰く、『無理矢理悪魔にされて逃げてきた転生悪魔達を助ける為にもその技術が必要だから要求しただけだ。俺達がこうしないと勝手にはぐれ認定されて殺されるからな、どっかの誰かさん達にね(皮肉)』という話らしく、悪魔側もグリゴリの悪魔の駒摘出の技術については何も言うことは無いらしい。

 

 

 

何はともあれ、ゼノヴィアが人間に戻れたのは良かった事だ。その実はラインハルトと練がそれぞれ頼み込んだお陰でもあるのだが、彼等は気にしてはいないだろう。

 

 

 

「そう言えば師匠、聞きたいことがあります」

「何だ?」

 

 

静かに目だけを動かしてラインハルトを見るセルク。彼にラインハルトは自らの疑念を述べた。

 

 

 

「何故、俺達を戻ってこれるようにしてくれたんですか?」

「…………なに、大した理由は無いな。強いて言えば、後継ぎの問題だ」

「後継ぎ?まさか師匠も結婚とかあるんですか?」

「─────聞くなよ、聞いてくれるなよ」

 

有無を言わさない声が部屋に響く。

喉元を直接掴まれたような底冷えに彼等は身動きが出来なくなるが、当の本人は無気力に項垂れる。失意や不満と言った感情をさらけ出しながら、彼は愚痴り始めた。

 

 

 

「モテないんだ、分かるかい?私としても結婚に興味あるかと言われたら、無くはないのだが全くモテた経験が無い。結婚など無縁、恋人すら絶対に作れないだろうな私は!!」

「いや師匠もきっとモテますよ!俺よりも強いんですから!俺よりも人気になりますって!」

 

 

その言葉を聞いていた真横の二人が大きく反応する。深刻そうな溜め息と共に残念な奴を見るような眼で視線を送った。

 

代表するように、ゼノヴィアは何とも言えないように呟く。気のせいか小刻みに震えていたりもする。

 

 

「お前、お前………よくそんな事言えるな………」

「え、何?不味いこと言った?」

 

ラインハルトは戸惑いながらも聞き返す。しかしそれが引き金となったらしい。

 

 

勢いよく顔を上げたゼノヴィアがラインハルトの襟元を掴み上げる。『えぐぅっ!?』と呻き声を漏らす彼にゼノヴィアは更に続ける。

 

 

「お前どれだけモテてると思ってるんだ!自覚しろ!もうあれだぞ?シスターや女教会戦士だけじゃなくて竜すら惚れさせるとか言われてるくらいだからな!」

「何その話!?モテてるとかいう話にも弁明したいけど、竜は違うでしょ竜は!!」

 

冗談、と言うべきだろうが当事者である彼女達が強い言葉で言うのだから簡単には否定できない。というかそこまでモテるのか、とセルク・レイカーは自らの弟子との差に戦慄するしかなかった。

 

 

その内神まで惚れさせるとかある?と考えるのは止めることにした。現実になったら凄く怖い。

 

 

「ともかく!これで三人で戦えるって訳ですよね!主よ、この巡り合わせに感謝いたします────」

「いや、教会と天界でも情報登録に時間が掛かるからな。イリナはもう既に行われているが、君達の手続きには面倒な手間がある」

 

 

─────あれ?これは嫌な予感………

 

 

ラインハルトは話を聞いている間、冷や汗が出ていた。彼としては普通に考えて何も起こらないと思えるが、予感というものは重要である。戦いでも勘によって生き延びる者もいるぐらいだから。

 

 

そして、こういう時に限って悪い意味で予感は当たる。

 

 

 

「その手続が終わったら私から連絡しよう。君達は近くの街で遊んできたまえよ」

 

 

逃げる間もなかった。

 

 

両脇から腕をガッシリと掴まれたラインハルトは抵抗できずに沈黙する。そのすぐ横で『それじゃあ行ってきます!』と叫び、部屋から彼を連れていく少女達を見たセルク・レイカーは近くの古い受話器に眼を向けながら、懐かしそうに思った。

 

 

 

────若いって良いなぁ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────何をしている、娘よ」

 

 

ローブを着込んだ複数の影があった。その中の一人、長身の男性だと分かる人物が耳元に当てていた通信端末を離し、自身の後ろに険しい声を放つ。

 

 

ピクリと、その中の一人 まだ14歳前後の少女が震える。まるで怯えるように、縮こまっていた。

 

 

「…………はい、お父様っ。申し訳、ありません……」

「手間取らせるな、何の為にお前を連れてきたと思っている。自らの使命を果たす為だと言うこと忘れるな」

 

 

「───それくらい良いだろう」

 

男性の詰問に、最後の一人が厳格な声で制止する。彼よりも上の立場の人間なのか、男性は気を引き締めて短い礼をしていた。

 

 

声からして相当年を取った老人は男性に向けて言葉を紡ぐ。娘と呼ばれた少女に対する男性の態度を諫めるように。

 

「この娘も疲れておるのだ、お主の訓練に続けて休まずに移動しているのだからな」

「しかし───」

「それより確かなのか、彼奴を倒せると言うのは。仮にも彼の王の聖剣を宿しておろう」

「はい、彼等からの情報通りならば、王の聖剣には限定封印がされております。その程度の状態ならば、彼等から与えられた『この剣』で充分でしょう」

「…………」

 

男性が笑みを浮かべながらローブから剣の柄を見せる。まるでそれが自分にとって相当の価値があるものというように、しかしすぐに忌々しそうな眼で睨み、腰に納めた。

 

 

 

「さぁ、行きましょう。一族の悲願、祖王の理想を果たす為に──────」



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一時の平和

己の………己の小説の腕を呪いたい………(切実)


「───『新条』様の考えは分からない、あんなのに王殺しの魔剣を渡すとは。無駄だと思うが」

「まぁね!ボクもそれには同意だよ!けど『新条』様なりの考えがあるんだと思うよ!ボクらはそれに従ってればいいからね!」

「……………」

「おやー?後輩君、何か言いたい事でもあるの?何だって聞いてくれよ、ボクに答えられることなら何でも構わないよ!」

 

 

建築中のビルの内部に三人の人影がある。普通、作業員しか入れないものだが、勿論彼等は作業員には見えない。

 

寧ろ彼等をどのように表現するか分からない。一般人なら同族と、悪魔や堕天使に天使は違和感を持つだけだが、もし魔王達が遭遇すればすぐに分かるだろう。

 

 

 

 

 

 

────人類に、世界に仇なす存在であると。

 

 

「エクスカリバーの使い手、ラインハルト・ヴィヴィアン…………そこまで、危険な相手、か?」

「いやー、そっか。君としてはあまり知らないんだったね!あれは今んところ脅威じゃないよ、今んところは」

「そう、エクスカリバーは星の造り出した神造兵器。星を滅ぼしうる存在を滅する武器、その特性故に『今の我等』の天敵になり得る」

 

 

黒髪の少年、全身包帯の青年、顔半分を特別な布包む男。彼等全員男性だが、特徴と言うものがそれしか合っていない。様々な性格や容姿でありながら、何故か彼等は敵対すること無く話し合っていた。

 

 

 

「じゃあー誰行く?ボク?それともシルマ?ジャック君は後輩だから駄目だしねー!」

「気に、入らない。我等が、負けると、でも?」

「ならば、私が行こう。しかし、それはあの男が失敗したらの話だ。それまでは見学しておく」

「…………じゃあ行く事になるんじゃないかなー?」

 

 

それにしても、と。黒髪の少年が窓際に腰かける。彼が見下ろす先には大勢の人々の姿があった。老若男女、多くの人間を見渡して、彼等はあっさりと息を吐く。

 

 

 

「人々は何も知らず平穏に生きてるな。意味の無い贋作の幸せを、ただただ謳歌している」

「ヒヒ!だからこそじゃない!?無知な子羊を救済するのも、『我等』のやる事だからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ねぇ、具体的に何をする予定なの?遊びに行っていいって言われたけどさ」

 

「「…………あ」」

 

「え、………あ、って何?まさか何も考えてなかったの?マジで?」

 

三人はそれぞれ困惑し始めた。遊ぶと言っても何をするべきか本人たちもよく分かっていないのだ。

 

 

 

 

何せ彼等は元々教会戦士。主への信仰と敵の排除を任されていた教会の人間、遊びとは無縁であった。唯一してた遊びを挙げろと言われても彼等は頭を抱えて悩んでしまうだろう。

 

 

 

そんな中、ラインハルトがある提案をした。彼自身が思い付く限りの事を。

 

 

「ファミレスだったけ?あそこで食べない?調べてみたけどファミレスに行くのも遊びらしいよ」

 

近いのだが違う。

ファミレスで遊ぶと言っても、学生達がドリンクだけを頼んで数時間もゲームをしてたりする事を言うのだが、きっとラインハルト達の考えてることは別の事だろう。

 

 

 

現に今、ファミレスに入った彼等は普通に食事をしている。それを遊びと聞いてみて微妙になってしまうが、彼等の中でそうならば仕方ないと思う。

 

 

「そう言えば、私達って何処に住む事になると思う?お師匠様の話だと日本支部の施設になるかもしれないけど……」

 

 

イリナがドリンクを飲みながら疑問を口にする。食事を頬張っていたゼノヴィアが納得して頷く。

 

 

「確かに………もぐ、その件はあるな、もぐ、何とか、もぐ、しないと、もぐもぐ」

「食べてから話そうよ、じゃないと大変じゃない?」

 

 

大盛りの白米ご飯とハンバーグステーキに食らいつく少女をよそに、ラインハルトは少し前の光景を思い出した。

 

(………ファミレスで一誠に奢って貰ったのを思い出すなぁ。何時かちゃんとお代の分を返さないと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────情報に聞いてた聖剣使い………まさかと思っていたが、いらぬ心配であったか」

 

彼等が食事をしている座席、そのすぐ後ろで武帝皇我は嘆息していた。意識を悟られないように真後ろの少年少女達を観察していたが、興味がないのかあっさりと止めた。

 

 

「皇我、誰か、いる?」

「いらぬ心配と言ったぞ、貴様はパフェでも食べているといい」

「うん、我、そうする」

 

机の向こう側から皇我に声をかけたのは、ゴスロリのワンピースを着た感情の薄い幼女。大盛りのパフェをチマチマとスプーンで食べる彼女の姿を見て、

 

 

 

「…………似合わん光景だぞ、《神王派》の『(キング)』であるこの俺がお守りをするとはな」

 

 

しかし、それでも彼ぐらいにしか出来ないだろう。同胞達でも行える者は少ないともいえる。経験の問題ではなく、度胸や覚悟の問題。

 

 

 

不満を口にする一方で、仕方ないとも感じていた。

 

 

 

「パフェ、美味しい、静寂、同じ?」

「知らんな。お前の望む静寂は今では無理だが、今はこれで落ち着いて貰うぞ────オーフィス」

 

 

皇我の言う通り、彼女こそがオーフィス。この世界で存在の一人、多くの性質から彼女は『無限の龍神』と呼ばれ、今現在は【禍の団】の頭目とされている存在。

 

 

その情報に違いはなく彼女こそが実質のリーダーではあるが、どちらかと言うと利用されやすい性質である。現に旧魔王というクソザコ(皇我の見立てからして)達に騙されて蛇を渡していたぐらいだから。

 

 

 

自分の目的に協力すると言っただけの相手に手を貸すなど、純粋無垢な性格上、《神王派》は彼女を他の派閥に利用されないように保護しているのだ。

 

 

 

勿論、純粋なので遊びたいとかの要求も聞き入れる。同行するのは基本的にトップの三人、《トライデントフォース》になるのだが、他の二人に擦り付けられた経緯があった。

 

 

 

黙々とパフェを口にするオーフィス(少し嬉しそうに見える)を見据えた皇我はもう一度ため息を吐き、チラリと窓の外を睨む。何処かの建物の一つ、建築途中であるビルの方を。

 

 

 

「───似合わん光景だぞ、本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ラインハルトは二人と別れて行動していた。

 

 

二人が別々の場所に興味があるらしく、『待ってるから良いよ、後で集合しよう』と話したので、ラインハルトも街中を一人で歩いている。

 

 

楽しそうな喧騒を耳にしていたが、それが彼を反応させるには至らない。脳裏に響くのは、練という青年からの伝言。

 

 

『聖剣を扱いきれてないとしたら、それは未熟だからじゃない。他にも要因があるんだろ?』

(…………そうだ、その通りだ)

 

 

肯定する彼の顔は苦しいものだった。美形とも称される顔立ちを歪ませ、彼は考えに明け暮れる。

 

 

(聖剣を渡してくれたヴィヴィアンさん達が言ってた。俺は『彼女』と同じくエクスカリバーを完全な状態で振るえるって。けど、俺は封印して欲しいと頼んだ)

 

 

それこそが理由であった。エクスカリバーを完全に扱えない封印は、ラインハルト自身が自らに掛けた制約そのもの。

 

 

 

(俺がエクスカリバー振るうべき相手はこの世界を滅ぼす脅威。それ以外で─────俺自身の我が儘でこの剣を使っていいのか?)

 

 

結論から言うと、躊躇していたのだ。

彼にとってアーサー王の聖剣、『彼女』から託された意思は、命を掛けてでも果たさなければならない使命である。私情によるもので全力の聖剣を使うのが許されるのか、それは彼が良き人間である証明である。

 

 

 

 

しかし、()()()()ではない。

 

 

彼がエクスカリバーを解放するのを躊躇う理由はもう一つある。それは彼自身が誰にも話していない正真正銘秘密の事実なのだ。

 

 

 

人混みの中を歩きながら、ラインハルトは自己への問答を繰り返していた。このままでいいのか、しかし自分の考えを簡単に捨てていいのか、と。

 

 

 

 

 

 

そんな最中、

 

 

 

 

 

 

 

「───久しぶりだな」

 

 

 

呼吸が、止まった。心臓の停止すら錯覚する程の驚愕を味わいラインハルトは硬直する。その声をラインハルトは知っている、しかし有り得なかった。自らの耳を疑ったが、それもすぐに意味がなかった。

 

 

 

 

目の前、視線のすぐ先に一人の男が立っていた。ローブを着込みその姿を隠しているが、ラインハルトはその男を知っている。顔や身体は隠されているが、声だけは忘れることが出来なかった。

 

 

 

街中で通り過ぎる人々に怪しい目で見られるのを無視して、男は被っていたフードを脱ぐ。明らかになった鋭い瞳がラインハルトの顔を捉え、気にしたとは言えない声音で吐き捨てた。

 

 

 

「死んだと思っていたが、まだ生きていたか」

 

 

中年の男。少し色が薄めの金髪を結い、全体的に大人しい雰囲気が醸し出される。その顔は皺が寄せてあり、老人に近い印象があった。

 

 

冷徹な視線を向ける男に、ラインハルトは震える。それ以外の行動を行うのが難しかった。それでも、言葉が喉から通った。

 

 

 

 

 

 

「父、さん………!」

「愚息よ、今ばかりは会いたかったぞ」

 

 

 

ハイヒルド・ヴィヴィアン。

正真正銘、ラインハルトの父親だった男の名前。そしてラインハルトの人生を狂わせた張本人にして元凶。

 

 

 

忘れられる訳がない。

彼にとってもそれは過去、乗り越える事が出来ない因縁。心身に染み着いた苦しみが今、鋭い牙を剥いて彼に迫っていたのだ。




ようやくラインハルトの過去に触れられますね。少しばかり複雑ですがよろしくお願いします。


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因縁の血統

お久しぶりです。何ヵ月も空けて申し訳ありませんでした!今回もラインハルト編、彼の過去に触れる話です!


『ミカエル様、ヴィヴィアン家というものを知っていますか?』

 

 

騒動の数日前、会談が終わった後の事。騎士王セルク・レイカーが切り出してきた言葉に天使長ミカエルは考え込みながらも、すぐに答えた。

 

 

『えぇ、知っています。アーサー王の末裔であり、英国の名家 ペンドラゴン家の影武者である一族でしたね。何やらヴィヴィアン家は戦闘が得意な血統とも聞いていますが………』

『その事実は間違いありません』

 

 

しかし、それだけの事では終わらない。切り出したからには、語ろうとする事実があるのだ。

 

 

『しかしおかしいと思いませんか?何故ヴィヴィアン家というものがペンドラゴン家の影武者という噂を流れているでしょう?影武者という噂よりもヴィヴィアン家が本物のアーサー王の末裔と言われた方が、影武者としては好都合な筈なのに』

 

 

おかしいという点は彼が提示している。

 

ペンドラゴン家が本物のアーサー王の血統ならば、そうだという噂を広げるだろうか? そもそも、ペンドラゴンとそのまま名乗って良いのか?そうすることで悪魔や教会に命を狙われる可能性があるというのに。

 

 

ならば、考えられる選択肢は一つ。真実は、その逆ということ。

 

 

 

『ヴィヴィアン家こそが本物のアーサー王の末裔。ペンドラゴン家は影武者のアーサー王の血筋で、本物のアーサー王の血筋を絶たないように護るのが目的でした』

『………でした、とは。含みのある言い方ですね』

『有り得ない事が起こったのですよ。いえ、有り得ないのはヴィヴィアン家からしたらの話ですが』

 

 

 

 

『ヴィヴィアン家の先代当主の姉がペンドラゴン家の人間と結ばれたんです。そこから、ヴィヴィアン家のアーサー王の血筋が途絶え────影武者であるペンドラゴン家が本物の血統となってしまった』

 

血が、本当のアーサー王のものであった血筋は、ペンドラゴン家のものとなってしまった。後にヴィヴィアン家が産ませ(用意し)た当主にはその血は継がれおらず、ヴィヴィアン家は過去の栄光と王の血筋を失ったのだ。

 

 

あまりにもアッサリとした何百年もの血族の終わり。どんなものも始まりと続くのは長いが、終末は簡単に訪れる。

 

 

 

『それからヴィヴィアン家は没落、アーサー王の血統を有していない現当主のハイヒルドはある事を企んでると聞きました。まあ、噂の範疇にしかありませんが』

『ある事、とは?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────本物のアーサー王の復活を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、現在に至る。

大通りでただ立ち尽くすしかないラインハルト。彼は目の前の男に、顔を歪めながら睨みを効かせた。

 

 

 

「父、さん………!」

「愚息よ、今ばかりは会いたかったぞ」

 

相対するのはラインハルトの実の父親、ハイヒルド・ヴィヴィアン。本来二度と会わないと決めていた筈の人物が、今この場にいる。

 

 

 

それには間違いなく理由がある。気付けないほど、ラインハルトは鈍くはない。

 

 

 

「ラインハルト、ヴィヴィアン家に戻れ」

「………っ」

「私にはアーサー王の血は流れていない、それはお前も同じだと判断していた。だが堕天使コカビエルの件を聞き、お前には血が続いているとも理解した」

 

 

予想通りの答えに歯噛みするラインハルトを前に、父親は言葉を続ける。彼が、ハイヒルドが語る言葉はラインハルトからしても想像の範疇を越えていた。

 

 

 

 

「そして、お前を心から誉めたいと思うよ」

 

送られたのは、比喩抜きの賞賛の言葉。流石のラインハルトも絶句して、目の前の肉親の正気を疑っていた。彼にとって父親は冷徹であり冷酷である人物、今までラインハルトを気にかけたことすらなかったのに。

 

 

「お前が持っているものこそが、アーサー王の本物の聖剣!ペンドラゴン家の末裔、真なる王の血を宿す者すら持たん、正真正銘王の物だ!!」

 

 

本物の聖剣────エクスカリバー。

教会が湖の乙女達から(強引に)受け取り、七本へと分かれた偽物とは違い、星が造り出した神力の如く兵器。

 

 

 

それを振るい、大戦を生き延びた堕天使を瀕死にまで追い詰めたのはあろうことか自分の息子。それを知った時は言葉を失うと同時に喜びで震え上がったとハイヒルドは嬉しそうに語っていた。

 

 

 

しかし、彼の喜びはラインハルト個人に向けられたものではない。自分達の家がエクスカリバーを手にする好機を得た、それだけだ。

 

 

やはりその男は、ラインハルトを何とも思っていなかった。その事実はどうやっても変わらないだろう。

 

 

「私が、私達がエクスカリバーを使えば!国をもう一度作り直す事が出来る!王の再臨を行えるのだ!!」

「王の、再臨?」

「そう!その為には─────器を生み出さねばならぬ。母体は既にある以上、ラインハルト、後はお前だけが必要なのだ」

 

 

───お前だけが必要。

 

その言葉に、ラインハルトの頭が白熱した。冷静に話を聞いていた意識を消し飛ばす程の怒りが沸き上がってくる。同時に彼の肉体に響いてくるものがあった。

 

 

 

痛み。全身を苛む痛みが、過去から与えられてきた痛みが、守れなかった直後に味わった痛みが────ラインハルトを襲ってきた。

 

 

 

「そんなの────認められるか!貴方は俺を、母さんを捨てたんだ!それなのに、必要になったから戻ってこいなんて道理など通じはしない!!」

「…………なるほどな」

 

 

ククク、とハイヒルドは肩を揺らす。その顔を見たラインハルトは思わず、ゾッと全身を震わせた。狂気染みた深い笑み、間違いなく何かを企んでいる証拠だった。

 

 

 

「ならば、お前が受け入れられる事をしてやろう」

 

外套をゆっくりと払い、腰元に手を伸ばす。確かに、何かを掴んだように見えた。

 

 

「見よ、愚息。これが何なのか分かるか?」

「────?」

 

引き抜かれ、その手に握られているのは、一本の剣だった。色の特徴を示すとすれば、赤。しかし普通の武器とは言えず、装飾剣に似た宝物。戦いに用いるものにはどうしても見えない。

 

 

 

 

だが、しかし。

エクスカリバーを所有するラインハルトはそれに対して尋常ではない違和感を抱いていた。何故だか分からない、だがそれは、聖剣を託された彼だからこその警戒だと言うのは言うまでもない。

 

 

その剣の正体は、ハイヒルドの口から明かされた。

 

 

「魔剣クラレント、反逆の騎士モードレッドの得物である剣だ。元々は聖剣であったが、既に魔剣である以上聖剣の意味はなさんがな」

「クラレント………?それは、教会が保持している筈だ!使用できない代物として封印してると!」

「忘れたか?エクスカリバーを奪われた時の話を。私の協力者である彼等から譲り受けたものだ…………よりによって王の反逆をした輩の剣を渡してくるとは」

 

 

忌々しい、と怒りを隠そうとしないでハイヒルドは顔を歪ませていた。ならば何故持っているのかという疑問が浮かんだが、すぐに解消された。

 

 

 

「そして、私はクラレントを思い通りに操れる。その力を周囲に解き放つ事も可能だ─────これだけ言えば理解できるか?」

 

 

視線が周りへと向けれる。ラインハルトも釣られるように見て、その意図に気づいた。

 

 

周囲にいる人々は少なくは無い、寧ろ沢山の人間が集まっている。大通りだからなのかもしれないが、子供連れの親や家族達が数を占めている。

 

 

だからこそ、ラインハルトは彼の言葉を思い出した。─────『周囲に』、それが何を意味しているのかを。

 

 

 

「街を、ここの人達を巻き込むつもりなのか!?」

「それもお前の選択次第だ。私としても不本意だ、あまり手を汚させてくれるな」

 

自分はそうしたくない、そう言うハイヒルドの顔は不適な笑みで染まっており、実行すら厭わないのを証明している。

 

 

奥歯が砕ける程に噛む力を強める。自分に対してではなく、周りの者達すら巻き込む姿勢に、ラインハルトは激しい怒りを込み上げさせる。

 

 

 

「この場の者達だけではない、街中全てが人質だ。下手な真似をすれば今すぐ薙ぎ払おうじゃないか」

「貴方は………貴方と言う人はッ!!」

「一時間あげよう、それまでにこの街の東にある廃墟のビルに来い。ここから逃げようとする、もしくは避難させようとした場合、多くの罪のない市民が死に絶えるだろうなぁ?」

「ッ!!!」

「期待通りの答えを楽しみにしているぞ、我が息子よ」

 

 

それだけ言うと、ハイヒルドはゆっくりと後退する。フードを再度被り、人の波の中へと溶け込んでいく。誰もが気付かない中、ラインハルトはただ立ち尽くしていた。

 

 

 

「……………クソ」

 

彼らしくは無い、苛立ち。短く吐き捨てるが、それでも気が済まないのか、苦悩が表情に浮き出ていた。達観と不安に駆られたラインハルトは、街の中をうろつき始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

力なく、人混みの中を彷徨う。

何処に行こう、という目的も無かった。どうせこの街からは抜け出せないのだ、そうしたら大勢の人が死ぬ事になってしまう。

 

 

 

(────家に戻らなきゃ、いけないのか)

 

 

次第に、楽しそうな喧騒から外れ、路地裏に辿り着いていた。そこでようやく、ラインハルトは壁に寄り掛かるように座り込む。

 

 

 

 

 

(当然だろ。この街の人々を救うためにはそれしかない…………オレに迷う理由なんてあるのか?誰かの為になるなら、そうするのが一番なのに────)

 

 

 

考え込んでる中、人混みから外れて此方に来る二人を見かけた。一般人ならば無視していたが、そうではなかったからこそ彼は大きく反応した。

 

 

 

「ゼノヴィア、イリナ。もう終わったのか?」

「あぁ!色々と買ってきたぞ!何なら見るか?」

「ちょっと待ってゼノヴィア!ラインはあまり興味ないかもしれないわ!というか私達の──なんて見せられても困る筈よ!」

 

………途中、何故かよく聞こえなかったが、ラインハルトからしたらどちらでも良かった。ただ彼女達が楽しそうな姿を見て、嬉しいと感じたのだ。だからこそ、ラインハルトは静かに笑った。

 

 

しかし、その顔は異質だった。喜怒哀楽では表現出来ないような、複雑な笑みを張り付けていたから。

 

 

 

 

 

 

「……………ライン、どうした?」

 

故に、ゼノヴィアはそれに気付いた。ラインハルトの顔を覗き込み、様子を窺っていた。

 

 

勿論、彼は今度こそ表面的な笑みを浮かべながら首を振る。ゼノヴィアの懸念を否定しようとした。

 

 

「いや、何でもないよ」

「嘘だな」

 

断言されて言葉に詰まる。顔を反らそうとすれば、両頬を押さえられて正面から見合う。何も話せない彼の前で、ゼノヴィアはすらすらと喋っていく。

 

 

「私はお前とコンビを組み、生活していた時期は長いだろ。お前の顔を見れば嘘をついてるなんて良く分かる」

「…………、」

「ほら黙ったろ、それが証拠だ…………因みに先生から教えてもらったやり方だ。こういう風に言って何も言わないければ図星だって。先生はやはり天才だと思うな」

 

それを言わなければ良かっただろうに、ゼノヴィアという少女は色んな意味で正直過ぎる。予想からして、教えて貰った事をそのまま口に出したのだろう、少しも変えることなく。

 

 

「ライン、私達に聞かせて────何かあったの?」

「…………それは」

「お願い。私達、仲間でしょ?貴方がそんな顔しているのは、とても悲しいから」

 

心配そうに見つめてくるイリナに、ラインハルトは顔を曇らせる。少しの間悩んでいた彼は重苦しい口を開き、先程の事を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ!?ラインのお父様がこの街に来てたの!?」

「そして……………ラインを取り戻そうとしてるのか、家とやらの為に」

 

驚いて硬直するイリナの横でゼノヴィアは難しいと考え込んでいた。それは無理もない、彼女達は詳しい事情を少しも知り得ないのだから。

 

 

 

「ライン。父親とは何があったんだ?話を聞いてても何らかの因縁があるようにしか思えない。そもそも、お前は本物のエクスカリバーをどうして手に出来たんだ?」

「………エクスカリバーについては明かせない。でも、それ以外の事なら話せるよ。あの人との関係も」

 

 

別にそれを知りたいと思うのは、悪いことではない。むしろそれは、欠点も無い善人ならば当然だろう。自分達から見ても優しく、素晴らしい人間が────一体何故そこまで他者を嫌うのかと。その理由を知りたいと思うのは誰でも同じなのだ。

 

 

 

 

そして、ラインハルトはポツリと漏らした。たった一言で、過去を体現できる言葉を。

 

 

 

 

 

「あの人はオレを、虐待してたんだ」

 

「………虐待?」

「………、」

 

顔色を変える二人の前で、ラインハルトは上着を脱ぐ。普通ならばいけない事だと咎められそうだが、この場合だけは許された。そんな事を気に出来るような状況ではなかったからだ。

 

 

 

「ヴィヴィアン家は、過去の栄光は失われた。奪われた、あの影武者の一族に、って。そんな風に八つ当たりされてきた。母さんも止めてくれたけど、逆に暴行されてた」

 

 

青いアザや多くの傷痕、筋肉のついた青年の身体の至る所に負傷の痕が残されていた。話の流れ的に戦い故についたものではないのは確かだ。

 

ゼノヴィアも言葉を失い、イリナは両手で口を抑えて悲痛の声を押し殺す。ただの虐待とは違う、これでは映画で語られる奴隷の扱いに変わりない。

 

 

「そして母さんとオレは逃げ出したんだ。もうこれ以上、あの人の元で生きられる自信が無かったから。でも父さんはそれに怒って、母さんと俺を後ろから銃で撃ち抜いた」

 

 

今でもあれを忘れられないと語る。真後ろから放たれた何発もの銃声。自らの身体を吹き飛ばす灼熱の痛みを。

 

 

 

「オレは、助かった」

 

青年の顔は全く優れなかった。その事実自体を心から悔いるように、彼は悲しそうな目で自分の傷痕に触れる。

 

 

「何発も身体に受けた母さんが………オレを運んでくれた。そのせいでオレを助けた後に、力尽きてしまった。その後、オレはエクスカリバーを手にして教会に渡ってきた。この過去を知るのは先生ぐらい………追加で二人もだけどさ」

 

 

自嘲気味に告げるラインハルトは、それだけ言って口を閉ざした。普段から優しい彼に似合わないくらいの暗さだった。それも、彼の心の闇の一つなのだろう。

 

 

 

「それで?ラインはどうしたいんだ?」

「…………、」

「まさか本当にその人の元に戻るつもりじゃないでしょ?それじゃあラインのお母様の努力も無駄になっちゃうわ!折角逃げさせてくれたのに!」

 

 

二人のそれはきっと激励だろう。優しく語りかけるようで、自身の覚悟を決めさせるもの。ゼノヴィアとイリナの言わんとしてる事を、ラインハルトは既に理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

「オレは─────」

 




原作とこの作品の違い。

・ヴィヴィアン家とペンドラゴン家
作中でも語られた通り、最初はヴィヴィアン家がアーサー王の真の末裔で、ペンドラゴン家は影武者の一族でしたが、ペンドラゴン家の方にアーサー王の血が継がれてしまい、現当主ハイヒルドには継がれない事でヴィヴィアン家は没落してしまいました。

そのハイヒルドの目的は、奇跡的にアーサー王の血を継いでいたラインハルトを連れ帰る事です。


皆さんにも分かる通り、ハイヒルドはクソ野郎筆頭です。自分のせいなのに妻と子供に虐待して、逃げた二人を殺そうとまでしたので。その癖にラインハルトが生きていたのを知ったら、笑顔で戻ってこい(来なかったら一般人を巻き込む)って言うんですから。



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これが答えだ

だいぶ日を空けてすみませんでした!内容や書き方などに考え更けてたのもありますが…………どうか、感想や評価、お気に入りなどを求めます!お願いします!


昼過ぎ、街の中心部から東方面に外れた所にある、建築途中のビル。元々、十年前に街の有名な名所になるようにと建てられる予定だったが、地形上の問題や工事中の事故など様々な問題があり、そのままの形で放置されてしまっている。

 

勿論、普通に入れば危険である事は間違いない。故に立ち入り禁止が街中では原則となっている。

 

 

その建物の中を、ラインハルトは突き進んでいた。ゼノヴィアとイリナ、二人の少女を連れながら。幾つもの階段を登った先に、人の気配がある部屋へと着いた。

 

部屋の中央に座る人影、ハイヒルドの視線がラインハルトを捉えた。

 

 

「来たか、息子よ」

「…………父さん」

「時間は三十分ギリギリだな。まぁ遅れてもいない訳だし良いだろう………それよりも」

 

 

鉄材に腰掛けたハイヒルドが指を向ける。ラインハルト、その後ろにいる二人に向けて。

 

 

「彼女達は?何故この場にいる?」

「着いてきたんだ。どう言っても聞いてくれなかった」

「………まぁいい、残念だがその子達とはここでお別れだ。ちゃんと挨拶はしていたか?」

「その前に、少し聞かせて欲しい」

「…………良いだろう。私としては機嫌がいい。答えられる事なら、幾らでも答えてやろう」

 

 

それなら、とラインハルトは最初に切り出した。

 

 

 

「父さんは、【禍の団(カオス・ブリゲード)】と手を組んでるのか?」

「………手を組んでるという言い方は違うな。正しくは利用してるだけだ、組織内の派閥の一つを」

 

 

しかしそれでも、大きな大差はない。和平を行った三勢力への、明らかな敵対行為には変わりないのだ。

 

 

「分かってるのか?貴方は何をしてるのかを、テロリストと協力してるんだぞ!そうまでして、オレを狙う価値なんてあるのか!?」

「それは前に語った筈だぞ?お前こそが()()だと、必要だとな」

「………その()()というのは、どういう意味だ?」

「教えてやる必要があるな────娘よ」

 

 

はい、と今にも消えそうな程弱々しい声が響いてくる。

続いて、建物の影から姿を現したのは────見た目からして分かる幼さを残した──薄めの金髪を結いる少女だった。

 

ただ大人しく、子供にしてはあまりにも従順過ぎる態度で、少女は跪く。それを見て満足そうに笑ったハイヒルドは、

 

 

「紹介しよう、ラインハルト。私の娘、お前とは血の違う妹だ」

 

 

そう言われた張本人、ラインハルトは呼吸がズレた。思わず過呼吸になりかけるが、表面的にその様子を出さないように、彼は震えた様子で呟く。

 

 

「………待って、くれ」

「かと言っても、私の子ではない。この子は私の弟達が遺した子だ。別に殺した訳ではないから安心しろ、事故死したから保護しただけ───」

「違う!!そういう意味じゃない!!」

 

 

怒鳴るように吼えて、言葉を遮る。自分の語りを邪魔されて不満そうに顔を歪める男に、ラインハルトは『最悪の可能性』を気にしながら、彼に聞いた。

 

 

「貴方は………王の再臨と、言ってた」

「あぁ、そうだ」

「“器”に“母体”、貴方はそう言った!」

「だから言ってるだろう……………物分かりが悪いな」

 

 

そうではない事など分かっているだろうに、ハイヒルドはそう付け足す。いや、最初から分かっているのだ。でも、そうだと思いたくないから、違うと否定してほしかった。

 

だが、結局。ハイヒルドが告げた言葉は、悪い意味で予想通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

「子を為せ、ラインハルト。王の血をより濃くする為に」

 

改めて、口にされた事は、あまりにも重すぎた。意味を理解できない程ラインハルト達は馬鹿ではない。単純に、頭が考えることを拒絶していたに過ぎない。

 

 

 

血縁上では、ラインハルトの従兄弟に当たる義妹と、ヴィヴィアン家の二人の血を継いだ子供を作れ、と。最早、家族への扱いなど何とも思ってない所業を行えと、ハイヒルドは命令したのだ。

 

 

そしてラインハルト、彼にだって限界はある。怒りという感情に思考が支配され、ついには激昂した。

 

 

 

「────何処まで、何処まで腐ってるんだ!貴方はァッ!!」

 

「…………口の聞き方に気を付けろ、今まで役に立たなかった愚息」

 

 

血の繋がった筈の二人が、互いに敵意を向け合う。片方は子の身を気にしない父親に激しい怒りを抱き、片方は自分への反意を見せる子供にドロドロとした感情をその顔に纏う。

 

 

しかしそれも一転。

すぐに平常に戻したハイヒルドは数歩だけ後退する。ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、

 

「………話は終わりだ。そろそろ、幕開けとしよう」

 

パチン! と指を鳴らした。あまりにも小さい音は屋内に響き渡る事なく、すぐに虚空へと消える。しかし、明らかな変化はあった。

 

 

「ライン!そこらじゅうにいるぞ!」

 

ゼノヴィアの指摘に従い、ハイヒルドから視線を移した。周囲は明かりの少ない暗闇だったが、その中から複数の黒ローブが出てくる。その姿には、心当たりしかなかった。

 

 

 

禍の団(カオス・ブリゲード)

そこに所属する魔法使い達だ。和平会談の際に、風刃亮斗という青年に引き連れられて、攻撃してきたのは忘れはしない。

 

デュランダルや自らの武器を構えるゼノヴィアとイリナの隣でラインハルトも異空間からエクスカリバーを取り出す。片手で掴み取り、両手の中で強く握り締める。

 

 

 

明らかな戦闘体勢に、ハイヒルドの顔が歪んだ。悪意という色に染まる形で。自らの息子を愚かしいと見下し、

 

 

「そこの二人と共に戦う気か?残念ながら数は数だ。どちらにしろ、お前にはどうする事も出来ないと思うぞ?私の元に下る以外はな」

 

 

小馬鹿にするように鼻で嘲笑う。圧倒的に有利な状況である事を理解した上での余裕だろう。その態度は、普通なら仕方ないとも言える。

 

 

そして、鼻歌でも歌いそうなハイヒルドが『やれ』、と命令を下した途端、全てが動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────魔法使い達、その大半が降り注いだ雷に、一瞬にして薙ぎ払われた。

 

 

 

「………………は?」

 

呆然とした声を漏らしたのは誰だか分からない。ハイヒルドかもしれないし、ラインハルトやゼノヴィア、イリナ、もしかすると吹き飛ばされた魔法使いのものである可能性もある。

 

 

 

ここはビル、その屋内だ。普通に考えて雷なんて落ちてくる筈がない。天井が突き抜けた様子もない以上、内部で落雷が発生するなど…………

 

 

 

「ま、気にしなくても良いんじゃないですか?」

 

 

一つだけ、例外がある。普通では有り得ない力を使える『神器(セイクリッド・ギア)』。しかし、普通のものでも屋内での落雷は難しい。

 

 

「最近は色んな事がありますからね。建物の中でも雷が落ちたりしますよ─────民間人を人質にとって脅すような人の頭の上にとか。ねぇ?」

 

 

 

 

「デュリオさん?」

「…………な、に?」

 

一番絶句していたのは余裕に包まれていたハイヒルドだった。同じく連れられた魔法使い達も言葉を失い、目を見張る。彼等は知っている、デュリオという名前を持つ人物を。

 

 

しかし、現実はハイヒルド達を容赦なく追い込んでいた。現れたのが、彼一人ではないという事実を教える形で。

 

 

 

「───ハイヒルド・ヴィヴィアン、そして【禍の団(カオス・ブリゲード)】」

 

 

カツン、と反対側からもう一人が現れた。声からして女性。彼女の声を聞いて、ゼノヴィアとイリナが反応した。特にゼノヴィアが、怯えたように現れた人物を見つめる。

 

 

「話は既に聞いています。人々を平然と巻き込もうするその姿勢、許す訳にはいきません」

「し、シスター・グリゼルダ」

「嘘………あのお二人が来てるの!?」

 

 

 

デュリオ・ジェズアルド。

 

御使いの中で「ジョーカー」と位置付けられる転生天使の男性。

上位神滅具の一つ『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』を所有し、天候を操る事の出来る天界の切り札。

 

 

グリゼルダ・クォルタ。

 

デュリオと同じく、御使いで「クイーン」の転生天使の女性。

北欧的な顔立ちをした、元シスターの女性。転生する前は、エクソシストの中でも相当の強さを有していた。

 

 

二人とも、天界有数の戦力であり、普通ならばこの場にいる筈のない者達だ。

 

 

 

「デュリオ・ジェズアルド、グリゼルダ・クォルタ……馬鹿な、天界最高峰の戦力が、何故ここに!?」

 

目に見えて狼狽するハイヒルドはハッと息を呑むとラインハルト達を睨みつける。しかし、答えのは彼等ではない。【禍の団】の魔法使いと相対していたデュリオだった。

 

 

 

「言っときますけど、連絡をくれたのはラインハルト君達じゃないですよ」

 

 

さらっと告げられたデュリオの言葉を受け、ハイヒルドは目線だけを彼に向ける。しかし答えたのは彼ではなく、グリゼルダだった。

 

 

「『騎士王(ナイトロード)』です、彼の収拾により私達はこの場に急いで来ました──────【禍の団(カオス・ブリゲード)】の殲滅を果たすが為に」

「先生が───!?」

 

 

どうやら『騎士王(ナイトロード)』からの増援だったらしい。それも二人だけではなく、入り口から複数似人のエクソシスト達が出てくる。

 

 

数の差で圧倒していた魔法使い達も、徐々に増えてくる敵に気圧されていた。ハイヒルドも、それ以上に顔を青くして呆然としている。

 

 

デュリオはそんな彼を見ていたが振り返り、ラインハルトへと呼び掛けた。

 

 

「こういうのは俺たちが対処しとくよ。あのオジサンは君の身内でしょ?早い内にケリを着けてきたらいいんじゃない?」

「───はい、デュリオ様!グリゼルダ様!ありがとうございます!」

 

無言で応えるゼノヴィアとイリナに頷き、デュリオ達に感謝を述べる。すぐにハイヒルドへと向き直り、彼を睨み付ける。

 

 

この状況を変えられた事もあり、顔の筋肉を引きつらせたハイヒルドが震える。怯えた素振りで腰から剣を引き抜き、叫び散らした。

 

 

「や、止めろぉ貴様ら!私のこれが何だか分からないか!?魔剣クラレント、王を殺した魔剣だ!!これを使えば、魔力を解き放てば!どうなるか分からない訳であるまいっ!!?」

 

 

それを受け、その場の全員の動きが止まる。魔剣クラレント、その力が解放されれば街の一つは軽く吹き飛ばせると言われる遺物。それが無いようにと教会に管理されていたが、ハイヒルドはそれを所有している。街一つを人質に、彼はこうして事を進めてきた。

 

 

 

「いや、貴方はそれを使えない」

 

 

だが、彼の息子であるラインハルトはそれを否定する。虚勢などではなく、確固たる意思をもって。

 

 

 

「貴方はそれを【禍の団】から譲り受けたと言ってた。けど、奴等がそれを奪ったのは数ヶ月前だ……………戦士ですらない一貴族の人間が、そんな簡単に使いこなせる筈がない。

 

 

 

どうせあの時も、脅していたのに過ぎなかった。そうだろ?」

 

 

断言されて、ハイヒルドは震えるしかなかった。怒りというよりも、俯いてるその顔には焦りが滲んでいた。自分が見下していた息子が、自分よりも上にいるという事実が───手に取るように状況を読めている自分の息子に、ハイヒルドは明らかに追い込まれている。

 

 

 

 

 

「……………何故だ」

 

 

魔剣クラレントを両手に、ポツリと漏らした。

 

 

「何故、私の言葉を聞けない。私に、従わない。アーサー王の復活こそが、我等ヴィヴィアン家の宿願だと言うのに………」

「貴方のそれは、ただの妄想だ。ヴィヴィアン家の目的はアーサー王の血統を絶やさない事だ、来るべき時の為に。貴方のやり方は間違ってる」

「違う!!」

 

 

怒鳴り、叫ぶ。狂気に満ちた、正気ですらないハイヒルドはクラレントを振り回しながら、ブツブツと呟く。

 

 

「お前には、お前には聞こえないだろう………声が。宿願を果たせ、躊躇うな、と………あの声が、囁くんだ。何度も、何度も、何度も」

「…………声?」

 

 

怪訝そうに聞き返すが、ハイヒルドは聞いていない。我を失った様子で、大声を張り上げる。

 

 

「私はその声に従ってきた!躊躇いを切り捨て、迷いを押し殺して!お前や妻を殺してでも宿願を果たそうとしたんだ!全ては─────アーサー王の再臨の為なのだッ!!何故、貴様は分からん!!?」

 

 

感情的になっている父親の言い分に、ラインハルトは両目を伏せた。首を振って言わんとした事を否定する。例えるなら────自分の憧れた人を侮辱された時ののような、静かな怒りを込めながら。

 

 

「だから、それが間違ってるんですよ」

「………何?」

「アーサー王の再臨?ブリテンの再興?───なんだそれは?そんな事の為に貴方はあんな事をしたのか?何なら否定してやる。

 

 

 

『彼女』は生き返る事を望んでない。況してや、王になることも」

 

 

 

「…………………『彼女』?」

 

時間が停止したように、ハイヒルドは硬直する。世間一般ではアーサー王は男性、つまり『彼』と呼ぶのが普通だ。しかしラインハルトは『彼女』───女性を示す言葉を使った。

 

 

そして、ヤケに自信のある声音だった。本来なら嘲笑を浮かべる筈だが、ハイヒルドはまさかと思っていた。周囲からの疑惑の視線に晒されながらも、ラインハルトは言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

「会ってきたよ、俺達の祖先に。始まりの王 アルトリア・ペンドラゴンに」

「…………嘘だ」

「『彼女』は、ごく普通の少女だったんだ。普通に生きて、普通に過ごして、普通に笑うような人だったんだ。けど、選定された事で王になって、国と共に滅んだ」

 

 

かつて、エクスカリバーを託される直前。

ラインハルトは大きく広がる草原で、『彼女』と出会った。

 

 

かつてのアーサー王であった少女、アルトリア・ペンドラゴンと。

 

 

自分の祖先である事を知った彼は、あのような終わり方に後悔してますか、そう聞いた事があった。対して、少女は言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

『………そうですね、前までは後悔しかなかったです。私が王にならなければ、きっと国は、民は救えたのではないかと。何度も悩み、それを実現しようともしました』

 

 

けれど、と続ける。振り返ると共に、彼女は笑った。

王としてではなく、人として。心からの笑顔に言葉を奪われて、それをただ見つめていた。

 

 

 

『私は、もう十分です。もう、得るべき答えは見つけましたから────』

 

 

彼女は、アルトリア・ペンドラゴンは『答え』を得たらしい。それが何なのか、ラインハルトにも理解は出来た。

 

 

人としての幸せを、得ることが出来たのだ。

心境に残る複雑な気持ちを押し込め、ラインハルトはそれを確かに喜んだ。だが、だからこそ、気に入らなかった。

 

 

この時代にアーサー王を再臨させる?ブリテンの復活?それがアーサー王の、最後に遺した望み?なんだそれは?

 

 

そんなものを、あんな笑顔が出来る人が、願うと思うのか?

 

 

 

「そんなものはあの人は望んでない。オレ達が抱いたくだらない架空の夢を────幸せを得たあの人に!押しつけるなッ!!」

「う、うるさぁぁぁぁああああぁぁいっ!!どいつもこいつも!私をっ、私達の悲願をっ!そう簡単に!否定するなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

吼えると共にハイヒルドはクラレントで斬りかかってきた。剣士としの動きには見えない、明らかな素人の動き。ラインハルトは身体を揺らすことで回避し、前へと踏み込む。

 

 

目を剥いて驚く父親の顔に狙いを定めて───拳を撃ち込んだ。

 

 

バギィッ!! と叩きつけられた一撃が、ハイヒルドを吹き飛ばす。地面を何度も転がり、顔を押さえながら声にならない絶叫を漏らしていた。

 

 

「立てよ、まだ終わってないんだ」

「ぶ………ぶぐ、ばぅう」

「母さんの為の、義妹の為の分が────まだ終わってない。より多くの人を踏みにじったんだ!たったこれだけの一撃で、貴方の負債は無くならない!!」

「ひ、ひぃ……っ!?」

 

 

その覇気に圧され腰を抜かしたのか、ガタガタと震えて怯える。その恐怖が一定のラインを越えたのか、ハイヒルドは立ち上がると同時に動き出した。地面を転がるように無様な姿を晒しながら、ラインハルトの横を通り過ぎていく。

 

 

 

自分が仕出かした大規模な騒動、その責任から。自分とは違うナニカの為に戦う息子の威圧から。全てをかなぐり捨てて、男は逃げ出したのだ。

 

 

その、あまりにも頼りない、情けない背中を見て、ラインハルトは何も言わなかった。言えるような、心境ではなかった。

 

 

 

「………追わなくてもいいのか?」

「────」

 

 

彼にとって、ハイヒルドはどうしようもない悪党だった。救いようがない小者で、慈悲なんてかけられない。それでも、父親であるのは確かなのだ。彼の本心を、本当はどう思ってくれていたのか期待していた。その結果が、このような有り様なのだが。

 

 

 

「…………これで、終わりか」

 

 

暗闇の中から、もう一人が姿を現した。慌てて身構えたラインハルトは思わず言葉を失う。

 

 

色が抜け落ちたような白に髪と髭を帯びさせる老人。それでいて鋭い目つきを有し、只者ではないと思わせるその立ち姿を、ラインハルトは知っていた。

 

 

 

「オズワルド、祖父さん!?」

「えぇ!?この人が!?」

「確かに………何処と無く、雰囲気が似てる気がする」

 

呆然とするラインハルトを尻目に、彼の祖父──オズワルドは魔法使い達を片手で制する。あっさりと彼等が従ったのは、圧倒的な戦力差と首謀者であるハイヒルドの逃走が原因であるかもしれない。

 

 

「────身内が迷惑を掛けましたな、グリゼルダ殿。我等は大人しく投降いたします。私はどのような罰を受けましょう、我が孫娘と彼等にはどうか慈悲を」

「………えぇ、分かっています。話が事実であれば、貴方達が主犯では無いのは分かります。その為に、情報提供は出来ますか?」

「この老いぼれが知り得る事ならば、幾らでも」

 

 

それは、この事件の終わりを意味していた。

降参すると誓ったオズワルドに従うように、魔法使い達もおずおずと両手を上げて投降し始める。

 

 

彼等が連行されていく中、物静かな様子のオズワルドがラインハルトに近づいてきた。

 

 

「私には、とやかく言う資格は無いだろう」

 

第一声はそれだけ。

心の底から悔いるような言葉に、ラインハルトは複雑そうに口を引き締める。だが、血縁の繋がった老人は、重い口ぶりで語り始める。

 

 

「自らの息子の暴走を止められず、あのような暴挙を許した。お前の母を奪った事など、絶対に許されるとは思わん」

「…………」

「だがそれでも、これだけは言わせてくれ────すまなかった、お前に何もしてやれずに」

 

 

それだけ言うと、オズワルドはスッと引き下がる。もっと言いたい事があったかもしれないが、それを自制したのだろう。

 

 

そう思っていたが、見当違いだった。

 

 

「あの………ラインハルトお兄様、ですよね……?」

 

オズワルドの横からヒッソリと、あの少女が出てくる。ハイヒルドから、ラインハルトの従兄弟と紹介されていた子だった。

 

 

「私、リリィ………です。リリィ・ヴィヴィアン、貴方の従兄弟だと………思います……」

「………知ってると思うけど、ラインハルト。父さんが、迷惑をかけたよね。すまない」

「い、いや………私だって、謝りたい………です」

 

相当臆病らしく、モジモジとしながらラインハルトと話している。先程から見て思ったが、気が弱いのだろうか?と考えていると、

 

 

 

「あの………お兄様」

「?」

「もし、かしたら………また、お兄様と………話すこと、出来ますか……?」

「うん、出来るよ。その時は、オレの方から会いに行くからさ。」

「…………あ、」

 

 

即座に飛び出してオズワルドの背中に隠れるリリィ。怯えてるのか恥ずかしいのか分からない彼女の様子に、ラインハルトは苦笑いを浮かべるしかない。その間、オズワルドからの呆れた視線を身に受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、そう言えば!」

 

そして。

オズワルドとリリィが他のエクソシスト達に送還されていった後で、イリナが声を上げた。

 

 

「グリゼルダ様にデュリオ様!よくここに【禍の団】がいるって分かりましたね!」

「………貴方達がそう伝えて来たのでは無いですか?騎士王から伝えられましたよ。貴方達から連絡を受けた、至急応援に向かって欲しいと」

 

「オレも先生に連絡はしました。()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、大人しく従っておこうと考えてたんですが………」

 

 

互いに口にして、息を呑む。

勿論、事実は間違っていない。ラインハルト達はセルク・レイカー連絡を送り増援を希望したが、反応はなかった。だからこそ、彼等はハイヒルド達の元へと向かったのだ。しかし、グリゼルダ達もセルク・レイカーからライン達の危険を伝えられている。

 

 

連絡を取ろうとしなかったのに、ライン達の危機を伝えた。それが指し示す事実は一つ、

 

 

 

 

 

「─────セルク・レイカー(あの人)は、父さんの事を、【禍の団】の襲撃を知ってた?」

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼等が疑問を口にした直後。

 

一瞬にして、それは飛来した。

建築途中のビルに、隕石のような何かが突っ込んできた。凄まじいスピードによる激突で、ビルそのものが大きく揺れる。

 

それらはラインハルト達の目の前に落ちてきた。いや、着地の方が正しいのか。

 

 

「────ハイヒルドはしくじったか。まぁ、所詮は小者。スカル司教の言う通りだった、最初から我々が動けば良かった。だが、悔やんでも仕方ないか」

 

コンクリートの床にクレーターを作ったのは、正真正銘人間だった。

 

 

性別は男、歳は高校生くらい。

青いパーカーを着込む彼の片腕は別の繊維のグローブが備え付けられている。更には、片目のある右側の顔を布らしき眼帯で覆っている、不思議な容貌。

 

 

 

それだけならば、まだ一般社会に溶け込めるのだが、ある一つの特徴が、それを無意味としていた。

 

 

首元や顔の部位。そこに浮かんでいる黒いナニか。肌に張りつくように揺らいでる影のような闇は、見た者を震え上がらせる。

 

 

 

生理的な嫌悪。生物しての本能が、目の前の存在に警鐘を鳴らしていた。どれだけ強い者であろうと、関係なく。

 

 

「始めまして、聖剣(エクスカリバー)の担い手。早速だが、頼みがある」

 

 

 

 

そして、その男はラインハルトへと指を向ける。両の眼に激しい敵意と殺気を、彼に────彼が託された物に向けながら、告げた。

 

 

 

「死ね。我等の祈りを達成する為に、貴様は邪魔だ」




今回は長く書きすぎたなぁ。


それで補足に入ります。
ラインハルト達の祖先、アーサー王はアルトリアです。stay nightでのFateルートのアルトリアを想定していただければありがたいです。


ラインハルトはアルトリアに恋心を抱いてますが、彼女には心に決めた人がいるので(大体は分かると思いますが)、ラインハルトの恋は叶うことは無いです(無慈悲)


まぁ本人は、それを最初から理解しているみたいですが。





そして最後の方は、オリキャラです。神王派と同じく、オリジナル組織のメンバーです。それに関しては少しだけ次回に出てきます。次回もよろしくお願いします!


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祈りを捧ぐ者

───クソッ!クソッ!クソォッ!!

 

 

───私がっ、私達の宿願がっ!!こんな、こんな形で失敗するとは!!

 

 

街中を、人の波を、男───ハイヒルドは駆け抜けていく。心の中で悪態と罵倒、今あるどうしようもない感情を何とか吐き出そうとする。

 

 

 

ハイヒルドはあの時、ラインハルトから逃げ出した。使命を果たすという意思はあまりにも脆かった。役立たずの息子と侮っていた青年から向けられた覇気を受け、全てをかなぐり捨ててしまったのだ。

 

 

御使い達やラインハルトは、彼を追ってなどいなかった。しかしハイヒルドは恐怖とそれを上間る程の絶望に飲まれながら走り続けていた。

 

 

 

 

ハイヒルドがその足を止めたのは少し先。街外れの森の近くに着いた所だった。疾走から歩みへ、変わると共にハイヒルドは膝から崩れた。

 

 

自嘲気味に、自分の逃走を後悔する。あれは相当痛手になる筈だ、組織への信頼も栄光も失われてしまった。このまま、どうすればいいのか。

 

 

 

 

「まだ………まだ、終わっていない」

 

だが、ハイヒルドはまともではなかった。彼はまだ、自らの妄執を諦めようとしていない。そもそもの話、平然と自分の子と兄弟の子を結ばせようとするような人間が、一般人と感性は異なっている。

 

 

 

「………今度は失敗せん。まずはちゃんとした人質を探す。もう一度奴等と取引をしてちゃんとした戦力を集め、近くから()()()()()()()()()()()()()。学校の生徒なら数は多い、()()()()()()しまえば、あの愚息も従うだろう………」

 

既に未来の事を思い描き、行動に起こそうとする。彼はどうやら、無関係な一般人を確実に巻き込むつもりらしい。そこら辺にいる子供を殺してでも、理想を果たそうと必死だったのだ。

 

 

 

しかし、それは無意味に終わる。

協力していた組織から身限られた、という訳ではない。それけならば、他の組織に協力を取り付けるでもしていただろう。

 

ならば何が原因か?答えは簡単。

 

 

 

 

言ってはいけない言葉を、聞かれてはいけない相手に聞かれた事だ。それに気付かないハイヒルドの耳に、

 

 

 

 

 

「───そんな真似、させると思っているのか?」

 

 

心の底から見下すような声と、トス、という軽い音がよぎる。誰だ、と声に出そうとした途端、出てきたのは言葉ではなく生暖かい液体だった。

 

 

更に首筋に触れると、それよりも冷えた───冷徹な感覚を味わった。握ってみれば、掌がスパッと切れた。剣のような鋭い何かが、ハイヒルドの喉を貫通していたのだ。

 

 

そして真後ろにいる何者かは、それよりも遥かに冷えきった言葉を投げ掛ける。

 

 

「くだらんな。貴様の使命がどれだけ崇高なものであろうと────他者を傷つける時点で、イカれた思想には変わりない」

「───」

「俺としても捨て置いて良かったが、“子供を殺す”などと聞いては黙っていられるクチではない。全く、よりにもよってこの俺の前でそんな事をほざくとはな」

 

 

禍の団(カオス・ブリゲード)】とは協力関係だけだったハイヒルドは知らないだろうが、後ろに立っているのは『神王派』の「(キング)」、武帝皇我(ぶていこうが)

 

 

同じように、彼が頭目と共にこの街にいた事など、ハイヒルドは知り得なかった。全くの偶然とはいえ、この場にそれ程の実力者がいたなど────よりにもよって、そんな実力者の()()を踏み抜いていたなど、想像出来る筈がない。

 

 

皇我は喉に突き立てていた日本刀を容赦なく引き抜く。周囲に血が飛び散り、反動によって中年の男が地面に転がるが、大して気にするつもりはない。

 

 

唯一、彼が意識を向けたのは、ハイヒルドの口から漏れた言葉だった。正真正銘、最後に遺そうとする遺言。

 

 

 

「──ぐ、私は………これで、祖王の元に───」

「……、」

 

思わず、眉がつり上がった。

家族や仲間など、誰かに託すようなものではない。自分本意に動いて尚、最後までそんな風に考えられるある意味では楽観的思考。

 

 

(ここまでとはな。我ながら賞賛したいくらいだ)

「…………何を言うと思えば」

 

心境と同じく、意味としては違う呆れを顔に浮かべる皇我。

 

彼としては、ハイヒルドは初対面の男だ。通り過ぎ時に『子供を殺す』と口にし、現実に行おうと画作していた愚か者を排除したに過ぎない。

 

 

だが、ハイヒルドという男が何者かという事も、偶然に知っていた。彼がどのような志を掲げていたか、その過程で彼が行ったか─────全て、認知していた。

 

 

 

───これでは聖剣使いとその母親が報われんな

 

そう判断した皇我は、今にも死にそうな男を見下ろしながら、侮蔑の色を見せた。自分だけ幸せに終われると自惚れている人間に、現実を教える為に。

 

 

「感傷に浸ってるところ悪いが、貴様の行いによって己の家名は穢れたぞ?祖王の為に守るべきものを犠牲にした所業────貴様はヴィヴィアン家の、アーサー王の名を辱しめた。人殺しの血族、とな」

「………っ」

 

瀕死である筈のハイヒルドが僅かに動いた。血走った瞳で皇我を凄まじい形相のまま睨みつける。人並み外れた憎悪が視線となって殺到している。

 

 

しかし、皇我は冷めた態度を変えるつもりはなかった。ただ終わらせる訳ではなく、血に濡れた日本刀をゆっくりと振り上げる。

 

そうしながら、『(キング)』の名を冠する者として、咎人への裁定を下した。

 

 

 

「地獄に落ちろ外道。罪科の業火に焼き尽くされながら、貴様の居場所はこの世界に無いと知れ」

 

一瞬にして。

激しい衝撃が意識を押し潰す。

後悔と怒り、そして絶望に包まれたハイヒルドは最後に思った。

 

 

────そんな、うそ────だ────

 

 

─────わたしは、なんのために──────

 

 

それが、ハイヒルド・ヴィヴィアンの終わりだった。

誰にも気にされる事なく、自らの矜持や宿命すらも否定された結末、彼はどうしようもない絶望の中で、何も為せなかった事への虚無感に飲まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

血に濡れた日本刀を軽く拭き取り、皇我は崩れ落ちる頭部の消失した死体に目を向けて呟く。

 

 

「………ハイヒルド・ヴィヴィアン。随分と余計な真似をしてくれたものだ。『あの組織』の末端をこの街に呼び寄せるとは」

 

『あの組織』、と口にする皇我は忌々しいと言わんばかりに顔をしかめる。不機嫌という感情を仕舞いこもうとすらしない男は、ポツリと『あの組織』の名を溢した。

 

 

「…………『聖書新生式』、か」

 

 

 

 

 

 

 

『ハッキリ言う。「聖書新生式」、奴等は危険だ』

 

皇我が知る仲で最も親しく、最も強い友は真面目な様子でそう口にしていた。

 

 

それは少し前の、昔の話だった。

『神王派』が、一つの組織として活動していた───テロリストとなって、すぐの頃。

 

『神王派』を束ねるリーダーは信頼できる友人の言葉を、怪訝そうに聞いていた。

 

『お前にしては心配のし過ぎだと思うな。奴等に何を恐れる事がある。味方だから今の所は敵対しないだろうし、そもそも少数の組織だろう?』

『なぁ、皇我。何故あいつらが少数だと思う?何故十人もいないのに、【禍の団】の中枢核に食い込んでると思う?』

 

その理由など想像に容易かった。

想定すれば二つ。奴等が【禍の団】という組織の中で、最も権力が高いのか。もしくは、それほどまでに強いという意味か。

 

 

友の言いたい事からして後者だろう、そう判断していた皇我は友の言葉に耳を傾ける。

 

 

その後すぐに、予想もしえない事実を語られるとは思わずに。

 

 

『三万六千三百八十一人』

『………?』

『かつて外国のとある街で起きた事件だ。一夜でその街全ての住人が行方不明になった。影も形もない、生き残りもいない神隠しとして語られてる話だが、これには真実がある』

『まさか……』

()()()()()()()。それも奴等の内、メンバーの一人がな。死体すら無い理由も分かるか?─────喰ったそうだ。一人残らず、老若男女関係なくな』

 

 

流石に、言葉を失った。別の意味で街を壊滅させた人物の強さにではなく、それ程の人間を一夜で殺戮する程の精神力に驚愕したのだ。

 

 

三万人も近い人間を夜の内に殺し尽くす。悪魔でも難しい所業をやってのけた。それも、全員の死体を遺さずに喰らうというやり方も追加で。

 

 

正気の沙汰ではない、それは果たして人間か?

顔にそのような考えが浮かんでいたのか、隣にいた親友は続きを語り始める。肝心とも言える要点は、現在にいる皇我自身が続けた。

 

 

『まぁ、あいつらは人ではない。人ではあったが、今は違う。奴等はあるものと融合している、心身諸ともな。そして、あいつらが融合しているものは─────』

 

 

 

「────龍、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某街、建築途中のビル内部

 

 

「改めて、自己紹介しよう」

 

大きなホールの中で、眼帯をした隻眼の男は整った仕草で頭を下げる。俗に言う、貴族や紳士がするような挨拶のようなものを。

 

 

先程、『死ね、エクスカリバーの担い手』と口にした時とは違い、殺意と敵意にまみれた感情は見えてこない。それどころか、好意的にすら思える様子だった。まるで仮面(ペルソナ)でも付け替えてるように、大人しそうな人格を演じていた。

 

 

「私はシルマ、『黒蝕(こくしょく)』のシルマ。【禍の団(カオス・ブリゲード)】主要派閥が一つ、『聖書新生式』の幹部だ。何卒お見知りおきを」

 

 

隻眼の男、シルマはそう名乗る。あくまでも平坦とした様子で。

ついでに語られた『聖書新生式』、組織名と思われるそれは、彼等にとっても初めて耳にするものだった。

 

 

 

「今回、私の目的は────星の聖剣(エクスカリバー)の破壊、担い手の完全無力化及び抹殺。それを完遂する為に、ハイヒルド・ヴィヴィアンを利用したのだが───」

「ッ!貴方が、父さんを!」

「全ては貴様の抹殺の為。我等の祈りを邪魔させぬ為だ」

 

シルマはそう告げながら一歩、ラインハルトに近付く。身構える彼を前にしても、シルマは余裕を崩そうとしない。

 

絶対に負けない自信でもあるのか、怖れすらしていなかった。ラインハルトを確実に殺せるとでも言うように。

 

 

「それ以上、好きにはさせません」

 

しかし、そんな事が実行される前に。

シスターであるグリゼルダがラインハルト達の前に立ち、その横にエクソシスト達が隊列を為すように並ぶ。枠外である筈のデュリオも、何時でも戦闘が行えるようになっている程だった。

 

 

「『黒触』のシルマ、テロリストである貴方には大人しく連行されて貰います。抵抗したとしても、この数の差ならそう簡単には────」

「確かに。これだけなら、追い詰められると思うよなぁ。私も組織内でも新参者、御使いやエクソシストを同時に相手するのは厳しいなぁ」

 

 

数の差は此方が圧倒的に有利。

なのにシルマは怖じ気付く素振りも見せず、相変わらず余裕でしかない。ヘラヘラと笑ってるのも、その一環である。

 

 

 

簡単な理由だった。

シルマは、最初から全員と相手をする気は無かったのだから。グリゼルダやデュリオという強力な戦力も、相手にしないからこそ恐れていないのだ。

 

 

「だからこそ、貴方達にはこれと相手をして貰おう」

 

 

シルマはそう言うと、懐から取り出した小さな黒い球体を二つ程放り投げる。地面に叩きつけられた球体は弾けると同時に、爆発的な勢いで膨れ上がっていく。

 

 

 

それらは異形。

引き締まった筋肉を持つ体格の三メートルの巨体。それだけ見ればまだ人間には見えなくも無いが、その他の複数にある部位が問題だった。

 

 

首先にあるのは頭部ではなく鉱物で造られた結晶。爪は鋭く尖っており、背中には翼、腰には尻尾が伸びている凶悪な姿。

 

 

まさしく異形。創作物であったとしても、あまり存在しないようなおぞましい姿の怪物。もっと恐ろしいのは、明らかに生物とは言い難い身体の怪物は、確かに息をしている事だ。

 

 

「まぁ、分かってはいる。()の御使いならば、こんな怪物など簡単に倒せるだろう。正直な話、これを差し向けても勝てる自信はない」

 

 

しかし、シルマはその事実をあっさりと認める所か簡単に受け入れた。緊迫した空気の中、気を緩ませながら両手を広げる。まるで自分以外の誰かを受け入れるように。

 

 

そして、ニンマリとした優しい笑顔で、彼は告げる。

 

 

 

「故に、大人しく時間を稼いでも貰おう──────やれ」

 

命令すると同時に、二体の怪物は翼を広げた。僅かに宙に浮いたのを見て、襲い掛かってくるのかと身構えたが、

 

 

 

怪物はビルから飛び出していく。大空に出たそれらが、周囲を観察するように見下ろすのが確認できた。その周囲にいるのは──────ざわめきながら真上に現れた怪物を見ている一般市民。

 

 

(シルマ)の狙いが何なのかいち早く気付いたのはやはり御使い達だった。グリゼルダは唇を噛み締めると、此方をニヤニヤと見つめるシルマに強い声音で問い詰めた。

 

 

「───正気ですか!貴方はッ!!」

「ハッハッハッ!正気も何も!言っただろう!時間を稼ぐと!ま、私を倒したいなら倒せばいい!…………その間にあの傀儡達はどれだけの人間を肉片に変えると思う?早く行かないと大勢が死ぬぞ?」

 

一般市民を巻き込む。

それもハイヒルドのように形だけの人質にするのではなく、正真正銘戦いへと引きずり込む。御使いやエクソシストの足止めの為、その過程で誰が傷つこうが死のうが関係ないと、シルマは平然と口にした。

 

 

怒りで震えているグリゼルダやエクソシスト達の前で、群衆達を指差している。今はまだ怪物に対して懐疑的なので避難すらしてない、襲われてしまえばどうしようもないのだ。だからさっさと行けと、煽るように嘲笑う。

 

 

「姐さん!ここは奴の思惑に乗るしかない!ライン君達に任せないと!」

「ッ!────皆さん!行きましょう!」

 

 

 

 

 

「さて、これで貴様を殺せる時間が出来た。全く、難儀だとは思わないかな?」

「………お前」

「おや、まるで私が悪いみたいな言い方だ。こんな手間を作らせた貴様のせいでもあるのに」

 

 

異次元からエクスカリバーを取り出し、シルマへと向けるラインハルト。相手は一瞬だけ顔を歪め激しい敵意を向けていたが、すぐに平然と態度を改める。

 

 

今にも斬りかかりそうなラインハルト、彼を押し止めるように服の裾を引っ張る二つの手があった。

 

その二人、ゼノヴィアとイリナは青年に心配そうに呼び掛ける。

 

 

「………ライン、一人で戦うとは言うなよ」

「そうよ!私たちがいるんだから!無茶だけはしないでよね!?」

「二人とも…………あぁ、分かってる」

 

 

 

「やれやれ、友情ごっこか? 僕たちの絆は強いんだ、どんな敵にだって勝てるとでも? 笑わせる、生憎だが私はそんな柔な存在じゃあない。悪魔や堕天使、天使とは違うんだ」

 

彼等の様子を見て、シルマはそう吐き捨てた。何処か苛立ち染みたものが感じられるのは、絆というものを嫌悪しているのかもしれない。

 

 

今からそれを教えてやろう、とシルマは周りを見渡していた。そして探していた物を見つけたらしく、そこに落ちていたものを拾い上げた。

 

 

「ほら、見たまえ。これは君の父親が虚勢に使ってた魔剣だぞ?確か、クラレントという銘だったか?」

「──ッ」

「今から見せてやろう──────格の違いというものを」

 

 

シルマはそう言うと─────クラレントを()()()()()へと振り下ろした。

 

 

ゾンッッ!!! と服越しの刃が腕に食い込んだ。しかし完全には切れなかったのか、剣は途中で止まったままだった。

 

 

「なッ───」

「………」

 

 

驚愕して、唖然とするラインハルト。

それを無視して、シルマは更に力を入れる。自分の腕を強引にでも切り落とそうとする。

 

普通なら激痛なんてものじゃない痛みを味わっているだろうに、シルマは躊躇すらしてない。淡々とクラレントで切り落とそうとしている。その姿はあまりにも不気味で、人には見えなかった。

 

 

返り血を浴びながら、シルマは何度か掛けて完全に腕を切り落とした。バチャンッ! と血の池の上に切断された腕が落下─────することはなかった。

 

 

 

腕は、確かに、繋がっていた。

切断された筈のシルマの腕の断面から伸びる、血管や神経らしき生々しいチューブが繋がっていたのだ。

 

 

シュルルルル!と巻き取るように斬られた腕は切断面へと戻る。断面と断面が合わさったかと思えば、先程の斬った後が自然に失くなっていた。

 

 

数秒にも満たない時間で、シルマの腕は綺麗に接合されていたのだ。そんな腕を見せびらかして、彼は邪悪な笑みを浮かべて言った。

 

 

「ほら、こんな風に簡単に戻る。御理解出来たかな?君達の矮小な頭で」

 

 

挑発するような言い方だが、すぐさま説明をし出すシルマ。どうやら返答は求めていないらしい。それはそれは楽しそうに、自らの力について語り出した。

 

 

「『細胞増殖(スケール・オーバー)』。半永久的な自己再生と肉体改造を誇る我が因子の権能さ。例え『神滅具(ロンギヌス)』が相手だろうと打ち勝てる自信もある!………何度も再生するからな、傷も苦痛も関係無い」

 

半永久的な自己再生。

それは、ある意味での不死ではないのか?殺せる程の火力を浴びせても、細胞の一つが残っていれば完全に再生していく。しかもそれだけではなく、肉体が変質する事も可能という効果もあるのだ。

 

 

唯一、可能性があるとすれば───『赤龍帝』の倍加くらいだろう。『白龍皇』による半減も、細胞が瞬時に増幅することで意味を為さなくなってしまう。消滅ではなく、半減である以上、確実に殺す決定打は赤龍帝に委ねられる事になる。

 

 

しかし、彼等は知らないがシルマはまだまだ未熟。彼にとって自分自身は成長段階の幼虫に近い。いずれ完全に使いこなせるようになれば、『神滅具』ですら勝てない存在になるかもしれない。

 

 

だが、例外はまだある。あと、もう一つは。

 

 

王の聖剣(エクスカリバー)、星の敵を討ち滅ぼす事が出来るその剣は危険だ。我等を殺し得るかもしれん、故に排除の必要がある。それこそが、我等がリーダーにより与えられた命であるのだ!」

「我等が、リーダー?星の敵だって!?」

「より正しくは世界の敵という奴か。我等は存在するだけで滅ぼされるような存在だからなぁ。ま、そんな事はどちらでもいい」

 

 

意味不明な事を話ながら、シルマはラインハルトを指差した。これから殺すと、明らかに示すような悪意のある仕草だ。

 

 

「星の聖剣が無ければ、我等の憂いは無くなる!ようやく重い腰を上げて、祈りに力を入れることが出来る!長年から待ちわびた願いに、近付けるのだ!今まで力を蓄える為に、コソコソと人間や異形、龍すらをも喰らい続けて我等の!!唯一の悲願がッ!!!」

 

 

直後だった。

驚喜に胸を踊らせているシルマの身体が、ズグンと反応した。正確には、彼の顔や首に浮かんでいた黒い影のような紋様が大きく揺らいだのだ。

 

 

すると、どうしたことか─────シルマの全身が脈動したと思えば、引き締まったものへとなっていく。

 

 

先程も普通の男性より細めだったが、今は違う。同じ体格だろうと、その内側に内包されている力だけは格段と違う。

 

 

変化は、それだけでは終わらない。

 

 

「───さぁヒトよ、天を仰げ。さぁ異形よ、地に堕ちろ。そして絶望と共に─────我等を恐怖せよ」

 

 

膨れ上がった背中が弾けたと同時に触手のようなものが飛び出す。剥き出しの背骨が、そのまま動いているかのようなグロテスクなビジュアル。一番先には獣のような鉤爪がシャカシャカッ!と聞こえのいい金属音を鳴らしている。

 

同じように彼の腰からそれ以上の大きさをした触手が伸びた。触手というにはあまりにも太すぎる───尻尾という言葉が合うかもしれない。背中から伸びる触手は四メートルから六メートル程にして、その触手は十メートルに匹敵する。

 

 

問題はその先にある──────巨大な(つぼみ)。隙間隙間から滲み出る血のようなおぞましい赤色が走った、膨らんだナニか。

 

 

独立した生き物のようにうねる骨格の触手と尻尾を振るい、怪物のような姿へと化したシルマは眼前の三人を睨みつける。

 

 

 

 

「世界を統べるは我等でいい。他のモノは不要、全てを─────『邪龍(我等)』が、滅ぼしてみせよう。一匹、残らず!駆逐される事を光栄に思うがいい!人間!!」




オリジナル要素紹介。


自称『邪龍』のシルマの登場。事実かどうかは皆様のご想像にお任せいたします。


彼がラインハルトを狙うのは、エクスカリバー(Fate)の設定を応用しました。星が造り出した故に、世界や星に害をもたらす存在を滅ぼす効果を持ちます。



だからこそ、『聖書新生式』はラインハルトを抹殺しようとシルマを送ってきたのですがね。


次回もよろしくお願いします!あ、あと感想と評価も!!


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邪龍・青年

「────死ね」

 

 

まず、最初に動いたのはシルマだった。黒く淀んだ尻尾を振り回し、コンクリートの床に叩きつける。それによって宙へと舞った断片の多くを、両手の連打で吹き飛ばした。

 

 

弾丸のような勢いで、瓦礫が射出される。現象だけを見たなら、キャノン砲で撃ち出されたものと言っても、信じられるかもしれない。

 

 

ラインハルトとゼノヴィアは、各々が有する聖剣でコンクリートの瓦礫を斬り捨て、粉砕していく。近くにいたイリナは転生天使独特の翼を広げて、何とか回避していた。

 

 

「───ゼノヴィア!」

「あぁ!!」

 

観察していたシルマが次の瓦礫を『装填』しようもする前に、ラインハルトは叫ぶ。ゼノヴィアは応えながら、デュランダルを彼の前に向ける。彼はそれを足場にした途端、ゼノヴィアはバッドのように振り払った。

 

 

 

よって、ラインハルトも砲弾のように飛来する。数メートルも距離が空いていたシルマへの距離を狭めることが出来た。

 

 

驚愕を隠せないシルマは『装填』を止めると、コンクリートの床を持ち上げた。盾のように前に出して、ラインハルトの進行を妨げようとするのかと思われた。

 

しかし、シルマは片腕に力を込めて、瓦礫に指を食い込ませる。

 

 

 

「────ふんッ!!」

 

直後、自らの片腕に強制的に接合させたコンクリートを投擲する。ラインハルトに向けてではなく、彼の足元の地面へと強引に叩きつけた。

 

 

「が、ぁああああっ!!?」

 

防御をしようとしたが、間に合わない。

破壊による発生した破片に晒され、ラインハルトの身体に傷が増えていく。続くように発生した衝撃波が炸裂し、ラインハルトは壁へと激突する。

 

 

様子を見ていたシルマは舌打ちをする。どうやら思いの外、軽傷だったらしい。ゆっくりと、追撃を行う為に動こうとする。

 

 

「させる、かぁッ!!!」

「ふぅん?」

 

死角からの声にシルマは振り返る。そこではゼノヴィアがデュランダルを放とうとする最中だった。もう一つの聖剣が迫り来る中、シルマは心臓の前に交差させる。

 

 

デュランダルはそれを物ともせず、両断する。強固とも思われていたシルマの腕を、いとも容易く。

 

それに興味を持ったのか、彼女の持つ聖剣を静かに見下ろす。

 

 

 

「…………デュランダル、か。伝説の聖剣、あらゆるものを切断すると言われる強力な剣──────だが無駄だ!!」

 

シルマが力を入れると、切断された両腕が完全に再生する。黒い影らしき闇も肌に伸びることで、傷跡の修復を完了させていた。

 

瞬時に、目を向けたシルマは手を伸ばす。再度、デュランダルを振るおうとするゼノヴィアの手首を掴み取った。

 

 

「!」

「邪魔をするなら結構、まずは貴様から潰してやろうか」

 

もう片方の腕が、大きく膨れ上がる。細胞の全てが結合して、金属以上の硬度へと変質していく。

 

宣言通り、ゼノヴィアという少女を潰す為に、巨大な鎚へと変わった腕が振るわれようとする。

 

 

 

「ゼノヴィアを離しなさぁぁぁい!!」

 

しかし、それより先に。

宙へと飛んだイリナが光の剣で斬りかかってくる。それを横目に見たシルマは背中の触手を動かす。まるで一種の腕のように器用に、イリナの光の剣を弾き防いでいく。

 

 

「ふん、なら受け取ればいい」

「まずっ………イリナ!避け───」

 

鼻を鳴らすシルマの意図に気付いたのか、ゼノヴィアが危険を報せようとするが、彼の方が早く動いた。

 

 

片手で掴んでいたゼノヴィアを放り投げた。光の剣で触手を斬っていたイリナの方へと。吹き飛ばされた仲間を前にした彼女は慌てて光の剣を掴み直して、身体を使う形でキャッチした。

 

 

 

「っと!ゼノヴィア!無事!?」

「あ、ぁ。何とかだが────」

 

それ以上、言葉が紡がれる事はなかった。

宙にいた二人を、巨大な鎚と化したシルマの腕が撃ち据えたからだ。問答無用の一撃、障害物もない上空だったからこそ、巨腕が直撃してしまい、二人はなす術もなかった。

 

 

トドメの一撃と言わんばかりに触手を引き放つが、容赦なく斬り伏せられた。彼自身が警戒していた、聖剣の力によって。

 

 

「おっ、戻ってきたか。エクスカリバーの担い手」

「───ゼノヴィア!イリナ!」

 

倒れた少女達の身を案じるが、返事はない。どうやら先程の一撃は彼女達の意識を容赦なく刈り取ったらしい。

 

 

歯噛みして、ラインハルトは二人を壁側に寄り添わせる。彼女達を背に隠して、エクスカリバーを身構えた。

 

しかしシルマは揺るがない。あくまで、まだ倒せる方法はあると言うように。

 

 

「さて、エクスカリバーの担い手。私のやろうとしてる事が分かるか?」

「………、」

「他の聖剣は構わんが、エクスカリバーの直撃を避けねばならない以上、私は遠距離から攻撃しなければならない。そして、君はそこの二人を守らなければならない。……………さて、もう一度言う。私のやろうとしている事が、分かるか?」

 

そう言いながらシルマは、近くに山積みにされているコンクリートの鉄材で乱雑に鷲掴みにする。掌に収まったそれを力で砕いて、砕いて、砕いて─────小さいかつ砲弾並みの瓦礫へと変えていく。

 

 

 

先程の『装填』よりも、多い数。もしあれが放たれればラインハルトでも簡単にはいかない。それにゼノヴィアとイリナを守りながらだと、余計に難易度が上がってしまう。

 

 

 

クソッ! とラインハルトは吐き捨てると同時に、勢いよく走り出した。部屋から逃げ出すようにスライディングを掛けながら、鉄製の階段を駆け上がっていく。

 

 

鉄骨を潰したままのシルマは薄い笑みを浮かべる。両手で砕いていた残骸を溢しながらも、天井を見上げた。

 

 

「ほぉ、考えたな─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラインハルトが行ったのはただの逃走ではなかった。むしろ、戦況を変える一手を使ったに過ぎない。

 

 

残骸による投石。それ自体を防ぐ事は可能だが、気絶しているゼノヴィア達が巻き込まれる危険性があった。彼女達を庇いながらあの男との戦闘は難しいと判断した故に、ラインハルトは上へと移動したのだ。

 

 

シルマが二人を優先的に狙う可能性を考えたが、それをすぐさま否定した。シルマは間違いなく、自分を追ってくる。明らかに危険視している存在を放置するようなヤツじゃないのは確かだ。

 

 

(早く!上へ!ヤツはエクスカリバーを警戒してる!それなら、真名解放を使えば、ヤツを吹き飛ばせる!その為に、誰もいないような場所にいかないとッ!!)

 

 

エクスカリバーの真名解放。

星の魔力と行っても過言ではない一撃は、未熟なものだったとしても、一瞬だけ直撃しただけでも、あの堕天使コカビエルすらも重傷へと至らせたのだ。

 

だからこそ、ラインハルトは上へと移動した。

 

 

 

(…………やるしかない。チャンスは一回!それでしかシルマを倒せない!!何とかエクスカリバーを直撃させる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや」

 

何階か登った所で、シルマは首を傾げた。工事中らしき壁などの仕切りで舗装されてない広間。そこの窓際に、目標の青年は立っていた。聖剣を後ろに隠すように、構えながら。

 

 

「もう逃げないのか?屋上まではまだあると思うがなぁ」

「…………あぁ、ここで十分だ。お前を倒すには」

「偉く自信があるな。エクスカリバーにでも期待を掛けてるのか?ま、どちらでも良いが」

 

カツン、カツン。

靴音を立てて、死神は歩み寄ってくる。比喩通り、ラインハルトの命を刈り取ろうと、自らの部位を殺しに最適化させて。

 

 

 

「抵抗しないと言うことは。大人しく殺されたいのかな?」

「それよりも、聞きたい事がある」

 

それよりも、と割り切った青年に、シルマは首を傾げた。数秒だけ考え込んでいたが、すぐに結論を出す。

 

 

「………ここで貴様を殺すのが良いと思うんだが?」

「どうせ殺すんだろ?それなら教えてくれよ。

 

 

 

 

お前たちの言う、祈りは何だ?父さんを利用したり、他の人達を巻き込んでまで、何を望むんだ」

 

鋭い視線を向けるラインハルト。彼の視線に圧され、シルマは今度こそ悩ましいと顔をしかめた。だが納得したように頷くと、

 

 

「我等の祈り、か。ま、少しくらいは構わないだろう。

 

 

 

 

 

 

我等が求めるのは神だ。異なる偉業を成し遂げた神代の神々ではない。そいつらよりは現代に近い、貴様ら信者達の信仰対象だ」

「……………まさか」

 

 

いち早く気付いたラインハルトが、目を見張る。シルマが言ったことは、神を求めているということだ。

 

 

神、それも神話のものではなく、最も現代に近い神。そして、ラインハルト達が信じる神。教会戦士として動いてた時の感覚が、大きく疼くのが感じられる。

 

 

それを無視してシルマは答え合わせをする。

 

 

 

 

 

「──────『聖書の神』、それを生き返らせる。少しは理解してくれたかな?」

 

 

 

改めて言われても、簡単に受け入れられる訳がなかった。コカビエルに『神の死』を告げられた時落ち着いていたのは、先生から教えられていたからだ。

 

 

だが、これだけは有り得なかった。『聖書の神』を復活させる。かつて滅んだ存在を生き返らせるなど、夢物語に近いだろうに─────

 

 

 

「我が主、“新条”様の願い────『聖書新生式』には、『聖書の神』の存在は不可欠。だからこそ、我等はその復活を望む」

 

冷静にかつ丁寧に告げていたシルマの顔に、笑みが張り付いた。それは邪悪なものとはかけはなれた、心からの嬉しさが隠しきれないような笑みを。

 

 

「そう!そして、聖書の神の力で!私達は戻るんだ!!人間に!!それで、皆に……………………………皆、ミンナ?」

 

そう言ってる内に、シルマは言葉に詰まった。無慈悲に染まっていた瞳が、不安定に揺れる。

 

 

怪訝そうなラインハルトの前でブツブツ、と呟きを漏らす。ラインハルトの存在など気付いていない、それよりも重要な事を意識していた。

 

 

自分自身が口にした、言葉を。

 

 

「人間に戻りたい?何を、言ってるんだ私は?邪龍である私達は人間とは違い、無敵の存在。それなのに、何故わざわざ矮小な人間に、戻りたいんだ?……………何で、何で何で何で何で何で何でナンでナンデナンデ、ナンデダッケ──────」

 

しかし突然、シルマの体が大きく震えた。彼の肌に浮かんでいた影が赤黒く発光したのだ。眼帯の隙間からも同じように光が漏れ、血管が浮き出していく。

 

 

それだけで。

一瞬にして。

 

シルマの瞳の色が元に戻った。しかし体調が優れないのか、眼帯の方を片手で押さえながらよろけている。カチカチカチと歯を鳴らして、シルマは冷徹な言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

「……………邪龍たる我等が、『聖書の神』を傀儡とする。そうして聖書を軸とした世界に破滅をもらたすのだ」

(………………なんだ?)

 

そこで、ラインハルトは背筋に冷たいものが走ったのを感じた。シルマが口にした、最終的な目的にではない。彼の身に起こっていた現象が原因だった。

 

 

 

(さっきから言ってることがおかしい。どちらも嘘じゃなければ、二つの意見をシルマは持っていることになる。それに、人間に戻る?まるで()()()()()()()みたいな─────)

 

有り得ない、そう切り捨てたかった。

だって、人間が転生できるのは悪魔や天使のみ。天使が悪い感情に浸りすぎると堕天使になるが、その他の種族への転生は全く知らない。

 

 

それも龍、邪龍と呼ばれる存在になった人間なんて、聞いたことがなかった。もしそうだとすれば、それを実行できる者はただ者ではない。神に匹敵する力の持ち主しかない。

 

 

思考に明け暮れていたラインハルトの意識は────大きな破壊音によって打ち消される。シルマの尻尾がコンクリートの床の一部を打ち砕いたらしい。

 

 

 

「話は終わりだ。ここで貴様を殺す────どのみち、エクスカリバーの充填にはあと少し時間が足りないだろうしな」

「ッ!!」

「ふん、貴様にしては浅はかだな。この私がエクスカリバーの力を懸念すらしてないと思っていたのか?恐れているからこそ、キチンと視野に入れてるのさ」

 

 

やはり気付かれたか、とラインハルトは息を呑んだ。彼は今、無言詠唱でエクスカリバーの真名解放を行おうとしている。エネルギーはあと少しまで溜められているが、シルマにそれは気付かれていた。

 

 

 

「クソ!─────」

「遅いっ!貰ったぞぉ!!」

 

先にエクスカリバーを振りかざそうとするが、シルマはそれよりも先に触手を伸ばした。鉤爪状の先端が勢いよく飛来して、

 

 

 

 

 

 

「……がッ、ば」

 

ラインハルトの胸元を、容赦なく貫いた。心臓すら引き裂き、背中を突き破る。身体の内部を破壊された事で、口から大量の血が溢れだしていた。

 

 

 

思わず、シルマは邪悪な笑顔を浮かべる。今にも高らかに笑おうとしていた隻眼の男。そうするために、口を開こうとして、

 

 

 

(いや、こうもあっさりといくか?)

 

違和感が、脳裏に残る。

ラインハルトは人間、大した事はない。そう考えてはいたが、あまりにも単純すぎないだろうか?

 

エクスカリバーの時間稼ぎの為に話をさせようとしていた。それは分かる。しかし、自分の前に簡単に姿を見せられるのか?

 

 

 

 

そう思っていたシルマは、目の前の光景を目にして、言葉を失った。

 

触手に穿たれたラインハルトの姿が、かき消える。霧のように、辺りに粒子を散らして。

 

 

 

「なッ!?幻術だと!?」

(なら、本体は………!)

 

触手を引き戻して、慌てて周囲を見渡す。そこでいつの間にか、別の場所でエネルギーが増幅しているのが分かった。

 

 

 

約束された(エクス)────」

「クッ、後ろか!?」

 

突如現れたラインハルトは、天井をぶち抜いてきた。それもシルマの後ろを取るような形で。

 

 

不意を突かれた事で対応に遅れたシルマ。その数秒の隙を、ラインハルトは決して─────見逃さない!!

 

 

 

 

勝利の剣(カリバー)ァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

星の光、それを束ねた極光が放たれる。しまった、とシルマは顔を歪めるがもう遅い。

 

 

一瞬で光に包まれ、苦痛の絶叫をあげながら光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………やった、のか?)

 

膝をついたラインハルトは、発生した煙の奥に目を凝らす。しかしそれでも人の姿は見えてこない。完全に消し飛ばせたのだろう。

 

 

(上手く、いったみたいだ。精霊の皆に感謝しないと)

 

ラインハルトの幻術。彼に聖杯を託した湖の乙女と呼ばれる精霊達から伝授してもらった魔術、その一つ。あれは彼にとっても切り札の一つでもある。

 

 

範囲内の者に幻覚作用を見せる。しかし経験が足らず、複雑な幻覚は見せることが出来ない。精々、偽物の自分を作り出しておくぐらいだ。

 

 

屋内だからこそ威力を弱めたが、それでもあの男を完全に消し飛ばした。それ程の力を誇る聖剣を見て、ラインハルトはただ唇を閉ざす。

 

 

(きっと、あの人の使う聖剣は────これ以上なんだろうな)

 

差というものを噛み締め、ラインハルトは立ち上がった。まだやることは終わっていない、ゼノヴィア達を治療しに行かないと。

 

 

 

そう思っていたラインハルトの身体が、グラリと揺れた。思わずだったがすぐさま体勢を立て直して、額を押さえる。力の使いすぎで疲労が溜まったのだろう───そう思っていたが、それが違うことにすぐに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の手首が、失くなっていたのだ。エクスカリバーを掴んでいた手首が。

 

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

呆けて、自らの手首を見つめる。よく見ると、エクスカリバーが足元に落ちていた。視線を落として見ると、自分の手がそれを確かに掴んでいた。

 

 

 

切り落とされた。

自分の身に起きた事を脳が認識した直後。ラインハルトの全身の『痛覚』が、遅れて起動した。

 

 

 

 

「うッ、あ……あぁあああぁっ!!?がぁああああああああああぁぁあああああああぁぁぁぁぁ!!?」

 

血が噴き出し始める自分の手首を押さえ、ラインハルトは絶叫した。尋常じゃない苦痛に、耐えきれる筈がない。

 

 

そんな風に苦しむラインハルトの背後から。

カツン、と聞き覚えのある靴音がした。ラインハルトは振り返り、相手を睨み付ける。

 

 

 

 

「シル、マッッ!!」

「……………先程、教えただろう」

 

何故か無傷で、不思議なことに階段の方に立っていた男────シルマは真顔で言う。彼の背中の触手は先が刃へとなって、血に濡れていた。どうやら背後からラインハルトの腕を切断していたらしい。

 

 

だが、それでは説明できない。シルマがエクスカリバーの一撃を回避したことを。彼は明らかに直撃した。回避なんて出来ていない筈なのに、何故無事なのか。

 

 

 

 

「私は細胞による増殖と変異による再生と肉体強化を行っていると────ならば、細胞一つでもう一人の私を生み出す事も可能だとなぁ」

「分身、体ッ!?自分の細胞から、いや!?あの時の戦いで飛び散った肉体の一部から───自分自身を!?」

「貴様も使った技だ。まさか想像も出来なかったのか?………と言いたいが、流石に予想は出来ないか。自分自身を生み出すやり方は」

 

 

説明するならプラナリア、というものが近いだろう。

例え二つに切られたとしても、脳自体を作り出して二匹の生命体になるほどの再生力。もしそれが可能ならば、シルマだけで世界を滅ぼすことも可能性としては有り得る。

 

 

言うなれば、ラインハルトが全力で倒したのは作り出されたシルマだった。本体はラインハルトと同じように隠れて、隙を伺っていたのだ。

 

 

 

そして、作られたものを相手してると知らなかったラインハルトは躊躇なく全力で消し飛ばしてしまった。つまりもう、彼にシルマを倒す手段は無い───────

 

 

(………ダメだ、もう力が────)

 

「人間の身にしては努力した。その心意気と覚悟は心から誉めてやろう」

 

謙遜でも嘲りでもない、シルマはラインハルトに高い評価を下した。一度、偽物の自分を追い込み、消し飛ばした程の技術の使い道と覚悟を認めたのだろう。

 

 

 

しかし、評価は評価。危険な存在を見逃すことはない。殺すことには変わりない。どう足掻いても、それだけは変わらない。

 

 

「だが、私は邪龍だ。忘れたか?人が龍に敵うなど、神代の時代の英雄くらいだぞ?しかし、貴様は人間だ。エクスカリバーに選ばれただけの人間、英雄ですらない人間─────それだけで、我等を殺せると思っていたのか?」

 

 

簡単に終わるつもりはないと、ラインハルトは行動を起こした。切られた手首を押さえていたもう片方の手を、シルマへと向ける。五本指の先から、五色の球体が生じている。最後に一子報いようと、魔力を用いて魔術を放とうとする。

 

 

その覚悟を察したシルマが、口元を緩めた。優しく微笑みながら、一言。

 

 

 

「────死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、街から離れた場所で。ヴァチカンへと送られていた【禍の団】、その一党の一人である少女は、遠くの方に目を向けた。

 

 

 

震えた声音で、彼女は呟く。虚空にかき消えるような、言葉を。

 

 

 

 

 

「───お兄、さま?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建築途中のビル。

その高みに位置する階層。

 

そのホールに立つシルマは眼前から、視線を動かさない。ただ目の前にあるものを見据えていた。

 

 

自分の触手が穿ち殺したであろう、青年であったものを。己が流したであろう赤い池に沈んだものを、シルマは平然と見下ろす。

 

 

 

 

ラインハルト・ヴィヴィアン。

心臓を完全に破壊された青年の終わり。抵抗も叶わず、あっさりとその命を奪われた。




補足。
ラインハルトさんは魔術をある程度使えます。まぁ、熟練の魔術師よりかはちょい下。戦闘の最中に技として使うようなものなので、切り札とは言い難いですが。



ていうか、主人公がやられたのに補足とかしてる自分の感性を疑いたくなる…………躊躇、無さすぎだろ(自分自身に)


…………次回も、よろしく………お願いします。


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選定の果てに

────記憶を見た

 

 

 

 

何処か広大な空間で、大きな戦いがあった。ただの戦争というには、あまりにも異質過ぎる戦い。

 

 

 

 

 

 

その光景を、第三者の視点で見ていたラインハルトは不思議と疑問を抱くことがなかった。何故、自分はここにいるのか?シルマという男との戦いはどうなったのか?そんな風な思考は、自分の身に起きた不自然な出来事にかき消された。

 

 

 

 

突如横から複数の天使の女性が突貫していく。慌てて避けようとしたラインハルトは女性とぶつかりそうに────ならなかった。

 

 

 

触れた筈の自分の肩が、スルリとすり抜けたのだ。

 

 

 

─────え?

 

呆然と立ち止まるラインハルトの前で、更に戦況は変わっていく。そして直に、見知っている面々が見えてきた。

 

 

 

 

 

あそこにいるのは───────アザゼル様に、ミカエル様、そして誰か分からない人達に……………三体の龍?

 

 

 

赤い龍と白い龍、もう一体が黒い───他よりも体格がある。良く分からなかったが、それが神滅具に宿っている天龍達ではないかと、思えてしまう。

 

 

他にも、それらだけではない。隻眼の老人や骸骨と思われる存在。沢山の存在が、自らの配下と思われる者達を率いて戦っていた。

 

 

 

 

しかし、彼等は互いに殺し合っていたのではない。むしろその逆、手を取り合って戦っていたのだ。たった一体の、相手と。

 

 

 

 

 

それらよりも─────巨大で、強大な影があった。それをよく見ようとしたラインハルトは、ゴクリと息を呑んだ。

 

 

 

 

十対の天空に伸びた翼、放たれる魔力や光を握り潰す六本の腕、大量に迫ってくる雑兵を薙ぎ払う強靭な尻尾。

 

 

そして、特徴的なのが───十一の瞳を有したその顔。鋭い歯を剥き出しにし、喉の奥から青白い閃光を放つその異形を見て、ラインハルトは唯一当てはまる存在を思い出した。

 

 

 

(────龍?)

 

大きさは相対する者達と比較にならない。むしろその龍は世界そのものと思えてしまうほど巨大で、凶悪なオーラを有していた。

 

 

けれど、その龍は押し負けていた。相手にとって勝っている物量は、龍の体力を少しずつ削り────三体の龍と白く輝いている神の一撃に、胴体を穿たれた。

 

 

大量の血を口から吐いた龍は、地へと堕ちた。起き上がろうとしてる間、

 

 

 

『…………このままで、済むと思うなよ…………聖書の神!天使!悪魔!堕天使!神々!────そして、この我を裏切った子ら(ドライグ・アルビオン・ヴェルグ)よ!!』

 

 

死に瀕している重傷を負っている龍は、轟くような低音を響かせる。それだけで世界そのものが振動し、聞くものを威圧感により服従させる程だった。

 

 

 

天空に向けて、龍は憎しみに近い色の籠った言葉を紡いでいく。一声一声が重たく、恐ろしいほどの激情があった。

 

 

 

『我が滅ぼうと………我が意識は、存在は消えぬ。我を産み出したのは世界、この宇宙そのものだ!貴様らには我を殺せん!故に封じるしかあるまい、我が四肢を八つ裂きにして、魂も厳重に封じねばな────だが!』

 

 

 

いや、それはきっと呪詛なのかもしれない。終わりを悟った一体の龍による、最後に刻み込む呪い。相手である彼等か、今存在している世界へ向けたものかは定かではない。

 

 

 

『我は復活する!例え、百年でも、千年でも、何億年でも!!この世界から怨嗟と憎悪、死と呪いが消えぬ限り…………我は不滅!貴様らの生きる世界と星が、我を生かし続ける!貴様ら全ての生命を喰らい、駆逐するまで!!この星に生きる生命が、我という存在を知る以上、我は世界に在り続けるのだ!!覚えておくがいいぞ、低能ども!クク、クカカ!カーッはっはッハッハッハッハッ──────────』

 

 

 

最後に龍はそう言い遺した。

数秒後に、無数の光と魔力の暴力に晒されたからだ。それが決定的な引き金だったのかもしれない。徹底的な攻撃を受けた龍の、明らかな敗北がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───視界が、反転する。

激しい閃光に包まれていた世界から一転、ラインハルトの見ていたものは光無き暗闇へと化した。

 

 

そして、そこで彼は見つけた。

 

 

 

無数の鎖と杭で完全に拘束された───先程見た龍。力なく動かないその存在を。

 

 

ただ見つめているだけのラインハルトの前で、ふと龍は此方を見据えた。一瞬驚いたが、彼は考え直す。この光景に自分は干渉できない、これは夢に近いものだから、触れることも話すことも出来な─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………自己紹介が必要か?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ゾクリ、とラインハルトの背が震えた。そこでようやく確信した。

 

 

この龍は、ラインハルトの存在に気付いている。その証拠にあんな風な言葉を語りかけている。けれど、あの言葉の意味が真実なら、あの龍はラインハルトの結末を知っているのではないか?

 

 

 

龍らしきモノは

 

 

『む?我を知らぬか、どうやら神々も我の存在の抹消に成功したらしい。しかし、全滅した筈の我が子の反応が複数残っているな。二つに分けられた我が魂の一つが浮世へと這い出ていることに関係しているのかもしれん』

 

 

 

 

───誰だ、貴方は

 

 

言葉に詰まりながら、それだけを問い掛けるラインハルト。自らの体の自由を縛られた龍はふん、と大きく鼻を鳴らす。

 

 

しかし不愉快などといった感情は見られず、むしろそれを待っていたと言わんばかりの様子だった。最強の種、龍としての威圧も損なわぬ形で、その龍は口を開いた。

 

 

 

『───アポカリプス・ゼロ、終末の龍。世界から抹消された我が名、二千年の歴史を生きる種の中でこれを知ることが出来るのは貴様だけだろうよ、ヒトよ』

 

 

そして、ラインハルトの意識は光に包まれた─────これが終わりだと、これからやるべきことがあるという意味を揶揄するように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草原。

夕暮れ時とは言えない、日の光に照らされた草原。やはりいつの間にか、ラインハルトはそこに立たされていた。

 

 

しかし、困惑する事なく彼は周囲を見渡す。この光景は知っている、見間違いではなかった。この景色は、自分がエクスカリバーを授けられた、あの人同じだ。

 

 

 

そして、彼の目の前に、一本の剣があった。草原の中心にある岩に突き刺さった───いや、岩というより石座というものかもしれない。そこにある剣は──────

 

 

 

 

 

……………エクスカリバー?

 

一瞬だけ、そう思ったがラインハルトは即座に否定した。数年以上も共にあったのだから、少しの違いでも分かる。これは、自分が振るっていた物とは違う、特別なものであると。

 

 

無意識に、装飾に施された柄に手が伸びる。その指先が触れ、手の内に収めようとしたその時。

 

 

 

『それを手にしたら最後、君は人間ではなくなるよ』

 

突然、後ろから声を掛けられた。振り返って見ると、いつの間にか誰かが立っていたのだ。

 

白いローブに身を纏った男性。顔はフードと前髪、それと日の光によって遮られてしまっている。その男性を見てラインハルトは、半分が人間ではない事に気付く。

 

 

 

雰囲気からして………魔術師、なのだろうか? と首を傾げている青年の前で、男性は優しく語りかけていく。

 

 

 

『アルトリアのように不死身になるんじゃない、エクスカリバーを返せば終われるんじゃない。正真正銘、人間には戻れなくなるんだ。星の遺物、それをその身に内包するということは、君自身が星の光帯として戦わなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

それは、君を、君の有するもの全てを光へと変換させていく。残酷な事を言ってしまうと─────────いずれ、君は消えるよ。その使命を果たすと同時に、君という存在は消失する。きっとそれは死ぬよりも悲惨で、救いがない』

 

 

 

そんな声とは裏腹に、真実はあまりにも重くて残酷だった。分かりやすい話、この剣を取ればラインハルトは邪龍を名乗るあの男に勝てるだろう。

 

 

しかし、その代償はいずれ来る死で払わされる。それもただの死ではない、絶対に避けられない確実な死。人間として、希望も無い破滅を迎えるというのだ。

 

 

 

『手にする前に、考えた方が良いと思うよ?』

 

 

魔術師らしき人物の忠告に、ラインハルトは言われる通りに考えた。考えた上で、彼は笑みを溢した。ただ静かに笑顔を浮かべながら、彼は重苦しく言葉を紡いでいく。

 

 

 

 

『オレの知るこの世界は…………良いものではなかった』

 

 

 

産まれた頃から、彼の周囲は残酷だった。

 

 

父、ハイヒルドに虐待されて、何度も苦しみを味わった。身体が傷つけられる度に、心も同じようにボロボロへと磨耗していく感じがしていた。そんな時、母は優しく抱き締めてくれた。ごめんね、と謝る母の温もりが感じられて──────ラインハルトは、そんな母が大好きだった。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、大好きだった母親が目の前で死んだあの日、初めて世界を呪った。こんな世界、大嫌いだと思った。自分を苦しめて、自分を傷つけて、大切な人すら奪ったこの世界を、許せなかった。

 

 

 

他にも、少なくはない悲劇を目にしてきた。

 

 

 

 

けれど────

 

 

 

 

 

『けど、そんな残酷な世界で─────幸せは、希望はあるんだ。どれだけ微かなものだろうと、手を伸ばせば届く。それは確かなんだ』

『…………誰しも、そうだとは限らないよ?』

『なら、オレが手を伸ばす。彼等が掴める所まで、手を伸ばし続ける。きっと掴む、掴み取ってくれると信じてる───』

 

 

 

そんな風に、世界を嫌っていた少年はあるものを見た。どうしようもない程、ありきたりな小さな平和。そこに存在する────────ちっぽけな、それでも確かに心に残った笑顔の数々。

 

 

 

 

 

熱い心を有した悪魔の少年がいた、元シスターであった慈悲深い少女がいた、魔剣を使う少年がいた、力の強い少女がいた、雷を使う女性がいた、そんな彼等を家族として見る女性がいた。悪魔を嫌いながらも、実際に心優しい、素直ではない青年もいた。

 

 

 

 

 

そして─────二人の少女がいた。信仰深く、神を信じており………………ただ世界を恨み続けていた自分(ラインハルト)に、優しい光を見せてくれた大好きな少女達が。

 

 

そんな彼女達に、ラインハルトは救済さ(救わ)れたのだ。この世界を、頑張って生きてみようと思えたのだ。

 

 

 

 

他にも、この世界には沢山の人々がいる。自分が知らないような悲劇を味わい苦しむ人もいれば、自分と同じように、それ以上の憎しみを抱く人もいるだろう。

 

 

 

ならば、今度は自分の番だ。そんな人達を、絶望から助けて出して見せる。かつて自分がそのように救われたように─────

 

 

 

『だって、世界はこんなにも広いんだから────!』

 

 

そして──────石座から剣を引き抜いた。あまりにも軽々しく簡単に取れたと思えるが、その剣は確かな重さがあった。

 

 

もう、後戻りは出来ない。これから自分が惨劇に近い生き方をするだろう。掌に染み込む感覚にラインハルトはそう確信した。けれど、後悔するつもりは微塵もない。

 

 

 

 

 

『────やっぱり、君はアルトリアの末裔だ』

 

 

選定の剣、彼個人の生き方を選定するであろう剣を手にした青年に、魔術師は複雑な笑顔を浮かべた。

 

 

その選択に喜ぶ一方、彼の決意を前に酷く寂しそうに。

 

 

『ラインハルト・ヴィヴィアン。我らが王 アルトリア・ペンドラゴンの血筋を受け継ぎし者よ。一人の魔術師として………いや、一人の王を導いた花の魔術師として、君の選択を心から讃えよう』

 

 

けれど、魔術師が口にしたのは賞賛だった。一人の青年が、世界の滅びを止めるために立ち上がった。例えそれで、自分が死ぬと分かっていても─────。

 

 

 

 

魔術師の賞賛は、残酷だったのだろう。けれど、それを止めようとは思っていなかった。きっとそれが、彼の選択が──────

 

 

 

『そして願おう!どうか君という一人の人間が、世界を救える事を!「幸せな結末(ハッピーエンド)」を迎えられるように!!』

 

 

─────彼自身、後悔していないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

そして、世界の何処にも無い場所で、何者かは何処かを見つめた。

 

『…………どうやら使命を果たすのだな、ヒトの子よ。幾千年の時も叶わなかったであろう創意なる願いを。ならば精々足掻くといい、この世界を救済するために』

 

 

 

だが、と付け足した。やはり何処か、不満そうに。

 

 

 

『その代償が、絶対に避けられぬ因果の死か。世界の希望とは聞こえはいいが、正しくは生贄。面白くはないな』

 

 

その感傷は、自分を知る事の出来る人間の事だからか。少しだけ出会ったとは言え、自分の存在を覚えていられる人間だったからなのか、と。孤独な龍は、そう自嘲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で。

 

既にシルマは、ラインハルトに意識すら向けていなかった。殺した以上最早どうでも良いと考えているのか、あまりにもあっさりとしている。

 

 

しかし、彼が意識を向けないのも当然。目的であるものに集中していたのだから。人間と見下していたのも理由でもあるが。

 

 

 

「…………これがエクスカリバー、我等を滅ぼす可能性を持つ聖剣か」

 

 

決して手で取ろうとはせず、背中からの触手でエクスカリバーをつまみとる。決してその手では触ろうとはしない。触れただけでもダメージを受ける可能性があったからだ。

 

 

「エクスカリバー、忌まわしきこの剣もこれで終わりだ。教会の連中が有する偽物のようにはいかん、二度と人の手に渡らぬように粉々に粉砕してくれる」

 

それが当初の目的でもあった。シルマはエクスカリバーが自分達の前に現れないように、完全破壊及び使い手の殺害を狙いとして動いていた。

 

 

しかし使い手は既に殺した。近くに転がってる死体を見るまでも無い事実だ。だからこそ、あとはエクスカリバーを破壊するだけだった。

 

 

 

そうしようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

ピシッ、とエクスカリバーにヒビが入った。思わず身構えるシルマは、聖剣が色褪せてくのが見える。その変化を前に思った直後、

 

 

 

 

─────エクスカリバーは灰となった。形無く崩れ、粉のように散ったかと思えば、純白の粒子を周囲に分散させた。

 

 

目の前で消えたエクスカリバーにシルマは、困惑していた。

 

 

(………壊れたのか?)

 

シルマはエクスカリバーを壊そうとしていた。その直前に、聖剣は自ら崩れ落ちた。その状況に戸惑いながらも、ある種の理論を案ずる。

 

 

 

────使い手がいなくなった事で、エクスカリバーも自壊したのだ

 

 

確かにそれは、今現在では一番まともな答えだった。しかし、シルマは思い知る。思い、知らされる。

 

 

 

 

自分がどれだけ、慢心していたのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

違和感に気付いたのは、すぐだった。

 

 

「…………?」

 

周囲に漂う光の粒子。エクスカリバーが砕けた時に生じたものがまだ残っていた。それどころか、確かに動き出しているではないか。

 

 

 

ならば─────一体何処に?

 

 

 

 

「──────ッ」

 

刹那、シルマの全身に怖気が走る。邪龍として改造されてから身に付いた本能が、『それ』に気付いた彼を恐れさせた。同時に、自分が抱いていた感情をシルマは信じられなかった。

 

 

 

(邪龍という、最強の存在へと化した私が─────恐怖、している?)

 

 

「馬鹿、な────」

 

 

歯を震わせながら、シルマは別の場所に視線を動かす。そこには、青年がいた。しかし先程とは姿勢が変わっている。地面に転がって倒れていた筈の青年は、跪くようにして起き上がっているではないか。

 

 

そして、光の粒子の全てがラインハルトへと収束していく。身体の奥へと溶け込んでいき、融合しているようだった。両目に収めていく度に、シルマの体の震えが少しずつ増えていくのを感じていた。

 

 

 

(傷が、再生している?胸を貫いた傷が…………馬鹿な、これは一体─────)

 

 

 

 

顔を振り上げたラインハルトと、視線が交差した。それを見た途端──────

 

 

 

 

思考が、疑問と困惑に駆られていた思考が消えた。たった一瞬で、彼が味わった本格的な恐怖によって断絶されたのだ。

 

 

 

 

背中の触手が、鉤爪が音もなく解き放たれる。

音速の一撃、油断無く相手を葬り去る事だけを専念した一撃。シルマは目の前の敵の安否など気にせず、絶対に殺せるであろう必殺だった。飛来する音速の爪をどうにか出来る筈がない、そもそも邪龍の攻撃が防げる訳がなかった。

 

 

 

それでも、確かに。

 

 

 

音速の爪は一瞬で切り伏せられた。光速と言わんばかりの一太刀で。目を奪われるような光の斬撃によって。

 

 

肉を削り取り、噛み千切ろうとしていた触手は、真っ二つへと斬り捨てられたのだ。そのまま落下した触手が灰のように黒ずんで消えたと思えば、シルマは激痛に絶叫をあげた。

 

 

 

「ぐ、ああああああああァァァァァアアアアアアアアアアアアアっ!?」

 

絶叫して呻くシルマだが、腕の斬られた痛みに悶えているのではない。彼は何度も再生する力を有する以上、斬られた程度で()をあげる筈がない。

 

 

その理由は傷口にあった。

斬られた触手の断面からは白い煙が噴き出しており、焼かれたようになっていた。光の斬撃は、あっさりとシルマの強固な肉体を切り払ったのだ。

 

 

激しい痛みを伴いながらも、シルマは身体に力を入れると同時に、背中から触手へと膨らんでいくが─────傷口は再生するどころか、逆に触手自体を崩壊させていた。

 

 

その事実にシルマは言葉を失い、大きく目を見張る。

 

(我が因子が無効化された………!斬られた部位が再生出来ん!?)

 

チッ! と舌打ちをしながら、自らの触手を肉体から分離する。地面へと落ちる前に、触手は消し炭と化した。もし分離してなかったら、あの光に分解されていた事だろう。

 

 

 

「……………馬鹿な」

 

シルマは目を疑う。呆然として、先程のような言葉を発することしか出来ずにいた。

 

 

ラインハルト。殺した筈の青年が立ち上がり、聖剣らしきものを振るっていたのだ。光に包まれた中で、彼は確かに立っていた。

 

 

その姿にシルマの感情が弾ける。───有り得ない現実に、余裕というものが消し飛ばされた。

 

 

 

「心臓は潰した!<聖剣《エクスカリバー》は今その手に無い!なのに、なんだ!貴様の、私達が怖れていた力は!エクスカリバーによるものの筈だ!!それを失った以上、況してや死んだ貴様には何も残されていない!!」

 

 

しかし、なんだ?

 

 

 

 

何もないなら、何故あの男は立っている?

 

 

 

 

何もないなら、何故心臓を潰されたのに生きている?

 

 

 

 

 

 

 

─────ならば一体───────

 

 

 

 

「……………そうか、聖剣と融合したのだなッ!」

 

シルマはそう決めつけた。強ち間違っていない、むしろそれこそが正解だった。分かった所で、どうにかなる話ではないのだが。

 

 

 

「自らを神造兵器へと化して、エクスカリバー以上の力を発揮しているのか。我が因子すらも打ち消す程の光を、放出している。貴様は、そこまでの力を有して────」

「……………何人だ」

 

 

興奮しきった声を遮り、ラインハルトはそう聞いた。自らに対しての行いにシルマは機嫌を悪くしたようにシルマを睨み付ける。しかし淀むような敵意を向けられてもなお、ラインハルトは動じることはない。

 

 

シルマという怪物を見据え、問い質す事しかしない。

 

 

「お前たちは、どれくらいの命を踏みにじった?人、悪魔や堕天使、天使、その他の命を────どれだけ殺してきた?」

「…………語る必要があるとでも?」

「少なくとも、その義務はある筈だ。理不尽に命を屠った者としてなら」

 

 

ただ輝き、その光を失わない剣を振るうラインハルト。彼はただシルマへとそう言葉を放つだけだった。殺そうという構えは全く見えない。

 

 

ただそれを知りたいと言うように、彼は語りかけていたのだ。

 

 

 

「…………不愉快だ」

 

相対していた男から、ドロドロとした感情が大きく沸き出す。生理的な嫌悪とは違う、本能的な憎悪。

 

 

シルマという男は、目の前にいる聖剣と融合した青年に激しい憎悪を抱いている。

 

 

正しくは、彼の中に埋め込まれた因子。邪龍と呼ばれるモノの一部が。

 

 

「あぁ、不愉快、実に不愉快だとも!聖剣の担い手!私は聖剣を破壊し、ついでに貴様を殺せば良いと思っていた。だが間違いだった!

 

 

 

 

貴様こそ、優先的に殺すべきだった!貴様は我等の祈りの為に、存在してはいけなかった!!」

 

 

同時にシルマは理解していた。

目の前の青年は、今のままでは勝てない。だからこそ、(シルマ)は覚悟を決めた。

 

 

自分がどうなろうと、この青年だけは確実に殺すと。自分達の祈りを叶えるために、怪物になることを選んだ。

 

 

 

そんな(シルマ)は知らない。先刻、ラインハルトという青年も似たような選択をした事に。自分の命を犠牲にしてでも、誰かを守るために。

 

 

しかし知ったところでどうにもならないだろう。シルマは邪龍、そのような存在が人の事を気にする筈が無いのだから。

 

 

「故に、確実に貴様を殺し尽くす!何度も生き返ろうが関係ない!貴様という人間が、絶対に死ぬまで殺してやろう!!そう、例えそれで────()()()()()()()()()()()()()

 

 

ボゴリ、と。

シルマの体に大きな変化が起きた。彼の両腕が大きく脈打ったと思えば、数メートルもある巨大な怪物のような腕へと変わる。

 

 

顔半分を覆っていた眼帯が悲鳴をあげるように弾ける。内側からの圧力に耐えきれなかったらしい。引き裂けた布切れの隙間から──────()()()()が覗く。

 

 

片方の瞳を複数有する、シルマの異形としての姿。続けて背中から伸びた筋肉質な腕の存在もあり、その姿は先程よりも確かに─────龍へと近づいていた。

 

 

 

『黒触』。

その二つ名の意味は、『黒く(むしば)む』。

細胞を制御するという権能は、使い方によれば他人を変質させる事が可能である。しかし同時に細胞変質はシルマ自身を精神を黒く蝕んでいくという弊害もある。

 

 

 

肉体と共に精神も、人間以外へと変わってしまった怪物が、執念だけの形となって青年に牙を剥く。

 

 

「貴様という忌々しい光を消す!それが───シルマの、使命だ!!我等が祈りを果たす為に、今ここで死ね!─────ラインハルトォ!!」

 

 

 

そして、呼ばれた青年は光輝の剣を構え直す。実体であれば人を殺せるような程、鋭い殺気を前に、一言。

 

 

 

 

「────来い」

 

 

 

青年(英雄)邪龍(悪竜)が、ぶつかり合う。




今回、ラインハルトの覚醒回になりました。


覚醒方法はエクスカリバーとの本格的な融合。自らを神造兵器の一つとしてする事で生き返っただけではなく、シルマを倒す為の力を得ました。

しかし、先程話した事の間違いを訂正します。生き返ったと言いましたが、正しくは「使命を果たすまでの一時的な不老不死」、その結果ラインハルトは使命を果たすまで死ぬことが許されません。FGOをプレイして尚、キャメロットクリアしたならある程度想像は出来ると思います。



そして、ラインハルトを救ったのが、何気無い平和とちっぽけな幸せだった。幸運か不運か、ラインハルトはそのお陰で決断できたのです。自分自身を、後の平和の生け贄に捧げることを。




……………流石に暗すぎるよなぁ。


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終止符の一太刀

そろそろラインハルトの章は終わりますね。具体的には次の章くらいです。






「ヒハハ!ヒーッハハハハハハハハハハハハハハ!ダメ、ダメダメダメ!こんなの凄すぎるよ!?あっ!待ってお腹痛いマジで死ぬぅ!!」

 

 

街中に並ぶビル。一番高層かつ大幅の建造物の屋上に抑制の無い笑い声が響き渡っていた。何処か大手の会社の物らしいが、今現在は昼時より前なので全員が仕事を行っている最中、従って屋上に人はいない筈だ。

 

 

 

ならば、広がった空間しかないその場所にいる二人は一般人ではない証拠になるだろう。少なくとも、人間社会に溶け込めるとは思えないような者達が。

 

 

 

「マジで!?普通やるかなぁ!?聖剣(エクスカリバー)を取り込むなんて!常人でも死ぬのは確実だけど、(ラインハルト)はそれを実行した挙げ句に、本当に成功させた!!あぁ、凄い凄い凄いッ!おとーさんやおねぇーちゃんにも教えてあげたいなぁこの感じ!!」

「…………笑い事では、無い」

 

腹を抱えながら、心の底から楽しそうに笑う少年。歳は十歳前後の子供に近い、しかし身に纏う服は目立った特徴の無い黒衣だ。

 

つやつやとした黒い髪を金属の髪止めで結った、整った顔のした美少年────そんな良い特徴は、あるものによってかき消されてしまう。

 

 

 

ピンク色に近い紫の瞳。

しかしそんな綺麗な色は、あまりにも歪んでいた。この世全てに失望している人間のそれと同じようなもの。ニコニコと笑顔を浮かべながら、矛盾するような目をする少年には不気味なものが感じられる。

 

 

 

 

 

そしてもう一人は────姿そのものが異様だった。

 

フード付きの布切れを羽織り全身を隠しているが、隙間からチラホラと包帯が見えている。両腕や身体の至るところにも施された包帯、もし布切れを脱ぎ捨てればミイラ男になっているかもしれない。

 

 

しかし顔だけは例外らしく、包帯が無い素肌がそこにあった。青年らしい凛々しい顔つき、だが少年と同じような瞳……………違いがあるとすれば、ギラギラと歪んだ鋭い目が印象を変えてしまう。

 

 

 

そんな二人は、シルマの仲間───『聖書新生式』の主要メンバーである。しかし口振りや態度からして、シルマの以上の実力者の可能性もあるだろう。

 

 

現に遠くから達観して、シルマが追い込まれているのを気にせず、ラインハルトだけを注視してるのが最たる理由である。

 

 

「ラインハルト・ヴィヴィアン。奴は、我等を倒し得る力を手にした。エクスカリバーとの融合、自らを聖遺物へと変える荒業。我等の障害になる事には変わりない」

「わーってるよん、わーってる。だから連絡待ってんでしょ?『新条様』からのね?」

 

気さくに言う少年の片手には携帯端末が握られていた。ピコンという機械音を聞くと、彼はそれの画面を確認する。

 

示されていた内容は二文だけだが、意味だけは単純だった。

 

 

 

 

 

────ラインハルト・ヴィヴィアンを抹殺せよ。不可能な場合は撤退、可能な場合は確実に殺し尽くせ

 

 

 

 

「…………ニヒッ!承諾完了!これで楽しい楽しい殲滅ショーが出来るってワケじゃーん!」

 

見るからに邪悪な笑みで、少年は遠くで戦う青年を見つめた。そこで放たれる覇気はまるで極光のように神々しく、抵抗できない神罰のような重圧がある。まさしく、神と評しても間違いではない程の─────

 

 

 

 

しかし少年は無視する。そんなもの気にしていない、むしろ踏みにじってやろうと言わんばかりの態度で両手を大きく開く。直後、片手に黒く染まった禍々しい雷、片手に煌々と燃え滾る炎を宿していた。

 

 

少年は雷と炎を遠くへと向けると、今すぐ撃ち込む形へと変化させる。すぐ横にいる青年に見向きもせず、軽々しく声をかけた。

 

 

「君は近接担当だぜジャックくーん?ボクはここからラインハルト君の身体をぶち抜いてるからさぁ!ちゃんと援護と戦闘は頼むよん?」

 

 

少年の声に、包帯の青年は応えた。しかしそれは内容への返答ではない。

 

 

「…………そうは、いかないみたいだ」

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、彼等の居た場所を無数の剣が貫いた。たった一瞬の間に無数の剣が雨のように降り注ぎ、屋上を剣の平原へと変える。

 

 

しかし、狙ってた筈の二人は倒せなかった。人間のものとは思えない脚力で跳躍し、一瞬で後退していたのだ。

 

 

 

 

「───誰だッ!!」

 

 

ジャックは着地するとすぐさま布切れの中から、ギザギザに歪んだ剣を引き放つ。見たところそんなものは無かったが……………造り出したのだろう。攻撃を仕掛けてきたであろう第三者を倒そうと身構えていたが、すぐさま動きを止めることになった。

 

 

 

「悪いけど、大人しくしてもらうよ。僕としてはやり合うのも悪くは無いけどね」

「ふふん♪全身包帯の貴方、剣の創造系の力かしら?どうやら私と同じ力を持ってるみたいね。ここはお姉さんがタップリ遊んであげるから、楽しませてもらおうかしら♪」

「………」

 

剣士らしき青年と金髪の女性から剣を向けられていた。双方向から得物を突き付けられ、ジャックは舌打ちを押し殺さず、敵意の籠った視線を彼等に向ける。

 

 

 

少年の方も同じだった。ニタニタと笑い周囲を見渡すと複数人の男女が様々な武器を用いて、構えを取っていた。それら全てがセイクリッド・ギアだというのを、少年はある程度察していた。

 

 

少年は笑う。楽しそうに笑う。けれども重味のある声で、彼等全員に問い掛けを口にした。

 

 

「ヒヒヒっ!まさかまさかと思ってたけど、何もそこまでやる!?ボク達から彼を助けるために、組織総動員で動くとか────これって全面戦争望んでるのかなぁ!?『英雄派』の皆さーんッ!!?」

 

「………彼の王の末裔、俺達よりも英雄としての偉業を為し遂げようとしているんだ。生憎俺も、それを見届けたいんだ」

 

 

誰も答えない代わりに、屋上の片隅に座り込んでいる青年がそう告げた。その青年にチラリと目配りをした少年は、忌々しげに顔を歪ませた。

 

 

数メートルもある槍。青年は手にしたそれを掴み直すとゆっくりと立ち上がる。その矛先を少年へと向けて、宣告した。

 

 

「俺からも言わせてくれ。彼の覚悟、その証明を邪魔しないで貰おうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建築途中のビル。その一室の中央部にて、シルマとラインハルトは衝突した。

 

 

まず最初に動いたのはシルマ。数メートルへと変じさせた自らの腕をシルマは勢いよくに振りかぶり────即座に放つ。

 

 

工事中のコンクリートの床を粉砕しながら、ラインハルトを巻き込んでいく。破壊の衝撃波は上下の階層へと響き、周囲に風圧を発生させる。

 

 

しかし、強力過ぎるその一撃はラインハルトに掠りもしなかった。ユラリとそよ風のように揺らいで、腕の一撃を光の剣によって反らしていた。

 

 

 

「細胞変質───!」

 

短い言葉と共に、彼の腰から伸びた太い尻尾が、ボゴボゴッ!! と一気に膨れ上がる。その増幅が一斉に蕾へと集合していき、

 

 

 

 

 

花が、咲いた。

そんな風に大きく切り開かれた蕾の正体は、花というには言葉が違いすぎた。

 

 

一種の生き物のように、四対の大きく開いた口。ギザギザの歯が付いたそれは相手を噛み殺すものに相応しかった。現に、気色の悪い悲鳴をあげた触手は、ラインハルトを喰らおうと牙を剥いてくる。

 

 

「………」

 

ラインハルトは動じることなく、自らの身体をただ前へと突き進ませる。おぞましい唸り声をあげ、迫り来る触手の口との衝突には一秒もかからなかった。

 

 

 

 

 

そして、その激突も一秒で幕を下ろした。

 

 

 

 

宙に舞うのは─────輪切りにされた巨大な触手。シルマにとって滅多に使わなかった切り札も、今のラインハルトには気にするものではないのだろう。自分の身体の一部を切り捨てられた事に、シルマは苦痛に呻いた。

 

 

(コイツ……ッ!!エクスカリバーのビームと同等の力を、こんな簡単に振るうとは!!やはり融合した効果は凄まじ─────ッ!!)

 

 

 

 

ゾンッ! という鋭い音。

それを耳にしたシルマの思考が途切れた。相手を捉えていた視界が、グルグルと目まぐるしく回っていく。

 

 

 

いつの間にか横を通り過ぎていたラインハルト。高速のスピードで滑るように駆けてきた彼の光輝の剣によって、シルマは首を切り払われた。あまりにも、あっさりと。

 

 

 

一瞬にして、切断された首が宙を舞う。口から血を吐き、首もとから血が噴き出そうになる。それが表す意味は一つ───────死。

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

 

「…………ッ!!」

 

ギョロリ! と動いた。

胴体と切り離された筈のシルマの瞳が、ラインハルトを捉えていた。死という、抗えない事象を彼は塗り替えて見せた。

 

 

すぐさま断面から伸ばした生々しい触手で首を接合させる。ラインハルトもそれに気付き、立ち止まろうとしていたが、

 

 

「がッ、ああああァァァァアアッ!!!!」

 

攻撃の隙も与えない形で。両腕を交差させながら勢いよく振るった。

 

 

 

しかし、その両腕の薙ぎ払いすらも受け止められる。剣ではなく、素手で掴み取られたのだ。そして────

 

 

 

 

ブチィッ!!

 

 

「バッ、ぐガァ!?」

 

片手で引きちぎられた。大量の鮮血を噴き出す両腕を再生させようとしながら、シルマはさらに後退する。

 

 

「────遅い!」

 

そんな彼の目の前で、ラインハルトが突貫してきた。慌てて次の行動に入るより先に、剣を持たない方の手がシルマの服の襟を掴み──────

 

 

 

 

────全力で蹴り上げた。腹に食い込んだ脚がさらに力を入れ、シルマを容赦なく上へと吹き飛ばす。天井すら貫通してビルの最も上である屋上へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ビルの最上階。

 

舗装されていたであろうタイル張りの屋上。とある予定で数週間後に解体されていたビル、その屋上から ドガァッッ!!! と大きな穴が出来た。

 

 

 

「ガハッ………!?」

 

『黒触』のシルマ。

少数精鋭、『聖書新生式』の新参者であるが、実力でもある男は空中へと飛来していた。ボロボロになった身体は滞空している間に修復を完了させ、元の綺麗な身体へと戻っている。

 

 

だが、シルマ自身がよく理解できている。このままではジリ貧だと。自分の半永久的な再生力にも、欠点の一つや二つがあることは。

 

 

 

その一つこそが、一番懸念すべきもの。細胞の再生力が関係している。無敵にも近い修復機能を持つシルマだが、ラインハルトの光が相手だとこの機能はバグが生じてしまう。

 

 

邪龍の因子が自らの敵性である星の光を受けた身体を、急速に再生させようと激しく活性化する。しかしそれは肉体への影響も大きく、シルマはその細胞の脅威的な自己増殖を抑える事は出来るが止められない。

 

 

次第に、自らの細胞に身体が(むしば)まれる。再生しようとする因子の細胞が、己の身体を喰らい殺してしまう事が起こり得るのだ。

 

 

 

そしてもう一つは───────

 

 

(………やるか、やるしかない。自我を失ってしまう可能性はあるが、ラインハルト!貴様を殺すにはこれしかないののだ!!)

 

自らの思考を振り切り、シルマは決意を固める。目の前の穴から飛び出してきたラインハルトを前に、覚悟を決めることにした。

 

 

 

そして、彼は空中で完全に治癒した両手を大きく広げた。謳うように、かつ響かせるような呪詛を告げていく。

 

 

 

 

 

因子解放(ゼロフォース)────」

 

空を見上げたラインハルトが、『ソレ』の存在を知った。空中で身体を広げるシルマ、その彼の顔や胴体。

 

 

禍々しい黒色の影のようなナニかが、蠢く。それは彼の胴体を飲み込み、両腕へと伝わっていく。一種の生き物のように、張り付きながら。

 

 

 

侵蝕。

そんな言葉が似合う光景がそこにはあった。そんな最中、更なる変化が起きている。

 

 

黒いナニかに呑まれていたシルマの両腕が、裂けた。何本にも分断していき、次第に無数の黒い鞭へと変貌していく。生き物のようにビチビチ! と唸り始めている。

 

 

無数の黒い触手は、シルマを包み込んでいき─────黒い球体を生み出していた。表面上にある全てが、触手によるもの。

 

 

それが一気に縮小した途端、

 

 

 

 

 

 

 

天つ空、黒き触にて堕ちん(ゾル・ゼプス・アルブレーション)ッッ!!!!」

 

 

黒き闇が、解き放たれた。

全方位に、細長い鞭が暴れ狂う。縦横無尽というように、周囲の全てを削り取り始めた。逃げ場のない、圧倒的な暴力の嵐。

 

 

 

 

ここで解説しよう。

シルマの権能『増殖細胞(スケール・オーバー)』、細胞の活性化及び増殖というのが主な力。しかし運用の仕方次第では、触れた相手の細胞を莫大な量まで増殖させる事で、肉体を自壊させるといった無慈悲な攻撃にも使えることだろう。現に、シルマはそれを懸念していたのだから。

 

 

 

 

しかし────『天つ空、黒き触にて堕ちん(ゾル・ゼプス・アルブレーション)』は、その域を越えてた技となる。

 

 

邪龍の因子と増殖細胞を組み合わせ、全ての物質や細胞を喰らい潰す漆黒の触手を作り出し、増殖させて相手を襲う。

 

避けた所で意味はない、何故なら無数にまで倍増した触手が相手を殺そうと次々と迫ってくるから。障害物の意味はない、どんな物質すらも喰らい触手は牙を剥いてくるから。

 

 

この切り札を用いて、シルマは強敵の数々を排除してきた。確かにかつて、歴代の神滅具使い相手にはヒヤヒヤしたが、殺せた事に変わりはなかった。

 

 

 

しかし、青年は逃げも隠れもしなかった。

自らを喰らい尽くさんとする膨大な闇を前にしても、恐れることがない。

 

 

 

そして、ラインハルトは手にしていた純光の剣を突き立てる。強く、地面へと。

 

 

 

聖光剣(ルクス)────充填(チャージ)

 

告げた直後だった。ラインハルトの足元から、純白の光の柱が何本も生み出される。直立で構えられたそれが割れた途端──────彼が持つ物と同じ光の剣が姿を現した。

 

 

それだけでは終わらない。何本もの光の剣はラインハルトを中心に歯車のように回転する。外側へと剣が動く中、足元から先程のように光の剣が創造されていく。

 

 

気付けば、闇の軍勢に匹敵する程の光がラインハルトの元に存在していた。全ての剣の先が一斉に闇へと照準を向ける。主であるラインハルトの命令があればすぐにでも動くと、震わせながら空中で待機しているではないか。

 

 

ラインハルトは────詠唱式を告げた。

 

 

 

「───斬り穿て!放たれし閃光の刃剣(ストライク・ライトニング)!!」

 

無数の刃が解放された時、光が周囲に屈折した。光剣が光速で動き、黒い触手の全てを切り刻んでいく。それでも数の差で押しきろうとしてくる闇は、光の閃戟によって消し飛ばされる。

 

 

 

全ての闇の触手、シルマの切り札は敗れ去った。どれだけシルマが全力を出しても、そこに君臨するのは聖剣を内包する者──────自らの存在全てを差し出した青年に、勝てるはずがなかったのだ。

 

 

全ての光剣を納め、ラインハルトは地上へと着地したシルマに眼を向けた。

 

 

 

 

「─────ぐ、ごッ…………バァッ!?」

 

大量の血を、溢している。限界に近い、激しいまでの力の行使に、シルマの肉体は限界を迎えているのかもしれない。絶大な光による傷を再生させようと細胞が活性化して、未だ健全な細胞を自壊させてしまっているのだ。

 

 

 

そんな最中、シルマの身体がビクン! と跳ねた。その一瞬の変化をラインハルトは見逃さない。蹲った男は震えながら、青年の名前を口にした。先程までとは違う、何処かたどたどしい様子で。

 

 

「…………ライン、ハルト」

「──────君は?」

 

 

端から見れば、不思議な問い掛けだった。だって、相手は先ほどまで戦っていた相手なのだ。それなのに相手の素性を聞くような一言は普通と比べて明らかにおかしいだろう。

 

 

 

だが、ラインハルトはさっきまでの彼ではないと判断した。その瞳、狂気を孕んでいた眼は、今にも不安定な優しいものへと変わっている。

 

 

 

危険性のない。自分と同じ、誰かを想える人間のものだった。そう判断したラインハルトは少しだけ力を抜いて、耳を傾けた。

 

そして、シルマらしき人物は優しい声音で語りかける。

 

 

 

「私は────僕は、天野夕麻(あまのゆうま)

 

 

彼は知らない。

その名前は─────現在の赤龍帝を一度殺した女堕天使、レイナーレが用いていた偽名であったのを。

 

 

 

「異端の神器を所有してた事で、恋人…………いや、堕天使に殺された─────死者のなり損ないだ」

 

 

何より、その偽名は過去の人間から借りたものであると。つまり、シルマ…………又の名を、天野夕麻は故人である事には変わりはない。今現在、そう名乗る者がいたとしても、彼が既に過去に存在していた人間である。

 

 

 

(………人間に戻る、あの言葉はそう意味だったんだな)

 

 

錯乱していた時に口にしていた言葉の真意を、ラインハルトは無言で受け止めた。普通ならさっきまで戦っていた相手の言葉を信じる事など有り得ないだろう。

 

 

けれども、妙な安心感があった。彼には戦意や敵意、騙そうとした感じすら見えてこない。

 

 

 

「ラインハルト…………君に、頼みたい事が………あるんだ」

 

 

ゆっくりと話す声も、だんだんと途切れていく。肉体が大きく膨れ上がり、血管が大きく浮き出す。弱々しくなっていく声音で、彼は言葉を紡ぎ続けた。

 

 

 

「『聖書新生式』………『新条』を、止めてくれ………あの男は、人間じゃない………死んだ僕を、怪物に変えた……僕だけ…………じゃない、百人以上の人が、化け物に変えられた………自我を、保てなくて………死んだ子も、いた、………………その、成功したのが、僕達なんだ。あの人は………──────また、人を殺し続ける」

 

 

シルマ、いや天野夕麻はガタガタと震えていた。恐怖によるものではない、恐らく自分自身の内側から来る力と狂気を抑え込んでいるのだろう。

 

 

ラインハルトに話すべき事を話し、伝えるために。

 

 

 

「人間………じゃない。あんな眼を、した…………人間なんて、いない…………僕は、知らない────あれこそ、本当の怪物…………。聖書の神の、復活…………なんて、「あれ」は望んでない………傀儡に、して………もっと、沢山の、人間を…………巻き込んでしまう。そんな事を、止めて…………くれ」

 

 

小さく漏れ出していく言葉には色々な感情が籠っていた。そんな中で、天野夕麻は青年に乞う。助けてほしい、などという生易しい言葉ではない。

 

 

 

「お願い、………僕を、殺して………また、人を殺して、殺してしまう………邪龍………因子の、侵食が……人格を───壊して────お願い、殺して────もう、モタナイ……………嫌、だ

 

 

 

 

 

 

 

もう、お父さんと………お母さんや、弟達の、よう……に………人を、殺したくない…………喰い殺し、てしま───イヤ、いや も ぉ い や だ ぁ

あ あ ゛ ぁ あ ァ ア ア 」

 

 

ピシピシ、と泣き崩れた顔が変貌していく。人らしい口が大きく開き、獣のように鋭い歯が並ぶ。素肌も黒い歪んだ色へと染まっていき、人ではないナニかへと変わる。

 

 

言わなくても分かる─────邪龍。

この世界から存在そのものを忌み嫌われた狂気の殺戮者。同じ人を平然と殺す存在に成り果てたシルマへと変えられても、彼の自我は完全に消えることなく残っていた。けれども、邪龍へと変じてしまえばそれで終わり。

 

 

今度こそ、天野夕麻はどうしようもない程の殺戮の兵器へとなってしまう。自分が嫌がってたであろう、悲劇を容赦なく繰り返すだろう。

 

 

 

終わらせてやる事、それこそが─────彼を救済(すく)う方法。どうあがいても、彼を救い出す方法は存在しない。楽にしてやる以外には。

 

 

 

「分かった────オレが終わらせる」

 

確実にシルマの命を絶てるであろう輝光の刃を振り上げる。聖なる光が増す光景を眼にした怪物は、笑ったように見えた。

 

 

一筋の雫を溢れさせながら、震える口を動かす。彼の口から出たのは、感謝の言葉だった。

 

 

 

「あ、りが……と─────ラ、らららrarara!ライン、ハルトォォォォぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

生物のものとは思えない雄叫びと共に、頭部の裂けたモノは襲い掛かってきた。衝動的に、相手を殺そうと牙を剥く。

 

もう、天野夕麻という人間の意識すらない。そんなものはシルマだった怪物へと置換されてしまった。だからこそ、終わらせてやるしかない。

 

 

 

 

 

龍の如く異形へと化した怪物に、ラインハルトは光の剣を振り下ろした。たった一瞬で、それで十分だった。

 

 

 

 

 

 

シルマだったモノ、邪龍である存在の身体に線が生じる。断面から噴き出す黒いナニかを放出しながら、邪龍はけたたましい咆哮を響かせていた。

 

 

その巨体が砕けると同時に、隙間から無数の光が差す。生命への怨嗟を抱く咆哮も、次第に光の本流へと呑まれて─────その存在ごと、塵へと化した。

 

 

 

 

 

「さよなら、シルマ…………天野夕麻(あまのゆうま)

 

 

─────どうか、安らかに眠れますように

 

 

消え去ろうとする残骸に、ラインハルトは静かに祈った。

 

 

確かに、彼がやってきた事は赦される事ではない。ラインハルト自身も、罪の全てを見逃すつもりはない。

 

 

それでも、人を殺したくないと叫んだ彼の声は、本気だった。怪物へと自我を塗り替えられても、それだけが最後の祈りだったのだ。

 

 

 

 

…………やるべき事が出来たな、とラインハルトは静かに決意した。光の剣を納めて、彼は雲が晴れた青空を見上げる。

 

 

 

 

 

─────ありがとう、ヒーロー

 

 

 

「………あぁ、元気で」

 

 

跡形もなく消え去った人間の残滓。虚空へと消えた筈の誰かからの感謝の声。小さな笑みを浮かべながら、ラインハルトはそう返した。




今回、最後の最後までラインハルトの無双回でございました。自らの生きる未来まで代償として捧げた以上、生半可な強さにするのは微妙と判断した結果です。

中途半端な強さというより、圧倒的な力を表現したかったですが………己の実力不足に頭を抱えてしまいますね。


まぁ、まだ完全に扱えてないのは確かなので成長はしますね。はい。




解説

『聖書新生式』のシルマ。その正体は、かつて堕天使レイナーレに殺された人間の一人。そのまま死んでいた筈だったが、『新条』を名乗る男に邪龍の因子を埋め込まれて生き返る。


元々は穏和な人物だったが、『新条』によって家族を自らの手で殺害、及び捕食した事で自我が崩壊。邪龍の因子を取り込んだ事も起因して精神が歪みきってしまい、あのような性格へと変貌してしまった。


ラインハルトに倒された事で、邪龍から解放され、ようやく死ぬことができました。もし殺されてなかったら、理性の無い人を殺すだけの獣に成り下がっていたでしょう。


それと英雄派が来てた理由ですが、まぁ分かりますよね。ラインハルトも人間&強い訳ですから。


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幕引き

シルマ、天野夕麻の消滅を見届けたラインハルトはこの場から立ち去ろうと動いていた。まずやるべきことが残っている。

 

 

ゼノヴィアとイリナ、そして地下でシルマの産み出した怪物を倒したであろうデュリオとグリゼルダとの合流。伝えておくべきことが多い以上、早く話をしなければならないと考えていたが、

 

 

 

「やはり強いな、こうして近くで見れて良かったと思うよ」

「ッ!誰だ!!」

 

思わず光の剣を振り抜き、向けると───一人の男がそこに立っていた。

 

制服の上に漢服を着込んでいるが、完全に身に纏ってるとは言えず、腰まで制服を露出させている。そんな普通では見られない特徴以外にも、男が持っている槍にラインハルトは激しい警戒を抱いていた。

 

 

 

相当長い槍。しかし、その内側に内包されたオーラは凄まじかった。神そのものと評価してもおかしくない程の力、それが十三種の神滅具(ロンギヌス)────その中でも最強の部類に入るものだと、理解した。

 

 

 

「貴方は────」

「俺は曹操。英雄派という組織のリーダーをしているんだ」

 

曹操と名乗った男は、気さくそうにラインハルトにそう告げてきた。対称的に、ラインハルトは敵意と共に光の剣を握る力を強める。

 

今すぐにも対応できるように身構えるラインハルト。彼を前に、曹操は笑顔と共に続けた。

 

 

 

「ラインハルト、俺と一緒に人間の限界に挑戦にしないか?」

「………人間の、限界?」

「言葉通りの意味さ。俺達は祖先を越える偉大な英雄になる為に────人外に挑戦する。俺達『人間』が、どこまでいけるか証明してみせる」

 

 

───だからこそ、俺達と来ないか?

 

曹操はそのように勧誘をしてきた。ラインハルトの実力を心から評価してるのか、怪物達を倒して限界を示して見せようと。

 

 

人間の可能性を証明する。決して悪い言葉ではなかった。確かに、それを証明することが出来れば何かが変えられるかもしれない。この世界でも、人間の価値を示せる。

 

 

 

 

 

 

「悪いけど、その話は断るよ」

 

けれどラインハルトはキッパリと告げた。柔らかな物言いだが、込められた言葉は強く、明らかに芯がある。

 

 

「その理由は?」

「逆に聞くけど、貴方達は何故人外と戦う?何か守りたい者があるのか?」

「いや……………何故?」

「────それが理由だよ」

 

眼を細めて言うラインハルトの言葉に曹操は沈黙する。黙ってその内容を聞くことにしたのだろう。

 

 

「オレのこの力は、誰かを守るために与えられた力だ。人外を倒して、勝ち誇る為のものじゃない。人間も悪魔も堕天使も天使も、他の種族も────皆の幸せを守るものなんだ」

「人外も?」

 

そう聞き返す彼の声には、軽く弾み出した。子供の語る信じられない事を聞いた大人のように、小馬鹿にするように話し出していく。

 

 

「有り得ないだろう。化け物は化け物、互いが手を取り合えるなんて夢物語だ。そんな怪物を殺す者こそが英雄なんだ。そして、俺は先祖にも負けないような英雄になる」

「………そう思ってる時点で、貴方の目指す英雄は英雄じゃない。ただの殺戮者だ─────オレからしたら、よっぽど恐ろしいよ。話し合えるのに、自分と違うという理由で殺して、それを誇らしげに掲げるやり方を」

「────随分と言ってくれるな」

 

 

ふと常に浮かべていた笑みを消し、真顔になる曹操。彼にとって英雄はそこまで地雷とも言えるものだろう。簡単に侮辱してはいけない。

 

 

しかし、ラインハルトは一々遠慮などはしない。彼の考え方への不満を、ぶつけるに過ぎないのだから。

 

 

「残念だ。君なら俺の誘いに答えてくれると思ったんだが」

「…………貴方が人を救うためにと言うなら考えた。けれど、貴方は自分達の名声の為に戦うことを選んだ。オレを入れたかったなら、貴方は前者を選択すれば良かった」

「だが、君は断るだろ?考えはしたとしても」

「当然」

 

 

断言するラインハルトを前に、曹操は肩を竦めた。仕方ない、と言うように。

 

 

「残念だ。実を言うと、君は俺達の仲間の中でも人気があったんだ。ゲオルグやジャンヌからも、君を誘って欲しいと言われたが…………断られてしまえば仕方ない」

 

 

そして、彼は告げる。

 

 

 

 

 

「ならば、次出会う時─────お前は俺の敵だ。ラインハルト」

「──────あぁ」

 

 

互いに覇気を向け合っていたが、曹操はニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。直後、突然出現した霧が彼を包み込むと──晴れた時にはその姿が消失していた。何らかの神器の効果、そう判断したがラインハルトは深く気にしなかった。どうせ追跡など出来る筈がない、そう対策はされている事だ。

 

 

 

すぐさま屋上から降りて、少女達との合流をすることにした。戦いが終わっても、自分にはやることがまだある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────以上が、奴が話した事の全てです。一切の嘘、偽りはありません」

 

合流したゼノヴィアやイリナ、グリゼルダ達にラインハルトは自分が知っている事を説明した。

 

 

 

『聖書新生式』、邪龍、神の復活などの多くの情報を。

 

 

 

「『聖書の神』の復活…………どうやら奴等のやることは規格外みたいですね、姐さん」

「えぇ、どうやら奴等、相当恐れ知らずのようで」

 

天界最高峰である二人を中心に、教会戦士やエクソシスト達も激しく困惑している。神を復活させ、傀儡にする事に激昂する者もいれば、邪龍という存在に青ざめる者も多い。

 

 

それはゼノヴィアやイリナも同じだったようだ。ただでさえ、敬虔な信徒であった彼女達にとっても神を復活させる方法があるとは信じられないのだろう。

 

 

何より、神を復活させて傀儡にして世界を動かそうとする─────『新条』という存在の考えが、理解できないのだろう。それに関してはラインハルトも同じだ。

 

 

 

しかし、ラインハルトは他の事について考えていた。それは今しがたの状況においてあまり関係ないこと。だが、彼は確かめなければならないとも考えていたのだ。

 

そして、この場にいる全員に聞いてみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、アポカリプス・ゼロって知ってますか?」

 

 

 

 

アポカリプス・ゼロ。

謎の空間で封印されていた龍。三勢力や多くの神話、三体の龍との戦いで敗北した────天災のような禍々しい龍。アポカリプス、黙示録の名を冠する事から相当有名な龍だと、それを聞かされて当初は思っていた。

 

 

だが、その龍はおかしな事も口にしていた。『三千年の歴史の中で、我を知るヒトは初めて』だと。だからこそ、龍の告げた言葉が正しいか確かめようと考えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぽかりぷす、ぜろ?」

「………?」

 

ゼノヴィアは不思議そうにその単語を口にし、イリナは難しそうに首を傾げていた。その反応をするのは、彼女達だけではない。

 

 

「さぁ?何ですかそれは?」

「自分もそうだね。その………アポカリプス・ゼロ、だっけ?『聖書新生式』と関係があるの?」

 

シスター・グリゼルダ、デュリオ・ジェズアルド、同じようにこの場にいた者達が似たような反応をした。全員が全員、聞き覚えがあるといった様子ではない。明らかに、誰もが知らない様子だった。

 

 

ラインハルトは、「いえ………少し気になっただけです。重要な事じゃないので気にしないでください」と誤魔化して、すぐさま思考に浸る。

 

 

あの龍の存在を認知する人間は、ラインハルトしかいない。この状況が、それを真実だと示している。邪龍という存在を操る『聖書新生式』────あの龍との関係がないと言うには速決かもしれない。同じ龍であるならば、少しくらいは知ってても良い────────

 

 

 

 

 

 

「………待てよ」

 

そこで、ある事に気付いた。同じ龍に聞く、そのような考えが、ラインハルトにある事を気付かせた。

 

 

「いるじゃないか、あの戦いにいたかもしれない龍が」

 

二天龍、それを越える────真天龍。それら三体は、あの一体の龍を相手とした戦いに参加していたのかもしれない。もしそうだとすれば、彼等は何かを知ってるのではないか?

 

 

()()で知る者がいない、『アポカリプス・ゼロ』についても、何かヒントを有してるかもしれない。

 

 

 

そう思ってる中、彼は会話を耳にした。どうやら上からの連絡がきたらしく、グリゼルダはその通信に応じる。

 

 

 

「はっ、ミカエル様。どうかなされましたか?────は?」

 

通信を聞いていたグリゼルダが、明らかに絶句する。ミカエル様からの連絡が来たのか? と思いながら、ラインハルト達は彼女の様子に怪訝そうにしていた。それはデュリオも同じなのか『………姐さん?』と顔をしかめている。

 

 

 

そして、彼等は知ることになった。御使い、シスター・グリゼルダすら言葉を失った事実。それを、他ならぬ彼女自身の口から。

 

 

 

 

 

 

 

「──────騎士王(ナイトロード)、セルク・レイカー様が…………殺された?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の男が、廃屋の壁に佇んでいた。背中を預け、両眼を伏せて瞑想へと浸る男性。人間と言うには、ある特徴が大きく影響していた。

 

 

頭部に生えた耳、髪と同じく灰色。鋭く尖り、片方が欠けた猫耳をする男性。彼は廃屋内の空気が変わったのを確認すると、低い声を投げ掛けた。

 

 

 

 

「………戻ったか、『刃龍(スレイブ)』、『凶龍(ゼスト)』」

 

入り口から入ってきたのは─────『聖書新生式』の二人、ジャックと少年だった。無愛想に入ってきたジャックとは相対的に、少年は不服そうに頬を膨らませる。

 

 

「その呼び名じゃ皆に分からなくないですかー?ボクは朱天です、姫島朱天(ひめじましゅてん)。名前で呼んでもらわないと皆分かんねーっですよ?」

「だがこの名を広げりゃあ、『姫島』の名は堕ちるだろ。お前の言う姫島の宗主と老人達は慌てふためくだろうなぁ。国を護る一族から、『雷光』と『黒狗』に、そして邪龍が生まれ落ちた訳だからな」

「あ!その手があったか!ありがとうねー!お陰であのジジイ達への嫌がらせが思いついちゃったZE☆正義気取りの『姫島』を筆頭に五大宗家の名がドン底に堕ちるぞぉ♪」

 

少年────姫島朱天は恍惚した様子で歪んだ笑顔を浮かべる。カラカラと笑いながら、楽しそうに誰かを思い浮かべていた。当然、男性とジャックはどうでも良さそうに別の話題を話し合い始める。

 

 

「英雄派の邪魔が入ったと聞いたが、事実か?」

「あぁ。神の子を貫いた槍と結界系の霧、2種のロンギヌスは我等の手では厳しかった。…………その戦いに、天候を御するロンギヌスとラインハルトが介入していれば、考えるだけで恐ろしい話だ」

「───邪龍化を成してもか?」

「ラインハルトがいる以上、厳しいと思われる」

 

当初、ラインハルトを奇襲しようとしていた二人だったが、英雄派の襲来によってそれは妨害された。結果的に英雄派とは決着つかずで、しまいにはラインハルトによって同胞(シルマ)が倒された事もあり、大人しく撤退をした訳だ。

 

 

 

「それよりさぁー!グレイさんさー、冥界に行ってきたんでしょ?」

「そうだが?」

()()()()には会ってきたの?感動の親子の再開じゃねぇーですかぁ?」

「………お前みたいにイカれた執着してねぇぞ、朱天」

「ヒヒヒッ!どうですかねー?」

 

ニタニタと笑う少年の詰問に、猫耳の男────グレイは腕を組み直す。精神を逆撫でするような言葉の雨に平然と対応してることから、相当の慣れがあるのだろう。大人である余裕の顕れかもしれない。

 

 

しかし、彼等は会話をピタリと止める。また、空気が変わった。今度は、先程までとは違う。重苦しいものが、禍々しく歪んで変質する。…………そのオーラそのものが、人を狂わせかねない程、混沌に相応しいものだった。

 

闇の向こう側を片目に、グレイは息を漏らした。その上で、言葉を紡ぎ出す。

 

 

「ここにいるとは予想外だな────『新条』様」

 

 

 

 

 

 

 

 

「【そうかね。私はただ媒体を介して話しているだけだ。拠点から動くのも面倒だからな】」

 

 

現れたのは────廃屋へと入ってきた女性悪魔だった。悪魔であるとこには、雰囲気やオーラで判断できた。見た目は十八歳ほどの少女だが、悪魔である為実際の年齢とは違うのだろう。

 

 

だが、その少女悪魔は普通ではない。『聖書新生式』の面々へと投げ掛けた声は、男性のものと女性ものが混じったような、複雑な声音の言葉だ。

 

 

何者かが、少女悪魔の身体を動かしているように、声を発していた。そんな風に見える光景だった。

 

 

 

「【気になるか、この小娘は悪魔だ】」

 

この場にいた全員の視線に、少女悪魔───『新条』と呼ばれた人物は答えた。それは全員が分かっているのだが、前置きとして言っておきたかったのかもしれない。

 

 

「【不遜にも私を眷族にしようと近づいたのでなぁ、あまり恨みはなかったが態度が不愉快だったので因子を与えてやった。所詮は悪魔、一瞬で意識が飛んだがね】」

「…………意外だ、貴方様が悪魔の肉体を使うなど」

「【使えるモノはキチンと使う。無駄遣いは好きではないのでな、せめて有効活用はするさ…………しかし、合わないな。最近まで男の身体を使っていたからか、この小娘の肉体に違和感を感じる】」

「あー、確かにスタイル良いですからねぇ!悪魔ってそういう風なのを好みません?ま、ボクはどっちでも良いですけど!」

「どうでも良いのに言うのか………」

「因みに俺はどちらでも良い。だが、子供の事を考えたらスタイルは良い方が悪くないとは思うがな」

「いや、何で急に言ってくるんですか………?どう答えろって言う?」

 

そんなものか、と突然のコントを前に『新条』は退屈そうに言う。案の定ふざける朱天と、何処か天然そうに言ってくるグレイに、ジャックはただ混乱するしかなかった。リーダー格である『新条』は、やはり興味がないのか助け船など出さない。

 

 

 

 

 

その代わりに、達観するような一言を述べる。この場の空気を一瞬で変える言葉を、残酷とも非情とも言える冷酷な言葉を。

 

 

 

 

「【シルマは失敗だった】」

 

あっさりと、死んだ仲間についてそう評価する。少女悪魔の瞳は無情で、喜怒哀楽といった単純な感情すら浮かんできてない。

 

 

本当に気にしてすらいないように。

 

 

「【保険の為に作った急増とは言え、聖剣の担い手には敵わなかったようだ。無理もないと言えばそれで終わるが、もう少し役立って欲しかった。やはり、無理矢理因子を増やし過ぎたのが原因か。一般人の感性など消えれば良かったものを】」

 

しかし、『新条』は先程の言葉を撤回するように、嬉しそうな言葉を口にしていく。

 

 

「【だが、感謝が必要だなシルマよ。お前が暴れてくれたお陰で天界の眼があの街へと固定された。それ故に、ヴァチカンへの侵入は容易かった】」

「というと…………」

 

 

 

「【あぁ。スカルとアーウィンは無事、ヴァチカンから例の遺物を回収した。天界の切り札《神の刃》と共にな】」

 

自分達だけにしか分からない単語を用いて、彼等は会話を続ける。きっとこの場に一般人がいたとして、状況が理解できずに困惑していることだろう。

 

 

 

最も、一般人がこの場にいたとして。一瞬で殺されることには変わりないのだが。

 

 

 

「しかし………これで我等の正体は知られた」

「【構わんさ、もう隠れる必要はない。我が計画は既にその段階まで進んでいるのだ】」

「────今回の目的物、遺物の確保ですか」

 

 

うむ、と少女悪魔は頷く。

 

 

「【あれの起動準備も必要だ。今は退くぞ、教会どもはともかく…………『神王派』に目を向けられるのも面倒だ】」

 

『新条』の言葉を聞いた彼等の行動は早かった。───ビュビュビュンッ!! と一瞬で姿を消し、何処かへと移動していく。

 

 

 

たった一人になった後、少女悪魔は廃屋の窓から外を見る。綺麗な瞳、その片方を大きく開いて、遥か遠くにいる青年の姿を捉えた。

 

 

 

「【ラインハルト、その名を覚えておこう】」

 

 

 

「【そして素直に認めよう、今回は貴様の勝ちだ。自らの手で勝ち得た勝利と束の間の平和、存分に噛み締めるといい】」

 

 

 

 

 

「【だが、いずれその平穏は一つ残らず奪うぞ?この我等、『聖書新生式』が。その時、私の計画が最終段階に至った。その時──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖書は、新生する。私はその時を待つとしよう。より多くの命を、喰らい尽くしてなぁ】」

 

哄笑が、悪意しかない笑い声が響き渡る。少女悪魔の喉から出てるとは思えない程に、その声は歪みきっていた。何処まで変質すればこうなるのだろうか、いやそもそも最初からこういう風な存在なのだろうか。

 

 

怪物達は、大人しくする事にした。けれども優しさがあってのことではない。次に起こす殺戮の宴、それを盛り上げる為に、彼等は手を退いたのだ。

 

 

 

果たして、それに気付く者はいるのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとまず、邪龍シルマによる騒動は終わった。それを討ち取ったラインハルト、彼は聖剣(エクスカリバー)と融合した事でかつてとは比較にならない力を得ていた。

 

 

そして、捕虜であるオズワルド・ヴィヴィアンの情報提供と助力によって孫娘 リリィ・ヴィヴィアンは酌量され、ラインハルトの元で過ごすことになった。

 

 

 

今回の件で、天界勢力は明らかな戦力強化を図れた。何より、ラインハルトの存在が強かったのは確かだ。

 

 

 

 

 

しかし、失ったものも大きかった。

天界最高峰を誇る聖騎士────セルク・レイカーの喪失。当初は死と言われていたが、すぐに否定される事になったのだ。

 

 

彼の死体。

凄惨なまでに串刺しにされたその死体は、天界勢力に所属する強者達に眉をひそませた。

 

 

 

あまりにも、()()()()()()()()()()()のだ。普通なら、有り得ないだろう。どれだけ強力な相手だろうと、最強格の一人であるセルク・レイカーが抵抗も出来ずに死ぬなど有り得ない。

 

 

想像できるのは、彼に油断をさせる事。彼が戦闘を行うには致命的な程の隙を作り出す必要がある。そのような事が、普通可能だろうか?

 

 

 

 

───そして、もう一つ。

これは天界という勢力自体には、あまり影響する問題ではない────────今のところは。

 

 

 

 

ラインハルト、彼は全てを話した。しかし、彼は一つだけ話してないものがある。それは、彼が行ったことの代償についてだ。

 

 

 

自らの命を生け贄にし、死ねない身体になった。そして世界を救った途端、跡形もなく消滅してしまう事。

 

 

 

彼はこの事実を誰にも話さなかった。神滅具を扱う御使いや、従兄弟である妹にも、況してや最も信頼する二人にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────彼は、誰にもその事を明かさなかった




今回で、この章は終わりとなります。次の章は、もう一人の主人公 練とイッセー達を主体とした冥界編となります。前編は練を中心とした堕天使勢力及び新チーム解説ですが、後半は後から解説します。


ラインハルトの章と、二人の章は同時期に並行してる出来事です。今回の話が終わった時には、練達の章も終わってる頃合いだと考えてくれればありがたいです。


練「ようやく俺達の章か、意外と長かったな」



次回もどうかよろしくお願いします。感想や評価、お気に入りにも何卒。


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真龍出張のヘルキャット
殲滅/保護


すごい久し振りの投稿になります。数ヵ月ほど明けてしまい申し訳ありません。


あと、タグにあるアンチ・ヘイト一応は、一応によるものです。悪い展開とかにするつもりはないですので!ご容赦を!


その少年は、世界というものを知らなかった。いや、知ってはいたが、それは客観的にでしかない。

 

 

 

彼の故郷は、山奥にあるような街。他界との繋がりがあまりないような、閉塞された場所だったからだ。一年の間にも数人程山奥に迷い込むことが多いが、決してその街には辿り着けない。

 

 

複雑に術式ごと組み込まれた強力な結界によって、普通では有り得ない程の人払いになっている。元いた場所に戻されるだけなので、あまり悪い話ではないが。

 

 

 

外界全てから拒絶された街。それは都市伝説でも語られるようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

『────ねぇ?外の世界って、どんなものだと思う?』

 

高台らしき湖の畔、この街の住人でも来る人は限られる場所に、三人の子供がいた。天真爛漫と言うような、弾みのある声で問いかけたのは、その内の一人…………ワンピースを着た少女だった。

 

 

彼女の問いに、二人の少年達は反応する。

 

『………恐ろしい場所だよ。父さんも母さんも言ってたじゃないか、俺たちはここでしか生きられないって。外の世界だと、どうやっても酷い扱いをされるって。それは俺たちの「力」────『神器』が原因だって』

 

『だね。この街では皆が宿してる力、それは外の世界だと恐ろしいものって言われてるらしいよ。それに、人間だけじゃない。外にはこわーいオバケ達がいて、神器を狙ってくるんだぜ? きっと本にもある地獄って場所だよ』

 

 

黒髪の少年は心の底から苦手と言うように語り、それっきり下を見て俯く。もう一人、サイズを間違えたようなダブダブのコートを着込む赤髪の少年は元気そうに黒髪の少年の考えに同調した。

 

 

話の内容から察するに、彼等は『外』に出たことがないらしい。更に、二人の少年の様子はそれぞれ違うが、やはり『外』への拒絶はあった。それは悪いものではなく、教えられていることを信じているだけだろう。きっとそうだと、確信している。

 

 

何故なら、彼等は『外』を知らないから。未知への恐怖があって当然の事だ。

 

 

 

『本当に、そうかな?』

 

しかし、少女だけは違った。彼女の眼には、少年達のよう仕方ないと言う諦めはない。自分が知らない世界への憧れが、確かに存在していた。

 

 

彼女は、他の二人とは違って────外への憧憬を損なっていない。

 

 

『私さ、外にも良いことはあると思うよ。ここにいっつも来る黒い羽のオジサンから聞いたんけど、外の人に助けて貰ったんだって。今はその人との間に、私達と同じくらいの女の子がいるって話も!』

『え!そうなの!?初耳だけど!?』

『うん!言ってないからね!』

 

元気そうな笑顔と共にハッキリと言う少女に、カラコロと楽しそうに笑って反応する少年。

 

 

 

もう一人の、黒髪の少年はそれでも不満を残していた。彼は足元を見下ろして、小さく呟く。

 

 

『………俺達をこんな街に追いやった連中がいるんだ。良い所な訳がない』

 

彼等三人は仲が良く、いつも三人でいる。意見が食い違ったとしても、彼等は距離を置いたりはしないのだ。

 

 

外へ憧れる少女は積極的に外へ出たいと考え、黒髪の少年ともう一人の少年はあまり外へ出るのを好ましく思ってない。

 

 

しかし、コートの少年は他の二人と比べては消極的に見える。外へ出ても出なくても、別に変わらないとの考えを抱いているらしい。出る事があれば出てみたいし、何かがあればすぐに戻る──────そうな風な、楽観的な考え方だ。

 

 

 

最後に残った黒髪少年だけが、外への畏怖と嫌悪を変えられずにいた。理由は当然、この街の者達が外でどう扱われたかに関係する。

 

 

実の両親も、『神器』と呼ばれる力を宿していた事で家族からも化け物扱いされてきた。母に関しては魔女狩りとして処刑されかねない状況にまで陥っていたらしい。

 

 

 

だからこそ、少年は信用できなかった。

外へ出たところで─────自分達の思うようにならなければ、裏切られればどうするべきかと。

 

 

 

 

 

 

『じゃあさ!こうしようよ!』

 

そんな二人の少年に、少女は声をあげた。年相応の元気さを伴った様子で勢い良く立ち上がると、彼女は語り出す。

 

 

 

『私達、外の世界での力に負けないように強くなるの!神器だって鍛えれば強くなるって、ここに来る黒い翼のオジさんにも教えて貰ったでしょ?だからちゃんと特訓して───────』

 

 

クルリと振り返り、二人に目を配る。口元を緩ませて、大きく笑った。

 

 

『一緒に海を見に行こう!ここよりも、きっと綺麗な場所!絶対凄いよ!私達三人で!』

『お?良いねそういうの良いと思う!明確な約束があったら俺達もちゃんと強くなれるかもしれないしな!それでいいと思うけど、いいんじゃない?』

 

ね? と二人から見つめられ、少年は無言で顔をそらす。しかし数秒後に、観念したように肩を竦める。彼は困ったように、二人を見返した。

 

 

『………分かったよ。俺もそうする』

 

困ったように黒髪の少年は諦めた。少女は二人の手を繋ぎ、心から笑顔で笑いかける。

 

 

『ね、二人とも。約束だよ?

 

 

 

 

 

三人で、一緒に外で過ごそうね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、黒髪の少年────黒月練(くろつきれん)は全てを失った。家族も、親戚も、友人も───────大切な、二人の親友も。

 

 

炎へと包まれ、跡形もなく────消え去った。その時の殺戮と悲劇は、二度と忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人知れず森の中。

 

 

 

「うぇ…………ぁ、何で、なんで………?」

 

その悪魔の名前は、セヴィオ・ムールムール。悪魔七十二柱の一家、その当主候補。あまり名の知られない貴族悪魔である彼は、地へと伏せていた。

 

 

ボロボロにされた自らの身体、そこから生じた赤い池を見て呟く。自分が何故こんな風になっているのか、それすらも分からないという様子で。

 

 

 

 

「────随分と楽しそうに遊んでいたな、そんなに面白かったか?」

 

 

灰色と黒色の混じったロングコートを着込む、黒髪の青年。片手をポケットの中へ突っ込み、もう片方の手には普通とは違う特殊な散弾銃を、肩に担がせていた。

 

 

周囲に飛び散った肉片など眼もくれず、ただつまらなさそうに悪魔を見下ろす。続くように、彼は言葉を紡ぐ。

 

 

「ったく、自分の元から逃げ出した転生悪魔をいたぶってるとはな。おまけに嫌がってる子を、犯そうとしやがって。お前ら悪魔は自分以外を家畜とか思っていないのか?ま、聞いても答える脳なんてないものか」

「───ッ!」

 

 

そうだ、と悪魔は思い出した。

彼は自らの力と眷属を用いて、稀少な力と種族の女を転生させてきた。そして、気に入らないものは適当にいたぶり、中では弄ぶ事もあった。

 

 

その内の五匹……………強制的に転生させた女が逃げ出したのだ。だから悪魔は眷属と共に彼女等を捕まえて、沢山の制裁を示した。そして、目の前で公開処刑として示しを見せようと、声を張り上げた直後────、

 

 

 

 

 

 

『────(さえ)ずるな、ゴミクズ』

 

突然現れた黒髪の青年に、容赦のない弾丸の雨を撒き散らされた。目の前の事に意識しか向いていなかった悪魔は、それはそれは綺麗に吹き飛んだ。

 

 

散弾銃が直撃した悪魔の身体は、激しく負傷していた。衝撃によって片腕と身体がグチャグチャになり、悪魔と言えども重症は免れない。聖別済みの銃弾もあるのか、破片の食い込んだ部位から煙が止まらなかった。

 

 

 

青年もそれを知っているのだろう。無視して、悪魔が手を出そうとしていた女性達の元へと歩み寄る。助けようとしてるのかもしれないが、悪魔からしたらどうでも良かった。

 

 

 

 

 

青年が背中を向けていたのだ。隙だらけで、何時でも殺せるような余裕を。それを作ってくれた人間に感謝と嘲りを向けながら、

 

 

 

「油断したなぁ!人間がぁっ!!」

 

勝ち誇ると共に悪魔は、左手へと集めた魔力を暴走させる。悪魔の力、人間なんて簡単に殺せるような呪いと魔力の塊。それを一気に収束させ、青年へと撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、青年────黒月練は嘆息する。本物の馬鹿を見るような眼を向けて。

 

彼は対処に動こうとしない。する意味もないと言外に示すように。

 

 

 

「────馬鹿が」

『Effect!type──Reflection!』

 

練の声に続いて響いたのは、機械のような音声。

正確には彼の胸元に浮かぶ拳銃のリボルバーような宝玉。グルリと回転したかと思えば、いつの間にか宝玉に文字が浮かび上がる。

 

 

 

 

 

────反射、と。

 

 

 

そして、悪魔は見た。

自分の放った魔力が青年に激突する直前に、半透明な障壁らしきものにぶつかり──────瞬間、向きを変えて此方へと戻ってくるのを。

 

 

そして、魔力を放った自分を腕がアッサリと吹き飛んだ。

 

 

 

「ぎゃっ、あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁああああああァァァァぁっ!!?」

 

全身全霊、相手を殺す為に放った筈の力に穿たれ、悪魔は大きな悲鳴を漏らした。半分は痛み、半分は困惑と恐怖によるものだろう。

 

 

 

 

突如起きた不思議な現象。

それこそが練の神器、『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』の基本効果。

 

 

現象、又は状態を操る。

対称である味方や自身に対して強化効果(バフ)を与え、敵に対しては弱体効果(デバフ)を付与する事が出来る。それ以外にも、単語で表せる単純な現象も引き起こせることが可能となる(実力も必要だが)

 

 

欠点があるとすれば、他者には一回の効果が限定で、解除すれば再度使えるが、同時に重ね掛けは無理なのだ。しかし自分には、何回もの重ね掛けが使える。

 

だが、これは基本効果の範疇でしかない。本領はまだまだあるが、練は悪魔相手に使用はしていなかった。

 

 

 

 

最早意識すら向けず、練はすぐ近くに現れたもう一人に呼び掛ける。自分の攻撃を受けてのたうちまわる悪魔でも、襲われてた転生悪魔達でもない。

 

 

同じくこの場に訪れていた、自分の仲間に。

 

 

「フリード、終わったか?」

「エヘヘ、そりゃあねボス。ぶっちゃけ戦ったけど、あんま大した事ないんすね」

「当然だ、こんな小者に好きで従う馬鹿が強い訳ないだろ」

 

神父服を着た少年────フリードはケラケラと笑い声をあげる。教会で扱われているものとは少し特殊な光の剣を持つ彼は、頬に飛び散った血をその手の甲で拭う。

 

 

暗くてよく見えないが、彼の後方には赤に彩られた景色があった。周囲にある木すらも赤く染まる程の、凄惨な現状。

 

 

それでも肝心な死体が無いのはおかしい話だろう。勿論、周囲に死体は存在しない。その死体─────練が相手している悪魔、その眷属は、フリードによって消滅させられたのだから。

 

 

 

そんな状況だというのに、悪魔は目の前の青年に畏怖と激情のままに叫ぶ。相手を人間だと、確信したからこそ。

 

 

「き、貴様ァ!!わたっ、私、私が誰だか分かっているのかぁ!?私は、セヴィオ・ムールムール!七十二柱の一家、ムールムール家の次期当主!それなのに、人間が!人間風情が、私へのこの行い!ただで済むと思っているのかぁ!!?」

 

 

「………ボスー、翻訳おなしゃす。このクソ悪魔の言葉、よく分かんねぇーっすわ」

「さぁな、俺に聞くな」

 

二人が消極的な理由、それは簡単だ。

目の前の悪魔への率直な呆れ、最早感心すら覚えそうになる(実際に感心してるかと言われると全力で否定するだろうが)

 

 

この悪魔、人間風情と言ってるが……………その人間風情に身体をグチャグチャにされ、自分の魔力を反射されて腕を吹き飛ばされた事すら忘れているのか?

 

 

 

他にも醜く罵倒が飛んでくる。命乞いすらしないのは、自分が死なないと思ってるのかもしれない。だが、話を聞いてる練が面倒という風に首を振った。

 

 

「………とっとと終わらせるか」

 

ジャコンッ! と神器の銃が装填される。空気や魔力、概念的なものを弾として放つ神器に、フリードの持つ光の剣と同等の力を詰め込む。

 

 

ここにきてようやく、悪魔は「ひっ……!?」と声を漏らした。惨めに地べたを這い、近くにいる─────自分が追い立てて、挙げ句に辱しめようとした少女達を見た。

 

大きく眼を剥いて、悪魔は捲し立てる。

 

「そっ、そうだ!貴様ら!わたしの盾になれ!この人間から私を守れぇ!!この私を守れば先程までの愚行は取り消す!許してやろう!だから私の盾になれぇ!!?」

「………、」

 

 

ビクッ、と少女達が震える。

虐待や暴力、言葉に出来ない所業を受けてきた彼女達は悪魔の言う通りにする理由はない。それでも、彼女達には残っている。

 

従わないと傷つけられるという────肉体と精神への呪いが。

 

 

互いを抱き締め合い酷く怯える二人の少女、そんな彼女達と悪魔を何度も見て深く悩む二人。だが、動いたのは四人と一緒にいた…………最年長に見える女性だった。

 

 

大人びた美貌は弱々しく、顔つきを台無しにするように打撲や傷が残っている。本来なら艶のあるであろう紺色の長髪もボサボサになっている。唇を噛み締めながら、ゆっくりと立ち上がって悪魔の元へと行こうとする彼女だったが───────

 

 

 

 

 

 

「────動かなくていい」

 

 

振り返ることなく、練は告げた。

 

 

「お前達には、コイツの言うことに従わなくてもいい。それを決める権利は─────お前達にある」

 

 

その言葉を聞いていた女性は黙り込むと、その場から動かなかった。

彼女達の様子を目にした悪魔は自分の命令を聞かなかった事に、

 

 

「ふ、ふざけるな!たかが転生悪魔が、私の駒が!何をしている!?私の役に立つのが貴様らの使命だろうが!駒は王の為に─────」

 

 

重い銃声が、響き渡った。

煩く喚いていた声は途絶え、血の匂いが充満する。頭部が消し飛んだら悪魔からは煙があがり、塵芥へと化していく。悪魔は、眷属達のように遺体も残さずに消失した。

 

 

 

そして、悪魔の消えた場所を睨みつけながら、青年は忌々しげに呟く。銃口から謎の粒子を放ちながら、

 

 

 

 

「───ふざけた考え方だな、反吐が出る」

 

今の気分を体現するような言葉と共に、青年は銃の神器を手の中から消すと、転生悪魔の女性達の方へと近づいていく。

 

 

互いを抱き合う彼女達と、それを庇おうとしていた女性は終わりを覚悟した。あの青年は、今すぐにでも自分達の命を刈り取るだろう。

 

 

 

 

 

「選べ」

 

 

しかし、命を奪い取るであろう銃弾は何時まで経っても放たれない。困惑する彼女の前で、練は銃の神器を杖のようにして地面に押しつけていた。

 

 

優しいようで、冷徹な声で、転生悪魔の女性達へと告げる。

 

 

 

「俺達の身元を預かっている組織は、転生悪魔を人間に戻す事が出来る。そして、お前達の保護をする事も可能だ。

 

 

 

 

 

 

人間に戻るか、このまま転生悪魔として生き続けるか……………まぁ、お前達の選択だ。好きな方にしろ。俺は強要もしないし、否定もしない。望む方を尊重してやるさ」

 

 

彼にとって、どうでもいい事ではない。興味が無ければ適当に無視している。彼女等が悪魔で、救いようがない程の外道ならば躊躇なく殺していただろう。

 

 

だが、彼女達は転生悪魔だ。それも無理矢理転生され、奴隷のような扱いを受けているという事は、彼も既に旧知の事実だ。

 

彼は転生悪魔には、選択肢を与える。自分の我が儘だというのは理解している。それでも、彼は好きでこうしているのだ。

 

 

 

 

「…………お願い、です」

 

 

震えながら、女性は祈る。悪魔は祈れない、悪魔特有の拒絶反応とも言える痛みが生じるから。それでも、彼女は必死に祈っていた。

 

 

今、この奇跡を────諦めたくないから。

 

 

 

 

「この子、達を……………私達を─────助けて」

「あぁ、分かった」

 

 

 

即答だった。

安堵からか力の抜ける彼女達の前で、ポケットから携帯電話を取り出すと何処かへの番号を打ち込み連絡をし始めた。

 

 

 

「────宗明(そうめい)、聞こえるか?早速だが女物の着替えを用意しろ…………数?六人だ。二、三人は大人物でいい。あと、シェムハザ副総督や博士への連絡を。悪魔の駒の取り出しをして欲しい、それも六人分だ」

 

 

連絡をし終えた練は、端から黙って聞いていたフリードを見る。そしてすぐさま彼のいた方角を見て、

 

 

 

「フリード、ここの後処理を頼む。俺は彼女達を連れてく」

「えー?何で俺ちゃんなんですかねー?どうせならボスも手伝ってくだせぇーよ」

「そう言えば、最近新しい人工神器が作られてたな。光剣と光銃の改造型だとか………」

「はいはーい!俺ちゃんフリード、チョー頑張りまーす!任せてくだせー!」

 

気だるげそうな態度(それも表面的なもの)から一点、はしゃぎ出すフリードは敬礼のポーズを取る。どうやら青年の話す事に興味あるものがあったらしく、やる気が出てきたようだ。

 

 

そのままスタスタと歩き出し、何らかの小さな器具を用いていくフリード。後処理に使うアイテムなのだろうか? と首を傾げる少女達に、

 

 

 

「ほら、行くぞ。早く元に戻りたいんだろ?」

 

 

そう催促して、彼とは反対の方へと進んでいく。女性を筆頭とした少女達は困惑しながらも、練の後を追う。

 

 

────果たして自分達はどうなるんだろう? と期待と不安に苛まれながらも、彼女達は思案する。確かに彼に従った訳だが、それも早計すぎたかと悩んでいるのだろう。

 

 

そう思っていた彼女達はある事に気付いた。浮かれていたのか、肝心な事を。

 

 

「あの、貴方は………?」

「黒月練」

 

 

不安そうな疑問に、軽い声で練は答える。しかし彼はすぐに考え直したように首を傾げると、続くように付け足した。

 

 

 

 

「………グリゴリの中で数少ない──いや、ある程度いる人間の中の一人さ。まぁ、立場的にも実力的も格下なんだがな」




神器解説

真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)


第一の能力、現象と効果を引き起こす力。本編でも解説したように、使い勝手の良い力で、他者に良効果や悪効果を自由自在に付与できる(同系統の効果なら何倍でも重ね掛けが出来る)


例えば、攻撃力上昇×五倍 は問題ないが、


攻撃力上昇×防御力上昇 は不可能。後に掛けた効果に上書きされる。


まだまだ練も扱えておらず、真の力はまだ発揮できてない。



銃型神器(名称不明)


練がアザゼルから作って貰った人工神器。銃の形状を変える事が出来、自分の魔力を込めることで魔力の銃弾を放つことが出来る。


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新しい仲間

今回は短いですね、すみません


数時間後。

 

 

練によって何らかの基地に案内された女性達は困惑するままに、手術のような作業を受けることになった。何がどうなってるのか分からずにいる彼女達に、練は『悪魔の駒』を安全に取り除く手術だから大人しくして欲しいと言っていた。

 

 

詳しく聞くと、どうやら練の神器の力を使うものらしい。精密作業のようで一回でも疲れるようだが、彼はそのまま通して六人も『悪魔の駒』の摘出を行ってくれた。

 

 

「………はぁーっ。流石に、疲れが溜まってきたな」

 

作業の終わった後、彼女達は大広間らしき部屋に連れてこられた。大型テレビの前に並ぶ机とソファー、彼女達はそこに座らされていた。しかも、前のとは違う新しい服を着せて貰った上で。

 

 

あまりの厚待遇に年下の少女達ですら困っていた。そんな最中、人数分の手拭きを手にして、青色の髪を結んだ青年近づいてくる。

 

 

 

「皆様、御召し物をどうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「紅茶やミルクコーヒー等、様々な飲み物を用意できます。他に、茶菓子もあります故に。御声を掛けていただければ、用意は致します」

 

優しく微笑み掛け、彼はお辞儀をすると疲れているらしく天井を見上げている練の後ろに移動する。それを理解した後、練はゆっくりと姿勢を戻して、語り掛けてきた。

 

 

「………気分は、どうだ?」

「あ、大丈夫です……この度は、ありがとうございます」

「気にするな、それよりも体調はどうだ?実験でも問題は無いが、元の身体に戻すには負担がある。転生悪魔のように陽に当たっても問題ないが、少しばかり肉体的な強さが残る場合がある。嫌な場合は後日に報告を頼む」

 

 

 

そう言いながらも、練は何枚かの資料を机の前に出してくる。付け足すように、「これはお前達のカルテだ。もし体調が悪い者があれば、それを持って医務室に向かってくれ。博士か他の人が手を貸してくれる」と話し、彼女達はそれを素直に受け入れた。

 

 

資料を受け取った少女達を見届けた練は、突然訊いてきた。

 

 

「まずは、お前達の名前を聞いて良いか?」

「え?……は、はぁ?」

「後遺症があるかの問題もあるが、この施設で生活して貰う以上、名前を知らないのは不便だ。お互いの自己紹介をしておくべきだろ?」

 

 

練の言うことには一理ある。彼女達は『悪魔の駒』を摘出した直後、肉体はかつてのものへと戻っているが、完全という訳ではない。体調不良になった時の対処もするにはこの施設での生活は決まったものになる。

 

 

そう言ってきた練はすぐさま、ハッという表情を浮かべる。自分の発言に何かを感じたのか、謝罪を述べた。

 

 

 

「そうだったな。名前を聞くなら、最初に言うべきだった─────改めて、俺は黒月練。堕天使による組織 神の子を見守る者、『グリゴリ』に所属する人間の一人だ」

 

 

再度、自分の事を説明する練。

前と同じような紹介だからこそか、あまり頓着する事なく彼は自分の後ろに立っている青年を促す。

 

 

青年は短く受け取ると、前に歩み出してきた。端整な顔つき、執事のような服装をした青年が、ゆっくりと丁寧に、自己紹介を始めた。

 

 

 

「私は諸葛亮宗明(しょかつりょうそうめい)、練様の仲間の一人です。皆様には気軽に宗明と、お呼び戴ければ嬉しい限りです」

 

 

青年────宗明は背筋を整え、丁寧なお辞儀を行う。紳士的な態度の宗明は微笑み掛けると、何歩か後退して元いたように後ろに立っていた。自分は椅子に座るつもりはないらしい。

 

 

 

「この場にはいないが、あの時俺と一緒にいた神父っぽいのがフリード・セルゼン。元は悪魔祓いくずれで、今は俺の部下だ。性格はアレだが………色々と頼りになる奴だ。普通に接してやってくれ」

 

 

それだけ言うと練は渋い顔を浮かべる。

 

 

「他にもいるんだが───自由奔放な奴等でな。自室に引き籠ってたり、何処かで誰かに勝負挑んでたり、手の付けられないような奴等だ。時間があればお前達にも会わせたいと思う…………本当に難癖のある奴等だが」

 

 

最後の早口が、少しだけ不安になってくる。彼が言う難癖のある仲間達とは、一体どれだけなのだろうか?会ってみたいと思う反面、怖いなぁと彼女達の心境にあった。

 

 

 

「ありがとうございます………私はアイリス。魔法使いの生き残りです、そしてこの娘達が………」

「ゼリッシュ・フロイング。色々と世話をありがとよ、レンさん」

「──────白雪(しらゆき)、以上」

「えぇと!わたしは、咲葉です!アイリスお姉ちゃんやわたしたちをたすけてくれて、ありがとございます!」

「エマです………よろしく、です」

 

 

それぞれで挨拶を終え、礼を述べていく五人。

 

そうか、此方こそよろしく頼む、と練は快さそうな様子で告げ、同時に彼の後ろに立っていた宗明も会釈をする。

 

 

机の上に出されていたコーヒーを飲み、練は話を続ける。

 

 

「─────それで?お前らはこれからどうする気だ?」

「………これから、ですか?」

「申し訳無いが、お前らをずっと保護してる訳にもいかない。という事だから、これからどうしたいかを決めてほしい」

「えぇっと、具体的には?」

「俺の仲間になってもらう………っていうよりも、お前らには、帰るべき居場所がある奴もいるだろ。家族と離れ離れとかな」

 

 

あまり乗り気ではない様子でそう言う練。彼の言葉を聞いた五人は様々な反応を示す。

 

 

最初に声に出したのは二人、白雪と咲葉だった。

 

 

 

「そうですね。私もあの悪魔に勝手に連れてこられて転生させられましたから。家族はまだいますので」

「わたしもです!パパやママもさがしてるかも!」

 

感情があるのか判断しにくい程スラスラと語る白雪と天真爛漫といった様子で元気そうに声を上げる咲葉。

 

 

対照的に、アイリスとゼリッシュは暗い表情を浮かべる。隣でそんな二人を不思議そうに見るエマを撫で、アイリスは重い口調で語り出した。

 

 

「………両親はいません。家族はあの男に殺されてしまいました。ゼリッシュも、エマも………」

「………………悪かった。嫌な事を蒸し返したな」

 

 

頭を下げる練に、アイリスは慌てて宥めた。自分達の恩人に謝らせる事自体恐れ多いのか、彼女自身の良心が痛むのか。────どちらかと言えば、後者の方かもしれない。

 

 

気を取り直した練は、家族が残っているという二人に声をかけた。

 

 

「白雪、咲葉。お前達に関しては、自分の故郷を覚えてるなら詳しく教えてくれ。特定には時間が掛かるが、それでもいいか?」

「構いません、家族に会えるのなら」

 

 

即答する白雪、彼女の顔に迷いは無かった。満面の笑みを浮かべる咲葉を横目にしていたが、再度練へと向き直る。

 

 

分かった、と頷く練は端末らしきものを弄り、話を終えた。今度はアイリスへと視線を向け、言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

「一応、訊いても良いか?」

「……なんでしょう」

「俺は一応チームを作りたいと思ってる。先輩達のような、特別なエージェントチームをな」

 

 

先輩達、という事にアイリスは気になるが、彼は次の事を話し始めていた。

 

 

「俺達はある目的の上で行動している。三勢力の和平は、俺の目的を叶える上で重要なものだ。だからこそ、俺はこの期を乗じて、目的を果たしたい」

 

 

「その、目的とは?」

「現魔王への直談判だ。この要求が通りにくいというのは理解している。だが、俺はそれをやらなければならない。誰かが動く必要がある事だ」

 

 

内容についても語るつもりはないらしい。アイリスは壁に寄り掛かるように立つ宗明に目を向けるが、彼は反応を示さなかった。

 

 

────彼もその内容を知らないのかもしれない。だが、戸惑いも躊躇も見られない。そこには揺るぎない忠義と信頼があった。

 

 

この人になら着いていけるという、純粋な覚悟が。

 

 

 

「そしてもう一つ────俺はある悪魔を追っている」

「ある、悪魔」

 

 

あぁ、と練は頷いた。

一見平然に見える彼の様子は、何処かおかしい。

 

 

原因はその瞳。ギラギラと煮え滾るような熱い感情が増幅しているのだ。

 

 

 

─────憎悪、という。

彼女達も何度抱いたか忘れてしまうほどの、ナニカへの憎しみを。

 

 

「俺は奴を追わなきゃいけない。これだけは、俺がやる必要がある、絶対に。だが、俺一人じゃあ出来ない。奴を探す事すら出来ない…………だから、仲間の力を借りるしかない」

 

 

彼としては、どうだったのだろう。

それほどの憎悪を抱く相手が────自分の手では探せない、自分の手では殺すに足りないと知った気持ちは。

 

 

いずれ探し出す、いずれ強くなる。

そうやったとしても、意味がないと知ったのだろう。だから彼は求めていたのだ。自分が心から信頼できる者達の集まり、大切な仲間を。

 

 

 

「勿論、強制じゃない、提案みたいなものだ。嫌なら嫌って断ってくれて構わない。お前達を助けて『悪魔の駒』を引き抜いたのは、仲間になって欲しいからじゃないしな」

 

 

────不思議に思ってしまった。

勧誘してるのかと思えば、別に入らなくても良いと助言してくる。

 

彼自身、他人を巻き込んで良いのか悩んでるのかもしれない。優しさか、単なる甘さか。

 

 

 

どちらでも構わないと、アイリスは口を開いた。

 

 

「練さん………私は、貴方に恩を返したいです」

「………」

「私は力不足になってしまうかもしれません、そんな私でも仲間に入れて貰えますか?」

「……………恩を返したいなら、他にも出来るだろ」

「えぇ。ですからお世話になりたいんです………駄目でしょうか?」

 

問い掛けてくるようで、真剣な声音の彼女の言葉に、練は何も言わない。言うことが出来ないのかもしれない。

 

 

そんな彼女に続くように、他の二人も声を上げる。

 

 

「あたしも、まぁ腕には自信があんだよ。こう見えても『戦車(ルーク)』だったしな!あんたの力に成れるなら構わないぜ!」

「………私も。『僧侶(ビショップ)』です………駄目ですか?」

 

 

三人の言葉を訊いて、練は片手で頭を押さえた。

 

 

「………………もうちょっと考えるべきじゃないか?お前達は悪魔に酷い扱いを受けていたんだろ?なら俺の事も疑うべきだ、そう簡単に決めて────」

「簡単じゃありませんよ、私達は真剣に考えて決めました」

 

 

アイリス達にとって、練は恩人だ。

自分達をあの劣悪な環境から救い出してくれただけではなく、元の生活を出来るようにもしてくれた人。彼が困っているのであれば、手を貸すのも吝かではない。

 

 

だが、少なくとも、アイリスは違った。何故だか分からないが、アイリスは練の力になりたいと思っている。それは恩だからだと思ったが、そうではないとは自分の中での勘が、そう告げていもいるのだ。

 

 

 

暫しの沈黙を後に、練は深い息を漏らした。そして、彼は手を伸ばした。アイリスも咄嗟にその手を取って、握手に応じる。

 

 

 

 

「分かった…………これからは、よろしく頼むぞ」




………駆け足過ぎたかもしれない。けど、そうしないと物語が進む気がしない。


分かりやすくしときますけど、前回助けた少女達の二人、白雪と咲葉ちゃんは故郷や家族の元に帰れて、アイリスさん、ゼリッシュちゃん、エマちゃんが練の新しい仲間になります。


一応本編で出てきた事を補足しておきます。


・宗明
練の仲間の一人です、フルネームからして分かりますが………有名な偉人の子孫です。あの某英雄派のリーダーよりも有名かもしれない人の。

・ある悪魔
練が追ってる悪魔。何が何でも殺したいと思ってる相手。一応ですけど原作にもいます。

・先輩達
練にとって憧れでもあり、尊敬している人達。いやー、一体某狗の人達なんだろうなー?


次回もよろしくお願いします!


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憎悪の根幹

グリゴリの拠点でアイリス達を仲間として認めた後、練は一人で外出していた。

 

 

誰も護衛は着いていなかった。むしろ、練が断ったのだ。ここからは一人で行きたいと、付き添いの宗明はそれを理解して素直に受け入れてくれた。彼には感謝しかないと練は思わされる。

 

 

 

 

街中から外れた森の中へと足を踏み入れる。都市伝説でも言われてる不可思議な森林地帯────どうやってもこの先には進めないとされている噂の場所だ。

 

 

 

「…………」

 

 

しかし練は何の躊躇いも無く森の奥へと進んでいく。どうやっても進めない、それどころか入り口に戻らされていくという森林は、彼にだけはどうやっても通用しない。

 

 

───何故ならこの森林は、外界からある集落を護っている結界のようなものであり、練はそこの集落の住人であったのだから。

 

 

先の見えぬ道を歩いて十分で、彼は森を抜けた。その先にある場所は、日本地図にも乗っていない秘境中の秘境。現代のネットにすら乗ってない、三勢力でも特定の人物しか存在を知らされていない─────隠された街。

 

 

─────森の中にポツリと存在する、大きな街。そここそが、神器を宿す人間達の唯一の居場所にして、練が生まれ育った安らぎの故郷だった。

 

 

 

しかし誰も人はいない。住宅地にも、商店街にも、公園にも、全ての場所にここで暮らす人間の痕跡は何一つ見られない。当然だ、この街は数年も前に滅ぼされたのだから。自然災害などではなく、悪意による作為的な力で。

 

 

 

 

そして彼は、ある場所に辿り着いた。

この街に中心にある大きな広場。練にとって懐かしい思い出の残された場所。ここで色んな子供達や大人と楽しく過ごしていた過去が頭に浮かぶ。

 

 

 

その中央に、巨大な石の塊が鎮座していた。練の何倍もの大きさをした、綺麗な四角の台座。それは石碑のように見えるが……………墓標でもあった。

 

 

この場に訪れた練は何も手持ち無沙汰ではない。彼の手には花束が握られているのは、彼が墓参りに来たからだ。

 

 

 

そして、彼は歩みを止めた。

墓標の前に、知り合いがいたのだ。しかしこの街の住人ではない、どちらかと言うと………彼が故郷から離れる際に、一番最初に出会った人物だった。

 

 

 

但し、その人物は人ではなく────堕天使なのだが。

 

 

 

「───バラキエルさん」

「久しいな練。と言っても………私の場合は数ヵ月も会えてなかったのだが」

 

 

厳格な顔つきと屈強な体格をした男性───バラキエルは練に対して顔色を変えず、しかし様子とは裏腹に親しそうに接してきた。

 

 

練もバラキエルに対して、一礼をする。その顔には懐かしむと同時に、尊敬と悔恨という、複数の感情が滲んでいた。

 

 

練にとってバラキエルは────自分を助けてくれた掛け替えの無い恩人でり、堕天使の中で尊敬すべき人物でもあり、アザゼルのその次………もしくは同じように、父親と彼は思っている。

 

かつての自分、当時は荒みきって何もかもを信用しきれなかった自分に対しても優しく接してくれて、厳しく鍛えてくれた経緯もあり、練も頭が上がらない人でもある。

 

彼の手にある花を見て、練は思わず疑問を口にしていた。その理由など、分かっているにも関わらず。

 

 

「何故ここにいるですか……?」

「………私も今日のことを思ってな。君の手伝いをしに来た」

「貴方に、そこまでされる事は───」

「私の時も君に手伝って貰った。その借りを返すと思ってくれれば良い…………何より、ここの事は私も無関係では無いからな」

 

 

それ以上言われて否定するつもりにはなれなかった。少し前に練も、バラキエルの家族の墓参りに行った事がある。その事を引き合いに出されて、遠慮する事も出来なかった。

 

 

そうして、二人で墓表に花を添えた。人数分は用意できなかったが、お香も焚いておく。静かに目を開き、墓表に並ぶ沢山の文字の羅列、その一部を目にする。

 

 

 

「…………バラキエルさん」

「…………なんだ?」

 

短い呟きに、恩師は答えてくれた。細い瞳は開かれているかは分からないが、確かな視線を感じながら、彼は墓標に視線を送り続ける。

 

 

 

いや、彼は最早墓標すら見ていない。眼に映るのは、全く別の光景だ。バラキエルは、それが真っ赤なものだと理解していた。

 

 

 

「俺は、あの日の光景を忘れられない」

「…………」

「燃え盛る街の光景が、焼かれて氷漬けにされて、理不尽に殺されていく皆の姿が。そして……………俺の心はあの日────大切な親友と家族、故郷を失った時から死んでいる。この古傷はどうやっても癒えない、奴を引き裂いて、生きたままここに連れてきて、皆の墓標の前でぶち殺すまでは─────俺は、決して報われない」

 

 

かつて、彼はこの故郷の終わりの現場にいた。それこそが、今いるこの広場。ここに置かれている墓標は、自分のいた場所であり、死体を弔った場所だからだ。

 

 

彼の瞳には、炎と血が滲みついている。何年も前から、黒月練は変わり果てた世界を忘却した事はない。

 

 

そして、その時に───生き残った時に抱いた望みは変わらない。未だ不変のものとして、彼の胸に刻まれている。

 

 

 

「それ以外の、生き方は見つけられなかったのか」

 

 

バラキエルはそう声を掛けるしかなかった。青年の事を言えない。所詮自分は他人、どう言った所で彼の身を案じる言葉─────彼を否定することしか言えない。

 

 

それでも、バラキエルには幸せになって欲しいと思っていた。自分の娘と同じように、大事に思ってきた青年だからこそ、どうにか悲惨な未来を進んで欲しくないと願うしかない。

 

 

「復讐を諦めろとも妥協しろとも言わない。だが、せめて幸せになろうとは思えなかったのか。少しでも未来を、彼等の代わりに見ようとは────」

「じゃあ、バラキエルさんは───『姫島』を赦せるのか」

 

 

それを言われた瞬間、静かに黙り込んだ。それでも俯こうとしない父親のように思う人物に、練は心情を吐く。表情は、破顔していた。どうしようもないという感情を、ただ吐き出すしかなかったのだ。

 

 

「貴方の奥さん、そして()()()()()()()()()………二人を殺したあの『姫島』に、復讐したいとは思わないのか?娘が生き残っていたからって、アンタは奴等を赦せるのか?」

「─────練」

「………すみません、言い過ぎました。確かに貴方に非があるのは確か、奥さんと共にグリゴリに逃げれば良かった。けど、これだけは言わせて貰います。俺は悪魔を絶滅させたい程憎い訳じゃない、ただ赦せないだけだ」

 

 

すぐさま真剣に謝罪を口にする練だが、バラキエルは何も糾弾してはない。むしろ、彼の事を案ずるように呼んだのだ。

 

 

 

しかし、彼はその言葉に答えられなかった。代わりに、胸の内から沸き上がる熱のままに、激昂した。怒りを、言葉に乗せて、叫ぶ。

 

 

 

「俺達は何もしてなかった!何も、だ!誰かに危害を加えた訳じゃない!奴等の家族を殺した訳じゃない!ただ、あのままの生き方が出来れば良かった!!外界から拒絶された、このちっぽけな故郷で、外がどんなものかに期待を馳せて───皆で笑って過ごせれば、それで良かったんだ!!

 

 

 

 

なのに、奴は!あの悪魔は、楽しそうに、馬鹿にするように笑いながら、俺達の居場所を、故郷を、願いを踏みにじった!!そして、親友を殺した!俺達の家族も、親戚の皆も皆だ!!その憎悪を、俺は忘れてない!!」

 

 

悪魔は嫌いだ。大嫌いだ。

人の命を軽々しく踏みにじる。道具のように弄び、簡単に奪うことも出来る。

 

 

堕天使も教会も、同じ人間もそうだ。誰も変わらない、同じことをする。だが、黒月練は悪魔が嫌いだ。

 

 

彼等は、人の在り方を踏みにじる『悪魔の駒』を作った。あんなものが無ければ、どれだけの命が奪われてたとしても、心という聖域だけは護れた筈だ。

 

 

何より──────悪魔は、黒月練の全てを奪った。何もかもを奪われ、彼はただ絶望と共に死を、何度も望んだ。

 

 

分かってはいる。悪魔にだって良いものはいる、黒月練が見てきたのは悪い側面だけだ。それだけを見て、彼等全体に怨みを抱くのは間違っている。

 

 

しかし、それでも────理論的には、納得はしても、心が認められなかった。精神が、受け入れなかった。

 

 

 

本当の彼等を受け入れ、認めるのは今じゃない────復讐を終えた後でないといけない。

 

 

「俺はあの日誓った!どうする事も出来なかった、あいつらを前に!生き残った事を理解したあの時に!!俺はこの肉体に、魂に刻み込んだんだッ!!」

 

 

 

奴を殺せ、奴を殺せ。

 

俺から全てを奪ったあの忌まわしき悪魔に、血の報復を。全てを踏みにじり、絶望させて殺せと。

 

 

「憎悪こそが!痛みこそが!復讐こそが!俺を生かす!憎き奴を討ち滅ぼすまで俺は死なない!死ねる訳がないッ!!俺が死ぬ時は!!奴の首を噛み千切り、食い荒らしてッ!この墓標の前で惨めに!皆に赦しを乞わせて!身体を手足ごと、一片残さず細切れに引き裂いてやる事だッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

─────そして、記憶が思い返される。

燃え盛る過去の記憶。そして、彼にとって全てを覆す運命の日が。

 

 

 

爆音が響き渡る。

自分が懐かしむ居場所が消えたことを示す音と焦げ臭い煙に、黒月練は悲惨そうに顔を歪めた。何が起こったか、彼は大勢の人々と共に知らされた。

 

 

────襲撃だった。それも外界からの。協力者である堕天使達が離れたこの日を、何の偶然か狙っての事だ。

 

 

周囲では喧騒が激しくなっている。赤子や老人、非戦闘員である者達は学生達によって避難を勧められていた。その一人として行動していた練だったが、親友達の身の安全が心配だった。

 

 

それを理解してくれた同級生の一人が、探しに行けと急かしてくれた。その好意に従い、礼を口にした練は急いで街の中を駆けていく。

 

 

 

悲鳴が騒がしい。今も大人達が侵入者の相手をしているが、未だ帰ってこない事から芳しい結果ではないのが分かる。

 

 

練は早く、親友達を探そうと─────

 

 

「────ヴァルっ!」

「っ!練か!」

 

 

同じく道を走っていた親友に声をかける。いつも陽気というか活発そうな印象のある青年 ヴァルも、その顔には焦りと不安が浮かんでいた。

 

 

しかし、練の顔を見るとすぐさま元気を取り戻す。

 

 

「ヴァル!無事か!?」

「何とかな!………練は!?」

「あぁ、大丈夫だ!」

 

 

駆け寄ってきたヴァルは練の無事に心から安堵する。胸を撫で下ろす青年は、ハッとした顔で練に食いついてきた。

 

 

まだ、気に掛けるべき者がいる。自分達の親友、その最後の一人だ。天真爛漫で、外に憧れ、一緒に出ようと約束してくれた少女─────名を、ユウキという。

 

 

 

「ユウキは?一緒にいないのかよ!?」

「さぁな!だが、大方人助けだろうさ!」

「なるほどなぁ!あいつらしいぜ!俺達も探しに行くぞ!良いよな!?」

「最初から、そのつもりだ!」

 

 

そう言い出すと、二人は共に自分達が向かおうとしていた道を進む。走ってすぐ、交差点の所で幾つかの人影が角から飛び出してくるのが見えた。

 

 

警戒して足を止める二人だったが、すぐに警戒を解いた。自分達もよく知る大人達だったからだ。

 

 

様々な神器を手にする二人の大人────一人はスーツ姿の男性。その容姿には似合わないような、柄の長い斧を軽々しく持ち上げている。もう一人は魚屋の店長、練もヴァルもお世話になっている人だった。彼の方は、何も神器らしきものは手にしていない。代わりに片手からバチバチと鳴り響く電撃を纏わせていた。

 

 

 

「おじさん!」

「お前ら!何をやってんだ!早く他の子を連れて避難しろ!襲撃者は俺達大人で食い止める!」

「なぁ、おっちゃん!俺らも手伝うよ!強い奴には敵わないけど、下っ端ぐらいはやれる!」

 

 

叱られても尚真剣そうな顔で叫ぶヴァル。練もユウキを探したかったが、この街が襲われてるのを見過ごす訳にはいかなかった。

 

 

ここは自分達の居場所だ。外から遮断されてきたこの集落で練は生まれ育ったここは、まさしく故郷なのだ。それを奪わせる訳にはいかない、だからこそ戦う覚悟はあった。

 

 

 

しかし、魚屋のおじさんは首を横に振る。

 

 

「………悪いが、そりゃあ無理だ」

「え?」

「な、何でだよ!?」

 

 

困惑する二人に、スーツの男性が前に歩み出た。その顔は苦々しく、耐え難いのを堪えてるようだ。

 

 

 

「襲撃してきたのは大勢じゃない、二人だ。それも両方とも悪魔だ」

「「な───っ!?」」

 

 

二人とも、絶句するしかなかった。

だって、普通に考えてもおかしい。この街の総人口は、一万には満たないほど。しかし、その全員が神器使いだ。

 

護衛と迎撃の為に向かった大人達は千人を越えている。誰もが自衛の為、この集落を守るために力をつけている。悪魔が相手だとしても、そんな簡単にやられるようではない。

 

 

なのに、今も戦況は変わっていない。それが意味する事実は─────

 

 

「二人だって!?じゃあ何でこんなに苦戦してんだよ!ここにいる皆は神器を持ってるんだぞ!?皆戦えるってのに────」

「一人は神器が効かない相手なんだ。どうやっても通じなかった…………現に、誰も奴を止められてない」

「嘘だろ……?それ自体有り得ないだろ!?だって神器が通じない悪魔なんて、聞いたことがない!!ただ強いだけなんじゃないのかよ!?」

 

 

困惑しながらも大きな声で叫ぶヴァルの横で、練は思考に明け暮れていた。神器を無効化する、同じ神器の効果には見えない。そもそもそんな物があったとして、大勢相手に敵うような代物とも思えないのだ。

 

 

なら、悪魔にだけある力の一つなのか。そんなものは聞いたこともないが、今起きてる現状を納得させるにはそれしかない。

 

 

「おじさん。ユウキは?」

「ユウキちゃんか!?確かこの先の方に逃げ遅れた人を探すって……………お、おい!?」

 

 

話を聞き出し、練はヴァルと共に大人達を通り過ぎる。途中に「無茶するんじゃねぇぞ!ユウキちゃんを連れて来たら、急いで避難しろよ!!」 と叫ぶおじさんの声を耳にしていた。

 

 

住宅街や商店街、色々な道を走り去り、その最中ヴァルが不安そうに首を傾げていた。

 

 

「そういやぁ……だけどさ」

「んだよ?」

「俺の親父、なんかやべー研究をしてるって言ったろ?俺もよく分かんねーけど………なんつーか、人工的なロンギヌスの複製をするって言ってて。もしかしなくても、奴等の狙いは親父の研究か!?」

「いや、他にもあるはずだ!例えば俺らの街にわざわざ来る理由とかな!」

 

 

ヴァルの父親は神器の研究者というのは前から聞いていた。その研究の内容は詳しく聞いていなかったが、襲撃者がそれだけでここに来たとは思えない。

 

 

もしそうだとすれば狙うのはヴァルの父親本人。しかし彼はこの街にいることはあまりない、何より今日街にはいないのだ。つまり、その線は薄いだろう。

 

 

ならば、考えられることは一つ。この街に住む彼等だからこそ予想できることがあった。

 

 

「俺達の街に封印されてるっていう、天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)、その中でも最悪と呼ばれている代物───」

「────『人理原初の大罪(セイント・グロウリアス・シン)』、か?」

 

 

彼等もどういうものか知らない─────神滅具の最上位、使い方次第などではなく、文字通り誰が使おうとも世界を滅ぼせるという力。その中でも、『人理原初の大罪(セイント・グロウリアス・シン)』は最悪とまで称されるモノだった。少なくとも、三勢力の多く───その他の神話の者達にすら秘匿されているであろう自分達の故郷に封印されているのだ。その恐ろしさは、長老達と黒翼の男性との話から聞いていた。

 

 

 

 

────『アレ』を解き放ってはいけない、『アレ』を封じることが我等の務め

 

 

 

────人類の歴史が産み出した負の神滅具。『アレ』は人外にはどうやっても扱えない、人間だけが対称だが、アレだけは一番危険だ。まぁ、俺達が原因だってのもある…………聖書の神にとっても最悪のイレギュラーだ。何せどんなに優しい人間すら歪ませるって言うほどのモンだからな

 

 

 

 

………話を思い出しただけでも、その恐ろしさが身に染みて感じられる。彼等の真剣な顔、それは決して忘れることが出来ない。

 

 

だが、そんな事はどうでも良かった。

 

 

 

 

(ユウキ────!)

 

 

彼等の脳裏にあるのは、一人の少女の姿。

 

 

(まだ、約束があるだろ!俺達とお前の、だから!絶対に死ぬなよ!生きて皆で、外に出てみるって!あの時の約束!絶対に叶えるんだろ!?)

 

 

 

そうしてる内に彼等は街の中心の広場についていた。紅く染まった空を見上げていた彼等の視線が、ある場所に集中する。

 

 

 

正確には、そこに立っている人影に。

 

 

 

「────ユウキっ!!」

 

 

自分達の親友である少女の後ろ姿。見ただけでも分かった、間違いない。彼女自身だと。

 

 

心の底から安心した練。やはり彼女は死んでなんていなかった、不安な事ばかり考えていた自分を殴りたいと思い、彼はユウキに声をかける。

 

 

「無事だったか……ったく、心配したんだぞ?」

 

 

 

 

少女は身動ぎもしなかった。ただ背を向けて、静かに立っていた。奇妙に思った練だが、きっと何かを真剣に見てるだけだと思う。それは隣にいるヴァルも同じだ。

 

 

 

 

しかし、彼等は気付かなかった。ユウキの前、練達から見たら後ろの方に大きな人影がある事を。そして、少女の体が自分達よりも大きな位置にある事を。

 

 

 

理解する直前に、彼等に現実が叩きつけられた。

 

 

 

 

 

「?………わ」

 

 

ドサッ、と。

少女が急に練にぶつかってきた。後ろ向きに、倒れ込むようにして。練は咄嗟に抱き抱え、その胸に受け止める。危ないだろ、そんな風に悪態をつこうとして、彼は少女に眼を向けると──────

 

 

 

 

 

胸元にポツリと、大きな穴が開いていた。その穴を自然と覗き込むように眼を向けたが、見えるのは地面だ。

 

 

 

「は、?」

 

 

理解、出来ずに。

自分の口から漏れる声を、練は耳にする。そして、彼女を抱き抱える手に、何か違和感を感じて、彼は片方の掌を見た。

 

 

 

 

 

鮮血が、こびりついた。まるで塗料に手を突っ込んだように、掌が真っ赤に染まっている。

 

 

 

 

「……………………………………あ?」

 

 

それでも、練は理解できなかった。いや、理解が追いつかない。何が起こっているのか、全然受け入れられる自信がなかった。

 

 

少女の亡骸を前にした二人。少し離れた場所に、誰かが立っている。男、だ。しかしただの男ではなく、銀色の髪をして銀色の髭を伸ばした中年のような男性だ。この街の住人ではない、話に聞く襲撃してきた悪魔だとすぐに分かる。

 

 

 

 

「あ、ぁぁぁあああ」

 

ヴァルの目が、見開かれる。呆然と、練の胸の中で転がる少女を眼にして、歯をカチカチと震わせる。未だ何も理解できずにいる青年よりも、彼は全てを理解する。理解してしまった。

 

 

ユウキが、自分の親友が殺されたことを。

 

 

 

直後、親友を失った活発的な青年はその感情を爆発させる。

 

 

 

 

「アアああああぁぁぁっ!!アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

両腕に黒い力を纏わせ、彼は目の前の相手に飛び掛かる。父親から渡された人工的な神器を使い、彼は目の前の悪魔の首を刈り取り、その身体をグチャグチャに引き裂かんとする。

 

 

 

「────、───────」

 

 

しかし目の前の悪魔は青年の行いを嘲笑う。指を振るうと禍々しいまでの色をした魔力が放たれる。それも刃のように、弾丸として放たれた力の塊は─────、

 

 

 

 

親友の仇を討とうとしたヴァルの両腕が弾け飛ぶ。ただの魔力の筈なのに、ヴァルの神器を越える程の力で彼の腕を千切ったのだ。

 

 

驚愕して言葉を失うヴァルに、更に追撃の魔力弾が撃ち込まれる。ドスッ!! と彼の腹部を貫き、腹を抉り出す。口から大量の血を吹き出し、そのまま吹き飛ばされるヴァル。彼は這いずり、練とユウキを見て涙を流して───────沈黙した。

 

 

最後に彼が口にしようとしていた言葉、逃げろという言葉は、今の現状では決して叶わない。

 

 

 

「……………ユウキ、ヴァル」

 

二人の親友を目の当たりにした練。そして、少女を抱き抱えながら、彼は慟哭した。喉の奥から響く無念の叫びが、ただ残り続ける。

 

 

そして、自分の首を貫く感触を受け─────練の意識は消失した。最後の最後まで、少女の感触を抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───その後、練は生き延びた。急いで駆けつけてくれたバラギエルに保護され、緊急手術を受け、何とか助かった。首元を貫かれていた筈だったが、自らの神器が覚醒した事で助かったらしい。

 

 

 

 

自分を除く、全員が死亡。生存者は誰一人としていなかった。死体すら残らない者もいたらしく、皆同じく死亡と断定された。

 

 

────同じく死体が見つからなかったユウキとヴァル。その二人も死亡したと、練はその現実を素直に受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「あの日の思い出(惨劇)が────俺を動かす歯車(呪縛)なんだ」

 

 

 

彼は止まれない。例えどれだけ多くの人が手を差し伸べてくれても、彼は止まる訳にはいかない。

 

 

 

 

この思い(憎悪)は、彼だけのものじゃない。あの地獄で死んでいった皆の、唯一の願いだから。

 

 




今回は黒月練の過去編でした。色々とまとめて起きますと、


練の故郷は、自分から戦うことを望まず、人間社会に溶け込めずに迫害されていた『神器』を宿した人々が移り住んでいた集落です。この存在は三勢力の大半にも秘匿されていて、知っているのは現魔王の二人と集落に友好的かつ援助をしていたグリゴリの一部幹部と総督のアザゼル、ミカエルにそして一部の神話の主神だけです。


その集落が封印していたのが、最悪の天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)である、『人理原初の大罪(セイント・グロウリアス・シン)』というものです。聖書の神が人間に後天的に宿らないようにしたものを、何とかその地に封じてました。



話が進みますが、これに関しては一応補足程度でお願いします。


バラキエルに保護された後の練は親友や故郷が滅んだ事と、偶然バラキエルの家族の件を知ってしまい、精神的に追い込まれ、悪魔という種族全体への激しい敵意と憎悪を抱きながら、自殺衝動に駆られるという最悪の状態へとなってました。


それから今の状態に立ち直れたのは、アザゼルやバラキエル、そして後々に出会った───幾瀬鳶雄達との出会いがあったからです。


まぁそれでも、練自身は────故郷を滅ぼした悪魔に復讐するまで、自分の未来は二の次って考えですけど。


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神王派、集結

タイトル通り、神王派勢の動きに関する話です。それではどうぞ。


神王派。

その名は世界の裏側─────現実とは異なる世界では一介の組織として扱われていた。その多くが人間だが、特に人間だけの組織ではない。ハーフの者もいれば、元人間であった異形もいる。そのリーダー格として担ぎ上げられているのが最強の神滅具の使い手───『神王』であった。

 

 

そんな彼等の行動指針は、『全ての勢力との和平』であった。人外である三勢力や吸血鬼、神々との完全な平和の確立。あまりにも無謀すぎる偉業を、彼等は成し得ようとしていた。

 

 

その順序して、彼等は人間達の保護を行っていた。基本的な活動はボランティアのようなものだが、彼等は平和の為に活動を行い続けていた。

 

 

 

 

 

しかし、それもすぐに崩れ落ちた。

ある日、行方を眩ました彼等は自身の目的を反転させたのだ───────『三勢力を含む人間に手を出す勢力の殲滅』という、荒業を。

 

 

嘘か冗談だと思われていた彼等の思想は、【禍の団】というテロリストに与した事で証明された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、人間界にて。

 

 

 

人の姿が見られないような廃虚で、一人の悪魔が走っていた。逃げるように走りながら、後方に目掛けて魔力の球を放ち飛ばす。

 

相手を殺す為の一撃ではない。足止めさえ出来ればいいと考えたような行動だ。

 

 

しかし、彼の行いは無駄に終わった。逃げることも許されずに。

 

 

 

 

「あ、あっ!?」

 

突然、引っ掛けたように転倒する。怒りを露にしようとした悪魔は後ろを見て言葉を失った。

 

 

自分の足首を掴む腕。しかしそれは普通の腕ではない、それは暗闇の奥から伸びていた。それも数メートルも離れた所から。何よりその腕は筋肉繊維のようなものが剥き出しで、まるで本物の生物のものような見た目をしていた。

 

 

あまりにも不気味な事に絶句する悪魔の目の前で、更なる現象が起こった。

 

 

 

暗闇の奥から、腕が伸びてきていた。それも一本ではなく、十本以上の腕が。獲物である男性悪魔へと群がっていく。

 

 

「ひっ、ひがぁ!やめ、やめろ!やめっ、やめ───」

 

 

這うように逃げる男性悪魔だったが、結局無意味には変わりない。

 

 

 

メキッ、ボギッ、グシャッ!! と。

握り潰すような生々しい音が響き渡る。何が起きたか、あまり一目に見せられないような事だ。

 

十本以上の腕が、男性悪魔を掴むと、身体をぐちゃぐちゃに捻ったのだ。腕や脚、胴体に首、骨を粉々にするような事をした後、幾つもの腕は息もしてない屍を掴み、丸めようとしていた。

 

 

 

「……………ふぅ」

 

しかし、誰かの一息と共に腕は影の中へと戻っていく。メキャメキャという、肉体が変質する音が響いた時には、暗い影に人の形が浮かび上がる。

 

 

暗闇の中から姿を現したのは、似合わないような白衣を纏う青年だった。ボサボサに伸びた黒髪、長さ故に目が隠れているのだが、隙間から何とか見えるくらいにはある。

 

 

 

 

 

────彼の名は、銀谷日室(ぎんやひむろ)。『神王派』正規メンバー、『兵士(ボーン)』を冠する一人だった。

 

 

補足しておくが、『神王派』の正規メンバー………その中でも実力者達は、チェスの称号を与えられている。悪魔と同じと言われればその通りだが、そう区分した神王の意思とすれば、『そもそもチェスとは人類が産み出した物だ』という意見があっての事だ。

 

 

 

「やれやれ、この街で強い悪魔と聞いていたが…………弱い、弱すぎる。これでは、他の悪魔も大したことは無いな」

 

 

周囲に散らばる惨状に顔をしかめ、そう吐き捨てる。心底不愉快、反吐が出るという感情が奥底から滲み出ていた。

 

 

鬱憤を晴らすかのようにまだ息をしている肉塊を蹴り飛ばし、踏み潰す。肉を潰すような生々しい音と共に一気に弾ける。

 

 

 

 

ピチャッ! と頬に血が飛ぶ。その感触に一瞬だけ呆然としていたが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ごめんね、日室

 

 

 

「───汚い」

 

退屈そうな顔を一点、憤怒の形相を浮かべる。まだこの肉塊は生きている、だが今の行動は肉塊にとっても意図したものではない。単に自分から手を出して、自分から血を浴びたに過ぎない。

 

 

けれど日室は、そんな事など頭に無いというように怒りに身を震わせる。冷静に、何処か残虐に見える様子で、彼は脚を持ち上げて─────

 

 

 

 

グチャ、グチャ、バギャ! ドヂュッ!!

 

 

 

「不快、不快、不快、実に不快、不快でしかない。お前の血で俺が汚れた、分かるか? 塵が、塵屑風情がどの権限を息をして、生きてるんだ………心底不快、吐き気がしてくる。お前らみたいな塵が、薄汚い屑どもが、俺達より格上を気取って!偉そうに命を奪うことはまだしても、道具のように扱うこと自体が気に入らねぇんだよ。ただ力があるだけでなんだ?お前らはいつも俺達をこうやって踏みつけて!嘲笑って!平然となぶってきたよなぁ!?姉さんの事も!俺の目の前で、楽しそうに笑いながらさぁ!!!………………………おい、塵屑。返事をしろよ」

 

 

何度も、何度も、蹴りつけ、踏みつけた。ブツブツと愚痴を、不満を、少しずつ沸騰するような怒りを乗せて吐き続ける。次第に膨れ上がる殺意を抱き始めて、気付いた。

 

 

その肉塊は、既に息絶えていた。瀕死寸前な上、青年の過度な暴力によって、止めを差されていたのだ。きっと途中から、日室という青年の恨みは届いていなかったのだろう。

 

 

「……………あーぁ、らしくねぇーな。やっぱ、俺もまだまだか。姉さんみたいに我慢強くなれないなぁ」

 

自虐するように、小さく笑う。血濡れた靴を見て困ったような顔をするが、まぁ良いかと考え直す。靴だって予備がある。同じ物だがあまり問題はないだろう。何故なら自分の姉がオススメしてくれた物なんだから────

 

 

 

 

 

 

「日室様!」

「日室様!ご報告があります!」

「……?どうした?」

 

思い耽っていたら、真後ろから声をかけられて、振り返る。自分よりも年上、大学生くらいの男女が立っていた。白い法衣を纏う彼等の事は、日室も心当たりしかない。

 

 

 

日室と同じく、『神王派』の構成員。

唯一違うとすれば、彼等と日室の立場。彼等は通常の戦闘員であるが、日室はその中でも選抜された上位メンバー、その一員なのだから。

 

 

「『女王(クイーン)』のセレナ様より命令が。手の空いている『スペクタートゥエルブ』は神殿要塞 エンシェント・オブ・フロンティアに集合せよ、と」

「えぇ?何で?」

「伝達したい事があると。連絡ではなく、口頭で」

 

 

ふーん、と日室は首を傾げる。

 

 

(口頭って事は………聞かれちゃ困る話か。俺達のこれからの動きに関わることだろうな────それか、姿の見えない神王についてか)

「分かった。それでは俺はここから離れる。残りの悪魔はお前達で掃討しろ」

「ハッ!」

 

 

それだけ伝えて立ち去ろうとして、歩みを止める。そうだ、肝心な事を忘れていた。

 

 

「あぁ、そうそう。分かってるな?」

 

 

振り返り、日室は笑みを浮かべる。彼自身、それが邪悪な笑顔だとは理解していた。納得し、認めていたのにも関わらず、何の躊躇いも不安も脳裏に無かった。

 

 

「命乞いや卑怯な真似には耳を貸すな!目を向けるな!そんなものをものともしない圧倒的な力で捻り潰し、捩じ伏せ────皆殺しにしろッ!

 

 

 

 

 

 

我等の憎悪と怨嗟を奴等の骨の髄まで、魂の奥底にまで刻み込め!!それが奴等に殺されていった同胞達への弔いだ!!陵辱された痛みと苦しみに報いる為に!その身に宿る復讐の炎を煮え滾らせろぉっ!!」

「ハハァ!!了解しました! 」

 

 

命じられた戦闘員達は高揚した様子で戻っていく。問題はない、今の彼等であれば苛烈に生き残りを殲滅していくだろう。心配はいらないな、と判断した日室はすぐさま目的の場所へと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数時間も経ち。

 

 

 

神殿要塞 エンシェント・オブ・フロンティアの中心、円卓が用意された部屋にて、十人程の者達が集まっていた。

 

 

様々な風貌と容姿の男女。中には老人、全身鎧の異形までもいる。だが彼等は『神王派』の戦力、三勢力やその他の種族に対抗できる実力者達であった。

 

 

 

それらの面子に視線を配った女性────この中では最強と言っても間違いないであろう人物。『女王』のセレナは、穏和な様子で口を開いた。

 

 

「神王派正規メンバー《スペクタートゥエルブ》。よく集まってくれましたね」

「って言っても…………数人はいないみたいですけど」

「ふん………『女王(クイーン)』の呼び掛けにも来ないとは、少し嘗めてるなあいつら」

 

 

猫背のまま呟く日室の二席程空けた場所に座る、眼帯の男性が不服そうな態度を隠さずに不満を述べる。

 

 

事実、この場にいるのは全員ではない。《スペクタートゥエルブ》は何人かが欠けている。日室は用事がある者達がいるのだ、と把握はしているが、

 

 

 

『───“イリーナ”と“ファントム”は、「(キング)」からの命令がある。故に仕方のない事だ』

「………分ってるさ、“グリムロック”」

 

 

周りの面々よりも一回り大きい────岩の巨人ような体躯をした鎧が、無機質な声を出す。眼帯の男はその鎧───“グリムロック”の言葉に頷き、理解を示した。

 

 

それを見届けたセレナはふーっと一息漏らす。彼女が何か言うと判断した全員はすぐさま姿勢を整え、話を聞く準備を終えていた。

 

 

「さて、貴方達を呼び出したのは伝えたい事が二つあるからです。まず一つ、この話を知る者はある程度は思いますが、皆さんは任務中でしたのでお話しておきます───────亮斗が赤龍帝に敗北した事です」

 

 

瞬間、黙って聞こうとしていた全員がざわめき始めた。口を開かなかったのはそれを知っていた極少数のメンバー。しかしそれ以外の者達は困惑を隠せずに来た。

 

 

「………申し訳ありませんセレナ様。御確認をさせてください────《トライデントフォース》『兵士(ボーン)』兼立ジョーカーの風刃亮斗様が敗北したと?」

「えぇ、幾つもの制約を掛けた状態でしたが、あの亮斗を赤龍帝は禁手に至り得る力を発生させて倒しました。それが事実です」

 

 

話を聞いた途端、その場にいた全員の喧騒が更に大きくなる。代頭するように立ち上がった金髪の青年が丁寧な口調でセレナに呼び掛ける。

 

 

「セレナ様。風刃様のご安否は」

「重体です。何十による倍加の一撃を直に受けたのですから、瀕死ではないのが驚きです。亮斗の体質が理由でもありますが…………二週間は医療機関に付きっきりですね」

 

 

セレナの最後の一言を聞いた金髪を結い束ねた青年は噛み締めるように、「ありがとうございます」と頭を下げて、椅子につく。

 

 

「…………まさか、あの亮斗がやられるとは」

『───攻守一体の風を操る神器、「暴風の王(ストーム・ライド)」。そして何より、悪魔なんぞを軽々しく潰せる程の強固な肉体。それらを有する彼が、制約付きとは言え倒されるとは………』

「今代の赤龍帝、並々ならぬ実力と見た。成長するのは嬉しいものですが………困りましたなぁ」

 

眼帯の男が事実に言葉を失い、グリムロックは驚愕を隠せない様子を露にし、老人は笑みを浮かべながら眉を深める。

 

 

対して、抗議するように声を挙げる者もいた。

 

 

「セレナ様!このシフリン・バックマン!亮斗が何とか無事なことに!多大な喜びを感じています!! 同時に憤りも! 彼が手酷くやられた無念、我らが晴らさで誰が晴らしましょう!!」

「ど、同感です! 大切な仲間が倒されたんです!我慢なんて出来ません!」

 

何処か演技染みた様子の法衣を纏う藍色に黒が混じった長髪の青年────シフリンと名乗った彼は仰々しく身振りをする。その横に座っていた少女、シフリンと似通った顔立ち、そしてシフリンとは相対的に全体的な黒に藍色が混じった髪の少女が不安そうに声を漏らす。

 

 

二人からの言葉にセレナは微笑みながら頷く。

 

 

「えぇ、シフリンとシーマの気持ちも理解できますよ。ですからまずは二つ目の事をお伝えしましょう────」

「二つ目、とは?」

 

 

息を飲み、その内容を聞く面々に、セレナは勿体ぶる事なく、単刀直入に告げる。

 

 

 

 

 

「我々は冥界に宣戦布告を仕掛けます。期日は数日後、冥界で行われる催し…………そこに攻撃と、我々の覚悟を証明したいと思っています。

 

 

 

 

 

 

しかし、それを行うのは限られたメンバーです。大勢ではなく、ある程度の人数で。我々の力を見せつけ、彼等に警戒を示して貰うのが今回の目的です」

「………なるほど、流石は『女王』。お遊び気分の奴等に、我々の意思を示そうと」

 

 

黒装束の男が、ボソボソと呟く。えぇ、そうですとセレナはその言葉に応える。続くように話し始めていく。

 

 

 

「参加するメンバーは決めています。『騎士』アンシア、『戦車』、バックマン兄妹、『僧侶代役』夏鈴、『兵士』、朧───そして、私から『聖光騎士』を十体程」

 

 

名を呼び上げられた者達はそれぞれの反応を示す。

 

 

「お任せを。『騎士』の称号の通り、敵を駆逐しましょう」

「えぇ!えぇ!!存じ上げました!このシフリン!華麗かつ、優美かつ!我等の威光を示して参りましょう!」

「に、兄さん!………はい、このシーマ。皆様の代わりに頑張らせていただきます」

「…………御意」

 

金髪を結いた礼儀正しい青年 アンシアは丁寧な動きで頭を下げて礼を示す。シフリンは喜びを隠せないように仰々しく、演技みたいな動きで自信に満ちた声で話す。その横にいたシーマはシフリンを諌めながらも、自らの覚悟を語る。自らの名を呼ばれた黒装束の忍らしき人物、朧は短い言葉と共に深く頭を垂れた。

 

 

その中で一人────同じように立ち上がっていた内の一人だけが他の反応とは違った。

 

 

「承知しました。ですがセレナ様、進言する事があります」

「構いませんよ、夏鈴」

 

 

少年か青年、その半ばにいるような人物………この際は青年で良いかもしれない。鮮やかな髪色、少女のような容貌をした美青年。

 

 

彼は軽々しく、重く捉えるつもりは無いのか、はっきりと全員に聞こえるように言う。

 

 

 

 

「兵藤一誠と黒月練、彼等の相手は僕に任せてください」

 

 

静かな部屋で、息を飲み込むような音が聞こえた。当然だ、夏鈴という青年の口にした言葉は、それ程までの意味があったのだから。

 

 

 

「待ってください。何故その二人の話が?彼等が冥界に来ると?そもそも夏鈴の話からして二人同時に相手にすると聞きますが………」

 

反対の席にいた大人しそうな女性が疑問を口にする。それに対して答えたのはセレナの方だった。

 

 

「赤龍帝───兵藤一誠はリアス・グレモリーと共に催しに参加する為に冥界に向かいます。黒月練に関しては新しい情報ですが、彼も冥界に来ることが分かっています」

「………それは?」

「彼に会いたがっている神物がいるようです。アザゼル総督だって見過ごせない程の大物みたいですし」

 

 

衝撃的な事実を口にするセレナ。悪魔側の情報などを軽々と語るが、それは現時点で内密にされている話だ。

 

 

彼等の警備がザルだと、否定できる訳ではないむしろ彼等が周到すぎるのだ。

 

 

「別に反対はする気はないが………」

「?」

「対抗策はあるのか?仮にも神滅具が二つだ、そして片方は亮斗を倒したという話で、もう片方は白龍皇と五分五分だと聞く。『僧侶』のお前のままじゃあ負けるのは目に見えてる」

「ご安心を。あの御方から授けられし秘策がありますので」

 

 

それと、と。夏鈴は苦言を呈した眼帯の男に鋭い眼を向ける。威嚇するような覇気を向けながら、

 

 

「僕は『僧侶』ではなく、『僧侶代役』です。本物の『僧侶』はあの人しかいない────忘れないでください」

「………そうだったな、悪い」

 

瞬時に何かを思い出したように、眼帯の男は申し訳なさそうに頭を下げて座った。彼の横で、日室がスッと手を挙げる。

 

 

「……………後、一応聞きたいことがある」

「何か?」

「もし、二人の内一人が禁手が出来なかった場合は?我々としては彼等が『覇龍』を………少なくとも『禁手』を使えるようになって貰わなければならない。もし一人が出来なければ」

 

 

「────()()()()()()()()()()()()()()、それ以外にありませんよ」

 

 

一言、落ち着いた様子で告げる夏鈴に日室は何かを言おうとして、引き留まる。………無茶をするなよ、とか細い声で呟く声は、一部の者にしか聞こえていない。

 

 

話はもう終わりだというように、誰も言葉を発することはない。それを察したセレナは引き締めながら、彼等に向かって話す。

 

 

「我々が倒すべき敵は三勢力だけではありません。敵は内側にもいる事を忘れないでください」

「【禍の団】、ですか」

 

 

アンシアが頷き、全員がそれを理解する。

 

 

「今は同盟を組んでる『ヴァーリチーム』を除けば、首領であるオーフィス様への不敬が目立つ『旧魔王派』、人間や全ての勢力を殺して回っている『聖書新生式』、同じ人間のメンバーとはいえ危険な思想を抱く『英雄派』、そして正体不明活動不明────我々を以てしても正体を掴めない謎の組織、『原罪の獣』。これらの敵を駆逐しなければ、人々に平穏は訪れません」

 

 

彼等は好きで【禍の団】に入った訳ではない。三勢力や人類に仇為す人外を滅ぼすことが彼等の目的である以上、無意味な混乱を引き起こそうとするテロリストは、一番優先して片付けるべき存在であった。

 

 

だからこそ、彼等に手を貸して、わざわざ協力までしていた。いずれ彼等を壊滅させ、脅威を一つ残らず排除するため。

 

 

そこまでして彼等が動くのは、人々の安寧を守る為。だが、それだけが理由ではない。

 

 

 

彼等が命を懸けても良いと、人外達を皆殺しにしようと、世界の敵になった理由……………それは、

 

 

 

 

 

 

 

「─────全ては、我等が神王の為に」

 

 

 

 

「「「「「「「我等が神王の為に」」」」」」」

 

 

『女王』の言葉に、この場にいる全員が声を挙げる。全員が両目を伏せ、ただ純粋に言葉を口にしていく。

 

 

 

同時に、目蓋を閉じても消えることのない────悲劇の数々。自分達が味わってきた苦しみを。

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

『もう、大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────俺が、助けに来たぞ』

 

 

 

自分達を地獄から救い出してくれった────たった一人の救世主の姿を。『神王』という役割としてではなく、■■■■という人間として助けてくれた、自分達の最も大切な人の笑顔を。

 

 

 

彼等はその恩人に報いる為に、力を尽くす。敵を駆逐し、あの人が家族と共に、幸せに生きれる場所だけは護ってみせる。




敵組織大集合の回。しかし全員ではない模様。


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本拠地での事

お久し振りです。取り敢えず出しときます(適当)


────ねぇ、何で匿ってくれたの?

 

 

 

何年か前の話、ヴァーリとの決闘で負かされた練は偶々散歩をしている時に出会った一人の猫又を匿ったことがあった。簡潔に示すなら美女。着物を着込んだ、何処か妖しげに見えそうな女性は、不思議そうに聞いていた。

 

 

 

さぁな、と猫又の問いに練は答えた。

ただ悪魔に追い回されているのを理解し、咄嗟に彼女を匿うことを即決したのだ。追っ手には気付かれていないので、弱っていた彼女を看病してやることにした。

 

 

 

───勿論、アザゼルやヴァーリには伝えられなかった。だからこそ、短い期間しか匿うことが出来なかった。その際、彼女からどうして悪魔に追われていたかを聞いたことがある。

 

 

 

事の経緯は、転生悪魔であった彼女が自分の主を殺した事だった。しかしその殺害の原因は、同じく眷族であった自分の妹に力を使うように強要させようとした。危険な行為、命を失いかねない事を強引にやらせようとする主を殺し、彼女は妹を連れて逃げようとしたが────それは叶わず、泣く泣く一人で逃走し続けなければならない、今の状況にまで至る。

 

 

 

率直に言って、聞いてて面白くない話だった。嘘の可能性は頭にあったが、そんな事を考える自分に逆に腹が立った。嘘などついてない事は、良く分かっているのに。

 

 

 

────待て、■■

 

 

 

だからこそ、彼は自分の感情任せて女性に提案した。そこまでする必要はないと、立ち去ろうとする彼女に。少しだけ会っただけの自分の身を案じて離れようとする、転生悪魔の女性へ、叫ぶ。

 

 

 

 

────俺がこれから、悪魔の罪を償わせる。お前のされた事も、キチンと終わらせてやる。お前が課せられた罪の真実を暴き出し、白日の元に曝し出す。

 

 

 

────約束するぞ! 俺はお前を、ちゃんとその妹に会わせてやる! 犯罪者としてではなく、家族として迎えられるように! それが俺の、お前を助けた責任って奴だ!だから!諦めずに、ちゃんと生きてろよ!!

 

 

 

女性は振り返ることなく歩いていく。クスリと、小さな笑いを漏らしながら、真後ろにいる青年に呆れたような言葉を投げ掛ける。

 

 

 

 

────何だ、真面目な子かと思ったら………意外に熱血みたいなタイプなのね。

 

 

 

────分かったわよ、その約束………ちゃんと待っててあげるわ。期待してるから、そっちこそ諦めないでね?

 

 

 

 

 

そう言って去っていく姿に、練は背を向けた。彼が誓った約束の一つ、これだけは今度こそ叶えてみせる。前のような、あの時の愚行は繰り返さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────練様!」

 

自分の名を呼ぶ声に練はふと意識を覚醒させた。気付けば自分は椅子に座っていたが、どうやら普通に寝入っていたらしい。

 

 

「練様、昼寝の最中に申し訳ありません。頼まれていた件、もう終わりましたよ」

 

 

そうか、と頷く。そして宗明へと聞いてみる事にした。

 

 

「アイリス様とゼリッシュ、二人の戦闘能力について、実際に組手をしてみた結果────どうだった?」

「………嘘偽り無く、正直に話しましょう」

 

 

練が休んでいる間、宗明にある事を任せていた。数日経ったばかりだが新入りであるメンバー………その中でも戦闘が得意である二人、アイリスとゼリッシュの実力を確かめることだった。

 

当初は練自身が動くつもりだったが、宗明から任せてほしいと頼まれ、彼に譲ったのだ。古参でもある宗明を信頼している為、練は戦いの結果にはあまり頓着していなかった。

 

 

口頭で聞けば問題ない、そう判断したから。

 

 

「アイリス様は予想としてはバランス型です。剣術も体術も優れてる…………中でも魔力は、桁外れに優れています。ただ魔法を放つだけではなく、武器に魔力を纏わせて強化するなど使い方に慣れてるという印象が高いです」

 

「私個人としては、やはり様々なスタイルをお勧めしますね。一筋の戦闘パターンでは対策されていた場合、手も足も出ません…………私達のチームには少ない、手数の多さですから、一つを極める必要は特にないと判断します」

 

 

宗明の長々とした評価に、ゼリッシュも当の本人であるアイリスですら呆然としていた。無理もない、いきなりそのような評価を受ければ、

 

 

「次はゼリッシュ」

「彼女は物理特化です。戦い方も基本的に特に神器である『鋼鉄喰らい(メタルイーター)』は凶悪というか、凄まじいの一言です。今の所、禁手の兆候は見られませんが、それなりの修羅場を潜れば…………いずれかは」

 

 

練は、あん?と怪訝そうな顔をするゼリッシュの持つ大剣に視線を向ける。ただの武器ではない、『鋼鉄喰らい(メタルイーター)』、そう呼ばれる神器だ。

 

 

その効果は───触れた金属を神器が取り込むという、凶悪なものだ。ただのコンクリートや武器ですら喰らい、力へと変換するという能力。あらゆる物を破壊する聖剣デュランダルとは類似しているようで似ていない神器である。

 

 

 

「羨ましい限りですよ。あんな風な使い勝手の良い神器は」

「そう言うな、お前も持ってるだろ」

「いえいえ。私の神器はそんな良い物ではありませんよ」

 

 

練が昼寝してる間、それ程の神器や能力を有する二人を軽くあしらった宗明。彼の手にも武器らしき物が握られていた。

 

 

 

────何らかの文字が綴られた布の巻かれた棒きれ。血のような生々しい色のそれは、槍以外に表現できない。

 

 

 

 

「私の神器………『呪詛の魔槍(スペル・インフェクト)』は練様やヴァーリ様のような戦闘に華のある神器ではありませんからね」

 

 

「そういや、宗明パイセンの神器………そのスペル・インフェクトの力って具体的にどんなんだ?」

 

 

 

「簡単です。私の槍は相手に呪詛を与える事が出来ます。『封印の呪詛』や『沈黙の呪詛』と言った、相手に悪い効果を与えるのが得意ですね。………まぁ勿論、そこまで使い勝手が良くありませんが」

「あん?そういやパイセンも力使ってこなかったけど、何でだ?」

「当然です─────私の神器の力は、倒すべき敵にだけ使うと決めておりますので」

 

 

 

丁寧かつ、にこやかに話すが、それだけの圧があった。続けて質問をしたゼリッシュも覇気に気負され、軽く頭を下げる。

 

 

 

「………あぁ、失礼。そこまで空気を悪くするつもりはありませんでした。申し訳ありません─────あ、そうです。少しだけお話をしてもよろしいでしょうか」

「話、ですか」

「えぇ、私の素性について。

 

 

 

 

 

 

皆様が考えている通り、私は諸葛亮孔明の子孫です」

 

 

諸葛亮孔明。

それが意味するのは歴史に存在する偉人。三國志という話にて登場した軍師。彼の手腕によって勝利に導かれた戦いが何度もあったと呼ばれるほど。その有名さは絶大で、三國志の話を詳しく知らない者でも知っているくらいである。

 

 

目の前に立つ紳士の青年は、その偉人の血筋。大軍師の子孫の一人なのだ。

 

 

「私の家庭は、普通に平和です。父にも母にも恵まれており…………妹もいます。私とは違う、元気な子でしたよ。

 

 

 

 

えぇ、()()()()幸せに暮らせていました」

 

 

含みのある言い方に、黙って聞いていた二人が反応する。彼等とて鈍い方ではない、むしろそれについては鋭いとは思う。

 

自分達も同じように苦しんできた。ならばこの人も、同じような………それ以上の地獄を見てきたのか。顔を暗くさせながら、震えた声で呟いた。

 

 

「………もしかして」

「アンタも悪魔に家族を殺されたってのか?」

 

 

 

 

 

 

「あ、いえ。そんなものではありませんよ」

 

 

ガクッ! と二人が転けそうになった。お前なぁ……っと不満そうな顔をするゼリッシュに笑みを投げ掛けながら、宗明は話を続ける。

 

 

 

「ただ私はお金が欲しかっただけです。家族への仕送りもありますし、当初は賞金稼ぎとしてただ暴れてた所を……………総督様と、練様に出会いしまして」

 

 

「当初はですね、私も調子に乗っていましてね………初対面の練様に襲い掛かって─────結果、ボコボコの返り討ちに合いました。自業自得ですけれども」

 

 

話す内容は、本人からしたら恥ずかしいだろう。しかし彼はそんな事などないとでも言うように、淡々と自分の黒歴史である話を語る。

 

 

 

「それから、私は練様に勧誘していただき、仲間として過ごさせていただいています。今ある環境は悪くない、それどころか満足しかありません。あの人に出会えなければ、私は腐っていたのかもしれませんね」

 

 

話をし終えた宗明に、アイリス達は息を飲んで更なる疑問を口にしようとした。

 

 

その時、彼女達が声に出すよりも先に。話を静かに聞いていた練が、口を開く。

 

 

 

 

「──────アザゼル。隠れてないで出てきたらどうだ?」

 

 

二人が、アイリスとゼリッシュが突然の事に困惑する。無理もない、この場にいない人物の名前が出来たのだ。それも練が口にしたのは、堕天使の─────

 

 

 

そう思っていた矢先、扉を開けて誰かが入ってきた。金髪と黒髪の、ダンディな男性。彼を見て、練も落ち着いた顔を崩した。

 

 

 

「盗み聞きか。あまり感心出来るもんじゃないな」

「いやぁ悪い悪い。俺を讃えるような話が聞こえてきたからつい………………よ、練と宗明。相変わらず真面目にやってるみたいだな」

「お久しぶりです、総督様」

 

皮肉ように言う………いつもよりも何処か元気そうな練と、変わらず丁寧な仕草で謝礼をする宗明。アザゼルは軽く彼等に挨拶するとポカンとしていた二人に眼を向けた。

 

 

 

「始めましてだな。アイリス、ゼリッシュ・フロイング。どうせ練の方から説明されてるだろうから簡潔にしとくぜ?俺が堕天使総督 アザゼルだ」

 

 

一泊遅れてから、少女達が頭を下げる。それに対してもアザゼルは「緩くしてくれていい、練の仲間なんだしな」と軽いノリでアイリス達に言ってのける。

 

 

 

「珍しいなアザゼル。いつもは仕事、保護した神器使いの保護や手続きとか外交で手一杯な筈だが…………」

 

 

宗明から手渡されたコーヒーを口に入れるアザゼルを見て、練は顔を険しくする。

 

 

「まさか、サボってきた訳じゃないよな?」

 

「おいおい、この俺がそんな簡単に仕事を放り出すって思ってんのか?こう見えても、俺は仕事に関してはお前が思ってるよりは真面目だぞ?」

 

「どうせ暇な堕天使の人に押しつけてんだろ。仕事与えてやるって」

 

「チッ!勘の聡い奴だな!………だが安心しろ、お前に会いに来たのは様子を見に来たのもあるが、仕事の件でもある」

 

 

ふざけてたのも一瞬。さっきよりも幾らか真面目になった様子で、アザゼルはあっさりとその内容を告げた。

 

 

「明日。俺は冥界に行く事になってる─────勿論、サーゼクス達との会合だ」

「っ!!」

 

 

アイリスとゼリッシュ、宗明までもが大きく飲み込む。そして彼等の視線が練へと集中する。仲間達の眼を受けた練は少しの沈黙の後に、

 

 

「………アザゼル」

「あぁ、分かってるさ。連れてって欲しいんだろ?そのつもりさ、元より護衛無しで行くなんて馬鹿が過ぎるしな。…………それで?連れてくのは誰にする気なんだ?お前一人ってのは有り得ないしな」

「決まってる─────宗明、アイリス、ゼリッシュの三人だ」

 

 

ハッキリと断言する練。宗明はそれを聞き、かしこまりましたと敬礼をする。しかしそれ以上に、その考えに解せないと思う二人────アイリスとゼリッシュが咄嗟に慌てる。

 

 

「れ、練さん!?」

「待ってくれよ!あたし達が護衛だって!?何日か前に入ったばかりなんだぜ!?そう簡単に任せても………」

 

 

「問題ない、お前らを認めたのは俺だ。実力面も宗明がOKを出すくらいだしな。それに───」

 

 

 

 

「俺達の目的上、二人に来て貰った方が都合が良かったりもする」

 

 

 

 

「安心しろよ、そこの嬢ちゃん達。練は俺の護衛に認めてない奴は選ばない、それがどんだけ強い奴でもな。心から信用してるからこそ、嬢ちゃん達が選ばれたって訳だ。こんな大役を任せるんだ、相当気に入ってるぞ?」

「っ………余計な事を言うな、アザゼル」

「ハッハッハッ!素直じゃねぇなぁお前も。ま、前よりかはマシだけどな」

 

 

面白そうにニタニタと笑うアザゼルに振り回される一方、練は額を押さえながら……………本題を聞くことにした。

 

 

「それで?俺を連れてくもう一つの理由は?」

「え?どういう事ですか?」

「アザゼルは俺の事を心配してる。ただの護衛ってだけなら他の奴を選ぶだろう。そうしないって言うことは、今回の件は俺でなければならないという事に他ならない…………違うか?」

「いや、お前の言う通りだよ」

 

 

黒月練は悪魔に敵対心を抱いている。

文字通り、彼等からの挑発を受ければそれに応じて──仲間や義父であるアザゼルに泥を掛けるような発言に対しては、報復を躊躇いなく決めるほど。

 

 

彼にとって悪魔こそが倒すべき敵。和平さえなければ彼は悪魔に対して戦争すら辞さないだろう。そうしないのはアザゼル達への恩が大きいから、彼は自らを律しているのだ。

 

 

アザゼルもそれを理解している。故に練を悪魔の根城である冥界に連れていく事はあまりしなかった。もしそうすれば彼が暴走する可能性が大きい。

 

 

────暴走したことで迷惑をかけたくない、自分ではなく周りを気にする青年の事を、アザゼルは気にしていた。彼にとって練は、ヴァーリと同様育ててきた息子なのだから。

 

 

兎も角、練が求めるのはその理由だ。そんなアザゼルが練を選ばなければならない理由。答えは普通に、簡単なものだった。

 

 

 

「丁度その期間に冥界に遊びに行く神様達がいんだよ。と言っても、そいつらの目当ての一つは…………お前だ、練」

 

 

 

「やはり、俺か。まぁ当然と言えば当然か」

「?何でそんなに真面目なんだよ」

「ゼリッシュ、それは当たり前です」

 

 

他の全員が理解している事に怪訝そうになる突貫少女。そんな彼女に補足するように、宗明が口を出す。

 

 

「練様はアザゼル様の養子………現白龍帝であるヴァーリ様とは義兄弟の仲にあります。何より、伝承に記された禁忌たる三種の神器の一つ───『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』を宿すのですから」

「そりゃあ分かってるよ。それが何でそこまで大きくされてんのかって話だよ」

 

 

ゼリッシュの疑問に、今度はアザゼルがニヤリと笑う。

 

 

「そりゃあ、『天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)』は極稀少な神滅具だ。封印されてから何千年もの間、練の神滅具は誰にも────他の神滅具ですら宿って無かったんだからな」

「誰にも………ですか?」

「そう、誰にもだ。神滅具よりも強大すぎるからな。一般人は持っていたとしても発現させるよりも前に肉体が持たずに早死にするのが多くだ。そして、神器を管理するシステムですら捉えられないくらいだ。厄介な事この上無いぜ、全く」

 

 

強力すぎる故に、誰もが使える訳ではない。

大抵の宿主は宿ったことも知らずに生きていき、ある者は体力の衰弱で死ぬという事例があった。

 

 

「それよりも、だ。話を戻せアザゼル。俺が目当ての相手なんて………」

「そりゃあ、あの爺さんしかいねぇだろ」

 

アザゼルが顔をしかめるが、すぐに笑みを浮かべる。それはどちらかと言われれば挑戦的な笑みを。

 

 

 

「オーディン。数多くの神話の中でも有名な北欧神話、アースガルズの主神。どうやらお前は、あの爺さんの眼に止まったらしいぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

アザゼルの護衛として、目的を果たすために、冥界へと向かうことにした練達。それぞれの覚悟の

 

 

 

 

 

しかし彼、黒月練に最初の受難が襲いかかった。想定していた中でも、一番嫌な事実が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───てめぇは!」

「……………何でお前なんかと出会うんだ。俺の運は最悪か?」

 

 

 

文字通り、最悪な相手と出会った。

たった一人ではない、彼等は複数人集まっている。何より、彼等は人間ではない。

 

 

リアス・グレモリー、その眷属である者達。その一人、兵藤一誠。

 

 

 

 

 

 

心の中で、いや事実上────黒月練が嫌うランキング筆頭の悪魔であり─────()鹿()()()()()()()




ハッキリと言っておきますが、練と一誠の遭遇はガチで偶然です(ガチ中のガチ)



ねぇ………何で仲悪いの?ラインハルトがいないだけでこの主人公達険悪すぎるでしょ…………(震え声)


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嫌悪

エイプリルフールだぁ!(歓喜)エイプリルフールだぁ!?(困惑)


いやぁ、実の話をしますと…………エイプリルフールだとかこうも騒ぎ立ててうるさい馬鹿が一人いますけど、嘘をつく相手もいないんですよね(絶望)


冥界行きの列車。

 

自分達の目的である冥界へと向かう為の手段として、それが使われる事になった。それ自体は特に問題ない、重要なのは乗っていた相手だ。

 

 

 

アザゼルと錬率いる護衛チーム。彼らがその列車に乗る前に対面した相手は、リーダーである錬にとって最悪とも呼べる者達─────リアス・グレモリー一行。

 

 

別に彼女達自体が嫌いなのではない。彼が嫌悪するのは悪魔と言うものであり、転生悪魔は例外に当たる。

 

 

だが、例外的にただ一人。彼が転生悪魔以前に、大嫌いな者がいた。だからこそ、不機嫌は消えることはなかった。

 

 

 

 

 

「……………」

「…………んな顔すんなら乗らなくても良かったんだぞ?」

「いや、ずっとアザゼルには迷惑をかけてるんだ………こんくらいは我慢するさ」

「────全く。ヴァーリといいお前といい、俺が養子にした人間はどうしてこうも頑固なんだ」

 

 

錬の前に座るアザゼルは彼に対して半ば呆れたようだった。因みにアイリスは錬の横に座っており、ゼリッシュと宗明は反対側の席に前後の席を二人で使っている。

 

 

 

そして、その向こうでは話し声が聞こえてくる。

話しているのはリアス・グレモリーや兵藤一誠一行、楽しそうに談笑する彼等に対して、錬はさほどの興味は抱いていなかった。

 

 

 

「…………」

 

 

話には、興味を抱いてはない。彼が気にかけてるのは複数の人物、二人の少女だ。席から後ろに目を配り、彼女達の様子を見届ける。

 

 

 

そして、一拍して────

 

 

「おい、何するつもりだ?」

「話をしてくる。別に問題を起こすつもりじゃない」

「…………本当に、程程にしとけよ?」

 

 

問題を起こす前提の扱いに、錬は不服そうだった。まぁ自分の前々の事からして無理もないか、と納得して、座席から立ち上がる。

 

 

 

「よぉ、邪魔するぞ。リアス・グレモリーとその他」

「っ!黒月錬!」

 

 

辛辣な言葉と冷徹な態度に、リアス・グレモリーと眷属である者達は咄嗟に身構える。

 

 

一番早く動いたのが木場だった。

すぐさま魔剣を造り出して、何時でも錬へと対処できるようにして、問い掛ける。

 

 

「アザゼル総督の護衛である君が、部長に何の用だい?」

「世間話だ。後、少しそこの馬鹿に用がある」

「お、俺か?」

 

 

激しい敵意を無視して、一誠に声をかける。困惑する一誠に、錬は彼の腕を指差した。

 

 

「より正確には、俺の中のドラゴン…………ヴェルグがな」

 

 

同時のタイミングだった。

一誠の腕と、錬の胸元から光が漏れ出した。それも一瞬、その部位にいつの間にか彼等の神器が纏われていた。

 

 

そして、それぞれの神器の宝玉が更に発光する。

 

 

 

『────ドライグよ、聞こえているか』

『────その声はヴェルグか。聞こえているぞ』

 

 

厳かな二つの声。

どちらも落ち着きがあり、冷静かつ威厳のあるものだ。片方はドライグ、赤龍帝の神器に宿る赤い天龍。かつて白い天龍 アルビオンと争い、三大勢力と激しい戦争を起こしていた存在だ。

 

 

 

「な、なぁドライグ。あのヴェルグってのは………」

『相棒にも前に話しただろう。奴こそが真天龍 ヴェルグ。俺とアルビオンを倒した最強の龍だ』

 

 

勿論、錬の神器にも天龍が宿っている。その天龍こそが、真天龍 ヴェルグ。ドライグやアルビオンの二体を同時に下した、天龍の中でも強者に部類されるドラゴンであった。

 

 

感慨深そうに、かつて自分を倒したドラゴンに対しても、ドライグは何処か懐かしそう様子だ。

 

 

 

『しかし………お前ともあろうものが、何故神器へとなった?』

『なんだ?それが貴様の聞きたいことか?』

『当然だ、かつての三大勢力にとっても手がつけられなかった俺達を倒した貴様が、何故わざわざ神器へとなろうと思ったのかが理解できん』

『…………単なる気紛れと、人間との約束があってな。いずれ貴様も理解はできるさ、いずれな』

 

 

含みのあるように言うヴェルグにドライグは「………ほぅ?」と同調している。

 

 

『一応聞くが、今代の主はどんな感じだ?』

『────まぁ悪くはない。昔のように力に溺れるような連中よりかは、相棒の方がマシだろう。……………心構えは、まだ不純であり不完全だが』

 

 

もう片方の宿主である錬と感じ取れる二体の龍からの総合的なジト目に、一誠は胸が痛かった。事実中の事実、反論しようにも出来ない事に、一誠は己のプライドを捨てて沈黙を貫き通すしかなかった。

 

 

『ヴェルグ、貴様の方は?』

『…………予想よりも、戦友(とも)はやるぞ?禁手に未だ至れんが、実力は十二分にある。何なら、そこの小僧が禁手化したとしても、今のままで勝てると思う』

 

 

それを聞いて、一誠はえぇ!?と驚愕して錬を見る。錬は当然だとでも言わんばかりに鼻を鳴らし、挑発するように見下す。

 

 

少しぐらい文句を言い返してやろうかと思った一誠だったが、それよりも先に錬の神器にいるドラゴンに声をかけられた。

 

 

『そうだ小僧、貴様に面白い話を教えてやろう』

「お、俺に?」

『ドライグとアルビオン、何故奴等が殺し合っていたと思う?三大勢力を圧倒する程までに、な?』

 

 

意味深な言葉だった。途中『………まさか』とか聞こえたが、ヴェルグは無視して話を続ける。その声音はさっきよりも弾んでいるようだった。

 

 

『気にならんか?実に気にならんか?奴等が我に止められるまで殺し合ってた理由を。今の魔王や総督ですら知らぬ事実──────興味ないか?』

 

 

 

 

 

 

直後、彼の腕の神器から、絶叫があがった。

 

 

 

『ああああああああああああっ!!相棒!相棒ぉ!!耳を貸すな!それは戯れ言だ!奴なりの俺達をからかう為の戯れ言何だァぁ!!!』

「おい!落ち着けって!ドライグ!」

「………あの赤い龍があそこまで取り乱すなんてな。お前、何を知ってるんだ?」

『────フッ、何時か教えてやるとしよう。奴等のトラウマをな』

『トラウマじゃないっ!!俺達を弄ぶなよヴェルグッッ!!』

 

 

それからドライグとヴェルグは神器を介して言い合いを始める。まぁ主にドライグが食いかかって、ヴェルグが流すついでに煽るような感じだが。

 

 

全員が唖然としてる。遠くの方でそれを見てて困惑するアイリスとゼリッシュ、平然としてる宗明。彼等の傍らで腹を抱えて大爆笑するアザゼル、もうこの空間がカオスだった。

 

 

 

「………かの崇高な天龍達が喧嘩してる間に、俺は俺で言いたいことを言うとするか」

 

 

額に手を添えていた錬が一息吐く。そして、顔を険しくする。一誠を睨み付けながら、感情の籠った言葉を口に出した。

 

 

 

「兵藤一誠、俺は悪魔を嫌いだ。何なら憎んですらいる」

「─────ッ!!」

「別に悪魔という種族自体を憎んではない。まぁ嫌いではあるが……………俺が一番に嫌いなのは、純粋な貴族悪魔どもだ。転生悪魔じゃない」

 

 

彼は決して、感情的になってはいない。むしろ、彼の語る内容は全て理論的だ。憎い、許せない、そんな風な思いは私情だけではなく、彼等の行いに対する杜撰さや不満が大きくあるだろう。

 

 

昔とは違う。悪魔という種族全体に対する理不尽な怨みや憎悪は抱かない。そんな事は無意味、やった所で自分が同じ側にまわるだけ。

 

 

 

 

 

 

「だが──────俺はお前が嫌いだ。兵藤一誠」

 

 

 

 

しかしそれでも、黒月錬は目の前の青年が嫌いだった。

 

理由は沢山ある。馬鹿で阿呆で、変態。親友や家族など、心の拠り所を失っていない。自分以外の環境、死んだ後人間ではなくなったのに悪魔であることを受け入れるのも、堕天使に大切な人を一度殺されたのに彼等に怒りや憎しみを抱こうともしない。

 

 

 

 

 

 

だが、何より錬が嫌いなのはそれ以外の全てを除いた────たった一つの事実。

 

 

 

 

 

 

ラインハルトのように多くの人の為に戦いたいのではやく、自分のように一つの大義を為そうとする訳でもない。

 

 

 

ハーレム王という夢、それを馬鹿にするつもりはない。むしろそれなら単なる馬鹿だと切り捨てるだけだ。しかし錬にとって気に入らないのは、

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他の誰かは気付いてるかは分からないが、黒月錬にはある程度察することができた。必死に取り繕っているその様が、無性に腹立たしい。

 

 

誰もが命を掛けている最中、アイツだけが自分自身の戦う理由も見出だせていない。口では言っていても、本気でそうしようという意思は見られない。そう、虚勢でしかないのだ。

 

 

 

それなのに、自分は赤龍帝として戦えるなど、笑わせる。信念もなく、大義もなく─────自分の戦う理由すら見つけられないような奴が、何かを為せると思っているのか。

 

 

 

だが、何より不快なのは、さっきの言葉────それが自分に返ってくるかもしれないという事実があるからだ。

 

 

 

黒月錬には大義がある。今も苦しんでる悪魔による一つの事象、それを終わらせること。全ての苦しみを解放し、元凶である悪魔達に罪を償わせる。それが彼の大義、為そうとする事だ。

 

 

 

─────しかし、それを終えたら、黒月錬には何も無くなる。今ある大義こそが黒月錬の生きる理由だ。その理由が無くなってしまえば、彼には復讐しかなくなる。

 

 

だが、それすらも終わってしまったら、どうすればいい? 全てを炎へと飲み込まれた光景を胸に、復讐を誓ったのだ。例え死んでも、奴だけは殺してみせると。実際に終わってしまえば、黒月錬には跡形も残らなくなる。

 

 

 

それ故の、嫌悪。

兵藤一誠を嫌う理由は多くある。しかし一番内にあるのは、自分自身の──────心の奥底からのやりたいことを見つけられてない者同士の、浅ましい同族嫌悪だ。

 

 

吐き捨てた言葉に、やはり自分への嫌悪が膨れ上がる。結局、自分が嫌いだからたった一つだけ共通点のある彼に対して強い敵意を抱いている。

 

 

自分の顔を見て、戸惑ったような顔をする一誠。それ以外の全ての音が耳に入ってこないのを振り払い、錬は彼の横を通り過ぎた。何時まで経っても沸き上がってくる敵意を、何とか誤魔化すように。

 

 

 

 

─────もう一つの、彼を嫌う理由をひた隠しにして。

 

 

少しだけ歩いて、ちょこんと座席に座っていた小柄の少女の前に立つ。やはり第一印象が悪いのか、自分に対する少なくない敵意。無関係と言わんばかりに、錬は用のある少女の名を呼ぶ。

 

 

「塔城小猫、少しいいか」

「………っ」

「っ!小猫に何をする気!?」

「話すだけだ。引っ込んでいろ、グレモリー」

 

 

立ち上がり、強い声を張り上げるリアス・グレモリーを一声して、黙らせる。一瞬気負されたが、すぐに睨み返す彼女に錬は少しだけ見直した。

 

 

が、今は関係ない。今度こそ此方に鋭い視線を向ける少女の姿を静かに観察して─────、

 

 

 

 

 

 

 

「───────お前が()()か、姉と似てないようで似てるな」

「………………………え?」

 

 

 

世界が、停止したようだった。

息を飲む音が聞こえる。それは錬に対して睨んでいたリアス・グレモリーだった。声をかけられた本人は言葉を失い、目の前の青年を見つめ返す。

 

 

敵意が緩まった。それどころか全身を震わせる彼女の姿は弱々しい。戸惑いを隠せない眼を錬へと向け、彼女は不安げに問う。

 

 

「どういう事、ですか……?どうして私の名前を、姉様の事を……」

「─────あと少しだけ、待ってろ」

 

 

 

ブザー音が鳴る。どうやら目的の駅についたらしい。グレモリー眷属とは違い、アザゼルや錬にとって降りるべき駅だ。

 

扉から降りる際に、困惑しながら此方を見つめる白い少女に振り返り、錬は淡々と告げる。その瞳に、簡単には覆せない決意を漲らせながら。

 

 

 

 

 

「────お前の姉に、再会できるようにしてくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「『赤龍帝』と『真天龍』の二人が冥界に入るのを確認しました。双方とも同じ列車で行動している模様。襲撃をするには充分だと思いますが………どうします?」

『止めておくべきだ。黒月錬は今現在総督アザゼルの護衛として動いている。今攻撃を仕掛けると大勢との相手になりうる。やはり奴等の宴会の時を叩くのが英断か』

 

 

なるほど、と。冥界を通っていく列車を見届けた少女のような青年 夏鈴(かりん)は携帯電話を使いながら同じように行動している仲間へと連絡していた。

 

 

彼等は数日前から悪魔達のパーティーの襲撃を企んでいた。同時に、天龍の力を宿す二人をも狙っているのだ。故に彼等の行動を確かめている必要があった。

 

 

 

「…………失礼。彼等の動きに変化が見られました、後で詳しく説明します」

『了解した、気を付けておけよ』

 

 

連絡を切り、列車が通りすぎるのを視認した後で。

 

 

「……………どちら様ですか?敵ならば遠慮なく叩き潰しますよ?」

 

 

後方にあるであろう反応に向けて、掌を向ける。すると案外あっさりと相手は姿を現した。

 

 

二人の男女だった。しかし、どちらも普通の人間とは違う感覚がする。何より、彼等の事は夏鈴も見覚えがあった。

 

 

 

「…………貴方達は、ヴァーリ・チームの」

「よっ!俺っち達の事を知ってくれてるとはな!いよいよ俺っち達も有名人って訳かい?」

「唯一我々と手を結んでくれるんですから、当然ですよ」

 

 

 

────何より白龍皇の方も、我々に必要なのでね。

 

 

そんな言葉を心の中に留めておく。実際に口に出すつもりはない、わざわざそんな真似をして敵対するなんて御免だ。

 

 

「それで?お二方は何用で?まさか私と敵対するとか言いませんよね?」

「おいおい、別にそんな事するつもりはないさ。用があんのは、俺っちに同行してる方だぜぃ」

 

 

そう言う男性の横から、和服の女性が歩み出てきた。やはり黒一色、普通とは思えない程の美貌とスタイルの女性。しかし何故か、大きな敵意を向けてきながら、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「…………アンタ達、数日後の悪魔のパーティーに襲撃を仕掛ける気?」

「一応聞きますが、何故聞く必要が?まさか邪魔はしないですよね?」

「しない、むしろ手を貸すわ。その代わりに条件がある」

 

 

へぇ? と夏鈴は意識を向ける。話を聞く気になったが、それでも未だ掌は彼女へと定められている。下手な真似をしたら攻撃する、暗にそう言う態度に対しても着物の女性は動じない。

 

 

「二人、私の大切な人がいる。一人は悪魔だけど私が連れ戻せるから、その子だけは見逃して」

「構いませんよ。ですがそれを受けるメリットがありますか?」

「私は結界を張れる。そうすればアンタ達の目的の邪魔にならない、むしろ都合が良かったりするでしょ?」

 

 

フッと思わず吹き出す。元より拒否させるつもりなどないのに、交渉する必要などあるのか。今断れば何らかの力で従えようとするかもしれない。

 

 

それならば、やはり穏便な方を取るとしよう。

 

 

「…………分かりました。貴方の言う大切な人は見逃しましょう、けれど邪魔はしないように」

「分かってるにゃん、そもそもあんた達と敵対するなんて願い下げよ」

「やれやれ、何とかなって良かったぜぃ。一瞬どうなるかとヒヤヒヤしたぜぃ」

 

 

適当にそう嘯く二人を無視して、夏鈴はこの場から離れる事にする。自分の目的は、標的(ターゲット)の監視だ。バレない所まで彼等の動向を見続けて、目的の日に攻め込めば良いだけだから。

 

 

 

 

 

一方で、何とか取引を持ち掛けることの出来た着物の女性は誰にも悟られないように唇を引き締める。静かな決意を、胸に抱きながら。

 

 

 

 

(待っててね…………今度こそ、助け出すから)

 

同時に、脳裏に浮かんだ一人の青年の事も思い出す。彼に複雑な想いを馳せ、女性はもう一人の仲間と共にこの場から退散することにした。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「─────なんだ、懐かしい匂いじゃねぇか」

 

 

冥界の一部。崩落した施設の跡地で、一人の男が首を傾げた。全体的に灰色をした、定年の男。気だるげそうに瓦礫の山を潰していたが、何かに気付いて口から垂れる赤い液体を腕で拭う。

 

 

完全に施設が崩れ去り、ようやく男の全貌が見えた。灰色の単髪、そこに紛れるように二つの特徴的な突起があった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱ生きてるよなぁ?─────(ガキ)ども」

 

 

髪色と同じ、灰色の猫耳。片方が欠けた尖った両耳を反応させ、灰色の男─────グレイは冥界の空を見上げて興味の沸いた笑みを浮かべているのだった。

 




まず、色々と補足します。


Q:何故、一誠達と錬達が同じ列車に乗ったのか?
A :都合が良かったからです。魔王の妹君と同盟を結んでる組織の長、警護を固めやすいという理由を今こじつけておきます(無責任)


Q:真天龍ヴェルグって意外とフレンドリーですね?
A:昔は大分尖ってましたよ?『調子に乗るな下等生物、殺すぞ』みたいにオラついてましたけど、子供育てで丸くなりました。子育てって凄くね!?(雑)



Q:錬って一誠の事が嫌いなの?
A:嫌いではありますね、色んな理由で。本編で語られた理由と本当は隠してる理由が絡み合って………ね?


Q:錬の一誠を嫌う理由で、『自己嫌悪』ってどうして?
A:今作の一誠は戦う理由が明確に定まってません。最初はハーレム王で一貫してたんですが、ラインハルトや錬との出会いで揺らぎ始めて────自分もどうしたら良いのか分からないって感じで、今は一応ハーレム王って事にしとこうって。


錬からしたら、そんな覚悟で命を掛けるなっていう不愉快さと“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”と戦う理由に迷っていて何をしたいのか今のところ分からない一誠を勝手に合わせちゃって、嫌悪(自分自身へも)を増幅させています。


Q:最後に出てきた男は?
A:オリキャラです。色々言いすぎるとネタバレになるので黙りたいと思ってます。



評価や感想、お気に入り等々!よろしくお願いします!!


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冥界での動向

────私は弾丸、穏やかな箱庭を護る弾丸

 

 

 

そう思い、引き金を引き続けてきた。自分達の敵を殺す為の銃弾は何発も使ってきた。その数は軽く百を越える。

 

 

人外の脳髄を穿ち、抉り、屠る。血肉と火薬の混じる匂いは、飽きる程嗅いできた。抵抗がなかった、という訳ではない。むしろ自分が手を汚すことで、誰かが幸せにならばそれは良いとも感じていた。

 

 

 

だが、見立てが甘かったことが現実だった。

自分は自分だけが、戦う力を持つ者だけが血に汚れれば、他の誰かが手を汚さずに済むと信じていた。

 

 

 

 

 

 

結局、その逆になった。自分が望まず、願ってもいなかった現実が、目の前にあった。

 

 

 

自分よりも高潔で、優しき精神(こころ)を持っていた少女の意識は奪われた。どれだけ力を尽くして目覚めることのない眠り姫として、今も眠り続けている。

 

 

 

そんな少女に惹かれた………戦いを知らぬ、臆病で心優しき少年は──────少女の喪失により、変わった。自らを狂暴な力と精神へと溺れ、少女の喪失を紛らわすように、死に場所を求めるように、狂っていっていた。

 

 

 

 

二人だけではない、多くの者が復讐と報復に囚われていた。少なくとも自分も、銃弾として敵を殺し続けてきた自分も、未だ怨嗟の渦に縛りつけられている。

 

 

その証明は、己の心が歪んだと気付いた時に知った。

 

 

 

 

────私は銃弾、王の敵を殺し尽くす銃弾

 

 

護るべき為に振るっていた力は、いつの間にか殺す為に振るわれていた。確かに前から人外を殺しはしていた。それでも、誰かを護るという願いがあった筈なのだ。しかしそれは失われ、残されたのは晴らされる事のない恨み。

 

 

きっとそれは、かつての自分が願ったものとは、欠け離れている筈だ。誰かを護るという願いが、誰かを殺すという恨みに負けて良い事など有り得ない。

 

 

 

しかし、それでも。

復讐と報復に囚われているからといって、我等が戦わない理由にはならない。今ここで、止まっていい訳がない。

 

 

例え悪魔の親子を殺しても、老いぼれた悪魔を殺しても、心優しき天使とそれに殉ずる信者を殺してでも、我等は止まる事もなく、進み続ける。

 

 

 

────奴等に殲滅と鏖殺を。我等の怨嗟を、血の海と屍の山を以てして晴らさん

 

 

 

 

騎士(アンシア)は呪詛のような決意を胸に、憎しみの引き金を引き続ける。誰かの笑顔を護りたいという願いを込めた銃で、多くの敵を撃ち殺して。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

列車でグレモリー邸に降り、数日を過ごし新人悪魔の紹介を終えた後。

 

 

 

これからの為に力をつけようと意気込んでいた一誠達だったが、彼等はとある場所に向かっていた。

 

 

「部長、俺達何処に行くんですか?」

「集会の時にお兄様が話してくれた、私達の先生に会いに行くのよ」

 

 

そう言い、リアスが向かうのはグレモリー邸にある庭。そこに、自分達が用のある人物が待っているらしい。

 

 

 

 

まず、会合の時に戻る。それぞれの夢を語る際、色々と一悶着あったが、問題は会合を終える前の話だった。

 

 

『さて、君達若手悪魔や上級悪魔の皆さんに伝えておきたい事がある─────【禍の団】に所属する組織、「神王派」についてだ』

 

 

サーゼクスは続けて、資料を元に悔いるように口を開く。

 

 

『先日、人間界に在中していた悪魔達、十七人の死亡が確認された。現場の記録からして、「神王派」達によって殺されたと思われる』

 

 

同族達が殺された事に、同席していた他の魔王達も苦い顔をする。死んでしまった悪魔を想い、悔しそうに思うのが多くだ。

 

 

老人の悪魔達も同じように顔を歪めた。しかし、魔王達のような優しさと同族への思いやりすらない、どこか不快そうな様子で。

 

 

『…………また「神王派」か、人間の分際でよくもまぁ余計な真似を』

『平和の為に我々悪魔が不満を堪えてるというのに、わざわざ戦火を広げるとは…………奴等は我々を倒せると自惚れているのではないかね?』

『やれやれ、これは我々に対して過度な挑発、奴等は自分達の力に自惚れて優劣感に酔いしれてるのではないのか?』

『いや、そもそもの話だ。元々は平和を謳っていた組織だったのだろう? 突然こんな事をし始めるのなら、あの時から排除しておけば良かったのだ』

 

 

お偉方が口に出していくのは、全て『神王派』という組織への不満。しかしどれもが彼等を見下し、軽く見たような感じでしかない。次第には、奴等は最初からころしておくべきだったとまで言い出している始末。

 

 

話を聞いていた一誠達、同じく貴族悪魔であるソーナやサイオラーグ、魔王達ですら良い顔はしてなかった。『神王派』の騒動の理由は三大勢力や人外達の人間への扱いが理由でもあるのだ。そんな風に彼等の事を見下し、無下に扱っているのが原因だと何故気付けないのか。

 

 

 

『勿論、君達が「神王派」との戦闘になる可能性も有り得る。例えどれだけ鍛えていたとしても、相手は最強と名高い『神王』の名を台頭する面々だ。一度戦えば、無事では済まないだろう』

 

 

サーゼクスの言葉に、誰も反論しようとはしなかった。特にリアスやソーナ達には妙な説得感が感じられていた。

 

かつて『神王派』の一員と相対したのだ。その強さの片鱗は良く理解できていた。

 

 

 

『そこで、君達に────力強い者達を教師としてつける事にした。私達四大魔王が選び抜いた最上位悪魔達をね』

 

 

息を呑むリアス達に、サーゼクスは微笑みながらも魔王として相応しい態度で話を続ける。

 

 

『単独で多くの敵を打ち倒し、次の時代を動かすであろう者達だ。彼等と共に戦い、力をつけて欲しい。実力に関しては、魔王として保証しよう』

 

 

 

 

 

そして────現在に戻るが。

 

 

 

廊下を歩いていたリアス達は、すぐに庭へと歩み出た。普通のものとは思えない、やはり金持ちの家のような広さの庭だ。

 

 

 

 

「─────待っていたぞ、リアス嬢」

 

 

チリッ……! という熱気と共に、男性の声が響いた。リアスが其方の方向を見ると、一人の男性が壁に背中を預けながら立っている。

 

 

赤色のジャケットを着込んだ金髪の男。ジーンズのポケットに両手を突っ込んでいるその人物の顔や首には傷跡が残っており、歴戦の猛者のように感じられる。

 

 

熱気もその男性から放たれているが、同時に凄まじいプレッシャーも感じられる。萎縮する面々を見てすぐさまそれを解いた男に、リアスは笑みを浮かべながら一礼をした。

 

 

 

「お久し振りね、レイドさん。フェニックス家のお見合いの時以来ね」

「其方こそ。前見たよりも磨き上げたようだ。まぁ、俺様に比べればまだまだ甘いが!」

 

 

………少しばかり失礼な事を言う男性だったが、リアスは慣れていたのか普通に笑って応えた。困惑する一誠やアーシア達を見て、男性は深く頭を下げた。

 

 

 

「リアス嬢の眷属諸君、始めましてだな。俺様はレイド・フェニックス。フェニックス家長男にして、次期魔王候補だ」

 

 

 

そう名乗った男───レイドは腕を払うと同時に背中から炎が噴き出した。いや、より正確には炎の翼が。かつて一誠も見たことがある、正しくフェニックスの翼だった。

 

 

「フェニックス………じゃあライザーの!?」

「おっ!?末弟(おとうと)の事か!レイヴェルの事が出てこないのは少々残念だが…………まぁ、良いだろう」

 

 

食いついてくる一誠に楽しそうに受け答えするレイドだったが、目を細めながらも適当に告げた。

 

 

「安心しろ、俺様はライザーの件に関しては恨みは持ってないさ」

「そ、そうなんですか……?」

「付け上がっていたアイツには良い薬さ。親父殿やババ────母上殿やルヴァル………俺様の弟も言ってるぞ。アレでライザーも経験を積めたってな。まぁ、面倒な事になってるが」

「え、?大丈夫なんすか?レイドさん」

「まぁな。…………それと、先生と呼べよ教え子。これからガチガチにしごいてヤんだからな」

 

 

不安そうに聞いてくる一誠に、レイドはカラカラと笑う。しかし片腕で一誠の顔を掴み、強い力を込めた。痛い痛い痛い痛いっ!!?と呻く声を聞き、何秒かしてすぐ離した。

 

 

「痛ぇ………ん、先生?」

「なんだ?魔王様から聞いてただろ、お前達に護衛兼教師が一人つくって。『神王派』とやり合うんだ、ボコボコに鍛えてやるから覚悟しておけよ?」

 

 

擬音からして、鍛えるとは欠け離れてるのでは………?と思うが、実際には誰も口に出さない。相手は自分達よりも遥かに格上だ。

 

 

 

 

「特訓には時間があるし、質問は受け付けてやるぞ?まずは何から聞きたい?」

「あの………レイドさ、先生はどんくらい強いんですか?」

「少なくとも、お前ら全員を右腕だけで倒せるくらいには」

 

 

 

流石に冗談かと思った一誠が、沈黙を貫き通すリアスに言葉を失うしかない。かつて彼と戦ったのか、彼の力を見たことがあるのか、明らかに理解した様子の態度だった。

 

引きつる顔の面々の中で、怯えていたギャスパーが不安そうに、レイドに声をかける。

 

 

 

「………あのぉ、れ、レイド先生は………どうして、一人だけなんですか………?」

 

「むっ、それはどういう意味だ?」

 

「あっ、いや…………他の眷属の人は、いないんですか………?」

 

「既に皆が戦死、他の道を進んでいる。今や俺様の眷属誰一人としていない。勿論、新しく探し出すつもりはない、俺様の眷族は生涯アイツらのみだ」

 

 

そこだけは真剣に、本気の顔つきで告げていた。有無を言わさない声音にギャスパーは言葉を詰まらせ、頭を下げていたが、レイドは気にするなと軽く笑う。

 

 

 

その際、木場がスッと手を挙げた。

 

 

「では僕から。レイド先生は、『神王派』……………もとい、神王についてどう思いますか?」

「今代の神王、全く以てその存在を認知できないらしい。上層部は密かに隠れている程弱いものだと考えているが、俺様は違う」

 

 

複数の資料をまとめながら、レイドは真剣な顔で断言した。

 

 

 

「───今代の神王は既に禁手以上の力を得ている。絶対である天界のシステムをも上書きし、自分の存在を隠蔽出来るくらいには」

「そんな事が……可能なの?」

「不可能、そう思うのが普通だろうな。だが、今代の神王がそのくらいの力を有してるという話だ」

 

 

「何より神王を持ち上げている奴等、『神王派』も生半可な組織ではない。構成員の多く──────『チェス』を冠するであろうメンバーは最低でも全員、禁手(バランス・ブレイカー)に至っていると見ても良い」

 

 

思い出されるのは、三勢力の協定の会談に現れた青年 風刃亮斗。『神王派』を束ねるトップの一人と称したあの青年は禁手を使用すらしなかった。組織のトップにも立つ人間が禁手すら使えないというのは有り得ないだろう。神器使いなら当然。そして、もう一つの考えが出てくる。

 

 

彼等は一誠を─────赤龍帝の力を必要視していた。故に彼は、風刃亮斗は手加減していたのだ。今代の赤龍帝を殺さず、価値が無いなら生きたまま神器を奪い取る為に。

 

 

「だからこそ、お前達は今まで以上に強くなる必要がある。次に参加するゲームは勿論、奴等との戦いの為にはな」

 

 

そう言って、レイドは手元にまとめていた紙束をリアス達に渡していく。ただの紙切れではなく、レイドなりに彼女達のステータスや長所に問題点を分かりやすく羅列したものだ。

 

 

 

「リアス嬢…………これからは先生だし、リアスと呼ぶぞ?お前は司令塔にして眷属達の要だ。お前が機転を利かせる事で戦況を変えることが出来る、何なら戦いの中で重要視されるのは王であるお前だ」

 

 

ギラリ、とレイドは鋭い眼光をリアスに向ける。かつて多くの眷属達を従えていた(キング)の一人は、冷徹にリアスを指摘する。

 

 

「────投了(リザイン)なんて愚の骨頂。ゲームなら良い、なんて生ぬるい考え方は通用しない。んな甘い考え方をした奴から死んでいく。勝利なんてものは2度と得られないと思えよ」

 

 

「………えぇ、十分理解してるわ」

 

 

 

 

 

「朱乃、お前は己の血を受け入れろ」

「ッ!!」

「お前に宿る堕天使の力、それとお前の雷を合わせればその威力は絶大だ。ライザーとの一戦、あれもお前の本来の力を使えば、少しくらいは戦況を変えられた筈だ」

「……私はあのような力に頼らなくても」

「ならそうすればいい。だが、相手はそんなに優しいか?本来の力をセーブしてるお前に合わせて戦ってくれてるか?甘ったれるなよ、戦場でそんな考えが言い訳になると思うな。勝てる時は勝てる、負ける時は負ける、死ぬ時は死ぬ───それだけだ」

 

 

そう言って、レイドは淡々とグレモリー眷属に意見をスラスラと述べていった。「騎士(ナイト)」である木場には禁手を長く扱えるようにと。それと剣術、「騎士」の強みである機動力を向上させるようにと。

 

 

ギャスパーに関しては、恐怖心の克服。それを出来るだけ出来たなら、神器の上達。彼の持つ神器は、時間を停止する事が出来る力。上手く使えれば、個人を停止させる事も可能かもしれんという見立てがあるらしい。

 

 

続いてアーシアは、神器の能力の向上。アーシアの神器『聖女の微笑』は悪魔すら癒やすことの出来る異例の神器。遠距離からの自分の仲間だけを回復、もしくは範囲内にいる自分の仲間だけの回復は悪くない。

 

 

淡々と、同時に的確に問題点や生かすべき力を指摘していくレイド。そして、あと二人程になった頃。

 

 

 

「そして………小猫」

「…………」

「………小猫?」

「っ、はい。何ですか」

 

 

咄嗟に頷く小猫だったが、先程までの様子は何処かおかしかった。心ここに在らず、というような。何かを想い、悩んでいる少女に、レイドは少し迷ったが、冷酷に告げることを選んだ。

 

 

「お前の「戦車(ルーク)」としての素養は問題ない。だが、それだけでは決して大きな力にはなれん。今のお前では、な。

 

 

 

 

 

 

………お前も、自分の力を受け入れろ。そうでなければ、お前はどんな時も無力なままだ。強くなりたいと思うなら、まずは己を受け入れるんだな」

 

 

持っていた紙から、自分の掌を見下ろして黙り込む小猫に、レイドは特に何も言う様子はなかった。見届けるというよりも、今の状態には話しても無駄だから口を閉ざすといった感じだ。

 

 

 

「さて、一誠。お前は特別だ、俺様以外に鍛えてやる奴がいる。最もソイツは人ではなく────」

 

 

途中で言葉を閉ざし、レイドは空を見上げる。突然の事に困惑する彼等を差し置いて、

 

 

「やはり時間か─────来たぞ?」

 

ニヤリと、笑みを浮かべるレイドの顔に影が差した。彼だけじゃない、この場にいる全員が自分達の真上に現れた影を理解する。

 

 

顔を上げれば、上空から巨大な何かが飛来してきた。凄まじい勢いで、此方に突っ込んでくる。何らかの強襲と思った一誠達はその場から動こうとするが、レイドがそれを制するようなスッと片腕を上げる。

 

 

そして、待機させられた一同の前に、巨大な何かが降り立った。隕石でも降り注いだかのような轟音、舞い上がる土煙は、中心部からの突風によって薙ぎ払われた。

 

 

姿を現したのは、何メートルをも優に越える巨体。赤紫色の鱗で全身に包み、二本の黄金の角を携え、大木のようにガッシリとした両腕を組んでいる巨大な怪物。

 

 

 

「ドラゴン!?」

 

その怪物の姿を、名称を思わず叫ぶ一誠。大きな竜は堂々と立ち尽くすように此方を見下ろし────レイドに光る眼を向ける。

 

 

「────久しいな、レイド」

「それは此方の台詞だな。タンニーン」

 

 

旧知の仲なのか、親しそうに接する。レイドもタンニーンと呼ばれたドラゴンも、その顔も興味深そうに笑っていた。

 

 

「先生、このドラゴンって……」

「最上位悪魔のタンニーン。元六大龍王の一体だ、勉強くらいはしてるだろ?」

 

 

『魔龍聖』タンニーン、六大龍王の一体として数えられる存在。悪魔側についた事で龍王の名は失われているが、その実力はまだまだ現役である。

 

 

 

「レイドよ、懐かしいな。お前とこうやって話したのは旧魔王との小競合い以来だ」

「全くだ。最近平和で何もやることがなくてつまらん。テロリストどもを殴っては片付けているが、充実とした気分にならん。所詮はテロリスト、期待するだけ無駄だな」

「フッ、そうか?ならば今ここで俺とやり合ってみるか?」

「そうしたいが、まずはコイツを鍛えて貰おうか」

「ちょっ!?先生ぇ!?」

 

 

軽々と一誠の首を持ち上げ、そう告げるレイド。不思議そうに首を傾げるタンニーンにレイドは端的に説明をする。

 

 

「なるほど、つまりそこの………ドライグを宿した少年をいじめ抜けと言うことか。拍子抜けも良いところだ」

「そうだな、一辺殺す気までボコしてみたらどうだ?運が良ければ禁手になれるかもしれんぞ?」

「ちょっ!?俺だけ凄い雑って言うか、殺される気しかしないんですけど!?」

「なら死ぬ気で頑張ってこい。あ、後、禁手出来なかったら叩き潰すから。そうでもしないと無理そうだし」

 

 

ヒュッ、と一誠の喉から音が漏れ出した。最上位悪魔のトップクラスからの嬲り宣言に顔が青ざめていく。殺される事は無いにしろ、死を覚悟するような特訓にはなるかもしれない。

 

 

 

こうして、グレモリー一行にとってこれからの為───一誠にとっては死ぬかもしれない地獄の────特訓が始まった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そして、一誠達がこれからの為の修行を行っている中。冥界にいるもう一人の人間が、これからの為の事をしようとしていた。

 

 

 

彼等が修行を始めてから数日後。魔王との対談を終えたアザゼルから、練は呼び掛けを受けていた。

 

 

 

勿論、彼の目的である────魔王達への対面である。彼等のいるであろう部屋に呼ばれていた練。扉を開けて部屋に入るや否や、彼は深く頭を下げた。

 

 

 

「魔王様方、本日は御時間をかけてしまい申し訳ありません。─────黒月練、お待たせいたしました」

 

 

礼儀を忘れない態度で、練は円卓の机を囲むように座る三人の魔王達に落ち着いた言葉を贈った。悪魔を嫌い憎んできた身としては、複雑でもあり屈辱でもある。が、仮にも相手は種族の長だ。自分自身の行いがこれからの未来に繋がる…………何より、彼が慕うアザゼルへの影響を考えれば多少我慢はできた。

 

 

因みにだが、宗明やアイリス達はホテルで待機している。同じアザゼルの眷属だが、魔王に対面できるのは許可された数人のみ。

 

 

というのは表の理由だ。実際にはアイリスやゼリッシュは元転生悪魔であり、非道な行いを受け続けてきた身である。彼女達を悪魔の長である魔王の前に出すのは酷でもあるだろう。そんな考えがあっての事だ。

 

 

 

「久しぶりね☆黒月君!あの時の会談以来よね!?」

「………ども」

 

 

不思議な衣装をしているのが目立っていた魔王セラフォール・レヴィアタン。しかし今は魔王らしい正装に身を包んでいて雰囲気は─────駄目だ、そんなに変わらない。

 

 

悪魔が苦手以前に、この人は少し苦手だな。と結論付け、練はちゃんとした反応を取れずにいた。種族の代表がこんなのだったりするのは、彼女の妹である新人悪魔の一人には激しく憐れむ。

 

 

 

「どうも、黒月練君。私はアジュカ・ベルゼブブだ。君の事は良く知ってるよ、天災の神滅具を宿す中でも数少ない逸材の一人だともね」

「えぇ、アジュカ・ベルゼブブ様。俺も貴方の事は()()()()()()()()

 

 

ようやく出てきたまともそうな魔王であるアジュかに練は丁寧に頭を下げた。彼からすれば良い存在とは一存で決められないが、この面々の中では比較的に助かる。

 

 

途中魔王セラフォールが「私の時とは違わない?」とか笑顔で宣われたが、適当にあしらっておいた。

 

 

「…………初めましてぇ、ファルビウムだよぉ………」

「…………」

 

 

久しぶりに困惑した練。逆に言わせてもらえば、どんな風に反応すれば良いか分からないのだ。だって自己紹介してくれた魔王はすんげー気だるそう。何だろう、普通に対応していたら空回してしまいそうになる。

 

 

 

ドイツもコイツもロクなのがいない。唯一マトモそうな魔王が一人とかどんな感じなのか。まぁ、話してみてても典型的な悪魔でないのがマシかもしれない。

 

 

そうしてる内に、他にも扉を開けて誰かが出てきた。対談していたアザセルともう一人の魔王。四大魔王の代表格でもある存在だ。

 

 

 

「やぁ、練君。セラフォール同様、あの時の会談以来だね。元気にしていてくれたかな?」

「魔王、サーゼクス…………ルシファー………」

 

 

紅色の髪をした男性悪魔、名をサーゼクス・ルシファー。練は彼の名前を口にすると、顔を険しくしかめた。突き刺すような激しい敵意が放たれるが、この場の誰もがそれに身動ぎもしない。

 

 

唯一手を挙げてて堪えるように示したのは敵意の向けられたサーゼクス本人だ。しかし彼も練程度の敵意に怯えた事ではないだろう。純粋に、客人が敵対心を抱いているのに戸惑ったのが理由だ。

 

 

「………随分な敵意だね。僕は君に何かをした覚えはないよ?」

「あぁ、貴方は何もしてないさ。だが、俺はルシファーの名前が好かない。口に出すだけでも、ストレスで吐き気が込み上げてくる。貴方にじゃない、()()()()()()だ」

「…………?」

 

 

意図を掴みかねたサーゼクスが怪訝そうな顔をする。それは他の魔王達も似たような感じだった。しかし、真意をある程度理解してくれているアザゼルだけは黙って練を見つめていた。

 

 

 

「(………アザゼル、本当に良いのか?)」

「(………心配すんな。お前の言う事に何も悪いことはない。むしろ俺達の責任だからな、遠慮なく言ってやれ)」

「(──────助かる)」

 

 

短く神器越しで話し、練はスッと魔王達の前に一歩踏み出した。そして、一礼をした後に、彼等の前に膝をついて頭を垂れる。

 

 

 

 

「四大魔王。今から恥と面子と誇りを忍んで申し上げる」

 

 

困惑の色、疑問の色、興味の色、怠惰な色。それぞれの反応が、跪いている今も感じ取れる。彼等は突然頭を下げるように膝をついてきた練に戸惑っているに違いない。

 

 

 

だが、これは………これだけは練にとっては譲れない。勢いを押し殺すことなく、練は喉の奥から目の前の魔王達へと叫び、宣告した。

 

 

 

 

 

「貴方達に悪魔の駒の責任を問うと同時に────悪魔の駒の廃絶を要求する!!」

 

 

 

一つの歴史を変える為、黒月練は覚悟を胸に魔王達にそう告げた。自分の行いが世界の命運を揺るがせるかもしれないという不安があったが、それを上回る程の意思と信念があった。

 

 

 

 

───今ここで証明して見せる。黒月練という男が、悪魔を憎み恨むだけの存在ではないと。自分にも復讐以外の歩むべき道が、確かにあるということを。

 

 

 

それと同時に。

多くの悲しみと憎しみの連鎖を絶つ。自分と同じ、憎しみに囚われるような者達を生み出さないように。




オリジナルキャラ紹介


レイド・フェニックス

フェニックス家長男、時期魔王候補とか言われる悪魔の人。原作で長男だったルヴァルさんは本誌では次男です。(結果的にライザーは四男)


滅茶苦茶強い。なんなら片手でリアスたちを倒せるくらいには。フェニックスの癖に最近復活してないのに嫌気が差しており、強者を相手にしたいと感じている。


タンニーンとは戦友。昔旧魔王派との戦争(蹂躙)の際に一緒に暴れてた。



眷属がいない理由は全員が戦死したから。上記の通り、旧魔王派との戦争の際、眷族達が戦死してからずっと一人でいる。理由としては、『自分が選んだ者達だけが自分だけの眷族』と決めているから。他に一人も、眷族を集めようとも思わなかったらしい。



Q:何で四大魔王が全員集まってんの?
A:練がアザゼルにお願いした。魔王への直談判といっても、目的上サーゼクスだけという訳にはいかないから。


Q:練の行う事に変わることがありますか?
A:本編に関わることは言えませんが、救われる人?がいます。原作でのおっぱいゲシュタルトで壊れた可哀想な赤いのと白いのとか。


これから練のやることによっては、原作から大きく離れることになります。それでも良い、頑張れ!って思う方も!気になるって方も!これからもよろしくお願いします!!


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弾劾、真実

メチャクチャ久しぶりです。2ヶ月くらい投稿できずにすみませんでした。どうするとか悩んだりとか他の小説を書いたりで忙しかったんです。


出来ることなら、あまり期待しないでください(懇願)でも見てください読んでください!(馬鹿)


────世界はなんて残酷なんだろう。

 

 

双子として産まれ落ちた兄は、半裸で震える妹を背負いながら、そう呪った。

 

 

 

────世界はなんて不公平なのだろう。

 

 

双子として産まれ落ちた妹は、片目を抉られた兄に抱き締められながら、そう恨んだ。

 

 

二人は、罪人だった。何かをした訳ではない、産まれた事自体が罪だったのだ。

 

 

彼等は魔女の子、異端審問にて魔女と裁かれた女性の子供だった。だからこそ、神に遣える者達から、存在を許されなかった。

 

 

幼い妹は服を剥がれ、陵辱された。身体だけではなく、精神までも汚されて。兄は怒り狂い、神に与えられた神器の力で妹を助け出した。代償として、兄は片目を失い。

 

 

それでも、彼等は赦されない。

ただ普通に行きたかっただけなのに、その権限すらもなく、彼等はまるで獣を狩るように、集団で森の中を追い回されていた。

 

 

 

何度神を憎んだ事か、何度運命に嘆いた事か。それでも、最後の最後まで彼等は祈り続けていた。

 

 

 

 

────どうか()だけは助けてください、と。

 

 

 

 

実際、神はその願いを聞き入れなかった。代わりに、他の者がそれを聞き入れてくれた。

 

 

 

─────もう、大丈夫だ。

 

 

自分達を殺そうと追い回していた者達を殺し尽くした人は、そう言って抱き締めくれた。両親以来の温もりを感じ、双子はその人に連れられ、同じような生き方をする人々の集まりへと迎え入れられた。

 

 

多くの出来事があった。多くの楽しいことがあった。とても悲しい事もあった。だからこそ、双子は共に決心した。

 

 

 

────自分達のやることが、どれだけ間違いだったとしても構わない。

 

 

双子として産まれ落ちた兄は、自分達を助けてくれた恩人と新しく出来た仲間─────そして、妹を護るため。

 

 

 

────例えそれが悪だとしても、自分達の大切な人達の為に戦って見せる。

 

 

双子として産まれ落ちた妹は、自分の慕う王の敵、自分達の恩義を果たすため────何より、血を分けた唯一の家族と共に生きるため。

 

 

 

 

 

兄弟は互いの誓いを胸に、世界の裏側へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四大魔王との対談。

本来堕天使総督アザゼルの護衛である筈の青年 黒月練は彼等に直談判をする事が目的であった。その理由である物を、彼はポケットの中から取り出し、席に座る魔王達に見せつける。

 

 

 

「─────悪魔の駒」

 

 

チェスに使われる駒。しかしそれは単なる駒ではなく、人間や妖怪などの悪魔以外の存在を転生させて純粋ではない悪魔へと変える道具。

 

 

それを机の上へと放り投げ、彼等の目の前に転がす。その扱いからして、彼は悪魔の駒を良しとしていない。むしろ、嫌悪すら抱いている。

 

 

 

「造った理由や構造なんて俺にはどうでも良い、興味なんてない。俺が言いたいのは──────悪魔の駒を使う貴方達、悪魔にある」

 

 

悪魔の駒の本来の目的は、悪魔という種族を存命させる事にあると聞いていた。悪魔は昔の大戦にて数が減少して、絶滅の危機に陥っていたらしい。

 

 

それを解決する為に、悪魔の駒は作られた。人間や他の種族を転生させる事で、悪魔の種族としての数を増やそうと。

 

 

 

「───日本や世界中の人間、神器を持つ者、他神話の生物、妖怪や吸血鬼、その他大勢を転生させる。それが悪魔の駒によって行われた。……………俺が言いたいこと、分かりますよね?」

 

 

青年の言葉に魔王達は静かだった。理解しているからこその沈黙。彼等は青年の言わんとしてる事を大方察知していた。

 

 

しかし、いやだからこそか。青年は自分の言葉を明らかにしていく。

 

 

「強制的な転生、眷属への体罰、性的暴行、意味のない眷属の放棄と転生の繰り返し────問題はこれ以上挙げても済まない。貴方達悪魔は、そんな問題を残してる」

 

「…………分かっている。だからこそ、これからの為を考えて取り締まろうと────」

 

「取り締まる?─────馬鹿か、アンタは。全然っ!取り締まれてねぇだろうがッ!!」

 

 

バァンッ!! と机に手をを叩きつけ、練は怒鳴り散らす。青年の怒声が部屋の中に大きく響き渡る。四大魔王達も気負される事はせずとも、言葉に詰まる。

 

 

彼等が自分達の事ばかり気にしている王ならば、彼の言葉なんて無視していただろう。人間の戯れ言として、興味は示さなかっただろう。しかし、彼等は悪魔の中でも比較的に悪魔らしくない者達ばかりだ。自分達一族や種族の身を心配するくらいには。

 

 

 

 

「数週間前、七十二柱の貴族悪魔 ムールムールの次期当主とか抜かすカスを消した」

 

「…………」

 

「理由は分かるか?無理矢理眷属にした転生悪魔が数人逃げてた。彼女達を追い詰めたあのカスは────仲間の目の前で、一人を犯そうとしてた。だから、殺した」

 

 

悪魔の王に対して、彼等の仲間を殺したという発言はあまりにも地雷だ。ここで逆に怒りを向けられ、殺されたとしても可笑しくないだろう。

 

 

しかし、それは、一般的な悪魔の王────例えるなら旧魔王派のような者であるならば、だ。サーゼクス達は練に対して非難を口にする事すらしない。

 

 

 

正しいのは彼で、間違っていたのは殺された悪魔だからだ。それなのに自分達だけ特別視して同族だからと擁護すれば、それは理不尽でしかない。あの青年は、そんな不条理などを許す筈がない。

 

 

「他にも、俺は転生悪魔を何十人も保護してる。その際に貴族悪魔どもはぶち殺したが、一々頭下げるつもりはない。保護した彼等は普通の生活に戻してる、皆が皆幸せな未来を掴んでる………………それを諦めてまで、俺に着いてきてくれる人もいるが」

 

 

自身の掌を見下ろし、彼は話を続けた。

皮肉るというよりかは、自虐するような感傷を胸に。

 

 

「だが、俺にだって救える命には限りがある。知らなかった所で犠牲になってる人がいるだろうし、間に合わなかった人もいる。俺には限られた命を救えても、全員を救えることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

─────貴方達なら、可能なはずだ」

 

 

練のやっていることは、単なる対症療法に過ぎない。どれだけ被害者を助けても、増え続けては全員は救えない。ならばやるべきは原因療法、転生悪魔を増やしている現在の悪魔達の思想から絶つに他ならない。

 

 

「悪魔社会に全体が、転生悪魔に対する扱いに真摯に向け合えば、悪魔の駒の被害者は生まれずに済む。転生悪魔を同じものとして扱えばそれでいい、悪魔にもなりたくない平和な人達を傷つけなければそれでいい、本当に世界の平和を望むのであれば、貴方達は自分達のやり方を顧みてそれに対処するべきだ」

 

 

そう言って練は口を閉ざす。故郷を滅ぼした原因のいる種族でもあり、その汚点を見せられてきた悪魔とはいえ、仮にもそれらを束ねる魔王への礼儀は欠けさせる訳にはいかない。

 

 

だからこそ跪き、彼等の返答を待つ。そんな練に対して、サーゼクスは重い口をようやくして開いた。

 

 

しかし、早々にしてサーゼクスは地雷を踏み抜いた。青年にとって、重要とされている地雷を。

 

 

「……………君の言いたいことや気持ちは理解できる。我々も同じだ、無理矢理転生悪魔へとさせられた彼等の意見は呑みたいと────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理解できる………だと?」

 

 

ピクリ、と。

転生悪魔の事も考えていると口にしようとしたサーゼクスに、練がゆっくりと立ち上がる。

 

 

一気に膨れ上がる怒気に突き動かされる形で練はサーゼクスの元へと歩み寄っていく。

 

 

「ふざけるな───ふざけるなよ」

「黒月君?」

「全く以てふざけるなよ────魔王サーゼクス!!理解できると、お前はほざいたかッ!!」

 

 

ガッ! と練は凄まじい勢いでサーゼクスへと詰め寄り、彼を糾弾する。紅髪の魔王に睨む瞳に宿るのは、彼等への憎悪ではなく、激しく燃え滾る憤怒であった。

 

 

 

「『理解』ッ!その言葉の意味は、『相手の立場や境遇を察する』事だ!!察する事が出来るのは、似たような挫折を味わった事がある者だけだ!お前に、何もしてこなかったお前らに、被害者や犠牲者(俺達)の苦しみなんざ一ミリだって分かる訳ねぇだろうが!!!」

 

 

否定できない、そんな事は許されない。その言葉を身に受け、心から感じ取れるのであれば。

 

 

 

「アイリスやゼリッシュ!お前らがはぐれ悪魔と言う黒歌だってそうだ!皆お前らが造った悪魔の駒なんて物のせいで!苦しい思いをしてきて、涙を流してきたッ!!他にもそうだ!!俺が助けてきた転生悪魔の人達は、どんな扱いを受けてきて、どんな傷痕を残してきたと思ってる!!?」

 

 

 

アイリスという少女は、自分よりも年下の子達を守る為に何度も庇ってきた。自分の主人によってどれだけ非道な扱いを受けても、彼女は必死に耐えてきたらしい。

 

 

少し前の話、ちょっとした事故で練はアイリスの痴態を目にしたことがあった。もうすぐ二十歳にまでなる女性にしては珍しい、抜群としたスタイルだったが、彼女の身体はボロボロだった。

 

 

 

 

────練様には、お話しておりませんでしたね。出来ることなら、知られたくありませんでした。

 

 

絶句していた練に、アイリスは小さく笑って一言を口にした。

 

 

────私は既に、穢れてるんです。

 

 

 

短かったその言葉に秘された意味が理解できない練ではなかった。それを知った時には、後悔と同時に何も出来ない怒りで、脳が焼け切れそうだった。

 

 

 

なのに─────理解できる?

 

 

 

何が理解できるんだ? 弾けそうな程に膨れ上がった怒りがか?自分の隠したかった秘密を静かに伝えた彼女の気持ちがか?

 

 

 

そんなもの、分かる筈がない。

黒月練には勿論、彼女の事すら知らないような魔王になんか。

 

 

 

「ソイツらの気持ちを!思いを!痛みを!思い浮かべた事でもあったか!!?俺達人間が!多くの種族が、お前ら悪魔に人生を弄ばれた気持ちがッ!!何もしてこなかったお前ら魔王なんかに理解できる訳あるかッ!!?あ゛あ゛!!!!?」

 

 

できる訳がない。

人の苦しみは、その人だけのものだ。決して他の誰かに分かりはしないだろう。それを赤の他人が、加害者の親族から、『辛い想いなのはよく分かるよ』などと言われて、心が安らぐだろうか? 気が定まるだろうか?

 

 

 

そんなものは、単なる自己満足にしか過ぎない。勝手に納得しただけで、人の気持ちや想いを、完全に理解した気になるな。

 

 

そんな事は誰であろうと許されない。彼女達への手助けもできなかった魔王達にも、例え手を差し伸べて助け出した黒月練本人も。

 

 

 

「それでも俺達の気持ちを理解できるだの、詭弁を言い続けるんだったら────────もう死ね。黙って死ね。奪われた者達の怒りを買って、惨めに死に果てろ」

 

 

 

言いたいことを吐き捨てた練は、荒い呼吸を整える。そして自分がやり過ぎたとすぐに察して息を呑む。明らかにこの行為は誰が見ても黙ってはいられないものだ。もしこの場に他の悪魔がいれば、練のやった事に激昂して攻撃されていても可笑しくない。

 

 

 

 

 

「──────すまなかった」

 

 

だが、紅髪の魔王───サーゼクスは申し訳なさそうに目を伏せ、静かに頭を下げていた。練は何も言わずに、サーゼクスの話に耳を傾ける。

 

 

 

「今まで多くの犠牲を出し続けてきたのにも関わらず、私達は完全に止めることが…………いや、止める努力を怠った。私達が全力で動けば無くせた被害や犠牲を見てみぬ振りをして──────君に糾弾されるまで、何もせずにいた。私は、愚かな王だ」

 

 

そう言い切るサーゼクスは、自嘲するように微笑みを浮かべていた。しかし、どうやら練の言葉を真剣に受け止めてくれたのは彼だけではなかった。

 

 

「…………サーゼクスだけではないな。私達も、愚かだったろう。全て俺達四大魔王の………いや、悪魔という種族全体の怠慢だろう。誰しもがそうではないにしろ、俺達の多くが転生悪魔の問題を後回しにし続けてきた。それよりも悪魔の滅亡を防ぐ………というのは言い訳に過ぎないか」

 

 

他の二人も、アジュカと言いたいことは同一らしい。当初は生真面目そうには見えなかった二人も冗談には見えないくらいに真面目な顔をしており、全員が確固たる覚悟を抱きながら頷いている。

 

 

そんな三人の意思を代表するように、サーゼクスが真摯とした対応で練に視線を合わせる。その眼は揺るぎないものになったと、練は確信した。

 

 

 

「だからこそ約束する。愚かな王として、私達が作り出してきた罪に向き合い、我々の手で償う。多くの者達の想いを踏みにじった同胞を裁き、被害者達への助力を厭わない」

 

 

「…………ならいい」

 

 

自分の言葉が、彼等にここまで影響を与えるとは思わなかった。どうやら彼等は練が思っていた悪魔よりも、悪魔らしくないようだ。

 

 

 

彼等が本当に転生悪魔の今後の在り方について向き合ってくれるのであれば、練としては言及はない。あるとすれば、その在り方に関して決定的なものだ。

 

 

 

 

「まずは、悪魔の駒に関する法律を作る事からだ」

 

 

その要求内容を、練は正確に伝えていく。そう提案する彼には法律について詳しいことは分からない、なのであまり深くは言及はしない。

 

 

 

「─────一つ、眷属にする際にはちゃんと同意を得てからする事。一つ、害意を加えてまで転生させようとする悪魔には極刑を。まぁ俺には政治なんてよく分からない。だからそこら辺は貴方達に任せる…………抜け穴なんて作らせないように」

 

 

「………分かった。転生悪魔をこれ以上無意味に増やさせたりはしない。私達が極力それを止めてみせるさ」

 

 

芯とした声音で告げるサーゼクスに、練は素直に引き下がった。彼等がここまでしてくれるのであれば、練からはこの問題に関しては特に言わなくてもいい。

 

 

 

「それと、我が儘を二つだけ頼んでいいか?」

 

 

 

次は、個人的な私情についてだ。自分に都合が良い、正真正銘単なる我が儘。

 

 

 

「SS級はぐれ悪魔 黒歌の主人殺しの罪を帳消しにして欲しい」

「っ!?何故君が彼女を────!?」

「俺の恩人だ。復讐だけだった俺を、人にしてくれた恩人の一人なんだ」

 

 

練の言葉を聞いたサーゼクスはアザゼルに視線を向ける。彼は『知らねぇよ』と言いたいのか両手をヒラヒラとさせている。

 

 

「一つの約束をしてた。彼女に掛けられた罪の真実をさらけ出し、改めて妹に会えるようにすると」

「真実?」

「単純な話だ。アイツが好きで主人を殺した訳じゃないってな」

 

 

練が話したのは、黒歌という女性が教えてくれたこと。彼女が何故主人を殺してまではぐれ悪魔になったのか、どうして妹の元から離れてしまったのか。

 

 

黒月練が知る全ての経緯を、魔王達へと説明する。

 

 

 

「…………確かに、もしそれが本当であれば彼女の罪は減刑される筈だ。しかしそれでも、殺した事には変わりない」

「知るか。それは貴方達が何とかしろ。元より、これも転生悪魔の問題だろ。そもそもの話、彼女達も好きで転生きた訳じゃないのに、強制的にさせたんだろうが」

 

 

最後の最後まで雑というか、攻撃的になってるのは苛立っている証拠なのだろう。一々思い出すだけでも嫌な話を自分の口から話さなければならない不快感からか。しかしそれでも魔王達自体に罵倒を掛けない辺り、彼も自制はしているのだろう。

 

 

「まぁ、黒歌の件は貴方達に任せるとして…………もう一つは、とある悪魔を探してる」

「とある、悪魔………」

 

 

練が追う悪魔は、あの故郷を滅ぼした元凶にして、彼の目の前で親友二人を殺した仇。その姿も顔も、声も忘れたことはない。

 

今まで活動してきた中で、その仇の存在を調べてきた。数多くの協力を経て、遂にようやくソイツに近付く事が出来た。

 

 

意外だったのは、ソイツが自分の知り合いの関係者だったということ。そして、ソイツがただの悪魔ではない、異質な存在だということ。

 

 

 

「───────────、ソイツが俺の故郷を滅ぼした悪魔だ」

 

 

「っ!なるほど、そういう事なのか………すまない」

 

 

「何で謝る」

 

 

「君にとって、その人物が元凶ならば、ルシファーの名を嫌うのは当然だろう。それを知らずに語っていた私の愚かさを、謝罪したい」

 

 

「いや、遠慮する。仮にも魔王、一種族のトップだ。俺に頭を下げるくらいなら、他の被害者達にして欲しいな」

 

 

転生悪魔の件に憤りは感じていたが、自分の故郷に関しては謝罪を言われる謂われもない。同じ種族とはいえ、無関係な者に怨みを抱くことはしない。彼等の種族自体の問題に不服を唱えることはあれど。

 

 

そんな最中、アザゼルが練に声をかけてきた。

 

 

「そういや練、宗明達にでも伝えに行けよ。お前のやってのけた偉業の事をな」

 

「別に偉業ってものでもないだろ」

 

「どうかねぇ?悪魔社会を束ねる魔王達が、神滅具持ちとはいえ人間の言葉に心を動かしたんだぜ?歴史上初めての偉人って、悪魔の教科書にでも乗るんじゃねぇのか?」

 

「………勘弁して欲しいな」

 

ケラケラと笑うアザゼルに頭を撫でられながら、練は困ったような顔をするしかない。止めて欲しいと思う彼だが、実際にやった事がやった事なのでこの後冥界で有名になる未来があるのだが、彼はどう思うのだろうか。

 

 

あぁは言われてるが、アザゼルの言う通り仲間達にこの事を伝えておく必要がある。ひとまずここから立ち去るのが得策だと練は判断し、

 

 

 

「それでは、四魔王の皆様。ここで俺は退出させていただきます」

 

 

四人の魔王達へ頭を下げて、扉の方へと歩いていく。少し前までは彼等に対して怒りを剥き出しにしていた練だったが、サーゼクス達へと向き直り、今度こそ誠意の籠った謝礼をする。

 

 

 

「─────俺の言葉に耳を傾けてくれてありがとうございます。これから転生悪魔の被害者が増えないと思うとほんの少しですが、悪魔への憎しみが晴れたと思います」

 

 

本当にありがとうございました、そう言い残して練は部屋から出ていった。魔王達はあの青年の去る姿を見て何を思ったのかは分からない。少なくとも、今の現状を変えようと考えているのは確かだ。

 

 

 

 

「そんじゃ、一息ついた所で………もう少し話をしようか」

 

「? まだ話があるの?」

 

「重要な話だ、聞いとけよ。お前らにとっても、アイツにとってもな」

 

 

至って真剣なアザゼルの様子に他の魔王達も気を引き締め直す。

 

 

「これはお前らに話すのは初めてだが……………練の親友 ヴァルの父親であるデオラス・レベリオは神器研究者だった。一応俺達とも所縁が合ってな。色々と情報や技術を交換してた。が、奴はとんでもない事をやってたのさ」

 

 

「とんでもない事?」

 

 

「─────新たなる神滅具(ロンギヌス)を生み出すつもりだったらしいな。これまでのシステムを覆すような代物だ。それを造る為に、奴は【禍の団】とも手を組んでたらしい」

 

 

アザゼルの発言に、四魔王達も大きく動揺を示す。その中でも一番反応が大きかったのはアジュカ・ベルゼブブだった。彼はアザゼル程神器に詳しい訳ではないが、それでも研究者であるならばデオラスという男のやろうとした事の強大さは分かる。

 

 

神の造り出した最強の神器、それを越え得るものを人の手で造ろうというのだ。正気などではない。

 

 

 

「テロリストに手を貸していた事からしても頭が痛いがその神滅具は?」

 

 

「不明だ。どうやらどさくさ紛れに持っていたかれたらしい。痕跡一つもありゃしなかったぜ」

 

 

「それで、肝心なデオラス殿は?」

 

 

「それがな。バラキエルの奴に、デオラスの様子を見に行かせたが………………」

 

 

「………何かあったのか」

 

 

「───殺されてた。既に墓まで作られてたらしいぜ、埋まってたのはデオラス本人で間違いなかった。検死させて見たが、死因は腹部を刺された事での失血死だ」

 

 

アザゼルはそう言って、まとめられた書類を四束ほど、サーゼクス達へと投げ渡す。受け取ったサーゼクスが確認すると、そこにはデオラスという男の個人情報、そして既に動かなくなった彼が土の中に埋まっている写真があった。

 

 

 

「問題はデオラスが死んだ時間帯だ」

 

「死亡時刻か………何か問題でも?」

 

「練の故郷である神器使いの秘境───通称『蓬莱』が滅ぼされてから数時間後。向かわせてたバラキエルが練を保護した直後だ」

 

 

そこで、セラフォールがふと首を傾げる。

 

 

「ん?待って?黒月君の故郷が滅ぼされたのってその悪魔の仕業なんでしょ?じゃあそのデオラスさんを殺したのは同じ悪魔じゃないの?」

 

 

「そう思えれば良かったんだがな、もう一つだけとんでもない事実が発覚した」

 

 

嘆息し、アザゼルは更なる事実を彼等に話していく。

 

 

「あの場に残ってた血痕や遺体から行方不明とされてた住人の物だってのは分かった。だが、俺達が全力で探しても見つからないものがあった」

 

「………」

 

「────練の親友とされてた天ヶ星(あまがぼし)ユウキとヴァル・レベリオの遺体だ。そして、一つだけデオラスの研究施設に向かう足跡が一つだけその街からあった。悪魔が襲った場所で死体が無いなんて、お前らならよく分かるだろ?」

 

 

ゾワリ、と。サーゼクスが冷や汗を滲ませる。

最悪の予想が脳裏に浮かび上がってしまった。どうやらサーゼクスだけではなく、セラフォールやアジュカ、ファルビウムも同じのようだ。

 

 

悪魔の駒の使い方に不服を唱え、それらの罪を見過ごそうとはせずにきちんと償わせようとした青年。彼にとって最低最悪の外法が、思い浮かんでしまったのだ。

 

 

「つまり、その二人は──────」

 

 

喉を干上がらせたサーゼクスの詰問に、アザゼルは静かに首を振った。不愉快そうに顔を歪め、青年の育て親である堕天使は吐き捨てる。

 

 

「あぁ、俺の予想からして間違いなく生きてる。だがどっちも最悪なパターンになってるかもしれないがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────アンシア様、準備は整いました」

 

 

冥界の廃墟にて。

外套を纏った何者かが、金髪の青年 アンシアへと声をかけていた。アンシアよりも格下に位置する一般兵士、その報告を彼は求める。

 

 

「魔王達はやはりあの会場には来れないようです。内通者の協力もあり、彼等の動向は全て筒抜けでしょう」

 

 

なるほど、とアンシアは同調する。悪魔側の情勢は全て、彼等に筒抜けである。一つは彼等の神器の効果の一つ、そしてもう一つは──────

 

 

 

 

 

「まさか魔王達も思うまい────信頼している自分の身内や親戚に我々に手を貸す裏切り者がいるとは」

 

 

ニヤリと笑うアンシアに、他の面々も同じように好機を確信したように笑みを浮かべている。

 

 

 

「本作戦は予定通りに遂行する。我々表向きの戦力が動き、協力者が赤龍帝と真天龍を誘導する。夏鈴は奴等と戦闘し禁手化(バランス・ブレイカー)に至らせる、それが不可能であれば神器を奪い取るのみ。場合によっては、()()()()()()()も振るうことも」

 

 

そして、とリーダー格の青年は付け足す。待ちわびているであろうの仲間達に勿体ぶるように。

 

 

 

 

 

「─────会場内の悪魔は一人残らず皆殺せ。かつて我々にされた事と同じようにな」

 

 

 

 

悪魔が、魔王達が、自分達の罪を償おうとしている中、彼等は容赦なく動き出す。目には目を歯には歯を、かつて受けた蹂躙には、同じような蹂躙で返す。

 

 

そもそも、彼等は魔王達の考えの変化を知っても行動は変わらないだろう。此方を攻撃してきた相手が勝手に自己満足して争いを止める気になったとしても、そんな身勝手などは決して認めない。

 

 

そうやって、怨嗟は廻り続ける。積もりに積もった怨みは膨れ上がり、世界すら変えるものへとなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………黒月練」

 

 

その場から離れた森。草木に囲まれながら、少女に近い風貌の美青年 夏鈴(かりん)は1本の花を手にしていた。

 

 

綺麗な花の愛でながら、彼は悲しそうに呟きを漏らす。

 

 

「同じ人間なのに、悪いことを悪いことと見れる人間なのに、どうして殺し合わなければならないのか………最悪彼を殺すことになる場合もあるけど、それが正しいのか………」

 

 

黒月練という青年は、赤龍帝(兵藤一誠)白龍皇(ヴァーリ・ルシファー)同様、神王派にとって最重要とされる存在だ。彼等には禁手化して貰わなければならない、最低でも。

 

もし禁手化が出来なければ、神器を抜き取らなければならない。赤龍帝ならば兎も角、真天龍である黒月練は人間だ。何より、先程の報告で分かったが、彼は転生悪魔の扱いを魔王達に抗議し、それを改めさせる事に成功したのだ。

 

 

自分達とは違う形で他の人の為に戦っている青年。彼と殺し合うのは、本当に正しい問題なのか────、

 

 

 

「いや、僕は迷わない。そう決めただろ」

 

 

足元に、自分の愛でていた花を突き刺す。少しだけ力を送ってやると花は根を伸ばし始め、その場で精一杯花弁を咲き誇らせる。

 

 

夏鈴はその様子を見届けると、その場から立ち去っていく。

 

 

「僕は弱さから訣別するんだ。神王の配下として、僧侶代役として。人類をこの残酷で過酷な世界から救うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

亮斗、セリカ。僕はやってみせるよ、神王の為なら、二人の為なら魔王だろうと戦ってみせる」

 




次回、神王派襲撃始まるよ(ネタバレの塊)


因みに前回からもやってる誰かの回想みたいのは、神王派のメンバーです。前話が騎士(ナイト)のアンシア、今回が戦車(ルーク)のバックマン兄弟です。



追加ですけど、アザゼルの言いたいことは皆さんも分かると思います。悪魔に襲撃された場所から死体が消えるなんて、大体予想がつくと思いますけどね。


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宴会、忍び寄る敵

書きたかったから書いた。特に理由はいらない(何言ってんだ)


練の魔王への直談判から一日が経ち、練と彼の仲間達はとあるパーティーに参加していた。

 

 

冥界で行われているのだ、悪魔達のパーティーに間違いはないだろう。そもそも、このパーティーは若手悪魔へのお祝いを兼ねたものらしい。…………実際には、単に貴族悪魔の連中が適当な理由で酒を呑み交わすつもりだと。

 

 

勿論、練達もそのパーティーに参加が許されている。理由としては魔王達との面談もしていたアザゼルの護衛として。よりまとめると食客みたいな感じだろう。

 

 

 

「…………アイリス、ゼリッシュ。問題はないか?」

 

「?どういう意味でしょうか?」

 

「私が説明しましょう。アイリスとゼリッシュ、貴方達は悪魔に酷いことをされてきた経歴もあるでしょう。練様はその悪魔達がいる今回のパーティーに参加して、辛いと感じたりはしてませんか?…………という意味ですね」

 

毎度練の言いたいことをキチンと補足してくれる宗明には感謝しかない。一応このチームで最古参である宗明はある程度練の気持ちや考えを読み解いて、周りに配慮してくれている節はある。

 

 

…………迷惑かけてばかりだな、と嘆息するしかない。後で宗明には礼を言おうと誓う練であった。

 

 

 

「はい、私は大丈夫です。同じ悪魔の人達と言え、苦手と思っているのは私の元主だけです」

「ま、その主サマも大将が消しちまったけどな!」

 

 

カラカラと笑うゼリッシュだったが、すぐにアイリスに怒られていた。まぁ練からしても間接的に悪魔を殺したという事は、この場でベラベラと話して欲しくない。幸い周りには聞かれてないようだが。

 

 

 

そう思ってる最中、練はピクリと何かに気付いた。沢山の貴族達の集まりに眼を向け、隣にいた宗明に囁く。

 

 

「……………宗明、少しこの場を外す。アイリスとゼリッシュに何かあったら守るようにしろ」

 

「お、おい?大将……?」

 

「────ハッ、かしこまりました」

 

 

困惑するアイリスとゼリッシュの事を宗明に任せ、練もスッと歩き出す。違和感を持たれないようにしながらも、撒かれないように、人混み(悪魔だが)の中を通り──────白が特徴的な小柄な少女の後を追う。

 

 

 

(白音────いや、今は塔城小猫だったか)

 

 

アイリス達から練が離れた理由はただ一つ、自分の恩人でもあり、仲間以外に心を開いてる唯一の存在である黒歌の妹である白い少女を見掛けたからだ。

 

 

ただ見掛けただけならここまで堂々と動いたりはしない。もし他の誰かと話していたら邪魔になるので無視していたかもしれない。

 

 

────そんな彼女が血相を変えてこの会場の外へと向かっているのを見れば怪訝そうにもなる。しかし、練が小猫を追跡するのには理由があった。小猫以外に、彼の意識を引くものが目に止まってしまったからだ。

 

 

 

────彼女が抱き抱えていた黒い猫。それは一度、練も目にしたことがあった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

塔城小猫は黒猫を抱き抱えて、会場の外、森の方へと走っていく。彼女には使い魔である猫がいるが、それは白猫であり、こんなに真っ黒な猫ではない。つまり、彼女が抱き抱えている猫は、彼女の使い魔ではない、全く別のものになる。

 

 

それも当然だが、これは小猫にしか分からないものだ。周りの悪魔ならば単なる黒猫として見向きもしなかったが(そもそも会場に猫がいる事自体異様と思うのが普通かもしれない)昔からその猫を知っていた彼女は、すぐさま森の外へと向かっていったのだ。

 

 

 

 

 

そして────()()と対面することが出来た。

 

 

 

 

 

 

「────久しぶりにゃん、白音」

 

 

小猫の懐から飛び出した黒猫が、現れた女性の元へと戻っていく。

 

 

全てが黒一色の女性。はだけそうになっている着物と後ろから伸びた二本の尻尾。そして、普通にある耳とは明らかに違う猫耳も─────全てが黒色に染まっている。

 

 

塔城小猫を白音という、本来の名前で呼べるのは限られた者しかいない。猫又だった父と母、そして自分と同じく悪魔へと成ったが、はぐれ悪魔となり姿を消した大好きだった姉─────黒歌。それが目の前にいる女性の名だった。

 

 

 

「私がここにいる理由、分かる?」

 

「…………」

 

「────白音、私と一緒に来て。この冥界から離れるの。貴方だけでも見逃してもらえるようにお願いしたから」

 

 

言われた瞬間、小猫は思わず憤慨して怒鳴り返した。今更何をしに来たんだ、貴方のせいでどんな目にあったのか、と。

 

自らの妹からの言葉を聞き、黒歌は申し訳なさそうに唇を噛んだ。しかし、

 

 

 

「………ごめんなさい。今まで助けることが出来なくて、運良くここに来れたの。もう二度と貴方に会えないかもしれないから」

「…………」

「『神王派』は単なるテロリストじゃない。アイツら復讐者、悪魔や堕天使や天使に大切な人を奪われた人間の集まり。ちゃんとしているのもいるけど、自暴自棄になってるのもいる。前に三大勢力の会合を妨害した風刃亮斗のように」

「…………」

「今は落ち着いてるけど、『神王』が本気で動けば三大勢力にはどうしようもないの。彼等が手を組もうと、今の『神王』だけは─────」

 

 

静かに言い聞かせるような黒歌だが、彼女の声音は震えていた。何かを思い出して、怯えているのだ。そんな姉の様子に気付いた小猫は言葉を失い、黙り込むしかなかった。

 

 

姉は自分と過ごしていた時も、こんな風に怯えていることはなかった。故に、小猫にも言葉に出来ない怖気が迫ってくる。

 

 

 

─────自分よりも優れている姉が恐れるほど、『神王』は危険なのかと。

 

 

そんな黒歌だったが、彼女がそれ以上話そうとした途端、言葉が遮られた。横から伸ばされた棒が、彼女の目の前にあったからだ。

 

 

隣に立つのは、額に金色の輪をつけた逆立った短髪の男─────美猴。黒歌に向けていた棒を振るい、肩に乗せると彼はカラカラと軽く笑いながら、黒歌を宥めた。

 

 

「まぁ、落ち着けよ黒歌。感動の再会の途中で悪ぃんだが……………まずは隠れ見てる連中に出てきて貰う必要があるよなぁ?」

 

 

 

投げ掛けられた言葉に、この場に隠れていた面々はそれぞれの反応を示した。一人は息を呑み、一人は気を引き締め、一人は当然かと納得している。彼等はほぼ同時に隠れていた場所から出ていく。

 

 

 

「────部長、イッセー先輩……………」

 

 

現れた自分の主と仲間に、小猫は驚愕を示しながらも言葉に詰まるようだった。彼等に気付かれないようにこの場に来ていた、独断行動を取ってしまった事に申し訳なさそうだ。

 

 

しかし─────木陰が現れたもう一人の人物に、小猫は二人の登場以上に驚きを見せた。

 

 

 

 

「──黒月、練さん……」

 

彼、黒月練とは小猫も交流がある訳ではない。むしろ限りなく無い方に近い。本来であれば赤の他人として気にすることはないはずだ。

 

 

しかし、数日も前、この冥界に向かう列車の中で、練から小猫は自分の本来の名前を告げられた。同時に、彼が姉の存在を口にしていた事もあり、小猫は練の事が気になっていた。彼の話を聞けば、行方不明の姉に近付けるかもしれないと。

 

 

 

────まぁ、話を聞く前に、こうして出会えたのだが。

 

 

 

リアスとイッセーが小猫の近付いていく中、木陰から歩み出た練は黒歌と向き合う。

 

 

少しの間の沈黙。それを打ち破るように、少しだけ暗い顔をしていた練が疑問とすら言えない言葉を投げ掛けた。

 

 

 

「黒歌、【禍の団】に入ったのか」

 

「そうね……………悪かった?」

 

「いや、元より俺が時間を掛けすぎたのが問題だ。もう少し早ければ良かったんだがな」

 

「─────なるほどね、大体分かったわ。まさかあの時の約束の事をちゃんと考えてくれたなんてね。私なんて諦めてたのに」

 

 

あまりにも親しそうな二人の様子に、イッセーと小猫は思わず面食らう。黒歌については小猫くらいしか知らないが、練についてはイッセーも小猫も対面した事が多いからよく分かっている。

 

 

 

悪魔に対して敵対的で、一誠に対して嫌悪感と怒りを剥き出しにして嫌いとまで言及していた。一誠も小猫も、彼に関しては良い感情を抱けていなかったのだ。

 

 

なのに、行方不明であると同時にはぐれ悪魔である黒歌と─────気のせいかもしれないが、楽しそうに話してまでいる。まるで彼女が友人かのような感覚で。

 

 

 

しかし、すぐにリアスが会話の最中何かに気付いた。静かに微笑みを浮かべている練に向けて、声をあげる。

 

 

 

「ちょっと待ちなさい。貴方、黒歌と知り合いなの?」

 

「…………昔のな。追われてたアイツを一度匿ったことがある」

 

「ッ!黒歌を匿っていたの!?彼女はSS級のはぐれ悪魔なのよ!?既に何人の命も─────」

 

「────奪ったのは悪魔の命だけ、だろ?どうせ知らないだろうが、アイツは一度も人間を殺したことはない。 そもそもの話、彼女がそうしたのは全てお前ら悪魔の責任だ。被害者に罪を擦り付けておいて、自分達は正義の味方気取りか?笑わせるなよ、悪魔風情が」

 

「…………被害者?」

 

「─────フン、お前らは知らない側だったな」

 

 

舌打ちを吐き捨て、不愉快そうな顔つきになる練だったが、すぐに眉をあげた。黒歌でも美猴でもない、彼等の近くに隠れているであろう気配に気付いていた。

 

 

 

 

 

相手もそれを理解したのか、隠れることを止めて姿を露にしてきた。

 

 

 

「お話は─────終わりで良いですか?」

 

 

森が捻れ、木々が動き出す。緑のカーテンからスルリと抜け出すように現れたのは、不思議な青年だった。

 

 

 

身体も腕も細く、スラリとした体格の人物。顔立ちは何処か幼さがあり、結ばれた金髪の髪には艶がある。男だというのはすぐに分かったが、女性かもしれないと言われればそうとも思えてしまう程の容姿の青年だった。

 

 

 

彼は黒歌と美猴の近くへと立ち、ペコリと会釈する。並々ならぬ存在感を発しながら、彼は自ら名乗りあげた。

 

 

 

「初めまして、私は夏鈴。神王派、《スペクタートゥエルブ》の一人、僧侶(ビショップ)代役です」

 

 

リアスも一誠も、練も驚愕を隠せなかった。『神王派』、それは【禍の団】というテロリスト組織の中で最も警戒されている派閥の名である。現にたった一人で和平の際に襲撃を為している、他の『旧魔王派』よりも格段と戦力的に上をいっている、それが『神王派』だった。

 

 

 

「『僧侶』………『悪魔の駒』同じチェスの名を使ってるのは私達への当て付けかしら?」

 

「宣誓と戒めですよ。チェスを生み出したのは人類であり、貴方達ではないという事。そして、我々が正義の為に動いているのではないという事です」

 

「……?それはどういう─────」

 

「失礼、無駄なお喋りでしたね。────黒歌さん」

 

 

パン! と軽く手を叩き、夏鈴は黒歌へと呼び掛ける。

 

 

「結界を張っていただければ、貴方は手出ししなくてめ構いません。グレモリーも赤龍帝も、私一人で相手できますので」

「………分かってるでしょうけど、小猫と───」

「あの白い子ですね?分かっていますよ、約束は守ります─────見逃せるのは、一人が限界ですけど」

 

 

苦々しそうな顔と共に、黒歌が両の掌を合わせる。瞬時に、空間が変質した。先程までその場にいた筈なのに、違和感が止まらない。まるでいつの間にか、自分達のいる場所が全く別の場所へと移動したかのような。

 

 

 

 

「結界を張ったにゃん。これで会場にいる奴等は気付かないわ。…………気付いた所でどうせ、手助けする暇もないでしょうけど」

「助かります。お陰で早く済みますよ」

 

 

しかし、と夏鈴は嘆息する。

 

 

「────厄介なモノまで入り込んだみたいですね」

 

 

夏鈴が指を振るうと、木々の合間から何かが放たれた。暗闇に隠れて見えなかったが、弾丸のように見えた何かだ。しかし、それらは全て上空から飛来した巨体の影によって難なく撃ち落とされる。

 

 

その存在は堂々とこの場へと降り立った。

 

 

「結界か。まさか空間を遮断させるとは……………だが、それよりも厄介な者がいるようだな」

 

 

「た、タンニーンのおっさん!?」

「…………元龍王 タンニーン、か」

 

 

紫色のドラゴン タンニーンの存在に一誠と練も驚きを示す。しかし彼はリアス達に怪我の有無を聞くと、敵である三人の方を睨み付ける。より正確には、夏鈴という青年の方を。

 

 

 

 

「おおおっ!?ありゃあタンニーンじゃねぇか!龍王が出てくるとは嬉しいもんだねぇい!!」

「……………」

 

 

興奮を隠せない美猴を他所に、夏鈴はタンニーンへと僅かな殺気を放つ。それは自分の行った?攻撃を防がれた、というでは無さそうだ。

 

 

どちらかと言うと、タンニーンに視線を向けられている事に警戒してる感じがある。タンニーンの様子からして、夏鈴に何か違和感を抱いた感じはあったが、彼はそれを警戒してるのか?

 

 

静かに胸元に手を伸ばす夏鈴だったが、彼の前へと美猴が飛び出してくる。美猴は興奮を抑えきれないように、口角を緩ませながら、夏鈴に聞いてきた。

 

 

 

「なぁ、黒月練は諦めるとして、タンニーンとやらせてもらってもいいよなぁ?アンタらの目的はそこらの二人だって聞いたしよぉ」

 

「……………まぁ、良いですよ、別に。元々我々の目的に龍王は無関係ですので。何なら相手してくれた方が助かります。………邪魔されても面倒なので離れた所に移動してくださいね?」

 

 

言われるや否や、楽しそうに美猴が棍を取り出し、タンニーンと向き合う。

 

 

「勿論!そういう訳だ!派手にやらせてもらうぜいッ!元龍王様よぉ!!」

 

「フンッ!ほざくがいいッ!!」

 

彼等はそう言うと、この場から離れていく。美猴は夏鈴に言われたように、タンニーンも本気を出す為にこの場から退避したのだろう。一誠達がいれば全力を出そうにも出しきれないから。

 

 

 

「さて、これでようやく話が出来ますね。リアス・グレモリーさん」

 

 

夏鈴はそう言うと、リアスの名を呼びながら、小猫を指差す。

 

 

「さて、要求通り大人しく黒歌さんの妹さんを引き渡してください。彼女は黒歌さんの姉妹であり、貴方達悪魔の所有物ではないのですよ」

 

「ッ!ふざけないで!小猫は私の眷属、家族なのよ!貴方の方こそ、勝手にこの子を物扱いしないで!!」

 

「…………ふむ、それは可笑しいですね。悪魔にとって人は下等生物。道具のような扱いなのでしょう?だからこそ、我々人間が虐げられてるのでは?」

 

 

言われた言葉に、リアスは否定の言葉を出すことが出来なかった。悪魔が人間を道具のように扱っている、その事自体に心当たりがない訳ではない。だからこそ、気安く反論することができない。

 

 

 

「さて、私達の目的は二人との戦闘ですが、陽動として悪魔の抹殺も許可されてます──────分かります?別に貴方を殺しても問題はないんですよ?グレモリーさん」

 

 

向けられた濃厚な殺意。それもはぐれ悪魔やエクソシストから向けられてきたものとは違う。異様な程の鋭さと圧力に、リアスは唇を噛み締めた。

 

 

前に踏み込もうとした直後、自分の主を守るように一誠が飛び出す。興味深そうに眼の色を変える夏鈴を、一誠は睨み付けている。

 

 

 

「小猫ちゃんと部長には手を出さねぇぞ」

 

「…………好都合ですね。貴方が自ら挑みに来るとは。丁度良いです、殺すなとは言われてますが、親友の敵は私が討つとしましょう」

 

「…………親友?」

 

「おやおや、忘れたんですか?貴方が倒したんですよ、三勢力の協定の時に」

 

 

言われた途端、一誠はハッと気が付いた。三勢力の和平の際、夏鈴と同じく神王派を名乗っている青年がいた。そして、彼は一誠が苦戦を強いられながらも、何とか撤退へと追い込んだ。

 

 

あの青年の台詞が、脳内に再び響いてきた。

 

 

 

 

『そして俺は!《神王派》のトップ《トライデントフォース》の一人、『兵士(ボーン)』の風刃亮斗!!偉大なる『神王』の尖兵としてテメェらを滅ぼす破壊の嵐だ!!殲滅してやるぜ、王の威光によって。俺達の怒りの力でなァ!!』

 

 

 

「まさか────!?」

 

「えぇ、僕と亮斗と…………セリカは仲良し三人組でしてね。全力でやらなかったとはいえ、親友を倒された貴方を倒したいと考えていました。というわけで、是非相手してくれますよね。拒否はさせませんよ」

 

 

 

 

 

「どうやら最初のお目当てはお前らしいな」

 

 

 

練はそれだけ言うと、近くの木に背を預けた。テロリストが目の前にいるというのに、全くといっていい程戦う様子がない。そんな練に、一誠も声を荒らげた。

 

 

「はぁ!?練!お前何してんだよ!?」

 

「大方奴一人がお前達、悪魔に喧嘩を売ったんだろ。ならそれはお前達悪魔が相手するのが道理だ──────俺は黒歌と白音………いや、小猫に手を出されれば動くだけだ」

 

 

歯噛みする一誠、それは好都合と笑みを深める夏鈴。二人の視線を浮けながらも、練は近くの大木に背を預けながら、心の中で呟いた。

 

 

 

(───目的、ね)

 

 

 

 

(奴の目的は俺と兵藤一誠と言っていた。前に襲撃してきた風刃亮斗の話しによれば、兵藤一誠を特別な存在としていた。つまり、俺もアイツも、奴等にとって見逃せないものということになる)

 

 

練からすれば、兵藤一誠と同列視されるのは心底気に食わない。だが、今は感情論で語ってられる問題ではないのだ。黒月練と兵藤一誠、二人の共通する点は────

 

 

 

 

(─────神滅具(ロンギヌス)。正確には天龍の力、か?)

 

一誠が赤い天龍ドライグ、そして練が黒い天龍 ヴェルグ。その二人を何故狙うのか、練にはある程度検討がついていた。練に足りない唯一の欠点、そして大方兵藤一誠にも類似してる事。

 

 

 

────禁手化が使えないという点。ならばあの夏鈴が戦いを挑もうとしてる理由は────強制的にでも、禁手化を引き出そうという事かもしれない。

 

 

どちらにしても、練が進んで戦う理由にはならない。

 

 

 

黒歌と小猫(あの二人)さえ守れれば俺に問題はない。今はあの二人の戦闘を見ておくことにするか)

 

 

今現在、神王派の目的がよく読めない。敵を倒すには、対処するには、まず奴等の目的と計画を知る必要がある。その為には相手の話、言葉、感情などから知ることが出来る。

 

 

兵藤一誠(あの馬鹿)が勝手に飛び出したのは、少し予想外だった。練からすれば一誠と夏鈴が戦うのを観察していればそれでいい。命を懸けて助けたいと思うような奴でもない以上。

 

 

連中が死なせるつもりのないのならば、奴等の目的を少しでも探るための当て馬になって貰おう。

 

 

 

「さぁ────始めましょうか、赤龍帝」

 

「ッ!望むところだ!」

 

 

向けられた殺気。咄嗟に一誠は『赤龍帝の籠手』を腕に展開する。最初の倍加を行い、美青年へと突っ込んでいく。

 

 

対して夏鈴は指先に翡翠色の宝玉のついた指輪を嵌め込んでいる。両手の中指に一つずつ、アレが彼の神器なのだろう。

 

 

 

 

「─────『自然の庭園(ナチュラル・フィールド)』」

 

 

 

突如、言葉を口走ると同時にしゃがみこんだ夏鈴が両手を地面に押し付ける。直後、翡翠の光が夏鈴を中心とした周囲へと波紋のように広がっていく。違和感と共にドライグの警告が脳裏に響いた直後だった。

 

 

 

 

───地面を隆起させる程の何十もの巨大な荊が眼前へと飛び出してくる。上空へと伸びたそれは、毒々しい刺を伸ばしながら、一誠のいる地面を豪快に叩き潰した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

────時は、数分前に遡る

 

 

 

「なぁ、宗明パイセイ。アタシらも大将の元に向かわなくてもいいのかよ?」

 

「構いませんよ。むしろ我々が邪魔になりかねませんし…………今はここで大人しくした方が良いでしょう」

 

 

パーティー会場の隅の方で、宗明達は密かに食事をしていた。元よりこの場は悪魔の集まりなので、人間である自分達が中心に行くわけにはいかないので当然といえば当然なのだが。

 

 

 

「なぁ、あんた達少しいいか?」

 

 

すると突然。

自分と同じ、少し年下の若者から声が掛けられた。宗明は瞬時にその青年が悪魔────に近い、転生悪魔だと気付き、警戒をしながらも丁寧に応じた。

 

 

「はい、何用でしょうか? 我々に何か問題でもあられましたか?」

 

「いや…………アンタ達どう見ても人間だろ?俺も元人間だしとやかくは言えないけど……………一応他の貴族さん達に小言言われたりしてないかって」

 

 

どうやら、彼は自分達の事が気になっていたらしい。この場に人間がいれば他の悪魔からどんな風に言われるかは分からなくもない。

 

 

警戒しすぎましたね、と宗明は反省しながらもにこやかな笑みを浮かべ直した。

 

 

 

「ご安心を。我々は魔王様からの許可を頂いた者ですので。本来はアザゼル総督の護衛として来ておられてたのですが…………今は私達のリーダーが用で席を外されておりましたので、こうして片隅で食事をさせていただきました」

 

 

丁寧に会釈しながら話す宗明に、匙は納得したようだったが、すぐに自分の言葉遣いを改めた。仮にも他の勢力のトップの護衛、下手な口を効いて怒りを買うわけにはいかないという感じか。

 

 

「そっか………ちょっと迷惑でしたか?それなら謝りますけど」

 

「いえいえ、不要な気遣いですよ。人間は悪魔達の中にいると浮いてしまいますのでね、何より私の仲間達も悪魔が少々苦手ですから」

 

 

少し前でも、他の悪魔に言い寄られてたアイリスとゼリッシュだったが、彼女達もかつてのトラウマがあるのか恐怖していた。まぁその悪魔は宗明が懇切丁寧な言葉(要約、早く消えろ)で追い払ったのだが。

 

 

 

 

「あ、俺匙元士郎って言います。今は普通に悪魔をやってるんですけど」

 

「なるほど、私は諸葛亮宗明と申します。以後、よろしく戴ければ」

 

「へぇ、諸葛亮さんですか…………………え?諸葛亮っ!!?」

 

 

互いに名乗る二人。匙という少年は宗明の名字に思わず眼をひんむいていたが、宗明は慣れたことなので気にしない。

 

 

色々と質問されたが、それに真面目に返していく宗明。しかし彼の話だけに意識を向けずに、隣にいるアイリスやゼリッシュにも気を向けておく。目を離しておくと、ロクな奴等が寄ってこない。

 

 

彼女達も普通に比べてみれば美人や美少女に部類されるだろう。況してや他勢力の存在だと思うなら、勧誘もうざったらしくなる。

 

 

…………多少問題を起こすことを承知でも良いから、フリードでも連れてくるべきだったか、と。宗明も少しばかり考えたが、やっぱり面倒が目に見えてるので思考を放棄することにした。

 

 

 

話の最中、匙が興味深い事を口走った。

 

 

「ふぅん、じゃあさっき話に聞いた人もアンタ達の仲間なのか。そう言ってくれれば良かったんだけどなぁ」

 

「…………?なんの事です?」

 

「え?いや、さっき警備されてる悪魔の人達が騒いでたらしいんだ。なんか人間と貴族の方が騒いでるって」

 

「…………我々は他に仲間はいませんよ?リーダーも別の方に向かっていましたし。きっと他の方では?」

 

「そ、そうなのか?けど─────」

 

 

匙の懸念は宗明もある程度は推測していた。この場に訪れる事の出来る人間など数少ない。その一例である宗明達がこの場にいる以上、他の勢力からの使いである可能性も考えていい。

 

 

だが、わざわざ自分達も同じようにこの場に来る他勢力の人間がいるだろうか?よりによって、同じ日に。何より、悪魔達の宴会の場に。

 

 

 

(……………嫌な予感がしますね)

 

 

「アイリス、ゼリッシュ、警戒を。何か殺気を感じます、大方この場を狙っているのでしょう─────」

 

 

 

 

 

直後、和気あいあいと話し声に満ちていた会場に一発の銃声が響いた。

 

 

 

一斉に静寂が広がる。しんと静かになった空気の中で、閉ざされていた扉が盛大に開かれ、何かが転がってきた。

 

 

中年の悪魔。彼は口から血を流し、その身体を灰へと消滅させた。残りカスを踏み潰し、謎の青年が踏み込んでくる。

 

 

金髪の髪を整えた、規則正しそうな青年。彼は無手でありながら堂々とした様子で会場の奥にある台へと移動する。

 

 

立てられていたマイクを強引に手に取り、青年はマイクに向かって声を整え、落ち着いた様子で告げた。

 

 

 

「我々の名は『神王派』、《スペクタートゥエルブ》。神王の配下にして忠実なる駒。神王に近いとされた三人のトップとは違い、主の敵を殺すために結成された十二の剣刃」

 

 

その青年の言葉が響くと同時に、ざわめきが生じる。しかしそれはすぐさま収まることになった。更なる変化、青年────アンシアの隣に、複数の人影が存在していたのだ。

 

 

 

 

───一人は、鮮やかな色合いの法衣を纏う少しの黒髪と藍色の長髪を伸ばした青年。名を、シフリン・バックマン。

 

 

 

───一人は、全身をローブで包み隠し、シフリンの隣に寄り添う少しの藍髪と黒色の髪を伸ばした少女。名を、シーマ・バックマン

 

 

 

 

───一人は、2メートルにも匹敵する長身の大男。全身を黒装束で包み、白い仮面を纏う異様な存在。名を、朧。

 

 

 

 

たった四、されど四人。

自分達よりも数の多い悪魔達のいる会場へと踏み入ってきた彼等には、自分達の勝利を自負する自信があるのだろう。

 

 

「自己紹介は終えた。これより我々は目的を遂行する」

 

 

アンシアが手を振るうと、出口の扉が強引に吹き飛ばされる。這い出てきたのは、純白の鎧を着込んだ重装備の兵士。巨大な槍、剣、斧等の様々な武器と全身を覆い隠すような程の盾。それらを両手に飾り、兵士達が近くにいる悪魔達を牽制する。

 

 

 

「これより、一人残らず─────」

 

 

困惑に包まれる悪魔達を余所に、人間達が動き出す。アンシアという青年が虚空へと手を伸ばすと、一瞬にて彼の両手に二つの銃が備わっていた。

 

 

 

 

 

それだけではない。

青年の背後から、更なる銃が出てきた。猟銃と言うよりも、アサルトライフルに近い感じだ。銃はまるで意思を持つかのように、自動で弾を装填する。そのままアンシアの隣に移動し、銃口を貴族達へと突きつける。

 

 

 

後退りする彼等の様子を気にすることなく、アンシアは宣誓する。それはまるで、死刑宣告をする裁判官のような冷徹な顔向きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────鏖殺、皆殺しだ」

 

 

直後、放たれた弾丸の雨が炸裂する。飛び散る鮮血と肉片、近くで同族が殺された事を知り、悪魔の一人が悲鳴をあげる。

 

 

 

顔をしかめるような火薬の臭い。しかしアンシアが放った凶弾が、全ての引き金だった。彼の周囲にいた仲間達が飛び出し、悪魔達へと遅いかかる。単なる突撃ではなく、この場全ての悪魔達を、言葉通り皆殺しにする為に。

 

 

 

 

────復讐者達の報復が、血と血で洗う殺戮を引き起こした。




ようやっと『神王派』襲撃編に入れた、強引過ぎたかもしれないけどそうしないと話が進まない(悲哀)




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自然に愛されし者

お久しぶりです。1ヶ月ぶりの投稿ですね。


『───相棒、無事か』

 

 

「────あぁ!何とかだよ!」

 

 

 

巨大な荊による攻撃。地面を大幅に叩き潰したその一撃を、一誠は何とか回避していた。膨大な質量による叩きつけだが、見て避けれない程の動きではなかった。

 

 

対して、夏鈴はあまり気負ってはいない様子だった。初撃で仕留められる相手だとは思っていなかったのだろう。彼は翡翠に光る指輪を輝かせ、片手を一誠へと向けると、

 

 

 

 

「─────『(イバラ)』!」

 

地面が隆起し、更に複数の荊が這い出してくる。しかし先程のような巨大さは無く、あくまで蔓のように細い荊だった。

 

 

「僕のセイクリッド・ギアは『自然の庭園(ナチュラル・フィールド)』。植物を生み出す事も成長させ操る事の出来る神器!」

 

 

そう言い切ると、夏鈴は腕を振るい、複数の荊を叩きつける。

 

 

自然から生み出されたものが、しなった鞭となり、一誠へと襲い掛かっていく。思考よりも先に、悪寒が全身を駆け巡り、すぐさま前へと飛び出した。

 

 

 

しかし、一誠が夏鈴へと直進した瞬間、突如足が引っ掛かった。思わず転げそうになるが、そうはならなかったのは特訓の賜物だろう。

 

…………引っ掛かっていたのは、そこら辺の石ころなどではなかった。一誠の足に、蔓のような根が巻き付いていた。

 

 

「植物成長───生態変異!」

 

 

その隙を作った夏鈴は、翡翠に輝く指輪のついた手を、地面に押し当てる。緑色のエネルギーが大地に行き渡ると、一誠の足元で小さな植物が芽生えた。急激な神器の効果で、成長したようにも見える。

 

 

同時に、小さな植物が膨らむと、真上────より正確には一誠の近くに何かを飛ばす。それは、堅そうな木の実に見えた。

 

 

しかし、夏鈴が神器で生み出したものだ。単なる木の実とは思わない方がいいだろう。

 

 

 

 

「『爆花散(バッカサン)』────着火ッ!!」

 

 

指を鳴らした夏鈴に呼応するように、真上へと飛んだ木の実が連鎖的に破裂する。小規模の爆発だった。手榴弾の方がまだ威力は高いだろう。

 

 

現に、兵藤一誠には大したダメージとはなっていない。

 

 

 

「嘗めんじゃ、ねぇッ!!」

「別に、嘗めてはおりませんよ。この程度で死なれては、我々の計画に役に立てませんから、ねぇ?」

 

 

 

両手の指輪を激しく発光させ、翡翠の閃光を遠慮無く解き放つ。

 

 

 

 

「─────『咲き誇る花弁(ルーティン・フラワーズ)』」

 

 

 

 

瞬間、一誠と夏鈴を中心とした周囲がピンク色に染まる。いや、染め上げたのは無数の花弁だ。何処からか発生したか分からない花びらが、一つの空間を桃色に満たしたのだ。

 

 

そして、舞い上がる花びらに視界を遮られた一誠が、目を凝らすと─────信じられないものが見えてきた。

 

 

 

 

 

花弁の渦の中に立つ夏鈴。その離れた場所にある花びらの群れから、同じような姿の青年が立ち上がっていたのだ。何人も増え続け、次第には数十人にまでなっているではないか。

 

 

 

『驚く事はない』

 

『こんなものは単なる小技に過ぎないんですから』

 

『他の面々は、既に貴方達を難なく倒せるまでの技と力を身に付けているのですから。私のは所詮ただの小技。脆弱な者にしか通用しないのですから──────ねぇ!』

 

 

 

数十人の内、一人が飛び出してくる。咄嗟に一誠もギアの備わった腕を構えるが、迫ってきた夏鈴は構えた腕とは違う方に体を反らし、さらけ出された一誠の横腹に蹴りを叩き込む。

 

 

メリッ! と、そこまで重くないが、ダメージは響いてくる。このまま何回も、何十回も受ければ一誠の体力が削れていくだろう。

 

 

「クッソォ!!」

 

 

舞い上がる花びらの吹雪の中に溶け込む夏鈴。一誠が拳を振るった時には、既に分身の方を攻撃していた。感触は軽く、全く効いてない。分身は吹き飛ばされることなく、その場で霧散して花渦の中へと戻っていく。

 

 

そういうことが、複数も続く。夏鈴という少年には力がない。風陣亮斗のように悪魔を一撃で屠れる底力や一誠のように神器で底上げさせた反則級のパワーは。

 

 

だが、いやだからこそか。

技や神器の応用を利用する少年の戦い方は、あまりにも厄介すぎる。

 

一誠が今まで戦ってきた相手、堕天使レイナーレや不死鳥ライザー、歴戦の堕天使コカビエル、そして風陣亮斗。彼等は色んな戦術を使えど、それぞれ正面切って遠慮無く戦ってきた。それは強者として慢心があったからこそ、策を弄する価値もないという油断があった。だから一誠はギリギリ生き残ってこれた。

 

 

だが、相手は自分と同じ弱者。弱いからこそ油断もしなければ慢心もしない。平然と策を弄して、一誠を追い込んでくる。

 

 

だが、何もせずにやられている一誠ではない。今まで強くなるために特訓してきたのだ。そう簡単に倒されてなるものかと、力を拳へと込める。

 

 

 

 

 

「─────ソコだぁぁぁぁぁァァァっ!!」

 

 

無数の分身が動く中、一誠が背後を振り返る。吹雪の中で蠢く分身の中でも、攻撃してくる時には近づく動きがある。無数の分身が花弁で作ったものであるなら、攻撃するのは、あくまでも本体でなければならない。

 

 

つまり、近づいて狙い撃ちしようとする者こそが、本体。

 

 

 

その意図を予測して、一誠は背後から自分に近づいてきた夏鈴に狙いを定める。少年も、その動きに目を見開き息を飲む。回避しようとするが…………間に合わない。

 

 

 

 

そして、一誠の拳が────夏鈴の頬へと吸い込まれるように、叩き込まれた。

 

 

 

 

────しかし、一瞬で拳の先の感触が消失する。殴った感触は間違いなくあった。あれは夏鈴本人で間違いない。なのに、夏鈴はこの場から姿を消した。

 

 

 

気を取られた途端、一誠の首が強い力で締め付けられる。呼吸が一気に閉ざされたことで、圧迫された肺から口へと酸素を求める呻き声が漏れる。後ろに目を向けると、

 

 

 

 

「………嘗めないで…………いただきたいッ!!」

 

 

片頬に殴られた後を残す夏鈴が、一誠の首を背後から締め付けていたのだ。両腕で抑え込み、まるで絞め落とすように、力を込めていく。

 

 

 

「い、いつの間に後ろに………!さっき殴ったやつはぶっ飛ばしたんじゃ────」

「全部偽物であり本物ですよ……!私の花弁で形作った分身!私自身も花弁かとして移動していたんです!貴方に見切れる訳ないでしょう!」

 

 

つまり、一誠が本体を攻撃しようと関係なかったのだ。何故ならすぐさま花弁へと自らを変化させ、数ある分身を本体へと変えられるのだから。

 

 

これが、神器を使った戦い方の一つ。反則と言われればそうだが、そうでもしなければ悪魔や堕天使などには勝てない。人間なりの、戦術の一つ。

 

 

 

「このまま絞め落とさせていただきます。貴方は殺すべき必要はありませんので、悪しからずッ!」

 

 

 

「───離せぇッ!」

「グッ!?………そう言われて簡単に離すわけにはいかな────ガハッ!?」

 

 

両腕に力を込め、気絶させようとする夏鈴だが、予想できない反撃に合い、その力を緩めてしまう。脇腹に肘を打ち込まれたことでよろけた夏鈴に、一誠は後ろを向き直り、神器を纏った腕を構える。

 

 

だが、攻撃されるよりも前に、地面から伸ばされた荊が一誠へと振り下ろされ、妨害を行う。一誠も棘ばかりの荊を強引に破れないと感じたのか距離を取り、先ほどのような臨戦態勢へと戻る。

 

 

 

 

一対一の現状を見ている者者達────その一人、黒月練は、不服そうであるが少しばかり感心したように鼻を鳴らした。

 

 

「………ふん、中々鍛えたようだな。昔よりも手応えはありそうだ」

「でも、勝てると思うかにゃ?」

「どうかな。一誠の奴は経験を身に付けきれてない、対してもあの夏鈴も、()()()()()のがよく分かる。元々非戦闘員だったなら納得だがな」

「じゃあ貴方なら勝てる?」

「愚問だな────後、どさくさ紛れに胸を押し付けるな。これから一生淫乱と呼ぶぞ」

 

 

淡々と(夏鈴)味方(一誠)(練本人は確実に否定するだろうが)の評価を終えた練はつまらなそうに自分が勝つと頷いていた。

 

 

 

「それ以前に、解せないのはあの魔力だ」

「────やっぱり、そうなるよね」

 

 

現在の戦況など眼中に無いように言う練に、リアスは思わず声をかける。

 

 

「どういうこと?」

「………お前には見えないか、リアス・グレモリー。あの夏鈴が有する膨大なまでの魔力を」

「…………」

 

 

不愉快そうに吐き捨てる青年の対応に、リアスは反応すること無く言う通りに従ってみた。

 

 

すると─────夏鈴という少年の魔力が見えてきた。その中身を見て、絶句する。

 

 

「────嘘、魔王様達に匹敵するほどの魔力………どうして、あんなに莫大な魔力を………っ!?」

「確かにそうだが、問題はそこじゃないだろ」

 

 

総量からすれば、自分達を束ねる魔王達に並ぶ魔力量。それを恐れるのは無理もないが、冷静に見れば重要な所は他にある。

 

 

「魔力量ではなく、魔力の使用についてだ」

 

 

「夏鈴はあれほどの魔力を持っているにも関わらず、肉体が魔法を使えるようなものではない。そもそも、あれは使うというよりも()()()()()()()()()()()()感じだ」

「回復にも使わないみたいだし、あれが彼にとっては普通みたいだけど…………違和感しかないニャ」

「魔術師というよりも、魔力炉そのものだ。よくアレで身体が無事でいられるな」

 

 

莫大な魔力。それさえあれば一誠を圧倒出来るだろうに、夏鈴はそれすらしない。何なら魔力を使用する素振りすら見えない。

 

 

「それに、白音。彼の身体を見て、何か感じない?」

「………え?」

 

突然、疎遠だった姉から声をかけられた事に白音は困惑する。しかし言われたように夏鈴を見詰めていると、何かに気付いたように言葉を漏らした。

 

 

「…………何か、あります。複雑な、術式みたいなものが、神経のように」

 

「魔法使いがやった、にしては複雑ね。あぁいうのは多分魔法を使い慣れてる奴がやったと思うにゃん。

 

 

 

 

 

 

 

魔王クラスの魔力を人間が抑え込むなんて、どれだけの負荷が掛かるのか分かる?そーいう術式があっても、辛いものは辛いのよ。ていうかそもそも、あれが魔力を制御するだけには見えないけどね」

 

 

 

 

 

 

 

練達が話している最中、埃を払う夏鈴が一誠に向けて称賛を述べる。

 

 

「やりますね。流石は赤龍帝、選ばれるだけはありますか」

 

「………ッ、馬鹿にしてんのか」

 

「いやいや、誉めてますよ。及第点という意味ではありますが」

 

 

人を挑発するような言い方に、一誠は怒りを隠さずに拳に込める力を強くする。対する煽りを向ける夏鈴は顔色一つも変えることはない。

 

 

今すぐにでも殴りかからんとする一誠の様子に、夏鈴は深い息を漏らす。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「─────少し、話をしましょうか」

「…………」

「貴方達は我々を誤解している。単なるテロリストと、平和を乱そうとしているとね」

「事実だろ。サーゼクス様達が一生懸命和平を結んだってのに、それを邪魔したりしやがって。なんでわざわざ問題を起こそうとしてんだよお前らは!!」

 

 

息巻く一誠の言葉を聞くと、夏鈴はぽかんとしていた。呆気に取られた様子で固まっていた美少年は、すぐさま笑みを浮かべると────

 

 

「───フハハハッ!ハハハハハハッ!! 一生懸命和平を?あいつらが? 何も知らないってのは、無知は罪だよねぇ赤龍帝!!僕が相手で良かった!他の皆なら怒り狂ってる所だった!」

 

 

吹き出すように、大きく笑い出した。

そんな態度に一誠は憤慨しようとするが、すぐに動きを止める。

 

 

爆笑する夏鈴だが、彼の眼は何一つ笑ってない。それどこか感情の炎が揺らぎつつある。大きな衝撃さえあればすぐに爆発する火薬のような、危うさがある。

 

 

瞳の奥底に宿る激情を抑え込みながら、夏鈴は告げる。

 

 

「平和の為に動いていたのは連中じゃない…………むしろ僕たちの方だ。かつて神王派は【禍の団】に入るまでは一つの目的の為に動いていた。

 

 

 

それは、未だ敵対関係にあった三勢力との和解。それによる世界の安定を保つ事だ!!」

 

 

告げられた事実に、一誠は耳を疑った。

そしてすぐさま信じられるかと怒鳴り返そうとする。だが、それよりも先に傍観していた練が遮るように声を出した。

 

 

「…………ソイツの言うことは事実だ。神王派は数年前まで非公式の神器使いの集まりだった。神王の存在は不明だったらしく、あまり大きく話題にされてなかったが、俺よりも多くの人を助けようとしていたのは間違いない」

 

 

練からの援護に、一誠は多少なりとも困惑してしまう。練は嫌な奴だが、嘘はついたり裏切るような人間ではないと思う。だからこそ、彼からの後付けは信じられる……かもしれない。

 

 

 

「そう、僕達は少しでも争いを起こさないように、人間を傷つけさせない為に動いてきた。三勢力の皆にもそう働き掛けてきた。最初はトップの方々も肯定的だった。少しずつだが、僕達は平和の為に動けていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

………なのに、アイツらは。僕達を裏切った!!」

 

 

夏鈴が怒りに震えるように、大声をあげる。現に抑えきれないのだろう、怒りが。憎しみが。

 

 

 

「多くの戦闘員が被害者である人の救助に向かっていた時の頃。戦えない、戦い慣れてない人達の集まっていた拠点。僕達がいたその場所が──────悪魔と堕天使、天使やエクソシストの連中に襲撃されたんだ!!」

 

 

 

 

 

 

「………何?」

 

 

思わず、練もその話に耳を疑った。

無理もない。その話が事実であるのならば、三大勢力への信頼が一瞬で消え去る。何なら世界中の他神話や他勢力から弾劾されても文句すら言えるわけがない位に。

 

 

 

 

 

「誰も戦えないと分かっておきながら!僕達の仲間を次々と殺していった!!僕の前で、何人死んだと思う!?誰が殺されたと思う!?連中、こう言いながら皆を殺したよ!!

 

 

 

 

『人間風情が。俺達と対等に並んだつもりか』、『お前達など我等の奴隷になるための生き物だ、思い上がるな』って!!」

 

「────」

 

「それなのに、僕達から居場所を、大切な人達を奪ったクセに……何が和平だ!何が協定だ!これからは未来の話だと!?僕達だって、最初は和平の為に動いてたんだ!それをお前らが認めなかったのに…………僕らがいなくなったら満足そうに平和の為とか言いやがって!!」

 

 

話している度に怒りを抑えられなくなった夏鈴。噛み締めた唇から血が滲む事すら関係ないと言わんばかりに、彼は感情を剥き出しにしていた。

 

 

リアスも小猫も困惑する中、練は静かに思案に暮れていた。

 

 

(アザゼルが………?いや有り得ない。そもそも数年前まではアザゼルもサーゼクスやミカエル様達に協力を申し込めるような関係じゃなかった。和平後ならともかく、和平する前に、悪魔や天使と組んでまでコイツらを襲う理由があるか?)

 

 

もしアザゼルが、万が一にもクロであれば、わざわざ堕天使達を使って襲わせるなど有り得ないだろう。自分達がやったという証拠を残すなんて、あまりにも大雑把だ。現場にいた夏鈴が生き残っている以上、やり方が雑すぎる。

 

 

とてもじゃないがアザゼルの手込みだとは思えない。同様の理由でサーゼクスやミカエル様もシロだ。ならば、練が考え得る答えは一つ。

 

 

 

─────誰かが擦り付けているのではないか?自分達三大勢力に、神王派襲撃の罪を。

 

 

もしその可能性が当たっていれば、元凶は密かに笑っているだろう。現状の出来事を見て。

 

 

「だからこそ!この襲撃なんだ!!僕達を単なるテロリストと同列視してる三大勢力への見せしめ!今も何も知らずにいた悪魔達へ、僕達の覚悟を思い知らせてやる為に!!

 

 

 

 

これは僕達の、僕達人間の復讐だ!!身を以て償えよ化け物共ッ!!!」

 

 

夏鈴が両手の指輪を輝かせると、変化が起きた。指輪から緑色の光が生じると、地面から植物の根が盛り上がってくる。急成長したように伸びる樹の根は夏鈴の腕へと巻き付いていく。

 

 

 

「僕達が編み出した神器の技───その片鱗の一つ」

 

 

メキメキ、メキッ! と絡まった根の色が変質していく。金属のような光沢が備わり、黒へと染まった瞬間、空気が一気に変わっていく。

 

 

 

 

 

 

「────『都牟刈(ツムカリ)』!!『地鳴枝(ジナラシ)』!!」

 

 

巨大な鎌のような刃と、無数の棘が備わった鉄球のようなもの。それらの武装を両腕に纏わせた夏鈴は、短い声で警告を発する。

 

 

 

「死なないように、お気をつけて」

 

「………あ?」

 

「────斬草(ザンソウ)

 

 

返事を聞くまでもなく、鎌と化した腕を───横一閃に薙ぎ払う。一誠は何が起こったのか分からない。

 

 

『───不味い!下がれ相棒!!』

 

セイクリッドギアの中から叫ぶドライグの声に体が追いつく。何とか後ろの方に飛び退いた瞬間。

 

 

 

 

一誠のいた場所、が無数の斬撃によって刻まれる。たった一振だった筈なのに、透明な刃が炸裂したような跡が残されていた。

 

 

そして、夏鈴は止まることがない。

地面を隆起させた巨大な木の根を足場として、一誠との距離を縮めていく。

 

 

一誠も、ようやく『倍加』を完了させ、上昇した力を上乗せさせた籠手で殴りかかる。だが、少年は軽々しく回避し、真上へと回転しながら跳躍する。

 

 

そこで、一誠も気付いた。

 

 

夏鈴はただ回転している訳ではない。もう片方の腕、鉄球を蔓のように伸ばし、自身が回転することで大回りに振り回していたのだ。

 

 

動きを止めた瞬間、鉄球の質量が膨張する。遠心力を利用した膨大な破壊の一撃が────牙を剥く。

 

 

 

 

「『地耕(チコウ)打轍(ダテツ)』ッ!!」

 

 

 

 

そして、躊躇いもなく真下へと叩き込まれた。直撃はしなかったが、破壊力が異様すぎる。地盤を砕き、周囲をアッサリと吹き飛ばす。

 

 

「あああああッ!!?」

 

周囲へと飛ばされた瓦礫を直に受けた一誠が激痛に堪えるような絶叫をあげる。尖った石に皮膚が裂けるが、それでも一誠は悶えている暇はない。

 

 

ズドンッ!! と飛び降りてきた夏鈴が、まだ追撃を行おうとしているからだ。

 

 

 

「─────あらゆる物質を刈り取る刃、『都牟刈(ツムカリ)』!どんな防御だろうと砕き潰す鎚、『地鳴枝(ジナラシ)』! 僕が独学で編み出した力!今の貴方には、どう足掻こうと打破できないッ!」

 

 

「クッソォ!!」

 

 

倍加させて殴り付けるが、夏鈴は鉄球で受け止める。余程強化された鉄球には、ヒビが入るだけで完全に破壊できない。そして神器の力を使われた事で鉄球の傷はすぐに修復し、夏鈴は容赦なく迎撃してくる。

 

 

このままじゃ勝てない、一誠は確信させられる。夏鈴はあまりにも強い。自分よりも戦い慣れてるし、何より地力というものに差がありすぎる。

 

 

(───禁手化(バランス・ブレイカー)。木場やヴァーリがやってた神器の奥の手!そうでもしなきゃ俺はアイツには──────)

 

 

 

「禁手化、ですか。笑わせ薙いでください。今の貴方に出来るとでも?」

 

 

心を読まれたと思い、一誠の喉が干上がる。それと同時に夏鈴の眼が鋭くなったのがよく分かった。

 

 

嘲りが、視線に乗せられる。それと同時に侮蔑と憤怒が。圧倒的な力にどうすることも出来ずに蹂躙される一誠を射貫く。

 

 

「禁手化は思いの結晶!僕でも出来ない神器使いの格上たる領域!僕ですらその領域に立つことは許されてない!!今の貴方に、何も失ったことの無いどころか生温い優しい環境で生きてきた貴方なんかに出来ていい筈がないッ!!」

 

 

自惚れるな、という嘲り。思い上がるな、という侮蔑。お前なんかが出来るか、という憤怒。

 

 

 

「終わりだ!!赤龍帝!!」

 

 

腰を深く落とし、鉄球をモーニングスターのように振り下ろさんとする。質量が一瞬で膨れ上がり、悪魔すら殺さんとする必殺の一撃へと様変わりする。

 

 

そうして、今の一誠には鉄球の対処は出来ない。このまま圧倒的な質量の暴力に押し潰されそうに────、

 

 

 

 

 

 

『Effect Bullet!type──BREAKERZ!』

 

 

ガシャコン! という音と共に一発の銃声が炸裂する。たったそれだけ、それだけで現状が変わる筈がない。そう思われていたが、現実は違った。

 

 

 

今にも一誠を叩き潰さんとしていた巨大な鉄球。それが跡形もなく爆散したのだ。

 

 

「なッ、に………ぃッ!?」

 

 

突然の出来事に、眼を疑う夏鈴。当然だ、殺すつもりはなくても後少しで一誠を倒せる段階までいけていた。なのに失敗した。

 

 

そして、瞬時に答えを理解する。あの攻撃と能力は一誠のものではない。それが誰のものか、どういう意図で使われたのかを。

 

 

 

 

「────無様だな、兵藤一誠」

 

 

助けられた一誠は、自分を心配する声よりも先に、呆れるような物言いと見下す視線を覚えた。顔を上げると、膝をつく自分を見下ろした練の姿があった。

 

 

 

「今のは………お前の神器なのか?」

 

「…………見て分からないか?」

 

 

ガシャン、と散弾銃を装填し直す。相変わらずトゲのある言い方に一誠は食い掛かりそうになるが、傷が痛みそれが憚られる。

 

 

「………大人しくしろよ」

 

 

『Effect Bullet! type───HEARING!』

 

 

胸元の装甲に組み込まれたリボルバーの部位が、勢いよく回転する。そして胸元の宝玉が『HEARING』という単語を発すると同時に、穏やかな印象の見受けられる緑色へと変わる。

 

 

そして練は、同じような翡翠の光が散弾銃に行き届くのを見ると─────一誠の額へと押し当て、あっさりと引き金を引いた。

 

 

 

「───一誠!?」

 

 

離れた場所から一誠が撃たれたのを見たリアスが慌てて駆け寄る。後ろへと倒れ込んだ一誠を抱き抱えると、すぐさま練を睨み付けた。

 

 

「貴方、どういうつもりなの!?無防備だった一誠を撃つなんて!!」

 

「…………抗議ならもう少しちゃんと確認してからしろ、リアス・グレモリー」

 

今にも胸倉を掴みそうな剣幕のリアスに対して、練は苛立たしそうに銃口を一誠へと向ける。警戒を隠すことなく一誠へ視線を移したリアスは、すぐに眼を疑うことになる。

 

 

「…………嘘。一誠、傷はどうしたの?」

 

「いや、分かんないです部長………練に頭を撃たれた時から、自然と痛みが引いて………」

 

一誠の身体からは傷が消えていたのだ。破れた服から見ても攻撃を受けたのは事実なのだが、肌にあった切り傷などが欠片も存在しない。

 

 

『HEARING』、その単語の意味は治癒。

練の有する神器────神滅具、『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』は現象、効果を操る。だからこそ、先程のような様々な現象を引き起こすことが出来るのだ。

 

 

 

散弾銃を携えた練は一誠の前へと歩み出すと、振り替えることなく告げる。臨戦態勢を緩めることもしない夏鈴を前にして。

 

 

 

 

「今から見せてやる────俺とお前、その力量の差ってヤツを」

 



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神王の配下達

…………(静かに投稿しておく)


一方で。

今現在夏鈴と一誠が戦闘している最中。会場内でも激しい戦闘が引き起こされていた。

 

 

 

貴族悪魔やその眷属達は逃げ惑う者もいれば、容赦なく戦う者もいた。魔力や神器を用いた戦いをしているが、あまり善戦とは言い難い。

 

 

相手は、純光を宿す白き騎士達。どんな攻撃を受けても仰け反る所か後に退くこともしない。

 

 

そんな十の騎士達にすら圧倒されているのだ。それを指示する立場にいる者が動けば、現状はどうしようもない。

 

 

「ま、待て────」

 

その一人を前にした悪魔が、必死に命乞いをする。だが相手は聞く耳も持たずに────拳銃から弾丸を撃ち放った。

 

 

 

 

 

「貴様らに、我々から求めることはただ一つ」

 

 

「死ね、我々の要求はそれだけだ。それ以外の事は認めん、貴様らは惨めに臓腑を散らし、より苦しんでから死ななければならない」

 

 

「鏖殺、鏖殺だ。せめて苦しんで、絶望して死ねゴミクズ。それが我々の望みなのだからな」

 

 

そう言って、アンシアは獲物の一人に銃口を向ける。貴族悪魔の一人だ。小鹿のように弱々しく震えて、先程アンシアが撃ち放った眷属の傍にいる。

 

 

しかし、だ。

最後まで醜く縋っているのではなく、倒れた眷属を必死に護るように、涙を堪えながら前に立っていた。

 

 

震えながらの片腕を向け、貴族悪魔は言う。聞き飽きたような命乞い、ではなく。

 

 

 

 

「お願い…………この子だけは、殺さないで………私の、家族になってくれた、人なの………」

「────フッ」

 

 

泣きながら自分ではない誰かを庇う姿に、アンシアは思わず笑いが溢れた。可笑しな事だ。本当に可笑しな事だった。

 

 

彼女はきっと、良い悪魔なのだろう。悪魔なのに良いも悪いもあるかと思うだろうから、良心的な方にしよう。誰かを思いやることが出来る優しいヒト、だからこそこうやってアンシアの前にも立つことが出来る。

 

 

今引き金を引けば彼女を殺してしまう。優しさを奪うようなやり方、まるで自分達を追い詰めたクズ共と変わらない行いだ。

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

「────ゴミのように殺してきた我等の同胞の言葉を、貴様らは少しでも、耳を傾けてきたか?」

 

 

アンシアは侮蔑を笑みに刻み込みながら、自問するように聞いた。

 

 

彼女が優しくても、良心的だとしても、引き返せる訳がない。アンシアは既に引き金を引いたのだ、抹殺の銃弾で、多くの命を奪った。それも、復讐という、憎悪に身を委ねて。

 

 

 

 

ならば、だ。

妥協してはいけない。

復讐は、自分に甘くなった途端に復讐では無くなってしまう。アンシア個人は、悪魔には恨みはない。あるのは自分を切り捨て、大切な居場所を奪い取った忌まわしき教会だけだ。率先して殺す意味はあれど、強制される筋合いはない。

 

 

 

けれど、誰かを殺すことを躊躇した手で────復讐など果たせるものか。アンシアは止まれない。己の復讐を果たすためにも。

 

 

「怨みたければ、怨め」

 

「……………やめ、て………っ」

 

「我々も、貴様らを怨み続ける。世界はそうやって廻るのだ、これからも」

 

 

引き金を引こうとした途端──────アンシアはすぐさま動いた。真横、自身の右に目掛けて銃を握る腕もろとも振り払う。

 

 

ガキィィン!!

 

鳴り響くのは、金属と金属がぶつかり合う音。より正確には、銃と剣が火花を散らしながら交差していたのだ。

 

 

「そこまでだ、『神王派』」

「…………」

 

 

現れた青年はアンシアの黒金の銃を受け止めていた。同じように黒い魔剣を携え────青年、木場祐斗は自身と同じ『騎士』へと相対する。

 

 

「これ以上、君達の好きにはさせない。ここで僕が倒す」

「ほざけ。悪魔であることを良しとする転生悪魔。邪魔するならば、貴様から先に殺す」

 

 

対して、アンシアの顔に浮かぶのは不快そのものだった。邪魔されたことが、ではない。木場祐斗という青年の顔を見た途端、嫌悪感が沸き上がってきたのだ。

 

 

そして、すぐに銃を向けて何発か撃ち込んだ。木場は咄嗟に直線に迫る弾丸を持っていた剣で弾き、更に撃ち込まれた弾は、足元に創造した魔剣で切り弾いた。

 

 

不愉快そうに顔を歪めたアンシアは虚空へと手を伸ばす。細かな形で造り出されたのは、先程のような拳銃とは違う────アサルトライフルであった。

 

 

それを強引に、木場に目掛けて乱射する。拳銃のような単一の弾ではなく、雨のような鉛玉が飛来してくる。

 

 

木場は足元から無数の魔剣を生やし、盾のようにして防ぐ。とにかく乱射していたアンシアも効果が無いと理解するとすぐさま撃つ手を止めた。

 

 

「『魔剣創造』か。俺と同系統の神器を有する奴と出会うとは…………使い方もなってないガキだがな」

 

「…………銃を造り出す神器。 始めて見るね、そういうものは」

 

「侮るなよ。銃という武器は、多くの人間を殺してきたものだ。より最適化され、より精錬されてきた。勿論、殺戮の為にだ」

 

アサルトライフルを片手で軽く回すアンシア。しかし彼の手にしたアサルトライフルは、少しずつ変化していった。大きさも質量も、見る間に小さくなっていき───拳銃となって手の内に収まっていた。

 

 

「我が神器、『砲銃創造(ガンズ・メイカー)』はシステムが生み出したバグの神器らしい。創造系の神器は他にもあるらしいが、このような現代武器の神器は他にも存在しない」

 

 

正直な話、創造どころの話ではない。造り出した銃の形や種類まで簡単に変えられるのであれば、それは最早禁手化に至っている所業だろう。

 

 

そんな事すら気にせずに、アンシアは嘆息する。銃を弄りながら、見下すように。

 

 

「お前のソレは、既存の魔剣をコピーするに過ぎない。そんな贋作程度で、創造系の神器を名乗るか。本物の創造とは─────こういう物を言う」

 

 

アンシアが銃口を向けた瞬間、銃声と共に銃弾が飛び出す。頭部を狙ったであろう軌道の弾丸に木場は、強度の高い魔剣を足元から造り出す。すぐさま手に取ったそれを振るい、銃弾を弾こうとした。

 

 

 

瞬間、ドォンッ! と木場が振り下ろした剣戟を前に、銃弾が勝手に弾けた。そう見えたが、実際には違う。魔剣が当たる前に、銃弾から風圧が発生して軌道をずらしたのだ。

 

 

そして、ズレた弾丸が木場の脇腹を掠る。脳髄に、稲妻のように響く痛みに木場は僅かに唇を噛み締める。

 

 

膝をつきそうになる木場に、アンシアは銃を

 

 

 

「跳弾だ。空気の変動によって軌道を変えるようになっている。本当は脳天にぶちまけてやりたかったが、ここで殺してやるのも味気がない。………跳弾如きで驚くなよ、この程度は神器無しでも軽く出来る」

 

 

────別の弾を装填した動きは見えなかった。アンシアは先程から普通の弾しか撃ってない。今受けた弾は木場が魔剣で弾いたものよりも軽く、先端が鋭利な弾丸だ。

 

 

 

「弾丸を創造するなど容易い。内部構造のある銃に比べれば頭を回す必要もない程に簡単だ。一秒もあれば、マガジンを一々変えなくてもいい」

 

 

カシャン! と、アンシアの持つ銃に重みが増す。どうやら言葉の通り、弾切れの分を補充したらしい。神器で造り出す事によって。

 

 

 

「………どうやら、今の僕じゃあ君に勝てないみたいだ」

 

「今更か。当然の話だ、レベルというものが違う」

 

「なら───僕に取れる手段は一つ」

 

 

そう言って、木場は新たな剣を造り出す。しかし単なる魔剣ではない。禍々しさと同時に、光のような神々しさすら内包させた一振の剣。

 

 

それを見て、アンシアは両眼を細めた。その剣がなんなのか、彼は情報として認知している。

 

 

 

「────聖魔剣か、禁手に頼るとは愚かだな。貴様の造ったその剣で、俺の神器を越えられるとでも?」

 

「越えられるんじゃない、越えるんだ」

 

「…………馬鹿は何故馬鹿と言われるか、分かるか?理解が出来ん、言われても考えつかんから馬鹿という。まぁいい、そんなにやりたければ試せばいい。その“なまくら”が、何時まで持つか」

 

 

呆れたように、本気で理解できない者でも見るかのような眼のアンシア。ただでさえ、禁手が相手なのに余裕すら崩さないのは、それなりの実力があるからか。

 

 

 

 

「勿論、此方は勝手に消し飛ばさせて貰うがな」

 

 

 

右腕を横に払った直後、彼の隣に巨大な物体が浮かび上がる。銃というには巨大過ぎる筒の塊、戦車の砲身だけが、独立顕現していた。

 

 

 

「────なっ!?」

 

流石の木場も、言葉を失う。アンシアが造れるのは銃だけだと思っていたが、彼は少しだけ間違えていた。

 

 

アンシアは創造系の神器を完全にマスターした。それはつまり、創造系の全域を理解し、裏技までもを編み出そうとしていた事にもなる。

 

 

「概念に捕らわれすぎだ。創造系が、固定概念に捕らわれてどうする。剣なら普通の剣しか造れない、言われた通りの武器しか造れない…………鍛冶でもしてるのか貴様は?」

 

 

面白そうに笑うアンシア。彼は片腕をゆっくりと振り上げ、

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────撃て(ファイア)

 

完全に気圧されていた木場に目掛けて、アンシアは片腕を振り下ろした。直後、砲身から爆発的な火が吹き荒れる。そうやって放たれたのは、膨大な熱量を秘めた鉄の塊。

 

 

 

 

熱波だけもその恐ろしさを感じた木場は逃げようと──せずに、聖魔剣を大きく振りかぶった。避けようにも、あれを避ければ逃げ遅れた貴族悪魔や今も戦っている仲間にも当たってしまう。だからこそ、敢えて迎撃しようと試みる。

 

 

 

 

その結果、至近距離で砲弾が炸裂した。と言っても、直撃ではない。幸い、聖魔剣で弾こうとした事で砲弾が爆発しただけだ。もし普通の魔剣だとすれば、木場の身体が粉々になっていたかもしれない。

 

 

 

しかし、大きく吹き飛ばれた木場は口から血の塊が溢れる。砲撃を受けて傷一つない聖魔剣に手を伸ばそうとするが、すぐにその手が蹴り飛ばされ、倒れ込むと共に頭を強い力で踏まれる。

 

 

 

「────よく受け止めた。それだけは素直に賞賛してやる」

 

響くのはアンシアの褒め言葉。しかしその顔には誉めてるようには思えないような嘲笑が刻み込まれている。

 

 

 

「それにしても、アレは俺にとっても自信の代物だったんだがな。傷一つもないとは、流石は聖魔剣。俺も甘く見ていたものだ。さっきの調子だと数発ではいかないな」

 

 

嘘じゃないぞ、と嘯きながら聖魔剣を見下ろすアンシア。しかし感心するような物言いとは裏腹に木場を圧迫する力は弱まらない。むしろこのまま木場を殺してしまいそうな程にまで、強くなっている。

 

 

抵抗しようと聖魔剣を強く握り締める木場の様子に、感嘆したようなアンシア。しかし賞賛の笑みを溢すこと無く、木場の腕を容赦なく踏み潰す。

 

 

「だが、貴様の相手はそろそろ終わりだ。俺もやるべき事がある」

「やるべき、事……?」

「生憎だが想像してるものとは違う。この場にいる悪魔の皆殺しであれば、朧だけで十分。我々がいるのはあくまでもその保険だとも」

 

 

それに、だ。と夏鈴は付け足す。彼の意識は木場祐斗にも、或いはこの場にいる悪魔達にすら向けられていない。

 

 

すぐ近くの結界の中で今も戦ってる同胞、彼にとって優先順位はそれだけであった。どれだけ悪魔が憎くても、殺したくても、仲間の危険に変えられる理由はない。

 

 

「今も別行動している夏鈴に切り札を使わせたいとは思わない。理由は多々あるが…………アレをしてしまえば夏鈴にも絶大な負荷が掛かる。黒月練は最低でも俺やシフリンが一緒でどうにかなる相手だ」

 

 

過大評価、などではない。

彼等が知る中でも、黒月練の周りの環境は優れすぎている。

 

 

半悪魔であり同じ天龍を宿すヴァーリ・ルシファー、堕天の狗神と呼ばれたスラッシュ・ドッグ、そして彼の仲間である四凶。それらの神器使いの中でも、禁手化に至っている。

 

 

禁手は精神的と肉体的な成長と合わさり、特異的な進化になる。つまり使い手自身の成長が禁手化の手段となるのだが、例外もある。

 

禁手化へと至った神器使いの周りにいたり、それと戦うことで────希に神器使いが強制的に禁手に目覚めるらしい。

 

 

「禁手化を使わせるようにする、それが計画の主柱の及第点だ。黒月練が今回の件で禁手化に至れないのであれば、神器を奪い取るまでの話─────まずは俺がいなければ話にはならんか」

 

ガシャッ! と銃に弾が詰め込まれた。装填されたのは、銀色の弾丸。悪魔を殺すために教会が多くの神父やエクソシスト達に配布させている洗礼された聖弾。

 

 

押さえ込んでいる木場の頭に銃口を向け、アンシアは冷徹に告げる。大して気にしてすらいない素振りで。

 

 

「そういう訳だ。お前の相手に時間をかける暇もない、なのでここで潔く死ね」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

凄まじい爆音に鼓膜が破けそうになる。神王派一人が砲撃を行ったという事実を目にしたソーナ・シトリーとその眷属は大いに困惑していた。

 

 

 

 

「会長!今のは…………」

 

「………木場君と戦ったいた相手のものですね。銃を使う神器というのも初めてですが、あんな事が出来るとは」

 

 

冷静に観察しているソーナだが、彼女も何もしてなかった訳ではない。この間に、光に包まれた甲冑の騎士を何とか倒していたのだ。その際に、アンシアによる砲撃に気付いたという事になる。

 

 

「………確かに、あれだけの実力なら襲撃を任されるのも理解できます」

 

「それでも、無茶じゃないですか!?こんな数人で襲ってくるなんて!」

 

「───我々全員を殺せる手段があるかもしれませんね。少ない人数で襲ったのは被害を防ぐため、この場に閉じ込めることで我々を殺す方法とは……………」

 

 

冷静に見極めるソーナ。大勢ではなく敢えて少ない人数でしたのは、そういう意図があっても可笑しくないという考えだ。

 

 

「兎も角、今私達がやるべき事は変わりません。一刻も早くこの場にいる上級悪魔を避難させます。その為にも、まずは匙との合流を─────」

 

 

 

 

「そういう訳には────いきませんッ!!」

 

 

聞き慣れない少女の叫ぶ声と同時に、ソーナ達の球状のドームが生じる。覆い隠すように全員が包み込まれた事を理解したソーナが目に見えて驚愕する。

 

 

 

「これは────神器!?」

 

変化はそれだけではなく、自分達の身体が動かなくなっていくのが実感できた。まるでブリキ人形のように、ギチギチと。少しだけは動かせるが、徐々に全身に重みが増していっているのだ。

 

 

「動かないでください………!貴方達を倒すのは、この後ですから!」

 

 

そう言うのは、青が混じった黒髪を長く伸ばした少しだけ自信がなさそうに見える少女 シーマ・バックマンであった。

 

 

彼女の神器は範囲内の生物に重力を与えるものだ。正式な名称は『重圧の王域(ロード・グラビウス)』というものだ。明らかに強いのだが、彼女はそれをあまり使いこなせていない。

 

 

 

だからこそ、隙を狙うことは可能なのだ。

 

 

 

「────え?」

 

両手を向けながら神器を発動していたシーマは突然の変化に戸惑っていた。力が全身から抜けてきたのだ。無気力状態みたいになり掛けたが、自身の気を保ち持ちこたえる。

 

 

すぐに気付いた。

自分の腕に何らかの舌みたいなものが巻き付いているのを。そしてそれは、少し離れた場所にいる青年から延びているのを。

 

 

その青年を見て────シーマは呆然としていた。

 

 

 

「………嘘、なんで?」

 

「会長!皆!無事ですか!?」

 

 

舌を伸ばして力を奪おうとしていた、匙の姿をソーナ達も目にする。しかし、それでも声に出すことは出来ない。まだシーマが神器の効力が残っている。

 

 

力を吸われてもまだ、神器を解こうとしない。膝をつきそうになりながらも、彼女は必死に神器を解除させまいと堪えていた。

 

 

「この子は俺が押さえてきます!だから会長!少しだけ耐えて───────」

 

 

瞬間、ソーナ達へと声を挙げていた匙の言葉が、途切れる。突然、真後ろから頭部を殴られたのだ。しかし、臨戦態勢という訳でもなく、あくまで後ろにゆっくりと歩んできた形で。

 

 

それだけで、匙は地面にのめり込んだ。床が砕け、僅かな血が飛び散る。相手は頬に付いた血の痕跡を指で拭い取り、冷徹な声音で吐き捨てる。

 

 

 

 

 

 

「───麗しき妹に、気安く触れないでくれるか?」

 

 

藍色のような長髪を長々と伸ばしたナルシスト風の青年 シフリン・バックマン。匙が力を奪っていたシーマの血の通った家族、兄であった。

 

 

彼は芝居がかった様子で手振り身振りしながら、嘆くように叫ぶ。

 

 

「妹はまだ純潔なんだ。至高かつ天玉の如くの子だ、嫁入り前に舌で辱しめられるなんて────そんなの兄が!許せると思うかな!?」

 

 

…………実際違うと思うのだが、誰も否定しない。悪魔に接触されただけでも毛嫌いする者もいると聞くが、彼のそれは少し違う。誰にもでも有り得ること、家族の身を案じているだけなのだ。

 

 

力を吸いとられていたシーマはシフリンが手助けした事に驚いた声を出す。

 

 

「シフリン、お兄様!」

 

「気にすることはない、我が妹よ。この者は私が相手しよう。シーマは、彼女達の………いや、標的の貴族達の足止めに徹するのだ。アンシアと朧が仕留めてくれるから、な!」

 

「でも……お兄様、あの神器は───」

 

「違うさ、あれは似てるだけだ。なんせ同じ龍王の魂を宿してるから、な!だからこそ、彼の相手は私が努めるべき!そうだと思わないか?我が麗しき妹よ」

 

 

困惑したように匙の事を言うシーマだが、シフリンはやはり舞台に登場する王子のような立ち振舞いをしながら優しく提案する。

 

 

二人とも、匙の神器を事をある程度知ってるようだった。だからこそ、露骨に反応したのだろう。同時に、相手は自分がするべきだとシフリンが判断したのだ。

 

 

自らの兄の判断に、シーマは納得していた。むしろ否定する理由もない。

 

 

「分かった………お兄様」

 

「何か?」

 

「……………負けないでね」

 

「─────当然だとも。シーマの頼れる兄だからね」

 

 

そう言うと、シーマは困ったように「………うん」と答えながらソーナ達に向き合う。彼女に戦闘能力はない。あくまで動ける者の拘束。その間に何も出来なくなった連中をシフリンやアンシア達が倒す、それが何時もの流れだ。

 

 

 

「テメェ……!そんな事させる訳───」

「させて貰おう!華麗にねッ!」

 

 

そうはさせまいと勢いよく匙が立ち上がると同時に、顎に目掛けて容赦ない蹴りが叩き込まれる。軽く振るわれただけなのに、肉体の内側に衝撃が走ってくる。

 

 

それだけでは留まらず、シフリンは更に追撃を続ける。匙の腕を掴み取り、匙をそのまま叩きつけたりして、軽々と放り投げる。

 

 

床を跳ね、大きな机に叩きつけられた匙が呻く。だが、そんな暇はなかった。跳躍してきたシフリンが垂直に、匙へと狙いを定めて飛び降りたのだ。回避しようと動かすが、痛みによってそれが間に合わず─────、

 

 

 

グシャッ!!! と。

骨が砕けてしまうような鈍い音が身体から響く。ただの人間が降りたとは思えない────巨大な岩よりも大きな鉄塊が押し潰してきたようだった。

 

 

「ぐッ、ガァああアアッ!!?」

「やれやれ、そんなに苦しまないでくれよ。ただ踏みつけただけじゃないか」

 

 

文字通り、血を吐く程の絶叫をあげる匙に、シフリンはあくまで平然としている。踏みつけた際に床に小さくない程のクレーターを作ったのにも関わらず、その足取りは揺るかなものだ。

 

 

「ふむ、君の神器は知ってるよ。『黒い龍脈』、封印されたヴリドラの一欠片。因果だね、まさか私達の前に現れるとは」

 

 

近くのテーブルに並べられた料理の一つ、果実を手に取るシフリン。同じように並んであった金属製のナイフを使い、果実の皮を切り取っていく。

 

 

戦場であるというのに、表面上のシフリンに警戒心は見えない。いや、見えないだけで緩めてすらいないのか。それすら今は分からない。

 

 

 

「神器から伸ばした舌で相手の力を奪う。シンプルだが、ある意味では厄介だ。私以外の相手だと幾分かの力は奪えるかもしれない」

 

「…………っ」

 

 

ゆっくりと起き上がる匙。痛みは引いていないが、それでも動かねばいけない。正直な話、今の匙ではシフリンに叶わない。それは未熟な彼自身にも分かることだ。

 

 

それでも、今は出来る事をするだけだ。そう決意して、匙は腕に嵌め込まれた神器、『黒い龍脈』をシフリンへと向けようとする。

 

 

果実を齧ったシフリンはゴクリと呑み込みながら、余裕の笑みを崩さない。

 

 

「しかしそれは────私以外が相手ならばのこと」

 

 

 

 

 

パチン! とシフリンが指を鳴らした直後だった。シフリンに向けられていた匙の腕が、一瞬で地へと叩きつけられた。何かされたのは分かる。しかしシフリンは動いてすらいない。あの異様な程の威力の攻撃は拳や脚でしか行えない筈………。

 

 

相手を止めねばならない、と匙は焦りを加速させる。必死に神器で力を奪おうとするが、

 

 

「なんだっ!?腕が、上がらねぇ………っ!?」

 

「おや、まだ分からないのか?このやり方は、少しばかりクールではないのは分かるけどなぁ?」

 

 

どうやっても持ち上がらない自身の腕に困惑する。そんな匙の様子に前髪を軽く払いながらシフリンは歩み寄った。

 

 

そして─────いつの間にか匙の腕に嵌め込まれていた謎の腕輪を指差し、簡潔に言う。

 

 

重石(おもし)だよ。お、も、し!」

 

「おもし………だって!?」

 

「私の神器『重圧の衝動(キロトン・グラビウス)』は重さを操るもの。私自身の重さを制御することも出来れば────重さを固定化させた重石を他者に与えることも出来る。

 

 

 

 

 

我が妹はこれを強いと言うが………私からすれば、妹はまだまだ精神的に未熟でな。禁手にでも至れれば君なんて造作にも無いんだが─────まぁ、大した問題ではないか」

 

 

最後に適当な世間話をしながら、シフリンは更に手に取った果実を軽く放り投げる。彼の手を離れた果実は少しの間、宙を舞っていたが──────すぐに地面へと叩きつけられた。引き寄せられるように、重力が突然与えられたように。

 

 

 

ゾワリ、と匙の背筋にうすら寒い感覚がよぎる。シフリンという男が本気で匙を殺す気ならばそれなりの重量で押し潰せば良い。それだけで匙は死ぬ。いくら人間よりも頑丈な悪魔だと言えど限度がある。

 

 

その懸念を知ってか、シフリンは小さく笑う。安心して欲しいと言い、果実を食した口元を布巾で拭いながら。

 

 

「勘違いしないでくれ、誰がそんな気品に欠けた事をするか。私達はテロリストであるが、殺しを楽しむ者の集まりではないのだ。まぁ、戦いの果てに殺すことはあれど…………同胞の仇を愉悦として殺すつもりはないさ」

 

 

タン! と踊るようにシフリンは床を踏む。歌うような口調で、シフリンは匙へと優しく声をかける。しかしそれは一方的なものだ。

 

 

これから死ぬ者を、心の底から憐れむような。そして、相手を見逃すことも出来ないので、諦めて貰おうという。余りにも一方的かつ、容赦のない慈悲。

 

 

「私の素敵な仲間達の弔い戦だ。優美かつ華麗に行こうと思う。精々、足を引っ張らないでくれよ?」

 

 

────何発持つかな? そんな嘲笑と共にシフリンは匙へと迫り行く。両腕に両足、四方向からの得意不得意など関係ない神器により変化させられる超重量の攻撃。

 

 

どうやった所で対処しようのない、完全な詰みであった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

一方で。

眷属悪魔達が黒衣を身に纏った男への攻撃をしていた。集中砲火。剣や斧、何なら盾で相手を殴打していく。リンチのように見えるが、攻撃している彼等の顔が曇っていく。

 

 

「な、なんだコイツ!?」

 

「攻撃が………武器が効かないぞ!?」

 

 

 

長身の存在────朧は、彼等の様子を無慈悲に見下ろしていた。真っ白な仮面にある黒い眼の紋様、それだけしかないのが余計に不気味に見えてくる。

 

 

その黒い模様が、ユラリと動く。仮面に浮かび上がっていた刻印のようなものと思われていたが、どうやらそれは眼の代わりになっているらしい。

 

 

 

「我こそは地獄の門番。断罪の実行者、貴様ら罪人共を…………さ、さ、裁く為に、我は、造られたのだ」

 

 

吐かれる言葉は、まるで呪詛のような禍々しさがある。現にその立ち振舞いからして異様な感じしかしないのだから、そう思ってしまうのは当然だろう。

 

 

 

「我々を裁く、だと!?下賎な人間風情が図に乗るなよ!」

 

「いや………アレ、本当に人間なの?」

 

 

仲間の一人、同じ貴族の女性悪魔の一言に、朧に憤っていた悪魔も気付く。朧の全長は2メートル、木の枝のように細い腕と、そんな身体を支えるやはり細い脚。

 

挙げ句の果てに、異様な体躯にどれだけ攻撃しても傷が付かない身体だ。

 

正直な話、どう考えても人間に見えてこない。むしろ見える方がおかしい。

 

 

突如───朧が全身から、黒い瘴気を噴き出した。見ればそれが濃密な魔力だというのはすぐに気付ける。まるで霧のように生じる瘴気が、周囲を飲み込んでいく。

 

 

朧はそれほどの瘴気の中で両腕を広げていた。それどころか包み込まれていた筈の瘴気が一気に噴き出し、悪魔達へと狙いを定める。

 

 

「──主様!」

 

「──ッ!」

 

 

二人の眷属悪魔が各々の主の前へと飛び出して庇った。黒い瘴気が二人に狙いを定めたように彼等を飲み込む。最初は腕や武器を振るい、払い除けようとしていたが、朧が静かに手を伸ばす。

 

 

 

「─────汝ら、死に還れ」

 

すると、だ。

眷族の二人に大きな変化が起きた。

 

 

 

「お、おぉ──────ォ?」

 

「ぃぎ、えべっ!?あばっ、あぐぉ!!?」

 

 

全身から魔力を吸い上げられ力が抜けたように倒れ込む。そのまま血を吐き出して気絶したり、全身から血を噴き出して苦しみながら動かなくなった。

 

 

魔力を吸い上げられたのだろう。彼等を覆っていた魔瘴はすぐに動き出し、朧の元へと戻る。まるでガスのように蒸れる黒き霧を操り、朧は生存者である悪魔達を刈り取らんと不気味に身体を揺らしながら歩み出す。

 

 

 

その一瞬、朧が身体から瘴気を噴き出した。先程よりも多い量だ。しかしそれは前にいた悪魔達を殺すためではなく、朧を球体状に覆い包んだのだ。

 

 

遅れるように、ドガァァンッ!! と爆音が響く。黒き魔瘴に閃光が迸り、爆炎が周囲へと吹き荒れた。

 

 

 

雷撃を当てられた。戦いの経験のある人間ならば、それくらいは分かる。そして、誰がやったのかも。

 

 

当人は、その近くに立っていた。朧に雷撃を当てたように、掌を向けながら。

 

 

「…………リアスやイッセー君が居ませんが、それでも黙って見ている訳にはいきませんわ」

 

 

黒髪ポニーテールの女性 姫島朱乃はそう言いながら、掌から雷をバチバチと鳴り響かせていた。

 

 

魔瘴によって身を護っていたであろう朧には、傷一つない。白い仮面に浮かび上がる紋様が蠢き、朱乃の姿を捉えていた。

 

 

 

「堕天使の…………む、むむ、娘。わ、ワレ、我の邪魔立てを、する………か?」

 

「違う!」

 

 

問い掛けた瞬間、大声で否定され、朧は怯んだようであった。

 

 

「────私は!堕天使の娘じゃない!私はリアス・グレモリーの眷属!姫島朱乃だ!!」

 

怒号と共に、先程よりも絶大な威力の雷が放たれる。当たれば魔瘴も吹き飛ばされ、朧も焼き尽くされるかもしれない。

 

 

だが、朧は全身から溢れる魔瘴の量を増幅させた。ズズズ、と渦を起こすように捻れる魔瘴の渦が放たれた雷撃を受け止め──────喰らうように、取り込んだ。

 

 

呆然とする悪魔一同、怒り任せの一撃を防がれた事に良い顔をしない朱乃を他所に、朧は静かに笑っていた。

 

 

 

「姫島………?ククク、何たる幸運…………よもや、我にとって忌まわしき、五大宗家の血筋が…………現れるとは」

 

「………?」

 

虚蟬(ウツセミ)、貴様には………分かるまい」

 

 

静かに囁きながら、朧はゆっくりと歩み出す。両手を広げ、抱き締めるような動きで。

 

 

 

「わ、我こそは………朧。神王派『兵士(ポーン)』、呪いと死を、内包する………地獄そのもの」

 

 

漆黒の外套を静かに揺らし、白面に刻まれた紋様を蠢かせる。

 

 

「神王の敵よ、お前達は………害虫だ。神王の理想、理念に仇なす…………不遜なる、が、が、がが、害虫」

 

 

ブワリ、と威圧感と共に魔瘴の量が瞬く間に増幅した。魔力を吸い上げる暗黒の霧の中心で、黒き異形がブツブツと告げる。

 

 

「死を、与えよう。世界に、人に、寄生する、害虫ども。その無価値な生命、この我が、一つ残らず吸い尽くして、やろう────」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

引き金に力が入る。倒れたまま固定した木場目掛けて銀弾を撃ち込まんとするアンシア。

 

 

 

そんな彼はすぐに誰かが接近してるのに気付いた。呆れ果てたように、アンシアは拳銃を横へと向け、何発か撃つ。

 

 

一発は先程言った通りの銀弾だ。しかしそれ以降は自身の力で創造した弾丸。肉を削り、貫通する為に造り出した螺旋状の鋼弾だ。悪魔であろうと、即死は免れない。

 

 

直撃しただろう、と。アッサリと結末を予測するアンシア。誰が何をしに来たのかは知らないが、無駄死には変わらない。そう判断したアンシアの耳に、妙な音が響いてきた。

 

 

 

ガギュッ!! と。

金属と金属が擦れ合うような音。貫通弾が相手を貫く時に聞こえる筈のない、防御したとも思えない金属音が。

 

 

 

「───何?」

 

 

流石に、アンシアも耳を疑った。目を向けると、そこには赤髪の少女が迫ってきている姿があった。身の丈を上回るであろう巨大な鋼鉄が造られたような大剣を片手に。

 

 

 

「ッ!!」

 

行動を切り替えるのは速かった。アンシアは拳銃に新たな弾を装填して、振りかぶりながら的確に撃ち込んでいく。

 

 

しかし、少女は大剣を勢いよく振り払う。それだけでアンシアの放った魔弾が消え去った。いや、喰われた。感覚だが、アレはそうで間違いないだろう。

 

 

 

「………神器使い、いや──────人間か!?」

 

 

銃を装填するよりも先に、少女が斬りかかってきた。アンシアは拳銃で殴りかかるように、大剣へと叩きつける。

 

 

 

激しい火花が、閃光と共に散る。

アンシアの魔銃と少女の大剣が競り合う。両腕で押してくる少女に対し、アンシアは片手で何とか応戦していた。

 

 

その際、人間で間違いないであろう少女を睨み付ける。

 

 

 

「同じ人間に用は無い、邪魔するな」

 

「残念だが、アタシもそういう訳にはいかねぇんだよ」

 

「ふん、悪魔(奴等)を守るか?特殊な心掛けだが、俺を相手にしてまで守る価値があるとでも?」

 

「守るだぁ?笑わせんな!誰があんなクソッタレな連中守ってやるか!アタシの仲間や皆を弄んだ奴等をよ!!」

 

「? なら何故俺の相手をする?そうする理由など無いだろう?」

 

「────あるさ。一つだけな」

 

 

ニカッと笑うと同時に、少女は瞳に激しい光を灯していた。闘争心というよりも、敵対心に近いものを。

 

 

「───黒月練、テメェその名前を口にしたよな?」

 

「…………」

 

「それとこう言ったのも聞いたぜ。大将の相手する、神器を奪い取るってよぉ」

 

「……………それがどうした?」

 

決まってらァ! と少女───ゼリッシュは好戦的な笑みを浮かべる。大剣により力を込め、アンシアを吹き飛ばす。仰け反った青年に剣先を向け、彼女は堂々と立ち塞がる。

 

 

「大将に手ェ出す気なんだ!!仲間のアタシが喧嘩売った所で文句なんかァねぇよなぁ!!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────ッ!」

 

「おっと、危ない危ない」

 

 

匙を叩き潰さんとしていたシフリンだが、深紅の軌跡が迫るのを見て、慌てて距離を取る。重量を操る男にしては、綺麗に滑るような軽やかな動きで。

 

 

突然の回避行動に驚く暇もない匙だったが、隣に立った人物が匙へと手を差し伸べる。

 

 

「無事でしょうか、匙君?」

 

「───あ、アンタは…………諸葛亮さん?」

 

「えぇ、はい。手助けに馳せ参じた次第ですね」

 

 

深紅の槍を片手に落ち着いた様子の宗明。妨害されても尚、優雅さを損なおうとしないシフリンを相手に、魔槍を静かに構える。

 

 

 

「さぁ、ここは私に任せてください。同じ人間の相手は慣れておりますので」

 

 

 

◇◆◇

 

 

黒き魔障に包み込まれた朧。だが彼の意識はすぐに別の誰かへと向けられた。その瞬間に。

 

 

 

あらゆる魔法が、同時に複数展開される。宙に浮かび上がる数十もの魔方陣の真下に、一人の女性が立っていた。

 

 

 

朧は、その女性を目にして───少し驚いた様子だった。だからこそ、疑問が生じる。

 

 

「───貴様は、転生悪魔………であった、ものか。何故、邪魔をする?何故、何故、何故?」

 

「貴方達の気持ちは、理解できます………私も」

 

本心からの言葉であった。

彼女も転生悪魔の頃から、悪魔の酷い扱いに堪えかねていた。でも、それでもだ。

 

 

救われた今でもその傷が癒えなくても。彼女、アイリスには退いてはいけない戦いがある。それが今だ。この戦いなのだ。

 

 

「でも、こんな事はさせまん。貴方達と同じように悪魔が憎くても、あの人を巻き込む事だけは認めません。私達に手を差し伸べてくれた恩人に手を出すなら、私が相手をします」

 

「────クッ」

 

小さな笑いが、漆黒の異形から溢れる。失笑というよりかは、ある程度の評価があるような感じだが。

 

それでも、アイリスを見下すように、朧は首を傾げる。

 

 

 

「我を、倒す?………貴様のような、人間が………我を、地獄の具現者を────倒す、と?」

 

「倒すんじゃなくて、止めて見せます!!」

 

 

そう言い切ると、アイリスはあらゆる属性の魔法を放っていく。正直、何故ここまでやる気が出ているのか彼女自身には説明できない。だが、確かな理由がある。

 

 

 

自分達の大切な人に手を出そうとする者、それに対する確固たる怒りを胸に。天龍を宿す青年に付き従う三人が、テロリストへと牙を剥いた。

 




オリキャラ紹介


アンシア


神王派『騎士』。仲間や親しい者には敬語で話すが、敵対する相手には容赦のない口調になる。


砲銃創造(ガンズ・メイカー)

アンシアの有する神器。システムのバグで生じたらしく、近代や火縄銃まであらゆる銃を作り出すことが出来る。既に禁手に至ってるらしく、銃の構造も仕組みも書き換えながら造ることが可能。



シーマ・バックマン


神王派『戦車』、兄であるシフリンと共に成り立っている。臆病というか、気弱な性格。シフリンの性格に困ってはいるが、尊敬している。シフリンや他の皆からもその精神性を指摘されており、神器の強さもあって将来を期待されている。

ヴリドラ系の神器を見て狼狽する事もあり、過去に何かがあったらしい。


重圧の王域(ロード・グラビウス)

重力系の神器。球状のドーム内にいる生物に重力を与える事が出来る。相手を選ぶことが出来たり、遠距離の個人だけを狙う事が出来るなど、精密性に優れている。




シフリン・バックマン


神王派『戦車』、妹であるシーマと共に成り立っている。自信過剰でナルシストに近い。シーマの事を大事そうに可愛がっている。

ヴリドラ系の神器に何か思うところがあるらしく、達観した様子であった。


重圧の衝動(キロトン・グラビウス)

重量系の神器。自分や相手に特大の重さを付与する。重さを固定化させた重石なども相手に取り付けたり出来る。





神王派『兵士』。全身を黒い外套で覆った2メートルの怪人。悪魔からも異形と称される程の体格をしており、神王派でも異質な存在(しかしアンシアやシフリンからはちゃんとした仲間である事は間違いない)


魔瘴と呼ばれる、魔力を吸い上げる危険な瘴気を操ることが出来、それを利用して相手を追い詰める。朧は黒い外套の内側に魔瘴を溜め込んでおり、それを放出して戦う。


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真天龍/降臨

夏鈴と練。

彼等は一定の距離を崩すことなく、睨み合っていた。何秒もの間、呼吸の音だけがあるだけであった。

 

 

しかし、その均衡も何時までも続かない。何故なら両者には戦いの覚悟が出来ていたからだ。

 

 

 

 

「─────ッ!!」

 

先手を打ったのは夏鈴であった。地面に手を押し当てると、地盤が大きく隆起した。地下から伸ばした巨大な木の根を操り、土を圧縮する。泥団子のようにまで丸く固められたそれを見せびからすこともせず、樹根は勢いよく投擲する。

 

 

 

動じること無く、練も散弾銃を土塊へと向ける。同時に、彼の胸元にある神器が、回転をし始めた。

 

 

『Effect Bullet!type──BREAKERZ!』

 

 

新たな球体が装填されると共に、光のラインが練の全身から銃へと伝わる。引き金を引いた時に飛び出したのは、普通の弾丸であった。しかし土塊に被弾した直後、弾が複雑な光のラインを灯すと共に、

 

 

 

 

土塊を、木っ端微塵に粉砕した。

散弾銃を肩に乗せ、嘆息する練。破壊した土塊の破片を踏みながら、彼は夏鈴へと目線を向ける。

 

 

 

「クッ!あらゆる現象を実現させる真天龍の力!ここまでとは!」

 

「こんなもんじゃないさ、ヴェルグの力は。ただあんな塊をぶっ壊すことなんて誰にでも出来る────こっち側の奴なら、だろ?」

 

「まぁ………そうでしょうね!」

 

 

指輪の光を強めると共に、夏鈴の周囲にある植物が急成長をしながら練へと飛び掛かってきた。鞭のように、槍のように、刃のように、それら全てが様々な、変則的な攻撃を振るう。

 

 

練はそれら全てを回避していく。しかし全てを避けきれなかったのか、腕に傷が出来ていた。掠り傷よりは深いが、大きな傷とは言えない位だ。

 

練は眼を細めると、散弾銃を片手にもう片方の手を胸元へと掲げ、告げる。

 

 

「────ヴェルグ」

 

『Effect Status!type──ATTACK・ONELANC UP!SPEED・ONELANC UP!』

 

 

単語に合わせる形で練の全身に光のラインが伝っていく。それを見逃さないという風に、植手の刃の猛攻が迫る。その瞬間、

 

 

 

 

練は先程よりも数段上と言えるような凄まじい速度で、植手の嵐を掻い潜っていく。避けているというよりも、高速で突き抜けている感じであった。

 

 

 

夏鈴へと迫っていく練は散弾銃を持たない右腕を振るう。全ての指を握り締め、彼へ狙いを定めた拳を振り下ろした。咄嗟の判断で夏鈴は植物によって自身を引き寄せた。それによって、当たることは免れた。

 

 

 

ズドォォンッ!!! と。

地面をぶち抜いた破壊音が響き渡る。人間の力とは思えない、圧倒的な筋力による攻撃だ。パイルバンカーでも打ち込まれたかのようなクレーターが地面に残される。

 

 

 

これも、練の神器『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』の能力の一つだ。己の能力指数をステータスとして設定し、能力によって段階的に上昇できるようにする。練が赤龍帝や白龍皇を参照にして編み出していたものでもある。

 

欠点もあるが、それは一度設定したステータスは一度解除しないと別の効果を発動できないことだ。当然ながら上書きも出来ない。必要な時間はおよそ一秒だが、戦闘においては充分すぎる弱点となる。

 

 

 

「っ!!」

 

攻撃を回避した夏鈴もすぐさま次の動きへと映る。自身の腕に発生させた樹木を纏わせると、巨大な槍へと変換する。それを練へと迷うこと無く突き立てようとする。

 

 

しかし俊敏さは失われていない練は槍の射程距離からすぐさま離れる。近くの木へを足場として着地し、しかし蹴り飛ばして夏鈴の真上へと跳ぶ。

 

 

そして、夏鈴目掛けて銃を向ける。

火花と共に無数の弾丸の雨が降り注ぐ。慌ててもう片方の腕に纏わせた樹木の盾で銃弾を防いでいく。

 

 

しかし、そこで夏鈴は疑問に思う。何故、無数の銃弾なのかと。練の持っていたのは散弾銃だ。単発ゆえに強力な威力を誇る近距離タイプの銃。こんな真上から沢山の弾を撃ち込めるタイプではない筈だ。

 

 

何より、練の持っている銃。前見たよりも明らかに小さい形、それは──────二つの単機関銃(サブマシンガン)だ。どう見ても先程の彼の武器と形状が違う。

 

 

 

「ッ!───散弾銃じゃない!?」

 

「ただ弾を撃つだけの神器じゃないって事だ。勿論、こんな芸当も出来る──────!」

 

 

空中で練は単機関銃を組み替えながら回転する。彼が一回転する頃には変形した二つの銃が彼の手に収まっていた。しかし、サブマシンガンでも、ショットガンでもない。

 

 

狙撃銃。明らかに質量すら変形しているそれを、練は担ぎだすと共に狙いを夏鈴へと定める。

 

 

 

直後に、狙撃を行った。

放たれたのは魔力による暴力。魔弾という、ある種の道具の一つであるが、彼はその魔弾に爆発すると同時に周囲に衝撃波を送る魔力を蓄積させていた。故に、単なる狙撃と一緒にしてはいけない。

 

 

榴弾のような一撃。慌てて花吹雪と変化する夏鈴の目の前で、地面へと食い込んだそれは爆弾のような火花を辺りへと散らす。

 

 

 

花弁から元へと戻った夏鈴は、着地した練に向けて声を荒らげる。

 

 

「─────解せない!そんなに強いのに!何故、僕達の思想を否定する!?何故、悪魔の為に戦う!!」

 

「否定したつもりは無いんだがな。ま、テロリストの考えを理解するのも無理な話だろ。

 

 

 

 

 

 

 

俺は俺の復讐の為に動くだけ、だ!!」

 

 

銃の形を変換させた練の射撃が、夏鈴の真横へと炸裂する。最早弾丸というよりも魔力の奔流でしかない。SF世界のビーム砲みたいだと思いながらも、夏鈴は反撃を続ける。

 

 

「復讐なら!僕達と共にすればいいッ!!悪魔を守る理由にはならない!むしろ君には!悪魔を憎む理由しかない筈だッ!!」

 

 

彼は事前に、黒月練の情報を教えられている。だからこそ、よく知っている。彼が自分達と同じように、理不尽に奪われた被害者の立場の人間であることは。

 

 

 

「愛する故郷を!共に過ごしてきた仲間や家族、そして親友を失った貴方は、彼等を糾弾する資格がある!同時に、奪われた者として──────復讐する権利がある!!それは誰にも止められない!例え、大切な人からの言葉だとしても!!」

 

 

 

ふん、と夏鈴の叫びを聞いていた練が鼻で笑った。まるでそんな事か、とでも言わんばかりに。

 

 

「─────同列にした気か?俺とお前達を」

 

「……………………何?」

 

「笑わせるなよ、テロリスト。俺の復讐とお前達の復讐、同じものに並べられるようなものじゃない」

 

 

戦う手を止め、練は元に戻った散弾銃を夏鈴へと向ける。その上で、冷徹に告げる。

 

 

 

「俺の復讐は──────既に半分叶おうとしてるんだ」

 

 

会話の最中でありながらも、躊躇うことなく、引き金は引かれた。銃口から放たれる魔力の砲撃を、夏鈴は避けていく。

 

 

 

「悪魔勢力に、奴等がもたらした負の遺産である『悪魔の駒』の罪を改善させる。そして奴等を公然の元にさらけ出し贖罪させる、それが俺の復讐だ」

 

 

それでも練は、魔力砲を止めることはない。連射していきながら、的確に夏鈴を追い詰める。

 

 

「魔王様方には土下座でもして貰って、今まで迷惑かけてきた連中に誠心誠意謝罪するんだ。勿論、それだけじゃ済まさない。例えどんだけ恨まれようと、その恨みを受け入れ、償ってこそ、悪魔の連中への俺の復讐は充分だ。後は俺の故郷を滅ぼした悪魔だけだ」

 

 

話を聞いていた夏鈴ですら、唖然としていた。しかしすぐさま我を取り戻したのか、歯をギリギリと噛み締めて、彼を睨む。

 

 

「なんだ、それ…………?貴方は、連中を許す気か!?アイツらを生かし続けるのか!?」

 

「許す?馬鹿が、俺はアイツらを許さないさ。ただ、それは上の連中だけだ。今の時代に生まれてきて、何も知らない奴等までは憎んでない。俺以外の一族を滅ぼされたからって、奴等全員を憎んで殺すつもりはないさ」

 

「そんなの──────復讐じゃないッッ!!」

 

 

周囲の植物を肥大化させ、練へと襲われる。しかし彼は神器で強化された銃撃で植物を消し飛ばす。迅速に、的確に。

 

 

一発も外すことなく、確実なやり方で撃ち込んでいく。そうしながら、練は口先を歪める。

 

 

「復讐じゃない?正しい復讐を、お前は知ってるのか!?一族全部を悪として、なにもしてない奴等まで殺し尽くすのがお前達の復讐か!?面白いやり方だな!まるで国敵としてユダヤ人を差別してきたナチスのような発想だ!!」

 

 

最後に飛び出してきた巨大な樹木の塊。散弾銃で撃ち込もうとして、魔弾を装填する必要があることをすぐに気付いた。散弾銃を持ちながら、練は右腕を構え─────樹木を貫通するが如くの力で粉砕した。

 

 

「お前達の復讐なぞ知らん!それが正しいかも間違ってるかも、俺にはどうでもいい!人の数だけ真実があるなら、復讐も数だけ真実がある!全てのやり方が間違ってもいるし、正解でもある!!

 

 

 

 

 

なら、俺の復讐は正しくもあり間違っているんだろうな!だが関係ない!復讐をするのは、どのような復讐かは個人の問題だ!他人にとやかく言われる謂われなんてものは存在しない!!俺もお前達の復讐を否定しない!だからこそ、俺の復讐にも、とやかく言わないで貰うぞ!!」

 

 

 

その言葉に、反論は聞こえなかった。否定する事も出来ない夏鈴は両手を大きく広げる。そこから、自信にとって特別な詠唱式を口にした。

 

 

 

「咲き誇れ!戦場の乙女達よ──────『薔薇の乙女騎士団(ローゼンクロイツ)』ッ!!」

 

 

パァン! と夏鈴が両手を重ね合わせる。彼の背後から巨大な荊が地面から飛び出し、グルグルと複数の荊の球体を作り出す。

 

 

ドクゥン……!と胎動したかと思うと、荊は引き裂け、中から人の姿をした者が姿を表した。

 

 

 

全員が、女性。しかし人ではない、精巧に形作られた人形だ。荊によって作られた鎧を身に纏う、戦士のような風貌の人形。

 

 

それはさながら────戦乙女(ワルキューレ)だ。北欧の主神 オーディンの娘達であり、英雄達を導く者の呼称。数はざっと見ても数人。戦争的に見れば不足しているが、それでも個人の相手であれば充分だろう。

 

 

 

更に、変化は続く。

 

 

地面が盛り上がると共に、巨大な大木が生えてきた。文字通りの意味で、土を食い破りながら。練はそれを足場とするが、成長していく樹木によってすぐさま上空へと駆り立てられてしまう。

 

 

「…………舞台を変えさせて貰いました。ここでなら、僕も存分に暴れられる」

 

 

練の周りには、複数の『薔薇の乙女騎士団(ローゼンクロイツ)』が並んでいた。練のように大樹を足場にしている者もいれば、空を舞う者もいる。

 

 

 

「数の差で圧倒させていただきます───悪しからず」

 

「……………生憎だが、そんな真似をさせるつもりはない」

 

 

 

吐き捨て、練は胸元に手をやる。より正確には、心臓部に重なるように浮かび上がる彼自身の神器へと。

 

 

 

「真天龍、現象再現────幻実武装(イマジネイト・アウト)

 

『────現象固定、装填開始』

 

 

練の口にした難しい単語と共に、胸元のコアが新たに宝玉を装填する。しかし、何時ものようなものとは違い、明らかに別の────六つの宝玉。

 

 

 

リボルバーを回すように高速回転を始めたが、すぐにカチリと特定の部分に宝玉が停止する。

 

 

 

漆黒の珠であったそれは組み込まれると共に、すぐに新たな文字が浮かび上がった。しかし、今までのような英語ではなく、単語のような羅列であった。

 

 

 

 

 

────『黒刃の狗神』、と。

 

 

 

その宝玉が装填された瞬間、練の全身に凄まじいエネルギーが伝わっていく。指先へと、足へと、脳髄へと。そして、足元から黒いオーラが膨れ上がる。巨大な蔓や大木の上に立ち、練に狙いを定める戦乙女達にも、変化が生じた。

 

 

 

ズザシュッ!! と乙女達の身体が、貫かれる。彼女達も、何に攻撃されたのか分からない様子であった。

 

当然だ、何なら練は微塵も動いてはいない。彼女等を突き穿ったのは、足元や大木の影から伸びた刃だったからだ。

 

 

串刺しにされた乙女達から意識を外し、練は空を舞う乙女達へと意識を向ける。掌を彼女達へ向けながら、ぐっ! と精一杯握り締めた。その上で、告げる。

 

 

 

 

「闇よ、陰よ────切り裂け」

 

 

瞬間、黒月練の足元の影から闇が放出された。違う、それらは刃だ。剣の形をした無数の影、まるで一つの津波のように、物量を纏いながら、空中にいる乙女達に牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────何だよ、あれ」

 

 

遥か上空の出来事、それも地上にいる一誠達には見えていた。普通の人間ならば、ようやっと見えるくらいの距離だが、悪魔となった事で視力は人間時の何倍も上がっている。

 

 

故に、真上で起きてる現象を確認できた。練が神器を使った途端、影から出てきた刃が夏鈴の産み出した人形の女性達を貫いていたのだ。

 

 

彼の神器は聞いていたが、そんな能力はなかった筈────

 

 

 

『────アレは…………まさか、あの力をあそこまで使いこなすとはな』

 

「ドライグ、あれが何なのか知ってんのか?」

 

『あぁ、勿論だ────相棒、よく聞け。あの影の刃はヴェルグの能力で作り出されたものが、あれが奴の能力ではない』

 

 

はぁ!? と面食らう一誠。説明を聞いてるとますます混乱してくるが、ドライグは気にせずに話す。

 

 

『俺の覚えている限りでは、あれは別の神滅具によるものだ。「黒刃の狗神」だったか………、他の神滅具とは違い、本物の神殺しと言われる力の片鱗が、あの刃だ』

 

「…………じゃあ、練の奴は」

 

『ヴェルグの能力は現象や効果を起こすこと。つまりあの黒月練という小僧は、あの影の刃という現象を起こしてるだけに過ぎん。だがそれでも、神滅具による力を再現するなど並みの神器や神滅具では出来ん─────たった一つの力しか使えんのは、奴がまだ未熟という証拠か』

 

 

他の神滅具の力を使える。

端から見れば凄まじく強大で、単なる神滅具ではないのは明白だ。だが、ドライグから見ればそこまで恐れるべきものではない。

 

 

能力を使っているのではない。彼が一度眼にした、体験した神滅具の能力を再現しているに過ぎない。模倣やコピー、それよりも優れてる程度だ。何より、制約もあるのだからまだ完全に使えるわけではないのだ。

 

 

 

『怯えるなよ、相棒。あれなぞまだまだ序の口、真天龍の力の片鱗に過ぎん。そもそも、俺達が踏み進む領域にすら過ぎないのだ』

 

「………どんだけヤベェんだよ、お前ら」

 

 

戦慄する一誠。あんな相手を越えようというドライグの考えに少しだけ萎縮している。そんな無茶を、と。

 

 

 

そして、一瞬の内に大木にヒビが入る。いや、正確には砕けている。内側からの崩壊によって、全体が朽ちていき、ついにはバラバラに破壊された。

 

 

大木から落ちる影が二つ。一つは地面へと叩きつけられ、もう一つはゆらりとした動きで地面に着地する。その二人の姿が煙から晴れて、鮮明になる。

 

 

 

 

「………………っ!!」

 

「これで後は、お前だけだ」

 

その一人、黒月練は超然とした様子を保っていた。対して夏鈴は弱々しく、地面に突っ伏していた。

 

 

口から血を流しているが、目に見えた傷はない。どうやらあの乙女人形を破壊された事で彼にもダメージがいっていたらしい。あの大木が壊れたのも、それが理由だと思われる。

 

 

 

「…………流石、黒月練……っ!僕の全力でも、ここまでとは……っ!!」

 

 

勝負の結果は歴然であった。

黒月練は難なく、一誠の苦戦した夏鈴を下した。この現状こそが、何よりの現実であった。

 

 

 

 

 

 

「………すげぇ」

 

「……………」

 

 

勿論、一誠とリアスもその事実に言葉を失っていた。練との実力差があることは分かっていたが、一誠を苦戦させるまでに追い込んだ夏鈴をあそこまで圧倒するとは思ってもいなかった。

 

 

「─────決着はついたようだな」

 

「っ!?タンニーン!!いつの間に!?」

 

「すまんな、リアス嬢。予想よりも早く戻ろうと思っていたが、思いの外あの猿が手強かった」

 

「────よく、言うぜぃ………っ。ずっと俺っちを圧倒してやがったってのによぉ……………」

 

 

真後ろから掛けられた声に振り返ると、唐突にタンニーンがこの場にいた。驚愕するリアスだが、彼の横に息切れをした美猴がいたのにもっと驚いた。

 

 

「タンニーン、彼の相手は良いのかしら?」

 

「要らぬ心配だ。奴もある程度満足したようだ────それよりも、嫌な予感がしてな」

 

「…………予感?」

 

「胸騒ぎのする感じだ。丁度、リアス嬢達の方角からして、区切りの良いところで勝負を終わらせてきたのだ。奴も気になっていたみたいだしな」

 

 

タンニーンの発言にリアスが美猴に眼を向けるが、彼はニタニタと笑いながら夏鈴を見つめているだけであった。

 

 

 

 

 

 

「…………こうなったら、やるしかないか」

 

 

噛み締めるように呟く夏鈴。何処か躊躇しているようではあるが、思い悩んでいた美青年は決意したようだ。

 

 

「出来ることなら─────使いたくはなかった」

 

 

様子が変わったことに気付き眼を細める練の前で、夏鈴が指輪の神器を解除する。その行為に誰もが、練すらも眼を疑った。

 

 

この場で神器を解除するということは、夏鈴は無防備になることだ。わざわざそんな事をする意味があるのだろうか。

 

 

 

その理由は、すぐに明白になる。

 

 

「────魔力回路、擬似的封印解放。神経模倣術式、起動。筋繊維魔力強化、開始」

 

 

両手に組み込まれた術式が起動し始め、全身の術式を輝かせていく。稼働した術式が夏鈴の体内の魔力を練り、増幅を繰り返す。

 

 

「準備は整いました────これより見せましょう。僕の、僕の本来の真髄を」

 

 

自信に満ちた表情で、夏鈴は余裕のある表情を見せつけていた。自身の周りにいるあらゆる強敵を前にしても怯えることもない、確信という名の余裕が。

 

 

 

 

 

 

 

「何なの……?あれは、どういうことなの!?」

 

 

端から見ていたリアスは、その変化に明らかに困惑する。夏鈴の変化はあまりにも異質すぎる。神器による強化でもなく、夏鈴自身の真の力とも言えないようなもの。

 

 

だが、それでも。見ていただけで、その恐ろしさは理解できる。

 

 

「見て分からねぇかい?────降臨だぜぃ」

 

 

「………降臨、ですって?」

 

 

誰の?と聞いたリアスに、見ても分かんねぇのかい?と彼は言う。その顔には苦笑いに似た笑みが浮かんでいた。勘弁して欲しい、といった、一度体験したことのあるかのような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全回路解放、術式接続完了。あらゆる基盤は、磐石の元に整った──────後は、呼び至らせるのみ」

 

 

 

突如、夏鈴を中心に広大な術式が解放された。複数の魔方陣とそれを繋ぐ魔力の流れ。それら全てが膨大でありながら、精密で絶大すぎる。この場に魔法に詳しい人間がいない。もし魔法使いであるアイリスがこの魔法陣の塊を見れば、絶句してしまうだろう。

 

 

かつて存在した魔術師の中でも有名な存在。彼等ですらこれを使えるのか分からない、それ程までに強力かつ壮大な術式の塊なのだ。最早熟練魔術師が生涯を掛けて造り出した大結界のような。

 

 

 

 

「─────神滅具、望み通りの強さでした。これが神器との格差、虚しいですよね。でもそれ以上に、種族しての差もありすぎる。僕達人間には」

 

 

構築術式の塊に包み込まれる中、夏鈴は一人でに呟いた。練や一誠にすら意識を向けていない。完全に独り言なのだろう。

 

 

「僕の故郷は人里離れた集落でして。生贄を神様に捧げることで生き永らえる事しか出来ない人達の集まりでした。当然僕も、その生贄になる予定でした」

 

「…………」

 

「神に愛される体質、『神の器』。それが僕という人間の唯一誇れる特徴でした。僕の肉体は、神様やそれ以上の存在が入ることが出来る最上の肉体です。かつて僕達の村の守り神も、僕の身体を欲しがりました──────今の僕の肉体は、そこそこ有名な神程度ならば、充分受け入れられる程のものらしいです」

 

 

 

『神の器』。

偶然、アザゼルの纏めていた研究書に載っていたのも覚えている。神に好かれ、強引に拐われてしまう少年。愛おしさのあまり襲われ、身に覚えの無い子を身籠った女性。他にも複数あるこれらの事例は、神に好まれる性質を持つからだと言われていた。日本古来にあった神の酒、それが遺伝子に染み込んだという仮説も存在していた、

 

 

 

だが、その稀少な確率よりも下回る形で存在する、体質こそが『神の器』だ。神という存在、日本に多く存在する神々が自然に求めるという天性の肉体。神という上位種が入り込んでも容易く馴染めるという。

 

 

滅多に存在しない者で、実際に研究は出来なかったらしいが、アザゼルは『神の器』に対してこう述べていた。

 

 

 

 

──“『神の器』とは、神だけに許された肉体ではなく、神でも完全に収まりきる肉体ということになる。これは容量の話になる。人間の肉体には力を溜め込む容量が存在する、神滅具使いはこの容量の限界を少しずつ広げていくことで神滅具を扱えるようになる。一方で、『神の器』はその必要はない。何故なら神が入れるほどの容量が既に整っているのだから。神の依代というよりは、膨大な力を受け入れる受け皿のようなものだ。だが、限界というものも存在する。だからこそ器に入り込んだものに適応して、より最適な器になるからこそ、『神の器』と呼ぶべきなのだろう。実際にこういう体質の人間が何人もいて、昔に存在したってのは神秘という時代が鮮明に浮き出てたからだろう”

 

 

 

難しい話だったが、分かりやすく言えば簡単だ。今、夏鈴がしようとする事は、何らかの膨大な力を肉体に受け入れることだ。

 

 

全身に術式を組み込んだり、膨大な魔力を内包させていたのも、その為だろう。

 

 

「かつて、僕の親だった人は言いました───『人は悪魔や神には勝てない、何故なら彼らの方が優れているからだ』と。僕は強ち、この考えは間違ってないと思います」

 

 

身の内話を始める夏鈴だが、何処か適当だ。自分にとってあまり興味ないものなのだろう。

 

 

「だからこそ─────貴方達がどう足掻こうと勝てない存在も、この世にいるのは必然でしょうね。まぁ最も、僕達からすれば当然なんですが」

 

 

光と術式と魔力の渦の中心で、夏鈴は歪んだ笑顔を浮かべる。善意と悪意、それら二つが入り交じったような複雑な笑みを。

 

 

「存分に味わってくださいね?圧倒的な強者に、絶望する味を。かつて貴方達が、僕達に与えたように──────」

 

 

 

その瞬間、何の躊躇いもなく夏鈴は術式を完全に起動させる。無数の接続されたラインからラインへと魔力が流れ、膨大な力が、夏鈴へと流れ込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────────ッッ!!!!!!」

 

 

無言の絶叫が、森へと響き渡る。

膨大な力を取り込んだ夏鈴が全身を震わせ、軋ませていたのだ。あまりの衝撃と負荷に、彼の身体は今にも倒れそうな程だった。

 

 

同時に、練と一誠の神器が激しく震動を始めた。中にいる天龍達も予想は出来ていたらしいが、僅かな驚愕はあるようだ。

 

 

 

それは、共鳴であった。

同じ神器使いでも滅多にない現象の一つ。或いは、恐怖だろうか。彼等は、天龍達は理解した。夏鈴という青年が、一体何を自らに内包したのか。

 

 

 

絶叫が突然、停止する。後ろから倒れ込みそうになった夏鈴が、すぐさま態勢を立て直した。しかしそれは、一見あまりにも異様であった。全身が上手く動かないのか、彼はパキパキと骨を鳴らしていた。挙動も、おかしい。間接が錆びたロボットのように、動き方が歪だ。

 

 

髪を振り回すようにして、顔を上げる夏鈴。その瞬間、奇妙な感覚に襲われるリアス達を他所に、二つの影が同時に動き出した。

 

 

 

黒月練と、タンニーンである。

 

 

 

「リアス嬢!!下がれッ!!」

 

「─────ッ!!」

 

 

タンニーンが喉の奥から灼熱を蓄積させ、練が散弾銃の神器に力を変換させる。

 

 

両者が放つは破壊の一撃。龍の放つ業火の息吹と、攻撃力を優先的に上昇させた事による魔弾。二つの攻撃がほぼ同時に、夏鈴の方へと迫っていく。

 

 

 

しかし、その瞬間。

青白き光に包まれていた夏鈴が静かに手を伸ばす。腕から手へと、光のラインが伝わっていき───、

 

 

 

 

 

────龍王と青年がそれぞれ放った一撃は、一瞬で受け止められた。ただ止めたならば、半ば納得できたかもしれない。しかし、触れる事すら敵わないであろう攻撃を素手で止められたのだ。

 

 

 

夏鈴は灼熱を浴びても平気そうな顔だった。それどころか、腕を軽く振るい、業火を消し飛ばす。魔弾すらも直に受け止めた訳でもない。

 

 

空間ごと掴んだ。そう思ってしまうような、異様な出来事。

 

 

 

「…………」

 

「クソッ………俺達の最大火力だぞ。あんな簡単に弾き落とすかよ」

 

ヒタリと、冷や汗を濡らしながら、青年を睨み付けるタンニーン。その横で練は、目の前の出来事に失笑しているようであった。悪態を吐くその姿は、先程までの彼には見られない弱気な感じがあった。

 

 

 

 

 

「………う、嘘」

 

 

そんな最中、ポツリと漏れるような声が聞こえた。一誠とリアスは振り返ると、小猫が茫然とした様子で呟いていたのだ。

 

 

しかしその様子は普通ではない。全身から汗という汗が噴き出し、顔は真っ青になっている。目の前に映るものがそれだけ恐ろしいか、彼女は怯えながら言う。

 

 

「あ、あれだけの気………人間のものじゃ……ありません。魔王様よりも、神様よりも膨大な気の量───まるで、星──────っ」

 

 

「小猫ッ!?しっかりして!?」

 

 

「………無理もないにゃん。あまり慣れてない白音が意識を失うのは」

 

 

「………黒歌、どういう意味?」

 

 

「私や白音は仙術に秀でてるのは分かるでしょ。だから魂とか気の強さを見て分かることが出来る。理解できるでしょ、あんまり仙術を使わない白音ですらそうなるのは。私だって初対面の時は失神するかと思ったから、仕方ないけどね」

 

 

はぐれ悪魔として最上位に位置する黒歌ですら、当初は意識を落としたレベル。リアス・グレモリーはそれに戦慄する。だが、彼女は考えが甘かった。

 

 

 

 

 

黒歌は更に、信じられない事実を口にしたのだ。現状、このオーラと気を肌に感じた者にとっては、到底耳を疑うような事を。

 

 

 

「まぁ、あれでもまだマシな方ね。本来より格段と力を落としてるわ。旧魔王クラス以上、神クラス程度かにゃ」

 

 

「……………あれで?弱体化してるって?」

 

 

喉が干上がっていくような寒気が、話を聞いていた一誠を襲った。練とタンニーンの攻撃を軽く弾いた夏鈴の力は恐らく先程の何倍もある。それなのに、これがまだ弱い状態だって?

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────ふむ」

 

 

夏鈴は、いや『彼』は冷徹な目で自身の腕を見つめていた。己の手を開いたり閉じたりを繰り返し、調子を確かめるように振る舞う。

 

 

 

まるで、別の人格が出てきたように。いや、そもそも肉体そのものが変化したと言っても過言ではなかった。

 

 

金色に光り輝く瞳を細めながら、彼は呟く。

 

 

「────問題なく術式は起動したようだな。全く、危なくなったらすぐにでも使えと言っておいたのに。夏鈴と来たら、ここまで無茶しなくても良いだろう」

 

 

胸元に手を当て、回復魔法を使用する夏鈴。魔力を一度も使った事の無い肉体をしていた筈なのに、思いの外魔法は使い慣れてる様子だった。

 

 

そして、己の肉体の傷もすぐさま癒す。アーシア・アルジェントの神器に匹敵するかそれ以上の治癒の魔法。振り返り、自身の結われた髪を見つめ…………パチンと指を鳴らし、髪止めを弾き、切断した。

 

薄い金色の長髪を撫で下ろし、『彼』は静かに告げる。自分ではない、誰か────おおよそ、別人であろう夏鈴に向けて。

 

 

「悪いな、折角の髪止めを切ってしまって。しかし今の俺としては、この方が馴染みがある。勿論、この服もな」

 

 

今度はいつの間にか、マントを目の前に出した。手に取ると共にそれを羽織るようにして、青年は身に纏う。そして、一誠や練達に向けて、ニヤリと微笑みかけた。

 

 

 

 

 

その笑みを見た瞬間─────その場の全員の背筋が冷えきった。蛇に睨まれた蛙、どころの話ではない。こんな重圧、龍に睨まれていると言っても言葉不足だ。

 

この場にいる二人と一体が天龍を宿し、龍の王たる存在であるが、それでも蛙である事は変えられない。

 

 

 

 

 

 

 

「──────誰だ、お前は」

 

意を決するように、練が問いかける。青年の視線がすぐさま彼の元へと集中する。それだけで、練は更なる重圧を受けたようであった。冷や汗がぶわっと溢れ出し、喉の奥が詰まりそうになる。

 

 

しかし、狼狽えることもなく、逆に前へと踏み出し、恐怖を何とか抑え込む。そうして、言葉を続けた。

 

 

「夏鈴じゃない、お前は………その身体を使い、今動かしてるお前は、誰なんだ!?」

 

 

それを聞いた青年は短い嘆息を漏らすと────興味が湧いた、とでも言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん、そうだなぁ。自己紹介が必要か。良いだろう、それくらい名乗ってやるさ。王の務めだからな」

 

 

光の色を取り戻したような金色の髪が風に揺れる。忠節を尽くしていたような青年の風貌は、何処か別のものとなっていた。

 

 

彼はマントを大きく払いながら、堂々とした立ち振舞いを見せる。当然だ。それが彼にとって相応しい行動なのだから。

 

 

 

誰しもが、その名を聞けば理解するであろう、名を。彼は告げる。

 

 

 

 

 

「────オレこそは、“神王”」

 

 

その瞬間、世界が揺らいだ感覚に襲われた。

神王という存在の名乗りを、冥界そのものが聞き入れ、原始的な恐怖に震えたかのように。

 

 

「人類を救う者達の集まり、『神王派』を束ねる人王。天災の神滅具であり究極の神滅具、『神王の十二宝具(ゴッデス・アルティマ・ヘイルズ)』を宿す者。人理救済を掲げる、人類の救世主だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、今は夏鈴の身体を借りてるわけだが…………お前達の相手には、十分だろう?」

 

 

 

悪魔達の宴会に襲撃を掛けた敵勢力、『神王派』。その創設者と思われると同時に、組織の名前である人物。夏鈴の肉体を借り受けた存在は、余裕に満ちた声音で優しく言いかける。

 

 

 

自身の実力を信じる、絶対的な強者の風格と共に。

 




練の神器の能力について補足。


練は自身の先輩でもあり数少ない尊敬できる人 幾瀬鳶雄の神滅具の技を再現しただけです。練の神器は自身が見たり経験した相手の能力や技を現象として引き起こす能力です。

しかしこれの制限は、使える能力は一度に一回だけであり、他の能力を使うには現在使っていた能力を解除して、数秒のタイムラグを経て能力を装填する必要があります。


強くなくね?と思われる方もいるかもしれませんが、この神器は神滅具の禁手すらも再現できます。これでも禁手無しなんで強い方だと思いますけども。



そして、神王の降臨回。この作品ではオーフィスやグレートレッドに並ぶとか言われてるラスボス候補の存在です。前々から登場してましたし、今回の章で出そうと考えてました。



因みに神王はラスボスに相応しいチート具合です(悪魔や神よりも化け物染みてると言ってもいい)


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神王

明けましておめでとうございます(遅いわ)何ヵ月も送れてしまい申し訳ありません!!


「────『神王』、だって?」

 

 

呆然と呟きが漏れる。

唖然とする一同を微笑みながら見据えるのは、金髪の青年 夏鈴。しかし今は、別の人間の意識が入った状態になっている。

 

 

その名こそが、神王。

前々から聞いていた倒すべき敵であり、そして誰にも止められないとされている最強の存在の名でもあった。

 

 

 

(この凄まじい重圧───馬鹿な俺でも分かる!コイツは、俺達とは別次元の存在じゃねぇかッ!?)

 

 

籠手に力を込め、恐怖に震える一誠。目の前の相手の圧倒的な実力差に気付いており、脳裏には既に敗北という事実が浮かび上がっている。

 

 

(クソ………ッ!最悪だ!よりによって頭目が姿を現して来るのか!)

 

 

黒月練も、同じであった。

まさか夏鈴の隠している切り札が、自身の肉体に神王を憑依させることだとは思わなかった。そんな事が最初から分かっていたら即座に撤退を選んでいただろう。

 

 

それ程までに、神王という存在は驚異なのだ。無限の龍神(オーフィス)、それを超えるとされる『夢幻』、それらに位置する程のものだからこそだろう。

 

 

 

 

 

「─────まぁ、待て」

 

 

緊張する彼等に対し、神王は親しげに接する。軽く伸ばした手を制するように前に出し、軽い声で言う。

 

 

「あまり気張るなよ。いくら王だと言っても、今の俺は夏鈴の身体でいるだけ…………まぁ、本来の力よりも格段に衰えている。絶望する事はない」

 

 

配慮したような優しさと、自信満々な余裕が滲む発言。彼はニヤリと笑い、自身の首元に指先を向け、ピッ! と横に切る。

 

 

「ほら、俺が無防備でいる今なら殺せるかもしれないぞ?ほら?やってみたらどうだ?」

 

(何を言っている……!?この場で最も強いと自覚してるしてるだろうにッ!)

 

 

質の悪い言い方だ。

誰よりも対応できる癖に、試してくるように言ってくる。無論、この場にそんな妄言を信じて動く愚者はいない。感心したように笑みを深くする『神王』は「冗談だ、気にするなよ」と嘯く。

 

 

マントを払い、神王は一誠達に呼び掛ける。

 

 

「それか、聞きたいことがあるのならば答えてやろうじゃないか。────少しだけだが、誰か聞きたい者はいるかな?」

 

「…………なら、俺が」

 

 

冷や汗を隠し、唾を飲み込んだ練が応える。

率先して動いた彼に、全員が驚愕したような視線を向ける。神王も、へぇ?と期待したように見てきた。

 

 

しかし練は、神王だけを見据え───口を開く。

 

 

 

「─────アザゼルはお前を、今の神王を歴代最強と言っていた。それもオーフィスに並ぶ、或いは越えるかもしれない存在だと。それだけは分かる。だが、お前を最強足らしめる要因は何だ?」

 

 

その疑問に対する神王の答えは、単純なものだった。

 

 

 

「『神の子』、と言えば分かるか?」

 

 

その一言に、練は顔をしかめる。

口の中の舌打ちも隠そうとせず、全てを悟ったように噛み締めた。

 

 

「………『神の子』、概念的な偶像か」

 

「……………?『神の子』って何だよ」

 

「お前にも分からないのは当然だろうな。『神の子』は、人々の願いの具現化した存在だ。究極の聖人、超人と呼ぶべき者。かつてのキリストが良い例だ。神の代行者として産まれたキリストこそが唯一にして原点の『神の子』。人々の『救い』を求める願いの結晶だ」

 

 

言うなれば、神器という技術の亜種だ。

人の願い、個人の強い想いを以て発現及び進化する神器。それに対して『神の子』は、全ての人の願いが蓄積されることでその強さを増す。願いの数が多ければ多い程、『神の子』は強力な力を伴って誕生する。

 

 

「その通り、流石は叡知や技術を好む堕天使総督の秘蔵っ子だ。だが、俺はそんな簡単かつ単純なものではない」

 

 

首を横に振った神王。彼は掌をゆっくりと開き、手の内を見つめながら呟き始めた。

 

 

「キリストが世界から去り、数百年、いや数千年かな?世界では多くの人の命が失われた。人類同士の戦争、そしてお前達三大勢力の行い。積み上げれば山となり海となり、世界を飲み込む程の屍が増やされた。苦痛の果てに、絶望の果てに、人々は死ぬ最後まで誰かに願ったのさ。

 

 

 

 

誰か、私達を助けてください、って」

 

 

命は消える。肉体も消える。

しかし思いは、願いだけは消えずに残り続けた。数百年の間、犠牲となった人々の助けを求める声が、思いが、集まり続けたのだ。

 

 

「何百、何千、何億、何兆。無限にも至る苦痛と助けを求める声、それが俺の血肉であり、俺の繭でもあった。既に死に絶えた母の骸から産まれ落ちた俺は、いつの間にか『神の子』だった。

 

 

 

 

ただ一つ。最後の最後、死ぬ間際まで助けや怨み、祈りや呪いを叫び続けた彼等の願いに応える事、それが俺の使命であり、俺の務めなのだ」

 

 

ならば、だ。今代の神王は、人々の祝福と怨念によって誕生した『神の子』となる。数百年の間、キリストのいた時代とは違い、異形が人間を襲うことが増えたこの時代ならば、彼はキリストを越える程の『神の子』である事に違いはない。

 

 

 

今、目の前に相対している者こそ、代弁者なのだ。今の今まで、理不尽に殺されてきた者達の叫び、想いを実現するためのイキモノ。それこそが、『神の子』として生まれた神王の使命であった。

 

 

「だが、彼等が何を望むのか、俺は分からない。あるのは人類を護る為のシステムのみ。具体的にどうすれば良いか、俺はこの世界でそれを学ぶことにした。数々の仲間と、数多の悲劇と別れを繰り返して─────俺はこの世界が、歪んでいることに気付いた」

 

 

そこまで語る神王に、話を聞いていた練は目を細める。同情はする、憐れだろう。何億を越える人の祈りと呪い、それによって神王は縛られている。

 

 

だが、それでは確実に理由にはならない事実がある。

 

 

 

「それが、奴等に、【禍の団】に与する理由か?」

 

「安心しろ、一応オーフィスへの義理を立てる為でもある。他の有象無象、旧魔王派は眼中ですらない。何より、理由は他にあるからな」

 

 

フフッと笑い、神王は話を続ける。

 

 

「世界が歪んでる以上、俺達にはどうしようもない。何かを変えたところで変わらない。なんせそもそも土台が壊れているんだ。まずは壊れた土台をどうにかする必要がある」

 

 

暗闇に包まれた薄暗い空。彼は手を伸ばし、何かを掴むように拳を握り締める。瞬間、神王は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからこそ──────世界を一度滅ぼす」

 

 

ゾワッ、と。

おぞましい冷気が背筋を通り過ぎた。誰もがそうだろう。

 

 

神王が告げた言葉は、あまりにもあっさりとしていた。だが何より恐ろしいのは────その言葉が単なる虚言ではないということ。

 

 

確かな実力と確かな意思を以て、彼はその理想を言葉にしたのだ。不可能と、嘘だと言って切り捨てる事は出来ない。

 

 

 

「世界がここまで歪んでいるのならば、直さねばならない。多くの悲劇と絶望と憎悪、尽きぬ事のない負の連鎖は断ち切らねばならない。

 

 

 

 

ならば、リセットするしか無いだろう?こんな狂った世界なんか」

 

 

どろりとした瞳が、キラキラと輝く。

明らかだと断言する神王は、この世界が歪んで見えるのだろう。だからこそ、崩壊と破滅を望んだ。

 

 

しかし、彼は言った。

あくまでもリセットする、と。つまり、完全に滅ぼすという事ではないのだ。それでも、恐ろしいことに変わりはないが。

 

 

「世界を壊す前に、まずは全ての生き物の魂を操作する。全生命体の魂を抽出し、一つ一つ保管してから────世界を再構築する。その際に、聖書の神の作ったシステムを膨大化させたものを組み込む。人類を確実な意味で守護するシステムを、世界に張り巡らせるのさ」

 

 

「聖書の神のシステムを…………?そんな事、出来るわけ───」

 

「いや、神王ならば可能だろうな」

 

 

否定の言葉を言おうとするリアスに、練がぶっきらぼうに言い切る。見返してくる彼女を見ることなく、彼は話し始めた。

 

 

「神王は、最強の神滅具。天災の中でも人枠越える代物だ、何せ『神王』、神の王なんて呼ばれるくらいだ。真天龍すら凌駕した存在の中でも最強と謳われる奴ならば、世界を作り替えることも不可能じゃない」

 

 

神器を研究しているアザゼルに育てられたからか、或いは同じ天災の神滅具を宿すからか、練は確信的な様子だった。

 

 

神王はしたり顔で笑い、両腕を大きく広げる。

 

 

「俺の創る新世界に、悪魔や堕天使、神を含めた人外は存在しない。全ての命は、人類へと統一する。無論、神器なんてものも魔法も、神秘は何一つ世界から消え去る。あるのは、超常の存在しない世界と何者にも奪われることの無い人々の安寧だ」

 

 

全ての生物を、一つの種族へと統合する。その種族こそが人間。あらゆる種族よりも劣化した個体であり、聖書の神を含む多くの神々に『可能性』を期待された種族。万能ではない、非凡。人類を統一する種族として決めたのは、神王なりの独自の考えがあるのだろう。

 

 

「それこそが、俺による新世界。無限の願いの果てに見出だした唯一の答え。その為にも、俺はこの世界は一度滅ぼそう。全ての生命を殺し、全ての生命を作り替えよう。一つの種族、新人類として。

 

 

 

これこそが、俺の『人類救済計画』。全ての生命を新たな人類として作り替え、あらゆる奇跡や神秘の廃した世界を創る。膨大な世界を覆う防衛システムで、あらゆる驚異から彼等を護り続ける─────それが、俺の世界に対する答えだ」

 

 

 

 

 

「─────狂ってる」

 

「その考え方は知性体の悪い点だ。自分には理解できない事を狂ってる、異常だと排斥することが知性を持つ者の愚かな事、欠点の一つだとは思わないか?その傲慢さが、人や人外にて不幸をもたらす。永き歴史がよく物語っている事だ」

 

 

口元に指を向け、シーッと言う神王。自身の計画、その心理を悪く言われたにも関わらず、彼に怒りの感情すらない。

 

 

通常ならば理解されないと悟っているのか。激昂の感情すら湧かない程に、世界に失望しているのか。

 

 

「確かに、この計画には不備な部分が多々ある。だが、その点は問題ない、対処はするつもりだ。色々と困難はあるが、世界を一度滅ぼせば問題ない。奴等、この世界に仇なす存在も滅ぼせるからな」

 

 

そこまで言うと、神王は二人の名前を呼んだ。兵藤一誠と黒月練、共通する力を宿す二人の名を。

 

 

 

「天龍に選ばれし君達二人に聞こう。俺の計画に賛同する気はないかな?」

 

 

首を傾け、微笑む神王。

 

 

「俺の『人類救済計画』には君達が必要だ。より正確には、覚醒した天龍の力がね。だが、君達が俺の計画の鍵になるのは間違いない事実だ。だからこそ、敵として傷つけ合うよりも、味方として引き入れたい限りだ。

 

 

 

望むならば、俺の手を取って欲しいものだが………どうかな?」

 

 

所謂、勧誘だろう。神王派としては、一誠や練が重要な存在だからだろう。あの風刃亮斗も一誠との戦闘の際、見込みがなければ神器を奪い取ると口にしていた。敵として余計な所で死なれるよりも、自分の元という安全な場所に置いておきたい、そういう考えなのかもしれない。

 

 

 

黙り込んでいた二人だったが、一誠が険しい顔で神王へと問い掛けてきた。

 

 

「…………王様、アンタの言う救済に思うんだが────全ての生命を一つにするって事は、皆を一度殺すって事か?部長や魔王様達も、松田や元浜、桐生達、無関係な人達も?」

 

「────強ち間違いではない。全てを一から作り直すんだ。今いる人間も、全ての魂を取り出して初期化(リセット)する。魂としては生まれ変わるが、彼等という人間を殺すことにはなるな」

 

 

 

「───なら、俺はそれを認めねぇ」

 

 

強く、拳を握り締める一誠。彼は強い敵意と共に神王へと指を突きつけた。

 

 

「ハーレム王になるっていう夢とかよりも!俺の両親やあいつらにまで手を出すなんて真似をさせる訳ねぇだろ!!何より!俺が部長を、皆を裏切ったりするもんかよッ!!」

 

 

「………気に食わないが、コイツに賛成だ」

 

不服そうに一誠を見ながら、練も同調する。

 

 

「俺はようやっと、悪魔の奴等と和解の道を繋いだんだ。連中の全てを許さないにしろ、償わせる事は出来る。それを、だ。お前の言う新世界、全員が救われる完璧な世界の為に諦めろ………だって?」

 

「…………」

 

「ふざけるなよ、神王。俺やあいつらは、自分達の意思で未来を歩み出したんだ。お前の言う、救済なんぞに救われてやる程弱くはない。救いたいなら勝手に救え、だが俺は俺の意思で拒絶させて貰うぞ」

 

 

ハッキリと、敵意を以て宣誓する。

二人に拒絶された神王は、少しばかり顔を俯いていた。

 

しかし、掠れたような声が漏れる。抑え込むような、声。それが神王の期待に震えたような笑みだという事に、すぐに気付いた。

 

 

「なるほど、君達は強いな」

 

 

心から感心した物言いであった。拒絶されること自体気にしないのは、度量の大きさからか、或いは格下の考えだからと見くびっているのか。

 

 

両目を伏せた神王は、表情から笑みを消し────

 

 

 

「────だからこそ、哀れに思う」

 

 

二人に向けて、憐憫の視線を投げ掛ける。突然の事に戸惑う

 

 

「その強さが、君達の心をへし折る事になる。これから先に進もうとする覚悟が、君達に絶望を与える。黒月練、君は過去の呪縛に囚われる。兵藤一誠、君は獲得した絆を踏みにじられる。

 

 

たとえどれだけ強くても、悲劇だけは変えようはない。いずれ君達を襲う悲劇は、君達を苦しませるだろう」

 

「何を………言っている」

 

「生憎、少しだけ『眼』が良くてね」

 

 

妖しく光る瞳を指で添えながら告げる神王。ふむ、と考え込むように顎を擦る神王は話を続けた。

 

 

「君達の意見は理解した。あくまでも、私の計画を否定すると。その意は汲もう。だが、私が単なる言葉で止まるとは思わないだろう?私は無数の願いの上に立っている、今更数人の言葉で立ち止まる程安い理想ではないのさ」

 

 

マントを大きく翻し、神王は言う。

 

 

「分かりやすい話、あれだ─────言葉ではなく、力で示せ、だったか?」

 

 

不敵な笑みと共に神王は両腕を振り払う。瞬間、膨大なまでの魔力が神王から放たれる。実際には漏れ出しただけの魔力だが、その濃度は神代のものに近いだろう。

 

 

それと同時に彼の上空に無数の光が生じた。単なる発光ではなく、虹色のような輝きと化したオーロラのような光帯。

 

 

それら全てが、一人で発動した魔法であるなど、どうやって納得出来ようか。あらゆる属性の魔法が一気に展開され、彼等に狙いを定める。

 

 

 

「まずは、百だ。この程度で倒れてくれるなよ?」

 

 

瞬間、激しい絨毯爆撃が炸裂した。炎が、水が、風が、雷が、氷が、音が、力が、一つ一つが膨大な爆弾であるかのように、周囲を吹き飛ばしていく。

 

 

正に破壊の嵐であった。

 

 

「黒歌!リアス・グレモリー!バリアを解くなよ!これだけの弾幕はタンニーンならともかく、俺達だと一、ニ発で即死になる!!どれだけ威力が強かろうと耐えきれ!!」

 

「分かったにゃっ!」

 

「っ!言われなくても………っ!!」

 

 

二人は同時に魔力と仙術を用いた防壁を張る。魔法の雨が直撃した防壁は僅かに持ちこたえた。しかし、雪崩、あるいは暴風のように迫る魔法に、数秒も持たない。

 

 

防壁が砕け散る。無数の魔法が、破壊の力を伴い彼等へと降り注ぐ。

 

 

「くそォッ!」

 

『────現象固定、装填開始────「永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)」』

 

 

練の胸元のコアが回転する。別の色の宝玉へと装填された瞬間、彼の全身から凍てつく冷気が吹き荒れた。

 

 

凄まじい冷気を纏った練はリアスと黒歌の前へと飛び出し、地面に両腕を叩きつける。圧によって冷気の風が放たれ、地面から巨大な氷の塊が隆起し出した。一つではなく、複数が。

 

 

魔法の破壊の嵐に耐えきる氷塊は次第に積み重なっていく。それによって、巨大な氷の壁が形成される。魔法の嵐によって表面は削られているが、それでも少しは持ちそうではある。

 

 

「ほら、ほらほら。守ってばかりでは歯応えがない。反撃のチャンスくらいくれてやる。少しは攻めてみろよ」

 

 

神王は笑いながら、そう急かす。両手の全ての指先に魔力を集中させ、同時に十の魔法を発動させる。その際、彼は魔法の弾幕を放っている最中だ。

 

 

今にも破られそうな氷壁の中で、膝をついた錬は口を押さえる。込み上げる吐き気に耐えきれず、口から血が滲み出そうとしていた。

 

 

錬はそれを無視して、思案に明け暮れる。

 

 

(神王の奴!魔法を高速で発動している!!ラヴィニアさんやオズの老害(アウグスタ)よりも高火力だッ!!)

 

 

自身の知り合いに魔法使い────曰く魔女との関係を持つ錬は神王の異常性を理解していた。彼女や、かつて敵対していたオズの魔法使いでもここまで魔法の火力が凄まじい者はいなかった。

 

 

神王は神滅具だけではない、魔法にすら特筆している。

 

 

 

(───オールハイスペック!全能!あらゆる技術を完璧にマスターしている!!神王の神滅具なんて使わなくても最強を名乗れるレベル!!これが神王の実力か!?)

 

 

 

 

「………この氷が壊れた瞬間、全員で奴に攻撃するぞ」

 

「貴方、分かってるの!?相手は神王よ!?ここまでの実力差があるのに………!!」

 

「やらきゃ殺されるだけだ」

 

 

瞬間、氷の壁がアッサリと破壊される。全力で防ごうとはしていたが、ここまで簡単に壊されると実力の差が尽く理解させられる。

 

 

「隠れてばかりでは意味がない────早く俺に挑んで欲しいものだ────!!」

 

「なら!お望みの通りにしてやる!!」

 

 

余裕に満ちた神王が指先から閃光を放つ。氷壁の内側へと叩き込もうとした瞬間に、全員が四方へと飛び出した。氷を完全に消し飛ばす光の爆炎から、練が改造神器である銃を狙撃銃へと変換する。

 

 

着地と同時に、重撃をビームとして放つ。

ようやく戦い出した事に嬉しいのか神王は笑いながら、ビームを魔法で撃ち落とす。

 

 

 

「ッ!消し飛びなさい!!」

 

 

その隙を逃すこと無く、リアスが深紅の魔力を収束させる。消滅の魔力、文字通りありとあらゆる物を消し飛ばす最強の矛。一つの球体として放たれたそれは、顔をすら向けない神王を抉らんと迫る。

 

 

しかし、手が伸びる。

手の内から更なる魔力が膨れ上がり、消滅の魔力と衝突した。消滅の魔力の効果は問題なく発揮されている。だが、神王の肌に届くこと無く、無制限に供給される魔力を消し続けていた。

 

 

「─────消滅の魔力か。バアルの血統に宿る滅びの力、触れればあらゆる物質も生物も消し飛ばす力。悪魔の中でも秀でた魔力だよなぁ」

 

 

絶句するリアスを余所に、神王は感心したように賞賛を送る。「が、しかし」と付け足し、掌で潰すように拳を握る。

 

 

 

「消し飛ばせるのにも、限界がある。何十倍もの魔力とか、な」

 

 

瞬間、先程の魔力とは桁違いな量の魔力が塊となって放たれる。それは消滅の魔力を押し返し、逆に消し去る。離れていたリアスも、その余波で近くの大木へと叩きつけられる。

 

 

「クソォォオオオオオオオッ!!!」

 

リアスがやられた瞬間を見た一誠は叫びながら倍加をしていく。己の力を更に高めながら、神王へと殴りかかる。

 

 

しかし、籠手が直撃したのは、神王ではなかった。半透明な薄い壁。神王を中心として張り巡らされた何十枚ものバリアであった。

 

 

(何だ………!?拳が、届かねぇ!?)

 

「悪いが、その程度の倍加は通用しないぞ」

 

 

冷徹な眼で見据える神王。拳を前にしても身動ぎすらしないのはバリアを突破されないという自信か、或いは殴られる事すら恐れてないのか。

 

 

「赤龍帝の倍加の真髄は無限に強くなれる事だ。だが、その無限は時間に伴ったものだ。…………俺を倒せる程の倍加になるまで、何時間掛かるか。それまで耐えられるかな?」

 

「ッ!」

 

 

一誠の首が、後ろから掴まれた。そのまま後ろへと投げられそうになる。言葉も出ない瞬間、声が響いてきた。

 

 

()()()!兵藤一誠!!」

 

 

『Effect!type─────snatch!!』

 

 

黒月練の声と共に、一誠から力が抜けていく。いや、一誠が『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』による倍加の力を奪い取られたのだ。一誠の首を掴み放り投げようとする練に。

 

 

 

「吹き飛ばせッ!爆散裂弾丸(バニッシュガン)!」

 

片腕で散弾銃を固定し、爆発する弾丸を解き放つ。バリアに向けて至近距離からの射撃。威力を逃すこと無く押し殺す事無く、全力を叩き込む。

 

普通ならば威力はまあまあだ。悪魔程度をミンチにする位だが、今は違う。一誠の分の倍加も上乗せし、強力な砲撃と化す。

 

 

反動すら届かない防壁の中にいた神王は少しだけ眼を見開いた。彼を覆う防壁にヒビが入り、ガラス細工のように砕け散る。三枚、防壁が虚空へと消えるが、まだ彼を包むバリアは健在であった。

 

 

「やるなぁ!我が防壁を三枚も砕くとは!だが、距離が離れてしまったぞ?また退くのか?」

 

「────それが目的だからな」

 

「?あぁ、そういう───」

 

 

何か気付いた練が上空を見上げた直後、凄まじい力を込められた剛腕が叩きつけられる。巨大な腕でバリアを掴み、粉砕するように地面へと押し込む。

 

 

 

「───ムゥンッ!!!」

 

 

龍王タンニーン。現在は悪魔となった龍種の上位的存在は神王相手に力を緩めることはない。むしろ本気の一撃を打ち込んだのだ。

 

 

「タンニーン、か。悪魔に成り果ててもその実力は未だ健在か。俺の防壁を十五枚も割るとは感心したぞ」

 

 

しかし、タンニーンの手の中から声がまだ響いていた。驚愕する龍王の手が、凄まじい衝撃によって弾かれる。

 

 

バラバラに砕け散ったバリア、しかしまだ存在してる防壁を所有する神王。彼は屈託した笑みを浮かべながら、タンニーンへと人差し指と中指を向ける。

 

 

「しかし、お前は駄目だ。俺が相手するのはお前ではない、彼等なのだ。悪いが、望まれてない者には退場して貰おう」

 

 

『アルテスター・カノン』

 

 

膨大な術式と魔力。それに反して放たれる猶予はたった一秒未満。四つの魔方陣を交差させ、その中心か純白の極光が解き放たれる。

 

回避をしようとするが、近すぎたのだろう。龍王タンニーンは極光を胴体に直に受け、そのまま吹き飛ばされる。周囲の森を削り取り、遠くへと押し出されていく。

 

 

「オッサン!」

 

「龍王タンニーンッ!!クソ!!」

 

歯噛みしながらも、神王へと突撃する練。彼は胸元のコアを高速で回転させ、一つ、そしてもう一つのコアを装填する。

 

 

背中から、白い鞭らしきものが伸びる。練の右腕にぐるぐると巻きつき、形を円錐のランスへと変換させる。それと同じ間に、練の背中から突き破り飛び出す影があった。

 

 

鷹と思われる鳥。赤い瞳を輝かせる鷹は跳び立つと、練の隣へと飛空している。

 

 

その姿を見た神王は気に入ったように大笑いする。拍手しながら彼に声をかける。

 

 

「ハハハッ!知っているぞ!『窮奇』と『檮杌』!!確か黒狗の青年と同じ仲間の皆川夏梅(みながわなつめ)鮫島綱生(さめじまこうき)の神器だ!まさか同時に再現できるとはな!」

 

「ッ!先輩達の事も知ってるのか!!」

 

 

警戒を深める練に神王は高らかと笑い声をあげていた。返答はなく、落ち着き始めた神王が顔を手で覆いながら言う。

 

 

「中々に素晴らしいものだ。そんなものを見せて貰って黙ってはいられないなぁ、この俺も。

 

 

 

 

 

少しばかり、面白いものを見せてあげたいなぁ?」

 

 

………何?と顔をしかめる練達に。神王は顔を覆う手とは反対の手を空へと掲げる。より正確には、手の中に収まっていた深紅の結晶を。

 

 

「我が神王の十二の宝具、その一振を君達に披露しよう」

 

 

そのまま手の中に収めていた結晶を手で握り締める。パキン!と粉砕される、その瞬間。

 

 

 

禍々しい程の赤い光が無数に生じる。彼の掌から発生した光は天へと伸びる柱へと変じた。暗闇を切り裂き、次元すら突き破る深紅の光。

 

 

その光の内側で何かが地上に降り立とうとしていた。棒状の何か、それは凄まじい速度で落ちて────神王の手へと収まる。

 

 

 

 

────何だ、アレ?

 

 

それは、一振の槍であった。深紅の結晶を中心に嵌め込まれた、四つの刃を四方から伸ばし、深紅の結晶を据え銀色の鋭い矛先を備えた2メートル近くの大槍。

 

 

問題は、内部構造であった。練はそれを咄嗟に解析しようとする、真天龍の力を解放した。

 

が、理解しようとするより前に、練は激しい頭痛に膝をついた。流れ込んできたのは、膨大な情報量。無数のコンピューターのデータを送り込まれたように、処理が出来ない。

 

 

「…………ぐ、ぅっ!?」

 

「練!?おい!?」

 

「何だっ……!それは……ッ!神器でも神の武具でも…………違うッ!神滅具(ロンギヌス)かッ!?だが、それは──────ッ!!」

 

 

 

「あぁ、この槍は神器だ。だが、普通の代物とは違う。これは人類史には残されていない記録だ。何故なら、これはあらゆる神の武具を基として造られたものだからなぁ」

 

 

『神王』は、聖書の神が造った人類を守る希望だ。

あらゆる害悪や厄災から人類を守る、その為に聖書の神は神王を全能へとする事にした。

 

 

神王は、全ての歴史や記録の塊。あらゆる神話の遺物や武具のデータを一つとしたもの、それこそが十二宝具。それこそが神王なのだ。

 

 

「─────だから、こんな事も出来る」

 

 

『神王』は槍を片手で掴み、軽々と振り回そうとする。それは不動、余裕の構えを取っていた時とは違い、自分から動いていた。

 

 

その槍が、振るわれる瞬間。異様な恐怖が練を襲った。

 

 

────駄目だ。あの槍に触れてはいけない、いや斬撃にすら触れてはいけない。

 

 

 

「ッ!気を付けろ!!あの槍は危険─────」

 

「この槍こそ、十二宝具が一つ。あらゆる記録や遺物を基に造られた原典を越えるオリジナル」

 

 

だが、声に出した間に振るわれていた。単なる準備運動に過ぎない行動。それだけでも警戒信号が脳内に鳴り響く。

 

 

カァン!! と地面に槍を打ち付けた『神王』は、ニヤリと不敵な笑みと共に告げる。

 

 

「『虚数裂きし神逆の槍』、空間ごと全てを捻り、切り裂くこの槍に相応しい銘だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、世界が裂けた。

 

 

周囲へと解き放たれた斬撃は四方へと飛び、木や周囲を覆う結界、冥界の空間すら斬った。

 

 

防御など出来ない。

黒月練は不可視の斬撃に気付く事なく、直撃してしまう。軽々と吹き飛ばされた練はその最中に見た。

 

 

 

 

紙を切るようにあっさりと裂けた腹と、斬り飛ばされた脚。彼は世界と共に、世界を捻り裂く槍によって切り刻まれた。




『神の子』

数百年に一度、人々の願いによって降臨する聖人。生まれながらにして超越者であり、あらゆる奇跡を可能とする天才。人々の願いによってその強さを増し、強大へとなる。

今代の神王は例外的存在で、数百年の間に人外に殺され続けた人々の救いを求める願いと環境や世界への恨みによって今代の神王は『無限の龍神』や『夢幻』に並ぶ程の強さへとなっている。


神王の救済計画。『新人類統合及び人類守護計画』、あらゆる生命体(神を含めた)を人類へと退化させ、魔法や奇跡、神器や神秘の全てを消滅させる、世界を滅ぼすことで。それによってシステムを改竄し、大規模防衛システムとして世界を、人類を守るものとして変換する。


神秘の消え去った箱庭であらゆる脅威に怯えることのない、人類だけの世界。それこそが神王の目標。


イカれてると言われればイカれてるけど、割りと正しくはある。神王は人類を救済するだけじゃなくて、世界を飲み込む厄災(型月でいう人類悪)を滅ぼさなきゃいけないから。


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魔障の魔人

「─────っッ!!!??」

 

 

言葉にならない、苦痛の絶叫が迸る。運良く攻撃に当たらなかった一誠はその声を響かせた練に振り向き────絶句していた。

 

 

しかし、すぐさま弾かれるように練へと飛びかかる。膝をついて蹲る練の様子を伺う。

 

 

「おいッ!大丈夫か!?」

 

「…………ぐッ、おまえ…………ッ」

 

「悪かったかよ!?でも黙ってるつもりはねぇよ!!」

 

 

練の現状は酷いものだった。引き裂かれた脇腹からは止めどなく血が溢れている。片足も綺麗に切断され、これも出血が止まらない。ハッキリ言って重傷以外説明しようがない。

 

 

(でも!何だよ今のは!?アイツがあのおかしい槍を振るった瞬間に、周りも吹き飛ぶし!練も追い詰められるって!)

 

 

激しい困惑に包まれる一誠、確かに自分は馬鹿だ。でもそれでも、アレだけは簡単に理解できる訳ない。

 

 

アレを見た瞬間、一誠の脳裏に過ったのは『死』であった。だが、武器で殺されるとか単調なものではない。分かりやすい話、消滅だ。跡形もなく、痕跡すら残せず消えるような『死』を感じ取ったのだ。

 

 

 

 

「────おや、もう一人ダウンか」

 

 

背後からの一言に、一誠は凄まじい恐怖に襲われる。振り返った所には、地面に足をつけずに空を浮遊する神王が見下ろしていた。確かに心配したようであったが、練が生きてることを確認すると心から安堵しているようであった。

 

 

「少し本気を出しすぎたかな?殺してはいけない二人の片方が死にかけるとはね、手加減しておいて良かった良かった」

 

「ッ!?」

 

(本気を、出してねぇのかよ!?アレでか!?)

 

 

言葉も出ない一誠を前にして、神王は薄笑いと共に指先に魔力を集中させる。小ささに反して濃密な程の力の質量が、解き放たれそうになる。

 

 

 

「───テリャァッ!!」

 

 

凄まじい速度で放たれた光が、弾かれる。少し予想外であったのか、神王が驚いたような顔を浮かべていた。楽しみを隠せずにいた美候が如意棒を振り回し、神王へと突き放った。

 

 

 

バシィンッ!! と。

空間に波紋が伝わる。如意棒は神王に届くことはなく、何十枚も重なるバリアにより防がれていた。

 

 

「ふぅん、危ない危ない。今のは少しだけ焦ったなぁ、孫悟空の末裔」

 

「チッ、やっぱ今のも防がれるかい!だが、今は俺っちの相手を受け入れて貰うぜい!アイツを死なせちまうとヴァーリがマジに怒るからなァ!!」

 

「それは安心した。助けてくれるようで何よりだ。こんな所で死なれては困るのでな」

 

 

余裕に満ちた神王は両手を広げ、亜空間から一本の槍を取り出した。先程解き放たれた宝具とは違い、ただの槍であったが、神王からすればその方が戦いやすいのかもしれない。

 

 

美候も冷や汗をかきながらも、嬉しそうに笑い如意棒を振り回しながら神王へと突撃していく。

 

 

 

その隙にと。一誠は練の腕を掴み、肩を担ぐ。そのまま引き摺るように力の出ない練を連れて何とか離れようとしていた。その様子に、意識の朦朧としていた練が気付き、明らかに戸惑う。

 

 

「おまえ………俺を、助ける気か……っ?」

 

「………あぁ!そう見えねぇか!?」

 

「…………クソッ、屈辱だ……!よりによって……お前に、借りを作るとは………!!」

 

「うるせぇよ!確かに俺もお前が気に入らねぇけど!見殺しにするほど落ちぶれてもねぇ!!文句は後で聞いてやるよ!」

 

 

力不足に呻く練の皮肉に、一誠は怒鳴り返す。そうかよ、と練は血を吐きながら笑い───苦しそうに咳き込み、血の塊を吐く。

 

 

「───そこに寝かせて、赤龍帝」

 

 

少し離れた所で、突如近付いた黒歌がそう言う。当初は敵と警戒していた彼女だが、一誠も何も言うことなく近くの木に練を寝転がせる。

 

 

黒歌は練の傷口に手を当てると、何らかの力を送り始めた。口から血を吐き苦しそうにしていた練だが、少しだけ様子が戻っていく。

 

 

汗を拭う黒歌は、ホッとしたように安堵する。恩人であり親しく思う青年を助けられたのだから、気が落ち着くのも当然だろう。

 

 

「傷口も何とか防いだわ。けど、あくまでも完全に治せた訳じゃない、出来るなら外に逃がしたいけど─────」

 

 

 

 

 

「─────逃げられると思うのかな?」

 

 

微かな希望を嘲笑う声が響いた。

同時に、相手をしていた美候が地面に叩きつけられる。戦いを楽しむ彼も、力の差を理解したのか諦めたような笑いが滲んでいる。

 

 

無傷の神王が、絶望をもたらす。

人類にとって救世主とも言える存在。今まで人類を追い詰めてきた研鑽が、これ程までの王を作り出した。

 

本気を出さずともこの強さ。恐ろしいなんて言葉では語れないだろう。

 

 

「おいおいおい、たった数人程度で俺をどうにか出来る訳ないだろ?理解できていると見込んだのは少し厳しかったか?」

 

 

マントを大きく翻す神王。

己の強さに並々ならぬ自信を滾らせる人類最強の男は、全てを見下ろすかのように微笑みを浮かべた。

 

 

 

「さぁ、次は全員で来るか?むしろそうするべきだぞ?それ以外勝ち目が無い訳だしな」

 

 

あらゆる攻撃すら防ごうとしない無防備さを見せつけながらも、傷つけることもできない確かな絶対性を示していた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「───しィッ!!」

 

「ふんッ」

 

 

ゼリッシュの放つ大剣の大振りに、アンシアは防ぐことすらせず弾けるように避ける。後方へと跳びながら、弾丸を換装した片手銃で彼女目掛けて撃ち放つ。

 

 

しかし、大振りの大剣を力ずくで振り払い、彼女はすぐさま撃ち込まれた銃弾を受け止める。ガシュンッ!と砕くような金属音と共に、巨大な大剣の刃と刃に弾が取り込まれる。

 

 

チッ! とアンシアは隠すことなく舌打ちを吐き捨て、銃弾を装填し直す。

 

 

(奴の神器────金属を喰らう剣か。俺の銃すら物ともしないとは……………が、しかし)

 

 

(ただ喰らうだけならば恐れる事はない。破壊力も大して強い訳ではない─────破壊に特化したデュランダルにも届かない。ならば、やりようはある!)

 

 

ザッ! と円を描くように床を脚でなぞる。その影から仕切りから解放されたように、複数の黒い何かが姿を現す。アンシアの『砲銃創造(ガンズ・メイカー)』により創造された銃や機関銃、銃砲がゼリッシュへと狙いを定める。

 

 

無数の銃口が火を噴く直前────アンシアの銃の全てが影から伸びた魔剣に貫かれる。驚愕を両目に宿すアンシア。無論、銃身を切り裂かれた銃は射撃など出来ない。

 

 

すぐさま瞳に憤怒を灯らせたアンシアが、自身から少し離れた場所にいる相手を睨む。

 

 

「貴様ッ!」

 

「悪いけど、僕の存在も忘れられては困るね」

 

「ほざけ転生悪魔!このような小細工でこの俺を────ッ!?」

 

 

此方を見据えほくそ笑む木場にアンシアはそう言いながら拳銃を突きつける。

 

 

 

しかし────彼はすぐさま気付いた。

 

 

左右から挟むように迫る二つの刃を。周囲の魔剣や銃の残骸すら切り伏せながら、アンシアを両断しようと進んでくる。

 

 

「『騎士』を───侮るなッ!!」

 

しかし、二つの刃が交差する瞬間、アンシアが地面を蹴り跳躍する。飛びながらも両手の銃を機関銃へと変換させ、周囲に弾を撒き散らす。

 

 

しかしゼリッシュがまた大振りの刃を振り回す。それだけで、全ての跳弾は跡形もなく消し去られる。『鋼鉄喰らい(メタルイーター)』を下ろし、木場に声をかける。

 

 

「よぉ!モヤシ野郎!助かったぜ!ありがとよ!」

 

「…………モヤシ………僕は木場祐斗って名前なんだけど……」

 

「あん?モヤシ嫌か?………じゃ、イケメン野郎で良いよな!」

 

「………………うん、それで良いよ」

 

 

半ば諦めたように呟く木場にゼリッシュはカラカラと笑いながら背中を叩いた。その様子に続きの攻撃をしようとしたアンシアだったが────ふと、とある事実に気付いた。

 

 

 

 

(………あの大剣、前よりも大きくなっている───?)

 

 

ゼリッシュの振るう大剣。2メートルであった筈だが、今は3メートル以上にまでなっている。刃自体の光沢も強くなり、小さな刃までも歯のように展開している。

 

 

何より、何度も見てきたあの不可思議な現象。斬るのではなく、喰らうような斬撃。

 

 

「…………そうか、貴様の神器は金属を喰らうだけではない。喰らった金属を取り込み、力にするのだな」

 

 

予想よりも、相性が悪すぎる。アンシアや木場の造る銃は全て金属でしか造れない。アンシアの銃弾も、刃により簡単に無力化される。そして木場の魔剣も同じく喰らうことで強さを増していく。厄介な事この上ない。

 

 

 

だが、アンシアは理解している。自分達の目的が彼女達との戦闘だけではないことを。最初は我を忘れそうになっていたが、先程から常々と感じる『神王』のオーラにより、冷静になれた。

 

 

「────我等が王が動かれたようだ。そろそろ目的を果たすためにも──────貴様らには少しの間、動かないで貰う」

 

 

アンシアはそう告げると共に、拳銃を上空へと向ける。一発の銃声が鳴り響いた瞬間、アンシアの影や空間から無数の銃が姿を現す。

 

 

即座に警戒する二人だが、銃はまるで磁力で引き寄せられるように一点へと集まり、互いに接合していく。単なる合体などではなく、銃の至る部位まで部品として融合しているのだ。

 

 

少しずつ、表情を険しくさせる二人の前で、アンシアは拳銃を下ろす。無数の銃が融合した一つの物体は、空へと舞う。

 

 

殲滅の鉄鋼機体(ガンキラー・ユニット)

 

 

四方に巨大な砲門、更に左右に二本の戦車砲を取り付けた機銃の飛空物体。一見見れば戦闘用のドローンであるそれは、あらゆる敵を殺すことに特化したフォルムであった。

 

 

「お前達の相手にはならないが、足止めに十分だろう」

 

「ッ!てめぇ!待ちやがれ!」

 

 

無視したように、アンシアは立ち去る。咄嗟にアンシアを追いかけようとするが、ガンキラー・ユニットが凄まじい速度で二人の前へと躍り出る。

 

 

 

アンシアが飛び立ったのは────朧の元であった。叩き込まれる雷と魔法の弾幕を魔障を解放して防ぐ朧だが、明らかに押されている。

 

 

その間、魔法の一部を銃撃で消し飛ばした。

 

 

 

「貴方は!?」

 

「………新手ですか」

 

「ふん、貴様らに用はない」

 

乱入してきたアンシアに身構える二人だが、アンシアは銃口を向けながら朧の元へと近寄る。真横に並ぶまで近付いたアンシアは、囁くように呟いた。

 

 

「────朧」

 

「………」

 

「次のフェーズだ。魔障を解き放て」

 

 

アンシアの言葉を受けた朧は仮面の奥から唸り声をあげると、仮面を手を伸ばす。そのまま掴むと、そのまま顔から引き離そうとする。

 

 

「………ォ、ォオオオオオオオオオオ────」

 

 

相対していたアイリスが戸惑うのも無視して、朧は仮面を引き剥がそうとする。ブチブチ、と黒い繊維が千切れる中、苦痛に呻くような雄叫びが大きさを増していく。

 

 

同時に黒装束が内側から膨れ上がる。まるで別の生き物が存在してるかのように、不気味に変動する。あまりの異様さに、言葉も出ない。

 

 

 

────そして、朧の顔から仮面が引き剥がされた。弾けるように、朧が後ろへと上半身だけを仰け反らせる。力を失ったように、倒れ込む朧であったが────

 

 

 

 

「────封印、解除」

 

 

不気味な一言と共に、ビクンッ! と跳ねた。そして上半身が凄まじい反応速度で跳ね上げる。仮面の無い顔を、アイリス達へと向けた。

 

 

 

 

「───禁手(バランス・ブレイク)

 

 

顔は、無かった。

黒い繊維に包まれた体格、その首にあるのは空洞。その空洞の中心、目映い光の球体が浮遊していた。

 

 

 

瞬間であった。朧の身体が、崩れ落ちる。黒い繊維が役目を終えたようにほどけていき、地面へと堕ちていくのだ。しかし黒い繊維が外れた瞬間、濃い紫色のガスが周囲へと撒き散らされた。

 

 

 

「ッ!?何だよ!これ!?」

 

「…………毒ガス?いえ、これは」

 

 

「────ククク、始まったようだな!」

 

匙は戸惑いながら口を塞ぎ、同じように腕で口を押さえていた宗明が単なる毒ではないと気付く。そんな二人を前にシフリンは満面の笑みを浮かべながら、朧の方を見据える。

 

 

薄い笑みを浮かべたアンシアはすぐさま先程までいた場所へと戻る。瞬間、叩き斬られたガンキラー・ユニットが目の前に落果して爆散した。

 

 

 

「────ふん、ユニットを倒したか。称賛はしてやろう、だが手遅れだ」

 

「…………あん?何を言ってやがる?」

 

 

大剣を突きつけ怒鳴るゼリッシュ。しかしアンシアは答えることなく、沈黙を貫き通していた。不安に思ってい彼女だが、ふと耳にボタボタと溢れる音が聞こえた。

 

 

振り返ると、木場は膝をついて口を押さえていた。手からは鮮血が止めどなく流れ出していた。

 

 

「───おい!イケメン野郎!?大丈夫かよ!?」

 

ゼリッシュが駆け寄り、背中を擦るがそれでも快調の様子は見られない。ふと、周囲から悲鳴が響いた。

 

 

振り返った時、辺り一帯は地獄となっていた貴族悪魔や転生悪魔が木場のように血を吹き出しているのだ。軽症である者も多いが、中には戦いの傷も相まって瀕死に近いものまでいる。

 

 

「無駄だ。たとえフェニックスの涙を使おうと回復は出来ん。この『魔障』の中ではな」

 

 

阿鼻叫喚の状況を見据え、嘲笑を向けるアンシア。彼の言葉にゼリッシュは鋭い目付きで睨み、大剣を構えた。

 

 

「………てめぇ、何をしやがったッ!!」

 

「『魔障』とは、冥界に確認されている濃密な魔力の霧だ」

 

 

本来ならば、返答にすらなっていない。現にゼリッシュも、アンシアに怪訝とした視線を向けている。

 

 

「冥界などで見られる危険な現象だ。膨大な程の魔力を受け、体内の魔力が過剰増幅する事により肉体に負荷が発生し、最悪の場合死に至る恐ろしい話だ。生命体である以上、『魔障』の力からは逃げられない」

 

 

「我々の仲間は魔障を生み出す『魔障結晶』を見つけ出してな。緻密に加工や実験を繰り返した結果、お前達だけを殺す兵器に作り替えれたという訳だ。今解き放たれたのは悪魔に特化した魔障というヤツだ」

 

 

「なら!テメェの仲間は何だってんだ!仲間も犠牲にしてまでコイツらを殺そうとしたのかよ!?」

 

「───違う、断じて違う。朧には『魔障』は通じない。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、朧は生物という枠組みにはいないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………一体、何が………」

 

周囲の惨状に戸惑うアイリス。先程、目の前で朧が爆散した時のガスを撒き散らされた途端、悪魔達が苦しみ始めたのだ。

 

しかし自分には何もない。悪魔だけに効果があるのか。とにかく何もしない訳にはいかない、と近くで吐血した朱乃に駆け寄ろうとするが─────、

 

 

 

その瞬間、有り得ない現象が起きた。

朧が纏っていたであろう黒い布が突然飛び跳ねたのだ。まるで自我を持つように動き出すと、アイリス目掛けて襲いかかった。

 

 

「っ!」

 

不意の攻撃を視界に捉えたアイリスは振り返り様に魔法を打ち込んだ。目の前で破裂する鮮やかな光の弾幕が一帯を飲み込む。

 

 

が、それでも黒い布には大したダメージにはなっていないらしい。蛇のように唸る布は此方に警戒をしているようであったが、

 

 

『────流石、只者ではないな』

 

『まぁ、情報にないイレギュラーだからね。警戒はしておくことが何よりだよ』

 

 

二つの声が、響いてきた。

その声は先程までの朧と似ているものであり、奴とは違いどちらも口調は流暢であった。しかし、二つの声を合わせればソックリと言えなくもない。

 

 

 

砂煙が晴れた瞬間────目の前の光景にアイリスは更に戸惑った。

 

 

無数の黒い繊維の布の中心に浮かぶ黒い球体と、周囲に漂う魔障を濃くさせていく白い球体が、互いに寄り添うように漂っていた。

 

 

アイリスは、確信した。

目の前にいるのは朧と呼ばれていた黒衣の男の正体だ。あの二つの玉が朧という外皮を操っていたのだ、と。

 

 

「───貴方達は、一体…………」

 

 

喉を干上がらせながら問いかける彼女に、二つの球体はクルクルと周囲を回り出す。強く発光させながら、白黒の球体は声を発した。

 

 

 

 

 

『────我は、我等は朧』

 

『「神王派」「兵士(ポーン)」として、神王に忠誠を誓う─────双対の神器(セイクリッド・ギア)さ』

 

 

まるで一人の人間であるかのように。

二つの神器はそう振る舞いながら自分達の名を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────神器、だと!?何を言ってやがるんだテメェらは!!」

 

 

事実を聞いたゼリッシュは困惑を隠せなかった。当然だ、意味が分からない。人形のような存在から出てきたのは二つの玉だっただけでも分からないというのに。

 

 

アンシアは嘆息するが、説明をし始めた。

 

 

「厳密に言えば、ただの神器ではない。朧は、自我を持った神器だ」

 

「自我を持った………神器!?」

 

 

ゼリッシュは思わず、呆然となってしまう。神器が人のフリをしているだけでも不可思議だというのに、神器が自我を持っているとはどういう事なのか、と。

 

 

「『遮断領域の黒布(カウントシャット・クロス)』、『万物操作(テクスト・モノリス)』、かつて五大宗家の異端者どもが起こした虚蝉機関の被験者であった二人の男女が発現させた神器だ」

 

 

「彼等は神器を発現させた事で一時期は助かることが出来た。しかし、神器の研究をしたがっていた奴等の協力者によって実験を繰り返され─────二人は殺された。まるでモルモットのように」

 

 

「その際、彼等の亡骸の中で取り残された神器は彼等の最後に願いにより意識を獲得した。─────死にたくない、助けて────────それ以上に強く願った祈り、

 

 

 

 

 

 

人として生きたかった、その願いが朧を、二人の精神を生み出した」

 

 

互いに寄り添い合い、互いの存在だけを救いとしていた二人。彼等は過酷な実験を何度も耐えてきた、人間扱いされぬまま─────互いの命が尽きるまでに。

 

 

そんな彼等の最後の願いは、彼等に宿る神器に籠められた。生きたいという祈りから生まれた二つの神器は、主であった二人の屍を目にして、世界の脆さを知った。

 

 

彼等に残されたのは、主の仇討ちと与えられた自我であった。

 

 

 

 

そこまで話し終えたアンシアは憐れむように木場達を見下ろす。侮蔑の視線を誤魔化すことなく向け、吐き捨てるように告げた。

 

 

「残念だが、魔障の噴出は止められない。あの二人だけが魔障を制御し、手の内に収めているんだからな。朧を倒さぬ以上、ここにいる悪魔どもは救えない」

 

 

 

 

 

「──────いいや、止めてみせます」

 

 

濃い魔障の渦の中、アイリスが魔法を構築していく。黒い布に包まれる二つの神器(生命)に向けて、一つの決意を抱いていた。

 

 

黒月練の目的。悪魔達の罪を償わせること。彼は死を以ての贖罪を望んだ訳ではない。何より、こんなテロのようなやり方は、明らかに間違っている。

 

 

「貴方達を、私が止めます!こんな真似を、命を命と思わない行いはしてはいけない!!私達の手で、あの人の復讐を────悪魔達の贖罪を果たして見せる!!」

 

 

 

 

 

『─────嘗めるなよ、小娘』

 

『僕達を止める?無理だよ、君には出来ない。────僕達に殺されるんだからね、邪魔者として』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「─────ま、この程度か」

 

 

 

ただ一人、荒れ果てた森林の跡地で、神王は達観したように呟いた。

 

 

辺りにいるのは、神王によって悉く倒れされていった一誠達だ。全員が全員、圧倒的な力に打ちのめされて地に沈められている。

 

 

「少し本気を出したらここまで追い詰めてしまうとは………我ながら、最強というのは退屈だな。だが、俺にも出来ないことがあるのは悩みだがな」

 

 

彼等の惨状に、神王は寂しがるように漏らした。

しかし瞬時に王としての余裕を取り戻し、絶望を前にする一誠達を励ますように言う。

 

 

「悲観するなよ、俺に勝つことなど不可能に近い。この姿では可能ではあるが、今回は厳しかったようだな」

 

 

ふと、神王が無造作に腕を振るう。あまりにもあっさりとした動きで、単なる動作の一つにしか見えない。

 

 

 

しかし、その手が誰かを捕らえた。

 

 

「────あっ、ぅッ!」

 

「不意を突けば俺を何とかできると思ったか?可愛い考えだが、現実的じゃないな」

 

 

潜むように迫っていた白い少女の首が、神王の手に収まっていた。少女の姿を見たリアス達が声を荒らげる。

 

 

「っ!小猫!!」

 

「てめぇ………ッ!小猫ちゃんを、離せ………!!」

 

 

「兵藤一誠、君にも禁手をして貰いたいんだ。強引だが、少しやり方を変えよう」

 

 

真剣な表情で、神王は冷徹な一言を告げる。

 

 

 

 

 

「今からこの少女を殺す」

 

ゾッとするほど残酷な声音であった。冗談ではない、神王は本気で小猫を手にかけようとしていた。

 

 

理由は単純だ。一誠の禁手の為に、彼を追い詰める為に、そんな事をしようとしていた。

 

 

「禁手には本人の精神的な覚醒により至る事例もある。君にとって親しい者を殺せば禁手になる事も有り得る。無理矢理な形だが─────」

 

 

小猫の首を掴む力が強まる。今にも首を締め付けんとする腕に、更に力が込められる。が、そんな彼の手首を掴む者がいた。

 

 

 

ボロボロの黒歌。

重傷である彼女は自分の身を顧みることなく、神王を止めようとしていた。残された家族、最愛の妹に手を掛けようとする敵を。

 

 

 

「………まだ動けたのか、感心したよ」

 

「白音を───離せッ!!」

 

怒りのままに、黒歌は魔力弾を神王へと叩き込んだ。余裕のまま弾こうとした神王だが─────自身の身体の魔力が上手く練れない事に気付くが、もう遅い。

 

 

顔面に、至近距離の爆発が生じる。

回避する事も出来ずに、顔を吹き飛ばされた神王は遠くへと叩きつけられた。

 

 

自然と力が緩んだ手から小猫が離れる。地面に転がった彼女は荒い息を何とか整えた。

 

 

「白音!大丈夫!?苦しくない!?」

 

「………こほッ、大丈夫、です……」

 

 

駆け寄ってきた黒歌が心配そうに小猫の調子を伺う。小猫が無事である事に安堵した黒歌は────涙を眼に含ませながら小猫を抱き締める。

 

 

「ごめんなさい!白音!貴方の事をあの時連れていけなくて!全部私のせいなのは分かってる!奴等が父さんや母さんを殺したと知って…………貴方の事も利用する気だと知ったから!」

 

「…………姉様」

 

 

錯乱したように溢れ出す激情を止められない黒歌に、小猫は全てを悟った。

 

 

黒歌が引き起こした自身の主の殺害事件の真相。

それは彼女達を引き取った貴族悪魔が、自分達の親を殺していたことを。その貴族悪魔が小猫の力を無理矢理にも使わせようとして─────止めるようとした黒歌に激情し襲いかかり、返り討ちにされたことを。

 

 

ポツリ、と涙が流れ落ちる。

懺悔するかのように、小猫は自身の想いを吐露する。

 

 

「…………私こそ、ごめんなさい………何も知らないで、姉様の事を恨んでた…………姉様が、私の事を想ってたのは分かってた筈のなのに………」

 

「………白音ッ」

 

 

互いに泣き出しそうになりながら抱き締め合う。何年もの間、離れ離れになっていた姉妹の再会、本当の想いを言葉に出した二人は互いの想いを理解し合い、優しく互いの温もりを感じていた。

 

 

 

 

 

 

「────感動の再会、家族の仲直りか。素晴らしいものだな」

 

 

しかし、絶望が再臨する。

有り得ない、という顔で言葉を失う黒歌。先程の一撃は間違いなく直撃していた。顔も吹き飛ばしたというのに、

 

 

そんな思いを踏みにじるように────神王が静かに笑う。

 

 

「仙術で魔力の流れを狂わせるとは、厄介な真似をする。お陰で防ぐのが遅れたぞ。

 

 

 

 

 

 

だが、残念だったな。俺も仙術を使えるんだ、想定外だったか?」

 

 

顔に出来た傷を指でなぞり、瞬時に治療する。その様子に青ざめた黒歌が小猫を護るように強く抱き締める。

 

 

二人の姿に憐憫を抱きながらも、神王は片腕を天へと掲げる。

 

 

 

「そこの少女を殺すのは決定事項。どうしてもと言うのなら、せめてもの慈悲だ────一緒に逝くといい。我が槍の力で」

 

 

 

ヒュンッ!と。

 

神王の指先に、あの槍が止まるように停止する。十二宝具の一つ、あらゆる物質、理、概念すら消し去る虚数の槍。神王が指先を動かすと、槍の矛先が移動する。

 

 

 

小猫と、彼女を抱き締める黒歌に向けて。

 

 

「そして期待していてくれ。次に目覚めた時、君達は人として平和な世を歩めるのだから─────」

 

 

止めろ、と一誠が張り裂けん程に叫ぶ。

しかし、神王は止めることなく、手を振り下ろす。瞬間、槍は何者の支配から解放され、全てを無に返そうと迫り来る。

 

 

 

黒歌は避けることは出来なかった。

あの槍は防ぐことも不可能な無敵の槍。避けたとしても致命傷は免れないだろう。何より、避ければ妹が犠牲になる。

 

 

(…………もう離さない、最後まで一緒に────)

 

 

 

 

 

 

だが、黒歌は信じられないものを見た。

自分達の前に飛び出し、槍を前にした青年の姿を。

 

 

 

「───────なッ!?」

 

 

常に余裕に満ちた神王の顔から焦りが滲む。相手は負傷している、治癒されていたとしても全快とまでは言えない。明らかに無茶であった。ただ死にに行くようなものだ。

 

 

しかし、彼は───黒月練は違った。ここまで来たのは、助けるためだ。自分が助けると誓った相手を。

 

 

 

 

 

「───があああああああああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

血を滲ませるような絶叫と同時に、両手を前へと突き出す。掌の先へと力を集中させ、凄まじい厚さの防御壁を展開する。そして、神王の放った『虚数の槍』を確かに受け止めた。

 

 

 

「…………黒月練、流石に驚いた。まさか捨て身で彼女達を助けようとするとは」

 

 

神王は本気で驚きながらも、彼の勇気ある行動を賞賛する。ここまで出来る人間はそういない。精神的にも、肉体的にも、彼は強いと言うべきだろう。

 

 

 

 

「だが、理解しているのか?その槍は誰にも防げない事を」

 

 

一転して、憐れむような一言。続けるように、神王はその理由を口にした。

 

 

「今の君には避けることも出来ない。このままでは死ぬことを」

 

 

槍を受け止めていた練だが、すぐに気付いた。『虚数の槍』は確かに防御壁に防がれている。しかし槍の矛先が、少しずつ防御壁を突き進んでいるのだ。

 

 

万物を無に帰す槍。その実力は神器などでは到底ないような凄まじさであった。

 

 

『盟友!駄目だ!あの槍はあらゆるものを削る!貴様のバリアも持たないぞ!!』

 

「ッ!持たせてみせる!!」

 

 

神器の内側からのヴェルグの声に、練は奥歯を噛み砕く程の力で答える。神王の槍を防ぐのには限界がある。このままではどうしようもないだろう。

 

 

 

だが、練には解決する方法があった。自身の後ろにいる二人を助ける方法。かつての自分───復讐だけを優先していた自分には、絶対にしないであろう手段を。

 

 

 

 

「────黒歌ッ………今度こそ、妹を離すなよ」

 

 

黒歌は、その言葉に疑問を抱いた。この期に及んで練が何故その様な事を口にするのか、と。そして練は小猫に眼を配り、諭すように告げる。

 

 

「塔城小猫、自分の姉を………家族を、大切にな」

 

 

 

 

瞬間、練は勢いよく片腕を離した。防御壁の力が弱まり、槍の貫通が深く進んでいく。それを無視して、練は黒歌と白音に向けて掌を突きつける。

 

 

言葉に出す直前に、衝撃が放たれる。妹を庇っていた黒歌には避けることも出来ず、そのまま弾かれるように吹き飛ばされる。

 

 

 

「練ッ!?駄目ぇッ!!」

 

 

妹を抱き締めたまま、黒歌は平静を忘れたように叫ぶ。引き離されていく青年の姿に手を伸ばすが、届くどころか大きく距離が開いてしまう。

 

 

 

ふと、練は振り返る。

射程外から離れた二人の姿を見た練は────嬉しそうに笑みを浮かべる。良かった、と口に出す瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

槍が、全てを貫く。

音速の光として放たれた虚元の槍は、練の防御壁を容易く砕き、練の胸を突き破った。遥か遠くの結界を虚無へと返し─────彼方へと消える。

 

 

 

 

 

 

「………………黒月練、それが君の結末か。何故避けなかった、というのは傲慢か」

 

 

神王の呟きが漏れる。慈悲深い、その結末を憐れむような一声が。彼の視線の先には、たった一人の青年が立っていた。

 

 

 

 

 

立ち尽くしていた青年は、動かない。呼吸すらない。何故なら、動く心臓すら無いからだ。

 

 

 

胴体には、心臓以上の大きさの風穴を開けられていた。片腕は抉られており、綺麗に削り取られた断面の腕が地面に転がっていた。

 

 

 

黒月練。心臓を削り取られた彼の脈動と命が────その身体から尽きた。




滅茶苦茶詰め込んでしまったなぁ………まぁ箇条書きにしてみます。

・練、負傷一時離脱

・神王派、『魔障』による悪魔大量殺戮作戦

・その一員である朧は人間ではなく、自我を有した二つの神器であった(衝撃の事実)

・練、黒歌と小猫を庇い致命傷。死ぬのは今のところ確実。


解説するところから解説します。


神王派の朧について、朧は二つの神器が自我を獲得した存在でしたが…………自分もそんな存在がいてもおかしくないよな、と思ってました。システムもバグだらけですし、産まれた時から禁手に至る人もいるくらいですから。


因みに『遮断領域の黒布(カウントシャット・クロス)』は魔障すら遮断する布を操る神器で、『万物操作(テクスト・モノリス)』は取り込んだ物質を操る神器です。体内に溜め込んだ無数の魔障をモノリスによって制御し、シャット・クロスによって身体に溜め込んでました。(種明かし)




練は胸を抉られて瀕死ですので、神王の目的もこのままでは頓挫してしまいます。なら何で攻撃したんや、自分で放った槍くらい止めろよとか言わないでください。一度放ったから止められないんです(必死の言い訳)




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天龍、禁手

数ヵ月ぶりの更新ですけど、許してください()書きたい奴が多かったんです(言い訳)


「────練………そんな」

 

 

白音を抱き抱えた黒歌、彼女は悲痛さを隠せない顔で硬直している。震える唇を噛み締め、彼女は立ち尽くした練を見つめる。その瞳が激しく揺れる。

 

 

倒れることのない練。彼の胸には大きな穴が開けられ、心臓も削られたことを意味する。そして、彼は人間だ。心臓を破壊されて、生きている人間なんている筈がない。

 

 

「嘘、でしょ───」

 

 

目の前で死んだ青年に、リアスは呆然とするしかなかった。彼女からしてみれば、練のことは好きでもなければ苦手であった。自分達を明らかに敵視してくる彼の事を、心では毛嫌いしていたのかもしれない。

 

 

だが、目の前で倒れた彼の姿に、何も思わなかった訳ではない。様々な感情が彼女の中で巡り回り、思考が上手く働かなかった。

 

 

そして、一誠は。

 

 

「─────また、だ」

 

 

地面に倒れ伏していた一誠は、拳を叩き付ける。自分は強くなった、そう信じていた。前のように、アーシアを目の前で死なせた時のような事は二度と起きない、起こさせないと決意した筈なのに。

 

 

仲の悪かったが、嫌いにまではなれなかった人間の青年。彼をみすみす死なせてしまった。

 

 

「また、何も出来なかった………ッ!!」

 

 

情けなくて、悔しかった。

何も出来ず、何も変えられなかった自分が。歴代の赤龍帝とは違い、弱いまま自分が───どうしようもなく、許せないのだ。

 

 

 

そんな光景の中。

黒月練を殺した本人である神王、彼はただ一言呟く。

 

 

「─────どうして、こうなる」

 

 

しかし、一瞬の感傷を押し殺し、神王は冷徹な表面を取り繕う。冷徹すぎる程に、冷えきった体面を。

 

 

 

「……………想定外、だな。どうしてこうも上手くいかないのか。いや、それが運命というものか。口惜しいが、仕方あるまい」

 

「何を、する気だ……?」

 

 

 

 

 

「何って、神器を取り出すのさ」

 

 

……………………は? と一誠は言葉を失う。そこでようやく、神王の目的を思い出した。奴は一誠と練の神器を禁手へと導こうとしていた。なら、二人が禁手になる事が出来なければ、どうするか。

 

 

 

神器を奪い、他の人間に与えればいい。人間から神器を奪う、その光景を一度見た事のある一誠はそれを連想させ、思考が熱を帯び始める。

 

 

 

「幸い、死んですぐだ。まだ真天龍は完全消滅していない。黒月練を一時的に蘇生させ、その瞬間に神器を抜き取る。造作にも無い事だ」

 

「ふざけんじゃ、ねぇよ!!アイツを殺したくせに、神器を奪うためだけに生き返らせるってのか!?どこまで人の生命を踏みにじれば気が済むんだよ!?」

 

 

「────好きに言え」

 

 

神王の顔から落ち着きが消える。あらゆる感情が喪失した彼の顔とは裏腹に、張り上げられる声には強い意志が込められていた。

 

 

全身から並々ならぬ敵意を放ちながら、神王は踏み込む。その一歩一歩が、世界を押し潰す程の重圧を引き起こす。

 

 

「あらゆる異形を駆逐し、世界を救うと決めたのだ。その決意は、大勢の人々の、仲間の屍の上にある─────今更、止まれぬものか。たとえ畜生と罵られようと!私は、我等は今更止まるつもりはないッ!!」

 

 

 

「俺だって…………同じだッ!」

 

 

震える脚を全力で殴り、恐怖を抑え込んだ一誠が身構える。相手がどれだけ崇高な理由を持っていようが、関係ない。これ以上、誰かを守れずにいるなんて死んでも御免だ。

 

 

覚悟を秘めた一誠の籠手は、光を強める。それでも、彼が更なる領域に至るまでには、足りないものがあった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

───貴方は、奇跡的に助かりました。

 

 

穏やかな医者らしき男性が、目覚めた自分にそう言ってきた。

 

 

消毒液の匂いが充満した部屋。両腕に取り付けられた点滴と首に巻かれた包帯。意識がまだ完全に戻っていない『彼』はその言葉を聞いて、静かに納得した。

 

 

 

────同時に、記憶が流れ込む。

 

 

 

 

 

 

銀髪の悪魔に、焼き尽くされた光景。そして、二人の悪魔が逃げ惑う故郷の人達を虐殺していく背景。

 

 

 

意識が途絶える最後まで映っていた、二人の親友。喉に走る熱と痛みすら上書きする程の絶望。彼等が死んだその瞬間を、『彼』は最後まで見届けて─────死んだ、筈だった。

 

 

 

しかし、『彼』は()()にも生き残れた。その身に宿った天龍の神器が、真価を現したことで。

 

 

 

 

─────自分だけが、生き残ってしまった。

 

 

 

 

 

 

その事実を理解した瞬間、少年は発狂した。現実を理解してしまったことに、自暴自棄となった『彼』は暴れ、医者達の制止すら聞かなかった。

 

 

暴れる自分の身を案じながらも、応援を呼ぶべく去っていく医者達。彼等の姿がなくなったあとも、『彼』は膝をついて倒れ伏した。

 

 

喉の傷が開き、血が溢れる。痛み以上の苦しみが胸を引き裂き、少年は呻く。呻くことしか、出来なかった。

 

 

 

『─────何で、だよ』

 

 

辺りを壊し尽くした少年は、ただ一人泣いていた。血塗れになった手を見ないように、目の前の現実から逃げるように彼は視界を隠し、病室の隅で蹲る。

 

 

ボロボロ、と止まらない涙と鼻水で彼が濡れる。溢れ出る涙は、全てを失った絶望によるものだった。

 

 

 

『───何で、俺だけなんだよ……っ』

 

 

 

 

そして、絶望の涙は枯れ果て、彼の心を支配したのは────

 

 

 

『悪、魔………』

 

 

 

 

 

 

 

『─────悪魔……ッ!』

 

 

 

 

 

心と思い出を焼き尽くす、憎悪の炎へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───お前ら、悪魔だろ?』

 

 

 

それから、多くの悪魔を殺すために探した。最初に見つけたのは、やはり貴族の悪魔であった。複数の子供を庇い、衣服も破け、布だけ纏った女性を自分の眷属と共に襲っていたらしい。

 

 

貴族悪魔は言った。

この女を助ける気か、と。

 

 

 

それを聞いた瞬間、少年は吐き捨てた。心底どうでもいいというように。

 

 

 

 

『───()()()()()、興味すらねぇ。用があるのはお前らだ』

 

 

傷つく人を見捨て、殺す敵だけを見据える。その眼には優しさなど消え去り、復讐に執着した濁りきった炎が燃え盛る。

 

 

造られた神器を片手に、少年は狂ったように嗤う。この時を、待っていたと言わんばかりに。

 

 

 

『テメェら全員────皆殺しだァ……!』

 

 

 

 

気付けば、堕ちる所まで堕ちていた。

憎悪による動く彼は、所構わず悪魔を見つけ出しては殺していた。当初は自分を見下し、殺そうとした顔が、怯えと恐怖に包まれていくのが滑稽でたまらない。

 

 

追われてる悪魔も殺そうとした時はあった。しかし、何時もその時だけは上手くいかなかった。何故か、どうにも手を出す事は出来ず、逃がすしかないのだ。下衆な悪魔は殺せるのに、何故出来なかったのか、分からない。

 

 

 

 

 

 

『───練ッ!何をしている!』

 

 

壮年の堕天使が声を荒らげながら降り立つ。その視線の先にいるのは────十を越える肉塊の近くに立ち尽くす青年であった。

 

 

青年は全身を血に塗らしながら、肉塊に人工神器の剣を突き立てていた。

 

 

 

『決まってる、クソ悪魔を殺してるんだよ』

 

『…………悪魔勢力とは敵対関係だ。だが、このような真似は表向きには許されてはいない』

 

『表向きには、だろ。コイツらみたいに、人間に手を出すような奴まで無視するってのか。殺した方が良いに決まってる』

 

『………戦争が起きても良いのか』

 

『知るかよッ!奴等が何をしようが関係ない!こんなクソども、俺の手で滅ぼしてやる!!』

 

『それで罪のない者が巻き込まれても、か?』

 

 

ギョロ、と青年が殺気を籠めた瞳を向ける。その発言が青年にとってどれだけ地雷であるのかを理解しながら、男はそう口にしたのだ。

 

 

イライラしたように頭をかきむしる青年。堕天使の男は諭すように言う。

 

 

『………私は、悪魔を滅した事を咎めてはいない。奴等が害を為してる事実は把握済みだ。だが、お前はどちらでも良いのだろう。この悪魔が善人だろうと関係なく殺す。単に殺す理由が欲しいだけだ』

 

『ウゼェなぁ……ッ!正論、正論!正ッ論ばっかだ!!アンタは俺をどうにかしたいんだろうが!俺からしたら迷惑極まりねぇんだよ!!疎遠になった自分の娘と!俺を重ねるんじゃねぇッ!!』

 

『……………練』

 

 

怒りのまま怒鳴り散らす青年に、堕天使の男は冷静に、静かに諭していた。フーッ、と沈静していく怒りにより、冷静になっていく青年は、すぐさま自分の言ったことを理解し、顔を俯かせる。

 

 

 

『────生存者は保護された。帰るぞ、練』

 

『…………クソッ』

 

 

 

 

 

 

────あぁ、これが昔の俺か

 

 

 

 

────見てられない程、愚かだ

 

 

 

かつての自分。その記憶を振り返っていた練は、困ったように笑うしか出来なかった。

 

 

 

昔の自分は、悪魔を許せない復讐者であった。いや、復讐者ですらない。アレは、獣であったのだ。復讐という名の殺戮に酔いながら、自分の過去からひたすらに逃げ続けてきたのだ。

 

 

 

一人だけ生き残った。

皆と一緒に死ねなかった。

何も出来ずに死人のように生きるのも、過去を忘れて明日を笑って生きるのも、嫌だった。

 

 

だからこそ、跡形も無くなった故郷に残した墓標に誓ったのだ。復讐をすると。必ず、悪魔を殺し尽くす。奴等の家族も、子供も、末裔も、一人残らずくびり殺す。

 

 

自分達の怨嗟を、憎悪を、怨念を。奴等に思い知らせてやる。そう決意したあの日から、自分は理由もなく悪魔を殺し続けていた。

 

 

 

────いや、違う。自分の求めていたのは、復讐ではなかった。それだけではなかった。

 

 

 

 

ただ、死にたかった。あいつらがいない世界なんて生きたくなかった。何もかも忘れて、他の奴等と笑って幸せな生き方をするなんて考えたくもない。

 

 

 

 

 

 

その度に傷つき、死にかけることが多かった。自分を保護してくれた堕天使の皆は、自分を気遣ってくれた。心配して声をかけてくれる者が大半であった。

 

 

拒絶すれば距離を取り、近付こうとしない者もいたが、それでも実を案じてくれるヒトもいた。

 

 

 

『全く、お前さんも無茶をするもんだ。………程々にしとけよな』

 

 

自分の父親とも言えるアザゼルも、同じであった。

しかし他の堕天使達とは違い、止めることはしなかった。止めても無駄と悟っていたのか、いずれ自覚すると考えていたのか。

 

 

 

『───フッ、お前が今代の真天龍か。今すぐにでも死に行きそうな眼と顔をしているな』

 

 

ヴァーリとの出会い、アレは正直に言って最悪だった。

悪魔のトップである魔王の血筋を名乗る彼を殺そうとして血狂いの決闘になりかけた。

 

 

その後は常に険悪な仲であった。いや、敵視してたのは自分だけだったかもしれない。そんな自分を面白そうにヴァーリは見ており、何度も喧嘩をした記憶は古くはない。

 

 

………結局の話、アイツの方が大人だったのだ。外界から隔絶された箱庭で、生易しく過ごしてきた自分とは違って。

 

 

 

『黒月君、明日幾瀬君達とお出かけに行くんだけど………一緒に行かない?』

 

 

彼女、アザゼルが保護してきた人間の一人である女性は、自分にも普通に接していた。いや、他の面々も同じだったが、彼女の方は自分を心配していたのだろう。

 

 

 

 

『おう、練。少し付き合えや』

 

 

その人間の一人、不良っぽい奴とは何度か衝突していた。言葉を交わすよりも殴り合った方が早いとか言う男に、練は鬱陶しいと思いながらも叩き潰してやろうと思った。

 

 

そして負けた。

いや、何度か勝てるところまで追い詰めたのだが、男は何度も立ち上がってきた。諦めない男の一方で、練は立ち上がることすら出来なかった。

 

 

何故負けたのか、当時はそれが理解できずにいた。

 

 

 

『レン君は優しいですよ?ずっと怒ってるけど、きっと分かってるはずです』

 

 

アザゼルやヴァーリを除けば、保護されてきた人間達よりも付き合いが長かった女性。おっとりしてるというべきか天然過ぎる面がある。正直苦手だった、どれだけ敵意を向けても恐れる様子も見せず、人の心を見抜いたように優しく言ってくる。

 

 

 

 

『……………俺は、君の気持ちが分かるかもしれない』

 

 

そして、保護されてきた人間の一人、黒狗の神滅具を宿していた青年は、自分に対してそう溢した。大方、アザゼルから過去を聞かされたのだろう。当初は余計なことを、と怒りを煮え滾らせながらも、黙って話を聞いていた。

 

 

練も知っているが、彼に起こった出来事は凄惨たるものばかりであった。同級生達を事故で失い、数人の内一人だけ生き残った。そして、死んだ筈の同級生達が化け物を引き連れて襲いかかってきた。その一人には、幼馴染みもいたという。

 

 

その事実を知った練は閉口し、言葉を失った。普通に生きていた人間が、どうしてこうも簡単に自分の居場所を奪われるのか。どうしてそんな理不尽が、この世界ではまかり通るのか。

 

 

────アンタは、許せなくないのか?自分達の居場所を奪い、友人達を利用した奴等が。そいつらの種族全てを、殺してやりたいとは思わないのか?

 

 

『当然、許せない………今もきっと、許すことは出来ないよ』

 

 

────じゃあ、何でだ?何で今を受け入れてられる?

 

 

 

『それでも、俺は誰かを守る為に戦う。誰かを憎んで、殺す為に刃を振るうよりも、誰かを助けるために刃を振るう』

 

 

 

彼等と出会って、話し、生活してきた結果、練は気付かされた。

 

 

 

 

自分の謳っていた復讐は、単なる自己満足であったことを。

 

 

 

 

 

 

どれだけ大切なものを失っても、立ち上がって未来を見据える彼等とは違い、自分は辛い過去だけを見続け、悲惨な過去に縛られ続けてきたのだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

意識が転化する。

切り替わった視界が写し出したのは、今までのような記憶とは違う一つの光景だった。

 

 

 

 

 

海。

透明な水が日光によって光輝き、綺麗な水のつぶてが辺りへと飛び散る。幻想的な世界の一つ、それは龍夜がかつて見た外の光景の一つだった。

 

 

閉鎖された箱庭で、親友たちと共に見ようと約束した世界の一つ。その夢はようやく叶ったのだ。

 

 

 

 

 

親友たちは死に、生きて見たのは自分だけだが。

 

 

 

 

「……………俺は」

 

 

念願の光景を前にしたのに、これっぽっちも満たされない。心に開いた穴が、どうして塞がらない。当然だ、外を見たがっていたのは親友たちであり、自分は外の世界に興味などない、むしろ嫌ってまでいた。

 

 

それなのに、外の世界へと出たがっていたユウキ、どっちでも良かったヴァルとは違い、自分ただ一人が、この光景を目にしている。

 

 

「…………見たくなかったよ、俺一人でだなんて」

 

 

涙が、溢れる。

当然ながら、それは悔恨の涙だ。

 

 

 

「約束したのに…………三人で、外の世界で楽しく旅をしようって…………」

 

 

黒月練は、過去から逃れられない。

自分が大切なものは過去にしかないから、未来に執着することもできず、ただ失われたものしか見ていられない。

 

 

 

現に、海の向こうに二つの影が浮かび上がる。親友二人の姿だ。顔までは見えないが、その姿は永遠に別れることになった時と何一つ変わらない。

 

 

止まらぬ涙を流し、練は言葉を失う。二人の姿を見た練は、海の向こうへと進む。自分の身体が、濡れようと関係ない。その先には進んではいけない、そう思う考えをかなぐり捨てる。

 

 

───最初から分かっていた。この世界は、精神の空間だ。黒月練は死に、彼の魂が死の狭間を彷徨っているという事実は。そんな事、もうどうでも良かった。

 

 

 

ずっと、苦しかった。

生きる理由の無い世界で、生きる理由を持たない自分が生き続ける事が。どれだけ死のうと思い、死を願ったことか。アザゼル達を悲しませる真似は出来なかったが、もう死んでしまったなら仕方ない。考えるのも無駄だ。

 

 

 

これでようやく、解放される。亡き親友たちのように、自分も死ぬことが出来る。そう思い、海の奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 

しかし、その瞬間。

 

 

 

 

 

『───練様』

 

 

 

 

『───大将』

 

 

 

 

『───練様

 

 

 

 

 

 

「─────────は」

 

 

三人の姿が、脳裏に過る。アイリス、ゼリッシュ、宗明。自分が助け、自分に着いてきてくれた優しくて強い、大切な仲間だ。

 

 

自分が死ねば、彼等はどうなる? 自分を信じて着いてきてくれた彼等は、この先どうすればいいというのか。

 

 

 

───死ねない、死ぬ訳にはいかない。

矛盾する感情が心の奥底から沸き上がってくる。あの三人、それ以外の人達との思い出が、脳内に広がってくる。

 

 

噛み締める記憶の数々は────どうしようもなく、楽しくて、嬉しいものばかりだった。

 

 

 

「…………最悪だ」

 

 

震える声で、呟く。海面に雫が落ちる。広がる波紋に、掠れた声が浸透していく。

 

 

「ずっと前まで死にたいって願ってたクセに…………今は死にたくないだなんて………あいつらを残して死ぬなんて嫌だって、思うなんて」

 

 

目の前を見ない、海の向こう側にいる二人の幻影を見ずに、練はゆっくりと立ち上がる。眼元を拭いながら、背を向ける。

 

 

「─────ごめん、二人とも」

 

 

両手を、握り締める。

水に濡れた肌だが、内側から熱が感じられる。その熱が全身へと行き渡っていくのを理解しながら、重かった口を開く。

 

 

「俺は、二人の、皆の所に行けない。まだ俺には未練が、やり残してる事があった。

 

 

 

 

 

だから、待ってくれ。少し、いや長くなるけど…………皆に話したい思い出を、沢山作ってくるからさ」

 

 

振り替えることもなく、前へと進む。海のある方とは離れるように、二つの幻影から距離を取る────否、自分が入るべき場所へと進むように。

 

 

 

二人の幻影は、何も言わない。

その代わり、少しだけ動きを見せる。

 

 

 

 

笑顔で、練を見送った。

今まで縛られ続けてきた過去ではなく、明日を見て進むことを決意した親友を励ますように。

 

 

 

精神世界と共に消える、その瞬間まで。

 

 

◇◆◇

 

 

 

─────ヴェルグ、聞こえるか

 

 

 

─────…………ほぉ、盟友。少しだけ、振り切れたようだな

 

 

 

─────早速だが、望みがある

 

 

 

 

─────何だ?盟友

 

 

 

 

─────お前の心臓、俺に寄越せ

 

 

 

 

─────…………………

 

 

 

 

─────『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』。その真価はただ一つ、心臓だ。無尽蔵に力を生み出す無敵の天龍の心核。俺は今まで、その心臓の力だけを使っていたに過ぎなかった。神滅具の本来の使い方を出来ていなかった

 

 

 

─────…………その通りだ、盟友。だがその前に、聞かせてくれ

 

 

 

 

─────お前は、何のために戦う?何のために、何を覇道とする?

 

 

 

 

─────愚問だな

 

 

 

 

 

 

 

─────俺は全てを救う。俺の前で起こる悲劇から、より多くの人を救う。敵、いや、悪を容赦なく討ち滅ぼし、多くの生命が幸せを謳歌できるようにする────それが俺の、覇道だ

 

 

 

─────…………甘いな、無理難題だぞ?

 

 

 

─────そうだな。だが、俺はやってみせる。覇道ってのは、どんな困難も成し遂げる事だろ?

 

 

 

─────……………クハハハハッ!!良いぞ!流石は我が盟友!そうでなくては面白くない!!

 

 

 

 

 

─────ならばくれてやろう。だが盟友、お前に使いこなせるかな?

 

 

 

 

─────出来るさ、俺なら

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ぐ、は───ッ!?」

 

 

吹き飛ばされた一誠が、血の塊を吐く。大木に叩きつけられた痛みよりも、神王の放った拳の方が遥かに重く、身体に負荷を与えていた。

 

 

自分の名を叫び駆け寄るリアスよりも、一誠は自分を殴り飛ばした神王を睨む。興味もない、感情の抜けた瞳は一誠を見定めるような冷徹なものだ。怒りもしてなければ、躊躇もない。淡々と、目的だけを果たそうとしている。

 

 

 

 

だがその瞬間、彼等は明らかな変化を感じ取った。

 

 

 

 

 

「─────」

 

 

一人は神王。

立ち上がり、挑もうとする一誠を返り討ちにしようと歩み寄ったが、ピタリと脚を止める。一点を、立ち尽くす練を静かに見つめる。

 

 

その瞳に宿るのは、驚愕と歓喜。無機質だった顔も、唖然としていた様子から一転、感嘆の笑みを刻み込む。

 

 

そして、もう一人───いや、一体と呼ぶべきか。

 

 

 

『…………この感じ、成る程な』

 

 

一誠の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)、その宝玉から厳かな声が響く。天龍 ドライグ、彼も神王同様、異変に反応を示していた。

 

突然声をあげたドライグに疑問を浮かべた一誠。彼がその意味を聞こうとする前に、赤い龍は喜びを抑え込む事なく、告げた。

 

 

『相棒、あの男は至ったぞ』

 

「ドライグ………?」

 

『今まで歴史上では見られなかったヴェルグの真髄。奴の心臓を受け継いだあの男は、ようやくあの領域に立つことが出来る』

 

 

言葉の意味を理解しかねた一誠だが、心配は杞憂に終わる。目の前で、明確な変化が発生したのだ。

 

 

 

 

練の胸元、ポッカリと開いた穴に、渦が出来る。認視できるほど力の流れ、それは少しずつ強くなり、空間自体を歪ませたと思えば─────宝玉が、胸の穴に収まっていた。

 

 

 

 

透き通るような宝玉。それがキラリと瞬いたと思えば、練の全身に膨大な魔力が流れていく。四肢から指先、足の先まで、魔法使いでも耐えきれない程の魔力が増幅して、練の肉体を満たしていく。

 

 

傷が癒える。

裂けた肌は時間をかけることなく塞がっていき、折れた骨は綺麗に繋がっていく。全身の血は再び流れ始め、止まった筈の生命がすぐに動き出した。

 

 

重く閉ざされていた目蓋が、勢い良く開かれる。瞳は強い意思と覚悟により輝き、拳を前に構え────強く握り締める。

 

 

 

「──────禁手化(バランス・ブレイカー)

 

 

呟くようであり、告げる一声。

それが引き金のように、彼を包む莫大な量の魔力が一気に解き放たれた。

 

 

 

 

天が、空間が、世界が、悲鳴をあげる。絶大な魔力の放出に軋む音は、天龍の覚醒を祝福するものにも取れる。

 

 

両腕を左右に振るう練。彼の手から腕を、魔力が包んでいく。一瞬で、漆黒の装甲を形成し、練の腕に装着される。一際大きなその腕の装甲は、巨大な龍の剛腕のようであった。

 

 

背中から伸びた魔力の柱が、翼を形成する。金属的な刃が束なっていき、爪のような刃の塊が背中に格納されるように収まる。

 

脚や下半身を少ない装甲が張り付いて、軽装を纏わせる。

 

 

後ろの首筋を囲むように生じた魔力の塊。渦巻き、うねる魔力は蛇のようにのたうつが────光が晴れた瞬間に、金属の鎧で包まれた鎧の竜が現れる。その頭部は練の顔を覆うフルプレートらしいものであった。

 

 

魔力が周囲に充満する最中、練は腹の奥から力を込める。咆哮を轟かせるように、広げた口の喉の奥から張り上げるように叫んだ。

 

 

自らの、禁じられた力の名を──────。

 

 

 

 

 

「─────『漆天龍装の永久炉心(ヴァンガード・エフェクティクス・コア)』ッ!!」

 

 

真なる天龍の本領。世界で一度も見られることはなかった真天龍の禁手、それが初めて成された。

 

 

 

 

 

 

 

「─────ッ」

 

 

それを前に神王が、誰よりも早く動いた。

無言の詠唱。しかしそれは、どの魔法使いよりも速く、術式を編み込んだ魔法の起動パターン。

 

 

普通の魔法使いなら一時間、熟練でも数分は掛かる程の魔力を、一瞬で組み上げる。膨大な程の魔方陣のヴェール、そこから爆撃とも呼べる魔法の弾幕を解放する。

 

 

縦横無尽に駆け巡る魔法の雨。一撃でも浴びれば即死である魔法の数々を前に、練は巨大な剛腕を軽く振り上げる。掌をそちらへと向け、拳で空を掴む。

 

 

 

────すると、魔法の弾幕はふと消え去った。いや、消えたのではない。押し潰されたのだ、練が()()()()()によって。

 

 

 

「現象を操る力…………俺の魔法を世界そのもので打ち消すとは。最早世界を操る力だな─────面白い」

 

 

感心する神王が手を軽く払う。神王の槍、『虚数裂きし神逆の槍(ゼフィロス・アールティガ・レガリア)』が彼の意思に従うように自ら動き出し、練を射貫くように放たれる。

 

 

「────その力、どこまでのものか見せて貰おうか」

 

 

かつて自分を殺した一撃、それに臆することなく、練は片方の巨腕を前へと突き出す。全てを穿つ為に直進する槍を受け止めるように、掌を向けた。

 

 

 

轟音が、吹き荒れる。

空間を捻り万物を貫通する槍が、練の掌の間で止まっていた。いや、止まってない。神王の槍は未だ、動き続け、目の前の空間を破壊しており、その衝撃が周囲に響いている。

 

 

なのに、練には届かない。

彼の掌の前にある空間は、破壊されると同時に作り出されていたのだ。だから槍がどれだけ進んでも、練を貫くことは出来ない。そして、受け止める腕とは別の巨腕を真横へ、人のいない方へ差し向ける。

 

 

 

その瞬間、槍はその方向へと飛ばされていた。森や木々を破壊しながら直進していく。弾かれたのではなく、転送されたのに近いかもしれない。

 

 

「………流石」

 

「神王ォ─────ッ!!」

 

 

不適に笑う神王に、練が飛び出す。膨大な魔力を翼から放出し、ロケットのように加速していく。咄嗟に神王は防壁を十枚に束ねて壁のように展開する。

 

 

龍の巨腕と、防壁が激突する。衝突し合った双方を中心に火花と電撃が走る。怒号を響かせ、拳に全力を込める練の腕が、防壁にヒビを入れていく。

 

 

 

そして────完全に、神王を守る防壁が打ち砕かれた。

 

 

 

 

「何ッ!?」

 

 

驚愕を隠せない神王に、練は容赦なく拳を叩きつけた。殴られた神王はそのまま後方に吹き飛ばされるが、すぐさま身体を捻り、地面に足を着ける。

 

 

口元に垂れる血を軽く拭う神王。手に付いた血を見た神王は口を引き裂き、興奮したようであった。自分に傷をつけられた、その事が滅多になかったのか、戦意を強く滾らせている。

 

 

振り放った拳を戻し、練はフーッと息を整える。神王同様、途絶えることのない戦意に満ちた瞳を、彼へと向ける。

 

 

「……………神王、俺は───俺達は今からお前を倒す」

 

 

拳を、握る。全身に流れる無尽蔵の力を感じながら、それ以上に白熱する思考と心を受け止め、彼はそのまま龍の拳を翳す。

 

 

無敵かつ絶対である神王に挑み、あろうことか勝とうとするように。

 

 

 

「未来を、明日を掴み取る為に!お前をこの手で、打ち倒してみせるッ!!!」

 




黒月練の再起、及び覚醒のお話。実質的には練・オリジン。


練の行動、悪魔の駒の被害者の保護や魔王達への直談判は未来を見ているかのようなものでしたが、本人は責任感でやっていたに過ぎません。全てが終われば、自分が満足して死ねるかもしれないと。要するに死ぬために生きてた訳です、彼は。


でも、今回の事で少し吹っ切れたんですね。彼は。



過去とか考えて書こうとするだけでも泣けてきた………生き地獄なんだよなぁ、一人だけ生き残って三人で交わした約束を自分だけが叶えるって。




禁手についての解説は次回とかで良いですかね?(疲れた)良いですよね?(不安)


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限界を超えた一撃

「─────今のは、効いたな」

 

 

練に殴り飛ばされた神王が首を鳴らす。その顔にあるのは、憤怒ではない。むしろその正反対、相手の行動を喜び、称賛するような微笑み。それはすぐに、純粋な闘志を滾らせたものへと変わった。

 

 

「打ち倒すか、この俺を────悪くない」

 

 

金色の髪を軽く払いながらも、堂々した立ち振舞いで向き合う。その姿は正に、王というに相応しい。

 

 

「なら、倒してみせろ。他人の身体を使っているだけの俺に勝てないなら、本来の俺に挑む資格すらない。この俺も!今できる全力で!お前達を倒すとしよう!」

 

 

両腕を振り上げ、一気に広げる神王。その背後の世界を、無数の光が覆い隠していく。

 

 

全てが、神王の魔方陣。百を越える規模の魔方陣からあらゆる属性の魔法が放たれる。それも普通の魔法とは違い、一つ一つが強力な魔法使いがチャージして放つような一撃ばかりだった。

 

 

虹色に染まる光の雨に、練が巨大な龍の両腕を突き出す。受け止めるつもりか、そう思われたが違った。

 

 

練のうなじを部位の鎧から伸びる龍の頭部を模した接続ユニット。一つの生物のように蠢くそれは横一線に伸びる光のラインで空を見渡す。大空に展開され、今にも放たれる破壊の弾幕を。

 

 

『───現象、複製完了』

 

 

直後、背後の世界が歪む。暗く染まる夜空の景色に浮かんできたのは────無数の魔方陣だった。

 

 

神王すら、目の前の出来事に目を見開いた。偽物などではない、全て自分の魔力で形成されたものだ。何より、今現在自分が展開した無数の魔方陣と全く同じものばかりだった。

 

 

「複製投影!固定解除!」

 

 

放たれた魔法の弾幕が、神王の魔方陣と相殺されていく。現実を理解した神王はその光景を前に顔を俯かせ、大声で笑った。

 

 

「ふはははははは────ッ!!これは、これはいい!まさかここまで、俺に対抗してくるとは!流石はカタストロフの神滅具(ロンギヌス)の一角!その禁手(バランスブレイカー)だ!」

 

 

怒りや苛立ちなど何一つ無い、純粋な歓喜。目的を果たせたという事もあるが、それだけではない。自分の攻撃を容易く打ち消すことも出来た練の成長力に、感心しているのだ。

 

 

不適に笑う神王は、したり顔で呟く。

 

 

 

「────しかしまぁ、完全な禁手とは言えないらしいな」

 

 

ブチッ、と。

練の鎧の装甲の一部が弾けた。小さな傷、そこまで大したものには見えないが、確かな亀裂だ。

 

 

だが、練の方に明確な変化があった。ゴフッ、と大量の血を吐き出したのだ。口を押さえ、膝をついた練の口からとめどない量の血が溢れていた。

 

 

その原因を、神王は看破する。超越者でもあり膨大な知識をも有する全能の王は、答えを把握していた。

 

 

「カタストロフの禁手だ。並みの人間には扱えない代物を、こんな土壇場で覚醒させたんだ。肉体に馴染んでも無いのも当然…………と思ったが、それだけじゃなさそうだな」

 

 

淡々と解説する神王は、練の変化がまだ続いてることに気付いていた。肌の下の血管が浮かび上がるほどに膨張し、どす黒い色へと変わっているのだ。

 

 

「俺が消し去った心臓を、神器で補ったか。天龍の心臓、いや神器として名からして、心核という事かな。それが真天龍の神滅具本来の用途だったのかもしれない」

 

 

練の心臓は、神王の持つ槍によって貫通し、抉られた。それを、『真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』で補強することが出来た。それにより、練の心臓は龍種のものに近く、より強力なものへとなった。

 

 

しかし、さっきまで人間だった体に、龍に近い心臓が簡単に順応するかと言われれば、否。むしろ拒絶反応が大きく、練の肉体を内側から傷つけるはずだ。

 

 

強力な禁手の負荷と心臓による肉体の拒絶反応。練の禁手の副作用は複数の要因が重なり、体内がズタボロに傷付いているのだ。禁手を保っているのは、彼の気力。倒れんとする強い覚悟によるもの。

 

それは、あまりにも薄く、脆い。神王の攻撃によっては、それは容易く打ち砕かれ、練も死に瀕する可能性も高い。

 

 

「─────仕方ない。少々痛ましいが、荒治療だな」

 

「…………ッ」

 

「気張れよ、黒月練。殺さないようにしてやるから、死なないように努力するといい」

 

 

膝をついた練に、神王が魔法を放とうとする。しかし無防備に見えかねない神王が、巨大な影によって空へと吹き飛ばされた。

 

やはり神王自体にダメージはない。全身を覆うように展開された防壁が、あらゆる衝撃を拡散しているのだ。上空へと吹き飛ばされた神王は相手を確認し、笑いながら叫ぶ。

 

 

「ハハハッ!黒月練を庇うか!お前も無理をするなぁ!龍王 タンニーン!」

 

「────これ以上貴様の好きにはさせんぞ、神王!サーゼクスの客人に手出しはさせん!」

 

「そうか!覚悟があるのは結構だが、お前の相手は望んでない!しかし俺を止めたいなら、全力で来るといい!龍王が相手だ、それなりにやる気を出すとしよう!!」

 

 

凄まじい速度で飛び立ち、神王を迎え撃とうとするタンニーン。余裕かつ嬉しそうに笑い、両手を叩くように合わせる。

 

 

盛大に広げた両手に無数の魔方陣が圧縮された紋様が形成される。左手には白き光が、右手には黒い光が、巨大な形となって顕現する。

 

 

「────『神光聖領界(エルリヒト・ハイルヴァール)』!

 

 

 

─────『暗き闇開く魔域(ヴェル・レーテ・アンクセム)』!」

 

 

神王を中心として、光と闇の領域が空中に座した。その二つの世界を目の当たりにしたタンニーンは驚きの余りに叫ぶ。

 

 

「貴様!それは────ッ」

 

「はるか古代に消え去った魔法、神代魔法(ロストマジック)さ。エルリヒトが防御、神聖なる光による防御特化結界。アンクセムが攻撃、あらゆる防御を打ち砕く魔による攻撃特化結界。………見覚えがあるか?龍王」

 

 

二つの光を両手に纏わせる神王の真横で、無数の光の槍が展開される。弩のように構えられた砲台は全てタンニーンへと向けられ、一斉掃射の引き金を待つ。

 

 

そのスイッチを押すように、神王はかつての記録から閲覧した情報を言葉として口にした。

 

 

「確か古い記憶の通りなら────これはお前が殺した旧き友の使ってたものだよなぁ!?タンニーン!!」

 

「神王ォォォォオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

激昂の怒号が、灼熱の息吹となって炸裂する。弓で射るように腕を突き出した神王の周囲から光の槍が放たれ、タンニーンへと掃射されていく。

 

更なる爆発が、辺り一帯に広がった。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………ぐっ、クソ……」

 

 

激しい吐血に倒れかけた練が、悔しそうに呻く。ようやく形となった禁手だが、強力すぎる故に完全に使いこなせるどころか、逆に振り回されて、今にも倒れそうになっていた。

 

 

あれだけ強い覚悟で決め、啖呵を切ったというのに、この様かと、激しい自己嫌悪に陥る。こんな情けない姿を晒して、終わりでいいのか。

 

 

そんな訳がない。そんな真似、合ってはならない。

 

 

「クソッ………立て、立ち上がれよ………ッ!俺は、俺は、こんな所で…………終わる気は、ねぇんだ……よ………!」

 

「練!おい!無茶すんなよ!これ以上戦ったらお前は──」

 

「黙れよ、クソが………俺は、約束を、護れてねぇんだ。誰一人も守れずに、くたばれるか───ゴハッ!!」

 

 

必死に立ち上がろうとした練の体内で、拒絶反応が強まる。体を上げたその瞬間一部の血管が破けた事によるダメージが響き、今まで以上の血を吐き出してしまう。

 

 

そのまま崩れ落ちた練。意識を失いかける彼だったが、突如彼の背中に手が添えられる。瞬間、ぽわっと淡い光が生じ、練の体に透き通っていく。

 

 

「………黒、歌?」

 

「…………私に出来るのはこれくらいにゃ。全身の損傷を治すのには時間が掛かるから、安静にしてて」

 

「………どれくらい治せる?」

 

「十分もあれば全身は治せるにゃん。けど、完治じゃない。仙術で体内の傷は癒せても、拒絶反応は消せない。誤魔化せてはいるけど、動けるのは数分くらい」

 

「充分だ。どのみち、一か八かに掛けるしかない」

 

 

口に残った血を吐き捨て、口元の血の跡を拭う。上空で戦う神王の隙を突ける作戦を見出だそうとする。

 

 

「…………だが、十分は長いな。もう少し短く出来ないのか?」

 

「文句言わない。ただでさえ、内側がボロボロなんだから。私一人だと全部を治すのに時間が掛かるにゃん」

 

「チッ、無茶なのは分かってる。だが、時間が掛けられないのは事実だ。このままだと神王にやられるぞ───」

 

 

そう言ってるその時、練の体を癒す仙術が一気に増した。思わず練は黒歌を見る。が、彼女ではないらしい。

 

 

振り向くと、右肩に手を添えた小柄な少女がいた。小猫、いや白音が姉と同じように練を癒していた。

 

 

「………お前は」

 

「私の仙術は、姉様のように優れてません………でも、何もしないよりかはマシです」

 

「俺は、お前の主人や仲間に酷いことを言った男だぞ。それでもか」

 

「事情はアザゼル総督から聞いてます。貴方が悪魔を嫌う理由も、姉様と出会った経緯も」

 

「…………チッ、余計な真似をしてくれる」

 

 

悪態を吐き捨てて、すぐに首を横に振った。結局、悪魔だという理由で嫌悪や怒りを振り撒いていた自分。神王派のやり方を否定したくせに、身勝手な怒りで周りに辺り散らしていたのだ。つくづく未熟な自分が嫌になってくる。本当に迷惑をかけてばかりだ。

 

 

「………あの、姉様の件ですけど」

 

「悪いが、話は後で聞く。それと、お前がするべき事は分かってるはずだ」

 

「…………」

 

「複雑だろうが、まずは話し合え。自分の考えを伝え、相手の考えを聞け」

 

 

それだけだ、と練は口を閉ざす。

仙術で体調が落ち着いた練は一息つくと、近くで心配そうにしていた一誠を呼ぶ。

 

 

「おい、一誠。少し力を貸せ」

 

「力を貸せって………一体何を」

 

「分からない奴だな。神王に一発かますんだ」

 

 

断言する練の言葉に驚きを隠せない一誠。その間も、練は話を続けた。

 

 

「今この場で奴に対抗できるのは、俺の禁手だけだ。それでも、俺一人の力じゃ無理だ。だから、お前の力が必要だ」

 

「…………」

 

「頼む。俺だけじゃあ奴に勝てない、黒歌や白音も守れない。身勝手な事を言ってるのは分かる。だが、今回だけでいい。俺に力を貸してくれ────頼む」

 

 

そう言い、練は深く頭を下げた。誠意の籠った姿勢で頼み込む練に一誠は迷うことなく応えた。過去の態度も、今は忘れる。ここまで頼まれて不服を唱えるほど、兵藤一誠の器量は小さくない。

 

 

「ああ、分かった。それで、俺は何をすればいいんだ?」

 

「…………作戦は今伝える。これはさっきも言ったが、一発限りだ。場合にもよれば、神王を倒せるチャンスを無駄にしない為にもな」

 

 

◇◆◇

 

 

「────オオオオオオッ!!!」

 

「流石は天龍。軽めの本気じゃあ、簡単には倒れないか」

 

 

数百の光の槍の浴びても尚、灼熱の炎を吐き出すタンニーン。あまりの熱量に魔力で構成された結界が完全に消え去っていくのを認識しながら、複数の槍を一つにまとめた大槍を投擲する神王。

 

 

しかしタンニーンはそれを片腕で受け止め、掌の中で砕き潰す。その上で、吼えるように怒鳴った。

 

 

「どうした、神王。魔法の威力が落ちているぞ!疲弊でもしてきたか!」

 

「まさか、この程度はまだ児戯だろう?」

 

 

振り下ろされた豪腕。並大抵の人間を肉片に変えるであろう威力の一振を、何十にも重なった防壁が受け止める。それでも耐えきれず何枚かは破れるが、全て破壊されるまでにはいかない。

 

 

「確かに、もう時間切れのようだな」

 

 

そう笑う神王の腕が僅かに震えていた。いや、魔力が霧散し欠けているのだ。その僅かな変化を、見逃すタンニーンではない。

 

 

「どうやら、貴様………その器の身体が限界らしいな」

 

「厳密には時間制限って奴だ。他人の身体に自分の魂を乗せるなんて芸当、完璧にいく訳ないからな。こうやってしとかないと、俺の魂が夏鈴の身体に適応してしまう」

 

 

それが、神王が施した補助機能。自分の仲間を犠牲にしないための術式が、今になって作用し始めたのだ。

 

 

時間は恐らく十分未満。あと少しで夏鈴の肉体から神王の意識が弾き出され、彼等の辛勝となるだろう。

 

 

「だがまぁ、その前に。天龍以外は墜としておこうか」

 

「ッ!貴様!何を────」

 

「もう遅い。お前は今、俺を止めるチャンスを失った」

 

 

両手の指先から複数の帯が延びる。それが特殊な布であり、その面に無数の文字が並べられていることに気付いた。それを広げ、自身を囲む円とした神王は指で複数の印を作りながら、詠唱を口にしていく。

 

 

「────『アール・ヴェーレ・デェアス・クローイル・ツァーシー・リー・フュエル・バーティア・エイン・ハーツ』!」

 

 

それら一つ一つが魔法を発動できる詠唱と魔力を有しており、巨大な術式を体現している。

 

 

何十にも展開された術式の円陣。輪となって巡る術式の中央に座するのは、魔力の塊である球体であった。

 

 

「詠唱完了、術式構築。口頭詠唱と多重術式の構築、久しぶりにやったな。少しは疲れるが、マメにやっておかないと鈍るし、仕方ない」

 

 

たなびく金髪を指で弄りながら、神王はタンニーンを見下ろす。今も睨み付けながらも、攻撃を行おうとしないタンニーンに感心しながらも神王は口を開き、説明する。

 

 

「神代禁忌魔法が一つ、『天罰』。聖書の神に殉じた狂信者達が異教徒の殲滅の為に生み出した負の遺産だ。対象を設定し、それ以外の生命体を駆逐する、正に教会が古くから掲げるやり口だろう?」

 

「────ッ!」

 

「賢い選択だ、タンニーン。幾らお前が手を打とうとこの術式の破壊は出来ない。概念に当たる力を持つお前が全力を潰そうと、この術式の起動は止められない。下にいる彼等を助けることなど、不可能に近いな」

 

 

増幅していく光の玉が、太陽のように肥大化していく。裁きを体現した禁忌の魔法が構築され、その効力を完璧に発揮されようとしていた。

 

 

「さぁ、どうする?タンニーン。お前がどんな選択をしようと、俺を止められないのが現実だ。今後の計画の邪魔になるお前だけは確実に葬れる状況だとは思わないか?」

 

「笑わせるな、神王」

 

 

その状況下で笑い返す龍王に、神王は素直に感心した。同時にその笑みの理由があると把握し、それを理解する。

 

 

「貴様を止める者が、俺だけだと思ったか!」

 

 

直後、地上から音速で飛び出した影があった。不完全な龍の力を振るうその人間は、迷うことなく神王へと激突する。

 

 

左右から巨大な爪が振るわれるが、防御障壁がそれを防ぐ。二本の剛腕を受け止めた神王は目の前の青年に問い掛ける。

 

 

「黒月練!俺の相手をしに来た…………よりも先に、やることがあるのか!?」

 

「ッ!」

 

 

練は答える間も無く、防御障壁に脚を掛けた。力一杯に踏み抜き、真上へと飛び出す練。その狙いはただ一つ、神王の展開していた禁忌の魔法『天罰』であった。

 

 

空に昇る太陽のような球体に練は手を伸ばす。掴むように突き出された掌は、別のものを掴もうとしていた。

 

 

「現象補足!────範囲内固定!抹消ォ!!」

 

 

真天龍の如くの手が、空間を掴む。言葉の比喩ではなく、空間そのものの範囲を設定し、そこだけを完全に消し去る。真天龍の力、世界の改変すら可能にする異能をもってすれば、不可能ではない。

 

 

ブォン、と。

一瞬で、神王が作り上げた術式が影も形も、跡形もなく消え去った。

 

 

「おいおい、俺もやる気を出したんだぞ。そう簡単に消されるなんて─────嬉しくなるじゃないか!!」

 

 

向きを変え、此方へと突貫してきた練。厄介な魔法を消した後は、自分を倒しに来たのだろう。神王はそれき気に掛けながらも、真後ろに意識を向けていた。

 

 

龍王タンニーンが、焔火の息吹を放とうとしている。防御障壁を何枚も貫通する一撃こそが、神王にとって一番警戒すべきものだ。

 

 

「龍王タンニーンッ!!」

 

 

黒月練の叫びが伝わったのか、タンニーンが動きを変えた。しかしそれは神王の予想を上回るものだった。灼熱のブレスを止め、その場から後退するタンニーンに思わず困惑が生じる。

 

 

(どういうつもりだ?タンニーンを抜きして、一人で相手する気か?それは少々─────)

 

「驕りが過ぎると、言わざるを得ないぞ!黒月練!!」

 

 

飛来してきた練の腕が、防御障壁と衝突する。衝撃が何十もの壁に伝わり、浸透する。だが、それだけだ。防御障壁を完全に破れる一撃ではなかった。

 

 

(…………可笑しい。こんな弱い攻撃をするはずがない。いや、むしろこの攻撃には理由が────?)

 

「今だ!吹き飛ばせ!!」

 

 

練の叫びが誰に向けてか、答えはすぐに分かった。地上にいる一誠。凄まじい程に倍加した一誠が赤龍帝の籠手を空へと突き上げている。

 

 

「行くぜ!!これが俺の全力の、ドラゴンショットだぁッ!!!」

 

「それが狙いか!─────浅はかッ!!」

 

 

放たれた魔力の奔流。

山一つを吹き飛ばす威力。度重なる倍加により、それ以上と増した砲撃。

 

だが、神王にとって見れば大した切り札ではなかった。一笑に伏せる程のもの。たとえどれだけ強かろうと、来ると分かっている攻撃は防御障壁で打ち消せる。それくらいの威力ならば、多少の障壁を増やせばいい。

 

そう思っていた神王は放たれたドラゴンショットが打ち消される様を見ようとする。あと少し、障壁に触れる直前、

 

 

 

ドラゴンショットの魔力が、倍に膨れ上がったのだ。神王が予想していた威力を、上回るように。

 

 

「っ!?これは、時限式の倍加だと!?」

 

 

気付いた時にはもう遅い。続けての倍加が行われたのは、障壁に触れる直前。この至近距離で障壁を張り直すなど、神王であろうとも難しい。

 

そして、魔弾が障壁を全て貫通した。無敵と思われた障壁を破った不意の砲撃は、そのまま神王へと直撃する。

 

 

 

 

 

 

 

「だが!まだまだァッ!!」

 

 

その魔力を、素手で受け止めた。赤龍帝の倍加によって、格段に強化されたドラゴンショットを、神王は手の中で握り潰し、魔力を散らした。

 

 

「これで終わり、な訳ないだろう?まさか君も禁手してくれるなんてサプライズじゃないだろうなぁ!?それだと喜ぶんだが、どうやらもう終わりらしいな!なら、君も黒月練のように無茶をするしか──────」

 

 

無い、と言おうとした所で、神王は全てを察知した。視界の片隅で動く影を、理解する。

 

 

黒月練。

禁手を纏う彼の力が、一気に膨れ上がっていた。さっきまでとは隔絶した、圧倒的なオーラを放ちながら。その理由が何なのか、察せられない程鈍くはない。

 

 

(────赤龍帝の魔力を、吸収した!?なるほど、そうか!さっきの攻撃はこれの為か!)

 

「だがッ!悲しいかな!!俺の方が一手早い!!」

 

 

片腕に収束させた魔力で光の槍を、全速力で射出する。魔力の増幅を極限まで溜め込もうとしていた練がそれに対応しようとするが、神王の言った通り。一手遅い。

 

 

 

 

 

光の槍が、練の心臓を再び貫く。心臓を抉られた練は顔色を変えない。そのまま力を込め、槍の力で完全に消し飛ばそうとした。

 

 

 

 

 

瞬間、世界が割れた。

その時、自分の視界が、さっきまでの光景と別物になっていた。

 

光の槍に貫かれた練はいない。自分の放った槍は、何もない空間に飛ばされていた。

 

 

その代わり、少し離れた場所で、練が両腕を重ねている。倍加の魔力を吸収し、倍増した力を両手の間に集中させ、一つの魔力砲として構えている。

 

 

(幻ッ覚!?いや、これは違う!奴を抉った感覚は間違いない、その感触も確かにあった─────まさか、そうか!)

 

「現象の、再現!俺の意識を錯覚させる現象を、作り出したか!」

 

「………一手の速さじゃアンタには勝てない。だから、間違った一手を打って貰った」

 

 

その一手の猶予を、見逃すはずがない。

 

 

 

「──────双対(そうつい)龍却咆(りゅうきゃくほう)

 

 

 

練の両手から放たれたエネルギーが、砲撃として炸裂する。防御障壁を張る暇も与えず、直撃した神王を呑み込み、大地の一つを大きく抉った。

 

 

◇◆◇

 

 

「────終わった、のか?」

 

「………終わったに、決まってるだろ。これ以上、あってたまるか…………っ!」

 

 

禁手が解除された練が、不安そうな一誠へ呻く。仙術で治癒されたとはいえ、意識で保っていた不安定な状態だ。

 

激しい息切れと汗を流す練に、黒歌が駆け寄る。一誠も安堵し、一息ついた途端の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────いやぁ、見事見事。さっきの一撃は効いた」

 

 

抉られた大穴から歩み出してきたのは、神王。ボロボロに負傷しているにも関わらず、余裕に満ちた振る舞い。その様子に、一誠は唖然どころか恐怖すら覚えた。

 

 

「嘘、だろ………!?不死身なのかよ、アイツ!?」

 

「いいや、もう終わりだ。これ以上無理に戦うつもりはない。俺はともかく、夏鈴の方が限界だ」

 

 

両手を挙げて降参を示す神王。だが、素直に警戒を解ける状況ではない。困ったように笑う神王は、指を振るい、転移魔方陣を展開した。

 

 

「安心しろ、俺の部下達も退かせる。こんな状態とはいえ、俺を倒したんだ。大人げない真似をするつもりはない」

 

「………神王」

 

「強くなれよ、二人とも。お前達が強くなれば、俺達の宿願は果たされる。彼等の祈りを、成就させるためにも」

 

 

そう言い、魔方陣に包まれた神王は完全に消え去る。その余波は結界の外にいる神王派メンバーにも響いていた。

 

 

 

「…………まさか、王が退けられるとは」

 

 

銃を下ろしたアンシア。その様子に木場とゼリッシュも動きを止める。二人を睨みながら、アンシアが叫ぶ。

 

 

 

「シフリン!シーマ!朧!撤退だ!これより、王の居城へと帰還する!」

 

「────やれやれ、いいところでしたのに………仕方ありませんね。美しく!華麗な舞台は次に取っておくとしまょう!」

 

「………に、兄さん。もう少し緊張感を、持って………」

 

『残念だ。あと少しで悪魔どもを根絶やしに出来たのに』

 

『まぁまぁ、次があるから。今度は必ず、完遂すれば良いだけだよ』

 

 

余裕と共に撤退してい神王派メンバー達。残された一同は全員が無事という訳ではなく、むしろ重傷のものが多かった。

 

 

「…………アイリスさん、ゼリッシュさん。治療の手伝いをお願いします」

 

「宗明さんは?」

 

「別行動中のアザゼル様に報告を行います。その後、練様も連れてきますので」

 

 

 

神王が消えて、ようやく落ち着いた練と一誠達。誰かが声を発したその時、別の声と重なった。

 

 

「驚いたな。神王相手に全員五体満足とは」

 

 

いつの間にか、近くに男が立っていた。フードで全身を隠していたが、発される異様な気配だけは隠しきれない。

 

 

練と一誠、その中にいる天龍がその危機を察知していた。

 

 

『練、気を付けろ。アレは───』

 

「あぁ………分かってる」

 

『相棒。ヤツは人間でも、妖の類いでもない────それ以上の化け物だ』

 

「ど、ドライグ?」

 

 

立ち上がろうとして膝をつく練に、一誠が前に出ようとする。赤龍帝の籠手を展開し構えるが、その様子に男は本当に鬱陶しそうに溜め息を漏らし、

 

 

「動くな」

 

 

一帯を、白い冷気が支配した。一瞬、風が吹いたかのような変化だった。たったそれだけの猶予で、この世界が氷に包まれていた。

 

当然ながら、全員。いち早く動こうとしたタンニーンはほぼ全身を氷漬けにされ、他の皆は脚や腕だけを凍らされていた。

 

 

「安心しろ、凍らせたのは表面だけだ。命に別状は無いが、下手な真似をすれば皮膚が肉ごと剥がれるぞ」

 

「く、クソぉ……」

 

 

抵抗も許されず、睨むことしか出来ない一誠は強く歯を噛み締める。男は一誠を、そしてを見返した。

 

 

「赤龍帝は必要だから置いておけとの事だったな─────なら、瀕死の『真天龍』くらいは、奪っておくか」

 

 

ギロリ、と鋭い眼で見下ろし、練へと手を伸ばす。ピキピキと冷気を帯びた腕の冷たさは強力で、近づけられただけで練の肌が凍っていく。

 

その手が完全に顔を掴もうとした瞬間、

 

 

 

 

「そこまでです」

 

 

空間に生じた剣の刃が、男の腕を切り払った。思わずもう片方の腕を持ち上げた男は、自身の腕を切断した剣に何かを感じ取り、一瞬で距離を取る。

 

 

練の前の空間を縦に裂き、姿を現したのは眼鏡をかけた男性だった。知的かつ紳士的な雰囲気でありながらも、片手に持った大剣を軽々しく奮うその様は矛盾するものがあった。

 

 

「その剣、貴様。騎士王の血を継ぐ者か」

 

「ええ、知っているなら何よりですが、自己紹介はしておきます。私の名はアーサーといいます。以後お見知りおきを」

 

「…………ふん、知っているぞ。アーサー・ペンドラゴン、アーサー王の影武者一族でありながら、王の血を継いだ異端児。いや、ペンドラゴン家の最高傑作だとな」

 

 

冷気が更に凍てつき、鋭くなっていく。男が放つ殺意のように、アーサーと名乗った男性へと向けられる。

 

 

「そこのガキを庇う気か?貴様にそこまでの理由があるとは思えないな」

 

「理由ならありますよ。そこの彼、黒月練はヴァーリの戦友です。弱った黒月練にトドメを差すなんて、止めないはずがないでしょう」

 

 

聖剣を構え、冷静に告げるアーサーに、男はふん、と鼻を鳴らす。何も言わず男は背を向ける────直前、小猫と黒歌に視線を向けた。

 

 

「…………」

 

 

フードから覗く鋭い瞳。それを見た小猫は困惑した、初めて見るような殺意を体現したような禍々しい目つき。それなのに、何故見知ったような感覚に陥るのか。何故あの瞳に、安心感を覚えてしまうのか。

 

 

黒歌だけは、信じられないと言わんばかりの顔で男を凝視していた。口を開こうとした瞬間、男の背中を引き裂くように竜の翼が開かれる。

 

 

「アーサー・ペンドラゴン。いずれ貴様も殺す。お前と同じ騎士王の血を継ぐ者も、『聖書新生式』が一人、『凍氷』のグレイが駆逐する」

 

 

そう言って、男───グレイはその場から飛び立った。禍々しい気配が消え去り、何度目かの落ち着きを取り戻した一誠が呟いた。

 

 

「本当に、これで終わったんだよな?」

 

「………………」

 

「?練、どうしたんだ?」

 

 

隣にいるはずの練から返答が来ないことに疑問を覚えた一誠が問う。振り返ると、練の顔色がすごいことになっていた。真っ青やら真っ白やら、ガクガクと全身を震わせている様子に流石に大丈夫とか聞いてる場合でもない。

 

 

「─────ゴフッ」

 

次の瞬間、おびただしい血と共に練が白目を剥いて崩れ落ちた。

 

 

黒歌が先程言っていた『戦えるのは十分』だけ、それが過ぎた結果、禁手の負荷と拒絶反応が一気に重なり、気力で保っていた練の意識を完全に消し去ることになったのだ。

 

 

血を吹いて倒れた練を抱え、一誠達は医務室へと急いで向かうことにした。




漆天龍装の永久炉心(ヴァンガード・エフェクティクス・コア)


真天龍の心核(エフェクション・ヴァンガード)』の禁手化。基本能力であった現象の再現・複製の大幅強化。龍の心臓もとい炉心の効果により、半永久的エネルギーを増幅させる機能を持ち、世界改変すら可能とも言えるロンギヌス。

しかし心臓を失った練の心臓を補強した影響で、龍の心臓と人体の拒絶反応と、強力な禁手化を使いこなせない結果、絶大な負荷を受けている。本編ではこれが理由で苦戦を強いられていた。


頭部ユニットでもある龍の頭を模した鎧は首筋から伸びたアームにより分離可能であり、独立して練の動きをサポート出来る。練の能力のサポートや死角からの敵への迎撃も可能。


そもそも、このロンギヌスは歴代と呼べる人間がいない。いわば練が初めて適応した人間なので、禁手自体も不完全であり、これからの成長によって進化していく未来も残されている。


とりま、練が吐血ばかりしてる今回の話でした。次回でこの章は終わりとなります。それでは!


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後日談

「─────よくもまぁ、目を離した間にズタボロになったなぁ。お前も」

 

 

呆れたように笑い、読んでいた本を閉じたアザゼル。彼は真横のベットに寝かされた黒月練に軽口を叩く。ようやくおきたばかりの練は溜め息を限界まで吐き出し、天井を見上げる。

 

 

「……………トラウマが過る」

 

「…………悪いな、嫌な事を思い出させた」

 

「ヴァーリにボコられて医務室送りにされた忌まわしき思い出が…………!何度こんな真っ白な天井を見てきた事だか………!」

 

「そんな事かよ!少し気に掛けた俺の気遣いの心を返せ!」

 

 

いや、普通にトラウマの一つだろ。もっと気を遣え、と不服を唱える練はふと自分の状況を振り返ることにした。

 

 

神王派による悪魔達のパーティーの襲撃。その一人、夏鈴と名乗った青年は練と一誠を狙って襲ってきた。その果てに、奴は神王を自身の肉体に憑依させてきた。

 

 

結論として言えば、何とか神王を退けることも出来たが、練の怪我や負傷も大きく、その場で気を失ったのだ。そこまでは覚えている。だが、それ以降は記憶になかった。

 

 

アザゼルから教えて貰った話だと、その後一誠達が自分を連れてきたらしい。すぐさま医務室へと叩き込まれ、治療を受けて今安静しているという訳だ。

 

 

全身の骨の殆んどが砕け欠けてたらしい。何とか補強できたが、右腕の骨だけは色々と負担が強かったらしく治るのに数日は掛かるとのこと。少し早いと思うだろうがあまりに気にしてはいけない。

 

 

「それはそうと、目が覚めたお前に会いたいって奴等がいてな」

 

「…………兵藤一誠達か?」

 

「察しがいいじゃねぇか。話がしたいって言ってるんだが、お前さんはどうする?」

 

「………話すに決まってるだろ。どうせ今日一日はここで寝てるしか出来ないんだからな」

 

「へぇ………なるほど、お前さんがかぁ」

 

 

ニヤリと面白そうに笑うアザゼル。からかうような態度に、練は少し不機嫌そうに聞いた。

 

 

「何か不満でも?」

 

「いいや、不満つーより驚いてんのさ。前までは悪魔悪魔って毛嫌いしたのに、随分と変わってきたなって」

 

「…………考え方が少し変わった。それだけだ」

 

「ふーん。じゃ、外にいるから呼んできてやるよ。その間、俺も少し離れてやるから」

 

 

軽く言いながら手を振って部屋から出ていくアザゼル。どうせ近くのカジノで遊んでくるだけだろ、と呆れながら、ボーッとしているとノック音が響いてきた。

 

 

入れ、と言うと、一誠とリアスの二人が入ってきた。二人は此方を見ると、不安そうに、心配そうに、自分を気に掛けていた。

 

 

少し前まで、態度も悪く、悪魔という理由で嫌悪感を見せていた相手なのに。

 

 

「練、怪我とかは、大丈夫なのか………?」

 

「まぁな。当分は動けないだろうが、そこは堕天使と人間の技術力の結晶だ。明日もあれば動けるようにはなる」

 

「じゃあ、腕の方はどうなんだ?その、折れてるって話だけど」

 

「それも明日には治る。俺達の技術力の結果ってヤツだ」

 

「…………一日って、人間離れしてんなぁ」

 

「お前らが言える立場か」

 

 

人間よりも頑丈で、数秒で完治する薬品もある悪魔側が言う台詞でも無いだろ、と呆れながら突っ込む練。いつの間にか憎んでいた悪魔に軽口を叩いている自分に、疑問すら思わない。

 

 

種族全てを嫌悪するつもりは、今の自分にはなかった。それに気付くこと無く練は話を聞いていた。

 

 

「そういえば、お前に教えておきたい話もあったんだ」

 

「教えておきたい話?」

 

「サーゼクス様達が各神話や勢力の方々に今までの行いを正式に謝罪したらしいんだ。昨日、お前が寝てる間に」

 

 

渡された冥界の新聞を読むと、確かにそのような話が大きく載せられている。悪魔という種族の負を表に晒し、それを償わせるということ。練の悪魔への復讐が果たされた、と言っても過言ではない。

 

 

「そして、悪魔の駒に関する法律を作って、転生悪魔の立場を良い方に変えるってさ。一部の貴族からは不満が出てるらしいけど、魔王様の決定だから皆そこまで否定的じゃないらしいんだ」

 

「………まぁな、それは当然だ」

 

 

それでも、反対的な意見があるのも事実。他種族や転生悪魔を奴隷のように思っている貴族からすれば、反意を唱えるのは当然だろう。まぁ、クーデターでもしてくれれば、探して潰す手間も省けるというのもある。無情であるが、今までの事を考えれば、これくらいして欲しいとは思う。

 

 

それから話している間、練は一息つく。深呼吸で整えながら、話の合間を突いた。

 

 

「………少しいいか?二人とも」

 

「ん?どうしたんだ?」

 

 

疑問を覚える一誠とリアスの二人、彼等を前に練は姿勢を正す。そして、困惑する彼女達の前で────深く、頭を下げた。

 

 

 

「リアス・グレモリー、兵藤一誠。今までの非礼、ここで謝罪する」

 

 

嘘ではない、本気の謝罪。

悪魔を毛嫌いし、かつて自分達にも憎悪を剥き出しにしてきた人物とは思えない行動に、苦手意識を覚えていた二人は本気で慌てた。

 

 

「…………少しの前の俺はまだ未熟だった。リアス・グレモリー、貴女の事を世間を知らず甘さと優しさを履き違えた貴族悪魔と見下していた。そして、兵藤一誠。俺はお前に嫉妬していた。馬鹿みたいな理想だけを抱いて、生半可な覚悟で戦ってるドスケベ馬鹿野郎だと見下していた」

 

 

「お、俺そんな風に思われてたのか………」

 

「すまん。ドスケベ馬鹿野郎は事実だったな」

 

「馬鹿野郎ぐらいは取り消せよ!?」

 

「ドスケベは否定しないのね………」

 

 

半ば呆れるリアス。否定しない辺り、事実なのだろう。

 

 

骨折した方とは別の掌を見下ろし、練は続ける。呟くような言葉を。

 

 

「あの戦いで、俺はお前達に助けられた。お前達がいなければ、俺は黒歌も白音………いや、小猫って呼ぶべきか。あの二人を、俺一人では助けられなかった。その力になったのは、俺が憎み、嫌悪してたお前達だった」

 

「…………」

 

「正直な話、俺の目は節穴だった。悪魔というだけで侮蔑し、人間性というものを見ようとしていなかった。結局、俺も自分が嫌っていた奴等と同じだったって訳だ。

 

 

 

 

 

重ねて、非礼を謝罪する。迷惑を掛け続けた」

 

 

再び頭を下げ、謝罪を示す練。少し困った様子の一誠だったが、意を決したように話し始めた。

 

 

「………その、謝りたいならさ。もうそれで良いと思うぜ」

 

「…………お前は、それでいいのか?」

 

「実際、お前の言う通り、馬鹿だしな。お前の事ヤな奴だとは思ってたのは、俺の同じだから、あんまり気にすんなよ」

 

 

申し訳なさからか、遠慮気味な練に、一誠は迷うことなく話し掛ける。かつてのような敵意を見せず、同じ立場にいる者と語り合うように。

 

 

「それにさ、お前にそんな態度で接されるの少し違和感あるから、これからは普通に仲良くしようぜ」

 

「────フン、そういうことなら話は早い。好きにすればいい」

 

「お、お前………変わり身早いな」

 

「何だ?敬語で接して欲しかったか?その方が気持ち悪いだろ」

 

 

軽口を交わし、語る二人。思わず笑いが漏れた。一誠と練、二人は互いの顔を見合い、各々の手を差し出した。

 

 

「んじゃ、これからはよろしくな。練」

 

「不本意だが、これも縁というやつだ。色々と付き合わせて貰うぞ─────イッセー」

 

 

いがみ合っていた二人が、今その壁を取り払った。

 

 

◇◆◇

 

 

その翌日。

腕の骨折も完治した練はアザゼルの同伴で、冥界のとある施設へと向かっていた。厳密にはその施設の奥、普通の貴族の悪魔ですら入れない特別な部屋だ。

 

 

因みに、練の仲間────アイリス達は今冥界のホテルで待機している。彼女達も同行したいと言っていたが、相手が相手なので厳しいという話だ。

 

 

「………アザゼル。オーディンという神についてだが」

 

「あん?オーディンのジジイがどうしたってんだ?」

 

「相手は北欧神話を代表する主神。つまり北欧の神々を束ねるトップだ。粗相を働く訳にはいかない、主神オーディンがどんな方か知っておく必要が────」

 

「ただのスケベジジイだ。気に掛けるだけ無駄だっての」

 

 

ケッ! と吐き捨てるアザゼルに、流石に言い過ぎではと思いながら、半分納得している自分がいた。アザゼルがこういう時は大体嘘ではなく、本当なのだ。

 

魔王の一人が魔法少女とか聞いた時だってそうだった。この総督、とうとうデマカセまで吐くようになったかと呆れた後に、コスプレ魔王(女性)と出会った時は気絶するかと思った程だ。

 

 

そうこうしていると、VIPルームという部屋の前に着いた。緊張している練だったが、アザゼルはそんな様子を無視して扉を開け放つ。

 

 

「オーディンのジイさん、入るぜ」

 

「おう、ようやく来よったか。アザゼル」

 

 

部屋に入った途端、真ん中の机には一人の老人が腰掛けていた。

 

真っ白な髪と髭を伸ばした、隻眼の老人。歩くためについてたであろう杖を椅子に傍らに置き、ゆったりと寛いでいるが、その姿を無防備と嘲笑える訳ではない。

 

 

普通とは違うオーラ。

神王に近い雰囲気、威圧感。正しく、神に相応しい覇気を宿すその老人は、まごうことなく北欧の主神 オーディンであった。

 

その後ろでは、スーツを着込んだ銀髪の女性が侍るように立っている。恐らくは、主神の護衛か付き添いだろうか。

 

 

主神の前に歩み寄った練は一息つき───膝を地面につけて、頭を下げる。平伏すような態度で、主神に一礼を示す。

 

 

「───お初にお目にかかります、主神オーディン様。黒月練です、何卒よろしくお願いします」

 

「全く、固いのぉ。別に公的な場ではないし、気軽でいいんじゃぞ?ただの老いぼれ相手に、そこまで気を遣うもんでもないじゃろう」

 

「…………では、そうさせていただきます」

 

「軽いなお前」

 

 

ジト目で見てくるアザゼルを軽く無視し、練はオーディンに促されるままに対面する形で席に腰掛ける。因みにアザゼルも練の隣で椅子に座っていた。

 

 

「…………フム、どうやら一皮剥けたようじゃな」

 

「───一皮剥けた、とは」

 

「心身共に成長した、というヤツじゃよ。少し前のお主を見たときは、肝心な所が分かってない様子でな。今回の呼ぶついでに軽く助言してやろうかと思ったが…………いらん心配じゃったな」

 

 

髭を擦るオーディンの言葉に、覚えがない訳ではない。主神に忠告されるまでに、答えを出せずに燻っていた自分。何と呆れたものだと自虐する練だったが、その雰囲気を打ち消すようにオーディンが続ける。

 

 

「さて、早速じゃが本題に入るとするかの」

 

「本題。つまり、俺を呼んだのはその為でしょうか」

 

「ウム、幾つか。確認したいことがあってのぉ」

 

 

それが、オーディンが自分を呼び立てた理由なのか。そういう疑問を飲み込み、答えられる姿勢を整えた。

 

 

すぐに、オーディンはとある疑問を口にした。

 

 

「お主の故郷、『蓬莱』で『新条』と名の付く者はおるか?」

 

「新条………?何故、その名を────」

 

 

思わず、困惑する。

無論、その名前を知らない訳ではない。知ってるからこそ、逆に驚いてしまったのだ。しかし、神を相手に醜態を見せられないと自分自身で迷いを振り払い、その質問に答えた。

 

 

「新条は、父の旧姓です」

 

「…………新条直継という名は?」

 

「─────俺の父です。顔は知りませんが、名前は聞いたことがあります。直線の直に、継続の継という漢字なら合ってますが」

 

「なんと…………これも因果、か。お主もどうやら、運命に選ばれた子らしいのぅ」

 

 

益々興味が湧いてきた、とオーディンは片眼を光らせる。半ば意味を理解しかねる練に、じれったいと感じたアザゼルが話に入ってきた。

 

 

「おい、爺さん。今になって何で練の親父が関係してくる?ソイツは確か、『蓬莱』から離れて《あるもの》を───」

 

「────アザゼル。サーゼクスとミカエルに伝えとくんじゃな、『終末の龍』の肉片が奪われた。人の形を成した邪龍が現れたとな」

 

「………は?『終末の龍』だと!?何であんなもんがいきなり───」

 

「話はこの後の会談にするかの。何、ここで話しても分からん者もおるじゃろうしな」

 

 

コホン、と軽く咳き込むオーディン。その片眼が怪しく光り、口元が軽く緩んだことに練は気付かなかった。

 

 

「にしても、千年前から誰一人として目覚めなかった真天龍を宿す若者か。神王の器を打ち倒した事もあり、中々骨のある人間じゃ。時にお主、ヴァルハラに興味はないのか?」

 

「おいジジイ。さらっとうちのガキを勧誘してんじゃねぇよ」

 

「ケチ臭い事言うのぅ。ワシはただ部下の将来を案じてやってるだけじゃぞ?のぉ、ロスヴァイセ」

 

「え、はッ!?と、突然何言ってるんですか!?オーディン様!」

 

 

驚愕を隠せずにいた銀髪の女性、ロスヴァイセと呼ばれた彼女は、狼狽えながらもキリッとした風に振る舞っていた。流石は主神の側近、軽くいじられてもそこまで狼狽えないのかと感心していた練だが、

 

 

「固いのぉ~、そんなんだから勇者の一人も出来んのじゃぞ?」

 

「う、ぅぅ………私だって、男の人と付き合うことくらい────」

 

「ないじゃろ。自分でそう言ってたろうに」

 

「──────ぅぅ………」

 

(あれ………?泣いてる?)

 

 

涙目になって立ち尽くすロスヴァイセに、流石に戸惑う。可哀想に思ったので、練も言葉を掛けてやることにした。しかし、その前にロスヴァイセが地面に膝をついた。

 

 

 

 

「────う、うぇぇぇぇぇーーーん!!そぉーーですよぉ!私は彼氏いない暦=年齢のモテないヴァルキリーですよぉぉぉぉ!!びぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」

 

(な、泣いたぁぁッ!?)

 

 

ドン引きというか戸惑いが隠せない。初対面の時と姿が全然違う。この人本当に同一人物なのだろうか、と本気で疑ってしまうのも無理はない、はずだ。

 

 

硬直するしかない練に、(間接的にというか間違いなく)泣かせたオーディンが大袈裟に咳き込む。どっちを見るべきか露骨に迷っている青年へ、こう言ってきた。

 

 

「そういう訳で、ロスヴァイセを貰ってくれんかの?」

 

「今それ聞きます!?」

 

 

その後、面倒事から避けようと誤魔化しながら断った練に、フラれた勘違いしたロスヴァイセが泣きながら飛び付いてくるといえ二次災害が起きたが、何とか解決したという事だけは報告しておく。

 

 

オマケ程度にだが、今回の件で練の胃にストレスによるダメージが入った。しかし、これから自分が胃がどれだけ傷付くのか、彼はまだ知らない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

異界に存在する巨大な城。白一色で統一された城は円形の形に展開されており、中央に連なるにつれ、城自体も上へと伸びていく。

 

 

その最上部。頂きとなるその部屋は、神王の間と呼ばれている。その名の通り、この城で活動する『神王派』の絶対的な存在、神王が居座る場所だ。

 

 

当然今も、神王は巨大な玉座に座していた。

 

 

「──────」

 

 

白きフードを深く被り、コートの下に重苦しい鎧を着込んだ姿。顔も伺えず、息すら感じられない。それでも尚、膨大な魔力と覇気だけを滲ませ、周囲の空間が震動していく。

 

 

これこそが、『神王』。他者の器によって再現された一時的な強さとは違う、本物の力の差。この姿で出向けば、前回の敗北も有り得ないものとなっていた。そうしなかったのは、王の慢心か、単に自身の目的通りなだけか。

 

 

 

「失礼します、神王様」

 

 

不侵の領域に、一人の女性が脚を踏み入れる。『女王(クイーン)』セレナ・リンフォース。神王派のトップ、『トライデントフォース』が一人。神王に組織の管理を託された実力者である。

 

 

彼女は王の前へと歩き、ピタリと脚を止める。そして、深く身体を折り、膝をつく。頭を垂れる彼女は頭を上げずに、神王に聞いた。

 

 

「神王様、赤龍帝と真天龍はどうでしたか?」

 

「─────夏鈴の調子は?」

 

 

冷徹な声音だった。鼓膜に響いてくるが、人が発したような感じはしない。まるで通信のように直接伝わってくる。それと同じように、声自体も判別できない。

 

 

それでもセレナは穏やかに、話を遮られた事に不満を覚えることもなく、答えた。

 

 

「彼は治療ルームで休ませてます。全身の治癒も数時間で終わります」

 

「そうか、なら良かった。夏鈴は数ヵ月の休暇で休ませてやってくれ」

 

 

神王の器として一時期猛威を振るった夏鈴。しかしその代償は重く、神王の魂と肉体を同化させる術式は焼け切れ、今は使い物にならない。

 

本人の肉体も破壊尽くされ、神器の力を抽出した装置によって治療を施されている最中なのだ。

 

 

「さっきの話だが、最大の問題であった真天龍は禁手を成した。不完全なものだが、使いこなせれば問題ない。それさえ果たされた以上、真天龍は合格。我等の計画に使えるだろう」

 

「ですが、赤龍帝はどうします?彼には禁手だけではなく、『覇』になる必要があるのでは?」

 

「心配は不要だ。今代の赤龍帝、兵藤一誠はポテンシャルもある。根性や努力も並みの天才を越えている。既に禁手の段階へと来ている。後は、本人にとっての大きな選択があれば別の話だが」

 

「…………『誰』を当てます?『スペクタートゥエルブ』ではなく、『親衛隊』をぶつけてみるべきでしょうか?」

 

 

セレナの疑問に、神王は首を横に振るう。

 

 

「いいや、問題ない。俺達が手を出さなくても、赤龍帝は禁手に至る」

 

「………神王様、よく分かっていますね。もしかして、心眼で視えましたか?」

 

「────あぁ。俺達とは別の敵、人類に仇なす害意、災厄との相手でな」

 

淡々と話す神王、全てを理解したような口振りにセレナは戸惑いながらも、落ち着きながら聞き返す。

 

 

「人類に仇なす害意?三大勢力、ではないのなら………他神話や吸血鬼?いえ、ですけどそれは────」

 

「『聖書新生式』、『禍の団』にある一派だ。奴等は厄介なモノに力を染めている。人でも魔でもない、太古の歴史に消え去った呪いの力だ。警戒の必要がある、神王派の全員に通達しておいてくれ」

 

「はい、分かりました…………それでは、我々はこの先は『赤龍帝』達の様子を観察という事になりますね。なら、『聖書新生式』の調査は大丈夫でしょうか?」

 

「当然。俺がいない間、基本的な司令塔はお前達だ。一応俺も『神王』もいるが、お前達の判断に任せるとしよう」

 

 

意味不明な言葉が、混じっていた。

矛盾に近い、言動であったが、セレナは疑問にすら感じない。真意を理解しているからこそ、だろうか。

 

 

「少し眠る。その間は任せた、セレナ」

 

「はい、どうか緩やかにお休み下さい。我等が神王、偉大なる御方」

 

 

セレナが深く頭を下げ、忠誠を示すように振る舞う。スッと、部屋の外へと出ていく彼女の姿を見ずに、神王はただ空を見上げていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

それから永い間、神王は玉座に居た。一歩も、1ミリも動かずに、ただ椅子に座り続ける。

 

 

変化があるとすれば、フードの下にある黄金の双眼。それを閉ざすように、目蓋が下りようとしているのだ。

 

 

「────久しいな、眠るのは」

 

 

振り返るように、慈しむように、神王は呟く。何時からか、眠ることがなくなった。いや、眠りたくなかったというべきか。

 

 

子供の頃から、産まれた時から、声が聞こえていた。眠った時、無数の人だったもの達が並び、声を発する。怨嗟と憎悪、一人の人間に向けられるには重すぎる言葉の数々。

 

 

 

────『世界を、私達を救え』、老若男女からの罵詈雑言の果てに、その言葉だけが神王に届いていた。救済を願う意思も、ここまでくれば呪いだろう。

 

 

『神の子』として産まれた神王に、この声が途絶えることはなかった。気を緩めれば、気を休めれば、無数の怨念が人間を救えと望んでくる。

 

 

────あの時も、同胞達が死したあの日も、彼等は怨嗟と憎悪の救済を求めてきた。

 

 

「─────良いだろう。全てを救ってやる」

 

 

自分が壊れていることくらい気付いている。とっくの昔に、自分は正気ですらないのだ。

 

 

「だから今は待て。一人残らず救ってやろう。その間、大人しく黙っていろ」

 

 

その言葉を最後に、神王は両眼を閉ざす。玉座に全身を預け、静かに眠りに入った。力が消え去り、そこにいるのはたった一人の人間だ。短い間静寂が続いた頃。

 

 

 

突如、神王の真上の空間が捻れる。

中央に発生した光が円を描き、更に捻れていく。形となって顕現したそれは、光輪であった。

 

 

天使のものとは違う。歯車のような輪が複数重なり、一つの光輪として保たれていた。

 

 

カチリ、と光輪が回る。歯車が噛み合うように、重なった三重の天輪が一つとなった。

 

 

瞬間、神王の双眼がゆっくりと開かれた。さっきまでとは全く違う、別の色の瞳が。無機質な、機械的な色を有して。

 

 

 

◇◆◇

 

 

その時、全く別の場所で、一人の青年が目を醒ました。

 

 

 

「………………う、ぅん」

 

目元を擦り、青年は身体を上げる。自分は草原の真っ只中で眠っていたらしい。こんな屋外でグッスリ寝てた青年はどんな夢を見ていたのかと考えて─────すぐに気付いた。

 

 

「………アレ?俺、どんな夢見てたんだっけ」

 

 

思い出そうとして、すぐに止める。最近からずっとそうだ眠った時に見るはずの夢が、自分に全く見られないことを。何故だか分からない。青年にとって当たり前の事象であると、受け入れるしかない。

 

 

「天照様に聞いても、異常はないって言われてるし、ホントに呪われてたりして………」

 

 

軽く呟いた青年は、慌てたように取り消す。

 

 

「………イヤ、止めよう。こういう事言うの、絶対バチ当たるし」

 

 

野原に座り、頭を掻いていた青年は欠伸をしながら腕時計を見る。眠気が残っていたのか、今にも再び眠りに入りそうであった青年だが、その顔色がすぐに変わる。

 

 

「あっ!やべ!早く高天ヶ原に戻らないと!」

 

 

何かを思い出して焦った青年が野原から駆け出し、何処かへと向かう。足元にあった銀色のネックレス────神王の紋様を模したそれを、手に持ちながら。

 




次回から新章です。


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波乱日常のアッセンブル
動き出す闇


現世でのハイヒルド・ヴィヴィアンや謎の組織によるテロ、冥界で起きた『神王派襲撃事件』から三日が過ぎたその日。

 

 

 

日本支部の自室にて、ラインハルトは目を醒ました。より正確はベッドの上で。部屋着に着替えず、教会戦士として愛用してきた戦闘服のままだった。

 

 

ふと、天井に手を伸ばす。力もなく突き出した掌に、自分の求めたものを想像する。

 

 

 

「────エクスカリバー」

 

 

瞬間、星の聖剣がその手にあった。教会が所有していた複数の偽物とは違い、間違いなく本物である。だが、根本的に全くの別物に思えた。

 

 

 

「────エクスカリバー・イフリート」

 

 

そう唱えてみる。瞬間、星の聖剣の形が変容する。炎を模したような柄を持ち、刀身からチリチリと熱を放っていた。その剣は本来のようなエクスカリバーとは違い、炎を操る聖剣と化している。

 

 

変化しても問題はない。念じればすぐに聖剣は形を変え、元のエクスカリバーへと戻っている。

 

 

「…………」

 

 

片手にある聖剣を、自分の左腕に押し当てる。刃が皮膚に当たっても止めぬまま、迷うことなく片腕を横に切り裂いた。

 

 

しかし、傷口から漏れ出したのは赤い血ではなく、光の粒子だった。空中に消えていく粒子はすぐに傷口から発生しなくなる。切り裂かれた断面に肉や血管、神経は存在せず、真っ白な光に包まれていた。

 

 

その異質な光景に疑問を持たず、納得したように呟く。

 

 

 

「………やっぱりオレ、人間辞めたんだな」

 

 

邪龍の力を有した人間、シルマとの戦いで一度死んだラインハルトはエクスカリバーと融合した。その契約で、ラインハルトは不老半不死状態となった。

 

 

その副作用で、自由にエクスカリバーを生み出せる事になった。その生み出したエクスカリバーは一度で壊れる代わりに威力も絶大であり、別の能力を持つエクスカリバーすらも作り出せるようになっていた。

 

 

人間を辞めたというショックは大きかった。しかし、後悔しているかと言われれば首を横に振るうしかない。あの時、ああしていたなければシルマはゼノヴィアやイリナを殺しに向かっていたかもしれない。だとすれば、自分の選択を誤ったものと決めるわけにはいかない。

 

 

 

それでも、迷いはあった。

あの選択にすら後悔してないが、たった一つの思いが。

 

 

 

────二人にこの事を話すべきか。

 

 

 

悩み続けた結果─────誰にも、話さない事にした。消える時は、誰も知られない場所で消える。存在に気付かないように、ヒッソリと。

 

 

そうすれば、誰も悲しまずに済む。あの、二人も────。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

数時間後、教会の日本支部にて。

ある者達に呼び出されたラインハルト達は、とある一室へと入った。

 

 

「────失礼します!ラインハルト・ヴィヴィアンです!」

 

「────同じく、ゼノヴィア・クァルタです」

 

「し、紫藤イリナです!御時間を裂いていただき、感謝の極みですっ!」

 

 

正々堂々と一礼するラインハルトとゼノヴィア、緊張しているのか張り切り過ぎているイリナ。彼等の声を聞いた、室内にいる二人組────ソファーの上で、自堕落に寝そべった青年がヒラヒラと手を振る。

 

 

「あー、気を抜いていいよー。どうせ軽い話だしさ」

 

「貴方達が、オレ達の保護管理者ですか………?」

 

「そーだぜ、エクスカリバー使いクン。自分達はミカエル様から派遣された、君達の監督官だ。ま、色々と頼り甲斐はあるから………安心して頼ってくれたまえよ?」

 

 

そう言いながら、姿勢を変えた青年はソファーに全身を掛け────本を読み始めた。その本に視線を向けたラインハルトとイリナが、一瞬で顔を真っ赤にしてしまう。

 

 

理由は単純─────その本が子供に見せられるようなものではない。俗に言うエロ本の類いだからだ。

 

 

「ぎ、ギルテア先輩!こ、こんな所でそんな………不純なものを見ないでください!何度目ですか!?」

 

「フッ、知らないのか?イリナ────最近の日本の育成機関では、エロ本なぞ堂々と見る。日本以外の国の常識が遅れているだけだ」

 

「……………そ、そうなんですかっ!?」

 

「違う違う!イリナ!騙されてるって!」

 

 

必死にそう諭すラインハルト。ちぇっ、とつまらなさそうに呟いた青年 ギルテアと呼ばれた彼は、エロ本を懐へと仕舞い、もう一人の男と共に名乗りを始めた。

 

 

「知っているかもしれないが、自己紹介はしとくか。『聖堂騎士団』高位(ハイランク)二位(セカンド)、ギルテア・クラートス。ま、先輩として尊敬しながらも、気軽にしてくれ」

 

「………………同じく、『聖堂騎士団』高位(ハイランク)三位(サード)……………シーア」

 

 

寡黙な男 シーアがそれだけ言って沈黙する。元より口数が少なく、静かなことは教会でも有名な話である。物静かである一方で、彼の戦い方はゼノヴィアのように圧倒的なパワーを振るうものだ。

 

 

「…………お二人が、最高位の聖騎士が来るとは。余程の事態ですか?」

 

「余程の事態、というのも当然さ。何せ騎士王が死んだんだしね」

 

 

騎士王(ナイト・ロード) セルク・レイカー。

教会の総本山に襲撃してきた何者かに殺されたと思われる彼の死体は、天界勢力に大きな混乱をもたらした。その死を悲しみ、多くのシスターや教会戦士が葬儀に参加していた。

 

ラインハルトやゼノヴィア、イリナも同じであった。彼から大事にされていたアーシアはその事を知らないのは、幸いというべきか。

 

 

「……………ま、ただごとじゃないってのがミカエル様の考えだけどね」

 

「…………それは」

 

「あの人は、後ろから殺された。心臓を一突きでグサリ、と。……………可笑しいだろ、普通に考えて。あの騎士王(ナイト・ロード)がだぞ?人類最強と呼ばれた人間が、侵入者如きに背中を取られるものかよ」

 

「────ギルテア」

 

「あん?別に事実だろーが。重要なのは、ラインハルト達を襲撃した奴等は騎士王と同等の、或いは不意打ちで殺せる戦力があるか。それを懸念したからこそ、俺達が派遣されたんだぜ」

 

 

ふん、と先程までのお調子者な雰囲気を消したギルテアがソファーにもたれかかる。彼がここまで機嫌が悪い理由、それはたった一つの─────三大勢力の話し合いによる方針であった。

 

 

 

「ミカエル様の不安は分かるが、自分としては納得できねぇな。

 

 

 

 

 

悪魔や堕天使の連中と共同するなんて、気が乗らねぇな」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『───八月二十日午前十時三十四分。現時点で保護下にあった白雪と咲葉、二名を各々の家族の元へと送り届けた。確認も十分であり、入れ違いなどの事故要素も低い。現段階でも監視を続行し、二名の生活が安定し、外的要因での被害が無いことを確認してから一週間後、自動的に解除する。

 

 

 

 

《注意》この情報はクリアランスレベル2であり、職員以外の情報漏洩が確認された場合、レベルに相当する罰が課せられる。尚、保護下にあった二名の個人情報はクリアランスレベル4に該当しており、この情報の漏洩が確認された場合、保護管理対策官 バラギエルと副補佐官 黒月練による厳重な調査及び処罰が下される』

 

 

カタカタカタ、とパソコンのキーボードを叩く音が響く。報告書を書き終えた黒月練はフォルダにしまい、そこでゆっくりと肩の力を抜いた。

 

 

神の子を見張る者(グリゴリ)』の一人として、練が担当するのは、多種族に関連する神器使いや人間の保護であった。

 

 

神器や異能の力により居場所を奪われた者には新しい居場所を提供し、家族の元に帰ろうとする者には家族の元へと送る。それは、悪魔という種族への復讐────自分達の罪を認めさせるという偉業を成した練が、欠かすことも許されぬ使命だ。自分と同じように、全てを奪われた被害者を、後先考えぬ復讐者へと─────かつての己のように変えないように。

 

 

つい先日、二人の少女、白雪と咲葉はここを離れた。咲葉は故郷にいた家族のもとへ、白雪は自分が住んでいた町へと。彼女達を見送った練は、二人から感謝の言葉を貰った。

 

 

自分が貰うには、おおよそ相応しくないものを。

 

 

 

「……………白雪ちゃんと咲葉ちゃんも、家族のところへ帰れたんですね。ちょっと、寂しいかもです」

 

 

練達のいる施設のホールでアイリスは紅茶を飲みながら、複雑な感情を携えながら呟いた。帰ることが出来たことを妬んでいるのではない。彼女達とは、同じく酷い扱いを受ける転生悪魔として長い間共に過ごしてきた。寂しい、という気持ちに嘘はないし、誤魔化せないとも分かっていた。

 

 

「ま、あの二人がいなくなっても、ここは静かになる様子は無さそうだけどな」

 

 

アイリスの対面のソファーにいたゼリッシュが、ジュースをちびちびと飲みながら軽い調子で語る。かつての仲間に思い入れはあるとしても、あまり気にしないのは彼女の考え方があるからか。

 

 

「───うーん、ボクちん蚊帳の外だなー。退屈そうでホントツマンナイ!けどめんどくさそうだし、関わんなくてセーフかもね!」

 

 

そんな風にケラケラと笑うのは、白髪の青年────名をフリード・セルゼン。練により引き抜かれた元神父であり、コカビエルの一件を報告していたスパイである。

 

尚、練の部下になった経緯はお世辞にも良いものとはいえない。八つ当たりで通りすがりの練に襲いかかり、半殺しにされて命乞いをした結果、舎弟として扱われているという惨状だ。

 

それでも、それなりの忠誠心はある。フリードとしては彼の背中を撃つつもりはない。それは恩義もあるのだが、生きていたら絶対百倍の報復をしてくるだろうから。

 

 

「………貴方は本当に他人事ですね。フリード」

 

 

生真面目な青年、宗明が苦笑いしながら机の上に紅茶を淹れたカップを乗せる。彼等が軽く談笑していると、練がそのホールに入ってきた。

 

 

「練様、お仕事終わったようで何よりです」

 

「…………まぁ、な。宗明、コーヒー一杯」

 

「お身体に障りますよ、練様」

 

 

そう言いながら、宗明は紅茶の入ったカップを差し出した。嫌な顔をすることなく呑んだ練は、肩を竦めてソファーに体を預けた。

 

 

「気にしすぎだ。たかが一徹程度、大したことない」

 

「私からすれば、徹夜されてる時点で気を遣いますよ。ま、三徹された時よりマシですが」

 

「…………仕事が捗るから、仕方ないだろ」

 

 

誤魔化すように言う練。やれやれ、と皆が呆れていると、駆け足でホールに入ってくる者がいた。

 

 

「────練!」

 

「………バラキエルさん、どうした?」

 

「緊急事態だ!現世のある町が襲撃を受けている!」

 

「────その町は?」

 

 

立ち上がり、即座に装備をまとめる練。仲間達が動き出したのを見届けていた練だったが、彼の耳に冷静を奪うほどの言葉が届いた。

 

 

「────白雪吹雪が、彼女が帰った町だ」

 

 

◇◆◇

 

 

「…………はぁ、はぁッ!」

 

 

駒王町の山。

人のいないその場所に移動していたイッセーは神器である赤龍帝の籠手を展開し、近くにあった自分よりも何倍もデカイ大岩を殴っていた。

 

普通ならば粉砕できぬ程の岩が、一気に砕け散る。それ程の破壊を振るっても尚、イッセーの顔はあまり喜んではいない。

 

それどころか、掌を見下ろした一誠は悔しそうに拳を握った。自らの実力不足を、強く実感するように。

 

 

『…………自主的に修行とは、感心するぞ相棒』

 

「ドライグ………いつの間に起きてたんだよ」

 

『オレとて龍だ。宿主が動いていれば自然と意識も覚める。しかし、本当に意外だ。お前がここまで自分を鍛えるとはな』

 

 

神器に宿るドライグの言葉に一誠は黙っていた。そして、重い口を開く。

 

 

「なぁ、ドライグ」

 

『何だ、相棒』

 

「弱いよなぁ、俺って」

 

 

悲痛そうな声に、ドライグは答えられなかった。かつての自分の歩みを思い出し、一誠は噛み締める。

 

 

「ずっと、俺は見てる側だった。弱かったから、アーシアを助けられなかった。弱かったから、部長を泣かせちまった。弱かったから─────練が殺された時も、止められなかった」

 

『…………相棒』

 

「もう、何も出来なかった、って泣きたくない。今度こそ、俺だって何かを守れるようになるんだ。その為に、俺は強くなりたい。誰かをブッ飛ばす為じゃなくて、誰かを守り通す為に」

 

 

その言葉を聞き終えたドライグは軽く笑った。小馬鹿にするものではなく、面白いという笑みだ。

 

 

『お前は違うな、相棒。歴代の赤龍帝とは大違いだが、逆に気に入った。お前の進む覇道を見てみたいと、興味が湧いたぞ』

 

「ありがとな、ドライグ。俺も、お前の期待を裏切らないように頑張るぜ」

 

 

気を取り直し、いつもの調子に戻る一誠。パン! と自身の拳と掌を打ち付け、やる気を昂らせる。この調子で修行に戻ろうとした、次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「─────お初にお目に掛かる。兵藤一誠」

 

 

ザッ、と木々の合間から人影が声を放ってきた。フードで姿を隠した人物。彼はフードを上げ、自身の顔を見せる。

 

 

一誠と同じくらいの青年だった。

違いがあるとすれば、白く抜け落ちた長髪。そして顔の半分に浮かび上がった黒い血液のような筋。左右とも色が違う瞳を開いた青年が、一誠を見据える。

 

 

「早速だが、貴様には大人しく付いて来て貰う」

 

「────断る!」

 

「そうか─────ならば、手足を削ぎ落としてでも連れていく」

 

 

腕を振るう青年。布に隠れた腕が鋭利な刃物の形状へと変化する。両腕を刃物に変えた青年は即座に身構え、悲しそうに呟く。

 

 

「恨みはないが、仲間の為だ。俺も容赦は出来ない」

 

 

直後、青年は両腕の刃を周囲に向けて振るった。縦横無尽の斬撃が炸裂し、周囲の木々を薙ぎ払う。斬撃による風圧に吹き飛ばされそうになった一誠に、青年が飛びかかってくる。

 

 

「────アスカロン!」

 

 

しかし一誠も負けじと対抗する。籠手から龍殺しの聖剣を展開し、青年の刃を弾こうとした。しかし青年はアスカロンの存在を認識した途端、慌てて飛び退く。

 

 

「逃がすか!」

 

 

違和感はあるが、あまり気にしている暇はない。アスカロンを仕舞い込み、一誠は追撃を始める。籠手を握り締めて殴りかかるが、青年は刃でそれを受け止めた。

 

 

「ッ!馬鹿な………これが、赤龍帝だと……!?話に聞いてたよりもッ!」

 

「俺だって!ずっと鍛えてきたんだ!前と一緒だなんて思うじゃねぇ!!」

 

 

そう言い切り、全力で拳に力を込める。吹き飛ばされた青年が木に激突し、転がった。ゴホ、と呼吸を整えた青年が刃を振るおうとするのを避け、一誠は無力化するために意識を落とすことにした。

 

拳を構え、殴り付けようとする一誠。起き上がり反撃しようとする青年だが、間に合わない。続け様に放たれた斬撃を避け、倍加した一撃を叩き込もうとした。

 

 

 

 

「────火竜(かりゅう)爆炎咆(ばくえんほう)!!」

 

 

青年の背中が、膨れ上がる。風船のように膨張したフードの内側から高熱が蓄積され、爆炎がフードを突き破り迫ってきた。

 

 

 

突如の攻撃に、一誠は避けきれなかった。爆炎を直に受けるが、籠手で止めたこともあり何とか怪我にはならなかった。そこで安堵することは、出来なかった。

 

 

青年の背中にあるものの姿を見た一誠は、絶句する。あらゆる思考が、目の前のことの理解を拒んでいた。

 

 

「────それは」

 

「見覚えがあるか、赤龍帝」

 

 

彼の背中から伸びるのは、竜の首。背中と同化したように生えてきた赤竜の頭部であった。鱗で覆われたその姿はまごうことなき竜のものだ。

 

 

『竜だと………!?馬鹿な、人間が竜の力を扱うなど………! いや!そんなはずは、ない!これは─────貴様!その力は、まさか!』

 

「─────正解だ。赤龍帝」

 

 

青年が破けたフードを放り捨てる。半裸になった青年、彼の背中が膨張していくと同時に、何かが飛び出してきた。さっきと同じ、竜の頭部。それも四体。赤い竜の頭部を含めた五つの頭部が、触手のように伸びていた。

 

 

 

五つの竜の頭部を背中から生やした青年は、淡々と語っていく。

 

 

 

「俺はグラン。竜の力を与えられ、人なざらるものへと変えられた─────邪龍の、なり損ないだ」

 

 



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新しい組織

「─────水竜・放流閃撃!」

 

 

背中から五首の竜を生やした青年 グランが叫ぶ。瞬間、竜の頭部の一つ、青い色の竜が首を膨らませ、口から高圧力の水が放たれる。

 

咄嗟に飛び退いた一誠。彼を追いかけるように、一本に纏められた水流が迫る。ギャリギャリ、と地面や木を一瞬で抉りながらも。

 

 

『────相棒!防ぐな!装甲に穴を空けられるぞ!』

 

「なら!コイツで!」

 

籠手に魔力を込め、一誠の得意とする魔力砲の技────ドラゴンショットを炸裂させた。強力な魔力と高出力の放水が、互いに相殺される。

 

それだけでは、攻撃の手は止まらなかった。

 

 

『っ!相棒!今度は左からだ!』

 

「───雷竜・迅雷電波!」

 

 

今度は金色の竜の口から、複数の雷撃が放たれる。雷撃自体は回避したが、周囲に飛び散った水に帯電し、威力を増した雷撃が一誠を巻き込み、暴発を引き起こした。

 

 

「クッソ………!やっぱ痛ぇ!」

 

 

電撃を受け止めた一誠の鼻を、焦げた臭いが刺激する。雷により軽く焼かれはしたが、悪魔としても強くなってきたからか、そこまでもダメージはない。再びグランへと向き直る一誠だが、ある異変に気付いた。

 

 

『……………』

 

「ドレイグ! どうしたんだ!? 何かあったのかよ!?」

 

『あの竜………まさか、いや、そんなはずは───』

 

「────独り言を、してる場合か」

 

 

何かを見極めようとしたドライグに反応する一誠。その隙を見抜いたグランが、再び動き出す。今度は二つの竜の首が、同時に口を開く。

 

 

 

「氷竜・白氷銀嶺!風竜・激震風嵐!」

 

「っ!?二つ同時に使えるのか!?」

 

 

白い竜の氷の息吹と、翡翠色の竜の風の息吹が、融合して一つの技となる。氷を帯びた大竜巻が一誠に炸裂した。冷気の風と、真空の刃が、嵐に巻き込まれて一誠をひたすらに傷付けようとする。

 

 

「────お、おおおおおおおおおッ!!!」

 

 

だが、一誠は前に進んだ。氷雪の嵐の受けながらも突き進んだ一誠は、倍加させた自身の力を籠手に蓄積させ、グランに近付く。

 

二つの属性を有した嵐を放つグランは驚きながらも、対処をしようとはしない。いや、そもそも対処すら出来なかったのだ。竜の力を操っている間、グランは自身の体を動かすことが出来ないのだ。

 

 

だからこそ、直後に背中の竜から意識を離した瞬間こそが、一誠の攻撃の好機であった。咄嗟に動こうとしたグランの顔に、倍加させた拳が直撃する。

 

 

────が、しかし。

 

 

(か、硬ぇ………ッ!?)

 

「────使えるのは、属性攻撃だけじゃない」

 

 

殴られた部位、グランの肌が変色していた。硬化の類い、或いは金属化か。一誠の拳は神器に保護されていたからか、砕けてはいなかったが、それでも痛みはまだ響いていた。

 

 

思わずよろけた一誠にグランは歩み寄る。しかし、彼が攻撃するよりも先に、ドライグの声が響いた。

 

 

『その力、間違いない─────貴様何者だ』

 

「………」

 

『貴様のその力、竜のものだ。神器などではない。かつてオレがいた時代の、旧き竜達そのものだ。おそらく、奴等の力の源を埋め込まれているな?』

 

 

グランが僅かに笑った。そして半裸の上半身に手を押し当てる。すると、胸元の部分に異様なものが浮かび上がってきた。グロテスクな光景、まるで複数の心臓を一つに繋げたような、魔力の塊。

 

 

『何だ、それは────』

 

「旧き竜達の心臓、らしい。俺はこれを埋め込まれ、赤龍帝─────貴方の回収を命じられている」

 

「命じられた?何で俺なんだ!?」

 

「さぁな。俺には微塵も興味はない。ただ、仲間のために戦うだけだ」

 

 

そう吐き捨て、グランが再び攻撃体勢に入る。咄嗟に身構えた一誠だったが、彼の目の前に落ちてきた爆炎がそれを遮ることになる。

 

 

大噴火でも起きたかのような熱を帯びた爆炎に、全身が火傷しそうになる。しかし、見覚えのある炎だと気付き、すぐさま空を見上げた。

 

 

「なんだ、手出しは無用だったか?一誠」

 

 

此方を見下ろし、相変わらず笑みを浮かべたレイド・フェニックスがいた。炎の翼を展開した次期魔王候補の悪魔は、陽の光を背に受けても尚、余裕を崩さずにいた。

 

悪魔が日中では力を出せないという特性すら無視しているのか、或いはこれが特性を受けている状態とでも言うのか。

 

空に浮かぶ相手の姿を目にした一誠は、驚いたように声をあげる。

 

 

「レイド先生!─────と、小猫ちゃん!?何で!?」

 

「ちょいと変な気配を感じたんだよ。………竜と、それ以外の嫌なもんをな。ついでに小猫は其処らから拾ってきた」

 

「…………先生、高いです」

 

「仙気の特訓だ。お前の感じた気配は何処から感じる?」

 

「─────見えました。心臓のすぐ近くです………そこから、嫌なものを感じます」

 

 

そっか、と言うとレイドは勢いよくその場に降り立った。地面に着地した際に片腕で抱えていた小猫を下ろし、レイドは軽く首を回す。

 

 

「一誠、小猫。手を出すなよ────先生としての実力を見せる良い機会だ」

 

「一人で俺の相手をする気か?舐められたものだな」

 

「そうか?これでも譲歩してるくらいだぞ?…………そうだな、もう少し手加減するべきか────先手は譲ってやる。好きに攻撃しろ」

 

「────後悔するなよ」

 

 

告げるや否や、グランが両手を合わせ、握り締める。背中から生えた五体の竜の首はビクン!と跳ねたかと思えば、竜の喉が一気に膨れ上がる。明らかに膨張した魔力が五つ、それは魔力感知が得意ではない一誠ですら感じ取れるほどの量であった。

 

 

「五頭竜・天滅咆撃ッ!!」

 

 

五体の竜の口から、五つの属性を伴う息吹が放たれる。ただのブレス等ではない。それらは空中で混ざり合い、倍以上の質量と破壊力を伴った魔力の雨と化したのだ。

 

ほぉ、と感嘆したように眼を剥いたレイドが、息吹に呑み込まれる。竜の放つ強力な魔力の息吹により、肉体が完全に破壊され、悪魔であろうとも消滅する─────

 

 

 

「────中々筋が良い。やはり、殺すには惜しいな」

 

 

はずだが、レイドは平然としていた。背中から生える炎の翼を軽く払い、堂々と振る舞っている。当然、彼の身体に怪我らしきものは存在していない。フェニックスの力で再生したのかもしれないが、一誠達にはその動きすら確認できなかった。

 

グランすらも、その光景に驚きを隠せずにいる。信じられない、と立ち尽くす青年が動き出すよりも前に、レイドがふと人差し指を向ける。

 

 

「────獄火・ブレアショット」

 

 

直後、彼の指先から放たれた熱が、全てを穿った。咄嗟に動こうとしたグランは胸元を撃ち抜かれ、意識を失って崩れ落ちた。レイドは指先に舞う煙を口で吹き、拳銃のように構えていた手を緩める。

 

 

「………な、なぁ、ドライグ。錯覚じゃないよな? 向こうの山の木まで穴が空いてるように見えるんだけど………」

 

『幻ではあるまい────流石は次期魔王。アレで本気の一端に過ぎんとは…………嗚呼、奴のような男と本気でやりあってみたいものだ』

 

 

遠くの山までも撃ち抜いた熱線の威力、それが手加減されただけで全力ですらないという事実に戦々恐々とする一誠、逆に興奮を隠しきれず戦意を昂らせるドライグ。

 

その横で小猫は純粋に凄いという風に感心している一方で、何かを思い出したようだった。

 

 

レイドは自身が倒したグランを片腕で拾い上げ、持ち上げる。一誠達に視線を向けながら、告げた。

 

 

「────よし、部室に行くぞ。少し、リアスと話をしておきたい」

 

「………先生、思い出しましたけど」

 

 

あ? と怪訝そうに首を傾けたレイドに、小猫はいつものように寡黙な雰囲気を崩さぬまま、指摘するように口を開いた。

 

 

 

「結界、張らなくて良かったんですか」

 

「──────あ」

 

 

◇◆◇

 

 

「────弁明はあるかしら、レイド先生」

 

「本当にすまん、リアス。悪かったとは思ってる」

 

 

ゴゴゴ、と擬音が浮かぶほどのオーラを滲ませるリアスの前で、レイドは堂々とした顔で正座していた。あまりにも悪いとは思っていない、それどころか怒られている側の人間の様子ではない。

 

 

「小猫を連れて飛び出すところを一般の生徒数名に見られた挙げ句、近隣の山が火事になりかけたわ。ソーナ達も手伝ってくれたから良かったけど…………先生は少し周りのことを考えて欲しいわね」

 

「────喉乾いたな、朱乃。お茶くれ」

 

「あらあら、お言葉ですが今はお説教中ですから」

 

「んー、それもそうか」

 

「─────話を!!聞いてるのかしら!!?」

 

 

本気で怒られているのに、レイドはこの調子だ。図太いというべきか、リアスは大いに振り回されている。あと本人の言い分曰く、『一誠が危なかったからいち早く行こうとした。生徒に見られたのは悪かったが、それ以外のことは後悔してない』とのことだ。

 

因みにリアスはこの言い分を聞いて、不承不承ながらも許していた。

 

 

「それより、先生。聞きたいことがあるのだけども」

 

「うん?なんだ」

 

「────どうして、彼を連れてきたのかしら」

 

 

リアスはそう言いながら、ソファの上に座らせたグランを見つめる。普通ではちぎることも出来ない特殊な紐で縛られた彼はまだ意識を失っているらしく、項垂れたままだ。

 

 

「決まってる。殺すには惜しいからだ」

 

「けど、彼は敵よ。一誠を殺さず連れていこうとした───他の組織の一員である可能性も高いわ。件の『禍の団(カオス・ブリゲード)』の関係者だとしたら、生かすわけにはいかない」

 

「─────いいや、コイツは敵じゃない。利用されただけに過ぎんさ」

 

 

不安を口にするリアスだが、レイドはそう断言した。端から聞いていた一誠や小猫達、リアスすらもレイドを見つめる。何故、そう言い切れるのかという視線を受け、レイドは机の上のお茶を飲みながら話し始めた。

 

 

「一誠、コイツの言葉を聞いてたよな?どこか違和感はなかったか?」

 

「は、はい………たしか、『仲間の為』って言ってました。恨みはないが、とか。そう言えば!竜の心臓を埋め込まれたとかも、言ってたっす!」

 

「だろ?────それに、奴の体内には小さな化物が仕込まれてた。奴の本人の心臓に寄生するようにな…………考えてみろ、敵が自分の仲間に何か仕組むと思うか?姑息な奴なら自爆させるとか考えるだろうが、コイツに仕込まれてたモノはそうじゃなかった」

 

 

淡々としながら話すレイドに一誠は改めて驚かされる。グランと対面したのも少しだけなのに、こうも全てを見抜いているのか。実力だけではなく、頭も回るらしい。伊達に次の魔王に選ばれるだけではない。

 

 

「話を聞いてみるのも悪くないと思うぞ。コイツがただの、脅されただけの被害者の可能性もある。少なくとも、俺様はその可能性が高いと思うがな」

 

 

それだけ言うとレイドは対面のソファーにドカッ! と腰掛けた。あとは好きにしろ、と言いたいのだろう。レイドの考察を聞き、リアスは迷っている様子だった。

 

普通なら、テロリストの可能性がある者に耳を傾けるべきではない。しかし、レイドの考察が正しければ、彼も救うべき被害者なのかもしれない。

 

 

「────部長。俺、話だけでも聞いてみるべきだと思います」

 

「イッセー………」

 

「アイツ、俺との戦いの時も必死な眼をしてました。仲間の為、って言うのも嘘じゃないかもしんないです。……もし、先生の言う通りなら、俺達が助けないと駄目かもしれないですから」

 

「…………そうね」

 

 

皆はそれで良いかしら、とリアスが己の眷属達に問う。彼女たちは、皆同じ答えであった。言葉もない眷属達の意思を確かめたリアスは短く口を閉ざすと、グランの額を軽く小突く。

 

 

「────む、ん」

 

 

小さな衝撃は彼を目覚めさせるには充分だったらしい。眠そうな眼を開いた彼はリアス達の姿を視認するや否や、一気に表情を引き締めた。

 

 

「お前達は───」

 

「はじめまして。貴方の名前は聞いているわ、グラン。早速だけど、貴方には聞きたいことが山ほどあるのだけれど」

 

「────話すことなどない。殺せ」

 

 

一瞬だけ絶望したグランはそんな己を隠すように俯き、小さな声で呟いた。やはり、可笑しい。敵に捕まったことに歯噛みするわけでもなく、覚悟を決めたように口を閉ざしていた。

 

何かを、ひた隠しにするように。それは不都合な事実を隠すというより、大切なものを護ろうとしている仕草だ。

 

 

「安心して。貴方の中にいたモノはレイド先生が取り除いた、らしいわ。貴方に何か事情があるなら、教えてくれるかしら?」

 

 

その様子から、リアスも敵ではないと確信したらしい。諭すような優しい声で語りかける。彼女の言葉を聞いたグランは本気で戸惑った様子で────リアスの言った通り、自分の身体から消えた反応に気付いたらしい。

 

困惑していたグランだったが、ふと小刻みに震わせる。縛り上げられたまま彼は────深く頭を下げた。

 

 

「────俺は、どうなってもいい」

 

「………ッ」

 

「殺されてもいい。それだけのことをした。────だから、お願いします。俺の仲間を、仲間だけは助けてください……………何でもします! だから、どうか!!」

 

 

鬼気迫る様子だった。なりふり構わず頼み込もうとする青年の勢いに、リアスは慌てながら落ち着くように諭す。何があったのか教えて欲しい、興奮したように頭を下げ続けるグランに聞くと、彼は静かに語り始めた。

 

 

「俺は、グラン・アスラ。日本の北東に住む、日本の神々を奉る守り人の一族の一人です」

 

「も、守り人?」

 

「北東の…………聞いたことがあるわ。日本神話の神々を信仰し続ける人々のことよ。確か、お兄様が彼等は何かを護っているとも言っていたわね」

 

 

護っているのは、何か。

それを聞いてみたが、グラン本人は分からなかったらしい。しかし彼の話から分かる通り、相当大事なものだと思われる。

 

 

「我々は、天照様からあるものの封印を任されていました。一族は数千年もの間、俗世から離れながら封印を維持して来ました。─────数週間前に、奴等が俺達の里に現れるまでは」

 

「…………」

 

「────おぞましい、化物でした。敵の一人が巨大な竜に変わったんです。奴等は、戦いに出た大人達をまるで虫を潰すように、簡単に殺したり食ったりしました。そして、奴等に捕まった俺達はこのまま殺されるところだったんです。……………俺に、竜の力の適正があると知った途端、奴等のリーダーと思われる男が俺に接触して来ました」

 

 

奴等に襲われた仲間を護る為に、グランも必死に戦った。しかし彼は結果的に負けた。圧倒的な力を持つ竜と化した敵を前に、打ちのめされて叩き潰されたのだ。

 

 

意識が朦朧とする中、檻に囚われたグランの前に現れたのは、化物達を統べる更なる化物であった。

 

 

『─────お前に力と機会を与えてやる。その力で赤龍帝を生きたまま連れてこい』

 

『……………』

 

『これは幸運なことだ。私はお前達全員を殺す予定だったが、奇跡的にお前には素質があった。故に、その幸運を活かしたい─────言っておくが、断ることは許されない。これは命令であり、お前には逆らうことすら有り得ない。お前はただ従うのだ、この()()にな』

 

 

グランに、拒否権はなかった。

逆らえば、仲間達は殺されると。全員生きたまま喰い殺されると言われ、グランは大人しく従うしかなかった。だが、彼は失敗した。

 

この事が知られれば、奴等は仲間達を殺してしまうだろう。そう悟ったグランには、最早選択肢等他になかった。

 

 

「────悪魔は、悪魔は契約すれば願いを叶えてくると聞いた!なら、俺の命を対価にして、皆を助けてくれ! いや、助けてください!!」

 

「……………」

 

「お願いします!お願いしますッ!どんなこともしてみせます!だから、どうかッ!!」

 

 

必死に叫ぶグラン。椅子から滑り落ちた彼は、地面に頭を擦り付けながら叫ぶ。自分の立場を理解していて尚の発言なのだろう。殺されても仕方ないと分かっていても、縋るしかない。

 

 

「────分かった。契約しましょう」

 

「………」

 

「貴方の仲間を助けるわ。その代価として────貴方には今後、私達に力を貸して欲しいの」

 

 

落ち着いた声で語りかけるリアスの言葉に、グランは思わず面食らう。自分の命を差し出す覚悟でいた彼は、彼女の言葉に─────仲間達を助けてくれるという事実に、驚きを隠せずにいた。

 

 

「いいん、ですか?」

 

「一誠を襲った件に関しては、気にする必要はないわ。当人の一誠が大丈夫って言ってたから…………それに、私が許せないのは、大切な家族を人質にとって貴方を襲わせた奴等よ」

 

 

家族や眷属を心から愛するグレモリーの一族。その娘であるリアスからすれば、黒幕のやり方は大いに許せない。自分の眷属を狙ったことも含め、見逃す道理は断じてない。

 

 

指を鳴らし、彼の身体を縛る紐を消したリアスは自らの手を差し出した。地面に倒れていたグランに向けて、彼を立ち上がらせるように。

 

 

「────私達は奴等を必ず倒してみせるわ。だから貴方にも、力を貸して欲しいの。お願いできるかしら」

 

「……………ありがとう、ございます。俺に出来ることなら、何でも致します。貴方様の心の深さと慈悲深さに、感謝します…………!」

 

 

本当に嬉しいのか、彼は涙を止めどなく溢れさせていた。穏やかな笑みを浮かべる反面、リアス達は胸の奥に強い決意を宿せる。

 

こんな優しい青年を利用した奴等を、絶対に止めなければならないと。彼の仲間を必ず助け出してみせる、と。

 

 

「あ、あの、部長………。そう言っても、俺達これからどうするんですか?グランを脅した奴等のことも、まだ分かりませんし…………」

 

「────安心して。手はあるわ」

 

 

怪訝そうな一誠達の視線を受け、リアスは堂々と腕を組みながら答えた。

 

 

「明日、駒王町で三大勢力の共同会議があるの。黒月練とラインハルト、彼等も訪れるらしいから、そこで彼等の話を聞いてみるのも悪くはないと思うわ」

 

 

そうした彼女の顔には、一抹の不安が過っているようだった。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、真っ昼間。

一つの町は警察部隊によって閉鎖されていた。表向きには何らかの事故として対応されているが、実際は事の次第に気付いたアザゼルが日本政府に連絡し、一部の者しか立ち入りできないようにしているのだ。

 

 

その一部とは、堕天使勢力の者───今現在、崩壊した町を捜索する黒月練達であった。

 

 

魔法で浮遊していたアイリスは、辺り一帯を捜索する。だが、生存者は見られない。それどころか遺体すら見えない。人だけが忽然と消えた────神隠しならば、どれだけ良かっただろう。

 

そうでないことが、周囲に広がる血溜まりが物語っている。踏み潰されたか、叩きつけられたか、生きたまま食い漁られたのかもしれない。凄惨な光景を思い浮かべた彼女の顔が一気に蒼白になった。

 

 

「────アイリス」

 

 

同じように空を飛んでいたバラキエルと合流する。いつもより険しい顔の堕天使に、アイリスは悲痛そうな顔で報告する。

 

 

「駄目です、バラキエルさん…………生存者は誰もいません」

 

「…………そうか。分かってはいたが、あまりにも規模が大きすぎる。それに、この暴れ方はまるで─────龍、のようだ」

 

 

周囲の破壊は、普通の悪魔でも為せない規模のものだ。建物は倒壊し、地面は大きくひび割れ、周囲は血の海と化している。巨大な化物が暴れながら、人間を殺して回ったとしか思えない。

 

問題は、何故遺体が一つもなくなっているのか。その疑問にバラキエル達は答えることも出来なかった。

 

 

 

「─────ヒデーな、大将。こりゃ大惨事、どころじゃねぇぜ」

 

 

いつもは活力溢れているゼリッシュですら、この景色に気圧されていた。顔色を若干悪くしながらも、複雑そうな彼女は前を歩いていた練に声をかける。

 

返事が来ないことで、ゼリッシュは怪訝な顔を浮かべた。

 

 

「…………大将?」

 

血溜まりの前で立ち尽くしていた練に駆け寄ったゼリッシュだが、『それ』に気付いて足を止める。『それ』が見覚えのあるものだと理解した彼女の前で、練はゆっくりと膝をついた。

 

血の池に浮かぶ────ブレスレットを持ち上げる。真っ赤に濡れたそれを掌に乗せた練は震えた声で呟いた。

 

 

「────何でだ」

 

 

彼は、ふと思い出す。

これの持ち主であった少女との記憶を。いつも手放さず大事に持ち歩いていたそのブレスレットのことを。

 

 

『───これですか?妹の作ってくれたものです。自分の貯金で買ったもので一から作ったみたいで…………捨てるに捨てれないんで、使ってます。はい』

 

 

ぶっきらぼうに言いながらも、彼女はそれでも大切そうにしていた。はぐれ悪魔にされていた時も、彼女が心折れずにいたのはそのブレスレットの存在があったからか。

 

 

『貴方に恩はありますけど、私は役に立ちませんよ。どうせ戦いになっても逃げるでしょうし』

 

 

彼女は、そういう性格だった。

無駄を嫌い、余計な真似をしないタイプの無気力な少女だ。練の力になりたいというアイリス達とは違い、彼女だけは戦いに興味はないと言っていた。

 

練もそれを知っていたからこそ、彼女を家族の元へと送り届けたのだ。もう二度と、戦いとは無縁の生活を過ごせるようにと。

 

 

「─────何でっ」

 

 

いつも彼女は、自分を臆病と卑下していた。戦いになったらすぐに逃げると。自分の命の方が大切だと言っていた。練もそれを否定する気はなかった。むしろそうすればいいとも考えていた。

 

練は周りを見渡す。血溜まり以外に存在する、凍てついた氷の柱。彼女の神器────冷気の能力によるものだった。既に溶けかけている氷が示すのは、彼女の戦意である。

 

 

「何で逃げなかったんだ────吹雪」

 

 

黒月練は、それだけで理解していた。

あの少女は、逃げなかったのだ。この町が襲撃されている間、逃げ惑う人々を守るために全力で戦い────そして、敵に殺されたのだと。

 

 

『────もし、何か頼み事でもあったら言ってくださいね。ま、気分次第で受けますけど』

 

 

白雪吹雪(しらゆきふぶき)

思い出の中でそう言って笑う彼女の姿に、練は項垂れるしかなかった。大事に握り締めたブレスレットを見下ろし、言葉にならない慟哭を響かせることしか、彼には出来なかったのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

数時間後、グリゴリの施設の廊下の椅子で練は項垂れていた。血に濡れたブレスレットを見下ろしながら、練は半時間を過ごそうとしていた。

 

 

「…………ついさっき、調査の結果が判明した」

 

 

隣に座った気配と声で、アザゼルだと理解する。何の用だと問う前に、アザゼルは気にすることなく話を続けた。

 

 

「現場の解析の結果、白雪吹雪は殺された、間違いない。血の飛び方からして、やられ方は普通じゃない。とてもじゃないが、残虐そのものだ」

 

「…………」

 

「生存者は数名だけいた。その生き残りはある少女に助けられたらしい。お陰で何とか生き延びれたと────彼女の戦いも、無駄じゃあなかったようだ」

 

 

アザゼルの報告に、練は素直に喜べなかった。胸に空いた感情がただ静かに木霊している。

 

 

「─────敵は龍のような化物に変身したらしい。影のような竜と、炎と雷の力を使う竜……………そして、人間の姿をしたヤツを含めた三人。白雪吹雪を殺したヤツは、影の竜って話だ」

 

 

歯を軋らせる音が響き渡る。練は怒りを堪えながら、仲間の少女を殺した敵のことを覚えているのだろう。理由は明白。敵討ちのために。

 

 

「アザゼル、敵の行方は分かるか」

 

「………知ってどうする、って聞くのは野暮か」

 

「奴等を見つけ出して殺す。絶対に」

 

「─────そりゃ無理だ」

 

 

アッサリと、淡白に言い切ったアザゼルを練が睨み付ける。凄まじい怒気を宿した青年の視線を受けても、アザゼルは平然と澄まし顔を浮かべていた。しかし、彼が告げる言葉だけは冷静沈着であった。

 

 

「冷静になれよ、練。お前らしくないもない。………相手は未知数だ。下手すれば神王派と同等の厄介さと強さを持ってるかもしれねぇ」

 

「───だからって納得するとでも?俺が」

 

「それこそ不可能だろ。お前はヴァーリよりも頑固だからな─────そんな訳で、面白い話を持ってきた」

 

 

そう言ってアザゼルは亜空間から取り出した書類を練に投げ渡す。咄嗟に受け取った練はその書類を読む前に、アザゼルの一言に意識を奪われる。

 

 

「三大勢力はこれから、新しい組織を結成する」

 

「…………何?」

 

「俺達と同等の権限を持ち、ある程度の自由を許されたテロ対策組織だ。リーダーはいない。三大勢力の和平の証明な訳だからな。当然、お前もアイリス達もそこに所属して貰うわけだが─────構わないだろ?」

 

「断る理由がない。受けさせて貰う」

 

 

早い話、一人だけで動くなと言う話なのだろう。アザゼルはこういうところに気を配ってくれる男だ。だからこそ、練も彼に対して強い信頼を預けている。

 

 

書類を軽く捲っていた練はあるページに目を止め、そのことについて聞いた。アザゼルは楽しそうに笑いながら、話し始める。

 

 

「組織の名前としては、其々の勢力で活躍できるエース三人から取りたいって話になった。そこで俺が良い名前を編み出した」

 

「それが、これか」

 

長い文字列の下に、一際大きく刻まれた単語を。新しい自分達の組織の名前を、練は口の中で吟味する。

 

 

 

 

「────『DxD』、か」

 

 

 

赤龍帝(Dragon)、『エクス(X)』カリバー、真天龍(Dragon)────頭を捩って、『DxD』。こじつけもいいところだと思ったが、案外悪くはなかった。

 

 

三大勢力共同テロ対策組織『DxD』。本当の意味でこの組織が結成するのは、明日の話し合いで確定することだろう。三大勢力のエース達の集まり、談義によって。

 




原作よりも一際早いDxDの結成前の話。まぁ相手が神王派と聖書新生式と、戦力過多ですし、一つの組織にならないとダメだと考えるのは普通ですし。

え?旧魔王派?…………いやぁ、それはちょっと。


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