がんばれアイバー:俺がハンターになった理由 (姉の犬)
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00_がんばれアイバー

初回拡大スペシャル1/2

昔話をしてあげる
犬が本作を書き始めた頃の話よ

犬は書き手を救いたいと思ってた
だからこのスペースを使って替え歌で檄を飛ばした

でもその後に、運営の規約から邪魔物が現れた
犬が作ろうとする作品を壊してしまう物

犬は困惑した
投稿当時は引用しなければセーフだったのにって

でも犬は、規約を遵守したかった
だから、先に替え歌を取り下げて、消すことにした

そいつは『歌詞使用のガイドライン』って呼ばれてるらしいわ
アカウントを黒く焼き尽くす、死を告げる約款


 どこまでも広がる白。

 普段起床するのと同じ感覚で目を覚ました俺を待っていたのは、人も物も無い虚無の空間だった。

 全身に感じる浮遊感は、まるで水面に体を遊ばせているよう。視線を巡らせても景色に変化はなく、遠近感も何もあったものじゃない。しかし、この状況に対して不安を感じるようなことはなく、むしろ床に就いたような穏やかな気持ちが俺の心を占めていた。

 そうして最初の内はただぼんやりと呆けていたのだが、やがて意識が覚醒してゆくにつれて事態を飲み込み始めた。

 俺は昨日成人を迎え、そして人生で初めての飲酒をしたのである。酒精(アルコール)に対する許容量を把握しておくことは重要であると考えた俺は、自身の限界を計るべく多種多様の酒を文字通り浴びるように飲んだのだ。

 初めて覚える意識の混濁と高揚に、これが酩酊というものかと実感した刹那、ぷつりと意識が途絶えたのが最後の記憶。

 

(つまり、これは夢か)

 

 とするなら、まだあわてるような状況じゃない。真に起床を果たすまで、不思議と心地良いこの空間に身を任せるとしよう。

 ――と、そう結論したときである。

 突然目の前に光が灯ったかと思うと、それは徐々に広がり人の輪郭を成した。

 対して俺は身構えもせずにそれを見る。どうせ夢だ、こういうものは楽しんだもの勝ちと相場が決まっている。

 そして奇怪な白銀の光が治まると、そこには見知らぬ爺さんが佇んでいた。

 

「はじめまして! HUNTER×HUNTERの世界へようこそ! わたしの名前は好きに呼べ。みんなからは神様だの悪魔だのと慕われておるよ」

 

 ……いきなり何を言ってるんだ、この爺さんは。

 白衣姿の彼は見るからに研究者といった風情。確かな年季を感じさせつつも、若々しい活力に溢れた笑みを浮かべている。

 その爺さんが、登場するなり大音声でこの挨拶である。

 俺、相当疲れてるんだな。

 多忙な日々を振り返ってしみじみ思う俺をよそに、爺さんの話は続く。

 

「この世界には念と呼ばれる超能力がいたるところに存在している! その念という力を人は商売道具にしたり勝負に使ったり……。そして……わたしはこの世界にきみを連れ込んで楽しもうというわけだ」

 

 なるほど、さっぱり分からん。

 フンター? ネン? 俺の夢なんだから俺の知ってる言葉を使ってくれ。

 

「では始めに、きみの名前を教えてもらおう!」

 

 セリフどころか動作にまで熱が入る爺さん。完全に置いてけぼりにされてる俺。

 混乱の極みにある俺は条件反射で「逢羽――」とまで言うが、そこで疑問が頭を過ぎった。

 フンターか何だかの世界というのは、多分アニメかなんかでありがちな異世界ってやつのことだろう。となると、言葉から察するに爺さんは異世界人ということになる。

 この場合、祖国日本の慣習どおりに苗字を先に名乗るのはどうなんだろう。ここはグローバルスタンダードに姓ではなく名を先に言ったほうがいいのではないか。いや待て、そもそも本名を教えてもいいものか。

 ――等々逡巡するも、これは失敗だった。

 

「ふむ……アイバーというんだな!」

 

 苗字の発声を間延びさせてしまったおかげで、俺に新たな名がついてしまったのである。

 やだ、かっこいい。――とは微塵も思わないぞ。やめろ、そのネタは俺に効く。中学時代の黒歴史が高まる、溢れるぅ。

 しかし爺さんの剣幕に押された俺は、それは違うよと言うタイミングを逃した。

 後悔に浸る間もないまま状況は次のステップへ移ったようで、気付けば爺さんの傍らに新たな人物が佇んでいた。

 黒髪黒目から同郷の人間かと思いきや、その顔立ちはいかにも西洋人ですというふうな彫りの深さ。そして、利発さと活発さを感じさせる雰囲気を纏った巨躯の青年である。外国人だから見立てに自信はないが、年齢は俺とそう変わらないように思える。

 

「こいつはわたしが目を付けた原住民。きみの行く末に係わるであろう重要人物である……えーと? 名前はなんていったかな?」

 

 爺さんはしばらく記憶を辿ってから、晴れやかな顔で手拍子を一つ。

 

「そうだそうだ! 思い出したぞヨセフという名前だ」

 

 そして、間髪入れずに言葉を続けた。

 

「アイバー! いよいよこれから、きみの物語の始まりだ!」

 

 ものすごい強引さである。

 そのスピード展開に、重要人物だと言っておきながら名前と容姿しか紹介されなかったヨセフ某への憐憫が溢れる思いだ。同情抜きにしてももう少し掘り下げてほしい。

 ともかく、有無を言わせぬ勢いに屈した俺は「お、おう……」というなおざりな相槌を打つしかなかった。

 

「夢と冒険と! 艱難辛苦の世界へ! レッツゴー!」

 

 なにやら不穏な言葉を耳にしつつ、俺の意識は急速に薄れていった。




Interlude
 わんわんさんじゅうなな歳 ふゆ

 書き手のエターや作品削除に限界を感じ悩みに悩みぬいた結果
 駄犬がたどり着いた結果(さき)
 感謝であった
 自分自身を楽しませてくれたみんなへの限りなく大きな恩
 自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが
 とりあえず1作、感謝の執筆!

 構想を整え、省み、練り、構えて――書く!

 一連の動作を1節分こなすのに当初は5~6分
 1話を書き終えるまでに初回は18日以上を費やしたかもしれない
 気力が尽きれば書きかけでも倒れるように寝る
 起きて奉仕してまた書くを程々に繰り返す日々

 平成が過ぎた頃、異変に気づく
 1章も消化できず先が見えない

 文字数50kを超えて完全に発狂する
 感謝の執筆時間、1分を切る!
 かわりに怠惰(サボ)る時間が増えた

 熱を失った時わんわんの心は
 作品を置き去りにした

(∪^ω^)さて……時間あけて書くかい

 不定期更新が決定した
 そこそこ昔のことである


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Season1: アイバー修行絵巻
01_狩人の惑星


初回拡大スペシャル2/2

昔話をしてあげる
犬が本作を書き始めた頃の話よ

(中略)

そいつは『歌詞使用のガイドライン』って呼ばれてるらしいわ
アカウントを黒く焼き尽くす、死を告げる約款


 俺の目覚めは最悪だった。眩しい日差しと寒気、寝そべっていた金属片の群による痛み、加えて悪臭が俺を襲ったのだ。中でも、悪臭だけは唾棄すべき要素だった。生ゴミの腐敗しきったそれと、金属の腐食やら薬品と思しき刺激臭が全部そなわって最強に見える。これには異臭という言葉ですら生温い。

 

 さて、そんな状況にいる俺がまずしたことは、現在地の確認である。

 例の夢が本当に夢で終わってくれたならそれでいい、俺は二日酔いとやらも体験せず平生の生活に戻れる。

 反対にあの夢が紛れもない事実であったなら、俺はなんとかの世界に身を置いていることになる。この場合はまずい。現代日本でぬくぬくと育った俺が、右も左も分からない環境で生き抜くことは難しい。3日でくたばる自信がある。

 

 俺が寝ていた場所は金属の山というべき所で、鉄パイプやらホイールやら多種多様なくず鉄が積み上げられた場所だった。

 辺りを眺め回した限り――生活ゴミやらその他の不燃ごみやらのそれもあるが――似たような山が見渡す限り広がっている。どう見てもゴミ捨て場です、本当に以下略。

 少し気落ちするも、どうやら夢を夢ですませるだけの希望は残っているようではあった。

 捨てられている物を見る限り、元居た世界と文明レベルは同じくらいだと知れたし、見覚えのある物ばかりだったからだ。

 ゴミに記された文字らしきものに見覚えはなかったが、それはたまたま俺の知識にないものなのだと言い聞かせた。

 

 そして地上を行こうとゴミ山を降りきったのが今しがた。

 高さもある上に足元が不安定だったのでかなり時間を食ったが仕方ない。

 上から見下ろしたときにぽつぽつと人影は捉えたので、何とか情報を得たいところだ。

 一息入れた後に小道を少し歩けば、あっさりと現地人を発見した。しかも向こうから話しかけてくるおまけつき。やったぜ。

 

「おーい! 待て! 待つんじゃあ」

 

 とたん、俺は回れ右して引き返したくなった。

 なぜってそりゃあ、こちらへ寄ってきた人物が爺さんだったからである。高齢の男性を指す言葉じゃなく、夢に出てきて神様だか悪魔だかを名乗ったあいつである。頭の中では警鐘が鳴り響いているが、出会い頭からずっと俺の体は硬直していた。なんというプレッシャーだ……。

 

「危ないとこだった! この世界では野生の念使いも飛び出す! こちらも念能力を持っていれば戦えるのだが……」

 

 と言って、わざとらしい思案顔を浮かべる爺さん。野生のネン使いとはなんなんだ。飛び出すってことは動物か何かなのか?

 

「そうじゃ! ちょっとわしについてきなさい」

 

 俺が口を開こうとしても毎度の如く声を被せてくる。なぜ夢の中の爺さんがここにいるのか、一人称が変わっているのはどうしてか、等々浮かぶ疑問の数にきりがないが、この様子では質問の1つも飛ばせやしない。

 そして俺は一言も発することができないまま連行された。

 

 ○

 

 爺さんに連れられて少し。俺はゴミ山同士の隙間にある人気のない場所に連れ込まれた。

 そこで待っていたのは――。

 

「パウッ!」

 

 奇声と共に放たれた、爺さんによる腹パンだった。

 ドズ、と深く突き刺さった拳に、俺はたまらず呻き声を漏らす。

 同時に、食べ物を嘔吐するのと同じ感覚で息が出ていく。

 

「そうそう、肺の中の空気を1cc残らず絞り出すんじゃ」

 

 人が苦しみ悶えているのに、爺さんは涼しげに頬を緩めている。殴りたい、その笑顔。

 普段の温厚さをかなぐり捨てて躍りかかってやろうと思うが、突如として俺を襲った異変がそれを止めさせた。高まるストレスに比例して俺の体からどんどん力が抜けているのだ。辺りには蒸気まで溢れてくる始末で、何が何やら分からない。というかこの湯気、俺の体から出てないか?

 

「しばらくは体力の磨耗が激しいじゃろう。が、心配はいらん。纏さえできれば、じゃがな」

 

 テン……だと……?

 

「精孔をただ開いただけでは自身のオーラを身に纏うことはできん。必ずコントロールせねばならんのだ! ではそのために……必要な心構えを話そう!」

 

 待て。熱の入りようは分かったから、そんなに捲くし立てないでくれ。何? この湯気がオーラってやつなの? テンってのはそれを纏うってこと?

 

「自分のオーラが体に留まるイメージができたらチャンス! それが血液のように全身を巡る様子をホイ! と念じればそいつを纏える!

 ただし……工夫は必要だぞ! その流れがゆっくりと止まり、体の周りで揺らいでいるところまでもっていかんとな!」

 

 言ってることが大雑把にしか分からないが、とにかくこの湯気――もといオーラとやらを制御しないといけないらしい。たしかに、このまま放っておくとマズイことになるのは直感している。ここは頑張らねばなるまい。集中、集中。

 とりあえず本能の赴くまま、自然体で瞑目しながらテンとかいう状態をイメージしていく。

 

「ここまでは問題ないようじゃな。では、時間もないので詰め込んでいくぞ。まず言っておくとここはきみが元居た世界じゃない。前に言ったとおりの異世界じゃな、淡い期待はここで捨てるがよい」

 

 知るかバカ、そんなことよりテンだ!

 異世界確定のお知らせはそれなりにショックだが、それよりも混乱と不安を押さえつつ集中することの方が先決である。とりあえず目の前の老人を黙らせようと視線を飛ばすも、本人はどこ吹く風といった様子。

 

「ざっくり話すが、元の世界できみは死んでおる。それをわしが拾い、この世界に器を用意したんじゃが……ぶっちゃけるときみは残り4年くらいで再び死ぬ」

 

 ふむ。無視を決め込もうかと思ったが、話は思いのほか重要なことみたいだ。

 聞き取りをこなす、蒸気の制御も続ける――両方やらなくっちゃあならないってのが現状のつらいところだ。

 

「昔はわしもバリバリの邪神としてならしたもの! しかし老いぼれた今、完全な形で異世界の存在であるきみを呼べなかったんじゃな。

 元来この世界にいないきみは異物そのもの。故に『修正力』という不思議パワーがそれを消すように働いてしまっているのじゃ。そして、きみがその力に屈するのが大体4年という事情でのう。めんごめんご」

 

 反省の欠片も見えない笑顔で舌を出す爺さん。が、いちいち腹を立てても仕方ない。ここはぐっと堪えて、続きを聞こうじゃないか。

 その辺を知ってか知らずか、目の前の阿呆は「そこに3つ選択肢があるじゃろう」と言って脇にある立て札を指差した。

 そこには確かに、3つの事柄が記されていた。幸いにも日本語である。

 

『1、4年くらいを謳歌して死ぬ――オススメはせん。

 2、不完全な状態を補修して死のリミットを解除する――この世界が気に入れば有りじゃ。

 3、元の世界に帰る――これは蘇生する形になる』

 

 内容は、俺のこれからの進路とそれぞれに対する爺さんのコメントといったところか。

 

「まあ、察しの通りじゃ。第4の選択をするのもよいが、お前の好きなものを選べ。決断は今でなくとも構わんがな」

 

 とは言うが、この3択なら最後の選択肢で決まりだろう。1つ目は論外だし、2つ目には魅力を感じない。やっぱり故郷がいいよ、ツイてるもの。

 

「どうやら答えは決まっているようじゃな。2つ目か3つ目を選ぶならわしの完全な力が必要じゃから、情報をやろう。『ラサマの遺跡』――そこに到ったなら、きみの余命4年ちょっとの運命は解けるじゃろう。

 ……さて、念の方も落ち着いた頃合か。見込んだだけはある。アイバー、後の生き方はきみ次第じゃ」

 

 このときの爺さんの纏う雰囲気は、これまでにない真剣さを帯びていた。

 しかしそれも一瞬のこと。ニヒルな笑みを浮かべるや、俺に背中を向けてクラウチングスタートの体勢に入る。

 これを見て「こいつ、このままどっか行くな」と直感した俺は咄嗟に口を開くことができた。

 とはいえ、この刹那に何か有効な質問が出てくるほど頭がいいわけではない。なので、

 

「待て、俺の死に様はどうだったんだ?」

 

 咄嗟に出たのがこの言葉だった。もう少しマシなことを訊きたかったが仕方ない。

 しかし死因についてはけっこう気になっている。最後に憶えているのは羽目を外しすぎた酒盛り男子シングル自由形なので、やっぱり急性アルコール中毒だろうか?

 爺さんは体勢を崩すことのないまま、厳かに語り出した。

 

「きみは飲酒をしたな。死んだのはその後じゃ。酒を飲みすぎたきみは、トイレへ駆け込んだ。そこで便器どころか床や壁にまで色々撒き散らした。そして一段落の後、憔悴しきったきみはドアを開けて出て行こうとしたわけじゃが……床に広がった吐瀉物に足をとられて転倒し、後頭部を便座に強かに打ちつけて死んじまったのじゃ」

 

 ……訊かなきゃよかった。元の世界に戻るという選択に早くも迷いが生じそうだ。

 

「ちなみに、元の世界に帰った場合の話じゃが。死んだ時点から2日後、きみを心配した友人多数が現場を目撃したところで目を覚ますことになる。それまでは気絶していたという事実に改竄されるから安心するように」

 

 訂正、選択に早くも迷いが生じた。安心できるわけねーだろ。

 わけも分からず異世界に投げ出され、へんてこ能力をエンチャントされ、見知らぬ土地で生きねばならない上に帰ったら一生ものの生き恥が待っているらしい。クソゲーである。

 

「アイバー、わしのサポートはここまでじゃ。世界中に蔓延っている厄介事がきみを待っておるぞー」

 

 心底楽しそうに捨て台詞を吐いて走り去る爺さん。

 俺はゴミ山の隙間から僅かに覗く青空を見上げ、盛大に溜息をついた。

 ――もぅマヂ無理。ふて寝しょ。




NEXT HUNT
 俺は水のしずく。天より降とされた雨露。

 この謎の世界でジリジリと陽に焼かれ、いつの日か干上がっていく。

 今は大きな傘の下で存えていても、明日はどうなるか分からない。

 先の事は爺さんにしか分からない。

 俺は水のしずく。天より降とされた雨露。

 この謎の世界で風に吹かれて、やがて地に染みていく。

 そして俺は、この世界の糧となる。

 次回『念使いの弟子』


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02_念使いの弟子

『がんばれアイバー』前回のいくつかの出来事

 ・ようこそ、狩人の世界へ……
 ・おめーの寿命ねぇから!
 ・ふて寝! 眠らずにはいられないッ!



 

 ヨルビアン大陸はサヘルタ合衆国西部―――沿岸に発達した工業地帯の中に、ハオズ市が在った。

 

 数多の企業からなる生産力は言わずもがな、その立地から南北への物流の要衝として知られた都市である。市には大小の工場がひしめき合い、その数は海を廃棄物で埋め立てる事によって今尚増加している。

 

 反面、街の工業的特色に染まりきる事なく、海から少し陸へ行けば大規模な繁華街や競技場等が並び、緑化政策によって植林された街路樹や森林公園が目を楽しませる。また、更に内陸へ少し行った自然保護区では各種魔獣や絶滅危惧種を収容するなど、環境事業に於いても隆盛を誇っていた。

 

 そのハオズ市内の繁華街を行く1人の人物が居る。

 逆立った黒髪に意志の強い瞳、山吹を下地とした紺色の胴着が鍛え抜かれた躰を包み、その所作の1つ1つから雄大な自然の力強さを想わせる。両の耳で光るイヤリングの宝石が、彼の神秘性をより一層引き立てていた。

 荘厳たる大樹や巌を思わせるこの男、我らが主人公アイバー―――ではない。彼奴だとすれば覇気やら威厳やら、諸々勝ち過ぎている。

 

「仙人様、お久しぶりです」

「ご覧下さい、助言の成果が良好で―――」

「今回は何日程逗留なさいますか」

 

 男が歩を進める度に町人からは尊敬や思慕の籠もった声が上がり、彼もまたそれに気さくに応じる。

 その人々から発せられる言葉の枕に付くのは「仙人様」なる呼称であった。

 

 事情を詳らかにしてしまえば単純な事で。話題のこの男、普段は市の奥地にある山にて晴耕雨読の日々……偶にふらと住宅街まで下山しては、数日滞在した後に住処へ戻るという生活をしているのだが、その滞在期間に市井の問題を聞いて廻り助言やら仲裁やらで解決していた。

 その泰然とした頼もしさと的確な対応から住民からの信頼厚く、また、百余の歳月を経て尚若々しいその容貌から付いた愛称が「仙人様」である。

 

 さて、今日も今日とて下界の民への奉仕を続ける仙人だが、今日は如何にもきな臭い問題が生じた様であった。と言うのも、通りの向こうから駆けてくる初老の男の只ならぬ表情と叫びがそれを容易に悟らせた訳で。

 

「カカロータ、大変だ! 役所に来た大変な変態が物騒で、その、大変なんだ!」

 

 件の仙人を名前で呼ぶ男、何の事はないこの界隈の自治体の長である。かなり取り乱しているが、話を要約すればこうだ。

 役所にやってきた人物が警備員含め大勢の人々を襲った―――息も絶え絶えやってきた彼は言うだけ言うと、その場へ頽れて気絶した。緊張の糸が切れた反動であろう。

 

「役所か。よし、任せておけ」

 

 仙人―――カカロータはそう告げて、大変な変態とやらが居る現場へ足を向かわせる。

 それだけの事であるが、その場に居合わせた人々に多大な安心感を抱かせるには充分だった。

 

 ●

 

 役所へと到着したカカロータが先ず見たのは、入口を取り巻くようにして群がる人々であった。その最前列では数人の警備員が身を張って人垣の整理に努めている。どうにも苦戦している様だが、遠くから聞こえるサイレンの音からして、程なく警察により落ち着くだろう。

 

 カカロータが現状を把握すべく歩を進めると、それに気付いた野次馬はさっと道を開ける。その様は海を割るモーセの如し。

 最前列、役所の前へと出た彼を迎えたのは、野次馬を相手に奮戦していた警備員の一人であった。カカロータも見知った、警備の責任者である。

 

「仙人様、いらして頂けましたか」

「ご苦労だな、それで事の詳細は?」

「それが、その、大変な変態が―――」

 

 青い顔を浮かべる警備員を見て、カカロータは察した。

 この男、大層な恐怖に苛まれている。

 長い人生に於いて海千山千の猛者や修羅場に相対したからこそ解る。件の人物は、余程の実力者であろう。それも、凶悪な、という部類の。

 

「落ち着け。大筋は聞いている、詳しく説明してくれ」

 

 躰を振るわせる警備員の肩を叩き促せば、ややあってから彼は事の次第を語った。

 曰く、麗らかな昼下がり、誰もが世の平和を謳歌している最中に「その男」が現れた、と。中肉中背の、目元を隠す程の黒髪以外は特徴のない青年だったという。

 

 青年は入口に佇む警備員を見るや、役所内の職業斡旋所の所在を訊ねた。警備員の方も暇を持て余していたところで、持ち場の仲間に一声掛けてから青年に案内を申し出た。

 ここまでは別に怪しい事ではない。よくある話である。

 問題は、その男が斡旋所の窓口に立った時に起こる。

 

「国民番号が無かった?」

「ええ。当初は、身分証を紛失したものと思っていました。しかし、役所の方でデータ機構の情報をあたったところ、そうではない、と」

 

 国民番号とは、生まれ出でたその時より万人に与えられる、個人情報を管理するのための番号だ。捨て子にまで付与されるそれが無いという事はつまり、社会的に存在しない事と同義であり、様々な事情があるが結論として出されるのは「その者に係わるな」という排斥の一言である。

 そして、この世界において国民番号を持たないとなればその青年は―――。

 

「―――流星街の生まれか」

「ええ。一応私も、彼にどこから来たのかと訊ねました。案の定、答えは『ゴミ山からだ』でしたよ」

「しかし、此処まで来るのは腑に落ちないな。同じ大陸内とはいえ距離がありすぎる」

「事情が、あったのでしょう。私も大分考えましたが、それらしい解答は出ました。こいつは流星街を何らかの形で飛び出して、同じような環境を求めて此処に流れ着いたのだと」

 

 これには合点がいった。

 カカロータには、警備員の言う「同じような環境」に心当たりがあったのだ。

 その場所こそ、市の海岸の外れにある廃棄物の群―――清掃工場の在る区域である。先に述べた埋め立て等の廃棄物処分を担うこの区域は、生活ゴミから産業廃棄物まで、市内どころか隣接する市のそれをも一手に引き受けている場所だ。

 

 広大な敷地には日々膨大な量のゴミが運び入れられ、同時に必要に応じた処分が為されているが、搬入量に物を言わせた廃棄物の山々は揺らぐ事なく屹立している。

 そしてその峻厳なる山脈は、法規を犯す悪党の絶好の活動拠点となった。杜撰な管理によって複雑化したゴミの迷宮は、その内に蠢く闇を表社会の目から完全に覆い隠す。殺人、窃盗、麻薬取引、人身売買、違法賭博―――凡そ陽の目と人目の憚られる卑しい行為が、当然の様に遣り取りされる無法地帯。

 

 規模では及ぶべくも無いが、それでも彼の流星街を彷彿とさせるその土地は、何時しか地元の人間が第2のそれと評する程に成長していた。否、内部を統括する組織が無く、各勢力間の抗争の絶えないこの場所は、或いはあちら以上に性質が悪いのやも知れない。

 

 このような悪意と惨禍渦巻く悪辣外道の伏魔殿に、流星街宜しくの洒落た通称など望むべくも無く。ただその有様を端的に表してこう呼ばれた。

 ―――「廃棄街」と。

 遠く離れた忌避されし街を離れたと思しき件の青年。彼が塒にするには格好の場所と言える。

 

 成程、大体の事情は察する事が出来た。しかし男は何故役所なぞに顔を出したのか。

 カカロータは一抹の疑問を抱え、警備員に話の続きを促した。

 青年の素性が素性だけに長くなるかと身構えるも、事の成り行きはそれほど複雑ではなかった。

 

 番号照会によって青年が求職者から厄介者に変わった途端、斡旋所の窓口でどのように対応するかの検討に移った。その結果、身分証がなければ職業の紹介が叶わない、と単純に返答をした訳だが。これを受けて青年は身分証の交付を求めた。

 

「国民番号が無いなら付けられるように申請させろだの、番号が無くても体を為す身分証くらいあるだろうだの、常識を欠いた言い分にも冷静に対処したんです。ええ、住む世界が違うって事を、遠回しに伝えたりもしました。そうして暫く問答してたんですが、奴さん、ついに痺れを切らしたみたいで」

「癇癪起こしてこの有様、と言う訳だな」

「ええ。私は逃げ出すので精一杯で。お恥ずかしい」

 

 話を聞く間も、現場へと歩を進めていたカカロータ。

 到着した彼を迎えたのは、窓口の受付嬢と2名のガードマン、そして十数人の無辜の市民であった。全員意識を手放して地に伏せているが、見た限り息はあるようだ。

 哀れ青年の憤怒に晒されたであろう彼らを一瞥し、部屋の中央へ視線を向ければ、そこに件の人物が佇んでいた。

 

 中肉中背、目元まで覆う黒髪は仄聞したそれ。衣服も小奇麗ではあるが特筆すべき物ではない。

 成程、平凡な男と評するのに否やはないだろう―――評者が常人であれば、であるが。

 現場に身を置く者の中で、唯一カカロータだけがその青年の異常性を理解した。

 

 青年の周囲で歪み、うねり、蠢き、もがき苦しむように揺らめくそれはオーラと呼ばれる物。青年の外見からは全く予想だにしない狂暴にして凶暴なる纏は、念の世界に身を置いて久しいカカロータをして瞠目する程の禍々しさを発している。室内に横たわる人々はこれを中てられたか。

 対する青年も、現れた2名―――殊更カカロータに対して興味深げに顔を向けた。

 

 瞬間、脇に控えた警備員が悲鳴を上げる。

 青年の目元に垂れる濡羽色の奥、其処に彼らはこの世ならざるモノの権化を見た。

 睥睨する双眸が、そのように呼ぶ事が不適であると思える程に深遠で狂気的な光を放っていた。こちらを呑み込むような、押し潰すような、周囲をさえ壊してしまいそうな、凡そ筆舌に尽くし難い感情の波―――その根源は、無慈悲にして理不尽なる終焉。即ち「死」である。

 

 僅かばかりの驚愕を覚えるカカロータの横で、警備員がその場にへたり込む。その口から、声ならぬ声で「仙人様、助けて下さい」と、それだけが搾り出された。

 

「何処の闇から這い出したのか。お前、名前は?」

 

 氷のような恐怖が支配する空間にあって、カカロータだけは平静を保っていた。彼の頑強な精神は、この状況に於いても揺らぐ事はない。

 誰何された青年は実に素っ気なく、「アイバー」とだけ答えた。

 まるで、自身の名前に愛着も頓着もない様子。否、先ほどから念を強めるカカロータを前に身構えもしない態度は、自分の命すら軽視しているような節がある。

 

「聞かない名前だな。ファミリーネームは?」

「ナイデス」

 

 2回目の問いも、にべもなく返された。

 アイバー=ナイデス。やはり聞き覚えのない名であった。彼の暗殺一家ゾルディック等、「裏」の人間は家名が広く知られている場合もある。そういった線から青年の素性を暴けるやも、という期待があったのだが。

 

 肌で感じる程の実力を持ちながら、その情報が今に至るまで広まっていない。これは相当深い世界で、それこそ這い蹲るように、他者と自己とを殺し続けて生きてきた事の証左だった。そこに死の権化たる両の眼が合わされば、それは正に生きとし生けるモノの大敵と見るに不足はない。

 しかし、これまでの受け答えで青年に交渉の余地がある事をカカロータは確信していた。紡ぐ言葉を選びながら、口を開く。

 

「職を求めて此処に来たそうだな、これは本当か」

「ああ」

「何故、そうしようと?」

「俺は一度、俺を殺した。だから、生きたかった。真っ当に」

 

 言葉足らずな科白。しかし、その懊悩を吐き出すような物言いに、カカロータは胸を打たれる思いだった。

 

 死を見せるでも宿すでもない、それ自体が形を成した青年の眼。アレは、数多の生死が交錯する極限の状況下に身を置いて尚持ち得ない代物だ。となれば先天的素質に他ならないが、決して天然自然の誕生からでは具わらない。生命に死が訪れる事こそあれ、内包する事は不可能であるが故に。

 

 矛盾を矛盾のまま条理に落とし込んだ狂気―――青年は正しく、異物であった。

 これだけ歪な存在だ、彼はこの世に生を受けたその時から修羅の道を歩んできた筈である。その生活とも呼べぬ活動の凄惨さは、余人の想像など到底及ばぬ程の。

 

 遍く生命を吸い取り、死と根源的恐怖を振り撒く青年が、如何にして光に手を伸ばしたか。その経緯は知れない。若しかすれば、一時の気まぐれである可能性もある。

 だが、それまでの自分を殺し、新たに生まれ変わろうとするその決意。吐露した言葉の端々から確かに伝わるそれに、どうして文を付けられようか。

 

「こいつは巡り会わせってやつなのかもな。いや、ともすれば懸命に足掻くお前の意志がオレを呼び込んだのか……」

 

 恐らくは殺害しか知らなかったその頭で必死に考え、漸くやって来たのが此処なのだろう。

 この青年は、泥中で沈み行く童だ。状況を危険だと判断するも、為す術無くその場で必死に手足を動かすより他ない。そうして己の業に抗う事すら慢性的な自殺にしか為り得ない。安寧を得ず孤独のまま、奈落へと沈降し墜下する。痛痒と惨痛をそのままに、常として。

 

 ならば、それを目の前にして如何するか。

 

「生きたきゃこの世でオレの名を背負って、好きなだけ生きてみろ」

 

 決まっている。

 

「オレの弟子になれ」

 

 若人を助け導くのが、老いた先達の務めであろう。

 雫が一筋青年の頬を伝うのを、カカロータは確かに見た。




次回の『がんばれアイバー』は――

 >はっきり言ってやろうか? これで俺は終わりだ。

 >ネンではない、念である。

 >「今日は予定を変更する。区切りがついたら道場に来い」

 >「どうでもいい」

 『プロジェクトB』


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03_プロジェクトB

これまでの『がんばれアイバー』

 前世での死を乗り越えた男、アイバー。
 ヲーキドなる神により異世界に跳ばされた挙句、唐突に告げられる死期。
 邂逅を果たしたのは、仙人と称される傑物カカロータ。
 運命に翻弄される彼の明日はどっちだ!


 おっす、おらアイバー=ナイデス。

 なんか苗字を訊かれたもんで、正直に「無いです」と答えた結果、望んでもいないファミリーネームが付いた。今後トモヨロシク。

 

 さて、先ず現状を整理してしまうと、ゴミ山のある市内の外れに聳えるナントカ山――そこに建つ山小屋で修行することになった。

 これについて、経緯をまとめておこう。

 爺さんにナニカサレタ俺は、その後この世界での生活を考えることになった。衣食住がなけりゃ4年待たずに死んじゃうからね。

 

 当初はゴミ山に居る人たちに飯とか水とか言うだけで恵んでくれたんだけど、何がいけなかったのか強面のオッサン達にちやほやされるようになった。

 それで、数日はゴミ山に建てられた拠点で世話になることに。その間は相手の派閥がこうだの、俺の力を貸してくれればどうだの、言葉に乗せられるまま、日替わりでやってくる怖いおじさん達と対峙する毎日。

 

 彼らはひと睨みすれば去っていくんだけど、そのうち1発2発殴らないと帰らない人が来たり、気絶させて取り巻きさんに連れ帰ってもらわないといけない場合だとかに発展。

 それが止んだ頃には何やら豪勢な部屋を宛がわれ、急激に増えた人員があれやこれやと物騒に盛り上がるのを傍観するに至る。その興奮たるや凄まじく、果ては「淫獣を相手取っていただこう」とかいうアブノーマル極まりない話題が出る程の狂乱となった。あいつら頭おかしい。

 

 それまで暢気にしていた俺であったが、ここまで来るとさすがに危機的状況を察してゴミ山を去ることにした。何も告げずに飛び出したが、人の貞操さえ秤にかけようという連中には後ろめたさなど欠片も抱かなかった。

 

 で、仕事を探すためにゴミ山を出てすぐの市街へ繰り出したんだが……これが運命の分かれ目だった。

 役場に行けばどうにかなるとたかを括った俺。警備員さんと接触したのを皮切りに良い感じのトントン拍子で事が進んだのに、ものの数分で問題が生じた。

 

 どうやらこの世界、個人情報の管理が厳格に徹底されてるっぽい。

 何と、社会保障番号やらマイナンバーやらに似た番号が世界の皆さんに交付されていて、それがないと職に就けないらしい。でもって、生まれた際に付与されるそのナントカ番号はその後取得申請等が出来ないとか。はっきり言ってやろうか? これで俺は終わりだ。

 

 しかしここで諦めたら俺はゴミ山に逆戻り。人に流されてばっかの人生で4年が過ぎるであろうことは明白である。

 なので、必死に喰らいついた。みんな俺を見て引いてたけど、このときばかりは恥も外聞もなく縋りついた。もちろん口頭で、だけど。

 そして散々言い合った挙句――俺はキレた。

 

 と言っても、そこはジョンブルを目指す俺である。手を上げることはせず、オーラを爆発させるだけに止めた。物理的な爆破じゃなくて、一気且つ瞬発的に高めることの比喩ね。

 体内からオーラを噴出させるだけなんだけど、これをやるといい感じにストレス発散になるのだ。ゴミ山にいた頃は山の頂上で独りぶっ放してた。やった後の賢者タイムを含めて、いわゆる自家発電に似て……何を言ってるんだ俺は。

 

 それで、気付いたら周囲に人が倒れているという状況になった。外が騒がしく、ガス漏れか何かが起こったのかなと考える程度で棒立ちだったけど、一目散に逃げなかったのは好判断だった。

 というのも、そこへやってきたのが現在の俺の師匠――カカロータさんだったのである。

 

 俺以外にオーラを「纏って」いる人間は2人ほど相手取ったけど、やつらはどれも申し訳程度のそれ。対して師匠の方はあまりに力強く綺麗だった。しばらく見蕩れてしまった程で、新しい、惹かれるな、とホイホイされてしまったのは仕方ないことである。

 そうして、言葉少ななやりとりの末に俺は彼の下での生活を手に入れた。

 不安で不本意な日々を過ごしていたけれど、結果良ければ全て良しだ。あのときの師匠は菩薩か何かに見えた。思わず泣くくらい嬉しかったです、マル。

 

 その後、師匠に引き取られた俺はそのままここへ連れてこられた。

 そこで取り決められたのが念の制御をするための修行である。ネンではない、念である。違いの分かる男になったのだ。

 どうにも俺の念は大分変わってるらしく、師匠からは「およそ人の出せるそれではない、大変な変態とはよく言ったもの」と褒めてるのか貶してるのか分からない太鼓判を押された。そのオーラを上手く操るために、規則正しい生活を心がけながらの修練となったわけである。

 

 早朝に小屋と周辺の掃除、昼と夕方には畑仕事に加えて牛さんと鶏さんの世話をする。各作業と食事睡眠を除いた時間はずっと修行。実に充実した毎日だ。

 で、今は小屋の前を掃き掃除している最中である。

 

「俺の箒が軋んで呻る、ゴミを散らせと轟き叫ぶ!」

 

 余談だが、この掃き掃除というのは俺の地味な特技の1つだ。前の世界でも竹箒担いで汚物を消毒もといキレイキレイしてた。町内清掃において勇名を馳せた掃き屋の逢羽とは俺のことよ!

 竹箒を振り回して感触を確かめ、穂先を始め各所に不備がないか確認。一端の職人気取りで格好つけてると――。

 

「やってるな、アイバー」

 

 やってきた師匠を確認するや、掃き掃除から一転してコンマ1秒で跪く俺。この機敏な動きは修行初日で身につけた。こっちの世界に来てから身体能力や成長速度が人外レベルなのは気のせいではない。

 

「今日は予定を変更する。区切りがついたら道場に来い」

 

 端的に告げる師匠に、俺も首を振って答える。3ヶ月も共に過ごせば勝手も分かってくるもので、このやりとりで師匠の考えも察せられる。

 つまりアレだ。日ごろ頑張る俺に、何かご褒美をくれるに違いない。

 

 ○

 

 掃除を切り上げた俺は、山小屋に併設された道場にやってきた。この道場、日本のそれに酷似しており中々落ち着く。普段の修行でも利用しており、掃除するときも含めて心身ともに引き締まる思いである。

 

 さて、本題である師匠の要件だ。

 その顔をいつもより若干引き締めた師匠を見て、俺は「あ、これはご褒美じゃねーな」と瞬時に悟ったのだが、おくびにも出さずに向かい合った。

 

 胡坐をかく師匠に対して足を投げ出して座り込むのは無礼かとも思うが、俺の意思に反して体がそう促すのだから仕方ない。無礼な物言いも同様だ。

 この世界に来てから感情表現や発言に若干の修正が入るのはどうにかならんものか。――などと憂う俺の前では、毎度のことだけど師匠が少し浮いてる。ダルツムかよ。

 

「アイバー。お前がここに来て少し経つが、そろそろ自分の念系統を知る時だと考えている」

 

 いつも通りスパッと告げられる言葉。俺はどんな仕打ちを受けるのかと内心ビクついていたため、胸を撫で下ろす。

 ああ、系統ね。あの発によるオーラ性質のアレね。知ってる知ってる。仕置きじゃないならなんでもいいや。

 安堵と共に出た「どうでもいい」という俺の相槌に師匠は「もう少し喜ぶかと思ったが――」と漏らしてから続けた。

 

「今までの修練で、お前はきちんと念能力に纏わる技術や知識を修めた。絶に関しては奇妙この上ないが、それは置いておけよ。基礎体力も及第点、精神修養を怠っていないのも見りゃあ分かる。

 つまり、その変態オーラを十分に使いこなすための土壌は養えたわけだ。お前の考えは知らんが、とっくに発に取りかかって良い状態なんだよ」

 

 ほほう、それでそれで?

 俺の視線を受け、師匠は後ろ手に隠していた物を前へ出した。

 何の変哲もない普通のグラスである。そこに水が並々と入っており、水面に焼き海苔が1枚浮かんでいた。昨日のおかずじゃないか。

 

「念の系統については座学で教えたな。強化・変化・具現化・特質・操作・放出――と6つの系統があり、六性図に基づいて修得率が配分されるわけだ。そして、その系統を見極めるための方法に水見式を用いる。こいつは他流派のやり方なんだが、一般に知られている最も簡単な方法だ」

 

 系統の判別方法については、これまでの勉強では習わなかったことだ。

 淀みなく続く師匠の講釈によれば、このグラスに手を近づけ練を行うことで自身がどの系統に属しているのかが分かるらしい。ちなみにこの水見式なる方法、系統判別と同時に発それ自体の修行にもなるそうだ。

 これまで水見式に臨まなかったのは、発を除く自力の伸長を優先した結果のようである。その方が発の延長上にある固有能力の研鑽に役立つらしいが、難しいことは分からん。

 

 ややこしい説明に頭が熱暴走しそうだったが、ここでようやく分かりやすい事態が起こった。

 師匠の発である。

 グラスに添えられた手の先には、小さな噴水が出来あがっていた。こぼれた水が、いつの間にか設置されていた桶に溜まっていく。

 

「これが強化系の反応だ。見てのとおり、水の量が増すのがその証だな。このように、水見式での系統判別はグラスに生じる変化が物差しとなる」

 

 得意顔の師匠の手元では鯨の潮吹きなど目じゃないくらいに水が溢れ続けている。強化系すげえな。ちょっとの水があれば当座の生活には困らないじゃないか。増やせるんだもの。どころか、砂漠地帯での商いで生計が立てられるのでは?

 邪な感慨に耽っている俺をよそに、再度グラスを整える師匠。そして、増水で流れた海苔を再び水面へと戻し、ずいとこちらへ突き出した。

 

「見せてもらおうか。お前の念能力の系統とやらを」

 

 何かっこつけてんだこの人、柄でもない。――などと言おうものならお仕置き必至なので、言葉を飲みこんでグラスへ意識を向ける。

 できれば俺も強化系がいい。さっきのパフォーマンスによって水を無限に獲得できることを知った俺の頭の中では、それを利用した商売のプランが駆け巡っていた。

 

 ――結果。

 

「具現化系だな、お前は」

 

 親方、グラスから不純物が! と叫びそうになるほど大量の石灰じみたゴミカスを見て、師匠が軽く告げた。水中に山と沈殿するカスの塊は今の俺の不満そのものである。なんだよ、いくら爺さんにゴミ山へ落とされたからって、念までゴミが絡むことないだろ。

 

「強化系が良かったんだが」

 

 思わず漏れた言葉に師匠は、

 

「アイバー。お前は今まで戦いの中で生きてきた。だから戦闘に一番適した強化系に惹かれるのは分かる。だが、オレはお前が具現化系で良かったと思っている……なぜだか分かるか?」

 

などと神妙な顔で問うてきた。出会ったときから感じてたけど、この人なんか俺のことを危ない人間だと思ってない?

 そのことについて触れようにも、場の空気がそれを許さない。ついでに俺の体も許してくれない。しばらく口を開けないでいると、どう受け取ったのか師匠が再び話し始めた。

 

「具現化系は能力のバランスをとるのが難しい。特有の尖った性質を安定させて制御せねばならない緻密な系統と言える。だからこそ俺は、お前にぴったりだと思った。本能に任せて殺しに浸かってきたお前に、無軌道とは対極の指向が付くことは大きなプラスとなるだろう。一度殺したお前自身の気質、それから離れるには丁度いいんだよ。それが理由だ」

 

 師匠は口元を緩ませ、それから、と続ける。

 

「本来なら、それと分かった念能力者にはよく考えて具現化する物を決めろ、というのが相場だが……お前は、もう決まっているようだな。そして、それについてオレは賛成だ。他人がなんと言うかは知らないが、少なくともお前に適していると思うぞ」

 

 え?

 

「竹箒だろ。いや、何も言うな。オレには分かってる」

 

 は?

 

「アイバー、2週間だ。その間水見式による発の修行をし、その後にいよいよオーラの物体化を目指す」

 

 違うな、間違っているぞ!

 ――くらい勢い良く否定できれば良かった。しかしそこは俺。うん、流されたよ。

 隠してても仕方ないから言う。俺、対人関係苦手なの。爺さんに押し切られたのも、ゴミ山で強面に担がれたのも、役場で面倒事起こしたのも、全部俺の付き合い下手が招いた結果である。加えて、先に述べたとおり謎の表現規制が入って性質に拍車がかかる。

 平たく言えばコミュ障じゃな。

 

 まあ、そのあたりはともかく。

 具現化系能力を修得することに躊躇はない。コミュニケーション不足も、今は忘れよう。しかし、なぜ師匠は俺が竹箒に惹かれているなどと思ったのか、これがわからない。

 

 こうして言い訳や工夫の余地のないまま、俺の竹箒具現化への道が決まった。




NEXT HUNT
 その時、1つの星が月夜の中で瞬いて消えた。

 その時、1つの純心が終わりを告げた。

 次回『ナイトメア・ビフォア・サクセス』

 ――黒の歴史が、また1ページ。


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04_ナイトメア・ビフォア・サクセス

『がんばれアイバー』前回のいくつかの出来事

 ・流星街かと思った? 残念、パチモンでした!
 ・具現化系! そういうのもあるのか
 ・えっ!? 自分のオーラで竹箒を!?


 自分の念の系統が発覚するや否や、望まぬ物の具現化を目標に指定されてしまった悲しき青年こと俺。

 弁解することもできたのに、なし崩しで「うん」と言ってしまった俺を待っていたのは、地獄のような日々だった。

 

 2週間の発の修行の後は、ひたすらイメージ修行の毎日。

 最初は実際の竹箒を一日中いじくった。とにかく四六時中である。目をつぶって触感を確認したり、何百枚何千枚と竹箒をスケッチしたり、ずっと眺めたり舐めてみたり、音を立てたりにおいを嗅いだりもした。

 ちなみに、修行を始めるときの師匠とのやりとりがこれ。

 

「竹箒に関わること以外は何もするな。掃除も何もかもだ」

「ウシ美やコケ子の世話はどうする。俺がやらなきゃ誰が――」

「オレがやる。お前は世界一の竹箒になれ」

 

 世界一の基準とは何なのか。箒その物になれとは一体。それに家畜との触れ合いまで禁ずるのはどうなのか。その他様々な疑問と不満を抱えながらも俺は修行を続けた。(余談だが、師匠は世界一のアメ玉になったことがあるらしい。まるで意味が分からんぞ)

 

 そうしてしばらくすると毎晩竹箒の夢を見るようになって、その時点で実際の竹箒を取り上げられた。すると、今度は幻覚で竹箒が見えてくる。さらに日が経つと幻覚の竹箒がリアルに感じられてきた。重量も柔軟性も穂の擦れる音も聞こえてくる。

 その時点になって師匠から、そろそろ具現化できるかもな、という言葉が。

 精神的に参っていた俺も、この報にはようやくか、と歓喜したものである。

 

 しかし、俺はここから進展しなかった。

 師匠曰く、並の能力者ならとっくに具現化できている段階らしいのだ。だというのに、現実味を帯びては霧の中へと消えていく竹箒。感覚の上ではそこに確かにあるのに、物質化していない。具現化を試みる度に味わう挫折に、オデの心はボドボドだった。

 この頃の俺を突き動かすのはもはや、いつかこの箒で爺さんをしばくのだという使命感と、この修行を延々と繰り返すだけで人生を終えてしまうのではないかという恐怖への反抗心だけであった。

 

 そうして一向に成功しない具現化に、どうして、なぜ、と頭を悩めているうちに事件は起こった。あの忌々しい事件が――。

 

 ●

 

 弟子の修行を監督し、カカロータは確かな感触を得ていた。

 今回の弟子に関しては第一印象から類稀なる天稟が備わっているだろう事を感じていたが、実際指導するや忽ちにその才気を見せつけられた。長年培った洞察力を以ってして測り切れぬ伸び代、回り道を必要とせず常に最適へ向かう直感、それに付随する身体能力と学習速度。

 天才と形容するに申し分ない逸材を目の前にして、見立てよりも早く巣立ちの時が来るだろうというのがカカロータの見解であった。

 

 だが、オーラを物質化する段階に当たり修行は難航する。豈図らんや、竹箒顕現の最終段階をも満足した者がその達成を見られぬとは。

 

 アイバーの修練は凄まじかった。想像力と集中力を磨きに磨き、精度と密度を詰めに詰めているのは間違いない。何らかの脅迫観念に駆られているかのような、鬼気迫る態度がそれを物語っている。

 しかしその努力を以ってしても、具現化には至らない。

 日々痛苦を顕にする弟子を見て、師の心もまた痛んだ。

 

 現実は非情であり、故に平等で、斯様に残酷だ。更生に励む若人の淡い希望を、気紛れに容赦なく摘んで行く。或いは、これは暗闇の最奥で生きてきたアイバーに対する当然の報いなのかもしれない。

 だがそれでも、何とかしてやりたいというのが師としての親心だった。

 

 此処を訪れてから日課の1つとして命じた掃除。そこで手にした竹箒は、青年にとって初めての「真っ当な道具」であっただろう。来る日も来る日も、飽きもせず生活域を掃き清めるその姿。殺害以外の用途で物を振るう事を心底楽しんでいるような―――そんな弟子の様子を見るのが好きだった。

 

 そして彼が自身の系統を知った時、迷わずそれを思い浮かべたであろう事はこれまでの触れ合いから容易に知れるというもの。今、竹箒の具現化を諦めてしまえば、彼は日常の用具ではなく殺傷を目的とした武具を顕現させてしまうだろう。そうなれば、再び血に塗れた世の深淵へと堕ちてしまう。手は早く打たねばなるまい。

 

「何か、切欠が必要なのかもしれないな」

 

 長年の経験と勘が、そう告げていた。

 

 ○

 

 修行が滞ってからどれ程だったか。あれはそう、雲1つない澄み切った空に煌々と光る月が映える――そんな名月の夜。

 

 その日俺は、山小屋から草むら1つ挟んだ天然温泉にて月見を楽しんでいた。

 そこかしこで湯浴みを共にしているのはお猿さんたちだ。彼らとの死闘も今は昔、自然界における上下関係のもとで良好な友好関係を築いている。動物は言葉を介さない分、情念と行動でこちらとコミュニケーションを図るので非常にやりやすい。しかしどうにも俺を過大評価しているようで、かしずくような態度で接してくるのは少々居心地が悪かった。

 

 と、ここでサル太彦が来客の報せを告げた。(コッペパンのように大きな鼻が特徴の彼は一際知能が高く、何かと重宝している)

 彼が指さす方を見れば、師匠がこちらへ歩いて来るのが見えた。温泉に来たからには当然全裸だが、その手にはタオルの他にもう1つ、場にそぐわない物が握られていた。

 竹箒である。下ネタではない。俺の悩みの種、具現化目標のそれである。

 温泉の直前まで来た師匠の挨拶に会釈で返すと、彼はいつになくしみじみとした面持ちで俺の隣へ腰を下ろした。

 

「お前はすげえよ。よく頑張った。たった1人で……」

 

 ――何やら師匠の様子がおかしい。一体どうしたんだ。

 このただならぬ雰囲気に俺は内心で狼狽するしかない。お猿さんたちも何かを察したのだろう、サル太彦を先頭にそそくさと温泉から離れていく。薄情者どもめ。

 

 この唐突な激励が、具現化の修行に対してのことだというのは分かる。それにしてもなぜ今、わざわざ出向いてまで言うのか。

 俺の疑問を余所に、師匠は言い聞かせるように話し出した。

 

「これまでの修行を振り返って分かったことがある。お前は、この世界からどこかズレているんだ。平時は巧妙に調和しているように見えるが、戦闘等の非常時にはそれが綻ぶ。その証拠が、異常な時間感覚だ」

 

 異常な……ああ、組手をしたときに話したあれか。

 

「恐らく、集中したときのお前の体感時間は他者の感じるそれよりも長い。相手に数秒の思考ができる時間があるとして、お前はその中で数十秒の思考が可能だろう。

 場所によっては心滴拳聴とも呼ばれる境地で――お前の場合は相手の意こそ汲めないが――対峙する両者がその域に至ることはままある。だが、時間の圧縮という一点だけとはいえ、恒常的且つ一方的にそれを為すのは有り得ないことだ。これは才能の一言で片付く問題じゃない。正真正銘のバグだよ」

 

 師匠はおどけるようにして一息入れ、更に続けた。

 

「そしてもう1つ、お前の異常性を示すのに一番の要素がある。それは大行の一、絶を完全には会得できないという事実だ。

 これは以前にも言ったが、オーラの動きや精孔の具合からして絶そのものの肉体・精神操作には成功している。ただ、結果として少量のオーラが表層に留まってしまうというのが正確か。それも、極めて歪んだ形でな。これは穿って見れば、自身の気配を消しきれない――と言うより、消しているのに存在の主張を隠匿できないということだ」

 

 そして、弁論は結びを迎える。

 

「意識した時間は通常のそれより圧縮されたもので、消した気配は霧消せずに残る。この二点から見えるのはお前の認識がこの世の理と一致していないという事実であり、ズレていると言ったのはそういうことだ」

 

 いかん、全然話が見えない。

 俺がこの世ならざる者だと見抜いた師匠の慧眼には感服するばかりだが、しかしそれだけだ。お前化け物だろ、と糾弾するならとっくの昔にできたはず。

 なら、師匠のいうズレとやらを前提とする問題があるということだろうか。まさかこれで昨夜に甘味を摘み食いしたのがバレるわけでもなし……うん、さっぱり分からない。

 ここは素直に白旗を揚げるとしよう。

 

「で、その話が何に繋がるんだ?」

「つまり具現化が成功しない原因が、このズレにあるってことだ。物質の形成イメージが完全ではないために具現化の妨げになっているんだよ。オーラの物体化は即ち、自身の精神力を物質へ変換するということ。だがお前のズレた体は、この世界に自分のオーラをどう作用させれば良いのかが分からない。その不完全な部分がお前の深層心理――無意識下にあるために、これまでの修行では補えていなかったわけだ」

 

 師匠すげえ。かつてない長口上を聞いたときは正直いけ好かない説教かと思ったが、俺の行き詰まりについて考えてくれていたのか。さすがは年の功、外見に見合わずしっかり歳はくっている。

 さらに、我が敬愛すべき師匠は問題点を洗い出しただけでなく、その解決策まで導いていたのである。

 

「故にこの竹箒という存在をお前が一番強く認識し受け入れたとき、きっと具現化は成る。ズレそのものを修正することはできないだろうがな。そしてオレはそのための方法を模索し、結論を出した」

 

 月光を背後にそう言いきる師匠の神々しさたるや、筆舌に尽くし難い。

 このとき俺の脳内では、大勢のプチアイバーが輪を成してカカロータ像を祭り上げていた。

 が、それも束の間。感謝の念を伝えるべく師匠の目を見た俺は、当初から抱いていたあの違和感の正体に気付くことになった。

 

 ここへ来てからこっち、哀愁と共に放たれていた雰囲気。それは正しく「決意」であった。それを裏付けるかのように、師匠の黒曜石を思わせる瞳からは力強い意志が放たれている。

 ――そう、師匠は何か並々ならぬ決意を秘めてここを訪れたのだ。今までの口上その全てが、その決意を実行に移すための布石にすぎないに違いあるまい。

 その考えを確信させるように、師匠がついに本題に切り込んできた。

 

「やっぱどう考えてもこれしか、お前が具現化できる道は思い浮かばなかった」

 

 師匠はやおら立ち上がると、俺にも起立を促した。

 説明されずとも分かる。師匠は、今ここで俺の問題解決のための一手を打とうというのだ。わざわざ温泉まで出向いて話題を切り出したのもつまりは、サル太彦たちとの触れ合いで心身ともに余裕のできた状態の方が具現化成功の確率が上がると踏んでのことだろう。

 ここまできて、そしてここまで思われて、提案を断ろうなどと言えるやつはいまい。

 ――この人の薫陶を受けて、本当に良かった。

 

 感極まった俺が腰を上げ二人が並び立ったのも一瞬。

 師匠の姿が掻き消えたかと思うと、背後に気配が。

 それを何とか首だけで追った俺が目にしたのは、ビリヤードの突棒(キュー)よろしく竹箒の柄をこちらへ向けて構える師匠であった。

 

「わりいアイバー、これしかなかったんだ……」

 

 なんだその悪気のワの字もない朗らかな顔は。あんたも爺さんと同じ類の人間だったのか。

 これから起こる惨劇を直感と本能で悟った俺は全力で回避体勢に入るが、時すでに時間切れ。

 師匠は(ご丁寧に周まで施した)竹箒を俺の不浄の孔めがけて――。

 

「アッー!」

 

 バイバイ貞操……。

 某月某日、俺は大切なものと引き換えに具現化を成功させた。




次回の『がんばれアイバー』は――

 >箒が具現化した。それだけは確かだ。

 >俺にはもうこの山での生活しか考えられない。

 >お前ら人間じゃねえ!

 >放心せずにはいられないな。

 『アイバーズ:失われた安息地(アーク)


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05_アイバーズ:失われた安息地(アーク)

これまでの『がんばれアイバー』

 修行が難航し日々懊悩する男、アイバー=ナイデス。
 見かねたカカロータは考察を深め、具現化成功の秘策を見出した。
 男伊達な潔さでこれを受け入れたアイバーは、遂に竹箒を手にする。
 大きな目標を達成した彼を待つ運命やいかに!



 箒が具現化した。それだけは確かだ。

 想像力と集中力、2つの要素に俺の体内の何か――執念によって脳から分泌された脳内麻薬か、あるいはケツに突き立つ竹箒によってもたらされた絶望感、そしてその衝撃から形造られてしまった化学物質か、あるいはそれら全てが俺の内部で出会ってしまい、化学反応を起こしスパーク……。具現化の達成に至った。

 

 この喜ばしい事実に、師匠は普段の慎ましいそれとは違う豪勢な料理で祝福してくれた。

 俺も素直に喜びたかったのだが、そうもいかなかった。成功の代償として失ったアレに纏わる事情も一因だが、それとは別のことで頭を悩ませることになったからだ。

 それは、具現化に伴うとある問題である。

 

 その問題とは――俺の竹箒が尻から出るということだ。

 しかし、肛門から大便よろしく出てくるわけではない。実際には、臀部の先――より正確にいうと不浄の孔の延長上――のあたりから、穂先を先頭にして柄までがニュッと出現する。どうやら、オーラ全体が一斉に物質化することなく、先っちょから順に竹箒を構成していくのでこうなっているようだ。しかし、この厳密な解説なしで具現化するところだけを見ると「尻から出る」という表現をするほかのない絵面である。社会的に致命的な欠陥だと思う。

 

 こんな有様なので師匠にも言えず、披露するときは直接見せないようにしている。バレてるだろうが、こっちにも人並みの体面があるからね。

 

 そして一番面倒なのが戦闘時の具現化だ。

 具現化成功からは当初の修行と念の発展技術の精進に戻ったので、当然師匠とは組手をする。そこに竹箒の使用も盛り込まれたのだが――徒手格闘から得物を手にする場面で、件の問題が非常に厄介だった。

 最悪、師匠相手なら尻から出るところを見られてもまあ半分の羞恥で済む。だがしかし、野生の念使いと戦闘になって誰とも知れぬ輩に見られたら悶絶ものである。何かで有り金全部溶かしたような顔を晒して卒倒すると思う。

 

 このような事情から、試行錯誤の末に「四つん這い手前で両腕を遊ばせた姿勢から、上体だけ大きく仰け反らせて敵を見据える」といった奇妙な構えを体得した。これなら上半身が目隠しとなって具現化を視認され難くなるのである。基本正面に限るが、体を捻ったり軸をずらしたりすれば結構な角度を補える。

 これを見た師匠からは「それで良い。つーかそれしかねえだろ」というお言葉を頂いた。褒めてるのか貶してるのか分からねえ。

 

 とはいえ、人前での具現化は極力避けたいところ。よって俺は、具現化させた竹箒を常に携帯するということで落ち着いた。組手もそれを前提とした内容に変わっている。

 

 ――さて、なぜ俺がここまで長々と回顧しているかというと……現実逃避である。

 

「どうしたアイバー、動きが鈍ってきたぞ」

 

 師匠の手からポーヒーと放たれた念弾が数拍前まで俺がいた地点に着弾、爆ぜて土を抉る。

 気を緩めず2回3回とステップを刻めば、案の定追撃の念弾が通過していく。こう言うと俺が素晴らしい反応をしている風に思えるが、実際は見えてるんじゃなくて直感と射線予測の結果である。かっこつけずに言うと、視て感じたままテキトーに動いてる。……圧縮された時間感覚はどうしたって? 不可避の速攻相手に通用すると思うのかよ。念弾見てから回避余裕でした、の境地には程遠い。

 

 野球ボール大の念弾は次々と飛来し、地面に小規模なクレーターを残す。その度に俺の精神はがりがりと削られる。この弾、速いだけでなく俺の堅を剥がしてなお余る力を持っているのだ。

 

 そうしてしばらく回避を続けていたが、防戦一方ではいつか捕まってしまうので攻勢に転じる。1発毎に少しの間を空ける単発式のそれから、間断のない連発式の念弾に切り替わるのも大体このタイミングだ。

 勝手知ったる師匠の念、俺は竹箒を軸に身をくねらせてかわし、また箒自体で念弾を受け流し、彼我の距離を詰める。

 対して師匠は不動である。これは油断しているわけじゃない。その証拠に、

 

「いい踏み込みだ、積極的だな。だが無意味だ」

 

 集中させたオーラで脚力を高めた接近――それと同時に繰り出した横薙ぎが見事にいなされる。こっちの経験則では、単純に受け止めるかより強い迎撃をするものと読んでいたため、意表を突かれた形だ。この少しの動揺が災いして吶喊の勢いを殺せなかった俺は脇腹へ一撃もらう。どこぞの爺さんの腹パンより余程効く拳だ。

 ちなみに師匠の領分は念弾による射撃よりも接近戦(こっち)である。

 それを知らなかった過去の俺は組手終了の油断を突いて不意打ちをかましたが、したり顔の師匠に「これは余裕というもんだ」という言葉と共に貫手をお見舞いされた。

 

 今の一撃もやはり相応に重いが、これでも()()()()()力を押さえているらしい。「最初に言っておく」と念押しされるくらい意識的に。

 この山自体が化物の巣窟(すくつ)だが、師匠は桁違いという言葉が生温いほど強い。というか底が知れないからエグい。ハオズの外にいる念使いが皆このレベルだとしたら俺は立ち合った途端に瞬殺されてしまう。お外怖い。

 

 などと言っている間にも、師匠の連撃は続く。

 四肢を満遍なく使用した型の読めない当て身の数々に対応していくが、こうなってしまうともう反撃の余地がない。

 最初は一撃の後の「引き」を狙おうとしたが、繰り出した一撃が既に次の攻撃の予備動作になっているためにその機会がこない。

 加えて、狼の躍動感をイメージして攻撃の回転率を上げるのだというこの技は、正に打撃の嵐だ。ぶっちゃけハメである。これで負けても俺のシマじゃノーカンだから。

 

 大体、俺の得意な戦闘スタイルは一足一刀の間合いを主として戦うものだ。竹箒を利用して状況を崩し、体術で仕留める。

 仕留めるまでは得物捌きが物をいうから、師匠との距離を詰めすぎたらダメ、開きすぎてもダメなのである。今回は前者に該当してボコボコにされて終わりだ。

 ――とでも言うと思ったかい? この状態、想定の範囲内なんだよう!

 

 自分のターンが回ってこず、反撃も望めない。この長いこと悩まされた詰みゲーに、俺は今、1枚のカードを切ることができる。

 

 反撃の機会を待つのではなく――作る!

 

 決断とともに特有の姿勢を解除して、スウェーバックした体勢を演出。ただし、防御の一環で生じたミスに見えるよう、細心の注意を払いながら自然にだ。続けて、箒を保持した右腕を後方へ逸らし、体をそれに任せる。

 これで俺の半身が開く形となり、決定的な隙が生まれる。

 

 ――ここだ。ここが勝負所なのだ。この一瞬に生まれた穴を、目聡く容赦ない師匠が突かないはずがない。そして、守りが崩れたときに放り込まれる初撃は真っ直ぐ行った右ストレートであることはこれまでの組手から分かっている。

 となれば、やることは1つ。

 

 師匠の攻撃が直撃した瞬間、全力の前蹴りを叩き込むだけだ。

 簡単に言えば、捨て身のカウンターである。

 今まではオーラ総量が足りずに実行できずにいたが、それも今日まで。十分に研鑽を積んだ現在であれば、師匠に一撃を入れるための理想的な攻防力配分が可能だ。

 肉を切らせて骨を断つ。気分は某ホモゾンビの無限殴打に対する海人(うみんちゅ)である。

 精緻にして大胆! これが、おれのかんがえたさいきょうのさくせんだッ!

 

 ――いきなり喰らえ! 竹箒ック!

 

 ガッシ! ボカッ! 俺は倒れた。スイーツ(笑)

 

 ○

 

 完璧なはずの作戦が空振りして深刻なダメージを負った俺だが、そこはもう慣れたもの。イヤマ豆とかいう回復チートアイテムを食べて全快し、今は道場で組手後の反省会を済ませている。師匠の力ってすげー。

 ちなみに最後の一撃の評価は「切ない。竹箒じゃなくトンファーを握られていたら危なかったかな」である。キックを放ったのに、トンファーを使われていたらとは?

 とりあえずその流れで反省点を確認したり助言を頂いたりしてるわけなんだけど――。

 

「流――即ち攻防力移動は戦いの要にして奥義。アイバー、お前にはその才能がある。的確精緻な速度と配分は言うに及ばず、達人の経験を超える域にある運用の直感的センスも良い。接近戦に問題はないよ、お前は。もちろん搦め手や純粋な格上相手は要注意だが」

 

 べた褒めである。これまでの修行で、ハードルを越える度にダメ出ししてきた師匠がである。

 しかし、それを手放しで喜べるほど俺は楽観的ではない。これは何かしら裏があると考えるのが道理だろう。実際、今まで師匠が普段と異なる雰囲気を醸したときは、俺氏爆死の悲報が95割を占めている。思い出せ、あの名月の夜を……ウッ! やめとこう。

 そんな俺の疑念をよそに、師匠は感慨深げに、

 

「お前を連れてきて1年になろうとしているが、もうオレが教えることはない。過去のしがらみへ抗する武力、未来の幸福へ至る精神、その他全てを伝えたつもりだ。残りの色々は、この先お前自身が学び取っていくんだ。苦しいとき、不満なとき、腹の立つとき、謂れのない悪評が纏わり付くときもあるだろう。これを乗り越えていくのが漢の修練だ」

 

などとのたまった。つまり免許皆伝ってやつか。

 これはますます怪しい……つか、ちょっと待て。

 浮かれ半分疑い半分の気持ちだったが、さっきから漂うこの空気。まさか。

 

「下山して、お前が言った『真っ当に生きる』ってのを実践してみろ」

 

 やっぱりかぁぁぁぁぁ! 下りたくないでござる、絶対に下りたくないでござる!

 たしかに俺は師匠と初めて会ったときに言ったよ、真っ当に生きたいとな。

 前世の自分を興味本位の飲酒実験で殺してしまった上、意味不明の疑惑と不安が付きまとうわけの分からんゴミ山での生活――そんな経験をすれば、一市民として平和に暮らしたいと考えるのは当然だ。

 

 だが、それはもう過去の話。修行を続ける中で俺はふと気付いた。「山の圧倒的な充実感に俺は心を奪われた。この気持ち、まさしく愛だ!」と。

 俺にはもうこの山での生活しか考えられない。

 修行によって得られる克己の喜びと労働の楽しさ――希望と生き甲斐で満ちた素晴らしい日々を手に入れたのに、またあんなゴミ山を筆頭としたトラブル塗れの世界へ戻るだなんて冗談じゃない!

 

 ――この突然の卒業通告に、俺の脳内政権はエマージェンシーを発令。如何にしてこの事態を打開するか、その対策会議が海馬底部に設置された議事堂内にて立ち上がった。

 評議会を構成する7人のシニア・プチアイバーが円卓を囲み、手元の資料に目を落としながら議論に臨む。

 

「それではこれより、師匠に対する有効な言い訳に対しての議論を始める。意見は?」

 

 議会の長アイバーXの問いに、すかさず声が上がる。

 

「修行の延長希望」

「――NON. 効果が未知数すぎる。奴が修行をいつまでも継続させるとも限らない」

 

 発案から間髪入れずの否定。それでは、と次なる意見が出される。

 

「目標変更、実戦形式での師匠打倒まで居座る」

「――NON. 山1つを軽く削り取るビーム念弾や超強化念弾群がある。弾雨の嵐に俺の生命が耐え切れるとは思えん」

「正直な告白。これまでの経緯説明からの土下座」

「――NON. 謎の言動規制が作用して告白はおろか事情の示唆すらもできん。実際、何度か試みて失敗している」

「山のお猿さんを大量に利用して隠遁生活」

「――NON. ほかはごまかせても師匠の目がある」

 

 全滅だった。元々すずむし並みの脳みそしかない俺である。そのスタッフの実力もたかが知れている。

 そうした中で、決定的な一石を投じたのはやはり議長だった。

 

「結論は――修行期間も生命危機も言動規制をも物ともせず、山小屋での恒久的で満ち足りた暮らしを実現できる。そんな言い訳(ルール)だ」

 

 束の間の静寂。

 石化した6人のプチアイバーは理性でもって復活を果たし、各々が絶望と共に有らん限りの大音声で叫んだ。

 

「浮かぶわけがないッ! Xッ!」

「そんなのすぐに浮かぶわけがないッ!」

「こんな状況で何なんだッ! 浮かぶわけがないッ!」

「さあXッ! 3回も言ったぞッ! やづやでさえ2回なのに3回も!」

「さっさとその言い訳(ルール)を考えてくれッ! あんたはアイバー(俺たち)の窮地を昔から救ってきたんだろう!? それをたった今! 打開策を出せと言われてもいきなり浮かぶわけがないッ!」

「さあまた言ったぞッ! 議会の長なら模範解答を見せてくれなきゃ何も始まらないだろう!」

 

 ここへきて自暴自棄で捲くし立てる議員の姿を見て、アイバーXは机を強かに叩き、そして告げた。

 

「終わり、閉会、以上、解散。一同、覚悟を決めて仕事に戻るように」

 

 宣言の後、議場には異口同音の「畜生め!」という言葉が響いた――。

 

(おっぱいプルンプ――はっ! 俺は一体……)

 

 衝撃のお報せからどれくらい経ったか、若干のトリップをしていた俺は意識を持ち直した。

 師匠への言い訳について何か考えていたような気がするんだが、なんだろう、追求してもいい答えがでないだろうという直感がある。お手上げ侍である。

 

 ふと道場の入口から視線を感じて、振り向けばそこには馴染の友人たちの姿が。ウシ美、コケ子、サル太彦! 別れとうない! みんなもそうだろ、あれだけ俺に懐いて――。

 ぷいとそっぽを向く3匹。

 お前ら人間じゃねえ! いや、動物だから当たり前だけどそういう意味じゃなく。

 

「時は来た、それだけだ」

 

 師匠、それは戦いに赴くときの言葉では。

 真っ白に燃え尽きた俺には長野さんのように失笑するだけの気力もなく。

 そのまま師匠に首根っこを掴まれ、光る雲を突き抜けてフライアウェイした。そういえば飛べるんでしたね。師匠マジ師匠。

 

 ○

 

 数十分後、俺はハオズ市の閑静な住宅街に落とされた。

 「達者でな」と飛び立った師匠を見送り、一人ごちる。

 

「ここまで乱暴な移動は初めてでね、正直状況が掴めない」

 

 放心せずにはいられないな。

 周囲からの視線で針の筵になりながら、俺は日が傾くまでその場に立ち尽くしていた。




NEXT HUNT
 そう、あの日からすでに彼は異物と化していた。

 偽りの名前、明かせぬ経歴。

 だが彼は手に入れた。2つの力を。

 異常な身体性能と念能力

 全ては、彼の望まぬままに……。

 次回、総集編『第08SS小界 ゴッズ・リポート:序』


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EX1_第08SS小界 ゴッズ・リポート:序

『頑張れアイバー』ここまでのハイライト

 >「ぶっちゃけるときみは残り4年くらいで再び死ぬ」

 >わけも分からず異世界に投げ出され、へんてこ能力をエンチャントされ、見知らぬ土地で生きねばならない上に帰ったら一生ものの生き恥が待っているらしい。クソゲーである。

 >「オレの弟子になれ」

 >「竹箒だろ。いや、何も言うな。オレには分かってる」

 >「アッー!」

 >「下山して、お前の言う『真っ当に生きる』ってのを実践してみろ」

 >「ここまで乱暴な移動は初めてでね、正直状況が掴めない」


 時間とは連続し且つ流動性を持つ消費物ではなく、人類の処理能力から逸脱したプロトコルに依って確立する数学的言語である。それは言葉・記号・象徴・客観を内包するコードであり、包含するそれらと外部的主観とが疎通する事で遍く存在を形成する。

 畢竟、此処に記された様々な観測結果は私にも、そして君達にとっても過去ではなく、未来でもない。切り取られた一場面、主観に依拠する可能性の中から抽出された限定的存在にしか過ぎない。夢と現は保障されず、本義が処理装置に依って意味を喪失してしまうなら、果たして言語の留保に意義はあるのか。

 

 それでも、私は記そう。

 彼が生きた記録だから。私が紐解いた記憶だから。

 

 ◇

 

「んー。我ながら叙情的な前書きじゃのー」

 

 六畳一間の洋室にあって、その半分を占拠するマシンの前で悦に入るのは、御存知ヲーキド邪神その人である。(神を人と表すのはどうかと思われるが、人形(ヒトガタ)を成している以上はそう呼んでも間違いではなかろう)

 

 ワーキングチェアに体を預け、洋酒(ラフロイグ)片手に葉巻(コイーバ)を燻らせる姿に威光も何もありはしない。しかし、彼の趣味は矢張り高次の存在に相応しく、傲岸不遜の性質もまた然りで。一介の青年の運命を弄び観察するという理不尽な嗜みには、御業と称されるに値する奇蹟が含まれることは事実である。

 であるから、一見、というより彼より低次の域にある受容体からすれば、ヲーキド邪神の性質とは包含された奇蹟をこそ示すといえよう。

 

 人はエネルギーや現象に謎と恐怖を覚え、折り合いを付けるべく神を設定した。やがて奇蹟と定義されるそれを伴う純然な力に人格が付与され、やがて広義的擬人化を経て神族が形成される。

 こうした体系に生まれたヲーキドにも血族の存在があり、そこには当然孫の存在があった。

 

 今回展開される幕間は、その孫の一言で始まる。曰く、

 

「おう、じーさん。珍しく異世界干渉かよ」

「なんじゃツゲルか」

 

 素気なく返すヲーキドだが、口の端が持ち上がるあたり、一般祖父母の多分に漏れず甘い性格が垣間見える。

 

「小界に介入したらしいけど、どうせまた遊びだろ? 盆栽染みた趣味だよなー」

「ほっとけ。確かにテンポは悪いが、そこそこ楽しんどるぞ。フォロワーだっていくらか付いてくれたしのう」

 

 現役を退いた者のささやかな営みである。外野からとやかくいわれる事はないし、その益は即物的価値観に収まらずとも良いのだ。

 

「まあ隠居した老人の道楽じゃそんなもんか。それ、印刷したレポートだろ? 見せてくれよ」

 

 デスクに置かれたそれを目敏く見つけたツゲルは、言葉とは裏腹に興味津々といった風情だ。昨年ミドルスクールを出た彼は一足飛びに神の座へ就いたため、知的探究心は同輩のそれより貪欲であった。となれば、趣味程度の些細な情報にも当たろうとするのは自然なことで。

 

「仕方ないのう。後学にするんじゃぞ」

 

 言って、ヲーキドは手元のレポートを放った。

 

 ――下記は、ヲーキドに依り記述された記録である。読者諸氏に於かれては、本作の読解の補助とされたい。尚、記述内容については劇外で設定を語る事はせず、本文中から読み取れる情報のみが列挙されている。(ヲーキドの私見についてはこの限りではない)アイバーの足跡を紐解くにあたり、表現と受け取り方との齟齬を補完する機会としても利用して頂きたい。

 

 ◆

 

ワシの☆ウルトラスーパーレポート

 本レポートは、第08小界に於けるゲームの観測を補助するための記録である。

 ケースナンバー114514に於ける次元干渉コード・タイプIを用い、多重跳躍回路集積層Piperをモニターとして使用する。

 

 

・配役――本項で記述されるのはキャラクターである。

 

 アイバー=ナイデス:本ゲームの中心観測対象。舞台となる世界とは異なる其処から引っ張ってきた。酒で文字通り身を滅ぼしたバカじゃ。歳の割りに老けた精神をしておる。育ちのせいかのう。今は具現化系能力者として開花しておる。細かな情報は今後の物語で読み取れるようじゃ。

 

 ヲーキド:ワシじゃよ。神様転生に於ける神とは万能の舞台装置。デモン……否、デウスエクスナントカの具現といおうか。故にチープなモンじゃ。しかし様式美として確立している側面もあって、この辺の事情は一考してみるのも面白いかもしれんのう。本作とは関係ないがの。出番は終盤までないぞ。

 

 ヨセフ某:原住民じゃな。00を見直さなかったら記述を忘れるところじゃった。端役的描写はあるかもしれんが、たぶんシーズン3まで放置されとるじゃろ。次回総集編でもう1度触れるから、それまでは忘却しても問題ないぞ。

 

 カカロータ:説明不要のアイツじゃ。地元では仙人の呼称で通っておる。来歴などは伏せるが、関連タグの不在から解る様に、皆が思う彼本人ではない。本SSの原作には個の極地とされる老人がいるんじゃが、劇中の描写で察しがつく様に、こいつはその上を行っておる。こういう軽視に寛容になれないと本作を読むのは苦痛かもしれん。

 

 ウシ美・コケ子・サル太彦:畜生三獣士。(対峙した両者の内どちらかが死ぬ作品とは関係ない)アイバーはこの3匹を其々、牛・鶏・猿と認識しているようじゃ。振り返ると、三人称でこやつらの正体に言及している場面はない。これも小説の妙というやつじゃな。旅立つアイバーを晴れやかに送り出したぞ。

 

 廃棄街のおじさん達:アイバー大好きおじさんの群れじゃ。彗星の如く現れたアイバーを支配者の座に担ぎ上げたぞ。男の子はいつだって強さに魅せられる生き物なんじゃ。アイバーからは頭おかしい連中としか思われていないがの。まあ、かなり先で役立つじゃろ、知らんけど。

 

 プチアイバー達:アイバーを構成するちっこいアイバーの群れじゃ。分裂した直属護衛蟻とか超絶美形主人公の精子みたいな物じゃが、外見に関しては受け手の自由に任されておるぞ。小説の利点じゃな。シーズン1ではシニアという肩書きが見て取れ、どうやら一応の階級社会が成立しているようじゃな。彼らの正体設定は見えぬが、これもそのうち解るじゃろ、知らんけど。

 

・筋書――本項で記述されるのはストーリーである。

 

 初っ端の「ここまでのハイライト」が全て。これに尽きるのう。

 人情慕情といった精神作用にはあまり注力せず、設定を楽しむ――ライトな少年漫画的エッセンスが主張されておる。そりゃ男性向けと注意書きもするさな。いや、これについては他にも事情があるが。汲み取れる範囲じゃし、そも些事じゃし、問題なかろう。

 

・舞台――本項で記述されるのはステージである。

 

 原作舞台:本SSの原作となる『HUNTER×HUNTER』の世界――を表面情報だけ読み取って模倣された舞台じゃ。原作著者でない限りは同一世界の描写など不可能であるため、当然そうなる。今の所、期待される様な「原作との絡み」など無く、舞台性質の表出は念能力くらいのもの。原理原則はオリジナルに忠実な世界である、ということは介入者たるワシが保障するぞ。

 

 ハオズ市:その内容は02に詳しい。その隆盛は読んだ通りで、各種事業区画と、カカロータが居を構える山を含む自然保護区までを考えると、その土地の広大さが伺い知れるのう。これが一市として成立している背景を考えると何らかの力を感じざるを得ないが、果たして。

 

 廃棄街:その描写から多くの者に流星街と思わせたであろうパチモンステージじゃな。同大陸内にあって同質の機能を持つ流星街と並立するかが疑問じゃが、少なくともこの世界では成り立っているらしい。作中でアイバーの国民番号に触れられた際、懸念される可能性が流星街のみであった点からもこの街の性質は窺えるみたいじゃな。

 

・道具――本項で記述されるのはガジェットである。

 

 竹箒:アイバーが苦心惨憺の末に手にした具現化系の発じゃ。何らかの特殊能力を備えているのが一般的なカテゴリにあって、この箒はどうなのかというと……劇中で描かれた通りの性能じゃな。これに対してアイバー自身は疑問を持っておらず、具現化時の精神的苦痛を伴う制約を除いて概ね満足している様じゃ。発現までの道程を思えば、然もありなんというところか。

 

 イヤマ豆:アイバー曰く、回復チートアイテム。食べるだけで、深刻なダメージとやらを全快させる程の治癒力を誇るぞ。見た所、他にも効果があるみたいじゃが、さて。食材に捕獲レベルが設定されるような世界に在ってもおかしくなさそうじゃな。(小並感)

 

 龍球並技(ゼットアーツ):カカロータが使用。厳密な発ではなく、念を駆使するための技術体系じゃ。撃ったり飛んだりするぞ。完成度が極めて高いが、その内容はカカロータが使用する事を前提に練られたもので、一介のハンターでは1つ2つを固有能力として会得できれば上出来なくらいか。ターバン巻いたどっかの放蕩親父だったら大体は再現出来るんじゃないかの。

 

 竹箒ック:アイバー捨て身のカウンター。ただの前蹴りだが、放つには相応の勇気と覚悟を伴う。今日び小学生でも付けない絶望的なネーミングに反し、トンファーを握っていればカカロータに有効となる程のバフがあるんじゃと。その場限りで、今後2度と出ない幻の技じゃ。

 

 ◆

 

 ――ま、こんなところか。読者にとって悪い話ではないと思いますが?(煽り)

 

 レポート読了と共に、軍需企業にでも勤めてそうな滅茶苦茶イヤミな音声が流れた。その声音を聞いたツゲル少年の手に思わず力が篭るのも仕方あるまい。

 

「前書きでかっこつけたわりに、主題がひどいじゃねーか。書式は勿論、口語調を始めとして色々おかしいぞ。じーさんホントに大学出たのか? レポートの体っての解ってる?」

「バカにしとるのか。仕事でもなし、こういうのは砕けてた方がいいんじゃ。レポートなんて方便じゃもーん」

 

 グラスを掲げ、琥珀色の液体を飲み干すヲーキド。その取組内容はともかくとして、マダオの行く末を絵に描いたような有様だった。

 対してツゲルは何を言うでもなく、手近な場所へレポートを置くと踵を返した。孫は孫で適当な対応を学んでいるらしい。

 が、完全にその場を去る前に「ところでじーさん、1つ聞きたいんだけど」と首だけをヲーキドへ向けた。

 

「いや、ちょっとした好奇心なんだけどさ。かなり前にリビングのモニターで『ヲーズ仮面』の新番組予告がループされてたんだよ。30秒バージョンのやつが。アレじーさんだろ? 何したんだ?」

「それか。今回のセッションのな、あらすじで使うために観てたんじゃよ。スマン、次からはちゃんと消す」

 

 本当に額面通りの疑問であったが、問われた当人はモニターの不始末を責める言葉と受け取ったらしい。見たくもないテヘペロを見せられるツゲルが気の毒である。示唆する形で本SSあらすじ欄の元ネタを明かされる読者も気の毒である。

 

「ふーん。じゃ、オレはこれからトラック運転手をいじって転生者量産してくッから。ばいびー」

「幾つ目の副業じゃ……と、もう行きおった。相変わらず忙しないやつじゃのう」

 

 扉の向こうへ消える姿を見つめるヲーキドの目は慈愛に溢れていた。アイバーなどには向けられることのないそれである。相変わらず無作法な孫だが、そこも可愛さの内なのだろう。ヲーキドは葉巻を大きく吹かすと、改めて椅子へ凭れた。

 

 所詮は趣味程度。アイバーの道程を眺めるのは片手間程度でしかなく、彼の苦労も他人事にしか過ぎない。そも「他者」とは虚構も実存も関係がないからこそ、傀儡であると同時に傀儡ではない。観測の根底にあるのは善悪ではなく主体の身勝手である。

 身勝手に振り回される他者を思えばこそ――投げ出さず、誠意を持ち、最後までレポートを書き上げるのがヲーキド邪神の責であった。

 

「みんなも作品Writeじゃぞー」




「がんばれアイバー」休載のおしらせ

いつも「がんばれアイバー:俺がハンターになった理由」をご愛読頂きありがとうございます。
この度、作者である駄犬が重度の姉弟愛により執筆が困難な状況で、
39号、40号の2号(錯乱)には渡らず、
「がんばれアイバー:俺がハンターになった理由」は休載させていただきます。
再開は41号(9/1発売)を目指し、現在奉仕に専念しております。
これからも「がんばれアイバー:俺がハンターになった理由」を応援の程よろしくお願いいたします。

リトゥンバイ四不パパ(大嘘)


Q.なぜ新シーズンが翌週直ぐの投稿なの?
A.選択肢を2つ同時に棄却する。好きな方を凝で守れ。
  1:ライダーの切り替わりに合わせた
  2:9月1日、ハーメルンで!!


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Season2: 問題てんこ盛り
06_Ep. for A New Hope



(全略)


 Aババアってアーティスト、知ってるか? そいつらの代表曲の1つが超印象的でさあ。そのサビで(カネ)(カネ)だと連呼していてな。聴き終わると持たざる者の悲哀をぶつけられたみてーな気持ち悪い不快感が残るんだ。

 と言っても、この話それ自体にたいした意味はない。ただ1つ、俺が言いたいのは――。

 

 北方の「天空闘技場」は、金を呼ぶ!

 

 ○

 

 いやあ、現実は強敵でしたね。

 呆けていた意識を取り戻すのに時間がかかったが、気を持ち直してしまえばどうってことない。

 というか、冷静に考えると下山は必然である。何故かって、俺の命は残り3年ちょっとなのだ。修行ライフが楽しすぎて無意識に問題を先送りにしていたので、こうして――半ば追い出される形であっても――出立できて良かったのかもしれない。

 

 こうなれば、俺は俺の人生を末永く謳歌するため、自慢のネン・ジツでもってキチガイめいた爺さんを爆発四散させるのみである。

 もちろん、そのための手掛かりはある。それは、この世界に来た直後にゴミ山でヤツが言っていた情報だ。「ラサマの遺跡」――俺はその場所を目指すのみである。

 

 となれば、即断即決即行動。俺は街の図書館と公共用パソコンで遺跡について調べ、その情報を得た。百科事典で簡単に。電脳ページ先生で一発で。あの爺さんのこと、遺跡についての情報を得るまでには相当な苦難があると踏んでいたのだが。あまりにも……あっけなさ……すぎる……。

 そうして手にした情報によると、なんと件の遺跡には邪神が眠っているらしい。何かのギャグかと思ったが、念使いだの魔獣だのが跋扈するこの世界を見るに、神の1柱や2柱いてもまあ不思議ではないなと考え直す。

 

 興味深い事実として、実際に邪神とやらの存在を仄めかすかのような事件が頻発したそうだ。遺跡の発掘に携わった者、踏み入った者を筆頭に、関係者が次々と不審な死を遂げているのだとか。そのせいで遺跡の場所は隠匿され、一般に公開されず、現在では完全に封鎖されているらしい。

 ここまで知った俺は肩を落としたが、続く情報に光を見出した。

 現在ラサマの遺跡はとあるNPOが厳重に管理しており、この団体を通して遺跡に立ち入ることが可能なのである。

 当然、タダとはいかず条件があったが、今後の青写真を描くには十分だ。

 

 ついでだから触れておくと、条件は2つ。1つは、遺跡ハンターを含む2名のハンターから推薦を受けること。もう1つが、管理団体への億単位での資金寄付である。

 もちろん入場に際して細かな規則があるんだろうが、そこへ漕ぎ付けるにはこの2つの条件をこなさなければならない。

 

 ハンターの推薦とやらは師匠の知己を当てにするとして――師匠自体は一介のご隠居だが、長生きしてる分そういった交友関係も広いらしい。師匠パネエ――問題は寄付金の方である。何が億単位だ。非営利団体が聞いて呆れるぜ。

 と、愚痴っても始まらない。

 俺は巨額の寄付金を手早く稼ぐ方法はないか、と社会不適合者よろしく邪な思考に耽った――まさにそのときである。偶然か運命か、はたまた爺さんの気まぐれか。俺は通りがかった家電屋の店頭にあるテレビから最適な方法を見つけることになった。

 

 大型の液晶に映し出されるのは、正方形のリングを中央に据えた会場。、周囲の観客による歓声や怒号をコーラスに、リング上でむさ苦しいおっさん2人が殴り合っている。

 店の前の少年に訊ねれば、どうやら天空闘技場とかいう場所の試合を放送してるらしい。試合によってはチケット1枚10万は下らない、という話まで聞けば、ファイトマネーについての想像もつく。

 天空闘技場――絶好のカモである。150階クラスとかいう試合でこの内容。楽勝である。

 闘志を燃やして決意を固める俺の脇で、少年が泡吹いて倒れた。そんなに刺激の強い試合ではないのだが。

 

 満足する成果を得ることができ、さらに夜も更けてきたこともあり、俺はこの日の活動を終えることにした。そして路銀が無いことに気付き、昔日のゴミ山滞在初日以来の野宿をした。

 冬の公園の冷たさに、目から汗が垂れた。

 

 ○

 

 またとない稼ぎ場を見つけた翌日。

 スズメさん達の鳴き声で起床した俺は、コケ子を思い出して郷愁に浸った。しかし、人間にとって爽やかに感じられるスズメさんたちの声も、彼らにとってば縄張り争いの咆哮なわけで。闘わなければ生き残れないのだ。生きねば。

 幸いにも、俺には進むべき道が見えている。天空闘技場、そこで無双して儲けに儲けてやるのだ。

 そうして意気揚々と闘技場の場所を調べた俺だが――。

 

(めっちゃ遠いやんけ。大陸からして違うもん)

 

 鼻水垂らした。癇癪起こして暴れなかっただけ自分を褒めてやりたいくらいの衝撃だった。

 何をそんなに驚いたかって? 分かった、説明しよう。

 いいかい、まず大陸が違うだろ? 陸路はないから、海路か空路で行くことになるだろ? この両方は生身じゃ渡れないだろ? ということは乗り物を利用するわけだ。船とか飛行船とかな。

 

 そこで問題だ。

 この無一文の状態でどうやって乗船するか?

 3択――1つだけ選びなさい。

 答え1、クールなアイバーは突如乗船のアイデアが閃く。

 答え2、師匠が来て助けてくれる。

 答え3、乗船できない。世界はいつだってこんなはずじゃあないことばかりである。

 正解は察してくれ。

 

 それから必死に考えた。そして結論した。

 ――俺には金はない。でもな、小金を稼ぐことはできる。労働!

 働いて交通費を得る。地道な策である。しかし確実な方法である。

 幸い、例の回復チートアイテムであるイヤマ豆の隠された効果により、腹は常に満たされた心地で栄養状態は良好。十日程度は食事の必要はない。加えて、この近辺は公共水道が整備されていて飲み水にも困らない。

 つまり腰を据えての活動が可能! このプランに弱点はない。勝ったな、行水してくる。

 

 俺は役場の悲劇を繰り返さないよう、身分証明の必要なさそうな日雇いの仕事を探した。街の隅々まで目を皿にして情報を探し、そして見つけた求人元で即不採用を告げられた。面接を開始した時点で、泣きながらの「お引取り下さい、命だけは……」である。

 それが1件だけならまだしも、その後受けた悉くが同じ反応を見せた。中にはその場で金を差し出すやつもいたが、それを受け取るほど腐ってない。不義を働いてはいけないって、ししょーが言ってた。同じ理由と自己防衛の観点から、怪しい仕事もノータッチである。

 

 それにしても、おかしい。師匠の指導のおかげで一般常識は具えているし、軽い練による体力アピールやしっかり合わせた目線のおかげで労働意欲は伝わっているはずだが。原因は自省で探るほかないが、それを浮き彫りにするアプローチは不明である。学生の就活の苦しみが分かったような気がする。

 

 この悪戦苦闘というか戦闘すらできない一方的な敗戦は続いた。

 そして2日後。収集できる求人情報の全てに落ちたところで、問題は解決した。

 

 その日、ハオズ市内の空港にて不採用をくらった俺は公園への帰路につこうとしていた。

 意気消沈して今後のプランを練る中、ふと視線を向けた滑走路の片隅。そこには、一般のそれとは別に用意された飛行船があった。本当に、たまたま目にしただけだった。普通なら、そのまま横目に流して終わっただろう。

 

 しかし、俺に電流走る。

 ――圧倒的閃き!

 それほどの閃光、光が、俺の脳を刺した。

 ――閃く! この土壇場で!

 目的地へ至る画期的奇手っ!

 

(そうだ、ヒッチハイクしよう)

 

 件の飛行船は船体に特別な意匠が施され、乗組員も空港の制服ではないフォーマルな服装。タラップに向かう紳士の身なりも見るだに上品な装いだ。神父だか牧師だかの服――カセ? カソ? なんといったか――にロングコートと丸眼鏡が似合うナイスミドルだった。人と場の雰囲気から、自家用の船であることは確定的に明らかである。

 師匠との組手で鍛えた脚力を遺憾なく発揮して男の傍へ接近した俺は、その後無事に交渉を終えて乗船を果たした。紳士は予定していた行き先を天空闘技場近くの私有地に変更してくれるなど、菩薩もかくやという親切さだった。世の中捨てたもんじゃないな。

 

 気分も良いので一つ言っておこう。3択クイズの答えは1だ。

 

 ○

 

 着いた。粉みかん。

 それなりに日数がかかったが、飛行船は無事に件の私有地へ着陸した。数回の燃料補給もあったので本当に着くのか不安になったりもしたが、これで人心地つける。勿論だが、下船時に手短な謝辞は述べた。

 

 私有地から出て狭い通りに出れば、その上空には天高くまで聳える塔が目に入る。あれこそが目的地である天空闘技場だ。格闘のメッカとか呼ばれているらしいが、俺にとっては中身の詰まった貯金箱である。稼ぐぜぇ、超稼ぐぜぇ。

 話に聞くには、闘技場へ行って選手登録をし、最初の試合で入場者のレベルを判定するまでが最初の流れらしい。つまり初戦は適正の階数を見極める試験ってわけだ。油断はしない方がいいだろう。

 

 さて、内容の把握は完璧。問題は、闘技場までの道が分からないってところだ。

 ここら一帯は、経済の要――天空闘技場を中心とした街作りがされているのだから、案内の看板くらいあって然るべきだと思うが、それがない。

 遠くから聞こえる音を頼りに大通りへ出ることができれば解決するのだが。あいにく道が迷路じみた入り組み方をしていて苦労しそうである。指標を闘技場の塔に変えたところで同様だ。ここの行政には地図を掲示するなり区画整理に務めるなりしてほしい。京都を見習え。異世界だから見習えねーけど。

 

 などと思いつつ何か手掛かりがないかと辺りを見回すと、道の脇にぽつんと駐車されたスポーツカーが目に入った。

 いや、正直に、そして厳密にいうとその脇に立つ少女が気になった。というのも、彼女の格好が異様なのだ。

 腰まで伸びた亜麻色の髪、手脚を長手袋とオーバーニーソックスで包み、スポーツタイプのサングラスを着用している点は一般的なファッションの範疇だった。バニーガールがしているようなウサ耳カチューシャも多めに見よう。

 

 が、決定的に異常なのは、袖なしヘソ出しの改造セーラー服を着込み、もうそれベルトだよねとツッコミたくなる丈のスカートを身に付けている点だった。そのスカートともいえない布の奥で、Tフロントにも勝る腰紐オーバーハングな布地極少の下着が自己主張している。

 つまり痴女である。というか、少女だから痴少女である。とても素晴ら――けしからん。おまわりさんこっちです。

 

 ……いかん。こんなに観察したら変態の仲間入りをしてしまう。いや、たしかに大変な変態と言われたことがあるけど、それとは別のベクトルの話なので非常に不味い。

 

 気を取り直して、俺が彼女に興味を持った一番の要素に触れよう。(そう、一番の要素だ。決して外見に惹かれたわけではない。決してな)

 驚くなかれ。たしかに少女は扇情的な服を身に着けていたが、同時にその体にオーラを纏っていたのである。垂れ流しではない。

 そして、指先から延びるそれは文字に成形されて文を成していた。「会場はこちら」と。会場とは言葉のとおり、天空闘技場における入場者のレベル判定を行う場のことだろう。

 

 つまりこれの意味するところは1つ。彼女は闘技場から派遣された「使える」やつを専門とする案内人ということだ。さすがは名高き天空闘技場である、こんな所から登録選手をふるいにかけようとは。

 先方の思惑はどうあれ、楽して会場に行きたいと思っていた俺には渡りに船である。

 俺は一も二もなく飛びついた。

 レッツゴー・アイバー!

 

 ●

 

 寂れた洋館。窓も無く、唯一の扉さえ閉ざされたままの一室に、その男は居た。

 暗中に妖しく煌くのは、燭台の灯によって照らされた金糸の髪。腰布1つ着けたきりの逞しく美しい肉体は完成された彫像を思わせ、端整な相貌と併せて男女を等しく惑わせる色香を放っている。

 館の主たる彼の、その精悍な瞳は分厚い学術書へ向けられていた。

 部屋は男の息遣いさえ霞んで静謐に染まり、時間は緩やかに流れる。絵画から抜け出た様な情景は、まるで清澄なる聖域さながらの。

 

 ふと男は手元の本を閉じ、部屋の書棚へと戻した。

 そうして数秒の後、凪いだ水面に小石を投じるが如くの、されど控えめな音が室内に響く。それは部屋のドアがノックされた事を示し、脳髄まで蕩けさせる程に甘い声色が返れば、その受け手は入室を果たした。

 

「お寛ぎ中に失礼致します。先程、神父から連絡が入りました。どうやら『鍵』と接触したようです」

 

 褐色の肌をした男であった。遠目には優男に映るが、袖にベルトをあしらった白いボレロジャケット―――その下の露出した躰を見れば、その身が強靭且つしなやかに絞られた物であると知れる。

 対面するなり跪き、顔を隠す程の白い長髪を垂らしての報告。その態度には並々ならぬ敬意と熱意が込められていた。館の主を蠱惑的と形容するのであれば、こちらの男は狂信的といえよう。

 

「霊峰から下りたか。それで、動向は」

「天空闘技場を目的としている様ですが、今あの地というのであれば或いは……」

「成程、面白い」

「手出し無用との事でしたので、監視するだけに留めております。如何致しましょう」

 

 伺う男の言葉に、主は少しの思案の後で口を開いた。

 

「一当てしておくとしよう。タイミングは任せる。往けるな?」

 

 下知は為された。承知する男の、漆黒の瞳が静かに燃えた。




NEXT TARGET
 急ぅに忙しくなっちゃってwww

 あたふた旅支度をしてるところに、可愛い子ちゃんが強者を求めて待ち受けていた

 実は天空闘技場からの差し金で、念を使えるやつを案内しにきやがったのさ(多分)

 この()が使うのが念装砲っていうプリティーマシーンでねぇ

 でも3機で主人をサポートしやがったよ

 くそー、こうなったら奴らの主人にブチ込んでやる

 次回『スピィド』でまた会おうぜ


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07_スピィド

『がんばれアイバー』前回のいくつかの出来事

 ・そいつはオレの友達(ダチ)能力(セリフ)だ!!
 ・入場料1億万円、ローンは不可
 ・へ、変態だー!
 ・┌(┌ ^o^)┐



 「私を会場に連れてって」したら「彼女が車に飛び乗ったら」して「車の中だけ連れ込んで」された。邦画に明るければピンとくる、アイバー拉致三部作の完成である。たしかに会場まで頼むとは言ったけど強引杉内。

 

「この世の理はすなわち速さなのよ! 物事を速く成し遂げればそのぶん時間が有効に使える、遅いことなら誰でも出来る、20年かければアホでも傑作SSが書ける、有能なのは年一更新より月一更新、月一よりも週一、つまり速さこそ有能なのが文化の基本法則、そしてわたしの持論よ!」

 

 ――などと運転席の彼女は発車と共に叫びだし、それが終わる頃には走行を終えて、青狸衛門に出てくるような空き地へ俺を放り出した。正確には分からないが、数十秒でかなりの長距離移動をしたようである。

 空き地は広々としてるけど、土管やら角材やらの建材の他には何もない。近い日に雨でも降ったのか地面が所々ぬかるんでいるくらいで、特筆すべきこともなし。これは明らかに会場って風情じゃないよな? 状況がワカラン。

 

 そして、混乱する俺をよそに奴はのたまったのである。汝、何故に試験を受けるやと。実際こんな言い方はしてないけどそういうことを言った。

 俺の本音は「俺、強い。金、欲しい。闘技場、カモ。楽して処理してイタダキっす」というものだった。しかし、格闘技選手に求められるのは心技体である。守銭奴は嫌われる、ストイックなら称えられる。なので、簡潔に一言でそれっぽいことを伝えておいた。

 

「あ、そう。でも能書きはどうでもいいの。わたしが案内するかどうかの基準は……速さだよ!」

 

 で、返ってきたのがこの台詞。どうでもいいなら訊くなよ。

 俺が内心で抗議していると、ゼシカとかいう子は「衝撃のファーストネンソーホー」などというわけのわからない語句を叫んだ。と同時に、傍らに控えていた、円柱に箱を乗せたような謎の小型ロボット――コンセントみたいな目とω字の口をした顔をしていて無駄に可愛い――を投擲してきた。スマプラの桃姫ばりの攻撃である。

 臨戦態勢に入っていなかった俺だが、辛うじて竹箒による受け流しに成功した。反射でどうにかなったけど、ちょっと速すぎませんかね。師匠の念弾を相手にしていなければ直撃してたんだけど。

 

 そして、事ここに至って俺は状況を把握する。

 俺を司りしシニアアイバーのうちの2人、アイバーA・Bも同様に悟ったようで、側頭葉に設けられたビアガーデンでジョッキ片手に遠い目をしていた。

 数秒後、2人は意識を切り替えたように高笑いをして乾杯の動作を交わす。そのままグビグビグビグビ……と泡麦茶を飲み干し、ジョッキをダンと卓に叩きつけて叫んだ。

 

『試験だこれ!』

 

 天空闘技場さん。レベル判定、唐突すぎじゃない?

 

 ●

 

 ゼシカ=マークガートは誰よりも「速さ」を求める「スピードハンター」である。

 物心付いた時から、彼女は「速さ」に固執(こしゅう)していた。生活に於ける全ての物事に対して何より速度を優先し、日々最速を更新する事が彼女の快感であり、生き甲斐であり、何よりの喜悦であった。その病的なまでの執着が何に起因するのか、何が原因でこうなったのか、それは本人にも解らない。ただ、自分ならぬ自分が囁くのだ。「速くあれ」と。

 

 成長するにつけ、その本質が変わる事はなかったが、それでも性質は付与された。即ち、視点の増加に因る、欲求の正当化である。

 拙いなりに勉学の年輪を重ねる内、ゼシカの心に新たに生まれたのは「文化」という観点だった。人類の発展、進化、創造性という神秘と元々持っていた速度という絶対至高の観念が融和した結果である。

 研鑽は進展に依り文明と互助する。己が衝動に貢献性を見出す事で、少女は自己懐疑に足る遍く要素から解放された。

 

 最早、枷も箍も無い。自由に、快く、スピードを求めて生きる事の歓喜。

 そうして、彼女はハンターと成ってからも常なる至福の絶頂にいた。

 

 ただ一つ、彼女にとって面倒な事が有った。力を付ける過程で関係を持った組織が、日々の行動を束縛し始めたのだ。

 その1つが、今日の労働である。

 

 裏口案内、と身内で言われている仕事だ。内容は簡単で、年に一度行われるハンター試験―――その会場へ「使える」者を案内するというもの。()()の上層一部との癒着を利用し設けられたポストだった。

 しかしその業務というのも名ばかりで、期間中は早朝から深夜まで同じ場所で待機しているのが専らである。

 

 それも当然で、先ず念を扱える者が稀少だ。よしんば使える者が受験するにしても、完全に秘密裏な此方ではなく、情報の取得経路が整備された通常のナビゲーターへ流れるのが相場なのだ。つまりは件の組織の関係者へ向けたルートであるが、先の事情も相まって利用者は皆無といえた。

 何より億劫な事に、待機中は好色な輩や警察等の対応をしなければならない。あしらうのは簡単だが、回数を重ねれば疲労は溜まる。一般に挑発的とされる服装も彼女なりの必然に則った装いであるため、この問題を解消するのは不可能であるし、また一々これについて思案するのも面倒であった。

 

 こうした事から、この仕事は無駄と停滞を嫌うゼシカにしてみれば生き地獄だった。嫌なら嫌で断る主義だが、件の組織については義理立ての必要が有る為にそうも行かない。

 しかし、苦行も今日で終わりである。例年通り正午で早々に仕事を切り上げてしまおう。と、そう思った矢先にその男は現れた。

 

「会場まで頼む」

 

 それは呟く程の小さい声だった。だが、ゼシカの耳は確かにそれを捉えた。

 振り向けば、そこには中肉中背の青年の姿。目元まで覆う黒髪の他に特徴の見られない彼に、世間一般の者であれば興味を示す事は無かったろう。事実、疎らに通りを行く人は彼を気にする素振りを見せない。俗に言う大衆に紛れる小市民の一である。

 

 一方でゼシカが抱いた印象は常人のそれとは全く異なる。何せ彼女はハンターである。目の前の男の異常は一見にして知られる所だ。即ち、青年の禍々しいまでのオーラを見止めたのである。

 ―――それはオーラというにはあまりにも異質に過ぎた。強かで、おぞましく、重く、そして不規則に過ぎた。それは正に悪意の顕現だった。

 彼の理性という堤防で辛うじて塞き止められているのだろうが、仮にこれが解き放たれたのならと思うと背中をひやりとした物が伝うのが判った。

 

『俺よりつよいやつに逢いにいく』

 

 それが、半ば儀礼的に訊いた受験動機であった。

 交戦して判る、確かな実力。こちらの初撃に余裕を持って対処する技量。我流の研鑽では至らないであろうその佇まいからは確実に何処ぞの門下だと知れる。しかし解せないのは、依然として蠢くオーラの歪みである。

 

 見事な武を形成するだけの師を持ったにしては、この禍々しい纏は余りにも不自然だ。作為的であれば複雑に過ぎる揺らぎ。すると、これは生来の物か。

 ―――敢えて残したのか、それとも、矯正出来ない程に厄介なのか。

 恐らくは後者だろうとゼシカが結論すると同時、男は唐突に体勢を崩した―――否、それは今正に青年が正真の戦闘態勢へと移行する所作であった。

 

 前のめりに脱力した身体が四つん這いとなる寸前、その上体は素早く持ち上げられる。その様は敵を威嚇する大蛇を彷彿させ、しかと地を踏む両の脚は獅子のそれを、後ろへ回された竹箒は猛禽の爪を想わせる。

 先程までの自然体を装った受動的な構えではない。その獣の如き獰猛な姿勢は、僅かばかりの隙をも覗かせない。

 

 そして、此方を見据えた次の瞬間。

 オーラはその歪みを大きく、しかし最低限の統制を残して奔放に躍動を始めた。

 その蠕動に当てられた青年の前髪は矢庭にざわめき、果たしてゼシカはその奥に潜んだ闇に臨んだ。

 忽ちだ。或いは臨んで直ちに、ゼシカは眼前にあるその存在に背筋を震わせ、肌は自ずと粟立った。

 ―――怖い。

 単純な一語に込められた恐怖に類する情の数々が、奔流となって彼女の体を駆け巡る。

 

 「死」である。否、筆舌に尽くし難い、死より尚濃密な災禍の具現が其処に在った。

 一介のハンターとして幾度も死線を越えた彼女をして、ここまでの根源的恐怖と相対したのは初めての事であった。

 向けられた死の双眸、それと対峙してしまったのなら、もう甘受も享受も無い。とうの昔に飼い慣らした筈の感情は一瞬にして勢い付き、ゼシカ=マークガートを構成する細胞一つ一つを脅迫し、彼女の意を受ける反応を鈍らせた。

 

 常人ならとっくに失神している。それなりに腕の立つ者でも、その場に頽れて震え上がるしかなかっただろう。例え恐怖をそれと感じぬ異常者であっても、青年の発する凶気の前では等しく純なる恐れを覚えるに(たが)うまい。

 

 正直な処、ゼシカは青年を嘗めていた。異質、異常を知覚しながらも、受験者(格下)であるという思い込みが彼女の目を曇らせていたのである。テスト? とんでもない。こいつは全身全霊を以って自分を喰らいに来ている。

 焦燥、後悔、何より恐怖。

 負の感情がその身を苛むがしかし、そこは腐ってもハンターだった。

 ゼシカは自分の物とは思えぬ程重くなった体に鞭を打ち、恐れを振り払うように攻撃へ移った。

 

「撃滅の、セカンド念装砲!」

 

 自らを奮い立たせる一撃。先の攻撃の二の矢として放たれるのは、小口径砲を搭載した自律機動ロボットである「念装砲」を弾丸とした投擲である。

 初撃と性質を異にするのは、対象へと向かう際、念装砲が頭部に搭載された2門の砲身より砲弾の射出を行う点だ。1回目の見せ球の直後に虚を突く形となり、相手の動きを制限し攪乱する役割を担っている。

 念により強化されたロボットは、ゼシカのオーラを纏い標的目掛けて飛んで行く。

 それから一瞬の間を置いて、ゼシカ本人も地面を蹴り付けて敵へと跳躍した。

 

 視線の先では先行した念装砲が弾を吐き出し、攻撃の属性を点によるそれから擬似的な面に依る物へと変えていた。

 対して、青年は面食らう風でもなく身を滑らせる様にして左方へ回避する。俊敏にして柔軟―――その鋭く力強い身のこなしは()()と特定するのが無粋なまでの獣。

 ゼシカの攻撃は単純ながら、熟達した戦士の動体視力をして知覚を困難とする速さを誇る。ここまで余裕を持って、更には凝による視力強化さえ用いずに回避されたのは久しい事だった。だが、それでも想定外ではない。

 

 相手は正面からの念装砲と砲弾に対して回避を選択した。であれば、強化系とは考え辛い。

 念能力者同士の戦いは必然情報戦となる。未知なる相手の能力を看破しようと躍起になるのが大多数であるが、ゼシカにとっては今回得た情報が必要充分な物であった。

 フィジカルで劣らなければ、後は搦め手の暇を与えず速やかに叩く。それだけの話だ。

 

 ゼシカは瞬間的な放出でオーラを炸裂させ、跳躍による滞空状態から青年の目前へと迫る。この間は一拍より早く一瞬より尚深い速度―――正に刹那である。相手は回避行動の最中であるから、反撃はまず無かろう。最速を標榜する彼女を象徴する仕掛けであった。

 確信に笑むゼシカの後方には、一連の攻撃を心得ていた最後の念装砲が待機している。

 

「抹殺の―――」

 

 念装砲が形態を崩し、装甲と化して片脚を覆う。速度に重量が加わったとなれば、その破壊力は推察に難く無い。其処にオーラが足されるとなれば尚の事である。

 そして充足した蹴撃がその牙を剥こうとした正にその時、ゼシカの意識は断ち切られた。

 

 ○

 

 決着ゥゥー!

 うなじの辺りを誇らしげに指し示す謎ポーズをとるくらいには高揚する幕引きだった。

 前世では60分の1(1/60)秒の世界で生計を立てていた俺である。でもって、この世界に来てからの身体能力向上と師匠の組手を経た今、そんじょそこらの「高速」なんて見切れて当然なのだ。相手が悪かったな、ゼシカ嬢。

 

 ……すまん嘘ついた。本当は速すぎて対応が間に合わなかった。最後のライダー蹴りに対する攻撃も偶然だった。

 いや、でも待てよ? 地面のぬかるみで滑ってからの箒による体勢補助――そこへ相手が突っ込んできたことによる腹部への刺突。これはアドリブによるカウンターと言えなくもない。つまり見切ったと言っても過言ではないのでは? そう、例えちっとも毛ほどもこれぽっちも目論んでいなくて、遅れた対応に動揺した結果だとしてもだ。

 

 我ながら浅ましい思考にふけっていると、気絶していた彼女が目を覚ました。介抱するロボットたちが相変わらず可愛い。

 さて、ここが正念場だアイバー。判定員を伸しただけでは高評価に一歩足るまい。切磋琢磨に必要な要素、すなわち相手への考察と助言を与えてこそ本当のアスリートというもの。口もってくれよ、口八丁3倍だぁ!

 

「ロボットを手動で発射していたな。考え方はおかしくない。だが、一度晒したフォームを実戦で繰り返すもんじゃない。だから見切られるんだ」

 

 見切れなかったけどな。

 しかし、気合を入れたおかげか知らんが舌の回りが良い。目の前の少女はといえば若干の困惑を示しながらも傾聴している様子。この世界に来てからこっち、中々思うように言ったり振舞ったりできずにいたが、なんだ、こんとんじょのいこ。

 

「そもそもお前は連携攻撃に向いていない。本命の攻撃を目を向けて照準する癖がある。どれかというと一点集中の連続攻撃向きだ」

 

 以上、俺からのアドバイス。連携と連続の違いは各自ディクショナリーを引いてくれ(妖怪仙人並感)

 だが、まだ終わらんぞ。俺は玄人好みの説教というのを心得ている。

 

「だが速攻精度は見事だった……ナイスセンスだ」

 

 最後に一言、褒めてやること。これをやられると大体は好印象で受け止めざるをえない。ソースは師匠に諭された俺。ほっ、経験が生きたな。

 

「ナイス……センス……」

 

 呆けたように呟く小娘。どうだ敬いたくなったろう、俺も師匠に言われたとき同じように感動したもん。

 

 結局、しばらくの放心を終えたゼシカに促され、俺は無事会場へ向かうこととなった。

 

 

 ●

 

 様々な敏捷(はや)さを見てきた。

 地上で、水中で、宙で―――。

 そして今日―――またしてもの初体験。

 速度の概念を越えた速度!

 ゼシカ=マークガート、「落ちる」。




次回の『がんばれアイバー』は――

 >「何だ、ここは」

 >(狂ってやがる……!)

 >「これより第286期ハンター試験を開始する」

 >まあ、こうなるな。

 『286 示されたライセンス』


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08_286 示されたライセンス

これまでの『がんばれアイバー』

 修行が一段落するや野に放逐された青年、アイバー=ナイデス。
 大願成就に必要な大金を手にするため、一路目指すは天空闘技場――の、筈が。
 道中出会った少女に拉致され、これを下すも、何やら怪しい雲行きとなる。
 ホモホモしい謎勢力もチラつく中で、彼の運命に標は有るのか!


「やっぱり小説はいいね! 心情的に特別な分野だよ、惹かれる。だが、実践ではやはりSSだ。新しい一次創作が出る今でも――。

 ワケ知り顔がこざかしい理屈でSSを評価する。原作より伸びた投稿ペース。拙くなった文体。ピュアに執筆を追求していないと。

 ──笑わせるね、何も見えてないくせに。

 ──その時、その作品を目にした者だけが、SS、この本質を知るのよ!」

 

 よう。無事レベル判定をこなしたナイスガイ、アイバーだ。

 冒頭の長ったらしいポエムで察しがついてるだろうが、現在、俺は再び痴少女とドライブをしている。元ピザ屋勤務のタクシー運転手と気が合いそうなドラテクでな。つまり速い。

 気のせいかも知れないが、判定後のゼシカ嬢は前回にも増して熱が入っていた。今も何やら延々と語っているけど、とりあえず無視しておこう。絶対に重要な話じゃない。2ベリカ賭けてもいいよ。

 

 しかし、気のせいかな。天空闘技場がどんどん小さくなってるような……うん、気のせいじゃないね。

 訝る間に、景色は照明と金属の文明華々しいものから茶と緑の牧歌的なそれへ変わり、そして目的地が天空闘技場ではないと確信した辺りで終点を迎えた。

 近くに湖を臨む小高い丘――そこへ建てられた高層ツインタワーの下に停車したのだ。

 

 天空闘技場には及ぶべくもないが、それでもかなりの高さを誇るであろうコンクリート剥き出しのビル。ガラスは嵌っておらず、その頂上付近に見える建材や重機のくたびれ具合から、建設途中で打ち捨てられたものであることが窺えた。外壁に廻らされた規制線を示すテープの存在から、2棟とも一般の立ち入りは禁止されている様だが……。

 見た目から感じる若干の侘しさを煽るように、茜色の斜陽が絶妙なコントラストを生んでいた。……俺ってば詩人だねえ。

 

「それで、何だ、ここは」

「何って、試験会場だよ」

 

 あれれー、おっかしいよー。試験、さっき終えたばかりだよね(コミカルからシリアスへの転調的コナソボイス)

 あの闘いは何だったの?

 

「それと貴方、このルート使ったってことは申し込みしてないよね? この端末使って情報入れてくれれば捻じ込めるから、早くしてね」

 

 俺の疑問をよそにタブレット端末を押し付けてくる小娘。そのうざやかなキメ顔がむかつくが、言われるがまま端末に表示された必要事項を入力する。名前と年齢と――まあ本当に最低限のもので、苦い記憶として残るあの番号がなかったのは幸いだ。

 入力後に不備がないか確認して端末を返す。

 

「ところで、試験と言ったが先ほど手合わせしただろう」

「じゃあ、右のビルの入り口まで行ったらインターホンを鳴らして、用件を訊かれたらペパロニのピザを届けにきたって伝えて。激ウマを強調してね。それで会場に案内されるから」

 

 ゼシカ嬢、俺の話を聞いてるか?

 

「いや、それよりもさっきの手合わせは──」

「会場についてからは時間まで待機していればいいよ――と、伝えるのはこれくらいかな。それとこれ、わたしのホームコード! 試験が終わったら連絡してね。これは手続きじゃなくてプライベートだよ。待ってるから!」

 

 ……そうか。分かった。こいつはつまり、バカなんだ。バカだ、バカバカ。ぜんぜん愛しくない。

 俺はバカのバカたる性質を理解して折り合いをつけ、ホームコードの記された紙切れを手にした。たしかSNSアカウントみたいな物だろ? どうするかは保留として、受け取るだけならタダだからね。病気以外なら何でもイタダくぜ。

 

「それじゃあわたしは帰るけど、小耳に挟んだ話だと、今年はミソカっていう大変に変態な受験者がいるんだって。気をつけてね、ウェイバー」

「アイバーだ」

 

 それだと悪徳の都に浸かっちゃうから。タブレットの内容確認したばかりでなぜ間違えるんだ。

 呆れる俺をそのままに、ゼシカは3体のネンソーホーと揃って投げキッスをして去った。さらばだ、紐パンツ。絶対に戻ってくるんじゃないぞ。そして二度と会うまい。

 

 しかし、変態がどうとか言ってたな。俺も昔言われたクチだが、わざわざ判定員が注意を促すくらいだ、そいつは真正のそれだろう。

 ふぅむ……ミソカね。そいつとは関わらないようにしよ。

 

 ○

 

 ――これ完全に(試験会場に)入ってるよね。

 紐パンツの指示通りに行動したら、ビルの1階にあるエレベーターで屋上近くと思われるフロアに案内された。コンクリ打ちっぱなしの広間にこれという物はなく、しかしレベル判定を待つ選手達で溢れていた。ざっと300人は居るんじゃねーかな。

 

 部屋の奥は一面に渡り壁がなく支柱が数本あるばかりで、向かいのビルが丸見えだ。当初の見立てどおり中々の高所のようで、入室からずっと強風が吹き込んでいる。

 俺は豆みてえな顔をした係員から番号札を受け取って、目立たない隅のほうへ移動した。ちなみに、札に記された番号は315。これが選手の数だとすると、目算に狂いはないようだ。勘の冴えばパフォーマンスに直結するからな、何よりのことだ。

 

 改めて全体を眺めるに、少なくとも単純な格闘で負けそうな奴は見当たらない。ということにしておく。お山で散々懸念していた野生の念使い――それが2人ほどいる気がするが、たぶん見間違いだろ。うん、そうだ。何も……! な゛かった……!

 

 そうして空間に身を任せ同化すること少し。大半の選手の一瞥を受けてからは少々の視線が残る程度で、これといった変化はない。となると当然、性欲――じゃなくて退屈を持て余す。練でもして軽く気合を入れておこうか、と殊勝な考えが頭を過ぎったその時、

 

「きみ、新顔だね。試験は今回が初めて?」

 

ぽっちゃり系中年というか、筋肉に脂肪を乗せたレスラー型の肉付きをした男が声をかけてきた。

 自己紹介によると、この笑顔が似合うおっさんの名前はトンパ。34回も試験を受けているベテランらしい。レベル判定を34回とは……闘技場には未知のシステムがあるのかもしれない。

 

 さておき、俺は過度な善意には警戒で応える常識人。選手の有力株や判定試験の心構えをあれこれ教えてくれてはいるが、内容など捉えずに右から左に聞き流しておく。こういう人種はどこまで信用していいものか分からな……ファッ!?

 待て。待て待て。やつの腰部背面、そのボディーバッグから覗いて見えるアレはまさか――。

 

 ●

 

 過酷な試験に渦巻く絶望・悲愴・怨嗟のドラマ。六等から一等迄の新星が瞬き、一瞬の後に枯れ行き消光する―――その尋常ならざる興亡のリアル。高い美術的価値を誇る名画にも勝る情景に、トンパは至上の愉悦と快楽を見出した。

 その演出に熱中し生き甲斐にすらした彼は「新人潰し」と称されるに至った。

 幾人もの獲物に見え陥れ、幾度もの試験に臨み乗り越え、培った彼の洞察力と危機管理能力はこの場の受験者の中でも特に抜きん出た物であった。

 その彼の経験と本能が、けたたまく警鐘を鳴らした。

 

「チャリヲ置いてけ」

 

 ―――トンパは戦慄した。

 たったの一言だ。否、厳密にはその言葉と共に向けられた双眸が、如何な手管より雄弁に脅迫の意を伝えたのだ。

 睥睨─―─ただそれだけの所作で、先程まで有象無象の新人にしか過ぎなかった青年が、悪性と凶気に塗れた獣へと豹変した。

 

「チャリヲ置いてけ。なあ、チャリヲだ! チャリヲだろう!? なあ、チャリヲだろそれ」

 

 喰い殺される、と悟った。

 相手が何を求めているのか、それは解る。先に触れた彼の生き甲斐、新人潰しに用いる小道具―――即ち、携行鞄に収納した缶ジュースに目を付けられたのだ。

 これが只の飲料であれば即座に渡しただろう。それで命が買えるのだ、勿論の事である。しかしこの場合は事情が違う。何せ、差し出すべき品には強力な下剤が仕込まれているのだから。

 言われるまま渡し、その後に薬効が顕わとなれば報復は必至。或いはその場で混入を見破られて攻撃を受ける事もあろう。

 

 要求が飲料という括りだけなら、まだ遣り様が有った。相手の警戒を解くべく、自身が含む為の健常なそれを用意してあるからだ。しかし、今回対象となった銘柄にそれは無い。

 トンパの受験歴に於いて最上の、後悔するにしきれぬ手抜かりであった。

 だが、この場で悔悟に浸ったところで状況が解決する筈は無い。

 彼は数秒の、しかし深い黙考を経て腹を括った。

 

「此処に来るまでにトラブルもあって、もしかしたら中身がダメになっているかも知れない。だが、その場合でも命だけは勘弁してくれ」

 

 声と躰は情けなく震え、失禁手前まで萎縮した状態でそれだけを絞りだした。(だが、彼を嗤うなかれ。現在のアイバー相手にこれだけ出来ただけで上等である)

 

「お前の命はいらん。チャリヲだけ置いてけ」

 

 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、最悪の脅迫者はトンパの手から有る限りの獲物を奪った。

 訝るかの様な視線を向ける様子からして、含有された下剤には気付いているだろう。にも係わらず、青年は一本二本と飲み下して行く。

 その光景に、先程とはまた別種の恐怖がトンパを満たす。

 堪らぬ迫力であった。止まらぬ狂気であった。まるで汚泥を強引に嚥下させられ、心臓を鉄線で締められるかの様な。その情の前では、攻撃の無い事実に対する安堵など忽ちに霧消してしまう程の。否、この情念を励起される事が即ち攻撃の一手であるに違いないとすら確信させた。

 

(狂ってやがる……!)

 

 トンパが内心でその様にごちるのも無理は無い。しかし、これは的外れな見解だ。

 彼のいう「狂い」とは人の理に依って規定される物であり、獣の不文律の埒外の事である。であれば、それに与するアイバーにしてみれば尋常の沙汰であるに相違無かった。

 トンパ本人からその気が失せて久しいとしても、ハンター試験に臨む以上、如何な面妖奇天烈も受容せねばならない。それは、未知への挑戦を本懐とする、ハンターとしての素質を問う物であればこそ。

 怯える心は恥ではない。しかし、こうして動じてしまったという事実は、何よりも明確な敗北の通告であった。

 

 この後、トンパは知己の受験者伝に知る。その獣はハオズ市のゴミ処理区画―――通称、廃棄街の無秩序・混沌を数日の内に調律し、彼の地の君臨と統治を刹那の享受で飽き、同市内自然保護区に姿を消したとされた人物である事を。

 そしてこの情報は秘密裏に受験ベテラン組で共有され、アイバーは要注意人物の筆頭となった。これは彼から障害の多くが除外された事に他ならず、受験に当って喜ばしい事態なのだが、しかし肝心のアイバーは……。

 

 ○

 

 キンッッッキンに冷えてやがる!

 その低温を堪能して、3本の3本目になるチャリヲを喉へ流し込む。

 ――このわざとらしいウォーターメロン味! 悪魔的だ! し得る、チャリヲのために犯罪の1つや2つは! 身に染み渡るぜ、牛乳くらいがせいぜいの生活に馴染んでしまった今の俺にはよォ。

 

 お山では修行の都合で泥水を啜る羽目になったり、小屋での飲食を除いて凡そ人の食事は望めなかったからな。

 チャリヲのパッケージを飾る「チャリ出来た」のフレーズで御馴染みのイキったガキ共も、今は菩薩の心で眺められるってもんよ。この世界にもあるとは思わなかったがな。

 

 ともあれ、チャリヲを何本もくれたトンパさんは俺の中で優しいおじさん枠に認定された。試験中、何か心遣いできるところがあれば積極的に配慮しようと思う。忖度はあります。アイバープロミス。

 

 そうやって一息いれてるうちに、周囲の視線が少し増えたのを感じた。例の野生の念使いからもビンビン感じる。……いや、いないいない。気のせいだ、誰がなんと言おうといないったらいないんだ。この試験はイージーモード、古事記にもそう書いてある。

 色々と疑念やら不安やらに襲われる俺。

 が、フロアに乾いた音が響くことでそれも終わった。

 

 音の出所へ目を向けると、そこには拍手をする男――を映した大型のモニターがあった。

 画面の男は、恰幅の良い壮年といった見た目だった。髪を後ろへ流し、角張った顔と鋭角に整えられた眉からは自信溢れる気性が窺える。スーツ姿も合わさって、絵に描いたような「お偉いさん」を思わせた。

 まあ何が始まるかなんて察しがついてるし、周りの選手もそうだったので彼の話に耳を傾けることにする。

 

 が、俺の平静はそこまでで終わった。

 試験官――トネガク=ユーコーと名乗ったそいつが放った一言が耳朶を叩き、そして俺のメンタルは5枚の防御札などお構いなしとばかりにワールドブレイクされたのだ。

 

「これより第286期ハンター試験を開始する」

 

 おいおっさん、今この試験のこと……なんつった? ハンター試験、そう言ったよなあ?

 

 師匠から聞いたことがある。世の中にはハンターとかいうすげーやべー連中がいるって。そのハンターになるには試験に合格しなけりゃならなくて、その試験は腕っ節だけでは到底突破できないって。でねーと市井にアマチュアハンターが溢れたりはしねーって。

 つまり、頭の悪い俺では合格不可能! ブレイクされた防御札にトリガーはない。詰んだ。タイアリッシター。きゅーいーでぃー(証明以前の絶望的な何か)

 

 呆然とする俺を他所に、トネガクは受験者らと回りくどいやりとりをした後、芝居がかった口上で次のように締めくくった。

 

「第一次試験――この試験のルールは至ってイージー。細かな決め事は一切ない。ただ、誰よりも早く。1秒でも早く、向かいのビルにある、この会場と同じ階に位置したフロアへ辿り着けばいい。合格者が一定数に達するか、または制限時間が尽きた場合、残った者は失格となる。

 お分かりかな? ただ辿り着くだけ。信じがたいほどの受験者救済内容……!

 さあ、夢多き受験生諸君――放たれよっ! 勇者たちの道! 第286期ハンター試験、その一次試験『ブレイバーズロード』へ!」

 

 セリフの終わりと共に、室内で唯一隣のビルが丸見えとなっていた側がライトアップされた。顕わとなったのは、ツインタワー間に渡された鉄骨による足場だ。それが都合三本ほど、か。

 なるほど、説明と照らし合わせると、高高度で命綱なしの平均台渡りをやれってことだろう。一見すれば余裕である。だが、さっきも言ったとおりこれはハンター試験だ。罠のやべーやつが十重二十重にあるだろうことは確定的に明らか。

 となると――。

 

「……(ウチ)帰ろ」

 

 まあ、こうなるな。

 そもそもの目的からして違うから、今の俺には意欲も熱意もない。

 周囲のやつらがそれぞれに反応を示す中、俺は失意と共にエレベーターへ乗り込んだ。

 さようなら一攫千金、こんにちは落胆。こいつは素敵だ、全部台なしだ。

 

 紐パンツに任せるまま連れてこられた遠方で、どうやって闘技場への帰路を探そうか。見つけたとして足はどうするのか。そんな不安だけが、俺の心を占めていた。

 プランB? ねーよンなもん。




NEXT TARGET
 ハンター試験で踵を返したアイバー

 バトルジャンキーとして彼へ執拗に絡みつく変態

 運命の行方は?

 そして、どのようにしてアイバーは変態から逃げ出すのか?

 次回、がんばれアイバー『じ0ker』

 彼の後ろに立つな、命が惜しければ


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09_じ0ker

『がんばれアイバー』前回のいくつかの出来事

 ・紐パンツはクールに去るぜ
 ・ほう、下剤入りチャリヲですか…
 ・試験開始の宣言をしろ、トネガクぅ!
 ・おそろしく細かい豚くんオマージュ、オレでなきゃ以下略


 ツインタワーの間に横たわる3本の鉄骨。

 幅5センチに満たないそれは、見た目のか細さに反して大きな「圧」を孕んでいた。

 何せ、ハンター試験に臨む受験者の命運を握る道といって過言ではない代物である。設置場所が場所だけに、鉄骨からの落下は必然、死を意味する。その成否に大きく係わる足場が、この様に粗末な物では。加えて、注意せずとも薫る細工の匂いは、明らかな殺意の表明であった。

 

 ベテラン受験者にしてみれば、一次試験の段階でここまで危険性の甚だしい内容となるのは青天の霹靂である。一方で新人は試験に対する些かの楽観を摘まれ、双方共に己が覚悟を再び問われる形となった。

 

 試験の開始が告げられて以降、一同は静観の構えを取っている。無論、彼らは何らかの分野のプロフェッショナルであるから、物怖じしている訳ではない。

 或る者は余りに緩い合格条件への猜疑から、また或る者は試験環境の整理を胸に、各自が思案に暮れている訳で。

 

 この様な状況であるから、その中でいの一番に動いた受験者に注目が行くのも当然であった。

 目元までを覆う黒髪と、その手に携えられた竹箒―――それ以外は凡庸の一言に尽きる青年、アイバー=ナイデスその人である。

 彼の行動は迅速であった。試験官が説明を終えて後、数秒の黙考を経て動いたのだ。そして彼は真っ直ぐ、会場の入口を担ったエレベーターへ向かう。

 

 誰もがその脱落を確信する中、違う視点を持つ者も数名居た。

 だがその瞬間だけでは、例外たる彼らが納得する解を得る事は叶わなかった。それは個個に多少のしこりを残しながらも、しかし彼らは直面した一次試験の突破の為に思考のリソースを割いて行く。

 結局、抱いた疑念は秒と持たずに忘却された。

 

 そんな会場の様子を、受験者が屯するビルの反対―――鉄骨を渡った先、一次試験のゴールと呼べる部屋で観察する影が幾つかあった。試験官トネガクとその補佐数名である。

 

 近年では稀有な例となる今回の一次試験の高い危険度。それは今期ハンター試験開始の数日前、これを強く主張したトネガクに依って設定された。その仕掛けられた罠の数々は―――看破が可能である事は確かだが―――熾烈にして過酷。これからの数十分で、幾らかの星が流れ落ち、赤い花を咲かせる事となるだろう。

 であるから、

 

「少し勿体無い気もしますね。マシな者も何人かいるのに、一次試験から露骨に死を天秤に掛けさせるというのは」

 

 全貌を知る補佐官がこう漏らすのも無理からぬ事で。

 

「良いのさ、これで。加減せずとも良いんだ。ここで生存出来ない者など、この先誰かに喰い殺されるのがオチ。それが少し早まる、それだけの話だ」

 

 「自信が無ければ退いて、来年に備えれば良い」と続けるトネガク。

 身も蓋も無い、直截な正論である。そも会場までの道程でさえ死のリスクを伴うのがハンター試験だ。受験を超え就業を果たしたとすればそれは一層膨れる。そしてその脅威は往往にして、こちらの研鑽や成長を待ちはしない。

 世は理不尽が土台、不都合は隣人である。もっと踏み込んで言えば、生死をさも重大事の如く扱う事が既にナンセンスなのだ。

 過激とも取れる今回の試験設定だが、想定困難な悪意から逃げ遂せるだけの機会は設けられている。そう考えれば、これはまだ温情的ともいえた。

 

「しかし、理解できないのは69番と315番の2人ですね。使()()()上に出来ると睨んでいましたが、まさか早々にリタイアするとは……」

「お前には、そう見えたか」

 

 口元を緩めて漏らされたその一言は、推察の未熟を指摘する物だと知れた。然り、トネガクの見る限り今回の受験者の中で一番聡いのは315番である。

 

「トネガクさん、一体何が見えているんです?」

「それは自分で考えねばな。ハンターなのだから」

 

 トネガクが目をやるのは、群がる受験生で遮られた視界の向こう。件の2人が乗り込んだエレベーターの方向だった。

 

 ○

 

 突然だが俺は今窮地に立たされている。

 髪を後ろへ逆立てた道化師然とした男とね、エレベーターで乗り合わせたんだよ。俺も素人じゃないから分かる。こいつ、試験会場に入ってからずーっと俺を視てたヤツだ。無視してたのが裏目に出たらしい。

 

 こいつは端的に言うとヤバイ。俺が地上へのボタンを押した直度、後ろから何かを投擲してきたからね。竹箒具現化の例の事情のおかげで背後への警戒がデューワトーゴーくらいになってるから躱せたけど。

 ただ、エレベーターの操作パネルは無事じゃなかった。カードが刺さって壊れた。ちゃんと降下はしてるが、幾つかある途中のフロアに止まる事はできそうにない。

 つまり、地上までの少ない時間ではあるが、密室に念使い2人。何も起きないはずも無く……。

 

「どういうつもりだ?」

「好奇心かな。雰囲気からして同好の士ってやつなんじゃないかと思って。ボク人見知りなんだけど、頑張ってアプローチしてるんだよ」

 

 漫画やラノベなら語尾にトランプの模様(スート)が付きそうな喋り方するなあ。

 しかし、同好の士とは? 人見知り、そして手にはトランプカード……あっ、そういう。

 ンだよ、こいつもコミュ障か。だとしても、一緒にゲームがしたいならツール見せて「やろうぜ」の一言で済むじゃないか。或いは互いの腕に手錠掛けて拘束するとかさあ。

 なのに、こいつは念で強化したカードで脅迫する始末。肝心な言葉もない。大昔の暴力系ヒロインムーヴじゃあるまいし。腹立つわ実際。これが同族嫌悪か。

 

 ……決めた。操作パネルから回収したこのカードは一生借りておく事にしよう。凝で観察しても怪しいところはないから弊害もないだろ。ジジ抜きしかできないデックで寂しく一人遊びでもするんだな。

 ――という小物剥き出しの考えを、そのまま伝える事にしよう。

 

「同好の士ではなく、同類というべきだな。それにしては、あまりいい挨拶とは言えない。代償として、()()は借り受けておく」

「キミ、良ーいオーラしてるよねえ。これほどの感覚は初めてだよ」

 

 こいつ……無敵か? なんで今の言葉を受けて高揚してんのさ。

 ダメだ、いよいよもってヤベーって。闘争心が猛ってるもん。こいつの眼がそう語ってる。お山の盟友――初対面のときの猿軍団――と同じ野獣の眼光してるもの。腕に覚えはあるが、あからさまな手練れ相手は尻込みするって流石に。

 

 と、ここで。俺の狼狽とマジで闘う5秒前な緊張感が漂う中、ポーン、と小気味良い通知音が鳴った。

 エレベーターが地上に着いたらしい。それで興を削がれたのか、相手の興奮が鎮静していくのを感じる。やったぜ。

 

 ○

 

「――それじゃあ、念を意識的に使ってからまだ1年なんだ」

「そうだよ」

「キミの得物からして、系統は具現化系?」

「そうだよ」

 

 水面を次々に叩くような低音を闇の向こうに聞きながら、無遠慮ないくつかの質問にテキトーに返す。多分、こいつ俺とやるまで付いてくるな、と直感し、思案する事少し。浮かんだ名案に従い隣のビルのエレベーターへ逃げ込み、試験会場の階数に相当するフロアボタンを押下する。

 もう分かるだろうが、俺はこの変態を試験官に押し付けるつもりだ。難癖つけて身体検査をさせるとか、やりあうための条件として運営の皆さんを襲わせるなどしてな。その間に俺は逃げる。

 このプランに弱点はない。勝ったな、行水したい。

 

 そして完璧な作戦に酔いしれた俺は、心の緩みを突かれて名前の交換をする機会を作ってしまった。ちくしょう、目的のフロアまであとちょっとなのに!

 

「ボクはヒソカ。よろしく」

 

 で、渋々やりとりした結果がこの言葉である。対して俺は「アイバー」の一言で済ませた。つーかこれが限界。

 しかしヒソカか、うーむ。なんか名前の響きに聞き覚えがあるような無いような。

 

『今年はミソカっていう大変に変態な受験者がいるみたいだから気をつけてね』

 

 うん? なんだってこんな時にあの紐パンツの言葉が……。

 頭の中で反芻される意味深なフレーズ。経験上、この手の引っかかりは大切なことに起因しているので少し意識を割いてみる。

 

(ミソカ……ミソカ?)

 

 ヤツの言葉の中で一番怪しい部分について考えること少し。何となしに傍らの変態を見て、フロアの表示パネルへ視線を逃がし、そしてもう一度変態を見る。

 直後、目的のフロアへの到着を告げる通知音と共に、俺は核心に至った。

 

(ヒソカじゃねーか、ド阿呆!)

「69番、315番、一次試験合格!」

 

 憤慨に浸る俺がその言葉の意味を理解するまで、しばらくの時間を要した。

 

 ●

 

 玩具探し。それも、望み薄な。

 退屈混じりにハンター試験へ赴いた男―――ヒソカ=モロウはしかし、そこで邪な宝石に見えた。

 もう片方を忘れる程の異質、異彩を放つ念の使い手。高度に擬態した―――正に人の皮を被った―――獣、アイバー=ナイデス。

 

 男と接触し、幾つかの問答で露見した事実の中で興味深い事実があった。

 この青年は念を研鑽してから僅か1年である。然るに熟成の途上だ。彼の師も相当の実力者らしい。更には、魔窟だというサヘルタ某所の霊峰。こちらは名までは引き出せなかったが、調べるに充分な情報は得た。ハオズ市の悪名は自然保護政策でも拭えぬ程に知られる物だが、少し掘ったところにこれだけの金脈があったとは。

 巡り合わせなる物を顧みた事は露程もなかったが、今回事此処に有ってはさしものヒソカも己が強運に酔い痴れた。

 

 ……ところで、恐怖と快感は小脳偏桃(脳の同じ部位)に依って処理される。感情の絶対値に対して正負の符号を付ける事で感情を択一するのである。

 この()()に於いて恐怖を排他し快感のみの()()とする者。且つ、その感情処理の引き金の1つとして闘争行為を有する者。―――これが、俗に「戦闘狂」などと呼称される属性である。

 

 この属性を持つヒソカが、純なる恐怖を齎すアイバーの性質に触れるとどうなるか。順を追って説明しよう。

 先ず、全身が粟立つ。次いで来るのは、未知か既知か、本人のみぞ知るストレス。先述の生理的メカニズムを無視し、異常者に恐怖を植えるのは、アイバーのオーラか、それ以外の、生命の持つ神秘か。その仔細判らずとも、重要なのは出来事、事実である。即ち、アイバーの持つ生粋の凶気は異常者の法をも超越して恐怖せしめるという事だ。

 

 ただし、ここまでの反応は瞬発的現象故に一過性を孕む。

 一連の確認と収束を以ってヒソカに改めて去来する物―――それはやはり性的絶頂(エレクト)にも勝る喜悦と法悦、平たく言えば「快感と多幸感」だった。特に心的痛痒を経ての享受となれば、それは大きな懸隔に比例した甘美な蜜である。

 

 ―――これで、未成熟だって?

 

 青成りで此処まで心奪われた事はない。

 生娘の様な純情と悪漢の如き劣情とが沸沸と湧き、その赤黒い情念は血液を伝い、ヒソカの(しも)へ殺到するや高揚と共に嗜虐の炎を熾した。

 味見せずにはいられない。

 しかし、一度食んでしまえば熟成を削ぐやも知れない。或いは勢い余って喰らい尽してしまう事も。

 であれば、抑えて、堪えて。安易へ向かう自身を理性で繋がねばならない。

 

 それは喩えるなら、張り詰めた糸だ。そしてそれを切るに足る切欠というのは往往にして、些細で軽軽とした―――僅かばかりの刺激である。

 

 ●

 

 時は、「()()()()()()()」。

 煌びやかな円卓を会食の場とし、一見穏やかに着席する人影があった。

 向かい合うは2人の男。

 彼方、第一次試験試験官・トネガク。鋭利な眼差しを相手に向けたまま、食後の一息に紫煙を燻らす。

 此方、第二次試験試験官・ツンジョウ某。少少小柄な躰を包む、軍帽・詰襟・動物油で照る軍靴、と将校染みた服装の端端を整える。

 少しの間の後、ツンジョウは卓の向こうへ視線を投げた。

 

「あの、何といいましたか、曲刀担いだ彼―――」

「アレを後に回した理由、ですか」

「彼の実力が及第点であるのは確かですが、そこ止まりであるのも事実。やはり三次試験に配置するのは解せない、という所です」

「成程。しかし、言ってしまえば簡単な事で、私と貴方とで成る『二次試験までの篩』を作る事が重要だった。三次試験以降の変更は火急的な配置換えを円滑に行った結果です」

「二次試験が実質の最終考査、とでも言いたげですね。一次試験の過剰な難度といい、何らかの事情を勘繰らざるを得ませんが……如何ですか」

 

 丸みのある三白眼には不似合いに光る武骨さと精悍さ。それが、一切の騙りを許容しない性根を映す。

 トネガクは副会長派の急先鋒としても著名である。協会という母体そのものを支持するツンジョウからすれば、ハンター試験の趨勢に派閥の思惑が強く影響する事は好ましくない。

 そのトネガクは「悪巧みという訳ではありません」と前置きして曰く、

 

「『マンダム』に係わる事情が絡んでいます。今期試験を辛口にしたのはその為です」

 

 マンダム―――その筋には広く知られた一大組織である。

 パドキア東部からエイジアン西部までの()()()に根差し、広く政財界を牛耳るも、その実態は不鮮明の一言。中枢から末端まで名を変え姿を変え、陰に日向に、鵺が如くの百面相だ。特筆すべきは、その手腕の総ての根拠が際立った「暴力」にある点である。

 

「十老頭すら一目置くあの秘密結社ですか。一昔前にクート盗賊団の残党を吸収し、武力装置として一際の成長を見せてからはダンマリだった様ですが」

「幾らかの途上国にパイプを通し、その食指がハンター協会にまで及ぼうかというのが現状です。中でも、マフィアンコミュニティーとのコネクションが温まっている。おかげで活動が露見したわけですが、厄介なのは、奴らの狙いがどうやらサヘルタに向いている様だ、という点です」

「大陸の東西を問わず、旧態から脱しない火薬庫は幾らでもありますからね。ですが、それが今回の試験難度とどう関係が?」

 

 疑問はそこだ。

 協会の外敵、サヘルタの不安、そして過激化したハンター試験。個個の点を結ぶ線が見えなければ図形は浮かばない。

 

「315番・アイバー=ナイデス。調べた所、彼はサヘルタに根差す者です。そして彼は此処に来るまでに、()()の自家用機を強取(ジャック)―――飛行計画を変更し、進路を一次試験会場近くへ設定しています。だのに、この事件は内輪で揉み消されている。以前から動向を注視している危険人物、アンコイン神父の搭乗機である事が何より臭い所です」

 

 滔滔と語られる弁には確信的な猜疑が込められていた。

 ツンジョウにとり、新たに示されたアンコイン神父なる要注意人物の詳細は重要ではない。大事なのは、先に挙げた個個の点をアイバーが結び得るという事。その信憑性はトネガクという知恵者が見せる警戒が裏付ける。

 

 不意に、「これを」とトネガクが卓上に滑らせたのは2枚の用紙。それは一目にして名簿と知れ、記述内容から本試験の物であると解った。

 

「1枚目が過日の受付締め切り時点で私が出力した物。そして2枚目が、先ほど出力した物です。注目して頂きたいのは此処―――」

 

 トネガクの指を追えば、そこには整理番号の記述と共にアイバーの名。

 示されたのは1つではなく、1枚目にも。それを見れば、2枚目でアイバーとされる整理番号には別人の名があった。

 何故食い違うのか。それは両者の照合から、アイバーの情報が締め切り後にねじ込まれたものであるからだと解る。

 

「明らかに、作為的な力が働いています。心当たりは?」

「……僕を疑っています?」

「勿論。私自身を含めて疑っています。はっきり言いましょう。私は、この不具合とマンダムの企みとに繋がりがあると考えています」

「すると、今回の試験に於ける危険性の激化は……成程、奴らの暴力性を充分に踏まえた適当な設定である、と」

 

 その言を受け、トネガクは我が意を得たりと肯く。

 

「要は、ネズミを全員潰せればよし、でなくとも炙り出すか絞りこむまでを主眼に置くという事。差し当たり、来る当たり年の為の焼き畑とでも思って頂ければ」

「乱暴な感は否めませんね。何より、委員会に基づくハンター試験を私物化するというのは―――」

「会長の権限に拠らず、試験工程が変更された。この事実を咀嚼して頂きたい。今回の仕掛けも、彼の組織に対する姿勢も、全てが正義であると約束します」

 

 深呼吸と共に為される煙草の緩く長い一服は、これ以上の主張は無い事の意思表示であった。

 対するツンジョウ試験官。此方は浮かぬ顔を示すも、根拠の乏しさから問答に窮した様子である。

 そして、この予想よりも一段不穏な事態に頭を働かせる中で、彼には1つの考えが浮かんでいた。

 

(アイバー=ナイデス。面会し、見極めねばならないな)

 

 その眼は、宙に広がる掴み所のない紫煙を追っていた。




次回の『がんばれアイバー』は――

 >つまり、戦いは始まった。へりおー!

 >「莫迦が」

 >「してやられた、ということか」

 >「なんだこの足場は、滑るぞ!」

『ハンターへの道』


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