ZOIDS-Unite- (kimaila)
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出逢いと遭遇編
第1話-孤島の遺跡-


 まるで世界の終わりが訪れたかのような光景だった。

 空を覆うのは分厚い鉛色の雲。地上を覆うのは連合軍のゾイドとその残骸、黒煙、炎、瓦礫……

 響き渡るのは何処か遠くで鳴り出した雷鳴と、激しさを増す銃声や爆発音。人やゾイドの雄叫び、悲鳴、断末魔の嵐だ……

 その全てを全身で感じるかのように曇天の空に浮かぶのは、一機の鳥型ゾイドだった。

 既に機体は大小様々な傷を負い、あちこちから火花を散らしている。

 もう限界に近い……しかしそれはパイロットも同じであった。

 

「なあ……イーグル……」

 

 血で滑る操縦レバーを今一度握り直しながら、コックピットで口を開いた少年の声は穏やかだった。

 

「お前は、後悔してるか?……」

 

 少年の言葉に、鳥型ゾイドはキュルルルと咽を鳴らすような声を発する。

 まるで、「そう言うお前は後悔しているのか?」と少年へ問いかけているかのようだった。

 

「……いや、俺も後悔なんてしてないさ」

 

 少年の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「全部、俺が自分で決めたんだ。シーナを守る事も、お前達と最後まで戦う事も。だから、俺は後悔なんてしてない。後悔するかよ……」

 

 彼の薄紫の瞳が、戦場の中心……連合軍を相手に戦う異業の巨大ゾイドを真っ直ぐ見据える……

 死の淵に瀕していながら、その眼が宿す光は全く潰えてなどいない。傷の痛みに震えながら吐く深呼吸も、何処かまだ力強かった。

 

「……行くぞ! イーグル!!」

 

 少年が操縦レバーとフットペダルを全開にする。

 異形の巨大ゾイドめがけて一直線に、彼らは空を切り裂いて行った……

 これは、惑星Ziを救った新たな英雄達の物語である。

 

 

 

 『ZOIDS-Unite-』

 

 銀河の彼方に存在する惑星Zi。

 意思を持った金属生命体「ゾイド」と人々が共存するその惑星で、かつて、世界を滅ぼそうと暗躍した者達が居た。

 しかし、英雄「バン=フライハイト」とその仲間達の活躍により、恐ろしい野望は打ち砕かれ、人々は平和を取り戻していた。

 ガイロス帝国とヘリック共和国も友好同盟条約を新たに締結し、ますますの発展を遂げている。

 ……だが、平和になって尚、賞金首や盗賊達といったならず者が消える事などある筈もなく、国籍に囚われず荒野を駆ける賞金稼ぎ、傭兵、運び屋、情報屋などもまた、それぞれの仕事に精を出す毎日を送っていた。

 

「えーっと? 確かこの島だったよな?」

 

 春の快晴に覆われた青空をレドラーで飛びながら、パイロットの少年がモニターに表示されたデジタルマップを確認する。

 最近巷で流行りのロックバンドの最新アルバムを聞きながら、彼は眼下に見える大きな島とマップを交互に見据えた後、ニヤッと笑った。

 

「よし。間違いない!」

 

 彼は手早くマップを閉じると、レドラーを着陸態勢へ移行する。降り立ったのは、島の中央に位置する巨大な遺跡の入り口の前だ。

 ヒビと苔に覆われた石柱を見上げながら、彼はキャノピーを開け辺りを見渡す。その薄紫色の瞳は純粋な好奇心に満ちていた。

 

「やっぱりな。海上航路からも航空航路からも外れたこんな無人島に誰も来る訳ねぇ。こりゃ情報収集のし甲斐がありそうだ」

 

 楽しそうにそう呟くと、彼は後部座席に無造作に放り込んでいる荷物の山を漁る。程なくして取り出したのは仕事で彼が愛用しているウエストバッグだ。中には情報収集用の小型タブレット端末の他に小型ライトや折り畳みナイフ、携帯用ワイヤーリールなどが入っている。ウエストバッグのベルトにはホルスターが追加されており、小型のオートマチック拳銃が収まっていた。

 彼はサッと中身を確認すると慣れた手つきでウエストバックを腰に巻き、コックピットを飛び降りる。

 情報屋として生計を立てている彼がこの島の存在を知ったのはつい先週。共和国での情報収拾を終えて自身が活動拠点としている貿易都市へ戻る途中の事だ。近道の為に航空航路を外れた際に発見した。その時は既に陽が沈みかけており探索を見送ったが、場所だけはレドラーのデジタルマップへしっかりと記録を付けていたのである。

 誰もが知っている情報にわざわざ金を払う者はいない。情報屋として常に新しい情報を仕入れる事に余念がない彼にとって、この遺跡はまさに鮮度の良い情報の塊だった。

 早速ウエストバッグから小型ライトを取り出し、薄暗い遺跡の中へ足を踏み入れる。

 大型ゾイドでも余裕で入る事が出来そうな遺跡の入口の奥は、地下へと続くなだらかな坂道となっていた。

 

「地下遺跡なのか。階段式じゃないのは珍しいな……」

 

 独り言のようにそう呟きながら坂を下りてゆく。道中の壁面に刻まれた古代文字や壁画などは随時タブレット端末のカメラで写真に収めながら、彼は躊躇う事なく遺跡の奥へ奥へと進んでいった。考古学の知識には乏しい彼でも、ほぼ完璧な状態で遺っているこの遺跡が他の遺跡と違った様式である事はすぐにわかった。緩やかな螺旋状にカーブしながら地下へと延びる通路は一本道で、やはり階段が現れる気配はない。まるでゾイドで乗り入れる事を前提としているかのような構造だ。

 進めば進むほど暗く、肌寒くなっていくにも関わらず、不思議と恐ろしいと思わないのはライトを手にしているからだろうか?それとも盗賊達に荒らされ荒廃し、おどろおどろしい雰囲気を纏っている訳ではないからだろうか?この遺跡には人を拒むような何かが無い。寧ろ誰かを待ちわびていたようにすら思えてしまう。

 そんな事をぼんやりと考えながら進む彼の前に、やがて巨大な石扉が姿を現した。

 

「すっげぇ……」

 

 彼は感嘆の溜息を吐きながら石扉を見上げ、思わず声を上げる。一面に美しいレリーフの彫り込まれたその扉はまるで神殿の扉のようで、扉の端々に生えた苔すら厳かな雰囲気を纏っているようだった。

 だが、この石扉には取っ手など何処にも見当たらない。この奥へ進みたくてもどうすれば扉が開くのか全くの謎であった。

 

「成程な。完璧な状態で現存してる遺跡が少ないのは、こういう事か」

 

 かつて長らく続いていた帝国と共和国の戦争に巻き込まれ破壊された遺跡も多いだろうが、それを差し引いても盗賊などのならず者が遺跡の保存を考えて回りくどく仕掛けを解くのは考えにくい。恐らくそういった連中は遺跡の奥へ進む為なら躊躇う事なく爆薬などを用いてこういった扉を破壊し、奥へと進むだろう。

 

「これは良い情報になるぞ」

 

 少年はまたも目を輝かせる。扉を開く仕掛けを解けば、遺跡の場所の情報とは別料金で扉の開け方をチラつかせる事も出来る。こういった情報はフリーの考古学者等に高値で売れる事を彼はよく知っていた。

 

「さーて? この扉はどうすれば開くのかな? っと」

 

 うきうきとした様子で彼は扉の周辺を調べ始める。

 かつてプロイツェンやヒルツが古代のゾイドを復活させる為に各地の遺跡を荒らし回ったせいで、戦争の被害を受けなかった遺跡ですら完璧な状態で現存する物は殆ど残っていない。正直レドラーに戻れば爆薬もあるが、無理に扉を破壊してしまってはせっかくの遺跡の価値が下がってしまう。遺跡の価値が下がるという事はつまり情報の価値も下がるという事だ。高値で売れると解っている情報の価値を自ら下げるような真似は出来ない。

 ふと、彼は扉の両脇に立つ柱が一部非対称である事に気が付いた。苔に覆われているので一見しただけでは判りにくいが、柱は左右対称のデザインとなっているのにも関わらず、左の柱のレリーフと右の柱のレリーフの上下が逆なのだ。

 

「……ははーん」

 

 彼はニヤッと笑みを浮かべる。こういった場合向きが上下に分かれているのなら入る方向。つまり上を向いている右のレリーフが……

 

 ガゴッ

「よっしゃ!」

 

 読み通り右のレリーフを押してみれば簡単にレリーフが奥へと引っ込んだ。

 一拍置いて、固く閉ざされていた石扉が驚くほど静かに、ゆっくりと開いて行く。ふと扉の上下をライトで照らしてみれば、金属製のドアレールが見て取れた。石造りなのは扉の表面だけで扉自体はどうやら金属製らしい……一瞬遺跡に偽装された軍事施設だろうか?という思いが頭を過ったが、軍事施設ならば見張りが居ない筈がない。

 彼は、古代ゾイド人達が今の時代の人間よりも遥かに高度な文明を築いていたと言われている事を思い出した。今まで確認されている遺跡の中には現代の軍事基地のように金属製の壁で作られた部屋が確認されている場所もあると……

 わざわざ石造りの扉に見えるようにしたのは金属製の扉である事を偽装したかったのか、あるいはただ単に見てくれの問題なのか……もし偽装の為だとしたら、何か重要な物があるに違いない。古代ゾイド人が厳重に守りたかった、或いは封じておきたかった何かが……

 

「一体この奥には何があるんだ?……」

 

 彼は開いた扉の奥へと一歩踏み出した。

 

「うわ?!」

 

 少年は思わず声を上げた。

 踏み込んだ扉の奥、手にしたライトで照らし上げた先に真っ直ぐこちらを睨み付ける巨大な鳥の頭があったのだ。

 ホラーやオカルトの類は基本的に信じていない彼でも流石にこれには驚き、後ずさった拍子に尻もちをついた。その動転ぶりは一周回って、腰が抜けるとはまさにこういう事を言うんだろうな。と何処か他人事のように考えてしまう程だ。

 自分の心臓がバクバクと早鐘を打つその音が耳の中に反響する……が、体はまるで言う事を聞かない。腰を抜かしたまま、彼は金縛りにあったかのようにその鳥から目を逸らせずにいた……

 だが、どうした事だろう?目の前の巨大な鳥は微動だにしない。

 段々と恐怖に凍り付いていた体が言う事を聞き始めた。今にも動き出しそうな鳥を見つめたまま、彼はそっと立ち上がってその顔を凝視する。

 鋭い金色の嘴に、白い頭……そして印象的なのがキリッと吊り上がったその目だ。目が合った瞬間は動転して睨み付けられているかのように感じたが、落ち着いてよくよく見ればその眼は透き通った鮮やかな紫色をしており、まるで巨大なアメジストをはめ込んだかのような美しさだった。

 

「こいつは一体?……」

 

 彼はようやくライトの明かりを鳥の頭以外の場所へ向けてみた。

 真っ暗な部屋の中で顔だけがくっきりと浮かび上がって見えたのは、どうやら色のせいらしい。鳥は頭こそ真っ白だが胴体は黒だった。

 更にライトを巡らせて見れば、鳥の胸には三連衝撃砲。翼にはバルカン砲が左右一門ずつついている。

 

「武装が付いてる……って事は、こいつゾイドか?!」

 

 彼が驚愕するのも無理はない。飛行型ゾイドといえばプテラスやレドラー、ストームソーダー……昨年共和国軍で新たに配備が始まった最新型のレイノスさえ全て翼竜型だ。鳥型の飛行ゾイドなど全く聞いたことがなかった。おまけにレドラーよりも一回り程大きい。

 

「石化してないって事は、コアは無事なんだよな?……だとしたら……」

 

 動かないのはおかしい……ゾイドは金属生命体だ。パイロットがいれば従順に従うが、ゾイド自身にも意思がある。

 こんな遺跡の奥に居るならば、遺跡の番人たるゾイドかもしれない。それでも襲ってこないという事は、眠っているのだろうか?……石化せずに眠りに付いていたゾイドが発見された事例はウルトラザウルスが有名だ。

 目の前の鳥が化け物の類ではなくゾイドで、しかも襲ってくる様子も無いとなれば別にどうということはない。

 彼はこの真っ暗でだだっ広い部屋の壁をライトで照らしながら、ゆっくりと壁沿いに歩き出した。入口だった扉がレリーフを押しただけで開いたということは、おそらくこの遺跡の動力はまだ生きている。ならばこの部屋の中を照らす術もまだ生きているかもしれない。

 程なくして、彼は部屋の中央に鎮座する鳥型ゾイドの真後ろの壁にスイッチを発見した。部屋の照明ではなくゾイドの起動ボタンだったら最悪襲われるかもしれないが、いかにも証明スイッチですと言わんばかりの小さく簡素なスイッチでゾイドが起動する事はまず無いだろう。

 少年がスイッチを押すと、遺跡の天井からモーターのような駆動音が微かに聞こえ始め、先程まで真っ暗だった部屋の内部がみるみる明るくなって来た。なのに、特にハッキリとした光源は見当たらない。まるで壁と天井そのものが発光し始めたかのような不思議な明かりが部屋を満たしていく……

 古代の不思議な技術に感心しながら部屋がひとしきり明るくなった所で、少年は鳥型ゾイドのその全貌をハッキリと確認した。真後ろに居るせいで、そのゾイドの背に小型ブースターが2つ付いているのがよく見える。そのポーズはまるで今この瞬間地上に降り立ち、翼を畳もうとしているかのようだった。

 彼はそっと、ゾイドの周囲を時計回りに歩き出した。

 再びその正面へと向かいながら、ゾイドの姿を改めてまじまじと眺める。嘴は金。アイレンズは紫。頭は白。胴は黒。翼は前縁が銀。雨覆いと呼ばれる羽根に当たる部分は黒く、風切り羽根に当たる部分は白い。脚部は黒。尾羽根は白く、足の爪は嘴と同じ金色だ。翼の色が3色に分かれている事を除けば、その配色とフォルムはどこか白頭鷲を連想させた……

 しかし、正面へ戻って来た時、彼は気が付いた。

 今まさに折りたたまれようとしているかのようなその翼に、左右一つづつカプセルが抱かれている。

 

「おいおい、遺跡にカプセルって……もしかして……」

 

 少年は思わず生唾を飲んでカプセルを凝視した。

 遺跡で発見される古代カプセル……その中に入っているのは、オーガノイドか、古代ゾイド人……実際にカプセルを見つけた事例はほんの僅かだが、それでも、惑星Ziの人間ならば誰もが聞いたことがある有名な話だ。

 彼は向かって左……鳥型ゾイドの右の翼の下にあるカプセルへ歩み寄る。どうやら下に付いているのが起動スイッチのようだった。

 そのスイッチへ手を伸ばしかけて、少年はふと手を止める。

 コレは下手に起動させず写真に撮り、情報として売ればとんでもない金額になるのではないか?……思わずそう思ってしまったのだ……

 だが、そしたらこのカプセルは?……自分がこの情報を売れば、情報を買った者が必ずカプセルを回収しに来るだろう……回収されたカプセルは起動させられ、その中から出て来たオーガノイドは?古代ゾイド人は?その後どうなる?……

 研究や実験に使われるのだろうか?……

 

「……」

 

 少年は目の前のカプセルを見つめた。

 自分は情報屋だ。それで今まで食って来たのだ。

 だが、古代に眠りに付いたこのカプセルの中身がオーガノイドであれ古代ゾイド人であれ、目覚めた瞬間に囚われ、研究や実験に使われるとしたら?……せっかく目覚めたというのに、その生涯を囚われの身のまま過ごす事になるとしたら?……それを承知の上で、自分はこのカプセルを情報として取引出来るだろうか?

 時には他人を陥れるような汚い情報のやり取りだって幾度もこなして来た。そんな自分が今更こんな風に思うのもおかしな話だが、今回ばかりは、何も知らずに眠る彼らを情報として売り捌いた金で食らう飯の味など、想像したくなかった……

 しかし仮に自分がこの場で目の前のカプセルを開いたとして、どうする?……新たな相棒として連れ歩くのか?

 オーガノイドや古代ゾイド人など、盗賊や悪どい考古学者達の恰好の標的だ。ただでさえ情報屋というトラブルの絶えない仕事をしているというのに、自らトラブルの種を増やしてやっていけるだろうか?それにオーガノイドならばともかく、古代ゾイド人だとしたらもう一人分の食い扶持も確保しなければならない……

 ……待てよ、何も自分と行動を共にしなくても良いのではないだろうか?……起こしてやるだけ起こしてやれば、後は自分達で何とか出来るのでは?……いや駄目だ。全く知らない時代に目覚めていきなりほっぽり出されて……到底やっていける訳がない。この時代の知識も通貨も持っていないのだ。すぐに路頭に迷うだろう。

 捕まってしまうか、或いは何処かで野垂れ死ぬか……それでは見殺しにするのと同じだ。

 少年は考えた。商売と割り切るか、情をかけるか……自身の利害と良心を天秤に掛けて……

 

「……そもそも俺は、自分の意思で此処に来たんだ」

 

 少年は不意に、まるで自分自身へ確認するかのようにそっと呟いた。

 

「自分の意思でこの遺跡に入って、その結果としてこいつ等を見つけたんだ。だから、自分の行動には最後まで責任を持つのが道理だよな……」

 

 少年はその薄紫の瞳でカプセルを真っ直ぐ見据える。

 その眼には、彼の決意を体現するかのような強い光が宿っていた。

 

「自分に嘘は吐きたくない。こうなりゃ見つけちまったのは何かの縁だ。毒を喰らわば皿までって言うしな」

 

 ニヤッと笑ったその顔に、もう迷いは無かった。

 仮にこの遺跡やカプセルを見なかった事にして帰ったとしても、遅かれ早かれいずれは誰かが見つけるだろう。ならば早い者勝ちだ。

 薄っぺらい偽善かもしれない。

 だが、それでも構わない。

 起こす以上は最後まで面倒を見ようではないか。

 カプセルの下にあるスイッチを、彼は押した。

 ガラスへひびが入る音、そのひびから噴き出す蒸気、ガラスの割れ落ちる音……その全てが目の前で起きている事だというのに、少年はまるで映画を見ているような気分でそれを眺めていた。そのくらい、あまりにも現実離れした光景だった……

 ほんの数十秒が永遠にすら感じられるような光景を経て、それは遂に、ドシャッと音を立てて彼の目の前の床に倒れた。

 カプセルから現れたのは、桜色のオーガノイドだった。頭部に2つ付いた飾りのような突起も桜の花びらを連想させるような形をしている……ゆっくりと立ち上がったそのオーガノイドの若葉色の目が少年の薄紫の目と合った。

 

「グルル?」

 

 オーガノイドは何処か不思議そうに少年を見つめ、ちょこんと首を傾げた。

 その人間らしい仕草に、少年は思わずクスッと笑った。

 

「よぅ。おはよう」

 

 そう言って彼はオーガノイドの頬へそっと手を伸ばす。

 オーガノイドは特に警戒する様子もなく、少年を攻撃する素振りも見せず、差し出された手を不思議そうに見つめた後、スンスンと匂いを嗅ぐような仕草をしてから、その手に自ら頭を擦り付けて来た。随分と人懐っこい性格らしい。

 初めて目にした、初めて触れたオーガノイドのボディは、目覚めたばかりである為かまるで人の肌のような温度をしていた。

 しかし、そんな感動を噛み締める間もなくオーガノイドはすぐに辺りをキョロリと見渡した後、もう一つのカプセルの方へカシャンカシャンと独特の足音を響かせながら歩いて行く。

 

「どうした?」

 

 手から離れて行ったオーガノイドの柔らかな温もりを名残惜しむ間もなく、少年もオーガノイドと共に残ったもう一つのカプセルへと歩み寄った。

 オーガノイドは何かを探すかのようにそのカプセルをあちこち眺めていたが、足元についている起動スイッチに気付くと顔を近づけ、鼻先でそれを押した。

 先程と同じようにカプセルへひびが入り、蒸気が噴き出す……まさかオーガノイドが自分でもう一つのカプセルを開けるなどと思ってもみなかった少年は、その光景を呆気にとられて眺めた。そんな彼の目の前で、オーガノイドは胸部を開き、まだ蒸気の晴れていない割れたばかりのカプセルの中から何かを回収すると、元通り胸部を閉じて少年を振り返った。

 

「なぁ、お前今一体……何を取り込んだんだ??」

 

 今しがた目の前で起こった出来事に戸惑いながら、少年は自分へ向き直ったオーガノイドに問う。

 オーガノイドの胸部があのように開くなど、彼は知らなかった。

 残ったカプセルの中に入っていたのはおそらく、オーガノイドがその体内に取り込める程度の大きさである事から古代ゾイド人であろう……それは容易に想像が付くが、もしかして捕食したのだろうか?そんな物騒な考えが少年の頭を過った。ゾイドが捕食行為を行うなど聞いたことがないが……このオーガノイドはたった今長い眠りから覚めたばかりだ。腹が減っていてもおかしくはない……のかもしれない。あくまでゾイドに腹が減るという感覚があるならの話だが……

 一方のこの桜色のオーガノイドは少年へ向き直ったまま何も言わなかった。いや、寧ろピクリとも動かない。

 少年は恐る恐るオーガノイドへ近づき、その目を見つめた。

 オーガノイドの目の奥で何かが微かにキラキラと輝いている事に気付いたのだ。

 念の為に顔の前で軽く手を振り、動く様子が無い事を確認すると、彼は更に顔を近づけてその目を間近で覗き込んだ。

 目の奥では小さな古代文字が輝きながら、とてつもない速さで右から左へと流れている。

 

「なんだこりゃ……」

 

 少年はオーガノイドの目の奥で流れる古代文字をジッと見つめた。

 古代文字など勿論読めはしないし、仮に読めたとしても目で追うなど到底不可能なスピードで文字は絶え間なく流れていく……だが、その光は神秘的で、いつまでも眺めていたいと思わずにはいられない。

 一体どれほどその光を眺めていたのだろう……古代文字の放つ輝きがスゥっと収まった時、やっと少年は我に返った。

 オーガノイドは少年が自分の顔を見上げている事に気付いたのか、その頬へ軽く頬ずりをした後、小さく一声鳴いた。

 

「グーゥ……」

 

 オーガノイドが胸部を開いた……

 開け放たれたオーガノイドの中から現れたのは、オーガノイドと同じ桜色の髪をした可憐な少女だった。

 ……ただし、全裸の。

 

「は?……」

 

 思わずぽかんと少女を凝視してしまう……

 オーガノイドの体内から伸びた無数のケーブルが体に巻き付いているせいで、ぶっちゃけ肝心なところも含め肌は殆ど見えないが、今はそんな事どうでも良かった。

 というよりも、正直そんなスケベ心すら働かせている余裕が無かった。

 いきなり目の前に全裸の少女を差し出されても、一体何をどうしろというのだ……

 腹の底が冷たくなっていくような気まずさに苛まれながら彼が導き出した考えは、とりあえずレドラーに戻ろうということだった……逃げるのではなく、自分の着替えを少女に貸してやる為に。

 まぁ、一旦この場を離れて混乱した頭を落ち着けたいという気持ちがあったのも確かだが……しかし……

 

「……ちょっと待て。とりあえずそのケーブルを……」

 

 離すなよ?と伝えようとしたのに、オーガノイドはケーブルと聞いた瞬間、わかったとばかりにずるりとケーブルを緩めて少女を放してしまった。

 

「わ?! っちょ?! 馬鹿お前!!!」

 

 顔を隠すべきか、痴漢だと思われるのを覚悟の上で少女を受け止めるべきか、一瞬のうちに様々な考えが少年の脳裏に浮かんだが、気を失っているらしい可憐な少女が固く冷たい床の上に叩きつけられてしまうのはやはり男として何とかしなければなるまい。

 

「いで?!」

 

 ……例え自分が下敷きになって、代わりに後頭部をしたたか床に叩きつける羽目になろうとも……だ。

 少年は涙目で強打した後頭部を片手で抑える。もう片方の手はというと、とりあえず少女が冷たい床へ転げ落ちないようにかろうじてその細い体を支えていた。

 

「ぅ……」

 

 少年の体の上で、少女が身じろぐ。

 

(あ……まずい……)

 

 恐らく少女はすぐに自分が全裸である事に気が付くだろう。そして全裸の自分が男の腕の中(というより体の上だが)に居ると気付けば大声を上げるに違いない。いや、大声を上げられるだけならばまだ良い。ついでに強烈なビンタをお見舞いされるかもしれない。最悪なら顔面にグーパンが飛んでくるだろう。しかも少女に押しつぶされている今の体勢では避ける術もない……そんな事を考えながら、少年はとりあえず目を瞑った。せめて下心が無い事のアピールになればと願いつつ……

 少女が上体を起こし、自分の顔を覗き込むのが服越しに伝わって来るのがまた何とも心臓に悪い。彼女の長い髪が、頬へサラサラと落ちて来るのがくすぐったい……

 しかし、少女は叫ぶ事もビンタを繰り出す事も、ましてやグーパンを叩き込むこともせず、きつく目を閉じた少年へこう呟いたのだ。

 

「アレックス?……」

「へ?」

 

 思わず彼は目を見開いた。

 少年の薄紫の瞳が、少女の鶯色の瞳とガッツリ目が合う……まるで時の流れが止まったかのようにしばしの間見つめ合った二人だったが、その沈黙を破ったのは少年の方だった。

 

「とりあえず……降りてもらっていいかな?」

「あっ! ごめんね!」

 

 少女がパッと少年の体から降り、床にぺたんと座る。

 やっと気まずい緊張から解放された少年は床に転がったまま、片腕で顔を隠すと疲れ切った長い溜息を一つ吐いて力無く呟いた。

 

「ついでに、少し体隠してくれると助かるんだけど……」

「え? あ、えっと、えっと……」

 

 少女が隣であたふたしているのが気配でわかる。

 彼女は傍らにずっと佇んでいるオーガノイドにすぐ気付た様子で、その名を口にした。

 

「あ! ユナイト! ちょっとこっちに来てっ!」

 

 少女は立ち上がってオーガノイド……ユナイトの後ろに隠れると、そっと顔を覗かせて少年へ声を掛けた。

 

「これで、いい? かな?」

「ん」

 

 やっと少年が体を起こす。

 オーガノイドの後ろに隠れて顔を覗かせる少女を確認すると、少年は軽く溜息を吐いて、おもむろにウエストバッグを外した。

 彼はそのまま自分が着ていた黒い上着と、丈の長い白い7分袖のシャツを脱いで床に置き、黒いランニング1枚になった背を少女へ向ける。

 

「なんていうか……言いたい事は色々あるんだけど……何からどう説明すれば良いのかとりあえず考えるから、それ着てろよ……無いよりマシだろ」

「……うん……ありがと……」

 

 少女の声はぽかんとしていた。

 彼女が歩いて来て、服を拾い上げ、身に着け終わるのは音で大体想像が付いたが、少年は音が収まっても律儀に背を向けたままで、少女が声を掛けて来るのを待っている。

 一方の少女は服を身に着け終わっても首を傾げたまま少年の背中をジッと眺めていた。

 

「よく似てるけど、アレックス……じゃないの?」

「……服、着たんだな?」

「あ。うん。着たよ」

「よし」

 

 少年がやっと安心して少女を振り返る。

 ……が、彼は思わず言葉を失ってしまった。

 自分が貸した服の袖や裾から覗く白い手足に、痛々しい無数の傷跡が刻まれているのがハッキリと見て取れたからだ……

 

「あの、どうかした?……」

「あ、いや……別に……」

 

 不安そうに首を傾げる少女に少年は短く答える。

 彼は気まずそうに少女から目を背けつつ、頭をガシガシと掻いてから口を開いた。

 

「まず、俺の名前はカイ。カイ=ハイドフェルドだ。アレックスって名前じゃない」

「カイ……ハイドフェルド?」

「ああ。カイって呼んでくれ」

「……うん……」

 

 少女の返事は、何処か寂しげだった。

 その様子を察してか、少年……カイは少し遠慮がちに少女へ視線を戻しそっと訪ねる。

 

「……なぁ、君がさっきから呼んでるアレックスってのは、一体誰なんだ?」

 

 彼の問いに、少女はしゅんと足元に視線を落としてそっと呟いた。

 

「私の……双子のお兄ちゃん」

「……そっか……」

 

 少女の様子を察して、少年も再び俯く。

 この遺跡はずっと一本道で他に部屋も無かった。勿論カプセルも……おそらくこの遺跡に、そのアレックスという古代ゾイド人は居ない……

 

「……じゃあ、次の質問。そっちのオーガノイドはユナイトっていうんだろ? 君は?」

 

 暗くなった空気を切り替えるかのように、カイは少し明るい声で少女へ訪ねる。

 少女は、少し目を見開いて彼を見つめた後、独り言のようにポツリと自分の名前を口にした。

 

「……シーナ」

「シーナか。よし。じゃあシーナ、此処からは俺と君と、代わり番こに質問しよう。俺は俺の知りたい事を質問するから、君も知りたい事をなんでも聞いてくれ」

「うん」

 

 シーナはカイの提案に頷くと、彼の向かいにぺたんと座った。

 

「じゃぁ、さっきカイが質問したから、私から質問して良い?」

「ああ。勿論」

「じゃあ教えて。今はイヴ歴何年なの?」

「え?……」

 

 カイはシーナの言葉に思考が止まった。イヴ暦なんて暦は聞いたことが無い。

 

「ねぇ、教えて。私は一体どれくらい眠っていたの??」

 

 控えめに、しかし切実な色を滲ませて、少女は訪ねて来る。

 カイは頭の中を整理するかのように少し考え込んだ後、彼女の目を真っ直ぐ見据えた。

 

「シーナ、落ち着いて聞いて欲しいんだけどさ……今はイヴ暦なんて暦は使われてない」

「え?……」

「今はZAC暦2128年。4月7日。恐らく君が眠りに付いた時代から最低でも2000年以上経ってる……と思う」

「そんな……」

 

 シーナはまたふいっと俯く。無理も無いだろう。誰だっていきなり2000年以上先の未来の世界で目が覚めたらそうなる筈だ。

 全く知らない時代にたった一人……不安でたまらないであろう事は察するに余りある。

 カイは少し困ったように指で軽く頬を掻くと、彼女の方へそっと身を乗り出し、その桜色の艶やかな髪で覆われた頭を優しくわしわしと撫でた。

 

「心配すんなよ。起こしちまった以上、ちゃーんと俺が面倒見てやるから」

 

 元気付けるように笑顔を見せるカイに、シーナもいくらか安心した様子でふわっと微笑んだ。

 憂いに満ちていたその顔が、目の前で可憐な微笑みに染まる様は、まさに花の(かんばせ)……

 やっと微笑んでくれた彼女に、カイも思わずドキッとしてしまった。怒涛の展開で全く意識する暇も無かったが、シーナは美少女だ。それもかなりの……

 遺跡に来て、美少女と出会って、しかもその美少女は自分に向かって微笑んでくれている……まるでラブコメディーの主人公になったかのような気分だが、これは実際の出来事だ。

 まったく、人生何が起きるかわからないものである。

 

「あ、えっとさ! 俺からもまた質問なんだけどっ!」

 

 カイは赤い顔のままシーナに声を掛ける。

 シーナはきょとんと首を傾げた。

 

「うん。なぁに?」

 

 一度可愛いと認識してしまった以上、その一挙一動が、こちらを見つめる澄んだ鶯色の瞳が、柔らかな声が、恋愛経験皆無のカイを優しく苛む。

 可愛いは武器である。とはよく言ったものだ。

 カイは「可愛い」とか「綺麗だ」とかいう意識をそれ以上シーナに向けないように、傍らに佇んだままの鳥型ゾイドへ視線を移して訊ねた。

 

「このゾイドは一体何なんだ? 型のゾイドなんて、この時代には何処にもいないんだけど……」

 

 彼の質問に、シーナも鳥型ゾイドを見上げる。

 

「この子はブレードイーグル。私達を守る為に造られた子なの」

「造られた??」

 

 カイがシーナへ視線を戻す。

 シーナはブレードイーグルを何処か懐かしそうに見上げたまま言葉を続けた。

 

「そう。私とアレックス……それから私と対になっているユナイトと、アレックスと対になってたハンチを守る為に造られたの」

「古代ゾイド人が、造ったゾイド……」

 

 カイはもう一度、ブレードイーグルを見上げた。

 デスザウラーのようなとんでもないゾイドを造り上げた古代ゾイド人だ。確かにこの大きさのゾイドを一機造り上げるなど造作もない事だろう。

 

「こいつは動くのか? 石化してないから死んでる訳じゃないんだろ?」

「うん。眠ってるだけだから、目を覚ませば動く筈……でも……」

 

 シーナはそっと視線を足元に落とした。

 

「ごめんね。どうしたらこの子が目を覚ましてくれるのか、思い出せないの……」

「思い出せない?……」

 

 カイの言葉に、シーナはこくりと頷く。

 

「私が生きていた時代は、ずっと戦争が続いてた……戦争を終わらせる最終兵器として造られたデスザウラーも人の手を離れて沢山の人を殺して……デスザウラーをどうにかして止めないとって……そんな話をしてた頃に、この子が造られた。でもそこから、この子がこのシェルターに私達を連れて来るまでの間の事が思い出せないの……だから、此処で一緒にこの子が眠りについたのは覚えてるけど、起こす方法は…きっとアレックスしか知らない……」

 

 シーナは足元に視線を落としたままだった。

 古代ゾイド人達が、シーナ達を守る為だけに造ったというゾイド……なのに、主であるシーナが目を覚ましても覚醒しないのは何故なのだろう?

 カイは、一人眠り続けているブレードイーグルを見上げて何とも言えない気持ちになっていた。




[Pixiv版第1話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9500087


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第2話-目覚める翼-

 航路から外れた孤島の遺跡で、俺は古代ゾイド人のシーナとオーガノイドのユナイト、そして、古代ゾイドのブレードイーグルに出会った。

 だけど、ブレードイーグルがどうすれば目を覚ますのかはシーナにもわからないらしい。

 一体どうすれば、こいつは目をさますんだろう……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第2話:目覚める翼]

 

 カイとシーナ、ユナイトは、遺跡の出入り口へと続く長い螺旋状の通路を上っていた。

 ブレードイーグルを目覚めさせる方法が分からない以上、どうする事も出来ない……とりあえず一度、カイのレドラーまで戻って少し遅い昼食にしようという事で話がまとまり、彼らは地上を目指していたのである。

 長い通路を上りながらも、カイとシーナはずっと話し込んでいた。

 

「じゃぁ、この時代の人達って一体どんなものを食べてるの?」

 

 シーナが興味深そうに聞いてくる。

 つい先程まで、カイは20年以上前に繰り広げられたデスザウラーとの激闘と、それを最後に戦争は終わり、平和な時代になっている事を掻い摘んで説明したばかりであった。

 聞くところによれば、シーナが生まれたイヴ暦末期はずっと戦争が続いており、彼女は荒廃した世界しか知らないらしい。そんな時代に生きていた彼女にとって、平和な時代の人々がどんな生活をしているのか?どんな美味しい物を食べているのか?興味は尽きなかった。

 

「どんなものって言っても……別に普通だぜ?パンとか、肉とか、魚とか、あと果物とか野菜とか……」

「そんなに?!この時代の人達は皆そんなに色々食べる事が出来るの?!」

「まぁ……そうだな。普通に働いて普通に生活してれば、飯にありつけないなんて事はまず無いな。」

「凄いね!そんなに豊かな時代になったなんて、まるで夢みたい!」

 

 目を輝かせながら、シーナははしゃぐ。

 そんな彼女の様子にカイも自然と笑顔になるが、ふと彼は考え込んでしまった。

 平和になった時代に生まれた自分には、シーナが生きていた「戦争で荒廃した時代」というのが一体どんな世界だったのか、上手く想像できない。

 カイの感覚では、一通りの食材をなんでも手軽に食べられるのが普通だが、彼女の場合はそうではないらしい。この様子では恐らく、今の時代で言う「普通」の食事すらシーナは一度も食べた事がないのではないだろうか?

 豊かな時代の食事に思いを馳せ、目を輝かせるシーナの姿に、カイはこれから作る料理をチラッと思い浮かべて申し訳なさそうに口を開いた。

 

「なんか、喜んでる所に水を差すようで悪いけど……俺が持ち歩いてる食べ物は基本的に長旅用の保存食ばっかだから、全然豪華でもなんでもねーぞ?」

「あ!全然そんなッ!分けてもらう身分でそんな贅沢な事言わないよ!」

 

 わたわたそう答えるシーナに、カイは杞憂だったかと少しホッとした。

 

(こりゃ下手したら温めた缶スープだけでも飛び上がって喜びそうだ……)

 

 そう思いながらカイは苦笑した。勿論食事に誘ったのは自分なのだから、缶スープだけなんていうみみっちい出し惜しみをするつもりも毛頭ないが。

 

「ほら。こいつが俺の相棒のレドラーだよ。」

 

 出入口へ辿り着いたカイは、そういってレドラーを指差す。

 シーナはレドラーを見上げて感動したような溜息を吐いた。

 

「レドラー……私初めて見た……」

「だよな。こいつは古代ゾイドじゃなくて、帝国が開発したゾイドだから。」

「帝国?」

「そ。まぁその辺の話は飯食いながら説明するよ。」

 

 そう言いながらカイはレドラーのコックピットに上る。

 ごちゃごちゃの物置と化した後部座席の中を漁り、彼は必要な物を引っ張り出し始めた。

 キャンプバーナーにコッヘルセット、パン、缶スープ、フルーツ缶、インスタントコーヒーetc...と、ついでに着替えの服。

 天気が良いとはいえ、ずっと上半身ランニング1枚は流石に肌寒い。それにシーナも、いくら貸した服の裾で下まで隠れるとはいえ何もないのでは心もとないだろう。

 彼は引っ張り出したカーキー色の半袖Tシャツをサッと着ると、残りの荷物を抱えて下へ降りる。

 シーナはまだジッとレドラーを見上げていたが、カイが荷物を抱えて降りて来た事に気が付くとすぐ駆け寄って来た。

 

「ねぇ、何かお手伝いする事ある?」

「ああ。でもその前にコレ。」

 

 カイはシーナに青い半ズボンを差し出す。

 

「下着無しで履くのはちょっとアレかもしんねーけど。これも貸すから、服買いに行くまで使ってな。」

「あ。うん。ありがとう。」

 

 シーナが半ズボンを受け取ると、カイはてきぱきと準備を始めた。

 目の前であっという間に組み上がっていくキャンプバーナーや金属製の調理器具に、シーナは受け取った半ズボンを抱き締めたまま目が釘付けになっている。コッヘル鍋を手にレドラーの飲料水タンクへ行こうとしたカイは、そんな彼女に気が付くと困ったように苦笑を浮かべた。

 

「いいからまずはズボン履けよ。」

「あ、ごめん。」

 

 いそいそと半ズボンを履くシーナを残し、カイがタンクから鍋へ水を移し始めた時だった。

 

「グォ??」

 

 ユナイトがハッとしたように空を見上げたのだ。

 

「ユナイト?どうしたの??」

 

 貸してもらったズボンを履き終えたシーナがユナイトに問う。

 空をただただ見つめるユナイトの様子が何処かおかしいと感じたカイも、水を張った鍋を手にしたままユナイトが見上げる方向を見上げた。

 特に何も無い……ように見えたが、同様に空を見上げたシーナはすぐにあ!っと声を上げた。

 

「カイ!ゾイドがこっちに来てる!」

「は?!」

 

 鍋を持ったままカイはシーナの隣まで引き返し、彼女が指さす先を再び見上げたが、やはり何も見えない。

 

「何にも見えねぇぞ?」

「んーん。いるよ。あそこに3機。ほら、音も聞こえてきてる。」

「えー?」

 

 カイは怪訝そうな声を上げたが、シーナがそんな突拍子のない嘘を吐いているようには見えなかった。彼はウエストバッグから小型タブレットを取り出し、内蔵カメラの望遠機能を使ってシーナの指さす方向を確認する。

 見覚えのある3機の赤いレドラーが、最大望遠のタブレット画面に映っていた。

 

「おいおいッ……ちょっと待てよ!!!」

 

 彼はタブレットをウエストバッグに押し込むと、焦った様子で鍋を放り出し、同時にシーナの手を掴んだ。

 

「隠れるぞ!」

「え?!」

「ユナイト!お前も来い!!」

「グオ!!」

 

 カイはすぐ傍の茂みの中へシーナとユナイトを連れ飛び込む。

 そんな短いやりとりをしている間に、レドラーはもう肉眼で確認出来る距離にまで近づいて来ていた。

 

   ~*~

 

「兄貴!見つけましたよ!」

 

 レドラーのコックピットで、男が1人無線に呼び掛ける。

 先頭を飛ぶレドラーを操縦する男は、その呼び掛けにニヤリと口の端を歪めた。

 

「ああ。間違いねぇ。あの情報屋のクソガキのレドラーだ。」

 

 彼の脳裏に褐色肌の憎たらしい情報屋の少年の顔が思い浮かぶ。

 この少年が傭兵に売った情報のせいでとんでもない目に遭った事を思い出す度、悔しさと憎しみがこみ上げたものだ。しかしその分、昨日手下の1人が町の外れに駐機されていた少年のレドラーを見つけ、長距離発信機を仕掛けて来たと聞いた時の優越感は何物にも例え難かった。

 これで少年の居場所が手に取るようにわかる。いつでも報復に向かえると……

 彼はおもむろに、レドラーのミサイルポッドの照準をカイのレドラーへ合わせ呟いた。

 

「あばよ。クソガキ。」

 

 男が乗るレドラーが放ったミサイルが、カイのレドラーの背に直撃した。

 激しい爆発音と爆風が、茂みへ飛び込んだカイ達まで押し寄せる。

 カイは咄嗟にシーナを守るように抱き締めながら、地面に伏せた。

 振り返れば、茂みの向こうで無残な姿になったレドラーが黒煙を上げている……

 

「あの野郎……やりやがった……」

 

 呆然としたままこぼした言葉は、何処か譫言(うわごと)のようだった……

 そんなカイの腕の中で、シーナはガタガタと震えている。

 カイがシーナの顔をそっと覗き込んでみると、ギュッと固く閉じた彼女の目の端には涙が滲んでいた……

 当たり前だ。平和な時代だと聞いた時のシーナはまるで夢のようだと言っていた。戦争の続く中、彼女はずっと平和な時代を夢見ていたに違いない……それなのにいきなりこんな風に襲われて、目の前でレドラーの爆発……平気でいられる方がおかしな話だ。

 一方の赤いレドラー達はそのまま島の上空を旋回し、着陸態勢に入ろうとしている。

 

(どうするッ?!レドラーが壊されちまった以上、島から脱出する手段が……)

 

 カイは焦った。

 こうなれば、島へ降り立った赤いレドラーを強奪して無理矢理逃げるしかない。

 多少の怪我を覚悟の上で試してみる価値は充分ある。問題はタイミングだ……奴等がそのまま遺跡へ向かってくれれば、その間にレドラーを強奪するのは簡単だ。だがもし、自分が死んでいない事に気付けば、おそらく血眼になって探し始めるに違いない……幸いこちらにも武器ならあるが、それでどうにかなるだろうか?

 ぐるぐると考える彼のシャツを、シーナがそっと引っ張った。

 

「カイ……」

 

 すっかりおびえきった、震える声だった。

 

「私達……死んじゃうの?……」

 

 カイを見上げるその鶯色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる……

 彼はそんな彼女を見てハッとした。

 今まで何度も危ない目に遭って来たカイだが、それでもシーナのように死におびえた事は無かった。

 それは別に、彼が命知らずで勇敢だからという訳では無い。ただ単にイメージがなかっただけだ。死ぬかもしれないという明確なイメージが……

 平和な時代に生まれ、戦争を知らないカイには、いつも何処かで楽観的な部分があった。少々怪我をしたところで、少々追いつめられたところで、死ぬわけがないと……

 だが、戦争の時代を生きた目の前の少女が、ハッキリと死の危機を感じ怯えている……

 そう。人は死ぬのだ……そんな当たり前の事を、カイは今更のように痛感していた。

 

(あぁ、そっか……死ぬかもしれないって、こういう事なんだな……)

 

 彼の何処か楽観的で甘かった意識が、変わった。

 シーナとユナイトを起こす時に決めた筈だ。最期まで面倒を見ると……それはつまり、最後まで彼女達を守るという事だ。

 ……何とかなるだろうでは駄目だ。

 こちらの武器は拳銃一丁と折り畳みナイフのみ。シーナを戦わせるわけにはいかない。一方の相手は3人。武器だって持っているだろう。

 実質3対1のこの状態で、武装した大の男3人相手に拳銃とナイフで太刀打ち出来ると考える方がそもそも間違いだ。

 それに冷静になって考えてみれば、遺跡の地下の扉は開けっ放しのまま。奴等がそのまま遺跡に行ってしまってはブレードイーグルが見つかってしまう。

 眠っていて動かせないとはいえ、古代ゾイドを発見したとなればどんな手を使ってでも運び出すに決まっている。遺跡はゾイドでも十分に乗り入れることが出来る通路だ。レドラーで無理矢理牽引してでも持ち帰ろうとするだろう。

 

「くそ、せめてブレードイーグルが目を覚ましてくれれば……」

 

 カイが悔しそうにそう呟いた時だった。

 

「グオ!」

 

 ユナイトがまるでわかったとでも言うかのように頷いて、胸部を開けた。

 

「え?ユナイト?!」

 

 戸惑ったように声を上げたシーナを、ユナイトは問答無用でケーブルに絡めとり、体内へ格納する。

 そしてカイへ向き直ると、彼のシャツの背を咥えて自身の背中へと乗せたのだ。

 

「おいユナイト!お前一体どうするつもりだ?!」

 

 カイが叫ぶのと、ユナイトが茂みから飛び出していくのは同時であった。

 着陸したばかりのレドラー3機が目の前にいるという最悪のタイミングで……

 

「兄貴!あのガキあんなところに!」

 

 開いたレドラーのキャノピーから、恰幅の良い男がカイとユナイトを指差して叫ぶ。

 

「野郎!待てクソガキ!!」

 

 リーダーの男がレドラーのコックピットから降り立つと同時に手にしたマシンガンを向けた。

 だが、ユナイトはそんな男達などお構い無しで遺跡の入口めがけて駆け出す。

 次の瞬間、ユナイトは背中のカバーを開いて翼を展開した。ボディと同じ桜色のそれは、まるで鳥の翼のような展開翼だった。

 ユナイトは地面を蹴ると同時にサブバーニアを全開にしながら羽ばたき、宙へ浮かぶと、一直線に遺跡の中へと飛び込んで行った……

 流石の男達も、たった今目の前で起きた事が信じられないといった様子であんぐりと口を開けている。

 ふと、リーダーの男が笑った。

 

「おいおい。こいつはおったまげたな。あのガキ、オーガノイドなんか手に入れてやがったのか。」

「オーガノイドって、さっきのピンクの奴ですかい?兄貴。」

 

 先程上空で通信を入れていた、線の細い男が訊ねる。

 一方のリーダーの男は、そんな彼に答えずマシンガンを担いで言った。

 

「オスカー!スティーヴ!さっさと追いかけるぞ!あのオーガノイドを何としても手に入れるんだ!」

 

 男達はユナイトの後を追いかけて遺跡へと走り出す。

 

「このスヴェン様から逃げられると思うなよ……クソガキ。」

 

 リーダー……スヴェンはそう呟いて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

   ~*~

 

 ユナイトはとてつもないスピードで地下へと続く螺旋状の通路を飛んでいた。

 その速さは、カイが無駄口を叩く事も出来ずに必死でしがみついているしかない程だ。

 徒歩で降りるにはかなり時間の掛かった通路は瞬く間に後方へとすっ飛んでいき、彼らはすぐブレードイーグルの眠る部屋へとたどり着いた。

 ユナイトはブレードイーグルの背に降り立つと、カイを先程と同じように咥えて降ろし、胸部を開けてシーナを解放する。

 

「ユナイト、ブレードイーグルが起きるかもしれないって本当?」

「え?!」

 

 シーナの唐突な言葉に、カイはシーナとユナイトを交互に見やる。

 ユナイトは力強く頷くと、シーナに向かって何やら話し始めた。

 

「グオ!グォグォ!」

「名前を呼んでって……ホントにそれだけ?」

「グオ!」

 

 不思議そうな顔をするシーナにもう一度力強く頷くと、ユナイトはカイを見つめた。

 

「グォグォ!」

「え?何??……」

「カイじゃなきゃダメだって。」

「はぁ?!」

 

 カイはすっかり混乱している。

 ブレードイーグルの起こし方は、シーナの双子の兄、アレックスしか知らないだろうという話だったのに。

 シーナが知らなくて、何故ユナイトが知っているのだろう?

 いや、それ以前に何故自分でなければならないのだろう?名前を呼ぶだけならばシーナが名前を呼ぶのでも良い筈だ。

 

「ちょっと待てよ。ホントにそんな簡単な方法で起きるのか??」

「グォグォ!」

「多分大丈夫!だって。」

「多分って……」

 

 何処か自信満々なユナイトの根拠が「多分」とは、思わず脱力してしまう。

 しかし、行き止まりであるこの部屋へ飛び込んでしまった以上、もう後には引けない。

 ブレードイーグルが動かなければ、島から脱出する事はおろか、恐らく追いかけて来ているであろうスヴェン達から身を護る事すら出来ないのだから。

 こうなれば一か八かだ。

 

「わかったよ。名前を呼べば良いんだな?」

 

 カイの言葉にユナイトは頷くと、部屋の中を旋回するように一周飛び、ブレードイーグルの中へと消えて行った。

 

「消えた?!」

「ううん。ユナイトがブレードイーグルと合体したの。それよりカイ、早く名前を呼んで。」

「あ、ああ。わかった!」

 

 オーガノイドがゾイドと合体する力を持つのは聞いたことがある。

 だが、こんな風に吸い込まれるようにして消えるとは……

 カイは初めて見たオーガノイドの合体という能力に戸惑いながらブレードイーグルの背を駆け、首の辺りまでやって来ると、その頭へ向かって叫んだ。

 

「ブレードイーグル!!」

 

 ……しかし、反応は無い。

 辺りは静まり返ったままだ。

 

「……だよなぁ……」

 

 カイはがっくりと肩を落とす。こんな簡単な方法で起きるなんてどう考えたっておかしい。

 しかし、シーナはそう思っていないようだった。

 彼女は彼の隣へやって来て静かに言った。

 

「ユナイトは嘘を吐くような子じゃない。だからきっと間違ってない筈。お願い、カイ。もう一度試して。」

 

 真剣な表情のシーナにカイは少し俯いたが、すぐ顔を上げて頷いた。

 簡単に諦めるわけにはいかない。

 シーナとユナイトを守る為にも。

 

「ブレードイーグル!なぁ!目を覚ましてくれ!ブレードイーグル!!」

「お願い!ブレードイーグル!起きて!!」

 

 2人で必死に物言わぬその頭へ呼びかけるが、やはり反応は無い。

 やがて、開け放たれたままの扉の向こう、通路の方から足音が響いて来た。

 このままではまずい。奴らが来てしまう……

 一瞬、カイの脳裏に捕まった後の事が過った。

 自分が奴等に狙われている心当たりはある。まず間違いなく殺されるだろう。

 その後、シーナとユナイト、ブレードイーグルはどうなる??

 売り飛ばされるか、或いは奴等にこき使われるか……いや、そもそも男3人に囲まれた少女がどんな目に遭うかなど分かり切っている。そんなの、想像したくも無い……

 意地でも起きてもらうしかないというのに全く起きる気配の無いブレードイーグルへ、カイは思わず怒鳴った。

 

「こんにゃろうッ!お前シーナを守る為に造られたんだろ?!だったらとっとと起きろ!!イーグル!!!」

 

 その声が部屋に響き渡る……だが、その声はさっきまで必死に名前を呼んでいた時に部屋に響いていた声と、反響の仕方が違った。

 まるでやまびこのように、部屋の中でカイの叫んだ声が反響している。

 起きろ。イーグル……起きろ。イーグル……起きろ。イーグル……

 反響が収まるのと、スヴェン達が部屋へ辿り着いたのは同時だった。が、その銃口がカイを捉える事はなかった。

 部屋の壁一面に白く輝く古代文字が浮かび上がり、その光があっという間に部屋を満たしてしまったのだ。

 その輝きは目が眩む程に眩しく、カイも、シーナも、スヴェン達も、思わず手で光を遮りながら、辺りを見渡す。

 光に満たされた部屋の中で、不意に音が鳴り出した。ゾイド特有の、あの駆動音だ。

 

「キュルアァァァァァ!!」

 

 部屋の中に、高らかな鳴き声が響き渡る。

 その鳴き声を聞いて、シーナが嬉しそうに叫んだ。

 

「起きた!カイ!ブレードイーグルが起きたよ!!」

 

 光に包まれた部屋の中で、ブレードイーグルは固く閉ざしていたそのキャノピーを開く。

 コックピットはまるで2人で乗る事を想定していたかのような複座式で、現代のゾイドのコックピットとあまり差異もない。一目見ただけで、大体何をどう動かして操作するのかは容易に察しがついた。

 これなら、いける。

 

「行くぞシーナ!」

「うん!」

 

 2人は、ブレードイーグルのコックピットへと乗り込んだ。

 ブレードイーグルのキャノピーが閉じられた時点で、古代文字が放つ光はその役目を終えたとでもいうかのようにフッと消え失せる。

 光が収まった事を確認し、顔を上げた所でスヴェン達は驚愕した。

 目の前の鳥型ゾイドが威嚇するかのように、ギラギラと自分達を間近で睨み付けているのだから無理もない。

 その迫力は、手下であるオスカーとスティーヴが手にしていたマシンガンを放り出し、リーダーであるスヴェンの後ろへ隠れる程で、先程まで威勢の良かったスヴェンも真っ青に青ざめていた。

 

「キュァァァ!!」

 

 思わずビクッとしてしまいそうな程の鋭い一声を残し、ブレードイーグルは彼等を飛び越えると遺跡の出入り口を目指して羽ばたいた。

 

「一体どうなってんだ?これ……」

 

 一方のカイも、ブレードイーグルに別の意味で驚愕していた。

 実の所、カイはまだ殆ど操縦らしい操縦をしていない。

 シーナと共にコックピットへ乗り込んだ後の動作は、ブレードイーグルが全て己の意思で動いているとしか思えないものだった。

 キャノピーを閉め、部屋の光が収まると同時にスヴェン達を威嚇し、地上を目指して通路を飛ぶ……正直カイがコックピットに乗り込んで行った事といえば、シートベルトを締めたことくらいだ。

 

「シーナ、コイツ自動操縦なのか??」

「ううん。普通にコックピットから操縦する事も出来るよ。でも今はイーグルとユナイトに任せた方が良いと思う。」

「任せるって……」

 

 座っていればいい……ということだろうか?

 となると、やはり今動いているのはイーグル自身の意思か、または合体したユナイトが操作しているのかのどちらかだろう。

 先程カイを背に乗せて飛んだユナイト程のスピードではないとはいえ、ブレードイーグルは通路の何処にも接触せず器用に螺旋状の通路を飛んでいる。

 実際機体が大きい分、ブレードイーグルにとってはこの遺跡の巨大な通路も決して余裕があるとは言い難い。カイもゾイドの操縦にはそこそこ自身があるが、こんな通路の中を一切接触せずに飛ぶような曲芸飛行は到底出来そうになかった。確かに自分が操縦するよりもブレードイーグルとユナイトに任せた方が良さそうだ。

 ……長い眠りから目覚めた翼が、快晴の空の下へと飛び出した。

 ブレードイーグルも、久方ぶりの空が嬉しかったのだろう、空中で時折ロールを打ちながらぐんぐん高度を上げてゆく。

 外へ出ればこちらの物だ。と言わんばかりにブレードイーグルが高らかな鳴き声を上げた。

 短い電子音が鳴り、コックピットのコンソール画面に文字が表示される。しかし、困った事に表示された文字は古代語だ。

 カイは後部座席を振り返ってシーナへ訪ねた。

 

「なぁシーナ!これ読めるか?」

「自立行動解除。って書いてある。」

 

 シーナが後部座席から身を乗り出し画面の文字を読み上げる。

 彼女の声に返事をするかのように、短く静かな鳴き声を発っするブレードイーグル。その鳴き声を聞いて、シーナは納得したように呟いた。

 

「そっか。そうだね。私もイーグルもユナイトも、一体何処に行けば良いかわからないもんね。」

 

 シーナは再び身を乗り出し、カイに言った。

 

「カイ。イーグルが行先はカイに任せるって。」

「俺に??」

 

 カイはそう言って、先程から軽く手を掛けていただけだった操縦レバーをそっと握り直す。

 マジか。と、彼は戸惑った。

 確かにこの時代の町や都市の場所が分かるのはカイだけであるし、操縦方法も大体の察しはつく。

 が、ブレードイーグルの機体性能もコンソールに表示される古代語も、自分はまるでわからない。

 

「ホントに俺が操縦して良いんだな?」

 

 思わずそう聞き返してしまった。

 そんな彼の言葉を聞いて戸惑っている事を察したのか、シーナは前席のシートへ抱き着つくようにしてカイの顔を覗き込む。

 彼女は笑顔だった。

 

「勿論!だから行こう!カイ!」

 

 その笑顔が、その弾んだ可愛らしい声が、カイの戸惑いを消し去った。

 カイはニヤッと笑って前を向くと、今一度操縦レバーをしっかりと握り直し、フットペダルへ足を掛けた。

 

「じゃぁ、あいつらが付いて来れないくらい全速力で逃げねーとな!行くぞイーグル!寝ぼけてんなよ!」

「キュルァ!!」

 

 カイの言葉に「おう!!」と返事をしたのか、はたまた「うるせぇ!!」と毒づいたのかはわからないが、ブレードイーグルはカイが操縦レバーとフットペダルを全開にすると同時にアメジストのようなアイレンズをカッと光らせた。

 ……次の瞬間にブレードイーグルが浮かんでいた中空に残ったのは、巨大なドーナツ型の衝撃波の跡のみであった……

 

   ~*~

 

 夜……彼らは共和国領の荒野の外れに位置する泉の畔にいた。

 最初は最寄りの町かコロニーに立ち寄ろうと考えていたのだが、着陸しようとする度にイーグルに自立行動モードに切り替えられことごとく拒否られてしまったのだ。

 まぁ、町に行ったところで財布はレドラーと共に吹っ飛んでしまった為、宿に泊まるどころかパン一切れさえ買う金も無いのだが……

 そんなこんなで、カイは泉の傍でぐったりと横になっている。

 トップスピードを維持したままノンストップで此処まで来たのだ。疲れたとか酔ったとかいうレベルをとうに通り越して、もはや半分意識が飛んでいた。

 一方のシーナは、超高速、超長距離移動をして来たというのにピンピンしており、ぐったりしているカイの代わりに泉の畔に生えていたパパオの木から食べ頃の実をいくつか取って来て、カイに借りた折り畳みナイフで切り分けているところである。

 

「カイ。大丈夫?パパオ食べる?」

「あー……うん。食う……」

 

 シーナの声に、カイは半分飛んでいた意識を無理矢理引き戻して気だるそうに起き上がる。

 彼女が手にしている大きな葉っぱの上に盛られたカットパパオを一切れ手に取って口に放り込みながら、彼はげっそりとした声で呟いた。

 

「あんな超スピードでかっ飛んで来たのに、よく平気だな。」

「うん。私はイーグルの飛ぶスピードに慣れてるみたい。記憶が途切れてるから、よくわからないけど。」

 

 何でも無さそうにそう言いながらシーナもパパオを口に運ぶ。

 カイは感心したようにシーナを眺めた後、ふとユナイトへ訪ねた。

 

「なぁ、結局なんで俺じゃなきゃダメだったんだ?」

「グオ??」

「イーグルを起こす方法だよ。なんで名前を呼ぶのが俺じゃなきゃ駄目だったのか?って話。」

 

 カイの言葉に、ユナイトはあ!それか!と言った様子で何やらグオグオと話し始める。

 ……勿論カイには何と言っているのか全く分からないのだが。

 

「シーナ、通訳頼む……」

「……」

「シーナ??」

 

 ユナイトの話を聞いて何やら考え事をしている様子のシーナを、カイが呼ぶ。

 シーナはハッとした様子でカイの方を向くと、ユナイトが話した事を説明し始めた。

 

「あのね……カイがアレックスに似てたからだって。」

「は?」

 

 カイは不思議そうに首を傾げる。

 初めて目覚めたシーナにも、アレックスによく似ている。と言われた。

 だがそれが一体何の関係があるのだろう?……

 

「俺がシーナの兄貴と似てるから……って、それが関係あるのか??」

 

 カイの問いに、シーナは少し黙り込んでからそっと説明し始めた。

 

「あのね、イーグルを起こす為の手段はアレックスの声紋認証だったんだって……アレックスの声でイーグルの名前を呼ぶことが起動コードだったから。ってユナイトは言ってる。」

「声紋……認証……」

 

 今度はカイが黙り込む番だった。

 アレックスの声で名前を呼ぶこと……恐らくあの時叫んだ「起きろ!!イーグル!!!」が、その合言葉だったに違いない。

 しかし、声紋認証とは……

 

「なぁ、俺ってそんなに……声まで似てんの??」

 

 彼の問いに、シーナはこくりと頷いた。

 

「本当にそっくりなの。顔も、声も、顔の模様まで……違うのは髪や肌の色だけ。」

「……へぇ~……」

 

 なんともとんでもない偶然があったものだ。

 基本的に無神論者で現実主義者のカイだが、流石にこうも不思議な偶然が重なると「運命」なんて言葉を信じてしまいそうである。

 だがまぁ……それも悪く無いかもしれない。とは思う……が、正直彼は素直に喜べなかった。

 その原因である新たな相棒へと視線を移すと、カイは恨みがましそうに口を開く。

 

「それにしても……お前なんで言う事聞いてくれなかったんだよ。行先は任せるって言ったのはお前だろ?」

 

 カイは傍で静かに羽根を休めているブレードイーグルに問うが、ブレードイーグルはふんっ!とばかりにプイッと顔を逸らして素知らぬ顔をしている。

 あまりにも冷たいブレードイーグルの態度に不機嫌な顔をするカイへ、シーナが言った。

 

「カイがあんな事言うからだよ。」

「え?」

「寝ぼけてんなよ。って。イーグルは負けず嫌いな子だから、それが頭に来てムキになってるんだよ。ね?イーグル。」

「キュルル」

 

 まるで「その通り。」とでも言っているかのようにイーグルはシーナの方を見る。

 なんとも感情豊かなゾイドだ。今の時代、ここまで我の強いゾイドは滅多にいない。

 

「……めんどくせー奴だな。お前。」

 

 カイはそう言ってもう一切れパパオを口に放り込む。

 次の瞬間、彼の後頭部をブレードイーグルの鋭い嘴の先が小突いた。

 

「いでぇ?!」

 

 恐らく怪我をさせないように充分手加減はしたのだろうが、滅茶苦茶痛い……

 流石にカイもとうとう堪忍袋の緒が切れた。

 ガバッと立ち上がり、ブレードイーグルの鼻先をビシッと指さすとカイは思いっきり怒鳴った。

 

「てめぇこの阿呆鳥!!何しやがる!!」

 

 暫くカイとブレードイーグルは睨み合っていたが、不意にブレードイーグルが大人しく嘴の先をそーっとカイの前に近づける。

 素直なその反応に思わず、

 

「お?流石に反省したか?」

 

 と、カイが問いかけた途端、ブレードイーグルは近付けていた嘴の先でカイの胸を軽くトンッと押した。

 

 ドブンッ!!!

 

 どうやら全く反省はしていないらしい。

 呆気なく泉へ落っこちたカイを満足そうに眺めると、ブレードイーグルは完全に寝る態勢に入ってしまった。

 

「お前なぁ!!こっちは着替えもねーんだぞ!!何すんだよ!!おいこら!シカトすんな!!」

 

 ザバッと泉から上がって来たカイが激しく抗議するも、ブレードイーグルは何も反応しない。

 スリープモードに入ったのか、狸寝入りを決め込んでいるのかはわからないが、涼しい顔で無反応なその様は何処か余裕すら感じさせる。

 ぐぬぬ!と歯ぎしりするカイを眺めて、シーナはユナイトと顔を見合わせた。

 

「大丈夫かな?」

「グォグォ!」

 

 何処か自信たっぷりに頷くユナイトのその反応は、「大丈夫!」と言っているかのようだった。

 しかし、状況的には全く大丈夫ではない。財布無し。着替え無し。食料無し……

 前途多難な旅は、まだまだ始まったばかりである。




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第3話-荒野の二人組-

 カイの声で、ずっと眠っていたブレードイーグルが目を覚ましてくれた。

 でも、カイとブレードイーグルはなんだかあんまり仲が良くないみたい。

 カイの荷物も無くなっちゃったし、これから私達、一体どうすれば良いのかな?……

 [シーナ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第3話:荒野の二人組]

 

 翌朝目覚めたカイとシーナは、朝食代わりのパパオを食べながらこれからどうするかを話し合っていた。

 話し合うと言っても、カイが考えた事をシーナに説明している。と言った方が正しいが。

 カイの荷物は全て、生活雑貨や食料に至るまで全部レドラーと共に吹き飛んでしまったので、まずはその辺りの物をまた一から買い直さなくてはいけない。

 ……が、荷物と共に財布も吹っ飛んでしまった以上、肝心の金が無い。

 現時点ではこれが一番の問題だった。

 一応、今までカイが情報屋として稼いで来た報酬は全て彼の個人口座に入っているので全くの無一文という訳でもないのだが、カイは情報収集の際に貴重品を持ち歩かない主義だった。というのも、情報収集の際に不慮の事態に見舞われて紛失しないよう、そういった貴重品は全てレドラーの座席の下に厳重に隠して行動する癖が付いていたのだ。

 つまり今回は、完全にそれが仇になってしまったのである……

 自分の口座から預金を下ろす為に必要なカードや通帳、更にはその再発行に必要な身分証も、全て吹っ飛んだレドラーに置きっぱなしだった。

 新たに通帳やカードを発行してもらうにしても、身分証も無しでは最低一週間は掛かる。

 銀行窓口に再発行の手続きをしに行く為にも、通帳やカードが再発行されるまでの間食い繋ぐ分の金を稼ぐ為にも、何処か近場の町へ行くしかない。

 

「というわけで、まずはこの先のエレミア砂漠を突っ切った所にあるサンドコロニーまで行こうと思う。」

「サンドコロニー?」

「ああ。エレミア砂漠とイセリナ山の間にあるコロニーなんだ。砂漠越えや山越えの補給に大勢の人が立ち寄る分、市場も沢山あって一通り何でも揃うし、日雇いも結構募集してるから日銭稼ぎにも困らない。って訳だ。」

 

 カイはそう言って二ッと笑う。

 市場の日雇いなら情報屋としての稼ぎが微妙だった頃に何度も経験している分、慣れた仕事だ。

 貰った日銭でちまちま必要な物を揃えるのも、サンドコロニーならばすぐに一通り揃うだろう。

 

「じゃぁ行こっか。そのサンドコロニーに。ね?ユナイト。」

「グオ!」

「よっしゃ!じゃあ決まりだな!」

 

 どうやらシーナとユナイトも特に異存はないらしい。

 あとの問題は……

 

「って訳で、今度は目的地素通りすんなよ??」

 

 ブレードイーグルだ。

 案の定ブレードイーグルは不機嫌そうな鳴き声を吐いてそっぽを向いている。

 こいつが言う事を聞いてくれなければどうしようもない。

 

「なぁシーナ。どうやったらブレードイーグルは素直に言う事聞いてくれるんだ?」

 

 カイは困り果てた様子でシーナへ訪ねる。

 シーナはきょとんとした顔でカイとブレードイーグルを交互に見ると、立ち上がってブレードイーグルの目の前へと歩み寄った。

 

「イーグル。カイの行きたがってる場所にちゃんと連れて行ってあげて。じゃないと私達とっても困るの。お願い。」

「キュルルルル」

 

 シーナの言葉に、ブレードイーグルは至って素直にシーナの方を向く。

 

「仰せの通りに。だって。」

「……そりゃ良かった。」

 

 カイはいまいち面白くない。

 まぁ、シーナはブレードイーグルの主である訳だし、シーナの言う事を聞くのは当然だ。

 昨夜喧嘩した手前、ブレードイーグルがカイの言う事を聞きたくないと言うのも確かに分かる。が、いつまでもへそを曲げられていては流石に困る。

 こうなればつまらない意地を張っていてもしょうがない。

 

「……なぁイーグル。昨日は俺が悪かったよ。だから少しは俺の言う事も素直に聞いてくれよ。な?」

「クルルル」

 

 カイがブレードイーグルに向かってそう言うと、流石にブレードイーグルもカイの方を向いて咽を鳴らすような小さい鳴き声をあげた。

 

「しょうがねぇな。だって。」

「素直に目的地に向かってくれるならなんでも良いよ。よし!じゃあさっさと行こうぜ!サンドコロニーまで!」

 

 カイとシーナは、ブレードイーグルのコックピットへと乗り込んだ。

 意外な事に、ブレードイーグルは自立行動を解除したまま、カイに操縦を委ねて空へと舞い上がる。

 

(なんだ。意地っ張りだけど、そこまでわからず屋でもねーんだな。)

 

 カイは思わずホッとしてしまう。

 昨日の音速飛行とは打って変わってのんびりと目的地へ向かうその後を、ユナイトがパタパタと展開翼を羽ばたかせて追いかけた。

 

   ~*~

 

 エレミア砂漠の天気は至って良好だった。

 春先だというのに酷い砂嵐が起きている訳でもなく、見通しも良い。

 カイはふと、レドラーと一緒に吹き飛んでしまった自慢のCDコレクションを思い浮かべた。

 こんな天気の良い空を飛びながら聞けば、また格別だっただろう……

 

「……Let's dive in to the blue sky

 We are never think falling

 Still continuing to run

 Just like Continue flying birds……」

「それなぁに??」

 

 不意に歌い出したカイにシーナが訊ねる。

 カイは後部座席を振り返って笑った。

 

「ブルースカイって曲だよ。共和国のサウンドライダーズってバンドの新曲。」

「どういう意味?さっきの歌詞。」

「真っ青な空に飛び込め。俺達は落ちる事なんか絶対考えない。飛び続ける鳥達みたいに、まだまだ走り続けるんだ。って意味。」

 

 カイの言葉に、シーナは目を輝かせる。

 

「素敵な曲だね。」

「だろ?!俺もこの曲大好きなんだよ!レドラーと一緒にCD吹っ飛んでなきゃ、シーナにももっと色々聞かせてやれたんだけどなぁ……」

 

 カイはそう言いながらスクリーン越しの空を眺める。口座から預金を引き出せたらまた買い直そう。と思いながら。

 まぁ、古代ゾイドであるブレードイーグルにコックピット用のCDプレイヤーユニットが増設できるかどうかは怪しいが……

 そんな事を考えるカイに、シーナは後部座席から身を乗り出して無邪気な笑顔を向ける。

 

「ねぇカイ。その曲もう一回歌って。」

「別に良いけど、これ新曲だから俺もまだサビしか覚えてないぜ?」

「良いの!その曲素敵なんだもん。もう一回聞かせて。」

 

 シーナにせがまれてはしょうがない。

 

「しょうがねぇなぁ。」

 

 まんざらでもなさそうにカイは前を向きながらニヤッと笑う。

 音楽を聴くのは勿論、歌うのもカイは大好きだ。そこそこ歌唱力にも自信がある。

 しかしその時、彼はふと前方の砂漠の上を走る2機のゾイドを見つけて目を凝らした。

 青いセイバータイガーに、赤いコマンドウルフ……見覚えのあるその2機に、彼はシーナへ訪ねた。

 

「悪いシーナ。ちょっとあそこのゾイド達、アップで表示出来ないか?」

「あの青いのと赤いの?ちょっと待ってね。」

 

 シーナが後席用のコンソールで2機の拡大映像をモニターに表示する。

 間違いない。この2機とそのパイロットをカイはよく知っていた。

 

「シーナ、イーグルに通信機能あるよな?」

「うん。あるよ。」

「一般通信コード6783_4159に繋いでくれ。」

「分かった。」

 

   ~*~

 

 一方、青いセイバータイガーのパイロットは後方から接近する機影をレーダーに捉えていた。

 怪訝な顔をする彼に、隣を走る赤いコマンドウルフのパイロットが通信を入れて来る。

 

「ザクリス。後ろに何かおるぞ。」

「わーってるよ。」

 

 ザクリスはモニターに映る黒髪の青年に面倒臭そうに答え、眉間に皺を寄せた。

 自分達と同じようにこの先のサンドコロニーを目指しているだけならばどうという事は無いが、見通しの良い砂漠のど真ん中は襲撃されやすい場所の一つだ。自分達を襲いに来た盗賊や根性の悪い商売敵だと少々面倒である。

 

「アサヒ。後ろの奴に少し鎌かけるから付き合え。」

「はいよ。」

 

 返事の後、通信を切ったアサヒのコマンドウルフが左へ反れて行くのを確認し、ザクリスもセイバータイガーの進路を右へ反らした。

 サンドコロニーへ向かっているだけの無害なゾイドであるならば、自分達を追いかけない筈だ。

 だが案の定、レーダーの捉える機影は馬鹿正直にセイバータイガーの後ろを付いて来ている。

 

「おいおい。こんなちゃちな鎌かけに引っ掛かるとか何処のド三流だ。」

 

 呆れた声を上げながら、ザクリスはセイバータイガーを反転させると同時にロングレンジライフルの照準を合わせた。

 

「こんなド三流相手じゃ軽い運動にもなりゃしねー。とっとと撃ち落としてやるぜ。」

 

 しかし、空を見上げた彼は思わず目を見開いて飛んで来ているゾイドを凝視した。

 鳥型の飛行ゾイド……こんなゾイドは帝国にも共和国にも存在しない筈だ。

 

「なんだこいつは……」

 

 警戒の色を含んだトーンの低い声がその口から零れた時だった。

 

「待て待てザクリス!俺だ俺!!」

 

 モニターに映る慌てた様子の少年の顔を見て、ザクリスは思わず驚いた様子で声を上げた。

 

「カイじゃねぇか!なんだそのゾイド!!」

「ちょっと色々あったんだよ!とりあえず降りるからライフル下げてくれ。イーグルが警戒して降りようとしてくれないんだ。」

「……わーったよ。」

 

 ザクリスがロングレンジライフルの銃口を下げると、鳥型の飛行ゾイドがセイバータイガーの前にゆっくりと降り立つ。

 一拍遅れて、そのゾイドの隣に降り立った桜色のオーガノイドも含めて、ザクリスは全く訳が分からないといった表情を浮かべた。

 

「見た事のねぇゾイドにオーガノイド……こいつまた面倒事持ち込んで来たんじゃねーだろうな……」

 

 やれやれ。といった様子で溜息を吐くと、ザクリスは遠くからこちらの様子を窺っているアサヒのコマンドウルフへと通信を入れた。

 

「アサヒ。正体はカイだ。とりあえずお前もこっちに来い。」

「なんだカイだったのか。わかった。すぐ行こう。」

 

 コマンドウルフがこちらへ走って来るのを確認すると、ザクリスは通信を切りコックピットから飛び降りた。

 目の前の鳥型ゾイドは頭を低く降ろし、キャノピーを開く。中から出て来たのは間違いなくカイだ。

 

「ったく。金魚の糞みてーに付いて来んなよ。危うく撃っちまうとこだっただろうが。」

「しょうがねぇだろ?慣れない機体で通信入れるのも一苦労なんだよこっちは。」

 

 カイはそう言うとブレードイーグルを振り返り声を掛けた。

 

「シーナぁ!こいつ知り合いだから怖がらなくて良いぜ!降りて来いよ!」

「シーナ??」

 

 聞きなれない名前に怪訝な顔をするザクリスの前へシーナが降りて来ようとするが、彼女が素足であるのを見て取ったザクリスは慌てた様子で大声を上げた。

 

「おい馬鹿!素足で砂漠に降りて来んな!足火傷するぞ!!」

「あ!やべ!そういえばシーナの靴無いんだった!」

 

 カイがしまった!と言った顔をするが、シーナは自分が素足である事も、下が日差しに熱された砂で覆われているのもちゃんと心得ていたらしい。

 彼女がキャノピーから飛び降りた先はユナイトの背の上であった。

 

「これで良いよね?」

「グオ!」

「ああ。それなら良い。」

 

 ユナイトの背にちょこんと腰かけたシーナを見てザクリスはそう言うとカイへ向き直る。

 

「で?お前は一体どこであんな裸足の女神ちゃんを引っ掛けて来たんだ?ん?」

「だから色々あったんだって……」

 

 困ったように苦笑するカイの前で、赤いコマンドウルフが青いセイバータイガーの隣に並んだ。

 

「ようカイ!久しぶりだなぁ!」

 

 そう言いながらアサヒがコックピットから飛び降りて来る。

 カイもアサヒに久しぶり。と挨拶を済ませると、昨日の出来事を2人に話し始めた。

 孤島の遺跡でシーナ達を見つけた事に始まり、盗賊に襲われレドラーを破壊された事。遺跡に眠っていたブレードイーグルで逃げて来た事……そのお陰で着の身着のままの無一文である事まで全て包み隠さずに……

 

「なるほど。じゃぁコイツは古代ゾイドってわけか。そりゃ見た事ねぇに決まって―」

「古代ゾイド人ってのはべっぴんさんだなぁ!俺ぁてっきり桜の精かと思っちまったよ!」

「……お前なぁ……」

 

 言葉を遮られたザクリスが、シーナを見つめて目を輝かせているアサヒを呆れた様子で眺める。

 日系人のコロニー出身であるアサヒにとって、シーナのその容姿は桜を連想せずにはいられないらしい。

 確かに彼女の髪は綺麗な桜色であるし、彼女の左目の下にある紅色の模様は桜の花によく似ていた。

 アサヒはよし!と手を打つとシーナへ言った。

 

「もし良けりゃ、お前さんに似合う服を何か見繕ってやろう。」

「はぁ?!」

 

 大声を上げたのは勿論ザクリスである。

 彼はアサヒの傍に行くと慌てた様子で捲し立てた。

 

「お前な!カイの話ちゃんと聞いてたか?!こいつ等スカーレット・スカーズの連中に目ぇ付けられてんだぞ?!面倒事に巻き込まれる前に金だけ貸してとっとと解散した方が良いに決まってんじゃねーか!」

 

 スヴェンが率いる3人組の盗賊団「スカーレット・スカーズ」は、ゾイドの操縦技術こそそこまで大した事は無いが、とにかく粘着質でしつこい事で有名だ。

 カイ達とあまり長い間行動を共にしていては、共に襲われるかもしれない。

 だが、必死な様子のザクリスとは打って変わってアサヒは至って穏やかだった。

 

「そう冷たい事を言うな。スカーズの連中には俺らも目を付けられとる事だし、今更変わらんさ。」

「いやまぁ、そりゃそうだけどよ!」

「大体、カイが連中に目を付けられちまった理由の半分はお前さんにも非があるだろう?」

「ぐッ……」

 

 ザクリスが思わず言葉に詰まる。

 以前ザクリスとアサヒはスカーレット・スカーズの悪行に悩まされていた辺境のコロニーに用心棒として雇われた事があった。

 丁度その頃、スカーレット・スカーズに情報提供料を踏み倒されてむしゃくしゃしていたカイが細やかな腹いせとして、2人に奴等の情報を格安で売ったのだ。

 お陰でザクリスとアサヒは本気の半分も出さずに呆気なく彼等を撃退したのだが、少々コテンパンにし過ぎた……主にザクリスが。

 そのせいで自分達だけでなくカイにまで矛先が向いてしまったのだからザクリスも当然責任は感じているが、こうも面と向かって言われては言い返す言葉もない。

 

「……わーったよ。好きにしろ。」

 

 観念したようにそう言うと、彼はさっさとセイバータイガーの方へ戻ってしまう。

 その様子を見たシーナは不思議そうに首を傾げてアサヒへ訪ねた。

 

「ザクリス、怒ったのかな?」

「いや。あいつもあれでなかなか面倒見の良い男だ。俺らもスカーズの連中に目を付けられとる手前、あまり一緒に居ると逆にお前さんらが狙われやすくなっちまうと思ったんだろう。」

「そうなの?」

「恐らくな。」

 

 アサヒはそう言って肩を竦めて見せる。

 そんなアサヒにカイは申し訳なさそうに言った。

 

「手間掛けさせてごめんな。この借りは必ず返すから。」

 

 だが、アサヒはカイの肩を励ますように叩いて笑った。

 

「今回は貸しだの借りだの思わんで良い。俺が好きで世話を焼いとるだけの話だ。それに年頃の若い娘が、着替えも靴も無しでは流石にマズいだろう。何も気にせず、大人しく世話を焼かせてくれんか?」

「……お前のその頼み方、ホントズルいよな。」

 

 観念したような軽い溜息と共に、カイも思わず笑う。

 ついつい甘えたくなってしまう程、アサヒは他人の面倒を見るのが本当に上手だ。

 知り合って以来、何度助けられたことか……

 

「おーい。サンドコロニーに行くんじゃねーのかぁ?さっさとしねーと置いて行っちまうぞ。」

「おー!今行くよ!」

 

 外部スピーカーで呼びかけて来るザクリスに、アサヒは苦笑しながらそう返事をすると愛機の名を呼んだ。

 

牙狼(ガロウ)!」

 

 赤いコマンドウルフはその一声で自ら地面へ伏せ、キャノピーを開ける。

 彼はコックピットへ乗り込む前にカイ達を振り返った。

 

「それじゃ、行くとしましょうや。ご両人。」

「そうだな。」

「うん。」

 

 シーナと共にイーグルのコックピットへ戻りながら、カイは本当にこの2人と知り合えて良かったと改めて思った。

 荒野で一人生計を立てていた身としては、頼れる人間が居るというのは本当に心強い。

 再び走り出したセイバータイガーとコマンドウルフの後に続くようにして、ブレードイーグルとユナイトは空へ舞い上がった。

 

   ~*~

 

 サンドコロニーはいつものように大勢の人で賑わっていた。

 デススティンガーの襲撃事件で一度壊滅したが、その後の復興に伴い帝国と共和国の両国からの支援で更に大きなコロニーとなったこの場所は、以前より沢山の店舗が軒を連ね、食料品や生活雑貨以外にもゾイドのカスタムショップや各種金融機関などが新たに進出して来ている。

 そして、カイ達にとっては見慣れた光景だが、シーナにとっては初めて目にする平和な町であった。

 シーナはキョロキョロと辺りを見渡しながら、まるで幼い子供のように目を輝かせていた。

 

「ねぇカイ。コレ何??」

 

 そう言って呼び止められるのも、もう何度目だろうか?

 カイはシーナとユナイトが立ち止まっている店の前へ向かう。生活雑貨とアクセサリーを扱っている店だ。

 シーナが指さす先には、綺麗なペンダントが沢山並んでいた。

 

「ペンダントだよ。首に掛けるアクセサリー。」

「皆こんな風にお洒落出来るの?」

「ああ。この時代じゃ普通だよ。」

「すごーい……あ、これイーグルに似てる!」

「グォグォ!」

 

 シーナが手に取ったペンダントには、大きく翼を広げたシルバー製の鷲が付いていた。

 

「イーグルも鷲型だからな。」

 

 そう言って笑ったカイは、シーナの頭をポンっと撫でる。

 

「今度買ってやるよ。」

「え?!良いの?!」

 

 ギョッとした顔でシーナはカイを振り返った。

 カイは大袈裟な奴だなぁ。と笑いながらシーナが手にしているペンダントをそっと受け取る。

 

「おっちゃん。コレ今度買いたいんだけど、取っといてもらったり出来っかな?」

「おう。構わねぇよ。」

 

 店主は笑顔でそう言ってペンダントを受け取ると、予約済みと書かれたタグを付けカウンターの奥の壁に掛けた。

 カイはありがとう。と店主に笑い掛け、シーナとユナイトを連れて再び歩き出す。

 シーナは少し心配そうな顔でカイを見上げた。

 

「ホントに良いの?」

「勿論!あ、でもその代わり貯金降ろせるようになるまでは我慢な。」

「……うん!ありがとう!」

 

 シーナの笑顔に少し顔を赤らめながら、カイは向こうの店の前で立ち止まっているザクリスとアサヒの元へ足を速める。

 

(なんかシーナにねだられると俺、なんでも買っちまいそうだな……気を付けよう。)

 

 と、考えながら。

 戦争の続く時代しか知らないシーナに平和な時代を満喫させたい。目一杯甘やかしてやりたい。と思ってしまうのは、少々過保護過ぎるだろうか?

 だが、こうして目を輝かせながら隣を歩くシーナを眺めているとそう思わずにはいられないのだ。幼子のようにはしゃぐ彼女の無邪気さは、その手足に刻まれた無数の痛々しい傷跡をより際立たせるようで……放っておけない。

 

「アサヒぃ……いつまで服見てんだよ。」

 

 退屈そうなザクリスの声にハッと我に返ったカイは、危うく通り過ぎかけた2人の傍へ向かう。

 アサヒは恥ずかしげも無くあれでもないこれでもないと、婦人服を手にとっては戻しを繰り返していた。

 

「何してんの?」

 

 カイが訊ねると、アサヒは白いワンピースを手にしたまま振り返って苦笑した。

 

「いやぁ、服見繕ってやると言ったは良いが、シーナはあまり肌が見えん服の方が良いだろうと思ってな。決めかねちまってるところだ。」

 

 アサヒはそう言って手にしたワンピースを斜掛けに戻す。

 恐らくアサヒもシーナの傷跡を気遣っているのだろう。

 カイはうーん……と考え込むと、不意にウエストバッグから小型タブレットを取り出し操作し始めた。

 

「何してんだ?」

 

 ザクリスが横からタブレットを覗き込む。

 画面には、サンドコロニーの観光案内が表示されていた。

 

「アサヒ、最近この向こうに輸入服の店が出来たみたいなんだ。そっちも見て見ないか?」

 

 カイはそう言ってタブレットの画面を見せる。

 店舗案内の横に表示されている店内写真には、着物風の服が小さく写り込んでいた。

 

「お!良いな!!」

 

 アサヒはそう言って上機嫌に歩き出す。その様子を見たカイとシーナは顔を見合わせて笑い合い、ユナイトは不思議そうに首を傾げ、ザクリスは呆れたような溜息を吐いた。

 

   ~*~

 

 一行が買い物を済ませ、宿に着いたのは午後1時過ぎであった。

 せっかくシーナの服を買ったのだから、早速着替えてみてはどうだろうか?とアサヒが言い出し、それなら先に宿に行ってシャワーを浴びてから着替えた方が良いだろうとザクリスが言い出して今に至る。なのでカイはシーナがシャワーを済ませ着替え終わるまでザクリスとアサヒの部屋に居た。

 

「まぁ此処まで面倒見て放り出すってのも気が引けるってのは一理ある。」

「だろう?だからカイ。そういう事で一つよろしくな。」

「いや、でも流石にそこまでしてもらうのは悪いぜ……」

 

 何やらザクリスとアサヒがカイに何か提案しているようだが、カイは申し訳なさそうな顔をしている。

 そんなカイに、今更気にすんなとザクリスが頭を乱暴に撫でまわし、アサヒが景気よくその背をバシバシと叩き始めた時、部屋の扉をノックする音が響いた。

 途端に、わちゃわちゃと騒いでいた3人が一斉に扉の方を向く。

 

「おう。開いてるぜ。」

 

 ザクリスがそう声を掛けると、ためらいがちにシーナが顔をちょこっと覗かせた。

 

「あの、服……着てみたけど……どう?」

 

 そう言って部屋に入って来たシーナの姿に、3人は感嘆の溜息を吐く。

 シーナは黒いハイネックのタイトシャツと黒いタイツの上に、白とピンクの着物風の上着と袴風の紅色のキュロットパンツを身に着け、両手をキュロットパンツと同じ紅色のアームカバーで覆い、足には白いブーツを履いていた。

 カイが貸していた男物の服を身に着けていても充分可愛かったが、身だしなみを整えきちんとした女物の服を身に着けたシーナの美しさは段違いだ。

 

「こりゃまた……アヒルが白鳥に化けたみてーだな。」

 

 とザクリスが呟けば、

 

「似合うだろうとは思っとったが、こりゃ桜の姫君だな。」

 

 とアサヒが感心したように呟き、

 

「シーナって、やっぱ美人だ……」

「「え?」」

 

 ぽ~っとした様子で呟いたカイに、ザクリスとアサヒが顔を向ける。

 からかう様子を隠そうともせず、ザクリスとアサヒはカイを見つめてニヤッと笑った。

 

「なんだお前。シーナに惚れてんのかぁ?」

「いよいよお前さんにも春が来たか。そうかそうか。」

「ば?!ち、ちっげーよ!!そんなんじゃねーっての!!」

 

 真っ赤になって全力否定するも、カイは正直まんざらでもなかった。

 恋愛感情で好きなのかどうかは自分でもよくわからないが、シーナを美人だと思うのも、可愛いと思うのも、守りたいと思うのも全て本心だ。

 自分はシーナをどう思っているのだろう?恋愛対象なのか、それとも妹のように思っているのか……まだシーナの事をよく知りもしないのに……

 

「とにかく、滅茶苦茶似合ってるぜ!シーナ!」

「良かったぁ。」

 

 年上2人のからかいから逃れるように言うカイに、シーナは照れたように微笑む。

 ……とりあえずハッキリ言えるのは、シーナの笑顔はとにかく可愛い。と思っているという事だった。

 

「じゃぁシーナも揃った事だし。俺達から提案なんだが。」

 

 ザクリスが言うと、アサヒが頷いて言葉を継いだ。

 

「お前さん達が此処でしばらく過ごす間、俺らが護衛してやろうと思うんだ。どうだ?」

「え?!でも迷惑じゃ……泊まるお金だって出してもらっちゃったし、それに服だって……」

 

 戸惑うシーナに、ザクリスは腕を組んで壁に背を預けながら言った。

 

「気にすんな。どっちにしろ俺達だって此処で2、3日ゆっくりしようとは思ってたんだ。おまけに服に関しては完全にアサヒのお節介だしな。」

「でも……」

 

 シーナは申し訳なさそうに俯く。

 そんな彼女にアサヒは穏やかな顔で優しく言った。

 

「なぁに。護衛と言っても、しばらくこのコロニーに一緒に滞在するだけの話だ。お互いスカーズの連中に目を付けられとる者同士、もし何かあれば助けるが、何もなけりゃそれに越した事は無い。一緒に居る間、お前さん達は安心して好きなように過ごせばいい。」

 

 シーナはカイを見つめた。

 カイも、正直勿論申し訳ないとは思っている。

 だが、もしスカーズの連中にこのコロニーに滞在している事を知られて襲われたら?とビクビクしなくて済むのは有難い。

 おまけにシーナは黙っていれば古代ゾイド人だとバレないだろうが、ユナイトはどこからどう見てもオーガノイドだ。スカーズ以外にも狙う者は沢山いるだろう。

 そう言った意味でも、護衛する者が居るというのは確かに心強い。

 

「大丈夫だぜ。シーナ。こいつら一度言い出すと聞かねーんだ。此処は2人の厚意に甘えちまおう。」

「……うん。わかった。」

 

 シーナは頷くと、ザクリスとアサヒに微笑んだ。

 

「2人とも、ありがとう。」

「おう。」

「こちらこそ、しばらくよろしく頼む。」

 

 そう言って笑い合った後、カイも笑みを浮かべてザクリスとアサヒの方を向いた。

 

「手続きが済んだら、此処で世話になった分の報酬はきっちり払わせてもらうからな。」

 

 ザクリスとアサヒはカイの言葉に顔を見合わせたが、しょうがないと言った様子で苦笑し合うとカイへ視線を戻す。

 

「ま、その辺きっちりしとかねぇとお前の気もすまねぇだろうしな。」

 

 ザクリスはニヤッと笑った。

 こういう所が彼等を頼ろうと思える所だ。

 変に恩を売って金を巻き上げようとするでもなく、かと言って全く見返りを求めない訳でもない。

 適度なギブアンドテイクが成り立つからこそ、お互い気持ちの良い関係を続けていける。だからカイはこの2人を信頼していた。

 

「じゃぁいい加減飯食いに行こうぜ。ろくな朝飯食ってねぇ分、腹が減ってしょうがねぇ。」

 

 ザクリスがそう言ってサッサと部屋を出て行く。

 が、廊下から顔だけ覗かせると、彼は言った。

 

「おら。何ボサッとしてんだ。お前らだって昨日からろくなもん食ってねーんだろ。さっさと来ねーと飯奢ってやんねーぞ。」

 

 そんなザクリスをきょとんと眺めた後、シーナは笑った。

 

「ザクリスって怖い人かと思ってたけど、アサヒが言ってた通り優しいんだね。」

「……よせよ。照れるだろーが。」

 

 ぷいっと廊下へ引っ込んだ彼は、置いてくぞー!とだけ言い残して歩き出す。

 カイ達は顔を見合わせて笑い合うと、彼の後を追いかけた。




[Pixiv版第3話はコチラ]
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第4話-砂漠の攻防-

 ったく、久しぶりにツラを見たと思ったら、古代ゾイド人に古代ゾイドにオーガノイド。

 カイの奴、マジで面倒事に巻き込まれるスペシャリストだな。面倒臭ぇ……

 ……まぁ、そんな奴をほっとけずに面倒見ちまう俺も大概だが……

 とにかくサンドコロニーに滞在してる間、何もなけりゃ良いんだがな。

 [ザクリス]

 

 [ZOIDS-Unite- 第4話:砂漠の攻防]

 

 サンドコロニーに滞在し、あっという間に3日間が過ぎた。

 その間、カイはシーナと共に市場での日雇いをこなして着々と必要な雑貨品を買い集めている。

 既にこの時点でコッヘルセットとキャンプバーナー、タオル、歯ブラシ、爪切り、タブレットの充電ケーブルなどは揃える事が出来た。

 正直コッヘルセットやキャンプバーナーはそこそこ良い値段がするのだが、あっさり買い揃える事が出来たのはシーナのお陰である。

 美人で明るく人当たりの良いシーナは、接客に天性の才能があった。そのお陰で最初に日雇いに雇われた食料品店の店主がシーナをあっという間に気に入り、滞在している間看板娘を頼みたいと言ってくれたのだ。おまけに来店する客達もシーナにチップを弾んでくれる為、実の所、カイよりもシーナの方が稼ぎが良いくらいであった。

 

「ホント、可愛いって武器だよなぁ……」

 

 滞在4日目の昼時。

 店の奥で賄いに出されたひよこ豆と鶏肉のスープを口に運びながらカイが呟く。

 接客は慣れてるからバッチリ教えてやるぜ!と啖呵を切ったというのに、これではまるで立つ瀬がない。

 そんなカイに、シーナはパンを口に運びながら困ったように笑った。

 

「きっと皆、珍しがってるだけだよ。私の髪の色だってそうだし、それに服だって。」

「お前は自分の美貌をもう少し自覚しても良いと思うけどな。」

 

 若干呆れたような口調でぼやきながら、カイもパンを口に運ぶ。

 まぁ、シーナの魅力は美しさだけではなく、自分の美しさを自慢したり気取ったりしないその清楚さにもあるのは確かなのだが。

 シーナは相変わらず困ったように笑ったまま、スープの具を口に運んでいる。

 カイは軽い溜息を吐くと、残りのスープを飲み干した。

 どちらにせよ、思っていた以上に稼ぎがある分楽が出来ているのは確かだ。

 とはいえ、シーナは「私が持っていても仕方が無いから」と自分が稼いだ分の賃金をチップも含めて全てカイへ渡してくれている。

 この3日の間に買い揃えたものは全て、カイとシーナの稼ぎの中からきっちり半分ずつ出して買ってあるが、流石にシーナが稼いだチップに関しては、受け取るだけ受け取ってはいるものの、手をつけないでいた……というか、手を付けられる訳がなかった。これはシーナのポケットマネーであるべき金だ。

 

(無欲過ぎるってのも、なんだかなぁ……)

 

 カイはそう思いながら、現在の自分の手持ちを思い浮かべる。

 今日の分の給料も含めれば、シーナにそこそこ良い財布を買ってやれるだろう。だからその財布に自分が預かっているシーナのチップを入れて渡せば、いくらなんでも要らないとは言わない筈だ。

 本当なら銀行にシーナの預金口座を作って貯金させる方が安全だろうが、古代ゾイド人であるシーナは身分証など持っていない。生年月日も、主に何年生まれか?の部分がかなり問題であるし、国籍も無い以上本人確認の辺りで躓いてしまうだろう。そう言った意味でシーナの身の上はこの時代ではなかなか不便であった。

 

「あ。そろそろ休憩終わっちゃうね。」

 

 シーナはそう言って席を立ち、食べ終わった食器を流しへ運ぶ。

 カイもハッと我に返って、慌てて食器を流しへ下げた。

 

「よし!じゃぁ午後の仕事も頑張るか!」

「どうしたの?なんだかさっきよりやる気満々だね。」

「ちょっと買いたい物が出来たんだ。今日こそシーナに負けないからな。」

「ふふふっ、いつから競争になったの?」

「たった今!」

「えー?!」

 

 そんなやりとりをしながら、2人で店頭へ戻る。

 店主はカイとシーナに気が付くと、「おう、後は任せたぞ。」とにこやかに告げて、自分の休憩に入って行った。

 カイは早速店の前に出て、春の穏やかな日差しを浴びながら景気よく声を張り上げる。

 

「らっしゃいらっしゃーい!今日は新鮮な果物が安いよー!」

 

 その顔は仕事用の営業スマイルではなく、どこか無邪気さの残る心からの笑顔を湛えていた。

 財布をプレゼントしたらシーナはどんな顔をするだろうか?喜んでくれるだろうか?……いや、まずどんな財布が良いだろうか?そういった事を考えるだけで自然と笑みが零れる。その為だと思えば日雇いの仕事もいつも以上に気合が入った。

 だが、こういう時に限って悪い事が起こるのが世の常である……

 

「あぁぁぁぁ!!!」

 

 店からほんの数メートル離れた通りの真ん中で、1人の男が不意に大声を上げた。

 何事だろう?と視線を向けたカイと、声を上げた男の目が合った瞬間、互いを見据えたまま両者の間に気まずい沈黙が一瞬奔る……

 間違いない。声を上げた男はスカーレット・スカーズのスヴェンだ。

 スヴェンは彼を真っ直ぐ指さして怒りの形相を露わに怒鳴った。

 

「クソガキてめぇ!こんなとこに居やがったのか!!」

「やっべぇ!!」

 

 慌てて走り出すカイに、シーナが思わず叫ぶ。

 

「カイ!!お店どうするの~?!」

「後で店長に謝る!!!」

 

 そう叫ぶと、カイは一目散に市場街を走り出した。

 一度だけ、チラッと後ろを振り返る。

 スヴェン、オスカー、スティーヴ。ちゃんと3人揃って自分を追いかけて来ている事にカイは思わず安堵した。どうやらシーナを人質にしようとは思わなかったらしい。

 まぁ、スヴェン達がシーナの姿を見たのは孤島の遺跡でブレードイーグルが起動する直前、あの遺跡の部屋が輝きだす前のほんの一瞬だ。もしかしたらシーナの事はよく見えていなかったのかもしれない。どちらにせよシーナに見向きもしないのならば、彼女に危害を加えられる事はなさそうだ。

 カイは人にぶつからないように器用に市場街を走りながら、ウエストバッグから小型タブレットを取り出しザクリスへ連絡を入れた。

 

『カイ。どうした?』

 

 すぐにタブレットからザクリスの声が聞こえる。

 

「ザクリス!スカーズの連中だ!今追いかけられてる!!」

『はぁ?!今何処だ?!』

「中央市場街!!北口に向かって走ってる!!」

『マジかよ!反対方向じゃねーか!!すぐ行くから捕まるんじゃねーぞ!!』

 

 そう言って通話が切れる。

 カイは走りながら思わず渋い顔をした。

 

「捕まるんじゃねーぞって……簡単に言うなよ。」

 

 人で溢れかえっていると言っても過言ではない市場街を、いつまでも逃げ回っているのは流石に無理がある。

 おまけにこのまま走っていれば北口から外へ出るしかない。

 人や物で溢れた市場街とは違い、外に出てしまえば遮蔽物は殆ど無いのだ……そんな見通しの良い場所へ出れば最後。スヴェン達は躊躇わずに銃を撃ってくるだろう。流石にそれだけは避けたい。自分も一応武器ならあるが、遮蔽物の無い場所で三対一の銃撃戦などまっぴらごめんだ。

 とはいえ、市場街は建物と建物の間が殆ど詰まっている為、とにかく路地が狭い。裏道へ逃げるにも、そんな狭い路地へ飛び込んでしまえばそれこそ格好の的だ。逃げ場が無い分、後ろから撃たれでもしたらと考えると不用意に飛び込む事も出来なかった。

 

「こうなりゃ上に逃げるか。」

 

 カイはウエストバッグからワイヤーリールを取り出すと、前方の酒場の看板めがけてワイヤーを放つ。

 看板の根元にワイヤーのフックがロックされるのと同時に、ワイヤーの巻取りスイッチを押して彼は思いっきり地面を蹴った。

 体が宙に浮いた瞬間、ワイヤーリールが猛スピードでワイヤーを巻き取り始める。それによって宙へ浮いたカイは一直線に酒場の屋根へと引っ張り上げられた。

 

「逃がすか!」

 

 スヴェンが拳銃を取り出して発砲する。酒場の屋根の上に着地したカイのすぐ傍にある看板の端が、その弾丸によって抉られ破片を散らした。

 その銃声と光景に、市場街の人々から悲鳴があがる。

 カイは慌てて看板の裏に隠れ、思わずぼやいた。

 

「ったく、自分から憲兵呼ばれそうな事してりゃ世話ねぇや……」

 

 彼は看板の裏に身を隠したまま、サッと辺りを見渡した。

 北口の外にスヴェン達の赤いレドラーが駐機されているのが見えたカイは、一瞬眉を(ひそ)めた後、さっき自分が来た方向へ引き返すように屋根の上を走り始める。

 このまま身を隠していては、彼らはそのままレドラーに乗り込みで空から攻撃してくるかもしれない。町中で容赦なく発砲して来たという事はそのくらい見境が無くなっていると考えて良いだろう。それなら多少危険でも自分を囮にレドラーから引き離す方が得策だ。

 カイの思惑通り、スヴェン達はご丁寧に三人揃って再びカイを追いかけ今来た道を引き返すように市場街を再び走って来ている。誰か1人でもそのままレドラーへ向かおうとは考えなかったらしい。そんな彼らの清々しいまでの単純具合にぼんやりと感謝しつつ、カイは屋根から屋根へ飛び移る。

 建物と建物の間が殆ど詰まっているお陰で、隣接する建物へ飛び移るのは簡単だ。

 彼は身軽に屋根から屋根へ飛び移りながら、時折眼下の市場街を見下ろし、こちらへ向かって来ている筈のザクリスとアサヒを探した。

 先程の通話でザクリスは「反対方向じゃねーか!!」と叫んでいた。という事はザクリスとアサヒが居るのは南口の方だ。ならばこうして引き返していれば早く合流出来る。

 程なくして、ついさっきまで自分が働いていた食料品店の前に差し掛かる辺りでザクリスとアサヒを見つけた。

 

「ザクリス!アサヒ!」

 

 カイが呼びかけるのと、彼を追って引き返して来ていたスヴェン達がザクリス達と鉢合わせたのは同時だった。

 瞬間、普段は穏やかなアサヒの目がキッときつくなる。

 彼は先頭を走って来ていたスヴェンの手と胸倉をすれ違いざまに掴むと、そのまま背負い投げを掛けた。

 

「ぐふっ?!」

 

 地面に容赦なく叩きつけられ悶絶するスヴェンをそのまま問答無用で押さえつけながら、アサヒはスヴェンが取り落とした拳銃を遠くへ蹴り飛ばす。

 すぐ後ろから走って来ていたオスカーとスティーヴがその様を見て慌てて拳銃を構えた。が、その時には既にザクリスが銃を構えていた。

 彼の右手の銃はオスカー達へ。左手の銃は地面へ押さえつけられているスヴェンへ向けられている。

 

「おっと。変な気起こすんじゃねーぞ。少しでも動いたらコイツの顔面に鉛弾ぶち込むぜ?」

 

 まるでアクション映画のワンシーンのような空気に包まれ、通りが一気に水を打ったように静まり返った……

 静かに火花を散らすかのように睨み合う手下2人とザクリス……しかし、その緊張の糸を容赦なく断ち切ったのは意外な味方であった。

 

「グオォー!!!」

 

 怒ったような鳴き声と共に、ユナイトが上空からオスカーとスティーヴへ容赦なく体当たりを掛けたのだ。

 

「でかした!ユナイト!!」

 

 カイはバッチリのタイミングで現れたユナイトに感謝しながら、ワイヤーリールを使って通りへ飛び降りる。

 ザクリス、アサヒ、カイの3人は揃って顔を見合わせると、愛機を駐機している南口の方へと走り出した。

 

「野郎!ゾイドで逃げるつもりだな!!オスカー!スティーヴ!俺達も追いかけるぞ!!」

 

 スヴェンは立ち上がり様にそう叫び、すぐさま自分達のレドラーを駐機している北口へと慌ただしく走り出す。

 その様子を確認したユナイトは、カイ達を追いかけるようにすぐさま空へと舞い上がった。

 シーナは心配そうにそんなユナイトを見つめていたが、いきなりハッとしたように息を呑むと大声で叫んだ。

 

「ユナイトッ!駄目!!」

 

 シーナは酷く焦った様子で、慌てて彼等の後を追いかけた……

 

   ~*~

 

 南口から外へ飛び出したカイ達は、すぐさま各々の愛機へと乗り込んだ。

 青いセイバータイガーと赤いコマンドウルフ、そしてブレードイーグルがすぐに起動する。

 コロニーを挟んだ反対側から赤いレドラー3機が上空へ舞い上がり、こちらへ向かって来るのを確認した彼等は、すぐさまエレミア砂漠へと駆け出した。自分達のいざこざにコロニーを巻き込まない為であるのは勿論だが、障害物の無い広い場所の方が周りに遠慮せず思う存分戦える。

 案の定スカーズの連中は馬鹿正直にカイ達を追いかけて来ていた。

 

「よっしゃ!此処まで来れば遠慮はいらねぇだろ。さっさと撃ち落としてやるぜ!!」

 

 ザクリスがそう言ってセイバータイガーに急ブレーキをかける。

 いきなり止まったセイバータイガーの真上を通過しかけたレドラーへ、彼は容赦なくロングレンジライフルを撃ち込んだ。が、レドラー3機は左右にすぐさま分かれ、弾丸をあっさり避けてしまった。

 

「……なんだ。こいつらにも一応学習能力あったんだな。」

「何を感心しとるんだお前さんは!」

 

 ザクリスの独り言のような呟きにツッコミを入れながら、アサヒがコマンドウルフの2連装ビーム砲を撃つが、やはり同様に避けられてしまう。

 以前倒した時に比べ、彼らの動きは何処か異質であった。

 

「そう簡単に撃ち落とせると思うな!前の俺達とは違うんだよ!!」

 

 スヴェンが下卑た笑みを浮かべる。

 彼等のレドラーのコンソールには何やら見慣れぬ表示が点滅していた……

 何度撃っても、レドラーは飛んで来る弾丸やビームをサッと避けてはレーザーブレードでセイバータイガーとコマンドウルフへ切りかかって来る。

 最初は何処かぎこちなく単調な動きであったが、回数を重ねる毎にゆっくりと、しかし確実にその動きが精度を増している事にアサヒとザクリスはすぐに気が付いた。

 始めのうちは楽に避けられる程度の攻撃であったのに、ジリジリと回避に余裕が無くなって来ているのだ。

 ……このまま避け合い合戦が続けば不利だ。仮に彼等の攻撃をこのまま避け続ける事が出来たとしても、先にセイバータイガーとコマンドウルフの弾薬類が尽きてしまうのは目に見えていた。

 

「おいカイ!!お前のブレードイーグルは戦えねーのか?!」

「色々試してっけど!ディスプレイ言語が古代語じゃ、何がなんだかサッパリなんだよ!!」

 

 苛立ったザクリスの怒鳴り声に、カイも焦った様子で怒鳴り返す。

 そう。此処までカイが全く何もしていないのは、けしてサボっているのではなく攻撃したくても出来ないからであった。

 カイがブレードイーグルで戦うのはこれが初めてだ。バルカンのトリガースイッチと思しきトリガーを引いても全く何の反応も無い。駄目元で色々操作してはいるのだが、何をどう弄ってもコンソールディスプレイに読めもしない古代語が表示されるだけ……

 その様はまるで、イーグル自身に戦う気が全くないかのようだった。

 

「なぁイーグル!この際戦闘はお前に任せるから!とにかくあいつらを倒してくれよ!」

 

 コンソールモニターに表示されている古代語を恨みがましく睨み付けながらカイが呼びかけるも、ブレードイーグルは何も言わない。

 時折レドラーがレーザーブレードで斬りかかって来るのを避けてはくれるが、自分から手を出そうとはしないのだ。

 

「ったく、シーナが無事なら戦う理由が無いってか?」

「キュルルッ」

「キュルルッじゃねーよ!俺達だけ何もしないでボケッと飛んでらんねーだろ!!」

 

 カイが怒鳴った時だった。

 

「グオォォォォォ!!」

「ユナイト?!」

 

 一条の光となったユナイトがブレードイーグルに合体した。

 ブレードイーグルが光に包まれ、駆動部や装甲の間に光が走る……

 それは、初めてユナイトが合体した時には起こらなかった現象だった。

 

「なんだ……これ?」

 

 カイは……唖然としていた。

 ユナイトがブレードイーグルに合体する直前まで、自分は確かにコックピットの中のコンソールやモニターなどを見ていた筈だ。

 だが、ユナイトが合体した瞬間カイの視界が急に開け、まるで肉眼で眺めているかのような眼前の景色が目に映ったのである。

 それだけではない。操縦レバーを握っていた筈の手も、フットペダルに掛けていた筈の足も、果てはコックピットのシートに座っていた筈の体も、まるでいきなり空中へ放り出されたかのように、感覚の一切が切り替わってた。

 ……まるで自分が、鳥になったかのようだ……

 戸惑わない訳が無い。

 カイは試しに辺りを見渡した。それに伴い、何故か自分の首から駆動音が聞こえる……

 

(来るぞ。)

「は??」

 

 頭の中に響くような声にハッとすれば、下からレドラーがレーザーブレードで斬りかかって来ようとしていた。

 

「危ねぇ?!」

 

 思わず咄嗟に体を捻る……ギリギリ攻撃を避ける事は出来たが、その時カイは目の端に映った自分の手先を見て再び唖然とした。

 間違いなく自分の手である感覚があるのに、目に映ったのは自分の手ではなく、ブレードイーグルの翼の先だったのだ。

 

「どうなってんだこれ?!」

 

 自分が鳥になったかのような感覚……これはもしかして……

 

(イーグルと感覚を共有してる?って事か??……)

 

 ……恐らく間違いない。

 そんなまさか……と思いはするが、どうやら現実だ。首を動かす度に自分の首から駆動音が聞こえるのは、イーグルと感覚を共有しているからだろう。

 ……ならば、先程頭に響いた“来るぞ”という声はブレードイーグルの声だろうか?

 感覚を共有しているせいでブレードイーグルの声が人の言葉として伝わって来ているのだとしたら、恐らく十分有り得る。

 

(ボサッとするな。ユナイトが戦えと言っている。さっさと片付けろ。)

 

 再び頭に声が響く。

 ブレードイーグルでの初めての戦闘で、こんな不思議な現象に見舞われるとは予想外どころの話ではないが、こうなればもうやるしかない。

 

「……ああ。わかったよ。すぐ片付けてやる!」

 

 カイはブレードイーグルの武装を思い浮かべた。

 翼に左右一門ずつ装備されているバルカン砲と、胸部に装備されている3連衝撃砲、翼のブレード……おそらく二の腕に感じる違和感がバルカン砲で、胸に感じる違和感が3連衝撃砲なのだろう。ブレードが腕に付いている感覚は無いが、ブレードイーグルの場合翼とブレードが一体型であるせいかもしれない。

 まぁどちらにせよ、自分の体に武装が付いているなど、勿論初めての感覚だ。ハッキリ言って上手く使える自信は無いが、何はともあれ物は試しだ。

 カイは再びこちらに向かってくるレドラーを見据えた。

 

「当たれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 翼のバルカン砲が、火を噴いた。

 放たれた無数のエネルギー弾が、レドラーめがけて襲い掛かる。

 

「うわぁぁ?!」

 

 オスカーが悲鳴を上げた。

 被弾した彼のレドラーは煙を上げながら錐揉み落下していく。

 かろうじて脱出したらしいパラシュートが見て取れたが、いちいち構ってはいられない。

 残りは後2機だ。

 カイはザクリスのセイバータイガーに斬りかかりに行こうと方向転換したばかりのレドラーへ視線を移した。

 背中に微かに感じている違和感……恐らく背に付いている小型ブースターだろう。それに思いっきり意識を集中する。

 ブースターが起動し、一気に加速しながらブレードイーグルはレドラーめがけて一直線に空を切った。

 だが、このままバルカンや衝撃砲を撃ってはセイバータイガーまで巻き添えにしかねない……

 

「くそ!こうなったら直接!!」

 

 カイはレドラーの背をめがけて突っ込みながら、激突する寸前で体を起こし、足でその背を思いっきり蹴り飛ばした。

 ブレードイーグルの鋭い爪がレドラーの背を蹴りつける瞬間、金色に輝く……

 輝きを纏った鋭い爪に蹴られ、レドラーの背が深々と抉れた。その威力は翼の接合部が破壊され、片方の翼が吹き飛んでいった程だ。

 

「わぁぁぁぁ?!」

 

 凄まじい音と衝撃に、思わず頭を庇うようにしてコックピットにうずくまるスティーヴ。

 彼のレドラーはそのままブレードイーグルに踏みつぶされるように砂に半分埋まって止まった。

 ザクリスは思わず唖然としてブレードイーグルを見る。

 

「おいおい。マジかよ……」

 

 ブレードイーグルがレドラーを踏み潰すようにして降り立ったのは、セイバータイガーのすぐ隣だった。

 が、その翼はギリギリセイバータイガーを避けるように大きく上を向き、反対側の翼は砂の上を微かに撫でるように大きく下を向いている。

 一流のパイロットでも、そこまで機体を傾けた状態で味方の機体に一切接触せず、しかもこれ程の至近距離へ着陸するには相当の技術が必要だ。

 機体感覚が自分の体の一部同然に分かっていなければ到底無理な芸当である。

 

「大丈夫か?ザクリス。」

「ああ……お陰で何とかな。」

 

 ザクリスの返事を聞いたカイが通信画面で頷くのに合わせ、ブレードイーグルも軽く頷いて再び空へ舞い上がる。

 カイの操縦技術は、筋は悪く無いが所詮は大した訓練も経験も無いアマチュアレベルの筈……

 

「あの機体と、オーガノイドの力……てか?」

 

 ボソッと呟きながら、ザクリスは最後の1機を見上げた。

 一方、アサヒも最後の1機に苦戦していた。

 彼の場合、ゾイド戦においても白兵戦においても近接戦闘の方が得意な分、対空戦はどちらかと言えば苦手な部類だ。

 

「くそ!埒が明かんな!いっそ目の前に落っこちて来てくれりゃ話は早いんだがッ……」

 

 苦い顔をするアサヒに、カイから通信が入る。

 

「アサヒ!そいつをこっちに誘導してくれ!」

「?……ああ!わかった!」

 

 普段は共に戦ってもサポートが基本で自分主体の攻撃を掛ける事が無いカイが、いきなりそんな事を言うと思っていなかったのだろう。

 アサヒは一瞬戸惑うように微かに首を傾げたが、すぐ彼の言う通り、レドラーをブレードイーグルの居る方向へ追い立てるかのように2連装ビーム砲を撃つ。

 レドラーがビーム砲を避けながら旋回して来た所へ、カイは一気にブースターを吹かせて下から間合いを詰めた。

 ブレードイーグルの翼の前縁……銀色の部分が白い輝きを纏う……

 

「とっとと落ちろぉ!!!」

 

 ブレードイーグルのブレードウイングが、レドラーの機体を真っ二つに切り裂いた。

 レドラーの上半身と下半身がそれぞれ落ちていく……

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 呆然とした様子で呟く中、脱出装置がスヴェンを空へと射出する。

 今度こそ勝てると思っていたのに、残ったのは悔しさと虚無だけだ。そんな彼を乗せた白いパラシュートは風に煽られるまま砂漠の真ん中へ向かいながら小さくなっていった。

 その様子を眺めて、アサヒも思わず呆気にとられる。

 

「なんとまぁ……大したもんだ……」

 

 譫言(うわごと)のような呟きが彼の口から零れた。

 結局のところ、3機のレドラーを撃破したのは全てカイとブレードイーグルだった……

 

   ~*~

 

「……ったく、自信失くしちまうぜ。まさかアマチュアゾイド乗りのお前に、美味しいとこ全部持って行かれちまうとはな。」

 

 砂漠でそのままセイバータイガーのコックピットから降りて来たザクリスが、目の前でブレードイーグルのコックピットから降りて来たカイへ面白くなさそうに言葉を投げかけた。

 

「いや、正直俺も何がなんだか……」

 

 カイは戸惑ったように苦笑しながら、ブレードイーグルを見上げる。

 そんな彼の目の前でユナイトがブレードイーグルから抜け出して来た。

 カイの隣に降り立ったユナイトは、まるで心配しているかのように彼の顔を覗き込む。その妙に人間臭い仕草に、カイはユナイトの頬を撫でニカッと笑った。

 

「俺ならなんとも無いぜユナイト。さっきはサンキュー。」

 

 彼の言葉に安心したのか、パァっと笑うかのように口を開けたユナイトはそのままカイの頬へ思いっきり頬ずりする。

 ユナイトにぐいぐいと頬ずりされて困ったように笑うカイを眺め、ザクリスは溜息を吐くかのように呟いた。

 

「……暢気な奴等だ。」

「まぁ、そう言いなさんな。何はともあれスカーズの連中は撃退出来たんだからな。レドラーを3機ともやられた以上、(やっこ)さんらもしばらくは大人しくしとるだろうよ。」

 

 牙狼(ガロウ)のコックピットから降りて来たアサヒがのんびりと笑う。

 ザクリスはそんなアサヒをチラッと見やった後、やれやれと言わんばかりに首を軽く横に振って盛大な溜息を吐いた。

 

「なんでこう俺の周りにいる連中は揃いも揃って暢気なんだか……」

「お前さんは気難しく考え過ぎなんだ。老けるぞ。」

「うるせぇ童顔チビ助。」

 

 ジトッと睨んで来るザクリスの視線を平然と受け止めながら、アサヒは涼しい顔でズボンのポケットから煙草を取り出し、箱を揺すって一本咥える。

 が、火を点けようとした時、不意に響いて来た声にアサヒは手を止めた。

 

「カイ~!!!」

 

 カイ達が揃って振り返れば、シーナがこちらへ走って来ていた。

 サンドコロニーからずっと走って追いかけて来たのだろう。すっかり息が上がっているのが遠目でもよく分かった。

 

「シーナ?!なんでわざわざ追いかけて来たんだよ。もしまだ戦ってたら危ないどころじゃ―」

「カイ!怪我は?!怪我はない?!」

 

 駆け寄って来たシーナはカイの言葉を遮って彼の両肩に手を添え詰め寄る。

 走り続けて疲れ切っているというのに、彼女の様子は何処か切羽詰まっていた。

 

「いや……怪我はしてないけど……」

「そう……良かった……」

 

 戸惑った様子でカイが答えた瞬間、シーナは安心したのか砂の上にへたり込んでしまった。

 いきなり砂の上にへたり込んだシーナに驚いたのだろう。カイはギョッとした顔でシーナの前に膝をつき、心配そうに顔を覗き込んでオロオロしている。一拍遅れて、ユナイトとブレードイーグルも心配そうにシーナへ顔を向けた。

 ザクリスとアサヒは怪訝そうにチラッと視線を交わすと、シーナの傍に膝をついてそっと顔を覗き込んだ。

 

「おい。大丈夫か?」

 

 少し遠慮がちに声を掛けながら、ザクリスが不器用に息の上がったシーナの背を撫でる。

 アサヒはシーナの顔を少し見た後コマンドウルフのコックピットへ取って返し、スキットルを手にすぐ戻って来た。

 

「とりあえず、水飲むかい?」

「お水……うん。飲む……」

 

 砂漠の中をひたすら走って咽がカラカラだったのだろう。シーナは力なくスキットルを受け取ったが口を付けた瞬間、中の水を勢いよく飲み始めた。

 その様子を見てカイ達は揃って顔を見合わせた後、一息ついた彼女を見つめる。

 

「シーナ。さっきまで俺達戦ってたんだぜ?来たら危ないだろ?なんで此処に?」

 

 幼い子供に言い聞かせるかのように優しく、しかし心配そうな声音でもう一度カイが言う。

 だが、シーナは空になったスキットルを両手で握ったまま暗い顔で視線を落とし、口を開いた。

 

「だって、ユナイトが力を使おうとしてたから……」

「力??」

 

 アサヒが首を傾げる。

 カイはユナイトをチラッと振り返った。ユナイトはカイと目が合うと不思議そうに首を傾げて見せるだけで、シーナがこんなに深刻な顔をしている理由はカイ達同様分かっていないような様子であった。

 

「力ってさ、ユナイトがイーグルに合体した瞬間、俺とイーグルが意識を共有したアレの事か?」

「うん……」

 

 微かに震えた声でシーナが小さく頷く。

 ザクリスとアサヒは信じられないと言った様子で顔を見合わせた後カイへ視線を見つめた。

 

「お前さん、さっきそんな事しとったのか。通りで妙に動きが違うと思った……」

「お前が頷いた時ブレードイーグルが一緒に頷いたのも、そのせいか……」

 

 二人の反応にカイは誤魔化すように苦笑だけ浮かべて見せたが、すぐにシーナの顔を覗き込んで優しく言った。

 

「別になんともなかったぜ?むしろ普通に操縦するよりずっと思い通りに動けたし……」

「そんな風に思っちゃ駄目!意識共有はとっても危険なの!!」

 

 顔を上げてカイを真っ直ぐ見つめた彼女の眼には、涙が滲んでいた。

 

「確かにイーグルと意識を共有出来る分、思った通りに動けるし……意識の共有中はパイロットに主導権があるから、イーグルが言う事を聞かなくなる事も無くなるけど……でももし意識を共有した状態で攻撃を受けたら、イーグルだけじゃなくてパイロットも同じ怪我をするのっ……だからっ……もしイーグルが死んじゃったらっ、カイだって……だから、止めなくちゃってっ……」

 

 そこまで言って、シーナは泣き出した。

 カイは、そんな彼女を見つめたまま先程の戦闘を思い返す。

 自分でも驚く程あっけない、大した事のない戦闘だった。こんなに簡単に勝ってしまうなんてラッキーだった。と考えていた……

 ……だがあの時、意識共有が始まった直後に仕掛けられた不意打ちを回避出来たのはイーグルが“来るぞ”と教えてくれたからだ。

 もしあの時イーグルが教えてくれていなかったら、レドラーのレーザーブレードに翼の片方くらい持って行かれていただろう……

 そうなっていれば、自分は今頃どうなっていたのだろうか?片腕を失い、コックピットの中でのたうち回っていたという事だろうか?

 ……考えただけでゾッとする。

 

「……そっか。そりゃ怖いよな。」

 

 カイは泣きじゃくるシーナの頭にポンッと手を乗せ、優しく撫でた。

 

「ごめんな。シーナ。心配掛けちまって……でもユナイトの事は怒らないでやってくれ。コイツが来てくれなかったら、きっと俺は真っ先にやられてた。だから、な??」

「うん……わかった……」

 

 一生懸命ぐしぐしと涙を手で拭きながら、シーナは顔を上げてカイを見つめる。

 カイはそんなシーナを元気付けるようにニカッと笑いながら、彼女の両頬を両手で包むようにして拭き残した涙を拭いてやった。

 ふと、ザクリスが遠慮がちにそっと声を掛けた。

 

「ユナイトの力のせいで怪我するってんなら、嬢ちゃんの傷跡って―」

「これ。デリカシーの無い事を訊くな。」

 

 立ち上がって煙草に火を点けたばかりのアサヒがザクリスを(たしな)めたが、シーナはザクリスとアサヒを交互に見た後首を横に振った。

 

「気にしないで。実は私も覚えてないの。」

「え!?」

 

 シーナの言葉に驚きの声を上げたのは勿論カイだ。

 彼はてっきり、彼女の生い立ちからして体の傷跡は戦争に巻き込まれて負ったモノだろうとばかり思い込んでいた。

 シーナは言いたい事を整理するかのように少し考え込んだ後、口を開いた。

 

「あのね、私の記憶……ブレードイーグルが造られた後から、眠りに付くまでの間の記憶が空白になってるって言ったでしょ?だから多分、その間に怪我をしたんだと思うの……」

「けどよ。ユナイトの力を知ってるって事はつまり、嬢ちゃん自身がそのせいで怪我した事があるって事なんじゃねぇのか?」

 

 怪訝そうに訊ねるザクリスに、シーナはハッとしたような顔をする。

 みるみる不安げな表情になりながら、彼女は俯いた。

 

「そっか……そうだよね……ザクリスの言う通り。ユナイトの力を使って戦った事がないと、パイロットまで怪我をするなんて知らない筈……」

「シーナ??」

「なんで知ってるんだろう……私ゾイドで戦った事なんかないのに……」

 

 シーナの鶯色の瞳が不安に揺れる。

 

「なんで?……なんで私、ユナイトの力だけ覚えてるの?……私一体、何をしたの?何があったの?……一体……どうして……」

「シーナ!!」

 

 カイの声に、シーナがハッと顔を上げる。

 彼は心配そうな、しかし真剣な顔をしていた。

 

「無理に思い出そうとすんなよ。きっと、余計に不安になるだけだぜ。そんなんじゃ。」

「でもっ……」

「……なぁ、桜姫。」

 

 ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、アサヒは視線を逸らして口を開いた。

 

「カイの言う通りだ。失った記憶ってのは焦った所で思い出せるもんじゃない。」

「アサヒ……」

 

 シーナがアサヒを見上げる。

 アサヒは視線を逸らしたまま、黙り込んでいた。

 彼の茶色い瞳は何処か虚ろなようであり、遠くをぼんやりと眺めているかのようでもある。その顔からは普段の穏やかな笑顔が消え失せ、無表情だった。

 カイはそんなアサヒの様子に違和感を覚えずにはいられない。

 

(アサヒ……一体どうしたんだろう……)

 

 思わず無表情なアサヒの顔を見つめる。

 だが、そんなカイの視線に気づいたザクリスがわざとらしい溜息と共に立ち上がり、頭を掻きながら口を開いた。

 

「まぁあれだ。無神経な事聞いた俺が言うのもなんだけどよ。湿っぽい話はこれくらいにして、さっさと戻った方が良くねえか?特にカイと嬢ちゃん。お前ら二人揃って店すっぽかして来てんだろ。」

「あ。やっべぇ……」

 

 ザクリスの言葉に、カイは思わずギクッとした。

 多分何があったのかは店長も周りの人達から聞いているだろうが、早く戻って謝った方が良い。

 それに、多分この場に長居しない方が良い……気がする。

 

「じゃぁ俺とシーナは先に戻るよ。行こうぜ。シーナ。」

「あ、うん!」

 

 2人でブレードイーグルに乗り込み、キャノピーを閉める。

 しかし、キャノピーを閉めた直後にスキットルを手にしたままだった事に気付いたシーナが声を掛けた。

 

「カイ。私コレ持って来ちゃった。ちょっと返して来るね。」

「いや、後で良いよ。早く行こう。」

「え?でも……」

「良いから。」

 

 カイは短くそう答えてブレードイーグルで空へ舞い上がる。

 シーナは困ったような顔で手にしたスキットルと、地面に立っているアサヒを交互に眺めた。

 

「ホントに良いの?」

「ああ。多分あれ、そっとしといた方が良いと思う。」

「そっか……アサヒ、なんだか様子おかしかったもんね。」

 

 シーナがぐんぐん遠くなっていくアサヒとザクリスをチラッと振り返る。座席の角に隠れて見えはしないのだが、彼女は心配そうな顔をしていた。

 そんなシーナの顔をチラッと振り返った後、カイはふと考え込んだ。

 ザクリスとアサヒは、自分の事を話したがらない。まあ、カイ自身も自分の事をぺらぺらと喋る方ではないのだが……

 だが、あんな様子のアサヒを見たのは初めてだった。

 

(アサヒのあの言い方、もしかして……)

 

 そこまで考えて、カイは考えるのをやめた。

 荒野に身を置き生きている者達には、皆一様に多かれ少なかれ事情がある。詮索するのは無粋というものだ。

 カイはぼんやりと、店長に謝る謝罪の文句を考える方に頭を切り替えながら、コロニーを目指した。

 

   ~*~

 

「……アサヒ。大丈夫か?」

 

 ブレードイーグルとユナイトを見送った後、ザクリスはアサヒを振り返った。

 アサヒは無表情のまま、足元に視線を落とし暗い顔をしている。吸い終えた吸殻を手で握り潰したのか、握った拳の隙間から微かに煙が出ているのが見て取れた。

 そんな彼を見た後、ザクリスはバツが悪そうに隣へ歩み寄り、そっと声を掛けた。

 

「……悪かったよ。まさかあの嬢ちゃんも記憶喪失だったなんて……嫌な事思い出させちまったな。ごめんな。」

「いや、良い……」

 

 短くポツリと答えるアサヒの声は無機質だった。

 ザクリスは鼻で溜息を吐きながら、心配そうに彼を見つめる。

 どうも自分には気遣いというモノが向いていない。が、こうなったアサヒの扱いが分かっているのは自分しか居ない。アサヒがこうなってしまった理由を知っている、自分しか……

 

「……失った記憶ってのは……焦った所で思い出せるもんじゃない。」

 

 ふいにポツリと、アサヒが呟く。

 そっと顔を覗き込んでみれば、彼の顔に自己嫌悪しているような嗤みが浮かんでいた。

 

「っはは。自分で言った言葉に、自分で傷付いてちゃぁ世話ぁ無いな。」

「アサヒ……」

「どんなに思い出したくても、気持ちばかりがカラ回るッ……いっそこの頭をこじ開けて中身をのぞけりゃ、どんだけ手っ取り早い事かッ……」

「おいこら。やめろ。」

 

 自分の頭に爪を立てたアサヒの手を掴み、頭から引き離す。

 ザクリスは困ったような顔でアサヒを見つめた。

 

(ったく……何度見ても慣れねぇんだよなぁ。コイツの泣き方……)

 

 ザクリスは少し躊躇いながら、そっと片手でアサヒの頭を引き寄せるようにして軽く抱きしめた。

 アサヒは泣く時、泣いてるような息遣いになるだけで涙を流さない。いや、流せなくなってしまったと言った方が正しいだろうか。

 見ているこちらの方が苦しくなるような泣き方しか出来ない彼を見る度、ザクリスは自責の念に駆られる。

 あの時、助けずに死なせてやった方が良かったのだろうか?……と。

 そんな事、面と向かって訊ねた事など無いが……

 

「アサヒ。確かに焦ったってしょうがねぇんだ。だからよ、そうやって自分に八つ当たりする癖、マジで直せよ。もう少し自分を大事にしねぇと、死んだ牙狼(ガロウ)の主にも合わせる顔がねぇんじゃねぇか?」

「……おう。」

「じゃ、灰皿代わりにされたその可哀想な手を見せろ。」

「すまん……」

 

 アサヒが力なく開いた手を取り、くしゃくしゃになった吸殻をつまんで捨てる。

 大した火傷ではないが、煙草の灰で汚れたまま手当をするのは流石に気が引けた。

 

「ったく。セルフ根性焼きとかお前馬鹿か。暫く操縦桿握るのも刀使うのも辛くなるだけだろうが。とりあえず手ぇ流してやるからこっち来い。」

 

 セイバータイガーの後ろまでアサヒを引っ張って行き、給水タンクから直接水を掛ける。

 その間もアサヒの目は光を失ったように虚ろだったが、何処か申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「……あのなぁ。そんな申し訳なさそうな顔するくれぇなら、最初からすんな。って、いつも言ってるよな?」

「すまん……手間掛けさせて……」

「はっ。6年もお前の面倒見てりゃどんなに不器用でも手当ての一つや二つ覚えるっつの。手間だった頃の方が懐かしいわ。阿呆。」

「……ははは。その割に相変わらず下手だよなぁ。」

「うるせぇ!」

 

 悪態を吐きながらも、やっと笑ったアサヒにホッとする。

 まぁ、実際に薬の塗り方は相変わらず雑だし、絆創膏を貼ってやればどこかしら必ずくしゃくしゃになるのだから下手くそなのは確かだが。

 ザクリスは溜息を吐くと、いつもの様子に戻ったアサヒの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回してから言った。

 

「おら、とっとと奴等のレドラー調べに行くぞ。」

「……そうだな。あの動きはどうも腑に落ちん。」

 

 アサヒが頷く。

 損傷具合によってはもう石化が始まってしまうだろう。早く調べておかなければ……

 

「じゃ、俺はあっちに墜ちた奴調べて来るから、お前向こうの調べてくれ。」

「あいわかった。」

 

 素直に頷くアサヒに、ふとザクリスが意地の悪い笑みを浮かべて詰め寄った。

 

「……もう大丈夫だよな?お守りは要るか??」

「要らんわ!はよ行け!!」

 

 アサヒがザクリスの脛に蹴りを入れる。

 ザクリスはわざとらしくひっでぇ?!と声を上げながらそそくさとセイバータイガーのコックピットへ逃げ込んだ。

 

「じゃ、何か見つけたら連絡入れてくれ。」

 

 外部スピーカーでそう呼びかけ、ザクリスはバルカンでハチの巣にされたレドラーが墜落した方向へ向かった。

 そんな彼の青いセイバータイガーの後ろ姿を眺めるアサヒの横から、巨大な鼻面がそっと彼をつつく。振り返れば、牙狼(ガロウ)がアサヒを見つめていた。

 

「……すまんな。牙狼(ガロウ)。」

 

 アサヒが牙狼(ガロウ)の真っ赤な鼻面を撫でる。

 

「お前は本当に良い子だな。大切な仲間だった筈のお前の主すら、俺は思い出せなくなっちまったのに……こんな俺について来てくれて、守ってくれる……ありがとう……」

 

 そう言って俯くアサヒから、牙狼(ガロウ)はそっと鼻先を離す。

 顔を上げたアサヒの目の前で、牙狼(ガロウ)はキャノピーを開くとキャノピーの端でアサヒをひょいっと掬い上げた。

 

「うわったたた?!」

 

 滑り台のようにキャノピーの内側を滑り、操縦席へ逆さまに落ちたアサヒに構わず、牙狼(ガロウ)はそのままキャノピーを閉める。

 ザクリスに言われた、真っ二つにされたレドラーの上半身が墜ちた場所へ向かって、赤い狼は走り始めた。

 

「いててて……全く。いきなりどうした?牙狼(ガロウ)。」

 

 操縦席に座り直しながら訊ねるアサヒに、牙狼(ガロウ)は低く唸るような声を上げる。

 その声を聞いたアサヒはふと笑った。

 

「そうだな。今はやる事をやるとしようか。」

 

 勿論牙狼(ガロウ)が何を言っているのかなど、アサヒにはわからない。

 だがそれでも、牙狼(ガロウ)にこう言われた気がしたのだ。

 

『さっさと言われた事をしに行こう。』

 

 と……




[外伝4.5話はコチラ]
https://syosetu.org/novel/223105/1.html

[Pixiv版第4話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9587952


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第5話-謎のディスク-

 スカーズと戦った俺達は、奴等のレドラーの不自然な動きに翻弄されて、まさかの苦戦を強いられる破目に。

 初めて知ったユナイトの力で何とか撃退する事が出来たけど……奴等のレドラーに一体何が起きてたのか、どうも気掛かりなんだよな。

 まぁ……気掛かりなのはそれだけじゃねぇんだけど……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第5話:謎のディスク]

 

 翌日の朝、カイ達は揃って宿の朝食を食べながら昨日の事を話し合っていた。

 と言っても、主な話題はスカーレット・スカーズのレドラーからザクリスとアサヒが回収したとある謎の部品なのだが……

 

「……これ、ゾイドのOSのアップグレードに増設するハードディスク機構だろ?パッと見た感じ、何処も怪しくないと思うけどな……」

 

 カイはケサディーヤを齧りながらテーブルの上に置かれた部品を手に取る。

 何処からどう見ても、ただのハードディスク機構だ。怪しい所など無いように見えるが……

 ザクリスは椅子の背もたれに肘を掛け、鶏肉とチーズのエンパナーダを齧りながら口を開いた。

 

「俺達だって最初はそう思ったさ。けど、そいつはどうやら相当ヤバい代物だぜ。」

「ヤバいって??」

 

 首を傾げるカイの向かいで、アサヒがスープを飲みながらちょいちょいとカイが手にした部品を指差した。

 

「よく見りゃわかるよ。」

「よく見りゃって言われてもなぁ……」

 

 困ったような顔でカイは部品を今一度よく眺める。

 ふと、隣でタコスを頬張っていたシーナが声を上げた。

 

「この部品……型番が入ってない?……」

「おう。よく気付いたな嬢ちゃん。カイとは大違いだ。」

 

 ザクリスがそう言いながらコーヒーに口を付ける。

 彼は部品を見つめて口を開いた。

 

「型番や製造会社の刻印が何もない。出所不明の部品ってだけでも相当きな臭ぇが……そいつはどうやら、組み込んだゾイドが倒された時に中のディスクを物理的に破壊する仕掛けがある。ハチの巣にしたレドラーと真っ二つにしたレドラーのディスクはバラバラになっちまってた。」

「ディスクがバラバラって……」

 

 カイは手にしたままの部品を見つめる。

 そうまでして証拠を隠滅しなければならないような危ないディスクだというのだろうか?……

 

「唯一無事だったのが、お前さんがイーグルで踏みつぶしたレドラーに付いてたそいつだ。どうやら踏み潰された時の衝撃で部品の固定ロックが誤作動したようでな。部品ごとイジェクトされちまってたお陰で、ディスクの破壊装置が作動しなかったらしい。」

 

 アサヒはそう言いながら食べ掛けだったチーズブリトーを美味しそうに頬張る。

 

(朝っぱらからチーズブリトーの特大丸々一個に肉団子と豆のスープ、デザートにかぼちゃのエンパナーダ3つ……なんでアサヒの奴、あんだけ食べて太らねーんだろ……)

 

 小柄な体格とは全く釣り合わない彼の食事量はいつ見ても不思議でならない。

 カイはそんなアサヒを眺め若干脱力しつつ、部品を再びテーブルに置いた。

 

「でもさ。そんな危ない部品をその辺のショップに持ち込んで調べてもらうって……正直、かなりリスキーじゃないか?」

「まぁ問題はそこだ。出所不明の部品って時点で取り扱ってもらえるかどうかすら怪しい。非合法パーツの取り扱いは、最悪受け取った時点でショップ側にも罰則があるからな。」

「うへぇ……」

 

 ザクリスの言葉に、カイがげんなりした顔をする。

 これでは部品だけ持っていても調べる術がない……

 

「……そこで、ちょいと考えたんだがな。」

 

 チーズブリトーを平らげたアサヒが再びスープに手を伸ばしながらそっと切り出した。

 

「最寄りの軍事基地に持ち込んだ方が早かろうと思うんだ。」

「またお前はそういう面倒臭ぇことを平然とッ……」

 

 ザクリスが頭を抱えるが、アサヒは至って真面目だ。

 

「下手に他人を巻き込まずに、合法的に非合法パーツを調べてもらうにゃそれしかあるまいよ。こんな怪しげな部品をスカーズみたいな三下連中ですら手に入れられるというなら、俺達が知らんだけで、裏社会には既に同様の部品がかなり出回っとると考える方が妥当だろう。そうなりゃこの先、俺達だって仕事に支障が出るかもしれん。どうにかして調べてもらわんと。」

「いやまぁ、そりゃそうだけどよ!軍事基地に持ち込むっつったって一体どう言えってんだ??大規模な犯罪シンジケートから掻っ攫って来たとかならともかくよぉ、スカーズみてーな三下連中がこんな部品持ってたなんて、簡単に信じてもらえるかっつの!俺達の方が疑われるに決まってんだろーが。」

 

 ザクリスが面倒臭そうにテーブルへ頬杖を突く。

 アサヒもうーん……と考え込んでしまった。

 

「……ねぇ。」

 

 不意に、シーナが口を開いた。

 

「その部品、調べられれば良いんだよね?」

「なんだ嬢ちゃん。まさか嬢ちゃんが調べるってんじゃねーだろうな?」

 

 普段からは想像も出来ない程きょとんとした顔で、ザクリスがシーナを見つめる。

 シーナはテーブルに置かれた部品を両手でそっと抱え上げると、接続端子側をしばらく見つめてから口を開いた。

 

「この部品をイーグルに接続出来れば、多分調べられると思う。」

「「「え?!」」」

 

 まさかの一言に、残りの3人が揃って声を上げる。

 

「いやいやいや!危ねぇパーツだっつったろ?!イーグルに何かあったら……」

「大丈夫。」

 

 反対しようとしたザクリスの声を遮るように、シーナは一言キッパリとそう答えた。

 そんな彼女に、3人は顔を見合わせ合うともう一度揃ってシーナを見つめる。

 

「ホントに大丈夫なのか??」

「うん。」

 

 心配そうなアサヒの問いに、やはりシーナは力強く頷くだけだ。

 そんな彼女の真剣な横顔を見つめながら、カイはそっと口を開いた。

 

「ちなみに、どうやって調べるつもりなんだ?」

「……このディスクを接続した状態で、私がブレードイーグルと意識共有すれば分かる筈。」

「意識共有ってッ……」

 

 その一言に焦ったのは勿論カイだ。

 昨日、意識共有が危険な能力だと言ったのはシーナ自身だというのに……

 

「駄目だ!もしそれでシーナに何かあったらッ!」

「戦う訳じゃないから大丈夫。起動したこの部品がどんなものなのか、イーグルとユナイトに教えてもらうだけだから。」

「けど……」

 

 尚食い下がろうとするカイに、シーナがずいっと詰め寄る。

 彼女は真剣な顔でカイを真っ直ぐ見つめた。

 

「私も何かカイ達の役に立ちたいの。お願い……」

「……じゃぁ、意識共有に俺も参加する。一人じゃやっぱ心配だし。」

「おいカイ!」

 

 ザクリスが心配するように彼の名前を呼んだが、シーナは静かに首を横に振った。

 

「意識共有は、パイロットが2人いる状態じゃ使えない。だから私に任せて。」

「……」

 

 カイは暫く黙り込んだが、やがてシーナを真っ直ぐ見つめ返した。

 

「本当に、大丈夫なんだな?」

「うん。」

「絶対に無茶はしないって、約束出来るか?」

「約束する。」

「……わかった。」

「おいおいおい!」

 

 ザクリスが声を上げるが、そんな彼の隣でアサヒは静かに目を閉じ微笑を浮かべていた。

 

「じゃぁ、その部品は姫に任せるとしよう。」

「はぁ?!」

 

 アサヒの一言に、ザクリスがアサヒを見つめる。

 

「お前まで何言ってんだ!何かあったらどーすんだよ?!」

「無茶はせん。と、姫は約束したろ?なら信じてみようじゃないか。それにな、俺ぁ姫なら大丈夫だと思うんだ。」

「大丈夫だと思うってお前なぁ……」

「今まで俺の勘が外れた事があったかい?」

「いや……でもそれはそれ!これはこれだろ?!」

 

 なかなか首を縦に振らないザクリスに、シーナが懇願するような眼差しを向けた。

 

「お願い。ザクリス……」

 

 そんなシーナの眼差しにザクリスは暫く無言だったが、やがて諦めたような長い溜息を一つ吐くと、彼はむすっとした顔でシーナを見つめ返した。

 

「絶対無茶すんじゃねーぞ。」

「さっき無茶はしないって約束したよ?」

「カイだけじゃなくて俺達とも約束しろっつってんだよ!ド天然か!」

「??」

 

 困ったように首を傾げるシーナを、アサヒが苦笑しながら見つめる。

 

「なに。ザクリスは自分にも無茶はせんと約束して欲しいだけさ。ザクリスは優しい反面とにかく心配性だからな。」

「やかましい。」

 

 ぴしゃりと叩きつけるようにザクリスがアサヒを睨みながら声を上げる。

 だが、シーナはふんわりとした穏やかな微笑みを浮かべてザクリスを見つめた。

 

「大丈夫だよ。ザクリス。私、カイとだけ約束したつもりじゃないもの。ちゃんとザクリスとアサヒにも約束してるよ。」

「……おう。」

 

 ザクリスはボソッとぶっきらぼうに答えると、残りのコーヒーを飲み干して席を立つ。

 

「じゃぁしょうがねぇ。お前らが市場の日雇いに行ってる間に接続用の部品見繕ってやるから、イーグルのコックピット調べに行って良いか?」

「あ、じゃぁユナイトに言付けて来るからちょっと待ってて。」

 

 シーナはそう言って小走りに宿の外へ出て行く。

 彼女の後姿を見送った後、カイが笑いながら口を開いた。

 

「最後まで反対してた割に、ザクリスもなんだかんだやる気満々じゃん。」

「うるせぇ。3対1の数の暴力で押し切ったのはお前らだろうが。」

 

 面白くなさそうにザクリスは口をへの字に曲げる。

 そんな彼にカイは苦笑し、アサヒは何でもなさそうにケタケタと笑い声を上げた。

 

「ユナイトにイーグルの説得頼んで来たよ。」

 

 シーナが小走りに戻って来る。

 ザクリスは怪訝そうに首を傾げてカイへ訪ねた。

 

「説得??」

「イーグルはさ、ものすっげー頑固者なんだ。アサヒの牙狼以上に我が強くて、基本的にシーナとユナイトの言う事しか素直に聞かないんだよ。多分そのまま調べに行ってたら嘴で滅多打ちにされてたかもな。」

「げぇ……」

 

 げんなりとした顔をするザクリスに、シーナが苦笑する。

 

「ユナイトと一緒に行けば大丈夫だから。」

「ホントに大丈夫なんだろうなぁ?……」

 

 ザクリスは頭を掻きながら歩き出すが、2、3歩歩いた辺りで振り返ると呆れたようにアサヒへ声を掛けた。

 

「アサヒ。お前も食い終わってんならとっとと来いよ。置いてくぞ。」

「おん?お前さん一人でイーグルのとこに行くのが怖いのか??」

 

 からかうように二ッと笑ったアサヒの所までザクリスが大股で引き返して来る。

 彼はまるで猫を引っ掴むかのようにアサヒの後ろ襟をむんずと掴んで意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「このままイーグルのトコまで引き摺ってって盾にしてやろうかぁ?」

「わかったわかった。一緒に行ってやるから、そう怖い顔をしなさんな。」

 

 アサヒは至って面白そうに笑いながら席を立つと、カイとシーナに微笑んだ。

 

「じゃぁご両人。また夕方。」

「ああ。」

「よろしくね。2人とも。」

 

 カイとシーナの返事に、ザクリスとアサヒは揃って頷くと宿を出て行った。

 

   ~*~

 

 カイとシーナはいつも通り、初日から世話になっている食料品店で開店準備をしていた。

 昨日店をすっぽかしてしまったというのに、店長は2人をけしてクビになどしなかった。

 カイが店を空けてしまっていた間、周りの店舗の店員達や通りに立っていた人々から「カイが銃を持った男達に追い掛け回されていた」と聞いた店長は、気が付くとシーナまで居なくなっていたので、2人揃って危ない事に巻き込まれたのではないか?とかなり心配したらしい。

 その為、スカーズのレドラーを倒したカイがシーナと共に戻って来た時、店長は叱りもせずに戻って来た2人を我が子のように抱き締め、泣いて無事を喜んでくれたのである。

 面倒事を背負った旅人を雇いたがる店などそうそう無いというのに、それでもこうして自分達を雇い続けてくれる心優しい店長にはカイもシーナも感謝しかなかった。

 

「店長さんが優しい人で良かった。」

 

 カゴ売り用のカゴへ果物を盛りながら、シーナがふと呟く。

 彼女のそんな呟きに、今日の特売品をスタンドボードへ書き込んでいたカイが振り返った。

 シーナはホッとした顔で穏やかに微笑んでいるが、何処か寂しげだ。

 

「此処に居るのも、今日を含めてあと3日だなんて……なんだか、あっという間だね。」

 

 寂しさを紛らわせるかのようにニコッと笑ってシーナはカイを見つめる。

 そんな彼女の心中を察したカイは、軽い溜息と共に微笑を浮かべると立ち上がって笑った。

 

「ああ。ちょっとばっかし寂しくなるな。」

「……うん。」

 

 シーナは小さく頷きながら、棚の缶詰の補充を始める。

 思った以上に元気の無い彼女の様子に、カイは少し考え込んだ後、チョークの粉で汚れた指を掃いながらシーナの隣へ歩み寄った。

 

「正直さ、俺もちょっと思ったよ。いっそ情報屋家業から足洗って、このまま市場勤めも悪くねぇかも。って。」

「え?」

 

 意外そうな顔で自分を見上げるシーナにカイは照れたように笑いかけると、彼女が抱えている缶詰を手に取って棚へ並べ始める。

 

「だってこの店けっこう自給良いし。店長だってすっげー良い人だし。だからあと3日でこの店で働くのが終わっちまうって、やっぱ俺だって寂しいっつーかさ。」

「カイ……」

「それに、ぶっちゃけ俺、何か目的があって旅してる訳でもなかったし。」

「そうなの??」

 

 シーナが目を丸くする。

 そう言えば自分の事を何も話していなかったなと思いながらカイはシーナをチラッと見て、缶詰を並べ続ける。

 時折缶詰の賞味期限を確認しながら、彼は語り出した。

 

「俺さ、小さい頃からずっと空に憧れてたんだ。ゾイドに乗って、思いっきり空を飛び回れる仕事がしたいって。けど親父が猛反対してさ……ゾイドに乗るのは遊びじゃない。憧れだけでゾイドに乗るな。って。んで結局、夜中に親父が通勤に使ってたレドラーかっぱらって、14の時に家出しちまった。」

「え?!家出?!じゃぁあの時壊された紫色のレドラーって……」

「そ。実は親父の。」

「えぇぇぇぇ?!」

 

 初めて聞く素っ頓狂なシーナの声に、カイも思わず驚き過ぎだろ。と笑いながら、彼は空になった段ボールを慣れた手付きで潰す。

 他に品出ししなければならない商品はないかと店内をザッと見渡しながら、カイは言った。

 

「だからまぁ、探してるものがあるとか、行きたい場所があるとか、そういうんじゃないんだ。やりたい事やるついでに、情報屋してるだけっつーかさ。」

「やりたい……事……」

 

 シーナが考え込む。

 

「私のやりたい事って、なんだろう?……」

 

 まるで幼い子供のように真剣な顔で自分のやりたい事を考え始めたシーナを見つめ、カイは何処か微笑ましげに笑った。

 

「いっそ自分のやりたい事を探すってのも有りなんじゃねーか?」

「そっか……ふふっ。そうだね。」

 

 シーナがおかしそうに笑う。

 やっと笑顔になった彼女に、カイは明るく言った。

 

「じゃ!とりあえずまずは目の前の仕事しようぜ。そろそろ開店時間だしな。」

「うん!」

 

 元気に頷いたシーナは、店の前に掲げられた「CLOSED」のプレートを「OPEN」へとひっくり返した。

 

     ~*~

 

 一方、ザクリスとアサヒはというと……

 

「うわっち?!おいこら!なんでコックピット開いてくんねーんだよ!うぉっとぉ?!」

「キュアア!キュアアア!!」

 

 ……大層ご立腹の様子のブレードイーグルに案の定手を焼いていた。

 その巨大で鋭い嘴の容赦ない突きを避けながらザクリスはブレードイーグルになんとかして近づこうと躍起になっており、そんな彼とブレードイーグルのやり取りを安全圏から眺めるユナイトはオロオロと両者を交互に見つめ、アサヒはユナイトの隣に突っ立ってすっかり我関せずを決め込み、暢気に煙草へ火を点けている。

 

「おいアサヒ!お前も手伝えよ!!いで?!」

 

 アサヒを振り返り抗議するザクリスの頭をブレードイーグルの嘴がド突く。

 ギャーギャーと喚き合う一人と一機を呆れた様子で眺めながら、アサヒは溜息と共に紫煙をゆっくり吐き出して呟いた。

 

「余計な事を言って怒らせちまったお前さんが悪い……」

 

 彼はぼんやりとつい先程の事を思い浮かべていた。

 ユナイトがブレードイーグルを無事に説得し終えた時にザクリスが言った余計な一言……

 

「なんだ。堅物だって聞いてた割に意外と素直じゃねーか。」

 

 その一言にカチンと来たのだろう。ブレードイーグルはどんなに頑張ってもコックピットへ手が届かない高さまで背筋を伸ばすと、ぷいっとそっぽを向いてしまったのだ。

 慌ててユナイトがグオグオと再度説得を試みたものの、イーグルはすっかり(へそ)を曲げてしまったのである。

 

「……まったく、どうにもザクリスは一言余計なんだよなぁ……」

 

 再びアサヒが溜息を吐く。

 そんな彼の前で、ブレードイーグルがザクリスの簡易アーマーの後ろ襟を咥えた。

 

「お。」

 

 アサヒは咄嗟に2、3歩後ろへ下がる。

 彼の読み通り、ブレードイーグルはアサヒが避けた場所めがけて咥え上げたザクリスをそのままポイッと放り投げた。

 

「おわぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 今さっきまでアサヒが立っていた砂の上に、ザクリスが派手に胴体着陸……いや、着弾する。

 顔面から腹にかけてうつ伏せに半分砂に埋まったザクリスに、アサヒは笑いながら言った。

 

「お前さん、昨日カイが踏みつぶしたレドラーみたいになっとるぞ。」

「……そいつぁどうも。」

 

 口に入った砂を咳込むように吐き出しながら、ザクリスが砂から体を起こす。

 彼はひっくり返るように砂の上にぐったりと座り直し、苦々しげな顔でイーグルを見上げた。

 

「ったく、なんつー性格の悪いゾイドだ。生身の人間放り投げる奴があるか。」

「そりゃお前さん、自業自得ってヤツだろう?」

「ちょっと堅物だっつっただけでコレじゃ割に合わねーよ。たんまり釣りが出らぁ。」

 

 不機嫌な顔で片膝の上に頬杖を突くザクリスの向かいでは、同様に不機嫌な様子のブレードイーグルがまるで唸る猛獣のようにクルルルルル……と低く咽を鳴らしている。

 アサヒは吸殻を携帯灰皿に収めるとユナイトを振り返った。

 

「なぁユナイト。ゾイド同士も言葉が通じたりするもんなのかい?」

「グォ??」

 

 首を傾げたユナイトに、アサヒは穏やかに微笑んだ。

 

「なに、ちょいと牙狼(ガロウ)にも説得を手伝ってもらおうかと思ってな。」

「グオ!グオグオ!」

 

 こくこくと頷いたユナイトを見て、ザクリスは釈然としない顔をした。

 

「けどよ。古代ゾイドと現代ゾイドだし、おまけに鳥と犬だろ?ホントに通じるのか?」

「なるほど。鳥と犬か。猿がおれば桃太郎だな。」

「お前なぁ……」

 

 すっかり呆れた顔でアサヒを見上げるザクリスに、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

「ユナイトが頷いとるんだ。大丈夫なんでないかい?物は試しだ。」

「へぇへぇ。んじゃあの堅物鳥野郎はお前と牙狼(ガロウ)に任せるよ。」

 

 若干拗ねたように言うザクリスに苦笑しつつ、アサヒはブレードイーグルをチラッと見るとユナイトを連れてそそくさと牙狼(ガロウ)の方へ行ってしまった。

 ……ちなみに、堅物鳥野郎の一言をしっかりと聞き取っていたブレードイーグルが、ザクリスの傍に衝撃砲を一発撃ち込み、彼が頭から嫌と言う程砂を被ったのはまさにこの数秒後の事である。

 

   ~*~

 

 夕方、市場での日雇いを終えたカイとシーナは揃ってイーグルの元へ向かった。

 しかし、到着してみれば居るのはアサヒとユナイトだけで、ザクリスが何処にも見当たらない。

 カイは不思議そうにアサヒへ訪ねた。

 

「アサヒ。ザクリスは??」

「ああ、(やっこ)さんイーグルを怒らせちまったせいで頭のてっぺんからつま先まで砂まみれになっちまってな。宿に戻ってシャワー浴びて来ると言っとった。多分そろそろ戻って来る頃だろう。」

「一体何があったんだよ……」

「それはお前さんの想像に任せるとするよ。」

 

 苦笑を浮かべるカイに、アサヒも苦笑を浮かべる。

 ふと、微かな足音に気付いたシーナが後ろを振り返れば、話題の張本人が歩いて来ている所であった。

 

「あ!ザクリス!」

 

 シーナがパタパタと手を振ると、彼も控え目に手をひらひらと振ってくれた。

 いつもと違うTシャツに黒のチノパンというシンプルな姿に、シーナは目の前まで来たザクリスを見つめ首を傾げた。

 

「あれ?服は??」

「砂まみれになっちまったから宿のランドリーに突っ込んで来た。」

 

 まだ生乾きの髪を掻き揚げながらザクリスは疲れた様子で答えると、小脇に抱えていた件の部品をシーナに差し出す。

 彼はまだ不安げな色をその瞳に湛えながらも、彼女に言った。

 

「じゃ、頼んだぜ。嬢ちゃん。」

「……うん。任せて。」

 

 シーナが部品を受け取る。

 受け取った部品の接続側に、まるで尻尾のように今朝は付いていなかったソケットケーブルが伸びている事に気付いたシーナは、首を傾げた。

 

「何か付いてる。」

「そいつがイーグルとその部品を繋ぐための接続端子だ。恐らくそれで接続出来ると思うんだが……どうだ?いけそうか?」

 

 アサヒの言葉に、シーナはケーブルの先に付いた端子を見て言った。

 

「これなら大丈夫。ちゃんと接続出来るよ。」

「おん。なら良かった。自作した甲斐があったよ。」

「え?!作ったの?!」

「ザクリスがな。」

 

 アサヒがそう言ってザクリスを振り返れば、彼は照れ隠しのようにプイッとそっぽを向いた。

 

「ジャンクパーツ三個一(さんこいち)の突貫間に合わせ部品だけどな。」

 

 カイもそんなザクリスを眺めて何処か可笑しそうに笑う。

 彼はああ見えてかなり手先が器用だ。おまけに機械の知識もいくらかある。部品さえあればソケット端子を一つ自作するくらい造作もないだろう。

 

「ありがとう。ザクリス。」

「礼はいら……あー……そうだな。礼は嬢ちゃんが無事でいてくれる事で良い。これでもし嬢ちゃんに何かあったら、部品作っちまった俺の責任だしな。」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながらぶっきらぼうに言うザクリスに、シーナは笑顔で頷くとブレードイーグルのコックピットへ向かう。

 

「シーナ!」

 

 ふと、カイに呼び止められ振り返れば、カイは笑顔だが真剣な眼差しで言った。

 

「俺達全員、そのディスクの中身なんかよりシーナの方が大切なんだって事、忘れんなよ。」

「うん。ありがとう。」

 

 シーナは笑顔でブレードイーグルのコックピットに乗り込んだ。

 キャノピーが閉まると同時に、部品のソケット端子を接続する。

 そっと部品本体を足元に置いた後、彼女はシートベルトも閉めずに操縦席へ深く腰掛けると、背もたれに体を預けながら呟いた。

 

「……ユナイト。おいで。」

「グォォォォォォ!」

 

 ユナイトがブレードイーグルの中へと消える。

 シーナはそっと目を閉じ、意識を集中した。

 意識の共有が始まってまず最初に伝わって来たのは、膨大な知識欲と学習欲だ。

 目の前にあるもの、自分が体験する事、その全てを知りたい。記憶したい……それはイーグルやシーナの意思とは全く違う異質なもので、すぐにこのディスクがもたらしているのだと分かったシーナは、目を閉じたまま呟く。

 

「ユナイト。ディスクのプログラムを意識内からシャットアウト。システム面から再アクセス。これが一体何なのか詳しく調べて……」

『グォグォ!』

 

 ユナイトの返事が伝わって来た直後、頭の中を埋め尽くしていた知識欲と学習欲がスイッチを切るかのようにシャットアウトされる。

 ふとシーナは、薄っすらと目を開いた。

 

(私……なんでこんな方法知ってるんだろう……)

 

 イーグルと意識を共有したままぼんやりと考える。

 

(コアに憑りついたユナイトを触媒にデータを調べる……やった事ない筈なのに……覚えていない筈の事が出来るのは何故?……どうして?……)

 

 微かな不安に揺れた瞳が、ふと心配そうにこちらを見上げる3人の顔を映した。

 意識共有をしている為、カイも、ザクリスも、アサヒも、キャノピー越しではなくまるで目の前に居るように見える。

 ただ何も言わずに、ただ静かに、そして何処か祈るように……彼等は自分達を見守ってくれている……

 だが、不意にザクリスがズボンのポケットから煙草を取り出し火を点けた。

 その様子を見てアサヒとカイが呆れたように笑えば、ザクリスは面倒臭そうに何やら言ってぷいっとそっぽを向く。

 

(アサヒだけじゃなくてザクリスも煙草吸うんだ……ずっと待ってるから、暇なのかな?)

 

 目の前で繰り広げられるいつものやりとりに思わずクスリと笑みが零れた。

 難しい事は後で考えよう。

 今はディスクを調べて……その後、また皆で揃って夕飯を食べたい。

 そう言えば、カイやザクリスがいつも飲んでいる黒い飲み物は一体どんな味なのだろう?

 今日の夕食の時、自分も試しに飲んでみようか?

 そんな事を考えるうちに、不安は消え去っていた。

 

『グオグオ。』

「どうしたの?」

『グオグオグオ。』

「ディスクが外部と通信してる?……」

 

 不意に伝わって来たユナイトの言葉に、シーナが微かに眉を(ひそ)める。

 彼女は少し悩んだが、すぐにユナイトへ伝えた……覚えていない筈の知識に身を委ねて……

 

「ユナイト。システムリンケージセットアップ。ディスクの通信先の特定、及び記録のバックアップを準備。突き止めて……」

 

 自分自身の口から出て来る言葉を何処か他人の言葉のように感じながら、シーナは再び目を閉じた。

 目を閉じた暗い視界の中で、まるで細く長いトンネルを高速で飛んでいるような気分を味わう……ユナイトがディスクの通信先へと自分の意識を導いているのだと、彼女はすぐに理解したが、不安になっている暇はない。少しでも多くの手掛かりを掴んで、そして、万が一の事態が起こる前に……危険な目に遭う前に、すぐに目を覚まさなければ……

 そんな事を考える彼女の目の前がふと開けた。

 目を閉じたまま見るその映像は、まるで夢を見ているような感覚だ。

 見慣れぬ機械に囲まれた部屋。無数のモニター。中央の椅子へ伸びる無数のケーブル。そして、その椅子に座るヘッドギアを付けた一人の青年……

 

(え?……)

 

 シーナは思わず一瞬凍り付いた。

 ヘッドギアによってその青年の顔は鼻から下しか見えないが、だからこそ、ハッキリと目に映ったのだ。

 その右頬のフェイスマークが……

 

「?」

 

 ヘッドギアの付けた青年が、通信データに乗って侵入したシーナに気付いたかのようにハッと顔を上げる。

 無機質なヘッドギア越しに青年と目が合った彼女は、一瞬で途轍もない恐怖を感じた。

 すぐに戻らなければ……逃げなければ!

 

「ユナイト!!」

 

 彼女が叫んだ瞬間、垣間見ていた機械仕掛けの部屋の風景は幻のようにサァッと掻き消えて行く。

 猛スピードで後ろへ引っ張り戻される感覚に身を委ねる彼女の目の前に、先程垣間見た青年の手が目の前からぐんぐん迫って来るのが見て取れた。

 このままでは、捕まってしまう……恐怖に顔を引き攣らせたシーナの鼻先をその手が掠めようとした瞬間、彼女はコックピットでハッと目を見開いた。

 

「……間に……あった……」

 

 悪夢から目が覚めたような感覚にクラクラしながら彼女がそう呟いた瞬間、足元に置いた部品の内部からくぐもった爆発音のような音が上がる。

 ビクッとして部品を見下ろすと、部品のディスク差込口から煙が上がっていた。

 

「……」

 

 足元から上がる煙を見つめたシーナの鶯色の瞳から、ふと光が消え失せる。

 冷たく無機質な眼差しで、彼女はまるで引き千切ろうとするかのように乱暴にイーグルと部品を接続していたソケット端子を引き抜いた。

 

「……そう……」

 

 不意に呟いた彼女の声はその眼差し同様、別人のように無機質で冷く……そして微かな怒りが滲んでいた。

 

「また……私を殺そうとしたのね……」

「シーナ!シーナ!大丈夫か?!」

 

 不意にキャノピーをバンバンと叩く音が聞こえて我に返ったシーナは、右手に握った“抜いた覚えのない”ソケット端子を不思議そうに見つめた。

 

「あれ?いつ抜いたんだろう……」

 

 その眼差しと口調は、いつも通りの彼女だった。

 顔を上げれば、カイが横からイーグルのアイレンズ越しにこちらを覗いている。

 

「カイ……どうしたの?」

「どうしたも何も!いきなりユナイトがイーグルから飛び出して来たから何かあったんじゃないかって……」

 

 キャノピーを開いてシーナが訊ねれば、カイは切羽詰まった様子でシーナの顔を覗き込む。

 彼女はそんなカイに穏やかに微笑んだ。

 

「大丈夫。私なら平気だよ。」

「そっか……あれ?コレ……」

 

 安堵した様子のカイが、足元で薄っすらと煙を上げる部品を見下ろす。

 シーナは申し訳なさそうにションボリと足元を見つめると、手にしたままのソケットを両手で弄りながら呟いた。

 

「このディスクが通信してた先まで行ってみたんだけど、相手に気付かれて……ディスク、壊されちゃった……」

 

 そんなシーナの頭に、カイがぽんっと手を乗せる。

 

「言っただろ?ディスクなんかよりお前の方が大切なんだって。ホントに大丈夫なんだな?」

「うん。大丈夫。」

「良かったぁ……」

 

 カイが操縦席に座ったままのシーナを抱き締めた。

 シーナは少し驚いたような顔をしたが、そんなカイを励ますように優しく彼の背をトントンと叩く。

 

「心配させちゃってごめんね。私なら何ともないよ。それにね、このディスクの事も分かったの。」

「え?!」

 

 カイに放してもらいながら、シーナはにっこりと笑う。

 彼女は足元で煙を上げる部品をそっと抱えると、驚いた様子のカイと共にブレードイーグルから降りてザクリスとアサヒの元へ向かった。

 

   ~*~

 

 彼らは宿のラウンジの一番隅のテーブルに集まり、注文した夕食が運ばれてくるのを待ちながらディスクの正体をシーナから聞いていた。

 

「あのディスクは、ゾイドを知識欲や学習欲で支配して戦わせる為のものだったの……」

 

 シーナがお冷を飲みながら静かな声で話す。

 カイ達は怪訝な、或いは驚愕した顔で互いに顔を見合わせ、再びシーナへ視線を戻した。

 

「それってつまり、意識を乗っ取られるってこったろ?おい嬢ちゃん。ホントに大丈夫だったんだろうな?」

 

 ザクリスが眉を片方吊り上げながらジトッとした眼差しでシーナを見つめる。

 そんな彼の眼差しに苦笑しながら、シーナは言った。

 

「私は大丈夫。確かに自我の薄い普通のゾイドは多分あのプログラムに呑まれると思うけど、イーグルは凄く自我の強い子だから飲まれなかったし、ユナイトに途中で遮断してもらったから。」

 

 その言葉にザクリス達が少し安心した様子になったのを確認し、シーナは言葉を続ける。

 

「きっと、昨日の盗賊さん達のレドラーの動きがどんどん変わっていったのはそのせい……あのディスクのプログラムでザクリス達の動きをあっという間に学習したんだと思う。」

「成程。そうなりゃ確かに合点が行く。奴らがカイにあっさりやられちまったのは、奴らのレドラーがカイの動きを学習する前に倒しちまったからか。まぁ、イーグルとユナイトが凄いというのも理由だろうが。」

 

 アサヒが腕を組んで椅子の背もたれに身を預ける。

 ザクリスはそんな彼の隣で肘をついてお冷を飲みながら、ボソッと呟いた。

 

「しっかし厄介な事この上ねぇのも確かだ。乗り手の腕に関係なく、ゾイドが勝手に学習して勝手に戦う……ゾッとすらぁ……」

 

 彼の言葉にシーナもこくりと頷いた。

 

「おまけに、知りたいって欲に支配されてるからゾイドは自分で止まらない。恐怖でコンバットシステムがフリーズする事も無いと思う……勝つか倒されるかするまで戦い続ける……きっと、乗っているパイロットに戦う意志が無くなっても……」

「ゾイドの本能的な恐怖すら欲で支配し戦わせる……か、なんとも浅ましい……」

 

 そんなアサヒの呟きに、カイも思わずボソッと呟いた。

 

「一体誰が、何の為にそんなもん作ったんだか……」

「それなんだけどね……」

 

 シーナが遠慮がちにそっと切り出した。

 

「あのディスクは戦わせたゾイドの戦闘データを吸い上げて何処かに送ってたの。」

「戦闘データを??」

 

 ザクリスが眉を(ひそ)める。

 シーナは頷き、言葉を続けた。

 

「うん。場所は分からないけど、景色が見えた。機械とモニターがいっぱいある部屋で、誰かが送られて来た戦闘データをチェックしてて……」

「顔は?見たのか??」

 

 ザクリスが声を潜めながらずいっと身を乗り出してシーナに訊ねる。

 彼女は少し躊躇うように視線を伏せた。

 

「大きなヘッドギアで顔の上半分が隠れてたから……顔はわからない……でも……」

 

 そう言って、彼女は顔を上げるとカイを見つめた。

 

「色は違うけど……カイと同じ形のフェイスマークがあった……」

「え??俺と??」

 

 カイが思わず自分を指差しながら目を丸くする。

 ザクリスとアサヒも驚いた様子でカイを見つめた。

 普通、フェイスマークは角型か丸型が主な主流で、少し珍しい部類でも角の丸い三角型かチェックマークのような型、或いはそれらを組み合わせたような形が殆どだ。

 カイのように先に行くにつれて細くなっている、まるで猫に引っ掛かれたかのような線状のフェイスマークは珍しい。

 

「珍しいな。カイみたいなフェイスマークはそうそうおらんぞ。」

「お前、双子の兄弟とか居るんじゃねーだろうな??」

「いやいやいやいや!俺一人っ子だぜ?それに俺だって全く同じマークの奴なんて見た事が……」

 

 カイはそこまで言ってハッとしたように顔を上げシーナを見る。

 

―本当にそっくりなの。顔も、声も、顔の模様まで……―

 

 彼の脳裏に、以前シーナから言われた言葉が過った。

 

「まさかそいつって……」

「お待たせ致しました。ファヒータセットとキドニービーンズスープのお客様?」

「お!来た来た!」

 

 アサヒが子供のような笑顔ではいはーい!と手を上げる。

 なんとも絶妙なタイミングで来た夕食とアサヒの反応に残りの3人は思わず脱力してしまった。

 夕食を並べ終えたウエイターが去る頃には、一足先にアサヒはファヒータをトルティーヤにたっぷり巻いて美味しそうに頬張っており、先程まで難しい話をしていた様子など微塵もない。

 

「で?カイ。お前さっきなんか言いかけたろ?続き。」

 

 呆れた様子でアサヒを眺めた後、ザクリスがクラッカーをバリバリと割ってチリコンカンへ入れながら話題を戻す。

 カイは今しがた齧ったばかりのチキンブリトーの一口目を一生懸命咀嚼して飲み込み、口を開いた。

 

「ああ。うん。俺と同じフェイスマークの奴って言ったら、シーナの兄貴くらいかな?って。」

「嬢ちゃんの兄貴??」

 

 ザクリスがシーナへ視線を移す。

 シーナは小さく頷くと鶏肉のトマト煮込みを食べながら呟いた。

 

「アレックスって名前の双子のお兄ちゃんなの……でも、今何処にいるのかわからなくて……」

「ふーん。そいつぁ……まぁ、なんつーか……心配だな。」

 

 怪しいと言いかけたのだろうが、シーナの複雑そうな顔を見て思いとどまったのか、ザクリスは一言そう言ってチリコンカンを黙々と食べ始めた。

 

「まぁ、あのディスクをばら撒いてゾイドの戦闘データを集めとる奴がおるとわかったんだ。ディスクを使われたゾイドがどうなるのかもわかった事だし、今日はもう食って寝よう。腹が膨れりゃ重たい気分もちょっとは軽くなるだろう。」

 

 2枚目のトルティーヤに肉とタマネギをたっぷり挟みながら言うアサヒに、カイ達は励まし合うような笑みを浮かべ合って黙々と夕食を食べた。

 

     ~*~

 

 一方その頃、モニターの明かりのみに照らし出された例の部屋に、一人の少女が入って来た。

 彼女は遠慮なく壁のスイッチに手をかけ、薄暗い部屋の照明を点ける。

 

「今日の分のデータ収集、どのくらい進んだ?ってお姉様が言ってたよ。」

 

 その声に、椅子に腰かけた青年はヘッドギアも外さずに口を開いた。

 

「……此処を逆探知しようとした奴が居た。」

「えぇぇ?!」

 

 少女が青年の正面に駆け寄り、ガチャンッとヘッドギアのバイザーを両手で上げて青年を見つめる。

 

「どーすんのそれ?!ちゃんと始末したの?!」

「あと一歩の所で逃げられたが、ディスクは破壊した。バックアップも破壊してある。問題ない。」

 

 青年が無機質な金色の瞳で少女を見上げる。

 少女はそんな青年にむすっとした顔をして見せると、乱暴にバイザーを再びガシャンッと下げて部屋の出入口へと足早に歩き出した。

 

「良いもん良いもん。ユッカがドジッたのお姉様に言っちゃうもん。ユッカなんか怒られちゃえば良いんだ。ばぁぁぁぁぁぁっか!!」

 

 彼女はそう言い捨てて自動ドアを開く。

 扉の前に控えていた紫色のオーガノイドの鼻先をポンポンと撫で、彼女は言った。

 

「行こ。ヒドゥン。」

 

 彼女はもう一度、ユッカと呼んだ青年を振り返ってベーッ!と舌を突きだすと、部屋の照明スイッチをバシッ!と音が立つほど乱暴に叩いて、部屋を出て行ってしまった。

 再び薄暗くなった部屋の中で、ユッカはそっとヘッドギアを外す……

 彼のその顔は……その髪型は……驚くほどカイと瓜二つであった。

 

「……アイツは……一体誰だったんだ……」

 

 送られてくるデータの波の向こうに見えた桜色の髪の少女……その姿を思い浮かべながらボソッと呟いた声は、部屋の中に響く事もなくただ静かに溶けるように消えた……




[Pixiv版第5話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9612349


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第6話-約束のお守り-

 ゾイドを操り戦闘データを集める怪しいディスク……

 パイロットの意思に関係なくゾイドが勝手に学習して戦うとなりゃとんでもない事だ。

 俺らの仕事に支障が出るのはともかく……心配なのはこれから旅立つカイと桜姫の方だな。

 また次に会う時まで、どうか達者でいて欲しいもんだが……

 [アサヒ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第6話:約束のお守り]

 

「よっしゃ! これでもう大丈夫だ!」

 

 カイは目を輝かせながら思わずガッツポーズをとる。

 その手には新たに発行して貰った真新しい通帳とキャッシュカードが握られていた。

 苦笑を浮かべる銀行の受付嬢へ笑顔でありがとうございました。と告げると、彼は早速預金をいくらか引き出して財布に収め、宿へ向かう。

 これでやっと金銭の心配をせずに自由に行動出来る。また気ままに空を飛んで行ける……

 だがそれは、この一週間世話になったザクリス、アサヒの2人とまた別れるという事でもあるのをカイは知っていた……

 

(……シーナの奴、寂しがるかな……)

 

 ふとそんな事を考えてしまう。

 仕事納めであった昨日、世話になった市場の食料品店の店長に別れの挨拶をした際に、店長はこれからまた旅に出る自分達への餞別だと言って缶詰や保存食をプレゼントしてくれた。それも廃棄間近の賞味期限の差し迫った物ではなく、店頭に並べておけるような良い物ばかりを……その瞬間にぽたぽたと涙を零しながら泣き出してしまったシーナを彼はぼんやりと思い出していた。

 良い人達に出会えるのは素直に嬉しい事ではあるが、その分別れはやはり寂しいものだ。

 家を飛び出したあの日から気ままな一人旅を続けて来たカイですら、繰り返す別れを名残惜しいと感じてしまうのだから、シーナにとってはきっと何十倍も寂しいに違いない。

 

「あ。そうだ」

 

 カイはふと呟いて宿の前を通り過ぎ市場街へ向かう。

 少しでもシーナを元気付けられれば良いなと思いながら、彼はとある店へと向かった。

 

     ~*~

 

 宿へ戻って来たカイは先にザクリスとアサヒの部屋へ顔を出した。

 

「よう。遅かったな。銀行込んでたのか?」

「いや、ちょっと寄り道して来た」

 

 不思議そうに訊ねて来たザクリスへそう答えながら、カイは彼らを交互に見た。

 既に荷物は綺麗に纏められており、いつでも出発出来る状態になっている。

 見慣れた光景の筈なのに、妙に別れの実感が込み上げて来たカイは珍しくポツリと呟いた。

 

「なんか……こんだけ長く世話になったのも久しぶりだったし、やっぱ少し寂しいなぁ……なんつって」

 

 そこまで言って照れ臭くなったのか、誤魔化すような笑みを浮かべた彼に、ザクリスとアサヒは何処か可笑しそうに顔を見合わせて笑った。

 

「まぁ、俺らもなんだかんだお前さん達と離れるのはちょいとばっかし寂しいよ。弟妹と離れるような気分になっちまう」

 

 アサヒが穏やかな顔で優しく呟く。

 不意打ちのようなその言葉に思わず目頭が熱くなりかけたカイの目の前に、ザクリスがずいっと二つ折りにした紙切れを差し出した。

 

「まぁ湿っぽいのもなんだ。コレでも受け取って、サッサと出発させてくれ」

「なんだよ。コレ」

 

 不思議そうに紙切れを受け取ったカイは、そっと折り目を開いて書かれた文面に目を通す。

 特徴的なザクリスの細い走り書きで綴られていたのは、この1週間の宿代。食事代。用心棒代等々……だが、その横に書かれた数字は全て「0」だ。

 

「え? ザクリスこれ―」

 

 思わず目を見開いて顔を上げたカイの頭を、ザクリスはニヤッと笑ったままくしゃくしゃと撫でた。

 

「おっと。ちゃーんときっちり領収切ってやったんだから抗議は聞かねぇぞ。じゃねぇと気が変わってとんでもねぇ金額吹っ掛けるかもしれねぇぜ??」

 

 そう言って意地の悪い笑みを浮かべるザクリスを見上げた視界が滲む……

 カイは思わず下を向いてギュッと目を閉じた。

 

「悪ぶって見せたって、お前らがっ……そういう事しねーのくらいわかってんだよっ。ばーか……」

 

 閉じた目の端から溢れる涙を誤魔化すように憎まれ口を叩くカイを見つめ、彼らは困ったように笑い合う。

 アサヒがカイの肩を励ますように優しく叩いて涙を拭いてやりながら口を開いた。

 

「カイ。どんなに背伸びをしたところでお前さんはまだ子供なんだ。だから困っとる時は頼ってくれて構わんよ。それに応えてやるのが、大人である俺らの役目だ。そうだろう?」

「うん……ありがとう……」

 

 ぐすっと鼻をすすりながら顔を上げたカイに、ザクリスがふと真剣な顔で口を開いた。

 

「なぁ。カイ」

「何?」

 

 残りの涙を拭きながらカイはザクリスを見上げる。

 彼は穏やかな声で諭すように言った。

 

「誰かと一緒に旅をするってのは、簡単じゃねぇ。確かに一人の時と違って楽しい事や協力し合って乗り越えられる事だって増えるが、それだけじゃない。一人の時に簡単に出来てたような事が出来なくなっちまう。それは、お前もわかってるよな?」

「……ああ。わかってる」

 

 真っ直ぐに自分を見つめ返して来る目の前の少年の、そのまだあどけなさの残る薄紫色の瞳を、切れ長の青い瞳が静かに見つめる……

 彼はふと、カイの腰のホルスターに収まっている拳銃へ視線を移して問いかけた。

 

「俺がお前にその拳銃をやった時に言った事……覚えてるか?」

 

 カイはその言葉に少しきょとんとした顔をして腰のホルスターをそっと見つめる。

 家を飛び出したばかりの頃、初めてこの2人と出会った時の事をカイは今でもハッキリと覚えていた。

 2人は色んな事を教えてくれた……その時、ザクリスが自分に銃の扱い方とこの拳銃をくれたのだ。

 

「……これはお前の命綱だ。だから自分の身を護る時にだけ使え。それ以外の事には絶対使うな。もしそれが守れないなら……俺がお前を殺す。だろ?」

 

 当時言われた言葉を噛み締めるように復唱しながら、カイはザクリスを見上げた。

 ザクリスは静かに頷いてカイを再び見つめる。

 

「その言葉はただの脅しじゃねぇ。武器を持つって事の本質だ。だから当然、ブレードイーグルにだって同じ事が言える。ゾイドだって一歩間違えば簡単に殺戮の道具に化けちまうし、それを決めるのは乗り手の心一つだからな。これからシーナと一緒に旅を始める以上、その拳銃も、ブレードイーグルも、自分とシーナを守る為に使え。自分一人だけを守ってれば良かった頃とは比べ物にならねぇ程難しい事だが、約束出来るか?」

「……勿論。って即答したいとこだけど……正直言うとさ、まだ実感湧かねぇんだ」

 

 カイはもう一度ホルスターを見下ろし、そっと片手をホルスターへ添えた。

 

「今まではその約束を守るの簡単だったけど……自分以外の誰かを守るって……その命を預かるって初めてだからさ。俺、ユナイトを起こす時に自分に誓ったんだ。最後までユナイトとシーナの面倒を見るって。勿論自分が決めた事だから、その誓いに後悔はない。でも、その為に一体何をすれば良いんだろう? って、いつも頭の隅で考えてる自分が居るんだ」

 

 彼はザクリスの青い瞳を真っ直ぐに見上げて言った。

 

「だから、教えて欲しいんだ。甘ったれんなって言われるかもしれないけど……シーナを守る為に、その新しい約束を交わす為に、一番必要な事を」

 

 ザクリスはそんなカイにふっと笑った。

 

「甘ったれんな。……て、言ってやろうかと思ったが……弟子の質問に答えてやれるのは師匠だけだよな」

 

 彼はそう言ってカイの頭にぽんっと手を乗せる。

 射抜くような真剣な眼差しで、彼は一言こう言った。

 

「絶対に死ぬな」

 

 鋭さすら感じるようなその真剣な声とは裏腹に、名残惜しそうにカイの頭を一撫でして離れたその手は、驚く程優しかった。

 

「この意味は自分で考えろ。きっと、行き着く答えは俺と同じだ」

 

 そう言ってニヤッと笑ったザクリスに、カイは一度だけしっかりと頷く。

 

「約束するよ」

「おう」

 

 若い師弟が静かに微笑み合った時、ふと部屋の扉をノックする音が響いた。

 

「ザクリス、アサヒ、カイ見なかった?」

「おん。こっちにおるよ」

 

 いつもの穏やかな声でアサヒが答えると、シーナがそっと扉を開け顔を覗かせる。

 彼女はカイを見た瞬間、ホッとしたような笑顔を浮かべて部屋に入って来た。

 

「良かったぁ。なかなか帰って来ないから心配しちゃった」

「わりぃ。シーナ。ちょっと2人と話込んじまってさ」

 

 苦笑を浮かべるカイに、シーナが鈴のなるような声でクスクスと笑う。

 

「今日でしばらくお別れだもんね。ねぇザクリス、アサヒ、コロニーの入り口までお見送りに行っても良い?」

 

 昨日店長との別れを寂しがり泣いていたシーナが自分から見送りを申し出ると思っていなかったカイは、思わず目を見開いて彼女を凝視する。

 そんな彼の隣で、ザクリスは愉快そうにニヤッと笑った。

 

「お? 泣き虫カイと違ってシーナはしっかりもんだな」

「あー?! ひっでぇ! そういうのは普通秘密にしといてくれるもんだろ?!」

 

 からかうような視線を投げかけてくるザクリスに、カイが何処かわざとらしく大声を上げる。

 そんなやりとりにアサヒとシーナが微笑ましげに笑い合えば、彼らを取り巻く空気は居心地の良い優しく穏やかな温度にふわっと染まって、しばしの別れの前であるのがまるで嘘であるかのように、ザクリスも、そしてカイも自然と笑い声を上げていた。

 

     ~*~

 

「じゃ、2人とも元気でな」

「おう。お前らもな」

 

 カイとザクリスが握手を交わす。

 その隣ではシーナとアサヒも握手を交わしていた。

 

「また何処かで会えると良いね」

「おん。それまで桜姫も達者でな」

「たっしゃ?」

「元気で健やかにあってくれよという意味さ」

「うん!」

 

 笑顔で別れの挨拶を交わす中、ただ一人ションボリしているのは心優しい桜色の恐竜だけだ。

 

「グォゥ……」

 

 しゅんと項垂れる頭と、地面に力なく伸びる尾は一目で寂しがっているのがよくわかる。

 ザクリスはそんなユナイトの頭を軽く叩き、からかうように笑った。

 

「そんなに離れたくないなら、お前も一緒に来るか??」

「グォ?! グオグオグオ!!」

 

 ギョッとした様子で顔を上げたユナイトはぶんぶんと首を横に振る。

 その様子を見てザクリスは苦笑し、アサヒもケタケタと笑い声を上げた。

 

「お前さんには俺らの大切な弟妹を守ってもらわにゃならん。どうかまた会う時まで、2人を頼んだぞ。ユナイト」

「グオ!」

 

 アサヒの言葉に力強く頷いたユナイトを見て、彼らは互いに顔を見合わせ笑い合った。

 最後に笑顔で手を振って、彼らはそれぞれの愛機へ乗り込む。

 イセリナ山方面へと駆け出した青い虎と赤い狼の後ろ姿を、カイ達は見えなくなるまでずっと見つめていた。

 

   ~*~

 

「やれやれ。お前さんホントに変な所で見栄っ張りだよなぁ」

「うるせぇっ……」

 

 ぐすっと鼻をすする音を通信越しに聞きながらアサヒが苦笑する。

 宿の部屋で珍しくカイが泣いたものだから、今頃になって柄にもなくもらい泣きでもしたのだろう。

 ザクリスは音声通信だけで映像を送って来ない。

 

「なぁに。ユナイトとブレードイーグルが付いとるんだ。あのディスクを搭載したゾイドに襲われたとしても無事に切り抜けてくれるだろう。そう心配しなさんな」

「心配してねーよ。あいつは俺の一番弟子だぞ。簡単にくたばるか」

「そうさな」

 

 穏やかにそう呟きながら、アサヒはふと考え込む。

 

(どちらかと言えば……カイが意識共有で無茶をせんかどうかの方が心配だなぁ……)

 

 カイとザクリスは性格がよく似ている。

 自分の為よりも、他人の為に一生懸命になれるその優しさは、頼りになる半面不器用で……そして、酷く危うい。

 だからこそ「絶対に死ぬな」という言葉の本当の意味をカイが痛感する時は、きっと大きな代償を伴う事になるだろう。ザクリスがそうであったように……

 だがそういう経験をしなければ、きっとあの言葉は言葉で終わってしまう。それはアサヒも分かっている。

 もしかしたらザクリスは、そこまで全て見通した上であの言葉を贈ったのかもしれない……

 

(自分と同じ目に遭って欲しくない。という思いの裏返しなのかもしれんな……)

 

 ぼんやりと考えながら牙狼(ガロウ)を走らせるアサヒに、ザクリスが音声通信を映像通信に切り替え声をかける。

 

「おい。何ぼんやりしてんだ。これから山越えなんだぞ」

「おん。わかっとるよ。お前さんも視界は滲んどらんだろうな?」

「泣いてねぇっつってんだろ。ばーか」

 

 そう言ってブツンッと途切れた通信に苦笑しながら、アサヒは呟いた。

 

「ホントによく似た奴等だ。なぁ?牙狼(ガロウ)

「ガァーフ」

 

 全くだ。とでも言うかのような牙狼(ガロウ)の返事に、アサヒはやっぱり苦笑した。

 

     ~*~

 

 一方、カイとシーナ、そしてユナイトの3人は宿へ戻っていた。

 

「俺、てっきりまたシーナが泣くんじゃねーかと思ってた」

 

 荷物を纏めながらカイがふと呟くように言えば、シーナは苦笑しながらカイを見つめる。

 

「私も泣くんじゃないかって思ってたけど……でも、ザクリス達とはまたすぐ会える気がするから」

「そっか」

 

 カイは微笑みながら纏め終えた荷物を床に下ろす。

 ベッドの端に腰かけながら、彼は向かいのベッドに腰かけているシーナへ問いかけた。

 

「シーナ。これから旅に出る事になるけど何処に行きたい?」

「何処って言われても、私この時代の地理わらないよ?」

 

 困ったようにシーナは笑うが、ふと、彼女はカイを見つめる。

 

「でもね。私やりたい事が出来たの」

「やりたい事?」

 

 訊ね返すカイへ、彼女は静かに頷く。

 

「私、自分の途切れた記憶を取り戻したい。自分の事を思い出したいの……忘れたままの方が良い記憶かもしれないけど……それでも、私は自分の事を知りたい」

「それが、シーナのやりたい事なんだな?」

「うん」

 

 カイは静かにシーナを見つめ返した。

 自分は空を飛べれば良い。今まではそれ以外の目的など特に無い一人旅だったのだから、シーナが自分の記憶を取り戻す旅をしたいと言うのなら断る理由などない。自分がやる事は今までと同じだ。

 

「形の無い物を探す旅って、なんだか難しそうだよな」

 

 何処か楽しげに、カイは笑う。

 シーナはきょとんとしてそんな彼を見つめた。

 

「うん……でも、カイなんだか楽しそうだね?」

「だって面白そうじゃん。目的はあっても目的地は無い。俺好きだぜ。そういう旅」

 

 カイはそう言ってニヤッと笑って見せると、腰かけていたベッドから立ち上がり、ポケットから小さな紙包みを取り出してシーナに差し出した。

 シーナは首を傾げて、差し出された紙包みを受け取る。

 

「これ、なぁに?」

「開けてみろよ」

「うん」

 

 不思議そうに頷きながら、シーナは包みを開く。

 中から出て来たのは、このサンドコロニーへやって来た際にカイが買ってやると約束してくれた、あの銀色の鷲のペンダントだった。

 

「約束したろ? 預金下ろせるようになったら買ってやるって」

「カイ……」

 

 驚いた様子のシーナの隣に腰かけ、カイは彼女の手の中で煌くペンダントを眺めながら言った。

 

「このペンダントを買ってやるって、俺とお前が初めて約束した事だったよな」

「うん」

「だから、シーナとそのペンダントに誓って約束してやるよ。シーナのやりたい事に最後まで付き合うって。俺はずっとシーナの味方だって。まぁ、空を飛ぶしか能の無い俺なんかじゃ頼りになんねーかもしれねーけど」

 

 そう言ってカイはチラッとシーナを見る。

 彼女は目を潤ませながらペンダントを見つめていた。

 

「……私ね、ホントはずっと怖かった」

 

 不意に、小さな声でシーナは呟いた。

 

「途切れた自分の記憶が矛盾だらけで……自分が一体何なのか怖くなって……カイも、ザクリスも、アサヒも、店長さんやコロニーの人達も優しくしてるのに、不安でたまらなくて……ふとした時に、なんだか……まるで独りぼっちみたいな気持ちになって……自分が一体何なのか知りたい。その為に記憶を取り戻そうって決めたけど……それでも、怖い気持ちはずっと変わらなかった」

「シーナ……」

「でも、カイが味方でいてくれるって言うなら、そう約束してくれるなら……私、もう怖がるのやめる」

 

 シーナは両手でギュッとペンダントを包み込むように握り締め、カイを見上げる。

 その顔は、笑顔だった。

 

「ありがとう。このペンダント、約束のお守りにするね」

「約束のお守り。か……」

 

 カイはふと、自分の腰のホルスターに収まっている拳銃をチラッと見る。

 約束のお守り……それはきっと自分のこの拳銃にも言えるのかもしれない。

 兄貴分であり、師匠でもあるザクリスと交わした大切な約束の、その証なのだから……

 

「……そうだな。誰かと約束するって事は、約束する相手が必要だから……独りぼっちじゃないって証にもなるしな」

「独りぼっちじゃない証……」

「ああ。だから大切にしろよそれ」

「うん! 勿論!」

 

 シーナは嬉しそうに頷くと、早速ペンダントを付ける。

 彼女は胸の上で煌いた銀色の鷲を愛おしそうに一撫ですると、上着の中に大切そうにしまって立ち上がった。

 

「じゃぁ、私達も出発しよう。行き先なんてないけれど」

「おう。行き先なんか無くて上等だ。俺はそういう旅の方が得意だからな」

 

 カイも立ち上がり荷物を担ぐ。

 2人は揃って宿を後にした。

 

   ~*~

 

「あ。そうだ」

 

 ブレードイーグルを駐機している北口へ向かいながら、カイはふと思いついたように呟く。

 隣で不思議そうに首を傾げたシーナに、彼は言った。

 

「そういえばもう一つ、シーナに買ってやろうと思ってたもんがあるんだ。出発する前にちょっと市場街に寄って行こうぜ」

「うん。良いけど……一体何を買いに行くの?」

「店に着くまでのお楽しみ」

 

 カイはそう言ってシーナと共に市場へ向かう。

 やって来たのは小さな雑貨屋だった。

 カイはとある陳列棚の前まで歩いて行くと、シーナに訊ねた。

 

「なぁ、どれが良い?」

「どれって……これ、なぁに?」

「財布」

「お財布??」

 

 シーナは不思議そうにカイを見上げる。

 ああ。こりゃ分かってないな。と察したカイは苦笑を浮かべて口を開いた。

 

「だってお前、自分が働いた分の給料、全部俺に預けてただろ? だからシーナの財布買ってやろうって実はちょっと前から思ってたんだ。スカーズの連中に追い掛け回されたり、あのディスクを見つけたりでなかなか買いに来れなかったけどさ」

「でも、私お金持ってたって何に使えば良いかわからないし……」

 

 戸惑った様子のシーナに、カイはまた苦笑する。

 

「そんな難しく考えなくたって、自分の欲しい物や必要な物買うのに使えば良いんだよ」

「必要な物??」

「だって自分の物殆ど持ってないだろ? そういうのだってそのうち絶対無いと不便だなって思うようになるぜ。欲しいな。必要だな。って思った時に自分で買える方が便利だろ?」

「あ、そっか」

 

 シーナは納得したように頷いて棚を眺める。

 彼女は少しして、棚の端の方に並んでいた財布を手に取った。

 大きな赤色のがま口財布で、桜の柄が入っている。

 

「このお花、シーナにそっくり」

「え??」

 

 彼女の呟きに、カイが首を傾げる。

 

「まぁ、確かにお前に似てるっつったら似てるけど……」

 

 怪訝そうな顔をするカイに、シーナは照れたように笑いながら言った。

 

「あ。違う違う。私に似てるって意味じゃなくて、シーナって花があるの。その花とそっくりだからつい……」

「え? シーナって花の名前なの??」

 

 驚いた様子のカイに、シーナは頷く。

 

「うん。私の名前は、お父さんがその花の名前から付けてくれたの。私のフェイスマークがシーナの花そっくりだからって」

「へ~ぇ……って事は、桜とシーナってよっぽどそっくりな花なんだな」

「サクラ??」

 

 カイがシーナのフェイスマークと、彼女が手にしているがま口財布の桜柄を交互に見ていたのも束の間。

 彼女の一言を聞いた瞬間、彼はハッとした様子でシーナへ訪ねた。

 

「あれ?! もしかしてお前桜知らねぇの??」

「え? うん」

「じゃぁ、アサヒが付けた桜姫ってあだ名、意味わかってなかったって事か?」

「うん……でも、姫って呼ばれるのちょっと嬉しかったから、そのあだ名結構お気に入り」

「マジかぁ……お前桜の花知らなかったんだな」

 

 カイはそう言ってタブレットを取り出す。

 桜の写真を検索して彼は画面をシーナへ見せた。

 

「ほら。これが桜の花」

「へぇ~。桜って木に咲くんだね。でもシーナの花にホントにそっくり」

 

 画面に表示された桜の木を見て、シーナが目を輝かせる。

 彼女は画面の桜と手にした財布の桜柄、そして自分の髪を順番に見てから照れたように笑った。

 

「そっか。アサヒはこの花の色と私の髪の色がそっくりだから桜姫って呼んでたんだね」

「ああ。まぁついでに俺達にとってはシーナのフェイスマークも桜そっくりに見えるし、尚更だったんじゃねーか?」

「えへへ」

 

 シーナは手にした桜柄のがま口財布をもう一度眺めてから、笑顔でカイをみあげた。

 

「私、この桜のお財布がいい」

「だな。シーナにピッタリだ」

 

 シーナから財布を受け取ると、カイは店のレジカウンターへ財布を持って行き、会計を済ませる。

 すぐに使うからと値札だけ切ってもらった財布に、早速預かっていたシーナの給料を入れると、カイは財布を彼女にしっかりと渡した。

 

「鞄とか持ってねぇんだから、絶対落とすなよ?」

「うん!」

 

 シーナは嬉しそうに財布を受け取ると、キュロットスカートのポケットへ財布をしまう。

 彼女はカイを見上げて幼い子供のような無邪気な笑顔で笑った。

 

「お財布ありがとう。大切にするね」

「ああ。じゃぁ行こうぜ。ユナイト~行くぞ~」

 

 シーナの笑顔に笑顔で答え、カイは店の前で大人しく待っていたユナイトに声をかける。

 二人と一匹はブレードイーグルの元へと再び歩き出した。

 

   ~*~

 

 カイ達がサンドコロニーを旅立った頃……帝国領郊外では春先の雨が音もなく大地を濡らしていた。

 絹糸のような細い雨に打たれる郊外のとある邸宅……その一室に彼女は居た。

 アンティーク調の家具で統一された上品な書斎で、彼女はデスクの上のラップトップに向かっている。

 琥珀色の柔らかな長髪に、エメラルドのような鮮やかな緑色の瞳。ラップトップのキーボードを操作するしなやかなその指は白く長く、特に化粧などしていないであろうにも関わらず、整えられた綺麗な爪も、その唇も艶やかな淡い薔薇色をしていた。絶世の美女という言葉すら霞んで響く程のその美貌は、冷たく鋭いその眼差しすらも何処か妖艶に魅せる。

 ふと、書斎の戸をノックする音が静かな部屋に響く。

 彼女がチラッと時計に視線を巡らせて見れば、時刻は丁度昼時になろうとしていた。

 

「入れ」

 

 短く声を掛ければ、ひょこっと扉から顔を覗かせる少女が一人。

 少女は無表情にラップトップへ向かう女性の姿を見た後、無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「お姉様。昼食の準備が整いました。ってシュタイネルが言ってるよ?」

「そうか」

 

 彼女はやはり短くそう答え、疲れたかのような短い溜息を吐く。

 そんな彼女の傍に少女は小走りに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「お姉様、大丈夫?? お休みの日までお仕事ばっかりで疲れない?」

「ああ。私が好きでやっている事だ。心配は要らない」

 

 微かな微笑を浮かべて女性はそう答えるが、ふと彼女は目の前の少女に問いかけた。

 

「クラウ。少し見て欲しい物がある」

「え? 何々??」

 

 嬉しそうに眼を輝かせた少女……クラウの前で、彼女はラップトップを操作する。

 再生が始まった動画に映っていたのは、鮮やかな紫色のアイレンズを持つ白黒の鷲型ゾイドだ……

 その瞬間、クラウは驚愕したように目を見開いて映像に映る鷲型ゾイドを見つめ、口を開いた。

 

「双星の守護鷲……」

「やはりそうか」

 

 女性は動画を一時停止し、画面いっぱいに表示されたまま止まった鷲型ゾイドを見つめながら、呟いた。

 

「データ集積ディスクを与えた盗賊団のレドラーから、4日前に送られてきた映像だそうだ」

「えー?!」

 

 クラウが驚いたような声を上げる。

 が、彼女は次の瞬間むすっとした顔で双星の守護鷲と呼んだ鷲型ゾイド……そう、ブレードイーグルを眺めて不機嫌な声で呟いた。

 

「こいつが目覚めてるって事は、きっと双星の片割れも目覚めてるって事だよね?」

「ああ。恐らくな」

 

 女性の短い返答に、クラウのむすっとした表情に憎しみのような険しさが混じる。

 

「お姉様。こいつ殺しちゃ駄目?」

「駄目だ。搭乗者の詳細が不明である以上、迂闊に始末する訳にはいかない」

「むぅ……」

 

 クラウは面白くなさそうに口をへの字に曲げるが、画面に映るブレードイーグルを見つめてボソッと呟いた。

 

「……お姉様は、コイツのパイロットが双星の片割れだったら……本物だったら、手に入れたいんだよね?」

「ああ」

「そしたら……クラウはいらない子になっちゃう?」

 

 微かに寂しそうな声音で、クラウは遠慮がちに女性へ訪ねた。

 女性はクラウの顔を見上げ、その白い頬を軽く撫でる。

 

「まさか。血の繋がりなど無くてもお前は私の妹だ。不必要だと切り捨てる訳が無い」

「ホント??」

「ああ」

 

 その言葉にクラウはパァッと笑顔になると、まるで幼い子供のように女性に抱き着いた。

 

「お姉様大好き!!」

「ああ。知っている」

 

 よしよしとクラウの頭を軽く撫でた所で、再び書斎の扉をノックする音が響いた。

 次の瞬間クラウは女性に抱き着いたままあからさまに不機嫌な顔で扉を睨み付け、一方の女性はそんなクラウの態度を全く気にする様子も無く、先程同様の感情の類の無い事務的な声で短く呼びかけた。

 

「入れ」

「はっ。失礼致します」

 

 入って来たのは屈強な青年であった。

 赤茶色の髪は短く整えられており、頬に付いた切り傷の跡よりも、鋭いその眼を彩る燃えるような真っ赤な瞳が印象的だ。

 そして何より、私服姿であるにも関わらず背筋をピンと伸ばし敬礼をするその姿はまさに軍人であった。

 

「なんの用?? ハウザー」

 

 不機嫌な様子を隠そうともせずに、クラウは部屋に入って来た青年……ハウザーを睨み付ける。

 ハウザーは慣れた様子でなんでもなさそうにクラウを見つめた。

 

「執事長殿が心配なさっていたのでお声を掛けに伺っただけだが?」

「クラウが呼びに来たんだもん。ハウザーは来なくて良いもん」

 

 ぎゅぅっと女性を抱き締めるクラウに、女性は困ったように微笑んで顔を上げた。

 

「クラウ。先に昼食を食べて来ると良い」

「えー?! やだやだやだ! お姉様と一緒にお昼食べるもん!」

 

 小さな子供のように駄々をこねるクラウに、女性は優しく言った。

 

「この守護鷲の事についてハウザー少佐とも少し話がしたい。夕食は一緒に摂ると約束しよう。だから、先に食べておいで」

「うぅ……約束だよ??」

「ああ。約束する」

 

 その言葉に、クラウは渋々女性から離れて部屋の扉へとぼとぼと歩いて行く。

 彼女はすれ違いざまにハウザーを見上げ、忌々しそうにベーッと舌を突き出すと、パタンと静かに扉を閉め部屋から出て行った。

 

「やれやれ」

 

 思わずハウザーがそう呟けば、女性は何処か微笑ましそうにフッと笑った。

 

「そう呆れてやるな。確かに少々言動に難はあるが、慣れればあれはあれで可愛らしいものだ」

「ですが、大佐のお仕事の妨げになるのは少々看過出来ません」

 

 そう言いながら、ハウザーはデスクの前まで歩み寄る。

 女性は、リラックスした表情で微笑みながらハウザーを見上げた。

 

「お前が思う程妨げになっている訳でもない。ユッカから報告のあった例の鷲型ゾイドを、クラウは「双星の守護鷲」と呼んだ……古代ゾイド人であるあの子がそう言うからには、恐らく間違いないだろう」

「では、所在不明であった双星の片割れも?……」

「ああ。あの守護鷲と行動を共にしている可能性が高い」

 

 彼女はラップトップの画面で一時停止させていた動画を閉じると、椅子から立ち上がる。

 

「鷲型ゾイドなどこの時代には存在しない。だが、何処へ行こうと人目に付く筈のゾイドであるにも関わらず、目撃情報は殆ど無かった。恐らくつい最近覚醒したばかりで、まだあまり人目に触れていないのだろう。守護鷲の足取りを掴むまでは少々時間が掛かるだろうが……無知な市民の好奇心は我々の味方だ」

 

 彼女は何処か愉快そうに語ると、ハウザーの隣へ歩み寄り、彼の真っ赤な瞳を真っ直ぐ見据えた。

 

「そうなれば、いよいよ本格的に我々も活動を開始する事になる。こうして二人きりになれる機会も更に減る事になるだろう。だからこそ今のうちに聞いておきたい。ザムエル。お前は何故私に付いてくると決めた?」

 

 女性の射抜くような視線を真っ直ぐ見つめ返すハウザーの口元に、ふと、笑みが浮かぶ。

 

「貴女にお仕えする以上、私の居場所は貴女のお傍以外にあり得ません」

 

 彼はそう言うと、女性の目の前に片膝をつき、深々と頭を下げる。

 

「我が人生。我が命。我が武功の全てに至るまで、貴女様に捧げる事を今一度お誓い申し上げます。アナスタシア=フォン=リューゲン様」

 

 女性……アナスタシアは目の前で膝をつくハウザーを見下ろし、何処か呆れたような声音で呟いた。

 

「自ら私と同じ茨の道へ飛び込むか。お前程愚直で誠実な男は他にはいまい」

 

 だが、そんな声音とは裏腹に、彼女の顔には微かに笑みが浮かんでいた。

 

「良いだろう。お前の忠誠。確かに受け取った」

「はっ」

 

 アナスタシアは立ち上がったハウザーを見つめ、穏やかに微笑む。

 

「シュタイネルの事だ。お前の分の昼食も準備しているだろう。共に食べてはくれないか?」

「はっ。不肖ながら、ご一緒させて頂きます」

 

 そう言って敬礼をするハウザーの顔にも、微笑が浮かんでいた。

 2人は連れ立って書斎を後にする。

 主が去った後の書斎に響くのは、いつしか激しさを増した雨が窓を打つ音のみであった……




[Pixiv版第6話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9644215


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第7話-痛みの意味-

 必要な物も揃ったし、私達は旅を始める事にした。

 私の途切れた記憶を探す旅……きっと辛い記憶かもしれないけど、カイがずっと味方だって言ってくれたから。

 だから、私も勇気を出そうって決めた。

 いつか記憶を取り戻せたら、そしたら……アレックスにも会えるかな……

 [シーナ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第7話:痛みの意味]

 

 レドラーを失ったスカーレット・スカーズは、とある洞窟に居た。

 LEDランプや燭台などで照らされただけの洞窟内は、昼間であるというのに薄暗く、若干気味が悪い。

 だがそれでも、彼らが此処に居るのには訳があった。

 事の発端はつい数時間前。グスタフに乗った無口なスキンヘッドの大男に砂漠のド真ん中で拾われた事に始まる。

 その大男に連れて来られるがままにやって来たこの洞窟で、自分達を出迎えたのは……

 

「あらやだサム。一体何処で拾って来たの?その干からびかけの3人組。」

 

 声こそ男性だが、その口調やしぐさは間違いなく『オカマ』であろうと思われる洞窟の主。

 中性的な顔立ちに線の細い体は間違いなくイケメンの部類だが、毒を孕んだような暗い赤色の髪と、冷たいミントグリーンの瞳が不気味でありながら何処か妖艶で、そう、一言で言い現わすならば蛇のような印象のオカマだ。

 彼はサムと呼んだこのスキンヘッドの大男が人間を拾って来た事など大して気に留めていない様子で、まるで慣れっこだとでもいうかのように他の手下達へてきぱきと世話を命じ、一息吐いたら話を聞いてあげるわ。と言い残して洞窟の奥へと引っ込んでしまった。

 手下達も何処か人の世話をし慣れている様子で着替えや飲み水を用意し、砂漠の熱ですっかり潰れてしまっていたスティーヴに至ってはサッサとベッドへ運び看病まで申し出てくれるという状態で、有り難さを通り越しここまで親切なのは何か裏があるのではないか?と怪しんでしまう程であった。

 警戒心を抱きながらも、彼らの世話になる他ないスヴェン達は一通りの施しを受けた後、促されるまま洞窟の主であるオカマの青年の前に座り、自分達が砂漠を彷徨っていた経緯を話し始めたのだった。

 

「ふぅん。なるほどね……面白いじゃない。ピンク色のオーガノイドと、鷲型の飛行ゾイドだなんて。」

 

 スヴェンの話を聞いていたオカマ……アシュリーと名乗った青年が薄く笑う。

 何処か自分達を嘲笑っているかのようにすら見えるその笑みは、彼の蛇のような印象をより蛇らしく見せるようで微かに背筋がゾワッとする。

 だが、スヴェンは自分よりも年下であろうと思われるこの薄気味の悪い青年を真っ直ぐ見据えて、何処か懇願するかのような声音で言葉を続けた。

 

「ああ。あいつ等を捕まえりゃとんでもねぇ金になる筈だ。一つ手を貸してくれねぇか??アシュリーさんよ。」

 

 彼の言葉に、アシュリーは至ってのんびりとコーヒーを啜った後で口を開いた。

 

「そうね。このディスクを使っても勝てない相手だなんて。久々に楽しめそうな獲物だもの。」

 

 彼は椅子の隣のサイドボードからとある部品を手にする……それは、スヴェン達がレドラーに組み込んでいたのとまったく同じ部品であった。

 

「良いわ。貴方達スカーレット・スカーズの面倒は当分の間、私達がみてあげる。その代わりビシバシ働いてもらうからそのつもりでいて頂戴ね。」

 

 彼はそう言ってまたコーヒーに口を付ける。

 

「サム。この3人の分のゾイドも何か調達して来てあげて頂戴。」

「はい。ボス。」

 

 大男のサムが洞窟を出てゆく。

 一体何処からゾイドを調達する気なのかは分からないが、正直そんな事はどうでも良い。

 早くこの薄気味の悪いオカマとの話を切り上げたい。それがスヴェンの本音であった。

 

「ところで、一つ確認したいんだけど良いかしら?」

 

 アシュリーが薄い笑みを浮かべたまま、獲物を眺める蛇のような眼差しをスヴェンへ向ける。

 

「そのオーガノイドと鷲型ゾイドを捕まえたとして、貴方達はどうしたいワケ?話を聞いた限りだと、貴方達はそのオーガノイドや鷲型ゾイドよりも、その持ち主であるカイって情報屋の子を殺したいだけみたいに聞こえたけれど?」

「……まぁついでに言えば、クソガキカイだけじゃねぇ。ザクリスって賞金稼ぎとアサヒっていう傭兵も始末してぇ所だが……」

「……そう。じゃぁオーガノイドと鷲型ゾイドは私達が貰っても良いって事で間違いないかしら?」

 

 アシュリーのその一言に、スヴェンは思わず言葉に詰まる。

 彼よりも先にオーガノイドと鷲型ゾイドを見つけたのは自分達だ。

 だが、助けてもらった上に自分達の報復の手伝いまでしてくれるというのだから、従わない訳にもいかない。

 それに、彼に逆らわない方が良い決定的な理由をスヴェンはこの時点で悟っていた。

 

「……ああ。それで構わねぇ。」

「そう。なら、契約成立ね。」

 

 彼は満足そうにそう言うと、席を立ちながら言った。

 

「貴方達のゾイドが調達出来次第、その鷲型ゾイドを追う事にするわ。それまではゆっくり体を休めてなさい。特にあのおデブちゃんの方……スティーヴだったかしら?砂漠の暑さにやられてすっかり寝込んじゃってるって話だし。」

「ああ。恩に着るぜ。」

 

 彼の言葉にアシュリーは今一度微笑むと、また洞窟の奥へと引っ込んでしまった。

 スヴェンは隣でずっと話の行く末を見守っていたオスカーを引き連れ、洞窟の外に出る。昼間の日差しに思わず目を細めながら空を見上げた彼に、オスカーは遠慮がちに声を掛けた。

 

「兄貴……良かったんですかい?あのオカマ野郎にオーガノイドとあの鷲型ゾイドくれてやるだなんて……」

「……ああ。」

 

 スヴェンは何処か諦めたような表情で呟くように言う。

 彼はオスカーに静かに訊ねた。

 

「なぁオスカー。お前聞いた事あるか?恐ろしく腕が立つってんで有名な「砂漠の毒蛇(どくじゃ)」って異名のステルスバイパー乗りの噂。」

「え?ええまぁ……アレでしょ?賞金稼ぎだって言われてたり、盗賊だって言われてたりする正体不明の……まさか兄貴、それがあのオカマ野郎だって言うんですかい?砂漠の毒蛇(どくじゃ)は半分都市伝説だって噂ですぜ??」

 

 驚いた様子のオスカーに、スヴェンは静かに頷いた。

 

「恐らく間違いねぇ……砂漠の毒蛇(どくじゃ)にはもう一つまことしやかに囁かれてる噂があるんだ。自分や手下が手に入れたモノの全てを自分の『所有物』として大切にする慈悲深さを持つ一方で、もし自分の意にそぐわなければ最後、顔色一つ変えずに殺し、壊し、打ち捨てちまう冷徹な奴だってな……」

「え……」

 

 サァッと青ざめたオスカーをチラッと見た後、スヴェンは再び空を見上げながら呟くように言葉を続ける。

 

「だが路頭に迷った挙句、奴の慈悲深さに縋ろうと自分から手下に加わりたがるゴロツキ共も後を絶えねぇんだと。手下達のあの面倒見の良さも、そういう連中の面倒をしょっちゅう見てるからだと考えりゃ辻褄は合う……俺達は既に毒蛇(どくじゃ)の所有物だ。逆らえば間違いなく殺されちまうだろうな。」

 

 そう。

 アシュリーが「砂漠の毒蛇(どくじゃ)」であるならば、噂が本当であるならば、到底自分達が敵う相手ではない。

 下手に彼の要求を拒否する事も、ましてや裏切る事も、イコール「死」だ。

 だが、噂が全て本当であるならば……彼の機嫌を損ねない限り自分達は彼に守ってもらえるという事でもある。

 

「まぁ。幸か不幸かそんな奴に拾われちまったんだ。こうなりゃ意地でもあのクソガキと青いのっぽと赤いチビに復讐して、後は……なるようになれ。だな。」

「兄貴……」

 

 オスカーの不安げな視線をわざと無視して、スヴェンは再び洞窟の方へ引き返えそうと振り返る。

 その時丁度、洞窟内から出てこようとしていたアシュリーの手下の1人……パスカルという名の赤毛でそばかすの若い青年と鉢合わせた。彼はスヴェンとオスカーを見つけてにへらっと笑うと、特徴的なぼそぼそとした穏やかな声で2人に告げた。

 

「めし……できたよ。」

「ああ。すまねぇな。今行く。」

 

 スヴェンは短く答えてオスカーと共にパスカルの後に続いて洞窟内へと再び踏み込む。

 優しくも恐ろしい、毒蛇(どくじゃ)の巣穴の中へと……

 

   ~*~

 

「よし。とりあえず昼飯にしようぜ。」

 

 その頃カイ達も、飛行中に見つけた泉の傍へイーグルを着陸させ昼食休憩を取ろうとしていた。

 サッサとコックピットから降りて行ってしまったカイに、シーナは自分の足元に置かれた荷物を見た後、少し困ったような表情を浮かべて呼びかけた。

 

「ねぇカイ~!何持って降りれば良い~?」

「あ。そっかそうだった。」

 

 シーナの呼びかけにカイが慌ててコックピットへ引き返す。

 実はブレードイーグルには、長旅用の飲料水タンクや荷物の収納スペースといった物が全くついていない。

 ゾイドのカスタムショップなどに持ち込んで付けて貰えば良い話ではあるのだが、古代ゾイドであるブレードイーグルをその辺のショップに持ち込むというのはなかなか厳しいものがある。

 現代ゾイドの規格で作られたパーツはブレードイーグルとの互換性が殆ど無いので、下手をしたらワンオフの完全オーダーパーツになってしまう。そうなればパーツが仕上がるまで時間も掛かる上に当然値も張るのでなかなか手が出せない。

 おまけにブレードイーグルはとにかく我が強過ぎるので、見ず知らずのショップ店員に触られるのを絶対嫌がるであろう事も容易に想像が付いた……最悪ショップの格納庫で大暴れでもされた日には……と考えると、そういった後付けのオプションパーツはことごとく諦めざるを得なかったのだ。

 

「わりぃわりぃ。思わずレドラーのノリで飲料水タンクに行こうとしちまってた。」

 

 カイは苦笑しながらコックピットの後席を覗き込み、シーナの足元からボンサックごと荷物を引っ張り出して必要な物を準備し始める。

 シーナもコックピットから降りて来て、準備をしているカイの手元を覗きながら、なんとなく聞き覚えのあるトーンで彼に声をかけた。

 

「ねぇ、何かお手伝いする事ある?」

 

 その一言に思わずきょとんとした顔でシーナを見つめたカイは、次の瞬間可笑しそうに笑い出した。

 

「そういえば初めて会った日も、昼飯の準備する時に全く同じ事言ったよな。」

「あ。そうだったね。」

 

 シーナも可笑しそうに笑い出す。

 あの時は直後にスカーレット・スカーズに襲われて、昼食はおろか荷物もレドラーも失ってしまったが、流石に今回は同じ目に遭う心配は無いだろう。

 カイはコッヘル鍋とヤカンを出すと、シーナに手渡して言った。

 

「じゃぁ、その鍋とヤカンに水汲んで来てくれ。俺その間に他の物準備すっから。」

「はぁ~い。」

 

 楽しそうに鍋とヤカンを抱えたシーナは泉へ向かう。

 初めて手伝いを頼まれた子供のように何処か張り切った様子のその後姿を眺め、カイは微笑ましげにクスッと笑うと、食料を取り出しながら献立を考え始めた。

 出来るだけ賞味期限の短い物から順に……だがそこそこ栄養も考えて……そんな事を考える自分に、自分で思わず苦笑が漏れる。一人の時は面倒臭がってコーヒーと干しパンだけで食事を済ませてしまう事も多かったのだがら、そんな自分が栄養の事を考える日が来るとは正直思ってもみなかった。

 

(一人の時に簡単に出来てたような事が出来なくなっちまう。か……俺、自分の事結構ズボラだったからなぁ……気を付けよっと……)

 

 ぼんやりとそんな事を思いながら、とりあえず日持ちのしない普通のパンと、出発前に買ったリンゴを取り出す。あとは肉が食べたいので缶詰のベーコンと、野菜が無いので缶詰の野菜スープ。こんなものだろうか?

 

「お水汲んで来たよ。」

 

 シーナが水を汲んだ鍋とヤカンを目の前に置く。

 カイはありがとうと言いながら、とりあえずキャンプバーナーに鍋を掛けて缶スープを湯煎しつつ、ナイフでパンを半分に切る。缶詰のベーコンを開けようとしたところで、少し炙った方が美味しいんだよなと思いとどまった彼はスープが温まるのをのんびりと待つ事にした。

 

「どうしたの?」

 

 昼食の準備をする手を止め、キャンプバーナーの前で体育座りをするカイの隣に、シーナが真似をするように体育座りをしながら訪ねる。

 そんな彼女の頭をわしわしと撫でながら、スープが温まるの待ってんだよ。と彼が教えてやれば、シーナは納得したようにまだ沸騰すらしていないコッヘル鍋を見つめて首を傾げた。

 

「……まだ?」

「まだ。」

「……もう温まったかな?」

「そんな早く温まんねーって。」

 

 カイが思わず笑えば、シーナはやっぱり首を傾げて不思議そうな顔をしている。

 彼はそんな彼女にからかうように訊ねた。

 

「シーナ、もしかして滅茶苦茶腹減ってる?」

「んーん。そんなにぺこぺこって訳じゃないよ。」

 

 きょとんと返事をするシーナに、今度はカイが首を傾げる番だった。

 カイは少し悩んだ後、もしかして……と思いながら、シーナに訊ねる。

 

「お前さ、まさか料理した事……ない?」

「うん。」

「じゃぁ、もしかして鍋とかヤカン火に掛けたらすぐ温まるって思っ……てんの?」

「え?違うの??」

 

 彼女のその反応にカイは思わず頭を抱える。

 いや、一番最初にまだ?と訊ねて来た時点でなんとなく、薄っすら、そんな気はしたが……まさかお湯を沸かすのに時間が掛かる事すら知らないとは……

 

「……あのな、シーナ。お湯ってのはそんなすぐに沸くもんじゃねぇし、沸いたらグツグツ言うから。だから沸くまで待つしかねーの。OK?」

「うん。おっけー。」

 

 シーナは頷いてまだ沸かない鍋をジッと見つめる。

 

(ジッと見てたって沸く時間が変わる訳じゃねぇんだけどなぁ……)

 

 思わず苦笑しながら、カイはそんなシーナを眺めた。

 変に無知で、純粋で、ザクリスが言ったように多分天然も混ざっているのだろう。なのに、ユナイトの意識共有の事や、あのディスクを調べた時の事を思い出す度に、どうも違和感を感じてしょうがない。

 まぁ、本人も自分の途切れた記憶が矛盾だらけで、自分が一体何なのかずっと不安だったと言っていた。

 カイですら違和感を感じるのだから、きっと本人にとってはもっと大きな違和感に違いないだろうが……だからこそ思わず考えてしまうのだ。本当に途切れた記憶を取り戻すのが彼女の為になるのだろうか?と……

 シーナは自分の体に残る無数の傷跡の事すら覚えていないのだ。それだけでも相当辛く恐ろしい記憶であろう事くらい、カイにも想像が付く。

 もし、本当に思い出さない方が良い記憶であったとしたら?シーナが思い出した事を後悔するような記憶であったとしたら?彼女は、その記憶を受け止め切れるのだろうか?……

 

(……俺はずっとシーナの味方でいるって約束したんだ。シーナが思い出したいって思ってる限り協力するし、絶対見捨てたりしねーけど……心配だな……)

 

 ぼんやりとそんな事を考える目の前で、鍋が沸き始める。

 シーナがカイを不思議そうに見つめて首を傾げた。

 

「なんか、グツグツじゃなくてゴトゴト言ってるけど、コレ、温まった?」

「あぁ、中で缶が揺れてるからそんな風に聞こえるだけ。ちゃんと沸いてるよ。」

 

 カイがそう言いながらボンサックを漁り、トングとタオルを引っ張り出して振り返った瞬間だった。

 

「はい。」

 

 シーナが沸騰している鍋の中から素手で引き上げた熱々の缶を、カイに差し出した。

 ……指は、真っ赤に火傷している。

 

「おい馬鹿!!火傷してんじゃねーか!!」

「え?」

 

 カイは慌ててシーナが差し出している缶をタオルで掴んで取り上げると、彼女の手首を引っ掴んで泉まで引っ張って行き、火傷した手を冷たい湧き水へ浸けさせた。

 シーナは慌てた様子のカイを心配そうに見つめ、不安そうな顔をしている。

 

「どうしたの??」

「どうしたもこうしたも!なんで沸騰した鍋に手ぇ突っ込んだんだ!!危ねぇだろ!!」

 

 思わず大声で叱り飛ばすように怒鳴ったその声にビクリと肩を震わせたシーナは、

 

「……だって、もう温まっただろうと思って……」

 

 震える声でそう呟いて目を潤ませた。

 彼女のその反応に、怖がらせてしまった罪悪感がカイの胸の中でそっと湧き上がる。

 流石にちょっと怒鳴り過ぎたか……と思いながら彼は気まずそうに俯いたが、そろそろ火傷は冷えただろうか?とシーナの火傷した手を泉の湧き水の中からそっと引っ張り出し、水につけていなかった方の手で赤くなった彼女の指先に優しく触れた。

 一応冷えたようではあるが……思えば医薬品の類はまだそこまで買い揃えきっていない。案の定火傷用の薬を買っておかなかった事を後悔しながら、カイはさっきと違った静かな声でそっとシーナに呟いた。

 

「怒鳴ってごめんな……痛いのはシーナの方なのにな。」

「……ねぇ、カイ。」

「ん?」

 

 遠慮がちに小さな声で呟いたシーナは、思わず不気味に思えてしまう程きょとんとした顔で、カイに訊ねた。

 

「痛いって……なに??」

「え??」

 

   ~*~

 

 とりあえず火傷したシーナの指に包帯を巻いた後、カイは戸惑いを隠しきれない様子でシーナに訊ねた。

 

「お前、ホントに『痛い』って感覚ないのか?」

 

 その問いに、シーナも戸惑った様子で目を伏せ、小さく頷く。

 

「ごめんね。痛いってなんなのか、ホントに私知らないの……」

 

 彼女は不安げな表情でカイを見上げ、懇願するような声で再び訊ねた。

 

「ねぇカイ。痛いってなんなの??」

「えーっと……なんて言や良いんだか……」

 

 カイもすっかり困り果てた様子で考え込みながら、一生懸命「痛い」の良い説明はないだろうか?と頭を捻る。

 

「怪我したり……どっかにぶつけたりした時とかにさ、なんかこう……ギャーッ!ってなる感覚っつーか……」

「ギャー??」

「あー……そっか。痛いって感覚がないから、シーナはそうなった事そのものがまずないよなぁ……」

 

 うーん……と、改めて考え込んだカイは、潔く現代科学の結晶に頼る事にした。

 彼はウエストバッグからタブレットを取り出し、一瞬悩んだ後「痛みを感じない病気」で検索する。

 検索に引っ掛かった「無痛無汗症」という病気の記事をザックリ斜め読みした後、カイは訊ねた。

 

「なぁ、鍋に手を突っ込んだ時、熱いって思ったか??」

「……んーん。温かいなとは思ったけど、熱くはなかったよ。」

「温度は感じるんだな……砂漠走って来た時だって汗かいてたし、温度感覚があるならこれじゃないか……」

 

 彼は困った様子でタブレットのブラウザを閉じる。

 もしかしたら古代ゾイド人は痛覚の無い一族だったのだろうか??

 

「あのさ、痛みを感じないってアレックスもそうだったのか?」

「うん。多分そう……小っちゃい頃に転んで膝とか擦りむいても、私もアレックスも平気だったから……」

「じゃぁ、古代ゾイド人が痛覚の無い一族だったって事かなぁ……」

 

 首を傾げるカイの隣でシーナもずっと考え込んでいたが、彼女はハッとしたように顔を上げ、カイを見つめた。

 

「あ。でもね、他の子が転んで泣いてるのは見た事あるよ。」

「え??」

「でも私、その子がなんで泣いてるのかわからなくて……アレックスと2人でどうしたんだろう?って……もしかして、それが『痛い』なの??」

「あぁ、うん。そう……それが痛いって感覚。」

 

 どうやらシーナとアレックスだけ痛覚が無かったらしいと知って、カイは尚更混乱する。

 一体何故痛覚がないのだろう?小さい頃からという事は多分怪我の後遺症ではなく生まれつきなのだろうが……

 

「ねぇねぇ。転んで泣くのが「痛い」なら、お湯に手を入れて指が赤くなるのは痛いじゃないんじゃないかな?」

「はぁ?!」

「え……だって、血が出た訳じゃないし……」

「あのなぁシーナ……怪我ってのは色々種類があって、転んで擦りむくのも火傷するのも「痛い」になるんだよ。ついでに言えば手とか頭とかゴンッてぶつけんのだって痛いし、刃物で切ったり、銃で撃たれて穴開いたり、ドアに指挟んだとか、誰かに殴られたとか、骨が折れたとか、そういうのもぜーんぶ「痛い」だからな。」

「そうなの?」

「そうだよ。」

「そうなんだ……大変だね。」

「いや、どっちかっつーと大変なのはお前の方だぞこれ……」

「なんで?」

「なんでって……」

 

 カイはすっかり頭を抱えてしまう。

 シーナは自分が怪我をしても全く気付かない。周りが気付いてやらなければ手当てだって遅れるだろう。

 だが、そこまで考えてカイはある疑問を抱いた。

 

「そういえばさ……俺がユナイトと意識共有した時、怪我の心配してくれたよな?」

「うん。」

「……もし意識共有した状態でブレードイーグルが死んだら、俺も死ぬから。って、滅茶苦茶心配してたよな?」

「うん。」

「痛いってのは知らないのに、怪我をするとか死ぬってのは知ってるって事だよな?それ。」

「うん。だっていっぱい怪我したらいっぱい血が出て死んじゃうし、死んだら動かなくなっちゃう……そしたら、もう喋ったり笑ったりしてくれなくなる……それはちゃんと知ってるよ。人も、ゾイドも、戦争で沢山死んじゃったの見てきたから……」

「そっか……」

 

 カイは少し考え込んだ後、シーナに言った。

 

「沢山怪我したら死ぬってのは、わかってるって言ったな?」

「うん。」

「でも、自分が今どのくらい怪我をしてるのか?って、痛いって感覚がなきゃ分からない。現に今、シーナはそっちの手に『火傷』って怪我をしてんのに、それが怪我なんだってわかってないだろ?」

「あ……そっか。」

「そう。だから普通はどんな怪我だって痛いって感覚がある。けど、シーナは痛いって感覚が無いから、自分がどれぐらい怪我をしてるのか分かんないって事だ。それってすっげぇ危ないぜ?今回は俺がすぐ気付けたから手当てだって出来たけど、もし気付かないうちに怪我してたら、シーナも俺も気付かないまんま怪我ほったらかしにしちまうかもしれない。血が出ない怪我だって、ほったらかしてたら死んじまうような大怪我だっていっぱいあるんだからな。シーナの方が大変だぞっていうのは、そういう意味。」

「……うん。」

 

 やっと事の重大さを理解し始めたのか、シーナが不安げに頷く。

 そんな彼女の様子に小さな溜息を一つ吐いて、カイはその桜色の髪を梳くように一撫でした。

 

「シーナ。今朝やったペンダント出してみな。」

「え?うん。」

 

 シーナは上着の中に入れていたペンダントを出して見せる。

 カイはそのペンダントを見つめた後、彼女に言った。

 

「そのペンダントと俺に約束してくれ。シーナは痛いって感覚が無いから難しいかもしれないけど……もし怪我をしてるとか、なんかいつもと体の調子が違うって気付いた時は、ちゃんと隠さずに言うって。俺も、シーナが怪我をしてるとか、具合が悪そうだってわかったらすぐ手当てするって約束する。」

「……うん。約束する。」

「よっしゃ。」

 

 カイはそう言って優しく笑うと、もう一度シーナの頭を撫でてから中断していた昼食の準備を再開する。

 シーナの手当てに追われていたので、せっかく温めた缶スープは少し冷めてしまっていたが、猫舌のカイには丁度良い。それにこれならシーナも口の中を火傷する心配は無いだろう……

 

(……待てよ?シーナが出されたばっかのスープとか煮込み料理とか平気な顔して食べてたのって……?)

 

 サンドコロニーに滞在していた間、シーナが熱い物を平気で口にしていた姿を思い出す。

 猫舌じゃないのが羨ましいなどと暢気な事を考えていたが、シーナに痛覚が無いと知った今となっては、きっと口の中を火傷しても気付いていなかっただけなのではないか?と思えてしまってしょうがない。

 

「あー……」

 

 そこまで考えてカイはドッと疲れが押し寄せるような感覚を覚え、声混じりの溜息を吐く。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。」

 

 きょとんとしたシーナに疲れた顔で答えながら、カイは思った。

 とりあえず、作ってやる食事は猫舌の自分でも食べれる温度で渡してやろう。と。

 キャンプバーナーで軽く炙ったベーコンに一生懸命フーフーと息を吹きかけて冷ましてからパンに挟み、注ぎ分けたスープと共にシーナに差し出す。

 美味しそうにベーコンサンドとスープを頬張り始めたシーナを見て、カイはキャンプバーナーにヤカンを掛け、お湯を沸かし始めた。

 無類のコーヒー好きであるカイにとって、コーヒーは食事に欠かせない。

 ヤカンで湯を沸かしている間に、彼はナイフでリンゴを切り分ける。

 

「またお湯沸かすの??」

「ああ。こっちはコーヒー用。」

「コーヒー??」

 

 不思議そうなシーナに、とりあえず四つ切にしたリンゴを二切れ渡して、カイはボンサックからインスタントコーヒーのスティックを取り出しながら答えた。

 

「ああ。サンドコロニーで俺やザクリスがいつも飲んでたヤツ。」

「あ!あの黒い飲み物!」

「そうそれ。シーナも飲んでみるか?」

「うん!」

 

 好奇心に目を輝かせるシーナの前で、カイはもう一つコーヒースティックを追加で取り出し、準備に掛かる。

 だが、出来上がったコーヒーを受け取ったシーナは、カップから立ち上る香りを嗅いで顔をしかめた。

 

「なんか、焦げ臭い……」

「あー、コーヒーって香りが独特だからな。」

 

 カイがコーヒーと共にベーコンサンドを齧る。

 シーナはしょんぼりとしてカップをカイに差し出した。

 

「作ってくれたのにごめんね。なんか私、焦げた匂い駄目みたい……」

「いや。気にすんなよ。誰だって苦手なもんあるしな。」

 

 カイは特に嫌な顔をせずシーナが差し出したカップを受け取る。

 のんびりと2人で昼食をとる傍らで、イーグルの背の上で丸くなったユナイトが小さく欠伸をあげた。

 

   ~*~

 

 一方、アジトである洞窟の奥。

 自室として使っている場所で、アシュリーはラップトップを操作しながらふっと薄い笑みを浮かべていた。

 

「名前を聞いた時、まさかとは思ったけれど……そう。貴方も軍を辞めてたのね。ナルヴァ大尉……」

 

 彼は裏サイトに寄せられた賞金稼ぎ情報のとある欄を今一度読み返す。

 

「ザクリス=ナルヴァ。元帝国軍第3陸戦部隊大尉……6年前に軍を辞め、腕利きの賞金稼ぎとして活動中。」

 

 まるで懐かしむかのように頬杖を突き、彼はザクリスの情報欄を眺める。

 その顔にはあの蛇のような薄い笑みではなく、朗らかな少女のような笑みが浮かんでいた。

 

「スカーズの3人に感謝しなきゃね。また貴方と会うチャンスがこんな形でやって来るだなんて。」

 

 共和国軍の新入隊員だった当時、初めての合同演習で出会ったザクリスの事を彼は鮮明に覚えていた。

 圧倒的な射撃センスと、ゾイド乗りとしての才能。既に当時からあのカール・リヒテン・シュバルツ元帥と肩を並べる軍人になるだろうと言われていた彼の噂は共和国軍にも流れてきていた。

 だからこそ、初めて出会った彼の性格や態度がイメージと随分かけ離れていたのが印象に残っている。

 確かに射撃の腕も、ゾイド乗りとしての腕も噂通り……いや、噂以上の腕だったが、彼は異質だった。

 彼は自分の成績や周りの成績は勿論、周りからの評価も、期待も、果ては周囲からどれだけ尊敬され崇められようが、先輩軍人達からその才能を疎まれいじめられようが、その全てに驚くほど無関心だったのだ。それも、ただ無視をしているのではなく、そういった周囲の全てに対して心の底から「興味そのものが全く無い」のだと分かるような無関心ぶりで、士官学校卒業と同時に与えられた「大尉」という異例の階級すら、彼の中ではどうでも良い物だったらしい。

 試しに「大尉」と声を掛けても全く無反応だったので「ナルヴァ大尉」と呼んでみれば、彼は面倒臭そうにこっちを向いて一言言ったのだ。

 

「……あ?」

 

 その面倒臭そうな視線が、声が、彼が初めて返してくれた反応だった。

 それでも反応してくれた事がたまらなく嬉しかった。その後どんなに自分が彼に憧れているのか、尊敬しているのかを熱弁しても反応は二度と返ってこなかったが……

 おまけに彼は、どんなに自分が傍に纏わりついても反応しない一方で、追い払う事もしなかった。

 最初は追い払われない事に対し、「もしかして気に入られたのだろうか?」と自惚れもしたが、自分の存在は彼にとって空気を追い払おうとする人間がいないのと同レベルに過ぎなかった事をすぐに痛感した。

 傍に居ようが居まいが、彼にとっては関係なかっただけ。追い払う価値すらなかっただけ……愛の反対が無関心とはよく言ったものだ。

 だから、どうにかして彼の気を引きたいと思った。彼の方から自分に対して興味を持って欲しかった……

 手に入らないのならば……殺してでも自分の物にしたいとすら思う程に。

 合同演習最終日の大規模なゾイド戦演習で、命令を無視しザクリスへ襲い掛かった時のあの高揚感は今でもゾクゾクする……あっという間に返り討ちにされてしまったが、それでも、そのたった数分の彼との一対一の戦いだけが、唯一彼が自分を相手にしてくれたかけがえのない思い出だ。

 そのせいで軍を除隊処分された事を後悔した事は一度もない。

 自分が今、手に入れたものの全てを愛してやまないのは、きっとその経験のせいだろう。

 自分にとって、可愛げをなくしてしまった所有物を壊すのは、自分の手を離れてしまう前に永遠に自分の物にする為だ。周りからは冷徹だ。残忍だ。と言われるが、とんでもない。自分は自分の手に入れた物を最後まで、永遠に自分の物にしていたいだけ。愛情深いだけ……

 そしてそれは、ザクリスに対しても変わらない。

 なのに……

 

「赤いコマンドウルフに乗った日系人の少年「アサヒ」と行動を共にしているが、そちらの詳細は不明……」

 

 情報欄に記載されているその一文を、ポツリと呟くように読み上げる。

 周りの事にも自分の事にもとにかく無関心だったあのザクリスが、誰かと行動を共にしているなど到底信じられなかった……

 何者にも興味を示さない、誰の物にもならない、気高い孤高の存在であったあの彼が?何故?どうして?……

 

「ねぇ、ナルヴァ大尉……貴方にとって、このアサヒって子はなんなの??」

 

 顔も知らぬ、そのアサヒという少年に憎悪と嫉妬を抱かずにはいられない。

 今までは遠巻きに彼を想うだけで満足出来た。

 孤高の彼はきっと誰の物にもなりはしない。誰も彼を手に入れられない。だから自分がこうしてひっそりと憧れ、尊敬し、そして愛していれば、間接的に彼はイコール自分の物だったのだから。どんなに遠く距離が離れていようとも、その距離や会えない苦しさすら愛おしいと思っていられた。

 なのに、何故この少年は……この「男」は、彼の隣にいられるのだろう?

 男でも傍に置いてくれるというなら、何故ザクリスは自分を選んでくれなかったのだろう?どんなに心が女でも自分は男としてこの世に生まれてしまった。だから受け入れてもらえない……そう思っていたのに……

 この少年は昔の自分と同じように纏わりついているだけなのだろうか?だとしたら滑稽この上ないが、もしザクリスから必要とされているのだとしたら?あの彼から傍に居ることを許してもらえているのだとしたら?可愛がられているのだとしたら?友愛であれ親愛であれ、愛されているのだとしたら?……

 そんなの、受け入れられる訳がない。

 

「貴方にとってこの子がかけがえのない存在だとしたら……この子を殺したら、貴方は私を殺しに来てくれるのかしら?ねぇ?ナルヴァ大尉……」

 

 ふとそんな呟きが漏れた。

 どうせ許されない、実る筈のない恋だ。愛してもらえないのなら憎しみでも構わない。

 愛した人に殺されるのならそれで良い、この報われない恋の痛みと共に自分を眠らせて欲しい……

 

「ねぇちゃん?」

 

 ふと自分を呼ぶ声に振り向けば、パスカルがそっと部屋の扉から顔を覗かせていた。

 

「パスカル……どうしたの?部屋に入るときはノックしなさいって言ってるでしょう?」

「したよ?でも、へんじなかったから……」

 

 申し訳なさそうにしょんぼりとするパスカルへ歩み寄り、彼の頭を撫でると、アシュリーは困ったように笑った。

 

「あら、ごめんなさいね。気が付かなくて。何かご用事?」

「んーん。めし。できたから。もってきた。」

「あらやだ。もうそんな時間?わかったわ。いつもありがとね。」

「えへへ。うん。」

 

 嬉しそうに笑って、パスカルはワゴンに乗せて運んできた昼食の盆を差し出す。

 少し鈍臭くて、言動も幼く、何より彼は戦ったりゾイドに乗ったりするのも苦手だ。

 だから何処に行っても役に立たないと切り捨てられ、路頭に迷ってしまったのだろう。

 だが、彼はいつも掃除や食事の準備などの雑用を自ら進んでこなしてくれるし、何より彼は素直で純粋だ。

 拾ってやったばかりの頃、この口調について質問された時に「体は男でも心は女なのよ。」と教えてやったら、それ以来、自分の事を「ねぇちゃん」と呼んで慕ってくれている……その素直さに何度救われた事か……

 

「食べ終わったら食器は自分で下げておくから、お皿洗いお願いね。」

「うん!」

 

 パスカルは元気よく頷くと、カラになったワゴンをカラカラと押してご機嫌の様子で厨房の方へ駆け戻って行く。

 そんな彼の後姿を微笑ましげに眺めた後、アシュリーは受け取った昼食の盆を抱えたまま器用に扉を閉め、デスクの前に戻った。

 昼食に手を付けながら、彼はふとラップトップに表示したままの裏サイトのブラウザを眺める。

 ザクリス、アサヒ、そしてオーガノイドと鷲型ゾイドを連れているというカイ……

 つい物思いに耽ってしまったが、昼食を食べ終わったらもう少しきちんと情報取集しなければ。

 それに、裏サイトは此処だけではない。他のサイトには別の情報も載っている事だろう。

 しっかりと情報を集め、念入りに準備し、そして手早く始末するのがアシュリーのやり方だ。

 

「会える日が待ち遠しいわ。ナルヴァ大尉。アサヒとカイもね……」

 

 蛇のような薄い笑みを浮かべた後、彼はそっとラップトップの画面を閉じた。




[Pixiv版第7話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9670908


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第8話-砂漠の毒蛇-

 旅を始めた俺達だったけど、どうやら思ってたより前途多難になりそうだ。

 シーナには痛覚が無いらしい。そんなシーナを守る為に、俺は一体何が出来るだろう?

 誰かを守る事も、失った記憶を取り戻すのも、正直難しい事だらけだ。

 でも……そんな難しい事だらけの旅を楽しんでる自分が居るのも、事実なんだよな。

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第8話:砂漠の毒蛇(どくじゃ)

 

 サンドコロニーを旅立って2日後。

 カイは、眼下に見えて来た遺跡をコックピットのモニター越しに眺めていた。

 古代ゾイド人であるシーナの記憶の手掛かりになりそうな物や場所……といえば、やはり遺跡だろう。

 別に最初からそう思って進路をとっていた訳ではないが、たまたま飛んでいた先に遺跡があるのを見つけた以上、やはり寄ってみた方が良いだろうか?

 

「なぁ、シーナ。この遺跡ちょっと寄ってみないか?何か記憶の手掛かりになるかもしんねぇし。」

 

 後席を振り返りながら訪ねてみれば、シーナも同じように考えていたのだろう。彼女もまた先程のカイと同じようにモニターに表示された遺跡を眺めていた。

 

「うん。」

 

 何処か楽しそうに頷いたシーナに、カイも笑顔を浮かべて見せた後、ブレードイーグルを遺跡の前に着陸させる。

 エレミア砂漠から北西……森林地帯を挟んだ向こうに広がる「クヴィーネ砂漠」の中央に(そび)えるこの遺跡は「ククルテ遺跡」と呼ばれており、帝国と共和国が激しく戦争していた頃に発見された遺跡であるという情報はカイも聞いた事がある。

 だが、戦火に巻き込まれたククルテ遺跡は調査が行われる前に半壊してしまった為、休戦協定が結ばれた後に調査団を派遣したものの、人が入れる場所は限られており、特に目ぼしい発見も得られなかったといわれている。

 そのせいで、規模としてはそこそこ大きな遺跡であるにも関わらず、考古学者達の間では「見掛け倒しのハズレ遺跡」として有名な遺跡の一つなのだそうだ。

 とはいえ、それはあくまで考古学者達にとっての話。

 考古学的に発見になる物ではなかったとしても、シーナにとって記憶の手掛かりになる可能性は十分ある。壁面や石板に刻まれた古代語が何かを思い出すきっかけになるかもしれないし、そういった物が無かったとしても、もし眠りにつく以前にこの遺跡を訪れた事があれば、懐かしさなどを感じるかもしれない。

 そんな期待を抱きながら、彼らは遺跡の前に着陸させたブレードイーグルから降りた。

 

「イーグル。見張り頼んだぜ。」

 

 カイが一言そう呼びかけると、ブレードイーグルは何処か面白くなさそうにクルルッと咽を鳴らすような低い声を上げたものの、大人しく遺跡の入り口に背を向ける形で辺りを見渡しながら翼を畳む。

 その様子にふっと笑みを浮かべながら、カイはシーナとユナイトを引き連れて遺跡の中へと踏み込んだ。

 半壊したククルテ遺跡は瓦礫の他にも度重なる砂嵐などの影響か砂に埋もれた場所が多く、遺跡内部へ辿り着くには少々骨が折れたが、幸い遺跡内部まではそう大して砂が入り込んでおらず、一度中へ入ってしまえば随分と歩き易かった。

 シーナはカイの隣を歩きながらずっと遺跡の内部をキョロキョロと見渡していたが、ふと、遺跡の中庭と思しき場所に出ると、小走りに駆け出した。

 

「あ!噴水だ。」

 

 シーナが駆け寄ったのは、半壊した石造りのオブジェだった。

 言われなければ噴水だと気付かない程砂が堆積しているものの、3分の1程崩れて無くなっている一番下の段は水を溜める受け皿のようになっており、二段目にあしらわれたウオディックのような魚型ゾイドを模した像の口には水を出す為の噴射口と思われる管が覗いている。

 

「へぇ、砂漠のど真ん中の遺跡に噴水かぁ……一体どっから水引いてたんだろうな?」

 

 首を傾げるカイの隣で、シーナは噴水の縁についた砂を掃いながら言った。

 

「もしかしたら、昔は砂漠じゃなかったのかも。」

「え?!」

 

 驚いたような声を上げた彼に、シーナは先程掃った砂の下から現れた、噴水の縁に刻まれた古代語を指さして読み上げる。

 

「水の都 シュルワイネ 清らかなるその調べ 人々に癒しを 機獣達に安息を さぁ謡いたまえ 讃えたまえ……此処から先は欠けちゃってて読めないけど……多分コレ、歌の歌詞じゃないかな?」

 

 うーん……と首を傾げるシーナを見つめた後、カイは彼女が先程読み上げた歌の一節をポツリと呟いた。

 

「水の都シュルワイネ。か……」

 

 この砂漠で、かつて水の都と呼ばれた遺跡……

 砂漠と化してしまう前は水源の豊富な土地だったのだろうか?それとも、オアシスの畔か何かだったのだろうか?

 

「シーナは聞いた事ねーのか?そのシュルワイネって名前。」

「……わかんない。ホントに聞いた事が無い場所なのか、忘れてるだけなのか……でも……」

「でも?」

「この場所……昔はもっと緑に囲まれた場所だったような気がするの。」

 

 シーナはそう言って辺りを見渡した。

 彼女の脳裏に、清らかな水を湛えた在りし日の噴水と、植物に囲まれた美しい中庭の景色が過る……

 ふと、彼女は中庭の奥……無残に折れた柱の傍を指さして、呟いた。

 

「ねぇ、カイ。あそこに立ってみてくれる?」

「あ?あの柱のとこか?」

「うん。」

 

 カイはシーナに言われた通り、噴水の前の階段を駆け下りて中庭の奥の柱の傍へ向かう。

 柱の傍に立ったカイに、シーナが噴水の傍から呼びかけた。

 

「その柱に背中から寄りかかってみて~!」

「わかった~!!」

 

 返事をした後、カイが折れた柱に背を預ける。

 なんとなく両手を頭の後ろで組みながら、噴水の傍に立っているシーナをぼんやりと眺めた瞬間だった……

 前にもこんな事があったような……そんな既視感がカイの脳裏を掠めた。

 

(あれ?……)

 

 おかしい……

 そんな筈がない……

 シーナと出会った孤島の遺跡以外で彼女と遺跡を訪れたのはこの遺跡が初めてだ。

 それに、危なっかしいからと大体一緒にいる為、こんな風に離れた場所からシーナを眺めた事もない……

 一体、この既視感はなんなのだろう?そんな疑問がぼんやりと浮かんだ。

 

「やっぱり……」

 

 一方のシーナも、柱に寄りかかって此方を眺めているカイを見つめて既視感を覚えていた。

 そう。こんな事が昔あった筈。恐らくこの場所で……

 だが何故だろう?それが一体いつだったのかが思い出せない。

 

「グォゥ?」

 

 ユナイトが首を傾げながら、考え込むシーナの顔を覗き込んだ。

 シーナはユナイトの桜色の鼻先を撫でながら、そっと呟く。

 

「ねぇ、ユナイトはこの場所覚えてる?」

「グォ?」

 

 シーナの問いに、ユナイトは再び首を傾げる。

 どうやらユナイトも覚えてはいないらしい。

 ユナイトの中に保存されていたシーナの記憶が元々欠けていたのだ。ユナイトにも分からないのは当然と言えば当然かもしれないが……

 

「シーナぁ~ユナイト待ちくたびれてないかぁ~?」

 

 首を傾げているユナイトを遠目に見たからだろう。

 柱に寄りかかったまま、中庭の奥からカイが笑い混じりの声を掛ける。

 その一言が、シーナの脳裏で重なった……

 

(シーナぁ~ユナイト待ちくたびれてないかぁ~?そろそろ寝ようぜ。)

 

 そうだ……

 自分は昔、此処に来たことがある。

 確かこの噴水の湧き水で寝る前に咽を潤していた……そう、この噴水は水飲み場でもあった……

 とても月の綺麗な夜で、夜中だというのに月明かりが辺りをはっきりと照らしていた……噴水の水面に映った満月が水飛沫や波紋で揺れているのがとても綺麗で、だから思わず見惚れてしまっていたのだ……

 そのせいでなかなか戻らなかったから、アレックスが自分のオーガノイドであるハンチと共に呼びに来たのだ……

 あの柱の傍から……そう、全く同じような声音で……

 目の前の風景が、脳裏を過った風景と重なる。

 柱に寄りかかったまま笑うカイが、アレックスと重なる。

 しかし……カイと重なったアレックスの姿は……

 

「なんで?……」

 

 ポツリと呟いた瞬間、シーナは気を失ってその場に倒れこんでしまった。

 

「シーナ?!」

 

 いきなり倒れたシーナに、カイが慌てて駆け寄る。

 彼女の傍に居たユナイトがオロオロとした様子で倒れたシーナの顔を心配そうに覗き込み、グオグオと声を掛けているが反応がまるでない。

 

「シーナ!シーナ!!おい!しっかりしろ!!」

 

 カイがシーナの上体を抱き起して軽く揺すっても、やはり意識が戻る気配は無い。

 暑さで熱中症にでもなったのだろうか?とシーナの額に触れてみたが、特に熱は無く、倒れた原因が彼には全く解らない状態だった。

 

「ユナイト、シーナの奴どうしちまったんだ??」

「グォゥ……」

 

 訊ねてみるも、ユナイトは困ったようにしょんぼりと力の無い声を上げるだけだった。

 

「そっか……お前にもわかんねーんだな。」

 

 カイはユナイトを元気づけるかのように一撫ですると、腕の中で気を失ったままのシーナへ視線を戻す。

 倒れた際に顔や髪に付いてしまった砂を軽く掃ってやった後、彼はシーナを抱え上げて日陰になっている遺跡の内部へと引き返した。春とはいえ砂漠のど真ん中だ。日差しの下でジッとしていては本当に熱中症になってしまう。

 崩れていない、砂も殆ど入り込んでいない場所を見つけた彼は、シーナを寝かせようと床に膝を突く。

 だが、風化してザラついた石床にこのまま寝かせては頭が痛いだろうか?と思い立った彼は、一旦ユナイトの背にシーナを預けて上着を脱ぎ、その上着を適当に畳んで即席の枕を作ってからそっとシーナを床に寝かせた。

 

「とりあえず、これで良い……のかな??」

 

 他人の看病などした事の無いカイには、これ以上何をどうすれば良いのやら見当も付かない。

 シーナの傍に胡坐をかいて座り直しながら、彼は気を失ったままの彼女の顔を見つめる。

 もしかして、何か思い出したのだろうか?

 それとも具合が悪かったのだろうか?痛覚の無いシーナが自分の不調に気付かない可能性は十分あり得る。

 ……どちらにせよ、倒れた際に怪我をした様子が無いのは救いだが……もし倒れる向きが少しでも前のめりだったら、噴水の前に続いていた階段から転げ落ちていたかもしれない。シーナが倒れるその瞬間に、腹の底が凍り付くような焦りを感じた事を思い出し、カイは思わず身震いした。

 

「……ユナイト。俺水持ってくるからさ、その間シーナの事頼む。もし俺が居ない間にシーナが起きたら、此処で大人しく待っててくれって伝えてくれ。」

「グオ!」

 

 わかった!とばかりに力強く頷くユナイトに頼もしさを感じながら、カイはブレードイーグルの元へ向かう。

 あの様子ではしばらく目を覚まさないかもしれない。もしかしたらこのまま遺跡で一泊する事も十分あり得るだろう。いっそ水だけとは言わず、野営道具も一式持って来ておいた方が良いだろうか?

 

「シーナの奴……大丈夫だよな?……」

 

 ポツリと呟いた声は熱砂に吹き渡る風に溶け消えていく……

 何かを思い出したにしろ、具合が悪かったにしろ、下手に移動しない方が良いだろうか?

 気を失ったシーナを乗せたままイーグルで戦闘するような事態になるのは出来る限り避けたい。

 しかし、もし具合が悪いのなら早く最寄りのコロニーまで連れて行き医者に診てもらった方が良いのも事実だ……

 

「あ~……シーナみたいにユナイトの言葉が分かれば、ユナイトと相談出来るんだけどなぁ……オーガノイドの言葉翻訳する為の翻訳アプリとか誰か作ってくんねーかな……」

 

 困ったように頭を掻きながら、彼はブレードイーグルの元にとぼとぼと歩くのだった。

 

   ~*~

 

 少し時間を巻き戻して……カイ達がククルテ遺跡を見つけた頃。

 エレミア砂漠からクヴィーネ砂漠へと入ったゾイドの一団が居た。

 漆黒のステルスバイパーを先頭に砂漠を突き進むその一団の中で、スカーレット・スカーズの3人はヘルキャットに乗っている。早朝に届いたばかりの、彼らの新たな機体だ。

 

「それにしても、ヘルキャットを3機なんて一体どっから引っ張って来たんだ?……」

 

 すっかり元気になったスティーヴがポツリと呟く。

 その呟きを通信越しに聞いていたスヴェンが声を潜めて口を開いた。

 

「変な詮索はしねぇ方が身の為だぜ?スティーヴ。じゃねぇといつか消されるぞ。」

「あら酷い。そんな事しないわよ。失礼しちゃうわね。」

 

 何の前触れも無く通信に割って入ったのは先頭を進む黒いステルスバイパーの主。砂漠の毒蛇(どくじゃ)アシュリーだ。

 

「あ、いや!すんません!!」

 

 思わず敬語になりながら声を上げたスヴェンにクスクスと笑い声を上げると、アシュリーはトレードマークとも言える蛇のような薄い笑みを浮かべてからかうように口を開く。

 

「そんなに怯えなくて良いわ。私達を裏切りさえしなければ。ね?」

「「「うっす……」」」

 

 声を揃えて返事を返したスヴェン達に、アシュリーはやっぱりクスクスと笑い声を上げる。

 

「で?そのヘルキャットの出所が気になる?スティーヴ。」

「あ、え……いや、そのっ……まぁ、ちょこっとだけ……」

 

 怯えと好奇心の入り混じった声で控えめに頷くスティーヴへ、アシュリーは薄い笑みを顔に張り付けたままスッと目を細める。まるで獲物を眺める蛇のようなその視線にスティーヴの背筋がゾワッと粟立つが、表情とは裏腹にアシュリーの声は何処かあっけらかんとしていた。

 

「私達には贔屓にしてくれる親切なお得意様がいるの。この業界じゃ別に珍しくもなんともないわ。」

「けど、新品のヘルキャットを3機ってのは流石に気前が良すぎねぇか??」

 

 微かに警戒するような声音でスヴェンが訊ね返すが、アシュリーは涼しい顔で笑うだけだ。

 

「さぁ?どうなのかしらね?私もそこまで首を突っ込んだ事がないから知らないわ。」

「大丈夫なんですかい?その、なんていうか……」

「そんな得体の知れない相手とやり取りをして。ってとこかしら?」

 

 口籠ったオスカーに、アシュリーが言葉を継ぎ足す。

 こくこくを頷くオスカーに、彼はやっと顔に張り付けっぱなしだった薄い笑みをふっと綻ばせ、少し困ったように笑いながら口を開いた。

 

「まぁ、正直私もあのお得意様にはあまり深入りしない方が良いような気はしてるわ。でも大所帯のウチを支えるには、利用出来る物はなんでも利用して節約しなきゃどうしようもないのよ。」

「大所帯っつったって……そんなに人数が居るようにゃ見えねぇけどなぁ……」

 

 スティーヴが不思議そうに辺りを見渡す。

 アシュリーが乗るステルスバイパーに、自分達3人が乗るヘルキャット。大男のサムが乗るダークホーン。ガイサックが2機。アジトで留守番をしているパスカルと数名の手下を含めても全員で10人前後しか居ない。

 だが、アシュリーはコンソールパネルの縁に両手で頬杖を突き、フットペダルだけで器用にステルスバイパーを進めながら溜息を吐いて口を開いた。

 

「路頭に迷った子達や拾った子達の面倒を見るうちに、あのアジトじゃ手狭になっちゃったのよねぇ。だから他の子達には別のアジトの維持管理を任せてるの。っていうか正直、うちの子達が今何人居るかなんて私も把握しきれてないわ。気が付いたら増えてるんだもの。貴方達みたいにね。」

「へ……へぇ……」

 

 ぽかんとした声を上げるスティーヴへからかうように薄く微笑むと、アシュリーはコンソールへ頬杖を突いたまま愉快そうな声音で言葉を続ける。

 

「でもお陰で情報網の広さには自信があるわ。これでも帝国領、共和国領の各地にアジトがあるから、欲しい情報なら大抵手に入るの。貴方達のお目当ての子を見つける事が出来たのも、そんな大所帯故ってとこかしらね。」

 

 アシュリーのその言葉にスヴェン達3人は揃って舌を巻く。

 一傭兵、或いは一賞金稼ぎでありながらこれ程の情報網を持っている者などそうそう居ない……

 いや、一個人ではなく砂漠の毒蛇(どくじゃ)は最早組織と言っても過言ではないだろう。

 まだ20代半ば程度の若者がそんな組織のトップに立っているとは俄かには信じ難い事だ。

 手下の中には明らかにアシュリーよりも年上の者も多い。なのに彼を出し抜きトップに成り上がろうとする者が誰一人としていないどころか、どんなに歳の離れた手下でも従順に彼の言う事を聞く様を、スヴェン達は拾われてから今までの間に幾度となく目の当たりにして来た。

 「裏切れば殺される」という噂が本当だから……というだけではどうにも腑に落ちない。

 

(砂漠の毒蛇(どくじゃ)……ただの狂人だと思ってたが……)

 

 スヴェンはそっと考え込んだ。

 カリスマとは、もしかしたらアシュリーのような人間の事を言うのかもしれないな。と。

 最初は厄介な連中に助けられてしまったと思ったが、半分都市伝説だとすら言われた砂漠の毒蛇(どくじゃ)の素顔を少しずつ垣間見るうちに、子供のような好奇心を薄っすらと抱き始めている自分が居る。

 彼は一体どんな人物なのか?何故あんなに人望があるのか?噂は全て本当なのか?……

 

(……面白ぇ奴に拾われちまったもんだ。)

 

 そんな一言を思い浮かべるスヴェンの口元には、微かに笑みが浮かんでいた。

 

(……情報網の広さには自信があるなんて、私ったらいつからこんなに見栄っ張りになっちゃったのかしら?正直今は、その自慢の情報網に自信失くしてる真っ最中なんだけど……)

 

 一方のアシュリーは通信を切って尚、頬杖を突いたまま相変わらずフットペダルのみで器用に愛機である漆黒のステルスバイパーを進めながら小さく溜め息を吐いていた。

 彼が自分の情報網に対し自信を失くしている理由は当然ザクリスの事だ。

 6年も前に軍を辞めて、おまけにそこそこ腕利きの賞金稼ぎとして有名らしいというのに、彼の事を知らなかったのだから……

 いや、厳密に言えば「知らなかった」というのは語弊がある。

 青いセイバータイガーに乗った腕利きの賞金稼ぎが居るという噂は知っていたのだ。

 が、まさかそれがザクリスだとは思ってもみなかった。というのが正しい。

 腕利きの賞金稼ぎなんてありふれた肩書きの連中は沢山いる。噂を聞いても基本的に自分から興味を持つことが少ない上に、青いセイバータイガーの賞金稼ぎに仕事の邪魔をされた事も無かったので、今まで特に素性を調べようと思った事すら無かった。

 それに何より、ザクリスが軍を辞めたという話や噂すら今まで聞いた事が無かったのだ。

 正直アシュリーが一番驚き、そして同時に怪しんでいるのはそこだった。

 士官学校時代から国を跨いで共和国にまで噂が流れてくるような有名人だった彼が、軍を辞めたとなれば当然ニュースになる筈なのに、どんなに裏サイトを巡っても彼が軍を辞めた事に関する記事が見つからない。

 危険を承知で帝国軍のデータバンクにハッキングも試みたが、手に入ったのはザクリスが6年前の夏に軍籍を剥奪されている。という事だけだった。

 軍籍を剥奪されるなど、それこそニュースになるような大問題を起こさない限りあり得ないような処分だ。

 しかし、一体何故そのような処分が下されたのか?という詳細情報に関しては記録そのものが抹消されていた……

 

(どう考えたって、軍が記録を揉み消したとしか考えられない……けど……)

 

 アシュリーは眉間に皺を寄せる。

 

(軍籍剥奪の上に記録の抹消……軍がそこまで隠蔽せざるを得ない事を、あのナルヴァ大尉が起こすだなんて……やっぱりどう考えても……到底信じられないのよね……)

 

 確かに彼は不愛想で誰にも興味を示さない異質な人間だった。

 だが、素行そのものはかなり模範的な軍人であったのも確かなのだ。

 上官の命令を無視した事も、下士官達を不当に扱った事も無い。模擬戦や演習でも、相手の心をへし折りこそするが怪我をさせた事だって一度も無かった。

 その圧倒的な才能を妬む者達に嵌められたのか、或いは部下の不祥事の責任を押し付けられたのか……しかしどう考えても軍籍剥奪に繋がるような不祥事に発展するには今一つ決定打に欠ける。

 記録が抹消されている以上、真実は文字通り闇の中だが……

 

「今更心配したって、しょうがないわよね……」

 

 ポツリと呟きが零れ落ちる。

 6年も前の出来事だ。当時何か途轍もない陰謀に巻き込まれていたのだとしても、今となっては過去の出来事……心配したところでとっくの昔に終わった事……の筈だ。

 それなのに、妙に何かが引っかかる。終わっていない気がする……

 

「あー駄目駄目!今は目の前の仕事に集中しなくっちゃ。」

 

 やっと頬杖を突いていた両手を上げ、自分の両頬をパシパシと叩くと、彼は操縦桿を握り直した。

 刹那、その切れ長のミントグリーンの瞳が冷たい光を湛える。

 彼は気持ちを切り替えるようにこれから出会う仕事相手を思い浮かべると、蛇のような薄い笑みを浮かべた。

 眼前に迫るククルテ遺跡を見据えて、彼は楽しげに呟いた。

 

「さぁ、楽しませて頂戴ね。情報屋の坊や。」

 

   ~*~

 

「あれ?バッグの底に沈んじまってんのかな??」

 

 カイはブレードイーグルのコックピットを開け、後部座席の足元に転がしているボンサックを漁っていた。

 お目当ては飲み水を汲んでおいたスキットルなのだが、なかなか見つからない。

 こうなれば食品関連用とその他の雑貨類用で荷物を分ける為に、もう一つボンサックを買い足しても良いかもしれないなと思いながら、彼がボンサックを一旦引っ張り出し、イーグルの傍に降りて中身をひっくり返そうとした時だった。

 

 ドゥゥンッ!

 

 イーグルのすぐ傍に、何者かの砲撃が着弾する。

 

「うわ?!」

 

 着弾時の衝撃と巻き上げられた砂煙から身を守る為、彼はひっくり返そうとしていたボンサックを抱きしめたまま地面に伏せる。そのままサッと辺りを見渡せば、前方にゾイドの集団が迫っているのが見て取れた。

 黒いステルスバイパーにダークホーン。ガイサックが2機。ヘルキャットが3機。

 

「おいおいおい!一体なんだってんだよ?!」

 

 カイはすぐに立ち上がると、抱きしめていたボンサックを無造作に後部座席に放り込む。

 とっとと乗れと言わんばかりに、ブレードイーグルが一声短く鳴いた。

 

「キュルァ!」

「わーってるって!誰だか知らねーけど、遺跡には今シーナが居るんだ!近づけてたまるかよ!」

 

 カイがコックピットに飛び込めば、ブレードイーグルはすぐさまキャノピーを閉めながら飛び立つ。

 迫り来るブレードイーグルを見てアシュリーは興奮したような声を上げた。

 

「きゃーすっごい!ホントに鷲型だわ!こんな珍しいゾイドにお目に掛かれるなんてちょっと感激!」

「おいおいアシュリーさんよ!感激してる場合じゃ――」

 

 スヴェンが声を上げたのも束の間。

 ブレードイーグルの放ったバルカン砲のエネルギー弾が毒蛇一行に降り注いだ。

 サッと散開してエネルギー弾の雨を避けながら、アシュリーは楽しげに指示を出す。

 

「ほらほら。貴方達はサッサと光学迷彩を起動させなさい。一体何の為にヘルキャットを選んであげたのか、忘れてないでしょ?」

「お、おう!!」

 

 スヴェンの返事の後、スカーズの3人が光学迷彩を起動させ姿を消す。

 着弾による砂煙が晴れた時、3機のヘルキャットの姿が消えている事に気付いたカイは思わず舌打ちした。

 

「チッ!光学迷彩かよ!これだから厄介なんだよなヘルキャットは!!」

 

 ヘルキャットは駆動音も殆ど立たない上に熱放射も極限まで抑えられた偵察奇襲用ゾイドだ。

 光学迷彩を使われてしまってはレーダーでの索敵すら困難な機体である為、肉眼で見つけるのは不可能に近い……それ以前に、ブレードイーグルにその手の索敵システムがあるのかどうかも怪しいものだが……

 

「こうなりゃ先に見える連中だけでも!」

 

 カイはブレードイーグルを旋回させ、手前から尾部のビームライフルを撃って来るガイサックへ狙いを定める。

 今回ばかりはイーグル自身も、遺跡に居るシーナを守らなければと思っているのだろう。驚く程従順にカイの操縦に従ってくれるが、まだまだ古代語表示のコンソールに慣れないカイは口頭でイーグルに指示を出す。

 

「イーグル!レーザークローで踏み潰すぞ!」

 キュル!!

 

 イーグルの鋭い爪が金色の輝きを放つ。

 そのままビームライフルの攻撃を避けながらイーグルは真っ直ぐガイサックの背へ一直線に空を切った。

 しかし……

 

「あっ?!」

 

 カイが声を上げたのと、ガイサックが砂の中へ逃げ込むのは同時であった。

 先程までガイサックが居た砂上を掠めるようにして、ブレードイーグルが体勢を立て直す。

 しかし、今回はその立て直した直後の隙をスカーズの3人は見逃してくれなかった。

 

「もらったぜ!クソガキ!!」

 

 光学迷彩で姿を隠したスカーズの3人が、ヘルキャットの2連装ビーム砲をブレードイーグルめがけて一斉に放つ。

 幸い、カイが反応するより先にイーグル自身が身を捻ってくれた事で全弾被弾するのはギリギリ免れたものの、避け切れなかった数発が翼や胴体に着弾する。

 被弾時の衝撃に思わずビクッと身を強張らせながら、カイはまたも舌打ちをして一旦距離を取るように空へ再び舞い上がり、眼下の敵達を忌々しそうに睨みつけた。

 

「くそ!ただでさえ7対1だってのに、見えねぇのが3機も居るんじゃ分が悪過ぎるぜッ……」

「クルルル……」

 

 ふと、ブレードイーグルが元気の無い様子で咽を鳴らすような声を上げる。

 コンソールパネルのディスプレイへ視線を向ければ、何やら古代語が赤く点滅していた。

 

「イーグル?大丈夫か??」

「キュルル」

 

 何処か気丈に振舞おうとしているような鳴き声に、カイは顔を曇らせた。

 点滅表示されている古代語が一体何の表示なのかわからないが、その赤い点滅はなんとも不安を掻き立てる。

 だが、先程の被弾でどれ程のダメージを受けたのか?この点滅表示が一体何なのか?と悠長にコンソールをいじっている暇など、相手が与えてくれる筈もない。

 ステルスバイパーのヘビーマシンガンにダークホーンのハイブリットバルカン、ガイサックのビームライフル。ヘルキャットの2連装ビーム砲……まるで我先にと言わんばかりにブレードイーグルへ弾丸やエネルギー弾が飛び交う。

 慌てて飛んでくる弾丸の射線外へ離脱しながら、カイは必死に考えた。

 

(多勢に無勢の上に光学迷彩で姿が見えねぇのまで居る。このまま飛び回ってても、ブレードで突っ込んでも格好の的だ……一体どうする?どうすればいい?……)

 

 一方、アシュリーはまたもコンソールに頬杖を突いてブレードイーグルを見上げていた。

 その表情は、訝しさ半分。呆れ半分といった様子である。

 

「変ねぇ。」

 

 ポソッと呟いた一言に、ダークホーンを駆るサムが気付く。

 

「ボス?」

「ねぇサム。変だと思わない?」

「……あの鷲型ゾイドがですか?」

 

 微かに戸惑ったような様子でサムが淡々と訊ね返す。

 アシュリーは対空射撃の弾幕の中で必死に逃げ回るブレードイーグルを見上げたまま言葉を続けた。

 

「だって、向こうは空が飛べるのよ?見た感じ背中にブースターだって付いてるワケだし。こんな分の悪い戦闘、頭の良い子ならサッサと切り上げて逃げちゃう筈じゃなぁい?」

「はぁ……」

「それなのに逃げないで律儀に戦ってるだなんて、よっぽど負けず嫌いのお馬鹿さんか……分が悪いのを承知の上で私達と戦ってなきゃいけない理由があるのか……恐らく後者だと思うのよね。調べ上げた限りじゃ、あのカイって子。そんなに自分から進んで戦闘する子じゃないらしいし。」

 

 釈然としない様子で喋りながらも、アシュリーは左手で頬杖を突いたまま、右手のみでブレードイーグルに照準を合わせ地対空連装ミサイルを容赦なく発射する。

 飛んで来たミサイルをバルカン砲で撃ち落としたブレードイーグルに「あら、上手じゃない。」と明るい声で独り言を呟きつつ、彼は話を続ける。

 

「きっとあの子、私達を遺跡に行かせたくないんじゃないかしら?」

「……成程。確かにそう考えれば辻褄が合いますな。」

 

 サムが淡々と答える。

 アシュリーはおもむろに蛇のような薄い笑みを浮かべ、両手で操縦桿を握り直しながら明るく言った。

 

「ってワケで。よろしくね。」

「はい。ボス。」

 

 サムがダークホーンをステルスバイパーの前に移動させながら加速ビーム連装砲をブレードイーグルめがけて撃つ。

 その間にアシュリーは、ステルスバイパーを駆り遺跡へ向かわせる。

 

「くそ!あいつ遺跡に!!」

 

 黒いステルスバイパーが遺跡の方へ向かい始めた事に気付いたカイが思わず叫ぶ。

 その叫び声に、ブレードイーグルがステルスバイパーめがけてブーストを噴かせながら襲い掛かった。

 だが、アシュリーはそれを見越していたかのようにくるりとステルスバイパーを振り返らせると、ニタリと口の端を歪めるような笑みを浮かべて呟いた。

 

「やっぱりそうなのね。」

 

 振り返ったステルスバイパーが、一直線に向かってくるブレードイーグルに全く臆する様子も見せずにヘビーマシンガンをこれでもかと放った。

 

「うわっ?!」

 

 不意を突かれ、正面からもろにヘビーマシンガンの掃射を食らった事でカイが声を上げながら思わず片手で頭を庇う。

 被弾した際の衝撃は凄まじく、砂嵐状のノイズが入ったモニターがザーッと音を立てる。

 そのまま砂の上に墜ちたブレードイーグルを正面から見据え、アシュリーはニッコリと満足げな笑みを浮かべながら手下達の機体に通信を入れた。

 

「はい。撃ちかた止め。」

「はぁ?!なんでだよ!絶好のチャンスじゃねーか!」

 

 思わず反論するスヴェンに向かって彼は蛇のような笑みを浮かべながら穏やかに諭す。

 

「約束した筈よ?スヴェン。この鷲型ゾイドとピンク色のオーガノイドは私が貰って良い。って。」

「そりゃそう言ったけどよ!!」

 

 納得のいかない様子で食い下がろうとするスヴェンを通信画面越しに真っ直ぐ見据え、アシュリーは有無を言わせぬ圧を込めながらも穏やかに言葉を続けた。

 

「じゃあ、この鷲型ゾイドをこれ以上傷物にするのはやめなさい。貴方達はこのゾイドじゃなくて、そのパイロットの方に用事があるんでしょう?大丈夫。すぐ済むわ。」

 

 彼はそう言うと、ステルスバイパーの通信を外部スピーカーに切り替えた。

 

   ~*~

 

 一方。撃ち落とされたブレードイーグルのコックピットの中でカイは切羽詰まっていた。

 コンソールディスプレイには様々な古代語が赤く点滅しており、警告音が鳴り響いている。

 コックピット内を照らす明かりも赤い警告灯に切り替わっており、自分達が今、絶体絶命の状態なのだと否が応でも自覚せざるを得ないような様相に変貌していた。

 

「イーグル!イーグルしっかりしろ!返事してくれ!なぁ!」

 

 試しにコンソールパネルの端を軽く叩きながら声を掛けてみるも、イーグルは鳴き声一つ返しはしない。

 

「まさか……コンバットシステムがフリーズしちまってんのか?……」

 

 コンソールディスプレイに表示された読めもしない古代語を眺めながら、思わず呟く。

 もしコアに傷を負えばシステムそのものがダウンする……警告音が鳴り、コックピット内が赤く照らし出されている今の状態なら、少なくともブレードイーグルは死んではいない筈だが……

 そんな中、目の前のステルスバイパーのパイロットが外部スピーカーで声を掛けて来た。

 

「そこの鷲型ゾイドのパイロットさん。聞こえてるかしら?」

 

 その声に、カイは時折ノイズの混じるモニターに視線を移す。

 ステルスバイパーのパイロットはカイの返事も待たずに言葉を続けた。

 

「貴方の事は調べが付いているの。その鷲型ゾイドともう一匹。ピンク色のオーガノイドをこちらに引き渡しなさい。大人しくこちらの要求に応じてくれるなら、これ以上の攻撃はしないでおいてあげるわ。それとも、そのゾイドと一緒にこのまま心中する方がお好みかしら?」

「ふざけんな!!誰がお前らみたいな連中にイーグルとユナイトを渡すか!!」

 

 思わずコックピット内で怒鳴るが、外部スピーカーへの切り替え方法すらわからないカイの声など届く筈もない。

 悔しさに拳を震わせながら、カイは俯いて歯を食いしばる。

 こんなにあっけなく撃墜されてしまったのは自分のせいだ……自分の技術がまだまだ未熟だから、手練れを相手取って戦えるだけの知識も経験もないから……

 此処で終わる訳にはいかないのに……なのに、このままではブレードイーグルもユナイトも奴等に奪われてしまう。恐らくユナイトと一緒に居るシーナも……

 

「お返事が無いようだけれど、このままコックピットに籠城して抵抗しようと考えてるなら無駄よ。何ならこのまま、貴方が遺跡に隠したオーガノイドを此処まで引きずって来て脅してあげましょうか?」

「なっ?!……」

 

 思いがけない言葉に、カイは茫然とノイズ混じりのモニターに映るステルスバイパーを見つめる。

 

「なんでユナイトが遺跡に居るって……まさか……」

 

 混乱し、切羽詰まっていた頭の奥が一気に冷静になる。

 このステルスバイパーが遺跡に向かおうとしたのは鎌掛けだったのだ。

 恐らく戦っている間ユナイトの姿が何処にも見えない事に気付いていたのだろう。

 そして、あの多勢に無勢の中サッサと離脱せずに必死に戦おうとしていた姿を見て、此処から離れられない理由があるのだと見抜いたに違いない……確かにここまでピースが揃えば容易に想像が付く。

 

「くそっ!シーナとユナイトを捕まえて俺達の前に突き出すなんて、そんな事させてたまるか!」

 

 カイはコックピットから出る事を決心した。

 ブレードイーグルを奴等に渡す気は毛頭無いが、今はとりあえず奴等が遺跡に行きシーナとユナイトを人質に取るのを阻止しなければ本当に八方塞がりになってしまう。

 だが……

 

「あれ?……」

 

 キャノピーの開閉レバーを引いても、全くキャノピーが開く気配が無い。

 

「おい!イーグル!キャノピー開けてくれ!このままじゃシーナとユナイトが人質になっちまう!!」

 

 ブレードイーグルを起こそうとするかのようにコンソールパネルの端をバシバシと叩くが、依然としてブレードイーグルは全く何の反応も返さない。

 

「おい……嘘だろ??……」

 

 サァッと顔から血の気が引くのが自分でわかる……

 現代のゾイド達はコンバットシステムがフリーズしても開閉レバーやスイッチを操作すればキャノピーが開くようになっている。それは最悪の場合機体を捨ててでもパイロットが脱出出来るようにする為だ。これは帝国ゾイドにも共和国ゾイドにも共通している安全基準であり、ゾイドの点検などでもチェック項目として義務付けられている。

 しかし、ブレードイーグルは古代ゾイドだ。そういった基準も通用しない。という事だろうか?……

 いや、被弾した際にキャノピーの開閉機構が壊れてしまったのかもしれない。正面から思いっきりマシンガンを食らったのだからそちらの可能性も十分にある……

 どちらにせよ、コックピットから出られないというのは非常に忌々しき事態だ。

 

「ボス~。此処まで言って無反応とか、パイロットのガキ、中で意識飛んでんじゃないっすか?」

 

 不意に、ガイサックのパイロットが外部スピーカーで呼びかけた。

 

「あらやだ。困ったわねぇ……でも確かに真正面からヘビーマシンガン叩きこんじゃったし。」

 

 ステルスバイパーから少々戸惑ったような声が外部スピーカーを通して聞こえてくる。

 

「しょうがないわね。ちょっと確認してみましょ。サム。ユアン。手伝ってくれる?」

 

 そう言ってステルスバイパーのパイロットが降りてくるのを見たカイは、咄嗟にシートへ体を預けて目を閉じ気絶したふりをした。ブレードイーグルのキャノピーは共和国ゾイドの全面キャノピーと違い、帝国ゾイドのような装甲キャノピーだが、至近距離でアイレンズを覗き込めばコックピット内が一応確認出来る。本当に気絶しているのだと思ってくれればそれだけでも多少なり時間稼ぎになるだろう。

 

「あー。これガチのパターンっすわボス。マジで意識飛ばしちゃってるぽい。」

 

 ガイザックから降りて来た青年、ユアンがブレードイーグルのアイレンズからコックピットを覗き込み声を上げる。

 アシュリーが隣から同じようにコックピットを覗き込んで見れば、パイロットの少年……情報屋のカイが力無くぐったりとシートに体を預けたまま目を閉じているのが確認できた。

 

「どうします?」

 

 反対側のアイレンズから同様にコックピットの中を覗き込んでいたサムが顔を上げてボソッと訊ねる。

 アシュリーは当てが外れてしまった事で少々困った顔をしていたが、軽く溜め息を吐いた後でサムを見た。

 

「初めて見る型のゾイドだけれど、外部からの強制開閉スイッチ探せるかしら?」

「少し時間がかかるかもしれませんが、恐らくある筈です。」

「そう。じゃぁこのゾイドとその坊やの事は任せるわ。」

 

 アシュリーのその言葉をキャノピー越しに聞き、カイは気絶したふりをしたまま内心ホッとする。

 これで暫く時間が稼げる筈だ。その間にシーナが目を覚ましてユナイトと何処かに隠れてるか逃げるかしてくれれば……

 

「じゃぁ、その間に私達はあの遺跡にオーガノイドを探しに行くわよ。」

(え?!)

 

 唐突な一言にカイは思わず目を見開きそうになる。

 

(マジかよ?!)

「えー?マジすかボス。ホントにこの遺跡にオーガノイド隠してんすかね?」

「恐らくね。」

 

 ユアンの気だるげな声に、アシュリーは一言そう答えると他のメンバー達にも声を掛ける。

 

「さ!この坊やに構ってる間に逃げられたら元も子も無いわ。手の空いてる子達は手伝って頂戴。」

「あーあ。目の前にクソガキカイが居るってのにお預けかよ……」

「まぁまぁ。気絶してるんだから少なくとも逃げられる事は無い筈よ。お楽しみの前に一仕事しましょ。」

「うーっす……」

 

 耳に届いたそのやりとりに、カイはふと気が付いた。

 

(クソガキカイ?……)

 

 聞き覚えのあるその呼び様に、そっと薄っすら目を開けてノイズの混じったままのモニターを確認する。

 間違いない……遺跡へ向かうその後ろ姿は……

 

(スカーレット・スカーズ?!)

 

 思わず目を見開きそうになるのを寸前で堪え、カイはそっと目を閉じ直す。

 だが、その後ろ姿は瞼の裏に焼き付いて消えなかった。

 気絶したふりをしたまま、背筋が冷たくなっていく……警告音の響くコックピットの中に居ながら、カイの耳を満たすのは警告音ではなく五月蝿い程の自身の鼓動の音だった。




[Pixiv版第8話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9808168


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第9話-脱出作戦-

 ククルテ遺跡にやって来た俺達だったけど、シーナがいきなり気絶しちまった。

 そこに突然、謎のゾイド集団が現れて俺とイーグルはまさかの絶体絶命。

 奴等の目的はユナイトとイーグルらしいけど、このままじゃユナイトやイーグルだけじゃなくシーナまで捕まっちまう!

 しかも、そのゾイド集団の中にはスカーレット・スカーズの3人が居たんだ……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第9話:脱出作戦]

 

 ふと、シーナは遺跡の中で意識を取り戻した。

 目を開けば、ユナイトが嬉しそうに顔を覗き込みグオグオと鳴いている。

 

「ユナイト……ごめんね。心配させちゃって。」

 

 ゆっくりと起き上がった彼女は、ふと、カイの上着が枕になっていたことに気が付いた。

 その上着をそっと拾い上げ大事そうに抱きしめながら、彼女は辺りをくるりと見渡す。

 ……カイの姿は何処にも無い。

 

「ねぇ、カイは?」

「グオグオグオ。」

「此処で待っててって……でも、一体何処に行ったの?」

「グオ……」

 

 ふいにしょんぼりと目を伏せるユナイトに、シーナは胸騒ぎを覚える。

 

「カイに……何かあったの??」

「グオ……グオグオ……」

「外から戦ってる音が聞こえた?!じゃぁカイ戦ってるの?!」

 

 青ざめながら叫ぶも、シーナはすぐに違和感を覚えた。

 少なくとも今は、戦闘音など全く聞こえないのだ。

 既に戦闘は終わっているのだろうか?しかしそれならカイが戻って来ないのはおかしい……

 だが、カイが危機的な状況だったのならユナイトが此処に居るのも妙だ。

 

「カイとブレードイーグルの所に……行かなかったの?」

「グォゥ……グォーゥグオゥ……」

 

 ユナイトの言葉に、シーナは俯いた。

 シーナを頼む。とカイは言ったのだそうだ。素直なユナイトは外から聞こえる戦闘音にハラハラしながらも、その言いつけを律儀に守って此処に残って居たのだろう……

 

「……ユナイト。カイの様子を見に行こう。」

「グオ?!グオグオゥ?!」

「私ならもう大丈夫。それより今はカイとブレードイーグルの方が心配だから。」

「グオ!」

 

 わかった!と力強く頷いたユナイトを引き連れ、シーナは遺跡の中を進む。

 ほんの僅かばかり思い出した記憶を頼りに彼女が辿り着いたのは、遺跡の塔だ。

 その塔の窓から慎重に辺りを見渡せば、すぐにゾイドの姿が確認出来た。

 見た事の無いゾイド達と、そのゾイド達に取り囲まれて地に伏しているのは……間違いなくブレードイーグルである。

 

「そんなッ……」

 

 シーナが思わず息を飲むように掠れた声を上げる。

 同時に、ユナイトが慌てふためいた様子でドタバタと階段へ引き返そうとしたが、シーナは慌ててそれを止めた。

 

「あ!!待ってユナイト!今行っちゃ駄目!!」

「グォゥッ……」

 

 だってッ……と声を上げるユナイトをもう一度塔の窓へ引っ張って行き、シーナは地に伏したブレードイーグルを見つめて口を開いた。

 

「よく見て。カイが捕まってる様子が無いでしょ?」

「グオ??」

 

 首を傾げるユナイトに、彼女は言葉を続けた。

 

「もしコンバットシステムがフリーズしてイーグルが気絶してるなら、キャノピーは簡単に開くもの。中からの操作でも、外からの操作でも……けどほら。あそこ。イーグルの顔の周りに人が集まってるって事は、きっとイーグルがキャノピーを開けようとしてないんだよ。」

「グオグオグオ??」

「うん。イーグルはきっとやられたふりをしてるだけ。スパークしてるから怪我もしてるけど……でも意識はある筈。多分カイを守る為にキャノピーを閉めてるんだと思う。」

 

 そう言って、シーナは考え込んだ。

 ユナイトがブレードイーグルに合体すれば、あの程度の傷ならすぐに再生出来る。

 問題は、自分とユナイトがどうやってあそこまで辿り着くかだ。

 自分がユナイトの中に入って、飛んでいけば良いとは思うのだが、ブレードイーグルの元へ辿り着く前に周囲を取り囲むゾイド達に撃ち落とされない保証は無い。

 それに、再生して飛び立とうとしたブレードイーグルが攻撃を受けるのも恐らく確実だろう。

 なんとか周囲のゾイド達を追い払えれば良いのだが、良い方法が全く思いつかない。

 自分はザクリスやアサヒのように武器もないし、荒事の経験が無い手前、上手く追い払える自信もなかった。

 

「うぅ……どうしよう……」

 

 途方に暮れたような声を上げたシーナの視界に、遺跡の方へ歩いてくる人々が映る。

 中には見覚えのある3人組の姿もあった。

 

「あ。あの人達って、カイを追い掛けてた盗賊さん達……」

 

 この遺跡に何か用事でもあるのだろうか?

 だが、正直これはチャンスかもしれない。

 ブレードイーグルの傍に居るのはスキンヘッドの男性が一人。

 残りの者達は全員ゾイドを降りて遺跡の方へ歩いて来ている。

 

「ユナイト!あの人達が遺跡の中に入って来たら、イーグルの傍に居るのはあの人だけだよ!この遺跡広いから、あの人達に見つからないようにイーグルの所まで行けばきっと大丈夫!」

「グオ!グオッグォ!」

 

 うん!わかった!と頷いたイーグルににっこりと笑いかけると、シーナはユナイトの胸部を開き、中へ入る。

 遺跡に入って来たのは全員で6人。この遺跡の広さならどうにか見つからずに進めるだろう。

 

(行こう。ユナイト。)

「グオ!」

 

 シーナと視界を共有しながら、ユナイトは気を引き締めるように一声鳴くと慎重に階段を降り始めた。

 

   ~*~

 

「しーっかし……こんなデカイ遺跡の中からオーガノイド一匹見つけるって、大分難儀ですよ。コレ。」

 

 遺跡に踏み入るなりそんな声を上げたのはオスカーだった。

 彼の言葉に、ユアンも捕縛用の電磁ネットランチャーを頭の後ろに担ぎながら気怠そうに溜息を吐いた。

 

「ほんそれ。マジないっすわ。」

「あら、見つける前から弱音?らしくないじゃない。」

 

 笑い混じりにアシュリーが問いかければ、ユアンは口をとがらせる。

 

「だってオーガノイドってゾイドと合体出来るんしょ?だったらあの鳥ゾイドの中に居たんじゃね的な??」

「いや。それはねぇな。」

 

 キッパリと短く、スヴェンが言う。

 

「オーガノイドが合体すると、あのゾイドはとんでもなく強ぇんだ。あんなにあっけなく墜ちたなら、オーガノイドはあのゾイドの中にはいねぇよ。」

「だそうよ?ユアン。」

「マジかよぉ~……余計テンション下がるっすわ。」

 

 ぐったりした様子で上を向きながら溜息を吐くユアンに、もう一人のガイサック乗りが声を掛けた。

 

「じゃぁ勝負するか?どちらが先にオーガノイドを捕まえるか。」

「お??マジでマジで??」

「ああ。負けた方が勝った方に酒を奢る。」

「キーターコーレぇ!レナぴっぴマジ最高!ごちでーっす!!」

 

 ひゃっほー!と駆け出したユアンの後ろ姿に呆気にとられるスカーズの3人の前で、アシュリーは可笑しそうにクスクスと笑い、勝負を持ち掛けたガイサック乗り……レナルドは呆れたように溜息を吐いた。

 

「全く……相変わらず単純で助かるというか、単純すぎて心配になるというか……」

 

 そんなレナルドの呟きに、アシュリーが笑いながら口を開く。

 

「まぁね。でもそこがユアンの良い所でもあるんですもの。その辺は大目に見ましょ。」

 

 そう言って彼はホルスターバッグからインカム型の無線を取り出し、耳に装着しながら振り返ると薄い笑みを浮かべた。

 

「じゃ。発見したらすぐ報告って事でよろしくね。」

 

   ~*~

 

(どうしよう。此処も崩れちゃってる……)

 

 ユナイトの視界を通して瓦礫に塞がれた通路を見つめながら、シーナは途方に暮れていた。

 記憶を思い出したとはいえ、ほんの僅かだ。かつて一度訪れた事がある場所でも内部の構造を全て思い出した訳ではない上に、何処がどう崩れているかはこうして歩き回ってみなければ知る由もない。

 

(……うん。此処は駄目。引き返すしかなさそう。)

 

 引き返す?と問いかけてくるユナイトの意識に意識で返しながら、シーナはユナイトの視界を借りて辺りを見渡す。

 遺跡の内部へ入って来た者達に見つからずに済むのが一番だが、万が一見つかったとしても開けた場所……崩れて天井が無くなっている部分や中庭などに出られさえすればユナイトの展開翼で一気にブレードイーグルの元へ飛んで行ける。

 徒歩の人間がユナイトの飛ぶスピードについて来れる筈がない。慌ててゾイドの元へ一斉に引き返して来たとしても、彼等が各々の愛機の元へ辿り着く頃にはブレードイーグルと共に飛び立てる筈だ。

 ……逆に言えば、四方を壁や天井に囲まれた場所で見つかってしまった場合は逃げ回るしか無いのだが……

 

「さってさってさってと!オーガノイドはどっこでっすかぁ~?っと。」

 

 ふと、傍の階段の下から声が聞こえる。

 シーナはユナイトの中で微かにビクッと肩を震わせ、ユナイトの視界越しに階段の方へ視線を向ける。

 目の前は瓦礫に塞がれ行き止まり。反対方向へ逃げるには階段の前を横切らなければならない……慌てて走れば足音で気付かれるのは間違い無いが、抜き足差し足で進んでいても間違いなく鉢合わせてしまう。

 

(ユナイト!ジッとして!)

 

 シーナが咄嗟に出した指示に慌てふためいた様子でユナイトはキョロキョロと辺りを見渡した……

 

「あ??」

 

 一方、階段を上って来たユアンは階段の傍の壁際に佇む桜色の小型ゾイドにすぐ気が付いた。

 しかし、小型ゾイドは壁を背にどっしりと仁王立ちしたまま全く動く気配がない。

 

「お~?何コレ何コレ??古代の石像??」

 

 ユアンがユナイトの顔を見上げるように覗き込む。

 そんなユアンの顔をユナイトの視界越しに確認したシーナはギクリと身を強張らせ、抱きしめたままのカイの上着を更にキュッとキツく抱きしめながら祈るように固く目を閉じる。

 

(そう!私達は石像!石像なの!だから気付かないで!早く向こうに行って!

 お願い!お願い!!)

(……)

 

 必死に祈るシーナとは裏腹に、ユナイトはホントにコレで誤魔化せるかなぁ?……と気が気ではない。

 だが……

 

「うっひょ~!クオリティマジやべー!!石でこんなん作れるとか古代人パネェわ!」

 

 ユアンの言葉に、シーナは思わずきょとんと目を開く。

 

「しかも塗装してあるとか超力作過ぎっしょ。パッと見ガチで物本かと思ってマジビビったわ。こぉれぇ、ぶっちゃけオーガノイドよりお宝なんじゃね??」

 

 顎に片手を添えてジッとユナイトを眺めていたユアンだったが、やがてガックリと項垂れ、おもむろに溜息を吐いた。

 

「つかもうこれで良くね?ぜってぇお宝だってコレ……」

(えっ??……)

 

 またもシーナがギクリと身を強張らせる。

 まさか石像と勘違いしたまま自分達を運ぶ気なのだろうか?という思いが一瞬頭を過った。

 いや。流石にそれは無い……無い筈だ。

 

「あ~ぁ。俺一人じゃ石像なんて運べねーしなぁ……オーガノイド探さねーと、レナぴっぴに先越されちまったら俺が酒奢んねーとだし……」

(よ、よかったぁ……)

 

 ホッと安堵するシーナとユナイトの事など終ぞ気付かぬまま、ユアンは気怠げに捕縛用ランチャーを担ぎ直して階段の前を通り過ぎ、瓦礫で塞がれていない方の通路へと歩き出す。

 子供騙しのような作戦に見事に引っかかってくれたユアンの後ろ姿を、ゆっくりと気付かれぬように首を動かしながら見つめて、ユナイトも、シーナ自身もその単純ぶりに思わず呆気にとられた。

 

「駄目かと思ったけど、ホントに誤魔化せちゃった……」

 

 ユナイトの胸の中で、シーナの唇から小さな呟きが漏れる。

 とにかく、彼が向こうへ行ってくれたのはとんでもない幸運だ。こんなチャンス滅多に……いや、二度と無いだろう。

 

(今だよユナイト。そぉ~っと。そぉ~っとね。)

 

 足音を立てないように細心の注意を払いながら、ユナイトがゆっくりと動き出す。

 とりあえず目指す先は、ついさっきユアンが上って来た階段だ。

 

[ピピピッ]

 

 突然鳴った電子音に、ユナイトが一歩踏み出しかけた足をピタッ!!と止める。

 鳴ったのはユアンが耳に付けているインカム型無線機の呼び出し音だった。

 

「うぃーっす。こちらユアンでっす。」

 

 ユアンは無線の呼び出しに足を止める。

 中途半端に片足を上げたユナイトと立ち止まったユアンの距離は10メートルも離れてはいない……が、幸いな事にユアンはユナイトに背を向けたままだ。

 もし少しでも気付かれたら、何かの拍子に振り返って来たら、一瞬でバレてしまう……

 しかし、緊張に心臓が痛い程バクバクと早鐘を打つのを感じながらも、シーナは意を決したようにユナイトの中で微かに頷いた。その頷きに、ユナイトはまたゆっくりと物音を立てぬように階段へのろのろと足を進め始める。

 

『そっちは見つかったか?』

 

 ユアンに無線を入れて来たのはレナルドであった。

 彼の問いに、ユアンは大袈裟な程の声音で不満を垂れる。

 

「オ~ガノイドのオの字もないっつの!マジ無理!見つかんね!!」

 

 そんな彼の言葉に、レナルドは一息……心底呆れたような溜息を吐いて頭を抱えた。

 だが、次の瞬間にはやけに機嫌の良い声音でユアンが喋り出す。

 

「つか聞いてくれよレナぴっぴ。俺オーガノイドよりすげぇモン見つけちまったかもなんだけど。」

『オーガノイドより凄い物??』

 

 怪訝そうな声を上げるレナルドに、ユアンは得意げに言葉を続けた。

 

「や、マジでこれガチな奴だから!超ハイクオリティなゾイドの石像!ぜってぇ学者とかに馬鹿売れするって!」

『……お前なぁ……』

 

 心底呆れかえっているのがわかる程脱力した声音で呟くレナルドに構わず、ユアンは言葉を続ける。

 

「いやいや!普通の石像とはマジでクオリティがちげーんだって!もうパッと見マジで物本的な奴!おまけに塗装までしてあってホントパネェの!石像に鏡面仕上げプラス塗装とか古代人スゲくね??」

『塗装された石像?……』

 

 レナルドの脳裏に ま さ か の3文字が過る。

 

『ユアン。石像の大きさは?』

「あ?人間より一回り大き目くらいじゃね?」

『形は?どのゾイドに似ている?』

「んーとぉ、恐竜型??あ、つっても全然ゴツくなくて……なんつーかほら!アレ!ゴドスちっこくして、もっとオシャンティーな恐竜チックにした感じの。」

『……塗装してあると言ったな。何色だった?』

「ちょい薄ピンク?ほら。ボスが先週買った~とか言ってたオニューのパン――」

 

 そこまで聞いた瞬間、レナルドから怒号が飛んだ。

 

『馬鹿野郎!!そいつがオーガノイドだ!!とっとと捕まえろ!!!』

「ぶえ?!マジでぇ?!」

 

 思わず振り返ったユアンと、やっと階段の一段目を降りようとしていたユナイトの目が合った。

 

「あ……」

 

 シーナがユナイトの中で引き攣った笑みと共に思わず声を漏らす。

 気まずい沈黙が両者の間に一瞬奔った。

 が、すぐに時間は慌ただしい程のスピードで再び進み出した……

 

「う、動いたぁぁぁぁ?!わ!ちょ!マジかよ!ランチャーランキャー!!」

「グウォウォウォウォッ?!」

「だぁ!待てゴルァ!!」

 

 わたわたと慌ててランチャーを構えるユアンに目もくれず、ユナイトがドタバタと階段を駆け下りる。

 いくら小型とはいえ、オーガノイドもれっきとしたゾイドだ。その気になれば自動車並みのスピードで走る事も出来るのだから人間が走って追い掛けた所で到底追いつける筈もない。

 風化して脆くなった階段を踏み抜かないように気を付けつつも、ユナイトは必至で階段を駆け下り階下のフロアへ出る。

 キョロキョロと辺りを見渡して、ユナイトはすぐに中庭へ出る為の通路を走り始めた。

 

   ~*~

 

「こちらレナルド!ユアンがオーガノイドを見つけた!至急援護を頼む!!」

 

 捕縛用ランチャーを手に走り出しながら、レナルドが無線の共通周波数で呼びかける。

 問題はユアンが今何処にいるのか?という点なのだが……

 

「あの筋金入りの方向音痴に場所を聞いたところで、答えられる訳がないか……」

 

 早々に諦めたような声で彼はげっそりと呟く。

 まぁ正直この規模の遺跡の中……しかもあちこちが崩れ尚更迷路のようになっている状態の場所で、自分の位置を正確に伝えるのは方向音痴でなくともそう容易くはいかないだろう。

 しかし運の良い事に、走るレナルドの先……通路の奥から足音が響いてくる。

 カシャカシャという金属音のような足音が。

 

「しめた!」

 

 彼は手にしている捕縛用ランチャーを構え直しながら、サッと通路内の柱の陰に身を隠す。

 後は柱の傍を通り過ぎようとしたオーガノイドへ捕縛用ランチャーを撃ち込みさえすれば、電磁ネットが仕事をしてくれるだろう。

 

「そこだ!!」

「グオ?!」

 

 通りかかった桜色のオーガノイドへレナルドが捕縛用ランチャーを放った。

 ……だが、そうあっさり捕まるようなユナイトではない。

 まるで「うわーっ?!」と叫ぶかのように目と口をかっ開きながらも、ユナイトはその短い両手で咄嗟に頭を抱えながら床に伏せ、間一髪の所で飛んで来たランチャーの弾を避ける。

 避けられてしまった弾はユナイトの斜め前の壁面に着弾し、派手な爆発音を立てた。

 案の定、風化して脆くなった壁面は着弾時の衝撃で大穴が開き、炸裂した弾から広がった捕縛用の電磁ネットが空しく瓦礫を包んでビリビリと放電している……だけで済む筈もなく……

 ぽっかりと開いた大穴から更に上に向かって亀裂が容赦なくビシビシと音を立て広がっていった。

 

「しまった!――」

 

 思わず声を上げたレナルドの目の前で、天井が轟音を立てて崩れ落ちた。

 咄嗟に瓦礫から逃げようとした彼の視界の端に、慌てた様子でドタバタと降り注ぐ瓦礫の向こうへと逃げて行くオーガノイドの後ろ姿がチラッと映り込む。が、降り注ぐ瓦礫を突っ切って追い掛けるのは流石に無理だ。

 

「くそ!逃げられた!」

 

 崩落が収まった瓦礫を振り返りながら、思わずそんな怒鳴り声が口を突いて飛び出す。

 そんな彼の後ろから、息を切らせつつユアンが走って来た。

 

「ちょッ!レナぴっぴっ……だいじょぶっ?……」

「ああ……」

 

 ぜーはーと肩で息をしながら声を掛けて来るユアンに、レナルドは短く答えながら瓦礫を見上げた。

 完全に通路を塞いでしまった瓦礫を睨みつけ舌打ちをすると、彼は再び無線に呼びかける。

 

「オーガノイドは西通路を南へ逃走中。こちらもすぐに向かう。」

『おう!任せとけ!!』

 

 無線機越しに威勢良く返事を返したのは、スヴェンの声であった……

 

   ~*~

 

「さっきの人、瓦礫に巻き込まれてないと良いけど……」

 

 一方、シーナはそんな心配をしていた。

 自分達はカイとブレードイーグルの元に行きたいだけだ。例えいきなりランチャーで襲って来た相手といえども怪我をさせたいわけではない。出来るだけいざこざは避けたいのだが……

 

「グオグオグオ!」

「うん!」

 

 もうすぐ中庭だよ!と叫ぶユナイトに返事をしながら、通路の奥に見え始めた中庭の景色にホッとする。

 中庭に出さえすれば後はブレードイーグルの元へ飛んでいくだけで良い。

 だが……

 

「あぁぁぁぁ!!居たぁ!!!」

「兄貴ィ!!こっちですこっち!!」

 

 中庭の奥から慌ただしく走って来るオスカーとスティーヴ、そしてその後ろから一拍遅れて走って来るスヴェンの3人を見つけ、ユナイトは慌てて今来た通路を引き返す。

 とはいえ、馬鹿正直に真っ直ぐ引き返せば先程崩れた瓦礫で通路は行き止まりだ。

 

(ユナイト!そこの階段!)

「グオ!」

 

 ユナイトが慌てて階段を駆け上る。

 そのすぐ後に続き、スカーズの3人が階段を駆け上がるが、ユナイトが加減を忘れて駆け上がったせいで、風化した石階段にはヒビが入っていた。

 

「なぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「スティーヴ?!」

 

 ヒビの入った階段を、スヴェン、オスカーの2人が更に駆け上がったせいで、一番恰幅の良いスティーヴが階段を駆け上がろうとした瞬間、とうとう限界だった階段がガラガラと崩れ落ちた。

 慌てて振り返ったオスカーが瓦礫と共に下に落ちたスティーヴを見下ろす。

 スティーヴは崩れた瓦礫の上で目を回していた。

 

「兄貴!スティーヴが!」

「あいつは自前の緩衝材たっぷり入ってんだから大丈夫だろ!まずはオーガノイドだ!」

「う、うっす!!」

 

 上の階へ逃げたユナイトを再び追い始めるスヴェンとオスカーの足音を聞きながら、階下に落ち目を回したスティーヴは力無く呟いた。

 

「緩衝材って……酷いっすよぉ兄貴ぃ……」

 

 だがまぁ、落ちたのがスヴェンやオスカーではなくて良かった。

 痩せっぽちのオスカーでは間違いなく怪我をしていただろうし、自分達のリーダーはあくまでスヴェンなのだから、もし彼が落ちたのならば置いていく訳にはいかない。

 

「後で、助けに来て下さいよぉ……」

 

 2人が無事にオーガノイドを捕まえてくれる事を祈りつつ、仲間思いの彼は1人ごちた。

 一方上の階でユナイト&シーナ対スヴェンとオスカーの追いかけっこはまだまだ続く。

 とにかく必死に追いかけてみたり、通路を先回りにして挟み撃ちにしてみたりと色々試してはいるのだが、スヴェンとオスカーにとってユナイトはかなりすばしっこいオーガノイドであり、どうにも上手くいかない。

 ……逆を言えば、ユナイトにとってこの2人はとにかくしつこくて、すっかり途方に暮れている状態なのだが。

 そんなユナイトを一つ上の階の窓から小型望遠鏡で眺め、アシュリーは薄い笑みを浮かべる。

 

「み~つけた。」

 

 彼は捕縛用ランチャーを構え、狙いを定めながら無線機に喋りかけた。

 

「スヴェン、オスカー、オーガノイドがその通路から動かないように挟み撃ちにしておいてくれる?」

『おう!』

『うっす!』

 

 2人の返事を聞き、アシュリーは捕縛用ランチャーの照準をユナイトが居る通路の窓へ向けた。

 スヴェンとオスカーの2人に再び通路を挟み撃ちにされ、ユナイトがじりじりとあとずさる……

 照準を合わせている窓の前にユナイトが来るまであと少しだ。

 

『もう少しオーガノイドを下がらせて。あと2歩で良いわ。』

 

 アシュリーの指示に、ユナイトの目の前に居るスヴェンが1歩踏み出す。

 まさか窓の外から狙われているなどと知らないユナイトは、スヴェンの傍をすり抜けるタイミングを計っているかのように警戒した様子で1歩あとずさった。

 あと1歩……スヴェンが再び1歩踏み出す。

 ユナイトも、やはりもう1歩後ずさった……

 

「来た!」

 

 アシュリーの放った捕縛用ランチャーの弾が窓の前に来たユナイトめがけ一直線に空を切る。

 しかし、ランチャーの発射音を聞いたユナイトの方が僅かに反応が早かった。

 ユナイトは咄嗟にスヴェンめがけてサブバーニアを噴かせ突っ込んだ。

 

「うぉわ?!」

 

 いきなり突進して来たユナイトを間一髪で避けながら、スヴェンはすぐにユナイトを振り返った。

 しかし、避けられたランチャーの弾がやはり先程と同じように通路の壁に着弾し、開いた大穴からビシビシと亀裂が走り始めたせいで壁と天井が派手に音を立て崩れ始める……

 瓦礫から身を守るように床へ伏せたスヴェンの上を、折り返すようにユナイトがサブバーニアで飛び越した。

 自分達が今居る階の上が既に崩れていたせいで、崩れた天井の上に青空が広がっていたのだ。

 

「行こう!ユナイト!」

「グォ!!」

 

 開いた天井の穴からユナイトが空へ飛び出す。

 やっと広い空間に出た事で、展開翼を広げたユナイトはそのままブレードイーグルの居る方角めがけて一直線に飛び立った……だが……

 

「っしゃぁ!頂き!!」

 

 そんなユナイトを中庭から見上げたユアンが、捕縛用ランチャーを放つ。

 空中に居るお陰でその弾自体は難なく避けたユナイトだったが、その一瞬の隙をアシュリーが見逃す筈が無かった。

 

「逃がさないわよ!!」

 

 ユナイトが弾を避けた先は、アシュリーが居る窓のすぐ傍だった……

 彼は空のランチャーを放り出すと、窓枠に足を掛け思いっきり宙へ飛び出す。

 必死に伸ばしたその手が、ユナイトの左足を掴んだ。

 

「グォ?!」

「え?!」

 

 ユナイトとシーナが思わず声を上げる。

 一歩間違えば地面に叩きつけられ死んでしまうような高さであるというのに、躊躇せず飛び出して来るとは……

 

「さぁ、観念なさい。」

 

 もし手を滑らせたら、振り解かれてしまったら、間違いなく助からない状況であるにも関わらず彼は勝ち誇った笑みを浮かべてユナイトを見上げる。

 ユナイトとシーナは迷った。

 アシュリーをぶら下げたままではブレードイーグルに合体出来ない。

 しかし、どうにかして振り解いてしまったら……彼は死んでしまう……

 いくら自分達を狙い襲って来た相手でもそんな事は……人を殺すような事は……

 

(どうしよう……)

 

 迷うシーナの意識を感じ取り、ユナイトは意を決したように短く鳴いた。

 

「グオ!」

 

 ユナイトはぶら下がっているアシュリーを振り解かないように、一直線に真上に向かって上昇し始めた……

 

   ~*~

 

「ねぇユナイト!一体どうするつもり?!こんな高さから落ちたらこの人死んじゃうよ?!」

「グォグォ!」

 

 いきなり上空を目指し高度を上げるユナイトへ、シーナが思わず声を上げる。

 だがユナイトはただ一言、大丈夫!と答えるだけだ。

 

(一体何を……)

 

 そう考えかけた矢先、ユナイトは空中で容赦なくアシュリーを振り解くように勢いよく宙返りした。

 

「あ!!!」

 

 目を見開き叫んだシーナの目の前で、遠心力によってアシュリーがユナイトの頭上高く放り出される……

 振り解かれた片手を伸ばしたまま青空に放り出されたその姿は、まるで空の彼方へ落ちて行くかのようだった。

 

「あ……」

 

 振り解かれた瞬間、微かな声がアシュリーの口から零れる。

 無謀なのはわかりきっていたが、まさかわざわざこんな上空で放り出すとは……

 

(全く……可愛い見た目して、良い性格してるじゃない……)

 

 引き攣った笑みを浮かべてユナイトを見つめた後、彼は諦めたようにそっと目を閉じた。

 流石にこの高さでは到底助からない……人生の終わりとは本当に呆気なくやって来るものだなと、何処か他人事のように頭の片隅で思う彼の脳裏に、ふとザクリスの顔が思い浮かんだ。

 

(せめてもう一度……逢いたかった……)

 

 放り出された際の勢いは既に失われており、後はただただ落下していくだけだ。

 このまま……遺跡の何処かに叩きつけられて、自分は死ぬのだろう。

 だが、死を覚悟したアシュリーの身体に、不意に何かがそっと巻き付く。

 

「え?……」

 

 ハッと目を見開けば、ユナイトの尾がまるでフックのようにアシュリーの身体を空中で捕えていた。

 次の瞬間、グッと減速され尾を回されている腹部にGが掛かる。

 その感覚に若干息を詰まらせながら、彼は思わず落ちないようにユナイトの尾に抱き着くが、今度は振り解かれる様子が全く無かった……

 

「なんで?……」

 

 ポツリと呟きが漏れる。

 わざわざこんな上空にやって来て放り出したのだ。このまま放っておけば間違いなく自分を殺せるというのに……

 何故?一体なんで?と思いながら、アシュリーは自分を連れて緩やかに地上を目指すユナイトをただただ見つめていた。

 

「よ……良かったぁ……」

 

 一方のシーナはユナイトの胸の中で心底ホッとしていた。

 が、彼女はすぐにムッとした様子で不満げな声を上げる。

 

「もう!最初から助けるつもりだったんなら、あんな振り解き方しなくても良かったのにッ……」

「グオグオグオ。グォーゥグォゥ。」

 

 高さが無いとキャッチ出来ない。と答えるユナイトに、シーナは不服そうにぷくっと頬を膨らませる。

 昔からそうだ。普段の性格は温厚でぽやっとしているというのに、こういう危機的な状況での判断は時折しっかりしているのを通り越して容赦がないというか、無茶苦茶というか……

 まぁ、何はともあれぶら下がっていた人物を死なせずに済んだのがユナイトの機転のお陰なのは事実だが。

 

「平気で無茶するところって、私よりアレックスに似てるよね。ユナイトは。」

「グゥ?」

 

 若干呆れたような声音でそう言えば、ユナイトはそう?と不思議そうに首を傾げる。

 そんなユナイトの反応に溜息を吐いて、シーナは言った。

 

「とにかく、この人を降ろしてブレードイーグルの所に行こ。」

「グオ!」

 

 ユナイトは遺跡の屋上のようになった場所へと降り立った。

 そっと尾を放せば、アシュリーはそのままぺたんと座り込み、ぽかんとユナイトを見上げている。

 再び飛び掛かって来る様子がないのを確認し、ユナイトはブレードイーグルの元へ向かおうとしたが、そんなユナイトをアシュリーは座り込んだまま呼び止めた。

 

「ねぇ!」

「グォ??」

 

 振り返るユナイトに、アシュリーは訊ねる。

 

「なんで……助けてくれたの?私、貴方の事を捕まえようとしたのよ??」

 

 戸惑いの表情を浮かべるアシュリーを少し眺めた後、ユナイトはそっと彼の顔を覗き込んだ。

 思わず身を強張らせた彼の頬に、ユナイトはそっと優しく頬ずりする。

 それはまるで、気にしていないよ。と言っているようでもあり、さっきはごめんね。と言っているようでもあった。

 

「……」

 

 言葉を失ったアシュリーを残し、ユナイトは今度こそブレードイーグルの元へ飛び立つ。

 その後ろ姿を彼はただ呆然と見つめていた……

 

   ~*~

 

 ブレードイーグルに辿り着いたユナイトは、そのまま傷ついたブレードイーグルの中へと消えた。

 次の瞬間駆動部や装甲の合わせ目に光が走り、ブレードイーグルの傷がみるみる再生していく……

 それに伴い、コックピット内の警告灯と警告音が収まり、ノイズの混じっていたモニターも回復していつもの青白い輝きを取り戻した。

 

「ユナイトか?!」

 

 気絶したふりをしていたカイは、そのコックピットの変化で弾かれたように身を起こし目を見開く。

 回復されたブレードイーグルはアイレンズを煌めかせると自立行動モードですぐに離陸した。

 カイは途端に慌てて大声を上げる。

 

「ちょ!待てよイーグル!まだシーナが!!」

『大丈夫だよカイ。私ならユナイトの中に居るから。』

 

 コックピットに響いた声に、カイは驚いた様子で目を見開いた。

 

「ユナイトって、シーナを取り込んだ状態でもイーグルと合体出来るのか……」

 

 本当に、オーガノイドと古代ゾイド人の能力は分からないことだらけだ。

 ぽかんとしているカイに、シーナは明るく語りかけた。

 

「カイ。早く逃げよう。」

「ああ!全速離脱だ!」

 

 カイが操縦レバーとフットペダルを全開にすれば、ブレードイーグルは一気に空の彼方へと飛び去った。




[Pixiv版第9話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9889615


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第10話-交錯する接点-

 ククルテ遺跡で目を覚ましたら、カイとブレードイーグルが大ピンチ!

 サンドコロニーでカイを追い掛けてた盗賊さん達も居て、なんだか、ユナイトを探していたみたい。

 なんとかブレードイーグルと一緒に逃げられたのは良かったけど……

 ククルテ遺跡で気を失う直前に思い出した記憶……一体なんで……アレックスが……

 [シーナ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第10話:交錯する接点]

 

「いやぁ~……マジでどうなるかと思ったぜ……」

 

 イセリナ山の麓の森に降り立つと同時に、カイは疲れた様子でぐったりと脱力しシートに身体を預ける。

 そんな彼の目の前のメインモニターにはブレードイーグルから抜け出したユナイトが地面に降り立ち、中からシーナが出て来る映像が映っていた。

 カイはユナイトとシーナに気付くと、すぐにキャノピーを開きイーグルから降りて声を掛けた。

 

「シーナ!ユナイト!」

「カイ!怪我はしてない??」

「グオグオ!」

 

 心配そうに駆け寄って来たシーナとユナイトに、カイは明るくニカッと笑った。

 

「俺は全然なんともねーよ。それよりシーナこそ大丈夫なのか??遺跡でいきなり倒れただろ?」

 

 彼のその一言に、シーナは微かにハッとした様子で目を見開くと、何処か寂しげに微笑みながら俯く。

 

「うん……ほんのちょっとだけ、記憶を思い出したの。」

 

 記憶を思い出したと言いながら寂しげなシーナに、カイは微かな違和感を覚える。

 だがシーナは、すぐ気持ちを切り替えるかのようにカイを見上げると、笑顔で抱きしめていた上着を差し出した。

 

「あ。そういえばコレ!貸してくれてたでしょ?ありがとう。」

「おう。」

 

 花のような笑顔を浮かべるシーナに、カイもふっと笑って差し出された上着を受け取る。

 元通りに上着を羽織りながら、カイは言った。

 

「ちょっと早ぇけど、先に野宿の準備済ませちまうか。」

「うん!」

 

 元気に返事をしたシーナの頭をなんとなくポンポンと撫でると、カイはブレードイーグルへ引き返し荷物を漁る。

 必要なものを取り出しながら、彼はふと真顔で考え込んだ。

 シーナはククルテ遺跡でなんらかの記憶を思い出し、気を失った。先程のシーナの寂しげな笑みから察するに、恐らくあまり良い記憶ではないのだろう。

 一体何を思い出したのか気にはなるものの、興味本位にずけずけと「何を思い出せたんだ?」なんて訊ねる程、カイはデリカシーの無い人間ではない。

 ……とはいえ、もしシーナが思い出した記憶を気に病んでいたら?それを誤魔化そうと明るく振舞っているのだとしたら……結局のところ、自分にしてやれるのは話を聞いてやる事くらいであるのも事実だ。

 

(変に心配してると、余計心配させたくないって思うだろうし……だからって、ほっとくのもなぁ……元気無さそうだったしなぁ……)

 

 途方に暮れたような情けない顔で溜息を吐けば、不意にユナイトが横から顔を覗き込んで来る。

 まるで「どうしたの?」と訊ねてくるかのように首を傾げ、心配そうな声を上げるユナイトに、カイはなんでもないぜ。と言いながら笑って見せると、取り出した荷物の準備を始めた。

 とはいえ、夕食の準備には随分早い。テントを持っている訳でもない為、テントの設営なども無い。

 やる事といえばせいぜい、いつでも夕食を作れるように調理器具を一通り準備し、近くに水が汲める場所がないかどうか探す程度なのだが。

 

「シーナ、俺ちょっとこの辺に水が汲める場所がないか探しに行こうと思うんだけど、どうする?付いて来るか??」

「うん。付いてく!」

 

 声を掛ければ、シーナはやはり笑顔で答える。

 そんなシーナを眺めて困ったような笑みを微かに浮かべながら、カイは水汲み用の小型タンクを手に提げユナイトへ声を掛けた。

 

「じゃ、俺達が水汲みに行ってる間、イーグルと2人で留守番よろしくな。」

「グォ!」

 

 元気良く頷いたユナイトと静かに佇むブレードイーグルを残し、カイはシーナと共に水源を求めて歩き出す。

 森の中に分け入って少し歩いた所で、不意に口火を切ったのはシーナだった。

 

「ねぇ、カイ。」

「んー?」

 

 なんでもなさそうに返事をしたカイに、シーナは少し遠慮がちに訊ねた。

 

「あの時……遺跡の中庭に居た時、なんでユナイト待ちくたびれてないか?って言ったの?」

「え??」

 

 唐突な質問に、カイは少し面食らう。

 何故?と言われれば、正直なんであんな事を言ったのか自分でもよくわからない。

 ただふと、あの中庭の柱に背を預けて噴水の傍に居たシーナを眺めた時、妙な既視感を覚えたのは確かだ。

 ……今思えば、その時自然に口から零れた言葉だったような気がする。

 

「なんでって……なんとなく?かな……自分でもなんであんな事言ったのかわかんねーっていうかさ。」

「そっか……」

 

 シーナはやはり少し寂し気な笑みと共に、一言呟いただけだった。

 そんな彼女の様子にカイは少し迷いながらもそっと訊ねる。

 

「あの時の俺の言葉、そんなに変……だったか?」

「ううん。そうじゃないの。ただね……あの遺跡で昔、アレックスから全く同じことを言われたから……」

「アレックスに?ユナイト待ちくたびれてないか~?って??」

「うん……」

 

 頷いたシーナを見つめた後、カイは首を傾げた。

 あの時の妙な既視感と、口を突いて出たあの言葉……それがアレックスと全く同じだったとは。

 偶然なのだろうか?それとも……

 

(いや、まさかな。)

 

 自分はアレックスと何か関係があるのだろうか?という思いが脳裏を過るも、すぐにカイはその考えを否定する。

 確かに自分とアレックスは偶然で片づけてしまうにはあまりに似すぎている……らしい。

 顔も、声も、フェイスマークも、果てはあの遺跡での一言に至るまで……

 他人の空似で片づけてしまうには少々無理があるだろう。そのくらいカイ自身も薄々感じてはいる。

 だが、自分は古代ゾイド人などではない。それは確かだ。

 自分の両親は間違いなく自分と血の繋がりがあるし、自分が赤ん坊の頃や幼い頃の写真だってアルバムで見た事がある。もし自分がアレックスなのだとしたら、そんな物がある筈がない。

 

「……まぁ、少しだけでも記憶が思い出せて良かったんじゃね?俺がアレックスと全く同じこと言ったってのは、流石にビックリしたけどさ。」

 

 カイが出来るだけ明るくそう声を掛けるが、シーナはふいっと俯いてしまう。

 

「確かに、悪い記憶じゃない……と思う。あの遺跡の噴水でお月様に見惚れてて、アレックスが呼びに来て……なんて事のない記憶の筈だけれど……でもね……」

 

 シーナはそこまで言って口籠る。

 カイはそんな彼女を少し見つめた後、その桜色の髪を梳くように一撫でして口を開いた。

 

「思い出した記憶に何か辛い事があるなら、無理に言わなくたって大丈夫だぜ?まぁ、俺がしてやれる事なんて話聞くくらいしかないから、いつでも話くらい聞くけどさ。」

「カイ……」

 

 シーナがカイを見上げる。

 視界に移ったカイが、一瞬アレックスと重なった。

 言っていないだけで、本当にカイはアレックスにそっくりだ。

 口調は多少違うが、話し方や言葉の選び方。自分の髪を梳くように撫でるその手付きまで……

 だからこそ……なのだろう。

 思い出したあの記憶の中のアレックスがカイと重なる度に、酷く恐ろしく思えてしまうのは。

 カイも、そうなってしまうのでは?と、恐れているから……

 

「……ありがとう。でも大丈夫。思い出したのは別に辛い記憶じゃない……と思うから。」

「そうか?」

「うん……ただ、思い出したのが本当に断片的で……だからちょっと不安で……」

 

 シーナは少し頭の中を整理するかのように黙り込むと、ゆっくり話し始めた。

 

「あのね、思い出した記憶の中で、アレックスが軍用のパイロットスーツ着ていたの。」

「軍用のパイロットスーツ?」

「うん。それがなんだか信じられなくて……ちょっと怖くて……」

「怖いって……古代のパイロットスーツってそんなに不気味なのか??」

 

 苦笑しながら訊ねて来たカイにシーナも思わず苦笑を浮かべる。

 

「あ、違う違う。そうじゃないの。アレックスは小っちゃい頃からずっとゾイドを戦争に使う大人を嫌ってたから、俺はゾイドで戦争するような大人には絶対ならない。ってずっと言ってたの……そんなアレックスがどうして軍用のパイロットスーツなんか着てたんだろう?って思って……」

「へぇ……確かになんつーか、妙だな?」

「うん。私はゾイドに乗って戦った記憶もないし、アレックスがゾイドに乗って戦ってた記憶も無い……でもそれは……忘れてるだけなんじゃないか?って……怖くなって……もし思い出せなくなってる記憶が戦いの記憶なら、アレックスがパイロットスーツを着てた理由も……私の身体の傷跡も辻褄が合っちゃうから……」

 

 シーナの顔から笑みが消え、悲しげな表情だけが残る。

 そんなシーナに、カイは困ったように頭を掻きながら視線を逸らしつつ口を開いた。

 

「きっと何か……理由があったんじゃねーかな。戦わなきゃいけない理由がさ。」

「戦わなきゃいけない理由?」

「あー……上手く言えないんだけどさ……」

 

 自分を見上げてくるシーナの視線を感じながら、カイは拙く言葉を続ける。

 

「俺もさ、ゾイドでの戦闘ってどっちかっつーと苦手だけど……でもやっぱ、戦わなきゃいけない時ってあるんだよ。俺の場合は、今まで自分の身を守る為に戦ったりしたし、今はシーナやユナイトを守る為だったりもするし。だからさ、アレックスもそうだったんじゃねーかな?なんて、思うんだけど……」

 

 そう言って、チラッとシーナの方へ視線を向ける。

 シーナはきょとんとした顔でカイを見上げていた。

 

「じゃぁ、アレックスは戦争の為じゃなくて、別の理由で戦ってた……て事?」

「まぁ……少なくとも俺はそうなんじゃないかな~?と思うってだけだけど……」

 

 カイが苦笑して見せると、シーナは何処か安心したような顔でふっと微笑んだ。

 

「そっか……うん。そうだよね。アレックスに限って、戦争の為に戦うなんて、無いよね……」

「ああ。きっと何か別の理由だって。」

 

 明るくそう言いながら、カイは元気づけるかのようにシーナの背を軽く叩く。

 シーナはそんなカイの不器用な励ましにクスクスと笑い声を上げた。

 

「話してなんだかスッキリした。ありがとう。カイ。」

「良いって良いって。それよりさっさと水汲める場所探そうぜ。森の中だから川とか湧き水とかあるだろうし。」

「うん!」

 

 先程までの悲し気な雰囲気がまるで嘘のように、元気な返事を返して、シーナはカイと共に森の中を歩く。

 その足取りは何処か軽やかであった。

 

   ~*~

 

 一方、砂漠を横切る毒蛇(どくじゃ)一行は気まずい沈黙に包まれていた。

 というのも、リーダーであるアシュリーが唐突に人探しをして来ると言って何処かに行ってしまった為だ。

 今はサムの駆るダークホーンを先頭に、アジトへ戻る帰路の途中である。

 

「ボス、どーしちまったんすかね~……」

 

 ぼんやりとした独り言のようなユアンの呟きに、レナルドが軽く溜め息を吐いて口を開く。

 

「わからん。だがボスは大抵いつもああだろう。唐突に別のアジトやコロニーに1人で向かうのは今更珍しい事じゃない。」

「けどぉ、今日のボスちょーっち様子おかしかったんじゃね?」

「ふむ……」

 

 ユアンの言葉にレナルドは考え込む。

 オーガノイドの足にぶら下がったまま上空へ連れ去られ、遺跡の西棟の屋上に戻って来たアシュリーは特に怪我も無く無事であったが……オーガノイドと鷲型ゾイドを捕え損ねた事に対し悔しがるどころか全くのノータッチで、何処か心此処にあらず。といった様子であった。

 各々が自機の元へ戻って来た時、やっと口を開いたかと思えば、前述の通りである。

 

「何か理由があるのは確かだ。ボスは理由無く動く人じゃない。」

 

 サムが珍しくそう呟けば、ユアンもレナルドも確かにといった様子で相槌を打つ。

 そんな中、スカーレット・スカーズの3人は釈然としない面持ちをしていた。

 まぁ、カイを殺し損ねたのだから当然と言えば当然なのだが……今回の場合、理由は別にあった。

 

「兄貴ぃ?……」

 

 恐る恐るオスカーがスヴェンに声を掛けるが、スヴェンは全くの無反応だ。

 アシュリーが人探しをして来ると言い出した時、スヴェンは自分も連れて行けと言ったのだが、駄目よ。の一言でバッサリ切って捨てられてしまった。それが酷く面白くなかったらしい。

 

「しょうがないですよ兄貴。俺達、手下になって日も浅いですし、個人的な用事に連れ歩いてもらえる訳ないですって。」

「んな事ぁわかってんだよ。ちょっと黙ってろ。」

 

 スティーヴが(なだ)めるように声を掛けるが、スヴェンはむすっとしたままだ。

 あれ程オーガノイドと鷲型ゾイドに興味を示していたというのに、捕え損ねた事にも一切触れず、フラッと何処かへ行ってしまったアシュリーにどうも違和感を覚えてしょうがない。

 捕り逃したオーガノイド達を一人で追い掛けるつもりだったようには到底思えない……だが、あの状況からいきなり人探しなどと言い出したのは何故なのだろうか?何か別の用事でも出来たのだろうか?もしそうなのだとしたら、一体何の用事だったのだろう?

 

(深入りも詮索も柄じゃねーのはわかっちゃいる。わかっちゃいるが……この妙にモヤっと引っ掛かる違和感は一体なんだってんだ……)

 

 スッキリしない違和感を抱いたまま、スヴェンは思案に暮れる。

 この時彼は忘れてしまっていた。

 自分もかつて、今のアシュリーと全く同じ気持ちを抱いた事があるということを……

 死を覚悟する状況から生き延びた時、自分の愛する者に会いに行こうとした時の気持ちを……

 

   ~*~

 

「そう。ありがとう。」

 

 アシュリーは愛機である漆黒のステルスバイパーを駆りながら他のアジトの者といくつか連絡を取っていた。

 探し人の情報を得た彼は通信を切ると、目的地であるコロニーへと進路を取る。

 恐らく山賊などに絡まれて戦闘になりさえしなければ、夜には目的のコロニーへ辿り着けるだろう。

 

「サム達、ちゃんとアジトに戻ってるかしら?」

 

 ふとそんな呟きが唇から零れ落ちる。

 レーダーには特に何の機影も映ってはいない。

 こっそり付いて来ているという事は無いだろうが、ヘルキャットの光学迷彩を起動されていたとしたら、レーダーに反応が出ていないだけの可能性もある……

 だが今は、サムがしっかりと全員を連れ帰ってくれていると信じ、付いて来ていない筈だと自分に言い聞かせる。

 元より誰かを同行させるつもりはサラサラ無いが、今回は特に、スヴェン達スカーレット・スカーズの3人を連れて来る訳にはいかない。自分がこれから探しに行くのは、彼らにとっての標的なのだから。

 

(まぁ、逢った所でどう声を掛けるかなんて全く思い付いてないんだけど……)

 

 彼の脳裏に、昼間オーガノイドに上空で放り出された際過った顔が再び過る。

 人は呆気なく死ぬ……そんな当たり前の事を痛い程痛感して、せめてもう一度逢いたかったと願う自分に気が付いた以上、逢いに行かずにはいられなかった。死んでしまってはもう二度と逢えないのだから。

 この際言葉など交わせなくても構わない。

 軍を追われた自分がエリート軍人の彼と逢う機会など二度とないだろうと思っていた頃に比べれば、同じ荒野に身を置く者同士となっているのは夢のような状況だ。

 せめて一目だけで良い。姿が見たい。

 

「私、ナルヴァ大尉の事になると自分でもビックリしちゃうくらい健気ね。いつもなら手に入れるまで満足しないし、手に入れるつもり満々の筈なのに……」

 

 何処か自嘲気味に微笑みながら、アシュリーは呟いた。

 自分では手に入れられない。届く筈がないと……心の何処かで痛感し、諦めているのだろう。

 だからこそ、ザクリスと行動を共にしているというアサヒの存在に嫉妬せずにはいられないのだが……

 

「あー!もうっ!!今はあのアサヒとかいう坊やの事は無し無し!!私はナルヴァ大尉に逢えればそれでいいの!それ以上なんて望んで無いの!!」

 

 うがー!っと頭を抱えて叫び、そのまま操縦桿にゴンッと音が立つほど額を叩きつける。

 その衝撃でステルスバイパーが僅かに蛇行するが、アシュリーはそんな事気にも留めずに下を向いたまま目を潤ませて呟いた。

 

「それ以上の事なんか、望める訳無いじゃない。彼の隣に私の居場所なんてあるわけ……」

 

 思わず呟いた自分の言葉に自分で傷付いてしまう。

 そうだ。彼に受け入れてもらえる訳が無い。

 最後の別れ方だって相当酷かった。演習中に振り向いてもらいたい一心でいきなり襲い掛かったのだから。

 きっと自分を見たらザクリスは酷く冷たい目をするに違いない。

 そう考えるとどんどん逢いに行く勇気が萎えて心細くなっていく……

 

「ねぇバイパー……私、ナルヴァ大尉にちゃんと逢えるかしら?……」

 

 彼の問いかけにステルスバイパーは何も答えはしない。

 アシュリーは自分を落ち着かせるように深く深呼吸を一つ吐いて操縦桿を握り直した。

 今はぐだぐだと考えていてもしょうがない。

 せっかく他のアジトの手下達から情報をもらい、此処まで来たのだ。

 引き返して後から後悔するくらいなら、どんなに冷たい態度をとられようと構わない。

 いや、そもそも気付かれないようにそっと姿を見る事さえ出来ればそれでいい。

 そう考えると、いくらか気持ちが軽くなるような気がした。

 

   ~*~

 

 予定通り、陽が傾いた頃に彼は手下からの情報にあったコロニーに居た。

 イセリナ山のホワイトコロニーに……

 霧に閉ざされたイセリナ山のホワイトコロニーはかつてこそ隠れ里であったが、デススティンガーの進行によって壊滅した後、帝国、共和国の両国からの援助によって復興され、現在では山越えの中継地点として重要な役割を果たすようになった。

 情報では此処にザクリスとアサヒが滞在しているらしいという話だったが……

 

「……ホントに見つかるのかしら……」

 

 夕焼けの赤も薄れ、薄暗くなった市場街を歩きながらアシュリーが心細そうに呟く。

 元隠れ里だったとはいえ、コロニーとしてはそこそこ立派な規模であるし、ステルスバイパーを駐機させた場所には青いセイバータイガーも赤いコマンドウルフの姿も無かった。

 もしかして入れ違いになってしまったのだろうか?

 それならそれで残念だが、逢えずに終わったのならそれでも別に……などと考えている自分が居る事に気付いてアシュリーは思わず首をぶんぶんと横に振る。

 

「駄目駄目。逢いに行くって決めた以上、逢えなくても良いだなんて思ってちゃいつまで経っても逢える訳……」

 

 思わず声に出して呟きながら歩く先……目の前の雑貨屋から出て来た長身の人物とアシュリーがぶつかった。

 

「うぉ?!……」

「あ!ごめんなさい!ちょっとボーッとし……」

 

 そこまで喋ってアシュリーは凍り付いた。

 髪こそ短くなっているが、間違いない。

 ぶつかった人物は他でもない、ザクリスだ。

 

「……ナルヴァ大尉……」

 

 無意識に零れたその呟きに、ザクリスが微かに戸惑ったように目を見開く。

 が、ザクリスも次の瞬間ハッとしたかのようにアシュリーを見つめ口を開いたのだ。

 

「……あ。お前……ワイズか??」

「えッ……」

「おっと。悪ぃな。」

 

 まさか周りに全く無関心だった彼が自分の名前を憶えてくれていたとは思ってもみなかったアシュリーは、思わず言葉に詰まる。が、そんな彼の様子に気付く素振りも無く、ザクリスは自分達が雑貨屋の出入口の前で立っているせいで、後ろから出て来た客の邪魔になっている事の方に気を取られたらしい。

 アシュリーの肩に手を掛けて共にその場をズレる。

 その何気ない行動に顔を真っ赤にしながら、アシュリーはザクリスの青い瞳を見上げ訊ねた。

 

「あ、あのっ……まさか、憶えてくれて?……」

「やっぱりワイズか。お前随分雰囲気変わったな。」

 

 まるでかつての旧友にでも会ったかのようなザクリスの反応に、嬉しいやら戸惑うやらでアシュリーは思わずぽかんと立ち尽くす。

 そんな彼の様子に首を傾げ、ザクリスがアシュリーの目の前でヒラヒラと手を振りながら訊ねた。

 

「おい。大丈夫かお前。」

「え、ええ!大丈夫!大丈夫よ!ちょっと覚えててくれてた事に驚いたっていうか……」

 

 予想外のザクリスの反応に戸惑いながら、アシュリーはそわそわと足元に視線を落として両手の人差し指をちょみちょみとつつき合わせる。

 その仕草にザクリスは可笑しそうに笑い声を上げた。

 

「随分雰囲気変わった割に、反応は全っ然変わってねーのな。」

「え?!あ、そ、そうかしら?えっと、う、うん。そうね。そうかも。あは。あははは。」

 

 しどろもどろに答えながら誤魔化すように笑うアシュリーを見つめて苦笑するザクリスは、ふと彼の右腕が長いアームカバーで覆われている事に気付き表情を曇らせる。

 

「お前……その右腕……」

 

 彼の言葉に、アシュリーの顔色もサァッと元に戻った。

 ザクリスは気まずそうに視線を逸らしながら、遠慮がちに訊ねた。

 

「その……怪我させた俺が言うのもアレだけどよ……大丈夫なのか?後遺症とか……」

 

 そう。

 アシュリーの右腕は、かつて合同演習中にザクリスへ襲い掛かった際……ザクリスのセイバータイガーが放った衝撃砲がコックピットの右側面を直撃し、割れたキャノピーの破片でズタズタにされてしまったのだ。

 だが、気まずそうなザクリスと打って変わってアシュリーは可笑しそうに笑いだした。

 

「ふふふふっ……」

「な……んだよ。俺が心配するのがそんなに変か?」

 

 怪訝そうな顔をするザクリスに、アシュリーはふるふると首を横に振って彼を見上げた。

 

「違うわ。まさか心配してくれると思ってなかったから。」

「そりゃ心配するだろ。あの時、腕ズッタズタになっちまったお前見て……俺はてっきり……」

 

 そこまで言って口籠るザクリスをアシュリーが優しい笑顔を浮かべて見上げる。

 

「殺したかと思った?」

 

 彼の言葉に継ぎ足すように問いかけたその声は、穏やかで何処かからかうような響きを含んでいた。

 そんなアシュリーの反応にザクリスは観念したかのように頭を掻きながら溜息を吐いて口を開く。

 

「……そーだよ。てっきり殺しちまったんじゃねーかとヒヤヒヤしました!」

「相変わらず真面目なのね。襲い掛かったのは私の方なんだから、貴方が気に病む必要なんかないのに。」

「いやまぁ、そりゃそうだけどよ……怪我させちまったのは事実だし……」

「あれは貴方の攻撃に自分から突っ込んじゃった私のミス。それに腕なら心配ないわ。痕は残っちゃったけど、幸い後遺症も無く快調よ。もう6年も前の事なんだから気にしないで頂戴。」

 

 そう言って笑うアシュリーを見て、ザクリスはふと考え込むかのように呟いた。

 

「6年……か。」

「ナルヴァ大尉??」

 

 怪訝そうに顔を見上げれば、ザクリスは苦笑を浮かべてアシュリーを見つめた。

 

「そのナルヴァ大尉ってのやめろって。もう軍人じゃねぇんだしよ。」

「え?でも……」

「つか、お前確か俺とタメだろ?ザクリスで良いって。」

「えぇ?!」

 

 唐突なその言葉に、アシュリーは再び真っ赤になる。

 

(え?え??嘘?!ちょっとコレ夢?!本人から直々に呼び捨て許可?!)

「おーい。ホントに大丈夫かお前……」

 

 何処か呆れたようにザクリスが声を掛ければ、ハッとしたようにアシュリーは目を見開き、遠慮がちにその名前を呼んだ。

 

「じゃ、じゃぁえっと……ザクリス?」

「なんで疑問形なんだよ。」

 

 苦笑を浮かべるザクリスを見上げ、アシュリーは恥ずかしそうに微笑む。

 

(あぁ、ホントに夢みたい……)

 

 苦笑とはいえ、軍人時代のあの冷たい孤高の存在であった彼が目の前で笑う姿など、今まで想像もつかなかった。

 アシュリーはそこでふと、我に返ったように呟やく。

 

「貴方は変わったわね。まるで別人みたい……」

 

 その一言に、ザクリスは少しきょとんとした顔をするが、すぐに微笑む。

 

「まぁ……色々あったからな。」

 

 何処か寂しげで悲しげな微笑みとは裏腹に、囁くように呟いたその声は穏やかで優しさすら感じる。

 が、また彼は明るく笑いながら言葉を続けた。

 

「つか、変わったっつーより、こっちのが素だぜ?俺。」

「えぇ?!そうなの?!」

 

 驚きに声を上げるアシュリーに苦笑を浮かべ、ザクリスは頭を掻く。

 

「そ。軍人時代のアレはなんつーか、色々事情があったんだよ。だからぶっちゃけあっちは黒歴史っつーか、正直自分でも思い出したくねーっつーか。」

「そう……じゃぁ、あまり昔の事には触れないでおくわ。」

「おう。そうしてくれ。」

 

 ザクリスはそう言って、ふと思いついたようにアシュリーに訊ねた。

 

「なぁ。お前晩飯まだか?」

「え?ええ。さっき着いたばかりだったから……」

「なら一緒に晩飯どうだ?俺もこれから宿に戻って連れ起こしてから飯食いに行くつもりだったんだ。」

 

 そんな唐突な誘いを、アシュリーが断る訳がなかった。

 

「い、行くわ!勿論!!」

 

   ~*~

 

 アシュリーはザクリスと共に彼が滞在しているという宿にいた。

 階段を上がりながら、ザクリスはあ。っと声を上げる。

 首を傾げたアシュリーに、ザクリスは気まずそうに笑いながら呟いた。

 

「なぁ、俺が軍に居たって事、連れには黙っててくんね?」

「良いけど……どうして?」

 

 唐突な彼の頼みに、アシュリーが微かに怪訝そうな表情を浮かべる。

 ザクリスは困ったように階段の途中で立ち止まると、少し思案し口を開いた。

 

「……危険な目に、遭わせたくねーから。」

「……変な事言うのね。荒野に身を置く賞金稼ぎや傭兵にとって、危険な目に遭うのは日常茶飯事でしょ?」

 

 彼の言葉にザクリスは小さな溜息を吐いて、表情を曇らせる。

 

「そういうのとは別件なんだよ。頼む。」

 

 静かな、それでいて懇願するような響きのその一言に、アシュリーも軽く溜め息を吐き口を開いた。

 

「わかったわ。黙っててあげる。でも軍人だった事黙ってるなら私はどう自己紹介すれば良いかしら?」

「あ?どうせお前も賞金稼ぎとか傭兵とかやってんだろ?昔馴染みって事で適当に話合わせてくれ。」

「もー。変なとこで大雑把ね。そんな適当な口裏合わせでホントに誤魔化せるの??」

 

 呆れたようにアシュリーが腕を組む。

 彼は少し考え込むとザクリスに詰め寄って語った。

 

「いい?私と貴方は、駆け出しの頃にお互い敵同士だったけど、雇い主の裏切りで一時休戦して共闘。それ以来の腐れ縁だったけど、ここ数年お互いの動向を知らなかった。良いわね??」

「……よくもまぁ……即興でそんな作り話をスラスラと……」

 

 脱力しながら呟くザクリスに、アシュリーはクスッと薄い笑みを浮かべる。

 

「知恵が回る。って言って頂戴?口裏合わせなら、それっぽい過去は作っておかなきゃね。」

「へーへー。わかりましたよっと。」

 

 降参だとでも言うかのように軽く両手を上げて首を振ると、ザクリスは再び階段を上り始めた。

 程なくしてザクリスに案内された部屋はカーテンが閉め切られおり、2台あるベッドのうちの一つで誰かが寝ているのは確認出来たものの、室内が暗いせいでそれ以上の事はあまりわからない状態だ。

 

(ふぅん。この子がアサヒ……)

 

 一瞬目を細めてベッドを眺めると、アシュリーはザクリスに促されるまま空いている方のベッドに腰かけた。

 ザクリスはといえば、部屋に入るなり窓辺の小型ランプで僅かばかりの明かりを確保し、いそいそとカーテンと窓をすかして煙草に火を点けている。

 

「こんな時間にもう寝てるなんて、お連れさん随分疲れてるのね。」

 

 アシュリーが問えば、ザクリスは紫煙をゆっくり吐き出してベッドで寝ているアサヒを眺めながら口を開いた。

 

「こいつ最近不眠症再発しててな。夜眠れないせいでほぼ昼夜逆転しちまってんだ。悪ぃがこれ吸い終わるまで寝させてやってくれ。」

「不眠症??」

 

 首を傾げるアシュリーをチラッと見やって、ザクリスはまたアサヒに視線を戻す。

 その眼差しは、穏やかで悲しげだった。

 

「アサヒは……ああ、そいつアサヒっつーんだけどさ。軍を辞めた直後に死にかけてる所を拾っちまったんだが……ちょいっとばっかし事情が複雑な奴なんだ。あんまり詮索しないでやってくれ。」

「そう……わかったわ。」

 

 アシュリーもアサヒが寝ているベッドを振り返る。

 頭の半分まですっぽりと毛布に包まっているせいで顔は確認出来ないが、毛布越しでも小柄なのはよくわかる。

 だが何故だろう……あれほど嫉妬していたアサヒが目の前で無防備に寝ているというのに、妙に心が昂らない。

 同情……でもしたのだろうか??

 自分の手下にも様々な事情の者達がいる。それぞれが色んな過去やトラウマを抱えている。そういった者達の面倒を今まで見て来たせいかもしれない。壊してはいけないモノのように感じる自分が微かに、だが確かに居た。

 

「まだ小っちゃいのに、苦労してるのね……」

 

 アシュリーが呟いたその一言に、ザクリスが噴き出した。

 

「ぶっははははは!小っちゃい。か。まぁ確かにチビだな。」

「え?何々??いきなり笑いだして……私何か変な事言った??」

 

 可笑しそうに笑うザクリスとは打って変わり、アシュリーはオロオロとベッドで眠るアサヒと笑っているザクリスを交互に見つめる。

 そんな中、アサヒがゴソッと毛布の中で身じろいだ。

 

「あ。やべ。起こしちまったか??」

 

 ザクリスが煙草を灰皿で揉み消し、アサヒの方へ歩いていく。

 アシュリーも腰かけていたベッドから立ち上がり、そっとザクリスの後ろから様子を窺った。

 目を覚ましたアサヒはベッドの上で丸くなったまま気怠そうに目を擦っている。

 

「アサヒ、そろそろ晩飯食いに行こうぜ。」

「ん~……」

 

 のそのそと起き上がったアサヒの姿は、やはりどう見ても16~17程度にしか見えない。

 アシュリーは思わずボソッと呟いた。

 

「やっぱり子供じゃない。」

「ぶふっ……」

 

 が、その一言でザクリスがまた噴き出し、寝ぼけたアサヒもいきなり噴き出したザクリスを見つめて首を傾げた。

 

「おん?一体どーした??」

「ワイズ、お前今のもっぺんコイツに言ってみ??」

 

 面白がっているのが一目でわかる様子で、ザクリスがアシュリーを振り返る。

 アシュリーはきょとんとしながらも、アサヒを見つめてそっと訊ねた。

 

「えっと、アサヒ……くんって、まだ子供よね?いくつ?」

 

 その言葉に、アサヒはぽかんと目を見開いた後、ジトッとした眼差しをザクリスに向けた。

 

「まぁたお前さんはぁ……俺で他の奴をからかうなって言ったろ??」

「俺が吹き込んだんじゃねーって。こいつがお前のこと小っちゃい子とか言うから。」

「やれやれ……子供と間違われる事に関しちゃもう慣れたがよ。」

 

 欠伸混じりに若干うんざりした様子でぼやくと、アサヒはアシュリーを見上げてへらっと笑った。

 

「連れがすまんね美人さん。俺ぁ一応23だ。」

「びじッ……」

 

 アサヒの言葉に、アシュリーが両手で口元を覆って目を見開く。

 成人だったという事よりも、どうやら美人さん。と呼ばれた事の方が衝撃的だったらしい。

 だがアサヒはそんな彼の様子には気付いていない様子で、からかうようにザクリスを見つめる。

 

「で?女性恐怖症のお前さんがこんな美人さん連れて来るなんて、どういう風の吹き回しだ?彼女か??」

「か、かの……じょ?!」

「あ??コイツ男だぞ。」

 

 唐突な一言にアシュリーが動揺するも、ザクリスが呆れたようにバッサリと否定する。

 そのあんまりな切り捨て様に、アシュリーは思わずムキになって大声を上げた。

 

「ちょっと?!男って言わなくて良いわよ!心は女よ私!!」

 

 次の瞬間、自分で「心は女」と暴露してしまった事にハッとし、アシュリーは恐る恐るアサヒへ視線を移す。

 だがアサヒはいたって明るく笑い声を上げているだけだった。

 特に引く様子もなく楽しげに笑っているアサヒの事が気に入ったのか、アシュリーはホッとした様子で改めて彼に自己紹介をした。

 

「いきなり失礼な事言っちゃってごめんなさいね。私はアシュリー=ワイズ。ザクリスとはちょっとした昔の腐れ縁なの。よろしくね。」

「なぁんだ。そうだったのか。俺はアサヒ=タチバナだ。えっと……アシュリーって呼んだんで良いかい?」

「ええ勿論!私もえーっと……そうね、アーちゃん。って呼んでも良い??」

「おん。別に構わんよ。」

 

 そんな2人のやりとりを見て、ザクリスは何処か安心したような溜息を静かに吐くと、アサヒの頭をわしゃわしゃと撫で回して声を掛けた。

 

「おら。自己紹介も終わったんだし、お前はとっとと上着着て寝ぐせ直して来い。置いてくぞ。」

「あいよ。」

 

 上着を羽織り、寝ぐせを直す為に洗面所へ向かったアサヒを見送って、アシュリーはそっと呟いた。

 

「ねぇ、ザクリス。」

「あ?」

「アーちゃんって、すっごい良い子で可愛いわね。」

「……あ~……まぁ……犬っころみてーなのは確かだな。人懐っこいし。」

 

 適当にそう返事しながら、ザクリスはぼんやりと頭の中でぼやいた。

 

(そういやワイズって、可愛いもんに目がねぇんだった……)

 

 流石にちょっと童顔で小柄で人懐っこいだけのアサヒまで守備範囲内なのは驚きだが……

 ザクリスはアシュリーをチラッと見ると、釘を刺すように呟いた。

 

「ねぇとは思うが……手ぇ出すなよ?」

「いくら私でも流石にそんな趣味ないわよ。欲しいけど。」

「やらねーよ。」

「あんもう。ケチ。」

 

 そんなやり取りをする2人の元に、寝ぐせを直したアサヒがいそいそと戻って来る。

 彼は子供のように目を輝かせながらザクリスを見上げて声を掛けた。

 

「で?晩飯は??何食いに行くんだ??」

「ったく、この腹ぺこ小僧は……」

 

 3人でわいわいと連れ立って、彼らはひとまず夕食にありつく事にするのだった。

 

   ~*~

 

「……あんなにいっぱい食べた割に、アーちゃんって、お酒はてんで駄目なのね……」

 

 ビールジョッキの柄を握り締めたまま、テーブルに突っ伏して爆睡しているアサヒを眺め、アシュリーが不思議そうに呟く。突っ伏したアサヒの隣には空になった皿の山。だが、彼が手にしたままのビールジョッキにはまだ3分の1ほどビールが残っている。勿論1杯目だ。

 

「そうなんだよ。飲みたがる割にコイツてんで酒弱ぇんだ。」

 

 ザクリスが呆れたように呟きながら寝落ちたアサヒの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 彼の場合、空の皿は一つだけ。代わりに空になったグラスやジョッキが目の前にごっちゃりと置かれていた。

 

「貴方は相変わらず小食ね。酒豪なのは驚いたけど……」

「そっか。一緒に飲んだのは初めてだったな。」

 

 なんでも無さそうにそう受け答えながら、ザクリスはアサヒが手にしたままだったジョッキをスルリと取り上げ、まるでジュースでも飲むかのように残ったビールを飲み干すと、空になったジョッキをテーブルに置く。

 アシュリーは呆れたような溜息を吐くと、ザクリスに訊ねた。

 

「そういえば、貴方達は此処で一体何してるの?仕事?」

「ああ。イセリナ山で旅人を襲う盗賊が出るってんでしばらく雇われる事になってな。だが賊の方もコロニーが用心棒を雇ったって情報を聞きつけたのか知らねーが、てんで姿を見せやしねぇ。」

 

 若干うんざりした様子でそう答えると、ザクリスは3人で食べていたフライドポテトの残りに手を付ける。

 一方のアシュリーは寝落ちたアサヒとフライドポテトを頬張っているザクリスを交互に見ると心配するような不安げな表情を浮かべて口を開いた。

 

「ねぇ、アーちゃん寝てるけど今日は仕事いいの?」

「あ?パトロールくれぇするに決まってんだろ。」

「……それだけしこたま飲んだ後で??」

「当然。」

 

 自信満々な彼の一言に、アシュリーは頭を抱える。

 軍人時代の彼からは到底想像できない。

 

「ホント変わったっていうか、随分適当になったっていうか……」

「別に車運転する訳じゃねーんだから気にすんなよ。酒飲んでゾイド乗るなって法律はねぇんだしな。」

「そりゃそうだけど。そんだけ飲んだ後でホントに大丈夫なの??」

「なんだ?心配してんのか??」

「いくら貴方が稀代のゾイド乗りでも心配になるわよ。こんなに飲んで……」

「おいおい。まるで俺が随分飲んだみてーに言うけどよ、これでもかなりセーブしてんだぜ?こんぐれーなら素面とかわんねーから大丈夫だって。」

 

 その一言に、アシュリーの呆れた視線が大量の空グラスとジョッキに向けられる。

 彼は何度目になるかわからない溜息を吐くとザクリスを見つめた。

 

「貴方は大丈夫かもしれないけど、アーちゃんの方はどう見ても大丈夫じゃないんじゃない?」

「アサヒは良いんだよ。どっちにしろ今日は寝かせとくつもりだったし。」

 

 優しくアサヒの頭をぽんぽんと撫でるザクリスに、アシュリーは首を傾げた。

 

「最初から今日は一人で仕事するつもりだったって事?」

「ああ。こいつこの2日間ろくに寝てなかったからな。正直酒場で飯にしようぜっつったのも、アサヒに寝酒させて宿に転がして来る為だったんだ。」

 

 何処か優しさの漂う声で穏やかにそう言いながら、ザクリスは煙草に火を点ける。

 そんな彼を眺めて、アシュリーはふっと笑うと寝ているアサヒへ視線を移しながら口を開いた。

 

「相棒同士っていうよりも、まるでお兄ちゃんと弟って感じね。」

「……かもな。心のどっかで弟と重ねちまってるトコあるし。」

「あら、貴方弟居るの?初耳。」

 

 驚いた様子のアシュリーにザクリスは苦笑する。

 

「ああ。クロードって名前の弟が一人居た。親が離婚しちまって以来会ってねーけどな。」

「そう……なんかごめんなさいね。」

「気にすんな。生きてりゃどっかでばったり会えるかもしれねーし。」

 

 ふぅっと紫煙を吐き出すと、ザクリスはふと思いついたようにアシュリーへ訊ねた。

 

「なぁ、良かったらお前、アサヒの代わりに今日のパトロール付いて来るか?」

「え?!良いの?!」

「おう。」

 

 頷くザクリスに、アシュリーは思わず嬉しそうな笑みを浮かべるが、次の瞬間にはハッとしたように疑り深そうな視線を彼に向ける。

 

「……とかなんとか言って、体よくタダでこき使おうってんじゃないでしょうね??」

「んな悪どい事しねーよ。手伝ってくれりゃコロニーからの報酬山分けでどうだ?」

「……話が美味すぎるわよ。」

「お前だから言ってんだ。コロニーの駐機場にいた黒いステルスバイパー、あれお前のだろ?」

 

 その問いに、アシュリーが目を見開いた。

 彼の反応を眺めて、図星か。と呟きながらザクリスは煙草を燻らせる。

 アシュリーは微かに警戒するような声音で彼に訊ねた。

 

「いつから……気付いてたの?」

「あの雑貨屋に入る前に黒いステルスバイパーが駐機場に入ったのが見えてた。会った時に来たばっかだっつってたし。もしかしたらそうなんじゃねーかと思ってな。」

「……」

 

 そっと黙り込んだアシュリーだったが、そんな彼にザクリスは穏やかに言葉を続けた。

 

「俺だって軍辞めて以来ずっと賞金稼ぎやってんだ。黒いステルスバイパー……砂漠の毒蛇の噂なら俺だって知ってる。別に取って食おうってんじゃねぇ。昔馴染みだからってだけじゃなく、お前の実力を見込んだ上でって話だ。」

「……つまり、私の実力を見込んだ上で、報酬を山分けするに足るだろう。って?」

「そういうこった。」

 

 アシュリーは少し考え込んだ後で、そっと首を横に振った。

 

「私の実力なんて、貴方の足元にも及びはしないわ。ズルしてるもの。」

「ズル??」

 

 ザクリスが怪訝そうに眉を顰めながら灰皿で煙草を揉み消す。

 アシュリーは少し迷うように視線を逸らしていたが、やがてぽつりぽつりと語り出した。

 

「私が砂漠の毒蛇としてやってこれたのは、勿論軍を辞めさせられてから腕を磨いたのもあるけど……ちょっとした伝手から、ゾイドの戦闘能力を向上させるディスクを手に入れたお陰が大半なの。きっと足を引っ張るだけだわ。私なんかに貴方と肩を並べて仕事をする資格なんて……」

 

 そこまで語った時、ザクリスがアシュリーの方へ身を乗り出して声を潜めた。

 

「おい。そのディスク……今持ってんのか?」

「え?どうしたの??」

「そいつは相当やばいディスクだぞ。もし今持ってんならとっとと処分しろ。」

「……どういう事??」

 

 射貫かれるようにすら感じる程真剣なザクリスの眼差しに、アシュリーが戸惑いながら訊ねる。

 ザクリスは、シーナやユナイトの事は伏せつつサンドコロニーでスカーレット・スカーズが残したゾイドから回収したディスクを調べてわかった事をアシュリーに聞かせた。ディスクの中身が知識欲や学習欲でゾイドを支配し強制的に戦わせるプログラムである事や、その戦闘データを何者かが集めているという事を……

 

「……なんでゾイドの戦闘データなんか……一体何の為に?……」

 

 戸惑いを隠し切れない様子で呟いたアシュリーに、ザクリスは少し悩んだ後、そっと切り出した。

 

「……恐らく学習の為だ。誰かに、或いは何かに、膨大なゾイドの戦闘データを教え込みたい奴が居る。」

 

 含みのあるその言い方に、アシュリーも真剣な眼差しになってザクリスを見つめた。

 

「……貴方、何か心当たりでもあるの?」

「……」

「ザクリス。」

「……悪ぃな。言えねぇんだ。」

 

 静かにぽつりとザクリスは呟く。

 アシュリーはそんな彼を暫く見つめていたが、声を潜めてそっと訊ねた。

 

「……もしかして、貴方が軍を辞めた……いいえ。軍籍を剥奪された事と、関係あるの?」

「ッ?!」

 

 驚愕と、微かな恐怖……目を見開いてアシュリーを見つめたザクリスは、そんな表情をしていた。

 彼の反応に、アシュリーは声を潜めたまま心配そうに言葉を続ける。

 

「ごめんなさいね。貴方が賞金稼ぎをしているって知って、少し調べたの。貴方が軍を辞めたなんて信じられなくて……ねぇ、あのディスクと軍が何か関係してるの?それなら貴方の記録が軍のデータベースから抹消されていた理由も、アーちゃんに軍に居た事を隠すのも、全部辻褄が合うわ。ねぇ、どうなの??」

 

 彼の問いにザクリスは黙り込んでいたが、チラッと一瞬アサヒを見た後、観念したように溜息を吐いた。

 

「そこまで知っちまってんじゃ、ある程度説明しねーと引き下がってくんねーよな。」

「当然よ。」

 

 力強く、短く答えたアシュリーを見つめた後、ザクリスはそっと席を立ちながら言った。

 

「話すなら場所を変えた方が良い。とっとと会計済ませて一旦宿に戻ろうぜ。」

「……ええ。」

 

 相当危険な事に首を突っ込もうとしているのを痛感しながらも、アシュリーの心に迷いはなかった。

 寝ているアサヒをザクリスが背負うのを眺めながら、彼はそっとテーブルの端に置かれた会計伝票を手にレジカウンターへ歩いていく。

 辛い事、言えない事をこれから打ち明けて貰う手前、そのくらいの事はしておきたいと思いながら。




[Pixiv版第10話はコチラ]
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9966679


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第11話-動き出す影-

 あのピンク色のオーガノイドに大切な事を思い出させて貰って、ナルヴァ大尉……ザクリスに逢いに来たけど、どうやら彼は随分複雑な事情を抱えているみたいね。

 危険に首を突っ込んでいるのは重々承知だけれど、私にも何か出来る事があるかもしれない。

 恋する乙女は、好きな人の為ならどんな事だって出来ちゃうんだから。

 [アシュリー=ワイズ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第11話:動き出す影]

 

 一年のうちの殆どが霧に閉ざされる白き山、イセリナ山……

 しかし今宵は珍しい事に霧が晴れ、頭上に輝く双月が滅多に目にする事の無いイセリナの山道の全貌を静かに照らし出していた。

 そんな青白く浮かぶ景色に溶けるように進む、青と黒の機影……

 ザクリスのセイバータイガーとアシュリーのステルスバイパーが、旅人を襲うという盗賊を捕える為にパトロールに勤しんでいた……もっとも、霧の晴れたこんな見通しの良い夜に盗賊が出るとは到底思えないが。

 

「平和そのものって感じね……暇過ぎて死んじゃいそう……」

 

 欠伸混じりにアシュリーがぼやけば、ザクリスも面倒臭げな溜息を吐く。

 

「こうしてパトロールしてる成果だとしたらそれはそれでいい事なのかもしんねーが……サッサと姿を現してくれりゃ、後はライフルでぶち抜いて一丁上がりだってのを考えると……だりぃよな。」

 

 呆れているとも諦めているとも取れるような気怠げな声でザクリスはぼやく。

 コロニーからの情報では、盗賊は推定3~5人。搭乗機はモルガとゴルドスが確認されているらしい。

 帝国ゾイドと共和国ゾイドの両方を使用している事から、中古ゾイドの寄せ集めであろうと推測されている。戦力自体はそれ程高くは無いが、イセリナ山に立ち込める霧を上手く利用し襲撃してくるとの事だった。

 つまり、珍しく霧の晴れたこんな夜に姿を現す可能性自体がほぼ皆無に近い。だからこそ、今夜は自分一人で十分だろうとアサヒを寝かせてパトロールに出ようと考えていた訳だが……

 それでもアシュリーに声を掛け連れて来たのは万が一の保険と、恐らく退屈なパトロールになるであろう事を見越しての話し相手になって貰うのが実際の所の目的だった。

 

「きっと貴方達が痺れを切らして依頼を破棄するのを待ってるんじゃない?コロニーを発った途端、また姿を現してやりたい放題だったりして……」

 

 何処か冗談めいた様子でアシュリーがそう言えば、ザクリスは面白くなさそうにむすっと眉間に皺を寄せた。

 

「そう思ってわざわざ一度山を下りて見せたり、コロニーの駐機場からタイガーと牙狼(ガロウ)を移動させて隠したり……思いつく限りの事は一通り全部試した上で、この有り様なんだよ。」

 

 彼の言葉に、アシュリーはガックリとコンソールパネルに突っ伏して盛大な溜息を吐いた。

 

「そこまでやって出て来ないなんて……気が長いというか、随分辛抱強い盗賊ね……」

「このまま一生大人しくしててくれるってんなら大助かりなんだが。そんな訳ねーよな。」

「それか、貴方の事をよっぽど警戒してるんじゃない?」

「は?」

 

 怪訝そうな声を上げたザクリスを通信画面越しに見上げ、アシュリーは呆れた様子を隠そうともせずに訊ねた。

 

「は?じゃないわよ。相手はモルガとゴルドスの寄せ集め。貴方の腕なら5機だろうと10機だろうと仕留めるのは余裕でしょ?大体ね、帝国機であるセイバータイガーをわざわざ青に塗って乗り回してるような傭兵、貴方くらいなのよ。自分がどれだけ裏サイトで有名か知らないの??」

「知るかよ。裏サイトなんていちいちチェックしてねーし。」

 

 バッサリ切って捨てるかのようなザクリスの返答に、アシュリーは目を丸くする。

 

「嘘でしょ?!じゃぁ貴方一体何処で情報仕入れてるの??」

「信頼のおける優秀な情報屋を何人か知ってるもんで。」

 

 得意げな笑みを口元に浮かべながらザクリスは両手を頭の後ろで組み、コックピットのシートに身体を預ける。

 そんな彼を再び呆れたような眼差しで眺め、アシュリーはボソッと呟いた。

 

「……手離し操縦は感心しないわね。」

「そういうお前はどーなんだよ。」

 

 互いに呆れたような視線を通信画面越しに交わした後、2人揃って溜息を吐きながら各々操縦桿を握り直す。

 アシュリーはふと、気になった事をザクリスに訊ねた。

 

「ねぇ、ザクリス。」

「んー?」

「軍を辞めた後……何故、偽名を使おうとしなかったの?確かに貴方が有名だったのは帝国、共和国両軍の軍内が殆どで、一般人にまで名が知れ渡っていた訳じゃない。けど、裏サイトには貴方が元軍人だって情報も書き込まれてた……それも複数のサイトでね。あんなに頑なに『言えない事情』があるなら、本名で賞金稼ぎをしてるのは少し不用心じゃないかしら?」

 

 アシュリーの言葉に、ザクリスはそっと黙り込む……

 そんな彼の様子をチラッと眺めた後、アシュリーはキャノピー越しに広がる夜空へ視線を移した。

 夕食後、ザクリスが語った内容を思い返しながら……

 

   ~*~

 

 寝落ちたアサヒを宿まで連れ帰りベッドへ寝かせた後、ザクリスとアシュリーはセイバータイガーと牙狼の隠し場所であるコロニーの穀物倉庫の裏手に向かった。

 倉庫の裏手に到着すると、ザクリスはセイバータイガーの脚に背を預けて俯いたまま、何から話したものかと思案するかのように考え込んでいたものの、やがてポツリと呟いたのだ。

 

「あのディスクの事は正直俺もまだ確証が掴めてねぇ……だから、俺の思い過ごしなら良いんだが……」

 

 そこまで呟いて、ザクリスは視線をアシュリーへ移した。

 彼は特に先を急かそうとする様子も無く、ただ静かにザクリスが続きを語るのを待っており、ミントグリーンの瞳だけが心配そうな色を湛えて微かに揺れていた。

 そんなアシュリーを暫し眺めた後、ザクリスは小さな溜息を一つ吐いて再び俯き、言葉を続ける。

 

「ゾイドのデータバンクをリアルタイムで解析して戦闘情報を収集し、ゾイドの新規生産時に、データバンクへその膨大な戦闘情報を組み込む事で、大幅な性能向上を図るプログラム……『パンドラ』があのディスクの正体なんじゃねぇかと俺は睨んでる。」

「パンドラ……」

 

 小さくポツリと呟いて、アシュリーはザクリスに訊ねた。

 

「そんなプログラム、聞いた事が無いわ……」

「そりゃそうだろ。パンドラは俺の親父が開発して、結局実用化されずに終わった欠陥プログラムだからな。」

「え?!」

 

 思わず目を丸くするアシュリーに、ザクリスは「あぁ、そっか。」と呟いて補足を入れる。

 

「お前共和国人だから馴染みねーよな。親父……エリアス=ナルヴァ博士って、ゾイドの研究開発の権威として帝国じゃそこそこ有名なんだとよ。」

 

 意外なその一言に、アシュリーは不安げな表情を浮かべ遠慮がちに訊ねた。

 

「じゃぁ……もしかしてザクリスのお父様があのディスクの裏で糸を引いているかもしれない……って事?」

「それはねぇよ。」

 

 ザクリスはそう言うと、俯き様に嘲笑にも似た笑みを浮かべて投げやりに呟いた。

 

「俺が17の時に死んじまった。」

 

 その表情と言い様から、彼と父親との間に何かあったのであろう事はアシュリーにも容易に想像出来た。

 だが、一体どう声を掛けてよいやらわからぬまま黙り込んだアシュリーに、ザクリスは話を続ける。

 

「それにな、親父が開発したパンドラに「ゾイドを学習欲で支配する」作用は無かった……何者かが処分された筈のパンドラを復元し手を加えたか、パンドラに似せて別のプログラムを作ったのか……どちらにせよ此処での仕事が終わったら、ディスクの出所を調べようと思ってる。」

「そうね……貴方にとってはお父様のプログラムを悪用している人達ですもの。見過ごせないわよね。」

「別に親父はどーでも良いんだよ!」

 

 吐き捨てるように声を荒げたザクリスに、アシュリーが思わずビクリと身を強張らせる。

 その様子を見て、彼はバツが悪そうにくしゃくしゃと頭を掻くと、昂った怒りを吐き出すかのように長い溜息を一つ吐いて呟いた。

 

「悪ぃ……今のは忘れてくれ。」

「え、ええ……」

 

 気不味い沈黙の後、先に口を開いたのはアシュリーだった。

 

「あの……貴方が軍籍を剥奪されたのは……そのパンドラとどういう関係があるの?」

 

 ザクリスは、必死に言葉を探すかのように眉根に皺を寄せ黙り込む。

 そんな彼の背をそっと押すかのように、まだ冷たい春の夜風が一筋、優しく流れた。

 暫しの沈黙を経て重い口を開いた彼の表情は、自分自身を責めているかのような苦々しいものだった。

 

「パンドラを巡る因縁から逃げるには……そうするしかなかった。それ以上の事は言えねぇ。」

「そう……」

 

 これ以上は、聞いても恐らく答えてくれない……いや、話したくても話せない事情があるのだろう。

 それを悟ったアシュリーは労うような笑みを浮かべ言ったのだ。

 

「ありがとう。話してくれて。」

 

   ~*~

 

(まぁ……彼に限って偽名で活動するのを思いつかなかった。なんて事ないでしょうから……敢えて本名で活動する理由が何かしらあるんでしょうけど……)

 

 通信画面越しに黙り込んだままのザクリスを今一度眺める。

 アシュリーは再びキャノピー越しに広がるイセリナの夜道へ視線を戻し、そっと考え込んだ。

 

(私に出来る事は、頼まれた仕事の手伝い。あとは……此処での仕事を終えた後で、ディスクの入手経路を教えてあげる事……くらいかしらね。)

 

 正直、ディスクの入手経路を教えるのは危険な賭けだ。

 最悪の場合、自分も無数の仲間達も無事では済まないだろう。

 ザクリスは勿論だが、自分を慕ってくれる大勢の仲間達も彼にとってはかけがえのない存在だ。

 どちらか一つなどそう簡単に選べはしない。

 

(愛する人か、大切な仲間達かの二者択一とはね……)

 

 とはいえ、あんな話を聞かされた以上……出来る限りの事はしたい。

 それでザクリスの役に立てるのなら、彼の抱える因縁が少しでも解けるのならば……力になりたいと思わずにはいられなかった。

 

(敢えて両方を選ぶなら、せめて仲間にだけでも危害が及ばない方法を見つけなくちゃ……トップが私情に走って仲間を危険に晒すなんて、あってはいけない事だもの。)

 

 そんな事を考えながら、アシュリーは思考を巡らせる。

 愛する人と大切な仲間。そのどちらか片方ではなく、両方を救える方法をただ求めて。

 

(なんで偽名を使わねーのか……か。)

 

 一方のザクリスはアシュリーからの問いを胸の内で噛み締めていた。

 

(もしかしたらクロードにまた会えるかもしれねーから。なんて、そんなガキ臭ぇ理由言えねえっての。)

 

 彼の脳裏に、唯一覚えている赤ん坊だった頃の弟が思い浮かぶ。

 パンドラの開発に没頭し、突然家族を捨てた父。

 父に捨てられた怒りと悲しみの矛先を自分に向けた挙句、喧嘩別れのように弟を連れて出て行った母。

 両親に対して良い思い出の無い彼にとって、唯一「家族」と呼べるのは、まだ言葉もロクに覚えていなかった弟のクロードただ一人だけだ。

 因縁に縛られ雁字搦めになってしまっている自分と出会った所で、弟には迷惑以外の何物でもないかもしれない。もし母親から兄が居ると聞かされずに育っていれば、自分の存在すら知らないかもしれない。

 それでも……せめて今、幸せに暮らしているのだろうか?自分のように因縁に捕らわれ苦しんでいないだろうか?という事が、それだけが気がかりで仕方がない……兄らしい事など何もしてやれなかった自分の、身勝手で独りよがりな心配だ。

 

(もしクロードを見つけて……元気でやってんなら……きっと思い残す事が無くなって満足しちまうんだろうな。)

 

 ふとそんな考えが湧き上がる。

 親の因縁は幸か不幸か自分が全部引き継いでしまったのだから……後は……

 そこまで考えた時、アサヒの顔がふと脳裏を過った。

 ただでさえ失った親友の事を気に病み、その記憶を思い出せないでいる自分を酷く責めている彼の前から自分まで消えてしまったら……きっとアサヒはまた深く傷付いてしまうだろう。

 

(あんだけ痛い目見たってのに、学習能力ねーな……俺って。)

 

 自分に関われば危険に巻き込んでしまうと分かっていながら、それでも誰かを傍に置きたがる自分の女々しさには情けなさを通り越して最早嗤いしか込み上げて来ない。

 ザクリスはふと、辺りを照らす月をメインモニター越しに見上げた。

 冷たくも何処か優し気なアイスブルー……今宵の月は、自分と関わってしまったが為に途方もない茨の道へ、共に堕ちる事となってしまった親友の瞳と、全く同じ色をしていた……

 

   ~*~

 

 翌日の早朝。

 ガイロス帝国の帝都ガイガロスにある帝国軍本部基地に一機の黒いホエールキングが降り立った。

 そのホエールキングと慌ただしく滑走路を駆け回る誘導員達を、基地の屋上から眺める軍人が2人。

 

「定刻通りの到着ですね。」

 

 金髪をきっちりとオールバックに整えた男性軍人が腕時計をチラッと見て呟く。

 その隣で将校服に身を包んだ若い青年軍人は、屋上の手摺りに頬杖を突き小さな欠伸を上げていた。

 

「全くご苦労な事だ……専用機での輸送ならばわざわざこんな早朝でなくとも良いだろうに。」

 

 眠気のせいなのか、はたまた呆れているのか……青年は半開きの目で到着したホエールキングを眺める。

 その視線はただ一点。ホエールキングの機体に描かれた「リューゲンゾイド研究開発機構」の文字とエンブレムに注がれていた。

 

「実戦テストも兼ねて、新型機のプロトタイプが1機、試験配備されるとの事でしたが……」

「ああ。随分と物々しい機体だよ。」

「物々しい……とは?」

 

 男性の問いに、青年は無言のままホエールキングから運び出されて来る機体をくいっと顎で指し示す。

 それに従い視線を移した男性は、微かに目を見開き呟いた。

 

「あれは……」

 

 ホエールキングの中から姿を現したのは、まるで御伽噺の中から抜け出して来たかのような漆黒のドラゴン……

 頭から伸びる一対の角も、その背に頂く一対の翼も、大きな四肢の爪も、誰もが絵本の挿絵などで目にした事があるであろうと思われる姿を忠実に再現したかのような造形で、搬入用の自走台座にワイヤーで固定されているその様は、さながら人間達に捕らわれた伝説上の生物が運び出されて来たかのようだった。

 そう、朝陽を受け今にも目を覚まし、ワイヤーを引き千切って動き出すのではないか?と思えてしまう程に。

 

「空陸戦闘用ゾイド『ガン・ギャラド』リューゲン公爵が北方大陸のドラゴン型野生ゾイドを研究し完成させた最新鋭機だそうだ。」

 

 何処か気怠げな声で青年が説明すれば、男性はガン・ギャラドと呼ばれたその機体へ視線を向けたまま呟いた。

 

「確かに、随分と物々しい機体ですね。まるで今にも口から火を噴きそうな……」

「噴くぞ。」

 

 なんでも無さそうな口調で放たれたその一言に、男性は青年を見つめ目を丸くする。

 

「今、なんと??」

「あの機体は口腔内に火炎放射器を搭載しているそうだ。伝承のドラゴンと同じように火を噴くぞ。」

 

 頬杖を突いたまま、微かにからかうような笑みを浮かべて青年が男性をチラッと見上げた。

 そんな青年の視線に男性は思わず苦笑を浮かべる。

 

「それはまた……随分と伝承に忠実な装備ですね。」

「なに。口から火を噴くだけならば可愛いものさ。奴の一番の武器はあの背の砲だからな。」

 

 またすぐに呆れたような表情に戻り、青年はガン・ギャラドへ視線を戻す。

 そう。ガン・ギャラドは翼の間に巨大な砲塔を一つ背負っているのだ。

 男性は微かに怪訝そうな表情を浮かべ、青年に訊ねた。

 

「確かに……大質量系のビーム砲にしても、いささか規格が合いませんね。あれは一体?……」

「荷電粒子砲だそうだ。それも連射可能なタイプのな。」

「荷電粒子砲?!」

 

 思わず絶句した男性の反応に、青年は小さな溜息を一つ吐く。

 かつてこの惑星で起きた大きな事件の陰には常に荷電粒子砲の存在があった。

 ジェノザウラー、ジェノブレイカー、デススティンガー……そしてデスザウラー……

 そんなとんでもない兵器を何故、戦争が終結し平和になったこの時代に作る必要があるのか?青年には妙にそれが脳裏で引っかかっていた。

 

「この平和な時代に作られた最新鋭機に荷電粒子砲とは……正直全く笑えない話だ。あのドラゴンが抑止の力となるか、新たな戦争の火種となるか……ブローベル。お前はどう思う?」

 

 青年の言葉に、男性……パトリック=ブローベル大尉は物言わぬ漆黒のドラゴンを眺め、その存在を吟味するかのように眉根に皺を寄せた。

 

「自分には、どちらにもなり得る機体のように思えます。もっとも、ルドルフ皇帝陛下とシュバルツ元帥閣下が戦争を望まれるとは到底思えませんが……」

「勿論。陛下と父上が戦争を望む訳がない。デススティンガーとデスザウラー……あの二大災厄と戦った英雄なのだから。だが……」

 

 青年は呟くようにそう答えると、憂うような表情を浮かべて夜明けの空を見上げる。

 

「もしも戦争が起きてしまえば、陛下も父上も国と民を守る為、決断を迫られる立場だ。一度事態が動き出してしまえば、望むと望まざるとに拘らず兵を動かさなければならなくなる事もあるだろう。それが解っているからこそ、平和という名の泉に石を投げ込む輩が現れぬよう目を光らせているのだから。」

「シュバルツ少佐……」

 

 ブローベルの視線の先で、青年……ルーカス=リヒト=シュバルツ少佐は再びガン・ギャラドを見つめる。

 

「少なくとも私に言わせれば、アレは泉に投げ込まれた小石だよ。」

 

 その眼差しと声音に先程までの気怠さや憂いは最早無かった。

 ただ静かに警戒の色を宿した瞳に、ルーカスは漆黒のドラゴンを映していた。

 

(全く、本当に不思議な方だ……)

 

 ブローベルは思わず胸の内でそう呟かずにはいられなかった。

 容姿こそ若き日のカール=リヒテン=シュバルツ元帥と瓜二つではあるが、普段のルーカスは先程のように常に何処か気怠げで、名門シュバルツ家の人間であるという期待も、元帥の息子であるという重圧も何処吹く風といった様子で、のらりくらりと仕事をこなしている。

 だがその奥底では常に対局を見ており、あらゆる脅威への警戒を怠らない……

 彼の補佐に付きもうすぐ2年が過ぎるというのに、彼のそういった面を垣間見る度、未だ戸惑う自分が居る。本当に今目の前に居るのは、普段のらりくらりとしているあのシュバルツ少佐と同一人物なのだろうか?と。

 そして同時に痛感するのだ。彼はやはり間違いなくカール=リヒテン=シュバルツ元帥の息子なのだと……

 

「少佐。一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「ん?」

 

 まるでスイッチを切るかのようにいつもの気怠げな眼差しに戻り、ルーカスがブローベルへ視線を移す。

 そんな彼に思わず内心苦笑しつつ、ブローベルは訊ねた。

 

「脅威ともなり得るあのガン・ギャラドの操縦者に選ばれたのは、一体何方なのでしょうか?」

「あぁ、それは―」

「私だ。ブローベル大尉。」

 

 不意に背後から響いた女性の声にルーカスとブローベルが振り返る。

 つかつかと歩いて来たのは、将校服に身を包んだアナスタシアとハウザーであった。

 

「最新鋭機であるガン・ギャラドに興味を持つのは結構だが、間もなく朝礼だ。直ちに所定の場所へ戻れ。」

 

 冷たいその声音と同じ温度の視線が、ルーカスとブローベルに突き刺さる。

 

「も、申し訳ありません!リューゲン大佐!」

 

 その視線と声音に射竦められ、ブローベルが敬礼と共に返答する。

 だが、ルーカスは気怠げな視線のままアナスタシアを見つめていた。

 

「どうした?何か言いたげな顔だな?シュバルツ少佐。」

 

 アナスタシアの言葉に、ルーカスはきょとんと目を見開いて見せると苦笑した。

 

「いえ、大佐殿の軍帽に糸屑が付いているのが気になりまして。」

「……ん?」

 

 予想外の一言に軍帽を脱ぎ確認しようとしたアナスタシアの傍を、ブローベルを連れ涼しい顔でスタスタと通り過ぎながら、すれ違いざまにルーカスはさも面白そうにクスクスと笑って言った。

 

「冗談ですよ。」

「な?!」

 

 思わず振り返ったアナスタシアの視線の先で、ルーカスは屋上の出入り口へと歩いて行きながら何処か余裕を垣間見せるようにヒラヒラと手を振っていた。

 

「折角気持ちの良い朝なのですから、そうカリカリしていては良い事ありませんよ。大佐殿。」

 

 振り向きもせずにそう言い残して、ルーカスはブローベルと共に階段を降りて行く。

 その後ろ姿を見送った直後、ハウザーが眉間に皺を寄せ不機嫌な様子を隠そうともせずに呟いた。

 

「全く。人の神経を逆撫でする天才という意味ではやはり元帥閣下の息子か……忌々しい。」

「構わん。放っておけ。」

 

 アナスタシアはふっと笑って軍帽を被り直すと、屋上の手摺りに手を掛け、運ばれて行くガン・ギャラドの後ろ姿を満足げに眺める。

 先程ルーカスにからかわれた事など全く気にも留めていない様子で彼女は言った。

 

「癪ではあるが、シュバルツの言う通り実に良い朝である事は事実だ。父上がガン・ギャラドの試験配備の手筈を整えてくれたお陰で、実戦テストという口実が出来た。これで少しは守護鷲を追い易くなるだろう。」

「はい。試験配備決定の時点で実戦テストの為、哨戒及び有事の際の即時戦闘許可も下りております。」

 

 ハウザーの言葉に、アナスタシアは手摺りを離れると拳の甲で軽くハウザーの胸を叩き呟いた。

 

「これから忙しくなるぞ。」

「承知しております。」

 

 穏やかな笑みと共に一言そう答えたハウザーを見上げた後、アナスタシアも彼を引き連れ屋上を後にした。

 その頃、朝礼場所に向かいながらルーカスは至って悪びれる様子も無く笑っていた。

 

「やれやれ。真面目な人間ほどからかい易い。」

「少佐……いくら士官学校の同期とはいえ、二階級も上の方にあのような……」

 

 若干呆れた様子を隠し切れずに声を上げるブローベルを、ルーカスは笑みを浮かべたまま見上げる。

 何処かとぼけたような口調で、彼は不意に語った。

 

「そういえば、ガン・ギャラドの試験配備を巡る採決会議の際、実践テストの為という名目で哨戒及び有事の際の即時戦闘許可を大佐殿の第四装甲師団が議会に要請。可決されたという話はしたかな?」

 

 その言葉に、ブローベルが微かに眉を顰め声のトーンを下げた。

 

「いえ、初耳です。」

 

 何かを察したらしい彼の反応に、ルーカスは満足げに口角を上げ言葉を続ける。

 

「いくら試作機が試験配備中に一定の貢献基準を満たさなければ正式配備が見送られてしまうとはいえ、何故そのように功を急くような真似をするのか……私には少々理解が出来ない。最新鋭機を1機任されたからといって浮かれる程、彼女が底の浅い人間ではないと知っているからこそな。」

 

 そこまで語ると、ルーカスは表情と口調をコロッと明るく変えて唐突な事を言い出した。

 

「そこでだ。我々第三陸戦部隊も大佐殿を見習って暫く哨戒に当たってみるとしようか。」

「なっ?!本気ですか?!」

「勿論。」

 

 さも当然だと言わんばかりの短い返答に、ブローベルはすっかり眉を八の字にして声を上げる。

 

「よろしいのですか?あまり勝手な事をしては、議会になんと言われるか分かったものでは……」

「我々は帝国軍人であり国に仕えている身だ。故に、皇帝陛下、或いは元帥閣下に許可を取りさえすれば誰にも文句は言えんさ。議会のご老人方を気にする事は無い。放っておこう。」

 

 涼しい顔で微笑んだままスタスタと隣を歩くルーカスの瞳をチラッと眺めた後、ブローベルは呆れとも諦めともつかない溜息を一つ吐いてやれやれと軽く首を振る。

 

(これはもう……何を言っても無駄な時の目だ……)

 

 父親であるカールの若草色の瞳とは違う澄んだアイスブルーの瞳は、普段の覇気の無い色ではなく、揺るがぬ決意を秘めた強い光を宿し生き生きと煌めいていた。

 こういう目をしている時のルーカスは、例えどんな事があろうと自分の言い出した事を決して曲げないというのをブローベルはよく知っていた。

 

「どうなっても私は知りませんよ。と……言える立場だったらどんなに良かった事か……」

 

 そうぼやいたブローベルをチラッと見上げ、ルーカスは面白がるかのようにクスクスと笑う。

 

「元帥閣下のドラ息子のお守りは大変だろう?」

「いい加減慣れました……」

 

 若干投げやりなその返事に帰って来たのは、驚く程穏やかで優しい一言だった。

 

「そうか。いつもすまない。」

 

 だが、そんなルーカスの言葉にブローベルはふっと笑みを浮かべると、何処か楽しんでいるかのように答えた。

 

「嫌だとは、一言も言っておりませんよ。」

 

   ~*~

 

 同日の昼過ぎ、カイ達は補給の為に共和国領の国境沿いにある辺境の田舎コロニーに居た。

 難しい顔で市場を眺めて歩きながら、カイは拙い知識で一生懸命買い込む物を吟味している。

 本当は、補給はもう少し先で良いだろうと思っていたのだが、今まで長い事1人で旅をしていたせいか、シーナとの2人旅で一番苦労しているのが「食料の補給」であった。

 1人の時は少量の食料でサッサと食事を済ませてしまうズボラ症であった事も相まって、2人分の食料をどの程度買い込み、どう消費するか?という勝手をカイはまだ上手く掴めていない。

 多く買い込み過ぎれば収納スペースの無いブレードイーグルの唯一の貨物スペース……つまりシーナの定位置である後部座席の足元が物で溢れかえってしまう上に、消費しきる前に傷んで処分しなければならない可能性もある。

 だからと言って、少量しか買い込まずにいれば頻繁にコロニーへ立ち寄らなければならないのが手間であるし、何よりもいざ食料が底を尽きてしまった際にコロニーが近くに無ければ最悪食事抜きという事態もあり得るだろう。

 また、買い込む量だけではなくどういった食料を買い込むか?というのもまた悩みどころだ。

 出来るだけ日持ちのする、かさばらない食料……と限定してしまってはどうにも味気ない似たような食料ばかりになってしまうし、食事のレパートリーを優先すれば必然的に食料はかさばる。

 日持ちのしない物から順に消費していく事を想定した上で「今日もコレか……」とワンパターンな食事にならないよう頭を使うというのはなかなかに大変な作業だった。

 

「世の中の主婦の皆さんって、すげーんだなぁ……」

 

 思わずそんな事をぼやけば、シーナがきょとんと首を傾げて不思議そうにカイを見つめる。

 

「しゅふ??」

「あー、要するにお母さんの事だよ。献立考えて飯作るってこんなに大変なのに、それを毎日やってんだと思うとスゲーなぁって思ってさ。」

「おかーさん……」

 

 シーナは首を傾げたまま、いまいちピンと来ていない様子で考え込む。

 そんな彼女の様子に気付いたカイは、微かに心配そうな声音で声を掛けた。

 

「どうした??」

「えっとね……おかーさんって何??」

「え……」

 

 あまりにも唐突な質問に、カイは思わず絶句する。

 思わず頭の中が真っ白になる程戸惑った彼であったが、次の瞬間には様々な説明と疑問が浮かんでは消え、やっと口を突いて出た言葉は遠慮がちな問いかけの言葉だった。

 

「あの、さ……シーナって、もしかしてアレックスしか家族が居なかった……のか?」

「ううん。アレックスと、お父さんの3人家族だったよ。あ、でもユナイトとハンチも家族だから、そう考えると5人家族……かな?」

「そっか……」

 

 幼い子供のように至ってきょとんと答えるシーナに、カイは一言そう答えて少し考え込む。

 まぁ、大戦末期の古代に生まれ育ったシーナだ。父親という存在は知っていて母親を知らないという事は、恐らく記憶に無いほど幼い頃に母親を亡くしているのだろう。

 

「お母さんってのは、自分を生んでくれた女の人の事だけど……あー……でもそうだな……自分を生んでくれた人じゃなくても、自分の面倒を見て育ててくれた女の人をお母さんって呼ぶこともあるし……自分にとって家族だって呼べる、大人の女の人。って感じだと思う。」

「そうなんだ……」

 

 シーナはまだいまいちピンと来ていない様子であったが、次の瞬間には無邪気な笑顔を浮かべカイに訊ねた。

 

「ねぇ、カイはおかーさん居る?」

「え?うん……いるけど……」

「カイのおかーさんってどんな人??」

「俺の母さん?」

 

 思わず聞き返せば、シーナはこくりと頷く。

 カイは、そっと自分の母親を思い浮かべた。

 

「そうだな……頑固だった親父と違って、優しくて穏やかな、自慢の母さんだったよ。」

 

 そう。カイの母親は穏やかで優しく、料理達者で、父の事が本当に好きなのだなと分かる程夫婦仲も良く、仕事で長く家を空ける事も多い父に対し不平を言う事もない健気な人であった。

 世の中には色々な母親が居るのだろうが、こうして改めて自分の母親について振り返ってみると、自分は随分母親に恵まれた境遇だったのだなと痛感する。父の事は嫌いだったが、母親を嫌いになった事は一度もない。

 

「元気にしてると、良いんだけどな……」

 

 父親に反発し家出してもうすぐ3年……その間、両親とは一度も会っていなかった……

 

(家出したまま行方不明だった息子がフラッと帰って来た。なんて事になったら大騒ぎになるだろうし……だからって、ずっと音沙汰無しだった手前、メール送るのもなぁ……ちょっと勇気出ねぇんだよなぁ……)

 

 今頃、母はどうしているのだろうか?きっと、自分の事を心配している……いや、流石にもう愛想を尽かしてしまっているかもしれない……どちらにせよ、父への反抗心で家を飛び出した結果、母を傷付けてしまったであろう事に関しては申し訳ないと思っているのが現実である。

 そしてそれでも、自由に空を飛び回れる今の生活に満足している自分が親不孝者であるという自覚も……ある。

 

「そういえば、カイって家出して旅に出たんだって言ってたね。」

 

 シーナの言葉にカイは苦笑しながら、困ったように頭を掻く。

 

「ああ。正直親父がどれだけ心配してようが何しようがどーでも良いけど……母さんに心配掛けちまってんのは、ちょっと申し訳ねーというか……」

「そっか……なんか、ごめんね……」

 

 しゅんと項垂れて、シーナがポツリと呟く。

 カイはそんな彼女の反応にギョッとして顔を覗き込みながら言った。

 

「いやいやいや!なんでシーナが謝るんだよ。家出して母さん心配させちまってんのはシーナじゃなくて俺の方!な??」

「だって、一緒に私の記憶を探す旅をするって……約束してくれたから……そのせいでカイがおかーさんに会いに行けないなら……私、カイにもカイのおかーさんにも迷惑かけてる……」

 

 彼女の言葉に暫く黙り込んだ後、カイは不意にシーナの両頬を摘まんでくいっと上に持ち上げる。

 目が合ったカイは、呆れたようなジト目でシーナを見つめていた。

 

「俺、一言もお前のせいだなんて言ってねーぞ?」

 

 拗ねたようなその声に、シーナは目をぱちくりと瞬かせる。

 

「え、えっと……」

「俺は、自分がやりたい事やってるだけだし、そりゃ母さん心配させちまってんのは申し訳ねーと思ってるけど、それを誰かのせいにするつもりもねーの。それともシーナは、俺と旅するの嫌か??」

「い、嫌じゃないよ!記憶を取り戻したいのは本当だし、私一人じゃこの時代の事まだまだ全然わかんないし!だからカイが居なきゃヤダ!」

 

 その言葉を聞いたカイは、ニカッと笑って手を放しシーナの頭をポンポンと撫でる。

 

「なら、そうやって自分のせいなんじゃないか?なんて考えんなよ。俺は好きなように空を飛んでいられる今の方がずっと楽しいんだからさ。」

 

 そう。

 下手に家族と連絡を取らないもう一つの理由はそれだった。

 所在が割れて両親が会いに来てしまった場合、こっぴどく叱られる事よりも、家に連れ戻され再びゾイドに乗る事を許してもらえない退屈な生活に戻ってしまう事の方がカイにとっては苦痛だ。

 なら、もうしばらく……せめてシーナが記憶を取り戻すまでの間くらい、自由に空を飛んでいたい。

 その気持ちに嘘はなかった。

 

   ~*~

 

 一通りの買い出しを終え、カイとシーナはコロニーの外れに待たせていたブレードイーグルとユナイトの元に戻って来た……が、イーグルの周囲に人だかりが出来ている事に気付いたカイは顔を真っ青にし、シーナは不思議そうに首を傾げて呟いた。

 

「どうしたんだろう?何かあったのかな?」

「まさかイーグルの奴、興味本位で近づいた奴つつき回して怪我させたんじゃねーだろうな?……」

「えぇ?!」

 

 シーナが驚きの声を上げるのと同時にカイが駆け出すが、次の瞬間人だかりを掻き分けるようにして飛び出して来たのはユナイトであった。

 

「グォウォォォ~~ン!!」

「ユナイト?!」

 

 まるで助けてぇぇ~!と泣きつくような情けない声を上げて一直線に走って来たユナイトに思わず立ち止まれば、ユナイトは隠れるかのようにカイの背後に縮こまり、そのユナイトを追って人だかりの一部がカイへ押し寄せる。

 

「なぁ坊主!もしかしてガーディアンフォースなのか?」

「俺、オーガノイドなんて初めて見たぜ!」

「このド田舎にこんな珍しいゾイドが来るなんて思ってなかったよ!」

「あの鳥型のゾイドもあんた達のだろ?あんなゾイド見た事ないけど、もしかして新型なのか??」

 

 次々と飛び交う質問の嵐にカイはオロオロと人だかりを見渡し、言葉に詰まる。

 

(しまった……ユナイトもブレードイーグルも、こんな田舎の人にとっちゃ大ニュースだよな……)

 

 サンドコロニーではこれ程の騒ぎにならなかった為、すっかり油断していた。

 オーガノイドと言えばイヴポリス大戦の英雄、バン=フライハイトが連れていた伝説の古代ゾイドだ。

 しかも、現在確認されている3頭のオーガノイドは全てガーディアンフォースに所属している。

 何も知らない一般人がカイをガーディアンフォースだと勘違いするのも無理はない。

 おまけに鳥型の飛行ゾイドなど、恐らく何処を探してもブレードイーグルしかいないだろう。

 予想以上に人目を引いてしまったユナイトとブレードイーグルを交互に見た後、カイは誤魔化すように笑いながら目を輝かせて自分達を取り囲んでいる人々へ遠慮がちに語った。

 

「えっと、実は……詳しい事は言えないんだ。ただその……俺達、先を急いでるから通してもらえると助かる……んだけど……」

 

 そんなカイの言葉に、良心的な者が数名道を開ける。

 カイは振り返ってシーナを呼んだ。

 

「シーナ!早く行こうぜ!」

「え?うん!」

 

 駆け寄って来たシーナの手を掴み、カイはブレードイーグルの方へ走って行くとコックピットへ乗り込みながら集まった人だかりへ声をかけた。

 

「そんな近くにいると吹き飛ばされるから!ちょっと離れててくれよー!」

 

 その言葉に、人だかりはわらわらとブレードイーグルから離れ、遠巻きに飛び立つ瞬間を待ちわびる。

 カイは一瞬悩んだ後、一番手っ取り早く速やかにコロニーを離れる方が良いだろうと考えてその名を呼んだ。

 

「ユナイト!はぐれないようにお前も来い!」

「グオ!!」

 

 力強く頷いたユナイトは次の瞬間、一条の光となってブレードイーグルの中へと溶け込む。

 その様を目の当たりにした人々から上がる歓声など聞こえていないふりをして、カイは手早くキャノピーを閉めると一目散に空の彼方へと飛び立ったのだった……

 

   ~*~

 

「いやぁ~……ホントとんでもない目に遭っちまったな……」

 

 日が暮れた薄闇の中、辿り着いた荒野の岩場でキャンプバーナーとLEDランタンの明かりを頼りに夕食の準備をしながら、カイがぐったりとした様子でぼやく。

 その一言に、シーナの傍で丸くなったユナイトもすっかり疲れた様子でグオグオと相槌を打ち、そんなユナイトの鼻先を撫でてやりながらシーナもしみじみと呟いた。

 

「今の人達にとっては、ユナイトもイーグルも本当に珍しいんだね。私もびっくりしちゃった。」

「ごめんなユナイト。お前やイーグルが滅茶苦茶目立つ存在なんだってのを俺がもっと自覚してれば、あんな目に遭わせずに済んだってのに……」

「グォゥグォゥ。」

 

 元気の無い様子で謝るカイに、ユナイトは丸まったまま頭を上げてカイを見つめながらゆっくりと首を横に振る。

 そんなユナイトを優しく撫でながら、シーナが元気付けるように言った。

 

「気にしないで。だって。ユナイトもイーグルもカイのせいだなんて思ってないよ。」

「そっか……」

 

 申し訳なさそうに微笑んで、カイは再び食事の準備に戻る。

 今日買い込んだ肉と豆を煮込みながら、少々手持無沙汰になってしまったカイは小型タブレットを取り出してSNSのアプリを起動した。

 何か気になる情報がないだろうか?というちょっとした情報収集の足掛かりのつもりだったのだが……

 

「あぁ~!?」

「え?!なになに??どうしたの??」

 

 いきなり大声を上げたカイに驚くシーナの前で、カイの顔から段々と血の気が引いていく。

 

「うっそだろ……おいおいおいおい……コレちょっと不味いぞ……」

 

 どうやら尋常ではないカイの様子に、シーナとユナイトがカイの手にするタブレットを左右から覗き込む。

 画面にはブレードイーグルの写真がでかでかと表示されていた。

 

「あ。イーグルだ。」

 

 きょとんとそんな声を上げるシーナに、カイは引き攣った笑みを浮かべて顔を上げる。

 

「昼間のコロニーでイーグルとユナイトの写真撮ってたヤツが居たみたいでさ……なんか、変な尾鰭が付いた状態で拡散されちまってるんだよ……」

「かくさん??」

「ネットで全国に知れ渡っちまったって事!」

 

 カイは途方に暮れたように投稿された内容を確認する。

 投稿記事にはイーグルやユナイトの写真と共に「なんかすっげーゾイドがうちのコロニーに来たんだけど、コレ一体何?もしかしてどっかの軍の最新鋭機?オーガノイドもいるし、GFの極秘任務か何か??」と綴られていた。

 記事に対するコメントは1000件近くに上っており、カイが利用しているSNSアプリのトップ記事としてバッチリ取り上げられる程の大騒ぎとなっている。

 

「こりゃ暫くコロニーとかに出向く時はイーグルとユナイトを隠してからにしねーと……どんどん話がややこしい事になっちまうぞ……」

「そうなの?」

 

 いまいち理解の追いついていないシーナの目の前に画面がよく見えるよう、タブレットをずいっと差し出してカイは情けない声を上げた。

 

「だってよく読んでみろよ。軍の最新鋭機?だの、GFの極秘任務?だの……」

「……カイ。」

「ん?」

「私、今の時代の文字、なんて書いてあるのか全く分かんない。」

 

 真顔でキッパリと字が読めない。と語るシーナに、カイはガックリと肩を落として項垂れた。

 

   ~*~

 

「おいおい……何やってんだあの馬鹿は……」

 

 その頃、ホワイトコロニーに滞在しているザクリスは宿のベッドに寝転がってカイが利用しているのと同じSNSアプリを眺め、呆れたように顔をしかめていた。

 

「おん?一体どうしたんだ??」

 

 ひょこっと横から顔を覗き込ませたアサヒに、ザクリスは自分のタブレットをずいっと差し出す。

 表示されている記事を見たアサヒは困り果てたような表情を浮かべ、片手で顔を覆い隠した。

 

「あちゃ~……」

「何々?なんの話??」

 

 更にそんなアサヒの傍にやって来たアシュリーがアサヒが手にしているザクリスのタブレットを覗き込み、次の瞬間には両手で口元を覆い隠しながら目を丸くしていた。

 

「あらやだ……私このゾイド知ってるわ……」

「「はぁ?!」」

 

 綺麗に重なり合ったアサヒとザクリスの声に、アシュリーは「え?」と声を上げ、2人を交互に見つめる。

 

「どうしたの?2人揃って……」

「お前、ブレードイーグルの事知ってんのか?!」

「何処で会ったんだ?!」

 

 ずいずいと詰め寄る2人に、アシュリーはしどろもどろになってボソボソと答えた。

 

「ちょ、ちょっと……ククルテ遺跡でやり合っちゃったのよね……仕事の関係で……」

 

 両手の人差し指をちょみちょみとつつき合わせながら視線を逸らすアシュリーに、ザクリスとアサヒは揃って溜息を吐くと、チラッと互いに目くばせして口を開いた。

 

「なぁ、ワイズ……そのゾイドとパイロットには、頼むから手を出さないでやってくれ。」

「え?どうして??」

 

 唐突なザクリスの言葉にアシュリーが不思議そうに問えば、アサヒが苦笑しながら言葉を続けた。

 

「このゾイドに乗っとる奴ってのが、俺らの大事な弟分なんだ。」

「そ……そうなの?」

 

 思わず聞き返せば、2人は無言のまま揃ってこくりと頷くだけだった。

 だが、その無言が逆に本気で手を出さないでくれと懇願しているのを強調しているようで、そんな物言わぬ迫力にアシュリーは冷や汗を浮かべて呟くように答えた。

 

「わ、わかったわよ。このゾイドには手を出さないであげるから。ね??」

 

 引き攣った笑みと共に返事をしながら、アシュリーはふとスカーレット・スカーズの3人の顔を思い浮かべた。

 

(どーしましょ……スカーズの3人に報復の手伝いするって約束しちゃったわよ私……あ~……でもザクリスの頼みだから聞かない訳にもいかないし…… 困った事になっちゃったわね……)

 

 そんな風に胸の内でぼやきながら、アシュリーは1人、板挟みに頭を悩ませるのだった。

 

   ~*~

 

「予想よりも早く情報が上がって来たな……」

 

 タブレットでSNSを眺めていたのはザクリス達だけではなかった。

 仕事の合間の小休憩を利用し、タブレットを眺めていたのは他でもないアナスタシアである。

 

「どうかされましたか?」

 

 温かなコーヒーを差し出しながらハウザーが問えば、アナスタシアはふっと微笑んでタブレットを差し出す。

 その画面に表示されたブレードイーグルとユナイトを眺めた後、ハウザーもまた笑みを浮かべていた。

 

「成程……確かに無知な市民の好奇心は、我々の味方だったようですね。」

「ああ。ネットや小型タブレットが普及し、誰もが気軽に情報を発信出来る時代になったからこその収穫だ。見た事の無いゾイドを軍の最新鋭機だろうか?などと言っておきながら、わざわざ写真付きで記事を書くような愚か者にまで、文明の利器が行き届いているとは……つくづく良い時代になったものだな。」

 

 アナスタシアはハウザーから受け取ったコーヒーを一口啜って一息吐くと、微かな嘲笑を浮かべて呟いた。 

 

「本当に軍の最新鋭機を盗撮したならば、軍事機密に関する情報窃盗罪で即刻逮捕だというのに……」

「誰もが気軽に情報を発信出来るという時代の弊害……ですか。」

 

 ハウザーの言葉にアナスタシアはふっと笑い飛ばすような短い声を上げて、彼を見上げた。

 

「現時点では、こういった愚か者の好奇心は我々にとって利益だが……我々も人目を忍んで活動を行っている以上、明日は我が身だという事を常に肝に銘じておかねばな。」

「はい。今はまだ表に取りざたされる訳にはいかないというのは、組織の者全員が理解しております。」

 

 その言葉にアナスタシアは、ふと手にしたカップを見つめたまま呟いた。

 

「一般人ならばある程度誤魔化しも利くが……本当に厄介な敵は、既に動き出している可能性もある事だ。我々の尻尾を掴まれるのが先か、我々の準備が整うのが先か……どちらにせよ、気を抜いてはいられんぞ。」

「……シュバルツ少佐がまた何か企んでいると?」

 

 ハウザーの問いにアナスタシアは答えなかったが、代わりにまるで独り言のようにそっと呟いた。

 

「シュバルツは我々にとってのジョーカーだ。持っていれば厄介でもあるし、最強の切り札にもなり得る。使いどころは見誤らぬようにせねばな……」

 

 そう呟いた彼女の口元には、怪しげな笑みが浮かんでいるのだった。

 

 




Pixiv版第11話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10305057


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第12話-軍人の息子-

 たまたま立ち寄った田舎のコロニーで、ユナイトとブレードイーグルを見た人達が大騒ぎ。

 おまけに写真撮られてSNSで拡散された挙句、トップ記事にまでなっちまった。

 このままじゃ盗賊だの傭兵だの賞金稼ぎだの……いや、もしかしたら軍にも狙われる事になるかもしれねぇ。

 暫くほとぼりが冷めるまで、どっかにひっそりと身を隠したいとこなんだけどなぁ……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第12話:軍人の息子]

 

「おー!ホントに居やがったぜ!鳥型の飛行ゾイドだ!」

「合成写真のデマかと思ってたが、マジだったとはなぁ!」

「何が何でも捕まえてやるぜ!こいつは大金だ!」

 

 口々にそんな事を騒ぎながらブレードイーグルを追っているのは、荒野のならず者達であった。

 国籍もゾイドもバラバラ。金に目が眩み、周囲の者を蹴落としてでもブレードイーグルを捕える事しか頭に無いような烏合の衆は、口々に交わす言葉と同じくらいの勢いで銃弾やエネルギー弾をイーグルへと浴びせる。

 それを必死に躱しながら、カイは盛大に舌打ちをして忌々しそうにモニターを睨みつけた。

 

「ったく!何処のどいつだよ!イーグルを手に入れたヤツに賞金出す~なんて言った馬鹿は!!」

「なんか、ゾイドのコレクター?とかいうお金持ちさん……だったよね?」

「いやまぁそうなんだけどさぁ!!」

 

 独り言のつもりで口にした刺々しい愚痴へ返事が返ってくると思っていなかったカイは、シーナの純粋さに微笑ましさ半分、呆れ半分といった様子の情けない声を上げる。

 爆発的に広まったブレードイーグルのSNS記事はこの1週間でコメント数が8000件越え、閲覧数は20万回を超える程の話題となっており、それを聞いた帝国最大手の貿易商「フォルトナー商社」の社長がブレードイーグルに賞金を掛けるという異例の事態にまで発展してしまっていた。

 このフォルトナー社の社長「クラウス=フォルトナー」は、熱狂的なゾイドコレクターという顔を持っており、その執念たるや、あの伝説の賞金稼ぎ「アーバイン」が乗る貴重な開発第一号機のライトニングサイクスを金で買い叩こうとして痛い目を見た。というニュースで一躍有名になってしまった曰く付きの人物である。

 そのあまりに強引な財力一辺倒の交渉方法と、貴重なゾイドに対する執念にも似た情熱から、裏ではガーディアンフォースの主力機であるブレードライガーやジェノブレイカーすら虎視眈々と狙っているのではないか?という噂まで囁かれる始末なのだから手に負えない。

 

「正直、拡散されちまった時点でフォルトナーが目を付けて来るだろうとは思ってたけどよ……よりによって賞金首扱いとか勘弁してくれっての。俺達が一体何したってんだ畜生ッ……」

「イーグルもずっと追い駆けられててすっかりへとへとだから、何処かで暫く休ませてあげないとブースターも使えないし……困ったね……」

 

 後部座席でパネルを操作し機体コンディションをチェックしながら、シーナが途方に暮れた様子で呟く。

 普段ならばイーグルお得意の「音速かっ飛び逃げ」もとい、背面の小型ブースター「ソニックブースター」であっという間に逃げきれる筈だが……ここ数日間、逃げる先々で別の連中に見つかってはまた逃げる。という繰り返しであった為、ブースターのエネルギーは殆ど残っていなかった。

 イーグルさえそんな状態であるのだから、無論、カイもシーナもユナイトも、ここ数日間はろくに休息を取れていない状態だ。ハッキリ言って、このまま逃げ回り続けるのは到底無理だとカイも痛感している。

 だからといって、次から次に押し寄せる賞金稼ぎや盗賊達の相手などいちいちしていたらキリがない上に、元々戦闘はそこまで得意ではないカイが、疲弊しきった今のコンディションでどの程度戦えるかなど目に見えていた。

 

「くそっ……せめて近くに森や山があれば、ブースターが無くたってどうにか逃げ切れるのにッ……」

 

 苦々しい一言がカイの口から零れる。

 今回追い掛けて来ているのは全員地上を走る陸上ゾイドだ。地面に障害物の多い場所ならば撒く事も出来ただろうが、今自分達が追い掛け回されているのは一面に広がる見通しの良い荒野……追っ手を撒けそうな場所まで逃げ切れるかどうかは正直微妙な所であった。

 

   ~*~

 

「いやぁ、賞金を掛けたお陰で目撃情報も急激に増加。しぶとく逃げ回っているようだが、今頃パイロット共々疲弊しきっている頃合いだ。これなら君もあの鷲型ゾイドを捕え易くなるし、なんなら金に目の眩んだ連中が先にサッサと捕まえて私の所まで運び込んでくれる事だろう。どうだね?少しはお役に立てているかね?」

 

 通信画面越しに得意げに語るのは、30代半ばといった若い男。

 その通信を受けながら、帝国の麗しき女将校は事務的な笑みを浮かべる。

 

「ええ。ご協力大変感謝致します。フォルトナー社長。」

 

 その言葉に、フォルトナー商社の社長クラウス=フォルトナーは画面越しに映る女将校……アナスタシア=フォン=リューゲンを見つめ、うっとりとした様子で夢心地のように語った。

 

「いやいや、礼など不要だよ。君の御父君には貴重な北方大陸の野生ゾイドを何体も頂いているからね。こうして恩返しが出来るのは寧ろ光栄な事だ。あの鷲型ゾイドを手に入れるのは私にとっても君にとっても莫大なメリットがあるのだから、協力は惜しまないつもりだよ。」

「ありがとうございます。我々にとって貴方のご助力は必要不可欠ですので。」

 

 至って事務的なアナスタシアの態度など気にも留めていない様子で、フォルトナーは(いや)らしさの滲む声音を隠そうともせずに囁く。

 

「欲を言えば……君個人が私を必要不可欠だと言ってくれれば一番嬉しいのだがね?」

「御冗談を。私のような(しと)やかさの欠片も無い軍人が、帝国一の貿易商社の社長夫人になどなれる筈がありません。」

 

 不意に事務的な態度を崩し、クスクスと笑いながらアナスタシアが答えれば、フォルトナーはそんな彼女を食い入るように見つめて熱っぽく語り出した。

 

「そんな事はないさ!確かに君は軍人だが、それ以前に君は、あのリューゲンゾイド研究開発機構を取り仕切るリューゲン卿の一人娘!れっきとした貴族じゃないか!身分としては十分だとも!異を唱える者など誰一人居る筈がないじゃないか。」

 

 しかし、アナスタシアは申し訳なさそうに微笑んでそっと囁くように呟いた。

 

「……お言葉は大変嬉しいのですが、私にはやらなければならない事が数多く残っています。それを蔑ろにすることなど、父にも部下にも顔向けが出来ません。貴族であり軍人であるからこそ、私には誰よりも自分の職務を全うしなければならない責任がありますので。」

 

 彼女のその言葉にフォルトナーは寂しそうな表情を一瞬浮かべたが、次の瞬間には明るく微笑んでいた。

 

「……そうだね。無理を言って君を追い詰めてしまっては元も子もない。愛する人の枷になるなどあってはいけない事だ。だから私は、君が責任を全うするまで待つとするよ。いつか君がやるべき事を全て終えて肩の荷が下りた時、改めてゆっくりと話をしようじゃないか。」

「……わかりました。その時は一考させて頂きます。」

「うんうん。ではまたね。私の愛しいアナスタシア。」

 

 満足げな言葉と共に通信が切れ、画面に映っていたフォルトナーの姿が掻き消える。

 次の瞬間、アナスタシアは軽蔑するかのようにふんっと鼻を鳴らして冷たく吐き捨てるように呟いた。

 

「何が愛だ。貴様の目的は父上の持つ北方大陸への渡航権利と、私の身体だけだろう。馬鹿馬鹿しい。」

「ホントホント。下心見え見えだもん。クラウあいつ大っ嫌い。」

 

 ふと室内に響いた声に振り返れば、アナスタシア以外に誰もいなかった筈の執務室にクラウと彼女のオーガノイドであるヒドゥンが、まるで霞の中から出て来るかのように姿を現した。

 

「まったく……盗み聞きとは感心しないぞ。クラウ。」

 

 だがアナスタシアは驚きもせず、寧ろ若干呆れたかのように微笑みながら彼女を優しく(たしな)める。

 クラウも多少なり申し訳ないと思っているのか、素直に「ごめんなさい。」と謝罪の言葉を口にするも、すぐにむすっとした表情を浮かべて不機嫌そうに語った。

 

「でもあのおっさん、お姉様の事いっつも(いや)らしい目で見てるんだもん。だからね、クラウすっごく心配だったの。それに外で待っててもハウザーが怖いんだもん。」

「ハウザーが??」

 

 意外そうに訊ね返すアナスタシアに、クラウはこくこくと頷く。

 

「いっつもだよ?お姉様があのおっさんとお話してる間、ハウザーすっごくイライラしてるんだもん。あんまりイライラしてるから、アレは絶対妬きもちだーって、皆の間で噂になってるもん。」

「まさか。ハウザーがあの男に嫉妬する理由などある訳がない。」

 

 何処か自身たっぷりに断言するアナスタシアに、クラウは首を傾げて不思議そうに訊ねた。

 

「なんでそんなに断言出来るの?」

「出来るさ。あんな小者とハウザーでは比べ物にならんからな。」

 

 彼女がそう告げた時、執務室にホエールキングの操舵士から通信が入った。

 

「リューゲン大佐。まもなく目的地に到着します。」

 

   ~*~

 

「カイ。前から何か来てるよ。」

「は!?前?!」

 

 後部座席でパネルをせわしなく操作していたシーナが不意に上げた声に、カイも思わず声を上げる。

 前方に捕えたという機影を最大望遠でメインモニターに回してもらったカイは、映し出された機影を見つめた後、げっそりとした様子で呟いた。

 

「おい……嘘だろ……」

 

 メインモニターに映っていたのは一隻のホエールキング……その機体に描かれたエンブレムは、間違いなく帝国軍所属の物であるという証であった。

 

「だぁー!!後ろの連中だけでも一苦労だっつーのに!軍にまで目ぇ付けられるとか面倒臭ぇなぁ!!」

「え?軍??」

「あれ、ホエールキングっつって帝国軍の移動輸送艦ゾイドなんだよ。これじゃ挟み撃ちにされちまう。」

「えぇぇぇ!?」

 

 不安げなシーナの悲鳴に、カイの焦りも増す……しかし、そう簡単に軍へ助けを求める訳にもいかない。

 一度軍に保護されてしまえば、シーナが古代ゾイド人であるという事など簡単にバレてしまう。おまけにオーガノイドであるユナイトと古代ゾイドであるブレードイーグルがそう易々と開放してもらえる訳が無い。

 恐らく研究所送りか、帝国軍所属の機体として使われる事になるかのどちらかの筈だ。

 それに、カイには軍に助けを求めたくない決定的な理由があった……

 

「とにかく後ろの連中にも、目の前の軍にも捕まる訳にはいかねぇ!どうにかして……」

 

 そこでふと閃いたカイは、おもむろに操縦レバーを握り直し叫んだ。

 

「イーグル!頼むから操縦通りに動いてくれよ!」

 

 次の瞬間、カイはブレードイーグルを空中で急激にUターンさせ、後ろから追って来る者達の方へと引き返す。

 つい先程まで逃げていたブレードイーグルがいきなり自分達の方へ飛んで来たせいで、ならず者達はわらわらと立ち止まったり、ブレードイーグルを追い掛けて引き返そうとしたりと、荒野のど真ん中であるにも関わらず大渋滞を起こし、それでも尚、まるで最後の悪足掻きのように放たれた銃弾が一斉にイーグルへ襲い掛かった……

 

「うわっち?!」

 

 それをギリギリ間一髪で避けながら、大渋滞を起こしているならず者達を飛び越した事で、ブレードイーグルと帝国軍のホエールキングの間にならず者が挟まれる配置となった。

 

(これで治安維持を優先して、あの盗賊か賞金稼ぎかわかんねー連中の方に軍が気を取られてくれれば……)

 

 その隙に逃げる事が出来る筈……カイはそう考えたのだ。

 しかし、事はそう上手く運びはしなかった。

 帝国軍のホエールキングは荒野で大渋滞を起こしたならず者達に対して警告を発したりといった予備動作をする様子も無く、その周囲に容赦なく艦載砲を数発撃ちこんだのである。

 

「うっわ。えげつねぇ……」

 

 カイが思わずそう呟いたのも無理はない。

 ゾイドの中でも超大型の部類に入るホエールキング……しかもその艦載砲となれば威力はお察しの通りで、直撃こそしていないものの着弾時の衝撃と爆風でごちゃごちゃと固まっていたならず者達のゾイドはコンバットシステムがフリーズしたのか、あっという間に沈黙してしまったのだ。

 その為、ブレードイーグルの相手は幸か不幸か帝国軍のホエールキング一隻のみという構図に一変してしまった。

 

(こりゃぁ……下手したら状況悪化しちまったかも……)

 

 この疲弊しきった状態で訓練を積んだ軍人達が乗るホエールキングから一対一で何処まで逃げ切れるだろうか……少なくとも確かなのは、今のカイにそんな気力も体力も全く残っていないという事だけだ……

 しかし、ホエールキングから飛んで来たのは艦載砲ではなく、とある呼びかけの声であった。

 

「鷲型ゾイドのパイロットに告げる。我々は敵ではない。君達を狙う無頼(ぶらい)の輩から君達を保護するよう命令を受けて来た。現在、更に厄介な者達が此方へ接近している。一刻も早く我々の艦に来て欲しい。」

 

 若い男性の声によるその呼びかけと共に、ホエールキングの口腔ハッチが開き始める。

 その様子を見たシーナは不安げにカイを見つめた。

 

「カイ。どうする?……」

「……」

 

 カイはほんの数秒の間、無言で睨みつけるかのようにホエールキングを見つめていたが、直後……一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべた後でポツリと呟いた。

 

「……行こう。」

「え?でも大丈夫?私達を捕まえに来たんじゃ……」

「信用は出来ねーけど、今はイーグルを休ませてやるのが先だ。ホエールキングの中ならさっきの連中みたいな奴らに見つかる事はまずない筈だし、少し休めば、ブースター1回分くらいのエネルギーはギリギリどうにかなる。それに、更に厄介な連中が接近してる。ってのも気になるからな……」

 

 警戒を含んだ低い声音で囁くようにそう語るカイは、普段とは雰囲気がまるで違った。

 明るくて面倒見の良い、年相応の少年といったいつものカイではなく、その大人びた声と態度は微かな冷たさすら感じる……初めて見た彼のそんな一面に不安げな表情を浮かべて戸惑いながらも、シーナは小さく頷いた。

 

「うん……そうだね。」

「イーグル。ホエールキングの格納庫に着いたら、暫くブースターの回復に専念してくれ。罠だった時、すぐカッ飛んで逃げられるようにな。頼んだぜ。」

「キュルル……」

 

 イーグルは面白くなさそうな鳴き声を上げたが、一応渋々ながらも彼の言葉を承服したらしい。

 そんなイーグルにふと申し訳なさそうな笑みを微かに浮かべたカイは、慎重にホエールキングの口腔ハッチへとイーグルを滑り込ませた。

 

   ~*~

 

「鷲型ゾイド、メイン格納庫へと無事収容完了しました。」

 

 メインブリッジのオペレーターの言葉に、若き将校は微かな安堵の溜息を洩らした。

 

「どうにか、間に合ったようだな。」

 

 彼は穏やかに微笑みながら、隣に控える腹心の部下へ告げる。

 

「ブローベル。鷲型ゾイドのパイロットとオーガノイドを来賓船室まで案内してくれ。」

「了解しました。シュバルツ少佐。」

 

 敬礼し、メインブリッジを後にするブローベルの後ろ姿を見送って、ルーカスはメインモニターに表示されているレーダーへと向き直る。レーダーには此方へ接近する機影が一つ表示されていた。

 

「さてさて。どう言い訳をしたものか……」

 

 気怠げな独り言を呟きながらも、その口の端には微かに笑みが浮かんでいる。

 考えを巡らせている時間も無く、通信士から声が上がった。

 

「シュバルツ少佐。第四装甲師団長、リューゲン大佐から通信が入っています。」

「繋いでくれ。」

「はっ!」

 

 モニターに表示された感情の読めないアナスタシアの無表情な顔を眺め、ルーカスはなんでも無さそうにのんびりと口火を切った。

 

「リューゲン大佐。このような辺境の国境沿いまで哨戒とはご苦労様です。」

「貴殿こそ、何故第三陸戦部隊がこのような場所を哨戒している?見た所、随分とやんちゃをしでかしたようだが戦闘許可は取得しているのだろうな?」

 

 氷のような冷たい眼差しと言葉を真っ向から受けながら、ルーカスは微かに首を傾げる。

 

「許可は取っておりませんが、我々はそもそも戦闘などしておりません。」

「ほう?……」

 

 微かに呆れと苛立ちの込められたその声に、ブリッジの乗組員達は不安げな表情を浮かべ顔を見合わせながら会話の行く末を見守っている。

 だがルーカスはその全てを全く気に留めていない様子で言葉を続けた。

 

「我々は一般人を執拗に追い回す悪質な者達へ、警告の為威嚇射撃をしただけの事。追われていた一般人も無事保護致しましたので、我々は直ちに撤収致します。」

 

 直後、心臓に悪い不穏な沈黙が流れる。

 ほんの数秒が永遠のように感じられる程の重苦しい空気の中、微かに嫌味を含んだ笑みを浮かべたアナスタシアがルーカスへと訊ねた。

 

「なるほど。戦闘をしていないのならばそれについては言及しないでおこう。その代わり、貴殿の率いる第三陸戦部隊がこの辺境を哨戒していた言い訳を聞かせてもらおうか。まさかまた議会を無視して行動した訳ではあるまいな?シュバルツ少佐。」

 

 その言葉に、ルーカスは子供のような笑みをにっこりと浮かべてこう答えた。

 

「勿論。議会は一切通しておりません。」

 

 次の瞬間、アナスタシアは呆れた様子を隠そうともせずにルーカスを見つめる。

 

「これはこれは。元帥閣下の嫡男の行動としては到底誉められたものではないな?」

「いえいえ、そうでもありませんよ。」

「では貴殿お得意の『元帥閣下直々のご命令』とやらか?いい加減その手も通用せんぞ?」

 

 口元こそ笑みを浮かべてはいるものの、鋭く突き刺すかのように向けられたアナスタシアのエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、ルーカスは何処か得意げな様子で不意に語った。

 

「今回は元帥閣下のご命令も受けてはおりませんが、私の独断という訳でもありません。帝国軍議会と同等……いえ、それ以上の組織から、光栄にも直々にご指名を受けまして。」

「議会と同等以上の組織だと?……まさか……」

 

 微かに驚いたようなアナスタシアに、ルーカスは勝ち誇ったように言い放った。

 

「ご推察の通りですよ大佐殿。我々第三陸戦部隊に追われていた一般人……いえ、鷲型ゾイドの保護を依頼したのは、特別国際平和維持法に基づきこの惑星の平和維持に貢献している特殊部隊。ガーディアンフォースです。」

 

   ~*~

 

「ん~……」

 

 案内されるがままに通された来賓船室で、シーナが何処か釈然としない声を上げる。

 彼女が手にしているのは上品な香りの紅茶が満たされたティーカップ。

 しかし、それを一口飲んだ後、彼女は少々困ったように首を傾げていた。

 

「砂糖なら、そこのシュガーポットの中にある。好きに使ってくれて構わんよ。」

 

 テーブルの傍に控えるようにして立っているブローベルが優しく声を掛けるも、シーナは困ったようにブローベルを見上げて呟いた。

 

「えっと……お砂糖じゃなくって、その……」

 

 しかし、彼女の言葉を遮るように開いた扉に船室内の者達の視線が集まる。

 来賓船室へ入って来たのは申し訳なさそうな笑みを浮かべたルーカスであった。

 

「お待たせして大変申し訳ない。すぐご挨拶しようと思っていたのだが……」

 

 そこまで喋ったルーカスが、不意に言葉を途切れさせた。

 ただ一点を見つめる彼の視線の先……そこには、出された紅茶に全く手も付けず腕と足を組んで無愛想にソファーに腰かけているカイの姿があった。

 シーナ、ユナイト、ブローベルの3人が揃ってルーカスの方を向いている中、彼だけ船室へ入って来たルーカスに見向きもせず、不機嫌そうな顔で静かに目を閉じている。

 

「……まさか、君が乗っていたとは……」

 

 ぽつりと呟かれたその一言でカイはやっと目を開き、面倒臭そうにルーカスを見やった……次の瞬間だった。

 カイもまた驚きに目を見開くと、弾かれるようにソファーから立ち上がって声を上げた。

 

「ルーカス兄ちゃん?!」

 

 あまりに唐突なその反応に、シーナとユナイト、そしてブローベルまでもが、各々戸惑いの表情を浮かべて呆然と見つめ合っているルーカスとカイを交互に見やる。

 数拍の沈黙の後、遠慮がちな声を上げたのはブローベルであった。

 

「あの……シュバルツ少佐。この少年と、その……お知り合いなのですか?」

 

 その言葉にルーカスはハッと我に返ると、ブローベルへ視線を移して苦笑を浮かべた。

 

「ああ……彼はハイドフェルド大佐の息子さんなんだ。」

 

   ~*~

 

「彼の父……エリク=ハイドフェルド大佐は帝国軍第一航空大隊の隊長で、かつて数年だけ……丁度私が帝国士官学校に在学していた間、特別講師も務めておられた方なんだ。」

「そうそう。んで、勉強の為に親父が持ってる資料とか家に時々借りに来るようになってさ、それで親父だけじゃなく俺のことも知ってるってわけ。」

 

 ルーカスとカイの説明で、状況を全く呑み込めていなかった2人と1頭はようやく納得した表情を浮かべながら、今一度彼らを静かに眺める。

 ガイロス帝国軍元帥の息子と、第一航空大隊隊長の息子。どちらも軍人の息子とはいえ、互いに年齢も立場も全く異なっている者同士の筈なのに、2人の間にはまるで兄弟のような穏やかな雰囲気が漂っていた。

 

「しっかしまぁ……助けてくれたのがよりによってルーカス兄ちゃんだったとは……世間って案外狭いもんだな。」

 

 先程までの無愛想な態度から一変。疲れを(あら)わにしながらも何処かリラックスした様子でソファーに座り直しているカイが苦笑を浮かべる。

 向かいの席に腰かけたルーカスも、そんなカイを見つめて可笑しそうにクスクスと笑っていた。

 

「よりによってとは酷いな。俺じゃない方が良かったか?」

「別に嫌とは言ってないだろ?見ず知らずの軍人に保護されるくらいなら、そりゃルーカス兄ちゃんに助けて貰えたのはラッキーだし、感謝してるよ。」

 

 カイはそう言いながら、ようやく出されていた紅茶に口を付ける。

 一息吐いて、彼はカップを手にしたまま言葉を続けた。

 

「シーナ達の事も、ルーカス兄ちゃんなら安心して話せるしな。」

「シーナ?」

 

 微かに首を傾げたルーカスに、シーナがおずおずと片手を挙げる。

 

「あ、えっと。私の名前です……」

「ふむ……」

 

 ルーカスはシーナと彼女の傍に丸くなっているユナイトをゆっくり交互に見つめると、穏やかに微笑みながら優しく語りかけた。

 

「オーガノイドを連れているという事は、君は古代ゾイド人かな?」

「あ、えっと……」

 

 唐突に自分の正体を言い当てられて口籠ったシーナの代わりに、カイが頷く。

 

「ああ。シーナは古代ゾイド人で、そこのソファーの傍で丸くなってんのがシーナのオーガノイド。名前はユナイトって言うんだ。ちなみに格納庫に置かせて貰ってる奴はブレードイーグルな。」

「ブレードイーグルか……あ。」

 

 不意に何か思い立ったかのように声を上げたルーカスは、おもむろにソファーから立ち上がると部屋の隅の戸棚へと歩いて行き、何やら探し始める。

 程なくして再びソファーへ戻って来た彼は、テーブルの上に出されているシュガーポットとは別の形のシュガーポットを手にしており、それをシーナへと差し出しながら笑顔を浮かべた。

 

「古代ゾイド人という事なら、君には砂糖ではなく塩の方が良かったかな?」

「あ。うん!ありがとう。」

 

 嬉しそうにシュガー……もとい、ソルトポットを受け取ったシーナは、中に入っていた陶器製の匙でせっせと紅茶に塩を入れ始める。紅茶の中へこれでもかと言わんばかりの量の塩が注がれていく様を唖然とした様子で見つめるカイとブローベルに気付いたルーカスは可笑しそうに笑いながら語った。

 

「そうか。カイとブローベルは知らないんだったな。古代ゾイド人は大量の塩分を摂取する事で体内をイオン化しているそうでね。使う事は無いだろうとは思っていたんだが、一応この来賓室にだけ用意はしてあるんだ。」

「な、なるほど……」

 

 全く頭が追いついていない様子で譫言(うわごと)のように声を上げるブローベルの目の前で、恐らく海水よりもしょっぱくなっているであろう筈の紅茶をシーナはさも美味しそうに飲んでいる。

 その隣で、カイがまさか……といった様子で声を掛けた。

 

「あのさ、シーナが味の濃い缶詰とかスープとか好きなのって……」

「え?なに?」

「……いや、なんでもない。」

 

 理解の範疇を超える出来事に、ここ数日の逃亡生活による疲れとはまた違った類の疲れがドッと押し寄せて来たカイは、力無く一言そう答えるとぐったりした様子で何も入れていない紅茶に口を付ける。

 そんなカイとシーナのやり取りを眺めて面白そうにクスクスと小さく笑い声を漏らしながら、ルーカスはカイへ向き直ってそっと静かに切り出した。

 

「俺が部屋に入って来た時、酷く不機嫌そうな顔をしていたのは……彼女達を軍に引き渡せと迫られるんじゃないかと、気を揉んでいたといったところかな?」

「まぁ……勿論それも理由だけどさ……」

 

 ふと寂しげに微笑んで、カイは手にしたティーカップに視線を落とす。

 彼は少し大人びた落ち着いた声でそっと呟いた。

 

「親父が航空大隊の隊長なんかやってる手前、軍に保護されちまったら逃がして貰えねーだろ?3年間も消息不明だったハイドフェルド家の面汚し。ろくでなしの放蕩息子だ……どうせ軍人共から嫌味やお小言言われた挙句、親父に連絡入れられて延々と説教されて……実家まで強制送還。ゾイドに乗れない退屈な日々にまた戻っちまうんだろうなーなんて。そんな事ばっか思い浮かんでイライラしちまってさ……」

 

 その言葉に、ルーカスは暫し黙り込んだ後でそっと呟く。

 

「なるほど。先程の『よりによって』の真意はそれか。嫌味や小言の心配は無いにしろ、ハイドフェルド大佐と家族ぐるみの付き合いがある俺では、どうあがいても父親に報告が行ってしまうと……」

「ああ……見なかった事にしてこっそり逃がす。なんて出来ねーだろ?そんな事しちまったらルーカス兄ちゃんの方が行方不明者の保護責任どうのこうのって、ややこしい事になっちまうのは目に見えてる訳だしな。」

 

 カイは残りの紅茶を静かに飲み干してカップを置くと、切なさの滲む真剣な表情でルーカスを見つめた。

 

「見ず知らずの軍人相手なら、最悪、格納庫ぶち抜いてでも逃げ出してやろうって思ってた。けど、家に来る度に嫌な顔一つしないでいつも一緒に遊んでくれたルーカス兄ちゃん相手に、そんな事……やりたくても出来る訳ねーじゃん。」

「……昔から、優しい所は変わらないな。カイは。」

 

 ルーカスは困ったように微笑むと、そっとシーナへ視線を移す。

 

「シーナ。君はどうしたい?」

「え?……」

「このままではカイを家に連れ戻さなければならない。君やユナイト、ブレードイーグルの処遇については最大限口添えをするつもりだが……それでも、恐らくカイとは2度と会えなくなってしまう可能性の方が高いんだ。君は、どうしたい?」

 

 その言葉に、シーナは言った。

 

「私は……私は嫌。カイは一緒に私の途切れた記憶を探してくれるって約束してくれたの。だから私はカイと一緒に旅を続けたいし、自分の記憶を取り戻したい。それにカイは、空を飛んでいられる今の方がずっと楽しいって言ってたから……カイから空を……翼を奪う事はしないであげて欲しいの。お願い……」

「シーナ……」

 

 真剣な眼差しで懇願するシーナと、そんな彼女を微かに戸惑ったような表情で見つめるカイ。

 2人をゆっくりと交互に見つめたルーカスは、そっと目を閉じながら穏やかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「わかった。ならば一つだけ方法がある。」

「え?!マジで?!」

 

 思わず声を上げたカイに、ルーカスは得意げに頷く。

 

「ああ。ハイドフェルド大佐にカイを発見したと報告をした上で、君達が離れ離れにならずに済み、旅は出来ないが、記憶を探しながら空を飛ぶ仕事が出来て、ブレードイーグルに掛けられた賞金すら白紙に戻させる事が出来る。そんな夢のような場所を、私は一つだけ知っている。」

 

 そう言って彼はそっと目を開き、カイとシーナを真っ直ぐ見据えてその名を口にした。

 

「カイ。シーナ。君達2人で、ガーディアンフォースに入らないか?」

「え……」

 

 思いもよらない提案に、カイの思考が一瞬止まる。

 帝国、共和国の別なく活躍する国際平和維持特殊部隊……あの英雄バン=フライハイトをはじめとした少数精鋭で編成されている、世界でもトップクラスの特殊部隊に自分が所属するなど、俄かには信じられないし、想像もつかない。

 

「俺が……ガーディアンフォースに?」

 

 思わず訊ね返したカイに、ルーカスは静かに頷く。

 

「ユナイトとブレードイーグルも、君達の機体として所属登録すれば法が守ってくれる。ガーディアンフォースには俺の身内や父上の友人も多く働いている事だ。もしその気があるのなら、俺から入隊を推薦しようと思うが……どうする?」

 

 彼の言葉に最初に答えたのは、シーナだった。

 

「私、やってみたい。」

 

 その一言に、カイが彼女を見つめる。

 シーナは、そんなカイをにっこりと見つめ返して訊ねた。

 

「カイは?」

「俺は……」

 

 カイはそう呟いて黙り込む。

 トップクラスの特殊部隊に戦闘の苦手な自分が入って、はたしてどこまでやれるだろう?

 そう考えると、正直不安で仕方がない。

 とはいえ、共に記憶を探すという約束を守れずシーナ達と離れ離れになり、実家に連れ戻され再びゾイドに乗るのを許されない日々を送るのと、ガーディアンフォースに入ってシーナ達と共に記憶を探しながら任務に従事する事で空を飛び続けるのを天秤に掛けた場合、答えは一つだった。

 

「……俺もやるよ。それでまた、一緒にシーナの記憶を探し続ける事が出来るなら。まだ……空を飛んでいられるなら。」

 

 その言葉に、ルーカスは彼の決意を静かに受け止め頷いた。

 

「わかった。ではそのように手を回しておこう。」

 

 席を立ったルーカスは、不意に身を乗り出すようにしてカイの頭をわしゃわしゃと撫でると、兄のような優しい声で明るく言った。

 

「そう気負わなくても大丈夫さ。カイと同い年の子も所属している事だし、きっと仲良くやっていける。だから精一杯やってみれば良い。頑張れよ。」

「うん。ありがとう。」

 

 まるで昔に戻ったかのような錯覚に一瞬捕らわれながら、カイは照れくさそうに呟いた。

 ルーカスのその手と言葉にほんの少し……だが確かに、勇気をもらったのを感じながら。

 

   ~*~

 

 その頃、あと一歩のところでブレードイーグルを捕える事が出来なかったアナスタシアはホエールキング内の執務室に戻り、デスクに着いてラップトップを操作していた。

 キーボードを操作する音だけが響き渡る中、不意に執務室の自動ドアが開き、ハウザーが姿を現す。

 

「失礼します。」

「ああ。」

 

 一礼と共に入室して来た彼に短く答えながら、アナスタシアは訝し気にラップトップのモニターを眺めている。

 そんな彼女に、ハウザーはそっと切り出した。

 

「ガーディアンフォースが守護鷲の保護を依頼した。という話についてですが、軍の通信記録を調べた限りでは、守護鷲の存在が騒がれ始めた1週間前から現在までの間に、ガーディアンフォースからの連絡は一切入っていないようです。」

「やはりな。こちらでも記録を洗っていたところだがそれらしき情報は見当たらなかった。」

 

 アナスタシアはラップトップを閉じるとハウザーを見上げる。

 

「まぁ、相手はあの元帥閣下の息子だ。軍の通信記録に残らないプライベートでのやり取りで頼まれた可能性は十分にあるが……あの場を切り抜ける為の虚言であった線も濃厚だな。」

「そうまでして我々から守護鷲を遠ざけようとしたという事は、やはり……」

 

 ハウザーの言葉に、アナスタシアは不意に笑みを浮かべて囁くように呟いた。

 

「ああ。シュバルツも少なからず守護鷲の事を知っている筈だ。」

 

 その一言を聞いたハウザーが微かに眉を顰める。

 

「いかがなさいますか?」

「構わん。奴が守護鷲の事を知っているか否かはさして重要ではない。彼に保護された守護鷲とそのパイロットが今後どう身を振るのか……問題はそこだ。」

 

 アナスタシアはそう呟きながら両手の指を組みながらデスクに肘を突く。

 

「知らぬ者達からすれば、守護鷲は世間を賑わせ、賞金まで掛けられた謎の鷲型ゾイド……下手をすれば守護鷲を巡り更に大きな騒動が起こる可能性も十分考えられる。そんなゾイドを、両国の合意の上で合法的に保護出来る場所となれば……どちらにせよシュバルツの言った通り、ガーディアンフォースに属する事になる可能性が高いか……」

「その場合、所在が確定する事によって探し回る手間が省けるのは、我々にとっても利益ではありますが、ガーディアンフォースに属する者とその機体は特別国際平和維持法によって固く守られる為、穏便に手に入れるのは少々厄介かと……」

 

 真剣な面持ちで語るハウザーとは打って変わって、アナスタシアの表情は穏やかであった。

 

「確かに『穏便に』手に入れるのは骨が折れるだろうが、そのつもりはもう無い。守護鷲とそのパイロットがガーディアンフォースに所属すれば、それこそ捕えて確認する手間が省ける。パイロットが本物の双星の片割れか否か……それさえ判れば、後は奪えば良いだけの事。」

 

 そこまで語った後、不意にアナスタシアはからかうような笑みを浮かべてハウザーを見つめた。

 

「そういえば、私がフォルトナーと連絡をしている間、随分と不機嫌だそうだな?」

 

 その一言に、ハウザーが微かに困ったような表情を浮かべる。

 

「……噂の出所は、クラウですか?」

「ああ。周囲の者達まで皆一様に妬きもちだと噂している。とも聞いたぞ。」

 

 クスクスと笑うアナスタシアに、ハウザーはキッパリと語った。

 

「確かにフォルトナーの無礼極まりない態度を知るが故に、少々苛立ちはしておりました。ですが妬きもちなど、そのような見当違いの感情は抱いておりません。私にとって大佐は全てを捧げてお仕えすべき主であり、そこにあるのは絶対的な忠誠心のみです。」

「ほぅ?……」

 

 何処か含みのある呟きを返し、アナスタシアは席を立ちあがる。

 執務室の自動ドアへ向かいながら、彼女はすれ違いざまにハウザーへ囁いた。

 

「お前に妬かれるのも存外悪くないと思ったのだがな?」

「は?……大佐、今なんと……」

 

 驚愕したように目を見開きながら振り返ったハウザーの視線の先で、アナスタシアはそれ以上何かを語る事も、振り返る事も無く執務室を後にする。

 一人取り残されたハウザーは、暫く呆然としたように閉まったドアを凝視していた。

 

   ~*~

 

 夕方、ルーカスはホエールキング内の自室で自分の小型タブレットを使い通話をしていた。

 

「申し訳ありません。私の一存で貴方方を巻き込んでしまいました。」

 

 神妙な面持ちでそう語るルーカスに、通話相手が明るく答える。

 

「そう気にするなって。あのゾイドがニュースになってフィーネも心配してたしな。」

「では、彼等をお任せしても?」

「ああ。俺から伝えておくよ。ルドルフやハーマンも口裏合わせくらいしてくれるだろうしな。まぁ、流石にシュバルツからは多少なりそっちにお小言があるかもしれないけどさ。」

 

 何処か愉快そうに笑いながら喋る通話相手に、ルーカスが苦笑を浮かべる。

 

「それに関しては覚悟の上です。」

「ホント、自分から面倒事起こしやすい所はシュバルツ譲りだな。ルーカスは。」

「ええ。全くです。」

 

 思わずクスクスと笑いながら答えれば、通話相手が不意に呟いた。

 

「どうせ軍の通信記録にも残らない個人通話なんだ。仕事モードのよそよそしい喋り方はそれくらいにして、のんびり話そうぜ。」

「……そうですね。大英雄殿の仰せの通りに。」

 

 微かにからかうような口調でそう言えば、通話相手が困ったような声を上げる。

 

「英雄って呼ぶのはやめてくれって。俺はただ、フィーネも、この惑星Ziのゾイド達も助けたかった。ただそれだけなんだから。」

「それでも俺達からすれば、愛で世界を救った立派な英雄ですよ。バン=フライハイト大佐。」

「大袈裟だなぁ~……」

 

 タブレットの向こうから返って来た面倒臭そうな声に、ルーカスはやはりまた笑う。

 イヴポリス大戦の最前線で活躍した大英雄。バン=フライハイト。

 二度に渡ってデスザウラーを倒した彼は、今や歴史の教科書に載る程の偉人であり、生きる伝説として今尚人々から尊敬されている。しかしそんな雲の上のような存在である彼も、ルーカスにしてみれば幼い頃から世話になった身近な知り合いの一人だ。

 その分け隔ての無いフランクな態度と自分の偉業を気取らない様は、昔から全く変わらない。

 

「ところで、今はどちらに?」

「レイヴンと2人で共和国南部の辺境支部の視察……って言えば聞こえはいいけど。要するにいつもの長期出張だよ。たまには家に帰ってフィーネや息子達の顔見てのんびり過ごしたいとこなんだけどな。」

 

 若干ぐったりとしたその声音に、思わず「お疲れ様です。」と労いの言葉を口にしつつ、ルーカスは先程までとは違うリラックスした表情と口調で喋り始める。

 

「中立都市ヘルトバンのガーディアンフォースベースに到着するのは明日の13:00頃なので、恐らくクルトと同着くらいになると思います。仲良くしてくれると良いんですが。」

「そうか。明日はクルトの正式入隊日でもあるんだったな。」

 

 ああそうだった。といった様子で呟いたバンは、気楽そうに言葉を続けた。

 

「まぁ、ベースにはトーマも居るし、まさか父親の目の前で大喧嘩なんて事は無いんじゃないか?レンとエドガーも上手くフォローしてくれるだろうから、そう心配するなって。」

「だと良いのですが、クルトは真面目な分少々頭の固い子なので……」

「確かに。家出して3年間も行方不明だったハイドフェルド大佐の息子だって聞いたら、とんだ不良が入隊して来たな~なんて、思いかねないよな。」

 

 苦笑しているのが此方まで伝わって来るようなその声に、ルーカスが溜息を吐く。

 

「カイは……行動力があり過ぎるのが少々玉にキズなだけです。少なくとも俺から見た印象は昔と変わりません。ゾイドと空が大好きな、優しい子ですよ。」

「なら大丈夫さ。俺が保証する。」

「……そうですね。」

 

 優しく穏やかなバンの言葉に、ルーカスも思わず安心したような笑みを浮かべる。

 どちらにせよ、ずっと傍に付いていてやれない以上、仲良くしてくれる事を願うしかない。これ以上あれこれと気を揉んでも、結局は本人達次第だ……それは分かっている筈なのに心配してしまうのは、カイもクルトも大切な弟分故だろうか。

 それでも、バンの「大丈夫さ。」の一言には何処か説得力があり、彼がそう言うなら大丈夫だろうと思えてしまう。

 

(ありふれた一言でも、妙に説得力があるのがこの人の凄い所なんだよな……)

 

 そんな事を思いながら、ルーカスはそっと呟いた。

 

「では、俺はそろそろ仕事に戻らなければならないので、この辺で失礼します。」

「ああ。後の事は俺達に任せてくれ。じゃぁ、ルーカスも元気でな。」

 

 通話の切れたタブレットをそっと下ろして画面を切りながら、ルーカスはぼんやりと天井を見上げる。

 その顔はいつもの気怠げな表情を浮かべており、若干途方に暮れているようにも見えた。

 

「後はハイドフェルド大佐への言い訳だな……こればっかりは、俺が怒られるしかなさそうだ……」

 

 ハイドフェルド大佐が何故、カイを頑なにゾイドから遠ざけようとするのか……その理由を知っているからこそ、カイをガーディアンフォースに入れる事で彼の身の安全と自由を守るというのは苦渋の決断だった。

 ……が、この決断を後悔はしていない。

 こればかりはもう、理屈ではなく直観だ。これが最善でありベストであるという直感……

 まぁ裏を返せば、自身の直感以外の理由が無いので言い訳に困っているのだが……

 

「これ以上報告を遅らせる訳にもいかんし、よし。素直に怒られよう。」

 

 彼は自分を奮い立たせるように呟くと、腰かけていたベッドから立ち上がり軍帽を被り直す。

 素直に怒られよう。と口では言っていたものの、ハイドフェルド大佐への報告の為に自室を出てメインブリッジへ向かうその後ろ姿に不安や気重さは一切無い。

 寧ろ、これから戦場に赴こうとしているかのような決意に満ちた力強さだけが静かに漂っていた。




Pixiv版第12話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10331514


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GF入隊編
第13話-GF基地-


 ブレードイーグルの賞金に目が眩んだ連中に追い掛け回されていた俺達の前に、突如として現れた帝国軍。

 その正体は、親父の教え子であるルーカス=リヒト=シュバルツ少佐だった。

 ガーディアンフォースに入らないか?って提案に、最初は戸惑いもしたけれど……

 シーナの記憶を探しながら空を飛び続ける方法が他に無いなら、やるしかねぇよな!

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第13話:GF基地]

 

 ガイロス帝国とヘリック共和国の国境上に作られた中立都市ヘルトバン……

 イヴポリス大戦後、両国の復興の際に作られたこの町は、帝国と共和国の友好と和平の象徴であると同時に、国際平和維持特殊部隊であるガーディアンフォースの本部基地「ガーディアンフォースベース」を擁する、両国の治安の要として重要な役割を担っている。

 そのガーディアンフォースベース第一滑走路上空にて、ルーカス=リヒト=シュバルツ少佐率いる第三陸戦部隊のホエールキングが今まさに着陸態勢へ入ろうとしていた。

 

「すっげぇ……ホントに来ちまった……」

 

 着陸態勢に移行したホエールキング内、通路の窓から眼下に広がるガーディアンフォースベースを見渡してカイが独り言のようにポツリと呟く……実際にガーディアンフォースベースを自身の目で目の当たりにして尚、彼は何処か夢を見ているような、テレビの画面を眺めているような……現実味の無い感覚を抱えて、ふと表情を曇らせる。

 ただただ彼の胸を満たしているのは、これから踏み出す新たな一歩への期待と好奇心ではなく、戦闘の苦手なアマチュアゾイド乗りの自分が訓練も無しに少数精鋭部隊に配属されるという事に対する戸惑いと緊張だ。

 それを体現するかのように、彼の薄紫色の瞳は微かな不安に揺れていた。

 

「わぁ~!広いね~!これ滑走路でしょ?あっちの建物はなんだろう??格納庫かな??」

「グオグオ!」

 

 そんなカイの隣で、同じように窓の外に広がるガーディアンフォースベースを眺めているシーナとユナイトは、至って無邪気に目を輝かせながら滑走路や格納庫と思しき建物をせわしなく指差してはしゃいだ声を上げている。

 

「シーナもユナイトも、なんか滅茶苦茶楽しそうだな。」

 

 苦笑交じりのカイに、シーナは笑顔で頷いた。

 

「うん!此処なら離れ離れにならずに、カイとユナイトとイーグルと私。4人でまた空が飛べるんでしょ?だからそれがすごく嬉しいのと、あとは『どんな場所なのかなぁ?』とか『どんな人達が働いてるのかなぁ?』とか、考えてるとキリがないくらいすっごく楽しみなの。今まで普通の町やコロニーしか行った事なかったし。」

「グオ!」

「そっか……なんか、お前らのそういう無邪気なトコ、ちょっと羨ましいぜ。」

 

 元気の無い笑みを浮かべ、カイはシーナから視線を逸らすようにして再び窓の外……段々と近づいて来る基地の景色を不安げに眺める……そんな彼に、シーナが少し心配そうな表情でそっと声を掛けた。

 

「カイは……嬉しくないの?」

「別に嬉しくねぇ訳じゃねーんだけどさ……やっぱ色々不安になっちまうっつーか……正直、俺は戦闘とか得意じゃねぇし……自信ねぇなぁ……って……」

「カイ……」

「らしくねーよな!いつもならこんなにあーだこーだぐだぐだ考えたり、やる前から弱気になったりしねーのに。俺がこんなんじゃ、シーナだって不安になっちまうよな。なんか、ごめんな。」

 

 何処か無理矢理明るく振舞おうとしているカイに、シーナは優しく微笑みかけるとゆっくりと首を横に振る。

 

「謝る事無いよ。カイは真面目でしっかり者さんだから、お仕事の事真剣に色々考えてるんでしょ?大丈夫。私も、ユナイトも、イーグルも、皆一緒だよ。一緒に頑張ろう?ね?」

「シーナ……」

 

 窓枠に掛けられているカイの左手を、シーナの両手が優しく包み込んだ。

 その手の温もりが、柔らかく優しい声音が、カイの不安を静かに掻き消していく。

 カイは不意に降参したように、溜息とも笑い声ともつかない吐息を一つ吐いて顔を上げた。

 

「なんか俺、シーナに助けられてばっかだな。」

「そう?……私、カイの助けになれてる?」

「ああ。俺が弱気になってる時や、ピンチの時……いつも助けられてばっかだよ。」

 

 その言葉に、シーナは至って安心したように明るく笑った。

 

「よかったぁ。私、カイの役に立ててるんだね。」

「グオ!グオグオグオ?!」

 

 笑顔を浮かべるシーナの隣で、不意にユナイトがカイへと必死に何やら語り掛ける。

 思わずきょとんとした表情を浮かべたカイに、シーナがクスクスと笑いながらその言葉を通訳した。

 

「私も!私も役に立ってる?!だって。」

 

 可笑しそうに笑うシーナと、真剣な面持ちで返事を待つかのようにジッと自分を見つめているユナイトを交互に見つめた後、ようやくカイも明るい笑い声を上げた。

 

「あったり前だろ!ユナイトだって何度も助けてくれたじゃねーか。シーナも、ユナイトも、勿論ブレードイーグルも。お互い今まで助け合って此処まで来たんだからな。」

「グオ!」

 

 力強く頷いたユナイトを見つめた後、カイは安堵の表情を浮かべて微笑んだ。

 

(そうだ。1人で旅をしてた頃とは違う。遺跡で出会ったあの日から、シーナと、ユナイトと、イーグルと……お互いに助け合って此処まで来たんじゃねーか。これからだって、きっと一緒に乗り越えていけるよな。)

 

 1人じゃない……思えば当たり前の事なのに、ずっと1人で悶々と考えていたのは何故なのか。

 もしかしたら、傍に居るのが当たり前になってしまっていたからこそ……なのかもしれない。

 それが何処か気恥ずかしくもあり、心強くもある。だが、決して忘れてはいけない大切な事だ。それに気付かせてくれたシーナに、自然と感謝の言葉が零れた。

 

「ありがとな。」

「え?何が??」

「いや、こっちの話。」

「えー!こっちの話って何?教えてよ~!」

「ひーみーつー!!」

 

 ずいずいと詰め寄って来たシーナの頭を照れ隠しのようにわしゃわしゃと撫で回し始めた時、ホエールキングが滑走路へ着陸した振動が通路を揺らす。

 カイは話題を逸らすかのように明るく笑って言った。

 

「ほら!着いたぜ!早く来ねーと置いてくぞー!!」

「あー!!待ってよぉ~!!ねぇ~!!カイってばぁ~!!」

「グオグオ~!!」

 

 格納庫へと駆け出したカイの後を追って、シーナとユナイトも思わず駆け出す。

 すっかりいつもの様子に戻った2人と1頭の後ろ姿に、不安の影は一切無かった。

 

   ~*~

 

 一方、カイ達よりも一足早くホエールキングを降りたルーカスとブローベルは、此方へと駆け寄って来る1人の青年を見つけ、互いにチラッと笑みを交わし合っていた。

 駆け寄って来た青年は、ルーカスの前に立つとその若草色の瞳を輝かせながら敬礼を取る。

 

「お久しぶりです!シュバルツ少佐!」

 

 青年の第一声に思わずきょとんと目を見開いたルーカスは、次の瞬間には困ったように笑いながら、何とも締まりの無い様子で軍帽越しに頭を掻いて、自分よりも出来の良い『従弟』を見つめる。

 

「とうとうお前からもシュバルツ少佐なんて呼ばれるようになってしまったか……俺としては普段通りに呼んでもらえた方が気が楽なんだが……」

 

 しかし、そんなルーカスとは打って変わって青年はきっぱりと答えた。

 

「いえ、正式にガーディアンフォースの隊員となった以上、公私混同など出来ません。」

 

 そんな彼を見て、ブローベルがにこやかに呟く。

 

「流石、シュバルツ博士のご子息ですね。しっかり者でいらっしゃる。」

「全くだ。俺よりも真面目でしっかり者な、よく出来た従弟だよ……」

 

 若干面倒臭そうに小さな溜息を吐いたルーカスだったが、次の瞬間、まるでスイッチを切り替えるかのように真剣な表情を浮かべると、青年へ答礼を返し祝辞の言葉を述べた。

 

「クルト=リッヒ=シュバルツ一級工学博士。ガーディアンフォースへの正式配属、謹んでお祝い申し上げる。その知識と技術が帝国、並びに共和国の平和維持に如何無く発揮される事を我々も願っている。平和維持を担う治安の要として、どうかその責務を全うして欲しい。」

「はっ!」

 

 形式ばった言葉を交わし合った直後、ルーカスとクルトはクスッと笑い合う。

 ルーカスの父親、カール=リヒテン=シュバルツ元帥の弟であるトーマ=リヒャルト=シュバルツ博士の息子……それがこの青年、クルト=リッヒ=シュバルツ一級工学博士だ。

 ヴァシコヤードアカデミーを卒業後、帝国軍の特殊訓練プログラムを経て本日正式にガーディアンフォースに配属となった彼は、その若草色の瞳をきょとんと瞬かせた後、ルーカスに訊ねた。

 

「ところで、本日は何故こちらに?お見えになるとは聞いておりませんでしたが……」

「ああ。そうか。お前にはまだ連絡が入っていないんだったな。」

 

 ルーカスがそう呟いた直後、ホエールキングの口腔ハッチが開き始める。

 彼は笑みを浮かべて開き始めた口腔ハッチを振り返りながら、何処か得意げにクルトへ語り掛けた。

 

「実は本日、急遽お前と共に配属となる若者を2名……いや、2名と1頭と1機か。連れて来たんだ。」

「2名と1頭と1機??」

 

 怪訝そうな声を上げたクルトは、直後、姿を現したゾイドを見上げ絶句した。

 

「こいつはッ……」

 

 彼が絶句するのも無理はないだろう。自身の足でゆっくりとホエールキングの口腔ハッチから姿を現したのは、世界中を騒がせているあの鷲型ゾイドなのだから。

 ネットで拡散された写真なら勿論クルトも目にした事があるが……それでも、実物を実際に目の当たりにした衝撃は、工学博士であるクルトにとってはより鮮烈で、まさにインパクトの塊であった。

 バルカン砲を装備していながら実物の鳥と同じように綺麗に折りたたまれた翼は、複雑で繊細な機構部と高度な構造計算の元に設計されているのが一目で解る。それだけでも十分目を奪われるが、その巨大な翼を折りたたんだままでもふら付くことなく悠然と滑走路へ歩み降りて来た姿を見た以上、脚部の駆動系と胴体内に搭載されているであろう姿勢制御機構の構造にも思いを馳せずにはいられない……今まで学んで来た技術だけでは到底分析出来ない未知の機体を見上げ、クルトは思わず感嘆の溜息を吐いた。

 

「すごい……こんなに緻密かつ優美に設計されたゾイドは見た事が無い……」

「お前なら、そういう反応をするだろうと思っていたよ。」

 

 ブレードイーグルに目を奪われたまま立ち尽くすクルトの隣で、ルーカスが可笑しそうにくすくすと笑う。

 そんな彼らの前で、不意にブレードイーグルのキャノピーが開き、シートベルトを外したカイが身を乗り出すようにルーカスへと呼びかけた。

 

「ルーカス兄ちゃん!イーグルは何処に連れてけば良いんだ??」

「ルーカス兄ちゃん?!」

 

 突如として姿を現した見ず知らずの少年が親し気に従兄を呼んだ事に、クルトが驚きの声を上げてルーカスとカイを交互に見やる。その声にカイも初対面のクルトに気付き、更に追い打ちを掛けるかのように訊ねた。

 

「なぁ!そいつ誰??」

「初対面でいきなりそいつ呼ばわりとは失礼な奴だな!礼儀を知らんのか!!俺は本日付けでガーディアンフォースに正式配属される事になったクルト=リッヒ=シュバルツだ!!」

 

 憤慨した声を上げるクルトを眺め、カイは思わずげんなりとした表情を浮かべる。

 

「あったま固そうな奴だなぁ……苦手なタイプだ……」

 

 クルトに聞こえないようボソッと呟くカイに、更にクルトが真っ直ぐ此方を指差して噛み付くように声を荒げる。

 

「お前こそ一体何者なんだ!おい!聞こえているのか?!」

 

 何がそこまで気に食わないのやら……と、思いながら、カイは面倒臭そうにコックピットの縁に頬杖を突いてクルトを見つめると、何処か小馬鹿にした様子で口を開いた。

 

「人を指差しちゃいけません。ってママに教わってねーのか?礼儀がなってねーのはどっちなんだか。」

「ぐっ……」

 

 カイの言葉に、指差していた手を下ろして尚、クルトはカイを睨み上げる。

 

「で?!お前は一体何処の誰なんだ!名前くらい名乗ったらどうだ?!」

「お前それ、人に物を訊く態度じゃねーんじゃねーの??」

「お前こそ生意気が過ぎるぞ!少しはこちらの質問にも答えろ!!」

 

 懸念していた通り、いきなり一触即発と言わんばかりの状態になったカイとクルトを交互に見つめ、ルーカスは気怠げな表情を隠そうともせずに大きな溜息を吐く。

 

「やれやれ困ったな……お互いの第一印象最悪じゃないか……」

 

 思わずボソッと呟けば、ブローベルも苦笑を浮かべて頷いた。

 

「確かに……控え目に言って、相性は良くなさそうですね。」

「せめて任務中に喧嘩しなければ良いんだがな……」

 

 そんなやり取りをしていた矢先、不意にシーナがコックピットの後部座席からシートベルトを外して身を乗り出すように姿を現し、カイとクルトを交互に見つめる。

 

「あの!喧嘩は良くないと思う……んだけど……」

 

 若干申し訳なさそうに尻すぼみになっていくその声に、クルトは姿を現した可憐な少女へ視線を移し目を見開く。

 タイミングを見計らったかのように吹いて来た風が少女の桜色の長髪をサラサラとなびかせる様は、まさに映画のワンシーンのようにクルトの瞳に焼き付き、彼は言葉を失ったままぽかんとその姿を凝視していた。

 一方のカイはシーナに釘付けになっているクルトを怪訝そうな顔で眺めており、シーナは喧嘩が止まった事でホッとしたのか、いつもの無邪気な声でクルトへ話し掛けた。

 

「ねぇ!貴方もガーディアンフォースの人なの?」

「は、はい!自分は本日付で配属になりました!クルト=リッヒ=シュバルツ一級工学博士です!あの!!あ、貴女のお名前は?!」

 

 若干しどろもどろに受け答えるクルトに、シーナは花のような笑顔で笑いかけた。

 

「私、シーナっていうの。こっちはカイ。私達も今日からガーディアンフォースでお仕事するの。これからよろしくね。クルト。」

「は、はい!!是非!よろしくお願いします!!」

 

 若干頬を赤らめつつ返事をするクルトの様子に、ルーカスはブローベルと視線を交わした後、呆れを含んだ苦笑と共にボソッと呟いた。

 

「……心配、なさそうだな。」

「そのようですね……」

 

 喧嘩を鎮めてくれたシーナに感謝しつつ、ルーカスは面白くなさそうに頬杖を突いたままシーナとクルトを交互に眺めているカイへ呼びかけた。

 

「カイ!イーグルはあっちの第三格納庫に連れて行ってくれ。ストームソーダーの隣を空けて貰っている。」

「わかった!!行こうぜ。シーナ。」

「うん!じゃぁ、また後でね!クルト!」

「は、はい!また後程!!」

 

 笑顔でぱたぱたと手を振って後部座席に座り直したシーナと、そんなシーナに向かって目を輝かせながら手を振り返したクルトを最後にもう一度チラッと見て、カイは操縦席に座り直し、キャノピーを閉めながら小声で刺々しく吐き捨てるように呟いた。

 

「けっ。女と見りゃ鼻の下伸ばしやがって。ムッツリスケベかっつの。」

「キュルルッ」

 

 そんなカイの独り言に、まるで「まったくだ。」と相槌を打つかのようにイーグルが何処か呆れた様子で咽を鳴らすような声を上げる。

 イーグルを指示された第三格納庫へ歩かせながら、カイはせめて他のメンバーが話の通じるまともな人間である事を願うのだった。

 

   ~*~

 

 第三格納庫にイーグルを預けたカイ達は、格納庫で待っていたガーディアンフォースの『専属開発整備班』の総合主任を務めているというトーマ=リヒャルト=シュバルツ博士の案内で基地のメインブロックへと歩き出す。

 その道中で、人の好さそうなトーマの息子が先程のクルトであると知ったカイは驚いたような声を上げた。

 

「パッと見た時、似てるな~とは思ったけど……まさかあの堅物が整備班の総合主任の息子だったなんてなぁ~……やっべ~……俺、初日でクビになったりして……」

「はははは!まさか!その程度でクビになるならば、私など既に100回はクビになっているだろう。その心配は無いから安心してくれ。」

 

 愉快そうに笑うトーマに、シーナが首を傾げる。

 

「でも、シュバルツ博士ってそんなに怒りっぽい人には見えないけど……」

「年を取れば、並大抵の事では腹が立たなくなるというだけの話さ。私もクルトと同じ年の頃は随分と未熟で、くだらない事でしょっちゅうバンを怒鳴り回していたよ。毎度毎度、軽くあしらわれて終わりだったがな。」

 

 懐かしむかのように語るトーマへ、カイが興奮した様子で話題に飛びついた。

 

「なぁなぁ!バンってまさか、あのバン?!英雄バン=フライハイト大佐の事?!」

「ああ。勿論。」

「すっげー!じゃぁ、あの大英雄に怒鳴り回してたって事は、シュバルツ博士ってもしかして、フライハイト大佐の先輩だったりすんの?」

「いや、バンと私はガーディアンフォース創設時の共和国代表と帝国代表。同じ第1期隊員同士だったんだ。」

 

 その言葉に、カイとシーナが顔を見合わせる。

 

「じゃぁ、シュバルツ博士も昔はゾイドで戦ってたの?」

 

 シーナの質問に、トーマは陽気な笑い声を上げながら得意げに語った。

 

「一応、今でも人手が足りなければ臨時戦闘員として前線に立つぞ。ブレードイーグルの隣にストームソーダーが1機あっただろう?あれが私の現在の愛機だ。かつての愛機だったディバイソンは、クルトの正式配属が決定した時に配属祝いとして譲り渡したからな。」

「譲り渡したって……今までずっと一緒に戦って来た大切な相棒なんだろ?なのになんで……」

 

 不思議そうに訊ねて来たカイに、トーマは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「数々の死線を共に潜り抜けて来た大切な相棒……だからこそさ。ディバイソンは敵の集中砲火を浴びても、荷電粒子砲の直撃を受けても私の命を守ってくれた頑丈な機体だ。今まで自分の命を預けて来たディバイソンだからこそ、これから前線に立つ息子の命だって安心して預けられる。それに、この基地で一緒に過ごす以上、持ち主が変わっても離れ離れになる訳じゃないしな。」

「そっか……なんか良いな。そういうの。親の思い出や願いや祈り……そういう物が沢山詰まった機体で前線に立つって、最高のお守りだと思う。」

 

 少し大人びた穏やかな声で、カイは呟いた。

 ゾイドに乗る事を終始反対し続けて来た自分の父親とはまるで正反対だ……自分の息子がゾイドに乗るという事を此処まで精一杯後押しするその姿は、カイが憧れる父親像そのものだった。

 ……だからだろうか、あの第一印象最悪のクルトが正直羨ましくてしょうがない。

 

「着いたぞ。此処がメインブロックの第一会議室だ。」

 

 トーマの声にふと我に返ったカイは、案内されるままシーナ、ユナイトと共に第一会議室へ足を踏み入れる。

 室内には既に、ルーカスとクルト……そして金髪に真紅の瞳をした女性が一人、席に着いていた。

 

「叔父上。ご無沙汰しております。」

 

 入室したトーマに、ルーカスが席を立って握手を交わす。

 その様子をぼんやり眺めた後、不意にクルトと目が合ったカイは互いにプイッと顔を背け合う。

 カイとシーナ、そしてトーマが席に着いた時点で、自己紹介が始まった。

 

「では、まず改めて自己紹介をしておこう。私はこのガーディアンフォースの専属開発整備班の総合主任を務めるトーマ=リヒャルト=シュバルツだ。」

「私は、ガーディアンフォースベースのオペレーター主任を務めている、フィーネ=エレシーヌ=フライハイトです。よろしくね。」

 

 女性はそう自己紹介すると、不意にシーナへと微笑みかける。

 その優しい微笑みに、シーナも思わず微笑み返すが、ルーカスが後を引き継ぐように言葉を続けた。

 

「では、新入隊員の3人もそれぞれ自己紹介を。」

 

 その言葉に、先に席に着いていたクルトから自己紹介を始める。

 

「自分は、クルト=リッヒ=シュバルツと言います。登録機はディバイソン。一級工学博士として専属開発整備班の一員として従事する傍ら、前線での後方支援を担当させて頂きます。どうかこれからよろしくお願いいたします。」

「えっと、カイ=ハイドフェルドです。孤島の遺跡で見つけた古代ゾイドのブレードイーグルと一緒に入隊する事になりました。これからよろしくお願いします。」

「シーナです。カイと一緒にブレードイーグルに乗ってて、あと、この子はユナイト。まだこの時代の事とか、色々知らない事だらけだから、これからよろしくお願いします。」

 

 一通りの自己紹介が済んだ時点で、最初に声を上げたのはクルトだった。

 

「えっと……ではその……つまり、オーガノイドを連れていらっしゃるという事は……」

「うん。私、古代ゾイド人なの。」

「グオグオ。」

 

 シーナの言葉に、クルトが目を丸くして彼女とユナイトを交互に見つめながら独り言のようにポツリと呟いた。

 

「2名と1頭と1機の1頭は、オーガノイドの事だったのか……」

「ああ。驚いただろう?」

 

 なんでも無さそうにフッと笑うルーカスに、クルトは無言で苦笑を浮かべる。

 その向かいの席で、フィーネが書類を取り出しながらシーナへ優しく声をかけた。

 

「これから入隊の為に必要書類をいくつか記入してもらう事になるけれど、もし、現代語の読み書きがまだ出来なかったら、記入は古代語でも大丈夫だから心配しないでね。」

「え……でも、古代語で書いちゃったら読めないんじゃ……」

 

 戸惑った様子のシーナに、トーマがにこやかに説明する。

 

「フィーネさんは、君と同じ古代ゾイド人なんだ。記入言語が古代語でも、後できちんと現代語に翻訳しておいてくれるから安心してくれ。」

「え?!フィーネさんも古代ゾイド人なの?!え、じゃあ、フィーネさんのオーガノイドは?……」

「私のオーガノイドは、普段夫と一緒に任務に行ってるの。名前はジーク。基地に戻って来た時にまた改めて紹介するから、その時はユナイトも仲良くしてあげてね。」

「グオ!」

 

 同じ古代ゾイド人やオーガノイドが居ると解って嬉しそうなシーナとユナイトを眺め、カイもホッと安堵する。

 

(良かった……この様子なら、シーナもすぐに打ち解けられそうだな。)

 

 そう思いながら、彼も早速配られた書類の記入を始めた。

 

   ~*~

 

「まさか私以外にも古代ゾイド人の人が居るなんて、ビックリしちゃった。」

「ふふ。そうね。私も会えて嬉しいわ。丁度息子達と年も同じくらいだし、なんだか娘が出来たみたい。」

「えへへ。」

 

 書類の記入を終え基地内を案内してもらいながら、シーナは案内役のフィーネと笑顔で話し込んでいた。

 だが、和気藹々(わきあいあい)としているその後ろを歩いているカイとクルトはと言えば……相変わらずギスギスとした空気が漂っており、全く仲良くなる気配が感じられない。

 

「まさかお前が、3年間も行方不明だったハイドフェルド大佐の息子だったとはな……」

「どうせ親不孝者だの、ツラ汚しの放蕩息子だの言いたいんだろ。安心しろよ。自覚くらいあっから。」

「自覚があるなら、大人しく家に戻れば良かっただろう。ガーディアンフォースの任務はアマチュアゾイド乗りがこなせる程、甘くはないぞ。」

「こちとら家庭の事情ってもんがあるんだよ。任務ぐらい根性でどうにかしてやる。」

「ハッ……」

 

 嘲るようなクルトの短い笑い声に、カイは思わずクルトを睨み上げた。が、涼しい顔で歩きながら目も合わせようとしない彼に、カイは苛立ちを吐き出すような短い溜息を一つ吐いてぷいっと窓の外へ視線を移し、歩き続ける。

 

(ったく、こんな時に限ってルーカス兄ちゃんはシュバルツ博士と話がある。っつっていなくなっちまうし……今日は基地の案内と宿舎への私物の搬入だけ……つまりほぼ一日中この堅物と一緒って事だもんなぁ。とっとと案内終わんねーかなぁ……)

 

 思わずそんな事を考えてしまう。

 一般人がまず踏み入る事の無い、国際平和維持特殊部隊ガーディアンフォースの本部基地……その中を案内して貰えるなんてわくわくしてしょうがない事の筈なのに、純粋に楽しめないのが何とも恨めしい。

 だが、そんな暗い気分の時に限って時間とは意地悪にゆっくりと進むものだ。

 作戦会議室、オペレータールーム、トレーニングルーム、食堂、レストルーム、医療ルームとそれに付随する基地内病棟……その途中に度々入る非常口やお手洗いの説明の度に「見りゃわかるっつーの。」と内心で毒を吐く自分が何とも情けなく、惨めだった。

 

(ホント……俺、上手くやって行けんのかな……)

 

   ~*~

 

「こっちの通路は、それぞれ第一格納庫から第三格納庫まで繋がっているの。第一格納庫には普段、バンのブレードライガーとレイヴンのジェノブレイカーが居るんだけれど、今は視察で留守にしているから、今日は第二格納庫と第三格納庫だけ案内するわね。丁度、訓練を終えて他の隊員も帰って来てる筈だから、ついでに紹介するわ。」

 

 フィーネがそう言いながら、第二格納庫へ出る扉を開く。

 格納庫内には、ディバイソンと青いジェノブレイカー……そして、見た事のない白いライオン型ゾイドが静かに佇んでおり、その周囲を整備班の作業員と思われるツナギ姿の人々がせわしなく行き来していた。

 

「このゾイド……新型……なのか?見た事が無い……」

「ああ。ライガーゼロっていうんだ。俺はゼロって呼んでる。」

 

 独り言のつもりで呟いた言葉にまさか返事が返って来るなどと思っていなかったカイは、思わず声の主を探してキョロキョロと辺りを見渡す。が、周囲にそれらしい人物は誰も居ない……

 しかし、声の主には辺りを見渡して首を傾げているカイの姿がバッチリ見えているらしい。

 

「こっちこっち!上だよ!上!」

「上??」

 

 不思議そうに顔を上げたカイの視線の先……ライガーゼロと呼ばれた機体のコックピットから、不意に誰かがカイの目の前へと真っ直ぐ飛び降りて来る。

 思わずぶつからないようにと一歩身を引いたカイの前に降り立った声の主は、なんでも無さそうにニッコリとカイを見つめて握手を求めるように手を差し出した。

 

「お前、昨日配属が決まったっていう鷲型ゾイドのパイロットだろ?俺はレンって言うんだ。お前は??」

「お、俺はカイ。カイ=ハイドフェルド。よろしく……」

 

 至ってフランクなレンの態度に若干拍子抜けしつつ、カイは握手に応じる。

 身長も、体格も……そして恐らく年齢も、自分と大して変わらない。

 ごくごく普通の少年にしか見えないレンを見つめ、カイは目を瞬かせた。

 

(ルーカス兄ちゃんが言ってた、俺と同い年の隊員って……もしかしてコイツ??)

 

 だが、ぽかんと考え事をしているカイなどお構い無しに、レンは嬉しそうに話しかけて来る。

 

「なぁなぁ!カイはいくつなんだ??多分俺とあんまり歳変わんねーよな??」

「え?!えっと、まだ16だけど、来月で17。」

「マジで?!俺も7月で17!!同い年じゃん!つーか来月誕生日って、何日??」

「に、24日……」

「よっしゃ!じゃぁそん時はパーッと騒ごうぜ!!」

「お、おう……」

 

 初対面でこんなに隔たり無くグイグイと話し掛けて来るタイプの人間とはあまり縁が無かったせいで、カイはレンに対して戸惑いを隠しきれず、ぶっきらぼうな返事しか出来ない。

 そんなカイの様子に気付いたのか、フィーネが苦笑を浮かべながらレンへ声を掛けた。

 

「レン。カイが困ってるから、もう少し静かに話してあげて。」

「お?なぁ~んだ。母ちゃんが案内してたのか。格納庫に居るもんだから、てっきりシュバルツ博士が案内してんのかと思ったぜ。」

 

 レンの口からサラリと飛び出した言葉に、カイは思わず目を丸くする。

 フィーネの名前は確かフィーネ=エレシーヌ=フライハイトだった筈だ……その息子という事はつまり……

 

「え、フライハイト主任の息子って事はえっと……レンの父ちゃんってまさか……」

「ん?ああ。そうだよ。父ちゃんの名前はバン=フライハイト。」

「マジで?!大英雄じゃん!!」

 

 まさか目の前に居るのがあの大英雄の息子とは……恐らくどんなに有名な芸能人の息子に会うよりも凄い事だ。

 まぁ仮にそうでなくとも、自分と同じ年齢でガーディアンフォースの隊員を務めている。という時点で普通の少年な訳がないが……一瞬でも「自分とあまり変わらない。」などと考えたのは淡い幻想だった……

 しかし、そんなカイにレンは困ったように頭を掻きながら苦笑を浮かべる。

 

「あ~ヤベ。言っちまった……父ちゃんの事言うと絶対皆そういう反応するんだよなぁ……英雄の息子だからって遠慮しちまうのか、俺、同年代の友達なかなか出来なくて正直困ってんだけどさ~……」

「……じゃぁ、さっき名前名乗った時にファーストネームしか言わなかったのって……」

「そ。ファミリーネームまで名乗っちまったら一発でバレちまうだろ??だから任務以外の時はファーストネームしか名乗らねーようにしてんだ。」

 

 レンのその言葉に、カイもふと家出する前の日常を思い出す。

 自分も父親が帝国軍の大佐をしている。というだけで、学校では妙に敬遠されクラスで浮いていた……恐らくレンはもっと苦労しているのかもしれない。そう思うと、先程まで感じていた隔たりじみた気後れがふと和らぐ。

 

「そっか。レンも苦労してんだな。」

「も?……って??」

「俺もさ、学校通ってた頃は親父が帝国軍の大佐なんかやってるせいで、友達ロクにいなかったから……ちょっとだけレンの苦労解るような気がしてさ……」

「カイ……」

 

 自然とお互いに笑い合うカイとレン……だが、その後ろから不意に若干呆れたような声が響いた。

 

「……で?俺への反応は無しか?レン。」

 

 声の主は勿論。クルトである。

 いちいち面倒臭い奴だなとカイが内心毒を吐く目の前で、レンは全く嫌な顔をしないどころか、悪びれる様子も無くあっけらかんと笑いながら口を開いた。

 

「だってお前が今日入って来るのは前から知ってたし、やっぱ初対面の奴の方が気になるじゃねーか。どんな奴なんだろうなー?とか、友達になれっかなー?とかさ。」

「浮かれるのも結構だが、おめでとうの一言くらい期待してもバチは当たらないだろ??」

「おう。正式配属おめでと。」

「死に物狂いで訓練受けてやっと入隊して来たというのに……言うのが遅いんだこの馬鹿!こうしてくれる!!」

「ちょ?!何すんだよぉ~!!俺一応訓練上がりで疲れてんだぞぉ~?!」

 

 クルトにヘッドロックを掛けられレンがじたばたと騒ぐが、クルトもレンも互いに楽しそうで、親し気な雰囲気なのが一目でわかる。

 

「レンとクルトって……知り合いなのか?」

 

 若干遠慮がちに訊ねるカイに、レンがクルトの腕から抜け出して答えた。

 

「ああ。父ちゃんとシュバルツ博士がどっちもガーディアンフォースで働いてるから、俺達幼馴染なんだ。あともう一人、向こうの青いジェノブレイカーのパイロットやってるエドガーって奴もそう。」

「エドガー??」

 

 レンの言葉に、カイはようやく青いジェノブレイカーの方へ視線を向ける。

 ライガーゼロの隣に佇む青いジェノブレイカー……その足元に立っていたのは紺色のパイロットスーツに身を包んだ薄墨色の髪の少年。しかも、青いオーガノイドを連れており、シーナとユナイトの2人と何やら話し込んでいた。

 

「青いオーガノイド……もしかして、あいつも古代ゾイド人なのか??」

「いや。スペキュラーはエドの母ちゃん……オペレーターのリーゼさんのオーガノイドなんだ。ジェノブレイカーは機体性能が良すぎて脅威になりかねないからってんで、普段リミッター掛かってるからさ、訓練や任務の時は、必要に応じてスペキュラーにリミッターを解除してもらってるんだ。」

 

 その言葉に、オペレータールームへ案内された際に紹介されたリーゼの姿が頭を過る。

 

「マジかよ。あの人も古代ゾイド人だったのか……」

「そ。だから俺とエドは現代人と古代ゾイド人のハーフなんだ。おーい!エドぉ~!!」

 

 レンはなんでも無さそうに笑いながら答えると、シーナと話していたエドガーを呼んだ。

 呼ばれたエドガーはスペキュラーとシーナ、ユナイトと共に此方へ小走りに駆けて来ると、無言のままカイとクルトを交互に眺め、不意にカイへ握手を求めるように手を差し出した。

 

「君がカイか。僕はエドガー。これからよろしく。」

「え……なんで俺の名前……」

 

 自己紹介をしてもいないのに名前を呼ばれ、戸惑うカイにエドガーはクスッと笑う。

 

「さっき向こうで、シーナとユナイトから聞いた。」

「そっか。よろしくな。エドガー。」

 

 握手を交わした後、エドガーはクルトへ向き直って笑いかけた。

 

「配属おめでとう。クルト。やっとこれでまた3人揃ったな。」

「良かった……お前はレンと違って俺の事忘れないでいてくれたか……」

「おいおい。別に俺だって忘れてた訳じゃないぜ??ちょこっと後回しにしただけで。」

「それが地味に酷いと言っているんだ!」

 

 クルトの言葉にレンとエドガーから笑い声が上がり、一拍遅れて、カイとシーナも互いに顔を見合わせてクスッと笑い合う。最初はどうなる事やらと思っていたが、この面子ならどうにか上手くやって行けそうだ。

 

「後は第三格納庫へ寄ってブレードイーグルから荷物を降ろして来ましょう?そうすれば、後は隊員宿舎の部屋に案内して今日は終わりだから。」

「ああ!」

「うん!」

 

 フィーネのその言葉にカイとシーナが頷くと、一同は揃って第二格納庫を後にした。

 

   ~*~

 

「よし。こんなもんかな。」

 

 自室として案内された隊員宿舎の104号室……そこで今しがた荷物の片づけを終えたカイがドサッとベッドに腰かけて室内をぐるりと見渡す。

 オフホワイトで統一された部屋は圧迫感こそないものの、少々無機質で落ち着かない。

 おまけにスカーレット・スカーズに一度私物を全て駄目にされた事と、収納スペースの無いイーグルで旅をしていた事も相まって、現在自分の私物は必要最低限の物ばかりだ。お陰で着替えを仕舞ったクローゼットはほぼ空に等しく、野営に使っていたアウトドア用品は全てベッド下の収納に呆気なく収まり、残りの細々とした日用品も机の引き出しの中。という状態である。

 つまり、この少々無機質な部屋の中で目に留まる自分の私物と言えば、ベッドの枕元のコンセントに繋いだ小型タブレットの充電器と、机の上に置かれた愛用のウエストバッグ……そして最も収納場所に悩んだ結果、机の端に無造作に置かれた金属マグとその中で大人しくしている歯ブラシだけ。

 

「私物少な過ぎて……なんだかちょっと良い牢屋みてーな感じだな……」

 

 思わず呟いた言葉に自分で苦笑してしまう。

 流石に牢屋呼ばわりは酷過ぎだ。せめて宿のシングルルームくらいにしておこう……もっとも、ユニットバスが付いていない分、この部屋の方が広くて快適なのは間違いないが。

 トイレは隊員宿舎の各階の突き当り。シャワールームとランドリールーム、洗面台は1階にある。基地内には売店もあるし、休日には普通に外出も可能……もう少し私物を増やして部屋を快適にしさえすれば、生活面での不自由は特に無さそうだ。

 

「明日から訓練……訓練かぁ……」

 

 ベッドに腰かけたまま、後ろへ倒れ込むように体を投げ出す。

 天井のLED照明をぼんやりと眺めながら、カイは明日から始まる訓練の事をふと考えた。

 同期隊員とはいえ、クルトは既に軍での訓練を終了している為、明日からは通常勤務らしい。

 一方の自分はと言えば、我流で覚えたゾイドの操縦技術を基礎からもう一度訓練し直す所から……シーナもオペレーターとしての技能を学ぶ傍ら、現代語の勉強などに追われる事になる。

 自分達でシーナの空白の記憶を探す暇は暫く無くなってしまうが、代わりに自分達が訓練に明け暮れている間、ガーディアンフォースと国際考古学連盟の方で過去の遺跡資料などにシーナやアレックス、ブレードイーグル達の記録がないかどうか調べておくので、何も心配せず訓練に集中して欲しいとの事だった。

 

(俺みたいな一般人のアマチュアゾイド乗りに随分と至れり尽くせりだなと思ってたけど……よくよく考えてみりゃ、俺の為じゃなくて全部シーナ達の為だよな。これって……)

 

 ふとそんな事を考えて、カイは暗い気持ちになる。

 古代ゾイド人もオーガノイドも、そして古代ゾイドも……自由にしておけば狙う者が後を絶たない上に、最悪の場合、国家間の新たな争いの火種にもなりかねない。実際に帝国と共和国の間で長年起きていた戦争ではオーガノイドや古代ゾイド人を巡る戦闘も起きていた……

 シーナが自分と離れ離れになるのを嫌がっていた事はルーカスも知っている。下手に引き離してしまえば、折角保護してもシーナがブレードイーグルとユナイトを引き連れて、飛び出して行ってしまう可能性があると考えるのは妥当な判断だろう。

 ならば戦闘員としては大して使い物にならないとしても、シーナが安心してガーディアンフォースに留まり続ける為の『理由』としての利用価値が自分にはある……いや、寧ろそうでもない限り、自分のような大した操縦技術も持たないアマチュアゾイド乗りをわざわざガーディアンフォースへ推薦した理由も、ガーディアンフォースがこんな異例の入隊を承諾した理由も、説明が付かない。

 兄のように慕っているルーカスが、シーナとガーディアンフォースを繋ぐ鎖として自分を利用したとは考えたくないが……

 

「……まぁ、空を飛び続ける事が出来るだけで、俺は充分だけどさ……」

 

 悶々と考えていても仕方がない。

 クルトはいまいち気に入らないが、少なくともレンやエドガーとは上手くやって行けそうであるし、トーマやフィーネをはじめとする基地職員達も良い人ばかりだ。

 それに、訓練など受けた事は無いにしても、家出してからシーナと出会うまでなんだかんだ切り抜けて来ただけの強運が自分にはある。体力と、ザクリス仕込みの射撃の腕にもそこそこ自信がある。

 

「訓練くらいどうにかしてやる……意地でも……」

 

 ポツリと呟いて、カイはそっと目を閉じた。

 ならず者達に追われ続けた一週間分の疲労と、ガーディアンフォースへの入隊に対する不安や緊張による気疲れ、そして今日一日分の疲れに追い打ちを掛ける、ふかふかのベッドという細やかな安心感……

 カイはそのまま、微かな寝息と共に静かに眠りに落ちていった。

 

   ~*~

 

 一方、第三格納庫ではトーマとルーカスがキャットウォークからブレードイーグルを眺めて話をしていた。

 

「それにしても、今回はまた随分と勝手をしたな。兄さんに怒られるぞ。」

「心配ありません。昨夜既に1時間近く説教を喰らったばかりです。」

 

 悪びれる様子もなく答えるルーカスに、トーマが苦笑を浮かべる。

 彼はブレードイーグルを見つめて囁くように呟いた。

 

「まさかデスザウラーやウルトラザウルス以外にも古代ゾイドが現存していたとは驚きだ……しかも明確な自我があり、性能も未知数とは……また随分扱い辛いゾイドをウチに押し付けてくれたな。」

「ガーディアンフォースと叔父上だからこそですよ。此処より安全な場所はありません。ブレードイーグルを狙っている者はフォルトナーだけではありませんから……」

 

 何処か含みのあるその言葉に、トーマはチラリと甥の横顔を眺める。

 ルーカスのアイスブルーの瞳は、微かに憂いを帯びた光を宿してブレードイーグルを見つめていた。

 その様子にトーマは軽く溜め息を吐き、声を潜めて口を開く。

 

「……例の正体不明の犯罪集団と、リューゲン公爵家の不穏な動きか……」

「ええ……」

「お前の考えでは、あの正体不明の犯罪集団とリューゲン公爵家が裏で繋がっていると?……」

「恐らく……今回ブレードイーグルを保護した際、リューゲン大佐率いる第四装甲師団も姿を現しました。ですが決定的な証拠は依然掴めないままです。どうやらあちらも俺を随分と警戒しているらしくて……」

 

 普段の気怠げな表情ではなく、はっきりと疲れの色を滲ませてルーカスは呟く。

 トーマはそんな甥を心配げに眺めると、キャットウォークの手摺りに背を預けて励ますように優しく言った。

 

「お前も辛いな……リューゲン公爵家の裏を探り始めてもう6年か……」

「俺はまだ楽な方ですよ。軍に居れば制約は多いが、代わりに父上の庇護がある。けれどアイツは……ザックは自由になった代わりに守ってくれる者が誰もいない……」

 

 ルーカスの脳裏には、士官学校時代の親友の姿が思い浮かんでいた……

 追い詰められていた彼を自由の身にしたのは良いが、結果として彼から何もかもを奪ってしまった……それを後悔していないと言えば嘘になる。本当にそれが正しい判断だったのかと、今でも思い悩んだままだ。

 だからこそ、親友を縛る忌々しい呪縛を暴き解く為にリューゲン公爵家の裏を探り続けている。

 それがどんなに危険かわかっていても……

 

「それにしても……ハイドフェルド大佐がよく許可を出したな。」

「あぁ……カイの事ですか。」

 

 ふと話題を変えるように明るく訊ねて来たトーマに、ルーカスが苦笑を浮かべる。

 カイをガーディアンフォースへ推薦し、承認された事を説明した際のハイドフェルド大佐の苦々しい表情を思い出しながら、ルーカスはそれでも何処か誇らしげに語った。

 

「まぁ……ハイドフェルド大佐も薄々はこうなるであろう事を覚悟していたという事でしょう。どちらにせよ、本来の主であるシーナ以外に、この未知のゾイドに認められたパイロットはカイだけです。此処で少し訓練を積めば、あの子は化けますよ。」

「そうは言うが……いくらハイドフェルド大佐の息子と言っても、あの子は一般人だ。ガーディアンフォースで他の者達と肩を並べられるようになるには随分掛かると思うがな……」

 

 心配そうなトーマの言葉に、ルーカスはクスクスと笑い声を上げる。

 

「ただの一般人が、3年間も行方を眩ませたまま情報屋として飛び回っていられると思いますか?」

 

 ルーカスの一言に暫し沈黙した後、トーマはそっと口を開いた。

 

「……成程……確かに警察や憲兵の捜索の手を掻い潜って来た実績は十分ある。」

「ええ。大の大人でも難しい事を、彼は家出した14の時からやってのけた。おまけにこんな自我の強いゾイドに認められ、粗削りながらも乗りこなせている。特殊部隊の隊員としてやっていけるだけの素質は十分だと思いますよ。あの子は頭もキレるし勘が良い。まぁ、少々頭がキレ過ぎて物事を深く考えすぎる傾向もありますが……任務に出るようになれば、その用心深さと勘の良さは彼の武器になるでしょう。」

 

 そこまで語ると、ルーカスは明るい表情で叔父を見上げて訊ねた。

 

「そういえば、現在この基地で飛行ゾイドを扱えるのは叔父上だけですよね?彼の操縦訓練は叔父上が教官ですか??」

「ああ。暫くはな。だが俺もライガーゼロ-プロトの調整やCASユニットの開発改修で忙しい身だ。近々都合を付けて、共和国から有能な人材が指導役として派遣される事になっている。」

 

 肩を竦めて見せたトーマに、ルーカスは安堵の笑みを浮かべてそっと呟いた。

 

「どうか、カイをお願いします。叔父上。」

「ああ。出来る限りの事はさせてもらおう。任せてくれ。」

 

 トーマの言葉に、ルーカスは小脇に挟んでいた軍帽を被り直す。

 若干気怠げな様子に戻りながら、彼は敬礼して告げた。

 

「では、自分はこれで失礼します……いい加減戻らなければ。」

「ああ。引き留めて悪かったな。気を付けて。」

 

 キャットウォークの階段を降りて行く甥の背中に、ふとトーマは声を掛けた。

 

「ルーク!!」

 

 身内や親しい者からしか呼ばれないその愛称にルーカスがハッと振り返れば、そこにはシュバルツ博士としてではなく、叔父として優しい笑顔を浮かべたトーマが居た。

 

「あんまり無茶ばっかりやるんじゃないぞ。」

「……わかってるよ。父さんの言う事は聞かなくても、叔父さんの言う事を聞かなかった事はないだろ?」

 

 形式ばった口調ではなく、子供の頃のような口調でそう言って、ニヤッと笑ったルーカスはそのまま第三格納庫を後にして滑走路に駐機されているホエールキングへと駆けていく。

 トーマは、そんな甥の後ろ姿が見えなくなるまでずっと優しい眼差しを向けていた。




Pixiv版第13話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10497275


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第14話-カイとクルト-

 ガーディアンフォースに入った私達は、色んな人に出会った。

 私と同じ古代ゾイド人の人や、オーガノイドも居て、皆良い人達で一安心。

 まだまだ知らない事や覚えなきゃいけない事が沢山あるし、お仕事も大変だと思うけれど……

 皆一緒なら、きっと、頑張って乗り越えて行けるよね。

 [シーナ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第14話:カイとクルト]

 

 ガーディアンフォース入隊3日目……

 入隊早々ハードな訓練が待ち受けているのろだうと身構えていたカイは、盛大な肩透かしを喰らっていた。

 ……というのも、入隊翌日から早速行われる予定であった操縦訓練が急遽お預けとなってしまったからだ。

 原因は、ブレードイーグルと専属開発整備班との間に起きたトラブル。

 ガーディアンフォースに所属した以上、ブレードイーグルの整備やメンテナンスを行うのはガーディアンフォースの専属開発整備班のスタッフ達。勿論、精鋭部隊の開発整備を一手に担っているのだから、スタッフ達も腕利きばかりであるし、その技術はトップクラスだが……どんなに優れた技術を持つ専属開発整備班の面々といえど、古代ゾイドを扱った事のある者は誰一人としていない。

 その為、現代ゾイドと異なる構造やシステムを多く持つブレードイーグルの今後を考え、事前にその機体情報を解析し準備を整えておこうという事になった所までは良かったのだが……

 予期せぬ……いや、冷静に考えてみれば寧ろ当然なのだが……トラブルが起きたのはまさにこの直後。

 ブレードイーグルの表示言語から機体システムのプログラミング言語に至るまで、全て古代語で入力されている事が判明し、このままでは誰も手が付けられないではないか。という事態に陥ったのだ。

 これには流石に総合主任であるトーマは勿論、専属開発整備班一同、揃いも揃って頭を抱えてしまった訳だが……此処で躓いてしまっていてはガーディアンフォース専属開発整備班の名折れ。言語が読めないのなら、解析して読める言語に書き換えるまでの事!と、彼らは急遽ブレードイーグルの言語解析から取り掛かる事になった。

 これによって、言語解析が終了するまでの間イーグルは朝から晩まで第三格納庫から出るに出られず、前述の通り操縦訓練がお預けになってしまったカイの訓練内容は、トレーニングルームや基地のグラウンドを利用して基礎体力などを鍛える体力練成に変更されてしまったのである。

 

「カイってさ、何の訓練も受けてないって言ってたけど、結構あっさり体力練成の訓練メニューこなせてるよな。」

 

 ベースのグラウンドで共にランニングをしていたレンから投げかけられた言葉に、カイは何となく空を見上げながらぼんやりと答えた。

 

「まぁ、行方を眩ませてた3年間。情報屋なんかやってたしな。」

 

 そう。情報屋として3年もの間飛び回っていたカイにとって、体力に関する訓練は大して苦ではなかった。

 元々運動は得意であったし、商売柄、散々危ない連中に追い掛け回され続けた事で身に付いた逃げ足の速さは、瞬発力と持久力という形で発揮され、ワイヤリール一本を頼りに様々な場所を巡って来た事で身に付いた身軽さや平衡感覚も、現在ガーディアンフォースの中で一番身軽ですばしっこいレンと張り合えるレベル。

 現時点で足りないものがあるとすれば、全体的にやや筋力が劣る事くらいだが……それでも指示された体力練成の内容に十分付いていける事はカイの中で微かな自信や希望に繋がり、モチベーションにもなっていた。

 

「情報屋?!スッゲー!!なんかカッコいいな!」

 

 無邪気に目を輝かせるレンにカイは苦笑を浮かべる。

 

「そう言って貰えるのは嬉しいけど……裏社会に片脚突っ込んでるような仕事だし、そう良いもんじゃねーよ。方々から恨みは買うわ、ヤベー連中には追い回されるわ……苦労ばっかだぜ?」

「けど、3年もそんな生活してたんだろ?やっぱスゲーよ。」

「俺はレンやエドガーの方がスゲーと思うけどなぁ……」

 

 カイが呟けば、レンは目を丸くしてきょとんと訊ね返して来た。

 

「そうか?」

「そうか?って……そりゃそうだろ。だってほら、お前らっていくつの時にガーディアンフォースに入った?」

「んと、去年。」

「だろ??普通ならハイスクールに入る歳でガーディアンフォース入ってる方がよっぽどスゲーじゃん。」

 

 その言葉に、レンは微かに自嘲の色を滲ませる。

 

「まぁ……確かにガーディアンフォースになるのは俺の夢だったから、それが叶ってるのは嬉しいけど……お父さんみたいな立派な人になるんだよ~って、周りの連中から勝手に期待された挙句、いざガーディアンフォースになってみりゃ『親の七光り』って陰口叩かれて、なんだかなぁって感じだよ。」

 

 普段明るく陽気なレンの口からそんな言葉が飛び出すと思っていなかったカイは、思わずぽかんと彼を凝視する。

 一方のレンは、そんなカイの視線に気付いたのか誤魔化すような苦笑を浮かべていた。

 

「あ、いや、だからさ……俺にしてみれば、周りの期待とか妬みとか一切気にせずに自分のやりたい事をやりたいようにやって来たカイの方が、滅茶苦茶カッコ良く見えるって事。」

 

 カイは何と答えたものやらと暫し考え込んでいたが、やがて不意に微笑みながらぽつりと呟いた。

 

「……そっか、ありがとな。」

「へ?」

 

 唐突な感謝の言葉に思わず首を傾げたレンに、カイは穏やかな笑みを浮かべたまま口を開く。

 

「親父に反発して好き勝手やって来ただけの俺を「親不孝者」だの「ろくでなしの放蕩息子」だのって罵倒する奴はいくらでも居るけど「カッコいい」なんて言ってくれるの、きっとレンくらいだから……だから、ありがとな。って……寧ろ、なんかごめんな。俺月並みの言葉しか言えなくて。でもさ、周りがなんて言おうと……俺はレンの事凄いって思うし、尊敬してんのはホントだぜ?」

 

 カイの言葉に、レンは明るい笑い声を上げながら呟いた。

 

「お前律儀だなぁ。」

「そうか?」

 

 首を傾げるカイを見つめ、レンはいつもの陽気な笑顔を浮かべる。

 

「あんな愚痴聞いても、俺の事尊敬してるって言ってくれただけで滅茶苦茶嬉しいぜ。ありがとな。なんだか自信湧いて来た。」

「おう。」

 

 ランニングを続けながら笑い合う2人の間には、早くも友情の芽生えを感じさせる朗らかな空気が満ちていた。

 

   ~*~

 

 その日の夕方、訓練を終えたカイはいつものようにブレードイーグルの言語解析の進捗を確かめに、第三格納庫へと足を運んでいた。

 

「シーナ。イーグルの言語解析、どれくらい終わった?」

 

 整備ブリッジからイーグルのコックピットを覗き込んでいるシーナに声を掛ければ、彼女は笑顔で手を振りながら答えた。

 

「もうすぐ終わる所~!明日のお昼までには変換作業も終わるから、お昼から操縦訓練始められるって!」

「マジで?!」

 

 シーナの返事に嬉々とした表情を浮かべ、カイは階段を駆け上り、キャットウォークから整備ブリッジへ向かう。

 が、しかし……

 

「博士~!……って……」

 

 ブレードイーグルのコックピットを覗き込んだカイは一瞬気不味そうな表情を浮かべると、面白くなさそうな声で作業している人物を眺め、口を開いた。

 

「なんだ、お前かよ。」

 

 そう……普段ならばイーグルのコックピットを陣取って言語解析作業に従事しているのはトーマなのだが、今日この日は、その息子であるクルトの方が作業に従事していたのだ。

 一方、開口一番あんまりな言葉を投げかけられたにも拘わらず、クルトは寧ろ涼しい顔で膝の上に抱えたラップトップから顔を上げようともせずに口を開いた。

 

「別に俺の事も博士と呼んでくれて構わんぞ。俺だってれっきとした一級工学博士だからな。」

「お前の事まで博士って呼んでたら、シュバルツ博士が2人になってどっちがどっちだかわかんねーじゃん。」

 

 呆れ顔でぼやくカイをふんっと鼻で笑って、クルトはラップトップのキーボードを叩き続ける。

 その態度からクルトが自分を馬鹿にしている事を察し、カイは思わずイラっとした表情を浮かべるが、お約束となりつつある神経の逆撫で合いのような応酬が始まる前に聞き覚えの無い無機質な男性の声が響いた。

 

[言語解析作業、全て完了しました。変換作業に移行しますか?]

「え?誰??」

 

 目を丸くしたカイの前で、クルトが得意げな笑みを浮かべる。

 

「そういえばお前には紹介してなかったな。コイツは俺が作った次世代型軍用AIの『テオ』今日1日中、言語解析作業を補佐してくれていた俺の相棒だ。」

 

 だが、そんなクルトとは打って変わり、カイは驚愕というよりも拍子抜けしているような顔で呟いた。

 

「マジかよ……お前、自作AI作れるくらい凄い奴だったんだな……」

「おい。貴様今まで俺を何だと思っていたんだ。」

「さぁな。」

 

 小馬鹿にしているような笑みを浮かべるカイに、クルトがジトリとした視線を向ける。

 しかし、そんなギスギスした空気を全く意に介さず声を上げたのはやはりテオであった。

 

[初めまして。私は次世代型軍用AI『テオ』戦闘補佐及び解析、情報収集、戦術予測、戦況観測、その他、整備メンテナンス全般の補佐等が主な仕事です。よろしくお願いします。]

 

 丁寧なその自己紹介にカイはふと笑みを浮かべ、クルトが抱えているラップトップへと語り掛けた。

 

「俺はカイ=ハイドフェルド。このブレードイーグルの登録パイロットだ。よろしくな。テオ。」

「テオに話しかけるなら、そっちじゃなくてこっちだ。こっち。」

 

 ラップトップに笑顔を向けるカイを呆れ顔で眺め、クルトは自分の左耳に装着している小型インカムを指差す。

 が、当のテオはそのような細かい事を気にする様子もなく、不思議そうな声を上げた。

 

[通信インカムの収音範囲内ですので、音声認識には特に問題ありませんが?]

「お前には問題なくても、こっちの気分的に問題大有りだ。ただの作業用ラップトップにお前が居ると思い込んで笑顔で話しかけてるんだぞ。コイツ。」

[成程。つまりカイは、初めてご挨拶をした際のシーナと同様、私が搭載されている場所を知らないのですね。]

 

 理解した様子のテオの言葉にカイは首を傾げ、その様子を察したシーナが説明を始めた。

 

「テオちゃんはね、クルトのディバイソンの中から色々お手伝いしてくれてるの。だから、テオちゃんに話しかける時はクルトが付けてるコレに話しかければ良いんだって。」

 

 そう言って、シーナもクルトの小型インカムを指差す。

 カイはそこでやっと納得した表情を浮かべ、クルトの小型インカムを見つめながら口を開いた。

 

「そっか。お前ディバイソンに組み込まれてんのな。」

[はい。その為、ディバイソンのコックピット外における情報処理全般に関しては、専用デバイスによって情報を得て処理を行っています。]

「へ~ぇ。なるほどなぁ……」

 

 初めて目の当たりにしたAIという存在に興味津々のカイ。

 クルトはそんなカイを何処か呆れた様子で眺めていたが、気を取り直すような軽い溜息を吐くとラップトップのモニターに視線を戻して作業を再開する。

 

「言語解析が完了したんだったな。テオ、解析データを元に変換作業へ移行。俺はこれから夕食を摂って来るから、何か問題が起きた時は報告してくれ。」

[了解。]

 

 テオの返事の後、クルトは立ち上がって抱えていたラップトップをコックピットの座面に置くと、ひょいっと身軽に整備ブリッジへと飛び移りシーナに笑いかけた。

 

「シーナさんも、よろしければ夕食、一緒にどうですか?」

「うん。カイも一緒に行こうよ。」

 

 クルトの誘いに笑顔で頷いたシーナがカイを誘う。

 しかし、カイはクルトをチラッと見た後、軽く首を横に振った。

 

「いや、俺は先にシャワー浴びて来るから先行ってろよ。」

「あ、そっか。カイ、今日もずっと運動してたもんね。うん。いってらっしゃい。」

 

 小さく手を振るシーナに軽く手を振り返し、カイは第三格納庫を後にする。

 その後ろ姿を見送った後、彼女はクルトに微笑みかけた。

 

「じゃ、先に晩ご飯食べて来よっか。」

「そうですね。そうしましょう。」

 

 何処か上機嫌な様子のクルトにクスクスと笑い声を上げながら、シーナも彼と共に食堂へと向かうのだった。

 

   ~*~

 

「シーナと一緒はともかく、クルトもってのはちょっとなぁ……」

 

 思わず声に出してぼやきながら、カイはシャワールームへと向かっていた。

 そう。彼がシーナの誘いを断ったのは別にクルトへ気を遣った訳ではなく、単に自分が彼と一緒に居たくなかったというただそれだけだ。

 

(妙に見下して来るっつーか、馬鹿にされてるっつーか……一体何がそこまで気に食わねーんだ?……)

 

 ガーディアンフォースに入隊した3日前のあの日……初めて顔を合わせた時から、クルトは妙にカイに対してのみ当たりがキツい。

 そしてカイも、自分の事を嫌っていると解りきっている人間に対し、わざわざ表面を取り繕ったり、一歩譲ったりするような性質(たち)ではなかった。寧ろ嫌われていると解っているのなら、此方もいちいち気を遣う必要は無い。と、相手の神経を逆撫でしに行くような性質(たち)である為、クルトとの隔たりは寧ろ悪化すらしている状態である。

 このまま仲違いを続けていれば、そのうちベース内の雰囲気も悪くなるであろうし、他の者達にとっても迷惑になるであろうと頭では解っているのだが……自分は別に何も悪い事はしていない。あくまであちらが妙に一方的に自分を嫌って来るからやり返しているだけであって、クルトが態度を改めない限り自分にはどうしようもない。と、つい反発心が沸いてしまう。

 自分と違ってシーナがクルトに気に入られている……まぁ、彼の反応から察するに恐らくシーナに気があるのだろうから当然と言えば当然なのだが……その事が尚更、自分一人だけが除け者にされているような気がして、反発心に拍車を掛けているのもカイは自覚していた。

 

「……もしかしてクルトの奴、俺の事を恋敵だとでも思ってんのかな……」

 

 やれやれといった様子でぽつりと呟いた彼は、ふと疑問を持つ。

 

「俺は別に……シーナの事で張り合う気は無いんだけど……うん。無い。無いよな?……」

 

 遺跡で出会ったあの日から、シーナは傍に居て当たり前の存在となってはいるが……自分にとってのシーナの立ち位置を真剣に考えた事は今まで無かった。

 起こした以上最後まで面倒を見てやると、ずっと味方で居てやると約束した大切な存在だが……大切な……妹分?それとも、自分も恋愛的な意味でシーナに好意を寄せているのだろうか?特にこれと言って意識した事は無いが……

 いや、確かに恋愛的な意味で意識した事は無いが、シーナの笑顔を可愛いと思う自分が居るのは確かであるし……

 自分にとってシーナは妹分なのか?恋愛対象なのか?……正直自分でもよくわからない……

 

(……まぁ、それはそれで一旦置いとこう……今考えてもしょうがねぇや。)

 

 疲れたような溜息と共にカイは思考を切り替える。

 それに、クルトはシーナと顔を合わせる前からいきなり突っ掛かって来た訳であるし、きっと自分を嫌う理由はもっと別にあるのだろう。

 

「気に食わない理由があるなら、ハッキリ言や良いのに……ホント、面倒臭ぇ奴だなぁ……」

 

 疲れた表情を浮かべて、カイは「汗と共に悩みも洗い流せれば良いのに……」と心底思いながらシャワールームの中へと姿を消した。

 

   ~*~

 

 翌日の午後。

 カイは4日ぶりの空を謳歌していた。

 離陸から旋回、急旋回、急上昇や急降下も一通り問題なくこなして見せたカイに、トーマが通信で呼びかける。

 

「なるほど。アマチュアゾイド乗りだったにしては確かに筋が良いな。シュバルツ少佐が君の腕を買っていたのも納得だ。」

「ルーカス兄ちゃんが??」

 

 驚きの声を上げたカイに、トーマは笑顔を浮かべた。

 

「ああ。まぁ、筋が良い事と今のレベルで任務をこなせるかどうかという事は、また別の話だがな。」

「それくらい俺だってわかってるよ。で?一通り基本操縦のチェックは終わったんだろ?次は??」

 

 先を急かすカイに、トーマの笑みが微かに意地の悪い色を滲ませる。

 

「ほう。やる気があるのは大いに結構だ。そうだな……あとは当然!戦闘訓練に決まっている!」

「へ??ちょッ?!今から?!」

 

 いきなりブレードイーグルめがけ、トーマの乗るストームソーダーがウイングソードで切りかかって来る。

 それを間一髪で躱し、カイはわたわたとブレードイーグルの姿勢を立て直しながら情けない声を上げた。

 

「いきなりなんて聞いてねーよ!!せめて休憩挟んでからとかさぁ!!」

「敵はいきなり攻めてくるんだ。突然の奇襲にも臨機応変に対応出来るようにならなければな。」

「基本操縦からいきなりハードル上げ過ぎだっつーの!!」

 

 ひらりひらりと、次から次へ、あらゆる方向からウイングソードで切りかかって来るトーマのストームソーダーから逃げ回るブレードイーグル……その姿をシーナが心配そうにオペレータールームから見上げていた。

 

「カイ、大丈夫かな……」

「大丈夫大丈夫。トーマの奴、全然本気じゃないし。怪我をさせるような事はしないよ。」

 

 心配そうなシーナとは打って変わって、リーゼが隣で面白がっているような声を上げる。

 フィーネも、そんなリーゼに苦笑を浮かべつつトーマへ通信を入れた。

 

「トーマさん。カイもまだ初日だし、あんまり意地悪しないであげて下さいね。」

「心配ご無用ですよフィーネさん。加減は十分心得ておりますので。」

「これの何処が?!」

 

 得意げに返されたトーマの返事にカイが思わず抗議の声を上げるが、トーマはそれを全く聞いていないらしい。

 ほぼ一方的な展開の戦闘訓練の様子を、第二格納庫から訓練に出る準備をしていたレンとエドガー、そしてクルトの3人も眺めていた。

 

「シュバルツ博士、すっげー楽しそうだな……」

 

 苦笑を浮かべつつ呟くレンに、エドガーが微かな呆れの色を滲ませながら口を開く。

 

「博士もこのところ、臨時戦闘員としての出撃が無かったからな。久しぶりに自分の手でゾイドを操縦しているんだ。ゾイド乗りの血が騒ぐ……って奴なんじゃないか?」

「なるほど。確かにあり得るよな。博士だって元は父ちゃんと一緒に前線で戦ってたゾイド乗りなんだし。」

 

 しかし、苦笑を浮かべつつも何処か楽しそうに空を見上げるレンとエドガーの2人とは打って変わって、クルトは片手で頭を抱えるようにしてやれやれと首を横に振っていた。

 

「全く……素人相手に大人げない……」

「あれ?珍しいな。てっきりクルトはカイの事嫌ってんだと思ってたけど、心配してんのか?」

 

 不思議そうに訊ねて来たレンに、クルトはむすっとした表情を浮かべる。

 

「別にアイツの心配をしている訳じゃない。素人相手に調子に乗って遊んでいる父親が息子として恥ずかしいだけだ。」

「そうは言うが、一応攻撃は全て躱している訳だし。少しはカイの実力も認めてやって良いと思うがな。」

 

 ストームソーダーの攻撃を躱し続ける中で、少しずつギクシャクしていた動きが滑らかになりつつあるブレードイーグルを見上げエドガーが呟くも、クルトは面白くなさそうにふんっと鼻を鳴らして口を開いた。

 

「躱せて当たり前だ。父さんは完全に遊んでいるだけだし、機体性能自体は信じ難い事だが古代ゾイドであるブレードイーグルの方がストームソーダーよりも上なんだからな。そんな高性能機であの程度の攻撃もロクに躱せないならば、完全に宝の持ち腐れ……ハッキリ言って猿以下だ。」

 

 あまりに辛辣なその言葉に、レンはエドガーと顔を見合わせ肩を竦めて見せる。

 確かに異例の入隊であったとはいえ、レンとエドガーは良い意味でも悪い意味でもカイを特別視してはいない。

 選ばれたからにはそれなりの理由があるだろうし、選ばれた以上、共に戦う仲間だと認識しているからだ。

 しかし、クルトはどうやらそうではないらしい……その事がレンの中で妙に引っかかっていた。

 

   ~*~

 

「クルトの奴、なんであんなにカイの事毛嫌いしてんだろうな?」

 

 1日の訓練が終わり、カイ達よりも一足先に食堂で夕食を摂りながらレンはエドガーに話しかける。

 エドガーはシチューに手を付けつつ、呆れた様子でレンへ訊ね返した。

 

「お前、わからないのか??」

「え?だってカイもクルトも、ガーディアンフォースに入った以上、一緒に働く仲間じゃねーか。もっとこう……仲良くすりゃ良いのにさぁ……」

「そう簡単な話じゃないんだろ。クルトにとっては。」

「なんで??」

 

 いまいち要領を得ないレンに、エドガーは小さな溜息を一つ吐いて語り出す。

 

「僕達は最年少でガーディアンフォースに選ばれ、誰もそれに対して異を唱えなかった。それは逆を言えば、僕達が両親と同じように平和の担い手になる事を誰もが期待していたからだ。まぁ、僕に関しては両親の罪の贖罪を息子の僕にも求める声が少なからずあったから……というのもあるが。」

「それはッ!……気にする事ねぇって何度も言ったろ?……」

 

 悔し気な、苦々し気な表情を浮かべたレンに、エドガーが思わず黙り込む。

 エドガーの両親……レイヴンとリーゼが過去に犯した罪を巡り、幼い頃から偏見の目に晒されていたエドガーとその妹を守ってくれたのは、幼馴染であるレンとクルトだ。

 だからこそ、レンもクルトもこの話題を嫌っていたし、いつしかその事を話題に出さないのが暗黙の了解になっていたのを思い出して、エドガーはそっと静かに口を開いた。

 

「すまない……この事は言わない約束だったな……」

「いや……けど、それとクルトがカイを嫌うのとどう関係あるんだ??」

 

 空気を変えるように訊ねて来るレンに、エドガーは若干呆れた視線を向ける。

 

「わからないか?ガーディアンフォースで働く父親を持つ者として、クルトも僕達と同じ期待に晒されていたのに、年下の僕達だけが先にガーディアンフォースに選ばれて、1人だけ置いてけぼりを喰らってたんだぞ?」

「じゃぁ、クルトが俺やエドに嫉妬してるって言いたいのか?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 エドガーは溜息と共に一息入れると、根気よく説明を続ける。

 

「1人置いてけぼりを喰らったからこそ、クルトは僕達に追いつきたい一心で必死に学んで、訓練を受けて、やっと今期入隊して来たんだ。なのによりによって、そのクルトと同じタイミングで訓練も何も受けていないカイの異例入隊……今までの自分の努力や苦労を全否定されているように感じても仕方ないって事さ。」

「あ~……そういう事か……」

 

 やっと理解した様子のレンを疲れた表情で眺めた後、エドガーは疲れた様子でパンを千切り口に運ぶ。

 しかし、レンはレモン水を数口飲むと、釈然としない面持ちで口を開いた。

 

「けどさ。ぶっちゃけそれ、カイ自身は何も悪くねーじゃん。そりゃシュバルツ少佐の口添え一つでポンッと入って来たのは事実だけど……訓練無しで入って来たのはシーナも一緒なのに、なんでシーナは良くてカイは駄目なんだろ……」

「シーナは古代ゾイド人で、ユナイトも連れてる。一番安全に暮らせる場所は此処しかない。だが、カイは……少なくともクルトにとっては「別に此処に居る必要を感じない存在」なんだろ。」

 

 その言葉を聞いて暗い顔をしたまま、まだ一口も手を付けていない自分の夕食に視線を落とすレンに、エドガーは困ったような表情を浮かべる。

 

「だから最初に言っただろう?そう簡単な話じゃない。って。おまけにカイも、クルトに突っかかられてばかりで苛立ってるようだから尚更さ。」

「え??マジで??」

「ああ。昨夜クルトが僕の部屋までわざわざ愚痴りに来た。カイが自分からクルトに喧嘩を売るような……挑発するような物言いをする事があるって。まぁカイにしてみれば、散々そういう扱いをされて来た分の細やかな仕返しといった所だろうから……こればかりは本人同士が折り合いを付けてくれないと、僕達じゃどうしようもない。」

 

 エドガーの言葉に、レンは両手で頬杖を突いてむすっと口を尖らせる。

 

「なんかヤダな……仲間内でギスギスしてんの……」

「それに関しては僕も全面的に同意だ……だが、僕達に出来るのは2人の相談に乗ってやる事と、多少時間が掛かっても、どうにか折り合いを付けて落ち着いてくれるのを願う事くらいだと僕は思う。」

 

 静かにそう語る同い年の幼馴染を見つめ、レンは降参したような表情を浮かべた。

 

「俺、時々エドのそういう大人びたトコ、ちょっと憧れるよ……」

「歳の割に老けこんでるだけさ。」

「なぁなぁ、何の話だ?」

 

 ふと聞こえた声に顔を上げれば、カイが自分の夕食の盆を抱えて此方に歩いて来る所であった。

 レンとエドガーはチラッと視線を交わし合うと、なんでもなさそうに取り繕う。

 

「あぁ。エドが歳の割に大人びてるって話。」

「なーんだ。それで歳の割に老け込んでるとかなんとか言ってた訳か。あ、隣良いか?」

「おう!来い来い!」

 

 自分の隣の椅子を引っ張り出し座面を叩くレンを見て面白そうに笑いながら、カイが席に着く。

 疲れた様子で夕食のハンバーグに手を付けるカイを眺めて、エドガーが優しく訊ねた。

 

「午後の抜き打ち戦闘訓練、随分堪えたようだな。大丈夫か?」

「ああ。死ぬほどビックリしたけど……イーグルに懸けられてた賞金目当ての連中から1週間も逃げ回ってたのに比べりゃ、まだマシな方だ。」

 

 苦笑を浮かべながら答えるカイに、レンも訊ねる。

 

「ベースでの生活も、ちょっとは慣れたか?」

「おう。そっちは何とか。特に不便もねーし……まぁ、強いて言うならクルトの事くらいかな……」

 

 若干気不味そうな表情で視線を逸らしながら予想通りの言葉を呟いたカイを見て、「やっぱりそれか」といった目くばせをチラッと交わすレンとエドガー。

 だが、カイはそんな2人にポツリと意外な一言を零した。

 

「初対面の時から妙に嫌われてる感あるなとは思ってたんだけどさ……俺もその……自分の事嫌ってる奴とわざわざ仲良くする必要ねぇや。って態度悪くなっちまうトコあっから……そういうの止めれば、向こうも多少なり突っ掛かって来なくなんのかな~?とは思ってんだけど……」

 

 その一言に静まり返ったレンとエドガーを交互に見つめ、カイは戸惑ったように訊ねる。

 

「……俺、何か変な事言ったか??」

「いや、変な事は言ってねーけど……」

「僕達はてっきり、カイもクルトの態度に苛立って完全にクルトを嫌ってるだろうとばかり思っていたから……」

「あぁうん。正直滅茶苦茶大っ嫌い。」

 

 キッパリとそう言い放ちはしたものの、直後、カイは手にしたフォークをペン回しのようにくるくると遊ばせながら頬杖を突いて、伏し目がちに言葉を続けた。

 

「……けどさ、どっちかが折り合い付けなきゃ延々と埒が明かねーのは俺も薄々感じてるし。俺とクルトがいつまでもこうしてギスギスしてたんじゃ、基地内の雰囲気も悪くなる一方だろ?只でさえ俺は色々とトラブルの種になりやすい立場だから、やっぱ俺が折れるしかねーのかなって……」

 

 普段とは違う大人びた声音でそう語ると、彼は指先で器用に遊ばせていたフォークを持ち直し、再び食事に手を付け始める……レンとエドガーはそんなカイを暫く眺めていたが、やがて、レンが口を開いた。

 

「……さっき、その事でエドと話してたんだけどさ。クルトはきっと、何の訓練も受けずに入って来たカイに嫉妬してんじゃねーか?って思うんだ。」

 

 唐突な一言に、カイは少しきょとんとした表情を浮かべた後、ポツリと呟いた。

 

「……そっか。理由はそれか。」

 

 驚く程あっさりとクルトが嫉妬しているのでは?という事を受け入れ、納得した表情を浮かべたカイに、エドガーが不思議そうに訊ねた。

 

「何か……思い当たる節でもあるのか?」

「まぁな。入隊初日に大人しく家に帰れば良かっただろ。とか、アマチュアがこなせる程任務は甘くないとか散々言われまくったし。それに確かあの日、死に物狂いで訓練受けてやっと入隊したのにっつてたし……」

 

 そこまで語ったカイは困ったような笑みと共に片手で頭を抱え、前髪をくしゃりと掻き上げる。

 

「なぁんだ。考えて見りゃ結構判り易いっつーか……何で俺、今まで気付かなかったんだろ……俺さ、今まで自分が嫌われてる理由が分かんなくてモヤモヤしてたから、解って逆にスッキリしたぜ。ありがとな。」

 

 パッと頭を抱えていた手を下ろし、何処か晴れやかな表情を浮かべるカイに、レンとエドガーはお互いに顔を見合わせた後、ホッとしたような笑みを浮かべ合ってカイを再び見つめた。

 

「まぁ、クルトもそのうち一緒に仕事してりゃカイの事認めて態度改めるだろうし、それまではちょっと我慢しなきゃなんねーと思うけど、俺もエドもフォローするし、いつでも相談してくれよ。」

「別にクルトの事に限らず、訓練や任務の事でも、ベース内の生活や規則の事でも構わないからな。僕達もまだ入隊1年で至らない事も多いが、何かしら助けになれると思う。」

 

 そんな二人を交互に見つめた後、カイはホッと安堵したような表情を浮かべて呟いた。

 

「……ああ。2人ともありがとな。」

 

 特にこれといったきっかけはないが、不意に3人は誰からともなく笑い合う。

 精鋭部隊ガーディアンフォースの期待の若手である彼等も、早速他愛のない話に花を咲かせながら夕食を食べるその姿は、年相応の少年達そのものであった。

 

   ~*~

 

 一方、クルトはと言えば第三格納庫の整備ブリッジに胡坐を掻き、ラップトップを操作していた。

 本日の訓練で父の操縦するストームソーダーから追い掛け回されていたブレードイーグルを見上げ、彼は友人に語り掛けるかのようにふと口を開く。

 

「それにしても今日は災難だったな。いきなりストームソーダーに追い掛け回されて、流石に疲れただろ?」

 

 しかし、彼の言葉にイーグルは静かに咽を鳴らすような鳴き声を返す。

 

「クルルルルッ」

「……まぁ、性能はお前の方が上だし、あの程度ならじゃれ合い同然かもしれんが……一応、任務や訓練を行ったゾイドは機体コンディションのチェックを行う決まりでな。いちいち面倒臭いと思うかもしれんが、少し付き合ってくれ。」

 キュルル

 

 まるでブレードイーグルの言葉が解っているかのように会話をするクルトは、短く鳴いたブレードイーグルを微笑みながら見上げると再びラップトップを操作し始める。

 第三格納庫へ様子を見に来たシーナは、そんなクルトの姿を目の当たりにして不思議そうに目を瞬かせると、そっと彼の元へ歩み寄って話し掛けた。

 

「クルト、イーグルの言葉分かるの??」

「シーナさん!!あ、えっと!お、お疲れ様です!」

 

 シーナが傍に来ていた事に気付いていなかったクルトがきょどりながら挨拶をすれば、シーナも穏やかに微笑んで返事を返す。

 

「あ、うん。クルトもお疲れ様。ねぇねぇ、さっきイーグルとお話してたけど、クルトもイーグルの言葉が分かるの??」

 

 彼女の問い掛けに、クルトは暫し目を丸くしたままシーナを見上げていたが、次の瞬間ハッとした様子でラップトップへ視線を落とすと恥ずかしそうに顔を赤くしながら口を開いた。

 

「い、いえ……別にイーグルの言葉が解る訳ではないのですが……恐らくこう言っているのだろうと、勝手に解釈して自分が一方的に喋っているだけです……昔から、そうなんです。自分は、人間相手よりもゾイドや機械相手に話しかける方が……気楽というか、話が弾むというか……」

 

 そう言いながらクルトはふと暗い顔をする。

 学生時代にゾイドや機械に話しかける姿を変人扱いされ、頭がおかしいだの、人間の友達がいない可哀想な奴だのと言われて来たのが脳裏を掠めたのだ。

 だが、また変人扱いをされる事を恐れるクルトに対して、シーナは無邪気に笑った。

 

「クルトって機械ともお話しできるの?!凄いね!私のお父さんみたい!」

「……はい??」

 

 唐突な言葉に困惑するクルトに、シーナは何処か得意げに語り出した。

 

「あのね、私のお父さんもゾイドだけじゃなくて機械ともお話が出来る人だったの。凄いでしょ?」

「は、はぁ……」

 

 ぽかんと返事を返すクルトの隣にぺたんと座って、シーナはふと、クルトのラップトップを覗き込む。

 

「今日はどんなお仕事してるの?」

「あぁ、えっと……ブレードイーグルの機体コンディションのチェックです。任務や訓練を行ったゾイドは、例え損傷等が無くてもチェックを行うのが決まりでして。」

「そっか。健康診断してるんだね。」

 

 納得した様子で笑うシーナは、そのまま笑顔でブレードイーグルを見上げる。

 そんなシーナを眺めて、クルトは出会って以来疑問に思っていた事を訊ねた。

 

「あの……以前から少々不思議に思っていたのですが……退屈ではありませんか?」

「え?何が?」

「いえ……シーナさんは自分や父さんが作業していると、いつも傍で眺めてらっしゃるでしょう?退屈ではないのかなと……」

 

 そう。シーナは仕事が終わると必ず格納庫へやって来て、自分やトーマがラップトップを操作していたり、機材を操作していたりするのをこうしてジッと眺めている。それがクルトにとっては不思議でならなかった。

 こういった事に興味があるのか、それともただ単に物珍しさから眺めているのか……だがどちらにせよ、終始ただジッと邪魔をする事もなく傍で大人しく作業を眺めているのは流石に退屈ではないかと疑問に思っていたのである。

 だが、シーナは少し寂し気に微笑むとそっと呟いた。

 

「なんだか落ち着くの……私のお父さんも博士で、いつもゾイドの開発とかしてたから。こうしてゾイドや機械の沢山ある場所で作業してる人の傍に居ると、昔に戻ったみたいで……懐かしくて。」

 

 シーナはブレードイーグルを見上げ、少し明るく語った。

 

「実はね、ブレードイーグルもお父さんが作ってくれたゾイドなの。」

「えぇ?!シーナさんのお父様がですか?!」

「うん。」

 

 驚くクルトにクスッと笑って見せて、シーナは懐かしむような眼差しでブレードイーグルを再び見上げる。

 

「だから……かな?イーグルの傍でお仕事してる人を見ると、余計懐かしく思っちゃうのかもしれない。」

「……なるほど。それでいつもこうして作業風景を眺めてらしたんですね。」

 

 納得した様子で静かに呟いたクルトへ、シーナが申し訳なさそうに微笑みながらそっと切り出した。

 

「ごめんね。お仕事中に迷惑じゃないかなって自分でもちょっと思ってたんだけど……」

「いえそんな!自分も父さんも迷惑だなんて思っておりませんよ!!」

 

 思わず大声でそう言ったクルトの顔を見上げ、シーナが目を真ん丸に見開いてぽつりと呟く。

 

「……ほんと?」

「ええ!勿論です!シーナさんの落ち着く場所が自分や父さんの傍なら、その……いつでも来て下さい!少なくとも自分は大歓迎です!!」

 

 大袈裟な程必死な彼の言葉に、不意にシーナは鈴を鳴らすような声でクスクスと笑いだす。

 

「良かったぁ。そう言ってもらえて。なんだか安心しちゃった。」

 

 そんな彼女を眺めて、愛しさとは別に切なさのような感情が込み上げて来たクルトは、無意識に心配そうな眼差しでシーナを見つめるのだった。

 

   ~*~

 

(懐かしい……か……)

 

 作業と夕食を終えシャワー室へ向かいながら、クルトは先程の切なさのような感情の理由を考えていた。

 

(シーナさんにとっては、どんなに同じ古代ゾイド人が居ても、この時代に家族や友人はもう居ない……いつも絶やす事の無いあの笑顔の奥では、1人である寂しさや不安をずっと抱えているんだろうか?……)

 

 出会った日から可憐で美しい少女だと思っていたが、彼女の抱える孤独の一端を垣間見た今は、触れれば壊れてしまいそうな儚げな印象を抱かずにはいられない。

 だからこそ、彼女が自分の傍を「落ち着く」と思っているのなら……彼女の居場所になれるのなら、そう在り続けよう。彼女の孤独や不安を受け止めて、今まで以上に優しく、明るく、誠実に彼女と向き合おう。それで少しでも、彼女が安心出来るのなら……

 と、そこまで考えた時点で、ふとカイの姿が頭を過り、クルトは眉根に皺を寄せる。

 

(そういえばアイツ、シーナさんと一番仲が良いよな……)

 

 シーナと親し気に話していたカイの姿を思い出してつい苛立ってしまうが……当のシーナにとってみれば、カイは目覚めて以来ずっと今まで旅をして来た人物なのだから、そもそも出会って数日の自分が親密度で敵う訳が無い……と思い至り、クルトはガックリと肩を落とした。

 

「……駄目だ。ただでさえガーディアンフォースに入隊して以来、アイツの存在に苛立ってばかりなのに……シーナさんの事でまでアイツの事を考えるのは不毛だ。余計惨めになる……」

 

 ぐったりと呟きながらシャワー室の前までやって来た時、目の前でドアが開く。

 シャワー室から出て来たのは、よりによってカイであった。

 

「あ……」

 

 小さく声を上げ自分を見上げるカイに、クルトはむっとした顔で思わず口を開いた。

 

「言っておくが!俺は絶対お前に負けないからな!!」

「……は?」

 

 あまりにも唐突な一言にぽかんと首を傾げたカイの傍を足早に通り過ぎ、クルトはシャワー室の脱衣所へ歩いていく。その後ろ姿がシャワー室のドアに閉ざされて見えなくなった所で、カイはぽかんとしたまま呟いた。

 

「……やっぱレンやエドガーが言ってた事、当たってるぽいな。俺は別に好きでガーディアンフォースに入った訳じゃねーんだから、張り合うつもりねーんだけど……」

 

 案の定やれやれといった様子で自室へ戻って行くカイには、クルトの言葉の真意が半分しか伝わっていないのだった……




Pixiv版第14話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10612752


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第15話-母親-

 やっとの思いで入隊した国際平和維持特殊部隊、ガーディアンフォース……

 今まで弟のように見守って来た筈の幼馴染にいつの間にか追い越され、やっとその背に追い付いたというのに!

 同期隊員のカイは、古代ゾイドを手に入れたというだけでポンッと入って来ただと?!

 ゾイドの操縦技術は並程度の癖に、減らず口ばかり叩くあの生意気さと来たらッ!あー腹が立つ!!

 全く、親の顔が見てみたいものだ……

 [クルト=リッヒ=シュバルツ]

 

[ZOIDS-Unite- 第15話:母親]

 

「カイ~?起きてるか~い??」

 

 朝。いつも通り自室で目を覚ましたカイは、その声とノックの音で洗面所に行く準備をしていた手を止める。

 ドアを開ければ、オペレーターのリーゼがビニールに包まれた服と思しき物を抱えて立っていた。

 

「おはようございますリーゼさん。どうかしたんですか?」

 

 きょとんとした顔で訊ねるカイに、リーゼは笑顔で抱えていた服をカイへ差し出す。

 

「入隊して今日で丁度1週間経っただろ?入隊日に注文してた任務服が今朝届いたから持って来たんだ。今日からコレを着て仕事になるからよろしく。」

「あ!はい!」

 

 差し出された任務服を受け取り、カイは目を輝かせた。

 ガーディアンフォースの任務服は軍の制服のように型が決められているわけではない。

 大きく分けてレンやクルトが着ているようなフィールドタイプと、エドガーが着ているようなパイロットスーツタイプの二通りがあり、カタログから自分でカスタムして注文出来るのが大きな特徴だ。

 特殊部隊だというのにきっちりとした制服が無いと聞いた時は驚いたが、フィーネ曰く、ガーディアンフォースの任務は多岐に亘る為、情報収集や調査などの際に下手に目立って警戒されないよう配慮されているらしい。

 ならば私服で良いのでは?とも思うが、私服と違い、任務服は万が一ボロボロにしてしまってもガーディアンフォースに所属する限り、同じ服が何度でも無償で支給される。ならば断然こちらの方が便利だ。

 

「じゃ、もしサイズが合わないとか不具合とかがあれば、僕かフィーネに遠慮なく言って。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 

 ぺこりと頭を下げたカイにニコリと微笑んで、リーゼは隊員宿舎を立ち去る。

 カイはドアを閉めると、真新しい任務服をビニールからいそいそと引っ張り出すのだった。

 

   ~*~

 

「あ!カイ、おはよう!」

 

 朝食を摂りに食堂へ来てみれば、シーナが笑顔で声を掛けて来る。

 彼女もまた、カイと同じように今朝支給された任務服に身を包んでいた。

 

「おはよ。シーナ似合ってんなぁ。」

「えへ。そっかな?」

 

 照れくさそうな笑みを浮かべたシーナも、カイの姿をまじまじと眺めてから不思議そうに呟いた。

 

「カイは……いつもの服とあんまり変わんないね。」

「まぁな。モノトーンに紫の差し色って組み合わせ、気に入ってっから。」

 

 そう言って笑った直後、不意に後ろから勢い良く背を叩かれ、カイがビクッと背後を振り返る。

 背を叩いた犯人は悪びれる様子も無く、面白がっているような明るい笑顔を浮かべていた。

 

「よ!おはよ!2人とも。」

「あービックリした。レンか。おはよ。」

「おはよう。レン。」

 

 挨拶を交わしたレンはカイとシーナを眺めてから、ふと思い出したかのように口を開く。

 

「そっか。カイとシーナは急に飛び入りで入隊だったから、任務服の支給遅れてたんだったっけか。」

「ああ。今朝届いたらしくてさ。今日からやっと任務服勤務。」

「なるほどな。2人共バッチリ決まってんじゃねーか。」

 

 その言葉に、カイとシーナは顔を見合わせた後、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 そこに、エドガーとクルトも朝食を摂りに食堂へとやって来た。

 次の瞬間、クルトの視線は案の定、真新しい任務服を纏ったシーナへ釘付けとなり、エドガーはそんなクルトを呆れたような表情でチラッと眺めて呟いた。

 

「クルト。朝食食べないのか?」

「あ、あぁいや。食べる。」

 

 ハッとしたようにいそいそと食券の券売機へ向かうクルトに苦笑を浮かべる一同であったが、サッサと食券を厨房係へ渡した彼はシーナの方へ駆け寄って来て声を掛ける。

 

「お、おはようございますシーナさん!任務服、お似合いですよ!」

「えへ。ありがとう。」

 

 シーナがはにかんだ笑みを浮かべた直後、タイミング良く厨房係の男性が彼女を呼んだ。

 

「シーナちゃん。サンドイッチ出来たよ~」

「あ。はーい。」

 

 まだ話し足りない様子のクルトに気付いていないシーナは、自分の朝食を受け取りに行ってしまう。

 名残惜しそうにその後ろ姿を眺めるクルトに、カイが珍しく自分から声を掛けた。

 

「えっと……おはよ。クルト。」

「あーおはよう。」

 

 シーナへの態度とは打って変わって、どうでも良さそうに返された冷たい返事に、カイは一瞬面白くなさそうな表情を浮かべるが、それ以上は気にしないようにして食券の券売機へ向かい、そんな彼に続いてレンも「あ。俺もまだ頼んでねーや。」と声を上げながら券売機へと向かう。

 何を注文しようかと考えあぐねいている様子の2人の後ろ姿を眺めて、エドガーがクルトへポツリと呟いた。

 

「いい加減、少しは仲良くしたらどうなんだ?」

「俺があいつを気に入らない理由なら、お前だって大体の察しくらい付いてるだろう?到底そんな気にはなれん。」

 

 頑ななクルトに、エドガーは呆れたような溜息を一つ吐く。

 

「……少なくとも、先に歩み寄ろうと努力し始めたカイの方が、クルトより大人なのはよくわかった。」

「あいつの何処が?歩み寄ろうとしてるようには見えんぞ。」

 

 怪訝そうに眉を顰めたクルトの問い掛けには答えず、エドガーは心配そうな声音で呟いた。

 

「君もなんだかんだ根は真面目だから心配ないと思うが……せめて任務中くらいはカイとも連携取ってくれよ?」

 

 それだけ言い残して券売機へ向かったエドガーの背を、クルトは無言で見つめる。

 ふと、インカムのイヤホンからテオの声が響いて来た。

 

[部隊内での不和は任務に支障を来す恐れがあります。エドガーの意見は的確だと思われますが?]

「……俺だって、それくらいわかってる。」

 

 複雑そうな表情でボソッと吐き捨てるように呟き、視線を落とす。

 そう。クルト自身もわかってはいるのだ。カイを嫌った所で彼がガーディアンフォースからいなくなる訳ではない事も、選ばれたからにはきちんとそれなりの理由があるのだろうという事も……

 だが、どんなに頭でそれを理解していても……カイの事は認めたくない。

 

(レンやエドの時はあんなにすんなり受け入れられたのに……)

 

 ふとそんな思いが頭を過り、クルトは溜息を一つ吐く。

 レンとエドガーのゾイド乗りとしての才能は幼い頃から目の当たりにして来た。だから、ガーディアンフォースからスカウトされる形で入隊したのも納得がいった……むしろあの2人なら選ばれて当然だと、自分の事のように誇らしいとすら思ったのだ。

 弟のように思っていた2人に先を超された事に対し不思議と悔しさは無く、レンとエドが前線に立つのなら、2人が安心して前線に立てるようサポートしたい。それが出来るのは自分しかいないと自信を持っていられた。むしろその思いを糧に訓練をこなして来たと言っても過言ではない。

 なのに、優秀な空軍パイロットを数多く輩出して来た名門ハイドフェルド家の出自でありながら、特に訓練も受けていないカイは総合的には中の上といった所でも、凡人の域を出ない……そんなカイが何故、よりによって自分の憧れの1人であるルーカスから認められ、ガーディアンフォースに推薦されたのだろう?

 別にガーディアンフォースになるのが夢だった訳でも無い癖に、何故カイは頑なに家へ帰ろうとせず、ルーカスに促されるままガーディアンフォースへ入って来たのだろう?

 こうして改めて考えてみると、ひょっとしたらカイの生意気な態度はこの際どうでも良いのかもしれない。

 クルトがカイを嫌う一番の理由は、自分の必死の努力を嘲笑うかのように飛び入りで入隊して来た癖に、本人はなりたくてガーディアンフォースになった訳ではないのだという事と、なりたくてなった訳ではない割にガーディアンフォースを辞めるつもりも無いのだという事だった。

 

(どっちつかずの半端者にどう接しろっていうんだ……ガーディアンフォースは家出少年の避難所なんかじゃないんだぞ……)

 

 胸の内でそう吐き捨てた時、厨房係から声が掛かる。

 

「クルト博士~。お待たせしました~。」

「あ、あぁ。どうも。ありがとうございます。」

 

 自分の注文したベーコンエッグセットを受け取り、クルトはこれ以上暗い事は考えないようにしようと思いながら先に席について朝食を食べているシーナの隣へ向かうのだった。

 

   ~*~

 

 朝食と朝礼を終え、カイはブレードイーグルの格納先である第三格納庫へと向かっていた。

 自分は今日も1日操縦訓練。レンとエドガーは共和国のウエストサイドコロニーに任務へ向かった為、5日程度基地を空ける事になるらしい。もしその間に別の任務が入った場合はクルトとカイで対応する事になるようだが、そう立て続けに任務が入る事はあまり無いので、とりあえず訓練に集中してくれれば良いとの事だった。

 

「万が一任務が来たら、その時はクルトと一緒に出撃かぁ……初任務なら正直レンかエドガーと一緒が良いんだけどなぁ……」

 

 思わずポツリと声に出して呟いた直後、彼はガックリと肩を落とす。

 

「……つーか、帰って来るのが5日後って……その間、フォローしてくれる人間がいないって事じゃん……気が重くてやってらんねーよ……出来るだけ傍に居ないようにするしかねーかな……」

 

 暗い顔で盛大な溜息を吐きながら歩くカイの後ろから、丁度「今一番聞きたくない声」が響いた。

 

「カイ!」

「うぇ?!クルト?!」

 

 ビクッと振り返ったカイの様子に、クルトはしかめっ面のまま呆れた視線を投げかける。

 

「大袈裟な奴だな……人を化け物みたいに……」

「あ、いや、別にそうは思ってねーけど……」

 

 ちょっと暫く顔合わせたくないだけで……と胸の内で付け足しながら、カイはクルトを見上げ訊ねた。

 

「一体どうしたんだ?……もしかして任務入った……とか?」

「別に任務じゃない。」

 

 溜息交じりに呟いたクルトは、面倒臭そうにカイを見つめて口を開いた。

 

「お前の母親……ハイドフェルド婦人が面会に来られたそうだ。とっとと応接室に行け。」

「母さんが?!え?!今?!こんな朝っぱらから?!」

 

 驚きに目を見開いたカイを呆れたような眼差しで見つめたクルトは、返事の代わりに溜息を一つ返すと、そのまま自分のディバイソンのある第二格納庫の方へと歩いていく。

 その去り際に、クルトは静かな、それでいて微かに苛立っているような声音でカイへ呟いた。

 

「どう生きようがお前の勝手だが……それに振り回される親や周りの事、少しは考えろ。」

 

 唐突なその一言は、いつものクルトからの小言とは違ってカイの胸にグサリと突き刺さり、彼は微かにハッとしたような表情を浮かべた後、何も言えずにクルトの姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。

 

   ~*~

 

「えっと……し、失礼します……」

 

 ぎくしゃくとした様子でカイが応接室のドアを開けば、ソファーに腰かけて俯いていた女性がパッと顔を上げて彼を見つめた。

 ……目が合ったカイは次の瞬間ギクリとした表情を浮かべる。顔を上げた女性……カイの母親であるジャネット=ハイドフェルドが我が子の姿を見た途端に、両目に涙を溢れ返らせながら駆け寄って来たのだ。

 

「カイ!!」

 

 ギュッと自分を抱き締める母に、カイはその背へ反射的に両手を回しかけるが……結局躊躇うかのようにその手を途中で止めたまま、申し訳なさそうに呟いた。

 

「母さん……あの……えっと……」

 

 なんと声を掛ければ良いのやらと途方に暮れながら、必死に言葉を探すカイ……ジャネットはそんな我が子を放した後、その両肩にそっと手を添え3年ぶりの息子の顔を見つめる。

 

「今まで本当に心配したのよ。あの朝、置手紙だけ残して貴方が居なくなってる事が分かった日から、シュバルツ君に保護されてガーディアンフォースに入ったって連絡が来るまでッ……3年間ずっとッ……」

「うん……ごめん……」

「お父さんと一緒に捜索願いを出しても有力な情報はなかなか集まらないしッ……もしかしたら行方不明のままッ……もう、戻って来ないんじゃないかって……ずっと不安で……怖くて……」

 

 はらはらと涙を零しながら泣き出した母を見つめるカイもまた、泣き出しそうな顔をしていたが……彼はやっと、自分から母親を抱き締めてそっと呟いた。

 

「母さん。本当にごめん……俺もずっと後ろめたさはあったんだ……心配させてるだろうなって、今頃、俺の事捜してるんだろうなって……けど俺、もう嫌だったんだよ。ゾイドに乗るのを反対し続ける父さんも、軍人の息子だからって学校で1人ポツンと浮いてるのも……」

 

 その言葉に、ジャネットはくすんと小さく鼻をすすると、息子の背に手を回し、優しく抱きしめ返す。

 

「知ってるわ……お母さんの方こそ、お父さんの事も、学校の事も……何もしてあげられなくてごめんね……お母さんずっと後悔してたの……もっとちゃんと、貴方の話をしっかり聞いてあげれば良かったって。」

「それは母さんのせいじゃないよ。俺、何を聞かれても、大丈夫だよ。何でもないよ。としか言わなかったし……」

 

 苦笑を浮かべたカイの背を優しくトントンと叩いて放してもらったジャネットは、ふとカイの顔を見上げる。

 

「3年で、随分背が伸びたのね。家出する前まではお母さんよりもまだ背が低かったのに……すっかり追い越されちゃったわ。」

 

 涙を拭いながらふと微笑んだ母親に、カイも微かな笑みを浮かべる。

 

「これでも男の割に小柄な方なんだけどな……」

 

 そんな風に呟くカイに、ジャネットはやっとくすくすと笑い声をあげた。

 

「小柄なのはお母さんに似ちゃったのね。きっと。」

「父さんに似るよかマシだよ。」

「もう。またそういう事言うんだから。」

 

 困ったように笑うと、ジャネットはカイの両頬へ手を添えて優しく訊ねた。

 

「この3年間、ちゃんとご飯食べてた?何か大怪我をしたり病気になったりしなかった?危ない事に巻き込まれたり、怖い目にあったりしなかった??」

「あー待って待って。一個ずつ答えるから。んーと、飯は食ってた。で、大怪我とか病気も特にしてない。危ない事に巻き込まれたり怖い目にあったりってのは、まぁ……そこそこあったけど。うん。何とか元気。」

 

 そう言って苦笑を浮かべたカイを、ジャネットはもう一度優しく抱き締める。

 

「本当に……本当に無事で良かった……」

 

 母の安堵の声を聞いて、カイも今一度、ジャネットをそっと抱きしめ返すのだった。

 

   ~*~

 

 フィーネの計らいでベース内の案内を言い渡されたカイは、ジャネットと共にメインブロックの廊下を歩きながらふと声を上げた。

 

「そういえば……父さんは来てねーの?」

 

 その一言に、ジャネットは意外そうな表情を浮かべてカイを見つめる。

 

「ええ……お父さんもなかなか仕事の都合で様子を見に来れないからって、私が様子を見に来たの……久しぶりだし、もしかしてお父さんにも会いたかった?」

 

 ジャネットの問い掛けに、カイは気不味そうな表情を浮かべて視線を逸らした。

 

「いや、会わずに済んだのはむしろホッとしてるんだけどさ……どうせ顔を合わせりゃ何かしら言われるし。けどほら。先に俺の事聞いたのは父さんだろ?遅かれ早かれ、そのうち来るんじゃねーかと思ってたから……」

 

 カイの言葉に、ジャネットは困ったように微笑みながら伏し目がちに呟いた。

 

「……そうね。お父さんも心配してたから、きっとそのうち来ると思うわ。でも折角ガーディアンフォースに入ったんですもの。流石に辞めろとは言わないんじゃないかしら。」

「どーだか。どうせまた「ゾイドに乗るのは遊びじゃない」だのなんだのってぐちぐち小言言うに決まってら。」

 

 拗ねと苛立ちの入り交ざった声で吐き捨てるように呟いたカイを見詰め、ジャネットは何処か懇願するかのような声音でそっと口を開く。

 

「お父さんがゾイドに乗るのを反対し続けて来た事にうんざりしてるのは、お母さんも知ってるけど……あまり……お父さんの事悪く言わないであげて。あの人はあの人なりに、貴方を心配してるだけだから。」

 

 カイはチラッと母を見ると、疲れきった溜息を一つ吐いた。

 お父さんはお父さんなりに貴方を心配しているだけ……昔から何度も聞いた言葉……一番実感のない、心に響かない形だけの言葉……母の言葉で唯一、信じられない言葉がそれだった。

 仮に百歩譲って、ジャネットの言う通り父が……エリク=ハイドフェルド大佐が実の息子である自分を危険な目に合わせたくない一心で冷たい言葉を投げかけ続けていたのだとしても、有難いとは到底思えない。

 親の心子知らずとはよく言ったものだが、それはカイに言わせれば『子の心親知らず』とも言える。どんなに血が繋がっていようと自分は父ではないし、父は自分ではないのだから、押しつけがましい心配など煩わしいだけだ。

 無駄に感情を浪費するばかりで平行線を辿り続けた父とのやり取りは、分かり合えない人間と無理に分かり合おうとする事自体が不毛であるという教訓となり、ずっと心の奥底で凝り固まっている。

 それ故に、ゾイドに乗ることを反対された幼少期からこれまで、カイはひたすら父親を拒絶して生きていた。

 

(あ~……そっか。俺が仲の悪い人間を徹底的に嫌う性格してんのって、そういう事か……)

 

 なんとなくそんな考えに行き着いた時、クルトの姿が脳裏を過る。

 真面目で頭が固く、融通の利かない性格に、冷たい態度、煩い小言の数々……父とクルトの共通点に気付いたカイは、尚更クルトとも上手くやって行けそうにないなという不安を抱えずにはいられない。

 カイは気持ちを切り替えるように軽い溜息を一つ吐くと、話題を替えるようにジャネットへ訊ねた。

 

「そういえば、リズは元気?」

「ええ勿論。貴方がいきなり出て行ってからしょんぼりしてるけれど。」

「だよなぁ……寂しがり屋だからなぁ……」

 

 苦笑を浮かべるジャネットに釣られて同様の表情を浮かべながら、カイはもう一人の家族である黒いゴールデンレトリバーを思い浮かべる。

 一人っ子であるカイにとって、リズと名付けたそのゴールデンレトリバーは兄妹と言っても過言では無い。

 人懐っこい半面寂しがり屋だが、優しく穏やかな性格のリズは父と口論した後や、嫌な事、落ち込む事の後、いつも傍に寄り添ってくれた一番の理解者だった……3年前に家を出る時も、心配そうに自分を見上げ悲しそうにくぅんと鳴いていたのに、両親を呼びに行こうとはせず、悲しそうに……だが静かに、自分を見送ってくれた……

 今頃、リズはどうしているのだろう?

 

「今は?家で留守番中??」

「まさか!お隣さんのお家で預かって貰ってるわ。ガイガロスとヘルトバンを往復するのに何日掛かると思ってるの?此処まで来るのだって大変だったんだから。」

「あはは……ホントごめん……」

 

 困ったように頭を掻いてしゅんと素直に謝る我が子の肩を、ジャネットはポンポンと元気付けるように叩いた。

 

「ほらほら。しっかり案内して頂戴。新入隊員さん。」

「了解しました。母上殿。」

 

 何処か冗談めいたやり取りを交わし、3年ぶりの再会を果たした親子は可笑しそうに笑い合った。

 

   ~*~

 

 一通りの案内を終えたカイは、通常通り操縦訓練に勤しんでいた。

 だが、今日はいつになく気合が入る……というのも、ベース内を一通り周ったジャネットが格納庫前から訓練の様子を見学しているからに他ならない。

 

「流石に今日は気合の入り方が違うな。」

 

 そんな通信を寄越すトーマに、カイは苦笑を浮かべる。

 

「そりゃこれ以上母さんを心配させる訳にはいかねーし……俺なら大丈夫。ちゃんとやっていけるよ。って姿見せとかねーと、安心して帰れないだろ?」

「そうだな……だが、だからと言って手加減はせんからな?」

「上等!!」

 

 カイの言葉に、ストームソーダーがブレードイーグルへと突っ込んでくる。

 それを空中で華麗に躱す様を見上げ、ジャネットはポツリと呟いた。

 

「……やっぱり親子ね……」

「どうかされましたか??」

 

 ジャネットの隣でブレードイーグルの稼働データを収集していたクルトが声を掛ければ、彼女はくすくすと可笑しそうに笑いながら語り出した。

 

「機体の体制を立て直す時に勢いよくロールを打つ癖、エリクに……主人にそっくりなの。お父さんそっくりね。なんて言ったら、カイは嫌がるでしょうけれど……」

 

 再び空を見上げたジャネットの横顔は、穏やかながらも何処か寂しげな笑みを浮かべていた。

 クルトはその横顔を暫し眺めた後、倣うように空を見上げてふと口を開く。

 

「カイは……今まで何の訓練も受けた事がないと聞いていましたが……操縦の癖が似ているという事は、ハイドフェルド大佐からいくらか操縦技術を学んでいたのですか?」

「いいえ。あの人は頑なにカイをゾイドから遠ざけていたから何も教えていないわ。自分が式典で展示飛行をする時まで「お前は来るな。」なんて言うくらい徹底していたもの。」

「え?!」

 

 普通なら士官学校の航空科へ入学させる為、早いうちから英才教育を施してもおかしくないような家柄でありながら、実の父親であるハイドフェルド大佐がカイをゾイドから遠ざけていたと聞き、クルトは驚きを隠せない。

 

「何故です?ハイドフェルド家も優秀な軍人を数多く輩出して来た名門一族なのに……」

 

 遠慮がちに訊ねるクルトに、ジャネットは言葉を吟味するような沈黙の後、そっと語り出した。

 

「……小さい頃からあの子は特別だった……いいえ、異質だったと言った方が良いかもしれないわ……」

「異質……とは?」

「ゾイドに乗る為に生まれて来たような子だったの。本当に、ただその為だけに……きっと将来、凄いパイロットになれると色んな人に言われたわ……だけど……主人と私は決めたの。この子はゾイドに乗せないって……そうする事でしか、この子を守れないって……」

 

 何処か含みのあるその言葉に、クルトは黙り込む。

 

(ご両親が家柄や世間体を捨ててまでカイをゾイドから遠ざけようとした理由……か……)

 

 自分が思っていた以上に、カイの事情はどうやら複雑らしい……

 だが、ゾイドに乗る為だけに生まれて来たような子だった。というジャネットの発言や、ゾイドに乗せない事でしか守れない。という不穏な様子から、恐らく過去に何かあったのだろう……

 しかし両親の気持ちとは裏腹に、カイは今こうしてゾイドに乗り、空を飛んでいる。

 両親の決断が苦渋の選択だった事など、知りもしないで……

 

「……カイがゾイドに乗っている姿をこうしてご覧になって、やはり不安……ですか?」

 

 静かに訊ねるクルトに、ジャネットは微笑を浮かべたまま静かに目を閉じて首を横に振った。

 

「本当はね、わかってたのよ。どんなに私達が止めても、あの子はいつか飛ぶって……だから今は……カイがあのまま何処か遠い場所まで飛んで行かないでいてくれる事を願うだけ。」

「……」

 

 そっと押し黙ったクルトを再び見上げ、ジャネットは微かな懇願の滲む声音で呟いた。

 

「クルト博士……」

「はい。なんでしょう?」

「あの子達を、どうかお願いします……」

 

 真っ直ぐこちらを見つめるジャネットを見つめ返して、クルトは一瞬言葉に詰まりながらも力強く答えた。

 

「……わかりました。カイもブレードイーグルも、自分達が必ず守ります。」

 

   ~*~

 

「母さん。見学どうだった?」

 

 操縦訓練を終え、ブレードイーグルから降りて来たカイがジャネットへ駆け寄る。

 ジャネットはくすくすと笑いながら明るく答えた。

 

「なんだか、お父さんの若い頃そっくりだったわ。」

「えぇ~?!父さんと一緒にしないでくれよぉ~!」

 

 むすっとした顔で口を尖らせるカイを見つめ、やはりジャネットは笑うだけだ。

 だが、先程の話を聞いたクルトにとってジャネットのその笑顔は、ゾイドに乗って欲しくないのに、今となっては見守る事しか……無事を祈る事しか出来ない不安や心配を表に出すまいとしているようにしか思えなかった。

 

「カイ~!」

 

 ふと、第三格納庫へシーナがユナイトと共に駆けて来る。

 その姿を見て、ジャネットが微かに目を見開いたのを、クルトは見逃さなかった。

 

「シーナ!オペレーションの練習どうだった?」

「まだ現代語そんなに読めないから、機材の操作はフィーネさんに付いててもらわなきゃダメだけど、でも、少しずつやり方覚えて来たよ。私、ちゃんとオペレーション出来てた?」

「ああ!勿論!」

「良かったぁ~」

 

 そんなやり取りをしているカイへ、ジャネットがそっと訊ねた。

 

「この子は、オペレーターさん?」

「ああ。シーナっていうんだ。ブレードイーグルと一緒に遺跡で会った古代ゾイド人の子。」

「そうなの?あ、だからオーガノイドを連れているのね。」

 

 穏やかに微笑んだジャネットは、シーナを見つめそっと握手を求める。

 

「初めましてシーナちゃん。私はカイの母親、ジャネット=ハイドフェルドです。よろしくね。」

「ははおや?……カイのおかーさん?」

「ええ、そうよ。」

「初めまして。シーナです。こっちはユナイト。よろしく。」

「グオグオ!」

 

 笑顔で握手を交わした後、シーナの頭を優しく撫でながら、ジャネットはカイへ呟いた。

 

「可愛い子ね。」

「え?ああ、うん。まぁ……」

 

 戸惑ったように答えたカイは、直後、ハッとしたようにジャネットを見つめて疑うように口を開いた。

 

「あのさ……母さんもしかして何か勘違いしてねぇ??」

「え??ガールフレンドじゃないの??」

「あーやっぱり!!そーゆーんじゃねーから!シーナは俺の相棒っつーか、妹みたいな奴っつーか……とにかく!ガールフレンドなんかじゃねーから!そこんとこだけ訂正しとくからな!!」

 

 その言葉に、ジャネットはわざとらしく寂しそうな表情を浮かべてカイを見つめる。

 

「えー?お似合いだと思ったのに……お母さん、こんな可愛い子がうちの子になってくれるなら大歓迎よ??」

「だから違うって~……シーナも何か言ってくれよぉ~」

 

 情けない声を上げるカイと、くすくすと笑っているジャネットを交互に見つめた後、シーナはきょとんと答えた。

 

「私、別に良いよ?」

「はぁ?!」

「えぇぇぇぇぇぇ?!」

 

 シーナの一言に、カイとクルトが同時に声を上げる。

 クルトは猛ダッシュでシーナに駆け寄ると、切羽詰まった様子で必死に捲し立てた。

 

「シーナさん!!そんな簡単に!!あ、あのですね!そういうのはもっとしっかりと考えた方が良いですよ!!ご自分の一生が決まる大事な選択なんですから!!」

「そ、そうだぜシーナ!お前が滅茶苦茶素直な性格してんのは知ってっけど!お前ちゃんと意味わかって言ってんのか??いくらなんでも気が早すぎるぜ?!」

 

 やけに必死なクルトとカイに戸惑いながら、シーナは恐る恐る口を開いた。

 

「あの、えっと……私、何か変な事言った??」

「変な事も何も!超絶爆弾発言だろ今の!!」

 

 即答するカイに、シーナはしょぼんとして呟いた。

 

「ごめんね……私おかーさんいないから、カイのおかーさんが私のおかーさんになってくれるなら嬉しいなって……そう思っただけだったの……」

「へ??」

 

 思わず目を見開いてぽかんとした声を上げたカイは、同じ表情を浮かべているクルトと思わず顔を見合わせる。

 そんな2人を困ったような表情で眺めた後、ジャネットはシーナを優しく呼んだ。

 

「シーナちゃん。」

「??」

 

 不安げに顔を上げたシーナをしっかりと抱き締め、ジャネットは彼女の頭を撫でながら囁いた。

 

「シーナちゃんは悪くないわ。謝らなくちゃいけないのは私の方……紛らわしい冗談を言ってごめんなさいね。でも大丈夫。私で良ければ、喜んで貴方の母親代わりになってあげるわ。だから元気出して。ね?」

 

 その言葉に、シーナは両目を潤ませながらジャネットにぎゅっと抱き着くと、こくりと一度だけ頷く。

 温かな空気に包まれたジャネットとシーナを眺めて、思わず安堵の表情を浮かべたカイとクルトの後ろから、ふと意地の悪い声がボソッと響いた。

 

「全く。下らん早とちりで女の子を泣かせるとは、お前達2人揃って男の風上にも置けんな??」

[ЛжΦΨΦ:!]

 

 いつの間にかストームソーダーから降りて来ていたトーマと、彼の相棒である軍用AIのビークの声に、カイとクルトはギクリとした表情を浮かべてバツが悪そうに視線を泳がせるのだった。

 

   ~*~

 

 夕方、ジャネットはガーディアンフォースベースを後にした。

 見送りに出ていたカイ、シーナ、クルトの3人は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまでベースの入り口で立っていたが、ふと、クルトがポツリと呟いた。

 

「俺は……お前が嫌いだ。」

「は?」

 

 唐突な一言に、カイが怪訝そうな顔でクルトを見上げる。

 そんなカイを真っ直ぐ見つめ返しながら、クルトは何処か真剣に言葉をつづけた。

 

「だが、ハイドフェルド婦人の話を聞いて、俺はお前の事情を何も知らなかったんだと気付かされた。だから、俺も嫌いなりに少しずつお前の事を理解する努力は……しようと思う。」

「……そーかよ。」

 

 カイはぷいっとそっぽを向いて、ボソッと呟いた。

 

「俺は別に……理解して欲しいとは思っちゃいねーけど……お前がそうしたいなら、そうすれば良いんじゃねーの?」

「ふんッ……」

 

 一足先にベース内の建屋へ歩き去る後ろ姿を眺めた時、シーナが不意にクスッと笑った。

 

「クルトと、仲良くなれそう?」

「さぁなぁ……ま、なるようになれ。ってとこか。」

「ふふっ。」

 

 微笑んだシーナは、カイの手を取って軽く引っ張りながら明るく言った。

 

「私達も戻ろ?」

「ああ。」

 

 シーナに引っ張られるままベース内へ引き返しながら、カイはふと考え込む。

 

(母さんから話を聞いたって……一体何を聞いたんだ?親父の事かな……)

 

 ゾイドに乗る事を反対して来た父の事を聞いたとして、あれだけ頑なだった態度がコロッと変わるとは少々考えにくいが……自分に関してそれ以外の話があるとも思えない。

 もしかして、ジャネットが気を回して「あの子をよろしくお願いします。」とでも言ったのだろうか?心配性な母の性格からしてそれは十分あり得る。クルトも真面目な性格である以上、頼まれたのだとしたら断れないだろう。

 

(ま、これでちょっとは気苦労が減ると良いんだけど……)

 

 これからのガーディアンフォース生活が少しでもより良くなってくれる事を願いつつ、カイは早めの夕食を摂る為にシーナと食堂へ向かうのだった。

 

   ~*~

 

「もしもし?エリク?」

 

 その日の夜、ジャネットはヘルトバン内にとっている宿の部屋に居た。

 今夜一泊した後、明日の朝の定期便でガイガロスへの帰路につく事になる……だがその前に、彼女はどうしても夫であるエリクに伝えておきたいことがあった。

 

「ジャネット……カイには、無事に会えたか?」

「ええ。ふふっ、いつの間にか背を追い越されちゃってたわ。男の子って本当に成長が早いわね。」

「どうやら元気でやってるようだな……良かった……」

 

 声音は変わらないが、何処となく安堵している様子のエリクにクスッと笑った直後……ジャネットは悲し気な笑みを浮かべてそっと口を開く。

 

「……カイは無事に……見つける事が出来たみたい。」

「……」

 

 その一言に、エリクが黙り込む。

 暫しの沈黙の後、彼は疲れたような声音で呟いた。

 

「鷲型ゾイドの報道がされ始めた時から……そんな気はしていたよ。」

「ええ……」

 

 夫婦の間に、微かな沈黙が流れる……その沈黙を先に破ったのはエリクだった。

 

「……ブレードイーグルと共にいるという事は、彼女も一緒だったんだろう?……どんな子だった?」

 

 微かに優しい声で訊ねたエリクに、ジャネットは穏やかに答える。

 

「あの子から聞いてた通り、可愛らしい子だったわ。それにとっても純粋で良い子よ。ゾイドに乗って戦う為だけに生まれて来ただなんて、信じられないくらい……」

 

 その言葉に、エリクは微かに溜息を吐く……

 そう。エリクとジャネットは知っていた。いずれこうなるであろう事を……ブレードイーグルやユナイト、そしてシーナの事も……それこそが、カイをゾイドから遠ざけていた理由であった。

 

「私達がどんなにあの子達を守ろうとしても……運命からは逃れられない……か……」

「……いずれ、こうなるであろう事は分かっていた……覚悟していた筈なのにね……」

 

 そう言って、ジャネットは不安げにエリクへ訊ねた。

 

「私達が知っている事……早々に伝えておくべきだったと思う?……」

「……いや、いきなり話を聞かされた所で戸惑うだけだろう。カイも、シーナも……」

「……」

 

 黙り込んだジャネットへ、エリクは穏やかに囁いた。

 

「いずれ……話さなければならない時が必ずやって来る。だからそれまでは、そっとしておきたいんだ。今はただ、あの子達がガーディアンフォースで成長するのを見守ろう。」

「そうね……」

 

 ジャネットは気持ちを切り替えるように明るい笑みを浮かべる。

 

「じゃ、私も明日早いから……もう寝るわ。お仕事中にごめんなさいね。」

「いや、それは別に構わない。ここ暫く仕事でなかなか家に帰る事すら出来ていなかったからな。君の声とカイの事……両方聞けてホッとしたよ。ありがとう。」

 

 小型タブレットの向こうで微笑んでいる姿が目に浮かぶような優しい声で、エリクは静かに告げた。

 

「ガイガロスへの帰りも、どうか気を付けてな。おやすみ。」

「ええ。おやすみなさい。」

 

 通話の終わった小型タブレットをそっと下ろし、ジャネットは小さな溜息を一つ吐く。

 その黒い瞳は不安に揺れていた。

 

「どうかあの子達に……カイとシーナに、何も起きませんように……」

 

 ベッドの端に腰かけたまま、彼女はギュッと両手を握り合わせ、祈った……

 カイとシーナ……2人の無事と平穏を……

 

   ~*~

 

「ん~……」

 

 一方、ガーディアンフォースベースでは仕事上がりのリーゼが基地のレストルームで何やら考え込んでいた。

 自宅へ帰ろうとしていたフィーネは、そんな彼女を見つけふと足を止める。

 

「リーゼ?どうかしたの?」

「あぁ、フィーネか。丁度良かった……」

 

 その言葉に、フィーネは首を傾げながらリーゼの隣に歩み寄る。

 フィーネが隣の席に着いたのと同時に、彼女はそっと切り出した。

 

「あのさ……フィーネは覚えてるかい?シーナの花……」

「シーナの花?……」

 

 きょとんと目を丸くするフィーネの反応に、リーゼは苦笑を浮かべる。

 

「あぁいや、別に何でもないんだけどさ。シーナの名前って、確か花の名前だったよなぁ~って思っただけ。」

「……ごめんなさい。イヴポリス大戦の時にデスザウラーやゾイドイヴに関する記憶は大体思い出したけれど……細かい記憶は、結局思い出せず仕舞いなの……」

 

 暗い顔をするフィーネを元気付けるかのように、リーゼは明るく言った。

 

「仕方ないさ。シーナの花はもう絶滅して現代に残っていないみたいだし。思い出したくても、きっかけになる花がないんじゃどうしようもないよ。」

「そうね……で、そのシーナの花がどうかしたの?」

 

 フィーネの問いに、リーゼは躊躇うような表情で黙り込んだ後、そっと呟いた。

 

「……僕は、ゾイドエッグで眠りに就いた時まだ小さかったから……記憶違いかもしれないんだけど……シーナの花って、僕達古代ゾイド人が死者への手向けに墓前に供える『弔いの花』だった筈だよなって……」

「弔いの……花?」

 

 微かに驚いたような表情を浮かべたフィーネに、リーゼはこくりと頷く。

 

「少なくとも、あまり人の名前として使わないような花だった筈だから……それがなんだか気になってたんだ。さっきシーナの花を覚えてる?って聞いたのは、他に何か良い意味のある花だったかどうか確かめたくて……」

 

 リーゼの縋るような視線に、フィーネは励ますような笑みを浮かべて呟いた。

 

「……大丈夫。きっと弔いの花として以外の意味のある花の筈だわ。親なら自分の子供に不吉な名前なんか付けようと思わないもの。」

「……うん。そうだね。きっと僕の考え過ぎだ。」

 

 やっと安堵の表情を浮かべたリーゼは、ハッとした表情で声を上げた。

 

「ごめんごめん。今から家へ帰るとこだったんだろう?引き留めて悪かったね。早く帰ってあげなよ。シン君、家で留守番してる筈だろ??」

「あ、うん。そうするわ。じゃ、お疲れ様。」

「お疲れ様~」

 

 挨拶を交わし、レストルームを出て行ったフィーネを見送って、リーゼはテーブルに頬杖を突く。

 何処か釈然としない面持ちで、彼女はポツリと呟いた。

 

「シーナ……弔いの花……何処かで聞いた事あった筈なんだけど……何処だったっけ?」

 

 確かに聞いた事がある筈なのに、思い出せそうで思い出せない……

 もやもやとした思いを抱えたまま、リーゼは飲みかけだったコーヒーを啜る。

 随分長い間考え込んでいたのだなと思わず実感してしまう程、口を付けたコーヒーはすっかり冷めきっていた……




Pixiv版第15話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10668626


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第16話-新しい仲間-

 ガーディアンフォースベースで3年ぶりに母さんと再会した。

 とりあえず母さんもリズも元気そうで何よりだ。

 なんかクルトもちょっと態度改める気になったみたいだし……

 あとはレンとエドガーが早く任務から戻って来てくれると良いんだけどな。

 [カイ=ハイドフェルド]

 

[ZOIDS-Unite- 第16話:新しい仲間]

 

 爽やかな朝の日差しに照らされた荒野を、ゾイドが2機……連れ立って歩いている。

 レンのライガーゼロ-プロトとエドガーの青いジェノブレイカーだ。

 ウエストサイドコロニーでの任務を終え、ヘルトバンのガーディアンフォースベースへの帰路に付いた2人だったが、レンは、ライガーゼロのコックピットで思考を巡らせるように無言で眉根に皺を寄せていた。

 そんなレンの様子を察したのだろう。エドガーがふと通信越しに声を掛ける。

 

「後味の悪い任務だったな……大丈夫か?」

 

 その言葉に、レンは悲し気な顔で呟いた。

 

「……俺は、お前みたいにゾイドの言葉が分かる訳じゃねーから、まだマシだよ……俺よりもエドの方が辛かったろ? 今回の任務……」

「……まぁ……な。救ってやれるものなら、救ってやりたかった……」

 

 暗い声でそう返事を返したエドガーに、レンは溜息を一つ吐くと、メインモニター越しの空を見上げる。

 どんなに後味の悪い任務をこなした後でも、朝は必ず巡って来る……自分達の暗い気持ちなど知りもしないで澄み渡る空が、その無情さを更に掻き立てているようで何ともやるせない。

 

「母ちゃん達には今朝通信で報告上げてるけど、ベースに帰ったら報告書まとめねーとなぁ……」

「言うな……余計気が重くなる……」

「わりぃ……」

 

 そのまま気不味い沈黙に包まれて、2人はベースを目指す。

 そんな彼らを乗せているライガーゼロとジェノブレイカーの表情も、何処か悲し気であった。

 

   ~*~

 

 昼過ぎにベースへと到着したレンとエドガーに真っ先に気付いたのは、午後の操縦訓練を始めようとしていたカイとトーマ。そして第二格納庫でもうすぐ到着するライガーゼロ-プロトとジェノブレイカーのメンテナンスの準備をしていたクルトであった。

 

「レン! エドガー!」

 

 5日ぶりにベースへ戻って来た2人に笑顔で駆け寄るカイであったが、自分の相棒から降り立った彼らの表情は暗く、その表情を目の当たりにしたカイもまた、心配そうな表情を浮かべる。

 だが、そんなカイとは対照的にレンは彼の姿を見つけた瞬間、笑顔を作って見せながら明るい声を返した。

 

「よ! カイ! 俺とエドがいねぇ間、クルトと喧嘩とかしなかったか?」

「あぁ……まぁ、色々あって今は停戦協定結んでるけど……」

「お! マジで?! 良かったぁ~。」

 

 ポンポンと景気良くカイの肩を叩くレンの背後から、クルトがおもむろに閉じたままのラップトップで無理に明るく振る舞っている黒髪のツンツン頭を軽く小突く。

 ビクッと身を強張らせて振り返ったレンに、クルトは呆れた表情を隠そうともせず口を開いた。

 

「本当にお前は昔っから変わらんな……何かあると、すぐそうやって無理矢理明るく振舞おうとする。言っておくがバレバレだからな? それ」

「あ~……あはははは」

 

 笑って誤魔化すレンに、クルトはラップトップを小脇に抱え直し、空いた方の手で彼の頭をわしゃわしゃと撫でながら穏やかに呟いた。

 

「今回の任務……何かあったんだろ?」

「まぁ……ちょっと……」

「そうか。どうせこれから臨時ミーティングだろ? 先にミーティングルームに行ってろ。俺達もすぐ行く」

 

 そう言って励ますように軽く背をポンポンと叩いてやれば、レンはそれ以上何も言わずにこくりと一度だけ頷いて小走りに基地のメインブロックへと立ち去る。

 その後ろ姿を心配そうに眺めるカイとクルトの更に後ろから、エドガーが疲れた様子で口を開いた。

 

「レン……相当堪えてるな……」

「エドガー、その……レンの奴、何かあったのか?」

 

 遠慮がちに訊ねるカイに、エドガーは力のない笑みを微かに浮かべて呟いた。

 

「まぁ……小さい頃からゾイドと一緒に育った僕達にとっては、正直かなりキツい任務だった。特にレンは……僕と違ってゾイドの声こそ聞こえないが、人一倍ゾイドに対して優しいから……」

「そっか……」

 

 心配そうにレンの走り去った方向を振り返るカイに、エドガーがそっと声を掛けた。

 

「おそらく朝礼で僕達が帰還したら臨時ミーティングだと聞いてるだろう? 僕達も行こう」

「……あと5分くらい時間置いてからな」

 

 ボソッとそう付け足したクルトにカイとエドガーが歩き出すのをやめて顔を見合わせれば、クルトは困ったように頭を掻きながら面倒臭そうに呟いた。

 

「少しくらいレンに時間をやれと言ってるんだ。言わせるな……」

 

 その言葉にエドガーはハッとした表情でこくりと頷き、カイも、クルトの言わんとする事を察した様子で静かに頷いて見せるのだった……

 

   ~*~

 

 ミーティングルームに集まったカイ達はモニターに映し出されている2人の男性にすぐ気づいた。

 黒髪黒目の男性と、薄墨色の髪に薄紫色の瞳の男性。……初対面であるカイでも、その顔はよく知っていた。英雄バン=フライハイトと、歴史に翻弄された稀代のゾイド乗りレイヴンである。

 

「お。来た来た。」

 

 しかし、バンはミーティングルームに入って来たカイに気付くと、楽し気な笑みと共にそう呟いて気楽に声を掛けて来た。

 

「初めまして……つっても、なんか俺有名になっちまってるっぽいから知ってるかもしれないけど。俺はバン=フライハイト。君がハイドフェルド大佐の息子さんだろ?」

「あ、はい!カイ=ハイドフェルドです!よ、よろしくお願いします。」

 

 いきなり話しかけられてしどろもどろに返事を返すカイを、やっぱりバンは微笑まし気な笑い声と共に見つめる。

 

「そう固くなるなって。同じガーディアンフォースの仲間同士なんだし。あ。そろそろ始まるっぽいな。お前らも席に着いとけよ~。」

 

 ミーティングルームに入って来たオペレーター達……フィーネ、リーゼ、シーナの3人に気付いたバンがそう声を掛ける。昔から全く変わらない彼の態度に、隣に映っているレイヴンが小さな溜息を一つ吐いた。

 

「ではこれより、臨時ミーティングを始めます。」

 

 フィーネの言葉でミーティングは始まった。

 内容は、今回のレンとエドガーの任務中に起きた事件……

 ウエストサイドコロニー近辺で頻発している傭兵同士の小競り合いの鎮圧……だった筈が、突如、傭兵のゾイドの内の1機が暴走を始め、これを撃破。ここ数日で同様の暴走事件が各地で散見される事……これからもこういった事件が増えるのではないか?という見解と今後の対策についてという物であった。

 

「俺達も、視察中の辺境支部にて同様の任務を数件扱ったが、どれも酷いものだった。本部からこの暴走事件に関する任務に就いたのはレンとエドガーだったな。報告を頼めるか?」

 

 レイヴンの言葉に、エドガーがチラッとレンの顔色を窺ってから口を開く。

 

「僕達の任務も、事件内容自体は他の事件と同じ物でしたが……今回の任務において僕達は「何者かが外部からゾイドを暴走させている」と確信を得ました。」

「何者かが外部からゾイドを?……その確信となった決定的理由を、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 直後、不気味なほどの沈黙が一瞬奔る……

 意を決したように口を開いたエドガーは、静かにこう呟いた。

 

「……暴走したゾイドの声を聞きました。『体が言うことを聞かない。苦しい。助けて。』と……」

 

 口調こそ静かではあったが、その言葉の直後……エドガーが己の無力さを悔いるかのように拳をギリッと握りしめたのを視界の端で捉え、カイもそっと俯くのだった。

 

   ~*~

 

「ゾイドの暴走……か……」

 

 ミーティングルームを後にしながら、廊下でカイが考え込むように呟く。

 皆一様に暗い表情をしている中で、ふと声を上げたのはシーナだった。

 

「ねぇ、カイ。ゾイドの暴走の原因って、もしかしてあのディスクじゃないかな?」

 

 彼女の唐突な言葉に、それぞれの持ち場へ戻ろうとしていた一同が足を止める。

 一番先に口を開いたのはレンだった。

 

「一体……どういうことだ?あのディスクって?……」

「盗賊さん達が使ってた、ゾイドを学習欲で支配して無理矢理―」

 

 そこまで語ったシーナの口をカイが思わず反射的に塞ぐも、時既に遅しとはまさにこれである。

 レン、エドガー、クルト……果てはトーマやフィーネ、リーゼからも視線を向けられ、カイは気不味そうな表情を浮かべると、誤魔化すように頭を掻きながらシーナの口を塞いでいた手を放した。

 

「その様子だとお前も知ってるな。カイ。一体何の事なのか説明してもらおうか??」

 

 クルトの突き刺すような視線と冷たい声に、カイは観念した様子で語り出した。

 

「スカーレット・スカーズって盗賊のレドラーに搭載されてたディスクの事だよ……さっきシーナが言った通り、ゾイドを学習欲で支配して戦闘能力を上げるヤバい代物。」

「おまけに、ディスクの搭載されているゾイドの戦闘データを吸い上げて集めてる人がいるみたいなの。」

 

 カイの言葉とシーナの補足に、一同は顔を見合わせる。

 ……が、真っ先に噛み付いて来たのはやはりクルトだった。

 

「お前な!!何故さっきのミーティングでそれを報告しなかったんだ!そんな違法ディスクがあるなら、今回の事件との関係が無かったにしても十分議題に出すべきだろう!!」

「今回の事件と関係あるか無いか以前に!そんな違法ディスクを回収して勝手に調べたなんて言えるかよ!ディスク調べたのはガーディアンフォースに入る前だったし、罪に問われでもしたら―」

「個人で勝手にそんな違法ディスクを調べた挙句!!保身の為に黙っていたというのか?!貴様それでもガーディアンフォースの端くれか!!少なくとも今は平和維持の担い手という立場でありながら―」

「俺が自分で調べたなら素直に白状してるっつーの!!!」

 

 カイの怒鳴り声に、クルトは一瞬目を丸くした後、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ほう?じゃぁ誰が調べたっていうんだ?まさかシーナさんに罪を(なす)り付けるつもりじゃないだろうな??」

「いや、(なす)り付けるっつーか……」

「あの……私が調べるって言って……その……勝手に調べちゃったんだけど……」

 

 不安げな表情と共におずおずと挙手したシーナを見つめて、クルトは絶句し、トーマは頭を抱え、他の者達も途方に暮れたような表情で顔を見合わせるのだった。

 

   ~*~

 

「……なるほど。つまりユナイトの意識共有を応用してディスクの中身を調べてみたものの、そのディスクを介してデータを収集していると思しき人物に気付かれ、ディスクはとっくに破壊された後。おまけに違法ディスクを個人で回収し調べる事も、場合によっては罪に問われる事を知らなかったと……まぁ、現代語すらままならないシーナが現代の法律や条例を知らないのは仕方のない事ではあるが……」

 

 結局揃ってミーティングルームに引き返し、詳しい事情を聞いたトーマが腕を組んだまま難しい顔で呟く。

 向かいに座ったシーナはすっかり泣きそうな顔で視線を落としており、その隣に座っているカイも神妙な面持ちで同様に俯いている。

 自分達で違法ディスクを調べる行為は完全に法すれすれのグレーゾーン……いや、むしろ限りなく黒に近い。

 今回ばかりは、裏社会に片脚を突っ込んだ生活をしていたが故にそういった危機感覚が麻痺していた……では到底済まされない話だ。曲がりなりにも、今はガーディアンフォースの一員なのだから……

 

「そもそも。お前が止めていれば済んだ話なんじゃないのか?シーナさんが知らないのは仕方のない事だとしても、お前は違法ディスクを回収して調べる行為が法に触れる可能性があると知っていたんだろう?何故止めなかったんだ。この馬鹿。」

「俺も止めときゃ良かったって思ってるよ。この件に関しては完全に俺の危機感が無さ過ぎた……」

 

 クルトの刺々しい言葉に対して素直に非を認めるも、ルーム内の重苦しい空気は依然変わらない……

 息の詰まりそうな沈黙の後、トーマがふとカイへ訊ねた。

 

「カイ。君は確かガーディアンフォースへ入隊する以前は情報屋をしていたという話だったな。」

「ああ。」

「そのディスクの情報を他の者に売った事は?」

 

 その言葉に、思わずきょとんとした表情を浮かべながらカイは首を横に振る。

 

「いいや。誰にも売ってない。」

「他にそのディスクの事を知っている者は居るか?」

 

 直後……ザクリスとアサヒの姿が一瞬脳裏を過る。

 出来れば彼らに何らかの嫌疑をかけられるのは避けたいが、だからといって下手に隠しておけば後々問題になるのも確かであるし、そもそもカイは嘘を吐くのは嫌いな性分であった。

 

「俺とシーナの他には2人だけ。一緒にスカーズの連中と戦ってくれた賞金稼ぎと傭兵が居るけど……あいつらは情報を買う事はあっても売る事は無いし、違法ディスクを調べたなんて言いふらすほど馬鹿じゃない。だからあの2人からそのディスクの情報が洩れる事はまずあり得ない。それは断言できる。」

 

 そう言って真っ直ぐ目を見つめ返してきたカイに、トーマは暫く吟味するような沈黙を経て口を開いた。

 

「……わかった。その違法ディスクを調べてしまった件については不問としよう。」

「な?!良いんですか?シュバルツ博士……」

 

 驚きの声を上げた実の息子に呆れたような視線を向け、トーマは疲れた声音で呟いた。

 

「勿論『良い』とは到底言えんが、だからといってどうする?ディスクの概要を知っているのはカイとシーナ、そしてカイの言った賞金稼ぎと傭兵だけ……おまけに回収した違法ディスクの現物は既に破壊され処分済みなんだ。仮に彼等を罪に問うたとしても、証拠不十分で不起訴になるのは目に見えている。違うか?」

「……いえ、確かに仰る通りです。」

 

 すごすごと口を閉じたクルトの隣で、トーマはやっと組んでいた腕を解き、テーブルから少し身を乗り出すようにしてカイとシーナへ告げた。

 

「だが!不問とする代わりに、そのディスクについて知りうる事を全て話してもらおう。先程廊下で聞いた内容から察しても、ゾイドの連続暴走事件と無関係ではなさそうだからな。」

 

 彼のその言葉に、カイはシーナと顔を見合わせ、知り得ることの全てを語り出したのだった。

 

   ~*~

 

「それにしても、そんな危ないディスクが裏社会に出回ってたなんてなぁ……」

 

 ミーティングルームでの話し合いを終え、オフィスで任務の報告書を作成しながら、レンがふと呟く。

 その隣のデスクで違法ディスクに関する報告書を作成しているカイが苦笑を浮かべた。

 

「そりゃまぁ……スカーズとの一悶着が無きゃ俺だって知らなかったくらいだし。」

「意外だな。てっきりカイは事前に噂くらい知っていたのだろうと思っていたが……情報屋だったんだろう?」

 

 レンの向かいのデスクで同様に報告書をまとめているエドガーが不思議そうな声を上げる。

 カイは右手で頭を抱えるようにデスクに肘を突き、左手に持っているボールペンを指先でクルクルと回しながら釈然としない様子で声を上げた。

 

「それが全く……だから『情報屋界隈でもそれらしい噂すら流れてない。』ってのがどうも引っ掛かるんだよ。普通なら噂の一つや二つ流れてたって可笑しくないレベルのブツなのに、情報がまるで無いなんて……そんなもんを、一体どうやってスカーズみたいな破落戸(ごろつき)レベルの小悪党が手に入れたんだか……」

 

 どんよりとした重たい溜息を吐いた直後、回していたボールペンを取り落とし、書きかけの報告書の余白にぐにゃりとした線が入ったのを見たカイが「やっべ!やらかした!」と声を上げ、修正テープを探し始める。

 レンとエドガーはそんな彼の様子に苦笑を浮かべ合い、同様に自分のデスクをごそごそと漁り始めた。

 先に目当ての物を見つけたエドガーが「使うか?」と言って引き出しから取り出した修正テープを差し出せば、カイは申し訳なさそうな笑みと共に「サンキュー!」と声を上げ、いそいそと報告書に入った線を消しにかかった。

 

「しかし……僕達よりも裏社会の情報に詳しいカイですら聞いた事が無いとはな……」

「まぁ一つだけ確実に分かる事といえば……あのディスクの裏に居るのは単独犯じゃないって事くらいかな。」

 

 独り言の様なエドガーの呟きに対し、カイは使い終わった修正テープと共にそんな一言を返す。

 直後。面食らったように目を丸くしたレンが口を開いた。

 

「単独犯じゃないって……シーナが通信先で見た『戦闘データを集めてた奴』ってのは1人だけだったんだろ?」

「だって考えてみろよ。仮にあのディスクを1人で開発出来る天才プログラマーが居たとしても、そのディスクを量産して裏社会にばら撒いた挙句、情報操作して噂すら揉み消すなんて1人じゃ到底無理だ。おまけに、本当の目的が戦闘データの収集なら、十中八九そのデータを元にもっと大それた悪事を企ててる。間違いなくバックにヤベー組織が居るだろコレ……」

「た、確かに……」

 

 圧倒されたような表情で頷いたレンを呆れ顔で一瞥した後、エドガーがボソッと囁いた。

 

「……それ、クルトには言うなよ。」

「え?なんで??」

 

 きょとんとした表情で訊ね返して来たカイに思わず溜息を一つ吐く。

 

「言えば絶対また噛み付いてくるぞ……そこまで察していながら隠していたのかこの馬鹿!って……」

「あ~……確かにアイツなら言うな。絶対……」

 

 クルトの怒り狂う姿が脳裏を掠め、カイはげんなりと呟いた。

 いくら自分に非があるとはいえ、いつまでもネチネチとその事を糾弾され続けるのは―

 

『ビィィィ!ビィィィ!ビィィィ!―』

 

 突如鳴り響いた警報音に、カイが思わずビクリと肩を震わせる。

 レンとエドガーが勢いよく椅子から立ち上がって走り出した。

 

「緊急出動音だ!行こうぜ!カイ!!」

「えぇぇぇ?!」

 

 レンの言葉に思わず素っ頓狂な声を上げながらも、カイは慌てて2人の後を追った。

 そう。ガーディアンフォース入隊後、初の出撃である……

 

   ~*~

 

『共和国領、レッドリバー基地付近で共和国軍第七憲兵隊との交戦中に暴走を始めたヘルキャットは、荒野を南西に逃走中。現在レッドリバー基地所属のプテラスが追跡しているけれど、このままだと、逃走進路の先にあるシーサイドコロニーに被害が出る恐れがあります。』

 

 ガーディアンフォースベースの保有するホエールキングのブリッジ……

 メインモニターに映るフィーネから任務の詳細を聞き、カイは緊張に顔を強張らせていた。

 ホエールキング内の格納庫で出撃を控えているのは、クルトのディバイソンと、コンディションチェックを終えたばかりのレンのライガーゼロ-プロト、エドガーのジェノブレイカー……そしてブレードイーグルだ。

 

『コロニーへの被害を未然に防ぐ為、暴走ゾイドを捕捉次第、直ちに出撃して下さい。前衛担当はフライハイト少尉とエドガー。今回初任務となるクルト博士とカイはバックアップを担当。以降の判断は私と、ブレードイーグルに同伴するシーナのダブルオペレーションで対応します。本作戦について何か質問はありますか?』

 

 その言葉に、シーナが恐る恐る挙手して口を開いた。

 

「あの……制圧っていう事は……今暴走してるゾイドもその……殺さないといけないの?」

 

 ゾイドを殺す……彼女の言葉にレンとエドガーの表情が僅かに曇る。

 だが、フィーネは安心させるように微笑んで優しく答えた。

 

「大丈夫。そうならないように、皆で力を合わせて暴走している子を止めましょう。」

 

 暴走しているゾイドを殺さずに止める……それがどんなに難しい事かは各々理解しているが……

 それでも、フィーネの言葉に全員の表情が変わった。

 何者かに操られ、助けを求めながら暴れまわっているゾイドを「必ず助ける」と。

 そして、その思いを一番強く抱いているのは……先日の任務でそれを叶えられなかったレンとエドガーであった。

 

「目標を捕捉した!どうする?フライハイト主任。このまま降下しちまうか??」

 

 ホエールキングの操舵を務める男性……ガーディアンフォースの専属輸送パイロット、ダリル=タイラーがフィーネへと指示を仰ぐ。

 フィーネは通信画面越しにカイとシーナを見つめ口を開いた。

 

『カイ。シーナ。降下前にブレードイーグルで先に出撃して、共和国軍のプテラスから追跡の引き継ぎを。あくまで前衛が到着するまで目標を見失わない事が目的だから、なるべく戦闘は避けるように。』

「了解!」

「りょーかいっ!」

 

 ブリッジから走り去って格納庫へ向かうカイとシーナの後ろ姿を振り返るレン達に、フィーネは言葉を続ける。

 

『降下完了後、ライガーゼロ、ジェノブレイカー、ディバイソンも直ちに出撃して下さい。くれぐれも、無茶だけはしないようにね。』

 

 フィーネの言葉に、レン達も口を揃えて返事を返した。

 

「了解!」

 

   ~*~

 

 降下を始めたホエールキングの格納庫で、レンは相棒であるライガーゼロ-プロトのコックピットに乗り込み、操縦レバーを握りしめてポツリと呟いた。

 

「お前も悔しかったよな。あのゴルドスを助けられなかった事……」

「グルルルッ」

 

 返事を返すかのような声を上げるライガーゼロに、レンは悲し気な表情を露にする。

 ウエストサイドコロニーでの任務で暴走していた傭兵のゴルドス……そのゴルドスに止めを刺したのは、他でもないレンとライガーゼロであった。

 撃破された周囲のゾイドから這い出て来た負傷者の人命を優先した、苦渋の判断……あの状況下ではそれしか方法が無かったのは理解している。だがそれでも、無理矢理外部から暴走させられた挙句、その命を絶たれたゴルドスの事を考えると、本当にそれしか方法が無かったのだろうか?と悔やまずにはいられなかった。

 

「人の命か?ゾイドの命か?なんて……やっぱ俺、選べないし選びたくないよ。父ちゃんみたいに両方助けられるくらい強くなりたい。だからさ……今度は絶対助けようぜ。ゼロ。」

「ガルォンッ!」

 

 気合に満ちたライガーゼロの返事に、レンはやっと少し笑みを浮かべる。

 だが、その直後……

 

『まったく、なんで俺達にはそういう愚痴を面と向かって言ってくれないんだ?お前は。』

「クルト?!それにエドまで?!お前らいつから聞いてた?!」

 

 不意にメインモニターに表示された2人の幼馴染に、レンが目を見開く。

 彼の問いに答えたのは、苦笑を浮かべたエドガーだった。

 

『悪いが、最初から全部。』

「いくら幼馴染だからって、盗み聞きはあんまりだろ?!」

 

 情けない表情で抗議の声を上げるレンに、クルトが涼しい顔で呟いた。

 

『言っておくが、俺達にお前の愚痴をこっそり送って寄越したのはゼロだからな?』

「えぇぇ?!……おいおいゼロぉ~……勘弁してくれよぉ……」

 

 途方に暮れたようなレンに対し、ライガーゼロは低く咽を鳴らすような静かな声を上げる。

 その声を聞いたエドガーが、微かに微笑んでレンへ囁いた。

 

『だってレン、他の人になかなか相談しないんだもん。だそうだ。相棒に此処まで気を遣わせる程溜め込むな。』

「うぅ……」

 

 ぐぅの音も出ないといった様子で閉口したレンに、クルトとエドガーはふと穏やかな笑みを浮かべた。

 

『安心しろ。暴走ゾイドを止めてやりたいのは俺達も同じなんだ。お前1人で気負うな。』

『それとも、僕達じゃ頼りにならないか??』

 

 その言葉に、レンは微かにハッとしたような表情を浮かべる。

 次の瞬間には、彼の顔はいつもの明るい笑顔を取り戻していた。

 

「頼りにならないなんて、これっぽっちも思ってねーよ。行こうぜ!エド!クルト!勿論ゼロもな!」

 

 降下が完了し、まだ半分程度しか開いていないハッチからレンとライガーゼロが勢い良く飛び出していく。

 その様を眺めて安心したように笑みを交わし合ったエドガーとクルトも、一拍遅れて出撃するのだった。

 

   ~*~

 

「此方は、ガーディアンフォースのカイ=ハイドフェルドです。現時刻を以って暴走ゾイドの追跡及び制圧はガーディアンフォースが引き継ぎます。ご協力、ありがとうございました。」

『此方こそ、ガーディアンフォースの手を煩わせる事態になってしまって大変申し訳ない。暴走中のヘルキャットは現時点では光学迷彩を起動していないが、場合によっては姿を見失う危険がある。充分注意されたし。ガーディアンフォースの健闘を祈る。』

 

 フィーネから送られてきた引き継ぎ文の丸読みだが、無事に暴走ゾイドの追跡を共和国兵から引き継いだカイは、後方へと飛び去って行ったプテラスをふと眺めた後、小さな安堵の溜息を吐く。

 あとはこのまま暴走するヘルキャットを追跡していれば、ブレードイーグルのGPSを頼りにレン達が合流して、止めてくれる筈だ……だが……

 

「暴走したゾイドって、あんな風になっちまうのか……」

 

 暴走ゾイドが逃走と聞き、カイはてっきり一直線にただひたすらゾイドが走り続けているのだろうとばかり思っていた。だが、実際はそんな単純なものではない……

 まるで何かを振り払おうとしているかのように頭を振り、道中の岩や崖などの障害物に片っ端から身体をぶつけ、時折脚がもつれるようにして倒れ込み地面をのたうち回るその姿は、悶え苦しんでいるのが一目でわかる。それでも尚、よろめきながら立ち上がってまた走り出す……ただただ(むご)いとしか言い様の無い光景に、彼は悲しさと怒りの入り混じった表情を浮かべる。

 そしてそんなカイの後ろ……ブレードイーグルの後席に乗っているシーナも、悲しさを露わにした表情で苦しむヘルキャットをみつめていた。

 

「あの子、凄く苦しんでる……それにとても混乱してるみたい……早くレン達が追い付いてくれると良いんだけど……」

「あぁ……」

 

 2人は悶え苦しみながら走るヘルキャットを追いながら、レン達の到着をただ祈る事しか出来なかった。

 

   ~*~

 

「畜生!!なんで操縦が効かねーんだよ!!どうなってやがる!!」

 

 一方、暴走し走り続けているヘルキャットのコックピット……

 怒りと不安に任せて怒鳴りながらコンソールパネルに拳を叩き付けていたのは、スカーレット・スカーズのスヴェンであった。

 一体何故こんな事になってしまったのか……自分達はただ、サムの指示で武器商人から弾薬等の消耗品を受け取りに来ただけだったというのに、憲兵隊に取り引きを嗅ぎつけられ、レッドリバー基地の目の前まで追い立てられて来てしまった挙句、突然のヘルキャットの暴走……踏んだり蹴ったりどころの話ではない。

 更に最悪なのは、暴走したヘルキャットが憲兵隊のゾイドだけではなく、オスカーとスティーヴが乗るヘルキャットまで破壊し、走り続けているという事だった。

 今頃2人はどうなっているのだろう?破壊されたヘルキャットから這い出てきた所を憲兵隊に捕まっているかもしれない。早く引き返して助けてやらなければならないというのに、自分のヘルキャットは全くの操縦不能……おまけに頭は振り回すわ、障害物に自分からぶつかるわ、時折地面に倒れ込んでのたうち回るわ……乗っているスヴェン自身もコックピット内で頭や身体を何度強打したか分からない。

 ここまで暴れられては、下手にキャノピーを開け外へ飛び出したが最後。何処に放り出されるか分からない上に、最悪ヘルキャットに踏み潰されたり機体の下敷きになったりするかもしれない……

 そう考えると脱出する事も出来ず、止まってくれるまで……或いは誰かが止めてくれるまで、テーマパークの絶叫アトラクションも真っ青になる程の地獄と化してしまったコックピットで、こうして縮こまっている以外に成す術が無かった。

 ……レーダーが捉えた機影に気付くまでは。

 

「なんだ?軍の連中か??」

 

 レーダーに映された機影の1つは、レッドリバー基地を後にした直後から追って来た物の筈だが……その後方から真っ直ぐ此方へ急速接近する新たな機影が3つ……追手の援軍だろうか??

 

「まさか軍の奴らッ……俺ごとヘルキャットを破壊して止めようってんじゃねーだろうな?!」

 

 思わずそんな考えに行き着いた彼は、慌てふためきながらも意を決し、コックピットの外へ飛び出そうとキャノピーの開閉レバーを操作する。だが、ヘルキャット自身が暴走しているせいなのだろうか?通常開閉レバーも、非常開閉レバーも全く作動しない……

 絶望に青ざめながら、スヴェンはレーダーに映る機影を呆然と眺める事しか出来なかった。

 

   ~*~

 

「来た!!」

 

 ヘルキャットの後方から追い付いて来たライガーゼロ-プロト、ジェノブレイカー、そしてディバイソンを見つけたカイは、希望に満ちた表情で彼等に通信を入れる。

 

「レン!エドガー!クルト!暴走してるのはそのヘルキャットだ!」

『あぁ!追跡サンキューなカイ!後は俺とエドに任せて、クルトとバックアップに回ってくれ!』

「了解!」

 

 レンの言葉に、カイはブレードイーグルをディバイソンの左後ろまで下がらせ様子を伺う。

 その目の前で、レンとライガーゼロが丁度地面へ倒れ込んだヘルキャットを取り押さえようと飛び掛った。

 だが……

 

「うわっ?!」

 

 ヘルキャットは地面の上へ取り押さえられた瞬間激しく暴れ出し、ライガーゼロを力尽くで跳ね飛ばすと、不気味な程の静けさと共によろりと立ち上がる。

 

「ライガーゼロの方が遥かにパワーは上の筈なのに……嘘だろ?……」

 

 思わず譫言(うわごと)のように呟いたエドガーの目の前で、ヘルキャットはジェノブレイカーへと狙いを定め、狂った様に飛び掛った。

 間一髪のところでヘルキャットを避けたエドガーだったが、ヘルキャットはそのままジェノブレイカーの脇を走り抜け、今度は後方に居たディバイソンに飛び掛る。

 

「クルト!避けろ!!」

 

 思わずエドガーが叫ぶが、クルトは飛び掛かって来たヘルキャットめがけ、ディバイソンのツインクラッシャーホーンで真っ向からぶつかり合う。

 いくら暴走しているとはいえ、偵察機として開発された軽量高速ゾイドであるヘルキャットが、重武装、重装甲のディバイソンとパワー勝負で敵う訳がない……

 

「突撃戦用ゾイドをあまり舐めるなよ。特に、パワーにおいてはなッ!」

 

 ヘルキャットの両脇にツインクラッシャーホーンを引っ掛けたまま、クルトはディバイソンの頭を目一杯持ち上げて動きを封じる。両前足が地面から完全に浮き上がってしまったお陰で、後ろ足だけでなんとか立っている状態にされてしまったヘルキャットは、抵抗も空しく身動きが取れなくなってしまった。

 

『レン!エド!今のうちだ!コンバットシステムがフリーズする程度に攻撃して―』

「駄目!!!」

 

 突然クルトの言葉を遮ったのは、シーナだった。

 

「あのディスクで暴走しているんだとしたら、コンバットシステムはフリーズしない!動かなくなるまで攻撃しちゃったら、この子が死んじゃう!!」

『くっ……ですが、どうにかして大人しくさせなければ!いくらディバイソンでもこのままの体勢を維持し続けるのは……』

 

 クルトの言葉に、シーナは一瞬考え込むとフィーネに通信を入れ、思いがけない提案を口にした……

 

『え?!シーナがヘルキャットのコックピットに乗り込んでディスクを探して取り外す?!』

 

 フィーネが思わず訊ね返すのも無理はない。

 暴走ゾイドに乗り込んでディスクを外す。口で言う分には簡単だが、その提案はあまりにも危険だった。

 

「あの子を傷付けずに大人しくさせるには、それしか方法が無いと思うの……お願いフィーネさん。私に行かせて。ユナイトと一緒にヘルキャットの中へ入れさえすれば、あとはコックピットへ―」

『ですが!そもそも、例のディスクが原因だと完全に特定出来た訳では……』

 

 遮るように声を上げたクルトに対し、最初に声を上げたのはエドガーだった。

 

『いや、原因は恐らく例のディスクの筈だ。そうだろう?シーナ。』

「うん。ディスクは絶対ある……あの子が言ってるの『もう嫌だ。怖い。早く外して。』って……」

 

 ゾイドの言葉が分かるシーナとエドガーには、助けを求めるヘルキャットの声がハッキリと聞こえていた。

 恐らく原因は例の違法ディスクと見て間違いないだろう。

 

「けど、元々乗っていたパイロットがまだ中に居るんだろ?そいつにディスクを外させる方が確実じゃないか?」

 

 カイの言葉に、シーナは首を横に振る。

 

「追跡している間、フィーネさんの指示でヘルキャットのパイロットと連絡を取ろうとしたけど繋がらなかった。恐らく暴走してるせいで通信機器が麻痺してるんだと思う。」

「げっ……マジかよ……」

『それならば外部からスピーカーで呼びかけて、ディスクを外すよう指示してみます!』

 

 クルトはそう言うが早いか、外部スピーカーを使用し指示を呼びかける。

 

『此方はガーディアンフォースだ!ゾイドの暴走原因に違法ディスクが関与している可能性がある!ただちにディスクを取り外し、ゾイドを停止させろ!』

 

 だが……

 

「違法ディスク??俺達がレドラーに取り付けてた奴の事か??……そんなもん、こいつに取り付けた覚えなんてねーぞ??……」

 

 そう……まさか「手に入れた時から」あのディスクがヘルキャットに搭載されていたなど、彼が知る由も無い。

 スヴェンは途方に暮れた顔で周囲を見渡した後、ふと、非常用の小型ライトを見つけ、それをキャノピーグラス越しに外へ向けると、藁にも縋る思いでモールス信号を発した。

 

「おい!ヘルキャットのコックピットで何か光ってる!!」

 

 スヴェンの発するモールス信号に気付いたのはカイだった。

 

「レン!お前モールス信号わかるか?!」

『あ、ああ!一応非常講習で習った!ちょっと待ってくれ!』

 

 瞬く光が見える場所までライガーゼロを移動させ、レンがメッセージを読み取る。

 

『ディスク、無し、原因、不明。ディスクが無いから原因が分からねーって言ってる!どうする?!』

 

 レンの言葉に「そんな馬鹿な……」といった沈黙が奔る。

 しかし、シーナには確信があった。

 

「もしかしたら、あのヘルキャットを手に入れた時からディスクが搭載されていて、存在を知らないのかも……やっぱり行かせて!絶対あの子を助けてみせるから!」

『けど!もし万が一ディスクが本当に無かったらどうするんだよ?!』

 

 レンの言葉に、シーナは答えた。

 

「お願い。私を信じて……早くしないと手遅れになっちゃう。」

 

 その一言で、決断を下したのはフィーネであった。

 

『わかったわ。シーナ、あのヘルキャットからディスクを取り外して。』

「りょーかい!」

 

 元気よく返事をした直後、シーナが光となって掻き消え、ユナイトと共にヘルキャットへと向かう。

 その様を見守りながら、一番奮闘しているのはクルトであった。

 

[クルト、ディバイソンの首部アクチュエーターへの負荷が甚大です。このままでは稼働不能に……]

「それくらいわかってる!!だが今は持ち堪えるしかないだろう!!」

 

 テオの言葉と、コックピット内で鳴り出した警告アラーム……いくらパワー自慢のディバイソンと言えど、暴れるゾイドを首の力だけで支えている状態だ。あまり長時間はもたない。

 ふと、なんの前触れもなく警告アラームが止んだ。

 

「なんだ?一体何が……」

『ディバイソンから首がもげそうだって声が聞こえた。すまないクルト。お前1人に押し付けたままだったな。』

 

 ヘルキャットの胴の真ん中を一対のエクスブレイカーでがっつりと捕まえて、エドガーのジェノブレイカーがほんの数歩後退する。ジェノブレイカーにヘルキャットを任せたお陰で負荷から解放されたディバイソンが、自身の首がまだ繋がっている事を確認するかのように軽く頭を左右に振った。

 

『大丈夫か?クルト。』

「ああ。一応な……帰還したらきっちりメンテナンスしてやらなければならんだろうが……」

 

 心配そうに駆け寄って来たライガーゼロから届くレンの言葉に、クルトが苦笑を浮かべる。

 そんなディバイソンの隣にブレードイーグルが降り立ち、ジェノブレイカーに捕まえられているヘルキャットをじっと見つめていた。

 

「シーナ……頼むから無茶だけはするなよ……」

 

   ~*~

 

「うわぁぁぁ?!」

 

 ヘルキャットのコックピット内で、スヴェンが悲鳴を上げていた。

 ……いきなり自分の膝の上に見ず知らずの少女が現れたのだ。霊や化け物の類だと思っても無理もないだろう。

 だが当のシーナは悲鳴を上げたスヴェンを見つめ、不思議そうに目を丸くしていた。

 

「あれ?おじさん確か……カイを追いかけてた盗賊さん……だよね?」

「は??」

 

 唐突にそんな事を言われ、スヴェンも目を丸くする。孤島の遺跡でもサンドコロニーでも、カイしか目に映っていなかった彼は、シーナの存在を殆ど知らないに等しかった。

 

「嬢ちゃん……なんで俺があの情報屋のガキを追いかけてたって知って……」

「ごめんね。今説明してる時間が無いの。早くこの子からディスクを外して止めてあげないと。」

 

 そう言ってシーナは、ヘルキャットのコアに取り付いているユナイトへ声を掛けた。

 

「ユナイト!ディスクの場所分かる?!」

『グオグオ!!』

 

 ユナイトに指示された場所……操縦桿の下、フットペダル等のある場所の裏側に手を伸ばし、手探りでそれらしい部品を探すが、よくわからない。

 

「おじさん。ちょっと足どけてて。」

「お、おう……」

 

 座席の上で体育座りをするかのように足をどけたスヴェンの前で、シーナはフットペダルの下にごそごそと入り込むと、陰になって見辛い場所を眺め目を凝らす。カイからライトを借りてくれば良かったと思った時、スヴェンがコックピットからモールス信号を発していた事を思い出した彼女は、一度足元から出て来てスヴェンへ訊ねた。

 

「ねぇ、おじさん。ライトある??」

「ライト?ああ。ほら。」

「ありがと。」

 

 ライトを受け取り、再び足元に姿を消したシーナを怪訝そうに見つめるスヴェンだったが、直後、シーナが大声を上げた。

 

「あった!!!」

 

 ディスクが入っていると思われるハーディディスクユニットを見つけたシーナは、急いでディスクを取り出そうと試みるが、ディスクの取り出し口と思われる場所も、取り出しスイッチと思しき物も見当たらない。

 ならばユニットごと取り外せば……と考え周辺を探ってみるが、ユニットはボルトでがっちりと固定されており、到底素手で引き剥がしてしまえるような状態ではない上に、接続部もソケットが固く、なかなか外れない。

 焦るシーナに、スヴェンがおずおずと声を掛けた。

 

「嬢ちゃん……ディスク見っけたのか?」

「うん。でもとれないの……せめてソケットを外すか、コードを切っちゃうか出来れば良いんだけど……」

 

 彼女の言葉に、スヴェンは自分の服のポケットを慌てて探り出す。

 程なくして折り畳みナイフを引っ張り出した彼は、それを足元へ差し出しながら言った。

 

「これでどうにか出来ねーか?!」

「ありがとう!やってみる!」

 

 受け取った折り畳みナイフを手に、三度足元へ消えたシーナは祈るように呟いた。

 

「お願い。止まって……」

 

 ユニットに繋がっているコードを、シーナがナイフで断ち切った……

 次の瞬間、もがいていたヘルキャットは微かに痙攣するような挙動を見せた後、コンバットシステムのフリーズ表示がメインモニターに表示されると同時に、ガクリと脱力してようやく止まったのだった。

 

   ~*~

 

「事件解決に尽力して頂き、感謝致します。」

 

 暴走の止まったヘルキャットの中から助け出したスヴェンの身柄を、共和国軍第七憲兵隊が引き取りにやって来た頃には夕方になっていた。

 あとはスヴェンと暴走したヘルキャットを共和国軍に引き渡しさえすれば、任務は完了。

 ……の、筈なのだが……

 

「ふふふっ。これでもう大丈夫だからね。あはは。くすぐったいよ。」

 

 システムフリーズ状態から一度再起動を掛けた事で正気に戻ったヘルキャットは、自分を助けてくれたシーナの事が分かるのか、その巨大な顔をシーナに摺り寄せ、咽を鳴らすような声を上げていた。

 とはいえ、結局違法ディスクの入ったハードディスクユニットはヘルキャットにくっ付いたまま……

 共和国軍が機体ごと回収して解析するという話になっていた。

 

「……なぁ、クルト。」

「あ?」

 

 ポツリと自分の名を呼んだカイに、クルトが面倒臭そうな返事を返す。

 だが、カイはそんなクルトの態度にすら気付いていない様子でシーナとヘルキャットを見つめていた。

 

「あのヘルキャット、ディスクと一緒に解析されるって話だけどさ……その後って、どうなっちまうんだ?」

 

 カイの不安げな表情と声音に、クルトも寂しげな表情を浮かべると、シーナにすっかり懐いた様子のヘルキャットを眺めて呟いた。

 

「恐らく解析される時点で、ある程度バラされてしまうだろうからな……もう二度と会う事は無いだろう……」

「……やっぱ、そうだよな……」

 

 カイとクルトのやり取りを聞いていたレンとエドガーも、2人の傍で悲し気に呟く。

 

「せっかく助けたってのにバラされちまうなんて……そんなの……」

「ある程度予想していた事ではあるが……辛いな……」

 

 だが感傷に浸る間も無く、ガーディアンフォースのホエールキングが彼らとその相棒を回収する為に彼らの後方に着陸する……カイ達が揃って振り返った先で、ホエールキングの口腔ハッチがゆっくりと開き始めた。

 

「シーナ!帰るぞ!」

「あ、うん!」

 

 カイの呼び声に返事を返し、シーナはヘルキャットを見上げて優しく語りかけた。

 

「じゃ、またね。」

 

 そう言ってホエールキングの方へ小走りに向かうシーナの後ろ姿を見たヘルキャットは……

 ……そっと彼女の後をついて来た。

 

「あれ?どうしたの??」

 

 不思議そうに振り返り、シーナが再びそっとヘルキャットに駆け寄る。

 ヘルキャットはゴロゴロと咽を鳴らすような静かな声を上げ、そっと彼女を見つめていた。

 勿論、その場の全員もシーナとヘルキャットの様子に気付いた様子で、各々不思議そうに顔を見合わせる。

 そんな中、ヘルキャットの言葉を聞き取ったシーナが仲間を振り返り訊ねた。

 

「ねぇねぇ!この子、一緒について来たいって!駄目かなぁ??」

 

 その言葉を聞いたレンが、ハッとしたようにクルトへ提案した。

 

「なぁクルト!例の違法ディスクの解析、ガーディアンフォースの方で進めるって事で話付けられねーか?」

「ディスクの解析を此方で?……だが共和国軍とはもう話が……」

「そこを何とか!一級工学博士だろ?!どうにか上手く丸め込んでくれよ!な?!この通り!!」

「そう言われてもだなぁ……」

 

 困ったように呟くクルトに、エドガーが意地の悪い笑みを浮かべて囁いた。

 

「良いのか?あのヘルキャットが解析の為に分解されるとシーナが知ったら……きっと暫くまともに仕事も手に付かなくなるくらい、悲しむと思うがな?……」

「ぐぬっ……」

 

 シーナを引き合いに出され、クルトは言葉に詰まるようにして思考を巡らせた後、意を決したように口を開いた。

 

「……わかった。憲兵隊の隊長ともう一度話をして来る。お前らはそれまで大人しくしてろよ。」

「よっしゃー!!」

 

 憲兵隊の隊長の元へ走っていくクルトを見送った後、レンはシーナとヘルキャットの元へ駆け寄る。

 その姿を見てカイとエドガーも顔を見合わせると、それに続いた。

 

「レン、カイにエドガーも……この子、連れて帰っちゃ駄目?」

 

 微かに不安げな表情で問いかけて来るシーナに、レンが笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫だぜシーナ!クルトが今、憲兵隊の人達と話付けてくれてるとこだ。あいつ頭良いしそこそこ口も立つから、上手く説得して一緒に帰れるようにしてくれるぜ!」

「ホント?!」

 

 驚きと嬉しさにシーナが声を上げた直後……クルトが此方へ走ってきながら大声で叫んだ。

 

「シーナさぁぁぁん!!許可取れましたよぉ~!!そのヘルキャットと一緒に皆で帰りましょ~!!」

 

 その言葉に、シーナは幼い子供のように「やったぁ~!!」と声を上げると、自分の顔を覗き込んでいるヘルキャットの鼻先に抱き着いて優しく呟いた。

 

「これからよろしくね。ヘルキャット。」

 ゴロロロロロ

 

 嬉しそうに咽を鳴らすヘルキャットと、そんなヘルキャットに抱き着いているシーナを見詰め、カイ達は各々顔を見合わせてホッとしたように微笑み合った。

 新たな仲間の参入を祝福するかのような鮮やかな夕陽が、穏やかな空気に包まれた彼らを照らし出す。

 ……後に、このヘルキャットが窮地を救う希望の光となる事を、この時はまだ誰も知る由も無かった。




Pixiv版第16話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10921437


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第17話-共和国トリオ-

 ガーディアンフォースに入って初めての任務は、暴走したヘルキャットを止める事。

 あのディスクが、ゾイドを支配するだけじゃなく暴走までさせるだなんて……

 おまけにヘルキャットのディスクは「最初」から内蔵されていた物だった。

 どうしてゾイド達を苦しめてまでデータを集めてるんだろう……なんか、怖いな……

 [シーナ]

 

[ZOIDS-Unite- 第17話:共和国トリオ]

 

 ガーディアンフォースの面々が、暴走していたヘルキャットと共に帰路に就いた頃……

 モニターの青白い光に照らし出された、例の薄暗い部屋。

 その中央に据えられた無数のケーブルが繋がる椅子に座り、カイと瓜二つの青年……ユッカが淡々と作業に従事していた。

 組織が裏社会にばら撒いたディスクから送られてくる、膨大な戦闘データの解析と仕分け。普通の人間では到底処理しきれないであろう量だが、彼にとってはどれほど膨大なデータも大した苦ではない。

 まるで人の姿を模した機械のように、彼はヘッドギアに隠れた顔に何の表情も浮かべず、休憩を取る事もせず、ただ命じられた通りに作業を進める。

 そこに彼の意志や感情は存在しないが、一つだけ疑問があるとすれば……1週間ほど前からデータ収集と並行して有用なデータを集められていないディスクをゾイドごと「抹消」する作業が追加された事だ。

 抹消と言っても遠隔操作でディスクの中をデリートする訳ではなく、ディスクを暴走させる事でゾイドそのものを暴走させ、軍やガーディアンフォースといった治安維持に従事する者達にゾイドごと始末させている。と言った方が正しい……が、彼が疑問視しているのはそこではない。

 何故、わざわざ目立つような方法でディスクを回りくどく始末するのか?……疑問はそこだ。

 国籍も種類も多種多様。なんの共通点も無い裏社会の者達が駆るゾイド達なのに、わざわざ軍やガーディアンフォースの者達にこうして始末させていたのでは、そのうち彼らも気付くだろう。暴走したゾイド達の中から必ず見つかるバラバラのディスクに……

 まるで彼らに此方の影をチラつかせようとしているような……存在を匂わせようとしているような……そんな気がして仕方がない。

 ……が、自分がそれを疑問に思った所でやることは変わらないのだ。自分はただ命じられた通りの事をしていればそれでいい。仮に軍やガーディアンフォースが此方の存在に気付いたとしても、それは恐らく此方の思惑通りなのだから。

 

「ん?……」

 

 ふと、無言を貫いていた口から微かな声が漏れる。

 送られて来た戦闘データの内の一つ……暴走させたヘルキャットが捉えた映像の端に、例のゾイドが映り込んでいた……そう。組織の者達が「双星の守護鷲」と呼ぶ古代ゾイド。ブレードイーグルだ。

 だが映像は不自然に途切れており、そのヘルキャットから送られて来たデータの末尾にも、ディスクを破壊した形跡が全く無かった。

 

「……」

 

 これはすぐに報告した方が良い。彼はそう判断した。

 以前、初めてブレードイーグルの映った映像を報告した際、何故すぐ報告しなかったのかと酷く責められた……データの波に乗り此方を逆探知しようとした者の存在についても同様だ。

 ……正直、どれだけ責め立てられようと罵倒されようと「何も感じない」のだから、いつも通り無言で突っ立っていればじきに終わる事ではあるが……叱責される時間そのものが「無駄」であり「非効率的」だという感覚は彼の中にも存在し、それ故に時間をより有効に利用する為、報告は怠れないというのが彼なりに導き出した答えであった。

 彼は送られてくるデータが保留用のデータドライブに保存されるように設定すると、ヘッドギアを外して椅子から立ち上がる。

 薄暗い部屋の扉を開き、彼は明るい廊下へと出て行った。

 

   ~*~

 

「……そうか。」

 

 ユッカからの報告を受けた組織の幹部……アナスタシア=フォン=リューゲンは酷くどうでも良さそうな冷たい声音でただ一言、そう返事を返したのみであった。

 

「何か対策を講じる必要性は?」

「無用だ。ディスクの存在はいずれ彼らに認識させる必要があった。予定よりも早い展開だが支障はない。」

 

 アナスタシアは淡々とそう言葉を返すと「データの収集解析作業に戻れ。」と命じる。

 だがユッカは無言でその場に立ち尽くしたまま、彼女を見つめていた。

 

「どうした?まだ何かあるのか?」

 

 微かに呆れたような声音でアナスタシアが問えば、ユッカは表情も浮かべずポツリと呟いた。

 

「……わからない。」

「ん?」

 

 普段は命令通りにしか動かないユッカがそんな事を言い出すと思っていなかったアナスタシアも、微かに怪訝そうな表情を浮かべユッカを見つめる。

 ユッカは言葉を探してかき集めるかのように話し出した。

 

「俺は……命令に従う。それが仕事だ。だが、わからない。まだ準備は何も整っていない。敵にわざわざ此方の存在を気付かせるのはリスクが高すぎる。組織の存在をひた隠しにする一方で、ディスクの存在を認識させようとする意図が……俺には理解できない。これは……なんと言えば良い?命令の矛盾……ではない。行動?計画の矛盾?……俺が抱くこの疑問は……俺に必要なのか?わからない。俺には、わからない……」

 

 表情一つ変えず淡々とそう語るユッカは、微かな不気味さすら感じるが……アナスタシアは彼が何故こんな事を言い出したのか、何故此処まで不自然な反応を示しているのかを知っていた。

 彼が一体どういう存在なのかを知るが故に……

 

「お前の言いたい事はわかった。だが結論から言えばその疑問はお前にとって不要だ。組織の一切は我ら上層部があらゆる事態を考量した上で決定している。お前はただ命令に忠実であればそれで良い。それ以上の事など、お前には望んでいない。」

「そうか。わかった。」

 

 ユッカは一言そう答えると「作業に戻る。」とだけ言い残し、部屋を後にする。

 だが、彼の中では微かに……だが確かに、命令にただ忠実である事以外を何も望まれていない事が、一つの新たな疑問として胸の内に残っていた。

 

(命令に忠実であればそれで良い……か……昔はもっと……)

 

 廊下を歩きながらそこまで考えて、彼はふと足を止める。

 

「昔?……」

 

 無意識の内に思いを馳せようとした「ある筈の無い昔」……

 彼は窓ガラスに映る自分の顔を眺め、ポツリと呟いた。

 

「組織にとって、俺は道具……だが、俺にとって俺は……」

 

 彼は……それ以上言葉を続ようとはしなかった。

 これ以上何を考えても、やはり時間の無駄だ。

 命令に従い、指示された事だけを淡々とこなす方が自分には性に合っている。それ以上の事を考えようとするのは彼にとって果てが無く、無限にも思える思考の連鎖に時間を浪費する事は酷く疲れる……

 元の場所まで戻って来たユッカは、自分の持ち場であるデータ収集室の中へと再び姿を消した。

 その後ろ姿はまるで、芽生えかけた「自我」から逃げ、自ら「殻」の中へ閉じ籠ろうとしているかのような雰囲気を纏っていた……

 

   ~*~

 

 一方、アナスタシアはユッカが出て行った後、両手の指を組んだままデスクに肘を突き、思案に暮れていた。

 

(アレに自我が芽生え始めるのは……もう少し先の事だと思っていたが……)

 

 彼女は先程のユッカの言葉をぼんやりと思い浮かべる。

 現時点ではまだ、自身の中に生まれた「疑問」に戸惑っているだけのようだったが、それを足掛かりに自我を獲得して行く可能性は否定出来ない。彼に自我が芽生える事が組織にとって有益となるか、障害となるかは正直予測不能の不確定要素であった。

 

(自分が「代用品」である事をどの程度理解し、受け入れているのかはわからないが……厄介だな……)

 

 アナスタシアはふと、父であるオイゲン=フォン=リューゲンの姿を思い浮かべた。

 ユッカを目覚めさせた時、父が至極満足げな表情を浮かべて彼を見つめていたのをよく覚えている。

 彼女自身はユッカの存在をあまり快く思ってはいないが、彼が組織に必要な存在である事は理解しているつもりだ……父がユッカに執着している事も、その理由も……

 だが、守護鷲……ブレードイーグルが目覚めた事で事態は変化しつつある。代用品ではなく「オリジナル」を手に入れられる可能性が出て来た事を、父はどう考えているのだろう?……

 ……いや、仮にオリジナルを手に入れる事が出来たとしても父がユッカを手放すとは考えにくい。代用品としての使い道を絶たれたとしても彼には十分な利用価値がある。最強の守護者としての利用価値が。

 彼女はそっと立ち上がると、窓の外に広がる青空をぼんやりと眺め呟いた。

 

「……私がどうこう言えた義理ではない……か……」

 

 そう。父がお気に入りであるユッカを手放す事が出来ないのと同じように、自分もまた、自身のお気に入りを手放す事が出来ないまま此処まで来てしまった。

 それを後悔していないと言えば恐らく嘘になるが、今更どうこう考えるつもりも無い。

 自分はもう、引き返すつもりも、振り返るつもりも無いのだから……

 

「ちょっと!お姉様を呼びに来たのはクラウなんだから!ついて来ないでよハウザー!!」

「私はリューゲン大佐にこの資料をお届けに上がるだけだが?」

「あーもー!!ホンットにハウザーって鈍い!!お邪魔虫だって言ってるの!!」

「だが、この後の会議にお前は同行出来んだろう。邪魔をしているのはお前の方だと思うがな。」

「クラウお邪魔虫じゃないもん!!!」

 

 扉越しにもハッキリと聞き取れる「お気に入り」達の声に、アナスタシアは僅かに口角を上げる。

 直後、開いたドアから現れたクラウとハウザーを見つめ、彼女は浮かべた笑みに呆れを混ぜながら呟いた。

 

「2人共随分と賑やかだな。扉越しでもよく聞こえたぞ。」

「これはっ……お聞き苦しいものを大変失礼いたしました。以後気を付けます。」

 

 ハウザーの言葉に、クラウがニヤニヤと笑いながら彼を見上げる。

 

「ほら怒られた。」

「クラウ。私は2人共。と言った筈だが?」

 

 アナスタシアに(たしな)められ、クラウもしょんぼりとした様子で「ごめんなさい……」と呟く。

 そんな2人を眺めた彼女は可笑しそうにクスッと笑うと、それ以上は何も言わずハウザーに歩み寄り、これから始まる会議の資料を受け取った。

 

「他の者達は?」

「既に揃っております。あとは我々だけかと。」

「そうか。」

 

 ハウザーと短い言葉を交わした後、彼女はクラウへ向き直り、幼子を相手にするかのように優しく頭を撫でてやりながらそっと囁いた。

 

「会議が終われば、またお前にも仕事を頼むことになる。だからそれまでしっかり休んでおくんだ。良いな?」

「うん!お姉様の為ならクラウなんでもするよ!」

 

 無邪気な笑顔を浮かべるクラウに、ほんの一瞬……アナスタシアの瞳が揺れた。

 だが、彼女はすぐに穏やかな笑みを浮かべると、クラウに「良い子だ。」と囁いて、まるで本当の家族であるかのように、その額にキスを落とす。

 いってらっしゃいと手を振るクラウに見送られ、アナスタシアはハウザーと部屋を後にした。

 

   ~*~

 

 ヘルキャットの暴走事件から2日後の明け方……

 ガーディアンフォースベースの格納庫の向かいに位置する「開発作業棟」のデータ解析室に、彼は居た。

 

「だぁぁぁぁぁぁくそ!!またコレか!!」

 

 デスクトップ型パソコンを操作していたクルトが苛立った怒鳴り声を上げる。

 だがその声音自体は何処かぐったりとしており、ぶち当たった問題を解決する為にデスクの上に平積みにされた資料やテキスト、マニュアルの山を漁る動作にも妙にキレが無い……

 そう。あのヘルキャットを連れ帰り、例のハードディスクユニットを取り外してから今この瞬間まで、彼はずっとこのデータ解析室で違法ディスクの解析を行っていた。

 既に2徹目……集中力などとっくの昔に限界を過ぎているが、それでも彼がこのディスクの解析に意地になっているのは「何が何でも解析してやる。」という殺気にも似た思いを抱いているからに他ならない。

 ……理由は勿論、自身のプライドだ。

 ディスクの中身は、ヴァシコヤードアカデミーを首席で卒業した彼でもテキストやマニュアル片手でなければ解析出来ない程の、複雑な多重構造プログラム……一体誰がこんな物を組み上げたのだろうか?と考える度にディスクの開発者が「自分の方がお前より優れている。」と、「解析出来るものなら解析してみるが良い。」と、画面の向こうで嘲笑っているように思えて仕方がない。それが酷く悔しいのだ。

 ディスクの解析に全神経をつぎ込んでいる為か、真面目で几帳面な性格である彼にしては珍しく、パソコンの周囲にはこの2日間の間に様々な物が散らかっていた。

 空になった愛用のマグカップ。レン達が差し入れに持って来てくれた飲食物の包み紙や空袋。空になったコーヒーや栄養ドリンクの空き缶。殴り書きの付箋メモ。ボールペン。電卓。はては普段絶対に自室から持ち出す事の無い煙草とライターまで……彼らしからぬその惨状は、ディスクの解析作業がどれほど難航しているかを言葉よりも饒舌に物語っていた。

 

「まったく。お前昨夜も徹夜したのか?」

「父さん……」

 

 ふと聞こえて来た声に振り返れば、トーマが部屋に入って来たところであった。

 業務上の形式ばった呼び方ではなく「素」で返事を返して来た実の息子に「相当疲れているな……」と思いながらトーマは苦笑を浮かべる。

 彼は手に提げていた売店のビニール袋をクルトの目の前にずいっと差し出すと、ちょいちょいと場所を変わるように手で合図を送り、パソコンの前に座った。

 画面に表示されているプログラムにザックリと目を通した彼は、納得したような溜息を吐いて呟く。

 

「……なるほど。随分とややこしいプログラムだな。お前がこれだけ周りを散らかしっぱなしにしてまで掛かり切りになる訳だ。」

「あぁごめん。後でちゃんと片付ける……それより、このディスクを作った奴は相当頭が良い。認めたくないけど、俺より上かも……」

 

 クルトは疲れ切った声でそんな風に呟きながら、隣のデスクの椅子を引っ張って来て父親の隣に座る。

 先程受け取ったビニール袋の中身を確認してみれば、サンドイッチとホットドッグ。そして缶コーヒーが入っていた……恐らく買って来たばかりなのだろう。コーヒーの缶はまだ随分と温かい。

 ふと気になって時計に目をやれば、時刻は午前5時過ぎ……こんな時間では食堂も当然、営業時間外だ。だからわざわざこうして朝食を買って来てくれたに違いない。そんな父の優しさが、すっかり疲弊しきった彼の目に涙を滲ませる。

 

「父さん……」

「どうした?」

「父さんなら解る?このプログラム……」

 

 しょんぼりとした声音でポツリと呟かれた言葉は、普段のクルトならば絶対に口に出さないであろう言葉……

 トーマは、疲弊してすっかり弱気になっている息子を安心させるように微笑みながら、穏やかに呟いた。

 

「さぁな。隅々まで目を通してみない事には何とも……ん?なんだ??」

 

 キーボードを叩いていた手の端にコツンと当たった物を確認するかのように、トーマが手元へ視線を落とす。

 そこには、崩れて来た資料の下に隠れるようにして煙草の箱が転がっていた。

 

「煙草???」

「あー!!!!」

 

 トーマが怪訝そうに箱を拾い上げれば、次の瞬間クルトが我に返ったように声を上げる。

 真面目な息子が喫煙者だったという衝撃の事実からなのか、それともいきなり耳元で大声を出されたせいか、はたまたその両方か……トーマは目を丸くして息子を見つめ、当のクルト本人はと言えば完全にこの世の終わりと言わんばかりの表情を浮かべている。

 だが次の瞬間、トーマは面白がるような笑い声と共に口を開いた。

 

「お前が煙草か。母さんにバレたら絶対に怒られるな?」

「あ、いや……えっと……」

 

 予想外の反応に戸惑うクルトへ、ふとトーマが頬杖を突きながら微かに意地の悪い声音で囁く。

 

「で?一体いつから手を出したんだ??」

「いつって……流石に未成年で煙草に手を出す訳ないだろ?!ちゃんと成人してから―」

「なら良い。」

 

 トーマはそう言って拾い上げた煙草をクルトへ差し出し、やれやれといった様子の笑みと共に呟いた。

 

「どうせだから、外の空気吸って来るついでに一服して来い。こんなもの出しっぱなしにしてるくらいだ。お前相当疲れてるだろう?」

「あ……うん。」

 

 おずおずと煙草を受け取り、ついでに散らかり放題のデスクからライターを拾い上げて立ち上がったクルトは、ふと、叱られる前の子供のような表情で父に訊ねた。

 

「あの……煙草の事……母さんにはその……」

「言う訳ないだろ。怒らせると怖いからな……」

 

 呆れたようなその返事にホッとした表情を浮かべたのも束の間、トーマは更に言葉を付け足す。

 

「ついでに父さんが煙草の事知ってるのは、内緒にしておいてくれよ?」

「うん……わかった。」

 

 遠回しに「怒られる時はお前1人で怒られてくれ。」と言われた事を察し、クルトは苦笑を浮かべる。

 彼は疲れと眠気で気怠い足をのそのそと動かしながら、開発作業棟の向かい。格納庫の裏手にある喫煙所へ辿り着くと、ぐったりとした様子で煙草に火を点け、ぼんやりと紫煙を吐き出しながら明け方の空を見上げた。

 

「あぁ……怒られるかと思った……」

 

 思わず口を突いて出て来たその言葉に、喫煙者である事が父にバレたという実感がやっと込み上げて来たのか、彼はそのままズルズルとその場にしゃがみ込むと、片手で頭を抱えて呻くような声を漏らす。

 もう二度と自室の外に煙草は持ち出さないようにしようと心に固く誓う彼の頭上を、小鳥達が朝を告げる鳴き声を上げながら数羽飛び去って行った。

 

   ~*~

 

「クルト~!生きてるかぁ~?……あれ??」

 

 あれから3時間……朝8時過ぎ。

 食堂から持って来たと思われる朝食のトレーを抱えたレンが、元気な声と共にデータ解析室へとやって来た。

 だが、パソコンの前を陣取っている人物がクルトからトーマに代わっている事に気付いた彼は、きょとんとした表情を浮かべてトーマを見つめる。

 

「シュバルツ博士。クルトは??」

「意地とプライドに任せて2徹した馬鹿なら、つい3時間ほど前、丁重に追い出したところだ。恐らく今頃、自室か仮眠室で横になってると思うが……ちゃんと眠っているかどうか……」

 

 そう言って振り返りもせず肩を竦めて見せるトーマに、レンは苦笑を浮かべる。

 

「じゃぁ、クルトの朝飯……部屋に持って行った方がいいですか?」

「いや。追い出す時に売店で買った朝食を渡してあるから心配ない。わざわざすまないな。」

 

 そこまで言った後、トーマはふと我に返ったように「あ。」と声を上げ、申し訳なさそうな笑みを浮かべながらレンを振り返って呟いた。

 

「むしろ……その朝食を私が貰っても構わないか?まだ食べていないんだ。」

「えぇ?!自分の朝飯忘れてたんですか?!」

 

 思わず大声で訊ね返しながら、レンはトーマの傍に歩み寄る。

 ……が、案の定クルトが散らかしっぱなしにしているせいで置き場がまるで無い。

 

「あー……置く前にちょっとこの辺片付けましょうか?」

「あぁ、このままで構わんよ。散らかした本人が戻って来たら片付けさせる。悪いが隣のデスクに置いておいてくれ。一段落したら頂こう。」

 

 トーマはそう言ってドサリと背もたれに体を預けると、あくびと共に体を伸ばす。

 言われた通り隣のデスクに朝食のトレーを置いたレンは、パソコンの画面を覗きながら訊ねた。

 

「ディスクの解析、どのくらい進んだんですか?」

「進捗自体は芳しくないな。2日掛かって半分以下。せいぜい5分の2と言ったところだが……逆を言えば『クルトだからこそ』2日で5分の2も進んでいるとも言える。恐らく他所で解析していたのでは殆どお手上げ状態だっただろう。全く、我が子ながら大した奴だよ。」

 

 何処か誇らしげにそう語りながらも、トーマの瞳は画面に表示されたプログラムを鋭く見据えている。

 ディスクの解析をクルトから代わって3時間……その3時間の間に、トーマの中で一つの『既視感』が何度も脳裏を横切っていた。

 

(特殊なプログラム言語とあらゆる応用テクを駆使した、複雑怪奇な多重構造プログラム……確かアカデミーに在学していた頃、似たような構造のモデルデータを見た事があったが……)

 

 そう。

 まだ自分がヴァシコヤードアカデミーに在学していた頃、ビークを開発するにあたって参考になるようなデータがないだろうか?と、卒業生達が組んだモデルデータを閲覧していた際、一際容量の大きく複雑なモデルデータを見つけ、圧倒されたのをよく覚えている。

 このディスクのプログラムと同様、特殊なプログラム言語が用いられており、開いてみればプログラミングの応用テクニックの見本市と言わんばかり。おまけにそのモデルデータも多重構造だった筈だ。

 だが当時、コンピューターのスペックの方が組まれたモデルデータの容量に全く追い付いていなかった。

 そのあまりの容量の大きさのせいで、閲覧に使用していたコンピュータの方が数十秒でフリーズを起こし、結局そのデータを端から端まで閲覧する事は叶わなかったのだ。

 ……もしかしたら、あのモデルデータを組んだ人物がこのディスクのプログラムを?……

 

(参ったな……あのモデルデータの製作者の名前が全く思い出せん……後で連絡を取って確認してみるか……)

 

 思案に暮れながら、トーマはディスクの解析を黙々と続けるのだった。

 

   ~*~

 

「……あれ?」

 

 その頃、オペレーターの技能テキストを抱えたシーナが、通りかかった仮眠室の前で立ち止まっていた。

 理由は勿論、開きっぱなしになっている仮眠室のドアの向こう。部屋の隅のマットレスの上で行き倒れのように眠っているクルトを見つけたからである。

 シーナはそっと仮眠室に入り、眠っているクルトの傍にちょこんとしゃがみこむ。

 着替えもせず、申し訳程度にブーツと上着を脱いだだけの姿で眠る彼は、全く起きる気配が無い。

 ……寧ろ、いびきどころか寝息らしい寝息すら立てているようにも見えないその様は、最早「眠っている」と言うよりも「気を失っている」と言った方が正しいようにすら思えた。

 

「もしかして、昨夜も寝ないでディスクの解析してたのかな?……」

 

 シーナは労うようにクルトの頭をよしよしと撫でると、ふと思い立ったように小走りで仮眠室を後にする……

 しばらくして戻って来た彼女の手には、自室から持って来たふわふわのブランケットが抱えられていた。

 そのブランケットをクルトに掛けてやった時、ふと、シーナの脳裏に幼い頃の思い出が過る。

 ブレードイーグルの開発に付きっ切りになっていた父とその助手数名も、徹夜の続いた後は決まって開発整備ピットの隅で眠りこけていた……そしてそんな父達を見つける度、アレックスとユナイト、そしてアレックスのオーガノイドであったハンチと共に、こうしてブランケットを掛けて回ったものだ。

 

「博士や科学者の人って、皆こうなのかな?」

 

 懐かしむような笑みと共にポツリと呟きながら、シーナはもう一度クルトの頭を撫でて立ち上がる。

 テキストを抱え直してオペレータールームへ向かう彼女の表情は、何処か満足げであった。

 

   ~*~

 

 同日、午前10時……

 共和国軍のエンブレムを掲げる輸送型ハンマーヘッドが一隻、そしてストームソーダーとレイノスが各一機、ガーディアンフォースベースの滑走路へゆっくりと着陸した。まだ仮眠室で眠っているクルトを除くメンバーが出迎えの為に滑走路の傍に並び立つ中、カイは思わず緊張に顔を強張らせる。

 今日から1ヶ月間、より専門的かつ実践的な操縦訓練を行う為に、共和国軍の軍人が3名ほど派遣されて来たのだが、カイの緊張の理由はそこではない……派遣されて来た人物があまりにも「とんでもなさ過ぎる」事が一番の問題であった。

 

「そう固くなるなって。皆気さくで面白い人達だからさ。」

 

 カイの隣で共に佇んでいるレンが明るく声を掛けるが、正直気休めにもならない……何故なら……

 

「共和国軍首都守備隊所属、ルネ=ハーマン少佐、並びに同隊所属ウィル=ハーマン中尉、シド=オコーネル中尉。只今到着いたしました。本日から1ヶ月間よろしくお願い致します。」

 

 敬礼後、凛とした声でそう挨拶をした女性軍人と、その一歩後ろに控えるように立っている2人の男性軍人。

 何を隠そう、共和国大統領「ロブ=ハーマン」の娘と息子。そして共和国軍のオコーネル大佐の息子だ。

 

(イヴポリス大戦で活躍した英雄達の子供が揃い踏みとか……俺、場違いじゃね??)

 

 眩暈にも似た感覚を覚え、カイはバレないようにか細い溜息を長々と吐く。

 今まで訓練を行ってくれていたトーマも、ライガーゼロ-プロトの調整やCASユニットの開発を始めとする様々な仕事に追われる身だ。彼の負担が軽くなるのはカイとしても嬉しい事だが、護衛が付いて回っていてもおかしくないような「一国のトップの実子達」が何故わざわざ出張って来たのやら……

 

「急な頼みを快諾してくれた事、改めて礼を言おう。ハーマン少佐。」

 

 トーマがそう言いながら握手を求めれば、ルネも握手に応えながらハキハキと言葉を述べる。

 

「いえ。こちらこそ日程の調整に手間取ってしまった事、お詫び申し上げます。早速ですが、本日の訓練から担当させて頂くという事でよろしいでしょうか?」

「ああ。その予定だ……ところで、その堅苦しい態度はいつまで続けるつもりなんだ?」

 

 ふと苦笑と共にトーマがルネへと問いかける。

 何の事だろうか?と首を傾げるカイの前で、ルネは盛大な溜息を一つ吐くと、まるで別人のように明るく笑い出しながら愉快そうに口を開いた。

 

「だってほら。一応仕事で来てる訳だし、いきなり「博士~!久しぶり~!!」なんて言える訳無いじゃない。それに「せめて挨拶だけはきちんとしろよ!」ってストライド中佐から散々釘刺されちゃったし。」

「やれやれ……」

 

 呆れ半分、微笑ましさ半分といった表情を浮かべるトーマの隣で、フィーネも笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ウィル君とシド君も、もう普段通りにしていてくれて良いからね?」

 

 その言葉に、残りの2名……ウィルとシドもホッとした様子で表情を崩す。

 

「あ~良かった。俺、こういう真面目な態度3分が限界なんですよ。」

「いや、そこはもうちょっと頑張れよ……」

 

 へらへらと笑い出すウィルに、呆れ顔で突っ込みを入れるシド……そして急にフランクに喋り出したルネの態度も含め、カイは思わずポカンと口を開けたまま、すっかり拍子抜けした様子で彼等のやり取りを眺めていた。

 

「ルネ姉ちゃん!久しぶり!」

「レン~!ちょっと見ない間にすっかり一人前になったじゃない。バンおじさんの若い頃そっくり!このまま順調におじさんみたいなイケメンに育つんだったら、今のうちにツバ付けとこうかな~??」

「はははは!勘弁してくれよ~!」

 

 レンをまるで弟のように抱き締めわしゃわしゃと頭を撫で回した後、ルネはエドガーにも向き直る。

 

「ほらほら。エドもおいでおいで。」

「流石にもうそんな歳じゃ……」

「いーからいーから!おお~!流石に身長並ばれちゃったかぁ!悔しいなぁ~。昔はあんなにおチビちゃんだったのに、男ってなんでこんなにぐんぐん背が伸びるのかしら……」

 

 エドガーの目の前に立ち、自身と背を比べるように頭の上で手の平を水平に動かしながら喋るルネ。

 そんな彼女の軍服の後ろ襟を、弟のウィルがおもむろに引っ掴みエドガーから引き剥がす。

 

「姉さん。その辺にしておかないと新人から変な人だと思われるぞ。」

「えぇ~?!せっかく久しぶりに会ったのにぃ?お姉ちゃんもっと構いた~ぃ……」

「休憩時間にやれ休憩時間に。」

 

 ウィルはそう言って、先程からぽかんとやり取りを眺めていたカイと、その隣できょとんとしたままやり取りを眺めていたシーナへ向き直ると、申し訳なさそうに笑いながらやっと声を掛けた。

 

「うちの姉が急にすまん。ビックリしただろ??」

「あ、ああいや……その、お気になさらず……」

 

 若干しどろもどろに言葉を返すカイとは打って変わって、シーナは普段通りの態度でウィルに訊ねた。

 

「ハーマン少佐達って、レンやエドガーとお友達なの??」

「友達というか、親同士が何かと縁があったからな。レン達の事はこいつらが赤ん坊の頃から知ってるんだ。だから俺達にとって、こいつらは弟分というか……家族みたいな感じに近いな。」

 

 何処か得意げに語るウィルの隣から、シドがふと気が付いた様子で声を上げた。

 

「そういえば、クルトは??」

「あ、クルトなら今、仮眠室で寝てるの。お仕事で徹夜してたみたいで……」

 

 シーナの言葉に、ルネは呆れたような表情を浮かべてトーマに向き直った。

 

共和国軍(う ち)の憲兵隊に「ディスクの解析は此方に任せて頂けませんか?」なんて啖呵切るから……例のディスク……そんなに解析難航してるの??」

「あぁ……だがどちらにせよ、そこいらの基地じゃお手上げだったであろう代物だ。遅かれ早かれ我々か、ヴァシコヤードアカデミーか、ニューヘリックカレッジかのいずれかに持ち込まざるを得ん事態に陥っていただろう。」

 

 何でもなさそうに肩を竦めて見せるトーマに、ルネが苦笑いを零す。

 

「忙しいのは私も知ってるけど、あんまりクルトにばっか押し付けてないで、博士も知恵貸してあげなよ?あの子、ムキになるとホントに歯止め効かないんだから。」

「わかっているさ。私も今回のディスクについては少々思い当たる伝手がある。クルトが起きる頃には、何かしら有力な手掛かりがこちらで手に入るといいんだが……」

 

 言葉を濁したトーマに代わり、フィーネが穏やかに微笑みながら伝えた。

 

「とりあえず、ルネちゃん達はゾイドをハンマーヘッドから搬出して、午後からの訓練の準備をお願い。それが終わったら訓練開始までゆっくりしていて。長距離の移動で疲れているでしょう?」

「ありがとうフィーネさん。じゃぁすぐ準備して早めにお昼にするわ。ウィル。シド。レイノスとストームソーダーを格納庫前に移動させて。」

「「了解。」」

 

 ウィルとシドを引き連れたルネは、笑顔でレン達に手を振りながらハンマーヘッドへと駆けていく。

 怒涛の挨拶が終わり、カイはレンへぽつりと呟いた。

 

「ホント……超フランクな人達だな……」

「だろ??」

 

 レンはそんなカイの反応を心底面白がっている様子で明るく笑うのだった。

 

   ~*~

 

「……ん……?」

 

 仮眠室で起きたクルトは、カーテンの隙間から差し込む日差しに思わず目を細めていた。

 もう随分日が高いなと思った瞬間、ハッとした様子で起き上がった彼は、脱ぎ捨てていた上着を手元に引き寄せながら、内ポケットに入れていた小型タブレットを取り出し、時刻を確認する……ほんの2~3時間寝るつもりであったというのに、液晶画面に表示された時刻は11時48分を示していた。

 

「しまった……完全に寝過ごしたッ……」

 

 思わず頭を抱えるが、ぐずぐずしてはいられない。

 すぐさまディスクの解析へ戻ろうとそのまま手元に引き寄せた上着を羽織ろうとして、彼はふと、自分が起き上がる際に跳ね飛ばしたブランケットへ視線を落とす。

 パステルピンクに白い花柄が散らされた可愛らしいブランケットは、全く見覚えの無い物だった。

 

「誰のブランケットだ?……」

 

 ふわふわとした優しい手触りのブランケットをそっと拾い上げ、ジッと見つめる。

 柄からして十中八九女性職員の私物だろう。まさか基地内病棟に勤める女性医療スタッフがメインブロックの仮眠室までわざわざ来る事は無い筈だ。となれば、思い当たるのはフィーネとリーゼ、シーナのいずれか……

 

「……いやいやまさか。シーナさんの物だなんてそんな訳……」

 

 一瞬、シーナの物だろうかと思った自分を笑い飛ばすかのように、クルトは思わず声に出して笑いだす。

 しかし、次の瞬間だった。

 

「クルト、起きた??」

「シ、シーナさん!!お、おはようございま……あ、いえ!もう昼でしたね!えっと、こ、こんにちは?」

 

 仮眠室へとたとたと駆け込んで来たシーナに、思わず手にしていたブランケットを取り落としながら、彼はわたわたと言葉を返す。

 起きたばかりでまだ顔も洗っていない、寝ぐせもそのまま、おまけに羽織ろうとしていた上着もあぐらを掻いた膝の上でくしゃくしゃになったまま……なんとみっともない姿だろうかと思いながら、クルトは逃げるなり隠れるなりしたい気持ちでバツが悪そうな笑みを浮かべる。

 だが、シーナはそんな事など全く気にも留めていない様子で、いつも通りの無邪気な笑顔と共に訊ねた。

 

「こんにちは。よく眠れた??」

「え、えぇ……8時頃には起きようと思っていたのですが、すっかり寝過ごしました……」

 

 苦笑を浮かべたクルトの前で、彼女は鈴を転がすような声でくすくすと笑う。

 

「それだけ疲れてたんだよ。昨夜も徹夜したんでしょ?」

 

 労うような優しい声でそう言いながら、シーナはクルトが取り落としたブランケットを手元に引き寄せ、畳んでいく……その姿に、クルトはそっと遠慮がちに訊ねた。

 

「あの……もしかしてそのブランケット……シーナさんが?」

「うん。今朝此処を通りかかった時にクルトが寝てたから、部屋から持って来たの。お部屋の中あったかいけど、風邪引いちゃうかもって思って。」

 

 綺麗に畳んだブランケットを両手で抱えながら、シーナは笑う。

 クルトはそんな彼女の優しさに愛しさを覚えながら、絞り出すような声で呟いた。

 

「その……気を遣わせてしまって、本当にすいません。あ、ですが!えっと、お陰でよく眠れました!ありがとうございました。」

「ふふっ。どういたしまして。」

 

 シーナが花のような笑みと共に答えた丁度その時、仮眠室にレン達がやって来た。

 

「よ!おそようクルト!昼飯食いに行こうぜ~!」

 

 レンの言葉に、クルトは面白くなさそうな表情を浮かべる。

 

「おそよう。とはまた随分な言い草だな。確かに起きるのが遅かったのは認めるが……」

「2日も徹夜するからそうなるんだろう?せめて毎晩、ちゃんと部屋に戻って休んだ方が良いぞ。」

 

 呆れた様子のエドガーに不服そうな視線を送りながらも、クルトは「そうだな……」とだけ呟く。

 そんなクルトに苦笑を浮かべて顔を見合わせた後、カイがからかうように口を開いた。

 

「せっかく共和国からお前の知り合い来てんだし、後でちゃんと挨拶しとけよ?」

「知り合い?……まさかっ?!」

 

 ギクリとした表情で固まったクルトに、レンが苦笑を浮かべる。

 

「あぁ。カイの訓練の為に来た人達、ルネ姉ちゃん達なんだ。」

 

 その言葉にクルトは頭を抱えてボソッと呟いた。

 

「……悪夢だ……」

 

 彼の様子にエドガーとレンは苦笑を浮かべたまま顔を見合わせ、カイとシーナも、何故知り合いに対してここまで気不味そうなのだろうか?と、疑問に思いながら不思議そうに顔を見合わせるのだった。

 

   ~*~

 

 ガーディアンフォースベースの食堂。

 まだ昼食を摂っている仲間達を置いて、一足先に開発作業棟のデータ解析室へ戻ろうとしたクルトだったが……

 

「お?!お~い!クルト~!ひっさしぶり~!!」

 

 食堂の前を通りかかったルネが、嬉しそうに声を掛けながら彼の元に歩み寄る。

 だがクルトは心底うんざりしたような表情を浮かべてジリジリと後ずさりながら、ジトリとした目でルネを見つめ、絞り出すような声で挨拶の言葉を口にした。

 

「お久しぶりですハーマン少佐……では自分はこれで失礼します。」

「ちょっとちょっと!!なんでそんなに他人行儀なのよ。せっかく久しぶりに会ったってのに。何々??ヴァシコヤードに昔の可愛げ置いて来ちゃったの??昔はあんなに―」

「あー!!あー!!!あー!!!!」

 

 ルネの言葉を遮るように大声を上げるクルト。

 その様子にピンと来たカイは、何やら悪い事を思いついたようにニヤッと笑いながら2人の元に歩いていく。

 

「なぁなぁ。一体何の話してるんだ??」

「ややこしくなるからお前はあっちに行ってろ!!」

 

 キッとカイを睨みつけるクルトだったが、その隙を突くようにルネはニコニコと笑いながら口を開いた。

 

「クルトって昔はすっごい泣き虫でね。小っちゃい頃は何かある度に「ルネお姉ちゃぁ~ん」って、私の所に来てべそべそ泣いてたのになぁ~?って、は、な、し。」

「あぁぁぁぁぁぁ!!!10年以上昔の話を掘り起こすなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 顔を真っ赤にして絶叫するクルトだが、カイは驚愕と怪訝さの入り混じった顔で彼を見つめる。

 

「マジかよ……泣き虫何処やったんだお前……」

「うるさい!大体な!!4つか5つの頃の話だぞ?!だから嫌だったんだこの人と顔合わせるの!!」

「ま、ルネ姉さんと会うと何かしらネタにされるからな。クルトは。」

 

 エドガーがボソッと呟いた隣で、レンもうんうんと頷く。

 小さい頃から何かと一緒に遊んでいた為、ルネは彼らの幼少期の事をよく知っている。

 特に幼少期のクルトは、普段どんなにレンやエドガーの兄貴分としてしっかりしていても、当時は彼自身もまだ幼く、一人っ子で兄や姉が居なかった事も相まって、ルーカスやルネ達にとても懐いていた……それ故に、レンやエドガーの前では決して表に出す事のなかった甘えん坊で泣き虫な面も、彼らにだけは見せていたのだ。

 ルネにとってはほんの思い出話のつもりなのだろうが……暴露される側としてはこれ程恥ずかしい事はない。

 

「へぇ~……クルトって小っちゃい頃泣き虫さんだったんだね。なんだか意外。」

 

 ……特に、好きな人の前でそんな話をされるなど……到底耐えられるものではない……

 至って微笑まし気に笑うシーナの視線に、クルトはたまらず片手で顔を覆い隠す。

 

「いっそ殺してくれ……」

「まぁまぁ落ち着けよ。良いじゃねーか。小さい頃の思い出があるだけさぁ。」

 

 流石にそんなクルトがいたたまれなくなったのだろう。

 カイがポンポンと肩を叩いてやれば、クルトは怪訝そうな顔でカイを見つめた。

 

「その言い方だと、まるでお前には小さい頃の思い出が無いみたいじゃないか??」

「あ~……まぁ……な。」

 

 カイは誤魔化すような笑みを浮かべて視線を泳がせた後、呟いた。

 

「実言うとさ、俺……小さい頃の記憶、殆ど覚えてねーんだ。親父も母さんも、そういう小さい頃の話全くしてくれねーし……せいぜいアルバム見た事があるくらいかな。」

 

 その言葉に、カイ以外のメンバーが驚いた様子で顔を見合わせる。

 が、その直後……メンバーの中で唯一、クルトだけがハッとした様子で考え込み始めた。

 以前ベースへと面会にやって来たカイの母親……ジャネットが話してくれた事を思い出したのだ。

 

―……小さい頃からあの子は特別だった……いいえ、異質だったと言った方が良いかもしれないわ……―

 

―ゾイドに乗る為に生まれて来たような子だったの。本当に、ただその為だけに……きっと将来、凄いパイロットになれると色んな人に言われたわ……だけど……主人と私は決めたの。この子はゾイドに乗せないって……そうする事でしか、この子を守れないって……―

 

 断片的な情報ではあるが実の母親であるジャネットが「異質だった」と「ゾイドに乗る為だけに生まれて来たような子だった」とまで言う程だった幼少期のカイ。

 そんな彼に対して、両親が家柄や世間体を捨ててでも「ゾイドに乗せない事でしか守れない」と思う程の事が何かあったのだろうとは思っていたが……そのカイ本人に幼少期の記憶が殆ど無いとは……

 

(何か……関係があるんだろうか?……)

 

 自分は、カイの事をまだ認めた訳じゃない。寧ろ嫌っているのは今も変わらない。

 だが……

 

「おーい?クルト~?」

「ん?」

「どうしたんだよ。ボケッとして……」

「いや、別に……」

 

 怪訝そうに此方を見上げるカイをぼんやりと眺めた後、クルトはふいっと視線を逸らす。

 自分がアレコレ考えたところで無駄なのは解っているが、成り行きとはいえ、カイ本人ですら知らない事を中途半端に知ってしまった手前「幼少期に一体何があったのか?」というのが妙に気になって仕方がない。

 

(今日から1ヵ月続く操縦戦闘訓練……本当に、コイツに受けさせて良いのか?……)

 

 もし、訓練によって再び「異質」とまで言われた才能が開花したら、カイはどうなるのだろうか?

 ジャネットが危惧していたように、そのまま何処か遠くへと行ってしまうのではないか?

 もしそうなったら……

 

―クルト博士……―

 

 クルトは脳裏に過ったジャネットの言葉に、思わず物憂げな表情を浮かべる。

 

―あの子達を、どうかお願いします……―

 

 今までは、その言葉の意味をそう深くは考えていなかった。

 だが、今は違う……ジャネットは一体どんな思いで、カイやブレードイーグルの事を自分に託したのだろう?

 ……何故、自分に託したのだろう??

 

(クソッ……あのディスクの事だけでも厄介なのに……)

 

 クルトはそれ以上考えないようにして、食堂を後にした。

 自分が一番嫌っている筈の少年に、複雑な思いを抱いたまま……




Pixiv版第17話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10967681


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第18話-蒼天(そら)の申し子-

 押収した違法ディスクの中身は、特殊な多重構造プログラム……一体誰がこんなものを作ったんだ?

 現時点でせいぜい判る事と言えば、こんなプログラムを組める奴はそうそう居ないという事くらいだ。

 ルネ姉さん達が来たお陰で暫く賑やかになりそうだし、カイの操縦訓練は始まるし。何も起こらないければ良いが……

 ……いや! そもそも何故俺がアイツの心配などしなければならないんだ?!

 [クルト=リッヒ=シュバルツ]

 

[ZOIDS-Unite- 第18話:蒼天(そら)の申し子]

 

 共和国軍のルネ、ウィル、シドの3人が来て3日目……それはつまり、カイの戦闘操縦訓練が始まって既に3日が過ぎたという事であり、あのディスクの解析を始めて5日が過ぎたという事でもある。

 だが……事態はまだ何も進展してはいなかった。そう。全く何も。

 

「そうですか……いえ、仕方がありません。どうかお気になさらず……はい。はい。それでは失礼します」

 

 開発作業棟のデータ解析室。

 小型タブレットを使い通話をしていたトーマが、通話終了と同時に重苦しい溜息を吐いて頭を抱える。その顔にはハッキリと絶望の色が浮かんでいた。

 片付けて幾分綺麗になったパソコンの前でディスクの解析作業を続けていたクルトは、そんな父の顔色を見て思わず手を止める。

 

「ヴァシコヤードからの連絡、どうだった?」

「すまん。完全に空振りだ……まさか12年も前にデータ整理の関係で古いモデルデータが処分されていたとは……アカデミー側もバックアップやアナログ媒体の記録簿を片っ端から当たってくれていたんだが、どうやら手掛かりになりそうな物は何も残っていないらしい……」

 

 ぐったりとした声で語るトーマに、クルトが苦笑を浮かべる。

 

「仕方がないさ。父さんがアカデミーに在学していた頃に残ってたモデルデータだったんだろう? 30年以上前のデータなんてそうそう残ってる筈がない」

 

 だが、トーマは釈然としない面持ちで顎に片手を添えながら考え込むように呟いた。

 

「しかしだな。もし製作者が同一人物であるならば、今の技術でも解析の追い付かんようなデータの基礎を30年以上前に確立していた大天才の筈だ……なのになんの手掛かりも無いとは……」

「せめてシュバルツ博士と同時期に在籍していた人物であったなら、すぐに特定出来たのに」

 

 若干からかうような口調で含みのある言い方をしながら、クルトは再びキーボードを叩き始める。

 トーマはムスッとした表情を浮かべると、面白くなさそうに口を開いた。

 

「お前なぁ……あのモデルデータは卒業生達が残していた物だったんだぞ? つまり俺が在学していた頃には、データを制作した生徒は既に卒業した後で……」

 

 不意に言葉を途切れさせたトーマに、クルトは顔を上げ僅かに得意げな笑みを浮かべる。

 

「どうかされましたか?シュバルツ博士」

「……そうか」

 

 トーマは手にしたままだった小型タブレットを白衣のポケットへ突っ込みながら、愛用のヘッドデバイスへ呼びかけた。

 

「ビーク。ヴァシコヤードアカデミーに30年前以前に在籍して居た人物をリストアップ。生徒、教員は問わない。現在の連絡先も調べが付く限りリストに加えてくれ。大至急だ」

「∬$#$〒□Л*Ψ:?!」

「そう。今すぐだ。大至急頼む」

「ЛжΦΨ∬〇……」

 

 ぶつくさと文句をぼやくようなビークの電子音を聞きながら、トーマは自分のラップトップを抱える。

 

「すまんクルト! もう少し時間をくれ! 何か情報が入り次第また連絡する!」

 

 そのままデータ解析室を飛び出して行ったトーマの後ろ姿をニヤニヤと見送るクルトに、インカム型デバイスを通じてテオが声を掛けて来た。

 

[なるほど。そのモデルデータを組んだ人物と同時期に在籍して居た人物を見つけられれば、モデルデータそのものは手に入らないまでも、ディスクの製作者を絞り込む事は可能ですね]

「あぁ。何故あそこまで気付いていておいて、パッと思い付かないんだか……父さんも随分余裕が無さそうだ」

[あそこまで……とは?]

 

 不思議そうに訊ねて来るテオに、クルトが苦笑を浮かべる。

 

「今の技術でも解析の追い付かないようなデータの基礎を30年以上前に確立していた大天才。と言っていただろう? ならば、そんな大天才が在籍当時噂にならない訳が無い。誰か覚えている奴が居るに決まっている。そんな簡単な事にも気付かないなんて、父さんらしくないだろ?」

 

 そう言って肩を竦めて見せると、彼はマグカップを手に取り、すっかり冷めきったコーヒーに口を付ける。

 正直な話、ディスクの解析をしているのは収集した戦闘データの送信先を突き止める為だ。そうすればディスクを開発しばら撒いた人物、或いは組織の所在を掴むことが出来る。だが、トーマが先にディスクの開発者の情報を突き止めれば、後はその開発者を探し出せば良い。

 ディスクから割り出すか、人物から割り出すか。アプローチの角度が違うだけで目的自体は同じなのだ。

 

「全く、こんな訳のわからんディスク一枚にここまで手こずり、振り回されるとは……」

 

 ぽつりと零したその言葉に、テオがそっと呟いた。

 

[やはり、解析を手伝いましょうか?]

「いや、ゾイドを暴走させるような危険なディスクだ。お前が暴走させられる可能性も否定出来ん。だからわざわざスタンドアローンのパソコンでこうして解析しているんだ。気持ちだけで十分だよ。テオ」

 

 何処か優しい声音でそう答え、クルトはマグカップを置くと作業を再開する。

 ふと、外から聞こえたゾイドの着陸音に窓の外へ視線を移せば、レイノスとストームソーダー、そして訓練用のマーカー弾であちこちが蛍光ピンクに染まったブレードイーグルが滑走路へと戻って来ていた。

 午前の訓練が終わったのだろう。時計を確認してみれば丁度12時を指していた。

 

「俺も一旦休憩して来よう。悪いなテオ。仕事が無くて退屈だろう?」

 

 椅子から立ち上がりながら問えば、テオは何処か面白がっているような様子で答えた。

 

[暇ではありますが、休暇だと捉える事にします]

 

 その言葉に笑い声を上げながら、クルトはデータ解析室を後にした。

 

   ~*~

 

 一方、ブレードイーグルから降り立ったカイは、レイノスから降りて来たウィルと、ストームソーダーから降りて来たシドの元に歩いて行きながら、すっかり参った様子で声を上げていた。

 

「俺さぁ~全ッ然進歩してない気がするんだけど、何が悪いんだろう?」

 

 その言葉に、ウィルとシドは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 

「そんな3日そこらで俺達と渡り合えるようになられたら、それこそこっちの立つ瀬が無いっての。別に筋は悪くないんだし。やっぱこればっかりは場数と経験だろ」

 

 シドの言葉に、カイは途方に暮れたような表情を浮かべる。

 

「場数と経験。ねぇ……」

「ほらほら。とりあえず飯だ飯。午後も訓練あるんだからな」

 

 元気付けるかのようにカイの頭をわしゃわしゃと撫でまわしながら、ウィルが景気良く笑う。

 だが、カイはどうも納得が行かない。

 確かに戦闘自体は苦手ではあるが、家を飛び出し3年……独学でそれなりに操縦技術を磨き、飛ぶ事自体にはそこそこ自信があった。現に孤島の遺跡でスカーレット・スカーズにレドラーを破壊されるまでは、一度も撃墜された事は無かったのだから、きちんとした訓練を受けさえすれば戦闘面もどうにかなるだろうと思っていたのだ。

 なのに、トーマとの操縦訓練でちゃんとした基礎を教えて貰い、模擬戦もそこそこの評価を得ていたにも関わらず、より専門的、実践的な訓練にシフトした途端に伸び悩んでいる……

 機体性能的には十分過ぎるほど渡り合える筈なのに、此方の攻撃はまるで当たらない。2人の攻撃を回避するのも一苦労。訓練用のマーカー弾ではなく実弾で訓練していたならば、ブレードイーグルはとっくに穴だらけのスクラップになっていただろう……それが酷く悔しくて仕方が無い。

 

(やっぱ、そう簡単な訳ねーんだよな……そのくらい分かってた筈なのに……)

 

 ウィルとシドの後に付いて行く形でとぼとぼと食堂に向かいながら、喪失感に見舞われる。

 意外とやっていけそうだ。と思っていたのに、その自信にヒビが入っていく音が聞こえる気がした。

 

(いや、つーかそもそも、今までがあんまりにもトントン拍子過ぎたんだよな。アマチュア上がりの未成年が、そんなすぐに使い物になるレベルに到達出来る訳ねーし……)

 

 開き直りのような考えが過ると同時に、カイの脳裏に入隊初日のクルトの言葉がチラつく。

 

―ガーディアンフォースの任務はアマチュアゾイド乗りがこなせる程、甘くはないぞ―

 

 あの日のクルトの言葉は、今まで嫌味だとしか思っていなかった。まぁクルト自身は本当に嫌味のつもりで言ったのだろうが……その言葉を痛感している今、カイは崩れ落ちそうな自信を「意地」でかろうじて繋ぎ留めるが精一杯という状態であった。

 彼は重い気分のまま、食堂で適当に日替わりランチを注文すると、ぐるりと食堂内を見渡す。

 自分よりも少し早く食堂に来ていたのだろう。レン、エドガー、シーナがルネと共に同じテーブルに着いて昼食を摂りながら何やら話し込んでいた。

 ディスクを取り外した後、専属開発整備班の面々が隅々までコンディションをチェックし、何も異常が無い事が判明したお陰で、例のヘルキャットは無事に本日から正式なシーナの登録機となったのだそうだ。

 その為、本日の地上戦闘訓練からシーナもヘルキャットと共に参加している。

 ……と言っても、シーナの「オペレーター」という基本的な役職が変わった訳では無い。

 シーナの訓練は前衛部隊と共に前線に立ち、状況をより正確に把握して的確なオペレーションをこなす「前線オペレーター」としての訓練だ……そういう意味では、元々の開発コンセプトが偵察用である事から高い情報収集能力を持ち、おまけに光学迷彩で姿を隠す事が出来るヘルキャットは、シーナにとって最高の相棒になるだろう。

 

(そういえば、地上組の訓練は調子どうなんだろう?……)

 

 ふとそんな疑問が脳裏を過るが、カイはなんとなく地上組の輪に邪魔するのも悪いだろうかと思い直し、調理員から受け取った昼食の盆を抱えて空いているテーブルに1人で移動する。

 本当ならウィルとシドが昼食を摂っている席へ行って、レン達のように何かしら学ぶ姿勢を見せるべきなのかもしれないが……正直今はそんな余裕すら無い。一体何が悪いのか?何故自分だけこんなにも伸び悩んでいるのか?という不安と焦りが、カイを周囲から遠ざけさせていた。

 

「まるで学校通ってた頃みてーだ……」

 

 思わず口を突いて出て来た独り言に、カイは憂鬱な気持ちになる。

 勉強も、運動も、周囲より高い評価を得れば「軍人の息子は違うよな。」とクラスメイト達から敬遠され、手を抜き評価が下がれば「そんな事も出来ないのかよ。」と馬鹿にされる。結局、何をするにも周囲の目が気になるからと、可もなく不可もない平凡な評価になるよう人一倍頭と神経を使うだけの息苦しい毎日だった……

 何をどんなに全力で一生懸命やっても報われない息苦しさが、平凡を装う為にあれこれと苦心していた頃の息苦しさと似ているとは、なんとも皮肉なものだ。

 

「珍しいな。今日はレン達と一緒じゃないのか?」

 

 不意に投げかけられた言葉に顔を上げれば、クルトが自分の昼食を手にしてテーブルの向かいに立っていた。

 カイは面倒臭そうな表情を隠そうともせずに、刺々しい態度で口を開く。

 

「別にお前に関係ねーだろ。つーか、お前こそシーナと一緒じゃなくて良いのかよ」

「俺はお前に苦情を入れに来ただけだ」

 

 クルトは涼しい顔でそう言いながら向かいの席に着くと、食事ではなくコーヒーに口を付けながら呟いた。

 

「訓練が始まって以来、イーグルがマーカー弾のペイントで派手に汚れるせいで、整備員達が洗浄作業に随分と苦労していると小耳に挟んだ。お前、訓練は根性でどうにかするんじゃなかったのか?」

「そりゃ悪かったな。どうせ口先だけで実力も根性も無いクソガキだよ俺は」

 

 不機嫌な声でそう言いながら、カイは食べる速度を上げる。

 これ以上嫌味を聞いていたらヒビの入ったメンタルがバッキリ折れるか、逆上してクルトをぶん殴るかのどちらかになりかねない。そうなる前にサッサと食事を終えてしまいたかった。

 だが、クルトはそんなカイに呆れたような溜息を一つ吐くと、言い聞かせるように呟いた。

 

「言っておくが、ブレードイーグルはストームソーダーや最新型のレイノスの性能すら遥かに上回るゾイドだ。お前だって……認めたくはないが、シュバルツ少佐やシュバルツ博士から筋が良いと評価も得ている。なのにこれだけ訓練に苦戦しているのは、性能面や技術面以外の所に問題があるから……なんじゃないか?」

 

 その声は、クルトが初めてカイに向けた「敵意の全く無い」穏やかな言葉だった。

 カイは思わず手を止め、クルトをぽかんと見つめる。

 クルトは、少し居心地が悪そうに視線を逸らしながら言葉を続けた。

 

「その……つまりだな。お前、自分がレイノスやストームソーダーに……或いは、現役の軍人2人を相手に、勝てる訳が無い。と……心の何処かで気持ちの方が先にが負けているんじゃないのか?」

「気持ちが……先に負けてる……」

 

 クルトの言葉を譫言のようにぽつりと復唱して、カイは自分の昼食に視線を落とす。

 確かに……ちゃんと訓練に付いて行けるだろうか?という不安ばかりが先に立ち、ウィルとシドの2人に対して「絶対に負かしてやる。」と「今日こそは仕留めてやる。」という気持ちを抱いた事はまだ無い……

 カイはそこでふと気付いた。

 

「そっか……」

 

 不意に顔を上げ、彼は大嫌いな同期隊員の名を呼ぶ。

 

「クルト」

「なんだ?……」

「ありがとな」

 

 クルトの若草色の瞳を真っ直ぐ見据えて礼を述べると、カイは残りの昼食を掻き込んで、空になった食器の盆を手に返却口へ向かう。その後ろ姿を見送った後、クルトは自分の昼食に手を付けながらボソッと呟いた。

 

「全く、手の掛かる奴だ……」

 

 面倒臭そうに呟いた後、クルトはふと不安げな表情を浮かべる。

 

(これで……良かったんだよな?……)

 

 カイの両親は、カイがゾイドに乗り続ける事を決して望んでいる訳ではない……だがその一方で、どんなに自分達が手を尽くそうと、いつか空へ羽ばたいて行く事を悟っていた。

 ならば……ガーディアンフォースとして任務に従事する身となった以上、彼がかつて持っていたというゾイド乗りとしての才能が開花する手助けくらい……しても良いだろう。でなければ、いつか任務で命を落としかねない。

 自分で危機を切り抜けるだけの力を育ててやる事が、結果的にカイを守る事に繋がる筈……それが、悩みぬいた末にクルトが出した答えだった。

 

(なんで嫌いな奴の事を此処まで心配しなきゃならないんだ……損な役回りだな……)

 

 自分にカイを託したジャネットの気持ちを裏切っているような罪悪感を微かに覚えながら、クルトは味すらロクにわからないまま、黙々とその日の昼食を胃袋に詰め込んだ。

 

   ~*~

 

 その日の午後からカイの操縦傾向が変わった事に、ウィルとシドはすぐ気付いた。

 ひたすら逃げ回りながら相手の隙を伺うような状態から一変し、自分から積極的に攻撃に転じて突破口を探るようになったのだ。

 ……とはいえ、それだけで飛躍的に成長するならば苦労などしない。

 結局午後の訓練で、ブレードイーグルは一日当たりに浴びたマーカー弾の数を大幅に更新し、派手にペイント塗料を浴びまくった事でカンカンに怒った鋼の鷲は、訓練終了後、コックピットから降りて来たカイの頭を蛍光ピンクに染まった嘴で容赦無く突き回した。

 お陰で髪にべったりと塗料を摺り込まれたカイはレンとルネに爆笑され、シャワー室に1時間以上籠る羽目になった挙句、ぐったりとした様子で夕食もそこそこに自室へと戻ってしまったのである。

 

「どういう心境の変化があったんだろうな?」

「さぁ?? 逃げてばっかじゃ何も変わらないって、あの子なりに学習したとか?」

 

 夕食とシャワーを済ませた後、レストルームでコーヒーを飲んでいたウィルの呟きに、シドが小型タブレットをいじりながら冷めた声で返事を返す。

 ウィルはそんな幼馴染に苦笑を浮かべながら呟いた。

 

「とはいえ、慣れてないんだろうな。自分から積極的に攻撃を仕掛ける戦法……」

「だろーな。お陰で楽な的だよ。訓練用のマーカー弾だって税金で(まかな)われてるってのに」

「そう思ってるならもう少し手加減してやれよ。遠慮なく撃ち過ぎなんだお前は」

「お前が撃たないから俺が撃ってんだろ」

 

 ウィルの言葉に、シドは肩を竦めるだけだ。

 シド=オコーネル……恐らく傍から見れば随分冷たい奴に見えるかもしれないが、この場合、小型タブレットにインストールしているアプリゲームに集中しているか、デジタルコミックを読んでいるかのどちらかで反応が冷たいだけなのを、幼馴染であるウィルはよく知っていた。

 まぁそうでなくともシドは普段から飄々とした皮肉屋で少々口も悪いのだが。

 

「そんなに気になるなら、俺じゃなくて本人と話して来りゃいいじゃん」

 

 心底面倒臭そうな表情でタブレットから顔を上げ、シドはウィルを見つめる。

 今度はウィルが肩を竦める番だった。

 

「はいはい。ゲームの邪魔だからあっち行ってろって事な」

「ゲームじゃなくて読書の邪魔」

「なんだそっちか」

 

 シドの冷たい態度などまるで気にしていない様子で愉快そうに笑いながら席を立つと、ウィルは彼の肩をちょんちょんと突いてからかうように囁いた。

 

「晩くなる前にちゃんと部屋に戻って寝ろよ??」

「母ちゃんかよ」

「……うふっ」

「気色悪ッ……」

 

 露骨に嫌がっているシドの反応にゲラゲラと笑い声を上げながら、手にしていた紙コップをゴミ箱に捨てると、ウィルは隊員宿舎へ向かって歩き出した。

 

   ~*~

 

 ウィル=ハーマン中尉は、会って間もないカイの事を妙に気に入っていた。

 同じ飛行ゾイド乗りであるという事も勿論だが、カイが時折見せる大人びた眼差しが……その目が、印象的だったからかもしれない。ただ何処までも遠い場所を見つめているような澄んだ瞳は、かつて自分が憧れた大英雄の眼差しに通ずる物があった。きっと彼は大物になる。直感的にそう思ったのだ。

 だからこそ、そんな少年の成長過程に関われる事が面白いと感じたし、放っておけなかった。

 隊員宿舎の入り口にある自販機でコーヒーとココアを適当に買うと、ウィルは104号室……カイの部屋へと向かい、ドアをノックした。

 

「はーい……」

 

 若干ぐったりした声で聞こえて来た返事の直後、Tシャツにトレパン姿のカイがドアから顔を覗かせる。

 彼は訪ねて来た人物がウィルだと気付いた途端、ぽかんとした表情で固まっており、状況が全く理解できないといった様子だ。そんなカイの反応に苦笑しながら、ウィルは明るく声を掛けた。

 

「よう。良かったらちょっと星でも見ないか?」

「星……??」

「そう。星。半袖じゃまだ寒いだろうから、何か適当に上着着て来い」

「あ、はい」

 

 ハッとした様子で返事をしたカイは、ベッドの上に放り出していたジャージを羽織って再びウィルの前に戻って来る。ウィルはカイの頭をわしゃわしゃと撫で回すと、買って来たココアの缶を手渡して歩き出した。

 

   ~*~

 

 ウィルがカイを連れてやって来たのは第三格納庫の傍に駐機されたレイノスの元だった。

 彼はそのままレイノスの足元に寝転がると、カイを見上げながら自分の隣をポンポンと手で叩く。カイは戸惑った様子ではあったが、促されるままウィルの隣に胡坐を掻き、手にしているココアの缶を手の中で転がしながらそっと口を開いた。

 

「……なんで急に、星見ようなんて誘ったんだよ」

「別に。星も見たかったし、お前と少し2人で話がしてみたいとも思ったし。それだけだ」

 

 ウィルはそう言うと、普段の陽気さとは違う、穏やかで落ち着いた声音で優しく訊ねた。

 

「午後の訓練から、動きが随分変わったな。何か心境の変化でもあったのか?」

「あ~……まぁ、心境の変化っていうか……」

 

 カイは言葉を探すように少し黙り込んだ後、大人びた声で静かに語り出した。

 

「俺、今まで自分から「戦いを挑みに行った事が無いんだ。」って気が付いたんだ」

「戦いを挑みに行った事が無い?」

 

 微かに驚いたような声を上げたウィルは不思議そうにカイへ訊ねる。

 

「珍しいな。お前くらいの歳の奴は皆、血気盛んで無鉄砲なイメージしかないが……」

 

 その言葉に苦笑を浮かべた後、カイは頭の中を整理するようにゆっくり語り出した。

 

「あ~……無鉄砲ってのは当たってるよ。後先考えずに家飛び出した挙句、金に困って情報屋なんかやってた訳だし……」

「ほ~ぉ。情報屋か」

「ああ……きっと、自分から戦いを挑まないのは、情報屋をしてたのが一番の理由なんだと思う。ただでさえトラブルの絶えない、裏社会に片脚突っ込んだ危ない仕事だったから……揉め事や厄介事に巻き込まれるくらいならサッサとずらかる。戦闘も、傭兵や賞金稼ぎ達の領分であって、自分じゃ到底勝ち目が無い。だから仕掛けない。ってのが染み付いちまっててさ……勝ちに行くなんて、正直考えた事もなかったんだ」

 

 カイはそこまで語った後、不意に物寂し気な表情で星空を見上げる。

 

「今思えば、勝負に限った事じゃない……俺はずっと逃げてばかりだったんだと思う。人間関係だって、ちゃんと周りと向き合おうとした事なんか無かった。学校の皆とも、親父とも、行く先々で出会った人とも……恐らく、此処に来てからも……」

「……」

 

 意外な言葉に、ウィルは黙り込んだまま星空を見上げるカイの横顔を静かに見つめた。

 16、17歳の少年とは思えないような大人びた表情が、そこにあった。

 

「今まではさ、他人に深入りしない。詮索しない。それが大人だって思ってた。けど……きっとそれだって、他人と向き合うのが怖かっただけなんだ。そんな奴がこれから先、責任背負って戦うなんて出来っこないのにな……」

 

 カイはそこまで語ると、苦笑を浮かべながらウィルへ視線を移し呟いた。

 

「実はさ、俺、クルトとすっげー仲悪いんだ」

「クルトと?? 昼間一緒に飯食ってたろ??」

「今日はたまたま。普段なら絶対あり得ない」

 

 何処か冗談めいた口調でそう言った直後、カイはふと申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

 

「……アイツ、前に俺の事「嫌いだ」なんて面と向かって言って来た癖にさ……わざわざ俺のとこに来て教えてくれたんだ。心の何処かで気持ちの方が先にが負けてるんじゃないか?って。……悔しいけど、アイツの言う通りだよ。ハーマン中尉やオコーネル中尉に勝てる訳無いって……端から諦めてた部分があった」

「なるほど。それで自分から攻めに入る戦法に切り替えた訳か。自棄になって無暗に特攻して来てたのかと思えば……お前なりに考えてたんだな」

 

 納得した様子で穏やかに微笑むウィルに、カイは再び苦笑する。

 

「まぁ、結果的に無暗な特攻になっちまって、イーグルを怒らせる破目になっちまったけどな。だってわっかんねーんだもん。自分から勝負を挑む。相手と向き合うって感覚。今までやった事ねーし……」

 

 子供っぽいむすっとした声を上げた後、カイはやっと手にしていたココアの缶を開け、口を付ける。

 そんな彼を優しい眼差しで見つめながら、ウィルはそっと口を開いた。

 

「なぁ、カイ」

「ん??」

「お前……空を飛ぶ時、どんな事を考えてる?」

「空を飛ぶ時??」

 

 怪訝そうに訊ね返すカイの視線の先で、ウィルは寝転がったまま星空を見上げる。

 彼は穏やかな口調のまま、静かに語り出した。

 

「俺は……空を飛ぶ時はいつもこう考えるんだ。この空は俺達の場所だ。だから俺達は誰にも負けない。誰も俺達には追い付けない。って。そうやって自分を奮い立たせながら、いつも操縦桿を握ってる。なんでだと思う?」

 

 カイは、少々困ったように視線を泳がせた後、ポツリと呟いた。

 

「相手に負けたくないから?」

「ハズレ」

 

 意地悪くニヤッと笑いながら答えた後、ウィルは不意に真剣な表情を浮かべ呟いた。

 

「墜ちれば死ぬって、解ってるからだよ」

「墜ちれば……死ぬ……」

 

 戸惑ったように復唱するカイの前で、ウィルは見上げた星空へ真っ直ぐ手を伸ばしながら語り出した。

 

「空は本来、人間の居場所じゃない。鳥や、飛行ゾイド達だけが居る事を許されてる場所だ。そんな神聖な場所にゾイドの力を使って戦闘を持ち込む人間なんか、空に嫌われてて当然の存在なんだよ。脱出装置やパラシュートでどんなに保険を掛けても、結局は空の意志一つ。もし脱出装置が作動しなかったら? パラシュートごと撃ち墜とされたら? どうなる??」

「……死ぬ」

「そう。死ぬんだ……俺やお前みたいに空で戦う奴は特にな。まぁ天国に一番近い場所でドンパチやってるんだ。死ぬ時はそりゃ呆気なく、成す術なく死ぬに決まってる」

「……だから、空は俺の場所だ。って言い聞かせてんの?」

 

 カイがいまいちピンと来ない様子でポツリと訪ねる。

 ウィルは空に伸ばしていた手をそのままカイの頭にポンっと乗せ、わしゃわしゃと撫で回しながら答えた。

 

「ああ。空は俺達の場所だって言い聞かせてる間だけ、俺は相棒であるレイノスと一体になれる。そうやってレイノスと一体になっている間だけ、空に居る事を許された存在になっていられる。だから『俺達の場所』なんだよ。この空が、俺と、レイノスの場所になるんだ」

 

 彼はそっとカイの頭を撫でていた手を下ろすと、優しく問いかけた。

 

「お前は?」

「俺は……」

 

 カイは飲みかけのココアの缶へ視線を落としたまま思案に暮れる。

 幼い頃の記憶は曖昧だが、それでも、覚えている限りの一番古い記憶の中では既に空に魅入られていた。

 ただ空に焦がれ、いつかゾイドで空を飛びたいと思っていた。それ以外の夢すらなかったのだ。

 

「……初めて空を飛んだ時は、とにかくドキドキした。気付いた時には空に憧れてて、空が大好きで、とにかく飛びたいって思ってたから……俺にとって、空はきっと自由の象徴みたいな場所……だったんだろうな。360度、何処へ行くのも自分の意志一つ。そんな場所、空しかないから……」

 

 カイは考えをまとめるように時折悩みながら……自分自身に問いかけながら言葉を続ける。

 

「今は……飛ぶ度に迷ってる……っていうか、悩んでる。今日の訓練はどうなるだろう?また何も進歩しないまま終わるんじゃないか? って……何も考えず、ただ飛ぶ事が楽しかった頃とは全然違うんだ。でも、空が好きだって気持ちは全然変わらないし、飛べなくなるのは俺にとって死ぬのと同じだから……」

「だから、飛ぶんだな……」

「うん。俺には空を飛ぶ以外、何も取り柄が無いから……」

 

 ウィルは起き上がってカイの隣に座り直すと、カイに優しく囁いた。

 

「なぁ、カイ」

「何?」

「それじゃまるで、飛べれば相棒は『なんでも良い』みたいに聞こえる……お前の相棒が、ブレードイーグルが置き去りなんじゃないか?」

 

 カイはその言葉に、ハッとした様子で目を見開く。

 ウィルはそんな彼の薄紫色の瞳を見つめて、優しく、だが真剣に、言葉を続けた。

 

「お前は1人で飛んでる訳じゃない。イーグルと一緒に飛んでるんだろ?なのに、それを忘れてたら、どんなにお前が1人で頑張ってもイーグルは応えてくれない。ゾイドだって意思のある生き物で、俺達人間は、その翼を貸してもらってる側なんだからな」

「翼を……貸してもらってる側……」

 

 カイは、一番大切な事を忘れていたのだと気付かされた。

 ブレードイーグルは強い自我を持ち、呆れる程プライドも高い……にも関わらず、遺跡で出会ってからガーディアンフォースに入るまでの長いようで短かった旅の中で、有事の際にはいつも力を貸してくれていた。気難しい奴ではあるが、イーグルはイーグルなりにカイに応えてくれていたのだ。

 まだ我流の拙い操縦しか出来なかった自分に、操縦を任せてくれた。

 カイの腕で賄えない部分は、自分の判断でカバーしてくれていた。

 それなのに、ちゃんとした基礎を学んで操縦技術が安定するにつれ、イーグルから心が離れてしまっていた。ただ自分の気持ちだけが独り歩きするかのように、一方的に乗りこなそうとしてしまっていた。

 どうすればもっと上手く操縦出来る? どうすればウィルやシドに勝てる? そんな事ばかりを考えて、旅をしていた頃のように「イーグルと2人で」戦おうとしていなかった……

 

「……俺、馬鹿だ……」

 

 悔やんでいるのがハッキリと分かる声で呟いたカイが立ち上がる。

 彼はウィルを見つめて笑顔を浮かべた。

 

「ありがとな。ハーマン中尉……俺、イーグルに謝って来る」

 

 そう言うが早いか、カイは第三格納庫へと走っていく。

 ウィルはそんな彼の後ろ姿を見送るように眺めていたが、その視線の先で彼は何か思い出したかのようにふと立ち止まり、振り返って叫んだ。

 

「あと! ココアありがとな! でも俺コーヒー派だから! 次奢ってくれるならコーヒーで頼むぜ!」

 

 カイはそう言って生き生きとした笑みを浮かべると、再び走り出す。

 思わず呆気にとられた後、ウィルは噴き出すように笑いながら呟いた。

 

「ったく。可愛げがあるんだか無いんだか……」

 

 結局、話が終わるまで一度も手を付けていなかったコーヒーをようやく開け、ゆっくりと味わうかのように一口飲んだ後、彼は星空を見上げる……その顔には「してやったり」といったような笑みが浮かんでいた。

 

「やっと目に光が灯ったな……あれは化けるぞ……」

 

 好奇心の抑えきれない子供のような声で呟いて、彼は相棒のレイノスと2人で満天の星空を眺める。

 明日の訓練を、心の底から楽しみにしながら……

 

   ~*~

 

 シャッターの閉まっている第三格納庫に走って来たカイは、通用口であるドアから中に入り、階段を駆け上ってブレードイーグルの正面に伸びる整備ブリッジに向かう。

 もうすぐ就寝時間である為、暗く静まり返った格納庫内に居るのはカイとブレードイーグル。そしてトーマの愛機であるストームソーダーだけだ。

 カイは走って来たせいで上がった息を整えると、整備ブリッジの手摺りから身を乗り出すようにしてブレードイーグルへと声を掛けた。

 

「イーグル、起きてるか?」

「……クルル」

 

 若干面倒臭がっているようにも聞こえる短い返事を聞いて、カイはそっと表情を曇らせる。

 彼は言いたい事を頭の中で整理しながら、そっと口を開いた。

 

「俺さ……ガーディアンフォースに入ってから、お前の事、一方的に乗りこなそうとしてた。お前と一緒に飛んでるのに、お前を操ってる気になってたんだ……ごめんな」

 

 その言葉があまりにも意外だったのだろう。

 暗がりの中でもぼんやりと浮かび上がって見えるイーグルの白い頭が、首を傾げるように微かに傾く。

 カイはそんなブレードイーグルに向かって、言葉を続けた。

 

「ハーマン中尉が教えてくれたんだ。俺達人間は、ゾイドの翼を貸してもらってる側なんだって。お前は……俺みたいなひよっこに、自分の翼を貸してくれてんのに……俺、そんなお前の気持ちを踏み躙るような乗り方しか……してなかった……自分の相棒とすらロクに向き合えないような奴が、相手や周りと向き合える訳がねーよな……」

 

 ブレードイーグルに対する申し訳なさと、自分に対する不甲斐なさが、彼の目に涙を滲ませた。

 カイは滲んで来た涙を見せまいと俯いたが、ブレードイーグルはそんな彼をまるで励ますかのように、そっとその頬に嘴の先を添える。

 思わず驚いて顔を上げれば……相棒である鋼の鷲が、その巨体からは想像も出来ない程優しい動きで、器用にカイの頬を添えた嘴で撫でてくれた。

 

「イーグル……お前、もしかして……俺の事励ましてくれてんの?」

 

 唖然とした表情でポツリと呟いたカイに、イーグルは咽を鳴らすような声で答える。

 シーナやエドガーと違い、ゾイドの声が分からないカイにも……その声の意味は伝わっていた。

 彼は自分の頬を優しく撫でてくれる金色の嘴に静かに手を添えると、穏やかな声で囁いた。

 

「……ありがとな。明日からまた、俺にお前の翼……貸してくれるか?」

「キュルルッ」

 

 「勿論。」と言ってくれているような優しく力強い返事を聞いて、カイはホッとしたような笑みを浮かべる。

 就寝時間を告げる音楽が基地内放送で流れ始めるまで、彼は不甲斐ない自分を赦してくれた相棒の嘴をそっと撫で続けていた……

 

   ~*~

 

 翌日。

 午前訓練の為、第三格納庫へと向かうカイの背中を、不意に誰かがポンッと叩く。

 振り返ってみれば、陽気な笑顔を浮かべたウィルがそこに居た。

 

「おはよう。イーグルとは仲直り出来たか?」

「ああ。仕方ねーから赦してやるよ。って言われた」

 

 何処か冗談めいた様子で笑いながら答えれば、ウィルは楽しそうな笑い声を上げる。

 

「そいつは良かった! イーグルにフラれてやしないかって心配してたんだ。」

「正直俺も冷や冷やしてたよ……こんな俺の事赦してくれたイーグルには、ホントに感謝してる」

 

 穏やかな笑みを浮かべるカイの頭をわしゃわしゃと撫でて、ウィルは兄のような優しい眼差しと共に呟いた。

 

「相棒とちゃんと向き合えたなら、もう大丈夫だ。その感謝を忘れさえしなきゃ、最高のパートナーになれる。あとは自分と、自分の相棒を信じて飛べ。良いな?」

「おう! 言われなくても分かってるぜ!」

 

 カイの瞳に灯った光がより強いものになっている事を確信し、ウィルは今日の訓練が楽しみでならない。

 可能性の塊のような少年と、未だその真の力を発揮していない鋼の鷲……すれ違いを乗り越えたこのコンビが、一体どのように成長していくのだろう?カイと共に格納庫へと向かいながら、彼の心は好奇心に満たされていた。

 

   ~*~

 

 レイノスの元へ向かったウィルと別れ、カイはブレードイーグルのコックピットに乗り込む。

 いつものようにシートベルトを締めた後、彼は不意にどさりとシートに体を預け、目を閉じた。

 

「イーグル。一つ頼みがあるんだ……」

「クルルルル?」

 

 不思議そうな声を上げるブレードイーグルに、カイはぼんやりと目を開きながら呟く。

 

「俺さ、お前の翼何度も借りてるのに、お前の能力、全然引き出せて無いだろ?だから教えて欲しいんだ。どうやったらお前の持ってる能力を100%引き出せるか」

「キュルッ」

 

 短くも力強いその返事には、今までの刺々しい感じが無くなっていた。

 カイは安心した笑みを浮かべて、そっとセンターコンソールに手を添える。

 

「ありがとう。よろしくな」

 

 遺跡で出会って以来、何度も握って来た操縦レバーを確かめるようにしっかりと握って、彼は大声で叫んだ。

 

「行こうぜイーグル! 今日こそあの2人に勝つんだ! 俺とお前で!!」

「キュルア!!!」

 

 格納庫を出て、イーグルが五月晴れの空へと羽ばたいた。

 その姿を確認しウィルのレイノスとシドのストームソーダーも、いつものようにブレードイーグルに続いて空へと舞い上がる……が、2人はすぐにブレードイーグルの異変に気付いた。

 普段ならばある程度の高度に達した時点で水平飛行に入るというのに、イーグルが上昇をやめないのだ。

 

「カイ? 何処まで上昇する気だ??」

 

 シドが怪訝そうに通信を入れれば、慌てたようなカイの声が返って来る。

 

『わかんねえ! イーグルがいきなり自立行動に切り替えて昇るのやめねーんだ!!』

 

 訓練を始めてからこれまでの間、ブレードイーグルが勝手に自立行動に入り操縦を拒否するような事は一度も無かった……一体何があったのだろう?と、ウィルとシドは通信画面越しに顔を見合わせた。

 

「カイ! とりあえず一旦訓練は中止だ! どうにかしてイーグルを説得して戻って来い!」

『あ、ああ! わかっ―』

 

 ウィルの言葉に返事を返そうとしたカイの音声が途中で途切れる。

 そのまま通信が途絶し、再度通信を入れ直そうとしても繋がらない……

 

「イーグルが通信を遮断しているのか?……」

 

 仲直りした筈にも関わらず、突然反旗を翻したかのようなイーグルの行動に、ウィルは戸惑いを隠せない。

 

『どうする? 戻って来るまで降りて待ってる訳にもいかないよな? コレ……』

 

 困り果てたような声を上げるシドに、彼は呟いた。

 

「……追いかけるしかないだろ。何かあってからじゃ遅いからな」

『了解』

 

 とてつもない速度で遥か上空へと昇っていく鋼の鷲を追いかけ、2頭の翼竜が空を切った。

 

   ~*~

 

「イーグル! 一体何処まで行く気なんだよ?! とりあえず一旦戻らねーと! なぁ! 聞けって!!」

 

 ブレードイーグルのコックピットで、カイはすっかり途方に暮れていた。

 仲直り出来たと思っていたのに、自分の思い上がりだったのだろうか?……だが、昨夜のイーグルの優しさや、今朝の素直さなどが演技だったようには思えない。

 

(今まで訓練中に自立行動で勝手に動き回った事は無かったんだ……きっと何か理由が……)

 

 必死にブレードイーグルの突然の奇行の原因を考えるカイだったが、ふと、体が宙に浮くような感覚に見舞われた彼は、メインモニターに視線を戻す。

 一面真っ青な空しか映っていなかった筈のモニターには、いつの間にか遥か遠く小さくなったガーディアンフォースベースと、中立都市ヘルトバンが映し出されていた。

 ……と、いう事はつまり……

 

「ちょ?! イーグル?! お前まさか?!」

 

 サァッと青ざめたカイなどお構い無しに、イーグルは背面のソニックブースターを全開にして、今度は垂直急降下を始める……無重力に近い状態になっていたコックピット内に、本来とは逆向きのGが一気に掛かり、カイは一気に体がシートに押さえつけられるような感覚を味わいながら絶叫した。

 

「うぅぅぅぅっわぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 必死に思考しようとしていた脳内が一気に真っ白になる。

 まるで超倍速の早送りのようにベースの滑走路が近づいて来る中、レイノスとストームソーダーが急降下して来るブレードイーグルを間一髪で避け、左右へ散開していくのが見えた。

 だが、イーグルはまだ自立行動を解除しようとはしない。

 

「ちょっ?! 待て待て待て!! マジでぶつかるって!! イーグル!! 止まれ! 止まれぇぇぇぇ!!!」

 

 すっかりパニックに陥って涙目になったカイが情けない大声を上げた瞬間、ソニックブースターがオフになり、自立行動の表示が消えた……ベースの滑走路はもう目前。カイは咄嗟に操縦レバーを目一杯手前に引く。

 恐らくレドラーであったならば間違いなく間に合わなかっただろう……が、ブレードイーグルは違った。

 滑走路に激突する寸前であったにも関わらず、鋼の鷲はまるでそう動くことが最初から定められていたかのような美しい弧を描き、再び空へと舞い上がった。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 間一髪で空へと再び戻ったカイは、まだ心臓がバクバクと早鐘を打っているのを感じながら、ぐったりとした様子で安堵とも緊張のほつれともつかない溜息を吐く。

 ふと、カイは自身が空に戻って来たのを確認するかのように先程激突しかけた滑走路を見つめる。

 

(あんなスピードで急降下しても、イーグルはこんなに安定して軌道を切り返せるのか……)

 

 そこで彼はハッとした。

 ブレードイーグルは別に怒っていた訳でも、仲直りしていなかった訳でもない。ただ単にカイに教えたかっただけなのだ。自分にはこんな事くらい簡単にこなせる程の性能があるのだと……

 ……自分の持つ能力を100%引き出す為のヒントを。

 

「イーグル、お前すげーな……」

「キュルルルルッ」

 

 何処か得意げな様子のイーグルにふっと微笑んで、カイは通信画面を開くとウィルとシドへ伝えた。

 

「ハーマン中尉! オコーネル中尉! イーグルならもう大丈夫だ! 訓練始めようぜ!!」

 

 カイの言葉に、ウィルとシドは通信画面越しに顔を見合わせる。

 シドは酷く心配そうな……不安げな表情を浮かべていたが、ウィルはカイの表情から何かを察したのだろう。

 やれやれといった様子の笑みを浮かべ、彼はそっと問いかけた。

 

「本当にもう大丈夫なんだな?」

「ああ! イーグルは俺にヒントを伝えたかっただけだったんだ。自分の性能で何処までやれるのかって事を」

 

 生き生きとした目でそう語るカイに、ウィルは笑い声を上げて頷いた。

 

「わかった。イーグルももう準備運動は十分だろうからな。訓練を始めよう。行くぞシド。今日のこいつらは手強そうだ」

「ったく。人騒がせなのはSNS騒動や賞金騒動だけにしてくれよなぁ……」

 

 ぼやくシドにウィルが苦笑を浮かべる中、ブレードイーグルがエネルギーバルカンの照準を開き、ストームソーダーを捕捉する。

 案の定、ロックオンアラートが鳴り出した事にギクリとしたシドを見て、カイが笑い声を上げた。

 

「好きで騒動を起こした訳じゃねーってさ。」

「あーはいはい。わかったからロックオン解除してくれませんかね? ブレードイーグルさん??」

「クルルッ」

 

 面白くなさそうな声を上げ、しぶしぶ照準を閉じたイーグルにカイは語り掛ける。

 

「じゃ、やろうぜ。イーグル」

「キュルァッ!」

 

 その返事を聞いて笑顔を浮かべたカイは、今一度操縦レバーをしっかりと握り直した。

 彼は胸の内で、昨日からの出来事を思い返しながら思考を巡らせる。

 ウィルとシドに対し、先に気持ちが負けていた事……

 そもそも今まで、誰かと、何かと、向き合おうとしていなかった事……

 空は本来人の居場所ではなく、ゾイドに翼を貸してもらう事で初めて到達出来る場所である事……

 そして、イーグルが貸してくれている翼は、誰にも負けない翼なのだという事……

 それら全てが線で繋がり、イーグルと共に2人で飛ぶ事や戦う事に対する意識が変わって行くのを実感する。

 

(あぁ、そうか……)

 

 クルトに、ウィルに、そしてブレードイーグルにもらったヒントが重なり合い、一つの答えを示していた。

 何も恐れなくて良いのだと。イーグルと共にあれば、自分は誰よりも高みへ行けるのだと……

 その感覚は……初めてである筈なのに、何処か懐かしさを伴ってカイの胸に焼き付く。

 かつてひっそりと眠りについた在りし日の才能が、再び目覚めの時を迎えようとしていた……

 訓練開始と同時に、カイはソニックブースターを点火して先程と同じように空高く上昇し始める。

 すぐさま後を追ってレイノスとストームソーダーが後に続くが、カイはそれを確認した後、放たれたマーカー弾の射線上から逃げるようにロールを打ちながら脇へと逸れ、彼はブレードイーグルの軌道を切り返すように急速なUターンを掛けてストームソーダーに狙いを定めると、訓練用のマーカー弾に切り替えられているエネルギーバルカンを撃ち込んだ。

 シドは機体の表裏を反転させ、翼を折り返すようにして急速降下し、マーカー弾を躱すが……体勢を立て直した時にはブレードイーグルの姿が何処にも無い……

 

「あれ?……」

『シド! 上だ!!』

 

 ウィルの言葉にハッとした時には、コックピット内にロックオンアラートが鳴り出していた。

 一旦その場を離脱しようと急速旋回に入ったストームソーダーの右翼に、ブレードイーグルの放ったマーカー弾が蛍光ピンクの花を咲かせる……それは、戦闘操縦訓練を開始して初めて喰らった一発目であった。

 

「こっ……の野郎!!」

 

 せめてすれ違いざまに此方も一発くれてやる。と考えたシドが上空へと機首を向けた時には、ソニックブースターを点火したイーグルが、まるでシドを嘲笑うかのようにすれ違う。その際の衝撃波によってストームソーダーが弾き出されるように流され、機体に激しい振動が奔った。

 シドは舌打ちをしながら体勢を立て直すと、八つ当たりのようにウィルへ叫ぶ。

 

「カイとイーグル滅茶苦茶じゃねーか! どーなってんだよアレ?! 昨日的になってたのと同一人物かよ?!」

『さっきの急上昇と急降下でカイがイーグルの特性を悟ったって事だろ。元々機体性能はあっちが上なんだ。動きを追ってばかりじゃ、イーグル達にとって楽な的にしかならないぞ』

「どっかで聞いた台詞だな畜生!」

 

 苛立った様子で叫ぶシドに、ウィルは苦笑を浮かべた。

 

(あーあ。シドの奴、完全に負けパターン入ったな……)

 

 シドは確かに腕のいいパイロットであるし、地上戦と空中戦の両方をこなせる程の技量があるが……空中戦においては一度苛立ち始めて頭に血が上ると、途端にペースや戦術が破綻してしまう。おまけに、射撃が雑になるせいで下手に加勢に飛び込む事も出来ない。

 案の定、下から急上昇して来たブレードイーグルに今度はストームソーダーの胸部部分……実弾なら恐らくコアを撃ち抜いていたであろう箇所を撃たれ、シドが「だぁぁ!くそ!!やられた!!」と怒鳴る。

 ウィルはそんな手の掛かる幼馴染を宥めすかすように声を掛けた。

 

「シド。コアに致命傷になる場所を撃たれたんだ。一旦降りて観戦してろ」

『お前さぁ! 見てないで助けろよ薄情者!』

「頭に血が上ると弾丸ばら撒く馬鹿の所に突っ込んで行けるか。自業自得だ。少し頭冷やして来い」

『くっそ。完全に俺で様子見してただけの癖に……後で覚えてろよお前』

「すまん。忘れた」

『早ぇーよ!!』

 

 離脱していくストームソーダーを見送った後、ウィルはブレードイーグルと距離を取りつつ、様子を伺う。

 

「さぁ、ここからが本番だぞ。カイ」

 

 彼の口元には、これから繰り広げられる戦闘を思う存分楽しもうとしているような笑みが浮かんでいた。

 

「オコーネル中尉は離脱か。ま、実弾ならコアごとお釈迦だもんな」

 

 一方、悪びれる様子もなく呟いたカイは、距離を取りつつ此方の出方を伺おうとしているレイノスを見つめる。

 たった一度、イーグルに急上昇時と急降下時の性能を教えられただけだというのに……それだけで相手を翻弄出来るようになった事に対して、自分でも意外なほど驚きはなかった。

 空中戦は基本的に直線と曲線の描き合いのような軌道になる。そしてその動きは高低差はあれど、基本的には地上戦と同じ水平な動きの応酬だ。それを、急上昇と急降下を繰り返す事で上下から攻撃し、翻弄する……

 普通ならば、こんな隙だらけになりやすく、機体とパイロットに負担が掛かるだけの戦法をとる無茶苦茶なゾイド乗りはなかなか居ないだろうが……ブレードイーグルの性能ならば、急上昇と急降下を繰り返す動きはむしろ得意分野らしい。そして恐らく、自分も……

 意表を突く事が出来たからというだけではない。この戦法でこそ真価を発揮する特殊な機体と、それについていけるパイロットという組み合わせだからこそ……この戦法が成り立っている事をカイは直感していた。

 むしろカイが驚いたのは、初めて試みた戦い方である筈なのに、頭で考えるよりも先に体が動く事の方である。

 家を飛び出すまではゾイドに乗った事すらなかったというのに……ガーディアンフォースに入るまでの間も、ロクに戦った事すらなかったというのに……妙に手に馴染むのだ。

 そう。まるで昔からこの戦い方を知っていたかのような……

 

(なんでだろう……)

 

 今まで、訓練中は常に何をどうすれば良いかをせわしなく考えながら操縦していた。

 なのに今は……そういったせわしなさが全く無かった。冷静そのものなのだ。

 初めての筈の戦術に対する懐かしさも、既視感も、それに対する戸惑いや疑問も……思考の片隅で微かに燻っているだけで、意識自体は目の前の戦闘に、レイノスがどう出るのかだけに、全神経が集中していた。

 鋼の鷲と鋼の翼竜は互いに牽制し合うように、一定の距離を保ったまま睨み合いを続けていたが……偶然か必然か、その緊張の糸が切れたのはほぼ同時であった。

 一気に、互いが相手めがけて一直線に空を切る……相手を射程内に捉えた瞬間、双方の銃口がすれ違いざまの一瞬だけ火を噴いた後、レイノスの翼の表面とブレードイーグルの翼の表面には互いに一発ずつ、マーカー弾が掠めて行ったのだろうと思われる引っ掻き傷のような形の蛍光ピンクの跡がそれぞれ付いていた。

 

「ほう。やるじゃないか……」

「流石にアレだけじゃ仕留めらんねーか……」

 

 互いに独り言を呟きながら、ウィルとカイは再び軌道を切り返し、再度向かい合って行く。

 今度は先に照準を定めたレイノスの方が、ブレードイーグルへとマーカー弾を撃ち込んだが、イーグルはほぼ直角の軌道を描くかのように急上昇してそれを躱すと、再び上空から急降下して来た。

 

「今度こそ!!」

 

 レイノスの背面を捉え、カイがトリガーを引く。

 しかしレイノスも最新型の高速飛行ゾイドだ。そう簡単に当たってくれる訳が無い。

 急加速して射線上から一直線に離脱したレイノスは、まるでブレードイーグルの動きを真似るかのように軌道を切り返し、再び撃って来た。

 すさまじいテンポで繰り広げられる軌道の切り返し合い。撃ち合い。避け合い……その激戦の様子は、滑走路に降りて空を見上げているシドだけではなく、ベース内の誰もが気付き、目を奪われていた。

 開発作業棟のデータ解析室から空を見上げるクルトに、格納庫や開発作業棟からわらわらと出て来て戦いを観戦し始めた専属開発整備班の整備スタッフ達。オペレータールームから空を見上げるフィーネとリーゼ。そして、地上訓練を行っていたレンとエドガー、そしてルネと、シーナも……

 

「すっげぇ……」

 

 空を見上げたまま呟いたレンは、カイがウィルと互角に渡り合っている姿が俄かには信じられなかった。

 父親であるロブが「墜落王」という不名誉な通り名を持っていた事をネタにからかわれて以来、ウィルが飛行ゾイドの操縦訓練に明け暮れていたのを……その努力が実って首都守備隊の航空チームのエースとなった事を知っていたからだ。

 そして、それを知っているのは何もレンだけではない。エドガーも、クルトもそれを知っていた。

 

「努力の天才VS覚醒した蒼天(そら)の申し子……か」

 

 データ解析室から空を見上げるクルトが、ぽつりと呟く。

 昨日まで散々な結果しか出ていなかったカイが、まさか昨日の今日であそこまでやれるなどとは思いもしていなかった……加えて、最新型のレイノスと互角に渡り合っているブレードイーグルの性能にも驚きを隠せない。

 データ上でスペックを見るのと、実際の動きを見るのとは全然違うのだという事を改めて気付かされる。

 

(俺は……とんでもない奴を目覚めさせてしまったんじゃないだろうか……)

 

 ふと、そんな考えが過り、クルトは表情を曇らせた。

 目の前で繰り広げられている戦闘を、遥か遠い場所で行われている事のように感じながら、クルトはディスクの解析作業も忘れて2人の天才の戦いに見入っていた。

 

「あの動き……」

 

 一方、ヘルキャットのコックピットから空を見上げるシーナは、他の者達とは別の意味で目を見開いていた。

 急降下と急上昇を繰り返す縦の動きを基本としたブレードイーグルの操縦方法……それは、遠い昔にブレードイーグルを開発した父「ヴェルナー博士」から聞かされていた動きそのものだった。

 

―ブレードイーグルは、開発モデルになった本物の鳥と、全く同じなんだ―

 

 父の言葉が、彼女の脳裏に蘇る。

 

―空の彼方から獲物を見つけ、一直線に襲い掛かる。獲物を捕らえれば、すぐまた空の彼方へ戻る。その動きを他の飛行ゾイドで真似る事が出来たとしても、ブレードイーグルには絶対に誰も追い付けない―

―どうして??―

―ブレードイーグルは父さんが作った……―

 

 シーナは、あの時の父の言葉をそっと口に出して呟いた。

 

「この惑星でたった1機の、空の王者……」

 

 そう。

 レイノスとの激戦を繰り広げている鋼の鷲の姿は、まさしく「空の王者」であった。

 だがおかしい……と、シーナは戸惑う。

 カイは何故急にあんな操縦方法を思いついたのだろう?何故あんな風に戦えるのだろう?

 まるで……唐突にイーグルと戦う方法を思い出したかのように……

 

「なんで……カイが知ってるの?……」

 

 そう呟いた後、シーナは空を駆けるブレードイーグルに乗っているカイを重ねずにはいられなかった。

 自分の双子の兄である……アレックスと……

 

(きっと、アレックスもブレードイーグルに乗って戦ったら……あんな風に戦うんだろうな……)

 

 そんな風に思わずにはいられなかったのだ。

 空を見上げる人々の様々な思いを他所に、カイとウィルの戦闘は昼休憩に入るまで続いた……

 

   ~*~

 

「あーあ! あとちょっとだったのになぁ~!!」

 

 その日の夕方。

 結局、午後訓練の終盤まで着く事の無かった決着は……一瞬の隙を突いたウィルの勝利に終わった。

 ブレードイーグルから降り立ったカイは、今までの煮え切らない愚痴と違い、悔しさを前面に出して大声を上げる。直後、盛大な溜息と共にイーグルを見上げた彼の視線の先には、コアの内蔵されている箇所にデカデカと咲いた蛍光ピンクの塗料の跡があった。

 

「ったく、お前とんだ化け物だな。俺を撃墜しただけじゃ満足出来ないってか?」

 

 呆れた様子で訊ねて来たシドを振り返り、カイはキッパリと言い放つ。

 

「当たり前だろ! どうせ勝つなら両方に勝ちたいに決まってら。」

 

 彼の言葉に、シドは99%の呆れと1%の苛立ちを込めたような笑みを浮かべ、カイの首に腕を回す。

 

「こんのクソガキ。少しは可愛げってもんがねーのかよッ!」

「何すんだよ?! 負けたからって八つ当たりすんな!! 大人げねーぞ?!」

 

 容赦のないヘッドロックを掛けられてジタバタともがきながら、カイが抗議の声を上げる。

 が、そんなシドの後ろ頭にレイノスから降りて来たウィルがチョップを入れ、呆れた声を上げた。

 

「何やってんだ馬鹿。大人げないぞ」

 

 その言葉にしぶしぶカイを放した後、シドは恨みがましそうにウィルを見つめる。

 だがウィルはそんなシドに対し、意地悪にすら思えるほどの爽やかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「明日勝てるようにお前も精進すれば良いだけの話だろ? な??」

「今までの人生の中で、此処までお前の事ぶん殴ってやりたいと思ったのは初めてだ……」

「えぇ?!」

 

 恐らく、ウィルに嫌味のつもりは全く無かったのだろう。

 心底驚いた声を上げた幼馴染を見つめ、シドは呆れを隠そうともせずに溜息を吐くと、カイに向き直った。

 

「明日はお手柔らかに頼むぜ? 鷲使い君」

「お、おう……」

 

 戸惑った様子の返事にふっと笑って、シドは乱暴にカイの頭を撫で回した後、サッサと食堂へ向かう。

 その後ろ姿を見送った後、ウィルが穏やかに呟いた。

 

「イーグルに急上昇と急降下を喰らっただけで、あそこまでやれるとは正直思ってなかったよ。なんだかんだ、ガーディアンフォースに選ばれただけの事はあるな。とんでもない才能だ」

 

 カイは、ふと懐かしむように微笑んでイーグルを見上げる。

 

「俺も正直不思議なんだ……初めての戦い方だった筈なのに、妙に懐かしくてさ……」

「懐かしい?」

「ああ。なんか、上手く言えねーんだけど……そんな気がした」

 

 ウィルは、そんなカイを暫し眺めた後、ぽつりと呟いた。

 

「お前がイーグルと出会ったのは、運命だったのかもしれないな」

「運命?……」

 

 普段は絶対に運命など信じない現実主義のカイであったが……この時だけは、その言葉が妙にしっくり来た。

 

「……そうだな。もしかしたら……そうなのかもしれない」

 

 覚醒を果たした蒼天(そら)の申し子は、夕陽に照らされたブレードイーグルを静かに見つめる。

 だがその運命は……彼の伝説の始まりとなると同時に、過酷な戦いに身を投じてゆく事になるという予兆でもあったのを……この時はまだ誰も、知る由も無かった。




Pixiv版第18話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11007389


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瓦礫街編
第19話-瓦礫街-


 カイのパイロットとしての才能ってホントにスゲーな。

 シド兄ちゃんに勝っただけじゃなく、ウィル兄ちゃんとも互角に渡り合うなんて……

 俺とゼロも負けてらんねーな!

 俺が追い付きたい背中は、もっともっと遠いんだから……

 [レン=フライハイト]

 

[ZOIDS-Unite- 第19話:瓦礫街]

 

 カイがブレードイーグルと共に華々しい覚醒を遂げて3日……

 日を追う毎に少しずつ、しかし確実に、彼等の動きは成長し続けている。

 カイの才能が凄いにしろ、ブレードイーグルの性能が凄いにしろ、ポッと出の少年が此処までの急成長を見せると誰が想像していただろうか?

 ウィルとシドの2人を同時に相手にしながら一歩も引く事無く渡り合うその姿は、同僚達だけではなく専属開発整備班の整備員達や開発スタッフ達、果ては基地内病棟の医療スタッフ達の間でも話題になっていた。

 

「よぉカイ!お疲れさん!」

「ストームソーダーとの垂直ヘッドオン、カッコ良かったぜ!」

「今日も絶好調じゃねーか。しっかり飯食って、午後も頑張れよ。」

「あぁ!ありがと!」

 

 挨拶程度しか会話の無かった整備員達から声を掛けて貰えるようにもなり、カイもますます張り切って……

 

「……はぁ~……」

 

 ……いるかのように見えたが、どうやらそうではないらしい……

 昼食もそこそこに第二格納庫へとやって来たカイは、整備ブリッジでライガーゼロを眺めながら、ぐったりした様子でレンと話し込んでいた。

 

「最近、色んな人達から声掛けられるようになってさ……なんか、スッゲー疲れる……」

「それで第三格納庫じゃなくてこっちに逃げて来た訳か。人気者は苦労するな……」

 

 納得した様子のレンの隣で、カイは整備ブリッジの手摺りにガックリと突っ伏す。

 今まで不特定多数の周囲から向けられて来た感情と言えば「敬遠」や「冷やかし」が殆どであった。

 ……それはつまり「期待」や「好意的な態度」といった物とは、今まで殆ど無縁だったという事でもある。戸惑うなと言う方が無理な話だ。

 それに加え、周囲の変化に順応出来ない自分に対する「不安」や「苛立ち」も募りに募って、カイはこの3日間で随分と精神的に参ってしまっていた。

 まるで、今までロクに周りと向き合って来なかった分のツケが、一気に此処で押し寄せて来たかのようだ。

 

「このままだと俺、胃に穴開いちまうよ……」

「こればっかりは慣れるしかねーって。カイももう少し自分に自信持てよ。」

 

 励ますようにポンポンと背を叩いてくれるレンに、カイは縋るような眼差しを向ける。

 

「レンはさ、こういう周りからの期待とかって、どう考えてやり過ごしてた??」

「う~ん……俺は母ちゃんに似て図太いとこあっから、社交辞令だろう。ってくらいにしか思ってなかった。いちいち真に受けて一喜一憂してる時間自体、なんかこう……勿体無ぇしさ。」

「その図太さ、1割で良いから分けてくれ……」

「ほい。1割。」

 

 レンはそう言って、食後に食べていたポテトチップスの袋を真顔で差し出す。

 差し出されたポテトチップスの袋とレンの顔を交互に眺めた後、カイはそっと1枚手に取ったポテトチップスを呆れたように見つめる。

 

「これ食ったら、図太くなったりする?」

「チキンバター味だから、食ったらチキンになったりしてな。」

「残念。俺とっくにチキンだから、食っても変わんねーや。」

 

 自嘲するかのような苦笑を浮かべ、カイは手にしていたポテトチップスを口に放り込む。

 そんな彼の横顔を眺めた後、レンはライガーゼロへ視線を移しながらそっと呟いた。

 

「カイはチキンなんかじゃねぇよ。」

「え?」

「俺は、カイの事すげーなって思う。」

 

 唐突な言葉に、カイは首を傾げて戸惑う。

 

「俺……すげーの?」

 

 思わずきょとんと訊ねれば、レンはからかうように呟いた。

 

「その反応、なんかシーナみたいだな。」

「うん。俺も今、自分で言っててそう思った。」

「なんだそりゃ。兄妹みてぇだな。」

 

 笑い声を上げた後、レンはライガーゼロに視線を戻し、そっと語り出した。

 

「自我の強いゾイドは、自我の薄い量産型ゾイドと違って、乗り手が一方的に操縦しても実力を発揮出来ない。ゾイドと乗り手が信頼し合って息を合わせるってのが、より重要になってくるんだ。俺もブレードイーグルと同じくらい自我の強いゼロに乗ってるから、カイがすげーってのが良くわかる。」

「え?マジで??俺そんな話初耳だぜ??」

「あれ?言ってなかっ……たな。うん。まだこの話してねーんだった。」

 

 レンは1人納得した様子でうんうん。と頷くと、言葉を続ける。

 

「ライガーゼロ-プロトにはジーク……あ、父ちゃんと視察に出てる母ちゃんのオーガノイドの事なんだけど、そのジークのデータを元に作られた『オーガノイドシステム』ってのが組み込まれてるんだ。」

「オーガノイドシステム??」

「ああ。強い相手と戦えば戦う程、乗り手だけじゃなくゾイド自身が学習して強くなる為のシステム。まぁ簡単に言えばデータバンクの拡張補佐AIみたいなもんなんだけど。それの影響でゼロには自我が芽生えちまって、俺以外の人間をコックピットに乗せようとしねーんだ。」

 

 浮かべていた笑みに困ったような色を混ぜながら、それでも何処か誇らしげなレンに、カイも笑みを浮かべた。

 

「レンはライガーゼロに懐かれてんだな。俺とは真逆だ。」

「真逆??」

 

 首を傾げるレンに、今度はカイが苦笑する番だった。

 

「俺もそんなに詳しく教えて貰った訳じゃねーけど……ブレードイーグルは本来、シーナを守る為に造られたゾイドらしくてさ……本当の主はシーナなんだ。だから最初、俺の言う事なんて聞きゃしねーし。頭はド突かれるし。挙句泉に落とされるし……」

「うわぁ……容赦ねーな……」

 

 レンの言葉に苦笑した後、カイは話を続ける。

 

「そんなんだったから、俺……心の何処かでイーグルの事を「面倒臭い奴」くらいにしか思ってなかった。けど、ハーマン中尉がこの前教えてくれたんだ。「翼を借してもらってる側なんだから、イーグルと一緒に空を飛んでるって事を忘れちゃ駄目だ。」って……俺、何にも分かってなかった。一緒に飛んでるイーグルとロクに向き合った事なかったんだ……だから俺なんかよりも、ゼロとちゃんと向き合って懐かれてるレンの方が、ずっとすげーと思うけどな……」

 

 反省しているような口調で語るカイに、レンはライガーゼロとの思い出を振り返りながら口を開いた。

 

「俺はゼロが完成してからずっと専属パイロットやってるから、懐かれてんのは半分成り行きみたいなもんだよ。生まれたばっかの赤ん坊同然の状態だから、大切に育ててやってくれって博士に言われて、一杯話しかけて、一杯乗って、不具合が起こる度に博士に報告して、何度も修正や調整繰り返して……そしたらいつの間にかこの通り……きっと俺の事、父ちゃんとか兄ちゃんだと思ってんじゃねーかな。」

「エドガーに聞きゃ良いじゃん。ゼロが俺の事どう思ってるのか通訳してくれって。」

 

 不思議そうに訊ねたカイだったが、レンは笑みを浮かべたまま静かに首を横に振る。

 

「良いんだ。ゼロの気持ちはゼロだけの物だから、根掘り葉掘り質問しても困らせるだけだろうし。俺の事信頼して、懐いてくれてるってのは伝わってるから、俺にはそれだけで十分だよ。それに、こういう1対1の対話って……なんつーか、言葉にするのが全てじゃないしな。な?ゼロ。」

 ガルォン

 

 その嬉しそうな返事に、レンは整備ブリッジの手摺りから身を乗り出すようにして、無邪気な白獅子の鼻先をよしよしと撫でる。カイはそんなレンとライガーゼロの姿を眺めてぼんやりと考えた。

 

(兄貴と弟……か。ホント、レンと俺って真逆だなぁ……)

 

 イーグルに謝りに行ったあの日の夜は、イーグルの方が自分を励ましてくれた。

 未熟な乗り手である自分をそっと励まし、寄り添ってくれた姿は……まるで父や兄のようだったようにも思う。

 ライガーゼロとブレードイーグル……確かにどちらも自我の強いゾイドだが、最新型のライガー系プロトタイプであるライガーゼロは、まだ生まれて約1年。精神年齢的にもかなり幼い筈だ。

 だからこそ、レンとは兄と弟といった関係に落ち着いているのだろう。

 一方、古代ゾイドであるブレードイーグルの方は、太古の大戦末期から今まで……大半を眠りに就いて過ごしていたとはいえ、やはりそれなりに戦いも経験しているであろうし、精神年齢的には自分よりも遥かに大人なのかもしれない……ブレードイーグルにとっては、自分はどういった存在なのだろう?

 まだ「生意気な小僧」止まりなのか?それとも、子のように、或いは弟のように……思い始めてくれているのだろうか?……気になりはするが、今はまだ、それを訊ねた所で答えてはくれないような気がした。

 いつか自分も……レンとライガーゼロのように、言葉が無くとも通じ合えるような関係になれるだろうか?

 

「あ。居た居た。レン!カイ!」

 

 不意に名前を呼ばれ、2人は揃って声の聞こえた方を不思議そうに眺める。

 小走りにやって来たのはエドガーであった。

 

「そろそろ昼休み終わるだろ?早めに集まっておいた方が良いぞ。」

「集まるって、何処に??」

 

 きょとんと訊ね返すレンに、エドガーは溜息を吐いて呆れたように口を開いた。

 

「今朝の朝礼……」

「あぁ!そっか!臨時ミーティングやるって話だよな!思い出した!!」

 

 レンは納得したようにポンッと手を打ちながら声を上げる。

 そう。あのディスクについての臨時ミーティングを行うという伝達が朝礼でなされていたのだ。

 ……もっとも、詳細はミーティング時に説明するとの事であった為、一体どのような内容のミーティングになるのかはまだ聞かされてはいないのだが……

 

「集まった方が良いとは言うけどさ、ちょっと早過ぎねーか?」

 

 カイが小型タブレットで時刻を確認すれば、まだ昼休憩が終わるまで15分近くある。

 しかし、エドガーは声を潜めるようにしてカイとレンにそっと囁いた。

 

「さっき母さん達が事務所で話し込んでいるのを聞いたんだ……どうやら、最先任がガイガロスから戻って来ているらしい。」

「えぇ?!マジで?!」

「ああ。だから少し早めに揃っておいた方が良いだろうと思って……」

 

 驚きの声を上げるレンの隣で、カイはチンプンカンプンといった様子で怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「サイセンニン?なんだそれ。サイの―」

「言っておくが、サイの仙人の事じゃないからな??」

 

 釘を刺すようなエドガーの言葉に「冗談だって……」とカイが苦笑を浮かべた後、レンが口を開いた。

 

「最先任ってのは要するに、此処の副司令官の事だよ。」

「ふーん……ん??副司令官??」

「ああ。」

 

 何でもなさそうにケロリとした表情で答えるレンに、カイは一瞬思考が止まる……

 そういえば入隊してから今この瞬間まで、ガーディアンフォースの司令官を始めとする上層部について何も知らなかったし、そもそも気にした事すらなかった事に気付き、彼は確認するようにレンへ訊ねた。

 

「つーか、ガーディアンフォースの司令系統とか組織体系ってどうなってんの?俺その辺すらよく知らねーんだけど……」

「あぁ、そっか。そっから説明しねーとわかんねーよな。」

 

 ミーティングルームに向かって歩き出しながらレンはエドガーと共に説明を始める。

 

「ガーディアンフォースが「帝国と共和国が共同で設立した特殊部隊」ってのは知ってるだろ?」

「ああ。それは知ってる。」

「そのガーディアンフォースの「上」にあるのが「国際平和維持委員会」ってとこで、ルドルフ皇帝とハーマン大統領と、あとシュバルツ元帥とか、オコーネル大佐とかも所属してんだけど。そういう両国のお偉いさん達が、警察や憲兵隊達だけじゃ手に負えないような事件とか、軍が動くには色々問題が山積みになっちまう厄介な案件なんかを、任務としてこっちに回してんだ。」

「それって、その都度集まって、会議開いて決めてんの?」

 

 カイの質問に、エドガーがクスクスと笑いながら口を開いた。

 

「まさか。普段は所属役員それぞれが警察や軍からの要請を判断して、此方に任務を依頼している。3ヵ月に一度の平和維持会議以外で、役員全員が揃って会議する事は滅多にない。」

「例えばこの前の暴走ヘルキャットの任務は、共和国軍の第七憲兵隊から本隊に報告が入って、本隊のオコーネル大佐が緊急任務としてガーディアンフォースに依頼して来た。って流れだったんだ。他にも依頼主がルドルフ皇帝の事もあるし、ハーマン大統領の事もあるし、シュバルツ元帥の事もあるけど、ガーディアンフォースに任務を依頼する権限は、国際平和維持委員会の所属役員にしかねーから、それ以外の人達から任務の依頼が来るって事も、まずない。」

「なるほどなぁ~……じゃあ、その任務の依頼ってのが、ガーディアンフォースの一番偉い人に届くのか??」

 

 その言葉に、レンが苦笑を浮かべる。

 

「まぁ……本来ならな。」

「本来なら??」

 

 怪訝そうな表情を浮かべたカイに、レンが困った様子で説明し始めた。

 

「いや、ガーディアンフォースの本部司令官って、実は父ちゃんなんだけどさ……前線に立ってる方が性に合ってるっていうか……ゾイドに乗ってなきゃ本領発揮しないっていうか……とにかく司令官って柄じゃねーから、そういう業務は副司令官が全部引き受けてくれてんだ。」

「それ……もう副司令官じゃなくて実質的な司令官だよな??」

 

 思わず呆れたような表情を浮かべたカイだったが、エドガーはそんなカイに肩を竦めて見せる。

 

「副司令官は、司令官不在時にその全権が委譲される立場だから、別に珍しい事じゃない。」

「じゃぁ、副司令官がわざわざ『最先任』って呼ばれてんのは?副司令官で良いじゃん。」

 

 納得のいかない様子のカイに、レンが苦笑しながら口を開いた。

 

「司令官が居る間はちゃんと『副司令官』って呼ばれるんだけどさ。司令官が不在で代わりを勤める時は『司令官じゃないけれど、今だけ司令官の代わりですよ』って意味で『最先任』って呼ばれるんだ。だからそうだなぁ……最先任=司令官代理って意味だと思えば大体合ってる。」

「なるほど。最先任ってそういう意味なのか。なんかややこしい上に大変そうだな……」

 

 やっと理解が追い付いた様子のカイに、エドガーがふと呟いた。

 

「確かに司令官の代わりを務めるのはそう簡単な事じゃない。本部や支部への指示だけではなく、司令官代理として会議に呼びつけられる事も多いし……だが、司令官であるフライハイト大佐も各支部の視察や長期巡回に飛び回ってばかりで、ロクに自宅にも帰れない状態だ……多分忙しさはフライハイト大佐も最先任も大して変わらない。」

「それと、父ちゃんのバディ相手で一緒に視察や巡回に出てるレイヴンさんもな。」

「あ~……そっか、なかなか家に戻って来れねーのは確かにキツイよな……」

 

 そこまで言って、カイはふと気になり2人に訊ねた。

 

「って事は、レンもエドガーも自分の親父さんと滅多に会えねーって事だろ?寂しくねーの?……」

「まぁ……僕はもう慣れた。それに、家族に会えなくて寂しいのは父さん達も同じ筈だから……」

「それなぁ~……俺も寂しくない訳じゃないけど、父ちゃん達も頑張ってんだから、俺達も頑張らねーとな!って気持ちの方が強いっつーかさ……」

 

 エドガーとレンの言葉に、カイはほんの少しだけ羨ましさが込み上げる。

 自分の父親であるエリクも、仕事で家を空けるのはしょっちゅうであったが……自分の場合は、父が家に居ない時ほど清々した気分で居られた事は無い。まぁ普段から顔を合わせれば二言目には喧嘩ばかりだったのだから、父と一緒に居る事自体、嬉しいと思えた事が無いのだが……

 レンやエドガーは……自分の父親と喧嘩した事は無いのだろうか?……

 

「いやぁ~……家族を置いて単身赴任中の身としては、耳が痛いなぁ……」

 

 不意に背後からそんな声を投げかけられ、カイ達はギョッとしながら立ち止まる。

 彼等がそっと振り返った先には、いつの間にか見慣れない中年男性が1人立っていた。

 

「よ!ただいま。」

 

 若者のような軽いノリで告げるその姿からは、ルネ達のようなフランクさが垣間見える。

 一体誰だろう?と思いながら、ぽかんとした顔で男性を見つめているカイの傍らで、レンとエドガーはいつの間にか姿勢を正し敬礼をとっていた。

 

「お戻りお待ちしておりました。最先任。」

「えぇ?!この人が最先任?!」

 

 レンの挨拶に開口一番声を上げたのは、勿論カイである。

 だが、その反応をさぞ面白がっているように笑いながら、最先任と呼ばれた中年男性は口を開いた。

 

「相変わらずレンは正直者だなぁ……すーぐそうやってバラすんだから。どうせだからもう少し黙ったまま、新人君の観察しようと思ってたのに……」

「そう言われましても……」

 

 困ったような愛想笑いを浮かべるレンの前で、最先任は言葉とは裏腹に大して残念がっている様子もなく、無邪気な視線をカイへ向ける。

 握手を求めるように手を差し出しながら、彼は自己紹介を口にした。

 

「ヨハン=ラーデン=ガウスだ。階級は中佐だが、此処では副指令だの最先任だのと呼ばれてる。君がカイ=ハイドフェルド君だろ?随分面白い子だと、フライハイト主任から聞いてるよ。」

「は、はぁ……よろしくお願いします……」

 

 恐る恐る握手に応じながら、カイはガウスに言われた「随分面白い子」の意味を考える。

 

(随分面白い子って……一体どんな風に俺の事聞かされてんだろ……)

 

 しかし、ガウスは釈然としない様子のカイに微笑みかけたまま呟いた。

 

「さ!とりあえず部屋に入ろう。他の面々も集まってるだろうしな。」

 

 ガウスに促されるようにして、カイ達はミーティングルームの中へと足を踏み入れる。

 室内には既に他の面々が揃っていた……

 

   ~*~

 

『あのヘルキャットに誰がいつディスクを仕込んだのかは知らねーが……俺達が前に乗ってたレドラーに搭載してたディスクは、瓦礫街で手に入れたんだ……」

 

 臨時ミーティング開始直後……室内に流されたのはとある監視映像の録画だった。

 映像に映っているのは殺風景な取調室と、その中央に据えられたデスクを挟んで、手錠を掛けられたスヴェンが共和国の憲兵にディスクの入手場所を語っている様子である。

 

『売人の詳細は?人相や、人数、取引場所、何でもいい。』

『それが……売人ってのが薄気味の悪ぃ嬢ちゃん1人で……名前すら誰も知らねぇ。いつの間にか傍に居て、いつの間にか消えちまうってんで、瓦礫街の連中からは「ゴースト」ってあだ名で呼ばれてるらしいが……そんなんだから取引場所も固定じゃねぇらしい。実際俺達も、いきなり声を掛けられてディスクを渡された訳だし……それっきり会った事もねぇんだ―』

 

 一通り映像を確認し終えると、プロジェクターを使用する為に薄暗くしていた室内の照明が元に戻される。

 開口一番口を開いたのは、ガウスであった。

 

「……と、言う訳だ。やっとディスクの入手経路を吐いてくれた所までは良かったが……入手場所があの瓦礫街と来た。お陰で軍はすっかりお手上げだそうだ。」

 

 やれやれといった様子の間延びした口調で語るガウスの視線の先で、レン、エドガー、クルト、そしてシーナも揃って顔を見合わせたり首を傾げたりしている。

 瓦礫街……聞き慣れないその名を、事の重大さを、今この場で理解出来ているのはガウスを除いてただ一人。

 

「国境沿いの最北端に位置する、旧瓦礫集積場の事だよ。」

 

 ……カイだけであった。

 まさか彼が知っているとは思ってもみなかった面々は、驚いたように彼を見つめる。

 

「え?!カイ知ってんの?!」

 

 レンの言葉に、カイは微かに困ったような表情を浮かべて視線を逸らした。

 

「裏社会で知らない奴はいねーよ。デススティンガーやデスザウラーに破壊された町から撤去した瓦礫の山。その瓦礫の山に、ヤバい連中が集まって巣をこさえていった結果出来上がった街……それが瓦礫街なんだ。……まぁぶっちゃけ街なんて大層なもんじゃねーけどな。正真正銘、裏社会の入り口さ。」

 

 彼の声音と態度は、何処か余所余所しくそっけない。

 何か悪い事を聞いてしまっただろうか?と思わず口を噤んだレンの隣で、エドガーがガウスへと訊ねた。

 

「先程、軍がお手上げだと仰いましたが、その瓦礫街という場所はどれ程危険な場所なのですか?」

「そうか。君らはまだ裏社会と繋がりの深い、複雑でデリケートな任務に就いた事が無いんだったな……良いだろう。折角の機会だ。軍がお手上げになる程の無法地帯とはどのような場所か、少し説明しておこう。」

 

 ガウスは神妙な面持ちで、そっと語り出した。

 

「今からもう15~16年前の話だ。瓦礫街を拠点に活動している薬物の密売人を追って、帝国軍第11憲兵隊の隊員が4名ほど瓦礫街へ踏み入り、消息を絶った……その1週間後、別件で捕らえられた密売人がとんでもない物を所持していたんだ……」

 

 その先を口にする事を躊躇うかのように言葉を区切ったガウスを見つめた後、レン達は顔を見合わせる。

 

「なんだろ?とんでもない物って……」

「少なくとも、消息を絶ったという憲兵隊員達のIDやタグ……ではなさそうだが……」

 

 考え込むレンとエドガーの隣で、クルトが苦笑を浮かべながら茶化すように呟いた。

 

「フィクションならともかく、あくまで実話なんだ。いくら何でも死体を持ち歩いていた訳ではないだろう。」

「クルト。」

「はい。なんでしょうか?」

「半分正解。」

「え?……」

 

 神妙な面持ちのままのガウスから静かに言い放たれたその言葉に、クルトの、そしてレン達の顔が引き攣る。

 そんな中、何でもなさそうに説明を継いだのはカイだった。

 

「あ~。殺した憲兵の死体を隠滅する為に、バラして臓器売買のルートに売り捌こうとした矢先、売人がドジ踏んで捕まっちまったせいで大騒ぎになったとかいう奴だろ?あの街じゃいつもの事じゃん。」

「嘘だろ?……」

 

 唖然とした様子でポツリと訪ねて来たクルトに、呆れたような視線を向けてカイは呟いた。

 

「フィクションよりも残酷で、無慈悲で、救いが無いのがあの街なんだよ。大体なぁ『言語の代わりに鉛玉が飛び交う街』だの『生えてる草はヤクばっか』だの『慈悲と道徳心以外なら金で買える』だの言われてるような場所なんだぞ。むしろバラされて売られる程度で済むなら、まだマシな方だかんな?」

「殺されて売られるよりも恐ろしい事なんて……あるのか?……」

「え?聞きてーの?」

 

 直後、気まずい沈黙がほんの数秒流れたが、そんな沈黙を破ったのは笑みを浮かべたガウスであった。

 

「……やはり君は、瓦礫街について随分と詳しいらしい。あの街について、他に知ってる事はあるかな?」

 

 その一言にカイは一瞬眉を顰め、探るような眼差しをガウスへ向ける。

 ……が、直後。眼差しこそ変わらぬものの、彼はおもむろに観念したような溜息を吐くと、椅子の背もたれに体を預けながら腕を組み、口を開いた。

 

「俺もあの街の全てを知ってる訳じゃない……けどまぁ、あんたよりは遥かに詳しいぜ。そっちこそ、俺について一体どれくらい知ってんだ?」

「君ほど詳しくはないが、大概の事は一通り調べさせて貰ったよ。」

 

 探り合うような視線を交わしたまま、両者の口元にふと笑みが浮かぶ。

 直後、カイが組んでいた腕を解き、降参だとでもいうかのような態度で頬杖を突いた。

 

「……ったく。そういう事かよ。端からそのつもりだったんだろ?」

「勿論。察しの良い子は大好きだよ。」

「あーあ。悪い大人に目ぇ付けられちまったなぁ~……」

 

 その唐突なやり取りに、誰もが戸惑った様子でガウスとカイを交互に見つめる。

 最初に声を上げたのはクルトであった。

 

「おいカイ!まさかお前がその瓦礫街とかいう悪の巣窟へ行くつもりか?!」

「行くつもりも何も、最先任直々のご指名じゃしょうがねーだろ。何でもかんでも、俺が勝手な事してるみてーに脳内変換して物事捉えんなっつの。」

 

 イラっとした様子のカイに、クルトが詰め寄る。

 

「そういう危険な任務は、経験の豊富なベテラン隊員でも生きて帰れる保証は無いんだぞ!少しゾイドの操縦に才能があったからと言って調子に乗るな!対人戦闘訓練もまだ受けていない癖に!!」

「どんなベテランだろうが、表社会でのキャリアなんてあの街じゃ関係ねーの。あそこで生き残る為に一番必要なのは、裏社会の“暗黙の了解(ルール)”をきちんと理解して弁える事だ。それとも、俺の代わりにお前が行くか?秒で殺されるぞ。」

 

 呆れたような、それでいて叩きつけるような鋭い声音で、カイは冷たく言い放つ。

 静かに睨み合う2人の間に割って入ったのはリーゼだった。

 

「はいはい。そこまで。最終的に決めるのは最先任なんだから、君らが喧嘩してもしょうがないだろ?」

 

 その言葉にカイとクルトは揃ってガウスへと視線を向ける。

 ガウスはきょとんとした顔をした後、困ったように答えた。

 

「ていうかそもそも現時点で、カイ君以上の適任者は他所の支部にも居ないことだし。引き受けてくれなきゃ、裏社会の事をロクに知らない隊員を向かわせるしかなくなる訳だから、私としては、本人がやる気でいてくれる以上、より成功率の高い方に賭けたいってのが本音なんだけどね。」

 

 ガウスは様子を伺うようにカイの目を見つめ、静かに呟いた。

 

「危険だが、やってくれるかい?」

 

 申し訳なさそうに訊ねて来た彼に、カイは暫し沈黙した後、真剣な眼差しと共に口を開いた。

 

「一つだけ、条件がある。」

「何かな?」

「瓦礫街には、俺1人だけで行かせて欲しい。」

 

   ~*~

 

「ねぇカイ。ホントに1人で大丈夫?」

「何が?」

「え、だって……とっても危ない場所なんでしょ?その瓦礫街って所……」

 

 ミーティングを終え、午後訓練の為に格納庫へと向かいながら、シーナが心配そうに声を掛ける。

 そんなシーナに続くように、レン達も心配そうにカイを見つめた。

 

「いくら最先任がGOサイン出したとはいえ、カイ1人で行くなんて、やっぱ無茶じゃねーか?」

「僕も同感だ。せめて何かあった時の為にもう1人くらい……」

 

 しかし、そんな彼らにカイは微笑みを浮かべたまま静かに首を横に振る。

 

「心配してくれてんのは嬉しいけど、1人の方が色々と都合が良いんだ。」

「どうして??」

 

 不思議そうに訊ねて来るシーナに、カイは誤魔化すような愛想笑いを浮かべて呟いた。

 

「まだシーナと会う前……1人で情報屋やってた頃に、あの街でも一時期活動してたんだ。俺。」

「なにぃ?!」

 

 その一言に反応したのは勿論クルトである。

 彼はカイの胸倉を両手で掴み上げ、その薄紫色の瞳を睨みつけながら口を開いた。

 

「そんな場所で活動していたという事は、お前自身も凶悪犯罪の片棒を担いでいたという事か?!」

「まぁ……否定はしねーよ……」

 

 長身のクルトに胸倉を掴み上げられたせいでつま先立ちになりながら、カイがぽつりと答える。

 レンとエドガーが慌ててクルトとカイの間に割って入り、すぐ手を放させるも、気不味そうに視線を逸らしたままのカイと、そんなカイを睨みつけているクルトの間には不穏な沈黙が漂っていた。

 どう声を掛けたものか……と考えるレン達の前で最初に口を開いたのはカイだった。

 

「情報屋は情報を売るのが仕事であって、自分が売った情報が何に利用されるかまでは詮索しない。俺には関係ないって言えばそれまでだけど、俺が売った情報のせいで起きた事件だって確かにある。だからこそ引き受けたんだ。償いってワケじゃねーけど、俺なりの裏社会へのけじめとして。」

「けじめだと?だから1人の方が都合が良いという訳か?!言っておくがな!これは任務なんだ!それもかなり重要で!危険な!個人の下らんけじめなど捨て置け!単独行動された挙句に死なれでもしたら、誰が責任を負う事になると思っているんだ貴様は!!」

 

 感情的ではあるが、クルトの言い分は正論だ。それはカイも分かっている。

 しかし、カイが同伴者を拒む一番の理由は、また別の所にあった。

 

「だから、そうやってすぐに決めつけんなっつーの。良いか?引き受けた理由は確かに私情だ。けどな、1人の方が都合が良いってのはまた別の話なんだよ。」

「ほう?……じゃぁその別の話とやらを聞かせて貰おうか??」

 

 呆れたように腕を組みながらクルトはカイを見据える。

 カイは若干面倒臭そうにその理由を呟いた。

 

「さっき言っただろ?瓦礫街でも一時期活動してた。って。つまりあの街には俺の事を知ってる連中が大勢居るって事。ここまで言えば察しは付くだろ??」

「付くか!!!」

 

 不機嫌に噛み付くクルトを制止したのはエドガーであった。

 

「いい加減落ち着け。年下相手にみっともない……」

「みっともないも何も!コイツが中途半端にしか理由を話さんのが悪い!」

「小学生レベルの反論しか言えないのなら、少し黙って頭を冷やせ。話が進まない。」

「……」

 

 微かに怒気の込もった声で抗議をバッサリと切って捨てられ、クルトは案の定言葉を失い黙り込む。

 そんな彼の様子など気にも留めていない様子で、エドガーはカイへ訊ねた。

 

「1人で情報屋をしていた頃に瓦礫街で活動していたのなら、瓦礫街の住人はカイの事を「単独の情報屋」として記憶している筈だ。同伴者は必ず住人達から珍しがられ、注目を集めてしまう。カイが敢えて1人で行くと決めたのも、最先任がそれを許可したのも、理由はそれなんじゃないか?」

「ああ。ただでさえあそこの連中は新顔を特に警戒するからな。つーか俺だって、ガーディアンフォースに所属した事がバレたら最後なんだ。念の為の保険で他の隊員連れてった結果、逆に自分の首絞める事になりました。じゃ、本末転倒だろ?」

 

 そう言って肩を竦めて見せるカイに、今度はレンが恐る恐る訊ねた。

 

「……もし、ガーディアンフォースだってバレたら……どうなっちまうんだ?」

「え?」

 

 きょとんと返事を返したカイに、レンは何処か懇願するかのような眼差しで言葉を続ける。

 

「さっき最先任が話してくれた事件みたいに……なったりしないよな?」

「あ~……バラされて売りに出されるって奴?ん~……どうだかなぁ……」

「はぐらかさないで教えてくれよ。本当に1人で大丈夫なのか?ちゃんと生きて帰って来れるか?」

 

 不安に揺れるレンの真紅の瞳を静かに見つめた後、カイは観念したように語り出した。

 

「もしガーディアンフォースの一員だってバレちまったら、当然捕まって拷問だろうぜ。何を嗅ぎ回ってたのか、他に仲間がいるのか。洗いざらい吐くまで拷問されて……その後は正直分かんねぇ。殺されて臓器売買の為にバラされるか、死体愛好家に売られるか、生首になって突き返されるか……」

「そんな……」

 

 絶句するレンに、カイは顔色一つ変えずに淡々と言葉を続ける。

 

「そんなって言われても、ぶっちゃけあの街じゃ、殺して貰えた方がマシだと思うけどなぁ。」

「殺される方がマシって……マシな訳ねーじゃん!死んじまったらそこまでなんだぞ?!」

「そ。死ねばそこで終わるんだよ。いっそ殺してくれって思うような苦痛もな。“おもちゃ”や“ペット”として生きた人間を欲しがるような連中もわんさか居る場所なんだ。散々痛めつけられた挙句、逃げられないように手足を落とされて、死ぬまで飼い殺しにされるくらいなら、サッサと殺して貰えた方がよっぽどマシじゃん。」

 

 レンは、ただただ戸惑った。聞くだけでも背筋が粟立つような話を、眉一つ動かさず、さも当たり前のように語る目の前の少年は……本当にカイなのだろうか?と……

 初めて情報屋をしていたと聞いた時は、素直にただ「カッコいい」と思った。その気持ちに嘘はなかった。

 だが、今は違う。自分と変わらない年頃の少年が、ほんの3年間情報屋をしていただけでこんな事を平然と言えるようになってしまうとは……どれ程恐ろしく、過酷で、殺伐とした世界を見て来たのだろう?……一体どんな地獄に身を置けば、裏社会に横行する悪事をこんな風に達観してしまえるようになるのだろう?……そう考えると、途方もない隔たりを感じずにはいられなかった。

 

「やっぱ……カイはすげーな……」

「え~?どうしたんだよ急に……」

 

 苦笑を浮かべたカイを見つめ、レンは何処か泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 

「だってさ、そういう目に遭うかもしれないって解った上で、行くって言ったんだろ?……」

「まぁ……つーかそもそも、そういう目に遭う場所だって解ってる奴が俺くらいしか居ねー訳だし。」

「怖く……ねーの?」

 

 その一言が、カイの顔色を変えた。

 彼の浮かべた笑みは、観念したように投げ遣りで、何かに怯えているようにも見えた。

 

「俺自身はそういう危機感狂っちまってるし、自分に何かあっても今までのツケだとしか思わねーけど……その分、仲間が目の前で傷ついたり苦しんだりするのは……滅茶苦茶怖い……かな。」

「じゃぁ、1人の方が都合が良いってもしかして……」

 

 ハッとしたレンの呟きに、カイはふっと元通りの苦笑を再び浮かべる。

 

「俺さぁ、変なとこで甘ちゃんだから、自分は死んでもどうでも良い癖に、周りには生きてて欲しいんだよ。何をどうやってもそこだけは変われなくて……結局、裏社会に染まりきれない半端者って呼ばれてさ。だからあの街の連中は、俺がそういう甘ちゃんだって事もよく知ってる分、尚更性質が悪い。確実に俺の口を割らせるなら、目の前で仲間を派手に痛めつければ良いって解ってるからな。」

「……なるほど。お前が頑なに同伴者を拒んでいた一番の理由は……つまりそれか……」

 

 詳しい話を聞き、すっかり頭の冷えたクルトがぽつりと呟く。

 カイは気分を切り替えるように息を吸い込むと、よし!と声を上げ、普段の明るい表情を浮かべた。

 

「この話は此処までな!ハーマン中尉とオコーネル中尉が待ってっから、俺もう行かねーと!お前らも、ハーマン少佐が首長くして待ってるだろうから早く行ってやれよ~!」

 

 そう言って第三格納庫へと走り去るカイの後ろ姿を眺めて、シーナがポツリと呟いた。

 

「カイだけじゃないのに……」

「シーナさん……どうかされましたか?」

 

 不思議そうに訊ねて来たクルトを見上げ、シーナは困ったように訊ねる。

 

「他の人が傷付くのが嫌なのは、カイだけじゃないのに……私達もカイが傷付くのが嫌なのに、なんでカイはそれが解らないんだろう?……」

「……何故……なんでしょうね……」

 

 幼い子供の素朴な疑問にも似たその問いに、クルトは上手く答える事が出来なかった。

 

   ~*~

 

 その頃、ガウスとフィーネ、リーゼの3人はまだミーティングルームに残っていた。

 フィーネは酷く心配そうな表情でガウスを見つめ、口を開く。

 

「本当に、カイ1人に行かせるおつもりなんですか?」

「ああ。そのつもりだよ。」

 

 ガウスは涼し気な表情で即答すると、クリップで留められた数枚の書類を手に取る。

 一番表に留められているのは、カイが入隊日に記入した履歴書。

 その下に一緒に留まっているのは、彼の身辺調査の結果報告書であった。

 

「カイ=ハイドフェルド。帝国軍第一航空大隊隊長であるエリク=ハイドフェルド大佐の一人息子で、3年前、父親のレドラーと共に失踪し、警察や憲兵隊の捜査を掻い潜りながら情報屋として活動していた少年。身辺調査の報告書によれば、およそ2年前から10ヵ月ほど、瓦礫街を活動拠点としていた時期有り……そんな彼がゴーストを知らないという事は、瓦礫街にゴーストが現れ始めたのは彼が出て行った後の筈だ。

 それがハッキリしただけでもかなりの進歩ではあるが……」

 

 ガウスはそこで一旦言葉を区切り、空いている方の手で頬杖を突いてフィーネとリーゼを気怠げに見つめる。

 

「問題は……ゴーストが神出鬼没で、何時何処に現れるのか全く不明である事。瓦礫街を怪しまれずに歩き回れる者でなければ、ゴーストに接触出来る可能性はほぼ皆無だ。彼にとって瓦礫街は古巣の1つで、土地勘もあるし、街の“暗黙の了解(ルール)”も熟知している。他に適任者が居ない以上、下手に同伴者を付けるのは逆効果だ。私は彼を信じてみようと思うが、どうかな?」

 

 何処か含みのある笑みを浮かべるガウスを見つめ、フィーネはぽつりと呟いた。

 

「最先任には、彼1人に任せても大丈夫だという確信がおありなのですか?」

「まぁね。根拠よりも直感の方が強いけど。」

 

 飄々とそんな返事を返すガウスに軽い溜息を一つ吐いて、彼女は観念したように口を開く。

 

「……わかりました。任務の日程はどう致しますか?」

「出来るだけ早い方が良い。準備や段取りが整い次第といった所かな。」

「では、任務の詳細を詰めて参りますので、私達はこれで失礼します。」

 

 リーゼと共に出入口のドアへと向かうフィーネに、ガウスがふと声を掛けた。

 

「カイは、レンやエドガーと同い年なんだよね?」

「はい?……」

 

 思わず振り返ったフィーネとリーゼに対し、ガウスは申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。

 

「自分の息子と同い年の少年を、危険な任務に1人で向かわせる……君達が心配するのは無理もない。だが彼だって、伊達や酔狂で裏社会と関わって生きて来た訳じゃないんだ。あの子なら大丈夫だよ。」

「そうですね……そう願っています。」

 

 ミーティングルームを後にし、オペレータールームへ向かって歩き始めた直後、不意にリーゼが声を上げた。

 

「ホンット!何考えてんだかわっかんないよなぁ~ガウス中佐は!食えない人ってああいう人の事だぜ。絶対。」

「もう、またそんな事いうんだから……」

 

 困ったように苦笑を浮かべるフィーネに、リーゼはむすっとした表情を浮かべる。

 

「確かに優秀な人だし、悪い人じゃないのは僕だって解ってるさ。けどどうも苦手なんだよなぁ~……他人に本心を見せないあの感じ、ヒルツにちょっと似てるよ……」

 

 吐き捨てるように呟かれたリーゼの一言に、フィーネも思わず俯く。

 ガウスは確かに態度がフランクな上に飄々としていて、本心や距離感が掴み難い人間だ。

 ……そのせいで、時折意図を測り兼ねてしまう事が多々あるのは確かであるし、何処まで本気で言っているのか分からないのも確かであるが……ヒルツに似ている……というのは……

 

(考えないように、してたんだけど……)

 

 別に容姿が似ている訳じゃない。年齢だって50過ぎであるし、彼はヒルツと違ってそこそこ感情も表に出す。

 だが……無茶苦茶な作戦を立てた時や、とんでもない指示を出す時、周囲がどんなに慌てふためいても薄ら笑いを浮かべているその姿は、確かにヒルツに通じるものがあるような気がした。

 

「……ガウス中佐はヒルツとは違うわ。あの人は部下を大切にする人だもの……」

 

 何処か自分に言い聞かせるように呟いて、フィーネは笑みと共にリーゼを見つめる。

 

「今日が初対面だったのに、ガウス中佐はカイを信じてる。あの子なら大丈夫だ。って。なのに、オペレーターの私達が信じてあげられなかったら、任務にも支障が出るわ。そうでしょう?」

「……そうだね。カイが無事に帰って来れるように、僕達がちゃんとサポートしてあげなくちゃ。」

 

 互いに励まし合うような笑みを浮かべて、2人はオペレータールームへと戻るのだった。

 

   ~*~

 

 その頃、イセリナ山を越えた先にある荒野でも動きがあった。

 

「ええ。すぐ戻るわ。だからそれまで大人しくしてて頂戴ね。それじゃ。」

 

 小型タブレットでの通話を終え、アシュリーは心底ガッカリしているような溜息を吐く。

 彼は申し訳なさそうに顔を上げると、残りの昼食をのんびり食べているアサヒと、早々に食事を終えてコーヒーを啜っているザクリスを見つめて呟いた。

 

「ごめんなさい。ちょっとうちの子がドジ踏んで豚箱に入り込んじゃったらしいの。迎えに行かなくちゃいけないから、此処で暫くお別れになっちゃうわ……」

 

 ザクリスとアサヒは互いに顔を見合わせた後、アシュリーを見つめて心配そうな表情を浮かべる。

 

「いやまぁ、そりゃ別に構わんのだが……豚箱に入り込んだって、お仲間さんは大丈夫なのかい?」

「ええ。でも、サクッと迎えに行って、サクッと連れて帰らなくちゃ。」

 

 そう言って立ち上がるアシュリーに、ザクリスが何処かホッとした様子で呟いた。

 

「まぁ、俺達と一緒に瓦礫街に行くくらいなら、そっちに行った方が良い。ディスクやゴーストについて嗅ぎ回ってると知られたら最後。どうなるかわかったもんじゃねーからな。」

「あー!やっぱり!私も一緒に行くって言った時、貴方すっごく面倒臭そうな顔してたものね!」

 

 ぷくっと頬を膨らませて憤慨するアシュリーだったが、ザクリスはそんな彼を宥めるように言葉を続ける。

 

「別に面倒だと思ってた訳じゃねーけどよ……お前に何かあってみろ。お前の手下達に地獄の一丁目まで追っ駆け回される破目になるじゃねーか。」

「それってつまり、私の事心配してたって言いたいワケ?」

「おう。」

 

 何でもなさそうに頷いたその一言が、アシュリーの顔色を変えた。

 先程までの不機嫌さは一瞬で消し飛び、彼の頬がポッと赤くなる。

 恥ずかしそうに微笑みながら、彼はしどろもどろに呟いた。

 

「そ……そう。そうだったの……心配してくれてただけなら別に良いわ。あ、ありがとね!私そろそろ行くから!」

 

 いそいそと愛機である漆黒のステルスバイパーの元へと駆けてゆくアシュリーだったが、キャノピーを開けようとしたところで彼はふと手を止めて振り返り、叫んだ。

 

「ねぇ!!また、会えるかしら?!」

「なんだよ!俺達がそう簡単にくたばるとでも思ってんのかぁ?!」

 

 何処かからかうようにザクリスが叫び返せば、アシュリーはぶんぶんと首を横に振る。

 

「そんな事無いわ!そんな事無いけど……」

 

 そこまで言って、アシュリーはふと口籠る。

 離れたくない。と素直に言って良いものかどうか……流石に引かれてしまうだろうか?それとも、子供臭いと馬鹿にされるだろうか?……あぁ、悩むくらいなら聞かなければ良かった。と考え始めた時だった。

 

「わり。そんな事ないけど。の後が声ちっさくて全然聞こえなかった。なんつった?」

「ひぇっ?!」

 

 考え込んでいた間に駆け寄って来たのだろう。

 目の前に立ち顔を覗き込んで来るザクリスに、アシュリーは思わず思考が止まる。

 みるみる真っ赤になりながら、彼はしどろもどろに捲し立てた。

 

「な、なんでもないわ!ホント、別に何でもないの!ただちょっと心配だっただけだから!気にしないで頂戴!」

 

 そう言うが早いか、彼はキャノピーを開きコックピットへ逃げ込もうとする。が……

 

「あ。ちょい待て。」

 

 ザクリスはそんな彼の腕を不意に掴んで引き留めると、ただ一言、そっと呟いた。

 

「またな。」

「え……ええ。また……ね。」

 

 ぽかんと放心したように返事を返して、アシュリーは今度こそステルスパイパーに乗り込む。

 恋する毒蛇を乗せたステルスバイパーは、のそのそととぐろを解いてアジトへの帰路に就き、それを確認して戻って来たザクリスへ、アサヒが呆れたように声を掛けた。

 

「……お前さん、なーんも気付いとらんだろう?」

「何が?」

「なんでわざわざ、アシュリーがまた会えるかと聞いて来たのか……」

 

 案の定、ザクリスは首を傾げて怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「またな。って言って欲しかったんだろ?アイツ昔っから変なとこでコミュ障だし。」

「……おん。そうかい……」

 

 呆れと諦めの入り混ざった声音でそう返事を返すと、アサヒは残りのスープを飲み干す。

 

(いくら女性恐怖症のせいで惚れた腫れたに疎いとはいえ……程度っちゅうもんがあるだろうに……)

 

 ホワイトコロニーで行動を共にしてからつい先程まで……アシュリーと行動を共にしていた間に、アサヒはアシュリーがどのような人物なのかをある程度理解していた。

 体こそ男であるが、その心は女性そのものである事。面倒見が良く世話好きである事。感情豊かで、根は天真爛漫な性格をしている事……そして何より、ザクリスに恋をしているのだという事。

 アサヒ自身はあまり人の恋愛ごとに関わるべきではないと思っているのだが、ザクリスが此処まで鈍くては、どうにもアシュリーを応援してやりたくなってしまう……

 

「それにしても、まさかあのディスクの出所が瓦礫街とはなぁ……」

 

 アシュリーやアサヒの気持ちなど露知らず、ザクリスはアサヒの隣に座って煙草に火を点けながら呟いた。

 その一言にハッと我に返ったアサヒは、空になった食器に視線を落とす。

 

「俺達にとっちゃぁ……二度と行きたくない場所だからなぁ……」

 

 そう。

 この2人にとっても、瓦礫街は因縁浅からぬ場所であった。

 

「どうする?お前、今回は街の外で留守番してるか??」

「って事は何かい?お前さん1人で行くってのか?」

 

 ギョッとした様子で訊ね返したアサヒの視線の先で、ザクリスは紫煙を吐き出しながら空を眺めていた。

 

「つーか、それしかねぇだろ?俺はともかく、お前にとってあの街はトラウマが多過ぎる。」

「そんな……あの街で一番酷い目に遭ったのはお前さんの方だろう?!」

 

 思わず大声を上げたアサヒに、ザクリスは呆れたような視線を向ける。

 

「俺は別に。つか、お前が俺の事まで自分の事みてーにいつまでも気にしてるから、余計心配なんだよ。何かの拍子に嫌な事思い出して、身動き取れなくなってみろ。今度こそ死ぬぞお前。」

「それは……」

 

 ザクリスは口籠るアサヒの頭にポンッと手を置き、優しくわしわしと撫でてやりながら呟いた。

 

「それにな、俺が街でゴーストとやらを探してる間、タイガーの見張りがいねーんじゃ心もとねぇんだよ。あの街の駐機場、マジで窃盗犯だらけだかんな……」

「まぁ……それに関しちゃ否定はせんが……」

 

 不服そうに呟き返して、アサヒは疑うようにジトリとした視線をザクリスへ向ける。

 

「俺がおらんのを良い事に、無茶をしたりせんだろうな?」

「流石にしねーよ。お前に泣かれるの滅茶苦茶面倒だし。」

「人を泣き虫みたいに言うな。阿呆。」

「実際泣き虫だったろ。童顔チビ助。」

 

 2人はそのまま暫く静かに睨み合っていたが、やがて互いにやれやれといった様子で溜息を吐くと、そっと言葉を交わし合った。

 

「ヤバけりゃすぐ引き上げてずらかるぞ。」

「おん。タイガーの面倒は任せてくれぃ。」

 

 彼等は視線も無しに拳をコツンとかち合わせ、ふと微笑む。

 裏社会の入り口とも呼ばれる犯罪の街……瓦礫街に、物語の役者達が集結しようとしていた。




Pixiv版第19話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11109323


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第20話-ゴースト-

 裏社会の入り口と呼ばれる町「瓦礫街」でディスクをばら撒く謎の少女、ゴースト。

 不可思議なのは、何処からともなく現れて、何処へともなく消えてしまうという事。

 まるで……話で聞いた昔の母さんみたいだ……

 もしかして、ゴーストも母さんと同じ古代ゾイド人なんだろうか?……いや、流石に考え過ぎか……

 [エドガー]

 

[ZOIDS-Unite- 第20話:ゴースト]

 

 5月21日。午前9時半前。

 カイはホエールキング内の一室で黙々と出発準備を整えていた。

 任務ではあるが、この日の服装は以前の私服姿。

 いくらガーディアンフォースの任務服が統一ではないとはいえ、服の型にある程度のパターンがある。正体がバレるのを防ぐ為、敢えて任務服は着ない事にしたのだ。瓦礫街に再び足を踏み入れる以上、いくら念を入れても入れ過ぎという事は無い。

 グローブの下に忍ばせたGPSブレスレットと、会話をホエールキングへ流す為に服のチャックリングへ取り付けたチャーム型盗聴器、そしてイヤリングに偽装したワイヤレスの骨伝導イヤホンは、クルトがこの日の為にわざわざ作ってくれた物だった。

 

「……ホント、機械に関しては一目置けるのになぁ……」

 

 チャックリングにぶら下がったチャーム型盗聴器を手に乗せて、カイは苦笑する。

 1人で瓦礫街に乗り込む事をあれ程反対していたというのに、いざ正式に任務の詳細が発表された途端にコレである。なんだかんだで仕事人気質なのだろう。真面目で頭の固い彼らしい。

 

『機械に関して は とはなんだ。は とは。』 

「うぉ?!」

 

 不意に骨伝導イヤホンから伝わって来た不機嫌な声に、カイは面倒臭げな表情を浮かべる。

 

「なんだよ。もう電源入ってんのかコレ……」

『今電源を入れた所だ。もう一度感明テストをしておこうと思ってな。』

「そりゃご苦労さん。ナイスタイミング。」

『ふんッ……』

 

 すっかり(へそ)を曲げた様子のクルトに「ガキかよ……」と頭の中でぼやきながら、カイはテーブルの上に放り出していたウエストバッグを手に取り、テーブルの上に並べた物を一つ一つ確認し始めた。

 折り畳みナイフと小型ライトは以前から使っていた物だが、ワイヤーリールはガーディアンフォースに入った際、より小型で強度のある物に替えて貰ったし、愛用の拳銃と型の合う予備マガジンも、今回の任務を機会に2つ用意して貰った。中には勿論実弾が装弾数一杯詰めてある。それらをウエストバッグにしっかりと仕舞い込んで、いつものように腰に巻く。

 ホルスターから拳銃を取り出した所で、再びクルトから話しかけられた。

 

『ところでお前、本当に銃なんか扱えるのか?』

「……なんだよ。お前この部屋監視でもしてんのか??」

 

 いくら機材越しに音声が繋がっているとはいえ、絶妙なタイミングの問いにカイが怪訝そうな表情を浮かべる。

 室内をぐるりと見渡した限りでは、監視カメラらしきものは何処にも無さそうだが。

 

『ホルスターから銃を抜く音が聞こえてな。疑問に思っただけだ。』

「音だけで分かるって……機械オタク此処に極まれりって感じだな。」

『なんだと?!』

「つーか、伊達で本物の拳銃持ち歩いてるとでも?」

『……持ち歩くだけなら誰でも出来るだろう。』

 

 疑うような声音に、カイは溜息を吐きながらマガジンを抜き、実弾がフルで詰まっている事を確認して再びマガジンをグリップ内へと叩き込む。その手付きは何処か手馴れていた。

 

「家を飛び出したばかりの頃、世話になった奴に貰った拳銃だ。その時に銃の事は一通り教えて貰ってる。撃ち方も、分解の仕方も、組み立て方も、手入れの仕方も。これでもそこそこ使い慣れてんだぜ?滅多な事じゃ撃たねーけどな。」

『……それはつまり、殆ど撃った事が無いのと同じじゃないか?』

 

 怪訝さを隠そうともしないクルトに、カイはふっと笑みを浮かべる。

 

「そういう約束なんだよ。」

『約束?』

 

 カイはそれ以上語ろうとはせずに、きちんとセーフティーロックが掛かっている事を確認すると、拳銃をホルスターへ再び仕舞った。

 

「安心しろよ。滅多な事じゃ撃たねーけど、練習ならそこそこやってたし。」

『対人戦闘訓練だけじゃなく、射撃訓練だってきちんと受けてないだろ。お前。』

「今までこうして五体満足に生き延びて来たのが何よりの証拠。ってな。」

 

 気楽そうに伸びをして、カイは部屋を後にする。

 その足取りは、これから危険な街へ赴くというのに緊張や重苦しさの類は一切無い。

 まるで何処かに遊びに行こうとしているかのように、カイは頭の後ろで手を組みながら呟いた。

 

「そういや、今回はディバイソン連れて来てねーの?」

『今回連れて来たゾイドはライガーゼロだけだ。戦闘ではなく、あくまで撤収時のお前の回収が目的だからな。……とはいえ、ブレードライガーと違ってライガーゼロは単座機だから―」

「あー。大丈夫大丈夫。そこはレンと話詰めてあっから。」

 

 ホエールキング内の倉庫に辿り着き、カイは中に入る。

 目当ての物はフライングボードと呼ばれるボードだ。

 ホバーボードの進化系であるフライングボードは、その名の通り空を飛べる程の浮力を持った小型ボードで、これを用いたフライトボールという新スポーツや、アクロバットパフォーマンスも近年盛んに行われている。

 嫌でも人目を引いてしまうブレードイーグルで、のこのこと瓦礫街に乗り付ける訳にはいかない為、今回はこのフライングボードでホエールキングを出発する事になっていた。

 

「じゃ、俺はハッチの前で待機してるから。出撃ポイントに到着したら教えてくれ。」

『了解。』

 

 その短い事務的な返事に思わず苦笑を浮かべながら、カイは乗船ハッチへと向かう。

 ハッチの前へと辿り着いた時、カイはふと足を止めた。

 そこには、ハッチの横の壁に背を預けて立っているレンがいた。

 

「よぉ。」

「おう。」

 

 短い言葉を交わし合い、カイはレンの隣に立つ。

 フライングボードと一緒に抱えていたゴーグルをてきぱきと身に着け、ベルトの長さを調整した後、一旦グイッと額の上にゴーグルを押し上げてフライングボードを小脇に抱え直す……その姿を眺めながら、レンがそっと呟いた。

 

「……いよいよ。だな。」

「ああ。」

 

 何処かリラックスした様子で微笑みながら返事を返すカイだったが、レンの不安そうな表情は和らがない。

 カイは困ったように笑いながらレンを見つめた。

 

「そんなに心配すんなって。ちゃんと生きて帰って来るって約束しただろ?俺、嘘は吐かねーよ。」

「いやまぁ……約束したけどさぁ……お前がちゃんと帰って来てくんねーと困るんだよ。」

「困るって……なんで?」

 

 きょとんとした顔で訊ねれば、レンは口を尖らせながら呆れた視線をカイへ向ける。

 

「今日、何月何日だ??」

「はぁ??」

「何月何日だ???」

「ご……5月21日……」

「3日後は何の日だったっけ?」

「あ……」

 

 何やら思い出した様子のカイに、レンは心底呆れた溜息を吐いて呟いた。

 

「パーッと騒ごうぜっつったじゃん……」

「いや、まさか覚えてると思わなくて……」

 

 そう。レンが言っているのは、ガーディアンフォースに入隊したあの日のやり取りの事だ……

 

―来月誕生日って、何日??―

―に、24日……―

―よっしゃ!じゃぁそん時はパーッと騒ごうぜ!!―

 

 第二格納庫で初めてレンと出会った際に交わした会話が脳裏を過る。

 あんな何気ない会話を覚えていたとは……

 

「お前律儀だなぁ。」

「あー!それどっかで聞いた奴!!」

「ははははは!」

 

 いつだったかレンに言われたのと同じ言葉を返せば、レンもそれに気付いたのだろう。可笑しそうに笑いながら、してやられた。といった表情を浮かべる。そんなレンが可笑しくてカイも笑い声を上げた。

 だが、カイはふと寂しげな笑みを浮かべると、足元に視線を落として静かに呟いた。

 

「……ありがとな。」

「え?どうしたんだよ急に……」

 

 微かにギョッとした様子でレンが問う。

 カイは足元に視線を落としたまま、無表情に語り出した。

 

「今回の任務……情報収集の為に、盗聴器が会話を常時記録する事になるだろ?そうなるとさ、バレるじゃん。俺があの街に居た頃、何があったのか……とかさ。」

「カイ……」

「誕生日祝うって言ってくれてんのにさ、俺がろくでもない奴だってわかったら……折角仲良くなったのに、嫌われたり、気不味くなったりしちまうんじゃねーかって思ってさ。だから、そうなっちまう前に……先に“ありがとう”って―」

「俺は、何があってもお前を嫌いになったりしない。」

 

 遮るようにキッパリと言い放ったレンに、カイは思わず目を丸くする。

 そんなカイに対し、レンは得意げにニヤッと笑った。

 

「俺、嘘は吐かねーよ。」

「……それ、俺がさっき言った奴。」

 

 呆れたような口調でぼやくカイだったが、その顔には安堵の笑みが浮かんでいた。

 レンも、そんな彼を見つめてようやく安心した表情になる。

 ふと思い立ったように、レンはカイの目の前に拳を突き出して笑った。

 

「撤収する時は全力で合流ポイントに来いよ。」

「おう。頼んだぜ。」

 

 カイも笑みを浮かべて、差し出された拳に拳をカチ合わせる。

 その直後、ハッチの上部ランプが点灯した。

 

『出撃ポイントに到着しました。ハッチを開くので少し下がっていて下さいね。』

 

 イヤホンから伝わって来た声はクルトではなく、ホエールキングの乗組員ヴェルナ=リンキネンの声だった。

 カイは少し下がらせるようにレンの肩をそっと押す。

 レンも、数歩後ろに下がると、壁の取っ手を掴んで頷いた。

 開かれたハッチから船内の空気が気圧差で吸い出され、ごうごうと音を立てる。その音の中でもハッキリと聞き取れる程の大声で、レンが叫んだ。

 

「気を付けて行けよ!!!」

「あぁ!!ちょっくら行って来るぜ!!!」

 

 額の上に押し上げていたゴーグルをしっかり装着し、カイはフライングボードを抱えたまま外へ飛び出す。

 空中でボードの上に乗り、手にしていた無線式の小型リモコンを操作すれば、ボードに浮力と推進力が発生して空中を滑り出した。

 みるみる小さくなっていくホエールキングを最後に一度だけ振り返った後、カイはそっと胸の内で呟いた。

 

(必ず生きて戻るからな……無傷とはいかないけど……必ず……)

 

 薄紫色の瞳が、ゴーグルの下で決意と一抹の不安に揺れた。

 

   ~*~

 

 瓦礫街はかつてと寸分違わぬ様相でカイを迎え入れた。

 無造作に積み上げられた瓦礫の山……その中央に向かって、大小様々な道が迷路のように縦横無尽に伸び、広い道沿いには怪しげな店がズラリと軒を連ねている。店員達は誰もが皆、濁った眼をぎらつかせながら客という名のカモを品定めし、路上の至る所では、怪しげな者達が何やら取引に勤しんでいる。

 辺りにはゴミや吸い殻と共に、空になった薬莢やガラス片、干乾びた肉片と思しき何かまでもが散乱し、飛び散った血の跡もそこかしこに見受けられた。

 煙草や麻薬を吸う者、こんな朝っぱらから酒を呷る者、ゴミを漁る者、物陰で汚らしい布に身を包み眠る者……様々な者達がひしめいているが、総じて言えるのはただ一つ。相変わらず誰一人まともではない。という事だけだ。

 不意に、カイの進む道の先から怒号と何かの割れる音が響き渡る。

 直後、前方の店から顔面を抑えた男が転げ出て来た……酒瓶か何かで顔を殴られたのだろう。ガラス片の突き刺さった顔から血を流し、呻きながら立ち上がろうとした男は、店から出て来た別の男に頭を撃ち抜かれ、呆気なく息絶えた。

 

『なんだ今の音は?!カイ!無事か?!返事をしろ!!』

 

 骨伝導イヤホンから響くクルトの切羽詰まった声には答えず、カイは先程男を撃ち殺した者に笑いかけた。

 

「またツケを徴収し損ねたな。グレッグ。」

「おう。カイじゃねーか。お前戻って来たのか。」

 

 グレッグと呼ばれた男は、手にしていたショットガンを肩に担ぎ、不思議そうな表情でカイを見つめた。

 

「戻って来たっつーか、まぁ、ちょっと野暮用。」

「その歳でこの瓦礫街を自分の庭みてーに歩き回るような度胸があるのは、せいぜいお前くれーのもんだ。しかし野暮用たぁ言うがよ、首領(ドン)がお前が戻って来たのを聞きつけたら色々と面倒だぜ??」

「ところがどっこい。その野暮用ってのが首領(ドン)絡みなんだよなぁ。」

「おいおいおい。馬鹿言うもんじゃねぇ。殺されちまうぞ。」

「大丈夫だって。これでも一応、まだ“1つ”だしな。」

 

 まだ1つ……その一言にグレッグは血相を変えて、カイの肩を掴む。

 

「悪ぃこたぁ言わねぇ。お前を見かけたのは黙っといてやっから、サッサと帰れ。お前の腕なら、わざわざこの街と関わらなくても情報屋として十分やっていけるだろうが。」

 

 だが、カイは肩を掴むグレッグの手をそっと下ろさせて笑った。

 

「グレッグこそ、その面倒見の良さなら別のとこでも十分店開けるだろ?」

「だっはっは!そいつぁ無理ってもんだ!頭に来たら即鉛玉ぶち込まねーと気が済まねぇ性分だからな!」

 

 豪快に笑いながら、足元に転がる死体をくいっと親指で指し示すグレッグに、カイもニヤッと笑った。

 

「だろ?俺も似たようなもんだよ。時々無性に恋しくてしょうがねーのさ。」

「恋しいって、この掃き溜めがか??」

 

 怪訝そうな表情を浮かべたグレッグに、カイはふっと笑って歩き出しながら、振り返りもせずに答えた。

 

「スリルがだよ。シャバはぬるくて欠伸が出る。」

 

 そのまま歩き続けながら、カイは顔を動かさずに視線だけで辺りに人が居ない事を確認し、小声で呟いた。

 

「あの程度でギャーギャー喚くなよ。あんなの日常茶飯事だぞ。」

『つくづく信じられん街だな……怪我は?』

「無い。」

『……そうか。』

 

 何処かホッとした様子のクルトに、カイは思わず呆れ顔になってしまう。

 嫌いだ。などと面と向かって言って来た割には、妙にコチラを気にかけ、心配してくる……真面目故なのか、それとも口で言う程嫌っている訳ではないのか……まぁ、どちらであろうと普段口煩くてたまらないのは確かだが。

 

『……ところでお前、その街で何があったんだ?』

「ん~?」

 

 唐突な問いにとぼけるような声を上げれば、クルトはムキになった様子で捲し立てた。

 

『さっきの会話の事だ!首領(ドン)だの!殺されるだの!お前一体その街で何をやらかした?!』

「カッカすんなよ。どうせすぐわかる。」

 

 そう答えたカイの声には感情の類など一切無く、それが逆に不気味な程の言外の圧としてクルトに伝わる。

 思わず口を噤んだクルトに対し、まるで様子を伺うように、チラッと骨伝導イヤホンの方へ視線を向けた後、カイは再び歩き出した。

 

   ~*~

 

 カイが辿り着いたのは、瓦礫街の中心部に近い、とある酒場だった。

 何の躊躇いも無く酒場へと足を踏み入れたカイだったが、やって来たのがカイであると気付いた店内の者達は、皆一様に睨み付けるような視線を彼に向ける。その視線に微塵も臆せず、店の奥へと進むカイの目の前に、銃を手にした男が2人、立ち塞がった。

 

「これはこれは。また随分と懐かしい奴が来たもんだ。なぁ?カイ。」

「いっとくがこの奥に通す訳にゃいかねーぞ。どの面提げて戻って来やがった。この裏切り者がッ……」

 

 だが、カイは仲間に見せた事の無い擦れた嗤みを浮かべ、立ち塞がる男達を真っ向から見つめ返す。

 

「どの面って、この顔以外の面なんかねーよ。それとも整形した奴しか入店出来ねぇ決まりにでもなったか?まぁその割にお前らの顔は、相も変わらず不細工のまんまみてーだけど。」

「お前こそ、相変わらず口と度胸だけは一人前だな。首領(ドン)のお抱えだったのは伊達じゃねぇってか。」

 

 微かな呆れと苛立ちを滲ませながら嗤う男に、カイは言い放った。

 

「用があるのは首領(ドン)だけだ。てめぇらに用はねぇ。失せな。」

「そう言われて、はいそうですか。と言うとでも思ってんのか?!」

 

 男の1人がカイの額に銃口を押し付けるが、カイの態度は変わらない。

 余裕すら感じさせる嗤みを浮かべたまま、瞳だけがただ冷たく男を見据えている。

 だが、不意に店の奥から声が響いた。

 

「カイが来たのか?」

「「首領(ドン)!」」

 

 カイへ銃を向けていた男2人が、(うやうや)しい態度でサッと両サイドへと下がる。

 直後、店の奥から姿を現したのは、右顔面が火傷の痕に覆われた初老の男性……この男性こそが、瓦礫街の西側一帯を縄張り(シ マ)とする首領(ドン)、アブラハム=ユングクヴィストその人であった。

 アブラハムは残された左目でカイを真っ直ぐ見据えると、厳かに口を開いた。

 

「此処に戻って来るという事がどういう事か……覚悟の上で来たのだろうな?」

「ああ。」

 

 短く、だが迷いなく即答したカイに、アブラハムは薄く笑う。

 

「本当に惜しい奴だ。あの一件さえなければ、今頃わしの右腕も夢ではなかっただろうに。」

「そこまで目を掛けて貰えてたのは本当に感謝してるよ。けど、あんたの右腕なんて、俺には荷が重すぎるぜ。」

 

 そう言って困ったように笑えば、アブラハムは残念そうな溜息を一つ吐いて呟いた。

 

「マグヌス、イサク。カイを印の間へ連れて来い。」

「はい。」

 

 先程両サイドへと下がった男2人……マグヌスとイサクに連れられ、カイは店の奥へと姿を消した。

 

   ~*~

 

 店の奥の部屋の隅……そこには、地下へと続く細長い階段が作られている。

 その地下室こそが、印の間と呼ばれる場所であった。

 燭台の明かりだけで照らし出された薄暗いその部屋で、カイはか細い溜息を一つ吐く。

 正直、これから起こる事は既に一度経験している為、さほど恐ろしいとは思わないが……そのやり取りがホエールキングで帰りを待つ仲間達へと筒抜けになってしまう事が……酷く気分を落ち込ませる。

 少し遅れて部屋へ入って来たアブラハムが、カイの前に立ち、そっと訊ねた。

 

「西の印の意味は、覚えておるな?」

「1つ目で組織の追放。2つ目で縄張り(シ マ)の追放。3つ目で街からの追放。だろ?」

「それを踏まえた上でもう一度だけ訊こう。その覚悟があるのだな?」

「ああ。だから此処に居る。」

「……そうか。」

 

 アブラハムは、迷いを断ち切るかのような鋭い声でマグヌスとイサクへ命じた。

 

「膝をつかせて服を脱がせろ!」

 

 その言葉にどよめいたのは、ホエールキングでやり取りを聞いている仲間達だった。

 

『おい!ちょっと待て!!……』

『クルト……お前、カイが今どういう状況なのかわかんの?』

 

 イヤホンから聞こえる声など、聞こえないふりをして、上半身裸になったカイはマグヌスとイサクに押さえつけられるがまま膝をつく。

 ……カイの右の鎖骨の下には、焦げ茶色の入れ墨のような痕があった……

 

『カイ!まさかお前―』

 

 クルトの言葉を遮るように響いたのは、痛みに叫ぶカイの声と、何かの焦げるような音……

 レンとクルトは勿論、ホエールキングの乗組員達までもが、その声と音に青ざめ凍り付いた。

 

「ッく……」

 

 だが、カイはすぐに歯を食い縛り、押し当てられた焼きゴテが離されるまで、息すら止めて声を押し殺す。

 その様を見て、アブラハムが独り言のように呟いた。

 

「全く、あの時といい今回といい、見上げた根性だ……」

 

 押し当てられいた焼きゴテが離れた時、カイの鎖骨の下には2つ目の烙印がくっきりと捺されていた……

 直後、カイは荒い息をしながら呼吸を整える。

 烙印は……皮膚が焼けて変色し、痛覚神経まで焼失してしまう。捺された瞬間は激痛だが、神経まで焼けた後は逆に何も感じない……

 押さえつけられていた手を離されたカイは、先程叫んだのが嘘のように、ただ無表情に新たな烙印を眺めていた。

 

「……で、だ。ほんの一時であったとはいえ、曲がりなりにもわしのお抱えの情報屋をしておったお前が、2つ目を捺されると知りながら、わざわざ掟を破ってまでわしに会いに来たのは何故だ?わしの元を訪れずとも、お前の腕ならば大抵の情報は集められるだろうに。」

 

 アブラハムの言葉に、カイは脱がされた服を拾い上げながら訊ねる。

 

「ゴーストに……確実に接触するには、どうすれば良い?」

「……なるほど。ゴーストか。ならばお前がこうして此処に居るのも合点が行く。お前は命知らずだが馬鹿ではない。」

 

 何処か納得したように頷いて、アブラハムは答えた。

 

「中心広場へ歩きながら、ディスクの事を訪ねて回れ。そうすればゴーストの方から接触して来るだろう。」

「……わかった。余計な手間掛けさせて悪かったな……ありがとう。」

 

 カイはそう言い残すと、元通りに服を着こんで彼の元を後にした。

 

   ~*~

 

『お前馬鹿だろ!!正気の沙汰じゃないぞ!!確実な情報かどうかもわからんというのに!!』

 

 アブラハムの元を後にした直後、カイはクルトの苦言に顔をしかめていた。

 

「確実だよ。この街を取り仕切る東西南北の首領(ドン)達なら、瓦礫街の事を全て把握してる……」

『とはいえだな!』

「なんだよ。俺の事嫌いだっつった癖に心配してくれてんのか?」

『誰が!!』

 

 ぎゃんぎゃんと怒鳴るクルトに、カイは思わずイヤホンを外して投げ捨ててやろうかと一瞬考えたが、任務である以上、通信手段を失う訳にはいかない。

 

『カイ……傷、大丈夫か?』

 

 恐る恐る訊ねて来たレンに、カイはへらっと笑う。

 

「まぁ、一度経験してるしどうって事ねーよ。痛覚神経まで死んでるから痛みもねーし。たかが1.5インチ四方に収まるような火傷で死ぬ奴なんか、聞いた事ねーよ。」

『……世の中には感染症というものがあってだな……』

『えぇ?!ヤバいじゃん!!』

「おい馬鹿クルト。レンびびらせんじゃねぇ。余計心配するだろうが。」

 

 心底面倒臭そうに呟くカイに、クルトはふんっと鼻を鳴らし、レンはおろおろとしながら呟いた。

 

『と、とりあえずさ、戻ったら即行医務室行こうな。な?』

「……そうだな。一応薬くらい貰っとくか。」

 

 若干面倒臭そうに答えるカイに対し、クルトは不機嫌な態度を隠そうともせず口を開く。

 

『とりあえず。だ。その街で何があったのか……いい加減説明しろ。お前が一体その街でどういう立場に置かれているのか、情報が断片的過ぎて全くわからん。』

「……そーだな。そろそろ喋っとかねーとお互いスッキリしねーだろうし。掻い摘んで話してやるよ。つっても、全然面白くもなんともねー話だけど……」

 

 カイは人目に付かない適当な瓦礫の隙間へ身を隠すと、頑なに閉ざしていた重い口を開いた。

 

「瓦礫街は、東西南北の4つの縄張り(シ マ)に分かれてて、それぞれに首領(ドン)って呼ばれてる元締めが居る。西は北と協力関係。東も南と協力関係で……ようは北西と東南で対立してんだ。この街に来たばっかの頃、西の首領(ドン)に気に入られて……お抱えの情報屋として活動してたんだけどさ。」

 

 ふと、彼の表情が陰る。

 今にも泣きだしそうな切ない眼差しで、瓦礫の隙間に覗く空を見上げながらカイは呟いた。

 

「俺……その時に、生まれて初めて“親友”って呼べる奴が出来たんだ……」

『親友?……』

 

 不思議そうにぽつりと呟いたレンに、カイはふっと自分を嗤うような声を漏らして投げ遣りに語る。

 

「まぁ親友っつっても、その正体は西の首領(ドン)のお抱えである俺を殺す為に、南の首領(ドン)が差し向けた差し金だった。……ってオチなんだけどさ。」

『え?じゃぁ……』

「騙されてたんだよ。最初はな……」

 

 当時を思い返すように、空を見上げたまま目を閉じる。

 自分を殺す為に近づいて来たあの少年を、彼は今でもハッキリと思い出せた。

 

「けど、俺とそいつの間には……いつの間にか本物の友情が芽生えてて……いつまで経っても俺を殺せなかったそいつに痺れを切らした南の首領(ドン)が、わざわざ別の連中を差し向けたんだ。丁度その頃は、西と南の間で大規模な抗争が起きる寸前で……奴らは西側の動向を知りたがってた。」

 

 ガックリと項垂れたカイの顔から、ふっと表情が消え失せる。

 

「連中は使い物にならなかった俺の親友を、目の前で拷問し始めたんだ。どれだけ叫んでも、どれだけ泣いても、俺は何も出来なくて……知ってる事を全部喋れば助けてやるって言葉に、縋るしかなかった。嘘だってわかってたのにさ……」

『……』

 

 絶句する仲間に、カイは嗤う。自分自身を蔑み、(なじ)るような嗤いは、声音にも滲んでいた。

 

「結果は勿論お察しの通り。俺に情報を吐かせた連中は、置き土産にそいつへ鉛玉ぶち込んでとんずら。俺はと言えば、南の連中に情報吐いた裏切り者として烙印を捺され、西の組織から追放されちまった……今でも目の前で仲間を傷付けられるのが怖いのは、それがトラウマになっちまってるからってワケだ。救いの無い街に救いを求めちまった俺が馬鹿だったんだ。奪われるだけ奪われて、何も出来ずに逃げ出した……ろくでなしの卑怯者だよ。俺は……」

『カイ……』

 

 なんと声を掛ければ良いのかわからず、レンは口籠る。

 その隣で、静かな長い溜息を一つ吐いたクルトが、呆れ果てた声音で呟いた。

 

『……だから、お前なりに裏社会へのけじめとやらを付けたかった。と言う訳か……言っておくがな、そうやって自分を危険に晒して、傷付けたところで、所詮はただの自己満足だ。お前がしている事は、殺された親友への償いにも、裏社会へのけじめとやらにもなりはしないぞ。』

「……お前さぁ、嫌味しか喋れねー(やまい)でも患ってんの?……」

「俺はただ事実を言ったまでだ。」

「ケッ……」

 

 教えろというから教えてやったというのに……と、カイは擦れた眼差しで俯く。

 クルトの言葉は、過去に囚われたままのカイを苛立たせるだけだった。

 

「……テメェに言われなくても、そのくらいわーってっんだよ。だから言いたくなかったんだ。」

 

 駄目だ、こんな事言うべきではない……こんなのただの八つ当たりだ……

 頭の片隅で理性が必死に止めようとしているが、苛立ちに任せて開いた口は、もう止まらなかった。

 

「どうせテメェの言う通り、ろくでなしの自己満足だよ。けど別にテメェに関係ねーだろ。教えろ教えろってせっついた癖して、口を開きゃ嫌味かよ。テメェ一体何様なんだ。」

『なんだと?!』

「せいぜいそうやって安全なとこからヤジ飛ばしてろ。このインテリ野郎。」

『お前なぁッ……自棄の次は八つ当たりか?!ふざけるのも大概にしろ!』

「俺は別に最初ッからふざけちゃいねーよ!どんなに自己満足だろうと!自棄だろうと!こちとら過去に押しつぶされそうなのを必死に耐えて此処に来たんだ!そんなに俺の姿が馬鹿らしいと思うならなぁ!お前だって目の前で親友殺されりゃ良いんだ!!そうすりゃわかるさ!!どんなに自分を傷付けても傷付け足りない気持ちが―」

『そんなに死に急ぎたいなら一人で勝手に―』

 

 クルトの怒鳴り声を、乾いた音が黙らせた。

 怪訝そうな表情を浮かべたカイの耳に……最初に届いたのは、震えたレンの声だった。

 

『クルト……お前今……何言おうとした?……』

 

 その声に、カイも思わず言葉を失って我に返る。

 痛い程の気まずい沈黙が、彼らを包んでいた……

 

   ~*~

 

 ホエールキングのブリッジでは、誰もがレンとクルトを見つめていた。

 平手打ちされた頬を押さえて固まったクルトは……両目に涙を浮かべた幼馴染の姿を、見開いた瞳にただ映して言葉を失っている。

 レンは声だけでなく、肩まで震わせて口を開いた。

 

「仲間相手に……間違ってもそんな事言うなよッ……クルトもカイもッ……いい加減にしてくれッ……」

「……すまん……」

「謝る相手が違うだろッ……」

「……」

 

 怒鳴るのを必死に堪えているようなレンの声に、クルトはそこでやっと、彼の浮かべる涙が悲しみではなく、やり場に困った怒りから溢れた物であることを察した……

 先程まで感情に任せて怒鳴っていたとは思えないほど静まり返った声で、クルトは通信用のマイクへ呟いた。

 

「すまん……言い過ぎた……」

『……別に言い過ぎって訳でもねーんじゃねーの?そう言われても当然なのはわかって―』

「カイ!!!」

 

 とうとう、レンが叫んだ。

 

「お前も自分を(ないがし)ろにすんな!お前が瓦礫街に行ったのは死ぬ為じゃねーだろ!!」

『……』

 

 黙り込んだカイの沈黙を聞いた後、レンは身の内に沸いた怒りを追い出すかのように長い息を一つ吐く。

 幾分落ち着きを取り戻した彼は、静かにカイへ呼びかけた。

 

「なぁ、カイ。お前言ったよな?嘘は吐かねーって……」

『……あぁ。』

「必ず生きて戻って来るって、約束したよな?……」

『……あぁ。』

「だったら……自分の事を死んでも当然だなんて言うなよ……必ず帰って来るって、信じて待ってるってのに……俺だけじゃない。ホエールキングの皆だって、ベースに残ってる人達だって……皆お前が帰って来るの待ってんだぞ。親友を助けられなかったお前が、お前の全部じゃないんだ……もう少し、自分を大切にしてくれよ……」

『……ごめん。』

 

 ポツリと謝るカイに、レンは疲れた様子でぼやくように呟いた。

 

「お前も謝る相手が違うっての……なんでお前ら、揃いも揃って俺に謝るんだよ……」

『あ~……えっと……』

「目の前で親友殺されりゃ良いなんて、二度と言うなよな……その辛さを誰よりも知ってるお前がそんな事言っちまったら、駄目だろ……」

『そう……だよな。』

 

 カイは消え入るような声でそっとクルトに呼びかける。

 

『クルト……その、俺も言い過ぎた……ホントにごめん……』

「……お互い様だ……もういい……」

 

 すっかり反省した様子の2人に、レンが容赦なく口を開く。

 

「……ついでに言っとくけど……任務から戻ったらこの音声記録、最先任や母ちゃん達に全部チェックされんだかんな。流石にそこまでフォローしねーぞ。俺。」

「あ……」

『……やべっ……忘れてた……』

 

 クルトがサァッと青ざめる。恐らく今頃、カイも同じ顔をしているに違いない……

 レンは心底呆れた表情を浮かべた後、真剣な顔でマイクに呼びかけた。

 

「なぁ、カイ。」

『ん?』

「お前が引き受けた理由はどうあれ、お前が今、1人で危険な場所に居るのは皆知ってる。お前以上の適任者がいなかったって言っちまえば、身も蓋もねーけど……俺達皆が、危険を承知の上でお前を信じて託した任務なんだ。だからさ、何にも恥じる事ねぇ。任務終わったら、胸張って帰って来い。」

『レン……』

 

 カイは、少しの沈黙を置いて、何処か寂しげに呟いた。

 

『お前、ホントに優しい奴だな……さっきの話聞いても、そんな風に言ってくれるなんて……』

「何言ってんだ。何があってもお前を嫌いになったりしない。って約束しただろ?安心しろ。俺も嘘は吐かねーし、お前が過去に何を抱えてようと関係ない。俺達と一緒にガーディアンフォースやってんのは、昔のお前じゃなくて、今のお前だ。そうだろ?』

 

 息を呑むように嗚咽を噛み殺す息遣いだけが、微かに伝わって来る……

 レンは優しく微笑んでそっと囁いた。

 

「待ってるからな。」

『あぁ……わかったッ……』

 

 涙に声を震わせながらも、カイはハッキリと呟いた。

 

『レン……ありがとう。』

 

   ~*~

 

―待ってるからな。―

 

 その言葉がカイを支え、奮い立たせてくれた。

 彼はアブラハムに教えられた通り、ディスクの事を訪ねて回りながら、瓦礫街の中心部に位置する中央広場に向かって歩を進める。今の彼の胸にあるのは、消せない過去に振り回されるまま心を蝕んだ罪悪感ではなく、必ず任務を成功させて、生きて帰るのだという強い決意だった。

 義務だからではない。自分の意志で、胸を張って仲間の元へ帰りたい。今なら、ハッキリとそう思える。

 そして何より、そう思えるきっかけを与えてくれたレンの気持ちに、精一杯報いたいという思いが、彼に前を向かせていた。

 

「そろそろ広場に着いちまうな……」

 

 思わず、独り言のような呟きが漏れる。

 ディスクについて訊ねながら歩いて来たが、今の所、ゴーストからの接触は無い。

 中央広場はもう目前に迫っていた。

 

『ゴーストの詳細がわからん以上、襲われる可能性も十分ある。気をつけろよ。』

「あぁ。わかってる。」

 

 クルトの言葉に短く答え、カイは中央広場へと足を踏み入れた……

 中央広場は、積み上げられた瓦礫がそこだけくり抜かれたようにぽっかりと開けた場所だ。それ故に、広場の周囲はまるで高い壁のように瓦礫が積み上げられており、昼間でも薄暗い。

 カイはそっと広場の中心へ向かって歩きながら、周囲を警戒する。それらしき人物はおろか、人影らしきものすら何処にも無い。元々滅多に人が集まる場所ではないが……あまりにも不気味に静まり返った広場は、何処か空気が張り詰めているようにも思えた。

 

「誰を探してるの?」

「ッ?!……」

 

 不意に背後から投げかけられた声に、カイはぎょっとしながら振り返る。

 十分周囲を警戒していた筈なのに、彼の背後にいつの間にか……一人の少女が立っていた。

 鮮やかな菫色の髪に、透き通た水色の瞳。小柄だが、歳の程は恐らくシーナと同じくらいだろうか?

 可笑しそうにくすくすと笑う少女に、カイは警戒を強めながらそっと問いかけた。

 

「……ゾイドの戦闘能力を上げるっていうディスクの売人を探してる。ゴーストって呼ばれてるらしいけど、もしかしてお前がそうか?」

「うん。そうだよ。幽霊じゃなくてガッカリした?」

 

 少女はひとしきり笑うと、無造作にカイの目の前へ詰め寄り、その顔を凝視する。

 

「ふ~ん。他人の空似……じゃなさそうだね。」

「他人の空似?……」

「うん。君と全く同じ顔の奴を1人知ってるんだ。」

 

 唐突な言葉に、カイの脳裏を過ったのは他でもない。

 カイと瓜二つの容姿であるという、シーナの双子の兄。アレックスの事だ。

 

―駄目だ……ゴーストのペースに乗せられるな……―

 

 カイは動揺を表情に出さずに考えを巡らせる。

 ゴーストの言う自分と全く同じ顔の人物……それがアレックスだと決まった訳ではない。下手に反応すれば、逆にそこから此方の事を詮索されてしまう事は必至だ。

 彼は怪訝そうな表情を作り、興味無さそうに呟いた。

 

「へぇ。妙な偶然もあるもんだな。」

「ホントホント。まるで生き別れの双子に会ったみたいなんだもん。ビックリしちゃった。」

 

 少女が、薄気味悪くニタリと笑う。

 

「試しに訊くけど、君とそっくりの奴の名前……アレックス。って言ったら、驚く??」

 

 不意を突くその一言に、思考が止まる……

 まるで、アレックスの事を言っているのかどうか値踏みしているのを、読まれたかのようだった。

 

―アレックスが……ゴーストの側に居る。って事なのか?……―

 

 正直信じたくない話だ。あくまで彼女の言う事が事実ならば……の話だが。

 だが、当てずっぽうで名前をピタリと言い当てられるとは到底思えない。おまけに、アレックスが自分と瓜二つの容姿をしている事まで知っているとなると……

 

―いや、だとしたら変だ……―

 

 そう。明らかにおかしい。

 仮にゴーストの言う人物が本当にアレックスだったとしても、彼と容姿が酷似しているというだけで何故、自分にこのような鎌掛けをして来たのだろう?……

 此方がアレックスの事を知っているという確信が無ければ、成立しない揺さ振りだ……

 先程、噂の通り何処からともなく突然姿を現したことも含め、全く得体の知れないゴーストに対し、彼は一層警戒心を強めながら、呆れたように答えた。

 

「悪ぃけど、俺は生憎一人っ子でね。他に兄弟はいねーんだ。」

「……ふ~ん」

 

 当てが外れたかのように、つまらなそうな表情を浮かべてゴーストがカイを見据える。

 彼女は不意に、片脚でくるりと回るように身を翻し、背を向ける形でカイと距離を取って呟いた。

 

「そう簡単には、乗ってくれなさそうだね。」

「……言っとくが、嘘は吐いてねーぞ。俺は―」

「嘘が嫌い。なんでしょ?知ってるよ。それくらい。」

 

 ゴーストが勝ち誇ったようにカイを振り返る。

 思わず唖然とした彼に、彼女は語り出した。

 

「カイ=ハイドフェルド。名門ハイドフェルド家の面汚し坊や。この街で親友を見殺しにした日から、嘘を吐くのが嫌いになった卑怯者の偽善者。確か今は、ガーディアンフォースに居るんだっけ?全部ぜ~んぶ知ってるよ。」

 

 嘲るような笑みを満面に浮かべ、ゴーストは囁いた。

 

「守護鷲を目覚めさせて、ガーディアンフォースに潜り込んで……まるで伝説の剣に選ばれた勇者みたい。って、身の程も弁えずに舞い上がってたんじゃないの?家族を捨てて、親友を見殺しにして、裏社会での信頼も失って……そんな奴が正義の味方なんて滑稽過ぎるよ。君みたいな薄っぺらい偽善者がよりによってガーディアンフォースだなんて、ホントに馬ッ鹿みたい。」

 

 彼女の言葉に、カイはただ無表情に黙り込む……

 煽り文句として脚色されてこそいるが、ゴーストの言葉は残酷な程に的を射た事実だった。

 しかし、彼はふと笑い飛ばすような笑みを浮かべ、可笑しそうに呟いた。

 

「随分俺の事詳しいんだな。もしかして俺のファンか?それともストーカー?」

「……はぁ?」

 

 不機嫌さを隠そうともしないゴーストに、カイは嫌味なほど穏やかに笑う。

 恐らく、今までの自分ならば確実に狼狽えていただろう。

 事実を突きつけられた人間は逆上する。という例に漏れず、黙れ!と叫んで冷静さを欠いていただろう。

 だが、今の彼にその程度の罵倒は意味を成さなかった。

 つい先程その話題でクルトと大喧嘩し、自分のような卑怯者の偽善者にも、無事を願い、心配してくれている仲間が居るのを再確認出来たばかりだからだ。

 信じて待つと言ってくれた者が居る……その事実が、カイの心を守る強固な盾となっていた。

 

「確かに俺は、お前の言う通り、何をどう(まか)り間違ったのか、正義の味方に転職しちまった卑怯者の偽善者だよ。けどな、俺自身がそうやって何度も自分を罵倒して来たんだ。今更お前に言われなくても自覚くらいある。」

 

 薄紫色の双眸が、力強い光を宿して真っ直ぐゴーストを見据える。

 そんなカイを面倒臭げに眺めて、彼女は吐き捨てるように呟いた。

 

「薄汚い野良犬が目ぇキラキラさせちゃって……野良犬は野良犬らしく打ちひしがれてれば良いのに。」

「悪いけど、野良は卒業したんだ。今の俺は飼い主に恵まれた、幸せな飼い犬だよ。」

 

 何処か誇らしげに答えたカイを……ゴーストは無言で睨み付ける。

 その表情は怒りとも、憎悪とも形容しがたい……だが、確かな一つの感情をはらんでいた。

 

「俺からも質問させてもらおうか。ゴースト。お前は一体何者で、何の為にディスクをばら撒いてる?」

 

 カイの問いを聞いても、ゴーストは暫く無言で彼を睨み付けていたが、やがて馬鹿らしくなったかのようにふんっと鼻を鳴らして口を開いた。

 

「その名の通りだよ。ゴースト……死に損なった古代の亡霊。」

「古代の……って……―」

 

 絶句した彼の前で、ゴーストは怒鳴るように叫んだ。

 

「ヒドゥン!!!」

 

 その声に呼応するかのように、霞の中から姿を現すかの如く姿を見せたのは……紫色のオーガノイドだった。

 

「オーガ……ノイド……」

 

 驚きを隠しきれないのは、カイだけではなかった。

 

「オーガノイドって……じゃぁまさかゴーストは……」

「落ち着けレン。レイヴンさんのような例もある。まだゴーストが古代ゾイド人だと決まった訳じゃない。」

 

 ホエールキングでやり取りを聞いているレンとクルト……乗組員達も、驚きを隠しきれない。

 存在が確認されているオーガノイドはジーク、シャドー、スペキュラー、そしてユナイトの計4体。

 しかもその内の1体……つい先月発見され目覚めたユナイトですら、異例中の異例なのだ。なのに、未確認のオーガノイドがもう1体存在し、あろう事か怪しい者達の側に居る……カイを含めたガーディアンフォース一同は、それが忌々しき事態である事を十分理解していた。

 オーガノイドは、まだまだその能力の全てが解明されていない無限の可能性の塊なのだから……

 

「折角だから名乗っておいてあげる。私はクラウ。この子はクラウの半身であり母親であるヒドゥン。クラウ達の目的は、この間違った世界を壊す事……その為に君達は死ぬほど目障りなの。」

「……随分あっさり教えてくれるんだな。」

「それが今回のクラウのお仕事だもん。宣戦布告して来てねって言われてるから、そこはしっかり伝えとかないと。」

 

 またニタリと笑って、ゴースト……否、クラウは呼びかけた。

 

「どうせ何かしらの形で、君のお仲間も聞き耳立ててるんでしょ?せいぜい拾ったわんちゃんが生きて戻って来るように祈ってなよ。」

『なんだと?……』

 

 クラウに聞こえはしない事も忘れて、クルトが呟いた直後だった。

 盗聴器越しに聞こえた銃声が、ホエールキングのブリッジに響き渡った……




Pixiv版第20話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11196188


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第21話-思わぬ再会-

 とうとう瓦礫街でゴーストとの接触に成功したカイ。

 古代の亡霊……オーガノイド……クラウと名乗ったゴーストには、

 カイがガーディアンフォースだって事も、ブレードイーグルの操縦者である事もバレていた……

 戸惑う俺達の耳に届いたのは、突然響いた一発の銃声だった……

 [レン=フライハイト]

 

[ZOIDS-Unite- 第21話:思わぬ再会]

 

 響き渡った銃声に静まり返る、ホエールキングのブリッジ……

 誰もが最悪の事態を想像し凍り付く中、最初にマイクへ呼びかけたのはレンだった。

 

「カイ!カイ!!大丈夫か?!応答してくれ!!」

 

 どうか無事であってくれと叫んだその声は、ハッキリとカイの耳に届いていた。

 

『あぁ……ギリギリッ……セーフ……』

 

 返って来た返事に、一同の表情が幾分和らぐ……

 だが、絞り出すようなその声音と“ギリギリ”という一言から、彼が今現在、どういう状態に陥っているかは容易に想像が付いた。

 目を見開いたまま言葉を失っているレンに代わり、クルトが真剣な面持ちで静かに問いかける。

 

『カイ。状況は?』

「殺すの殺されるので飯食ってそうなおっさんが、ザッと30人ちょい。むさ苦しいったらねーよ……」

 

 何処か冗談めいた様子でカイが答える。

 銃声の響き渡る直前。クラウの後方……広場を囲む瓦礫の影から姿を現したのは、武装した男達だった。

 それに気付いたカイは、咄嗟にその場で膝をつくように身を屈めたのだ。

 お陰で、先程の銃声と共に放たれた銃弾は、カイの左肩を掠めた程度で事無きを得ている……だが、傷口から広がる痛みと血の感触は、確かに今、自分が死の危機に瀕しているのだと訴えかけていた。

 

「あと、ブリットに肩齧られた。」

 

 その一言に、やはり……といった表情を浮かべ、微かに俯いたクルトだったが、彼はすぐに顔を上げる。

 

『全く……何がギリギリセーフだ。完全アウトじゃないか。』

「別に命に関わるような怪我じゃねぇよ。服と皮と肉がほんの少し裂けただけで済んでる。」

 

 何処か余裕があるような声音で答えたカイは、先程弾丸が掠めた場所を横目で眺める。

 

「ったく。この服結構お気に入りだったのに……すっかり駄目にされちまった。どうせバレてんだったら任務服で来りゃよかったぜ……テンション下がるわ。」

『お前なぁ……』

 

 呆れたクルトのぼやきを聞きながら、カイは傷口も押さえずにゆっくり立ち上がった。

 顔は動かさず、視線だけで武装した男達を見渡す……パッと一見した感じは瓦礫街の住人そのもののようだったが、カイはすぐに彼らがこの街の住人では無い事を見抜いた。

 ……銃の構え方が、正規の訓練を受けた軍人そのものなのだ。

 軍人上がりのならず者は、この街でもそう珍しくは無い……が、元軍人であった者というのは、この街ではどうも敬遠されがちだ。だから少しでもそれを隠したがる。訓練通りの構えで銃を撃つ者というのは極めて珍しい。

 ……これだけの人数が皆一様に、そのような構えをしているという事は……

 

「……どうやら、お前らにも飼い主が居るみたいだな?」

 

 余裕ぶった笑みを浮かべるカイの頬を、冷や汗が一筋つたう。

 自分を取り囲んでいるのは、間違いなく訓練を受けた手練れ……そんな連中を1人で相手にするなど無理だ。正直なところ、逃げ切れる見込みも殆ど無いに等しい。

 しかし、逃げる為に冷静になろうとすればする程、相手の隙を躍起になって探ろうとしている自分が居る。カイは完全に手詰まりの状況に立たされ、酷く焦っていた。

 そんなカイの焦燥を見抜いているのだろう。クラウは嘲笑うようにカイを見詰める。

 

「クラウ達の事より、自分の事を気にした方が良いんじゃないの?ま、そんな余裕も無さそうだけど。」

「そういう訳にもいかねーよ。飼い犬故に。な。」

 

 顔に張り付いたままの笑みが僅かに引き攣る。

 それでも、クラウを真っ直ぐ見据える薄紫色の瞳は、まだ光を失ってはいなかった。

 

「そっちこそ、遊ぶ場所は選んだ方が良いんじゃねーか?この中央広場は瓦礫街で唯一の不殺エリアだ。余所者がこんな場所でドンパチ始めれば最後。首領(ドン)達が黙って見過ごす訳がねぇ。お前らだって無事じゃ済まねーぞ。」

 

 それは、ハッタリなどではない正真正銘の事実だ。

 東西南北の首領(ドン)が設けた話し合いの場……それが中央広場なのだから。

 しかしクラウは、その言葉を聞いた途端、心底可笑しそうに腹を抱えて笑い出す。

 

「まさかこの街の“暗黙の了解(ルール)”を知ってるのが自分だけだとでも思ってるワケ?ドヤ顔決めてるとこ悪いけど、そのくらいクラウ達だって知ってるよ!」

 

 クラウはひとしきり笑うと、冷たい眼差しでニタリと笑う。

 

「ついでに確認させて欲しいんだけどさぁ、警察、軍人、ガーディアンフォース……この街にとっての共通の害虫を駆除する事に関しては、組織も縄張り(シ マ)も関係無し。大手を振って殺ったもん勝ちの大乱闘が出来る。ってのはホント?それともガセ?」

「……犬呼ばわりの次は害虫呼ばわりかよ……」

 

 心底うんざりした声音でぼやくと、カイはようやく顔に張り付けていた笑みを消す。

 その顔に浮かぶのは焦りでも絶望でもなく……冷たく鋭い敵対の意志だった。

 

「気になるなら試してみろよ。それが答えだ。」

「強がりだけは一級品だね……まぁ良いや。そっちがその気ならこっちも遠慮は要らないでしょ?せいぜいキャンキャン鳴き喚きながら、無様に這いずり回って見せてよ。」

 

 クラウが攻撃開始の合図として、右手でカイを真っ直ぐ指し示す。

 それよりほんの僅か早く、カイは元来た道へと全力で駆け出していた。

 

『とりあえず目的は達成したんだ!すぐに撤収しろ!!』

「言われなくてもやってるよ!!」

 

 クルトの声に怒鳴るような返事を返した直後、カイは迫りくる弾丸から身を守るように地面を転がり、瓦礫の影へと一旦身を潜めて銃を抜く。

 利き手自体は左だが、幸い銃を撃つのは右手で覚えている為、左肩の傷は直接的な妨げにはならない。先程から肩の傷を押さえようとしなかったのも、グローブが血で汚れ、グリップを握る際に滑り易くなるのを懸念しての事だった。

 セーフティーを解除しながら、カイは冷たい声で訊ねた。

 

「敵を殺したら、正義の味方失格か?」

『は??』

「発砲許可は事前に最先任のおっさんが出してくれてっけど、敵を殺すのはNGなのか?って聞いてんだよ。」

 

 彼の言葉に、クルトはレンと顔を見合わせる。

 

「まさかお前、それだけの人数相手に1人で応戦するつもりか?!」

『馬鹿言うな。あくまで自分の退路を確保する為だけだ。で?どうなんだよ。』

「……」

 

 流石にそのような事を一隊員であるレンやクルトが許可する事など出来ない。

 だが、こうして迷っている間も、盗聴器からは銃声が絶え間なく送られて来ている。

 案の定、舌打ちと共に再び駆けだしたカイの足音と共に、怒号にも似た声が送られて来た。

 

『おい!早く教えろ!1人も殺さずに逃げ切れとか流石に無理だぞ!!』

 

 ベースに連絡し、指示を仰いでいる時間など無い……クルトは意を決したように呟いた。

 

「ガウス最先任は、今回の任務においてお前自身の判断を最優先するよう念を押した。発砲許可は下りているんだ。仮にそいつらを射殺しても、任務における正当防衛として罪には問われん。」

「クルトッ……」

 

 戸惑った様子のレンに、クルトが言い聞かせる。

 

「聞いての通りだ。このまま逃げの一手で無事に帰還出来るような状況じゃない。それはお前もわかるだろ。」

「けどッ……殺しなんて……」

「俺だって、別にゴーストの手下共を皆殺しにしろと言っている訳じゃない。カイだってそれは解ってる。あいつを無事に帰還させなければ、どれだけ目的を達成していても任務は完了しないんだ。そうだろう?」

「……わかった。」

 

 頷いたレンにも、もう迷いの色は無かった。

 

『カイ!いざという時は、迷わず撃て!』

「了解!」

 

 レンの言葉に待ってました。と言わんばかりの短い返事を返したカイは、振り返りざまにトリガーを引く。

 何の躊躇いも迷いも無く放たれたその一発は、最も迫っていた追っ手の額を正確無慈悲に撃ち抜いた……

 先程まで逃げ回るだけであったカイが、まさか反撃し、人を殺すなどとは思っていなかったのだろう。その光景に追っ手達がほんの僅か戸惑いを見せる。

 その隙を突くようにして、カイは道とすら呼べないような細く狭い瓦礫の隙間へと飛び込んだ。

 すぐさま追っ手達もカイの後を追うが、小柄ですばしっこい彼と、大の大人。瓦礫の隙間を駆け抜けるのはカイの方に分がある。おまけに、曲がりくねった障害物だらけの場所では、先程までの直線的な道と違って狙いを定めるのは困難を極めた。

 ……とはいえ、追っ手も訓練を受けた精鋭達だ。遥かに頻度が下がったとはいえ、カイを射線上に捕らえる度に弾丸は容赦なく飛んで来る。

 

「いっ?!てッ……」

『カイ?!』

「ッ……でーじょーぶ!掠っただけだ!」

 

 腕を、脚を、弾丸が掠める度に、カイの顔が苦痛に歪む。それでも足を止めずに走っていられるのは、奇跡的にまだ一発も身体を貫通するような弾丸を受けていないからであった。

 

(畜生!このままじゃいつ体に風穴が開くか分かったもんじゃねぇ!!)

 

 彼が逃げ込んでいた瓦礫の細道はもうすぐ終わろうとしている。

 此処を抜けた後、次に飛び込めそうな場所は……と、辺りを見渡したその一瞬だった。

 ビルの一部と思しき巨大な鉄筋コンクリートの瓦礫。その陰から不意に伸びて来た手が、余所見をしていたカイの腕をガッシリと掴んでいた。

 

「えっ?!……」

 

 しまった。と思った頃には、時既に遅し……彼はそのまま、瓦礫の影へと引きずり込まれる。反射的に抵抗しようと試みたものの、あっという間に後ろから羽交い絞めにされるように抑え込まれ、口を塞がれてしまった。

 思わぬ伏兵に身を強張らせるカイの背後から、鋭さの籠った声が静かに囁いた。

 

「動くな……」

 

   ~*~

 

 その頃、トーマ=リヒャルト=シュバルツ博士はガイガロス郊外のとある家を訪れていた。

 

「お久しぶりです。ハルトマン教授。」

「おぉ。忙しい所わざわざすまんな。シュバルツ君。」

 

 そう言って握手を交わし、トーマを自宅へと招き入れた老人……ヘンドリック=ハルトマンは、10年前にヴァシコヤードアカデミーを定年退職した、元名誉教授であった。

 ビークにリストアップさせた、30年以上前にヴァシコヤードアカデミーに在籍していた者達。その中でハルトマン教授を選んだのは、トーマ自身が在学中世話になった恩師であり、その人となりを知っていた為だ。

 真面目で誠実……そして何より、ハルトマン教授は生徒一人一人をよく見ている。

 案の定、あの多重構造プログラムを作った生徒の話を電話口で切り出した際、会って話をしよう。と、トーマの都合に合わせて日時を指定し、自宅へわざわざ招いてくれた。

 

「今や君も立派な父親か。ついこの間までビークの開発に夢中になっていたような気がするが……光陰矢の如しとはまさにこれだな。はっはっは。」

 

 そう言って愉快そうに笑いながら、ハルトマンは淹れたてのコーヒーを満たしたカップを2つ、テーブルに並べる。トーマと向き合う形で席に着いた彼は、抱えていた古いアルバムを開いてテーブルの上に置き、そこに映る1人の青年を指し示した。

 

「君が知りたがっていた特殊な多重構造プログラムの製作者が、この子だ。」

「この生徒……ですか。」

 

 写真を覗き込んだ直後、何処かで見た覚えのあるその顔に、トーマが眉根に皺を寄せる。

 

「この顔……」

「エリアス=ナルヴァ博士……と言えば、君も知っているだろう?」

「ナルヴァ博士?!あのナルヴァ博士ですか?!」

 

 帝国でゾイド工学を学んだ者ならば、その名を知らない筈がない。

 エリアス=ナルヴァ博士といえば、野生ゾイドの生態研究の第一人者であり、その研究を元に彼が提唱した量産機化理論は、従来の量産体制を覆す革新的なものだった。

 現在帝国で新たに配備されたジークドーベルを始めとする新型の数々も、ナルヴァ博士の量産機化理論に基づいて設計、量産されている。

 

「その……ナルヴァ博士は何故、あのような多重構造プログラムを?彼が研究していた分野はプログラミングではなく、あくまでゾイドの生態と量産機化理論の筈ですが……」

 

 訝しげに訊ねるトーマに、ハルトマン教授は何処か哀れみを含んだ面持ちで伏し目がちに口を開いた。

 

「彼の量産機化理論は……最初、あの多重構造プログラムを用いて行われる予定だったそうだ。」

「……一体、どういう事ですか?」

 

 ハルトマン教授はアルバムに映る青年時代のナルヴァ博士を見つめ、静かに語り出した。

 

「君も知っての通り、新規生産された量産型ゾイドは生まれたばかりの赤ん坊同然。戦闘経験をある程度積まなければ、コンバットシステムがフリーズし易い……それ故に、実戦への即時投入が出来ないのが長年の課題だった。」

 

 静かに耳を傾けるトーマも、ハルトマンの言葉に現役隊員だったあの頃……ガーディアンフォースの隊員として戦った日々をふと思い返す。

 アーバインの乗る開発1号機であったライトニングサイクスは、ロールアウト前の稼働テスト時にデータバンクを損傷し、再起動まで3か月はかかるだろうと言われていた。

 コアに致命傷を負ったアーバインの相棒……黒いコマンドウルフのデータバンクを移植する事で奇跡的に再起動し、目覚ましい活躍を見せたが……まだ開発されたばかりで実戦経験の少なかったあのライトニングサイクスは、とにかくコンバットシステムがフリーズし易く、その為に戦線を離脱する事も少なくなかった。

 

「ナルヴァ君は……先に戦線で活躍しているゾイド達から戦闘データを収集し、それをゾイドの新規生産時にデータバンクへ組み込む事で、実践への即時投入を可能に出来ないかと考えた。その為に開発したのがあの多重構造プログラムだったのだよ……」

「戦闘データの収集プログラム……たったそれだけの為に、あんな複雑な物を……」

 

 途方も無い話に黙り込むトーマに、ハルトマンは何処か悲し気に呟いた。

 

「ナルヴァ君本人も、このプログラムが完成すれば最後……人間はこのプログラムを使い、生まれたばかりのゾイドを戦う為の兵器にしてしまうだろう。と言っておった……だからこそ、開けてはならぬ伝承の箱の名を名付けたのだろうな……」

「開けてはならない伝承の箱……パンドラ……ですか?」

 

 トーマの問いに、ハルトマンはゆっくり頷く。

 

「ああ。人の感情を封じ込めた箱……一度開ければ、人は解き放たれた負の感情によって争うようになる。その姿をゾイドに重ね合わせたのだろう。だがそれでも彼がパンドラの開発を諦めなかったのは……組み込まれた戦闘データから、ゾイド自身が成長してくれる事を願っていたからだそうだ。」

「戦闘データから成長……それって……」

「そう。君が開発したオーガノイドシステムと目的は殆ど同じだよ。操られるまま戦う兵器としてではなく、戦闘データから、戦う事の良い面と悪い面を教えてやる事で、ゾイド自身が持つ戦う本能が、より強い生物としての自我になってくれることを、彼は望んでおった。そうすれば、自我を持つゾイドと人間の間により強い絆が生まれ、そこから様々な可能性が広がる筈だと。恐らく彼がライガーゼロを見たらさぞ喜んだだろう。これこそ自分が目指したゾイドのあるべき姿だ。とな。」

 

 コーヒーを啜るハルトマンに、トーマも出されたコーヒーに口を付けながら不思議そうに訊ねた。

 

「量産機化理論が、そのパンドラを用いて行われる予定だった……と、仰られましたね。結局実用化出来なかった。という事ですか?」

「あぁ。パンドラには一つ、重大な欠陥があってな……」

「欠陥?」

 

 怪訝な表情を浮かべたクルトに、ハルトマンは静かに語る。

 

「生まれたばかりのゾイドに、様々な戦闘データを組み込んだ場合……どうしても一定の割合で、その戦闘データに恐怖を覚え、コンバットシステムをフリーズさせてしまう個体が出てしまったのだよ。まぁ、どちらかといえばパンドラの欠陥というよりも、ゾイドそれぞれの個体差による不具合だが……どんなにパンドラを調整し、収集する戦闘データを選りすぐっても症状は改善されなかった。」

「……つまり、パンドラによって根の臆病なゾイドが戦いそのものを完全に拒絶するようになってしまう……という事ですか……」

「あぁ。おまけに生まれてすぐ、パンドラによってコンバットシステムをフリーズさせてしまったゾイドは、いくら初期化をかけてもコンバットシステムが回復せず、処分する他なかったと……生まれたばかりのゾイドが、自分の作ったプログラムのせいで戦えなくなり、その命を奪われる……ナルヴァ君にとっては、自分がそのゾイド達を殺してしまったも同然だったのだろう。最終的には、パンドラを自らの手で処分してしまったそうだ。研究資料も含め、全てな。」

 

 その一言で、トーマの顔色が変わる。

 驚きと戸惑いに目を見開いた彼は、手にしていたカップをソーサーに戻すと同時に、テーブルから身を乗り出し捲し立てた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい教授!ナルヴァ博士自らがパンドラを処分したという事は!つまり今現在、パンドラは現存している筈が無い。という事ですよね?!」

「そう。オリジナルのパンドラは、もうこの世には残っておらん。恐らく君が話してくれた違法ディスクの中身は、何処かに残されていたパンドラのコピーか……或いは、ナルヴァ君と同等かそれ以上の科学者が、パンドラを模して作った疑似プログラムではないかと、わしは推測しておる。」

「しかし!研究資料まで全て処分したナルヴァ博士がコピーを残しておくとは思えません!それにナルヴァ博士以上の科学者など、そうそう居る訳が……」

「だが、現に今。君達が押収した違法ディスクの中身がそうなのだろう?」

「……」

 

 言葉を失って椅子に座り直すトーマを心苦しそうに見つめた後、ハルトマンは呟いた。

 

「実はな……ナルヴァ君以外に1人だけ、パンドラを組める可能性のある人物を知っている。」

「本当……ですか?あんなプログラムを組める人物がナルヴァ博士以外にいるとは思えませんが……」

 

 怪訝そうな声を上げるトーマに、ハルトマンはコーヒーを啜った後、重苦しい溜息を一つ吐く。

 

「ナルヴァ君が事故で亡くなったのは……知っておるな?」

「え……えぇ。確か、飲酒運転による単独事故だったと……」

 

 唐突な問いに若干戸惑いながらも、トーマは当時の報道を思い返しながら答える。

 ナルヴァ博士が亡くなった9年前……あらゆる媒体でその事故は大々的に取り上げられていた。

 稀代の天才学者の最期としては、あまりにも酷い。情けない。と……

 だが、ハルトマンはやれやれと言うかのように首をゆっくりと左右に振る。

 

「彼と親しかった者は、誰もあの事故に納得はしておらんよ……」

「どういう……事ですか?“納得していない”とは?……」

 

 再び訝し気な表情を浮かべたトーマに、ハルトマンはようやく顔を上げる。

 その表情は真剣で、何処か緊迫していた。

 

「わざわざ君を家へ招いたのは、この話を誰にも盗聴されない為だ。いつ、何処で、誰が聞き耳を立てておるかわからんのでな……」

「……それはつまり……教授はナルヴァ博士の死因について……真相について、何かご存じだという事ですか?」

「憶測の域を出ん推論ではあるが。な……」

 

 ハルトマンは手にしていたカップをソーサーに戻し、語り出した。

 

「当時、ナルヴァ君が立たされていた境遇は報道されていた通りだ。仕事に没頭するあまり妻と離婚。2人居た息子のうち、長男の親権は残ったが、親子仲はすこぶる悪かった。加えて、当時彼が主導で行っていた研究もかなり難航しておったそうだ……泥酔するほど酒を浴びる理由ならいくらでもあった……実際、警察もそれを根拠に事故と断定したらしい。」

 

 ゆっくりと視線を上げ、真っ直ぐトーマを見つめたハルトマンは……何処か訴えかけるかのような切ない表情を浮かべていた。

 

「だが……事実を繋ぎ合わせた先にあるものが、必ずしも真実という訳ではない。確かに普通の人間ならば、酒に溺れる事もあるだろうが……仲間内でも有名な“酒嫌い”だった彼が、泥酔するほど酒を飲むなど……到底あり得ん話だ。」

「酒嫌い……ですが、酒が苦手だったという事はつまり、少量飲んだだけでも酔いが回る程、酒に弱かっただけなのでは?」

 

 やはり怪訝そうに訪ねて来るトーマに、ハルトマンは呆れたような苦笑を浮かべる。

 

「いや、その逆だよ……」

「逆??」

「彼はいくら飲んでも全く酔わない酒豪体質でな。酔えない自分には、酒など飲むだけ無駄だと言っておった……実に合理主義者の彼らしい理由だ。酒に限らず、無駄な事に時間を費やす事を彼は徹底的に嫌っておった。」

「……」

 

 思わず呆気にとられたトーマだったが、ハルトマンがナルヴァ博士の死を疑う理由に納得せざるを得ない。

 仲間内でも有名な酒嫌い。加えていくら飲んでも酔わない体質だったというのなら、ナルヴァ博士は事故当時、大嫌いであった筈の酒を酔うまでひたすら飲んでいた。という事になる……確かに不自然だ。

 

「彼の死が他殺であると確信していた彼の友人は、勿論警察にそれを伝えようとしておった……その友人も、事故。という形で死んでしまったがね……」

 

 その一言に、トーマが戦慄したのは言うまでもないだろう……

 彼は驚愕の表情と共に、ポツリと呟いた。

 

「では……ナルヴァ博士も、その友人も……」

「そう。何者かに消されたのだろう。と、わしは考えておる。」

 

 ハルトマンは疲れたように呟いて、悔やむように眉間へ皺を寄せる。

 

「だがその一件以来、わしも含め……事故に疑念を抱く者は皆一様に、口を噤んでしまった。次は自分が消されてしまうかもしれん。という恐怖でな……そして同時にわしは思ったのだよ。何か大きな陰謀に巻き込まれたと思われる彼が、妻と離婚し、実の息子とも不仲になってしまったのは……せめて家族だけは巻き込むまいと、わざと自分から遠ざけようとした結果だったのではないか?とな……ナルヴァ君は仕事ばかりの堅物学者だと思われがちだが、本当に心の底から家族を愛しておった。」

 

 彼はそう呟いた後、そっと目を伏せる。

 

「とはいえ……親の心子知らずとはよくいったものだ。ナルヴァ君の長男はわざと反抗するかのように、父親の猛反対を押し切ってヴァシコヤードアカデミーに入学して来たよ。」

「ナルヴァ博士の息子さんもアカデミーに?!本当ですか?!」

 

 思わぬ情報にトーマが身を乗り出す。

 

「あぁ。入学して来たのが丁度わしが定年退職する年だったせいで、1年しか教えてやれなかったが……あの子も実に優秀な子だった……何しろ特待生だったくらいだからな。それなのに、ナルヴァ君が亡くなった直後、アカデミーを辞めてしまったそうだがね。」

「教授、それはつまり……」

「そう。ナルヴァ君以外にパンドラを組める人物がいるとすれば……あの子しかおらん。父親が何者かに消された後、パンドラを再構築出来得る人物として目を付けられてしまったのだとすれば、あの子が突然アカデミーを辞めてしまった理由も納得が行く……息子が学者になるのを、ナルヴァ君が頑なに反対しておった理由もな。」

「そんな……じゃぁまさかッ……」

 

 トーマの脳裏を、とある青年の存在が掠める。

 エリアス=ナルヴァ博士の息子……という事は当然、その息子もファミリーネームはナルヴァの筈。

 そしてヴァシコヤードアカデミーに入学したのが、ハルトマンが退職した10年前……

 父親が亡くなった後、つまり入学して僅か1年と数か月でアカデミーを退学してしまった……

 それに当てはまる人物を、トーマは甥であるルーカスから聞いた事があった。

 今までは、たまたまファミリーネームが同じなだけだろうと……思っていたが……

 

「教授……1つお訊ねしたいのですが……そのナルヴァ博士の息子さんのお名前は?」

「あまり聞かない珍しい名前の子だったよ。えぇと、確か―」

 

   ~*~

 

「ザクリス?!……」

 

 瓦礫の影で無事に追っ手をやり過ごした直後……

 不意に羽交い絞め状態から解放されたカイは、先程まで自分を捕らえていた人物を見上げて唖然としていた。

 彼の視線の先には、サンドコロニーで別れた筈のザクリスが呆れ顔で突っ立っていた。

 

「ったく、お前ホンットに面倒事に巻き込まれるスペシャリストだな。趣味なのか?」

「ちげーよ。ばーか。」

 

 むすっとした声を上げるカイの耳に、レンの声が聞こえる。

 

『カイ?大丈夫か??ザクリスって誰??』

「あー……大丈夫。ちょっと待ってくれ。」

「……誰と喋ってんだお前……」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるザクリスに、カイは身に着けていたイヤリング型の骨伝導イヤホンを片方、ザクリスへと手渡す。釈然としない様子でイヤホンを身に着けたザクリスが最初に聞いたのは、クルトの声だった。

 

『ザクリスってまさか、ザック兄さん?!なんで貴方が瓦礫街に?!』

「うっわ……なんでクルトが……」

 

 心底面倒臭そうな表情を浮かべると、ザクリスはすぐにイヤホンを外し、カイへと突き返す。

 突き返されたイヤホンを再び元通り装着しながら、カイは眉を(ひそ)めて訊ねた。

 

「ザクリスとクルトって……知り合いなのかよ。」

『ルーク兄さん……あ、いや……シュバルツ少佐の士官学校時代の友人だ。俺も多少面識がある。』

「士官学校?!え?!何?!ザクリスお前軍人だったのかよ?!」

「元な。今はただのしがない賞金稼ぎだよ。」

 

 面倒臭そうに答えた後、ザクリスはカイを睨むように見つめる。

 

「つーか、なんでお前が此処に居るんだよ。共通言語は鉛玉だの、死んだら骨も残らねーだの言われてる街なんだぞ。嬢ちゃんとユナイトはどうした?」

「シーナとユナイトならベースで留守番。」

「ベース??」

 

 またもや怪訝そうな表情を浮かべたザクリスに、カイは仕方なくズボンのポケットに無造作に突っ込んでいた略式の隊員証……ガーディアンフォースのエンブレムペンダントを引っ張り出し、差し出して見せる。

 ザクリスはペンダントを見た瞬間目を見開き、差し出されたペンダントとカイを交互に眺めた後、譫言(うわごと)のようにぽつりと呟いた。

 

「……マジかよ。」

「マジだよ。」

 

 即答したカイに、彼は頭を抱えて大袈裟な溜息を一つ吐く。

 

「……じゃぁお前がこの街に来た理由ってのはつまり……」

「任務に決まってんだろ。でなきゃ来ねーよ。こんなとこ。」

 

 吐き捨てるように呟いて、カイはペンダントをきちんと首に提げる。

 烙印を捺される際に服を脱がされると知っていた為、敢えてポケットに突っ込んでいたのだが、既にゴーストにガーディアンフォースである事がバレている以上、隠しているのも馬鹿らしい。

 そんなカイを眺めるザクリスは、彼の肩や、腕や、脚の傷を見て僅かに心配そうな表情を浮かべる。

 不意にポーチを探りながら、ザクリスは溜息と共に呟いた。

 

「とりあえず、逃げる前に手当てしとけ。血の跡でも辿られたら厄介だ。」

「そんなボタボタ血ぃ垂らすような怪我じゃねーよ……」

「やかましい。見てるこっちが痛ぇんだよ。馬鹿。」

 

 ポーチから取り出した大判の絆創膏をカイの顔面に叩きつけるようにして渡し、彼はカイを無理矢理座らせる。

 しぶしぶ受け取った絆創膏を腕の傷に貼り始めたカイの前で、ザクリスは脚の傷をハンカチで縛ってやりながら口をへの字にしていた。

 

「ったく。お前がガーディアンフォースに入ったってのは驚いたが……入って一体どれくらいなんだよ。サンドコロニーで別れてからまだ1ヵ月ちょっとだろ?」

「あ~……まだギリギリ入隊1ヶ月経ってねーな。」

「おいおい。そんな新米をこんな無法地帯に放り込むって、どういう神経してんだお前の上司。そんなに人手不足なのかよ。ガーディアンフォースってのは……」

「まぁ、その辺はノーコメントで……」

 

 苦笑を浮かべるカイに探るような眼差しを向けた後、ザクリスは再び呆れたような表情を浮かべる。

 

「……ま、守秘義務もあるだろうしな。言えねーなら訊かねーよ……」

「サンキュ。恩に着るぜ。」

「やめろ。気色悪ぃ……」

「えぇ?!気色悪いってなんだよ!気色悪いって!」

 

 思わず抗議の声を上げたカイに、ザクリスは意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「こちとら、お前が手の掛かる面倒臭ぇがきんちょなのは百も承知なんだよ。それを今更、いちいち恩に着るだのなんだの……水臭ぇっつの。礼なんざ要らねーよ。」

「……けっ。クルトが聞いてるからってカッコつけんなよな。」

「あ゙??」

「ひっとりっごとぉ~。」

 

 すっとぼけるカイの頬をつまみ、ぐいっと引っ張りながらザクリスは不機嫌に笑う。

 

「ったく。さっさと手当て終わらせねーと、その肩の傷溶接するぞ。」

「溶接って……道具もねーのに?」

「……ライターで焼いて固めてやろうか?っつった方が分かりやすいか??」

「げッ?!」

 

 先程烙印を捺されたばかりである手前、これ以上火傷が増えるのは全く以って御免である。

 カイがいそいそとシャツの首元から手を差し入れ、肩の傷に絆創膏を貼り始めた頃、2人のやり取りを聞いていたレンが苦笑を浮かべながらクルトに呟いた。

 

「なんつーか……口は悪ぃけど、悪い奴じゃなさそうだな……」

「まぁ……確かに昔に比べて大分言葉遣いは荒いが……なんだかんだ、面倒見の良い所は昔から変わっていない。ザック兄さんはそういう人だ。」

 

 苦笑を浮かべ返すクルトにふと笑って、レンは安心した面持ちで呟いた。

 

『カイ!俺はそろそろゼロと合流ポイントに向かう。絶対来いよ!』

「あぁ!頼んだぜ!」

 

 元気よく返事を返すカイに、ザクリスも自然と笑みを浮かべていた。

 

「逃げる算段ついたみてーだな。」

「算段っつーか、まぁ、前もって打ち合わせてた事ではあるんだけどな。」

「そうか。じゃ、とっとと行くぞ。」

「へ??」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げたカイの前で、ザクリスは面白そうに笑っていた。

 

「おいおい。流石に怪我した弟子を放り出すほど、落ちぶれちゃいねーぞ。」

「マジで?付いて来てくれんの??」

「おう。」

 

 その言葉に、カイの表情が心底ホッとした様子でほころんだ。

 

「……流石師匠。百人力だぜ。」

『師匠??』

 

 怪訝な声を上げるクルトに、カイは得意げに笑う。

 

「言っただろ?家を飛び出したばかりの頃、世話になった奴に拳銃貰ったって。それがザクリスなんだよ。」

『……よりによってザック兄さんが銃の師匠とは恐れ入った……』

「なんで?」

『その人は士官学校時代、射撃訓練の歴代最高記録を更新した銃の天才なんだ……』

「マジで?」

「お前さっきからそればっかだな。今度はなんだよ。」

 

 面倒臭げに訊ねるザクリスを眺めて、カイは信じられないといった表情のまま呟いた。

 

「士官学校の射撃記録更新した銃の天才って、ホントかよ。」

「動かねー的に当てるくらい、お前だって出来るだろうが。」

「いやまぁ……そりゃそうだけどさ。」

「おら、いつまでも無駄話してねーで、とっとと行くぞ。」

 

 ポンッと撫でるように頭を叩いたザクリスに頷いて見せると、カイは彼の後に続くようにして歩き出した。

 

   ~*~

 

 慎重に辺りを警戒しながら、カイはザクリスと共に瓦礫の街を歩く。

 追っ手を撒いたとはいえ、油断は出来ない。クラウの口振りから察するに、恐らく今頃、瓦礫街の住人達にも自分がガーディアンフォースである事が伝わっているだろう。いつ何処から狙われてもおかしくない状況だ。

 しかし何故、こんな見計らったかのようなタイミングで、ザクリスがこの街に居るのだろう?

 

「なぁ、ザクリスはこんな掃き溜めまで何しに来たんだよ。仕事か?」

「極秘任務。」

「はぁ??」

「冗談だよ。あのディスクの出所を追ってたら、此処に行き着いたってだけだ。」

 

 なんでもなさそうに肩を竦めて見せるザクリスに、カイは思わず頭を抱える……

 

「あ……ちゃぁ~……」

「え??なんだよ急に。」

「こっちの会話、クルト達に丸聞こえなんだぞ。せっかくお前とアサヒの事伏せてディスクの事話したのに……」

「は?!お前まさか!あのディスク調べたってバラしちまったのかよ?!」

「正確には、俺じゃなくてシーナが口滑らせちまったんだけどな……」

「あ~……嬢ちゃんならしょうがねぇか。ド天然だしなぁ……」

 

 げっそりとした顔で呟くザクリスに、クルトが心底呆れた声で呼びかけた。

 

『まさか、お前と一緒にディスクを調べた傭兵と賞金稼ぎというのは……』

「あぁ。ザクリスと、その相棒のアサヒって奴。」

『……なるほど。ザック兄さんが一枚噛んでたなら大体辻褄は合う……』

「今度はなんだよ。元軍人以外にも何かあんのか?」

『士官学校に入る前、1年ちょっとだけだが、ヴァシコヤードアカデミーの生徒だったんだ。しかも確か、専攻はプログラミング関係だった筈……』

 

 その言葉に、カイもげっそりとした顔でザクリスを見上げる。

 

「お前どんだけチートなんだよ。このスペックお化け。」

「いきなりなんだよ。またクルトが余計な事喋ってんのか??」

「お前が元アカデミー生だった。って……」

「おいクルト。それ以上余計な事喋ってみろ。テメーの口、リベットで二度と開かねーようにすっからな。」

『おー怖い怖い。』

 

 棒読みなクルトの声に呆れた顔をしながら、カイは独り言のように呟いた。

 

「元軍人で、元科学者の卵で、銃の天才。おまけにゾイド乗りとしても超強いし、顔も良いし。弱点とか、短所とか、苦手なもんとか……何かねーのかよ。」

「安心しろ。俺だってれっきとした人間なんだ。嫌いなもんくらい、掃いて捨てる程あるよ。」

「ホントかぁ??……」

 

 露骨に疑いの眼差しを向けるカイに、ザクリスは溜息を吐いて話題を逸らす。 

 

「で?何処まで逃げるんだ?」

「此処に来る時に使ったフライングボードを瓦礫の隙間に隠してあるから、とりあえずそこまで引き返す。そうすりゃ後は、仲間が待ってる合流ポイントまで飛んでくだけだ。」

「……盗られてなければ。だろ?」

 

 からかうようなその言葉に、カイはギクリとした表情を浮かべた後、ジトリとした眼差しをザクリスへ向ける。

 

「嫌な事言うなよ……」

「掻っ攫いなんて日常茶飯事だろうが。人だろうと物だろうと。」

「妙にこの街の事詳しいのな。お前。」

「ま、俺もこの街に来るのは初めてじゃねーからな。どんな場所なのかは嫌って程知ってる。」

「ふ~ん……」

 

 思わず顔色を窺うような視線を向けたカイだったが、直後、ザクリスに上着の後ろ襟を掴み上げられ、物陰へと引っ張り込まれる。

 そのまま無言で道の先を窺っているザクリスに倣うように、そっと顔を覗かせれば……先程の追っ手とは別の者達……瓦礫街の住人達が武器を手にして話し込んでいた。

 

「聞いたか?」

「あぁ。カイの野郎、ガーディアンフォースの犬に成り下がったらしい。」

首領(ドン)にあんだけ目を掛けてもらった恩も忘れて……俺達でぶっ殺してやる。」

 

 そんな会話に、カイは思わずギクリとして恐る恐るザクリスを見上げるが、ザクリスは顔色一つ変えずに話し込んでいる瓦礫街の住人達を眺めていた。

 

「どうする?他の道探すか?」

「あ、えっと……うん……」

 

 戸惑った様子のその返事に、ザクリスはようやく視線をカイへ向ける。

 

「どうしたんだよ。」

「いや……別に……」

 

 ふいっと俯いたカイの頭に、ぽんっと手が置かれる。

 ハッとして顔を上げれば、驚くほど優しく穏やかな笑みを浮かべたザクリスが、此方を見つめていた。

 

「シケた面してんなよ。お前がこの街で何をしてたかなんて、更々興味のねぇ話だ。俺にとって、お前が手の掛かる弟子なのは変わんねぇ。安心しろ。」

「ザクリス……」

「けどな……一つだけ言っとくぞ。」

 

 浮かべていた笑みに寂しさのような色を滲ませて、彼は呟いた。

 

「あの時誰かに頼ってれば良かったって、取り返しが付かなくなる前に打ち明けてりゃ良かったって……後から悔やんでも遅いんだ。だからお前は、押し潰される前に他の奴をちゃんと頼れ。別に俺じゃなくてもいい。こいつなら信用出来るって奴が見つかった時、抱えたもんをきちんと清算しとけ。……間違っても、俺みたいにはなるな。良いな?」

「お、おう?」

「なんで疑問形なんだよ。」

 

 呆れたように笑って、くしゃくしゃと掻き回すように頭を撫でるザクリスに、カイは微かな戸惑いの色を浮かべて彼を見上げる。

 きっと……ザクリスにも他人には簡単に打ち明けられないような過去があるのだろう。そして彼はきっと、取り返しが付かなくなってしまったのだろう。今まではそんな様子、微塵も見せた事が無かったが……

 

(……結局、皆何かしら背負ってるもんなんだな……)

 

 自分だけではないという安心感と、始めて触れたザクリスの仄暗い一面に対する戸惑いを感じながら、カイは彼と共に別の細道へと進む。

 ふと、自分には打ち明けられる相手が見つかるだろうか?と、考え込んでしまう。

 この街であった事の、その全てを……ちゃんと受け止めてくれる人が居るのだろうか?その上で、本当に自分と縁を切らずに向き合ってくれる人が居るのだろうか?

 薄紫色の瞳は、不安に揺れていた……

 

   ~*~

 

「そういえばさ、アサヒは何処にいるんだよ。」

 

 武装した住人達の居る場所を迂回して歩きながら、ふと思い出したようにカイが訊ねた。

 

「あぁ、あいつなら街の外で牙狼(ガロウ)と一緒にタイガーの見張りやってる。」

 

 何でもなさそうに答えるザクリスだったが、カイはいまいち違和感を感じる。

 普段ならば危険な場所であればある程、彼等は必ず互いの背を預け合えるように2人で行動している。なのによりによって、この世で一番危険な場所と言っても過言ではないようなこの街に、ザクリス1人で乗り込んで来ているというのは、どうもおかしい気がした。

 

「アサヒだって強ぇんだし、2人で来た方が良かったんじゃねーの?」

「そりゃ無理。」

「なんで?」

 

 至極不思議そうに訊ねるカイに、ザクリスは微かな溜息を吐くと、静かに呟いた。

 

「あいつな、昔この街に俺と来た時、ちょっと面倒事に巻き込まれちまったんだ……それ以来、そいつがトラウマになっちまってんだよ。」

「あ~……なるほど。なんとなく察しは付くよ。うわっ?!」

 

 ザクリスが突然、カイの胸倉を引っ掴んで瓦礫の影へ押し込むように突き飛ばす。

 尻もちを付いたカイが顔を上げた時には、銃撃戦が始まっていた。

 どうやらいつの間にか、後をつけられていたらしい……

 まるでそれが分かっていたかのように、ザクリスは全く慌てる様子もなく、追っ手達の額を軒並み風通し良くしてやった後、涼しい顔で左手の銃をホルスターに戻しながらカイの手を掴み立ち上がらせた。

 

「悪ぃな。大丈夫か?」

「あぁ……サンキュ。」

 

 思わずポカンと答えた後、カイはいじけたようにぼやく。

 

「つけられてたなら、教えてくれりゃ良かったのに……」

「お前気付いてなかったのかよ。勘が鈍ったんじゃねーか?」

「ちぇっ……意地悪ッ……」

「俺が一緒だからって気ぃ抜いてんじゃねーぞ。」

「わーってるよ。それくらい。」

 

 そう言いながら、カイもおもむろに銃をザクリスへ向ける。

 ……が、彼が撃ち抜いたのは、ザクリスの後方にある瓦礫の影から顔を覗かせていた伏兵だった。

 

「説教垂れてるからって、気ぃ抜いてんじゃねーぞ。」

「腕は鈍ってなさそうだな。」

「成長したって言ってくれよ。それより、さっきの銃声で他の連中も集まって来る筈だ。急がねーと。」

「だな。とっととずらかるか。」

 

 だが、走り出そうとした矢先……今度は進行方向から追っ手と共に銃弾が飛んで来る……

 揃ってすぐ傍の瓦礫の影へ飛び込んだザクリスとカイは、銃を構え直しすぐさま応戦し始めた。

 

「もう来やがった!気の早ぇ連中だな!!」

「そういう街なんだっつの!!どうする?!」

「その奥、進めそうか?!」

 

 ザクリスの言葉に、カイは自分達の居る瓦礫の隙間の奥を眺める。どうにか人1人通り抜けられそうな隙間が続いてはいるが、正直行き止まりになっている可能性も否定出来ない。

 

「微妙だな。行き止まりだったら集中砲火待ったなしだ。」

「とはいえ、次から次へと沸いて来られちゃこっちの弾薬の方が尽きちまう。一か八かだ。行くぞ!」

「わかった!」

 

 瓦礫の隙間の奥へと進み始めた2人だったが、やはり思った通り、いつ行き止まりになっていてもおかしくないような幅の隙間が頼りなく続いている……おまけに、小柄なカイはともかく、長身のザクリスは瓦礫の隙間を抜けるのにかなり苦労する破目になった。

 とはいえ、背後から追って来ているであろう者達もなかなか思うように進めず、銃を撃っても瓦礫に阻まれるばかりで相当苦戦しているだろう。もしかしたら、この狭い隙間に飛び込む順番を巡って乱闘が始まっている可能性もある。とにかく、後ろから弾丸が飛んで来ないのが唯一の救いだった。

 

「一体何処まで続いてんだろうな……」

「行き止まりにならねーだけまだマシだ。このままどっかに出られりゃ良いんだが……」

 

 ザクリスがぼやいた直後、不意に道幅が開ける。

 狭い隙間が終わって、疲れたように体を伸ばすザクリスの耳に、不穏な一文字が飛び込んだ。

 

「あ。」

「あ?」

 

 首を傾げる彼に、カイは青ざめた顔でゆっくりと振り返り、呟いた。

 

「やべぇ。行き止まりだ……」

「うっわマジかよ!!言った端からッ……」

「お前がフラグ立てるからぁ~!!」

「俺のせいかよ!!」

 

 顔を突き合わせて大声を上げる2人だったが、引き返す訳にもいかない。

 何とか追っ手が来る前にどうにかしなければ……

 ザクリスはふと、行き止まりになっている瓦礫の隙間から陽光が差し込んでいる事に気付いた。

 そっと陽の差し込む瓦礫の周辺を調べ、更に周囲をくまなく見渡した後、彼は静かに呟いた。

 

「……一歩間違えりゃお陀仏だが……賭けるか?」

「何か手があるのかよ。」

「まぁ……な。」

 

 冷や汗を浮かべながらも、不敵な笑みを浮かべるザクリスに、カイも思わず口角を上げた。




Pixiv版第21話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11234229


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第22話-離脱と束縛-

 瓦礫街で大ピンチの俺を助けてくれたのは、サンドコロニーで別れた筈のザクリスだった。

 まさかクルトやルーカス兄ちゃんと知り合いだったなんてな……

 おまけに元アカデミー生の元軍人だなんて、そりゃ頭も良いし強いワケだ。

 ……とは言え、この状況をどう切り抜けるつもりなんだ?

 [カイ=ハイドフェルド]

 

[ZOIDS-Unite- 第22話:離脱と束縛]

 

 一歩間違えればお陀仏……というザクリスの切り札。

 それが一体何なのか、皆目見当も付かない状態ではあるが、カイは笑みを浮かべる。

 ザクリスの事だ。何か策があるに違いない……が、彼が腰のポーチから取り出したのは……

 

「え?何それ……」

「何って、ミントタブレットだよ。見りゃわかるだろ。」

 

 そう。何処にでも売っているようなミントタブレットのプラスチックケースだ。しかも3つ。ご丁寧な事に味が全部違う。

 

「こんな時にミントタブレットって……これ食って落ち着こう。ってか??」

「そんなとこかな。」

『なんて暢気な……』

 

 呆れた様子のカイとクルトに気付いているのか、いないのか……

 ザクリスは涼しい顔でブラックミントのケースの口を開く。

 ……しかし、ケースの口から姿を見せたのはミントタブレットではなく、3cm程度の細長い糸だ。しかもケースの中に繋がっているのか、それ以上の長さも出て来ない……

 

「糸??」

 

 思わず首を傾げたカイの前で、ザクリスはさも当たり前のように愛用のジッポーライターを取り出す。

 その瞬間、彼が一体何をするつもりなのか悟ったカイは、青ざめながら悲鳴にも似た声を上げた。

 

「まさかそれって!?」

『カイ?どうした??』

「伏せとけよ!!」

 

 糸に火を点けられたブラックミントのケースが、ザクリスの手によって、先ほど自分達が出て来た瓦礫の隙間の奥へと投げ込まれる。

 咄嗟に頭を抱え込むようにして伏せるカイと、そのカイを守るように半分覆いかぶさる形で伏せるザクリスの遥か後方で……投げ込まれたミントタブレットが火を噴いた……

 爆発による轟音と振動もさることながら、その衝撃で自分達を取り囲む瓦礫まで地響きのような不穏極まりない音を立てる様は、とにかく生きた心地がしない。恐らく、ホエールキングで爆発音を聞いたクルト達も、今頃放心しているだろう。

 

「カイ。生きてるか?」

 

 爆発が収まり、静まり返った瓦礫の中の空間で最初に声を上げたのはザクリスだった。

 その声にハッとしたように、クルトも声を上げる。

 

『カイ!応答しろ!!カイ!!』

「……生きてるよ。なんとかな……」

 

 そっと起き上がりながら、カイは恨みがましそうな視線と共にザクリスを見上げる。

 

「お前さぁ……爆薬入りのミントタブレットなんて何処で買ったんだよ。」

「あ?自作だよ自作。ミントタブレットのプラスチック爆弾味。なかなかいけるだろ?」

「食えるもんなら食ってみろ馬鹿野郎!死ぬかと思ったじゃねーか!!」

 

 ムキになって怒鳴るカイに、ザクリスは至って面白そうに笑って言った。

 

「この程度で喚くなよ。とりあえず第一段階は成功だ。」

「第一段階??」

「ん。」

 

 そう言ってクイッとザクリスが親指で指し示した先……自分達が先程出て来た瓦礫の隙間は、投げ込まれたプラスチック爆弾のせいで見事に崩れ、完全に塞がっている。

 しかし、カイは文句有りげな視線をザクリスに向けたまま、警戒したように呟いた。

 

「……これでとりあえず、後ろから来てる連中の心配はしなくて良い。ってか?」

「流石に察しが良いな。じゃ、第二段階行くぞ~。」

 

 何処か楽しんでいる様子で、ザクリスは手元に残ったケース……マイルドミント味とクールミント味のケースを手に、陽光が差し込んでいる突き当りの瓦礫の元へ歩み寄る。

 そんな彼の背中に、カイはギクリとした様子で身を強張らせた後、必死に捲し立てた。

 

「あー!やっぱり!!残りの2つでそっち側ふっ飛ばして出ようって魂胆だろ?!一歩間違えりゃお陀仏どころの話じゃねーじゃん!ふっ飛ばした瞬間、上の瓦礫まで崩れるっつーの!!そうなりゃ俺達、瓦礫に仲良く圧し潰されて合い挽き肉になっちまうじゃねーか!!」

「お前なぁ……合い挽き肉とか言うなよ。一瞬想像しちまっただろうが……」

 

 陽光が差し込んでいる瓦礫の隙間を調べていた手を止め、ザクリスがカイを振り返る。

 

「つーか、牛と豚ならともかく、人間と人間なら合い挽きではねーだろ。」

「そういう冷静な突っ込み今いらねーから!!」

「あーはいはい。瓦礫に潰されてミンチになるのは願い下げだって言いてーんだろ?安心しろって。ちゃんと生きて出られるように配置考えてるとこだ。気が散るから少し黙ってな。」

「……ホントに出られるんだろうな??」

「お口チャック。」

 

 字面とは裏腹にドスの効いたその一言で、カイは渋々黙り込み地面に胡坐を掻く。

 無造作に積みあがっている瓦礫の配置を把握し、どの瓦礫がどれを支えているのかを見極め、その上で自分が持っている爆弾の威力を踏まえつつ、爆破する場所を考える……その作業に全神経を集中しているザクリスをぼんやりと眺め、彼は感心とも呆れともつかない溜息を一つ吐いた。

 

(いくら頭が良いっつっても、何処をどう爆破すりゃ良いなんて、そんなの簡単にわかるもんなのか??凡人の俺には何が何だかさっぱりだぜ……)

 

 諦めたような溜息を吐くカイの鼓膜を、クルトの声が遠慮がちに揺らす。

 

『カイ……』

「なんだよ?……」

『頼むから、一緒に吹っ飛んでくれるなよ?……』

「どうだかなぁ……お陀仏になる可能性の方が高ぇんじゃねーの?」

 

 ぐったりした様子で呟きながら、呆れとも疑いともつかない眼差しでザクリスを眺めるカイだったが……

 

「よし。OK。」

 

 程なくして、隙間にミントタブレット爆弾を設置したザクリスが再びジッポーライターの蓋を開ける。

 こんなに早く爆弾を設置し終わると思っていなかったカイはギョッとしながら声を上げた。

 

「早っ?!マジで?!もう配置決まったのかよ?!」

「あぁ。若干爆弾の威力の方が強ぇかもしんねーが。ま、どうにかなるだろ。」

「どうにかなるだろって……本当に大丈夫なんだろうな?……」

 

 思わず頭を抱えるカイなどお構いなしに、ザクリスは設置した爆弾の導火線に火を点ける。

 今度はすぐ近くで爆発が起きる為、カイとザクリスは2人揃って爆弾の真反対側へと移動し、身を寄せ合うようにして伏せながら衝撃に備えた。

 直後、大して長さも無い導火線は、最初に火を点けた物から順に爆薬を点火させる……

 その激しい爆発音は、耳を塞いでいても凄まじい衝撃として身体に押し寄せ、爆風が粉々になった破片を2人へ容赦なく浴びせた。

 ……轟音と、振動と、衝撃、爆風。その全てが収まり、静寂が2人を包む。

 直後、飛んできた石ころのような細かい瓦礫や砂埃をバラバラと散らしながら、カイとザクリスはゆっくりと立ち上がった。

 

「だぁぁ……マジで命がいくつあっても足りやしねぇ……」

「だがまぁ、一応上手くいったみたいだぜ?」

 

 そう言って、ザクリスが先程爆破した瓦礫を親指で指し示す。

 行く手を塞いでいた瓦礫には、無数のヒビが入っており、今にも崩れそうな状態になっていた。

 

「確かにヒビだらけにはなってっけど……これ、結局失敗なんじゃねーの?」

「あ?いきなりふっ飛ばしたら全部崩れて、お前のお望み通り、挽き肉まっしぐらだぞ。ちゃーんと狙い通りだよ。後は仕上げだけだ。」

 

 ヒビだらけになった瓦礫の前に立ったザクリスが、カイを手招く。

 怪訝そうな顔をしながらも、大人しく傍に来たカイをチラッと見て、彼は呟いた。

 

「じゃ。この瓦礫ぶっ壊してとっとと出るぞ。」

「ぶっ壊すって……どうやって―」

「そらよっ!!!」

 

 カイの声を遮るかのように、ザクリスが左脚で瓦礫の中心部を思いっきり蹴り抜く。

 ヒビだらけの瓦礫は、その蹴りによって吹き飛ばされるかのように粉砕された。

 信じられないような光景に目を見開いたカイの腕をおもむろに掴み、ザクリスは彼を外へ放り出す。

 直後、崩れ始めた瓦礫の間に飛び込むようにして、ザクリスも無事に外へと転がり出て来た。

 

「な?出られただろ?」

 

 何事も無かったかのように立ち上がって砂埃を掃いながら、ザクリスは得意げに笑う。

 そんな彼を見上げて、カイは心底呆れたように呟いた。

 

「いくらヒビだらけだったとはいえ、コンクリの塊粉砕するとか……お前の脚、一体何で出来てんだよ。」

「さぁな。軽量合金か何かじゃねーか?」

「あーはいはい。お前が人間辞めてるのはよくわかりました。」

 

 ぼやきながら立ち上がったカイに、クルトが怪訝そうに訪ねる。

 

『つまりあれか?会話の内容から察するに、ザック兄さんがコンクリ蹴破ったのか?』

「ご名答。」

『……冗談だよな?』

「ほら見ろ。クルトまで冗談だよな?とか言ってんぞ。」

「まぁ、見てなかった奴は冗談だとしか思わねーだろうな。」

「あーもー説明面倒臭ぇなぁ……とにかく出られたんだ。サッサと行こうぜ。」

 

 投げ遣りに話を終わらせて、カイは服や頭に残る砂埃を掃いながら辺りを見渡す。

 どうやら結果として、フライングボードを隠していた辺りのすぐ近くに出て来たらしい。

 カイは再び拳銃を取り出しながら呟いた。

 

「ボード隠してるとこまであとちょっとだけど、さっきの爆発音でまたぞろぞろ来るぞ。きっと。」

「ったく。ガキ1人追っ駆け回すのに街総出とか、暇人ばっかかよ。」

「そーゆー街なんだよ。」

「知ってるよ。」

 

 ぼやきながら連れ立って走り出した2人は、ボードの隠し場所へと急ぐ。

 その道中で出くわした瓦礫街の住人達から逃げる為、再び脇道へ飛び込んだり、応戦したりを2~3回繰り返しはしたものの、彼らはやっとボードの隠し場所へと辿り着いた。

 ザクリスに辺りを警戒してもらいながら、ボードを隠した瓦礫の隙間を覗き込み、カイが明るい声を上げる。

 

「よっしゃ!盗られてない!」

 

 狭い瓦礫の隙間で、主の帰りを待ちわびていたフライングボードとゴーグルを、カイは急いで引きずり出す。

 だが、まさにその時だった。

 カイのすぐ傍の瓦礫を弾丸が掠めた……それを合図とするかのように、武装した住人達と、先程のクラウの手下達が道の向こうからわらわらと走って来る。

 

「げぇ?!マジかよ!!」

 

 フライングボードとゴーグルを抱えたまま瓦礫の影に身を隠し、弾丸をやり過ごしながら、カイは再度拳銃を手にする。残りの弾薬は、1マガジン分を切っていた。

 

「離脱まであとわずか。弾薬の残りもあとわずか。か……」

 

 独り言のようにぽつりと呟いて、残弾を確認したマガジンをグリップに叩き込む。

 不意に、カイの薄紫色の瞳がスゥッとその温度を下げる……諦めや絶望の類とは違うその変化に、いち早く気付いたのはザクリスだった。

 

(あー……ヤバいな。()る気スイッチ入っちまってら……)

 

 普段自分から戦うのを避けている為、カイがこうなる事は極めて珍しいが……ザクリスは彼と知り合って以来、2回程、こういう状態になったカイを見た事がある。

 ただ相手を殺す為だけに全神経を集中させているような、殺気に染まった冷たい瞳……こういう状態になったカイはとにかく無茶苦茶だ。自分が怪我をする事にも、相手をどれだけ傷付ける事にも、全く躊躇が無い状態になってしまう。

 このままカイを戦わせてはいけない。と、ザクリスは思考よりも早く直感した。

 宛の無い渡り鳥のような旅を続けていた頃とは違うのだ。今のカイには帰る場所が、帰りを待つ仲間が居る。こんな所で死なせるわけにはいかない。早く逃げさせなければ。

 ザクリスが一旦瓦礫の影に身を隠し、マガジンを交換しながら叫んだ。

 

「カイ!カイ!!おい!こっち向け!!」

「え??」

 

 ふと我に返ったように顔を上げたカイの目が、僅かに温度を取り戻す。

 その目を見て、まだ完全に“堕ち”切ってはいなかった事に若干安堵しながら、ザクリスは呼びかけた。

 

「此処は俺が引き受けてやる!お前は先に行け!!」

「けどっ!ザクリスはどうすんだよ?!」

 

 完全に温度を取り戻した目で大声を上げるカイに、ザクリスはニヤッと笑って見せる。

 

「心配すんな!お前を逃がしたら俺もとっととずらかる!後でお前の小タブに今日の護衛代の請求書送りつけてやるから安心しな。」

「いらねーよ!ったく。ちゃっかりしてんなぁ……わーった!!此処は任せた!死ぬなよ!!」

「誰に言ってんだよばーか!サッサと行け!!」

「おう!!」

 

 カイがフライングボードで飛び立つのと、ザクリスが再び両手に構えた拳銃で応戦し始めるのは同時だった。

 空へ舞い上がれば、彼の独壇場だ。背後から迫り来る弾丸を舞うように避けながら、仲間との合流ポイントへと向かうカイの後ろ姿をチラッと振り返って、ザクリスは笑みを浮かべる。

 

「まったく……まだまだ手の掛かる奴だな……」

 

 独り言のように呟いて、ザクリスも応戦しながら隙を見て走り出す。

 帰りを待つ仲間が居るのは、何もカイだけではない。

 自分もまた、そういう存在に巡り会い、それを糧に今まで何度も死地から戻って来た……昔はいつ死んでも構わないとすら思っていたが、人間という生き物は……口で言う程簡単に命を捨てられない生き物らしい。

 だが、追っ手を撒く為に飛び込んだ脇道の先で、彼は不意にその姿を消してしまった。

 ……そう。まるで、霞に攫われてしまったかのように……

 

   ~*~

 

 一方、カイが瓦礫街を脱出する少し前の事……

 アサヒは牙狼(ガロウ)の前足の爪に腰かけて、退屈そうな欠伸を上げていた。

 ザクリスが瓦礫街へ向かって既に3時間。なんの連絡も動きも無い。

 

「やっぱり、俺も行った方が良かったかなぁ……」

 

 ぽつりと零した一言に、牙狼(ガロウ)が心配そうな呻り声を上げる。

 その声に、アサヒは表情を緩めるように苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、俺が行ったところで足手纏いになっちまうのは目に見えてるんだ。今回は大人しく此処で待つ事にするよ。正直未だに、あの街に行く勇気も無いしな……」

 

 そう言って、アサヒはふと足元に視線を落とす。

 かつて一度だけ……仕事の関係でザクリスと共にあの街を訪れた時……自分はまだ、記憶を失ったあの日から1年経ったかどうかというような状態だった。

 ろくに戦う事も出来ず、守られてばかりだった自分のせいでザクリスが取り返しのつかない重傷を負ったのを、アサヒは今でも負い目に感じていた。

 

グルルルル……

「どうした?牙狼(ガロウ)?」

 

 ふと顔を上げ、瓦礫街の方を見つめる牙狼(ガロウ)に、アサヒも思わず顔を上げる。

 遠いせいで誰なのかまではハッキリしないが……瓦礫街から飛び出して来た誰かが大勢の者達に追われていた。

 

「ザクリス……じゃなさそうだが……」

 

 アサヒは一瞬迷う。

 タイガーの見張りを頼まれている以上、ほったらかしにする訳にはいかない。

 だが、どうにも目の前で困っている人間を放っておけないのが、アサヒの性分であった。

 彼は立ち上がると、不意に青いセイバータイガーの方へ駆け寄る。

 収納スペースから取り出したのは、ホバーボードであった。

 

牙狼(ガロウ)!タイガーの事頼んだ。俺ぁちょくらあの追っ駆けられとる奴を助けて来る。」

グルルッ

 

 分かった。というような短い返事にふと微笑んで、アサヒはホバーボードで追われている者の元へ向かう。

 どうやら追われているのは1人。しかも女性だ。逃げながら手にした拳銃で時折応戦しているようだが、追っ手達は拳銃一つで相手に出来るような数ではない……

 アサヒはホバーボードに乗ったまま刀を抜くと、追っ手の群の中を一直線に横切るようにして数人切り伏せ、一旦距離を取る。突然割って入ったアサヒに驚いたのだろう。追っていた女性とアサヒ、どちらを先に始末すれば良いのか迷った追っ手達は、酷い混乱状態に陥った。

 

(烏合の衆ほど狩りやすい群は無いな。さっさと畳みかけちまうとするか。)

 

 我先にと銃を乱射してくる追っ手に臆する様子もなく、アサヒは再びホバーボードで追っ手の群へと切り込み、着々とその数を減らしていく。その様子を見て敵ではないと察したのか、追われていた女性が此方を援護するかのように銃で応戦し始めた事に気付き、アサヒの口元にふと笑みが浮かんだ。

 程なくして追っ手を全員蹴散らしたアサヒは、追われていた女性の前でホバーボードから降りた。

 

「怪我ぁ無いかい?」

「あぁ。お陰で助かったぜ……って……」

 

 男のような口調で答えた女性は、次の瞬間目を丸くする。

 その女性の顔を見たアサヒもまた、目を見開いていた。

 

「お前……まさかアサヒ??」

「ハスハ……だよな??」

 

 互いにぽかんと見つめ合う2人だったが、次の瞬間、ハスハと呼ばれた女性はアサヒの肩にガッシリと腕を回しながら笑い出す。

 

「なんだよアサヒじゃねーか!!ちょっと見ねーうちに随分強くなったなぁおい!!」

「お前さんは相変わらず元気そうだなぁ……ちーっとも変わっとらんようで安心したよ……」

 

 苦笑を浮かべるアサヒに、ハスハは肩に腕を回したまま、怪訝そうな表情で彼の顔を覗き込む。

 

「なんだよ。そのジジ臭ぇ喋り方。」

「あ……いや、これはえっと……まぁ、ちょっと……」

「……はっは~ん。さてはお前、チビで童顔なの気にして、ちょっとでも大人っぽく見えるようにキャラ作ろうとしてんだろ?」

「べ……別にそんな……お前に関係無いだろ!ほっといてくれ!」

 

 普段の古めかしい口調から一転し、子供のような声を上げるアサヒに、ハスハはゲラゲラと笑い声を上げる。

 

「それそれ!やっぱお前、そっちの喋り方の方がしっくり来るぜ。」

 

 やっと肩に回していた腕を解いたハスハを見つめて、アサヒは何処か観念したような溜息を吐く。

 まるで少年のような……ハスハと出会った頃と同じ口調で、彼は呆れたように訊ねた。

 

「で?なんでこんな物騒な連中に追い駆け回されてたんだ?また自分から喧嘩売ったんじゃないだろうな?」

「あ?人聞き悪ぃ言い方すんじゃねーよ。あたしはただゴーストって奴から変なディスク貰っただけさ。そしたらタイミングの悪ぃ事に、ガーディアンフォースがディスクの事嗅ぎ回ってたらしくてよ。仲間だと思われて、追っ駆け回される破目になっちまったってワケだ。」

「ディスク??」

「あぁ。ほらコレ。」

 

 ハスハは特に勿体ぶりもせず、手にしていた部品を差し出す。

 ……それは間違いなく、サンドコロニーでスカーレット・スカーズのレドラーから回収したあの部品と、全く同じ物であった。

 

「なんで……お前がこんな物を……」

「別にあたしは、こんなディスクなんざ更々興味ねぇよ。ただ、世話んなってるカスタム屋のおっさんが、妙にこのディスクの事気にしててな。そんなに気になるなら現物入手して来てやろうか?って話になったのさ。」

「あぁ……なるほど。」

 

 確かにそれなら納得が行く。

 まさかハスハに限って「戦闘能力を底上げする」などという触れ込みのディスクに手を出す訳が無い。

 何故なら彼女は……

 

「で?お前1人じゃねーんだろ?牙狼(ガロウ)ちゃんどうした?」

「あぁ、牙狼(ガロウ)なら相方のゾイドの見張りしてるよ。瓦礫街の周りにゾイド置きっぱなしにしてたら、パーツ泥棒の餌食だからな。」

「おっまえさぁ、牙狼(ガロウ)ちゃんに仕事押し付けてわざわざ助けに来たのかよ。牙狼(ガロウ)ちゃん泣くぞ。」

「いや、俺はお前のコマンドウルフの方が心配なんだけど……」

 

 苦笑を浮かべるアサヒに、ハスハが意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「あたしを誰だと思ってんだよ。お前のお師匠様だぜ?パーツ泥棒なんかに見つからないように、ちゃーんと隠してあるに決まってんだろ。」

 

 そう……ハスハはかつて、瓦礫街の一件で負傷したザクリスが動けなかった間、彼に代わってアサヒに戦いのイロハを教えてくれたゾイド乗りだった。

 

「にしても、お前の相方がゾイド置いて留守にしてるって事は、瓦礫街に居るんだろ?……もしかしてディスクの事嗅ぎ回ってたガーディアンフォースって……そいつじゃねーだろうな??」

 

 恨みがまし気にずいっと此方を睨み付けるハスハに、アサヒはまた苦笑を浮かべる。

 

「いやいやいや。俺もザクリスもガーディアンフォースじゃないよ。そりゃまぁ確かに、あいつもディスクの事探りに瓦礫街に行ったのは確かだけど……」

「じゃぁそのザクリスが、ガーディアンフォースと勘違いされて騒ぎになってんじゃねーのかぁ?」

「ど……どうなんだろ……?」

 

 苦し紛れのような声を上げながら、アサヒは視線を泳がせつつ胸の内でぼやいた。

 

(ザクリス……早よ帰って来て誤解を解いてくれ……これじゃ俺がハスハにどやされちまう……)

 

 確かにハスハはアサヒの師匠で、なんだかんだ情のある良い奴ではあるが……言葉遣いの通り、かなり気性の荒い性格をしている。

 特に彼女は、自分の仕事の邪魔をされるのを最も嫌っている為、早く誤解を解かなければ当のザクリス本人が居ない以上、必然的にハスハの怒りの矛先が此方に向けられる事になるのを、アサヒは嫌という程知っていた。

 ……彼女を一度怒らせれば最後……とんでもなくおっかないという事も……

 

「ま、とりあえず待ってりゃそのうち戻って来るだろ?そいつ。それまでお前と一緒に待っててやるよ。話し相手が居ねーってのも退屈だろうしな?」

「あ。はい……」

 

 案の定、ザクリスが戻って来るまで居座る気満々といった様子のハスハに、アサヒはすっかり諦めたような表情で力無く返事を返すのだった。

 

   ~*~

 

「来た!!」

 

 合流ポイントで待機していたレンが明るい声を上げる。

 フライングボードで此方に向かって来るカイのGPS信号をキャッチした彼は、通信を開いた。

 

「カイ!打合せ通りで大丈夫か?!」

『あぁ!頼んだ!!』

 

 元気の良い返事に安心したような笑みを浮かべたのも束の間。

 ぐんぐん此方に近づいて来るカイを見て、レンは思わず目を見開いた。

 エドガーと違い、ゾイドの声こそわからないものの、レンはその分、フィーネから人並外れた視力や聴力といったものを受け継いでいる。それ故に、カイの怪我に嫌でも目が行ってしまったのだ。

 彼はすぐに安全バーを外すと、キャノピーを開き、ライガーゼロの頭の上……頭頂部のヘッドフォークフィンの上に降り立ったカイの方へと駆け寄る。

 

「馬鹿!お前傷だらけじゃねーか!!」

「へーきへーき。ワイヤー使ってゼロに引っ張ってもらうくらい、どうって事ねーよ。」

「そーゆー問題じゃねぇだろ!ちょっとこっち来い!!」

 

 レンは有無を言わさず、カイの腕を掴む。

 彼はそのままカイを引っ張ってコックピットの前まで戻り、半ば無理矢理押し込むようにカイを操縦席へと座らせ、安全バーを下ろす。

 まるで幼い子供に言い聞かせるように彼は呟いた。

 

「ボード抱えて、ちゃんと大人しく座ってるんだぞ。良いな?」

「いや、俺が此処座ってたらレンが……」

「俺は良いから!怪我人は怪我人らしく自分の心配しろって!」

「けど、操縦―」

「俺なら何処に乗ってようと、操縦席と変わんねーから大丈夫!心配すんな。」

「心配すんなって……」

 

 思わずぽかんとしたカイに構わず、レンはキャノピーの開閉レバーを操作すると、挟まれる前に手を引っ込めてもう一度念を押すように「絶対大人しくしてろよ!」と言い残し、キャノピーが完全に閉まるのを待つ。

 

「よっ!と。」

 

 閉まった後のキャノピーの上を駆け上り、ヘッドフォークフィンの付け根のくぼみに腰を下ろすと、レンは至って楽しそうに叫んだ。

 

「この乗り方久しぶりだな!行こうぜ!ゼロ!!」

「ガルォンッ!!」

 

 了解したと言わんばかりの元気な声を上げた後、ライガーゼロ-プロトは走り出す。

 放熱板であるヘッドフォークフィンの付け根に座っている為、勿論熱いのは熱いが、ストライクレーザークローやブースターを使わない限り、火傷するほどでは無い。それにゼロ自身も、頭の上にレンを乗せて走る場合はヘッドフォークフィンを閉じたままで走ってくれる為、そこそこ安定して座れる。

 周囲を見渡し、ホエールキングが降り立っている場所は……と、確認しかけたところでレンはハッとした。

 

「あ。やべ。マップ……」

 

 コックピットでは無い為、マップを表示する画面が無い事に気付き、レンは冷や汗を浮かべる。

 彼は少し考え込んだ後、ズボンのポケットから小型タブレット取り出し、クルトへ連絡を取る事にした。

 

『レン?小タブから通話なんて何かあったのか?』

 

 不思議そうに訊ねて来るクルトの声に、レンは申し訳なさそうに呟いた。

 

「いや、それがさ……今ちょっとマップ見れねーから、悪ぃんだけどゼロのGPS探知してナビゲートしてくれねーかなぁ?って。」

『マップが見れない??故障か??』

「故障じゃなくて……えっと……」

 

 レンの表情に、若干面倒臭そうな色が滲む。彼は観念した様子で経緯を説明し始めた。

 

「打合せだと、カイをボードに乗せたまま、ワイヤーで引っ張って帰る手筈だったんだけどさ……アイツ傷だらけのボロボロだったから、予定変更して俺の代わりに操縦席に座らせてんだ……」

『は!?じゃぁお前は今何処に乗ってるんだ?!まさか……』

「うん。ゼロの頭の上……」

『お前なぁ!走行中の高速戦闘ゾイドの頭の上から落ちたら、どうなると思ってるんだ!!流石に危ないからその乗り方はやめてくれって、父さんやバンおじさんに言われただろ?!』

 

 そう。レンがゼロの頭の上に直接乗るのは、今回が初めてという訳ではない。

 ガーディアンフォースに入隊したあの日……初めて顔を合わせた時からレンの事を気に入ったライガーゼロ-プロトは、コックピット内が調整機材で散らかっているのを理解していたのか、操縦席の代わりに突然レンを頭の上に乗せて基地の演習グラウンドを駆け回るという騒動を起こしてくれたのである。

 その一件以来、レンとゼロは暫く操縦席を使わずにグラウンドを走り回るこの乗り方を気に入っていたが、安全管理の面から見てかなり危険である為、トーマとバンからやめるよう注意されてしまったのだ。

 それ以来、頭の上に直接座る乗り方はしないようにしていたのだが……

 

「んな事言ったって、怪我人をワイヤーで引っ張って帰る訳にもいかねーだろ?!おまけに俺は今回ボードブーツ持って来てねーから、カイにボード借りる事も出来ねーし!他に方法ないんだから仕方ねーじゃん!ゼロは父ちゃんのブレードライガーと違って単座なんだから!!」

『それはわかってるが……あーもう!お前絶対落っこちるなよ?!』

「落ちない落ちない!それよりナビ頼むよクル兄!な?この通り!」

『……お前って奴は……都合の良い時ばっかり……』

 

 クルトがすっかり困り果てた顔で頭を抱える。

 今では対等に互いを呼び捨てる仲だが……そんなレンやエドガーが幼い頃のように自分を“クル兄”と呼ぶ時というのは、こういう無茶や我が儘を押し通す際の“ご機嫌取り”だ。

 クルト自身もそれは分かっているのだが……やはりいくつになっても、弟分達から兄と呼ばれるのは嬉しいものである。クル兄と呼ばれる事に対して、彼は滅法弱かった。

 

『……今回だけだからな!父さんに怒られる時はお前1人で怒られろよ!!』

「はーい。」

「ガルルゥ」

『……ゼロには怒ってないから……レンを落とさないようにだけ気を付けてくれ。』

 グルルッ

 

 そんなやり取りを聞きながら、カイはコックピットの中で苦笑を浮かべる。

 

「……やり取り、丸聞こえだっつの……」

 

 流石幼馴染といった所だろうか。言い合いの中にも険悪さがまるで無い。

 本当に仲が良いんだなと思いながら、カイは不意に表情を陰らせる。

 彼の脳裏には、ザクリスに言われた言葉が思い浮かんでいた……

 

―別に俺じゃなくてもいい。こいつなら信用出来るって奴が見つかった時、抱えたもんをきちんと清算しとけ。―

(無理だよザクリス……他人との信用なんて、そう簡単に築けるものじゃない……)

 

 自分に幼馴染と呼べるような者は居ない。

 唯一信用出来ると思えた……なんでも打ち明けられると思えた親友は、あの街に奪われてしまった。

 ガーディアンフォースの仲間達は確かに良い奴等ではあるが、抱えたものを打ち明ける勇気が出ない……打ち明けた結果、居場所をまた失ってしまうのではないかという事が、カイにとっては酷く恐ろしかった。

 

(せめて……お前に打ち明けられたら良かったのに……)

 

 あの街で別れた際のザクリスの笑顔を思い出し、カイは目を閉じてフライングボードをギュッと抱え直す。

 恐らく自分と同じ……誰かに打ち明ける事の出来ない過去を抱えた者同士だ。彼になら話せたかもしれない。これが任務でなかったら……こちらの会話が仲間に聞こえる状況でさえなければ……

 

(……俺、こんなんばっかだな……自分1人で抱えていられるほど強くないのに……向き合いもせずに、都合の良い時だけ他人を頼れたらとか考えて……最低だ……)

 

 深い、静かな溜息を一つ吐いて、カイは顔を上げると、瓦礫街の方を振り返る。

 もうとっくに見えなくなっている街の方向を見つめたまま、彼はポツリと呟いた。

 

「死ぬなよ……ザクリス……」

 

   ~*~

 

「あの野郎!消えやがった!!」

「お前も見たよな?……」

「あぁ。目の前でいきなり……どうなってんだ??」

 

 ザクリスを追っていた者達は、彼が目の前で突然掻き消えた事に戸惑い、ざわついていた。

 固定箇所で展開するタイプの光学迷彩の向こうへ消えたのならば、消える瞬間、電子的なブレが生じるが……そうではない。本当に目の前でスゥッと、まるで幽霊が目の前で姿を消すかのように消えてしまったのだ。

 戸惑った住人達は慌てて引き返し、ある者は首領(ドン)に知らせる為、またある者は仲間に知らせる為、散り散りになって走り去って行く。目の前で消えたのは何らかの残像で、本物は別の場所を逃げ回っている筈だ……と考えた者もいるに違いない。

 だが、静まり返った脇道に、彼は確かに存在していた。

 

「……一体……どうなってんだ?……」

 

 背後から追って来ていた者達が、いきなり自分が“消えた”と騒ぎ出し、何処かへ行ってしまった事に、ザクリスは思わず立ち止まって、不可解なその現象を、異様なその光景を、呆然と眺めていた。

 この脇道へ飛び込む前も、飛び込んだ後も、特に違和感のような物は無かった。

 一体自分に何が起きたのだろうか?と銃を片方ホルスターへ戻し手の平を見つめたが、とりあえず、自分が幽霊になってしまったワケではないらしい……

 ホラーや心霊現象の類が大の苦手である彼は、突如として見舞われたこの現象に青ざめながら、もう一度警戒した様子で周囲を見渡す。自分以外には誰も居ない……と、思った矢先だった。

 

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。相変わらずだね。ザクリス。」

 

 聞き覚えのあるその声に、ザクリスは目を見開いてゆっくりと背後を振り返った。

 

「クラウ……」

 

 ザクリスは背後に現れたクラウとヒドゥンを、警戒の色を宿した瞳で見つめる。

 しかしクラウは至って楽しそうにクスクスと笑い声を上げていた。

 

「まずはお礼くらい言ってくれても良いんじゃないの?一応、助けてあげたんだから。」

「……なるほどな。ヒドゥンのステルス迷彩フィールドか……話には聞いてたが、想像以上の能力だな。」

 

 何処か諦めたかのような笑みを浮かべるザクリスに、クラウはニタリと笑う。

 

「で?なんで“組織から逃げ出した”君が此処に居るの?クラウ達の事を誰にも喋らない事。邪魔をしない事。それが見逃してあげる条件だった筈だけど?」

「……別に誰にも言ってねーし、邪魔をする気もねぇよ。」

「じゃぁ、どうして此処に居るワケ??」

「さぁな。」

 

 ぶっきらぼうに答えてそっぽを向くザクリスに、クラウは無遠慮に歩み寄ってその顔を見上げる。

 彼女の顔には、嘲るような笑みが浮かんでいた。

 

「まさかとは思うけど……変な事考えてないよね?クラウ達はいつでも君のお友達を殺せるんだよ?裏切り者だった君のお父さんみたいにさぁ??」

「ルークに手ぇ出した時がお前らの最後だ。いつまでも虎の首を踏みつけていられると思うなよ……」

「ふ~ん。」

 

 殺気立った声で静かに呟いたザクリスへ、何処か含みのある声を上げた後……クラウはくるりと背を向けてヒドゥンの元に戻りながら楽しそうに喋り出した。

 

「君さぁ、サンドコロニーで守護鷲と一緒に戦ってたよね?」

「守護鷲??」

「ブレードイーグル。って言えば分かるでしょ?とぼけたって無駄だよ。クラウ知ってるもん。」

 

 クラウはヒドゥンに背を預け、冷たい目でザクリスを眺めながら言葉を続ける。

 

「どうせその時にディスクを回収して調べたんじゃないの?だから此処に居るんでしょ?あのディスクの中身が、自分の作ったパンドラだって気付いたから。違う??」

「やっぱりそうなのか……だが一つ解せねーな。パンドラにゾイドを支配する作用は無ぇ。そしてパンドラを組める奴も、中身を弄れる奴も、俺と親父しか居ねぇ筈だ。誰がパンドラを改造した?」

「教えてあげる義理は無いし、君が知る必要も無いよ。」

 

 そのまま静かに2人は睨み合っていたが、不意にザクリスが笑う。

 怪訝そうな表情を浮かべたクラウに、彼は呟いた。

 

「教える気がねーならそれで良いさ。どうせ大人しく教えてくれるとは端から思ってなかったしな。あのディスクの中身がパンドラだって分かっただけで充分だ。俺が本当に知りたかったのはそっちだしな。」

「……知ってどうするつもり?クラウ達に盾突くなら、本当にお友達殺しちゃうよ?」

 

 先程までの子供らしい態度から一転した冷たい声音で、クラウが脅す。

 しかし、ザクリスは肩を竦めて見せるだけだった。

 

「良いのか?今ルークを殺すのは、お前らにとってデメリットでしかないって事くらい、俺も知ってんだぜ?」

「だから高を括って此処に来た挙句、ガーディアンフォースの子を助けたワケ?この街で君がディスクの事を嗅ぎ回ってた事や、守護鷲のパイロットを助けた事をクラウが報告すれば、何もかも終わっちゃうんだって事、わかってる??」

「そうだな。言いたきゃ言えよ。ディスクの中身がパンドラだって俺にバラしちまった事もな。」

「ッ……」

 

 微かに怯えた表情を浮かべたクラウに、ザクリスは畳みかけるように言い放った。

 

「あいつらにとっちゃ、俺もお前も都合の良い捨て駒だ。まだ使えるから、捨てる時じゃねーから、こうして手の平に乗せられちゃいるが……早く捨てられたい俺と違って、お前はあいつらに捨てられたくねーんじゃねーか?」

 

 その言葉に、クラウはキッと彼を睨み付けて叫んだ。

 

「うるさいッ。うるさいうるさいうるさい!!!あんたと一緒にしないでよ!クラウは違うもん!死にぞこないのあんたとは違うもん!!」

 

 彼女の声に呼応するかのように、ヒドゥンの尾がザクリスを薙ぎ倒す。

 特に避ける素振りも見せず吹き飛ばされたザクリスは、瓦礫に叩きつけられ、強打したこめかみから血を流していたが、それでも何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 

「……今此処で俺を殺したら、お前らの計画とやらに支障が出るんじゃなかったのか?だからさっきの連中から助けてくれたんだろ?そうカッカすんなよ。」

「チッ……だからクラウはあんたが嫌いなの。昔っからいつもそう。用が済んだならさっさと殺しちゃえばいいのに、リューゲン卿も、お姉様も、ハウザーも……誰もあんたを殺そうとしない。なんであんたはそこまでお姉様達に必要とされてるの??」

 

 悲しみと憎しみを綯い交ぜにしたような表情で、クラウはザクリスを睨み付ける。

 ザクリスは、不意に視線を落とし、消え入るようにぽつりと呟いた。

 

「それは……こっちが聞きてぇよ……」

「……あっそ。」

 

 どうでもよくなったかのような投げ遣りな声と共に、クラウはヒドゥンを連れて歩き出す。

 数歩歩いたところで立ち止まった彼女は、振り返りもせずに言い放った。

 

「惨めだね。殺してほしいのに殺してもらえないなんて。そんなに苦しいなら、自分で死ねばいいのに。」

 

 再び歩き出しながら、クラウとヒドゥンは霞に飲まれるように姿を消す。

 ザクリスは無表情のまま、ぼんやりと空を見上げた。

 

「死にたくても死ねねーんだよ。今は……まだ……」

 

 空の色を溶かしたような真っ青な瞳は、何処か虚ろなようにも見えたが……その奥底には鈍い光が灯っていた。

 決意や覚悟の類とは違う暗い意志の光は、やがてふっとなりを潜める。

 

「ったく。少しは遠慮なり手加減なりしろよな……痛ぇんだっつの……」

 

 血でべたつくこめかみを押さえてぼやく彼は、もう普段の調子に戻っていた。

 若干ふらつきながら立ち上がった彼は、周囲に人の気配が無い事を確認して歩き出す。

 ふと脳裏を過ったアサヒの顔に、ザクリスは溜息を一つ吐いた。

 

「こんだけボロボロじゃ、説教コース確定だな……」

 

 無茶はしない。と約束していたのにこの様だ。アサヒが怒り狂う姿しか想像出来ない。

 それでも何処かホッとした足取りで瓦礫街を後にする彼の顔には、困ったような笑みが浮かんでいた。

 自分にはまだ、やるべき事がある……死にたがりの自分が生きる理由ならば、それで十分だ。

 こんな自分でも必要としてくれる者が居る……卑怯者の自分にとっては、勿体ないほどの居場所だ。

 何度自分を取り巻く因縁を恨んだかわからないが、こうして生きる理由を胸に抱いているうちは……この世に居場所があるうちは……この無情な程の青空も、存外捨てたものではない。

 だがそれは、裏を返せば……

 

(なぁ、カイ。お前は絶対……俺みたいにはなるなよ……)

 

 懇願にも似たその祈りは、風に乗って蒼天の彼方に溶け込んでいった。




Pixiv版第22話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11282622


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第23話-過去を包む手-

 何とか無事に瓦礫街からカイが戻って来た。

 ……まぁ、無事って言っても、傷だらけのボロボロだったけど……

 クラウって名乗ったゴースト一味からの宣戦布告も、勿論放ってはおけない。

 でも今は、カイの方が心配だな……本当に大丈夫なのかな……

 [レン=フライハイト]

 

 [ZOIDS-Unite- 第23話:過去を包む手]

 

 カイとレンを乗せたライガーゼロ-プロトは、無事にホエールキングに回収された。

 しかし直後、機内はちょっとした騒ぎになってしまった……原因は勿論、負傷したカイである。

 銃創が3箇所、火傷が1箇所。その他、瓦礫の隙間を抜けたり、爆風をもろに喰らったりの過程で付いた擦過傷が多数……軽傷の部類ではあるが、彼はすぐさまホエールキング内の医務室に連行され、手当てを受けていた。

 

「ったく。掠り傷ばっかなのに大袈裟だなぁ……」

 

 ベッドの端に腰かけたカイが溜息を吐く。

 医務室に到着するなり、パジャマタイプの病棟服に着替えさせられるとは思ってもみなかった……といっても、肩の傷を手当てされている最中なので、実際身に着けているのは病棟服のズボンだけ。上半身は裸のままだ。

 面倒臭げに膝の上に乗せた病棟服の上着を眺めるカイに、治療を担当している医療スタッフ、スコット=アークランドが呆れた様子を隠そうともせずに溜息を吐いた。

 

「掠り傷って君ねぇ……銃弾を3発も喰らったんだって自覚あるかい?」

「別に体ん内に弾が残ってるとか、風穴開いて血がドバドバ出るとかいう訳じゃねーじゃん。なのにこんな……入院患者みてーな服に着替えさせられたら、気が滅入るっつーかさぁ……」

「気が滅入るのはこっちだよ。普通なら痛い痛いって大騒ぎしてもおかしくない傷なのに、ケロッとしちゃってさぁ……正直君みたいな子初めてだよ。痛くないの??」

「いや痛ぇよ。普通に。」

「そんな真顔で言われても、説得力無いよ。」

 

 傷口から剥がした絆創膏や、処置に使った血だらけの脱脂綿等の入った膿盆を手に、スコットは一旦医務室の奥へと引っ込む。その後ろ姿を物申したげな表情で眺めた後、カイは新しい絆創膏に覆われた肩の傷を眺めた。

 生理食塩水で傷口を洗浄されるのも、消毒液や薬を塗られるのも、当然痛い……ただ、怪我など日常茶飯事であったせいで、痛み慣れしてしまっているだけの話だ。

 手当ての際にギャーギャー喚く事で傷の治りが早くなると言うのなら、喜んで喚き散らすだろうが、怪我をしてしまった後で喚いても仕方が無いではないか。と、カイは溜息を吐く。怪我をした状態で走り回り、2回も爆風を浴び、銃撃戦だって行ったのだ。体力に自信があるとはいえ、今回は流石に疲れた……正直、喚くだけの元気も残ってはいない。

 しかし、軟膏と注射器を持って再び戻って来たスコットに、カイはギクリとした様子で顔を強張らせる。

 

「……なんで注射?」

「傷口からの感染症を予防する為の抗生剤だよ。特に火傷は感染症に弱いんだから、当然だろ?」

「えぇぇぇぇ?!」

 

 先程まで大人しかったカイが、いきなり子供らしく大声を上げた事に、スコットは苦笑を浮かべる。

 

「傷口いじられるのは平気な癖に、注射は嫌いなんだね……」

「いや、注射好きな奴なんていねーだろ!」

「そう?僕は好きだけどなぁ。」

「……打たれるのが。じゃなくて、打つのが。だろ?どうせ。」

 

 ジトリとした眼差しを向けるカイに、彼は厭味にすら思える程の爽やかな笑みで頷いた。

 

「勿論。特に君みたいな無茶ばっかする悪い子に注射するの、大好きなんだ。」

「最ッ低だなあんた!!」

「はいはい。腕出してねー。」

 

 嫌がる割に大人しく腕を差し出したカイに、クスクスと笑った後、スコットはてきぱきと抗生剤を投与し、火傷である新しい烙印に軟膏を塗り始める。

 ふと真面目な顔になりながら、彼は呟いた。

 

「痛覚神経まで焼けてるとは言っても、治る過程で痒みや痛みが出る事も多いから、戻ってからも定期的に基地内病棟できちんと処置してもらうんだよ。」

「……知ってるよ。既に一度経験済みだから。」

 

 うんざりした様子で小さな溜息を吐きながら、カイは視線を逸らす。

 そのうちまた、完全に治るまで痛みに苛まされる日々がやって来るのかと思うと、気が重い。

 だがまぁ、それも自分で決めた事だ。どんなに周囲から「馬鹿だ」と言われようと……

 

「よし。これで終わり。ベースに戻るまで、そこでゆっくりしてなよ。僕はカルテやら診断報告書やら作らなきゃいけないから。何かあれば言って。」

「へーい……」

 

 再び医務室の奥へ引っ込んでしまったスコットの後ろ姿を見送った後、カイは烙印を覆っている防水タイプのフィルム絆創膏をそっと指先で撫で、のそのそと上着を羽織る。

 ボタン代わりに付いている紐を適当に結んで、ぐったりとベッドに体を投げ出した所で、不意に医務室のドアがノックされた。

 

「すいません。レンですけど……」

「レン?」

 

 カイが起き上がるのと、医務室の奥からスコットが出て来るのは同時だった。

 スコットが入り口まで行ってドアを開けば、心配そうな表情を浮かべたレンが遠慮がちに訊ねる。

 

「あの……カイと話しても大丈夫ですか?」

「あぁ。大丈夫だよ。寝てなきゃいけないような怪我ではないし。」

 

 そう言って入室を許したスコットは、カイが腰かけているベッドまでレンを案内すると、カーテンをシャッと半分程閉めて呟いた。

 

「僕はまだ仕事があるから席を外すよ。盗み聞きの心配は無いから、安心してお喋りしてて。」

「あ。はい。ありがとうございます。」

 

 ふっと微笑んで医務室の奥へ戻るスコットを眺めた後、レンはそっとカイに笑いかける。

 

「よ。」

「おう。」

「隣良いか?」

「おう。」

 

 カイの隣に座った彼は、心配そうに訊ねた。

 

「傷、痛むか?」

「あ~……痛ぇのは痛ぇけど、俺、怪我とか慣れてっから……」

「そっか……」

 

 揃って視線を落とし、2人は暫く黙り込む。

 早くも気不味い空気が漂い、カイもレンも、話題を、言葉を、探しているようだった。

 しかし、何処かそわそわした様子のレンとは違い、カイは全く微動だにしない……ただただ不安げな表情で視線を落としたまま、彼はそっと呟いた。

 

「あのさ……」

「え?!あ、うん。どうした??」

 

 弾かれるように顔を上げたレンの隣で、カイは目も合わせずに訊ねる。

 

「……話って……何?」

「あ~……その、なんつーかさ……」

 

 歯切れの悪い返事の後、レンも再び視線を落とす。

 迷いや躊躇いを振り切れないままに、彼はそっと口を開いた。

 

「今回の任務でさ、俺、カイの事何も知らなかったんだなって思って……だからその……もう少し詳しい話とかさ、俺で良ければ聞かせて欲しいなって……」

「詳しい話って……瓦礫街での事なら任務中に話しただろ?」

「いやまぁ……そうなんだけどさ……」

 

 また言葉を探すかのように黙り込んだレンに、カイは小さな溜息を吐いた。

 

「……別にさ。気ぃ遣わなくて良いんだぜ?あの街で親友を見殺しにしたのも……情報屋として薄汚い仕事してたのも、全部本当の事だ……これ以上、何を聞きてーんだよ……」

 

 微かに震えていたその声に、レンは意を決したように顔を上げ、カイを真っ直ぐ見つめる。

 母親譲りの真紅の瞳は、無表情に視線を落としたままのカイを映して揺れていた。

 

「……言いたくないなら別に聞かない。思い出したくないなら、無理強いなんかしない。けど、もし嫌われるのが怖くて突き放そうとしてるんだったら、俺、絶対引き下がらないから。」

「……」

「あの時、俺言っただろ?どんな事があっても、お前を嫌いになったりなんかしない。って。そりゃさ、会って1ヵ月も経ってないような奴が……軽々しく踏み込んじゃいけない事だって……俺もわかってるけど……ホエールキングに戻って来てから、お前、ずっと暗い顔してたから……」

「ほっとけない……って?」

「うん……」

 

 再び、気不味い沈黙が奔る……それでも此方を見つめたままのレンに、カイは冷たく呟いた。

 

「余計なお世話……っつったら、どうする?」

 

 その一言に、レンは微かに悲し気な表情を浮かべたが……やがてそれは静かな笑みへと変わる。

 

「……自覚はあるよ。完全に俺のお節介だし。お前の事知りたいってのも、俺の我が儘だから。そん時は無理言ってごめん……って、言うくらいしか、俺に出来る事ねーっていうか……でもさ。」

「でも?」

「話してくれても、くれなくても、お前の事嫌いにならないのは変わんねーから、そこは……ちょっと信じて欲しいなって思うんだけど……俺じゃ、やっぱ駄目かな?」

「……」

 

 顔は下に向けたまま、カイは視線だけでレンを見つめる。

 観念とも呆れともつかない小さな溜息を一つ吐いて再び視線を落としながら、彼は消え入るような声で呟いた。

 

「2つだけ……」

「ん?」

「2つだけ、約束してくれねーか?他の奴には誰にも言わないって事と……お前まで居なくならないって……死なないって事……」

 

 レンは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、やがてまた穏やかに微笑む。

 一度だけしっかりと頷いた後、優しい声で彼は答えた。

 

「約束する。誰にも言わないし、絶対お前を置いて逝ったりなんかしない。」

 

 置いて逝ったりなんかしない。

 その言葉で視界がぼやけてきたカイは、滲んで来た涙を手の甲で拭う。

 瓦礫街でザクリスに言われた言葉が、再び脳裏を過った。

 

―こいつなら信用出来るって奴が見つかった時―

(……信用しても良いよな?……)

―抱えたもんをきちんと清算しとけ。―

(話しても……大丈夫だよな?……)

 

 まだ微かに、言いたくない。と、打ち明けるのが怖い。と、抵抗する自分が居るが、それでも……きっと此処で一歩踏み出さなければ、恐らく一生何も変わらない……そんな気がした。

 相手を信じるというのは簡単な事ではないが、信じたい。信じてみよう。という一歩を踏み出すところから始めなければ、始まらないのだ。いつまで経っても“向き合う”事を恐れたままで、終わってしまう。

 レンとも、そして何より……自分自身とも。

 

「……わかった。話すよ。あの街であった事……殺された親友の事……」

「あぁ。」

 

 ずっと1人で抱えて来た過ちを……カイは、そっと語り出した。

 

   ~*~

 

 今からおよそ2年前……そもそも瓦礫街に足を踏み入れた発端は極めて単純なものだった。

 家出少年である自分が警察や憲兵の捜索をやり過ごせる場所が、そこしか無かったから……

 勿論最初のうちは、様々なトラブルに巻き込まれた。人身売買のバイヤーに攫われかけるわ、臓器売買のバイヤーに捕まりバラされかけるわ、挙げればそれこそキリが無いが……

 そういった者達から逃げ回り続けて1ヵ月が過ぎようとしていたある日。西の首領(ドン)であるアブラハムと出会った事で、全てが変わった。彼に雇われ、南の者達の情報を集めて来るよう命じられたのだ。

 それが、あの街での情報屋生活の始まりだった。

 南の縄張り(シ マ)に忍び込み、僅かばかりの駄賃を目当てに雑用を引き受ける浮浪児のフリをしながら、南の者達の情報を集める……一見難しそうではあるが、やってみれば存外簡単であった。

 あの街に暮らす子供は、経緯は様々だが皆捨て子ばかり。勿論学校など存在しない為、教育を一切受けていない瓦礫街の子供達は、皆一様に読み書きや計算が出来ないのだ……それ故に、多少仕事の内容を聞かれようが、大事な書類を見られようが、どうせわからない。どうせ読めない。と高を括った大人達しか居なかったのである。

 自分を浮浪児だと思い込んで見下してくる馬鹿な大人達を、腹の底で嘲りながら情報を集めて回る。どれほど愉快で嗤えた事か。

 

「南で情報を集め始めて、4ヵ月くらい経った頃かな……ラシードに……あの街で殺された親友に出会ったんだ。」

 

 カイが、ふと懐かしむような笑みを浮かべる。

 

『お前も仕事探しか?あっちで人手を欲しがってるって話なんだ。一緒に行かね?』

 

 出会ったあの日の、ラシードの第一声がそれだった。

 瓦礫街で生まれ育ったラシードは、娼婦が産み落として捨てた子供だったらしい。

 たまたま物好きな人身売買のバイヤーに拾われ、商品にする為に育てられたものの、その商品としての調教に耐えかねて逃げ出し、浮浪児として生きて来たという話だった。

 当然そんな生い立ちである為、読み書きはおろか、名前すら無い少年だった。

 

『お前、名前は?』

 

 何気なく訊ねた時、ラシードはきょとんとしていた。

 

『名前なんて立派なもん、ある訳ねーじゃん。お前だって名前ねーだろ?』

『俺は……一応あるよ。自分で適当に付けた名前だけど、カイって名乗ってる。』

 

 危うく浮浪児でない事がバレかけて咄嗟に吐いた嘘が、彼に名前を与えるきっかけになった。

 

『おー!じゃぁさじゃぁさ!俺にも何か名前付けてくれよ!!』

『えぇ?!』

 

 いきなり名前を付けてくれと言われ、戸惑いはしたが……真っ先に思い浮かんだのは、自分が昔ハマっていたゲームのキャラクターの名前だった。

 

『えーと……んじゃぁ、ラシード。とか?』

『よっしゃ!じゃぁ俺は今からラシードだ!』

 

 ゲームのキャラクターから適当に名付けた名前だというのに、無邪気に喜ぶラシードの姿を見て、もう少しマシな名前を考えてやった方が良かっただろうか?と一瞬思ったが……それでも、本人がこの名前を気に入ったのならそれも良いだろう。インクのような黒髪に、金色の瞳という容姿もキャラクターの容姿と似ていたし、ラシードという名は妙にしっくり馴染んだ。

 まぁ、クールでカッコいい狼人間の青年。というゲームのラシードに対して、親友の方のラシードは、猫のような気まぐれな性格をしていた為、イメージは完全に真逆だったが。

 とにかく明るくて人懐っこい。それが、彼の第一印象だった……特に、彼の気まぐれに振り回される場合は、大抵何かしらトラブルも起きたし、随分手の掛かる奴ではあったが、不思議と嫌だとは感じなかった。

 

「出会って以来、大抵いつも一緒でさ……俺より2つ上だったんだけど、手の掛かる弟みたいな奴だった。でも、やっぱラシードは自分が年上だから、俺が兄貴分だ!って言い張って、毎度決着つかねーの。」

「本当に、仲良かったんだな。」

「あぁ……きっと俺が笑えるようになったのは、ラシードのお陰だと思う。本当に楽しかったんだ。ラシードみたいな兄弟が欲しかったなぁ……って、コイツが居てくれるなら、この掃き溜めで暮らすのも悪くないなって、いつも思ってた。」

 

 だが……初めて出会った親友との日々は、半年にも満たぬうちに終わりを迎えた。

 南の首領(ドン)からカイを殺すように命じられていたにも関わらず、いつまでもカイを殺せずにいたラシードは……カイを殺す為に雇われた別の者達に捕らえられ、彼を釣る為の餌として使われたのだ……

 

「あの日も……いつもラシードと待ち合わせしてた場所に行ったんだ。もう冬になってて……辺り一面、真っ白でさ……今日は寒いなーなんて思いながらさ……そしたら、雪の上に倒れてたんだよ……ラシードがッ……何度も殴られたみたいに、痣だらけでッ……」

 

 語る声に、声にならない嗚咽が混じる。

 雪の上に倒れたラシードの姿を見た時、思考が止まった……その感覚が、再び脳裏を過る。

 先を急くでもなく、そっと背を撫でてくれるレンに、カイは必死に言葉を紡いだ。

 

「俺ッ……何があったんだって……頭真っ白になって……駆け寄ろうとしたら、待ち伏せしてた奴等に捕まっちまって……その時、そいつらから聞かされたんだ……ラシードが、ホントは俺を殺す為に差し向けられた奴だったってッ……」

 

 衝撃の事実を聞かされ呆然としていたカイに、今までどのような情報を西に持ち帰ったのか、西の者達の動向はどうなっているのかを、男達は執拗に問い詰めて来た。

 ……カイが今でも後悔し、苦しんでいる原因が……その時の自身の行動だった。

 

「サッサと吐けば良かったんだ!そうすればッ……ラシードは……死なずに済んだかもしれないのに……俺ッ……あの時何も言わなかった……ラシードが俺を騙してたんだって聞かされてッ……頭にきて……目の前でラシードが殴られてるのに……わざと黙ってたんだ……痛い目見れば良いって……」

 

 ただでさえ、既に痛めつけられた後の状態であったラシードに、鈍器が容赦なく振り下ろされる様を見て、もう少しくらい痛い目を見れば良い。と……思ってしまったのだ。

 親友のフリをして自分を殺すつもりだったのだと。親友だと思っていたのは自分だけだったのだと……沸き上がった怒りに任せ、ラシードを恨んでしまった。そんな奴ではないと、誰よりも自分が知っていた筈なのに……

 

「正直最初は……いい気味だって思って眺めてた……けど、あいつ等全然やめる気配が無くて……段々怖くなって来たんだ……このままじゃホントに殺されちまうんじゃないかって……思った矢先にさ―」

 

 カイがギュッと目を閉じる……

 嫌な音と共に骨が砕け、ラシードの腕があらぬ方向を向いた瞬間……背筋が凍った……

 そこでやっと、男達は最初からラシードを殺すつもりだったのだと察した。

 その瞬間、駄目だ。と……彼を失いたくないと……気付かないふりをしていた自分の心に気付いたが……既に、何もかもが遅かった。

 

『やめろ!やめてくれ!!それ以上やったら死んじまう!!全部言うから!!だからそいつだけは―』

 

 必死の懇願に、男達はニヤニヤと笑うばかりだった。

 

『あぁ。知ってる事は洗いざらい、全部吐いてもらおうか。そしたら命だけは助けてやるよ。』

『その代わり、つまんねー時間稼ぎしようと思うなよ。サッサと吐かねーと、こいつもっと悲惨な事になるぜ。』

 

 自分が知り得る事の全てを必死に喋り続けている間も、ラシードへの攻撃がやむ事は無かった。

 どんなに後悔しても足りないような、地獄の光景だった……

 

「きっと、最初から口を割ってたとしても、結果は同じだったのかもしれない……けどッ……嘘だってわかっててもッ、俺はその言葉に縋るしかなくてッ……」

 

 全て話し終わった時、もう指一本すら動かせないような状態のラシードが、うつ伏せに転がされ……その背に火が放たれた光景が、その瞬間のラシードの叫び声が、今も脳裏に焼き付いていた。

 男達は火に包まれたラシードを拳銃で撃ち抜き、立ち去った……銃弾はわざと急所を外してあり、それが「最期の最後まで苦しんで死ね。」という、言外の捨て台詞である事は明白だった。

 もう救う手立てなど無いとわかっていながらも、カイはラシードに駆け寄り、背を焼いていた火を雪で必死に消し止め、着ていた上着でボロボロになった体を包み抱き起した……

 その時……ラシードは、微かに笑みを浮かべていた。

 

『ずっと……黙ってて……ごめ……な……』

 

 途切れ途切れのか細い声に、涙が溢れた……その姿を思い出した今も、同じだ……

 ぽたぽたと零れる涙を拭いもせずに、カイは語った。

 

「俺さぁッ……言ったんだよ……チャンスなんて腐る程あっただろ?って……サッサと殺せばよかったのにってッ……そうすりゃ……こんな事にはならなかったのにって……」

 

 だが、その言葉を聞いたラシードは、もう動けない体に鞭打つようにして首を横に振った。

 

『出来ねーよ……俺に、名前を、くれた……親友に……なって、くれた……使い……走りの、道具……だった、俺を……人間……に、して、くれたんだ……殺せ、ねーよ……』

『だからって……代わりにお前が死ぬ事ねーだろッ……お願いだから……置いてかないでくれよ……』

 

 消えようとしている命に追い縋るかのように、抱き起していた体を抱きしめれば、ラシードは不意に呟いた。

 

『嘘……て、駄目だ……なぁ……いつ、死……でも、惜しく、ねぇ……て、思……たのに……ホントは……ずっと……生き、たい……て、思って……』

『ラシード?……』

『カイ……おま……は、嘘吐き……なるな、よ……俺、みたいに……なっちゃ……』

『ラシードッ……しっかり、してくれよ……声、小さくてッ……聞こえねーよ……』

『やく……そく……』

 

 最期に精一杯の笑顔を浮かべて……ラシードは、そっと息を引き取った。

 その瞬間沸き上がった感情は、たった1人の親友を失った悲しみと、その親友を怒りと疑心に任せて見捨てようとした自分自身に対する怒り、そしてラシードへの謝罪と後悔だった。

 

『なんでそんな……笑って逝けるんだよ……俺、お前の事……見捨てようとしたんだぞ……

 自分ばっか……謝りやがってッ……俺にも謝らせろよ……馬鹿野郎ッ……』

 

 親友の亡骸を抱いたまま、カイはずっと泣いていた。

 雪の冷たさなど気にもならなかった。

 それ以上に冷たい空洞が、ただ、心の中にぽっかりと開いていた……

 

   ~*~

 

 語り終えた後も暫く泣いていたカイがようやく泣き止んだ時、最初に口を開いたのはレンだった。

 

「そっか……お前が嘘を吐かないのを信条にしてんのは、ラシードとの約束だったんだな……」

「あぁ。この約束が……ラシードの形見だから……破りたくなくて……」

「……そうだな。その約束が、ラシードが居た証……だもんな。」

 

 穏やかに呟きながら、彼はカイの背を優しくトントンと叩いている。

 小さい頃、泣き虫だった弟を泣き止ませる為によくこうしていた。

 最初は「ガキ扱いするな!」と怒るだろうか?逆効果だろうか?と思ったが、特に嫌がる素振りは無いので、少なくとも機嫌は損ねていないらしい。

 レンは視線を泳がせるかのように、ぼんやりと天井を見上げて呟いた。

 

「一瞬でも……親友を見捨てようとした。か……だから自分をずっと責めてたんだな……」

「信じてたのに……なんて、被害者面する資格、無かったんだ……あんな奴等の言葉で、ラシードを疑っておいてさ……裏切ったのは俺の方だ……だから……」

「……だから、今回の任務で烙印捺されたのも、怪我したのも、自分への罰だって思ってるのか?」

 

 感情の消えたその一言に、カイが微かにビクッと肩を震わせる。

 レンはそんな彼をチラッと見た後、静かな溜息を一つ吐き、背を叩いていた手と共に項垂れた。

 

「……あのさ。カイ。」

「クルトに言われたから分かってるよ!そんな事したって何にもなんねーって事くら―」

「馬鹿。人の話最後まで聞け。」

 

 カイの両頬を包むように手を添え、ぐいっと自分の方を向かせると、レンは言った。

 

「ラシードは、お前が大切な親友だから殺せなかったんだろ?」

「……うん。」

「きっとラシードだって、お前を殺さずにいれば、いずれ自分が殺される事になるって分かってた筈だ。それでも、親友のお前を殺さなかったって事はさ、ラシードは命懸けでお前を守ろうとしたって事だろ??なのに……ラシードが命懸けで守ってくれたお前を、お前が自分で傷付けてどーすんだよ。」

 

 ハッとしたように見開かれた薄紫色の瞳から、また一筋……涙が頬を伝い、レンの手を濡らす。

 レンはそんな彼の目を真っ直ぐ見据えて言葉を続けた。

 

「自分を責めるのをやめろ。なんて無責任な事……俺には言えないし、言わない。けど、それを言い訳にして自分を傷付けるのは、何にもならないなんてもんじゃない。お前を守って死んだラシードの思いを“踏み躙ってる”って事だ。お前、それで良いのか?」

 

 後から後から溢れて来る涙もそのままに、カイは微かに首を横に振る。

 

「俺、馬鹿だ……ずっと自分が赦せなくて……自分を責めるばっかで……自分の事……ラシードがッ……命懸けで、守ってくれた命だなんてッ……俺、今まで一度もッ……」

「……だと思った。自分で自分を追い詰めて、心に余裕無かったんだろ?」

 

 苦笑を浮かべた後、レンは頬に手を添えたまま、親指で涙を拭いてやりながら優しく呟いた。

 

「苦しかったよな……ずっと1人で抱えて、自分傷付けてさ……」

「……うん。けど……誰かに言うのが……ずっと、怖かった……」

「そっか……ありがとな。俺の事信じて、話してくれて。」

 

 ホッとしたような穏やかな笑みを浮かべ、レンはそっと言葉を続ける。

 

「どんなに後悔したって、どんなに自分を責めたって、過去は変えられない。忘れたくても簡単に忘れられるような物でもない。だから結局、抱えていくしかないけどさ……せっかく話してくれたんだし、カイが抱えてた物のほんの何割かでも、これから一緒に抱える事が出来るなら、少しでもカイの助けになれるなら、俺、嬉しいよ。」

 

 そっと、頬を包んでいた手が離れても、カイはレンを見つめていた。

 そんなカイの前に、レンがふと、手を差し出す。

 差し出された手とレンの顔を交互に見つめ、戸惑った表情を浮かべるカイに、彼は言った。

 

「なぁカイ。良かったら、俺とも親友になってくれませんか?」

 

 にっこりと笑うレンに……カイは、その手を取りかけて俯く。

 

「お前と親友になれたら……すっげー嬉しいと思う。けどそしたらいつか……ラシードの事……忘れちまいそうで……」

「怖いか?……」

「うん……」

 

 小さく頷いたカイに、レンは少し考え込んだ後、笑顔を浮かべた。

 

「大丈夫。絶対忘れねーよ。」

「そう……かな……」

「あぁ!だって俺も覚えてるから。」

「え?……」

 

 再び戸惑ったような表情を浮かべたカイへ、レンは得意げに語った。

 

「だって、ラシードの事、俺に話してくれたじゃん。だから俺も絶対に忘れない。カイに、ラシードっていう大切な親友が居たって事。」

「レン……」

「お前の中で生きてるラシードも含めて、俺、お前と親友になりたいんだ。駄目かな?」

「……」

 

 その笑顔が、不意にラシードの笑顔と重なった。

 

『俺、お前と親友になりたいんだ。駄目か?』

(あぁ……そっか……)

 

 その一言は……かつて、ラシードに言われた言葉と、同じであった。

 見つめていたレンの顔が、再び涙で滲んでいく……

 まるで、見えない手に導かれるように、カイは差し出されたレンの手を、そっと握り返していた。

 

『駄目な訳ねーじゃん!俺も、親友になるならお前が良い。』

「駄目な訳……ねーじゃん。俺も、親友になるなら……お前が良い。」

 

 嗚咽交じりのその一言もまた、かつて、ラシードに返したのと全く同じだった。

 また泣き出したカイのすぐ傍へ座り直したレンは、その過去も全て包み込むかのように、新たな親友を優しく抱きしめて困ったように笑った。

 

「カイって意外と泣き虫なんだな。弟と一緒だ。」

 

 小さな子供のように泣きじゃくるカイを抱きしめたまま、再びその背を優しくトントンと叩いてやれば、カイは泣きながらも何処かいじけたように、ぽつりと呟いた。

 

「……怪我。」

「ん?」

「怪我が……痛ぇだけッ……だから、すぐ泣き止むからッ……」

「……別に良いよ。しばらくこうしててやるから、今のうちに気が済むまで泣いとけ。」

 

 その言葉に対する返事は無かったが、カイの左手が、遠慮がちにレンの服の端をそっと握る……

 レンにはそれだけで十分過ぎる程、彼の気持ちが伝わって来ていた。

 “ありがとう”と……

 

   ~*~

 

「あ。スコットさん。」

 

 医務室の扉の脇に背を預けて立っているスコットを見つけ、クルトが小走りに駆け寄って来る。

 だが、スコットは穏やかに微笑むと、口元に人差し指を立てて見せ、小さな声で呟いた。

 

「カイ君に用事だろ?少し後にしてもらえないかな?」

「わかりました……あの、何かあったんですか?」

「んーん。レン君と少しお話し中なだけさ。そっとしておいてあげて。」

「はぁ……」

 

 クルトは思わず首を傾げたが、医務室の扉越しに微かに聞こえた泣き声に、彼はそっと俯く。

 そんなクルトを見つめて、スコットは優しく囁いた。

 

「大丈夫だよ。レン君がカイ君の話を聞いてあげてるだけだから。」

「そう……ですか……」

「うん。カイ君の事はレン君に任せよう。あの子は、人の痛みに寄り添える優しい子だからね。」

 

 そう言って、スコットは手にしていたマグカップに口を付ける。

 クルトは不思議そうに彼を見つめ訊ねた。

 

「ところで、何故わざわざ廊下でコーヒーを?」

「あぁ、カルテとか診断報告書とか、処置履歴とか……色々作ってる途中で飲みたくなったんだけど、お邪魔して良い雰囲気じゃなかったんで、こっそり隣の手術室から出て淹れて来たんだ。……ついでにカイ君が落ち着くまで、こうして人払いしてるとこ。」

「そうでしたか……」

「まぁ、ぶっちゃけそれは建前で、面倒臭い書類作成をサボってるだけなんだけどね。」

 

 悪びれる様子もなくニッコリ笑うスコットに、クルトは苦笑を浮かべる。

 もう一口、コーヒーを啜った後……スコットは不意に真面目な顔でクルトを見つめた。

 

「カイ君はさ……いい加減な子なんかじゃなかったよ。」

「え?……」

「あの子はただ、色んな物を抱え込み過ぎて限界だっただけだ。追いつめられた人間は視野が狭まる……誰かを頼るとか、前向きに考えるとかいう選択肢が見えなくなって、自分に怒りを向ける事で、心のバランスをかろうじて保っていたんだと思うよ。あの子にとって、あの街に赴くってのは……そのくらい辛い事だったんだと思う。」

「……」

 

 突然のその言葉に、クルトは思わず黙り込む。

 かつて目の前で親友を奪われた街……そんな場所にまた踏み入るのは、確かに辛かっただろう。

 その親友との思い出だって、街の至る所にあったに違いない。それすらカイを残酷に苛んでいただろう。

 何処へ行っても、殺された親友の影がチラつくあの街で、ロクに訓練も受けていない状態の少年が、たった1人で任務をこなす……

 いくらカイ以上の適任者がいなかったとはいえ、こうして改めて考えてみれば、彼にとってどれだけ酷な任務であった事か……と、思わざるを得ない。

 ガーディアンフォースの隊員であるとはいえ、まだ10代の未成年……そんな彼が必死に、残酷な思い出に圧し潰されそうなのを耐え、始めての単独任務を果たし……生きて戻って来た。

 その結果が、この扉越しに聞こえる泣き声なら……あの時の自分の言葉は、なんと配慮に欠けたものだっただろう……

 

「俺……カイに酷い事を言ったんです……いくら任務の効率の為とはいえ、自分から怪我をして……そんなのただの自己満足だと、何の償いにもなりはしないと……それだけじゃない。怒らせたのは俺の方だったのに、俺あいつに……そんなに死に急ぎたいなら、1人で勝手にくたばれって……言おうとしたんです。その事をもう一度、きちんと謝りたくて……」

「だから此処に来たんだね。偉いよ。クルト博士。」

 

 ポンポンと励ますように肩を叩かれ、クルトも思わず涙を浮かべる。

 そんな彼に、スコットは優しく言った。

 

「まぁ……流石にくたばれは言い過ぎだったと思うけど。博士の言った事は事実だし、正論だと思うよ。どんなに自分を蔑ろにしたところで、死んだ者への償いにはなりはしない。それは、生殺与奪に直接関わる仕事をしている僕達医務員も、身を以て痛感してる。」

「……」

「けどね、事実や正論っていうのは、真実から人の想いを削ぎ落した、ただの結果や理に過ぎないんだ。だから時として、人を傷付け、追いつめ、苦しめる事もたくさんある。時には叱る事も、諭す事も必要な事だし、ちゃんと叱ろうとした博士は正しいけれど……今回の事を教訓にして、次はもう少し、相手の気持ちに寄り添えるようになれると良いね。」

「……はい。」

 

 クルトが頷いて顔を上げた直後、医務室の扉が不意に開く。

 出て来たレンは驚いた様子でスコットとクルトを交互に見つめていた。

 

「あれ?スコットさんなんで此処に??奥で書類作ってたんじゃ……」

「あぁ、コーヒー欲しくなって、ちょっとテレポートしちゃった。」

「えぇ?!」

「冗談だよ。で?カイ君はもう大丈夫そう?」

「あ。はい。ベースに着くまで少し寝るって言ってました。」

「そっかそっか。」

 

 うんうん。と頷いたスコットは、クルトを振り返る。

 

「どうする?多分横になったばかりだろうから、まだ起きてるとは思うけど。」

「……いえ、また後にします。今は少しでも休ませてやりたいですし……泣き腫らした後の顔なんて、俺には見られたくないでしょうから。」

「……そうだね。後できちんと謝ってあげなよ。きっとカイ君も許してくれると思うから。」

「はい。」

 

 一礼して立ち去るクルトと、その後を追うようにして共に立ち去るレンを眺め、スコットは微笑む。

 そっと医務室内に戻り、半開きのカーテンからベッドを覗けば、向こうを向いて静かに横になっているカイの姿があった。

 

「なんだかんだ、疲れてたんだな……ま、任務の直後だし、仕方ないか。」

 

 独り言のように呟いて、カイにそっと布団をかけてやった後、スコットはふと思い立ったように、ふわふわと跳ね上がった銀髪を優しく撫でる。

 

「カイ君。君は本当に、仲間に恵まれてるよ。だから大丈夫。これからまたゆっくり、前に進んで行けば良い……」

 

 聞こえているのか、それとももう眠っていて、聞こえていないのか……どちらなのかはわからない。

 だが、別に聞いて欲しくて囁いた訳でもない。

 これは、スコット自身の祈りのようなものだった。

 そっと頭を撫でていた手を離し、半開きだったカーテンをきちんと閉めると、スコットは再び書類作成に戻る。

 その直後、カイは静かに目を開き、撫でられた頭に触れて呟いた。

 

「何が、盗み聞きしないだ……バッチリ聞いてんじゃねーか……」

 

 何処か呆れたような呟きとは裏腹に、その顔には、何処か安堵したような笑みが浮かんでいた。

 カイは頭に触れていた手を下ろし、スコットがかけてくれた布団を耳の辺りまで被り直すと、再び目を閉じる。

 やがて静かな寝息を立て始めたカイの頭を、不意に誰かが撫でた……

 彼はあの日からずっと、カイを見ていた。ゴーストの手下に追われていたカイの元に、ザクリスを導いたのも、先程レンと話していた時、差し出されたレンの手をそっと握らせたのも、彼だった。

 

『もう、立ち止まったりするなよ。カイ。お前にまた親友が出来て、良かった……』

 

 そっと微笑んだ彼は、人知れずに姿を消す。

 またあの街に戻ったのか、それとも、今度こそ眠りについたのかはわからないが、消える直前……インクのような黒髪に金色の瞳をした彼は、嬉しそうに笑っていた。




Pixiv版第23話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11310630


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第24話-重ねたもの-

 瓦礫街での任務が終わって帰路に就いたホエールキング。

 その中で、レンに過去を打ち明けた……誰かと向き合うって勇気が要るけど、レンは受け止めてくれた。

 それだけじゃない。こんな俺に、親友になろうって言ってくれたんだ。

 なぁ、ラシード……俺、また親友が出来たよ。

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第24話:重ねたもの]

 

 瓦礫街での任務が無事完了した。

 ゴーストとの接触によって、その目的も漠然とながら判明し、負傷こそしたが、カイも約束通り生きて戻って来た。おまけにレンへ過去を打ち明け、親友となれた事で、消せない過去にも一区切り付ける事が出来たようだ。

 しかし、ガーディアンフォースベースに戻って来てからはとにかく忙しかった。

 

「カイ~!!」

「シーナさん!あの!あまり走ってはッ……」

「んぁ?……」

 

 まず、シーナの呼び声とクルトの慌てた声で目が覚めた。

 両目に涙を浮かべたシーナによる全力疾走からの抱擁……普段なら微笑ましい限りなのだが、飛び付いたシーナの腕が、盛大に肩の傷口へダメージを与えた。

 

「痛ってぇぇ?!」

 

 思わず大声を上げれば、シーナはすぐハッとしたようにカイから離れ、心配そうに彼を見つめる。

 

「ご、ごめんね。大丈夫??」

「あぁ、大丈夫……一応。」

 

 一瞬で眠気を吹き飛ばされたカイは、まだズキズキとしている肩を押さえながら苦笑を浮べた。

 ベッドの上で起き上がってみれば、ホエールキング内の医務室ではない事にすぐ気付く。

 見慣れぬ室内の風景に首を傾げていれば、恐らくずっと付き添ってくれていたのだろう……パイプ椅子に腰かけたレンが穏やかに笑った。

 

「あぁ、此処はベースの基地内病棟だよ。ぐっすり寝てたからこっちに一旦移ったんだ。」

「基地内病棟……そっか、帰って来たんだな。あ。レン、おはよ。」

「おはよ。っつっても、もう夕方だけどな。」

 

 苦笑を浮かべた後、レンは心配そうにカイを見つめているシーナへ呟いた。

 

「悪ぃなシーナ。カイの奴、任務で怪我しちまっててさ。飛び付くのはしばらく我慢な。」

 

 その一言が、シーナの顔色を変えた。

 両目に再び涙を浮かべながら……珍しく、彼女はむっとした顔で怒ったのだ。

 

「カイ、サンドコロニーで私がディスク調べる時、無茶はしないでって言ったよね?」

「あ、あぁ……」

「なんで私は無茶したら駄目で!カイは無茶しても良いの?!不公平だよ!!」

「えぇぇ……」

 

 幼い子供のように怒るシーナに、カイは苦笑を浮かべ、クルトとレンは全く以ってその通りだと言わんばかりにうんうんと頷いている。

 

「私ずっと心配してたんだよ!ユナイトも!エドガーも!スペキュラーも!皆も!他の人が傷付くのが嫌ってカイは言ったけど!私達だってカイが傷付くの嫌なの!!なのに……なのにっ……」

「あー……シーナ?ごめん。ごめんな?な??」

 

 苦笑と共にカイがそっと顔を覗き込んだ直後、シーナはぽかぽかとカイの胸を叩きながら泣き出した。

 

「カイの馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!馬鹿ぁ!!」

「シーナ、痛い。痛いから……傷響くから……」

 

 カイは降参した様子でぐったりと呟くが、無茶をした自覚がある手前、逃げるのも気が引けるのか……大人しくシーナに叩かれている。

 どう止めるべきかとオロオロしているレンの様子を見かねて割って入ったのは、クルトだった。

 

「シーナさん。そのくらいにしてやって下さい。カイも疲れていますから。」

 

 そっと後ろから両肩を掴んで優しく引き離せば、シーナはそのまま両手で涙を拭きながらぐすぐすと泣き出し、その泣き顔を見たクルトは、手の平を返すようにカイへ恨みがましそうな視線を向ける。

 

「ほら見ろ。お前の無茶でシーナさんがどれだけ傷付いた事か。」

「お前どっちの味方なんだよ……」

「当然。シーナさんの味方に決まってるだろう。」

「あーはいはい。ですよね……」

 

 呆れた様子で視線を泳がせた後、カイも泣きじゃくるシーナの頭を優しく撫でて、囁くように今一度、謝罪の言葉を口にする。

 

「ごめんなシーナ。皆心配してくれてたのに、俺、ちょっと周りの事見えてなかった……無茶しちまって、本当にごめんな。」

「もう……無茶しない?……」

「あぁ。」

「……約束する?」

「約束する。」

 

 頷いたカイに、シーナはくすんと小さく鼻をすすると、上着の下に身に着けている「約束のお守り」を取り出してカイに差し出した。

 カイは差し出された銀色の鷲にそっと手を置き、反省した様子で呟く。

 

「もう絶対、無茶はしません。約束します。」

「うん。」

 

 やっと微笑んだシーナに、やり取りを眺めていたレンとクルトが不思議そうに顔を見合わせる。

 

「それ……おまじないか何かか?」

「おまじないっていうか……このペンダントね、約束のお守りなの。」

 

 レンの問いにシーナは涙を拭きながら笑顔で答え、再びお守りを上着の下へしまう。

 彼女のその笑顔に、自然とレン達も笑顔を浮かべながら互いに顔を見合わせた。

 その後カイは、レンに宿舎の自室から着替えを取って来てもらい、病棟服から任務服へと着替え、最先任であるガウスの執務室へ向かう。今回の任務の報告を手短に済ませた頃には、午後6時過ぎになっていた。

 早朝に出発し、午前中ずっと瓦礫街に居た事が俄かに信じられない程、任務と共に長い一日が終了した。

 ……までは、まだ良かったのだが……

 翌日、提出された任務の録音データを確認したガウスに、カイとクルトが午後一で呼び出されたのは……当然、言うまでもないだろう。

 

「まぁ……クルトはもう成人済みではあるが、なんだかんだ2人ともまだ10代だし。若気の至りも大いに結構なんだけどさ?もう少し、時と場合ってのを考えようか……」

「はい……」

「申し訳ありません……」

 

 執務室のデスクの前で、深々と頭を下げるカイとクルトに、ガウスは呆れ顔で溜息を吐く。

 

「今回の録音データ、俺だけじゃなく委員会にも報告として提出しなきゃならないんだけど……流石にあんな大喧嘩を国のお偉いさん方に聞かせる訳にもいかんのよ。特にクルト。お前一応、シュバルツ元帥の甥御さんなんだから、身内に恥かかせるような言動は慎もうな?」

「はい……」

「カイも。今回の任務は色々思う所もあっただろうし、気が立ってたのはわかるよ。けどぶっちゃけあれ、完全にクルトへの八つ当たりだったろ?違うか??」

「いや……逆切れだったのも、八つ当たりだったのも……自覚してます……」

「ならば結構。」

 

 ガウスは椅子の背凭れに体を預け、ぐったりとした様子で言葉を続けた。

 

「……あのね?別に俺もね?仲良しこよししなさいと言ってる訳じゃないんだよ。保育所じゃないんだから。日常生活で喧嘩する分には、そりゃもう思う存分やれば良い。うちの医療スタッフは皆優秀だし。拳の語り合いから生まれる友情って奴も、青春真っ盛りの10代ならではだからね。けどさぁ……せめて任務中なやめような、任務中は。こうやって面倒な説教しなきゃいけなくなるから。」

「「はい……」」

 

 こうしてガウスに厳重注意という名の説教を受けた2人は、任務の報告書に加えて反省文……もとい、軽度不祥事発生報告書というものを書かされる破目になり、加えてクルトには録音データの編集作業も追加された。

 怪我の関係もあり、午前中が書類作成。戦闘操縦訓練は午後だけ。という事になりはしたが、これまた訓練は訓練で一苦労であった。

 ブレードイーグルが瓦礫街の任務で置いてけぼりを喰らった事で、すっかりいじけてしまっていたのだ。

 なんでも、エドガー曰く

 

「任務なら俺を連れて行けば良かったのに。薄情者め……と延々独り言を言っていた。」

 

 との事である。

 事情を説明し、イーグルがやる気を出してくれるまで約2時間……それだけでもかなりぐったりしてしまうが、イーグルがどんなに機嫌を直してくれても、怪我ばかりはどうしようもない。

 腕と足の傷はともかく、肩の傷と烙印は丁度シートベルトに押さえつけられる位置であり、お得意の急上昇、急降下、急旋回、急加速といったものがことごとく上手くいかず、見かねたウィルがこまめに休憩を挟んでは傷の具合を訊ねて来る始末だ……

 傷が治るまで操縦訓練そのものを暫く控えるか?とも聞かれたが、一応医師からは訓練許可は下りているし、何より1ヶ月しか居られないウィルとシドを手空きにしてしまうのは気が引けてしまい、やれる範囲で続行すると答えてしまった……なんだかんだ、自分も根が真面目なのだろうか?

 

「よっしゃぁぁぁ……やっと提出書類終わったぁぁぁぁ……」

 

 ぐったりとそんな声を上げる頃には、帰還から3日が経っていた。

 本日は土曜日。何故休日に細々と自室で書類を書き続けなければならないのか……と嘆きもしたが、なんだかんだ昼までに終わって良かった。と、ホッとする。これで午後からは完全にフリーだ。

 今日は何をしよう?と考えた瞬間、一番最初に脳裏を過ったのが、ザクリスから本当に送り付けられて来た瓦礫街での護衛代の請求書である。

 

(冗談かと思ってたのに、マジで送って来るんだもんなぁ……流石にビビったぜ……ま、命助けて貰ってんだから文句は全くねぇんだけど。)

 

 ともかくまずは銀行に行こうと決めはするが、その後はどう過ごそうか?中古ショップを巡ってCDでも買い漁ろうか?いや、そもそもその前に昼飯だな……などと考えていたその時、ドアをノックする音が響いた。

 

「あ~ぃ……開いてま~す……」

 

 椅子の背凭れに体を投げ出し、天井を向いたまま脱力した声を上げれば、開いたドアから私服姿のレンがひょこっと顔を覗かせる。

 

「カイ。報告書まだ掛かりそうか?」

「今終わったとこ……滅茶苦茶疲れた……」

「おぉ~!お疲れ~!!」

 

 脱力したままのカイの頭を、レンが嬉しそうにわしゃわしゃと撫でまわす。

 書類作成を終わらせたばかりでまだ疲れているのか、特に反応も返さずレンの好きにさせているカイだったが、直後。頬に冷たい物をペタッと押し付けられ、弾かれるように体を起こす。

 バッ!とレンを見上げれば、彼は苦笑を浮かべながら冷たい缶コーヒーを差し出していた。

 

「悪ぃ悪ぃ。これ差し入れ。」

「サンキュー。」

 

 そっと受け取った缶コーヒーを開け、数口ほど一気飲みすると、カイは一心地付いたかのように呟いた。

 

「あ~……生き返る……」

 

 しみじみとした声に、レンが噴き出すように笑う。

 

「徹夜開けのクルトみてーな事言ってら……」

「マジで?」

「マジで。」

「うへぇ……」

 

 やはりぐったりと苦笑を浮かべるカイに、レンはふと思い立ったように訊ねた。

 

「なぁカイ。今日、これから予定あるか?」

「あ~……とりあえず昼飯?と、銀行かな。後はまだ何にも考えてない。」

「そっか!なら飯食った後、家に遊びに来いよ。」

 

 唐突なその提案に、カイは目を見開いてぽかんとレンを見上げた。

 

「家って?宿舎の部屋??」

「違う違う。基地に隣接してる関係者住宅地の方の家。」

 

 なんでもなさそうに答えたレンに、カイは首を傾げる。

 

「え?お前、宿舎じゃなくて通いだったっけ?」

「そうだぜ。もしかして気付いてなかったのか?」

「いや……だってお前の部屋、確か101だろ??」

 

 いまいち飲み込めていない様子のカイに、レンはけらけらと笑った。

 

「あぁ、宿舎の部屋は夜勤の時くらいしか寝泊りしてないんだ。俺。普段はただの私物置き場。兼、更衣室代わりってとこかな。」

「……全ッ然知らなかった。」

「えぇぇ?!帰る時に「また明日な!」って声掛けてたじゃん!」

 

 驚きの声を上げるレンに、カイは頬杖を突きながら呆れたような視線を向ける。

 

「部屋があるって聞いてた手前、通いだなんて考えもしなかったぜ……」

「わはぁ……先入観ってスゲー……」

 

 苦笑を浮かべたレンだったが、すぐまた元通りの明るい笑顔に戻って改めて訊ねた。

 

「ま、何はともあれ、まずは昼飯食おうぜ。美味い店知ってんだ。」

「お……おう。」

 

 とりあえず、カイは微かな戸惑いと共に小さく一度だけ頷くのだった。

 

   ~*~

 

「うっま!何コレ?!」

 

 レンに連れて来てもらったヘルトバンのとある店で、カイが声を上げる。

 その様子に明るい笑い声を上げながら、レンも自分の昼食に口を付けた。

 

「何って、ホットドッグくらいカイだって食った事あるだろ??」

「そりゃあるけどさ、こんな具沢山の奴は食った事ねーよ。滅茶苦茶美味いんだけど。」

 

 カイは小さな子供のように目を輝かせながら、一心にホットドッグを頬張る。

 普通のホットドッグといえば、ソーセージとケチャップ。マスタード。あとの具材は店によって多少異なるものの、ザワークラウトだのスライスピクルスだのが殆どだ。

 だが、レンが連れて来てくれたこの店は、所謂「創作ホットドッグ」ばかりが並ぶ人気の専門店。具材も変わり種が多い。

 レンがおすすめだと言って買って来てくれたホットドッグには、ソーセージの他にレタス、パプリカ、玉ねぎ、玉子フィリング、刻んだ海老等が入っており、ソースもケチャップの他に、シーザードレッシングと削りたてのチーズがたっぷりとかけられていた。ホットドッグというよりも、まるでサンドイッチだ。

 

「この店の人気商品のシーザードッグって奴に、トッピングで玉子と海老追加したんだ。俺この組み合わせがすっげーお気に入りでさ、せっかくだからカイにも食わせてやりてーなって。」

「お前ホント良い奴だなぁ……頑張って書類終わらせて良かったぁ……」

 

 しみじみとした声で呟きながら、カイは満足げな息を一つ吐く。

 

「創作ホットドッグの専門店って事はさ、他にも色々メニューあるんだろ?良かったらまた来ようぜ!俺メニュー全制覇してみてぇ!」

「勿論!……あ、でもマグマドッグだけはやめとけよ。」

 

 神妙な面持ちで声のトーンを下げながらひそひそと囁くレンに、カイは苦笑を浮かべた。

 

「マグマドッグって……えっと、名前からして滅茶苦茶辛い……とか?」

「あぁ。挟んであるソーセージがチョリソーで、そこに刻んだ玉ねぎと青唐辛子がギッシリ挟まってて、マスタードと、ケチャップの代わりのジョロキアソース掛かってる。味はぶっちゃけ辛いを通り越して痛い。」

「それもう完全に罰ゲームメニューじゃねーか。誰が食うんだよ……」

 

 そこまで言った後、ハッとした様子でカイはレンを見つめる。

 

「え?!お前食ったの?!」

「いや、つい好奇心で……」

「マジかよ……で?完食したのかよそれ。」

「いやいやいやまさかまさか!一口で断念してクルトに譲った。」

 

 レンの一言に一瞬思考が止まった後、カイは恐る恐る訊ねた。

 

「……で、クルトはそれ全部食ったの?」

「あ。うん。普通に……」

「信じらんねぇ……辛党っつっても限度があるだろ……」

 

 全く理解出来ない。と言った様子のカイに、レンは苦笑を浮かべて一つ訂正する。

 

「いや、クルトは別に辛党って訳じゃねーよ。」

「え??」

「あいつ、チーズ以外ならなんでも食えるんだよ。味覚の許容範囲が海のように広いっていうか……」

「……それってつまり、滅茶苦茶頭が良い代わりに、舌が絶望的に馬鹿なだけなんじゃねーの??」

「ん~……かもなぁ……」

 

 流石に擁護しきれないのか、レンもついに理解出来ないといった表情を浮かべる。

 幼馴染のレンやエドガーですら、クルトの味覚については幼い頃から首を傾げて来た。到底食べられないような辛い物でも、一口だけで胸やけしそうなほど甘い物でも、本当に何でも至って美味しそうに食べるのだ。

 いや、それだけならばまだ100歩譲って「凄いなぁ……」の一言で済ませられるのだが……

 

「クルトってさぁ……時々料理にあり得ないもんかけたりするんだよ……」

「えぇぇ??……」

 

 そう。気分の味ではなかった場合、クルトはいきなり妙な組み合わせを試し始める。

 サラダにチョコレートシロップをかけてみたり、アイスクリームにバーベキューソースをかけてみたり、スープにガムシロップを入れてみたり……挙げ始めればキリがないが、正直ただの味音痴なのでは?と思わずには居られない。まぁ、普通の料理も普通に美味しいと言って食べる為、味音痴という訳ではないのだと信じたいが……

 ぐるぐると考え込むレンのポケットから、不意に小型タブレットの着信音が鳴り響いた。

 

「あ。ちょっとごめん。」

 

 レンはすぐさま通話に出る。

 

「うぃーす……あぁ、無事に終わって一緒に昼飯食ってるよ……うん……うん。オッケー!ちょっと用事あるらしいから、それ済ませたら連れて行く……うん。じゃぁよろしくな。」

 

 手短に通話を終わらせ、レンは再び小型タブレットをポケットにしまう。

 そんな彼を不思議そうに見つめ、カイは首を傾げた。

 

「なんか用事?」

「いや、弟から。今日友達遊びに来るって伝えてあるから、楽しみなんだろうな。兄ちゃんの友達、仕事終わった?だってさ。」

「あ~……マジか。あんまり待たせるのも悪ぃし、サッサと食って行くか。」

 

 そう言って食べるペースを上げるカイに、レンは慌ててわたわたと声を掛ける。

 

「あ!いや!そんな急ぐ必要はねーよ!うん!なんか弟達も今立て込んでるっぽいし!」

「弟達??弟、1人じゃねーんだ?」

「いやッ……えっと、弟は1人だけど……」

 

 途端に歯切れの悪い反応になったレンに、カイは怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「……レン、なんか隠してねーか??」

「あー……はい。隠してます……」

 

 驚くほど素直にそう認めたレンだったが、彼は直後、両手を合わせて深々と頭を下げながら懇願の声を上げる。

 

「でもごめん!今はまだ言えねーんだ!家に着いたらすぐわかるから、今は聞かないでくれ!この通り!!」

「わ、わかったわかった!聞かねーから……とりあえず飯食っちまおうぜ。」

 

 カイが苦笑を浮かべて食事の続きを促せば、レンはパァッと明るい表情を浮かべる。

 2人揃って再びホットドッグを頬張りながら、カイはレンが何を隠しているのだろう?と疑問に思うのだった。

 

   ~*~

 

 昼食を終え、銀行へ寄り道した後、カイはレンの案内で彼の自宅へと辿り着く。

 

「……案外、フツーの家なんだな。」

 

 玄関の前で家の外観を眺めながら、カイが呟く。

 庭付きの、二階建ての一戸建て。この時代の都会では、さほど珍しくない。

 英雄一家の自宅だなど、言われなければ誰も分らないだろう。

 

「無駄にデカい家建てたってしょうがねぇって、父ちゃんがさ……

 けどまぁ、ぶっちゃけ家なんて住めりゃそれで事足りるんだし。これで充分だよ。」

 

 そう言って笑うレンが少し羨ましい。

 自分の実家は……

 

「ほら!入った入った!」

「わ、わかったから押すなって!」

 

 ぐいぐいと背を押されながら、カイも笑う。

 しかし、玄関の扉を開けた直後、黄色い何かが猛スピードで走って来た。

 

「キュイ~!!!」

「こら!待てってデューク!!外出たら危ねーぞ!!」

 

 走って来た黄色い何かを追い駆け、玄関に飛び出して来たのは、レンそっくりの金髪の少年だ。

 少年は、レンの脚に抱き着いている黄色い何かを抱え上げると、呆れたように呟いた。

 

「ったく。お前はぁ~……」

「よ!ただいま。」

「遅ぇんだよ。兄貴のばーか。」

 

 生意気にレンを見上げる少年と、その少年が抱え上げた黄色い何かを交互に見つめて、カイはぽつりと呟く。

 

「えっと……レンの弟?」

「あ、うん。俺、シンって言うんだ。こいつはデューク。」

「キュイ!」

 

 シンの腕の中で此方を向き、声を上げた黄色い何か……デュークを見つめ、カイは目を見開いた。

 

「デュー……ク?……これって……」

 

 それは、サイズこそ抱えられる程度の大きさではあるものの……二足歩行の恐竜型。オーガノイドをデフォルメして小さくしたような姿をしていた。

 

「仔犬ならぬ、仔オーガノイド……?」

 

 思わず顔を近づけて、デュークの顔を凝視する。

 ユナイトよりもシンプルなツルンとした丸い頭に、大きな緑色のアイレンズ……成長したらユナイトやスペキュラーのような大きさになったりするのだろうか?

 だが、不思議そうにまじまじとデュークを見つめるカイに、シンは明るい笑い声を上げた。

 

「違う違う!デュークはオーガノイドじゃねーよ!」

「え?じゃぁ一体……」

「俺がアカデミーに在籍していた頃作ったペットロボットだ。AI搭載型のな。」

 

 その声に顔を上げれば、私服姿のクルトがシンの隣に立っていた。

 

「え?!クルト?!なんでお前がレンの家に居るんだよ?!」

「第一声がそれか……良いだろ別に。幼馴染の家に遊びに来ていたって。」

「いやまぁ……そりゃそうだけどさ……」

 

 苦し紛れのような声を上げるカイの前に、今度はフィーネが玄関先に姿を現し微笑んだ。

 

「いらっしゃい。カイ。皆で準備して待ってたのよ。」

「準備?なんの??……」

 

 段々と思考が追い付かなくなって来たカイの後ろから、今度はまた別の声が聞こえる。

 

「フィーネさ~ん!ケーキ買って来たよ~!」

「シーナ?!それにエドガーまで?!」

 

 振り返れば、ユナイトと共に小走りに走って来たシーナと、その後ろから歩いて来たエドガーの姿があった。しかもエドガーの手には、何処からどう見てもホールケーキが入っているとしか思えない箱が抱えられている。勿論2人も私服姿だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!なんで皆レンの家に居るんだ?!俺何にも聞いてねーんだけど?!」

 

 集まっているいつもの面々をせわしなく見渡しながら、カイが大声を上げれば、エドガーがクスクスと笑う。

 

「その様子だと、どうやらサプライズは成功したみたいだな。」

「……サプライズ??」

 

 途方に暮れたように呟くカイの手を掴み、レンは笑った。

 

「ほらほら!主役が来なきゃ始まらねーんだから!サッサと来いって!」

「主役?!え?!俺が?!何の?!」

「いーからいーから!」

 

 ぞろぞろと皆で家に入り、最後に入ったエドガーが、そっと玄関の扉を閉める。

 その顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

   ~*~

 

「……なんだこりゃ……」

 

 案内されるがまま部屋に通されたカイは、すっかり困惑した様子で室内を見渡していた。

 リビングとダイニングキッチンが一緒になったその部屋の壁には、画用紙をセロハンテープで繋ぎ合わせた長い紙が貼られており、そこに「Happy Birthday!Kai!!」と綴られている。その周囲は色とりどりのモールや輪飾りなどでぐるりと縁どられており、シンプルで落ち着いた色の室内で妙に目立っていた。

 ダイニングテーブルの上にはポテトチップスを始めとしたスナック菓子が数種類に、ペットボトルのジュースがいくつか、そしてコーヒーサーバーが置かれている。

 リビングソファーの前に設置されたテレビには、テレビゲームが接続されており、プレイヤーが電源を入れるのを待ち構えていた。

 

「パーッと騒ごうぜ。って、言っただろ??」

 

 そう言って、レンが怪我をしていない方の肩をポンッと叩けば、カイはレンをぽかんと見つめる。

 

「そっか……今日、俺の誕生日なんだっけか……」

「おいおい!自分の誕生日忘れるなよ!!」

 

 思わずレンが声を上げれば、キッチンの冷蔵庫に買って来たケーキを一旦仕舞いながら、エドガーが穏やかに微笑んで呟いた。

 

「仕方ないさ。任務の後、ずっと書類に追われていた訳だし。それどころじゃなかったんだろう。」

「やっぱ忙しいんだなぁ~……ガーディアンフォースって……」

 

 関心したような声を上げるシンに、クルトが呆れた声を上げる。

 

「こいつの場合、任務の報告書だけじゃなく、余計な書類まで書く破目になったからな。」

「それはお前も一緒だろーが。」

「うぐっ……」

 

 恨みがまし気な声でカイが呟けば、クルトが言葉に詰まる。

 そんなクルトを見上げて、シンは不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「クル兄も何かしたの?始末書??」

「ま、まぁ……ちょっとな。」

「え~!何々?!俺クル兄の話聞きたい!!教えてくれよぉ!」

 

 誤魔化すように視線を逸らすクルトに、シンが声を上げる。

 何でもない。と、教えて。の応酬を眺めるカイに、レンがこそっと愉快そうに耳打ちした。

 

「シンの奴、クルトに滅茶苦茶懐いててさ。クルトもシンの前だと、カッコいい博士のお兄ちゃんで居ようと必死なんだ。」

「へぇ~……なんか、意外な一面見た感じだ……」

 

 ぽつりと呟くカイの目の前では、しつこいシンをくすぐって話題を逸らそうとしているクルトと、そんなクルトの手にカプカプと噛み付いて、くすぐるのを阻止しようとしているデューク。そして大笑いしているシンの姿があった。

 

(あんな風に笑うクルト、初めて見た……)

 

 真面目で、固くて、融通の利かないイメージだったクルトが、楽しそうにシンとじゃれ合っている姿を見て、カイの中での彼の印象が、ほんの少し、変わった気がする。

 自然と口元に笑みが浮かんで来たカイへ、シーナが楽しそうに声を掛けた。

 

「レンから誕生日って聞いて、皆で準備したんだよ。気に入った?」

「……あぁ。勿論!誰かに誕生日祝ってもらうなんて、久しぶりだ。」

 

 そう言って明るくニカッと笑うカイに、他の面々も、何処か嬉しそうに顔を見合わせて笑い合う。

 楽しいバースデーパーティーが、始まった。

 

「夕飯が出来るまで、皆のんびりしてて頂戴ね。」

 

 フィーネのその言葉で、カイは早速レンに促され、テレビゲームの前に居た。

 レンがゲームソフトが収納されたケースを差し出し、どれが良い?と訊ねて来る。

 ゲームなど、家出して以来全くしていないなと思いながらソフトを眺めるカイの目に、ふと、とあるゲームソフトが留まった。

 

「これ……ファンタジーバーサストじゃん。」

 

 ケースからソフトを取り出し、パッケージを眺める。

 ファンタジーの世界観で設定されたキャラクター達で行う対戦型格闘ゲーム……そのパッケージイラストの端には、インクのような黒髪に金色の瞳をした狼人間の青年の姿があった。

 

「あ!やっぱお前もファンタバ知ってたんだ!」

「あ……うん。ラシードの名前、コイツからとったんだ。」

「話聞いた時から、そうなんじゃねーかなー?って思ってたんだ!」

 

 陽気に笑うレンに、カイも釣られて笑みを浮かべながら、そっとパッケージイラストのラシードを指で撫でる。

 

「こんな所で、また会うなんてな……」

 

 何処か懐かしむようなその呟きに、レンがそっと訊ねた。

 

「よかったら、それやるか?」

「良いけど……俺、一応裏ステージまで全クリする程度にはやり込んでたから、負けても知らねーぞ?」

 

 ニヤッといたずらっ子のような笑みを浮かべるカイに、レンも大きく頷く。

 

「大丈夫大丈夫!俺も全クリしてっから!」

「じゃ、手加減いらねーな?」

「上等!」

 

 楽しそうにゲームを起動させ、コントローラーを握る2人に、エドガーがくすくすと笑う。

 

「レンはともかく、カイもゲーム好きだったのは、少し意外だな。」

「そうかぁ?俺もゲームは色々やり込んでたぜ。格ゲーばっかだったけど。」

 

 きょとんと声を返すカイの隣で、レンが嬉しそうに笑う。

 

「俺は格ゲー仲間が出来て嬉しいよ。エドはストーリーの気になったRPGをたまにやるだけだし。クルトはパズル系と音ゲー以外基本やらねーし。シンはレースゲームだと強ぇけど、格ゲー下手だし。」

「うるせーなぁ!兄貴が馬鹿みてーにフルボッコにすんのが悪ぃんだろ!!」

 

 やけにムキになった様子で怒鳴るシンに少々驚きながら、カイはこそっとレンに訊ねた。

 

「お前さ、弟と仲悪ぃの?」

「いや、ただの反抗期。ちょっと前までは兄ちゃん兄ちゃんって可愛かったのになぁ……」

 

 苦笑を浮かべた後、レンはキャラクター選択画面で何を使うか悩みながら呟いた。

 

「シンは母ちゃん子だから、反抗期でも母ちゃんの言う事は素直に聞くんだ。けど、父ちゃんは仕事でなかなか帰って来れねーだろ?だから消去法で反抗相手が俺ってわけ。」

「反抗期ねぇ……シンっていくつだよ。」

「14。」

「あ~……俺他人の事言えねーや……」

 

 カイも苦笑を浮かべる。14歳と言えば自分が家出した当時の年齢だ。

 そうか、反抗期とはそういうものだったか……などと思いながら、ふと、カイは気付いた。

 

(……そう考えると、親父相手に反抗期出来てた俺って、まだマシだった……のかな?……)

 

 反抗できる親が居た。というだけ、恵まれていたのかもしれない。

 別にシンが可哀想だと言うつもりはないが、父親……バンがなかなか帰って来られないのは、やはり寂しいだろう。クルトとじゃれ合っていた時の様子から察するに、きっと、兄であるレンともああしてじゃれ合っていたい年頃の筈だ。

 

「カイ。キャラ決まったか?」

「え?あぁ、うん。俺はコイツしか基本使わねーから。」

 

 カイはそう言って、かつての親友と同じ名前の狼人間を選択する。

 早速ゲームに没頭し始めた2人を眺め、シンは椅子に座ってポテトチップスを食べながらぼんやりと呟いた。

 

「兄貴の友達ってさ、基本的に兄貴としか喋んねーのな……」

「仕方がないさ。一番仲が良いのがレンだからな。それに、緊張してるんだろ。」

 

 シンの隣の席に座り、コーラをグラスに注ぎながらクルトが呟く。

 そんなクルトへ視線を移し、シンは不思議そうに訊ねた。

 

「緊張?なんで?」

「カイは事情が色々複雑でな。恐らく他人の家に遊びに来たの自体、随分久しぶりなんじゃないか?」

「へ~……」

 

 ぼんやりと声を上げたシンの見ている前で、クルトは先程コーラを注いだグラスに、今度はオレンジジュースを注ぎ始める。すっかり慣れっこだといった様子のシンは、それに関してノーリアクションのままクルトを見上げ、不思議そうに訊ねた。

 

「じゃぁさ、兄貴の友達と俺もすぐ仲良くなれる~なんて言ったの、なんで??俺、正直仲良くなれそうな気がしねーんだけど。」

「なぁシン。ニュースになってた鷲型ゾイドが、ガーディアンフォースの登録機になったのは知ってるだろ?」

「え?うん。ちょっと前ニュースでやってた。」

「その鷲型ゾイドの専属パイロットがカイなんだ。」

 

 クルトのその一言で、シンの目の色が変わった。

 

「マジで?!ホントに?!」

「あぁ。お前、ずっと珍しいゾイドに乗るの憧れてただろ?カイも話しかければ普通に話せる奴だから、ゲームが一段落したら話聞いてみたらどうだ?」

「うん!!」

 

 満面の笑顔で元気よく頷くシンの頭を、クルトはまるで、本当の兄のような眼差しでわしわしと優しく撫でた。

 幼い頃からジークに懐いていた彼が、ジークが父と任務に行ってしまう度に泣いていた姿をふと思い出す。

 そんなシンの為にデュークを作ってやって、早3年……反抗期に入りレンに対してツンケンしていても、なんだかんだ根は素直でゾイドが大好きな子だ。カイからブレードイーグルの話を聞けば、喜ぶに決まっている。

 

(ま、今日の主役はカイだしな。少しくらい譲ってやるか……)

 

 穏やかな溜息を一つ吐いて、クルトはオレンジコーラにのんびり口を付けた。

 

   ~*~

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。

 ゲームではカイにボロ負けしたレンが「もう一回!」を繰り返して連敗を重ね、あまりにも自分が勝ち過ぎるせいで、カイの方が「もしかしてわざと負けてる……訳じゃねぇよな?」と訊ねる始末。

 

「そもそも!ファンタバキャラの中でも一番扱いにくいで有名なラシードの鬼コンボを平然と繋げられるのがおかしいんだって!!」

 

 と、レンが言うので、試しにカイが「使用するのは通常攻撃のみ。」という特大ハンデを付けてやってみたが、やはりあと少しという所でレンが負けてしまった。

 流石にぐうの音も出ないレンに、カイはにっこりと「ドンマイ。」としか言えず、リベンジに火の付いたレンにとことん付き合わされる事になった。

 シーナはのんびりとそんなカイとレンの対戦をにこにこと観戦していたが、やがてオーガノイドそっくりのデュークが気になったのか、ユナイトと共にデュークと仲良く遊び始め、そんなシーナに、デュークの製作者であるクルトがあれこれと説明し始めてすっかり良い雰囲気になっていた。

 エドガーはフィーネの料理の手伝いを買って出て、夕食の準備に加わり、それに気付いたクルトが「俺も何か手伝いましょうか?」と席を立てば、幼馴染達から「お前は駄目!!」と一蹴されて終わった。

 その様子を横目に眺め、カイは昼間聞いたクルトの味覚の話を思い出し苦笑を浮かべる。どうやらクルトに料理はさせない方が良いらしい……

 そんな中、シンはカイに話しかけるタイミングを今か今かと見計らっていたが、レンがリベンジを止めない為、なかなか話しかけられず、仕舞いにはゲームを早く終わらせようとレンへちょっかいをかけ始めた。

 幸いだったのは、弟のちょっかいに辛抱強く耐えていたレンがとうとうキレ掛けた時、タイミングよく夕飯が出来上がった事だろう。

 皆でテーブルの上を片付け、料理を並べ始めた時、シンはやっとカイに話しかける事が出来た。

 

「なぁなぁ!兄ちゃんがあの鷲型ゾイドのパイロットってホントか?!」

 

 取り皿とフォークを渡しながら話しかければ、カイはニヤッと笑いながら頷いた。

 

「おう。ブレードイーグルって言うんだ。」

「すっげぇ!!良いなぁ~!!カッコいいなぁ~!!」

 

 興奮した様子のシンを微笑まし気に見つめるカイに、レンがコーンポタージュの入ったスープカップを差し出しながら呟いた。

 

「こいつ、父ちゃんがブレードライガー乗ってるもんだから、珍しいゾイドに乗るのが夢なんだ。」

「あぁ、だから珍しいゾイドに乗ってる俺にも興味あるって訳か。」

 

 納得した様子のカイは、シンに優しく訊ねた。

 

「で?何が聞きたい?なんでも答えるぜ?」

「マジで?!じゃぁブレードイーグルの事教えてくれよ!!どんなゾイドなんだ?!」

「そうだなぁ……どんなゾイド。か……」

 

 適当に取り皿へ夕食を取り、ソファーの方へ座りながら少し考え込んだ後、ブレードイーグルとの出会いから語り始めたカイと、目を輝かせながらその隣に座り話に聞き入るシンを眺め、シーナがくすっと笑った。

 

「良かった。カイだけじゃなくてシンも楽しそうで。」

 

 そう言いながら、膝の上に抱えたデュークの頭を撫でるシーナに、エドガーが笑う。

 

「シーナも、デュークの事随分気に入ってるみたいだな。」

「うん。とっても可愛いんだもん。ねー?デューク?」

「キュイキュイ!」

 

 嬉しそうに声を上げるデュークにシーナが笑えば、レンが苦笑する。

 

「それにしても、デューク抱えてて重くねーか?そいつ一応30キロ以上あるんだけど……」

「ん~……ちょっと重いけど平気。それにシンだって普通に抱えてたし。」

 

 ケロリと答えるシーナに、クルトも何処か申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

 

「正直、設計当初は抱きかかえるのを全く考慮していなかったもので……パーツも、アカデミーの開発科や技術科の金属廃材から削り出して作ったものですから……」

「まぁ端的に言えば、金属の塊だからな。」

 

 エドガーがそう呟けば、デュークがしゅんとした様子で項垂れる。

 その様子を見てシーナは励ますように声を掛けた。

 

「あぁ、違うのデューク。別にデュークが太ってるって言ってる訳じゃないよ。それに、金属で出来てるって事は、デュークは強くて頑丈って事でしょ?元気出して。」

「キュ~!」

 

 嬉しそうな声を上げ尻尾をパタパタ振る姿は、どちらかというと仔犬のようだ。

 そんなデュークにクスクスと笑った後、シーナはふとクルトへ訊ねた。

 

「ねぇ、同じような子作って貰って、宿舎の部屋で飼っちゃ駄目かな?」

「あ~……どうなんでしょう?作るのは全く構わないのですが……」

 

 そう言って、クルトはチラッとフィーネに目配せする。

 フィーネはそんなクルトの視線に気付くと、優しく微笑んで答えた。

 

「普通の生き物は駄目だけれど、ペットロボットは部屋から出しさえしなければ飼っても大丈夫よ。」

「ホント?!フィーネさん!」

 

 パァッと目を輝かせるシーナにフィーネが頷けば、クルトがテーブルから身を乗り出す。

 

「じゃ、じゃぁえっと!どんな見た目が良いですか?!色とか形とか!あと、大きさとか!」

 

 その言葉に、シーナは少し考え込みながら呟いた。

 

「真っ白な体で、尻尾の先が黒くて、目は紫で……大きさは……う~ん……デュークくらいが良い。」

「白と黒で紫の目か。まるでブレードイーグルみたいだ。」

 

 エドガーの言葉に、シーナは照れたように笑う。

 

「うん。フォトン……お父さんのオーガノイドみたいな子が欲しいなって思って。ユナイトは此処に居るし、ハンチ……アレックスのオーガノイドは、アレックスと一緒に何処かで生きてるかもしれないから……」

 

 シーナの言葉に、クルトは明るく笑って頷いた。

 

「わかりました!じゃぁ、シーナさんの誕生日までに作っておきますね!」

 

 しかし、シーナがふと寂しそうな表情を浮かべる。

 

「……ごめんね。私、誕生日がわからないの……」

「え?!」

 

 思わず驚きの声を上げたクルトは、レンやエドガーと顔を見合わせる。

 その様子に気付いたのか、カイとシンもテーブルの方へやって来て不思議そうに訊ねた。

 

「どうしたんだ??」

「シーナが、自分の誕生日分からないって……」

「えぇ?!」

 

 レンの言葉に驚きの声を上げた直後、カイはふと思い出した。

 古代ゾイド人が、イヴ歴という暦を使っていた事を……

 

「なぁ、シーナ。イヴ歴での自分の誕生日は分かるか?」

「うん……私が生まれたのは、イヴ歴2124年の、ジェナ月の12日……」

「母ちゃん、ジェナ月の12日っていつか分かる?」

 

 レンが訊ねるが、フィーネは困った表情で首を横に振る。

 

「ごめんね。お母さんも古代の暦を今の暦へ正確に当てはめ直せないの……古代ゾイド人が眠りに就いた後、大規模な地殻変動が起きていて、地軸の傾きが変わっているから、お母さんやシーナが生きていた頃と、季節の廻り方も違うし……だから、入隊日の履歴書も、生年月日だけはイヴ歴のままで提出してあるの。」

「そっかぁ……」

 

 ガックリと項垂れるレンに、シーナが申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「なんか、ごめんね……」

「いや、シーナが謝る事ねーって!別に誕生日じゃなくてもプレゼントは渡せるんだしさ。」

「とはいえ、シーナの誕生日だけ祝えないのは、少し寂しいな……」

 

 エドガーの呟きに、揃って頭を捻り始めた時……ふと、口を開いたのはカイだった。

 

「……4月12日。」

「え?」

「ジェナ月ってのが何月になるのかはわかんねーけどさ。シーナが目覚めたのが4月7日だろ?だから、4月12日って事にしとかねーか?誕生日。」

 

 その言葉に、シーナが笑顔を浮かべる。

 

「うん!」

「ちなみに、シーナは今いくつなんだ?」

 

 レンが不思議そうに訊ねれば、シーナは困ったような笑みを浮かべる。

 

「記憶が途切れてるから、なんとも言えないんだけど……ユナイトに残ってた記録だと、眠りに就いたのがイヴ歴2140年のレギ月の6日だから、16歳になる年に、誕生日を迎える前に眠りに就いてる筈。だから、履歴書には16歳って。」

「じゃぁ僕の妹と同い年だ。」

 

 エドガーの言葉に、カイが首を傾げる。

 

「エドガーは妹いるんだな。今日来ねーの?」

「あぁ。配達員をしているから、今日は仕事で……でも、多分そのうち顔を合わせる事もあると思う。」

「そっか。」

 

 カイは微笑むと、シーナの肩をポンと叩いて明るく言った。

 

「じゃぁ、来年はシーナの誕生日も祝おうな!」

「うん!ありがとうカイ。」

 

 笑顔で頷くシーナに、皆一様に笑顔を浮かべる。

 ふと、カイは穏やかな空気の中で考えた。

 

(誕生日って、ただ歳を重ねるだけだと思ってたけど……違うんだな……)

 

 今までは、大して思い入れも無かった誕生日だが……

 あの任務の後、友情や約束を重ねて今日を迎え、歳を重ねた。

 大切な物を抱えて生きて来た証が、このバースデーパーティーなら……それも良いかもしれない。

 ごく普通の少年として生きるには色んな物を抱え過ぎた。と思っていたが、仄暗い過去も、過ちも、自分を形作って来た物の一つだ。それを糧に明るい空を飛ぶのは、きっと、悪い事ではない……今なら、そう思える。

 運ばれて来たバースデーケーキに灯された蝋燭を吹き消す時、カイは重ねて来たものにそっと、心の中で一つの願いを重ねた。

 

(どうか……皆と笑い合える日が、来年も来ますように……)

 

 ありふれた願いだが、それでも……そう願える仲間に出会えたのだという事が、彼にとって一番のバースデープレゼントだった。




Pixiv版第24話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11340941


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幻影邂逅編
第25話-パンドラ-


 カイへのサプライズバースデーパーティは無事に成功した。

 たまにはこうしてのんびりするのも、存外悪くはないな。

 しかし、あのディスクから行き着いたゴーストと、その目的……随分ときな臭くなって来た。

 おまけに、瓦礫街に居たザック兄さん……まさかあの人が関わってるなんて事、無いよな?……

 [クルト=リッヒ=シュバルツ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第25話:パンドラ]

 

 共和国領南部、第三収容所……

 主に殺人以下の軽度~中度犯罪者が収容されているその収容所に、彼らは居た。

 

「兄貴ぃ……俺達どうなっちまうんでしょうね?……」

 

 すっかりしょげた様子で呟いたのはスティーヴだ。

 恰幅の良い体を縮こまらせ、牢の隅で膝を抱えている彼の言葉に、ベッドに腰かけたスヴェンは長々とした溜息を一つ吐いて、月の照らす鉄格子越しの夜空を見上げる。

 

「ヘマったのは俺達だ。流石の毒蛇も、愛想尽かしたんじゃねーか?」

「そんなぁ……」

 

 情けない声を上げるスティーヴに、牢の真ん中で胡坐を掻いているオスカーも元気の無い声で呟いた。

 

「ヘルキャットが暴走さえしなきゃ……逃げ切れたのになぁ……」

「暴走か……」

 

 独り言のように呟いたスヴェンは、ふとあの日の事を思い返す。

 駆け付けたガーディアンフォースの隊員は、ゾイドの暴走にあのディスクが関与していると言った。

 そして確かに、自分達が乗っていたヘルキャットには、最初からあのディスクが搭載されていたのだ……

 ディスクのせいでゾイドが暴走するという噂は耳にした事が無かったが、現にそのせいで、自分達はこうして収容所に収監されてしまっている。

 そういえば、アシュリーも同じディスクをステルスバイパーへ搭載していた筈だが、大丈夫なのだろうか?

 ……いや、そもそも彼が手配したヘルキャットに、最初からディスクが搭載されていたのだ。アシュリー自身はディスクがゾイドを暴走させる事を知っていたのかもしれない。

 だとしたら……

 

(捨て駒に……されたって事か?……)

 

 最初からあのディスクを搭載したゾイドを与え、自分達を捨て駒にしたのなら……ディスクが搭載されている事を黙っていた事も合点がいく。

 結局利用されていただけなのか……と、考えかけたその時だった。

 鉄格子の間から、何かが飛んで来て牢の床に転がった。

 

「なんだコレ……」

 

 オスカーが飛び込んで来た何かを拾い上げる。

 缶コーヒーくらいの大きさの金属カプセルだ……真ん中に継ぎ目がある為、恐らくここから開ける事が出来るのだろう。オスカーがカプセルを捻れば、簡単にカプセルが開いた。

 ……中には、紙切れがたった一枚。そこに書かれた文面に目を通したオスカーは、慌てた様子でスヴェンへと紙切れを差し出した。

 

「兄貴!コレ!」

 

 紙切れを受け取ったスヴェンは、怪訝そうな表情を浮かべながらも文面に目を通す。

 そこには簡潔に一行だけ、

 

[今から壁を吹き飛ばすから、離れてなさい。]

 

 と書かれている。

 スヴェンが目を丸くしたのと、窓の外で何かが発射された音が響いたのは同時だった。

 

「お前ら伏せろ!!」

 

 スヴェンがオスカーとスティーブの服を引っ掴み、ベッドの影へ押し込むようにして伏せる。

 その直後、牢の壁が轟音を立てて吹き飛んだ。

 砕けたコンクリートの煙が舞う牢の中で、スヴェンが壁のあった場所を恐る恐る振り返れば、そこには外への巨大な穴がぽっかり口を開けていた。

 

「ったく。無茶苦茶しやがる……」

「兄貴!看守が来るぜ!」

 

 スティーヴの言う通り、爆発音を聞きつけた看守達が慌ただしく此方へと駆けて来る足音が聞こえる。

 それと同時に警報が鳴り出し、サーチライトが辺りを照らし始めた。が、そのサーチライトの光をバックに、外から此方へ真っ直ぐ歩いて来る人影がある事にすぐ気付き、スヴェンは目を見開く。

 

「全く。ホンット手の掛かる子達ね。」

 

 そんな言葉と共につかつかと歩いて来たのは、間違いない。砂漠の毒蛇アシュリーだ。

 恐らく先程壁を吹き飛ばしたのだと思われるバズーカを左肩に担いだまま、右手に拳銃を携えたその姿は、中性的な容姿と酷くちぐはぐに見える。

 

「止まれ!お前達一体何を―」

「ごめんなさいね。この子達のお迎えに来たから、貴方達はもういいわ。」

 

 アシュリーは涼しい顔で、駆け付けた看守達を容赦なく撃ち殺すと、座り込んだままのスヴェン達を見下ろして呆れたように笑う。

 

「さぁ。帰るわよ。」

「帰るわよって……俺達、捨て駒にされたんじゃ?……」

 

 ぽつりと呟いたスヴェンに、アシュリーは酷く不機嫌な表情を浮かべる。

 

「何よそれ。いつ私が貴方達を捨て駒にしたのかしら?」

「いや、だって……」

 

 思わず口籠ったスヴェンの前に膝をつき、手にしていたバズーカと拳銃を一旦床に置くと、アシュリーはスヴェンだけではなく、オスカーとスティーヴまでまとめて抱き締め呟いた。

 

「馬鹿な子達ね。捨て駒なワケ無いじゃない。ちゃんとこうしてお迎えに来てあげたでしょう?来るのが遅くなっちゃってごめんなさいね。もう大丈夫よ。」

「お、おう……」

 

 ぽつりと呟いたスヴェンは、アシュリーに放してもらった後、オスカーとスティーヴと共に戸惑った様子で顔を見合わせる。

 そんなスカーズの3人にクスクスと笑うと、アシュリーは再びバズーカと拳銃を手にして立ち上がった。

 

「真っ直ぐ走ればサムのグスタフが待ってるわ。先に行きなさい。背中は守ってあげるから。」

「わ、わかった。行くぞお前ら!」

「合点!」

「招致!」

 

 走り出した3人の後ろ姿を微笑まし気に眺めた後、増援に駆け付けた看守達を撃ち殺した時だった。

 

「ボス!」

 

 不意にそう呼ばれ、アシュリーは再びスヴェン達の方を振り返る。

 立ち止まったスヴェンが、笑顔で此方を見つめていた。

 

「ありがとよ!」

 

 一言そう叫んで再び走り出したスヴェンをぽかんと眺めた後、アシュリーはふと微笑んだ。

 

「とうとうあの子達からも、ボス。なんて呼ばれるようになっちゃったわね。」

 

 呆れているような、それでいて何処か嬉しそうな呟きを漏らし、アシュリーも外へと走り出す。

 手にしていたバズーカで此方を照らしているサーチライトを吹き飛ばした後、残りの看守達を拳銃で一掃しながら、彼はすぐ近くに停めておいた愛機。漆黒のステルスバイパーに乗り込んだ。

 全速力でグスタフの元まで引き返しながら、彼は通信画面を開く。

 

「サム。無事に回収出来てる?」

「はい。3人とも回収済みです。」

「オッケー!じゃ、早いとこお(いとま)するわよ!」

「了解。」

 

 合流したグスタフと共に無事に収容所を後にしながら、アシュリーはホッとしたような長い溜息を一つ吐き、シートに身体を預ける。

 あまり大勢で来ては逆に目立つからと、他の手下達を説得し、サムと2人だけで救出に来たが……正直最初は、流石に無謀だろうか?と、自分でも思っていた。収容所からの仲間の救出はこれが初めてという訳ではないが、やはり気を張らずにはいられない。

 

「ふぅ……これでとりあえず、コッチは一段落ね……」

 

 先程までの緊張を解すかのようにコックピット内で伸びをした後、操縦桿を握り直しながら、アシュリーはぼんやりと月を見上げる。思い浮かぶのは勿論、想いを寄せる彼の姿だ。

 

「ザクリスは、ゴーストと接触出来たのかしら?……」

 

 この世で一番の無法地帯と言っても過言では無い瓦礫街……

 いくらザクリスとはいえ、あんな場所にディスクの事を探りに行けば、無事に帰って来れる保証は無い。

 

「……ううん。大丈夫よ。彼ならきっと……彼より強い人なんて見た事ないもの……」

 

 何処か自分に言い聞かせるようにして、アシュリーは空元気のような笑みを浮かべる。

 次はいつ会えるだろうか?と思いながら、彼はサムのグスタフと共にアジトへの帰路に就いた。

 

   ~*~

 

 その翌日。

 共和国南部の荒野の町。グランドコロニーに向かうゾイドが3機……

 青いセイバータイガーと赤いコマンドウルフ……その2機を先導するように走っているのは、物々しく武装したサンドグレーのコマンドウルフだ。

 ロングレンジライフルに2連衝撃砲と全方位ミサイル……一体何処の紛争地帯へ向かうのだろうか?と思わずにはいられないこのコマンドウルフこそ、流れの傭兵にしてアサヒの師匠、ハスハ=イスルギの愛機だった。

 

「もうすぐ着くぜ。」

「あいよ。」

「……」

 

 ハスハの言葉に、アサヒは至って普通に返事を返すが、ザクリスは黙り込んだままだ。

 その様子に、アサヒは苦笑を浮かべてザクリスに呼びかける。

 

「ザクリス?大丈夫か?」

「……おう。」

 

 むすっとしているような、何処か面倒臭そうな声で呟くザクリスに、ハスハが呆れた声を上げる。

 

「ったく。面倒臭ぇ奴だなぁ……もう気にしてねーっつってんだろ??」

「へーへー……」

 

 相変わらずぶっきらぼうなザクリスと、そんなザクリスに面倒臭そうな表情を浮かべるハスハ……

 2人の様子を眺めてアサヒは溜息を吐いた。

 

(まぁ、お互い第一印象最悪だったからなぁ……加えてザクリスは女性恐怖症だし……無理も無いか。)

 

 アサヒは4日前……ザクリスが瓦礫街から戻って来た日のやり取りをぼんやりと思い返す。

 案の定、怪我をして帰って来たザクリスに対し、説教を垂れようとした自分より先に、ハスハが声を上げた。

 

「うわぁ……大丈夫かよそれ。頭血まみれじゃねーか。」

 

 顔をしかめるハスハをぽかんと見つめた後、ザクリスの放った一言が、あまりにも無神経過ぎた。

 

「アサヒ。この坊主は?」

「あ゙?!」

 

 恐らくハスハの口調と、少年のようにも聞こえるハスキーな声、そしてその山も谷も無い体つきから判断したのだろうが……男と勘違いしたザクリスに、短気なハスハが切れない訳が無かった。

 

「てめぇ今なんつった?!あたしの何処が男だ?!何処で判断した?!胸か?!胸だろ?!言っとくけど一応あるんだからな!!ほら!!」

 

 直後、大声で捲し立てながらハスハがとった行動が、またなんとも頭を抱えずにはいられない……

 彼女はあろうことか、自分からザクリスの右手を掴み、自分の左胸を触らせたのである。服越しでは全く無いと言っても過言ではないような慎ましいお胸でも、流石に触ればそれなりの感触はするものだ。

 ザクリスはその瞬間、真っ青に青ざめ、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。

 

「あ?どうした??」

 

 一方、自分から胸を触らせたにも関わらずケロリとした様子のハスハが、そんなザクリスの顔を覗き込む。

 目の前に居るのが女性だと分かった以上、彼が女性恐怖症を我慢出来るはずも無かった。

 

「……わ、わかったよ。俺が悪かったから……頼む。こっち来んな。」

 

 顔を覗き込んで来たハスハから逃げるようにジリジリと後ずさりながら、ザクリスが絞り出すような声を上げれば、それがまた彼女の神経を逆撫でた。

 

「はぁ?!なんだそりゃ?!人を害虫みてーに!!」

「ハスハ!ハスハ落ち着け!!これには訳があるんだ訳が!!」

 

 どう止めに入ったものかとオロオロしていたアサヒは、やっとそこでハスハを捕まえ、宥めがてら事情を説明する事になったのだった。

 それ以来、ザクリスはハスハを避けており、先程のように通信画面越しですら、ろくに言葉も交わそうとしない状態が続いている。

 

(それにしても……なんで姫は大丈夫なのに、ハスハは駄目なんだろうなぁ……)

 

 アサヒはふと、疑問に思う。

 サンドコロニーに滞在していた時、ザクリスはシーナが目の前に居ても、特に怖がる素振りは無かった。

 それどころか、スカーズとの戦闘後に走って来たシーナの背を、自分から撫でてやっていたのだ。

 子供は平気だが、大人の女性が駄目……という事だろうか?

 とはいえ、ハスハも日系人である為、見た目はかなり若く見える方だと思うのだが……

 

(ま、グランドコロニーでディスクを調べさせて貰う間だけ、我慢してもらうしかないか……)

 

 やれやれといった様子で軽く首を左右に振り、アサヒはキャノピーグラス越しの景色へ視線を戻す。

 目指していたグランドコロニーは、もう目前に迫っていた。

 

   ~*~

 

 グランドコロニー……荒野のど真ん中に存在するこのコロニーは、主に傭兵や運び屋を始めとした流れのゾイド乗り達が、荒野越えの中継地点として立ち寄れる数少ない場所だ。

 その為、コロニーの主な財源も農産物や鉱物資源等ではなく、宿や食堂。食料や旅に必要な雑貨類を取り扱っている店。傭兵や運び屋向けの仕事の斡旋所や、賞金首などの情報が充実した酒場。そして、ゾイドの整備所やカスタムショップ。パーツショップなどの収益である。

 まぁ逆を言えば、荒野のど真ん中のコロニー故に、それ以外の目ぼしい産業が無いという事である為、コロニーの人々は立ち寄ってくれるゾイド乗り達に感謝しているし、ゾイド乗り達も、荒野越えの中継地点という貴重なこのコロニーを愛していた。

 

「店長~!おーい!てーんちょー!!頼まれたブツ持って来たぜ~!」

 

 ハスハがやって来たのはコロニーの端に店を構える「FES」という名のカスタムショップだった。

 ショールームではなく、整備ピットの方へと真っ直ぐ歩いて行きながら呼びかけるハスハに、アサヒとザクリスは顔を見合わせる。

 

「怒られんじゃねーのか?あんなズカズカと整備ピット歩き回って……」

 

 どうなっても知らねーぞ……と言わんばかりの呆れた声を上げるザクリスに、アサヒは苦笑する。

 

「まぁ、そのくらい顔馴染って事なんでないかい?」

 

 苦笑を浮かべるアサヒの視線の先でハスハが振り返った。

 

「何ボケッと突っ立ってんだ。お前らも来いよ。」

 

 その言葉に、アサヒとザクリスは顔を見合わせた後、彼女の後に続いて整備ピットに足を踏み入れた。

 ピットの中には、様々な工具とカスタム途中の物と思われるガンスナイパーが一機。周囲には工具やパーツが申し訳程度に収納された状態で至る所に置かれている。

 ピットの奥には半分開いたシャッターがあり、その奥にはピットの裏手に駐機されているのだと思われるサンドイエローのモルガの姿が確認出来た。

 滅多にカスタムショップを訪れない事に加えて、ゾイドの整備、カスタム全般に疎いアサヒは、物珍しそうにピット内をキョロキョロと見渡し、ザクリスはそんなアサヒを呆れたように眺める。

 

「そんなに珍しいもんでもねーだろうに……こういうとこはガキだよなぁ……」

 

 ぽつりと声に出してぼやくザクリスへ、ハスハがピットの脇にある簡素なドアを開けながら声を掛けた。

 

「おい!こっちだこっち!」

 

 ザクリスは溜息を吐くと、ピットの隅に置かれた中古のレーザー機銃をしげしげと眺めているアサヒへと歩み寄り、無言で軽く後ろ頭をポンッと叩く。

 振り返ったアサヒに、視線と首の動きだけでくいっと行先を伝えれば、アサヒにはそれだけで十分伝わったらしい。彼等は揃って、ハスハが入っていったドアへと向かった。

 ドアをくぐった先は、随分と散らかった部屋だった。

 事務所と居住スペースをごちゃまぜにしたような室内の中央には、酒類の空き缶と空になった出来合い食品のトレーなどがごちゃごちゃに積まれたテーブル。部屋の隅のパソコンの周りには、パーツの注文書や図面、領収書や請求書の束、そして吸い殻でいっぱいになった灰皿が置かれている。

 室内で綺麗な場所は部屋の隅に置かれたエレキギターと周辺機器の一角だけだ。

 ハスハはそんな室内のテーブルの前に置かれたソファーから、タオルケットを乱暴に引っぺがす。

 そこには、男性が1人。横になって寝ていた。

 

「おい店長!朝だぞ朝!!つか、あと2時間で昼!」

 

 ハスハの怒鳴るような声に、寝ていた男性は眉間に皺を寄せながら面倒臭そうに起き上がる。

 緩いウエーブの掛かった少し長めの髪に、無精髭。歳の程は30代後半といった所だろうか?男性は頭を掻きながら大きな欠伸を一つ吐くと、まだ若干寝ぼけたような眼差しでハスハを見上げ呟いた。

 

「なんだ。ハスぴっぴか。おはよ。」

「そのダセぇあだ名やめろっつってんだろ。おら。頼まれてたブツ。」

 

 呆れた様子で、ハスハは抱えていたディスクユニットを男性に押し付けるように手渡す。

 男性は手渡されたディスクユニットを見た瞬間、先程まで寝ぼけていたのが嘘のように真剣な表情を浮かべ、パソコンの方へと移動する……が、その時にテーブルに膝をぶつけ、上にごちゃごちゃと載っていた空き缶類がガラガラと床に散乱した途端、酷くうんざりした表情で床の惨状を見下ろした。

 

「あ~やべ……先にこっち片付けねーと……」

「こっちはあたしが片付けてやるから、さっさとディスク調べてやれって。そのディスクの事知りたがってる物好きが2匹も付いて来ちまってんだから。」

 

 何処から引っ張り出したのか、ゴミ袋を広げながらハスハが散乱した空き缶類を拾い始める。

 そんなハスハを眺めながら男性は首を傾げた。

 

「あれ?他に客来てんの?」

「あの~……さっきからずっと此処におるんですが……」

 

 遠慮がちにアサヒが声を上げれば、男性はギョッとした様子で、部屋の入り口に突っ立っているアサヒとザクリスを振り返った。

 

「うぉ?!びっくりした!!」

「いや、気付けよ……」

 

 呆れた様子でザクリスが呟くも、男性は気にしていない様子でアサヒとザクリスに歩み寄り、笑みを浮かべる。

 

「フェリックス=ジーゲルだ。このカスタムショップ、FESの店長をやってる。お前らの名前は?」

「アサヒ=タチバナです。」

「ザクリスだ。」

 

 自己紹介もそこそこに、フェリックスは2人を手招くと、パソコンの前に座る。

 しかし、ユニットにディスクの取り出し口が無い事に気付いたフェリックスは面倒臭そうに呟いた。

 

「なんだよ。取り出し口くらい付けとけっての。バラさねーと中身出せねーじゃん。ちょっと待ってろよ。ユニットバラして来るわ……」

 

 のそのそと部屋を出て行ったフェリックスの背中を見送って、ザクリスは呆れたような溜息を一つ吐く。

 

「なんか……ぼーっとしたおっさんだな……」

「普段はな。けど腕は確かだ。おまけにああ見えて、なかなかキレ者なんだぜ?」

 

 他にゴミは転がっていないかと室内を見渡しながら、ハスハが答える。

 そんなハスハに、ザクリスは疑いを隠そうともせずに訊ねた。

 

「ホントかよ……」

 

 しかし、その言葉に答えたのはハスハでもフェリックスでもなかった。

 

「ホントだよ。ま、ディスクを調べ始めればわかるさ。」

 

 部屋の入り口から聞こえた声に振り返れば、深い青色の髪をした青年が一人、紙袋を抱えて立っていた。

 

「なんだ。やっぱあのガンスナお前のだったんだな。相棒ほったらかして何処行ってたんだよ。シズ。」

 

 ハスハが声を掛ければ、シズと呼ばれた青年は肩を竦めて見せながら、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「店長の分の朝飯調達。ハスハこそ、また世話焼いてんの?自分でやらせれば良いのに。」

「仕方ねーだろ?!あたしが片付けてやった方が早ぇんだから。」

「甲斐甲斐しいねぇ。まるで押しかけ女房だ。」

「……おめぇよぉ……喧嘩なら買うぞ。」

「冗談。君とまともにやり合ったら俺が負けるよ。素手の勝負は苦手なんだ。」

 

 シズはそう言って抱えていた紙袋をテーブルの上に置き、ザクリスとアサヒを振り返る。

 

「駐機場に居た青いセイバータイガーと赤いコマンドウルフ。君達のだろ?凄腕賞金稼ぎのザクリス=ナルヴァと、傭兵のアサヒ=タチバナ。本物に会えるなんて光栄だなぁ。」

「え?俺ら、そんなに有名人なのかい??」

 

 きょとんとした表情で訊ねるアサヒにクスクスと笑い、シズは頷く。

 

「うん。君達、裏社会ではそこそこ名が知れてるんだよ?自覚無いの?」

「……お前、一体何者だ?……」

 

 微かに警戒した眼差しでシズを見つめるザクリスの肩を、戻って来たフェリックスが不意にポンッと叩いた。

 音もなく戻って来たフェリックスに、思わずギョッと振り返ったザクリスだったが、当のフェリックス自身は何でもなさそうに、ユニットから取り出して来たディスクを片手に持ったまま、パソコンを立ち上げ始める。

 

「そう警戒すんな。そいつは狙撃専門の傭兵兼、情報屋なんだ。傭兵界隈の事なら一通り知ってる。」

「そういう事。あ。俺はシズヤ=キリタニ。シズって呼んで。」

 

 至ってフレンドリーにニコッと笑って見せるシズに、アサヒは首を傾げる。

 

「シズも日系人……かい?」

「一応ね。でも目の色が青いから、それに合わせて髪染めてるんだ。アサヒこそいくつ?16くらい?」

「俺ぁ一応23だよ。まだ誕生日来とらんが。」

「そうなの?じゃぁ俺と同い年だ。」

「そりゃまた奇遇だなぁ。歳の近い日系人がこんなに揃うなんて。」

 

 和んだ様子でケラケラと笑うアサヒを微笑ましさ半分、呆れ半分といった様子で眺めた後、ザクリスはフェリックスの隣でパソコンのモニターを覗き込む。

 立ち上がったばかりのパソコンにディスクを読み込ませながら、フェリックスは呟いた。

 

「それにしても、このディスクの事知りたがってるって事は、お前もこのディスクで痛い目見たクチか?」

「別に俺達が使ってた訳じゃねーが、ちょいとディスクの中身が引っ掛かっててな……」

「中身ねぇ……お前、ディスクの中身に心当たりでもあんのか?」

 

 その言葉に、ザクリスは思わずフェリックスを横目に見やる。

 フェリックスも横目にザクリスを眺めていたが、すぐにモニターに視線を戻しながら、彼は言葉を続ける。

 

「実は俺も、このディスクの中身に心当たりがあってな……ま、俺の予想が正しければ、俺じゃどうにもならんプログラムだが……」

「……あんたも、只者じゃなさそうだな?」

「どうかなぁ……一応、ただのしがないカスタム屋のおっさんのつもりなんだけど。」

 

 そう言いながら煙草に火を点けた辺りで、パソコンの前に置いている灰皿がいっぱいになっている事に気付いたのか、フェリックスは灰皿をハスハに差し出す。

 

「ごめーんハスぴっぴ。コレもよろしく。」

「だからぴっぴって呼ぶなっつの!」

 

 ひったくるように灰皿を受け取り、中身をゴミ袋へザラザラと捨てるハスハを眺めた後、シズが苦笑する。

 

「店長。いい加減お嫁さん貰ったら?」

「俺の嫁ならそこでぐっすりおねんねしてるよ。最近構ってやれてないからすっかり(へそ)曲げちまってるけどな。」

 

 フェリックスはそう言って、部屋の隅に置かれたエレキギターを親指でくいっと指し示す。

 その場の全員の呆れた視線を受け止めながら、フェリックスはなんでもなさそうに肩を竦めて見せた後、ハスハから空になった灰皿を受け取り、パソコンに向き直った。

 

「じゃ、ディスクの中身開くぞ。」

 

 だが、ディスクを開こうとしたフェリックスの手を掴み、ザクリスが呟いた。

 

「調べるなら、その前にパソコンのLANケーブル外しとけ。最悪此処にやべー連中が押し寄せる破目になるぞ。」

 

 その言葉に、フェリックスは何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべてザクリスを見つめる。

 

「ほらやっぱり。お前もこのディスクの中身が“開けちゃいけない箱”だってわかってんだろ?」

「……んだよ。鎌掛けやがったってのか……嫌なおっさんだな……」

 

 何処かうんざりと呟きながら、ザクリスは掴んでいた手をそっと放す。

 そんなザクリスに愉快そうな笑い声を漏らしながら、フェリックスは得意げに呟いた。

 

「こんな鎌掛けに引っ掛かるようじゃまだまだだぞ。坊主。」

「ケッ……」

 

 パソコンからLANケーブルを外し、椅子に座り直すと、フェリックスは真剣な面持ちで再びマウスを握る。

 

「じゃ。今度こそ開くからな。」

「おう。」

 

   ~*~

 

 ディスクの中のプログラムを開いたフェリックスの手際は見事と言う他無かった。

 何重にも掛けられたプロテクトを次々と解除し、ものの3分も掛からぬうちにプログラムを丸裸にしてしまうとは……ただのカスタム屋の店長ではない。高度なプログラム知識を持っていると見て間違いない。

 そんな男が何故、こんな辺境のコロニーでカスタムショップなどを経営しているのだろう?と考えるザクリスの前で、開いたディスクの中身……そう。パンドラを眺めてフェリックスは呟いた。

 

「やっぱりそうだ……」

「やっぱりって、何が?」

 

 ザクリスの隣から身を乗り出してモニターを覗き込みながら、シズが訊ねる。

 フェリックスはすっかりお手上げだといった様子で、どっさりと椅子の背凭れに体を預けながら、頭の後ろで手を組んで口を開いた。

 

「コイツはパンドラだ。」

「パンドラ?」

「かつて帝国で、ゾイドの研究開発の権威と呼ばれた天才。エリアス=ナルヴァ博士が作った、戦闘データの収集プログラムだよ。まぁ、問題があって結局実用化されないまま、処分されたって話だったんだけどな……」

 

 その言葉に、アサヒ、ハスハ、シズの視線がザクリスに向けられる。

 

「ちょっと待てよ。ナルヴァって……確かこいつのファミリーネームもナルヴァじゃなかったか?」

 

 ハスハの言葉に、ザクリスは頭を抱え、重苦しい溜息を一つ吐く。

 彼は暫く黙り込んでいたが、やがて観念したようにポツリと呟いた。

 

「……親子だよ。ナルヴァ博士は俺の親父。」

 

 その言葉に目を見開いたのは2人。アサヒと……フェリックスだ。

 

「……どおりで、似てると思った……」

「え?」

 

 不意に小声で呟かれた一言に、戸惑ったような声を上げたザクリスの前で、フェリックスは席を立ち、椅子をザクリスへと差し出す……その眼差しは、真剣だった。

 

「気になってたんだろ?後は任せる。」

「……おう。」

 

 椅子に座ったザクリスは、パソコンに向かう。

 こうしてパソコンに向かうのは実に6年ぶりだが……毎日のようにこうしてモニターを眺めていた感覚も、複雑なパンドラの構造も、つい昨日の事のようにハッキリと、身体が覚えていた。

 ザクリスはキーボードに手を伸ばし、因縁のプログラム……パンドラの解体作業を始めた。

 ディスクの中身がパンドラであるという確証を瓦礫街で得た以上、彼が知りたいのはただ一つ。

 父親と自分しか扱えない筈のパンドラに、一体どのような改造が施されているのか?だ。

 素人目にも複雑怪奇に見えるプログラムを、一切の迷い無く解体していくザクリス……その姿をハスハやシズは勿論の事、アサヒも唖然とした様子で見つめる。

 

(かなり頭の良い奴だとは思っとったが……)

 

 アサヒがふと、悲し気な表情を浮かべる。

 真剣な表情でパンドラを解体するザクリスの目に宿った、微かな憎しみ……なのに、キーボードを叩く手からは怒りも憎しみも感じられない。とてつもない速さではあるが、キーボードに八つ当たるような打ち方ではなく、まるで細心の注意を払っているかのように、とにかく静かなのだ。

 記憶を失ったあの日からずっとザクリスと共に過ごして来たからこそ、その姿が語る彼の心境が、アサヒにはひしひしと伝わっていた。

 あの目に宿った憎しみは……父親でもパンドラでもなく、他ならぬ自分自身へ向けたものなのだと。

 

(なんで、お前までそんな目をしてるんだ?なぁ、ザクリス……)

 

 声に出す事を(はばか)られるような一言が、アサヒの胸の内でそっと溶けて消える。

 殺された親友……牙狼(ガロウ)の本来の主の記憶だけが思い出せず、自分を責めるばかりの自分と、全く同じだ。

 ザクリスは、滅多に自分の事を話さない。

 今までは別にそれでも良いと思えた。荒野に身を置き生きる者というのは、皆一様に何かしら抱えている。それはアサヒ自身もよくわかっている。だから、話したくないのなら無理に聞こうとも思わなかった。

 だが、目の前でパンドラを解体するザクリスは……酷く孤独で、誰にも頼らず、誰も寄せ付けず、ただ自分へ憎しみを向け、1人で戦っているかのように見える。そんな彼の姿に、戸惑わずにはいられない。

 彼は一体何を抱えているというのだろう?何故こんなに自分を憎み、責め、追いつめるような顔をしているのだろう?そう考える自分が抱いたこの感情は、心配だろうか?それとも自分とザクリスを一方的に重ね合わせてしまったが故の同情だろうか?……そんな事を考える自分に耐えかねて、アサヒはふと視線を落とす。

 結局自分は、何も知らないのだ……6年も一緒に居た。だが、たった6年だ。その程度では、大切な相棒の事すら、何もわからない。何も知らない。自分は今まで彼の何を見て来たのだろう?……

 

「なんだこれ……」

 

 不意に呟かれたザクリスの声で、その場の全員が彼とパソコンのモニターへ視線を向ける。

 解体途中のパンドラのプログラムの中に、入力した覚えの無いコードを発見したのだ。

 だが……

 

「……おっさん。あんた、プログラムの事詳しいんだろ?このコードの事、何か知らねーか?」

「どれだ?」

「此処から始まってるANC-SCって奴……」

「ANC-SC?……」

 

 微かに眉を(ひそ)め、フェリックスがモニターを覗き込む。

 彼は暫く無言でそのコードを眺めていたが、やがて微かな溜息を吐き、首を横に振った。

 

「悪いが俺も専門外だ……」

「そうか……」

「けどまぁ、話なら昔帝国で働いてた頃にチラッと聞いた事がある。」

 

 その一言に、全員の視線がフェリックスへと向けられる。

 フェリックスは面倒臭そうな溜息を一つ吐くと、誤魔化すように頭を掻きながら呟いた。

 

「なっがい話になっちまうからなぁ……とりあえずコーヒーでも淹れてくるわ。ザクリスっつったよな?一旦そのANC-SCで始まってるコード、印刷しといてくれ。一箇所だけでいい。」

「……わかった。」

 

 ふと、フェリックスはシズの方を向き、申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる。

 

「ごめんシズやん。お前の相棒仕上げるの今日中は無理かも。」

「あぁ、俺は別に良いよ。急ぎじゃないし。」

 

 穏やかに笑うシズに「遅れる分、割引にしとくから。」と言い残し、フェリックスは部屋を出て行く。

 その直後、最初に口を開いたのはシズだった。

 

「ナルヴァ親子と、悪用されたパンドラ、そして謎のコード……か。随分ときな臭くなって来たね。」

「……」

 

 眼光だけで人を射殺せそうな表情で振り返るザクリスに、シズは肩を竦めて見せる。

 

「そんな怖い顔しないでよ。情報屋なんかやってると、どうにも色々と勘繰っちゃうようになってさ。気に障ったなら謝るよ。ごめんね?」

「別に謝れなんて言うつもりはねーよ。ただ、親父やパンドラの事はあんまり深入りしねー方が身の為だぞ。命が惜しくねーなら別だがな。」

 

 酷く冷たい声にも、シズは愉快そうにクスクスと笑う。

 

「命を惜しいと思ってる奴が、傭兵兼情報屋なんてやってると思うかい?」

「ケッ……死んでも治らねーの典型だな。」

「それはどうも。誉め言葉として受け取っておくよ。」

 

 シズは穏やかにそう呟くと、先程から黙り込んだままのハスハとアサヒを見つめる。

 

「さっきからハスハもアサヒも黙ったままだけど、大丈夫?」

「あたしはパンドラだの博士だの言われても、正直訳分かんねーよ。どう口挟めってんだ。」

「まぁ、それもそっか。ハスハは脊髄反射で生きてるタイプだし。」

「あ゙?!」

「ごめんごめん。冗談だよ。」

 

 悪びれる様子もなく笑って、シズはアサヒの顔をそっと覗き込んだ。

 

「アサヒ、元気無いけど大丈夫?」

「あ、あぁ。正直俺も、プログラムだのなんだのにはとんと疎いもんでな……ははは。」

 

 顔を上げ、誤魔化すように笑うアサヒに、ザクリスがそっと口を開いた。

 

「……黙ってて悪かったな。親父の事とか……」

「いや、気にしなさんな。俺ぁお前さんと旅をしとるんだ。親なんて、俺にゃ関係無いよ。」

 

 関係無いなんて嘘だ。本当はザクリスの事が知りたい癖に……

 そう思いながらも、アサヒは命の恩人であり、相棒でもある彼へ笑みを浮かべる。その笑みに、力無く笑みを返すザクリスへ歩み寄り、彼は元気付けるようにその肩をポンと叩いた。

 関係無いというのは嘘だが、今まで自分が見て来たザクリスの事まで、嘘だとは思いたくない。それは、正真正銘の本心だった。

 

「お前が相棒で良かったよ……ありがとな。」

 

 ザクリスの言葉に、アサヒは、教えて欲しい。話して欲しいと叫ぶ自分の心を押し殺し、微笑んだ。

 いつか自分から話してくれる事を、願わずにはいられないが……今はただ、黙って寄り添おう。と思いながら。

 

   ~*~

 

「ANC-SCってのは、Ancient-SystemCode(エンシェント-システムコード)の略称だ。その名の通り、遺跡から発掘された古代ゾイド人の技術を応用したシステムコード。って事らしい。」

 

 人数分のコーヒーを淹れて戻って来たフェリックスは、ソファーに座ってそっと語り出した。

 

「俺が帝国で働いてた頃は、まだ実用化の目途が立っていない、夢物語みてーな話だったんだが……パンドラに組み込まれてる事から察するに、恐らく実用化に成功したんだろうな。」

「古代の技術……」

 

 何か思い当たる節があるかのように考え込んだ後、ザクリスはそっと訊ねる。

 

「おっさん。あんた、帝国で働いてたって言ったよな?一体何処で?」

 

 その言葉に、フェリックスは暫く黙り込んでいたが、やがてザクリスの真っ青な瞳を真っ直ぐ見つめ、呟いた。

 

「お前の親父さん……ナルヴァ博士と同じ場所。」

「じゃぁ……」

「あぁ。リューゲンゾイド研究開発機構……そこでナルヴァ博士が仕切る開発チームに所属してたんだ。」

 

 その言葉に目を見開くザクリスの前で、アサヒとハスハが不思議そうに顔を見合わせる。

 

「リューゲンゾイド研究開発機構って、帝国のゾイド開発のトップ企業だろ?なんでそんなエリートが、こんな辺境で細々とカスタムショップなんかやってんだよ。」

 

 不思議そうに訊ねるハスハに、フェリックスはチラッとザクリスを見る。

 

「話しても、大丈夫か?」

「どうせ知ってる奴は知ってんだ。好きにしろよ。」

 

 パソコンデスクの椅子に腰かけたまま、ザクリスはゆっくりとコーヒーを啜る。

 フェリックスはあまり気の進まない様子で溜息を一つ吐くと、重い口を開いた。

 

「全ては10年前の話さ。ナルヴァ博士がパンドラの開発中止を上申したんだが、上はパンドラの開発続行を命じ、博士と機構の上層部の間でどんどん亀裂が深まっていってた。それで翌年、博士がとうとう独断でパンドラとそれに関する研究資料の全てを破棄しちまったんだ。」

 

 フェリックスは手にしたカップの中で揺らめくコーヒーの液面をぼんやりと眺める。

 その言葉の続きを引き継いだのは、他ならぬザクリスだった。

 

「で、親父はその後、自棄酒した挙句、飲酒運転で事故って死んじまった。って事になってる。」

「事になってる?なんだそりゃ。」

 

 怪訝そうなハスハの言葉に、フェリックスは消え入るように呟いた。

 

「殺されたんだよ。恐らく機構の上層部にな……」

「えぇ?!」

 

 驚きの声を上げるハスハに、少々呆れたような視線を向けた後、シズが口を挟んだ。

 

「ナルヴァ博士の死亡状況は間違いなく事故以外の何物でもなかったけど、元々彼の突然の死に疑問を抱く人は多かったってのは有名な話だよ。知らないの?」

「知る訳ねーじゃん。あたし共和国出身だし。」

「俺も一応共和国出身なんだけど?」

「うぐ……」

 

 黙り込んだハスハの前で、シズはフェリックスに訊ねた。

 

「けど、機構の上層部に殺されたって分かってるなら、なんで店長はそれを警察に話さなかったの?」

 

 シズの問い掛けに、フェリックスはコーヒーをゆっくり一口啜った後、重々しく呟いた。

 

「勿論話そうとしたさ。ナルヴァ博士のアカデミー時代からの親友で、俺が一番世話になった先輩がな。けど、その先輩まで、轢き逃げ事故にあって死んじまったんだ。勿論、犯人は未だ捕まってない。」

「つまり、始末された……という訳か……」

 

 ぽつりと呟かれたアサヒの言葉に、その場の全員が黙り込む。

 重苦しい沈黙を破って再び口を開いたのは、フェリックスだった。

 

「恐らくナルヴァ博士は、そうなる事が分かってたんだろうな。パンドラを処分した直後、俺の親父が入院しちまって、このショップを継ぐ事になった時に言われたよ。この機構にこれ以上居たら、君もどうなるかわからない。だから今のうちに辞めた方が良い。ってな。」

「なるほどな。だから此処でショップやってるって訳か。」

 

 ハスハは肩を竦めた直後、不意にザクリスへと問いかけた。

 

「ちなみにだけどさ、お前もそれ知ってたのかよ。親父さんの事……」

「俺は親父と死ぬほど仲悪かったからなぁ……加えて母さんは、ガキの頃に離婚して所在不明だし。葬式だの遺品整理だの、全部俺1人でやる破目になって、そんなの気にする余裕なんかある訳ねーだろ?……正直、事故死だろうが他殺だろうが、親父が死んだ事は変わんねーんだ。どうでも良い。」

「ふーん……」

 

 投げ遣りなその言葉に、何処か釈然としない様子のハスハであったが、それ以上は訊ねようとせず、彼女はフェリックスに向き直る。

 

「で?さっき印刷しとけっつった奴は?」

「あぁ。これな。まぁ正直これに関しちゃ、シズの方が詳しい気もするが……」

 

 プリントアウトされたパンドラ内のANC-SCコードを眺めた後、フェリックスはシズへと視線を送る。

 その視線に頷いて、シズが説明を引き継いだ。

 

「最近、ゾイドの暴走事件なんてのが巷で流行ってるらしくてね。なんでも、暴走したゾイドには必ずこのディスクが搭載されてたって話だ。それを店長に話したら、ディスクを調べたいって言い出したって訳。」

「それであたしにディスクの入手を依頼したって訳か……シズに頼めよ……」

「馬鹿お前。シズに瓦礫街歩かせたら殺されるに決まってんだろ。こういう荒事はお前の方が適任じゃねーか。」

 

 フェリックスの言葉に、ハスハが不貞腐れた表情を浮かべる。

 しかしフェリックスはそんなハスハの様子を気にも留めず、再びプリントアウトされたコードに視線を向けながら、言葉を続けた。

 

「で、問題のこのコードだが……正直俺は古代化学は専門外で、詳しい事はよく知らない。けどまぁ……本来パンドラにゾイドを暴走させる作用が無い事を考えると、恐らくこのコードが暴走の原因だ。実際、古代ゾイド人がデスザウラーまで作り出したほどの古代大戦時は、倫理なんて無かったんだろうな。ゾイドを強制的に戦わせたり、暴走状態で特攻させたりした記録も発掘されてたらしい。まぁ要するに、その技術を解読してパンドラに組み込んでんじゃねーか?ってのが、俺の見解だ。」

 

 ザクリスは、フェリックスのその言葉に思わず考え込む。

 古代技術の解析と入力……リューゲン公爵の元には古代ゾイド人であるクラウが居る。

 それに、サンドコロニーでシーナが見たというデータを集めていた青年……それがもし、シーナの双子の兄だというアレックスなのだとしたら?……

 

(パンドラだけじゃなく、古代の技術まで使って……あいつらは一体何を……)

 

 どれだけ考えた所で、答えなど出る筈もないが……

 機構が裏で何かを企んでいる事を知っている手前、考えずにはいられなかった。

 そして、仮に答えが出た所で、親友を人質に取られている自分には、何も出来ないのだという事も……

 

   ~*~

 

 その頃、哨戒中に暴走ゾイドを発見した帝国軍第4装甲師団は、試験配備されたガンギャラドを用い、これを鎮圧していた……いや、正しくは“殲滅”と言った方が良いだろうか。

 荷電粒子砲によって、暴走していたゾイドはおろか、中に乗っていたであろうパイロットまで無に還る様は、一方的な虐殺に他ならなかった。

 焼け爛れた荒野の真ん中に立ち尽くすガンギャラドのコックピットで、アナスタシアに通信が入る。

 

「リューゲン大佐。一時帰還の命令が本部より通達されています。」

「わかった。これより帰投する。」

 

 画面に映るハウザーへ短い返事を返し、アナスタシアはガンギャラドで空へと飛び立つ。

 上空待機していたホエールキングの口腔ハッチから格納庫へと戻った彼女は、ガンギャラドから降り、出迎えたハウザーへと訊ねた。

 

「データの集積状況は?」

「問題ありません。」

 

 機内の廊下を歩きながら、ハウザーもアナスタシアへと訊ねる。

 

「ガンギャラドのコンディションはいかがですか?」

「あぁ。あちらも問題はない。GRが完成するまでは十分事足りる。」

「……その件なのですが、ベース機体であるYGの起動調整に遅れが生じております。」

「遅れ?……」

 

 思わず立ち止まり、怪訝そうにアナスタシアはハウザーを見上げる。

 ハウザーは少々困った様子で言葉を続けた。

 

「瓦礫街から帰還した後、クラウが部屋に閉じこもっているようでして……彼女抜きでYGの起動調整を断行するのは、リスクが高すぎると開発2課が……」

「……そうか。」

 

 アナスタシアは僅かに思案した後、ハウザーへ告げた。

 

「わかった。クラウの事は私が何とかしよう。YGの起動調整準備の状況は?」

「クラウさえいれば、いつでも始められる状態です。」

「ならば問題無い。2課には準備状態で待機と伝えろ。」

「はっ!」

 

 一礼してブリッジではなく専用の電信室へと歩き去るハウザーを見送った後、アナスタシアはブリッジへと足を踏み入れながら乗組員達に告げた。

 

「只今を以て、第四装甲師団は哨戒任務を一時中断!帝都ガイガロスへと帰還する!帰還航路は016を使用!機首回頭!航行準備急げ!」

「了解。帰還航路016、ブッキング無し。進路グリーン。」

「只今より本艦は高速航行に入る。各作業員は巡航速度到達まで作業を一時中断。」

「機首回頭120度。回頭完了まであと25秒―」

 

 乗組員達の声を聞きながら、アナスタシアはふとクラウの事を考えた。

 瓦礫街で一体何があったのか、素直に話してくれれば良いのだが……

 

(……あの子の身を案じる資格など、私に有りはしない。か……)

 

 胸の内で呟かれたアナスタシアのその言葉に気付く者など、当然、居はしなかった。

 呟いた彼女自身を除いて……




Pixiv版第25話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11404147


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第26話-各々の葛藤-

 パンドラの改造に使われていたのは、発掘された古代の技術だった。

 俺と親父しか扱えない筈のパンドラに、一体誰が、どうやってそんなものを?

 ったく、つくづく親子揃って救えやしねぇ……俺には何も出来ねぇってわかってんのに、放っとけねーんだ。

 こういうとこばっか遺伝させやがって……どうしてくれんだよ。なぁ?親父……

 [ザクリス=ナルヴァ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第26話:各々の葛藤]

 

 リューゲンゾイド研究開発機構本部。

 既に陽が傾き、斜陽の朱に照らされたその廊下を、カツカツと足音を響かせながら歩く人物が1人……

 試験配備中の機体である「ガン・ギャラド」の実績報告と定期メンテナンスの為、哨戒任務から帝都への一時帰還を命じられたアナスタシアだ。

 既に帝都ガイガロスでの実績報告は済み、彼女はガン・ギャラドの定期メンテナンスという口実の下、この機構本部を訪れていた。

 彼女は「STAFF ONLY」と書かれた扉の前まで来ると、暗証番号を入力し、扉の奥に続く薄暗い通路を進む。

 機構本部の裏に張り巡らされたこの通路は、まるで迷路のように複雑に入り組んでいるが、彼女の歩みに迷いや躊躇いは一切無かった。

 目的の場所と思しき無機質な金属製のドアの前に立ったアナスタシアは、微かに困ったような表情で小さな溜息を一つ吐くと、そっとドアをノックする。

 

「クラウ。私だ。」

 

 声を掛けるも、返事は無い。

 アナスタシアはそっと片手でドアに触れ、まるで言い聞かせるように言葉を続けた。

 

「瓦礫街から戻って以来、部屋に閉じ籠っていると聞いた。あの街で何かあったんだろう?話を聞かせてはくれないか?」

 

 言葉遣いこそ普段通りだが、その声音は普段の冷たさとは打って変わり、優しい温もりを纏っていた。

 クラウが居なければ計画が進まないから……というだけではない。

 アナスタシアにとって、彼女はかけがえの無い妹同然の存在だ。父や部下達の前では、そんな素振りなど一切見せないが……今この瞬間こうして此処に立っているのは、あの街で一体何があったのだろうか?という純粋な心配の気持ち故だった。

 ふと、ドアのロックが解除される音がアナスタシアの耳に届く。

 しかし、微かにハッとした表情を浮かべた彼女の前に姿を現したのは、残念ながらクラウではなかった。

 

「グルゥ……」

 

 開いたドアから出て来たのは、酷く疲れているとも、落ち込んでいるとも取れるような様子のヒドゥンだ。

 アナスタシアは、ガックリと項垂れているヒドゥンの顔をそっと覗き込む。

 

「ヒドゥン……クラウは中に居るのか?」

「グル。」

 

 ゆっくりと頷いたヒドゥンに招き入れられるかのように、アナスタシアはクラウの部屋へ入る。

 元々待機用の部屋である為、そこまで私物がある訳ではないが……それにも関わらず、室内はまるで嵐が過ぎ去った後のような有様になっていた。

 床にはずたずたにされた枕が転がり、詰め物だった羽毛がそこかしこに飛び散っている。

 暇潰し用にと彼女がねだったポータブルゲーム機は、液晶画面が叩き割られた状態で壁際に転がり、数冊しかなかった本も全てバラバラにされていた。勿論散らばったページも、くしゃくしゃにされたり、切り刻まれたりした状態で羽毛と共に床に散乱している。

 椅子も、本棚代わりの簡素なカラーボックスも、床に引き摺り倒され、ナイフで切りつけたのだろうと思われる傷が無数に刻まれていた。壁も同様の有様で、壁紙はすっかりボロボロ……その凶器たるナイフは、テーブルに2本。壁に5本。カラーボックスに3本ほど突き刺さった状態で放置されていた。

 そんな凄惨な部屋の隅の、ベッドの上……そこに、丸めた布団をクッション代わりに抱きかかえて、顔を伏せたクラウがうずくまっていた。

 

「クラウ。」

 

 アナスタシアはベッドの上で縮こまっているクラウの前に膝を突き、そっと布団を抱きしめている手に触れる。

 微かにビクッとしたクラウは、泣きつかれたような表情で微かに顔を上げ、アナスタシアを見つめた。

 

「お姉様……」

「大丈夫。今此処に居るのは私とヒドゥンだけだ。他には誰もいない。安心してくれ。」

 

 優しく語り掛けるも、クラウの眼差しは何処か虚ろで、此方の声をきちんと聞いているのかどうかわからない。

 アナスタシアはそんな彼女を落ち着かせるように穏やかな笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 

「クラウ。瓦礫街で何かあったんだろう?良かったら話を聞かせてくれないか?」

 

 しかし、クラウは光を失った眼差しのまま掠れた声でポツリと呟いた。

 

「ねぇ、お姉様……」

「ん?」

「クラウは……捨て駒なんかじゃないよね?……」

 

 その言葉に、アナスタシアは思わず唖然とした表情を浮かべる。

 彼女は戸惑いを隠しきれない声音でそっと訊ねた。

 

「……一体どうした?いきなり捨て駒だなんて……何故急に、そんな事を?」

 

 アナスタシアの目の前で、クラウは涙を溢れ返らせながら、抱えた布団に再び顔を突っ伏して呟いた。

 

「……アイツが言ってた……瓦礫街にアイツが居た……」

「アイツ?」

 

 布団のせいでくぐもった聞き取り辛い声に、懸命に耳を傾けながらアナスタシアが問い掛ければ、クラウは躊躇いがちにその名を口にした。

 

「……ザクリス。」

 

 その名を聞いたアナスタシアの目に、微かな殺気が宿る。

 ザクリス=ナルヴァ……機構を裏切ったエリアス=ナルヴァ博士の息子。機構が失われたパンドラの再構築を命じた男。そして用済みであった筈にも関わらず、父がルーカスの企てに乗り、敢えて見逃した唯一の障害……

 そんな彼が瓦礫街に居たという事は、恐らくディスクの存在に気付き、出所を探ろうとしていたに違いない。

 自分が置かれている立場は、彼自身が一番よく理解している筈だが……それでも尚、首を突っ込んで来たという事は、彼がこの先大人しくしている保証が無くなった。という事だ。

 

(だから、始末するべきだと言ったのに……)

 

 アナスタシアは微かに唇を噛む。

 その脳裏には、6年前にザクリスを見逃す旨を語った父、オイゲンの姿が過っていた。

 

『シュバルツの小倅(こせがれ)が一枚噛んでいるのなら、奴にはまだ利用価値がある。何。案ずる事は無い。お前が軍に身を置いている限り、人質は此方の手中にあるも同然。奴にはそれを徹底的に理解させてある。最後の出番が来るまで、何も出来はせぬよ。』

 

 何処か自信たっぷりに語る父に、アナスタシアは何も言えなかった。

 確かに父が思いついたザクリスの使い道には納得出来た。この上なく便利な捨て駒として、最後に役立って貰うつもりであるのは自分も同意見だった。

 しかしそれはあくまで、ザクリスが大人しくしている事が前提だ。

 彼がこうして動き出している以上、彼から此方の情報が洩れる前に準備を急がなければならない。

 そして……その為にはやはり、クラウにいつまでもこうして閉じ籠っていられては困る。というのが現状だ。

 妹同然の存在である彼女を、物のようにに思わざるを得ない自分の立場を、アナスタシアは思わず呪った。

 

「……クラウ。アイツの言った事を真に受ける必要など無い。誰が何と言おうと、お前は私の大切な妹だ。大丈夫。何も怯えなくて良い。」

 

 そっと手を伸ばし、クラウの菫色の髪を撫でる。

 しかしクラウにとって、今回の一件は……その程度で癒せるような出来事ではなかった。

 

「お姉様が捨て駒だって思ってなくたって、リューゲン卿はそう思ってるかもしれないじゃん!」

「クラウ……」

「守護鷲のパイロットだって!薄汚い野良犬だった癖に、今は幸せな飼い犬だって言ってた!自信たっぷりにそう言い切れるアイツを、羨ましいって思っちゃったんだよ!どんなにお姉様から大事にされてたって!クラウにはそんな風に言い切れる自信が無いんだもん!」

 

 布団に顔を突っ伏したままでもハッキリと聞き取れるような声で、クラウが叫ぶ。

 その悲痛な叫びに、アナスタシアはそっと身を乗り出して、小柄なその身体を優しくしっかりと抱き締めた。

 

「私は……例え父上からお前を捨て駒にしろと命じられたとしても、絶対にそんな事はしない。必ずお前を守って見せる。だから……だから落ち着いて。クラウ。」

 

 抱き締めたまま、再びそっと頭を撫でれば……クラウがぽつりと呟いた。

 

「……本当に、守ってくれる?」

「あぁ。」

「……もしザクリスに、ディスクの中身がパンドラだって……口滑らせちゃったって言っても?……」

 

 消え入るようなその声に、アナスタシアは微かな溜息を一つ吐く。

 だが、抱き締めていた両手をクラウの両肩に添え直し、そっとその顔を覗き込んだ彼女は、優しい笑みを浮かべていた。

 

「元々アイツは頭のキレる男だ。ディスクの事を嗅ぎ回りに来ていたという事は、ディスクの中身がパンドラだと大方感づいていたんだろう。その確証を得るのが少し早まっただけの話だ。」

「でも……クラウ、お姉様を失望させてない?」

 

 布団から僅かに顔を上げ、クラウは不安に揺れる水色の瞳で上目遣いにアナスタシアを見つめる。

 アナスタシアは、まるでそんな彼女を安心させるかのように、軽く額同士を触れ合わせて囁いた。

 

「失望などしていないさ。うっかり教えてしまったのはディスクの事だけなんだろう?」

「うん……」

「他の計画については、何も言っていないな?」

「言ってない。」

「ならば上出来だ。よく頑張ったな。クラウ。」

 

 その言葉で、クラウもやっと安堵したのだろう。

 抱えていた布団を放り出し、彼女はアナスタシアに抱き着いて泣き出した。

 

「うんッ……うん!クラウ頑張ったよッ……」

「あぁ。ちゃんと知ってる。」

「お姉様……クラウの事嫌いじゃない?」

「まさか。こんな自慢の妹を嫌うなんて、出来る訳ないだろう?私はクラウの事が大好きだよ。」

「うん……クラウもお姉様の事大好きッ……」

「それも、ちゃんと知ってる。」

 

 優しくクラウの背をポンポンと叩き、そっと放してもらったアナスタシアは、軍服のポケットからハンカチを取り出して涙を拭いてやりながら訊ねた。

 

「クラウ。一つ頼みがあるんだが、良いかな?」

「うん。」

「ザクリスが動き出している以上、此方も出来るだけ早く準備を整えなければならない。だからYGの起動調整を、お前に任せたいんだ。出来るか?」

 

 その言葉に、クラウは微かに目を見開く。

 

「もう起動させちゃうの?あの子、集めたデータを読み込ませたばかりなんじゃ……」

「だからこそ、クラウでなければ駄目なんだ。お前なら、YGと集積データの間を上手く仲介出来る。元々素体が貴重で予備の無い機体だ。データを拒絶してフリーズされては計画に支障が出てしまう。」

 

 アナスタシアの言葉に、クラウは少し考え込んだ後、そっと遠慮がちに呟いた。

 

「ねぇ、お姉様。」

「どうした?」

「あの子が起動したら、暫くは私が慣らしの為に専属パイロットになるんだよね?」

「あぁ。そうだが……それがどうかしたのか?」

 

 意図を測りかねて、アナスタシアが不思議そうに問えば、クラウはそっと呟いた。

 

「あのね……あの子の慣らしが終わって、お姉様の機体になったら……代わりの子が欲しいなって……」

 

 彼女の言葉に、ふむ……とアナスタシアは考え込む。

 クラウをあまり戦線には出したくない。というのがアナスタシアの本音だが、準備が全て整い、表立って組織が活動を始めれば、戦力は少しでも多い方が良い。その頃に丁度、任を解かれる機体にも一つだけ心当たりがある。

 

「……わかった。YGの調整が終われば、代わりに私のガン・ギャラドをやろう。」

「え?!良いの?!」

「あぁ。お下がりで申し訳ないが……」

「そんな事無いもん!お姉様のガン・ギャラドなら、クラウ大切にする!!」

 

 嬉しそうに満面の笑顔を浮かべるクラウに、アナスタシアの瞳が微かに揺れる。

 だが、やはりそれは一瞬の出来事だった。次の瞬間には穏やかな笑みを湛え、アナスタシアはクラウの頭を撫でながら呟いた。

 

「YGの起動準備は、既に開発2課が終えてスタンバイしている。先に向かってくれ。私はガン・ギャラドのメンテナンス状況を確認してから向かう。」

「うん!じゃぁ行ってきま~す!行くよヒドゥン!」

「グオ!」

 

 先程まで塞ぎ込んでいたのがまるで嘘のように、ヒドゥンを引き連れて元気よく部屋を出て行いったクラウを見送った後、アナスタシアは悲し気に目を伏せる。

 凄惨な室内をもう一度見渡して、彼女は独り言のように呟いた。

 

「この凄惨な部屋の姿が、あの子の本当の心そのもの……なのかもしれないな……」

 

 なんて哀れな子だろう……なんて悲しい子だろう……

 カプセルに入った状態で発見された瞬間から、彼女の人生は組織によって捻じ曲げられてしまった。

 姉代わりである自分に懐き、従うようになる事まで、全ては組織の……オイゲンのシナリオ通りだ。

 そんな事すら知らずに、クラウは自分を信じ慕ってくれる。「お姉様だけは信じてる。」と言いながら……

 今更赦しなど請えはしない。

 到底詫びて詫び切れる事でもない。

 ならば自分には何が出来るか?……その答えが“何を賭してでもクラウを守る事”だった。

 その為ならば……今までの自分の「選択」を自分で「否定」する結果になっても構わないと……

 

(まだ何も始まっていないというのに、全てが終わったらその時は……などと考えるのは、やはり愚かだな……)

 

 彼女と出会って以来、今まで何度も考えては掻き消して来た、一つの願い……

 いつか全てが終わったら……その時は……

 だが結局今回も、その願いを自ら掻き消して、アナスタシアは部屋を後にする。

 どれだけ細やかであっても、それは過ぎた願いだ。

 幼き日の寂しさから世界の全てを敵に回し、この手を血で汚す道を選んだ自分には……

 

   ~*~

 

「そんな馬鹿な?!」

 

 その日の夜……午後10時過ぎ。

 ガーディアンフォースベースの開発作業棟の一室……データ解析室で声を上げたのはクルトだった。

 

「しーッ!!声がデカい!!」

 

 掠れたひそひそ声で怒鳴りながらその口を塞いだのは、帝都ガイガロスから戻ったトーマである。

 まぁ、現在このデータ解析室に居るのはクルトとトーマの2人だけである為、わざわざ声を潜める必要は無いのだが……それでも確かに、声を潜めたくなる程デリケートかつ、複雑な案件だ。

 ハルトマン教授の他にも数名、ナルヴァ博士が在籍していた当時のアカデミー関係者から情報を集めた結果、導き出された一つの結論……トーマは、それを報告する事を躊躇っていた。

 つい今しがた、息子のクルトにだけその結論を打ち明けたのは……彼の方が自分よりも“その結論の中心人物”の事を知っているからだったのだが……

 

「集めた情報と、ルーカスの話を照らし合わせれば……そうとしか考えられんだろう?」

「けどッ……」

 

 抗議しかけて、クルトはふいっと俯いた。

 

「俺は……信じたくないよ。ザック兄さんがパンドラを再構築した張本人だなんて……」

 

 何処か頑なな様子で、クルトは呟く。

 トーマも申し訳なさそうな表情を浮かべ、そんな息子を見つめた。

 クルトがザクリスに懐いていた事は、甥であるルーカスから聞いていた。戸惑うなという方が無理な話だ。

 ディスクの中身が、パンドラと呼ばれるプログラムである事。

 それを作り上げたのが、帝国ゾイドの研究開発の権威であったエリアス=ナルヴァ博士である事。

 ザクリスが、そのナルヴァ博士の実の息子であった事。

 ナルヴァ博士は、リューゲンゾイド研究開発機構に消されたのではないか?という事。

 その事件を機に、ザクリスがヴァシコヤードアカデミーを自主退学している事。

 ナルヴァ博士以外にパンドラを構築出来得る人物は、彼しかいない事……

 それを踏まえれば、確かにトーマが行き着いた結論に疑いの余地は無いが……

 

「もし仮にそうだとしても、ナルヴァ博士を殺し、ザック兄さんにパンドラの再構築を強要した黒幕はリューゲンゾイド研究開発機構の筈だ。被害者であるザック兄さんを犯人扱いなんて……」

「まだ被害者だと確定した訳じゃない。彼が自分から機構に手を貸した可能性も……」

「それだけは絶ッ対に有り得ない!きっとルーク兄さんだって、同じ事を言うに決まってる!!」

 

 ムキになって声を荒げた直後、クルトは自分を落ち着かせるかのように長い溜息を一つ吐きながら、デスクに肘を突いて頭を抱える……

 

「あの人は……そんな人じゃない……」

 

 祈りにも似た呟きと共に、彼はギュッと目を閉じた。

 初めてザクリスと出会った時の事を、彼は今でも鮮明に覚えている。

 7年前、帝国士官学校の学祭にルーカスが招待してくれたのが、全てのきっかけだった。

 

『ルーク兄さん。その人は?』

『あぁ。彼は俺の親友だ。』

 

 笑顔で紹介するルーカスの隣で、ザクリスは困ったような、そして何処か照れ臭そうな笑みと共に「よせよ。」とぼやきながらも、自分から自己紹介をしてくれた。

 

『俺はザクリス=ナルヴァ。ルークからはザックって呼ばれてる。よろしくな。』

 

 ルーカスよりも2つほど年上だという話だったが、それを差し引いて尚、大人びた落ち着きのある、カッコいい人だと思ったのが第一印象だ。

 そんな彼が、かつてヴァシコヤードアカデミーに在籍していたと聞いた時は、とにかく胸が高鳴った。

 技術者としての素養も、軍人としての素養も持ち合わせているとは、なんて凄い人なのだろう……と。

 

『俺も、ヴァシコヤードアカデミーでゾイドやAIの事を勉強して、父さんと一緒にガーディアンフォースで働くのが夢なんです!』

 

 当時まだ12歳だった自分は、そんな憧れの存在に夢を語った。

 身内以外には、誰に言っても冷やかされるばかりだったその夢を、ザクリスは馬鹿にしたりしなかった。

 

『その歳でゾイドやAIに興味があるなんて、クルトはよっぽどそういうの好きなんだな。』

『はい!俺、科学や工学が大好きなんです!』

『だったらなれるさ。ただ単に“好き”って気持ちだけで突き進むには厳しい道だけど、父さんと一緒にガーディアンフォースで働く。って目標があるなら、それがお前を支えてくれる。』

 

 澄み渡った夏の青空のような瞳は、真っ直ぐ此方を見つめて微笑んでいた。

 

『その夢、絶対叶えろよ。俺応援してっから。』

 

 ぽんっと頭を撫でてくれた時、嬉しさに思わず涙が溢れた……

 あの日の彼の言葉と、頭を撫でてくれた優しい手に背中を押され、自分は今、こうして夢を叶え此処に居る。

 自分にとってザクリスは、夢を後押ししてくれた恩人なのだ。

 そんな彼が、こんな危険なディスクの製造に自ら関与するなど……

 

「……」

 

 クルトは無言のまま、そっと目を開いて顔を上げる。

 おもむろに席を立った彼は、ネットに接続されている隣のデスクのパソコンの電源を入れながら呟いた。

 

「父さん。」

「どうした?」

「一つだけ確かめたい事がある……俺が今からやる事、頼むから目を瞑ってて欲しい。」

 

 感情が消え、代わりに真剣さだけが満ちた低い声に、トーマはギクリとした表情を浮かべる。

 これは恐らく……“悪いスイッチ”が入ってるに違いない……

 トーマは恐る恐る確認するかのように、クルトへと訊ねた。

 

「あ~……クルト?お前一体……何をするつもりなんだ?」

「リューゲンゾイド研究開発機構のデータベースをハッキングする。」

「はぁ?!」

 

 大声を上げるトーマを、クルトはゆっくりと振り返る……その目には、鋭い光が宿っていた。

 

「あのディスク……パンドラを解析した時、見た事の無いコードがあちこちに使われていた。どのテキストにも、資料にも載っていない。ネットで調べても出て来ない。完全に未知のコードだ。もしそのコードの情報が機構のデータベースにあれば、機構の関与を裏付け出来る。」

「いや、しかしだな!機構が関与している証拠になったとしても、ザクリスの無実を証明する証拠には―」

「どうせ今からやるハッキングは、正式な手続きや許可を得ていない完全な違法行為だ。どちらにせよ証拠としては使い物にならないし、使う気も無い。」

 

 冷たく撥ね付けるような返事に、トーマはすっかり困り果てた表情を浮かべる。

 クルトは昔からこうだ。

 普段は多少カッとなる事があっても、周りが止めに入れば落ち着いてくれるし、この年頃だった自分と比べても随分冷静で、しっかり物事を考えられる子なのだが……一度ムキになってしまうと、周りがどんなに止めようとしても全く歯止めが効かない。こういった“他の誰かの為”の場合は特に……

 

(全く……一度こうなると手が付けられなくなるのは、一体誰に似たのやら……)

 

 父親として、トーマはクルトのこういう部分を心配していた。

 どんなに誰かの為であったとしても“歯止めが効かずに突っ走ってしまう”というのは、まだまだ未熟な子供であるという事……それは恐らくクルト本人も自覚している事であろうし、改めるべき部分だ。

 しかし、そこまでして他の誰かの為に必死になれるのは、彼の“優しさ”故であり、歯止めが効かなくなってしまうのも、最後まで何かをやり遂げようとする“強い意志”故である事を、トーマは誰よりも理解していた。

 ムキになって(たが)が外れてしまうのは、決して良い事ではないが……それでも、彼自身のそういった優しさや強い意志と言ったものは、どうかそのままであって欲しいと思ってしまう。

 トーマは静かに溜息を吐くと、クルトの隣に椅子を引っ張って来て腰かけながら呟いた。

 

「……わかった。なら父さんも手伝おう。」

「え?……」

 

 思わず目を見開いてモニターから顔を上げたクルトの隣で、トーマは呆れたように微笑んでいた。

 

「お前一度言い出すと聞かないからな。どうせ止めても無駄だろ?だったら此処で突っ立ったままお前1人にやらせているより、一緒にやった方がまだマシだ。」

「けど、それじゃ父さんまで共犯に……」

「お前なぁ……黙ってるだけで十分共犯だろうが。今更変わらん。」

 

 そう言いながらパソコンを操作し始めたトーマに、クルトも呆れたような笑みを浮かべる。

 互いのパソコンの間で共有ネットワークの構築作業を始めながら、クルトは何処か愉快そうに呟いた。

 

「やれやれ、悪い父親だ。」

「それはこっちの台詞だ。悪い息子を持つと苦労が絶えん。」

「そりゃどうも。こういう悪事を平然と手伝う人の息子なもので。」

「似るのは顔だけで十分だったのに、似なくて良い所まで律儀に受け継いだのは何処の誰だ?」

「今、父さんの隣でネットワーク構築してる奴。」

 

 悪びれる様子も無く、しれっと答えたクルトを横目で眺めて、トーマは面白くなさそうに呟いた。

 

「……お前、口が立つのは母さん似なんだよな。」

「ちゃんと良い所も受け継いでるだろ?」

「可愛くない。」

「19の息子に可愛さ求めないでくれよ……」

 

 思わず苦笑したクルトに、トーマはふと笑う。

 

「親にとって、子供はいくつになっても子供さ。可愛げの一つや二つくらい残ってて欲しい。と思ってしまうのは、勘弁してくれ。」

 

 その言葉に、クルトも穏やかに微笑みながらモニターへ視線を戻し、そっと呟いた。

 

「まぁ……俺は父さん子だから、可愛げが無くなるって事はないよ。多分。」

「そうか。」

 

 共有ネットワークの構築が完了したパソコンのモニターを眺めたまま、何処か安心したように呟いて、トーマは戦闘開始の合図を口にした。

 

「じゃぁ、機構にガサ入れと行こうか!」

「勿論!」

 

 ニヤッと笑った科学者親子は、それぞれ相棒へと呼びかける。

 

「テオ、久々の仕事だ。起きてるな?」

[はい。サポートはお任せください。]

「ビーク、俺達も全力でクルトとテオのサポートに回るぞ。後輩AIに後れを取るな。」

[∬∵∈И!!]

 

 夜の開発作業棟の一室で、静かな……だが、一切気の抜けない戦いの火蓋が切って落とされた。

 

   ~*~

 

 その頃、カスタムショップ「FES」の整備ピット前……

 星空を見上げながら、ぼんやりと紫煙を燻らせる青年に、店長のフェリックスが声を掛けた。

 

「よう。寝ないのか?」

「……寝つけなくてな。」

 

 何処か暗い声で答えた青年の名を、フェリックスはそっと呼ぶ。

 

「なぁザクリス。」

「ん?」

「ナルヴァ博士が処分した筈のパンドラ……あれを再構築したの、お前だろ?」

 

 煙草を取り出して火を点けるフェリックスの横顔をチラッと眺めて、ザクリスは再び星空を見上げる。

 

「親父の事を知ってるあんたに隠してても……無駄だよな。」

「あぁ。パンドラの調整には俺や他のメンバーも関わってたが……だからこそ、あれが1人で手に負えられるような生易しいプログラムじゃないってのは、嫌って程知ってる。なのに、昼間パンドラをバラしたお前の手際……ありゃぁ組んだ本人じゃなきゃバラせないバラし方だ。」

 

 その言葉に観念したような溜息を一つ吐いた後、ザクリスはふと力の無い笑みを浮かべた。

 

「……ったく、嫌になるぜ。もう6年もプログラミングから離れてたっつーのに……どんなに忘れたくても、パンドラの事は全部、頭ん中に焼き付いちまってて消えやしねぇ……まるで呪いだ。」

「呪い。か……確かにな。あのプログラムが原因で、全てが狂っちまった。博士の人生も、博士の息子であるお前の人生も……」

「俺と親父はしょうがねぇよ。あんなものを作っちまった罰だ。自業自得さ……」

 

 ふと、ザクリスは軍に身を置き続けている親友……ルーカスの事を思い浮かべる。

 彼は悲し気な眼差しで足元に視線を落とし、そっと呟いた。

 

「だがまぁ……親父といい、俺といい、パンドラの呪いに掛かった奴は、どうも周りを不幸にしちまうらしい。どっかの馬鹿は俺のせいで人生狂っちまったし……アサヒだって、この先無事で居られる保証もねぇ……」

「だから、1人でこっそり出て行こうとしてた……ってか?」

 

 呆れを隠そうともしないフェリックスに向かって、ザクリスは寂しそうに笑った。

 

「このタイミングでハスハが合流したのも何かの縁だろ?師弟だって話だったし、あいつになら安心してアサヒを―」

「お断りだね。」

 

 遮るように響いた鋭い声に、ザクリスが目を見開いて振り返れば、ハスハがつかつかと此方へ歩いて来ていた。

 彼女は眉根に皺を寄せたまま、手にしていた煙草の箱から慣れた手付きで一本取り出し火を点けると、紫煙と共に不機嫌な声で吐き捨てた。

 

「アサヒ拾ったのはてめぇだろうが。最後まで自分で面倒見やがれ馬鹿が。」

「拾ったって……んな犬猫みてーに……」

 

 困惑したように呟いたザクリスを、ハスハがギロリと睨み付ける。

 

「先に犬猫扱いしたのは他ならねぇてめぇだろ。都合が悪くなりゃ他人に押し付けるって……無責任な飼い主と同じじゃねーか。」

「それは……」

 

 思わず言葉を失って俯いたザクリスに、深々とした溜息を一つ吐いて、ハスハは腕を組む。

 呆れ切った……それでいて、何処か諭すような口調で、彼女は口を開いた。

 

「一緒に居れば、遠かれ近かれこうなるってのは、てめぇが一番解ってた事なんじゃねーのかよ。そうやって他人に押し付けちまおうとするくれーなら、最初から連れて歩いてんじゃねぇ。犬猫だってそんな扱いされたら傷付くぞ。まして人間なら猶更だ。そんな事もわかんねーのか?」

「……わかってるよ。無責任だって事くらい……誰かを傍に置ける立場じゃねーのに、独りでいる事も出来ねーなんて……最低だって……」

 

 フィルターに火が点きそうなほど短くなった煙草を消すついでに、コンクリートの地面に腰を下ろし、ザクリスはまるで懺悔するかのようにそっと言葉を続けた。

 

「正直……ずっと迷いはあったんだ。ホントにこのままアサヒと一緒に居て良いのか?って……一緒に来るか?って誘ったあの日の自分を、何度も責めたよ……ディスクの事を知ってからは特にな。いつ“奴等”に目を付けられるかわかんねぇ、いつアサヒに矛先が向くかわかんねぇってさ……」

 

 疲れ切った溜息と共に顔を伏せ、ザクリスは力なくぽつりと呟いた。

 

「……全部、俺のせいだ……」

 

 そんなザクリスを見下ろすハスハの目に、微かな同情の色が揺れる。

 しかし、吐き出した紫煙と共に厳しい表情を浮かべて、彼女は呟いた。

 

「そうやって自分を責めてビクビクするくれーなら、周りを頼りゃ良いじゃねーか。」

「お前がさっき“お断りだ”っつったんだろ……」

「アホか!黒幕がリューゲンゾイド研究開発機構だってのは分かりきってんだろ?アサヒを押し付ける為じゃなくて、機構に一泡噴かせてやる為に頼れっつってんだよ!」

「簡単に言ってくれるなよ……やれるならとっくにやってる……」

 

 その言葉で、先程から黙り込んでいたフェリックスが、不意に納得した様子で呟いた。

 

「……なるほどな。」

「なんだよ店長。なるほどなって……」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるハスハに、フェリックスは吸い終えた煙草を灰皿で消しながら口を開いた。

 

「自分はどうなっても良いが、アサヒに万が一の事があったら……そう考えると、自分で乗り込むのは勿論の事、警察だの軍だのガーディアンフォースだのに機構の事を垂れ込む事も出来やしねぇ……てとこだろ?」

 

 だが、顔を上げたザクリスは自嘲するような笑みを浮かべていた。

 

「半分はそうかもな……」

「……なんだ、他にも何かあんのか?」

 

 フェリックスまで怪訝そうな表情を浮かべたのを見て取り、ザクリスは再び俯くと、下ろしたままの前髪をくしゃりと掴むように掻き上げる。

 彼はそのまま、躊躇うかのように暫し沈黙していたが……やがて観念したのか、投げ遣りに呟いた。

 

「人質とられてんだよ。“少しでも下手な事をすれば殺す”ってなッ……」

 

 今までずっと1人で抱えて来た物が、堰を切って溢れ出すかのように……一度開いた彼の口は止まらなかった。

 

「しかもその人質ってのが、パンドラの再構築が終わって用済みになった俺を、命懸けで助けてくれた親友だ。俺、馬鹿で臆病だから、人質にされてる親友とアサヒ……どちらか片方を選ぶなんて出来やしねぇ……親友も助けたい。アサヒも守りたい……けど、奴等の言いなりになるしかない俺じゃ駄目なんだ。いざって時に親友を盾にされちまったら、俺じゃアサヒを守り切れねぇんだよ……」

 

 今にも泣きだしそうな、その悲痛な声音に、ハスハがそっと納得した様子で呟いた。

 

「なるほど……だから、そうなる前にあたしに託したいってワケか……アサヒに黙って1人で死にに行く為じゃ無く、何をおいても守りたい存在だからこそ……」

 

 やれやれと言った様子で吸い終えた煙草を灰皿で消すと、ハスハはズボンのポケットから小型タブレットを取り出し、何やら操作しながらザクリスの隣へ歩み寄る。

 次の瞬間、座り込んだままギクリと身を強張らせて身を引いたザクリスの前に、彼女は操作していた小型タブレットの画面が見えるように、ずいっと差し出した。

 

「おら。」

「……なんだよ?」

「コレ、あたしの小タブの電話番号。登録しとけ。一方的に押し付けられんのはお断りだけど、どうしてもこのままじゃアサヒがヤバいって状況になったら……そん時は、力くらい貸してやる。手塩にかけて育てた弟子を無駄死にさせられちゃ、たまんねーかんな。」

 

 その言葉にぽかんとした表情を浮かべながらも、ザクリスはそっとハスハの小型タブレットを受け取り、表示されている番号を自分の小型タブレットに登録し始める。

 その様子を眺めてふと笑みを浮かべた後、ハスハはフェリックスを振り返って呟いた。

 

「店長。今の話、他言無用だかんな。」

「言わねーよ。俺だって元機構の技術者だったんだぞ。

 自分で自分の首絞めるような事、言いふらしゃしねーっての。」

「ま、それもそっか。」

 

 悪びれる様子も無くニヤッと笑ったハスハにやれやれといった表情を浮かべると、フェリックスはピットの脇の部屋に戻りながら呟いた。

 

「最後まで残ってた方がピットのシャッター閉めろよ。俺は寝る。」

「おう。おやすみ。」

 

 ひらひらと手を振ってフェリックスを見送るハスハに、ザクリスがぎこちなく声を掛ける。

 

「登録した……その、サンキュ……」

「おう。」

 

 返してもらった小型タブレットを受け取り、元通りズボンのポケットにしまった後……

 ふと思い立った様子で、ハスハがザクリスの頭へそっと手を伸ばす。

 しかし次の瞬間、ザクリスは酷く怯えた目で、サッと頭を庇うように腕をかざし、顔を逸らした。

 その姿を見て、ハスハの脳裏にとある既視感が過る……

 

「お前……」

 

 ハッとした様子で独り言のようにぽつりと呟いた後、不意にハスハは穏やかに微笑んだ。

 防御姿勢をとったまま、微かに震えているザクリスの頭に、優しくぽんっと手を置いて彼女はそっと囁く。

 

「大丈夫。殴りゃしねーよ。」

「え……」

 

 戸惑ったように顔を上げたザクリスの視線の先で、ハスハは穏やかに微笑んだまま、まるで子供を相手にしているかのように優しく頭を撫でていた。

 就寝前である為か、いつも団子状に結っている黒髪を解いたハスハのその姿が、不意に母親とダブる……

 しかしそれは、いつも脳裏に過る、弟を連れて出て行った時の姿ではなく……家族揃って穏やかに暮らしていた頃の、忘れかけていた優しい母の姿だった……

 

「お前も晩くならねーうちに、ちゃんと寝ろよ?」

「……おう……」

「あ、戻る時はシャッター閉めとくの、忘れねーようにな?」

「……それは、ちゃんとさっき聞いてた。」

「そっか。じゃぁおやすみ。」

「おう……おやすみ……」

 

 普段のぎゃんぎゃん煩い声とは打って変わった穏やかな声に、ぽかんとしたまま返事をすれば、ハスハは満足した様子でピットの隅の鉄階段の方へと歩き去っていく。

 そんな彼女の後ろ姿を眺めていたザクリスは、ふと、身体の震えが止まっている事に気が付いた。

 

(この歳で頭撫でられて震えが止まるとか……ガキかよ……)

 

 先程まで撫でられていた頭にそっと触れながら、胸の内でぼやくものの……彼は小さな溜息を一つ吐く。

 

(いや、ガキだよな……馬鹿だし、無責任だし、我が儘で自分勝手で寂しがり屋で……体ばっかデカくなって、中身はちっとも成長しちゃいねぇ……)

 

 ふと、ザクリスは星空を再び見上げて、ぽつりと呟いた。

 

「それにしてもアイツ、なんでわかったんだろ……殴られたのがトラウマだって……」

 

 不思議そうに呟いたその声も、コンクリートの地面に胡坐を掻いたまま、1人ぽつんと星空を眺めて考え込むその背中も……まるで、小さな子供のようだった。

 

   ~*~

 

『YG01。最終起動チェック開始。』

『了解。各種モニタリングシステム異常無し。YG01、ゾイドコア低活性状態で安定。活性数値0083~0091。起動開始まで現状を維持―』

『パンドラ集積データ、マッチングテスト異常無し。現時点での拒否反応、認められず―』

『オーガノイド-ヒドゥン。及びテストパイロット-クラウ。共にコンディション異常無し。所定位置にて待機中。通信感度テストに移ります。』

 

 リューゲンゾイド研究開発機構本部。地下第6ケージ……

 その中央に佇む、拘束具だらけの恐竜型ゾイドのコックピット内で、聞こえてくる無数の声を聞き流しながら、クラウはただぼんやりとシートに体を預け、モニター越しのケージ内を眺めていた。

 既に準備は終わり、スタンバイ状態だという話だったにも関わらず、一体何度行えば気が済むのだろう?と呆れてしまう程、チェック作業は延々と続いている……

 いつまでも起動調整テストが始まる気配が無いからと、クラウは一度ケージを抜けて夕食とシャワーを済ませて来たのだが、それでも待ち時間は有り余るほど残っていた。待機室を出て第6ケージにやって来た時はまだ夕方だったというのに、気が付けばもう夜中だ。

 こんな時、ゲームがあれば暇潰しになるのに……と思ったが、瓦礫街から帰って来た際、苛立ちに任せて画面を叩き割り、壁に投げつけてしまったのを思い出してクラウは落ち込む。

 あのゲーム機は、初めて自分からアナスタシアへねだった物だ。大切にすると約束していたのに、自分で壊してしまったと言えばアナスタシアもがっかりするだろう。当然、新しい物をねだる訳にもいかない。 

 どんよりとした溜息を吐くクラウに、オペレーターの若い男性が語り掛けた。

 

『―イロット、テストパイロット。聞こえてていれば応答を。』

「はいはい。聞こえてるよ~……」

『通信感度、異常無し。続いて起動管制システムのチェックへ移行―』

「やっと話しかけて来たと思ったら、そんだけ?」

 

 呆れたようにぼやくクラウに返事をする者は、誰も居ない。

 クラウはいじけたようにむすっと口を尖らせるが、次の瞬間にはすっかり諦めたような表情を浮かべる。

 

(ま、クラウにいちいち構ってらんないよね……万が一この子が暴走でもしたら、辺り一帯火の海だもん。)

 

 疲れたような溜息を一つ吐いて、クラウはぼんやりとコックピット内を見上げた。

 “YG”と呼ばれているこのゾイドは、コックピットの位置が頭部ではなく胸部にある。その為、起動前の状態で頭上を見上げても、目に映るのは光を失っている上部モニターと、上部モニターの操作に必要なスイッチ類だけなのだが……クラウの眼差しはその遥か向こう……見える筈の無いゾイドの顔を見上げているかのようだった。

 

「居れば厄介者なのに、居なきゃ困るなんて……クラウと同じだね。お前。」

 

 そっと寄り添うように上部モニターに触れた時、不意にコックピット内へ声が響いた。

 

『すっかり遅くなってしまった。クラウ、待たせて悪かったな。』

「お姉様!!」

 

 クラウの表情が一気に明るくなる。

 メインモニターに表示されたケージ内の一角。オペレーター達が作業をしている場所を拡大表示すれば、そこにアナスタシアの姿があった。軍帽を脱ぎ、代わりにヘッドセットを装着した彼女は、モニター越しに真っ直ぐこちらを見つめている。

 

『今から起動調整テストを始める。頼んだぞ。クラウ。』

「うん!」

 

 クラウの元気な返事に、ふと微笑んで見せた後……アナスタシアは一旦ヘッドセットのスイッチを切り、傍の機材を操作している作業員へ伝えた。

 

「始めろ。」

「はっ!」

 

 クラウが長い事待ちわびたテスト開始の号令が、コックピットへ響き渡る。

 

『開発コードGZ004-3A。GR開発素体YG01。起動試験開始。』

「了解。おいで!ヒドゥン!!」

「グォォォォォォォォッ!!!」

 

 クラウの呼びかけで、ヒドゥンが一条の光と化し、YGへと溶け込む。

 直後……拘束具越しのYGの目に、赤い光が灯った……

 

「YG01。ゾイドコアの活性化を確認。活性数値上昇。0142、0265、0397……0500を突破。起動します。」

 

 オペレーターの声に、アナスタシアが微かな不安を滲ませてYGを見上げる。

 その視線の先で、YGは自身をケージ内の固定具に縛り付けている拘束具を軋ませながら、目覚めの咆哮を上げた……しかし……

 

「YG01。起動を確認。ゾイドコア活性数値……尚も増大中!」

「活性数値0880、0952……1000を突破!コンバットシステムの臨戦状態を超えています!!このままでは―」

「慌てるな!」

 

 アナスタシアの鋭い一喝に、作業員達が水を打ったように静まり返る。

 そんな作業員達に、彼女は間髪入れず指示を出した。

 

「作業続行!活性数値が2500を超えなければ問題無い!!」

「しかし、そこまで数値が上昇すれば拘束具が―」

「一体何の為に強制停止装置を取り付けている?どちらにせよYGの機体性能ならば、あの程度の拘束具は気休め程度にしかならん。今更狼狽えるな。」

 

 氷のような冷たい視線に射貫かれ、声を上げた作業員が黙り込む。

 アナスタシアは拘束具を軋ませるYGを真っ直ぐ見据えたまま、ヘッドセットのスイッチを再びオンにした。

 もし危険な状態であるのなら、クラウの様子ですぐに分かる筈だ。

 しかし、ヘッドセットから聞こえて来たクラウの声は、ケージ内の作業員達の様子とは打って変わって、至って楽しげであった。

 

「そっかそっか。そうだよね。こんなに沢山戦闘データを貰ったんだもんね。暴れたいよね。」

 

 古代ゾイド人であるクラウには、目覚めたばかりのYGの声がハッキリと聞こえていた。

 

 戦いたい。

 暴れたい。

 全てを破壊したい。

 あぁ邪魔だ。

 体を縛っているコイツが酷く邪魔だ。

 これでは動けない。

 思う存分暴れられない!

 

「あぁ、これ邪魔だよね……良いよ。目が覚めたばっかで身体動かしたいんでしょ?ねぇお姉様。この子暴れたがってるから、ちょっとくらい良いよね?」

「制御出来るのなら……多少構わん。お前に任せる。」

 

 真剣な眼差しでYGを見据えたまま呟いたアナスタシアの言葉に、クラウは無邪気な笑顔を浮かべる。

 

「やったぁ!お姉様ありがとう!!」

 

 直後、クラウの笑みはニタリとした不敵なものに変わった……

 

「さぁ!まずその邪魔臭い拘束具……ぶっ壊しちゃえ!」

 

 彼女の言葉に、YGが雄たけびを上げながら身をよじった。

 その瞬間、固定具とYGをガッチリと繋いでいた拘束具が、まるで意味を成していなかったかのように呆気なく引き千切られる……派手な音と共にケージの床に降り注いだ拘束具の残骸に、作業員達から悲鳴が上がった。

 そんな中、クラウは感激したように笑い声を上げる。

 

「すごいすごい!やっぱ強いね!流石“死竜”の遺伝子を継いでるだけあるよ!」

 

 だが、その言葉に応えようともせずにYGはゆっくり振り返ると、先程まで自分が縛り付けられていた固定具へとおもむろに尾を打ち付けた。

 派手な音と激しい揺れが、ケージ内を襲う……恐らく、上に立っている本部の建屋まで揺れたに違いない。

 人間達のそんな心配などお構いなしに、YGは何度も、何度も、まるで八つ当たりするかのように固定具へ尾を打ち付ける。

 

 忌々しい!

 忌々しい!!

 この俺を縛り付けようなど!!

 破壊してやる!

 二度と俺を縛り付けられないように!!

 跡形も無く破壊してやる!!

 

 尾を打ち付けられる度にみるみる変形していった固定具は、程なくして耳をつんざくような音と共に真っ二つにへし折れた。

 見るも無残な姿になった固定具を満足そうに見つめた後、YGはまたケージ内をゆっくりと見渡す。

 今度はアナスタシアと作業員達が居る一角に狙いを定めたのか、不気味な程静かに一歩足を踏み出した……まさに、その瞬間だった。

 

「こら。そっちは駄目だよ。」

 

 まるでペットにでも語り掛けているかのような軽い口調で、クラウはYGを制止する。

 しかし、その口調とは裏腹に、彼女の手は思いっきり乱暴にブレーキレバーを手前に引っ張っていた。

 いきなりブレーキをかけられ、それ以上進みたくても進めなくなってしまったYGは、ゾッとするような低い唸り声を上げる……

 

 何故邪魔をする?

 俺は暴れたいんだ。

 邪魔をするな。

 

「あっそ。言う事聞かないなら……お前のゾイドコア、ヒドゥンに潰させちゃうからね?」

 

 呆れたような、それでいて叩きつけるような冷たい声に、YGの唸り声がそっと止む。

 クラウはそんなYGへ言い聞かせるように言葉を続けた。

 

「今すぐもらった戦闘データを試そうとしなくても大丈夫だよ。お前にはこの先、壊してもらわなきゃいけないモノがたぁ~っくさんあるんだから。」

 

 壊さなきゃ、いけないモノ……

 コレは違うのか?

 

「そう。それは壊しちゃ駄目。壊していいモノはもっと別の所に沢山あるの。それにオモチャもまだもらってないんだから、そんな状態で暴れても楽しくないじゃん。だから今日はもうおしまいだよ。良い??」

 

 クラウの言葉に、YGは暫く考え込むように動きを止めていた。

 だが、やがてYGはクラウに一言、ぽつりと呟いた。

 

 ……わかった。

 次は、もっと暴れさせろ。

 これでは足りない。

 これでは全然足りない。

 

 YGはそう言い残して、そっと自らスリープモードに入る。

 意外な程素直に言う事を聞いたYGに、クラウはきょとんとした表情を浮かべた。

 

「……普通の奴より凶暴だって聞いてたのに、意外と素直じゃん。」

 

 ぼやくように呟いたクラウに、アナスタシアが呼びかける。

 

『クラウ。大丈夫か?』

「うん。大丈夫。今日はもうおしまいだよって言ったら、寝ちゃった。」

『……そうか……精神負荷の方はどうだ?』

「クラウは全然平気だけど……お姉様が乗るなら、少しセッティング緩和しないと厳しいかも。この子の破壊衝動に引きずり込まれてお姉様が廃人になるとか、クラウ絶対ヤダもん。」

『なかなか、手強そうな機体だな。』

 

 何処か楽しむような笑みを浮かべた後、アナスタシアは作業員達に伝えた。

 

「多少の被害は出たが、現時刻を以てYGの起動調整テストを完了とする。

 ケージ内の修復が完了するまでの間は、予備の第7ケージにて作業を継続。

 先に起動調整を完了しているデスキャット、デッドボーダーと共に出撃出来るよう準備を整えろ。

 テスト終了後、YGは“ヤークトジェノザウラー”と呼称を改める事とする。」

 

 その宣言に、作業員達から拍手が上がる。

 死竜……デスザウラーの遺伝子をより強く受け継ぐ“最凶”のゾイド。

 “ヤークトジェノザウラー”と命名された“猟魔竜(りょうまりゅう)”の影が、ゆっくりと……しかし確実に、ガーディアンフォースへ迫ろうとしていた。




Pixiv版第26話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11472052


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第27話-父と子-

 YG……ヤークトジェノザウラーの起動が遂に完了した。

 これで此方の主力機は一通り揃った。一番の障害であるガーディアンフォースとの邂逅も近いだろう。

 しかし、彼らとの邂逅をわざわざ“この日”にせずとも……

 ……いや、この日だからこそ……か。そうなのでしょう?父上……

 [アナスタシア=フォン=リューゲン]

 

 [ZOIDS-Unite- 第27話:父と子]

 

 夜が明け始めたばかりの荒野を、2機のゾイド……青いセイバータイガーと、赤いコマンドウルフが駆ける。

 結局、ザクリスはアサヒを置いて来る事が出来なかった。

 まだ不安は拭い切れてなどいないが、それでも「いざという時には連絡を寄越せ。」と言ってくれたハスハの存在に支えられ、彼はアサヒと共にカスタムショップFESを後にしたのだ。

 

「にしても、良かったのか?せめてハスハにくれぇ一言言って出てくりゃ良かったのによ。」

 

 ザクリスの言葉に、アサヒは何処か楽しそうにくすくすと笑う。

 

「いや、こんな朝早くに起こしちまうのも悪かろうよ。どうせちょっとやそっとじゃ起きんからな。ハスハにはちゃーんと枕元に置手紙して来たから、気にしなさんな。」

「次会った時に薄情者だのなんだの言われても、知らねーぞ。」

 

 呆れた声を上げるザクリスだったが、次の瞬間には、彼の口元にも僅かに笑みが浮かんでいた。

 まぁ、サバサバしたハスハの事だ。わざわざ起こして挨拶をしたところで

 

「あーはいはい。とっとと行けよ。あたしは寝る。」

 

 ……と、言われるのが関の山であっただろう事は想像に難くない。

 二度寝までたっぷり堪能し、スッキリと目が覚めた頃にはアサヒからの置手紙に気が付くだろう。

 まぁ、その置手紙の内容まではザクリスの(あずか)り知らぬ所である為、ハスハがどんな反応を示すかは予想が付かないが……

 

   ~*~

 

「あんにゃろ~!起こして一言言ってきゃ良いのに!」

 

 すっかり明るくなった頃、整備ピットの吹き抜け構造になっている二階……

 泊まりこむ物好きな客の為に。とフェリックスがいつも開けておいてくれているスペースで、ハスハは寝袋の上に胡坐をかき、不機嫌そうな声を上げていた。

 彼女が手にしているのは、アサヒからの置手紙。そこにはたった一行

 

[いってきます。]

 

 とだけ、平仮名で綴られていた。わざわざ置手紙するほどの事でもない、ありふれた言葉だ。

 だったら起こして、面と向かって言えば良いのに。とハスハは口をへの字に結ぶ。

 ……だが、そんなありふれた言葉をわざわざ置手紙にして出て行く辺り、変に律儀なのは昔から変わらないな。と、彼女は考え直す事にした。のんびり屋で心優しいアサヒの事だ。恐らくぐっすり眠っている姿を見て、起こすのも忍びない。と思ったに違いない。

 

「……ま、行っちまったもんはしょうがねぇか。」

 

 胡坐をかいていた寝袋から立ち上がって伸びをすると、ハスハはもう一度、手にした文字を見つめる。

 丸めて捨てても別に惜しくはない筈なのに、心が込もっているのが一目で分かる丁寧な“いってきます”を、そっと元通りに折りたたみ、ズボンの尻ポケットへ大切に仕舞う。

 そんな彼女の前に、シズが冷たい缶コーヒーを差し出しながら笑いかけた。

 

「おはよ。相変わらず寝坊助(ねぼすけ)だね。」

「開口一番一言多いんだよ。おめぇは。」

 

 ぼやきながら差し出された缶コーヒーを受け取れば、シズはくすっと笑って整備ピットを見渡す。

 昨夜まで居た2人の姿を思い浮かべながら、彼はそっと呟いた。

 

「アサヒとザクリス、行っちゃったみたいだね。」

「あぁ。揃いも揃って薄情な連中だぜ。」

 

 呆れたような笑みと共に、ハスハはよく冷えたコーヒーを一口啜る。

 ふと、彼女は何処か探るような視線をシズに向けて訊ねた。

 

「……店長には先に釘刺しといたけどよ。お前も昨夜聞いた事、売るんじゃねーぞ。」

「何の話?」

「とぼけんなよ。お前が早々と寝るっつった時から、な~んか怪しいと思ってたんだ。どうせ聞き耳立ててたんだろ?バレバレなんだっつの。」

「なーんだ。バレてたのか。上手く誤魔化せたと思ってたのに。」

 

 なんでもなさそうな声を上げ、シズは自分の分の缶コーヒーに口を付ける。

 だが、彼は直後……不意に真面目な表情を浮かべて、独り言のように呟いた。

 

「情報屋にとってはさ、この世のありとあらゆる情報ってのは、2つに1つなんだって。」

「ん??」

 

 あまりにも唐突で、何処か他人事のようなその呟きに、ハスハが怪訝そうな表情を浮かべる。

 シズはそんなハスハに向かってひっそりと微笑んだ。

 

「金になる情報か、ならない情報かの2つに1つしかない。って話。けど、少なくとも俺の中には、その2つの他にもう1つ“金にしちゃいけない情報”ってカテゴリーがある。昨夜聞いちゃった話がまさにそれ。売る気は無いから安心しなよ。」

「ふ~ん……」

 

 いまいち信用していないような声を上げたハスハだったが、彼女は直後、認めたくなさそうに呟いた。

 

「お前ってさぁ……たま~に、たまにだぞ?ホンットたま~に……良い事言うよな。」

「え~?おっかしいなぁ~?ハスハに比べたら普段から結構良い事言ってる方だと思ってたんだけど……」

 

 次の瞬間、きょとんとした顔でわざとらしくすっとぼけるシズに、ハスハのジトリとした視線が突き刺さる。

 

「あのなぁ、そういうとこだぞ……」

「知ってるよ。わざとだもん。」

 

 悪びれる様子も無く再びコーヒーに口を付けるシズを見つめ、ハスハは小さな溜息を一つ吐いた。

 飄々としていて、掴み処が無い。おまけに他人をからかうのが趣味なのだろうか?と疑わずにはいられない程、笑顔で他人の神経を逆撫でるし、ナチュラルに他人を馬鹿にするというのに……それでもシズの事を不思議と嫌いになれないのは、1人の傭兵として、情報屋として、彼が貫いているその矜持に一目置いているからだ。

 どんなに旨い仕事でも、どんなに大金になる情報でも、自分の矜持に反する事は絶対にしない。それを知っているからこそ、ハスハはシズのそういう部分を信用していた。

 

「お~い。お前らぁ~。朝飯要るかぁ~?」

 

 ピットの脇の自室から、起きたばかりだと一目でわかる姿のフェリックスが声を上げる。

 彼の言葉に、ハスハが目を輝かせた。

 

「お?!店長珍しく起きてんじゃん!要る要る!店長の奢りなら!」

「じゃぁ俺も便乗しようかなっと。」

 

 そんな事を言いながら簡素な鉄階段を下りて来るハスハとシズに、フェリックスは苦笑を浮かべた。

 

   ~*~

 

「本気ですか?……」

 

 その頃、リューゲンゾイド研究開発機構を発った第四装甲師団のホエールキング内。

 アナスタシアの執務室で静かな戸惑いの声を上げたのは、彼女ではなくハウザーだった。

 彼の視線の先で、窓越しの空を眺めているアナスタシアは振り返りもせずに呟く。

 

「父上の意向だ。根回しにも、抜かりは無い。と……」

「恐れながら、自分は承服しかねます。いくら御当主の決定とはいえ、あまりにも―」

「ハウザー。」

 

 彼の言葉を遮ったアナスタシアが振り返る。

 彼女の視線は冷たかったが……そのエメラルド色の瞳には、何処か懇願するような光が揺れていた。

 

「これは重要な任務だ。ガーディアンフォースへの宣戦布告は既になされている。今更この程度のリスクに尻込みしていては、この先の計画など話になるまい。違うか?」

 

 視線と同様の冷たい声音……

 だが、幼い頃よりアナスタシアに仕えて来たハウザーには、全てわかっていた。

 これは……自分に同意を強要している訳ではないのだと。

 誰よりも、彼女自身が、自分が答えるであろう言葉に安心したいのだと。

 ハウザーは、その燃え盛るような真っ赤な瞳で、アナスタシアのエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐ見据える。

 

「いえ、仰る通りです。」

「そうか。ならば―」

「しかしながら。」

 

 今度は、ハウザーがアナスタシアの言葉を遮った。

 その力強い声に、アナスタシアは微かに怪訝そうな表情を浮かべる。

 普段ならば、彼がこのように彼女の言葉を遮るなど、あり得ない事であった。

 

「貴女様ご自身は、どうお考えなのですか?」

「私自身……だと?」

 

 まるで脅すような不機嫌な声に対して、ハウザーに全く臆する様子は無い。

 彼はあくまで堂々と、真正面からアナスタシアへと問いかける。

 

「御当主のご命令は絶対である。と、自分も理解しております。ですが、前線の指揮の一切を任されている身として、アナスタシア様ご自身はどうお考えなのですか?」

「……」

 

 心の奥まで見据えているような、力強い真っ赤な瞳……

 彼のその瞳に見つめられると、昔から不思議と安心した。だからこそ、彼女は彼の瞳を気に入っていたが……こういう場合にはとにかく嫌ってもいた。此方が隠している事や、押し殺している物まで、全てその瞳に見透かされているようで、何とも居心地が悪くなってしまう。

 彼女は沈黙を守ったまま俯き、今朝本部を発つ前に父オイゲンから命令を告げられた時の事を思い返した。

 

   ~*~

 

「帝国軍とガーディアンフォースの合同演習が行われる。と、議会の友人から情報が入った。我々の存在を知らしめるには最高の舞台だとは思わんか?アナスタシア。」

 

 不敵な笑みと共にそう告げられた時、アナスタシアは思わず訊ね返すのが精一杯だった。

 

「……つまり、その合同演習を強襲しろ……と、仰るのですか?」

「そう聞こえなかったのか?頭の良いお前にしては、随分理解が遅いな。」

 

 無表情なままの実の娘に対し、オイゲンは不敵な笑みを崩さぬまま、何処か厭味を含んだ声音でそう(なじ)った。

 

「お前ならばこの程度の作戦、造作もあるまい。心配せずとも、口裏合わせやアリバイ工作と言ったものは、既に根回し済みだ。」

「しかし父上―」

「ヤークトは調整段階で、まだお前には扱えぬのだろう?自ら先陣を切る訳でもないというのに、一体何を懸念しているというのだ?」

「……」

「お前はただ手駒を動かし、彼等へ挨拶をして来るだけで良い。軍を率いるのとなんら変わらぬだろう?」

 

 穏やかな口調ながら厭味を含んだその声は、有無を言わせぬ圧を纏ってアナスタシアの耳を苛む。

 オイゲン=フォン=リューゲン……リューゲン公爵家現当主にして、リューゲンゾイド研究開発機構CEO。

 そして、自分達の所属する組織のトップ……だが、最も恐れるべきなのはその権力ではない。

 相手を見透かし、弱みを握り、自分には決して逆らえないのだという事を嫌と言うほど摺り込んだ上で従わせる狡猾さと残忍さだ。

 そしてそれは、実の娘である自分に対しても一切変わらない事を、他ならぬ彼女自身が一番理解していた。

 

「……はい。」

 

   ~*~

 

 あの時、自分がそう返事をしたのは、それ以外の返事など求められていなかったから。

 もしも首を横に振ったら……一体どうなってしまうのかを嫌と言うほど知っていたから。

 だが、今この場に居るのはハウザーだけだ……

 今なら、あの時父に言えなかった本当の思いを言える。

 しかし……

 

「ハウザー……」

「はい。」

「私やお前がこの任務に異を唱えたところで、何になる?」

「……」

 

 この任務は既に決定事項だ。此処で不安を曝け出したところで、何も変わりはしない。

 指揮官である自分が、今此処で弱音を吐く訳にはいかなかった。

 ハウザーは暫し無言で、そんなアナスタシアを見つめていたが、やがて降参したような溜息と共に呟いた。

 

「わかりました。では質問を変えさせて頂きます。」

 

 彼の言葉に、流石のアナスタシアも少々戸惑ったように首を傾げる。

 ハウザーの瞳は力強い光を宿したままだったが、不意にその目元が穏やかに和らいだ。

 

「その合同演習強襲任務に対し、アナスタシア様が懸念しておられる事とは?」

「……ハウザー?……」

 

 思わず意図を図りかね、訊ねるように名前を呼べば……ハウザーは穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「御当主のご命令が絶対であり、貴女様がご自分の意志に拘らず、その指揮をなさねばならぬ立場である以上、懸念事項を一つでも減らし、任務遂行をより確実な物とする事が、副官である私の責務であると考えます。その為に、減らすべき懸念事項の詳細を教えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 微かに目を見開いたアナスタシアに対し、ハウザーは返事を急かす事も無く、穏やかな笑みを向け続ける。

 今度は、アナスタシアが降参したような溜息を吐く番だった。

 

「……お前には敵わんな。昔からいつもそうだ。」

 

 窓辺に腰を預け、困ったように微笑むアナスタシアに、ハウザーは何処か楽し気に呟いた。

 

「アナスタシア様がお生まれになられた時から、従者を務めさせて頂いておりますので。」

「子供の頃の話はいい。それよりも、強襲任務の懸念事項だったな。」

「はい。」

 

 短くも力強い返事に、アナスタシアの表情から迷いや憂いがスッと消える。

 彼女は窓辺から離れると、デスクの上に置いていた任務の概要書を手に、ハウザーへと歩み寄った。

 

   ~*~

 

「帝国軍との合同演習??」

 

 その頃、ミーティングルームで声を上げたのはカイだった。

 レン達も、手元に配られた資料に目を通しながら、戸惑ったような表情を浮かべている。

 そんな彼らに、ガウスは資料を手にしたまま呟いた。

 

「そう。合同演習。しかも演習相手をしてくれるのは、帝国軍の各部隊から選出された精鋭達だ。ゴースト一味からの宣戦布告もあった事だし、君達の現時点のレベルを知るには、良い機会だろう。」

 

 ガウスの言葉に顔を見合わせるカイ達であったが、やがてクルトが遠慮がちに口を開いた。

 

「とはいえ、些か急過ぎませんか?まだカイの戦闘操縦訓練も終了していないというのに……」

「だからこそ。といった所だろう。いつゴースト達が動き出しても、的確に対応出来るだけの実力が我々にあるのか?それを知りたいそうだ。」

 

 ガウスは少々渋い表情を浮かべ、言葉を続ける。

 

「そもそも、フライハイト大佐を始めとする先輩隊員達は皆、各地方の支部に配属されている。現在、訓練基地を兼ねているこの本部基地に常駐しているのは、新人の君達だけという状態だ。他の支部から出撃する方が早い場合は、勿論それに越したことは無いが……もし出撃命令が此方に出た場合、簡単に敗れ去るような新人部隊では話にならんだろう?曲がりなりにも、君達だって立派な隊員だ。相手が未知の敵だったから。という言い訳は通用しない。」

 

 その言葉に隊員達は皆一様に黙り込む。

 レンとエドガーはカイ達より1年ほど先輩だが、今回のゴースト達のような組織犯罪に対応した事は無い。

 カイとクルトは、ゾイドでの出撃を伴う任務をまだ一度しか経験していない。

 シーナに至っては、自分でゾイドを操縦して任務に就いた事すら……まだ無い。

 他の支部で活躍している先輩隊員達と比較した場合など……考えずとも容易に想像が付いた。

 

「まぁ、どんなに訓練の成績が良くても、実戦で訓練通りに動ける事なんて、稀だもんなぁ……」

 

 苦笑を浮かべたレンの隣で、エドガーも真面目に相槌を打つ。

 

「ガーディアンフォースは少数精鋭部隊故に、一つの基地に常駐しているメンバーが少なく、訓練を繰り返していれば、そのうち訓練相手の癖や特徴を把握出来てしまいます。任務ではそういった“無意識の慣れ”が、殆ど役に立たないばかりか、時として仇になる。実際、僕もレンもそういった経験を何度もして来ました。」

「そうだろう?だから思い切って、全く戦った事の無い精鋭達とお手合わせ願おうという訳だ。」

 

 直後、ガウスがニヤリと笑いながらカイを見つめた。

 

「特にカイ。君にとってはこの上なく貴重な体験になる事間違い無しだ。」

「……なんで俺だけ名指しなんすか……」

 

 ガウスが食えない人物である事は、瓦礫街の一件で嫌と言うほど痛感している為、カイはうんざりした表情を隠そうともせずに訊ねる。

 そんなカイに対し、ガウスはなんでもなさそうに資料をヒラヒラと軽く振って見せた。

 

「資料の3枚目。今回相手をしてくれるメンバーの名簿をよく読んでごらん?」

「けっ……勿体付けやがって……」

 

 わざと聞こえるようにぼやきながら、カイは言われた通り、資料の参加者名簿に目を通す……

 直後、彼は目を皿のように見開いたまま、固まった。

 

「カイ?……カイ。どうした??」

 

 レンが遠慮がちにカイへ声を掛けるが、彼は目を見開いたままガウスをゆっくりと見つめ呟いた。

 

「あんた……マジで性格悪ぃな……」

 

 しかし、ガウスは全く悪びれる様子も無く、ニコニコと笑っている。

 

「それは心外だな。別に私が仕組んだ訳じゃないぞ。」

「勘弁してくれよ……正直、あんたが仕組んだ。って言ってくれた方がまだマシだぜコレ……あ~ヤベぇ。俺この合同演習行きたくなくなって来た……ぜってぇ自分から名乗り上げやがったな畜生……」

 

 ぐったりとテーブルに片肘を突き、頭を抱えるカイ……

 尋常ではないその様子に、レン達は顔を見合わせた後、参加者名簿へと目を通す……彼らはすぐに、そこに記載された名前に気が付いた。

 

[合同演習選抜航空部隊隊長…エリク=ハイドフェルド(階級:大佐 帝国軍第一航空大隊隊長)]

 

「……なぁ。エリク=ハイドフェルド大佐って……もしかしなくても、カイの父ちゃんだよな?」

「あぁ。間違いない。」

 

 遠慮がちに声を上げたレンに、クルトが頷く。

 そんなクルトの隣で、シーナが不思議そうに呟いた。

 

「でも、カイのお父さんって確か……カイがゾイドに乗るの、ずっと反対してたよね?」

「どうせ合同演習に(かこつ)けて、俺にゾイド降りろって言いてぇんだろ。」

 

 頭を抱えたまま不機嫌に吐き捨てるカイに、流石のガウスも苦笑せざるを得ない。

 父親と不仲であるとは聞いていたが、思っていた以上に根が深そうだ。

 

「まぁまぁ、3年ぶりの親子喧嘩だとでも思って、気楽にやんなさいよ。」

「3年ぶりの親子喧嘩ねぇ……」

 

 釈然としない様子でジトリと名簿を見下ろすカイに、レン達も苦笑を浮かべる。

 

「親子で対戦なんて、良い経験じゃねーか。そのままサクッと負かして、ゾイドに乗るの認めさせてやろうぜ。な?」

「……そうだな。イーグルも、レン達も一緒だし……頑張るよ。」

 

 レンの言葉に、カイが参った様子で笑みを浮かべる。

 そんなカイに対し、励ますような笑みを向けるレンだったが、直後、ガウスが意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「お前達も他人事じゃないぞー。」

「へ??」

 

 素っ頓狂な声を上げたレンの隣で、エドガーが呆れたような溜息を吐いた。

 

「名簿の真ん中辺り、よく読め……」

「名簿の真ん中??」

 

 オウム返しに訊ねながら、レンが再び名簿へと視線を落とす。

 そこに記載されていた名前は……

 

「えっと?合同演習地上前衛部隊。編成メンバー……ルーカス=リヒト=シュバルツ?!マジで?!」

「勿論。マジだとも。」

 

 笑顔で頷くガウスに、レンが大声で抗議する。

 

「全く戦った事の無い精鋭達。って、さっき言ってませんでしたか?!」

「うん。でも、戦った事のある人物が誰一人居ない。とは言ってないからね?」

「そんなぁ……」

 

 情けない声を上げた後、今度はレン達が頭を抱える番だった。

 

「嘘だろ……よりによってルーク兄さんが相手だなんて……」

「あの人、ゾイドに乗ると容赦無いからな……厳しい演習になるぞ。絶対……」

「前衛部隊って事は、ルーク兄ちゃんがこの演習で使うの、ジークドーベルだよなぁ……うわぁぁ、嫌だぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 幼馴染トリオのあまりの落ち込み具合に、カイとシーナは呆気にとられた様子で顔を見合わせる。

 

「ルーカス兄ちゃんが相手って、そんなにやべぇの?」

「すごく優しそうな人だったけど……」

 

 不思議そうに訊ねたカイとシーナに、3人は口々に一斉に喋り出した。

 

「いやもうマジで怖いんだって!!気が付いた時にはすぐそこに居るんだから!!」

「あの人はゾイドに乗るとサディストスイッチが入るから、相手をしたがる奴の方が珍しいよ。」

「大体、たった一人で一個師団一捻り出来る方がおかしいんだ!規格外だ規格外!!」

「アイアンコングならともかく!もしジークドーベルで来たらとにかくやべーんだよ!!」

「機動力お化けのワンマン蹂躙ショーだ。」

「しかもそれを本人は至って楽しんでるから始末に負えん!!」

「マジで鬼だから!!」

「戦場の悪魔。」

「戦闘狂の人でなし!!」

 

 もう誰が何を言っているのかすらわからないような状態に、カイもシーナも苦笑する。

 そんな彼らを見つめて、ガウスは心底楽しんでいるかのような笑みを口元に湛えていた。

 

(相手に一喜一憂しているようでは、まだまだだな。果たしてどの程度成長して帰って来る事やら……)

 

   ~*~

 

 ミーティング後、ガウスは執務室へ戻り、トーマと額を突き合わせ神妙な顔をしていた。

 彼等は執務室のデスク越しではなく、部屋の隅にあるローテーブルを挟み、来客用のソファーに向かい合う形で腰かけている。ローテーブルの上には、トーマがまとめた報告書が載っていた。

 

「参ったなぁ……」

 

 普段のわざとらしい困り声ではなく、本当に困ったように頭を掻きながら、ガウスが呟く。

 トーマからの報告内容は、報告書に“敢えて”記載されていない部分も含めて、彼を悩ませた。

 パンドラとザクリスの事は勿論、リューゲンゾイド研究開発機構の関与疑惑……いや、それだけならば、まだ想定の範囲内で済んだのだが、ガウスが此処まで頭を抱えている原因は、6年前に帝国軍内で起きた“とある事故”と、その真相である。

 

「まさかあの事故まで関わっていたとは、正直考えたく無いんだが……それで全ての辻褄が合っちゃう以上、そう考えざるを得ないよなぁ……」

「ええ。」

「ちなみに、その事故の真相……クルトは?」

「甥の意向もあって、伝えていません。」

「そうか。まぁ、言うに言えんよなぁ……まさかあの事故が“命懸けの茶番”だったなんて。」

 

 ガウスは疲れ切った溜息を一つ吐くと、虚空を睨み付けているかのようにも見えるような真剣な眼差しで、苦々し気に言葉を続けた。

 

「ピースはある程度揃っているというのに、それを武器として組み上げる為の説明書たる証拠が無い。が、下手に証拠を集めようとして事を荒立てれば、ほぼ確実に被害者である彼等に危害が及ぶ……現時点では下手に動けん。か……」

「帝国軍内……いえ、帝国国内の至る所にも、リューゲン公爵の息の掛かった者は多い筈です。だからこそ、どうか議会への報告は……」

「あぁ。暫くは調査中のままで伏せさせてもらおう。あとはバン君と相談して上手くやっておく。」

 

 その言葉に、幾分安堵した表情を浮かべたトーマだったが、彼はふと、申し訳なさそうな笑みと共に呟いた。

 

「面倒事ばかり押し付けてしまって、すいません。」

 

 だがその言葉に、ガウスは先程までの真面目な態度から、いつもののほほんとした態度に戻る。

 

「あぁ、良いの良いの。上司ってのは面倒事を片付ける為に居るんだから。」

 

 直後、彼はからかうようにニヤニヤと笑いながらトーマを見つめた。

 

「少数精鋭特殊部隊って呼べば聞こえは良いけどさ?そもそもガーディアンフォースってのは、要は一癖も二癖もあるような規格外の問題児部隊じゃん。楽が出来るなんて端から思っちゃいないよ。いい歳して息子と一緒に違法ハッキングやっちゃうような博士が、総合主任勤めてるくらいだし?」

「いやッ!あの!……その件は、その……本当に、申し訳ありませんでした……」

 

 深々と頭を下げるトーマに、ガウスはさも愉快そうな声で首を横に振る。

 

「あぁ、いやいや。別に謝れって言ってる訳じゃない。バレないようにやる分には多少構わないよ……面白そうだから、次は俺も混ぜてね。」

 

 いたずらっ子のようににゅっと口角を上げるガウスを見つめ、トーマは反応に困りながらも苦し紛れのような声で絞り出すように呟いた。

 

「そこは……一応止めて下さい……」

 

   ~*~

 

 5日後……5月31日。合同演習当日。

 午前中から演習が始まる為、深夜にガーディアンフォースベースを出発したカイ達は、ホエールキング内の仮眠室で朝を迎えていた。

 

「うわぁ……ホントに来ちまったよ……」

 

 窓辺に頬杖を突いたカイが、げっそりとした声を上げる。

 眼下に広がるのは、ほぼ何もない荒野と言っても過言では無い程の広大な敷地……この場所こそが、今回の合同演習の舞台となるガイロス帝国最大の演習場「パクスフォルデ」だった。

 その広大な敷地面積に加え、周囲にコロニーなども特に存在しない事から、実弾を用いた本格的な演習が行える数少ない演習場として重宝されている……昔、父からそう聞かされた事があった……

 

(この演習、マーカー弾じゃなくて実弾でやんのかな?……)

 

 流石にそれは無い。と思いたいが……少数精鋭部隊である自分達は元より、今回の演習に参加する帝国軍の選抜部隊もそこまでの大部隊ではない。わざわざパクスフォルデでなくとも事足りる筈だ。

 なのに敢えて、この演習場が指定されたという事は……遠慮なく実包を使う為。と見るのが妥当だろう。

 レンやエドガーは先輩であるし、クルトもディバイソンの装甲の厚さなら、まず怪我をする事は無い。自分も空に居る限りは全弾避け切る自信がある……だが、シーナとヘルキャットがとにかく心配だった。光学迷彩で上手く隠れてくれれば良いが……

 そんな心配をしているカイの隣に、目を覚ましたレンが目を擦りながらのそのそとやって来た。

 

「おあお~……着いたのか?パスフォルテ……」

 

 欠伸交じりの寝ぼけた声に、カイは苦笑を浮かべる。

 

「おはよ。あと、パスフォルテじゃなくて、パクスフォルデな。」

「うん。それそれ。」

 

 まだ半分夢の中に片脚を突っ込んでいるかのような様子でへら~っと笑って見せるレンに、カイは微笑まし気な笑みを浮かべ、寝ぼけた親友の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 普段は父親そっくりのツンツンと逆立った髪をしているレンだが、癖毛で逆立っているのではなく、父であるバンの髪型を真似て毎朝セットしているらしい。

 癖の無いストレートな髪質は、レン曰く「伯母譲り」だそうで、髪をセットしていない、括ってもいない起き抜けの今の髪型は、強いて例えるならシーナに近かった。

 

「ほら。お前髪セットしたりすんのに時間かかるだろ?とりあえず洗面所行ってこいよ。」

「うぃ~っす。」

 

 眠たげな足取りで仮眠室を出て行ったレンと入れ違う形で、起きた時から姿の見えなかったエドガーとクルトが仮眠室に戻って来る。どうやら一足先に起きて洗面所に居たらしく、二人とも首からタオルを提げていた。

 

「なんだ。カイも起きてたんだな。おはよう。」

「あぁ。おはよ。エドガー。」

 

 笑みを浮かべて挨拶を交わす2人を他所に、クルトはふと何かに気付いた様子で仮眠室の隅へ向かう。

 そこには、まだ眠っているシーナが居た。

 

「シーナさん。そろそろ起きた方が良いですよ?」

 

 シーナの傍に膝を突き、遠慮がちに声を掛けるクルトだったが、シーナはマイクロファイバー地のもこもこした毛布にすっぽりと包まったまま。全く起きる気配が無い。

 淡いクリーム色のもこもこに包まれて眠るシーナの寝顔は、さながら羽に包まれて眠る天使のようで、起こすのが勿体無いとすら思えたが……だからといってこのままでは寝坊させてしまう事になる。

 起こしたいが、起こしたくない……揺り起こそうと伸ばしかけた手もそのままに、悶々と思い悩んでいるクルトを見かねたのだろう。カイが呆れた表情でシーナの傍に向かう。

 彼は躊躇ったまま止まっているクルトの手を完全に無視して、シーナの肩を軽く揺らした。

 

「シーナぁ。朝だぞ~。そろそろ起きろよ~。」

「うぅん……」

 

 小さな子供のように起き上がったシーナは、ジャージの袖で眠たそうに目を擦る。

 彼女が着ている色気の欠片も無いぶかぶかの黒いジャージは、実はカイの物だった。というのも、彼女が宿舎の自室で使っているパイル地の寝間着は、半袖にホットパンツ……手足の傷跡が丸見えなのだ。

 まさかホエールキングの仮眠室が一つしかなく、男女同じ部屋で雑魚寝するしかないなどと思っていなかったシーナが、長袖長ズボンの寝間着を用意している筈も無く……どうにかして傷跡を隠したいと、昨夜こっそりカイに相談した結果が、現在のこの姿。という訳である。

 目覚めてからサンドコロニーで服を調達するまでは、他に服が無かったので隠し様が無かったが、やはり素肌に刻まれた無数の傷跡を人目に晒したくない。というのがシーナの正直な気持ちだった。

 

「おはよぉ……なんか珍しいね。カイとクルトが一緒に居るなんて。」

 

 自分を挟む形でカイとクルトの両方が居る事に気付き、シーナが不思議そうに2人を交互に見つめ首を傾げる。

 そんなシーナに、カイがニヤッと笑いながらクルトをチラッと見て口を開いた。

 

「あぁ、クルトがシーナの寝顔に夢中でちっとも起こさねーから、代わりに起こしに来ただけだよ。」

「おまっ!……」

 

 半分事実ではあるが、わざと語弊のある言い方をしたカイを、クルトが思いっきり睨み付ける。

 だが、当のシーナは別段気にしていない様子でくすくすと鈴を転がすように笑っていた。

 

「遠慮しないで起こしてくれて良かったのに。クルトって優しいね。」

「え?!いや、そんな、や、優しいだなんて……その……ありがとうございます。」

 

 真っ赤になったクルトを一瞥した後、カイはシーナの髪を梳いてやるように撫でながら、優しく呟いた。

 

「今日の合同演習に緊張して、昨夜寝つけなかったんだろ?」

「え?!どうしてわかったの?!」

「ん~?なんとなくかな。お前、普段はもっと早起きだし。」

 

 カイは兄のような眼差しで穏やかに笑うと、とりあえず顔洗って来ようぜ。と言って、シーナと共に洗面所へと向かう……案の定、見事ポツンと取り残されたクルトに、エドガーが呆れた様子で頭を抱えた。

 

「ヘタレめ。」

「うるさい!」

 

   ~*~

 

 パクスフォルデの輸送艦駐機場に降り立ったホエールキングは、ゆっくりと口腔ハッチを開く。

 ガーディアンフォースの到着に、先に集まっていた帝国軍人達が作業の手を止めて、そのハッチから現れるゾイド達を見つめた。

 まだこの世に一機しか存在しない、純白の次世代型高速戦闘用ゾイド。ライガーゼロ-プロト。

 かつてその猛威を振るった赤き魔竜から、特例で一機だけ造られた青き魔竜。ジェノブレイカー。

 かつてブレードライガーと共に、数々の戦線で活躍した歴戦の猛者。ディバイソン。

 現在でも特殊任務の最前線において活躍している、姿無き魔猫。ヘルキャット。

 そして……古代ゾイド人が生み出したという、謎の鷲型飛行ゾイド……ブレードイーグル。

 ホエールキングの横に綺麗に整列した5機のゾイドに、ある者は今回の演習が待ちきれない。と言った様子の笑みを。またある者は、初めて目にする機体への感嘆の溜息を。またある者は、パイロットである隊員達の登場を心待ちにしているかのような表情を浮かべる。

 そんな中に、他の軍人達とは全く違う表情を浮かべている将校が2人居た。

 1人は、まるで弟妹の運動会を見に来たかのような微笑まし気な笑みを浮かべるルーカス。

 そしてもう1人は……白い肌に真雪のような銀髪の男性将校だった。彼の鮮やかな紫色の瞳はただ一点、ブレードイーグルのコックピットから姿を現したカイにだけ、鋭く向けられている。

 ガーディアンフォース隊員の5名と、今回の合同演習に選抜された帝国軍人が、互いに整列して向かい合った。

 敬礼の後、挨拶が始まる。

 

「本日は、我々との合同演習の為に、遠方から御足労頂きました事、感謝致します。ガーディアンフォース本部訓練部隊所属。前衛戦闘員レン=フライハイト少尉です。以下、前衛戦闘員エドガー。専属開発整備班所属・後方支援戦闘員クルト=リッヒ=シュバルツ一級工学博士。前線オペレーターシーナ訓練生。前衛戦闘員カイ=ハイドフェルド訓練生。只今無事到着致しました。僅か3日間の日程ではありますが、どうか、宜しくお願い致します。」

 

 普段の陽気で年相応な姿とは一転し、礼儀正しくスラスラと挨拶を述べるレンに、カイは内心舌を巻く。

 目の前に整列している帝国軍人の半数以上が将校クラスのベテラン軍人だというのに、緊張する様子も、臆する様子も全く無いとは……なんとも頼もしい限りだ。

 だが、カイは直後視線を感じ、整列している軍人達を視線だけで見渡す。数名の軍人が微かに驚いたような表情で此方を見つめていた。

 

(まぁ、俺の名前聞いたらそういう反応になるよなぁ……)

 

 カイは何でもなさそうにすまし顔を作りながら、突き刺さる視線を無視する。

 父親と会うのが嫌で嫌でたまらない。という事で頭が一杯だった為、すっかり失念していたが……父であるエリクの事を知る者ならば、自分の名を聞いて当然驚くだろう。

 あのハイドフェルド大佐が頑なにゾイドに乗せまいとしていた家出息子が、しれっとガーディアンフォース隊員として此処に立っているのだから。

 早く挨拶終わらねーかなー?などとぼんやり考えるカイを他所に、挨拶の順番は帝国軍側の代表に移った。

 

「此方こそ。辺境の演習場であるこのパクスフォルデまで御足労頂いた事、感謝する。私は帝国軍第一航空大隊隊長。エリク=ハイドフェルド大佐だ。」

 

 その言葉に、レン達が微かに息を呑んだのが気配でわかった。

 当然だ。母親譲りの褐色の肌をしている自分と、妙に色素の薄いエリクは、パッと見では到底親子に見えない。

 よくよく見比べれば、髪の癖や目元が似ている……ような気がしなくもないが、結局その程度だ。

 ……(もっと)も、父親嫌いのカイにとって「親子に見えない。」のは、唯一の救いだった。父親に似ていると言われる事を想像するだけで、軽く吐き気が込み上げる。

 

「今回の合同演習では、選抜航空部隊の隊長を務めさせて頂く事になっている。此方は人数が多いので、以下の者は、名前と階級だけ簡単に私から紹介させて頂こう―」

 

 今回の参加者の紹介が始まる中、ふと、何食わぬ顔で立っていたルーカスと目が合った。

 その瞬間、ルーカスはからかうような笑みと共にこっそりウインクを送って寄越す。その茶目っ気に、カイの口元にも微かな笑みが浮かんだが……直後、隣に立っているシーナが微かにクスッと吹き出すように笑ったのを聞いて、思わずギクリとしてしまう。恐らくシーナもルーカスがウインクして見せたのを見ていたのだろう。

 カイは直立したままの姿勢を崩さぬように気を付けながら、そっとシーナの後ろ頭に手を伸ばすと、その桜色の髪に覆われた後頭部を指で軽くノックするように小突いた。

 だが、シーナは小突かれた理由が分かっていない様子できょとんとカイを見上げ、小声で訊ねて来る。

 

「どうしたの?」

「挨拶まだ終わってないから。静かにしてような?」

 

 出来るだけ口を動かさないように小声で注意すれば、シーナはようやくそこでハッとしたのか、小さくごめんなさい。と呟いて、元通り姿勢良く前を向いた。

 だが今度は向かいに整列している軍人が数名、微笑ましげとも呆れとも取れるような笑みを浮かべて此方を見つめている事に気付き、シーナはやはりすぐきょとんとした表情を浮かべてしまう。

 純粋で天然なシーナがこういった堅苦しい挨拶を無事にこなせるか?というのは、正直な話、最初からあまり期待していなかった事ではあるが……こうもクスクス笑われては、何とも居心地が悪い。

 カイはそんな思いを視線に込め、ルーカスを再びチラッと見やる。

 ……案の定。自分がシーナを笑わせてしまった事に対し、しまった。と思っていたのだろう。ルーカスは苦笑を浮かべながら「すまん。」と、口パクで呟いた。

 

   ~*~

 

 胃の痛くなるような挨拶が終わった後は、交流を兼ねて30分ほどフリータイムが設けられていた。

 カイは父親に捕まる前に。と、ルーカスの元へ駆け寄る。

 

「ったく。頼むから挨拶の間くらい大人しくしててくれよ。ルーカス兄ちゃん。」

「緊張しているんじゃないかと思って気を遣ったつもりだったんだが……すっかり余計な事をしてしまったな。すまない。」

 

 苦笑を浮かべたルーカスに、シーナがぺこりと頭を下げる。

 

「あの、笑ってごめんなさい。ルーカスさんが笑ってるの見て、なんだかホッとしちゃって……」

「いや。気にする事は無いさ。私の方こそすまなかった。すっかり君に恥をかかせてしまったね。」

「あ、ううん。大丈夫。私も気にしてないよ。」

 

 笑顔で答えるシーナに、微笑まし気な笑みを浮かべるルーカスだったが……直後、背後からこっそり近づいて来ていたレンをくるりと振り返ると、彼は涼し気に訊ねた。

 

「で?何か用かな?レン。」

「何か用かな?じゃないぜ!なんでジークドーベル連れて来てんだよぉ!!」

「なんでって……お前達の実力テストという名目の合同演習なんだ。本気でやってもらわないと困るだろう?」

「えー……」

 

 さも不服そうなレンの眉間に寄った皺を、人差し指でぐいぐいと伸ばしてやりながら、ルーカスが笑う。

 その様子を見て、カイが楽し気な笑い声を上げた……直後だった。

 

「ハイドフェルド訓練生。」

 

 振り返らずともハッキリと分かるその声に、カイが心底うんざりした表情を浮かべる。

 ゆっくりと声の主を振り返ったカイは、ナイフを突きつけるが如き視線と共に、酷く冷たい声を上げた。

 

「……何の用だよ。ハイドフェルド大佐。」

「君がゾイドに乗る事を許した覚えはない。なのに、何故君が此処に居る?」

 

 鮮やかな紫色の瞳が、カイの鋭く冷たい薄紫色の瞳を、同様の鋭さと温度で真っ直ぐ見据える。

 一瞬でその場の空気がピリピリと張り詰めて行くのを感じ、シーナも、レンも、ルーカスも……果てはその周囲に居た者達まで、皆一様にハイドフェルド親子を見つめていた。

 

「はっ!ハイドフェルド大佐ともあろう者が、さっきの挨拶一つ満足に聞いてなかったのかよ。ガーディアンフォースの訓練生だって、フライハイト少尉が紹介した筈だぜ?」

「だからこそだ。ブレードイーグルへ懸けられていた賞金は白紙に戻され、古代ゾイド人である少女と、そのオーガノイドの身柄もガーディアンフォースによって保護された。君がこれ以上ガーディアンフォースに留まり続ける必要が何処にある?」

「俺自身の意志さ。それ以外に何か理由が要るか?」

 

 頑ななカイを見据えるエリクに、僅かばかりの失望の色が滲む。

 

「何度も言って聞かせた筈だ。ゾイドに乗るのは遊びではない。常に死と隣り合わせだと。今の君は、自身の我欲と信念をはき違えて居るだけに過ぎない。少しはそれを自覚したまえ。」

「ッ!! 俺は―」

「お言葉ですが。ハイドフェルド大佐。」

 

 とうとう怒鳴りかけたカイの声を遮ったのは……レンだ。

 まさかレンが声を上げるとは思っていなかったのだろう。カイも、エリクも、微かに驚いた様子で目を見開き、レンを見つめる。

 レンはカイの隣に歩み出ながら、真っ直ぐにエリクを見つめて言葉を続けた。

 

「ハイドフェルド訓練生の成績は極めて優秀です。訓練生の身でありながら、初の単独任務も見事にこなし、ゾイドによる戦闘操縦訓練も日々上達しています。御無礼を承知の上で言わせて頂きますが、彼はもう、貴方の記憶の中にある14歳の少年ではありません。我々ガーディアンフォースにとって必要な人材であると、自分は断言します。」

「レン……」

 

 喜色すら置いてけぼりになるほどの戸惑い……それが、カイの正直な心境だった。

 ブレードイーグルの特性を知り、戦闘操縦訓練の成績が跳ね上がったとはいえ……自分は所詮、どさくさ紛れに入隊を許可されただけに過ぎないのだと……例え訓練を積み、実力を付けたとしても、裏社会に半分染まった薄汚い偽善者に過ぎないのだと……常に心の片隅で自分を悲観してばかりいた。

 なのに、まさか此処までハッキリと、親友であり先輩でもあるレンが、自分を必要だと宣言してくれるとは思っていなかったのだ。

 

「私も。レンと同じ意見。」

「シーナまで……」

 

 レンと同じようにカイの隣に歩み出たシーナは、花のような笑顔をカイへ向ける。

 

「だって、イーグルが認めたパイロットはカイだけだもん。イーグルにとって、私はあくまで守るべき対象であって、パイロットじゃない。あの子はプライドの高い、自我も強い、負けず嫌いで我が儘な子だけど、だからこそ、相手の事もよく見てる。そんなイーグルが、パイロットとしてカイを認めているなら、私はそのイーグルの判断を信じてるし、イーグルに認めてもらえたカイの実力も信じてる。」

 

 いつもと変わらぬ調子で穏やかにそう語ったシーナは、不思議そうにエリクを見上げて訊ねた。

 

「貴方は、カイのお父さんなんでしょ?カイの事、信じてないの??」

 

 皮肉も、厭味も無い。純粋な問い……

 目の前の少女から投げかけられたその問いに、エリクは暫し口を閉ざした。

 だが、やがて口を開いたエリクの態度は、やはり変わらなかった。

 

「ゾイドに認められる。というのは、確かにパイロットとして必要な素質だ。しかし、素質のある者が皆全て優秀な隊員になれるという訳ではない。ハイドフェルド訓練生には、まだまだ足りないものが多過ぎる。取り返しのつかない失態を犯す前に、命を落とす前に、ゾイドを下りた方が良いと私は考えている。」

「じゃぁ証明してやるよ。」

「何?……」

 

 カイの鋭く短い声に、エリクが眉を顰める。

 冷たく此方を見据えている父に、カイは殺気立った様子を隠そうともせずに言い放った。

 

「ガーディアンフォースの隊員としてやっていける。って。イーグルやレン達の目に狂いは無いって、この演習で証明してやるっつってんだよ。その上から目線の態度、二度と出来ねーようにしてやっから覚悟しとけ。糞親父。」

 

 そんな捨て台詞と共に、足早にブレードイーグルの方へと歩き去るカイの背を、レンとシーナが追い駆ける。

 直後、エリクは心底呆れた……それでいて、何処か一抹の悲しさすら感じさせるような深い溜息を一つ吐くと、ルーカスへと向き直り、そっと呟いた。

 

「全く……こうなると分かっていたから、あの子をゾイドに乗せたくなかったんだ。君には昔話しただろう?カイがどういう事情の子か……」

「ええ。ですがやはり、私はあの子をガーディアンフォースへ入れて正解だったと思っていますよ。あの子を守れるのは親ではない。仲間とブレードイーグル。そして、彼自身の筈です。」

 

 確信に満ちた穏やかな笑みと共に、ルーカスはエリクを見つめる。

 そのアイスブルーの瞳には、自信に満ちた力強い光が宿っていた。

 エリクはそんなルーカスを暫し見つめた直後、独り言のようにそっと呟いた。

 

「息子だけではなく、どうやら教え子にも恵まれてはいないらしい。」

 

 愛機であるSSS(スリーエス)……ストームソーダー・ステルスタイプの元へと歩き去っていくエリクの後ろ姿に、ルーカスはふと可笑しそうに笑った。

 

「あの足早に去っていく時の後ろ姿。親子揃ってそっくりだ。」

 

   ~*~

 

「カイ。大丈夫か?」

 

 ブレードイーグルの元へ戻り、その鋼鉄の脚に額を押し付けるようにして黙り込んでいるカイに、レンがそっと訊ねる。

 しかし、カイはまだ怒りの冷めやらぬ様子の殺気立った声のまま、静かに呟いた。

 

「あぁ……けど悪ぃ。今は少しだけ1人にさせてくれ……お前らに八つ当たりしなくねぇ。」

「……わかった。落ち着いたら演習の準備しとけよ。」

 

 いつも通りの陽気な声でそう告げると、レンは心配そうな表情を浮かべているシーナを連れ、そっとブレードイーグルを後にする。

 代わりに、ジェノブレイカーとディバイソンの間で話し込んでいるエドガーとクルトの元にやって来た彼等は、すぐにエドガーとクルトに心配そうな表情を向けられた。

 

「カイの奴。完全にキレてたよな?」

 

 少しひっそりとした声で訊ねて来たエドガーに、レンは軽く頷いて見せると、悲し気な表情を浮かべる。

 

「あんなに仲の悪い親子、俺初めて見た……家族なのに、なんでお互いあんな酷い事言えるんだろ……」

「家庭の事情は人それぞれだ。いちいち干渉するな。お前の悪い癖だぞ。」

 

 諫めるようなクルトの言葉に、レンは若干不服そうな様子ながらも、また頷く。

 そんなレンを暫く眺めた後、クルトは溜息を吐いてブレードイーグルの方へ視線を移しながら呟いた。

 

「今回の合同演習。最初は様子見も兼ねて帝国軍側はマーカー弾を使用するらしい。今のカイとブレードイーグルでは、怒りに任せて辺り一帯を蜂の巣にしかねんぞ……」

「ねぇクルト。帝国軍はマーカー弾。って……私達は?」

 

 不思議そうに訊ねるシーナに、クルトは肩を竦めて見せる。

 

「俺達は最初から実弾を使用して良いそうです。荷電粒子砲以外なら。」

 

 そう言ってクルトがチラッと視線を送れば、エドガーもやはり肩を竦めて見せた。

 

「演習如きで荷電粒子砲なんか使う訳無いのに。厭味か?」

「じゃないか?まぁ、ジェノブレイカーには帝国軍も煮え湯を飲まされた経験がある。仕方が無いと言えば仕方が無い事ではあるが……」

「それはあくまで父さんのジェノブレイカーのしでかした事だ。僕じゃない。」

 

 普段は穏やかなエドガーにも、微かな苛立ちが滲む。

 それを皮切りに、レンとクルトの目にも、微かな闘志の光が燃え上がった。

 

「俺達の方が経験の少ない新人部隊だってのは事実だけど……正直こうもハンデを付けられると、ちょっとムカッ腹立つよな。」

「あぁ。あまり悪い言葉は使いたくないが……上等だ。先に喧嘩を売られた以上。倍の値で買ってやろうじゃないか。」

 

 此方も此方で空気が張り詰めて行くのを感じ、シーナは少々困った表情を浮かべる。

 その、直後だった。

 演習場の遥か彼方で、何かが一瞬“揺らめいた”のは……

 

(今の……なんなんだろう?……)

 

 陽炎にも似たその一瞬の揺らめきは、すぐに跡形も無く消え去った。

 だが、シーナはその揺らめきに言い知れぬ胸騒ぎを覚え、胸の前できゅっと両手を握りしめる。

 そしてこの後……その予感は最悪の形で的中する事になるのだった……




Pixiv版第27話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11514681


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第28話-邂逅-

 帝国の軍人さん達との合同演習が今から始まるけど……カイとカイのお父さんはさっき喧嘩してたし。レンもエドガーもクルトも、なんだかピリピリしてたし。

 おまけに、さっき見た陽炎みたいな揺らぎも……気になるし。

 今日の演習、不安だな……すごく嫌な胸騒ぎがする……

 [シーナ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第28話:邂逅]

 

 パクスフォルデ演習場にて、ガーディアンフォース対帝国軍の合同演習が幕を開けようとしていた。

 各々が愛機のコックピットに乗り込んで、準備を始める中、レンは笑顔で相棒を見上げる。

 

「さてと。俺達の相手にはルーク兄ちゃんも居る事だし。全力で行こうぜ! ゼロ!」

「ガルォン!!」

 

 気合に満ちた咆哮を上げ、ライガーゼロは急かすかのように姿勢を低くし、自らキャノピーを開いた。

 操縦席へ座ったレンが安全バーを下ろしている間に、キャノピーは勝手に閉まる。どうやらライガーゼロはこの演習が待ちきれないらしい。まるで早く遊びに行きたがっている子供のようだ。

 そんな相棒の様子に微笑まし気な笑みを浮かべた時、不意に通信回線が開かれる。

 

『レン。聞こえるか?』

「シュバルツ博士! どうかしたんですか?」

 

 きょとんとした表情で語り掛けるレンに、トーマは得意げな笑みを浮かべた。

 

『折角の演習なんだ。“ブレードゼロ”を精鋭相手に何処まで使いこなせるか試してみてくれないか?』

「え?!」

『つい先程、換装準備が完了した。一旦ホエールキングのメイン格納庫に戻って来てくれ』

「えぇ?!」

 

 驚きに目を見開いた直後、レンは少々不安げに呟く。

 

「でも博士……実弾ならまだ外しようがあるけど、ブレードは最悪手加減出来ないですよ?」

 

 だが、そんなレンに対し、トーマはふっと笑った。

 

『なぁに。遠慮は要らん。目測を誤って突っ込み過ぎても、相手の方が躱してくれるさ。それに向こうにも居るだろ? ブレード装備の厄介な相手が』

 

 その言葉に、レンはにこにこと笑っていたルーカスの姿を思い浮かべる。

 彼が今回の演習で使う機体はジークドーベル。バンの愛機である「ブレードライガー」の機体データをモデルに、帝国で開発された高速戦闘用ゾイドだ。勿論、ジークドーベルの背面にもヘルブレイザーと呼ばれるブレードが装備されている。

 ただ、横一線にブレードが展開されるブレードライガーと違い、ジークドーベルのヘルブレイザーはブレードがV型にしか開かない。一見すればリーチの短い廉価版装備のように思えるが、これはブレード展開時の空気抵抗をより抑える為の設計だ。

 おまけに中型ゾイドとしての機体の身軽さも相まって、最高速度はブレードライガーを超える。

 リーチを犠牲にスピードを取った高速格闘戦こそが、ジークドーベルの最も得意とする分野だ。

 その分、トップスピードを維持したまま相手に肉薄し、すれ違いざまの一瞬で精確に切り伏せるにはパイロットにも相当の技術が要求されるが、よりによってパイロットが高速戦闘用ゾイドを扱わせれば“無敵”と言っても過言ではないあの(・・)ルーカスである。彼が駆るジークドーベルはまさに“一迅の疾風(かぜ)”と呼ぶに相応しいだろう。

 対抗するには傍に近づけさせないか、此方も近接装備で迎え撃つかの2つに1つだ。

 

「わかりました。換装お願いします」

『了解した』

 

 トーマはそう返事をしてレンとの通信を切ると、今度は残りの4人へと通信回線を開く。

 

『お前達、よく聞いてくれ。レンのライガーゼロ-プロトを今から試作CASユニット「仮称:ブレードゼロ」に換装する。まもなく演習が始まるが、恐らく少し出遅れる形になるだろう。演習開始直後は、換装時間の確保及び、換装後のブレードゼロの出撃経路の確保に当たってくれ』

 

 やる気満々だった所に突然告げられた、開始直後の支援戦闘……しかし、エドガーとクルトは笑っていた。

 

「なるほど。この先の任務でも十分有り得る事態を、演習で実践……か。面白い。地上部隊への時間稼ぎは僕が引き受ける。クルト、レンとゼロの出撃経路の確保は任せた」

 

 何処か楽し気な様子のエドガーを乗せたジェノブレイカーが、ホエールキングの口腔ハッチへと駆け戻って行くライガーゼロとすれ違う。

 ライガーゼロが飛び込んだ後の口腔ハッチを守るように立ちはだかったディバイソンの中で、クルトも楽しそうに返事を返した。

 

「あぁ。此処は俺とテオとディバイソンに任せてもらおう。な? テオ」

[了解。ディバイソン。戦闘態勢に移行します]

 

 クルトはテオの言葉と共にコックピット上部から差し出された青いバイザーを受け取り、装着する。

 バイザーに映し出された照準を眺めながら、彼はシーナへと呼びかけた。

 

「シーナさんはヘルキャットの広域レーダーで敵機の位置情報を確認しながら、オペレートをお願いします」

『う、うん! 頑張るね!』

 

 緊張ですっかりきょどったシーナの返事に思わず和みながら、クルトは優しく囁く。

 

「緊張するとは思いますが、訓練通りに焦らず落ち着いてやれば、大丈夫ですよ」

『……うん。ありがとう』

 

 幾分安堵した様子のシーナの笑みに一瞬見惚れた後、彼は小さく首を横に振って、これから始まる演習に半ば無理矢理意識を戻し、カイにも呼びかける。

 

「カイはエドガーと一緒に時間稼ぎの方を頼む。航空部隊の足止めはお前が頼りだ」

『言われなくてもわーってるよ』

 

 まだ不機嫌な様子でそう返事を返したカイは、一足先に通信を切る。

 昂った怒りを吐き出すように長い息を一つ吐いて、彼はくしゃりを前髪を掴むように頭を抱えた。

 

「だぁぁ……最ッ低だな俺。よりによってクルトに八つ当たりとか、絶対ぇ後で何か言われるに決まってんのに……」

 

 父親と少し言葉を交わしただけでこの様だ。自分の情けなさに自分で呆れる。

 そんなカイを心配するかのように、ブレードイーグルが小さく鳴いた。

 

「クゥ?」

「悪ぃな……下らねー親子喧嘩にお前も巻き込んじまって」

「クルルッ」

 

 申し訳なさそうな様子のカイに、ブレードイーグルはふっと笑い飛ばすような短い返事を返す。

 「気にしてねーよ」と言われたような気がして、カイは思わず顔を緩ませながら目を閉じ、そっと呟いた。

 

「ありがとな。今日もよろしく頼むぜ。イーグル」

「キュルァ!」

 

 短くも力強いその返事に、カイは目を開く。

 先程まで苛立ちに荒んでいた薄紫色の瞳には、力強い光が宿っていた。

 大丈夫。

 ウィルやシドとも渡り合えるようになったのだ。

 自分とイーグルは絶対に負けない。

 例え相手が軍の精鋭だろうと、父親であろうと……

 カイは通信回線を開き直し、呼びかけた。

 

「一足先に配置に就く! 地上は頼んだ!」

『了解』

『あまり気負うなよ』

『頑張ってね。カイ』

 

 クルトのぶっきらぼうな返事も、エドガーの穏やかな笑みも、シーナの声援も、全て目と耳に焼き付けて、カイは共に空を舞う鋼鉄の翼へと呼びかけた。

 

「行こうぜ! イーグル!!」

「キュルアァァァァ!!」

 

 待ってました。と言わんばかりの高らかな鳴き声が響き渡る。

 たった1度大きく羽ばたいただけで、その巨体は驚くほど身軽に宙に浮き上がった。

 ブレードイーグルは頭上を覆う蒼天を見上げると、ソニックブースターを点火する。

 天空めがけて放たれた一本の矢のように、一直線に垂直上昇して行ったブレードイーグルの姿は、まるで地上に降臨していた空の王者が、自らの座に還って行ったかのようにすら錯覚させられた。

 

(流石、空の王者と呼ばれたゾイドだな……だが……)

 

 ブレードイーグルの圧倒的な離陸風景に感嘆の声を上げる帝国軍人達の中で、ルーカスはふと笑みを浮かべる。

 

(本当に驚くべきなのは、あれ程の性能を持つ未知のゾイドを操っているのが、訓練を受けて僅か2ヵ月にも満たない、17歳の少年だという事の方かもしれないな)

 

 ルーカスは、カイの戦闘操縦訓練の教官に抜擢されたという幼馴染2人……ウィルとシドを思い浮かべて思わず苦笑した。この短期間であれ程の成長を見せているカイを毎日のように相手取っているのだ。さぞ手を焼いているに違いない。

 そんなルーカスの想いを他所に、カイは視界を埋め尽くす一面の蒼を堪能していた。

 垂直上昇しながら時折ロールを打ち、宙返りで水平飛行に入る……今日のイーグルはいつになく機嫌が良い。自分の操縦とイーグルの意志が一体になったかのような感覚に、カイは胸を高鳴らせる。

 その様子を、先に空で配置に就いていた選抜航空部隊の隊員達も目にしていた。

 

『流石、ハイドフェルド大佐の息子さんですね。機体性能の良いゾイドほど、扱うには相当の技術が要求されるというのに……』

 

 自分の率いる第一航空大隊から選抜された、選抜航空部隊の若きアタッカー……アルト=ベルウッド中尉の言葉に、エリクは表情を陰らせる。

 正直、カイがこの短期間でこれほどブレードイーグルを扱えるようになっているとは思っていなかった……それを僅かばかり嘆きながら、エリクは微かな溜息と共に、小さく呟く。

 

「まだ……“あの子”は眠っている筈なのだがな……」

『大佐?』

「気にするな中尉。ただの独り言だ」

 

 不思議そうな声を上げたアルトにそう答え、エリクはブレードイーグルを見つめる。

 

(大丈夫だ。今ならまだ……まだ、間に合う……)

 

 胸の内で祈るように呟くエリクの前で、イーグルは演習開始の合図を待ちわびるかのように再び宙返りを打つ。

 そんなブレードイーグルの姿を見て、シーナは幾分安心したようにクスッと笑った。

 

「良かった。最初は心配だったけど、2人とも大丈夫そう。私達も頑張ろうね。キート」

「ミ゙ャァ」

 

 相槌を打つヘルキャット……キートに笑みを浮かべながら、シーナは全天候型広域3Dレーダーを起動させる。

 本来はディメトロドンやダークホーンに搭載されている全天候型3Dレーダーに改良を施し、索敵範囲を最大までアップグレードされたこのレーダーは、ヘルキャットの点検改修時にトーマが純正品から交換してくれた物だ。

 前線オペレーターとしてあらゆる状況下で正確に敵の位置を捕捉しなければならない事から、純正品の3Dレーダーでは索敵性能も索敵範囲もいささか不十分であろう。と……

 このレーダーと、ルネとの訓練のお陰で、敵の位置情報を把握し、戦闘員達に指示を出すのは随分慣れた。

 ヘルキャットのコックピット内の表示言語も一通り覚えた。

 大丈夫だ。クルトの言う通り、いつも通りにやれば……だが―

 

「え?……」

 

 ヘルキャットの広域レーダーが捉えた、演習相手である帝国軍機の機影。

 その更に後方に映し出された“無数の謎の機影”に、シーナは思わず思考が一瞬止まる。

 

「何? これ……」

 

 レーダーが障害物を誤認したのだろうか?と、彼女は顔を上げ、メインモニター越しに目を凝らす。

 しかし、目の前に控えている帝国軍の後ろには何も無い。ゾイドの姿は勿論、障害物一つすら……

 おかしい……レーダーに映し出されたこの機影は一体?……

 

『シーナ。どうかしたのか?』

 

 エドガーからの通信に、シーナは不安に駆られながら呟いた。

 

「あ、あのね! レーダーに映ってる敵の数が―」

『それではこれより! 合同演習を開始する! 両軍各機! 展開!』

 

 エリクの声に、帝国軍側のゾイド達が一斉に動き出す。

 エドガーは迫って来るセイバータイガー3機の方へジェノブレイカーを向かわせながら叫んだ。

 

『すまない! 僕はこいつらの相手で忙しくなりそうだ! レーダーの不具合ならクルトに相談してみてくれ!』

「あ、えっと……」

 

 不具合ではない。と言いかけて、シーナはそのままそっと口を噤む。

 始まってしまった演習に焦りと緊張が増し、彼女は全く動けなくなっていた。

 

(どうしよう……このままじゃ……)

「ミ゙ァァォ!」

 

 キートが注意を促す声を上げる。

 シーナがハッとしてレーダーに視線を落とせば、謎の機影達も動き出していた。

 

『シーナさん。大丈夫ですか?』

 

 シーナとキートが全く動かない事に気付いたのだろう。

 心配したクルトが通信を開いた途端、通信画面に表示されたクルトを見上げ、シーナは叫んだ。

 

「クルト! すぐ演習を中止して!! 何か来る!!」

『え――』

 

 クルトが戸惑った声を上げた直後だった。

 ガーディアンフォースと帝国軍がぶつかり合っている戦場に、無数の砲撃が放たれたのは……

 

「チッ!!」

 

 今まさに、迫り来るセイバータイガー3機と一戦交えようとしていたエドガーは、無粋な邪魔立てに思わず舌打ちを上げながら、目の前に迫っていた1機を最小限の動きで躱す。

 それと同時に、別の1機の前足をハイパーキラークローで引っ掴み、間一髪で砲撃の直撃を避けさせながら、彼は共通回線に叫んだ。

 

「各機散開しろ! 固まっていると狙い撃ちされるぞ!!」

 

 辺り一帯が着弾時の爆発音と爆風に包まれる中、両陣営のゾイドは散開しながら訳も分からずに砲撃を躱す。

 状況を把握しきれない彼らに、共通回線で今度はクルトの声が響き渡った。

 

『全機に伝達! 広域レーダーに敵影反応有り!! 直ちに演習を中止して迎撃を!!』

「敵の数と位置は?!」

 

 すかさずルーカスが訊ねれば、シーナがレーダー情報を読み上げた。

 

『敵影およそ120! 現在の位置は両軍会敵位置から西南西1800メートル地点! 尚も接近中!』

「という事は我々の背後か!」

 

 ルーカスがジークドーベルを反転させる。

 が、彼は次の瞬間、一瞬言葉を失った。

 

「これは……」

 

 周囲の軍人達も彼に倣うように後方を振り返っていたが、皆同様に言葉を失っている。

 そこに広がっていたのは、何も無い虚空から砲撃が放たれているという異様な光景……

 

(光学迷彩か……マズいな……)

 

 苦々し気な表情を浮かべながら、ルーカスは声に出さずそっと呟く。

 様子見の為に、初戦では帝国軍側はマーカー弾を使用する事になっていた為、実弾を装填しているのはガーディアンフォースのゾイド達だけだ。襲撃されている中、マーカー弾から実弾へ装填し直している暇など無い。

 近接装備で迎撃するにも、相手の姿が見えない以上、迂闊に飛び出す訳にもいかない。

 そんな帝国軍側の状況を察したのだろう。エドガーが通信越しに指示を飛ばす。

 

「シーナ! レーダー情報を全機に共有してくれ! そうすれば―」

『そんな必要ないよ』

 

 直後、エドガーの言葉を遮るようにして突如響いたのは、少女の声。

 その声に、カイとクルトは聞き覚えがあった……

 

「この声……まさか……」

 

 思わず息を呑んだカイの眼下では、少女の声を合図とするかのように砲撃が止んでいた。

 彼等の見据える先の景色が、不意に揺らぐ……

 そこに姿を現したのは、レブラプター、ダークホーン、ヘルディガンナー、ヘルキャット……その数が先程シーナが報告した機影数よりも遥かに多いのは、ステルス機であるヘルキャットがレーダーに映らないせいであろう。

 しかし、姿を現した敵の規模よりも目を引いたのは、先頭を進む3機。

 ゴジュラスに似た姿をした、怪しい緑色の光を放つ漆黒のゾイドと、高速戦闘用だと一目で分かる、真紅と銀色のゾイド……そして“誰もがその姿を知っている”ゾイドだ……

 そのゾイドの姿を見て真っ先に反応したのは……やはりエドガーであった。

 

「そんな馬鹿な……何故ジェノザウラーが……」

 

 そう。それはかつて彼の両親……レイヴンとリーゼが愛機とした物と同型のゾイド。

 死竜デスザウラーのゾイド因子を培養して生み出された魔竜……ジェノザウラーであった。

 だが、彼はすぐにその魔竜が異質である事を感じ取る。

 本来とは違う紺色の機体色もそうだが、目の前に姿を現したジェノブレイカーは明確な意思を持っていた。

 禍々しい程の狂気と、ただ全てを破壊せんとする凄まじい衝動を……

 

(信じられない……あんなゾイドを一体誰が……)

 

 ゾイドの言葉が分かるからこそ、その狂気と衝動を感じ取った彼は、思わずゾッとする。

 普通の人間ならば、到底扱い切れる筈が無い……まさに“化け物”だ。

 だが、そんな彼を嘲笑うかのように少女……否、クラウの声が響き渡った。

 

『はじめまして。って言っても、ガーディアンフォースのわんちゃんとは瓦礫街で一度会ってるけど。私はクラウ。この子は死竜デスザウラーの遺伝子を継ぐ破壊の猟魔竜(りょうまりゅう)。ヤークトジェノザウラーだよ』

「ヤークト……ジェノザウラー……」

 

 その姿を見て、その名を聞いて、この場の誰もが抱いたのは……驚愕と一つの疑問。

 プロイツェンとヒルツによってこの世に生み出されたジェノシリーズは全6機。

 そのうち1機はブレードライガーによって葬られ、リーゼの愛機であったサイコジェノザウラーは、デススティンガーの荷電粒子砲によって消滅。残る3機もイヴポリス大戦時にレイヴンの前に立ちはだかり、全て破壊されている……つまり、母体であったデスザウラーが破壊され存在しない今、現存しているのは赤いジェノブレイカーへと進化したレイヴンの乗る1機のみ。

 そして、そのジェノブレイカーから新たに特例で作られたジェノシリーズは、現在エドガーの登録機となっている青いジェノブレイカーのみの筈だ……

 目の前に姿を現したヤークトジェノザウラーは、一体誰が、どうやって生み出したというのだろう?

 

『この子も暴れたがってるし、折角だからこの子が“本物”だって証拠、見せてあげるね』

 

 クラウのその言葉にハッとした時には、ヤークトジェノザウラーは既にフットアンカーを下ろし、その身を巨大な砲身として伸ばしていた。

 実際に戦った事が無くとも、ジェノシリーズ特有のその体勢は、その場の全員を戦慄させるには十分過ぎた。

 マズい……“アレ”が来る……

 

「全機! 奴の射線上から離脱しろ!!」

 

 ルーカスの怒号にも似た声と同時に、眩いばかりの白銀の閃光が迸った。

 荷電粒子砲……この惑星Ziの地を、幾度となく焦土に変えて来た最恐最悪の破壊兵器……

 幸い、ルーカスの指示によって射線上に居た全てのゾイドが間一髪で離脱した……かに思えた。

 すぐには離脱出来ない、巨大輸送ゾイド1隻を除いて……

 

「レン!! 皆ぁ!!!」

 

 思わずカイが叫ぶ。

 そう。ヤークトジェノザウラーが荷電粒子砲を放った先に居たのは、ガーディアンフォースのホエールキング。

 勿論機内には、タイラーやトーマを始めとする乗組員達と、ユニット換装中のライガーゼロ-プロト。

 そして、レンが居た……

 もう駄目だ。直撃する……誰もがそう思い、絶望したまさにその時だった。

 放たれた白銀の閃光を遮るように、金色の光の壁が広がったのは……

 

「あれ?」

 

 思わずクラウが首を傾げる。

 Eシールドを装備したホエールキングなど聞いた事が無い。

 そもそも、通常のEシールドでは荷電粒子砲を防ぐ事など出来ない。

 唯一、荷電粒子砲を防ぎ切る事が出来るEシールド……電子振動シールドを展開出来るのは、英雄バン=フライハイトのブレードライガーのみの筈だ。と。

 ……そう。彼女は知らなかったのだ。

 ブレードライガーと同じ電子振動シールドを持つ機体が、この場に1機だけ存在した事を。

 

『旧式機だと思って舐めるなよ。コイツは対荷電粒子砲戦用の特別仕様なんだからな』

 

 白銀の閃光が止み、霧散した荷電粒子の光がチラつく中でクルトの声が響く。

 ホエールキングの前に立ちはだかり、金色の光の壁……電子振動シールドを展開していたのは、彼のディバイソンであった。

 

「……まさに間一髪……だな」

 

 安堵の溜息と共に、ルーカスがぽつりと呟く。

 クルトのディバイソンは、元々トーマの愛機だったもの。つまり、ジェノブレイカー討伐作戦の際に支給された“電子振動シールド発生装置”を搭載する機体だ。

 

(とはいえ……今回は運が良かった……)

 

 電子振動シールドを解除しながら、クルトは真剣な眼差しで、十戒のごとく分かれた味方機の先に立つヤークトジェノザウラーを見据える。

 ジェノザウラーはジェノブレイカーと違い、真正面にしか荷電粒子砲を撃つことが出来ない。

 ライガーゼロの出撃経路確保の為に控えていたのが、まさにその射線上であっただけの話だ。

 もし別の場所を狙われていれば、ディバイソンの移動速度では到底対応しきれなかっただろう。

 

『残念だったなゴースト。いや、クラウと言ったな。次は此方から反撃させてもらうぞ』

 

 ディバイソンのメインモニターと、クルトのバイザーデバイスそれぞれに照準が表示される。

 

[クルト。敵機の数が最大ロックオン数を超えています]

「構わん! 奴等を怯ませる事さえ出来ればそれで良い!」

[了解。ターゲット-ランダム。砲撃範囲-敵陣全体]

 

 瞬く間に照準がロックされ、テオの声が響いた。

 

[ターゲット:ロック]

『メガロマックス・バースト!!!』

 

 実弾砲から高出力のエネルギーキャノンに改造された17連突撃砲が火を噴く。

 空中でそれぞれの標的めがけて枝分かれしたエネルギー弾が、一斉に敵機へと降り注いだ。

 

「各機散開!」

 

 守秘回線にて部下へ指示を飛ばしたのはクラウではなく、極秘裏に開発された真紅の高速戦闘用ゾイド……デスキャットに乗るハウザーだ。

 しかし、ディバイソンの17連突撃砲を反撃の合図とするかのように、帝国軍とガーディアンフォースの両機が散開した敵機めがけて押し寄せる。

 敵機と帝国軍機がぶつかり合ったその時、ガーディアンフォース機の通信回線に待ちわびた声が響き渡った。

 

『サンキュークルト! お前のお陰で命拾いしたぜ! 後は任せてくれ!』

 

 通信画面に表示されたレンを見つめ、クルトはふっと笑う。

 

「礼なら後で良い。サッサと片付けて来いよレン。援護は任せろ」

『おう!』

 

 威勢の良い返事の直後、ホエールキングの口腔ハッチから飛び出したライガーゼロが、ディバイソンを飛び越えて前線へと一直線に駆け抜けていく。

 ライガーゼロ-プロト[試作CASユニット01-仮称:ブレードゼロ]赤を基調としたユニットを身に纏ったライガーゼロの背には、銀色に輝く2本のブレードが装備されていた。

 ブレードライガーのレーザーブレードや、ジークドーベルのヘルブレイザーとは違う両刃のブレードを展開しながら、レンは砲撃を再開した敵のダークホーンの右側を掠めるように走り抜ける。

 次の瞬間、何の前触れもなく地面へ倒れ伏したダークホーンは、右側の前後2脚が完全に切断されていた。

 

(よし。落ち着いて操作すればいけそうだ……)

 

 駆け抜けた勢いもそのままに次の標的へと駆けながら、レンは先程ダークホーンの脚を切断した右側のブレードの“角度”を元に戻す。

 無段可動ブレード……それが、このCASユニットの特徴だ。

 その最大の利点は、ブレードライガーのように機体ごとブレードを傾けずとも、切りかかる場所や間合いを自在に変えられる事。つまり、ブレードの軌道が読まれ難いのだ。

 ……しかしその分、ブレードの操作が複雑であるのが大きな欠点でもあり、レン自身も開発途中のこのユニットの扱いに、まだまだ苦労しているのだが……

 

「なるほど。面白い装備だ……」

 

 今度はレブラプターの真横から突っ込んで行き、その両脚のみを斬り飛ばしたライガーゼロの姿に、ハウザーがふと笑みを浮かべる。

 

(複雑な操作が要求されるであろう可動式のブレードで、ゾイドコアもコックピットも傷付けずに無力化する……実にあの大英雄の息子らしい戦い方だ。非情になり切れない未熟さは、優しさとは違うぞ……)

 

 次の相手は俺だ。と言うかのように、ハウザーはデスキャットで前に進み出る。

 案の定、その挑戦、受けて立つ。と言わんばかりに此方へ向かって来たライガーゼロを見据えながら、ハウザーは守秘回線で呼びかけた。

 

「ユッカ。航空部隊の相手は任せたぞ」

『了解』

 

 無機質な声で短く返答しながら、ユッカは自身の乗る漆黒の機体……デッドボーダーに搭載された主兵装である重力砲(G-カノン)と、副主兵装である150mmカノン砲を空へ向け、宙を舞う選抜航空部隊へと放つ。

 とはいえ、各部隊から選抜された精鋭達がそう簡単に被弾する訳が無い。

 彼等は的確に、砲撃を全弾躱した……筈だった。

 しかし、避けた筈の砲撃から広がった凄まじい威力の衝撃波に、ブラックレドラー数機が巻き込まれ吹き飛ばされる……その光景にカイも、エリクも、唖然と目を見開いた。

 

「なんだ……今の……」

「これだけの広範囲に広がる衝撃砲など聞いた事がない……一体何なんだ。あの主砲は……」

 

 デッドボーダーの重力砲(G-カノン)は、ウルトラザウルスが装備していた重力砲(グラヴィティカノン)とは全く原理が異なる。

 プラネタルサイト砲弾によって広範囲を重力崩壊させ、辺り一帯を圧し潰す物ではなく、高圧縮された重力波を打ち出す、いわば衝撃砲の進化版だ。地上に向けて放てば、巨大ゾイドに分類されるゴジュラスでさえ空高く吹き飛ばせるだけの威力があるが、それを彼らが知る由も無い……

 

『航空部隊各機! 奴の主砲に気を付けろ! 直撃すれば機体がバラバラになるぞ!』

 

 エリクの言葉に、カイも一瞬背筋がゾッとする。

 あれだけの衝撃波を放つ砲撃を直で喰らうなど、冗談でも笑えない。

 だが、逃げ回っているばかりでは埒が明かないのも事実だ。

 帝国軍側の遠距離兵装はマーカー弾のまま。ウイングソードやツインブレードで急降下による直接攻撃を行うにも、目には見えない衝撃波の弾幕を張られていては迂闊に突っ込む事も出来ない……

 カイは思わずギリッと悔しさに歯を食いしばる。

 今この空に居るゾイドの中で実弾が撃てるのはブレードイーグルのみだ。

 どうにかして自分が動かなければ……しかし、直撃を避けたブラックレドラーを木の葉のように吹き飛ばす程の衝撃波に阻まれているこの状態では、エネルギーバルカンを撃つ訳にはいかない。

 衝撃波に相殺され。掻き消されるならまだ良いが……もし万が一、弾かれたエネルギー弾があらぬ方向に反れた場合、最悪味方を直撃する可能性がある。

 

「キュルル!!」

「イーグル? どうした?」

 

 不意に声を上げたイーグルに、カイはメインモニターから視線を落とす。

 そこには、今まで使った事の無い機能がタッチパネルに表示されていた。

 

「衝撃探知レーダー?……お前こんな機能あったのか。」

「クルルルッ!」

 

 まるで、良いからサッサと使え!とでも言うかのように、イーグルが鋭く鳴く。

 表示された衝撃探知レーダーの文字を指で叩けば、サブモニターに表示されたレーダー画面に、広がる衝撃波がリアルタイムで赤く表示された。

 

「……なるほど。コイツは使えるな」

 

 カイがニヤッと笑う。

 目に見えない衝撃波を可視化する術があるのなら、後は此方の物だ。

 彼は衝撃探知レーダーに表示された衝撃波の隙間を縫うようにして、一気に急降下して行く。

 

『カイ!!』

 

 思わずエリクが叫ぶが、そんな彼の前でブレードイーグルは見えない筈の衝撃波を全て躱し、あっという間にデッドボーダーと距離を詰めていた。

 

「あの重力波の中を、抜けて来た?……」

 

 無機質ながら、ユッカの口調にも若干の驚きのような響きが混じる。

 目前に迫ったブレードイーグルを見上げるデッドボーダーの前で、その鋼の翼が銀色に輝いた。

 

「もらったぁぁぁぁ!!!」

 

 そのままデッドボーダーの首を断ち切るかのように思われたブレードイーグルに対し、ユッカは表情一つ変えずに、驚くべき反応速度でデッドボーダーを屈ませる。

 あと僅かという所で惜しくも狙いを外したブレードイーグルだったが、代わりにデッドボーダーの左側の重力砲(G-カノン)と150mmカノン砲が、レーザーブレードウイングによって切り裂かれ爆発した。

 だが、その爆発すら気にも留めていない様子で、間髪入れずに振り返ったデッドボーダーは、そのまま背後へと飛び去ろうとしたブレードイーグルへとニードルガンを叩き込む。

 無防備な背後からの攻撃に、カイは直角の軌道を描いて空へ舞い戻ろうとしたが、僅かに反応が遅かった。

 右のソニックブースターにニードルガンが直撃し、機体に激しい衝撃が走る。

 思わず一瞬身を強張らせたカイだったが、彼は残された左のソニックブースターと翼の羽ばたきを利用して体勢を立て直しながら叫んだ。

 

「親父!! 今だ!!」

 

 ブレードイーグルに気を取られ、デッドボーダーの対空砲火が途切れた今なら、一気に距離を詰められる。

 エリクも当然、この好機を逃すつもりは無かった。

 イーグルを振り返ったこの状態ならば、確実に首を落とせる……誰もがそう確信した。

 しかし次の瞬間、まるで死角からの気配を察知してハッとしたかのように、デッドボーダーが迫り来るストームソーダーを見上げる。

 

(マズい!)

 

 長年のゾイド乗りとしての勘が、エリクに警鐘を鳴らす。

 彼が直感した通り、デッドボーダーは大きく開いた口腔内から“何か”を発射した。

 

「くっ!!」

 

 寸前でコックピットへの直撃を避けるも、デッドボーダーが発射したそれが右翼に命中する。

 一気に機体の動きが鈍るのを感じると同時に、コックピット内に警報が鳴り響く……コンソールパネルの機体情報画面で、右翼のアイアンクローから翼中央の可動部までが損傷を示す赤色に染まっていた。

 損傷した右翼に出来るだけ負荷が掛からぬよう気を付けながら、エリクは空へと舞い戻る……その際にアイレンズ越しに目視で損傷具合を確認してみれば、アイアンクローは跡形も無く、その下に格納されていた2連装パルスレーザーガンも銃身が半分溶けて無くなった状態で剥き出しになっていた……勿論、翼中央の可動部も溶け、完全に癒着してしまっている。

 

「ゾイドの装甲を一瞬で融解させるとは……希硝酸まで装備しているのか……厄介な……」

 

 金属生命体であるゾイドを一瞬で融解させてしまう希硝酸兵器……しかし、どうも腑に落ちない。

 

(希硝酸兵器は、まだ開発段階で帝国軍機にも導入されていない新兵器の筈……それを何故、この敵が?)

 

 だが、それ以上思考を巡らせる事は叶わなかった……

 片翼が融解、癒着し、機動力の落ちたストームソーダーへ、デッドボーダーが残された右側の重力砲(G-カノン)を容赦無く放ったのだ……

 

「ッ!!」

 

 声を上げるよりも早く、身体が咄嗟に機体を操作する。

 放たれた重力砲(G-カノン)から広がる衝撃波を間一髪で避け、そのまま上昇していくストームソーダーだったが、急激な軌道の切り返しと急加速の負荷に、希硝酸によって融解した右翼が耐え切れる筈が無かった……

 次の瞬間、ストームソーダーの右翼が融解した中央可動部から真っ二つに割れ、吹き飛んで行く。

 その光景を見て言葉を失った航空隊員達とカイの目の前で、片翼を失ったストームソーダーは浮力を十分に維持出来なくなり、加速時のスピードも徐々に失われ……そして―

 

『大佐ぁぁぁぁ!!!』

 

 アルトの悲痛な声が共通回線に響き渡る。

 ストームソーダーステルスタイプがエリクを乗せたまま、下で待ち構えているあの衝撃波の弾幕へ向かって落下し始める様が、残酷な程ゆっくりと彼等の目に焼き付いた……

 その光景が、アルトの叫びが、駆け巡った思考と共にぐちゃぐちゃになってカイの心へ突き刺さる。

 

(嘘だろ?親父がやられるなんて……何やってんだよ! すぐに脱出装置を……いや駄目だ! あんな衝撃波の中へ生身で飛び出したら、間違いなく即死する! 落下するストームソーダーを空中で捕まえるなんて、体格差のあるレドラーじゃ無理だッ……イーグルでないと……くそ! ブースターさえやられてなきゃ……)

 

 そこでハッと思い至った唯一の手段は……カイを一瞬躊躇わせる……

 彼の脳裏に、瓦礫街での任務から帰還したあの日、シーナと交わした約束が過った。

 

―もう……無茶しない?……―

―あぁ―

―……約束する?―

―約束する―

 

 そう……約束した。

 シーナに。そして、彼女が約束のお守りにするね。と笑った、あのペンダントに……

 だが今は……今だけは!!

 

「ユナイトォォォォォォォ!!!!」

 

 力の限り叫んだカイの声に導かれ、ホエールキング内で待機していたユナイトが、一条の光となって飛び出す。

 ユナイトが合体した瞬間、ブレードイーグルと意識を共有したカイの視界が一気に開けた。

 見据えるのはただ一点。あの砲撃の衝撃波の中へと真っ逆さまに落ちて行く、父のストームソーダー……

 損傷したソニックブースターが急速に再生、チャージされると同時に、彼はブースターを点火して飛び出した。

 

「ぅおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「キュルアァァァァァァァァ!!!!」

 

 カイの声と、ブレードイーグルの声が一つに重なって響き渡る。

 一気に加速したブレードイーグルは、まるで巨大な弾丸のようにストームソーダーステルスタイプの元へ辿り着く……そのほんの僅か手前でブースターを切り、両の翼で急制動を掛けた時……鋼の鷲の金色の爪は、衝撃波に呑まれる寸前であった漆黒のストームソーダーの背をしっかりと捕らえていた。

 

(よし! 間に合った!)

 

 しかし、カイの表情が安堵に綻んだ次の瞬間。

 僅かに避け切れていなかった重力砲(G-カノン)の衝撃波が、ブレードイーグルを襲う……

 

「ぐぁっ?!」

 

 衝撃波が直撃したのは、丁度イーグルの左顔面……

 意識を共有しているせいで、カイは左顔面に強烈な拳を喰らったかのような痛みを味わい、思わず呻く。

 それと同時に身体全体に奔った激しい衝撃は、恐らく直撃した衝撃波のせいでコックピット内が激しく揺さぶられた為であろう事を、カイは瞬時に理解した。

 ……それでもブレードイーグルの両脚は、片翼を失ったストームソーダーをしっかりと掴んで放さない。

 

「くっ!……おい親父! 意識があるならしっかり掴まってろよ!!」

 

 そんな息子の声に、エリクは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに操縦桿を握り直しながらシートに体を深く沈める。

 再びソニックブースターを点火し、一気に戦線を離脱しながらカイは叫んだ。

 

「選抜航空隊! その黒いゴジュラスみてーな奴からすぐ離れろ! 低空飛行で地上戦闘員の援護に回れ! ハイドフェルド大佐を下ろしたらすぐ戻る!」

『了解!』

『大佐を頼みます!』

『地上部隊へ入電! 只今より航空部隊は―』

 

 口々に声を上げる航空隊員達の通信を聞きながら、一時戦線を離脱する。

 駐機場に停泊中の帝国軍のホエールキングまで戻って来たカイは、その影に隠れさせるように片翼を失った漆黒のストームソーダーをそっと降ろした。

 翼を片方失った為にバランスが上手く取れなかったのだろう。一応自らの脚で地面に立ったストームソーダーだったが、直後、崩れ落ちるように地面に倒れ伏してしまった……

 ブレードイーグルが……いや、カイがそんな父の愛機の前にそっと降り立ち、心配そうに顔を覗き込んだ時、ストームソーダーの嘴型キャノピーが微かに軋みながら開いて行く。

 シートベルトを外し地面へと飛び降りたエリクは、しっかりとした足取りで地上に降り立ち、ブレードイーグルを真っ直ぐ見上げて来た……どうやら大した怪我はしていないらしい。

 

(ったく……冷や冷やさせやがって……)

 

 そんな言葉が一瞬浮かぶも、口を突いて出たのは自分でも驚くような一言だった。

 

『親父。怪我は?』

 

 その短い言葉に、エリクが僅かに戸惑いの表情を浮かべて目を見開く。

 何処かぽかんとした様子で、彼はそっと答えた。

 

「いや、私なら無事だが……」

『そっか……よ―』

 

 良かった。と思わず言いかけて、カイはハッとした表情を浮かべると、意地を張るかのようなジトリとした眼差しで、メインモニターに映るエリクを睨み付ける。

 

(いやいやいやいや! 良かった。じゃねーだろ! 全ッ然良くねーっつの! あんだけ偉そうな事言ってやがった癖に、俺より先にやられるとか何なんだよ! ざけんなバーカ!)

 

 脳内でそんな悪態を吐きながら、彼は先程言いかけた言葉を誤魔化すかのように、エリクへ背を向けた。

 此処で暢気に父親と話し込んでいる暇など無い。

 まだ前線では、多くの軍人とガーディアンフォースの仲間が戦っている……

 

『……後は俺達に任せて、大人しくしてろよな』

 

 外部スピーカーでぶっきらぼうにそう言い残すと、カイは振り返りもせずに空へ飛び立つ。

 再び戦線へ向かうブレードイーグルを見上げるエリクは、何処か寂しげな目をしていたが……ふと、その口元に諦めが付いたかのような笑みがひっそりと浮かんだ。

 ゾイドを降りろ。と……応じないのなら、最悪この演習で叩きのめしてでも諦めさせよう。と……そう思っていたのに、どうやらレンの言う通り、カイはもう……ただの我が儘でゾイドに乗っている訳ではないらしい。

 カイは今でも自分を嫌っている。いや、憎んですらいるだろう。それは演習開始前の態度からもハッキリ断言出来る。にも拘らず、一歩間違えば共に衝撃波に呑まれていたであろうあの状況下で、一切危険を顧みずに飛び込んで来た息子の姿に「来るな。」と思う一方……僅かに胸を打たれてしまった自分も確かに居た。

 そして何より、先程のカイの言葉……

 

―親父。怪我は?―

 

 あんな無茶をしてまで助けに飛び込んで来たという事は、身を案じてくれたという事は、冷たい態度をとり続けて来た自分を、今でもかけがえのない“家族”だと想ってくれているのだろうか?……

 

(……参ったな)

 

 思えば久しく、カイに“優しい父親”として接していない。

 この戦闘が終わったら、一体どう声を掛けたものか……

 

「ハイドフェルド大佐! ご無事ですか?!」

 

 ホエールキングから駆け出して来た乗組員達を振り返ったエリクは、僅かに緩んでいた表情を引き締める。

 

「幸い無傷だ。問題無い。君達はSSS(スリーエス)の回収作業を頼む。私はホエールキングのブリッジから、引き続き選抜航空部隊の指揮にあたる」

「はっ!」

 

 走って行く乗組員達を一瞥した後、エリクもまた、ホエールキングのメインブリッジへと急ぐ。

 まだ前線に立ち、懸命に戦っている者達に報いる為にも。

 憎んでいる筈の自分を助けてくれた、たった1人の息子に礼を言う為にも。

 まずは、この突然の襲撃者達を倒さなくては……と。

 

   ~*~

 

 その頃、地上部隊はかなりの大激戦を繰り広げていた。

 近接格闘装備を持つ高速戦闘部隊のゾイド達は、ルーカスを筆頭にレブラプターやヘルディガンナー、そしてヘルキャットをも蹴散らしながら戦場を縦横無尽に駆け回る。

 光学迷彩で透明化したヘルキャットの姿を捉える事が可能となったのは、選抜地上部隊の指揮を執っていた帝国軍第二装甲師団副団長……フリッツ=ノルデン中佐の機転のお陰だった。

 

「それにしても……姿の見えないヘルキャットを、マーカー弾でマーキングしようとは……ノルデン中佐も、この土壇場でよくこんな事を思い付いたものだ」

 

 ヘルキャットをヘルブレイザーで切り伏せながら、ルーカスが独り言のように呟く。

 砲撃部隊である第二装甲師団所属のレッドホーンとダークホーンが“実戦では役に立たない”と思われたマーカー弾で、ヘルキャットをマーキングしてくれているのだ。

 通常は機体表面の傷や汚れごと姿を隠せてしまう光学迷彩だが、帝国軍の訓練用マーカー弾に使用されているペイント塗料は、光学迷彩機……すなわちヘルキャットを主力とする特殊部隊の訓練にも使用出来るよう、光の屈折操作を阻む特殊な物質が配合されている為、この塗料が付着した場所は光学迷彩で覆い隠すことが出来ない。

 お陰で、マーカー弾を受けたヘルキャットは、炸裂した塗料が独り歩きしているかのような姿で、肉眼でも確認出来る状態になりつつあった。

 ……とは言え、ヘルキャットにマーカー弾を撃ち込んでマーキングする。というこの作戦……

 確かに口で言う分には簡単だが、レーダーにも表示されないヘルキャットへ砲撃を命中させるなど、ノルデン自身もハッキリ言って不可能だと思っていた……そんな作戦が見事に成功しているのは、(ひとえ)にシーナのお陰である。

 

「シーナ君! 次のヘルキャットの居場所を!!」

『11時の方向! 距離760!!』

「了解した!!」

 

 シーナに指示された場所を、砲撃部隊が撃つ。

 何もないかのように見える場所に、また一つ。蛍光イエローの塗料の跡が浮かび上がった。

 それと同時に、再びシーナの声が響く。

 

『次! 10時の方向! 距離620! 1時の方向! 距離1070!』

「ヤンセン! ヴェイケル! 10時の方向は任せたぞ!!」

 

 部下へ指示を出しながら、ノルデンのダークホーンが1時の方向へマーカー弾を放つ。

 姿が見えない。レーダーにも映らないヘルキャットが、確かにそこに居た。

 マーカー弾の塗料を浴び、姿がバレた事に慌てふためいて逃げ出そうとしたヘルキャットに、セイバータイガーが飛び掛かり、ストライククローを振り下ろして止めを刺す。

 その様を見届けて、ノルデンは自分のダークホーンの影に身を隠しているシーナのヘルキャットを見つめた。

 

(……いくら古代ゾイド人の視力がずば抜けているとはいえ、目視だけでこれほどオペレート出来るとは……とんでもない才能だな……)

 

 そう。シーナは今“視力のみを頼りにヘルキャットの位置を特定する”という離れ業をやってのけていた。

 一番始めにヘルキャットの位置を指示されたのは、ほんの5分前の出来事……最初は半信半疑であったが、指示された場所へマーカー弾を放った直後、本当にヘルキャットが居たと分かった時は心底驚かされた。

 一体どうやって見つけ出したのかと訊ねてみれば、彼女ははにかむように微笑んでこう答えたのだ。

 

「ヘルキャットが走った時に立つ砂埃と、何もない所から飛んできたビーム砲の光で分かったの」

 

 と……

 これだけの大乱戦の中でそれを見分けられるとは……到底視力だけでは説明が付かない。

 周囲の他のゾイド達がどう動いているのか? 一瞬で戦場を奔るビーム砲をどの機体が放ったのか?……それが把握出来ていなければ、舞い上がる砂ぼこりや飛び交うビーム砲に違和感を抱く事など不可能だ。

 更に驚くべきなのは、その僅かな視覚情報だけで敵の位置を正確にオペレートしている事である。

 立ち止まって砲撃を行っているヘルキャットならばともかく、移動しているヘルキャットの位置まで……

 

(走行時に立てる砂埃を頼りに、ヘルキャットの移動先を先読みしている……それも、自分が指示を出し、我々が指示された方角へ狙いを定め、砲撃を行うまでのタイムラグをほぼ正確に差し引いた上で……ベテランオペレーターでも、こんな指示が出せる者はそうそう居まい……)

 

 これでまだ訓練生だというのだから、なんと末恐ろしい子だろうか?と、ノルデンは舌を巻く。

 そして同時に、そんな逸材が味方に付いている事を実に頼もしく思った。

 ……いや、そもそもこの場の味方達は誰もが皆、何かしら光る物を秘めた逸材ばかりだ。

 不規則に後方から飛んで来る援護射撃……大質量のエネルギー弾である事から、恐らくディバイソンの17連突撃砲であろう。クルト自身の腕前なのか、それとも搭載しているというAIのお陰なのか、はたまたその両方か……繰り出される援護射撃はどれも絶妙のタイミングで、味方の死角から襲い掛かろうとしている敵を確実に牽制し、此方の攻勢維持に一役買っている。

 その援護射撃とヘルキャットへのマーキングというお膳立てを受け、帝国軍の高速戦闘部隊は皆、鬼神の如き戦いぶりを見せていた。特に、ルーカスのジークドーベルは一際目を引く。戦場を駆ける一迅の疾風(かぜ)は、たった1機で敵の小型ゾイド達を全て撃破してしまうのでは? という勢いで戦果を上げていた。

 地上部隊の援護に回った航空部隊のブラックレドラー達も、指揮官であったエリクが撃墜されたというのに、士気が下がっている様子は一切無い。中でも変わった戦い方をしている1機……その機体側面に描かれたP2という識別番号はアルトの物だ。

 彼はツインブレードによる直接攻撃のみならず、飛行ゾイドならではの圧倒的なスピードを巧みに利用し、ソニックブームを起こして敵の小型ゾイドを蹴散らしている。

 地を這うような超低空飛行で音速を超えるなど、並大抵のパイロットならばまず間違いなく真似しようとすら思わない芸当だが、彼は“音速の鐘(ソニック-ベル)”というあだ名を付けられるほどのスピード狂。音速戦闘における操縦技術は、帝国空軍内屈指と言って間違いない。

 彼等の活躍によって、ガーディアンフォース部隊は敵主力機と一対一の勝負に集中する事が出来ていた。

 

「このぉ! ちょこまかと鬱陶しい!!」

 

 エドガーとジェノブレイカーに苦戦を強いられ、クラウが苛立った声を上げる。

 ガーディアンフォースの青いジェノブレイカーは「荷電粒子砲発射後、放熱が完了するまでの間、機体性能を強制的に40%ダウンさせるリミッターを組み込む事」という条件と引き換えに、特例で作られたもの。

 ただでさえオリジナルのジェノブレイカーよりも性能が劣るクローン機であるというのに、そこに更にリミッターを架していると言うのだから、大した事は無いだろう。と彼女は思っていた。

 パイロットであるエドガーが、現代人と古代ゾイド人のハーフという“半端者”である事も、彼を見くびる要因の一つとなっていた。

 だが彼は、レイヴンから受け継いだ操縦センスと、リーゼから受け継いだゾイドに対する高い適正を持ち合わせていながら、その才能に甘んずることなく訓練によって腕を磨いて来た実力者……ヤークトジェノザウラーを以ってしても、慢心していたクラウが彼に勝てる訳が無い。

 

「どんなに凶暴なイレギュラー個体であっても、基本的な弱点は通常のジェノザウラーと大して変わらない。か……」

 

 独り言のように呟くその声は、真剣ながらも余裕が垣間見える。

 ジェノザウラーは荷電粒子砲を放つ際、必ずフットアンカーで機体を地面に固定する必要がある……ならば、話は簡単だ。要はフットアンカーを下ろす隙を与えなければ良い。

 オリジナルにはいささか劣る性能ではあるが、自分の相棒もれっきとしたジェノブレイカーだ。機動力もパワーも此方が優れている。そして何より、荷電粒子砲にリミッターが架せられているからこそ、エドガーは格闘主体の近接戦闘を得意としていた。

 ヤークトがハイパーキラークローを放つ。恐らく捉えて放電し、此方が動きを鈍らせた隙に荷電粒子砲の発射体勢を取ろうというのだろうが……

 

(甘いな。魂胆が見え見えだ)

 

 飛んで来たハイパーキラークローを尾で弾き飛ばすと同時に、ウイングスラスターを点火する。尾を振り抜いた際の遠心力に、スラスターの推進力を加え急加速した一回転によって、その尾が今度はヤークトの右顔面を容赦なく撃ちすえ、吹き飛ばした。

 

『きゃぁっ?!』

 

 悲鳴と共に地面へ転がったヤークトの首を踏みつけて、エドガーは薄く笑った。

 

『随分強そうな機体に乗っているのに、乗り手が三流じゃ意味がないな』

 

 わざと挑発するように外部スピーカーで呼びかければ、案の定クラウは激昂する。

 

『三流?! 冗談じゃない!! お前みたいな古代人もどきにそんな事言われる筋合いないもん!!』

 

 怒鳴り声と共に、ヤークトのパルスレーザーライフルがジェノブレイカーへ突き付けられるが、エドガーは慌てる様子も無く、展開していたエクスブレイカーでパルスレーザーライフルの接続ジョイントを切断する。その衝撃にコックピット内は大きく揺さぶられ、クラウは思わず両手で頭を庇うようにコックピットで縮こまった。

 

『大人しく投降しろ。女の子をいじめるのはあまり趣味じゃない』

『どの口で言ってんの?! バカスカ殴って来た癖に!!』

『……まだ1回しか殴っていない筈なんだけどな……』

『人を足蹴にして言う台詞じゃない!!』

 

 首を踏みつけられたままジタバタと激しく暴れ出すヤークトを、エドガーとジェノブレイカーがいささか呆れたように見つめる。

 瓦礫街での報告で、クラウと名乗った少女の年齢は推定15~16歳であろうとの話だったが……精神年齢的にはまだまだ子供のように感じた。

 そしてこのヤークトジェノザウラーも、恐らくこの世に生まれ落ちてまだそれ程経ってはいないのだろう。確かにゾッとするような禍々しい破壊衝動を持つ個体だが「放せ! 放せ! 俺はまだ暴れ足りない! 足りないんだ!!」と喚くその姿は、まだ遊びたいと駄々を捏ねる子供そのもの……

 

(こんな子供を戦わせて、一体何がしたいんだ……こいつ等は……)

 

 エドガーは思わず表情を曇らせる。

 自分の母親であるリーゼは、幼い頃、共和国軍の研究所に囚われていた。

 希望を見出す事も出来ず、人間への憎しみを募らせるばかりの日々……そんな母を自由の身にしてくれたのがヒルツであったと聞いている。それが、ダークカイザーの部下となるきっかけだった。と……

 もしかしたらこの少女も、自分の母親と同じような道を辿った末に、こうして此処にいるのだろうか?……

 だとしたら―

 

『エドガー!! 避けて!!』

 

 突然響いたシーナからの通信に、エドガーは咄嗟にジェノブレイカーを後退させる。

 デッドボーダーのレーザー砲から連射されたレーザーが、先程まで自分達の居た場所に着弾し、地面を抉った。

 

『もぉ!! 援護遅い!!!』

『そうか。以後気を付ける』

 

 クラウの怒鳴り声に外部スピーカーで返事を返した、デッドボーダーのパイロットの声……

 その声は無機質ながら“とある少年”の声に酷く似ていた。

 

「えっ……」

「グゥゥゥ?」

 

 思わず声を上げたのは……シーナだ。

 呆然とした表情でデッドボーダーを見つめる彼女に、キートが心配するような鳴き声を上げる。

 

『なぁ、今の声……聞き間違いじゃないよな?』

『あぁ。僕も一瞬驚いた……』

 

 ガーディアンフォース機の通信回線でクルトとエドガーが言葉を交わせば、1人の少年がシーナへ語り掛けた。

 ……先程響いたデッドボーダーのパイロットと、同じ声で……

 

『……シーナ。まさかあのゾイドに乗ってる奴って……』

「……」

『シーナ? シーナ! おい、聞こえてるか??』

 

 通信画面に表示された“同じ顔”が“同じ声”で自分を呼んでいる。

 あの黒いゾイドに乗っているかもしれない、自分の……双子の兄と……

 

(そこに……居るの?……なんで、私達と戦ってるの?……ねぇ、なんで?……)

 

 ただただ頭の中を埋め尽くしていく混乱の中に、次々と沸き上がる疑問。

 そこに、止めのようなクラウの一声が響き渡った。

 

『まぁいっか。戻って来た守護鷲の相手よろしくね。アレックス』

 

 その名を聞いた瞬間。見開かれた鶯色の大きな瞳に、絶望の色が広がった……

 

   ~*~

 

「畜生ぉ……強いな。まるで父ちゃんやルーク兄ちゃんと戦ってるみたいだ」

「ガルルルルルッ」

 

 レンはライガーゼロのコックピット内で疲れ切った荒い息をしながら、必死にブレードと機体を操作していた。

 勝負を挑んで来た謎の高速戦闘用ゾイド……デスキャットの強さは圧倒的であった。

 電磁牙と電磁クロー、2連衝撃砲……完全に近接戦用の装備しか持っていないデスキャットに対し、自分も近接格闘戦用をコンセプトに開発されたブレードゼロユニットで戦っている。まだ試作段階のこのユニットを完全に扱い切れていないとはいえ、自分の最も得意とする近接戦闘において、ここまで全く歯が立たないのは……バンとルーカス以外では初めての事であった。

 仲間の通信に加わる余裕すら無いまま、彼は前脚の電磁クローを振り上げたデスキャットへ切りかかる。

 しかし、振り上げていた電磁クローはわざと隙を見せる為のブラフ……迫り来るブレードをあっさりと躱したデスキャットは、すかざず2連衝撃砲でライガーゼロを吹き飛ばした。

 

「うわぁぁっ?!」

 

 地面を転がるライガーゼロは、レンの操縦ではなく自らの意志で四肢の爪を地面に立て、姿勢を立て直す。

 姿勢を低くしたまま、威嚇するかのような声を発する白獅子を眺め、ハウザーはそっと呟いた。

 

「10代の少年にしてはよく持ち堪えている方だが……まだまだ未熟だな」

 

 確かにあの可動ブレードは少々厄介だが、パイロットがまだあの装備を十分使いこなせていない事を、彼は戦いながらすぐに見抜いていた。

 機体の動きとブレードの動きを連動させない事で、太刀筋を読ませない……恐らくそれがあのブレードの一番の長所であろう。にも拘わらず、余裕が無くなれば無くなるほどブレードの軌道変更が疎かになって来ている。これではブレードが可動式になっている意味が無い。

 

「そろそろ時間か……これで決めさせてもらおう」

 

 デスキャットが駆けだす。

 地を一蹴りしただけで一気に加速したデスキャットに、疲れ切ったレンの反応が僅かに遅れた。

 

(ブースターも無しに、この短距離で急加速するなんて……マズい! 間に合わ―)

 

 咄嗟に回避行動を取ろうと頭を下げるライガーゼロだったが、まるでそうする事を読んでいたかのように、飛び掛かったデスキャットの電磁クローが振り下ろされる。

 伏せかけていたライガーゼロの頭を、思いっ切り地面へ叩きつけた強烈な一撃は、頭頂部のヘッドーフォークフィンをバラバラに破壊し、ライガーゼロのみならず、レンにも多大なダメージを与えた。

 そう。何故ならライガーゼロも、他のライガー系ゾイド達と同じ頭部コックピット式……その頭部へ直接攻撃を受けたのだ。電磁クローが振り下ろされた際の衝撃と、地面へ叩きつけられた際の衝撃。そしてその有り余る勢いのせいで地面でバウンドした頭が、再び地面にぶつかった際の衝撃……いくら安全バーによって体が固定されていても、3度に亘る激しい衝撃は、容赦無くダイレクトにレンを嬲る。

 

「がっ?! ぁ……」

 

 こめかみをサイドパネルに激しく打ち付け、意識を飛ばしてしまったレン……それと同時に、ライガーゼロ自身も沈黙してしまった。再起動を促す電子音だけが単調に響くコックピット内、メインコンソールに表示されているのは「SYSTEM FREEZE」の文字。

 しかし通信回線はまだ生きているらしく、ぐったりと力の抜けたレンの姿は仲間達の通信画面に映っていた。そのこめかみから伝う赤も、ハッキリと……

 

「レン?……」

 

 信じられないといった表情を浮かべたエドガーの顔が、ゆっくりと青ざめて行く……

 彼にとってレンは幼馴染であり、親友であり、そしてライバルでもある。そんなレンがここまで手酷くやられた姿など、今まで見た事が無かった。

 

「レン……なぁ、レン! しっかりしろ!! 応答してくれ!!」

『余所見してて良いの?』

「ッ?! しまっ―」

 

 クラウの声と共に、ヤークトのハイパーキラークローがジェノブレイカーの首を捕らえる。

 先程まで一方的にやられていた恨みを晴らすかのように、最大出力の放電がジェノブレイカーを包んだ。

 

『うあぁぁぁぁぁぁぁ!!』

『エドぉ!!』

 

 響き渡ったエドガーの苦悶の絶叫に、クルトが声を上げる。

 すかさずヤークトへ砲撃しようとした彼であったが、直後、バイザーデバイスに表示された機影に気付き、彼は僅かに狙いを逸らす。

 放たれた3発のエネルギー弾がヤークトの周囲に着弾し、派手な土煙を巻き上げた。

 

『下手っぴ。何処狙ってんの??』

『余所見をしていて良いのかな?』

『え?……』

 

 外れた砲撃をせせら笑ったのも束の間。

 先程の自分を真似るかのような声に、クラウが声のした方向を向く。

 そこから巻き上げられた土煙に紛れて飛び込んで来たのは……

 

『ジークドーベル?! いつの間にッ……』

 

 驚愕の声を上げたクラウの目の前で、ジークドーベルのヘルブレイザーが、放電攻撃を続けているハイパーキラークローのワイヤーを切断する。

 慌てて後退したヤークトを睨み付けながら、ルーカスとジークドーベルが地面に崩れ落ちたジェノブレイカーを守るように立ちはだかった。

 

「エド、まだ動けるか?」

『意地……でも……動くッ……このままじゃレンが……皆がッ……』

 

 地面に崩れ落ちたジェノブレイカーを起き上がらせようと、操縦レバーを引くエドガーだったが……先程の放電攻撃によって痺れた身体は全くと言っていい程言う事を聞かない。僅かに起き上がりかけたジェノブレイカーは、すぐにまた地面へと崩れ落ちた。

 そんなエドガーを宥め、安心させてやるかのように、ルーカスは優しく囁く。

 

「すまん。野暮な質問だったな……無理するな。後は俺達に任せて休んでろ」

『……わかった……ごめん。ルーク兄さん……』

 

 動きたくても動けない悔しさに肩を震わせるエドガーに、ルーカスも表情を曇らせる。

 あれだけの放電攻撃を喰らったのだ。普通ならば意識が飛んでいてもおかしくは無いのに……恐らく気力だけで必死に意識を保っているのだろう。

 ルーカスは後方支援に徹している従弟へ呼びかけた。

 

「クルト! レンとエドを守ってやってくれ! ヤークトジェノザウラーとやらは俺が引き受ける!」

『無茶ですシュバルツ少佐! 先程の攻撃時に貴方だってッ―』

 

 自分を制止しようとするクルトに、ルーカスはふっと笑った。

 

「なに。俺達は機体と身体に電流がほんの一瞬通っただけだ。問題無い」

 

 ルーカスが相棒を駆ってヤークトへ切りかかる。

 クルトの言う通り、通電しているハイパーキラークローのワイヤーを切断したあの瞬間、自分とジークドーベルも感電はした。鈍い痛みを伴う微かな痺れが操縦を妨げているのは確かだ。

 だが、その程度の事を気に留めている余裕など無い。誰かが絶え間なくヤークトの荷電粒子砲発射を阻止していなければ、甚大な被害を受けるのは必至なのだから。

 そんな中、ハウザーはデスキャットでライガーゼロの頭をおもむろに踏みつけた。

 

(未熟なパイロットではあるが、危険な芽は早く摘んでおかなければな……)

 

 踏みつけた脚に力を入れれば、ライガーゼロの頭がミシミシと嫌な音を立てる。

 共和国ゾイドの全面ガラス式のキャノピーと違い、帝国ゾイドのような装甲キャノピーである為、そう簡単には壊れそうにないが、システムがフリーズし身動きの取れない今ならば……

 

「野郎ッ……コックピットごと踏み潰す気か! させるかよ!!」

 

 カイがすかさず援護へ向かおうとするが、その行く手をデッドボーダーの重力砲(G-カノン)が阻む。

 

『お前の相手は俺だ』

「チッ!!」

 

 感情の無いその無機質な声が……自分と瓜二つのその声が、カイの神経を逆撫でる。

 アレックスの事はシーナからチラッと聞かされた程度でしか知らないが、それでも、デッドボーダーのパイロットがアレックスだとは思えなかった。思いたくなかった。

 カイとアレックスはよく似てる。シーナはそう言った……だから余計にでも苛立ってしまうのだろう。淡々と機械のようにゾイドを操縦する奴と自分が似ているだなどと、認めたくなかった。

 

『邪魔してんじゃねぇ!!』

 

 身を翻し、デッドボーダーへ向き直ったカイは、コックピットごと蜂の巣にする事すら厭わぬ勢いで、エネルギーバルカンを容赦無く撃ち込む。

 避ける間も無く頭に無数のエネルギー弾を浴びたデッドボーダーだが、レーダーシールドに守られた頭部はその程度では大したダメージなど通らない……しかし……

 

「ん?……」

 

 突然パワーダウンしたデッドボーダーに、ユッカがコンソールパネルの機体情報画面へ視線を落とす。

 後頭部に接続されているエネルギー循環用のフェルチューブに穴が開き、エネルギー漏れを起こしていた。

 デッドボーダーから漏れ出したエネルギーが、まるで緑色のオーラのようにゆらゆらと湧き上がる……その様を見たクラウは不機嫌な表情で呟いた。

 

「あーあ。もうやられてる……」

 

 デッドボーダーにとって、エネルギー循環パイプであるフェルチューブは最大の弱点だ。漏れ出たエネルギーがああして目に見えるという事は、相当量のエネルギーが駄々漏れになっているだろう。

 

(ま。そろそろ迎えも来る頃だし、別に良っか。怒られるのはクラウじゃなくてユッカだもん。知ーらない)

 

 我関せずを決め込んだクラウとヤークトジェノザウラーの頭上を、ブレードイーグルが飛び越して行く。

 レンの元へ向かうカイの目の前では、ライガーゼロの頭を踏み潰そうとしていたデスキャットが、ディバイソンからの援護砲撃を躱して横に飛び出した所であった。

 

「っらぁぁぁぁ!!」

 

 ソニックブースターで一気に加速したカイは、ストライククローを発動させた両脚の爪で、デスキャットに強烈なドロップキックをお見舞いする。

 いくら優秀なパイロットであるハウザーも、音速で飛んで来たその蹴りには流石に反応出来なかった。蹴り飛ばされたデスキャットはそのままふっ飛ばされ、派手に地面を転がった。

 ……しかし、後先考えずにそんな事をしたカイも、勿論無事ではない。

 イーグルの機体の大きさで、地上に居るゾイドに真横からドロップキックなど入れようものなら、当然翼が地面に接触してしまう……デスキャットをふっ飛ばすと同時に、翼を地に持っていかれるようにしてイーグルも無様に地面を転げる破目になった。

 

「くっ……なんて無茶苦茶な……」

 

 思わずそうぼやきながら、ハウザーはデスキャットを起こす。

 直後、間髪を入れずに飛んで来た衝撃砲をギリギリで躱して振り返れば、同じように起き上がったブレードイーグルがフリーズしているライガーゼロを背後に庇う形で立ち塞がり、衝撃砲で此方を攻撃していた。

 

「……なるほど。あくまで仲間を護る事が目的か。深追いする気がないのなら此方も動き易い」

 

 丁度迎えも到着した事だ……今回は此処で一旦幕引きとしよう。と、ハウザーは空を見上げる。

 ヒドゥンの能力によって姿の見えない状態のホエールキングが、音だけを響かせながら降下して来ていた。

 

『ガーディアンフォース。並びに帝国軍に告げる』

 

 頑なに外部スピーカーを使用しなかったハウザーが、やっと口を開く。

 変声器によって変換された別人のような自分の声を聞きながら、彼は言葉を続けた。

 

『残念ながらタイムオーバーだ。今回の勝負は、互いに痛み分けという事にしておこう。我々の名は“幻影騎兵連隊(ファントムリッター)”またいずれ、諸君らと会い見える時が必ず来るだろう。我々は常に、その時を心待ちにしている』

 

 そう言い残し、デスキャットが、デッドボーダーが、ヤークトジェノザウラーが……掻き消える。

 誰もがその光景に唖然とする中、最初に口を開いたのはノルデン中佐だった。

 

「シーナ君。レーダーに反応は?」

『ううん……何も映ってない』

「……そうか」

 

 ノルデン中佐は静かにそう呟くと、長い溜息と共に警戒を解く。

 他の帝国軍人達も、そして、ガーディアンフォースの面々も、誰もが皆、嵐が通り過ぎた後のような演習場を見渡し、先程までの戦いを思い返していた。

 

幻影騎兵連隊(ファントムリッター)……か……」

 

 ホエールキングのブリッジで途中から航空部隊の指揮にあたっていたエリクが、そっとその名を復唱する。

 突如として現れ、姿を消した謎の敵……その正体や目的は勿論だが、彼が最も怪しんでいるのは、敵側のパイロットただ1人であった。

 

(アレックスと呼ばれた、あの黒いゾイドのパイロット……奴は一体何者だったんだ?)

 

 考えこみながらも、エリクはそっとホエールキングのメインモニターを見上げる。

 そこには、ブレードイーグルから降り立ち、ライガーゼロへ駆け寄るカイの姿が映し出されていた。

 鮮やかな紫色の瞳は、真剣に……そして何処か悲し気に、息子の姿を見つめる。

 

(カイ……シーナ……どうか―)

 

 祈るようにそっと目を閉じた後、再び目を見開いた彼は乗組員達に指示を出す。

 

「被害状況の把握及び報告は後で良い。ガーディアンフォースと共に負傷者とゾイドの収容を急げ。医療班各員。並びに整備隊員は直ちに準備を整えろ」

「了解」

「此方ブリッジ。敵機の撤退を確認。整備隊機体回収班は医療班員と共に直ちに出動」

「此方。帝国軍第一航空大隊所属、選抜航空部隊輸送班。ガーディアンフォース、応答願います―」

 

 一気に慌ただしくなっていくブリッジに響く、無数の声……

 それを聞くともなく聞きながら、エリクは誰にも気付かれないような溜息を一つ吐く。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)による突然の襲撃……その戦闘は、僅か2時間にも満たぬ出来事であった。




Pixiv版第28話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11613978


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第29話-幻影の爪痕-

 ガーディアンフォースとの合同演習開始直後……突如として現れた謎の襲撃者「幻影騎兵連隊(ファントムリッター)

 退ける事には成功した。と言いたい所だが、どうやらあちらには時間の制約があったらしい。

 此方も手痛い被害が出ていた手前、あのまま戦闘が長引いていれば……

 いや、今は状況把握を急いだ方が良いな。

 [エリク=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第29話:幻影の爪痕]

 

 突如として幕を開けた“幻影騎兵連隊(ファントムリッター)”との戦闘は、相手の退却という形で驚くほど呆気なく幕を閉じた。

 戦闘終了後、帝国軍およびガーディアンフォースは負傷者の搬送と損傷ゾイドの回収作業に追われる事となり、被害状況の報告が上がって来る頃には、先程の戦闘よりも長い時間が経過していた。

 

「負傷隊員13名。中破ゾイド8機。小破ゾイド17機か。奇襲であったとはいえ、これほどの被害が出るとはな……」

 

 戦闘時間、僅か108分……2時間にも満たなかった戦闘で、全体のおよそ3分の1にあたる隊員が負傷。約半数のゾイドが損傷という結果に終わってしまった事を、誰もが重く見ていた。

 部下から受け取った被害状況の簡易報告書に目を通しながら、エリクは眉根に皺を寄せる。

 そんなエリクの隣で、ノルデンが腕を組みながら戦場を見渡し、顔をしかめた。

 

「今回の襲撃で、我々選抜精鋭部隊も、ガーディアンフォースも、盛大に顔に泥を塗られたな。」

「あぁ。死者が出なかったのが不幸中の幸いだが……正直、気休めにもならん。好き勝手に暴れ回られた挙句、まんまと奴等を取り逃がした上、半数近い被害を出してしまった……マスコミがさぞ喜んで報道する事だろう。精鋭部隊の名が聞いて呆れる。とな。」

 

 揃って溜息を吐いた2人だったが、不意にノルデンがエリクにそっと顔を寄せ、小声で呟いた。

 

「なぁ、エリク。今回の襲撃、随分と腑に落ちんと思わんか?演習地や演習内容については、関係者にしか通達されていなかった筈だろう?……」

「あぁ。一体どうやってこの場所を嗅ぎつけたのやら……」

 

 そう。そもそも関係者以外、この合同演習がパクスフォルデで行われる事を知っていた者はいない筈。

 つまり、こうして襲撃を受けた事そのものが、まず以て有り得ない事であった。

 

「軍内部に内通者が居るであろう事は容易に想像が付くが……一体誰が、何の為にこんな事を……」

「それを考えるのは後で良い。今は目の前の仕事に励むとしよう。負傷者と損傷ゾイドの収容は完了したが、やるべき事は、まだ山のように残っているのだからな。」

 

 淡々とそう語るエリクに、ノルデンはやれやれと言った様子で首を軽く左右に振ると、話題を変えるかのように不意に口を開いた。

 

「それにしても……ガーディアンフォースの隊員達には、本当に頭が上がらんよ……我々が初戦でマーカー弾を使用する予定であったが為に、敵主力機との戦闘を任せきりにしてしまった。その結果、まだ16~17の少年3人の方が、負傷した軍人達よりも重傷とはな……特にあのライガーゼロのパイロット……まだ意識が戻らんそうだ……」

 

 腕を組んだまま、ノルデンはそう呟いてガーディアンフォースのホエールキングを振り返る。

 負傷した前衛隊員……レン、エドガーの2人が、現在その医務室で治療を受けているとの事だった。

 

「本来ならば……大人である我々が、子供達を守って然るべき立場であるというのに、情けない限りだ。特に私は、そのお陰でこうして五体満足に生き延びてしまった手前、尚更な……」

 

 悲し気な笑みと共に再び報告書へ視線を落としたエリクに、ノルデンは呆れ交じりの苦笑を浮かべる。

 

「なんだ?まるであのまま死んだ方がマシだった。とでも言いたげだな?」

「まさか。あの子のお陰で、面倒な後始末にこうして精を出していられるんだ。感謝しているとも。」

「相変わらず素直じゃないな。いい加減、認めてやったらどうなんだ?」

 

 苦笑を浮かべるノルデンに、エリクはじとりとした視線を向けて呟いた。

 

「それとこれとは話が別だ。あの子がゾイドに乗る事を許す理由にはならん。」

「やれやれ。何をそこまで頑なになっているのやら……」

 

 肩を竦めて見せた後、ノルデンはホエールキングの隣で羽を休めているブレードイーグルを眺める。

 レドラーを吹き飛ばすほどの衝撃波を喰らった上、敵機への攻撃の際、派手に地面を転げ回ったというのに、鋼の鷲は傷だらけの状態でありながらも驚くほど頑丈であった。

 戦闘終了後、システムフリーズを起こしたライガーゼロとジェノブレイカーをしっかりとホエールキングまで運んだブレードイーグルは、まるで損傷した2機に場所を譲るかのように格納庫へ入ろうとせず、ああして外に佇んでいる。それがパイロットの意志でなく、ブレードイーグル自身の意志だと聞いた時は驚いた。

 そして、そんな自我の強いゾイドをあれほど自在に乗りこなし、見事エリクを救ったカイもまた、自分よりレンとエドガーの手当てを優先するよう頼み、相棒の爪に腰かけて順番が回って来るのを大人しく待っている。

 パイロットと愛機は似るものなのかもしれない。傷だらけのまま揃って休んでいるその姿は、任務外でも常に人機一体であるかのようだった。

 

「戦闘の合間に視界の端で目にしただけだったが、パイロットとしての素質は申し分無いだろう。あの年頃だった当時のお前も十分優秀なパイロットだったが、あの子の才能はそれ以上だ。」

「お前まであの子を英雄扱いしているのか?言っておくが、勇気と無謀は全くの別物だぞ。」

 

 エリクは呆れた視線をノルデンへ向ける。

 家出少年だったという経緯から「ハイドフェルド大佐が手を焼くほどの不良息子」と思われていたカイだが、その実力と人柄を目の当たりにした今、帝国軍人達は彼をちょっとした英雄のように称賛していた。

 そしてノルデンも、どうやらその1人らしい。

 

「成功すれば勇気と称賛され、失敗すれば無謀と罵られるだけの事だ。実際の所、それに至るきっかけ自体に差異は無い。根本は同じさ。考えるより先に体が動くなんてのは、俺達だって何度も経験して来た事だろう?」

「勝算も無しに飛び出すのが無謀。勝算があって飛び出すのが勇気だ。一緒にするな。」

 

 不機嫌な様子のエリクに向かって、ノルデンは笑みを浮かべたまま意地悪く呟く。

 

「勝算があるか無いかで飛び出すのを悩んでいたら、お前は今頃、此処に居なかったんじゃないか?」

「……どうあっても、あの子を英雄扱いしたいのはよく分かった。」

「そりゃ士官学校以来の大親友を助けてくれた恩人だからな。感謝もするさ。だがどうやら、一番彼に感謝しているのは俺でもお前でもなく、音速の鐘(ソニック-ベル)の方らしい。」

 

 ノルデンがくいっと顎でブレードイーグルとカイの居る方向を指す。

 促されるままエリクが視線を向けた先では、アルトがカイの方へ駆け寄って行くところであった。

 その姿を何処か羨ましそうな眼差しで眺めているエリクに、ノルデンがそっと囁く。

 

「お前も行って来たらどうだ?ほんの5分10分くらい、誰も文句は言わんだろう。」

「……いや。仕事が終わってからで良い……」

「お前なぁ……いくらクソ真面目なのが取り柄だからって、そりゃあんまりじゃないか?」

 

 親友の小言を聞きながら、もう既に何度も目を通している報告書に視線を落とし、彼はふと暗い声で呟いた。

 

「……わからないんだ。どんな顔をしてあの子に会えば良いのか……」

 

 その声音はまるで途方に暮れた子供のようで、ノルデンは咽まで出掛かっていた小言の続きを溜息に変える。

 昔から真面目な反面、人付き合いに不器用な奴ではあったが……

 

「……お前ら親子を仲良くさせるのは、ヘルキャットにマーカー弾を当てるより難儀だな。」

「言うな。」

 

 エリクの小さな声に、ノルデンは肩を竦めて見せるだけだった。

 

   ~*~

 

「お~い!訓練生!」

「……あ?」

 

 聞き慣れぬ声に、カイは酷く面倒臭そうな声を上げる。

 気怠げに顔を上げれば、此方に駆け寄って来る若い軍人が1人。軍服の型と階級章から察するに、恐らく中尉だろう。濃い翡翠色の髪が印象的ではあるが、カイにとっては特に面識のある顔では無い。

 戦闘の疲れと傷の痛み、そして自分よりも重傷であったレンとエドガーに対する心配で悶々としていた彼は、表面上を取り繕う事すら億劫で、ぶっきらぼうに訊ねた。

 

「誰だあんた。」

「俺はアルト=ベルウッド。ハイドフェルド大佐の第一航空大隊に所属してる。」

「あぁ、親父んとこの……」

 

 ベルウッドという名はカイも耳にした事があった。

 「音速の鐘(ソニック-ベル)」という異名を持つ帝国空軍屈指のスピード狂……まぁ、そのあまりのスピード狂具合に、部下を置いてけぼりにして単身突っ込んでしまう事から、なかなか昇進出来ない問題中尉でもあるらしいが……飛行ゾイドの操縦技術だけならばトップクラスであると言われている軍人だ。

 

(まぁ、俺には関係ねーけど……)

 

 どうでも良いと思いながら、カイはふいっと視線を逸らす。

 その際、左頬に押し当てていた保冷剤がずれて(あらわ)になった青痣に、アルトが心配そうな声を上げた。

 

「うっわ。お前も随分派手にやられてんなぁ……大丈夫か?それ。」

 

 ブレードイーグルとの意識共有中、衝撃波を顔に喰らってしまった為に出来た青痣は、まるで殴り合いの喧嘩でもして来たかのようだ。

 カイは青痣を隠すように保冷剤を頬へ当て直し、溜息を吐く。

 

「見た目は派手だけど、大した事ねーよ。他の怪我も擦り傷ばっかだし。」

「擦り傷?どっかでずっこけでもしたのか??」

「そんなとこ。」

 

 不思議そうに首を傾げるアルトに、カイは曖昧な返事を返す。

 ユナイトの意識共有の能力は、説明が面倒臭い……

 ルーカスは別として、あまり軍人と関わりたくないと思っているカイは、面倒臭そうにアルトを見上げた。

 

「で?なんか用?」

「あぁ!そう!そうなんだよ!」

 

 カイのぶっきらぼうな態度など全く気にしていない様子で、アルトは声を上げる。

 彼は不意にカイの顔を覗き込むように見つめ、穏やかに微笑んだ。

 

「お前が大佐を助けてくれたお陰で、俺達は大切な上官を失わずに済んだ。本当にありがとな。」

 

 その言葉に、カイは思わずぽかんとした表情でアルトを見つめながら呟いた。

 

「もしかして……礼を言う為だけにわざわざ?」

「当たり前だろ?何かおかしいか??」

「いや……なんつーか……」

 

 カイは思わず口籠る。

 

「当の親父は顔も見せに来ねーし……俺も別に、礼を言って欲しくて助けた訳じゃなかったし……だからその……そんな事言われるなんて思ってなかったから……驚いたっつーか、意外っつーか……」

 

 カイの言葉に、今度はアルトがぽかんとした表情を浮かべる。

 が、彼は次の瞬間、心底面白がっている様子で笑い出した。

 

「演習開始前の大佐との喧嘩とか、あの無茶苦茶な戦い方とか、声掛けた時のさっきの態度とか、ほんっと可愛げのねぇガキだなーって思ってたけど、案外素直じゃねーか。気に入ったぜ。」

 

 ひとしきり笑った後、アルトはカイの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 戸惑ったようにアルトを見上げながら、カイはふと遠慮がちに訊ねた。

 

「あのさ……親父、今どうしてる?」

「あぁ。大佐なら後始末に追われてるよ。やっと被害状況の把握が終わって、俺達は一段落してるけど……大佐は今回の選抜精鋭部隊の代表で、現地責任者でもあるから、他にも仕事が山積みなんだ。」

「そっか……」

 

 ふいっと視線を落とした薄紫色の目には、微かな寂しさが宿っていた。

 

(別に……来なくたって良いけどさ……)

 

 父が嫌いだ。それは一貫して何も変わってはいない。

 だが、会いたくない筈の父が姿を見せてくれない事に対し“寂しい”と感じている自分が確かに居た。

 戦闘終了から既に2時間以上経過している。被害報告の1つや2つくらい、とっくに上がっている筈だ。

 帝国軍代表というだけではなく現地責任者でもあるのなら、ガーディアンフォース側の被害状況もある程度把握している事だろう。レンとエドガー、そして自分が負傷している事くらい……知っている筈なのに……

 

「随分寂しそうな顔してんな。」

 

 不意に投げかけられた言葉に顔を上げれば、アルトがからかうような笑みを浮かべていた。

 心の内を見透かされたのが気不味くて、カイはぷいっとそっぽを向き、不機嫌な声で捲し立てる。

 

「そりゃぁまぁ俺も一応人間だし?!薄情な親父だなぁ~って思っちまうっつーか?!」

「礼を言って欲しくて助けた訳じゃねぇ……っつってなかったか?」

「怪我した実の息子より仕事の方が大事とか、人としてどうなんだっつー話!!」

 

 いじけたように吐き捨てれば、アルトは面倒臭そうにチラッとカイを見やって再び視線を空へ戻す。

 ふと、わざとらしい声音で彼は喋り出した。

 

「そーいえば、大佐が前にこんな事言ってたっけなぁ~」

「……なんだよ。急に……」

「私は酷く臆病で不器用な人間だから、いつも空に憧れていただけだ。って。煩わしい他人の居ない自由で孤独な空だけが、唯一心が安らぐ場所だった。って。」

 

 その言葉に、薄紫色の瞳が皿のように見開かれた。

 父も自分と同じように空に憧れていたなど、今まで知りもしなかった……地上の煩わしさから逃げ出し、空の自由さに焦がれるその気持ちは、カイ自身も痛い程よく解る。

 言葉よりも饒舌なその眼差しに、アルトはふっと笑みを浮かべた。

 

「けどさ、その後で大佐はこうも言ったんだ。そんな私を“良き上官”として慕い、付いて来てくれる君達には感謝している。だが、どんなに“良き上官”であれたとしても、それ以前に私は“良き父親”である事が出来なかった。空ばかりを見つめていたせいで、地上にあるモノをおざなりにし過ぎてしまったんだ。ってな。お前の事を大切だって思ってなきゃ、そんな事言わねぇんじゃねーか?」

 

 ふいっと、カイは視線を落とした。

 地上にあるものをおざなりにし過ぎたというその言葉が、チクリと心の片隅に突き刺さる。

 自分はどうだっただろうか?……分かり合えない父から逃げ、周囲の目から逃げ、空に居場所を求め家を飛び出したあの日から……空を飛べるだけで充分だと、本当に満足していただろうか?

 確かに焦がれた空はあまりにも広く、自由だったが、それと同時に感じた“果ての無い孤独感”に満足感で蓋をしてはいなかったか?空だけが自分の居場所だと思い込む事で誤魔化していなかったか?

 ……いや、むしろ地上を忘れようとすらしていた筈だ。自分を心配し、無事を祈っていたであろう母や、リズの事すら頭から閉め出して、これが自分の幸せだと、地上に未練など無いと言い聞かせていた。

 

「……親父……後悔してんのかな?……」

「さぁな。俺は大佐じゃねーから知らねーよ。つーか、そういうお前はどうなんだ?」

「……」

 

 自分は、恐らく後悔はしていない。

 結果としてシーナと出会えた。ユナイトとブレードイーグルにも出会えた。ガーディアンフォースという新たな居場所も得る事が出来たし、親友や同僚にも恵まれた。

 成り行きだったとはいえ、当ての無い放浪生活の果てに見つけたこの止まり木を、カイは気に入っている。

 連絡を取り合っていなかった母にも、これからは気兼ねなく連絡をとれる。

 だが、父はどうなのだろう?

 母との仲は悪くない……むしろ、不器用なりに愛妻家だ。同僚にも恵まれているようにしか思えない。

 それでも尚、父が“おざなりにしてしまった”と語ったモノはなんなのだろう?

 その答えにひっそりと期待を抱いてしまう自分は、父に何を望んでいるのだろう?

 

「あ……」

 

 そうか。とカイは思い至った。

 父がおざなりにしてしまったものと、自分がおざなりにしてしまったものは、きっと……

 

「あ。居た居た。」

 

 不意に聞こえた声に振り返れば、スコットが小走りに駆け寄って来ていた。

 

「カイ君ごめんね。待たせちゃって。手当てするから医務室までおいで。」

「へーぃ。」

 

 弾みを付けて相棒の爪から降りた彼は、ふとアルトを振り返る。

 その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「ありがとな。音速の鐘(ソニック-ベル)。」

 

 思わず目を見開いたアルトの前で、カイはスコットに連れられ、医務室へと歩き出す。

 その小さな背中を見送って、彼は参ったように頭を掻いた。

 

「なんだ。俺の事知ってたのかよ……食えねぇガキだな……」

「中尉!いつまで油を売っているつもりだ??」

 

 唐突なその呼び声にギョッと顔を上げれば、微かに呆れたような表情のエリクが此方を見つめていた。

 

「すいません大佐!!今戻ります!!」

 

 自軍の陣営へと駆けだしながら、アルトはふと思った。

 こんな見計らったかのようなタイミングで声を掛けて来たということは、つまり……

 

(ったく……ホント、不器用で世話の焼ける人だな。)

 

 やれやれといった様子で、それでもアルトは笑みを浮かべる。

 上官というのは、完璧な真人間(まにんげん)よりも、多少なり世話が焼けるくらいで丁度良いのだと。

 

   ~*~

 

「それにしても……参ったな……」

 

 一方、ホエールキング内のメイン格納庫ではクルトが頭を抱えていた。

 シーナのヘルキャット「キート」と、自分のディバイソンは後方支援に徹していた為、ほぼ無傷だ。

 エドガーのジェノブレイカーも、主なダメージはヤークトジェノザウラーの放電攻撃のみだった為、システムの再起動と電装系のチェックだけでどうにかなった。地面に倒れた際の機体表面の小キズは、ジェノブレイカー自身の自己再生能力に任せるだけで充分事足りる。

 しかし、レンのライガーゼロ-プロトだけは、ホエールキング内の設備だけではどうしようもなく、ベースへ戻って修復するしかなかった……

 今回ライガーゼロが身に纏っていた試作CASユニット「ブレードゼロ」は、高速戦闘用ゾイドとしての立ち回りを重視し、軽量化された設計であった為、装甲の厚さなど高が知れている。大した防御力も耐久性も望めないユニットでボコボコにされたのだから、当然、素体へのダメージもかなり甚大だ。

 特に一番の問題は、コックピットを踏み潰されかけた際に生じた頭部の“歪み”

 換装の利かない素体部分。それも複雑な構造物が密集したコックピット周りへの直接的なダメージは、今回の合同演習では全く想定していなかった被害であった。

 

「ディバイソン程ではないにしろ、キャノピーの頑丈さならば従来のライガー系より遥かに上なのに……それを此処まで歪ませるとは、あの赤いゾイド……本気でゼロとレンを殺そうとしたんだな……」

 

 トーマがポツリと呟く。

 ブレードイーグルに回収された直後、レンをコックピットから救出する際にもキャノピーが3分の1しか開かなかった程の酷い歪み……ゼロ自身の自己再生能力に任せて回復を待つのなら、1ヵ月以上かかるだろう。

 頑丈な装甲キャノピーすらそんな状態である為、砕かれたヘッドフォークフィンの取付ジョイントなど、更に酷い有様であった。一応交換パーツならば、換装時に取り外したノーマルユニットのヘッドフォークフィンが無傷で残っているが、破壊されたブレードゼロユニットのヘッドフォークフィンがまだ中途半端に残っており、歪みのせいで外すに外せない。仮に苦労して外せたとしても、再装着にはやはり歪みを何とかしなければ……

 結局の所、回収されたライガーゼロに現在の手持ちの設備で施してやれた処置は、ボロボロになったブレードゼロユニットをノーマルユニットに再換装する事くらいである。

 ライガーゼロにとって、身に纏っているユニットはいわば鎧であり武器であるが、機体により馴染むようにと、培養したゼロの金属細胞から造られている。つまり、損傷したユニットから無傷のユニットに換装してやるという事は、損傷した細胞と無傷の細胞を“交換”してやるという事だ。再生能力を換装の利かない素体部分の再生に回せるようになる分、ゼロの負担が軽くなる。

 

「機体そのものへの応急処置は、これが精一杯だな。後はシステム面だけだが……」

 

 トーマの言葉に、クルトは静かに首を横に振った。

 

「いえ、頭がこれだけ酷く歪んだ状態でシステムを再起動させても、ゼロが辛いだけでしょう。システムがフリーズしている状態ならば、気を失っているのと同じ状態です。このまま一旦スリープモードに切り替えて、静かに休ませてやった方が良いかと。」

「……そうか。」

 

 トーマは静かに答えながら、息子を見つめる。

 格納庫の床にぐったりと倒れ伏した状態のライガーゼロの前に立ち、心苦し気な眼差しでその白い鼻先を撫でている姿は、ゾイドを本当に生き物として思う心優しい青年そのものだ。

 しかしその一方で、彼のもう片方の手はギリッとキツく拳を握りしめ、微かに震えていた……

 

「ごめんな……ベースに戻ったら、すぐに治してやるからな……」

 

 気を失った状態のライガーゼロへ語り掛けながら、クルトはそっと歯を食いしばる。

 傷付いた目の前の白獅子の姿が、医務室に運ばれていったレンの姿と重なってしまう……レンとゼロを此処まで痛めつけた幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に対し、クルトは激しい怒りを覚えずにはいられなかった。

 何故、此処までやる必要があったのか?と……

 そんな彼の思いを感じ取ったのだろう。微かに心配そうな表情を浮かべた直後、トーマが気持ちを切り替えさせるかのようにその背へ呼びかけた。

 

「……あとはブレードイーグルだけだな。クルト、イーグルを格納庫まで呼んで来てくれ。」

「はい。」

 

 父の言葉に短く返事を返し、クルトはホエールキングの口腔ハッチから外へ向かう。

 だが、その若草色の瞳はまだ、思いつめるように暗く沈んでいた。

 ブレードイーグルの損傷具合はライガーゼロほどではない……が、まだまだ未知の部分が多い機体だ。

 特に、イーグルの機体で最も構造が複雑なのは、本物の鳥と同じように展開格納する翼……案の定、今回の戦闘で損傷したのは、デスキャットへ音速ドロップキックをお見舞いした際に地面と接触した左翼である。そのせいで無数の可動部は砂や小石を噛み、戻って来た時には元通りにきっちりと翼を畳めなくなっていた。

 当然、翼の表面にも派手な傷が無数に刻まれ、場所によってはスパークも起きていたし、下手をすれば翼そのものに歪みが出ている可能性もある。ああ見えてイーグルの翼はデリケートなのだ。

 戦闘中にユナイトが被弾したブースターを再生してくれたのを差し引いても、元通りに治るまでどれ程の時間がかかることやら……

 

(ったく……いくら状況が切迫していたとはいえ、音速でドロップキックなんか繰り出しやがってッ……何考えてんだあの馬鹿は!ふざけんなよ!……)

 

 普段ならば絶対口にしないような荒っぽい口調で、無茶をやらかしたカイへの苦言が脳内で駆け巡る。

 しかし手段はどうあれ、自分の援護砲撃によってライガーゼロから離れたデスキャットを更に遠ざけてくれたのは、他ならぬカイとイーグルだ。そのお陰でレンもゼロも殺されずに済んだのだから、正直自分が文句を言える立場で無い事は彼自身も痛感している。

 だが同時に、それが酷く悔しかった……あくまで自分は後方支援戦闘員であるし、愛機も砲撃特化型に改造されたディバイソン。決してそれに不満がある訳では無い。だがそれでも、直接レンとゼロを助けに駆け付ける事が出来なかった自分が、たまらなく情けなかった……

 傷付いたゼロをこの場で完全に修復してやれない無力感。損傷したブレードイーグルの修復に対する不安。最前線に駆け付ける事の出来なかったもどかしさ……結局どれをとっても、行き着く先は自己嫌悪。

 ……まぁ、ゼロとイーグルに関しては身も蓋も無い話、再生能力を持つユナイトに合体して貰って急速再生を掛けてしまえばすぐ元通りになる……しかし、戦闘を終えたばかりのユナイトに負担を強いる事は出来ない。オーガノイドも力を使い過ぎれば弱ってしまう。傷付いたゾイド達を修復する為に、別のゾイドに負担を強いるなど、何の解決にもなりはしないのだ。

 どれだけ無力だろうと、傷付いたゾイドの修復整備は専属開発整備班の一員であり、一級工学博士である自分の仕事。その意地とプライドだけは、簡単に捨てられるようなものではない。

 

「ブレードイーグル!」

「クルル?」

 

 クルトが名前を呼べば、ブレードイーグルは不思議そうな声を上げて自ら身を屈める。

 そっと顔を覗き込んでくるイーグルを見上げ、彼は優しく声を掛けた。

 

「とりあえずジェノブレイカーとライガーゼロの応急処置は終わった。後はお前だけだ。一緒に格納庫まで来てくれないか?」

 

 だが、イーグルはクルトの顔をジッと見つめたまま微動だにしない。

 

「イーグル?どうした?」

 

 微かに戸惑った様子で声を掛けたクルトに、ふとイーグルの嘴が近づく。

 巨大な金色の嘴は、そのままクルトを励ますかのように、そして安心させようとでもしているかのように、優しく器用に彼の頬を撫でた。

 

「クルルルル……」

「……」

 

 静かに囁きかけるような、ひっそりとした鳴き声に、クルトは自身の頬を撫でてくれている金色の嘴へそっと手を添え、消え入るようにポツリと呟いた。

 

「……お前は優しいな。仲間を護ってくれただけじゃなく、俺の事まで心配してくれるなんて……」

「キュルッ」

 

 ふっと穏やかに笑い飛ばすような声を上げたイーグルを見上げ、クルトは泣き出しそうな表情で、それでも取り繕おうとするような下手な笑みを口元に引いて見せる。

 

「ありがとう……お前とカイのお陰で、レンも、ゼロも、誰も死なずに済んだ。」

 

 口元に引いた下手な笑みも、イーグルの嘴に添えた手もそのままに、彼はそっと足元へ視線を落とした。

 自己嫌悪を意地とプライドでねじ伏せようとしていた力が、ふと緩むかのように……

 

「けどごめんな……ゼロの修復だけは此処じゃ無理なんだ。こんなにボロボロになってまでお前達が助けてくれたのに、俺には何も―うわ?!」

 

 クルトはそれ以上、言葉を続けられなかった。

 ……突然、イーグルに喰らい付かれたせいで。

 

「イーグル?!お前いきなりどうした?!」

 

 上半身を丸ごと咥えられたせいで全く身動きが取れないまま、クルトはパニック気味に大声を上げる。

 だが、その答えの代わりに返って来たのは、不意に両脚が地面から浮き上がる感覚……自分がイーグルに咥え上げられた事に気付き、彼は遠慮がちにイーグルの口の中を叩いた。

 

「なぁ!頼むから降ろしてくれ!おい!聞いてるか?!」

 

 クルトの言葉などまるで意に介さず、イーグルはのそのそと徒歩でホエールキングの格納庫へと向かう。

 格納庫へ入って来たイーグルと、イーグルに咥え上げられているクルトを見て、トーマが言葉を失う程驚いたのは言うまでも無いだろう。

 

「あー……クルト?何やってるんだ?」

 

 やっとトーマが発した第一声に、クルトは脚をバタつかせながら大声を上げる。

 

「それはこっちが聞きたいですよ!なぁイーグル!頼むから降ろせ!!!」

 

 しかし、イーグルはそんなクルトに答えようとはせず、彼を咥えている嘴にギリッと軽く力を込めるだけだ。

 怪我をする程ではないにしろ、身を挟む力が強くなったせいでクルトは思わず声を上げる。

 

「いでででで?!」

「イーグル。うちの息子が何をしでかしたのかは知らないが、とりあえずそれくらいにしてやってくれないか?食ってもエネルギーには変換出来んし、最悪お前の方が故障してしまうぞ。」

 

 酷く心配そうな、それでいて全く自分に向けられていないトーマの声に、クルトは嘴の中で身をよじれるだけよじって振り返ると、その嘴の隙間から僅かに見える父親の脚に向かって怒鳴る。

 

「俺とイーグルのどっちを心配してるんですか?!シュバルツ博士!!」

「いや……だってなぁ?」

「そもそも俺は餌じゃありませんし!ゾイドは人間なんて食わないでしょう?!」

「……今、目の前でイーグルに食われてる奴に言われてもな……」

 

 苦笑を浮かべてトーマは情けない姿の息子を見上げる。

 クルトの任務服の色が緑を基調とした色である事も相まって、ブレードイーグルの嘴から下半身だけはみ出したその姿は、まるで鳥に捕食されたカエルのようであった。

 

「やれやれ……イーグル。食うつもりが無いなら、クルトを降ろしてやってくれないか?」

 クルル

 

 短く返事を返し、イーグルがやっとクルトを降ろす。

 若干ぐったりとした様子で格納庫の床に降り立った彼を眺めた後、イーグルは不意に、傷だらけになった自分の左翼を広げて彼の前に差し伸べた。

 

「……イーグル?」

「キュルルルッ」

 

 きょとんとした表情を浮かべたクルトの前で、微かに呆れているような、不機嫌なような……そんな鳴き声を上げながら、イーグルは差し伸べた翼をくいっと軽く動かす。その仕草はまるで……

 

「サッサと治せ。と言いたいんじゃないか?」

 

 トーマの言葉に、クルトはハッとした。

 先程、自分が外でイーグルに言いかけた言葉……

 

―俺には何も――

 

 その言葉を遮って、イーグルは自分を格納庫まで連れ込み、こうして翼を差し出している。

 まるで「出来る事なら此処にあるだろう?」とでも、言ってくれているかのように……

 

「イーグル……お前……」

 

 ぽつりと呟きながらイーグルを見上げるクルトの視線の先で、イーグルもまた、彼を静かに見つめていた。

 表情筋など無い筈なのに、その顔は何処か真剣でありながら、穏やかであるように思える。

 クルトは一度視線を落として目を閉じた後、目を開きながら再びイーグルを見上げる。その若草色の瞳には、強い光が戻っていた。

 

「そうだな。出来る事ならまだ此処にあった。すまん。すぐ治してやるからな。シュバルツ博士、機材と工具の準備をするので、その間にイーグルのダメージログの確認をお願いします。」

 

 そう言い残して機材や工具が収納されているエリアへ走って行く背を見送り、トーマとイーグルは一安心したかのようにそっと顔を見合わせた。

 

   ~*~

 

「……ん……?」

 

 ホエールキング内の医務室……そのベッドの上で、エドガーはふと目を覚ました。

 ゆっくりと起き上がってみれば、薄らとした倦怠感が残っているだけで、ヤークトジェノザウラーの放電攻撃による痺れと痛みは治まっていた。

 

「僕、いつの間に気を失ったんだろう?……」

 

 気怠げにそっと、片手で頭を抱える。

 ルーカスから「無理するな。」と言われた辺りまでは覚えているが、その先が曖昧で上手く思い出せない。

 

「よ!エドも気が付いたみたいだな。具合どうだ?」

 

 何の前触れも無く、ベッドをぐるりと囲んでいるカーテンを半分程シャッと開いて、ひょこっと顔を覗かせて来たのは……ゼロの中で気を失っていた筈のレンである。

 エドガーは思わずきょとんと目を見開いた後、恐る恐る口を開いた。

 

「あ、あぁ……僕は大丈夫。レンは?」

「俺も全然大した事無いぜ!っつっても……ここんとこホチキスで留まってるけど。」

 

 苦笑を浮かべながら、レンはこめかみに貼られたガーゼを指さしてみせる。

 その姿にエドガーが静かな安堵の溜息を吐いた瞬間、レンの隣に歩み寄って来たスコットが、心底呆れた様子で彼をジトリと見つめた。

 

「全然大した事無い。とは言うけど、君だってつい5分前に意識が戻ったばっかりじゃなかった?」

「あー……そうでしたっけ?」

 

 苦笑を浮かべて誤魔化そうとするレンに対し、エドガーもスコットと同様の視線を向ける。

 

「結局、僕もレンも似たり寄ったりじゃないか。」

「……というか、外傷がある分、レン君の方がエドガー君よりも若干重傷かな?」

 

 2人の言葉と視線に、たじたじといった様子で視線を泳がせるレンだったが、やがてがっくりと肩を落とすと、彼は力無く呟いた。

 

「そりゃ確かに、俺もさっきまで意識飛んでましたけど……レントゲンで特に異常は無かったって話だったし。ホント、こめかみちょっと切っただけでぴんぴんしてるから、全然大した事無いかなぁって……」

「……世の中には、外傷性頭蓋内出血っていうものがあってね?場合によっては20日以上経ってから発覚する事もあるんだよ??」

 

 穏やかながら、静かに脅しているのがひしひしと伝わって来るスコットの声音に、レンがたじたじと黙り込む。

 ……だが、黙り込んだレンと、そんなレンを心配そうに見つめるエドガーを交互に見つめた後、スコットは肩を竦めて見せつつも、不意に穏やかな笑みを浮かべて呟いた。

 

「……まぁ、レン君はなんだかんだ頑丈だからね。大丈夫だろうとは思うけど、何か少しでも体調に違和感を感じたら、すぐに診察受けるんだよ?いいね?」

「はい。」

 

 大人しくこくりと頷いたレンに頷きを返し、スコットは明るく訊ねる。

 

「ところで、もうすぐ夕方なんだけど、君達お腹空いてない?」

「……え?もうそんな時間なんですか?」

「なんだか……そう聞くと一気に空腹感が押し寄せてくるというか……」

 

 戸惑った様子のレンとエドガーにくすくすと笑って、彼は優しく呟いた。

 

「帝国軍の人達が、さっきの戦闘で頑張ってくれたお礼に、食事ご馳走してくれるらしいよ?」

 

 思いがけないその一言に、食べ盛りの少年隊員2人は思わず顔を見合わせた。

 

   ~*~

 

 午後3時過ぎ……

 随分と遅い昼食となってしまったが、それでも、駐機場に用意された野外炊事スペースは賑わいを見せていた。

 

「それにしても……よろしいのですか?あんな事があった直後だというのに……」

 

 戸惑った様子で声を上げているのは、整備が一段落したトーマだ。

 しかし、そんなトーマの前にずいっと皿を差し出したのは、他でもないエリクであった。

 

「あんな事があった直後だからこそだ。ガーディアンフォースの隊員達には随分と負担を強いてしまった。この場ではこの程度の礼しか出来ないが、後日、改めて礼をさせては貰えないだろうか?」

「いえ、そんな……あ、どうも。」

 

 すっかり困惑した様子のトーマが抱えている皿に、ノルデンが焼きあがったばかりの肉と野菜をトングで豪快にどっさり盛りながら笑い声を上げる。

 

「そもそも、この合同演習での食事休憩は交流や意見交換の場としても設けられていたのですから、気にする必要などありません。本来3日間の日程で行われる予定であった演習が続行不可能となった以上、多少此処で食料を奮発した所で、誰も文句は言わんでしょう。」

「……そうですね。ありがたく頂きます。」

 

 トーマが穏やかに微笑んだのも束の間、少し離れた別のバーベキューグリルの傍で笑い声が上がる。

 何事だろうか?と振り返ったトーマ達の視線の先に居たのは、明るく笑う軍人達に囲まれて、照れ笑いを浮かべているクルトだった。

 

「いやぁしっかし、よく食う博士だな!」

「すいません。戦闘終了後からずっと整備に追われていたもので、どうにも空腹でして……」

 

 恥ずかしそうに呟きながら皿の上に盛られた肉を口に運ぶクルトに、軍人達が口々に声を掛ける。

 

「一級工学博士って言ったよな?今いくつだ?」

「この4月に19歳になったばかりです。」

「まだ10代か!その歳で博士とは大したもんだ。」

「若ぇって良いなぁおい!」

「おまけにディバイソンの援護砲撃もなかなかの腕だったしなぁ。」

「ありゃぁホントに助かったぜ。ありがとよ博士。」

「さっきの戦闘の礼だ!遠慮はいらねぇ!好きなだけ食え!」

 

 そんな言葉と共に、まだ半分も減っていない皿に肉と野菜をドンと追加され、クルトは困ったような表情を浮かべながらも、普段纏っている何処か冷たい雰囲気から一転し、年相応の笑みと共に嬉しげな声を上げた。

 

「ありがとうございます。では、ご厚意に甘えて遠慮なく。」

「おう食え食え!若ぇんだから!」

 

 和気藹々としている微笑ましい光景に、エリクとノルデンが笑みを浮かべる一方で、実の父であるトーマは皿を手にしたまますっかり頭を抱えていた。

 クルトは体形からは想像もつかない程、とにかくよく食べる。1食辺り2人前くらいの量を平然と平らげて、腹八分目くらいだと言うのだから……我が子ながら、何故あれだけ食べて太らないのか不思議でならない。

 

「全く……少しは遠慮というものをだな……」

「いやいや。アレくらいで丁度良い。10代男子の食欲なんて底無しですからな。」

 

 景気良く笑うノルデンに、トーマが苦笑を浮かべた時だった。

 ふと何かに気付いた様子のエリクが、ただ一点に視線を釘付けにしたまま動きを止めたのは。

 

「エリク?」

 

 ノルデンが怪訝そうに名前を呼ぶが、エリクは全くの無反応だ。

 仕方なくその視線の先を同じように眺めた所で、ノルデンはようやく気が付いた。

 その視線の先に、人込みを避けるようにしてポツンと座る銀髪の少年が居る事に……

 ノルデンはそんな親友親子の様子に深々とした溜息を一つ吐くと、おもむろに皿を一枚手に取り、グリルの上から焼き立ての肉や野菜を一通りどっさりと盛り付け、不意にエリクへと差し出した。

 

「ほら。」

 

 肉と野菜が盛られた皿をいきなり目の前に差し出され、エリクは戸惑ったようにノルデンを見上げる。

 そんな彼に、ノルデンは呆れ笑いを浮かべながら呟いた。

 

「せっかくだから飯持って行ってやったらどうだ?お疲れ。ってな。」

「それはそうだが……カイはこんなに食わないぞ。多分。」

 

 若干呆れた様子で皿を凝視するエリクに、半ば無理矢理皿とフォークを渡して、ノルデンは追い立てるようにその背を押しやる。

 

「10代の胃袋舐めんなよ。そら!行って来い!」

 

 皿を抱えて渋々歩き出したエリクの後ろ姿を眺めながら、ふと、トーマが呟いた。

 

「なんだかんだ、親子なんですね。」

「ん?」

「あぁ、いえ。歩いて行く時の後ろ姿が、カイと似ているなと思いまして。」

 

 そんなトーマの言葉に、ノルデンは景気の良い笑い声を上げるだけだった。

 

   ~*~

 

「はぁ~……」

 

 ぐったりした様子でカイは溜息を吐いていた。

 元々、このような大人数での食事というのが落ち着かない性分である事に加え、今回の場合は下手に食事を取りに行こうものなら、大佐を救った英雄扱いを受けて軍人達に(たか)られてしまう。彼にはそれが妙に居心地悪かった。

 

(俺はただ……)

 

 ふと、そこで思考に行き詰まる。

 父親を助けたかっただけ。それを素直に認めるのがどうにも癪だった。

 

(……だって親父が死んだら、母さんが可哀想じゃん……)

 

 そんな言い訳を考えてみるも、どうにも白々しい。

 

(……つーか、親父助けた事なんかどーでも良いじゃねーか。なんであんなに英雄扱いすんだよ。馬鹿じゃねーの?暇人ばっかなのかよ。軍人って……)

 

 結局そうやって、騒ぎ立てる周囲の軍人達に矛先を向けてみるも、何処か虚しい。

 言葉に出来ないもやもやとした行き場の無い思い……それが何なのか、自分でもわからなかった。

 

「カイ。」

 

 不意に自分の名を呼んだその声に、カイはハッと顔を上げる。

 いつの間にか、エリクがすぐ傍らに佇んでいた。

 

「親父……」

 

 なんと声を掛ければ良いやらと口籠るカイの前で、エリクもまた、同様の表情を浮かべている。

 暫し無言で見つめ合っていた親子だったが、先に口を開いたのはエリクの方であった。

 

「……先程の戦闘……お前のお陰で命拾いした。ありがとう。」

「お……おう……」

 

 戸惑った声を上げたカイに、エリクは手にしていた皿をずいっと押し付けるように手渡すと、ふわふわと跳ね上がった自分譲りの銀髪頭をくしゃりと撫でる。

 無表情だったその口角に、ほんの僅かだが……笑みが浮かんだ。

 

「今日はもう、しっかり食って、しっかり休め。私が言いたいのはそれだけだ。」

「……言われなくても、そうするよ……」

 

 照れ隠しのように視線を逸らした息子にそれ以上何を言う事も無く、エリクは静かにその場を立ち去る。

 歩き去って行く父親の背中をしばらく眺めていたカイだったが、ふと呆れたような笑みを浮かべながら、受け取った皿に視線を落として、ポツリと呟いた。

 

「ったく。詫びのつもりか何なのか知らねーけど……俺、こんなに食わねぇっつの……」

 

 小声でぼやきながらも、何処か嬉しそうに皿の縁に添えてあったフォークを手に取り、一口目を頬張ろうとしたその時だった。

 

「カイ~!」

 

 元気の良いその声に、カイも明るい笑顔と共に声のした方向へ視線を向け、立ち上がる。

 声音通りの元気な様子で走って来たのはレンであった。

 

「レン!もう大丈夫なのか?」

「おう!……つっても、切ったとこホチキスで留まってるけどな。」

 

 その言葉に、カイが珍しくギョッとした様子で目を見開く。

 

「ホチキス?!え?!マジで?!あれって傷口に使って良いのかよ?!」

「あ~違う違う。文房具用じゃなくて、医療用の奴ってのが別にあるんだよ。」

「へぇ~……でもやっぱ、要するに針金で留まってる……って事だよな?」

「まぁな。」

「うっわ痛そう……」

 

 げんなりと顔をしかめるカイに景気良く笑って見せた後、ふと、レンが不思議そうに訊ねた。

 

「そういえばシーナは?飯食いに来てねーの?」

「え?」

 

 思わず一瞬思考が止まる。

 そう言えば、戦闘終了後からシーナの姿を全く見ていない……試しに辺りを見渡してみても、特徴的な桜色は何処にもありはしなかった。しかし、カイは確かな心当たりと共にそっと目を伏せながら椅子に腰を下ろす。

 

「……さっきの戦闘で、アレックスって呼ばれてた敵が居ただろ?」

「あの黒いゴジュラスみたいなゾイドに乗ってた奴の事か?」

「あぁ。アイツ、シーナの兄貴かもしれねーんだ。だからきっと、それにショック受けてんじゃねーかな……」

 

 その言葉にレンも口を噤んだ。

 シーナが自分の記憶と共に探しているもの……それが、消息不明となっている彼女の双子の兄「アレックス」である事は、仲間である自分達も知っている。

 そんな兄が敵となっているかもしれないなど、心優しいシーナにとっては到底耐えられる事ではないだろう。

 

「探しに……行かなくて良いのか?」

 

 遠慮がちなレンの問いに、カイはふと視線を落として力無く寂しげな笑みを浮かべた。

 

「……アレックスの容姿も、声も、俺と瓜二つだってシーナが言ってた。俺が行ったらきっと逆効果だ。アレックスの事やさっきの事、また思い出させちまうだけだろうから。」

 

 そう呟いたカイは、食べきれない程の肉と野菜の盛られた皿をそっと簡易テーブルに置き、再び立ち上がる。

 

「それに、シーナが懐いてる奴はなにも俺だけじゃねーしな。ちょっくら頼んでくる。」

「頼むって、誰に??」

 

 きょとんと訊ねたレンに、カイは苦笑を浮かべて呟いた。

 

「従兄と肉の取り合いしてる馬鹿博士。」

 

 小走りに駆けだしたカイの行く先に視線を向け、レンも納得した様子で苦笑を浮かべる。

 そこには、とある攻防を眺めて呆れた表情を浮かべるエドガー。攻防の原因となっているルーカス。

 そして、肉を横取りしてくるルーカスから自分の皿を死守しているクルトの姿があった。

 

   ~*~

 

 ガーディアンフォースのホエールキング、メイン格納庫……その一番端に駐機されたヘルキャット、キートのコックピット内で、シーナはシートの上で膝を抱え顔を伏せていた。

 他の者達は、乗組員や整備スタッフ達も含めて全員食事を取りに外へ出て行ってしまった。今は文字通りの独りだ……だが、独りになった所で何も変わらない事くらいわかっていても、今は誰の傍にも居たくなかった。

 

(どうして……)

 

 もう何度目になるか分からない、声無き呟き……

 何故アレックスが敵となってしまったのだろう?

 声を聞く限りは、間違いなくアレックスの声そのものだった。

 だが、もし本当にアレックスなのだとしたら、何故あんなに無機質になってしまっていたのだろう?

 記憶の中に残るアレックスとは到底似ても似つかなかった。心優しく、穏やかながらも明るくて……だがそれ故に、ゾイドを戦争に使う大人達を憎んでも居た……そんなアレックスがゾイドであんな事をするなど……

 あのゾイドに乗っていたのは……本当にアレックスなのだろうか?

 

(あんな事……アレックスがする訳無い……あの人は違う。アレックスじゃない……)

 

 だが、否定すればするほど……先程の戦闘の光景が胸を抉る。

 アレックスと呼ばれた人物の駆る漆黒のゾイドは、一切の情けも容赦も無く、航空部隊の軍人達とカイ、そしてブレードイーグルを攻撃していた。

 本当にアレックスだったのなら、ブレードイーグルに攻撃をするような事は決して無い筈……しかし、もしも自分と同じように記憶の一部を……或いはかつてのフィーネのように、記憶を全て失ているのだとしたら?それならブレードイーグルにも容赦なく攻撃した可能性は十分ある。

 もしも、目覚めた際になんらかの理由でハンチが傍におらず、保存していた記憶を引き継げずに記憶喪失状態のまま、敵の元で兵士として戦っているのだとしたら……アレックスを救いたい。

 自分にとってはたった1人の家族なのだ……世界で、たった1人の……

 

(あれ?……)

 

 ふと、シーナはそこで疑問を抱く。

 

「たった……1人の??……」

 

 おかしい。

 自分の家族は、アレックスと……父であるヴェルナー博士の“2人”である筈なのに……

 

(そういえば……お父さんは……?)

 

 記憶が途切れてしまっているせいで、父が極秘裏に開発していたブレードイーグルが完成間近であった辺りまでしか覚えていない……あの後父がどうなったのか、自分は知らない筈なのに……

 何故か、これだけはハッキリと確信があった。

 父は……ヴェルナー博士は“もうこの世に居ない”と……

 

「なんで……」

 

 か細い声が唇から零れ落ちる。

 何故、父がもうこの世に居ない事がわかるのだろう?

 自分は一体、何を忘れているのだろう?

 思い出さなければ……だが、思い出してはいけないような気もする……

 押し寄せる焦燥と不安に、思わず涙が溢れた。

 

(私……どうしたら良いの?……なんでお父さんはもう居ないの?どうしてアレックスが敵になってるの?私が忘れている記憶は一体何の記憶なの?もう分かんない……思い出したいのに……助けたいのに……怖くてたまらないの……ねぇ、アレックス……お父さん……私、もう分かんないよ……)

 

 このまま記憶が思い出せなかったとしても。

 仮に記憶が思い出せたとしても。

 あの黒いゾイドに乗っていたのがアレックスなのだとしたら、戦わなければならないのだろうか?

 万が一アレックス自身が自分の意志で敵側に居るのだとしたら、倒さなければならないのだろうか?

 救い出す方法は無いのだろうか?

 止め処無く溢れ返る思いと感情を体現するかのように、鶯色の大きな目から零れ落ちる涙もまた、止め処無く溢れるばかりで、心の整理など到底付く筈も無い……

 膝を抱えたまま懸命に涙を拭う両手は、無力感を力無く握り締めて震えていた。

 

「シーナさん、います……か?……」

 

 不意に開いたキートのキャノピー……

 そこから身を乗り出してコックピット内を覗き込んだクルトは、思わず言葉を失った。

 途方に暮れた小さな子供のように、シートの上で膝を抱え、両手で涙を拭うその姿が……自分を見上げた鶯色の瞳に溢れ返る大粒の涙が……彼の心を貫くように突き刺さった。

 カイにシーナを探して来てやってくれと頼まれた際に、そんな気はしていた。何処かに閉じ籠り、先程の戦闘時に現れたアレックスと呼ばれた人物に対して、思い悩んでいるのではないか?と……

 だが、人知れずこうして泣きじゃくっているなどとは、正直思ってもみなかったのだ。

 行方知れずとなった双子の兄を想うシーナの気持ちを……あまりにも軽く見過ぎていた……

 

「クル……ト……」

 

 掠れたような小さな声で名前を呼ばれ、クルトはハッと我に返る。

 掛ける言葉すら思い付かぬまま、彼はシーナの艶やかな桜色の髪に触れるように、そっと頭を撫でた。

 幼い頃、幼馴染であるレンやエドガー達が泣いていた時に、そうしてやったように……

 心配と自責の念が混じり合ったようなクルトの表情に戸惑いながらも、シーナは、自分の頭を優しくそっと撫でてくれる温かな手に、確かな安堵を覚えていた。それは、かつて自分の頭を撫でてくれた父の手に……或いは、父と同じように自分を可愛がってくれていた父の助手の手に、似ていたからかもしれない。

 安堵に気が緩んだせいだろうか?それとも、その優しい手の温もりに惹かれたのだろうか?シーナはそのまま吸い寄せられるかのように、クルトに抱き着いた。

 

「あっ……あのっ!シーナ……さん?!」

 

 不意に抱き着かれ、耳まで真っ赤になりながらクルトが戸惑った声を上げる。

 思わず抱き締め返そうとしかけたまま、戸惑いと躊躇いに止まってしまった手もそのままに、身動きも取れずオロオロとしているクルトへ、シーナはそっと消え入るように呟いた。

 

「……すぐ……泣き止むから……少しだけ、こうしてても……良い?……」

 

 そのか細い声に、クルトの顔色が元に戻る。

 身を案じていた兄が、突如敵として姿を現した……その残酷な現実を16歳の少女が1人で受け止めるなど、無理に決まっている。仲が悪かったのならまだしも、仲の良い兄妹だったのなら尚更だ。

 自分が整備に追われ、何も知らずに食事を摂っていた間……そんな絶望と孤独、不安を抱えて、キートの中にずっと閉じ籠っていたのか……と考えただけで、自分に腹が立った。整備をしていた間、ずっと同じ格納庫に居たというのに、何故気付いてやれなかったのだろうか?と……

 行き場を失ったように宙で止まっていたクルトの両手が、儚い壊れ物を守るかのように、そっとシーナを抱きしめ返した。

 

「自分などでよろしければ……いくらでも。」

 

 その言葉に、シーナが再び小さく嗚咽を漏らす。

 そんな彼女を安心させるように抱き締め直しながら……クルトの眼光がふと鈍く鋭さを帯びる。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が傷付けたものは、負傷したレン達やゾイド達だけでは無かったのだ……

 もしもあのアレックスと呼ばれた人物が本物であるならば、彼等の真の目的はこれだったのかもしれない。

 ブレードイーグルがガーディアンフォースの機体となった事は、賞金騒動を鎮静化させる目的も込めて公式に発表がなされている。ブレードイーグルが目覚めた以上、あちらには確信があったに違いない。ともに眠りに就いていたシーナもまた、目覚めている筈だと……

 だからあの時、あえて周囲に聞こえるようにその名を呼んだに違いない。“アレックス”と……

 静まっていた怒りが首を(もた)げるように再び沸き上がるのを感じ、クルトは静かに歯を食いしばった。

 

(戦闘員である俺達だけでなく、こんな卑劣な方法でシーナさんまで傷付けて……幻影騎兵連隊(ファントムリッター)……俺はお前達を赦さない。絶対に……)

 

 だが、この時彼は知る由も無かった。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に傷付けられた者がレン達やシーナだけでは無い事を……

 この邂逅の遥か以前から、彼らに傷付けられてきた者がすぐ身近に居た事を……




Pixiv版第29話はこちら
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12219044


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第30話-錯綜の夜-

 マジで“踏んだり蹴ったり”って感じで終わった今回の合同演習……

 親父がゾイドに乗る事を許してくれたのかどうかは、結局、分からず仕舞いになっちまってる。

 ……まぁ、今すぐ認めてくれなくても、俺はガーディアンフォースを辞めるつもりはねぇし。

 親父から「ありがとう。」って言われた。今は……それだけで十分だ。

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第30話:錯綜の夜]

 

 ガーディアンフォースのホエールキングがパクスフォルデを発ったのは、日没とほぼ同時刻だった。

 昼食を摂るのが遅かった為、夕食を摂るにも皆大して腹は減っておらず、離陸後暫くは各々自分なりに時間を潰していたのだが……やがて報告書をまとめていたレンが仮眠室にやって来て眠り始め、ジェノブレイカーの様子をチェックしていたエドガーもそのすぐ後に就寝。

 残る3人も仮眠室には居るのだが、クルトは小タブに接続したイヤホンで音楽を聴きながら、膝の上に抱えたラップトップを静かに操作している。シーナは畳んだ毛布をクッション代わりに抱きかかえて座ったまま、ぼんやりと考え事に耽っており、そしてカイは、窓辺に頬杖を突いて夜空を眺めていた。

 

―……先程の戦闘……お前のお陰で命拾いした。ありがとう。―

 

 父に言われたその言葉を、脳裏で何度も思い返しながら……カイはふと考え込む。

 

(そういえば、親父に“ありがとう”なんて言われたのいつぶりだっけ?)

 

 父から最後にその言葉を聞いたのは、少なくとも「ゾイドで空を飛びたい。」という夢を語り、猛反対されて不仲になってしまう以前の筈……となると、7歳くらいの頃だっただろうか?父の誕生日に母と2人でバースデーケーキを作った時が最後だったような気がする。

 まぁ、作ったと言っても、自分はケーキの上にイチゴを並べた程度だったが……

 

(……俺、喧嘩する前の親父の事、殆ど覚えてねーんだな……)

 

 自分には幼少期……5歳くらいまでの間の記憶が一切無い。

 不仲となったのが8歳の時であるから、自分が覚えている優しい父親の記憶は、たったの3年分。仮に幼少期の記憶を失っていなかったとしても、憎んで来た年月の方が長いのだ。覚えている限りの記憶の中から父の笑った顔をかき集めてみても、ほんの一握り……どれも既に朧気でハッキリとは思い出せない。

 だからこそ、嬉しかったのかもしれない。素直に認めるのは悔しいが……

 

(親父の笑った顔なんて……もう二度と、見る事ねぇだろうと思ってた……)

 

 たった一言の「ありがとう」が、頭を撫でてくれたその手が、ふと浮かべた微かな笑みが、全て自分に対して向けられていた……正直、夢だったのではないか?とすら思っているくらいだ。

 ふと、カイの脳裏にアルトの言葉が過る。

 

―空ばかりを見つめていたせいで、地上にあるモノをおざなりにし過ぎてしまったんだ。ってな。―

―つーか、そういうお前はどうなんだ?―

 

 あの時、思い至りかけた一つの答え……

 

(親父がおざなりにしちまったものと、俺がおざなりにしちまったものは……

 “お互い”なんだろうな……きっと……)

 

 お互い逃げていたのだ。

 煩わしい周囲から、地上の不自由から、何よりお互いから……果てしなく自由で、果てしなく孤独な空に。

 また顔を合わせる事があったら、今日よりほんの少しで良い。ほんの少しで良いから、歩み寄れるだろうか……

 父は、そう思ってくれているのだろうか?おざなりにしたものに気付いているのだろうか?

 もし父も自分と同じ気持ちでいてくれたなら……長年の隔たりを、少しずつ埋めていけるだろうか?

 

「……らしくねぇなぁ……」

 

 吐息のような独り言が宙に溶ける。

 いつの間にか……過度な期待など、抱くだけ虚しいだけだ。と言い聞かせるようになっていた。

 なのに、あんなにも嫌っていた筈の父に対して、こんな期待を抱いてしまうとは……

 自分も案外、まだまだ子供なのかもしれない。

 らしくない。と呟いた筈の口角には、無意識にひっそりとした笑みが浮かんでいた。

 

「……ねぇ、クルト……」

 

 不意に聞こえたその声に、カイはやっと窓から室内へ視線を向ける。

 いつの間にか、畳んだ毛布を抱えたままのシーナがぽつんとクルトの傍に立っていた。

 

「シーナさん。どうかされました?」

 

 クルトがラップトップから顔を上げ、イヤホンを片方外しながら声を掛ける。

 シーナは少し躊躇うように黙り込んだが、やがて小さく呟いた。

 

「……お仕事、邪魔しないから……隣で寝ても良い?」

 

 クルトが目を見開いたまま固まっているのが、遠目にもよくわかった。

 数拍の沈黙の後、彼は何処か戸惑ったような声音で呟いた。

 

「え、えぇ……それは、構いませんが……あの、キーボードの音とか、耳障りでは?」

「んーん。機械の音は……落ち着くから、平気。」

「そう……ですか……」

 

 ぽかんとしたままのクルトの隣で、シーナは抱えていた毛布を広げると器用にすっぽり包まって、ころんと横になる。元々小柄な体を更に小さく丸めながら、彼女は微かに微笑んだ。

 

「おやすみなさい。」

 

 まるで「私なら大丈夫だよ。心配しないで。」とでも言うようなその笑みに、クルトは見覚えがあった。

 幼い頃、自分の幼馴染もよくこんな顔をしていた。

 平気な訳が無い。大丈夫な訳が無い。

 キートのコックピットに閉じ籠っているのを見つけた時、あんなに泣いていたではないか……

 

「……無理に、笑おうとしなくて良いんですよ?」

 

 外したイヤホンを持ったままだった手が、そっとイヤホンを手放してシーナの頭を優しく撫でる。

 ハッとしたように目を見開いたシーナの目に、またそっと、涙が浮かんだ。

 その涙を指で掬い上げるように拭ってやりながら、彼は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「大丈夫です。ちゃんと此処に居ますから……だから、安心して休んで下さい。」

「……うん。ありがとう……」

 

 小さくぽつりと呟いて、シーナは静かに目を閉じる。

 目視による驚異的なオペレートをこなし続けた疲労も勿論だが、アレックスと呼ばれた敵の存在と、長い間泣いていた事による泣き疲れも相まっていたのだろう。横になって間もなく、シーナは眠ってしまった。

 その寝顔を眺めながら、クルトは不意に口を開く。

 

「……こうなると分かっていて、俺に頼んだのか?」

「え?」

 

 突然投げかけられた言葉に、カイはぽかんとした声を上げた。

 

「なんだよ。俺がお前とシーナの仲を取り持ってやったとか思ってんの?」

「そうじゃない。」

 

 まるで人形のような、無機質で感情の読めない表情と眼差しで、クルトはカイを見据える。

 思わず射竦められたように戸惑った表情を浮かべたカイに、クルトは静かに言葉を続けた。

 

「お前が一番長くシーナさんの事を見て来たんだ。シーナさんがこうなる事くらい、お前なら分かっていたんじゃないのか?なのに何故自分で探しに行こうとしなかった?本来なら、こうしてシーナさんが頼るべきなのはお前の筈なのに。」

 

 カイは、微かに目を見開く。

 確かにそうかもしれない。起こした以上、面倒を見てやると言ったのは他ならぬ自分自身だ。

 しかし……

 

「……いちいち回りくどいんだよお前。言いたい事があるならハッキリ言えよ。」

 

 出来るだけ喧嘩腰な声音にはならないように気を付けつつも、そう言わずにはいられなかった。

 自分は自分なりに悩んだ末、クルトに託したというのに……

 そんなカイを睨み付けるように目を細め、クルトは冷たく呟いた。

 

「お前、シーナさんの抱えている物から目を逸らして、逃げ出したんじゃないだろうな?」

 

 クルトのその言葉に、こみあげていた苛立ちが怒りに変わった。

 目を逸らした訳じゃ無い。逃げた訳じゃ無い。ふざけんな……そんな怒声が一瞬脳裏を過る。

 だが、怒鳴り合った所で何の解決にもなりはしない。瓦礫街の任務でそう痛感したばかりではないか。

 それに、室内ではシーナだけでなく、レンもエドガーも眠っているのだ。怒鳴る訳にはいかない。

 カイは怒りを追い出すように、深い溜息を一つ吐く。

 分かり合える訳が無い。此方の言い分を聞いてくれる訳が無い。説明するだけ無駄……そんな風に決めつけて、自分の思いや考えを口にせずに終わっては、地上で居場所を失くしていた頃に逆戻りだ。

 少し俯きながら、彼は伝えたい事を整理するようにそっと口を開いた。

 

「……俺がシーナと向き合うのを投げ出して、お前に押し付けたと思ってた訳か……先にハッキリ言っとくけど、俺は別にそんなつもりでお前に頼んだ訳じゃない。俺……アレックス絡みの事に関しては……いつも距離感に悩んじまうんだ。シーナの話だと、アレックスと俺がホントに……声も姿もそっくりらしいから……」

 

 クルトの表情から、ふと険が消える……

 何処かぽかんとしているような、呆気に取られているような声音で、彼は独り言のように訊ねた。

 

「シーナさんの双子の兄とお前が?……どういう事だ?」

「それはこっちが聞きてぇよ。けど、お前も聞いただろ?あいつの声、俺と同じ声だった……シーナもそれが一番こたえたんじゃねーかって思うと、俺の声もシーナを余計傷付けるだけかな?って……」

 

 何処かしゅんとした声音のその一言に、クルトは小さな溜息を吐く。

 

「……無責任にシーナさんの事を押し付けた訳でないのなら、別に良い。」

 

 彼は傍らに置いていた小タブを手に取って、音楽を止める。

 付けっ放しだったもう片方のイヤホンもそっと外し、慣れた手付きでコードをまとめ、小タブと共に再び傍らにそっと置きながら、クルトは何処か穏やかな眼差しでカイを見つめた。

 

「お前なりに、考えた末の判断だったんだな。疑ってすまん。」

「お、おう……」

 

 ぶっきらぼうな返事が口から転げ落ちる。

 こんなにすんなりとクルトが謝って来るとは、思いもしなかった。

 そもそも、クルトに謝られた事があるのは瓦礫街での任務中に勃発した、通信越しの口喧嘩の直後。レンに叱られ、お互い気不味い状態での謝罪が一回あったのみ……

 

「……お前、具合でも悪ぃの?」

「どういう意味だ?」

 

 恐る恐る訊ねれば、クルトがジトリとした眼差しを向けてくる。

 ……いつも通りの反応なので、どうやら具合が悪い訳ではなさそうだ。

 

「いや……なんか意外だったっつーか……」

「俺が一方的にお前を疑ったんだ。自分に非があれば、きちんと謝罪くらいするに決まっているだろう。」

「流石大人。」

 

 何処か皮肉交じりの涼しい声で茶化すカイ。そんな彼を物申したげな表情でしばし見つめた後、再びラップトップを操作し始めながら、クルトがそっと訊ねる。

 

「ついでに聞いておきたいんだが……何故、俺にシーナさんを任せようと思ったんだ?」

「え?」

「俺は整備開発以外に何の取り柄も無い人間だ。俺なんかよりも、もっと他に適任が居ただろう?レンやエドの方が……他人の痛みに寄り添ってやれる優しい奴に頼んだ方が、良かったんじゃないか?」

「ん~……」

 

 考え込むような声を上げ、ぼんやりと天井を眺めていたカイだったが、やがてふっと笑みを浮かべながらクルトに視線を戻す。

 

「レンもエドガーも、負傷して意識飛んじまってた状態から気が付いたばっかだったんだぜ?俺の代わりにシーナを探してくれ~なんて、言える訳ねーじゃん。そこは流石に気ぃ使うっつの。」

「そうか……」

「けど、一番の理由は“勘”かな。」

「勘??」

 

 怪訝そうな表情で、クルトがラップトップから顔を上げる。

 カイは、そんな彼を穏やかに見つめながら言葉を続けた。

 

「お前に任せれば大丈夫だ。って、思ったんだ。」

 

 嘘も迷いも一切無い真っ直ぐな薄紫色に、戸惑いの色を湛えた若草色がふいっと視線を逸らす。

 

「まったく……いい加減な奴だな……」

「そうでもないぜ?シーナがお前にも懐いてるのは知ってるし。お前も、シーナの事好きなんだろ?」

「なっ?!」

 

 ニヤリと笑いながらクルトを見つめれば、案の定耳まで真っ赤になった情けない顔がそこにあった。

 声を上げた直後、クルトは隣で寝ているシーナと、離れた場所で寝ているレンとエドガーを見やる。

 一瞬大声を上げたにも関わらず、3人ともぐっすりと眠っている事を確認し、幾分安堵しながら彼は恨みがましそうな視線をカイへと突き付けた。

 

「お前なぁッ……いきなりなんて事を言うんだッ。」

「事実だろ?」

「……」

 

 咄嗟に返す言葉が思い付かず、クルトは黙り込んだまま隣で眠るシーナに再び視線を移す。

 小さく丸まったその寝姿は、孤独から必死に心を守ろうとしているかのようで微かに胸が締め付けられる。

 そっと手を伸ばして、シーナの頭を優しく撫でながら彼は呟いた。

 

「……初めて姿を見た時、なんて美しい人だろうとは……思った。」

「そんだけ?」

「……一目惚れだッ。文句あるか?」

 

 キッとカイを睨み付けるクルトだったが、当のカイは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「いや、文句はねーよ。つーかお前滅茶苦茶分かり易いから、だろうなとは思ってた。」

「じゃぁいちいち聞くなッ。」

 

 不貞腐れたようにぷいっとラップトップへ視線を落としたクルトに、カイは訊ねる。

 

「告らねーの?」

 

 その一言に、キーボードを入力していたクルトの手がぴたりと動きを止めた。

 彼は静かな溜息を一つ吐き、何処かうんざりしたような眼差しでラップトップのモニターを眺めたまま呟いた。

 

「俺は……ただひっそりと、傍らでシーナさんの助けになれるのならそれで良い。きっと告白はしない。」

 

 意外なその一言に、カイが目を見開く。

 照れ隠し……にしては、表情があまりにも暗い。誤魔化している訳ではなく恐らく本心だろう。

 だが、告白する勇気が無くて諦めている。という訳でもなさそうな気がした。

 クルトのその眼差しに見覚えが……身に覚えがあったから……

 

「俺とお前がギスギスしちまうのって……案外、同族嫌悪なのかもな。」

「は?」

 

 再び怪訝そうな表情を浮かべたクルトに愛想笑いを返して、カイがごろんと仰向けに寝転がる。

 

「なんでもねーよ。野暮な事訊いちまって悪かったな。俺は寝る。」

「ふんっ。だったらサッサと寝ろ。寝てしまえ。」

「へーぃ。」

 

 背を向けるように寝返りを打ったカイを若干呆れたように眺めていたクルトだったが、やがて軽く小さな溜息を一つ吐くと、再びラップトップを操作し始める。

 しかし、不意に先程カイに言われた一言が脳裏を掠めた。

 

―案外、同族嫌悪なのかもな。―

 

 そっと右手で顔の右半分を覆いながら、クルトは再び作業の手を止める。

 ぼんやりとラップトップのモニターを見つめる若草色の瞳は暗く陰り、脳裏にチラつく過去の光景を拒むような眼差しは、完全に温度を失い冷めきっていた。

 

(同族なものか……そんな事、絶対にあり得ない……)

 

 キーボードに置かれたままであった左手が、カリカリとキーの表面を引っ掻くようにそっと拳を握り締める。

 アームカバーに覆われたままのその手は、微かに震えていた。

 

   ~*~

 

『―では、撃破した敵機は全て無人であった。という事か。』

「はい。」

 

 その頃、ホエールキングのメインブリッジ。

 通信画面に映ったガウスに対し、神妙な面持ちで返事を返したのはトーマだった。

 負傷者と損傷ゾイドの収容が完了した後、帝国軍とガーディアンフォースは敵パイロットを捕えようと、撃破した機体を確認したのだが……どの機体もコックピットは(もぬけ)の殻。人が搭乗していた形跡すら確認出来なかった。

 

「恐らくパイロットが搭乗していたのは、敵主力機とみられる例の3機のみかと。」

『やれやれ……一杯食わされたなぁ……』

 

 流石のガウスも、頭を抱えずにはいられない。

 

『人が操縦しているとしか思えん戦闘をこなすスリーパーゾイド……か。厄介なのが出て来たな。』

 

 その一言にトーマもまた、深刻な表情を浮かべる。

 人の操縦するゾイド……それも、訓練を積んだ軍やガーディアンフォースのゾイドに対抗するには、単純な戦闘コマンドしか実行出来ない従来のスリーパーゾイドなど、何機束になって掛かろうと意味が無い。

 かつて暗躍したあのヒルツでさえも、部隊を差し向ける際には傭兵達を使っていた事からそれは明白だ。

 しかし、人の手を借りずとも複雑な戦闘がこなせるスリーパーゾイドの出現は、様々な危険を孕んでいた。

 

『例のディスクが一枚噛んでいると見て間違い無いだろうが、正直ゾッとするよ。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)がディスクをばら撒き、戦闘情報を収集していたのが“無人軍隊”を作り上げる為だとすれば、これほど厄介な物は無い……』

「えぇ。どれ程優秀なパイロットであろうと、人である限り必ず限界があります。ですが、スリーパーにはパイロット側の限界という縛りが無い。あれ程の性能のスリーパーは、最早ただの殺戮兵器に他なりません。奴等が大きく動き出すような事態に陥れば、此方が劣勢を強いられる事はまず間違いないでしょう……」

『ぶっちゃけそのスリーパーだけでも頭が痛いってのに、更に厄介なのが3機も居る訳だしねぇ……』

 

 ぐったりとした声音で、ガウスはぼやくように言葉を続ける。

 

『まぁジェノザウラーに関しては過去のデータもあるし、弱点も判明してはいるが……詳細不明の残り2機がなぁ……対策を立てるにも情報が少な過ぎるんだよなぁ……』

 

 若干途方に暮れたようなガウスの言葉に、トーマは手元の資料へ視線を落とす。

 

「念の為、該当する機体が無いかと調べてはみたのですが、ヘリック、ガイロス両国におけるこれまでの運用機は勿論、各開発機関にて現在研究開発段階にあるゾイドにも、該当機は一切ありませんでした。」

『まぁ……そう簡単に調べの付くゾイドではないだろうと思っていたよ。』

 

 苦笑を浮かべた後、不意に真剣な表情を浮かべ、ガウスが語る。

 

『だが逆を言えば、あんな新型ゾイドやジェノザウラーを極秘裏に開発する事が出来るような機関がある。という事だ。特にジェノザウラーなんかは、どうにも悪い男の影がチラついてかなわん……』

「ギュンター=プロイツェン……ですか。」

 

 トーマの言葉に、ガウスがそっと頷く。

 

『そもそもジェノザウラーは、プロイツェンがデスザウラーを復活させる過程で誕生したゾイドだ。イヴポリス大戦で母体であるデスザウラーが破壊された今、新たにジェノザウラーを生み出すとなれば、当時、プロイツェンの配下として開発に携わっていた者でもなければ不可能だろう……』

「確かに……何者かがデスザウラーのゾイド因子を保管していたとしか考えられませんが……ルドルフ陛下が即位された後、プロイツェン派の者達は一通り捕らえられた筈です。国を挙げての一大騒動となった大粛清を掻い潜った者が居るとは……」

 

 言葉を濁すように黙り込むトーマに対し、ガウスは至って真面目に言葉を続ける。

 

『確かに俄かには信じがたい事態だが、それ以外に考えられん以上、現実を受け入れるしかない。現時点では、ジェノザウラーの存在が我々にとって唯一の手掛かりだからな。』

「そうですね……ジェノザウラーの存在に加え、関係者にしか詳細の通達されていなかった今回の合同演習を襲撃して来た事を踏まえても……現時点で言えるのは、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)は帝国の者達である可能性が高い。という事くらいでしょうか……」

『そういう事。』

 

 帝国で新型ゾイドを極秘裏に開発出来る程の機関……

 トーマの脳裏にとある機関の名が過る。疑惑が確信に変わっていくのを感じながら考え込む彼に、ガウスがふと思いついたように口を開いた。

 

『あ。そういえば。』

「はい。なんでしょうか?」

『いやね、ディスクの一件の報告を受けた後、私も少し伝手を当たってみたんだよ。そしたらさ、リューゲンゾイド研究開発機構の前CEOであるディートリッヒ=フォン=リューゲンが、かつてプロイツェンと親交の深い間柄であったらしい事が分かっちゃったんだよね。』

「えっ……」

 

 トドメのような一言に、トーマは目を見開き、メインブリッジ内の乗組員達も息を呑んだ。

 そんな彼等に、ガウスは言葉を続ける。

 

『此処からはあくまで私の独り言なんだけどさ?当時から帝国のゾイド開発の先陣を切っていたリューゲンゾイド研究開発機構が、デスザウラー復元計画やジェノザウラー開発計画と全く無関係だったとは、思えないよねぇ……』

 

 結論と言っても過言では無いその独り言に、トーマは確かな確信を得る。

 考え過ぎではないか?こじつけがましい憶測ではないか?と躊躇っていた事が、不意に零れ落ちた。

 

「……ガウス最先任。」

『ん?』

「今回現れた不明機のうちの1機……あの黒い恐竜型ゾイドについてなのですが……ブレードイーグルの攻撃を受けた直後、エネルギー漏れによるパワーダウンが確認されています。その際漏れ出たエネルギーが、ダークホーンに使用されているディオハリコンの発光性エネルギーと極めて酷似していました……ディオハリコンは北方大陸でのみ採掘される稀少鉱物です。そして、ゾイドの研究開発の為という名目で、リューゲン公爵は北方大陸への渡航権を有しています。」

『シュバルツ博士……』

「そもそも、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が使っていたゾイドは全て帝国製ゾイドばかりでしたッ……最早、疑いの余地などありはしません!リューゲン公爵が関わっている事は明白です!プロイツェン派粛清騒動を経て尚、捜査を掻い潜り権力を拡大し続けた公爵の目的が、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)を組織し、更に大きな悪事を働く為だとしたらッ―」

『博士。少し落ち着こうか。』

 

 子供を宥めすかすようなその一言に、トーマはハッと我に返る。

 気まずさに落とした視線の先で、手にしていた資料の端がくしゃりと音を立てた。

 

「申し訳ありません……」

『いや、博士が取り乱すのも無理は無い。例のディスクの一件もあるしね。』

「はい……」

 

 力無く答えたトーマに対し、何処か安心させるような笑みを浮かべたのも束の間……

 ガウスは酷く神妙な面持ちで、唐突に“独り言”を(まく)し立て始める。

 

『いやぁ~しっかし参ったなぁ~……公爵は権力だけでなく横の繋がりも相当広い。帝国軍議会議員にだって友人の1人や2人居ることだろう。馬鹿正直に上へ報告を上げれば当然、此方が掴んだ情報は全て議会へも筒抜けだ。何かしらの対策を取られてしまいかねん。しかし、今回の合同演習襲撃事件を鑑みれば、下手に動けん。なんて言ってる場合じゃないしなぁ……こうなればもっと証拠を掻き集めて、此方も手札を揃えておかなきゃならんなぁ……』

 

 腕を組み、うんうん。と1人頷いているガウスに、ブリッジの全員がぽかんとした視線を向ける。

 だが、そんな視線を全く気にも留めていない様子で「よし!」と顔を上げたガウスはにこやかに告げた。

 

『難しい話はまた明日にでも詰めるとしよう。とりあえず、気を付けて帰っておいで。』

「りょ、了解しました!」

 

 トーマの返事の直後、通信が切れる。

 そのまま暫くぽかんと静まり返っていたメインブリッジで、やがて、操縦士のタイラーがボソッと呟いた。

 

「……あれ、もしかしなくても遠回しに「もっと証拠集めてくれ。」って言ってるよな?」

 

 その言葉に、ブリッジの紅一点であり砲撃手であるヴェルナ=リンキネンが苦笑を浮かべる。

 

「そう……ですよねぇ……どう考えても……」

 

 恐らく、この場の全員誰もがそう思っているに違いない。

 視線を送り合う乗組員達の間に、ガウスに対する呆れと、トーマに対する同情の色が広がる。

 そんな中、通信士のバート=クレインが頭の後ろで手を組みながら背もたれに背を預け、呆れ返った表情でブリッジの天面を見上げた。

 

「変な所で回りくどいっつーか、そもそも隠す気がねぇっつーか……」

 

 やれやれ。といった様子の彼に、トーマも苦笑を浮かべた。

 

「まぁ……いつもの事だ。」

 

 いい加減慣れた。とでも言いたげなトーマに、艦内オペレーターのサディアス=ケンジットが呆れと心配を綯い交ぜにしたような視線を向ける。

 

「博士。自分、前から思ってたんですけど……最先任の無茶振りに毎度毎度振り回されて……なんというかこう……イラっとしないんですか?」

「いや、流石に苛つく程ではないというか……困りはするが、一応仕事だしな。」

 

 若干反応に困った様子でトーマが言葉を返した時、不意に穏やかな声が響いた。

 

「ヨハンもあぁ見えて真面目に考えているさ。あいつは昔から、真剣な時ほどお道化(どけ)て見せるからな。」

 

 その言葉に、ブリッジの全員の視線が、艦長席に座る1人の男性へと集まる。

 艦長、ハインツ=フォーゲル中佐。帝国軍人時代から優秀な指揮官として名高い彼は、温厚で気さくなその人柄も相まって、乗組員達は勿論、隊員達やスタッフ達からも篤い信頼を寄せられている。

 ……加えて、ガウスと“幼馴染”である事でも有名であり、現在ガーディアンフォースの副司令官という地位にある彼をファーストネームで呼び捨てる数少ない人物でもあった。

 フォーゲルはまるで子供達に話をして聞かせるかのように、そっと語り出す。

 

「今回の事件を重く見ているのは私も同じだ。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が軍隊を作り上げようとしているのならば、その軍隊が完成した時、この平和はどうなる?軍隊同士が衝突する事態に陥れば、それは最早戦争以外の何物でも無い。再び戦乱の時代へと逆戻りだ。」

 

 乗組員達の表情が真剣さに引き締まる。

 フォーゲルはそんな乗組員達を穏やかな眼差しで見渡し、言葉を続けた。

 

「諸君も理解している通り、我々ガーディアンフォースは平和維持を目的に設立された特殊部隊だ。その平和を壊される前に幻影騎兵連隊(ファントムリッター)とはケリを付けなければならんが、そう簡単に事は進むまい。」

 

 フォーゲルの言葉に、レーダー担当のヴァルター=シュレーカーが静かに頷き返す。

 

「確かに。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の背後にリューゲン公爵が居るのだとすれば、証拠を集める事すら容易ではない。此方がどれ程奴等を追い詰めたとて、その頃には時すでに遅しである可能性も否定は出来ん訳ですからな。」

「その通り。」

 

 シュレーカーの言葉にゆっくりと頷いて、フォーゲルは言葉を続ける。

 

「万が一総力戦ともなれば、本部直属機である我々のホエールキング“ヴァルフィッシュ”は、ガーディアンフォースの旗艦として各支部のホエールキングを統率する立場となる。平和の担い手たるガーディアンフォースの一員として、このヴァルフィッシュの乗組員として、諸君にもそれをしかと胸に刻んでおいて欲しい。」

 

 穏やかながら真剣なフォーゲルの声と眼差しに、乗組員達が一斉に起立し敬礼を取る。

 そう。突如現れた脅威との戦いは終わってなどいない。これが“始まり”なのだ。

 それを再確認した乗組員達の目には、真剣な光が宿っていた。

 

   ~*~

 

 その頃、リューゲンゾイド研究開発機構本部の地下研究施設……幻影騎兵連隊(ファントムリッター)のアジトにて、初陣を終えたデッドボーダー、デスキャット、そしてヤークトジェノザウラーがメンテナンスを受けていた。

 

「それにしても……デッドボーダーとヤークトがやられるとは、少し予想外でしたね。」

 

 整備長の言葉に、アナスタシアがデッドボーダーを見上げる。

 タルボサウルス型ゾイド、デッドボーダー……その最大の特徴は、暗黒大陸で採掘される稀少鉱物「ディオハリコン」から(もたら)される、莫大なエネルギーだ。デッドボーダーの専用主兵装である「重力砲(G-カノン)」も、この莫大なエネルギー無しには成り立たない。

 そんな強力なゾイドであるデッドボーダーを、今回の初陣で“敢えて”対空砲火に専念させたのは、その重力砲(G-カノン)がブレードイーグルに対し何処まで通用するのかを試しておく必要があった為だ。

 あの鋼鉄の守護鷲に匹敵するだけの飛行ゾイドがまだこの世に存在しない以上、飛行ゾイドで勝負を挑んだ所で勝ち目は無い。つまり現時点では、地上から仕留めるより他に対抗手段がないのである。

 とはいえ、あの重力波を全て躱されたのは完全に想定外の事であった。恐らく何らかの形で重力波を感知し、躱したのだろうが、だとすれば一つだけ疑問が残る。

 何故、片翼を失ったストームソーダーを空中で捕らえた直後だけは、重力波を避け切れなかったのか?

 人命救助を優先した為にパイロットの注意が疎かになってしまっただけなのかもしれないが、重力波を正確に避けていた際と、避け切れなかった際での違いを敢えて挙げるとするならば一つだけ……オーガノイドが合体したか否かだ。残念な事に、ブレードイーグルに合体したオーガノイドの姿は一条の光と化していた為、以前SNSで話題になった写真に写っていた桜色のオーガノイドかどうかは不明のままではあるが、恐らく同一個体の筈。ブレードイーグルと共に眠りに就いたという双星の片割れ……“花の戦女(いくさめ)”のオーガノイドである可能性が高いだろう。

 ブレードイーグルと桜色のオーガノイドについては、その性能や能力の全てが判明している訳ではない。現段階では情報を集め、徹底的に対策を立てる事の方が急務と言えよう。 

 

「多少の被害は被ったが、お陰で守護鷲の性能に関するデータが手に入った。初陣としては十分だろう。」

 

 無表情にそう受け答え、アナスタシアはヤークトへと視線を移す。

 今回の初陣にて最も相手に苦戦していたのがこのゾイドであった。

 ヤークトジェノザウラーは従来のジェノザウラーと同様、荷電粒子砲を撃つ際、必ずフットアンカーの補助が必要となってしまう。それ故に、発射体勢を整える事が出来なければ荷電粒子砲を撃てないのが最大の弱点だ。ジェノブレイカーと比べれば、性能が劣ってしまう事くらい承知の上。

 しかし、それをカバー出来るだけのポテンシャルがある筈にも関わらず、ジェノブレイカーに圧倒された。しかもよりによってオリジナルにではなく、リミッター制限を設けたレプリカに……

 確かにクラウは技術も精神面もまだ未熟ではあるが、それでも古代ゾイド人であるが故の高い操縦適正と、古代の戦争の記憶を持ち合わせている。正直な話、ゾイド戦の実力は並みのゾイド乗り達よりも遥かに強い。

 ならば何故圧倒されてしまったのか?……理由は主に近接装備の少なさにある。

 元々、荷電粒子砲を放つ事に特化した機体だ。並のゾイド乗りでは固定砲台のように乗るのが精一杯であろう。

 だが前衛に出る以上、ハイパーキラークロー以外の近接装備を強化しなければ、荷電粒子砲の発射体勢を整えるだけの時間稼ぎすら難しい……特に今回のジェノブレイカーのように、近接戦闘を得意とするタイプとの戦闘となれば尚更だ。

 ただ、残念なことにヤークトの機動力では、ジェノブレイカーのようなフリーラウンジシールドとエクスブレイカーは装備させられない。あれはあくまで、ジェノブレイカーのパワーと機動力が伴ってこそ武装として真価を発揮する装備だ。同様の装備を開発し搭載したとしても、機動力が落ち、動きも緩慢になってしまう。

 ヤークトの完成度を高める為には、近接格闘戦に対応した新たな装備を模索しなければならなかった。

 

「デスキャットの整備状況は?」

 

 ふと、アナスタシアがデスキャットを見上げる。

 整備長はすぐさま手にしていた大型タブレットでデスキャットの整備箇所を表示し、読み上げ始めた。

 

「デスキャットの方は、守護鷲に蹴られた際の傷と、その後地面を転がった際の傷が多少ありますが、どの傷も機体表面のみで済んでおりますので、自己再生能力に任せるだけで十分かと思われます。任務に支障をきたす程のダメージはありません。」

 

 整備状況を読み上げた直後、整備長は感心したような眼差しでデスキャットを見上げる。

 

「ガーディアンフォースの新型ライガーを単機で圧倒しただけではなく、守護鷲の攻撃によるダメージも、あの一瞬で最小限に止めるとは……流石、ハウザー様ですね。」

「私の実力など大した事は無い。」

 

 不意に響いたその声にアナスタシアと整備長が振り返れば、話題の張本人が此方へ歩いて来ていた。

 ハウザーはアナスタシアへ敬礼した後、真剣な眼差しでデスキャットを見上げる。

 

「デスキャットの性能であれば、確実に躱せていた筈の攻撃だった。それを喰らったのは、(ひとえ)に私の未熟さ故……お前達整備員達にも手間を取らせた。すまん。」

「いえ!決してそのような事は……」

 

 面食らったように声を上げる整備長の隣で、アナスタシアが静かにハウザーへ問うた。

 

「初陣を終えた所感はどうだ?何か手ごたえはあったか?」

 

 その問いにハウザーはアナスタシアへ向き直ると、まるで最初からそう問い掛けられる事が分かっていたかのように、思案も迷いも無く答えた。

 

「流石、英雄の息子達といった所でしょう。ライガーゼロのパイロットもジェノブレイカーのパイロットも、ゾイド戦における戦闘能力はかなり抜きんでていると言えます。ディバイソンの援護砲撃も的確でした。しかし、互いを必要以上に気に掛け、仲間の負傷に気を取られがちな面が見受けられます。守護鷲のパイロットも、人命救助を優先するが故に無謀な行動に出る傾向があるように感じました。大人顔負けの卓越した技術を持つ一方で、子供らしい精神面の脆さがある。それが彼らの一番の弱点かと。」

「だからこそ、成長する前に叩く必要がある。という訳だな?」

「はい。」

 

 真っ直ぐアナスタシアを見つめ頷て見せた後、ハウザーは言葉を続ける。

 

「アナスタシア様。一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「ヤークトの近接装備の強化についてです。」

 

 その言葉に、アナスタシアが口元に薄く笑みを引く。

 

「どうやら、考える事は同じのようだな。」

 

 そう呟いた彼女は、整備長に機体の整備を進めるよう指示を出すと、ハウザーと共に歩き出す。

 廊下を歩きながら最初に口火を切ったのはアナスタシアだった。

 

「ヤークトの近接装備に、何か具体的な案があるようだな?」

「はい。」

 

 歩む先を真っ直ぐ見据えたまま、ハウザーは答えた。

 

「あのライガーゼロが使っていた可変ブレード。アレをヤークトの近接装備として開発、装備するというのはいかがでしょうか?」

「ほう……」

 

 意外なその提案に、アナスタシアがハウザーを横目に見上げる。

 彼女の視線に気付いたのか、ハウザーもアナスタシアへ視線を移し、ふと微笑んだ。

 

「ジェノブレイカーと同様の近接装備を開発、搭載したところで、パワーも機動力も劣るヤークトでは枷にしかならない。それはアナスタシア様も既にお気付きでございましょう?」

「全く、なんでもお見通しと言う訳か。気に食わん奴だ。」

「申し訳ございません。」

 

 くすぐり合うようなやり取りの後、ハウザーはふと真面目な表情に戻る。

 紅玉のような真っ赤な瞳が、静かな焔のような光を湛えていた。

 

「攻守ともに使用可能な装備にするには、ブレードの長さや身幅をかなり変更しなければなりません。流石に次の作戦までに完成とはいかないでしょう。いかが致しましょうか?」

「問題無い。次の作戦はゾイド戦よりも白兵戦が主体となる。ヤークトとデッドボーダーは今回の戦闘でのダメージもある。後衛に回す予定だ。」

 

 淡々とそう答えた後、アナスタシアは再びハウザーを見上げる。

 そのエメラルドのような澄んだ緑色の瞳もまた、強い光を宿していた。

 

「次の作戦で前衛を担当するのはお前とデスキャットだ。頼むぞ。」

「承知しております。今回のような醜態は二度と晒しません。」

 

 キッパリとしたその返事に、微かな笑みを浮かべたのも束の間。

 アナスタシアはふと思い出したようにハウザーへと訊ねた。

 

「ところで、クラウとユッカはどうしている?」

 

 その一言に、ハウザーの表情が一気に疲れの色を露にする。

 彼は何処かぐったりした様子で、溜息交じりに呟いた。

 

「ユッカは帰還後、再び集積データの仕分け作業に戻りました。守護鷲の攻撃を受けたので、念の為にメンテナンスに行くよう告げたのですが、問題無い。と……」

「本人が問題無いと言うのなら問題無いのだろう。アレは基本的に、命令された事を忠実にこなす以外の事が出来ん人形だ。放っておけ。」

 

 何処までも冷たく無関心なアナスタシアに、ハウザーが僅かに心配するような視線を投げかける。

 彼女はユッカの事になるといつもこうだ。オイゲンの実の娘でありながら、一切の愛情を注がれずに育った彼女にとって、父のお気に入りであるユッカの存在は酷く憎たらしいに違いない。

 ハウザーは吐息のような溜息を小さく吐いて言葉を続けた。

 

「……クラウは自室に戻ったようですが、あの青いジェノブレイカーとシュバルツ少佐のジークドーベルに歯が立たなかったのが悔しいようで……かなり荒れていました。大人しくしているかどうか……」

 

 そう言いながら、ハウザーはチラリとアナスタシアを見やる。      

 アナスタシアは「やはりな……」とでも言いたげな表情を浮かべ、立ち止まった。のだが……

 

「……時にはそっとしておくのも手だ。落ち着くまで1人にさせてやろう。」

 

 意外なその一言に、思わずきょとんとした表情を浮かべたハウザーを見上げ、彼女は怪訝そうに眉を(ひそ)める。

 

「なんだ?」

「いえ、てっきりクラウの様子を見に行かれるのだとばかり……」

「クラウももう16だ。四六時中面倒を見る必要もあるまい。」

 

 いつもの調子で淡々と語るアナスタシアだったが、ハウザーにはそれが妙に違和感のように感じられた。

 そう……まるで何処か、自分に言い聞かせているようだ。と……

 

「私は今回の報告と、次の作戦の詳細について、これから父上と話して来る。お前は開発2課の方に、ヤークトの可変ブレード開発搭載案を進言しておいてくれ。」

「はっ!」

 

 敬礼し、歩き去っていくハウザーの後ろ姿を見送った後、アナスタシアもまた、リューゲンゾイド研究開発機構本部の社長室へ向かい歩き出す。

 次の作戦の概要はある程度通達されてはいるが……次の標的はあまりにも厄介だ。

 しかし、だからこそ確実にガーディアンフォースの本部訓練部隊が派遣される案件となる。それも間違い無い。

 肝心なのは犯行予告を出し、実行に移すタイミング……今回の戦闘で損傷を受けたガーディアンフォースのゾイド達が再度出撃出来る頃合いを見計らわなければ、恐らく守護鷲は来ない。厄介な存在であるからこそ、未熟な内に叩いておかなければ……

 本部一階まで辿り着き、ふと、アナスタシアは通路の窓辺で立ち止まった。

 惑星Zi特有の双月を見上げ、彼女はぼんやりと思いを巡らせる。

 

―まだ始まったばかりだというのに……何故、こんなにも不安なのだろう……―

 

 父の期待に応える事だけを目的に生きていた。

 そうすればいつか、父に人並の愛情を注いでもらえると思っていた。

 だが、父の悲願が達成されたとして、はたしてその先に自分の居場所があるのだろうか?

 所詮は自分も、父にとっては使い捨ての駒に過ぎないのではないか?

 幾度も頭を過っては掻き消して来た不安が、じわりと胸を締め上げた……

 

―行き着く先に居場所が無かったとしても……私には……―

 

 脳裏に過った、大切な存在……実の父よりも家族と呼ぶに相応しい2人の存在に、アナスタシアは不安を押し殺して再び通路を歩き出す。

 哀しい程に強い、呪いのような決意は、そのエメラルドグリーンの瞳に何処までも冷たい光を灯させていた。

 

   ~*~

 

 その頃、クラウは待機用の自室のベッドで、枕を抱えたままぼんやりと寝転がっていた。

 瓦礫街から帰って来た際に八つ当たりして滅茶苦茶にしてしまった室内は、元通りに壁紙が貼り直され、ボロボロにしてしまったテーブルも椅子もカラーボックスも、新しい物に交換されている。カラーボックスの中には以前とは別の本が数冊収められていた。

 だが、どれだけ部屋が元通りの状態に戻ろうと、彼女の心が元に戻る訳ではなかった。

 

―随分強そうな機体に乗っているのに、乗り手が三流じゃ意味がないな。―

 

 エドガーに言われたその一言が、何度も脳裏を過る。

 クラウはごろんと寝返りを打ってベッドが面している壁側を向きながら、悔し気に呟いた。

 

「……違うもん……」

 

 確かに自分は、パイロットとしての本格的な訓練を受けて来た訳ではない。

 自分がこれまで受けて来たのは、物心付く前から囚われていた研究所での、実験だけ……

 しかし、だからこそ彼女には負けたくない、負けられない理由があった。

 

「三流なんかじゃないもん……クラウとお母さんは、三流じゃないもん……」

 

 抱えた枕をぎゅっと抱き締めながら、クラウは自身の記憶を思い返す。

 そもそも彼女がゾイドエッグで眠りに就いたのは、まだパートナーたるオーガノイドすら必要の無い、赤ん坊の頃だった。勿論、クラウの母親と、そのパートナーであったヒドゥンも、共に同じシェルターで眠りに就いていたのだが……身勝手な現代人達の戦争に巻き込まれ、眠りに就いていたシェルター……今の時代で言う遺跡が崩落。その際の瓦礫によって、母が眠っていたゾイドエッグはぐちゃぐちゃに圧し潰されてしまっていたと、ヒドゥンから聞かされた。

 ヒドゥンが眠っていたゾイドエッグもその時に破損してしまい、先に目覚めてしまったヒドゥンは、亡きパートナーの一人娘であるクラウが眠っていたゾイドエッグを、長い間守り続けていた。

 しかし、古代ゾイド人の研究に明け暮れる悪質な科学者達の手によって、クラウの眠るゾイドエッグ共々捕らえられてしまったのだと……

 ゾイドエッグから取り出され、貴重な研究材料として育てられていく中、科学者達はヒドゥンがクラウのオーガノイドではなく、遺跡内でゾイドエッグごと圧死してしていた者のオーガノイドだったのではないか?と気付いてしまった。

 研究サンプルとして持ち帰られたDNAデータから、親子である事を突き止めた彼らは一つの結論に至る。

 本来の記憶の持ち主でなくとも、その血縁関係にある者ならばある程度の互換性がある筈。と……

 そう。科学者達は、ヒドゥンの中に保存されていた“母親の記憶”を、当時まだ3歳になったばかりだったクラウに無理矢理ダウンロードしたのだ。

 まぁ結論から言えば、ダウンロードされた記憶の大半は拒否反応が起き、定着しなかったのだが……それでも僅かに定着したほんの一握りの記憶の一つが、古代大戦の最前線で戦っていた頃の母の記憶。

 つまり、ゾイドの操縦技術に関する記憶だった。

 不本意な形で受け継いだとはいえ、母親の顔すら覚えていないクラウにとっては、この僅かな記憶だけが母の存在を確かに伝えてくれる証であり、宝物なのだ。

 勿論、記憶に残る母の操縦を必死に真似た所で、まだまだ足元にも及ばない事はクラウ自身も分っている。

 だがそれでも、ゾイドの操縦には自信があった。今まで勝てなかったのは、アナスタシアとハウザーの2人だけだったのだから……

 

「何も知らない癖に……何も、分からない癖にッ……」

 

 届く筈のない罵声を吐く声は、震えていた。

 “乗り手が三流”

 自分だけではなく、自分の中で生き続けている母の技術まで罵倒された。

 なんたる屈辱だろう。平和な時代に生まれた半端者の分際で、よくもそんな事を……沸き上がる悔しさと怒り、そして憎悪が、思考を掻き乱して溢れかえる。

 その特徴的な水色の瞳に、殺意と狂気が暗い焔を灯した。

 

「殺してやるッ……アイツだけは、絶対に殺してやるッ……」

 

 呪詛のようなクラウの呟きに、ベッドの傍で丸くなっていたヒドゥンだけが、我が子同然の少女を悲し気な眼差しで見つめていた。

 

   ~*~

 

 一方データ集積室では、集積データの処理に使用しているデバイスチェアの上で、ユッカが膝を抱えていた。

 手にしたままのヘッドギアを所在無さげにゆっくりと揺らしながら、彼は本日の初陣を振り返る。

 

―戻って来た守護鷲の相手よろしくね。アレックス。―

 

 クラウに呼ばれたその名は、作戦行動中のコードネーム……そう。あくまでコードネームなのだ。

 自分の名前はユッカ。目覚めた時に、そう名付けられた。

 なのに何故だろう?コードネームである筈の“アレックス”という名に、その響きに、不思議な感情を覚えた。

 

「これは……なんだ?」

 

 自我の薄い彼には、答えがなかなか導き出せない。

 抱いたこの感情を形容する言葉すら、上手く思いつかない。

 作戦に参加したのは今日が初めてだった。勿論、コードネームで実際に呼ばれたのも、今日が初めてだ。

 それなのにアレックスと呼ばれたあの瞬間、かつて同じように呼ぶ声を聞いたような気がした……

 

「ぁ……」

 

 微かにハッとしたような声を上げ、彼はそっと、その言葉を口にした。

 

「……なつ……かしい?」

 

 しかし、自身が呟いたその一言に、ユッカは新たな疑問を抱く。

 有り得ない。

 過去を持たない自分が“懐かしい”などと思うのは完全に矛盾している……

 だが、以前にも一度こんな矛盾を抱いた事があった。

 命令に忠実であればそれで良い。と、アナスタシアに言われたあの日、自分は無意識にこう思った。

 

―昔はもっと……―

 

 あの時、何故そのような事を思ったのだろう?

 昔とは一体、いつの事なのだろう?

 自分が覚えているのは、目覚めてからの記憶だけだ。過去など無い。ある訳が無い。

 ただ頑なにそう思い込んでいる訳ではなく“明確な根拠”がきちんとあった。

 ……にも関わらず、何か、忘れてはいけない事を忘れているような気がしてならない……

 そうでなければ、アレックスという名へ対するこの懐かしさが、説明出来ない。

 

「俺は、一体……」

 

 思わず片手で額を鷲掴む。

 絶対的な根拠に基づいた、事実。

 矛盾によって幾度も過る、可能性。

 一体……どちらが正しいのだろうか?

 

「……」

 

 暫く頭を抱えて考え込んでいたユッカだったが、やがて彼は無言のまま、何処か諦めた様子で静かにデバイスチェアに座り直した。

 考えるだけ不毛だ。答えなど出ない。出る筈も無い。

 こんな事に時間を浪費するよりも、今は自分の仕事をしなければ……

 彼は手にしているヘッドギアを装着しようと顔の前まで持ち上げ、そのままふと動きを止めた。

 以前、送られてくるデータの波の向こうに垣間見た桜色の髪の少女の姿が……唐突に脳裏を過ったのだ。

 装着しかけたヘッドギアを見つめたまま、そっと膝の上に乗せ、彼は問いかける。

 

「お前は……誰なんだ……」

 

 その声音は無機質ながら、何処か途方に暮れているようにも聞こえた。

 何故、今このタイミングであの少女の事など思い出したのだろう?

 結局彼は、仕事を再開するでもなく、背もたれに体を預けぼんやりと天井を眺める。

 桜色の髪に、鶯色の瞳、花のような形のフェイスマーク……

 姿を見たのはほんの一瞬だったというのに、その容姿はハッキリと覚えていた。

 そして同時に……そう、何処か、懐かしい……

 

―……ーナ……―

 

 微かに過ったその声は、一体誰の声なのだろう?

 不意に込み上げた、新たな感情……ただ重く、苦しく、圧し潰されそうな謎の圧迫感に、両手を添えたままだったヘッドギアから手を離したユッカは、天井を見上げたまま両手で顔を覆い隠す。

 

(分からない……これは一体なんなんだ?何故今日はこんなにも、分からない事が増えていくんだ?……)

 

 芽生え始めた自我を苛む、重苦しい感情……

 この感情を“罪悪感”と呼ぶ事を……彼は、まだ知らない。




Pixiv版第30話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12326151


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第31話-それぞれの可能性-

 合同演習が中止になって、ガーディアンフォースベースへとんぼ返りする破目になった俺達。

 ルネ姉ちゃん達が居るのもあと少しだし、中止になった演習の分も、残りの訓練頑張るしかねぇんだけど……

 ゼロとブレードイーグルは修復に時間が掛かる。って話だったし……

 俺達、どうすりゃ良いんだろう?

 [レン=フライハイト]

 

 [ZOIDS-Unite- 第31話:それぞれの可能性]

 

「それにしても……随分派手にやられたわね……」

 

 演習から一夜明けた、ガーディアンフォースベースの開発作業棟一階。修復整備ドッグ。

 早朝に帰還したホエールキング「ヴァルフィッシュ」から、搬送用キャリアーでゾイド用の大型フレーム修正機へと運ばれて来たライガーゼロを見上げ、深刻な表情を浮かべているのはルネであった。

 現在運用されているライガー系ゾイドの中では、唯一の装甲型キャノピーを採用しているライガーゼロ。従来のシールドライガー、ブレードライガーよりも遥かに頑丈である筈の機体が、此処までのダメージを受けて帰って来た事に対し、彼女も衝撃を受けているらしい。

 そんな彼女の隣には、何処か泣き出しそうな表情で相棒を見上げるレンの姿があった。

 

「うん……あの時、俺がもっとしっかり避ける事が出来てたら、こんな事には……」

 

 まるで懺悔のように呟いたレンの後ろ頭を、ルネが掌で軽くしばく。

 戸惑ったように目を見開いたレンの視線の先で、彼女は微かに呆れたような表情を浮かべていた。

 

「過ぎた事に対して、たらればの話をしてもしょうがないでしょ。落ち込んでる暇なんかないわよ。レン。」

「うん……それも、分かってるんだけどさ……」

 

 しゅんと足元に視線を落としたレンに、小さな溜息を一つ吐いて、ルネは再びライガーゼロを見上げる。

 

「もし、乗ってたのがゼロじゃなくてシールドライガーだったなら、あんたとっく死んでたのよ?ゼロが命懸けで必死に守ってくれたのに、此処であんたが挫けて立ち止まってちゃ駄目じゃない。そんなんじゃ、元気になったゼロに合わせる顔、無いんじゃないの?」

「うん……」

「なら、気持ち切り替えなさい。」

 

 ぽんぽんと背中を叩かれ、こくりと頷くレン。

 なかなか簡単に立ち直れそうに無い彼に対し、ルネはふと真面目に語り出した。

 

「ゼロをこんな風にした赤と銀の高速戦闘用ゾイド……あんたがゼロと一緒に挑んでこれだけやられたんだもの。正直こんな事言いたくないけど、恐らくうちの部隊の人間でも歯が立つかどうか怪しいわ。」

 

 唐突なその言葉に、思わずきょとんとした表情でレンが顔を上げる。

 ルネは敢えて、フレーム修正機へのセット作業に入ったライガーゼロを見つめたまま、言葉を続けた。

 

「今現在、うちの首都守備隊に配備されてる機体の殆どは、従来の強化ガラス製全面キャノピー。装甲キャノピーを採用した新型のケーニッヒだって、私のロジャーと、ストライド中佐の指揮官機だけ。同じようにコックピットをピンポイントで狙われたら、たまったもんじゃないわ。あの幻影騎兵連隊(ファントムリッター)とかいう連中の出現に戦々恐々としてるのは、私達共和国軍も同じなの。」

 

 そこまで語った後、彼女はふとレンを見つめる。

 

「だからこそ、残りの訓練期間で少しでもあんたが成長出来るように、私も力を貸してあげる。二度とこんな思いをしないように……でも、別にあんた1人に背負わせるつもりは、無いからね。」

「え?……」

 

 戸惑ったように見上げたその先には、優しく穏やかな笑みがあった。

 

「皆で強くなって、皆で立ち向かって、皆で勝てば良い。そうでしょ?」

 

 温かいその言葉が、落ち込んでいたレンの心に染み渡る。

 そうだ。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)はガーディアンフォースだけでなく、帝国軍にとっても共和国軍にとっても脅威である事に変わりはない。その脅威に立ち向かわなければならないのは、自分1人だけではないのだ。ルーカス達も、ルネ達も、そして幼い頃から共に切磋琢磨してきたエドガーとクルトも、新たな仲間であるカイとシーナも、尊敬し憧れる父、バンも……皆居るではないか。

 

―レン!―

 

 ふと、幼い頃に言われた言葉が脳裏を過る。

 

―英雄の息子だからって、勝手に期待を押し付けてくる奴等なんか気にするな!辛い時や苦しい時は俺達を頼れ!悲しい時はちゃんと泣け!何でも独りで抱え込むな!―

 

 泣き出しそうな顔で叱ってくれたクルトの姿に、その言葉に、どれだけ救われたか分からないというのに……気が付けばすぐに独りで抱え込もうとしている自分が、どうしようもなく不甲斐ない。

 だが同時に、こうして自分が間違えそうになる度、何度でも“独りじゃないよ”と伝えてくれる人々がいる事に対して、どれだけ自分が恵まれているのかを噛み締める。

 大丈夫。皆一緒だ。独りじゃない……レンの顔に、笑顔が戻った。

 

「あぁ。そうだよな。ありがとう。ルネ姉ちゃん。」

 

 やっといつもの調子で返事を返した彼に対し、満足げな笑顔を見せたのも束の間。

 ルネは掌を返すように、浮かべた笑顔へ意地の悪い影を落とした。

 

「やっとやる気出したわね。今日の訓練、みっちりしごいたげるから覚悟しなさいよ?」

 

 彼女の笑みに、レンが若干たじたじとした愛想笑いを浮かべる。

 

「で、でも、ゼロは暫く修復に時間掛かるらしいし……訓練受けたくてもゾイド無しじゃ……」

「何言ってんのよ。訓練ぐらい、いくらでもやりようならあるじゃない。」

「……えっと、白兵戦訓練?とか?」

「この話の流れでなんでそうなるのよ。ゾイド戦に決まってるでしょ。あんたちゃんと話聞いてた?」

「えぇぇぇ?……」

 

 途方に暮れたようにレンは眉を八の字にして、困惑の表情を浮かべた。

 一瞬、ルネの駆るケーニッヒウルフから身一つで逃げ回れ。と言われるのだろうか?などという考えが脳裏を過り、思わず身震いする。いくらなんでもそんな事は無いだろう。と思いたいが、突拍子も無いような事を平然と思い付くルネの性格を考えると、全く有り得ない話という訳でも無い。

 しかし、ルネは困惑するレンの反応を楽しんで満足したのか、明るい笑みを浮かべながら優しく問い掛けた。

 

「私の相棒が“2頭”居るの、忘れたの?」

 

 その言葉に、レンがきょとんとした表情を浮かべる。

 

「ロジャーとティムだろ?……え?!まさか?!」

 

 レンが再び目を見開く。

 そんな彼に、ルネは笑いながら頷いた。

 

「そう!そのまさかよ。ちゃーんと連れて来てるんだから。」

 

 その言葉に、レンがパァッと目を輝かせた。

 

   ~*~

 

「ティム?誰だそれ?」

 

 午前訓練開始前、ルネの相棒のうちの1機“ティム”を借り受ける事になったレンは、自分と同じように相棒が修復中であるカイと共に、駐機されている共和国軍の輸送型ハンマーヘッドへと歩いていた。

 不思議そうに首を傾げているカイに、レンはくすくすと笑い声を上げる。

 

「ルネ姉ちゃんってさ、自分のゾイドに名前付けてんだ。地上戦闘訓練でいつも乗ってたケーニッヒウルフが“ロジャー”で、“ティム”ってのは、コイツの名前。」

 

 そう言って、レンはハンマーヘッドから降りて来た白い機体を見上げる。

 その機体を見て、カイも思わず目を見開いた。

 

「シールドライガーじゃねーか!しかも首都守備隊の白ライガー!すっげー!俺初めて本物見た!!」

 

 年相応の子供らしい反応を見せるカイに、レンが微笑ましげな笑い声を上げた。

 シールドライガー。長年、共和国軍の主力ゾイドとしてその名を轟かせているライオン型ゾイド……首都守備隊仕様の特徴的な白い機体は、対立戦争時代に「青い稲妻」の異名で呼ばれた通常の青いシールドライガーとは、また違った印象を与える。

 フットアンカーでシールドライガー“ティム”から降りて来ながら、ルネは目を輝かせているカイの姿に思わず得意げな笑みを浮かべた。

 

「どう?カッコいいでしょ?」

 

 スタッと目の前に着地しながら問い掛ければ、カイが大きく頷く。

 

「勿論!シールドライガーって、これまで色んな有名ゾイド乗りが相棒にしてた超有名ゾイドだし!それだけでもテンション爆上がりなのに、首都守備隊仕様機とかレアカラーじゃん!滅茶苦茶カッコいい!」

 

 興奮気味に即答するカイに、うんうん。と頷きながら、ルネは微笑まし気に彼を見つめる。

 

(飛行ゾイドにしか興味が無いのかと思ってたけど……この子もゾイドが大好きなのね。)

 

 かつて、ティムと出会って目を輝かせていたレンの姿が、目の前のカイと重なる。

 なんとなくそんなカイの頭を優しく撫でた後、彼女はレンの肩をぽんっと叩いた。

 

「ほら。レン。久しぶりなんだからちゃんと挨拶しなさいよ?」

「あぁ!」

 

 元気良く頷いたレンはティムの前へと走って行き、その名を呼んだ。

 

「ティム!久しぶり!!」

 グルルルルル

 

 彼の挨拶に、ティムは喉を鳴らすような声を上げ、僅かに頭を下げる。

 まるで「お久しぶりです。」と挨拶を返しているようなティムの姿に、レンも嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「ゼロが治るまでの間だけど、またよろしくな!」

「また??」

 

 不思議そうに訊ねたカイを振り返り、レンが頷く。

 

「あぁ。実は俺がゾイドの乗り方覚える時に乗ってたの、ティムなんだ。」

「マジで?!」

 

 思わずあんぐりと口を開けたカイの反応を面白がるように笑って、ルネが説明を引き継いだ。

 

「ゾイドの操縦を覚えたい。ってレンが言い出した頃、練習機として暫く貸してたのよ。」

「いやいやいや!暫く貸してたのよ。って!そんな簡単に貸せるもんなのかよ?!首都守備隊の機体だろ?!」

 

 ギョッとした様子で捲し立てるカイに、レンとルネは顔を見合わせる。

 

「まぁ、バンおじさんは世界を救った大英雄だし。一応共和国軍側に軍籍だって置いてる訳だから。シールドライガー1機貸し出すくらい、もう右から左よ。空いてる機体はないか?って打診されて、丁度その頃は私もロジャーの慣らしに忙しかったし、レンがゾイドを生き物として大切に扱う子なのは昔からよく知ってたから、稽古つけてあげてきてね。って、ティムに頼んだってわけ。」

「無茶苦茶だ……」

 

 頭を抱えて嘆くように呟いた後、カイはふとレンに訊ねた。

 

「つーかさ、ゼロが完成するのと同時に専属パイロットしてんだから、ティムで操縦の訓練してたのって、それより前って事だろ?その頃って、お前まだガーディアンフォースじゃなかったんだよな?」

「うん。えっと、5年前?くらいだったよな?」

「そうね。私が20歳の頃だった筈だから。」

 

 レンは自分と同い年。という事は、5年前の時点で12歳の筈だ。

 そんな頃から、軍の、しかも首都守備隊から借り受けたシールドライガーを乗り回していたとは……

 いくら司令官であるバンの息子とはいえ、そんな子供の頃からベースに出入り出来るものなのか?とか、既にその頃からガーディアンフォースの隊員になる事が決まっていたのか?とか、新たな疑問が次から次に湧き上がりはするのだが、最早軽い眩暈すら感じる程のエピソードに、カイはただ一言、げっそりと呟いた。

 

「お前、ホントにハンパねーな……」

「そうか?」

 

 きょとんと首を傾げるレンに溜息を一つ吐くと、カイは気を取り直すようにティムを見上げる。

 まぁ経緯はどうあれ、訓練を続行出来る機体があるというのは少し羨ましい。元々ライガーゼロは、従来のシールドライガーと、バンのブレードライガーのデータを元に開発された同系列ゾイドだ。機体感覚もそう変わらないであろうし、かつての練習機であったのならば、慣れるのにも然程時間は掛からないだろう。

 だが自分の場合、修復中のブレードイーグルの代わりにトーマのストームソーダーを借りれば良い。という訳にはいかなかった。自分が手探りでゾイドの操縦技術を身に付けたのはレドラーであるし、ベースの機体にレドラーは無い。乗った事の無いストームソーダーでは慣れるのに相当時間が掛かるだろう。まともに訓練出来るくらい慣れた頃には、ブレードイーグルの修復が終わっている筈だ。

 これから先、今回のようにブレードイーグルが修復中で出撃出来ない場合に、ストームソーダーで出撃する可能性も無いわけではない。操縦を覚えておいて決して損は無いのだが、自分はまだ、ゾイド戦以外の訓練も殆ど受けてはいない為、まずは其方の訓練を優先しよう。という事で話が決まっていた。

 

「訓練、頑張れよ。レン。」

「おう!」

 

 ぽんっと肩を叩けば、満面の笑顔でレンが元気良く頷く。

 そんなレンに笑顔を返せば、レンもぽんっと肩を叩いて来た。

 

「カイも白兵戦訓練、頑張れよ。」

「おう。」

 

 フットアンカーでティムへと乗り込んでいくレンを見届けて、カイはトレーニング棟の方へと歩き出す。

 白兵戦訓練。その名の通り、ゾイドではなく自身の身で戦う為の訓練だ。射撃ならば自信はある。だが、近接格闘などの武器を使用しない戦闘の経験は皆無に等しい上に、訓練相手は自分よりも頭一個分以上身長差のあるウィルとシドだ。正直不安で仕方がない。

 

「お。来た来た。」

 

 トレーニング棟の前で待っていたウィルが笑顔を見せる。その隣で、シドもヒラッと手を振って見せた。

 そんな2人に小さく手を振り返し、カイは歩きながら訊ねる。

 

「白兵戦訓練って、具体的にはどんな事すんの?」

「まぁ、主に射撃訓練と近接格闘の二種類だな。どっちを先にやりたい?」

 

 いつもの明るく陽気な声で訊ね返して来たウィルへ、カイは迷わずに一言答えた。

 

「じゃぁ射撃で。」

 

 あまりの即答振りに、少々面食らった様子のウィルがシドと顔を見合わせる。

 軽く肩を竦めて見せた後、シドがくいっと背後にあるトレーニング棟の入口を親指で指し示した。

 

「射撃場はトレーニング棟の地下にある。ついて来いよ。」

 

 歩き出したシドの後に続いて、カイは至って気楽そうに頭の後ろで手を組みながら歩き出す。

 そんな彼に、後ろから付いて来ているウィルが不思議そうに訊ねた。

 

「意外と緊張してないんだな?」

「ま。射撃に関してはな。銃の扱いは慣れてるし。」

 

 なんでもなさそうに答えたカイに、シドが地下射撃場への階段を降り始めながら肩を竦める。

 

「白兵戦訓練受ける前に、瓦礫街の調査任務任されたくらいだからなぁ。ぶっちゃけ俺達、教える事無いんじゃないか?射撃に関しては。」

「どうかなぁ?俺に銃の扱い教えてくれたの、しがない賞金稼ぎのお兄さんだから。」

 

 ただし、元軍人で銃の天才の。と心の中で付け足しつつ、カイはふと微かな疑問に行き着く。

 

(つーか、こうしてきちんとした射撃場で撃つのは俺もこれが初めてだな……俺の銃の腕って、現役軍人から見てどれくらいのレベルなんだろ?)

 

 自分の身を護る程度の腕ならある。腕が鈍らないようにと練習していた時も、ほぼ全弾的に命中させる事が出来ていた。だが、師匠であるザクリスにはまだまだ遠く及びもしない。

 

(まぁ、規格外ハイスペックお化けのあいつと自分を比べる方が、そもそも馬鹿馬鹿しいか。)

 

 呆れたような笑みを浮かべつつも、その眼には何処か自信に満ちた光が宿る。

 射撃場の的は撃ち返してくるわけではない。チョロチョロと動き回るわけでもない。落ち着いて、いつも通りに引き金を引くだけで良い。何も難しくはない筈だ。

 しかし、この時点ではウィルもシドも、そしてカイ自身も、この射撃訓練が予想外の結果に終わる事になるなどとは全く考えてもいなかった。

 

   ~*~

 

「……いや、おかしいだろこれ。」

「え?何が?」

 

 射撃訓練開始から数分後。

 真っ先に口を開いたシドに、カイが至って何でもなさそうに言葉を返す。彼にとっては「試しに1マガジン分撃ってみてくれ。」と言われたので、言われた通りに撃っただけだったのだが、対するウィルとシドにとってはカイも充分“規格外”の存在であった。

 撃てみてくれ。と言った際、カイは特に戸惑う様子も緊張する様子も無かった。それだけでも違和感を感じたというのに、射撃開始前に銃の作動点検を行い、射撃姿勢に入り、何の躊躇いも無く最大装弾数である17発をノンストップで全て撃ち切ってみせるまでの流れの全てに、非の打ち所はまるで無く、むしろまだ全然本気を出していない事を感じさせるような余裕すら漂わせていた。

 そんな彼に戸惑いながら、射撃評価の為に撃ち抜いた人型の黒パネルをレーンのすぐ手前まで移動させた時、2人はその結果に衝撃を受けたのである。

 カイの撃ったパネルは体の中央に設けられた的以外の場所も穴だらけで、恐らく素人が一見しただけでは、大した腕ではないように見えただろう。しかし、軍人であるウィルとシドは、その全てが人体の急所である事を理解していた。

 的の中央。心臓に当たる部分に開いた穴は5つ。その他は、額に3つ。左右の目の位置に1つずつ。これだけでもかなりゾッとする結果だが、左右の鎖骨の位置に開いた穴は鎖骨を砕くだけでなく、その下に通っている鎖骨下動脈と呼ばれる動脈が丁度交差する位置。腕や肩の動きを阻害されるだけでなく、撃ち抜かれればまず間違いなく失血性ショックを起こし、最悪死ぬ事も充分考えられる……更に左右の肩に1つずつ開いた穴も上腕骨と肩を繋ぐ関節を砕く位置だった。鎖骨への被弾が無かったとしても、こんな場所を撃たれたら腕を上げられなくなってしまう為、確実に抵抗も反撃も出来ない。

 この時点で、弾丸は計14発分。残りの3発分が何処に当たっているかと言うと、体中央の的の向かって左端に近い部分に集中していた。これも的の得点的に見れば大したことは無いが、人体の構造で言えば3発とも肝臓に命中している位置だ。こんな場所を3発も撃たれたら、被弾した肝臓が原型を留めているかどうかも怪しい。

 この人型の黒パネルをただの的ではなく、完全に1人の“敵”とみなし、更には確実に動きを封じるか、殺すつもりでいなければこんな場所を撃つ事などあり得なかった。

 

「……カイ。」

「何?」

「念の為に訊いておきたいんだが、何故、的以外の場所まで撃った?」

 

 微かな警戒を含んだ声音でウィルが訊ねても、カイは作業台の前で空になったマガジンを抜き、替えのマガジンに弾薬がフルで入っている事を確認してグリップに叩き込みながら、何でもなさそうに答えた。

 

「駄目だったのか?パネルの的しか撃つなとは言われてないぜ?」

「俺が訊いているのはそういう屁理屈じゃない。撃った理由だ。」

 

 真剣なその声音に、カイは何処か面倒臭げな溜息を一つ吐くと、愛銃……シルバースライドのグロック17にセーフティーが掛かっている事を再度確認してホルスターに収めながら振り返る。

 その薄紫色の瞳は、微かに荒んだ影を落としていた。

 

「遊びじゃねぇからだよ。」

「なに?」

 

 少年らしからぬ冷たい声音に怯みもせず、ウィルが眉を(ひそ)める。

 そんな彼を見据えたまま、カイは腕を組んで作業台に腰を預けながら淡々と語り出した。

 

「銃を撃つのは遊びじゃねぇからだよ。銃を人に向ける時ってのは、自分の身を護る時だ。それは情報屋だった頃も、ガーディアンフォースの隊員になってからも変わらない。俺にとっては、いかに相手を無力化して逃げるかが重要で、その為には急所を撃ち抜くのが確実だから撃った。ま、ただの板人形相手に急所もへったくれもねぇんだけどさ。」

 

 そう言って僅かに口角を上げるカイの姿は、形式通りの訓練しか想定していなかった軍人2人を完全に嘲っているようにしか見えない。

 

(全く……なんて少年なんだ……)

 

 確かに、平和な時代で軍人をしている自分達よりも、裏社会すらその身一つで渡り歩いて来たカイの方が、そういった命のやり取りをよく心得ていることだろう。

 しかし、空に焦がれ、鋼の鷲と共に空を舞うカイの強さと真っ直ぐさを知っているからこそ、ウィルは目の前の彼が語った「銃を撃つ事に対する価値観」に、一種の危うさを感じた。

 相手を無力化する為に急所を撃つ。そう語った口振りはまるで、相手を無力化出来るのならばその生死などどうでも良い。とでも言いたげだった。自分の身を護る為と簡単に割り切って、明確な殺意無しに相手の命を平然と奪ってしまえるなど、大人ならばともかく、この歳の少年にしてはあまりにも考えが早熟過ぎる。と……

 

「ホント、可愛げのねぇガキ……」

 

 隣でぽつりとぼやいたシドに少し呆れた視線を向けた後、ウィルは溜息を一つ吐いて再びパネルを見つめた。

 

「……なるほど。確かに弾は全弾急所を的確に捉えている。この腕なら軍でも充分通用するだろう。」

「え?マジで??」

 

 先程の冷たい態度から一転し、きょとんと年相応の表情を浮かべたカイを振り返り、ウィルは言葉を続ける。

 

「だが、容赦が無さ過ぎるというのは、場合によっては任務に差し支えるという事も覚えておいた方が良い。敵や犯人といった者を生きたまま確保しなければならない事も多々ある。それは警察も軍もガーディアンフォースも同じだ。人1人に此処までやる必要は無い。」

 

 微かに厳しい声音のウィルに対し、カイは組んでいた腕を解き、後ろ手に作業台の縁へ両手を突きながら口を尖らせる。

 

「んな事わかってるよ。敵1人に1マガジン全弾ぶっ込むとか、無駄撃ち通り越してただの馬鹿じゃん。それに、試しに1マガジン分撃ってみろって言ったのはハーマン中尉の方だろ?」

 

 その言葉に、今度はウィルの方が少しぽかんとした表情を浮かべる。

 カイは少し拗ねたように言葉を続けた。

 

「俺が使ってるグロックは1マガジン17発だから、パネル1枚相手に17発全部どうやって消費するか、結構悩んだんだぜ?動かねぇ的の真ん中に全弾撃つってのも物足りねぇしさ。どうせならと思って思いつく限りの急所撃ってみりゃ、やり過ぎって怒られるし。どうしろってんだよ。」

「そこはまぁ……大人しく的を撃ってくれさえすれば良かった。としか言いようが無いんだが……」

 

 ぽかんとしたまま戸惑ったように答えたウィルに、カイはいたずらっ子のような笑みを浮かべて訊ねた。

 

「ま、なんだかんだ言って俺は訓練経験皆無の新人で、おまけに未成年だし。多少心得があるっつっても、どうせ何発か外すだろう。くらいにしか思ってなかったんだろ?」

「そう……だな。正直此処まで銃の扱いに長けているとは思っていなかった。すまん。」

「別に良いよ。ガキだからって舐められるのは慣れてる。」

 

 そう言いながらカイもレーンの前に戻り、自分が先程撃ち抜いたパネルを確認し始める。

 そんな彼に、シドが何処か呆れた様子で訊ねた。

 

「ところで、こんなエグい急所誰に教えて貰ったんだよ。」

「え?」

「脳天と目ん玉はともかく、関節だの動脈だの肝臓だの……どう考えてもお前くらいのガキが普通に知ってる急所じゃないだろ。それを教えたのも、銃の扱いを教えてくれたっていう賞金稼ぎか?」

「いや。あいつが教えてくれたのは銃の扱いだけだよ。」

 

 返って来た意外な一言に、ウィルとシドは顔を見合わせる。

 そんな2人を振り返り、カイは一瞬躊躇うような沈黙の後、そっと口を開いた。

 

「俺がこういう急所を知ったのは瓦礫街なんだ。情報屋してた頃に一時期あの街でも活動してたから。目の前で撃たれた奴とか、その辺に転がってた死体とか眺めてるうちに、なんとなく覚えちまってさ。」

 

 あまりにも衝撃的なその言葉に、2人が言葉を失ったのは言うまでもないだろう。

 瓦礫街は悪の巣窟としても、踏み入れば2度と生きては出られない場所としても、軍では有名なのだから。

 

「……マジかよ。」

「……なるほど……な。」

 

 やっとの思いで振り絞る様に呟かれた言葉には、戸惑いがありありと滲んでいた。

 青ざめたシドと、頭を抱えるウィル。しかし、カイはそれでも何処か安心した様子で彼等を見つめ、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「なんだ。俺が瓦礫街に居たって言ったら、クルトみてーにぶちキレるんじゃねーかって思ってたけど……案外怒らねーんだな。2人とも。」

「いや、怒るとかそういうレベルの話ではなくてだな……」

「なんつーか、歳の割に壮絶な人生歩んで来てんのな。お前……」

 

 予想外の2人の反応に、カイも流石に苦笑するしかない。

 まだ10数年しか生きていない自分が、年上の軍人から此処まで言われるとは思ってもみなかった。

 だが、だからこそ……今、自分がこの場所に居る事に感謝の気持ちもあった。

 

「……ま。昔は昔。今は今。ってな。」

 

 その顔に大人びた穏やかな笑みを湛えながら、カイは瓦礫街の任務でレンに言われた言葉を思い返す。

 

「瓦礫街の任務の時、レンが言ってくれたんだ。俺達と一緒にガーディアンフォースやってんのは、昔のお前じゃなくて、今のお前だ。って。過去は消せやしないし、変える事も出来ねーけど……そういう薄汚くて仄暗い過去だって、俺の人生だから。それを教訓に、これから変わる事は出来るんじゃないか?って、今は思えるし……変わりたいんだ。だから、俺にもう一度きちんと前を向かせてくれたレンには、本当に感謝してる。……身に沁みついたものが抜けるまでは、まだまだ時間が掛かりそうだけどな。」

 

 そう言って自分が撃ったパネルを振り返った後、彼は再びウィルとシドを見つめる。

 

「あの日、あの孤島の遺跡でシーナ達と会ってなかったら、俺はきっと今も裏社会に半分染まったまま、当てもない旅をしながら情報屋を続けて……きっとそのうち、ロクな死に方しなかったんじゃねーかな? だからさ……シーナにも、ユナイトにも、勿論イーグルにも、どれだけ感謝したってし足りない。ガーディアンフォースに入るきっかけをくれたルーカス兄ちゃんにだって感謝してるし、俺みたいな生意気で可愛げのねぇガキ相手に、根気よく訓練つけてくれてるあんた達にだって……」

 

 ウィルとシドが驚いたように目を見開くのを見て、カイは急に照れ臭くなったのか、誤魔化すような笑い混じりに続きを捲し立てた。

 

「まぁなんつーかさ!こうして考えてみると、俺、シーナと出会ってから色んな人に感謝するようになったな~って思うし、やっぱ大事な事だって思うんだよ。だから、そんな当たり前の事すら忘れてたあの頃には、俺ももう戻りたくないし、戻る気も無いから安心してくれって言いたいだ―ぐぇ?!」

 

 カイの言葉を遮るように、その首に腕を回して乱暴に頭をわしゃわしゃと撫で回したのはシドだった。

 

「なんだよ急に素直になりやがって!そんなの聞いたら、もうお前の事クソガキって呼べねーじゃねーかよ!」

「なんでそこでキレんだよ?!訳分かんねぇ!!」

「うるせぇ!大人しく撫でられてろ馬鹿!」

「首締め上げながら撫でんなっつの!」

 

 ギャアギャアと怒鳴りあう2人の姿に、ウィルは苦笑ながらも何処か微笑まし気にそのやり取りを眺める。

 

「シド。お前の照れ隠しは多分、カイにはかなり伝わりにくいと思うぞ。」

「照れてねーし!」

 

 乱暴に頭を撫で回していた手を止めながら、シドが真っ赤になって怒鳴る。

 そんなシドを振り返る様に見上げ、カイは薄紫色の両目をきょとんと見開いた。

 

「なんだ。あんた照れてんの?」

「照れてねーっつってんだろ!あーもう!とりあえず射撃訓練の続きだ!続き!!」

 

 そう言って放り出すようにカイを放した後、シドはズカズカと作業台の方へ向かい、おもむろに自分の拳銃の点検を始める。そんな彼の後ろ姿をぽかんと眺めているカイの肩を、ウィルがちょんちょんとつついた。

 

「何?」

 

 小声で振り返ったカイに、ウィルがニヤニヤと何やら耳打ちする。

 次の瞬間、カイの顔にも同様の笑みが浮かんだ。

 

「じゃぁ、次はお手本見せてくれよ。シド兄ちゃん。」

 

 直後、手にしていたマガジンをガシャンと作業台の上に取り落として固まったシドを見て、カイとウィルは盛大に笑い転げた。

 

   ~*~

 

 結局、午前中を射撃訓練に当てはしたものの、現時点で既にカイの射撃の腕は充分だった。

 指示した通りに的だけを撃たせても、その成績はトップレベルと言って差し支え無く、カイ自身もその評価にはただただ驚くばかりで、ウィルとシドが過大評価をしているだけなのでは?と再三疑った程だ。

 しかし、ウィルとシドが撃ってみせたパネルを一緒に確認し、その結果から見て彼等の評価は正真正銘の本心であると認める他無かった。話ではウィルよりもシドの方が射撃が得意であるという事だったが、そのシドですら、カイの射撃成績に僅かに及ばない。無論、ウィルの射撃成績に関してはお察しである。

 

「なんというか、正直凹むなぁ……」

 

 昼休憩に入り、昼食を摂りながらおもむろに呟いたのは、勿論ウィルだ。

 そんな彼にカイは苦笑を浮かべ、シドはただただ呆れた眼差しを向けている。

 

「ガーディアンフォースの隊員は、どいつもこいつも規格外ばっかだって事だろ。」

 

 頬杖を突きフォークを咥えたまま、彼は負け惜しみのようにぼやいた。

 そんな2人の落ち込みように、カイはなんとなくバツの悪そうな表情を浮かべて呟いた。

 

「えっと……なんか、ごめんな?」

「いやいや。お前が謝る必要は全く無いぞ。俺達がもっと腕を磨くべきだという事だ。」

 

 そう言って笑うウィルの隣で、シドは何処か釈然としない様子でカイを見つめる。

 

「つーかお前もさぁ、俺達よりも実力上だって分かったんだし。もうちょい喜んだらどうなんだ?射撃場での素直さ何処行ったんだよ……」

「いや、なんていうかさ……嬉しさより戸惑いの方がデカいっつーか……実感ねぇっつーか……」

 

 苦笑と共にそう答えた後、カイも頬杖を突く。

 何処か遠くを眺めるような眼差しで、ぼんやりと昼食のパスタに視線を落としながら、彼は言葉を続けた。

 

「俺なんかよりもっとスゲー奴知ってるから、どうしてもそいつと比べちまうんだよ。どうすればあいつみたいに……自分の手足みたいに、銃を扱えるんだろう?って……」

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、勿論ザクリスである。どんなに良い評価を得ても、銃の師匠である彼の背中はまだまだ遠い。上には上がいる。とはよく言ったものだ……などと考えていたカイの頭を、ウィルがわしゃりと撫でた。

 

「謙虚である事も、向上心を忘れない事も確かに大切だ。だがな。誰かに褒められて、それを素直に喜ぶことが出来るのは……子供のうちの特権だぞ。」

 

 その言葉に、カイは微かに目を見開く。

 家を飛び出したあの日からこれまでの間、ガキと呼ばれ、見下され、邪見にされといった事ならばいくらでもあった。だがこんな風に……普通に子供扱いされた事は、殆ど無かったような気がする。ザクリスとアサヒがふとした時に「子供なんだから大人を頼れ。」と手を差し伸べてくれた事が何度かあった程度だ。

 

(そっか……)

 

 カイは、そこでやっと気が付いた。

 

(独りで旅をしてた頃とは、もう違うんだ……)

 

 もう、周りの大人と対等であろうとしなくて良い。周囲の人間を必要以上に疑わなくて良い。隙を見せぬようにと気を張らなくて良い。演じなくて良い……ガーディアンフォースの隊員である以上、任務の時は流石にそうはいかないが、それでも、こうして仲間と過ごす他愛のない日常の中では、もう自分も普通の少年で良いのだと。

 穏やかながらに切なさの滲んだ笑みを浮かべ、カイはふと考え込む。

 どんなに知識や技術を身に付けても、所詮自分は子供だったのだ。何も知らない。何も分かってはいない。無知で無謀な子供だったのだ……普通の子供のように扱われただけで、こんなに胸が温かい。

 もしかしたら、自分はずっとそれを望んでいたのかもしれない。軍人の息子だからとか、名家の出だからとか、そういう鬱陶しい物など全部抜きにして、ただ周りの大人に普通の子供として扱って欲しいと。クラスメイトや同年代の子供に、対等に接して欲しいと。

 

(気付くのに、随分遠回りしちまったなぁ……)

 

 短いようで長かった情報屋としての3年は、過ちだらけの日々だった。身も心も随分すり減らしてしまった。そんな自分に一つ救いがあるとすれば、手遅れになる前にシーナ達と出会い、まっとうな道に戻れた事。

 これまでの日々が何処か虚しいような、寂しいような……それでも、それが今や過去である事が何処か懐かしいような、ホッとしているような……こういった感覚をなんと表現すれば良いのかは分からないが、それは不思議と嫌な感覚では無かった。

 

「せっかく射撃訓練の成績が満点なんだ。この調子でサクッと、近接格闘訓練の方も済ませるとしよう。」

 

 ウィルの言葉にハッと我に返ったカイは、またも苦笑を浮かべた。

 

「あんまり期待すんなよ?俺、素手の勝負は殆ど経験ねぇから。」

「とか言って滅茶苦茶強かったりしてなぁ~?」

 

 ニヤニヤと笑うシドに、カイは内心途方に暮れる。

 射撃訓練の成績が良過ぎたが故に、午後の近接格闘訓練は、全く逆の意味で彼等を驚かせる事になってしまうだろう。どうか根気よく、出来ればお手柔らかに教えて貰えますように。と、彼は祈った。

 

   ~*~

 

 午後訓練の開始から、ウィルとシドは案の定カイの予想通り、先程とは全く逆の意味で驚いていた。

 瞬発力はある。身軽であり動きも素早い。観察力も反射神経も申し分無い……が、とにかく自分から攻勢に転じるのが下手過ぎる事と、頑張って反撃をしてみても一撃一撃の威力が弱過ぎて、正直話にならない。

 呑み込みが早い為、基本を一から指導した事で改善は見られたものの、そもそもの筋肉量が他の隊員に比べて低いのだろう。情報屋時代も、基本的には逃げの一手。反撃は主に銃であった事から、そこまで筋力の付くような生活をしていなかった事は想像に難く無いが、まさかここまでとは……

 

「謙遜かと思ってたけど、お前本当に非力っつーか……近接格闘の経験ねぇんだな。」

 

 腕を組んでそう語るシドの声音には、珍しく呆れも冷やかしも無い。本当にただしみじみと、むしろ何処か感心しているようにすら聞こえる。

 ぐったりと床に座り込んでスポーツドリンクを数口飲んだカイは、そんなシドを見上げ呟いた。

 

「だから言ったじゃん。あんまり期待すんなよ?って。」

「射撃にステ値全振りし過ぎなんだっつの。ま、苦手な物の一つや二つあった方が可愛げあるけどな。」

「そりゃどうも。」

 

 タオルで顔の汗を拭いた後、カイはふと気付いたように辺りを見渡す。

 

「そういや、ハーマン中尉は何処行ったんだ?」

「さぁ?なんか助っ人呼んで来るとか言ってたけど。」

 

 シドが肩を竦めて見せた丁度その時、トレーニング棟の模擬戦フロアにウィルが戻って来た。

 

「カイ!助っ人連れて来たぞ!」

 

 満面の笑顔でそう語るウィルの後からついて来たのは……

 

「……え?」

 

 至極面倒臭そうな表情を浮かべたクルトであった。

 あまりにも意外過ぎる助っ人の登場に、カイは立ち上がりながら思わずクルトを指さす。

 

「助っ人?お前が??」

「人を指さすなと親に教わってないのかお前は。」

 

 いつぞや言った言葉を返されて、カイは面白くなさそうに指を下ろしながらクルトを見つめた。

 後方支援戦闘員として共に任務に出る隊員ではあるが、あくまで彼の所属は専属開発整備班。技術屋の彼が近接格闘訓練の相手というのはどうも腑に落ちない。

 だが、そんなカイの戸惑いなど露知らず、ウィルはクルトの肩をポンッと叩く。

 

「お前運動得意だし。軍での特殊戦闘員訓練の成績も良かったって話だっただろ?少し相手してみてやってくれないか?」

「俺はゼロとイーグルの修復整備に戻りたいのですが……」

 

 釣れない態度のクルトに対し、カイも何処か呆れた視線を彼に向けながら呟いた。

 

「まぁ、成績良かったっつったって、技術屋のお前が相手じゃなぁ……」

 

 しかし、その一言にクルトの眉が微かにピクッと動く。

 まるで不良のような悪い笑みを浮かべ、クルトがカイに詰め寄った。

 

「ほう?初心者だと聞いていた筈だが、随分と腕に自信があるらしいな?俺がお前に負けるとでも?」

 

 見下しと挑発を隠そうともしないその言い草に、カイも思わずカチンとくる。

 

「初心者だからってあんまり舐めてると足元掬われるぜ?一級工学博士様?」

「ふん。やれるものならやってみろ。言っておくが、俺はハーマン中尉やオコーネル中尉ほど優しくは無いぞ。」

「上等だ。そこまで言うならやってやるよ。お前なんかにぜってぇ負けねぇからな。」

「良いだろう。後から後悔するなよ?」

 

 睨み合うカイとクルトを交互に眺めた後、ウィルは何処か戸惑ったような視線をシドへ投げかける。その眼差しはまるで「あれ?もしかして人選間違えた?」と訴えているようだ。

 ……そんな彼に、シドは無言で頭を抱え、やれやれと言わんばかりに首を横に振るのだった。

 

   ~*~

 

 その頃、午後訓練を行っていたルネは、ふとある事に気が付き始めていた。

 レンにとって、ティムはかつての練習機だ。機体感覚を思い出すのに時間は掛からない。それは予想通りだったのだが……ライガーゼロで訓練を受けていた時よりも、妙に手強いように感じる。

 思えば、ゼロ以外のゾイドに乗ったレンと手合わせするのは今回が初めてだ。彼が此処までティムを……シールドライガーを自在に扱えるとは正直思っていなかった。

 

(もしかしたら……)

「そこだぁ!」

 

 考え事に没頭するルネに対し、Eシールドを展開したレンが横から体当たりして来る。

 それを間一髪で回避し体勢を立て直すが、その時には既に展開していたシールドを解除したティムが右前脚のストライククローを振り上げていた。

 すかさずロジャー……ケーニッヒウルフのエレクトロンストライククローで迎え撃とうとするが、再び展開されたEシールドに阻まれたばかりか、そのまま押し切られる形で弾き飛ばされてしまい、ルネは内心舌打ちする。

 此処までシールドライガーを手強いと感じたのは、一体いつ以来だろうか?

 

「レン、妙に調子が良いな……」

「うん……なんだかいつもより強い気がする……」

 

 ルネとレンが一対一で戦い始めてしまった為、そっとその勝負の行く末を見守るエドガーとシーナも、レンの動きが今までと違う事に気付き始める。

 シールドライガーは、長年共和国軍の第一線を支え続けている名ゾイドだ。しかし、どんなに安定した性能と人気を誇る機体とはいえ、最新型プロトタイプであるライガーゼロと比べてしまうと、やはり性能差というものが出て来てしまう。それなのに、ライガーゼロよりもシールドライガーに乗っている時の方が強いというのは……

 

「まさか……な……」

 

 ぽつりと呟かれたエドガーの独り言に、シーナはきょとんと首を傾げていた。

 

   ~*~

 

 午後訓練終了後、それぞれ搭乗機から降りた面々は、第二格納庫前に集合する。

 ……しかし、今日の彼等の様子はいつもと何処か違っていた。独り思いつめるかのように深刻な表情で押し黙ったままのエドガーと、そんな彼の様子に心配そうな表情を浮かべるレンとシーナ……

 その様子に、ルネは姉というよりも母親のような温かい眼差しで、エドガーを見つめた。

 

「エド。どうかしたの?」

「いや……その……」

 

 かなり躊躇いがちに返事を返しながら、エドガーがチラッとレンを見る。その際に視線が合ったレンが、ほんの少しだけだが、不安げな眼差しをエドガーへと向けた。

 

「俺が……どうかしたのか?」

「……なんというか……正直、こんな事は言いたくないんだけど……」

 

 そう前置きしたエドガーは、意を決したように重い口を開く。

 

「レンは……もしかしたら、ゼロよりもシールドライガーの方が適正高いんじゃないかと思う。」

「え?……」

 

 戸惑いに目を見開いたレンは、完全に頭の中が真っ白になってしまったのか、そのまま時が止まってしまったかのように凍り付いた。

 だが、エドガーの言葉にルネは苦笑する。

 

「なるほど……エドは観察力が高い分、やっぱり気付いてたのね。」

「え?!ちょ、ちょっと待ってくれよ!いきなり何を言い出すかと思えば、なんでそんな事……」

 

 ガーディアンフォースへ正式入隊した時から、ずっとゼロに乗ってきたというのに、そのゼロへの適性を遠回しに否定されれば、流石のレンも当然戸惑う。

 しかし、そんなレンにルネはくすくすと笑って見せた。

 

「安心しなさい。レン。確かにエドの言ってる事は間違ってないわ。けど、当たってもいない。」

「え??」

「どういう事?」

 

 揃ってルネを見つめるレンとエドガーの隣で、シーナが不意に呟いた。

 

「シールドライガーの方が適正があるって言うより、Eシールドを使った格闘戦で本領発揮するタイプ。って事だよね?ルネさん。」

「シーナ正解!よく出来ました~!」

 

 満面の笑顔でシーナの頭を撫で回すルネと、ただただ嬉しそうに頭を撫でられているシーナを交互に見た後、レンとエドガーは顔を見合わせる。

 

「いや、それって要するに……」

「シールドライガーの方が向いている。という事だよな?」

「もー!2人とも鈍いわね……」

 

 わざとらしく溜息を吐いて見せた後、ルネは両手を腰に当てて仁王立ちしながらレンの顔をずいっと覗き込む。

 思わずビクッと後ずさったレンに、彼女は言った。

 

「ライガーゼロにもあるでしょ?!シールドユニット!」

「あっ!」

 

 そこでようやくハッとしたように声を上げたレンに、ルネはニヤッと笑う。

 現在、ライガーゼロ-プロトの試作CASユニットは全3種類。赤を基調としたブレードゼロ。青を基調としたブーストゼロ。そして、黄色を基調としたシールドゼロだ。

 元々、ブレードゼロが近接特化ユニット。ブーストゼロが遠距離及び追跡特化ユニット。そしてシールドゼロは後方支援及び援護特化ユニットとして設計されている。その為、シールドゼロユニットを近接戦に活用するという発想が無かった事に、レンも、そしてエドガーも、まさに目から鱗の状態であった。

 

「とは言ってもなぁ……換装の取り回しを優先したせいで、シールド強度に難有りなんだよな。あのユニット。」

「そこはまぁ、シュバルツ博士と追々詰めて頂戴。とりあえず私が言えるのは、近接格闘戦をやるならあんたには絶対“盾”が必要だって事。」

 

 そう言って、ルネはぽんっとレンの肩を叩く。

 

(盾……か……)

 

 確かにティムで操縦を覚えた頃、最も得意としていたのがシールドアタックだった。

 父であるバンがかつてシールドライガーに乗っていた頃、必殺技として一番よく使っていた。と聞き、自分もそれを極めてみたくなったから……それがまさか、こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。

 提示された新たな可能性に、レンは何処か自信を得たような笑みを浮かべる。

 

「うん。シュバルツ博士と相談してみるよ。シールドユニットの事。」

「うんうん。そうしなさい。」

 

 にこやかに頷いた後、いつも通り食堂へ向かおうとしたルネがふと足を止めた。

 トレーニング棟の模擬戦フロアに、まだ灯りが点いている事に気付いたのだ。

 

「ウィル達、まだカイの訓練続けてるのかしら?もう終礼鳴った後なのに。」

 

 不思議そうな彼女の言葉に、レン達も顔を見合わせる。

 

「どうせだし。ちょっと様子見て来るか?」

「そうだね。カイの訓練の進捗も少し気になるし。」

「うん!皆で見に行ってみようよ!」

 

 彼等の言葉に、ルネも何処か楽しげな笑みを浮かべた。」

 

「じゃ!ちょっと様子見て、ついでに皆で夕飯食べましょ。」

 

   ~*~

 

「うぉわぁぁぁ?!」

 

 トレーニング棟模擬戦フロア……その入り口のドアを開けた先でレン達が目にしたもの。

 それは、宙を舞うカイの姿であった。

 

「えぇ?!」

「わぁ……」

「きゃぁ?!」

「あらら~……」

 

 彼等がその様を見て真っ先に口から飛び出したのは、そんな短い言葉ばかりだ。

 何故ならカイが宙を舞っていたのは、自分の意思による身のこなしではなく、クルトに盛大に投げ飛ばされたせいだった為である。

 

「ポンポンポンポン人を空き缶みてーに投げてんじゃねぇ!!馬鹿の一つ覚えかよ!!」

 

 受け身を取って床に着地したカイが、立ち上がってクルトに猛抗議するも、当のクルトは意地の悪い笑みを浮かべたまま、余裕たっぷりにカイを眺めた。

 

「貴様こそ、何度真正面から突っ込んで来る気だ?馬鹿の一つ覚えはどっちの事やら。」

 

 その言葉に、カイは悔しげにぐぬぬ!と押し黙る。

 そんな彼へ更に畳みかけるように、クルトは右手をひらりと振って見せた。

 

「ついでに言えば、俺、途中から右手一本しか使っていないんだがな?」

「ちっくしょー!次こそ一発ぶん殴ってや―らぁぁぁぁぁ?!」

 

 助走を付けて飛び掛かったカイが、またしてもクルトに放り投げられる。

 その流れは近接格闘訓練というよりも、最早コントだ。一連のやり取りの全てが計算しつくされ、これまで何度もリハーサルを積んで来たのでは?と疑いたくなる程の見事な吹っ飛び具合で、カイがフロアの隅に積まれたマットの山に突っ込んだ。

 

「……なんで、クルトがカイの相手してんだ??」

 

 やっとの思いで発されたレンの呟きに、ウィルとシドがやって来て経緯を説明し始める。

 

「俺達が相手じゃ、あまりにも体格差があり過ぎるだろ?だからクルトにカイの訓練相手をしてもらおうと思ったんだが……ご覧の通りの有り様でな……」

 

 途方に暮れたように語ったウィルの隣で、酷く疲れた様子のシドが言葉を引き継いだ。

 

「こりゃ人選マズったかなぁ~?と思って止めに入ろうとはしたんだけどさ。こいつら全然止める気配が無いばかりか、クルトは煽りまくるわ、カイは頭に血ぃ昇らせてムキになるわで、もう手が付けられねぇんだよ……ルネ姉さんどうにか出来ない?」

「あんた達が止められない物をどう止めろってのよ。近接格闘はあんた達の方が得意でしょ?」

「ですよねぇ……」

 

 予想通りの反応に、シドがガックリと肩を落とす。

 そんな彼らの様子を見て、レンとエドガーが不思議そうに訊ねた。

 

「あれ?ウィル兄ちゃん達知らねーの??」

「クルト、カイとあんまり仲良くないんだ……」

 

 その言葉で、以前カイから聞いたとある一言がウィルの脳裏にようやく過った。

 

―実はさ、俺、クルトとすっげー仲悪いんだ。―

 

 何故、今の今まで忘れていたのだろう?

 星を見ながら空を飛ぶ事について話した時に、確かにそう言ってたではないか。

 

「……忘れてた……」

「え?!お前知ってて連れて来たのかよ?!馬鹿じゃねーの?!」

 

 驚きと呆れに満ちた声で大声を上げたシドに「すまん……」と言葉を返し、ウィルは止まる気配の無いカイとクルトを眺める。いい加減、無理矢理にでも止めに入った方が……

 しかし、マットの山から飛び出して蹴りを入れに掛かったカイの脚を、クルトが引っ掴んで再び放り投げた直後だった。

 

「クルト~」

 

 不意にシーナが小走りにクルトへと駆け寄る。

 そこでレン達が来ている事に気付いたのか、クルトは目を見開いて目の前に来たシーナを見つめた。

 

「シーナさん。お疲れ様です。」

「うん。お疲れ様。お仕事の時間終わってるし、晩ご飯食べに行こ?」

 

 ほわほわとした優しい笑みを浮かべるシーナの姿に、じわりとクルトの頬が赤くなる。

 同じベースで生活しているのだから、入隊してからこれまで、何度も共に食堂で食事を摂ってはいるものの、やはり好きな女の子から食事に誘われるというのは、嬉しい反面照れてしまうものだ。

 

「そう……ですね。すっかり時間を忘れていました。行きま―」

 

 そこでクルトの言葉は途切れた。

 放り投げたまま存在そのものを忘れていたカイが、彼の背中に思いっ切り蹴りを入れたからだ。

 いくら犬猿の仲とはいえ、話している最中の相手の背中に蹴りを入れるとは流石に卑怯な気がするが……此処で一つ、カイの名誉の為に説明するならば、カイに見えていたのはクルトの後ろ姿だけであり、彼の目の前にシーナが居る事に微塵も気付いていなかった。つまり、訓練を中断して話し込んでいる真っ最中であるとは思いもしなかったのである。

 完全に油断していたクルト。何も気付かず渾身の蹴りを入れたカイ。そして小柄なシーナも、クルトの後ろからカイが走って来る足音こそ聞こえてはいたが、姿は全く見えていなかったとなれば……後はもうお察しだろう。

 

「うわぁ?!」

「きゃぁっ?!」

 

 普段なら受け身を取ってすぐに体勢を立て直せた筈だが、自分が倒れる方向。真正面にシーナが居る以上、クルトが取れた行動は彼女に怪我をさせまいという事だけだった。

 咄嗟に片腕でシーナを抱きしめつつ、彼女に覆いかぶさる形でもう片方の手を床に突き、倒れた衝撃を精一杯緩和させる……どうにか彼女を下敷きにせずに済んだが、こんなに至近距離で彼女を見たのは、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の襲撃事件後にキートの中で泣いていたのを見つけ、抱き着かれた時の1回だけだ。

 しかも、こんなに至近距離で顔を見つめ合ったのは初めてである。

 

「シーナさん。あの、お怪我は?……」

「んーん。平気。」

 

 何処かぽかんとしたシーナの声にクルトは心底ホッとするも、その気の緩みこそが大敵だった。ふと、腕の中から微かに香る花のような良い香りに気付いてしまい、距離が近い事も相まってクルトは再び赤面する。

 シャンプーの香りなのだろうか?それとも柔軟剤か何かの香りなのだろうか?などと一瞬考えた自分を心底ぶん殴りたいと思いながら、クルトは恥ずかしさと気不味さに固まった。

 

「あ!シーナ居たのか?!悪ぃ気付かなかった!ごめんな!」

 

 やっと異変に気付いた様子のカイが、2人の傍にしゃがみ込み声を掛ける。

 次の瞬間、やっとシーナを放したクルトがそのままガバッと起き上がり、カイの胸倉を掴みあげた。

 

「ごめんなで済むか!この馬鹿が!!」

 

 不意打ちの卑怯さと、シーナを巻き込んでいたかもしれない事に加え、先程までの気不味い恥ずかしさに対する照れ隠しなどなど、普段とは比べ物にならない剣幕で怒鳴るクルトに、流石のカイもビクッと肩を震わせる。

 すっかり眉を八の字にして、カイは降参だとでもいうように両手を上げながら、しどろもどろに呟いた。

 

「いや、あの、でもホントに気付かなくて……あの、つ、次はその、気を付けるから……」

「次があってたまるか!!」

 

 胸倉を掴みあげていただけの手が、そのままカイを持ち上げてぶん投げた。

 それでも、カイが再び派手に突っ込んだ先がフロアの隅に積まれたマットの山だったのは、それでもせめて怪我はさせまいと僅かばかり働いた彼の理性だったのだろう。

 崩れたマットの間から覗くカイの脚を心底忌々し気に眺め、静かに息を吐きだした後、クルトはシーナに向き直って手を差し出す。その顔にはもう、怒りの色は一切無かった。

 

「さぁ。馬鹿は放っておくとして、夕飯食べに行きましょう。」

「え……あ、うん……」

 

 おずおずと差し出された手を取って立ち上がったシーナは、心配そうにカイを眺めた後、クルトを見上げる。

 

「カイ、大丈夫?」

「心配ありませんよ。アイツ頑丈ですから。ハーマン中尉、カイをお願いします。」

「お、おう……」

 

 そのままシーナを連れてスタスタとフロアを出て行くクルトの背中を見送った後、不意にルネがにやにやと笑みを浮かべた。

 

「まぁ、いい加減クルトもそういうお年頃よねぇ……」

「とはいえやり過ぎだろ。いくらカイがチビとはいえ、17歳の男の子片手で持ち上げてぶん投げるとか……どんだけキレてんだよ。手加減下手くそ過ぎか。」

 

 呆れた様子で振り返ったシドの視線の先には、マットの山から這い出て来たカイに、レンとエドガー、そしてウィルが駆け寄っていた。

 その様子を共に眺めながら、ルネはふと真顔に戻る。

 

「……ま、床に叩きつけなかっただけ、昔に比べれば随分マシになったんじゃない?」

「……それも、そうだけどさ……」

 

 キレたクルトが全く相手に手心を加えないのは、ルネ達もよく知っていた。

 特にルネの場合、そのお陰でクルトに救われた事もある。しかし、だからこそ彼のそういう部分がとにかく心配でならないのも、また事実だった。

 

「せめてクルトが戦闘員兼任じゃなくて、専属整備開発班一本での配属だったなら、そこまで心配も無かったような気もするんだけどな……」

「無理よ。」

 

 短くぴしゃりと放たれたその一言に、シドがルネを見つめる。

 普段の陽気な彼女とは全く違う、物憂げな顔がそこにあった。

 

「あの子は自分の大切な人達を守る事しか……頭に無いもの……」

 

 天は二物を与えず。と言われるが、両親譲りの頭脳に加え、運動神経や頑丈さといった身体能力にも恵まれてしまったクルトは、それ故に苦しんでいるのかもしれない……少なくともルネにとっては、彼の持つ二物は天の祝福などではなく、一種の呪いのように思えてならなかった。

 

「恋愛や友情を通じて、少しは丸くなってくれると良いんだけどねぇ~……」

 

 苦笑に似た微笑みを浮かべるルネの黒い瞳には、謝罪したというのにぶん投げられて憤慨するカイと、そんな彼の愚痴に耳を傾けるレン。服に着いた埃を掃ってやっているエドガー、そして、小さい子供を相手にしているかのように頭を撫でてやっているウィルの姿が揺れていた。




Pixiv版第31話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12429590


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第七辺境支部編
第32話-第七辺境支部-


 残り僅かだった訓練期間もあっという間。

 ライガーゼロとブレードイーグルの修復もすっかり終わったし、私達もあとは首都本部に帰還するだけ。

 ……なんだけど、レン達も何だかんだでまだまだ手の掛かる子達ばかりだから、少し心配ね。

 私達が帰った後も、お互い助け合って認め合って、成長してくれれば良いんだけど……

 [ルネ=ハーマン]

 

 [ZOIDS-Unite- 第32話:第七辺境支部]

 

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)による襲撃を受けた合同演習から10日。

 この日は、操縦訓練の教官として派遣されていたルネ達が任を終え、首都へと帰還する日だった。

 

「なんつーか、1ヵ月って何だかんだであっという間だったなぁ……」

 

 何でもなさそうに頭の後ろで手を組みながら、カイが声を上げる。

 しかし、何処か名残惜しそうなその声音に気付いたのか、ウィルは明るく笑った。

 

「まぁそんなもんだ。この1ヵ月の間に色々あったしな。」

 

 その言葉に、カイはこの1か月間の出来事を思い起こす……

 クルトから“相手と向き合う事”を諭され、ウィルから“ゾイドと共に飛ぶとはどういう事か”を教わり、イーグルから“性能を最大限生かす戦い方”を教わり、気が付けば今まで殆ど会話も無かった整備スタッフ達からも声を掛けられるようになった。

 ガウス最先任が帝都から帰還した後、瓦礫街の任務に駆り出され、ずっと苦しんできたラシードとの過去を打ち明け、レンと親友になり、誕生日を迎えた。

 そして幻影騎兵連隊(ファントムリッター)との邂逅……この一件でほんの少しだが、長年いがみ合ってきた父と和解出来たのかもしれない。これが恐らく今までで一番凄い事のような気がする。

 その後の訓練では、工学博士であるクルトが実は滅茶苦茶強かった。という意外な一面を嫌という程思い知り、今日まで一度も勝つ事が出来ていない。という苦い思いもしたが、とにかく、此処まで沢山の事が僅か1ヵ月の間に起きていた事に改めて驚きながら、ふと納得する。短く感じるのも無理はないか。と。

 

「ゾイド戦と銃の扱いに関しては、もう俺達から特に言う事は無い。あとは更に腕を磨きながら、ついでに近接格闘訓練もしっかり励めよ?」

「あぁ。ありがと。」

 

 苦笑しながらウィルと握手を交わす隣で、シドがクルトの頭をおもむろにわしゃわしゃと撫で回した。

 

「お前も、あんまりカイの事いじめてやるなよ~?」

「別にいじめてないですよ。ちゃんと手加減してるんですから。」

 

 何処かムスッとしながら答えるクルトを、カイがジトリと睨み付ける。

 

「あれの何処が……」

「何処から見ても手加減だろ。大体、片手一本で事足りる奴相手に、これ以上どう手加減しろと?」

「だからポンポン投げんなっつー話だよ!」

「だったら投げられないように頭を使え頭を!」

 

 早速険悪ムードになり始めた2人に、ウィルとシドが苦笑を浮かべながら割って入った。

 

「こらこら。早速喧嘩するなお前ら。」

「最後までこんな様子じゃ、俺ら安心して戻れねーじゃねーかよ。」

 

 宥めに掛かるその姿は、最早実の兄のようである。

 そんな彼らの姿を見て可笑しそうに笑ったルネが、目の前のレンに向き直った。

 

「来週から研修に行くってのにホント元気ね。あの2人、ずっとあの調子だけど大丈夫?」

「多分……大丈夫じゃねーかな?」

 

 苦笑を浮かべた直後、レンが気不味そうにふいっと視線を逸らす。

 彼は何処か躊躇いがちにひっそりと言葉を続けた。

 

「どちらかというと、俺は研修先の方がちょっと……」

「うん……僕も。」

 

 エドガーまで同様の表情でこくりと頷いた事に、ルネは首を傾げる。

 裏表の無い性格故に隠し事の出来ないレンと違い、普段あまりこういった事を素直に口にしないエドガーまでもが同様の反応を示すのは、かなり珍しい事だった。

 

「ちなみに何処なのよ。研修先の支部って。」

 

 その問いかけに、レンとエドガーが躊躇うように視線を交わす。

 そんな2人に全く気付いていない様子で、きょとんとその問いに答えたのはシーナだった。

 

「共和国領第七辺境支部って、最先任が言ってたよ?」

 

 共和国領第七辺境支部……その名を聞いた瞬間、ルネは目を見開いてウィル、シドの2人と顔を見合わせた。

 水を打ったように静まり返った気不味い沈黙の中で、カイがそっと声を上げる。

 

「……なんか、ヤベぇの?その第七辺境支部って……」

 

 その言葉に盛大な溜息を吐いたのは、勿論ルネだ。

 彼女はシーナの両肩をガシッと掴み、顔を覗き込みながら真剣に言い聞かせる。

 

「良い?シーナ。セルウェイって名前のマッチョ野郎にだけは、絶ッ対に近付いちゃ駄目よ。」

「どうして?」

「女の敵だからよ!特にシーナは可愛いんだから!自分の身は自分でしっかり守りなさい!良いわね?!」

「う、うん……」

 

 すごい剣幕で詰め寄るルネに、流石のシーナもおずおずと頷く。

 その様子に何やら察した様子のカイが、精一杯背伸びをしながらウィルにひそひそと訊ねた。

 

「あそこまで言うって、よっぽど筋金入りなんだな?そのセルウェイとかいう奴。」

「まぁ……そうだな。だが正直な話、それさえ除けばあの支部で一番まともな人間がセルウェイ少佐だ。他の隊員はそれの比じゃないくらいヤバいからな……」

「マジかよ……」

 

 信じられない。といった様子でげっそりとした表情を浮かべたカイに、ふとウィルが向き直る。

 いつになく真剣な眼差しで真っ直ぐカイを見据えながら、彼は呟いた。

 

「俺からも一つ忠告しておこう。カイ。あの支部の―」

 

   ~*~

 

「やっほ~!たっだいまぁ~!」

 

 ヘリック共和国首都、ニューヘリックシティ。

 イヴポリス大戦後に復興したこの大都市に隣接する、共和国軍首都守備隊基地の本棟3階。隊員オフィスの扉を開け明るい声を上げたのは勿論ルネである。

 彼女の声に気付いた瞬間、1人の女性隊員が目を輝かせて椅子から立ち上がった。

 

「先輩!おかえりなさい!!」

 

 駆け寄って来たその女性隊員を豪快にハグしながら、ルネは可愛い物を見た時特有の緩んだ表情を浮かべる。

 

「リリア~!良い子にしてた~?!」

「はい!私もゴルちゃんも皆も良い子にしてました!」

 

 ハグされた衝撃でズレた眼鏡を直しながら、女性隊員……リリア=クイントン少尉が嬉しそうに笑う。

 その様子を呆れたように眺めた後、リリアの席を見据えながらシドがボソッと呟いた。

 

「ゴルちゃんって……まだぬいぐるみ持ち込んでんのかお前。」

「ぬいぐるみじゃなくてクッション!!」

 

 むっとした顔で言い返すリリアに便乗し、ルネも彼女を放しながら同様の表情を浮かべる。

 

「そうそう。デスクワークの負担軽減を目的とした私物の持ち込みは可とする。ってちゃんと規定されてるんだし、クッションの一つや二つ持ち込んだって良いじゃないの。許可だって、私がきちんと正式に出したでしょ?」

「クッション……ねぇ……」

 

 再び、シドが呆れた視線をリリアの席へと向ける。彼女のデスクチェアの上には、座面の半分以上を占領するようにゴルドスのぬいぐるみが乗っていた。小脇に抱えるにも些か大きいくらいのサイズがあるこのぬいぐるみは、リリア曰く、あくまで“愛機を模したクッション”として作った物であって、断じてぬいぐるみではない。との事だったが……少なくともシドにとってはぬいぐるみ以外の何物にも見えなかった。

 

「先輩先輩!レン君達、元気にしてました?」

 

 物申したげなシドなど全く気にも留めず、リリアがルネへと訊ねる。

 次の瞬間、ルネはウィルやシドと気不味そうに視線を交わしあってから口を開いた。

 

「今の所は一応元気だけど、来週からの研修先がちょっとね……」

「研修先?へぇ~!レン君達来週から研修なんですね!何処なんですか??」

 

 目を輝かせながら訊ねたリリアに答えたのは、ウィルだった。

 

「ガーディアンフォース共和国領第七辺境支部。」

「えぇぇぇぇぇぇぇ?!」

 

 次の瞬間響き渡ったリリアの絶叫は、何も大袈裟な事ではなかった。

 オフィス内で事務処理に勤しんでいた他の隊員達も皆、周囲の者と顔を見合わせながら不安そうにどよめき、先程大声を上げたリリアは、縋り付くようにルネの軍服の裾を掴んで声を上げた。

 

「第七辺境支部って“あいつ”の居る所じゃないですか!!いくらなんでもあんまり過ぎですよ!!」

「いや……私達もそう思うけど、ガーディアンフォース側で決定されてる事だから、口が出せないというか……」

 

 困ったように答えながら、ルネは泣きそうな顔をしているリリアの肩をぽんぽんと優しく叩く。

 そんな彼女達を眺めて、シドがしみじみとした声で呟いた。

 

「まぁ俺達全員、あいつに関してはとにかく色々あったけど、リリアにとっちゃレベルが違うもんなぁ……」

「そうですよ!あいつのせいで私もゴルちゃんも“死に掛けた”んですから!!フィールドに居る奴は敵も味方も全部獲物としか思ってない殺戮サイコパス野郎ですよ?!いくらレン君達でも絶対無事じゃいられませんってば!」

 

 必死に抗議するリリアの頭に、ふと、大きな手がぽん。と置かれる。

 見上げた先には、穏やかな笑みを浮かべたウィルが居た。

 

「大丈夫だ。今はレン達も随分成長しているし、あいつと渡り合えそうな有望な飛行パイロットも居る。きっと、もっともっと成長して帰って来るさ。」

「有望な飛行パイロット?……」

 

 きょとんとした声で呟いたリリアに、シドが何でもなさそうに呟いた。

 

「4月に世間を騒がせた、鷲型ゾイドとそのパイロットだよ。」

「……えぇぇぇぇぇぇ?!」

 

 素っ頓狂なその声にルネ達がクスクスと笑いあった時、1人の若い男性がオフィスへと入って来た。彼は先程聞いたリリアの声と、ルネ達がクスクス笑っている姿から何やら察した様子で、陽気な笑みをニッと浮かべる。

 

「なんだなんだ?楽しそうだな。お前ら。」

「あ、ストライド中佐。只今戻りました。」

「おう。おかえりルネ。ウィルとシドもお疲れさん。」

 

 そう言ってルネ、ウィル、シドの肩を順にぽんぽんと叩いたこの男性こそ、首都守備隊を率いる若き隊長。ロナルド=ストライド中佐である。

 ストライドは手にしていたプリントの束を軽く振りながらオフィス内の隊員達に呼び掛けた。

 

「さぁお前ら!さっきの部隊長会議での伝達事項話すから資料配るぞ~!ルネ達もさっさと席に着け。」

 

 その言葉に、ずっと立ち話をしていたルネ達もサッと席に着く。

 資料が全員に行き渡った所で、ストライドはふと真剣な面持ちで語りだした。

 

「ガーディアンフォース及び帝国軍から、先月末に起きた合同演習襲撃事件の犯人。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)について、現段階における最新の調査結果が開示された。全員心して聞くように―」

 

   ~*~

 

「ネイト=アディンセル?」

「そう。そいつが第七辺境支部で一番ヤバい奴。」

 

 午前訓練を終え、昼食休憩に入った頃。食堂で首を傾げたカイに、レンが神妙な面持ちで頷いていた。

 会話の発端は、別れ際にウィルから告げられた意味深な一言をカイが質問した事に始まる。

 

―俺からも一つ忠告しておこう。カイ。あの支部の飛行パイロットにだけは気を付けろ。―

 

 その飛行パイロットというのが、ネイト=アディンセルという人物で、レン曰く、第七辺境支部で一番ヤバいと言われる人物らしい。

 

「一番やばい?ってどういう事?怖い人なの?」

 

 きょとんと訊ねるシーナに、レンが頷く。

 

「まぁ……うん。分かり易く言えば怖い人になるかな。滅茶苦茶怖い超危険人物。元々は共和国軍の首都守備隊に配属されてた軍人で、操縦も白兵戦も飛び抜けのエリートなんだけど、とにかく筋金入りの戦闘狂っつーか、殺戮狂でさ。もう敵も味方も容赦無く攻撃しちまうタイプっつーか……」

「え?何それヤバッ……サイコパスじゃん。」

「そう!それ!サイコパス!」

 

 カイとレン口から飛び出した聞き慣れない言葉に、シーナは首を傾げた。

 

「さいこぱす??」

「反社会的異常者の事ですよ。」

 

 クルトが優しく説明するが、彼女はその説明を自分なりに理解しようと一生懸命考えた後、不安と怪訝さを綯い交ぜにしたような表情で恐る恐る訊ねた。

 

「えっと……つまり悪い人。って事?」

「そう……ですね。少なくとも良い人では無いので、その認識で良いと思います。」

 

 苦笑を浮かべるクルトの隣で、エドガーがそっと脱線した話を戻すように説明を再開した。

 

「とにかく、話ではそいつに病院送りにされた隊員が何人も居るらしい。ウィル兄さんの同期隊員も、任務中そいつに殺されかけて入院した事があるそうだ。」

「うっわ……なんでそんなのがガーディアンフォースに居るんだよ。普通軍籍剥奪の一発除隊コースだろ?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべたカイに、エドガーはただただ静かに問い掛ける。

 

「そんな危険人物を除隊してしまったら、どうなると思う?」

「あ~……なるほど。そういう事か……」

 

 意味深なその一言に、カイは思わず頭を抱えた。

 殺戮狂とまで評された超危険人物。しかも“飛び抜けのエリート”というレンの発言から、実力はかなりのものである筈だ。そんな人物を追放するという事は、軍にとっての厄介払いが出来る一方で、危険人物に対する監視の目が無くなってしまう。という事でもある。そうなれば、どんな事件を起こすか分かったものではない。

 

「手元に置いて監視してなきゃ不味い程の超弩級殺戮チートお化けなんて、聞いた事ねーよ……」

 

 ぐったりとした様子のカイの向かいで、クルトがボソッと呟いた。

 

「いっそ監獄にでもぶち込んでしまえば良いものを……上層部は何を考えているのやら。」

 

 確かに……といった空気が漂うテーブルで、エドガーが溜息を吐く。

 

「殺戮狂である事を除けば、非凡な才能を持つ貴重な人材なんだ。監獄で腐らせておくのも勿体無いと思ったんだろう。」

「勿体無いってだけでそんなのが入れるとか、基準ガバガバ過ぎんだろ……」

 

 思わずそんな声を上げたカイの前で、エドガーはふと表情を陰らせた。

 

「ガーディアンフォースとして十分な技能を持つ場合、平和維持に貢献する事によって必要最低限の衣食住を保証する……イヴポリス大戦後、僕の父さんと母さんの処遇を巡って議論が交わされた中で、この規約が新たに可決されたんだ。恐らく、アディンセル准尉にもそれが適用されたんだと思う。」

 

 その言葉に、レンとクルトは心配そうな表情を浮かべ、カイはハッとしたように口を噤んだ。

 エドガーの両親であるレイヴンとリーゼは、プロイツェンの手先として、ヒルツの手下として、その人生を翻弄されてきた被害者であると同時に、多くの軍人を手に掛けた“犯罪者”でもある。そんな彼らが服役を免除され、ガーディアンフォースに所属している以上、規約条件に当てはまりさえするのならば、他の犯罪者や問題軍人についても同様に適用せざるを得ない。

 

「……ごめんな。別に、レイヴンさんやリーゼさんの事を悪く言うつもりじゃ……」

「それはちゃんと分かってる。それに、僕もそんなつもりで言った訳じゃないんだ。ただ、この規約が可決されて以降、有能な人材でありながら軍で問題を起こした軍人が、ガーディアンフォースに丸投げされるケースがたまにあって、それに少し思う所があるというか……」

 

 そう。実力さえあれば問題を起こしてもガーディアンフォースで食っていける。そう考える不届きな者達がこの世には一定数存在しており、軍上層部もまた、レイヴンとリーゼの例がある以上、そういった鼻つまみ者はさっさとガーディアンフォースに押し付けてしまえば良い。と考えている者達が一定数を占めている。

 当然、ガーディアンフォースとして任務に従事出来るだけの実力が伴う者はごく僅かであり、殆どの者は実力不足であると判断され処分を下されるが、この規約のせいで軍とガーディアンフォースの組織体系の一部に歪みが生じている事は事実であった。

 しかし、その歪みを正す為に規約が改訂、或いは取り消しとなった場合、レイヴンとリーゼが投獄される可能性は極めて高く、その子供であるエドガーと妹のルーラに関しても、どのような判断が下されるか……

 彼を取り巻く家庭環境は、そういった法や規約の絡みが大きい故にかなり複雑なのである。

 

「まぁ、そのアディンセル准尉というのがどういった人物であれ、俺達がやる事は訓練研修だ。むしろそういった危険人物を相手取る事が出来るようにならなければ、この先の任務などこなせはしない。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)とも、到底まともに戦えはしないだろう。」

 

 クルトの言葉に、その場の全員が気持ちを切り替え、真剣な面持ちで頷く中、カイだけがふと視線を落とした。

 

(つまり裏を返せば、この研修で成長出来ねぇ奴は、この先の任務で使い物にならない。って事か……)

 

 初邂逅となった合同演習襲撃事件において、自分達は結局小手先で遊ばれていただけ。途中で呆気無く姿を消しはしたが、帝国軍側の加勢が無ければ、その前に全員殺されていたであろう事は想像に難くない。

 だからこそ、中止となった合同演習に代わるスキルアップの機会として、この研修が急遽設けられたのだろう。その研修先に“札付きの危険人物が居る”という第七辺境支部が選ばれたのも、この程度の試練は乗り越えてもらわなければ困る。という上層部の焦りが垣間見えるような気がした。

 突然現れた、強大で底の計り知れない組織。それをこの先相手にしなければならない事が明確である以上、余裕のあるうちに有望な若手の育成を急ぐのは、流れとして妥当な所であろう。

 平和な時代に生まれ育ったが故に、極限の命のやり取りという物を自分達は知らない。何度も危険な目に遭ってきたカイですら、生きるか死ぬかの深淵を垣間見た事は無いのだ。レン達は尚更の筈である。

 

―ゾイド戦と銃の扱いに関しては、もう俺達から特に言う事は無い。―

 

 今朝言われたウィルの言葉を、カイは無意識に思い起こしていた。

 その何気ない一言に背を押されるように、カイは胸の奥でそっと呟く。

 

(……上等だ。何処の誰が相手だろうが関係ねぇ。全力で喰らい付いていってやるぜ。)

 

 薄紫色の瞳には、その決意の表れのように強い光が宿っていた。

 

   ~*~

 

「とうとう、着いちまったな……」

「あぁ。」

 

 翌週の月曜。6月16日。

 ホエールキング-ヴァルフィッシュの窓から、レンとカイは眼下に広がる基地を見つめていた。

 ガーディアンフォース共和国領第七辺境支部……共和国南部に広がる荒野のど真ん中に存在するこの基地は、最も近いグランドコロニーに行くのすら高速ゾイドで片道2時間は掛かるという、なんとも不便な場所にある。

 荒野で頻発する傭兵やならず者達の小競り合い鎮圧が主な目的である為、このような場所に基地が設けられているという話ではあるが、それはあくまでも表向きの理由であり、本当の所はガーディアンフォースの中でも特に異端な問題隊員達を隔離する為に造られた“最終処分場”なのではないか?というのがもっぱらの噂であった。

 

「カイは、意外と緊張してねぇんだな?」

 

 不思議そうに訪ねて来たレンの顔をチラッと見て、カイはふと穏やかな笑みを浮かべると、再び第七辺境支部へと視線を戻しながら呟いた。

 

「まぁ……来ちまった以上、やるしかねーしな。」

 

 カイはふとレンを見つめると、何処かからかうようにレンへと訊ねる。

 

「レンは?もしかして緊張してんの?」

「俺?!あ~……まぁ、た、多少?多少はな??」

「いや、普通に滅茶苦茶緊張してんじゃねーか。」

 

 そう言って笑い飛ばしてやれば、レンはムスッと面白くなさそうな表情を浮かべはしたものの、次の瞬間には大きな溜息を一つ吐いて、ゆっくりと迫る第七辺境支部を眺めた。

 

「カイもチラッと聞いただろ?この第七辺境支部が陰でなんて呼ばれてるか……」

「あ~……最終処分場とかなんとか呼ばれてんだっけ。此処。」

 

 カイの言葉にゆっくりと一度だけ頷いて、レンは不安に表情を陰らせる。

 

「ただの噂ならそれに越した事はないけどさ。そんな噂が立つって事は、やっぱり何かあると思うんだ。だから、この支部の隊員ってのがどんな人達なのか、少し不安っつーかさ……」

「……確かに。選りすぐりのド屑ばっかとかだったら俺も流石に嫌だわ。やってらんねぇ。」

 

 掌を返すかのようにきっぱりとそう言い放ったカイに、レンは思わずきょとんとカイを見つめる。

 しかし、カイはそんなレンを見つめ返してニヤッと笑った。

 

「けどさ。そんなド屑ばっかなら、こっちも遠慮する必要無くね?」

「……カイって、結構ものすっげー事サラッと言うよな。」

 

 言葉ではそう言いながらも、レンは何処かホッとしたようにクスクスと笑い出す。

 そんな彼に、カイは至って不思議そうにきょとんと訊ねた。

 

「そっかぁ?結構普通の事しか言ってねぇと思うけどな。」

「いや、だって今めっちゃ悪い顔してたじゃん。」

「マジで?」

「マジマジ。」

 

 気が付けば、自然とお互いに笑い合っていた。

 先程までの緊張が嘘のように消えて無くなったレンが、ふと微笑んだ。

 

「ありがとな。」

 

 その一言にカイは何を言うでもなく、いたずらっ子のようにニッと笑って見せる。

 そんな2人の元に、エドガーがやって来て静かに告げた。

 

「2人とも、そろそろ着陸だよ。」

「あぁ。」

「おう!わかった!」

 

   ~*~

 

「よく来たな!若者諸君!!」

 

 滑走路に降り立った一行を出迎えたのは、1人の大柄な男性だった。

 蜂蜜のような濃い金髪に、真っ青な瞳。日差しに白い歯を輝かせながら明るく笑うその男性は、任務服越しにもハッキリと分かる程に鍛え上げられた肉体と、両手を腰に当て仁王立ちするその姿も相まって、まるでアメコミのヒーローのような印象を与える。

 どんな奇人変人が居るのやら……と身構えていた一同は、そんな彼の姿に拍子抜けしつつ挨拶を口にした。

 

「初めまして。ガーディアンフォース本部訓練部隊所属。前衛戦闘員レン=フライハイト少尉です。以下、前衛戦闘員エドガー。専属開発整備班所属・後方支援戦闘員クルト=リッヒ=シュバルツ一級工学博士。前衛戦闘員カイ=ハイドフェルド訓練生。そして前線オペレーターの―」

「おぉ?!」

 

 紹介の途中で、突如男性は大声を上げる。

 思わずビクッとした男子一同など気にも留めず、彼は真っ直ぐシーナの目の前に歩み寄り、まるで絵本の王子様宜しく手を取りながら膝を突いた。

 

「美しい……なんと美しく可憐な少女だ。まさに今、この荒野に咲いた一輪の撫子。いや!この辺境の地に舞い降りた天使だ!あぁ、天使よ。どうかこの私に、その尊い御名を聞かせておくれ。」

「みな??」

 グオ??

 

 きょとんと首を傾げるシーナとユナイトの隣で、すっかり呆れ返った様子のカイがボソッと囁く。

 

「名前聞かせてくれ。ってさ。」

「あ。えっとね。私、シーナっていうの。」

「シーナ!あぁ!なんと清らかな響きだ!このイーサン=セルウェイ少佐。君の為ならば何でも力になると此処に誓おう!」

 

 その言葉……いや、その名前を耳にした途端、カイ達の脳裏にルネの言葉が鮮やかに蘇った。

 

―セルウェイって名前のマッチョ野郎にだけは、絶ッ対に近付いちゃ駄目よ。―

 

 まさかあの時の言葉の意味を、まだ出会って1分も経たない内に痛感する事になろうとは……

 そのあまりに強烈過ぎる口説き文句に、レンはただただポカンとしており、エドガーは片手で額を覆い隠すように頭を抱え、カイは呆れと警戒を含んだ眼差しでジトリとセルウェイを見つめている。シーナに絶賛片想い中であるクルトなど、殺意と嫉妬に満ちた眼光で、射殺さんばかりにセルウェイを睨みつけていた。

 

「もしかして、ハーマン少佐が言ってたセルウェイって、貴方の事?」

 

 相も変わらずきょとんとしたまま訊ねるシーナに、セルウェイは満面の笑みを浮かべる。

 

「そうか!君達は先週までルネの指導を受けていたのだったな!勿論彼女の事も知っているとも!信念を胸に任務に就く姿は戦乙女の如く、仲間に対して明るく快活に接する姿は大輪の向日葵のようだった。だが、恋愛事に関しては随分と恥ずかしがり屋で、告白する度に頬を張り倒されてしまったものだ。まぁそんな恥ずかしがり屋な所がまたなんとも愛らしいのだがな!わっはっはっは!」

 

 その発言に、誰もが心の内でこう思った。それはただ単に鬱陶しがられていただけだ。と……

 しかし、張り倒され続けていたのを「相手の照れ隠し。」と捉える程のポジティブさは、ある意味凄い。

 

(こりゃ筋金入りどころか、死んでも治らねぇレベルだな……)

 

 そんな事を考えるカイの隣で、シーナは持ち前の天然を炸裂させていた。

 

「そっか。ハーマン少佐のお友達なんだね。私てっきり怖い人かと思ってた。」

「はっはっは!誤解が解けたようで何よりだ!御覧の通り、私はちっとも怖い人ではないぞ!」

「うん。これからよろし―」

「ところで!!失礼ですが他の隊員の方々は任務中なのでしょうか?!」

 

 とうとう、痺れを切らしたクルトがシーナとセルウェイの間に割って入る。

 シーナを背後に隠す形で強引に割って入ったにも関わらず、セルウェイはきょとんと目を瞬いた後、特に機嫌を損ねた様子もなく立ち上がった。

 

「他の隊員達なら、全員基地内に居るぞ。」

「えっと、じゃぁもしかしてお忙しい……んですか?」

 

 恐る恐る訊ねたレンに、セルウェイは爽やかな笑顔でキッパリと驚愕の一言を放った。

 

「いや。ただ単に、君達に興味が無いそうだ。」

 

 その言葉に、その場の全員が唖然とした表情で顔を見合わせる。

 興味が無いから出迎えもしない。という他の隊員達は、一体どのような人物なのだろう?……

 一行に、重苦しい不安がずしりとのしかかった。

 

   ~*~

 

 ひとまず、間借りさせてもらった予備格納庫にゾイド達を駐機した一行は、格納庫前に集まっていた。

 予備格納庫の向かいに建つメイン格納庫。そこに並んだ第七辺境支部のゾイド達に興味を惹かれたのである。

 

「すっげぇ!サラマンダーじゃん!」

 

 巨大な翼竜型ゾイドを見上げ、カイが目を輝かせる。

 共和国が開発した大型飛行ゾイド、サラマンダー。15000kmという航続距離に加え、最大限界高度30000m。圧倒的な爆弾積載能力も併せ持つこの新型ゾイドは、実は配備数のかなり少ない“不遇のゾイド”であった。

 ただでさえ生産コストが高い事に加え、その巨体と積載能力から、最高速度はどんなに頑張ってもマッハ2までしか出ない。これは旧式機の区分に落ちてしまったプテラスとほぼ同じであり、次々と高速戦闘型の飛行ゾイドが開発されている中、鈍足かつ巨体であるサラマンダーは正式配備前からかなりの不評であったのだ。

 更に此処に追い打ちをかけたのが、同時期にロールアウトしたレイノスの存在である。最高速度マッハ3.3という圧倒的なスピードと、小型故の高い機動力を兼ね備えたこのゾイドは、あっという間に共和国空軍でエース機の座を勝ち取り、人気を博した。つまり、華々しいデビューを果たしたレイノスの陰に埋没してしまったのだ。

 ……恐らく、カイのような飛行ゾイドマニアでもない限り、知る者も滅多にいないだろう。

 そんなサラマンダーの隣に駐機されているゾイドもまた、かなりインパクトのあるゾイドだ。

 

「凄いな……これだけの銃火器を搭載したゾイドを見たのは初めてだ……」

 

 独り言のように呟きながらクルトが見上げているのは、共和国軍で現在試験配備が進められている最新鋭の砲撃ゾイド。ガンブラスターであった。

 その背を埋め尽くすように装備された無数の砲門は“ハイパーローリングキャノン”と呼ばれており、13種類もの銃火器によって構成されている代物だ。まさに「全てのトリガーハッピーゾイド乗りに捧ぐ。」と言わんばかりの装備である。

 

「凄いね。いろんな種類の銃がいっぱい……」

「えぇ。パッと見でわかるだけでもブレーザーキャノンにサンダーキャノン、ビームキャノン、レールキャノン、電磁砲や3連速射砲まで搭載されてますからね……」

 

 シーナの呟きにザックリと説明をするクルトも、正直圧倒されていた。

 自身が乗るディバイソンも17連突撃砲を装備しているが、無数の銃火器をこれでもかとばかりに詰め込んだガンブラスターの迫力は、まさに圧巻の一言に尽きる。

 そんな彼らから少し離れた場所で、エドガーはレンと共にとあるゾイドを見上げて首を傾げていた。

 

「ステルスバイパーはともかく、このゾイドは一体なんだろう?……」

「珍しいカラーリングだけど、ベアファイターじゃないか?多分。」

 

 2人が見上げていたのは、白黒に塗り分けられたベアファイター。

 しかし、その配色はまるで……

 

「失礼ね!」

 

 突如響き渡った鋭い女性の声に、レンとエドガーだけでなく、全員が声のした方向を向く。

 そこに立っていたのは、ノースリーブの赤いパイロットスーツに身を包んだ一人の女性であった。艶やかな深い紫色の長髪に、白い肌。身にまとったパイロットスーツもボディラインにフィットするようなタイプである為に、しなやかに引き締まった体がよくわかる……モデルのような美女だが、その赤みを帯びた茶色い目は鋭かった。

 

「ベアファイターじゃなくてパンダよ。パンダファイター。見て分からないの??」

「あ、えっと、すいません……」

 

 高圧的な態度と物言いにレンがおろおろと謝罪すれば、女性は冷たい眼差しで値踏みするようにレン達を一通り眺めると、呆れ返ったような溜息を一つ吐き、眼差し同様の冷たい声音で言い放った。

 

「全く、想像以上に愚図で甘ったれなお子様達ね。研修は遠足じゃないのよ。ゾイドの駐機が終わったなら、サッサと司令に挨拶しに行きなさいよ。」

 

 ふんっと鼻を鳴らして、彼女はピンヒールブーツをつかつかと鳴らしながら、愛機であるパンダファイターへと歩いて行く。その後ろ姿を眺めながら、エドガーは近くで作業していた整備スタッフの1人にそっと声を掛けた。

 

「すいません。あの女性は一体?……」

「あぁ、第七辺境支部(うち)の紅一点。メイシェン=リー大尉だよ。」

 

 整備スタッフはそう言ってメイシェンを振り返る。

 

「普段の態度はあんな感じだが、あぁ見えて、実は面倒見良かったりするんだぜ?まぁ、第一印象最悪過ぎて、最初の内は到底信じられないだろうけどな。」

「はぁ……」

 

 思わずぽかんと返事を返すエドガーの隣に、シーナがそっと歩いて来て格納庫から出て来たパンダファイターを見上げた。気合いに満ちたような咆哮を上げたパンダファイターは、四足形態のままで走り出し、あっという間に見えなくなって行く……恐らく単独任務に出たのだろう。

 

「あのリー大尉って人、多分怖い人じゃないと思うよ。」

「そう?」

 

 不思議そうに訪ねたエドガーに、シーナは穏やかに笑う。

 

「うん。リー大尉が来た時、あのパンダファイターって子、凄く嬉しそうだったから。ゾイドに懐かれる人に、悪い人はいないよ。」

「……うん。そうだね。」

 

 確かにシーナの言う通り、パンダファイターはメイシェンが現れた時、何処かうきうきした様子だった。

 これから任務に出る事が分かって喜んでいたのだろうと思っていたが、自分よりもよりハッキリとゾイドの声を聞けるシーナがこう言うのならば、恐らくそうなのだろう。

 

「エドぉ~!シーナぁ~!そろそろ行くぞ~!」

 

 レンの呼びかけに振り向けば、レン、カイ、クルトの3人は既に先の方で立ち止まっていた。

 

「今行く!」

「皆待って~!」

 

 意外と、此処の隊員達も悪い人ばかりではないのかもしれない。

 そんな風に思いながら、エドガーとシーナはレン達の後を追いかけた。

 

   ~*~

 

 支部司令官の執務室へ向かう為、階段を上っていた一行はふと足を止めた。

 階段を下りて来た2人の若い男性……フィールドタイプの任務服の隊員と、パイロットスーツタイプの任務服の隊員が階段を下りて来たからだ。

 メイン格納庫に駐機されていた第七辺境支部のゾイドが、サラマンダー、ガンブラスター、ステルスバイパー、パンダファイターの計4機であったのに対し、出会った隊員はセルウェイとメイシェンの2人だけ。となると、残る2人が恐らく……

 

「あれ?もう来てたんだ。」

 

 フィールドタイプの任務服を着ている方の男性隊員が、薄い笑みを浮かべて何でもなさそうに呟く。

 首の後ろで無造作に結った赤銅色(しゃくどういろ)の髪に、錆色の瞳。右頬に大きな三角形のフェイスマーク。容姿的には何処にでも居そうな普通の男性だが、身に纏ったその雰囲気は何処か薄気味が悪い……

 だが、カイ達が何か答えるよりも早く口を開いたのは、パイロットスーツタイプの任務服に身を包んだ男性隊員だった。

 

「ネイト。無駄口を叩くな。」

 

 その名を聞いたレン達の表情が、微かに引き攣る。

 ネイト=アディンセル……殺戮狂のサイコパスと名高い超危険人物が目の前に居る事に、思わず緊張が奔った。

 しかし、当のネイトは至極気楽な様子で、パイロットスーツの隊員を振り返る。

 

「固い事言うなよセシル。ちょっと後輩に挨拶するだけじゃん。」

 

 セシルと呼ばれた隊員は酷く不機嫌そうではあったが、露骨に警戒しながらも腕を組んで階段の壁に背を預け、サッサと済ませろ。と言わんばかりの冷たい眼差しをネイトに向けた。

 ネイトは軽く肩を竦めて見せると、緊張した様子のレン達の顔を見渡し、すぐに目当ての少年を見つける。

 

「ふ~ん……」

 

 含みのある声を上げながらネイトが顔を覗き込んだのは……カイだった。

 

「鷲型ゾイドのパイロットって、お前だろ?」

「だったらなんだよ。」

 

 カイの瞳がスッと温度を下げる。その眼差しはガーディアンフォース隊員としてのカイではなく、危ない取引きに挑む際の情報屋としてのカイが顔を覗かせていた。

 ネイトはそんなカイの態度を面白がるかのように笑いながら答える。

 

「いや、思ってた以上に面白い奴だなと思ってさ。名前、なんていうの?」

 

 その言葉に、カイは口の端を歪めるような悪い笑みを浮かべて呟いた。

 

「教えてやっても良いけど、いくらで買う?」

「は?」

 

 唐突なカイの一言にポカンとしたのは、ネイトだけではなかった。レンも、エドガーも、クルトも。シーナやセシルまでもが驚きと戸惑いにカイを見つめる。

 そんな周囲の視線など全く気にも留めていない様子で、カイは言葉を続けた。

 

「悪いけど、これでも元情報屋でね。いくらあんたが先輩だろうと、ヤバいと判ってる奴相手にタダで個人情報を教えてやる気はない。払うもん払うか、支部司令官殿からの紹介を大人しく待つかするんだな。」

 

 一拍の不穏な静寂の後、階段に響き渡ったのは愉快そうなネイトの笑い声だった。

 

「良いねぇ!俺にビビらずにふっ掛けて来たのはお前が初めてだぜ!気に入った!」

 

 ひとしきり笑ったネイトは、不意にカイの耳元に口を寄せる。

 ひっそりとした声で彼は薄気味の悪い笑みと共に囁いた。

 

「なぁ、今まで何人殺した?」

 

 その次の瞬間だった。

 壁に背を預けていたセシルが、素早く取り出した拳銃をネイトのこめかみに突き付けたのは……

 あまりに突然の出来事にレンとエドガーは凍り付き、クルトは咄嗟にシーナを背後に庇い、シーナはクルトの背後で、ユナイトはスペキュラーの背後で身を縮こまらせる。

 冷たく無機質な、それでいて殺気の込もった声でセシルは告げた。

 

「無駄口を叩くな。と言った筈だぞ。」

 

 その場の空気ごと時間が凍り付いてしまったかのような修羅場と化した階段で、ネイトとカイだけが悪い笑みを浮かべたまま、互いの腹の内を探り合うように見つめ合っていた……




Pixv版32話はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12523868


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第33話-意外な一面-

 訓練研修の為に訪れた、ガーディアンフォース共和国領第七辺境支部。

 その支部に勤める隊員達は、全員一癖も二癖もある人物ばかりのようだけれど……

 よりによって一番危険だと言われているアディンセル准尉が、カイに興味を示すなんて。

 2人とも睨み合ったままだし、もう1人の隊員は拳銃突き付けて動かないし、僕達、一体どうすれば……

 [エドガー]

 

 [ZOIDS-Unite- 第33話:意外な一面]

 

 突然ネイトに拳銃を突き付けたセシル。凍り付くレン達。

 時の流れが止まってしまったかのような緊張と静寂の中で、カイとネイトはそんな周囲などまるで意に介していないかのように、探り合うような冷たい視線を交わらせている。

 張り詰めた静寂を先に破ったのは、カイだった。

 

「さぁ?何人殺したように見える?」

 

 何処か可笑しそうに小さく吹き出しながら、からかうように訊ね返す態度や声音とは裏腹に、凍てついた薄紫色の瞳は、目の前の錆色の瞳を真っ直ぐ見据えて揺らぎもしない。

 そんな彼の反応に、ネイトは興味をそそられたように目を細めた。

 

「へぇ……意外と動じないんだ?」

「舐めんなよ。これでも結構危ない橋渡って来てるんだぜ?」

 

 再び口の端を歪めて見せるカイに、クツクツと喉を鳴らすような小さな笑い声を漏らし、ネイトは訊ねる。

 

「で?結局何人?もしかしてその情報も有料??」

 

 彼の言葉に、カイはふと目を閉じ、小さな溜息を一つ吐いた。

 ……まるで、その溜息と共に先程まで纏っていた冷たさを、身の外へと吐き出すかのように……

 直後、再び開いた薄紫色の瞳は、いつも通りの少年らしい温度を取り戻していた。

 

「悪ぃ。覚えてねーや。」

 

 あっけらかんとした笑みと共に答えたカイに、先程まで張り詰めていた糸を一方的に緩められ、ネイトは微かに戸惑いの表情を浮かべる。

 ほんの僅か考え込んだ後、彼は何処か探るようにそっと訊ねた。

 

「覚えてないって、人数を?それとも質問自体?」

 

 その問いに、カイは愉快そうな笑い声を漏らす。

 先程までとは別人のような明るい笑顔がそこにあった。

 

「あんた意外と天然だな。この流れで質問忘れたとか普通言わねーだろ。」

 

 可笑しそうな、それでいて馬鹿にするような不快感の無い声音で、カイは言葉を続けた。

 

「言ったろ?俺は元情報屋だったって。殺し屋じゃねぇんだから、そんなもんいちいち数えてねーよ。」

 

 そう言ってカイは頭の後ろで手を組むと、そのまま階段を上り始める。

 

「さ。先輩の挨拶とやらも終わったみてーだし。支部司令官に挨拶してこようぜ。」

「お……おう……」

 

 すっかり戸惑った様子のまま、レンはエドガー達にそっと頷いて見せてカイの後に続く。

 そんな彼等の後姿を見送った後、不意にネイトはやれやれといった様子で肩を竦めて見せた。

 彼はそのまま、拳銃を突き付けたままのセシルへ視線を移し、からかうような笑みを浮かべる。

 

「で?いつまで拳銃突き付けてんの?」

 

 セシルは酷く不機嫌な表情のまま、不服そうに突き付けていた銃をホルスターに戻す。

 その様を眺めてネイトは何処か厭味を含んだ声音で呟いた。

 

「はい。お利口さん。」

「立場を弁えろ。貴様は“監視対象隊員”で、俺は貴様の監視員だ。次は撃つぞ。」

 

 殺気の込もった無機質な声に、ネイトは嗤う。

 

「はいはい。知ってるよ。手を出しさえしなきゃお前が撃たない事も。な。」

 

 そう言ってネイトもまた、先程のカイと同じように頭の後ろで手を組みながらのんびりと階段を下りていく。

 セシルは、そんな彼の背中を心底忌々しそうに眺めながら後に続いた。

 

   ~*~

 

「なぁ、カイ……」

「ん~?」

 

 支部司令官執務室へ向かいながら、ふとレンに名を呼ばれ、カイが振り向く。

 レンはそんなカイの隣に並んで歩きながら、そっと訊ねた。

 

「さっきの話ってさ……その……」

「あぁ、殺した数がどうのこうのって奴?」

「うん……それってさ……その……ホントか?」

 

 酷く躊躇いがちにだが、そっと訊ねてくるレンに対し、カイは何でもなさそうな態度のまま、ぼんやりと廊下の天井を見上げながら答えた。

 

「まぁな。俺、嘘を吐かないのが信条だから。」

「そっか……」

「つーか、瓦礫街の任務で殺した数だってもう覚えてねぇのに、今まで殺した数なんて覚えてる訳ねーじゃん。」

「……そう……だな。」

 

 気不味そうなレンの反応に、カイはふと穏やかな声音で囁く。

 

「怖いか?俺の事。」

 

 いたずらっ子のようにニッと笑う表情とは裏腹に、その声音は穏やかで何処か大人びていた。

 そんなカイに、レンは必死に首を横に振る。

 

「そんな事ねーよ!そうじゃなくて……」

 

 再び口籠ったレンを、カイは不思議そうに見つめていたが、その声を代弁したのは意外な人物だった。

 

「レンやエドが戸惑うのは当然だ。命を奪うことに抵抗があるのが普通なんだからな。いくらガーディアンフォースの隊員とはいえ、平和なこの時代で人を手に掛けた事のある隊員は少ない。お前のように、身を守る為と割り切って引き金を引ける人間の方が珍しいんだ。そのくらい察しろ。」

「ふ~ん……」

 

 カイはそう言って、クルトをチラッと振り返る。

 いつも通りの仏頂面がそこにあったが、微かな違和感がカイの脳裏で引っ掛かった。

 

「そういうお前はどうなんだよ。俺、お前が一番噛みついてくると思ってたんだけど。」

 

 その言葉に、クルトは吐き捨てるような小さく鋭い溜息を一つ吐くと、ジトリとした眼差しでカイを見据える。

 

「お前は一体俺をなんだと思っているんだ……」

「口煩ぇ堅物武闘派博士。」

「勝手に言ってろ。クソガキ。」

「2つしか歳違いませ~ん。」

 

 そんなカイとクルトに、エドガーがそっと割って入りながら苦笑を浮かべた。

 

「2人とも、それくらいにしておこう。もう着くから。」

 

 その言葉の直後、立ち止まったレンに倣うように一同が足を止める。

 微かに緊張した様子で、レンが支部司令官執務室のドアをノックした。 

 

「失礼します。」

 

 隊員達があれだけ濃いメンバーだったのだ。果たして、司令官はどのような人物なのだろうか?……

 しかし、支部司令官執務室に入ったレン達は、思わず呆気に取られて室内を見渡した。

 まるで資料室のように壁際一面に本棚が並んだ執務室内は、そこかしこにファイルや書類が積み上げられ、デスクは勿論、床まで散らかり放題という有様である。その光景に誰もが言葉を失っている中、ふとデスクに積まれた書類の奥からひょこっと顔が覗いた。

 歳の程は本部の最先任であるガウスや、ヴァルフィッシュの艦長であるフォーゲルと同じくらいだろうか?灰褐色の髪に、緑色の瞳。しかし、そのきょとんとした表情はまるで子供のようであり、あまり年齢を感じさせない人懐こさを感じさせる。

 

「おぉ!来たか!すまんね。出迎えも出来ん有様で。」

 

 そう言ってデスクチェアから立ち上がるも、デスクの隅に積まれていた書類の束を腕に引っ掛けて盛大にバラ撒いてしまった事で、支部司令官は数秒ほど気不味そうに床を見下ろした。

 が、すぐに気を取り直した様子でいそいそとレンの前にやって来た彼は、人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「この第七辺境支部の支部司令官を務めているダグラス=カーターだ。宜しく。」

「はい!宜しくお願いします。」

 

 レンと握手を交わした直後、カーターは目の前の若き隊員達を見渡し、ふと考えこんだ。

 

「ふむ……」

「どうかされたんですか?」

 

 不思議そうに訪ねて来たレンに対し、カーターは一拍の沈黙の後、再び人懐っこい笑みを浮かべながら得意げに訊ねた。

 

「君がレン君で、こっちの子がエドガー君で、そっちの子がクルト君。で合ってるかな?」

 

 的確に名前を言い当てられ、レン達は戸惑ったように顔を見合わせた後、再びカーターを見つめる。

 

「はい……そうです。」

「やっぱりそうか!いやぁ、流石親子だね。3人ともお父さんそっくりだからすぐわかったよ。」

(……確かに。)

 

 カーターの言葉に、カイも内心相槌を打つ。

 レンとエドガーは瞳の色こそ母親譲りではあるが、基本的にレンはバン似、エドガーもレイヴン似だ。特にレンは普段、髪型を父親とお揃いにしているので尚更であろう。

 クルトに至っては、父親であるトーマの“生き写し”と言っても過言ではない。フェイスマークが左右逆である事と、髪色が明るいかくすんでいるか程度の違いしか無い為、整備スタッフも最初はたまに呼び間違えていた。と聞いた事があった。その為、最近は主に服装でクルトとトーマを見分けているらしい。

 

「じゃぁ、残る君がカイ君で、この子がシーナちゃんだね。」

「あ。はい。」

「うん。そうだよ。」

「良かった良かった。間違えていたらどうしようかと。」

 

 至って楽し気に笑ったカーターは、スペキュラーとユナイトにも視線を向けた。

 

「青い子がスペキュラーだから、そっちのピンクの子が……えーっと、確か……ユナイト?だったよね?」

「グオ!」

「ははは!良いお返事だ。君達もよく来てくれたね。」

 

 元気な返事を返したユナイトと、静かに佇んでいるスペキュラーの鼻先を微笑まし気に撫でるカーターの姿に、レン達は微かな戸惑いの表情でまたも顔を見合わせる。

 無邪気で人懐っこく、特に形式ばった態度を取る様子も無く接してくる姿は、まるで親戚のおじさんのようだ。

 そんな事をぼんやりと考える彼等の前で、新入隊員であるカイ、シーナ、クルトの3人を見つめたカーターがふと苦笑を浮かべた。

 

「実は、今年から入隊した君達と同じように、私も今年からこの支部に就任したばかりなんだ。御覧の通り、前司令官の頃から溜まりに溜まった仕事を片付けるのすらままならん、頼りない司令官だが、これから暫くの間、同じ一年生同士、宜しく頼むよ。」

 

 その言葉に、レンが何処かポカンとした様子でぽつりと呟いた。

 

「珍しいですね。支部司令官の代替わりなんて……」

 

 隊員の異動はそう珍しい事では無いが、司令官の異動というのはそうそうある事では無い。

 レンの問いに、カーターは苦笑を浮かべたまま頭を掻いた。

 

「いやぁ、第七辺境支部の隊員達が毎回毎回大暴れするもんだから、前司令官が精神病んで入院する破目になってね。その間に仕事がみるみる溜まって、この有様という訳なんだ。現在、前司令官は長期療養休暇中なんだけど、復職しても此処の司令官だけは二度とやりたくない。と頑なで……」

「うわぁ……」

 

 思わず声を上げたカイが、気不味そうにハッとした表情を浮かべる。

 しかしカーターは、そんなカイの様子を見てクスッと笑いながら言葉を続けた。

 

「別に怒るつもりは無いから安心してくれ。誰だってそう言いたくなるような状態だったのは事実だ。実際私も、異動して来たばかりの頃はどんな地獄なんだろうか?とビクビクしていたよ。まぁ、いざ就任してみたら意外と皆良い子達だったお陰で、どうにか一安心しているがね。」

 

 予想外の一言に、カイは出会った隊員達を思い返す。

 筋金入りの女好きではあるが、基本的には真面目な善人であろうと思われるセルウェイ。高圧的で近寄り難い雰囲気ではあったが、怖い人ではなさそうだとシーナが語ったメイシェン。この辺りはその発言もまだ分かる。

 しかし、いきなり問答無用で仲間に銃を突き付けたセシルという隊員と、サイコパスと名高いネイトだけは、何処からどう考えても「意外と良い子だった。」という発言とは、どうも食い違うように思えて仕方ない。

 ……しかし、自分達はまだ出会った第一印象でしか彼等を知らないのだ。もしかたしたら、話してみると案外根は良い人物だという可能性も……

 

「丁度もうじき昼休憩の時間だ。とりあえず、まずは昼食にするとしようか。食堂まで案内するからついておいで。」

 

 のんびりと歩き出したカーターの後を追って、レン達も執務室を後にする。

 ふと、歩きながらシーナがカイに小声で囁いた。

 

「なんだか、カーター指令ってアサヒとちょっと雰囲気似てるね。」

「あ~……確かにのんびり屋で人懐っこい感じは似てっかも。」

 

 クスッと笑いながらも、カイは前を歩くカーターの後姿を眺め、微かな溜息を吐いた。

 親しみ易い人物ではあるが、あれだけ個性の強い隊員達を統率せねばならない立場である事を考えると、正直頼りないように思える。“いざ就任してみたら意外と皆良い子達だった”という発言も、やはり俄かには信じ難い。

 

(悪い人じゃ無さそうだけど、いまいち信用出来ねぇなぁ……)

 

 しかし、カイはこの後すぐに、その考えを改める事となる。

 ダグラス=カーター……何故彼がこの第七辺境支部の支部司令官に任命されたのか?彼が一体どういった人物であるのか?その一端が明らかになったのは、食堂でのとある出来事であった。

 

   ~*~

 

「お!カーター指令!お疲れ様です!」

 

 カイ達を連れて食堂へやって来たカーターに、セルウェイが爽やかな笑顔を浮かべながら元気良く挨拶する。

 そんなセルウェイに、カーターも笑いかけた。

 

「あぁ。イーサンもお疲れ。この子達の出迎えを引き受けてくれて助かったよ。今日は初日だし、訓練は明日からという事で予定を組んでいるから、午後からはこの子達に、基地内を一通り案内してあげてもらえるかい?」

「了解しました!」

 

 昼食の乗った盆を片手に持ち替え、ピシッと敬礼するセルウェイの姿に、うんうん。と頷いた彼は、ふと何かに気付いた様子で食堂の窓際の席へ向かって歩き出す。

 ……そこには、無言で食事を摂っているネイトとセシルの姿があった。

 一瞬、カイ達に緊張が奔ったが、直後、そんな彼等の前でカーターは信じられない行動に出た。

 

「良かった良かった。今日はちゃんと食べてるな。」

 

 安堵半分、嬉しさ半分といった様子で声を掛けながら、彼はネイトの頭へポンッと手を置いたのだ。

 次の瞬間「ガキ扱いするな。」とネイトが切れるのでは?と思わず身構えたカイ達だったが、彼等の存在に気付いているのかいないのか、ネイトは頭を撫でて来たカーターを見上げると、まるで親を見つけた幼い子供のような笑みを浮かべ、嬉しそうに呟いた。

 

「どう?偉い??」

 

 あまりに予想外の反応に対してすっかり拍子抜けするカイ達の前で、信じられないやり取りは続く。

 

「あぁ。偉いぞ。この調子で毎日3食食べてくれるようになると、もっと偉いんだけどな。」

「え~無理。吐く。」

 

 げっそりとした声を上げるネイトの頭を、カーターは優しくわしゃりと撫でた。

 

「なぁに。少しずつで構わんさ。無理して食えとは言わんよ。」

「うん。知ってる。」

 

 ニヒッと笑うその姿は、先程不穏な挨拶をして来た者と同一人物とは思えない。ましてや、戦闘狂のサイコパスと呼ばれている事すら嘘なのでは?とすら思えた。

 

「セシルが食堂に連れて来てくれたのかい?」

 

 珍しそうに訊ねたカーターに、セシルは淡々と答える。

 

「いえ。本人が食堂に行く。と。」

「へぇ……珍しいな。何か良い事でもあったのかな?」

 

 わしわしと頭を撫でられながら、ネイトは嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「友達になれそうな奴見つけたから、食堂で待ってればまた会えるだろうと思って。」

「友達になれそうな?……もしかしてレン君達の事かい?」

 

 そう言って振り返った彼に倣うように、ネイトとセシルもレン達を見つめる。

 次の瞬間、目が合ったネイトにニヤッと笑い掛けられ、カイは内心で微かにビクッとしながら視線を逸らした。

 

(やっべぇ……面倒臭ぇ奴に目ぇ付けられちまった……)

 

 しかし、カイは先程のカーターに対するネイトの態度に、ある種の既視感を覚える。

 年齢はどう見ても20代半ば……恐らくウィルやシドと大して年齢は変わらないであろうが、支部司令官であるカーターに対してのみ、言動が妙に幼い。それが猫を被っているのではなく、懐いているが故の“素”であるように感じたからこそ、その既視感は確信に近かった。

 懐いた者に対して態度が幼くなるというのが、その言動が、かつて失った親友に似ていると……

 

「そうだ。せっかくだから、此処で一旦自己紹介しておこうか。」

 

 唐突なカーターの一言で、思案に暮れていたカイは意識を引っ張り戻される。

 ハッとした様子の彼を面白そうに眺めながら、ネイトがすかさず呟いた。

 

「じゃぁ、一番左の子から自己紹介して欲しいなぁ~。」

「……だと思った。」

 

 聞こえない程度の小声でぼやいた後、カイは観念した様子で自己紹介を始めた。

 

「カイ=ハイドフェルド訓練生です。登録機はブレードイーグル。よろしくお願いします。」

「カイっていうんだ。よし。覚えた覚えた。」

 

 嬉しそうに笑うネイトの様子が、どうも不穏で仕方が無い。

 言い知れぬ居心地の悪さを感じながらカイ達が自己紹介を終え、相手側の自己紹介に切り替わる。

 

「俺はネイト=アディンセル。共和国軍に居た頃は中尉だったけど、問題起こして今は准尉。登録機はサラマンダー。よろしくね……って言っても、俺とよろしくしたい子は居ないかもだけど。」

 

 そう言ってへらへらと笑うネイトに、セシルの冷ややかな視線が突き刺さった。

 現在、カイ達にとって最も謎な人物が、このセシルという隊員である。

 年齢の程は、恐らくネイトと同じか若干年上。鮮やかな緑色の髪と、キャラメル色の瞳。菱形を縦半分に割って上下にずらしたような、珍しい形の紫色のフェイスマーク……外見的にはそこそこ目立ち易い要素が多い筈だが、妙に気配が薄い。影が薄いという訳では無く、常に気配を消しているような印象だ。

 あの時、階段でいきなりネイトに銃を突き付けた事と、無機質ながら常に苛立っているような雰囲気から「とにかく近寄り難い。」という事しかカイ達には分からない。

 そんなセシルは、まるで機械のように淡々と口を開いた。

 

「セシル=リデルだ。階級は大尉。登録機はステルスバイパー。この監視対象隊員の担当監視員をしている。訓練の相手はしてやるが、お前達とよろしくするつもりは無い。」

「そこは嘘でもよろしく。って言ってやれば良いのに。」

 

 ネイトがからかうようにツッコミを入れるが、セシルは完全にネイトを無視して昼食を再び口に運び始める。

 そんな彼の態度に困ったような表情を浮かべたカーターが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「セシルは優秀な隊員ではあるんだが、人と接するのが大の苦手でね。今のは“何を話せば良いか分からないから、訓練以外ではあまり話しかけないで欲しい”って事だから、別に君達の事を嫌っている訳じゃない。どうか誤解しないでやってくれ。」

「流石“セシル語翻訳機”」

 

 茶化すようなネイトの言葉に、カーターは苦笑を浮かべ、セシルはそんなネイトを無言で睨みつける。

 だが、そんなセシルの肩をぽんぽんと優しく叩いて、カーターは優しく呟いた。

 

「せっかくレン君達も来ている事だし、これを機に人と自然に接する事が出来るようになると良いな。」

「……善処します。」

 

 ふいっと目を逸らしながら短く答えたセシルだったが、その表情は何処かしゅんとしているような気がした。

 カーターはそんなセシルの頭もよしよしと撫でてやった後、レン達に向き直る。

 

「じゃ、レン君達も適当に好きなもの注文しておいで。食券機はどの支部も本部と同じだから、IDタッチで使えるよ。」

「あ。はい!ありがとうございます!」

 

 返事を返したレンと共に、カイ達は食券機へと向かった。

 

   ~*~

 

「なぁ。カーター指令ってあんたから見てどんな人?」

 

 午後。昼食休憩を終えて基地内を案内してもらいながら、不意にカイがセルウェイへと訊ねた。

 セルウェイはそんなカイを不思議そうに振り返ったが、ふむ……と考えこみながら再び前を向く。

 歩きながら、彼は何処か誇らしげに一言だけ答えた。

 

「不思議な人だな!」

「不思議な人??」

 

 こてんと首を傾げたシーナに、セルウェイはすかさず説明を始める。

 

「そうとも!個性の塊のような私達隊員を一人ひとりよく見ておられる。穏やかで思慮深く、人の心を溶かす“懐かしさ”のような温かさを持った人物だ。あのネイトがあれだけ素直に言う事を聞く人間は、他に見た事が無い。」

 

 セルウェイが言わんとしている事をなんとなく汲み取り、カイはなるほど。と納得する。

 

「確かに。司令官っつーより、まるで父親って感じだったもんな。」

「そう!まさにその通りだ!」

 

 カイの言葉に大きく頷き、セルウェイは言葉を続ける。

 

「私達隊員にとって、もう1人の父親のような存在と言えるだろう。特に、父親の居ない私やネイトにとっては、実の父のような存在と言っても過言ではない。」

「セルウェイ少佐……お父さんいないの?」

「あぁ。父は共和国軍の軍人だったんだが、母が私を身籠っていた頃に基地が襲撃され、亡くなったのだそうだ。だから実を言うと、父の事は写真でしか知らない。」

 

 そう言って、セルウェイはふとレンを振り返る。

 

「君の父。バン=フライハイト大佐が父の最期を看取ってくれたと聞いている。機会があれば、瓦礫の下から父を助け出してくれた事、母共々感謝している。と伝えてくれ。」

「……はい。必ず伝えます。」

 

 静かに頷いたレンに微笑みかけたセルウェイに対し、エドガーがそっと表情を陰らせて呟いた。

 

「……もしかして、基地を襲撃した人物というのは……」

「何か、心当たりでも?」

 

 穏やかに訪ねて来たセルウェイに対し、エドガーは俯く。

 

「イヴポリス大戦終結後に、軍事基地が襲撃されるような事件は起きていません。推定ではありますが、貴方の年齢から考えて基地が襲撃された事件というのは、恐らくイヴポリス大戦よりも僅かに前の筈……その頃、死者が出る程の軍事基地襲撃事件を起こしたのは、ヒルツか……僕の父しか……」

 

 その言葉に、セルウェイは小さな溜息を一つ吐く。

 気不味い沈黙の後、彼は静かに答えた。

 

「その通り。私の父を殺したのは君の父。レイヴンだ。」

 

 エドガーだけでなく、その場の全員に衝撃が奔る……

 レイヴンとリーゼが手に掛けた者達は、その殆どが軍人だ。遺族に当たる者達が軍に属している事は何も驚く事では無いのだが、実際にこうして遺族と出会ったのは、これが初めての出来事だった。

 しかし、黙り込んでしまった彼等を振り返ったセルウェイは、何処か穏やかで悲し気な微笑みを浮かべていた。

 

「安心したまえ。君に恨みがある訳では無い。」

 

 そう言って立ち止まったセルウェイは、エドガーの前に歩み寄り、その肩に片手を置いて言葉を続ける。

 

「君のご両親も、ネイトと同じように監視対象隊員として、長年ガーディアンフォースに所属していると聞く。最低限の衣食住が保証されるだけで、給与も無く私財も一切没収された中、子供を授かり、立派に育て上げた。私はそんな君のご両親を凄い人達だと思う。父の事は時代が招いた不運だ。君が気にする必要は無い。だから君も胸を張りたまえ。君が立派な隊員として成長してくれれば、私も嬉しい。」

 

 穏やかなその声が、優しくも力強くぽんぽんと肩を叩くその手が、エドガーの涙腺を揺らした。

 出会う遺族全てがそう思ってくれる訳では無いだろう。怒りや悲しみ、憎しみの矛先を向けられる事もこの先あるだろう。だがそれでも、セルウェイのその言葉は、エドガーがずっと抱えて来た物をほんの少しだけ溶かしてくれたような気がした。

 

「はいッ……精一杯、頑張ります。」

 

 滲んできた涙を拭いながら、涙声で返されたエドガーの返事に対し、セルウェイは笑顔を浮かべて「うむ!」と頷くと、励ますようにその背を優しく叩いてから声を掛けた。

 

「さぁ!案内の続きをするとしようか!諸君、はぐれずに付いて来るのだぞ!」

 

 再び歩き出したセルウェイの逞しい背中を眺めながら、レン達もまた歩き出す。

 不意に、レンがエドガーの背をそっと撫で、クルトがその頭をわしゃわしゃと撫でる……無言で励ます幼馴染2人に対し、エドガーが何処か困ったように笑いながら涙を拭った。

 

「2人共、僕ならもう大丈夫だから……」

 

 だが、レンとクルトはそのまま視線を交わして頷き合うと、さっきよりも大袈裟に、まるでじゃれつくようにエドガーをもみくちゃにし始める。

 

「ちょっ……歩けないッ。歩けないから!」

「俺達なーんにもしてないぜ?」

「そうだそうだ。俺達は何にもしていないぞ。」

「あーもう!レンもクルトも少し離れてって言ってるんだよ!」

 

 途方に暮れたような声を上げながらも、何処か楽しそうに笑っているエドガーの様子を見て安心したのか、レンとクルトがもみくちゃにするのを止めれば、セルウェイが楽し気に笑った。

 

「はっはっはっは!やはり若者は元気が一番だな!」

 

 その笑い声に、カイとシーナも顔を見合わせて笑い合う。

 最初こそ、その筋金入りの女好き具合に呆れはしたが、真っ直ぐなセルウェイの言葉と人柄を垣間見て、彼の事を見直したのだろう。前を歩くセルウェイを見つめるカイの眼差しも、何処か穏やかであった。

 

   ~*~

 

「あ、パンダちゃん。」

「え?」

 

 基地内の案内で一行が再び格納庫へとやって来た時、不意に声を上げたシーナにカイが首を傾げた。

 その一拍後、レンもシーナに倣うようにして荒野の一点を眺め、同様の声を上げる。

 

「ホントだ。もう任務終わらせて帰って来たのか……すっげー……」

 

 その様子に、セルウェイは荒野と2人を交互に眺めた後、不思議そうに首を傾げて残りの3人を見つめた。どうやらセルウェイは古代ゾイド人の五感が現代人よりも遥かに優れている事を知らないらしい。

 

「あぁ、シーナは古代ゾイド人だから、目とか耳とか滅茶苦茶良いんだ。」

「レンも、母親であるフライハイト主任から五感の鋭さを受け継いでいるので。」

 

 カイとエドガーがそう説明すれば、セルウェイは「なるほど!」と大きく頷いて、彼らと同じように荒野を見つめる。やがて、常人の肉眼でも確認出来る程に土埃が立っているのが見え始め、パンダファイターが走って来ているのが確認出来るようになった。

 

「おぉ!このまま此処に立っていたらパンダファイターに轢かれてしまうな!諸君!此方に避けて待っているとしようか!」

 

 ハッとしたように声を上げたセルウェイに誘導されるまま、彼らはメイン格納庫に駐機されているガンブラスターの前まで移動する。

 帰還したパンダファイターは案の定、先程までカイ達が立っていた場所を通って格納庫へと戻って来た。

 定位置に駐機されたパンダファイターから降りて来たメイシェンに、すかさずセルウェイが駆け寄り、その逞しい両腕を大きく広げて満面の笑みを浮かべる。

 

「戻ったかメイメイ!無事で何よりだ!さぁ!帰還のハグを―」

 

 その次の瞬間。派手な音を立ててメイシェンの正拳突きがセルウェイの鳩尾にめり込む……

 笑顔のまま顔だけが青ざめたセルウェイに、メイシェンは冷たく言い放った。

 

「私をそう呼んで良いのは哥哥(グァーグァ)だけよ。何度言ったら分かるの?この蠢猪(チュンヂゥー)。」

 

 まるでゴミでも見るような眼差しでセルウェイを睨み上げた後、メイシェンはそのままつかつかとカイ達の前にやって来ると、片手を腰に当てて仁王立ちしながら彼等を見渡す。

 

「で?セルウェイと一緒に格納庫に揃ってるって事は、指令への挨拶が済んで基地の案内でもしてもらってる。って所かしら?」

「あ、はい!そうです……」

 

 返事を返したレンを値踏みするように見つめた後、メイシェンはレンの前に歩み寄る。

 レンの胸板とメイシェンの胸が触れ合いそうな程距離を詰められ、レンはただただ戸惑ったように、自分よりも僅かに身長の高いメイシェンを見上げ、絞り出すように呟いた。

 

「あ、あの……何か?……」

「貴方、どのゾイドに乗ってるの?」

「え?えっと、俺の相棒はライガーゼロ……です……」

 

 おずおずと名乗ったレンに対し、メイシェンは何処か落胆したように溜息を吐いた。

 

「そう。じゃぁ貴方に用は無いわ。」

 

 興味を失ったようにレンから離れたメイシェンに対し、カイが訊ねる。

 

「もしかして、ブレードイーグルのパイロット探してんの?」

「あんな図体ばかりデカい鳥なんて興味無いわ。」

 

 冷たく叩きつけるようなその返事に若干ムッとはしたものの、カイは仲間達と顔を見合わせた。

 てっきりブレードイーグルのパイロットを探しているのかと思ったが、そうではないらしい……だが、だとしたら一体どのゾイドのパイロットを探しているというのだろう?

 

「用があるのはディバイソンのパイロットよ。一つ確かめておきたい事があるの。」

 

 意外なその一言に、カイ達は再び顔を見合わせる。

 微かに警戒した様子で、クルトが自ら名乗りを上げた。

 

「ディバイソンのパイロットは自分ですが、一体なんの御用でしょうか?」

 

 その言葉に、メイシェンは先程と同じようにクルトと距離を詰め、彼を見上げる。

 冷たいままの眼差しのメイシェン。警戒したまま表情一つ変えないクルト……緊迫した空気を破ったのは、突然クルトの首筋めがけて繰り出されたメイシェンの手刀だった。

 空気を裂く程の音を立てて繰り出された、鋭く、素早い一突き……にも関わらず、クルトは最小限の動きでその突きを避けると同時に、手刀を繰り出したメイシェンの手首をがっちりと引っ掴んでいた。

 まるで弾けた閃光のような刹那の攻防に対し、カイは内心舌を巻く。今までの近接格闘訓練で全く歯が立たなかったのだから、クルトの強さは嫌と言う程知っていると思っていた。

 しかし、今まさに目にしたクルトの動きを見て、彼の言葉の意味をやっと痛感したのだ。

 

―これ以上どう手加減しろと?―

 

 今まではただの厭味だろうと思っていた。

 いや、むしろクルトがあまりにも強いのを素直に認めたくなくて、自分を煽る為にわざと余裕ぶっているのだろう。とすら心の何処かで思っていた……だが、たった今目にしたクルトの動きは、完全に自分など足元にも及ばないのだという事を見せつけられたようで、悔しさすら湧いて来ない。あまりにも次元が違いすぎる。

 

「……随分と、乱暴な挨拶ですね。」

 

 微かに厭味のような響きを含んだ声音でクルトが嗤う。

 そんなクルトに対し、メイシェンは満足げな笑みを浮かべていた。

 

「言ったでしょう?一つ確かめておきたい事がある。って。」

 

 互いに警戒し合うようにゆっくりと、クルトが手首を引っ掴んでいた手を緩め、メイシェンが放された手を下ろす……言葉にせずとも、互いにこれ以上やり合うつもりが無い事が伝わったのだろう。張り詰めていた空気がジワリと温度を取り戻すように綻んで行くのが、カイ達にもはっきりと分かった。

 

「貴方、訓練生時代に近接格闘の成績がトップクラスだったそうね。私は強い人間にしか興味が無いの。手応えのありそうな新人が研修に来てくれて嬉しいわ。私はメイシェン=リー。貴方は?」

「クルト=リッヒ=シュバルツと言います。一応戦闘員を兼任していますが、主な仕事は開発整備ですのでどうかお手柔らかにお願いします。」

「あら。貴方エンジニアなの?勿体無いわね。」

 

 そんな会話に、快活な大声が割って入った。

 

「ほう!エンジニアでありながらメイメイの一撃を的確に見切り受け止めるとは!!君との手合わせ!私も大いに楽しみだ!!白兵戦訓練の際には是非お相手願おう!!」

 

 つい先程まで、メイシェンの一撃に真っ青になっていたのが嘘のように、セルウェイがクルトの背をバシバシと叩く。しかし、そんな彼にメイシェンは再び冷たい視線を……いや、むしろ殺気すら漂う程の鋭い眼差しを向け、一言叫んだ。

 

够了(ゴゥラ)闭嘴(ピィーヅェイ)!!」

 

 その言葉と同時に、ピンヒールブーツに包まれた彼女の足が……何処とは言わないがセルウェイの急所を容赦無く蹴り抜く。流石のセルウェイもその一撃を耐える事は出来なかった。白目を剥いて倒れてしまったセルウェイに対し、メイシェンは聞こえているかどうかなどお構い無しの様子で捲し立てた。

 

「気安くメイメイって呼ばないで!それに、私が話してる時に割って入ろうなんてどういう了見なの?!言語道断よ!次に同じ事をしたら二度と盛れないようにしてあげるから覚悟しなさい!!」

「おっかねぇ……」

 

 ボソッと呟いたカイをキッと睨みつけるメイシェンだったが、彼に対してはそれ以上何をするでもなく、彼女は疲れたような溜息を一つ吐き、床で伸びているセルウェイを見下ろして呟いた。

 

蠢猪(チュンヂゥー)が使い物にならなくなっちゃったから、残りは私が案内してあげるわ。あと案内されていない場所は何処かしら?」

「えぇっと……」

 

 レンが思わず返事に詰まる。初めて訪れた基地を案内されていた最中だったのだ。案内された場所はわかるが、案内されていない場所。というのは答えに困ってしまう。

 そんな彼の様子を察してか、説明を引き継いだのはエドガーだった。

 

「食堂から本棟を一通り回った後、連絡通路から西棟を回って、此処に来たんですが、あとは何処に行けば良いのか、僕達にはよくわかりません。」

「あぁ、そういえば貴方達、この支部に来るのは初めてだったわね。まぁ西棟を回ったなら後は基地内病棟のある東棟と隊員宿舎くらいかしら?……」

 

 そこでふと、メイシェンはシーナを見つめる。

 若干困った様子のメイシェンに対し、シーナはいつものようにきょとんと小首を傾げて訊ねた。

 

「どうしたの?」

「うちの支部は女性職員がとにかく少ないから、隊員宿舎の女子棟は3階までしかなくて、丁度今、部屋も空きが無いのよ。貴女、カーター指令から何処に宿泊するか聞いてる?」

「んーん。まだなんにも聞いてないよ?」

 

 特に困った様子も無くきょとんとしたまま答えるシーナに、メイシェンは頭を抱える。

 

「貴女ねぇ……自分の事なのに、なんでそんなに危機感無いの?」

「だって、泊まるお部屋が無いならカイと一緒に寝れば良いかな?って。」

「え?!俺?!」

 

 驚愕の一言に、突然指名されたカイは勿論、その場の全員が驚きの声を上げた。

 

「いや!ちょっと待って下さいシーナさん!!まさか男子棟に寝泊まりするつもりですか?!」

「うん。一緒に旅してた時は、いつもカイと一緒に寝てたし。」

 

 彼女の言葉に、クルトがキッとカイを睨みつける。恐らく嫉妬が半分。残り半分は「お前、シーナさんに変な事してないだろうな?」という無言の問い掛けであろう。

 このまま変な誤解をされてしまっては困る。と、カイは慌ててシーナの紛らわしい言葉を訂正した。

 

「おいちょっと待て!落ち着け!違うんだって!!ただ単にブレードイーグルの中で寝てただけで―」

「何が違うんだ!一緒に寝ている事に変わりはないだろうが!!」

「お前が考えてるような事は何にもねーよ!!つーかお前だって演習帰りにシーナと寝てただろ?!」

「あんな状況で眠れるか!言っておくがあの夜は結局寝てないぞ!俺は!」

「威張って言う事じゃねーだろ!ヘタレかよ!!」

「なんだと?!」

 

 止まりそうにない口喧嘩を黙らせたのは、メイシェンの足払いだった。たった一薙ぎしただけだというのに、その細脚はカイとクルトの足を完全に床から引き剥がし、派手に転ばせる。

 

「うぉわ?!」

「痛ぇ?!」

 

 突然の事でまともに受け身も取れず、床に打ち付けた頭を押さえて呻くカイとクルト。

 シーナはそんな2人の前にしゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「2人とも、大丈夫??」

「平気よ。この程度で怪我をするようじゃ隊員失格だし、煩い馬鹿共の事は放っておきなさい。まずは指令の所に戻って、貴女を何処に泊まらせる予定なのかきちんと確認するのが先よ。良いわね?」

「う、うん……」

 

 おずおずと頷いたシーナは、若干不安げな眼差しでメイシェンを見上げる。

 多分怖い人じゃない……一番最初にメイシェンの姿を見た時、自分はそう言った。間違いなくそれは本心だ。愛機であるパンダファイターに懐かれているというのが何よりの根拠だった。

 しかし、セルウェイを容赦無く気絶させ、クルトにいきなり手刀を繰り出し、挙句、口論を実力行使で無理矢理黙らせたメイシェンに対し、シーナは微かな緊張を覚える。

 

(ゾイドには優しいけど、少し怖い人……なのかな?……)

 

   ~*~

 

「あ~……女子棟、今空きが無いのか……参ったなぁ……」

 

 そう言って頭を抱えているのは、まさかのカーターであった。

 支部司令官ではあるが、彼は今年からこの第七辺境支部に着任したばかり。おまけに前任司令官が溜め込んでしまっていた仕事に毎日追われていたのだ。女子棟の空き状況を把握しきれていなかったのも致し方あるまい。

 ……とは、思うものの、いよいよ本格的にシーナの宿泊場所が完全に未定であった事が判明し、メイシェンも顔を隠すように額を抱え、大きな溜息を一つ吐いた。

 

「司令……どうするの?この子……」

「そうだなぁ……」

 

 途方に暮れたように考え込んだ後、カーターは何処か申し訳無さそうにチラッとメイシェンを見つめながら、酷く遠慮がちにひっそりと訊ねた。

 

「……君の部屋に泊めてあげるのは……無理かな?」

「私の部屋?!」

 

 大袈裟な程に驚いた様子で叫んだ後、メイシェンは気不味そうにシーナを見つめる。その眼差しと渋い表情は、何やら酷く葛藤しているような様子が見て取れた。

 

「あの、えっと、迷惑なら私、やっぱりカイと一緒に……」

「馬鹿な事言うんじゃないの!就寝時間中は男女共に宿舎棟の行き来は禁止でしょ?!事案よ事案!」

 

 泊めたくないのか、泊めても構わないのか分からないメイシェンの態度に、シーナはすっかり困った様子で、しゅんとしながらメイシェンを見上げる。

 ビクつく小動物のようなシーナの反応に、僅かながら罪悪感でも湧いたのだろうか?メイシェンはそんな彼女を見つめて言葉に詰まるように黙り込み……やがて、ポツリと呟いた。

 

「……一つだけ聞いておくけど、貴女、狭くても文句無い?」

「無い……です。」

「なら……別に良いわよ。私の部屋に泊まっても。」

 

 何処か恥ずかし気に頬を赤らめながら、ボソッと呟かれたその一言に対し、シーナはきょとんと首を傾げたが、次の瞬間にはホッとしたような笑顔を浮かべて大きく頷いた。

 

「うん!ありがとう!リー大尉!」

「じゃ、じゃぁ!宿泊場所も決まった事だし、着替えとか日用品とか部屋に運ぶわよ!」

 

 あからさまに照れ隠しだとわかる台詞と共に、メイシェンはシーナの手を掴んでツカツカと足早に執務室を出て行こうとする。

 そんな彼女の背中に、慌ててレンが呼び掛けた。

 

「あ、あの!俺達は一体どうすれば……」

「格納庫で泡噴いてる馬鹿を叩き起こして案内させなさい!起こす為なら手段は一切選ばなくて良いから!部屋に荷物運んだら、今日はゆっくりしてて良いわ!じゃぁね!!」

「え、えっと!皆また後で~!」

 

 ぐいぐいと引っ張られながらも、振り返って手を振ったシーナが、執務室の扉の向こうへ消える。

 カイ達は呆気にとられた様子で互いに顔を見合わせた後、助けを求めるように、カーターを見つめた。

 カーターはそんな彼等の視線に苦笑を浮かべると、そっと呟いた。

 

「とりあえず、何があったのかはよく分からないけど……格納庫で泡噴いてる馬鹿とやらを起こしておいで。」

 

   ~*~

 

「わぁ~!!可愛い!!」

 

 部屋へと案内されたシーナは、目を輝かせながら室内を見渡す。

 メイシェンの宿舎の自室……そこはまさにパンダの楽園であった。

 ベッド脇に置かれた巨大なパンダのぬいぐるみを始め、ベッドの枕元にも様々なパンダのぬいぐるみがずらりと並び、時計も、クッションも、ローテーブルも、デスクの上すら、見渡す限りパンダ、パンダ。パンダの山だ。

 

「ホント?!貴女もパンダ好き?!」

 

 シーナの反応に、メイシェンが興奮を隠しきれない様子で食い付く。

 そんな彼女に対し、シーナは少々困ったように笑った。

 

「えっと……私、古代ゾイド人だから、パンダって初めて見たの。でも、パンダファイターと同じような色の子達ばっかりだから、このお人形さん達もパンダ……なんだよね?」

「そうよ!これ!これがパンダ!可愛いでしょ?!」

 

 そう言って、メイシェンはベッドの枕元に並んでいたぬいぐるみの一つを手に取り、ずいっとシーナの目の前に差し出す。赤いチャイナ服を着た可愛らしいぬいぐるみに、シーナはまたも目を輝かせた。

 

「うん!ふわふわしてて、ころころしてて、すっごく可愛い!」

「話が分かるじゃない!パンダが大好きな子なら大歓迎よ!貴女最高だわ!」

 

 ぬいぐるみをてにしたまま、メイシェンは嬉しそうにシーナを抱き締める。

 先程までの冷たい雰囲気から一変し、すっかり“パンダが大好きな陽気なお姉さん”と化したメイシェンに、シーナはホッとした様子でふにゃりと笑った。

 

「良かったぁ。私、リー大尉の事、少し怖い人なのかな?って思ってた。」

「別に怖く無いわよ!特にパンダ好きの同士相手なら尚更!」

 

 とんでもない!とでも言いたげに声を上げながらシーナを放したメイシェン。そんな彼女に、シーナはくすくすと鈴を転がすように笑いながら頷く。

 

「うん。リー大尉ってパンダちゃんにもすっごく懐かれてるし、本当は全然怖い人じゃないんだね。」

「え?!貴女もしかして、この部屋のぬいぐるみ達の声でも聞こえるの?!」

 

 ギョッと目を丸くしたメイシェンの前で、シーナはふるふると首を横に振った。

 

「ううん。この子達の事じゃなくて、リー大尉のパンダファイターちゃんの事。私、ゾイドとお話出来るの。」

「あぁ、なるほど。古代ゾイド人だってさっき言ってたものね。」

 

 納得したように呟いて、手にしたままだったぬいぐるみを再びベッドの枕元に戻した後、メイシェンはそっとシーナを振り返る。

 

「貴女の名前、確かさっき他の子達が“シーナ”って呼んでたわよね?」

「うん。私シーナっていうの。」

「そう……その、私の事も、階級じゃなくて名前で呼んで良いわよ。」

「ホント?」

 

 嬉しそうに目を輝かせ、シーナは訊ねた。

 

「じゃぁ、メイシェンさん。って呼んでも良い?」

「えぇ。勿論。」

 

 優しく頷いたメイシェンに、ふと、シーナは先程の格納庫でのやり取りを思い出す。

 疑問に思っていた事を、彼女は訊ねた。

 

「ねぇ、さっき格納庫でセルウェイ少佐に“メイメイ”って呼ばれた時は、どうして怒ったの?」

「メイメイっていう愛称は、基本的に家族専用なの。両親とか、哥哥(グァーグァ)とか。」

「ぐぁーぐぁ?って?」

「お兄ちゃん。っていう意味よ。私は中華系共和国人だから、時折言葉に中国語が混ざっちゃって。」

「そうなんだ……じゃぁ、メイシェンさんもお兄ちゃん居るの?」

 

 きょとんと訊ねれば、メイシェンは何処か誇らしげに語り出した。

 

「えぇ。私の兄はガーディアンフォースの共和国首都支部に勤務しているエースパイロットなの。強くて賢くてかっこいい、まさに自慢の哥哥(グァーグァ)よ。貴女は?兄弟とか居るの?」

 

 その問いに、シーナの顔から笑顔が消えた。

 しゅんと俯きながら、彼女は消え入るようにぽつりと呟く。

 

「私も、双子のお兄ちゃんが居るけど……」

 

 敵になっているかもしれない。などと言える筈が無かった。

 もしそんな事を言ってしまえば、再び幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が現れ、あの黒い恐竜型ゾイドが出撃して来た際、任務に支障を来たしてしまうだろう。誰に言われた訳でもなく、シーナはそう理解していた。

 古代大戦末期に生まれ育った自分にとって、肉親が敵同士となり殺し合った。という話は幼いながらに何度も耳にした事であったし、その一瞬の躊躇いが時として戦況を大きく左右する事すらあるという事も知っていた。

 ……実際、父であるヴェルナー博士の兄。つまり伯父が敵の将として進軍して来た事で、自分達が住んでいた町は火の海と化し、住む場所を失った自分達は父が恩師から譲り受けたという秘密の地下研究所で細々と暮らす毎日を送っていたのだ。

 科学者でありながら優秀なパイロットでもあった父は、実の兄を止めようと戦線に立ったあの日、結局トリガーを引くことが出来なかった。と話してくれた。覚悟を決めて出撃したというのに、躊躇ってしまったと。そのせいで故郷を失い、自身のオーガノイドであったフォトンと、左腕も失ってしまったと……

 自分もいつか、父と同じような覚悟を持って戦線に立たなければならない時が来るのかもしれない。だが、もしもあのゾイドのパイロットが本当にアレックス本人で、自分がアレックスを止めなければどうなるだろうか?

 万が一、仲間の誰かがアレックスを手に掛ける結果に終わってしまったら、その仲間は「仲間の唯一の家族を手に掛けてしまった。」と、罪悪感を抱えて生きていく事になってしまう。

 知らないのなら、いっそ知らないままの方が良い。

 

「……遺跡で眠りに就いてたのは、私と、ユナイトと、ブレードイーグルだけだったから……」

 

 シーナはそっと言葉を濁す。

 それでも“嘘”を吐かなかったのは、きっとカイの影響だろう。

 そんなシーナの悲痛な胸の内を表情から察したのだろうか?メイシェンは彼女をそっと再び抱き締めて、優しく頭を撫でてくれた。

 

「もう……今日は休みましょ。ね?」

「うん……」

 

 小さく頷いたシーナの頬を、そっと孤独が伝った。




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第34話-価値観-

 到着翌日から、俺達は早速訓練を受ける事になった。

 こんな一癖も二癖もある奴らに、これから2週間訓練受けるなんて、正直滅茶苦茶不安だなぁ~……なんて、思ってたんだけど……

 その心配が全然違う人物に、予想外の形で向く事になるなんて、この時俺は、全く思いもしてなかったんだ。

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第34話:価値観]

 

「ゼロ!まだいけるか?!」

 ガルォ!!

 

 派手に吹き飛ばされた状態から四肢の爪を地面に突き立て体勢を立て直し、ライガーゼロが咆える。

 予定通り翌日から開始された訓練は、想像を絶する程ハードであった。

 個性の塊のような第七辺境支部の問題隊員達だが、その実力は、精鋭部隊であるガーディアンフォースの中でも更に屈指と言って良い。

 

「遅い!」

 

 体勢を立て直したばかりのライガーゼロに対し、愛機であるパンダファイターを駆ってメイシェンが間髪入れずに突っ込んで行く。

 パンダファイターは……彼女がベアファイターを白黒に塗り分けて“パンダ”と言い張っているだけなので、ぶっちゃけてしまえばベアファイターなのだが、まぁ要するに、重装甲を生かした突撃戦を得意とするゾイドだ。その利点を余す事無く発揮する近接格闘主体の猛攻は、まさに息を吐く暇すら無い。

 高速戦闘用ゾイドである筈のライガーゼロに比べれば、最高速度は四足形態でおよそ3分の2。機体規格も、ライガーゼロが大型ゾイドであるのに対し、パンダファイターは中型ゾイド。いくら突撃戦を得意とする重装甲ゾイドとはいえど、ライガーゼロが太刀打ち出来ないなどという事は、まず有り得ない……

 そう“普通”ならば、まず有り得ないのだ。

 だが、メイシェンのパンダファイターは重装甲ゾイドである筈にも関わらず、とにかく俊敏であった。その秘密は恐らく、四足形態と二足形態を瞬時に切り替える判断力と操縦技術の高さであろう。

 四足形態で素早く駆け抜け、距離を詰める。そして相手に飛び掛かると同時に二足形態へ瞬時にシフト。飛び掛かった勢いもそのままに繰り出される超硬度セラミック爪の一撃は、中型ゾイドで大型ゾイドを吹き飛ばすという荒業を難なくやって退けた。

 

『レン!ゼロの機動力なら絶対振り切れるから!まずは一旦距離を取って!』

「それは分かってんだけど―うわぁっ?!」

 

 シーナの声も虚しく、ライガーゼロがまたもパンダファイターに殴られ派手に地面を転がる。

 ひたすら執拗に攻撃され、おまけに自分が手も足も出ない程追い詰められている事に、レンは酷く焦った。

 

(畜生……こんな時、Eシールドがあれば……)

 

 彼は思わず渋い表情を浮かべる。

 ルネの助言を受け、試作CASユニットの一つである「シールド-ゼロ」を戦闘用に調整出来ないか?とトーマに相談したのだが、その解答は「可能ではあるが調整にはかなり時間が掛かる。」というものであった。

 曰く、元々シールド-ゼロは試作ユニットの中でもつい最近形になったばかりの未完成ユニットであり、換装の取り回しを優先した為に、ジェネレーターの出力が不安定でシールド強度に問題点を抱えている事から、開発スタッフ達は現在進行形で改修調整に追われている真っ最中。

 そんな中、後方支援及び援護特化ユニットとして設計されていたシールド-ゼロを近接戦闘用ユニットにシフトさせるとなれば、調整の進んでいたセッティング自体はおろか、設計そのものから見直さなければならない。

 Eシールドを用いた近接格闘戦をゼロで繰り広げられるようになるのは、まだまだ先……それが、酷くもどかしかった。

 

(レン、随分苦戦してるな……ある程度予想はしていたけど、まさか此処まで一方的な展開になるなんて……)

 

 そんな中、冷静に演習の状況を分析していたのはエドガーだった。

 初日で目にした様子から察するに、第七辺境支部の隊員達はけして仲が良い訳では無い。

 メイシェンは何かと言い寄って来るセルウェイに辟易している様子であったし、ネイトとセシルに至っては、いつどちらが相手を殺すか分からないような空気が常に漂っている。

 しかし、ゾイドに乗った彼等は、普段のやり取りからは想像も説明もつかないような連携を見せていた。

 ……いや、これを「連携」と呼ぶのは些か語弊がある。お世辞にも見事なコンビネーションとは言い難い。

 

「ネイト!何処狙ってるのよ!この下手糞!」

「うるせぇなぁ。こっちはこっちで楽しんでんだよ。すっこんでろ。」

「少佐。バカスカ撃ち過ぎです。もう少し他所でやって下さい。」

「はっはっは!これは砲撃ゾイド同士。いや!漢同士の戦いだ!手を抜くなど相手への侮辱!口出し無用だ!」

 

 ……このように、戦術的な打ち合わせはおろか、まともなコミュニケーションすら怪しい始末だ。

 だが、そんな会話からは想像も付かない程、見事に各々が役割をしっかり果たしていた。

 機動力が持ち味であるライガーゼロは、メイシェンのパンダファイターが絶えず猛攻を加え続ける事で、巧みに抑え込んでいる。恐らく本領を発揮する暇すら与えずに潰す気なのだろう。

 空ではネイトのサラマンダーがカイとブレードイーグルを足止めしている。機動力では遥かに劣るサラマンダーで高速、高機動型のブレードイーグルを足止め出来ているのは、その積載能力を見せつけるかのように携えた無数の武装だ。レーザーブレードウイングやレーザークローで一気に敵を叩く戦法を得意としているブレードーグルにとって、ミサイルに追い掛け回され、レーザーに追い立てられ、全く距離を詰められないのはなかなか苦しい。

 シーナはそんな2人のオペレートで精一杯だ。キートが光学迷彩を起動させた状態でこの場に居るのは分かっているが、彼女の場合、本格的な後方支援はまだあまり訓練を受けていない。援護射撃は到底望めないだろう。

 セルウェイのガンブラスターも、後方支援担当のクルトへ容赦の無い弾幕を張る事で、援護射撃を確実に妨害している。どちらも砲撃型のEシールド搭載機だが、砲撃に移る際に必ずシールドを解かなければならないディバイソンに対し、ガンブラスターはシールドを展開したまま砲撃を行う事が可能という大きなアドバンテージがある。このままではじりじりと追い詰められてしまう事だろう。

 そして、追い詰められているのは彼も同じだ。エドガーはセシルのステルスバイパーにかなりの苦戦を強いられていた。

 

(くそっ……厄介だな……)

 

 正直、自分と一番相性が悪い相手がセシルであろう事は覚悟していた。彼の愛機であるステルスバイパーは奇襲用ゾイドだ。偵察もこなす事が可能な隠密性と、あらゆる地形に対応出来る走破性、機動力に優れている。

 ……が、厄介なのはそこではない。身を潜めた場所から敵を確実に仕留める事をコンセプトに設計されているが故に、搭載された武装が全て銃火器である事。つまり、遠距離戦を得意とする機体だという点である。

 ジェノブレイカーに搭載された銃火器は、最大の武器である荷電粒子砲を除いた場合、ウエポンバインダーに搭載されたAZ140mmショックガンとAZ80mmビームガン。そして左右合わせてたった10発しか装弾出来ない、申し訳程度のマイクロポイズンミサイルポッドのみ。ただの訓練で荷電粒子砲の使用許可など下りる筈も無い為、この僅かな装備で“遠距離戦”という相手の土俵に上がるのは分が悪過ぎる。

 どうにかして得意の近接戦闘へ持ち込みたい所だが、ジェノブレイカー相手に近接戦闘へと持ち込まれれば、確実に不利である事はセシルも分かっているのだろう。彼は常にジェノブレイカーと一定の距離を保っており、その距離はなかなか縮まらない。

 トップスピードはあのブレードライガーすら超える事の出来るジェノブレイカーを、此処まで近寄らせないように立ち回っているのだ。いくらスペックが全てでは無いとはいえ、機体の性能差というのは必ずしも技術だけで補えるようなものではない。恐らく彼のステルスバイパーはフットペダルベタ踏みのフルスロットル状態であろう。

 それだけのフルスピードで動き回りながら、常に間合いを把握し、機体を御する。かなり神経を擦り減らすような操縦が要求されている事は想像に難くない。

 だがそれでも、彼の放つ弾丸が狙いを狂わせる事は一切無かった。ジェノブレイカーと一定の距離を保ったまま40mmヘビーマシンガンをメインに、16mmバルカン砲と小口径対空レーザー機銃も交えて、精確無慈悲にジェノブレイカーへ弾丸を注ぎ込む。

 どれほど必死に避け続けても、間合いを詰められない。被弾箇所はじわじわと増え続ける一方。このままでは埒が明かない……そう判断したエドガーは意を決するように相棒へと語りかけた。

 

「実弾で訓練している以上、防戦一方でやられて終わるのは御免だ。ジェノ!仕掛けるぞ!」

「グギョァ!」

 

 相棒の返事と同時に、エドガーはウイングスラスターを全開にしてステルスバイパーへと一直線に突っ込んだ。

 突如、防戦一方の状態から攻勢に転じたジェノブレイカーに、流石のセシルも微かに目を見開く。

 

(無策で突っ込んで来る程、馬鹿ではない筈だが……)

 

 セシルは猛スピードで迫り来るジェノブレイカーの挙動に細心の注意を払いつつ、銃弾を叩き込んだ……が、その銃弾がジェノブレイカーに届くことは無かった。突如立ちはだかった光の壁に阻まれたのだ。

 

「ほう……Eシールドか。」

 

 思わず感心したような呟きが零れる。

 オリジナルのジェノブレイカーのEシールドは、一個師団の集中砲火にさえ耐える事の出来る強力な物だ。いくらエドガーの機体がその「コピー」で、オリジナルよりも性能が劣るとはいえ、そのEシールドはシールドライガー以上の強度を誇る。そう易々と突破出来るようなものでは無い。

 

「吹き飛べ!」

 

 Eシールドを展開したまま、ジェノブレイカーがステルスバイパーを体当たりで吹き飛ばす。

 派手に地面を転がってもおかしくない一撃だったが、それでもステルスバイパーは地面に倒れ伏しなどしなかった。地面へ派手な跡を長々と引きながらも、鎌首を擡げた姿勢のまま器用にバランスを取り、すぐさまジェノブレイカーへと向き直る。

 ……しかし、その時には既に、エクスブレイカーを振り翳したジェノブレイカーが眼前に居た。

 

「もらったぁ!!」

 

 エクスブレイカーがステルスバイパーの首を捕える。

 誰もが、勝利を掴んだのはジェノブレイカーだと見て間違いない瞬間……それでもエドガーは、確実にステルスバイパーをシステムフリーズへ追い込む事を選んだ。その選択肢も、けして間違いでは無い。

 だが、捕らえたステルスバイパーを、そのまま地面に叩きつけようとした瞬間、エクスブレイカーが一気に上へと跳ね上げられた。

 

「なっ?!……」

 

 エドガーが呆然としたのも無理は無いだろう。

 地面へ叩きつけられそうになるのと同時に、ステルスバイパーは“跳躍”したのだ。その長い全身をとぐろのように瞬時に巻き、バネのようにして……

 

「思い切りの良さは良いが。少々考えが足りなかったな。」

 

 淡々と告げながら、セシルの口元に微かな笑みが浮かぶ。

 首を掴まれたまま宙を舞っていたステルスバイパーの長い胴が、鞭のようにしなる。ジェノブレイカーの首に撒きついた鋼鉄の蛇は、そのままジェノブレイカーを締め上げに掛かった。

 いくらジェノブレイカーがパワーに優れた機体とはいえ、いきなりバランスを崩した上に、ゾイド一機分の重量が首の一点へ加われば、体を支える事は到底不可能だ。

 首を締め上げられたまま、ジェノブレイカーが地面に倒れ込む。

 力の抜けたエクスブレイカーから抜け出したステルスバイパーは、締め上げる力を緩めもせずにジェノブレイカーを見下ろし、余裕の漂う佇まいで銃口を突き付けた。

 

「近接格闘戦に持ち込めばジェノブレイカーに分がある。確かにそれは事実だ。だが、ステルスバイパーの近接格闘能力を甘く見過ぎたな。この程度の奇襲に対応出来ないとでも思ったか?」

「くっ……」

 

 メインモニターに映し出されたステルスバイパーを睨みつけ、エドガーが悔しさに歯を食いしばる。

 そんな彼に、白獅子とその使い手が声を上げた。

 

「エド!!」

「グォォォォン!!」

 

 すぐさま助けに行こうと駆け出したライガーゼロだったが、その無防備な横っ腹に、パンダファイターが一撃を叩き込み、派手に転ばせる。

 

「防戦一方だった目の前の敵に、平然と背を向けるだなんて……舐めてるの?」

「ちっ……」

 

 地面から起き上がろうとしたライガーゼロの首を、パンダファイターの前足がズンッと踏みつける。

 ステルスバイパーに締め上げられたジェノブレイカー、パンダファイターに踏みつけられたライガーゼロ……

 当然、幼馴染2人の窮地に、彼が無反応な筈が無かった。

 

「レン!エド!動くなよ!!」

 

 ガンブラスターと撃ち合っていたディバイソンが、窮地に追い込まれた仲間の方へと向き直り、パンダファイターとステルスバイパーめがけて17連突撃砲を放つ。

 しかし、向かい合っていたガンブラスターに対し、完全に機体側面を晒してしまったディバイソンを、セルウェイが見逃す筈が無かった。

 

「ぬかったな!青年!!」

 

 ガンブラスターのハイパーローリングキャノンがノーガードのディバイソンを嬲る。

 断末魔のような悲鳴を上げたディバイソンが、ゆっくりと地面へ崩れ落ちた。

 

「ちっ……テオ!ディバイソンのダメージは?!」

[機体右側面から右前脚にかけて被弾による損傷を確認。ダメージレベル:2。損傷自体は戦闘続行可能レベルですが、被弾時の衝撃によって、コンバットシステムがフリーズしています。訓練の規定上、再起動による復帰は認められていません。撃破扱いです。]

「……やられた、な。レンとエドは?」

 

 クルトが顔を上げた先。メインモニターに映し出されていたのは、ディバイソンの援護砲撃によってパンダファイターから解放されたライガーゼロが、真っ直ぐ此方へ走って来る姿だった。

 その姿を見て、クルトは思わず目を見開く。

 

「馬鹿!来るな!!」

 

 叱るように叫ぶその声を聞きながら、それでもレンは歩を緩めない。

 そんなライガーゼロを追撃しようと後ろから迫っていたパンダファイターに、エクスブレイカーを展開したジェノブレイカーで真横から突っ込み、派手に吹き飛ばしながらエドガーが叫んだ。

 

『レン!今のうちに!!』

「あぁ!分かってる!!」

 

 ディバイソンの方を向いたままのガンブラスターが此方へ方向転換するには、多少ラグがある。

 その隙に一気に距離を詰め、撃たれる前に攻撃してしまえば確実に仕留められる筈だ。例えEシールドを展開されたとしても、ゼロの脚ならすぐさま無防備な背後へ回り込める。

 レンに迷いは一切無かった。

 もしもこれが、訓練では無く幻影騎兵連隊相手の実戦ならば、システムフリーズを起こし身動きの取れなくなったゾイドは真っ先に止めを刺される。それは、レン自身があの合同演習襲撃事件で嫌と言う程味わった現実だ。

 だからこそ、そんな絶体絶命の自分を救ってくれた仲間には、どれだけ感謝しても足りない程の思いを抱えているし、今度は自分が守る側になると誓ったのだ。訓練であろうと、その思いは揺るぎはしない。

 

「ストライクレーザークロー!!」

 

 レンの叫びと共に、その爪を黄金に輝かせたライガーゼロが地を蹴る。

 しかし、一直線にガンブラスターへと振り降ろされたストライクレーザークローは、あと僅かという所で虚しく宙を掻いた。

 

「うわぁぁぁ?!」

 

 突如機体へ奔った激しい衝撃。それは、ジェノブレイカーから離れたステルスバイパーが、ライガーゼロへと放った40mmヘビーマシンガンによるものだった。

 無防備なその背中に弾丸を叩き込まれ、ライガーゼロもまた、地へ伏す……

 メインモニターに表示されたシステムフリーズを告げる文字に、レンは思わず悔しさに任せて叫んだ。

 

「ちっくしょー!あとちょっとだったのに!!」

『はっはっはっは!いや、思い切りの良さはなかなかだったぞ!少年!』

 

 傍らに佇むガンブラスターから、セルウェイの爽やかな大声が響くが、間髪入れずに冷ややかな声が続々と後に続く。

 

『何処が良かったのよ。周り見えてなさ過ぎじゃない。』

『ホントそれ。一対一の勝負じゃないんだから、もうちょっと頭使いなよ。』

『今の立ち回りは真っ先に死ぬぞ。』

「お、お前達……初戦でそれは流石に言い過ぎではないか?な?少年。」

 

 セルウェイが必死にフォローに入るが、レンはぐうの音も出ないといった表情でがっくりと項垂れ、絞り出すように呟いた。

 

「いや、返す言葉もございません……」

 

 周りが見えていない。それが自分の欠点である事はレンにも自覚がある。

 あの合同演習でもそうだ。仲間の援護に回るどころか、通信に返事を返す余裕すら無かったあの状況で、自分があれだけ粘る事が出来たのは、他ならぬ相手が一対一の戦闘を望んでくれたから……その気になれば周囲のスリーパー達を使って動きを封じる事など容易かった。撃破のチャンスなど山のように転がっていた筈なのだ。

 だからこそ、レンにはそれがどういう意味であるか分かっていた。

 あの赤い高速戦闘用ゾイドのパイロットは、スリーパー達に頼るまでも無い。と判断を下したのだ。帰還後、それを悟った時に込み上げたのは、悔しさと自分の未熟さに対する苛立ち……それがまた、レンの胸を締め上げる。

 

(あんだけ悔しい思いしたってのに……何も変わってねーじゃねーか。馬鹿野郎……)

 

 悔しさに任せて振り上げた拳を、そのまま自分の膝に叩き付ける。

 そんなレンの様子を通信画面越しに見つめ、エドガーがポツリと心配そうに呟いた。

 

「レン……」

『エドガー!避けて!』

「え?――」

 

 クルトとレンの2人が撃破され、周囲のゾイド達も動きを止めている……雰囲気的にも気分的にも、午前の訓練は終了したものとして気を抜いていたエドガーは、直後、パンダファイターの電磁キャノン砲を叩き込まれた衝撃に見舞われ、盛大な舌打ちを吐いたのだった。

 

   ~*~

 

「貴方達、てんで話にならないわ。」

 

 訓練を終了し、格納庫に集まった面々の中でメイシェンが開口一番にそう言い放った。

 

「防戦一方。攻勢に出ても返り討ち。周りは見てない。援護もお粗末。よくそれでガーディアンフォースの隊員を名乗れるわね。精鋭の意味分かってるの?」

「まぁまぁメイメイ。罵倒から入らずに、まずはそれぞれの総評を――」

「だから気安くメイメイって呼ばないで!!」

 

 宥めに入ったセルウェイをキッと睨みつける彼女の隣で、不意にセシルが口を開く。

 

「ジェノブレイカーの立ち回りは及第点だ。奇襲と同時に近接戦闘へシフトする戦法は、ベタではあるがオールマイティに使える戦術でもある。後は相手の特性や能力からどのような反撃が想定されるかを考え、対応出来るよう励むと良い。」

「はい。」

 

 短い返事と共に頷いたエドガーに、ネイトがニヤッと馬鹿にしたような笑みを向けた。

 

「まぁ、最後のあのやられ方は馬鹿の極みだけどね。」

「……自覚しています。」

 

 居心地悪そうに視線を逸らすその様を面白そうに眺めた後、ネイトはカイへ視線を移す。

 

「カイはまぁ、実力にもゾイドの性能にも恵まれてんのに、ミサイル如きで逃げ過ぎ。器用にバルカンでミサイル撃ち落とせる癖に、なんで突っ込んで来れないかなぁ?」

「突っ込んだらレーザーとバルカンで蜂の巣にする気満々だったの見え見えなんだよ。大方、痺れを切らして突っ込んで来るの待ってたんだろ?その手に乗るかっつーの。」

 

 何でもなさそうに答えたカイに言葉を続けたのはセルウェイだった。

 

「少年。空からは何が見える?」

「え?」

 

 きょとんとした表情を浮かべた彼に、セルウェイはいつもの爽やかな笑みを浮かべたまま語る。

 

「飛行ゾイドは、空ばかりが見える訳では無いぞ。地上も、海上も見渡す事が出来る。君ならば窮地に陥った仲間に対し、的確なフォローが出来ていた筈だ。目の前の相手ばかりに集中していたのでは、せっかくの翼が実に勿体無い。」

「あ、はい……」

 

 ぽかんとした返事が、口から転げ落ちた。

 今思えば、対地戦を繰り広げたのは合同演習襲撃事件の一戦のみで、それ以外の訓練では常にストームソーダーとレイノスばかりを相手にして来た……飛行ゾイドが相手ならば、自分が戦うべきは空。無意識にそう思い込み、自分の役割をきちんと考えていなかった事に気付かされ、カイは黙り込む。

 

(確かに。サラマンダーから逃げ回ってばっかいないで、レン達の援護に回ってたら……戦況は全然違ってた筈だよな。一応振り分けとしては俺も前衛戦闘員だけど、前衛が援護に回ってはならない。なんて決まりはねーんだし、臨機応変に動かないと駄目なんだ……)

 

 360度、何処へ行くにも自らの意志一つ……それは何も旅だけに言える事では無いのだ。戦闘における立ち回りもまた然り。そんな空で、目の前の敵しかその目に映さないという事は、広大な空に自ら窮屈な道を描き、他の行き先を閉ざしていたという事。

 空に在りながら、空の可能性に欠片も気付いていなかった……全く、あれほど空に焦がれておきながら、なんと滑稽で愚かだったのだろう?

 

「次からもっと、立ち回りをしっかり考えます。」

「……お前、敬語使えたんだな。」

 

 気の抜けたクルトの一言に、カイはジトリとした眼差しを彼へ向ける。

 

「お前は俺をなんだと思ってんだよ。」

「生意気なクソガキ。」

「けっ……言ってろ。」

 

 拗ねたようにプイっとそっぽを向いたカイに構わず、セルウェイは続けてクルトを見つめた。

 

「青年。君は恐らく、その真面目な気質故なのだろうと思うが、後方支援戦闘員という自分の分担に対して頑なになり過ぎだ。確かにディバイソンには17連突撃砲があるが、元はディバイソンも突撃戦用ゾイド。分の悪い打ち合いに徹さず、ツインクラッシャーホーンで攻め入る選択肢もあった筈だ。」

 

 今度は、クルトがきょとんとした表情を浮かべる番であった。

 確かにセルウェイの言い分は正しい。Eシールドを展開したまま砲撃を続行する事が出来ない以上、ガンブラスター相手の砲撃戦では分が悪い。だが、直接攻撃であるならどうだろうか?と、クルトは考える。

 ガンブラスターの最大の武器であるハイパーローリングキャノン。その一番恐ろしい所は、火力そのものではなく、エネルギー弾の周波数を変える事でEシールドを容易く“貫通”出来る事だ。Eシールドを展開したまま砲撃を続行する事が出来るのも、この特性を応用した戦法に過ぎない。

 だが、この戦法には一つ弱点がある。ガンブラスター自身のEシールドである超電磁シールドを貫通する周波数でエネルギー弾を発射した場合、ディバイソンの電子振動シールドは周波数が異なる為、簡単に防ぐ事が出来てしまうのだ。

 迫り来るディバイソンに対抗するには、ディバイソンの電子振動シールドの周波数に合わせたエネルギー弾を放つしかない。そうなれば、シールドを展開したまま砲撃を行うという戦法は取れない事になる。

 直接ぶつかり合うのなら、パワーも速度もディバイソンの方が上だ。一気に距離を詰め、ツインクラッシャーホーンで弾き飛ばす……確かに不可能ではないだろう。

 ただし、ガンブラスターが此方の電子振動シールドを貫通出来る周波数へ切り替えるのが僅かでも早ければ、あの無数の弾丸を防ぐ手立ては一切無い。ぶつかり合ってEシールド同士の競り合いになった場合も、出力自体はガンブラスターの超電磁シールドの方が上である為、先にシールドがショートするのはディバイソン……かなりの出たとこ勝負になる事は間違いない。

 

「……なるほど。」

 

 しかし、クルトの口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 

「自ら賭けに出る事くらい、出来て当たり前でなければ話にならない。という事ですね?」

「うむ!君は実に理解が早いな!良い事だ!」

 

 満足げに笑ったセルウェイへ呆れた視線を向けた後、メイシェンがそのままの眼差しでレンを見つめる。

 目が合った瞬間、レンの肩が微かにビクリと跳ねた。

 

「まぁ、私は最初に言った通りよ。もっと罵倒して欲しければ事細かに指摘してあげるけど、必要かしら?」

「いえ……改善すべき点が多々あるのは、痛感しました。」

「多々ある。じゃなくて、改善すべき点しかないのよ。戦闘員の中で貴方が一番お粗末だったのわかってる?」

「……はい。」

 

 悔しさよりも、自分の不甲斐無さに情けなくなっているような声音で、絞り出すようにレンは短く答える。

 そんな彼を見つめて溜息を一つ吐いた後、メイシェンはシーナへも視線を向けた。

 

「シーナ。貴女は前線オペレーターなのよね?」

「うん。」

「ゾイドに乗って戦線に立っている以上、貴女の仕事はオペレートだけじゃないわ。状況に応じて後方支援に回る事だって重要になってくる。だからこそ前線オペレーターは貴重なの。わかる?」

「えっと……貴重……って?」

 

 困ったようにおずおずと訊ねるシーナに、メイシェンは少々困ったような表情を浮かべながらも言葉を続ける。

 

「オペレーターとしての技能がどれだけ優秀であっても、ゾイドの操縦技術がお粗末じゃ足手纏いだからよ。その両方を両立出来る人材なんて、ほんの一握り。だから貴重なの。実際、今現在ガーディアンフォースに所属している前線オペレーターは貴方を含めてもたったの3人。帝国帝都支部に1人。共和国首都支部に1人。そして貴女。どれだけ貴重な存在か分かるでしょ?」

「うん……」

 

 圧倒されたように小さく、静かに頷いたシーナは、メイシェンの言葉をそっと噛みしめた。

 貴重な前線オペレーター……まだ何処か漠然とはしているが、それでも、重要な役職である事は間違いない。

 

「ねぇ、メイシェンさん。凄い前線オペレーターさんって、どんな人?」

 

 そんな質問を受け、メイシェンは考え込む。

 

「そうね……私は共和国首都支部の前線オペレーターしか知らないけれど、本当に優秀な人よ。オペレートの技術は勿論、そのオペレートの障害になりうるものは自ら徹底的に排除する。だから戦闘員は自分の戦いに専念出来る。あの人がいるだけで、勝率は倍になるとまで言われているもの。哥哥(グァーグァ)……兄は彼の事を“指挥(ヂィーフュイ)”って呼んでいるわ。」

「ぢーふぃー??」

「指揮者って意味よ。戦闘員を奏者。繰り広げる戦闘を旋律に見立てて、兄が付けたあだ名。もし会う機会があれば、色々と教わると良いわ。クライヴ=スクワイアという人よ。」

「うん!」

 

 元気良く頷いたシーナに、メイシェンも優しい笑みを浮かべる。

 その様子を見て、セルウェイが「よし!」と声を上げた。

 

「ひとまず午前訓練の総評も出て、各自課題も明確になった事だ!後はしっかりと昼食を摂って!しっかり休んで!午後の訓練から早速課題を――」

「はーい。その前に俺からちょっと良い??」

 

 セルウェイの言葉を遮ったのは、ネイトであった。

 普段このような話し合いを至極面倒臭がる彼が、自ら話を切り出す事は滅多に無い。それを知っている第七辺境支部の隊員達は、微かに驚いた、或いは訝し気な視線を彼に向ける。

 そんな仲間の視線など気にも留めずに、ネイトは切り出した。

 

「お前らさぁ、仲間やゾイドの事大切にしすぎじゃない?」

 

   ~*~

 

「お前ッ……もう一回言ってみろ!!」

「馬鹿!やめろレン!」

 

 格納庫に響いたのは怒り狂ったレンの怒号。それに負けない程の大声で叫びながら、ネイトへ飛び掛かろうとするレンを羽交い絞めにしているのはクルトだ。

 一方、ネイトはそんなレンの反応を楽しむように、ニタリと笑う。

 

「え?もう一回言って良いの?じゃぁ言ってやるよ。青臭い友情なんて、戦場じゃただのお荷物。努力、友情、正義の方程式なんて糞の役にも立たねーの。結局のところ、殺すか殺されるかなんだよ。人に対しても、ゾイドに対しても。」

「それはお前の価値観だろ?!仲間や相棒を大切にして何が悪いんだよ!!」

「だから落ち着け!」

 

 異質だ……怒り狂うレンを見て、カイは何処か他人事のようにそう感じていた。

 ありがちな言葉で友情を否定されただけだというのに、陽気で、明るくて、基本的に目上の人間や年上の者には敬語を使うあのレンが、敬語すら忘れて怒り狂うなんて……俄かには信じられないような光景だ。

 

「ゾイドが相棒?まぁお子ちゃまでちゅね~。ゾイドは兵器だって教わってないんでちゅか~?」

「馬鹿にすんな!!ゾイドだって人間と同じ生き物だ!兵器扱いなんて出来るかよ!!」

 

 その言葉に、ネイトの瞳が冷たくなる。

 あくまで口元には笑みを引いたまま、彼は静かに、厭味ったらしく問い掛けた。

 

「じゃぁさ。お前、なんで戦ってんの?」

 

 レンがハッとしたように、顔を強張らせる。

 その様を眺め、ネイトは言葉を続けた。

 

「ゾイドは?生き物で?相棒?じゃぁなんでお前、ガーディアンフォースなんてやってんの?可愛い可愛い大切な相棒なんだろ?任務に連れ出しちゃかわいそうなんじゃない?」

「それは……」

「ほら見なよ。結局そこ突かれると何も言い返せないんだろ?ゾイドが兵器だってのを、生き物だとか相棒だとか呼ぶ事で美化して、正当化してるだけじゃん。人間が銃や爆弾使うのと、ゾイド使うのと、何が違う訳?やってる事は一緒のくせにさぁ?」

 

 勝ち誇ったようなネイトのその一言に、レンは完全に黙り込んでしまった。

 未成年の子供である自分がガーディアンフォースの隊員として戦えるのは、相棒であるライガーゼロのお陰だ。それは十分理解しているし、だからこそ、共に任務で戦ってくれるゼロに感謝もしている。

 だが、ネイトの言葉はレンが長年抱いてきた葛藤の核心を突くものだった。

 ゾイドに乗って戦う……いかなる理由があろうとも、それはゾイドを「兵器」として使っている事になるのではないか?……何故、ゾイドに乗るという事は、戦う事とセットになってしまうのか?……

 その矛盾が、怒りに煮えくり返っていた腹の底を凍てつかせた。

 

「大体さぁ。お前ら見てて気持ち悪いんだよ。味方が1人やられただけでわらわら取り乱しちゃって。仲良しごっこがしたいなら、ガーディアンフォースなんか辞めて大人しく学校通ってりゃ良いじゃん。お前らの一番駄目な所って、戦術でも立ち回りでもなくて、結局はその甘さじゃない?俺が敵なら、その友情とやらを逆手に取って身も心もズタボロになるまで嬲ってやるよ。」

 

 ネイトがスッとレンに詰め寄る。

 気味の悪い笑みを浮かべたまま、彼は心底楽し気にレンへと囁きかけた。

 

「それこそ、ろくに戦えないオペレーターちゃんなんか、格好の人質だよねぇ?お仲間第一のお前はきっと真っ先に突っ込んで来る。そしたら後はもう楽なもんだよ。適当にライガーを身動きの取れない状態にして、目の前で大事な大事な仲間を1人ずつ殺してやるんだ。やめろ!って叫ぶお前の悲痛な声を堪能しながらさぁ?いやぁ楽しいね?これ名案。俺天才じゃない?」

「ふざけんな下衆野郎!!」

 

 クルトに羽交い絞めにされたまま、レンがネイトに蹴りを入れようとして、あっさり躱される。

 にやにやと笑いながら、ネイトは残りのメンバーを見渡した。

 

「あぁ、ついでに言っとくけどさ。コレ、何もこのお子ちゃまだけに言ってる訳じゃないから。どうせ今の話聞いて、お前らも思ったろ?最低。この下衆野郎。って。そう思ってる時点でお前らもお子ちゃまだよ。本当にヤバイ連中ならこのくらいの事平気でやるし。むしろ相手の弱みを握って潰すとか常套手段だから。その辺もしっかり現実見ましょうね~。」

「ネイト。その辺にしておけ。でないとこれ以上は流石に、実力行使で黙らせねばならなくなるぞ。」

 

 セルウェイの言葉に、ネイトは悪びれもせずに肩を竦める。

 

「おー怖い怖い。筋肉達磨の実力行使とか俺死んじゃう。」

「むしろ死ね。」

「同感。」

「あれぇ??」

 

 セシルとメイシェンの辛辣な一言に、わざとらしい声を上げた後、ネイトは再びレンを見やる。

 怒りと葛藤。現実を突き付けられた事に対する戸惑い。認めたくは無いが認めざるを得ないという敗北感……

 様々な思いの入り混じったその表情を一蹴するかのように、嘲笑を向けた後、ネイトは一足先に歩き出す。

 

「もう昼休憩入るし。俺おっさき~。」

 

 散歩にでも出掛けるような軽い足取りで立ち去るネイトの後姿を眺めた後、クルトが心配そうな視線を向けながら、そっと羽交い絞めにしていたレンを放す。

 レンは足元に視線を落とし、酷く悔し気に、苦々しく吐き捨てた。

 

「畜生……」

 

 そんな親友の名を、カイがそっと呼ぶ。

 

「レン。」

 

 何処か気不味そうに、不安げに此方へ視線を向けたレンに、彼は穏やかな声音で告げた。

 

「お前の言ってる事は、別に間違ってねーよ。」

「カイ……」

 

 ぽかんとした、それでいて何処か安堵の滲んだ声で名を呼ぶレンに対し、彼は何処か申し訳なさそうな表情を浮かべる。伝えるべきかどうかを思い悩んだ後、カイはそっと言葉を続けた。

 レンならば、理解してくれると信じて……

 

「けどさ……あいつの言った事も間違いじゃないぜ。」

「え……」

「目の前で仲間がやられると周りが見えなくなっちまうってのは、本当に致命的なんだ。特にお前ら3人は幼馴染同士だし。失いたくない。守らなきゃ。って思うのは当然だと思う。でも、お前も、エドガーも、クルトも、そう簡単にやられる程弱くねーだろ?」

「……うん。」

「ならさ、もう少しお互いに信じてみても良いんじゃねーの?こいつはこの程度でやられるような奴じゃない。って。そうすりゃこう……なんつーか……戦ってる時に、ちょっと余裕が出来るっつーかさ……」

 

 その言葉に、レンとエドガー、クルトの3人がきょとんと顔を見合わせる。

 

―もう少しお互いに信じてみても良いんじゃねーの?―

 

 別に、信じていない訳では無い。

 お互いの強さは誰よりも分かっている。ほぼ実年齢=共に育った年月と言っても過言ではない、生粋の幼馴染なのだから……だが、だからこそ、お互い気に掛け過ぎる面があったのは確かだ。

 人一倍仲間意識が高く、人とゾイド、その両方を守る事に強い信念を持つレン。

 幼い頃から守られてばかりだったからこそ、今度は自分が守る側に立ちたいと願うエドガー。

 幼馴染として、兄貴分として、前衛を務めるレンとエドガーを支え、守っていくと誓ったクルト。

 結局、互いに“守る”という思いが強過ぎて、冷静に、客観的に物事を見れていなかった……

 

「そう……だな。うん。カイの言う通りだ。」

「おう。」

 

 静かに染み入るように呟いたレンに、カイはホッとした様子でニッと笑う。

 しかし、彼はそのまま驚愕の一言を発した。

 

「じゃぁ俺、ちょっとネイトとも話してくるわ。」

「え?!」

 

 思わずギョッとした声を上げたレンに、カイは何処か憂いを帯びた笑みを浮かべる。

 時折見せる、あの大人びた雰囲気がそこにあった。

 

「面倒臭ぇヤバい奴だって思ってたけど、俺、あいつの言い分も分かるからさ。あ。でも別に、あいつと同意見とかそういう訳じゃねーから、そこは安心してくれな。」

「あ、あぁ。それはまぁ、分かってるけど……」

 

 戸惑いながらも返された言葉に、カイはニヒッと吹き出すように笑う。

 レンの言わんとしている事を汲んだのか、彼は明るく答えた。

 

「心配ねぇって。ああいうヤバい奴の相手はそこそこ慣れてっから。」

 

 安心させるかのように、それでいて、何処か元気付けるかのように、ぽんぽんとレンの肩を叩いた彼はそのまま格納庫を出て、ネイトの後を追う。

 そんな彼の後姿を見送りながら、心配そうな表情を浮かべているレン達とは打って変わり、第七辺境支部の面々はぽかんとした表情を隠そうともせずに呆気に取られていた。

 

「これは驚いた……ネイトに自ら関わろうとする者が居ようとは……」

「……あんた、あいつの監視員でしょ?今まであんな子見た事ある?司令以外で。」

「いや……無い……」

 

 そんな中、ぽつりと口を開いたのはシーナだった。

 

「だって、似てるもの。」

「似てるって、誰に?」

 

 不思議そうに訪ねたエドガーに、シーナは誤魔化すようにはにかんだ笑みを浮かべる。

 

「ううん。なんでもない。」

 

 シーナの脳裏には、たった一人の家族である少年が思い浮かんでいた。

 基本的にはレンと同様の考えを持っていた自分の兄も、きっと、カイと同じようにネイトを追っていただろう。

 何故なら……

 

(ゾイドに乗るって事は、綺麗事を捨てる。って事だもの……)

 

 胸の内でそっと呟いたその瞳は、いつぞやのように光の消えた、暗く冷たい色をしていた……

 

   ~*~

 

「お。居た居た。」

 

 トレーニング棟の屋上でネイトを見つけたカイが、そんな声を上げる。

 突然背後から声を掛けられ、ネイトは微かに驚いた様子でカイを振り返った。

 

「へぇ。俺の事追い掛けて来るなんて物好きだねぇ。お前、俺の事避けてなかったっけ?」

「え?うん。避けてるよ。ヤバイで有名だし。面倒臭そうだし。」

 

 問い掛けをあっさりと肯定してやれば、心底呆れたような視線がカイへと突き刺さった。

 

「……周りから嫌われない??そんだけずけずけと物言って。」

「俺、正直者だから嘘吐けねぇんだよ。」

 

 屋上の柵に頬杖を突いているネイトの隣にやって来て、カイも同じように頬杖を突く。

 何からどう話そうかと、会話の切り出し方を考えるカイだったが、先に口を開いたのはネイトの方だった。

 

「で?何か用?さっきの話で俺に何か物申したいとか??」

「いや。あんたが言った事は全部ド正論だよ。つーか正直に言えば、俺はあんたの価値観に近い側。」

 

 その一言が意外だったのだろう。ネイトはきょとんと目を見開き、カイを見つめる。

 敢えてネイトではなく、目の前に広がる広大な荒野を眺めたままに、カイは言葉を続けた。

 

「俺にとって、ゾイドは“手段”だったんだ。空を自由に飛びたいっていう夢を叶える為の手段。イーグルと出会って、あいつと一緒に飛ぶようになるまで、俺、ゾイドの事を生き物として見た事無かった。イーグルの前に乗ってたレドラーだって、飛べなくなったら困るから手を掛けてただけだったし。」

「……その口ぶりだと、今はあのお子ちゃまと同じ考えって感じ?」

 

 若干うんざりした様子のネイトをようやく見上げ、カイは苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、半分はそうかな。イーグルの奴、マジで我が強ぇから。ただの手段としてはもう見てない。俺にとっても、イーグルは大切な相棒だよ。だけど……」

「だけど?」

「俺はレンと違って、相棒を兵器として見てない訳じゃない。」

 

 カイの表情は……驚くほど穏やかであった。それは、苦渋の末に割り切っているのではなく、最初からそう心得ているのだという事をネイトにも感じさせる。

 

「俺にとって、イーグルはこいつと一緒だよ。」

 

 カイはそう言って、不意に腰に携えた愛銃をぽんぽんと叩いて見せた。

 

「野生の動物が自分の爪や牙で生き抜くみてーに、俺にとっては、こいつが生き抜く為の爪であり牙だから、こいつの力を借りる時は“他人の血が流れる時”だって理解してる。だけど、使う事に躊躇いは無い。どれだけ綺麗事を並べようと、結局、自分の身を守る。生きる。って、そういう事だから。」

 

 再び荒野へ視線を移し、カイは言葉を続ける。

 

「つーか、ぶっちゃけさ。結局の所、空を飛ぶだけなら他のゾイドでも、ボードでも、何でも良いんだよ。俺。けど、その空で戦い抜くなら……勝ちに行くなら、俺はイーグルじゃなきゃ駄目なんだ。それは別に、あいつの性能に酔ってるとかそういうんじゃない。手に馴染んだ相棒として信頼してるから。ゾイドで戦うなら、命を預けるなら、俺はイーグルにしか預けたくないだけなんだ。」

「へぇ……」

 

 何処か感心したかのような呟きに、カイはチラッとネイトへ視線を向ける。

 普段の薄気味の悪い笑みとは違った穏やかな笑みが、此方を見つめていた。

 

「良いね。そういう価値観は嫌いじゃない。」

「……とかなんとか言って、ホントは腹の底でガキ臭いとかなんとか思ってんじゃねーの?」

 

 からかうように訊ねたカイに対し、ネイトも笑いながら、わざとらしい声を上げる。

 

「わーぉ。俺ってマジで信用されてないねぇ。」

「信用して欲しいとも思ってねぇ癖に。」

「……やっぱわかる?」

「お前、自分以外を基本的に信じてないクチだろ?カーター指令くらいなんじゃねーの?信用してるの。」

「ご名答。」

 

 ふっと笑うネイトに、カイは訊ねた。

 

「お前は?なんでサラマンダーに乗ってんの?超不評の不遇ゾイドなのに。」

 

 唐突な問いに、ネイトは頬杖を突いたまま空を見上げる。

 ほぼ即答のように、彼は一言だけ答えた。

 

「俺に似てるから。」

 

 その錆色の瞳は、自身の過去を映して微かに揺れていた。

 

「厄介者同士、相性が良いんだろうね。役に立たないって決めつけられたポンコツゾイドと、コイツ頭おかしいって決めつけられた殺戮狂。最凶最悪コンビ爆誕。みたいな?俺的には使い勝手や操縦性含めて、結構気に入ってるよ。あれだけミサイルや武装詰め込んで音速超えられるなら十分っしょ。」

 

 そう言って、ネイトはニヤッとカイへ視線だけを向ける。

 

「早けりゃ良いってもんでもなさそうだし??」

「うっわウゼェ……」

「ホントの事じゃん。」

「ホントの事だから余計ウゼェ。」

 

 言葉とは裏腹に、柵へ突っ伏したカイも笑っていた。

 

「けど、別にそれでいいんじゃねーの?積載能力の物量攻めな攻撃ガン振りのサラマンダー。機動力とスピードの近接戦ガン振りのブレードイーグル。結局コンセプトそのものが違うんだ。役に立つか立たないかなんて、乗り手次第だもんな。」

「お前って、ガキの癖に妙に達観してるよね~。情報屋やってると老け込むの?」

「実力に綺麗事はいらない。って理解するようになるだけだよ。誰がジジィだ。」

「そこまで言ってないじゃん。」

 

 ケタケタと笑いながら、無遠慮に頬をつついて来るネイトに、カイはふと寂しげな笑みを浮かべた。

 

「実はさ……さっきの格納庫での言い争い、俺、レンの言葉に冷めてたんだ。あぁ、こいつはきっと、戦う事の汚さなんか知らないでゾイドに乗ってるんだろうな。って。でも、別にレンはレンで、それで良いと思うんだよ。仲間やゾイドをどう思っていようと、結果が全てだ。だから俺は別にレンの言い分も否定したい訳じゃない。あいつが言ってる事も間違っちゃいない訳だし。」

 

 カイは柵に突っ伏したまま、ネイトを見上げる。

 何処か疲れたような、ホッとしているような表情で、彼は語った。

 

「不思議だよな。レンとお前、どっちの言い分も正しい筈なのに……今回ばかりは、より現実を知ってるお前の言葉の方が、俺に響いたんだ。戦う事に対してこういう考えを持ってるのは、自分だけじゃないんだ。って……ちょっと安心した。」

 

 その言葉に、ネイトの手がカイの頭にそっと置かれる。

 きょとんと見開かれた薄紫色の瞳には、嬉しげにニヤリと笑ったネイトが映っていた。

 

「俺もちょっと安心したよ。俺の事、下衆だの屑だのサイコパスだのって罵倒する奴は居るけど、こんな風に自分から話しかけてきて、理解してくれる奴なんて、お前が2人目。」

「1人目はカーター指令?」

「しか居ないっしょ。どう考えても。」

 

 可笑しそうに笑うネイトの姿が、その何処か幼い仕草が、ガシガシと乱暴に頭を撫でてくる不器用な手が、やはりかつての親友と重なってそっと揺れる。

 

(そうか……こいつ、やっぱり……)

 

 最初、話で聞いた限りでは本当に関わってはいけない人物なのだろうと思っていた。自身の欲求の為だけに、敵も味方も関係なく無差別に手に掛ける……そんな生粋の狂人なのだろう。と……

 だが、今ならわかる。ネイトの言動、思考、価値観……それは、まっとうな教育や親の愛情を受けずに育ったラシードや、瓦礫街の子供達に通ずるものがある。と。

 きっと彼にとって“殺す”という事は、善悪の区別のつかない幼子が、たまたま捕まえた虫を潰して遊ぶのと大して変わらない。ただ目の前で動いていたから、なんとなく攻撃してみただけ。そこに明確な理由などは恐らく無い。それで相手が死ぬかどうかという点にも、然程関心は無いだろう……そうなってしまう理由の大半は、それがいけない事だと諭し、教えてくれる者に出会えなかったから。

 瓦礫街のような場所で生きていくなら、それでも特に問題は無いが、真っ当な社会で生きるには、当然、受け入れられずに孤立してしまう。

 何故間違っているのか?何故それがいけないことなのか?その理解が少し遅れているだけだという事に、真っ当な人間はまず気付かない。自分達が常識として知っている事は、当然相手も知っているものと思い込んで、一方的に話を進め、異質を嫌い、頭ごなしに間違いを認めさせようとしてくる。

 訳も分からず吊るし上げられ、罵倒され、否定される……悪意など無かった筈の幼い心は、真っ当な人間達の真っ当な考えという狂気に晒されて、やがて本当の狂気を宿し牙を剥くのだ。なのに、自分達の撒いた種が芽を出しただけで大騒ぎするのが、真っ当な人間達の悪意無き理不尽。最も恐ろしい所である。

 後はもう悪循環だ。周囲から見放され、孤立は加速し、狂気は増すばかり……だからこそ、理解者と巡り会えた時、異様に懐いてしまうのだ。どれだけ狂気を孕もうと、その心の根底は幼いままだから……

 

「……俺は別に、お前の事を理解出来てる訳じゃねーよ。お前にちょっと似てる奴を知ってるから、話を聞いてやれるだけだ。」

 

 穏やかに、そっと線を引く。

 あくまで自分は、瓦礫街での経験からネイトをそう分析しただけだ。彼はラシードじゃない。本当の所は彼本人にしかわからない。だから、これ以上自分の勝手な解釈で話をしてしまっては、何処かで破綻する。

 今までは、それで終わりだった。だが……

 

「けどまぁ、話し相手が居なくて退屈なら、いつでも来いよ。聞き専は得意なんだ。」

 

 周囲と関わる一歩の大切さを知った今なら、線引きをした上で、ちゃんと相手と向き合う努力が出来るかもしれない。今は、そう思える……

 

「お前、ホントに物好きだねぇ……」

 

 呆れたような、それでいて何処か嬉し気な声で、ネイトがぼやく。

 その声を聞きながら、カイは空を見上げた。

 

―良いんじゃねーの?お前らしくてさ。―

 

 かつて失った親友の声が、青空の彼方から微かに聞こえたような気がした。




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第35話-決闘-

 ゾイドに乗る事、戦う事の現実。それを突き付けられて、レン達はかなり戸惑ってたみたいだ。

 まぁ、無理もないよな……でも、だからこそレン達は優しいんだ。それが悪い事だとは俺も思ってない。

 少しずつ皆も指摘された課題を克服し始めてる訳だし、訓練は順調……そう。訓練は。な。

 けど……なんでこうなっちまったんだかなぁ……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第35話:決闘]

 

 訓練研修はもうすぐ一週間が経過しようとしていた。

 それぞれ指摘された課題に取り組み、この短期間でかなり成長している。

 レンは目の前の敵に真っ直ぐ挑み過ぎるのを一番の反省点に置き、相手の動きを注意深く見て後退やフェイントといった物を取り入れる事を意識するようになった。

 また、相手と距離を置く事で、周囲の状況を把握する余裕も生まれつつある。エドガーのジェノブレイカーと共に前衛の要として重要な役割を担っているライガーゼロが、やっと余裕を持って動けるようになって来た事で、他の隊員達も随分立ち回り易くなって来た事も、この短期間での成長の一助となっているだろう。

 エドガーは戦術の幅が格段に広がり、セシル相手に“互いの動きの読み合い”という高度な戦闘をこなせるようになって来た。その成長速度は、あの感情に乏しいぶっきらぼうなセシルが、エドガーを褒めるようになった事からもよく分かる。

 クルトも後方支援に徹していた状態から、状況に合わせて前衛に出るようになったお陰で援護の幅が格段に広がった。ただ、ライガーゼロやジェノブレイカーに比べてディバイソンはかなり機動力に欠ける為、一度前衛に出た後、再び後退する際には誰かしらのフォローが必要になって来る。

 そのフォローに回るようになって来たのがカイとシーナだ。

 そもそもブレードイーグルは、サラマンダーどころか、現在飛行ゾイド最速を誇るあのレイノスよりも早い超高速、高機動型の飛行ゾイド。ミサイルやレーザーから逃げ回りながらでも、片手間で地上戦闘員の援護に回る事は十分可能だ。ただ、ソニックブースターによる超加速で一気に音速を超える飛び方を繰り返し続けるのは、パイロットであるカイ自身にも多大な負荷が掛かる為、あまり多用は出来ない。

 そこでカイがフォローに回れない際の穴埋めを行うのが、シーナとキートだ。ヘルキャットは元々の開発コンセプトが偵察及び奇襲用である為、他の隊員達のゾイドに比べれば兵装はかなり少ないが、それでも一番の武器である20mm2連装ビーム砲の威力は舐めて掛かると痛い目を見る。狙われないよう、戦闘中は常に光学迷彩で姿を消している事もあって、何処から攻撃が来るか分からない。というのも大きなアドバンテージだ。

 ただ、シーナは良くも悪くも心優しい性格である為、砲撃はあくまで牽制程度でしか撃つ事が出来ず、メイシェンがすっかり頭を抱えてしまっている。

 ガーディアンフォースの隊員である以上、いずれは情けを捨てて相手を撃たねばならない時が必ずやって来るだろう。だが、ゾイドの言葉が分かるシーナにとって、ゾイドを直接攻撃するという事は人を撃つのと同じ事……

 そこが、シーナにとっての次の大きな課題となっている。

 とはいえ、全体的に言えば訓練は順調。と言ってまず間違い無い。

 ……だが現在、訓練とは別の所で、カイはかなり頭を抱えていた。

 

「よ!っと。」

 

 午前訓練を終え、イーグルから降りて来たカイ。

 そんな彼に、レンがいつものように声を掛ける。

 

「お疲れ。」

「あぁ。レンもお疲れ――」

「カイ~。」

 

 のへっとした呼び声の直後、誰かがのしかかるようにカイの後ろから飛びつく。

 ギョッとしたように思わず身を引いたレンとは打って変わって、カイはまるで、こうなる事が最初からわかっていたかのようにやれやれといった表情を浮かべ、ぼやいた。

 

「ほら来た……」

「昼飯行こうよ~。ねぇカイ~。カイってばぁ~。」

 

 この一週間ですっかり聞き慣れたその声に、カイはぐったりした様子で声の主を振り返る。

 無遠慮に背にへばり付いていたのは、ネイトであった。

 あの訓練初日のやり取り後、ネイトは早速カイに話し掛けるようになり、この一週間で暇さえあれば常にカイの傍に居るようになってしまっていた。

 

「あのさ……確かに退屈なら話し相手にくらいなってやる。とは言ったけど……なんで四六時中くっついて来るんだよ。アヒルの雛かお前。」

 

 呆れているような、何処か疲れているような……そんなぐったりした声で問い掛けるカイに、ネイトはきょとんとした顔をした後、ニヤッと笑う。

 

「クェ~」

 

 不意打ちのような間の抜けたアヒルの鳴き真似に、ぽかんとやり取りを眺めていたレンは思わず吹き出し、カイはイラッとした表情でたまらず声を上げた。

 

「アヒルの真似しろっつってんじゃねーんだよ!お前ホンット中身ガキだな!!」

「え~?今更じゃない?」

 

 特に悪びれる様子も無く、反応を楽しんでいる様子でケタケタと笑うネイトに、口で言っても到底聞かないであろう事を早々に察したカイは、両肩にずっしりと乗った彼の腕を退けようと奮闘し始める。

 

「つーかどけ!重いんだよお前!身長差考えろ!」

「いやぁ~、寄りかかるのに丁度良いんだよね~。お前の身長。」

「誰がチビだこら!いいからッ!は~な~れぇ~ろぉぉ~!!」

 

 ふぎぎぎっと必死に自分を退かそうとしているカイに対し、ネイトは楽しげな笑みを浮かべ、ついでにその頭にどっかりと顎まで乗せて、ずしりとカイへ体重を掛ける。どうやら退くつもりは全く無いらしい。

 話し相手になってやる。と言ったのは間違いだっただろうか?……微かにそんな後悔をしつつも、なんだかんだで彼はネイトを追い払う事は出来ずにいた。

 

―カイ~!―

―なぁカイ~!―

―ったく。聞こえてんなら返事しろよぉ~―

 

 ネイトに呼ばれる度、ラシードの影が脳裏を掠めるからだ。

 それを何処か懐かしく思ってしまう自分に思わず呆れ返ってしまうが……面倒臭いながらに、別段嫌だとは感じていない事もあって、なんだかんだ相手をしてしまう。

 

(ったく……コイツはラシードじゃねぇってわかってる筈なのに……似てるから放っとけねぇとか、俺も随分と焼きが回ったなぁ。前までならガン無視決めてた筈なのに……)

 

 どうやらネイトを引き剥がすのは諦めたらしい。両肩に腕を、頭の上に顎を乗せられたまま、トホホとでも言いたげな笑みを浮かべ、カイは盛大な溜息を一つ吐く。

 

「カイ、大丈夫か?……」

 

 遠慮がちに訊ねるレンに、ネイトが代わりに答えた。

 

「大丈夫大丈夫。押し潰すほど体重掛けてないし。」

「あーはいはい。」

 

 そっけない口調でネイトをあしらうも、その声に険は無い。

 まぁ、自分がこうして相手をしてやっていれば、レン達に不必要に絡みに行って神経を逆撫でたりといった事も無いのだ。そういった意味でも、彼の相手をしてやる事自体は全く構わないのだが……

 お陰でレン達と話す時間が確実に減ってしまっている事が、カイにとっては少々寂しい。

 だが、面倒な人物に付き纏われているのが何も自分だけでは無い事を、カイは知っていた。

 

「シーナ!今日こそ共に食事などどうだろうか?」

 

 遠巻きにもよく聞こえるその声に、カイはネイトとレンの3人で視線を向ける。

 そこには、シーナを食事に誘うセルウェイの姿があった。

 

「えっと……あの……」

 

 普段とは打って変わり、すっかり困り果てた様子でシーナは眉を八の字にし、おろおろとしていた。

 その原因は勿論……

 

「セルウェイ少佐。シーナさんが困っているので、そのくらいにして頂けないでしょうか??」

 

 クルトが不機嫌になってしまうから。だ。

 

(いや、シーナが困ってんのはぶっちゃけお前のせいなんだけどな?)

 

 敢えて言葉には出さぬまま、カイはひっそりとツッコミを入れる。

 超の付くド天然のシーナには、クルトが不機嫌になる“理由”を察っする事は出来ていないだろう。

 だがそれでも、セルウェイが声を掛けてくる度、クルトが不機嫌になる。という事には流石に気が付いており、それ故にセルウェイから声を掛けられると反応に困ってしまう。という日々が続いていた。

 特にここ2~3日は、セルウェイがシーナへ声を掛ける頻度が増え続けている為、こういった場面を目撃する頻度もそれに比例する形で増えている。そのしつこさときたら、例えクルトでなくとも、彼と同じようにセルウェイを追い払ってやりたくなる程だ。当然、当のクルトは日々苛立ちを募らせ、どんどんセルウェイに対する態度が冷たくなってきている。

 そしてセルウェイも、クルトに毎度追い払われてしまう事にいい加減うんざりし始めていた……

 

「……一つ疑問なのだが、君はシーナの事をどう思っているのだ?」

 

 唐突なセルウェイの問いに、クルトは一瞬気の抜けたぽかんとした表情を浮かべる。

 そんな彼に、セルウェイは言葉を続けた。

 

「私にとって女性とは、(すべか)らく愛でるべき存在だ。だが君にとって彼女はどういう存在なのだ?私には、シーナが困っている原因は私ではなく、君に見えて仕方がないのだが。」

「自分はッ……」

 

 反論しようとしてクルトは口籠る。

 その様子を眺め、カイは呆れたような、それでいて何処か心配そうな表情を浮かべた。

 

―俺は……ただひっそりと、傍らでシーナさんの助けになれるのならそれで良い。きっと告白はしない。―

 

 そう語った時のクルトの姿が脳裏を過る。

 その声音は、その表情は「誰かを好きになる資格など俺には無い。」とでも言いたげであった……今この場で、彼がシーナに想いを寄せていると言う事はまず無いだろう。

 しかし、それを言わなければセルウェイに言い包められてしまうに違いない。

 手詰まりの状況に陥りながら、それでも、クルトはけして引き下がろうとはしなかった。

 

「……自分はただ、女性に対してしつこい男というのがどうにも許せない性分なだけです。」

「ほう。」

「こういった行為は、基地内の風紀的にも、人としても、到底見ていて気持ちの良いものではありません。仮にも少佐という地位にある方がそのような言動を取っておられるというのは、ハッキリ言っていかがなものかと思います。」

「ふむ……」

 

 クルトの返しに、セルウェイは何やら真顔で考え込む。その様を見て、カイは思わず感心した。よくもまぁ咄嗟にそんなもっともらしい言葉がスラスラ出てくるものだ。と。

 そんなカイの肩にずるりと頭を下ろし、ネイトが声を潜めて呟いた。

 

「いやぁ~ヘタレだねぇ~。俺の好きな子に纏わりつかないで下さい。って正直に言ってやれば良いのに。」

 

 くすくすと笑うネイトとは打って変わって、カイはふと真顔になる。

 彼はクルトを見つめたまま、独り言のように呟いた。

 

「言わねーよ。アイツは。」

「なんで??」

「……認めたくねーけど、アイツ、俺と似てっから。」

 

 何処か悲し気にも聞こえるひっそりとした声で、カイが答える。

 誰かを好きになる資格が無い……それはクルト本人が口にした事ではない。他ならぬ自分自身が、そう思い続けているだけだ。

 薄汚い情報屋だった自分。必要とあれば簡単に他人の命を切り捨てられる自分。親友を見殺しにしてしまった罪を抱えた自分……どんなに真っ当な道に戻って来れたとはいえ、この手は血で汚れている。そんな自分が誰かを幸せにしてやれるとは思えない。今更、自分が誰かに恋をする姿も……到底、想像出来ない。

 現に、シーナに対してどぎまぎしていたのも最初の内だけだった。結局は、まともに同年代の女の子と話した事が無かったから……むしろ、シーナと普通に話せるようになってしまった今の自分が、他の女の子にどぎまぎするような事がこの先あるのだろうか?とすら思えてしまう。

 まぁ、クルトは自分と違って真っ当な人生を歩んできた部類の人間の筈だ。自分のような後ろ暗い理由がある訳では無いだろうが……

 

「なるほど!つまり君はかなりの硬派という訳だな!」

 

 思考に耽っていたカイの意識が、明朗快活なセルウェイの声によって引っ張り戻される。

 案の定、クルトはそんなセルウェイに対し、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 

「……ま、まぁ……少佐ほど軟派ではないと、思います……」

 

 クルトの口から転げ落ちた失礼な言葉に対し、セルウェイは憤慨するどころか笑い声を上げた。

 

「はっはっは!軟派か!確かにそう言われても致し方ないな!」

 

 ひとしきり笑ったセルウェイは、次の瞬間、予想もしていなかった一言を発した。

 

「よし!では決闘で決めようではないか!」

「……はい?」

 

 普段の切れ長な目つきからは到底想像も付かない程、目を丸くしたクルトが気の抜けた声を上げる。

 戸惑いよりも「この人は何を言っているんだ?」といった様子の彼に対し、セルウェイは普段以上に生き生きとした表情で言葉を続けた。

 

「軟派な私と硬派な君。漢同士の信念を賭けて戦うのならば、ゾイドの力など借りず、拳と拳でぶつかり合うのみ!そうだろう?」

「いや、ですがそんな……決闘だなんて……流石に事案では?」

「はっはっは!心配無用だ!白兵戦訓練として戦うのであれば、訓練にもなって一石二鳥!君が勝てば、シーナへ声を掛けるのをこの先控えると約束しよう。どうかな?」

 

 その言葉に、クルトの表情がふと真顔に戻る。

 考えを巡らせるかのように静かに目を閉じた後、ゆっくりと開いた若草色の瞳は冷たく研ぎ澄まされていた。

 

「……良いでしょう。その決闘。お受けします。」

「よし!では決まりだな!!昼食後、トレーニング棟の模擬戦フロアに集合でどうだろう?」

「分かりました。」

 

 そのやり取りに、すっかり蚊帳の外にされてしまったシーナはクルトとセルウェイをおろおろと交互に見つめ、カイ達とは離れた所から彼等を眺めていたセシルとメイシェンは、呆れたようにやれやれと頭を振り、セシルの隣からエドガーは不安げな眼差しをレンへ向け、レンもそんなエドガーに同様の視線を返す。

 そんな中、カイの肩の上でネイトの頭が愉快そうにくつくつと揺れた。

 

「いやぁ~。脳筋の考える事って、なんでこうバカ面白いんだろね。」

 

 これは何か、悪い事を考えているに違いない……そう思いながらも、カイは呆れたような溜息を一つ吐いた。

 

「……で?いつまで寄っ掛かってんだよお前は。」

「え?駄目?」

「飯。食いに行くんだろ?」

 

 口調こそそっけ無かったが、自分が昼食に誘った事をカイがちゃんと覚えていた事が余程嬉しかったのだろう。ネイトは次の瞬間、子供のようにパァッと目を輝かせると、上機嫌でカイの肩に腕を回し、引き摺って行くかのように歩き出した。

 

「よっしゃ!レッツゴー!」

「だーかーらぁ!!離れろっつってんだよ俺は!!」

「どうせ行き先一緒じゃ~ん。」

「歩きにきぃんだっつの!人の話聞け馬鹿!」

「は~い。馬鹿でぇ~す。」

「お前なぁ~!!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら歩いて行くカイとネイトの後姿をぽかんと見送りながら、レンはぽつりと呟いた。

 

「カイ……なんか、弟に手を焼く兄貴みてーだな……」

 

 自分で呟いた言葉に、ふと、弟の姿が脳裏を過る。

 シンは今頃、元気にしているだろうか?とぼんやり考えながら、レンも食堂へ向かった。

 

   ~*~

 

「……で?何がどうしてこうなったんだ??」

 

 昼休憩が終わる頃、カイは格納庫前で呆れを隠そうともせずに呟いた。

 そこに居たのは、トレーニング棟で待ち合わせていた筈のセルウェイとクルト。

 その周囲をぐるりと取り囲むのは、大勢集まった整備スタッフや医療スタッフ。更には基地内売店の店員までもが、観戦用の飲み物やスナック菓子を出張販売している始末……がやがやと賑わいを見せている彼等に、カイだけでなく、レンも、エドガーも、シーナもすっかり圧倒されている。

 

「……なんか、スッゲー事になっちまってるな……」

「一体何処で聞きつけたんだろう?」

 

 呆気にとられたように呟いたレンとエドガーに対し、セシルが呆れ顔でくいっととある方向を親指で指し示す。

 ……彼が指し示した先では、クリップボード片手に生き生きと声を上げるネイトの姿があった。

 

「さぁさぁ!女好き筋肉達磨VS恋する初心(うぶ)博士!可愛い子ちゃんを賭けた注目の一戦だよ~!賭け金は一口1000ベリルから!張った張った~!!」

「ネイトネイト!俺、少佐に3000!」

「じゃぁ俺も少佐に4000だ!」

 

 何か企んでいるだろうとは思っていたが、セルウェイとクルトの決闘をダシに、堂々と賭博を仕切って一儲けしようとしているネイトの姿に対し、レン達は開いた口が塞がらない。

 仮にも基地内。こういった賭博行為は、普通禁止されている筈なのだが……

 

「……あれ、止めなくて良いんですか?」

 

 何処か遠慮がちにエドガーが訊ねれば、セシルは頭を抱えて首を横に振る。

 

「この第七辺境支部は、最寄りのコロニーまで行くのも一苦労の立地だ。どいつもこいつも、娯楽が無くて退屈なんだろう。」

 

 やれやれといった彼の言葉の直後、不意に周囲のざわめきがフェードアウトするように静まり始める。

 視線を向ければ、カーターが何食わぬ顔でネイトの方へと歩み寄って行く所であった。

 

「いやぁ、久々に賑やかだね。」

 

 気不味そうな空気の漂う中、普段通りの穏やかな声で微笑みかけるカーターに対し、ネイトは全く悪びれる様子も無く無邪気に訊ねた。

 

「でしょでしょ?で?司令は?どっちに賭ける??」

 

 カーターにまでも自ら賭けを持ちかけるネイトの姿に、カイは思わず頭を抱えた。

 

(この馬鹿……そこは誤魔化せよ……)

 

 どうなっても知らないぞ……と思いながら、何処か心配そうな眼差しを向けるカイの前で、カーターはふむ……と考え込んだ後、退屈そうに開始の合図を待っているセルウェイとクルトを振り返る。

 

「そうだな……」

 

 穏やかな笑みを浮かべたまま、セルウェイを、そしてクルトをそれぞれ見つめた彼は、うん。と静かに小さく頷いて再びネイトへ視線を戻し、驚愕の一言を発した。

 

「じゃぁ私は、クルト君に10000ベリル賭けるとしよう。」

 

 その一言で、周囲が爆発するかのように騒然とし始める。

 

「えぇぇぇぇ?!マジで?!」

「博士の兄ちゃんに10000?!信じらんねぇ!!」

「カーター司令正気かよ?!」

「おいお前ら!もしかしたらこの坊主、滅茶苦茶強ぇかもしんねーぞ!」

 

 身長190センチ越えのムキムキマッチョなセルウェイと、身長178センチの一見細身なクルトでは、大抵の者がセルウェイに賭ける。実際、賭けの殆どはセルウェイに集中していたし、クルトに賭けていた者はほんの数人。一発逆転の大穴狙いか、同情票が僅かといった具合であった。

 しかし、そこにカーターが大金を投じた事によって、状況はまさに一変。

 鋭い観察眼を持つカーターが“勝つ”と判断したのなら、その判断に狂いは無い筈。と、賭けに興じていたスタッフの一部がネイトへ押し寄せたのだ。

 わらわらとスタッフ達に取り囲まれ、ネイトは面倒臭そうにげっそりとした表情を浮かべる。

 

「ネイト!俺の掛け金、博士の兄ちゃんの方に変更で!!」

「俺も変える!!」

「2000!いや!3000上乗せするから変えさせてくれ!!」

「あぁー!もう!!変更は却下!!却下ぁぁぁぁ!!」

 

 たまらず大声を上げるネイトの前で、カーターは何食わぬ顔のままレン達を振り返った。

 

「君達はもう賭けたのかな?」

「え?!いや、俺達は……基地内での賭博行為って、禁止されてますし……」

 

 おろおろし始めたレンに、カーターはくすくすと笑う。

 

「たまのお祭り騒ぎだ。今回の賭けは私が許可するから、君達も楽しむと良い。ただし、他言無用で頼むよ?」

「そう言われても……」

 

 まだ若干戸惑った様子で苦笑を浮かべるレンの隣で、カイがふっと笑みを浮かべた。

 

「カーター司令、話分かってんじゃん。ネイトぉ~!俺、クルトに5000!」

「はいよ~。」

「ちょ?!カイ?!」

 

 驚きの声を上げるレンを他所に、他のメンバー達は司令自ら許可を出した事もあってか、続々と賭けに乗り出し始める。

 

「なら私もクルトに5000賭けるわ。」

「俺はクルトに7000。」

「……じゃぁ、僕もクルトに5000。」

「エドまで?!」

 

 メイシェン、セシル、そして幼馴染であるエドガーまで賭けに乗ってしまい、レンは途方に暮れた顔で、助けを求めるようにクルトを見つめる。

 だが、クルトはレンの視線に気付くと、何処かからかうような笑みをニヤリと浮かべた。

 

「なんだ?まさか俺が負けるとでも?」

「いやッ!そうじゃなくて!俺はただ、仲間を金儲けのダシにするってのが―」

「安心しろ。ダシにされているかどうかなんて、正直俺にはどうでも良い話だ。それにこれだけレートが傾いているなら、俺が勝てばお前達ボロ儲けだろ?今のうちに賭けておいた方が得だぞ。」

「そうは言うけどさぁッ……」

 

 いまいち納得のいかない様子のレンに対し、クルトも苦笑する。

 まぁ、レンがこういう性格をしているのは今更だ。本人が乗り気でないのなら、無理強いをするつもりは無いのだが……大英雄の息子故に、常に良い子である事を求められて来たレンだからこそ、たまには羽目を外して“ちょっと悪い事”の一つや二つ、経験しておいても良いのでは?とも思ってしまう。

 クルトは少し考えこんだ後、レンに優しく笑いかけた。

 

「そうだな……なら今回の賭けの配当金で、今度何か奢ってくれ。それでチャラって事にしよう。」

「え?まぁ奢るのは別に、全然構わねぇけど……」

「よし。約束だぞ。」

「?? おう。」

 

 きょとんと返事を返したレンの姿に「あぁ、こりゃ意味が分かっていないな。」と気付いたカイが、呆れたような表情を浮かべながらそっと囁いた。

 

「あのな。今回の“賭けの配当金で”何か奢ってくれ。って事は、賭けに参加して配当金貰わなきゃその約束成立しねぇ。って分かってるか?お前。」

「え?……あぁぁぁぁ!!!クルト!!お前嵌めたな?!」

 

 すぐさま抗議の声を上げるレンだったが、そんなレンにクルトはニヤッと笑って見せる。

 

「約束は約束だ。守ってくれるよな?」

 

 クルトにまでこんな風に言われてしまい、レンは観念するかのようにぽつりと呟いた。

 

「じゃ、じゃぁ……俺もクルトに1000ベリル……」

「ネイトぉ~!レンもクルトに1000ベリル賭けるってさ~!」

 

 レンの代わりに叫んだカイの声を聞き、ネイトはそのなんともしょっぱいレンの掛け金の額に、心底面白くなさそうな表情を浮かべる。

 

「ショッボ……もう少し賭けてやりゃ良いのに。」

「まぁまぁ。今まで賭け事と無縁だった子に、いきなり大金出させる訳にもいかないだろう?」

 

 カーターの言葉に、ネイトは若干不服そうながらも、掛け金額をクリップボードに書き足す。

 本当にカーターの言う事だけは素直に聞くんだな。と、その様子を眺めていたカイは、ふと、あと1人……天然であるが故に純粋な好奇心で賭けに乗ってしまいそうな人物が居なくなっている事に気が付き、くるりと周囲を見渡した。

 

「あれ?そういえばシーナ何処行った?」

「あそこ。」

 

 エドガーが指さした先では、出張販売を行っている売店店員の前にしゃがみ込み、目を輝かせながら段ボール箱に詰められたスナック菓子の山を眺めているシーナの姿があった。

 あの孤島の遺跡で目覚めてから、まだ2ヶ月半……店頭に菓子が並んでいる様は何度も目にしている筈だが、やはりシーナにとっては、お菓子が沢山並んでいる。というのは夢のような光景なのだろう。

 

「……まぁ、シーナは賭けなんかより、菓子の方が良いよな。」

 

 何処か納得した様子で微笑まし気な笑みを浮かべたカイの視線の先で、シーナは気になった菓子と飲み物を購入すると、両手で大事そうに抱えて小走りに戻って来た。

 

「カイ!見て見て!あっちでお菓子いっぱい売ってるよ!」

「はいはい。」

 

 ぽんぽん。と頭を撫でてやれば、メイシェンとセシルが何処からともなくパイプ椅子を数脚引っ張って来て、観戦準備を始める。いつの間に買って来たのか、彼等もスナック菓子や飲み物を手に提げていた。

 

「シーナ。椅子持って来たからこっちにいらっしゃい。」

 

 自分の隣のパイプ椅子をトントンと叩くメイシェンに、笑顔で「は~い!」と返事を返して、シーナがちょこんと椅子に腰かける。買って来たキャラメルポップコーンを彼女が開けたタイミングで、やっと賭けの群衆から解放されたネイトが声を上げた。

 

「え~!それでは皆様お待たせしました~!これよりバトル開始とさせて頂きまぁ~っす!!」

 

 待ちに待った声に、ギャラリーから歓声が上がった次の瞬間だった。

 余程待ちくたびれていたのか、セルウェイとクルトは、そのギャラリーの歓声を合図とするかのように突如駆け出した。互いへと一直線に迫るスピードは、クルトの方が遥かに早い。一気に距離を詰めた勢いもそのままに、彼は先手必勝と言わんばかりの飛び蹴りをセルウェイの顔面めがけて思いっきり叩きこんだ。

 そんな初手の一撃を片腕一本で軽々と受け止めたセルウェイは、まだ宙にあり完全に無防備な体勢になっているクルトの鳩尾めがけて、すかさず渾身の拳を繰り出す。

 あまりにも一瞬の強烈なカウンター攻撃だったが、クルトは冷静に、蹴りを受け止めているセルウェイの腕を反対の脚で蹴り、その反動を利用して軽やかに宙を舞う事で、このカウンターを躱した。

 繰り出されたセルウェイの拳は、空中宙返りで距離を取るクルトの背面を掠めるようにして空振り、微かに目を見開いた真っ青な瞳と、何処か余裕を漂わせた若草色の瞳が刹那の一瞬で交差する。

 スタッと軽い音を立ててクルトが着地した時、周囲は呼吸する事すら忘れた様子で静まり返っていた。

 体格的に見れば圧倒的に不利。おまけにエンジニアがメインワークであるクルトが、セルウェイよりも先に攻撃を繰り出し、直後放たれたカウンター攻撃すらあっさり避けて見せたのだから、無理もないだろう。

 

「危ない危ない。少佐の一撃は、まともに喰らったらかなり効きそうですね。」

 

 静寂の中で、クルトは何処か楽しげに……だが、微かな余裕をチラつかせながらセルウェイへと呼びかける。

 挑発とも取れるその言葉に対して、セルウェイも楽し気な笑みを浮かべた。

 

「君の身軽さも、なかなかに厄介だな。この拳に捉えるにはかなり苦労しそうだが……それでこそ!闘志が燃え上がるというものだ!!」

 

 今度はセルウェイがクルトめがけて走る。

 闘牛士へ一直線に突っ込んでいく猛牛のようなその絵面を眺めながら、ネイトはハッと我に返った。

 「バトル開始」とは言ったが「Ready Fight!」とはまだ言っていない……なのにいきなり決闘が始まり、まさかそれが、注意する事すら忘れてしまう程の鮮烈なぶつかり合いで幕を開けるなど、誰が予想していただろう?

 これはもしかしたら、本当にクルトが勝つかもしれない。そう思いながら、彼はわざと投げやりに叫んだ。

 

「あーもー!!脳筋ってのはなんでこんなに気が早いかなぁ!!とにかく始め始め!!」

 

 その声でギャラリー達も我に返ったのだろう。引いていた潮が一気に戻って来るかのように、周囲は観戦スタジアムばりの声援や雄叫びが飛び交い始める。

 カイはそんなガヤの中で、やれやれ。といった表情を浮かべた後、ポツリと呟いた。

 

「……コーラ買ってこよっと。」

 

   ~*~

 

 白熱する決闘が、普通の“決闘”で済んでいたのは、ほんの序盤までだった。

 というのも、何を隠そうこの2人、どちらも全くの“規格外”の存在なのである。

 元々体格に恵まれていた体を極限まで鍛え抜いたセルウェイは、どんな攻撃も真正面から正々堂々と受け止めてみせ、更には一撃一撃の威力もとにかく桁外れだ。それを嫌と言う程知っている第七辺境支部の者達は、誰もがこう思っていた。「こんなフィジカルお化けに敵う者など、到底居る訳が無い。」と……

 しかし、そんな人間戦車のようなセルウェイと互角に渡り合っているのが、クルトという異例の存在であった。

 確かに見た目は一見細いが、それ故の身軽さ、瞬発力、そして敏捷性を最大限に生かし、彼は繰り出されるセルウェイの攻撃を巧みに躱し続けている。

 まぁ、攻撃力と防御力にステータスを全振りしたようなセルウェイを相手にしているのだから、普通ならこのまま攻撃を避け続け、相手のスタミナが尽きてきた辺りから一気に畳みかける。というのが定石であろう。

 ……だが、此処でその“普通の定石”をひっくり返してみせるのが、彼もまた“規格外”と呼ばれてしまう所以であった。

 

「お前ら退け!!!」

 

 突如響き渡ったのは、怒号にも似たクルトの叫び声……それはセルウェイへではなく、ギャラリーの一部に対して放ったものだ。直後、彼は殴りかかって来たセルウェイの拳をいなした上で、容赦無く、無造作に、まるでゴミでも投げ捨てるかのように、その巨体を投げ飛ばした。

 

「うわぁぁぁぁ?!馬鹿バカばか!!!」

「こっち投げんなぁぁぁぁ!!」

「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!」

 

 140キロ以上の筋肉の塊がいきなり此方へ飛んで来る……なんと恐ろしい光景だろうか。下敷きになれば到底怪我では済まない。セルウェイが飛んでいった辺りで観戦していたギャラリー達は一目散に、だが食べていた菓子類などはしっかり引っ抱えて、全速力で散り散りに逃げ出す。

 ……そう。規格外2人の決闘とはつまり、見ているギャラリーすら“命懸け”なのである。

 

「あの巨体投げ飛ばすとか……クルトの奴、一体どういう体してんだ?」

 

 目の前で起きた事が信じられない。とばかりに目を見開いたまま、カイがボソッと呟く。

 その隣で、エドガーが頭を抱えて溜息を吐いた。

 

「クルトの奴、本気出し始めたな……」

「いや!本気っつったって、いくらなんでも物理法則ガン無視してねぇか?!」

 

 カイの言葉に、エドガーはふと静かに問い掛ける。

 

「なぁ、カイ。人間の体にはリミッターが掛かってるって知ってるか?」

「え?」

 

 唐突なその問いに首を傾げたカイに対し、エドガーは不安げな眼差しでクルトを見据えたまま言葉を続けた。

 

「人間の体というのは、普段、本来の筋力の20パーセントから30パーセントしか出せないようになっているんだ。100パーセントの力を使ってしまうと、体の方がその負荷に耐えられないから。」

「あ。それ聞いた事ある。アレだろ?火事場の馬鹿力の原理がどうのこうのってヤツ……」

「あぁ。」

 

 きょとんと訊ね返したカイにこくりと頷いて、エドガーはカイへと視線を移す。

 何処か躊躇いがちに、エドガーは信じられない事をそっと打ち明けた。

 

「だけど、クルトはちょっとした特異体質で……自分の意志で、そのリミッターを自由に外せてしまうんだ。」

「……嘘だろ?んなのアリかよ……」

 

 驚きを隠せないのは、何もカイだけでは無かった。

 傍でその話を聞いていたメイシェンも、セシルも、カーターも、あのネイトですら、驚愕の色を隠せない様子で顔を見合わせている。

 

「それ大丈夫なの?普通身体壊れるわよ?」

 

 メイシェンの言葉に答えたのは、レンだった。

 

「クルトは元々、びっくりするくらい身体が頑丈だから……一瞬だけリミッターを外すくらいなら何とも無いんです。だけど……あまりそんな戦い方を繰り返してたら、いくらなんでも……」

 

 口籠るレンに心配げな視線を向けた後、セシルがそっとカーターを見つめる。

 

「司令。どうします?」

「う~む……」

 

 流石にこれ以上は止めさせた方が良いかもしれない……それはこの場の全員が思った事だろう。

 しかし、そんな彼等にシーナがそっと呟いた。

 

「やらせてあげて。」

 

 あまりにも意外なその一言に、カイ達は思わず言葉を失いながら一斉にシーナを見つめる。

 シーナは、真剣な眼差しでクルトを見つめたまま言葉を続けた。

 

「クルトの好きなようにやらせてあげて。大丈夫。絶対無茶はしないから。」

「だけどッ……クルトの奴、一度ムキになると自分の事とか何にも考えないんだぜ?!昔っから―」

 

 そんなレンを、そっと手で制止したのはカイだった。

 

「シーナ。クルトが無茶しない。って……どうしてわかるんだ?」

 

 そっと訊ねたカイに、シーナはそっと自分の胸元を押さえて微笑んだ。

 

「約束。したから。」

 

   ~*~

 

「クルト。」

 

 昼食を終えた後、この決闘が始まるほんの10分ほど前に、シーナはクルトを呼び止めていた。

 何処かきょとんとした顔で振り返ったクルトに、彼女はそっと訊ねる。

 

「大丈夫?」

 

 たった一言。だが、その一言でクルトもシーナが何を心配しているのかを十分察していた。

 傍から見れば、どう見ても勝ち目の無い戦いである事を、クルト自身も理解していたから……

 

「……大丈夫ですよ。自分も一応、戦闘員ですから。」

 

 優しく微笑んだその表情に、シーナは不安を覚えた。

 

(この顔、知ってる……瓦礫街に行くって決まった時のカイと、同じ顔……)

 

 瓦礫街の任務には独りで行く。と……自分はどうなっても良いが、他の人が傷付くのは嫌だ。と語ったカイも、こんな眼差しをしていた。

 このままでは、クルトも絶対に無茶をする。あの時のカイと同じように……そんな確信が、シーナにはあった。

 

「ねぇ、クルト。」

「はい。なんでしょう?」

 

 不思議そうに返事をしたクルトの前で、シーナは上着の首元からそっとペンダントを引っ張り出した。

 約束を誓う、銀色の鷲を……

 

「一つだけ約束して。絶対に無茶はしない。って。」

「俺なら心配ありませんよ。本当に大丈夫ですから。」

 

 掌で煌めく鷲を目にして尚、笑って誤魔化そうとするクルトに対し、シーナは真剣に語りかける。

 

「あの時……私、クルトに聞いたよね?他の人が傷付くのが嫌なのは、カイだけじゃないのに……私達もカイが傷付くのが嫌なのに、なんでカイはそれが解らないんだろう?……って。」

「……」

「クルトも同じだよ。私は、クルトにも傷付いて欲しくない。自分をどうでも良い。って思って欲しくない。だから約束して。お願い……」

 

 クルトはほんの少しの間、複雑そうな表情を浮かべて黙り込んでいた。

 だが、やがてそっと自ら手を伸ばし、その指先で約束の鷲に触れたのだ。

 

「わかりました。絶対に無茶はしません。約束します。」

「うん!」

 

   ~*~

 

(シーナさんに約束したんだ。無茶はしない。と……)

 

 シーナが約束を思い返していた時、クルトもまた、セルウェイと戦いながら同じ場面を思い返していた。

 ……正直な話、本当はそんな約束などしたくなかった。自分の事など、気に掛けて欲しくなかった。結局自分には、シーナを悲しませる事しか出来ないのだから……そうでなければ敵う相手ではないと、分かっていたから……

 だが、それでもクルトが約束を決意したのは、自分の言葉に責任を持つ為だった。

 

―ほら見ろ。お前の無茶でシーナさんがどれだけ傷付いた事か。―

 

 カイへ任務中の暴言を謝罪する為に向かった筈の病室で、口を突いて出た言葉……自分には口にする資格すら無い筈の、卑怯な言葉……その言葉の意味を、重さを、クルトは約束を通じて痛感していた。

 

(そもそもこの決闘自体、単なる俺のエゴに過ぎない。なのに、それでシーナさんを傷付けるような結果に終わってしまったら、俺はシーナさんにも、アイツにも顔向けが出来なくなる。)

 

 クルトの脳裏に、あの夜のカイの言葉が過る。

 

―お前に任せれば大丈夫だ。って、思ったんだ―

 

 何故、自分なんかにシーナを任せられると思ったのだろう?一体何を以て、大丈夫だと判断したのだろう?そんな疑問は尽きないが、それでも、嫌っている筈の自分に対して、カイなりに信頼を寄せてくれていた事実もまた、クルトを留めてくれていた。

 

(怪我をしない程度に抑えるなら、本気の一撃はあと2~3回が限度か……全く……)

 

 無表情だったクルトの口元に、ふと、笑みが浮かぶ。

 

(これじゃ、一気に畳みかけるしかないじゃないか。)

 

 クルトの一番危うい所は、自分の意志で筋力のリミッターを外せてしまうという特異体質そのものではない。他の誰かの為というのを口実に、簡単に自分を蔑ろにしてしまう“筋金入りの自分嫌い”である事……自身の身の危険を回避する為のリミッターが、その心に無い事だ。

 だが少なくとも今は、シーナとの約束が、カイからの信頼が、その心のリミッターとなっている。それを不自由だと感じはするが、不思議と嫌ではない。

 

「ぬぅん!!」

 

 決闘開始時から全く勢いの衰えないセルウェイが、凄まじい拳を繰り出す。

 その拳を躱しながら、クルトはその場で身を翻すようにして瞬時に背後を取ると、全くセーブを掛けていない渾身の蹴りをセルウェイの膝裏に叩きこんだ。

 

「ぐぁ?!」

「チッ……」

 

 蹴りを入れた右脚に、痺れのような感覚が奔る。

 怪我には至らぬよう、蹴りを入れた際の一瞬しかリミッターを外していないのにコレだ。特に脚は、セルウェイの攻撃を回避し続ける上で一番の要だというのに。此処で一気に勝負に出て片を付けなければ……

 

「いい加減……沈め!!」

 

 先程の蹴りで膝を突いているセルウェイの背へ、今度は全くセーブを掛けていない渾身の肘鉄を叩き込む。

 どれほど肉体を鍛えようと、流石に顔は鍛えようが無い……案の定、顔面から派手に地面へ突っ込んだセルウェイは激痛に呻き、その隙をクルトは見逃さなかった。

 

「これでッ!」

 

 俯せに倒れたセルウェイに馬乗りになったまま、クルトが思いっきり拳を振りかぶる。

 そんなクルトの姿を見て、レンの顔が恐怖に凍り付いた。

 

「クル兄ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 あまりにも悲痛なその叫びに、クルトの脳裏に過去の光景が一瞬フラッシュバックする。

 冬の日の冷たい寝室。辺りに飛び散った赤。憎悪と殺意……それをかき消したレンの声……

 不意に、右目の奥がズキリと痛んだような気がした……

 

「ッ――」

 

 振り下ろされたクルトの拳が、間一髪の所でセルウェイの頭を掠めるように地面を捉え、止まる。

 再びの静寂が辺りを包む中、クルトは静かにゆらりと立ち上がって、セルウェイを見下ろした。

 彼が起き上がる気配は……無い。完全KO勝ちだ。

 

「す、すっげー!!あの坊主マジでセルウェイ少佐に勝ちやがった!」

「ナイスファイトー!!」

「うわぁぁぁぁ……俺少佐に賭けてたのに……」

「ヤベッ!俺もだ!!」

「よっしゃ~!俺勝ち組~!!」

「ちっくしょー!まさか少佐がやられるなんて!!」

 

 ギャラリー達が再び騒然とし始めた中、クルトは地面を殴った自分の手をそっと見つめる。

 その瞳に光は無く、正攻法では勝ち目の無かった決闘を制した実感すら、噛みしめている様子も無い。

 賭けに興じていたギャラリー達がネイトへ押し寄せる流れに逆らうように、クルトは無言で歩き出す。

 恐怖や不安、怯えといった感情を覗かせたままのレンに歩み寄った彼は、不意にそんな幼馴染の肩へぽん。と手を掛けた。

 

「ありがとう。助かった。」

「……うん。」

 

 短い言葉を交わして、クルトはそのまま何処かへ立ち去る。

 その背中を見つめたままのレンとエドガーの視線に違和感を覚えながら、カイもクルトの後姿を見つめ、何も言えずに立ち尽くしていた。

 あんな暗い目をしたクルトなど、今まで見た事が無かったから……

 

   ~*~

 

 その日の夜。食堂はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 研修に来ていた新人隊員が、白兵戦では無敵を誇っていたあのセルウェイに勝ったのだ。当然話題に上らない訳が無い。どのテーブルも、今日の決闘の話題で持ち切りだった。

 そんな中、話題の張本人であるクルトは食堂の隅のテーブルに着いて、黙々と夕食を口に運んでいる。

 普段は必ず仲間の誰かと食事を摂る彼が、疲れているからゆっくりさせて欲しい。の一点張りで周囲の誘いを悉く断り、レン達からも離れて1人で夕食を摂っているのは違和感を感じる。

 

「クルト、どうしたのかな?」

 

 心配そうに呟いたシーナに、エドガーがふと表情を陰らせた。

 

「今は、そっとしておくしか無いと思う……」

「どうして?」

「それは――」

 

 不思議そうに訪ね返したシーナに対し、エドガーの言葉を遮って答えたのはレンだった。

 

「俺のせい……かな。」

 

 思いつめたような表情を浮かべたレンに、カイがそっと訊ねる。

 

「あの時、クル兄~!って叫んだアレ?」

「うん……多分、それでちょっと嫌な事思い出させちまったんだろうなぁ……って……」

 

 そう語りながら、そっとクルトを見つめるレンに倣うように、カイ達もクルトをそっと見つめたその時だった。

 

「おぉ!こんな所にいたのか!青年!!」

 

 遅れて食堂にやって来たセルウェイが、爽やかな笑顔でずんずんとクルトに歩み寄って行く。その鼻筋にはガーゼが貼られ、頬や額の擦り傷にも絆創膏が貼られていたが、足取りそのものは至極元気そうだ。

 

「お、お疲れ様です。セルウェイ少佐……」

 

 昼間の決闘で怪我をさせてしまった事を気にしているのだろう。酷く気不味そうにぎくしゃくと返事を返すクルトであったが、セルウェイはそんな彼の手をガシッと握り、目を輝かせる。

 

「まさか君が此処まで強いとは思わなかった!実に感動した!熱き拳を交えた者として!そして!君のその強さに敬意を表して!これからは君の事を是非!心の友と呼ばせて欲しい!」

「は……はぁ……その、こ、光栄です……」

 

 ぽかんと気の抜けた声でそう答えれば、セルウェイは満面の笑みを浮かべて「うむ!」と頷き、元気付けるかのようにクルトの背中をバンバンと叩いた。

 

「君もさぞ疲れている事だろう!ゆっくり休息を取ると良い!では!またな!」

 

 歩いて来た時と同じように、今度は食堂の注文カウンターへ向かってずんずんと歩き出しながら、セルウェイはそのよく通る大声を響かせる。

 

「料理長!いつものヤツを頼む!」

「はいよ。只今。」

 

 すっかり慣れっこだといった様子で、注文を受けた料理長がのんびりと返事を返す。その声を聞きながら、クルトは暫く呆気に取られたようにセルウェイの背中を見つめていたが、やがてそっと自分の食事に向き直って、酷く疲れ切った溜息を一つ吐いた。

 

「はぁ……面倒な人に気に入られてしまった……」

 

 途方に暮れたような呟きは、完全に普段通りのクルトであった。

 耳の良いレンとシーナは、そんなクルトの呟きを耳にして、苦笑ながらも何処か安堵した様子で頷き合う。

 カイとエドガーも、その様子を目にしてホッとした笑みを見せあった。

 が……

 

「あ。居た居た。」

 

 その声に視線を移した面々は、思わず凍り付く……

 セルウェイと入れ替わるようにクルトへ声を掛けたのは……ネイトだった。

 

「……何かご用でしょうか?」

 

 警戒を含んだ冷たい声に臆する様子も無く、ネイトは座ったままのクルトに目線を合わせるように屈み、薄気味の悪い笑みを浮かべて囁きかけた。

 

「君さぁ……良い子のフリ、やめたら?」

 

 クルトの目が見開く。驚きに。ではなく、まるで何かに怯えるように……

 ゆっくりと青ざめていく彼の顔色にクスッと笑って、ネイトは堕落の道へ誘う悪魔のように囁き続ける。

 

「本当は殺す気だったんだろ?セルウェイの事。」

「自分は……そんなつもりは……」

「隠さなくても良いんだぜ?あの最後の一撃。アレが決まってりゃセルウェイを殺せてた。なのに余計な事してくれたよなぁ?あの甘ちゃんな幼馴染君は。お陰で目障りな筋肉達磨を消し損ねた挙句、一方的に気に入られちゃってさぁ?うざくない?そういうの。」

「違う……俺は……」

「周りに合わせて良い子ぶっててもさ、結局溶け込めやしないんだよ。俺達みたいな“化け物”は。そうだろ?」

 

 “化け物”……その一言に、クルトの瞳から光が消えた。

 決闘の決着が付く寸前にフラッシュバックした過去が、より鮮やかに脳裏に過る。

 あの日、自分はただレン達を守りたかっただけだった……

 けど、本当は?……ただ憎悪と殺意を抱いただけだったのではないか?

 だからあの時、自分は……

 

―お前のような化け物、生ませるのではなかった。―

 

 幼い頃に言われた、思い出したくも無い言葉……自分の全てを狂わせた、言葉の刃。

 忘れていたかったのに、思い出したくなかったのにッ、気付きたくなかったのに!

 

「クルト?!」

 

 突然椅子から立ち上がったクルトに、レンが声を上げる。

 空になっていた卓上のグラスが床へ落ち、派手な音と共に砕け、辺りに飛び散った。

 まるで、今までクルトを覆い隠していた物が崩れ落ちたのを、知らせるかのように……




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第36話-仮面の下-

―クル兄ぃぃぃぃぃぃ!!―

 あの日の事は、今でもよく覚えてる……

 血塗れの部屋を見たレン達がどれだけ怯えていたかも、どれだけ泣いていたかも……

 それでも皆で必死になって、震えながら俺を止めに来てくれたんだ。

 俺のような……―――を……

 [クルト=リッヒ=シュバルツ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第36話:仮面の下]

 

 お祭り騒ぎの賑わいを(つんざ)いた、グラスの砕けるけたたましい音……

 突然の出来事に、周囲で騒いでいたスタッフ達は水を打ったように静まり返り、クルトとネイトを見つめる。視線だけが突き刺さる静寂の中で、椅子から立ち上がったクルトはネイトの胸倉を掴み上げていた。

 

「聞き間違いだと思うんだが……今、なんと言った?」

 

 光の消えた暗い若草色の瞳。そこに渦巻くのは、怒りや殺意、狂気といった負の感情……

 そんな奈落のような眼差しを向けられながら、ネイトには臆する様子など全く無い。むしろ、その反応を心底楽しんでいる様子で、彼はニヤリと笑った。

 

「君も、俺と同じ“あぶれ者の化け物だ”って言ったんだけど、違った?」

「貴様ッ……」

「同類は匂いで分かっちゃうんだよねぇ。だってほら、君のその目……“殺してやる”って目じゃん。他にも純粋に狂ってる奴が居て、俺、安心しちゃったよ。」

 

 声音は至ってフレンドリーだが、その口調はこれでもかと言わんばかりに神経を逆撫でる。その不快さに、クルトはギリッと歯を食いしばり、苦々し気に吐き捨てた。

 

「お前のような狂人に擦り寄られた所で、俺には不快以外の何物でもないんだがな。」

「それって、自分で認めたくないから?それとも、周りにバレるから?」

「ッ!――」

 

 嘲るような問い掛けに、クルトが堪りかねて拳を振り上げようとした時、少年が2人飛び出して彼を抱きしめるように抑え込んだ。

 ……レンと、エドガーだ。

 

「駄目だクルト!こんな所で!!」

「お願いだから喧嘩しないで!落ち着いて!」

 

 両側から必死で自分を止める、幼馴染2人の呼びかけ……しかしそれでも、盛大に地雷を踏み抜かれたクルトは止まらない。抑え込まれて尚、彼はネイトへと怒鳴った。

 

「俺は貴様のように敵も味方も関係無く殺そうとはしない!そんな狂人と一緒にするな!!」

「だから落ち着けって!」

「僕達分かってるから!クルトは違うってちゃんと知ってるから!!」

 

 ネイトは、そんな彼等を酷く愉快そうに眺め、嘲笑を浮かべた。

 

「その割に随分ムキになってんじゃん。やっぱり図星だった?」

「おいネイト!いい加減に――」

 

 見かねたカイが席を立ち、ネイトへ叱り付ける様に呼び掛けた次の瞬間だった。

 彼の言葉を遮って響いたのは、鈍い打撃音と、プラスチックの割れるようなバキリという音。

 それと同時に周囲の者の目に映ったのは、派手に宙を舞った水飛沫と、背後から思いっきり横薙ぎに頭を殴り付けたられたネイトが吹き飛ぶように倒れる様だった。

 

「え……」

 

 突然の事に目を見開いたクルトが、驚愕と戸惑いの声を無意識に零す。

 倒れたネイトの後ろに立っていたのは……

 

「……シーナ、さん?」

 

 そう。そこに立っていたのは、お冷のピッチャーの柄を両手で握りしめたシーナだった。

 

「いつの間に……」

 

 ぽつりと呟いたカイがテーブルへ視線を戻して見れば、確かに上に載っていた筈のピッチャーが無くなっていた。

 辺りは撒き散らされたお冷で水浸し。手にしたピッチャーの底も派手なヒビが入り、割れ目から残った水がポタポタと音を立てて床に滴っている。

 

「それ以上何か言ったら……許さないから。」

 

 床へ倒れ込んだネイトへと放たれた、殺気立った低い声……それは静かながら、普段のシーナからは到底想像も付かない程の圧を纏っていた。

 

「いったぁぁ……」

 

 床に倒れ込んだ状態から上体を起こし、ピッチャーで殴り付けられた側頭部を抑えながら、ネイトがシーナを見上げる。忌々しそうなその声と表情は、彼女の顔を見上げた瞬間、消し飛んだ。

 ……彼女の目もまた、光を失った冷たい色をしていたからだ。

 シーナはネイトと目が合った直後、まるで止めを刺すかのように、底の割れたピッチャーを思いっきり投げつけた。

 

「ぶへっ?!」

 

 ピッチャーが顔面に叩きこまれた音と、その衝撃で仰向けに倒れたネイトが、後頭部を盛大に床へ打ち付ける音が響く。

 鼻血を噴き、白目を剥いてピクリとも動かなくなってしまったネイトの姿に、レンが微かに青ざめながらシーナを恐る恐る見つめた。

 

「あ、あの……シーナ?流石にやりすぎじゃ……」

 

 戸惑いに上ずった声でしどろもどろに訊ねるも、シーナはピクリとも動かないネイトを冷たく見下ろしたまま、そっけなく呟く。

 

「大丈夫。殺してないから。」

「殺してない……って……」

 

 レンだけでなく、クルトも、エドガーも、周囲の者達も、ネイトを見つめる。

 自分達の知っているシーナは、無邪気で人懐っこく、そして誰よりも心優しい少女の筈。そんな彼女が、まさかお冷のピッチャーで容赦なく人を殴り付けるなど……こんな風に冷たい声を発するなど……こんなにも暗く冷たい目で人を睨みつけるなど、誰も思っていなかったに違いない。

 まるで別人のように豹変した彼女に対し、カイ達は勿論、セルウェイ達も、周囲のスタッフも、ただただ戸惑いに顔を見合わせるばかりだ。

 そんな中、小走りに駆け寄って来たセシルが、そっとネイトの脈を確認し、残念そうに呟いた。

 

「生きてる……な。」

「止め、刺した方が良かったかしら?」

「いや……」

「そう。残念ね。」

 

 あまりにも辛辣な短い言葉の後、シーナはクルトに歩み寄る。

 思わずビクリとしながらレンとエドガーがクルトから離れ、当のクルトは唖然としたままの表情ではあったが、歩み寄って来たシーナへそっと訊ねた。

 

「シーナさん……あの、何故急にこんな……」

 

 戸惑うクルトを見上げたシーナは、冷たい瞳のまま寂しげに微笑む。

 

「大丈夫。もう“戻る”から……」

 

 シーナの体から、ふっと力が抜けた。

 そのまま倒れ込んで来た彼女を咄嗟に抱き留めたクルトは、面食らった様子で腕の中へと必死に呼び掛ける。

 

「シーナさん?!シーナさん!しっかりして下さい!シーナさん!!」

「クルト、ちょっと落ち着け。」

 

 駆け寄って来たカイが、気を失ってしまったらしいシーナの顔を覗き込む。

 そっと体温を確かめるかのように頬へ手を添えながら、カイはぽつりと呟いた。

 

「……大丈夫。気を失ってるだけみてーだ。」

「……そうか……」

 

 幾分安堵した様子のクルトが、躊躇いがちに訊ねる。

 

「カイ。シーナさんがこんな風になった事って……前にもあったのか?」

「いや……遺跡で記憶の断片を思い出した時に気を失った事はあったけど、こんな風に豹変した事なんて、今まで一度も無かったぜ?」

「……」

 

 クルトは心配そうにシーナの顔を暫し見つめた後、そっと彼女を抱き上げた。

 

「一応念の為に、基地内病棟へ運んで来る。」

「なら僕達も一緒に――」

 

 そう言いかけたエドガーを制止して、カイが頷く。

 

「シーナの事、頼んだぜ。クルト。」

「あぁ。」

 

 短く答えた後、シーナを連れて食堂を出て行くクルトの背中を見送ったカイは、エドガーとレンに向き直り、穏やかに呟いた。

 

「今はそっとしといてやろうぜ。ネイトに色々引っ掻き回されて、あいつも結構キレてたし。」

「そう……だね。」

「うん……」

 

 しゅんとした様子のエドガーとレンの肩をぽんぽんと励ますように叩いた後、カイはセシルを振り返って苦笑する。

 

「つーか、ネイトも病棟まで連れてった方が良いんじゃねーの?白目剥いてるし。」

「そうだな……少佐。お願いできますか?」

「うむ!任せてもらおう!」

 

 セルウェイがネイトを俵抱きに肩へ担ぎ上げる横で、何がなんだかよくわかっていないスタッフ達は、戸惑ったように顔を見合わせながらも、辺りの惨状を見渡して呟いた。

 

「俺らどうする?」

「とりあえず……割れたグラス片付けるか。」

「じゃぁ俺、雑巾持って来て床拭くわ。」

「料理長~!割れたピッチャーどうします~?」

「割っちまったグラスと一緒に産廃置き場にでもぶん投げとけ。」

「う~っす。」

 

 ぞろぞろと片付けに取り掛かるスタッフの1人を、レンが申し訳なさそうに呼び止める。

 

「あの、俺達も手伝います。」

「あぁ、こっちはいいよ。俺らでちゃちゃっと片付けちまうから、坊主達もちょっと気分転換に外の空気でも吸って来な。」

 

 レンは戸惑ったようにエドガーと顔を見合わせるが、そんな彼等の肩をカイが叩いた。

 

「スタッフの人もこう言ってんだし。ちょっと外行って来ようぜ。」

「……じゃぁ、すいません。後よろしくお願いします。」

 

 ぺこりと頭を下げたレンは、カイに促されるままエドガーと共に食堂を出て行った。

 

   ~*~

 

「ほら。」

「サンキュ……」

 

 外に出て来たカイ達は、隊員宿舎の入り口前にある自販機に集まっていた。

 差し出されたレモネードの缶をそっと受け取り、レンはそのまま自販機の傍のベンチに腰を下ろす。カイは小銭入れからまた硬貨を手に取りながら、エドガーにも声を掛けた。

 

「エドガーは?何が良い?」

「良いの?僕まで……」

 

 戸惑ったように訊ねるエドガーに、カイは苦笑を浮かべる。

 

「缶ジュース買うのに1本も2本も変わりゃしねーっての。」

「じゃぁ……ココアで。」

「おう。」

 

 購入した缶ココアをエドガーに手渡し、ついでに自分もブラックコーヒーを続けて購入した後、カイは自販機の側面に背を預けながらレンを見つめた。

 

「……なぁ、レン。」

「ん?」

「その……クルトの奴、なんであそこまでキレてたんだ?話の流れ的に、なんか、お前やエドガーは原因知ってそうな感じだったけど……」

 

 レンはそっと気不味そうにエドガーをと視線を交わし合う。

 暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはエドガーだった。

 

「カイになら、話しても良いんじゃない?」

「……うん。そうだな……」

 

 消え入るような返事の後、レンは手にしたレモネードの缶を見つめたまま、静かに語り出す。

 

「クルトはさ……化け物。って呼ばれる事に、すっげートラウマがあるんだ。」

「トラウマ?」

「うん……話すと長くなるんだけど、良いか?」

 

 何処か懇願するような眼差しで此方を見つめて来たレンに、カイはそっと頷いた。

 

「あぁ。」

 

   ~*~

 

「そもそもの原因は、俺達がまだ小さい頃……えっと、俺とエドが8歳くらいの頃に起きた事件のせいなんだ。」

「事件?」

 

 首を傾げたカイに、エドガーがそっと説明する。

 

「カイは知ってる?9年前にニューへリックシティで起きたクリスマステロ。」

「あぁ。帝国でもニュースになってたし、よく覚えてる。クリスマスのイベントバルーンに爆弾仕掛けられてて、街のあちこちで爆発が起きたってアレだろ?」

 

 その事件は、イヴポリス大戦後に起きた一番大きな事件として有名なテロ事件であった。

 大規模なテロ犯罪であったにも関わらず、犯行声明のようなものは一切無し。結局9年経った今でも、犯人すら見つかっていない未解決事件だ。

 

「つーか、え?ちょっと待てよ。そんな話から始まるって、まさかお前ら、あの時ニューヘリックに居たのか??」

「ううん。そうじゃないけど……まぁ、間接的に関係があるっていうか……」

 

 エドガーはそう言ってレンに視線を送る。

 レンはそんなエドガーにそっと頷いて見せ、話を続けた。

 

「あの日、本当は皆休みだったんだ。父ちゃんも母ちゃんも、レイヴンさん達も、シュバルツ博士達も。そんなの滅茶苦茶久しぶりでさ、皆でクリスマスパーティーしようぜ。ってクルトの家に集まってたんだけど……あのテロが起こったせいで、父ちゃん達、緊急出動掛かっちまって……」

「それで僕達、クルトの家でそのまま留守番してたんだ。」

 

 両親達が慌ただしく出て行った後の家に残されたのは、当時10歳だったクルトと、8歳だったレン、エドガー、7歳だったルーラ。そして、まだ5歳だったシンの5人だけ……

 皆で楽しく過ごす筈が、子供だけの寂しいクリスマスとなってしまった事に、レン達は酷く落胆していた。そんな彼等を少しでも楽しませようと奮闘したのが、クルトだった。

 

『今日は父さん達がいないから、特別だぞ。』

 

 クルトはそう言って、普段なら“行儀が悪い”と怒られてしまうような事を、ここぞとばかりに皆に提案し、実行に移していった。

 テレビの前のカーペットを陣取って、皆でテレビゲームをしながら夕飯を食べたり。切り分けていないホールのままのクリスマスケーキを囲んで、皆で好きなようにフォークで直食いしたり。バスタブを泡でいっぱいにして皆で飛び込んでみたり……風呂から上がる頃には、表情の暗かったレン達も“大人のいないクリスマス”をすっかり楽しんでいて「次は何をしようか?」と皆で口々に話し合っていた。

 そんな矢先に、事件が起きたのだ……

 

―ガシャンッ―

 

 リビングに戻って来た時に響いたのは、ガラスの割れるような微かな音……

 家の中に居るのは自分達5人だけの筈であったし、特に風が強い訳でもなかった為、窓の外から何かが飛んで来てぶつかった。という訳でもない事は、幼いながらに全員が理解していた。

 

『お、お化け??』

 

 ビクッと震えてレンの背中にしがみついたシンに、クルトは優しく笑いかけた。

 

『大丈夫。お化けなんか俺がやっつけてやるから。』

 

 ぽんぽんと怯えるシンの頭を撫でてやった後、クルトは少し警戒した様子でレンとエドガーを見つめ、言ったのだ。

 

『様子を見て来るから、お前達はちゃんと此処に居ろよ?良いな?』

『うん……』

 

 何故あの時、素直に頷いてしまったのだろう?

 クルトを引き留めて、皆で隠れておけば……あんな事にはならなかったかもしれない。

 そんな思いに駆られながら口を閉ざしてしまったレンを心配そうに見つめた後、カイはエドガーへそっと訊ねた。

 

「で……その音の正体って、結局何だったんだ?」

「強盗だったんだ。2人組の……」

 

 微かに目を見開いたカイに、エドガーが続きを話し始める。

 トーマの仕事部屋の窓を割って侵入して来た強盗と鉢合わせてしまったクルトは、声を上げるより先に殴られ、口を塞がれてしまった。

 それを察知したのが、フィーネ譲りの聴覚を持つレンだったのだ。

 

『あッ――』

 

 バッと耳を塞ぎ、恐怖に凍りつたあの時のレンの表情を、エドガーは今でも鮮明に覚えていた。

 

『レン?どうしたの?』

『隠れて!皆隠れて!早く!!』

 

 そんな必死の呼びかけも虚しく、強盗犯はリビングにやって来た。

 大柄な男に腕でがっちりと首を締め上げられるように拘束され、口を塞がれたまま藻掻くクルトの姿を目にして、幼い自分達は恐怖に凍り付いたまま、声を上げる事すら出来なかった。

 

『なんだ。このガキを人質に金目のもん頂いてやろうかと思ってりゃ、ガキばっかじゃねーか。』

 

 クルトを捕えている大男がそう言えば、ナイフを手にしたもう一人の強盗が、ゾッとするような意地汚い笑みを浮かべる。

 

『まぁ親が留守ならそれに越したこたぁねぇ。家中ガサ入れしたついでに、適当に何人か掻っ攫って、身代金でも要求してやるとしようぜ。』

 

 そう言いながら此方へ歩み寄って来る強盗犯を見上げ、自分達はリビングのカーペットの上に座り込んだまま、身を寄せ合って震えている事しか出来なかった。

 その時だ。クルトが口を塞いでいる大男の手に噛み付き、声を上げたのは……

 

『お前ら逃げろ!!早く!!!』

『ってぇ……このガキ!!』

 

 手にがっつりと歯型を付けられた大男は、怒りに任せてクルトを殴った。

 殴られた勢いのままに床へ倒れ込んだクルトに対し、大男は怒りの冷めやらぬ様子で蹴りを入れる。2度、3度と……痛みに呻きながら、身を守るように体を丸めるクルトの姿を見て、シンが泣き叫んだ。

 

『クル兄!クル兄ぃぃ!!!』

『ビービー泣いてんじゃねぇ!うるせぇんだよ!!』

 

 ナイフを持った強盗犯が苛立った様子でシンに歩み寄り、蹴り倒そうとした。

 だが倒れ込んだのは、間一髪のところで間に割って入り、シンの代わりに蹴られたレンだった。

 

『いっ……てぇ……』

『レンッ……』

 

 自分の方へ倒れ込んで来たレンを咄嗟に抱き留めた時、レンは両目にいっぱい涙を浮かべて、それでも恐怖と痛みに耐えながら震えていた。その手は蹴られた鎖骨を押さえており、さっきの蹴りで骨が折れたのかもしれない。という思いが頭を過った。

 レンを抱きしめたまま、自分はただ茫然とナイフを持った男を見上げ、震えていた。

 このままじゃ、きっと皆殺される……声も出ない程の恐怖に竦んでいた時、響いたのは掠れたクルトの声だった。

 

『レン達に……手を……手を出さないで、下さい……』

『あ?』

 

 蹴るのをようやく止めた大男の前で、クルトはふらつきながら体を起こし、懇願した。

 

『金目の物がありそうな場所なら、知ってます……だから、それ以上レン達には、危害を加えないで下さい……お願いします……』

 

 強盗達は顔を見合わせた後、ニヤリと笑った。

 大男は金目の物がある場所をクルトに案内させ、ナイフを持った男はレン達を見張る為にリビングに残り、自分達は成す術もないまま、震えていたのだが……

 

「クルトが、強盗の1人と一緒に二階へ行ってすぐ、銃声がしたんだ……」

「銃声?……まさか、撃ったのって…………」

「うん……クルトだよ。」

 

 立て続けに響いた、3発の乾いた銃声と……男の絶叫……

 自分達を見張っていた強盗は、その銃声と声を聞いた途端、血相を変えてリビングを飛び出し、階段を駆け上がって行った。

 二階から響いた言葉で、自分達が聞いたのはほんの僅かな言葉だけだった。

 

『おい!どうした?!――このガキィッ!ぶっ殺してやる!!』

『この……クソガキがぁ!!』

 

 その後に続いたのは、派手な物音と再びの銃声。そして男達が痛みに叫び、呻く声……

 3発、4発と立て続けに響いた銃声に、自分達はただただ恐ろしくなった。

 シュバルツ夫婦の寝室に、トーマの軍用拳銃がある事は、自分達も知っていたから……

 

『どうしよう……』

 

 真っ青になって呟いた譫言のような呟きに、レンがそっと立ち上がった。

 レンには聞こえていた。クルトが一体何をしているのか、何を言っているのか……

 

『行かなきゃ……クル兄を止めなきゃッ……』

 

 骨折の痛みにふらつくレンを支えて、自分達はそっと階段を上っていった。

 今思えば、何と短慮な行動だっただろうか?と思わずにはいられない。5歳から8歳の子供だけで、強盗犯2人の居る場所へ向かうなど、考え無しにも程がある。まずは警察と救急に連絡するべきだっただろうに。と。

 だが、その時の自分達は、とにかくクルトを止めなければという思いでいっぱいだった。レンが「止めなきゃ」と言った以上、クルトはまだ、あの強盗達と戦っているに違いない。と、確信があったから……なのに、行った所でとっくに取り返しのつかない事態になっている可能性を微塵も考えていなかったのは……やはり幼かったが故なのだろう。

 ドアの半開きになった寝室……そこはまさに地獄だった。

 そこかしこに飛び散った血。床で大の字になって倒れている大男。そして、ナイフを持っていた筈の男に馬乗りになって、その顔を殴り続けていたのは……

 

『死んでしまえ!お前らなんか!お前らなんか!!』

 

 怒りに憑り付かれたかのように、光の無い目をしたクルトだった……

 

『クル兄ぃぃぃぃぃぃ!!』

 

 そんな部屋の中へ真っ先に飛び込んだのは、レンだった。

 レンはそのままクルトにしがみつき、泣き出した。

 

『クル兄……もうやめてよッ……この人達死んじゃうよぉ……』

 

 その言葉にハッとしたように動きを止めたクルトは、先程まで殴り続けていた男をぼんやりと見下ろす……男の顔は、いったいどんな力で殴り付けていたのだろう?と思わずにはいられない程、ぐちゃぐちゃになっていた。

 しかし、クルトは次の瞬間、信じられないような一言をポツリと零したのだ。

 

『……なんだ。もう死んでるんじゃないか。』

 

 気の抜けたような、それでいて、何処かつまらなそうに零れた言葉に、自分も、レンも、背筋が冷たくなった……寝室の入り口に立ち尽くしたまま、全く動けなくなってしまった自分の隣から、妹のルーラがそっと寝室の中を覗き、パッと廊下に引っ込んで、シンをギュッと抱き締めているのが、視界の端に移っていた。

 

『ねぇ、クル兄は?クル兄大丈夫?』

 

 抱き締められたまま、唯一寝室の惨状を見ていないシンが、不安げにルーラへ訊ねる。

 ルーラはそんなシンを抱きしめて震えながら呟いた。

 

『クル兄なら大丈夫……大丈夫だけど……シンは見ちゃ駄目ッ……』

『どーして??』

『見ちゃ駄目なのッ……お部屋の中、怖い怖いだから……絶対、絶対見ちゃ駄目ッ……』

 

 それから一体どれくらいそうしていたか分からないが、やがて、外から響いてきたパトカーのサイレンでやっと我に返ったエドガーは、ふらふらと玄関へ向かい、鍵を開けた。

 

「きっと、僕達の泣き声とか銃声とかを聞いて、近所の人達が通報してくれたんだと思う。警察の人達が来て、救急隊員の人達がクルトとレンを救急車に乗せて……そこまではなんとなく覚えてるけど……その後の事は、僕も正直あんまり覚えていない。ただ病院の待合室で、警察の人や看護婦さん達が困るくらい、ずっと泣いていたような気がする。」

「……そっか。」

 

 話を聞いていた間に飲み干してしまったコーヒーの空き缶を、静かにゴミ箱へ捨てて、カイは再び自販機の側面に背を預ける。

 彼は星空を見上げながら、何処か納得したように呟いた。

 

「なるほどな……だからアイツ……」

「どうかしたの?」

 

 そっと訊ねてきたエドガーに、カイは大人びた眼差しをスッと細めて、淡々と語る。

 

「この支部に来た初日、俺、ネイトに絡まれたろ?今まで何人殺した?って……あのやり取り聞いて、一番堅物な筈のクルトが俺にガミガミ言わなかったの、どうも引っ掛かってたんだよ。」

 

 思えば、この第七辺境支部に来たあの日だけじゃない。

 瓦礫街の任務で、追っ手を射殺する事の是非を問うた時も同じだ。酷く戸惑った様子のレンとは打って変わり、クルトは多少考え込みはしたものの、自分と同じように潔く割り切った……14歳で銃を握った自分と、たった10歳で人を殺めたクルト……もしかしたら、そういった命の割り切りに関しては彼の方が自分よりも容赦が無いのかもしれない。

 

―俺とお前がギスギスしちまうのって……案外、同族嫌悪なのかもな。―

 

 クルトに言ったあの言葉を思い返して、カイは内心苦笑する。

 自己嫌悪じみた部分だけでなく、こういった部分まで似ていたとは……偶然なのか、或いは無意識に同じものを感じ取っていたのかは分からないが、直観とは全く恐ろしものだ。

 

「じゃぁ差し詰め、その一件で詳しい事情を知らない連中が、クルトの事を“化け物”って呼ぶようになっちまった。って所か?」

 

 その問いに、レンもエドガーも表情を曇らせる。

 暫しの沈黙の後、絞り出すように小さく呟いたのはレンだった。

 

「それだけなら……きっとあんな風にはならなかったと思う。」

 

   ~*~

 

 クルトはその事件で、思った以上に深手を負っていた。

 何の訓練も受けずに銃を撃った事で、銃のスライドで派手に手を切り、左腕もナイフで深々と切り付けられ、一体どんなもので殴られたのかは分からないが、右目も失明寸前……数日の入院を経て学校に再び通い始めた時、周囲はそんなクルトを拒絶した。包帯だらけのその姿と、強盗を殺したらしい。という噂から“人殺しの化け物”と呼んで……

 だが、クルトが一番傷付いてしまったのはそれではない。

 原因は主に2つ……1つは、レン達自身の問題だった。

 

「あんな怪我までして、クルトは必死に俺達を守ってくれたのに……俺もエドも、ルーラも……あの時強盗を殴ってたクルトの姿がトラウマで……暫く、まともに近寄れなかったんだ。」

「あ~……」

 

 何やら察したように、カイが呻くような声を小さく上げる。

 兄貴分として慕っていた少年が、血塗れの部屋で、既に息絶えた死体を狂ったように殴り続けていたら……どんなに頭ではわかっていても、怖がってしまうのは仕方が無い事だろう。当時、レンもエドガーもまだ8歳だったのだから。

 だが、クルトにしてみれば裏切られたように感じても当然だ。ただでさえ学校で孤立してしまっていたというのに、必死に守った幼馴染達にまで避けられるようになってしまったのでは、あまりにも報われなさ過ぎる。

 

「それは……確かに仕方がねぇけど……クルト傷付くよなぁ……」

「うん……クルトがシンを一番可愛がってるのは、その時のクルトを知らないシンだけが、ずっとクルトに懐いてたからだし。」

「……なるほどな。」

 

 レンの家に招かれた時、シンとじゃれ合って明るく笑っていたクルトの姿を思い返す。

 きっと、シンだけが当時のクルトの心を繋ぎ止めていたに違いない。

 

「だけど……もう一つの原因ってのが、そんなクルトに止め刺しちまってさ。」

「止め??」

 

 怪訝そうな顔をしたカイに、エドガーが呟いた。

 

「年末に、家族でガイガロスのシュバルツ邸に帰省してた時……分家の親戚達にこう言われたらしいんだ。『お前のような化け物、生ませるのではなかった。』って……」

「はぁ?!なんだそれ?!」

 

 いくらなんでも、その言葉にはカイも憤りを感じざるを得なかった。

 武器を所持した強盗相手に、年下の幼馴染達を……大切な弟分達を守ろうとした結果、その強盗を殺めてしまった。確かに10歳の少年がやった事としてはあまりにも重大ではあるが、それでも、立派な正当防衛として成立する事は間違い無い。存在そのものを否定される謂れなど無い筈だ。

 

「シュバルツ家って名門一族だからさ……家柄とか世間体とか気にする人、多いみたいで……親の前で寄って集って罵倒されまくったんだよ。中には精神病院に隔離しろだとか、勘当して施設に入れろだとか言う人達まで居たって聞いてる。」

 

 レンの言葉に、カイはうんざりしたような長い溜息を深々と吐いた。

 

「これだから嫌なんだよなぁ。名門一族って奴は。家柄ばっか鼻に掛けて、威張り散らすしか能のねぇド屑ばっかかよ。何処も彼処も……」

 

 吐き捨てるように捲し立てるカイに、レンとエドガーは戸惑ったように顔を見合わせ、カイはそんな2人に言葉を続けた。

 

「つーか、強盗2人殺しただけで生ませるんじゃ無かっただの、隔離しろだのなんだの言われるってんならさ、俺どうなるんだよ。ハイドフェルド家一の人殺しだぜ?多分。」

「……そっか、そういえばカイも、名門の出だったね……」

 

 何処かポカンとした様子で、エドガーが呟く。

 普段の態度や、その経歴から忘れがちだが……ハイドフェルド家も、代々優秀な空軍パイロットを輩出して来た名門一族だ。カイにとって、クルトの置かれた立場はけして他人事ではなかった。

 家出して以来、両親とは再会したが、親戚達と顔を合わせた事はまだ無い……まぁ、仮に同様の罵倒を受けたとしても、自分は恐らくクルトのようにはならないだろう。言いたい奴には言わせておけば良い。と、聞き流せる程度には大人になったし。情報屋だった過去や、躊躇いなく引き金を引けてしまう自分を知った上で、傍に居てくれる仲間が居るから。居場所があるから……それが、生きる意味になるから。

 だが、当時のクルトはまだたった10歳の少年だったのだ。浴びせられた心無い言葉を聞き流す事も出来ず……シンという僅かな居場所すら、生きる意味すら、その言葉で失ってしまっていたに違いない。

 

「クルト、ヘルトバンに戻って来た時に言ってたんだ……」

 

 レンは深刻な表情で俯いたまま、そっと呟いた。

 

「あの時、俺も強盗と一緒に死んでいれば良かった……って……」

 

 そう語った時のクルトの表情を、レンは今まで忘れられずにいた。

 遊び疲れて昼寝をしているシンの頭を撫でながら、クルトはこの世の全てに絶望したような暗い瞳で、膝を抱えたまま消え入るように言葉を続けた。

 

『そうすれば、父さん達が悪く言われる事も無かったし……お前らがこうして、俺をずっと怖がる事も無かったのに……ごめんな。俺みたいな化け物、生まれてこなければ良かったんだ……』

 

 どれだけクルトが傷付いていたか、幼いレンはやっとそこで気が付いた。

 緊急出動で両親達が慌ただしく家を後にした時、兄弟の居ない一人っ子のクルトこそ、貴重な家族の時間を奪われて寂しかった筈なのに。

 強盗と一番最初に遭遇して、殴られて、蹴られて、ボロボロになるまで必死に戦って……一番怖い思いをしたのは、クルトの筈なのに。

 身体にも心にも傷を負って、どれだけ痛かっただろう。どれだけ苦しかっただろう。そんなクルトを怖がっていた自分達も、どれだけそんなクルトを傷付けてしまったのだろう……

 

『俺、死のうかなって思ってるんだ。どうせ俺は人殺しだし、父さんや母さんにこれ以上肩身の狭い思いさせたくないし……俺みたいな化け物なんて、誰も……生きてて欲しくないだろうし……だから、俺がいなくなった後は、お前が皆を守ってやってくれ。』

 

 涙すら無く淡々と語るクルトの姿に、その言葉に、視界が滲むのは一瞬だった。

 

『クル兄が死ねばよかったなんて……俺、思ってないよ……』

 

 あんなに怖がっていた筈のクルトが、今にも消えてしまいそうで……それを必死に引き留めようとするかのように、レンはクルトに抱き着いていた。

 

『クル兄ごめん……クル兄は俺達の事、守ってくれただけだったのに……怖がってごめん。ごめんなさい……もう怖がったりしないから、俺、ずっとクル兄の味方でいるからッ……だから死なないで……俺、クル兄が居なくなるなんて嫌だッ……絶対嫌だッ……』

 

 ぐすぐすと泣きじゃくる自分の頭に、包帯で覆われた手がそっと置かれた。

 恐る恐る見上げた先で、クルトは暗い瞳のまま、安心させようとするような笑みを顔に張り付けていた……

 

『じゃぁ……もう少しだけ生きてみるよ。』

 

 形だけの、感情の無い言葉……薄っぺらい、その場凌ぎの嘘。

 それは、幼いレンでも容易に察しがついた。それでも、その嘘に縋って、自分の身勝手な我儘でクルトを引き留めたのだ。周囲から孤立し、孤独になってしまった大切な幼馴染を……悲しい程に強くて優しい、大好きな“お兄ちゃん”を……

 

「……」

 

 カイは足元に視線を落としていた。

 自分が死んでも構わないと思っていたのは、親友を見殺しにした罪悪感からだ……そしてそんな自分を受け入れてくれたレンの存在や、仲間の皆のお陰で、そんな自分を少しずつ変えて行こうと思えるようになった。前を向いて、もう一度歩いて行こうと思えた。

 だがクルトはどうなのだろう?……たった一度のやむを得ない過ちの為に、周囲の無理解に晒され、心無い言葉の刃を浴びせられ、この世に絶望してしまった彼は……自分を居なくて良い存在だと思ってしまった。だからシーナにも、想いを伝える事は無い。と言ったに違いない。自分のような人殺しの化け物に、人を愛する資格など無い。と……

 

「ガキ1人を寄って集って吊るし上げて、罵倒して、存在そのものを否定して……死にたいって言うまで追い詰めて……まともな大人のやる事じゃねぇよ……ふざけやがって……」

 

 静かに、吐き捨てるように、カイは呟く。

 そんな彼を見つめた後、俯いたエドガーがそっと言った。

 

「周りに存在を否定された事だけが、クルトの死にたがりの動機じゃないと思うんだ。クルトの特異体質って、あの事件の後遺症のようなものだから……」

「え?」

 

 戸惑いに顔を上げたカイの視線の先で、エドガーは空になったココアの缶を手の中でゆっくり転がしていた。

 

「命の危険に晒されて、体のリミッターが外れて……それ以来、自分の意志でリミッターを簡単に外せてしまうようになったんだ。それまでは、クルトも普通の子供だったのに……だからクルトはそんな自分を、自分でも“化け物”だって思ってるんだと思う。人を殺した事で、自分も人でなくなってしまったんだ。って……」

 

 カイは再び視線を落とす。

 聞くに堪えないような反吐の出る話など、今まで散々聞いてきたと思っていた。だが、平和な町で何気なく暮らしていただけの筈であったクルトの話は、そんな今まで聞いてきた話よりも、ずっと凄惨に感じた。

 この世に絶望し、自身を化け物と蔑んで、死んでしまいたいと零した少年。同情すら憚られるような過去を抱いた彼が、何故死に物狂いで訓練を受け、ガーディアンフォースになったのだろう?

 そう考えた直後、カイは思わず嫌な予感がした。

 

―俺は整備開発以外に何の取り柄も無い人間だ。―

 

 そう語っておきながら、何故、戦闘員を兼任しているのか……

 自分の特異体質が、戦闘員として役に立つから?いや、きっとそうではない。

 幼馴染であるレン達を守りたいから?そんなの、結局建前だろう。

 専属開発整備班所属のクルトが、わざわざ戦闘員を兼任して任務に従事している理由なんて……恐らく、一つしかない。

 

「……クルトの奴、今でも死にてぇのかな?……」

 

 独り言のような呟きに表情を強張らせた後、レンは再び俯く。

 

「……わからない。けど、俺はクルトに……死んで欲しくない……」

 

 何処か頑なな様子でそう呟いたレンを心配そうに見つめ、カイはそっとエドガーに訊ねる。

 

「エドガーは、どう思う?」

 

 エドガーは躊躇うように沈黙していたが、やがて静かに答えた。

 

「もし、それがクルトの望みなら……僕達にはクルトを止める資格なんて、無いと思う。クルトをあんな風にしてしまったのは、僕達にも責任があるから……傷付けるだけ傷付けて、死ぬな。なんて……少なくとも、僕には言えない……」

「そっか……」

 

 死んで欲しくない。というレンの言い分も、自分達に死ぬなという資格は無い。というエドガーの言い分も、カイには何処か幼稚で無責任に思えた……だが、そんな自分も、何が正しいのか?というのはよくわからない……

 クルトにとって、生きる事が幸せなのか、それとも死ぬ事が幸せなのか……それはクルト自身にしかわからない事だ。世間一般の正しさに従って苦しみながら生きた所で、到底幸せとは言えないだろう。だが、死ねばそれまでだ。その先に待っていたかもしれない可能性や幸せを手にする事も無く、化け物と蔑んだ自分が消える事に安堵を覚える最期など……あまりに悲し過ぎる……

 

「難しいな……生きる事も、死ぬ事も……」

 

 大人びた静かな声は、ひんやりとした夜の空気と共に、レンとエドガーの胸にそっと溶け込んで消えた。

 

   ~*~

 

 その頃、クルトは基地内病棟の一室で、パイプ椅子に腰かけていた。

 目の前のベッドには、気を失ったままのシーナが寝かされている。

 

(あの時……どうして……)

 

 クルトはぼんやりと、食堂での出来事を思い返す。

 シーナが豹変した事には驚いたが……クルトが一番疑問に思っているのはそこではない。

 何故、シーナはネイトに対し、あんなにも怒りを露わにしたのだろう?それが、クルトの中でいつまでも渦巻いているのだ。

 

―それ以上何か言ったら……許さないから。―

 

 ネイトに発したその一言は、何を思って発した言葉だったのだろう?

 クルトは……シーナが自分の為に怒ってくれたのだ。と、自惚れる事すら出来なかった。ただただ罪悪感のような感情に苛まれながら、彼は表情を陰らせる。

 

(シーナさんがあんな事をする必要なんて無かったのに……俺の事なんか、気に掛けてくれなくて良かったのに……)

 

 気を失ったままのシーナの手を、そっと握る。

 白く細い指は、女性らしくしなやかで柔らかいその手は、とても繊細でか弱い……この手がネイトへピッチャーを振り翳したなど、到底信じられなかった。

 ……同時に、そんな事をさせてしまった自分が、酷く情けなかった。

 ただ黙って聞き流していれば良かったのだ。サッサと食事を終えて宿舎に戻ってさえいれば、きっとシーナはこんな事にはなっていなかった。豹変して人を傷付け、気を失うような事にはなっていなかった筈なのだ。と、クルトは自分を責める。

 

「……シーナさん。貴女は誰も傷付けなくて……良いんです。」

 

 気を失ったシーナに、クルトは静かに語りかけた。

 

「手を汚すのは、化け物である俺の役目です。傷付くのも、傷付けるのも、全部……俺が引き受けます。だからどうか……シーナさんは安心して、笑っていて下さい。」

 

 幼い日の悪夢のような聖夜……あの一件で化け物と成り果てた自分が、死を望むようになった自分が、ずっと思い描いてきた理想……自分のような化け物に笑いかけてくれる人達に、この身で、この命で報いたいという、悲痛で無責任な、独り善がりの孤独な決意。

 「生ませなければ良かった。」とまで言われた自分が、今も生きているたった一つの理由が、それだった。

 人を殺しても、何の罪悪感も湧かない。怪我をする事を恐ろしいとも思わない……無駄に頑丈でしぶとい化け物だからこそ、大切な者を守る為ならいくらでも傷付こう。いくらでも手を汚そう。そうしていつか……最期に誰かを守って死ねたなら、生ませなければ良かったと言われたこの命にも、多少なり価値が付く。それさえ果たせれば、後は正直どうでも良いのだ。

 父と一緒にガーディアンフォースで働くのが夢……そんな建前の夢を騙りながら、必死に工学を学んだ。死に物狂いで訓練を受けた。周りには夢を叶える為だとだけ伝えて、その実、ただ死ぬ為だけに此処まで来たのだ。化け物が平和の担い手など笑わせるな。と罵倒する者達に、望み通り死んでやるから黙ってろ。と思いながら……

 

―その夢、絶対叶えろよ。俺応援してっから。―

 

 嘘吐きな自分の偽りの夢に、真っ直ぐな声援をくれたザクリスには、申し訳ないと思っている。

 だが同時に、この偽りの夢を本当の夢として追い掛けられたなら、どんなに良かっただろう?と思ったのも確かであったし、そんな夢を見させてくれた彼には、心から感謝していた。彼の声援が自分の糧になった事も、また事実だから……あの時流した涙には、嘘は無い。

 一歩一歩、身を投げる為の崖を目指して歩くだけのような人生の中で、そんな優しい人に出会えたのは、自分には勿体無い程の思い出だ。

 なのに……思い出で終わらせてしまうには惜しいと思ってしまう少女に出会ってしまった。ただ傍に居たい。と……ずっと、彼女に笑いかけて欲しい。と……それが、シーナだった。

 

(死にたがりの化け物が……恋をするだなんて……)

 

 彼女と出会って「生きていたい」と思えるようになったか?と問われれば、答えは「NO」だ。

 どれだけ恋焦がれようと、結局自分の根底には「誰かを守って死ぬ」という夢があり、揺らぎもしない。そんな自分が、彼女を幸せに出来る筈が無いのだ。

 

―私には、シーナが困っている原因は私ではなく、君に見えて仕方がないのだが。―

 

 セルウェイの指摘が脳裏を過る。

 確かに彼の言う通りだ。自分では、彼女を幸せに出来無い。それを誰よりも理解していながら、それでも、好きでどうしようもなくて、彼女に言い寄る男に嫉妬してしまう。心置きなく死ねる瞬間が来るまで……それまでの僅かな間だけだから……と、一方的に言い訳を積み上げて、自分勝手な独占欲を彼女に押し付けているのだ。シーナにとっては、さぞいい迷惑だろう。なのに……

 

―私は、クルトにも傷付いて欲しくない。自分をどうでも良い。って思って欲しくない。―

 

 彼女はそう言って、約束の鷲を差し伸べてくれた……その優しさと純粋さに結局縋ってしまった自分は、なんと無責任なのだろう。

 いずれその約束を破る日が来る事を確信していながら、彼女を悲しませたくないから。などという矛盾した理由で約束を交わして……

 

(本当に、馬鹿だよな……)

 

 どうかいっその事……誰かを守ってこの命を投げ出す時は、その時は、シーナを守って死んでしまいたい。好きな人を守って死ねるなら、これ程意味ある死は無いだろう。

 そして同時にそれが、こうして迷惑を掛け続けているシーナへの、せめてもの罪滅ぼしとなってくれたなら……思い残す事も無い。

 

「……最低だ……」

 

 どんなに綺麗事を並べても、救われるのは自分だけ……ただ自分が救われたくて、大切な人達を理由として利用しているだけ……身勝手で、我儘で、卑怯で、最低な、化け物の願い事。

 

「ん……」

 

 ふと、シーナが目を覚ました。

 クルトはハッとしたように顔を上げ、シーナを見つめる。彼女の鶯色の瞳は、普段通りの明るい色で、きょとんと病室を見渡していた。

 

「あれ?……此処って??」

 

 ベッドの上で起き上がり、もう一度不思議そうに病室を見渡しているシーナへ、クルトが優しく語りかけた。

 

「基地内病棟の一室です。あの後気を失ってしまわれたので、大事を取って此方に。」

「あのあと??」

 

 困ったように小首を傾げて訊ね返すシーナに、クルトも違和感を感じる。

 あんなに派手に人を殴ったのだ。まさか“覚えていない”などという事は、流石にあるまい。

 

「ええ。食堂で……」

 

 だが、そこまで言いかけて、クルトは思い留まった。

 もし万が一、シーナが本当に覚えていなかった場合「ネイトを思いっきりぶん殴ってたじゃないですか。」などと言われたら、酷く取り乱すに違いない。

 彼は酷く遠慮がちに、そっと探るようにシーナへ訊ねた。

 

「もしかして……覚えておられないん……ですか?」

「ん~っと……」

 

 シーナは布団の端を握りしめたまま、一生懸命考えていたが……その後、驚愕の返事を返した。

 

「セルウェイ少佐がクルトと話してたのは覚えてるけど……その後、何かあったの??」

「え……」

 

 若草色の瞳が、戸惑いに見開く……

 そう。シーナは自分がネイトを殴った事は勿論、その発端となったクルトとネイトの会話すら、全く覚えていなかったのだ。




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第37話-別の誰か-

 気が付いたら、病棟のベッドだった。

 なんだか私、晩ご飯食べながら気を失っちゃってたみたい。

 でも、さっきのクルトの様子、いつもとちょっと違ったような気がする。

 私が気を失ってた間に、何か……あったのかな?

 [シーナ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第37話:別の誰か]

 

 夜の基地内病棟。その廊下に、3人分の足音が響き渡る。

 カイ、レン、エドガー。彼等は先程、クルトから連絡を受け、シーナの病室に向かっていた。

 

―シーナさんが、食堂でのやり取りを一切覚えていないんだ……―

 

 戸惑いを滲ませながら伝えてきたクルトの声。その声音は「自分も未だに信じられない。」と言いたげであった。それを聞いた3人も、同様である。

 

(覚えてないって……どうして……)

 

 その中でも一際戸惑いと不安に駆られているのがカイだ。

 あの強烈なやり取りをシーナが一切覚えていない……遺跡で出会ったあの日から、明るく無邪気な彼女をずっと見て来た彼にとって、それはあまりにも信じ難かった。

 

「クルト!」

 

 廊下を曲がった先。シーナの病室の前で廊下の壁に背を預け、腕を組んで俯いているクルトを見つけたカイが、その名を呼ぶ。

 ハッとしたように顔を上げ、此方を見つめたクルトに駆け寄り、彼は訊ねた。

 

「シーナが何も覚えてなかったって、ホントか?」

「あぁ。俺とセルウェイ少佐が話していた辺りまでしか、覚えていない。と……」

「……」

 

 何処か訝し気な表情に心配と不安の色を織り交ぜながら、カイは開きっぱなしになっている病室の入り口から、室内を……ベッドの上で起き上がり、医務官と話をしているシーナを見つめる。

 いつものきょとんとした表情で、医務員の質問に素直に答えている彼女の姿は、まるで何事もなかったかのようで……それが逆に不安を掻き立てた。

 何故、何も覚えていないのだろう?一体、彼女の身に何が起きていたのだろう?……もやもやとしたままシーナを眺めた彼は、やがて吐息のような微かな溜息を一つ吐いて呟いた。

 

「とりあえず、廊下で雁首揃えて話し込んでても仕方ねぇ。場所変えようぜ。」

 

 その提案に、レン達がそっと頷く。

 先に歩き出したレンとエドガーの数歩後から、暗い表情で後に続くクルトの背を、カイが無造作に、しかし何処か優しく叩いた。

 

「お前のせいじゃねぇから、そんな顔すんな。」

 

 ひっそりとした声で囁くようにそう告げると、カイはクルトの隣を歩く。

 クルトはそんなカイの様子に何かを察したのだろう。探るような眼差しを向けながら、静かに訊ねた。

 

「一体……どういう風の吹き回しだ?」

 

 そんなクルトをチラッと見上げた後、カイは伏し目がちに視線を落とす。

 

「覚えてない。ってのが嘘であれ本当であれ、あの時ネイトをピッチャーでぶん殴ったのは、シーナ自身の判断の結果だ。お前が責任感じる必要はねぇよ。」

「何を言うかと思えば……俺は別に「自分のせいだ」と言った覚えは無いが?」

「言ってなくても、顔見りゃ分かんだよ。」

 

 何処か投げ遣りに呟いた後、カイはふと表情を陰らせる。

 

「俺もずっと、自分を責めて来たクチだから……」

「……そうか。」

 

 たった一言ではあったが、ぶっきらぼうなクルトの返事に、訝し気な響きはもう無かった。

 

   ~*~

 

 隊員宿舎のレストルームまで戻った彼等は、数台置かれた丸テーブルの内の1つを揃って囲む。

 テーブルに突っ伏すようにして視線を落としながら、最初に口を開いたのはレンだった。

 

「シーナ、一体どうしたんだろうな?……」

 

 その一言に、一同は重苦しく黙り込む。

 

―大丈夫。殺してないから。―

―止め、刺した方が良かったかしら?―

―そう。残念ね。―

 

 食堂でのシーナの変貌ぶりは、まるで別人のようだった。

 その発言も、もしセシルが止めを刺して良いと言っていれば、本当に止めを刺していたのではないか?と思わずにはいられない。

 明るく無邪気なシーナが垣間見せた、狂気とも取れる冷徹さ……それを当の本人であるシーナが全く覚えていないなど、本当に有り得るのだろうか?

 

「僕……ちょっと思ったんだけど……」

 

 エドガーが遠慮がちに、そっと声を上げた。

 

「シーナって、もしかしたら二重人格……なんじゃないかな?」

「二重人格??」

 

 不思議そうに訪ね返すレンに頷いて見せて、エドガーは言葉を続ける。

 

「たまに映画やなんかでもあるだろう?普段の人格は、もう1つの人格に切り替わっている間の記憶を一切覚えていない。っていう描写。もしかしたらそれなんじゃないかな?って……アディンセル准尉を殴った時の豹変具合も、明らかに普段のシーナじゃなかったし。」

 

 あまりに突拍子も無い仮説に、カイがテーブルに頬杖を突いて疲れたような表情を浮かべた。

 

「まぁ、そうでもなきゃ説明付かねぇのは確かだけどさ……フィクションじゃねぇんだし、いくらなんでも……」

 

 しかし、そんなカイの言葉の直後、口元を手で覆うようにして考え込んでいたクルトが、不意に真顔で呟いた。

 

「……いや。エドの言う通りかもしれない。」

「え?」

 

 カイ達の視線が一気にクルトへ向けられる。

 クルトは口元からそっと手を放し、レンとエドガーを見つめた。

 

「シーナさんが気を失う直前、何と言ったか覚えているか?」

「何て言ったか??」

「えっと、確か……」

 

 食堂でのやり取りを思い返す。

 シーナが気を失う直前に呟いたのは……

 

―大丈夫。もう“戻る”から……―

 

 その一言を思い出し、ハッとしたように顔を見合わせたレンとエドガーを交互に見つめ、1人置いてけぼりを喰らっているカイが遠慮がちに訊ねた。

 

「なぁ……お前らだけで納得してねぇで、俺にも教えてくれよ。」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。」

 

 苦笑を浮かべるレンの隣で、エドガーがそっとカイの質問に答える。

 

「気を失う前、シーナが「もう“戻る”から」って言ってたんだ。」

「戻る??」

 

 訝し気に訊ね返すカイに、クルトが頷いて見せた。

 

「あの“戻る”というのが“人格の切り替わり”を指し示しているのだとすれば、二重人格の可能性はかなり高いと思わないか?」

「……」

 

 背凭れに身体を預け、腕を組みながらカイは考え込む。

 二重人格である。と仮定した上で、自ら“戻る”と発言している事を考えると、あの冷たい人格はある程度“自分の意志”で自在に主導権を握る事が出来るのだろう。今まで頑なに姿を現さなかったというのに、何故、今回あの人格が表出したのか?については、ネイトを殴った直後の発言からある程度察せるような気がする。

 

―それ以上何か言ったら……許さないから。―

 

 あれは間違い無く、クルトを化け物呼ばわりしていたネイトに対して怒りを露わにしていた。

 だが、何故そこまで……ネイトを殺しかねない程の勢いでキレたのかがよくわからない。

 

―クルトはさ……化け物。って呼ばれる事に、すっげートラウマがあるんだ。―

 

 不意に脳裏を過ったのは、レンの言葉だった。

 クルトがネイトに対してキレた理由が“化け物呼ばわりされた事”だったのと同じように、もしかしたら、あのシーナもまた、化け物と呼ばれる事そのものに対して何かしらの耐え難い思いがあるのかもしれない。例えそれが、自分へ向けられた物でなくとも……

 

(化け物……化け物か……)

 

 カイはふと思い至ってしまった。

 痛覚の無いシーナにとって、傷付く事に対する恐れは皆無に等しい。戦い抜く為の障害となり得るのは、彼女自身の“優しさ”だけ……あの冷徹な人格の正体が、古代大戦の時代を生き抜く為に生まれた“戦う為の人格”だと仮定すれば、シーナがその間の事を覚えていない理由も、体中の無数の傷跡がその間に刻まれたものである事も、説明が付く。実際、シーナ自身もこう語っていた。

 

―もし思い出せなくなってる記憶が戦いの記憶なら、アレックスがパイロットスーツを着てた理由も……私の身体の傷跡も辻褄が合っちゃうから……―

 

 と……

 当然、どれだけ傷を負っても平然としているその姿は、何も知らぬ者達の目に“化け物”として映っても不思議ではない。

 

「……」

 

 不意に、意識が遠のくように、視界が捉えていた景色が溶ける。それと入れ替わる形で脳裏に浮かんだのは、シーナの姿だった。

 見覚えの無い黒と赤のパイロットスーツに身を包み、血のような赤いサソリ型ゾイドの背に立ち尽くした彼女は、焦土と化した景色の中で風に吹かれている。血塗れで振り返った彼女の瞳は何処までも暗く、冷たく、まるでこの世の全てを呪っているかのようで……

 

「違う……」

 

 無意識のうちに、口を突いて言葉が零れた。

 脳裏に過った光景に戸惑ったのか、それとも必死に思い出そうとしているのか……カイは片手で頭を押さえる。愕然としたような表情の中で、見開いたその目は光を失い、虚ろに陰っていた。

 違う。シーナは化け物なんかじゃない。

 ずっと夢見ていた平和な時代に目覚め、当たり前のような事にも目を輝かせて興味を示し、些細な幸せを無邪気に喜び、不安や悲しみに涙し、時折、ムキになって怒りもする。古代ゾイド人であろうと、痛覚が無かろうと、シーナはれっきとした人間だ。

 これは彼女が望んだ姿じゃない。あの人格は本当のシーナじゃない。

 歪められたのだ。心無き者達に……“     ”と同じように……

 

「悪いのは、全部“あいつ等”だ……」

 

 脳裏に浮かんだ光景が砂嵐のようにザラつき、不鮮明になりながら切り替わっていく。

 そんな中で微かに確認出来たのは、軍人や科学者と思しき者達の姿だ。

 そいつらが、泣きながら抵抗するシーナの腕を掴んで、乱暴に連れて行こうとしている……どんなに必死に叫んでも、手を伸ばしても、敵わない。届かない。逆らえない……

 

「守ってやれなかった……俺のせいだ……」

 

 己の無力さを悔いるように、見開かれたままの瞳から涙が零れた。

 

「カイ!!!」

 

 不意に肩を乱暴に掴まれ、ハッとカイは我に返る。

 光を取り戻した薄紫色の瞳が見上げた先には、心配そうに此方を睨むクルトの姿があった。

 

「しっかりしろ。一体どうしたんだ。お前まで……」

「……悪ぃ。」

 

 ぽかんと呟いて、カイはふと気付いたように涙を拭う。

 

(俺……いつの間に泣いたんだろう?)

 

 クルトに呼ばれ、我に返るまで……自分は、一体何を考えていた?

 カイはただ“流した覚えの無い”涙に微かな戸惑いを抱く。

 涙を拭った後の自分の手をぼんやりと眺めるカイの様子に、レンが席を立ってそっとその傍らにしゃがみ、見上げるようにして心配そうに顔を覗き込んだ。

 

「なぁ、カイ。“あいつ等”って誰の事だ?」

「え?」

 

 直後、レンを見つめたままカイがピシリと固まる。

 その様子にレンとクルトが顔を見合わせた直後、カイは愕然とした表情を浮かべて信じられないような一言を発した。

 

「俺……さっき、なんて言ってた?」

「えぇぇぇぇ?!」

 

 驚きの声を上げたレンが立ち上がり、カイの両肩を掴んで自分の方を向かせ、顔を見つめる。

 

「お前覚えてないのかよ?!マジで?!あんなにハッキリ喋ってたじゃん!!」

「いや、なんか独り言言ったような気はすんだけど……なんて言ったのかマジで覚えてねぇ。」

 

 途方に暮れたように答えるカイの姿を眺め、クルトは不安げに視線を伏せた。

 彼の脳裏に、以前聞いた言葉が再び過る。

 

―ゾイドに乗る為に生まれて来たような子だったの。本当に、ただその為だけに……―

―実言うとさ、俺……小さい頃の記憶、殆ど覚えてねーんだ。―

 

 カイの母、ジャネットの言葉と、カイ自身が明かした幼少期の空白の記憶。

 それに加えて、先程カイが口走った言葉……

 

―悪いのは、全部“あいつ等”だ……―

―守ってやれなかった……俺のせいだ……―

 

 いきなり涙を流して意味深な事を口走ったカイもまた、シーナと同じようにその間の言動を自分で覚えていない。此処まで揃って尚、クルトは何処か信じられないような気持ちでそっと呟いた。

 

「まさか……な。」

 

 もしかしたらカイも……いや、カイは……

 

「とりあえず一旦落ち着こう。このままじゃ、どんどん混乱するばっかりだ。」

 

 カップ式自販機で買って来たコーヒーをカイへ差し出しながら、エドガーが優しく声を掛ける。

 カイは戸惑いながらも差し出されたコーヒーを受け取り、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「えっと……なんか、ごめんな?」

「謝らなくて良いよ。レンとクルトも何か飲む?」

「じゃぁ、俺カフェオレ。」

「俺はブラックで良い。」

「うん。」

 

 再び自販機へ取って返すエドガーを見送って、クルトは疲れたような溜息を吐く。

 複雑そうな眼差しを暫し向けた後、彼は嫌っている筈のカイの頭にぽんっと手を置いた。

 

「……え?どうした?」

 

 戸惑ったように此方を見上げて来た薄紫色の瞳。

 その瞳に光が戻っている事を確認して、クルトはポツリと訊ねる。

 

「大丈夫……なんだな?」

「あぁ。もう大丈夫……ぽい。」

「そうか。なら良い。」

 

 投げ遣りな口調とは打って変わって、ぽんぽんと叩くように頭を撫でたその手つきは、何処か優しかった。

 

「これ以上憶測を議論し続けた所で、何か進展する訳でもなさそうだ。飲み物飲んで一息ついたら各自解散するとしよう。レンとエドもそれで良いか?」

「あ、うん。わかった。」

「そうだね。今日一日で色んな事があって、皆疲れてるだろうし。」

 

 苦笑を浮かべたエドガーから手渡されたコーヒーを、レンとクルトが受け取る。

 今考えた所で答えなど出る訳が無い。きっといずれ、全てが明らかになる日が来る事だろう。そんな事をぼんやりと考えながら、クルトは無言のまま熱いコーヒーを啜り、そっと目を伏せた。

 

   ~*~

 

「医療スタッフや医務官は“特に異常は無い”って言っていたけれど、もし何か体調に変化があったらすぐに言うのよ?良いわね?」

「うん。ありがとう。メイシェンさん。」

 

 その頃、メイシェンに付き添われて基地内病棟を後にしたシーナは、泊めてもらっている彼女の部屋でいつものように床に就いていた。

 まぁ床と言っても、隊員宿舎の部屋は完全個室である為、ベッドは当然シングルサイズ。大人と10代半ばの少女が一緒に寝るには些か狭い。

 おまけに宿舎の自室に誰かを泊める。というのも滅多にある事では無いので、シーナの寝床は部屋にあるものを寄せ集めただけの簡易的な物だ。

 本来なら冬場に使っている厚手の掛布団をマットレス代わりに床へ引き、薄手のブランケットを被っただけ。枕に至っては、ベッド脇に鎮座した巨大なパンダのぬいぐるみに膝枕してもらっているという状態でシーナは毎晩寝ている。

 メイシェンは最初、寝心地が悪いだろうからベッドを使って良い。と言ってくれたのだが、シーナにとってこの簡易の寝床は存外寝心地が良かった。父やアレックスと地下研究所で暮らしていた頃の寝床など、マットレスとも呼べないような薄くて硬いウレタンマットの上で、アレックスと身を寄せ合って寝ていたのだから。それに比べれば、ふわふわとした厚手の羽根布団の感触も、もふりとしたパンダの脚も、手触りの良いタオルケットも、まさに快適そのものである。

 

「じゃぁ、おやすみなさい。」

「えぇ。おやすみ。シーナ。」

 

 ベッドの上からそっと身を乗り出してシーナの頭を一撫でした後、メイシェンが室内灯を消す。

 暗くなった部屋の中で、シーナは小さくころんと寝返りを打ち、黒々とした天井を見上げた。

 

(私、一体どうしたんだろう?……)

 

 ぼんやりと、記憶を手繰る。

 クルトがセルウェイに話し掛けられた後、すっかりいつもの調子に戻って「面倒な人に気に入られてしまった……」と呟いたのはハッキリと覚えている。その言葉を聞いてホッとしたのも、レンと頷き合ったのも……同様にハッキリと覚えている。だが、その後何があったのか?というのがどうしても思い出せない。

 そもそも、この時代に目覚めてからの自分は何かおかしい。同じように記憶が途切れた、或いは気を失った事がこの他に“3回”ほどあった。

 1回目は、サンドコロニーであのディスクを調べた時の事だ。

 

―あれ?いつ抜いたんだろう……―

 

 ユナイトに意識を引っ張り戻して貰い、足元でディスクが破壊された音が響いた直後、ほんの僅かに記憶が途切れ、気が付いた時には“抜いた覚えの無い”ソケットのコードを握りしめていた。

 あの時は無意識に引っこ抜いてしまっていたのだろう。と思って、特に深く考えはしなかったのだが……今思えば、これが全ての始まりだったような気がする。

 次に、ククルテ遺跡の中庭。過去の記憶をほんの少しだけ思い出した直後、気を失った。

 しかしこの時は、気を失う直前に思い出したアレックスの姿をハッキリと覚えていた。黒と青の軍用パイロットスーツに身を包み、その顔に昔から変わらぬ穏やかな笑みを湛えてた、兄の顔を。

 

―シーナぁ~ユナイト待ちくたびれてないかぁ~?―

 

 カイから呼び掛けられた言葉と、かつて同じ場所で同じように声を掛けて来たアレックスの言葉が脳裏でピッタリと重なる。全く同じ顔と声に記憶を呼び覚まされたあの瞬間、自分が真っ先に感じたのは、何故か“恐怖”と“不安”だった……

 ゾイドを戦争に使う大人を憎んでいたアレックスが軍に身を置いていた。という事に対する不安や戸惑いは「戦わなきゃいけない理由があったんじゃないか?」と言ってくれたカイの言葉で納得した。優しくて責任感の強いアレックスだからこそ、どうしても戦わなければならない理由が出来てしまったのなら、きっと戦う事を選んでいただろう。と。

 それでも尚、あのアレックスを思い浮かべる度に、腹の底がざわつくのだ。ただ穏やかな笑みを湛えているだけの筈なのに、目を背け、逃げ出したくなるような衝動に駆られるのだ。

 一体何故、そんな思いを抱いてしまうのか……自分でも全く分からない。

 

「……」

 

 不安にそっと目を細め、再びころんと寝がえりを打つ。

 なんとなくメイシェンの寝ているベッドに背を向けて、シーナは身を守るかのように小さく丸まった。

 3回目の記憶の途切れは、正直取るに足らない程度の些末なもの。

 第七辺境支部での訓練初日。午前訓練を終え、ネイトとレンが大喧嘩をして、カイがネイトを追い掛けて行った時……カイの後姿を見送った直後の記憶が、ほんの少しだけ飛んでいるのだ。

 思っていたよりも疲れていたのだろう。少しぼーっとしていただけ……その程度にしか思っていなかったのだが、今回、新たに起きた4回目の気絶事件で、この症状に対する意識が一変してしまった。

 これまでは気を失う“前”と“後”で周囲の者の態度が変わるような事は無かったが、今回目覚めた時、クルトも医務官も何処か態度が不自然で、まるで何かを隠しているような……そんな違和感を感じたのだ。

 一体、自分が気を失っていた間に何があったのだろう?……そんな不安や疑問と共に、この先もこんな事が続くのだろうか?という一抹の不安が胸を締め付ける。

 もしかしたら、今までの記憶の途切れや、気を失ってしまっていた間も、カイが口に出さないだけで、自分に何かしらの異変が起きていたのかもしれない。そう考えると、何故もっと早くこの症状に疑問を抱かなかったのだろう?とも思ってしまう。

 

(覚えていなかったり、気を失ったり……眠りに就く前は、こんな事無かった筈なのに……)

 

 音も無い吐息のような溜息を小さく吐いて、彼女はそっと目を閉じる。

 

(私は……一体何を忘れているんだろう?……私って、一体何なんだろう?……)

 

 いくら考えた所で答えなど出る筈の無い疑問を抱きながら、まどろみに身を委ねていく。

 ゆっくりと泥の底へ沈みゆくように、彼女は眠りに落ちた。

 

   ~*~

 

「此処は……」

 

 眠りに落ちた先で、シーナは真っ暗な空間に1人立ち尽くし、辺りを見渡していた。

 大地と地平線。空。それぞれの境が一切分からない程の漆黒の世界……場所はおろか、時間すらも定かではない空間で、彼女はすっかり途方に暮れた表情を浮かべながらも、不意に何かに導かれるようにして歩き出す。

 誰かに呼ばれている……そんな気がしたのだ。

 

「あ……」

 

 延々と漆黒の空間を歩き続けた先で、シーナはふと立ち止まる。

 そこには、暗く変色したような謎の巨大な靄が広がっていた。

 だが、その靄はただ広がっている訳では無い。酷く朧気ではあるが、巨大な何か……それこそ、ブレードイーグルよりも更に大きな何かの形を模っているように思えた。

 

「何?……これ……」

 

 恐る恐る、靄に近寄る。

 その靄が一体何を模っているのかに気付いた瞬間、凍てつくような寒気が背筋に奔った。

 

「さそ……り?」

 

 微かに震えた唇から、消え入るような呟きが零れ落ちる。

 これは……これは駄目だ。これ以上近付いてはいけない。触れたくない。

 直観的にそう感じ、ジリッと後退った時だった。

 

「どうやって此処に来たの?」

 

 不意に冷たい少女の声が響き、シーナはビクリと肩を跳ねさせる。

 

「だ、誰?!何処に居るの?!」

 

 怯えながら辺りを見渡すも、自分以外の人間の姿など何処にも見当たらない。

 しかし、再び巨大な蠍型の靄へ視線を戻した時、その靄の中から、ずるりと何者かが現れた。

 黒と赤の軍用パイロットスーツに身を包み、桜色の長髪を揺らして現れたのは……見間違える筈の無い1人の少女。

 

「この顔を見れば分るでしょ?私が一体誰なのか……」

「貴女は……」

 

 何処までも暗く冷たい鶯色の瞳に睨みつけられ、シーナは息を呑む。

 靄の中から現れた少女もまた……間違いなく、シーナであった。

 到底同一人物だとは思えないような暗い瞳に、微かな怒りを滲ませながら、もう1人のシーナは無遠慮にシーナの前へ詰め寄る。

 

「私はずっと一緒に居たわ。残酷なほど優しい夢が終わってしまったあの日から、ずっとッ……」

「ゆ……め?……」

 

 恐怖に上ずった声で消え入るように訊ね返すが、もう1人のシーナはその質問に一切答えようとせず、両手で無造作にシーナの頬を掴み、憎悪にも似た眼差しを突き付けながら言葉を続けた。

 

「あの日から必死に生き抜いてきたのは私の方なのに、貴女って本当に身勝手……受け止めきれない物や都合の悪い事は全部私に押し付けて、すまし顔で都合の良い夢の続きを見続けてる!自分がどれだけ忌むべき存在であるかすら忘れて!!」

 

 その剣幕と言葉にシーナは思わず視線を逸らそうとするが、ガッチリと頬を掴まれているせいで身動きが全く取れない。

 痛い程に早鐘を打つ音が響く鼓膜を、冷たい声が容赦無く劈いた。

 

「私は認めない!自分が一体何者なのかも知らずに白々しく“人間のフリ”を続けているだけの貴女が“本物”だなんて!本物は私!誰が何と言おうと!自分の役割をきちんとこなせる私が!私だけが“在るべき本来のシーナ”なの!貴女は偽物!人のフリをする紛い物!!」

 

 あぁ、嫌だ。

 これ以上は聞きたくない……知りたくない!!

 

「やめて!!」

 

 シーナは思いっきりもう1人の自分を突き飛ばす。

 その反動で尻餅をつきながら、シーナは耳を塞いだ。

 

「私は人間のフリなんかしてない!偽物なんかじゃない!忌むべき存在だなんて、そんなの知らない!私は私なの!だからッ……お願いだから、それ以上何も言わないでッ……」

 

 突き飛ばされたもう1人のシーナは、そんなシーナを冷ややかに見下ろす。

 ふと、その口元に不敵な笑みが浮かんだ。

 

「そう……貴女がその気なら、私も勝手にさせてもらうわ。けどせっかく貴女から会いに来てくれたんだから、一つだけハッキリ言っておくわね。」

 

 尻餅をついているシーナの前に膝を突き、その顔を覗き込みながら、もう1人のシーナは意地悪く囁いた。

 

「貴女に“あの子”はあげないから。」

「あの子?……」

 

 シーナが恐る恐る顔を上げる。

 もう1人のシーナはゾッとするような不敵な笑みを崩さぬまま、シーナの反応を楽しむように、怯えた鶯色の瞳を見つめていた。

 

「えぇ。私、あの子の事気に入ってるの。まぁ、それは貴女も同じなんでしょうけど。」

「あの子って誰?私も同じって……あげない。ってどういう事?」

「さぁ?悔しかったら思い出せば良いじゃない。今日、一体何があったのか。自分がどういう存在なのか……まぁ、思い出した所で貴女には到底耐えられないでしょうけど。」

 

 そう言って、もう1人のシーナは立ち上がり、振り返りもせず後ろに向かってタンッと軽く地面を蹴る。

 重力など完全に無視した動きで、彼女はふわりと、背後の蠍型の靄の中へ吸い込まれるように消えていってしまった。

 ……直後、その靄の中……丁度蠍の目に当たるであろう部分が、不気味に赤く光る。

 その光を見て、シーナは再びゾッとした。

 そうだ。この蠍は……

 

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!――」

 

   ~*~

 

 ガバッと被っていたタオルケットを跳ね飛ばして、シーナは起き上がった。

 その声に驚いたのだろう。飛び起きたメイシェンが慌てて部屋の明かりを点ける。時計はまだ夜中の2時過ぎ……こんな時間に何事だろうかと、彼女はすぐさまベッドから降り、シーナの顔を覗き込んだ。

 

「シーナ?!どうしたの?!」

 

 しかし、シーナは目を見開いたまま両手で頭を抱え、ぜーぜーと荒い息をしながら震えている。

 何かに酷く怯えているとしか思えないその様子に、メイシェンは心配そうな表情をグッと堪え、安心させるような笑みを浮かべると、そんなシーナを優しく抱き締めた。

 

「怖い夢を見たのね……大丈夫よシーナ。もう大丈夫。大丈夫だから。」

 

 シーナも、メイシェンにギュッと縋り付き、固く目を閉じる。

 怖い夢……確かに酷い悪夢だったような気がするが、目覚めると同時にその内容の殆どは掻き消えてしまった。一体どんな夢だったのか、まるで思い出せない……

 だが、最後に見た赤い目をギラつかせる蠍型の靄だけが、不気味な程ハッキリと脳裏に焼き付いていた。自分はアレを知っている。靄に閉ざされて姿はハッキリと見えなかったが……あれはゾイドだ。かつての古代大戦で、自分はあのゾイドに出会った事がある……

 

「赤い……蠍……」

 

 ぽつりと呟かれたシーナの言葉に、メイシェンはそっと抱き締めていた腕を緩めて、その華奢な両肩へ手を添える。

 

「赤い蠍?」

 

 顔を覗き込みながら問い掛ければ、シーナは小さく頷いた。

 

「見たの……夢の中で……」

「それって、もしかしてゾイド?」

 

 その問い掛けに、シーナはまたしても小さく頷く。

 微かに震えた声で、彼女はそのゾイドの名を呟いた。

 

「……ランド……スティンガー……破壊の為に造られた、殺戮の化身……」

 

 メイシェンが眉を顰める。

 蠍型のゾイドであるという事と、ランドスティンガーというその名前、そしてシーナが酷く怯えた様子で“殺戮の化身”と語った事から……それは、かつてヒルツと共に世界を混乱へと陥れた死の蠍「デススティンガー」を彷彿とさせた。

 しかし、赤い蠍。という呟きから察するに、ランドスティンガーというゾイドの機体色は、どうやらデススティンガーとは違う。名前も「ランド」つまり陸を表す名であることから、水蠍型ゾイドであったデススティンガーとはやはり合致しない。

 ただの偶然なのだろうか?それとも……

 

   ~*~

 

「……なんだ?此処……」

 

 シーナが悪夢から目覚めた頃、カイは漆黒の虚空の中に居た。

 戸惑った様子で辺りを見渡した彼は、ふと気付いたように自身の足元を見下ろす。

 

「浮いてる……」

 

 足が地面を捉えている感触が全くしない。試しに軽く足をバタつかせてみても、そこに地面や床と呼べるような物は何も無かった。

 感覚的には水中に近いが、水圧のようなものは感じないし、呼吸も出来ている。きっと、空の果て……宇宙に広がる無重力空間というのが、まさにこんな感じなのではないだろうか?

 ……いや、どちらにせよ宇宙に酸素は無いのだから、呼吸が出来る以上、此処は水中でも宇宙でもない。彼はただ漆黒の虚空に浮かんだまま、途方に暮れたように頭を掻く。

 

「……お~い。誰か居ねぇのかぁ~?」

 

 漆黒の虚空へと呼びかけるも、自身の声が反響して溶けるだけ……

 元より自分以外の存在が何一つ無いのは明らかではあるが、駄目元の呼びかけにも一切反応が返って来ない事に対し、カイが深々とした溜息を一つ吐いた時だった。

 キラキラと輝く何かが、上からゆっくりと降って来たのは……

 

「星?……」

 

 そう。それは例えるならば、夜空から零れ落ちて来た星のような、小さな1つの白い輝き。

 目線と同じくらいの高さで虚空に留まった輝きに対して、吸い寄せられるかのようにカイが手を伸ばす。人肌のような柔らかい温度を放つその輝きに指先が触れた次の瞬間、輝きはぐにゃりと広がり、淡く輝く白い人型へと形を変えた。

 

「え……」

 

 戸惑った声が口から零れ落ちる。

 まるで、白く淡く輝く石膏像のような、色味の無い無機質な人型。その姿はまるで、鏡を見ているかのようだった……手を伸ばした自分と同じポーズで指先を触れ合わせている様は勿論、その特徴的にふわふわと跳ね上がった髪型も、顔も、Tシャツにトレパンという服装まで……見間違えようが無い。

 

「お前は……一体……」

 

 譫言のように呟いたカイに対し、全く同じ姿の人型がそっと声を発した。

 

「今は……まだ、教えられない。」

 

 自分と同じその声は、鼓膜を揺らしているようにも、脳を直接揺らしているようにも感じる。だが、穏やかに言い聞かせるようなその声には、不思議な懐かしさと安心感があった。

 

「ごめんな。本当はまだ、眠っているつもりだったのに……今日は少し、取り乱した。」

「今日?」

 

 何処か怪訝そうな表情を浮かべるカイに、人型はそっと頷いた。

 

「まさか、もう1人のシーナが起きてるなんて予想外だったから。」

「それって……ネイトをぶん殴ったあのシーナの事か?まさかあいつ、本当に二重人格なのかよ?なんでお前がそんな事知ってんだ?」

「今は……まだ言えない。」

 

 核心に迫るような事には頑なに言えない。教えられない。と繰り返す人型に対し、苛立ちが沸き上がる。何か知っている素振りを見せている以上、大人しく「はい。そうですか。」と引き下がれないカイは、目の前の鏡写しのような人型へ、続けて問いを叩き付けた。

 

「じゃぁ、俺がレン達と話してた時に意識が飛んでたのは、お前の仕業なのか?俺の体を使って一体何を口走ったんだ?!なんであの時泣いてたんだよ?!答えろよ!!」

 

 触れ合わせていた指を離し、乱暴に人型の肩を掴む。

 それでも人型は特に抵抗する様子も無く、ふいっと俯いて呟いた。

 

「それも、まだ言えない。」

「言えないじゃねぇ!!何の為にわざわざのこのこ現れたんだてめぇ!何か知ってんだろ?!だったら今此処で!洗いざらい全部吐きやがれ!!」

 

 憤りを隠そうともしないカイに対し、人型はそれでも頑なに首を横に振る。

 

「今全てを知ったら、きっと混乱するだけだ。君も、シーナも……周りの人間も……」

「うるせぇ!尤もらしく誤魔化す為にシーナやレン達を使うな!!」

 

 叩き付けるように怒鳴ったカイを見つめ、人型は悲し気に呟いた。

 

「全てを知る事が幸せとは限らない。君はきっと、全てを知っても受け止め切れる。俺も最終的に自分の存在や運命を受け入れたから……だけど、シーナにとってはあまりにも残酷過ぎるから、きっと受け止め切れない。だから“ああなってしまった”んだ……忘れているなら、忘れたままでいさせてやりたい。もし万が一、思い出さなければいけない時が来る事になるまでは……」

「思い出さなければいけない時?……なんだよそれ。」

 

 不機嫌に訊ね返したカイに、人型は静かに告げる。

 

「シーナを狙う奴らが現れた時……その時は、シーナ自身もまた戦わなきゃいけなくなる。でも、そうならない限りは……戦う必要が無いのなら、シーナはもう戦いに身を投じなくて良い。あの子を戦わせたくないのは、君も同じ筈だ。そうだろ?」

「それは……」

 

 ハッとしたように、思わず口籠る。

 ガーディアンフォースに入り、キートを登録機とした時から、シーナの役職は前線オペレーターとなってしまった。オペレーターでありながら、自分達と共に戦線に立つ身となってしまった事に対し、思う所が無い訳では無い。

 

―カイから空を……翼を奪う事はしないであげて欲しいの。お願い……―

 

 ルーカスに保護されたあの日、家に連れ戻されるしか無い。と諦めかけた自分を救ってくれたのはシーナだった。

 

―私、やってみたい。―

 

 ガーディアンフォースへの入隊を提案され、戸惑っていた自分の背を押してくれたのも、シーナだった。

 戦争の時代しか知らない少女が、平和な時代で自ら特殊部隊へ入ると決断したのは……そうさせてしまったのは、きっと自分だ。ならば戦いとは無縁とはいかないまでも、せめて彼女を戦線に立たせたくない……心の何処かでそんな思いをずっと抱えながら、それがどんどん叶わなくなっていってしまった事が怖かった。気付かないようにしていた。

 

(あぁ……そっか……)

 

 薄紫色の瞳がそっと視線を落とす。

 

(俺……また目を逸らしてたんだ……)

 

 罪悪感に押し潰されたくない一心で、無意識に頭から締め出していたのだ。

 自分が今飛んでいる空は、守ると誓った筈の少女を犠牲にして手に入れた物なのだという、身勝手で残酷な現実を……

 

「……」

 

 絶望した表情で黙り込んでしまったカイの肩に、そっと、人型が手を置く。

 

「別に後悔はしなくて良い。シーナがガーディアンフォースに入った事自体は、むしろ最善の選択だった筈だから。」

「知った口利いてんじゃねーよ……ホント、何様なんだお前……」

 

 力無く突き放すように呟いたカイに対し、人型は穏やかに答えた。

 

「だって、知ってるんだから仕方ないだろ?君の事も、シーナの事も……」

「だから、知ってんなら教えろっつってんだよ。こっちは……」

 

 平行線を辿るやり取りにうんざりした様子で顔を上げ、人型を睨みつける。

 人型は苦笑を浮かべた後、そっと囁くように呟いた。

 

「今は、無意識に目を逸らしていた罪悪感に打ちひしがれて、混乱してるけど……君ならわかる筈だ。古代ゾイド人であるシーナを研究所送りにさせない為には、こうするしかなかった。って。仮に施設や里親の元で普通の生活を送らせてやれていたとしても、もしシーナを狙う奴らに見つかってしまったら最後。成す術無く連れ去られて、もっと酷い結末が待っていた筈だ。って。」

「そんなの……」

「ただの言い訳。か……確かにそう思っても仕方ないよな。大丈夫。全部言わなくても、俺にはちゃんと伝わってる。」

 

 口にしようとした言葉の続きを先に言われ、目を見開くカイに人型は優しく笑う。

 

「安心してくれ。俺の口からは何も教える事が出来ないけど、シーナの事も、俺の事も、きっとそう遠くない内に分かる日が来る。そういう“約束”だから。」

「約束?約束って、一体誰と……」

「それも、まだ秘密。」

 

 ニッと笑ったいたずらっ子のような笑みは、自分と同じ姿でありながら、自分よりも無邪気で幼いような気がした。そして同時に思ったのだ。その笑みが垣間見せた無邪気さと幼さが……シーナに似ている。と。

 そんなカイの前で、人型はふと彼の手を取り、真剣な表情を浮かべた。

 

「カイ。」

 

 自分と同じ顔に名前を呼ばれるという奇妙な感覚に、むず痒さのような物を覚えながらも、カイは真剣なその目を真っ直ぐ見つめ返す。

 得体の知れぬ存在であるとはいえ、彼が今から何か“大切な事”を言おうとしているのが、手に取るようにはっきりと分かったから……

 

「俺は今まで、散々君に願いを託し続けて来た。そして君も、その願いを叶え続けてくれた。君の人生を食い潰してしまった俺が、これ以上君に願いを託せるような立場じゃないのは分かってる。だけど、一つだけ……あと一つだけ、願いを託させて欲しい。」

 

 切実に、悲し気に、懇願するように、人型は願いを呟いた。

 

「置き去りにしてしまったあいつを、あの連中の手からッ……どうか、救い出して欲しいッ……」

 

 両手で握ったカイの手に、そっと額を押し付けるようにして、人型は肩を震わせる。願いを口にしたその声と同じように……

 それは、己の無力を呪う深い深い後悔の涙だった。

 自分には何も出来なかった。残酷な運命に抗う事も出来ず、それを受け入れるしかなかった。様々な物を犠牲にして、自分自身すら押し殺して……その結果の果てに、大切な者が望まぬ道を歩まされている事を知りながら、こうして願いを託す事しか出来ないのだ……自らの手は、既に届かなくなってしまったから……

 握られた手から、人型の抱える感情が流れ込んで来るような気がした。

 

「……わかった。」

 

 静かに呟いて、カイは握られていた手をそっと抜け出させる。

 片手で顔を覆い、もう片方の手でシャツの胸を掴んで押し殺すように泣く人型を、カイはそっと抱き締めた。

 

「やり残した事を果たしたい一心で、こうして此処に居るんだもんな。その為に俺が()るんだ……それが俺の役目だって事は、ちゃんと知ってるから……お前の願いは、俺の願いだ。だからこれ以上、自分を責めるな。」

 

 正直、自分でも何を言っているのやら……とは、思う。

 ちゃんと知っている。とは、我ながら笑わせる……彼のやり残した事が何なのか?その為に自分が()るとはどういう事か?彼の願いが自分の願いとはどういう意味か?何も知りはしないのに……

 だが、そんな疑問は頭の片隅でぼんやりと燻らせるだけに留め、カイはただ、口を突いて出てくる言葉を出るに任せて淡々と紡いだ。

 

「さっきは……ごめんな。お前は何も悪くない。自分に出来る事を最期まで精一杯やったんだ。後の事は俺に任せて、今は眠れ。いつか全部思い出した時、また会おうぜ。」

「あぁ……ありがとう。カイ……」

「水臭ぇなぁ。そこは『またな。』で良いって。」

 

 クスッと笑ってやれば、人型もそっとカイを抱き締め返す。

 泣き腫らした後の穏やかな声が、何処か安心した様子で呟いた。

 

「……わかった。またな。カイ。」

 

 人型が光の粒子として溶け、消えていく……

 その粒子の一つをそっと握りしめた拳を胸に当てながら、カイもまた、何処か安心した様子で穏やかに呟いた。

 

「おやすみ。“     ”」

 

   ~*~

 

 ゆっくりと、薄紫色の瞳が瞼を開く。

 小タブでセットしている目覚ましのアラームよりも早く目覚めたというのに、その身を満たすのは眠気ではなく、満ち足りた安心感だった。

 夢の終わりと同じ体勢で壁を向いたまま、カイは胸に押し当てていた拳をそっと開く。当然、握りしめた光の粒子などあるわけが無いが、彼は空の掌をぼんやりと見つめたまま、ぽつりと呟く。

 

「あいつの名前……覚えてねぇや……」

 

 夢の中ではあったが、確かに言葉を交わした。確かにこの手で触れた。抱き締めた。その言葉も声も、流れ込んで来た感情も、温もりも、全て覚えているというのに、確かに呼んだ筈のその名前だけが、綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 

―まだ秘密―

 

 ふと、シーナにそっくりなあの無邪気な笑みが脳裏を過る。

 

「秘密……か……ホント、勝手な奴。」

 

 言葉では呆れているような事を言いながら、その声音は何処か納得しているようだった。

 ふと口元に笑みを浮かべて、カイは起き上がる。

 明け方の蒼に染まった室内は、海の中のようでもあり、まだ星の残る空の中のようでもあって、幼い頃から不思議と気分が安らいだが、今日は一際、この蒼が妙に心地良い。

 ベッドから降り、ブラインドを上げ、窓を開け放つ。部屋へと流れ込む冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、カイは陽の昇りきらぬ空を見上げた。

 夢で出会った、自分と同じ姿の誰か……その姿をもう一度思い浮かべながら、カイはふとシーナの言葉を思い出した。

 

―本当にそっくりなの。顔も、声も、顔の模様まで……違うのは髪や肌の色だけ。―

 

 それが答えのような気がしたが、敢えて、今は彼の正体を考えないでおく事にした。仮にそうだとしても、説明の付かない事が多過ぎるし、何より「きっとそう遠くない内に分かる日が来る。」と、彼がそう言ったのだから……

 

「またな……もう1人の俺……」

 

 穏やかに呟いた直後、けたたましく鳴り響いた小タブのアラームに、カイはビクリと肩を跳ねさせて、いそいそとアラームを止めた。

 

   ~*~

 

 朝。食堂へと向かう基地本棟の廊下で、可憐な桜色がカイの目に留まる。

 振り返った彼女は、いつもと同じ花の(かんばせ)で明るい声を上げた。

 

「あ!カイおはよう!」

「あぁ。おはよう。シーナ。」

 

 挨拶を交わした後、カイはふと視線を落とす。

 そんな彼に、何処か不安げな様子でシーナが訊ねた。

 

「どうか……したの?」

「あの……さ……その……今更こんな事訊くのも、変な話なんだけどさ……」

 

 躊躇いがちにそう前置きした上で、彼は訊ねた。

 夢で気付いてしまった事実を、彼女自身はどう思っているのかを……

 

「シーナはさ、俺に巻き込まれる形でガーディアンフォースに入っちまっただろ?その事……恨んだり、後悔したり……してねぇか?」

「え?……」

 

 戸惑った鶯色の瞳が、カイを見つめる。

 直後、シーナはクスッと吹き出すように小さく笑った。

 

「いきなりどうしたの?なんだかカイらしくないね?」

「いや、なんかふと気になっちまってさ……」

 

 苦笑を浮かべた後、彼はシーナを直視出来ぬまま寂しげな笑みを浮かべた。

 

「ずっと戦争の時代で生きて来たシーナがさ、平和なこの時代でまで戦う必要なんか無いんじゃないか?って……前線オペレーターとしてシーナが訓練に参加するようになってから、なんとなく引っ掛かってたっていうか……俺のせいだよなぁって、思っちまったというか……」

「……カイのせいじゃないよ。」

 

 優しく穏やかな一言に、カイはやっとシーナを見つめる。

 シーナは少し目を伏せつつも、その声音と同じ穏やかな表情をしていた。

 

「私は、イーグルと一緒に空を飛ぶカイが大好きだから、カイが二度とゾイドに乗れなくなっちゃうかもしれない。って言われた時、それだけは嫌だって思ったの。我儘でガーディアンフォースに入ったのは私の方。だから、カイが自分を責める必要なんて無い。」

 

 そう言って顔を上げたシーナは、困ったように笑った。

 

「それに、ガーディアンフォースに入らなかったら、カイだけじゃなくてユナイトやイーグルとも離れ離れになってたかもしれないんだもん。私、これでも結構我儘で寂しがり屋だから、皆で一緒に居られなくなるなんて絶対耐えられないし、その為なら、平和な時代で戦うのだって頑張る。そのつもりで入ったんだから、カイを恨んだりなんて絶対しないよ。」

 

 その言葉に、柔らかな温もりと微かな切なさがじわりと胸に広がる。

 

「私ね、ガーディアンフォースに入って、お友達が沢山出来たのがすごく嬉しいの。だからね、あの時『やってみたい。』って言って、本当に良かったなって――」

 

 シーナが言葉を途切れさせる。

 カイに抱き締められて、きょとんと目を瞬かせた後、シーナはそっとカイを横目に見つめた。

 

「カイ?」

「恨まないでいてくれて、ありがとな……だけど、頑張らなくて良いんだ。戦う事を頑張るようになっちまったら、せっかく平和な時代に目が覚めた意味が無くなっちまうから……」

 

 微かに震える声で囁いたカイを安心させるように、シーナは優しくぽんぽんとカイの背を叩く。

 

「大丈夫だよ。カイも皆も一緒だから。私1人で頑張るわけじゃないし、カイも1人で頑張らなくて良いよ。皆で頑張ろ?ね?」

「あぁ。ありがとな……」

 

 安心した様子で、カイがこくりと頷いたその時だった。

 

「おいこら。」

「うぇ?!クルト?!」

 

 背後から聞こえた不機嫌な低い声に、カイは弾かれるようにシーナを放しながら振り返る。

 そこにはジトリとした眼差しでカイを睨むクルトの姿があった。

 

「廊下のど真ん中で一体何をしてるんだ?お前は……」

「いや!これはそのッ……」

 

 なんでよりによって勘違いされるタイミングで出くわすのだろうか?と思いながら、慌てて滲んでいた涙を拭くカイの隣で、シーナはそんな彼とクルトを交互に見つめた後、クスッと笑う。

 

「カイが泣いてたから、よしよししてただけだよ。」

「ちょっ!シーナ!!」

「えへへ。」

 

 いたずらっ子のように笑うシーナと、情けない顔をしているカイを見つめ、クルトはやはり何処かジトリとした眼差しで厭味のように呟いた。

 

「……良かったな。朝っぱらからシーナさんによしよししてもらって。」

「あのなぁ!確かにあのタイミングじゃ疑いたくなるのはわかっけど!マジでやましい事なんて何にもしてねぇからな?!」

「別に誰もそんな事言ってないだろう。」

 

 ムスッと不機嫌に吐き捨てるクルトの前で、不意にシーナが両手を広げた。

 

「クルトも、良いよ?」

「へ?!」

 

 あまりにも唐突なその一言に、ひっくり返った声を上げてクルトが固まる。

 そんなクルトに、シーナは両手を広げたまま小さく小首を傾げた。

 

「クルトもよしよしして欲しいのかな?って思ったんだけど、違うの?」

「いやっ、あの……自分は別に……お、お気持ちだけで……」

 

 遠慮を態度で示すように、両手を軽く上げながらおろおろし始めたクルトを眺め、カイは悪い笑みをニヤッと浮かべてシーナに呟く。

 

「よしよしはしなくて良いらしいから、代わりに『おはよう』っつってぎゅーってしてやれば?」

「おい!カイ!!」

「あ、そっか。まだおはようって言ってないもんね。」

 

 納得したように呟いて、シーナはなんの躊躇いも無くクルトを笑顔で抱き締めた。

 

「クルトおはよう。」

「は、はい。おは……おはよう……ございます……」

 

 抱きしめ返す余裕すら無く、振り絞るように返事を返す真っ赤な顔をニヤニヤと眺めてやれば、案の定クルトはカイをキッと睨みつける。

 

「お前なぁ!!シーナさんに変な事を教えるな!!」

「別に変じゃねーだろ。良かったじゃねーか。シーナにぎゅーってしてもらえて。」

「お前と一緒にするな!この馬鹿!!」

「俺、先に食堂行ってっからな~。」

「おい待て!カイ!!」

 

 抱き締めてやって尚、不機嫌な様子のクルトを見上げ、シーナはそんな彼を抱きしめたまま片手を伸ばし、困ったように結局よしよしと頭を撫でる。

 

「喧嘩、しちゃ駄目だよ?」

「あ。はい……すいません……」

 

 やっと大人しくなったクルトに、シーナはホッとしたようにふにゃりと笑った。

 

「うん。良い子良い子。」

 

 再び頭を撫でられ、恥ずかしい一方で「悪くないな」と思ってしまった自分に心底呆れつつ、シーナが満足するまでもう少し好きにさせておこうか……と思っていた矢先だった。

 

「あれ?何やってんだ?クルト。」

「此処、廊下のど真ん中なんだけど……」

 

 きょとんとした様子のレンと、呆れた表情のエドガーに対し、クルトは先程のカイと全く同じ反応を返すのだった。

 

   ~*~

 

「研修中止?どうしてですか??」

 

 その日の朝礼で、戸惑った声を上げたのはレンだった。

 カーターから告げられた突然の研修中止……それに対し、カイ達も戸惑った様子で顔を見合わせている。そんな彼等に、カーターは若干申し訳なさそうに説明を始めた。

 

「今朝、ガウス最先任から連絡があってね。飛び込みの案件を君達に任せたいから、至急研修を切り上げて戻って来るよう伝えて欲しい。との事だったんだ。」

「飛び込みの案件を、僕達に……ですか?」

 

 不安げに訊ねるエドガーに、カーターは静かに頷く。

 

「内容が内容だから、任務の詳細についてはこの場では控えさせて欲しい。帰還後、ガウス最先任から直接詳細を聞いてくれ。」

 

 そう言って、彼は不安げにカイ達を見つめた。

 

「急な話で本当に申し訳無いが……この任務、どうか本当に気を付けて欲しい。誰一人として欠ける事の無いように……良いね?」

「……はい。」

 

 誰一人として“欠ける事の無いように”……その一言で、この飛び込みの案件とやらがかなり危険な任務であろう事は容易に察しが付いた。が、レンは真剣な眼差しでしっかりと頷いてみせる。

 元より特殊部隊であるガーディアンフォースの任務に、安全な物などありはしない。自分達がやるべき事はただ一つ。任務を全うし、生きて帰る事。それは他の面々もしっかりと理解している筈だ。

 

「短い間でしたが、本当にお世話になりました。これからの任務で、此処で学んだ事を生かせるよう、精一杯励みます。」

 

 レンの言葉に、カーターもようやく笑みを浮かべてゆっくりと頷く。

 次の局面へ向かい、様々な思惑や願いを孕んだ大きなうねりが、再び動き始めようとしていた。



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皇女護衛編
第38話-護衛任務-


 「飛び込みの案件」って奴のせいで、俺達は急遽、研修を切り上げて戻る事になった。

 シーナやカイの事は勿論心配だし、気になるけど……この任務、妙に引っかかるんだよなぁ……誰一人として“欠ける事の無いように”なんて、カーター司令に言われたくらいだし。

 そもそも訓練部隊の俺達が、そんな危険な任務にわざわざ指名されるなんて、一体どういう事なんだろう?

 [レン=フライハイト]

 

 [ZOIDS-Unite- 第38話:護衛任務]

 

「つまぁ~んなぁ~い……」

 

 リューゲンゾイド研究開発機構の地下。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)のアジトの一角に設けられたレストスペースに、酷く不機嫌な、それでいて、同時に酷くいじけているような、じっとりとした声が響く。

 声の主……クラウは、わざと聞こえよがしに発した独り言に対し、相手から返事が返って来ないのを見て取ると、クッションを抱えたままソファーの上で足をバタつかせ、更に声を張り上げた。

 

「つまんなぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 彼女のこれでもかというアピールに、酷く疲れた溜息を吐き、相手は渋々口を開く。

 

「……本作戦は既に決定事項だ。お前がつまらないかどうかなど関係無い」

 

 敢えて視線は手元の作戦概要書に落としたまま、返事を返したのはハウザーだ。

 聞かされた作戦内容に対する不満と、目の前のハウザーのそっけない態度に、クラウはますます不機嫌になりながら捲し立てる。

 

「ていうかこの作戦誰が考えたわけ?!荷電粒子砲撃っちゃえばすぐ終わるのに、面倒臭過ぎるんだもん!ヤークトと一緒に暴れたかったのにつまんなぁぁぁい!!」

「ヤークトは現在改修中だと、何度言えば分かるんだ?」

 

 キンキンと響き渡る高音に、流石のハウザーも音を上げたのか、やっとクラウを見つめる。

 ソファーの上でじたばたと駄々をこねているその姿は、やはり実年齢よりも遥かに幼く、子守りを任された身としてはどう接すれば良いのやら?と思わずにはいられない。

 代々リューゲン家に仕えて来たハウザー家の人間として、幼い頃からアナスタシアの護衛兼遊び相手であった彼であっても、クラウの我儘っぷりには未だに振り回されてばかりだ。

 

(やれやれ。アナスタシア様の言う事だけは素直に聞くというのに……)

 

 思わず、深々とした溜息が漏れる。

 再び作戦概要書に視線を落としながら、彼は些か呆れたようにクラウへ注意を促した。

 

「あまりじたばたと暴れるんじゃない。下着が見えても知らんぞ」

 

 しかしクラウは、そんなハウザーをからかうように、自らワンピースの裾を捲り上げ、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

 

「残念でしたぁ~。ホッパン穿いてるから下着なんて見えないも~ん。何期待してんの?ハウザーのエッチ」

 

 ワンピースの下に穿いている白いホットパンツを見せびらかす彼女に対し、ハウザーは視線を概要書に落としたまま、今度こそ呆れを隠そうともせず呟いた。

 

「はしたない。と言っているんだ。それと、私をからかって暇潰しをしようと思っているのなら、その手には乗らんぞ」

「……ホンット、ハウザーってつまんない」

 

 再びむすっとした表情を浮かべたクラウは、クッションを抱えたままソファーの上で俯せに寝転がり、肘掛けに頬杖を突きながらハウザーを見つめる。

 

「あ~ぁ。お姉様はなんでこんなつまんないのが良いんだろ?」

「……どういう意味だ?」

 

 怪訝そうに訪ね返すハウザーに、クラウは至極面倒臭げに答えた。

 

「だぁ~かぁ~らぁ~。なんでお姉様はハウザーみたいな仕事ばっかのつまんない奴が好きなんだろう?って言ってんの」

 

 その言葉に、ハウザーは重苦しい溜息を吐いて、テーブルに肘を突くように頭を抱える。

 

「何を言い出すかと思えば……私とアナスタシア様は恋仲などでは……」

「でも、お姉様の事好きなんでしょ?ハウザーって」

 

 その言葉にまたしても、口を突いて溜息が漏れる。

 目の前の少女が発した「つまんない」という単語と、自分が発した溜息の数。一体どちらが多いことやら……と思いながら、彼は睨みつけるようにクラウを見つめた。

 

「私とアナスタシア様は主従だ。それ以上の関係など断じて有り得ん」

「えぇ~??あーやーしーいー」

 

 再びにやにやと意地の悪い笑みを浮かべるクラウの頭に、何者かの手が不意に優しく置かれる。

 クラウが、そしてハウザーが視線を向けた先……ソファーの背凭れの裏に、いつの間にか一人の青年が立っていた。

 その髪は宵闇を溶かしたような漆黒で、瞳の色は月明かりに照らされた海を彷彿とさせる、透き通った深い紺碧を宿している。

 

「クラウ。あまりハウザーをからかって遊んでると、アナスタシア様に嫌われるぞ」

 

 穏やかに告げるその声音も、微笑を浮かべたその表情も、まさに“好青年”という他無い彼に対し、先に声を上げたのはクラウだった。

 

「めっずらし~。イグがこっちに戻って来てるなんて」

 

 イグと呼ばれたその青年は、くすくすと笑いながら、クラウの寝そべるソファーの背凭れに肘を突き、ついでに乱れた彼女のワンピースの裾を手で軽く払うように整えてやりながら口を開く。

 

「次の作戦が面白そうだから、思わず……ね」

 

 穏やかながら、何処か含みを持たせたその言葉に対し、ハウザーが警戒を宿した眼差しで青年を見つめた。

 

「この作戦にお前が参加するという通達は受けていないぞ。イグナーツ」

 

 イグナーツ。それが、青年の名だ。

 彼はハウザーの言葉に、やはり穏やかな表情を崩さぬまま、その警戒に満ちた真っ赤な瞳を見据えてくすっと笑った。

 

「俺が一番嫌いな物は“退屈”だ。俺は退屈を凌ぐ為。お前達は遂げるべき悲願の為。互いに利用し利用される。それが俺とお前達との契約(エンゲージメント)。そうだろう?ハウザー」

「既に立案済みの作戦に介入されるのは、我々にとってリスクが高過ぎる。今回の作戦にお前の出る幕は無い」

 

 撥ねつけるようなハウザーの言葉に、イグナーツは全く態度を崩さない。

 退屈を嫌う彼にとって、周囲から感情を向けられるというのは良い暇潰しになる。例えそれがどれほど警戒や敵意に満ちた物であろうと、自分を楽しませてくれる一種の娯楽(エンターテイメント)でしかないのだ。つまり、今現在ハウザーから向けられている警戒など、彼にとってはそよ風に頬を撫でられているのと同義だった。

 

「今回の作戦で出撃するゾイドは君のデスキャットだけ。いくら地上最速のゾイドでも、ガーディアンフォースの雛達と空からの羽虫を同時に相手取るのは、ちょっとキツイんじゃない?まだ“アレ”は使えないんだろ?」

「お前の存在を早々に表沙汰にする訳にはいかん。お前の愛機の能力もだ。そもそもお前は我々の中でも更に裏方の仕事が主な役目だろう。退屈凌ぎならば、自分の領分で存分にやれ」

「表に出過ぎて“兄さん”みたいに目を付けられちゃ困る。って?」

 

 その一言に、ハウザーの眉がほんの僅かに、だが、確かに顰められる。

 イグナーツは穏やかながらに何処か勝ち誇ったような、挑発的な色を微笑に滲ませて今一度くすっと笑って見せた後、ソファーの背凭れから肘を離し、腕を組みながらハウザーを見据えた。

 

「大丈夫さ。俺の相棒は空も飛べなければ海も渡れない。連れて来てはいないよ。残念ながらね。北方大陸からこっちに戻って来るのに使わせてもらったのは、ただのシンカーだ。俺は君達が動き易いようにちょっと小細工をして回ろうかと思ってるだけ。助けにはなれど、邪魔にはならない筈さ」

「……だと良いんだがな」

 

 全く信用などしていない。と言わんばかりの声音で返したハウザーに軽く肩を竦めて見せた後、イグナーツは足音すら立てずにレストルームを後にする。

 その後ろ姿を見送った後、クラウが不思議そうにハウザーを見つめた。

 

「ねぇ、ハウザー」

「なんだ?」

「イグがさっき言ってた“兄さん”って、誰??」

 

 素朴な疑問だった。

 イグナーツは幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の中でも古株で、クラウにとってはアナスタシアの次に懐いていると言っても過言ではない人物だ。ナイフの扱いを教えてくれた師匠でもある彼は、今まで自分の事を一切話してくれる事の無かった謎多き人物でもある。そんな彼が語った“兄さん”とは、一体誰の事なのだろう?

 回答を待つクラウの視線の先で、ハウザーは何処か吐き捨てるようにその名を口にした。

 

「かつて我々を裏切った古代ゾイド人。ヒルツの事だ」

 

 そう。

 ガーディアンフォース結成のきっかけとなり、果てはダークカイザー……ギュンター=プロイツェンを裏切ってイヴポリス大戦を引き起こした、厄災の古代ゾイド人『ヒルツ』の弟。

 穏やかな笑みの裏で幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の障害となる者達を消し、証拠を隠滅し、その存在をひた隠す事に貢献して来た非情なる暗殺者。

 古代語を読み解き、失われた忌まわしい技術の数々を復元し、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)が秘密裏に勢力を拡大する一助となった功労者が彼だった。

 だが、クラウがその事実を聞いて更に疑問に思ったのはそこではなかった。

 

「え?ヒルツの弟って事は……」

 

 それは、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の中でもトップしか知らない機密事項。

 ヒルツは“ただの”古代ゾイド人ではなかった。太古の昔、現代よりも更に高度な技術を持っていた古代ゾイド人達が生み出した“負の産物”の“生き残り”だったのである。

 その“弟”であるという事は、彼もつまり……

 

「あぁ。奴も古代強化兵の生き残りだ」

 

 厄災と呼ばれる程の凶大なゾイドを意のままに操り、ただ戦い、破壊し尽くす為だけに造られた古代の人造強化兵……それが、イグナーツの正体だった。

 

   ~*~

 

「急に呼び戻してすまんかったね。じゃ、ミーティング始めまーす」

 

 その頃、第七辺境支部での訓練研修を中断して、本部であるガーディアンフォースベースへ帰還したカイ達は、ミーティングルームに集まっていた。

 朝礼などを始める時、必ずガウスが口にする緊張感の欠片も無い間延びした号令を聞きながら、一同は不安げに視線をそっと交わす。

 第七辺境支部の支部司令官であるカーターからも「誰一人として欠ける事の無いように」と釘を刺された程の“飛び込みの案件”が、一体どれ程危険な任務であるのか、不安は尽きない。

 そんな緊張に満ちた彼等に、ガウスは早速話題を切り出した。

 

「今回君達を呼び戻した理由は他でもない。緊急を要する超重要任務に、君達が直々にご指名を受けた。依頼主はガイロス帝国皇帝。ルドルフ=ゲアハルト=ツェッペリンⅢ世陛下だ」

(……マジかよ……)

 

 嘆くような独り言を胸中のみに留め、カイはこの時点で既に暗い面持ちになってしまう。

 一国の、それも皇帝陛下が直々に指名して来たとは、控えめに言ってもただ事ではない。

 しかし、ガウスの口から告げられたその任務は、訓練部隊である自分達にはおおよそ務まりそうにも無いような、想像を遥かに超える程の超弩級案件であった。

 

「任務の内容は、殺害予告を受けたマリーベル=アンネローゼ=ツェッペリン皇女殿下の護衛。殺害予告を送り付けてくれたのは、現在話題沸騰中の幻影騎兵連隊(ファントムリッター)と来た。君達以上の適任は居ない。と、皇帝陛下は仰っておられる」

「ちょっと待てよ!俺達まだ新人のぺーぺーだぜ?!」

 

 たまらず声を上げたカイに、ガウスは若干呆れたような表情を浮かべる。

 

「待ても何も、瓦礫街の任務と先月の合同演習襲撃事件。ガーディアンフォースの隊員で連中とやり合った経験があるのは君らだけでしょうが」

「皇族の護衛任務なんて超弩級案件が!訓練部隊の新人に務まる訳ねーだろ!そこは断れよ!!」

「一国の皇帝陛下から直々にご指名を受けておきながら、それを「無理です」って突っ撥ねられる程、ガーディアンフォースは偉くありませぇん」

 

 すっとぼけたようにカイの言葉を流し、ガウスはレンを見つめた。

 

「カイとシーナは初対面になるが、レン達はマリーベル殿下と面識もある事だし。お会いするのも随分久し振りだろう。気は緩めず、でも、気楽にね」

「はぁ……」

 

 ぽかんと返事を返すレン。まだまだ物申したそうなカイ。目を見開いて顔を見合わせているクルトとエドガー。そしてよく分かっていない様子で首を傾げているシーナ……それぞれの表情を眺めてガウスは苦笑を浮かべる。まぁ、こういう反応になるだろうとは予想していたが。

 

「まぁまぁ落ち着きなさいって。ガーディアンフォース側で指名を受けたのは君らだが、いくらガーディアンフォースとはいえ、流石に訓練部隊だけに護衛を丸投げする訳じゃない」

「と、言いますと?」

 

 クルトの問いに、ガウスはにっこりと笑みを浮かべる。

 

「合同演習襲撃事件で一緒に戦ったでしょ?ジークドーベルで暴れ回る怖ぁいお兄さんも」

「という事は!」

 

 クルトだけではない。カイ達にも明るい表情が広がる。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)との交戦経験のあるルーカスも今回の護衛任務に加わってくれるというのなら、何とも心強い。帝国の至宝。カール=リヒテン=シュバルツ元帥の息子である彼は、ゾイド乗りとしての腕も、白兵戦の腕も折り紙付きだ。

 

「まぁ、第三陸戦部隊の隊長が動くんだ。同部隊の者達も共に護衛任務にあたる手筈になっているから、警備の面においての人員は十分だろう。必要に応じてスムーズに増員が行えるよう、シュバルツ元帥も手筈を整えて下さっている」

 

 その言葉に、カイは心底「良かった……」と安堵する。

 まぁ、国の一大事ともいえるこの案件で、帝国軍が動かない方がおかしい話だ。

 

「それだけじゃないぞ。皇女殿下の殺害予告を叩き付けられて、陛下の懐刀と信頼の篤い皇族親衛隊長が黙っている訳が無い」

「確かに」

 

 何処かホッとした様子を見せながら、エドガーが頷く。

 ルドルフ皇帝直属の皇族親衛隊。その隊長を務めるロッソと、副隊長を務めるヴィオーラ。彼等の実力や実績は、帝都崩壊とルドルフの戴冠にまつわる一連の事件から現在まで数多くの逸話を持っている。

 ……そして同時に、レン、エドガー、クルトの3人は、彼等が正義を掲げる大空の勇者。翼の男爵『アーラバローネ』である事も、秘かに知っている。

 

「帝国軍と皇族親衛隊。そして俺達か。これなら守備に問題は無さそうだな」

 

 独り言のように呟いたクルトの隣で、エドガーがぽつりとぼやいた。

 

「むしろ、僕達役に立つのかな?……」

「確かに……」

 

 レンが苦笑を浮かべる。

 帝国軍と皇族親衛隊に比べ、自分達はガーディアンフォースと言えど、所詮は訓練部隊だ。これ程の大きな任務では、むしろ足手纏いになるのでは?という思いすらある。

 しかし、そんな彼等にガウスは語った。

 

幻影騎兵連隊(ファントムリッター)についてはまだまだ情報が足りん。少しでも交戦経験のある人員を優先配置する事については、なんら不思議は無いだろう。特にカイはゴースト……いや、クラウと名乗るあの少女との接触経験もある事だ。唯一姿が割れているのが彼女だからね。いざという時の対処は、むしろカイに期待が掛けられていると言っても過言ではないだろう」

「なるほど。その辺の面倒事は全部俺に丸投げって訳か」

 

 心底面白くなさそうにカイがぼやく。

 まぁ、これまでの経歴と瓦礫街の任務における数少ない実績から見れば、容赦無く引き金の引ける自分が、侵入者の“始末役”として頭数に数えられている事に疑問も不服も無い。

 特にクラウは、ヒドゥンというオーガノイドを連れている。自在に姿を消す事の出来るあの能力は、人知れず潜入し標的を消す事に特化していると言っても過言ではないだろう。そういった意味でも、彼女がまた現れるであろう事は、カイにもある程度確信があった。

 ……とはいえ、それに対抗する為の具体策など、何一つ思い付きはしないのだが……

 

「それに、マリーベル殿下もまだ12歳だ。命を狙われているという極限状態の中で、少しでもその不安や恐怖を取り除くには、殿下との面識があり、歳の近い君達が一番適任でしょ?」

「というか、むしろ其方が今回の任務における俺達の役目……のようなものですよね?」

「まぁね。」

 

 レンの問いに、ガウスは至って軽く返したが、決して楽な任務ではない。

 マリーベルの傍に居るという事は、共に狙われる危険が常に付き纏う。という事。自分達は言わば、この任務における“最終防衛ライン”の立ち位置だ。チャイルドシッター気分で気を抜くなど以ての外である。

 

(責任重大だぞ。レン=フライハイト)

 

 気を引き締めるように自身へ言い聞かせるが、それでもレンにとって、この任務はほんの僅かばかり楽しみでもあった。

 マリーベルは、自分にとって“妹”のような存在でもあるのだから。

 

「と、いうわけで。だ。すぐに支度して搭乗機と共にヴァルフィッシュへ乗艦するように」

 

 その言葉に、全員の唖然とした視線がガウスへ向けられる。

 彼は何でもなさそうに、にっこりとした笑みを浮かべたまま驚愕の言葉を発した。

 

「皇女殿下が受けた殺害予告の日時、明日なんだよね」

 

 大した猶予も無い、ほぼ直前の殺害予告。確かにそれでは、飛び込みの案件であるのは致し方ないだろう。

 だがそれでも、カイ達は思わず声を上げる他無かった。

 

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇ?!」」」」」

 

 と……

 

   ~*~

 

 ガーディアンフォースベース所属艦。ホエールキング「ヴァルフィッシュ」の中で、任務の準備は着々と進んでいた。

 そんなヴァルフィッシュのメイン格納庫では、CASユニットの換装リフトで、ライガーゼロ-プロトが換装作業を行っている。

 

「まさか3週間経つかどうかで、調整中だったシールドゼロをブレードゼロに組み込んじまうなんて、やっぱすげぇよ。シュバルツ博士」

 

 着々と換装作業が行われている様を眺めながら、レンが呟く。

 近接格闘戦を行うならば、盾が必要。そんなルネの助言が、まさに形になろうとしていた。

 

「とはいえ、現在のセッティングはまだ微調整の終わっていない急造品同然の仕上がりだ。相手の攻撃を完全に防ぎきる事が出来るような出力のシールドは、張れてせいぜい1度きりといった所だからな。決して無茶はするんじゃないぞ」

 

 トーマの言葉に、レンは静かに頷く。

 換装の取り回しを優先したが故に、シールド強度に難があった第3試作ユニット-シールドゼロだが、合同演習襲撃事件でボロボロになってしまった第1試作ユニット-ブレードゼロの修復材料として流用し、なんとか近接格闘用ユニットとしての体裁を繕う事に成功したのだという。

 しかし、肝心のシールド強度は、シールド展開時にブレードゼロユニットに装備された無断可変ブレードが発する振動波を付加する事で、どうにか出力を維持させる事が出来る……らしい。

 それはあくまでスペックデータから割り出された概算であり、実際のテストは間に合っていなかった。理由は主に二つ。一つは呼び戻される直前までレンとライガーゼロが第七辺境支部にて訓練研修を受けていた為。そしてもう一つは、帰還後すぐに次の任務へ向かわなければならなくなってしまった為。である。

 

「本来ならば、テストも終わっていないような急造品ユニットを、こんな重要任務で使用するのは以ての外なんだが……護衛任務という観点から見れば、Eシールドを張れる機体は一機でも多い方が良い。特にあちら側には、ヤークトジェノザウラーが居るからな」

「はい」

 

 そう。ブレードの振動を付加させる事でシールド強度を補強しているという事は、つまりこの仮設ユニット……ブレードゼロ改。とでも呼ぶべきだろうか?このユニットのシールドもまた、計らずして荷電粒子砲に対抗し得る「電子振動シールド」になっていた。

 ディバイソンに電子振動シールドが搭載されている事は、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)も既に目の当たりにしているのだから、防がれると分かっていてディバイソンの居る場所へ荷電粒子砲を放ちはしない。そしてライガーゼロの機動力ならば、皇居であるミレトス城の周囲一帯を駆けるのは造作も無い事。

 何処から来るか分からない不意打ちの荷電粒子砲を防ぎ切る。というのも、レンとライガーゼロに今回課せられた重要任務であった。

 

(荷電粒子砲を防ぎ切る事が出来るのは一度だけ。使い所を見誤ったら一発アウト。か……)

 

 ずしりと重く圧し掛かる責任に、レンは眉間へ皺を寄せる。

 自分は目先の事に……仲間の危機に気を取られてしまう傾向が強い。それはネイトから受けた屈辱的な指摘からも自覚している事だ。しかし、今回の任務は皇女の護衛。咄嗟に仲間を庇ってシールドを使い、いざという時に皇女を守れなかった。という事態だけは、何としても避けなければならないのだ。それはつまり、例え目の前で仲間が荷電粒子砲の脅威に晒されようとも、自分は手を出せない。助けに入れない。という事でもある。

 そのような事態に陥らない事を願うしかないが、いざという時は……

 

「レン」

 

 短い呼び声に、顔を上げる。

 そんなレンの肩へ、トーマが優しく片手を添えた。

 

「気負うな。というのは当然無理だろう。私もかつて戦闘員として任務にあたっていた身だ。お前の不安はよくわかる。シールドが一度しか使えないという事は、最悪の場合、目の前でやられそうになっている味方を“切り捨てなければならなくなる”かもしれないという事だ。怖いんだろう?それが」

 

 その言葉に小さく頷いて、レンは視線を落とす。

 

「任務である以上、必要以上に仲間を気に掛けちゃ駄目だって事は、わかってるんです……だけど俺は、どうしても仲間を見捨てられない」

 

 彼はそっと両手を広げ、その掌を見つめた。

 

「どんなにガーディアンフォースの隊員だろうと、大英雄の息子だろうと、俺はまだまだちっぽけな子供で……俺とゼロの手で守り切れる物の大きさなんて、高が知れてて……全部を一人で守り切るなんて到底無理だって事も、わかってるつもりです。でも、俺は誰も失いたくない。犠牲を出したくない。全部守り切ってみせたいッ……」

 

 見つめていた両手でグッと拳を握りしめるレンを、トーマは心配そうに見つめる。

 戦いに向かない程の優しい心……それがこうも裏目に出てしまうレンが、それでもガーディアンフォースの隊員として頑張っているのは、その理由の全ては、たった今彼自身が語った「全部守り切ってみせたい」というこの言葉以外に無いだろう。いかにも子供らしい。だが、その思いだけで本当にこの惑星を救って見せた戦友の息子らしい、純粋で真っ直ぐな思いだ。

 

「……お前は本当に、バンにそっくりだな」

 

 何処か諦めが付いたようなその言葉に、レンは再びトーマを見上げる。

 トーマは、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「シュバルツ博士?……」

「本当は、使って欲しくない機能ではあるんだが……そうも言ってられないだろう。レン。もうこれ以上どうにもならない。これしか道が無い。という場合以外“絶対に使わない”と、約束出来るか?」

 

 その言葉に、レンは熟考するような間を一拍置いた後、一度だけ力強く頷いた。

 父、バン=フライハイトと同じ、信念を貫く力強い光を、その目に宿して……

 

   ~*~

 

 その頃、ホエールキング内の簡易ミーティングルームではちょっとしたいざこざ……と呼ぶにも馬鹿らしいような口論が起きていた。

 

「だから!俺は大丈夫だっつってんだろ?!」

「いいや!信用ならん!お前は特に気を付けるベき事だ!!」

 

 口論を起こしているのは勿論、カイとクルトである。

 そんな2人を心底呆れた眼差しで眺め、エドガーがそっと口を開いた。

 

「カイだって、一応名門一族の出なんだ。敬語くらい使えるに決まってるじゃないか」

 

 そう。普段から誰に対しても……ガーディアンフォースの副司令官であるガウスにすら、溜口で生意気な言葉を言い放つカイに対し、クルトが「付け焼刃でも良いから失礼の無いように敬語を覚えろ」と、タブレットを突き付けているのである。

 

「つーか!敬語がどうのこうのっつーなら、俺よりシーナの方が大問題だろ?!」

「シーナさんを槍玉に上げるな!右も左も分からんような時代に目覚めて、現代語の読み書きを覚えるのに手一杯なんだぞ!シーナさんが古代ゾイド人である事は陛下もご存じなんだ!そのくらい汲んで下さる!」

「お前のシーナ贔屓もとことん露骨だな!おい!!」

 

 激しく火花を散らす口論に、多少なり引き合いに出されてしまったシーナは、それでも彼等の間に割って入る勇気も無く、そっと不安げにエドガーへ訊ねた。

 

「エドガー。私もけーご?って覚えた方が良い?」

「ゆくゆくは。ね。けど、国で一番偉い人と失礼無くお話出来るような敬語なんて、今から付け焼刃で覚えるのは到底無理だし、クルトの言う通り、陛下はシーナが古代ゾイド人なのもちゃんと知ってるから、いつも通りで大丈夫だよ」

 

 そう言いながら、エドガーはシーナの頭を一撫ですると、手にしている読みかけの文庫本に再び視線を落とす。

 というかそもそも、ルドルフはかつて、当時全く敬語が使えなかった田舎育ちのバンと、同様に目覚めたばかりでルドルフの身分の高さをよく理解していなかったフィーネから、溜口で話しかけられていた。というのは有名な話であるし、戴冠して以降も、気兼ねなく話せる仲が続いている。少々敬語の使えない子供と対面した所で、気を悪くするような器の小さい人物ではない。

 

(全く、クルトもカイも苦労するな……)

 

 だが、この口論がただの子供っぽい口喧嘩という訳では無い事も、エドガーは理解していた。

 いくらルドルフが気を悪くしなかったとしても、きちんと身分を弁えた敬語が使えなければ、礼を欠く“無礼者”として城内の者達の一部からは確実に反感を買うだろう。そしてそうなった場合に陰で小言を言われるのは、シュバルツ家の人間であるクルトなのだから。

 城内に仕える者達の中でも重要なポスト……ルドルフの身の回りの世話をする執事を始め、皇妃メリーアン付きの侍女や、マリーベル皇女の教育係などには、シュバルツ家の分家の者が就いている。あくまで護衛任務で城への入城を認められただけの「下々の者」が、無礼な口の利き方をしたとあっては、自分達の中でも最年長且つ、過去の一件から一族の間で散々な立場に立たされているクルトが、陰でどのような扱いを受けるかなど火を見るよりも明らかだ。

 そしてカイは……直接聞いたわけではないが、第七辺境支部で話した際、そういった上流階級の者に対する嫌悪のようなものがあったように感じる。普段敬語を一切使わないのも、彼なりの事情があるのだろうが、彼も名門ハイドフェルド家の人間なのだ。少なくとも祖国の皇族に真っ向から普段通りの生意気な口を叩く程、馬鹿ではないだろう。

 ……まぁ、普段の振る舞いが振る舞いだけに、カイが目の前でルドルフやマリーベルに対して(うやうや)しく敬語で喋る様は、正直想像も付かないが……

 

(似合わな過ぎて、陛下の前で笑ったらどうしようかな……)

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら、エドガーはページをめくった。

 

   ~*~

 

 帝都ガイガロスに到着する頃には、既に日が暮れていた。

 城内に設けられた皇族専用のゾイド発着場は、それでも煌々と明かりが灯され、各々愛機と共に降り立った時には、緊張も一入(ひとしお)……だったのだが……

 

「わぁ~!すっご~い!おっきなお城だね!」

「グオグオ!」

 

 通信に響き渡ったシーナの声に、脱力、或いは癒されたのは間違いない。

 案内された駐機場にゾイドを駐機し、レンは先に到着していた第三陸戦部隊の隊長。ルーカスに軽い顔出しを兼ねて最低限の確認事項を確かめに。残りの者達はクルトを先頭に城内へと向かう。

 扉をくぐり、城の玄関であるエントランスホールに入った時、そこに立っていた人物を目にしたカイは、微かに息を呑んだ。

 そう。ガイロス帝国皇帝であるルドルフと、皇妃メリーアン。そして今回の任務の護衛対象であるマリーベル皇女が自ら出迎えてくれたのである。

 

「よく来てくれましたね。クルト、エドガー、そしてカイ、シーナ」

 

 柔和な笑みと共に口火を切ったルドルフに、クルトが答える。

 

「陛下におかせられましても、益々のご健勝、恐悦至極に存じます。此度はマリーベル皇女殿下の御身をお守りするという大役に、恐れ多くも陛下ご自身が我々をご指名下さったとお伺いしております。陛下のご期待に副えるよう、我々一同、全身全霊を以て殿下をお守り致します事を此処にお誓い申し上げます。つきましては任務の為、武器を携行し、オーガノイドを帯同させ城内に踏み入るご無礼、どうかご容赦下さい」

「構いません。むしろ、このような危険な任務を快諾してくれた事、心から感謝します」

 

 そう言って、ルドルフは行儀良く共に出迎えの場に立っている一人娘へ視線を移した。

 

「マリーベル。皆様にご挨拶を」

「はい。お父様」

 

 小鳥のように軽やかで可憐な声と共に、ルドルフの隣から歩み出たマリーベルは、カーテシー……片足を引き、もう片方の足を軽く折りつつ、ドレスの裾を軽く持ち上げて見せる上流階級特有の会釈と共に、ゆるりと自己紹介を口にする。

 

「ガイロス帝国第一皇女。マリーベル=アンネローゼ=ツェッペリンと申します」

 

 掌を滑らせるようにサラリとドレスの裾を離し、再び背筋を伸ばして両手を軽く前で重ね合わせるまでの所作は、到底齢12の少女とは思えない程気品に溢れ、それでいて、それを見せつけるような嫌な印象が一切無い。

 風に揺れた柳のように亜麻色の髪が揺れた様すら、彼女の清楚さを印象付けるかのようであったが、両親譲りの黒曜石のような黒い瞳は、可憐で清楚な彼女の奥に秘められた芯の強さを垣間見せるように煌めいていた。

 

「皆様。此度は私の為に、大変危険な任務をお願いする事になってしまった事、この場で深くお詫び致します。ですが、皆様が居て下されば、私も皆さまと共に此度の一件を無事に乗り越える事が出来ると信じておりますので、どうか、よろしくお願い致します」

 

 その姿に、その言葉に、カイは素直に思った。

 

(たった12歳で、肝の据わった子だな……)

 

 と……

 殺害予告を叩き付けられた不安。命を狙われているという恐怖。その全てを一切表に出さず、穏やかに、礼儀正しく、淑やかに頭を下げた齢12の皇女。きっと心の底では酷く怯えているに違いないだろうに。

 そんな彼女の姿に、カイも何処か心動かされるものがあったのだろう。彼は静かにマリーベルの前に膝を突き、彼女よりも頭1つ分以上低い目線から、穏やかにその顔を見上げた。

 

「どうかお顔をお上げ下さい。殿下」

 

 隣に立つクルトがギョッとしたように此方を見つめた視線を感じ、すぐにそれを意識外へ追い出しながら、彼は3年以上使っていなかった敬語で、それでも巧みに言葉を紡ぐ。

 

「城内において、そして殿下の御前にてこのような無粋な名は本来口にするべきではございませんが、我々は“特殊精鋭部隊”常日頃より訓練を積み、命懸けの任に当たっております。我々は我々の役目を果たすまでの事。我々に対し、殿下が詫びる必要が何処にありましょう?」

 

 その言葉に、マリーベルは微かに目を見開き、そしてゆっくりと大人びた笑みを浮かべた。

 

「私と共に命の危険に晒されながら、そのように仰って下さる事、感謝致します。貴方が、あの鷲型の古代ゾイドのパイロットとなった、ハイドフェルド大佐のご子息ですね?」

「はい。ハイドフェルド家長男。カイ=ローラント=ハイドフェルドと申します。名乗り遅れましたご無礼、どうかお許しください」

「構いません。皇女と言えど、私はまだまだ若輩の身です。どうかあまり畏まらずに」

「では、殿下の仰せの通りに」

 

 立ち上がり、今一度軽く会釈をしてから、カイはマリーベルを見つめる。

 それと同時に、意識から締め出していたクルトの視線が、そして、気になりもしなかったシーナとエドガーからの視線も共に突き刺さっているのを感じ、彼は内心苦笑した。

 

(まぁ、こういう反応になるよな。今までが今までだっただけに……)

 

 畏まった挨拶の一つや二つ、出来て当然……と、口煩い親族達から散々いいように言われて育った。これまでは「覚えた所で使わねーよ。そんなもん。」と思っていたが、今回ばかりは、それが役に立っているのだから、やはり人生何が起きるか分からないものである。

 そこにようやく、所用を済ませたレンが遅れてやって来た。

 その姿にいち早く気付いたルドルフが、微かに表情を緩ませる。

 

「レンも揃ったようですね。それでは――」

 

 しかし、不意にルドルフはその言葉を途切れさせた。

 理由は簡単。突如マリーベルがレンへ向かって一直線に駆け出したからだ。

 

「あぁ!マリーベル!!」

「あらあら」

 

 慌てて娘を呼ぶルドルフの姿も、微笑まし気に微笑むメリーアンも、自身を呼ぶ父の声を一切聞いていないマリーベルも、途端に何処にでも居そうな親と子。といった様子に様変わりする。

 先程まで纏っていた清楚さも可憐さもかなぐり捨てたマリーベルは、駆ける勢いもそのままに、元気一杯のはつらつとした声を上げながらレンヘ飛びついた。

 

「レン様!!」

 

 エントランスホールに反響する程のその声に、すっかり脱力した声音でカイの口から戸惑いの言葉が力無く転げ落ちる。

 

「レン……様??」

 

 一方、抱き着かれたレンはすっかり慣れっこだとでもいうかのように、一国の皇女に飛びつかれながら、戸惑った様子もなく普段通りの明るい声を上げた。

 

「マリー!元気にしてたか?」

「えぇ!勿論ですわ。私も、お父様もお母様も!」

「そっかそっか。良かった良かった」

 

 そう言って、マリーベルの頭を撫でるレンの姿は、まるで兄のようにも……いや、ほんの少し穿った見方をしてしまえば、まるで恋人のようにも思えてしまうような雰囲気を纏っていた。




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第39話-お転婆皇女マリーベル-

 突然飛び込んで来た、皇女マリーベルの護衛任務。

 失礼の無いように。だとか、訓練部隊の俺達に務まるのか?とか、色々不安ではあったけど……レンとマリーベル殿下、なんか妙に仲良さそうなんだよな。

 これってひょっとして……ひょっとすんのかな?

 いや、でも……まさか……なぁ?それはねぇよな?多分……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第39話:お転婆皇女マリーベル]

 

「ゾイドの師匠??」

 

 一先ず通された応接室で、ぽかんとした声を上げたのはカイだった。

 

「あぁ。つっても俺にとっては、マリーも弟子って言うより妹みてーなもんなんだけどさ」

 

 そう言って、レンは隣にピタリと寄り添うように座っているマリーベルの頭を撫でる。

 レンの説明によれば、ルドルフにゾイドの乗り方を教え込んだのが彼の父、バン=フライハイトなのだとか。と言っても、それ自体は有名な話である為、カイも当然知っていた。

 大英雄仕込みの操縦技術に磨きをかけたルドルフは、マリーベルと同じ齢12にして、シンカーを用いた帝国レース競技の最高峰「ガイロスグランプリ」にお忍びで参戦し、初出場にして優勝をもぎ取った程のゾイド乗りでもあるのだから。

 初耳だったのは此処から先だ。マリーベルはその話をルドルフから聞かされ、自身もゾイドの操縦を覚えたい。と言い出し、4年前からレンに操縦技術を教えて貰っているらしい。

 ルドルフの師匠であるバンは、ガーディアンフォースの司令官として多忙の身。皇族親衛隊長であるロッソは、立場上どうしてもマリーベルに対して改まった態度で接してしまう。そこで、幼少期から親交があり、特に堅苦しい態度を取らないレンが指名されたとの事だが……

 

「私はレン様の妹分に甘んじているつもりはありません!いつか素敵な女性になって、レン様と生涯を共にすると心に誓っているのですから」

 

 ちょっといじけたようなその一言に対し、レンはまるであやすように、マリーベルの頬を両手の平でもちもちと揉むように撫でる。

 

「それは何度も聞いたって。けど、そのうち俺なんかよりもっと良い奴が見つかるかもしれないだろ?あんまり頑なになるなよ。良い出逢い逃がしちまうぞ?」

「むぅ……」

 

 レンにとって、マリーベルは妹分であり愛弟子。と言った所なのだろう。

 だが、マリーベルにとってのレンは師匠や兄貴分である以前に、想いを寄せる一人の男性であるらしい。子供らしい膨れっ面でレンを見上げるマリーベルは、どうにも納得がいかない様子だ。

 

「マリーベル。あまりレンを困らせてはいけないよ」

「……はい。お父様」

 

 若干不服そうに座り直すマリーベルを見つめた後、ルドルフはホッとした様子で、ようやく今回の件について語り出した。

 

「これが昨夜、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)と名乗る者達から送られてきた殺害予告です」

 

 テーブルの上に差し出されたハガキ大の紙片を、クルトが手に取り読み上げる。

 

「2日後の夜、月満ちる頃、マリーベル皇女殿下のお命を頂戴しに参ります。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)……随分とありきたりな文面だな……」

 

 若干呆れたように呟いたクルトに、カイも同様の表情でクルトを見つめる。

 

「殺害予告に高尚もへったくれもあるかよ」

「まぁ、それもそうか」

 

 肩を竦めるクルトの向かいで、ルドルフは表情を硬くして呟いた。

 

「この殺害予告が発見されたのは、マリーベルの寝室です」

 

 その一言に、カイ達の表情も一気に硬くなる。

 

「城内の者達は、全て例外無く素性を徹底的に調べ上げた上で雇用しています。ですから、城内に内通者が居る可能性はほぼありません。つまり、城内の者達に一切気付かれず、マリーベルの寝室まで侵入した者が居るという事。確か報告では、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に姿を消す事の出来るオーガノイドが居る。との事でしたね?」

 

 ルドルフの視線を受け、カイが頷く。

 

「はい。瓦礫街の任務にてその存在を確認しております。変装などで忍び込んだ可能性もけして無いとは言い切れませんが――」

「ぶふっ……」

 

 噴き出すように笑った声に、全員が噴き出した人物を見つめる。

 今更このタイミングで噴き出す人物など、一人しか居ない。

 

「わりぃ……ちょっと意外でッ……」

 

 全員の視線の先では、レンが必死に笑いを堪え、肩を震わせながらカイを見つめていた。

 遅れて合流したレンは、カイがマリーベルに対して完璧な挨拶をこなして見せた事を知らないのだから、まぁ、こういう反応になるのは仕方が無いだろうが……

 

「お前なぁ、陛下の前で笑うなよ……」

 

 若干げっそりとした面持ちのカイがジトリとレンを見つめれば、レンはそのギャップにとうとう堪りかねたのか笑い出す。

 

「いや、だってお前!敬語全ッ然似合わねぇんだもん!どう頑張ったって笑っちまうって!」

「そりゃまぁ、柄じゃねぇのは自覚あっけどさ……こちとらまだ説明の途中なんだぞ?」

「うんッ。わかってんだけど、いやホンットごめん。ちょっと待ってッ……」

 

 レンのその反応に、きょとんとしていたマリーベルが、やがてクスッと笑う。

 

「レン様は、カイと仲が良いのですね」

「あぁ、カイも俺の親友なんだ」

「……その親友に爆笑されてる俺の身にもなって欲しいもんだけどな?」

 

 呆れたようにぼやいたカイにもクスッと笑いかけた後、マリーベルがルドルフを見つめた。

 

「お父様、せっかく人払いもしている事ですし、いつものようにお話ししてはいけませんか?」

「……そうだね。この場では普段通りにしてくれて構いません。マリーベルもレン達と会うのは久しぶりですから」

「ありがとうお父様!」

 

 マリーはそう言うが早いか、レンの腕に抱き着く。

 そんなマリーベルに対し、レンが再び苦笑を浮かべる様を若干申し訳なさそうに見つめた後、ルドルフは再びカイへ向き直り、優しく告げた。

 

「それではカイ、説明の続きをお願いできますか?」

「はい。先程もご説明しましたが、変装は所詮変装に過ぎません。城内の者達に一切気付かれずに行動するなど至難の業。姿を消す事が出来る者が居るのなら、使わない手は無いでしょう。侵入者は恐らくオーガノイドと、その主である古代ゾイド人の少女で間違いないかと」

 

 普段通りで。というルドルフの申し出は嬉しい限りだったが、だからと言って一国の皇帝相手に普段通りの溜口という訳にもいかないカイは、敢えてそのまま話を続ける。

 そしてルドルフも、先程からカイが時折垣間見せている仲間への口調から、ある程度察しが付いているのだろう。普段通りの態度を強要するでもなく穏やかに頷いて見せ、そして考え込む。

 

「しかし、そうなると厄介ですね。姿を消す事の出来るオーガノイドが相手となると、どう対策を講じれば……」

 

 その言葉に、先程からずっと黙って話を聞いていたシーナがふと呟いた。

 

「合同演習の時は、走った時の土埃や飛んで来たビームの光でヘルキャットが何処に居るか見つけられたけど、こっそり忍び込むのにお城の中をドタバタ走ったりしないだろうし、オーガノイドには武器が付けられないから、同じように見つけるのは無理……だよね」

 

 不意に、レンの膝の上へ身を乗り出すようにしてシーナを見つめながら、マリーベルが不思議そうに訊ねる。

 

「武器が“付けられない”とは、どういう事ですか?オーガノイドもゾイドなのですよね?」

「うん。オーガノイドもれっきとしたゾイドだよ。でも、機銃とかビーム砲を取り付けても、それを制御する為のコンバットシステムやオペレーションシステムがオーガノイドには無いから、上手く扱う事が出来ないの」

「では、武装したオーガノイドがやって来る。という訳では無いのですね。良かった……」

 

 何処かホッとしたように、マリーベルはレンの隣に座り直す。

 ずっと気丈に振舞っていた彼女が見せた、僅かな綻び……しかし、だからこそレンはシーナの説明に補足を加える。

 

「けど、いくら銃火器を装備出来ないとはいえ、オーガノイドも全く戦えない訳じゃない。本気で噛み付かれたり、引っ掻かれたり、尻尾で殴られたりしたら、人間なんてひとたまりもないんだ。それに、父ちゃんが昔戦った“アンビエント”ってオーガノイドは、尻尾に刃物みたいな棘が付いてたって聞いた事がある。油断は出来ねぇよ。なぁカイ。あのクラウって奴のオーガノイドはどうだった?」

 

 レンの問い掛けに、カイはあの時目にしたヒドゥンの姿を思い返す。

 

「あいつは尻尾の先自体がブレードみてーになってたな。多分あれが一番の武器だと思う」

 

 ルドルフが僅かに身を乗り出し、カイを見つめた。

 

「他に特徴はありませんか?分かる範囲で構いません。出来るだけ詳しく教えて下さい」

「紫の体色に翡翠色の目をしたオーガノイドで、主と思しき古代ゾイド人の少女、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の一員であるクラウは、そのオーガノイドをヒドゥンと呼んでいました」

「ヒドゥン……隠されているという意味の名ですね。確かに能力とも一致します」

 

 ルドルフはそっと考え込む。ジークとシャドーの名は、現在の主であるバンとレイヴンがそれぞれ後から名付けたものだが、ヒルツのオーガノイドであったアンビエントは「周囲の」「環境の」といった意味の名で、その名の通り、合体したゾイドをその場に最も適した姿へ変化させる。つまり環境適応させる能力を有していた。そしてリーゼのオーガノイドであるスペキュラーも「鏡面効果」を意味する名で、人を操る精神波を増幅させ、相手が最も恐れる深層意識の情景や、リーゼが思い描いた最悪の情景を映し出す能力を有している。

 だが、ルドルフは此処で一つ引っ掛かった。

 何故「隠れる」という意味の「ハイド」では無く「隠されている」という意味の「ヒドゥン」という名が付けられているのか?そこに、ヒドゥンの能力へ対抗する為の糸口があるように思える。

 

「クルトは、ゾイド工学の博士でしたね。明日の朝、早速知恵を貸して頂けますか?」

「自分などでよろしければ、喜んで」

 

 静かに、しかし迷い無く答えたクルトに頷き、ルドルフは席を立ち上がった。

 

「では、もう夜も晩い事ですし、今日はこの辺りにしておきましょう。まだ明日の夜まで時間はあります。より詳しい対策を練るのは、また夜が明けてからという事で」

「はい」

 

 そう答えたレンの声に、カイ達も席から立ち上がる。

 ルドルフが応接室の扉へ向かって呼び掛けた。

 

「ロッソ、ネロ」

 

 その言葉に、2人の男性が入室する。

 赤髪の大男と、赤茶の髪をした若い青年……皇族親衛隊隊長のロッソと、その息子であり皇族親衛隊の一員であるネロだ。

 

「お呼びでしょうか。陛下」

 

 会釈するロッソへ、ルドルフは穏やかに命じる。

 

「レン達を部屋へ案内してあげて下さい。訓練研修を急遽切り上げて駆け付けてくれたので、彼等も相当疲れている筈ですから」

「畏まりました」

 

 返事を返し、顔を上げた彼等はカイ達を見つめて微笑んだ。

 

「それでは皆様、お部屋にご案内致します。」

 

 ロッソの息子、ネロの言葉に従い、一行は応接室を後にした。

 

   ~*~

 

 ネロに案内され、カイ、レン、エドガー、クルトの4人はマリーベルの自室にほど近い部屋に通された。普段は皇族親衛隊の者達が交代で皇族の身辺警護を行う為、用意された部屋なのだが、今回カイ達……つまり男子組は此方に寝泊まりする事になる。

 マリーベルは“皇女”女の子なのだ。いくら警護の為とはいえ、女の子の部屋を男がうろつくというのは些か憚られるものがある。その為、マリーベルの部屋に泊まり込みで警護を行うのはシーナとユナイト、そして皇族親衛隊の副隊長でありロッソの妻であるヴィオーラ。という事で話がまとまっていた。

 

「シーナの奴、ホントに大丈夫かなぁ……」

 

 部屋に着くなり、宿泊に必要な最低限の手荷物をまとめたカバンをベッドへ投げ出しながら、カイが心配そうにぼやく。

 いくらユナイトが居る。とはいえ、シーナは基本的にオペレーター。白兵戦訓練など全く受けていない状態だ。殺害予告では明日の夜が正念場だが、だからと言って今夜が安全である保障など何処にも無い。

 

「そこはまぁ、ユナイトとヴィオーラさんを信じるしかないんじゃないか?それに僕達だって、交代で見張りに着くんだし。あまり心配してると、いざという時に動けなくなるよ?」

 

 銃の作動点検をしながら、何処か安心させるようにエドガーが言葉を投げかける。

 最初に警護に着くのが、エドガー、クルト、そしてロッソの3人。交代要員のカイ、レン、ネロはこれから一度仮眠を取り、深夜3時から警護を交代する予定だ。

 

(そういや、レン達が白兵戦用の武器持ってる姿って、見るの初めてだな……)

 

 ベッドに腰掛け、カイは仲間を見渡す。

 エドガーのパイロットスーツには右側のウエストジョイントにマガジンホルダー。左側のウエストジョイントにホルスターがそれぞれ接続されている。自分と同じ左利きの彼だが、どうやらエドガーは自分と違い、利き手で銃を撃つらしい。手にしている拳銃はベレッタM92F。軍や警察内でも広く普及している拳銃だ。

 クルトは両足の大腿部にナイフホルダーが付いている。右脚はコンバットナイフ、左脚は投擲ナイフのホルダーになっているが、腰のフードクロスで上手い具合に隠れている。元々その為に長めのフードクロスを着用していたのだろう。と、此処で納得した。彼の腰のホルスターに収められていた拳銃はM1911……コルト・ガバメントの名で親しまれている銃だ。「クルトの銃がコルトって駄洒落かよ……」と秘かに思ってしまったのは此処だけの話である。

 そしてこれから仮眠するレンも、ホルスターに収めた状態のマルチコンバットツールを枕元に置いている。軍内ではもうほとんど使われていないツールだが、バンを始め、ガーディアンフォース内では愛用している者も多いらしい。ただしレンの話では、バンが愛用している簡易スパナの付いた物は既に廃番になっている為、レンの使っている物はまた別型だろう。

 近接格闘戦を得意としているのがレンとクルト。銃撃戦を得意としているのが自分とエドガーであるのは打ち合わせの時点である程度把握していたが、こうして実際に武器を携えたレン達の姿を見ると、今までとはまた何処か違った印象を受ける。それが妙に新鮮だった。

 

「じゃ、行って来るね」

「気を付けろよ。エド。クルト。ロッソさんも」

 

 レンの言葉に、名前を呼ばれた3人は微笑んで部屋を後にする。

 室内に残ったレンとネロを交互に見つめたカイは、ふと気になったようにネロへ訊ねた。

 

「ところで、皇族親衛隊ってもしかしてあんたらしかいねーの?」

 

 その問い掛けに、ネロが笑う。

 

「まっさか。そんな訳ないだろ?他の親衛隊員達なら全員で城内の護衛に出払ってる。皇族親衛隊の詰め所室は此処だけじゃないからな」

 

 そこで「おっと」と声を上げたネロは、改めて自己紹介を口にする。

 

「そういやお前とは初対面だったな。俺は皇族親衛隊のネロ=レオーネ。さっきクルトやエドガーと一緒に警護に向かったロッソ=レオーネの息子だ。よろしく」

 

 先ほどまでのきっちりした印象から一転、砕けた口調で喋る彼に、何処となく安堵と好感を覚えながら、カイも自己紹介を口にした。

 

「俺はカイ=ハイドフェルド。カイって呼んでくれ」

「さっき聞いてたよ。カイ=“ローラント”=ハイドフェルド。だろ?」

 

 何処かからかうようにニッと笑いながら放たれたその一言に、カイはギクリと身を強張らせ、レンがそんな彼の隣にすっ飛んで来る。

 

「え?!カイってそんな名前だったのかよ?!俺初耳だぜ?!」

「あ~……普段はミドルネーム名乗らなねぇようにしてんだよ、俺。なんかいかにも名門の出です~って感じで嫌になっちまうっつーかさ」

「あぁ、なるほど……」

 

 途端に荒んだ目で視線を逸らすカイに、レンも悪い事を聞いてしまった様子で苦し紛れのような相槌を返す。どうやらカイの“名門嫌い”は筋金入りらしい。

 その様子を察してか、ネロも苦笑を浮かべる。

 

「なんか余計な事言っちまったみたいだな。悪い」

「いや、別に良いよ。それがフルネームなのは事実だし……」

 

 途端に気不味い空気になってしまったのを察知してか、レンが若干慌てながら当たり障りの無い話題を切り出した。

 

「そういやネロ兄ちゃんと会うのも随分久し振りだよな」

「あぁ。レンがガーディアンフォースに入って以来になるか。どうだ?少しは慣れたか?」

「んー……まぁ、ぼちぼち。かな?ネロ兄ちゃん達は?」

 

 そう言って、レンも何気なく訊ね返した……つもりだったのだが……

 

「……聞くか?」

 

 途端にげっそりとした笑みを浮かべたネロは、深い影をその顔に落としながら力無くレンを見つめる。そのあまりの反応に、カイが若干引き気味にネロを見つめながらレンへ囁いた。

 

「おいレン。なんか訊いちゃマズそうじゃねーか?」

「あ~……」

 

 何やら察した様子のレンが、そっと遠慮がちにネロへと訊ねる。

 

「……やっぱ、訊かない方が良かった……かな?」

「いや……むしろ誰かに愚痴を聞いてもらいたいくらいだ。だけどなぁ……10歳も年下の子供に愚痴るってのも、我ながら情けなくて情けなくて……」

 

 ぐったりと頭を抱えて見せるネロに、カイとレンは顔を見合わせると、揃って苦笑する。

 

「ま、まぁ良いじゃねーか。愚痴の一つや二つくれぇさ。な?レン」

「そ、そうそう!それにほら!今は俺達とネロ兄ちゃんしかいねーんだし!俺達で良けりゃ気が済むまで話聞くぜ?な?」

「お前らホントに良い子だな……じゃぁ、少しだけ聞いてもらっても良いか?」

 

 深々とした溜息を吐いて、ネロは語り出す。

 

「レンがガーディアンフォースに入って以来、ゾイドの操縦を教えに来れなくなってただろ?そのせいでマリーベル殿下も退屈だったんだろうよ。それは俺も分かる。滅茶苦茶わかるよ。けどさ、だからって俺にゾイドの乗り方を教えろとせがむわ、断れば機嫌が悪くなるわ、俺にどうしろってんだよ……」

 

 もうそのさわりだけで既に居た堪れなくなってくるが、ネロの愚痴は淡々と続く。

 

「つーかそもそも、本来なら“皇族がゾイドを乗り回す”って時点で異例中の異例なんだぜ?陛下は幼少の(みぎり)でプロイツェンに命を狙われ続けてた経緯があったから、生き延びる為っていう“やむにやまれぬ事情”の為にゾイドの乗り方を覚えたんだ。レンがゾイドの扱いを教えてたのだって、陛下の師であるフライハイト大佐の“代理”として特別に許可が出てただけなのに、俺みたいな皇族親衛隊の下っ端が、おいそれと殿下にゾイドの乗り方を教えるなんて出来る訳ねーじゃん。俺は地上高速ゾイドの扱いなんてさっぱりだってのにさぁ……」

「えっと……なんか、ごめんな?」

「あんたも散々だな……」

 

 レンとカイの言葉に、ネロは「いや……」と呟いて言葉を続けた。

 

「ぶっちゃけ本題はこっから先なんだわ……」

「「え?」」

 

 綺麗に重なった少年2人の言葉に促されるように、ネロは更に居た堪れない愚痴を零す。

 

「レンも居ない。俺達も簡単にゾイドの操縦を教えられる立場じゃない……って事は、だ。殿下が何をしでかすか分かるだろ?」

「それってつまり……」

 

 レンが苦笑を張り付けたまま若干青ざめる。

 

「結局お一人で自主練と称して城の庭をロイヤルセイバーで駆け回って、皇后陛下の薔薇園を滅茶苦茶にするわ、中庭の噴水を踏み潰すわ、生垣はぶち抜くわで、宮廷庭師達が悲鳴上げててんやわんやだよ。それだけでも腹一杯って感じなのに、今度はセイバーのお散歩とか言って城を抜け出して出掛けちまうし……挙句、前にアーラバローネとして出撃した時には、あろう事か俺のストームソーダーにいつの間にか潜り込んでて……俺が親父とお袋からどんっだけ怒られた事か……つーかそれだって俺に言わせりゃ理不尽以外の何物でもねーんだよ。親父やお袋だって10歳そこらだった陛下を連れて、ストームソーダー乗り回してた癖にさぁ……まぁ、それとこれとは話が別だってのも分かっちゃいるんだけど……とにかくお陰で此処数か月は、殿下がとんでもない事をやらかさないように目を光らせる日々。もう胃が痛くてたまんねーのなんの……」

「あちゃぁ~……」

「なんつーか、うん。ご愁傷様」

 

 頭を抱えるレン。絞り出すように声を掛けるカイ。2人とも目の前の青年が不憫でならない。

 そして同時に、カイは聞かされたマリーベルのお転婆エピソードの数々に心底驚かされた。あのエントランスホールでの清楚で可憐な立ち振る舞いからは到底想像も出来ない。

 

「俺、エントランスで挨拶した時は滅茶苦茶お淑やかな子だなって思ってたけど……人って見かけによらねーもんだな。マジで」

 

 そんな感想を漏らすカイに、頭を抱えたままのレンが呟く。

 

「まぁ……マリーも普段“皇女”っていう身分に縛られて、自由気ままな立ち振る舞いが出来ない立場だから……ゾイドでお転婆やらかしちまうのは、多分俺のせいだと思う……」

「なんで?」

 

 きょとんと訊ね返せば、レンもネロ顔負けの深々とした溜息を吐いた。

 

「ゾイドに乗るのに、身分も性別も関係無い。だから俺の前と、ゾイドに乗ってる時だけは、マリーも自由で良いんだぜ。って、俺が言っちまったもんだから……」

「おいちょっと待て!お前が犯人かよ!!」

 

 ギョッとした大声を上げるカイの前で、レンは4年前のやり取りを思い返す。

 ロイヤルセイバーのコックピットで交わしたあの約束が、あの指切りが、まさかこんな形で周囲の人々を悩ませる原因になってしまうとは……正直レン自身も頭痛がする思いだった。

 レンはネロに向かって、おもむろにガバッと頭を下げる。

 

「ホンットごめんな!ネロ兄!」

「……いや、レンが謝ることねーって。ゾイドに乗るのに身分も性別も関係ない。ってのも、ゾイドは自由なんだ。ってのも、何一つ間違っちゃいないからな。ただ殿下はその……ゾイドに乗ると自由奔放になり過ぎるだけ。というか……」

 

 確かに、やんちゃ盛りの12歳が、普段皇族としての立ち振る舞いを求められる立場にあるとなれば、その分ストレスも溜まるだろう……とはいえ、多少は控えて貰わなければ、振り回される周囲の者達……特にネロの胃が心配でならない。

 すっかりお通夜のようになってしまった空気に耐えかねたように、カイがそっと提案する。

 

「……とりあえず寝ようぜ。じゃねぇと交代した時、仕事になんねぇし」

「そう……だな。悪い。聞いてくれてありがとな」

「おう」

「良いって良いって」

 

 交わす言葉もそこそこに、各々ベッドに入るも……当然、暫く寝付くに寝付けなかったのは言うまでもない。が……

 

(……この任務、ホントに大丈夫なんだろうなぁ?……)

 

 数々のお転婆をやらかしているマリーベル……彼女が明日、本当に大人しくしていてくれるかどうかの方が、カイには妙に心配でたまらなかった。

 

   ~*~

 

 翌朝、ルドルフはクルトとカイ、ロッソ、そしてルーカスと共に執務室にいた。

 理由は勿論。ヒドゥンへの対抗策を見出す為である。

 

「隠れる。と、隠されている。の違い……ですか」

 

 まるで謎掛けのような議題だが、ルーカスは至って真剣に考え込む。

 文法的に言えば“ヒドゥン”というのは“ハイド”の過去分詞形。要するに“既に隠れている状態”に用いられる単語だ。

 

「カイ。君が瓦礫街で目撃したのは、何も無い筈の場所にそのヒドゥンが現れた瞬間。で間違い無いな?」

「あぁ。まるで霞が晴れるみてーに、スゥッ……て」

 

 そう答えたカイに、ルーカスはクルトと視線を交わす。

 従兄の視線を受け、静かに頷いたクルトはカイへ訊ねた。

 

「という事は、だ。つまりお前は、ヒドゥンが姿を現す瞬間は目撃したが、姿を“消す”瞬間は目撃していない。と」

「まぁな。その後はもう、銃撃戦しながら離脱するのに手一杯だったし」

 

 小さく肩を竦めて見せるカイだったが、彼もそこで、ふと思い出したように呟く。

 

「そういやあの後、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の手下っぽい連中や、瓦礫街の奴らに追い回されはしたけど、クラウとヒドゥンから直接狙われたりってのは無かったな……」

「妙だな……カイを始末しようとしていたのなら、姿を消す事の出来るヒドゥンに始末させるのが最も確実な筈だ。他の者達に気を取られていたのなら、当然隙を突く事も容易だっただろうに」

 

 ロッソの言葉に、カイも考え込む。

 

(手下を俺にけしかけて逃げただけなら、わざわざ追って来なかったのも確かに納得はいく……けど、あの時のクラウの口振りじゃ、あいつの目的ってのはガーディアンフォースへの宣戦布告だけじゃなくて、その見せしめの為に俺を始末する事だったんじゃねぇのか?……)

 

 ただでさえ、あれだけ挑発的な態度を取って見せたのだ。言動的にもまだ幼さの垣間見えたクラウが大人しく引き下がるとは思えない。なのに何故、自らヒドゥンと共にカイを仕留めに来なかったのだろう?

 ……仕留めに来たくても来れなかった理由が、何かしらあったのではないだろうか?

 

「あくまで、現時点での情報を照らし合わせた上での仮説ですが……」

 

 クルトがふと口を開く。

 

「カイが姿を消す瞬間を目撃していない。という事や、その後追って来なかった事。そしてヒドゥンという名が、既に隠してある物を指す“隠されている”という意味の名である事から、恐らく奴の能力は“既に透明化した状態で行動する事を前提とした物”であり、一度透明化を解除してしまった場合は、瞬時に再度透明化する……つまり“隠れる”事が出来ないのではないでしょうか?」

「どういう事だ?」

 

 ロッソの問い掛けに、彼は言葉を続ける。

 

「クラウというあの少女が、瓦礫街で“ゴースト”と呼ばれていたのは、皆様も我々ガーディアンフォースの任務報告等から既にご存じかと思います。何処からともなく現れ、そして消える。恐らくそれもヒドゥンの能力を応用した物でしょう。自身だけでなく、主であるクラウも透明化させるとなれば、莫大なエネルギーが必要になる計算になります」

 

 此処からは専門用語を交えた難しい説明が暫く続いたが、つまり、機体表面に光学迷彩を纏う事で自身の姿を消すヘルキャットと違い、自分以外の者まで透明化させる場合は、一定の不可視空間……まぁ、透明化バリアとでも例えれば良いだろうか?そういった物を展開するしかない。だからその分、莫大なエネルギーが必要であり、再度展開するのに時間が掛かるのではないか?というのがクルトの予想らしい。

 ほんの僅かな沈黙の後、ルドルフが静かに呟く。

 

「つまり、自在に姿を消したり現したりする事が可能な能力ではない為に、瓦礫街ではすぐに透明化してカイを追う事が出来なかった。という事ですか……」

「という事は、要するに奴の透明化を一度解除させる事さえ出来れば、此方が有利になる。という訳だが……結局の所、その透明化した状態が最も厄介且つ、容易に見つける事の出来ない状態である事に変わりはないぞ」

 

 ルーカスの言葉にクルトも渋い表情を浮かべる。恐らく彼もそこを考えあぐねているのだろう。

 

(不味いな。このままじゃ話が堂々巡りだ……)

 

 そんな焦りにジワリと胸を締め上げられ、そこでカイはふと気が付いた。

 姿を消す事が出来る能力。というのは、最強の切り札となり得る非常に厄介な能力だ。そんな彼女をわざわざ一番最初にガーディアンフォースへ差し向けた事自体が、そもそも幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の策だったとしたらどうだろう?

 現にこうして、自分達はヒドゥンの能力への対策に頭を悩ませる事になっている。彼等はそれを見越していたのではないだろうか?

 

「……なぁ、逆にこう考える事も出来ねぇか?」

 

 唐突なその一言に、今度は全員の視線がカイへ注がれる。

 彼は真剣な……それでいて何処か冷たい眼差しで呟いた。

 

「俺と瓦礫街で顔突き合わせてる以上、クラウやヒドゥンの厄介さを俺達が警戒してる事は、あいつらだって織り込み済みの筈なんだ。もし俺達が誰かを暗殺するとして、そういう便利な能力を持った仲間の存在が既に相手にも認知されている場合……俺達ならどうする?」

 

 その言葉に、全員がハッとしたように顔を見合わせた……

 

   ~*~

 

 その頃、エドガーは別の意味で頭を抱えていた。

 というのも、レンがミレトス城を訪れたのが1年ぶりである為、久し振りにゾイドの操縦を教えて欲しいとマリーベルがせがんだのである。

 本来なら乗馬用に設けられている芝生地帯を駆けるロイヤルセイバーを眺め、彼は盛大な溜息を吐いていた。

 

「いくら予告された時間が今夜とはいえ、あんなに目立ってたら『狙って下さい』って言ってるようなものじゃないか……」

 

 やれやれと頭を抱えている彼の隣では、ネロも同様の表情を浮かべている。

 まぁ彼の本音にしてみれば、レンが操縦を監督してくれてさえいれば、薔薇園も、噴水も、生垣も踏み潰されずに済み、マリーベルの機嫌も良くなるので、助かることこの上ないのだが……今回ばかりは状況が状況なだけに気が気ではない。

 

『だけど、ロイヤルセイバーも嬉しそうだし、今はレーダーに反応も無いから、少しくらい良いんじゃないかな?』

 

 身に着けているインカムから届いたシーナの言葉に、エドガーは呆れと諦めを綯い交ぜにしたような表情を浮かべる。

 

「殿下の気を紛らわせる。という意味では確かに良いかもしれないけど、奴らの保有機の中にはヘルキャットも居るんだ。油断は出来ないよ。シーナ」

『うん!』

 

 現在シーナは、光学迷彩を起動させたヘルキャットの中に居た。

 本来ならより多くの護衛を付けるベきだろうが、

 

「愛する人との細やかな一時に水を差すなど、無粋以外の何物でもありません!」

 

 と、護衛が付く事をマリーベル本人が拒否してしまったのだ。

 その為、こっそり護衛に回れるシーナのキートのみで、現在ロイヤルセイバーの護衛に当たっているのである。

 

「悪いな。戦闘員じゃないオペレーターの君1人に、護衛を任せてしまう事になって」

『んーん。気にしないで。それにキートとユナイトも一緒だから大丈夫。1人じゃないよ』

 

 ネロにそう言葉を返したシーナは、レンとマリーベルの邪魔にならないように気を付けつつ、ロイヤルセイバーの後に付いて地を蹴る。

 ユナイトがキートに合体している為、シーナは現在、キートと意識共有を行っている状態だ。これも本来は周囲……主にカイから反対の声が上がったが、シーナが押し切った。

 ユナイトが合体した事で、エネルギーが消費した端から回復される状態にある為、キートは光学迷彩を起動したまま長時間の行動が可能となっている。この状態ならば、敵から狙われる可能性はかなり低いだろう。自分の仕事は、万が一襲撃された際、レンがマリーベルを連れて離脱するまでの時間を稼ぐ事。当然、エドガーや第三陸戦部隊の軍人達も、すぐに援護に駆け付けてくれる手筈になっている。

 それに、キートと意識を共有しているからこそ、身一つで地を駆け抜ける感覚はシーナにとって新鮮だった。降り注ぐ日差しの下、柔らかくそよぐ風を感じながら走る。踏みしめる芝生の感触も心地良い。正直、今が護衛中だという事を忘れてしまいそうな程、楽しくてしょうがない。

 

『グオグオ』

「あ!うん!大丈夫!ちゃんとお仕事するよ!」

 

 気を抜かないでね。と注意を促すユナイトの言葉に、思わずギクリとしながら返事を返す。

 そんなシーナの声を通信越しに聞いて、エドガーはネロと苦笑を浮かべるのだった。

 

   ~*~

 

「やはりゾイドは良いですね。自由に駆け回れて、悩みも不安も全て忘れる事が出来て」

 

 結局、一日中ロイヤルセイバーで駆け回ったマリーベルは、城の皇族専用機格納庫へ戻って来ると、晴れやかな表情でそう言いながらレンの手を取り、コックピットを降りる。

 そんなマリーベルと手を繋いでタラップを降りながら、レンは明るく笑った。

 

「良い気晴らしになったみたいで、俺も安心したよ。ロイヤルセイバーも、前よりマリーの言う事を素直に聞いてくれるようになってたし。城の庭を滅茶苦茶にしたって聞いた時はどうなる事かと思ってたけど――」

 

 そこでハッとしたレンは、そろりとマリーベルの顔を見つめる。

 マリーベルはちょっとムッとした表情でレンを見上げていた。

 

「それをレン様に話したのは、ネロですね?」

「いやまぁ……あ!でもネロ兄の事は怒らないでやってくれよ?ネロ兄も悪気があった訳じゃねぇんだ。ただどうしても、マリーが何かやらかしちまうと、護衛兼世話役として色々言われちまう立場だからさ……」

「それは私も分かっています。私がネロに迷惑を掛けてしまっている事も……」

 

 そう呟いて、マリーベルは何処か悲し気にロイヤルセイバーを見上げる。

 

「ロイヤルセイバーは高速戦闘用ゾイドでありながら、皇族専用の護衛機として、有事の際しか使われる事がありません。走る事に特化したこの子が、常日頃退屈している事は私も心得ているつもりでした。ですが、いざ1人で乗ればネロからお聞きの通りです。私では、この子の『走りたい』という欲求に上手く応えてあげる事が出来ませんでした。薔薇園を滅茶苦茶にしてしまったのも、噴水を壊してしまったのも、生垣を薙ぎ倒してしまったのも、全ては私の未熟さ故です」

 

 そんなマリーベルの頭に、ぽん。と優しい手が乗せられる。

 視線を移した先で、レンは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「それが自分でちゃんと分かってるなら大丈夫だ。ロイヤルセイバーが前より素直にマリーの言う事を聞いてくれるようになってるのも、マリーがそうやって自分を気に掛けてくれてる気持ちが、こいつにちゃんと伝わってるからだと思うぜ? だからマリーも、こいつの事を嫌いになったりしないでやってくれよ? な?」

 

 その言葉に、マリーベルは再びロイヤルセイバーを見上げる。ロイヤルセイバーは、レンの言葉を肯定するかのように、小さく喉を鳴らすような声を上げて見せた。

 

「ロイヤルセイバー……」

 

 ホッとしたように微笑んだマリーベルは、レンへ視線を戻し、元気良く頷く。

 

「勿論です! 私もロイヤルセイバーの事が大好きですから! 嫌いになったりなど、絶対にありえません!」

「そっか。なら良かった。な? ロイヤルセイバー」

「グルルル」

 

 ロイヤルセイバーの穏やかな返事に、顔を見合わせて笑い合った後、不意にマリーベルが思いついたようにレンへ訊ねた。

 

「そういえば、レン様が乗っているゾイドは、最新鋭のライガーだというお話でしたね」

「あぁ。ライガーゼロ-プロトって言うんだ。俺はゼロって呼んでる」

「お城へ戻る前に、見せて頂いてもよろしいですか?」

 

 キラキラと期待の眼差しを向けられ、レンは暫し考え込む。

 外は陽が傾き始めている。そろそろ城へ戻らなければ今回の護衛作戦に支障が出るだろう。しかし、此処で「駄目」と言っては、どうにもマリーベルが可哀そうだ。

 

(まぁ、此処からゼロを駐機してるエリアまではそんなに遠くねぇし……少しくらいなら良いか)

 

 レンはそう考え、頷いた。

 

「あぁ。勿論」

 

   ~*~

 

 駐機場へやって来たマリーベルは、初めて見るライガーゼロに目を輝かせた。

 赤と黄色のCASユニットを身に纏い、夕陽に照らし出されたライガーゼロの姿は、何とも雄々しく、美しく、そして凛々しい。

 

「なんて綺麗なゾイド……」

 

 半ば無意識に、そんな言葉が幼い唇から零れる。

 そんなマリーベルの言葉に、レンは小さく笑い声を上げて相棒を見上げた。

 

「綺麗だってさ。良かったなゼロ」

「グォン」

 

 返事をするように鳴いたライガーゼロは、そっと頭を下げ、マリーベルを見つめる。

 人が乗っていないにも拘らず、自身の意志で動いて見せたライガーゼロに驚いたのだろう。マリーベルは微かに戸惑ったようにレンを見上げた。

 

「レン様。この子、一体どうしたのでしょう?」

「あぁ、きっとマリーに挨拶してるんじゃないか?『よろしくね』ってさ」

 

 その言葉に、マリーベルも笑みを浮かべる。

 目一杯背伸びをして、目の前の巨大な獅子の鼻先を撫でながら彼女は呟いた。

 

「私はマリーベルと申します。よろしくお願いしますね。ライガーゼロ」

「グルル」

 

 ライガーゼロが、その巨大な鼻先をマリーベルに摺り寄せる。

 まるで「こちらこそ」と言っているようにも、「もっと撫でて」とせがんでいるようにも思えるが、レンはそんな相棒の姿に、ふと気が付いた。

 

(ゼロが俺以外にこうして鼻先を摺り寄せるのって、初めてなんじゃ?……)

 

 オーガノイドシステムによって強い自我を獲得したライガーゼロは、それ故に自身が主と認めたレンにしか懐かなかった。整備スタッフ達は勿論、開発者であるあのトーマにすら、このような姿を見せた事は一度も無いのだ。それなのに、今日初めて出会ったばかりのマリーベルに対し、このように友好的な態度を示している……

 

「……マリーの事、気に入ったのか?」

 

 不思議そうに訊ねたレンに対し、ライガーゼロはぐいぐいとレンへ鼻先を摺り寄せた。

 それがまるで「一番大好きなのはレンだから安心して」と言っているようで、レンは小さく噴き出すように笑う。

 

「わかったわかった!わかってるって!俺もお前が一番の相棒だよ!」

「ガルォッ」

 

 満足したように鳴いたライガーゼロの鼻先を撫でて、レンは告げる。

 

「じゃ、俺達は一旦城へ戻るから、大人しく待っててくれよ? 」

「グルゥ……」

 

 若干不服そうな声を上げたものの、大人しく居住まいを正した相棒の姿を確認し、レンはマリーベルへ告げた。

 

「さ。もうすぐ陽も暮れちまうし、城に戻ろうぜ」

「はい。レン様」

 

 マリーベルと手を繋ぎ、レンは城へ向かって歩き出す。

 

(マリーはゾイドに警戒心を向けられないっていうか、妙にゾイドに好かれるんだよな。ルドルフ陛下もすっげぇゾイド乗りだし、もしかしたら、そのうち俺なんか軽く追い抜いちまうかも)

 

 思わず、立派なゾイド乗りに成長したマリーベルの姿を想像してしまう。

 ガイロス帝国女皇帝兼、一流ゾイド乗り……それも悪くないのでは?などと考えながら、それでもまだ、もう暫くは追い抜かれたくないな。とも思ってしまう自分が居る。

 

(……って、そんな暢気な事考えてる場合じゃねぇな!こっからは気が抜けねぇんだ。何がなんでも、マリーを守らねぇと……)

 

 そんな思いの現れのように、レンはマリーベルの手を微かにギュッと握り直す。そしてマリーベルもまた、そんなレンに応えるようにそっと手を握り返してきた。

 しかし、レンはこの時想像もしていなかった。

 自分の手を握って歩く“ゾイドに愛された少女”が、その体質故に“とんでもない事”をしでかしてくれる事を……




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第40話-姿無き暗殺者-

 夜の帳が、空を覆っていく。

 さぁ。もうすぐ素敵で滑稽なショーが始まるぞ。

 演者がより自分の役割をこなせるよう、俺も好きにやらせてもらおうじゃないか。

 どうせ本当の目的は、全く違う所にあるのだから……

 [イグナーツ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第40話:姿無き暗殺者]

 

 燃え上がるような夕焼けの赤も、広がり始めた宵の色に段々と染まりつつあった。

 まだ漆黒と呼ぶには程遠いその色は、藍を始めとした幻想的なグラデーションで空を彩る。

 名残惜し気に残ったほんの一握りの夕焼けは、遥か遠い地平線に薄く伸びるのみだ。

 そんな空を、皇居ミレトス城の窓から見上げる少女が1人……

 

「殿下」

 

 優しいその呼び声に振り返れば、皇族親衛隊の副隊長であるヴィオーラが、穏やかな笑みを浮かべて此方を見つめていた。

 少女……マリーベルはそんなヴィオーラに穏やかな笑みを投げかけ、再び自室の窓から空を見上げる。

 

「綺麗な空ですね。これから私の命を狙う者が来るというのに、まるでそれが取るに足らない事のように思えてしまいます」

「例えこの惑星にとって、人の営みが取るに足らない事であったとしても、私共にとっては一大事でございます。今日この日、数多の精鋭が集って警護に当たり、目を光らせているのも、全ては殿下をお守りする為なのですから」

 

 穏やかに、そして何処かそっと言い聞かせるように語りかけるヴィオーラに対し、マリーベルは悲し気な眼差しである場所を見つめる。

 

「……今日この日ほど、自分の立場を呪う日は来ないでしょう。私のような年端もいかぬ子供1人の為に、多くの兵が命すら捨てる覚悟で警護に当たってくれています。しかもその中には、私が想いを寄せる最愛の人まで……」

 

 マリーベルが見つめる先。そこには、駐機場に駐機された1頭の獅子の姿があった。

 遠い宵の薄闇の中でもハッキリと判る赤と黄の鎧に身を包み、静かに戦いの時を待つ気高き獅子の姿は、何とも頼もしく、そして同時に酷く心配でもある。

 レンは自分が知り得る中でも最高のゾイド乗りの1人だ。この任務で命を落とすような事は無いだろう。しかしそれでも不安は尽きない。マリーベルの心配は、自分自身の安否よりも最愛の想い人であるレンに、そして自分を警護する為に集められた数多の兵に対して向けられていた。

 彼女は振り返り、懇願するようにヴィオーラを見上げる。

 

「教えて下さい。ヴィオーラ。それほどの価値が、はたして私にあるのでしょうか?いっそ、私1人の命で皆を救えるのなら。とすら思ってしまうのは、私が弱いからでしょうか?」

「それは――」

「自分1人の犠牲で済むなら。なんて、思っちゃ駄目だよ。マリーちゃん」

 

 ヴィオーラの言葉をやんわりと遮った優しい声に、マリーベルが、そしてヴィオーラが声の主を見つめる。

 そこには、椅子に腰かけて作戦概要を確認しているシーナの姿があった。

 手にした大型タブレットで作戦内容を読み返しながら、彼女は穏やかに言葉を続ける。

 

「カイが瓦礫街に行く時も、同じような事を言ってた。自分はどうなっても良いけど、他の誰かが傷付くのが嫌だ。って……でもそれって、結局皆を悲しませるだけだと思うの。」

 

 そう言ってシーナは顔を上げ、マリーベルを見つめると、優しく笑いかけた。

 

「少なくとも、私はマリーちゃんに二度と会えなくなっちゃったら、寂しいなぁ」

「シーナ……」

 

 黒曜石のような瞳に涙が滲む。

 シーナは手にしていたタブレットをテーブルに置き、そっと席を立つと、マリーベルをギュッと抱き締める。

 

「不安に押し潰されちゃう前に、皆を頼って良いんだよ。その為に皆来たの。だからね、泣きたい時は思いっきり泣いて良いんだよ。ね?」

 

 シーナの言葉に、その行動に、ヴィオーラもマリーベルと視線を合わせるように屈み、そっとその小さな背に手を添える。涙の浮かんだ大きな瞳を見つめ、優しい顔で一度だけ、ゆっくりと頷いて見せれば、マリーベルはシーナにギュッと抱き着いて泣き出した。

 

「ごめんなさいッ……私が命を狙われたばかりに、皆さんをッ、危険な目に遭わせてしまってッ……ごめんなさいッ……本当に、ごめ……なさいッ……」

「んーん。マリーちゃんはなんにも悪くないから、謝らなくて良いよ。大丈夫。皆で必ずマリーちゃんを守るから。だからマリーちゃんも、皆を信じてあげて。それだけで良いの。それだけで十分だから」

 

 優しく語りかけながら、マリーベルの亜麻色の髪を撫でるシーナの姿に、ヴィオーラは何処か不思議な気持ちになっていた。

 

(昨日初めて出会ったばかりなのに、殿下の不安を此処まで感じ取って、素直に吐き出させることが出来るなんて……)

 

 この時代に目覚めてまだ間もないという彼女の言葉が、皇族としての立場に縛られる幼い少女の心に、こうも真っ直ぐ刺さり、不安を吐き出させている……長らくルドルフの、そしてマリーベルの傍にいた自分だが、もしもシーナが居なかった場合、果たして同じ事が自分に出来ただろうか?

 自分自身も、命を狙われた経験ならばある。盗賊に身を(やつ)していた頃、軍への復帰をチラつかされ、帝国と共和国の全面戦争の火種を生むべく裏工作に加担し、そして失敗に終わった。その口封じの為に帝国軍から追われ続けたのだ。

 しかし、その頃の自分は既に、戦い方もゾイドの乗り方も一通り心得ていた。欲を掻いてしまった自分達の自業自得だという思いもあった。だから、長い逃亡生活に神経を擦り減らしこそすれ、その現状をある程度受け入れてもいたのだ。

 だが、マリーベルは違う。ルドルフのように命を狙われる理由が明確だったのとも、また状況が違う。レンからゾイドの乗り方を教わってはいるが、1人で戦う術とはまだ到底呼べもしない。成す術も無く、身に覚えの無い殺害予告を受け、命を狙われる……そんな恐怖を、戸惑いを、自分は経験した事が無い。

 そして同時に、マリーベルは自分が命を狙われている事よりも、それによって集められた軍人やガーディアンフォースの隊員達の身を案じている。自分のせいで危険な目に遭わせてしまっていると、死傷者が出る事を恐れている。それは必ずしも、彼女が心優しいからというだけではない。命を狙われた自分を責め、周囲を心配する事で、少しでも自分以外の者へ意識を向け、無意識に逃避していたのだろう。

 今この瞬間崩れたマリーベルの気丈さが、シーナに抱き着いて涙を流すその姿が、彼女が抱えていた不安や恐怖といった物の大きさを物語っていた。

 

   ~*~

 

 今までの気疲れや、今日1日ロイヤルセイバーを乗り回していた疲労もあったのだろう。そのまま泣き疲れて寝てしまったマリーベルをベッドに寝かせ、ヴィオーラがふとシーナに囁やいた。

 

「ありがとう。シーナ」

「え?」

「殿下は皇女として、ずっと気丈に振舞っておられたから……こうして素直に泣いて、不安を吐き出せたのは、貴女のお陰よ。」

「……そう……かなぁ? 私は……なんとなく、思った事を言っただけだよ」

 

 シーナはそう呟いてベッドに腰掛け、眠っているマリーベルの頭を優しく撫でる。

 

「泣かないのは苦しい事だし、いつ誰に殺されるかわからないのは、とっても怖い事だから……我慢しなくていい時まで我慢するのは、良くないなって思ったの。ホントに、ただそれだけ」

「……大人になるとね、そういう当たり前の事が、当たり前に出来なくなるのよ」

 

 シーナの隣に腰掛け、ヴィオーラはその澄んだ鶯色の瞳を見つめた。

 

「ねぇ、シーナ。良かったらこれからも、殿下のお姉ちゃんで居てあげてくれないかしら?」

「おねえちゃん……」

 

 その言葉は、シーナにとって妙に新鮮だった。

 弟妹はおらず、ガーディアンフォースの仲間達も年上ばかり。そんな自分が“お姉ちゃん”と呼ばれるのは、妙にくすぐったい気分だ。

 

「うん。私、ずっとマリーちゃんのお姉ちゃんでいるよ」

 

 はにかみながらシーナが頷いた……その次の瞬間だった。

 耳を劈くような音を立てて、窓ガラスが砕け散ったのは。

 

(来たッ……)

 

 ヴィオーラの手が腰に携えた拳銃を掴む。パッと目を覚ましたマリーベルをシーナが抱き締め、その2人を守るようにユナイトが立ち塞がり、威嚇の声を上げた。

 部屋の前で警護に当たっていたクルトとエドガー、そしてロッソが、間髪入れずに扉を開き、室内へ踏み入った先に待っていたのは、姿無き暗殺者と対峙するヴィオーラの姿だった。

 

「驚いたわね。まさか本当に姿が見えないだなんて」

 

 冷汗が一筋、彼女の頬を伝う。

 銃を向ける先には当然侵入者の姿など無い。何も無い虚空に銃を向けているという感覚に若干戸惑いながらも、ヴィオーラは警戒を崩さなかった。気配だけで分かる“圧”がズシリと此方の動きを押し留めているのだ。

 

「ふふっ……ふふふっ……」

 

 何処か嘲笑するような、押し殺した笑い声が不意に響く。

 直後、床に散らばった無数のガラス片のうちの幾つかが、踏み砕かれたかのようにパキリと音を立てた。

 

「そこか!!」

 

 ヴィオーラの声と共に、彼女の拳銃だけでなく、ロッソとエドガーの持つ拳銃も、踏み砕かれたガラス片の周囲を威嚇射撃のように打ち抜く。

 しかし、侵入者は全く違う場所に不意に現れた。

 

「何処狙ってんの?下手っぴ」

 

 トンッと軽い音を立て、窓枠に1人の少女が降り立つ。

 鮮やかな菫色の髪に、水色の瞳……その容姿にクルトが声を上げた。

 

「現れたなゴースト……いや、クラウ」

 

 その言葉に、クラウはクスッと挑発するような笑みを零し、背面から窓の外へ倒れるように飛び降りる。その瞬間にはクルトが駆け出していた。

 

「ロッソさん達は手筈通りに!」

「あぁ!わかった!」

 

 ロッソとエドガーが、ヴィオーラ達と共にマリーベルを連れて部屋を後にする。

 その姿を僅かに確認するに留め、クルトはクラウを追って窓を飛び降りた。

 

   ~*~

 

 マリーベルの自室は、ミレトス城の7階に位置している。そんな高さから身一つで飛び降りるなど、普通ならばまず間違いなく死ぬだろう。だが、クラウにはオーガノイドであるヒドゥンが付いているのだ。こうも呆気無く身を投げて死ぬとは到底思えない。

 そしてクルトも、無策に窓から飛び出した訳では無かった。彼は飛び出すと同時に振り返り、手首に装着したワイヤーリールからワイヤーを放つ。破壊された窓の枠にロックされたワイヤーは、独特のドラグ音を立てながら彼を一直線に中庭へ誘う。

 月明かりが照らす夜の静寂を切り裂いたその音は、これから始まる“姿無き暗殺者”との戦いの幕を切って落とす音のように響き渡った。

 

「ッ!」

 

 中庭へ着地すると同時に、死角から見えざる刃が迫る。

 立ち上がった振り向きざまに感じ取った、刃の振り抜かれる“僅かな風圧”を頼りに、咄嗟にバックステップで距離を取ったが、その一薙ぎは恐ろしい程に重く、鋭く、クルトの胸元を横一線に切り裂いた。上着のファスナーすら紙切れのように切り裂いたその切れ味に、流石の彼も冷汗が背筋を伝う……幸い、大して深い傷では無いが、切り裂かれた傷口からじわりと広がる血の感触と痛みに、彼の瞳から光が完全に消え失せた。

 

「すごいね。ヒドゥンの攻撃に此処まで反応して見せるなんて――」

 

 さも面白そうに嗤う無邪気な声が背後から響いたその瞬間、クルトは投擲ナイフを3本、背後めがけて振り向きざまに放つ。

 突然背後から声を掛けられたにも拘わらず、一切の隙を見せず攻勢に転じたのが意外だったのだろう。クラウは言い終わりかけていた言葉尻を飲み込み、バック転でそのナイフを躱しながら距離を取った。

 

「……ふーん。そっちもナイフ使いなんだ」

 

 楽し気な笑みを浮かべながらも、水色の瞳が温度を下げる。

 あどけなさの残る大きな瞳の奥に、狂気じみた獰猛さがチラつく様を眺めながら、クルトはたった一言だけ冷たく言い捨てた。

 

「言い残す言葉はそれだけか?」

 

 その言葉に、クラウも袖の中に隠し持っていたナイフを両手に構える。

 彼女はそのまま真正面から一直線にクルトへ向かって駆け、そして姿を消した。

 

「テオ」

 

 突如相手が目の前で姿を消したというのに、クルトは冷静に相棒へ呼び掛ける。

 何処からともなく現れ、消える。それがヒドゥンの能力の応用である事は、あらかじめ仮説として自分が提唱していた事だ。姿を消す能力があるというのに、馬鹿正直に正面から突っ込んで来る方がそもそもおかしい。

 

[Eシールドに酷似したエネルギー周波数を僅かに検知しました。しかし、金属探知機能、及び通常レーダーに反応は認められません]

 

 テオの言葉に、クルトは内心舌打ちすると、突然現れ右から切りかかって来たクラウの一撃を右手のコンバットナイフで受け止め、腕力任せに彼女を弾き飛ばす。

 やはりヒドゥンの透明化能力は一定の不可視空間を作り出す事が出来るのだろう。オーガノイドがそう言ったシールドの類を展開するというのは、一見違和感のように感じるが、ジークやシャドーが体内格納の他に、球体状のシールドを使って人間を運ぶといった芸当が出来る事から、存外有り得ないという訳でもない。

 ……が、想像を上回っていたのはその性能だ。金属探知やレーダーすら無効化する事が出来るというのは、あまりにも厄介過ぎる。

 そんな思考に脳を使いつつ、本能と反射神経でクラウの攻撃をナイフでいなし、反撃しながら彼はふと思った。

 

(やはり、バイザーデバイスは付けて来なくて正解だったな)

 

 父、トーマからディバイソンを譲り受けた際、コックピット内に装備されていたデバイスヘルメットを撤去して据え付けたバイザーデバイスは、機外での活動にも使えるようになっており、暗視機能やテオが解析したデータの表示機能等があるのだが、如何せん視界が狭まる為、戦闘には不向きでしかない。

 姿の見えないヒドゥンに対して、テオの解析したエネルギー周波数を可視化して確認出来ないのは些か悔やまれるが、此処はもう自分を信じるしかないだろう。白兵戦において信じられるのは、結局の所、いつだって自分だけ……そして、そんな孤独な戦いを自分が最も得意としている事は、あの日からずっと変わらない。

 

「はぁ!――うぁぅ?!」

 

 切りかかって来たクラウの細い首を左手で思いっきり引っ掴み、そのまま地面へ叩き付けるようにしてねじ伏せる。

 

「悪いな。俺は例え相手が女子供だろうと、敵ならば容赦しない」

 

 右手に握ったコンバットナイフをすかさず逆手に持ち替え、しかしそのナイフは、クラウに振り下ろされる前に、切りかかって来たヒドゥンの尾を受け止める。

 苦々し気な舌打ちと共に一旦距離を取れば、すかさず見えざる刃との攻防が幕を開けた。

 先程、胸元を切られた際にダメージを最小限に抑えた要領で、僅かに押し寄せる風圧と、尾が振り抜かれる際に立つ微かな風切り音を頼りに、ナイフ一本で刃を凌ぐ。頭で考えるよりも早く、ただ本能だけに身を任せ、脊髄反射のように紙一重で……

 

(こんな芸当が出来るの、イグだけだと思ってた……)

 

 地面に叩き付けられた際に頭を打ったせいで微かに眩暈のする中、クラウはヒドゥンと身一つで渡り合うクルトを眺める。

 そして、姿の見えないヒドゥンの動きに全意識を集中している今が、彼を倒す最大のチャンスである事を彼女は確信した。確かにその驚異的な戦闘センスは、古代強化兵であるイグナーツにも引けを取らない程ではある。しかし、所詮相手はただの人間だ。勝機は此方にある。

 クラウは袖に仕込んでいた投擲ナイフを数本、おもむろにクルトへ放つ。1本は手にしたコンバットナイフで、もう1本は咄嗟に抜いた投擲ナイフでどうにか凌いだクルトだったが、残りの1本が頬を掠めると同時に、ヒドゥンの尾が無防備になった右の脇腹を捉えた。

 

「くっ……」

 

 間一髪で回避するも、確かに感じた皮と肉を裂かれる感触に、クルトは押し殺したような声を小さく上げ、苦痛に顔を歪める。

 それでも、飛距離を優先した低いバック転で精一杯距離を取った彼は、地面を捉え切れなかった足がザァッと音を立てて滑るのすら無視して、先程手にした投擲ナイフをヒドゥンめがけて放つ。

 オーガノイド……いや、ゾイドにとって対人武器など本来痛くも痒くもない筈だが、そこはクルトの知識と観察眼が一枚上手だった。

 迫り来る微かな“足跡”から、おおよその見当を付けて放たれたナイフは、吸い込まれるようにヒドゥンの左脚関節へ突き刺さり、案の定、突然駆動部に異物を噛んだヒドゥンは痛々しい声を上げて地面へ倒れ、その姿を露わにしたのだ。

 

「ヒドゥン!!」

 

 慌ててクラウがヒドゥンへ駆け寄る。

 カイの話通り、紫色の体色に翡翠色の目……その尾の先は身幅の広い刀のようになっており、その刃渡りは、先程の回避がもしあと一歩間に合っていなければ、確実に上半身と下半身が泣き別れになっていたであろう事を察するには十分だった。

 

「これでもう、透明化する事は出来ないようだな」

 

 切り裂かれた脇腹を押さえながら、そっと立ち上がる。そこそこの出血量ではあるが、腹圧で内臓が飛び出してくる様子は無い為、傷はどうやらそこまで深くはないらしい。この程度ならば、まだどうにか動けるな。と思いながら、彼はクラウを見据えた。

 

「怪我をしたくなければ、大人しく投降しろ。お前達には聞きたい事が山程ある」

 

 一瞬だけ、酷く悔し気な表情を浮かべたクラウだったが、ナイフを構える素振りすら見せずふらりと立ち上がった彼女は、ニタリとした笑みをその顔に張り付ける。

 

「投降?する訳ないじゃん。どっちにしろクラウの最初の役目はもう終わったもん」

「役目だと?」

 

 眉を顰めたクルトの前で、クラウの背後に倒れていたヒドゥンが突如むくりと起き上がった。

 ナイフの刺さった駆動部がスパークしてはいるものの、ヒドゥンは威嚇するように一際大きな鳴き声を上げると、体内へクラウを格納し、背中の小型ブースターで空へと舞い上がる。

 

「くそ!逃がすか!!」

 

 すかさずヒドゥンめがけてワイヤーを放ったクルトだったが、ヒドゥンは放たれたワイヤーを尾の刃で真っ二つに切り捨て、飛び去ってしまう。その方角にハッとした彼はインカムの通信回線を開き、呼び掛けた。

 

「レン!カイ!ヒドゥンがそっちへ向かった!」

『えぇ?!マジか――』

『おいこら!!ヒドゥンの足止めは俺がやる。って啖呵切りやがった癖に、何やってんだこの馬鹿!』

 

 面食らったようなレンの言葉はともかく、間髪入れずに響いたカイの言葉に、クルトも思わず怒鳴り返す。

 

「貴様!それが負傷した仲間に言う言葉か?!」

『ちょ?!クルトお前――』

『やられて威張ってんじゃねぇ!こっちは今、シーナとユナイトが殿下を連れて逃げて来てる真っ最中なんだぞ?!途中で鉢合わせちまったらどーすんだよ?!』

「なッ……」

 

 カイのその一言に、瞬間湯沸し器のように頭に上っていた血の気が、一気に引いていく。

 

―クラウの最初の役目はもう終わったもん―

 

 先ほどのクラウの言葉が脳裏を過る。

 予定ではマリーベルを安全な場所……ミレトス城の地下通路を通り、第三陸戦部隊の陣営へ連れて行く算段であった筈だ。しかし、その手前に駐機しているガーディアンフォースの陣営を目指しているという事は、恐らく地下通路に入る前に“本命”が襲撃して来たのだろう。

 そして、クラウはその報告を何らかの形で受けたに違いない。それこそ、耳が完全に髪に隠れている彼女の髪型なら、小型のインカムを装着していても全く分からない筈だ。

 

「わかった!なら俺もすぐそっちに――」

『はぁ? あっさり敵に逃げられちまった役立たずが、どの面下げて応援に来るって??』

「なんだと?!おいカイ!いくら俺に非があるとはいえ!言って良い事と悪い事の区別も付かんのか貴様は!一体どういう意味だ!!もういっぺん言ってみろ!!」

 

 あんまりな物言いに、流石のクルトも不良のように声を荒げる。

 しかし、その後に響いたカイの言葉はあまりにも予想外だった。

 

『だぁかぁらぁ!!怪我人は足手纏いだから大人しくすっこんでろっつってんだよ!!こっちは俺達で何とかすっから!!てめぇはとっとと手当てでも何でも受けてこい!!』

「……は?」

『は?じゃねぇだろ!!無茶はしねぇってシーナと約束した癖に怪我しやがって!!てめぇシーナ泣かせたら後でしばき回すからな!!いちいち言わせんじゃねーよ!!このクソボケ!!』

「おい!ちょっと待――」

 

 捲し立てるだけ捲し立て、ブツンッと乱暴に切られた通信に、クルトは思考を止めたまま、ぽかんとした表情を浮かべて固まる。

 

(なんであいつが俺とシーナさんの約束を知ってるんだ?……)

 

 シーナと第七辺境支部で交わした「絶対に無茶はしない」という約束。何故それをカイが知っているのだろう?……まさか盗み聞きしていたのでは?などと考えながら、心の片隅がチクリと痛む。

 正直自分にとって、この程度の怪我なら無茶でも何でもないのだが……それでも、シーナが泣く姿が容易に想像出来てしまい、彼は途方に暮れた様子で呟いた。

 

「今回ばかりは……大人しくカイにしばかれるしか、なさそうだな……」

 

   ~*~

 

「急げ!こっちだ!」

 

 一方、時は遡る事、およそ20分前……

 マリーベルの自室を後にした護衛組は、打ち合わせ通り城の地下へ設けられた隠し通路へ向かっていた。先頭を走るロッソの後ろに、マリーベルを背中に乗せたユナイトが続き、その両脇をエドガーとシーナが固め、殿をヴィオーラが勤める形で、彼等は城内を駆け抜ける。

 地下通路の入り口は第三陸戦部隊の者が警備している。クラウも全く違う場所に現れた為、内部で敵に待ち伏せされている事は無いだろう。

 

―俺達ならどうする?―

 

 今朝の対策会議でのカイの言葉を、ロッソはそっと思い返す。

 

(全く、あの歳でよく此処まで思い至ったものだ……)

 

 彼の読みはこうだ。一目で脅威とわかる厄介な能力の持ち主。クラウとヒドゥンを先に仕向ける事で、そちらの対策に気を取らせる。そして彼女達に警護の者達の気を一手に引かせ、守りが手薄になった所に本命を差し向け、一気に叩かせるつもりなのだろう。と。

 ……こうして見れば至って単純な囮作戦だが、だからこそ、その読みが正しかったように思う。

 一つ心残りがあるとすれば、相手のその作戦を逆手に取る場合、クラウとヒドゥンの足止めを誰が引き受けるか?という議論になった際、真っ先に名乗り出たクルトの安否だ。姿の見えないオーガノイドを相手に、生身の人間であるクルトが1人で立ち向かうというのは、かなり厳しい……いや、ほぼ勝算は無いと見て良いだろう。

 

―自分の事は気になさらないで下さい。頑丈さだけは人一倍ですから―

 

 心配の眼差しを向ける自分達に、20歳にも満たない青年はそう言って笑って見せた。そしてどちらにせよ、マリーベルの守りを手薄にする訳にも行かない事から、クラウとヒドゥンの足止めはクルト一人に託される事となったのだ……その判断が間違いでなかった事を、今は願うしかない。

 

「マリーちゃん。もうすぐ地下通路だから、ユナイトにちゃんと掴まっててね」

「はい!」

 

 しっかりと頷き、マリーベルはユナイトの首にギュッと抱き着き直す。

 窓の割れ砕ける音で突然目を覚ましたというのに、マリーベルはパニックを起こすどころか、泣く事すらしなかった。今は泣く時ではない。それをよく心得ているのだろう。

 しかし、辿り着いた先……地下通路の入り口は、そんな幼い皇女にはあまりにも凄惨な状態と化していた。

 

「ぁ……」

 

 すっかり怯えた声が、その幼い唇から微かに零れる。

 通路の入り口を警備していた第三陸戦部隊の帝国兵達は、軒並み倒されていた。床に倒れている者。壁に背を預ける形でぐったりと頭を垂れている者……皆一様に血にまみれ、床も壁もそこかしこに弾けたような紅の痕が飛び散り、そこに立つ一人の侵入者が、最後の1人と思しき兵の首を片手で掴み、ぶら下げている。

 

「殿下、見ないでッ」

 

 思わず咄嗟にエドガーがマリーベルの視界を遮るように手を翳し、その言葉にハッとしたマリーベルはギュッと固く目を閉じた。

 しかし、侵入者はぶら下げた兵を(くび)り殺す寸前でゆっくりと振り返り、ロッソ達を見つめる。

 薄い浅葱色の髪に、金色の瞳。白い肌。そして、猫に引っ掛かれたような3本の細長いフェイスマーク……色こそ違えど、その容姿はカイと瓜二つであった。

 

「え?……」

 

 真っ先に声を上げたのは、当然シーナだ。

 しかし、その声は戸惑いよりも疑問のニュアンスが強い。今目の前に立ち塞がっている侵入者の姿……そのフェイスマークの色や服装は、以前サンドコロニーでディスクを調べた際に垣間見た、戦闘データの収集者に他ならなかったが……

 

(違う……)

 

 アレックスは自分の双子の兄なのだ。髪の色も、目の色も、フェイスマークの色も、自分と全く同じ色をしている。つまり、彼もカイと同様、容姿そのものが似ているだけの別人だ。

 もし今回の任務でアレックスと対峙する事になったら、どうにかして止めようと思っていた。戦う術などロクに思いつきもしないが、それでもアレックスなら、妹である自分の呼びかけに応えてくれる筈だと、何処か確信していた……しかし、目の前の相手が他人である以上、そんな手は通用しない。

 一方、侵入者はシーナと目が合った瞬間、無表情だったその顔にほんの僅かな驚愕の色を示す。

 侵入者……ユッカの脳裏に、以前データの波の奥に垣間見た桜色の髪の少女の姿が過った。

 間違いない、あの時の少女が彼女だ……

 

「……シーナ?」

 

 彼の口から無意識に放たれた一言は……シーナにとって、あまりにも似過ぎていた。

 自分が落ち込んでいた時、悩んでいた時、いじけていた時、アレックスは決まってこんな風に名前を呼んでくれた。静かに、そして何処か不思議そうに……

 

(あぁ……)

 

 何故、彼も兄と同じ声をしているのだろう?

 何故、兄と同じ口調で自分の名を呼ぶのだろう?

 何故、こんなにも――

 

「あ?!シーナ!!」

 

 エドガーが戸惑ったように叫ぶ。

 シーナが突然、ホルスターに収められていた彼の拳銃を引ったくり、兄の姿を模った偽物(ユッカ)へ、容赦無く発砲したのだ。それも3発。

 しかし、乾いた発砲音の直後に響いたのは、重く鈍い金属音だった。

 信じ難い事だが、ユッカは片腕一本で放たれた弾丸を弾いて見せたのだ。

 射撃訓練など一切受けていないオペレーターのシーナが、突然発砲したという事も、放たれた銃弾を腕一本で弾いて見せたユッカも、ロッソ達にとってはあまりに予想外だった。

 時が止まったかのような沈黙が僅かに漂った直後、ユッカに捕らえられている兵が、その一瞬の隙を突いて思いっきりユッカへ蹴りを入れた事で、再び時が動き出す。

 ユッカが、その兵を思いっきり無造作にシーナめがけて放り投げた。

 

「っと!おい!しっかりしろ!」

 

 咄嗟にシーナの前に割り込んだロッソが、飛んで来た兵を受け止める。

 激しく咳き込んだ後、その兵は息も整わぬ中でロッソを見上げた。

 

「気を付けて、下さい……奴は……我々の背後……通路の中から現れました……他にも、伏兵が居るかもしれませんッ」

 

 そんな必死の訴えに、ロッソが渋い顔をする。地下通路の中から現れた。というのは、全く予想もしていなかったパターンの奇襲だった。

 

「きゃぁ?!」

 

 直後、迫って来たユッカをユナイトが咄嗟に尾で吹き飛ばし、壁へと叩き付けた。

 突然のその動きに、背に乗っていたマリーベルが振り落とされないよう、ユナイトの首に再びしがみつく。その姿を見たシーナが鋭く叫んだ。

 

「ユナイト!こっちの援護はいい!貴女はマリーを守る事にだけ集中して!」

「グォゥ……」

 

 ごめん……と呟くようにしゅんとしたユナイトの背の上で、マリーが戸惑ったようにシーナを見つめる。温かく優しかった筈の瞳は、普段とは違う瞳孔のハッキリとした冷たい色を宿していた。

 

「シーナ?……」

 

 遠慮がちに名を呼ぶマリーベルに、シーナは何処か優しく微笑む。

 

「怖がらせてごめんね。でも大丈夫。貴女のお姉ちゃんで居るって、ヴィオーラと約束したから」

 

 その言葉にマリーベルが、そしてヴィオーラが微かに目を見開く。

 シーナは手にしていたエドガーの拳銃を放り出すように投げ返し、ロッソへ告げた。

 

「私達は別ルートからマリーを安全な場所へ運ぶわ。奴の足止めをお願い」

「わかった!おい、動けるか?」

 

 ロッソは先程受け止めた兵に訊ねる。

 兵は一度だけ頷くと、若干ふらつきながらも立ち上がった。

 

「怪我人を庇いながら戦える相手じゃなさそうだ。貴方もシーナ達と一緒に行って下さい」

「わかったッ」

 

 エドガーの言葉を受け、兵はシーナとヴィオーラ、そしてマリーベルを乗せたユナイトと共にその場を後にする。幸い目立った外傷は特に見受けられなかった為、彼女達と一緒に逃げるだけなら特に問題は無いだろう。

 

「それにしても……」

 

 引き攣った笑みを浮かべたロッソの言葉に、エドガーもユッカへ向き直る。

 ユナイトに吹き飛ばされ、壁にめり込むほど叩き付けられたにも拘わらず、彼は全くダメージを受けていない様子でぽんぽんと砕けた壁の粉を掃っていた。

 

「あいつ、本当に人間か?普通どんなに運が良くても、骨くらい折れそうなもんだが……」

「……さぁ?毎日牛乳でも飲んでるんじゃないですか?3ガロンくらい」

「それで弾丸まで弾けるようになるなら、俺も明日からそうするとしようかな」

 

 冗談めいたやり取りをしながら銃を構え、エドガーはユッカのその容姿に戸惑う。

 シーナの双子の兄が、カイと容姿が瓜二つであるという話は以前聞いていた。とはいえ、此処まで似ていると些か気味が悪い。色と身長くらいの違いしかないのだ。

 しかし、同時に疑問もある。もし目の前の彼が本物のアレックスならば、何故シーナはもう1人の人格に切り替わり、彼を撃ったのだろう?

 

「来るぞ!!」

 

 ロッソの言葉に、エドガーはハッと我に返り、すかさず発砲する。

 しかし、放った弾丸は全て先程と同じように、腕に弾かれてしまった。

 

「チッ!一体どうなってるんだ!奴の体は!」

 

 愚痴のような声を上げながらロッソも銃で応戦するが、やはりユッカは冷静に、顔色一つ変えもせず銃弾を弾き返していく……

 その様を見て、エドガーは不意に、母であるリーゼから昔聞いた話を思い出した。

 

「もしかして、鍍金化能力?……」

「鍍金化?」

「昔、母から聞いたんです。古代ゾイド人の更に祖先に当たる人種は、体内の金属細胞を自在に変化させて、体表を鎧のように硬化させる事が出来た。って。もしかしたら奴も――っと!」

 

 間一髪で首を捉えに迫ったユッカの手を躱す。次の瞬間、エドガーの首を捉え損ねた彼の手は、勢いもそのままにメシャリと音を立てて深々と壁にめり込んだ。

 

(冗談だろッ?……)

 

 自分の目の前で起きた事だというのに、その光景が現実の物だとは思えなかった。

 銃弾を弾いて見せたのが鍍金化によるものだったとしても、壁に深々と手がめり込むとは、一体どんな力で首を掴もうとしたのだろう?正直、生身でオーガノイドと戦う方がまだマシのようにすら思えてくる。

 

(僕達も、いつまで持ち堪えられるかわからないな……シーナ、ヴィオーラさん、どうか僕達が倒される前に、殿下を連れて早く逃げてッ――)

 

 祈りのような独り言を胸中で噛みしめ、エドガーはユッカへと再び銃口を向けた。

 

   ~*~

 

「シュバルツ少佐!聞こえる?!」

 

 シーナと共にマリーベルを乗せたユナイトを先導しながら、ヴィオーラがインカムに向かって問い掛ける。彼女達は現在、ガーディアンフォースの陣営へ向かっていた。

 

『此方シュバルツです。どうされたのですか?』

「緊急事態よ!地下通路の中に敵が潜伏していたの!城の地下で通路の見張りをしていた隊員達はほぼ殉職したわ!そっちの出口は?!」

『なッ?!』

 

 思いがけない言葉に思わず言葉を失いながら、ルーカスは疑問を抱く。

 地下通路の出口は皇族専用のゾイド発着場に繋がっている。そして、自分の部隊である第三陸戦部隊は、そのすぐ傍に待機陣営を構えているのだが、此方は特に何の動きも無い。

 そもそも、それぞれの入り口に警備を配置する際に、通路内に敵が潜伏していない事は念入りに確認済みだ。つまり、此方の出入り口から侵入しない限り、城の地下に配置した兵が背後を取られる事など有り得ない……

 

「此方には全く何の異常も起きておりません。通路内に敵が潜伏していたという事ですが、確かですか?」

『えぇ!侵入者に殺される寸前だった兵が1人生き残っていて、彼がハッキリとそう証言しているわ!その彼も現在、私達と共に行動中よ!』

「……」

 

 おかしい……ルーカスは漠然とそんな違和感を覚える。

 有り得ない状況で起きた突然の奇襲。生き残った兵の証言……その証言を信じるなら、敵は自分達が見張っている出入り口以外の場所から地下通路に侵入した事になる。地中を掘り進み、地下通路の壁面をぶち抜いて侵入した。という可能性もゼロでは無いが、もっと単純な何かを見落としているのではないだろうか?……

 

『ヴィオーラさん。その生き残った兵の名は?』

「え?……」

 

 突然のその問い掛けに、ヴィオーラは思わず訝し気な声を上げたが、次の瞬間ハッとしたように振り返った。

 

「貴方、名前は?」

「はい?」

 

 突然名前を訊ねられ、共に逃げる兵がぽかんとした声を上げる。

 

「良いから答えなさい!」

 

 キッと睨みつけられ、兵はビクリと肩を跳ねさせると、しどろもどろに答えた。

 

「デ、デニスです! デニス=バルテル中尉と言います!」

「……だそうよ。聞こえた?」

『はい。確かに私の部隊の者で間違いありません』

 

 ルーカスはまたも考え込む。

 バルテル中尉は、城の地下に配置していた警備兵の1人だ。通信越しに聞いた声にも確かに聞き覚えがある。恐らく本人で間違い無いだろう……が、どうにも不安が拭い去れない。

 こういった場合、ルーカスは状況判断よりも自身の感覚に賭ける傾向が強かった。自分は妙に直観が強い。どれだけ完璧な状況にあっても、自身の中で何かが違和感を訴えていれば、必ず事態は良くない方向へ向いてしまうのだ。

 

『しつこいようで申し訳ないのですが、今貴女方と行動を共にしているバルテル中尉の特徴を教えて下さい。簡単で構いません』

「特徴は――」

 

 その言葉の続きは、突如響いたブースター音とマリーベルの悲鳴によってかき消される。

 

『ユナイト!下がって!』

『グオゥ!!』

『悪いわねシュバルツ少佐!悠長に喋ってる暇が無くなったわ!』

 

 そんな声の後、発砲音が立て続けに響く。

 

(しまったッ……)

 

 先程のブースター音から察するに、恐らくクラウとヒドゥンが彼女達を襲撃したのだろう。

 思わず、時間稼ぎを買って出たクルトの安否が気になった。自身の怪我を全く意に介さない彼の無茶は、従兄である自分もよく知っている。一瞬、ほんの気の迷いのように最悪の事態が脳裏をチラついたが、すぐにそれを意識の外へ締め出した。今回は大丈夫だ。という妙な確信が降って湧いたのだ。当然、これも直観である。

 

「すぐに応援を送ります!どうにかそれまで持ち堪えて下さい!」

『こっちがやられる前に頼むわよ!』

 

 通信が一旦切れる。

 ルーカスは振り返ってすぐさま命令を下した。

 

「ブローベル!エンデ!ノイラート!緊急事態だ!ガーディアンフォース陣営付近で殿下がオーガノイドの襲撃を受けている!至急レオーネ副親衛隊長の援護に向かえ!」

「「「了解!」」」

 

 駆けて行くブローベル達の背を眺め、ルーカスは僅かに渋い表情を浮かべる。

 本来ならば、車かゾイドで向かった方が確実に早い。しかし、ガーディアンフォースの待機陣営は城の庭園の脇にあり、帝国軍側の陣営との間には、遊歩道の設けられた森が広がっている。そして森を迂回するには、皇妃の薔薇園を突っ切らなければならない……結局徒歩で向かわざるを得ないのだ。

 

(俺が直接向かえる立場なら……)

 

 そんな思いが一瞬過る。

 ジークドーベルの機動力と自分の腕ならば、一息に薔薇園を飛び越えてガーディアンフォースの陣営に着地出来ただろう。しかし、部隊を率いる隊長である以上、自ら直接援護に向かっては指揮が取れなくなってしまう。それが酷くもどかしい。

 

(頼む。どうか間に合ってくれ……)

 

 ギュッと目を閉じ、祈った後、彼はすぐさま切り替えるように他の部下達へ指示を出した。

 

「奴らは無人ゾイドによる部隊を有している!我々が侵入者の対応に追われている隙を突き、城ごと攻撃して来る可能性も十分あるだろう!各員、待機状態を維持!けして気を抜くな!!」

 

   ~*~

 

「……ヴィオーラ」

 

 不意に名前を呼ばれ、ヴィオーラは微かに戸惑ったようにシーナを振り向く。

 城の地下で侵入者と遭遇してからシーナが豹変した事に、彼女も違和感を覚えてはいるが、今は全くそれどころではない。彼女の態度は気にしないように努めつつ、彼女は訊ねた。

 

「何?シーナ」

「マリーをお願い。オーガノイドを相手にするなら、ユナイトを戦力に回さないと勝ち目がないから」

 

 それは、ある程度予想していた言葉だった。

 生身でオーガノイドとやり合うなど、ハッキリ言って正気の沙汰ではない。クルトがクラウとヒドゥンの足止めを1人で任された事の方が異例なのだ。彼のように、自身の筋力のリミッターを自在に外せるという特異体質でもない限り、この場を切り抜けるのはかなり厳しい。

 

「……わかったわ。殿下、此方へ」

「はい!」

 

 ヴィオーラの手を取り、マリーベルはユナイトから飛び降りる。

 クラウがすかさずその隙を突いて投擲ナイフを放つが、飛んで来た投擲ナイフはユナイトによってかみ砕かれた。

 

「行って!カイとレンもこっちに向かってる筈だから!」

「えぇ!」

「シーナ!どうかご無事で!!」

 

 走って行くヴィオーラとマリーベル。そしてバルテル中尉を見送った後、シーナはクラウと向き合う。クラウはまるで親の仇でも見るかのように、シーナを睨みつけていた。

 

「まさか、双星の片割れが直々に相手してくれるなんてね」

「それ、やめてくれる?その呼ばれ方は好きじゃないの」

 

 撥ねつけるような冷たい返事に、クラウは先手必勝の一撃で答えた……が……

 

「えっ?!」

 

 水色の瞳が驚きに大きく見開かれる。

 シーナは、素手でクラウのナイフを止めていた。

 ……いや、正確には“紅く変色した素手で”ナイフを受け止めたのだ。

 

「悪いけど、私に刃物は通用しないから」

 

 その一言に込められた殺気に、クラウは反射的に距離を取る。

 

(いくら“女神の名を冠する英雄”だからって、鍍金化まで使えるとか有り?!)

 

 鍍金化……それは古代ゾイド人の更に祖先が有していた能力だ。

 体内の金属細胞を自在に操り、体表を硬化させる……シーナの場合、鍍金化した手が紅く染まっているのは、彼女のフェイスマークが紅色をしているせいだろう。

 

「グオグオゥ?」

 

 不意に、ユナイトがシーナへ伺いを立てるように顔を覗き込む。

 「本気出そうか?」というその問い掛けに、シーナはクラウを見据えたまま冷たい笑みを浮かべた。

 

「えぇ……ユナイト。“殺して良いわよ”」

 

 その一言に、若葉色だったユナイトの目がブォンッと音を立て、真っ赤に変色する。

 主の許しに歓喜するように荒々しい咆哮を上げたユナイトは、ヒドゥンを見据え、猛獣のようにグルグルと唸り声を上げる。対するヒドゥンは、そんなユナイトの変化に気圧されたのか、ジリッと半歩ばかり後ずさった。

 

「じゃぁ、せいぜい楽しませて頂戴ね?ゴーストさん」

 

 今にも獲物を食い殺さんばかりの殺気を放つユナイトを、さも愛しそうに一撫でし、シーナ……いや“花の戦女(いくさめ)”が冷たく微笑んだ。




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第41話-片鱗-

 襲撃して来た敵……その中には、アレックスによく似た奴も居た……

 どうして同じ顔の奴ばかりいるのかしら?まるで悪い夢でも見ているみたい。

 かけがえのないたった1人の家族だった兄。私と“彼”を裏切った最低の兄……

 あぁ、駄目ね。アレックスの事を考えると……殺意のやり場に困ってばっかり。

 [もう1人のシーナ]

 

 [ZOIDS-Unite- 第41話:片鱗]

 

 現在、惑星Ziに暮らしている人間は、宇宙の彼方の青い星……そう。地球から移民して来た地球人達の子孫である。

 しかし金属生命体の繁栄するこの惑星は、地中にも、水や動植物にも、地球よりはるかに多くの金属分が含まれている為、地球人達は惑星Ziの環境に適応しなければならず、加えて、各地で細々と生活を営んでいた数少ないゾイド人達との交配も進んだ彼等は、体内にゾイド人と同様の金属細胞を有した「アッズ」と呼ばれる新たな人種へと変化を遂げている。

 その最大の特徴は、彼等の顔や体に浮かぶフェイスマークやボディマークであり、これは皮下組織に浮き出た金属細胞の集合体……医学的には「金属斑」とも呼ばれている。

 だが、いくら金属細胞を有していようと、鍍金化能力を発現させる事が出来る程の細胞量を有していたのは、あくまで遥か太古。原始時代のゾイド人達のみである為、文明が滅んだ古代大戦時の時点で鍍金化能力というのは既に退化し失われていた能力だ。当然、地球人との交配種である現代人アッズ達にも、そのような能力は存在していない。

 つまり理屈上、鍍金化能力が使える者はこの世に“存在する筈が無い”のだが……

 

「ねぇ、この程度?」

 

 若干退屈そうな面持ちで、シーナが受け止めた投擲ナイフを片手でベキッとへし折る。

 一見、その身体は既に傷だらけのように見えるが、切り裂かれているのは服のみであり、その下に覗く紅い素肌……鍍金化した身体には傷一つ付いていない。

 その姿を眺め、クラウは苦々し気に舌打ちした。

 

「この化け物ッ……」

「恨むなら私じゃなくて、私みたいな化け物を作った科学者達を恨んでくれる?」

 

 めげずに切りかかって来たクラウを感情無く見つめながら、シーナは再び迫った刃を鍍金化させた手の甲で弾く。この細腕の何処にそんな力があるのだろうか?と思わずにはいられないその一撃は、クラウの握るナイフの刀身を中ほどから叩き折った。

 

(ホンット、信じらんないッ……)

 

 すかさず距離を取り、クラウは叩き折られたナイフをチラリと見やる。

 手持ちの投擲ナイフはとっくに底を尽いた。直接攻撃用のナイフも片方叩き折られてしまった以上、残るナイフは左手に握った1本のみだ。

 いくら“古代の英雄”である“双星の片割れ”あろうと、武器を持たない彼女に負ける事など有り得ないと思っていた……しかし、まさか失われた筈の鍍金化能力を有していたとは想定外にも程がある。武器を持った自分が、丸腰の相手に此処まで追い詰められるとは、正直、悪い夢だと思いたいくらいだ。

 

「グギャォッ?!」

 

 突如響いたその声にハッと我に返り、クラウはヒドゥンへ視線を移す。斬りかかったヒドゥンの尾部ブレードにユナイトが自ら喰らい付き、メキメキと嫌な音を立てていた。

 自分と同様、ヒドゥンもユナイトに全く歯が立っていない事に、一抹の絶望が腹の底を掠める。

 クルトに左脚関節へダメージを与えられたせいで僅かながら機動力は落ちているし、ステルス光学迷彩も再使用出来ない状態である為、ヒドゥンのコンディションはお世辞にも万全とは言い難いが、それを差し引いてもユナイトのパワーは桁外れだった。

 ユナイトはそのまま力任せにヒドゥンを振り回して2度、3度と地面へ叩き付けた後、まるでゴミでも吐き捨てるかのように放り出し、起き上がろうとしたその頭を無造作に踏みつける……最早一方的な蹂躙に他ならない光景の中、頭を踏み潰されそうになっているヒドゥンが痛々しい悲鳴を上げた。

 

「ヒドゥン!!」

 

 クラウもたまらず悲鳴を上げる。

 そんな彼女に、シーナが冷たく言い放った。

 

「いい加減諦めて降伏しなさい。貴女もヒドゥンも、私とユナイトには絶対勝てないから。それとも、このまま殺してあげた方が良いかしら?」

「ヒドゥンを殺したら、お前も殺してやるから!!」

「そう……じゃぁ、やってみれば?」

 

 薄く笑うシーナに対し、憎悪と殺意がより一層沸き上がる。

 何故、オイゲンはこんな化け物が欲しいのだろう?何故、こんな化け物に自分の唯一の居場所を脅かされなければならないのだろう?

 いっそ此処で殺してしまえば良い。いや。絶対に殺さなければならない。この場を切り抜ける為というだけではない。そうしなければ、いずれ自分は……

 

「うるさいッ!うるさいうるさい!!お前なんか死んじゃえば良いんだ!!お前がいるからッ!お前なんかが生きてるからッ!!」

 

 残されたナイフで切りかかって来たクラウを最小限の動きで躱し、すれ違いざまに、シーナは哀れみにも似た眼差しでクラウを眺める。

 

(殺意だけで簡単に殺せるような存在じゃないのよ。生憎だけど)

 

 シーナから見て、すぐに感情的になり動きが単純になってしまうクラウは“未熟”としか言い様が無かった。その程度では仮に朝まで掛かったとしても、自分に傷一つ付ける事など出来はしないだろう。

 そして、彼女のオーガノイドであるヒドゥンも“コンバットモード”状態のユナイトには到底及ばない。アップグレードされただけの一般オーガノイドとユナイトでは、あまりにも性能差があり過ぎる。

 クラウに諦めるつもりも、大人しく捕まるつもりも無いのなら、これ以上相手をしていた所で状況は何も変わらない。敵である以上、生かしておく義理も無い。

 

(正直期待外れね。あまり遊んでいても埒が明かないし……そろそろ終わらせようかしら)

 

 そう思った次の瞬間。突如響いたのは数発分の銃声。

 咄嗟に距離を取ったクラウを眺めるシーナの耳に“大嫌いな声”が飛び込んだ。

 

「シーナ!大丈夫か?!」

 

 シーナはうんざりとした様子で、静かに振り返る。

 纏う雰囲気には微かに殺気が混ざり、その殺気は駆け付けた2人の少年の内の1人……先程響いた声の主であるカイに対してのみ向けられていた。

 

「悪いけど、アレックスと同じ声で名前呼ぶの、やめてくれる?」

「え……」

 

 戸惑ったようなその表情は、アレックスによく似ていた。元々同じ顔なのだから当然といえば当然だが、それでもカイは“似過ぎ”なのだ。自分が最も“憎んでいる”兄と……

 

「とりあえず、怪我は??」

 

 レンの言葉に、シーナは冷たく簡潔に答える。

 

「平気よ。切られたのは服だけ」

 

 そんな彼女に、カイとレンは顔を見合わせた。

 例の別人格が主導権を握っているという事は勿論だが、先程カイへ殺意の込もった憎悪の眼差しを向けていた事に、戸惑いを隠し切れない。少なくともレンから見て、普段のシーナはカイの事を誰よりも信頼している様子であったし、アレックスと声や容姿が瓜二つである事から、どうしても兄と重ねてしまっている部分があるのだろう。と、カイも考えていた。

 だが、少なくともこの別人格のシーナは、カイに対して……いや“アレックスに対して”明確な憎悪や殺意を抱いているようにしか思えない。

 

「グルルル」

 

 何処か不機嫌な唸り声に、シーナだけでなく、カイとレンも視線を向ける。その視線の先に居るのは、ヒドゥンの頭を踏みつけたまま、真っ赤な双眸で此方を見つめるユナイトだ。

 その様子はまるで「コイツ、まだ殺しちゃ駄目?」と問い掛けて来ているようで、シーナだけでなくユナイトまで豹変している事に対し、カイとレンが呆然とする中、シーナはまるで興が冷めたとでも言わんばかりに溜息を吐き、呟いた。

 

「気が変わったわ。どうせもう動けないでしょうし、返してあげて」

「グルッ……」

 

 舌打ちのような短い鳴き声と共に、ユナイトがヒドゥンをクラウの元へ蹴り飛ばす。

 壊れた玩具のようにぐったりと地面を転がったヒドゥンは、立ち上がろうとして再び地面へと崩れ落ち、そんなヒドゥンに縋りついてクラウは必死で呼び掛けた。

 

「ヒドゥン!ヒドゥンお願い!しっかりして!死なないで!!」

「グルル……グルァ……」

 

 微かに頭を持ち上げて此方見つめるヒドゥンに、クラウは涙を溢れさせる。

 

「やだ!やだやだやだ!!ヒドゥンを置いてくなんて絶対やだ!!」

 

 ボロボロのヒドゥンの体に突っ伏して、首を横に振りながら泣きじゃくるクラウ。その光景は最早、どちらが悪者か分からない……そんな気不味さに、カイもレンも視線を逸らした。機能停止に至る程の損傷では無いだろうが、あの様子では、ヒドゥンは当分まともに動けないだろう。

 

「で?何の用?」

 

 両肘を抱えるように低く腕を組んだシーナの冷たい視線が、目を背ける彼等に突き刺さる。

 その言葉にレンはビクッとしながら顔を上げ、カイは疲れたような小さな溜息を一つ吐いて、気持ちを切り替えるように口を開いた。

 

「応援に駆け付けたつもりだったんだけど、とっくに片が付いてるみてーだし。とりあえず一緒に陣営まで――」

「嫌よ」

 

 食い気味にカイの言葉をバッサリと切って捨てたシーナに、レンがすっかり困り果てた表情で、それでも何とか説得しようと情けない声を上げる。

 

「シ、シーナ!あのっ……嫌って言われても……それにほら!あいつらももう戦えないっぽいし、今回の任務はあいつ等を捕まえる事より、マリーを守る事の方が重要だから――」

「それが分かってるなら、何故わざわざ揃って私の応援になんか来たの?マリーがガーディアンフォースの陣営に向かっていると連絡を受けた以上、貴方達はマリーと合流次第、護衛に当たるべきだった筈。役割を見失ってるのは貴方達の方じゃない」

 

 カイとレンを睨みつけ、シーナは静かに呟いた。

 

「大方、戦闘訓練もロクに受けていない私の事を心配したんでしょうけど、私達が守るべきなのは仲間じゃなくてマリーなんでしょ? 命のやり取りは遊びじゃないの。目的の為なら仲間の命を切り捨てる覚悟くらい持ちなさい。まぁ私とユナイトの場合、切り捨てられた所でそう簡単には死なないから、別に心配する必要もないけれど」

 

 そんなシーナの冷たい瞳を見据えて、カイがそっと語り掛ける。

 

「なら……手負いのコイツらとこれ以上遊んでる場合じゃねぇって事も分かってるよな?」

「言ってくれるじゃない。止めを刺そうとした所で水を差したのは貴方のくせに」

「コイツらを“殺す事”が任務じゃねぇって言ってんだ」

 

 撥ね付けるような冷たい声音に、シーナの眉が僅かに動いた。

 真っ直ぐに自分を見据えるカイの目もまた、光の消えた冷たい色を宿していたから……その眼差しに嫌と言う程、見覚えがあったから。

 

「忘れたのか?幻影騎兵連隊(や つ ら)にはヤークトが居る。パイロットが此処に居るからって、出てこないとは限らないんだ。コイツらは俺が引き受ける。お前はユナイトと一緒にクルトを迎えに行け。電子振動シールド搭載機のディバイソンが動かねぇんじゃ、話にならねぇからな」

「けどカイ!クルトは負傷中で―――」

 

 思わず声を上げたレンへスッと視線を向け、カイはその眼差しと同様の声音で呟いた。

 

「あんだけ通信越しに怒鳴れるなら大した怪我じゃねーだろ。レン、お前もすぐ引き返せ。クルトが間に合わなかったら、荷電粒子砲を止められるのはお前とゼロだけなんだからな」

「……わかった」

 

 何処か心苦し気に返事を返し、レンが陣営へと取って返す。

 その背中を眺めた後、シーナはカイを見据えて呟いた。

 

「ホント、何処までもアレックスに似てるのね。貴方って」

「知るかよそんな事。つーかお前もサッサと行け。間に合わなかったら承知しねぇぞ」

「偽物には優しい癖に、私には随分辛辣じゃない。まぁ、私も貴方の事目障りだから、いっそ清々しいけど」

 

 嘲笑うように小さく鼻で笑い飛ばして見せたシーナは、組んでいた腕を解いてユナイトの元へ歩き出しながら指示を出す。

 

「ユナイト。コンバットモード解除“ヨルハ”の所に行くわよ」

「グオゥ」

 

 鮮血のような赤から、いつもの若葉色の目に戻ったユナイトがシーナを背に乗せて飛び立つ。

 カイは飛び立ったシーナとユナイトを暫し見上げていたが、やがて疲れたような溜息と共に視線を落とし、頭を掻きながらぽつりと零した。

 

「……人の気も知らねぇで、好き勝手言ってんなよな。つーか誰だよヨルハって……」

 

 自分は「クルト」を迎えに行け。と言ったのだ。「ヨルハ」を迎えに行けとは一言も言っていない。そもそも仲間は勿論、現在共に任務に当たっている第三陸戦部隊の者達にも、そのような名前の軍人は居なかった筈だ。

 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、カイは何処か不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 

   ~*~

 

「なんだよ……これ……」

 

 その頃、陣営に引き返したレンは、信じられない光景に目を見開いていた。

 ガーディアンフォースの陣営に広がっていたのは、ネロやヴィオーラ。果ては応援に駆け付けたのだと思われる帝国軍人3名が倒れている光景だった。

 すぐさまレンは一番近くにいたネロの元へ駆け寄り、助け起こして声を掛ける。

 

「ネロ兄!一体どうしたんだよ?!何があったんだ?!」

 

 その言葉に、ネロは苦し気に目を開き、掠れた声で呟いた。

 

「レン……あいつが……あいつが殿下を……」

「あいつ?」

「バルテル……中尉だ……」

 

 その言葉に、レンが再び目を見開く。

 

「奴は偽物だ……あいつに襲われて……俺達じゃ全く歯が立たなかった……」

「じゃぁ、マリーは……」

「恐らくあいつに……俺が最後に聞いたのは、殿下の悲鳴だけだった……」

「くそっ……やられたッ……」

 

 カイと共にシーナの元へ向かった際、実は自分達も一度、逃げて来たマリーベル達とすれ違っている。あの時、共に居た中尉がまさか敵だったとは……

 ギリッと歯を食いしばるレンの脳裏に、シーナの言葉が過った。

 

―役割を見失ってるのは貴方達の方よ―

 

 彼女の言う通りだ。あの時シーナの応援に向かわず、マリーベルの傍に居れば……だが、そうやって打ちひしがれている時間は無い。すぐに探しに行かなければ……

 

「ネロ兄ごめん。俺、マリーを取り返しに行かねーと……」

「あぁ。俺達の事は気にするな……殿下を、頼む」

 

 ネロの言葉に、静かに頷いて見せる。

 切れた額から溢れた血が左顔面を染め上げ、呼吸も浅い。共に捜索出来るような状態でないのはパッと見ただけでも容易に分かった。

 そんなネロを再び横たえて立ち上がったその時だった、砲撃音が響き、爆風が陣営まで押し寄せたのは……

 

「ぐっ?!」

 

 思わず両腕で頭を庇った後、レンが顔を上げる。

 帝国軍側の陣営で戦闘が始まった光景と共に、装着したインカムから第三陸戦部隊の通信兵の声が響いた。

 

幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の無人ゾイド部隊、及び、同所属の不明高速戦闘ゾイド出現! 総員、対地迎撃戦用意!』

 

 レンは思わず、倒れた者達を見渡す。

 

(嘘だろ?このままじゃ……)

 

 恐らく皆、ネロと同様か、下手をすればそれ以上の深手を負っている事だろう。戦闘が始まった最中、そんな状態の彼等をこの場に放置していてはどうなる事か……

 しかし、彼等を安全な場所へ移動させていれば、マリーベルを探しに行くこともままならない。

 目の前の人間を切り捨てられないレンにとって、この状況はまさに極限の選択を迫られている状態に等しかった。

 

「キュルァ!!」

 

 鋭い鳴き声に、ハッと顔を上げる。

 ブレードイーグルが、倒れている者達を踏まぬようにそっと傍へとやって来た。

 

「ブレードイーグル……」

 

 ぽかんと呟いたレンの前で、イーグルはそっと動けぬネロを咥え上げ、レンを見つめる。

 それはまるで「怪我人は俺に任せろ」と言ってくれているかのようだった。

 

「……サンキュ。ネロ兄達の事、頼んだぜ!!」

「キュル」

 

 その返事に背中を押されるように、レンは走り出す。

 あの偽物中尉がマリーベルを連れ去ったのだとしても、恐らく移動は徒歩だろう。ならば、ライガーゼロと共に周囲を探せばすぐに見つけられる筈だ。

 

「ゼロ!マリーを探しに行くぞ!!」

「グルル」

 

 しかし、どうしたというのだろう? ライガーゼロはいつものような元気の良い返事ではなく、レンを見つめて躊躇うように喉を鳴らしてみせるだけだ。

 

「ゼロ?どうしたんだよ」

「グル……」

 

 不思議そうに訪ねたレンの前に屈み、ライガーゼロがキャノピーを開く。

 そこから飛び出してきたのは……

 

「レン様!!」

「え?!」

 

 そう。今まさに探しに行こうとしていたマリーベルが、ライガーゼロのコックピットから飛び出してレンに抱き着いたのである。

 

「マリー?!なんでお前がゼロの中に?!」

「バルテル中尉に攫われそうになった時、ゼロが私を助けてくれたんです」

 

 そう言って、マリーベルはレンに抱き着いたまま、笑顔でライガーゼロを見上げる。ゼロもそんな彼女の視線に、グルグルと喉を鳴らすような声を上げた。

 

(そうか……そういう事だったのか……)

 

 普段自分以外にけして懐かないゼロが、マリーベルの事を妙に気に入った様子であったのを思い出し、レンの真紅の瞳がハッとしたように見開かれる。

 ネロが聞いた悲鳴というのは、偽中尉にマリーベルが連れ攫われてしまった際の物では無く、攫われかけた彼女を守る為、ライガーゼロが開いたキャノピーの端で彼女を掬い上げた際の悲鳴だったのだ。

 

「良かった……」

 

 ホッとしたように、レンはマリーベルをギュッと抱き締める。

 しかし、安堵するにはまだ早い。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の無人ゾイド部隊が襲撃して来た以上、ミレトス城の周囲はじきに戦場と化すだろう。まずはマリーベルを避難させなければ……

 

「マリー。ちょっと狭いけど我慢できるか?」

「え?はい」

「よし!じゃぁ行くぜ!」

 

 レンはマリーを抱きかかえ、ライガーゼロのコックピットへと飛び込んだ。

 ライガーゼロは単座機である為、必然的にマリーベルが乗る場所はレンの膝の上。おまけに従来機のようなシートベルト式なら一緒に身体を固定出来るが、安全バー式を試験導入されたこの機体では、一緒に身体を固定する事も出来ない。自分だけ安全バーを下ろしても、マリーベルがしがみ付き難くなってしまう為、レンはバーのロックを解除して上に押し退け、マリーを膝に座らせる。

 

(とりあえずヴァルフィッシュにマリーを避難させるまで、戦闘は避けねーと……)

 

 いくらロイヤルセイバーを乗り回すお転婆皇女といえど、彼女はまだ12歳の少女だ。戦闘時にあらゆる方向から強烈なGが掛かる高速戦闘ゾイドのコックピット内で、身体固定具の補助も無く自身の体を支えるというのは到底不可能だろう。

 一瞬だけ、レンはすっかり参ったような情けない表情を浮かべる。

 ライガーゼロも、父の愛機ブレードライガーのような複座機であったなら……いや、せめて安全バーではなく固定具がシートベルトであったなら。と、思わずにはいられない。

 とはいえ、今此処でそのような無い物ねだりをした所で、複座が生えて来る訳でも、安全バーがシートベルトに変わる訳でもない。

 覚悟を決めたように、レンの目に力強い光が宿った。

 

「此方ガーディアンフォース、レン=フライハイト少尉!マリーベル殿下の保護に成功!安全確保の為、これよりホエールキング-ヴァルフィッシュへ向かいます!帝国軍第三陸戦部隊、ライガーゼロの援護を願います!!」

 

 通信に向かい凛と叫ぶレンに、マリーベルが彼の顔を見つめる。

 その黒曜石のような瞳に映るのは、いつもの陽気で優しい少年の顔ではなかった。任務の為に命を張る、ガーディアンフォースの隊員としての顔だ。

 自分の知らないレンに戸惑う一方、その頼もしさとカッコ良さに思わず見惚れるマリーベルの前で、ルーカスからの通信が響く。

 

『レン正気か?!ヴァルフィッシュの元へ向かうには、戦場を突っ切るしかないんだぞ。レオーネ副親衛隊長とブローベル達はどうした?』

「城内からマリーと一緒に逃げて来たバルテル中尉って奴にやられちまった。きっとあいつは偽物だ。まだ近くに潜んでるかもしれないし、こっちの陣営も、もう安全じゃない」

 

 真剣にそう答えた直後、レンは不意にニッと笑って見せた。

 

「大丈夫だって。ゼロが全力で突っ走っても、ジークドーベルなら余裕で付いて来れるだろ?」

『……ふんっ』

 

 挑発にも似たレンの言葉に、ルーカスもニヤリと口角を上げる。

 城内に侵入者が残っている以上、引き返す訳にはいかない。

 当初の避難予定地であった帝国軍陣営は、戦闘開始によって安全を保証出来ない。

 そしてガーディアンフォース陣営も、偽中尉がまだ周囲に潜んでいるかもしれない。となれば、残された道に賭けるしか無いだろう。レンと、ライガーゼロに。

 

『良いだろう。ライガーゼロの援護には俺が付いてやる。ボサッとしてないでとっとと来い。』

「あぁ!頼りにしてるぜ!シュバルツ少佐!」

 

 ルーカスに笑顔で返し、レンはマリーベルへ視線を移す。

 ずっとレンに見とれていたマリーベルは、不意に目が合って思わず頬を赤らめたが、そんな彼女に対し、レンはたった一言囁いた。

 

「しっかり掴まってろよ」

 

 こんなに大人びたレンの声を聞いた事が、今まであっただろうか?

 マリーベルは思わず恥ずかしそうに目を逸らしながら、肩口に顔を押し付けるようにギュッとレンに抱き着いた。

 

「私の命。お預けします。レン様」

「おう!行くぜマリー!ゼロ!」

「はい!」

「ガルォォォッ!!」

 

 周囲を覆う闇も、不安も、全てをかき消すように咆えて、ライガーゼロが地を蹴った。

 

   ~*~

 

「……見つけた」

 

 その頃。シーナはユナイトの背の上から、地上を見つめていた。

 彼女の視線の先には、城の中庭を突っ切るように走る人物……そう。クルトの姿がある。恐らく彼も、通信インカムに響いた無人ゾイド部隊の出現の一報を聞き、ディバイソンの元へ向かっているのだろう。そんな彼の進路上に、シーナがユナイトと共にそっと降り立った。

 

「シーナさん!ご無事で――」

 

 降り立った彼女の姿に気付いた途端、いつも通りの明るい表情を浮かべ駆け寄ったクルトだったが……直後、雲の切れ間から差し込んだ月明かりと共に、彼は言葉を途切れさせた。

 青白く照らし出されたシーナの瞳が、普段と明らかに違う。

 

(この目……まさかもう1人の人格に切り替わって……いや、それよりも……)

 

 切り裂かれた彼女の任務服の下には、傷跡の刻まれた素肌が覗いていた。けして厭らしい感情を抱いた訳では無いのだが、それでも月明かりに照らし出されたその姿は、不気味ながらも妖艶で、ある種の神秘性すら感じる。そんな彼女に、思わず目が釘付けになってしまった。

 しかし、当の本人であるシーナはそんなクルトの視線にすぐ気付いた様子で、光の消えた冷たい瞳に、微かな温度を浮かべ微笑む。

 

「もしかして……見惚れてる?」

「あ、いえ!そんな……」

 

 慌てて視線を逸らしたクルトの反応をからかうように、彼女は笑う。

 

「冗談よ。それにしても……相変わらずね」

「え?」

 

 クルトが反射的に視線を戻したのと、シーナの指先が彼の胸元に触れたのは同時だった。

 切り裂かれた任務服の下から覗く、血の滲んだ包帯。それを優しく一撫でしながら、花の戦女は懐かしむように、そして何処か愛おしげに呟く。

 

「私の事は心配する癖に、自分はこんなに怪我して……あの頃と、ちっとも変わってない」

「シーナ……さん?」

 

 彼女は、一体何を言っているのだろう?……それがクルトの正直な気持ちだった。

 ほんの数か月前にゾイドエッグから目覚めたばかりのシーナと自分が、過去に出会っているなど有り得ない。

 

「あの……一体どういう……」

「……良いの。気にしないで」

 

 ふっと浮かべた笑みに一抹の寂しさを溶かして、シーナが呟く。

 

「悠長に話し込んでる場合じゃ、なかったわね」

 

 普段とはまた違った儚さを漂わせる彼女に、クルトがこれ以上何かを訊ねる事は無かった。恐らく訊ねた所で答えてはくれないだろうと容易に想像が付いたし、彼女の言う通り、今は話し込んでいる場合ではない。

 

「乗って。ディバイソンの所まで送るから」

「グオウ!」

「……わかりました」

 

 クルトが小さく頷く。

 そんな彼の目の前でシーナを取り込んだユナイトは、至っていつもの様子でクルトへ「乗って乗って」と催促するようにグオグオと鳴いた。

 

「……すまん。頼んだ」

 

 何処か譫言(うわごと)のようにぽつりと呟いて、クルトはユナイトの背に乗る。

 夜空に飛び立った直後、クルトは不意に、シーナに触れられた胸元へ手を当て考え込んだ。

 

―あの頃と、ちっとも変わってない―

 

 彼女の言う“あの頃”とは、一体いつの事を指しているのだろう?先程の口ぶりでは、まるで昔から自分の事を知っているかのようだった。そんな事、普通ならありえないが……

 

「参ったな……」

 

 吐息のような呟きが零れ落ちる。

 あの何処か懐かしげで愛おしげな一言の真意は分からない。自分に対するものでは無く、自分を通して見た“かつての誰か”に対して向けられた言葉なのかもしれない。それでも、クルトの口元は緩んでしまう。

 過去の忌まわしい事件以来、無茶を無茶とも思わなくなってしまった自分を、親しい者達は都度咎め、諫め、無茶をするなと叱って来た。だがシーナの先程の言葉は、そんな自分の無茶すらも肯定し、包み込んでくれたような気がした。例えそれが自分に……クルトという人間に向けられたものでなかったのだとしても、この在り方を赦してもらえたような、そんな気がしたのだ。

 

「っと」

 

 グンッと下に落ちるような感覚に、クルトはユナイトの肩を掴み直す。

 真っ直ぐディバイソンの前に降り立ったユナイトは、クルトが背から降りるのと同時にシーナを体外へそっと解き放った。

 

「じゃ、行きましょ」

 

 そう言ったシーナの表情からは、既に笑みが消えていた。

 何処までも凍てついた慈悲の無い眼差しで歩き出した彼女を、クルトは思わず呼び止める。

 

「シーナさん!」

「何?」

「行くって、もしかしてシーナさんも戦闘に参加するつもりですか?」

 

 その言葉にシーナが再び微笑えんだが、その笑みは、これまでクルトに対し見せていたものとはまるで違った。彼の心配を軽く一蹴するような冷たさを孕んだ、暗く、それでいて不気味さと妖艶さを兼ね備えたような笑み……ぞくりと背筋が凍てつくのに、視線を逸らす事も出来ず固まったクルトに対し、シーナは両肘を抱えるように低く腕を組んで答えた。

 

「えぇ。それが何か?」

「……シーナさんは前線オペレーターなんです。本格的な戦闘訓練を受けていない以上、ぶっつけ本番で戦闘に参加するのは危険過ぎます。どうかオペレートに専念して下さい」

 

 しかし、シーナはそんなクルトを見据えて静かに呟いた。

 

「生憎だけど、私はこっちの方が専門なの。丁度即戦力も暇を持て余してるみたいだし」

 

 その言葉に吸い寄せられるように、彼女の背後へ歩み寄り頭を垂れたのは鋼鉄の守護鷲……

 

「まさか……ブレードイーグルで戦闘に加わるおつもりですか?」

「ええ。数を薙ぎ払うなら、この子の方が都合が良いもの」

 

 さも当然のように答えたシーナは、クルトが二の句を継ぐ前にきっぱりと言い放った。

 

「登録パイロットが不在である以上、動かせる人間が乗るしかないでしょう?何か異論がある?」

「……いえ」

「なら、早く行きましょ」

 

 ふっと表情を緩めたシーナが、クルトに歩み寄る。

 彼の頬を優しくするりと一撫でして、シーナは囁いた。

 

「援護は、任せたわ」

「りょ……了解、しました」

 

 別人格に切り替わっているとはいえ、好きな女性にこんな風に触れられれば、ドキッとしてしまうのも致し方ないだろう。上ずった声を返したクルトを何処か微笑まし気に見つめた後、シーナはブレードイーグルに乗り込み、夜空へと飛び立つ。

 そんなイーグルを見送る間もなく、クルトもすぐさま踵を返し、ワイヤーリールを使ってディバイソンへと乗り込んだ。

 

「ったく!俺には偉そうに説教しやがった癖に、一体何処で何をやってるんだあの馬鹿は!シーナさんにもしもの事があったら、後でしばき回してやる!」

 

 荒々しく独り言を吐き捨てた彼は、バイザーデバイスを装着しながら相棒へ呼び掛ける。

 

「テオ!戦況は?!」

[フライハイト少尉が、マリーベル皇女殿下を避難させる為、ヴァルフィッシュへ向かい移動中。シュバルツ少佐が現在護衛に当たっています。第三陸戦部隊は、無人ゾイド部隊に対しやや劣勢。ブレードイーグルが援護に入ったので、まずは其方の後方支援を]

 

 交戦中の第三陸戦部隊の元へ向かいつつ、クルトが訝し気に眉を顰める。

 

「例の不明機は?」

[現在ロストしています。動向不明]

「ロスト?……」

 

 乱戦に乗じて後退し、無人部隊の指揮を執っている事も十分考えられるが、ならば最初に姿を現す必要は無かった筈……何か別の理由があるに違いない。

 

(あの機体にも光学迷彩が搭載されていたな。奴がわざわざ乱戦を抜け出す理由か……)

 

 はたと、クルトは思い至る。

 考えられる可能性はいくつかあるが、最も濃厚なのは2つ、1つは前線戦力であるライガーゼロが戦闘を避け、ヴァルフィッシュへと向かっている事に気付き、マリーベルが同乗している事を察して奇襲に向かった可能性。あの不明機とライガーゼロには、合同演習の一件で因縁もある。仮にマリーベルが同乗している事に気付いていなくとも、狙うには十分な理由だろう。

 そしてもう1つは……

 

[荷電粒子収束反応を確認。1時の方向。距離およそ8000]

「やはりな!!」

 

 無人部隊で邪魔者を足止めし、遠方から荷電粒子砲で一掃する……その巻き添えにならない為に単機で離脱した可能性。今回の答えはどうやら此方らしい。

 

「下がれ陸戦!」

 

 怒号にも似た一言が共通回線に響き渡る。

 最前線へ躍り出たディバイソンが電子振動シールドを展開するのと、破滅の光が届くのはほぼ同時だった……

 

   ~*~

 

 時間は、カイが1人になった辺りに遡る。

 

(……さて。と)

 

 開いた瞼の下から、光の消えた凍てついた瞳が再び姿を現す。

 彼はその眼差しをただ一点……クラウとヒドゥンでは無く、右手の木陰へと突き付けた。

 

「で?いつまで隠れてんだ?出て来いよ」

 

 殺気すら込もっていない、ただただ何処までも底冷えした無感情な呼びかけに、カイが睨みつけている木の陰から1人の男が姿を現した。

 宵の闇を溶かしたような黒髪に、紺碧の瞳……帝国軍の尉官服に身を包んでこそいるが、その顔には全く軍人らしくない笑みが浮かんでいる。

 

「へぇ。気付いてたんだ」

 

 あっけらかんと、素直に感心した様子で声を上げたその男性を見つめ、クラウがポツリと呟く。

 

「イグ……どうして……」

「やぁ。クラウ。助けに来たよ」

 

 優しく、拍子抜けしてしまうほど爽やかに答えながら、イグナーツはポケットから取り出した拳大の青い鉱石をクラウへと投げて寄越す。

 

「これ……」

 

 受け取ったクラウが目を見開くのも無理は無い。

 火山地帯の、それも火口付近でしか採掘されない稀少鉱石“ゾイマグナイト”ゾイドの治癒能力を大幅に増幅させる奇跡の石を、まるで飴でも投げて寄越すかのように突然渡されるなど、誰が想像出来るだろうか?

 

「それにしても驚いたよ。まさか現代人の男の子に気配を気取られるなんてね」

「ぬかせ。陰からこそこそと、舐め回すみてーに俺の事見てやがったのは何処のどいつだ。穴が開いたらどうしてくれんだよ。気色悪ぃ」

「それは失礼。君があんまりにも似てたからつい。ね」

 

 含みのあるその言葉に、カイは若干うんざりした様子でイグナーツを睨みつける。

 

「どうせアレックスに似てるって言いてぇんだろ。いい加減聞き飽きてんだよこちとら。もっと他に捻りのある煽り文句ねーのか」

「へぇ~。自分がアレックスと同じ顔してるの、自覚あったんだ」

「チッ……」

 

 思わず舌打ちが口を突いて飛び出す。

 

(なんなんだ……コイツ……)

 

 何故、最初見かけた時に気付かなかったのだろう?この異質さに……耐え難い不快感に。

 情報屋時代にもヤバい連中は掃いて捨てる程見て来たが、正直な話、そんな連中とは到底比べ物にならない。腹の底から……いや、細胞の奥から、自分を形作るもの全てが目の前の男を拒絶している感覚だ。

 

「それにしても、思い出すなぁ……」

「あ?」

 

 わざとらしく、しみじみと呟くその声すらも不快で、流石のカイも苛立ちを露わに声を上げる。

 その反応を堪能するようにたっぷりと間を置いて、イグナーツは告げた。

 

「君のその目。アレックスにも同じ目を向けられた事があるんだ。いやぁ、楽しかったなぁ。眠りに就く前に戦った、彼との最後の戦闘はさ。本当にゾクゾクしたんだ。流石“第二世代”だと感心したよ。所詮僕は“試作”の“第一世代”だからね」

 

 何処か恍惚としているようにすら聞こえる口調で語るイグナーツを見据えたまま、カイは注意深く、探るように訊ねる。

 

「……話が見えねーな。一体どういう意味だ?」

「あぁ、そっか。()()君じゃ分からないよね。じゃぁ教えてあげるよ。僕は優しいから」

 

 そう言い終えるのと同時に、イグナーツは一気に距離を詰め、カイの首を捕えた。

 

「がっ?!」

 

 到底反応出来ないような速度で首を掴まれたカイは、そのまま地面へ叩き付けられるように組み伏せられ、思わず息を詰まらせる。

 そんな彼に、イグナーツは不気味な程優しく微笑みかけた。

 

「どうも初めまして。カイ。僕はイグナーツ。シーナと“君”のお兄ちゃんだよ」

 

 その言葉は、あまりにも衝撃的過ぎる一言だった。

 自分に兄は居ない。古代ゾイド人であるシーナと、現代人である自分に血の繋がりは無い。なのにイグナーツは、自分を「カイ」とハッキリ呼びながら、シーナと自分の「兄」であると言う。まさに矛盾の大渋滞だ。一欠片も理解が出来ない。

 だが、彼の言葉が全く理解出来なくとも、自分が今殺されかけているのだという事だけは、嫌と言う程理解出来た。

 

「ど……こが、優しいんだよッ……自己紹介くらい……普通に、言え!」

 

 拳銃を抜き、イグナーツの顔面目掛けて発砲する。

 パッとカイの首を離したイグナーツは、そのまま半身で弾丸を避けると一旦距離を取り、楽し気に笑った。

 

「良いね!やっぱりそう来なくちゃ。さぁ、遊ぼうか!久し振りに!」

「げほっ……てめぇと遊んだ覚えなんて――うぉ?!」

 

 起き上がって咳き込みながら悪態を吐くのも束の間。飛んで来た投擲ナイフを間一髪で躱し、その勢いに任せて横へ転がりながら体勢を立て直して起き上がったカイは、イグナーツへ向けて再び発砲する。しかし、イグナーツは弾丸を躱しながら、先程のように一気に距離を詰め、コンバットナイフを抜き放った。

 

「くっ!」

 

 顔面目掛けて放たれた突きを、精一杯避ける。刃が微かに頬を撫で、痛みが奔ったが、致命傷でさえなければそれで良い。

 

―お前、避けるのだけは上達したな―

 

 ふと、脳裏にクルトの言葉が過る。

 近接格闘訓練を重ねる中で、唯一成長が感じられたのがそれだった。

 

―うるせぇな!お前が容赦ねーから避けるしかねーんだろ?!―

―逃げてばかりじゃ、いつまで経っても相手には勝てんぞ。寿命は多少延びるかもしれんがな―

―お前は俺を殺す気なのかよ……―

―馬鹿を言え。実際の任務での話だ―

 

 そんなやり取りを交わしたなと思いながら、カイはイグナーツの動きを注視する。

 

(今は寿命が延びてくれりゃ御の字だ。集中しろ。アイツの攻撃を躱す事以外考えるな)

 

 全神経を研ぎ澄まし、集中が極限に到達した時、頭の中はスゥッと冷たくなっていく。耳の中に響いていた鼓動の音すら遠のいて、周囲の音がいきなり鮮明になり、相手の動きが僅かながら遅くなったように見える……だがカイはこれまで、自らこれに頼ろうとした事は無かった。

 理由は、正直自分でもよくわからない。

 

―……カイ。もう二度とこんな戦い方すんな。命がいくつあっても足りねーぞ―

 

 初めてこの状態に入って戦った直後、ザクリスにそう言われたからかもしれない。

 この感覚に身を任せている間、自分という存在が溶けて消えていくような感覚になるのが、なんとなく不安だからかもしれない。

 心の奥底の、その更に深い場所で……戦いそのものを求め、楽しんでいるような感覚が微かに顔を覗かせるせいかもしれない。現にザクリスからは、この状態を「()る気スイッチ」と命名されているくらいだ。恐らく傍から見ても、この状態の自分は普通ではないのだろう。

 だが今は、そんな甘い事を言っている場合ではないとハッキリ感じた。

 

(――来た)

 

 集中が極限に達した感覚……自身の存在すら曖昧になり、ただ戦いを求める感覚……今まで無意識に移行していたその領域に、初めて自らの意志で堕ちる。

 

()れ……でなきゃ――)

 

 カイの瞳から、完全に温度が消えた。




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第42話-獅子の(くびき)-

 時々、自分が分からなくなる事がある。

 ガキの頃の記憶はねぇし、アレックスとそっくりだって話だし、おまけにコイツが俺とシーナの兄貴だ?マジで訳分かんねぇ……訳分かんねぇけど、今、これだけはハッキリ分かる。

 “殺る気スイッチ”なんて呼ばれてたこの力が、一体“何の為”にあったのか……

 [カイ=ハイドフェルド]

 

 [ZOIDS-Unite- 第42話:獅子の(くびき)

 

(何?あれ……)

 

 カイの瞳から完全に温度が消えたその瞬間、真っ先に息を呑んだのはクラウだった。

 緊張に強張った表情の中で、その水色の瞳が怯えたように揺れる。

 イグナーツから受け取ったゾイマグナイトでヒドゥンを回復させながら、彼女はカイの雰囲気が一気に変わったのを目の当たりにし、思わずヒドゥンへ身を寄せる。

 この一夜の間に、何度同じ目を見ただろう?

 地面に叩き付けられた直後に見た、ナイフを振り翳した瞬間のクルト。

 死に物狂いで戦う自分を見つめ、薄ら笑みを浮かべてたシーナ。

 そして、イグナーツと対峙する今のカイ……

 このガーディアンフォースの隊員達は何処か異質だ。他の者達とは何かが違う。

 

「へぇ……」

 

 カイの変化にイグナーツも満足げな笑みを浮かべ、瞬時に手首を返して再度斬りかかるが、カイは迫るナイフを寸分違わずに蹴り上げた。ガキンッ!という鋭い音が響き、ナイフはそのまま月明かりに煌めきながら宙を舞い、弧を描く。

 カイはすかさず銃口を向け、引き金を引いた。が、立て続けに放たれた弾丸をイグナーツは紙一重で躱し、更には一旦距離を取った先で、降って来たナイフをキャッチしてみせながら笑う。

 

「動きが変わったね。もしかして目が覚めた?」

 

 その問いにカイは答えない。イグナーツが何を喋っていようと今はどうでも良かった。コイツだけは今此処で始末しなければならない。そう“今度こそ”此処で……

 だが、これ見よがしに隙を見せるイグナーツをどれだけ撃とうと、その度に弾丸は躱され、すぐに反撃がやってくる。

 

「チッ……」

 

 無意識に零れた舌打ちは、はたして自分が零した物なのだろうか?そんな疑問が微かに脳裏を過ったが、それすらも今は思考の外へ追いやって、彼は迫る刃を躱しながらイグナーツを睨んだ。

 

(コイツ、完全に遊んでやがる……)

 

 わざと隙を見せては攻撃を躱す。余程の実力と技量がなければ、ただの自殺行為に等しい煽りだが、イグナーツはそれを平然とやって退けていた。クラウがヒドゥンを回復させる時間稼ぎを果たしながら、まるで遊びに熱中する子供のように、命懸けのじゃれ合いを楽しんでいる。

 このままでは埒が明かない。そう感じたカイは、空になったマガジンをリリースし、新たなマガジンをグリップへ叩きこみながら一気に駆け出した。真っ直ぐ突っ込んで行くのではなく、イグナーツの間合いに入らないよう注意しながら、彼の周りをぐるりと周るように。

 イグナーツの動体視力も、反射神経も、人の域を軽く超えている。どんなに不意を突こうとしても、飛んでくる弾丸を精確に避けて見せるのだ。ならばいっそ、それを逆手に取って踊らせてやれば良い。此方が主導権を握るにはそれしかない。

 

(なるほど。考えたね)

 

 動きを制限するように飛んで来る弾丸を、敢えて馬鹿正直に避ける。

 さぁ、次はどう攻めて来る気なのだろう?と考えつつ、弾を避ける為に一瞬目を離した直後……カイの姿が、消えた。

 

「あれ?」

 

 子供のようにきょとんとした声を上げたイグナーツだったが、彼は全てお見通しだとでも言うかのように半身をずらし、背後から不意を突こうとしていたカイをそのまま振り向きざまに蹴り飛ばす。その的確な一撃はノーガードのカイの腹部を捉え、派手に吹き飛ばした。

 地面を転がり、木の根元に背をぶつける形で止まったカイは、蹴られた腹を抱えて咳き込む。

 幸いあばらは折れていないようだが、蹴られた衝撃で喉の奥まで逆流してきた胃液の味は、痛みと相まって全く生きた心地がしない。意識が飛びかけたのか、それとも地面を転がった際に頭でも打ったのか、視界はチカついていた。

 そんなカイへ歩み寄って来たイグナーツは、地面に力無く投げ出されたままになっているカイの左手をおもむろに踏みつける……先程までの攻防の間に、こっそり拾ったのだと思われるクラウの投擲ナイフを握った、カイの左手を。

 

「発想は良かったけど、どんなに気配を消しても“殺気”がダダ漏れじゃ意味無いよ?カイ」

「そいつは……どうも……」

 

 そう言って、カイは銃口をイグナーツへ向ける。

 しかし、イグナーツはゆったりと微笑んで囁くように呟いた。

 

「ハッタリが下手だね」

 

 ほんの僅かに表情を強張らせたカイへ、彼は言葉を続ける。

 

「グロック17。装弾数は17発。そしてマガジンを入れ替えてから、僕を躍らせるのに17発。つまりその銃は全弾打ち切った後だ。弾は残っていない」

「……試してみるか?」

 

 カイがニタリと嗤うのと同時に、イグナーツがハッとした様子で距離をとる。しかし、いくら人の域を超えた動体視力と反射神経を以てしても、これだけの至近距離から迫る弾丸の速度には到底敵う筈が無い……18発目の弾が、イグナーツの右大腿部を貫き鮮血を散らせた。

 距離を取ろうとしていた事もあり、脚を打たれたイグナーツはそのまま尻餅をついて、ポカンと撃たれた自分の右脚を見つめる。

 カイはそんな彼の前で立ち上がり、再びマガジンを入れ替えたグロックをイグナーツへ向けた。

 

「装填状態でマガジンを換えちまえば、1発多く撃てる。こんなの常套手段だろ?」

 

 彼の前でマガジンを入れ替え、17発撃ち尽くし、一瞬の隙を突くのにマガジンを入れ替える余裕が無いのを強調する為、拾った投擲ナイフで斬りかかる。ナイフを得物としているイグナーツに近接戦を挑めば、当然返り討ちにされるのは此方だが、そこでようやく18発目の出番。という訳だ。

 ……正直、本音を言ってしまえば一発で仕留めたかった所だが、基本的に人体の急所というのは上半身に多い。どれだけ至近距離とは言え、イグナーツの身体能力ならば最悪避けられてしまうかもしれない。だが脚……しかも大腿部は咄嗟に動かそうとしても可動範囲など高が知れている。おまけに機動力を大幅に削げる上、出血量も多いとなれば、ほぼ準致命傷と言って良いだろう。

 そう。此処までカイは織り込み済みだったのだ。それを察したイグナーツはカイを見上げ、微笑まし気な笑みを浮かべる。

 

「なるほど。此処まで全て計算済みだった訳か。成長したね、カイ」

「テメェに喜ばれる筋合いはねぇ」

 

 警戒しつつもイグナーツへ歩み寄り、その額へ銃口を向け、カイは告げた。

 

「ったく、やってらんねーよ。今すぐ此処でぶっ殺してやりてーのに、テメェには殺す前に吐かせなきゃなんねー事が山ほどある」

 

 駄目だ……頭の片隅で誰かが叫ぶ。

 此処でコイツから情報を引き出そうとしている場合ではない。と。

 この好機を逃せば、コイツを始末する機会など2度と廻って来ない。と。

 今だけは……任務よりも“因縁”に決着をつけるべきだ。と……

 だが、カイはその声を敢えて押し殺した。イグナーツはシーナの過去に関する事を何かしら知っている。それを知るチャンスもまた、今しかない。

 

「相変わらず真面目だなぁ。そういう所は昔からちっとも変ってない訳か」

 

 意味深な言葉を吐く彼の額に、銃口を押し付ける。ゴリッという鈍い感触を感じながら、カイはあくまで冷静に問い掛けた。

 

「テメェが俺とシーナの“兄貴”ってのは、どういう意味だ?」

「どういうって言われてもなぁ……その辺りは説明が難しいんだよ。と~っても」

 

 面倒臭そうに答えたイグナーツだったが、ふと、彼は口角を上げる。

 穏やかでありながらも、何処か底知れぬ不気味さを感じさせるような笑みを浮かべ、彼はそっと口を開いた。

 

「というか……その答えは僕じゃなく“君自身”が持ってる」

「どういう意味だ?」

 

 探るように訊ねるカイに対し、イグナーツは何処か勝ち誇ったように問い返す。

 

「簡単な話さ。君、小さい頃の事……何か覚えてる?」

 

 あまりにも予想外な問いに、カイは表情を取り繕う事も出来ず目を見開いた。

 確かに自分には幼少期の記憶が全く無い。だが、何故それをイグナーツが知っている?何故それがシーナとイグナーツに繋がる?どう関係がある?

 絶句したままのカイに対し、イグナーツは突き付けられた拳銃を額で押し返すように身を乗り出して嗤う。

 

「よーく思い出してごらん?君が覚えている一番古い記憶は何だい?恐らく、帝都病院の病室で目が覚めた時の記憶だと思うんだけど……」

「……やめろ……」

 

 無意識に、ジリッと後ずさる。

 イグナーツの言葉に誘導されるように、殆ど忘れていたあの日の記憶がカイの脳裏に過った。

 無機質な白い病室。半分ほど開いた窓。風に揺れるカーテン……そして、目覚めた自分を見て涙を浮かべているのは――

 

「うっ……ぐ……」

 

 突如、激しい頭痛に見舞われる。まるで見えざる何かが「それ以上思い出してはいけない」と警告するかのように……

 そんなカイの姿を見て、イグナーツは本性を現すかのようにニタリとほくそ笑むと、ナイフを握り直してカイへ飛び掛かった……

 

   ~*~

 

 一方、ヴァルフィッシュへ向かうレンとルーカスは、突如、横から姿を現し飛び掛かって来た赤い機体を間一髪で躱し、歩みを止めていた。

 そう。幻影騎兵連隊(ファントムリッター)のデスキャットである。

 

「チッ……もう嗅ぎつけて来やがったッ……」

 

 レンの表情が強張る。無理も無いだろう。初邂逅で大敗を喫し、自分もライガーゼロも傷を負った。その相手が今、眼前に立ち塞がっているのだから……

 ライガーゼロも姿勢を低くし、警戒心を剥き出しにして唸り声を上げる。その姿を見て、マリーベルはふと疑問を抱いた。

 

(この子……レン様が操作していないのに、威嚇してる?……)

 

 そんな殺気立った唸り声を上げる獅子と、隙を窺うように佇む猟犬を、あくまで冷静に見据えるハウザーだったが……その脳裏に過るのは、これからの攻撃方法でも、作戦内容でもなく、自分が最も忌み嫌う男から突然告げられた通信の内容だった。

 

   ~*~

 

「やぁ。ハウザー。聞こえるかい?」

 

 つい十数分前、いきなり通信を寄越してきたのはイグナーツだった。

 何処か上機嫌な様子の彼の声音に、ハウザーはこの時点で既に嫌な予感がしていた。

 

「何の用だ」

 

 短く無機質に訊ねれば、彼は案の定、想定外の事を口にしたのである。

 

「あのお姫様なんだけど、例のガーディアンフォースの新型に保護させておいたから。後は君の好きなようにして良いよ」

 

 その一言に、ハウザーの脳裏には一瞬の内に様々な思いが駆け巡った。

 全く作戦に無い事をしでかしてくれた事に対する不満と苛立ち。

 やってくれたな……という怒りと呆れ。

 いきなり尻拭いを押し付けられた事で、ドッと押し寄せて来た疲労感。

 一体何故そんな事を?という疑問。

 目立たず穏便にやったんだろうな?という懐疑。

 いや、むしろこういった場合、既に最悪の事態の更に上を行っている。という悟りと諦めなどなど……頭を抱えたくて仕方がなかったが、そんな事をしたところで時間が巻き戻る訳も無く、ハウザーはただ絞り出すように苦言を呈した。

 

「また貴様は作戦に無い事を平然とッ……」

 

 しかし、イグナーツはそんなハウザーの反応すら楽しんでいる様子で言葉を継ぐ。

 

「別に良いじゃないか。どうせ殺害予告は送ってあるんだし。寧ろ感謝して欲しいくらいだよ。あくまで今回のメインディッシュは“新芽達(スプラウツ)”なんだ。あの新型を撃破すれば、メインもデザートも君が独り占め。手柄は立てられるし、世間には絶望を与えられる。ガーディアンフォースや帝国軍への信用も、一気にガタ落ちで良い事尽くめだ。あぁ、ついでにアナスタシアからも個人的なご褒美が貰えたりして――」

「いいか!もしまた作戦行動中にその下世話でくだらん妄言を吐いてみろ!貴様をもう一度眠りに就かせてやる!今度はゾイドエッグではなく棺桶で!永遠にだ!!」

 

 殺気立った声で怒鳴るも、通信に返って来るのは愉快な笑い声だけだった。

 

「俺の事を嫌ってる割に、ちゃんと棺桶には入れてくれるんだ。君のそういう所大好きだよ」

「それは奇遇だな。私は貴様のそういう所に心底うんざりしているところだッ」

 

 撥ね付けるような言葉に一頻り笑ったイグナーツは、何事も無かったかのように告げた。

 

「じゃ、僕はクラウを助けて来るよ。ついでに会いたい子も居るし。また後でね」

 

 意味深なその言葉に、ハウザーは思わず訊ね返す。

 

「イグナーツ!今度は何を――」

 

 しかし、通信はそこで一方的に切られてしまったのだった。

 

   ~*~

 

 やり取りを思い出し、微かに不機嫌な表情を浮かべる。

 あのライガーゼロの中に、彼等の護衛対象たる皇女が乗っている……それが最も憂慮すべき点だった。レンと皇女は“ただの護衛と護衛対象”という関係ではない。師弟でもあり、家族ぐるみの付き合いがある親しい間柄だ。そして現在、成長途中にある未熟な少年は、自分ただ一人に皇女の命が懸かっているという極限状態に追い込まれている。

 この場合、考えられる可能性は二つ。その重圧に押し潰され、必死の抵抗も虚しいまま皇女と共に散るか、この極限状態をバネに、予想だにしない急成長を遂げるか……ハウザー個人の予想としては、後者へ転ぶ可能性の方が極めて高いと感じていた。つまり、イグナーツがしでかした事は、安全に除去出来た筈の爆弾を、わざわざ爆発寸前にして此方へパスして来たも同然だと言える。

 それだけでも十分厄介だというのに、行動を共にしている護衛が更に想定外だった。まさか部下を指揮している筈のルーカスが、この場に居合わせているとは……

 ルーカス=リヒト=シュバルツは、持っていれば厄介この上ないが、使えば絶大な効果がある。帝国軍にとっても幻影騎兵連隊(ファントムリッター)にとっても、まさに“ジョーカー”と呼ぶに相応しい存在だ。だからこそ、今此処で彼というカードは切れない。彼を早々に失っては、此方の計画が破綻してしまう。

 ルーカスとの戦闘を極力避けつつ、レンと皇女を確実に消すには……

 

『来るぞ!』

 

 デスキャットが飛び掛かるのと、ルーカスが叫ぶのは同時だった。

 それぞれ左右に散開し、初撃を躱したライガーゼロとジークドーベル……此処まではハウザーの狙い通りだ。2人を引き離し、始末するべきライガーゼロだけを追い立てる。自分がやるべき事はそれだけで十分だ。

 しかし、そんな彼の思惑を阻止するかのようにデスキャットへ反撃に出たのは、ルーカスのジークドーベルの方だった。

 ヘルブレイザーを展開し、デスキャットへ斬りかかりながらルーカスが叫ぶ。

 

『レン!お前は先に行け!』

「悪い!頼んだぜ!」

 

 再びヴァルフィッシュへと駆けだしたライガーゼロを確認した直後、その後を追い掛けようとしたデスキャットの前に立ちはだかり、ルーカスはジークドーベルのフォトン粒子砲を突き付けた。

 

『おっと、私が相手では不満かな?』

 

 外部スピーカーで呼び掛けるも、当然ハウザーは返事を返さない。誰の耳にも届かぬ舌打ちを打つだけに留め、彼は一度デスキャットを後方へと跳躍させる。

 無言で距離を取ったデスキャットに対し、ルーカスは更に呼び掛けた。

 

『あくまで沈黙か。良い選択だ。どうやら君は、我々に声を聞かれては困る人物のようだからな。ティータイムのように気軽に言葉を交わしてくれるとは、此方も思っていない』

 

 彼の言葉で、僅かな焦りと驚きがハウザーの胸を掠める。

 前回の襲撃作戦で、自分だけは変声機を使わざるを得なかった。表向きは自分も帝国軍の軍人である以上、声を聞かれればすぐに正体がバレてしまうからだ。

 とはいえ、明らかに声を変えていると分かるようなヘマはしていなかった筈。あくまで自然に違う声になるよう、変声機は調整してあった。当然、口裏合わせやアリバイ工作も万全であったのだが……

 

『一つ、面白い世間話を聞かせてやろう。帝国軍技研での音声鑑定では、君は10代後半から20代前半の男性パイロットだという結果だったそうだ。だが、そもそも関係者しか知らなかった筈の演習を襲撃した点から見ても、軍内に息のかかった者が居たのは明白だ。当然、技研の鑑定結果など当てにはならない。案の定、ガーディアンフォース側での鑑定結果では、君の音声に僅かながら音声加工が施された形跡があった。と聞いている』

(まったく……厄介な奴だ……)

 

 ハウザーは、ルーカスのこういう面を何よりも警戒していた。

 彼は帝国の至宝と呼ばれている、カール=リヒテン=シュバルツの息子。プロイツェン派が台頭していた当時、どれだけ不当な扱いを受けようと己が信念を貫き続けた父親同様、長い物には巻かれないというスタンスの“超個人主義者”だ。

 彼も己が信念を貫き通す為なら、一切手段を選ばない。あらゆる手を使って情報を集め、必要であれば、自身が知り得た情報を軍にすら伏せて行動する。

 たった一人で、何処までも真実を追い求める為に……

 

『君だけが音声を加工していたという事は、あの日、君を知る者があの場に居たという事だ。異論があれば聞こう。君に言葉を発する気があるのならな』

 

 ルーカスの言葉に、ハウザーは行動で答えた。

 そこまで分かっているのなら、今更お前と交わす言葉は無い。と……

 デスキャットを跳躍させ、ジークドーベルを飛び越す。そのすれ違いざまに、彼は二連衝撃砲をジークドーベルのフォトン粒子砲へと放った。

 

「ッ?!」

 

 思考よりも早く、ルーカスはその一撃を紙一重で躱す。

 それと同時に、彼の脳裏に既視感が過った。

 高速戦闘ゾイドで、跳躍から攻撃やカウンターを繰り出す。それはルーカス自身も得意とする戦法であり、師匠が最も得意とした戦法だからだ。

 しかし今回ばかりは、その一瞬の既視感が大きな隙となってしまった。

 

「チッ!逃がすか!!」

 

 そのままライガーゼロの後を追うデスキャットを、ジークドーベルが追い掛ける。だがそのスピードは、ジークドーベルの比ではなかった。

 デスキャットの腹部側面に組み込まれた“超高速駆動機構”は、現代の高速戦闘ゾイドに採用されているブースターよりも遥かに効率良く、瞬時にトップスピードへ到達する事が出来る。

 みるみる離されていく中、ルーカスはレンへと通信を開いた。

 

「レン!例の赤い奴がそっちへ向かっている!背後に気を付けろ!俺もすぐ向かう!」

『わかった!』

 

   ~*~

 

「こっちは、だいぶ片付いたわね……」

 

 ブレードイーグルのコックピットで、シーナは戦場を見下ろす。

 交戦している第三陸戦部隊めがけて放たれた荷電粒子砲は、クルトのディバイソンが防いでくれた。無人ゾイド部隊の一部は、後方から飛んで来た荷電粒子砲によって消滅し、残った兵力も第三陸戦部隊とクルト、そして他ならぬ自分が粗方仕留めた所だ。此方の応援はもう十分だろう。

 

「あとは……」

 

 シーナが彼方、荷電粒子砲が飛んで来た方向を見据える。

 

「……ヨルハ」

『はい?』

 

 シーナの呼び声に、思わず条件反射のように声を返しながら、クルトは首を傾げた。

 彼女は今、自分を呼んだのだろうか?と……

 

『シーナさん?あの、ヨルハというのは?……』

「……ごめんなさい。なんでもないわ」

 

 ゆるりと首を横に振って、シーナは告げる。

 

「クルト。あとはお願い」

 

 たった一言そう言い残して、ブレードイーグルが飛び去って行く……その方向を確認し、クルトはハッとした表情を浮かべた。

 

「無茶ですシーナさん!相手はジェノザウラーですよ?!危険過ぎます!!」

 

 ブレードイーグルにはユナイトが合体している。つまりシーナは現在、ブレードイーグルと意識共有状態だ。そんな状態で万が一、荷電粒子砲を喰らってしまったら……

 しかし、シーナはクルトを通信画面越しに真っ直ぐ見据え、淡々と告げる。

 

『だからって、このまま好きに撃たせる訳にもいかないでしょ?貴方が防ぎ切れる範囲にだけ荷電粒子砲が飛んで来るとは限らないんだから』

 

 彼女の言葉に、クルトは何も言い返す事が出来なかった。

 空から荷電粒子砲の光を目にしたシーナにしか、ヤークトジェノザウラーの正確な位置は分からない。そして、そんな遠く離れた場所に居る敵へ即座に奇襲を掛け、足止め出来るゾイドも、ブレードイーグルしかこの場には居ない……

 

「……わかりました。ですが、1つだけ約束して下さい」

『約束?』

 

 微かに怪訝な表情を浮かべたシーナへ、クルトはふと笑みを見せた。

 

「絶対に無茶はしない。と……シーナさんの“約束のお守り”に」

 

 その言葉に驚いたのだろう。微かに目を見開いたシーナは、静かに微笑んだ。

 

『……ズルい人。自分は無茶した癖に』

「すいません」

『でも良いわ。約束してあげる。絶対無茶はしない。って』

 

 そんな彼女を見つめ、クルトは囁くように呟いた。

 

「ご武運を」

『貴方もね』

 

 シーナから通信が切られる。

 それと同時に、クルトは此方へ向かって来たレブラプター数機をツインクラッシャーホーンで蹴散らし、聞こえる事のない返事をそっと口にした。

 

「……大丈夫ですよ。此処で死ぬつもりはありませんから……」

 

   ~*~

 

 その頃、ヴァルフィッシュへ辿り着くまであと僅かという所で、ライガーゼロは後方から凄まじいスピードで迫る機影をレーダーに捉えた。

 レンは咄嗟に機体を脇へ跳躍させ、走って来た勢いもそのままに飛び掛かって来たデスキャットの一撃を、間一髪で避ける。不意打ちの一撃を紙一重で躱したライガーゼロに、ハウザーは静かな感嘆を口にした。

 

「ほう……今の一撃を避けたか。やはり子供の成長は侮れんな」

 

 ほんの僅かに睨み合ったデスキャットとライガーゼロだが、すぐさまデスキャットは2連衝撃砲を放ち、ライガーゼロはまたも間一髪で砲撃を避ける。

 

(くそっ……こっちはマリーが乗ってるんだ。このまま戦う訳には……)

 

 そう考えているのは、何もレンだけではなかった。ゼロ自身もまた、戦闘を躊躇うかのようにジリッと僅かに後退りながら、デスキャットを睨み付ける。

 その挙動に気付いたのは、レンにしがみついているマリーベルだった。

 

(やっぱりそうだわ。レン様が操作していないのに、この子、自分で後退った……)

 

 単座機の狭いコックピット内でレンの膝の上に腰掛け、彼にしがみついている状態だからこそ、マリーベルはレンの一挙一動が全て手に取れる状態だ。勘違いである筈が無い。

 皇女である自分を守る為、レンが可能な限り戦闘を避けようとしているというのは、マリーベル本人も分かっている。しかし、先程の威嚇といい、この後退りといい、まるでライガーゼロ自身も戦闘を躊躇っているかのようだ。

 もしかしたら、ゼロは……そんな彼女の思考を他所に、デスキャットの電磁クローが再び迫る。

 

「ッ!!」

 

 やはりその一撃も寸前で躱しながら、レンも妙な違和感を覚えていた。

 

(おかしい……)

 

 デスキャットの強さは、他ならぬレン自身が身を以って知っている。そんな相手が、こうもギリギリで躱せる程度の攻撃を立て続けに繰り出すだろうか?

 これはまぐれでもなければ、自分が成長したからでもない。あのパイロットは、敢えて躱せる程度の攻撃しか繰り出していないのだ。

 訝しむレンの膝の上で、ふと、マリーベルがレンにしがみ付いていた手を放し、ライガーゼロのメインパネルに触れて訊ねた。

 

「ゼロ……あなた、もしかして……」

「マリー離れるな!怪我しちまう!」

 

 叫ぶレンの声を無視し、攻撃を避ける際に激しく振られる体を、両手で精一杯支えて、マリーベルは意を決したようにゼロへ訴えた。

 

「ゼロ!どうか私達の事は気にしないで、戦って下さい!」

「マリー?……」

 

 その言葉に、レンは思わず目を見開いた。それは言葉を投げかけられたライガーゼロも同様だったのだろう。戸惑うような声を微かに上げ、ライガーゼロは動きを止める。

 突如動きを止めたライガーゼロへ、一気に攻撃を畳み掛けようとしたデスキャットだったが、追い付いたジークドーベルに背後から飛び掛かられ、死猫(しびょう)と猟犬は縺れ合いながら地面を派手に転がった。

 

『レン!何をしてるんだ!早く行け!』

「いいえ!いけません!」

 

 通信に響いたルーカスの呼び掛けに対し、首を横に振ったマリーベルはゼロへ語り掛ける。

 

「ゼロ。あなたは優しい子だから、遠慮しているのでしょう?私だけではなく、大切な主であるレン様を守る為に……」

「グルル……」

 

 マリーベルの言葉を肯定するように、小さく鳴いたライガーゼロ……そのやり取りを眺め、レンは何かがストンと腑に落ちた表情を浮かべた。

 デスキャットと睨みあった時、ライガーゼロはこれまでに無い程の威嚇姿勢を取っていた……あれは、一度負けた相手であるデスキャットを警戒していた訳ではなかったのだ。体を固定する為の安全バーも使えず、今はただ逃げるしか術の無い自分とマリーベルを守る為、ライガーゼロは我が子を守る母獅子が如く、デスキャットを威嚇で追い払おうとしていたに違いない。

 もう二度と、レンに怪我をさせない為に……

 

「ゼロ……お前……」

 

 レンも、そっとメインパネルに触れる。

 そんなレンを、マリーベルが振り返った。

 

「戦いましょう。レン様」

「けどっ……」

「シュバルツ少佐も聞いて下さい。これは全て彼等の罠です」

「え?!」

 

 思わず声を上げたレンの前で、通信画面に表示されたルーカスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

『なるほど……彼等は余程、性格が悪いらしい……』

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!いったいどういう――」

『よく考えろ!お前がヴァルフィッシュに向かっている事は、奴らから見ても明白の筈だ!なのに何故奴はお前を殺そうとしない?!』

 

 その言葉でようやく、レンもハッとした。

 何故、デスキャットが本気で自分を仕留めようとしないのか?それは恐らく、ライガーゼロを敢えてヴァルフィッシュまで逃げさせる為だ。

 ホエールキングはその巨体故、離着陸にどうしても時間が掛かってしまう。当然、地上に停泊している間は回避行動など全く取れない。逃げ切れば此方の勝ちだと思っていたが、それは完全に間違いだった。無事に逃げ込み、此方の気が緩んだ瞬間、荷電粒子砲でヴァルフィッシュ共々吹き飛ばす方が、遠方から機動力の高いライガーゼロを直接狙うより確実だ。

 

「……此処で、勝つしか無いって事か……」

 

 やっと幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の作戦に気付き、レンの頬を冷汗が一筋伝う。

 逃げるに任せていれば良い物を、デスキャットはわざわざ此処まで追いかけて来た。恐らく、此方が敵の作戦に気付いた場合、此処に足止めするのが目的なのだろう。

 助かる為には、いつ飛んで来るか分からない荷電粒子砲を警戒しつつ、デスキャットを速やかに倒してヴァルフィッシュから離れるしかない。

 

「……グルルッ」

 

 ふと意を決したように、ライガーゼロが顔を上げた。

 それと同時に、メインパネルのモニターにウインドウが表示される。

 

Release the control limiter(制御リミッターを解除しますか)?]

[Yes][No]

 

 そのメッセージを読んだレンの脳裏に、トーマの言葉が蘇った。

 

―レン。もうこれ以上どうにもならない。これしか道が無い。という場合以外“絶対に使わない”と、約束出来るか?―

 

   ~*~

 

「実はな、ライガーゼロのゾイドコアにも、制御リミッターが掛けてあるんだ」

 

 換装中のライガーゼロを見上げながら、トーマが告げた一言。

 それは、専属パイロットであるレンすら知らなかった、リミッターの存在についてだった。

 

「制御リミッター?なんでゼロにもリミッターが……」

「こいつのコアが、バンのブレードライガーのクローンコアをベースにしているからさ」

 

 バンのブレードライガーは、かつて乗り手であるバンの成長に合わせ、ジークが大幅な性能強化を施している。バンただ1人にしか扱えないほどの、過激な性能強化を……どれほど過激だったかと言えば、フィーネがバンの身を案じ、ジークを止めようとした程だったらしい。

 その瞬間はトーマも当時目撃しており、テスト中だったブレードライガーは前代未聞の稼働数値を叩き出した。当然、パイロットにも計り知れない程の負荷が掛かっているのは明らかだったが、バンはそんなライガーのコックピットで、仲間の心配を他所に笑っていたのだそうだ。正直その話を聞いたレン自身も、改めて「父ちゃん人間辞めてんなぁ……」と思ったくらいである。

 そんなピーキーなブレードライガーのクローンコアへ、オーガノイドシステムを搭載し、改良を加えたライガーゼロ-プロトは「クローンはオリジナルより性能が劣る」という常識を覆した。ブレードライガーと同等のポテンシャルを保つ事に成功したのだ。

 だがそれは、ライガーゼロ-プロトもブレードライガー同様、一歩間違えばパイロットの命を奪いかねない性能を持つゾイドであるという事。バンならいざ知らず、新人のレンを専属パイロットに据えるのは本来有り得ない……しかし、ゼロ自身がレンを選び、他の人間をパイロットとして認めなくなってしまった為、トーマはリミッターを掛けたのだ。

 いつか、レンがバンと肩を並べられるようなゾイド乗りに成長するまで、ゼロがレンの命を奪ってしまう事がないように……

 

   ~*~

 

 しかし今、ライガーゼロは「戦え」と言うマリーベルの言葉に背中を押され、「此処で勝つしかない」というレンの思いを感じ取り“全力で”デスキャットに立ち向かう事を自ら望んでいた。

 

―ボクは覚悟を決めた。だから後は、レン次第だよ―

 

 そんなライガーゼロの思いが、伝わってくるような気がした。

 レン自身も、自分1人なら躊躇わず[YES]を押していただろう。しかし、護衛対象である皇女を乗せた状態で、敵と交戦するなど御法度だ。あまりにも危険過ぎる上に、万が一の事があれば取り返しが――

 

「……えい」

「ちょ?!マリー!!」

 

 最後の最後までマリーベルの身を案じ、悩んでいるレンに痺れを切らしたのか、他ならぬマリーベル自身が、容赦無く[YES]ボタンを押す。

 思わず悲鳴のような大声を上げたレンを振り返って、マリーベルはにっこりと笑った。

 

「大丈夫です。私はレン様とゼロを信じておりますから」

 

 はにかんでみせるマリーベルに、何処か諦めの付いたような笑みを向けた後、レンは操縦レバーを握り直しながら呟く。

 

「……ったく、変なとこで肝が据わってるよな。マリーは……」

「当然です。私はレン様の教え子ですもの」

「言ってくれるぜ……」

 

 メインモニターに映るデスキャットをキッと見据え、レンは静かに囁いた。

 

「リミッターを解除したゼロの動きは、ロイヤルセイバーの比じゃないからな。絶対に俺から離れるなよ」

「はい!」

 

 再びマリーベルがぎゅっとレンに抱き着く。

 レンも覚悟を決め、相棒へと呼び掛けた。

 

「行くぞ!ゼロ!!」

「ガルォォォッ!!」

 

 力強い咆哮を上げ、ライガーゼロがデスキャットへ飛び掛かった。

 

   ~*~

 

 その頃、ブレードイーグルは皇居ミレトス城から遠く離れた森の上空に居た。

 第三陸戦部隊を襲った荷電粒子砲によって、本来木々が生い茂っていた筈の場所は一直線に焼き払われ、まだ煙を上げている。しかし、ヤークトジェノザウラーが居たと思しき場所は、既にもぬけの殻であった。

 

「流石に移動してるわね……」

 

 周囲へ痕跡を残しにくい遠距離狙撃系の装備を施したゾイドならば、狙撃ポイントを変えずに潜伏し続ける事の方が多いが、周囲に多大な発射痕を残してしまう荷電粒子砲搭載機は、撃つ度に場所を移動し身を隠さなければ、すぐに発見されてしまう。ある程度時間も経っている以上、姿を消しているのは想定内だった。

 とはいえ、この森の何処かで次の発射タイミングを狙っているのは確実だろう。シーナはそう考えレーダーを起動し……ふと笑みを浮かべた。

 

「……なるほど。イーグルが来るのは想定済みって訳。なかなか用意周到じゃない」

 

 レーダーに映ったのは、森の中に点在する無数の反応。

 一見、敵軍の第二陣がこの森で待機しているように見えるが、ステルス機でもないイーグルの存在など、彼方もとっくに把握済みの筈。単機でのこのこ飛んで来たというのに、全く攻撃して来ないのは不自然だ。

 更に不自然なのは、どの反応も“2つずつ”点在している事。恐らくヤークトが護衛のゾイドとツーマンセルで行動しているから、デコイも2つずつ配置し、此方を攪乱している。といった所だろう。それならば撃って来ないのも頷ける。攻撃に使用した搭載火器から機体を特定されるのを防ぐ為に違いない。

 

(姿が直接“視認出来ない”って事は、恐らく光学迷彩……面倒な奴)

 

 宵闇の中、森の木々の下にジッと身を潜めたゾイドを発見するのは難しいが、現代人を遥かに超える視力を持つシーナであれば、けして不可能ではない。なのに、どんなに目を凝らそうと何も見えないという事は、森に潜む敵は全員光学迷彩を使用している。これだけ念入りに姿を消されては本命とデコイを見分ける事は不可能だ。

 レーダーによる索敵だけが頼みの綱となる状況を作り出し、そこにデコイを配置する事で、実に上手く本命を隠している……やっている事そのものは比較的単純だが、このデコイだらけのレーダーの中から一発で“ビンゴ”を引き当てるのは、ほぼ不可能と言って良い。

 かと言って、虱潰しに攻撃するには数や立地からしてあまりに非効率的だ。

 本命を攻撃するチャンスがあるとすれば……

 

(次の荷電粒子砲を発射しようとした所で一気に叩くしかない……)

―しかしシーナ様。我々が頭上に居ると知った上で、奴は荷電粒子砲を撃つでしょうか?―

 

 ブレードイーグルの言葉に、シーナは薄い笑みを口元に引いて見せる。

 

「これだけ大掛かりな仕込みをしてるのよ?心配しなくても撃つに決まってるわ」

 

 この言葉の直後、彼女は猟魔竜の荷電粒子砲発射を阻止する為、厄介な敵と交戦する事になる。




pixiv版はコチラ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14739880


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◇登場人物設定◇
主人公&ヒロイン


 最初は1人1人分けていたのですが、あまりにも量が多くなってしまう為、簡略化して数人単位で分けました。
 いずれは搭乗ゾイドのデータも掲載していく予定ですが、まずはキャラクターデータを一通り揃える事に専念したいと思います。




※先に読んでしまうとネタバレになる部分も多々ありますので、本編読了後に目を通す事をお勧めします。


デザイン画

【挿絵表示】

 

名 前:カイ=ハイドフェルド

綴 り:Kai=Heidfeld

年 齢:17歳

身 長:163cm

搭乗機:レドラー ⇒ ブレードイーグル

誕生日:ZAC歴2111年5月24日

出身地:ガイロス帝国 帝都ガイガロス

職 業:情報屋 ⇒ ガーディアンフォース

趣 味:音楽鑑賞。銃の手入れ。フライングボード。

好 物:ブラックコーヒー。ハンバーグ。

 

[設 定]

 本作の主人公。

 優秀な空軍パイロットを数多く輩出して来た名門一族「ハイドフェルド家」の一人息子だが、名門一族故に、家名を鼻にかける親戚を心底嫌っており、また、上流階級そのものに対してもあまり良い印象を持っていない事などから、普段は副司令であるガウスに対しても徹底して敬語を使わず、ミドルネームも余程のことが無ければ名乗らない。ちなみにフルネームは「カイ=ローラント=ハイドフェルド(Kai=Roland=Heidfeld)」である。

 幼い頃から空に焦がれ「いつかゾイドに乗って空を飛びたい」という夢を抱き続けていたが「ゾイドに乗るのは遊びではない」と、軍人である父に一蹴され猛反発。14歳の時に父のレドラーを勝手に持ち出して家出した。

 情報屋として生計を立てつつ、気ままな生活をしていたが、警察や憲兵からの捜索の目を掻い潜る為、瓦礫街に一時身を潜めた事から裏社会と関わる事になると同時に、親友となるラシードと出会った。

 しかし、最終的には自分のせいでラシードを目の前で失う事となり、今際の際の彼の言葉から「嘘を吐かない」事を信条としている。

 普段は明るくて少々生意気な少年らしい性格をしているが、身を守る為なら敵を殺す事すらあっさり割り切る冷めた一面もあり、時に冷徹にすら映る事も。

 射撃の腕はトップレベルだが、近接格闘戦は苦手な様子。

 

 孤島の遺跡で出会ったシーナとユナイト、そしてブレードイーグルと共に旅を始め、ルーカスの提案からガーディアンフォースに入隊する事になった。

 瓦礫街での一件からレンと親友関係になり、エドガーとも仲が良い様子だが、クルトとの仲はあまり良いとは言えない。

 


デザイン画

【挿絵表示】

 

名 前:シーナ

綴 り:Sina

年 齢:16歳

身 長:153cm

搭乗機:ヘルキャット-キート

誕生日:イヴ歴2124年ジェナ月12日(後に目覚めた月から4月12日に暫定)

出身地:???

職 業:ガーディアンフォース

趣 味:まだ特に無し

好 物:カスタード系のお菓子。苺。塩紅茶。

 

[設 定]

 本作のメインヒロイン。

 孤島の遺跡でブレードイーグルと共に眠っていた古代ゾイド人の少女。

 体中傷跡だらけで痛覚が無く、視力、聴覚、嗅覚に優れている。

 ゾイドと会話したり、古代ゾイド語の読み書きは出来るが、現代文字の読み書きが出来ない為、現在勉強中。

 ユナイトによって覚醒後すぐ記憶は取り戻しているのだが、不自然に途切れた空白の記憶があり、その途切れた記憶を思い出したいと願っている。

 性格は純粋で明るく穏やか。そしてかなりの天然。敬語を全く使わず、誰に対しても同じように話し掛けてしまうが本人には特に悪気はない。

 幻影騎兵連隊の者達からは「双星の片割れ」「花の戦女(いくさめ)」「女神の名を冠する英雄」などと呼ばれてもいる。

 

 生き別れの双子の兄「アレックス」とカイが、瓜二つの容姿。声である為、ふとした時に重ね合わせてしまう事もあるが、自分を目覚めさせ、平和な時代に連れ出してくれた人物として絶大な信頼を置いている。

 カイに買ってもらった銀色の鷲のペンダントを“約束のお守り”として常に身に着け、誰かと約束を交わす際には必ずこのペンダントに約束を誓うなど、とても大切にしている様子。

 ジャネットがエリクとの電話で「ゾイドに乗って戦う為だけに生まれて来ただなんて、信じられない」と語っていた事や、悪夢から目覚めた際に口にした「ランドスティンガー」という名前。そして時折姿を現すようになった「別人格」から、彼女の空白の記憶はかなり不穏な様相を呈している。

 

[別人格]

 此方の人格が主導権を握っている間の特徴としては、目の中に光が無く、瞳孔のハッキリとした暗い瞳になる事が確認されている。

 冷徹で、容赦無く他者を傷付ける性格をしており、表人格を「“人間のフリ”を続けているだけの偽物」「人のフリをする紛い物」と激しく罵倒し「本物は私」「自分の役割をきちんとこなせる私だけが“在るべき本来のシーナ”」と発言している。

 第40話にて、鍍金化能力を有している事が判明したが、普段の人格でも使用可能であるかどうかについては明らかになっていない。

 また、此方の人格は兄であるアレックスを激しく憎んでおり、同じ顔や声をしているカイに対しても冷淡な態度をとっているが、クルトに対しては一定の好意を抱いて接している様子。

 


デザイン画

【挿絵表示】

 

名 前 :ユナイト

綴 り :Unite

全 長 :4.1m

全 高 :2.1m

重 量 :214kg

最高速度:走行70km / 飛行350km(ただし合体時のフル加速は測定不能)

主 人 :シーナ(必要に応じてカイにも力を貸す)

好きな事:身の回りの探検。ボール遊び。

 

[設 定]

 ブレードイーグルと共に眠りに就いていたオーガノイド。

 飛行ユニットは加速及び離陸用のサブバーニアと鳥の翼のような展開翼。

 他のオーガノイド達よりも感情豊かで、身振り手振りも若干コミカル。そのお陰でゾイドの言葉が分からないカイや、他のメンバーにも言いたいことを多少なり伝える事が出来る。

 シーナの子供騙しのような作戦に対し「ホントにコレで誤魔化せるかなぁ?」と不安を覚えたり、キートで駆け回るシーナに「気を抜かないでね」と釘を刺したり、多少なりしっかり者な一面もあるようだが、基本的には温厚でぽやっとしており、子供のように天真爛漫で人懐っこく、そして好奇心旺盛な性格。

 しかし、いざという時は敵を攻撃したり、大胆な行動に出る事も。

 

[能 力]

 合体したゾイドとそのパイロットの意識をダイレクトに接続する「意識共有」の能力を持ち、その能力から、同化、同調などの意味を持つ「ユナイト」の名が付けられている。

 しかし、意識共有中にゾイドがダメージを負った場合、全く同じダメージをパイロットが負ってしまうというリスクもあり、主であるシーナからは「とっても危険な能力」であるとも語られている。

 その他、ジークやアンビエントのように損傷したゾイドを急速再生させる能力も有しており、体内にシーナを格納した状態でカイを背中に乗せて飛ぶなど、見た目の可愛さの割にはなかなかの力持ちでもある。

 

[コンバットモード]

 シーナの「殺して良いわよ」の一言によって発動するモード。

 このモードになると目が真っ赤に変色し、非常に獰猛で好戦的になる事が現在判明しているが、このモードが一体どういうもので、どういった経緯でユナイトに搭載されているのかは、今の所不明である。



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GFメインキャラクター

 いずれは搭乗ゾイドのデータも掲載していく予定ですが、まずはキャラクターデータを一通り揃える事に専念したいと思います。
 ……ゼロのCASユニット差分とか、デザイン描き起こすのにどんだけ掛かるだろう……頑張ります。




※先に読んでしまうとネタバレになる部分も多々ありますので、本編読了後に目を通す事をお勧めします。


デザイン画

【挿絵表示】

 

名 前:レン=フライハイト

綴 り:Len=Freiheit

年 齢:17歳

身 長:164cm

搭乗機:ライガーゼロ-プロト

誕生日:ZAC歴2111年7月10日

出身地:中立都市ヘルトバン

職 業:ガーディアンフォース

趣 味:フライングボード。ゼロと走る事。

好 物:ホットドッグ。チキンナゲット。レモン水。

 

[設 定]

 バンとフィーネの息子。

 父親に似て正義感が強く、真っ直ぐで裏表の無い性格をしており、ゾイドを大切な仲間として扱う。普段の口調もバンに似ているが、目上の人間にはちゃんと敬語を使う事が出来るのが大きな違い。

 弟のシンと違い、ゾイドの言葉を聞いたり、塩分を大量に摂取したりといった特徴は受け継いでいないが、その代わりに驚異的な視力や聴覚をフィーネから受け継いでいる。

 格闘ゲームをかなりやり込んでいたり、反抗期真っ盛りの弟に対して一抹の寂しさを感じていたりなど、私生活においてはごく普通の少年である。

 共にガーディアンフォースで働くクルト、エドガーの2人とは幼馴染で、特にエドガーとは親友兼ライバル同士でもあり、互いに実力を認め合う仲。

 クルトの事は幼い頃から兄貴分として慕っている様子で、幼少期には「クル兄」と呼んでいた程だが、9年前の事件をきっかけに、一時期ぎくしゃくしていた事があり、そのせいでクルトを傷付けてしまった事を今でも後悔している。

 幼い頃から父であるバンに憧れ、12歳の頃から操縦技術を学んでおり、4年前からはガイロス帝国皇女マリーベルにゾイドの操縦を教えていた事も明らかになった。

 

 初登場時からカイに友好的な態度で接し、瓦礫街での一件の後、過去の過ちに囚われていたカイを優しくも厳しく叱咤し、自ら親友になって欲しいと申し出た。

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)との初戦闘において、デスキャットに大敗を喫した事から自分の実力不足を痛感。近接戦闘ではシールドを併用する戦い方の方が向いている事をルネから指摘される。

 現在、シールドゼロユニットを組み込んだ「ブレードゼロ改」を用い、皇女護衛任務に当たっている。

 


デザイン画

【挿絵表示】

 

名 前:エドガー

綴 り:Edgar

年 齢:17歳

身 長:172cm

搭乗機:ジェノブレイカー

誕生日:ZAC歴2111年12月8日

出身地:中立都市ヘルトバン

職 業:ガーディアンフォース

趣 味:読書。

好 物:ベーコン入りのオムレツ。ホットケーキ。塩コーヒー。

 

[設 定]

 レイヴンとリーゼの息子。

 リーゼからゾイドとの会話能力を受け継いでいる。コーヒーに塩を入れて飲むが、塩を入れるのはコーヒーだけ。量は良識の範囲内。

 父であるレイヴンが本来の名を捨てており、リーゼにも名字が無い事から、この時代では珍しく名字が無い。身内や幼馴染からは「エド」という愛称で呼ばれている。

 口調こそ父に似ているが一人称は僕。性格は穏やかで冷静。鋭い洞察力と判断力に優れている大人びた少年だが、父であるレイヴンに比べればよく笑う方で、他愛の無い話に興じる姿は年相応。

 男の割に華奢な体形で男物の服が似合わない事と、母の服の趣味の影響から、私服のセンスはやや女性的。時折女性と間違われる事があるのが秘かな悩み。

 読書を趣味としており休憩時間などには文庫本を幾つか持ち歩いている。

 幼馴染であるレンとは親友であると同時に、互いの実力を認め合う仲であり、クルトに対しても良き兄貴分として信頼を寄せている。

 9年前の事件において、自分だけがただ何も出来ずにいた事や、その後暫く、クルトに対してもぎくしゃくしていた事に対して強い自責の念を抱えている。

 

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)との初邂逅にて、クラウが母であるリーゼと同様の境遇の末に悪事に手を染めているのではないか?と思い至った事から、彼女の事が少々気がかりな様子。

 また、単騎でヤークトジェノザウラーとやり合い圧倒するなど、その操縦技術の高さが伺えるが、レンが撃破されてしまった事に対して取り乱し、隙が生じたりといった精神面での未熟さもあり、第七辺境支部での訓練研修においても、油断していた所をメイシェンのパンダファイターに仕留められてしまったりもした。

 訓練研修を経て、無口なセシルから褒められる程に腕を上げた様子。

 


デザイン画

【挿絵表示】

 

名 前:クルト=リッヒ=シュバルツ

綴 り:Curt=Rich=Schwarz

年 齢:19歳

身 長:178cm

搭乗機:ディバイソン

誕生日:ZAC歴2109年4月19日

出身地:中立都市ヘルトバン

職 業:ガーディアンフォース

趣 味:音楽鑑賞。エレキギター。フライングボード。バイク。

好 物:ブラックコーヒー。

 

[設 定]

 トーマの息子である一級工学博士。

 性格は父よりも思慮深く冷静であるが、苛立つとトーマよりも若干不良じみた言動が見受けられる。恋愛ごとに関しては基本的に父そっくりのヘタレだが、女性に弱いという訳でもなく、あれほどヘタレ化してしまうのは、あくまで好きな女性に対してのみの様子。

 父から譲り受けたディバイソンと、自作の次世代型軍事AI「テオ」を相棒としている。

 9年前の事件でレン達を守る為に強盗を殺してしまった事から、分家の親戚達に「お前のような化け物、産ませるのではなかった」と言われ、それ以来“化け物”と呼ばれる事に対してトラウマを抱えており、自ら自身の存在を否定するようになってしまった暗い過去がある。

 この事件で負った傷の痕を隠す為、グローブの下にアームカバーを身に着けており、休日でも常にアームカバーだけは必ず身に着けている。

 また、その事件以来“自身の意志で自由に筋力のリミッターを外せる”という特異体質になっており、銃の扱いよりもコンバットナイフや格闘による接近戦を得意とする武闘派な一面を持つが、基本的には整備やプログラム等のインテリ仕事が専門。

 痩せの大食いで、味覚の許容範も海のように広く、チーズ以外の好き嫌いも特に無い。しかしその一方で、料理に有り得ない調味料を加えたり、目についた飲み物を混ぜたりする事も多々あり、カイからは「滅茶苦茶頭が良い代わりに、舌が絶望的に馬鹿なだけ。」とまで評された。

 意外なことに喫煙者だが、周囲には自分が喫煙者であることを隠している。

 

 成り行きでガーディアンフォースに入隊し、なりたくてなった訳でもない癖に辞めるつもりもないカイの存在を快く思っておらず、面と向かって「俺はお前が嫌いだ。」と告げる等、冷たくキツイ態度を取っているが、時には助言をするなど、心の底から嫌っているという訳でもない様子。

 シーナに一目惚れしているが、自身の暗い過去と独りひっそりと抱き続けている「死」への孤独な願望から、告白するつもりは今の所無いらしい。



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その他メインキャラクター

 GFメンバー達以外のメインキャラクターは此方へまとめました。




※先に読んでしまうとネタバレになる部分も多々ありますので、本編読了後に目を通す事をお勧めします。


デザイン画

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名 前:ザクリス=ナルヴァ

綴 り:Zachris=Narva

年 齢:26歳

身 長:186cm

搭乗機:セイバータイガー-ZS

誕生日:ZAC歴2102年8月17日

出身地:ガイロス帝国 帝都ガイガロス

職 業:賞金稼ぎ

趣 味:銃の手入れ。機械工作。昼寝。

好 物:クラッカー入りのチリコンカン。ブラックコーヒー。酒。

 

[設 定]

 リューゲンゾイド研究開発機構で働いていたゾイド工学の権威、エリアス=ナルヴァ博士の息子。幼い頃に両親が離婚しており「クロード」という名の生き別れの弟がいる。

 冷静で面倒臭がり。若干冷たい雰囲気を纏ってはいるが、なんだかんだで面倒見が良く、不器用ながら優しい一面もあり、年下からかなり懐かれる。

 幼少期に母親に殴られたトラウマから女性恐怖症になっている為、大人の女性、特に母と同じ黒髪の女性を苦手としている。

 また、その女性恐怖症故にまともな恋愛を経験していない為、アシュリーからの好意に全く気付かない朴念仁でもある。

 いくら飲んでも酔わない酒豪体質は、父からの遺伝。

 元ヴァシコヤードアカデミーの特待生であったが、父の死後、機構に脅されてパンドラを再構築した張本人。アカデミーを中退後、帝国士官学校に入学。そこでルーカスと出会い親友として過ごしていた。

 士官学校卒業後、帝国軍に入隊していた彼が何故、軍籍剥奪という処分を受け、賞金稼ぎをしているのかについてはまだ不明。

 軍を辞めた直後、つまり6年前にアサヒと出会っており、死にかけていた彼を助けた事から行動を共にしている。

 

 カイの良き兄貴分であり、頼れる師匠。

 手先が器用で、ジャンクパーツから間に合わせの部品を作る。自作のプラスチック爆弾を作る。といった事をサラッとやってのけているが、何故か傷の手当てに関しては妙に下手クソ。

 元科学者のタマゴで、射撃の天才。稀代のゾイド乗り。おまけにイケメン。というとんでもないハイスペックお化けだが、心霊などの非科学的な物が大の苦手という意外な一面も。

 


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名 前:アサヒ=タチバナ

綴 り:Asahi=Tachibana(漢字表記:橘 旭陽)

年 齢:23歳

身 長:161cm

搭乗機:コマンドウルフ-牙狼

誕生日:ZAC歴2105年9月15日

出身地:ガイロス帝国 帝国領独立自治コロニー「オウカ」

職 業:傭兵

趣 味:釣り。料理。

好 物:塩鯖。豚汁。みたらし団子。お茶。

 

[設 定]

 ザクリスと行動を共にしている日系人の“青年”

 しかし、小柄なその体格と、元々若く見られがちな日系人の中でも更に童顔。という容姿の為、度々少年と間違われる事が彼の悩み。

 少しでも子供っぽい印象を減らそうと考えた結果、古風な口調で喋るようになった様子。

 明るく人懐っこい大らかな性格で、情に厚い人物。

 人懐っこさについてはザクリスに「犬っころみてーな人懐っこさ。」と評される程ではあるが、手放しに誰にでも懐く訳ではなく、友好的に振舞う裏で相手がどんな人物かを慎重に観察している。

 愛機は、死んだ仲間の形見である赤いコマンドウルフで「牙狼(ガロウ)」と名付け呼んでいる。

 体格に似合わぬ大食漢で食事量はクルトといい勝負。食べても太らないのを周囲から不思議がられているが、ただ単に元々太りにくい体質なだけらしい。

 酒は飲みたがる割にすぐに寝落ちる下戸で、小ジョッキのビール1杯を呑み切れない。

 6年前、目の前で仲間を亡くしたショックから記憶喪失に陥っており、失った記憶を思い出せない自分に対しかなり苛立ちを募らせている事から、精神的に酷く不安定でもある。彼の過去については外伝第4.5話「6年前の“あの日”」を参照されたし。

 ハスハとは、とある事情で一時期単独行動を取っていた際に出会い、戦いのイロハを教わった間柄であるらしい。

 

 家出したばかりの頃のカイと出会って以来、弟のように可愛がっており、シーナに対しても、その髪色とフェイスマークから「桜姫」というあだ名を付け、同様に可愛がっている。

 アシュリーに対しては、暫く行動を共にしていた間にその人柄や性格を見抜き、朴念仁のザクリスに恋する彼をそっと応援している様子。

 


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名 前:アシュリー=ワイズ

綴 り:Ashley=Weisz

年 齢:26歳

身 長:178cm

搭乗機:ステルスバイパー-AS

誕生日:ZAC歴2102年10月26日

出身地:ヘリック共和国 シーサイドコロニー

職 業:賞金稼ぎ

趣 味:お菓子作り。買い物。メイク、コスメ研究。

好 物:サラダパスタ。スイーツ全般。ハーブティー。

 

[設 定]

 砂漠の毒蛇(どくじゃ)の異名を持つ賞金稼ぎ。

 度々“オカマ”と呼ばれるが、厳密にいえば性同一性障害であり、体は男性だが心は女性。

 自分や手下が手に入れたモノの全てを『所有物』として大切にする一方で、自分の意にそぐわなければ最後、顔色一つ変えずに殺し、壊し、打ち捨ててしまう冷徹な一面を併せ持っている。

 優しくも恐ろしい。と言われる彼だが、基本的には面倒見が良く世話好きな性分で感情豊か。根は天真爛漫な性格。そんな彼を慕う者は後を絶たず、各地にアジトを築いており、正確な手下の人数は本人も把握しきれていない程。

 かつては共和国軍に身を置いており、合同演習にて出会ったザクリスに一目惚れするも、まともに言葉すら交わして貰えず「どうにかして振り向いて欲しい」という思いと「手に入らないのならば殺して自分の物にすれば良い」という狂気じみた発想から、命令を無視してザクリスに挑み、立ち回りを誤って右腕に大怪我を負う。

 その一件にて軍を除隊処分となって以降は、賞金稼ぎに転じた。

 現在もザクリスに想いを寄せているが、自分が男である為、なかなか告白に踏み切れない様子。

 こんな感じで普段の強烈且つ乙女な言動ばかりが目立って忘れられがちだが、ゾイド乗りとしての腕だけでなく、拳銃、ランチャー、バズーカ等の銃火器の扱いにも長け、更には軍のデータベースまでハッキング出来るという作中屈指のオールラウンダーの1人でもある。

 

 手下のサムが拾って来たスカーレット・スカーズの3人を快く手元に置き、面倒を見る一方で、彼等の目的がカイ、ザクリス、アサヒの始末であった事から、ブレードイーグルとユナイトは自分が貰う。という条件を提示する等、初登場時は強かな面のある何処か薄気味の悪い青年。と言った印象であった。

 スカーレット・スカーズに「カイを消す手伝いをする」と約束した一方、ザクリスとアサヒから「カイに手を出さないでくれ」と言われ、すっかり板挟みに陥っていたが、カイがガーディアンフォースに入り、下手に手出しが出来なくなってしまった為、スカーズとの約束は自然消滅したようである。

 


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名 前:ハスハ=イスルギ

綴 り:Hasuha=Isurugi(漢字表記:石動 蓮葉)

年 齢:22歳

身 長:165cm

搭乗機:コマンドウルフ-狛助

誕生日:ZAC歴2107年2月6日

出身地:ヘリック共和国 ギガントウッドコロニー

職 業:傭兵

趣 味:昼寝。二度寝。梯子酒。

好 物:蕎麦。醤油煎餅。ポテトチップス。

 

[設 定]

 フリーの傭兵をしている日系人の“女性”だが、その山も谷も無い身体と、少年のようにも聞こえるハスキーな声。そして色気の欠片も無いガサツで大雑把な言動から、度々“男”と勘違いされている。

 本人的にも貧乳を多少なり気にしており、男と間違われる度に憤慨するが、その割に素行を改める気は一切無いらしく、恥じらいもあまり持ち合わせていない様子。

 口は悪いし、金にがめついし、色気も無い。おまけに女だからと舐めて掛かれば半殺しにされる。という理由で、他の傭兵達からも少々距離を置かれている存在だが、その一方で世話好きな一面もあり、一時期単独行動を取っていたアサヒの危なっかしさを放っておけず、暫く面倒を見て戦いのイロハを叩きこんだり、行き付けのカスタムショップ「FES」を訪れた際には、生活力の無い店長のフェリックスの生活スペースの片付けをしたりしており、素直では無いが根は優しい。

 FESの常連同士、シズとは顔馴染みであり、しょっちゅうからかわれている為、彼女自身もシズに対しては特に遠慮無く毒を吐くが、どちらも気心の知れた者同士故の戯れに過ぎず、むしろ彼が貫いている情報屋としての矜持に対しては、尊敬と信頼を置いている様子。

 ゾイド戦においても白兵戦においてもかなりの実力者であり「荒事はお前の方が適任」とフェリックスに言われただけでなく、シズにも「君とまともにやり合ったら俺が負ける」とまで言われているが、けして頭脳派という訳では無く、基本的に行動は行き当たりばったり。運と直観と反射神経だけで物事を解決するタイプである為「脊髄反射で生きてるタイプ」とも評されている。

 とにかく寝る事が好きらしく、朝は基本的に二度寝までしっかり堪能するタイプであり、朝早くに叩き起こされると不機嫌でそっけない。

 

 パンドラディスクを入手した為に、ガーディアンフォースの隊員だと勘違いされ、瓦礫街の住人に追われていた際にアサヒと再会する。

 ザクリスに男と間違われた事と、彼も女性恐怖症である事から、お互いに苦手意識を持っていたが、後にザクリスから秘かに事情を聞き、厳しい態度を取りつつも「もしもの際は力くらい貸してやる」と連絡先を伝えた。

 翌朝、アサヒとザクリスがグランドコロニーを発ってしまった為、現在の動向は今の所不明だが、いつも通り傭兵稼業に精を出しているものと思われる。



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帝国軍の人々

 帝国軍所属のキャラクター達です。早く他の人物達も揃えたい所。
 アナスタシアとハウザーについては、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の方で紹介予定です。




※先に読んでしまうとネタバレになる部分も多々ありますので、本編読了後に目を通す事をお勧めします。


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名 前:ルーカス=リヒト=シュバルツ

綴 り:Lucas=Richt=Schwarz

年 齢:24歳

身 長:176cm

搭乗機:ジークドーベル-LS

誕生日:ZAC歴2104年12月14日

出身地:ガイロス帝国 帝都ガイガロス

職 業:帝国軍第三陸戦部隊隊長

階 級:少佐

趣 味:露店街での食べ歩き。昼寝。バスケットボール。

好 物:フライドポテト。ホットドッグ。紅茶。

 

[設 定]

 ガイロス帝国軍元帥であるカール=リヒテン=シュバルツの息子。身内や親しい間柄の者からは「ルーク」という愛称で呼ばれている。

 右の首筋に赤いボディーマークがあるが、普段は軍服の襟に隠れて見えない。

 名門シュバルツ家の出である。という事や、元帥の息子である。といった事は全くどこ吹く風で、のらりくらりと仕事をこなしているが、我を通す為ならば平然と父を引き合いに出し、議会も上司も通さずに独断で動く為、軍上層部からは厄介者として名が知れている。

 しかし、そんな自由気ままな言動の裏では常に大局を見ており、冷静且つ的確に物事を見定める目と、持ち前の鋭い直観から危機を乗り切る事も多い。

 ゾイドの操縦技術も、白兵戦の技量も非常に高く、特に高速戦闘用ゾイドを扱わせれば“無敵”と言っても過言ではない。とまで言われ、その姿はまさに、戦場を駆ける一迅の疾風(かぜ)

 何処か飄々と振舞っており、人をからかうのが好きな一面もあるが、性格自体は心優しく、弟分であるクルト達の存在もあって面倒見はとても良い。

 ブローベルを始めとした部下達も、彼の言動に振り回される一方で、それが必要な事であるのを理解しており、なんだかんだ人望もある様子。

 士官学校時代にザクリスと出会い、親友として過ごしていたが、ザクリスを自由の身にする代わりに、彼から何もかもを奪ってしまった。と語っている。

 

 初登場は第11話。気怠げな様子で試験配備の為に搬入されたガン・ギャラドを眺めていたが、平和を“泉”と例えた上で、連射可能な荷電粒子砲を装備したガン・ギャラドを「泉に投げ込まれた小石」と形容し、警戒の眼差しを向けていた。

 独断でブレードイーグルを保護した際には、鉢合わせたアナスタシアへ咄嗟に「ガーディアンフォースから直々に依頼された」と(うそぶ)く事でその場を乗り切るも、後の辻褄合わせとエリクへの弁解。そして父であるカールからの説教等、かなり苦労した様子。

 合同演習では、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)の無人ゾイド軍を相手に大きな戦果を挙げ、更には不意を突かれて窮地に陥ったエドガーを救う活躍を見せた。

 現在、カイ達と共に皇女マリーベルの護衛任務に当たっている。



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幻影騎兵連隊(ファントムリッター)

 敵組織幻影騎兵連隊(ファントムリッター)のキャラクター設定です。
 早く全員揃えたいですね……頑張ります。




 ※先に読んでしまうとネタバレになる部分も多々ありますので、本編読了後に目を通す事をお勧めします。


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※原案提供:ケイ氏様

 

名 前:アナスタシア=フォン=リューゲン

綴 り:Anastasia=Von=Rügen

年 齢:25歳

身 長:175cm

搭乗機:ガン・ギャラド

誕生日:ZAC歴2103年10月7日

出身地:ガイロス帝国 帝都ガイガロス

職 業:帝国軍第四装甲師団長&幻影騎兵連隊(ファントムリッター)幹部

階 級:大佐

趣 味:ヴァイオリン。乗馬。

好 物:紅茶。キルシュトルテ。

 

[設 定]

 帝国軍第四装甲師団の団長を務める大佐であり、リューゲン公爵家令嬢であり、幻影騎兵連隊(ファントムリッター)幹部でもある女性。

 見目麗しい容姿ではあるが、その性格は冷静沈着かつ先見の明に長け、質実剛健。それ故に自他共に厳格な部分がある。パイロットとしての技量も非常に高い。

 部下達からの信頼は篤いが、同時に畏怖の念も抱かれている。

 しかし一方で、クラウを実の妹のように可愛がる優しい一面や、ハウザーに絶大な信頼を置くと同時にからかってみたりする一面も。

 ルドルフによる帝国共和国の融和政策を認めない父に賛同し、同士達と共に反乱勢力「幻影騎兵連隊(ファントムリッター)」を結成。第四装甲師団はその隠れ蓑の一つと化している。

 しかし、幼少期から両親に全く愛されていなかった事に対する孤独を抱えており、父に賛同し幻影騎兵連隊(ファントムリッター)を結成し率いているのも、全ては「役に立てば父に人並みの愛情を向けて貰えるのでは?」という動機である。

 それ故、父のお気に入りであるユッカの存在を疎ましく思っており、冷淡な態度で接していると同時に、彼の事を「道具」としてしか見ていない。

 リューゲンゾイド研究開発機構がパンドラの再構築をザクリスに命じていた事に加え、士官学校ではルーカス、ザクリスと同期でもあった事から、彼等の事はよく知っている様子。

 


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名 前:クラウ

綴 り:Clau

年 齢:16歳

身 長:149cm

搭乗機:ヤークトジェノザウラー

誕生日:不明

出身地:不明

職 業:幻影騎兵連隊工作員

趣 味:ポータブルゲーム。

好 物:ポテトチップス。ガトーショコラ。塩カフェオレ。

 

[設 定]

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に所属する古代ゾイド人の少女。

 亡き母のオーガノイドである「ヒドゥン」を自身の半身であり母親。と呼び、常に共に行動している。

 ヒドゥンの特殊能力である透明化と、小柄故の身軽さを駆使して戦い、何処からともなく現れ、そして消える事から、瓦礫街では「ゴースト」と呼ばれていた。

 愛用武器はナイフで、その扱いを教えたのは古代強化兵の生き残りであるイグナーツである。直接攻撃用2本と投擲用8本の2種類計10本を袖の中に携行している。

 言動は実年齢よりも幼く、我儘で好戦的。

 アナスタシアに非常に懐いており、イグナーツとも良好な中であるようだが、それ以外の者達の事は基本的に眼中に無く、アナスタシアと行動を共にする事の多いハウザーの事が気に入らない様子。

 

 新生児の状態で、母と、母のオーガノイドであるヒドゥンと共にゾイドエッグによって眠りに就いていたが、帝国と共和国との戦争によって遺跡の一部が崩落し、その瓦礫によって母親が眠っていたゾイドエッグは母諸共圧壊。ヒドゥンのゾイドエッグもその際に壊れ、強制起動したヒドゥンによって守られていた。

 しかし、16年前に非人道的な考古学者の手によってヒドゥンと共に捕らえられ、研究所で貴重な古代ゾイド人の研究サンプルとして育てられたが、3歳になった頃、ヒドゥンがクラウのものでは無く、クラウの母親のオーガノイドであると気付いた考古学者が、血縁者ならばある程度の互換性がある筈。と、ヒドゥンの中に保存されていた母の記憶を無理矢理ダウンロードしてしまう。

 大半の記憶は拒否反応が起きたが、ほんの一握りの僅かな記憶だけは定着に成功しており、古代大戦末期、軍人として戦場に立っていた頃の母の記憶を引き継いでいる事から、ゾイドへの高い適性と操縦技術を持っている。

 ブレードイーグルを「双星の守護鷲」と呼んだり、シーナの事を「双星の片割れ」「女神の名を冠する英雄」などと呼んだりしたのも、引き継いだ母親の記憶からそう呼んでいるようだが、詳細は不明。

 彼女が一体どのような経緯で幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に身を置き、アナスタシアを「お姉様」と呼び慕っているのかも、まだ明らかになっていない。

 


デザイン画

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※デザイン協力:スカッシュ様

 

名 前 :ヒドゥン

綴 り :Hidden

全 長 :4.8m

全 高 :2.3m

重 量 :220kg

最高速度:走行60km / 飛行290km(ただし合体時のフル加速は測定不能)

主 人 :クラウ(以前の主人はクラウの母親)

好きな事:子供の世話

 

[設 定]

 クラウとクラウの母親の2人と共に眠りに就いていたオーガノイド。

 帝国と共和国との戦争によって遺跡の一部が崩落し、その瓦礫によって本来の主であったクラウの母親が眠っていたゾイドエッグが圧壊。ヒドゥンが眠っていたゾイドエッグもその際に破損した為、強制起動した過去がある。

 それ以来ずっと1人でクラウが眠るゾイドエッグを守っていたが、16年前に非人道的な考古学者の手によってクラウのゾイドエッグと共に捕らえられ、研究所のケージに閉じ込められていた。

 一体どのような経緯でクラウと共に幻影騎兵連隊(ファントムリッター)へ身を置く事となったのかは今の所不明。

 飛行ユニットは加速及び離陸用のサブバーニアのみで、長距離の飛行は苦手。

 本来はスレンダーで全高が高い個体だが、現主人であるクラウと少しでも目線を合わせる為、戦闘時以外では腰を落とし猫背でいる事が多い。

 意外にも性格は穏やかで落ち着きがあり、クラウの母親代わりとして彼女を守護し、見守る事を自身の存在理由としている。

 それ故に、クラウの敵であるとみなした者には容赦しない。

 

[能 力]

 「ステルス迷彩フィールド」と呼ばれる特殊な光学迷彩バリアを展開し、バリア内の者の姿を隠す事が出来る。

 このステルス迷彩フィールドはレーダーや金属探知機すら無効化させる事が可能であり、合体したゾイドの姿も同様に隠す事が出来る為、合同演習襲撃事件では幻影騎兵連隊(ファントムリッター)のホエールキングと合体し、クラウ達の撤退に一役買うなど、隠密行動に非常に長けている。

 短所は僅かなダメージを負っただけで出力が不安定になり、ステルス迷彩フィールドが再使用出来なくなってしまう事。これについては「アップグレードされただけの一般オーガノイド」である事と何かしら関係があると思われる。

 損傷したゾイドを急速再生させる能力を有しているか否かは不明。

 


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名 前:ユッカ

綴 り:Jukka

年 齢:不明

身 長:173cm

搭乗機:デッドボーダー

誕生日:不明

出身地:不明

職 業:幻影騎兵連隊戦闘員

趣 味:特に無し

好 物:特に無し

 

[設 定]

 幻影騎兵連隊(ファントムリッター)に所属する謎の青年。色と身長の差異こそあれど、その容姿と声はカイと瓜二つである。

 感情らしい感情を持たず、とにかく無機質で自我も薄い。機械のように淡々と命令をこなし、アナスタシアからは「代用品」や「人形」などとも呼ばれている。

 作戦行動中のコードネームは「アレックス」

 まだ彼の過去についてはほぼ語られていないが、現時点で判明しているのは「目覚めた際にユッカと名付けられた」という事と「自身に過去が無いのは思い込みではなく、明確な根拠がある」という事のみである。

 しかし、ある筈の無い昔に対して無意識に思いを馳せようとしたり、シーナの名を知っていたりといった矛盾点も多く存在している。

 アナスタシアの回想によれば、ユッカを目覚めさせた際にオイゲンが酷く満足そうにしており、それ以来ユッカをお気に入りとして手元に置いている。との事。

 弾丸を腕一本で弾く。壁にめり込むほど叩き付けられてもピンピンしている。一突きで壁を穿つ。といった規格外の頑丈さとパワーを持つ。

 頑丈さについては、エドガーから「鍍金化能力ではないか?」と言われているが、合同演習襲撃後、アジトに返った際にハウザーから「メンテナンス」に行くよう言われており、そもそも人間ではない可能性も浮上している。



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Twitter企画キャラクター

 Twitterにて募集した「#フォロワーさんを自分の世界観でキャラ化する」という企画タグにて、作中での登場を表明して下さった方のキャラクターです。
 このタグ企画は現在も募集していますので、もし作中に登場してみたい!という方がおられましたらお気軽にご参加下さい。
 (※参加の際はTwitterのフォローと、当該ツイートへの参加表明リプをお願いします。)




 ※先に読んでしまうとネタバレになる部分も多々ありますので、本編読了後に目を通す事をお勧めします。


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名 前:シズヤ=キリタニ

綴 り:Shizuya=Kiritani(漢字表記:霧谷 静哉)

年 齢:23歳

搭乗機:ガンスナイパー

出身地:ヘリック共和国 ウエストサイドコロニー

職 業:傭兵 兼 情報屋

登場回:25話、27話

 

[設 定]

 第25話より登場した傭兵兼情報屋の青年。

 日系人であるが、瞳の色が青い為、それに合わせて髪を染めている。

 名前はシズヤだが、シズという愛称で呼ばれており、ハスハとはカスタムショップ「FES」の常連同士。店長のフェリックスとも親しい様子。

 物腰が柔らかく、気配りが出来たり、面倒見の良い一面も垣間見せるが、飄々としていて何処か腹の底の読めない人物である為、アサヒとはすぐに仲良くなるも、ザクリスからは少々警戒されている様子。

 洞察力に優れ、過去の事件などにも精通している等、カイよりも優れた情報屋であることが窺える。

 情報屋として、金になる情報、金にならない情報の他に「金にしてはいけない情報」という独自のカテゴリーを儲けており、どんなに金になる情報であっても、自身の矜持に反する事は絶対にしない。

 傭兵としては、ゾイド戦においても白兵戦においても狙撃を専門としており、その実力も確かなようではあるが、反面、素手の勝負は苦手と語っており、フェリックスからも「シズに瓦礫街歩かせたら殺されるに決まってんだろ。」と明言されている。

 ハスハの事はからかうと反応が楽しい人物として認識しているらしく、サラッと馬鹿にするような発言をする事もあるが、逆に彼女から毒を吐かれる事も多々ある様子。

 だが、どちらも気心の知れた者同士故の戯れに過ぎず、互いに嫌っている訳では無いらしい。

 

[制作秘話]

「#フォロワーさんを自分の世界観でキャラ化する」タグ企画の記念すべき第一弾を飾って頂きました。

 話の展開も踏まえ、ミステリアスながら自身の矜持をしっかりと持った傭兵のお兄さんとしてデザインさせて頂いたのですが、私自身もお気に入りのキャラクターの一人です。

 また今後も登場予定ですので、再登場を楽しみにして頂ければと思います。

 


デザイン画

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名 前:アルト=ベルウッド

綴 り:Alto=Bellwood

年 齢:26歳

搭乗機:ブラックレドラー(機体番号:P2)

出身地:ガイロス帝国 帝都ガイガロス

職 業:帝国軍第一航空大隊所属 フェニックス小隊隊長

階 級:中尉

登場回:28話、29話、30話

 

[設 定]

 第28話より登場した帝国軍人。

 音速の鐘(ソニック-ベル)の異名を持つ、帝国空軍内でも有名なスピード狂。そのせいで部下を置いてけぼりにして単身突っ込んで行ってしまう為に、なかなか昇進出来ない残念中尉としても有名である。

 性格は明るくフランクな一方で、少々短気な一面もあるらしい。

 軍服の詰襟のかっちりした感じが苦手らしく、基本的に襟を開けっ放しにしている。

 同僚や年下に対しては砕けた態度で接する一方、目上の者に対しての礼儀はきちんとしており、特に上司であるエリクに対しての尊敬の念は一際強く、彼の下以外で働く気は無い。と豪語する程。

 しかしその一方で、エリクに対し「不器用で世話の焼ける人だな」とも思っており、親子関係にぎくしゃくするエリクとカイの橋渡し役になったり、上官というのは、完璧な真人間(まにんげん)よりも、多少なり世話が焼けるくらいで丁度良い。と考えていたりもしている。

 音速戦闘における操縦技術は、帝国空軍内屈指と言って間違いない。と言われる程の腕を持ち、地を這うような超低空飛行で音速を超える。など、並大抵のパイロットならばまず間違いなく真似しようとすら思わない芸当を平然とやって退け、地上ゾイドをソニックブームで蹴散らしまくるというとんでもない活躍を見せた。

 余談だが、彼の愛機であるブラックレドラーの機体番号「P2」とは、第一航空大隊に属する5つのブラックレドラー小隊の内の1つ「フェニックス小隊」の2番機であるという意味(Phoenix-2の略)である。

 

[制作秘話]

 Twitterにて募集した「#フォロワーさんを自分の世界観でキャラ化する」という企画タグの第二弾を飾って頂きました。

 彼の名前と愛機の機体番号は、モデルとさせて頂いたフォロワー様の愛車「SUZUKI-ALTO-P2」が由来となっています。

 日系人ばかり増やしてもなぁ……と悩んだ結果

 SUZUKI ⇒ 鈴木 ⇒ 鈴(Bell)木(Wood)⇒ ベルウッド

 と変換してこの名前に至りました。帝国軍人なのに英語圏の名字っぽくなってしまった辻褄合わせとしまして、カイやザクリスの両親と同様、共和国人と帝国人のハーフであり、父が共和国人である為。という裏設定があったりします。

 


デザイン画

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名 前:リリア=クイントン

綴 り:Lillia=Quinton

年 齢:23歳

搭乗機:ゴルドス

出身地:ヘリック共和国 首都ニューへリックシティ

職 業:共和国軍首都守備隊 後方支援小隊副隊長

階 級:少尉

登場回:32話

 

[設 定]

 第32話より登場した共和国軍人。

 ウィル、シドの2人とは士官学校時代からの同期であり、ルネの事を階級ではなく「先輩」と呼び、姉のように慕っている。

 無邪気且つ天真爛漫な性格をしており、喜怒哀楽がハッキリしている為、表情もコロコロと変わる。

 尚、作中で語られた「任務中にネイトに殺されかけたウィルの同期隊員」というのがまさに彼女である。

 幸い、本人にも愛機のゴルドスにも命に別状は無く、数週間の入院の後に無事退院し、現在は復職を果たしている。

 筋金入りの「ゴルドスオタク」であり、愛機を「ゴルちゃん」と名付けて溺愛しているばかりに留まらず、その有り余る程のゴルドス愛は宿舎の自室に大量のゴルドスグッズを溢れさせ、とうとう仕舞いにはお手製の「ゴルちゃんクッション」(挿絵参照)を自作し、オフィスに持ち込んでデスクワークのお供にする程。

 シドを始めとする周囲の隊員達からは「クッションじゃなくてぬいぐるみ」とツッコミを喰らいまくっているが「あくまで愛機を模したクッション」であると主張し続け、彼女の熱意に根負けしたルネが許可を出した事で、堂々と持ち込めるようになった様子。

 首都守備隊の、それも後方支援小隊の副隊長を任される程なので、ゾイド戦の実力は確かであり、彼女とゴルドスの後方支援砲撃は仲間達からもかなり信頼されている。

 

[制作秘話]

 Twitterにて募集した「#フォロワーさんを自分の世界観でキャラ化する」という企画タグの第三弾を飾って頂きました。

 最初は首都守備隊所属の軍人が、ルネ、ウィル、シド、そして隊長であるストライドしか居なかった為、ネイトのエピソードをより印象付ける為の人物として、そして首都守備隊の愛されマスコット枠としてデザインさせて頂いた次第です。

 ゴルドスオタクという強烈な設定は、モデルとなったフォロワー様がゴルドスが大好きであると伺っておりましたので、そこからこの設定が出来上がりました。

 首都守備隊所属ですので、この先も登場して頂く予定です。

 


デザイン画

【挿絵表示】

 

名 前:ダグラス=カーター

綴 り:Douglas=Carter

年 齢:52歳

出身地:ヘリック共和国 シーサイドコロニー

職 業:ガーディアンフォース共和国領第七辺境支部司令官

階 級:大佐

登場回:33話、35話、37話

 

[設 定]

 第33話より登場したガーディアンフォース共和国領第七辺境支部の司令官。

 次から次へと問題を起こす第七辺境支部の隊員達のせいで、前任の司令官が精神を病んで入院する破目になった為、この春から新たに司令官に就任したばかりであり、前任司令官が入院していた間に溜まってしまった仕事の山をせっせと片付ける毎日を送っている苦労人。

 穏やかで人懐っこい親しみ易い性格の人物であり、カイからは「親戚のおじさんのよう」と評され、セルウェイからも「もう一人の父親のような存在」であると明言されている。

 部下一人一人をよく見ていると同時に、それぞれの本質を見抜く鋭い洞察力を持っており、セルウェイとクルトの決闘においても、クルトが勝つ方に賭け、見事に当てた事もある。

 また、本来基地内での賭博行為は禁止されているのだが、第七辺境支部が娯楽の殆ど無い場所である事から、前述の決闘に際してネイトが賭博を仕切っているのを「たまのお祭り騒ぎ」として容認するなど、非常に柔軟な考えの持ち主でもあり、その人柄と洞察力で部下やスタッフ達からも慕われている。

 しかしその一方で、隊員宿舎の女子棟の部屋の空きを把握しておらず、シーナの宿泊場所が全く未定のまま研修を受諾してしまっていた。という少々抜けた一面も。

 一番の問題隊員であるあのネイトに対しても、実の父親のように接し非常に懐かれている事から、彼のお陰でやっとまともに第七辺境支部が機能し始めたと言われている。

 だが、本人的には特に自覚は無く、隊員達が優秀なだけであると思っており、癖の強い第七辺境支部の隊員達の事を「いざ就任してみたら意外と皆良い子達だった」と語っている。

 

[制作秘話]

 Twitterにて募集した「#フォロワーさんを自分の世界観でキャラ化する」という企画タグの第四弾を飾って頂きました。

 第七辺境支部編に入る前に、隊員4名(ネイト、セシル、メイシェン、セルウェイ)の設定は出来上がっていたのですが、肝心の司令官を全く決めていなかった事に気が付いて悩んでいた所、

「是非老兵役で参加させて下さい。」

 というフォロワー様がおられましたので、支部司令官に就任して頂きました。

 52歳は老兵に含まれるのか?と言われれば、そうでないような気もするのですが、軍の定年を考えると50代は十分老兵と呼んで差し支えないかと……

 実際、老兵の意味を調べても、年老いた兵。或いは長年の経験を積んだ軍人。古強者。といった表記ばかりで、何歳以上で老兵。という明確な年齢区分は存在していないようです。



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