鎮守府外出録テイトク (ていん?が〜)
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本編
第1話「玉座」


原作に沿った話の場合は原作と同じタイトルになります。


「ふ〜、今日の業務もこれで終わり。ご苦労さん」

 

「お疲れ様です、提督」

 

とある鎮守府の執務室。1日の仕事を終えた大槻提督は座りっぱなしで凝った体をググっと伸ばす。

 

「大淀、明日はワシは有給を取るから後は頼んだぞ」

 

「はぁ…有給の件は事前に伺っているので大丈夫ですが、明日は何かあるのですか?」

 

「ククク、秘密だ」

 

ふと問いかける大淀に大槻提督はのらりと避ける。

 

「……………………………………」

 

そして少し開いた執務室の扉から何者かがその様子を覗いていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「奴は絶対に怪しい!!」

 

鎮守府内の戦艦寮の一室で正規空母アークロイヤルは険しい表情とともにバン!と、机を叩きつける。

同じイギリス艦の戦艦ウォースパイトはその様子に少々呆れている。

 

「……なにがですかアークロイヤル?」

 

答えは容易に想像できるがウォースパイトは一応聞いてみる。

ウォースパイトの質問にアークロイヤルは待ってましたとばかりにまくしたてる。

 

「決まっている!2ヶ月前からこの鎮守府に着任している提督、大槻のことだ!!奴は何もない平日に休みを取り、どこかに行っている!私達に隠れてとんでもない悪事を働いているに違いない!!!」

 

「……アークロイヤル、あなたの想像力の豊かさは素晴らしいわ。だけど裏付けも確証も無しに決めつけるのは判断が早すぎないかしら?」

 

またか、と心の中でため息をつくウォースパイト。誇り高く、そして実力も申し分の無い同国の仲間のアークロイヤル。だが今の提督が着任してから彼を目の敵にしており、ウォースパイトの部屋で酒を飲みながら彼の愚痴をのたまうのが習慣となっている。

 

元々この鎮守府には別の提督がいたのだが戦果が乏しい期間があまりにも続いていたため、大本営は代わりの提督をこの鎮守府に派遣した。それが現提督、大槻である。

人の良い笑顔を常に浮かべた恰幅の良い中年男性で、その見た目に違わず温和かつ朗らかで周囲への思いやりを絶やさないため突然の人事異動で困惑していた艦娘達と打ち解けるのもさほど時間がかからなかった。

そしてわずか2ヶ月で数々の海域の奪還、鬼級・姫級深海棲艦複数体の討伐に成功するなど前提督が居た頃では考えられない程の成果を叩き出しているのだ。

そんな非の打ち所の無いような人物だが、アークロイヤルは前提督と仲が良かったためか入れ替わりで来た大槻を信用しておらず、口を開けばやれ陰謀だ、奴は侵略者だとのたまう。まるで、いや、子供が駄々をこねている様そのものだ、とウォースパイトは常々思う。

 

「アークロイヤル、あなたと前の提督の仲が良かったのは知ってるし、突然の人事異動に納得がいかないのも分かるわ。だけど今の提督はこの鎮守府の皆に優しくしてくれるし、彼が打ち立てた戦果も申し分ない。それなのに彼を悪党呼ばわりするのはどうかと思うわよ?」

 

「グッ……確かに何の裏付けも無しに決めつけるのは女王陛下の名を貶めてしまう」

 

「でしょう?それに彼には真ん丸なお顔と団子鼻のかわいさがあるもの。悪者のはずがないわ」

 

「そ、そうか…?」

 

紅茶を一口飲み、うんうんと頷くウォースパイト。彼女とはそれなりに付き合いの長いアークロイヤルだが、未だに男の趣味は理解できない。

 

「ともかく、だ!明日大槻は有休を取ると耳にした。奴の動向を監視し、悪行を阻止してやるつもりだ!」

 

「悪行って……普通に休むだけでしょう?それにその言いぶりだとあなたも明日仕事を休むみたいだけど有休は取ってあるの?」

 

「無論、今から取りに行く!」

 

「は?」

 

「待ってろ大槻!女王陛下の名に懸けて貴様の化けの皮をはがしてやる!」

 

そう言い放つなりすぐさま部屋を飛び出したアークロイヤル。開いた口が閉まらないウォースパイトは開いたままの扉を見つめ、そういえばあの子は昔から抜けているところがあったなぁと思い返していた。無論、この後アークロイヤルが自室に帰ろうとする大淀にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、東京都港区新橋。ビルが立ち並び、サラリーマンがせわしなく動くこの街に大槻は来ていた。

そして大槻から少し離れた商業ビルの角から隠れて大槻を見る人物がいた。

 

「クッ…大淀め、あんなに怒ることも無いだろうに…」

 

アークロイヤルである。昨夜の攻防の末、とても嫌そうな顔の大淀から有休を取ることに成功したアークロイヤルはニット帽にサングラス、マスクにコートと定番な変装をして大槻の後を追う。彼女からすれば正体がバレる心配の無い目立たない格好であるが、周りからすれば目立ちに目立っているので、すれ違う通行人から不審な目を送られていることにアークロイヤルは気付かない。

 

「それにしても…大槻のあの格好は何だ?」

 

花屋の店頭に並ぶ花に身を隠しながら先を歩く大槻の格好に疑念を持つ。いつもの白い軍服とは打って変わったピッシリとしたスーツ。軍服時の姿もそうだが、スーツ姿の大槻はどこかの企業の重役のように威厳がある。

だがアークロイヤルは解せない。

 

「なぜ休みの日にスーツを着ている?」

 

そう、有休を取った大槻にとっては今日は休みのはずなのに私服ではなくスーツを着ている。まるでこれから何かの仕事に臨むように。

 

「はっ…!なるほど、そういうことか…」

 

あることに気付いたアークロイヤルは怒りに顔を染め上げ、ギリリと歯軋りをする。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と――――――

 

 

「それ以外考えられない!ただ遊びに行くのなら私服で構わないはず!軍部の任務ならわざわざ休みを取る必要も無い!奴は黒だ!!」

 

「……だが、今捕まえても奴の巧みな話術で逃げられてしまう。奴がスパイと取引する現場を取り押さえなければならない……それまで奴を泳がせる」

 

花屋の店主の迷惑そうな視線も気にせずに、アークロイヤルは決意を固めた、その時である。

 

ガラガラ、ピシャッ

 

アークロイヤルの少し先にいた大槻は木製の引き戸を開け、ある建物に入っていった。

突然の出来事に面食らったアークロイヤルは急いで大槻が入った建物まで駆け寄る。そして建物の全容を見て驚愕した。

 

「なっ…なんだとぉ……!?」

 

 

なんと、そこは立ち食い蕎麦屋だった。スマホでその店を調べると食べログ3.2、サラリーマン御用達の普通の店である。

 

「なぜこんな店に…いや、今は昼時。昼食を取りにこの店に入ったと考えればおかしくない………」

 

そう言い聞かせ、心を落ち着かせたアークロイヤルはガララ、と立ち食い蕎麦屋の戸を開け放つ。

 

 

―――そこは戦場だった。

 

「いらっしゃいませーーー!!!」

 

「大将!山菜そばまだ!?」

 

「はいよ!山菜そばお待ち!はい!お兄ちゃんなに!?」

 

「山かけ!」

 

「大将!こっちまだ!?」

 

「あいよ!」

 

ひっきりなしにサラリーマンの注文が飛び交う店内。せわしなくそばを作り続ける蕎麦屋の大将。

アークロイヤルは目の前の光景に圧倒された。それは戦艦棲鬼率いる深海棲艦の艦隊との激戦を思い出す。

種類は違えど、同じ戦場に自身は立っているのだと思い知らされる。

だがカウンター近くのテーブル席にてゆったりとおしぼりで顔を拭く大槻の姿を発見し、現実へと引き戻される。

 

(そうだ、私の使命は大槻の監視……それだけは忘れてはいけない)

 

大槻の姿が見えるように、後方のテーブル席に座るアークロイヤル。

ちょうどその時、大槻はすみません、と店員を呼んだ。

 

「はい!ご注文は!?」

 

「えっと…それぞれ単品で……『()()()()』と『()()()()』………それと…おっ……『()()()』ももらおうかな……この…ほうれん草に温玉のせて小鉢でもらえる……?」

 

「は…はい……」

 

「それとあとは………」

 

 

 

「 生 ビ ー ル ひ と つ………以 上 で ! 」

 

 

(はぁっ!?)

 

大槻の注文にアークロイヤルを含む店にいる者全てが大槻の方を振り向いたが、当の大槻はどこ行く風とばかりに涼しい顔をしている。

 

「お、お客さんそばは……」

 

「ああ、そばは………『()()』でもらおうかな……」

 

思い出したかのようにそばを注文する大槻だが、周りはざわつくばかりだ。

惣菜をつまみに酒を飲み、メインであるはずのそばはシメ扱い。立ち食い蕎麦屋で本来起こりえないありえない注文。だがこの男、大槻は平然とやってのけたのだ。

 

(ますます分からない……なぜ立ち食い蕎麦屋で、酒をメインとした注文の取り方を…いや、そもそも酒が飲みたいだけなら昼からでも開いている居酒屋にでも行けばいいのに、よりにもよってなぜ立ち食い蕎麦屋で……?)

 

そうこう考えているうちに戸惑いの色を隠せない店員がビールを運んできた。

大槻は待ってましたとばかりにビールジョッキの取っ手を掴み、そして……!!

 

「かぁ~~!沁みるぅ~~~!!」

 

一気にビールを飲み干し、その美味さに顔を綻ばせる大槻。

美味そうにビールを飲む姿にアークロイヤルは思わずゴクリ、と生唾を飲み込む。

 

「うっ……」

 

「こんな昼から……」

 

カウンターでそばをすすっていたサラリーマン達は箸を止め、羨ましそうに大槻を見つめるばかりだ。

 

「オ…オレも生ビールひとつ……!」

 

「バカッ!まだまだあるんだぞ!外回り…!」

 

「うっ…ですが……」

 

大槻につられビールを注文しようとする若いサラリーマンを叱る上司らしきサラリーマン。

そう、彼らは仕事の合間にそばを食ってるに過ぎない。酒を飲んだ状態で午後の仕事に向かうなど言語道断。ありえない!

だがそんなことは露知らず、

 

「おかわりっ……!生…大ジョッキで……!!」

 

大槻の非情なるおかわり宣言。しかしサラリーマン達に飲酒は許されず、悔しそうにそばをすするしかない。

 

(クッ……そういうことか、悪魔め……!!)

 

ただひとり、アークロイヤルは大槻の行動の真意に気付いた。

大槻はただビールを飲んでいるのではない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(秀逸なのはあのスーツ……!もし大槻が私服であれば、周りからはロクに仕事もなく平日昼間から飲んだくれる落伍者…そう見えるだろう……だが、どうだ…?スーツを着た途端、大槻はまるで重役…!昼間から酒を飲んでも許される権力者だ……!!)

 

大槻の進撃は止まらない!

揚げたてのかき揚げをザクッと食らい、温玉ほうれん草をひとつまみし、それらを大ジョッキビールで一気に流し込む!

 

「くぅ~~!生おかわり!」

 

2度目のビールおかわり。もはやアークロイヤルは大槻の一挙一動に目を離せない。

 

(……もはや奴の座っている席は………ただのテーブル席ではない…!)

 

 

 

君臨した!この店の中で…唯一酒が飲める地位………玉座に……!

 

 

 

「あ、あのぉ~~」

 

隣から声が聞こえる。アークロイヤルは声がした方を振り向くと、そこにはペンと伝票を持った店員がいた。

 

「ご注文は何に……」

 

そう言われてハッと気付くアークロイヤル。そういえばこの店に入ってからまだ注文をしていなかった。

パパッと適当なそばを注文しよう。そう思いアークロイヤルは口を開く。

 

 

「あのテーブル席に座っている男と同じものを頼む」

 

「え?」

 

 

アークロイヤルは自身の口から発せられた言葉が信じられなかった。

自分は適当なそばを頼むつもりだった。だが実際はどうだ?大槻と全く同じものを頼んでしまった。

まさか望んでいるというのか……昼間からの飲酒…豪遊を………

 

(いやいやいや!そんなはしたないこと、アークロイヤル級1番艦正規空母のこの私がしてはならない……!!女王陛下の顔に泥を塗る背徳的行為だ……!!)

 

必死に自分に言い聞かせ、注文を取り消そうとするアークロイヤルだが店員は既に厨房の大将に注文を伝達しており、もう巻き直しが効かない。

そして数分後、アークロイヤルが座るテーブルにはコロッケとかき揚げ、温玉付きほうれん草の小鉢、そして………大ジョッキのビール!

 

「………………………………」

 

目の前のフルコースにただただ言葉を失うアークロイヤル。

外はサクサク、中はホクホクのコロッケ、カラッと揚がったかき揚げに口の中を優しく包む温玉ほうれん草、そして黄金色に輝く大ジョッキビール!

 

「………ゴクッ」

 

再び生唾を飲み込むアークロイヤル。今この瞬間は、今まで食べたどんなものよりも美味しそうに見える。

だが食べてはならない。飲んではならない。それすなわち背徳。

しかしアークロイヤルの意思とは裏腹に彼女の右手はビールジョッキを掴み、口元へとジョッキを持ち上げる。

 

(やめろ!私の右手……クッ、屈してなるものか…!この身と魂は女王陛下に捧げている!ビールなんかに絶対に負けない……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………それで、夕方までそのお店でお酒を飲んでたら先に出た提督がタクシーで鎮守府に帰った、と…。」

 

「私は悪くない…!あのビールが悪いんアイタタタタ……頭が痛い………」

 

翌日の鎮守府。食堂のテーブルで呆れながら報告を聞くウォースパイトと二日酔いに苦しむアークロイヤル。

あの後アークロイヤルは日が暮れるまで飲み続け、べろべろに酔いつぶれたところを大将にタクシーを呼んでもらい鎮守府へ帰還することが出来た。

 

「クッ…大槻め…!今回は卑劣な罠にかかったが、次こそは貴様の悪行を止めてみせアイタタタ………」

 

「いや、自業自得でしょ…?」

 

ウォースパイトの淡々としたツッコミが食堂の雑踏に消える。




こんな感じでボチボチやります。


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第2話「包卵」

大槻不在回です。
今回のお話は原作第14話をモチーフにしています。


【アア……ソレニシテモ スコッチエッグ ガ タベタイ……!!】

 

「えっ…?」

 

鎮守府ドック内の脱衣所。入渠から上がり、服を着ていた正規空母加賀は突如聞こえた声に振り向く。しかしそこには同じ正規空母の赤城しかいない。突然振り返った加賀に赤城は不思議がる。

 

「どうしたんですか、加賀さん?」

 

「いえ………赤城さん、今スコッチエッグが食べたいって言いませんでしたよね…?」

 

「え?言ってませんが……」

 

「そう……ですか。すみません、いきなり……」

 

「いえ気にしてませんよ。それよりもスコッチエッグと言いましたね?スコッチエッグ……私があの魅惑的な料理に出会ったのは自分探しでヨーロッパを放浪していた6年前―――――――」

 

(まさか、今の声は………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正規空母加賀は生まれながら心中に怪物を飼っている。

いや、それは怪物というよりむしろ―――――――――

 

 

  深  海  棲  艦  で  あ  る 

 

 

加賀の心の中の深海棲艦は普段は大人しく眠っているのだが、

加賀が珍しい料理を食べていない期間がある程度の日数を超えると

 

【カ……ガ………】

 

(!?)

 

再び聞こえた声に加賀は確信した。この声は自身の中に巣食う深海棲艦のものだ。

であれば、深海棲艦は次に――――

 

【ササ……ゲ…ヨ……】

 

【ワレ…ニ……】

 

加賀の中に深海棲艦の声が反芻する。それとともに深海棲艦の姿が形成されていく。

 

漆黒のマントを纏い

 

禍々しいステッキを持ち

 

軽空母ヌ級似の帽子の代わりに大きなスコッチエッグを頭に乗せた

 

美しくも冷酷な海の魔女

 

空母ヲ級ならぬスコッチエッグヲ級である!

 

【ササゲヨ…!ワレニ…スコッチエッグ ヲ……!!】

 

完全に目覚めてしまった加賀の中の深海棲艦。この深海棲艦はとどのつまりは珍しい料理食べたい欲。目覚めるたびに違う姿になっており、加賀が興味を持った料理の姿で現れる。今回は加賀が以前テレビで見たスコッチエッグを模した深海棲艦、スコッチエッグヲ級として目覚めたのだ。

 

【ササゲヨ…!スコッチエッグヲ…!スコッチエッグヲ…ササゲヨ……!!】

 

(ぐっ……早く目当ての物を食べて黙らせないと…………)

 

そう、加賀の中の深海棲艦は要求した料理を口にしない限り延々と要求を続ける。

それが出撃中でも入渠中でも食事中でも就寝中でも構わず要求を続ける。

 

かなり昔に加賀は深海棲艦の※要求を無視して生活を続けたのだが

絶え間なく続く要求、寝てても夢の中でまで続く要求の嵐に

心身ともに疲れ果ててしまい、精神病院入院一歩前まで追い詰められた過去がある。

(※その時の要求は火鍋だった)

 

要求の料理を食べれば少なくとも数週間は大人しくなるのだが

今回の料理はイギリスの郷土料理、スコッチエッグ。

和食がメインの鎮守府内の間宮食堂では扱っていないのだ。

 

(仕方ない…ここは……)

 

加賀は手早く服を着替えると、延々とスコッチエッグとの出会いを語り続ける赤城を無視して脱衣所から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間宮食堂のテーブルにて、加賀は目の前に置かれた料理をジッと見つめる。

ごはんに味噌汁ときゅうりの浅漬け、

そしてメンチカツとゆで卵である。

 

スコッチエッグとはゆで卵を牛・豚の合挽肉で包んでパン粉をまぶし揚げたイギリスの郷土料理。

簡潔に言えばメンチカツの中にゆで卵が入っているようなものである。

つまりメンチカツとゆで卵を同時に食べてしまえば疑似的にだがスコッチエッグを食べているかのような感覚を味わえると加賀は考えたのだ。

 

早速加賀はゆで卵を一口、口に含みそしてすぐさまメンチカツにかぶりついた。

ジュワッと口の中に溢れ出すメンチカツの肉汁、そして脂っこさを包み込む白身の淡白さ、その後に顔を出す黄身の濃厚な旨味。

本物のスコッチエッグが食べれないのは残念だが、これはこれで美味である。

これで深海棲艦も静まることだろう、と思った。

その時である。

 

 

【…ケ……ナ………】

 

 

 

 

 

【フザ…ケルナ……!!】

 

 

(なっ……!?)

 

深海棲艦、スコッチエッグヲ級の怒号が加賀の中に響き渡る。

 

【コンナモノデ ダマシトオセルト オモッタカ カガ!!ハヤク ワレニ ササゲヨ!スコッチエッグヲ……!!】

 

スコッチエッグヲ級は加賀のほんの僅かに残念に思った気持ちに反応し、怒り狂う。

こうなれば一切の誤魔化しは効かない。鎮守府ではもはや手に負えなくなった。

 

(仕方ないわ…最終手段よ………)

 

加賀は速やかに夕食を平らげ食堂から出ると、あるところに電話をかける。

 

「もしもし、加賀です。実は――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

翌日の土曜日、東京都渋谷区原宿。

ブティックが立ち並び、行き交う人々のほとんどが若者であるこの街に加賀は来ていた。

 

【ササゲヨ…!スコッチエッグヲ ササゲヨ……!!】

 

(フッ、言わずともあなたの望みは叶えてあげるわ)

 

早速加賀は『()()()』に向かうために歩を進める。

が………!!

 

【ササゲナサイ……ワタシニ……ローストビーフヲ……!】

 

【キャハッ!ワタシニハ フィッシュ&チップスヲ ササゲテネ!】

 

(な……!?)

 

加賀の中にスコッチエッグヲ級とは違う新たな深海棲艦の声が2つ増えていた。

1体は軽巡ト級のような猛獣型の艤装がローストビーフで出来ている戦艦棲姫ならぬローストビーフ棲姫。

もう1体は下半身と一体になった艤装がフィッシュ&チップスと化した軽巡棲鬼ならぬフィッシュ&チップス棲鬼。

 

そう、昨晩メンチカツとゆで卵で珍しい料理食べたい欲を誤魔化したことが返って仇になった。

加賀が一晩眠っている間に加賀の中の珍しい料理食べたい欲はグングンと増大し、気づけば

 

スコッチエッグヲ級

ローストビーフ棲姫

フィッシュ&チップス棲鬼

 

という強大な深海棲艦が3体に増えてしまったのだ。

ただでさえグルメにうるさい深海棲艦なのに、それが3体にもなっては絶体絶命だ。

しかしそんな絶望的な局面でありながら加賀は涼しい顔を崩さない。

 

「これは予想外……だけど、問題ないわ」

 

構わず加賀は目的地に向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

加賀が着いた先はセンター街から少し外れた路地裏。その中にポツンと立っているとある店の扉を開ける。

 

「こんばんはマスター、予約した加賀です」

 

「フフ…待っていたよ………」

 

店内に入った加賀を迎えたのは穏やかな笑みを浮かべた初老の男性。

クラシック調の店内にはテーブル席が2つしか無く客は今来た加賀しかいない。

 

「さぁ、こちらの席へどうぞ」

 

マスターは加賀を席まで案内するとそのまま厨房に入っていった。

加賀は案内された席に座り、一息つく。

 

【フフ…ナァニ コノ セマッチイ ミセハ…?ワタシタチ ヲ マンゾクサセラレル モノヲ ダセルノカシラネェ……】

 

【キャハハ!オキャクサン ガ ダレモ イナーイ!】

 

言いたい放題のローストビーフ棲姫とフィッシュ&チップス棲鬼。

だが加賀は耳を貸さずに予め用意されたお冷を飲み喉を潤す。

 

そして待つこと15分、加賀の元にマスターが料理の乗った皿を運んできた。

 

「お待たせしました……1品目のスコッチエッグです」

 

テーブルに置かれたのはスコッチエッグ。

揚げたての衣にたっぷりかかったデミグラスソースの芳醇な香りが深海棲艦達の食欲を刺激する。

 

【ワー!イイ ニオーイ!】

 

【マテ…イマ 『()()()()()』ト イワナカッタカ……マサカ………】

 

(フフ、そうよ……私がこれから食べるのはスコッチエッグを含むイギリス料理のコースよ)

 

心の中で加賀がニヤリと笑う。

実は加賀が来ているこの店はミシュラン三ツ星レストランの元料理長のマスターが営むレストランである。

この店には従業員はマスターしかいないためテーブル数も2つと非常に少ない。

そしてメニュー表もなく客は事前に食べたい料理を電話予約で伝える必要がある。

だが、最高の料理を最高の準備を以ってお客様にお出ししたいというマスターの理念で出される料理は感動の涙が出る程の絶品。政治家もお忍びで来る隠れた名店である。

 

早速加賀はナイフとフォークでスコッチエッグを切り分け、口へと運ぶ。

その時である。

 

【グオッ………!?】

 

突如よろめき片膝をつくスコッチエッグヲ級。仲間の異変に何があったと駆け寄るローストビーフ棲姫とフィッシュ&チップス棲鬼。

 

【ドウシタノ!?スコッチ チャン!!】

 

【ウ…ウゥ……………………】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ウマイ……………………!!】

 

顔を上げるスコッチエッグヲ級。その顔はどこか晴れやかながらもとめどなく涙が溢れていた。

 

イギリス料理は香辛料をあまり使わない薄い味付けの物が多いため、他国の料理と比べてイギリス料理はまずいと言われている。

だがマスターの手にかかれば他国に負けない、いやそれ以上に美味なる逸品へと姿を変えたのだ。

このスコッチエッグは肉の旨味を引き出すために鶏卵の代わりに小ぶりなウズラの卵を使用、更に黄身は半熟のため噛んだ瞬間に暴力的な肉汁の洪水とともにトロリと溢れ出す半熟の黄身、そしてそれらを包み込む母なる海ならぬ母なるデミグラスソース。メンチカツとゆで卵の組み合わせとはわけが違う!美味くないわけが無いのだ!!

 

(材料のこだわりや手間暇が尋常じゃないからその分、値段はかなりするけどそれでもそれだけのお金を払う価値があるのよ)

 

そしてここからイギリス料理フルコースは始まる。

 

2品目はサクフワ白身魚のフライとホクホクポテトのフィッシュ&チップス。

 

【タンパクナ サカナ ガ タルタルソース ト スッゴイ アウ~~!!】

 

3品目は山のように盛られたローストビーフ丼。

 

【ニク ノ ウマミ モ サナガラ カケラレタ ヨーグルトソース ト コレイジョウ ニ ナイグライ ノ ベストマッチ ダワ……!!】

 

そしてその後にはサンデーロースト、シェパーズパイ、ハギス、サンドウィッチと極上の品々が続き深海棲艦達の舌を唸らせ、デザートのカスタードプディングを食べる頃には深海棲艦達はすっかり満足しきっていた。

 

【クク…イイダロウ…カガ ヨ……ワレラ ハ マンゾクシタゾ…!】

 

【アトハ ワショク デモ チュウカ デモ スキナモノ ヲ タベテモイイワ】

 

【フィッシュ チャン オナカ イッパーイ!】

 

(フフフ…じゃあ、お言葉に甘えるわ)

 

加賀がカスタードプディングを食べ終えたその時、マスターが加賀の元に来る。

 

「お待たせしました………フルコース『()()()』です」

 

そう言い終わるや否や、加賀の目の前に山盛りのスコッチエッグが乗った皿が置かれた。

 

【ナ…ナニィ~~~!?】

 

深海棲艦達はまさかの展開に目を見開き驚愕する。

 

【アナタ、イッタイ ナニヲ……!!】

 

(だって、好きなものを食べていいって言ったから食べるのよ………『()()()()()()()()()()』をね)

 

そう言って加賀はスコッチエッグをほおばり始める。その姿に深海棲艦達はゾクリと寒気を覚える。

 

【モウイイ…!ジュウブン ワレラ ハ………】

 

(ダメよ……欲望の発散というのは小出しはダメ…!いけるところまでいかないと、あなた達……また暴れ出すでしょ…?1、2週間ほどで……)

 

【グッ……】

 

【デ、デモッ!アナタ ニモ ゲンカイ ガ………ハッ…!】

 

その時、ローストビーフ棲姫はある恐ろしい事実に気付いてしまった。

 

【アナタ……イツノマニ アカワイン ヲ………】

 

お冷のグラスの横に置かれた深紅に輝く赤ワインが並々と注がれたグラス。

これまで来たフルコースのほとんどは肉料理。

そして赤ワインは肉と相性が非常に良いため必然的に完成する…。

肉と酒の無間ループが…!

 

【ワ、ワカッタ!カガ…!】

 

【モウ ヤメテ……!!コレ イジョウ ハ モウ……!!】

 

【ユルシテ……ゴメンナサイ………】

 

身を寄せ縮こまり子犬のように震える深海棲艦達。散々加賀を苦しめてきた面影はもはや消え去っていた。

その姿に加賀は手を止める。

 

が……!!

 

 

 

(やるなら徹底的に…一航戦の常識よ)

 

 

 

グラスを持ち、赤ワインを一気に飲み干す加賀。その顔は冷酷な悪魔そのもの。

加賀の無慈悲な蹂躙は止まらない。

 

山盛りのフィッシュ&チップス…!

山盛りのローストビーフ丼…!

山盛りのサンデーロースト…!

マンホールサイズのシェパーズパイ…!

セカンドバッグよりも巨大なハギス…!

タワーマンションのように積み上げられたサンドウィッチ…!

そしてバケツサイズのカスタードプディング…!

 

1巡目とは比べ物にならないサイズの暴力にも加賀の手は止まらない、止まらない!止まらない…!!

 

【グッ…ガァ……!!】

 

【ソンナ…コンナ コト デ………】

 

【イヤダヨォ…!モウ ヤメテヨォ……!!】

 

苦しむ深海棲艦達の身体に亀裂が入る。

そして………

 

 

【【【グワアアアアアアアアア…………!!!!】】】

 

 

深海棲艦達は無残にも爆発四散。

 

「フフ…ごちそうさまマスター、美味しかったわ」

 

加賀の財布に大きなダメージを与えながらも深海棲艦との戦いに勝利したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

満足げに店を出た加賀。あとは電車に乗って鎮守府に帰るだけ。

駅に向かって加賀は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

【オイテケ………】

 

 

突如聞こえた声に加賀の足は止まる。

 

 

【シュークリーム オイテケ………】

 

【マメ ダイフク ヨコセ………】

 

【チョコ ファウンテン オイテケ………】

 

【フルーツタルト ヨコセ………】

 

【サヴァラン オイテケ………】

 

【フォンダンショコラ ヨコセ………】

 

【キンツバ オイテケ………】

 

【カガ…ツギ ハ……ワタシタチ ガ アイテ ダ……!!】

 

加賀の心の中に現れたのはシュークリームや豆大福などの様々なスイーツを頭にかぶった北方棲姫ならぬスイーツ棲姫の軍団だった。

しかし加賀は不敵に笑う。

 

(フッ、仕方ないわね……行きましょう……ケーキビュッフェに…!)

 

だが加賀は気付いていない。

時刻は現在午後9時。

大抵のケーキビュッフェは既に閉まっている時間だということを。

30分後、さまよい歩いた加賀はローソンに入り片っ端からコンビニスイーツを買い漁った。

その店で働いていた加賀の後輩の練習巡洋艦の鹿島は先輩の凶行に泣かされたのだった。




スコッチエッグが食べたくなったから書きました。
イギリス料理回なのにアークロイヤルとウォースパイトが出てこない。


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第3話「同調」

第3話です。
このお話は原作6話を元にしています。


「ふぅ……なんとか撒けた………」

 

東京都豊島区池袋。そこに若干疲れた様子の提督大槻がいた。

 

「鹿島の奴め、大切な話があるからと来てみればスタバで延々と加賀の愚痴とか……そういうのは香取とか他の艦娘でいいだろ…!仮にもワシは上官だぞ…!友達じゃないんだぞ全く…!」

 

つい先程まで大槻は鹿島に呼び出され、スターバックスで加賀の愚痴を聞かされていた。(例:ローソンでのスイーツ爆買いなど)

内容があまりにもとめどないものでかつ何時間も続いていたため、用事を思い出したという名目で抜け出してきて今に当たる。

 

「第一、スターバックスって何だか苦手なんだよなぁ…。あそこでのコーヒーの注文の仕方など未だによく分からんし、喫茶店でゆっくり飲む方がいい」

 

「あっ、そうだ!喫茶店といえばこの近くにお気に入りの喫茶店があったんだった!グルメ通だけが知る穴場の店……シナモンたっぷりのアップルパイにロイヤルミルクティーで一服…!よし……決まりだ!」

 

そうして目当ての店に直行する大槻。

そして5分後には目的地のCafe Asakuraにたどり着き、店の扉を開ける。

 

「………む?」

 

店のカウンター席に見知った人物が座っていた。

正規空母の加賀である。

 

(加賀か……そういえばプライベートで出くわすのは初めてだな)

 

するとこちらに気付いたのか、加賀はペコリと大槻に会釈、大槻も会釈を返すと再びカウンターに向き直した。

 

(何を考えてるか分からんところがあるから仕事以外では避けとったが……まぁ、今更必要以上に歩み寄る気は無いし、向こうも干渉する気は無いみたいだから……ここは関わらずに一服、一服……)

 

加賀から数席離れたカウンター席に座る大槻。

 

「お待たせしましたー!シナモン多めのアップルパイにロイヤルミルクティーです!」

 

(そうそうシナモンをた~っぷりと、って………え?ワシまだ頼んどら――――)

 

不意に店員の声がした方を振り向く大槻は固まった。

なんと大槻が頼もうと思っていたシナモンたっぷりのアップルパイとロイヤルミルクティーが加賀の目の前に置かれていたのであった。

 

(なっ…!?コイツ、ワシのスペシャルメニューと同じものを……!まさか……グルメなのか…それなりには………)

 

呆然とする大槻をよそに、加賀はアップルパイを食べ進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後、喫茶店で一服し終えた大槻は昼食のために次の店に向かっていた。

 

(ふぅ~……美味かった。思わぬハプニングがあったが、気にしてても仕方がない…。昼は次郎系ラーメンで決まりだな)

 

そう思いながら目的のラーメン屋の扉を開ける大槻。

だが……!

 

 

店の中のカウンター席に加賀が座っていた。

 

 

(えぇ……!?またいる…!どうして……なぜ、ここに……!!)

 

呆然と立ち尽くす大槻。だが考察する間もなく店員が現れ注文を聞かれる。

 

「いらっしゃいませ~!ご注文は?」

 

「えっ…?あぁ、え~っと………」

 

(いかんいかん!落ち着け……!!)

 

「では…メン硬め、脂抜き、ヤサイニンニクマシマシで」

 

うろたえつつも何とか落ち着きを取り戻した大槻はいつもの人の良い笑顔で注文する。

その直後である。

 

「お待たせしましたぁ~!メン硬め、脂抜き、ヤサイニンニクマシマシです」

 

大槻が注文したものと全く同じ品が加賀の目の前に置かれる。

これには流石の大槻も開いた口が塞がらなかった。

 

(ま…またワシと同じメニューを………)

 

 

その後も

 

 

(おっ、新発売のホットチリペッパーバーガーかぁ…。だが今日は照り焼きビーフバーガーの気分だな)

 

偶然立ち寄ったハンバーガー屋に入れば

 

(うっ……!)

 

テーブル席に座った加賀が照り焼きビーフバーガーにかぶりついており

 

 

(気晴らしにボードゲームカフェに入るか)

 

大槻が最近はまっているボードゲームカフェに入っても

 

(んな……!?)

 

他の客とボードゲームに興じる加賀の姿があり

 

 

(そういえば今日はこの近くにワシお気に入りの焼き鳥屋の屋台が来るはず……おっ、あったあった!)

 

大槻お気に入りの焼き鳥屋の屋台の暖簾をくぐると

 

(ぐがっ……!!)

 

隣にはねぎま串と日本酒をあおる加賀が座っていた。

 

 

2人の行き先は被り…注文も被り…

全てが被りに被り続け

そして現在、大槻と加賀は示し合わせたわけでもなく、互いに距離を保ち同じ店で買ったソフトクリームを舐めながら日も暮れかけた池袋の街を歩いていた。

 

(……間違いない…この女……『()()()()()()()()()』!それも驚くべき程に……!!あと趣味も……!!)

 

ソフトクリームを舐めながら大槻は確信する。この一連で加賀が食べていたメニューは全て大槻が普段頼むものばかりなのだ。しかもメニュー表には無い頼み方まで被っているともなれば信じざるを得なかった。

 

(表情からは分かりづらいが、奴もそのことには気が付いとるはず……!)

 

だが2人は無言。互いに言葉は交わさない。

いや、交わさずともシンクロ…!

生まれる奇妙な一体感……!

シンクロナイズドスイミングのように抜群に息が合っているのだ……!!

 

そして2人は無言の中、互いに目を合わせることも無く

同じ道を歩き、そして――――――

 

 

ピタリと止まる、同じ店の前……!!

 

 

(ククク…そうそう、アップルパイにラーメン、ハンバーガー、焼き鳥と来たら次はここの海鮮丼だよなぁ~)

 

どこか満足気な顔でそう思った大槻は加賀と同時に店内に入り、加賀から数席離れたカウンター席に座る。

 

(そして、もちろん注文は―――――――)

 

「「ネギトロ丼、ネギ多めで」」

 

一言一句、タイミングも揃う注文。

 

(フッフフフ……そうそう、ここのネギトロは―――――)

 

「それと…豆板醤とウズラの卵もらえますか?」

 

(えっ……ええええぇぇぇえええっ!!!?)

 

途端、大槻は我を忘れて加賀の方を振り向く。対する加賀は涼しい顔で座ったままだ。

 

(豆板醤と……ウズラの卵だとぉ……!?同じ味覚だと思っとったのに………そんなものを乗っけようというのか……!ワシなら絶対にせん…!そんな食べ方……!)

 

そして間もなくして大槻と加賀の前に注文のネギトロ丼、そして豆板醤とウズラの卵が加賀に手渡された。

加賀はネギトロ丼の中央にウズラの卵を割り入れ、豆板醤を一すくい、二すくいとかける。

 

(………コイツとワシの舌が合うのは確か……しかし、これは………)

 

不審がる表情で加賀を見つめる大槻。だが加賀は大槻の視線を意に介さず美味しそうにネギトロ丼を食べる。

 

(グッ……美味いのか…?本当に………)

 

満足げな顔で食べ続ける加賀。

その顔を見た大槻の中に揺らぎが生じる…!

 

(頼んでみるか…?ワシも……ダメだ!やはり豆板醤はダメ……!!)

 

そんな大槻をよそに幸せそうにネギトロ丼をほおばる加賀。

 

(しかし、まぁ……分からんこともない…ウズラの卵は……うん……これだけなら合わんことは無いだろう………)

 

「ウ、ウズラの卵一つ……」

 

「はいよっ!」

 

苦難の葛藤の末、ウズラの卵を注文する大槻。そしてすぐに大槻の元にウズラの卵が来た。

そして加賀と同様にネギトロ丼の中央にウズラの卵を割り入れ、

いざ食べようと割りばしを割った、その時である!

 

 

(……えっ?)

 

大槻は一瞬何が起きているのか分からなかった。

 

 

カウンター席を滑るように横から豆板醤が登場し、大槻の目の前でピタリと止まったのだ。

 

 

豆板醤が滑り出た方を見ると、加賀が大槻を見てコクリと頷いたのだった。

瞬間、大槻は加賀の意図に気付いた。

 

(グッ……この女…『()()()()()()()()()()』!このワシに……!!)

 

それはまるでロミオとジュリエットの一幕。

 

2階のテラスにしがみつくジュリエット大槻。

ジュリエット大槻を受け止めようと手を広げ地上で待っているロミオ加賀。

 

大槻は苦悩する。加賀の舌は確かだが、もし外れた時のショックはでかい。だけど美味しそうに食べる加賀の様子に期待は持てるが、あと一歩が踏み出せず。

散々悩んだ挙句、大槻が出した答えは――――――

 

 

(ええい…!ままよ……!!)

 

豆板醤を手に取り、ネギトロ丼にかけ一口食べる大槻。

 

そしてロミオ加賀を信じて2階から飛び降りるジュリエット大槻。

 

 

 

 

(むぅ………!?)

 

大槻の中に電流が走る…!

 

(豆板醤の旨味と辛味が、マグロとウズラにいい具合に絡んで、美味さ倍付け……!!)

 

二口、三口とネギトロ丼をかきこむ箸が止まらない!

ロミオ加賀は無事にジュリエット大槻を受け止め抱擁!

そのままクルクルと回りダンスに移行、豆板醤とウズラの卵のワルツへ!

 

気付けば大槻、ネギトロ丼完食…!

加賀の方を見ると加賀はニッコリと微笑んでいた。

 

そんな加賀を見て大槻は加賀に手を差し出す。

そして加賀は差し出された手を握り返した。

 

 

提督と艦娘、上司と部下、その垣根を超えた『()()』が誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が合った大槻と加賀はしばらく談笑した後に海鮮丼屋から出た。

 

「フフ…まさかあなたとこうも気が合うなんてね」

 

「あぁ、以前のワシなら考えられんかったよ。おっ、そうだ。少し行ったところに気の良い小料理屋があるんだ。2軒目はそこにしないか?」

 

「あら、私の舌を満足させられるかしら?」

 

「クク…分かっとるくせに……」

 

「フフフ……」

 

「ククク……」

 

お互いに笑いあう2人。今日は楽しい夜になりそうだ。

そんな時だった―――――――

 

 

 

「提督さんと…加賀先輩……何、してるんですか……?」

 

 

仲良く歩く2人の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

ギョッとした2人は後ろを振り向くと

そこには練習巡洋艦の鹿島がいた。

 

「提督さん……用事って、加賀先輩と遊ぶことだったんですかぁ…?」

 

涙目になる鹿島。大槻はこの状況はマズいと感じ、必死に弁解する。

 

「い、いや…!加賀とはさっき偶然会ってだなぁ……なぁ加賀!」

 

「え、えぇ…!そうなのよ!これから飲みに行こうと――――」

 

「あっ、バカ…!」

 

大槻が制止した時には時すでに遅し。

鹿島はワナワナと震えていた。

 

「ふーん……お2人とも鹿島にそっけないのに随分と仲が良いんですねぇ………」

 

「ち、違う!誤解よ誤解…!」

 

「何が違うんですか!!嫌われ者の鹿島は帰りますのでどうぞ仲良く飲みに行ってください!!うええええええええええん!!!!!!!!」

 

感情のゲージが振り切れた鹿島は街中にも関わらず大声で泣きだした。

その泣き声に周りの通行人はなんだなんだと立ち止まり、気付けば3人の周りを野次馬達が囲んでいた。

 

呆然と立ち尽くす大槻と加賀。

2人の共通事項に新たな項目が加わった。

 

鹿島には要注意、と。




鹿島が泣いた理由は
大槻と加賀が普段鹿島に対して素っ気ない態度を取っているのに2人仲良くいる現場を目撃したため、2人から嫌われていると勘違いしたためです。
鹿島ファンの皆様ごめんなさい。


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第4話「舌外」

お待たせしました。
今回のお話は原作12話をベースにしています。


某日の昼過ぎ、大槻はとある山に足を運んでいた。

大槻は深呼吸をし、体をググっと伸ばす。

 

「んん……ふぅ…しかしいいのか?折角の休日にワシについてくるなんて」

 

「比叡」

 

大槻の後ろには金剛型2番艦、比叡が大きなリュックサックを背負っていた。

 

「いえいえ!先日スーパーで提督がカレーの材料を買っていたのを見かけたので、もしやと思いまして!」

 

「フフ…まぁ、自分から進んで荷物持ちをやってくれとるからワシは文句は無い。それに…食ってみたいと思わんか…?空気のうまい山の中で食べるカレーを…!」

 

そう、大槻の目的は大自然の中でキャンプをしながら手製のカレーを食べること。前日の仕事終わりに比叡がキャンプについていきたいと言ってきたのは予想外だったが、翌日のキャンプに高揚していた大槻はアッサリと承諾。そして今に至るのである。

 

(確かコイツのカレーはマズイことで知られとったな……まぁ、今回ワシ特製カレーを食えば少しは勉強になるだろう……)

 

「あっ提督!聞こえますか!あそこでカワセミが鳴いてますよ!」

 

比叡が指差す鳥はメジロであるが、大槻は比叡にテントの設営を命じるとその間にカレーの準備に取り掛かった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

2時間後、テントが完成した頃には大槻は本場インドのバターチキンカレーと日本風カレーの2種類を完成させていた。

 

(ククク、完成…と言いたいところだがまだ調整が必要…!まずはバターチキンカレーにガラムマサラを少々………)

 

大槻はひとつまみのガラムマサラの粉末をバターチキンカレーに入れ、味見。

 

(ムッ…!近づいてきたぞ、本場インドの味が…!)

 

大槻の脳裏には夜の砂漠、そして遠くにいる本場インドの味の象徴であるインド人が大槻に数歩近く。

 

(よし…もう少しターメリックを加えて、それをサフランライスにかければ………)

 

スプーンでルーとライスをひとすくいし、それを口に運ぶ大槻。

その瞬間、脳裏のインド人は大槻の目の前まで急接近し、大槻と握手を結ぶ。

 

(キタキタ…!そしてすかさずハチミツと生姜とシナモンがたっぷり入ったアイスチャイを流し込む……!!)

 

バターチキンカレーとアイスチャイの出会い、それは運命であり必然。脳裏のインド人に歓迎されるには当然のベストマッチであり、ここに日印同盟が結ばれた瞬間だった。

 

(くぅ〜〜!!決まった……!!これぞワシ流本場インドのバターチキンカレーの完成だ……!!)

 

調整を終えて見事にカレーを完成させた大槻。

皿にルーとサフランライスを盛り付けたところで比叡を呼び、食事を始めた。

 

「へぇ〜!これがインドのカレーですか〜!日本のとは色が違うんですね!」

 

「ククク…食ってみれば色以外の違いも分かるさ。さぁ、遠慮しないで食べてみなさい」

 

「はい!それではいただきまっす!!」

 

元気良く返事した比叡は大槻特製バターチキンカレーをスプーンでひとすくいし、口の中に放り込む。

 

(ククク……こう言うのもなんだが、今回のはワシ渾身の出来!下手すれば店に並んでもおかしくない程だ…!さぁ…本場の味の美味さに驚きおののくがいい……!!)

 

大槻は比叡のリアクションを想像しながら心の中でニヤニヤと笑う。

だが……!!

 

「……へぇ…インドの味って、こんな感じなんですねぇ……」

 

大槻の想像の斜め下に降下した比叡の薄い反応。

心なしかテンションまで下がっているようにも見える。

 

「なっ…!?ひ、比叡…口に合わんかったのか…?」

 

「いや……そういうのじゃないんですけど………ふーん……」

 

真顔で吟味するようにカレーを食べる比叡に大槻は驚愕を通り越して恐怖すら覚えていた。

そして2品目の日本風カレーを食べても

 

「ふーん……なるほどねぇ………」

 

と、またもや薄いリアクションの比叡。

大槻渾身のカレーが比叡を満足させられなかったという敗北感に大槻は焦燥する。

 

(バカな……ワシの調合は完璧だったはずなのに、なぜコイツは眉ひとつ動かさない…!しかも不味いカレーを作る奴だから何かムカつく……)

 

大槻、心の中で負け惜しみ。しかも不味いカレーを作る相手から微妙なリアクションを返されて謎のイラつきもプラス…!

 

(チッ……もしやコイツもグルメ舌なのか…?そう考えればまぁ、納得できる。インドはまだしも日本のは市販のルーを使っただけ。インドのはもしかしてまだ向上の余地があったからこそのリアクションだったのかもしれん。料理は不味いくせにな)

 

大槻は考える、比叡のリアクションの理由。

それは比叡の舌が肥えていることである。

いくら大槻のカレーが美味くとも美食家からすれば素人料理のまだまだ至らぬもの。もし比叡がそんなグルメ舌を持っているならば、薄いリアクションをとっても別段おかしくない。

 

(だがインドカレーはともかく日本のカレーは一晩寝かせてからが本番…!貴様に吠え面をかかせてやるぞ……翌朝の大槻スペシャルカレーで……!!)

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、小鳥のさえずりで大槻は起床。

 

(ふむ…今は朝の7時30分か…?いい具合にカレーも寝かせられとるだろうし、取り掛かるか……大槻スペシャルカレーの調整に……!!)

 

ニヤリと笑いながら大槻はテントの幕を開けた。

その時である……!!

 

「がっ……!?」

 

突如襲いかかる異臭…!

わずかに残っていた眠気は完全に吹き飛び、代わりに不快感が大槻に襲いかかる……!!

突然のことに混乱している大槻の横からひょっこりと比叡が現れた。

 

「あっ、おはようございます提督!いやぁ〜!私、キャンプなんてしたことなかったんですけどいいもんですねぇ〜!大自然の中で迎える朝はホント最高!比叡、キャンプにハマりましたです!!」

 

「えっ……お前、この匂い……えっ…?」

 

「匂い?……あぁ、アレのことですね!」

 

比叡が指差す先に目を向ける大槻。そこには大槻が昨晩作っておいたカレーが入った鍋。異臭はその鍋から漂っていた。

 

「お前…あのカレーに、何をした……」

 

「いやぁ〜、昨日食べた提督のカレーって、悪くはなかったんですけど何か物足りなかったんですよね〜。それで入れてみた訳ですよ、『()()()()()()()()()』を!そしたら味に深みが出て良い感じになってきてるんですよ〜!しかも匂いも良い感じになってきてるんですよねぇ〜!」

 

嬉しそうに喋る比叡とは裏腹に呆然とする大槻。

同時に大槻は確信した。

 

(なにがグルメ舌だ……!!コイツ……『()()()()()()』!!)

 

そう…実は比叡の味覚は常人とかけ離れている。

世間一般で美味しいとされる料理を食べても普通もしくは物足りないとしか感じず、自身が独自にアレンジしためちゃくちゃな味付けで初めて美味と感じる舌の持ち主なのだ。

 

(じゃないと作れるか…!あまりの不味さに艦娘達から拒絶されるカレーなんぞ……!!)

 

大槻、愕然とその場に膝をつくも比叡は構わず喋り倒す。

 

「なぜかみんな、私のカレーを食べないんですけど、金剛お姉様達は美味しい美味しいと言って食べてくれるんですよねぇ〜!しかも毎回おかわりまでしてくれるものですから、腕がなるってもんですよ!」

 

(バカ…!食わせてるの間違いだろうが……!!鎮守府屈指の姉妹思いの奴らに断れるわけなかろうが……!!)

 

大槻は比叡カレーの被害者となっている金剛姉妹に心の中で同情せざるを得なかった。

 

「あっ、いっけない!まだ料理の途中だった!提督はここで待っててくださいね!」

 

そして始まる比叡の地獄のクッキング…!

サルミアッキと酒盗で強烈な苦味と塩辛さ、そして刺激的なアンモニア臭を加えたカレーに、生のわらびを加えてパンチのあるエグ味を、ガムシロップでいつまでも残る甘ったるさを、輪切りのカボスでストレートな酸っぱさを、練りわさびで誤魔化しきれない辛さを加えたそれは見た目は普通のカレーと変わらないが、漂う匂いは例えようのない不快さ。手塩にかけたカレーが目の前で凌辱される様を大槻は呆然と見るしかなかった。

 

「さぁ!比叡スペシャルカレーの完成です!提督、めしあがれ!!」

 

「…………………………………」

 

「あれ、提督どうしたんですか?」

 

「………ちょっと体調が悪いみたいでな。食欲も無いし悪いが、それはお前だけで食っといてくれ」

 

「はぁ…それは残念ですが、体調が悪いなら仕方ありません。提督はテントの中で休んでてくださいね」

 

「……あぁ…そうするよ………」

 

フラフラとテントに戻る大槻。そして比叡がカレーを食べ終えるまでテントで休んだ大槻は体調不良を理由に比叡とともにテントを片付け、下山。鎮守府に帰った後は自身の部屋で一日中寝込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

翌日の月曜日。

 

執務室で大槻は執務作業を進めていた。

 

(全く……昨日は散々な1日だった…。二度と奴とキャンプなぞ行くものか……!!)

 

げんなりとした気持ちを残したまま仕事を進める大槻。その時、壁に掛けてある鳩時計が飛び出して時間を知らせる。

 

「あぁ、もう15時か。さて、コーヒーと菓子でも食って休憩とするか」

 

大槻はググッと体を伸ばすと、コーヒーを入れるために戸棚のコーヒー豆を取り出した。

その時である。

 

「ヘーイ!テイトクーー!!」

 

執務室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは金剛、榛名、霧島の比叡を除いた金剛姉妹。

 

「おぉ、金剛達か。どうしたんだ?」

 

「突然お邪魔して申し訳ありません……実は提督にお礼を言いに来たんです」

 

「お礼?」

 

榛名の言葉に首をかしげる大槻。

 

「えぇ、先日提督は比叡姉様を連れてキャンプに出かけたそうですね?」

 

「あぁ、といっても突然アイツがついてきただけだが」

 

「比叡姉様は大変楽しんでおられたようで、また提督とキャンプに行きたいと仰っていました。比叡姉様を楽しませていただきありがとうございます」

 

「お、おぉ……そうか………」

 

ペコリと頭を下げる霧島に大槻は困惑する。

 

「それだけじゃないのネー!昨日比叡が持ち帰ったカレーをみんなで『()()()()()()()()』時に比叡が言ってたデース!キャンプに連れてきてくれた提督に何かお礼がしたいって!」

 

「……ん?」

 

大槻、ここで違和感を感じる。

 

「そういえば比叡姉様のカレー、いつもより美味しかったですよね!特にあの苦味とエグ味がたまらなかったです!」

 

「それに甘味と酸味と辛味が良い具合に混ざり合っててハーモニー?というのかしら。味がまとまってましたね」

 

「あんなに美味しいカレーを食べられなかった提督は可哀想デース!そこで私達のティーパーティーに招待してあげマース!」

 

大槻は気づく。いや、気づいてしまった。

金剛達は比叡カレーの被害者などではない。

比叡と同じ舌ズレ仲間ならぬ舌ズレ姉妹だったのだ…!

 

「今、比叡がティーパーティーの準備をしてるノーデ、これから私達の部屋に直行ネー!」

 

「い、いや…ワシは………」

 

「ふふ、提督。遠慮しなくてもいいですよ?比叡姉様がいつもより気合を入れてるみたいで榛名、楽しみです!」

 

「では提督、行きましょうか」

 

大槻は急用を思い出したと執務室を飛び出ようとするも金剛達に捉えられる。戦艦級3人の腕力に中年男性の力ではどうすることもできず、大槻は3人に抱えられ比叡が待つ地獄のお茶会部屋まで連れていかれた。

 

そして大槻はこの日から1週間、頭痛、腹痛、下痢、高熱といった症状に苦しめられ貴重な有給を病気療養に使う羽目になった。

 




比叡カレーは本人の味見の元で作られてるのかもしれません。


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第5話「国際」

今回のお話は原作15、16、17話をモチーフにしています。
また、大槻不在回です。


鎮守府の提督、大槻が体調不良で寝込んだ。

それに伴い秘書艦の高雄が提督代理として指揮を執り行った。大槻が有給を取る度に代理として何度か提督業務をしたことがある高雄だが、今回は大規模作戦真っ只中とタイミングが悪い時に業務を引き継いでしまったため、何とか作戦は遂行しつつも多忙を極め、金曜日の夜を迎える頃には艦娘のほとんどが疲れでバタバタと倒れたのだった。

 

そして翌日の土曜日は休日ではあるが、溜まりに溜まった疲れにより死んだように眠る者が多い中、加賀はいつものように食べ歩きに出かけていた。

 

(………さて、どうしたものかしら)

 

だが今回の外出はいつもとは違う。通常であればどこに食べに行くか、遊びに行くかを前もって決めた上で行動するのだが、今回はノープラン。しかも加賀が今いるのは千葉県木更津。加賀にとって初めて踏み入る街のため、前情報は完全に無しである。

 

なぜ加賀はこのようなことをしたのか。原因は現在遂行中の大規模作戦にある。大規模作戦中に高雄が提督代理として入ったため激務が続き、ほとんどの艦娘に疲労が蓄積された。それは加賀も例外ではなく、疲労だけでなくストレスも溜まりに溜まり、昨日の金曜日の夜に、どこか知らない遠い場所に行きたいという思いがフッと頭に浮かんだ。そして翌日の早朝にあてもなく電車を乗り継ぎ、今に至る。

 

(時刻は7時30分…朝ご飯も食べずに飛び出したからまずは朝ご飯…と行きたいところだけど、まだ昨日の疲れが残ってるのよねぇ…。喫茶店で爽やかにトーストとコーヒーって気分じゃないし………)

 

その時、加賀の視界にある店が目に入る。

加賀の足は止まり、口角が釣り上がる。

 

(なるほど……そうね、あえて一発目で入ってみようかしら)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後、加賀は露天風呂に浸かっていた。

加賀が入ったのは24時間営業のスーパー銭湯、ニコニコ花丸ランド。

ここでは10種類を超える温泉に加え、サウナ、岩盤浴とラインナップも充実している。

加賀が今入っている愉悦の湯には、筋肉痛、関節痛、打ち身、くじき、五十肩に加え、切り傷、火傷、動脈硬化から神経痛まで多岐に渡る効能がある。

そして満身創痍の身体で暖かい湯に肩まで浸かっているため、あまりの気持ちよさにより加賀はうっかり温泉の中で何度も寝かけてしまう。

強烈な眠気に襲われ、やむなく加賀は温泉から出て館内用の浴衣に着替えると直行、無料の仮眠スペースへ。

あらかじめ敷かれている敷布団に体をうずめると加賀、即爆睡。仮眠ならぬガッツリと就寝…!

 

そして4時間後、目を覚ました加賀はのそのそと館内の食堂に向かい、即座に注文する湯上がり御膳…!

 

(風呂上がりといったら何を頼むか悩みがちだけど、どうせなら頼んでみたいものよ…長年湯上がりの客を相手にしてきた店が作る湯上がり御膳を。それにいろんな温泉での湯上がり御膳を巡るのもワクワクするのよね)

 

そして間も無くして加賀の元へ湯上がり御膳が運ばれてくる。

キスやエビの天ぷらにおろしポン酢付き牛たたき、とろろ麦飯、味噌汁、漬物、柚子シャーベットのフルコース…!

早速加賀はおろしポン酢を付けて牛たたきを一切れ食べる。

 

(ん〜〜!!おろしポン酢と相まって口の中で優しく解ける…!しかもこの牛たたき二切れというのが絶妙…!多すぎず少なすぎず…ちょうどいい!)

 

その次になめこの入った長芋とろろ麦飯をすすり、合間に天ぷらにかぶりつく。口休めに味噌汁と漬物も交差させてフィニッシュに果肉入りの柚子シャーベット…!

優しい食材達は加賀の中に染み渡り、更に体力が回復…!

食事を終えるとトドメと言わんばかりにマッサージチェアに着席。そしてガッツリ1時間…!わずかに残った無意識上の疲労すらも殺し尽くす…!

 

そうして加賀がニコニコ花丸ランドを出たのは午後2時。

体力が全開した加賀はザッと街を見回してみて、次の店をどうするかを考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加賀の脳内。無意識下において加賀が何を食べるか悩む度、その答えを見つけるべく毎回開催される。

 

そう…!各国脳内加賀によるグルメ首脳会談が……!!

 

円形状の会議場に各国首脳加賀が着席している中、その中央で本会談を取り仕切る艦娘着の加賀長が口を開く。

 

「え〜、それでは…私が何を食べたいか、皆の意見を乞いたいのだけどその前に……ロシア加賀」

 

да(ダー)(はい)」

 

加賀長に呼ばれ立つのは、防寒コートに毛皮の帽子を被ったロシア加賀。(グルメ採用回数:6回)

 

「あなたが提案した食前の朝風呂、見事に大成功したわね」

 

Спасибо(スパシーバ)(ありがとうございます)。ロシアでは風呂やサウナで疲れを取ることが常識…!何をするにも体は資本…疲れていては美食も体が受け付けまセン。そして温泉で身体を癒した後の湯上がり御膳。これが良い…!日本食デスが、疲れた胃には優しい食べ物…!そうして体のコンディションを整えた後に揚げたてのピロシキと熱々のボルシチ、これしかありまセン……!!」

 

「ん〜……湯上がり御膳は良かったけれど、その後にピロシキって気分じゃないのよね。木更津の街を見回した限りではロシア料理店は見かけなかったし。それじゃあ中国加賀の意見を聞こうかしら」

 

熱弁するロシア加賀の意見を却下する加賀長は次に中華拳法着を着た中国加賀(グルメ採用回数:128回)に意見を乞う。

 

「ククク……私、中国加賀が推すのはみんみん中華飯店…!街を見回した時にあった…!みんみん中華飯店木更津店…!チェーン店の強みはどんな土地でもバラツキのない味の均等化、つまりハズレが無い…!となればみんみん中華飯店でも上位の美味さを誇る麻婆豆腐は間違いないネ……!!」

 

「あら、麻婆豆腐……悪くないわね」

 

「クク…ですよネ?」

 

不敵に笑いながら主張する中国加賀。周りの首脳加賀達はどよめきあう。

 

「ちょっとちょっと……また中国加賀の独断場なの?」

 

「まあでも実際、中国の安定感はすごいのよね…。」

 

中国加賀を指差しながら話し合う韓国加賀(グルメ採用回数:14回)とインドネシア加賀(グルメ採用回数:4回)。

グルメ採用回数から分かるように中国加賀は全首脳加賀の中でも第2位、と驚異の採用率を占めるのだ。安定かつ鉄板の料理意見は食べ歩きにおいて信用を勝ち取っている。

 

「それじゃあそうね…アメリカ加賀はどう思うかしら?」

 

加賀長は次にアメリカ加賀を指名する。席に足を乗せたカウガールスタイルのアメリカ加賀(グルメ採用回数:18回)は深々とテンガロンハットを被っており、表情が窺い知れないがやがてポツリと

 

「……ハンバーガー」

 

と一言だけ言う。その様子を中国加賀は馬鹿にしたように笑う。

 

「アッハハ!!口を開けばハンバーガー、ハンバーガー…!却下ヨ却下……!!毎回ハンバーガーしか言えないのカナ、アメリカ加賀は…!加賀長、これはもう決まりネ…!今回は私の麻婆豆腐ということで……!!」

 

「あいや待たれよ」

 

突如口を挟むのは刀を携えた侍風の日本加賀(グルメ採用回数:228回)。

 

「みんみん中華飯店の二件の隣にあった丼専門店、蔵ヶ原木更津店。そこの特上鰻丼はどうですかな…?」

 

「なるほど、鰻丼……それにしましょうか」

 

「な…にぃ……!?」

 

このように喧々囂々…!毎回加賀の脳内無意識下で開かれているサミットのおかげで食べ歩きにおいて外れ無し…!驚異の自己満足度を叩き出しているのである…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の夕飯のサミットでは日本、中国を差し置いて決まったのはブラジル式BBQのシュラスコ。提案したサッカーユニフォームを着たブラジル加賀(グルメ採用回数:9回)は陽気にボールをリフティングしながら喜びを表現。そしてその日は近くのホテルでそのまま就寝。

 

そうして迎える翌朝の日曜日。遅くに起きた加賀は終了時間ギリギリに朝食バイキングに駆け込み、そこでも脳内サミットで逐一決めながら食べるものを取っていた。

 

 

しかし日曜日の昼、事件が起きた。

 

「皆さん、大変なことが起きました…。宅急便の荷物受け取りを今夜に時間指定していたことをすっかり忘れていました。遅くとも夕方には電車に乗って帰らないといけなくなるので、この昼食が休日食べ歩きを締めくくる最後の食事となります。つまり絶対に外す事が出来ません。そこで、この昼食は全会一致。全加賀が納得したもので勝負をしたいと思います」

 

その言葉に会場中の全加賀はざわめく。

 

「それじゃあ何かいい案がある者はーーーーー」

 

「ちょっとちょっと待つネ……!!」

 

勢いよく挙手する中国加賀。

 

「いくらなんでもおかしいヨ……!!中華が朝食バイキングの一食しか入ってないなんて……!!」

 

「そう……じゃあ、例えば?」

 

「ウ……た、例えば………猫猫軒の羽根つき餃子をビールでグイッと…!これで決まりネ……!!」

 

「う〜ん……何か違うのよねぇ、却下」

 

Я ждала(ヤ ザラ)(待って)!今度こそピロシキにしまショウ!ネットで調べたら少し進んだ先に評判のロシア料理店があるみたいデ……!」

 

「ピロシキ……ピロシキねぇ………」

 

「クフフ……では加賀長、これはどうでしょう。蕎麦屋で一杯……なんてどうです?」

 

ユラリと手を挙げる日本加賀。しかし各国加賀からブーイングを受ける。

 

「ちょっとふざけないでよアンタ!!」

 

「4食中3食も日本食が取ってるんだから引っ込みなさいよ!!」

 

「まぁまぁ落ち着きなされ……加賀長は日本人なので、当然日本食がお好き。であれば…あり得ますよね…?次の食事も日本食ということは……!」

 

ニコニコと笑う日本加賀。しかしその目は肉食獣のようにギラギラと輝いている。

 

「…………いや、流石にそれはないわ」

 

「フフ…御意……!」

 

加賀長の却下に日本加賀はあっさりと掌を返した。

 

 

その後も

 

「テリーヌ…!」

 

「ドネルケバブ…!」

 

「ピッツァ…!」

 

「トムヤムクン…!」

 

フランスやトルコ、イタリアやタイなど比較的採用数の多い国に加え

 

「チョリソー…!」

 

「オープンサンド…!」

 

スペインやデンマークなどのグルメ新興国まで次々と名乗り出るも

 

 

「う〜ん……そういうのじゃないのよねぇ………」

 

 

ことごとく撃沈……!!

なかなか煮え切らない加賀長に各国加賀はイライラが募り

気づけばサミットは沸騰…!乱闘状態に……!!

 

「タコスダヨ……!!」

 

「黙れ阿呆が…!タコライスだ……!!」

 

各国加賀は掴み合いの喧嘩を始め

 

「フィッシュ&チップス…!フィッシュ&チップス…!」

 

「マグレのイギリス加賀は引っ込んでなさい……!!」

 

とてもサミットを続けられる空気ではなくなっていた。

その様子に加賀長は焦燥する。

 

(マズイわ……今の私は数ヶ月に一度訪れる空腹迷子状態…!お腹は空いているけど、自分が何を食べたいか分からない…!何を食べても不正解な気がするわ……最悪、何を食べるか決めきれないまま時間だけが過ぎて間に合わせでコンビニのパンやおにぎりですませるなんてことになりかねない……!!)

 

最悪の結末にゾッとする加賀長。

が、その時………!!!

 

「レバニラ…!」

 

「えっ…!?」

 

「レバニラならどうネ…加賀長……!」

 

加賀長が振り向いた先には険しい顔をした中国加賀。

そう、加賀の大好物でありいつどんな状態でも外すことがないワイルドカード、それがレバニラである……!!

なので食べれば間違いなく堅い……満足度7割は………!!

 

「……だけど…ここでレバニラに逃げるのは………」

 

「ハァ…!?逃げて何が悪いんダヨ!!皆もレバニラで文句無いでショ…!?」

 

それでも渋る加賀長に中国加賀は激怒…!そして相手にならないと各国加賀に同意を求める。

 

「ま、まぁ…レバニラなら………」

 

「仕方…無いよね……?」

 

渋々とだが同意する各国加賀達を見て加賀長は仕方なくレバニラに決めようとした。

その時。

 

 

「ミッシュマッシュ!」

 

 

ざわめく会場に場違いな明るい声が聞こえる。各国加賀達が声がした方を振り向くとクマのぬいぐるみを持った幼女姿の加賀が手を挙げていた。

 

「あたしの国のミッシュマッシュはどうかしら!」

 

加賀長は見たこともない加賀の出現に困惑する。

 

「えっと……あなたはどこの国の加賀なの…?」

 

「わかんない」

 

「えっ……」

 

「国はわかんないけど……ミッシュマッシュっていう料理名だけは覚えてるの。ねっ、クマちゃん!」

 

「ハッ、そんなんじゃ話にならないネ…!そもそも国も分からないガキがサミットにいること自体おかしな話ダヨ……!!」

 

鼻で笑う中国加賀だが、加賀長はミッシュマッシュという料理名にどこか引っかかる。

 

「あっ、思い出したわ…!確か前に読んだdanchuに載ってて、美味しそうだと思った記憶はあるけど、どんなものだったかは………」

 

「ハァ〜〜……全然ダメ…!ダメダメネ……!!こんなガキの戯言はほっといて早くレバニラにーーーーー」

 

 

 

「面白えじゃねえか」

 

突如中国加賀の後ろで声がした。

 

「なるほど…何を食べたいか分からん時は、何か分からん物を食べる……そういうことか……乗ったぜ嬢ちゃん」

 

ボスッと大きなテンガロンハットが幼女加賀にかぶさる。

幼女加賀が見上げるとそこにいたのはアメリカ加賀だった。

 

「なぁ、加賀長さんよぉ……面白いと思わねえか?」

 

「クマちゃんもそうしようって言ってるよ、加賀長!」

 

「………………………………」

 

加賀長はしばらくうつむき考える。

そして

 

「………ここまできたら、賭けてみますか。一か八かのミッシュマッシュに……!!」

 

着火する…!加賀の開拓精神(フロンティアスピリッツ)に……!!

 

 

そして現実世界の加賀は

 

(あっ、そういえばミッシュマッシュっていうのがあった気がするわね)

 

と、早速スマホでミッシュマッシュのことを調べると徒歩10分のところにミッシュマッシュを出す店があることが発覚…!

そして店に足を運び注文して待つこと5分。

加賀の目の前に待望のミッシュマッシュが現れる…!

 

(へぇ…これがブルガリア風スクランブルエッグ…ミッシュマッシュかぁ)

 

彩り豊かな野菜とトロトロに溶けたチーズが半熟卵の中で香るミッシュマッシュ…!

これには加賀も無事満足し完食。

同時に幼女加賀は新たにブルガリア加賀に任命され、サミット内は大団円で終わった。

そして気分良く店を出た加賀はその足で駅に向かおうとした。

 

 

 

 

 

「ありぇ…?加賀ひゃんだぁ…!」

 

 

 

ろれつが回っていないが聞き覚えのある声が加賀の背後からした。

嫌な予感がした加賀はギギギ、と振り向く。

 

そこにはベロベロに泥酔した赤城、蒼龍、飛龍の3人が肩を組んでまるで3人4脚のようにピッタリと固まっていたのだった。

 

「加賀ひゃん加賀ひゃん…ぐうじぇん会えてうりぇしいでしゅ〜!」

 

「加賀ひゃんも飲みまひょうよぉ〜!」

 

「………いや、用事があるので私はここで」

 

「え〜!加賀ひゃん受けりゅぅ〜!飛龍の龍だけにぃ〜!」

 

「………………………………」

 

くだらないギャグに青筋が浮かぶ加賀だが、酔っ払いに絡んでも何も良いことはないので足早にその場を去ろうとするが

 

「待っちぇくだしゃい加賀ひゃ〜ん!一航戦の誇りわしゅれたんでしゅかぁ〜!?」

 

「ちょっ…!?離してください……!!絡み酒する一航戦に誇りなんてありません!!」

 

「加賀ひゃんちゅめたくて泣きしょ………う゛ぶっ!!」

 

加賀の体をガッチリ捕まえていた赤城の顔色が悪くなる。

 

「えっ、嘘嘘嘘…!!やめてください!!こんなところで吐かないで……!!せめて私を離してからーーーーーー」

 

「う……う…うぼろろろろろろろろおおおおおおおお!!!!!!」

 

「赤城ひゃん吐いろろろろろろろろろろろろろ!!!!!!」

 

「ははは受けりゅろろろろろろろろろろろろ!!!!!!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」

 

加賀の抵抗も虚しく赤城はリバース…!そしてそれを見ていた蒼龍と飛龍ももらいリバースをし、木更津の通路にプチ地獄絵図が完成した。

 

そして翌日3人に一発ずつ拳骨をお見舞いした加賀は1ヶ月間3人と口をきかなかったのだった。

ちなみに荷物受け取りの方は間に合わなかった。




加賀さんと赤城さん達は仲悪くはありませんが、酔っ払っている時は関わりたくない感じです。


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第6話「暴鯨」

春イベの太平洋深海棲姫ちゃんが可愛すぎたので急遽書きました。
しかし私は未だにE-2で資材不足と即大破により泣かされています。


太平洋海底のとある基地。そこには複数の鬼・姫級の上位深海棲艦達が集まっていた。

 

「……ショクン、エンロ ハルバル ヨク アツマッテ クレタ」

 

口を開いたのは深海日棲姫。神事の格衣を身につけ、真っ白な仮面のような顔をした上位深海棲艦である。

 

「コタビ ハ ココ タイヘイヨウ ニテ ダイキボ ジュウリン ヲ オコナウ。ソレ ニ トモナイ 『()()()() ()()()()()』 ヲ ムカエイレル コト ト ナッタ」

 

深海日棲姫の言葉に興奮しざわめく深海棲艦達。

 

「フフ…マァ、マテ。ソウ セカスナ。ダガ ショウカイ ノ マエ ニ ココ ニ イル ナンニン カ ハ コウ オモッテル ノデ ハ ナイカ?『()()()() ()() ()()()() ()()()() ()()() ()()()()()()()()()()』、ト」

 

深海日棲姫のその一言に歓喜ムードだった基地は静まり返ってしまう。

 

「タシカ 二 ソウダ。ワタシ モ ウデ ノ アル ホウ ダッタガ ヤツラ 二 カエリウチ 二 サレテシマッタ。オモイダス タビ 二 ハラワタ ガ ニエクリタツ」

 

「ワタシ モ コノ サクセン ノ マエ ハ フアン 二 オモッテイタ。ダガ……クク…『()()』 ハ チガッタ…!」

 

深海日棲姫の目元が歪む。

 

「キノウ ヤツ ヲ ムカエ 二 イッタ トキ オドロイタ ヨ。ナニセ 『5()0() ()() ()()()() ()()()()() ()()() ()() ()()()()()()()()()()() ()() ()()() ()()()() ()()() ()() ()()()()()()()()()()』 ノ ダカラ…!サテ…センカンセイキ。モシ オマエ ガ コノ ジョウタイ 二 アッタラ ドウスル」

 

突如指名された戦艦棲姫は不機嫌そうに顔を歪める。

 

「……コンナコト クチ ニハ シタクナイケド シニモノグルイデ ニゲル スキ ヲ ミツケル カ………ジケツ ノ ドチラカ ダワ」

 

「ソウ…!フツウ ナラバ 50 タイ 1 ノ ジョウキョウ デ タタカオウ トハ オモワナイ…!コノ ワタシ デ サエ カクレテ ミテル シカ デキナカッタノダ……!!」

 

怒りのあまり仮面のような顔を歪ませる深海日棲姫。しかしそこで港湾棲姫の後ろに隠れていた北方棲姫がおどおどしながら口を挟む。

 

「ジャ、ジャア…アナタ ハ ソノコ ト ニゲカエッテキタ ノ…?」

 

「……モシ ワタシ ダッタラ ソウ シタ ダロウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダガ ソレ ハ イッシュン ダッタ……!!」

 

深海日棲姫はクワッと目を見開く。

 

「ヤツ ガ シタガエル ギソウ ガ カンムス ドモ ヲ タタキツブシ ソシテ クライツクシタ…!モノ ノ サンプン デ カンムス ドモ ハ ゼンメツ シタ ノ ダヨ…!」

 

「カズ ノ ボウリョク ハ オソロシイ……ダガ アットウテキ ナ コタイ ノ ボウリョク ノ マエ ニハ ム ニ ヒトシイ…!サナガラ クジラ ニ イドム イワシ ノ ムレ ノ ヨウニ……!!」

 

「……オット シャベリスギタナ。デハ ソロソロ ショウカイ スルトーーーー」

 

「アノ…シンカイ ニッセイキ。チョット イイカシラ…?」

 

「……ナンダ、ジュウジュン セイキ。アト ニ シテ クレナイカ?」

 

突如遮る重巡棲姫に眉をひそめる深海日棲姫。

 

「ゴメンナサイ、スコシ キ ニ ナッタ ノ ダケド……ソノコ ノ ギソウ ッテ クジラ ノ カタチ ヲ シテタリ シナイ カシラ…?」

 

「ホウ…ナンダ、スデニ シッテタ ノカ。ダガ ショウカイ ノ マエニ バラス ノハ スコシ イタダケ ナイゾ?」

 

「エエト、ソウジャナクテ………ウシロ、ミテクレル?」

 

重巡棲姫が指差すので、深海日棲姫は仕方がなく後ろを振り向く。

 

そこには巨大な白鯨の艤装が静かに佇んでおり、その様子はまさに圧巻とも言えるものだった。

が、しかし………

 

「………ハ?」

 

白鯨の艤装はあれど、肝心の本体がどこにも見当たらない。

 

「ワタシ タチ ガ ココ ニ キタトキ ニハ モウ イタ ノヨネ」

 

「……ナゼ オマエ タチ ハ キヅイテ イナガラ ナニ モ イワナカッタ ノダ…?」

 

「イヤ……ソウイウ クジラ ナンダナ ッテ オモッテテ………」

 

「ソンナ ワケ アルカ…!バカドモ ガ……!!イッタイ ドコ ニ イッタ ンダ!!『()()()()()() ()()()()()()()()』ハアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」

 

深海日棲姫の怒号が基地中に響く。

主人に置いていかれた白鯨の艤装はその様子を悲しそうに見つめるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都杉並区西荻窪。

古書店やアンティーク雑貨店が並ぶこの街を『()()()()()()()』はぶらぶらと歩いていた。

太平洋深海棲姫は深海日棲姫に連れられた先の基地で待機するように言われたが、お腹が空いたため白鯨の艤装を置いて基地を抜け出しフラフラと当てもなく彷徨った結果、西荻窪に着いたのだった。

 

今の彼女は艤装を外しただけなのだが、幸いにも戦艦棲姫同様の完全な人型であるため、怪しまれることなく街をぶらついていた。

だがそれでも彼女の格好は、白髪のショートボブに加え、白のカクテルハットにケープ、両脇が空いたブラウスという独創的かつ露出の高いものであるため別の意味で目を引いていた。

 

しかし彼女はそんなことには目もくれず、堂々と歩く。今の彼女は何かガッツリとしたものを食べたい気分だ。食べ飽きてる魚ではなく、ジューシーな肉を欲している。故に肉を求めて当てもなく歩いていると、前方から揚げ物の良い香りが漂ってくる。香りにつられて進んでいき、そしてたどり着いた先はカツ丼専門店『かつ澤』。太平洋深海棲姫はそのまま店の引き戸をガララ、と開けた。

 

「いらっしゃいませー!お一人様ですね!テーブル席までどうぞ!!」

 

太平洋深海棲姫を迎えたのは活気のある女性店員。店員は特に怪しむこともなく彼女をテーブル席まで案内する。

そしてメニューを広げ、ジッと見据えるとすぐに店員を手招きして呼んだ。

 

「はい!ご注文は何になさいますか?」

 

太平洋深海棲姫は店員に耳打ちをして注文を伝える。

その途端、店員の顔は見る見るうちに青ざめていった。

 

「お…お客様……本当に『()()()』で大丈夫ですか…?」

 

店員の一言に店中の人間がざわめき、一斉に太平洋深海棲姫の方を振り向く。

だが彼女はそんなことも気にせず、コクリと頷く。

 

「か…かしこまりました…!大盛り入ります……!!」

 

注文の受理がなされた瞬間、まるでボクシングのチャンピオンベルト防衛線が始まるかのようにざわめきが一気に歓声へと変わる。

 

「すみませんお客様、別のお客様が大盛りを注文されましたのでーーーーー」

 

「えぇ、分かってます。全ての注文をストップして大盛りを優先……そういうルールですからね」

 

「ありがとうございます!」

 

先程の店員は太平洋深海棲姫の隣のテーブル席の客から了承をもらうと急いで厨房へと引っ込む。

 

(ふふ…懐かしいですね。私も分からずに大盛りを注文した時のことを思い出しますね)

 

思い出に浸りながら太平洋深海棲姫の隣の客、正規空母の赤城はお冷やをグビリと飲む。

 

(しかしあの方……どことなく深海棲艦に似てるような…でも艤装をつけてませんし、見たこともありません。なにより深海棲艦が大規模作戦真っ只中に東京でご飯を食べにくるはずがありませんから、私の勘違いですね)

 

赤城の疑いは強まることなくそのまま霧散した。

そして大盛りの注文が入ってから20分後。

太平洋深海棲姫の前に置かれたのは、大盛りなど生易しく思えるレベルの『()()()()()』だった。

 

洗面器サイズの丼には山脈のように盛られた米が当たり前のように丼からはみ出ており、その上には成人サイズのサンダルよりも巨大なトンカツが3枚も乗せられている。言うなれば大食い大会で目にするようなモンスターサイズであった。

 

(ふふ…これぞ、かつ澤の大盛りカツ丼…!なぜ2段階も3段階もすっとばしたサイズなのかと思うのでしょう?この店ではね……並盛りから下に刻んでるんですよ…サイズを…!並盛りで他店の超特盛り、小盛りで特盛り、レディースサイズでようやく並盛りレベルになるんです……!!)

 

そして目の前に置かれたモンスターカツ丼をただただジッと見据える太平洋深海棲姫の元に店員がカメラを持って現れた。

 

「あのぉ〜…大盛り挑戦者には撮影をお願いしてるんですが、後ほどいいですか?」

 

そう声をかけてきた店員に太平洋深海棲姫が不思議そうに首を傾げた時、ある写真が目に飛び込んだ。

それはガタイの良いラガーマン3人が3分の1まで残った大盛りカツ丼を前に苦しそうに腹を抱え

 

【T京大ラグビー部敗退…!かつ澤さんやばいっす!主将K藤】

 

と書かれた写真が店の壁に飾られていた。

 

(うふふ……後悔してるでしょう?私も知らずに初めて頼んだ時は泣かされました。えぇ、涙を流しながら残してしまいましたよ。だけどね、その時の失敗があるからこそ今の私があるんです。そう…一航戦赤城のルーツはかつ澤にあると言っても過言ではありません……!!)

 

懐かしむようにカツ丼レディースサイズをかきこむ赤城。そして飾り付けられた写真達を見る。T京ラグビー部の写真の横には、苦し紛れの作り笑顔の赤城が空になった丼をカメラに見せ

 

【I航戦の誇りは失われません!I航戦A城】

 

と書かれた写真が飾られていた。(挑戦4回目)

 

(ふふふふ……顔には出ていませんが、あなたは今絶望に陥っている。泣きたい気持ちでしょう?一応この店ではメニューにはありませんが、頼めばマヨネーズや七味といった調味料が出てきます。それらを駆使して騙し騙し食べるテクニックもありますが………あなたには教えません!!親切心であなたに教えてもそれは甘えにしかなりません…!自分で頼んだのなら自分でカタをつけるのが筋…!失敗してもその涙を…悔しさをバネに強くなってください……!!)

 

しばらくモンスターカツ丼を無表情で見つめていた太平洋深海棲姫だったが、再び店員を手招きで呼びつけ耳打ちをする。

 

「はい………えっ、はい…かしこまりました、少々お待ちください」

 

店員は少し驚いた顔をしながら厨房に向かっていく。それを不思議そうに見つめる赤城。

 

(うん?何かを頼んだのですか…?もしかして味変のための調味料の存在に早くも気づいたのですか…!だとすれば少しはやるようですね…!)

 

そして1分後、店員は太平洋深海棲姫の元に戻り、あるものを渡した。

 

それはなんと………お た ま だった…!

 

それを見た赤城にある予感がよぎる。

 

(なっ…!?まさかこの子……そのおたまで、食べようというの…!大盛りカツ丼を……!!)

 

赤城の予想通り、太平洋深海棲姫は早速手渡されたおたまを使い、ショベルカーのように豪快にすくいあげる…!カツの氷山は一気に削り取られ、代わりにおたまにカツの小山が形成される…!そしてそのまま太平洋深海棲姫はカツの小山を一気に口の中に放り込む…!モグモグとハムスターのように頬張るとすぐさまカツの氷山を削り、それをまた口に放り込む…!それはまるで鯨が海水ごと餌の魚を丸呑みする様…!これには流石の赤城もあんぐりと口を開けたまま呆然…!

 

(な…なんてことなの……この子…ものの数分で3分の1を食べ終えた……!!マズいわ…!このままあっさりと完食されたらかつ澤初の大盛り女性完食者の座が奪われてしまう……!!それだけは絶対に阻止しないと……!!)

 

レディースカツ丼を食べる手も止まり、涼しい顔で大盛りカツ丼を食べ進める太平洋深海棲姫を親の仇のように凝視する赤城。

すると突如、太平洋深海棲姫の手が止まり不意に立ち上がる。

 

(なっ…!?何をする気……!!)

 

思わず身構える赤城。太平洋深海棲姫は悠々と赤城を横切り、店の奥のトイレの扉を開け、中に入った。

 

(あっ…なんだ……お手洗いに出かけただけですか…。)

 

ホッとする赤城。しかしそれも束の間。長くても10数分もすれば太平洋深海棲姫は戻ってくる。そうなればあっという間に大盛りカツ丼は食い尽くされ、かつ澤初代クイーン(自称)の座が奪われてしまう。一体どうすればと思いつめた時、赤城に電流が走る…!

 

(そうだ……彼女が完食出来ないように妨害すればいいじゃありませんか…!いつも携帯している特製強力下剤を彼女の大盛りカツ丼に混ぜてあげれば私の勝ち…!以前アイオワさんと大食い対決した時にはこの下剤のおかげで彼女は3時間トイレから出ることが出来ずに私の勝利が成された…!これで一航戦の誇りを守ってみせます……!!)

 

赤城はすぐさまカバンの中から下剤の小瓶を取り出すと、隣のテーブルの大盛りカツ丼に垂らそうとした、が……!!

 

「お客さん……あんた、何してるんでい?」

 

小瓶を持った手はかつ澤店主、大宮蔵之介(58)に掴まれすんでのところで下剤…カツ丼に届かず…!同時に赤城、かつ澤を出禁……!!

 

出禁になった腹いせに赤城は後輩の蒼龍と飛龍を呼びつけ、昼間から居酒屋をはしご…!その翌日に泥酔したまま渡った千葉県木更津で加賀と出くわすことになるのだが、詳しくは第5話「国際」を参照……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太平洋のどこかにある深海棲艦達の基地。

そこに太平洋深海棲姫が爪楊枝で食いカスを取りながら帰ってきた。

 

「キサマ……イマ マデ ドコ デ アブラ ヲ ウッテ イタ?」

 

顔中に青筋が浮かび、怒りのあまり何本か血管が切れた深海日棲姫が彼女を出迎える。しかし太平洋深海棲姫は意にも介さず近くにいた重巡棲姫に耳打ちをすると、深海日棲姫をすり抜けスタスタと歩いていく。

 

「アノ……ショクゴ ノ オヒルネ スル ッテ ………」

 

「キキキキキキキサマアアアアアアア!!!!!フザケテンジャブゲェッ!?」

 

激怒した深海日棲姫が殴りかかろうとするも太平洋深海棲姫のワンパンで呆気なく吹っ飛ばされ大破してしまった。

そして太平洋深海棲姫が起きるまでの6時間、侵略作戦は彼女無しで進めないといけなかったため大分苦戦したのだった。

 

 

オマケその1「かつ澤の大盛りカツ丼を完食した太平洋深海棲姫の写真+α」

 

【美味しかったです。また来ます。TSS姫】←空の丼の隣に無表情でダブルピースをする太平洋深海棲姫

 

その写真の数枚隣には

 

【I航戦の誇り…ここで失うわけには…!I航戦A城】←3分の2も残ったカツ丼の前でマジ泣きする赤城(挑戦1回目)

 

【え?これホントにズルやイカサマとかしてないですか??I航戦A城】←吐きそうな顔で半分も残ったカツ丼を指差す赤城(挑戦2回目)

 

【なんなん?なあ?これマジなんなん??I航戦A城】←3分の1まで減ったカツ丼を差し置いて虚ろな目でカメラにガンを飛ばす赤城(挑戦3回目)

 

さらにその写真から数十枚隣には

 

【この大盛りノーカンで…!O槻KO…!】←半分以上残ったカツ丼を前に吐きそうな提督大槻

 

 

オマケその2「挑戦4回目にしてやっと、かつ澤大盛りカツ丼を完食した後の赤城」

 

暁「赤城さんおかえりなさい!って、どうしたの!?何だか苦しそう、大丈bーーー」

 

赤城「近づくなっ!!」

 

暁「ひっ!?」

 

赤城「今の……ぉぇ…私に…触ったら……うっぷ………どうなっても……知りませんよ………!!」ギロッ

 

暁「な…なんなのよぉ……」グスッ

 

響「удивительное(ウディビティナ)。こいつは狂気を感じる」

 

今度こそ終わり。




赤城さんファンの皆様ごめんなさい。
次くらいに元々予定していた大槻看病回が来ます。


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第7話「操縦」

お待たせしました。
原作第9話を元にしていますが、ほとんどオリジナルです。


金剛姉妹の地獄のお茶会の翌日。

提督、大槻は鎮守府内に設けられた自室にて布団にくるまり寝込んでいた。

 

(ぐぅ……金剛達め…!奴らと食のことで関わるのは二度とごめんだ……!!)

 

「ゲッホ…ゲホ……!!」

 

激しく咳込む大槻。先程熱を計ったところ、38.8℃とかなりの高熱があり、更に体が満足に動かさないほどしんどいため大人しく寝てるしか無かった。

 

(クソ……体が動かせるのであれば、自分で何とか出来るのだが仕方ない。しばらくは寝て少しでも体力を回復させるとするか……)

 

そう思い、目をつぶって寝る準備に入る大槻。

その時である。

 

コンコン、と自室の扉を叩く音が聞こえる。

 

(ん?なんだ、艦娘の誰かが来たのか?しかし今のワシは満足に立てない上に声も出せん…どうしたもんかなぁ)

 

扉を叩く人物に対して何もすることができない大槻は、うーんと悩みうなだれる。

すると反応が無いことに気づいたのかノックの音がドンドン、と強くなった。

 

(グオ…!音が体に響いて気持ち悪い……!!鍵はかけとらんからとりあえず入ってきてくれ!!)

 

耳を抑えながら、扉の向こうの人物が自室に入ってくるのを待つ大槻。

しかしそんな大槻の意思は届かず

 

ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

 

扉が壊れる程けたたましくノックの嵐が降り注ぐ。

大槻は布団の中で声にならない悲鳴をあげ、ノックが止むのを弱々しく耐え忍ぶ。

 

すると突如ノックがおさまり、バン!と勢いよく扉が開かれる。

 

 

 

 

そこにいたのは練習巡洋艦の鹿島だった。

 

「いやあああああああああああああああ!!!!!!!!!提督さああああああああああああん!!!!!!!!!」

 

鹿島は一目散に大槻まで駆け寄り大槻の肩を掴むとグワングワンと揺さぶる。

 

「うわあああああああああああん!!!!!!!!でいどぐざんじなないでええええええええ!!!!!!!!」

 

涙と鼻水で顔がグチャグチャになっているにも構わず叫び続ける鹿島。

だが当の大槻は声が出せず体も動かせない程弱っている状態。そんな時に艦娘の力で強く揺さぶられたら本当に死んでしまいかねない。

 

(ガッ……今…まさに…!お前に……殺され…かねん……!!)

 

大槻は鹿島の腕に弱々しくタップして自身の生存を確認させることで何とか危機的状況を打破…!

そして枕元に偶然転がっていた紙とペンを使い自身の意思を伝える。

 

【体調が悪すぎて動くことができんのだ。それに声も出せん】

 

「あっ、だから反応が無かったんですね…!そうとは知らずに…ごめんなさい……」

 

【それはもういい。それよりも何でお前がここにいる?仕事はどうした?】

 

「はい…いつも通りお仕事をしていたら代理の高雄さんから、今のお仕事はいいから代わりに提督さんの看病をしてくるようにと言われまして……」

 

鹿島が言ったことに大槻は心の中で頭を抱えた。

大槻は鹿島のことが苦手だ。はっきり言って看病も他の艦娘にしてもらいたいところだが、直接誰かを呼べるほどの体調では無い上に鹿島にその旨を伝えたとしても鹿島がぐずって面倒なことになりかねない。

 

【そうか、ではすまんがよろしく頼む】

 

大槻は背に腹はかえられぬと、鹿島の看病を承諾。

鹿島はパァッと顔が明るくなり、「はい!練習巡洋艦鹿島!頑張ります!」とビシッと敬礼する。

 

【それじゃあ、薬局に行って解熱剤と下痢止めと頭痛薬とあと冷えピタを買ってきてくれ】

 

早速大槻は必要な品々を書いたメモを鹿島に渡す。

 

「はい!ところで提督さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

メモの薬局という文字を指差し質問する鹿島。

大槻はその言葉に顔を歪ませるも、【やっきょく】とひらがなで書いたメモを鹿島に見せる。

 

「あっ、そうなんですね!ありがとうございます!それとその隣のこの漢字も読めないんですが、何て読むんですか?」

 

続けて鹿島は解熱剤の文字を指差す。大槻は若干嫌な予感を感じつつも、【げねつざい】とひらがなで書いて鹿島に見せる。

 

「提督さんありがとうございます!へぇー、こう読むんですね!それとそのまた隣のこの漢字は何て読むんですか?」

 

鹿島は下痢止めの文字を指差す。

 

(……………………………………)

 

大槻はゲンナリとしながら、スラスラとメモにペンを走らせる。

 

【やっきょくにいって、げねつざいとげりどめとずつうやくとひえぴたをかってきてくれ】

 

「はい、分かりました!鹿島、抜錨します!!」

 

ひらがなに書き直したメモを鹿島に渡すと、鹿島はすぐさま部屋を飛び出していった。

 

 

 

3時間後

 

薬局に行った鹿島は未だに戻ってこない。

 

(グウゥ……薬局なぞ鎮守府から10分もすれば着くだろうが…!一体何をしとるのだあのバカは……!!)

 

一向に戻ってこない鹿島にイライラする大槻。するとその時、ガチャリと部屋の扉が開かれビニール袋を持った鹿島が入ってくる。

 

「提督さん、ただいま帰港致しました!」

 

【かしま、くすりをかうだけでなぜこんなにじかんがかかったんだ?】

 

「ごめんなさい提督さん!実は薬局という名前のお店がどこにもなかったんですよ!どこを見てもドルグストレ?っていうお店しかなかったから電車を乗り継いで、東京の郊外でやっと田沼薬局っていうところを見つけたんです!お薬が売られてるところってなかなか無いんですね。あっ、これお薬です」

 

そう言って鹿島はビニール袋から買ってきた薬を出す。

 

・壺に入った謎の液体

・下剤

・頭だけの獣のミイラ

・湿布

 

「まず げねつざい なんですけど、田沼薬局のおばあちゃん(98)直伝のこの壺の中の飲み薬がすっごい効くみたいなんです!それと げりどめ はお腹のものを全部出した方がいいって言われたので、この げざい を買ってきました!そして ずつうやく は昔の中国の王様がよく頭が痛いのを治すために使っていたと言われているこのミイラをオススメされたので買ってきました!怖いけど鹿島、勉強になりました!最後に ひえぴた は漢字が読めませんでしたけど、これを貼ればなんと疲れも取れるそうです!!」

 

(………………………………………)

 

心の中で絶句する大槻。

ここまでのやり取りでお分かりかもしれないが、鹿島はとても頭が悪い。

 

出撃すれば全弾敵味方構わず誤射するだけでなく、遠征すれば燃料やボーキサイトの代わりにけん玉やケンタッキーフライドチキンを持ち帰り、開発任務を任せれば、ブリキ製の荒俣宏フィギュア(1/6サイズ)が出来上がり、建造任務を任せれば、艦娘ではなくオカマ口調のクリスタルボーイが着任することになり、間宮食堂で料理を運ぼうと皿を持った途端滑らせその料理を注文した艦娘の顔面に勢いよくぶちまけ、皿を洗えば滑らせ間宮の顔面に連続ヒットし、終いには練習巡洋艦としての授業を行えば、擬音語が9割を占める専門用語が一切出てこずかつ内容の理解できない大不評の授業が完成するなど、どこか次元の超えた仕事の出来なさに加え、頭の悪さ、要領の悪さ、知識の貧困さを兼ね備えたのがこの鹿島だ。そのため、鹿島に仕事が振られることはまず無いのだが、本人は仕事熱心のため、余計にバツが悪い。ちなみに2話「包卵」でローソンに勤務していたが、1日でクビになった。

 

(コイツ……仕事が出来ないのは分かっていたが、まさかここまでとは…!というか、この頭の悪さでどうやって練習巡洋艦になれたんだ……!!お前はどうあがいても教える側じゃないだろうが……!!)

 

頭痛の上に更に頭を抱える大槻。だが深呼吸で息を整え平静を取り戻す。

 

(しかし現状のワシでは、コイツにすがるしか方法が無い…。仕方ない……だいぶ手間はかかるが、ワシが逐一指示を出してコイツにマトモな看病をさせられるように誘導するしかない……!!)

 

大槻は腹をくくった。このまま看病を任せていたら治るどころか悪化してしまう。それなら鹿島にも理解できる指示の書いたメモを使い、鹿島がシッカリと看病できるように上手く誘導していこうというのだ。

それはさながら、金田少年がコントローラーを操縦して、鉄人28号を動かすように、大槻が鹿島を操縦してミッションをクリアせねばならない。

大槻少年と鉄人鹿島28号のハードミッションがここに幕を開けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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看病2日目

鹿島が昨日買ってきた薬は軒並み使えなかったため、大槻は鎮守府近くのドラッグストア(鹿島はdrug storeをドルグストレと読んでいた)のアルカに薬を買い直すことと、そして薬の名称とその薬効を、更に分からなければ分かるまで店員に聞くようにと、メモ用紙に全文ひらがなで丁寧に書き記して鹿島におつかいに行かせた。

 

2時間後

鹿島がビニール袋を引っさげて満面の笑みで帰ってくる。

 

「提督さん!今度は間違わずに買ってこれました!!」

 

鹿島は袋から解熱剤、下痢止め、頭痛薬、冷えピタを取り出した。

が……!!

 

(…………………………………)

 

それらは全て子供用の薬だった。ご丁寧に冷えピタまでも幼児サイズである。

大槻は再び鹿島に買い直させるが、次はオール漢方薬だったり、その次は栄養ドリンク4種類だったりと、鹿島は間違いを繰り返し、やっと正しい薬を買ってこれたのは翌日3日目の夕方だった。

 

 

 

看病4日目

やっとこさ薬を飲んで少しマシになった大槻が鹿島に命じたのは、水を張ったバケツ一杯に筒状に丸めた新聞紙を隙間なく詰め込むというもの。

こうすることで即席の加湿器が出来上がるのだ。

 

(ふぅ…とりあえず、加湿器を作り終えたらスーパーで買わせた鍋焼きうどんを食べて寝るとするか)

 

鹿島が加湿器を作っている間、大槻は布団の下を折り曲げた後に左右も折り曲げることで布団内の空間を完全密閉した大槻ロールで体を温めながらゆっくりと待機。しばらくすると鹿島が大槻を呼びかける。

 

「提督さん!加湿器出来上がりました!」

 

満面の笑顔で出来上がった加湿器を見せつける鹿島。

だがそれは、細長く圧縮され、まるで槍のようになった新聞紙がぎっしりと詰め込まれたもので、まるで剣山のように水を張ったバケツから生えている。

 

(………惜しい…惜しいけど……そうじゃない…!)

 

結局大槻は鹿島にマンツーマンで加湿器作りを教えることになり、4回目にしてやっと正しい即席加湿器が完成したのだった。

 

 

 

 

 

 

看病5日目、これまで食事はスーパーの即席鍋焼きうどんなど調理の必要がほとんどないもので済ませてきた大槻だが、鹿島が手作りのものを作りたいとどうしても聞かないため、鍋を作らせることにした。

大槻は4話「舌外」にて比叡に辛酸を舐めさせられて以来他人に料理を作らせることに対して拒否を示していた。ましてや絶望的に仕事が出来ない鹿島なら尚更である。

しかし、大槻の操縦で鹿島も幾分かマシになってるため、大槻同伴という条件で調理を許した。

 

現在、間宮食堂の厨房の隅を借りて鹿島が鍋の前に立っている。その後ろで大槻が(大槻ロール状態ON台車)鹿島の動向を見守っている。

 

【まずはながねぎをそれぞれ4せんちできっていくんだ。せんじょうじょきんしたじょうぎがあるからそれでながさをはかるんだ】

 

「はい!」

 

【ちがう!たてにきるんじゃない!よこに4せんちずつきれ!】

 

「は、はい!」

 

【それじゃみじかすぎる!みじん切りになっとる!それにじょうぎごときるんじゃない!!】

 

「は、はいぃ!!」

 

大槻は現在他人の調理に対して疑心暗鬼になっている上に元々こだわりの強い性格のため、鹿島の少しのミスに対してもメモによる指示をガンガンとばしていく。それに対して鹿島はあたふたと試行錯誤しながらも調理を進めていく。

その様子を巨人の星の星明子のように厨房の外から見守る間宮。

 

「頑張りいや……鹿島はん頑張りいや………」

 

涙を流しながら何故か関西弁でエールを送る間宮。そんなこんなで調理が終わったのは、翌日6日目の明朝4時。完成したのは長ネギと生姜たっぷりのつみれ鍋。生姜の香りが食欲をそそる。

 

「て、提督さん!やっと…やっと完成しました!!」

 

涙を流しながら歓喜する鹿島。ピョンピョンと飛び跳ねる鹿島を見て微笑む大槻。

 

「あっ!それじゃあ早速お鍋よそおいますね!」

 

鹿島は長ネギとつみれを小皿に盛りつけ大槻に渡す。しかし大槻は小皿を受け取ろうとせず、代わりにメモを鹿島に見せる。

 

【おまえもくえ、かしま】

 

「え…?」

 

【こんなにうまそうなつみれなべをワシひとりではくいきれん。さぁ、いっしょにくうぞ】

 

「は…はいっ!ありがたくいただきます!!」

 

更に涙を流しながら自分の分もよそおう鹿島。そして長ネギとつみれを箸でつまんでパクリと食べる。

 

「ふわあ〜!しんなりとした長ネギとつみれのお肉って感じの美味しさがおつゆと相まってすっごい美味しいですぅ〜〜!!」

 

【ふふふ…わしのぶんものこしとけよ?】

 

バクバクと食べ進める鹿島を微笑みながら見つめる大槻。つみれを長ネギで挟み、口に放り込む。予想通りの美味さが大槻の体を駆け巡り安堵とともに疲れを癒していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして看病7日目、試行錯誤しながらの看病の果てに遂に大槻の熱は引き、歩けるようになった…!

 

「ふう…これなら明日から仕事に戻れる。ここまでよく頑張ってくれたな、鹿島」

 

「提督さん……提督さああああああああああああああああん!!!!!!!!!!」

 

感極まった鹿島は大槻に抱きつく。涙と鼻水で大槻のパジャマはぐしょぐしょだが、それにも構わず大槻は鹿島の頭を優しく撫でる。

 

「ごべんなざい!!ご迷惑おがげじでごべんなざああああああい!!!!!!」

 

「いいんだ……!いいんだ………!!」

 

鹿島を撫でる大槻の目からは一筋の涙が流れる。大槻には体調が治ったことよりも鹿島がマトモな仕事が出来るようになったことが嬉しくてたまらなかった。

 

 

 

 

だが大槻は気付かないフリをしていた。

 

もし鹿島がおらず、自分1人ならおよそ1日寝ていれば何とか動ける状態までは回復し、そこから自分で薬や鍋の具材を買い、調理して養生すれば2日、遅くても3日で体調を完全に回復できていたことは予想できていた。

鹿島のせいで体調不良が長引き、治すのに1週間かかったがそんなことには大槻、気付かないフリ…!考えないようにしていた……!!人間は都合の悪いことは考えないようにする生物なのである……!!

 

 

翌日、大槻と一緒にいたためか鹿島は風邪で寝込み、大槻は執務作業の合間に鹿島の看病をしたのだった。(どうしても抜けれない時は他の艦娘に看病の代理を頼んだ)




大槻と鹿島に損得勘定を抜きにした奇妙な友情が生まれました。


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第8話「提機」

1ヶ月ぶりの本編です。
途中で入る料理描写は原作第8話をモチーフにしていますが、それ以外は全てオリジナルです。


「なに…?高雄の様子がおかしいだと?」

 

鎮守府の執務室。大槻が執務作業後に小休憩をはさんでいた時、突然執務室に入ってきた鹿島が開口一番にそう告げたのだ。

 

「は、はい…高雄さん今週に入ってから元気が無いというか、いつもの高雄さんらしくないんです…!」

 

「ふぅむ、言われてみれば仕事中に沈んだ顔をしているのをたびたび見かけるな」

 

秘書艦である高雄は提督である大槻と一緒に仕事をする機会が多い。本人は悟られないように平静を装っているが、ふとした時に暗い表情になっているところを大槻は何度も目撃している。大槻が気になって声を掛けても、何でもないと言わんばかりにはぐらかそうとするためそれ以上は聞けずにいた。

 

「提督、もしかしたら高雄さんは先週終了した大規模作戦のことで悩んでるのかもしれませんよ」

 

横から口を出したのは大槻とともに書類作業をしている大淀だ。

 

「あぁ、ワシが体調を崩して1週間高雄に代わってもらったんだった。報告ではその間、あまり戦果を稼げなかったらしいな」

 

「えぇ、高雄さんはそれに焦ったのか無茶とまではいかないものの進撃を繰り返し、結果艦隊は連日疲弊していました。そうしてしまったことにも負い目を感じてるかもしれません」

 

「なるほどなぁ……」

 

大槻は手を組み考え出す。大槻がこの鎮守府に赴任はや半年、その間に何度か高雄に提督代理を頼んでいるがそれはあくまで通常業務での話である。今回のような大規模作戦はさすがに荷が重いと考え作戦が終わるまでは自身が指揮を続ける予定だったが、作戦終盤で突如体調を崩してしまい(原因については第4話「舌外」を参照)、高雄に提督代理を任せざるを得なくなってしまった。また、大槻はこの鎮守府の戦果上昇を目的に異動させられたため、よりにもよって大規模作戦で戦果が伴わなかったことで大本営の上層部から減俸という形で処罰を食らったのだ。

 

(元々ワシを気に食わんかった一部の連中がここぞとばかりに処罰を与えたことは別に気にしちゃおらんが、問題は高雄だ。この一連の流れであいつは相当落ち込んでいることだろう…。とりあえずはあいつと話をする場を設けるか……)

 

大槻はグイッとカップに残っていたコーヒーを飲み干すと微笑を浮かべる。その横では鹿島が話の流れがわからずに?を頭に浮かべており、大淀は小休憩としてYouTubeでハリウッドザコシショウの誇張しすぎたシリーズを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東京都目黒区中目黒。

 

この街のとある個室居酒屋に大槻と高雄はいた。

仕事では一緒にいるものの、大槻から飲みに誘われるのは初めてであるため高雄は少し緊張していた。

 

「高雄、この前の大規模作戦はご苦労だったな。終盤でいきなりお前に代理を押し付けてしまったが、それにも関わらず作戦をやり遂げたことは本当に感謝している、ありがとうな」

 

「い、いえっ!そんなこと……提督がお身体を壊してしまったのはどうしようもないことでしたし………だけど…私……提督が順調に進めていたこの作戦で艦娘の娘達を無駄に疲れさせただけじゃなく……失敗に終わらせてしまいました……本当に申し訳ありません………」

 

高雄は声を震わせながら頭を下げる。大槻からは見えないがその顔からはポロポロと涙が流れていた。だが大槻は戸惑うことなくあっけらかんと返す。

 

「クク…なんだ、そんなことか。もう終わったことだ…今日は楽しく飲もうじゃないか」

 

「で、でもっ…!今回の作戦が失敗したせいで……私のせいで……提督は大本営から処罰を受けたって……!!」

 

「たかが向こう1年の減俸さ。別に軍を辞めさせられるとかよりもはるかに軽い。こう見えてワシには結構蓄えがあるからこれくらいどうってことはない。そんなことよりもだ……」

 

大槻は高雄の顔をジッと見据え、高雄はビクッと体を強張らせる。

 

「高雄……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鮭とばをライターで炙ってかじりなさい」

 

「へっ?」

 

神妙な面持ちの大槻から出た言葉は意外なものだった。てっきり真剣な話が始まると思っていた高雄は肩透かしを食らったものの、とりあえずは大槻の言う通り目の前に置かれた鮭とばをライターで軽く炙ってからかぶりつく。

 

「そうそう、そしてこの焼酎の水割りですかさず流し込んで…!」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

大槻から受け取った焼酎を一気に飲み干す。

その瞬間、炙ったことにより香ばしさを増したさけとばの塩気が焼酎により洗い流され、その後味は………

 

「んぅ〜〜〜〜〜!!!こ、これ!めちゃくちゃ合います!!」

 

まさに最高…!

高雄は今まで味わったことのない味わいに興奮が冷めやらない。

 

「ふふ…そうだろう。だが料理はまだまだ運ばれてくるぞ」

 

そして始まる大槻流大人の飲み方…!

ふんわりと出汁香るだし巻き卵に、カラッと揚がった大ぶりのカキフライ、綺麗に盛られた身が輝くブリの刺身に、海鮮の旨さ香る海鮮鍋…!そうそうたる一品もののメンバーがテーブルに運ばれてくる…!

 

「さぁさぁどんどん食べなさい、どれも美味しいから…!」

 

「そ、それじゃあ、ブリの刺身から………」

 

高雄はブリの刺身を箸でひとつまみし、ササッと小皿の醤油につけてから口に運ぶ。

 

「わっ…このブリ、プリプリです……!!」

 

「フフ……この時期のブリは脂がのってて醤油を弾いてしまうから入れてある……隠し包丁を…!」

 

「な、なるほどぉ……」

 

「ククク……そういう細かい一手間が……案外クズにはできぬものだ……!」

 

ちょうどよく醤油の染み込んだ脂ののったブリに舌鼓をうちながら高雄はパクパクと食べ進めるが、突如大槻から制止がかかる。

 

「ストップ…!刺身の最後の一切れはこの…鍋にくぐらせて、ほら……即席ブリしゃぶ……!」

 

大槻が目の前でやって見せたように高雄もブリをササッと鍋にくぐらせてからパクリと食べる。

 

「わっ…!?美味しいです……!!」

 

「フフフ……ほれ、グラスが空いてるぞ…」

 

ホッとする料理に、優しく頼りになる上司の大槻…。

大規模作戦での失態の矢先に大槻に呼びつけられたので、怒られるものだと思い、身構え緊張していたが

待っていたのは、望外な楽しい時間……!!

緊張からの緩和…!

気づけば酒は進み…!数十分もすれば真面目な高雄は酔いどれ…!

普段は大人しい彼女とは打って変わって、テンションは上がり…気も大きくなっていた……!!

 

(ふむ…そろそろ頃合いかな……)

 

高らかに笑いながら焼酎を煽る高雄を見て、大槻は

 

「茶碗蒸し……」

 

と、ボソッと呟いた。

向かいで茶碗蒸しを食べていた高雄は

 

「あれぇ…提督ぅ、茶碗蒸し食べたいんですかぁ…?」

 

と、食べていた茶碗蒸しを差し出そうとするが大槻はフフ、と笑い

 

「……この店はワシの行きつけの居酒屋の女将の親戚がやっとる店でな。全ての料理が絶品なのだが、特にこの茶碗蒸しは味の要である出汁を取る際は味に濁りが出ないように一切の不純物を取り除いている。それこそ膨大な手間と時間がかかるが、それによって真の旨さが実現できている。逆を言えば少しでも不純物が混ざれば味は一気に落ちるということだ」

 

「???……提督、何を言って………」

 

「そうさな……では、言葉を変えようか…。高雄……お前は今…2つの間で揺れ動いているだろう…?」

 

「ッ…!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、高雄は酔いが覚めたのか驚愕した顔で大槻を見つめる。

 

「……お前に提督代理を頼む毎に大淀から報告を受けているが、その時のお前はどこか充実した顔で提督業務に励んでいるそうじゃないか。それにお前は優秀だからワシの代理を任せても失敗はしていない……が、先日の大規模作戦では通常とは勝手の違う業務に慌て戸惑ってしまい、結果失敗とともに大きく落ち込んでしまった…。違うか…?」

 

「………………………………」

 

大槻の言葉に高雄はうなだれたまま押し黙ってしまう。

 

「もしもだ……もしもお前さんが今回の失敗で嫌になったのなら、今後の提督代理は他の艦娘にするがーーー」

 

「嫌ですっ……!!!!!」

 

バン!とテーブルを叩き高雄が大槻の言葉を制止する。

 

「お願いします…!今後も……今後も提督代理を…やらせてください……!!」

 

高雄はボロボロと涙を流しながら訴える。

 

「ほう…なぜだ?なぜそこまで提督代理をやりたがる…?」

 

「最初は……提督に代理を頼まれた時は、なんで私が……と思っていました。ですが、続けていくうちに次第にやりがいというか…充実感が芽生えてきました。叶わないことですが、提督として海域を奪還してみんなを守りたいんです……!!」

 

「………………………………」

 

まくし立てる高雄に対して、大槻は黙って聞いていたがやがて口を開く。

 

「……それじゃあ、もしも…この場で艦娘か提督のどちらかを選べと言われたらどうする…?」

 

「そ…それは………」

 

「どちらかを選べば、もう片方は捨て去らなければならない…。どっちもというのは無しだ…!さっきの茶碗蒸しと同じ…!二足の草履はよっぽどでない限りは、どちらの質も落としてしまい、必ず後悔してしまう…!どちらか1つだ…!片方を選び…もう片方を捨てなければならないならお前はどうする、高雄……!!」

 

いつになく強い口調で迫る大槻に高雄はたじろぎ、しばらく言葉を出せなかった。その様子を見て大槻は冗談だと声をかけようとした、その時…!

 

「………提督です…!」

 

「……あ?」

 

「私は…提督業務を……選びます……!!」

 

そこまで声量は高くなかったが、決意のこもった力強い言葉だった。

高雄の目は茶碗蒸しのように一切の濁りも迷いもなく芯が通っていた。

 

「……それは…艦娘を捨てる…ということだな…?いいのか…本当にそれで…?」

 

「……はい…!元々艦娘業務はスカウトされて入ったとはいえ、思い入れはあります…。だけど……代理で入った提督業務は私が本当にやりたいと思えた仕事です!!私は提督業務を選びます……!!」

 

「そうか……」

 

大槻は高雄の決意を聞き、日本酒を煽りながら険しい顔で考え込む。

高雄はその様子に不安を駆り立てられるが、すぐに笑顔に戻った大槻に

 

「意地悪なことを聞いて悪かったな。さぁ、飲み直そうか…!」

 

と、焼酎を注がれ、なし崩し的に飲み直すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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数日後、鎮守府の執務室で高雄は頭を抱えていた。

 

(あ〜〜〜!!やっちゃったよぉ〜〜!!酔っていたとはいえ、提督に艦娘より提督がしたいですなんて……自主退職を表意してるようなものじゃないのよ……!!提督は昨日から大本営に行ってて、その間は私が代理をやってるけど、絶対に私の処分のことだよぉ〜〜!!提督が帰ってきたらその瞬間にクビって宣言されるんだろうなぁ……。はぁ………)

 

溜め息を吐きながら書類作業を進める高雄。気が気じゃないのだろう、手は震え書類の作成スピードもゆっくりとしたものだった。

その様子に隣で執務補助を行う大淀は眉をひそめている。

 

「……高雄さん、どこか具合が悪いの?今の状態で仕事をされてもあまり進まないと思うのだけど」

 

「えっ…!?あっ!ごめんなさい…!ちゃんとやります……!!」

 

大淀に軽く叱られ、これはいけないと書類作業に再び取り掛かる。自分の処分がどうあれ、まずは目の前の仕事をこなそうと集中し、ペンを走らせる。その時だった…!

 

「いやぁ〜、急に鎮守府を空けて悪かったな高雄」

 

執務室の扉を開けて入ってきたのは大槻だ。

大槻の姿を見て、高雄はビクリと肩を震わせるが平静を装い

 

「おかえりなさい、提督」

 

と笑顔で声をかける。

 

「おぉ、ただいま。高雄、お前に渡したいものがあるんだ」

 

そう言って大槻が懐から取り出したのは1通の封筒だった。

高雄は、やはり自分の処分についての書類か、と絶望のあまり立ちくらみを覚える。

だがどうせ決まったことだ、潔く受け入れようと大槻から渡された封筒から1枚の書類を取り出して書面を読む。

 

「……へ?」

 

だがそこには高雄の予想を裏切るように次のことが書かれていた。

 

 

『重巡洋艦高雄型1番艦高雄及び芦名楓殿。

大槻少将の推薦並びに大本営での会議の結果、

貴殿は海軍提督昇進試験の資格を有するものとする。

3ヶ月後の試験に見事合格した暁には

貴殿を艦娘から提督への昇進を認めるものとする。』




次回、後半に続きます。


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番外編
エスパー鹿島


モンキー・チョップ先生の浪花任侠道より


「君が選んだカードは………ハートの3だね」

 

「わぁ♪凄いです元帥!」

 

大本営の司令室。最高責任者の元帥は秘書艦の鹿島と手品に興じていた。

 

「しかし驚きです、勝手ながら元帥はこういったことを嗜んでいるとは思わなかったので……」

 

「フフ…確かに周りからはお堅いだの鬼元帥だの呼ばれとるようだが何事にも息抜きというのは必要なのだよ」

 

ニコリと微笑む元帥の顔。普段の厳格な顔つきからは想像もできないほど穏やかな笑顔だった。

 

「そういえば鹿島くん、君にも特技はあるのかね?」

 

「ふえっ!?わ、私ですかぁ…?」

 

急な質問にドギマギする鹿島。

 

「えっと、強いて言うなら……ち、超能力を、少々………」

 

モジモジしながらも恥ずかしそうに特技を答える鹿島。元帥はその様子を微笑ましく見つめている。

 

「ほう、超能力とな。面白い、試しに私にかけてくれたまえ」

 

「えっ、いいんですか元帥…?」

 

「構わん構わん、無礼講だ」

 

元帥は内心、鹿島が本当に超能力を使えるとは思っていなかったが、こういったことに付き合うのも部下とのコミュニケーション形成に繋がるので超能力のノリに付き合うことにした。

 

「では、いきます………えいっ!!」

 

「ぬおっ!!?」

 

鹿島が元帥に向けて手をかざすと、元帥は司令室の天井すれすれまで浮き上がった。

 

「こ、これはサイコキネシスか!?(※物体を自在に操る能力)鹿島くん!君は本当に超能力を……!」

 

元帥はまさか鹿島が本当に超能力を使えるとは思ってなかったので、年甲斐も無く興奮していた。

 

「こんなスゴい能力があるなんて、なぜ黙っていたんだ!これはスゴイ!スゴイぞ!!軍にとって大きな戦力になるぞ!!深海棲艦から海を取り返せる日もそう遠くない!!ワッハッハッハッハッ!!!!」

 

 

10分後

 

 

「鹿島くん……そろそろ降ろしてもらえないか?」

 

そこには手足を大の字にしたまま宙に浮かぶ元帥と手をかざしたまま元帥をジッと見つめる鹿島の姿があった。

 

「ほら…私にも仕事はあるし、朝ごはんも食べてないしさ…?」

 

「………………………………」

 

一向に解除されない浮遊状態に徐々に焦り出す元帥。それに対して鹿島は無言で手をかざし続けている。

 

(クソッ…この小娘、さっきから無視しおって……)

 

元帥の問いかけに何の反応も示さない鹿島に元帥は怒りを覚える。

 

「鹿島、早く降ろせ。これは元帥命令だ。命令が聞けぬなら貴艦を解体処分にする」

 

元帥は鬼のように険しい顔でギロリと鹿島を睨みつける。

 

 

1時間後

 

 

「鹿島くん!理由を教えてくれ!!解体されてもなお私を宙に浮かせる理由を!!」

 

さっきまでの威厳はどこにいったのか、大声で叫び続ける元帥。対する鹿島は解体され、燃料3・弾薬1・鋼材10の資材の塊として鹿島が座っていたところに鎮座している。もちろん超能力はまだ解除されていない。

 

「分かってくれ鹿島くん!!私はもう浮きたくないんだ!!あと君さっきから全然喋んないけどそういうキャラだっけ!?いや今の状態で喋られても怖いけど!!」

 

「頼む!一回だけ降ろしてくれ!!さっきから漏れそうなんだ!!一回トイレ行ったら戻ってくるから!!また浮くからぁ!!!」

 

ボロボロと涙をこぼしながら資材と化した元鹿島に懇願する元帥。もはや普段の面影はどこにもなかった。

 

 

 

更に1時間後

 

 

「貴様ああああぁぁぁ!!!!元帥である私になんたる屈辱を……!!」

 

以前変わらぬ体勢で浮き続ける元帥。だが股間は濡れ、真下の床には黄色い水たまりが形成されていた。

 

「なぜ私がこんな目に合わなくてはならんのだ!!目的を言ええええっ!!!」

 

半ば狂乱状態で元鹿島に喚き散らす元帥。その時、元鹿島の後ろのカレンダーを見て何かに気づいた。

 

「ハッ!今日は鹿島くんの進水記念日…!(※ここでは誕生日と同じ)まさか私が進水記念日を忘れていたから……!!」

 

その瞬間、ゆっくりと地上に降り立った元帥。

 

「……やっと、分かってくれたんですね」

 

それと同時に沈黙を貫いていた元鹿島がどこからか言葉を発する。

 

「自分から言うのは何だか恥ずかしかったんですよ〜♪あっ、鹿島のプレゼントはヴィトンのバッグがいいでーす❤︎」

 

キャピキャピと喋り続ける元鹿島。対する元帥は無言で元鹿島を麻袋に詰め始める。

 

「あっ、サプライズですか!サプライズでディズニーシーに連れていってくれるんですね!いやん、太っ腹〜♪」

 

「…………………………………」

 

元帥はガラガラと司令室の窓を開けると、元鹿島が入った麻袋を海へ投げ捨てた。

 

「あれっ、これはちょっと前に流行った榛名バンジーですか!?元帥、流行遅れでーーーー」ボチャン

 

あっという間に海に沈んだ元鹿島。元帥はその様を無表情で見つめ続けていた。

 

「………………掃除しよ」

 

未だに濡れている股間の感触を肌で感じながら海を見つめる元帥の目からは一筋の涙が流れた。




鹿島は轟沈しました。


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クソ提督とゴリラ電

モンキー・チョップ先生シリーズ第2弾。
ふたりエッチ外伝 性の伝道師アキラより


「提督が鎮守府に着任しました」

 

とある鎮守府に着任した新人提督を任務娘の大淀は笑顔で迎え入れる。

 

「よっ、よろしくお願いします!!」

 

新人提督はドギマギしながらも大声で答える。初々しいその様子に大淀はクスリと笑う。

 

「フフ、そんなに堅くならなくてもいいですよ♪早速ですが提督には初期艦を1人選んでもらいます」

 

「は、はい!確か初期艦は駆逐艦の吹雪、叢雲、漣、電、五月雨の5人の内の1人を選ぶんですよね?」

 

「はい、そうです♪」

 

「それじゃあ………電を、お願いします(5人の中で一番好みだし)」

 

「はい、電ちゃんですね♪それじゃあ電ちゃん入っていいわよー」

 

大淀が執務室の扉に向かって声をかける。そして扉が開かれた。

 

 

 

 

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

ゴリラだった。

 

 

 

提督は目の前の状況を把握出来なかった。

自分は初期艦に電を選んだはずだ。だが扉から現れたのはゴリラだ。士官学校時代に顔写真を見たことはあるが、全然違うし全く違う。何かの手違いなのかと思い、あの、と大淀に問いかける提督。

 

「はい、何ですか提督?」

 

「あの……あれって、ゴリラ…ですよね……?」

 

「え?」

 

「え?」

 

静まり返る執務室。大淀は不思議そうに提督を見つめ返す。

 

「あの……お言葉ですが、女の子に向かってゴリラに似てるなんて失礼ですよ」

 

「いや似てるとかじゃなくてゴリラそのものですよね?」

 

呆れ果てる大淀に呆れたいのはこっちだと心の中で突っ込む提督。

その時べチャリと何か柔らかいものが落ちる音が聞こえた。提督は音が鳴った方を見ると、電と名乗ったゴリラの足元にウンコが落ちていた。

 

「電の本気を見るのです!!」

 

「うわっ!?こいつクソぶっかけてきやがった!!やっぱゴリラじゃねーか!!」

 

ゴリラのウンコ投擲をモロにくらった提督。

 

「なんなんだよコイツは!!大淀さん!チェンジ!他の初期艦とチェンジして!!!」

 

ウンコまみれの顔で喚き散らす提督。

 

「提督!いくらなんでも失礼過ぎますよ!!電ちゃんをコイツ呼ばわりしただけじゃなくゴリラ顔だなんて……!!」

 

「いや、顔じゃなくて全身ゴリラですから」

 

「はぁ……分かりましたよ。それじゃあ他の初期艦の子を連れてきますね。ごめんね電ちゃん、行きましょう」

 

「はわわ………」

 

大淀に連れられトボトボと歩くゴリラ。

だがーーーーーー

 

 

「……待ってください」

 

ウンコが滴る顔で提督は大淀とゴリラを呼び止めた。

 

「大淀さん、やっぱり初期艦は電でお願いします」

 

「えっ、でも」

 

「気づいたんです。姿が違っていてもこの海を取り戻すために戦う艦娘なんだって……。電、さっきは悪かった。俺と一緒に来てくれるか?」

 

ゴリラに対してちょっぴり被弾した手を差し出す提督。

 

「司令官さん………嬉しいのです!!!ウオッ!ウオッ!ウオオオオオオオオッッ!!!!」

 

「ハハッ、電。嬉しいからってドラミングはやめろよな(※興奮したゴリラが大声を発しながら両腕で胸を叩く行動)」

 

嬉しさのあまりゴリラはドラミングをし始めた。

だが、その時である。

 

「えっちょっ近い危な痛い!痛い!痛いちょっと!!やめろ電!!巻き込まれてるから!!!ドラミングに組み込まれてるから!!!」

 

手を差し出すために近づいた提督がゴリラのドラミングに組み込まれたのである。最大2トンのパンチ力から繰り出されるドラミングを提督はまともに喰らいバキバキに骨が折れる。

 

「痛いって!!マジでヤバイって!!!あばらも何本か折れてるし!!マジでやめろ電!!!」

 

しかし興奮状態のゴリラに提督の声は届かず、ドラミングの雨は止まない。

 

「やめろおおおお!!!!やめろゴリラアアアア!!!!」

 

それでもドラミングが止まる気配は無く、大淀はただ見てるだけである。

 

「殺せえええええええ!!!!!誰かこのゴリラを殺せええええええええええ!!!!!!!!」

 

ウンコと血が混ざり合った顔で叫び続ける提督。

その後ゴリラは保健所に送られ、提督は艦隊を指揮することなく即刻軍付属病院に入院した。

あと鎮守府は潰れた。




提督は退任しました。


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宇宙人武蔵

モンキー・チョップ先生シリーズ第3弾。
名勝負数え唄より


ここはとある鎮守府の演習場。そこには両艦隊の旗艦の長門と武蔵が息を切らしながら対峙していた。

 

「互いの艦隊の随伴艦は全て大破し、残るは旗艦の私とお前か。ふっ、面白くなったな」

 

「奇遇だな、私もだよ。だがこの勝負……私が勝たせてもらう」

 

そう言うと、ゆっくり目を閉じる武蔵。武蔵の行動に長門はピクリと反応する。

 

(ム…もしや心眼か……?)

 

 

心眼

 

それを取得した者は、眼で見ずとも心で相手の動きを完璧に見切れると言われている。

その証拠に目をつぶってからの武蔵には一切の隙が無く、長門は攻めあぐねていた。

その時である。

 

(ム…?)

 

長門は武蔵の頭上に何かを見つける。

 

 

それはUFOだった。

 

 

「えっ、ちょっ!おい!UFO来てるぞUFO!!」

 

「ふん、血迷ったか貴様」

 

「いや本当だって!見てみろ!!」

 

しきりに武蔵に目を開けるよう促す長門だが、武蔵は一向に信じない。

 

「私が眼を開けた瞬間に主砲で撃つつもりだろ、騙されんぞ」

 

「見ろって早く!心眼とかそんなんいいから!!一瞬でいいから眼を開けろ!!」

 

「無理。絶対嘘に決まってるし」

 

「マジだって!マジでUFOなんだって!!」

 

「悪いが、私は自分の眼で見たものしか信じられないのだ」

 

「だから見ろって言ってんだろが!!」

 

そうこうしている内にUFOは怪しげな光を武蔵に照射する。すると武蔵の体はUFOに向かって浮上し始めた。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!!頼むから眼を開けてくれ武蔵!!」

 

「ムリー!絶対に騙されませーん!」

 

「このままじゃお前UFOにさらわれるぞ!!」

 

「ムッ、そういえば確かに少し浮いている気が……」

 

「そうだよ!!やっと分かったか!」

 

「浮いてそうで浮いてない、でも少し浮いてる気がする」

 

「ラー油かお前は!!」

 

そんなこんなでUFOに吸い込まれてしまった武蔵。

ポカンとしていた長門だが正気に戻り、UFOに向かって叫ぶ。

 

「おい武蔵聞こえるかーー!!!今眼を開けないと大変な事になるぞーーー!!!!」

 

UFO越しに武蔵に眼を開けるよう呼びかける長門。少し間を置いて武蔵の声が聞こえた。

 

 

「ムリー!」

 

 

 

 

 

10分後

 

 

上空に浮かび上がるUFOの様子は依然として変わりがない。

 

「中でいったい何が……」

 

武蔵の身を案じる長門。その時UFOから再び怪しげな光が照射され、光とともに武蔵がさらわれる前と同じ体勢で海に降り立った。

 

「あっ、武蔵!良かった!」

 

武蔵は相も変わらず眼をつぶっており、その様子に長門は少しイラッとしつつも武蔵に問いかける。

 

「お、おい武蔵大丈夫か?変な機械埋め込まれたりしてないか…?」

 

だが長門の問いかけに武蔵は一切反応しない。

 

「む、武蔵……?」

 

不安そうに武蔵の名を呼ぶ長門。

その時、武蔵はパチッと眼を開いた。

 

 

その眼はグレイ型宇宙人のように大きな黒い眼になっていた。

 

 

「うわあああああああ!!?お前武蔵じゃないだろ!!!」

 

『何言ってるの?私は武蔵だよ?』

 

「うわっ!頭に直接話しかけてきた!!」

 

『おかしな事言うなあニンゲンは……』

 

「ニンゲン!?私のことニンゲンって言ったぞ!!」

 

そうこうしている内に遠くから1人の艦娘が駆けつけてきた。

長門側の艦隊の随伴艦であり、長門の妹の陸奥だ。

 

「あっ、その姿は陸奥か!?聞いてくれ!武蔵が大変なことにーーーーーー」

 

 

陸奥の眼もグレイ型宇宙人のように大きな黒い眼になっていた。

 

 

「って、お前もかい!!!」

 

『よく気づいたね、原始的生物』

 

「その呼び方やめろ!!」

 

しかし武蔵と陸奥はアメリカで目撃された宇宙人フラットウッズモンスターのようなポーズでジリジリと長門に詰め寄る。

 

『さあ次は君の番だよ』

 

「や、やめろ!それ以上近づくギャアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 

アメリカ宇宙航空局NASAは、「20年以内に地球外生命体を発見できる」とコメントを発表している。




ちなみに大破した随伴艦も宇宙人に体を乗っ取られました?


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ブルガリ忍者川内

モンキー・チョップ先生作
名勝負数え唄より


ここはとある鎮守府の演習場。両艦隊の随伴艦は大破し、旗艦の長門と川内だけが残っていた。

 

「互いの艦隊の随伴艦は全て大破し、残るは旗艦の私とお前か。ふっ、面白くなったな」

 

「へぇ、余裕あるじゃん。だけどさ、あたしの真の力を見てもまだそんな口が聞けるかな?」

 

「真の力だと…?」

 

「そっ、あたし艦娘になる前は忍者だったんだよね。今でこそ艦娘の川内で通ってるけど、自分の本当の名前なんてとっくの前に捨てたの。この手で殺した数なんて100人を超えたところから数えてないね」

 

ケラケラと笑う川内。だがそのひょうきんな態度とは裏腹に禍々しいオーラが川内から放たれてるのを長門は感じ取った。

 

(なるほど……あながち嘘ではない。先程までの川内とは訳が違う…気を抜けばやられる…!)

 

「ねぇ、なにボーッとしてるのさ。来ないならこっちから行くよ!」

 

川内は目にも留まらぬ速さで懐から武器を抜き取り、長門に向かって投げつけた。

 

(なっ…!?手裏剣か!マズイ…!避けられない……!!)

 

次の瞬間、川内の投げた武器が長門の顔面にバチンと音をたててぶつかった。

 

「痛っ!」

 

(えっ?)

 

川内は妙な違和感を感じた。

 

(えっ?えっ?手裏剣当たってバチン?どゆこと…?)

 

「いったぁ〜……ん?なんだこれ?」

 

長門は痛みに悶えながら顔面に当たったものを拾い上げる。

その途端、川内の顔が驚愕に染め上げられる。

 

(じょ、冗談でしょ……手裏剣と間違えて…………先月買ったブルガリの財布投げちゃったよ………)

 

長門は川内の財布をマジマジと見つめると物色し始める。

 

「えっ、なに?これお前のか?うわっ、630円しか入ってない」

 

「ちょっ、やめてよ!!銀行でおろしてないだけだから!最近忙しかったからおろす暇なかっただけだから!」

 

「ふ〜ん…あっ、本名は川田内子っていうんだ。だから川内になったんだ〜(笑)プッw何が名前はとっくの昔に捨てただよ(笑)」

 

「免許証勝手に見るなって!つーか名前意識してねーし!!たまたま川内になっただけだし!!早く財布返せよ!!!」

 

「もうちょっともうちょっと(笑)ってか、病院の診察券多いな(笑)」

 

財布を返すように叫ぶ川内だが、長門は聞く耳持たずニヤニヤしながら川内の財布を物色し続ける。

 

「返せっつってんだろうがあああああ!!!!」

 

川内の怒りは頂点に達し、鎖鎌を長門目掛けて投げつけた。

 

「あっ、レシートめっちゃ溜まってるじゃん。ちゃんと捨てろよ(笑)」

 

だが長門は難無く鎖鎌をかわした。

 

「見るなってえええええええ!!!!」

 

川内は目に涙を溜めながらも、再度鎖鎌を長門目掛けて投げつける。

 

「何買ったんだ?………え〜、木綿豆腐・ひき肉・豆板醤・片栗粉………」

 

「読み上げんなし!!急に麻婆豆腐が食べたくなっただけだし!!」

 

またもや難無くかわす長門。

 

「ぜえ…ぜえ……もう…マジで返してよ………」

 

「ムーリーー!」

 

息を切らし懇願する川内だが、全く聞き入れずにレシートを漁る長門。

 

(チッ、仕方がない……こうなればあの秘術で………)

 

川内は呪文をとなえながら独特の印を結び始める。

そして印を結び終えたその時

 

「なっ!?」

 

長門の目の前から川内の姿が消えた。

それも束の間、次の瞬間には長門の全身に衝撃が走る。

 

「グハァッ!!!」

 

長門はあまりの衝撃に海面に膝をつく。

長門の後ろには消えたはずの川内が立っていた。

 

「これぞ忍法、竜の爪。超高速で走り抜けた時の衝撃があんたに襲いかかったってわけ。そしてコレを見な」

 

川内はケラケラと笑いながらその手にある物を掴んでいる。

それを見た瞬間、長門は驚愕した。

 

「なっ!それは私のグッチの財布!?」

 

「これぞ忍法、竜の爪の真骨頂!」

 

「ただのスリじゃねーか!!」

 

「どれどれ……うっわw250円しか入ってない(笑)」

 

「バッ…!たまたまおろしてないだけだし!!演習終わったらおろしに行く予定だし!!」

 

 

この後、長門は財布を物色する川内を追いかけ回すが、川内はうっかり長門の財布を海に落としてしまう。

その腹いせに長門は川内の財布を海に投げ捨て、2人は両艦隊の艦娘達に止められるまで取っ組み合いの喧嘩をし続けたのだった。




見つかった2人の財布は海水で濡れてダメになっていました。


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ライオンヘッド陽炎

モンキー・チョップ先生作
浪花任侠道より


「あれ不知火、その子猫どうしたの?」

 

鎮守府の駆逐艦寮。部屋にいる不知火を訪ねると、子猫を抱き抱えた不知火が立っていた。

 

「陽炎姉さん、この子は捨て猫です。ここで飼ってもいいでしょうか?」

 

「バカ言ってんじゃないわよ。鎮守府内はペット禁止、元いた場所に返してきなさい」

 

その時不知火が抱き抱えていた子猫は陽炎に飛びつき、陽炎の頬をペロペロと舐める。

 

「ふふ、どうやら姉さんに懐いているようですね」

 

頬を舐める子猫を愛らしそうに抱き抱える陽炎。満更でもない様子である。

 

「しょ、しょうがないわねぇ……世話はあんたがしなさいよ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「ところでこの子の名前は決まってるの?」

 

「えぇ、ライオンに似てるのでレオと名付けました」

 

「ははっwどこが似てるのよ(笑)まぁ、とにかくこれからよろしくね、レオ!」

 

 

 

4年後

 

立派なたてがみをこさえ、2人を優に超えるサイズのレオがそこにいた。

 

「って、マジモンのライオンじゃないのよ!!」

 

「そんな……どおりでレオが生肉しか食べなかったわけです…」

 

「その時点で気付きなさいよ!!」

 

そんな2人を尻目にレオはグルルと唸りながら2人を睨みつけている。

 

「マズイです姉さん、レオは私達のことをエサを見るような眼で見ています。このままでは食べられてしまいます」

 

「バカッ!あんたレオのことが信じられないの!?レオはきっと緊張してるだけ、愛情をもって接したらレオにも伝わるわ!」

 

陽炎はそう言うとニッコリと笑いながらレオに近づく。

 

「ほーらレオ、良い子ねぇ〜!」

 

 

 

1分後

 

陽炎はレオに頭をまるごと咥えられそのままムシャムシャと食べられていた。

 

「よーしよしよし、良い子ねレオ〜!甘えん坊さんねぇ〜♪」

 

レオに食われながらも陽炎は愛情を注ぎ続けており、その様子を不知火はドン引きしながら見ていた。

 

「な〜に、レオ〜?お腹すいたの〜?あとでご飯あげるからねぇ〜♪」

 

「………姉さん、もうその作戦は無理だと思います」

 

「よしよ〜………………」

 

しばらく黙る陽炎。

 

「……無理だと思ってるなら助けなさいよ!!さっきから見てるだけで何もしないじゃないの!!!」

 

レオの口の中でブチギレる陽炎。

 

「あーあー、誰かさんはいいですねー!ライオンに食べられてなくて!!姉が身を呈してるのにボケっと突っ立ってて楽でしょうねー!」

 

キレながら拗ねる陽炎。しかし陽炎の全身が食われ尽くすのも時間の問題だ。腹をくくった不知火は主砲を装備する。

 

「レオ……ごめんなさい」

 

不知火の脳裏にはレオと過ごした思い出が巡り、涙を流しながらも不知火はレオを撃つ。

レオはドサリとその場に倒れ、陽炎はレオから解放された。

 

「うぅ……レオ………」

 

冷たくなったレオの前で泣き崩れる不知火。そんな不知火を慰めるように陽炎はポンと肩に手を置く。

 

「不知火…これからはレオの分まで生きなくちゃね」

 

「姉さん……」

 

 

 

陽炎の顔は綺麗さっぱり食べられ、頭蓋骨のみとなっていた。

 

 

「いやあああああああ!!!!!!姉さああああああん!!?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「なんでその状態で喋れるんですか!?」

 

「なによジロジロと顔ばかり見て、何か付いてんの?」

 

「何も付いてないから問題なんですよ!!早く高速修復材を!!!」

 

 

この後、工廠に行って高速修復材を被っても戻らなかったので仕方なく出撃したら深海棲艦からオバケ扱いされた陽炎である。




あだ名はホラーマン


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魔法少女天龍

名勝負数え唄より

それと今日の夜に本編の4話を投稿しますのでそちらも見ていただけると嬉しいです。


とある鎮守府の演習場。両艦隊の随伴艦は大破し、旗艦の長門と天龍だけが残っていた。

 

「互いの艦隊の随伴艦は全て大破し、残るは旗艦の私とお前か。ふっ、面白くなったな」

 

「へっ、そうだな。だが勝つのは俺だ……この妖刀を使ってなぁ!!」

 

そう言って天龍は懐から布に包まれた物を取り出す。

 

「こいつは妖刀ムラマサ!生き血を吸うごとに輝きを増す呪われし魔剣さ!」

 

天龍が手に持つムラマサからは布越しに禍々しいオーラを放っており、長門はそのただならぬオーラに戦慄する。

 

「そ、そんなもの一体どこで手に入れた…?」

 

「ククク…地獄の閻魔からくすねてきたのさ。さぁお喋りはおしまいだ……血に飢えた邪悪な姿のお披露目だぜぇ!!」

 

天龍は高らかに笑いながら布を取り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現れたのは、先端に大きな星がついたかわいらしいステッキだった。

 

 

「………………………………」

 

「………………………………」

 

その場を静寂が支配する。天龍はジッとムラマサを見続けるが、やがて長門に顔を向ける。

 

「……ちょっと、電話してもいいか?」

 

「あ、あぁ………」

 

すぐさま天龍はスマホであるところに電話をかけた。

 

『どもどもっ!妖刀の工廠、佐世保店の明石です!』

 

「あの……昨日おたくでムラマサを買ったものなんすけど………」

 

『毎度ありがとうございます!』

 

「なんつーか……中身を見ずに買った俺も悪いんすけど………」

 

『何か不都合でも?』

 

「いや、まぁ……刀じゃなくて、キャピキャピしたステッキなんすけど………」

 

『そうですねぇ』

 

「あっ、これで合ってるんだ」

 

『えぇ、そのムラマサは魔法少女タイプでして』

 

「え、他にもタイプあんの?」

 

『いえ、ウチは専門店ですので』

 

「専門店て…魔法少女タイプの?」

 

『はい』

 

「ちなみに返品とかって……」

 

『返品は一切受け付けてないんですよ〜』

 

「えっ…あっ、そう………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんじゃねえぞテメエエエエエエエエエエ!!!!!!!!」

 

『……はい?』

 

「おまっ!これただのガキ用のおもちゃじゃねえか!!訴えるぞオラァ!!」

 

『では法廷でお待ちしております』

 

「え、ちょ待て!!今なんて言った!?」

 

『だから法廷でお待ちしておりますって……あっ、夕張ー。弁護士先生に電話お願いねー』

 

「いや早い早い!!まず謝ったりしろよ!!」

 

『あっ、そういえばムラマサのボタン押しました?』

 

「は?ボタン?」

 

『そーそー、柄のところについてるでしょ?まだなら押してみてくださいよ』

 

見るとムラマサの柄の中央位置にボタンがついている。天龍は怪しみながらもボタンを押した。

 

【ムラッ☆マサッ♪ムラッ☆マサッ♪ムーラマーサーー♪ムーラマーサーー♪ムーラマーサーー♪ムーラマーサーー♪ムララーーでぇ♪マーサマーサーー♪ふーたりーはーームラマサーー☆☆】

 

「………………………………」

 

『ハハハ(笑)お買い上げありがとうございましたー』ガチャッ ツーツー

 

ボタンを押すとムラマサから某プリティでキュアキュアな女児アニメを丸パクリした歌が流れる。天龍はなんとも言えない顔でステッキを見つめ続け、電話相手は半笑いで電話を切っていた。

一部始終を見ていた長門はだいぶ気まずかった。

 

「あの……それって、いくらしたの?」

 

「……7万円」

 

「えぇ………」

 

【トラブル去ってまたトーラブルー!ぶっちゃけムラマサーー☆☆】

 

ステッキから流れる明るくキャピキャピした歌が演習場の空気を虚しく彩っていた。




ふたりはムラマサ
歌:夕張


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シンプソンズ大淀

モンキー・チョップ先生の浪花任侠道より


とあるビルの屋上。そこにカメラを携えた重巡洋艦の青葉が望遠鏡を覗いていた。

 

「むっふふ…大淀さんが実家に帰ってると聞いてから早3日。遂に大淀さんの実家を嗅ぎつけました!鎮守府ではバリバリ仕事の出来るエリートウーマンの裏の顔を激写しちゃいますよぉ〜!」

 

【何だか目が乾くわねぇ。仕事してるフリしてゲイ動画ばかり見てるからかしら?】

 

「盗聴器も感度良好!というか、仕事サボって何てもの見てるんですか!?早速大スクープきましたよ!!」

 

【あ〜…ダメだこれ。目薬さそっと】

 

そう言って大淀は眼鏡を外す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼鏡を外した大淀の目は飛び出ていた。

 

 

「……………………………………」

 

それを見た青葉は無言で望遠鏡から目を外し、タバコを取り出して一服。

 

「スゥ……フゥーーーー……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶっwwひゃひゃひゃひゃwwwwwwなwwなんちゅう目をしてるんですかwwwwそりゃ目も乾きますよwwwwwまんまシンプソンズじゃないですかwwwwww」

 

大声で笑い転げる青葉。屋上の鉄柵にガンガン頭を打ち付けながらも笑いが止まらない。

 

「ひーwwひーwwwあー……笑いすぎた。あんなもんゲイ動画なんて比べ物にならない程のとんでも映像ですよwおっと、撮影に集中集中……」

 

ひとしきり笑って息を整えた青葉は再び望遠鏡を覗く。

 

【大淀ー、入るわよ】

 

【あっ、姉ちゃん】

 

「あっ、今度は大淀さんのお姉さんが部屋に入ってきますね。というか家族にも大淀って呼ばれてるんですかw」

 

【大淀、あんた目薬持ってない?なんかもう目が乾いて仕方ないのよ】

 

 

部屋に入ってきた大淀の姉の目は大淀の3倍飛び出ていた。

 

「ぶふっwwが、我慢我慢……」

 

下唇を思い切り噛んで笑いをこらえる青葉。その間にも目が飛び出た大淀姉妹の会話は続いていく。

 

【あんたペスの散歩行った?】

 

【今から行くとこ】

 

「ペス?飼い犬か何かですかね?」

 

青葉が望遠鏡を庭に向けると、ペスと書かれた犬小屋がある。そこから犬らしき口が飛び出ているのが見て取れた。

 

 

 

【ハッハッハッ】

 

犬小屋から出てきた飼い犬ペスの目も飛び出ていた。

 

 

「ギャーッハッハッハッハッwwwwwwwwwなんでですかwwお姉さんは分かりますよwww遺伝とかでしょwwwwでもペスはなんでですかwwwww全く関係無いでしょwwwwww」

 

屋上を縦横無尽に笑い転げる青葉。屋上の扉に思い切りぶつかり悶絶したところでようやく落ち着く。

 

「うぐえ!?……ハァ……ハァ……い、一生分笑いましたよwヒヒッww収穫が多すぎて明日の新聞はえらいことになりますよこれwさぁとりあえず帰って記事を書かないとですね!」

 

そう言って帰り支度を始める青葉。だがその途中で何やら違和感を感じる。

 

「あれ、やけに目が乾きますね?」

 

その時カメラのレンズに青葉の顔が映り込む。

 

 

 

 

 

青葉の目も大淀のように飛び出ていた。

 

「いやあああああああああ!!!!!!!なにこれええええええええええええ!!!!!!」

 

 

何故青葉の目が飛び出たかは知るよしも無い。

だが強いて言うならば、大淀家の呪いに触れてしまったのだろう。

人の秘密に踏み込んでしまえばそう、今見ているあなたにも呪いが降りかかるかもしれない。




このあと青葉が鎮守府に帰ったら衣笠の目も飛び出ていました。


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眠りの摩耶

お久しぶりです。
近々本編8話も作成次第、投稿します。
また、今回のお話はモンキーチョップ先生作、浪速任侠道第12話をベースにしています。


鎮守府の重巡洋艦寮内の談話室。そこに愛宕と摩耶がいた。

 

「はぁ?催眠術ぅ…?」

 

「うん、最近ハマっちゃったの!摩耶ちゃんでちょっと試していい?」

 

「バッカwそんなのにかかるかよ(笑)だいたいテレビとかでやってる催眠術ってヤラセばっかだろ?アタシは絶対にかかんねーから(笑)」

 

最近催眠術を覚えたという愛宕に対して、摩耶は催眠術を全く信じていないのか小馬鹿にしたように突き返す。

 

「む〜!言ったわねぇ〜〜!それじゃあ私が『3・2・1…ハイ!』って言ったら摩耶ちゃんは眠ります」

 

「本気かよ姉貴(笑)こんなの時間の無駄だって(笑)」

 

摩耶の言葉に少しカチンときた愛宕は催眠術が本物であることを証明するために摩耶に催眠術をかけようとする。

 

「3・2・1…ハイ!」

 

「……………………」

 

愛宕が3秒数えて手を叩いた瞬間、摩耶はガクッとうなだれそのまま動かなくなった。

 

「えっ、もしかして…摩耶ちゃん寝た?」

 

愛宕は摩耶の前で手を振るが摩耶は一切反応しない。

 

「うそっ!?本当に寝たの!!やった!大成功よ!!摩耶ちゃん起きて!」

 

催眠術が簡単に成功したことに愛宕はピョンピョン跳ねながら大喜びする。

 

「催眠術ってスゴイわ!摩耶ちゃん起きて!ねぇ起きて!」

 

「………………………」

 

「……摩耶ちゃん?」

 

 

【重巡洋艦高雄型3番艦摩耶[本名:鈴木恵子(享年24)]】

 

 

「ま、摩耶ちゃああああああああああああああん!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後

 

「はぁー?アタシが催眠術にかかって寝てたって?」

 

「いや、寝てたというか、永眠してたというか……心臓マッサージやAEDを総動員して何とか蘇生できたけど」

 

「いやいやww作り話にしても設定が雑すぎるだろ(笑)」

 

疲れ切った愛宕の横にはAEDが無造作に置かれている。だが蘇生した摩耶は催眠術同様全く信じていない。

 

「まっ、いいや。姉貴、催眠術もう一回かけてくんね?」

 

「は?いや、何言ってるの…?もうやめた方が……」

 

「姉貴のバカ!アタシが催眠術なんかに負けるわけねえだろ!!」

 

R-18同人誌のお決まり負けフラグを打ち込む摩耶に愛宕は唖然とするが、渋々催眠術をかけることにした。

 

「え〜…わかったわよぉ。それじゃあ私が『3・2・1…ハイ!』って言ったら………」

 

「……………………………」

 

 

【重巡洋艦高雄型3番艦摩耶[本名:鈴木恵子(享年24)]】

 

 

「説明のところでいったあああああああああああ!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後

 

「えっ、アタシまた眠ってたの?」

 

「うん…しかも説明のところで催眠にかかってた……」

 

キョトンとする摩耶に対して愛宕は息を切らしながらAEDにもたれかかっている。

 

「えっと、摩耶ちゃん…もう一回やる…?」

 

「んー……いや、他のにしてくんない?」

 

「え…でもそれって負けたことになるんじゃ……」

 

「うるせええええええええ!!!!!負けたって思ってないからセーフなんですーーー!!!ギブアップしてないから負けじゃありませーーーん!!!」

 

「えぇ……」

 

みっともなく喚き散らす摩耶に愛宕は疲れ切った顔で見ることしか出来なかった。仕方ないので愛宕は他の催眠術の準備をした。

 

「えぇと、それじゃあ…この5円玉をよぉく見て下さい」

 

「あん?こんなもん見てどうなるんだよ?」

 

「あなたはだんだんウルトラマンにな〜る、ウルトラマンにな〜る……」

 

「はぁ?ウルトラマンだぁ?バカバカしい」

 

5円玉にくくりつけた糸を振り子のように振る愛宕に対してまたしても小馬鹿にする摩耶。しかし内心は焦っていた。

 

(ふざけんな!これ以上催眠にかかってたまるかぁ!!ウルトラマンには絶対なんねーぞ!!)

 

「あなたはだんだんウルトラマンにな〜る、ウルトラマンにな〜る……」

 

「…………………………」

 

しかし摩耶の目はトロンと虚になり黙り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3分後

 

摩耶にこれといった変化はなかった。

 

「アッハッハ!!どーよ!?これが摩耶様の実力だぁ!!」

 

「わっ、すごい摩耶ちゃん!!」

 

勝ち誇ったかのように高笑いする摩耶。先程までいとも簡単に催眠にかかってた摩耶に愛宕は驚愕していた。

 

「まっ、でも面白かったぜ。そんじゃあ、ちょっくら出かけてくるわ」

 

そう言いながら談話室の窓を開け放つ摩耶。

 

「デュワッ!!」

 

いきなり掛け声を出したかと思えば、摩耶は腕を前に突き出して窓から飛び立った。

 

「ま、摩耶ちゃあああああああああああああん!!!!!!!!」

 

愛宕が駆け寄った時には遅かった。摩耶はウルトラマンポーズで空高くまで飛んでいき、やがて雲の向こうに消えたのだった。




後日発見された摩耶は身長40m、胸に点滅するカプセルがついていた。


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